| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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21 (1641) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 09 薯蕷汁 | 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 11 大蛇退治の段 | 第一一章大蛇退治の段〔五七八〕 『故、退はれて、出雲の国の肥河上なる鳥髪の地に降りましき』(古事記の大蛇退治の段) 出雲国は何処諸の国と云ふ意義で、地球上一切の国土である。肥河上は、万世一系の皇統を保ちて、幽顕一致、神徳無窮にして皇朝の光り晴れ渡り、弘り、極まり、気形透明にして天体地体を霊的に保有し、支障なく神人充満し、以て協心戮力し、完全無欠の神政を樹立する至聖至厳至美至清の日本国といふ事なり。 鳥髪の地とは、十の神の顕現地と云ふ事にして、厳の御魂、瑞の御魂が経と緯との神業に従事し、天地を修斎し玉ふ神聖の経綸地といふことなり。要するに世界を大改良せむ為めに素盞嗚尊は普く天下を経歴し、終に地質学上の中心なる日本国の地の高天原なる至聖地に降臨し玉ひたるなり。明治三十一年の秋八月に、瑞の御魂の神代として高座山より神退ひに退はれて綾部の聖地に降りたるは、即ち素盞嗚尊が、一人の選まれたる神主に憑依し給ひて、神世開祖の出現地に参上りて神の経綸地たることを感知されたるも同様の意味なり。古事記の予言は古今一貫、毫末も変異なく、且つ謬りなき事を実証し得るなり。 『此時しも箸其の河より流れ下りき』 ハシの霊返しはヒなり。ヒは大慈大悲の極みなり。ハシの霊返しのヒなるもの、ヒノカハカミより流れ来たると云ふ明文は実に深遠なる意義の包含されあるものなり。又箸は凡てを一方に渡す活用あるものにして、川に架する橋も、食物を口内へ渡す箸もハシの意味に於ては同一なり。悪を去り善に遷らしむる神の教のハシなり。暗黒社会をして光明社会に改善せしむる神教もハシなり。故に御神諭にも、綾部の大本は世界の大橋であるから、此大橋を渡らねば、何も分りは致さむぞよ云々とあるも、改過遷善、立替立直しの神教の意味なり。その箸は肥の河より流れ下りきとは、斯る立派な蒼生救済の神教も、邪神の為に情無くも流し捨てられ、日に日に神威を降しゆく事の意味なり。是を大本の出来事に徴して見るに、去る明治三十一年に瑞の御魂の神代として十神の聖地に降りたる神柱を、某教会や信者が中を遮り、以て厳の御魂、瑞の御魂の合致的神業を妨害し、瑞霊の神代を追返し、彼等の徒党が教祖を看板として至厳至重なる神教を潜め隠し、某教会を開設したる如き状態を指して『ハシ其の河より流れ下りき』といふなり。 『於是須佐之男命其の河上に人有りけりとおもほして尋ね上りて往まししかば老夫と老女と二人在りて童女を中に置きて泣くなり』 茲に顕幽両界の救世主たる須佐之男命は、肥の河上なる日本国の中心、地の高天原に神人現はれ、世界経綸の本源地有りと御考へになり尋ねて御上りありしが、変性男子の身魂現はれて、国家の騒乱状態を治めむと血涙を吐き乍ら昼夜の区別なく、世人を教戒しつつありしなり。二人といふ事は、艮の金神様の男子の御魂と、教祖出口直子刀自の女子の身魂とが一つに合体して神業に従事し玉へると同じ意義なり。ヒトとは霊の帰宿する意義で人の肉体に宇宙の神霊憑宿して天地の経綸を遂行し玉ふ、神の生宮の意なり。老夫と老女と二人とあるは女姿男霊の神人、出口教祖の如き神人を意味するなり。 『童女を中に置きて泣なり』とはオトメは男と女の意味にして、世界中の老若男女を云ふ。又老と若ともなり、現在の世界の人民を称して老若男女と云ふ。霊界にては国常立大神、顕界にては神世開祖出口直子刀自の老夫と老女とが、世界の人民の身魂の、日に月に邪神の為に汚され亡ぼされむとするを見るに忍びず、手を尽して足を運びて救助せむと艱難辛苦を嘗めさせられ、天地の中に立ちて号泣し給ふことを、童女を中に置きて泣くなりと云ふなり。 亦神の御眼より御覧ある時は世界の凡ての人間は、神の童子なり女子なり。故に世界の人民は皆神の童女なる故、人民の親がその生みし子を思ふ如くに、神は人民の為に昼夜血を吐く思ひを致して心配を致して居るぞよ、と御神諭に示させ給へる所以なり。亦オトメの言霊を略解する時は、 オは親の位であり、親子一如にして、大地球を包む活用であり。 トは十全治平にして、終始一貫の活用であり。 メは世を透見し、内に勢力を蓄へて外面に露はさざる意義なり。 之を約むる時は、日本固有の日本魂の本能にして、花も実もある神人の意なり。 『汝等は誰ぞと問ひ賜へば、其の老夫僕は国津神大山津見神の子なり、僕が名は足名椎、妻が名は手名椎、女が名は櫛名田比売と謂すと答す』 明治三十一年の秋瑞の御魂の神代に須佐之男神神懸したまひて綾部の地の高天原に降りまし、老夫と老女の合体神なる出口教祖に対面して汝等は誰ぞと問ひたまひし時に、厳の御魂の神代なる教祖の口を藉りて僕は国津神の中心神にして大山住の神也。神の中の神にして天津神の足名椎となり手名椎となりて、天の下のオトメを平かに安らかに守り助けむとして、七年の昔より肥の河上に御禊の神事を仕へ奉れり。又この肉体の女の名は櫛名田姫と申し、本守護神は禁闕要の大神なりと謂し玉ひしは、以上の御本文の実現なり。クシナダの クシは神智赫々として万事に抜目なく一切の盤根錯節を料理し、快刀乱麻を断つの意義なり。 ナは、万物を兼ね統べ、能く行届きたる思ひ兼の神の活用なり。 ダは、麻柱の極府にして大造化の器であり、対偶力であり、主従師弟夫妻等の縁を結ぶ神なり。 要するに、櫛名田姫の守護厚き天壌無窮の神国、大日本国土の国魂神にして、神諭の所謂大地の金神なり。 『亦、汝の哭由は何ぞと問ひたまへば、吾が女は八稚女在りき。是に高志の八岐遠呂智なも、年毎に来て喫ふなる。今その来ぬべき時なるが故に泣くと答白す』 以上の御本文を言霊学の上より解約すると、吾が守護する大地球上に生息する、息女即ち男子や女子は、八男と女と云つて、種々の沢山な神の御子たる人種民族が有るが、年と共に人民の霊性は、鬼蛇の精神に悪化し来り至粋至醇の神の分霊を喫ひ破られて了つた。高志の八岐の遠呂智と云ふ悪神の口や舌の剣に懸つて歳月と共に天を畏れず地の恩恵を忘れ、不正無業の行動を為すものばかり、人民の八分迄は、皆悪神の容器に為れて、身体も霊魂も、酔生夢死体主霊従に落下し、猶も変じて八岐の遠呂智の尾となり盲従を続けて、天下の騒乱、国家の滅亡を来しつつ、最後に残る神国の人民の身魂までも、喫ひ破り亡ぼさむとする時機が迫つて来たので如何にしてか此の世界の惨状を救ひ助け、天津大神に申上げむと、心を千々に砕き天下国家の前途を思ひはかりて、泣き悲しむなりと答へ玉うたと曰ふことなり。 高志といふ意義は、遠き海を越した遠方の国であつて、日本からいへば支那や欧米各国のことなり。海外より種々雑多の悪思想が渡来する。手を替へ品を替へて、宗教なり、政治なり、教育なりが盛んに各時代を通じて、侵入して来り敬神尊皇報国の至誠を惟神的に具有する、日本魂を混乱し、滅絶せしめつつある状態を称して、高志の八岐の遠呂智の喫ふなると云ふなり。亦外国の天地は、数千年来此悪神の計画に誑らかされて、上下無限の混乱を来し、国家を亡ぼし来たりしが、彼今猶其計画を盛んに続行しつつ、遂に日本神国の土地まで侵入し、天津神の直裔なる日本オトメの身魂まで、全部喫ひ殺さむとする、それが最近に迫つて居る、只一つ神国固有の日本魂なるオトメが後に遺つた許りである。之を悪神の大邪霊に滅ぼされては、折角天祖国祖の開き玉へる大地球を救ふ事は出来ない。どうかして之を助けたいと思つて艱難辛苦を嘗めて居るのである。実に泣くにも泣かれぬ、天下の状態であると云つて、之を根本的に救ふ事は出来ない。どうして良いかと途方に暮れ、天地に向つて号泣して居りますとの、変性男子の身魂の御答へなりしなり。 『其の形は如何さまにかと問ひたまへば、彼が目は赤加賀知なして、身一つに頭八つ尾八つあり。亦其の身に苔、及び桧、すぎ生ひ、其の長さ渓八谷、峡八尾を渡りて、其の腹を見れば、悉に常血爛れたりと答白す。(此に赤加賀知といへるは、今のほほづきなり)』 そこで其形は如何さまにかと、問ひたまへばと云ふ意義は、八岐の遠呂智なす悪思想の影響は如何なる状態に形はれ居るやとの須佐之男命の御尋ねなり。 そこで変性男子の身魂なる老夫と老女は、彼悪神の経綸の事実上に顕現したる大眼目は、赤加賀知なして身一つに、頭八つ尾八つありと云つて、悪神の本体は一つであるが、その真意を汲んで、世界覆滅の陰謀に参加して居るものは、八人の頭株であつて、此の八つの頭株は、全地球の何処にも大々的に計画を進めてをるのである。政治に、経済に、教育に、宗教に、実業に、思想上に、其他の社会的事業に対して陰密の間に、一切の破壊を企てて居るのである。就ては、尾の位地にある、悪神の無数の配下等が、各方面に盲動して知らず識らずに、一人の頭目と、八つの頭の世界的大陰謀に参加し、終には既往五年に亘つた世界の大戦争などを惹起せしめ、清露其他の主権者を亡ぼし、労働者を煽動して、所在世界の各方面に、大惑乱を起しつつあるのである。赤加賀知とは砲煙弾雨、血河死山の惨状や、赤化運動の実現である。実に現代は八岐の大蛇が、いよいよ赤加賀知の大眼玉をムキ出した所であり、既に世界中の七オトメを喫ひ殺し、今や最後に肥の河なる、日本までも現界幽界一時に喫はむとしつつある処である。要するに八つ頭とは、英とか、米とか、露とか、仏とか、独とか、伊とかの強国に潜伏せる、現代的大勢力の有る、巨魁の意味であり、八つ尾とは、頭に盲従せる数多の部下の意である。頭も尾も寸断せなくては成らぬ時機となりつつあるなり。 『亦其身に苔及び桧すぎ生ひ、其長さ、渓八谷、峡八尾を渡りて其の腹を見れば、悉に常も血爛れりと答白す』といふ意味は地球上の各国は皆この悪神蛇神の為に、山の奥も水の末も暴され、不穏の状態に陥り、終には尼港事件の如く、暉春事件の如く、染血虐殺の憂目に人類が遇つて、苦悶して居ることの形容である。また苔と云ふ事は、世界各国の下層民の事であり桧と云ふ事は上流社会の人民であり、すぎと云ふ事は国家の中堅たる中流社会である。要するに上中下の三流の人民が常に不安の念に駆られて居る事であつて、実に六親眷属相争ひ、郷閭相鬩ぎ戦ふ、悲惨なる世界の現状を明答されたといふ事である。御神諭に、『今の人民は外国の、悪神の頭と眷属とに、神から貰うた結構な肉体と御魂を自由自在に汚されて了うて、畜生餓鬼の性来になりて居るから、欲に掛けたら、親とでも兄弟とでも、公事を致すやうな悪魔の世になりて居るが、是では世は続いては行かぬから、天からは御三体の大神様がお降り遊ばすなり、地からは、国常立尊が変性男子と現はれて、新つの世に立替立直して、松の五六七の世に致して、世界の人民を歓ばし、万劫末代勇んで暮す神国の世に替へて了はねばならぬから、艮の金神は、三千年の間長い経綸を致して、時節を待ちて居りたぞよ。八つ尾八つ頭の守護神を、今度はさつぱり往生いたさすぞよ』云々と明示されてあるのも、要はこの御本文の大精神に合致して居る一大事実である。 『爾、速須佐之男命、其の老夫に是汝の女ならば、吾に奉らむやと詔たまふに、恐けれど御名を覚らずと答白せば、吾は天照大御神の同母男なり。故今天より降り坐つと答へたまひき。爾に足名椎、手名椎、然坐さば恐し立奉らむと白しき』 右御本文の老夫にとあるは艮の金神国常立尊神霊に対しての御言である。また足名椎手名椎神と並び称せるは、肉体は出口直子であつて手名椎の神であり霊魂は国常立尊の足名椎の意である。 茲に天より降り給へる須佐之男命は、老夫なる国常立尊の神霊に対し玉ひて、是は汝の守護し愛育する所の、至粋至醇の神の御子たる優しき人民であるなれば、吾に是の女の如き可憐なる万民の救済を一任せずやと、御尋ねになつた事である。そこで国常立尊は実に恐縮の至りではありますが、貴方は如何なる地位と、御職掌の在す神で居らせらるるや。御地位と御職名とを覚らない以上は御一任する事は出来ませぬと白し給ひければ、大神は至極尤もなる御尋ねである。然らば吾が名を申し上げむ、吾は天津高御座に鎮まり坐ます、掛巻も畏き天照大御神の同母弟であつて、大海原を知食すべき職掌である。されば今世界の目下の惨状を黙視するに忍びず、万類救護の為に、地上に降り来たのである。故に国津神たる汝の治むる万類万民を救はむが為に、吾に其の職掌を一任されよ然らば汝と共に八岐の大蛇の害を除いて天下を安国と平けく進め開かむと仰せになつたのである。茲に変性男子の身魂は、大変に畏み歓び玉うて、左様に至尊の神様に坐ますならば吾女なる可憐なる人民を貴神に御預け申すと、仰せられたのである。是は去る明治三十一年の秋に変性男子と変性女子との身魂が二柱揃うて神懸りがあつた時の御言であつて、実に重大なる意義が含まれて在るのである。然し乍ら是は神と神との問答でありまして、人間の肉体上に関する問題ではないから、読者に誤解の無いやうに御注意願つておく次第である。 『爾速須佐之男命、乃ち、其の童女を湯津爪櫛に取成して、御角髪に刺して、其の足名椎、手名椎神に告りたまはく、汝等、八塩折の酒を醸み、且、垣を造り迴し、その垣に八つの門を造り、門毎に八つの棧敷を結ひ、その棧敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて、待ちてよと、のりたまひき』 湯津爪櫛の言霊を略解すれば、 ユは、天地、神人、顕幽、上下一切を真釣合せ、国家を安寧に、民心を正直に立直す大努力の意であり、 ツは、日の大神の御稜威を信じ、大金剛の至誠心を振り起し、言心行一致の貫徹を期し、以て神霊の極力を発揮するの意である。 ツは、生成化育の大本合致し、大決断力を発揮し、実相真如の神民たりとの意である。 マは、人種中の第一位たる資格を保ち、胸中常に明かにして無為円満なる意である。 グは、暗愚を去つて賢明に帰し、万事神助を得て意の如く物事成功するの意である。 シは、信仰堅く、敬神尊皇報国の忠良なる臣民の基台なりとの意である。 以上の六言霊を総合する時は、霊主体従の真の日本魂を発揮せる神の御子と立直し玉ふ、神の経綸を進むると謂ふことである。 御角髪の言霊を略解すれば、 ミは、形体具足成就して、日本神国の神民たる位を各自に顕はし定めて真実を極め、以て瑞の御魂に合一する意である。 ミは、⦿の御威徳を明かに覚知し、惟神の大道を遵奉し実行し、以て玲瓏たる玉の如き身魂と成るの意である。 ツは、神の分身分霊として天壌無窮に真の生命を保全し、肉体としては君国を守り、霊体としては神と人民とを助け守るの意である。 ラは、言心行の三事完全に実現し、本末一貫、霊主体従の臣民と成りて、自由自在に本能を発揮するの意である。 以上の四言霊を総合する時は、愈日本魂の実言実行者となりて、其の霊魂は神の御列に加はるべき真の御子と成りたる意である。 要するに、瑞の霊魂なる速須佐之男命は、二霊一体なる神政開祖の神人より、男と女の守護と化育とを一任され一大金剛力を発揮して、本来の日本魂に立替へ立直し、更に進んで其の実行者とし賜ふた事を『其のオトメをユツツマグシに取成して御角髪に刺して』と言ふのである。 斯の如く、天下の万民の身魂の改良を遊ばして、足名椎、手名椎の御魂に御渡しになるに就ては、相当の歳月を要したのである。或は神徳を以てし、或は物質力を以てし、或は自然力を以てし、或は教戒を以てし、慈愛を以てし、種々の御苦辛を嘗めさせ玉ふ其神恩を忘れては成らぬのである。そこで速須佐之男命は、足名椎手名椎なる変性男子の霊魂に対つて告り給ふた御言葉は左の通りである。幸ひ残れるオトメは斯の如く、湯津爪櫛に取成し、御角髪に刺て立派に日本魂を造り上げたと云ふ事は、全く天津神の御霊徳と、吾御魂の活動と、汝命の至誠の賜であるから、第一に天地八百万の神に、精選した立派な美味なる、所謂八塩折の神酒を醸造し、且つ汚穢を防ぐ為に清らかな瑞垣を四方に作り廻して、其の垣毎に祭壇を設け(八つ門)て、祭壇毎に祝詞座を拵へ、酒を甕の戸高知り甕の腹満て並べて神々に報恩謝徳の本義を尽すべく、詔りたまふたのである。凡て酒と云ふものは、大神に献る時は、第一に御神慮を和げ勇ませ歓ばせ奉る結構な供へ物であるが、体主霊従的の人間が之を飲むと決して碌な事は出来ないのである。同じ種類の酒でも、人間は御魂相応に、種々の反応を来すものであつて、悪霊の憑つた人間が呑めば直ちに言語や、動作や精神が悪の性来を現はし、且つ酔ひ且つ狂ひ乱れ暴れるものである。或は泣くもの、笑ふもの、怒るもの、妙な処へ行きたくなるものなぞ、種々雑多に変化して、身魂の本性は現はし、吐たり倒れたり苦しみ悶えたりするものである。常に至誠至実の人にして、心魂の下津岩根に安定したものは、仮令酒を常に得呑まぬ人でも、少々位時に臨んで戴いた所が、決して前後不覚になつたり、倒れたり苦しんだり、動作や言舌や精神の変乱するもので無く、心中益々壮快を覚え、笑み栄え勇気を増し、神智を発揮するものである。故に酒は神様に献る所の清浄なる美酒と雖も、心の醜悪なるものが呑む時は、忽ち身魂を毒し弱らしむるものである。同じ酒を甲は一合呑んで酔ひ潰れて了ふかと思へば、乙は一升呑んでも酔はず、丙は三升位呑まなくては少しも酔うた如うな心持がしないと、云ふ区別の附くのは、乃ち身魂の性質に依りて反応に差異ある事の証である。甲は呑んで笑ひ、乙は怒り、丙は泣くと云ふ如うに、同じ味のある同じ種類の酒でも、区別の附くと云ふのは、実に不思議なもので、是はどうしても身と魂との性来関係に依るものである。 『故、告りたまへる随にして、如此設け備へて待つ時に、其の八岐大蛇、信に言ひしが如来つ。乃ち、船毎に、己々頭を垂入て、その酒を飲みき、於是、飲み酔ひてみな伏寝たり。爾ち速須佐之男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その大蛇を切散りたまひしかば肥の河、血に変りて流れき』 そこで変性男子の身魂は命の随々芳醇なる神酒を造りて、天地の神明を招待し、以て歓喜を表し賜ひ、神恩を感謝し給うたのである。八岐の大蛇の霊に憑依された数多の悪神の頭目や眷族共が大神酒を飲んで了つた。丁度今日の世の中の人間は、酒の為に腸までも腐らせ、血液の循環を悪くし、頭は重くなり、フラフラとして行歩も自由ならぬ、地上に転倒して前後も弁知せず、醜婦に戯れ家を破り、知識を曇らせ、不治の病を起して悶え苦しんで居るのは、所謂「飲み酔ひて皆伏寝たり」と云ふことである。爾に於て瑞の御霊の大神は、世界人民の不行跡を見るに忍びず、神軍を起して、此の悪鬼蛇神の憑依せる、身魂を切り散らし、亡ぼし給うたのである。十拳剣を抜きてと云ふ事は遠津神の勅定を奉戴して破邪顕正の本能を発揮し給うたと云ふことである。そこで肥の河なる世界の祖国日の本の上下一般の人民は、心から改心をして、血の如き赤き真心となり、同じ血族の如く世界と共に、永遠無窮に平和に安穏に天下が治まつたと云ふ事を「肥の河血に変りて流れき」と云ふのである。流れると云ふ意義は幾万世に伝はる事である。古事記の序文に、後葉に流へんと欲すとあるも、同義である。 『故其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刄毀けき。怪しと思ほして、御刀の端もて刺割きて見そなはししかば、都牟刈之太刀あり。故此太刀を取らして、怪異しき物ぞと思ほして天照大御神に白し上げたまひき。是は草薙太刀なり』 中の尾と云ふ事は、葦原の中津国の下層社会の臣民の事である。其臣民を裁断して、身魂を精細に解剖点検し玉ふ時に、実に立派な金剛力の神人を認められた状態を称して、御刀の刄毀けきと云ふのである。アヽ実に予想外の立派な救世主の身魂が、大蛇の中の尾なる社会の下層に隠れ居るわい。是は一つの掘り出しものだと謂つて、感激されたことを、怪しと思ほしてと云ふのである。御刀の端もてと云ふ事は、天祖の御遺訓の光に照し見てと云ふ事である。 『刺割きて見そなはししかば都牟刈之太刀あり』と云ふことは今迄の点検調査の方針を一変し、側面より仔細に御審査になると、四魂五情の活用全き大真人が、中の尾なる下層社会の一隅に、潜みつつあつたのを初めて発見されたと云ふことである。都牟刈之太刀とは言霊学上より解すれば三千世界の大救世主にして、伊都能売の身魂と云ふ事である。故、此太刀なる大救世主の霊魂を取り立て、異数の真人なりと驚歎され、直ちに天照大御神様、及びその表現神に大切なる御神器として、奉献されたのである。凡ての青人草を神風の吹きて靡かす如く、徳を以て万民を悦服せしむる一大真人、日本国の柱石にして世界治平の基たるべき、神器的真人を称して、草薙剣と云ふのである。八岐大蛇の暴狂ひて万民の身魂を絶滅せしめつつある今日、一日も早く草薙神剣の活用ある、真徳の大真人の出現せむことを、希望する次第である。 また草薙剣とは、我日本全国の別名である。この神国を背負つて立つ処の真人は、即ち草薙神剣の霊魂の活用者である。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友) |
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23 (1671) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 11 宝庫の鍵 | 第一一章宝庫の鍵〔六〇一〕 神素盞嗚の瑞霊国武彦の厳霊 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦が 闇を照して英子姫悦子の姫と諸共に 鬼武彦の守護りにてさしもに猛き曲津神 鬼雲彦の一族を言向け和し服従はぬ 数多の鬼は四方八方に雲を霞と逃げ散りて 鬼雲彦は雲に乗り伊吹の山の方面に 逃げ失せたりと取り取りの高き噂を菊月の 空を照して昇り来る三五の月の夕間暮 秋山彦の門前に現はれ出でたる二人の男女 覆面頭巾の扮装に四辺を憚り声低に そつと門戸を叩きつつ頼も頼もと訪へば ハツと答へて出で来る加米公銀公の両人は 戸の隙間より垣間見て二人の姿を怪しみつ 何人なるかと訊ぬれば声淑やかに答へらく 我は日の出大神ぞ行成彦の神の宮 早く開けさせ給へかし秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり早く早くと急き立てて 何とはなしに落ち付かぬ怪しき風情に加米公は 口を尖らし呶鳴り立て日の出神とは心得ぬ 三五の月の皎々と上り初めたる夕間暮 門戸を叩き訪ふは日暮の神に非ざるか 行成彦とは嘘の皮宿を失ひ行詰り彦の 醜の命の曲神か門は締めても秋山彦の 神の司の御館汝等二人の胸の内 未だ開かぬ曲津見の醜の容れもん砕け門 摺つた門だと申さずに早く帰るがよからうぞ 日暮に門を叩く奴碌な奴ではあるまいぞ 用事があれば明日来れ此の大門は吾々が 夜昼寝ずに守る門大門開きは日の出時 其日暮しの門番も日暮の門は開かない 帰れ帰れと急き立つる。 高姫『十里四方は宮の内、大門開きの日の出神、一時も早く秋山彦の御大将に、日の出神行成彦の神の御入来と申し伝へよ、門番の分際として門の開閉を拒む事はなるまい、愚図々々致して、後で後悔するな、今宵に迫る当家の大難、救ひの神と現はれた日の出神を何と心得る』 と慄ひを帯びた癇声を張上げ、形相凄じく突立ち居る。 加米公『オイ銀公、一寸覗いて見よ、顔に白粉をべたりとつけて何だか嫌らしい女が一人、青瓢箪のやうな面をした男が一人だ。何でも大変な事がお館にあるので知らしに来たとか、此門開けねば明日になつて後悔をするとか云つて居る、どうしたら好からうかな』 銀公『何と云うても御主人様の云ひつけ、暮六つ過ぎたなら、何人が来ても開ける事はならぬとの厳命だ。ほつとけほつとけ』 加米公『それでも普通の人間ではない、神だとか云つて居るやうだ』 銀公『神にも種々ある、人を喰ふ狼もあれば曲津神もあり、鼻紙、塵紙、尻拭き紙もあるワ、ようかみ分けて判断をせないと後になつて歯がみをなして悔しがらねばならぬ事が出来するぞ、どれどれ一つ俺が覗いて様子を調べてやらう』 銀公は門の隙間より片目を塞ぎ、片目を当てて覗きながら、 銀公『ハヽヽヽヽ、彼奴ア神に間違ひないが、薑だ、咳嗽や痰の薬なら持つてこいだ。よう何だか耳に口を当てて密々話をやつて居よるワ、あの顔色の青い男はあの女のハズバンドだな、気楽な奴もあればあるものだ、人の門前に立つて意茶ついて居やがる。お月さまに恥かしくは無いだらうかなア』 青彦『モシモシ、御館に対して今夜の中に大事が突発致します、一寸先は闇の夜だ、吾々は天下を助ける宣伝使だ、どうぞ開けて下さい』 銀公『ナヽヽ何を吐すのだ、今夜のやうな明月に、一寸先は闇の夜だとはそれや貴様の心の中の事だらう、用事があらば明日来い。仮令此館に如何なる変事が突発せうとも、貴様の容喙する所ぢやない、トツトと帰れ』 高姫『左様では御座いませうが日の出神様より強つての御神勅、何は兎もあれ秋山彦の御主人に此由お伝へ下さいませ』 銀公『アヽ仕方がないな、兎も角御主人様に申し上げて来るから、それまで、貴様は此処に待つてけつかりませ、オイオイ加米公、俺が出て来るまで邪が非でも開けてはならぬぞ』 と言ひ捨て奥を目蒐けて駆け出したり。 青彦『もしもし門番さま、早く開けないか、愚図々々して居るとお前の身の上が危ないぞ。根の国底の国へ真逆様に落されると可憐さうだから気をつけてやり度いと神様の御神勅で出て来たのだ』 加米公『神勅でも何でも主人の許しなきまでは開けられぬ、根の国底の国と云ふ地獄に落ちるか知らぬが、地獄の沙汰も金次第だ、もし此門あけて地獄にでも落ちては困るから、お前さまも何々を出しなさい、さうしたら開けて上げやう、金さへあれば地獄の釜の蓋でも開くと云ふ事、鬼に酒代をやつて地獄を逃れる分別をさせなくてはならぬからサア出したり出したり、惚薬外にないかと蠑螈に問へば指を輪にして見せたげな、蠑螈でさへもそれだもの、同じ水に住む加米公に円いものを出しなさい、そつと開けてやるから』 高姫『サアこれだから瑞の霊の教は悪のやり方だと云ふのだよ、門番までが金取主義ぢや。これこれ青彦さま、この一事を見ても如何に三五教が現金主義、利己主義、吾よしの遣方と云ふ事が分るぢやないか。お前さまもよい加減に目を醒まさぬと瑞の霊に尻の毛が一本も無いところ迄抜かれて仕舞ひますぞゑ』 青彦『さうですな、隅から隅まで抜け目のないお前さまと思つて居たのに、三五教はも一つ哥兄ですなア』 加米公『エヽ、愚図々々と出し惜みをする奴だなア、何処の宣伝使か知らぬが、三五教が銭払ひがよい、吾々のやうな門番のやくざものでも、此方から何も云はぬに小判の二枚や三枚はそつと懐中に入れて呉れる、此奴はウラナイ教と見えて此方から露骨に請求しても出しやがらぬ吝嗇坊だ、それだから三五教の信者を自分が苦労もせずに掻き落しに廻つてウラナイ教に入れる事許り考へて居やがるのだ。オイオイ二人の宣伝使、忘れものはないか、何かお前は忘れて居るだらう、渡し船に乗つてもはし銭が要るぢやないか、門を潜るのに何々で潜ると云ふ法があるか、エヽ気の利かぬ宣伝使ぢやな、銀公の奴が居らぬ間に一つ権兵る積りで居たのに、先方が気の利かぬドンベイだから成功覚束なしと云ふものだ』 斯かる所へ銀公は走り来り、 銀公『ヤア加米公、御主人の申つけだ、直に門を開いてお通し申せ』 加米公『アヽさうか』 と閂を外し左右に開いて声を変へ、 加米『アヽこれはこれは立派な立派な御神徳のありさうな二人の宣伝使様、私は奥に急用あつて居りませなかつたものだから家来の奴、摺つた門だと理屈を申し、吝嗇な事を申してお金を強請つたさうで御座います、決して、当家は三五教の信者ですから、上から下まで清浄潔白お金などは手に触れるのも汚がつて居るものばかりです、此頃傭うた門番が一人御座いまして、其奴が今迄バラモン教の信者であつたものですから、二つ目にはお金の事を申しまして恥かしう御座います、決して私が申たのでは御座いませぬ、悪しからず、御主人にお会ひになつても加米公が云つたのではないと弁解して置いて下さい、兎角誤解の多い世の中、清浄潔白の加米公迄が、門番の傍杖を喰つて痛くない腹を探られるのも余り心持の好い門ぢや御座いませぬ』 と初めの作り声をいつしか忘れて元の地声になつて仕舞ひける。 高姫『ホヽヽそれでも貴方のお声が好く似てますナア、初の方は違ふ方かと思ひましたが、矢張最前のお声の持主、ようマアお化け遊ばすなア、大化物の瑞霊の乾児だけあつて化ける事は奇妙なものだ。ホヽヽヽヽ』 加米公は又もや作り声になつて、 加米公『イエイエ決して決して、初の内は私の地声で御座いました、中途に新米門番の生霊が憑きやがつて云つたのです、夫れで新米門番其儘の声が出ました。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らさうとする。 銀公『アハヽヽヽ、地獄の沙汰も加米次第だな』 加米公『地獄の沙汰も加米と銀公とで埒が明く世の中だ。アハヽヽヽ、サアサアお二人のお方、トツトとお入り遊ばせ』 二人は定つた事だと云はぬ許りに大手を振り大股に意気揚々として、のそりのそりとのさばり行く。二人は玄関にヌツと立つて家の様子を覗き込むやうな、覗かぬやうな体に聞き耳立てて居る。玄関の障子をさつと開いて現はれ出でたる一人の男、 男『オー貴方は高姫さま、青彦さま、此間は豪いお気の毒な御災難が御座いまして、其後一度お見舞に参らうと思つては居ませぬが、随分お火傷なさいましたさうで、水責、火責、煙責、眼から火の出の神様、青息吐息の顔真青な青彦さま、ようマア態々、お尋ね下さりやがつた。マアマア御遠慮がありますれば、御用事無く、とつとと入りやがるな』 と云ふかと見ればプスリと姿は消えにける。二人は玄関に立ちながら、 高姫『これだから化物教だと云ふのだよ、青彦さま、これだから私に随いて実地教育を受けねば駄目だと云ふのだよ、日の出神の眼力は違やしよまいがな』 青彦『本当にさうです、いやもう恐れ入谷の鬼子母神ですワ』 高姫『ソンナ剽軽な事を云うてはなりませぬ。お前も何うやらすると瑞の霊の悪霊に憑依されたと見える、些と確りなさらぬかい』 此時奥の方より紅葉姫は淑やかに此場に現はれ、 紅葉姫『これはこれはお二人のお方、夜中にお越し下さいましたのは何か変はつた事が在すのでは御座いませぬか、兎も角お上り下さいまして御休息の上、御用の趣仰せ聞け下さいませ』 高姫『左様ならば遠慮なく御免蒙ります、サア青彦、貴方も随いて来なさい、随分気をつけて油断せぬやう眼を八方に配るのだよ』 紅葉姫『私方は三五教の信者、善の道を遵奉するもの、御心配下さるな、滅多に陥穽もありませぬ、又地の底に魔窟ケ原のやうな隠れ場所も造つては御座いませぬ、マア悠くりと、安心して胴を据ゑて下さいませ』 高姫『此間は御主人様はお気の毒な事で御座いましたなア、何うぞ霊様なりと拝まして下さい、三五教を信仰なさつても矢張悪魔には叶はぬと見えます、大江山の鬼雲彦の部下に捕へられ嬲殺しにお遭ひなさつたさうだが、私が聞いても涙が澪れる、况して女房の貴女、御愁傷の程お察し申します』 と、そつと目に唾をつけ、オンオンと空泣きに泣き立てる。青彦はポカンとして紅葉姫の顔を見詰めて居る。高姫は青彦の裾をそつと引き、泣き真似をせよと合図をする、青彦は些しも合点行かず、 青彦『エ何ですか、私の着物に何ぞ着いて居りますか、甚う引つ張りなさいますな』 紅葉姫『オホヽヽヽ、それは御親切有難う御座います、私の主人は無事帰つて参りました、これも全く三五教の御神徳で御座います、余り三五教の勢力が強いので嫉み猜みから、ウラナイ教とやらが出来て、其処ら中を掻き廻して歩くと云ふ事で御座います、よう人の真似の流行る世の中、人が成功したからと云うて自分が其真似をして向ふを張らうと思つても、身魂の因縁性来で到底思惑は立つものぢやありませぬ、貴女はウラナイ教の宣伝使とお見受致しますが、一体ウラナイ教はドンナ教で御座いますか』 高姫『三五教はあれは元は好かつたが、今は薩張り駄目です、三五教の誠生粋の根本は、日の出神の生宮、この高姫が何も彼もこの世の開けた根本の初りから、万劫末代の世の事、何一つ知らぬと云ふものはないウラナイ教です、それだから誰にも聞かずにお家の御主人秋山彦様の御遭難もチヤンと分つて居るのです、ナンとウラナイ教は立派なものでせうがナ』 紅葉姫『死ンでも居ない吾夫秋山彦を死人扱ひなさるのは、如何にも好く分つた偉い神様ですなア、秋山彦はピンピンして居りますよ』 高姫『それは貴女身魂の因縁をご存じないからソンナ理屈を仰有るが、三五教で一旦大江山に囚はれ死ンだ処を、此高姫が日の出神の水火を遠隔の地よりかけて、神霊の注射をやつたから生返つたのだよ、サアこれからは心を改めてウラナイ教に改宗なされ』 紅葉姫『朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、三五教は世を救ふ、誠の神の御教、ウラナイ教はどうしても虫が好きませぬ、合縁奇縁蓼喰ふ虫も好き好き、えぐい煙草の葉にも虫がつく、改宗するのは見合しませう、いや絶対に嫌ですワ、ホヽヽヽヽ』 奥の方より秋山彦の声がして、 秋山彦『紅葉姫紅葉姫』 と聞え来る。 『ハイ』と答へて紅葉姫は二人に軽く会釈して奥の間さして進み入る。 二人は紅葉姫の後姿を目送しながら眼を転じて額を見れば、額の裏に鍵の端が現はれて居る。高姫は立上り、手に取り見れば冠島沓島の宝庫の鍵と記されてある。高姫はニヤリと笑ひ、これさへあれば大願成就と手早く懐中に捻込み素知らぬ顔、青彦はがたがた慄ひ出し、 青彦『もしもし高姫さま、ソヽそれは何と云ふ事をなされます、当家の什物を貴女の懐中にお入れ遊ばすとは合点が参りませぬ』 高姫『シーツ、エヽ融通の利かぬ男だな、日の出神の御命令だ、此家に冠島沓島の鍵を持つて居る事は天眼通でチヤンと睨みてある、之をかぎ出す為にやつて来たのだよ、サアサア今の中に夜に紛れて此処を立ち去り船を拵へ冠島に渡りませう』 と先に立つて行かむとする。 青彦『一応当家の方々に御挨拶を申上げねばなりますまい、何だか心懸りでなりませぬわい』 高姫『エヽ合点の悪い、愚図々々して居る時ぢやない、時期切迫間髪を容れずと云ふこの場合だ。大功は細瑾を顧みず細君は夫を顧みず、神国成就の為に沐雨櫛風、獅子奮迅の大活動早く御座れ』 と裏門よりそつと此家を逃出したり。秋山彦邸内の者は一人として二人の者の逃走せし事に気が付かざりける。二人は由良の港に駆けつけ一艘の小船を○○し、青彦は艪を操り、高姫は櫂を漕ぎ一生懸命月照る海原を漕ぎ出したりける。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録) |
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24 (1673) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 13 神集の玉 | 第一三章神集の玉〔六〇三〕 秋山館の門番なる銀公、加米公両人は由良の港に立出て船出の用意致さむと表門へ駆け出す。折から現はれし一男二女の宣伝使、宣伝歌を謳ひ乍ら悠々として門内に入らむとする。銀公、加米公は大手を拡げて、 銀公、加米公『其方は亀彦の宣伝使、鍵盗人の同類であらう。もうもうもう宣伝使のせの字を聞いても嫌になる哩、最前来やがつた二人の宣伝使奴が、大切なる鍵をちよろまかして裏門より逃失せやがつた。それが為めに当館の中は上を下への大騒動だ、貴様ももう駄目だ、肝腎要の鍵は先の宣伝使が持つて帰つた、神秘の鍵を盗まれ当館は空前絶後の大混雑、之から沢山な番犬でもかり集めてかぎ探させる処だ、貴様も宜い加減に帰れ』 亀彦『之は心得ぬ其方の言葉、吾々に対し盗人扱ひをなさるのか』 加米公『極つた事だよ、宣伝使と言へば鍵盗人の代名詞だ、通る事罷りならぬ、貴様の様な者を奥へふみ込まさうものなら、それこそ大変だ』 亀彦『一応合点の往かぬ汝が言葉、二人の宣伝使とはウラナイ教の宣伝使であらう、吾々は三五教の宣伝使だ、神秘の鍵を与へる者だ』 銀公『何、神秘の鍵を与へるとな、サア早く其鍵を見せて呉れ、鍵を渡せば通行を許して与らう、宣伝使と言へば何奴も此奴も皆鍵盗人の様な気がする、貴様は何処で神秘の鍵とやらを盗みて来たのだ、サアサ早く手に渡せ』 亀彦『アハヽヽヽ、訳の分からぬ門番だな、サアサ英子姫さま悦子姫さま参りませう』 と行かむとする。銀公、加米公は大声をあげて呶鳴り立てる。此声を聞きつけたる秋山彦は何事ならむと表に飛び出し到り見れば亀彦の宣伝使一行なりけり。 秋山彦『ア、之は之は亀彦様、英子姫様、悦子姫様克く入らせられました。少し許り取込が出来ましたので大騒ぎを致して居ります、素盞嗚大神様よりお預り申した大切なる玉鍵を何者かに盗まれ、唯今僕共を四方に遣はし探索の最中で御座います』 亀彦『ア、それで分りました、門番共が私に対し鍵盗人だとか何だとか大変な事を言つて居ました、然しそれは大事ですな、何か心当りは御座いますまいか』 秋山彦『先程ウラナイ教の高姫、青彦と言ふ二人の宣伝使が玄関まで来訪致し、其儘姿を隠しました。あとを見れば玄関の間の額の裏に匿ひ置きたる大切な玉鍵が紛失致して居ります、人を疑ふは決して良い事ではありませぬが、よもやと思ひ心の裡に罪を作つて居ります』 亀彦『ヤア、それは御心配、お察し申す、吾々も共々に力添を致しまして、鍵の所在を捜索致しませう』 秋山彦『あの鍵は冠島、沓島の宝の鍵で御座いますれば、万々一其鍵を以て両島に押し渡り、如意宝珠の玉を盗み取る様な事が御座いましては、折角の神政成就の基礎も滅茶々々になつて仕舞ひまする、生命に代へても此鍵と玉とは守らねばなりませぬ』 亀彦『アヽ、さうぢや、斯ういふ時こそ鬼武彦殿にお頼み申さねばなるまい』 と大江山の方に向つて天津祝詞を奏上し救援を求めたるに、言下に、 『オウ』 と答へて現はれ来る覆面の大男、能く能く見れば鬼武彦なりける。 亀彦『ヤア貴下は鬼武彦様、能うこそ御入来下さいました、お願ひの筋は斯く斯く』 と鍵の紛失せし事を詳細に物語れば、鬼武彦は暫時頭を傾け目を閉ぢ居たりしが忽ち顔色華に、 鬼武彦『アハヽヽヽ、此鍵の掠奪者はウラナイ教の宣伝使高姫、青彦と言ふ奴、只今由良の港より船に乗り博奕ケ岬迄漕ぎ出して居りまする、サア吾々がお伴致しませう、船を出しなさいませ、秋山彦殿、御心配御無用だ』 秋山彦『有難う御座います、何卒何卒宜しく御願申します』 鬼武彦『某は之より亀彦と共に船を準備へ冠島、沓島に向ひませう、秋山彦を始め英子姫、悦子姫は当館にあつて吾々が帰るを待ち受けられよ、亀彦来れ』 と言ふより早く、加米公その他秋山彦の家の子郎党十数人を引率し三艘の小船を艤装して由良の港の月照る海原を艪櫂の音勇ましく漕ぎ出したり。三五の月は海底深く姿を浮かべ、船の動揺につれて忽ち上下左右に延長し海底に銀竜の姿を現じつつ、うつ波の博奕ケ岬を後に見て潮の飛沫をカブラ岩、経ケ岬を左手に眺め高雲山を右手に望み矢を射る如く高姫の後を追ひしき行きぬ。 高姫は二時ばかり以前に冠島に上陸し玉鍵を以て素盞嗚尊が秘め置かれたる如意宝珠を取り出し、山上の大桑樹の根元に密に埋め目標をなし、又もや青彦と共に船に乗り沓島に向ひける。 巨大なる鰐は数限りなく沓島の周辺を取り囲み堅く守り居る、鰐の群に圧せられて、船は最早や一尺も進む事能はず、高姫は船の綱を腰に結び付け鰐の背を渡つて青彦諸共漸く断崖に登り着きぬ。此間殆ど二時許りを要したりける。鬼武彦、亀彦の一行は忽ち此場に追ひつきける。数多の鰐は左右に分れ船路を開く。一同は直に島に駆け上り頂上の岩窟に向つて登り行く。釣鐘岩の絶頂に直立一丈許りの岩窟あり。其処には黄、紅、青、赤、紫其他色々の光彩を放てる金剛不壊の宝玉が匿されあり。二人は余念なく其岩窟に跳び込み玉を取らむとて汗み泥になつて働き居る。鍵は穴の端に大切相に木葉を敷いて置きありぬ。亀彦は手早く其鍵をとり上げ懐中に捻ぢ込みける。金剛不壊の此玉は、地底の世界より突出せしものにして巌の尖端に密着しあれば容易に摂取する事能はず、鬼武彦は密に傍の大岩石を引き抜き来り岩穴の上にドスンと載せたり。二人は徳利口を塞がれて如何ともする事能はず悲鳴をあげて泣き叫ぶ。 鬼武彦始め一同は此処に悠然として天津祝詞を奏上し宣伝歌を唱へ且その周囲に蝟集して休息し雑談に耽りぬ。岩と岩との隙間より二人の藻掻く態は歴然と見え居たり。亀彦は隙間よりヌツと中を覗けば、穴の中より高姫は亀彦の顔を見上げ、 高姫『ヤア汝は三五教の宣伝使、吾々は神勅を奉じて此玉をお迎へに参つたもの、神業の妨害すると地獄の釜に真逆様に落されるぞ、早く悪戯をやめて誠の道に立ち復り、此岩を除けて日の出神にお詫を申さぬか、不届な奴めが』 亀彦『アハヽヽヽ、末代上れぬ岩穴に放り込まれて減らず口を叩くな、此岩は巨大なる千引岩、仮令百人千人来るとも容易に動かぬ代物だ、マアマア悠りと此処に安居して沈思黙考なされませ、吾々は之より聖地を指してお先へ御免蒙る』 高姫『岩石を取らぬなら取らぬで宜い、其代りに冠島の玉の所在は分るまい、玉の所在が知り度くば此岩を取り除けて吾々二人を救ひ上げ船に乗せ鄭重に田辺の港まで送り帰せ、如意宝珠の玉は欲しくは無いか』 亀彦『エー、抜け目のない奴だ、鬼武彦さま、如何致しませうか、貴方の天眼力で、玉の所在をお探し下さらぬか』 鬼武彦『一旦悪神の手に渡つた如意宝珠なれば外部は穢れ曇り一向霊気を放射致さぬ、あの玉を再び用ひむとすれば七日七夜の間、和知の清泉に清めて磨かねばなりませぬ、さりとて、所在が分らねばこれ亦素盞嗚の大神に対して申し訳が立たぬ、エー仕方がない、高姫、青彦両人に白状させるより外に道はありますまい』 亀彦『困つたな、万劫末代此岩穴に封じ込めて与らうと思つたに惜しい事だ、オイ、高姫、青彦の両人、貴様は余つ程幸福者だ、玉の所在を逐一申せ、然らば此岩を取り除いて与らう』 高姫『ドツコイ、さうは往きませぬぞ、岩石を除いて吾々を冠島迄送り届けなければ仲々白状致さぬ、万一迂濶所在を知らすが最後此儘にして置かれては吾々の立つ瀬が無い、吾々を救ふ方法は玉の所在を知らさぬ一法あるのみだ、ホヽヽヽ』 亀彦『エー、酢でも蒟蒻でも往かぬ奴だ、一歩譲つて此岩を取り除けて助けて与ろか、打たぬ博奕に負たと思うて辛抱するかなア』 と呟き乍ら鬼武彦に目配せすれば鬼武彦はウンと一声、力をこめて岩を蹴る、岩石はガラガラガラツ、ドドンツと音響を立て眼下の紫色の海中に向つて水柱をたてつつドブンと落ち込みぬ。高姫、青彦は漸く這ひ上り、 高姫、青彦『ヤア皆さま、御心配を掛けました。お蔭さまで助けて貰ひました。サアサ、帰りませう』 亀彦『コレヤコレヤさうは往かぬ、何処に隠した、白状致さぬか』 高姫『如意宝珠の玉は冠島に隠してある。此処では無い、早く船を出しなさい、愚図々々して居ると荒風が吹いて帰る事が出来なくなる』 鬼武彦一行は釣鐘岩を辛うじて下り船に乗り込みぬ。高姫、青彦は鬼武彦、亀彦の船に分乗せしめ彼が乗り来りし船には秋山彦の僕を乗せ、艪櫂の音勇ましく冠島に向つて漕ぎ帰る。高姫は冠島へ着くや否や、猿の如く山上に駆け上り、手早く珠を掘り出し懐中に捻込み、 高姫『サア如意宝珠は之で御座る、今お渡しすると貴方は都合が宜しからうが妾の都合が一寸悪い、万一船中に於て海中に放り込まれでもしては大変だ、もし放り込まれたら懐中の玉と一緒に沈む覚悟だ、サアサ田辺の港でお渡し申す』 亀彦『何処迄も注意周到な奴だナア、吾々は決して汝等を苦しめる考へでは無い、今直に渡して呉れよ。屹度田辺に送り着けてやる』 高姫『滅相もない、其方の出様次第に依つて此玉を岩石に打付けて砕いて仕舞ふか、疵をつけるか、海中に投げ込むか、未だ見当が付いて居らぬ。渡す渡さぬは田辺へ着いた上の事だ、オホヽヽヽ』 亀彦『ソンナラ貴様だけ船に乗せてやる、青彦は此島に暫時居つて修業をしたが宜しからう』 高姫『滅相な、車の両輪、二本の脚、御神酒徳利、鑿と槌、二人居らねば何事も一人では物事成就致さぬ、一本では歩けない。青彦も一緒に連れて帰れ』 亀彦『何処迄も図々しい奴だ、それ位でなくては三五教の切り崩しは到底出来よまい、アア感心感心、韓信の股潜りだ、アハヽヽヽ』 鬼武彦『サア亀彦さま、話は悠りと船中でなさいませ、東北の天に当つて怪雲が現はれました。暴風の襲来刻々に迫つて来ました。サア早く早く』 と急き立てる。亀彦、高姫其他一同は四艘の船に分乗し艪櫂の音勇ましく田辺を指して帰り来る。アヽ此宝珠は如何なるであらうか。 因に言ふ、此如意宝珠の玉は一名言霊と称し又神集の玉とも言ひ言語を発する不可思議の生玉である。丁度近代流行の蓄音器の玉の様な活動をする宝玉にして今はウラナイ教の末流たる悪神の手に保存せられ独逸の或地点に深く秘蔵されありと言ふ。 (大正一一・四・一五旧三・一九北村隆光録) (昭和一〇・五・二六天恩郷王仁校正) |
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25 (1698) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 06 真か偽か | 第六章真か偽か〔六三四〕 紫姫は紫の姿を装ふ弥仙山 四尾の山や桶伏の珍の聖地を伏し拝み 西坂峠を後に見て若葉もそよぐ若彦や 心の馬公鹿公を伴ひ進む春の道 山追々と迫り来る心も細き谷道を 伝ひ伝ひて河守の里を左手に打ち眺め 船岡山を右に見て日もやうやうに酉の刻 暗の帳はおろされて一行ゆくてに迷ひつつ 道のかたへの小やけき神の祠に立寄りて 息を休むる折柄に俄に女の叫び声 紫姫は立ち上り耳を傾け聞き終り 若彦、馬、鹿三人を声する方に遣はして 様子探らせ調ぶれば思ひがけなき愛娘 闇の林に縛られて息絶え絶えと苦しみの 中を助けて三人が忽ち登る月影に 心照らして帰り来る何処の方と訪へば 若き女の物語驚く若彦一同は 互に労りかばいつつ月の光を力とし 四辺に注意を為し乍ら剣尖山の麓なる 珍の聖地に立向ふ。 三男二女の一隊は、月もる山道を漸くにして皇大神を斎き祀れる大宮の前に無事参向する事を得たり。水も子の刻丑の刻と夜は段々と更け渡り、淙々たる谷川の水の音を圧して聞え来る祈りの声、凄味を帯びて許々多久の、鬼や大蛇や曲津見の、霊寄り来む言霊の濁り、清き流れの谷川にふさはしからぬ配合なり。 紫姫『皆様、妾は神様のお告により、半日許り此お宮の中で御神勅を承はらねばなりませぬ、何卒其間、産釜、産盥の河原の谷水に御禊をなし、神言を奏上して待つて居て下さいませ』 若彦『委細承知仕りました。サアサア馬公、鹿公、お節殿、参りませう』 と神前の礼拝を終り天の岩戸の下方、紫姫が指定の場所に進み往く。夜はほのぼのと明けかかる。谷の向岸を見れば一人の女、二人の従者らしき者と共に産釜、産盥の水を杓にて汲み上げ、頭上より浴び、一生懸命皺枯れた声を絞つてウラナイ教の宣伝歌を唱へ居る。四人はつかつかと進み寄るを、婆アは頻りに四人の来たのも知らずに水垢離を取り居たり。 馬公『モシモシ何処の婆アさまか知らぬが、この聖地へやつて来て、勿体ない神様の御手洗を無雑作に頭から被り、怪体な歌を謡うて何をして居るのだ、些と心得なさい』 婆、水を被りながら、 婆(黒姫)『何処の方か知らぬが、神様のため世界のために誠一心を立てぬく、日本魂の生粋の真正の水晶魂の守護神さまの命令によつて、この結構なお水で身魂を清め、結構な歌を宇宙の神々に宣べて居るのに、お前は何を云ふのだい、結構な言霊がお前には聞えぬのかい』 馬公『一向トンと聞えませぬ哩、何だか其言霊を聞くと悪魔が寄つて来るやうだ』 鹿公『オイ馬公、野暮の事を云ふない、牛の爪ぢやないが先から分つて居るぢやないか。悪魔の大将が、悪魔の乾児を集めやうと思つて全力を尽し、車輪の活動をやつて御座るのだ、人の商売を妨害するものでないぞ』 馬公『別に妨害はしようとは思はぬが、アンナ声出しやがると何だか癪に触つて、反吐が出さうになつて来た。オイ婆アさま、もう好い加減にやめたらどうだい。この産盥はお前一人の専有物ぢやないぞ、好い加減に退却したらどうだ』 婆(黒姫)『何処の若い衆か知らぬが老人が世界のため道のため、命がけで修業をして居るのだ。私の言霊が偉いお気に触ると見えるが、それは無理もない、お前に憑いて居る悪魔が恐れて居るのだ、其処を辛抱して暫く私の言霊を謹聴しなされ、さうして修業の仕方も私のやり方を手本として頭の先から足の裏まで、一分一厘の垢もない処まで落しなされ、さうしたら結構な結構なウラナイ教の神様のお道へ入信を許して上げる。今時の若い者は何でも彼でも新しがつて昔の元の根本の神様の因縁や性来を知らず、誠の事を云うてやれば馬鹿にしてホクソ笑ひをする者許りぢや、十万億土の根の国、底の国へと落されて、万劫末代上られぬやうな目に遇ふもの許りぢやから、それが可憐相で目を開けて見て居れぬから、世界の人民の身魂を立替立直し、大先祖の因縁から身魂の罪障の事から、何も彼も説いて聞かして助けてやる結構のお道ぢやぞよ。お前も縁があればこそ、コンナ結構な私の行を見せて貰うたのぢや。ちと気分が悪うても辛抱して聞きなされ』 馬公『それは大きに御親切に有難う、私も元は都で生れたものだが、御主人の娘さまと比沼の真名井山へ参拝しようと思うて行く途中で、大江山の鬼の乾児に欺され、岩窟の中に放り込まれ、エライ目に遇うた。そこへ偉い人が出て来て私を助けて下さつたので、何でも此辺に結構な神様が御座ると聞いてお礼詣りに来たのだよ』 婆は、一生懸命に水を被りながら此方も向かず声を当に、 婆(黒姫)『さうだらう、さうだらう、真名井山に詣つてお蔭どころか、鬼の岩窟へ釣り込まれたのだな。真名井山と云ふのは、それや云ひ損ひぢや、あれは魔が井さまと云うて神様の擬ひぢや、変性女子の三つの御霊と云うて、どてらい悪神が変性男子の日本魂の根本の生粋の神様の真似をしよつて、善に見せて悪を働いとるのぢや、暫く待ちなさい、私が結構の事を教へて上げる、三五教とやら云ふ教は三五の月ぢやと云うて居るが、三五の月なら満月ぢや、片割れ月の変性女子だけの教が何になるものか、雲に隠れて此処に半分、誠の経綸が聞きたければ私について御座れ、三千年の長い苦労艱難の一厘の経綸を、信仰次第に依つて聞かして上げぬ事もない、マア其辺にヘタつて此方の修業がすむまで待つて居なさい』 と又もや婆は頻りに水を被る。二人の男も影の形に従ふやうに、水を汲み上げてはザブザブと黒い体に浴びせて居る。婆は漸く水行を終り、頭の先から足の裏迄すつくり水気を拭ひ取り、念入りにチヤンと風を整へ、紋付羽織を着用に及び、二人の男を伴ひ、谷川の足のかかる石を、蛇が蛙を狙ふやうな眼つきで、ポイポイポイと兎渡りに渡りつき。 腰を折り両手をもみながら、 お節『黒姫の先生様、久しうお目に掛りませぬ、お健康でお目出度う』 黒姫『ヤアお前はオヽお節ぢやつたか、何と云つてもかと云うても、ひつ括つてでも捉へてでも、聞かさにや置かぬは女の一心、大慈大悲の心をもつて助けてやらうと、滝、板の二人に跡を追はせたが、何処をお前は迂路ついとつたのだエ、サアサア私について御座れ。ヤアお前は青彦ぢやないか、三五教に呆けてまだ目が醒めぬか』 若彦『ハイ有難う、お蔭ではつきり目が醒めました』 黒姫『さうだらう、若い者は能う気の変るもので、彼方へ迂路々々、此方へ迂路々々して仕方の無いものぢや、お前を助けてやり度いと思うて、どれだけ骨を折つたか知れたものぢやない。サア悠くりと私の所までお節と一緒に出て来なされ、三五教も、一寸尤もらしい事を云ひよるが、終には箔が剥げて何程金太郎のお前でも愛想が尽きたらう、肝腎要の厳の霊の本家を蔑にして、新米の出来損ひのやうな三五教に呆けて見た処で、飯に骨があつて喉に通りやせまいがな。一杯や二杯は珍らしいので喉にも触らないで鵜呑みにするが、三杯目位からは、ニチヤづいて舌の先にザラザラ触り、それを無理に呑み込めば腹の具合が悪くなつて下痢を催し、終の果にはソレ般若波羅蜜多と云うて腹を撫でたり、尻の具合迄悪くして雪隠へお千度を踏み、オンアボキヤ、ビルシヤナブツ、マカモダラニブツ、ヂンラバ、ハラバリタヤ[※密教の真言「光明真言」だと思われるが、語句は少々異なる。]と、陀羅尼を尻が称へるやうになつて仕舞ふ、さうぢやから食つてみにや分らぬのだ。加減の好いウラナイ教の御飯を長らく食べて居つて、栄耀に剰つて餅の皮を剥ぎ、まだ甘い事があるかと思うて、三五教に珍しい食物があるかと這入つて見たところ、味もしやしやりも有りやせまいがな、三五教ぢやなく、味無い教ぢや、アヽよい修業をして御座つた。よもや後戻りはしやしまいなア』 若彦『ヘイ、何うして何うして三五教ナンか信じますものか、これから貴方の頤使に従つて、犬馬の労をも惜しまぬ覚悟でございます』 黒姫『それは結構ぢや、お節、あの頑固な爺や婆アが、国替したので悲しいやら嬉しいやら、好な青彦と気楽に添はれるやうになつたのも、全くウラナイ教のお蔭ぢやぞエ、あのマア何と好う揃うた若夫婦ぢやなア』 と打つて変つて機嫌を直し、青彦の背中をポンと叩いて笑ふ。 馬公『お安くない所を拝見さして貰ひましてイヤもう羨望万望の次第で御座います哩』 鹿公『何と妙ぢやないか、此処には産釜、産盥と云うて眼鏡のやうに夫婦の水溜りが綺麗に湧いて居る、河を隔ててお節サンに若彦、オツトドツコイ青彦さま、何と好い配合だ、俺等も早く誰人かの媒妁で配偶したいものだ、ナア馬公………』 黒姫『お前は初めて見た方ぢやが、青彦の弟子ぢやな、さうして名は何と云ふのぢや、最前から聞いて居れば四足のやうな名を呼びて御座るが、本当の名で聞かして下さい、大方副守護神の名だらう、一寸見たところでは馬鹿らしいお顔ぢや、何程立派な女房が欲しいと云うても、そのスタイルでは駄目ぢやなア、四足の守護神をこれからウラナイ教で追つ放り出して、結構な竜宮の乙姫様の御眷属を守護神に入れ替て上げよう、何うぢや嬉しいか、恥かしさうに男だてら俯むいて、気の弱い事だ。併し其処が良い所ぢや、優しいものぢや、人間も恥かしい事を忘れては駄目ぢや、サアサア四人とも私の処へお出なさい。此二人の男も一人は弥仙山の、ではない弥仙山の木花咲耶姫の神様が好きと云つて大変に信仰をして居つたが、モウ一つ偉い日の出神様、竜宮の乙姫様のある事を悟つて、かうして一生懸命に信神をして居るのぢや』 青彦『アヽさうですか、それは熱心な事ですなア』 馬公『お婆アさま、一寸待つて下さい、私には一人連が御座います』 黒姫『極つたこつちや、お前の連は鹿ぢやないか』 馬公『イヤイヤま一人、元は私の御主人であつた紫姫と云ふ結構なお方が居られます』 黒姫『その方は何処に居られるのだ、早う呼びて来なさい』 馬公『三五教の宣伝使に、つい此間からなられまして、今日初めて大神様へ御参拝なされました。今お宮で御祈念をして居られます』 黒姫『アーさうかな、コレコレ青彦、お前は改心をしてウラナイ教に戻つた土産に、其紫姫とやらを帰順させて来なさい、三五教へも暫く這入つて居つたから、長所もあるけれど、短所も沢山知つて居るだらう、其お前が三五教に愛想を尽かした経歴でも説いて聞かして、その紫姫を早く連れて来なさい』 青彦『確に請合つて帰順さして来ます、どうぞ私達を元の如くお使ひ下さいませぬか』 黒姫『使うて上げるとも、ヤア私が使ふのではない、竜宮の乙姫様がお使ひ遊ばすのだ』 斯かる所へ静々とやつて来たのは紫姫なり。 紫姫『若彦さま、馬公、鹿公、エローお待たせ致しました。サアサア下向致しませう』 一同は、 一同『ハイ』 と、どことも無く躊躇気味の生返事をして居る。 黒姫『ヤアお前が紫姫と云ふのか、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、神界のために御苦労様で御座います、どうぞ精々、世界のために活動して下さい』 紫姫、嬉しさうな顔つきで、 紫姫『ハア貴方は竜宮の乙姫様の生宮、好い所でお目にかかりました。妾は三五教の宣伝使になりましてから、まだ日も浅う御座いますので、何も存じませぬ、何卒老練な貴女様、宜しく御教授を願ひます』 黒姫『アヽ宜しい宜しい、三五教でも結構だ、何れ私の話を聞いたらきつと兜を脱いでウラナイ教にならねばならぬ。発根の合点のゆく迄、お前は矢張三五教の宣伝使の肩書をもつて居なさるが宜敷からう、無理にウラナイ教に入つて下さいとは申しませぬ、神が開かにや開けぬぞよ、無理に引張には行つて下さるなと大神様が仰有つてござる、心から発根の改心でなければお蔭はないから』 紫姫『一寸お見受け申しても、立派な貴女の神格、一目見れば貴女の奉じたまふお道は優れて居ることは愚かな妾にも観測が出来ます。何卒宜敷く御指導を願ひます』 黒姫『ヤア何と賢明な淑女ぢやなア、コンナ物の好う分る方が何うして三五教のやうな教に入つたのだらう、世の中にはコンナ人がちよいちよい隠れて居るから、何処迄も探し求めて、誠の人を集めねばならぬ。誠の者許り引き寄せて大望な経綸を成就致させるぞよとは、大神様のお言葉、アヽ恐れ入りました。変性男子の霊様、真実の根本の変性女子の霊様、サアサア皆様、神様にお礼を申しませう』 と黒姫は意気揚々として祝詞を奏上し、得意の色を満面に浮べ、鼻をぴこつかせ、肩を揺り、歩み振も常とは変つて、いそいそと崎嶇たる山道を先に立ち、魔窟ケ原の隠家さして一行八人[※黒姫と従者2人、紫姫・若彦・馬公・鹿公・お節の、計8人。従者のうち1人は綾彦だということが第10章に記されている(もう1人は名前不明)。]進み行く。 (大正一一・四・二五旧三・二九加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 10 赤面黒面 | 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 11 相身互 | 第一一章相見互〔六三九〕 降りみ降らずみ空低う四辺は暗く黄昏れて 山時鳥遠近に本巣かけたか、かけたかと 八千八声の血を吐いて声も湿りし五月空 憂に悩める人々を教へて神の大道に 救はむものと常彦が鬼ケ城山後にして 足もゆらゆら由良の川蛇が鼻、長谷の郷を越え 生野を過ぎての檜山須知、蒲生野を乗り越えて 駒に鞭打つ一人旅観音峠の頂上に シトシト来る雨の空遠く彼方を見渡せば 天神山や小向山花の園部も目の下に 横田、木崎と開展し高城山は雲表に 姿現はす夜明け頃眼下の野辺を眺むれば 生命の苗を植つける早乙女達の田の面に 三々伍々と隊をなし御代の富貴を唄ふ声 さながら神代の姿なり。 常彦は峠の上の岩石に凭れ、夜の旅路の疲れを催し、昇る旭を遥拝しつつ、知らず識らずに睡魔に襲はれ居る。 観音峠の頂上さして、東より登り来る二人の乞食姿、 甲(滝公)『人間も、斯う落魄れては、どうも仕方がないぢやないか。何程男は裸百貫だと云つても、破れ襦袢を一枚身に着けて、斯うシヨボシヨボと、雨の降る五月雨の空、どこの家を尋ねても、戸をピツシヤリ閉めて、野良へ出て居る者ばつかり、茶一杯餐ばれる所も無し、谷川の水を掬つて飲めば、塩分はあるが、忽ち腹の加減を悪うして了ふ。裸で物は遺失さぬ代りに、何か有りつかうと思つても、せめて着物丈なつとなければ、相手になつて呉れる者もなし。純然たるお乞食さまと、誤解されて了ふ。実に残念だなア』 乙(板公)『天下を救済するの、誠の道ぢやのと、偉相に言つて居るウラナイ教の高城山の松姫も、今迄とは態度一変し、飯の上の蠅を払ふ様に虐待をしよつたぢやないか。これと云ふのも、ヤツパリ此方の智慧が足らぬからぢや。雨には嬲られ、風にはなぶられ、おまけに蚊にまで襲撃され、七尺の男子が、此広い天地に身を容るる所もなき様になつたのも要するに、智慧が廻らぬからだよ。あの梅公の奴を始め、松姫の如きは、随分陰険な代物だが、巧妙く黒姫に取入つて、今では豪勢なものだ。何とかして、モウ一度黒姫の部下になる訳にはいかうまいかなア』 甲(滝公)『一旦男子が広言を吐いて、此方から暇を呉れた以上、ノメノメと尾を掉つて帰ぬ事が出来ようか。鷹は飢ゑても穂を喙まぬ……と云ふ事がある。ソンナ弱音を吹くな、暗の後には月が出るぢやないか』 乙(板公)『人間の運命と云ふものは定まつて居ると見える。黒姫や高姫、松姫はどこともなしに、丸い豊な顔をして居るが、丸顔に憂ひなし、長顔に憂ひありと云つて、俺達は金さへ有れば、社会にウリザネ顔だと言つて、歓待る代物だけれど、今日の様な態になつては、ますます貧相に……自分乍ら見えて来る。自分から愛想をつかす様な物騒な肉体、何程馬鹿の多い世の中だと言つて、誰が目をかけて呉れる者が有らうか。アーア仕方がない。何とか一身上の処置を附ける事にしようかい。ヌースー式をやつては、神界へ対して罪を重ね、万劫末代苦しみの種を蒔かねばならず、実、さうだと言つて、自殺は罪悪であり、死ぬにも死なれず、困つた者だ。どうしたら此煩悶苦悩が解けるであらう。否スツパリと忘れられるだらう』 甲(滝公)『心一つの持ちやうだ。刹那心を楽むんだよ』 乙(板公)『貴様はまだ、ソンナ気楽な事を言つて居るが、衣食足りて礼節を知るだ。今日で三日も何も食はずに、胃の腑は身代限りを請求する。一歩も歩む事も出来なくなつて、どうして刹那心が楽めよう。刹那々々に苦痛を増ばつかりぢやないか。アーアこれを思へば、黒姫の御恩が今更の如く分つて来たワイ』 甲(滝公)『ヤア情ない事を言ふな。そら其処に三五教の宣伝使が立つて居るぞ』 乙(板公)『モウ斯うなつちやア、三五教もウラナイ教も有るものぢやない。食はぬが悲しさぢや。飢渇に迫つてから、恥しいも何も有つたものかい』 と常彦の佇む前に進み寄り、 乙(板公)『モシモシ、あなたは三五教の宣伝使ぢやありませぬか』 と力無き声に、常彦はフツと目を醒し、 常彦『アーア夜の旅で草臥れたと見えて、知らぬ間に寝込んで了うたワイ。……ヤアお前は乞食と見えるな。何ぞ御用で御座るか』 乙は何にも言はず、口と腹を指し、飢に迫れる事を示した。 常彦『ヤア一人かと思へば、二人連ぢやな。幸ひ、ここに握り飯が残つて居る。失礼だが之をお食りなさらぬか』 乙(板公)『ハイそれは有難う御座います。早速頂戴致しませう。……オイ滝公、助け船だ兵站部が出来たぞ。サア御礼を申せ』 滝公『アーそんなら頂戴しようかなア、恥しい事だ。旅人の弁当を貰つて食ふのは、生れてから始めてだ』 と四個の握り飯を分配し、二ツづつ、飛び付く様に平げて了ひ、 乙(板公)『アーアこれで少し人間らしい気がして来た。……イヤ宣伝使様、有難う御座います。……併し乍ら此先は又どうしたら宜からうかなア』 滝公『刹那心だよ。又神様がお助け下さる。心配するな。……何れの方か知りませぬが有難う御座いました。これでヤツと、こつちのものになりました』 と見上ぐる途端にハツと驚き顔を隠す。 常彦『ヤア失礼乍らあなたは、ウラナイ教の滝公さまぢやありませぬか。ヤアあなたは板公さま、どうしてそんな姿におなりなさつた。何か様子が御座いませう。差支なくばお聞かせ下さいませいなア』 板公『恥しい所、お目にかかりました。実は斯うなるも身から出た錆、何とも言ひ様がありませぬが、実の所は、あまり宣伝の効果が挙がらないので、一寸した事をやりました。それが此通り大零落の淵に沈む端緒となつたのです』 滝公『誠に赤面の至り、智慧も廻らぬ癖に、人真似をして、大変な失敗を演じ、闇の谷底へ転落し、生命カラガラな目に遭ひ、終には黒姫の御機嫌を損ねたのみならず、青彦、お節に踏み込まれ、一生懸命逃げて来ました。それから私等二人は高城山へ参り、松姫の前に尻を捲つて、ウラナイ教の内幕を暴露してやらうと、強圧的に出た所、中々の強者、吾々の智嚢を搾り出した狂言も、松姫に対しては兎の毛の露程も脅威を与へず、シツペイ返しを喰つて、生命からがら此処までやつて来ました。併し乍ら窮すれば乱すと云ふ諺もありますが、吾々は一旦誠の道を聞いた者、仮令餓死しても人の物を失敬する事は絶対に厭で堪らず、最早生命の瀬戸際、一生の大峠となつた所、あなたに巡り会ひ、一塊のパンを与へられて、漸く人間心地が致しました。これもアカの他人に恵まれるのであつたならば残念ですが、有難い事には、一旦御心易うして居たあなたに救はれたと云ふのも、まだ天道は吾々を棄て給はざる証と、何となく勇気が出て来ました』 常彦『今のお言葉に、青彦お節が黒姫の所へ往つたと仰有つたが、ソレヤ本当ですか』 滝公『ヘエヘエ本当も本当、一文生中の、掛値も御座いませぬ。今頃は黒姫も、青彦お節其他の二三人の男女に欺かれて、道場を破られ、フサの国へでも逃げて行つたかも知れますまい、高城山の松姫の様子が何だか変で御座いましたから……』 板公『ナーニ黒姫はそんな奴ぢやない。キツと青彦、お節は袋の鼠、舌の先で巧くチヨロまかされて居るに違ひない。それよりも惜しいと思うのは、紫姫さまに、馬公鹿公と云ふ若い男だ。キツと、ウラナイ教に沈没して居るに相違ない』 常彦『ハテナ、吾々も御両人の知らるる通り、ウラナイ教のカンカンであつたが、余り内容が充実せないのと、黒姫の言心行一致を欠いだ其点が腑に落ちず、又数多の信者に対して、吾々部下の宣伝使として弁解の辞がないので、アヽ最早ウラナイ教は前途が見えた。根底から崩れて了つた。斯う云ふ事で、どうして天下の修斎が出来ようぞ、信仰に酔払つた連中は今の所、稍命脈を保つて居るが、酔払つた酒は何時しか醒める如く、信仰も追々冷却するは当然の帰結と、前途を見越して、ヤツパリ天下を救ふは三五教だと、直に三五教に入信し、鬼ケ城の邪神退治と出掛け、それより諸方を宣伝し廻つて居るのだ。それにしても合点のゆかぬは、あれ程決心の堅かつた青彦、お節に紫姫さまぢや。これには何か深い様子が有る事であらう。コラ斯うしても居られない。一時も早く魔窟ケ原へ行つて、事の真偽を確め、其上で又作戦計画を定めねばなるまい。アーア困つた事が出来たワイ』 と手を組んで太い息をつく。 滝公『これに就て常彦さま、あなたは何かお考へがありますか。ならう事なら、私達も共々に三五教の為に尽さして頂きたいのですが、何を言うても零落れた此体、あなたの顔にかかはりますから……』 常彦『ソラ何を仰有る。衣服は何時でも替へられる。あなたの今迄の失敗の経験に会つて鍛へ上げられたる其身魂は、容易に得られるものでない。何は兎も角一緒に参りませう。また都合の好い所が有れば、衣服でも買つて上げませう。兎も角青彦以下の救援に向はねばならぬ。サア滝公、板公、参りませう』 二人は何にも言はず、嬉し涙に暮れ乍ら、常彦の後に従ひ、西北指して、今迄の衰耗敗残の気に充された態度は忽ち枯木に花の咲きし如く、イソイソとして従いて行く。 山頭寒巌に倚りて立てる古木も春の陽気に会ひて深緑の芽を吹き出したる如く、青ざめた顔は忽ち桜色と変り、常彦に絶対服従の至誠を捧げつつ、花咲き匂ふ枯木峠を打渡り、神の救ひをエノキ峠の急坂後に見て、握り拳をホドいて夏風に、そよぐ蕨の野辺を打渡り、とある茶店に立入りて、再び腹を拵へ忽ち太る大原の郷、テクテク来る須知山峠の絶頂に、青葉を渡る涼しき夏の風を受け乍ら、かたへの巌に腰打掛け、 常彦『アヽ早いものだ、モウ一息で聖地に到着する。世継王山の山麓には、悦子姫さまの経綸場が出来たと云ふ事だ。一つ立寄つて見ようかな。大抵青彦の様子も分らうから………イヤイヤ今度は素通をして、青彦に対面し、救はるるものならば、どこまでも誠を尽して忠告を与へ、其上にて悦子姫様の庵を御訪ねする事にしよう。幸に青彦以下が改心をして、三五教に復帰したとすれば、先へ妙な事をお耳に入れ置くのは却て青彦の為に面白くない。友人の道として絶対秘密にしてやるが本当だらう』 滝公『青彦さまはよもや、ウラナイ教になつて居る気遣ひは有りますまい』 板公『何とも、保証がでけぬ、突然の事で吾々も岩窟退治に来たのだと思つて驚いたが、後になつてよくよく考へて見れば、どうも黒姫と云ひ、青彦、紫姫さま其他の顔色に少しも変な色が浮かんで居らなかつた。黒姫の魔術に依りて剣尖山の滝の麓でうまくシテやられたのかも知れない、兎も角も常彦さまをお頼み申して、吾々も弟子となつた以上は、青彦さま一行を元の道へ救はねばなりますまい。これから首尾能く凱旋する迄、悦子姫様の庵を訪ねなさらぬ方が、万事の都合が良い様に思ひます。ナア常彦さま』 常彦『アヽ私はさう考へるのだ。何に付けても大事件が突発した様なものだ』 と話す折しも、坂を登り来る二人の男、 男(荒鷹、鬼鷹)『ヤアあなたは常彦さまぢやありませぬか。何処へお出でになつて居ました?吾々二人は丹州と共に弥仙山の麓に当つて、紫の雲、日々立昇るのを見て、コレヤ何か神界の経綸が有るのだらうと其雲を目当に参りました。所が近くへ寄つて見れば、恰度虹の様で、其雲は一寸向ふの方に靉靆いて居る。コレヤ大変だ、どこまで行つても雲を掴むとは此事だと、丹州さまにお別れをして、ここまでやつて来ました』 常彦『ヤアお前は鬼ケ城言霊戦の勇士、荒鷹、鬼鷹のお二人さま、どこへ行く積りだ』 荒鷹『丹州さまは吾々に向ひ仰有るには、一寸神界の御用があるから弥仙山を中心として暫く此辺を探険しようと思ふから、お前達はこれから聖地を指して進んで行け。併し乍ら聖地に立寄る事はならぬ。須知山峠を指して行けとの御言葉、どこを目的ともなくやつて来ました。其時々に神が懸つて知らしてやるから、安心して行けとの事、大方伊吹山の邪神退治に行くのではなからうかと思つて参りました。併しあなたのお顔を見るなり、何だか向ふへ行くのが張合が抜けた様な気がしてなりませぬワイ』 常彦『それは不思議な事を聞くものだ。何か外に聞いた事は有りませぬか』 鬼鷹『ヤア有ります有ります、大変な変つた事があるのですよ』 常彦『変つた事とは何ですか』 鬼鷹『弥仙山の麓の村に、お玉と云ふ娘があつて、夫も無いのに腹が膨れ、十八ケ月目に生み落したのが女の子、玉照姫とか云つて、生れてから百日にもならないのに、種々の事を説いて聞かせる、さうして室内を自由に立つて歩くと云ふ噂で……あの近在は持切りで御座います。それに就て、ウラナイ教の黒姫の奴、抜目のない……其子供を何んとか彼とか云つて、手に入れようとし、幾度も使を遣はし、骨を折つて居るさうですが、爺と婆アとが、中々頑固者で容易に渡さない。家の血統が断れると云つて居るさうです。なかなかウラナイ教も抜目がありませぬなア』 常彦『不思議な事が有るものだなア。兎も角吾々も一度其子が見たいものだが、それよりも先に定めた問題から解決せなくてはならぬ。其問題さへ解決がつかば、黒姫の様子も分り、子供の因縁も分るだらう。併し鬼鷹さま、荒鷹さま、あなたは何処へ行く積りか』 荒、鬼『まだ行先不明……私の行く所は何処で御座います……と実はあなたにお尋ねしたいと思つて居るのです』 常彦『兎も角丹州さまのお言葉通り、行く所までお出でなさいませ。神の綱に操られて居るのだから、今何を考へた所で仕方が有りますまい。併し丹州さまは……あなた方、何と思うて居ますか』 荒鷹『どうもあの方は、吾々としては、正とも邪とも、賢とも愚とも、見当が取れませぬ。つまり一種の……悪く言へば怪物ですなア。併し何とも言はれぬ崇高な所があつて、自然に吾々は頭が下がり、何程下目に見ようと思うても、知らぬ間に吾々の守護神は服従致します』 鬼鷹『私も同感です。何でも特別の神界の使命を受けた方に違ひありませぬワ、元吾々が使つて居つた其時分から、少し変だなアと思うて居た。今日の所では、兎も角不可解な人物だ。時々頭上より閃光を発射したり、眉間からダイヤモンドの様な光が放出して忽ち人を射る。到底凡人の品等すべき限りではありませぬワ』 常彦、手を組み、首をうな垂れ、思案に暮れて居る。荒鷹、鬼鷹は、 荒鷹、鬼鷹『左様なら常彦さま、又惟神に再会の時を楽みませう』 と一礼して、スタスタ坂を南へ下り行く。常彦は少しも気付かず、瞑目して俯むいて居る。 滝公『モシ常彦さま二人の方はモウ行かれました』 と背中を揺る。常彦は夢からさめた様な心地、 常彦『ナニ、二人はモウ行かれたと……エー何事も神様のお仕組だらう。とも角、弥仙山麓へ往つて見たいやうな気がするが、始めに思ひ立つた青彦の事件から解決するのが順序だ。サア皆さま、参りませう……』 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 14 蛸の揚壺 | 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 15 山神の滝 | 第一五章山神の滝〔六六〇〕 松姫は来勿止神に導かれ、門の傍の細やけき二間造りの室に案内された。 来勿止神『此の暗夜に女の身として此の神山へ御参拝なされますに就ては、何か深い理由がございませう。私は此の関所を守る役目として一応御尋ねして置く必要がございますから、どうぞ包まず隠さず事情を述べて下さい』 松姫『御恥かしいことで御座いますが、私は今まで大変な取違ひを致して居りましたものでございます。ウラナイ教の分社高城山の麓の館に於て、三五教に対抗し、素盞嗚大神様の御邪魔ばかり致して来ました罪の深い女でございます。私の師匠の高姫、黒姫と云ふ方が大変に素盞嗚尊様に反対の教をなさつたので、私はそれを真に受け、何処までも天下国家のためにウラナイ教を拡張し、素盞嗚尊の一派言依別、八島主神様の主管せらるる三五教を根底から打ち壊す決心を以て、昼夜の活動を続けて来たものでございますが、素盞嗚尊様は吾々凡人の考へて居るやうな方ではなく、大慈大悲の世界の贖主であるといふ事を、第一に高姫様が合点遊ばし、立つても坐ても居られないので、黒姫様と御相談の上私の方へも詳細な手紙が参りました。就ては高姫、黒姫御二方の今迄の罪を許して頂かねばなりませぬので、弟子としての私も立つても坐ても居られませず、何か一つの荒修行を致しまして、功名手柄を顕はし、それを御土産に三五教へ参り、師匠や自分の罪を赦して頂き度いばつかりに、高城山の館を振り捨てて一人とぼとぼと此の霊山に修行がてら、玉照彦様を如何かして御迎へ申し、これを土産に三五教へ帰るつもりで参つたのでございます』 来勿止神『アヽさうでせう。私もうすうす言照姫様より承はつて居りました。併し乍ら貴女は余程御改心が出来て居るやうだが、未だお腹の中に副守護神が沢山に潜伏して居りますから、此儘御出でになつても玉照彦様が御承知下さいますまい。此先に山の神の滝がございますから、其処で七日七夜荒行をなさつて副守護神を追ひ出し、至粋至純の本心に復帰り水晶玉に磨き上げた上、御出でにならなくては駄目ですよ』 松姫『如何にも左様でございませう。どうか如何なる荒行でも厭ひませぬ、どうぞ御命じ下さいませ』 来勿止神『此処の修行は大変に辛いですが、貴女それが忍り切れますか』 松姫『何程辛くても構ひませぬ。仮令生命が亡くなつても、御師匠様の罪が消えさへすれば、それで満足致します』 来勿止神『アヽそれは感心な御心がけだ。それなら是から時を移さず、山の神の滝に於いて修行をなされ、神の道に断飲断食は無けれども、貴女は自分の罪及び、御師匠様の罪、其他部下一般の罪の贖ひのために、七日七夜断飲断食をなし、その上に荒行をせなくては本当に罪は消えませぬぞ』 松姫『何分よろしく御願ひ致します』 来勿止神『勝、竹の両人、一寸此処へ出ておいで』 言下に二人は此場に現はれ、 勝公『何用でございます』 来勿止神『別に外の事ではないが、この松姫様が山の神の滝で、七日七夜の荒行をなさるのだから、お前は十分世話を代る代るして上げて呉れ。荒行の間は決して此の方に同情したり、憫みをかけてはいけませぬぞ。能う限りの虐待をするのだ。さうでなければ神様へ対し重ね重ね御無礼御気障り、到底何時までかかつても罪は消滅するものではないから、松姫様を助けたいと思ふなら、十分厳しき行をさしてあげて呉れなくてはなりませぬ』 勝公『ハイ畏まりました。何分門番も勤めねばなりませぬから、竹さんと私とが代る代る世話をします』 来勿止神『アヽそうだ。若いものをよく監督して、落度の無い様に十分の荒行をさせ、立派な人間に研いて上げて呉れ』 二人は一礼し、 勝公、竹公『サア松姫様、早速ながら是から滝壺へ参りませう。何れ大きな灸を据ゑられると随分熱うて辛いものだが、そのために大病が全快した時の愉快といふものは、口で言ふやうなことでないと同様に、お前さまも是から私が大きな灸を据ゑます。併し乍ら決して憎んでするのぢやないから、悪く思うて下さらぬ様に頼みますぜ』 松姫『罪重き妾、どんな辛い行でも甘んじて致します。何卒よろしう御願ひ申します』 勝公『よしよし、サア斯う来るんだぞ、松姫の女つちよ。愚図々々してゐやがると頭をかち割らうか』 と俄に言葉や行ひに大変動を現はした。 松姫『ハイ』 と答へて随いて行く。 勝は先に立ち、竹は松姫の後より棒千切を以て背を打ち、臀を突き、 竹公『ヤイ松姫、何を愚図々々してゐやがるのだ。早く歩かぬか、あた面倒臭い。日が暮てからやつて来やがつて、俺達が楽に寝ようと思つて居るのに、滝まで送つてやつて貴様を大切に虐待せねばならぬ。今まで慢神をして大神様に敵対うた其のみせしめだ』 と言ひつつ棒千切れを以て、松姫の後頭部をカツンと撲つた。松姫は痛さを堪へ乍ら、 松姫『どうも有難うございます。これでちつとは妾の罪も軽くなりませうか』 竹公『ナニ百や二百撲つたつて、頭をかち割つたつて、貴様の罪は容易に浄まるものか』 勝公『オイ竹公、あまりぢやぞ』 竹公『何があまりぢや。貴様は来勿止神様の御言葉をなんと聞いたか。松姫に親切があるのなら、十分に虐待をしてやれと仰有つたぢやないか』 勝公『ウーそれはさうだが、あまり役たいもないことをするものぢやないぞ。虐待も十分にするが好が、其処は又、それ其処ぢや、人情を呑み込まずにな。好いか』 竹公『貴様は偉さうに先頭に立ちやがつて、来勿止神様の御言葉を無視し、且又松姫の修行を妨げ、重い罪を更に重うしようとするのか』 松姫『モシモシ御二方、妾のことに就て、どうぞ口論はないやうにして下さいませ。神様に済みませぬから』 竹公『エー松姫の奴、何をゴテゴテと干渉するのだ。ふざけた事を吐すとモー一つ御見舞だぞ。イヤ此の棍棒で力一パイ首が飛ぶ程、可愛がつてやらうか』 松姫『重々の御親切有難う存じます。併し乍ら御苦労をかけて済みませぬ。どうぞ貴方もお疲れでせうから、今日はこれ位でお休み下さいませ』 竹公『なにうまい事を言ふな。矢張り頭を撲られるのが苦いと見えるな。俺は此間から何とはなしに、むかついてむかついて其処の岩でも木でも、見つけ次第撲り度うて撲り度うて、腕が唸つて居つたのだ。今日は幸ひ来勿止神様の御命令を遵奉して心地よい程、貴様の頭を可愛がつてやるのだ。有難く思へ。荒行と云ふものは辛いものだらう。ウラナイ教で朝から晩まで、蛙かなんぞのやうにザブザブと水をかぶつとるのとはちつと段が違ふぞ。何程辛くても生命の瀬戸際になつても、僅か七日七夜の辛抱だ。此処で修行をやり損ねたならば、今まで大神様の御道を邪魔した、自らの罪で万劫末代根底の国に落され、無限の苦しみを受けねばならぬぞ。此の位なことはホンの宵の口だ。九牛の一毛にも如かざる苦みだから、勇んで修行をするのだぞ』 松姫『ハイ』 と答へた儘、頭部より流るる血潮の眼に滲み込むを、袖にそつと拭ひつつ、しよぼしよぼと滝の方へ向つて随いて行く。 勝公『サア、これが名題の山神の滝だ。ちつと寒うても真裸体になつて、頭から水をかぶるのだ。此処は猿が沢山居る処だから、顔を引つ掻かれぬやうに用心なさい。昼は大丈夫だが、夜分になると千疋猿がやつて来て悪戯をするから』 松姫『ハイ、有難うございます』 竹公『勝公、御苦労だつた。お前は門の方を守つて呉れ。俺はこれから一つ此の行者を十分に可愛がつてやらにやならぬからな。それから六と初とに棍棒を持つて、至急やつて来るやうに言うて呉れ』 勝公『さう沢山棍棒を持つて来て如何するのだい』 竹公『きまつたことだ。一本位の棍棒では徹底的に可愛がつてやる訳にはいかぬ。助太刀のためだ』 勝公『併しなア、竹公、わが身を抓つて他の痛さを知れと言ふことがあるなア。世界に鬼は無いといふことも、誰やらに聞いたことがあるやうに思ふ』 と、それとは無しに余り虐待をせぬようにと、口には言はねど、其意をほのめかしてゐる。 竹公『なに謎のやうなことを言ひやがつて、貴様は松姫を大切にせいと言ふのぢやらう、否結局憎めといふのだらう。何事も竹の胸中に有るのだ、心配せずに早く帰れ。さうして来勿止神さまに俺が力一パイ虐待して可愛がつて居る実状を、より以上に報告するのだぞ』 勝公『竹の奴が松姫の頭を七八分割り、腕を折り、胴腹に風穴をあけよつたと言つて置かうか』 竹公『そうだ、其処は貴様の都合にして呉れ。マア可成く神様は小さいことはお嫌ひだから、言ふのなら十分大きく言ふのだな。オイ勝、一寸待つて呉れ。二人の奴に棍棒を持つて来るように言つて呉れと云うたが、こんな女一人を虐待するのに応援を頼んだと思はれては残念だ。俺が徹底的にやつて置くから、来勿止神に詳細に報告するのだぞ』 勝公『そんなら松姫さま、暫くの辛抱だ。どうぞ立派な身魂になつて下さいや』 松姫『ハイ有難うございます』 竹公『エー又女にベシヤベシヤと正月言葉を使ひやがつて、早く帰れ』 勝公『帰れと云はなくても誰が斯んな怖ろしい処に居る奴があるか』 とトントンと帰つてゆく。 肌を裂く如き寒風は木々の梢に唸りを立てて見舞うて来る。月は皎々として東の山の頂きから滝壺をのぞいた。 竹公『松姫さま、御気の毒ですが、どうぞ暫らく辛抱して下さい。来勿止神は中々厳格な神で寸分も仮借をしませぬから、私も実は満腔の涙を隠して、失礼なことを致しました。併し乍ら到底貴女の身体では、此の荒行は続きますまい。世は呪と言うて神様は、大難を小難に祭り替へて下さるのだから、私もこれからスツパリと素裸体になつて、貴女の行を助けて上げよう。さうすれば七日のものは三日半で済むといふ道理だ。お前さま、頭を割られて血が出たと思つてゐるだらうが、ありや血ぢやありませぬから安心なさい。私が紅殻の汁を棒の先の革袋に括りつけて撲つたのですよ。血と見えたのは袋の紅殻だ。撲られた割には痛くはありますまいがな』 松姫『ハイ、さうでございました。別に何処も痛んで居りませぬ。斯んなことで神様の御意に召すやうな荒行が出来ませうかな』 竹公『出来ますとも。神様は形だけをすれば赦して下さいます。可愛い世界の氏子に何を好んで辛い目をさせなさいませう。貴女が生命がけの荒行をして、御詫をしようと決心なさつた其の心が、既に貴方の罪を赦して居ります。唯今の貴女は最早ちつとも罪は無いのですよ。本当の生れ赤児の心ですワ。併し乍ら余り気分のよい滝ですから、清めた上に浄めてお出でになつたら宜敷からう。併し来勿止神は、あゝ見えても実際は閻魔さまの化身ですから、中々賞罰を厳重になさるのです。今帰つた勝公だつて本当に優しい、慈悲深い人間です。併し乍ら彼奴は馬鹿正直ですから私が本当に貴女を虐待したのだと思つて心配をして居るのです』 松姫『アヽさうでございますか。なんとも御礼の申しやうは御座いませぬ。何分よろしう御指導を願ひます』 斯くして二三日経つて、四日目の朝になつた。 松姫『なんと荘厳な景色ですな。日輪様が此の滝に輝き遊ばして七色の虹を御描き遊ばし、得も言はれぬ微妙な鳥の声、常磐木の色、まるで天国の様ぢやありませぬか』 竹公『さうですとも、貴女の心が清まつたので宇宙一切が荘厳雄大に見え、環境すべて楽園と化したのですよ』 松姫『高城山も随分景色に富んだ処ですが、到底比べものにはなりませぬワ』 竹公『それは貴女のお心が曇つてゐたからですよ。今度見直して御覧、此の景色よりも層一層立派です』 斯く話す時しも勝公は莞爾々々として馳せ来り、 勝公『アヽ松姫さん、竹さん、御苦労だつた。来勿止神様から今日は行の中途だけれど、モウ修行が済んだから直様御山へ参詣つて宜しいとの御命令が下りました。お悦びなさいませ』 松姫『それは何より有り難うございます』 と滝壺に向ひ、感謝の祝詞を奏上し終つて三人打ち連れ立つて、来勿止神の庵に向つて帰りゆく。 竹公『神様、おかげで無事に松姫様の御修行が終りました』 松姫『来勿止神様、いろいろと厚き広き思召に依りまして、汚い身魂を洗つて頂きました』 来勿止神『アヽそうだつたか、結構々々、モウそれで何処へ出しても立派なものだ。お前さんの修行のおかげで玉照彦様のお迎へも出来ませう。お師匠様の罪も全然赦されませう、よう辛い行をなさいました。アヽ竹公、お前も大変な心配り、気遣ひであつたな。私の心を知つて居るのはお前ばつかりだ』 と嬉し涙を袖にそつと拭ふ。暫くは沈黙の幕が下りた。此時門前に慌しく駆来る四人の男、 男『モシモシ此の門開けて下さいませ』 勝は立上り大石門をギーと左右に開けた。四人の姿を見て勝は驚き、 勝公『ヤアお前は此の間やつて来た不届者、バラモン教の谷丸、鬼丸の両人、又二人も味方を殖やして来居つたのだな。玉照彦様だと思つて大きな岩石を大事さうに抱へて帰り、途中で気がついて又もや二度目のお迎ひに来居つたのだらう。モウモウ余人は知らず貴様に限つて、此門を通過さすことは出来ないと来勿止神様の厳命だ』 谷丸、鬼丸は大地にペタツと坐り、涙を流し乍ら、 谷、鬼『モーシ門番様、今日の谷丸、鬼丸は先日の両人とは違ひます。どうぞ御安心下さいませ』 勝公『違うと云つたつてお前の容貌と云ひ、姿と云ひ、何処に一つ変つたとこがないぢやないか』 谷、鬼『ハイ形の上はちつとも変つて居りませぬが、私の心は天地の相違に変りました』 勝公『いよいよ以て怪しからぬ奴だ。皮は何時でも変るぞよ。霊魂は中々変らぬぞよと神様が教へてござる。それに何ぞや、心が変りましたとは益々合点のゆかぬ奴だ』 谷、鬼『そのお疑ひは御尤もでございますが、今までの取違ひ、慢神の雲霧が晴れまして、すつぱりと青天白日の様な魂に生れ変りました。何程人間が利巧や智慧をだして焦慮つて見た所で駄目だ。神様のお許しない事は九分九厘で掌が覆ると云ふことをつくづくと悟らして頂きました。アーア心程怖ろしいものは御座いませぬ。今迄私は三五教や、ウラル教、ウラナイ教が敵ぢやと思つて、一生懸命に其の敵を征服したいと憂身を窶し、大活動を続けて居ました。然るに豈図らむや、その大悪魔の敵は私等の心の中にみんな潜んで居りました。斯うおかげを頂いた以上は、天ケ下に敵も無ければ、他人も無い、鬼も大蛇も何もありませぬ。吾々は松姫と云ふウラナイ教の宣伝使に対し、非常な暴虐を加へ、大方半死になるとこ迄打擲を致しましたことを、今更乍ら悔いまして、立つても坐ても居堪まらず、四人のものが、どうぞして松姫様の所在を尋ね御詫をせなくてはならないと思うて、そこらを探す内、道で会うた杣人に聞いて見れば、三四日以前の暮れ方に霊山の方に向つて、一人の女が上つたと云ふことを聞き、之は正しく松姫様に間違ひあるまいと、飛び立つ許り悦んで四人が打揃ひ御目にかかつて御詫をしようと出て来たのです。どうぞ此処を通して下さいませ。又先達は貴方等に御無礼を致しました其罪も御詫せなくてはなりませぬ。何事も過去のことは水に流して、吾々の過ちをお赦し下さいますやうに』 勝公『さてもさても妙なことが出来たものだ哩。変り易いは秋冬の空と聞いてゐるが、こりや又大変の地異天変が起つたものだ。一寸皆さま待つて下さい。松姫様もまだ此処にゐられますから、伺つた上で会はせませう』 と門内に影を隠しける。 (大正一一・五・九旧四・一三外山豊二録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 03 山河不尽 | 第三章山河不尽〔六六五〕 留公はドンドンと地響きさせ乍ら性凝りもなく芋畑の赤子を御丁寧に再び蹂躙り、 留公『エイ、此芋の野郎、俺に影響を及ぼしやがつた、芋だつて油断のならぬものだ、エヽもう斯うなる上は善いも、悪いも、恐いも、可愛いも、難かしいも、嬉しいも、悲しいもあつたものかい、三度芋の野郎、何処までも六本の指で蹂躙してやらう。アタいもいもしい』 と足に力を入れて心ゆく許り踏み砕いて居る。そこへ走つて来たのは真浦の宣伝使、此態を見て、 真浦『留さん、何をして居なさる』 留公『之はしたり、大変な所を発見されました。然し何卒もう宣伝歌丈けは許して下さい、頭の数が幾つにも分家する様な心持がしますから……』 真浦『よしよし嫌とあれば沈黙しませう、然し今お前の踏んで居るのは芋ではないか』 留公『ハイ、物価騰貴の今日、斯う沢山に赤子が殖えては、第一国民が食糧に困ります。三度芋と云つて年に三度も子を生む奴ぢや、産児制限の為めにサンガー夫人がやつて来て、今此処に大活動を開始した所ですよ。何卒大目に見て上陸を拒否せない様に願ひます、アハヽヽヽ』 真浦『そんな事しては困るぢやないか、天津御空の星の数程人を殖やし、浜の真砂の数程赤子を生まねばならぬ神様のお道ぢや、生成化育の大道を無視してその様な乱暴な事をして良いものか』 留公『私は之が国家の経済上から見ても、人類共存上の学理から考へても最も神の意志に適した良法だと確信して居ます。何卒私の演説を一つ聞いて見なさい、能く徹底して居ますよ』 真浦『演説は中止、否絶対に解散を命じます』 斯る処へ以前の男、鍬を担げ乍ら怒髪天を衝いて走り来り、 男(田吾作)『こらこら又しても大切の大切の赤子を殺すのか』 留公『オヽ、バラモン教と取換へこして迄、赤子を征伐する覚悟をきめたのだから、何と云つても中止はせない。マア之も前世の因縁だと諦めて鄭重に弔ひでもしてやるが良からう』 男は怒り心頭に達し鍬を真向に翳し留公の頭を目蒐けて打ち下ろした。留公はヒラリと体を躱した機に、鍬は外れて真浦の足の小指を斬り落した。真浦は顔を顰め落ちた指を手早く拾つて傷口にあてた。指は其儘に密着した。余り慌てたと見えて小指の先は裏表に付けて仕舞つた。之迄は真浦に対し守彦と云ふ名が付いて居たが茲に初めて真浦と云ふ名が出来たのである。 男(田吾作)『之は之は失礼な事を致しました、何卒赦して下さいませ。勿体ない、宣伝使の指を斬るなんて……私は如何して此罪を贖うたら宜しいでせう、神界に対して取返しのならん不調法を致しました』 と泣き沈む。 留公『世界を救ける生神の宣伝使様だ。指の一本や手の半本位取れたとて、そんな事で弱へる様では宣伝使ぢやない。それよりも貴様の所の赤子の生命、随分無残な事になつたものだのう』 男(田吾作)『之だけ丹精を凝らして作つた芋種を台なしにして置き乍ら、まだ業託を吐きやがるか。エーもう堪忍袋の緒がきれた、覚悟をせよ』 と又もや鍬を振り翳し留公に迫る。宣伝使は此鍬の柄を確と受止め、 真浦『マアマアお待ちなさい、短気は損気だ。芋も大切だが人の生命も大切だ』 男(田吾作)『朝から晩まで自分の産んだ子も同然に肥料を掛けたり、草を引いたり、色々と世話をして来た可愛い芋の子、それをムザムザ踏み潰されて……育ての親が如何して黙つて居れませう。芋は芋だけの精霊が宿つて居る。屹度苦しんで居るでせう。可哀相に……此赤子は誰に此無念を訴へる事が出来ませう、私が怒つてやらねば此赤子は能う浮びますまい……アヽ芋の子よ、可憐相な者だが、もう斯うなつては仕方が無い、俺が之からお前の冥福を祈つてやるから心残さずに幽冥界に旅立して安楽に暮してくれ、アンアン』 と態と男泣きに泣き立てる。 留公『アハヽヽヽ、それだから田吾作、貴様は馬鹿だと云ふのだよ、それ程可愛い芋なら大きうなつた奴を何故釜煎にしたり庖丁にかけて喰ふのだ。そんな矛盾な事を云ふからキ印だと云はれるのだ。モシ宣伝使さま、ちつと理屈が合はぬぢやありませぬか』 としたり顔に云ふ。 田吾作『それはそうだけれど……何だか可憐相で仕方が無い哩、西も東も知らぬ弱い赤子を無残にも斯んなに虐殺すると云ふ事があるものか、芋は芋としての寿命がある筈だ。秋が来て蔓が枯れた時は寿命の尽きた時だ、そこで喰ふのなら芋も得心するであらう、折角お前も生れて来て不運な奴だのう』 と又も涙含む。 留公『オイ田吾作、貴様は人の命が大切か、芋の子が大切か、何方を主とするのだ』 田吾作『きまつた事よ、貴様は芋で譬たら良い喰ひ頃だ。此世に最早用の無い代物だから別に惜しくも無ければ、国家の損失でも無い。却つて社会の塵埃掃除が出来た様なものだい』 真浦『アハヽヽヽ、随分面白い芋論を聞かして貰ひました、併し乍ら万物一切皆神様の霊が宿つてゐるのだから、貴賤老幼草木器具の区別なくそれ相当の霊魂がある。万有一切は総て神様の大切なる御霊が宿つてるから、木の葉一枚だつて粗末にしてはなりませぬぞや』 田吾作『そら見たか、留州、キ印の阿呆の云つた事でも矢張天地の真理に適つて居るのが、ちと妙ではないか』 留公は首を傾け手を組んで青芝の上に端坐し何事か頻りに考へて居る。漸くにして顔を上げ、 留公『ヤ、何事も氷解しました。田吾作どの、どうぞ怺へて呉れ、之からは決してもう斯んな事はせないから……』 田吾作『何と云つても斯うなつた以上は仕方は無い、今後は気をつけて呉れ。芋ばつかりぢやないよ、豆だつて麦だつて皆其通りだからなア』 留公『ハイ承知致しました、ちつと心得ます』 と以前に変つて丁寧に挨拶する。 真浦『アヽ之で凡ての解決がついた、芋の死骸で最早平和克復だ。サア之からバラモン教の友彦さんにお目に掛つてお話を承はりませうか』 と行かむとするを留公は引き留め、 留公『モシ、宣伝使様、一寸待つて下さい、貴方只一人でお出でになつては大変です、私等は勝手を能く覚えて居ますが、私の離座敷に宣伝使が置いてある、そこに神様も祀つてあります。然し乍ら家の周囲に広い深い溝が掘つてあつて迂濶跨げようものなら……それこそ大変……生命が無くなりますぜ』 真浦『それは本当の話か』 留公『本当ですとも、現在私の家ですもの、何間違つた事を云ひませう。軒下を貸して母屋を取られると云ふ譬の通り、初め乞食の様な態をしてやつて来た友彦の宣伝使が、今では大変な勢で私の座敷や本宅を我物顔に振舞ひ、私は丁稚役、主客顛倒も之位甚しい事はありませぬ。私は初めの頃は実に立派な宣伝使だと思つて現を抜かし、云ふが儘にして居りましたが、此頃の宣伝使の言行の一致せない事、実にお話になりませぬ。けれども私が率先して村中の者に勧め廻つたと云ふ廉があるので、今更責任上此宣伝使は喰はせ者だつたと云つて告白する訳にもゆかず、本当に困り抜いて居つた所ですが、最前松鷹彦の宅へ使に行つた時、奥の間に何百人とも知れぬ人声で宣伝歌が聞えて来た。その声の恐ろしさ、実に無限の威力が備はつて居ました。私はバラモン教は愛想がつき三五教へ入信したいので御座いますが、あの様な頭の割れる宣伝歌を謡はれては困るなり、如何したら良いでせうかなア』 真浦『宣伝歌は聞けば聞く程気分が良くなつて来るものだ。お前に憑依して居る副守護神が嫌ふのだ、それさへ体内より放逐して仕舞へば何でも無いのだ。さうしてあの小さい家に百人も居る筈がない、其実は私一人より居らなかつたのだ』 留公『イエイエそれでも沢山なお声でした。年寄の声、若い者の声、鈴の様な綺麗な女の声も聞えましたがなア』 真浦『そら、そうだらう、沢山な神様が集まつて宣伝歌を合唱遊ばす事が始終あるからだ。そりやお前の神徳の頂け口だ、天耳通の開けかけだから安心して吾々の唱ふるお道へ這入るが宜からう』 留公『そんなら私を入信させて下さいますか』 真浦『アヽ宜しい宜しい、何卒入信して下さい』 留公『之は有難い、もう斯うなる上は百人力だ。オイ田吾作、お前も仲直りをした以上は、俺と同様に此方に従つて三五教を信仰しようぢやないか』 田吾作『ウンそうだ、さうなれば此村も天下泰平だ。毎日日にち血を見る残酷な行を強圧的にさせられる心配も要らず、定めて女子供が喜ぶ事だらう』 真浦『然し私がお前の宅へ出張すれば、友彦の宣伝使が随分妙な顔をするだらうなア』 留公『そりや致しませうとも、今迄は無鳥郷の蝙蝠気取りで随分威張つて居ましたが、上には上があるから何時迄も世は持ちきりにはなりますまい、之が良い切り替へ時でせう。サアサア世の立替立直しは之からだ、天の岩戸の開け口だ』 と雀躍し乍ら先に立ち二人を伴ひ吾家を指して帰り行く。 留公は矢庭に友彦の割拠せる離座敷に躍り入り、 留公『サア友彦、今日から一寸都合があるので此家を開けて貰ひ度いのだ。俺も今迄はバラモン教のお世話係をやつて来たが、お前さんから除名されてからは何時迄も此家を貸す訳にはゆかない。之から三五教の宣伝をしようとするのだから、未練残さずトツトと帰つてお呉れ』 友彦は怪訝な顔して、 友彦『オイ留公、そりや何を云ふのだ。貴様、初めに何と云つた、……私の家はお粗末乍ら一切神様にお供へします。……と大勢の前に立派に誓つたぢやないか』 留公『そりや誓ひました、否違ひました。然し神様に上げるも上げぬもない、世界中皆神様のものだ。仮令上げると云つた所でお前に上げたのぢやない、天地の元の大神様に奉つたものだから、何卒出て呉れやがれ』 友彦『左様な不都合な事を申すと神罰は立所に当るぞ、それでも宜いか、此友彦だつて天地の大神様、殊に大国別の神様の生宮だ、神様の生宮が神様の家に居るのだ、貴様の様な四足の容器とは違ふぞ、エヽ穢らはしい、トツト出てゆけ。左様な無体な事を申すと神様は兎も角として村中の信者が承知致すまいぞ』 と信者をバツクに落日の孤城を固守せむとする。 留公『何といつても、もう駄目だよ。零落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるると云つてな、除名された俺は村中の除外者になり、何処へ頼る所もなし、自暴自棄となつて田吾作の芋畑に駆込み、事の起りは此奴ぢやと芋の赤子を片端から踏み殺す最中に、一人で百人の声を出すと云ふ立派な三五教の宣伝使が其処に忽然として現はれ給ひ、此留公の頭を、膝に上つた猫でも撫でる様な調子で可愛がり、一の乾児にして下さつたのだ。サアサア早く出立致さぬと表に三五教の御大将が見張つて御座るぞ』 友彦『何、三五教の宣伝使が見張つて居るとな、大方武志の宮の神主の宅に去年の冬から潜伏して居た守彦と云ふ弱腰宣伝使だらう。バラモン教の友彦が威勢に恐れて今まで蟄伏して居た蛙の様な代物だ、そんな者が仮令千匹万匹やつて来たとて驚くものかい。万々一此場へ進んで来ようものなら、それこそ神界の御仕組の陥穽に真逆様に顛倒し生命を捨つるは目の当りだ。心配致すな、貴様も今日限り除名処分を取消すから安心せい』 留公『何を吐きやがるのだ、取消も何もあつたものかい、三五教の宣伝使は俺の詳細なる報告に依つて陥穽の箇所は全部承知して御座るのだ。さうして俺は案内役だから滅多に別条は無い、吾身の一大事が迫つて来て居るのにお前、人の疝気を頭痛に病む様な馬鹿な真似はなさいますなや。大きに御心配……有難う』 と長い舌を出し、両手を鳶が羽翼を拡げた様な風にして二三遍虚空を掻き、尻をニユツと突出して舞うて見せる。 友彦は祭壇の前に額き祈願の詞を奏上し、言霊戦を以て真浦の宣伝を撃退せむと、声張り上げて謡ひ初めたり。 友彦『常世の国を守ります大国彦の大神の 珍の御裔と現れませる大国別の大神は 仁慈無限の救世主常世の国より遥々と イホの国迄渡りまし霊主体従の御教を 開かむ為に霊幸ふ神に等しき鬼雲の 彦の命や鬼熊別や其他数多の神々を 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩郷 果実豊な楽園に本拠を定めフサの国 ツキの国まで教線を拡め給ひて自転倒の 島に又もや下りまし大江の山を中心に 神の光を三岳山鬼をも拉ぐ鬼ケ城 伊吹の山まで開きまし世人を救ひ助けむと 心を尽し魂を錬り此世を乱す悪神の 神素盞嗚の枉津見が下に仕ふる悦子姫 鬼武彦や高倉や旭、月日の白狐等が 悪逆無道の振舞に時を得ずして本国へ 一先づ退却し給へど必ず捲土重来の 時こそ今に近づきてコーカス山やウブスナの 山に建つたる斎苑館黄金山はまだ愚 自転倒島の中心地世継王の山の辺傍 錦の宮を忽ちに手の掌翻す其如く 土崩瓦解は目の当り先の見えたる三五の 神の教は風前の灯火の如く日に月に 危険益々迫り行く実に憐れな其教義 それをも知らぬ守彦が天の使と名乗りつつ 図々しくもバラモンの神の使の友彦が 館を指して来るとは飛んで火に入る夏の虫 それに従ふ留公や田吾作野郎の蚯蚓きり 蛙もきれぬ分際で神徳高き友彦に 刃向ひ来るとは何事ぞ身の程知らぬも程がある 天が地となり地が天と変る此の世が来るとても 三五教に迷ふなよ霊主体従の此教義 誠一つの神界の深き経綸は三五の 浅き教ぢや分らない飯守彦の宣伝使 留公田吾作諸共に今から心を立直し バラモン教の神徳を受けて身魂を研き上げ 神世を来す神業に心を尽し身を尽し 天地に代る功績を千代万代に樹てよかし これ友彦が詐らぬ誠一つの言葉ぞや 言霊幸はふ世の中に善ぢや悪ぢやと何の事 朝日が照るとか曇るとか月が盈つとか虧くるとか 大地が泥に沈むとか世人欺くコケ嚇し そんな馬鹿げた言霊を之だけ開けた世の中の 人が如何して聞くものか馬鹿を尽すも程がある 一時も早く目を覚せ神の心は皆一つ 世界の氏子を助けむと大国別の御言もて 憂瀬に沈む民草を救はせ給ふ有難さ 一度は喰つて味はへよ喰はず嫌ひは仕様がない 苦けりや吐き出せ甘ければ遠慮は要らぬドシドシと 心ゆく迄喰ふがよい善の中にも悪がある 悪の中にも善がある三五教は表向 善と雖も内実は悪鬼悪魔の囈言ぞ バラモン教は表から眺めて見ても善である 裏から見ても亦善ぢや其内実は殊更に 善一筋で固めたる昔の元の神の道 斯んな結構な御教を調べもせずに一口に 悪の雅号で葬りて此世を潰さうと企む奴 憎さも憎い三五教一時も早く留公よ 飯守彦と云ふ奴の甘い言葉にのせられて お尻の毛迄抜かれなよ憐れみ深い友彦が 真心籠めて気をつける大国別の神様よ 彼等が心に生命を与えて再びバラモンの 神の教に救ひませあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよ』 と口から出任せに汗をブルブル流し乍ら呶鳴り立てて居る。留公は此歌を聞いて躍起となり、 留公『オイ、バラモン教の御大将、随分立派な言霊だのう。雲烟模糊として捕捉すべからず、支離滅裂、聞くに堪へざる亡国の悲歌、そんな事を囀ると天地が暗くなつて仕舞ふ哩。サア之から此留公が十一七番の宣伝歌を謡つてやらう、耳を浚へて謹聴せい』 と長々と前置してエヘンと一つ咳払ひ、鷹が翼を拡げた様な手付で腰を屈め足を踏ん張り、右や左へ身体を揺ぶり乍ら奇声怪音を放つて揺ひ出した。 留公『此処は名に負ふ秘密郷四面深山に包まれて 中を流るる宇都の川流れも清く澄み渡る 武志の宮の御住家大江の山を破壊されて 逃げて出て来たバラモンの言霊濁るども彦が 鳥なき里の蝙蝠か蛇なき里の青蛙 威張散らして村人を何ぢやかんぢやとチヨロまかし 霊主体従を標榜し利己一片の強欲心 最極端に発揮して宇都山村の婆、嬶を 有難涙に咽ばせつ遂に進んで吾々も 慣用手段の口の先一寸うまうま乗つて見た さはさり乍らつくづくと胸に手を当て真夜中に 臥せりもやらず窺へば表面を包む金鍍金 愈色は剥げかけた時しもあれや三五の 誠一つの宣伝使天の使の守彦が 雲路を分けて下りまし武志の宮の御前に 現はれました雪の道雪より清い神心 松鷹彦の住む家に去年の冬から出でまして 世界の立替立直し天地百の神等を 宇都の川辺に呼び集め神徳茲に備はつて バラモン教の枉神を言向け和し如何しても 往生致さな是非はない神の定めの根の国や も一つ違うたら底の国万劫末代上れない 根底の底のまだ底の真黒暗のドン底へ 落してやらうかこりや如何ぢや此世でさへも限りがある 早く心をきり替へて瓦落多教に暇呉れて 誠の神の開きたる三五教に帰順せよ 俺も長らく友彦を師匠と仰いで来た誼 別れに際して親切に誠心で気をつける 気をつけられた其中に聞かねば後は知らぬぞよ 神の心を取り違へ留公さまの真心を 無にするならばするがよい皆お前の身の上に かかつて来ること許り俺はもう早や三五の 神の教に帰順したバラモン教に用は無い とは言ふものの人は皆同じ御神の分霊 世界同胞の誼もて一度は忠告仕る 早く改心して呉れよ決して俺に損得の 一つも関はる事ぢやないみんなお前が可愛から お前が改心するなれば宇都山村の神村も 天下泰平無事安穏五穀成就目のあたり 改心せなけりや是非も無い留の腕には骨がある 天地の神になり代り貴様の雁首引き抜こか 眼玉を抜こか舌抜こか地獄の鬼ぢやなけれども 止むに止まれぬ大和魂とめてとまらぬ留公が 思ひ詰めたる善の道道に迷うた里人を 助けにやならぬ此場合先づ第一に友彦が 改心すれば三五の神の司と手を引いて 元は一つの神の道腹を合して仲好くし お道を開く気はないか早く薫しい返事せよ 返事がなければ是非が無い芋の赤子を潰す様に 片つ端から踏みにじり鬼の餌食にしてやろか サアサア早うサア早うお返事なされよ三五の 誠一つの宣伝使言霊戦を開いたら とても敵はぬ尻に帆を掛けて走らにやなるまいぞ そんな見つとも無い事をするより早く我を折つて 改心なされ改心をすれば忽ち其日から 喜び勇んで神界の御用が屹度出来ますぞ 三五教が善なるか又悪なるか俺や知らぬ 俺の感じた動機こそ不言実行の誠のみ バラモン教は善の道善ぢや善ぢやと謡へども 言心行が一致せぬ一致を欠いだ御教は 半善半悪雑種教斯んな教が世の中に 若しも拡まるものならば世界の人は悉く みんな不具者になつて仕舞ふ生血に飢ゑたる枉神の 醜の企みと知らないかお前も天地の御徳にて 生れ出でたる神の宮悪魔の巣ふ破れ屋と なつて天地の神々に如何して言訳立つものか 早く改心してお呉れ留公さまが一生の 誠尽しのお願ぢや之程誠で頼むのに 首を左右に振るならばもう是非なしと諦めて 直接行動にとりかかる返答聞かせ友彦よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともお前一人は如何しても 改心させねば措かないぞあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐しまして頑固一途の友彦が 心を照させ給へかし身魂を光らせ給へかし』 と敵やら味方やら訳の分らぬ歌を謡ひ首をすくめ、糞垂れ腰になつて、左右の手を胸の四辺にかまきりがすくんだ様な手付し、ピリピリ慄ひ乍ら左右の足を一所にキチンと合せ待つて居る。その可笑しさに友彦も、跟いて来た田吾作も、思はず声を上げて笑ひ転けたり。 (大正一一・五・一二旧四・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 08 津田の湖 | 第八章津田の湖〔六八二〕 津田の湖辺に現はれたる三人の宣伝使を始め、遠、駿、武、三、甲、雲の六人は高春山を遥に眺めて、今や三方より進撃せんとする計画を定むる折しも、六人の泥棒は内輪喧嘩を始め出し、武州、駿州、遠州は向脛を打たれて其場に倒れたるを見すまし、三、甲、雲の三人は此場を見捨てて、元来し道に逃げ去つた。 茲に竜国別は道を北に採り、迂回して大谷山より攻め上る事とした。又国依別は鼓の滝を越え六甲山に登り、魔神を言向けつつ高春山に向ふ計画を定めた。玉治別は湖辺に繋ぎある舟に身を托し、津田の湖を渡つて驀地に高春山に押寄すべく、足を痛めた三人を舟に乗せて自ら艪を操り乍ら、寒風荒む月の夜を西方の山麓目蒐けて漕ぎ出だす。湖水の殆ど中央まで進みし時、三人は俄に立上り、 遠州『オイ貴様は三五教の宣伝使、誠の道を立て通す神聖な役目であり乍ら、秘密書類を手に入れたを幸に、敵の備へを覚り、三方より攻め寄せむとするは実に見下げ果てたるやり方だ。何故誠一つで進まぬのかい』 駿州『実の処はその手帳は吾々の仲間に取つて大切な品物だ。それを貴様に奪られて堪るものか。杢助の宅に於いて、この大切な書類を貴様が手に入れたのを覚つた故、吾々六人は道々符牒を以て諜し合はせ、態と喧嘩をして見せ、脚が痛いと詐つてこの舟に乗込んだのだぞ』 武州『サア、最早ジタバタしても叶はぬぞ。綺麗薩張と俺達に返納致せ。愚図々々吐すと、此の湖中へ投り込んで了ふぞ』 玉治別『アハヽヽヽ、貴様達何を吐すのだ。三五教の神力無双の宣伝使に向つて、刃向うとは、生命知らずも程がある。蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふも同然、速かに改心致せば赦してやるが、何処までも悪心を立て通すなら、最早是非に及ばぬ、言霊を以て汝が身体を縛り上げ、此の湖水へ投げ込んでやらうか』 遠州『貴様に言霊の武器があれば、此方にも言霊の武器がある。おまけにこの鉄腕が唸りを立てて待つて居るぞよ。サア早く此方に渡さないか』 玉治別『渡せと云つても俺一人の物では無い。竜国別や、国依別に協議をした上、渡してもよければ渡してやらう』 遠州『馬鹿を云ふな。竜国別や、国依別は吾々の同類が途中に待伏せて、平らげて了ふ手筈がチヤンと整うて居るのだ。この湖を向方へ渡るが最後、味方のものが待ちうけて、貴様を嬲殺しにする手筈が定つて居る。驚いたか、何と吾々の計略は偉いものだらう』 玉治別『たとへ小童どもの三人や五人、百人攻め来るとも、恟とも致すやうな玉治別では無い、あんまり見損ひを致すな。鷹依姫は表面にアルプス教を標榜しながら、山賊の大親分になつて居るのだな』 駿州『馬鹿を云ふない。アルプス教には泥棒は一人も居ない。唯俺達は駄賃を貰つて此仕事をするだけだ。実は俺達はアルプス教ではない。盗人の団体だからトツクリ見て見よ。その手帳に俺達の名は記してない筈だ。聖地へ忍び込んだ奴の名前が沢山あるといふことだが、最早貴様にそれが判つたところで、アルプス教は痛痒を感じない。其代り貴様等三人の宣伝使を亡き者に致せばよいのだ。……オイ何うだい、此奴を真裸体にして秘密書類をフン奪り、高春山へ持参せば結構な御褒美が頂戴出来る。サアぬかるな』 と三方より櫂を以て打つてかかる。 無抵抗主義の三五教の宣伝使も、已むを得ず正当防禦の積りで、両手を組み天の数歌を謳つた。されど神慮に反きし敵の秘密書類を懐中したる穢れのためか、今日に限つて天の数歌も、鎮魂も、何の効果も現はれなかつた。三人は三方より滅多打ちに打ちかかる。 玉治別は已むを得ず、又もや櫂を握るより早く三人の中に交つて飛鳥の如く防ぎ戦うた。如何がはしけむ、遠州はバサリと湖中に落ちた。二人に追ひ詰められて玉治別は又もやザンブとばかり湖中に真逆様に落込んだ。舟に掻き着き上らうとすれば、二人は上より櫂を以て頭を撲りつけやうとする。遠州は其間に舟に駆上り、 遠州『サア玉の奴、神妙に渡せばよし、渡さねば貴様の生命はモーないぞ』 玉治別は一生懸命抜き手を切つて逃出す。三人は櫂を操り乍ら玉治別を追ひかける。玉治別は浮きつ沈みつ逃げ廻る。秘密書類は懐中より脱出して水面に浮き上つた。三人は手早く之を拾ひ上げて、大切に濡れた儘そつと舟の中に匿し、尚も玉治別の浮きつ沈みつ逃ぐるを追ひかけ、頭を目蒐けて撲りつけようとする。撲られては一大事と、苦しき息を凝らし乍ら水底を潜り、一方に頭を上げて息をつぎ見れば、又もや三人は舟にて追ひかけて来る。 玉治別は進退谷まり、九死一生のところへ矢を射る如く、一人の子供を乗せて漕ぎつけた一隻の舟。玉治別は盲亀の浮木と喜び勇んで舟に取ついた。舟人は玉治別を助けて舟に乗せた。玉治別は息も絶え絶えになつてゐる。此の時三人の盗人は、 三人『エー邪魔ひろぐな』 と此の舟目蒐けて攻めかけ来る。 船人『貴様は遠州、駿州、武州の小盗人だらう。サア、モウ俺が此処に来た上は、汝も最早観念せねばなるまい。片つ端から叩き潰してやらう』 此声に三人は驚いて一生懸命に櫂を操り、矢を射る如くに西へ西へと逃げ出した。湖中に突出せる大岩石に舟の先端を衝突させ、船体は木つ端微塵になつて、ゴブゴブゴブと沈没した。三人は思ひ思ひに抜き手を切つて逃げようとする。 船頭は三人の浮いた頭を目当に舟を差向けた。玉治別は漸く気がついた。見れば杢助親子が舟に乗つて、三人の泥棒の影を目当に走つてゐる。 玉治別『アー貴方は杢助さま。危い所をよう助けに来て下さいました』 杢助『話は後でゆつくり聞きませう。愚図々々して居れば三人の泥棒の生命が失くなつて了ふ。サア貴方も此櫂を漕いで下さい』 玉治別は直ちに櫂を漕ぎ始めた。漸くにして三人の泥棒を救ひ上げた。さうして以前の湖中の岩の上に三人を送り、舟を此方に引返し、十数間許り距離を保つて、三人に向ひ宣伝歌を聞かさむと、声も涼しく歌ひ始めた。 玉治別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠一つの世の中に誠の道を踏み外し 天地に罪を重ねつつ終には根の国底の国 地獄の底のどん底の焦熱地獄に落されて 苦しみ悶える幽界の掟を知らずに智慧浅き 体主霊従の人々が小さき欲に目が眩み 結構な身魂を持ち乍ら他の宝を奪ひ取り 飲めよ騒げの大騒ぎ遊んで暮す悪企み 地獄の釜の道作りそれも知らずに曲道を 通る身魂ぞいぢらしき仮令大地は沈むとも 誠の道に叶ひなば大慈大悲の大神は 必ず救け給ふべし遠州武州駿州よ 汝も元は神の御子聖き身魂を受継ぎし 貴き神の生宮ぞ小さき欲にからまれて 此世からなる地獄道餓鬼畜生や修羅道の 責苦に自ら遭ひ乍ら未だ覚らずに日に夜に 道に背いた事ばかりわれは此世を平けく 治め鎮むる大神の教を宣ぶる宣伝使 決して憎しと思はない汝に潜む曲神を 一日も早く取り除けて誠の道に救はむと 願ふばかりの我心さはさり乍ら三五の 道を教ふる神司其の身を忘れてアルプスの 神の教に立て籠る鷹依姫が計略を 事も細かに記したる秘密の鍵を懐に 収めて曲を倒さむと思うたことは玉治別の これ一生の誤りぞ汝等は之を携へて 高春山に持参り鷹依姫に手渡して 手柄を現はし御褒美の金を沢山貰て来い さすれば汝が懐はふとつて親子が安々と 楽しき月日を送るだらうさは云ふものの三人よ 此世は仮の世の中ぞ万劫末代生き通す 霊魂の生命は限りなしなることならば三五の 神の教に身を任せ天晴れ世界の塩となり 花ともなりて香ばしき実のりを残せ後の世に あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 悪魔の為に魂を曇らされたる三人を 直日に見直し聞直し其の過ちを宣り直し 神の大道にすくすくと歩ませ給へ大御神 珍の御前に玉治別が畏み畏み願ぎ奉る』 と歌ひ終つた。 三人は此歌に感じてか、但は離れ島に捨てられた悲しさに此場を免れむとしてか、一度に玉治別に向つて両手を合せ、涙を流して改心の意を表する。杢助は舟を岩の前に近づけ乍ら、 杢助『オイ三人の男、汝の片割れ三州、甲州、雲州の三人は俺の館に乗り込んで金銀の小玉を全部貰つて帰りよつた。汝は玉治別の懐中せるアルプス教の書類を狙つてゐるさうだ。併しそれを鷹依姫に届けてやつたところで、余り大した礼物もくれはしよまい。生命を的にそんな欲の無い小さいことを致すな。改心するなら今だ。何と云つても此の離れ島に捨てられては汝も浮ぶ瀬はあるまい。サア改心を誓ふか何うだ、改心致せば此舟に乗せて助けてやるが』 三人は口を揃へて、 三人『改心します。何うぞ赦して下さいませ』 杢助『玉治別さま、貴方のお考へは何うでせうか』 玉治別『改心さへしてくれたならば四海兄弟だ、何処までも助けたいものですな』 杢助『そんなら助けてやらうか』 お初は首を左右に振り、 お初『お父さん、斯んな人を助けたつて直に又悪いことを致しますよ。暫くこの離れ島に預けて置いたがよろしいでせう』 遠州『モシモシ小さいお方、お前さまは年にも似合はぬ、きつい人だな。そんな事を云はずに何うぞ助けて下さいな。屹度改心しますから』 お初『イエイエ貴方は未だ未だ改心が出来ませぬよ。サア、お父さま、早く艪を操つて下さい。小父さま、櫂を漕いで下さい。私も手伝ひませう』 玉治別『アヽさうだ。子供は正直だ。此奴等可愛いと思へば、暫らく岩の上に預けて置いた方が将来のためだらう。サア、杢助さま、彼方へ進みませう』 と湖中の岩島を後に、高春山の東麓を指して矢を射る如く進み行く。 不思議や湖水の水は見る見る水量増り、さしもに高き湖中の巌も次第々々に水中に没し、早くも足許まで波が押寄せて来た。刻々に増る水量に三人は、最早首の辺りまで浸つて了つた。 (大正一一・五・一九旧四・二三外山豊二録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 09 改悟の酬 | 第九章改悟の酬〔六八三〕 雨もなきに湖水の水量は増りゆき、最早三人の鼻の位置まで水は漂うて来た。湖水に聳り立ちたる一つ岩も今は水中に没し、黒い頭が三つ許り湖面に浮かんで居る様に見えた。月は俄に黒雲に包まれ、咫尺を弁ぜざる細かき雪は俄に降り来り、寒冷身をきる如くなり、その生命瞬間に迫るを、三人は如何はせむと相互に心を揉み乍ら、尚も神を念ずる事を為さずありけるが、忽ち暗黒の水面をパツと照らして入り来る三箇の火球ありて三人が身の上下左右に荒れ狂ふ。湖水は二つに割れたりと見るや湖底より美はしき三柱の女神、左手に小さき玉を捧げ、右手に鋭利なる両刃の剣を抜き持ち乍ら、徐々と三人の前に現はれ来りしが何時の間にか岩は水面に高く現はれける。而して岩島の根には一滴もなき迄、水は左右に分れて干上り、三人の女神と見えしは誤りにて、さきに立ちたるは六歳のお初、次に玉治別、次に杢助の大男なり。 遠州『ヤア貴方は玉治別さま、何卒生命ばかりは助けて下さい』 玉治別『此湖水は八岐大蛇の眷族の大蛇の棲処である。此湖の水を左右に割つたのは全く大蛇の仕業であるぞ。早く心の底から悔悟を致し、誠の道に立ち帰れば宜し、さなくば斯くの如く神変不可思議の神術を以て、汝を飽迄も懲しめてくれむ。いつ迄も我を張るならば大蛇の腹に葬られる様な事が、今眼前に突発するぞ』 駿州『何卒今度ばかりはお助け下さいませ。決して悪事は致しませぬ』 湖水は見渡す限り次第々々に水量減じて、遂には湖底まで現はれ来り、只一条の川、真ん中を流るるのみとはなりぬ。 此時又もや杢助、玉治別、お初の三人は宣伝歌を歌ひ乍ら此場に近寄り来る。其歌、 杢助『瀬織津姫大神の神言畏み玉治別の 神の使は津田の湖枉津の棲処を言向けて 世の災患を救はむと心に腹帯、時置師 神命の世を忍ぶ賤の樵夫と身を窶し 名も杢助と改めて津田の湖をば根底より 清めむものと時を待つ折しもあれや三五の 神の教の宣伝使玉治別が訪ね来て 執着心の深かりし妻の霊魂を弔ひつ 根底の国の苦みを救ひ給ひし神恩に 報いむ為と今此処に娘お初と諸共に 現はれ来り玉の緒の生命救ひし其上に 鼓の滝に現はれて鋼の鍬を打ち揮ひ さしもに堅き岩石をきつて落せば忽ちに 底を現はす津田の湖ここに三人はイソイソと 遠州武州駿州の生命を託けた一つ岩 来りて見れば此は如何に我等が姿か幻か 寸分違はぬ三柱の女神は此処に現れましぬ 神の恵の御光に今は漸く照らされて 霊肉一致の清姿最早我等は神界の 誠の道の太柱実に尊さの限りなり アヽ三人の人々よ今より心を取直し 小さき欲を打ち捨すてて万劫末代萎れない 誠一つの花咲かせ味も香もある桃の実の 神の御楯と逸早く成りて仕へよ現世は 夢幻の浮世ぞや幾千代までも限りなく 生命栄えて神の国生きたる儘に神となり 世人を救ふ人となり早く心を改めて 我等に従ひ来れかし』 玉治別『高春山は高くとも鷹依姫は猛くとも 誠一つの言霊に服へ和すは眼前 あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 我等を始め杢助師神の化身のお初嬢 厚く守りて此度の言霊戦に恙なく 全き勝利を得させかし此三人の肉の宮 洗ひ清めて霊幸はふ神の尊き宮となし 神政成就の神業に使はせ給へ天教山に 永久に鎮まる木の花姫の神の命や斎苑館 治めまします素盞嗚の神の尊の御前に 心に潜む鬼大蛇醜女探女も喜びて 誠の神となり変り此肉体を何時迄も いと健かに現世に立ちて働く神代と 守らせ給へ惟神御霊幸はひましませよ』 と玉治別が声を限りに歌ひ終れば、今迄現はれたる三人の姿は、又もや元の女神となつて天女の舞を舞ひ乍ら、中空さして昇り行き、遂には神姿も見えずなりにけり。遠州、駿州、武州の三人は涙を滝の如くに流しつつ感謝に咽ぶ。三人の背後よりは紫の雲、シユウシユウと湯烟の如く音をたてて頭上に高く立昇り、其中より蜃気楼の如く三人の女神現はれ給ひ、右手に鈴を持ち、左に日月の紋を記したる扇を開いて中空に舞ひ狂ふ。之ぞ遠州、駿州、武州三人の副守護神が体を離れたるより、その精霊中の本守護神は喜び給ひて其神姿を現はし歓喜の意を表したるなりき。一同は此奇瑞に感歎し天津祝詞を奏上する折しも、雲州、三州、甲州の三人は、容色艶麗なる女神の手を引き、杢助の前に現はれて、前非を悔い涙を流して合掌する。三人に手を引かれて此処に現はれし女神を見れば、こは抑如何に、十年以前の壮健なりし花の盛りのお杉が姿なりければ、杢助は思はず知らず、 杢助『アヽ女房の精霊か、能くも無事に居てくれた』 お初『お母さま、よう来て下さいました』 とお初はお杉の精霊に取りついて嬉し涙に泣き崩るる。甲州、雲州、三州の三人の後よりは又もや紫雲立ち昇り、以前の如く美はしき女神現はれ空中に舞曲を奏し、之亦雲中に神姿を隠しける。 暴悪無道の盗賊、三州、雲州、甲州も杢助が娘のお初の誠心に絆され、一旦金銀は奪ひ取りて帰りしものの何となく後髪引かるる心地して、お杉の墓に知らず識らず引き寄せられしが、此時墓よりヌツと現はれし影は、痩せ衰へて死したる筈のお杉にして、中肉中背の色飽迄白く元気飽迄旺盛なる姿なりけり。お杉は之より娑婆の執着心をさり天国に上り、後に残せし夫並に一粒種の我娘の幸福を祈り、尊き天人の列に加はりける。之を思へば恐るべきは執着心と欲望なり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 之より玉治別は遠州以下五人に諄々として誠の道を説き、再会を約して此処に別れを告げ、杢助、お初と共に艱難を冒して、鷹依姫の割拠せる岩窟に向つて宣伝歌を唱へながら勢よく登り行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三北村隆光録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 02 探り合ひ | 第二章探り合ひ〔六九四〕 言依別に託されし、黄金の玉の行方をば、見失ひたる黒姫は、テーリスタンやカーリンス、二人の男に疑ひを、抱きながらにトボトボと、己が館に立ち帰り、二人を前に坐らせつ、茶の湯を進め機嫌をとり、威しつ慊しつ訊ぬれば、素より二人は白紙の、疚しき所なく涙、声を絞つて弁解すれど、容易に晴れぬ黒姫の、胸に心を悩ませつ、互に顔を見合せて、如何はせむと腕を組み、差俯向いて黙然たるぞ憐らしき。 黒姫『人間は神様の生宮だから、何処までも正直にせなくてはなりませぬぞや。如何なる罪科があつても、悔い改めたならば大神様は、神直日大直日に見直し、聞直し、宣直して下さるのだ。此の世の中は、隅から隅まで日月の如く明かなる神様の御支配であるから、どんな小さいことでも神の御眼を眩ますことは出来ない。わづかの此の世で目的を達しても、永遠無窮の神界で苦しみを受けるやうなことが出来ては大変な不利益だから、私は神様のため、世人のため、又お前達両人の身魂の幸福のために云ふのだから、綺麗薩張と玉の在処を知らしておくれ。何時まで腕組思案してゐた処で、悪が善に復る筈はない。盗むと云ふ一事は何処迄も万劫末代消えませぬぞえ。サ、あまり世間にパツとせない間、私に一伍一什を白状して下さい。私の落度にもなり、お前さまの罪にもなるのだから、今の間に私に白状しさへすれば、此場限りで何処も彼も天下泰平無事安穏に治まる訳だから。サア、テーリスタン、カーリンス、早く素直に言つておくれ』 テーリスタン『これは又してもお訊ねですが、何と仰有つても知らぬ事は知らぬと答へるより外に途が無いぢやありませぬか』 黒姫『エー又しても白ツぱくれなさるのか。さてもさても分らぬ人だなア。これこれカーリンス、お前は正直者だ。私を助けて呉れただけあつて、何処ともなしに徳のある顔をして居る。神様のお姿みたやうだ。屹度お前は霊肉共に清浄潔白だから、テーリスタンに対し堅い約束を破つてはならないと隠してゐるのだらうが、そんな心遣は要らぬ事だ。事の軽重大小により考へて見なさい。お前が私に全然白状をしたと云つても、決してテーリスタンを苦しめるのでも責めるのでもない。畢竟テーリスタンも、私も、お前も大慶だし、ツイ当座の出来心だから。若い時には誰しもある事だから、屹度神様は見直し聞直し、宣直して下さる。私も何程お前が悪うても、見直し、聞直し、初の心で今までの事は川へサラリと流し、心許して交際をさして貰ふから、さア、チヤツとカーリンス、言はつしやいよ』 カーリンスは頭を掻きながら、 カーリンス『ヘイ貴女の御言葉はよく分つて居ります』 黒姫『さうだらう、分つたぢやらう。矢張りお前はテーリスタンとは、一寸兄貴だけあつて賢い、偉いものだ。正直は此世の宝だ。なア、カーリンス』 カーリンス『モシ黒姫様、知らぬことを知つたやうに云つたら、それでも誠になりますか』 黒姫『知つたことを知らぬと云ふのが悪いのだ。知つたことを「知つて居ります、斯様々々致しました」と言ひさへすれば、途方もない玉盗人をしたお前も、罪が消えて却て素直な奴だと大神様が誉めて下さるぞえ』 カーリンス『オイ、テーリスタン、斯んな婆さまに掛り合つたら、とりもち桶へ脚を突込んだやうなものだなア。何うしたらよからうか』 テーリスタン『それだと云つて第一吾々を日頃から大切にして下さる黒姫様の御難儀になるのだから、あゝして厳しう執拗くお訊ねなさるのも仕方がない。黒姫様のお立場になれば無理もないよ。ぢやと云つて吾々両人は本当に迷惑だなア』 黒姫『お前達其処迄物が分つて居りながら、何故私を焦らすのだい。盗人猛々しいとはお前達のことだよ。他が温順しく出ればつけ上り、歯抜けが蛸を噛むやうにグヂヤグヂヤと歯切れのせぬ返事ばつかりして………エー辛気臭い。困つた泥坊だなア』 と長煙管で丸火鉢をクワンクワンとはたき、眼をキリツと釣り上げ、片膝を立てて斜に構へ息を喘ませて見せた。折柄錦の宮の高楼に夜明と見えて、祝詞奏上の始まる五六七の太鼓が響いて来た。 テーリスタン『オイ、カーリンス、あれは五六七の太鼓の音、モー御礼だ。一先づ御免を蒙つて参拝をして来うかい』 カーリンス『オーそうだ、黒姫様、ゆつくり心を落着けて吾々の無実を御考へ下さいませ。これからお詣りして来ます』 黒姫『オホヽヽ、五六七の太鼓は、お前さまの為には結構な助け舟だ。併し乍ら五六七でも七五三でもお詣りは出来ませぬよ。此の話の解決がつくまで参拝は黒姫が許しませぬ。そんな盗人根性で神様へ詣つて、結構な御宮様を汚すと云ふ事があるものか、罰当り奴が、アルプス教の教とはチツト違ふぞえ』 と又もや声を尖らせ、火鉢を叩く。 テーリスタン『オイ、兄弟、何うしようかな。エライことに取ツつかまつたものだワイ』 黒姫『取ツつかまるも取ツつかまらぬも、お前の自業自得だよ。心の鬼が身を責めるのだ。お前は結構な身魂だが、其の心の鬼が矢張り邪魔をするのだらう。サア早く鬼を突き出して美しい身魂になつて玉の在処を知らすのだよ。大方鷹依姫の指図でお前が隠しとるのぢやないかなア。紫の玉を気好う献上するなんて言ひよつて、麦飯で鯉を釣るやうな企みをしたのだらう。紫の玉が何程立派でも黄金の玉に比ぶれば何でもない。却々アルプス教に居つた奴は油断がならぬ。アヽさうぢや、お前の事ばかり責めて居つても訳が分らぬ。大方陰から操つて居るのであらう。此の聖地へ来てから鷹依姫は、始終使ひ馴れたお前達二人を私の部下にして呉れと云つた点からが抑も疑はしい。私が黄金の玉の監督者と云ふことは、よく分つて居るのだから、屹度鷹依姫の指図であらうがな。ホヽヽヽ、お前達は忠実なものだ。善にも強ければ悪にも強い。一旦主人と仰いだ鷹依姫へ、其処まで尽す親切は見上げたものだ。俄主人の黒姫に云つて下さらぬのも無理はない。アーア私の了簡が間違つて居つた。ドレ是から鷹依姫を呼んで訊問してみよう』 テーリスタン『滅相なこと仰有いますな。鷹依姫さまは、そんなお方ぢやございませぬ。苟くも三五教の宣伝使竜国別さまの母上ではありませぬか。大神様の御神徳で親子の対面が出来たと云つて、それはそれは温順しく誠の信仰に入つてゐられます。あんまり御疑ひなさるのは殺生でございますよ』 黒姫『アヽ無理もない、さうでなければ人間ぢやない、感心感心。私もそんな家来をたとへ半時でも欲しいものだ。併し乍ら、よく考へて見なさい。お前は大神様の誠の道に背いても、一人の鷹依姫が大切か』 テーリスタン『これは聊か迷惑千万。こんなことを鷹依姫様がお聞きにならうものなら、ビツクリして肝を潰されます』 黒姫『ソリヤ当然だよ。余り肝玉の太い事をすると神様に睨まれ、肝が玉なしになつて了ふのは天地の許さぬ道理、オホヽヽヽ、さてもさてもしぶとい代物だなア。ドレドレ五六七の太鼓が鳴つた。朝のお勤めに行つて来るから、お前達は何処にも逃げることはならぬぞえ。鷹依姫にとつくと言ひ聞かし、私が帰る迄にそつと黄金の玉を持つて来て置くのだよ』 テーリスタン、カーリンス『アー何うしたらよからうなア』 と二人は吐息をつく。 黒姫は錦の宮に参拝せむと衣紋をつくろひ、紋付羽織を着し、稍悄気気分になつて道路の石を一つ一つ数へるやうな調子でなめくぢりの旅行式に、力なげに参拝に出掛けた後に二人は黒姫の残して置いた長煙管を握り、テーリスタンは黒姫の座席に坐り、 テーリスタン『これこれカーリンス、お前は余程好い児ぢや、さあチヤツと玉の在処を云ふのだよ。何処へ隠したか、黒姫は申すに及ばず、このテーリスタンまでが側杖を食つて、終に累を鷹依姫様に及ぼさむとして居る大切な危急な場合だよ。黒姫の居る処では云ひ憎からうが、黒姫代理のテーリスタンは今まで兄弟同様に交際つて来たのだから、何一つ心遣ひは要らない。サア、言つて御覧』 カーリンス『オイオイ兄貴、お前までが何を言ふのだい。矢張り俺を疑つて居るのか』 テーリスタン『疑はずに居れぬぢやないか。此間俺が一緒に往かうと言つた時、貴様は親切さうに「テーリスタン、お前は風邪をひいて居るから今日は休め、俺が代りに黒姫様の御保護を見え隠れにして来る」と言つただらう。親切な正直な貴様のことだから、よもやとは思へども前後の事情から考へて見れば、何うしても貴様を疑はねばならぬのだ。お前が盗つたとより考へられないワ』 カーリンス『アーア、情ないことになつて来たワイ。間違へば斯うも間違ふものかなア。なんとした私は因果な生れつきだらう。天地の神様に見放されてゐるのか』 テーリスタン『天地の神様に見放されようと見放されまいと、貴様の心の持ちやう一つだ。愚図々々してゐると黒姫さまが帰つて来るぞ。早く俺に云つて了へ。さうすれば俺も責任を分担して「隠してゐましたが実はこれです」とつき出して、怺へて貰ふのだから』 カーリンス『オイ兄貴、一寸お前下へ降りて呉れ。俺が其処へ行かぬと話が出来ぬ』 テーリスタン『ヨシヨシ言ひさへすれば好いのだ。如何でもしてやらう。サア、煙草でも燻べもつてすつかり言つて了へ。俺は下へ降りて聞き役だから』 と茲に二人は位置を変じ、カーリンスは長煙管で火鉢を叩きながら眼尻を釣り上げ、 カーリンス『コリヤ、テーリスタン、盗人猛々しいとは貴様のことだ。覚えのない俺に自分の悪を塗りつけようとするのは怪しからぬぢやないか。俺が此間貴様の病気を苦にして親切に云つてやつたら、それを逆に取つて俺を盗人と誣るのか。さう云ふ貴様こそ怪しい点がある。此間の晩だつた、昨夜のやうに月は出てない、鼻を撮まれても分らぬやうな時、貴様は倒けたとか、道路が分らぬとか云つて大変に時間をとつた事があるだらう。サア何処へ隠した、有体に白状せ。もう斯うなる以上は兄弟の縁切れだ。併しさうは云ふものの、事実さへ白状すれば、矢張り元の兄弟だ、親友だ。鷹依姫様は既に改心なさつたのだから、玉を欲しがる道理はない。さすれば貴様は其の玉をもつて、三国ケ岳の蜈蚣姫様に献上し、バラモン教で羽振りを利かさうとする野心があるのだらう。サアサ、早く申さぬか、今迄のカーリンスとは訳が違ふぞ。閻魔が浄玻璃の鏡にかけて善悪を今に立別けて見せる。さア、如何ぢや』 と力任せに火鉢を殴つた途端、細い竹の羅宇はポクリと折れて、雁首はテーリスタンの額口に喰ひついた。 テーリスタンはムツと腹を立て、 テーリスタン『なに貴様、他に己の罪を塗りつけようとする大悪人奴』 と両手をひろげて武者振りついた。カーリンスは、 カーリンス『何ツ、猪口才な』 と握り拳を固めて、無性矢鱈に黒姫の留守中に大格闘の幕が下りた。 (大正一一・五・二四旧四・二八外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 19 山と海 | 第一九章山と海〔七一一〕 佐田彦は腰帯を解き、幾重にも包みたる玉函をクルクルと両端に包み、肩にふわりと引掛け得るやうに荷造りした。波留彦は驚いて、 波留彦『コリヤ佐田彦、大切な御神宝を、何だ、貴様の肌につけた穢苦き三尺帯に包むと云ふことがあるか、玉の威徳を涜すと云ふことを心得ぬか。さうして其の態は何だ。帯除け裸体になつて、みつともないぞ』 佐田彦『お前の帯を縦に引裂いて、半分呉れなければ仕方がない。藤蔓でもちぎつて帯にしよう』 波留彦『エー、そんなことして道中が出来るか、みつともない。自分の帯は自分がして行け。神玉の御威徳を涜すぞよ』 佐田彦『イヤ波留彦、さうでないよ。此山続きは随分バラモンの連中が徘徊してゐるから、貴重品と見せかけて狙はれてはならぬ。幾重にも包んだ宝玉、滅多に穢れる気遣ひはない。斯うして往かねば剣呑だから』 波留彦『如何に剣呑だと云つて、そりや余りぢやないか』 佐田彦『万劫末代に一度の大切な御用だ。二度目の岩戸開きの瑞祥を祝するため、言依別様が此再度山の山頂で、二度とない結構な御用を仰せつけられたのだ。失策つては大変だから、斯うして往くが安全だよ』 波留彦は、 波留彦『なんだか勿体ないやうな心持がするのだ。併し乍ら肝腎の宝を敵に奪られては一大事だから、そんならお前の言ふ通りにして行かう。サア、俺の帯を半分やらう』 と縦に真中からバリバリと引裂いて佐田彦に渡した。佐田彦は、 佐田彦『イヤ、有難う。これで確かり腹帯が締つて来た。併し乍ら玉能姫さま、初稚姫さま、貴女等はそんな綺麗な服装で御出になつては、悪漢に後をつけられては詮りませぬよ、何とか工夫をなさいませ』 玉能姫『ハイ、吾々二人は着物を裏向けに着て、気違ひの真似をして参りませう』 佐田彦『ヤー、それは妙案だ。流石は玉能姫様だ。サアサア、佐田彦が着替へさして上げませう』 と立ち上らむとするを玉能姫、初稚姫は首を左右に掉り、 玉能姫『イエイエ、滅相な、妾も玉能姫、自分のことは自分で処置をつけねばなりませぬ』 と云ひつつ、クルクルと帯を解き、裏向けに着物を着替へて了つた。 初稚姫も亦着物を脱がうとするを、玉能姫は少し首を傾け、 玉能姫『一寸待つて下さい。気違ひが二人もあつては却つて疑はれるかも知れませぬから、貴方は気違ひの娘になつて下さい』 初稚姫『そんなら気違ひのお母さま。サア、何処なつと参りませう』 玉能姫『オイ佐田公、波留公、貴様は何処の奴だ。余程好いヒヨツトコ野郎だな』 佐田彦『これはしたり、玉能姫さま、姫御前のあられもない、何と云ふ荒いことを仰有りますか』 玉能姫『知らぬ知らぬ、アーア、斯んなヒヨツトコ野郎の莫迦者と道伴れになるかと思へば残念だ。気が狂ひさうだ』 波留彦『玉能姫さま、今から気違ひになつて貰つては波留彦も堪りませぬで』 玉能姫『伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。大根役者が玉を持つ、コリヤコリヤコリヤ』 佐田彦『玉能姫さま、洒落も可い加減になさいませな。これから未だ沢山な道程、今から気違ひの真似して居つては怺りませぬで』 玉能姫『なに、妾を気違ひとな。エー残念だ。バラモン教に於て其の人ありと聞えたる鬼熊別の妻、蜈蚣姫とはわが事なるぞ。汝は三五教の腰抜宣伝使、この蜈蚣姫が尻でも喰へ。残念なか、口惜しいか。あの詮らぬさうな顔付ワイの。オホヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ倒ける。 佐田彦『アー、仕方がないなア、あんまり嬉しうて玉能姫さまは本当に逆上せて了つたのだらうかなア、波留公』 玉能姫『定めて逆上せたのであらう。逆上せ切つた蜈蚣姫の再来が、お前の頭をポカンと波留彦だ』 と言ひながら波留彦の横面をピシヤピシヤと撲り、 玉能姫『アハヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ひ倒ける。 波留彦『なんぼ女にはられて気分が好いと言つても、キ印に撲られて怺るものか。さア行きませう、玉能姫さま、確かりなさいませ』 玉能姫『ホヽヽ、私は玉能姫ぢやないよ、狸姫だよ』 波留彦『エー、怪体の悪い、肝腎の御神業の最中にやくたいだなア。初稚姫さま、ちつと確かり言つて聞かして下さいな。コリヤ本当に逆上せて居ますで』 初稚姫『お母さま、往きませう』 とすがり付く其の手を取り放し、 玉能姫『エー、お前迄が私を気違ひと思つて居るのかい。アヽ穢らはしい。斯んな所には一時も居れない』 と二つの玉を包んだ帯を肩に引つかけ、山伝ひに雲を霞と走り行く。 初稚姫は負けず劣らず、玉能姫の後に随ひ矢の如く走り行く。佐田彦、波留彦は遁げられては大変と一生懸命に後を追ふ。何時の間にか玉能姫、初稚姫の姿は見えなくなつた。 佐田彦『オイ、波留彦、大変なことが起つたものぢやないか』 波留彦『貴様が確り握つて居らぬから、到頭狸が憑りやがつて持つて去んで了つたのだい。アヽもう仕方がない、神様に申訳がない。此絶壁から言ひ訳のために身を投げて死んで了はうかい』 佐田彦『さうだと言つて、そんな事をすれば益々神界の罪だよ』 と心配さうに悔んでゐる。 向ふの木の茂みから、 玉能姫『オーイ、波留彦さま、佐田彦さま、此処だよ此処だよ』 と玉能姫は呼んでゐる。 波留彦『ヤア、在処が分つた。気違ひ奴、あの禿げた山の横の小松の下に顔だけ出してゐよる、表から行くと又逃げられては大変だ。廻り道をしてそつと捉まへようかい』 と二人は山路を外し、木の茂みの中を蜘蛛の巣に引つかかりながら、漸く玉能姫の間近に寄つた。 玉能姫『あの二人の御方、よう来て下さんした。たまたま御用を仰せつけられながら、玉能姫に玉を奪られて玉らぬだらう。さアさア初稚姫さま、あんなヒヨツトコ野郎に構はず行きませうよ。ホヽヽヽ』 と嘲笑ひと共に掻き消す如く、又もや一目散に木の茂みを脱けて、何処へか姿を隠した。二人は一生懸命に追ひかける。初稚姫の計らひで処々に小柴が折つて標がしてある。 佐田彦『ヤア、流石は初稚姫さまだ。子供に似合はぬ好い智慧が出たものだ。俺達に之を合図に来いと云つて、小柴を所々折つて標をつけて於て下さつた。オイ、之を探ねて走らうぢやないか、のう波留彦』 波留彦『オーさうだ』 と二人は捩鉢巻しながら、小柴の折れを目標に追ひかけて行く。 鷹鳥ケ岳の山麓の松林に七八人の男、胡床を掻き車座になつて、ひそびそ話に耽つてゐる。 甲『オイ、大変に強い女もあればあるものぢやないか。俺達の兄分のスマートボールやカナンボールを苦もなく滝壺へ投げ込み、剰つさへ俺達を谷底へ投り込みやがつて、此通り痛い目に遇はせ、終局の果には蜈蚣姫の教主様まで、あんな目に遇はせよつた。彼奴は何でも偉い神様の再来かも知れないよ』 乙『なアに、彼奴は玉能姫と云つて鷹鳥山の鷹鳥姫の婢奴となり、清泉の水汲をやつて居つた奴だ。あの時は此方は女や子供と思つて油断をして居たから、あんな不覚を取つたのだ。何れ此辺へ迂路ついて来るかも知れない。なんでも彼奴を捉まへて三五教の宝の在処を白状させ、バラモン教へ占領せねば、到底此自転倒島に於ては俺達の教派は拡まらない、なんとかして、まア一度彼奴の行方を探ね、目的を達したいものだ』 丙『そんな危ないことは止しにせエ。生命あつての物種だ。蜈蚣姫さまでさへも彼奴の乾児がやつて来て、谷底へ放り投げたやうな強力が随いてゐるから、うつかり手出しは出来ないよ』 甲『ちよろ臭いことを云ふな。計略を以て旨く引張り込めば何でもない。俺が一つ智慧を貸してやらう』 丙『どうすると云ふのだい』 甲『貴様等二三人が俺と一緒に女に化けて鷹鳥山に乗り込み、三五教の求道者となつて誤魔化すのだ』 乙『貴様の面では女に変装したつて到底駄目だよ。貴様が変装したら、それこそ鬼婆に見えて仕舞ふぞ』 甲『鬼婆でも、鬼爺に見えなければ宜いぢやないか。それで完全な女になつたのだ。善悪美醜は問ふところに非ず。俺は皺苦茶婆さまになつて入り込むから、貴様は皺苦茶爺になつて、杖でもついて腰を屈め、俺の後に踵いて来い』 乙『いつその事、堂々と男の求道者になつて行つたらどうだ』 丙『そんな悪相な面をして行かうものなら、忽ち看破されて了ふぜ』 斯く雑談に耽る折しも、向ふの方より一人の女、何か肩に引つかけ、髪を振り乱し、衣服を裏向けに着ながら、女に似合はず大股にトントンと此方に向つて来る。 七歳ばかりの少女は、 少女(初稚姫)『お母さまお母さま』 と連呼しながら後追ひかけ来る。又もや続いて二人の荒男、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイオーイ。待つた待つた』 と一生懸命に息を喘ませ進み来る。 甲『アリヤ何だ、あた嫌らしい。髪を振り乱し着物を裏向けに着やがつて、褌に何だか石のやうなものを包んで走つて来るぢやないか。彼奴はてつきり気違ひだよ。気違ひに噛ぶりつかれでもしたら、まるで犬に喰はれたやうなものだ。オイ、皆の奴、すつこめすつこめ』 一同『よし来た』 と林の草の中に小さくなつて横たはる。その前を踏まむ許りに玉能姫、初稚姫は、 玉能姫、初稚姫『キヤアキヤア』 と金切声を張り上げながら通つて行く。二人の男汗を垂らし、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイ、気違ひ待つた』 と又もや一生懸命西方指して進み行く。一同はやうやう頭を上げ、 甲『ヤー何処の奴か知らぬが、女房が気が狂つたと見えて、偉い勢で追ひかけて行きよつた。可愛相に、あんな娘がある仲で、女房に発狂されては怺つたものぢやない。併しなかなか別嬪らしかつたぢやないか』 乙『さうだなア、可愛相なものだ。先へ行つたのはあれの爺だらう。後から行く奴はヒヨツとしたら下男かなんかだらうよ。何は兎もあれ、どえらい勢だつた。まるきり夜叉明王が荒れ狂うたやうな勢だ。マアマア俺達は無事に御通過を願うて幸ひだつた』 と話してゐる。暫らくすると蜈蚣姫は、スマートボール、カナンボール其他拾数人の部下を引連れ、一生懸命に此場に駆け来り、五六人の姿を見て、 蜈蚣姫『オイ、お前は信州、播州、芸州の連中ぢやないか。なにして居る。今此処へ玉能姫が通つた筈だがお前は知らぬか』 信州『最前から此処で一服して居ましたが、玉能姫のやうな奴は根つから通りませぬで。髪振り乱した気違がキヤアキヤア云つて通つたばかり、後から爺が可愛相に汗をブルブルに掻いて追つかけて行きました』 蜈蚣姫『どうしても此処を通らにやならぬ筈だが、ハテ不思議だなア。それなら大方杢助館へでも廻つたのだらう。一体何処へ行きよるのか。皆の奴、斯うしては居られない。再度山の山麓、生田の森に引返せ』 と慌しく呼ばはつた。スマートボールを先頭に全隊引率れて、東を指して一生懸命バラバラと走り行く。 梢を渡る松風の音、刻々に烈しくなり、瀬戸の海の浪は山嶽の如く吼り狂うてゐる。玉能姫、初稚姫は漸々にして高砂の森に着いた。四辺に人なきを幸ひ、乱れ髪を掻き上げ、顔を立派に繕ひ、着物を脱ぎ替へ、元の玉能姫となつて了つた。息急き切つて走り来つた佐田彦、波留彦は此の姿を見て、 佐田彦『ヤー、玉能姫さま、気がつきましたか。大変心配でしたよ』 玉能姫『オホヽヽヽ、お約束通り上手に気違に化けたでせう。須磨の浜辺の難関を、あゝせなくては通過が出来ませぬからなア』 佐田彦『イヤもう恐れ入りました。流石言依別命様が御見出し遊ばしただけあつて、佐田彦如き凡夫の到底及ばぬ智慧を持つてゐなさるなア』 波留彦『本当に七尺の男子波留彦も睾丸を放かしたくなつて来ました。アハヽヽヽ』 佐田彦『それにしても初稚姫さま、小さいのによく踵いてお出でなさいましたなア。何時もお父さまに甘へて負はれ通しだのに、今日は又どうしてそんな勢が出たのでせう』 初稚姫『神様が私を引つ抱へて来て下さいました。あの大きな神様が御目に止まりませ何だか』 佐田彦『さう聞くと何だか大きな影の様なものが、始終踵いて居たやうに思ひました』 初稚姫『かげが見えましたか。それが神様の御かげですよ。オホヽヽヽ』 佐田彦『子供の癖によく洒落ますなア。シヤレシヤレ恐れ入りましたもので御座るワイ』 玉能姫『サア、これから高砂の浜辺へボツボツ参りませう。幸ひに日も暮れました』 と玉能姫は先に立つ。三人は欣々と後に随ひ、浜に立ち向ふ。 五月五日の月は西天に輝き、薄雲の布を或は被り或は脱ぎ、月光明滅、四人が秘密の神業を見え隠れに、窺ふものの如くであつた。鳴門嵐の暴風は遠慮会釈もなく海面を撫で、山嶽の如き荒浪は立ち狂ひ、高砂の浜辺に押寄せ、駻馬の鬣を振つて噛みついて居る。 佐田彦は、猿田彦気取りで先に進み、船頭の家を叩き、 佐田彦『モシモシ、船頭さま、これから家島へ往くのだから、船を出して下さいな。賃銀は幾何でも出しますから』 船頭は家の中より、 船頭『何処の方か知らぬが、何を呆けてゐるのだ。レコード破りの荒浪に、如何して船が出せるものかい。こんな日に沖に出ようものなら、生命がいくつあつても堪るものでない。マア、二三日風の凪ぐ迄待つたらよからう』 佐田彦は小声で、 佐田彦『ハテ、困つたなア。吾々はどうしても家島へ渡らねばならないのだ。せめて中途の神島までなつと送つて呉れないか』 船頭『なんと言つても此の時化には船は出せないよ。桑名の徳蔵ならばイザ知らず、俺達のやうな普通の船頭では、到底駄目だよ。こんな日に船を出す位なら、家もなんにも要つたものぢやない。そんな分らぬことを言はずと、二三日待つたがよからうに』 佐田彦『どうしても出して呉れませぬか、仕方がない。それなら船を貸して下さいな』 船頭『滅相もないこと仰有るな。船でも貸さうものなら商売道具を忽ち滅茶々々にされて了うて、女房や子の鼻の下が乾上がつて了ふ。一つの船を慥へるにも百両の金子が要るのだ。自家の身代は此の船一つだ。マア、そんなことは絶対に御断り申さうかい』 佐田彦『未だ外に船頭衆はあらうな』 船頭『此の浜辺には二三十人の船頭が居る。併し乍ら開闢以来、この荒浪に船を出すやうな莫迦者は一人も居りませぬワイ。今日は五月五日、菖蒲の節句、神様が神島から高砂へ御出で遊ばす日だから、尚々船は出せないのだ。仮令浪はなくとも今日一日は、此の海の渡海は出来ないのだ。暮六つから神様が高砂の森へお越しになるのだ。モー今頃は神島を御出立遊ばして御座る時分だよ。何としてそんな処へ行くのだい』 佐田彦『俺は家島へ行くのだ。浪の都合で一寸御水を頂きに神島へ寄りたいと思ふのだよ』 船頭は不思議な奴が出て来たものだと呟きながら表に立出で、 船頭『ヤー、見れば若い御女中に娘さま。お前さま等も御一行かな』 玉能姫『ハイ、左様で御座います。どうぞ船を御出し下さいませ』 船頭頻に首を振り、 船頭『アーいかぬいかぬ、途方もないこと云ひなさるな。男でさへも行かれぬ処へ、妙齢の女が渡ると云ふことは到底出来ない。平常の日でも女は絶対に乗せることは出来ませぬワイ』 初稚姫『小父さま、そんなら其の船を売つて御呉れぬか』 船頭『売つて呉れと云つたつて、中々安うはないぞ。百両もかかるのだから』 初稚姫『それなら小父さま、二百両上げるから、お前の船を売つてお呉れ』 船頭『百両の船を二百両に買つて貰へば、船が二隻新調出来るやうなものだ。それは誠に有難いが、併し乍らみすみすお前さま達を海の藻屑となし、鱶の餌食にして了ふのは何程欲な船頭でも忍びない。そんなことは言はずに諦めて帰つて下さい。男の方なら二三日したら船を出して上げよう』 初稚姫『女は何うしていけないのですか』 船頭『アヽ、いけないいけない。理屈は知らぬが、昔から行つたことがない島だから』 佐田彦『船頭さま、そんなら時化が止んでから明日でも俺達が勝手に漕いで行くから、二百両で売つて下さい』 船頭『百両のものを二百両に売ると云ふことは、大変に欲張つたやうで気が済まぬが、併し船を売つて了へば、次の船が出来るまで徒食をせねばならぬから、貯蓄の無い俺達、そんなら二百両で売りませう』 佐田彦『有難い、そんなら手を打ちます。一、二、三』 と船頭と佐田彦は顔を見合せ、手を拍つて了つた。 初稚姫は懐より山吹色の小判を取出し、 初稚姫『サア、小父さま、改めて受取つて下さい』 と突き出す。船頭は検めて見て、 船頭『ヤー、有難う、左様なら。モウ一旦手を拍つたのだから、変換へは利きませぬよ』 と言ひ捨て、恐さうに家に飛び込み、中よりピシヤンと戸を閉め、丁寧に突張りをこうてゐる。波は益々猛り狂ふ。 佐田彦『アヽ此の船だ。サア皆さま、乗りませう。ちつと荒れた方が面白からう』 と佐田彦は先に飛び込んだ。三人も喜んで船中の人となつて了つた。 佐田彦『サア、波留彦、櫂を使つて下さい。俺は船頭だ。艪を漕いで行く。随分高い浪だよ』 とそろそろ捩鉢巻になつて、艪を操り始めた。 月は雲押し開きて利鎌のやうな光を投げ、四人の乗つた神島丸を照して居る。不思議や暴風は忽ち止まり、浪は見る見る畳の如く凪ぎ渡つた。二人は一生懸命に櫂を操りながら、沖に浮べる神島目標に漕ぎ出した。漸くにしてミロク岩の磯端に横付けになつた。 玉能姫『皆さま、御苦労でした。貴方等二人は此処に待つて居て下さい』 佐田彦『イエ私も御供を致しませう。これ丈篠竹の茂つた山、大蛇が沢山に居ると云ふことですから、保護のために吾々両人が御供致しませう。言依別の教主様より「両人の保護を頼む」と云はれたのだから、もし御両人様が大蛇にでも呑まれて了ふやうなことが出来したら、それこそ申訳がありませぬ。是非御供を致します』 初稚姫『その大蛇に用があるのだから、来て下さるな。大蛇は男が行くと大変に腹立てて怒るさうですから』 波留彦『大蛇でも矢張り女が好いのかなア。斯うなると男に生れたのも詮らぬものだ』 玉能姫『さア、初稚姫さま、参りませう。御両人の御方、決して、後から来てはなりませぬよ。用が済んだら呼びますから、それまで此処に待つてゐて下さい』 二人は頭を掻き乍ら、 佐田彦『エー仕方がない。役目が違ふのだから、そんなら神妙に待つて居ます。御用が済んだら呼んで下さい』 玉能姫『ハイ、承知しました。何うぞ機嫌よう待つて居て下さいませ』 と初稚姫の手を把り、篠竹を押分け山上目蒐けて登り行く。 辛うじて二人は山の頂に到着した。五六歳の童子五人と童女三人、黄金の鍬を持つて何処よりともなく現はれ来り、さしもに堅き岩石を瞬く間に掘つて了つた。 初稚姫『アー、貴女は厳の身魂、瑞の身魂の大神様、只今言依別命様の御命令に依つて、無事に此処まで玉の御供をして参りました。さア、何うぞ納めて下さい』 五人の童子はにこにこ笑ひながら、ものをも言はず一度に小さき手を差出す。初稚姫は金剛不壊の如意宝珠の玉函を取り、恭しく頭上に捧げながら五人の手の上に載せた。十本の掌の上に一個の玉函、忽ち五瓣の梅花が開いた。童子は玉函と共に、今掘つたばかりの岩の穴に消えて了つた。 三人の童女は又もや手を拡げて、玉能姫の前に進み来る。玉能姫は紫の宝珠の函を取り上げ、恭しく頭上に捧げ、次で三人の童女の手に渡した。童女はものをも言はず微笑を浮べたまま、玉函と共に同じ岩穴に消えて了つた。玉能姫は怪しんで穴を覗き見れば、童男、童女の姿は影もなく、只二つの玉函、微妙の音声を発し、鮮光孔内を照らして居る。 二人は恭しく天津祝詞を奏上し、次で神言を唱へ、天の数歌を歌ひ、岩蓋をなし、其上に今童女が捨て置きし、黄金の鍬を各自に取り上げ、土を厚く衣せ、四辺の小松を其上に植ゑて、又もや祝詞を奏上し、悠々として山を下り行く。 玉能姫は、 玉能姫『お二人さま、えらう御待たせしました。さア、もう御用が済みました。帰りませう』 佐田彦、波留彦両人は口を揃へて、 佐田彦、波留彦『それは結構で御座いました。御目出度う。これから私等が一度登つて来ますから、暫らく此処に待つて居て下さいませ』 初稚姫『モー御用が済みましたのですから、一歩も上つてはなりませぬ。さア帰りませうよ』 佐田彦『折角此処迄苦労して御供をして来たのだから、埋めた跡なりと拝まして下さいな』 初稚姫は首を左右に振つてゐる。玉能姫を見れば、是亦無言の儘首を左右に振つてゐる。何処ともなく雷の如き声、 声『一刻も猶予はならぬ。これより高砂へは寄らず、淡路島を目標に再度山の麓に船をつけよ。サア、早く早く』 と呶鳴るものがある。此言葉に佐田彦、波留彦は、 佐田彦、波留彦『ハイ、畏まりました』 と玉能姫、初稚姫を迎へ入れ一生懸命に艪櫂を操りつつ、再度山の方面指して帰り行く。 (大正一一・五・二八旧五・二外山豊二録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 03 松上の苦悶 | 第三章松上の苦悶〔七一五〕 原野を遠く見晴らした若彦館の奥の間に招ぜられた三人の男は、杢助、玉治別、国依別であつた。 若彦『これはお三人様、打ち揃うてよくも御入来下さいました。今も今とて貴方方の噂を致して居りました。呼ぶより誹れとはよう云つたものですなア』 杢助『言依別の教主の命に依つて、紀の国へ急遽出張致しました』 若彦『言依別の教主は、矢張り相変らず勤めて居られますか』 杢助『これは又妙なお尋ね、教主が変つてなるものですか』 若彦『高姫さまは何うなりました』 杢助『高姫さまは相変らず聖地で働いて居られます』 若彦『ハテナ』と思案に暮れる。 若彦『玉能姫は如何致しましたか』 杢助『玉能姫様は初稚姫様とお二人、錦の宮の別殿にお仕へになつて居ります。併し妙な事をお尋ねですな。誰か当館へ来た者がありますか』 若彦『ハイ、先程魔我彦、竹彦の両人が参りました』 国依別は是を聞くより俄に眉を吊りあげ、何と無しに不穏な色を顔面に漂はした。 国依別『其の魔我彦は何処に参りましたか』 若彦『離れの座敷で休息して居られます』 杢助『アハヽヽヽ、これは妙だ。悪い事は出来ぬものだなア』 若彦『魔我彦が何を致しましたか』 杢助『イエ、人の心位恐ろしいものはありませぬ』 若彦『何だか、そはそはと両人は致して居りますので、これには深い様子のある事と思ひ、どつこにも逃げないやうに五人の荒男をもつて監守さして置きました。一体何んな事をやつたのです』 杢助は、青山峠の頂上より谷底へ玉治別、国依別を突き落し、殺害を企てた事を小声に耳打ちした。若彦は倒れむ許りに打ち驚き、 若彦『どこ迄も執念深き高姫一派の奸計。何うしても金狐、大蛇、悪鬼の守護神が退かぬと見えますな。何う致しませう。此儘追ひ帰すか、但は帰順させるか二つに一つの方法を執らねばなりますまい』 杢助『まア私に任して下さい』 と腕を組んでやや思案に耽る。暫くありて杢助は若彦の耳に口を寄せた。若彦は打ち頷き、此場を立つて離れ座敷に進み入り、五人の男に向ひ、 若彦『アヽ皆の者御苦労であつた。各自自分の部屋に帰つて休息して下さい。……魔我彦さま、竹彦さま、長らくお待たせ致しました。嘸お退屈でせう』 魔我彦『何卒お構ひ下さいますな。お客さまは何うなりましたか』 若彦『ハイ、ほんの近くの百姓が見えましたので御座います。何れも用をたして帰りました。何卒御悠くりとして下さい。併し一つ貴方にお願ひ仕度き事が御座います』 魔我彦『お願ひとは何事で御座いますか』 若彦『実は熱心な信者が病気にかかつて此館に籠つて居りますが、何うも怪しい病気ですから、一遍貴方の御鎮魂を願ひ度いのです』 魔我彦『神徳の充実した貴方がゐらつしやるのに、何うして私のやうな者がお間に合ひませうか』 若彦『あの病人は何うしても貴方の鎮魂を受けなくては癒らないのです。総てものは相縁奇縁と云うて、何程神様の御神徳だと云うても、意気の合ぬものは到底効能がありませぬ。何卒貴方急ぎませぬから、お休みになつたら鎮魂を施して下さい』 魔我彦『承知致しました。一つ神様に願つて見ませう』 若彦『早速の御承知、本人も喜ぶ事でせう。併し乍ら、何か物怪が憑いて居ると見えて、昼は平穏です。夜分になつてから一つお願ひ申しませう』 魔我彦は傲然として、 魔我彦『ハイ宜敷い』 と大ぴらに首を振つて居る。表の方には杢助、玉治別、国依別の三人小声になりて、何事か話に耽つて居る。若彦は二人に向ひ、 若彦『些しく表に用が御座いますれば失礼致します。何卒御悠くりと今日はお休み下さいませ。今晩お世話にならなくてはなりませぬから』 と云ひ捨て立ち去る。後に二人は小声になり、 魔我彦『何うも怪しいぢやないか。何うやら、杢助がやつて来て居るやうな気がしてならぬ。まかり間違へば青山峠の陰謀が露見したのだなからうかなア』 竹彦『私も何だか心持が悪くなつて来た。何うぞして此処を逃げ出す工夫はあるまいかなア』 魔我彦『ひよつとしたら二人の奴、谷底で蘇生したかも知れないぞ。それなら大変だ。一つお前神懸り[※三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]をやつて見て呉れ』 竹彦は言下に手を組み、瞑目した。忽ち身体震動して、 竹彦『ウヽヽ、此方は八岐の大蛇の眷属であるぞよ。今表に杢助、玉治別、国依別の三人が現はれて、今夜を待つて復讐せむとの企みをやつて居るぞよ』 魔我彦『それは大変です、何とかして助かる工夫はありますまいか』 竹彦『ウヽヽ、もうかうなる以上は、館の周囲は荒男が取り巻き警戒して居る。力強の杢助は表に隠れて居る。もはや袋の鼠、両人の身体は逃れる見込はあるまい』 魔我彦『ハテ、困つた事だ。何うしたら良からう』 と顔色を変へてまごつく。 竹彦『ウヽヽ、周章るには及ばぬ。先づ気を落ち着けよ。かういふ時こそ刹那心が必要だ。何れ人を呪はば穴二つ、天に向つて唾したやうなものだ。自業自得だ、諦めて三人に命をやつたらよからう』 魔我彦は益々狼狽へ、 魔我彦『命惜しさに吾々は信仰もし、宣伝使もやつて居るのです。そんな事があつて耐るものですか。かういふ所を助けて下さるのが神様だ。何とかよいお指図を願ひます』 竹彦『ウンウン、自業自得だ。仕方がない、今表に折伏の剣を三人が力限り研いで居るぞ。あの業物で、すつぱりとやられたら、二人の身体は見事梨割りになるだらう、ウフヽヽヽ』 魔我彦『何卒、吾々二人を此処から救ひ出して下さい。もうこれきり改心を致しますから……』 竹彦『ウンウンウン、先づ周章ずと日が暮る迄待つたらよからう。何程謝罪つた所で、これだけ大勢強い奴が取巻いて居るから何うする事も出来はしない。なまじいに逃げ隠れ致して、名もなき奴に命を取られ恥を曝すよりも、汝が持てる懐剣で刺違へて死んだがよからう。それが最善の方法だ』 魔我彦『この不安状態がどうして今夜迄待てますか。また大切な一つの命を、さう易々と放る訳には行きますまい』 竹彦『ウヽヽ、この肉体も可愛さうなものだが、其方も可愛さうだ。併し玉治別、国依別の命を易々と取らうと企んだ張本人は魔我彦だから仕方がない、観念致せ』 魔我彦『これが何うして観念が出来ませう』 竹彦『ウヽヽ、命が惜いか、吾身を抓つて人の痛さを知れ、貴様が命の惜しいのも、玉、国両人が命の惜しいのも同じ事だ。併し乍ら、玉、国両人は常から命が大切だと云うて居る位だから、死ぬのは嫌なに違ひない。それに引かへ貴様は高姫と共に、日々烏の啼くやうに命はいらぬ、お道の為なら仮令どうなつても惜しくないと云うて居るぢやないか。命の無くなるのは貴様の日頃の願望成就ぢや、こんな目出度い事は又とあるまい。アハヽヽヽ』 魔我彦『貴方は何れの神様か存じませぬが、ちと気に食はぬ事を仰有る。お引取を願ひます』 竹彦『ウヽヽ、さうだらう、気に食はぬだらう。尤もぢや、口先でこそ命はいらぬと云つて居つても、肝腎要な時になると、娑婆に未練の残るのは人間として、普通一般の当然の執着心だ。その執着心を取らなければ、誠の神業は成就致さぬぞ』 魔我彦『同じ事なら肉体を持つて御用を致し度う御座います。アヽしまつた事をした。何うしたらよからうかなア。日はだんだんと暮れて来る。愚図々々して居れば何んな目に遇はされるか知れやしない、翼でもあれば、たつて帰るのだけれど』 竹彦『ウヽヽアハヽヽヽ、それ程命が惜しければ此方の申す様に致すか』 魔我彦『命の助かる事なら何んな事でも致します。何うぞ早く仰有つて下さいませ』 竹彦『ウンウンウン、汝等両人は庭先のこの松の頂上に登り、天津祝詞を一生懸命に奏上致せ。さうすれば天上より紫の雲をもつて汝の身体を迎へ取り、安全地帯に送つてやらう。何うぢや嬉しいか』 魔我彦『ハイ、助かる事なれば結構です。そんなら何時から登りませう』 竹彦『時遅れては一大事、半時の猶予もならぬ。松の木を目蒐けて登つてゆけ。竹彦の肉体も共に登るのだぞ。ウンウンウン』 と云ひながら霊は元に帰つた。魔我彦は四辺キヨロキヨロ見廻し、人無きを幸ひ庭先の大木を命を的に猿の如くかけ登つた。竹彦も続いて頂上に登りついた。二人は一生懸命に天津祝詞を声の限り奏上した。此声に驚いて若彦を初め、杢助、玉、国其他の一同は松上の二人の姿を見て、『アハヽヽヽ』と笑ひどよめいて居る。二人は一生懸命汗みどろになつて惟神霊幸倍坐世を奏上して居る。杢助は態と大きな声で、 杢助『サア、是から曲津彦と竹取別の両人を料理して酒の肴に一杯やらうかい』 と雷の如く呶鳴りつけた。魔我彦は是を聞き戦慄し、次第々々に慄ひ声になり、遂には息も出なくなつて仕舞つた。竹彦は『ウヽヽ』と又もや松上にて神懸り[※三版・御校正本・愛世版は「神懸り」、校定版は「神憑り」。]を始めた。 魔我彦『貴方の御命令通り此処迄避難しましたが、あの通り杢助以下の連中が樹下を取り巻いて居ります。どうぞ早く雲をもつて迎ひに来て下さい』 竹彦『ウンウンウン、斯の如く濃厚な紫の雲、汝の身体を取囲んで居るのが目に入らぬか。活眼を開いて四辺を熟視せよ』 魔我彦『何うしても我々の目には見えませぬ』 竹彦『ウンウンウン、見えなくつても雲は雲だ。竹彦の肉体と手を繋いで天に向つて飛びあがれ。さうすれば摘み上げて此館より脱出せしめ、安全地帯に救うてやらう。男は決断力が肝要だ。サア早く早く』 と促され、魔我彦は無我夢中になつて竹彦の手をとり、一イ二ウ三ツと声を揃へて一二尺飛び上つた途端に、松上より眼下の荒砂を敷きつめた庭に真逆様に墜落し、蛙をぶつつけたやうにビリビリと手足を慄はせ、人事不省に陥つた。若彦、杢助、玉、国其他の者は此光景に驚き、忽ち樹下に人山を築き、水よ水よと右往左往に慌て廻る。お光は手桶を提げ慌しく走り来る。杢助は直ちに水を含み、両人の面部に息吹の狭霧を吹きかけ、漸くにして二人は唸りながら生気に復し、四辺をキヨロキヨロ見廻し、玉治別、国依別の姿を見て『キヤツ』と叫び、又もや人事不省に陥つて仕舞つた。玉治別は魔我彦を、国依別は竹彦をひつ抱へ、奥の間深く運び入れ、夜具を敷いて鄭重に寝させ、神前に向つて天津祝詞を奏上し、更めて鎮魂を施した。漸くにして二人は息を吹きかへす。 玉治別『魔我彦さま、何うでした。随分御心配なさつたでせう』 魔我彦『ハイ、誠に申訳のない事を致しました。何うぞ命だけは御猶予を願ひます』 玉治別『人を助ける宣伝使がどうしてお前の命が欲しからう。お蔭で大変な修業をさして貰ひました。併し此後はあんな危険な事は止めて貰ひたいものだ。天の真浦の宣伝使が、駒彦、秋彦に宇津山郷の断崖から雪中へ落されたよりも余程険難でしたよ』 魔我彦は真赤な顔をして俯向く。 国依別『竹彦さま、気がつきましたか』 竹彦『ハイ、気がつきました。悪い事は出来ませぬワイ。余り成功を急いだものですから何分貴方方は高姫さまの御神業の妨害をなさる悪人だと信じきつて、あゝ云ふ無謀な事を致しました。併し乍ら魔我彦の精神は存じませぬが、決して竹彦はそんな悪人ではありませぬ。八岐の大蛇の邪霊が私に憑いてあんな事をさせたのですよ。何卒私を恨まぬやうに願ひます』 杢助『随分不減口を叩く男だな。併し乍らお前も是で悪は出来ないと云ふ事は分つたであらう』 魔我彦『私も肉体がやつたのではありませぬ。八岐の大蛇の眷族が憑つたのですから、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直しを願ひます』 杢助『大体お前達は高姫の脱線的熱心に惚込んで居るから、そんな不善的な事を平気でやつて、立派な御神業が勤まると思うて居るのだ』 魔我彦『何事も日の出神さまの御命令通りだと思つて、高姫さまの意志を一寸忖度して居る処へ守護神がやつて来て、霊肉一致、二人を谷底へ突落し、殺さうとしたのです。併し乍ら魔我彦の肉体は何も知りませぬ』 杢助『玉治別、国依別の宣伝使は青山峠の絶頂から、あの深い谷間へつき落され、すんでの事で五体を粉砕するやうな目に遇はされても、お前達両人に対し鵜の毛の露程も恨んで居ないのは実に感服の至りだ。お前達も此両宣伝使の心を汲みとつて、少し改心したらどうだ。さうして改心を証明する為に、今迄の高姫一派の計略を此処ですつかり自白したがよからう』 魔我彦『そればつかりは自白出来ませぬ、高姫さまから仮令死んでも云うてはならないと口留めされ、私も万劫末代、舌を抜かれても言はないと固く約したのですから』 杢助『仮令善にもせよ、悪にもせよ、まだ良心に輝きがあると見えて、約束を守ると云ふ心がけは見上げたものだ。俺達も是以上は最早追及せぬ。玉治別さま、国依別さまこの両人を赦しておやりでせうなア』 玉治別『赦すも許さぬもありませぬ。何事も神様の御経綸、我々に油断は大敵だと云ふ実地の教育を与へて下さつたのですから、其お役に使はれなさつた御両人に対し、御苦労様と感謝こそすれ、寸毫も不足に思つたり恨んだりは致しませぬ』 国依別『私も玉治別と同感です。魔我彦さま、竹彦さま、安心して下さい。当つて砕けよと云ふ事がある。此上は層一層親密にして、神界の御用を勤めようぢやありませぬか』 杢助は立つて歌を歌ひ、しらけた此場の回復を図つた。 杢助『大和河内を踏み越えて漸々此処に紀の国の 青山峠の谷間に言依別の御言もて 勇み進んで来て見れば音に名高き十津川の 激潭飛沫の谷の水衣類を脱ぎて真裸体 ざんぶとばかり飛び込みて御禊を修する折からに 樹々の青葉も追々に黒ずみ来り天津日の 影は漸く隠ろひて闇を彩る折からに 頭上をかすめて落ち来る二つの影は忽ちに 青淵目がけて顛落し人事不省になる滝の 辺に二人を抱きあげよくよく見ればこは如何に 玉治別や国依別の神の命の宣伝使 青山峠の断崖よりつき落されて此さまと 聞いたる時の驚きは流石に豪気の杢助も 胸に浪をば打たせつつ闇を辿りて漸々に 二人を伴ひ平岩の麓に漸く近寄つて 其夜を明かし両人に様子を聞けば魔我彦や 竹彦二人の悪戯と聞いて再び胸躍り 深き仔細のある事と此処に三人はとるものも 取敢ずして若彦が館に訪ね来て見れば 思ひがけなき両人が離れ座敷でひそびそと 深き企みを語り合ふ善悪邪正の其報い 忽ち現はれ北の空雲を払つて照り渡る 北極星の動きなき若彦さまが雄心に 再び動く三人連れ魔我彦竹彦両人は 虚実の程は知らねども兎も角前非を心から 悔いしが如く見えにける嗚呼頼もしや頼もしや 仕組の糸に操られ心にかかりし村雲も 愈晴らす今日の宵あゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして鷹鳥姫が迷ひをば 晴らさせ給へ魔我彦や竹彦一派の迷信を 朝日の豊栄昇るごと照し明して三五の 道の誠を四方の国国の内外の島々に 月日の如く明かに照させたまへ天津神 国津神達八百万百の御伴の神達の 御前に頸根つきぬきて遥に祈り奉る 慎み祈り奉る』 と歌ひ終つて両人に向ひ、 杢助『サア、魔我彦さま、竹彦さま、此杢助と共に聖地へ帰りませう。若彦、玉治別、国依別は是より伊勢路に渡り近江に出で、三国ケ岳を探険して聖地へ帰つて下さい。聖地には又もや高姫の陰謀が劃策されてあるから、杢助は是より両人を伴ひ、すぐ帰国致さう』 と云ふより早く忙しげに此館を立ち出た。魔我彦、竹彦は何となく心落着かぬ面持にて、悄々後に従ひ聖地をさして帰り行く。 (大正一一・六・一〇旧五・一五加藤明子録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 11 難破船 | 第一一章難破船〔七二三〕 心の空も高姫が四人の供を伴なひて 三つの宝の所在をば探らにや止まぬ闇の夜の 大海原を打ち渡り心の駒の狂ふまに 家島を指して進み行く其目的は玉能丸 玉の行方を探らむと操るすべも白浪の 上を辷つて進み往く四人の男は汗脂 滝の如くに搾りつつ浪のまにまに漂ひて 遂に進路を取り外し心も淡路の島影に かかる折しも暗礁に船の頭は衝突し 忽ち浪に落ち込みて九死一生の憂目をば 見ながら心は何処迄も執念深き高姫が 宝探しの物語褥の船に横たはり 心の海に日月の浮かぶまにまに述べ立つる 瑞月霊界物語底ひも知れぬ曲津神 神の仕組の荒浪をときわけかきわけ進み行く アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 高姫は首尾よく三人の船頭をまき散らし、一行五人意気揚々として闇の海原を漕ぎ出した。浜辺の明火は漸く遠ざかり眼に映らない迄になつて来た。高姫は鼻蠢かしながら、 高姫『アヽ皆の者、御苦労であつた。モウ斯うなれば大丈夫、滅多に後から追ひかけ来る気遣ひもあるまい。仮令来た所で宝の所在を探つた以上は、そつと此船に積み込み、廻り道をして帰つて来れば好いのだ。さうして其玉は、此高姫の腹の中に呑み込んで置けば、誰が来たとて取られる気遣ひはない。オホヽヽヽ、待てば海路の風が吹くとやら、時節は待たねばならぬものだ』 貫州『モシモシ高姫様、貴方は既に已にお宝が手に入つたやうな事を仰有いますな、取らぬ狸の皮算用では御座いますまいか』 高姫『何大丈夫だよ、何と云うても日の出神の生宮が睨んだら間違ひはない。言依別の教主や、杢助、玉能姫の連中が嘸や嘸アフンとする事であらう。其時の顔が今見るやうに思はれて可愍いやうな心持がして来た。お天道様の御守護ある証拠には、今夜に限つてお月様も現はれず、星ばかりの大空、いつもからあの玉が欲しい欲しいと思つて居た故か、今日の星の光はまた格別だ。何と云つてもあれ丈け天道様が星々と云つて、沢山に睨んで御座る天下の重宝だから、手に入れば大したものだ、誰が何と云うても玉を呑んだ以上は聖地へ帰り、高姫内閣を組織し、お前達を幕僚に任じてやる考へだから、勇んで船を漕いで下されや』 貫州『余り気張つたものですから、私のハンドルは知覚精神を喪失し、最早用をなさないやうになつて仕舞ひました』 高姫『エヽ、今頃に何と云ふ心細い事を云ふのだい。兎の糞で、長続きがしないものは、到底まさかの時に間に合ひませぬぞ。ここは一つ千騎一騎の場合、伸るか反るかの境目だから、些と腕に撚りでもかけて噪ぎなされ』 鶴公『オイ貫州、お前もさうか、俺も何うやら機関の油が切れたやうだ。腕も何もむしれさうになつて仕舞つた』 清公『俺もさうだ』 高姫『まだこれから長い海路だのに、明石海峡前でくたばつて仕舞つては仕方が無いぢやないか。ちと確りと性念を据ゑてモ一働きやつて貰はねば、三千世界の肝腎要の御用は勤め上りませぬぞえ。出世が仕度くば今気張らねば、後の後悔間に合ひませぬぞ。三千世界に又とない功名を現はさうと思へば、人のよう致さぬ事を致し、人のよう往かぬ所へ往つて来ねば真の御神徳は頂けませぬ。サア皆さま、先楽しみにもう一気張りだ』 貫州『斯う腕が抜けるやうに怠くなつて来ては損も得も構うて居れますか。欲にも得にもかへられませぬ今晩の苦しさ、こりや何うしても神様のお気に入らぬのかも知れませぬぜ。何とは無しに心の底から恐ろしくなり、大罪を犯すやうな気がしてなりませぬワイ。一つ暗礁にでも乗り上げやうものなら忽ち寂滅為楽、土左衛門と早替り、竜宮行きをせなならぬかも知れませぬ。何うでせう、風のまにまに、浪のまにまに任せ、皆の者が休まして貰つたら、又元気がついて働けるかも知れませぬ』 高姫『一刻の猶予もならぬのだから休む事は絶対になりませぬ』 貫州『アヽ、何程休まずに働かうと思つても、肝腎のハンドルが吾々の命令に服従しないのだから仕方が無い。高姫さま、貴女一つ漕いで御覧、さうしたら吾々の辛い事が味ははれませう。人を使はうと思へば、人に使はれて見なくては部下の苦痛が分りませぬからなア』 高姫『お前は何の為について来たのだ。生神様に船を漕げと云ふのか、そりや些と了見が違ひはせぬかの。高姫が船が使へるのなれば、誰がこんな秘密の御神業に、お前達を連れて来るものか。船を漕がすために連れて来たのだから、そんなに気なげをせずに一つ身魂に撚をかけて気張つて下さい。その代りこの事が成就致したら、立派にお礼を申しますから』 鶴公『お礼も何も入りませぬ。我々は手柄したいの、名が残したいの、人に誇りたいのと云ふやうな、そんな小さい心は持ちませぬ。何時も貴女は口癖のやうに、此事が成就致したら出世さすとか、お礼を申すとか、万劫末代名を残してやるとか、神に祀つてやらうとか仰有いますが、第一そのお言葉が気に喰ひませぬワイ。そんな名誉や欲望に駆られて神様の御用が出来ますものか。我々は手柄がしたさに貴女について来て居るやうに思はれては片腹痛い。何だか自分の良心を侮辱されたやうな気がしてなりませぬ。何卒これからそんな子供騙しのやうな事は云はぬやうにして下さい。たらだとか、けれどとかの語尾のつく間は駄目ですよ。そんな疑問詞は根つから葉つから腹の虫が承認致しませぬ』 高姫『お前はそんな立派な事を口で云うて居るが、心の底はさうぢやあるまい。名誉心のない奴はこの広い世界に一人だつて有らう筈がない。赤裸々に腹の底を叩けば、誰だつて手柄が仕度いと云ふ心の無い者は有るまい。日の出神の生宮だつて矢張名誉も欲しい、手柄もしたい、これが偽らざるネツトプライスの告白だ。皆の者共、それに間違ひはあるまいがな、オホヽヽヽ』 一同『エヽさうですかいな』 とのかず触らずのやうな、あぢな味噌を嘗めた時のやうに、せう事なしに冷淡な返事をして居る。一天俄に墨を流せし如く掻き曇り、星影さへ見えなくなつた。忽ち吹き来る颶風に山岳の如き浪立ち狂ひ、玉能丸を毬の如くに翻弄し始めた。何時の間にか船は淡路島の北岸近く進んで居たと見え、島の火影は幽かに瞬き始めた。高姫は其火光を目当に船を漕げよと厳命する。四人は最早両腕共萎へて艪櫂を操縦する事が出来なくなつて居た。船は忽ち暗礁に乗り上げたと見え、船底はバリバリバリ、パチパチパチ、メキメキメキと大音響を立てて木端微塵となり、高姫以下は荒波に呑まれて仕舞つた。 玉能姫は甲斐々々しく襷十文字に綾取り、艪を操りながら高姫が後を追ひ進み来る折しも、俄の颶風に遇ひ淡路島の火影の瞬きを目当に辛うじて磯端に安着し、夜明を待つ事とした。風は歇み雲は散り、忽ち紺碧の空に金覆輪の太陽は、山の端を覗いて海面に清鮮なる光を投げ、鴎の群は嬉々として東西南北に浪の上を翺翔して居る。漁夫の群と見えて四五の小さき帆掛船は遥の彼方に見えつ隠れつ太陽に照されて浮いて居る。 玉能姫は東天に向ひ祝詞を奏上する折しも、傍より呻吟の声が聞えて来る。怪しみながらよくよく見れば、波に打ち上げられた五人の体、人事不省の態にて『ウンウン』と唸り声のみ僅に発して居る。近より見れば、高姫一行であるに打驚き、色々と介抱をなし鎮魂を修し、魂寄せの神言を唱へ漸う五人を蘇生せしめた。玉能姫は高姫の背を擦り乍ら、 玉能姫『確りなさいませ。気が付きましたか』 と優しき声にて労はる。高姫は初めて気がつきたるが如く、 高姫『アヽ何れの方か存じませぬが、危い所をお助け下さいまして有難う御座います。是と云ふのも全く日の出神様が、貴女にお憑り遊ばして助けて下さつたのに違ひありませぬ。アヽ外の者は何うなつたか』 玉能姫『高姫様、御心配なされますな、皆妾が御介抱申し上げ、漸う気がつきました。大変なお疲れと見えて横になつて此処に居られます』 高姫『妾の名を知つて居る方は何れの御人だ』 とよくよく見れば玉能姫である。 高姫『ヤアお前は玉能姫かいナア、ようまア来られました。夜前の荒浪に唯一人船を操つて、この大海原を渡るなどとは偉い度胸の女だ。さうしてお前は妾を助けて、高姫の頭を押へる積りだらうが、さうはいけませぬぞえ』 玉能姫『イエイエ滅相な事、どうして左様な野心を持ちませう。どこ迄いても玉能姫は玉能姫、高姫は高姫で御座いますもの』 高姫『何と仰有る。玉能姫は玉能姫と云うたぢやないか。要するにお前はお前、私は私と云ふ傲慢不遜なお前の了見、弱味に付け込んで同等の権利を握つたやうな其口吻、どうしても日の出神は腑に落ちませぬ。お前に助けて貰うたと思へば結構なやうなものの、余り嬉しうも無いやうな気が致しますワイ。オヽさうぢやさうぢや、日の出神様が玉能姫の肉体を臨時道具にお使ひなさつたのだ。……アヽ日の出神様、よう助けて下さいました。玉能姫の如き曇り切つた身魂にお憑り遊ばすのは、並大抵の事では御座いますまい。御苦労様お察し申します。……コレコレ玉能姫、唯今限り日の出神様はこの生宮へ憑り替へ遊ばしたから、決して決して此後は私の真似をして日の出神の生宮だなんて、そんな野心を起してはなりませぬぞ。チツト嗜みなされ』 玉能姫『何は兎もあれ、日の出神様のお蔭で大切な生命をお助かり遊ばして、お目出度う御座います』 高姫『そりや貴女、嘘でせう。死ねば良いのに何時迄もガシヤ婆が頑張つて夫婦の仲を邪魔を致す奴、お目出度いと云ふのは口先許り、真実の心の底は大きにお目出度うありますまい、オホヽヽヽ』 玉能姫『それは何と云ふ事を仰有います。暴言にも程があるぢやありませぬか』 高姫『定つた事よ。言依別の教主や杢助等と腹を合せ、此生宮に蛸の揚壺を喰はせ、面目玉を潰させ、高姫を進退維れ谷まる窮地に陥れたお前、どこに私が助かつたのが目出度いと云ふ道理が御座んすかいな。阿諛諂佞、巧言令色至らざる無き貴女方には、高姫も心の底よりイヤもう感心仕りました。それだけの悪智慧が廻らねば大それたあんな大望は出来ますまい』 玉能姫『妾が此処へ来なかつたら、貴女は既に生命の無い処ぢやありませぬか。生命を助けられ乍ら、余りと云へば余りのお愛想尽かし、妾も実に感心致しました』 高姫『それはお前何と云ふ口びらたい事を云ふのかい。天道は人を殺さずと云つて、日の出神様の生宮、どんな事があつても神様が救ひ上げてお助けなさるのは必定だ。万々一此高姫が溺れて死ぬ様な事があつたら、それこそ三千年の変性男子のお仕組が薩張水の泡になつて仕舞ふぢやないか。此世の中を三角にしようと四角にしようと餅にしようと団子にしようと、自由自在に遊ばす大国治立大神様は、そんな不利益な事を遊ばす筈がない。仮令お前が来なくてもあれ御覧なさい。沢山の漁船が浪の上を往来して居るぢやないか。世界に鬼は無いと云ふ。見ず知らずの赤の他人でも人が困つて居れば助けたうなるものぢや。人を助けた時の愉快さと云うたら譬方の無いものだ。お前さまは赤の他人とは云ひ乍ら矢張り曲りなりにも同じ神様のお道の懐にくつついて居る虱のやうなものだ。虱の分際として、霊界物語第五巻の総説ぢやないが、広大無辺の大御心が分つて耐りますかい。暫しの間でも私を助けてやつたと夢見たときの愉快さは、何とも云はれぬ感がしただらう。仮令刹那の愉快でも此高姫があつたらこそ、そんな結構な目に遇うたのだ。サアサア早く日の出神の生宮に感謝なさいませ。アヽ神様はお恵が深いから、こんな玉隠しの身魂にさへも喜びを与へて下さるか。思へば尊い御神力の強い日の出神様。杢助や玉能姫に守護して居る神様は、此高姫に対し一度も束の間も嬉しいと云ふ感を与へて呉れた事はない。その筈だ、何を云うても素盞嗚尊の悪の一番醜い時の分霊が守護して居るのだから、注文するのが此方の不調法だ、オホヽヽヽ』 とそろそろ元気づいて来るに従ひ、再び意地くねの悪い事を捏ね出したり。 玉能姫『貴女、船はどうなりました』 高姫『オホヽヽヽ、船が残る位なら誰人が海へはまるものか。お前も思ひの外智慧の足らぬ事を云ひなさるな。あの船にはエラさうに玉能丸と印が入れてあつたが、決してお前の船ぢやありますまい。三五教の神様の御用船だ。それを僣越至極にも自分の船のやうに思ひ、玉能丸なんて記した所を見れば、心の中には既に既に船一艘窃盗して居つたのだ。お前併し乍らこれも神様の深いお仕組かも知れませぬ。玉能姫の名のついた船が暗礁に衝突かつて木つ端微塵になつたと思へばオホヽヽヽ、心地よい事だ。この船がお前の前途の箴をなして居るのだ。余り慢心をして我を張り通すと又此船のやうに暗礁に乗り上げ、破滅の厄に遇はねばなりますまい。大慈大悲の日の出神が気をつけて置くから云ふ中に改心をなさらぬと、トコトンのどん詰りになつて地団駄踏んでも後の祭、誰も構うては呉れませぬぞエ。……コレコレ貫州、皆々好い加減に起きて来ぬかいな、男の癖に何を弱つて居るのだ』 貫州『いやモウ余り感心致しまして立つ事が出来ませぬワ。ナア鶴公、お前も感心しただらう』 鶴公『さうともさうとも、四人共揃つて感心した。生命を助けて貰うて置きながら、竹篦返しの能弁には俺達も開いた口が塞がらぬワイ。ナア玉能姫様、貴女の御精神には心から感心致しました。ようマア生命を助けて下さいました。お腹が立ちませうが狂人の云ふ事だと思つて何卒勘弁してやつて下さいませ。海の向ふに須磨の精神病院が御座いますから、其処へお頼み申して監禁して貰ひますから、どうぞそれ迄御辛抱を願ひます。生命の親の玉能姫様、アヽ惟神々々』 高姫『コラコラ鶴、貫、何を云ふのだ。生神様に対して狂人とは何と云ふ不心得の事を云ふのだ。そんな事を申すと今日限り師匠でもないぞ、弟子でもない。破門するからさう思へ』 鶴公『捨てる神もあれば拾ふ神もある。世の中はようしたものだ。私は唯今限りお前さまに愛憎が尽きたから、玉能姫様のお弟子にして頂きます。否々生命の親様、孝行な子となりて尽します。高姫さま、長らく御心配をかけさして下さいました。私も是で四十二の厄祓ひ、家内中綺麗薩張煤払ひをしたやうな気分になりました』 高姫は面を膨らし目を剥いて睨み付けて居る。 玉能姫『四人のお方、貴方方は何処迄も高姫様の御教養をお受下さいませ。妾は他人様の弟子を横取りしたと云はれましては迷惑で御座います。断じて弟子でもなければ親子でもないと思うて下さい』 鶴公『そりや貴女御無理です。何と仰有つても私の心が高姫様を離れて、貴女に密着して仕舞つたのだから、何彼の因縁と諦めて下さいませ。お許しなくば貴女に助けて貰うた此生命、綺麗薩張り身を投げてお返し致しますから』 玉能姫『貴方方のお心はよく承知致しました。併し妾を助けると思うて断念して下さい。それよりも一時も早く妾の船に高姫様をお乗せ申して帰りませう』 一同『ハイさう致しませう』 と言葉を揃へて頷く。 高姫『お前等は御勝手に乗つて帰りなさい。私は玉能姫に助けられる因縁が無いのだから。あの通り沢山の船、此処に待つて居れば何処かの船が来う。それに沢山の賃銀を与へれば何処へでも乗せて往つて呉れるから、お節惚けのお前達はどうでも勝手にするがよいワイのう。私は一つの目的を達する迄帰らないから、お前達は玉能姫と一緒に帰りなさい』 鶴公『アヽ、こんな目に遇うても貴女は矢張り執着心が退かぬと見えますな。家島とか神島とかへ行つて宝を呑んで来る積りでせう』 と聞くより高姫は癇声を張り上げ、 高姫『構ふな、お前達の知つた事かい』 と呶鳴りつけた。 此時一艘の漁船矢を射る如くに此場に寄り来り、 船頭『夜前は大変な暴風雨だつたが、茲に一艘の船が毀れたと見えて板片が残つて居る。大方お前等は難船したのだらう。サア私の船に乗つて向ふへ帰らつしやい、賃銀は幾何でもよいから』 高姫『アヽ流石は神様だ。お前は偉いものだ。サア私を乗せて下さい。賃銀は幾何でも上げるから』 船頭『見れば此処に船が一艘着いて居るが、是は誰の船だな』 高姫『あれかいな、あれは此処に居る連中の船だ。最前から乗せて呉れと云つて頼んで居るのに、根つから乗せてやらうと云はぬのだ。エグイ奴があればあるもの。……よう来て下さつた。サア乗せて貰はう』 船頭『サアサア乗つて下さい。コレコレお前さま達、なぜこの婆アを乗せてやらぬのだ。腹の悪い男だなア』 鶴公『船頭さま、この婆アは一寸気が違うて居るから何云ふか分りませぬ。最前からこの船に乗りなさいと云ふのに、自分から乗らないと頑張つて、駄々をこね、あんな事を云ふのだから仕方が無い。お前さま、要心して須磨の精神病院へでも送つてやつて下さい。途中海へでも飛び込むと大変だから、綱かなんかで、がんじ搦めに縛つて船の中の荷物で押へて置かぬと耐りませぬぜ』 高姫『こりや鶴、恩知らず奴、何と云ふ事を云ふのだ』 と睨め付け、 高姫『サア船頭さま、早くやつて下さい。サア早く早く早く』 船頭『ハイ、左様なら何処へでもお供致しませう』 と、艪を取り、西に向つて漕いで行く。 玉能姫は四人の男を吾船に乗せ、自ら艪を操りながら高姫の船を目蒐けて追うて往く。 (大正一一・六・一二旧五・一七加藤明子録) |
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38 (1830) |
霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 12 家島探 | 第一二章家島探〔七二四〕 負ぬ気強き高姫は折から漕来る漁夫船 是幸ひと飛び乗りて海の底より尚深き 執着心に駆られつつ三つの宝の所在をば 諸越山の果て迄も探し当てねば措くものか 仮令蛇となり鬼となり屍は野べに曝すとも 海の藻屑となるとても此一念を晴らさねば 大和魂が立つものか日の出神の生宮と 自ら謳うた手前ある愈実地を嗅出して 日の出神の神力を現はし呉れむと夜叉姿 髪振り乱し海風に身を梳り荒浪を 乗り切り乗り切り漸くに高砂沖にと着きにける。 船頭『もしもしお客さま、右手に見ゆるはあれが有名な高砂の森、それから続いて石の宝殿、曽根の松の名所、如何です、一寸彼処へお寄りになつては』 高姫『や、妾はそんな事どころぢやない。一時も早く家島迄行かねばならぬのだ。お前、御苦労だが何卒気張つて一刻でも早く漕つて下さい。それそれ後から今の五人の悪党者が追ひ駆て来る。追ひ付かれては大変だからなア』 船頭『儂も力一杯漕いで居るのだが、何と言うても向方は五人だから、交る交る身体を休め以て来るのだから旨いものだ。然し乍ら儂も此界隈にては艪では名を売つたもの、船頭の東助と言へば名高い者ですよ。其代り賃銀は他人の三人前払うて貰はねばなりませぬ』 高姫『三倍でも五倍でも十倍でも構ふものか。一歩でも早く着きさへすれば払つてやる。然し一歩でも後れる様の事があつては矢張三人前ほか払ひませぬぞや』 東助『有難う、それなら是から一気張り致しませう。何程上手な者でも此東助には叶ひませぬからな』 と捩鉢巻を締め浸黒い膚を出して凩に向ひ汗を流し乍ら、一層烈しく艪を漕出した。 高姫『これこれ、船頭さま、左手に饅頭の様な島が浮いて居るが、あれは何と言ふ島だい』 船頭『あれですか、あれは瀬戸の海の一つ島と言ひ神島とも言ひましてな、それはそれは恐ろしい島ですよ。昔から私の様な船頭でも寄りついた事は無いのですから』 高姫『あの島へ去年の五月の五日に船を漕いで行つた女があるだらう。お前、聞いて居るだらうなア』 東助『滅相も無い事仰有いますな。常の日でさへも彼の島へ船は着きませぬ。况して五月五日と言へば神島の神様が高砂の森へお渡り遊ばす日だから、船頭は総休みです。此辺一帯は昔から五日の日に限つて船は出しませぬ。万一我慢をして船を出さうものなら、忽ち船は顛覆し生命をとられて仕舞ふのだから、何処の阿呆だつて、そんな日に船を出したり恐ろしい神島などへ渡りますものか』 高姫『あの島には何か宝物でも隠してある様な噂は聞きはせぬかな』 東助『沢山の船頭に交際て居ますが、そんな話の気位も聞いた事はありませぬワイ。神様の話を言つても海が荒れると言ふ位だから、もう此話は是きりにして下さい』 高姫『さうかなア、矢張さうすると家島に違ひない。さア早く頼みます』 東助『承知しました』 と一生懸命、向う風に逆らひつつ漸く家島の岸に着いた。 高姫『あゝ御苦労だつた。流石は東助さま、よう早う着けて下さつた。お礼は沢山に致しますぞえ、後からの連中が来ても妾が此山へ登つたと言つてはいけませぬぞえ。若しも尋ねたら、高姫は神島に上がらしやつたと言うてお呉れ、屹度だよ』 東助『はい、承知致しました』 高姫はパタパタと忙がしげに老樹こもれる山林の中に姿を隠して仕舞つた。東助は只一人舷に腰を掛け松葉煙草をくゆらして居る。 半時ばかり経つと、玉能姫の一行を乗せた小船は矢を射る如く此場に寄り来り、 玉能姫『あ、お前さまは高姫さまを乗せて来た船頭さま、まア御苦労で御座いましたな。高姫さまは此山へお登りでしたか』 東助『え……その……何で……御座います』 と頭をガシガシ掻いて居る。其間に船は岩端に繋がれ五人は上陸した。 玉能姫『あなたの乗せた来た女の方は此山へ登られましたか』 東助『はい、登られたか、登られぬか、つい……昼寝をして居つたものですから根つから分りませぬ。貴女等が若し此処へおいでになつてお尋ねになつたら、神島へ行かしやつたでせう』 鶴公『ハヽヽヽヽ、何と歯切れのせぬ、どつちやへも付かずの答だな。一体船頭さま、お前は神島へ寄つたのかい』 東助『滅相も無い、誰があんな所へ寄せ着けますかい』 鶴公『そんなら、如何して高姫さまが神島へ寄つたのだ、実の処は此家島へ着いたのだけれど、神島へだと言つてスコタンを喰はして呉れと頼まれたのだらう。それに違ひない。お前は船頭に似合はず腹の黒い者だな』 東助『何を言つても金のもの言ふ世の中ですからな。船頭だつて金儲けは矢張大切ですワイ』 鶴公『ハヽヽヽヽ、分つた分つた、てつきり此島だ。玉能姫様、さア早く登りませうか。貴女の大切な宝を掘り出して呑まれて了はれちや大変ですぜ』 玉能姫『それもさうですが、余り慌るには及びませぬ。探すと言つたつて是だけ広い島、さう容易に見当るものぢやありませぬわ、まア一服致しませう』 貫州『玉能姫様の仰有る通り慌るには及ばぬぢやないか。高姫は高姫で勝手に探すだらう、一日や二日歩いたつて探しきれるものぢやないから。まア、玉能姫様、先づゆつくりとさして貰ひませう。随分疲労れましたから』 玉能姫『あ、さう為さいませ。私は実の所、宝の所在は存じませぬ。只一度手に触れた計り、後は竜神様が何処かへお隠しなされたのですから……此広い世界の何処かの島に隠してあるのでせう。妾が此処へ追つ駆てきたのは、高姫様のお身の上を案じ、お気が違うては居らぬかと、宣伝使としてまさかの時にお助け申さうと思つて来たのですから、斯んな危い山に上るのは止しませう。まアまア木蔭へでも這入つて、風の当らぬ暖い処で日向ぼつこりを致しませう』 と先に立ち二三丁山を登り、日当りよき処にて休息する。見れば非常に大きな清水を漂はした池が展開して居る。 鶴公『何と好い景色で御座いますな。こんな高い山に大きな池があるとは不思議ですわ』 玉能姫『此処は陸の竜宮かも知れませぬな』 東助『此島には斯んな小さい池だけぢやありませぬ。山の頂上にも中程にも大変大きな深い池があつて、底知らずぢやと言ふ事です。実に不思議な島ですわ。此広い島に昔から誰一人住んだ人がないのも一つの不思議、何でも大きな大蛇が出て来て、人の臭がすると皆呑んで仕舞うといふ噂ですから、誰だつて、此処に住居する者はありませぬ』 貫州『さうかな、随分恐ろしい所と見えるわい。斯んな所に一人放かして置かれたら堪るまいなア』 清公『そりや、さうとも。誰だつてやりきれないわ』 色々雑談に耽り一時ばかり光陰を空費した。 貫州『さア玉能姫様、高姫さまは屹度此山の頂上さして登られたに違ひありませぬ。宝を先に掘り出し呑まれて仕舞つては大変ですから、ボツボツと出掛けませうな』 玉能姫『妾は少し足を痛めましたから、此処に休んで待つて居ます。何卒御苦労だが貴方等五人連れ行つて下さい』 貫州『いや、それはなりませぬ。もう斯うなれば本音を吹くが、吾々は絶対に高姫崇拝者だ。こりや、お節、斯うなる以上はジタバタしてもあかないぞ。綺麗薩張と玉の所在を白状致せ。四の五のと吐すが最後、此池へ岩を括り着け、四人の荒男が放り込んで仕舞ふが如何だ』 玉能姫『今更そんな啖呵をきらなくても、淡路島より船を出した時から、高姫と八百長喧嘩をし、目と目と合図をして居たでせう。そんな事の分らぬ玉能姫ですか。そんな嚇し文句を並べたつて迂濶と乗る様な不束な女とはチツと違ひますぞ。繊弱き女と思ひ侮つての其暴言、此玉能姫は斯う見えても若彦が妻、教主言依別命様より御信任を辱ふした抜目のない女です。お前さん等の五人や十人が何程捩鉢巻をして気張つた処で何になりますか。ウンと一声、霊縛をかけるが最後、気の毒乍ら万劫末代動きのとれぬ石地蔵になつて仕舞ひますよ。それでも御承知なら、何なりと試みにやつて御覧』 貫州『あゝ仕方の無い女だなあ』 鶴公『もしもし玉能姫様、嘘言ですよ。貫州はいつもあんな狂言をやつて空威張りをする癖があるのです。アハヽヽヽ』 東助『何だ、お前達は山賊か知らぬと思つたら、此山中で気楽さうに芝居をしてゐるのか、随分下手な芝居だなア』 玉能姫『何でも宜しいよ。之から高姫さまに会うて玉の所在でも知らして上げませうかな』 貫州『やア流石は玉能姫様ぢや。実に立派な御精神、貫州誠に感服仕りました。宣伝使はさうでなくては往きますまい。堅いばつかりが女ぢや御座いませぬ。まアよう其処まで打解けて下さいました。貴女がさう出て下されば、敵もなく味方もなく三五教は益々天下泰平、大発展は火を睹る如く明かで御座います。さア玉能姫様、お手を引いて上げませうか。……おい清公、貴様はお腰を押してお上げ申せ。俺はお手を引いて此急坂を登るから』 玉能姫『ホヽヽヽヽ、年寄か何ぞの様に如何に女の身なればとて、これしきの山が苦しうて如何なりますか。何卒お構ひ下さいますな。さアさアお先へお上り下さい。妾は一番後から参ります』 貫州『いや、さうはなりませぬ。高姫さまの御命令ですから……オツトドツコイ……そりや嘘言だ。中途に逃げられては虻蜂とらずになつて仕舞ふ。あゝ迂濶副守の奴、囁来よつた。もしもし玉能姫様、此奴ア皆私に憑依してる野天狗が混ぜ返すのだから、お心に触へて下さいますな』 玉能姫『霊肉一致の野天狗様が仰有つたのでせう、ホヽヽヽヽ左様なれば貴方等の御心配成さらぬ様に真ん中に参りませう。玉能姫が逃げない様に十分御監督なされませ』 貫州『別に貴女を監督する必要もありませず、悪い所へ気を廻して貰つては困りますよ』 玉能姫『何れそちらは高姫様を加へて荒男や神力の強い方が六人、此方は一人、到底衆寡敵しますまい。一層の事此池へ飛び込んで死にませうかな』 鶴公『それは何と云ふ事を仰有るのだ。死ぬのはお前さんの勝手だ。然し乍ら此方が困る、宝の所在を白状した上では死ぬるなつと生るなつと勝手になされ。それ迄はどうあつてもお前に死なれては高姫さまの願望が成就致しませぬから、何程死なうと踠いたつて、斯う五人の荒男が付いて居る以上は駄目ですよ。観念なさいませ、あゝ然し乍ら可惜美人を死なすのも勿体ないものだなア』 玉能姫『それでお前さま達の腹の底はすつかり分りました。妾にも覚悟がある』 と言ふより早く後から跟いて来る三人を苦も無く突倒し、急坂目蒐けて韋駄天走りに元来し道へ降り来る。五人は捩鉢巻を締め乍ら、 五人『オーイ、玉能姫、待つた、逃がして堪らうか、おいおい皆の奴、彼奴が船に乗る迄に引つ掴まへねばなるまい。さア急げ急げ』 と一生懸命に追つ駆ける。玉能姫は阿修羅王の如く髪振り乱し、血相を変へて力限りに下り来る。道の真ん中に大手を拡げて立ち現はれた一人の婆は高姫であつた。 高姫『オホヽヽヽ、到頭高姫の計略にかかり此島まで引摺り廻されて来よつた。いい馬鹿者だな。さアもう斯うなる以上は何程踠いても駄目だ。何処にお宝を隠したのか、神妙に白状するが宜い。此期に及んで愚図々々言ふなら、お前の生命でもとつて仕舞ふまいものでもない。此高姫の身の上にもなつて見て貰ひ度い。いい年をして、お前の様な若い女や初稚姫の様なコメツチヨに馬鹿にしられて、如何して世の中が歩けませうぞ。賢相でも流石は若い丈けあつて、肝腎の知慧がぬけて居る。さア如何ぢや、玉能姫、もはや否応はあるまい』 玉能姫『オホヽヽヽ、何処までも疑ひ深い訳の分らぬ方ですこと。知らぬ事は何と仰せられても知りませぬ。仮令首が千切れても言はぬと云つたら言ひませぬから、其心組で覚悟遊ばせ』 斯く争ふ処へ五人の男、地響き打たせ乍ら此場にドヤドヤとやつて来た。玉能姫の身辺は危機一髪に迫つて来た。流石の玉能姫も進退谷まり如何はせむと案じつつ一生懸命に『木花姫命助け給へ』と祈願を籠めた。忽ち四辺は濃霧に包まれ咫尺を弁ぜず、恰も白襖を立てた如く見えなくなつて仕舞つたのを幸ひ、玉能姫は少しく道を横にとり、あと振り返り見れば濃霧は高姫一派の附近に極限され、外は一面の快晴である。玉能姫は神恩を感謝し乍ら磯端に漸く辿り着いた。 玉能姫の消息如何にと案じ煩ひ、虻、蜂の両人は一艘の船を操り乍ら、丁度此場についた所である。 玉能姫『ア、お前は虻、蜂の両人、よう来て下さつた。話はまア後でゆつくりしよう』 虻公『何卒此船に乗つて下さい』 玉能姫『いえいえ妾は乗つて来た船がある。一人で操つて帰りますから、お前さまは其儘妾に従いて帰つて下さい』 と言ふより早く船に飛び乗り、高姫の乗り来りし船の綱を解き放ち、波のまにまに漂はせ置き二艘の船は矢を射る如く再度山の麓を指して帰り行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七北村隆光録) |
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霊界物語 | 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) | 03 波濤の夢 | 第三章波濤の夢〔七三三〕 野卑下劣なる友彦の態度にぞつ魂愛想をつかし、ぞぞがみを立て蛇蝎の如く忌み恐れたるセイロン島の女王小糸姫は、友彦が大酒に酔ひ潰れ前後不覚になつた隙を窺ひ三行半を後に残し、黄金を腹巻にどつさりと重い程締込み錫蘭の港より、黒ン坊チヤンキー、モンキーの二人に船を操らせ、月照り渡る海原を力限りに辷り往く。 天上には浄玻璃の鏡厳かに懸り、大地の水陸森羅万象を映して居る。小糸姫が今往く此船も、矢張り月の面にかかつた天然画中のものであらう。小糸姫は漸く虎口を逃れホツと一息つきながら独言………。 小糸姫『アヽ妾程罪深い者が世に有らうか。山より高き父の恩、海より深き母の恩、恩に甘え、親の心子知らずの譬に漏れず、人も有らうに、万人の見て以て蛇蝎の如く忌み嫌ふ友彦のやうな下劣な男に、何うして妾は迷つたであらうか。我と我身が怪しくなつて来た。執念深き男の常として、嘸今頃は酔も醒め、四辺をキヨロキヨロ見廻し、我残せし手紙を見てアツト腰を抜かし、例のいかい目を剥き出し、嘸や嘸、腹を立てて居るだらう。思へば可憐さうな様でもあり、小気味がよいやうにもある。妾の心は鬼か蛇か神か仏か、我と我が心を解き兼ねる。それにしてもあの友彦と云ふ男、金さへあれば朝から晩まで飲み倒し、体を砕き魂を腐らせ、殆ど人間としての資格は最早ゼロになつて仕舞つた所だから、今度の驚きで些とは性念も直るであらう。真人間にさへなつて呉れたならば、妾とても別に憎みはせぬ。あの男に一片良心の光があれば、キツト心を取り直し、立派な人間になるであらう。さすれば今見捨てて逃げ出す妾の非常手段も、あの男の為には却つて幸福の種、腐つた魂は清まり、酒に砕けた肉体は又元の如く健かになり、神界の為、社会のために、活動するだけの神力が備はるであらう………友彦殿、妾が書置を見て嘸憤慨して居るであらう。併し乍ら之も妾が御身に対する恵の鞭だと思つて、有難く感謝するがよいぞや。必ず必ず迷うてはならないよ。破れ鍋に閉ぢ蓋、それ相当の女を見つけ出して夫婦仲よく暮しやんせ。提灯に釣鐘、釣り合ぬは不縁の基と云ふ事は昔からの金言友彦の守護神殿、肉体、いざさらば之にて万劫末代お別れ致します』 と頤をしやくり、傍に人無き如き横柄なスタイルにて喋り立てて居る。無心の月は浄玻璃の鏡の如く真澄の空に緩やかに懸り、小糸姫が船中のモノログを床しげに見詰めて聞いて居るものの如くに思はれた。チヤンキー、モンキーの二人は大海原の真中に浮び出たのを幸ひ、目と目を見合せ、そろそろ肩を聳やかせながら体迄四角にして、機械人形の様に小糸姫の両脇にチヨコナンと坐り、 チャンキー『何と今日のお月様は、まんまるい綺麗なお顔ぢやないか。恰で小糸姫女王のやうな、玲瓏たる容色。空を仰げば如意宝珠の如き月光如来、船中を眺むれば雪を欺く純白の光明女来の御出現、俺達も男と生れた上は、一つ此様な美人と握手をしたいものだなア、アハヽヽヽ』 と作つたやうな笑ひ声を出す。 モンキー『オイ、チヤン、擽つたいやうな遠廻しにかけて何を云ふのだ。一里や二里ならまだしもだが、大空のお月さま迄引張り出しやがつて、そんな廻り遠い事は今の世には流行せないぞ。何事も簡単敏捷を貴ぶ世の中だ。海底にも此通り立派な月が浪のまにまに漂うて居る。月の上を渡る此船は、天人の乗つた天の鳥船も同様だ。これ見よ………海の底には幾十万とも知れぬ星の影、月と月、星と星とに包まれた此大空仮令俺達の色が黒いと云うても、唇が厚いと云うても、最早此通り天上を翔る様になつたのだから、顕恩郷のお姫様に何遠慮する事があるものかい。僅か十六歳の繊弱き女、此通り頑丈な鉄のやうな固い腕をした我々の自由にならぬ道理があるか。際限も無き此海原、何一つ楽しみなくして何うして之が勤まらう。………これ小糸姫さま、お前の家来だと云うて連れて居つた友彦の鼻曲りや、出歯亀に比ぶれば幾層倍立派だか知れやしまい。色は黒うても浅漬茄子、何うだ一つ妥協をやらうではないか』 小糸姫『ホヽヽヽヽ、これ二人の黒ン坊さま、冗談を云ふにも程がある。女だと思うて無礼な事をなさると了見はせぬぞエ』 チャンキー『アハヽヽヽ、見事云ふだけの事は仰有りますワイ。まさかの時になれば言論よりも実力が勝つ世の中だ。もうかうなつちや此方の自由自在、何事も因縁ぢやと諦めて我々の要求を全部容れるがお前さまの身の為だ。可憐さうに、あれ程焦れて居つた友彦を酒を飲まして酔潰し、其間にすつかり路銀を腹に巻き、逃げ出すと云ふ大それた年にも似合はぬ豪胆者、後に残つた友彦は………僅か肩揚の取れた計りの小娘に三十男が馬鹿にされ、どうして世間に顔出しがなるものか、「エヽ残念や口惜や、仮令千尋の海の底迄も小糸の後を探ねて、恨みを云はねば死んでも死ねぬ」………と恨んだ男の魂が結晶して副守護神となり我々両人にすつかり憑依つたのだ、因縁と云ふものは恐ろしいものだらう。かう申す言葉は決して黒ン坊が云ふのではない、友彦の霊魂が口を籍つて云うて居るのだ。さア返答は如何だ』 と形相凄じく肩肱を怒らせ汗臭い体で両方から詰寄せて来る。 小糸姫『ホヽヽヽヽ、これこれ黒ン坊さま、何ぢやお前は、卑怯千万な、友彦の霊魂だなぞと……なぜ黒ン坊のチヤンキー、モンキーが女王さまに惚れましたと、キツパリ云はぬのだい』 チャンキー『ヤア割とは開けた女王様だ。それも其筈十五やそこらで大きな男を翻弄し故郷を飛び出すやうな阿婆摺れ女だから、其位な度胸は有りさうなものだ。そんなら小糸姫さま、改めて私等二人は、お前さまに心の底から、スヰートハートをして居るのだ。余り憎うもありますまい』 小糸姫『ホヽヽヽヽ、あゝさうですかいな。それ程私に御執着ですかな。矢張天下無双のナイスでせう』 モンキー『ナイスは云はぬでも分つて居る。何うだ、吾々両人の思召を聞いて下さるのか』 小糸姫『妾は聾ぢやありませぬよ。最前から一言も残らず聞いて居るぢやありませぬか』 チャンキー『ソンナ聞きやうとは違ひますワイ。要するに、吾々の要求を容れて下さるかと云ふのだ』 小糸姫『アタ阿呆らしい、誰が炭団玉のやうな黒い男に秋波を送りますか、烏の芝居だと思つて、最前から、面白可笑しう観覧して居るのだよ』 チャンキー『コラ阿魔女……かう見えても俺は男だぞ。女の癖に、裸一貫の大男を嘲弄するのか』 小糸姫『何程胴殻は大きうても、お前の肝は余り小さいから、サツク迄が矢張小さく見えて仕方がないワ』 チャンキー『何処迄も吾々を馬鹿にするのだな。よしよし、この船を何処へやらうと俺達の勝手だから、往生する所迄苦しめてやるからさう思へ』 小糸姫『同じ船に乗つた以上は、妾の苦しい時は矢張お前も苦しいのだ。妾はかうしてお客さまだから手を束ねて見て居るが、お前達は労働せなくては一日も暮れない身分だ。常世の国の果迄なりと勝手に漕いで往つたがよからう。妾は此広々とした此海面を天国のやうに思うて、仮令三年でも十年でも漂うて居るのが好きなのだ』 チャンキー『何と豪胆な女だな。流石は鬼熊別の血の流れを受けた丈あつて、どことはなしに違つた所があるワイ。なア、モンキー、用心せぬと此奴は化物か知れないぞ。何程胆力があると云うても十五や十六で之だけ胴の据わる筈がない。三五教の守護を致して居る高倉か旭の化身かも知れない。………オイ一寸尻をあげて見い。尻尾でも下げて居やがりやせぬか』 と小糸姫の背部を一生懸命見詰めながら、 チャンキー『矢張此奴は正真正銘の小糸姫だ。………オイ、モンキー愈是から不言実行だ』 モンキー『ヨシ合点だ』 とモンキーは前より、チヤンキーは後より小糸姫に武者振りつき、手籠にせむと飛び掛るを小糸姫は右に左にぬるりぬるりと身を躱し、暫し揉み合ひ居たりしが、強力なる二人の男に取り押へられ「キヤツ」と叫ぶ折しも、四人の乗つた一艘の船、此場に浪を切つて疾走し来り、一人の女は二人の男に当身を喰はしたれば、二人は脆くも船の中にウンと云つたきり大の字になり打ち倒れける。 小糸姫は思はぬ助け船のために危難を救はれ、一人の女に向ひ、 小糸姫『危い所をお救ひ下さいまして有難う御座います』 と月夜に透かし見て、 小糸姫『貴女は今子姫様、何うしてまア斯様な所へ御入来遊ばしました』 と聞かれて今子姫は驚き、 今子姫『さう云ふ貴女は顕恩郷の副棟梁様のお娘子、小糸姫様では御座いませぬか。去年の春、友彦の宣伝使と手に手を取つて何処へかお越し遊ばし、御両親のお歎きは一通りでは御座いませぬ。傍の見る目もお気の毒で耐りませなんだ。さア貴女は一日も早くお帰り遊ばして、御両親に御安心おさせ遊ばすが宜しからう』 小糸姫『イエイエ何うあつても妾は竜宮の一つ島へ参らねばなりませぬ。少し様子あつて友彦に別れ、今渡海の途中で御座います。顕恩郷の本山は益々隆盛で御座いますか』 今子姫『私は三五教の大神、素盞嗚尊様の御娘子五十子姫様の侍女となり、三五教の信者で御座いましたが、鬼雲彦様や、貴女の御両親に改心して頂かうと、種々心は砕きましたなれど何うしても駄目、とうとう天の太玉命の宣伝使が御入来になり、鬼雲彦初め、御両親は何処へか身を匿され、顕恩郷は今や三五教の霊場となつて居ります。そして妾は五十子姫様、梅子姫様と宣伝の途中、片彦、釘彦等部下の為に促へられ、此船に乗せて流されました途中で御座います』 と聞いて小糸姫は大いに驚き、 小糸姫『さすれば貴女は三五教に寝返りを打つた謀反人。鬼雲彦様を初め、妾の両親の敵も同様、サア此上は覚悟をなされ』 と懐剣をスラリと抜いて斬り掛らうとする。五十子姫、梅子姫、宇豆姫は、乗り来し船の上より、騒がず焦らず端然として此光景を打ち看守つて居る。今子姫は言葉淑やかに、 今子姫『マアマアお鎮まり遊ばせ。何程貴女がお焦慮なさつても、此通り此方は四人の女、貴女は一人、到底駄目ですよ。それより貴女の度胸を活用し、竜宮の一つ島へ渡りお道の宣伝を開始なさつたら何うでせう。妾もお力になりまする』 小糸姫は勝敗の数既に決せりと覚悟を極め、 小糸姫『世界は皆神様のお造り遊ばしたもの、謂はば世界の人間は神様の御子で御座います。神の目から御覧になれば妾も貴女も皆姉妹、今迄の事はスツカリと河へ流しイヤ海に流し、相提携して神様に奉仕しようではありませぬか』 今子姫『それは真に結構で御座います。……五十子姫様、梅子姫様、宇豆姫様、貴女方の御考へは如何でせう』 三人一度に頷く。 今子姫『アレ彼の通りお三人共、妾と御同感、さア是から御一緒に一つの船で参りませう。併し乍ら二人の男に活を入れ、助けてやらねばなりますまい』 と今子姫は『ウン』と力を籠めて活を入れた。忽ち二人は正気づき涙を流して謝罪つて居る。 小糸姫『これはこれは二人の黒ン坊さま、長々御苦労であつた。妾は是より三五教の宣伝使となつて、世界の隅々迄巡歴するから、お前達はこれで帰つてお呉れ』 と懐中より小判を取り出し投げやれば、二人は押し頂き、 チャンキー、モンキー『誠に御無礼を到しました上に、之程沢山お金を頂戴致しまして有り難う御座います。左様なれば貴女は彼方の船にお乗り下さいませ。私共は此船で錫蘭の港に引返します、万一友彦様に遇うたら何う申して置きませうか』 小糸姫『アー知らないと云うて置くが無難でよからう』 二人は『ハイ有難う』と感謝し乍ら手早く櫓を操り、東北さして漕ぎ帰る。茲に五人の女は代る代る櫓を操りながら、浪のまにまに流されて、遂にオーストラリヤの一つ島に無事上陸する事となりける。 (大正一一・六・一四旧五・一九加藤明子録) |
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40 (1868) |
霊界物語 | 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) | 06 三腰岩 | 第六章三腰岩〔七五二〕 大蛇の尻尾に跳ね飛ばされた清公は、広言を吐いたチヤンキー、モンキーの二人の目の前に腰を抜かし、醜態にも顔を顰め、大腿骨を痛め、苦虫を噛んだやうな、六ケしい顔をして気張つて居る可笑しさ。腰の立たぬ三人は、口ばかりは相変らず達者である。 チヤンキー『モーシモーシ清公さまお前は余つ程偉い奴 竜宮嶋の地恩郷左守神まで登りつめ 雪隠の虫の高上り漸う大地へ這ひ上り カンピンタンになつた上蠅に孵化して王さまの 頭の上まで登らうと企んだ事も水の泡 小便垂れて糞垂れて宇豆姫さまに撥かれて ドン底迄も顛落しいよいよ此処に改心の 実を示さうと我々を言葉巧にちよろまかし 相も変らぬ悪い事続けるつもりでスタスタと タカの港までやつて来て誰の船かは知らねども 屋根無し船を何々し吾物顔に悠々と 浪を渡つて夜のうち人目を忍んでヒル港 改心したとは何の事大事の大事の他人の船 代価も遣らずにぼつたくり三五教を此郷に 開かうとしたのが運の尽俺まで矢張盗人の そのお仲間に引き込んで大将顔を提げ歩き クシの雄滝の手前まで口と心のそぐはない 宣伝歌をば歌ひつつ同じ教の道の子の 我々二人を頤の先チヤンキーモンキーと口の先 汚い言葉で扱き使ひ主人面してやつて来た その天罰は目のあたり大蛇の尻尾に撥ねられて 左守神になつたやうに一旦高く舞ひ上り スツテンドウと土の上忽ち変る地獄道 腰弱男が腰抜かしお尻の骨を打ち砕き 吠面かわくは何の事お尻の仕末のつかぬ人 そんなお方と知らずして従いて来たのが我々の 不覚と悔んで見たとこが六日の菖蒲十日菊 改慢心の清公[※初版・愛世版では「虎公」になっているが、校定版・八幡版では「清公」に直している。「虎公」という人物はここには登場せず、文脈上「清公」が妥当である]の猫の眼球のお招伴 こんな約らぬ事はないチヤンキーモンキー騒いでも お腰が立たねば仕方ない私等二人をこんな目に 遇はして置いて清公さま何うする積りで御座るのか 余りと云へばあんまりぢやお前の腰は何うなろが お尻の骨は砕けやうが私は些とも構やせぬ お傍杖をば喰はされた私等二人は此儘に 此処で死んだら化けて出てお前の影身に附添うて 生首かかねば置かぬぞやあゝ惟神々々 目玉飛び出るやうな目に私は遇はされ耐らない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも清公の奴は死ぬるとも 私にとつては大蛇ない早く改心した上で 我等二人が壮健でお前を見捨てて帰るやうに どうぞ祈つて下さんせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ身の過ちは宣り直せ さはさりながら我々は清公の奴にこんな目に 遇はされ何うして此儘に恨み返さでおかれやうか 尻尾の毛迄一本も無い処迄抜かれたる チヤンキー、モンキーは云ふも更肝腎要の清公は 肝を抜かれて腰を抜き悲惨極まる為体 お互一様に身の上は気の毒なりける次第なり』 と自暴自棄になりて、出放題を喋り立てて居る。清公も此滑稽な揶揄半分の歌に痛さを忘れてクツクツ笑ひ出す。 清公『セイロン島の土籠黒ン坊人種の成れの果 チヤンキーモンキー両人が小糸の姫に頼まれて 可愛い妻子を後に置きお金の欲に目が眩み 義理も人情も打ち忘れ海洋万里の浪の上 汗もたらたら漕ぎ廻る時しもあれや天狗風 魔島に船は打ちあたり木端微塵となつた時 肝腎要のお客さま小糸の姫を顧みず 船は無けれど黒い尻帆をかけ登る岩の上 三年三月も雨風や天日に曝され泣き面を 乾かし蟹や貝を採り食つて漸々惜しからぬ 命をながらへ時を待つ高姫さまや蜈蚣姫の 船が来たのを幸ひに玉を匿した匿さぬと やつさもつさの押問答囀る折しもテンカオの 島は忽ち海底に沈んだお蔭で魔の神[※初版・愛世版では「魔の神」だが、校定版・八幡版では「魔の島」に直している。]は 浪に呑まれて大勢が蚊の啼くやうな情けない 声を絞つて居たところ玉治別の一行に 安い命を助けられニユージランドの玉森で エツパツパーを喰はされて泣く泣く竜宮の一つ島 タカの港に上陸し地恩の郷に登りつめ チヤンキーモンキーと呼び捨てに皆の奴等に馬鹿にされ 雪隠の中の掃除までやつて居たるを見た俺は 可愛さうだと慈悲心を起してタカの港より 黙つて船を拝借し鳥無き郷の蝙蝠に 出世をさせようと連れて来て働かさうと思つたら 卑怯未練の馬鹿者が大蛇の姿に腰抜かし 中にもチヤンキーの腰抜けは話を聞いて胴慄ひ 脛腰立たぬその態で俺に向つて屁理窟を 云ふとは些と両人の見当違ひぢやあるまいか 大馬鹿者の腰抜けが二人揃うた岩の上 愚図々々すると最前の大蛇の奴が飛んで来て 今度は深き谷底へ尻尾の先で振り落し 身を砕かれて冥途往き三途の川の鬼婆に 何ぢやかんぢやと虐められ末には血の池針の山 焦熱地獄に墜落し鬼に喰はれて仕舞ふぞよ あゝ惟神々々叶はぬからの神頼み 哀れなりける次第なりアハヽヽハツハ阿呆面 ウフヽヽフツフ呆つけ者イヒヽヽヒツヒ因果者 オホヽヽホツホ大馬鹿よエヘヽヽヘツヘエーやめて置かう』 と喋り終つた途端に、清公の腰はヒヨツコリと立つた。続いてチヤンキーの腰も亦立ち上つた。 チヤンキー『ヤア、余り清公がしようも無い事を云ふものだから、言霊の口罰が当つて、堅磐常磐に鎮座ましました石座を離れ、又徐々働かねばならぬやうになつて仕舞つた。……モンキー、貴様は幸福者だ。何処迄も泰然自若として、安楽に岩の上に暮らせる身分だ。我等両人はそろそろ是から活動に這入るのだ。何卒貴様、生神様になつて其処に胴を据ゑ、俺等両人の幸を守つて呉れ。南無モンキー大明神、叶はぬなら立ち上りませだ。アハヽヽヽ』 と二人は面白さうに足が立つた嬉しさに妙な手つきで踊つて居る。モンキーは業を煮やし、立つて見ようと焦慮れど藻掻けど、ビクともしない。たうとう自棄気味になつて下らぬ歌を喋り始めた。 モンキー『清公チヤンキーよつく聞け俺は誠の生神ぢや 岩に喰ひつき獅噛みつき胴は据わつて動かない ビクとも致さぬ大和魂貴様の腰は浮き調子 又々悪魔に導かれ大蛇の尻尾に撥かれて 再び天上するがよい俺は貴様の墜落を 空を仰いで待つて居る雪隠虫の高上がり 名は清公と申せども心の色は泥公が チヤンキーチヤンキーと偉さうに口では云へど何一つ チヤンキーチヤンキーと埒明かぬ困つた奴が唯一人 此世の中の穀潰し娑婆に居つても用はない 俺は何にも岩の神万劫末代動き無き 下津岩根に腰据ゑて貴様等二人の行末を アーイーウーエーオホヽヽヽ嘲笑ひつつ見て暮らす 四つ足身魂に汚された碌な事せぬ二人連れ 一日も速く此場をば離れて往けよお前達 愚図々々してると其辺中空気の色迄悪くする あゝ惟神々々目玉の飛び出るやうな目に 遇はせて下さい三五の皇大神の御前に 二人の為に祈りますエヘヽヽヘツヘ得体の知れぬ オホヽヽホツホ大馬鹿者奴カヽヽヽカツカ空威張り キヽヽヽキツキ気に喰はぬクヽヽヽクツク糞奴 ケヽヽヽケツケ怪しからぬコヽヽヽコツコ困り者 サヽヽヽサツサ逆とんぼシヽヽヽシツシ強太い奴 スヽヽヽスツス好ん平野郎セヽヽヽセツセ雪隠虫 ソヽヽヽソツソそぐり立てたタヽヽヽタツタ高上り チヽヽヽチツチちんちくりんツヽヽヽツツツ聾者盲人 テヽヽヽテツテ天狗面トヽヽヽトツト呆け野郎 ナヽヽヽナツナ泣きツ面ニヽヽヽニツニ憎まれ子 憎まれにくまれ世に覇張るヌヽヽヽヌツヌヌーボ式 ネヽヽヽネツネ鼠の子ノヽヽヽノツノ野天狗野狐豆狸 ハヽヽヽヽツハ薄情者ヒヽヽヽヒツヒ非常識 フヽヽヽフツフ戯けた事をしやがつて ヘヽヽヽヘツヘ屁理窟ばかり叩きよる ホヽヽヽヽツホほうけ野郎マヽヽヽマツマ曲津御霊の張本よ ミヽヽヽミツミ蚯蚓土竜の土潜り ムヽヽヽムツム蜈蚣姫臭い婆さま腰巾着 メヽヽヽメツメ盲目聾者の腰抜け野郎 モヽヽヽモツモ耄碌魂の二人連れ ヤヽヽヽヤツヤ奴野郎の イヽヽヽイツイ意地くね悪い ユヽヽヽユツユ幽霊腰 エヽヽヽエツエえぐたらしい ヨヽヽヽヨツヨ妖魅面提げて ワヽヽヽワツワ悪い事毎日毎夜考へよつて ヰヽヽヽヰツヰ一寸先は暗の夜だ ウヽヽヽウツウ迂路々々と其辺あたりを魔胡つき出だし ヱヽヽヽヱツヱ偉さうに ヲヽヽヽヲツヲ大失策を致したる大馬鹿者の臆病者………… 大腰抜けの狼野郎、お目出度い変り者だ。サア何処へなりと勝手に往け。その代りに盗んで来た船を元の所へ返して来い。さうで無ければ三五教の宣伝に歩いても亦此通りだ。脛腰が立たぬやうに致してやるぞよ。ウンウンウン』 と体を揺り、そろそろ発動し初め、岩の上で餅を搗くやうに体を上げたり下げたり、十数回繰り返し、何時の間にやら抜けた腰はちやんと元の通りに納まり、そろそろ歩き出した。 清公『ヤア、モンキー、貴様、何時の間に腰が立つたか』 モンキー『俺は初めから、決して貴様等のやうに腰は抜かしては居ないぞ。余り偉さうに家来扱ひに致すから、一寸芝居をしてやつたのだ。ウフヽヽヽ』 と肩を揺る。 チヤンキー『アレアレ、追々騒がしく聞えて来る老若男女の叫び声、こりや斯うしては居られない。いづれ三人の中一人は船を返しに帰らねばならないが、先づ神様に御猶予を願つて、大蛇の征服を済す事にしようかい』 清公『それもさうだ。余り大蛇に気を取られて祝詞奏上を忘れて居た。其罰で腰が立たなくなつたのだ。……アヽ神様、何卒お赦し下さいませ』 と三人は一所に集まり来り、高らかに天津祝詞を奏上し、天の数歌及び宣伝歌を歌ひクシの滝壺を目蒐けて進みゆく。 (大正一一・七・八旧閏五・一四加藤明子録) |