| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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341 (1788) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 15 化地蔵 | 第一五章化地蔵〔六八九〕 バラモン教の其一派アルプス教を樹立して 高春山に巣窟を構へて住める鬼婆の 鷹依姫が悪業を言向け和し救はむと 三五教に名も高き高姫黒姫両人は 鳥の岩樟船に乗り意気揚々と中天に 雲押し開き分け上り高春山の麓まで 二人は無事に着陸し黄金の草の茂りたる 胸突坂を攀じ登り岩窟並ぶ天の森 祠の前に休らひて天の瓊矛を振り廻し 言霊戦の最中にテーリスタンやカーリンス 鷹依姫の両腕と頼む曲津に誘はれて 岩窟の中に引き行かれ音信も今に知れざれば 二人を救ひ出さむと言依別の神言もて 竜国別や玉治別の神の使と諸共に 遠き山路を打渉り漸う此処に津田の湖 竜国別は北の路玉治別は湖水をば 横断り乍ら進み行く国依別の宣伝使 鼓の滝を右に見て神と君とに真心を 尽くす誠の宝塚峰を伝ひて六甲の 御山を指して登り行く。 国依別は杖を力に巡礼姿の甲斐々々しく、六甲山の頂上目蒐けて登り行くに路の傍への枯草の中にスツクと立てる石地蔵がある。 国依別『アヽ大変にコンパスも疲労を訴へ出した。一つ此石地蔵を相手に一服しようかなア。……オイ地蔵さま、お前は何時も美しい顔をして慈悲の権化とも云ふ様に見せて御座るが、随分冷酷なものだなア。どこを撫でてもチツとも温味はありやしない。何程地蔵だと云つても斯う蒲鉾の様に石に半身をくつつけて、半分体を出した所は、まるで磔刑に遇うた様なものだよ。今の世界悪の映像は、恰度お前が好い代表者だ。外面如地蔵、内心如閻魔の世の中の型が映つて居るのだなア』 地蔵は石から離れて浮き出た様に、ヒヨコヒヨコと錫杖を突いて、一二間許り歩み出し、 地蔵『オイ国依別、イヤ女殺しの後家倒しの、宗彦の巡礼上りの宣伝使、貴様の翫弄した女達に、今此処で会はしてやらうか。俺の悪口を言ひよつたが、貴様も随分悪い奴だよ。貴様こそ心に鬼を沢山抱擁し、外面は三五教の宣伝使なぞと、チツとチヤンチヤラ可笑しいワイ。其様な者を言依別命が信任するとは、ヤツパリ暗がりの世は暗がりの世だ。盲目ばかりの暗黒世界だなア』 国依別『コレコレ石地蔵さま、否化地蔵さま、お前はチツト言霊が悪いぢやないか。大方幽界で高歩貸でも行つて居るのだらう。中々娑婆気があつて面白いワイ』 地蔵『今の社会の奴ア、追々と渋とうなつて来やがつて、俺の商売もサツパリ算用合うて銭足らず。あちらからも小便を掛け、こちらからも小便をかけ、まるで世界の奴ア、犬の様なものだよ。借る時にや尾を掉つて出て来るが、返せと言へば鬼権だとか何とか云つてかぶり付く、咬犬の様な奴ばつかりだ。俺も仕方がないで、高歩貸をフツツリと断念し、菩提心を起して石地蔵になり、世界の亡者を助けてやらうと思つて、終始一貫不動の精神を以て、路の辻に鯱こばつて居れば、俺に金を借つた奴、借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔、悪魔道に落ちた報ひで、情ない、犬に性を変じて再び娑婆に現はれ、又しても小便をかけて通りよる。本当に人間と云ふ奴は仕方のないものだ。お前は高歩貸は苦めなかつたが、女は随分苦めたものだのう。キツト貴様も其報いで、今度は猫に生れ変るのは、閻魔の帳面にチヤンと記いて居たぞ。国依別と云ふのは娑婆に居る間の雅号だ。貴様の名はヤツパリ竹公又の名は宗彦、右の腕に梅の花の斑紋があると云ふ事が記してある。どうだ間違ひか』 国依別『それはチツとも間違がない。併し冥土へ行けば美人は沢山居るだらうな』 地蔵『居らいでかい。しかし乍ら婦人同盟会が創立されて、第一、宗彦と云ふ奴が出て来たら、集つてかかつて、血の池へブチ込んでやらうと云ふ事に、チヤンと定まつて居るよ』 国依別『お前は一体男か女か』 地蔵『それを尋ねて何にするのだ。若し俺が女だと云ふ事が分つたら、又何か地金を出して註文でもするのだらう』 国依別『誰がそんな冷たい奴に秋波を送る馬鹿があるかい』 地蔵『幽界に居る女は、誰もかれも氷の様な冷たい体ばつかりだぞ』 国依別『お前は坤の金神の別名で、実に優しい神の権化ぢやと聞いて居つたが、違ふのか』 地蔵『地蔵にもイロイロの種類がある。俺は借る時の地蔵顔、済す時の閻魔顔と云つて善悪両面を兼ねた活仏だ。地獄の沙汰も金次第、俺がお前に対し、柔かく親切に持ちかけるのも辛く当るのも、みんなお前の心一つだ。善も悪も全部此地蔵の方寸にあるのだ。昔から地蔵(地頭)に法なしと云つて、天下は地蔵の自由だ。馬鹿正直な、善だの悪だのと、俄上人になつて迂路付くものぢやない。なぜ生地其儘の正体を現はさぬのか』 国依別『お前の様に人を三文もせぬ様に言つて了へばそれまでだが、これでも娑婆世界に於いては最優等の身魂を持つて居る神のお使だぞ』 地蔵『何は兎もあれ、俺を背中に負うて六甲山の頂上まで連れて往つて呉れ。俺もこんな谷底に何時までも立ん坊になつて居つては面白くない。そこらの景色も見飽いて了つた。チツと世間を広く見たいからなう……』 国依別『それや事と品によつたら、負うて行つてやらない事もない。併し地獄の沙汰も金次第だ、金を幾ら出すか』 地蔵『俺は貴様の実地目撃する通り石の地蔵だ、金があらう筈はないよ』 国依別『そんなら止めて置かうかい。アタ重たい。此山坂を自分の体丈でも持て余して居るのに、此上重量を追加しては堪つたものぢやないワ』 地蔵『貴様も割とは弱音を吹く奴だなア。そんな事で高春山の鷹依姫が帰順すると思ふのか。俺を山頂まで連れて行く丈の勇気がなければ、どうせ落第だ。貴様の連れの玉治別は津田の湖水で、遠州、駿州、武州の為に亡ぼされ、竜国別は鬼娘に喰はれて了つたぞ。後に残るは貴様一人だ。到底此言霊戦は駄目だから、俺を負うて上まで能う行かぬ位なら、寧ろ兜を脱いで、是から引返したがよからうぞ』 国依別『何ツ、竜国別は鬼娘に喰はれたと。それや本当かい』 地蔵『それや本当だ。地蔵(自業)自得だ』 国依別『コレヤ石地蔵、貴様は洒落てるのか。嘘だらう』 地蔵『誰が嘘の事を言つて、あつたら口に風を引かす馬鹿があるかい。玉治別は寂滅為楽の運命に陥り、頭に三角の霊衣を被つて、たつた今やつて来る。マア暫く待つて居るが宜からう』 国依別は「ハテナア」と手を組み大地にドツカと坐し、鎮魂を修し、自ら虚実の判断に心力を熱中して居る。 地蔵『ハヽヽヽヽ、何時まで考へたつて、一旦国替した者が帰る気遣ひはない。早く俺の要求を容れないか』 国依別『八釜しく云ふない。自分の体も自由にならぬ中風地蔵奴。負うて行つてやるも、やらぬも、俺の考へ一つだ。今臍下丹田、地の高天原に八百万の神を神集ひに集ひ、神議りに議らむとして、諸神を鎮魂にて招ぎまつり居る最中だ』 地蔵は何時の間にか、なまめかしい美人の姿と化して了つた。 女『サア国さまえ、妾はお前さまに娑婆で随分嬲られたお市ですよ』 国依別『ナニ、お市だ、馬鹿を言ふな。大方金毛九尾の奴狐め。俺を誑す積りだらうが、そんな事に誑される国依別と思つて居るかい』 女『妾は最早幽界の人間、お前も、何と思つてらつしやるか知らぬが、此処は六甲山ぢやない、六道の辻ぢやぞえ。よう考へて見なさい。そこらの光景が娑婆とはスツカリ違ひませうがな』 国依別『馬鹿を言ふない。何処に違つたとこがあるか。グツグツ吐すと、狐の正体を現はしてやらうか』 女『ホヽヽヽヽ、あの宗さまの気張りようわいなう。腹の底から恐ろしくなつて来たと見え、汗をブルブルかいて、あらむ限りの力を出して、空威張りして居らつしやるワ、そんなこつて、どうして鷹依姫が往生しますかい』 国依別『往生さす、ささぬは此方の自由の権だ。女だてら我々の行動を、喋々と容喙する権利があるか』 女『あつても無くても、妾は妖怪だから容喙するのが当然だ。お前さまは現界に居つた時から、沢山の女を誘拐しなさつただらう。それだから今度は幽界へ来て、反対に女から何も彼も容喙されるのは、過去の作つた罪業が酬うて来たのですよ、ホヽヽヽヽ、あのマア不快らぬさうなお顔……』 国依別『エー放つときやがれ』 女『放つとけと仰有つても、お前さまの様な悪党は何程気張つても仏にはなれませぬぞえ。鬼にもなれず、マア石地蔵に小便をかけて歩く犬位なものだ。けれども幽界では顔丈は人間たる事を許される。それだから人犬と云ふのだ。人犬番犬妻王の馬と云つて妾を今まで馬にして来たが、今度は妻王の馬にしてあげるのだ。サア其処に四這ひに這ひなさいよ』 国依別『どこまでも男をチヨン嬲るのか。男の腕には骨があるぞ』 女『女だつて骨はありますよ。細うても樫の木、お前の腕は太く見えても新米竹の様な、中が空虚でヘナヘナだ。娑婆では腕を振廻して、こけ嚇しが利いただらう。新米竹の竹さんと云つて、威張つて行けたが、幽界ではチツと様子が違ひますよ』 国依別『エー雀の親方見たいに、女と云ふ奴は娑婆でも囀るが、幽界へ来てもヤツパリ囀るのかなア。雀女奴が』 女『竹さんに雀は品よくとまる、とめて止まらぬ恋の道だ。あちらからも青い顔して細い手を出し、こちらからも細い手を出して、竹さん来い来いと招んで居る……あの厭らしい亡者の姿を御覧。それ芒原の彼方から、お前に翻弄された雀女が、沢山に頭を出してゐるぢやないか。チツとは思ひ知つただらう』 国依別『オモイ知るも、軽い知るもあつたものかい。女なら亡者であらうが、化物であらうが、ビクとも致さぬ竹さん兼宗彦兼国依別命様だ。サアお市、気の毒だが貴様ここへユウカイして来て呉れ。俺が一々因縁を説いて、諒解の行く様にしてやる。ワツハヽヽヽ。女と云ふ奴は化物でも気分の良いものだワイ』 お市『お前は娑婆で、石灰竈の鼬のやうにコテコテ塗つた魔性の女や、化女、売淫女、夜鷹なぞに、何時も現を抜かして、鼻毛を抜かれ、眉毛を数まれ、涎を垂らかし、骨まで蒟蒻の様に為られて来た代物だから、化物は好い配偶だ。どんな奴でも構はぬ物喰ひのよい助作だから、ヤツパリ幽界へ来ても其癖が止まぬと見える。娑婆から幽界へ、そんな糟を持越して貰つては、閻魔さまも聊か迷惑だらう。地蔵顔してお前の巾着ばつかり狙つて居る魔性の女は、幽界にも多数に居るから、御註文なら幾らでも召集して来ませうか』 国依別『オイ一寸待つた。物も相談ぢやが、貴様一旦暇をやつたのだが、今度は一つ焼き直し、ドント張り込んで焼木杭に火が点いた様に、旧交を暖めたらどうだ。さうすれば貴様も沢山な女を集めて来て、修羅を燃やし修羅道へ落ちる心配はないぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、自惚も良い加減にしたがよいワイナ。誰がお前の様なヒヨツトコから暇を貰ふものかいナ。暇を貰ふ所までクツついとる馬鹿があるものかい。憚り乍ら、お市の方から肱鉄を喰はして、鼻毛を抜いてお暇を呉れたのだ。三行半は誰が書いたのだ。お前覚えがあるだらう』 国依別『幽界へ来てまで、そんな恥を曝すものぢやない。俺ばつかりの恥辱ぢやないぞ。女は温順なのが値打だ。一旦女房になつたら、仮令夫が馬鹿でもヒヨツトコでも、泥棒でも、どこまでも女としての貞操を尽すのが良妻賢母だ。それに滔々と女の方から暇をやつたなぞと、天則違反的行為を自ら曝け出すと云ふ不利益な事があるか。閻魔さまに聞えたら、キツト貴様は冥罰を蒙るに定つて居るぞ』 お市『ホヽヽヽヽ、ガンザカ箒の様な男が、どこを押したらそんな真面目くさつた言葉が出るのですかい。貴方はそんな事を云ふ丈の資格はありませぬよ』 国依別『アヽしようもない。石地蔵や亡者女に妨げられて、思はぬ光陰を空費した。サア是れから高春山へ出陣せねばならぬ、そこ退け』 女『退けと云つたつて、どうして退けませう。妾だつてアヽ云ふものの、ヤツパリ、仮令三年にもせよ、お前と、夫よ妻よと呼んで暮した仲だもの、チツとは同情心が残つて居るのだから、お前も酷い女だと思はずに、腹の底をよく考へて下さらぬと困りますよ。此位な事に怒る様では、人犬たる資格はありませぬぞえ。夫婦喧嘩は犬も食はぬと云ふぢやありませぬか。お前もあんまり夫婦喧嘩に角を立てて怒ると、外の人犬が見て馬鹿にしますよ。そこらの女に小便を掛けさがし高利を借つては糞を掛けさがしたか……そいつア知らぬが、後家倒しの婆喰ひの人犬ぢやないか。お前に喰はれた後家婆アも、臭い顔して随分沢山に色欲道の辻に待つて居りますぜ。これからがお前の性念場だ。マア楽しんで行かつしやい。妾は夫婦の交誼でこれ丈の注意を与へて置く。何と言つても地蔵(自業)自得だから諦めて行きなさい』 国依別『俺は何時の間に幽界に来たのだらうかなア。オイお市、俺にはテンと顕幽分離の時期が分らない。貴様は知つて居るだらう。言つて呉れないか』 女『オホヽヽヽ、分りますまい。お前がモウ此後七十年経つた未来に、斯うして妾に会ふのだよ』 国依別『なあんだ。それならまだ大丈夫だ』 女『お前は丙午の年だから、随分これから女を沢山に殺して、七十年後になれば今の何十倍と云ふ亡者が出来て、歓迎会でも開くだらうから、苦しんで待つて居るがよからう』 国依別『お構ひ御無用だ。俺は楽しんで待つて居る。楽天主義の統一主義の進展主義の清潔主義を標榜する三五教の宣伝使だ』 女『如何にもお前は畜生道へ落転主義だらう。さうして現界で高春山を征服し、鬼婆に糞をかけられ、天の真名井へ泣きもつて、吠面かわいて立帰り、他の宣伝使からドツサリ氷の様な冷たい水を打掛けられ、アヽこれで清潔主義の実行だと喜ぶのだらう。折角人犬になつた魂を曇らして、再び鼬となり、人に最後屁をひりかけ、業を経て貂に進む、進貂主義を実行なさいませ』 国依別『娑婆にある間は、どうしようと斯うしようと俺の腕にあるのだ。お構ひ御無用だ。亡者は亡者らしく石塔の下へ蟄伏して、時々風が吹いたら首を突出し、糠団子でも喰て居れば好いのだ、マア暫く楽しんで待つて居れ。七十年未来になれば、俺の殺した女亡者に限り、全部統一主義を実行し、幽冥界に一つの国依別王国を建設するから、それまでにイロイロと世の持方の研究をして置くのだよ。其時には貴様を伴食大臣に登庸してやる』 お市『誰が、お前の部下になるものが一人でもありますかい。エー娑婆臭い事を言ひなさるな』 斯かる所へ五六人の男、茨の杖を突き乍ら走せ来り、 男『オイ三五教の……貴様は宣伝使だらう。俺は高春山のテーリスタンの部下の者だ。早く起きぬかい』 国依別『ハハア、貴様は悪業充ちて幽界へ来せたのだなア。良い加減に改心せぬかい。貴様等は何奴も此奴も独身生活と見えるが、何程幽界へ来ても、女房は欲しいだらう。チツト使ひ古しでお気に入らぬか知らぬが、俺のお古が一寸十打程此処にあるのだ。一つ手を叩けば「アーイ」と言つてやつて来るのだ。「旦那さん、こんちは」と云つてお出でになるぞ。中にや随分素敵な奴もあるから、何れなつと選り取り見取りだ。一品が一銭九厘屋で御座い』 甲『オイ貴様は何寝惚けて居やがるのだ。辻地蔵の前に寝転びやがつて、シツカリさらさぬかい』 此声に国依別は四辺をキヨロキヨロ見まはし、 国依別『ハハア、なあんだ。夢を見て居つたのか……オイ貴様は何処の奴だい』 甲『俺は言はいでも知れた、高春山の鷹依姫様の御家来だ。貴様は唯一人高春山へ何しに行くのだ。此処は南の関所だぞ』 国依別『アヽさうだつたか。マアゆつくり一服せい。相談がある』 甲『貴様に相談をかけられるのは、碌な事ぢやあるまい』 国依別『其落ちつかぬ様子はなんだい。戦はぬ間から負けてるぢやないか、地震の神懸をしやがつて………チツと胴を据ゑないか』 甲『貴様は国依別のヘボ宣伝使だらう。サア白状せい』 国依別『アハヽヽヽ、天晴れ堂々たる天下の宣伝使だ。貴様の様な小童武者に、何隠す必要があるか。国依別命とは俺の事だ』 乙(常公)『ヤア貴様は竹公ぢやないか。何時やら俺の妹をチヨロまかした曲者奴』 国依別『ウンお前はお松の兄貴の常公だつたなア。言はば義理の兄貴だ。併し貴様もよく零落したものだなア。さうしてお松はどうなつたか』 常公『貴様余程迂濶者だなア。俺の妹のお松は生意気な奴で、俺と信仰を異にし、到頭ウラナイ教の高姫の乾児になりやがつて、高城山で松姫と名乗り、立派にやつてけつかるのだ。俺は心が合はないから行つた事がないが、中々俺の妹だけあつて善にもせよ、悪にもせよ、傑出した所があるワイ』 国依別『何ツ、あの松姫がお松だと云ふのか。其奴ア大変だ。さう云へば何だか合点がゆかぬと思つて居たのだ。松姫は中々俺達とは違うて、今は三五教の錚々たる宣伝使だ。ヤツパリ俺に秋波を送る様な奴だから、代物がどつか違つた所があるのだな、アハヽヽヽ』 丙『オイ斯んな所で惚気を聞かしやがつて、何だ、チツと確乎せぬかい』 国依別『羨ましいだらう。随分松姫は別嬪だぞ。知慧もあれば力もあり、愛嬌もあり、あんな奴ア、滅多にあつたものぢやない。俺もさう聞くと、松姫が一層崇高な人格者の様に見えて来たワイ』 一同は、 一同『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転ける。甲、乙、丙、丁、戊、己の六人は遂に国依別に言向け和され、心の底より国依別の洒脱なる気品に惚込み、信者となつて高春山へ筒井順慶式を発揮すべく、がやがや囁きながら進み行く。 (大正一一・五・二一旧四・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 18 解決 | 第一八章解決〔六九二〕 テーリスタンは密室前に現はれて、 テーリスタン『モシモシ私はテーリスタンで御座います。高姫様、黒姫様、御機嫌は如何で御座いますか』 高姫『お前はテーリスタンだな。いつも我々を軽蔑して置きながら、今日に限つて其丁寧な物云ひは何事だい。大方三五教の宣伝使がやつて来たものだから、そんなお追従を云ふのだらう。なア黒姫さま、抜目のない男ぢやありませぬか』 テーリスタン『イエ決してさうぢや御座いませぬが、どうも貴方の御神徳に心の底から感動しました。何卒早く出て下さいませ』 高姫『出いと云つたつて、神様のやうに海老錠をかけて置いたぢやないか。お前は妾等二人を石室に入れた積りか知らぬが、高姫大明神、黒姫大明神の結構な御扉ぢやぞエ、何と心得て居る。大幣でも持つて来て十分に祓ひ清め、お供へ物を沢山と奉つて冠装束で天津祝詞を奏上し、岩戸開きの舞を舞はぬ事には、此女神さまは滅多に出はせぬぞエ』 テーリスタンは鍵を以て、ガタガタ云はせながら石の戸をパツと開き、 テーリスタン『サア何卒お出まし下さいませ』 黒姫『アヽ有り難う、サア、高姫さま出ませうか』 高姫『黒姫さま、何を云ひなさる、お前さまは呆けて居るのか。コレヤコレヤ、テーリスタン、貴様は人の住家の戸を勝手に開けよつて、誰の許可を受けたのだ。家宅侵入罪で訴へてやるがどうだい』 テーリスタン『高姫さま、さういちやつかずに、御頼みぢや、出て下さいな』 高姫『出て呉れいと頼むなら聞いてやらぬ事もない。今日はお供へ物も、祝詞も免除してやらう。実は妾も一刻も早く、こんな暗い所へ居りたい事は無い事は無い事は無いのだ。サアサア黒姫さま、お前さまから先に出なさい。大分此間から出たさうだつたから』 黒姫『先生からお先へ出て下さいませ。あまり失礼ですから』 高姫『そんならお先へ御免蒙りませう。長らく御厄介になりました。サアもう此処まで出た以上は、神変不思議の紫の玉に、如意宝珠の夜光の玉を呑み込んだ此高姫、仮令何万人の豪傑攻め来るとも、フンと一つ鼻息をしたら飛び散つて仕舞ふ位なものだ。これから鷹依姫を一つ言向け和してやらうかなア』 テーリスタン『貴女はお腹は空きませぬか。大分にお瘠せになりましたな。テーは心配ですワ』 高姫『百日や二百日食はいでも瘠るやうな高姫とは些と違います。イヤ瘠たのぢやない。体を細くして置いたのだよ。サアサアテーリスタン、案内をしなさい、婆アの傍へ』 テーリスタン『イヤ、もう最前からカーリンスと二人酔つて管をまいてまいて、まき潰した所です。もはや我々は三五教の信者ですから安心して下さい』 高姫『お前のやうな者が信者になれば、安心所か、益々気をつけねばなるまい。誰に許されて三五教の信者になつたのだい』 テーリスタン『私はお初さまに頼みました』 高姫『お初さまて誰の事だえ』 テーリスタン『五つ六つのちつぽけな娘の子です。貴女を岩窟から救ひ出さねばならぬと云つて唯一人子供だてらやつて来たのですよ』 高姫『さうしてお前達は其子供に降参したのかい』 テーリスタン『ハイハイ何処ともなしに御神力が備はつて居るので、止むを得ず降参をして貴女をお救ひ申したのです』 高姫『何と偉い子供もあればあるものぢやなア。子供に大人が助けられるなんて昔から聞いた事がない。時節と云ふものは結構なものだな』 黒姫『高姫様、それで世が逆さまになつて居ると、神様がお筆にお示しになつて居るぢやありませぬか』 高姫『黒姫さまは暫く沈黙して居なさい。言葉尻を捉まへられちや却て不利益ですよ。女と云ふものは成る可く喋舌らぬ方が高尚に見えて宜敷い、併し妾は例外だ。何うしても率先して云はねばならぬ役廻りだから……これこれアルプス教の教主どの、長らく結構な岩窟ホテルに逗留さして頂きまして、日々御馳走を根つから頂戴致しませず、御親切の段有りがたくお礼申上げませぬワイ』 鷹依姫『別に山中の事とて御馳走も御座りませず、テーリスタンやカーリンスに申付けて、三度々々、相当の食物をお上げ申すやう命令して置きましたが、何うせお気に召すやうなものは上げられませぬでしたらう』 テーリスタン『コレ婆アさん、自分の責任を我々に転嫁するのかい。私がそつと隠して高姫さまや黒姫さまに進上しようと思へば、隼のやうな目でジロジロと私を睨みつけ、さうして水一滴、飯一粒やつてはならない。斯うして置けば、高姫がカンピンタンになるだらう。都合よく干からびた時に、腹に呑んだ紫の玉も如意宝珠も刳り抜いて取ると云つたのでは無かつたのではないか。今となつて、そんな卑怯な二枚舌を使ふものぢや無いワ。なア、カーリンス、俺の云ふ事は間違ひはあるまい』 カーリンス『オヽ、さうともさうとも、俺達にさへけちけち云つて酒も碌に呑まさない事は無い、悪党婆アだから、どうしてあれだけ憎んで居た高姫さまや黒姫さまに、飲食物を差上げる筈があらうかい』 鷹依姫『お前達は何と云ふ嘘を云ふのだ。私を八方攻撃喰はして困らす積りだな』 テーリスタン『定つた事だ。大勢の人を困らせて置くと其罪障が出て来て、自分も又困らねばならぬ事が出来致すぞよ、と三五教の神様が仰有つた。神が表に現はれて善と悪とを立て別けると云ふのは此事だ。現にお初さまはまだ年は六つだが、尊い神様のお生れ代りだ。此神様に聞いて見れば善悪正邪が一遍に分るのだ……私が悪いですか婆が悪いですか判断して下さいな』 お初『お婆アさまもあんまり良い事はない。テーリスタンもカーリンスもあまり善人でもありませぬよ。早う改心をしなさい。改心さへすれば皆元の善人になれますよ』 テー、カーの二人は顔を真赤に頭を掻いて俯むく。斯かる所へ表口より、宣伝歌を歌ひながら、竜国別、玉治別、国依別を先頭に、力強の杢助、其他六人のアルプス教の信者を従へ、どやどやと這入つて来る。 玉治別『ヨー、貴女は高姫さま、黒姫さま、ヨウ、マア無事で居て下さつた。我々は言依別命様の内命を受けて、漸く三方より当山に攻め登り、言霊戦に向つたのです。あゝこれで結構だ。此方は湯谷ケ谷の杢助さまと云つて、実は時置師神様の御変名、大変なお世話になつたのですワ』 高姫『それはそれは皆さま御苦労でした。よう来て下さつた。杢助様とやら、玉治別さまがいかいお世話になられたさうです。私から厚くお礼申上げます』 黒姫『皆様よくこそお越し下さいました。時にこの婆アさまはまだ改心せないのかな』 お初『サアお婆アさま、モウ斯うなつては我を張つても駄目ですよ。何も彼もすつかり懺悔して誠の心に立ち帰り、結構な神様の生宮として、此世を清く麗しくお暮しなさい』 とお初の小さき唇より、何となく底力のある声にて極めつけられ、さしもに頑固な鷹依姫も涙をハラハラと流し、遂には声を放つて其場に泣き伏しにける。 お初『サア、これからは高姫さまだ。お前さまはウラナイ教を樹てて素盞嗚尊様に反対をして居つた時、秋山彦の館に立ち入り、冠島の宝庫の鍵を盗み出し、如意宝珠の玉を奪ひ取つて呑み込んだその罪で、こんな岩窟へ長らく閉じ籠められ、苦しんだのですよ。何程負けぬ気になつて空元気を出しても矢張辛かつたでせう。今妾の前にその玉を吐き出しなさい。さうして又、昔竹熊と云ふ悪神が居つて、八尋殿へ竜宮城の使神を招待し、芳彦の持つて居つた紫の玉を取つたが、竹熊の終焉と共に死海へ落ち込んだ十個の玉の中で、この玉ばかりは汚されず、中空に飛んで自転倒島へ落ちて来た玉ですよ。それをこの鷹依姫が手に入れて、それを御神体としてアルプス教を樹てて居つたのだが、其玉をお前さまは又呑み込んで仕舞つたぢやないか。腹の中に何程玉があると云つても、さう云ふ悪い心で呑み込んだのだから、少しも光が出ない。サア私が此所で出して上げよう。如意宝珠の玉は素盞嗚神様に御返し申し、紫の玉は鷹依姫さまに返してお上げなさいませ』 高姫『ハイ仕方が御座いませぬ、如何したら呑み込んだ玉が出ませうかなア』 お初『心配は要りませぬ。私が今楽に出してあげませう』 と云ひつつ、高姫の腰を一つエヽと声かけ打つた機に、ポイと口から飛んで出たのは紫の玉である。もう一つ左の手で腰を打つた機に飛んで出たのが如意宝珠の玉であつた。高姫はグタリと疲れて其場に倒れる。 お初『高姫さまは斯う見えても心配は要りませぬ、暫く休息なされば元気は元の通りになります。サア竜国別さま、貴方は如意宝珠を大切に預つて聖地へお帰りなさい。鷹依姫さま、紫の玉は貴方の持つて居たものだ、何うか受取つて下さい』 鷹依姫『私も最早改心致しました以上は玉の必要は御座いませぬ。何卒これを聖地へ献上致したう御座います。私も白状を致しまするが、私には唯一人の伜が御座いました。その伜が極道者で近所の人に迷惑をかけたり、喧嘩をする、賭博はうつ、女にずぼる、妾が意見をすれば「何、親顔をしてゴテゴテ云ふな」と撲りつける、終の果には親をふり捨てて、何処ともなく姿を隠して仕舞ひました。極道の子は尚可愛とか申しまして、況して一人の天にも地にもかけ替へのない伜、も一度会ひたい事だと一生懸命に神様にお願ひ致し、とうとうバラモン教に入信し、遂にアルプス教を樹てる事になつたので御座います。妾のやうな不運なものは世界に御座いませぬ』 玉治別『さうしてその伜の名は何と云ふ方でしたか』 と玉治別の問ひに、 鷹依姫『ハイ、今は如何なつたか行方は分りませぬが、顔の特徴と云へば一割人より鼻の高いもので御座いました。そして名は竜若と申します。偉いまあ極道で親に心配をかけよつたが、今頃はどうして居る事か、アーア』 と袖を絞る。玉治別は不審さうに、 玉治別『コレコレ竜国別、お前も竜若と云つたぢやないか。そして一人の母があると話した事があるなア。何処やら此婆アさまに目許、鼻の高い具合がよく似て居るやうだ。もしや此婆アさまぢやあるまいかな』 竜国別は両手を組み、ウンと吐息しながら涙をホロホロと流して居る。 お初『鷹依姫の伜は三五教の宣伝使竜国別に間違ひはない。親子の対面させるために、神が仕組んで当山へ差し向けられたのです。竜国別の改心に免じ、鷹依姫の罪を赦して上げよう。竜国別の宣伝使、昨夜古き社の前にて汝の逢うた女は妾の化身であつたぞや』 竜国別は無言の儘両手を合せ、嬉し涙にかき暮れる。鷹依姫は涙を払ひ、 鷹依姫『アヽ、其方は伜の竜若であつたか。ヨウ、マア改心して下さつた。立派な宣伝使になつたものだ。もう是限り母も改心するから、何卒妾の罪をお詫して下さい』 竜国別『母様で御座いましたか、お懐かしう存じます』 鷹依姫『お前、額の疵は如何なさつた。矢張人に憎まれて怪我をしたのぢやないかな』 竜国別『エヽ』 お初『竜国別は此額の疵によつて、身魂の罪をすつかり取払はれ、水晶の身魂と生れ変れり。其徳に依り親子の対面を許したのである。決して争ひなどを致したのではないから、鷹依姫御安心なさるがよからう。何時まで云うても果しがなければ、サア皆さま、一緒に天津祝詞を奏上し、感謝祈願の詞を捧げて、聖地へ一同うち揃うて参りませう』 との言葉に一同ハツと頭を下げ、口を嗽ぎ、手を洗つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を玉治別の音頭に連れて高唱する。 (大正一一・五・二一旧四・二五加藤明子録) (昭和一〇・六・五王仁校正) |
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343 (1792) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 余白歌 | 余白歌 累卵の危ふき中に住みながら心用ゐぬ人の多かり〈第1章〉 吾が身魂われの所有とは思ふまじ髪一筋も儘ならぬ身ぞ〈第1章〉 聞く人の心によりて善くも見え悪しくも見ゆるこれの神教〈第3章〉 麓より中程までは雲あれど富士の神山の頂上は晴れたり〈第3章〉 惟神みちの奥処に分け入れば万代散らぬ花の匂へる〈第4章〉 世の中は高き低きの別ちなく神の恵みに漏るる人なし〈第4章〉 夜もすがら和知の流れに禊して世を清めます瑞能大神〈第5章〉 百千々の心の曇り晴れにけり雲井の空の月をし見る夜に〈第5章〉 思ひきや賤が伏家に生れし身の神の大道に奉仕せむとは〈第5章〉 つかの間は嵐吹けども拭ふごとくたちまち秋の大空晴れゆく〈第7章〉 根の国へ落ち行く身魂を哀れみて直日の神は現れ坐しにけむ〈第7章〉 誤解ほど恐ろしきもの世にあらず禍はすべて下より起こり来〈第7章(三版)〉 狼狽へて道踏み外しぬかるみへ落つるは霊の暗き人なり〈第8章〉 掌を覆すが如くかはるなり善と悪との報ひはたちまち〈第8章〉 煎豆に花咲くためしあるものを誠の心の通はざらめや〈第9章〉 奥山の紅葉の色の褪せぬ中にしかと研けよ己が心を〈第9章〉 選まれて神の柱となる身には百千万の悩みを味はふ〈第9章〉 つるぎ刃の下を潜りて大本の神の恵を初めて知りたり〈第11章〉 ねむごろに説き明したる御教はいためる心の薬師なりけり〈第11章〉 皇神は恵みの鞭を加へつつ心の眠醒ましたまへり〈第12章〉 夢の世に夢見る人の眼をさまし神の御国にいざなひ上らな〈第15章(再版)〉 背きたる曲人たちも皇神の光慕ひて来たる世近めり〈第15章(再版)〉 手も足も出し様のなき曲の代を真直に開かす大本の神〈第17章(再版)〉 根の国や底の国まで三五の神の光は照り徹らへり〈第17章(再版)〉 人皆の心の色の黒姫や鼻高姫の猛び忌々しき〈第18章〉 大空の雲にかくれし月影も世人のために露に宿れる〈第18章〉 形ある宝を捨てて皇神の道に進みし乙女ぞ雄々しき〈第18章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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344 (1795) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 総説 | 総説 天の下に生きとし生ける万物の中にありて、最も身魂の勝れたる人間には、天より上中下三段の御霊を授けて、各自の御霊相応に世界経綸の神業を負はしめ給ひ、天国の状態を地上に移してそれぞれ身魂の階級を立別けられてあるけれども、今の世は身魂の位置顛倒して霊肉一致の大道破れ、八頭八尾の邪霊や金毛九尾の悪狐の霊や邪鬼の霊魂なぞ人類の精神を誑惑し、終には地上の世界を体主霊従、弱肉強食の暗黒界と化せしめたるため、今の世界の惨状である。是だけ混乱した社会を何とも思はぬやうに成つたのも、地上の人類が皆邪神の霊魂に感染し切つて居るからである。 天下経綸の神業に奉仕すべき人類の御魂が全然脱退て了ひ、九分九厘まで獣畜の心に堕落して世界は上げも下しも成らぬやうになり、彼方の大空より此方の空へ電火のひらめくが如き急変事の突発せずとも断定しがたい。世界の人類は一日も早く眼を覚し、誠一つの麻柱の道によりて霊魂を研き、神心に立帰らねばならぬ。 真心とは天地の先祖の大神の大精神に合致したる清浄心である。至仁至愛にして万事に心を配り意を注ぎ、善事に遭ふも凶事に遇ふも、大山の泰然として動かざるが如く、微躯つかず、焦慮らず、物質欲に淡白く、心神を安静に保ち、何事も天意を以て本となし、人と争はず能く耐へ忍び、宇宙万有一切を我身魂の所有となし、春夏秋冬、昼夜風雨雷電霜雪、何れも言霊の御稜威に服従するまでに到らば、始めて神心を発揚し得たのである。又小三災の饑病戦、大三災の風水火に攻められ、如何なる艱苦の淵に沈む時ありとも介意せず、幸運に向ふも油断せず、生死一如と心得、生死に対しては昼夜の往来を見るが如く、世事一切を神明の御心に任せ、好みなく憎みなく、義を見ては進み、利を見て心を悩まさず、心魂常に安静にして人事を見る事、流水の如く天地の自然を楽しみ、小我を棄て大我に合し、才智に頼らず、天の時に応じ、神意に随ひ、天下公共の為に舎身の活動を為し、万難に撓まず屈せず、善を思ひ、善を言ひ、善を行ひ、奇魂の真智を照らして大人の行ひを備へ、物を以て物を見極め、他人の自己に等しからむことを欲せず、心中常に蒼空の如く、海洋の如く二六時中意思内にのみ向ひ、自己の独り知る所を慎み、その力量才覚を人に知られむことを望まず、天地の大道に従つて世に処し、善言美辞を用ゐ、光風霽月少しの遅滞なく神明の代表者たる品位を保ち、自然にして世界を輝かし、心神虚しくして一点の私心なき時は、その胸中に永遠無窮の神国あり、至善至美至真の行動を励み、善者又は老者を友とし、之を尊み敬まひ、悪人愚者劣者を憐み、精神上に将又物質上に恵み救ひ、富貴を羨まず貧賤を厭はず侮らず、天分に安んじ社会のために焦慮して最善を竭し、富貴に処しては神国のために心魂を傾け、貧に処しては簡易なる生活に感謝し、我欲貪欲心を戒め、他を害せず傷つけず、失敗来るも自暴自棄せず、天命を楽しみ、人たるの天職を尽し、自己の生業を励み、天下修斎の大神業に参加する時と雖も、頭脳を冷静に治めて周章ず騒がず、心魂洋々として大海の如く、天の空しうして百鳥の飛翔するに任せ、海の広大にして魚族の遊踊するに任すが如く不動にして、寛仁大度の精神を養ひ、神政成就の神業を輔佐し、仮令善事と見るも神界の律法に照合して悪ければ断じて之を為さず、天意に従つて一々最善の行動を採り、昆虫と雖も妄りに傷害せず、至仁至愛の真情を以て万有を守る。又乱世に乗じて野望を起さず、至公至平の精神を持するの人格具はりたる時は、即ち神人にしてその心魂は即ち真心であり神心である。 利害得失のために精神を左右にし、暗黒の淵に沈み良心を傷め、些少の事変に際して狼狽し、忽ち顔色を変へ、体主霊従、利己主義を専らとするものは、小人の魔心より来るのである。内心頑空妄慮にして、小事に心身を傷り乍ら表面を飾り、人の前に剛胆らしく、殊勝らしく見せむとするは、小人の好んで行ふ所である。霊界を無視し万世生き通し生死往来の神理を知らず、現世の外に神界幽界の儼存せる事を弁へず、故に神明を畏れず、祖先を拝せず、単に物質上の欲望に駆られて、天下国家のために身命を捧ぐる真人を罵り嘲り、死を恐れ肉体欲に耽り、肝腎の天より使命を受けたる神の生宮たることを忘却する小人数多現はれ来る時は、世界は日に月に災害と悪事続発し、天下益々混乱し、薄志弱行の徒のみとなり天命を畏れず、誠を忘れ利欲に走り、義を弁へず富貴を羨み嫉み、貧賤を侮り己より勝れたる人を見れば、従つて学び且つ教へらるることを為さず、却つて之を譏り嘲り己れの足らざる点を補ふことを為さず、善にもあれ悪にもあれ、己を賞め己に随従するものを親友となし、遂に一身上の災禍を招き、忽ち怨恨の炎を燃やすもの、是魔心の結実である。執着心強くして解脱し能はず、自ら地獄道を造り出し邪気を生み、自ら苦しむもの天下に充満し、阿鼻叫喚の惨状を露出する社会の惨状を見たまひて至仁至愛の大神は坐視するに耐へず、娑婆即寂光土の真諦を説き、人生をして意義あらしめむとの大慈悲心より、胎蔵せし苦集滅道を説き、道法礼節を開示したまひたるは、此の物語であります。非は理に克たず、理は法に克たず、法は権に克たず、権は天に克たず、天定まつて人を制するてふ真諦を、神のまにまに二十二巻まで口述し了りました。神諭に曰ふ、 『三月三日、五月五日は変性女子に取りて結構な日柄である云々』 と、いよいよ大正十年九月八日に神命降り十日間の斎戒沐浴を了つて、同十八日より口述を始め、大正十一年壬戌の旧三月三日迄に五六七の神に因みたる五百六十七章を述べ了へ、続いて五月五日までに瑞月王仁に因みたる七百十二章を惟神的に述べ了りたるも、又神界の御経綸の毫も違算なきに驚歎する次第であります。本年五十二歳の瑞月が、本書を口述し始むるや、パリサイ人の批難攻撃相当に現はれ、随分編輯者以下筆録者も甚だしく苦しまれたのですが、神助の下に辛ふじて本巻まで口述筆記を終り、神竜の片鱗を爰に開示し得たるを、大教祖の神霊に謹んで感謝し奉り、外山豊二を始め加藤女史、松村真澄、谷村真友、近藤貞二、谷口雅治[※「雅治」は底本通り。正しくは「正治」または「雅春」。]、桜井重雄、北村隆光、山上女史その他本書関係の諸氏が渾身の努力を、茲に謹んで感謝する次第であります。 大正十一年五月二十八日旧五月二日於松雲閣 |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 02 探り合ひ | 第二章探り合ひ〔六九四〕 言依別に託されし、黄金の玉の行方をば、見失ひたる黒姫は、テーリスタンやカーリンス、二人の男に疑ひを、抱きながらにトボトボと、己が館に立ち帰り、二人を前に坐らせつ、茶の湯を進め機嫌をとり、威しつ慊しつ訊ぬれば、素より二人は白紙の、疚しき所なく涙、声を絞つて弁解すれど、容易に晴れぬ黒姫の、胸に心を悩ませつ、互に顔を見合せて、如何はせむと腕を組み、差俯向いて黙然たるぞ憐らしき。 黒姫『人間は神様の生宮だから、何処までも正直にせなくてはなりませぬぞや。如何なる罪科があつても、悔い改めたならば大神様は、神直日大直日に見直し、聞直し、宣直して下さるのだ。此の世の中は、隅から隅まで日月の如く明かなる神様の御支配であるから、どんな小さいことでも神の御眼を眩ますことは出来ない。わづかの此の世で目的を達しても、永遠無窮の神界で苦しみを受けるやうなことが出来ては大変な不利益だから、私は神様のため、世人のため、又お前達両人の身魂の幸福のために云ふのだから、綺麗薩張と玉の在処を知らしておくれ。何時まで腕組思案してゐた処で、悪が善に復る筈はない。盗むと云ふ一事は何処迄も万劫末代消えませぬぞえ。サ、あまり世間にパツとせない間、私に一伍一什を白状して下さい。私の落度にもなり、お前さまの罪にもなるのだから、今の間に私に白状しさへすれば、此場限りで何処も彼も天下泰平無事安穏に治まる訳だから。サア、テーリスタン、カーリンス、早く素直に言つておくれ』 テーリスタン『これは又してもお訊ねですが、何と仰有つても知らぬ事は知らぬと答へるより外に途が無いぢやありませぬか』 黒姫『エー又しても白ツぱくれなさるのか。さてもさても分らぬ人だなア。これこれカーリンス、お前は正直者だ。私を助けて呉れただけあつて、何処ともなしに徳のある顔をして居る。神様のお姿みたやうだ。屹度お前は霊肉共に清浄潔白だから、テーリスタンに対し堅い約束を破つてはならないと隠してゐるのだらうが、そんな心遣は要らぬ事だ。事の軽重大小により考へて見なさい。お前が私に全然白状をしたと云つても、決してテーリスタンを苦しめるのでも責めるのでもない。畢竟テーリスタンも、私も、お前も大慶だし、ツイ当座の出来心だから。若い時には誰しもある事だから、屹度神様は見直し聞直し、宣直して下さる。私も何程お前が悪うても、見直し、聞直し、初の心で今までの事は川へサラリと流し、心許して交際をさして貰ふから、さア、チヤツとカーリンス、言はつしやいよ』 カーリンスは頭を掻きながら、 カーリンス『ヘイ貴女の御言葉はよく分つて居ります』 黒姫『さうだらう、分つたぢやらう。矢張りお前はテーリスタンとは、一寸兄貴だけあつて賢い、偉いものだ。正直は此世の宝だ。なア、カーリンス』 カーリンス『モシ黒姫様、知らぬことを知つたやうに云つたら、それでも誠になりますか』 黒姫『知つたことを知らぬと云ふのが悪いのだ。知つたことを「知つて居ります、斯様々々致しました」と言ひさへすれば、途方もない玉盗人をしたお前も、罪が消えて却て素直な奴だと大神様が誉めて下さるぞえ』 カーリンス『オイ、テーリスタン、斯んな婆さまに掛り合つたら、とりもち桶へ脚を突込んだやうなものだなア。何うしたらよからうか』 テーリスタン『それだと云つて第一吾々を日頃から大切にして下さる黒姫様の御難儀になるのだから、あゝして厳しう執拗くお訊ねなさるのも仕方がない。黒姫様のお立場になれば無理もないよ。ぢやと云つて吾々両人は本当に迷惑だなア』 黒姫『お前達其処迄物が分つて居りながら、何故私を焦らすのだい。盗人猛々しいとはお前達のことだよ。他が温順しく出ればつけ上り、歯抜けが蛸を噛むやうにグヂヤグヂヤと歯切れのせぬ返事ばつかりして………エー辛気臭い。困つた泥坊だなア』 と長煙管で丸火鉢をクワンクワンとはたき、眼をキリツと釣り上げ、片膝を立てて斜に構へ息を喘ませて見せた。折柄錦の宮の高楼に夜明と見えて、祝詞奏上の始まる五六七の太鼓が響いて来た。 テーリスタン『オイ、カーリンス、あれは五六七の太鼓の音、モー御礼だ。一先づ御免を蒙つて参拝をして来うかい』 カーリンス『オーそうだ、黒姫様、ゆつくり心を落着けて吾々の無実を御考へ下さいませ。これからお詣りして来ます』 黒姫『オホヽヽ、五六七の太鼓は、お前さまの為には結構な助け舟だ。併し乍ら五六七でも七五三でもお詣りは出来ませぬよ。此の話の解決がつくまで参拝は黒姫が許しませぬ。そんな盗人根性で神様へ詣つて、結構な御宮様を汚すと云ふ事があるものか、罰当り奴が、アルプス教の教とはチツト違ふぞえ』 と又もや声を尖らせ、火鉢を叩く。 テーリスタン『オイ、兄弟、何うしようかな。エライことに取ツつかまつたものだワイ』 黒姫『取ツつかまるも取ツつかまらぬも、お前の自業自得だよ。心の鬼が身を責めるのだ。お前は結構な身魂だが、其の心の鬼が矢張り邪魔をするのだらう。サア早く鬼を突き出して美しい身魂になつて玉の在処を知らすのだよ。大方鷹依姫の指図でお前が隠しとるのぢやないかなア。紫の玉を気好う献上するなんて言ひよつて、麦飯で鯉を釣るやうな企みをしたのだらう。紫の玉が何程立派でも黄金の玉に比ぶれば何でもない。却々アルプス教に居つた奴は油断がならぬ。アヽさうぢや、お前の事ばかり責めて居つても訳が分らぬ。大方陰から操つて居るのであらう。此の聖地へ来てから鷹依姫は、始終使ひ馴れたお前達二人を私の部下にして呉れと云つた点からが抑も疑はしい。私が黄金の玉の監督者と云ふことは、よく分つて居るのだから、屹度鷹依姫の指図であらうがな。ホヽヽヽ、お前達は忠実なものだ。善にも強ければ悪にも強い。一旦主人と仰いだ鷹依姫へ、其処まで尽す親切は見上げたものだ。俄主人の黒姫に云つて下さらぬのも無理はない。アーア私の了簡が間違つて居つた。ドレ是から鷹依姫を呼んで訊問してみよう』 テーリスタン『滅相なこと仰有いますな。鷹依姫さまは、そんなお方ぢやございませぬ。苟くも三五教の宣伝使竜国別さまの母上ではありませぬか。大神様の御神徳で親子の対面が出来たと云つて、それはそれは温順しく誠の信仰に入つてゐられます。あんまり御疑ひなさるのは殺生でございますよ』 黒姫『アヽ無理もない、さうでなければ人間ぢやない、感心感心。私もそんな家来をたとへ半時でも欲しいものだ。併し乍ら、よく考へて見なさい。お前は大神様の誠の道に背いても、一人の鷹依姫が大切か』 テーリスタン『これは聊か迷惑千万。こんなことを鷹依姫様がお聞きにならうものなら、ビツクリして肝を潰されます』 黒姫『ソリヤ当然だよ。余り肝玉の太い事をすると神様に睨まれ、肝が玉なしになつて了ふのは天地の許さぬ道理、オホヽヽヽ、さてもさてもしぶとい代物だなア。ドレドレ五六七の太鼓が鳴つた。朝のお勤めに行つて来るから、お前達は何処にも逃げることはならぬぞえ。鷹依姫にとつくと言ひ聞かし、私が帰る迄にそつと黄金の玉を持つて来て置くのだよ』 テーリスタン、カーリンス『アー何うしたらよからうなア』 と二人は吐息をつく。 黒姫は錦の宮に参拝せむと衣紋をつくろひ、紋付羽織を着し、稍悄気気分になつて道路の石を一つ一つ数へるやうな調子でなめくぢりの旅行式に、力なげに参拝に出掛けた後に二人は黒姫の残して置いた長煙管を握り、テーリスタンは黒姫の座席に坐り、 テーリスタン『これこれカーリンス、お前は余程好い児ぢや、さあチヤツと玉の在処を云ふのだよ。何処へ隠したか、黒姫は申すに及ばず、このテーリスタンまでが側杖を食つて、終に累を鷹依姫様に及ぼさむとして居る大切な危急な場合だよ。黒姫の居る処では云ひ憎からうが、黒姫代理のテーリスタンは今まで兄弟同様に交際つて来たのだから、何一つ心遣ひは要らない。サア、言つて御覧』 カーリンス『オイオイ兄貴、お前までが何を言ふのだい。矢張り俺を疑つて居るのか』 テーリスタン『疑はずに居れぬぢやないか。此間俺が一緒に往かうと言つた時、貴様は親切さうに「テーリスタン、お前は風邪をひいて居るから今日は休め、俺が代りに黒姫様の御保護を見え隠れにして来る」と言つただらう。親切な正直な貴様のことだから、よもやとは思へども前後の事情から考へて見れば、何うしても貴様を疑はねばならぬのだ。お前が盗つたとより考へられないワ』 カーリンス『アーア、情ないことになつて来たワイ。間違へば斯うも間違ふものかなア。なんとした私は因果な生れつきだらう。天地の神様に見放されてゐるのか』 テーリスタン『天地の神様に見放されようと見放されまいと、貴様の心の持ちやう一つだ。愚図々々してゐると黒姫さまが帰つて来るぞ。早く俺に云つて了へ。さうすれば俺も責任を分担して「隠してゐましたが実はこれです」とつき出して、怺へて貰ふのだから』 カーリンス『オイ兄貴、一寸お前下へ降りて呉れ。俺が其処へ行かぬと話が出来ぬ』 テーリスタン『ヨシヨシ言ひさへすれば好いのだ。如何でもしてやらう。サア、煙草でも燻べもつてすつかり言つて了へ。俺は下へ降りて聞き役だから』 と茲に二人は位置を変じ、カーリンスは長煙管で火鉢を叩きながら眼尻を釣り上げ、 カーリンス『コリヤ、テーリスタン、盗人猛々しいとは貴様のことだ。覚えのない俺に自分の悪を塗りつけようとするのは怪しからぬぢやないか。俺が此間貴様の病気を苦にして親切に云つてやつたら、それを逆に取つて俺を盗人と誣るのか。さう云ふ貴様こそ怪しい点がある。此間の晩だつた、昨夜のやうに月は出てない、鼻を撮まれても分らぬやうな時、貴様は倒けたとか、道路が分らぬとか云つて大変に時間をとつた事があるだらう。サア何処へ隠した、有体に白状せ。もう斯うなる以上は兄弟の縁切れだ。併しさうは云ふものの、事実さへ白状すれば、矢張り元の兄弟だ、親友だ。鷹依姫様は既に改心なさつたのだから、玉を欲しがる道理はない。さすれば貴様は其の玉をもつて、三国ケ岳の蜈蚣姫様に献上し、バラモン教で羽振りを利かさうとする野心があるのだらう。サアサ、早く申さぬか、今迄のカーリンスとは訳が違ふぞ。閻魔が浄玻璃の鏡にかけて善悪を今に立別けて見せる。さア、如何ぢや』 と力任せに火鉢を殴つた途端、細い竹の羅宇はポクリと折れて、雁首はテーリスタンの額口に喰ひついた。 テーリスタンはムツと腹を立て、 テーリスタン『なに貴様、他に己の罪を塗りつけようとする大悪人奴』 と両手をひろげて武者振りついた。カーリンスは、 カーリンス『何ツ、猪口才な』 と握り拳を固めて、無性矢鱈に黒姫の留守中に大格闘の幕が下りた。 (大正一一・五・二四旧四・二八外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 03 不知火 | 第三章不知火〔六九五〕 黒姫は錦の宮の朝参を済ませ、帰途竜国別の家に立ち寄り、奥の一室に入り鷹依姫と、ひそひそ話を始めかけた。 黒姫『鷹依姫さま、世の中に宝と云うたら何が一番だと思ひますか』 鷹依姫『私は如意宝珠よりも、黄金の玉よりも、紫の玉よりも、天地の誠が一番の宝だと考へて居ります』 黒姫『ア左様か、それは御尤も。併し貴女はその宝を如何しました』 鷹依姫『何分にも曇つた身魂で御座いますから、誠の宝が手に入らいで、神様に対しはづかしいことで御座います。神様は誠の玉を早く取れよと突き出して御座るのですが、何うも人間は身魂の曇りが甚いのでお貰ひ申す事が出来ませぬ。何とかして早く誠と云ふ宝を手に入れたいと朝夕祈つて居ります』 黒姫『お前さまはさうぢやありますまい。誠の玉よりも、黄金の玉が結構なのでせう。三五教の唯一の宝、黄金の玉を、貴女こつそりと何処へ隠しましたか』 鷹依姫『エ、何とおつしやいます。合点の行かぬお言葉、黄金の玉が何うなつたと仰有るのですか』 黒姫『白々しい、呆けなさいますな。心に覚えが御座いませう。何とお隠しなさつても、此黒姫の目でちやんと睨んだら外れつこはありませぬ。既にテーリスタンや、カーリンスがお前さまの命令で、黄金の玉を盗んだと云はぬばかりの口吻をして居ますよ』 鷹依姫『あの、テー、カーの二人がそんな事を云ひましたか。何を証拠にそんな大それた嘘を云ふのでせうか』 黒姫『ヘン、貴女よく呆けますねえ。松の根元から掘り出しなさつた、あの黄金の玉ですよ。貴女が高春山でアルプス教の教主と云うて威張つて居られた時、徳公を聖地に入り込ませ、玉の在処を考へさして居つたぢやありませぬか。あの徳と云ふ奴は蜈蚣姫に在処を知らした奴だ。それが又お前さまの三五教へ偽帰順と共に、素知らぬ顔をして入つて来て居ませうがな。真実は彼奴の手引きで、テー、カーの両人が私の保管して居る黄金の玉を、お前さまの指図で盗つたに違ひありませぬ。私も、もう命がけだ。お前さまの生首を引き抜いて、私も潔く死んで仕舞ふのだ、さあ何うだ』 と藪から棒の詰問に、鷹依姫は呆れ果て、茫然として顔を真蒼にし、黒姫を凝視めて居る。 黒姫『悪事千里と云うて、悪い事は出来ますまいがな。併し神様は屹度赦して下さいますから綺麗薩張と白状なさいませ。お前さまは可愛い一人の息子の竜国別さまに毒茶を呑ませ、熱湯を浴びせるやうなものだ。私も仮令一日でも大切な玉が紛失して居つたと云ふことが、皆さまに知れては大変だから、何処迄も秘密を守つて、お前さまが盗んだとは云はないから、サア、ちやつと出して下さい。お前さまの身のため、竜国別さまのためだ。随分温順さうな顔をして居つて、貴女も敏腕家ぢやなア。黒姫も其腕前には感心致しましたよ。ホヽヽヽヽ』 と嫌らしく笑ふ。鷹依姫は当惑顔、涙をぼろぼろと流し、 鷹依姫『あゝ神様、何卒此黒白を分けて下さいませ。私は今、大変の難題を蒙つて居ります』 と手を合す。黒姫は声を尖らして、 黒姫『鷹依姫さま、馬鹿な真似をなさいますな。そんな嘘を喰ふ黒姫とは、ヘン、些と種が違ひますぞや』 鷹依姫『黒姫さま、そりや貴女本気で仰有るのですか。夢にも思はぬ難題を私に持ちかけ、自分が監督不行届の罪を塗りつけようと遊ばすのか。私もかう見えても一度は一教派の教主をして来たものだ。滅多な事を仰有ると了簡なりませぬぞや』 黒姫『了簡ならぬとは、そりや誰に云ふのだえ。此方からこそ了簡ならぬ。何と図太い胆玉だなア』 鷹依姫『黒姫様、貴女は何か私に恨があつてそんな難題を吹きかけるのでせう。それならそれで宜敷い、私にも考へがある。お前さまの様に子のないものならそれで宜いが、私には天にも地にも一人の可愛い伜がある。そんな難題を吹つかけられて何うして伜が世の中に立つて行けませう。竜国別の母親は聖地に於て宝を盗んだと云はれては、伜どころか先祖の名迄汚すぢやありませぬか。何を証拠にそんな無茶な事を仰有るのだ。私は高姫様のやうに、呑んだり吐いたり、そんな芸当はよう致しませぬ。お前さまは私が腹にでも呑んで居るやうに思うて居るのでせう』 黒姫『そりや貴女の腹にありませう。人の腹は外からは分りませぬからなア』 鷹依姫『そんなら私は潔白を示すために腹を切つてお目にかける。その代り、もし呑んで居なかつたら何うして下さる』 黒姫『玉を隠すのは腹ばつかりぢやありませぬ。土の中でも、倉の中でも、川の中でも、どつこへでも隠せるぢやありませぬか。そんなあざとい事を云うて、黒姫をちよろまかさうと思つても、いつかないつかな、此黒姫は些と違ひますから、お前さまの口車には乗りませぬぞい。オホヽヽヽ』 と頤をしやくり、肩を四角にし、舌端を唇の所へ少し出して、目までしばづかせて見せた。鷹依姫は無念さ、口惜しさに声をあげて泣き立てる。 黒姫『泣いて事が済むと思うて居なさるか、なぜ堂々と仰有らぬのだ。泣いて威さうと思つたつて、女郎の涙も同然、そんな手を喰ふ私かいな』 と又頤をしやくつて馬鹿にする。鷹依姫は腹立たしさに益々泣き入る。声を聞きつけて今門口に帰つて来たばかりの竜国別は走り来り、 竜国別『お母さま、何処ぞ悪う御座いますか、何うなさいました。ヤア黒姫さま、お早う御座います。母は何処か悪いのですか』 黒姫は憎々しげに、 黒姫『よう、お前は竜国別、悪けりやこそ泣くのぢやないか。息が詰つて、ものの答が出来なくなつたものだから泣き入るのだよ。お前の親で云ふぢやないが、ほんとに、驚いた悪党だ』 竜国別『黒姫さま、私の母が悪党だとは、そりや又何うした訳で』 黒姫はにつこと笑ひ、 黒姫『同じ穴の狐、ようここまで信頼したものだナア。お前と云ひ、テーリスタンと云ひ、カーリンスと云ひ、これだけマア悪の四魂が揃へば、どんな悪事でも出来ますワイ。油断も隙もあつたものぢや御座いませぬワイなア。オホヽヽヽヽ』 と腰から上を揺つて見せる。 斯かる処へテーリスタン、カーリンスの両人はバラバラと入り来る。竜国別はこれを見て、 竜国別『オイ、テー、カーの二人、何だ其顔は、貴様、喧嘩でもしたのか』 カーリンス『イヤもう大変な事です。黒姫の奴、玉を盗られ、せう事なしに池へ身を投げ、それを吾々が助けてやつたら、あべこべに鷹依姫さまと共謀して黄金の玉を盗んだと云ふのです。黒姫さまも大切な玉の監督の役目を仕損じたのだから、何どころぢやありますまい。お察しはするが、併し吾々二人を始め、鷹依姫さままでを泥坊にするとは余りぢやありませぬか。私も終にはテーリスタンを疑ひ出し、テーリスタンは私を疑ふと云ふので、暫く大喧嘩をやつてこんな態になつたのです。併し何うしても吾々二人を始め、鷹依姫さまは潔白です。何とかして黒姫さまの疑を解きたいものです』 竜国別『そりや大変だ。何は兎もあれ大切な御神宝、こりや此儘にしては置かれぬ。神様に伺つて来るから、それ迄待つて居て下さい。お母さま、御心配なさいますな。貴女の潔白は私が承知して居ます』 黒姫『何と云つてもお前達三人を共謀者と認めます。竜国別はあんな事を云つて尻こそばゆくなつて逃げたのだらう。オホヽヽヽ、どれもこれも、心に覚えがあると見えて、あの詮らなささうな顔ワイな。思ひ内にあれば色外に現はる、神様は正直だ。余り可笑しさを通り越して阿呆らしいワイのう。オホヽヽヽ』 と身体を揺り嘲弄する。暫くあつて竜国別は宙を飛んで帰つて来た。 黒姫『竜国別、何うだつたかナ』 竜国別『神様に御神籤を伺ひましたら、時節を待てと仰有いました』 黒姫『あゝさうだらう、神様が何そんな事を仰有るものか。お前の心に覚えのある事を…誰人が阿呆らしい。神様だつて返答なさるものかい。テツキリお前達が私を失策らさうと思つて隠したのか、但しは蜈蚣姫と気脈を通じて御神宝を盗み出す考へだらう。そんなあざとい事をしたつて、その悪が何処迄やり貫けるものぢやありませぬワイ。併し乍ら何うでも此玉の在処が知れぬと云へば、私は死なねばならぬ。私許りぢやあるまい、鷹依姫さま、竜国別さま、お前も腹でも切つて言ひ訳をなさらにやなるまい。さあ私から自害をするから、お前達も冥途の伴をなさいませ』 と懐剣を引き抜き吾喉に当てむとする時しも、テーリスタン、カーリンスの二人は肩を揺り、 テーリスタン、カーリンス『オイ黒姫、態見やがれ、其実は鷹依姫さま、竜国別さまも知つた事ぢやないワ。このテーリスタン、カーリンスの御両人様が盗み出して、とうの昔に蜈蚣姫の手に秘蔵されてあるのだよ。欲しけりや蜈蚣姫に頼んで返して貰へ。アハヽヽヽ、小気味のよい事だ』 と大声に罵り出した。黒姫はかつとなり、 黒姫『こりやテー、カーの両人、この黒姫の目は間違ひなからう、大それた奴だ。さあ早く其玉を蜈蚣姫の手から取り還して来い。神罰が恐ろしいぞや』 テ、カ『神罰が恐ろしいやうな事で、誰がそんな玉盗人をするものか。馬鹿々々』 と連発する。黒姫、竜国別、鷹依姫の三人は一斉に立ち上り、 三人(黒姫、竜国別、鷹依姫)『極悪無道の蜈蚣姫に款を通ずる両人、もはや了簡ならぬぞ』 と茲に五人は入り乱れて大喧嘩をおつ始めた。 言依別命は錦の宮の拝礼を終り、静々と此前を通り、騒々しき物音に何事ならむと奥へ入り来り見れば、此の騒ぎ。 言依別命『これこれ皆さま、宣伝使や信者の身を以て何喧嘩をなさるのか』 黒姫『言依別命様、此奴両人、私が保管して居る玉を盗んだのはテー、カーだ。蜈蚣姫に渡してやつたのだ。馬鹿者よと云うて、私等を嘲弄する不届きな奴で御座います』 言依別命『テーリスタン、カーリンス、お前は実に感心な奴だ。さうなくてはならぬ、三五教の信者の亀鑑だ。誠の玉を能くも手に入れたなア』 テー、カーの二人は嬉し涙に暮れて、 テーリスタン、カーリンス『ハイハイ』 と云つたきり畳に食ひついて泣いて居る。 黒姫『モシモシ言依別命様、お前様は何と云ふ事を仰有る。こんなドラ盗人を褒めると云ふ事がありますか。何うかして居ますなア』 言依別命『アヽ、黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス殿、何事も神様の御計らひだ。御心配なさいますな、神様に深き思召のある事でせう。只今限り玉の事は云はないがよい。互に迷惑ですから、何事も私に任して置いて下さい』 黒姫『玉がなくてもかまひませぬのか』 言依別命『責任は私が負ひます。皆さま、これきり忘れて下さい』 と懐より幣を取り出し、 言依別命『祓ひ給へ清め給へ』 と云ひながら左右左に打ち振り、 言依別命『さあ皆さま、これですつかり解決がつきましたよ』 黒姫は坐つたまま左の腕を突つ張り、体を斜にして言依別命の顔を穴のあくほど凝視め、鼈に尻を抜かれたやうなスタイルで、 黒姫『ヘー』 と長返事しながら落着かぬ面色である。 言依別命『サア皆さま、お宮へ参拝しませう』 と先に立つ。一同は漸く胸を撫で下し、錦の宮に参拝せむと竜国別の家を立ち出でた。 初春の太陽は六人の頭を煌々と眩きまでに照し給うた。 黄金の玉も如意宝珠紫玉も又宝珠 金剛不壊の神玉も如意の宝珠と称ふなり 中にも別けて高姫が腹に呑み居し神玉は 神宝の中の神宝なり言依別命より 委託されたる黄金の玉の在処を失ひし 黒姫心も落着かずテーリスタンやカーリンス 鷹依姫まで疑ひて色々雑多と気を焦ち ヤツサモツサの最中へ言依別が現はれて 一先づその場は事もなく治まりつれど治まらぬ 心の空の雲霧を払ふ術なき折柄に 十字街頭に高姫が錦の宮に参詣の 折も折とて出会し黒姫始め外四人 高姫宅に招ぜられ尊き神の御宝を 紛失したる責任を問ひ詰められて黒姫は いよいよ爰に決心の臍を固めて聖域を あとに眺めつ黄金の玉の在処を探らむと 鷹依姫や竜国別テーリスタンやカーリンス 五人は各自に天の下四方の国々隈もなく 探ね行くこそ神界の深き経綸と白雲の 余所に求むるあはれさよさはさりながら此度の 玉の在処は言依別の神の命の胸の内 神の命令を畏みて心に深く秘めおきし 此神策は神ならぬ人の身として知るよしも 泣々出て行くあさましさこれより五人は神界の 仕組の糸に操られ悪魔退治の神業に 知らず識らずに奉仕する奇き神代の物語 口述進むに従ひて次第々々に面白く 深き神慮を覚り得むあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 (大正一一・五・二四旧四・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 04 玉探志 | 第四章玉探志〔六九六〕 言依別命に従ひて黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの五人は錦の宮に参拝し、言依別命は宮殿深く神務の為めに進み入り、五人は各家路に帰らむとする時しも、高姫、紫姫、若彦の三人と十字街頭にピタリと出会した。 高姫『これはこれは黒姫さま、鷹依姫さま、その他御一同、一寸高姫の宅まで来て下さい。折入つてお訊ねしたい事が御座います』 意味あり気な此の言葉に黒姫はハツと胸を刺される心地がした。されど、さあらぬ態にて、 黒姫『ハイ、何用か存じませぬが、妾は今参拝の帰り路で御座います。何時参りましたら宜しいでせうか』 高姫『皆さま、妾等三人は参拝して来ますから、先へ妾の宅まで帰つて居て下さい。直に帰りますから。鷹依姫さまも、竜国別さまも、テーさまも、カーさまも御一緒に待つて居て下さい』 と撥ねた様な言葉尻を残して忙しさうに参拝道に進み行く。黒姫は胸に一物、思案に暮れながら高姫の宅に立寄り、帰宅を五人一同打揃ひ待つて居た。 テーリスタン『モシ黒姫さま、高姫さまの顔色が変つて居ましたな。悪事千里と云つて、今朝の騒ぎが高姫さまの耳へ這入つたのぢやありますまいか』 黒姫『サア、何だか何時もに変る気色だつた、困つた事になりましたな。お前、仕様もない事をするものだから各々に心配をするのだよ』 テー、カーは首を傾け、 テーリスタン、カーリンス『ハイ、私が悪う御座いました。併し教主様がお赦し下さつたのだから、もう彼の話は言はぬやうに致しませうかい。折角教主の言葉を無にしてガヤガヤ騒ぐと、世間へ洩れてはなりませぬから』 黒姫『ヘン、貴方には都合が宜しからうが、責任者たる妾は大変に面目玉を潰しました。本当に油断のならぬお方ぢやなア。テーリスタン、これから口の物を喰ひ合ふ様な仲でも油断は出来ませぬぜ、本当に困つた人だ。もう是きり改心をするでせうな』 カーリンス『玉から事件が方角違ひに外れて居るのだから仕方がない。まあまあ兎も角、吾々両人が盗んだ事に成つて居るのだから、何と言はれても仕方がないさ』 黒姫『ヘン、なつて居るから仕方がないとは能う言へたものだよ。オホヽヽヽヽ』 斯く言ふ処へ高姫は身体をプリンプリンと振りながら、チヨコチヨコ走りに慌しく帰り来り、 高姫『サア若彦さま、紫姫さま、お這入りなさいませ』 と先に立つ。 若彦、紫姫『ハイ』 と答へて両人は奥へ通つた。 黒姫『高姫様、えらう早う御座いましたな』 高姫『いつもの様に、ゆつくりと御礼も出来ませぬわ。能うマアお前さま、ヌツケリと落着いて居られますなア。黄金の玉の行方は分りましたかい』 黒姫『エー、未だに………分り…………ませぬ。然し貴女は誰にお聞きなさいましたか』 高姫『貴女は誰も知らぬかと思つて居らつしやるが、夜前から貴女等の喧嘩を誰も知らない者は一人もありませぬよ。みんな聞いて居ましたよ』 黒姫『寔に申訳なき事で御座います』 高姫『申訳がないと言つて肝腎要の御神宝を紛失し、能う安閑として居れますなア』 テーリスタン『もし高姫様、黒姫様が悪いのぢや御座いませぬ。私とカーリンスと二人が何々したのですワ』 高姫『エー聞きますまい、あた穢はしい。そんな事あ、ちやんと妾の耳に入つて居る。併し乍ら肝腎の責任は黒姫様にあるのだ。黒姫様何となさいます。一つ御了簡を承はり度い』 黒姫『何事も言依別命様が御引受け下さいましたから申しますまい』 高姫『それで貴女、責任が済むと思ひますか、言依別命様に何も彼も塗りつけて、能うお前さま、平気の平左で済まして居られますな。無神経にも程があるぢやありませぬか』 黒姫『さうだと言つて如何も仕方がないぢやありませぬか。八岐の大蛇の執念深き企みに依つて、バラモンの手に疾の昔、手に這入つて了つたものを、如何してこれが元へ帰りませう。妾がテー、カーの様な者を使つたのが過失です』 高姫『これ、テーにカー、お前如何する積りだい』 テーリスタン『ハイ、申訳がありませぬ』 カーリンス『仕方がありませぬ』 高姫『能う、そんな事が言へますワイ。これ黒姫さま、この責任を果す為めにお前さまは生命のあらむ限り草を分けても探ね出し、再び手に入れて神政成就のお宝を御返し申さねば済みますまい。何をキヨロキヨロして居なさる』 と坐つた膝を畳が凹む程打つけて雄猛びした。 黒姫『妾も決心して居りますよ』 高姫『二言目には刃物三昧の決心は廃めて貰ひませう。そんな無責任な事がありますか。サアサアとつとと出なさい。さうして其玉が手に入らぬ事には再びお目には懸りませぬよ。鷹依姫さま、お前さまも嫌疑が掛つた身体ぢや、黙としては居られますまい。竜国別さまは、親の疑を晴らす為に是も黙としては居られまい。テー、カーの両人も本当に盗つたか盗らぬか、そりや知らぬが、もう一苦労して世界に踏み出し、五人が五大洲に別れて探して来ねばなりますまい。さうぢやありませぬか。若彦さま、紫姫さま、黄金の玉を盗られた玉無しの宮を、ヌツケリと番して居る訳にはゆきますまい。紫姫さま、若彦さま、返答を聞かせなさい』 と無関係の両人にまで腹立ち紛れに八つ当りに当る。 若彦『あゝあ、何処へ飛沫が来るか分つたものぢやない。併し私は言依別さまの御意見を伺つて其上に致しませう。紫姫さまも今では重要な位置に居られるのだから、之も自分の自由にはなりますまい』 高姫『お前さまに直接責任がないと言つて、そんな平気な事を言つて居られますかいなア。言依別命様は柔弱な奴灰殻ぢやから、斯んな黒姫さまの失態を何とも処置をつけないのだ。然し教主として誰を悪いと云ふ訳にもゆかず、瑞の御魂の本性を現はし、表面は何喰はぬ顔して平気に見せて御座るが、心の裡は矢張り御心配して御座るに間違ひない。一を聞いて十を悟る身魂でないと、肝腎の御用は勤まりますまい。サア黒姫さま、如何なさいます、言依別の教主が赦されても、此高姫が承知致しませぬぞや。妾も一度はウラナイ教を樹て、お前さま等と共に変性女子に背いて見たが、それも素盞嗚尊様のお心を取違ひして居つたからだ。変性女子の身魂からお生れ遊ばした言依別命様も自分が其罪を一身に御引受け遊ばして御座るのぢや、それを思へば妾はお気の毒で堪らない。地の高天原は此高姫が是から玉照彦さま、玉照姫さまを守り立てて立派に御用を勤めて見せます。サア早く何とか準備を為さらぬか』 黒姫『妾も三五教の宣伝使、屹度何とか働いてお目に掛けます』 竜国別『吾々も母上様の嫌疑を解く為め、お暇を頂いて世界漫遊に出かけます。さうして玉の在処を探ねて来ます』 鷹依姫『いや妾も年寄と云つても元気がある。何処迄も此玉を探し当てる迄世界中を巡歴して来ます』 高姫『それは大に宜しからう、さうなくてはならぬ筈だ。これ、テー、カー、お前等は如何する心算だい』 テーリスタン『仮令八岐の大蛇の腹の中を潜つてでも、玉の在処を探さねば措きませぬ』 カーリンス『私も其通りだ。然し高姫さま、言うて置くが、何卒如意宝珠の玉と紫の玉を紛失せない様に、言依別の神様を助けて保管を願ひますよ』 高姫『ハイハイ、そんな事は言つて貰はいでも、気を付けた上にも気を付けて居ます。心配をせずに一日も早く玉の在処を探ねにお出でなさい。さうして在処が分つたら、無言霊話を早速掛けて下さい。皆さまも其のお積りで…………宜しいか』 と叩きつける様に言ひ放つた。 五人(黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス)『ハイ承知致しました。然らば之より言依別の教主様に一寸お暇乞ひを致して来ませう』 と五人が立ち上らむとするを、高姫は押し止め、 高姫『まあお待ちなさい。貴女方が神様の為に尽くすのなら、此儘言依別の教主に分らない様にするのが誠だ。教主は涙脆いから、又甘い事を仰有ると、忽ちお前さま達の腰が弱つて了ふから、妾が善き様に申し上げて置く。サア早くお出ましなさいませ』 竜国別『あゝあ、偉い災難で、高姫さまに高天原を追ひ出されるのかなア』 高姫『嫌なら行かいでも宜しい』 と高姫は睨め付ける。五人は是非なく高姫の宅をスゴスゴと立ち出で錦の宮を遥に拝し、各旅装を整へ世界の各地に向つて玉の捜索に出かけた。 (大正一一・五・二四旧四・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 05 壇の浦 | 第五章壇の浦〔六九七〕 金剛不壊の如意宝珠を始め、紫の玉の改めて納まりたる錦の宮を背景とせる聖地は何となく活気加はり、神人喜悦の色に満ち、神徳日に日にあがりつつあつた。端なくも黒姫が保管せる黄金の玉の何者にか奪取され、黒姫は責任を帯びて、夜窃に鷹依姫、竜国別、テー、カーの五人、思ひ思ひに聖地を後に、玉の行方を捜索に出でたる事、忽ち神人の間に喧伝され、又もや不安の念に駆られ、何となく物淋しき感じが聖地の空に漂うた。三五教の幹部を始め、信徒は此処彼処に頭を鳩め、此話にて持切りであつた。高姫は錦の宮の傍なる高楼に付属せる八尋殿に宣伝使及び信者を集め、一場の注意を与へむと演説会を開いた。 能弁家の高姫が此突発事件に対し如何なる事を言ひ出すやと、先を争うて立錐の余地なき迄集まつた。高姫は忽ち壇上に立上り、稍怒気を含み目を釣り上げながら、諄々と語り始めた。 高姫は満座を睥睨しながら、 高姫『皆さま、今日は能くこそ御出場下さいました。三五教に取つて一大事が突発致しましたに就ては、今後の注意は申すまでもなく、此処置に就て如何致したら宜しいか。神様の為、国の為、世界人類の為に由々しき大問題で御座います。と云ふのは、御存じの通り、広大無辺な御神徳に依りまして、一旦妾が神界の経綸上、腹に呑み込んだ顕国の御玉の一つ玉、金剛不壊の宝玉は、木の花姫様の御霊の懸らせ給ふお初さまの執成しに依つて、再び御神宝として此お宮に納まる事となり、モ一つの紫の玉は鷹依姫の改心帰順と共に、是亦錦の宮の宝物と相成り、曩に青雲山より運び来りし黄金の如意宝珠と共に、霊力体相揃ひ、いよいよ神政成就の機運到来疑なしと喜ぶ折しも、不注意なる黒姫がために、大切なる黄金の玉を紛失致しました事は、返す返すも残念で御座います。斯の如き大事変が突発して居るのに、皆さまは何ともないのですか。此噂は最早あなた方の耳には幾度も這入つて居る筈です。然るに今日まで妾の許に膿んだ鼻が潰れたとも云つて来た人がないのは、何たる冷淡な事で御座いませう。さぞ神様も諸君の至誠を御満足に思ぼ召すで御座いませう』 と棄鉢口調で八つ当りに当つて見せた。国依別は高姫の立てる壇上に立現はれ、 国依別『高姫さまに御尋ね致します。吾々は此の件に就て、寄り寄り幹部と協議を凝らして居るのですが、何分肝腎の黒姫様の行方が分らないので、如何してよいのか調べる事も出来ない。承はれば貴方は専横にも、独断的に黒姫以下四人を放逐されたと云ふ事だが、そりや又誰の聴許を受けてなされましたか。一応吾々幹部に対し御相談がありさうなものです。これに就ては何か裏面に伏在するのではありますまいか。どうぞ此席上に於て、吾々の疑惑を晴らす為に、詳細なる御報告を願ひます』 高姫『国依別さま、お黙りなさい。神界の事は俄宣伝使の巡礼上りのお前さまに、何うして分りますか。何事も神界の御経綸ですから、出る杭は打たれるとやら、チツトつつしみなされ』 国依別『これは怪しからぬ。これが如何して黙つてをれますか。又あなたが黒姫以下を勝手に処置する権能は何処にあります。玉照彦、玉照姫様の御神慮も伺はず、又教主の御意見も無視して、勝手気儘にそんな事をしても良いのですか。左様な事が貴方に出来るのならば、お二人の宮司も、教主も、幹部も必要はないぢやありませぬか』 高姫『妾はそんな肉体の云ふ事は聞きませぬよ。日の出神の生宮の御指図に依つて申上げたのだ。知慧や学で神界の御経綸が分るものですかい』 国依別『貴方は二つ目に神界々々と仰せられますが、大変に都合のよい隠れ場所を御持ちで御座いますなア。吾々に相談する必要がなければ、何故御招きになりました?』 満座の中より、 (聴衆)『国依別さま頼んますぜ。確り確り』 などと野次る者がある。 高姫『黒姫さまを決して逐出したのではない。妾が道理を説いて聞かし責任のある所を明かに示したのだ。そこで黒姫さまは自発的に尻をからげて玉の探索に行かれたのです。お前さま達もさうキヨロキヨロとして居る時ではありますまい。此広い世の中三人や五人探しに出た所で大海へ落した真珠の玉を探す様なものだ。何時も御道の為には生命も何も捧げると誓つて居るあなた方、此高姫が言はなくとも何故不言実行が出来ませぬか。まさかの時になつたら逃げる奴ばかりぢやと神さまが何時も仰有る。本当に神さまの御言葉は毛筋も違ひませぬ。サア皆さま如何なさる。決して黒姫さま許りの責任ぢやありますまい。国依別さま、あなたはまだ神界の事がテンで分つて居らぬ。自分の席にトツトとお下りなされ』 国依別『貴方は金剛不壊の玉の保管役と承はつて居りますが、大丈夫ですかな。余り他の事を云ふものぢやありませぬぞ。今日の非は他人の事、明日の非は吾事と云ふ事をちツとは御考へなさい』 高姫『何をツベコベと云ふのだい。此高姫が保管する以上は、どんな偉い者が来ても、指一本触へさすものではありませぬ。万一其玉が損失する様な事があるとしたら、二度とお目に掛りませぬワ』 と肩を四角にし、少し腮を前へ突出し、憎々しげに言ひ放つた。満座の中より、 (聴衆)『まさか違うたら呑み込むのだから大丈夫だよ。大方黄金の玉も呑んだのかも知れないぞ。国依別さま、シツカリ頼む』 と野次る。高姫益々語気を荒らげ、 高姫『千騎一騎の此場合、芝居見物か二十世紀の議会の様に、野次ると云ふ不心得者は誰だ。顔を隠して作り声をして、卑怯未練な。何故堂々と、意見があるなら高姫の面前へ現はれて仰有れ。卑怯ぢやありませぬか。たかが女の一人、一人前の男が其態は何の事だい』 と呶鳴りつける。満座の一同は手を拍つて、 (聴衆)『ワアイワアイ』 と笑ひさざめく。 高姫『皆さまは此席を何と心得て御座る。斯かる神聖な八尋殿に集まりながら、不届千万ではありますまいか。此高姫の云ふ事が気に入らねば、トツトと出て貰ひませう。沢山に頭数はごまめの様にあつても、どれ一つ間に合ふ者はない。なんと人民と云ふ者は情ないものだなア』 国依別『皆さま、高姫さまのお言葉が気に入らぬ方は、御註文通り御退場を願ひます』 大勢の中より、 (聴衆)『国依別さまの仰せの通り、気に入らぬ者に退場せよなら、残る者は高姫一人よりないぞ、それでも良いか』 と怒鳴りたてる。高姫は躍気となり、 高姫『神界の帳を切られても好ければ、トツトと出たが宜しい』 大勢の中より、 (聴衆)『お前さまに帳を切られても、神界から切られなければ宜しい』 と叫ぶ者がある。場内は忽ち喧々囂々、鼎の沸く如く、雀蜂の巣を突き破つた如くであつた。 此時言依別命は若彦、紫姫、玉治別と共に壇上に悠然として現はれた。 一同は拍手して言依別命を迎へた。今や散乱せむとしつつあつた数多の信者は、再び腰を下し、花形役者の言依別命が高姫に対する論戦の矢は如何にと固唾を呑んで待つ事となつた。言依別命は満座に向ひ、声も淑かに、 言依別命『皆さま、今日は高姫さまの招きに依つて御集合になつたさうですが、何か纏まつた御話でも御座いましたか』 と極めて平静の態度で、微笑を浮べながら、満座に問うた。座中より一人の男がスツクと立上り、 男『不得要領、何が何だか訳が分りませぬ。何だか黒姫さまが玉を奪られたとか云つて、ブウブウと私達一同に熱を吹かれるのですから、堪りませぬ』 言依別命『如何なる事かと思へば、黄金の玉の紛失事件ですか。それは少しも御心配はいりませぬ。何事も神さまの御経綸ですから、誰一人として神さまに対し不都合は御座いませぬから、御安心下さいませ』 高姫は口を尖らし、 高姫『コレコレ教主さま、あなたは何と云ふ事を仰有るのですか。三千世界を水晶にする誠の生粋の御玉を紛失しながら、肝腎の御方からそんな気楽な無責任なことを云つて如何なりますか。それだからあなたは変性女子の野良久羅者だと人が云ふのですよ。チツとは責任観念をお持ちなされ』 言依別命『世界を自由に遊ばす大神様が御守護の錦の宮、加ふるに玉照彦、玉照姫の神人が御守護遊ばし、且つ地は自転倒島の中心点、地の高天原の宮屋敷ではありませぬか。何事も皆神界のご経綸です。御心配は要りますまい。余り黒姫さまを御責になると、あなたも亦お困りになる事が出来ますぞ』 高姫『エー奴灰殻の柔弱な言依別、モウ愛想が尽きました。これから妾が此高天原を背負うて立つ考へだ。お前さまにも一つの責任がある。黄金の玉が再び手に入るまで教主の席をお辷りなさい。日の出神が高姫の口を藉りて申し付けるツ』 言依別命『私は教主の地位に恋々として居る者ではありませぬ。併し乍ら此聖地は貴女が教主になつて治まる所ではありませぬ。やがて貴女は黒姫さま同様、玉を探しに行かねばなりますまい』 高姫『エー何を仰有る。妾が今聖地を出ようものなら、サツパリ暗雲だ。終局には金剛不壊の宝珠も、紫の玉も、亦紛失するかも知れませぬぞ』 言依別命『万一其玉が紛失して居たら、貴女は如何なさいますか』 高姫『そんな事仰有るまでもなく、此高姫が一つよりない首を十でも二十でも進上致しますワイな。そんな間抜と思つて御座るのですか。チツト黒姫とは品物が違ひます。あんまり見違ひして下さいますな。お前さまは教主と云つても、ホンの看板も同然、斯んな所へ出て来る場合ぢやありませぬ。スツ込んで居なさい、空気抜けさま』 言依別命『あなたの保管して居られる玉を一寸此処で皆さまに拝ましてあげて貰ひたい。斯う云ふ人心不安な時は噂は噂を生み、金剛不壊の玉も、紫の玉も紛失したげな……と大変な評判が立つて居ますから………』 高姫『エー人間と云ふ者は仕方のないものだナ。天眼通でチヤンと見えて居る、決して紛失なんかして居ませぬ。直にお目に掛けます。折角妾が保管して置いた秘密場所を見せた以上は又場所を替へねばならぬ。どんな奴が信者に化けて這入り込んで居るか分つたものぢやない。妾は黒姫の様に松の木の根元へ隠し、毎晩々々、降つても照つてもお百度参りをして終局に人に嗅ぎつけられる様な拙劣な事はやりませぬワイなア、ヘン』 と稍軽侮の色を大勢の前に曝しながら、 高姫『皆さま玉を拝ましてあげる。目が潰れぬ様にシツカリとしなされ』 と云ひながら、八尋殿の畳を一枚剥り、中より恭しく桐の箱を取り出し、 高姫『皆さま如何です。斯う云ふ近い所に隠してあつても分りますまいがな。それだから灯台下は真暗がりと云ふのですよ。チツト身魂を研きなされ。言依別様、お前さまの命令した所とは違ひませうがな。お前さまの命令通り行つて居らうものなら、黒姫の様にサツパリな目に遇うて居るのぢや。サア蓋を開けて検めて御覧』 言依別命『どうぞ貴女開けて下さい』 高姫『さうだらうさうだらう。此玉は実地誠の御神徳がないと、何程教主でも、身魂の曇りが現はれて、恥しうて、面を向ける事も出来ませぬワイ。サア皆さま、目のお正月を為してあげるから、心の饑饉を起してはなりませぬぞや』 と得意気に、 高姫『サア此処に金剛不壊の如意宝珠の御宝、一つは紫の御玉、身魂が研けて居らぬと、玉石混同と云つて、石塊に見える人もありますよ。千里の馬も伯楽を得ざれば駑馬で終るとやら、皆さま、シツカリ眼を据ゑ、身魂を光らして御覧……否拝観なされ』 と口を一の字に結び、横柄な面付しながら、二三回玉箱を頭上に捧げ、静かに被覆を外し唐櫃の蓋を開けるや否や、顔色サツと蒼白色に変じ、舌を捲き、目を梟の如く円くし、肩を細く高くこぢあげ、首を半分ばかり肩に埋め、無言の儘立つて居る。 言依別命『高姫さま、立派な霊光が輝き給ふでせうなア』 国依別はツカツカと進み寄り、玉箱の中を覗いて見て、 国依別『ヤアこりや何だ。皆さま、玉と思ひの外、何時の間にか石に変つて居りますよ。これは誰の責任でせう。一つよりない首を沢山に渡さねばならぬ手品が見られようかも知れませぬ。とは云ふものの大変な事が出来致しました』 一同はアフンとして呆れ返るばかりであつた。紫姫は、 紫姫『モシ高姫さま、こりや又何うした訳ですか』 高姫『何うでもありませぬ。斯うして石に見えてもヤツパリ正真正銘の如意宝珠、お前さま達一同の身魂が悪いから、宝珠様が石に化けちやつたのだ。神さまは鏡も同様だから、皆さまの心が石瓦同然だから、皆さまの意の如く変化遊ばすのだ。それで如意宝珠と申します。……コレコレ如意宝珠様、さぞあなたは御無念でせう。せめて二三日か一週間、皆さま水行をしてお出でなされ。さうしたら本当の宝珠の御神体が拝めますよ』 大勢の中より、 (聴衆)『オイ、高姫さま、何程研いても、見直しても、石はヤツパリ石ぢやないか。此中に一人や半分、魂の研けた者がないとはいへまい。それに誰も玉ぢやと言ふ者がないぢやないか。お前さまはあんまり慢心が強いから奪られたのだよ。さうでなくばウラナイ教を再設する積りで、黒姫と申合せ、黒姫に黄金の玉を持つてフサの都へ先へ帰らせ、自分は残りの二つの玉を何々して謀叛を企むのだらう』 高姫クワツとなり、 高姫『誠一つの大和魂の日の出神の生宮に向つて、何と云ふ事を仰有る。サア此処へ出て来なさい。黒白を分けてあげるから』 大勢一度に、 (聴衆)『ウラナイ教、ウラナイ教の再設。……悪の道へ逆転旅行の張本人……』 と口々に呶鳴り立てる。高姫は烈火の様になつて、 高姫『エー残念々々、此腹を切つて見せてやりたいやうだ』 と壇上に地団駄を踏む。 言依別命『高姫さま、何事も神界の御都合でせう。先づ御安心なさいませ。御一同さま、此れには何か神界の御都合のある事と私は確く信じます。どうぞ鎮まつて下さい。責任は私が負ひますから……』 と淑かに宥める。一同は教主の挨拶に是非なく、ブツブツ呟き乍ら錦の宮に拝礼し、各家路に帰つて行く。 高姫は面を膨らし、石の玉箱を小脇に抱へ、夜叉の如き相好を寒風に曝し乍ら、己が居宅へ一散走りに帰り行く。傍の榎の枝に烏が二三羽、寒風に揺れ乍ら、枝の先にタワタワと波を打ち、空中に浮つ沈みつ『阿呆々々』と鳴き立てて居る。 (大正一一・五・二五旧四・二九松村真澄録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 06 見舞客 | 第六章見舞客〔六九八〕 高姫はすごすごと我家に帰り頭痛がするとて臥床に入り捩鉢巻の大発熱、大苦悶。遠州、武州は種々と介抱に全力を尽して居る。玉治別は妻のお勝と共に高姫の病気と聞き、見舞のために訪ねて来た。玉治別は庭の表に立ち働いて居る遠州に向ひ、 玉治別『遠州さま、承はれば高姫さまには少しお塩梅が悪いと聞きましたが、御様子はどうですかナ』 遠州『ハイ、この間八尋殿で演説をなさつてから肝腎のお宝が石に化けて居つたとか云つて、怒つて溜池の中に放り込まれました。それから気分が悪いと云うてお寝みになつたきり、毎日日日玉々と、囈語ばつかり云うて居らつしやいます。誠に困りものですよ』 玉治別『何うか差支なくば、玉治別夫婦がお見舞に参つたと、伝へて下さい』 遠州『承知致しました』 と奥に入り耳許に口を寄せて、 遠州『高姫様、玉治別の宣伝使がお見舞に見えました』 高姫は人事不省に陥りながらも、玉の一声にふつと気がつき、 高姫『何、玉が出て来たと、そりや結構だ。早く見せてお呉れ』 と起き上つた。遠州は玉ではない、玉治別が来たのだと実を明かせば、又もや高姫が落胆して重態に陥る事を案じ、何気なう、 遠州『ハイ、玉がお出になりました』 と皆まで云はさず、高姫は、 高姫『早く此処へ持つてお出で』 遠州は、 遠州『ハイ』 と答へて表に出で、 遠州『玉治別さま、お勝さま、どうぞ奥へお通り下さいませ。高姫様が大変お待ち兼ねで御座います』 玉治別はお勝と共につと奥に進み入り、見れば高姫は真赤な顔をしながら捩鉢巻の儘病床に坐つて居る。 玉治別『高姫様、承はりますれば御病気との事、何うかとお案じ申しましてお訪ねに上りました』 高姫『別に私は、病気なんかありませぬが、つい癇癪玉がつき詰めて熱が出たのです。常に健康なものが偶に寝ると、大変な噂が立つと見えます。ヤアもう大丈夫です』 お勝『毎度夫がお世話になりまして、一度お訪ね致さねばならないのですが、つい御無礼を致しました』 高姫『お前さまが玉さまの奥さまかい。ほんに可愛らしい御器量のよいお方だこと、玉治別さまもお仕合せな事ですワイ。時に玉治別さま、皆さまは如意宝珠の玉の紛失に就て、どう云うて居られますかな』 玉治別『いやもう種々の噂で御座います。高姫さまが独断で黒姫さまを追ひ出し遊ばしたが、人を呪はば穴二つ、自分も亦玉で失敗して何処かへ逃げ出さねばなるまい、と云つて居る人もあり、中には如意宝珠は決して紛失して居ない、吾々の身魂が曇つて居るから石に見えたのだと云ふ人もあり、一方には何うも言依別命様の御処置が手ぬるいと云つて居る方もあります。つまり百人が百人、種々の意見を立てて騒いで居ますよ』 高姫『私は誰が何と云うても此処は動きませぬよ。三千世界の救ひ主の日の出神の生宮が離れて、どうして御経綸が成就致しますか。大神さまは日の出神の生魂を地と致して三千世界を助けると、お筆先にまで書いて示して御座るのだから』 玉治別『大変な御決心で結構ですが、併しあの玉が若し紛失して居たら、貴女の責任上どうするお考へですか』 高姫『青二才の分際で、そんな事までお構ひなさるには及びますまい』 玉治別『何程青二才だつて、やつぱり私も宣伝使の一人、参考までに聞いて置かねばなりませぬ』 高姫『若い人達の聞く事ぢやない。お前達は兎に角神様のお話さへして居ればよいのだ。私等とはお顔の段が違ふのだから。それについても言依別も何とかして大勢の者に云ひつけて、宝の在処を探して下さりさうなものぢやに、エヽ辛気臭い事だ。玉照彦さまも、玉照姫さまも何程立派な神様だとか云うても、何分年が若いものだから、こんな時には仕方がない。アヽ頭が痛くなつて来た。もう玉治別御夫婦帰つて下さい。私が本復の後、篤と皆さまに分るやう、千騎一騎の活動を遊ばすやうに一伍一什の因縁を説いて聞かして上げます。此頃の聖地の方々は薩張り桶のたががゆるんでしまつて、誰も彼も蒟蒻の幽霊見たやうな空気抜けばかりぢや、さうだから結構な玉を全部盗られて仕舞ひ、平気の平左でポカンとして為す所を知らずと云ふ腑甲斐ない為体、私は思うても腹が立ちますワイな。玉治別さま、お前さまも、ちつと此玉の事に就て御心配なさつては何うだい。宇津山郷の蛙飛ばしの蚯蚓切り、薯の赤子を育てるのとは、ちと宣伝使は六ケ敷いですよ。貴方第一チヨカ[※「チョカ」とは行動が軽いこと。]だから此玉探しに率先して、もう今頃にや何処かに飛んでいつてゐらつしやると思うて居たのに、気楽さうに夫婦連れで、ぞろぞろと昼の真最中に何の事だいな、ちと確りなさらぬか。人間の家は女房が肝腎ぢやぞえ。これお勝さまとやら、お前さまがこの玉治別さまを、ちつと鞭撻せなければならぬぞえ。千騎一騎の此の場合に、何を迂路々々と間誤ついて御座るのぢやい』 玉治別『高姫さま、貴女は人を責むるに急にして己を責むると云ふ事は知らないのですか』 高姫『そんな事は疾うの昔に知つて居りますワイな。よう考へて御覧なさい。金剛不壊の宝珠の玉や紫の玉は、謂はば一旦私の身の内のもので、私の御魂同然だ。腹の中から吐きだしたのと、吐き出さぬだけの相違ぢやないか。アヽこんな事なら腹に呑んでさへ居れば、こんな不調法は出来やしまいのに、お前さまが仕様ない木挽の杢助やらお初のやうな阿魔つちよを引張つて来て高姫の腹から吐き出さしたりするものだから、こんな事になつたのだ。この大責任は元を糺せば、玉さま、お前が負はねばならぬのだ。その次に杢助の娘のお初、是でも口答へをするならして見なさい』 玉治別『高姫さま、怪しからぬ事を仰有います。玉を吐き出したのと此度の紛失とは別問題ぢやありませぬか。さう混淆にせられては聊か私も迷惑致します』 高姫『其理屈が悪いのだよ。お前さまは謂はば新米者の端役人ぢや。私は日の出神の生宮ぢや、同じ宣伝使にしても天と地との懸隔がある。私を失敗らしてお前さまは平気で見て居る気か。私の失敗は謂はば三五教の自滅も同然ぢや。お前さまが一人や二人失敗つたつて、決して三五教に影響を及ぼすものでない。兎も角大責任を自覚し私が盗りましたと云うて責任を帯び、一先ず此場のごみを濁しなさい。その間にこの高姫が天眼通で在処を探し、お前さまの無実を晴らし、さうして玉治別さまは立派な人だと云はれて信用が益々あがつて来る。神さまに仕へるものは、これ位な犠牲的精神がなくては駄目ぢや、それが出来ないやうな事なら宣伝使を返上なさいませ。なアお勝さま、私の云ふ事が無理ですか、無理なら無理とハツキリ云うて下さい』 と稍精神に異状を帯びたせいか、勝手気儘な理屈を吹き出す。 玉治別『まアまア高姫さま、お鎮まりなさいませ。貴女は少し許り逆上して居ますから、病気の害になると済まぬによつて、今日は一先づお暇致します』 高姫『これこれ、此重大なる責任を此高姫に塗りつけようとするのか。大方お前さまがそつと何々したのぢやなからうかな。何うも素振が怪しいぞえ』 玉治別『病人だと思うてあしらつて居れば余りの事を云ひなさる。これから私も言依別の教主さまにお届けして来ます』 高姫『言依別が何ぢやいな、あれは言依姫の婿ぢやないか。謂はば私の妹の婿で私の弟も同然だ。真の日の出神の憑つた高姫を措いて、あんな者に何を云つたつて埒が開くものかい。あれは知慧と学とで、人間界では一寸豪さうに見えるが、神の方から云へば赤坊みたやうなものぢや。なぜ高姫の云ふ事を聞きなさらぬのかい』 と目を三角にして睨みつける。お勝は悔し涙に堪へ兼ねて其場に泣き倒れる。 高姫『泣いて事が済むなら易い事だ。私でも泣きたいけれども神政成就の御宝の行方を探す迄は、そんな気楽な、泣いてをれますか。大きな口を開けて、わあわあと泣くお前さまより、ぢいつと耐へて気張つて居る高姫の方が何程苦しいか分りませぬぞえ』 玉治別『兎も角今日はお暇を致します。ゆつくりと思案して御返事に参ります』 高姫『どつこい、夫婦の者、此解決がつく迄一寸も動いてはなりませぬぞや』 玉治別『はて迷惑の事だ。お勝、どうしようかなア』 お勝は又もや大声を上げてオイオイ泣き出した。高姫は枕許の金盥を爪でガシガシと掻き鳴らし乍ら、もどかしさうに、 高姫『あゝ玉が欲しい。玉が欲しい。玉はやつとあつてもがらくた人間のどたま計りで仕方がない。よう是だけ蒟蒻玉が集まつたものだ、これ確り……玉さま……せぬかいな』 と金盥をもつて玉治別の頭をガンとやつた。玉治別は、 玉治別『困つた事になつたものぢや、云ふ事が薩張支離滅裂、到頭魂が抜けて発狂して了つた』 と呟くを聞き咎めて、高姫は口を尖らし、 高姫『何、私が発狂したと見えますか』 玉治別『八(発)狂と嘲弄ふ貴女は、非常に九(苦)境に陥つて居るやうに見えますワイ。アハヽヽヽ』 と焼糞になつて高笑ひをする。高姫はムツと腹を立て、 高姫『長上に対して無礼千万なその振舞』 とあべこべに、頭をこづいた方から無礼呼はりを浴びせかけられ、玉治別はお勝の手を取り、 玉治別『サアお勝、長坐は畏れぢや、気の鎮まる迄家に帰らう』 と此場を見捨てて表へ駆出した。高姫は狂気の如く奥の間で怒鳴つて居る。 高姫の病気と聞いて見舞にやつて来た杢助は、お初の手を引き、門口で玉治別夫婦にベツタリ出会し、 杢助『ヤア、先生か』 玉治別『杢助さまか、お初さま、ようお出なさいました』 杢助『高姫さまの様子は何うですか』 玉治別『いやもう大変です。カンと叩られて来ました。大変に、私やお初さま始め、杢助さまを恨んで居ますよ。用心なさい、又カンとやられちや耐りませぬからなア』 杢助『テンと訳が分りませぬなア』 玉治別『別に勘考せいでも奥へお出になれば分ります。一寸私は急ぎますから、お先へ御免蒙ります』 と云ひながら女房のお勝と共に、慌しく吾家をさして帰つて行く。 (大正一一・五・二五旧四・二九加藤明子録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 07 囈語 | 第七章囈語〔六九九〕 高姫は一生懸命精神錯乱状態になつて、熱に浮かされ猛虎の如く、咆哮怒号の声屋外にビリビリと響いて来た。遠州、武州は驚いて奥へ駆け入つたり表へ出たり、手の施す所も知らず、 武州『オイ遠州、何うしよう。大変ぢやないか。大変々々』 と狼狽へ廻つて居る。 杢助はお初の手を引きながら門の戸をがらりと開け、悠々と入り来り、 杢助『オイ、遠州、武州、何を騒いでゐるのだ』 遠州『あの声を御聞きなさいませ、刻々と鳴動がきつくなります。浅間山が爆発するのか、高姫山が破裂するのか知りませぬが、大変な騒動が始まりかけて居ます。何処へ避難したらいいかと思つて、周章狼狽の体で御座います』 杢助『アハヽヽヽ、如何にも偉い鳴動ですな』 遠州『何と云つても三十八度と四十度の間を昇降してゐる熱ですから、随分偉い煙も吐き出します。側に居られた態ぢやありませぬ。何卒貴方、鎮めて下さいな』 杢助『この鳴動は大森博士[※「大森博士」とは当時の有名な地震学者・大森房吉(1868~1923年)のことだと思われる。]だつて、如何することも出来はしない。併し杢助が一つ鎮魂をして鎮めて見ませう』 とお初と共に高姫の病床に進み入つた。 高姫は金盥の底をガンガン叩きながら、起ちつ坐りつ捩鉢巻になつて暴れ狂うてゐる。杢助は両手を組み、一、二、三、四、……………と天の数歌を静かに唱へ、ウンと一声指頭より霊光を発射し、高姫の面を照した。高姫は漸く鎮静状態に復し、バタリと床の上に倒れ、肩で息をしながらウンウンと唸つてゐる。杢助は高姫の肩を撫で擦りながら声低に、 杢助『モシモシ高姫さま、大層御苦しみと見えますが、何事も神様のなさることでせうから、決して決して御心配のなきやうに、気を確に持つて下さい。言依別の教主様も至極平気で居られますから』 高姫は此声にムツクと立上り、杢助の胸倉を矢庭にグツと引掴み、肩をいからし声を震はし、歯ぎしりをキリキリと言はせながら眼を釣上げ、 高姫『お前は杢助ぢやないか、仮令言依別が何と云つても、大事の大事の結構な玉を紛失致したのは、神政成就の為には大変な大失策だ。これと言ふのも貴様がお初を伴れて来て、高姫の生宮から無理に引張り出さしたその為に、斯んな目に遇うたのだ。私もそれから何となく変になり、斯んな病気になつたのも、みんな杢助、お前の為だ。神政成就の妨害を致す大曲津奴が。大方八岐の大蛇が化けて居るのだらう。サア白状致して玉の在処を知らせよ。さうでなければ何処までも放しは致さぬぞや』 杢助『高姫さま、それは偉い迷惑、マア悠くりと気を落着けて冷静になつて下さい』 高姫『何ツ、迷惑と申すか。お前の迷惑は小さいことだ。大神様を始め世界万民の迷惑ぢや。第一この高姫が起つても坐ても居られぬ迷惑な目に遇うてゐる。サア、キリキリと白状致せ』 杢助は高姫の手を強力に任せグツと放した途端に、高姫はどんと仰向けに倒れ、口から蟹のやうに泡を吹き飛ばし、前歯の抜けた口を斜交に開いて、頻りに何事か言はむと上下の唇をたたいている。 お初『小母さま、決して御心配なさいますな。その玉は神様の御手に御預り遊ばして御座るから、神政成就の妨害にはなりませぬ。三個の玉は有形です、そのために皆様はモツト立派な無形の玉を一個宛頂きましたから、御安心なさいませ』 此声に高姫は気がつき、 高姫『ヤア、お前はお初ぢやな。小豆のやうな態をして、ようツベコベ囀る奴ぢや。私の玉を叩き出した曲者、サア、もう斯うなる上は此高姫が承知致さぬ』 と飛びかからうとする。お初は体をヒラリと躱し、 お初『小母さま、気を落着けなさい』 高姫『何ツ、猪口才な、ゴテゴテ言はずにすつこんで居れ。大方貴様が玉を盗んだのであらう。サア、日の出神の生宮が承知致さぬ』 と又もや飛びかかる。お初は右へ左へ胡蝶の飛び交ふ如く、ヒラリヒラリと高姫の鋭鋒を避けて居る。門口にはテルヂー、雲州の二人、高姫の病気危篤と聞いて見舞にやつて来たと見え、 テルヂー『これ遠州さま、一寸開けて下さい。テルヂー、雲州の両人だ』 遠州は此声にガラリと戸を引き開け、 遠州『ヤア、よく来て下さつた。大変に大将の病気が、変になつて来たので困つてゐるのだ』 雲州『変になつたとは何うだい。危篤と云ふのか』 遠州『時々高姫山が鳴動をするので危険でたまらないのだよ。人事不省の高姫山、うつかり踏査でもしようものなら、山と共に奈落の底まで陥落するか分つたものぢやない。今も玉治別さまがカーンとやられて、遁げ帰らしやつたとこだ。気がついたら又俺から篤りと云うて置くから、帰つたがよからうぞ』 テル『折角此処まで来たのだから、御顔だけでも拝見して帰らうか。なア、雲州』 雲州『危険区域だと云つて退却するのは男子の本分ではない。これも修行のためだ、一つ踏査することにしようかい』 と遠州の止むるをも聞かず、無理に奥の間に進み入つた。 高姫は火の如き顔色に眼を釣り、拳を固めて六歳のお初目蒐けて追ひかけてゐる。杢助は此の騒ぎを他所事のやうに煙草をくすべながら、師団演習の観戦でもしてゐるやうな調子で泰然と構へてゐる。二人の姿を見るより、高姫は、 高姫『ヤー、お前はテルヂーに雲州ぢやないか。貴様は元が小盗人だから、大方あの玉を盗みよつたのだらう。サア、了簡せぬ。早く此処へ玉を吐き出せ』 と雲州の素首をグツと捻ぢ、畳に摺つけ、 高姫『サア、吐け吐け』 と高春山でお初の玉吐せを見てゐた高姫は、同じ流儀に倣つて腰を滅多矢鱈に叩きつける。 雲州『アイタヽ、ウンウン。モシモシさう叩いて貰ひますと、尻からプン州や、ウン州が出ますワイなア。オイ、テルヂー、早う俺を助けて呉れぬかい』 高姫『貴様は身魂が悪いから尻から吐くのだらう。コラ、今デルジリと吐かしただらう。早く尻を出せ』 杢助は強力に任せ、高姫の素首をグツと握つて、猫を抓んだやうに引提げ、ポイと蒲団の上に抓み下した。 又もや高姫は発熱甚だしく、ウンウンと苦悶の声を上げながら、床上に力なくグタリと倒れて囈語を始めた。 高姫『三五教の変性男子様の結構な教を、変性女子がワヤに致して盗つて了はうとするので、これは何でも系統の高姫が、一つ腰を入れねばなるまいと黒姫を説き諭し、青彦や魔我彦に言ひ聞かして、到頭ウラナイ教を樹てて、神政成就の御用を致さうと思ひ、日の出神の生宮が現はれ、黒姫には竜宮の乙姫様が引添うて、御守護遊ばすなり、力一杯変性女子の悪の守護神に敵対うて見たところが、思うたよりは立派な身魂で、ミロクさまのやうな素盞嗚尊ぢやと感心して、それから心を改め三五教へ帰つて、手を引合うてやらうと思へば、奴灰殻の学と智慧とで固まつた言依別命が教主となり、又もや学と智慧とで此世をワヤに致さうと致すに依つて、アヽ三五教も駄目だ、私が三つの玉を呑み込んで、再びウラナイ教を樹てて見ようと、心の底で思つて居つた。それ故黒姫に黄金の玉の御守をさして置いたのに、彼奴は莫迦だから到頭八岐の大蛇の眷属に奪られて了ひよつた。アヽ残念ぢや。三つの御玉が一つ欠けた、何うしよう、斯うしようと気が気でならず、到頭黒姫を鞭撻つて玉探しに出したが、これでは雲を掴むやうな頼りのない話。併しながら此の高姫が保管して居る二つの玉さへあれば、何うなり、斯うなりと、神様に対して高姫が変性男子の御用継ぎを致せると思うて居つたら、其の二つの玉も大蛇の乾児に、何時の間にか盗られて了ひ、今は蟹の手足をぼがれたやうな悲惨な事になつて了つた。 これと云ふのも言依別命が、余り物喰ひがよいので、何でも彼でも塵芥を、此の聖らかな神様の御屋敷へ引張り込むものだから、斯んな縮尻が出来たのだ。エーもう仕方が無い。併し此の玉は遠くは行くまい。何れ未だ近くに隠してあるに違ひない。さうでなければ誰かが呑み込んでゐるのかも知れぬ。仮令死んでも、火になつても蛇になつても、此の三つの玉を取返さねば置くものか。エーエー残念や、口惜しや、ウンウンウン』 と千切れ千切れに自分の腹の底まで白状して了つた。 之を聞いた杢助、お初、テルヂー、遠州、雲州、武州は目と目を見合はし、高姫の腹の中の清からざりしに肝を潰してゐる。 高姫の大病と聞きつけて、次から次へと見舞客は踵を接し、門口は非常に雑沓を極めた。されど杢助は深く慮るところあり、高姫の囈語を大勢に聞かせては大変と、遠州、雲州に堅く言ひつけ面会を謝絶せしめつつあつた。此処へ国依別は駿州、三州を伴ひやつて来た。 国依別『コレコレ遠州さま、高姫さまの御病気は如何です。些とよい方ですか』 遠州『善とも悪とも、テンと見当がつきませぬ。善いと思へば悪い、悪いと思へば善い、到底凡夫の吾々、見当の取れぬ仕組と見えますワイ』 国依別『コレコレ遠州さま、今日は教理のことをたづねに来たのぢやない。御病気は如何と云ふのだよ』 遠州『病気ですかい。御病気は矢張身体の機械が、どつか破損したのですなア。随分奇怪千万な病気ですよ。何でも彼りや憑いてますなア』 国依別『誰がついて居るのだ。看護婦は何人位居るか』 遠州『何分日の出神さまの生宮ですから、神主もそれはそれは沢山居るでせう。人間の目には根つから見えませぬなア。死虱とか云つて、随分観音さまが沢山、御守護してゐらつしやいますワ』 国依別『莫迦云ふない。オイ、駿州、三州、斯んな奴に相手になつて居つても、とんと要領を得ない。サア、奥へ強行的進軍だ』 と行かむとする。遠州は両手を拡げ、 遠州『アヽ国さま、駿、三、マア待つて下さい。杢助さまが喧ましいから』 国依別『なに、杢助さまが来てゐるのか。そんなら猶の事、這入らねばなるまい』 遠州『今お前達が這入ると病気は益々危篤になると云つて、杢助さまが心配して御座つたので、軈て御臨終も近寄つただらう』 国依別『それほど危篤に陥つて御座るのなら尚更の事だ。何うしても御目にかからねばなるまい。其処除け、邪魔ひろぐな』 と突き除け刎ね除け進み入る。見れば高姫は、杢助に抱かれて、スヤスヤと睡つてゐる。 国依別『アヽお初さま、杢助さま、皆さま、大変に御苦労でした。御様子は何うですな』 杢助『ハイ、案じられた容態で困つてゐます。精神錯乱と見えて取止めもないことを口走るので、実のところは面会謝絶をしてゐたのです。併しよう来て下さつた。到底もう駄目でせう』 と絶望的悲調を帯びたカスリ声で、力なげに答へる。 お初はニコニコしながら、 お初『何れも方、御心配下さいますな。これには深い様子のあることでせう』 斯る処へ言依別命は、言依姫、お玉の方、言照姫、紫姫、若彦を伴ひ、病気見舞のために此処に現はれ、枕頭に座を占め、天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱へて恢復を祈つた。 (大正一一・五・二五旧四・二九外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 08 鬼の解脱 | 第八章鬼の解脱〔七〇〇〕 頭髪に霜を戴きし此世を半過ぎ去つた 皺くちや婆の一人旅枯野にすだく虫の音も 細く聞ゆる断末魔風のそよぎも何となく 淋しさ交る荒野原杖を力に進み行く。 道の傍の薄原に埋つた頭の欠けた石塔七つ八つ、苔生して字も碌に見え兼ねるばかり古びて居る。側に頭のとれた石地蔵、左手に玉を載せ、右手に親指と中指を合して輪となし、食指をツンと空に立て、地蔵も銭なき衆生は度し難しと、首まで刎られても執念深く、未だ金銭の欲が放せないと見え、此処にも亦執着心を遺憾なく暴露して居る。 一人の婆は地蔵の玉をツクヅクと打眺め打眺め、 婆(高姫)『オイ、お前は何者ぢや、其玉は勿体なくも如意宝珠の玉ではないか、此高姫が秘蔵せし神宝を何時の間にか盗みよつて其天罰で貴様の首は此通り、サア早く此方へ渡せ』 と石地蔵の手から無理にむしり取らうと藻掻いて居る。石塔の裏から萱の穂をガサガサ言はせながら、ヌツと現はれた二人の婆に三人の男、力なき声で、 五人(黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス)『高姫高姫』 と呼び止める。高姫は此声に驚いて萱原に目を注げば、豈図らむや、黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの五人連れである。 高姫『これ、黒姫さま、黄金の玉は如何なつた。お前達は五人連れで手分けして、世界中を探ね廻り、あの玉を受取り無言霊話を掛けよと吩咐けて置いたのに、斯んな所で何愚図々々して居るのだい』 黒姫『妾は貴方に無体な事を言はれ、それが残念で残念で堪らなくなつて、到頭丹後の海へ五人一度に身を投げて死んだワイ喃。この怨恨を晴らさむ為めにお前に憑依いて生命をとつたのだ。サア之から五人が寄つて集つて、首を抜き手を抜き足を抜き、嬲殺にしてやらう、覚悟をなされ』 と蒼白な顔を曝け出し、両手を乳の辺から蟷螂の様に前に下げ、風のまにまにフワリフワリと高姫の前後左右に押し寄せて来る。 高姫『此処は何処と心得て居る、お前達は冥途へ行つて、まだ迷うて居るのか。エー死んだ奴は仕方がないから、もう許してやらう、早く成仏したが宜からうぞ』 鷹依姫『お前の為めに母子二人が此難儀、お前は現界の積りだらうが、此処は地獄の八丁目だ、精神錯乱してお前は最早地獄の旅をして居るのだよ』 高姫『はて、不思議』 と頭に手を当てて見れば、何時の間にか三角形の紙の帽子を被せられて居る。 高姫『ヤア、こりや大変だ、いつの間に死んだのかなア。もう斯う成つては神政成就も糞もあつたものぢやない。死んだ人間が二度死ぬ例はあるまい。此上は破れかぶれ、生命を的にお前達を滅して地獄の釜のどん底へ連れて行つてやらう。覚悟をせよ』 と目を釣つて呶鳴りつけた。竜国別は威丈高になり、 竜国別『こりや高姫、俺等母子を斯んな目に遇はせよつたのも、元は貴様故ぢや。何程貴様が頑張つても此方は五人其方は一人、到底衆寡敵する事は出来まい。サア覚悟をせい』 と細い腕でグツと高姫を掴みにかかる。テーリスタン、カーリンスは棍棒を持ち、両方から叩き潰して呉れむと打つてかかる。黒姫、鷹依姫は肩を揺り腮をしやくり、小気味よささうに、 黒姫、鷹依姫『ホヽヽヽヽ、ホウホウホウ』 と笑つて居る。流石の高姫も進退維れ谷まり、生命からがら枯野ケ原を当途もなく逃げて行く。後より五人は、 五人『オーイオーイ、待つた待つた』 と追ひ駆け来る。ピタツと行き当つた大川、愚図々々して居れば五人に取捉まるかも知れぬ。地獄の釜の一足飛び、行く処まで行かむと決心の臍を固めた高姫は、身を躍らして濁流へバサンと飛び込み、流れ渡りに向岸に着いて、着衣を換へて忽ち洗濯婆となつて了つた。続いて二人はバサンバサンと飛び込んだ。三人の男は真裸となり、着衣を頭に括りつけ泳いで此方へ渡つて来る。高姫は、 高姫『こりや大変』 と濡れた着物を引抱へ、真裸のまま枯れた薄ケ原を身体中擦傷を負ひながら、呼吸を限りに何処ともなく駆けだした。五人は執念深く追つ駆けて行く。 高姫は身を没する許りの枯れた薄の中に蹲んで居る。五人は一生懸命駆けつけ来り、 五人『ヤア、臭いぞ臭いぞ、高姫の臭がするぞ』 と其処中を犬の様に嗅ぎつけ廻る。高姫は薄の中から怖々五人の姿を見れば黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスと見えしは謬まり、何れも青、赤、黒の鬼の姿で金棒を打ち振り、萱原を片端から将棋倒しに叩いて廻り、高姫の在処は何処ぞと厳重に捜索し始めた。五人の男女の鬼は、 五人『アヽ疲れた。もう此処まで探して居らねば先方へ逃げたのだらう。思惑とは脚の達者な奴だ。現界では口達者だと評判な奴だが、口八丁足八丁とは此奴の事だ。グヅグヅして居ると俺等の関門を突破して、天国へ遁走するかも知れないぞ。サア早う行かう』 と駆け出す。一人の鬼は、 一人『オイ、貴様達四人、先へ行け。俺は未だ此処に暫時残つて再調査をやつて見るから……如何も俺の鼻には高姫の臭がして仕方がない』 四人の鬼は、 四人『あと確り頼んだぞ』 と息せききつてバタバタ駆け出す音、高姫の耳に雷の如く響いて来る。高姫は二三間薄を隔てて赤鬼が角突き立て、巨眼を剥き出し砂煙草を吸うて居るのに、心も心ならず、呼吸さへようせず小さくなつて慄へて居る。 鬼『あゝ俺も生存中は黒姫と言つて色が黒い黒いと言はれた者だが、斯う冥途へ来て見れば身体中が真赤けの赤鬼となつて了つた。然し高姫さまは、あゝ言ふものの気の毒な事だ。如何かして助けて上げたいものだなア。何でも此辺に居るに違ひない。皆の奴をあゝしてまいた以上は、もう大丈夫だ。一時も早く嗅ぎつけて高姫さまを救ひ出さねばなるまい。ヤア四人の奴は大分先方へ行つた』 と小声に呟きながら、高姫の潜める場所へ萱の穂を踏み分け現はれ来り、 赤鬼(黒姫)『高姫さま、久振りでしたなア』 高姫『ハイ、貴方は誰方で御座いますか。何卒お許し下さいませ』 赤鬼(黒姫)『私は赤鬼ぢや、お前さまの知つている通り黄金の玉を盗られた、その悔しさ残念さが残つて今此処に赤鬼となつて現はれたのだ。お前さまも玉を盗られて悔しからう。グヅグヅして居ると又鬼の群がやつて来て何んな目に遭はすか知れませぬぞえ。サア私の背中に負ぶさつて下さい、之から向ふの山へお伴致しませう。其処は幽界第一の安全地帯です』 と恐ろしい顔に似ず親切な言葉に、高姫はヤツと安心し、 高姫『あゝお前は黒姫であつたか、何卒妾を助けて下さい』 赤鬼(黒姫)『承知しました』 と高姫を仁王が三つ児を負うた様に軽々しく背に負ひ、金棒を引抱へ、 赤鬼(黒姫)『ヨイシヨヨイシヨ』 と足拍子をとりながら、茨だらけの嶮しき野山を何の苦もなく韋駄天走りに踏み越え踏み越え、殆ど二三十ばかりの山を登りつ下りつ、瞬く間に蒼々した玉草の生えて居る池辺へ下した。 此時池の波、俄に風もなきに立ち騒ぎ始めた。高姫は不審の雲に包まれつつ池の面を目を放さず凝視て居る。赤鬼は忽ちザブンと波たつ池中に身を躍らして飛び込んだ。あとに残るは金棒ばかりである。 高姫『こりや、大変な重いものを持つたものだナ』 と手に握り見れば、桐の樹で作つた張子の金棒であつた。 高姫『へん、莫迦にして居る。何だ、大きな金棒だと思つて居たのに、斯んな鼻糞で的を貼つた様な苧殻同然の金棒だ、こんな奴なら五本や十本、仮令千本万本でも一遍に踏み躙つて了つてやる。それにしても黒姫の赤鬼、此池に身を投げて死んだのであらうか、真に不愍な事だ』 と金棒を持つや否や、俄に自分の姿は真黒けの黒鬼と化して了つた。暫くすると黒姫の姿は水面に浮び上がつた。 高姫『あゝ黒姫さま、鬼の姿は如何なつた』 黒姫『妾は其金棒に執着が残つて居つて、鬼となつて了つたのだが、此処へ来て金棒を放擲し、運を天に任し此池の中へ身を投じた処、池中に竜宮の乙姫さまの様な立派な女神さまが現はれて、妾の鬼の皮を剥ぎとり、旧の肉体にして下さつたのです。お前さまも其金棒を放かしなさい。そんな物に執着があると、其通り忽ち鬼になつて了ひますよ。金棒は愚、形ある玉なんかに執着すると、ま一つ苦しい地獄へ陥ちねばなりませぬ』 と波の上に浮ぶ葭の葉に軽く止まつて気楽さうに笑つて居る。 此時以前の四人の鬼、金棒を提げ一目散に此場に現はれ、 四人『ヤア、高姫は此処に居つたか、覚悟を致せ。何時の間にやら俺の仲間になりよつた。僣越至極、サア打ち倒めしてやらう。覚悟をせよ』 と四方より金棒を以て打つてかかる。 高姫『何ツ、苧殻の様な金棒が何恐ろしいか。さア来い』 と自分も黒姫の捨てた鉄棒を拾ひ、打つてかからうと構へる折しも、水面に浮んだ黒姫は、 黒姫『そんな物に執着してはなりませぬ。放かしなさいよ』 と声を限りに叫ぶ。其言葉にハツと気がつき、池畔に投げ棄て、身を躍らして高姫は蒼味だつた池の面目蒐けてバサンと飛び込む。続いて四人の鬼は同じく鉄棒を投げ、同様にバサンバサンと身を躍らした。忽ち水底に沈んだ時、麗しき女神の一柱此場に現はれ、言葉淑かに、 女神『汝は未だ幽界に来るべき者に非ず、一刻も早く立ち帰れ。執着心の悪魔に引き摺られ斯んな所まで迷うて来たのだ。妾は小和田姫命、亦の名は地蔵菩薩だ。早く此鬼の衣を脱げ』 と諭しの言葉に五人はハツと鰭伏す途端に元の姿に復つて了つた。池の水は何時しか影もなく、黄紅白紫に咲き乱れたる美はしき原野の真中に花と花とに囲まれ、涼しき風を身に浴びながら立つて居た。忽ち聞ゆる祝詞の声、空を見上ぐれば、言依別命、言依姫命、玉治別、国依別、紫姫、若彦、お玉の方、時置師神、言照姫、お初を始め玉照彦、玉照姫、雲に乗り悠々として此場に降り来るよと見る間に、忽ち全身冷水を浴びたる如く涼しさを感ずると共に目を開けば、時置師神に抱かれ、言依別命以下の枕辺に端座して、天津祝詞や数歌を奏上しつつあつた。 是より高姫の病気は、拭ふが如く全快した。今後高姫は如何なる活動をなすであらうか。 枯野ケ原を只一人道問ふ人もあら涙 胸の動悸も高姫がとぼとぼ進む暗の路 かたへの淋しき薄野に顔痩せこけた五人連 よくよく見ればコハ如何に鷹依姫を始めとし 心の黒姫竜国別テーリスタンやカーリンスが 亡者となつて高姫の姿見かけて攻め来る コリヤ叶はぬと雲霞一目散に逃げ出せば 途に横たふ大河の波に胸をば躍らせつ 後振り返り眺むれば五人は忽ち鬼となり 金棒打振り追ひ来る南無三宝や一大事 前後も水の激流にザンブとばかり飛び込んで 流れ渡りに向ふ岸ヤツト一息濡衣を 搾る折しも鬼共は河を渡りて追ひ迫る 一生懸命高姫は丈なす萱の茂みへと 身を忍びつつ震ひ居る五人の鬼は執拗に 高姫臭いと遠近を探し廻るぞ恐ろしき 四ツの鬼奴は赤鬼を一つ残して一散に 姿求めて走り行く残りし鬼は高姫を 鬼に似合はぬ親切に背に負ひつつ山谷を 幾つも越えて清水の漂ふ池の袂まで 誘ひ行きて金棒を忽ち投げ棄て池中に 身を躍らして沈み入る時しも四ツの鬼共は 高姫此処かと駆け来り金棒翳して打向ふ 進退茲に谷まりて高姫池中に飛び込めば 四鬼も続いて池の底へたちまち水は右左 サツと別れて美はしき女神の姿ありありと 現はれ給ひ執着心を洗ひ落せば高姫も 五つの鬼も元の如尊き身魂と還るよと 見ればたちまち夢破れ四辺を見れば言依別の 神の命を始めとし杢助お初その外の 人々病床に集まりて天津祝詞や言霊の 神に奏上のまつ最中流石頑固の高姫も いよいよ覚りて執着の心を捨てて三五の 誠の道を真解し言依別の神言を 守りて道に尽すべく霊魂研きの御経綸 実に神界の御事は凡夫の如何にあせるとも 窺知し得べくもあらたふとかしこき神のお取なし 高姫始めて中心の的を掴みし物語 ここにあらあら誌しおくあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 (大正一一・五・二五旧四・二九北村隆光録) |
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352 (1806) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 11 黄金像 | 第一一章黄金像〔七〇三〕 向脛を擦り剥き、顔を顰めながら清泉の岩壺より這ひ上りたる金助は、スマートボール、カナンボール、銀、鉄、熊、蜂の顔面の擦過傷や茨掻きの傷を眺め、 金助『アー誰も彼も負傷せないものは一人もないのだな。斯んな事があらう道理がない。如何しても吾々の行動に良くない点があるのだらう。バラモン教の大神様の為に所在最善の努力を費してゐる吾々七人が七人乍ら斯んな目に遇ふと云ふのは、全く神様の御神慮に叶はないのかも知れない。但しはバラモン教の神様の御精神かも分らない。何が何だか一向合点が行かぬ。併し乍らバラモン教の本国に於ては、真裸体にして茨の中へ投り込まれ、水を潜り火を渡り、剣の刃渡り、釘を一面に打つた下駄を穿くと云ふ事が、最も神様を悦ばしめる行となつてゐるさうだ。自転倒島では、そこ迄の事は到底行はれないから、今のバラモン教は荒行は全然廃されてゐる。併し乍ら此通り惟神的に、皆が皆まで血を出したと云ふのは、或は御神慮かも知れない。併し乍ら天地の神の生宮たる肉体を毀損し、神霊の籠つた血液を無暗に体外へ絞り出すと云ふ事は、決して正しき神業ではあるまい。之を思へばバラモンの教は全く邪教であらう。嗚呼吾々も今迄は善と信じて、斯かる邪道に耽溺してゐたのではなからうか。バラモン教が果して誠の神なれば、鷹鳥姫を言向和す出征の途中に於て、斯んな不吉なことが突発する道理がない。それに就ては昨夜の夢、合点の行かぬ節が沢山にある。自分の心より美人を生み、極楽世界を拓き、又鬼を生み、地獄、餓鬼道、修羅道を現出すると云ふ真理を悟らされた。此処は鷹鳥山の深谷、三五教の神様のわが身魂に降らせ給うて、斯様な実地の教訓を御授け下さつたのであらう。アヽ有難し、勿体なし、三五教の大神様、今迄の罪を御赦し下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。六人は傷だらけの顔を互に見合せ、 六人『ヤー、お前は如何した。オー、貴様もえらい傷だ』 と互に叫びながら、金助の前に期せずして集まり来り、金助が懺悔の独語を聴いて怪しみ、首を傾け凝視めてゐる。金助は忽ち神懸状態となり、四角張つた肩を、なだらかに地蔵肩のやうにして了ひ、容貌も何となく美はしく一種の威厳を帯び断れ断れに口を切つた。六人は、 六人『ハテ不思議』 と穴の開く程、金助の顔を打眺めて、何を言ふかと聴耳立てた。金助は口をモガモガさせながら、 金助『天上天下唯我独尊』 と叫んだ。カナンボールは、 カナンボール『オイ金助、ちと確りせぬかい。たかが知れた魔谷ケ岳の山賊上りのバラモン信者の身を以て、天上天下唯我独尊もあつたものかい。三十余万年未来の印度に生れた釈尊が運上取りに来るぞ。ハア困つた気違ひが出来たものだ。オイ銀公、清泉の水でも掬うて来て顔に打掛けてやれ。まだ目が覚めぬと見えるワイ』 銀公『あんな黒い水を掬つて来ようものなら、手も口も、真黒けになるぢやないか』 カナン『まだ夢の連続を辿つて居るのか。よく目を開けて見よ。水晶のやうな水が、ただようてゐる』 銀公『それでも貴様、一度真黒けの黒ン坊に染まつて了つたぢやないか』 カナン『それが夢だよ、俺達の顔を見よ。どつこも黒いところはないぢやないか。貴様は目を塞いでゐるから、其辺中が闇く見えるのだ。確りせぬかい』 と平手でピシヤツと横面を撲つた途端に、銀公は初めてパツと目を開き、 銀公『アヽ、矢張夢だつたかなア』 金助『此世は夢の浮世だ、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、如是我聞、熟々惟るに宇宙に独一の真神あり、之を称して国祖国常立尊と曰ふ。汝一切の衆生、わが金言玉辞を聴聞せよ。南無無尽意菩薩の境地に立ち、三界の理法を説示する妙音菩薩が善言美詞ゆめゆめ疑ふ勿れ。風は自然の音楽を奏し、宇宙万有惟神にして舞踏す。天地間一物として真ならざるはなし。惟神霊幸倍坐世、帰命頂礼。天上三体の神人の前に赤心を捧げ、心身を清浄潔白にして幽玄微妙の真理を聴聞せよ。吾は三界に通ずる宇宙の関門普賢聖至の再来、今は最勝妙如来、三十三相顕現して観自在天となり、阿弥陀如来の分身閻魔大王地蔵尊、神息総統弥勒最勝妙如来と顕現す。微妙の教旨古今を絶し、東西を貫く。穴かしこ、穴かしこ、ウンウン』 と云つた限り身体を二三尺空中に巻揚げ、得も言はれぬ美はしき雲に包まれ、山上目蒐けて上り行く。其の審しさにスマート、カナン其他四人は後見届けむと尻ひつからげ、荊蕀茂る谷道に脚を引掻きながら、山の頂指して登り行く。六人は鷹鳥山の頂に登り着いた。 金助は忽ち黄金像となり、紫磨黄金の膚美はしく、葡萄の冠を戴きながら、咲き乱れたる五色の花の上に安坐してゐた。 銀公『ヤー此奴は金助によく似て居るぞ。金助は其名の如く、全部黄金に化つて了ひよつた。オイ皆の者、これだけ黄金があれば大丈夫だ。六人が棒を作つて帰り、分解して各自に吾家の財産とすれば大したものだぞ』 鉄『まだそれでも目がギヨロギヨロ廻転し、口がパクツイてゐるぢやないか。こんな未成品を持つて帰つたところで、中心まで化石否化金してゐない。暫らく時機を待つて、うまく固まるまで捨てて置かうぢやないか』 カナン『一時も早く持つて帰らなくちや、鷹鳥姫の部下に占領されて仕舞ふ虞れがある。コリヤ魔谷ケ岳の或地点まで担いで往かう。さア、早く用意をせい』 熊、蜂の両人は携へ持つた鎌にて手頃の木を伐り棒を作つてゐる。スマートボールは此の坐像の周囲をクルクル廻り、指頭を以つて抑へながら、 カナンボール『ヤーまだ少し温味があり、血が通うてゐるやうだ。こんな化物を迂濶り担ぎ込まうものなら、どんな事が起るかも知れない。オイ皆の奴、此儘にして帰らうぢやないか』 金の像(金助の像)『貴様等は執着心の最も旺盛な奴輩ぢや。この金助が化体を一部たりとも動かせるものなら動かして見よ。宇宙の関門最勝妙如来が坐禅の姿勢、本来無一物、色即是空、空即是色、一念三千、三千一念の宇宙の理法を知らざるか。娑婆の亡者共、吾こそは今迄の匹夫の肉体を有する金助に非ず、紫磨黄金の膚と化したる三界の救世主であるぞよ』 カナン『ヤー愈怪しくなつて来た。訳の分らぬことを言ひ出したぞ。オイ金助、モツト俺達の耳にもわかるやうに言つて呉れ』 金助の像『宇宙一切、可解不可解、凡耳不徹底、凡眼不可視』 カナンボール『ますます訳の分らないことを云ふぢやないか。オイ金州、洒落ない。貴様は何故元の金助に還元せないのだ。何程貴い黄金像になつて見たところで、身体の自由が利かねば仕方がないぢやないか』 金助の像『如不動即動是、如不言即言是、如不聴即聴是、顕幽一貫善悪不二、表裏一体、即身即仏即凡夫』 カナンボール『ますます分らぬことを言ひやがる。オイこんな代物にお相手をしてゐたら、莫迦にしられるぞ。モー帰らうぢやないか』 銀公『これが見捨てて帰られようか、宝の山に入りながら一物も得ずして裸体で帰ると云ふのは此の事だ。何処までも荒魂の勇を鼓し、六人が協心戮力此の黄金像を魔谷ケ岳の偲ケ淵迄伴れて行かう。サア、皆の奴、一二三だ』 と前後左右よりバラバラと武者振りつく。金像は一つ身慄ひをするよと見る間に、六人の姿は暴風に蚊軍の散るが如く、四方八方に目にとまらぬ許りの急速度を以て飛散して了つた。 金像は体内より鮮光を放射し、微妙の霊音を響かせながら、ムクムクと動き始めた。忽ち三丈三尺の立像と変じ、鷹鳥山の山頂にスツクと立ち、南面して瀬戸の海を瞰下し、両眼より日月の光明を放射し始めた。 鷹鳥山は暗夜と雖も光明赫灼として、数十里の彼方より雲を通して其の光輝を見ることを得るに至つた。 これ果して何神の憑依し給ひしものぞ。説き来り説き去るに随つて、其の真相を不知不識の間に窺知することを得るであらう。 (大正一一・五・二六旧四・三〇外山豊二録) |
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353 (1808) |
霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 13 寂光土 | 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 14 初稚姫 | 第一四章初稚姫〔七〇六〕 杢助『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の宣伝使 誠の道を踏み外し心鷹ぶる高姫が 小さき意地に囚はれて錦の宮を守ります 玉照彦や玉照の姫の命や言依の 別の命の御心を空吹く風のいと軽く 聞き流したる身の報い鷹鳥山の頂きに 現はれ給ひし黄金の神の化身が誡めの 礫に谷間へ顛落し苦しみ悶ゆる娑婆世界 心一つの持ちやうで神の造りし此国は 天国浄土地獄道自由自在に開けゆく 吾身の作りし修羅畜生心の中の枉鬼に 虐げられて高姫は清泉忽ち濁り水 湧きかへりたる胸の中聞くも無残な今日の春 花咲き匂ひ風薫り小鳥は歌ひ蝶は舞ふ 花と花とに包まれし常世の春も目のあたり 神の大道を白煙深く包まれ目も鼻も 口さへ利かぬ浅ましさそれに続いて若彦が 血気にはやる雄健びのたけび外して久方の 天津空より降り来る神の礫に身を打たれ 忽ち地上に倒れ伏し息絶え絶えの瞬間に 心の開く梅の花天国浄土の楽園を 初めて覚る胸の中今迄犯せし身の罪や 心の汚れ忽ちに悟りの風に吹き払ひ 初めて此処に麻柱の真の司となりにけり あゝ高姫よ若彦よ娑婆即寂光浄土ぞや 神も仏も枉鬼も大蛇醜女も狼も 心を焦つ針の山身を苦しむる火の車 忽ち消ゆる水の霊神素盞嗚大神の 千座置戸の勲に心の空の雲霧を 払はせたまふ神言を朝な夕なに嬉しみて 尊き恵を忘れなよ神は汝と倶にあり とは云ふものの拗けたる身魂の主に何として 正しき神の坐まさむやあゝ惟神々々 恩頼を蒙りて心の岩戸を押し開き 誠明石の浦風に真帆をあげつつ往く船の 浪のまにまに消ゆるごと一日も早く八千尋の 海より深き罪咎を祓戸四柱大御神 祓はせ給へ神の子と生れ出でたる高姫や 若彦つづいて玉能姫金助、銀公其他の バラモン教に仕へたるスマートボールを始めとし カナンボールや鉄、熊や其他数多の教子よ 早く身魂を立て直せ神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの神の道幾千代迄も変らまじ 変らぬ誠の一道に向ひまつりて松の世の 光ともなり花となり塩ともなりて世の中の 汚れを清め味をつけ神の柱とうたはれて 恥らふことのなき迄に磨き悟れよ神の子よ 神に仕へし杢助が赤き心を立て通し 初稚姫の命もて玉能の姫の神魂を 此処に伴ひ来りたり汝高姫、若彦よ 神の御声に目を醒ませ心にかかる村雲も 忽ち晴れて日月の光照らすは目のあたり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひつつ時置師神の杢助は、初稚姫を背に負ひ、玉能姫と諸共に此場を指して現はれた。 此宣伝歌の声に鷹鳥姫、若彦、金、銀の四人は身体元の如く自由となりて立ち上り、杢助の前に嬉し涙に咽びながら両手を合せ、感謝の意を表し、恭しく首を垂れて居る。 杢助『皆さま、大変なおかげを頂きましたなア』 鷹鳥姫『ハイ、有難う御座います。余り吾々の偉い取違ひで、今迄開いた口のすぼめやうが御座いませぬ』 若彦『御神諭の通りアフンと致しました』 杢助『随分沢山な警護の役人が、竹槍を持つて御守護遊ばして居られますな。此方々は何時お出になつたのですか』 鷹鳥姫『ハイ、吾々の心に潜む悪魔を追出しに来て下さつた御恩の深いお方計りです』 若彦『此方々はバラモン教の蜈蚣姫さまの部下の方ださうです。厚いお世話になりました。何卒貴方から宜敷くお礼を云うて下さいませ』 体は棒のやうになつて強直したバラモン教の連中も、首から上は自由が利くので互に首を掉り、顔を見合せ、小声になつて、 スマート『オイ、カナン、嫌らしい事を云ふぢやないか。散々悪口をつかれ、危ない目に遇はされた俺達に向ひ、礼を云つて呉れと吐しやがる。この御礼は中々骨があるぞ。確りして居らぬと、中空より飛行機墜落惨死の幕が切つて落されるかも知れない。困つたものだなア』 カナン『何と云うても、この通り不動の金縛りを食うたのだから謝罪るより仕方がない。抵抗しようと云うた所で、こんな木像では何うする事も出来ぬぢやないか』 と囁いて居る。杢助の背から下された初稚姫は一同の前に立ち、忽ち神憑り[※三版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]状態になつて仕舞つた。一同は期せずして初稚姫に視線を向けた。初稚姫は言静に、 初稚姫『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦其他一同の人々よ、八岐大蛇の猛り狂ふ世の中、暗黒無道の娑婆世界とは云ひながら、汝等が心の岩戸開けし上は暗黒無明の此世も、もはや娑婆世界ではない、天国浄土である。娑婆即寂光浄土の、至歓至楽のパラダイスだ。汝等は八岐大蛇を言向け和し、ミロク神政の神業に参加せむと欲せば、先づ汝が心の娑婆世界をして天国浄土たらしめよ。この世界は汝が心によりて天国ともなり又地獄ともなるものぞ。風は清く山は青く、河悠久に流れ、木々の梢は緑の芽を吹き出し、花は笑ひ小鳥は歌ひ、蝶は舞ひ、自然の音楽は不断に聞え、森羅万象心地よげに舞踏し、吾等の目を楽しましめ、耳を喜ばせ、馨しき匂ひは鼻を養ふ。木の実は実り五穀は熟し、魚は跳ね、野菜は笑を含みて吾等が食ふを待つ。大道耽々として開け、鉄橋、石橋、木橋は架渡され、道往く旅人も夕になれば旅宿ありて叮寧に宿泊せしめ、湯を与へ食を与へ暖かき寝具を提供し、往くとして天国の状況ならざるはない。遠きに往かむとすれば汽車あり、電車あり、郵便電信の便あり、斯くの如き完全無欠の神国に生を託しながら、是をしも娑婆世界と観じ、暗黒無明の世と見るは何故ぞ、汝の心が暗きが故なり、身魂の汚れたる為なり。宣伝歌に云はずや「此世を造りし神直日、心もひろき大直日」と、あゝ斯の如き直日の神の神恩天の高くして百鳥の飛ぶに任すが如く、海の深く広くして魚鼈の踊るに任すが如き、直日の心を以て一切衆生に臨めば、何れも皆神の光ならざるはなく恵ならざるはなし。鬼もなければ仇もなし、暗もなければ汚れもなし。一日も早く真心に省み、一切に対して心静に見直せ聞き直せ、以前の誤解は速かに宣り直せよ。これ惟神なるミロクの万有に与へ給ふ大御恵なるぞよ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と云ひ終つて初稚姫は元に復し、再び杢助の背に愛らしき幼き姿を托した。 鷹鳥姫、若彦は一言も発し得ず地に噛りつき、感謝の涙止め度なく身を慄はして居た。今迄玉能姫と見えしは幽体にて、かき消す如く消え失せた。杢助父子の姿も、如何なりしか目にも止まらず、スマートボール以下の人々も何時しか消えて、白雲の漂ふ天津日は煌々として此光景を見下したまひつつあつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二七旧五・一加藤明子録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 15 情の鞭 | 第一五章情の鞭〔七〇七〕 時置師神、初稚姫、玉能姫は、忽然として此の場に姿を隠した。何時の間にか押寄せ来りしバラモン教のスマートボール以下数拾人の人影も、煙の如く消えて了つた。鷹鳥姫、若彦は互に顔を見合せ、不審の念に駆られながら、 鷹鳥姫『これ若彦さま、なんと不思議ぢやありませぬか。私は貴方に御留守を頼み、此山の頂に玉能姫さまと登つて見れば、黄金の立像四辺眩ゆき許りに輝き給ひ、荘厳無比にして近づくべからざるやうでしたが、勇気を出して御側近く立寄つたと思へば、左右の御手を伸ばして吾等二人を中空に投り上げ給ひ、後は夢心地、覚めて見れば吾庵の庭先に倒れてゐました。さうして天より神さまの声聞え、いろいろの教訓を賜はりし時は、実に畏れ入つて自分の今までの罪が山の如く前に現はれ来り、何とも云へぬ心の苦しさ。今迄の取違ひを全く覚り、神さまに罪を赦されたと思へば、バラモン教の人は竹槍を以て、妾等二人を突き滅ぼさむと攻め寄せ来る危機一髪の際、杢助さまは初稚姫様を背に負ひ、玉能姫さまを伴ひ、宣伝歌を歌ひながら此場に現はれ、初稚姫様を背より下し給うたと思へば、初稚姫様は神懸状態に御成り遊ばし、娑婆即寂光浄土の因縁を細々と御説き下され、ヤレ有難やと伏し拝むと見れば、三人の御姿は煙と消えて了はれた。不思議な事があればあるものだなア』 若彦『私も其の通りで御座います。天から女神の声聞え、いろいろの尊き教訓を賜はり、杢助様一行は現に此処に御出でになつたのは、決して夢でも現でもありますまい。又蜈蚣姫の部下の人々が攻め寄せて来たのも事実です。吾々両人は杢助様親子に救はれたも同様ですから、黙つて居る訳には行きますまい。是から杢助様の御宿を訪ね、御礼に参らねばなりますまい』 鷹鳥姫(高姫)『さうですかなア、貴方御苦労だが妾は此処に神様の御給仕をしながら、留守をしてゐます。一度御礼に行つて来て下さい。金さま、銀さま、貴方も共に助けて頂いたのだ。若彦さまと一緒に杢助さまの宅迄、御礼に行つてお出でなさい』 金、銀一度に、 金助、銀公『ハイ、有難う、御伴致します』 と感謝の涙に咽ぶ。茲に若彦は口を嗽ぎ手を洗ひ、高姫、金、銀二人と共に、神前に向ひ恭しく天津祝詞を奏上し、神言を宣り、庵を後に崎嶇たる山坂を伝ひ伝ひて下り行く。 山麓の稍平坦なる大木の茂みに差掛る時しも、午睡をしてゐた拾数人の男、三人の姿を見るよりスツクと立ち上り、前途に大手を拡げ、 男たち『ヤー、其方は三五教の若彦であらう。汝は玉能姫と云ふ魔神を使つて、俺達を清泉に投げ込んだ悪神の張本、手足も顔も傷だらけに致しやがつた。サア、これからは返報がやしして呉れむ、覚悟をせよ』 と四方八方より棍棒打振り攻め来る。 若彦は飽く迄無抵抗主義を支持すれども、敵の勢余り猛烈にして危くなりければ、四辺の枝振りよき松を目蒐けて猿の如く駆け上つた。金助、銀公の二人は松の小株を楯に取り、 金助『オイ、スマートボール、カナンボールの阿兄、その腹立は最もだが、此の宣伝使の知つたことぢやない。貴様等が作つた心の穽に落ち込んだのだ。敵は汝の心に潜んでゐるぞ。マア気を落着けよ。貴様は今杢助の娘初稚姫に危急を救はれて、雲を霞と遁げ去りながら、其の御恩を忘れ、未だ三五教に敵意を含むのか。貴様冷静に考へて見よ』 スマート『考へるも考へぬもあつたものかい。俺が何時杢助の娘に救けられたか。莫迦を云ふない、テンで鷹鳥姫の庵に行つたこともない。なア、カナン、妙なことを金助の奴吐すぢやないか』 金助『吐すも吐さぬもあつたものかい、白々しい。僅か一人や二人の宣伝使に向つて、竹槍隊を引率し、芋刺しにして呉れむと、大人気なくも襲撃して来よつたぢやないか。余り空惚けない』 スマートボール『貴様はちつと逆上せてゐよるなア。これから俺が谷水でも掬つて飲ましてやらう』 金助『逆上せて居るのは貴様等ぢや。皆神様が貴様等のやうな分らん屋には相手になるなと云つて、若彦さまを此の松の木の頂上まで上らせてござるのだ。ちつと上せ様が違ふぞ。水を飲ましてやると云ひよつたが、俺の欲する水は、飲めば直様、汗や小便になるやうな水ではない。乾くことなく、尽くることなき身魂を洗ふ生命の水だ。瑞の身魂の救ひの清水だ。サア、これから俺が飲ましてやらう。確り聞けよ』 カナン『金助の奴、貴様は筒井順慶式だな。腹の黒い裏返り者、サア、一つ目を覚ましてやらう。覚悟を致せ』 と迫り来る。 金助『アハヽヽヽ、俺の腹が黒いと吐すが、貴様が大将と仰ぐ蜈蚣姫は何うだい。身体一面真黒ぢやないか。其の股肱と仕へてゐる貴様の顔は野山の炭焼きか、炭団玉か、但は屋根葺爺か、アフリカの黒ン坊か、烏のお化けか、紺屋の丁稚か、岩戸を閉めた曲神か、得体の分らぬ真黒黒助。アハヽヽヽ』 と肩を大きく揺り、二三度足で大地に餅搗きながら笑つて見せた。スマート、カナンは烈火の如く憤り、 スマートボール、カナンボール『腹黒の二枚舌、腰抜け野郎奴、云はして置けば際限もなき雑言無礼、最早勘忍相成らぬ、覚悟致せ』 と武者振りつく。金、銀二人は拾数人を相手にコロンツ、コロンツと格闘を始めた。 松の大木の上より若彦は声を張り上げて歌ひ出した。 若彦『神の造りし神の国恵みの露に潤ひて 大神宝と生れたる世界の人は神の御子 人のみならず鳥獣魚貝の端に至るまで 神の造りし貴の御子互に憎み争ふは 吾等を造りし祖神の深き心に背くなり スマートボール其他のバラモン教の人々よ 吾等も同じ天地の神のみ息に生れたる 断つても断れぬ同胞よ愛し愛され助け合ひ 聖き尊き此の世をば一日も長く存らへて 皇大神の降らします恵の雨に浴し合ひ 互に心打ち解けて四海同胞の標本を 世界に示し神の子と生れし実をめいめいに 挙げよぢやないか人々よ三五教やバラモンと 名は変れども世を救ふ誠と心は皆一つ 一つ心に睦び合ひ下らぬ争ひ打切りて 手を引合うて神の道花咲く春をやすやすと 心楽しきパラダイス進み行く世を松の上 松の緑の若彦が皇大神に照らされし 心の魂を打開けて神より出でし同胞に 真心籠めて説き諭すあゝ諸人よ諸人よ 三五教やバラモンと小さき隔てを打破り 尊き神の御子として清き此世を永遠に 千代も八千代も暮さうか返答聞かせ早聞かせ 汝が心の仇波は汝が心に立ち騒ぐ 波の鎮まる其の間この若彦は何時迄も 松の梢に安坐して改心するを待ち暮す あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神は吾等の御親ぞや 人は残らず神の御子人と人とは同胞よ 親子兄弟睦び合ひ五六七の神代を永遠に 手を引合うて楽まむ神が表に現れまして 善と悪とを別け給ふ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も吾々は 互に胸を明かし合ひ過ちあらば御互に 諫め交して天地の神の心に叶ひつつ 二つの教を解け合せ誠一つの神界の 道に復ろぢやないかいな道に進もぢやないかいな これ若彦が一生のバラモン教の人々に 対して願ふ真心ぞあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つた。 俄に吹き来る春風に、松葉の戦ぎそよそよと、梢を伝ひ下り来る。此の言霊に辟易し、スマートボールを始めとし、数多の人々一散に、雲を霞と走り行く。金、銀一度に、 金助、銀公『若彦さま、貴方の宣伝歌に依つて一同の者は、頭を抱へ尻引からげ、初めの勢にも似ず、雲を霞と遁げ散つて了ひました。併し乍ら彼等とても良心の閃きはありませうが、さうぢやと云つて決して油断はなりませぬ。気をつけて参りませうか』 若彦『マア急ぐに及ばぬ。バラモン教の人々に対し、私の宣伝歌が功を奏したか、奏しなかつたかは知りませぬが、兎も角吾々の進路を開いて呉れただけでも結構だ。此の松の木の麓に於て大神さまに感謝の祝詞を献げませう』 と言ひ終り早くも拍手再拝、鷹鳥山の絶頂を目標に祝詞を奏上し始めた。若彦外二人が汗を流して奏上する英気に充ちた顔を、遠慮えしやくもなく山の春風が吹いて通る。 再度山の山麓、生田の森の中に庵を結ぶ杢助の仮住居、形ばかりの門戸を開いて入り来る三人の男があつた。その中の一人は若彦である。若彦は、 若彦『頼みます頼みます』 と門の戸を叩いて訪へば、 (杢助)『オー』 と答へて出で来る以前の杢助、素知らぬ顔にて、 杢助『ヤーお前さまは若彦の宣伝使さま、鷹鳥山の庵に於て身魂を研き、旁御教を鷹鳥姫と共に四方に宣伝して御座ると聞いて居たが、今日は又如何なる風の吹き廻しか、此の杢助が隠家を訪ねて御越し遊ばしたのは、如何なる御用でございますか』 若彦『最前は鷹鳥姫様始め吾々一同、いかい御世話になりました。御礼を申さむかと思ふ間もなく、貴方は初稚姫さま、玉能姫と共に御帰り遊ばしたので、鷹鳥姫さまも一つ、言葉の御礼に行つて来ねば済まないから「若彦、お前御礼に行つて来い」との仰せ、遅れながら只今参りました』 杢助『此の日の暮紛れに三人連れで、此処へやつて来るとは合点が行かぬ。此の杢助は二三日前から閾一つ跨げた事はござらぬ。随つて貴方を最前とやら御助け申した覚えはござらねば、何うぞ此儘御帰り下さいませ』 と膠も杓子もなく、榎で鼻を擦つたやうな挨拶振り、稍面を膨らし、目を凝視めて不機嫌顔、若彦は合点行かず、暫し答ふる言葉も知らなかつたが、思ひ切つたやうに、 若彦『玉能姫は貴方の宅に御世話になつて居りませぬか』 杢助『それを訊ねて何となさる。三五教の宣伝使たるものは、一切を神様に任せ、総ての執着を去り、師匠を杖につかず、人を相手とせず、親子女房血類を力にすなとの教ではござらぬか。何を血迷うて鷹鳥山の霊場に玉能姫を伴れ込み、穢らはしくも此の杢助の宅に玉能姫は居ないかなぞと以ての外の御心得違ひ、左様な腐つた魂の宣伝使には今日限り絶縁致します。此の閾、一歩でも跨げるなら、サア、跨げて見なさい』 奥には玉能姫の咳払ひ、若彦の耳には殊更刺激を与へた。玉能姫は杢助に救はれ、此処に病気の身を横へながら、若彦との問答を心痛めて聞いて居る。飛び立つばかり会ひたさ見たさに、玉能姫は心は矢竹に焦れども、人目の関や、抜きさしならぬ杢助の堅き言葉に遮られ、何と返答もないじやくり、夜具に食ひつきハラハラと涙を袂に拭ひつつあつた。 杢助は二人の心を察し得ない程の木石漢にはあらねども、二人を思ふ慈悲心の波にせかれて涙を隠し、態と呶鳴声、 杢助『ヤイ、黄昏のこととて顔は慥かに分らねど、其の声は若彦によく似たり。恐らくは若彦に間違ひなからうかも知れぬ。併し乍ら三五教には不惜身命的宣伝使の数多綺羅星の如く、心の玉を輝かし神の教の道を猛進し、世人を導く身分として女房に心を奪はれ、教の館を捨てて遥々訪ね来る如き腰抜けは一人も御座らぬ。汝は神の名否宣伝使の雅号をサツクとなし、此世を誑かる泥坊の類ならむ。汝の如き偽物、諸方を徘徊致すに依つて、第一三五教の面汚し、獅子身中否志士集団の団体をして腰抜教と天下に誤解せしめ、神の神聖を冒涜するもの、汝は是より己が住家へ帰り、一意専念身魂を研き、名実相合する神人となつて、然る後宣伝使が希望ならば宣伝使となれ。それが嫌なら只今の儘流浪人となつて人の門戸を叩き、乞食の恥を曝すがよからう。斯く申す杢助の心は千万無量、推量致して名誉泥坊の二人と共に疾く此場を立去れ。又玉能姫とやらの宣伝使は、神界のため夫に暫く離れて素盞嗚大神の御楯となり、華々しき功名を致す迄、夫に面会は致すまいぞ』 と声張り上げて夫婦に聞かす杢助が情の言葉、若彦は胸に鎹打たるる心地、両手を合せ杢助の庵を伏し拝み、名残惜しげに振返り振返り、二人の男と共に、闇の帳に包まれてしまつた。 後に杢助は声を湿らせながら独言、 杢助『大神のため、世人のためとは云ひながら、生木を裂くやうな杢助が仕打ち、若彦必ず恨んで呉れな。それに就ても玉能姫、せめて一目なりと会はして呉れたら良ささうなものだのに、気強い杢助であると嘸恨んで居るであらう。最前初稚姫様の御知らせに依つて鷹鳥山へ救援に向ふ折りしも玉能姫は御伴をしようと云つた。其時無下に叱りつけ初稚姫様を背に負ひ、後に心を残しつつ宣伝歌を歌ひながら鷹鳥姫が館に行つて見れば、神の御告に寸分違はず、悲惨の幕が下りて居た。玉能姫の幽体は又見えつ隠れつ来て居つたやうだ。嗚呼無理もない。併し乍ら今会はせるは易けれど、言依別命様の御内命もあり、且又至仁至愛の大神様の厳しき御示し、何程玉能姫の心情を察すればとて、神さまの仰には背かれず、神の教と人情の締木にかかつた此の杢助の胸の苦しさよ。アヽ両人、今の辛き別れは勝利の都に達する首途、杢助が心の中も些は推量して下され』 と流石剛毅の杢助も情に絡まれ、潜々と落涙に咽んでゐる。奥には初稚姫、玉能姫が奏づる一絃琴の音、しとやかに鼓膜をそそる。 (大正一一・五・二七旧五・一外山豊二録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 16 千万無量 | 第一六章千万無量〔七〇八〕 玉能姫『水の流れと人の行末昨日や今日の飛鳥川 淵瀬と変る世の中に神の御水火に生れ来て 夫ともなり妻となり親子となるも神の世の 縁の糸に結ばれて解くる由なき空蝉の うつつの世ぞと知りながら輪廻の雲に包まれて 進みかねたる恋の途暗路に迷ふ浅間しさ 日は照り渡り月は盈ち或は虧くる世の中に 変らぬものは親と子の尽きせぬ名残妹と背の 深き契と白雲の汝は東へ吾は西へ 南や北と彷徨ひていつかは廻り近江路や 美濃尾張さへ定めなく神の恵を遠江 祈り駿河の富士の山木花姫の御神に 願ひ掛巻く甲斐ありて嬉しき逢瀬を三保の浜 浦凪ぎ渡る羽衣の松の響も爽かに 風のまにまに流れ行く此世を救ふ生神の 貴の御楯と選まれし神の任しの宣伝使 千変万化に身を窶し百の艱難を身に受けて 世人を救ふ真心の凝り固まりし夫婦仲 鷹鳥山の頂に黄金の光を放ちつつ 衆生済度の御誓ひ天国浄土の基礎を 堅磐常磐に固めむと治まる御代をみろくの世 国治立大神や豊国姫大御神 神素盞嗚大神の三つの御霊の神勅 項にうけて世を開く心の色も若彦の 夫の命は今何処折角会ひは会ひながら 人目の関に隔てられ其声さへも碌々に 聞きも得ざりし玉能姫果敢なき夢路を辿りつつ 生田の森の吾思ひ稚姫君の御霊 堅磐常磐に鎮まりて再び神代を立直し 四方の天地神人を救はせ給ふ経綸地 守るも嬉しき吾身魂行末こそは楽しけれ あゝ吾夫よ若彦よ妾がひそむ此庵 遥々訪ね来ります清き尊き御心 仇に帰せし胸の裡うまらに細さに酌み取りて 必ず恨ませ給ふまじ此世を救ふ生神の 在れます限り汝と吾は又もや何時か相生の 松の緑の常久に霜を戴く世ありとも 相互に昔を語りつつ歓ぎ楽しむ事あらむ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 夫と在れます若彦が行末厚く守りませ 吾は女の身なれども神を敬ひ天が下 四方の身魂を慈しむ清き心は束の間も 胸に放さず天地の神に祈りて身の限り 心の限り三五の誠一つを筑紫潟 心の底も不知火の世人は如何に騒ぐとも 只皇神の御為に夫婦心を協せつつ 身は東西に生き別れ如何なる艱難の来るとも 神に任せし汝が命妾も後より大神の 御言のままに白雲の遠き国をば踏み分けて 神の司の宣伝使山野を渉り河を越え 海に浮びつ常世国高砂島の果までも 進みて行かむ惟神御霊幸はひましませよ』 と一絃琴に連れて歌の声諸共に、幽邃に庵の外に響き渡りつつあつた。 杢助は慨歎稍久しうして、力なげに二女が琴を弾ずる其場に現はれ、 杢助『初稚姫様、大変に音色が良くなりましたよ。玉能姫様、貴女の音色も余程宜しいな、稍悲調を帯びて居る様です。何かお心に懸つた事はありませぬか、心の色は直ぐに言霊の上に現はれるものですから』 玉能姫『ハイ、余り神様の思召が有難くて身に沁み渡り、又他人様のお情が胸に応へまして、感謝の涙に咽んで居ました』 杢助『世の中は喜があれば悲がある、悲の後には屹度喜ばしい花が咲くものです。桜の花は此通り夜の嵐に無残に散りましたが、梢に眺めた花よりも斯う一面庭の面に散り敷く美しさは又一入ですな。人間は何事も神様の御心に任すより外に途はありませぬ。如何なる艱難辛苦に遭遇するとも悔むものでは決してありませぬ。私も一人の妻に死別れ、一度は悲しき鰥鳥の幼児を抱へて浮世の無常を感じましたが「イヤ待て暫時、斯くなり行くも人間業ではない、何か深き思召のある事であらう。死別れた女房は不愍な様だが、大慈大悲の神様は屹度今より以上、結構な処へお助け下さるであらう。あゝ私が悔めば可愛い女房が神の御国へも能う行かず輪廻に迷ひ苦み悶えるであらう。忘れるが何よりだ」と一念発起した上は却て独身の方が結句気楽で宜しい。斯んな事を言ふと「お前さまは無情な夫だ」と心の底で蔑みも笑ひもなさらうが、さてさて何程悔んで見た所で仕方がない。お前さまも人間の身を以て此世に生れ、況して尊き宣伝使に使はれた以上は、世間の凡夫とは事変り、楽しみも一層深い代りに苦しみも亦一層深いでせう。其苦しみが神様の恵の鞭だ。何事があつても決して心配はなされますなや』 と口には元気に言へど、何となく玉能姫が心も推量り、同情の涙の色が声に現はれて居た。 玉能姫『何から何まで、御親切に有難う御座います。我々夫婦の者を立派な神様にしたててやらうと思召し下さいまして、重ね重ねの御心遣ひ、神様の様に存じます』 と琴の手をやめて、両手を膝に置き、俯向きて涙を隠す愛憐しさ。初稚姫は愛らしき唇を開き、 初稚姫『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は尊き神の御前に 魂の限りを捧げつつ誠一つの言霊を 朝な夕なに怠らず讃へまつれよ惟神 御霊幸はひましまして天が下なる悉は 余さず残さず皇神の心のままに幸はひて 安きに救ひ給ふべし神は吾等と倶にあり 神は吾等と倶にあり神の御水火を杖となし 誠の道を力とし荒浪猛る海原も 虎伏す野辺も矗々と何の艱もあら尊と 勝利の都へ達すべし賞めよ讃へよ神の恩 尽せよ竭せ神の道尽せよ竭せ人の道 人は神の子神の宮人は神の子神の宮』 と歌ひ終つて又もや一絃琴を手にし、心地好げに微笑を浮べて居る。 俄に窓の外騒がしく十数人の足音、バタバタと聞えて来た。折柄昇る月影に顔は確と分らねど人影の蠢めく姿、手にとる如く三人の目に入つた。見れば大喧嘩である。一人の男を引縛り、杢助が庵の窓前に運び来り、寄つて集つて拳骨の雨を降らして居る。 甲『ヤイ、往生いたしたか、吾々バラモン教の信徒を悪神扱ひしやがつて、鷹鳥山に巣を構へ、貴様の女房の玉能姫に魔術を使はせ此方を清泉の真中へ放り込み、身体に沢山の手疵を負はせやがつた、其返報がへしだ。サア、もう斯うなつては此方のもの、息の根を止めて十万億土の旅立さしてやらう。こりや若彦、能うのめのめと生田の森まで彷徨うて来よつたなア』 と又もや鉄拳の雨を所構はず降らして居る。 現在眼の前に夫が打擲されて居る実況を見たる玉能姫の心は張り裂ける如く、仮令天地の法則を破るとも、飛びかかつて悪者に一太刀なりと酬いたきは山々なれど、泰然自若たる杢助に心惹かれ、苦しき胸を抱き平気を装うて居る。 杢助『玉能姫さま、何と面白い事が出来ましたな。坐ながらにして窓の内から活劇を見せて貰ひました。これも有難き思召でせう。サア早く神様に感謝の祝詞を奏上なさいませ。私はゆつくりと此活劇を見物致しませう。神様が如何しても使はねばならぬ必要の人物と思召したならば、仮令百万の敵が攻め来るとも、如何に鉄拳の雨を蒙るとも、鵜の毛で突いた程の怪我も致しますまい。何処の人かは知らねども、貴女の夫の名によく似た若彦と言ふ男らしう御座います。さてもさても腑甲斐ない男もあつたものだなア。アハヽヽヽヽ』 と作り笑ひに紛らす。玉能姫は心も心ならず、轟く胸を抑へながら静に天津祝詞を奏上し始めた。何となく声は震うて居た。地上に投げられ数多の悪者に苛責まれ居た若彦の身体より、忽ち五色の霊光発射し、ドンと一声、不思議の物音に杢助、玉能姫は窓外を眺むれば、人影は何処へ消えしか跡形もなく、窓近く一つの白狐ノソリノソリと太き尾を下げて森の彼方に進み行く。 杢助『アハヽヽヽ、神様は何処迄も吾々の気をお惹き遊ばすワイ』 玉能姫は両手を合せ、 玉能姫『惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『皇大神守り給へ幸へ給へ』 (大正一一・五・二七旧五・一北村隆光録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 17 生田の森 | 第一七章生田の森〔七〇九〕 三千世界の梅の花薫りゆかしく実を結び 四方の春野を飾りたる桜も散りてむらむらと 咲き乱れたる卯の花の白きを神の心にて 生田の森の片ほとり花を欺く玉能姫 初稚姫の二人連初夏の景色を眺めつつ 再度山の山頂に神の御告を蒙りて 登り行くこそ床しけれ。 杢助は唯一人神前に祝詞を奏上する折しも、門戸を叩き、 国依別『頼まう頼まう』 と訪るる一人の宣伝使があつた。杢助は神前の礼拝を終り、門の戸を開き、 杢助『ヤア、其方は国依別の宣伝使、何用あつて杢助が館を御訪ねなさつたか』 国依別はツと門の敷居を跨げ、杢助と共に座敷に通り、煙草盆を前に置きながら二人向ひ合せ、 国依別『今日参つたのは余の儀では御座らぬ。あなたは折角三五教に入りながら此頃の御様子怪しからぬ事を承はる。事の実否を探らむ為、国依別宣伝の途中、紀の国より取る物も取り敢へず引返し、ここに参りました。あなたは太元教とかを立てて居られるさうだ。神様に対し御無礼では御座いませぬか』 杢助大口を開けて高笑ひ、 杢助『何事ならむかと思へば、左様な御尋ねで御座るか。杢助が折角の信仰を翻し、太元教を新に開いたのは余の儀では御座らぬ。其理由と致す所は、此杢助三五教の信者を標榜し居ると、腰抜の宣伝使や信者が、言依別様の御命令だとか何だとか言つて、旅費を貸せとか、履物を出せとか、いろいろ雑多の厄介をかけ、小便や糞をひりかけ後は知らぬ顔の半兵衛さん。それも一人二人なれば辛抱致すが、絡繹として蟻の甘きに集ふが如く、イナもう煩雑くて堪り申さぬ。杢助の家でさへも此通りだから、其他の信徒の迷惑は思ひやらるる。それ故心の内にて三五教を信ずれども、表面は太元教と、見らるる如く大看板を掲げたので御座る。国依別殿、其方も其亜流では御座らぬか』 国依別『そんな奴は三五教には一人もない筈です。大方バラモン教の奴が、三五教の仮面を被つて居るのでせう』 杢助『バラモン教もチヨコチヨコやつて来る。併し乍ら教の建て方が違ふものだから、先方も遠慮を致して居ると見えて、唯杢助が忙しきタイムを奪つて帰る位なものだ。金銭物品まで借用しようとは申さぬ。宣伝使たる者は未だ教の及ばざる地方又は人に対してこそ宣伝の必要あれ、一旦入信したる者の宅に何時となく訪問致し、厄介を掛け、安を求むる如きは、宣伝使の薄志弱行を自ら表白するものだ。そなたも杢助館に訪問する時間があらば、なぜ其光陰を善用して、未信者の宅を訪問なさらぬか。半時の間も粗末に空費する事は、宣伝使として慎むべき事でせう。サア一時も早く帰つて下され。お茶を進ぜたいが、茶を飲ませては、信者の吾々忽ち貧乏神に襲はれねばならない。仮令番茶の一杯でも小判の端だ。それを進ぜた所で……何だ杢助は、折角訪問してやつたのに番茶を飲まして追ひ返した……と云はれては一向算盤が合ひ申さぬ。愚図々々して御座ると、第一タイムの損害、畳が汚れる。さすれば又もや表替をそれ丈早く致さねばならぬ道理だ。最早杢助は三五教に食はれ、飲まれ、借り倒され、逆様になつても血も出ない様な貧乏になつて了つた。斯んな貧乏神の館へ出て来るよりも、巨万の富を積みながら、此世の行末を案じ、吾身の無常を託ちつつある憐れな精神上の極貧者は、世界に幾らあるか分らない。物質に富み、無形の宝に飢ゑたる人を求めて神の教を説き諭し、錆びず朽ちず、火に焼けず、水に流れぬ尊き宝を与へて、物質上の宝を自由自在に気楽に使用したが宜からう。精神上の宝に充たされ、物質上の宝に欠乏を告げたる此杢助の館に、宣伝使の必要は少しも御座らぬ』 国依別『あなたは此春頃から心機一転、余程吝臭くなられましたなア』 杢助『何だかお前さまの声を聞くと直に、此通り吝臭くなつたのだ。心貧しき力弱き其方の守護神が、杢助の体内に飛び込んで、斯様な事を吐ざいて居るのだ。此杢助は何にも知らぬ、早く国依別さま、心の貧乏神、柔弱神を追ひ出して、連れて帰つて下さい。杢助真に迷惑千万で御座る。アハヽヽヽヽ』 と腹を抱へ、体を大きく揺つて、ゴロンと笑ひ転けて了つた。 国依別『さうして初稚姫様、玉能姫様はどこへお出でになりましたか』 杢助仰向になつた儘、足をニユーと天井の方に直立させ、 杢助『初稚姫、玉能姫は「国」とか云ふ貧乏神がやつて来るから、憑依されてはならないと云つて一時許り前に逃げ出しました。折角結構な神様が杢助の館にお鎮まり遊ばすのに、腰抜神の貧乏神がやつて来るものだから、肝腎の玉能姫……オツトドツコイ魂までが脱け出して了つた。オイ魂抜けの国依別、どうぞ早く帰つて呉れ。此杢助もそなたの霊が憑つて、此通り四つ足になつて了つた。其四つ足もまだ俯向いて居れば歩く事も出来るが、この通り腹と背中を換へて了つては、何程藻掻いて見ても空を掻くばかり、畳に平張付いて動きが取れない。アヽ国依別、たまたま訪ねて来て、四つ足のお土産は真平御免だ。三五教の宣伝使がやつて来ると、手足を藻掻いても、如何しても、動きの取れないことになつて了ふ。馬に灸で貧窮だ。狐に灸で困窮だ。其方は牛に灸で何ぞモウギウな事がないかと思つて来たのであらうが、最早灸も茲まで据ゑられては、艾もあるまい。モグサモグサ致さずトツトと帰つたがよからう』 国依別『杢助さま、火の付いた様な火急なお言葉、あなたは杢助さまではなくて、ヤイトをすゑる艾助さまになつて了ひましたなア。これはこれは真にアツイ御志……否御教訓、どつさり此四つ足の守護神もヤイトを据ゑられました。それなら四つ足は唯今限り帰ります。あなたもどうぞ元の杢阿弥……オツトドツコイ杢助さまに帰つて下さい』 杢助『ハイ有難う。それなら改めて国依別の宣伝使様、三五教の杢助改めて対面仕らう、今迄は四つ足同志の掛合で御座つた。アツハヽヽヽヽ』 と笑ひながら起き直り、庭の泉に手を洗ひ、口を漱ぎ、礼装を着し、 杢助『サア、国依別様、神前に拝礼致しませう』 と促しながら、拍手再拝、天津祝詞を奏上し始めた。国依別も杢助の背後に端坐し、恭しく祝詞を奏上し終つた。 杢助『国依別様、あなたは是れから何処へお出でになる心組ですか』 国依別『ハイ私の今迄の教[※「教」では意味が通じないためか、校定版・八幡版では「心」に直している。]は、実を申せば貴方の御宅に参り、一つお尋ねをせなくてはならない事があつたものですから、ワザワザやつて来たのですが、モウ申しますまい。これで貴方の深き御精神も了解致しましたから……』 杢助『アツハヽヽヽ、若彦一件でお出になつたのですな。若彦は今紀州に居りますか』 国依別『ハイ、紀州の熊野の滝で大変に荒行を致して居る事を聞きました。それで私は熊野の滝へ参つた所、若彦は唯一言も申さず、無言の行を致して居る。手真似で尋ねても文字を地に書いて糺して見ても、何の答も致さず、石仏同様、取り付く島もなく、鷹鳥山に於て何か感じた事があるのだらう、其峰続きに御住ひ遊ばす貴方にお尋ねすれば、様子は分らうかと存じまして参りました。併し唯一言……杢助さま有難う………と若彦の言つた言葉幽に聞えたので、何もかも様子を御存じだらう。あの喧しやの若彦が、あの通り神妙になつて了つたのは、貴方の感化に依るのだと信じます。過去を繰返すは御神慮に反するでせうが、御差支なくば少しなりと御漏らし下さらば安心致します』 杢助『若彦は鷹鳥山に立籠り、悪魔に憑依され、四つ足となつて門口まで参りました。私は「モウ一つ修業をして来い、四つ足に用はない………」と云つて、杓に水を汲んで犬の様にぶつかけてやつたら、尾を掉つて駆け出したきりですよ。ヤツパリ若彦は人間らしう立つて歩いて居ましたかなア。イヤもう四つ足の容物ばかりで困つて了ひますワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別『さうすると私もチヨボチヨボですな』 杢助『チヨボチヨボなら結構だが、愚図々々すると、コンマ以下のチヨボチヨボに落ちて了ふから、気を付けねばなりますまい。お前さまも折角今、宣伝使に始めてなつたのだから、どうぞチヨボチヨボにならぬ様に願ひますよ。貴方がさうなると、私までも感染しては、最前のやうに二進も三進も行かぬ苦境に陥り、キウ窮言はねばなりませぬからな、アツハヽヽヽヽ』 国依別『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ合ふ。門口へ又もや婆の声、 鷹鳥姫(高姫)『生田の森の杢助さまのお宅は此処で御座いますか。チヨツト開けて下され』 杢助『国さま、又もやチヨボチヨボがやつて来たやうです。お前さま一つ私に代つて応対をして下さい。私は奥へ行つて少しく神さまに承はらねばならぬ事が御座いますから』 と云ひ棄て、慌しく姿を隠した。国依別はツと立ち、門口の戸をガラリと引開け、 国依別『此処は太元教の御本山だ。何処の四つ足か知らぬが、トツトと帰つて呉れ』 鷹鳥姫『何ツ、杢助が太元教を樹てたとは、噂に聞いたが、ヤハリ事実だなア。なぜ左様な二心をお出しなさるか』 国依別は黄昏を幸ひ、ワザと杢助の声色を使つて居る。 鷹鳥姫『わしは鷹鳥姫だが、お前さまに一つ御礼を申さねばならぬ事もあり、御意見をせなくてはならぬ事があるからお訪ねしたのだ』 国依別『何とか彼とか口実を設けて、三五教の宣伝使や信者が、金を貸せの、履物を貸せ、飯を食はせ、茶を飲ませ、小遣銭を渡せと、まるで雲助の様な事を吐し、小便、糞を垂れながして帰る奴ばかりだから、此杢助も愛想をつかし、心は三五教でも表は太元教と標榜して居るのだ。最早神の恵に浴し、神徳充実した杢助には意見は御無用だ。掛り合つて居れば大切なタイムまでも盗まれて了ふ。番茶一杯飲まれてもそれ丈欠損がゆく。身代限り、家資分散の憂目に遭はねばならぬから、一足なりとも這入つて呉れな。お前に礼を言はれる道理はない。トツトと早く帰つたが宜からう』 鷹鳥姫『何と云つても、そんな事を聞く以上は、ますます動く事は出来ぬ。コレ杢助さま、心機一転もあまりぢやないか』 国依別『オイ、其心機一転だ。暫くの間現はれて消える蜃気楼、名あつて実なき鷹鳥姫の宣伝使、それなら這入る丈は許してやらう。其代り番茶一杯飲ます事もせぬ。何程無料で湧いた水でも、飲ましちやそれ丈減るのだから、其覚悟で這入つたが宜からう』 鷹鳥姫『大変貴方は吝坊になつたものだなア。執着心の大変に甚い方だ。御免なさい』 と蓑笠を脱ぎ棄て、ツカツカと座敷にあがる。国依別は又もや煙草盆を前に据ゑ、杢助気取りになつて坐り込んだ。 鷹鳥姫『コレ杢助さま、お前さまは俄に小さい事を仰有ると思へば、体まで小さくなつたぢやないか』 国依別はゴロンと仰向けになり、尻を鷹鳥姫の方に向け、手足をヌツと天井の方に伸ばして見せ、 国依別『金剛不壊の如意宝珠の玉や紫の玉が喉から出て了つたものだから、此通り瘠せて人間が小さくなり、元の杢助ではなうて杢阿弥。神徳も何もなくなつて了ひ、鷹鳥山で已むを得ず若彦、玉能姫を召し連れ、バラモン教の蜈蚣姫がてつきり隠して居るのに相違ないから、何とかして取返さねば聖地の役員信徒に対し合はす顔がないと、執着心に駆られ言依別の教主の篤き心を無にして行つて居つた所、俄に山の頂に黄金の像現はれ、身の丈五丈六尺七寸、てつきり弥勒様の御出現、鷹鳥姫の信心の力に依りて愈五六七神政の太柱を握つた。誠の霊地は四尾山麓ではない、鷹鳥山にきはまつたりと、鼻の鷹鳥姫が得意顔に雀躍りしながら、チヨツと薄気味悪さうに近付き見れば、黄金像は高姫の素首をグツと鷲掴み、猫でも放る様にプリンプリンと、鷹鳥山の教の庭にドスンと落下し、人事不省となり、ピリピリピリと蛙をぶつつけた様になつて了ひ、其処へ此杢助がやつて往つて、生命丈は助けてやつた。其為に此杢助は……コレ此通り足が上を向き背中が下を向いて、サツパリ自由の利かぬ四つ足になつて了つたのだ。併し乍ら此杢助は信神堅固の勇士……斯んな事になる筈はない。鷹鳥姫の副守護神が憑依したのだから、どうぞ早う、こんな……土産はスツ込めて下さい。なア鷹鳥姫さま、お前も却々執着心が酷いと見える。同じ四つ足でも下向いて歩けるものならまだしもだが、斯うなつては天地顛倒、背中に腹を換へられて、どうして此世が渡られうか。……アツハヽヽヽヽ……。オイ笑ふ所か、高姫の守護神此国……オツトドツコイ神の国に出て来て、神の教を建てるなんて、あんまり精神が顛倒して居るではないか。元の杢阿弥の杢助の真心に立返り、早く副守護神を連れて帰つて呉れ。杢助誠に迷惑だ。国、クニ、苦になつて仕方がない。依りにヨツて、別のわからぬ副守護神を連れて来るものだから、玉能姫さまも初稚姫さまも、チヤンと御存じ、どつかへ蒙塵遊ばしたぞ。杢助の本守護神も愛想を尽かして隠れて了つたぞ。ウンウンウン』 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、お前さまは何とした情ない事になつたのだい。結構な三五教を見限つて太元教なんて、そんな謀叛を起すものだから、天罰で四つ足になつて了ひ、肩身が狭う小さくなつたのだよ。それだから油断は大敵、改心なされと云ふのだ。何程大持てにモテる積りでも、大モテン教だ。早く改心なされ、神様は人間が子を思ふと同じ事、片輪の子や悪人程可愛がらつしやるのだから、わしも斯んな悲惨な態を見て、此儘帰る訳にも行かぬ。サアこれから鎮魂をして誠の教を聞かしてあげよう。エーエー困つた事が出来た。此高姫の守護神が憑つたのだなどと、よう言へたものだ。悪神と云ふ者は、どこどこまでも抜目のない奴だ。到頭守護神の悪の性来を現はしよつたか。アーア杢助さまの肉体が可哀相だ。オイ四つ足、杢助さまの肉体を残してトツトと魔谷ケ岳へ帰つてお呉れ。愚図々々吐すと、日の出神の生宮が承知を致さぬぞや』 国依別『此杢助は最早お前さまの副守になつて了つた。お前さまは何時も口からものを言はず、ものを尻で聞いたり人の言葉尻を取り、尻でもの言ふから、屁理屈ばつかりだ。鼻持ならぬ匂がする。何程三五教でも尻の締りがなければヤツパリ穴有り教ぢや。終局には気張り糞を放つて、此通り四つ足に還元して了ふ。早く杢助の肉体から退かぬかいなア。杢助は大変な御迷惑様だ。アツハヽヽヽヽ』 と自ら可笑しさを耐へ、忍び笑ひに笑ひ、体中に波を打たせて居る。 鷹鳥姫『なんだ。低い所から声が出ると思へば、暗がりで分らなかつたが、お前さま失礼な寝て話をすると云ふ事があるものか、チト失敬ぢやないか』 国依別『霊界物語でさへも、寝て足を上げたり、下したりして言ふぢやないか。お前さま位な四つ足に話すのは寝とつて結構だよ』 鷹鳥姫『到頭変性女子の四つ足の守護神が現はれましたなア。早く改心をなさらぬと、頭を下にし足を上にして、ノタクラねばならぬ事が出来致すぞよと、大神様のお筆にチヤンと誡めてあります。鼻を撮まれても分らぬ程身魂が曇つて居るものだから、お前さまは天と地と間違へて居るのではなからうか。どうやら足が天井の方を向いて居るぢやないか』 国依別は、 国依別『アーア、悪性な守護神を連れて来て私に憑すものだから、段々足が上へあがり頭が下になつて了ひ、手で歩かねばならぬ様になつて来たぞよ』 と云ひながら逆立になり、両の手で座敷を歩いて見せた。七手許り歩いた途端に、体の中心を失つて、高姫の頭の上へドスンと倒れた。 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、妾にはそんな守護神は居りませぬぞえ。日の出神様に、何時までもそんな巫山戯た態をなさると承知なさらぬぞ。あゝモウ駄目だな。初稚姫さまも玉能姫さまも逃げて行かつしやる筈だワイ。わしも鷹鳥山を断念し、此処迄来るは来たものの、こんな悲惨な幕を目撃しては、帰りもならず、居る事も出来ず、困つた事だ。ドレこれから神様に御願して助けてやつて貰はう。仕方がない』 国依別は、 国依別『不言実行だよ。高姫さま』 とからかふ所へ、手燭を左の手に持ち、ノソリノソリとやつて来た真正の杢助、 杢助『ヤアお前は鷹鳥姫に能く似た化物だなア。此処にも一人、お前の分霊が倒れて居る。ヤアもう此頃は沢山の狐が人間の皮を被つて、杢助を誤魔化しに出て来よるので油断も隙もあつたものでない』 鷹鳥姫『ヤアお前さまは本当の杢助さま。どうして御座つた』 杢助『何うしても御座らぬ。最前から闇に紛れて、四つ足同志の珍妙な芸当を拝見致して居つたのだ。何でもタカとか鳶とか、クモとか国とか云ふ怪体な代物が、断りもなく杢助の身魂や住家を蹂躙し、エライ曲芸を演じて居つた。まるで此化物は鷹鳥山の鷹鳥姫に似た様な脱線振りを、遺憾なく発揮しよるワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別は、 国依別『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 と笑ひながらムツクと起き、ワザとカンテラの前に顔を突き出し、鷹鳥姫に俺の首実験せよと言はぬ許りにさらけ出した。 鷹鳥姫『何ぢや。お前は国依別の理屈言ひの宣伝使ぢやないか。みつともない、四つ足の真似をしたり………チツト慎みなさい。モシモシ杢助さま、これでも分りませうがなア。サツパリ正体が現はれて、御覧の通り本当に悲惨なもので御座いますワイ。こんな精神病者を、お前さまもお預りなさつて、大抵のこつちや御座いますまい』 杢助『今の今迄何ともなかつたのですが、お前さまが持つて来た……否お前さまの執着とか名のついた副守護神が憑つたのですよ。アヽ、どうやら、私も変になつて来た。体中にウザウザと毛が生える様な気分が致しますワイ』 国依別『杢助さま、国もどうやら茶色の毛が生え出して来ました。風邪を引いたのか、俄に腹の中でコンコンと咳をして居ます。今晩と云ふ今晩は実に不思議な宵ですな』 鷹鳥姫『なんとお前さま達は、これ程神界が御多忙なのに、気楽な洒落をなさつて日を送りなさるのは、チツト了簡が違やしませぬか。利己主義の守護神が極端に発動して居りますなア、妾の守護神が憑依したなんて、ヘンよう仰有りますワイ。これから日の出神様が御神力を現はして見せませうか。そこらが眩うて目もあけて居られぬ様になりますぜ』 杢助は笑ひながら、 杢助『「何を言つても、私は折角呑み込んだ二つの玉を、杢助の娘のお初に叩き出されて了つたものだから、サツパリ腰は抜け、鷹鳥山もサツパリ駄目になり、これから何処へ迂路ついて行かうか。若彦は姿を隠すなり、せめて杢助さま宅へでも往つて……此間はエライ御世話になりました……と御礼をきつかけに、何とかよい智慧を借りたいものぢやと、ノコノコやつて来て見れば杢助さまは御座らつしやらず、理屈言ひの捏廻し上手の国依別が人を嘲弄しやがる。エー此上は如何したら宜からうかなア。アンアンアン」……斯う云ふ声は杢助の言葉では御座らぬ。鷹鳥姫の薄志弱行と名の付いた守護神が、私にこんな事を囁かすのだ。早く此守護神を放り出し、自分も此館を放り出て、どこかへお道の為に行つて貰ひたいものだ。杢助も大変に迷惑だ。アツハヽヽヽ』 高姫は暫く腕を組み、首を頻りに振り、思案に沈む。国依別は、 国依別『あの高姫さまの心配さうな顔、どうしたら元の通りになるだらう。………オウ分つた、あの玉の在処を知らしてやりさへすれば、元の日の出神の生宮で威張れるだらう、さうすりやキツト全快するに定つて居る。ヤツパリ言ふまいかなア。又呑まれ、今迄の様に噪がれると困る、当る可からざる万丈の気焔を吐かれると、側へも寄りつけないやうになるから……』 高姫『何、宝珠の行方を、お前知つて居るのかい』 国依別『知つて居らいでかい、国さまだもの』 高姫『そんならお前が妾を困らさうと思つて隠したのだなア。油断のならぬ男だ。サア杢助さま、蛙は口からわれと吾手に白状しました。締木に懸けても言はしめて、玉の在処を探して見ませうかい』 杢助『サア如何だかなア。大方蒟蒻玉か何ぞと間違つて居るのだらう。それが違うたら瓢六玉か、狸の睾玉位なものだ。アツハヽヽヽ』 国依別『ナアニ杢助さま、本当に玉の在処を発見したのですよ。これから私がコツソリと其玉を拾ひあげ、高姫さまぢやないが、腹へ呑み込んで、一つ大日の出神となる心算だ………オツト失敗つた。高姫さまの居る所で言ふぢやなかつたに………秘密が暴露したワイ、アハヽヽヽ』 高姫『神政成就の御宝、一日も早く現はして御用に立てねばなりますまい。三五教は日に日に衰へて行くぢやありませぬか』 国依別『ヤツパリ国の夢やつたかいな………イヤイヤ夢ではない、現実だ。併し高姫さまの前では夢にしとかうかい。鷹鳥姫が忽ち玉取姫に早変りすると、折角発見した私の功績が無になる。言依別の神様に御褒めの言葉を戴き、それから三五教の総務になつて、日の出神の生宮を腮で使ふと云ふ段取だ。高姫さま、お気の毒ながら時世時節と諦めて下さい。あゝこんな愉快な事があらうか』 高姫『本当にあるのなら、二つの玉を、一つお前に上げるから、一つは妾に手柄を譲つて下さい。別に呑み込んで了ふのぢやないから………』 国依別『何でも呑み込みのよいお前さまだから剣呑なものだ。それなら一つ相談をしよう。紫の玉はお前さまが預るとして、私は金剛不壊の如意宝珠を預かる事にしよう。それさへ決定れば、何時でも知らしてあげる』 高姫『そりやチツト虫がよすぎる。金剛不壊の如意宝珠は、永らく妾の腹の中に鎮座ましました宝玉だ。謂はば妾の生御魂も同然だ。お前さまは紫の玉で辛抱しなさい』 国依別『滅相な、鷹鳥姫がアルプス教の御本尊として居た位な紫の玉は、如意宝珠に比べては余程劣つて居る。身魂相応だから、お前さまが紫の玉だ。私は何と云つても如意宝珠を取るのだから、さう覚悟しなさい』 高姫『エー訳の分からぬ男だなア。モウ斯うなる以上は何と云つても承知せぬ。奴盗人奴が、サア引摺つて往つてでも在処を白状させる』 国依別『世界見え透く日の出神さまの生宮が、私の様な人間を連れて行かねば、玉の在処が知れぬとは、実に気の毒なものだなア』 高姫『妾の悪口を言ふのなら辛抱もするが、畏れ多い、日の出神様の悪口まで言ひよつたなア、サアもう了簡ならぬ』 といきなり胸倉をグツと取つて締めつける。国依別は、 国依別『何ツ、猪口才な高姫の奴』 と又胸倉を取り、両方から睨み合つて、真赤な顔を膨らして居る。杢助は、 杢助『コレ高姫さま、国依別さま、お鎮まりなさい。同じ三五教の宝、誰が手に入れても同じ事ぢやないか』 高姫『イエ、斯んな奴に如意宝珠の玉を弄らさうものなら、それこそ穢れて了ひます。如何しても斯うしても、一歩譲つて紫の玉だけは発見した褒美としてなぶらしてやるが、仮令天が地になり地が天となつても、如意宝珠ばかりは、こんな奴に持たして堪らうか……』 国依別『ナアニ発見主は俺だ。先取権があるのだから、グヅグヅ云ふと、二つながら俺が預るのだ』 高姫『何ツ、玉盗人の分際として広言を吐くか』 と高姫は組んづ組まれつ、座敷中をのたうち廻り、終局には金切声を張上げて、汗みどろになつて大活動を始めて居る。杢助は、 杢助『コラコラ国依別さま、お前、本当に其玉の在処を知つて居るのか』 国依別『ナアニ発見したら……と云ふ話です。夢にでも見たら俺が見つけたのぢやから、如意宝珠の玉を俺が預ると云つたばかりです。まだ皆目在処は分らぬのです、アツハヽヽヽ、あまり一生懸命で嘘が真実になつて了つた。アツハヽヽヽ』 高姫『何ツ、お前嘘を云つたのか。なアんの事だいな。あーア、要らぬ苦労をやらされて了つた。そこらが茨掻だらけだがな』 杢助『アツハヽヽヽ、又執着と云ふ魔が憑いて、面白い演芸を無料観覧させて呉れたものだな、アツハヽヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ふ。 (大正一一・五・二八旧五・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 18 布引の滝 | 第一八章布引の滝〔七一〇〕 初稚姫、玉能姫は霊夢に感じ、杢助の庵を立ち出で、青葉も薫る初夏の山路を再度山の山頂目蒐けて登り行く。淙々たる滝の音が間近く聞えて来た。 玉能姫『初稚姫様、あの音は布引の滝に近くなつたのでせう。一つ御禊をしてお夢にお示しの山頂に参り、言依別の教主より玉を預かつて帰りませうか』 初稚姫『小さな声で仰有つて下さい。此辺は曲神の悪霊が充満して居りますから、神界の秘密を探り、又もや妨害を加へられては大変ですから』 玉能姫『アヽさうでしたね。兎も角滝の音を目当てに、霧を分けて参りませう』 と夕霧籠むる谷間を、玉能姫は初稚姫の手を取り労はりつつ谷深く進み入る。 見上ぐる許りの瀑布の傍、飛び散る狭霧の玉は雨の如く降りしきり、周囲の樹木は何れも誕生の釈迦のやうになつて居る。二人は佇み、滝の雄大さを褒めて居る。霧押し分けて現はれ出でたる十数人の荒男、 甲『オイ、カナンボール、此間は山桜の盛りの時だつたがなア、鷹鳥山の清泉まで往つた時、出て来よつたお化の女、玉能姫が現はれたぞ。其時には同じ姿が三人連れとなり俺達を偉い目に遇はしよつたが、今度は手を替へて二人となり、一人はあんなチツポケな小娘に化けて出よつた。さアこれから一方口の此谷間、逃げようと云つたつて逃げられない屈強の場所、一つ彼奴を取捉へて魔谷ケ岳に連れ帰り、蜈蚣姫さまの御褒美に預からうぢやないか』 スマート『貴様の云ふ事は実に名案だ。愚図々々して居ると、又もや三五教の奴が出て来ては大変だ。善は急げだ。早く片付けて仕舞はう。何でも此辺に鷹依姫が持つて居た紫の玉が隠してあると云ふ事だから、彼奴を捉へて詮議すれば明白になるであらう。序に三五教の本山ではモウ二つの玉が紛失したと云うて騒いで居るが、大方玉能姫が何々しやがつて、此処に匿して居るに違ひないと云ふ噂だ。さア今度こそぬかつてはならないぞ。オイ皆の奴、其辺にすつこんで逃げ道を警戒し、万一も三五教の奴が出て来よつたら合図の柴笛を吹くのだぞ』 鉄公『ハイ、承知致しました。皆の奴を監督して違算なきやうに鉄条網となつて、如何なる強敵も、一歩たりとも侵入しないやうに致します。御安心下さい』 と霧に隠れて谷口の樹木の中に姿を隠した。 スマート『オイ、それなる女、汝は鷹鳥山の魔性の女、玉呑姫であらうがな。三つの玉を何処へ呑んだか、否隠したか。キリキリちやつと白状致し、此方に渡せばよし、渡さぬなどと吐すが最後、汝が素首取捉まへて魔谷ケ岳の霊場へ連れ帰り、水責め火責めはまだ愚か、剣の責苦に遇はしてでも白状させる。ならう事なら俺達も神に仕ふる身分だ。苦しめたくはない、早く白状致すが汝の得策だらう。手具脛引いて待つて居た。此処へ来たのは汝に取つて最早百年目、因果を定めて返答せい』 玉能姫『エヽ、誰人かと思へばバラモン教の蜈蚣姫が部下のスマートボールさまにカナンボールの大将さま、私が如何に玉能姫ぢやと云つて、玉を持つて居るとは些と可笑しいぢやありませぬか。それは貴方のお考へ違ひでせう』 カナン『考へ違ひもあつたものかい。三五教の裏返り者。貴様は三つの玉を持ち出して隠し場所に困り、狼狽へて居やがると云ふ事は、聖地へ入り込ましてある天州の報告によつて明かなる処だ。三五教でさへも皆貴様の所作だと目星をつけ、その在処を、四方八方に宣伝使が探ね廻つて居る。貴様は三五教の宣伝使にぶつつかるや否や、笠の台がなくなる代物だ。それよりも綺麗薩張と白状致し、バラモン教に其玉を献上致し、蜈蚣姫様の片腕となり、俺と共に神業に奉仕する気はないか』 玉能姫は微笑しながら、 玉能姫『これは偉い迷惑、三五教の人達までが、さう私を疑つて居るのですか。そりや嘘でせう』 初稚姫は小声で、 初稚姫『嘘です嘘です、玉能姫さま、真実にしちやいけませぬよ。三五教には一人として貴女を疑つて居るものはありませぬ。安心なさいませ。あんな事を云つて気を引くのですからな』 玉能姫『ハヽアさうでせう。油断のならぬ奴ですな』 スマート『こりやこりやコメツチヨ、要らぬ智慧をつけやがるない。何だツ、チンピラの癖に、子供は子供らしくせい。これこれ玉能姫、何と云つても調べ抜いてあるのだから、このスマートボールの云ふ事に間違はあるまい。玉がないならないで、玉呑姫でも連れて帰らねばならない。さア返答はどうだ。今度は化けようと云つたつて化けさせぬぞ』 玉能姫『オホヽヽヽ、貴方等は徹底した没分漢ですな。玉で見当違ひですよ』 スマートボール『見当の取れぬ仕組と云ふぢやないか、その見当を取るものがバラモン教だ。最早矢は弦を離れたも同然、てつきり俺の的は外れつこはない。一度放つた矢は行く処まで行かねば落ちつかないぞ。何と云つても貴様はバラモン教の恨みの的、否目的物だ。さアさア、ゴテゴテ云はずに、俺達の申す通りに包み隠さず云つて仕舞へ。それが却てお前の出世の因だ』 玉能姫『オホヽヽヽ、私は別に出世なんかしたくはありませぬ。そんな執着心は疾うの昔に神様にお供へして仕舞ひました。病気も、罪も、汚れも、一切残らず三五教の大神様に奉納した私、この滝水のやうに綺麗薩張、今では水の御魂の水晶玉。お生憎様、なんにも御座いませぬよ』 スマートボール『何ツ、水晶だと、それさへあれば三つの玉よりも優つて居る。さア其玉此方へ渡せ』 玉能姫『オホヽヽヽ、何処迄も訳の分らぬ玉抜け男だ事。こんなお方にお相手して居つては処方がたまらぬ。御免なさいませ』 と先へ進まうとする。 カナン『コレコレ女、かう見えてもバラモン教の蜈蚣姫が左守、右守の神様だ。玉能姫は三五教で、何れだけ地位をもつて居るか知らないが、到底俺達に比べものにはなるまい。些つとは礼儀を弁へて居るだらう、なぜ解決をつけてゆかないか』 玉能姫『オホヽヽヽ、色のお黒い蜈蚣姫さまの御眷属だけあつてお二人様、お色の黒い事、黒いにかけては天下無類の豪傑でせう。私は根つから、色の黒いのは虫が好きませぬ』 カナンボール『何だツ、善言美詞を使ふと云ふ三五教の信者が、人の顔の品評までやると云ふ事があるものか。他の顔が黒いなんて、女の分際で男を嘲弄致すのか』 玉能姫『ホヽヽヽヽ、貴方は色の黒いのが御自慢でせう。烏は黒いのが重宝、白鷺は白いのが重宝でせう。蜈蚣姫のお気にいる貴方等だから黒いといつたのは、畢竟私が尊敬を払つたのです。悪く取つて貰つちや困りますなア。あのまアお二人様とも揃ひも揃うてお黒い事、何方向いて御座るのか、近よつて見なくては分りませぬ』 カナン『オイ、スマート、なんぼ尊敬を払ふと云つたつて、色が黒いと云はれるのは、根つから有難うないぢやないか』 スマート『何、此奴ア海千、川千、山千の化物だから、尊敬どころか、体のよい辞令を使つて俺達を極端に罵倒して居るのだよ。サアもう斯うなつては俺も承知がならぬ。オイ皆の奴、出て来い。此奴をふん縛つて布引の滝へ投り込むのだ』 『オーイ』 と答へて四辺の樹の茂みより十数人、バラバラと二人の周囲に駆け集まつた。 玉能姫『コレコレ初稚姫さま、確かりして居て下さいや。是から一つ私が奮闘して、皆の奴に一泡吹かせて改心をさせて見せませう。言霊戦も結構だが、彼様な心の盲聾には言霊の効能は覚束ない。先づ第一着手として女の細腕が続く限り、直接行動を開始致しませう』 と懐中より襷を取り出し、十文字にあやどり、裾を高くからげ、大地に四股を踏み、両手をひろげ、 玉能姫『サア来い、来れ、木端武者共。三五教の玉能姫が武勇の試し時』 と両手に唾しながら身構へた。六才の初稚姫も捩鉢巻を凛と締め、襷を十文字にあやどり、袴の股立締め上げ、これ亦両手を拡げ唾しながら、 初稚姫『ヤアヤア、バラモン教を奉ずる小童共、初稚姫が幼の腕力を試すは此時、さア来い、来れ』 と雄健びする其凛々しさ。 スマート『アハヽヽヽ、些つと洒落てけつかる。小さい態をして何だ。オイ皆の奴、こんな女二人位に大勢の男がかかつたと云はれては末代の恥だ。俺一人で沢山だ。貴様等はこの活劇を観覧してをれ。サア女、この腕を見よ。中まで鉄だよ』 玉能姫『腕ばかりか、体一面黒い黒い鉄の様な真黒黒助。水晶玉の玉能姫が、今汝の垢を落してやらう。サア来い、勝負だ』 スマートボール『何ツ猪口才な、其大言後に致せ』 と頑丈な腕をぶんぶん云はせながら玉能姫に打つてかかる。玉能姫はヒラリと体をかはしスマートが足を掬つた途端、滝壺へドブンと真逆様。こりや大変だとカナンは忽ち捩鉢巻し、又もや鉄拳を振うて打ちかかる。初稚姫は、 初稚姫『ホヽヽヽヽホ、ホヽヽ』 と体をしやくつて笑うて居る。玉能姫は、 玉能姫『エヽ面倒な。汝も共に滝壺へ水葬だ。覚悟致せ』 と飛びつき来るカナンボールの首筋に手を掛くるや否や、エイツと一声、中空を二三遍廻転し、滝壺へ又もやザンブと落ち込んだ。十余の荒男は二人の危急を見て、死物狂ひに前後左右より打ち掛かる。玉能姫は右から来る奴は左に投げ、左から来る奴は右へ投げ、前から来る奴は後へ放かし、後から抱きつき喰ひつく奴は身を縮めて前方の谷底へステンドウと放り投げた。初稚姫は飛鳥の如く飛び廻り、 初稚姫『ホヽヽヽヽ、ホヽヽ』 と笑ひ専門の活動をやつて居る。 此時数十人の足音が聞えて来た。近より見れば霧の中より現はれた真黒黒助の蜈蚣姫、 蜈蚣姫『ヤアヤア、汝は三五教の玉能姫なるか、よくも吾等が部下を悩ましよつたな。此蜈蚣姫が現はれた以上はもう叶ふまい。サア尋常に降伏致すか。この谷口は数十人の部下を以て守らせあれば、汝が身は袋の鼠も同然、サア何うぢや。往生致したか』 玉能姫『ホヽヽ、噂に聞き及ぶ蜈蚣姫とは汝の事なるか。聞きしに勝る黒い婆アさま、雪より白い玉能姫が、此滝壺へ放り込んで洗濯してやらう。サア来い』 と手に唾きして身構へすれば、蜈蚣姫はカラカラと笑ひ、 蜈蚣姫『蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふが如き、危い汝の振舞ひ。大人嬲りの骨嬲り、神妙に降伏致したが汝の為であらう』 玉能姫『誠一つを貫ぬく三五教の宣伝使、汝が一族の身魂を此滝水にさらし、水晶魂に研いて呉れむ。有難く感謝せよ』 と婆の皺苦茶腕を取らむとすれば、婆もしれ者、その手を引きはづし、玉能姫にウンと一声当身を喰はせた。玉能姫は脆くも其場に倒れてしまつた。後に残つた初稚姫は又もや小さき両手を拡げ、 初稚姫『ヤア、蜈蚣姫、吾は三五教の信者、汝が眷属共を残らず滝壺に放り込み、身魂の洗濯をしてやつて居るのに其御恩も知らず、玉能姫に当身を喰はすとは理不尽千万、もう斯うなる上は初稚姫が了簡ならぬぞや。サア来い、蜈蚣姫』 と手に唾する。 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、玉能姫さへも此婆の手にかかつて、一溜りもなく気絶致したではないか、コメツチヨの分際として武力絶倫なる蜈蚣姫に口答へ、否手向ひしようとは不埒千万、道理が分らぬも程がある。ヤア無理もない、何を云うてもまだ子供だからな』 初稚姫『満六才になつた初稚姫の細腕の力を喰つて見よ』 蜈蚣姫『何ツ、猪口才千万な』 と武者振りつく。初稚姫は右へ左へ体を躱し、暫時が程は挑み戦ひしが、遂に蜈蚣姫の為に組み敷かれ、今や息の根を絶たれむとする時しもあれ、滝の上方より宣伝歌の声が聞えて来た。蜈蚣姫は此声に驚き、ハツと滝壺の上を見上ぐる機に手が緩んだ。初稚姫はその虚に乗じ、ムツクと立ち上り、 初稚姫『ヤア蜈蚣姫、もう此上は勘忍ならぬ。覚悟せい』 と小さき拳を固め、又もや打つてかかる。滝の上の二人の男、 (谷丸)『ヤイ滝公、あれは確に初稚姫様ぢやないか』 滝公『思はぬ御遭難、お助け申さねばなるまい。オイ谷丸、俺に続け』 と壁の如き岩に纏へる藤葛、木の枝などを力に、猿の如く下りて来た。谷丸は、 谷丸『ホー、貴女は初稚姫様』 初稚姫『ヤア谷丸、滝公、よく来て下さつた。玉能姫さまは気絶して居られます』 滝公『何ツ、玉能姫さまが』 と両人は玉能姫に向つて滝水を含み、面部に吹きかける。 蜈蚣姫『エヽもう一息と云ふ処へ怪体な奴がやつて来よつて、俺達の邪魔を致すのか、覚悟を致せ』 と婆は谷丸に武者振りつく。谷丸は体を躱した途端に婆の足を浚へた。蜈蚣姫は傍の谷底へ、筋斗うつて顛落し、狐鼠々々と霧に紛れて逃げ出した。スマートボール、カナンボール其他の連中は、思ひ思ひ濃霧を幸ひ四方に散乱してしまつた。 玉能姫は滝公の介抱に初めて正気づき、四辺をきよろきよろ見廻し、 玉能姫『初稚姫様初稚姫様』 と呼び立てる。初稚姫は傍近く寄り添ひ、 初稚姫『玉能姫様、安心して下さい、此通り無事で居ります。蜈蚣姫以下の悪者共は残らず退散致しました。谷丸さまや滝公さまが危急の場合に現はれて、私達の危難を救うて下さつたのですよ。これも全く神様の助け船、お喜びなさいませ』 玉能姫は此言葉にやつと胸撫で下し、 玉能姫『アヽ初稚姫様、御無事で何よりでした。谷丸様、滝公様、有難う、よう来て下さいましたなア』 と嬉し涙に沈む。各滝に身を清め、初稚姫の導師にて天津祝詞を奏上し終つて、二三町許り谷道を下り、稍平坦なる芝生の上に身を横たへ息を休めた。 玉能姫『不思議な所へ貴方等がお越し下さいまして、加勢をして頂き、何ともお礼の申しやうが御座いませぬ。さうしてお二人さま、何御用あつて、此処へお越しになつて居たのですか』 谷丸は、 谷丸『実は貴女だから申上げますが、言依別さまの御供をして再度山の山頂迄参り、教主さまは一生懸命に何事かお祈りをして居られます。何でも大変な神様の御用ださうです。つい今の先教主様は俄に神懸りにお成り遊ばして「汝等両人、吾に構はず布引の滝へこれから参れ、御用がある」と仰せになりましたので、両人は何事ならむと山を駆け下り、滝の上より眺めて見れば今の有様、私の用と申すのは此事で御座いましたでせう』 玉能姫『それは御苦労で御座いました。吾々二人は神様のお夢に感じ、此お山の頂に大変な御用があると承はり、生田の森の杢助さまの館を立ち出で、初稚姫様の手を曳いて滝の麓迄やつて来ました所、バラモン教の一味の者に取り囲まれ、既に危き所で御座いました。これと申すも神様の吾々への御試錬でせう。いつもなら言霊をもつて言向け和すのですが、何だか今日に限つて腕を揮ひたくなつて参りました。実にお恥かしい事で御座います』 滝公は、 滝公『イヤ、何事も神界の御都合でせう。此先幾多の悪者、続出するかも知れませぬ、千騎一騎の時に用ふる武術ですから、強ち罪にもなりますまい』 初稚姫は優し味のある声にて、 初稚姫『是より言依別の教主に面会し、神界経綸上必要なる宝玉をお預り致し、或地点に埋蔵すべく吾等は神務を帯びて居るのです。宝を付狙ふ悪魔は数限りもなく居ますから、武術を応用するも已むを得ませぬ。きつと神様はお許し下さりませう。谷丸、滝公両人、吾等二人を固く守り此山頂に案内致されよ』 と云つて神懸りは元に復した。谷丸、滝公は二人の前後を警護しながら、山頂目蒐けて登り往く。 言依別命は山頂の麗しき巌の上に、十重二十重に包みたる三個の玉を安置し、一生懸命に祈願を凝らす最中であつた。谷丸は、 谷丸『教主さま、唯今帰りました。大変な事が出来致して居ました』 言依別命『それは御苦労であつた。初稚姫様、玉能姫様は御無事であつたかな』 谷丸『ハイ、危機一髪の時両人が参りましたので、先づ生命だけは助かりました、やがて滝公がお守り申して登つて来ませう。私は一足先に御報告のために、途中から急いで帰りました』 言依別命『あゝそれは御苦労であつたなア』 と言依別命はニコニコ嬉しさうに笑つて居る。 滝公『やつとこどつこい、うんとこしよ』 と一歩々々に拍子を取り、急坂を登つて来た滝公は、峰の尾上に立ち、 滝公『サアお二人さま、もう楽です。つい其処に教主が居られます。何でも貴女に結構なものをお渡し遊ばすさうです。御神諭にも「何んな人が、何んな御用をするやら分らぬ」と示されて居ますが、肝腎の幹部のお歴々様には、素知らぬ顔をして、女や子供に御神徳、否肝腎な御用を御命じになるさうです。吾々は実に羨ましう御座います。併し乍ら聖地に於ては門掃き、草むしりばかりやらせられて居つた吾々両人が、肝腎の教主様の御微行の御供をさして頂いたのですから、実に有難いものですよ。神様は公平無私ですから、人間の勝手に決めた階級などに頓着遊ばさない。さうでなければ吾々も耐まりませぬからなア』 と教主の前に一歩々々近寄つて来る。 言依別命『皆さま、よく来て下さいました。随分この山は嶮岨で御困りでしたらう』 玉能姫『イエイエ、神様のお蔭で知らぬ中に登つて参りました。昨夜神様の霊夢に感じ、初稚姫様を伴ひ当山に参ります途中、布引の滝に於てバラモン教の一派に包囲せられ、進退谷丸処へ、布引の瀑布のやうな清い滝公さまを初め、谷丸さまがお越し下さいまして、一切の悶着も滝水の如くさらさらと落着致しました。何か神界の御用を妾達に仰せつけ下さいますのでせうか』 言依別命『貴女は霊夢に感じながら、直ぐさま山頂に登らず、体を清めようなぞと思つて、わき道をなさつたものですから、一寸神様に誡められたのですよ。今後は何事も柔順になさいませ』 玉能姫『有難う御座います』 初稚姫『教主様、御機嫌宜敷う御座います』 と小さき手を地に突いて挨拶する。言依別命も亦大地に手をつき丁寧に応答し、終つて、 言依別命『初稚姫様、玉能姫様、貴方等は是から大望な御用を勤めて頂かねばなりませぬ。それについては心の底迄見抜いた谷丸、滝公の両人をして御供をさせますれば、何卒極秘密にして勤め上げて下さい。金剛不壊の如意宝珠の玉と紫の玉を、瀬戸の海の一つ島に埋蔵する御用をお任せ致します。私が参るのは易い事ですが、余り目立つては却つて秘密が破れますから、此処でお目にかかつたのです』 玉能姫『エヽ、何と仰有います。あの紛失したと云ふお宝物が、これで御座いますか。錚々たる立派な幹部の方々がおありなさるのに、私のやうな女風情が、斯様な大切な御用を承はつては分に過ぎます。何卒幹部の方に仰せつけられますやうに』 言依別命『沢山の宣伝使は居りますが、余り浅薄で執着心が深くて、嫉妬心が盛んで功名心に駆られ、且つ口の軽い連中ばかりで、誠の御用を命ずるものは一人も御座いませぬ。私は此事について日夜憂慮して居りました処、錦の宮の大神様に、玉照彦様、玉照姫様がお伺ひの結果、教主の私をお招きになり、「貴女等にこの御用をさせよ」との厳格なる御命令で御座いました。是非共是は御辞退なされては御神慮に背きます。是非此御用にお仕へ下さいませ』 玉能姫『ぢやと申して、余り畏れ多いぢや御座いませぬか』 初稚姫『玉能姫様、教主様のお言葉の通り、謹んでお受けなさいませ。私も喜んで、御用を承はりませう』 玉能姫『左様ならば不束ながらお使ひ下さいませ』 言依別命『早速の御承知、大神様も嘸御満足に思召すで御座いませう。さア是より谷丸、滝公の両人は、お二方を保護し、二つの玉を埋蔵すべく御供をして神島に渡つて呉れ』 谷、滝両人はハツと頭を下げ、 谷丸『私等の如き卑しき者に、此御用仰せつけ下さいまして有難う存じます』 言依別命『今より谷丸に対し佐田彦と名を与へ、滝公に対し波留彦と名を与ふ。是よりは佐田彦、波留彦となつて大切なる御神業に奉仕されよ』 二人は有難涙に暮れつつ、 谷丸『大切な御用を仰せつけられた上、結構な御名迄賜はりまして、吾々身に取りて此上なき光栄で御座います』 言依別命『お礼には及ばぬ、皆大神様の御命令だ。今日から佐田彦の宣伝使、波留彦の宣伝使と任命する』 二人は夢かと許り打ち喜び、地上に頭を下げ歓喜の涙に暮れて居る。 言依別命『この玉は金剛不壊の如意宝珠、初稚姫さまにお預け申す。是は紫の玉、玉能姫さまにお預け申す。も一つ黄金の玉、これは言依別が或霊山に埋蔵して置きます』 玉能姫『教主様は神島へはお渡りになりませぬか』 言依別命『三十余万年の未来に於て、此宝玉光を発する時、迎へに参ります。それ迄は断じて渡りませぬ。サア四人の方、此峰伝ひに明石の海辺を通り、高砂の浦より、窃かにお渡り下さい。これでお別れ致します』 と言依別命は峰を伝ひ足早に姿を隠した。 此黄金の玉は高熊山の霊山に埋蔵され、ミロク出現の世を待たれたのである。其時の証として三葉躑躅を植ゑて置いた。三個の宝玉世に出でて光り輝く其活動を、三つの御魂の出現とも云ふのである。 (大正一一・五・二八旧五・二加藤明子録) |
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霊界物語 | 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 | 19 山と海 | 第一九章山と海〔七一一〕 佐田彦は腰帯を解き、幾重にも包みたる玉函をクルクルと両端に包み、肩にふわりと引掛け得るやうに荷造りした。波留彦は驚いて、 波留彦『コリヤ佐田彦、大切な御神宝を、何だ、貴様の肌につけた穢苦き三尺帯に包むと云ふことがあるか、玉の威徳を涜すと云ふことを心得ぬか。さうして其の態は何だ。帯除け裸体になつて、みつともないぞ』 佐田彦『お前の帯を縦に引裂いて、半分呉れなければ仕方がない。藤蔓でもちぎつて帯にしよう』 波留彦『エー、そんなことして道中が出来るか、みつともない。自分の帯は自分がして行け。神玉の御威徳を涜すぞよ』 佐田彦『イヤ波留彦、さうでないよ。此山続きは随分バラモンの連中が徘徊してゐるから、貴重品と見せかけて狙はれてはならぬ。幾重にも包んだ宝玉、滅多に穢れる気遣ひはない。斯うして往かねば剣呑だから』 波留彦『如何に剣呑だと云つて、そりや余りぢやないか』 佐田彦『万劫末代に一度の大切な御用だ。二度目の岩戸開きの瑞祥を祝するため、言依別様が此再度山の山頂で、二度とない結構な御用を仰せつけられたのだ。失策つては大変だから、斯うして往くが安全だよ』 波留彦は、 波留彦『なんだか勿体ないやうな心持がするのだ。併し乍ら肝腎の宝を敵に奪られては一大事だから、そんならお前の言ふ通りにして行かう。サア、俺の帯を半分やらう』 と縦に真中からバリバリと引裂いて佐田彦に渡した。佐田彦は、 佐田彦『イヤ、有難う。これで確かり腹帯が締つて来た。併し乍ら玉能姫さま、初稚姫さま、貴女等はそんな綺麗な服装で御出になつては、悪漢に後をつけられては詮りませぬよ、何とか工夫をなさいませ』 玉能姫『ハイ、吾々二人は着物を裏向けに着て、気違ひの真似をして参りませう』 佐田彦『ヤー、それは妙案だ。流石は玉能姫様だ。サアサア、佐田彦が着替へさして上げませう』 と立ち上らむとするを玉能姫、初稚姫は首を左右に掉り、 玉能姫『イエイエ、滅相な、妾も玉能姫、自分のことは自分で処置をつけねばなりませぬ』 と云ひつつ、クルクルと帯を解き、裏向けに着物を着替へて了つた。 初稚姫も亦着物を脱がうとするを、玉能姫は少し首を傾け、 玉能姫『一寸待つて下さい。気違ひが二人もあつては却つて疑はれるかも知れませぬから、貴方は気違ひの娘になつて下さい』 初稚姫『そんなら気違ひのお母さま。サア、何処なつと参りませう』 玉能姫『オイ佐田公、波留公、貴様は何処の奴だ。余程好いヒヨツトコ野郎だな』 佐田彦『これはしたり、玉能姫さま、姫御前のあられもない、何と云ふ荒いことを仰有りますか』 玉能姫『知らぬ知らぬ、アーア、斯んなヒヨツトコ野郎の莫迦者と道伴れになるかと思へば残念だ。気が狂ひさうだ』 波留彦『玉能姫さま、今から気違ひになつて貰つては波留彦も堪りませぬで』 玉能姫『伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。大根役者が玉を持つ、コリヤコリヤコリヤ』 佐田彦『玉能姫さま、洒落も可い加減になさいませな。これから未だ沢山な道程、今から気違ひの真似して居つては怺りませぬで』 玉能姫『なに、妾を気違ひとな。エー残念だ。バラモン教に於て其の人ありと聞えたる鬼熊別の妻、蜈蚣姫とはわが事なるぞ。汝は三五教の腰抜宣伝使、この蜈蚣姫が尻でも喰へ。残念なか、口惜しいか。あの詮らぬさうな顔付ワイの。オホヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ倒ける。 佐田彦『アー、仕方がないなア、あんまり嬉しうて玉能姫さまは本当に逆上せて了つたのだらうかなア、波留公』 玉能姫『定めて逆上せたのであらう。逆上せ切つた蜈蚣姫の再来が、お前の頭をポカンと波留彦だ』 と言ひながら波留彦の横面をピシヤピシヤと撲り、 玉能姫『アハヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ひ倒ける。 波留彦『なんぼ女にはられて気分が好いと言つても、キ印に撲られて怺るものか。さア行きませう、玉能姫さま、確かりなさいませ』 玉能姫『ホヽヽ、私は玉能姫ぢやないよ、狸姫だよ』 波留彦『エー、怪体の悪い、肝腎の御神業の最中にやくたいだなア。初稚姫さま、ちつと確かり言つて聞かして下さいな。コリヤ本当に逆上せて居ますで』 初稚姫『お母さま、往きませう』 とすがり付く其の手を取り放し、 玉能姫『エー、お前迄が私を気違ひと思つて居るのかい。アヽ穢らはしい。斯んな所には一時も居れない』 と二つの玉を包んだ帯を肩に引つかけ、山伝ひに雲を霞と走り行く。 初稚姫は負けず劣らず、玉能姫の後に随ひ矢の如く走り行く。佐田彦、波留彦は遁げられては大変と一生懸命に後を追ふ。何時の間にか玉能姫、初稚姫の姿は見えなくなつた。 佐田彦『オイ、波留彦、大変なことが起つたものぢやないか』 波留彦『貴様が確り握つて居らぬから、到頭狸が憑りやがつて持つて去んで了つたのだい。アヽもう仕方がない、神様に申訳がない。此絶壁から言ひ訳のために身を投げて死んで了はうかい』 佐田彦『さうだと言つて、そんな事をすれば益々神界の罪だよ』 と心配さうに悔んでゐる。 向ふの木の茂みから、 玉能姫『オーイ、波留彦さま、佐田彦さま、此処だよ此処だよ』 と玉能姫は呼んでゐる。 波留彦『ヤア、在処が分つた。気違ひ奴、あの禿げた山の横の小松の下に顔だけ出してゐよる、表から行くと又逃げられては大変だ。廻り道をしてそつと捉まへようかい』 と二人は山路を外し、木の茂みの中を蜘蛛の巣に引つかかりながら、漸く玉能姫の間近に寄つた。 玉能姫『あの二人の御方、よう来て下さんした。たまたま御用を仰せつけられながら、玉能姫に玉を奪られて玉らぬだらう。さアさア初稚姫さま、あんなヒヨツトコ野郎に構はず行きませうよ。ホヽヽヽ』 と嘲笑ひと共に掻き消す如く、又もや一目散に木の茂みを脱けて、何処へか姿を隠した。二人は一生懸命に追ひかける。初稚姫の計らひで処々に小柴が折つて標がしてある。 佐田彦『ヤア、流石は初稚姫さまだ。子供に似合はぬ好い智慧が出たものだ。俺達に之を合図に来いと云つて、小柴を所々折つて標をつけて於て下さつた。オイ、之を探ねて走らうぢやないか、のう波留彦』 波留彦『オーさうだ』 と二人は捩鉢巻しながら、小柴の折れを目標に追ひかけて行く。 鷹鳥ケ岳の山麓の松林に七八人の男、胡床を掻き車座になつて、ひそびそ話に耽つてゐる。 甲『オイ、大変に強い女もあればあるものぢやないか。俺達の兄分のスマートボールやカナンボールを苦もなく滝壺へ投げ込み、剰つさへ俺達を谷底へ投り込みやがつて、此通り痛い目に遇はせ、終局の果には蜈蚣姫の教主様まで、あんな目に遇はせよつた。彼奴は何でも偉い神様の再来かも知れないよ』 乙『なアに、彼奴は玉能姫と云つて鷹鳥山の鷹鳥姫の婢奴となり、清泉の水汲をやつて居つた奴だ。あの時は此方は女や子供と思つて油断をして居たから、あんな不覚を取つたのだ。何れ此辺へ迂路ついて来るかも知れない。なんでも彼奴を捉まへて三五教の宝の在処を白状させ、バラモン教へ占領せねば、到底此自転倒島に於ては俺達の教派は拡まらない、なんとかして、まア一度彼奴の行方を探ね、目的を達したいものだ』 丙『そんな危ないことは止しにせエ。生命あつての物種だ。蜈蚣姫さまでさへも彼奴の乾児がやつて来て、谷底へ放り投げたやうな強力が随いてゐるから、うつかり手出しは出来ないよ』 甲『ちよろ臭いことを云ふな。計略を以て旨く引張り込めば何でもない。俺が一つ智慧を貸してやらう』 丙『どうすると云ふのだい』 甲『貴様等二三人が俺と一緒に女に化けて鷹鳥山に乗り込み、三五教の求道者となつて誤魔化すのだ』 乙『貴様の面では女に変装したつて到底駄目だよ。貴様が変装したら、それこそ鬼婆に見えて仕舞ふぞ』 甲『鬼婆でも、鬼爺に見えなければ宜いぢやないか。それで完全な女になつたのだ。善悪美醜は問ふところに非ず。俺は皺苦茶婆さまになつて入り込むから、貴様は皺苦茶爺になつて、杖でもついて腰を屈め、俺の後に踵いて来い』 乙『いつその事、堂々と男の求道者になつて行つたらどうだ』 丙『そんな悪相な面をして行かうものなら、忽ち看破されて了ふぜ』 斯く雑談に耽る折しも、向ふの方より一人の女、何か肩に引つかけ、髪を振り乱し、衣服を裏向けに着ながら、女に似合はず大股にトントンと此方に向つて来る。 七歳ばかりの少女は、 少女(初稚姫)『お母さまお母さま』 と連呼しながら後追ひかけ来る。又もや続いて二人の荒男、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイオーイ。待つた待つた』 と一生懸命に息を喘ませ進み来る。 甲『アリヤ何だ、あた嫌らしい。髪を振り乱し着物を裏向けに着やがつて、褌に何だか石のやうなものを包んで走つて来るぢやないか。彼奴はてつきり気違ひだよ。気違ひに噛ぶりつかれでもしたら、まるで犬に喰はれたやうなものだ。オイ、皆の奴、すつこめすつこめ』 一同『よし来た』 と林の草の中に小さくなつて横たはる。その前を踏まむ許りに玉能姫、初稚姫は、 玉能姫、初稚姫『キヤアキヤア』 と金切声を張り上げながら通つて行く。二人の男汗を垂らし、 二人の男(佐田彦、波留彦)『オーイ、気違ひ待つた』 と又もや一生懸命西方指して進み行く。一同はやうやう頭を上げ、 甲『ヤー何処の奴か知らぬが、女房が気が狂つたと見えて、偉い勢で追ひかけて行きよつた。可愛相に、あんな娘がある仲で、女房に発狂されては怺つたものぢやない。併しなかなか別嬪らしかつたぢやないか』 乙『さうだなア、可愛相なものだ。先へ行つたのはあれの爺だらう。後から行く奴はヒヨツとしたら下男かなんかだらうよ。何は兎もあれ、どえらい勢だつた。まるきり夜叉明王が荒れ狂うたやうな勢だ。マアマア俺達は無事に御通過を願うて幸ひだつた』 と話してゐる。暫らくすると蜈蚣姫は、スマートボール、カナンボール其他拾数人の部下を引連れ、一生懸命に此場に駆け来り、五六人の姿を見て、 蜈蚣姫『オイ、お前は信州、播州、芸州の連中ぢやないか。なにして居る。今此処へ玉能姫が通つた筈だがお前は知らぬか』 信州『最前から此処で一服して居ましたが、玉能姫のやうな奴は根つから通りませぬで。髪振り乱した気違がキヤアキヤア云つて通つたばかり、後から爺が可愛相に汗をブルブルに掻いて追つかけて行きました』 蜈蚣姫『どうしても此処を通らにやならぬ筈だが、ハテ不思議だなア。それなら大方杢助館へでも廻つたのだらう。一体何処へ行きよるのか。皆の奴、斯うしては居られない。再度山の山麓、生田の森に引返せ』 と慌しく呼ばはつた。スマートボールを先頭に全隊引率れて、東を指して一生懸命バラバラと走り行く。 梢を渡る松風の音、刻々に烈しくなり、瀬戸の海の浪は山嶽の如く吼り狂うてゐる。玉能姫、初稚姫は漸々にして高砂の森に着いた。四辺に人なきを幸ひ、乱れ髪を掻き上げ、顔を立派に繕ひ、着物を脱ぎ替へ、元の玉能姫となつて了つた。息急き切つて走り来つた佐田彦、波留彦は此の姿を見て、 佐田彦『ヤー、玉能姫さま、気がつきましたか。大変心配でしたよ』 玉能姫『オホヽヽヽ、お約束通り上手に気違に化けたでせう。須磨の浜辺の難関を、あゝせなくては通過が出来ませぬからなア』 佐田彦『イヤもう恐れ入りました。流石言依別命様が御見出し遊ばしただけあつて、佐田彦如き凡夫の到底及ばぬ智慧を持つてゐなさるなア』 波留彦『本当に七尺の男子波留彦も睾丸を放かしたくなつて来ました。アハヽヽヽ』 佐田彦『それにしても初稚姫さま、小さいのによく踵いてお出でなさいましたなア。何時もお父さまに甘へて負はれ通しだのに、今日は又どうしてそんな勢が出たのでせう』 初稚姫『神様が私を引つ抱へて来て下さいました。あの大きな神様が御目に止まりませ何だか』 佐田彦『さう聞くと何だか大きな影の様なものが、始終踵いて居たやうに思ひました』 初稚姫『かげが見えましたか。それが神様の御かげですよ。オホヽヽヽ』 佐田彦『子供の癖によく洒落ますなア。シヤレシヤレ恐れ入りましたもので御座るワイ』 玉能姫『サア、これから高砂の浜辺へボツボツ参りませう。幸ひに日も暮れました』 と玉能姫は先に立つ。三人は欣々と後に随ひ、浜に立ち向ふ。 五月五日の月は西天に輝き、薄雲の布を或は被り或は脱ぎ、月光明滅、四人が秘密の神業を見え隠れに、窺ふものの如くであつた。鳴門嵐の暴風は遠慮会釈もなく海面を撫で、山嶽の如き荒浪は立ち狂ひ、高砂の浜辺に押寄せ、駻馬の鬣を振つて噛みついて居る。 佐田彦は、猿田彦気取りで先に進み、船頭の家を叩き、 佐田彦『モシモシ、船頭さま、これから家島へ往くのだから、船を出して下さいな。賃銀は幾何でも出しますから』 船頭は家の中より、 船頭『何処の方か知らぬが、何を呆けてゐるのだ。レコード破りの荒浪に、如何して船が出せるものかい。こんな日に沖に出ようものなら、生命がいくつあつても堪るものでない。マア、二三日風の凪ぐ迄待つたらよからう』 佐田彦は小声で、 佐田彦『ハテ、困つたなア。吾々はどうしても家島へ渡らねばならないのだ。せめて中途の神島までなつと送つて呉れないか』 船頭『なんと言つても此の時化には船は出せないよ。桑名の徳蔵ならばイザ知らず、俺達のやうな普通の船頭では、到底駄目だよ。こんな日に船を出す位なら、家もなんにも要つたものぢやない。そんな分らぬことを言はずと、二三日待つたがよからうに』 佐田彦『どうしても出して呉れませぬか、仕方がない。それなら船を貸して下さいな』 船頭『滅相もないこと仰有るな。船でも貸さうものなら商売道具を忽ち滅茶々々にされて了うて、女房や子の鼻の下が乾上がつて了ふ。一つの船を慥へるにも百両の金子が要るのだ。自家の身代は此の船一つだ。マア、そんなことは絶対に御断り申さうかい』 佐田彦『未だ外に船頭衆はあらうな』 船頭『此の浜辺には二三十人の船頭が居る。併し乍ら開闢以来、この荒浪に船を出すやうな莫迦者は一人も居りませぬワイ。今日は五月五日、菖蒲の節句、神様が神島から高砂へ御出で遊ばす日だから、尚々船は出せないのだ。仮令浪はなくとも今日一日は、此の海の渡海は出来ないのだ。暮六つから神様が高砂の森へお越しになるのだ。モー今頃は神島を御出立遊ばして御座る時分だよ。何としてそんな処へ行くのだい』 佐田彦『俺は家島へ行くのだ。浪の都合で一寸御水を頂きに神島へ寄りたいと思ふのだよ』 船頭は不思議な奴が出て来たものだと呟きながら表に立出で、 船頭『ヤー、見れば若い御女中に娘さま。お前さま等も御一行かな』 玉能姫『ハイ、左様で御座います。どうぞ船を御出し下さいませ』 船頭頻に首を振り、 船頭『アーいかぬいかぬ、途方もないこと云ひなさるな。男でさへも行かれぬ処へ、妙齢の女が渡ると云ふことは到底出来ない。平常の日でも女は絶対に乗せることは出来ませぬワイ』 初稚姫『小父さま、そんなら其の船を売つて御呉れぬか』 船頭『売つて呉れと云つたつて、中々安うはないぞ。百両もかかるのだから』 初稚姫『それなら小父さま、二百両上げるから、お前の船を売つてお呉れ』 船頭『百両の船を二百両に買つて貰へば、船が二隻新調出来るやうなものだ。それは誠に有難いが、併し乍らみすみすお前さま達を海の藻屑となし、鱶の餌食にして了ふのは何程欲な船頭でも忍びない。そんなことは言はずに諦めて帰つて下さい。男の方なら二三日したら船を出して上げよう』 初稚姫『女は何うしていけないのですか』 船頭『アヽ、いけないいけない。理屈は知らぬが、昔から行つたことがない島だから』 佐田彦『船頭さま、そんなら時化が止んでから明日でも俺達が勝手に漕いで行くから、二百両で売つて下さい』 船頭『百両のものを二百両に売ると云ふことは、大変に欲張つたやうで気が済まぬが、併し船を売つて了へば、次の船が出来るまで徒食をせねばならぬから、貯蓄の無い俺達、そんなら二百両で売りませう』 佐田彦『有難い、そんなら手を打ちます。一、二、三』 と船頭と佐田彦は顔を見合せ、手を拍つて了つた。 初稚姫は懐より山吹色の小判を取出し、 初稚姫『サア、小父さま、改めて受取つて下さい』 と突き出す。船頭は検めて見て、 船頭『ヤー、有難う、左様なら。モウ一旦手を拍つたのだから、変換へは利きませぬよ』 と言ひ捨て、恐さうに家に飛び込み、中よりピシヤンと戸を閉め、丁寧に突張りをこうてゐる。波は益々猛り狂ふ。 佐田彦『アヽ此の船だ。サア皆さま、乗りませう。ちつと荒れた方が面白からう』 と佐田彦は先に飛び込んだ。三人も喜んで船中の人となつて了つた。 佐田彦『サア、波留彦、櫂を使つて下さい。俺は船頭だ。艪を漕いで行く。随分高い浪だよ』 とそろそろ捩鉢巻になつて、艪を操り始めた。 月は雲押し開きて利鎌のやうな光を投げ、四人の乗つた神島丸を照して居る。不思議や暴風は忽ち止まり、浪は見る見る畳の如く凪ぎ渡つた。二人は一生懸命に櫂を操りながら、沖に浮べる神島目標に漕ぎ出した。漸くにしてミロク岩の磯端に横付けになつた。 玉能姫『皆さま、御苦労でした。貴方等二人は此処に待つて居て下さい』 佐田彦『イエ私も御供を致しませう。これ丈篠竹の茂つた山、大蛇が沢山に居ると云ふことですから、保護のために吾々両人が御供致しませう。言依別の教主様より「両人の保護を頼む」と云はれたのだから、もし御両人様が大蛇にでも呑まれて了ふやうなことが出来したら、それこそ申訳がありませぬ。是非御供を致します』 初稚姫『その大蛇に用があるのだから、来て下さるな。大蛇は男が行くと大変に腹立てて怒るさうですから』 波留彦『大蛇でも矢張り女が好いのかなア。斯うなると男に生れたのも詮らぬものだ』 玉能姫『さア、初稚姫さま、参りませう。御両人の御方、決して、後から来てはなりませぬよ。用が済んだら呼びますから、それまで此処に待つてゐて下さい』 二人は頭を掻き乍ら、 佐田彦『エー仕方がない。役目が違ふのだから、そんなら神妙に待つて居ます。御用が済んだら呼んで下さい』 玉能姫『ハイ、承知しました。何うぞ機嫌よう待つて居て下さいませ』 と初稚姫の手を把り、篠竹を押分け山上目蒐けて登り行く。 辛うじて二人は山の頂に到着した。五六歳の童子五人と童女三人、黄金の鍬を持つて何処よりともなく現はれ来り、さしもに堅き岩石を瞬く間に掘つて了つた。 初稚姫『アー、貴女は厳の身魂、瑞の身魂の大神様、只今言依別命様の御命令に依つて、無事に此処まで玉の御供をして参りました。さア、何うぞ納めて下さい』 五人の童子はにこにこ笑ひながら、ものをも言はず一度に小さき手を差出す。初稚姫は金剛不壊の如意宝珠の玉函を取り、恭しく頭上に捧げながら五人の手の上に載せた。十本の掌の上に一個の玉函、忽ち五瓣の梅花が開いた。童子は玉函と共に、今掘つたばかりの岩の穴に消えて了つた。 三人の童女は又もや手を拡げて、玉能姫の前に進み来る。玉能姫は紫の宝珠の函を取り上げ、恭しく頭上に捧げ、次で三人の童女の手に渡した。童女はものをも言はず微笑を浮べたまま、玉函と共に同じ岩穴に消えて了つた。玉能姫は怪しんで穴を覗き見れば、童男、童女の姿は影もなく、只二つの玉函、微妙の音声を発し、鮮光孔内を照らして居る。 二人は恭しく天津祝詞を奏上し、次で神言を唱へ、天の数歌を歌ひ、岩蓋をなし、其上に今童女が捨て置きし、黄金の鍬を各自に取り上げ、土を厚く衣せ、四辺の小松を其上に植ゑて、又もや祝詞を奏上し、悠々として山を下り行く。 玉能姫は、 玉能姫『お二人さま、えらう御待たせしました。さア、もう御用が済みました。帰りませう』 佐田彦、波留彦両人は口を揃へて、 佐田彦、波留彦『それは結構で御座いました。御目出度う。これから私等が一度登つて来ますから、暫らく此処に待つて居て下さいませ』 初稚姫『モー御用が済みましたのですから、一歩も上つてはなりませぬ。さア帰りませうよ』 佐田彦『折角此処迄苦労して御供をして来たのだから、埋めた跡なりと拝まして下さいな』 初稚姫は首を左右に振つてゐる。玉能姫を見れば、是亦無言の儘首を左右に振つてゐる。何処ともなく雷の如き声、 声『一刻も猶予はならぬ。これより高砂へは寄らず、淡路島を目標に再度山の麓に船をつけよ。サア、早く早く』 と呶鳴るものがある。此言葉に佐田彦、波留彦は、 佐田彦、波留彦『ハイ、畏まりました』 と玉能姫、初稚姫を迎へ入れ一生懸命に艪櫂を操りつつ、再度山の方面指して帰り行く。 (大正一一・五・二八旧五・二外山豊二録) |
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霊界物語 | 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 | 04 長高説 | 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録) |