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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 15 金玉の辻 | 第一五章金玉の辻〔一二六九〕 治国別、玉依別は八衢をブラリブラリと逍遥しながら或四辻の辻堂の前に差掛つた。 玉依別『治国別さま、どうやら玉依別の称号も断末魔が近付いたやうです。ここは浮木の森の十町許り手前の破れ堂ぢやありませぬか、どうも記憶に残つてゐるやうです』 治国別『成程、川の水音迄聞えて来た。何とはなしに娑婆近くなつた様だ』 玉依別『伊吹戸主の神様にキツウ釘をさされて来ました。本当に吾々も何時の間にやら、鼻ばかり高くなつて居つたと見えますな。柔かく厳しくカツンとやられた時の恥かしさ、苦しさ、今思ひ出しても冷汗が出ますワ』 治国別『余りお喋りが過ぎたからだ。三五教の御神諭にも……何にも知らずに途中の鼻高が、鼻ばかり高うして偉さうに申して居るが、余り鼻が高うて上も見えず、鼻が目の邪魔を致して、足許は尚見えず、先も見えず、気の毒なものであるぞよ。神が鼻を捻折りて改心さした上、誠の事を聞かしてやるぞよ……とお示しになつてゐるが、今伊吹戸主神様に御説教を聞かされて、実に御神諭の尊い事を、今更の如く悟つたよ』 玉依別『ハ、さうですな。之から現界へ帰つたら、科学的霊学研究などと偉さうにホラを吹いてゐる途中の鼻高の鼻つパチを捻折つてやらぬ事には、到底霊界の片鱗も宇宙の真相もヨウ分けず、亡者然と威張つて居る始末に了へぬ奴を、鼻を捻折つて助けてやりませうかな』 治国別『アハヽヽヽ、自分の顔は見えませぬか、玉依別さま、お前さまの鼻は随分高うなりましたよ』 玉依別『ヤア、知らぬ間に霊界ぢやと見えて、想念の延長を来し、鼻迄延長してゐました、治国別様に折つて貰つて、これで満足な顔になりました。アヽ惟神霊幸倍坐世』 治国別『伊吹戸主神様のお諭しを忘れちやなりませぬよ』 玉依別『モシ忘れたら、貴方気をつけて下さいや。又潜在意識とか、潜在神格となつて、心内深く潜伏致しました時にや、副守が跋扈して、又脱線をするかも知れませぬから、どうぞ其都度々々、御忠告を願ひます』 治国別『ハツハヽヽ、玉依別さま、私も何時忘れるか知れないから、互に気をつけ合ふ事に致しませう』 玉依別『貴方も私も一時に忘れて了つたら何うなりますか』 治国別『今から忘れる事ばかり考へなくても宜しい。忘れてよい事は忘れ、忘れてならない事は忘れない様に努めるのですな』 かく話す所へ、ヅブ六に酔うてヒヨロリヒヨロリとやつて来たのは蠑螈別、エキス両人の精霊であつた。肉体のある精霊は、肉体のなき精霊に言葉をかけられる時は、直に煙の如く消失するものだが、四人共肉体に帰り得べき精霊の事とて、どちらも元気がよい。蠑螈別は辻堂に休んでゐる二人の前に現はれ来り、 蠑螈別『モシ、何れの方か知りませぬが、一寸御尋ね申します、二十歳許りの妙齢の美人が、ここを通過致しませなんだかな』 玉依『ウン、ねつから女らしい方には、牝猫一匹会ひませぬよ』 蠑螈別『ナヽ何だ、会はぬと申すか、大方其方が誘拐して隠して居るのだろ。此街道は男も女も通る所だ。エヽン、ゴテゴテぬかさずに白状せぬか。なア、エキス、お前の鑑定は何う思ふ』 エキス『何だか知らぬが、女はモウ懲々だ、お民の事を言ふものぢやない。お民の事を聞くと、すぐにお寅婆を聯想する。あんな鬼婆が又もや、やつて来て鼻でも捻ぢよつたら、今度はモウ、サツパリだ。言ふな言ふな、女の一疋やそこら、何だい』 蠑螈別『貴様にや情交上の関係がないから、そんな平気な顔して居らりようが、当の御亭主たる俺には又特別の悲痛があるのだ。恋知らずの木狂漢に英雄の心事が分つてたまらうかい、エヽーン、大切なる情婦を片彦将軍の色魔にチヨロまかされ、其上色白の青瓢箪男に自由にされ、どうしてこれが黙つて居らりようか。お民の奴、とうと途中で逃げて了ひよつた。キツと喋し合せて、どつかで会うてけつかるに違ない、俺はどこまでも彼奴の所在を突き止め、思ふ存分やらなくちや虫がいえねえのだ。……ヤア貴様は治国別ぢやないか。こんな所へお民の後を追うて来よつたのかな。貴様もヤツパリ同穴の貉だらう、サア所在を白状致せ』 と臭い息を吹きかけながら、治国別の手をグツと握り、目を縦にして睨みつけた。治国別は迷惑さうな顔をしながら、 治国別『蠑螈別さま、見当違も程がありますよ』 蠑螈別『ナーニ、見当違だと、馬鹿を申せ、俺の天眼通で、貴様がお民をそそのかして居ることを遠隔透視したのだ。そして囁いて居つた事をも天耳通でチヤンと調べてある。サア何処へかくした、白状致せ』 治国別『アハヽヽヽ、それ程よく天眼通が利くならば、お民さまの所在は一目で分りさうなものですなア』 蠑螈別は言葉につまり、酒の酔機嫌で、拳を固めて治国別の横面を続けざまに三つ四つなぐつた。治国別は頭をかかへて抵抗もせず、『惟神霊幸倍坐世』を奏上しながら、しやがんでゐる。玉依別はグツと癪に障り、蠑螈別の後に廻り、睾玉をグツと握つて、後へ引いた。此体を見て、エキスは又もや玉依別の睾丸をグツと握り、後へ引いた途端に足が前に辷り、ドンと握つたまま仰向けに倒れた。将棋倒しにズルズルと玉依別、蠑螈別といふ順に三つ重ねとなつた。エキスは玉依別の大きな尻に睾丸をグツと押へられ、三人共睾丸を痛めて、舌をかみ出し、目を眩して了ひ、三人揃うて三きん交替の睾丸の江戸登城をやつて了つた。 治国別は驚いて三人の手を無理に放し、一人々々地上に横臥させ、一生懸命に数歌を歌ひ上げ、鎮魂を以て神霊注射を試みた。玉依別は第一着に息を吹返し、 玉依別『アイタヽヽ、アー偉い目に遇はしよつた。ヤ、先生、よう助けて下さいました。私は又第一天国へただ一人上りかけて居りましたら、貴方のお声で天の数歌が聞え出しましたので、後ふり返り見れば、貴方の身体より霊光が発射し、其光に包まれたと思へば気がつきました。精霊界へ来てもヤツパリ目をまかしたり、霊体脱離したりするものと見えますなア』 治国別『アヽさうと見えるなア、不思議なものだ。併し蠑螈別さまとエキスさまが、睾丸を損ねてまだ気がつかない。早く助けてやらねばならぬ。玉依別さま、一つ貴方、神様に願つて復活さしてやつて下さい』 玉依別『成程、揃ひも揃うて睾丸病者ばかりですな。一つ願つて見ませうか。併し先生、此奴ア、貴方の横つ面を擲つた悪人ですから、放つといてやりませうかい』 治国別『神の道は人を救ふのが勤めだ。霊界へ来てそんな心では可けませぬぞ。天国には恨もなければ憎みもない、只愛あるのみですよ』 玉依別『そらさうです、併しここは天国ぢやありませぬぞえ。中有界ですから、善も居れば悪も居ります。悪人は悪人で懲してやるが社会の為ですよ』 治国別『ソリヤいけませぬ。貴方は仮令身は中有界に居るとも、其内分には最高天国が開けてゐるぢやありませぬか。其心を以て御助けなさい』 玉依別『伊吹戸主神様が中有界は中有界、現界は現界相応の理を守れ、妄りに天界の秘密を、訳の分らぬ人間に示すと、却て神を冒涜する……と仰有つたぢやありませぬか』 治国別『ハツハヽヽ、益々分らぬやうになりますねえ』 玉依別『さうでせうとも、すでに竜公に還元の間際ですからなア。大に愛善と証覚が衰へました。否内分が塞がりましたやうです』 かく言ふ折しも、蠑螈別、エキスはムクムクと起上り、二人の顔を睨みながら、怖さうに後向けに歩き出し、五六間の距離を保つた時、何を思うたか、一生懸命に雲を霞と逃げ出して了つた。 玉依別『ハツハヽヽ、とうとう吾々の霊光に打たれ、雲を霞と消え失せよつたな、ヤツパリ吾々はどことはなしに御神力が備はつたとみえるワイ、あゝ愉快々々』 治国別『玉依別さま、先方の方から何だか、人声がするぢやないか』 玉依別は耳をすませ、 玉依別『いかにも、あれはアーク、タールの声ですよ、こんな所へ彼奴も亦迷つて来よつたのですかなア』 二人の声は益々高く聞えて来た。俄にパツと際立つて明くなつたと思へば、治国別、竜公の身は浮木の森の陣営のランチ将軍が居間に横たはつてゐた。さうして枕許にはアーク、タールの両人が心配さうな顔をして坐つてゐた。 治国『あゝ、アークさま、タールさま、此処はどこだなア』 アーク『治国別様、確りなさいませ。貴方は片彦将軍等の企みの罠に陥り、暗い井戸の底で、一旦亡くなつてゐられたのですよ。吾々両人がランチ将軍、片彦将軍の出て行つたのを幸ひ、漸く縄梯子を吊りおろし、此処までお二人の肉体を持ち運び、いろいろと介抱を致しましたら、漸くお気がついたのです』 竜公『ヤア有難い、何時の間に睾丸握の喧嘩から、こんな所へ帰つたのだらうな、アイタ、ヤツパリ睾丸が痛いワイ』 と顔をしかめてゐる。 さて四人は互に無事を祝し、大神の前に端坐して、例の如く祝詞を奏上し、終つて治国別は、蠑螈別の身の上が気に掛り、四人一度に陣内を隈なく探り、漸く酒房の前に行つた。雪は一尺以上も降り積もり、二人の寝てゐる所は際立つて高くなつてゐる。アーク、タールの両人は態とに治国別に知らさなかつた。治国別はこの場に現はれ、人間の形に雪が高くなつてゐるのを見て、 治国別『アークさま、あの雪はチツと変ぢやありませぬか、丁度人間が寝てゐるやうに高く積つてゐるでせう』 アーク『彼奴あ、ユキ倒れかも知れませぬよ』 竜公『こんな所に行き倒れがあつてたまるかい。行き倒れといふ奴ア、道端で乞食が野倒死したのを言ふのだ』 アーク『それでも、あこに蠑螈別が倒れて其上へ雪が積もつたら、ヤツパリユキ倒れだ……ウソと思ふなら、お前行つて調べて来い。彼奴アな、食ひしん坊だから、酒盗みに行きよつて、酒房の外で酔ひつぶれてるのかも知れないよ』 竜公『今幽界で蠑螈別、エキスの両人に面会し、睾丸の掴み合ひをして来た所だ。大方それから考へると、最早肉体は冷たくなつて、現界の人ではないかも知れないよ』 タール『ナニ、俺達と今一緒に倒れた所だ、彼奴ア酒の量が多いのでよく寝てるのだ。俄にブチヤケるやうな雪が降つて、瞬間に一尺も積つたのだ。本当に不思議な雪だつたよ。何はともあれ、竜公さま、お前は冥土の知己だから、一つ気をつけてやり給へ。亡者卒業生だからなア、亡者が亡者に対するのは、身魂相応の理によるものだからなア、アツハツハヽヽ』 竜公は足で雪を掻き分けて見ると、蠑螈別はムクムクと起上り、雪の中に胡坐をかき目をつぶつてゐる。エキスも亦竜公に足で雪を取除かれ、頭を蹴られた途端に気がつき、目を塞いだまま、雪の中に坐つて、口をムシヤムシヤ動かしてゐる。蠑螈別は夢中になつて奴拍子の抜けた声で、 蠑螈別『片彦将軍、お民を返せ、コラ色白の小童、俺の女を何うしよつた。早く此場へ出さぬか、……ヤお寅が来よつたな、痛いわい痛いわい……睾丸を引張りよつて、イヽ痛い、息が切れる、エキス、コラ、竜公の睾丸を引張つてくれ!』 などと千切れ千切れに喋り立ててゐる。エキスはエキスで又拍子抜けのした声で、 エキス『アヽヽア、痛い痛い痛い、睾丸がツヽ潰れる潰れる』 と喚いてゐる。アークは首を傾けながら、 アーク『何とマア不思議な事があるものだな。竜公さまが気がつくが早いか、睾丸が痛いといふかと思へば、蠑螈別が又睾丸々々といひ出す、エキスの奴までお附合に睾丸々々とほざいてゐよる。此奴ア面白い。エヘヽヽヽ、コラ睾丸の大将、早う起きぬかい、確りせい』 と蠑螈別の鼻を力に任して捻ぢた。 蠑螈別『イヽヽヽ痛い痛い、又してもお寅の奴、俺の鼻を摘みやがつて……許せ許せ』 アーク『ハツハヽヽ、オイ、蠑螈別、俺だ俺だ、目をあけぬかい。どこだと思つてゐるのだ』 蠑螈別『何処でもないワイ、辻堂の前だ。早く俺を浮木の陣営へ連れて行つてくれ』 アーク『ここが浮木の森の陣営だ、余り酒を喰ふものだから、目を眩しよつたのだろ』 と頬を平手でピシヤピシヤと擲る。蠑螈別はハツと気が付き四辺を見れば、エキスが側に真白気になつて坐つてゐる。そして治国別、竜公の其処に立つてゐるのを見て、不思議さうに手を組み、 蠑螈別『ハテハテ』 と云ひながら、穴のあく程二人の顔を覗き込んだ。 治国『蠑螈別さま、エキスさま、此処は浮木の森の陣営ですよ。私も暫く魂が肉体を放れ、八衢旅行をやつて来ました。お前さまも八衢で会ひましたね。併しモウ現界へ帰つたのですから、安心なさいませ。それよりもランチ将軍、片彦将軍初めお民さまの身の上が、どうも気にかかります。物見櫓の方に何か変事が突発してゐるかも知れませぬ。サア参りませう』 蠑螈別はお民の危急と聞いて、酔も醒め、本気に立帰り、陣営の駒に打ち乗り、治国別、竜公他四人は馬首を揃へてカツカツカツと蹄の音も勇ましく、物見櫓を指して雪に馬足を印しながら走り行く。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八松村真澄録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 07 剛胆娘 | 第七章剛胆娘〔一二八一〕 初稚姫『此世の中に人となり神の恵に救はれて 父の命と諸共に産土山の聖場に 朝な夕なに仕へたる吾身の上こそ嬉しけれ 神素盞嗚の大神は高天原に登りまし 姉大神に疑はれ高天原の安河で 誓約の業をなしたまひ清明無垢の瑞御霊 現はれ給ひし尊さよさはさりながら八十猛 神の命は猛り立ち吾大神の御心は かくも尊き瑞御霊しかるを何故大神は 汚き心ありますと宣らせたまひし怪しさよ 事理聞かむと伊猛りて遂には畔放ち溝埋め頻蒔や 串さしなどの曲業を始めたまひし悲しさよ 我素盞嗚の大神は百千万の神人の 深き罪をば身一つに負はせたまひて畏くも 高天原を下りまし島の八十島八十の国 雪に埋もれ雨にぬれはげしき風に曝されて 世人のために御心を尽させたまひ産土の 伊曽の館にしのばせて茲に天国建設し 千座の置戸を負はせつつ五六七の御代を来さむと いそしみ玉ふ有難さ妾も尊き御神の 御許に近く仕へつつ天国浄土の真諦を 悟り得たりし嬉しさよ父の命に暇乞ひ 踏みも習はぬ旅の空出で往く身こそ楽しけれ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つの三五の 愛と信との御教は幾万劫の末までも 天地と共に変るまじかくも尊き御教に 吾精霊を充しつつ尊き神の御使と 茲に旅装を調へてハルナを指して出でて往く あゝ惟神々々神の恵の深くして 往く手にさやる曲もなく身も健に此使命 果させたまへ大御神石の枕に雲の夜着 野山の露に身を伏せて仮令幾夜を明すとも 神の御守り有る上は何か恐れむ宣伝使 かよわき女の身ながらも絶対無限の神力を 保たせ給ふ大神の吾は尊き御使 必ず神の御名をば汚さず穢さず道のため 世人のためにあくまでも神の御旨を発揚し 八岐大蛇も醜神も剰さず残さず神の道 救はにややまぬ吾覚悟立てさせたまへ惟神 神の御前に赤心を捧げて祈り奉る 神が表に現れまして善神邪神を立てわける 五六七の御代も近づきて常世の春の花開き 小鳥も歌ふ神の園此世は曲の住家ぞと 世人は云へど吾身には皆天国の影像ぞ あゝ勇ましや勇ましや悪魔の征討に上り行く 吾身の上ぞ楽しけれ』 と声淑やかに歌ひつつ、産土山を下り、荒野ケ原を渡り、漸く黄昏時深谷川の丸木橋の辺についた。此谷川は川底迄殆ど百間許りもある、高き丸木橋である。総ての宣伝使は皆この一本橋を渡らねばならない。併し一本橋とは云へ、谷川の辺の大木を切り倒し、向岸へ渡せし自然橋なれば、比較的丈夫にして騎馬のまま通過し得る巨木の一本橋であつた。初稚姫はこの丸木橋の中央に立ち、目も届かぬ許りの眼下の谷水が飛沫をとばして囂々と流れ往く其絶景を打ち眺めて居た。 初稚姫『大神の恵は清き谷水の 流れて広き海に入るかな。 闇の夜を明きに渡す丸木橋 妾は今や中に立ちぬる。 眺むれば底ひも知れぬ谷川に 伊猛り狂ふ清き真清水。 谷底を流るる水はいと清し 空渡り往く人は如何にぞ。 黄昏れて闇の帳はおろされぬ されど水泡は白く光れる。 伊曽館、咲き匂ひたる白梅に 暇を告げて別れ来しかな。 月もなく星さへ雲に包まれて 暗さは暗し夜の一人旅。 かくばかり淋しき野路を渡り来て 黒白もわかぬ闇に遇ふかな。 さりながら神の光に照らされし 吾が御霊こそは暗きを知らず。 唯一人橋のなかばに佇みて 思ひに悩む父の身の上。 いざさらば此谷川に名残りをば 惜みていゆかむ河鹿峠へ』 かく歌ひながら暗の小路を足探りしつつ進み往く、遉の初稚姫も暗さと寒さに襲はれ止むを得ず路傍に蓑をしき、一夜を此処に待ち明さむと、天津祝詞を奏上し、うとうと眠る時しも一本橋の彼方より現はれ出でたる黒い影、のそりのそりと大股に踏張り乍ら、初稚姫の傍近く進みより、 甲(赤六)『オイ、臭いぞ臭いぞ』 乙(黒八)『何が臭いのだ。ちつとも臭くは無いぢやないか。昨夕も失敗し、今晩こそは人の子を見つけて腹を膨らさなくちや、最早やり切れない。何とかして人肉の温かいやつを食ひたいものだなア』 甲(赤六)『さうだから臭いと云つて居るのだ。何でも此辺に杢助の娘、初稚姫と云ふ奴が来た筈ぢや。昼は到底俺達の世界ぢやないが、都合のよい事には女一人の旅、肉はムツチリと肥て甘さうだ。何とかして捜索出して御馳走に預かり度いものだ。……オイますます臭がして来たよ。何でもこの辺の横つちよの方に休息して居るに相違ない。オイ黒、貴様はそつちから探して呉れい。この赤サンは足許から探しに着手する』 黒(八)『オイ赤、貴様は鬼の癖に目が悪いのか』 赤(六)『何、ちつとも悪くは無いが、此間から人間を食はないので些しうすくなつたのだ。オイ黒、貴様は見えるかい』 黒(八)『見えいでかい。イヤ、其処に金剛杖や笠が見えかけたぞ。ヤ旨い旨い今晩はエヘヽヽヽ久し振りで、どつさりと御馳走を頂かうなア』 初稚姫は不思議の奴が来たものだと、息を凝らして考へて居た。さうして心の中に思ふやう、 初稚『妾は天下の宣伝使だ、此位な鬼が怖ろしくて、此先数千里の旅行が続けられやうか。一つ腕試しに此方の方から先をこして相手になつて見よう、否威かしてやらう』 と胆力を据ゑ、 初稚『こりやこりやそこな赤黒とやら申す鬼共、貴様は最前から聞いて居れば、大変に腹を減して居るさうだなア。人肉の温かいのが喰ひたいと云ふて居たが、茲で温かい肉と云へば妾一人しかいない筈ぢや。年は二八の若盛り、肉もポツテリと肥て大変味がよいぞや。所望とならば喰はしてやらう。サア手からなりと、足からなりと、勝手に喰つたがよからう。妾は天下の万物を救ふべき宣伝使だ。吾の御霊は神の聖霊に満されて居る。汝は哀れにも悪霊に取りつかれ、肉体迄が鬼になつたと見える。妾は今日は宣伝使の門出、初めて聞いた其方の悔み事、之を救うてやらねば妾の役がすまぬ。サア遠慮はいらぬ、吾肉体を髪の毛一条残さず食ふて呉れ。神の神格に満された初稚姫の肉体を喰はば、汝赤、黒の鬼どもはきつと神の救ひに預かり、清き尊き人間になるであらう。妾は繊弱き身なれども、汝の如き荒男に喰はれ、汝を吾生宮として使ひなば、初稚姫の身体は荒男二人となつて神のために尽す非常の便宜がある。サア、早く喰つてもよからうぞ』 赤黒二人は初稚姫の此宣言に肝を潰したか、ビリビリと慄ひ出した。 赤(六)『オイ、ク、黒、駄目だ駄目だ。サヽ遉は杢助さまの娘だけあつて偉い事を云ふぢやないか。俺はもう嚇し文句が何処へかすつ込んで仕舞つた。貴様何とか云つて呉れないか。帰宅で話が出来ぬぢやないか』 と慄ひ慄ひ囁いて居る。 黒(八)『オイ赤、彼奴はバヽヽ化物だよ。決して初稚姫さまぢやなからう。あんな柔しい女がどうしてあんな大胆の事が云へるものか。彼奴はキツト化物に違ひない。グヅグヅして居ると反対に喰はれて仕舞ふぞ。サア、逃げろ逃げろ』 赤(六)『俺だつて足がワナワナして逃げるにも逃げられぬぢやないか。ほんとに貴様の云ふ通り彼奴は、バヽ化物だ。それだから杢助さまに耐へて下されと云ふのに、ちつとも聞いて下さらぬからこんな目に遇ふのだ』 と二三間此方の萱の中に首を突つ込んで慄ひ慄ひ囁いて居る。初稚姫は、 初稚『ホヽヽヽヽ、何とまア腰抜けの鬼だこと、そんな鬼みそに喰つて貰ふのは御免だよ。お前の身体に入つて見た所で、そんなみそ鬼は仕様がないから今の宣言は取り消しますよ。オイ鬼共一寸茲へ来なさい、少し神様のお話を聞かしてあげる。お前も可愛さうに人間の身体を持ちながら、何と云ふ弱い事だ。妾は初稚姫に違ひありませぬよ。決して化物ぢやありませぬ。最前からお前の囁き声を聞いて居れば、何うやら下僕の六と八のやうだが、夫に違ひはあるまいがな。妾も初めはほんとの鬼かと思ふて身体を喰はしてやらうと云つたが、幽かに囁く話声を聞けば六と八とに相違あるまい。お父さまに頼まれて私を試しに来たのだらう。サアここに来なさい、決して化物でもありませぬ』 赤と名乗つて居た六は小声になり、 六『オイ黒八、どうだらう、本当に姫様だらうか?どうも怪しいぞ。うつかり傍へ往かうものなら、頭から噛りつかれるかも知れやしないぞ』 八『さうだなア、赤六の云ふ通り、どうも此奴は怪体だぞ。それだから今晩の御用は根つから気に喰はぬと云つて居たのだ。あゝ逃げるにも逃げられぬ、どうも仕方がない。鬼さま、いや化さまの所へ行つて断りを云はうぢやないか。喰はれぬ先にお詫をして九死に一生を得る方が余程賢いやり方だ』 赤(六)『ウンさうだな、もしもし初稚姫様にお化けなされたお方、実は私は八、六と云ふ伊曽館の役員杢助と云ふ方の下僕です。実は姫様のお身の上を案じ、且つ試す積りで主人の命令をうけ此処迄来たもので厶います。決して悪い者ぢやありませぬ。何うぞ命許りはお助け下さいませ』 初稚『ホヽヽヽヽ、やつぱり六に八であらう。そんな肝のチヨロイ事で何うして此初稚姫が試されませう。お父さまもそんな腰抜男を沢山の給料を出してお抱へ遊ばすかと思へばお気の毒だよ。六でもない八助だなア』 六『もしお化様どうぞ勘忍なして下さいませ。そしてお嬢様は此処をお通りになつた筈ですがお前さま喰つたのでせう。喰はれたお嬢さまは仕方がありませぬが、併し吾々二人の命だけはどうぞお助けを願ひます』 初稚『これ六に八、妾は初稚姫に間違ひないぞや。些と確りなさらないかい。お前、睾丸をどうしたのだい』 八『オイ六、やつぱり化州だ。彼奴は睾丸狙ひだよ。俺の睾丸まで狙つてけつかる、此奴は堪らぬぢやないか』 六『睾丸狙ひだつて、俺の金助は余程気が利いとると見えて、どこかへ往つて仕舞つた。貴様は八と云つて八畳敷の大睾丸だから些つと困るだらう』 八『イヤ、俺の睾丸も何処かへ往つて仕舞つたやうだ。吃驚してどこかへ落したのではあるまいかな』 六『ハヽヽヽヽ、馬鹿云へ、睾丸を落す奴があるか、大方転宅したのだらう』 八『何だか腹が膨れたと思ふたら腹中にグレングレンやつて居ると見える。オイ一つこんな時には御主人の云つて居られた惟神霊幸倍坐世を唱へようでないか。さうすればきつと曲津神が消えると云ふ事だよ』 六『そりやよい所へ気がついた。サア一所に惟神だ。カーンナガアラ、タヽマチ、ハヘ、マセ』 八『カンナンガラ、タマチハヘマセ。……何だか自分の声迄怖ろしくなつて来た。アンアンアン』 初稚『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世、吾家の下僕六、八の二人の御霊に力を与へさせたまへ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 初稚姫はうとうとと眠りについた。六、八の両人は初稚姫の鼾を聞いて益々怖ろしくなり、一目も眠らず夜中頃まで互に体を抱き合ひ、怖ろしさに慄へて居た。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 12 お客さん | 第一二章お客さん〔一二八六〕 祠の森の玄関口には、例の如くヨルが受付をやつてゐる。そこへ深編笠を被つた雲突く許りの大の男現はれ来り、底づつた太い声で、 男『拙者はウブスナ山のイソの館より参りし者で厶る。高姫殿はここにゐられる筈、一寸内々お目にかかりたいと申し伝へて下さい』 ヨル『ハイ、申伝へぬ事は厶いませぬが、御姓名を承はらなくては、何と云つても義理天上日出神の生宮様で厶いますから……』 男『如何にも申遅れました。今少し様子があつて名乗り難い場合で厶いますから、只一口トといふ名のつく男だといつて貰へば宜しい。そしてイソの館の重要なる職に就いている者だと御伝へ下さらば、高姫殿には成程と合点がゆくでせう』 ヨル『あなたはイソの館の重要なる役人様と聞きましたが、私はバラモン教から帰順致しましたヨルと申すもので厶います、何分に宜しく御願いたします』 男『あゝヨルといふ男はお前であつたか、五十子姫殿より確に承はつてゐる。それは御苦労だ。一度イソ館へお参りなさるがよからう』 ヨル『ハイ、有難う厶います。かうして御用をさして戴いてゐるものの、肝腎の御本山を知らいでは話も出来ませぬので、参りたいのは山々で厶いますが、日出神の生宮様が……まだ身魂が研けないから、此方が許す迄参拝してはならぬと仰せられますので差控えてをります。どうぞ早く霊を研いて聖地のお庭を踏まして戴きたいもので厶います。聖地も知らずに受付をして居りましては何だか気掛りでなりませぬ』 男『兎も角も、トといふ名のついたものが内証で折入つて話のしたい事があると云つて居ると伝へて下さい』 ヨルは、 ヨル『承知致しました。暫くここにお待を願ひます』 と云ひすて、高姫の居間に急ぎ、奥の間の襖をソツと開き、見れば高姫は脇息に凭れ、何か思案にくれてゐる最中であつた。 ヨル『もし、日出神様、貴女にお目にかかりたいと云つて、イソの館からトと名のついた大きなお方が見えました、内証でお話申し上げたい事があると云つてお出になりましたから、一寸御報告申上げます』 高姫『ナニツ、イソの館から、大きな男の、トといふ名の付いたお方がお出でになつたと申すのか』 ヨル『ハイ、それはそれは大きな男で厶います。そして聖地の最も高級な職務に仕へて居るお方だと仰有いました』 高姫は嬉しげに打ちうなづき、 高姫『ヤア、ヨル殿、お目にかかると云つておくれ。併し暫く次の間に控えて居つて下さい、今すぐ行つて貰ふと、此方の準備が出来ぬから、私が此鈴を叩いたら、ソロソロと出てゆくのだよ、それ迄控室で煙草でも呑んで待つて居て下さい』 ヨル『ハイ、承知致しました。どうぞ鈴をしつかり叩いて下さい、さうすれば其音を合図にお迎へに参りますから……』 高姫『あゝさう頼む。併しヨルや、日出神が許す迄、誰にもトと云ふお方がみえたとは云つてはなりませぬぞや』 ヨル『エヘヽヽヽ、どんな秘密でも申すよなヨルぢや厶いませぬ、まづ御安心なさいませ。貴女は日の出の御守護、私はヨルの守護で厶いますから、ヨルのお楽みも結構で厶いますワイ』 高姫『コレコレ、ヨル、いらぬ事を云ふものぢやありませぬ。次の間に、サア早く控えなさい。そして受付は誰に頼んでおいたのだい』 ヨル『ハイ、ハル公に頼んでおきました』 高姫『ウンよしよし、それで能い、あの男は気の利いた人間だからなア。お前もトといふ人がお出でになつたら気を利かすのだよ』 ヨル『ヘヽヽヽ、委細承知致しました』 と頭を掻き乍ら、次の間に行つて、高姫の合図を待つ事とした。高姫はツツと立つて、そこらの窓を覗き乍ら、一人も人のゐないのにヤツと安心したものの如く、胸をなでおろし独言、 高姫『何と云つても、ヤツパリ男だなア、あのよな気強い事を、東助さまは仰有つたので、チツと許り恨んで居つたが、ヤツパリ大勢の人の前だと思つて、あのよにつれなく言はんしたのだろ。あゝあ、男の心を知らずにすまぬ事を致しました。なア東助さま、その優しいお心を承はれば、最早高姫はこれで死んでも得心で厶んす。ドレ、顔でも作つて髪をなであげ、着物を着替にやなるまい』 と俄に白いものをコテコテと、念入りにぬり立て、髪を政岡に結び、着物を新しいのと着替へ、紫の袴をゾロリとつけ、赤い襟を一寸出し、鏡台の前に立つたり坐つたりし乍ら、 高姫『あゝこれでよいこれでよい、三国一の、言はば婿どのが来るやうなものだ。これで高姫もいよいよ願望成就だ。なア東助さま、ヤツパリ幼馴染はよいものですなア。マア能う来て下さつた。縁あればこそ子迄なした仲だ厶んせぬかい。本当に枯木に花の咲いたよな心持が致しますぞや。ドコともなしに男らしいお方、さすが高姫の思ふ丈あつて、杢助さまの一段上となり、副教主の地位迄進ましやんしたお方だもの、高姫が気をもむのも無理は厶いませぬわいの。ドレドレいつ迄もおまたせ申してはすまない、モウこれ丈化粧した上は、何時お越しになつても差支ない。併し何とはなしに恥かしいやうな気がして来た。ホヽヽヽヽ、年はよつても何だか昔の事が偲ばれて、顔がパツとあつくなつたやうだ。ホンに女の心と云ふものは優しいものだ。此初心な心を東助様が御覧になれば、キツと御満足なさるだろ、イヒヽヽヽヽ、あゝコレコレ、ヨル公や、モウ可いから、トと云ふお方に、さういつて来て下さい』 と鈴を叩くのを忘れて了ひ、なまめかしい声で呼んでゐる。ヨルは、モウ鈴がなるかなるかと待つてゐたのに、思ひ掛けない高姫の声を聞いて、襖を開き恐る恐る首をニユツと出し、 ヨル『日出神様、何ぞ御用で厶いますか』 と云ひ乍ら、顔をあげて見ると、高姫はうつて変つて、立派な装束をつけ、白いものをコテコテとぬり、頬辺の皺も何もツルツルに埋まつてゐる。ヨルは驚いて、 ヨル『イヤア、これはこれは、日出神様、何とお若うおなりなさいましたなア。ヤアこれでよめました。ヤツパリ神様でも、ありますかいな、ヘーン、お浦山吹きで厶います』 高姫『コレ、ヨル、余り冷かすものぢやありませぬよ。サ早く、ト様を御案内してお出で』 ヨル『(芝居口調)エツヘヽヽヽ、確に……承知……仕りました、急ぎ参上仕ります』 高姫『コレ、ヨル、何を云つてゐるのだい、早く行つて来なさいよ。ホンにホンに、気の利かぬ男だなア』 ヨル『日出神さま、マア使つてみて下さい、中々能う気が利きますで……』 と云ひすて、表へかけ出し、大の男に向ひ、 ヨル『これはこれは、ト様、日出神様に申上げました所、一寸少時御思案遊ばし、容易に御返事を遊ばしませぬので、此ヨルがいろいろと申上げました所、折角はるばるお出で下さつたのだから、義理にでも会はねばなるまい。何を云つても、義理を重んずる義理天上日出神だと仰有いまして、奥へ御案内せいとの仰せ……サア私についてお出で下さいませ。随分きれいな方で厶いますよ』 男『ハイ有難う、併し少しく内密の用で参つたのですから、被物は此儘で願ひたい、差支厶らぬかなア』 ヨル『そんな事に気の利かぬようなヨルぢや厶いませぬ。ヨルの守護のヨル公で厶いますよ。ヘツヘヽヽ』 男『アハヽヽヽ、然らば御案内、お頼み申す』 とヨルに導かれ、高姫の居間に足音高く、ドシンドシンと進み行く。高姫は一足一足近付く足音に胸をドキ……ドキとさせ乍ら、恋人の入り来るを、一息千秋の思ひにて待つてゐた。そして大男が襖を開いた時は、恥かしさが一時に込み上げて来たと見え、グタリと俯いてゐた。 男『御免なさいませ、高姫さま、先日は失礼致しました、定めて御立腹で厶いませうな』 高姫はやうやう口を開き、 高姫『東助様、能う尋ねて来て下さいました。本当に女子の至らぬ心から、お恨み申しまして誠に済みませぬ……コレお前はヨルぢやありませぬか、気を利かすと云つたぢやないか』 ヨル『ハーイ、承知致しました。どうぞ、シツポリとねえ、お楽み遊ばせ、ト様と……』 高姫『エヽいらぬ事を云ふものぢやありませぬ。お客様に失礼ぢやありませぬか』 ヨルは両手で頭を抱へ乍ら、腰を屈めて、スゴスゴとここを立去つた。 高姫『モシ、東助様、どうぞ被物を取つて下さいませ、そして此居間は誰も来ませぬから、どうぞ打寛いで、御ゆるりと御話を願ひます』 男『何だか体裁が悪くつて、昔の事を思ひ出し、年がよつても恥かしくなりましたよ、アツハヽヽヽ』 高姫『モシ東助さま、私だつて、ヤツパリ恥しいワ、エルサレムの山道でねえ、ホヽヽヽ』 男は『高姫殿、御免被ります』と被物をパツと除つた。見れば東助にはあらで、時置師の神杢助であつた。 高姫『ヤ、貴方は時置師神様……マアマア、お腹の悪いこと……』 時置『アハヽヽ、東助さまだと宜しいに、誠に不粋な男が参りまして、さぞ御迷惑で厶いませう』 高姫『これはこれは能くこそ御入来下さいました。お尋ね下さいました御用の筋は、如何な事で厶います』 時置『実の所は、私はイソの館をお暇を頂き、此処へ参つたのです』 高姫『それは又、神徳高き貴方が、何うして左様な事にお成り遊ばしたので厶ります』 時置『お前さまの前で、こんな事は申し上げにくいが、実の所は東助様と事務上の争ひから、止むを得ず、拙者は辞職したといふのは表向、実は東助さまに放り出されたのですよ』 高姫『それはマアマア何とした気の毒な事で厶いませう。東助さまもそんな悪い方ぢや厶いませなんだのになア、どうしてそんな気強いお心になられたのでせうか、人間の心といふものは分らぬもので厶いますなア』 時置『高姫さま、貴女だつてさうでせう。はるばると自転倒島から後を慕つてお出なさつた親切を無にして、あの通り大勢の前で肱鉄をかまし、恥をかかすやうな人だもの、大抵分つたものでせう。私だつたら、貴女のやうな親切な御方なら、何うしてあんな気強い事が出来ませう』 高姫『そらさうですなア、本当に東助さまは無情な方ですワ。若い時はあんな水臭いお方だなかつたですがなア』 時置『あれ丈、東助さまのやうに沢山女があつてはたまりませぬワイ。イソ館の今子姫さまだつて、五十子姫さまだつて、夫のある身でゐ乍ら秋波を送り、其外聖地の女は老若の嫌ひなく、箸まめな方だから、皆つまんでゐられるのです、それをお前さまが御存じないものだから、あんな不覚を取つたのです。私などは御存じの通り不粋な鰥鳥ですから、牝猫一匹だつて、見向いてもくれませぬワ。アツハヽヽヽ』 高姫『貴方は本当にお偉いですな。よう独身で今迄御辛抱なさいました。私も貴方のやうな夫があつたら、何程力になるか知れませぬがなア、ホツホヽヽ』 と顔赤らめ、袖で目をかくす。 時置『イヤもう、高姫様にきつう冷かされました。腹の悪い事いつて下さるな、何だか此時置師も妙な気分になりますワ』 高姫『どうぞ、貴方、今晩ゆつくりとお泊り下さいませ。そして外の間は役員共が休みますので、不都合で厶います。どうぞ私の居間で、失礼乍ら、おやすみ下されば、お足でも揉まして頂きます。サ、マア一杯お酒でもおあがり下さいませ』 時置『ヤア、これは有難い、暫く神様のお道に入つて、お酒を心得て居りましたが、今晩はここでゆつくりと頂きませう。高姫様のお酌で、何とマア、こんな結構な事は近年厶りませぬワ、アツハツハヽヽ』 高姫『モシ時置師様、貴方は三五教の三羽烏といはれたお方でせう、バカらしい、東助如きに放り出されて、此後何うなさる積りですか、一寸の虫も五分の魂といふ事が厶りませう』 時置『それで実の所は、ソツと御相談に参つたのですよ。何分生田の森以来、特別の御昵懇に願つた仲なのですからなア』 高姫『左様左様、私も又貴方のお館の守役となりましたのも、何かの因縁で厶いませう。どうぞ杢助様、私と力を併せて、東助の高慢な鼻を挫き、三五教の為に彼を改心さしてやる気はありませぬか』 時置『さうですなア、貴方と一所に願へば、大変面白いでせう。併し生田の森は何うなさる積ですか』 高姫『ハイ生田の森は、駒彦に一任しておきましたから、私が仮令一年や二年帰らなくても大丈夫ですよ。一つ貴方、此処で○○になり一旗挙げちや何うで厶いませうかな』 時置『イヤ此奴ア妙案です。私の様な老ぼれでもお構ひなくば御世話になりませう。併し私には初稚姫といふ一人の娘が厶いますが、それは御承知で厶いませうな。実の所は娘が可愛いので、継母にかけまいと思ひ、今迄独身生活をやつて来たのですが、最早娘も一人前の宣伝使となりましたので、私も神様の御用を勤め乍ら、気楽に余生を送りたいのです』 高姫『あの可愛らしい初稚姫さまの……私は仮令継母にもせよ、母となるのは満足で厶います。キツト大切に致しますから、御安心下さいませ』 と妙な目をして、斜かいに時置師の顔を睨んでゐる。 時置『サア高姫さま、一杯行きませう』 と盃をわたし、ドブドブと徳利から注いでやる。高姫はえもいはれぬ嬉しさうな顔をして、キチンと両手に盃を持ち、鼠のやうな皺のよつた口で、グーツと呑み、懐から紙を出して盃をソツと拭き、首を二つ三つ振つて、盃を両手にささげ、手を左右左に体グチふり乍ら、 高姫『モシこちの人、返盃致しませう』 とさし出す。時置師は、 時置『アツハヽヽヽ』 と笑ひながら盃を受取り、なみなみとつがしてグツと呑み、 時置『○せう○せうと言つて鳴く鳥は 鳥の中でも鰥鳥 あゝコリヤコリヤ』 と調子にのつて手を拍ち歌ひ出した。高姫は杢助のこんな打解けた姿を見た事は始めてである。『なんと面白い可愛い人だなあ』と思ひ乍ら、 高姫『三五教の大元で三羽烏の杢助さまは 月か花かよ、はた雪か見れば見る程美しい こんな殿御と添ひぶしの女はさぞや嬉しかろ ヨイトナヨイトナドツコイシヨドツコイシヨ』 と手を拍つて、調子に乗り歌ひ出したり。 杢助『酔ふては眠る窈窕高姫の膝 醒めては握る堂々天下の権』 と博文もどきに高姫の膝を枕に、足を上げ、手を拍ち打解けて歌ひ出した。 高姫『三五教の其中で私ほど仕合せ者が又あろか 三羽烏の一人と時めき渡る時さまを 夫に持つて意地悪い東助さまの向ふ張り これから一つ堂々と旗挙致してみせませう 日出神の義理天上其神徳は此通り 訳の分らぬ奴共をアフンとさせねばなりませぬ ホンに嬉しい事だなアこんな結構な所をば 高山彦や黒姫にお目にかけたら何うだらう 何でもかんでも構やせぬホンに目出たいお目出たい サアサア時さまねよかいな遠音に響く暮の鐘 塒求める群烏小鳥も吾巣へ帰るのに いつ迄起きてゐたとてせうがないヤートコセーヨーイヤナ アレワイセー、コレワイセーサツサ、ヤツトコセー』 かかる所へヨルは走り来り、 ヨル『モシ、高姫様、お呼びになりましたか、何とマアお楽みの最中を失礼致しました』 高姫はビツクリして頓狂な声を出し、 高姫『コレ、ヨル、誰が呼んだのだい、彼方へいつてなさい、本当に気の利かぬ方だなア』 ヨル『ハイ、実の所は次の間に控えて御様子を承はつてゐました。あんな事云つて貴方に危害を加へるのぢやあるまいかと、受付はそつちのけにして、イル、イク、サール、テル、ハル、楓さま迄が、次の間で貴方方の御話を一伍一什聞いてゐましたよ。マア此分ならば結構で厶いますワ、お目出たう』 高姫は焼糞になり、 高姫『此方は私の夫だよ。お前も聞いてをつただらうが、昔からの許嫁だから、別に隠す必要もないのだ、サア彼方へ行かつしやれ』 ヨル『ハイ、承知致しました。甘い事仰有いますワイ、コレコレ楓さま、イル、イク、サール、ハル、テル、彼方へ行かう、グヅグヅしてると、高姫様が、事にヨルと、頭をハルと、いふテル……でもない。これから、夜にイルと、高姫さまとトさまのイクサールが始まるのだから、サアサアあちらへ控えたり控えたり、ホンにホンに、仲のいい事だ、お目出たいなア』 と云ひながら、七人は足音高く、ドスドスドスと表へ駆け出した。 高姫『コレ時さま、起きなさらぬかいな、意地が悪い、若い奴といふ者は、物珍し相に仕方のないものですよ。最前から貴方との話を、皆次の間で聞いてゐたのですもの』 時置『アハヽヽヽ、そりや面白い、何れ年が老つて、結婚をせうと云ふのだから、チツと度胸がなくちや駄目だ。一層の事いいぢやないか、披露する必要もなくて……なア、高ちやん』 高姫『さうですなア、私もトちやんがお出でになつてから、何だか気がイソイソして心強くなりましたワ。サ就寝みませう』 時置『それだと云つて、今すぐに休む訳にや行くまい。御神殿へ行つて御礼を申上げ、そして時置師と高姫が臨時結婚を致しますと申上げて来たら何うだらうなア』 高姫はプリンと背中をそむけ、 高姫『コレ時さま、臨時結婚なんて、厭ですよ、永遠無窮の結婚でなくちや嘘ですわ』 時置『さうだと云つて、さう俄に大層な婚礼式も出来ぬぢやないか、今晩は一寸仮結婚としておいて、互に気に入つたら玉椿八千代迄も契るのだ。想思の男女の事だから、マアゆつくりと楽しんで、婚礼迄に互の長短を調べて、いよいよ両方から、これならば偕老同穴を契つてもよいといふやうになつたら、それこそ改めて公々然と結婚式を挙げやうぢやないか』 高姫『あてえ今晩は、体の都合が悪う厶いますから、御礼はこらへて戴きます、お客さまのある時に神様へ参るものぢやありませぬからな』 時置『月に七日のお客さまがあるといふのかな、ソリヤ仮結婚式も駄目だないか』 高姫『ホツホヽヽ、合点の悪いお方だこと、お客さまといへば此人だよ』 と細い目をし乍ら、時置師の肩をポンと叩いた。時置師はワザとグナリとし乍ら、細い目をして、 時置『エヘツヘヽヽ』 こんな話をし乍ら二人は灯火を消して、睦じく一夜を明しける。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 14 大妨言 | 第一四章大妨言〔一二八八〕 高姫の居間には高姫、お寅、魔我彦の三人が三角形に座を占め、高姫の説教を耳をかたげて聞いて居る。 高姫『魔我彦さま、お前はイソの館へ詣るのも結構だ。決してとめは致さぬが、まだお前の様な事で到底イソの館へ行つても赤恥をかく様なものだから、此高姫が此から行つても差支ないと云ふ処迄義理天上日出神の御説教を聞いて其上にしなさい』 魔我『それは有難う厶りますが、さうグヅグヅして居れませぬ。何程貴女が偉くてもヤツパリ元は元ですからな。私は祠の森へ参拝するつもりで来たのぢやありませぬ。松姫さまに許されてイソの館に直接に教を聞く事に致して来ましたから、今夜は御世話になるとしても是非明日はイソの館へ百日ばかり修業に行つて参ります』 高姫『これ魔我彦、お前チツと慢心してはゐないかな。何程松姫さまがイソの館へ行けと仰有つても神力のない者が何うして行けますかね。お前は元は高姫の弟子だつた事は誰知らぬ者はありませぬよ。お前の様に修業の足らぬ人がイソの館に行つて御覧、高姫もあんな分らぬものを弟子にして居つたかと思はれちやお前ばかりの恥ぢやありませぬぞえ。忽ちこの高姫の恥になります。それで此処で充分修業して義理天上日出神からお許しを受けたらイソの館へ行つても宜しい』 魔我『それなら、何日ばかり此処にお世話になつたら宜しいでせうかな』 高姫『さうだな、まア早くて百日、おそくて二百日だらうかいな』 魔我『さう長らく居る訳にや行きませぬ。往復の日数を加へて百日の間お暇を戴いて来たのですから、こんな所に百日も居らうものならイソ館へ詣る事が出来ぬぢやありませぬか。それでは松姫さまに嘘をついた事になりますから、兎も角明日はお寅さまと参拝して来ます』 高姫『仮令百日かからうと二百日かからうと聖地に上る丈の徳がつかねば如何して行けるものか。私もお前を大切に思へばこそ斯うして気をつけるのだよ。よう考へて御覧なさい。中有界に迷ふてゐる八衢人足の身魂が何程天国を覗かうと思つてもまばゆいばつかりで却て苦しいものだ、面曝されて逃げて帰つて来ねばなりませぬぞや。チツと此処で義理天上日出神の筆先を戴いて身魂の因縁をよく調べて詣れる資格があればお詣りなさい。何は兎もあれ身魂研きが肝腎だからな』 魔我『高姫さま、義理天上日出神は私ぢやなかつたのですか』 高姫『さうぢや、暫くお前に表向き、さう云はしてあつたのだが、何時迄も世は持ちきりには致させませぬぞや。誠の日出神は此高姫ですよ。ヘン……済みませぬな』 魔我『身魂の因縁だとか、義理天上だとか、日出神だとか、私はもうこりこりしました。小北山で松彦さまが見えて、何もかもサツパリ化けが露はれて了つただもの、義理天上日出神と云つてるのは金毛九尾の家来の大きな黒狐ですよ。お前もヤツパリ其黒狐を喜んで奉つてゐるのですか』 高姫『これ魔我、そりや何と云ふ大それた事を云ふのだい。勿体なくも日出神様を狐だ等と馬鹿にしなさるな。お前の腹の中に曲津が棲んでゐるのだらう。それがそんな事見せたのだ。それでマガ彦と神様が名をおつけ遊ばしたのだよ。左様の事申すなら何と云つてもイソの館へはやりませぬぞや』 魔我『お寅さま、如何しませうかな。高姫さまがあんな事云ひますがなア』 お寅『高姫さまが何と仰有つても私は治国別様から手紙を戴いて来たのだから非が邪でもイソ館へ参り八島主様に此手紙を手渡しし嫌でも応でも立派な宣伝使となつて帰らねばなりませぬ。お前は此処に修行に来たのではない。此お寅の付添だから如何しても来て貰はねばなりませぬ。高姫さま、私が魔我彦を連れて行きますから又御世話になります。今度は如何しても連れて行かねばなりませぬ』 高姫『これお寅さまとやら、お前さまは治国別とやらに添書を貰つてイソの館へおいでるのかい。そりや措いたが宜しからうぞや。云ふとすまぬがお前はまだそれ丈けの資格が備はつて居らぬ。治国別なんて偉相に云つてるが、彼奴は元はウラル教の亀公ぢやないか。そんな奴が手紙を書いた処が……ヘン何、八島主様がお受取り遊ばすものか。悪い事は決して申しませぬ、此日出神の申す様になさつたが宜しからうぞや』 お寅『治国別様は立派な宣伝使ぢや厶りませぬか。さうして第一天国迄お調べになつた結構なお方ですよ。其お方から手紙を下さつたのだから八島主様がお受取りなさらぬ道理がありますか。私は何と仰有つても参ります』 高姫『ヘン、偉相に、亀の野郎、第一天国に行つて来た等と、そんな事が如何してあるものか。彼奴は醜の岩窟の井戸に這入つてドン亀の様に苦しんでゐた男だ。そして自転倒島に渡り英子姫、悦子姫等の女達の家来になつた男ですよ。お寅さま、そんな男の手紙を貰つて何になりますか。それよりも義理天上日出神様の教を受けて其上でイソの館へおいでなさい。さうしたら屹度八島主が面会してくれるでせう』 お寅『はい、御親切は有難う厶りますが何と仰有つて下さつても、私は思ひ立つたのだから参ります。そして貴女様の弟子ぢやあ厶いませぬ。治国別の直々のお弟子になつたので厶ります。おとめ下さるのは嬉しう厶りますが、仮令イソの館で赤恥をかいても是非行つて参ります。いかいお世話になりました。さア魔我彦、行きませうぞや』 魔我『高姫さま、折角御親切に仰有つて下さいましたけど、今度はお寅さまの付添ですから是非参つて来ます』 高姫『何と云つてもやらさぬと云つたら、やらしやせぬぞや。此祠の森にお宮さまを建てて高姫に番をさして厶るのは何とお考へで厶る。大神様が高姫の御神力を御信認遊ばし、お前は一方口の祠の森に居つてよく身魂を調べ、よく研けぬ者は一年でも聖地へよこすでないぞよ。汚れた者が聖地に参つたら天変地異が勃発し聖地が汚れるから、よく調べよと大神様の御言葉、それで遥々此処迄参つて身魂調べをしてをるのだ。何程お寅さまが治国別の手紙を持つて行つても此関所の認めがなくては、駄目ですよ。お前一人の為めに三千世界の大難儀になつたら如何しますか。よい年をして居つてチツとは考へてもよさそうなものぢやありませぬかい。魔我彦だつてそれ位の道理は分つてゐさうなものぢやないか。之が分らぬ様な低脳児なら、体よう目なつと噛んで死んだがよいぞや。もう高姫も、如何しても云ふ事聞かぬなら魔我彦と師弟の縁をきるが如何だい』 魔我『お前さまに、師弟の縁をきられたつてチツとも痛痒は感じませぬ。私は松彦さまの弟子にして貰つたのだから忠臣二君に仕へずと云つてお前さまにお世話にならうとは思ひませぬ。何卒放つといて下さい』 高姫『エーエ、相変らずの没分暁漢だな。お前もここ迄になつたのは誰のお蔭だと思つてるのだい。皆この高姫のウラナイ教で鍛へ上げられたのぢやないか。諺にも師の影は三尺隔てて踏まずと云ふぢやないか。たとへ一年でも教をうけたら師匠に違ひない。師匠の恩を忘れるのは畜生同然だぞえ』 魔我『畜生と云はれてもチツとも構ひませぬわ。貴方だつて偉相に義理天上日出神とすまし込んで厶るが、ヤツパリ守護神は劫経た黒狐ぢやありませぬか。何程偉相に云つても小北山の御神殿でチヤンと審神がしてあるから……お気の毒さまだ……そんな事仰有るとお前の守護神はこれこれだと今ここでスツパぬきませうか』 高姫『エーエ分らぬ男だな。どうなつと勝手にしたがよい。あとで吠面かはかぬ様にしたがよいわ。後になつて高姫の云ふ事を聞いておいたらよかつたのに……と云つてヂリヂリ舞ひしても後の後悔間に合はぬぞや。神が気をつける間に気づかぬと何事があるや知らぬぞよ。何事も神に不足申して下さるな。大橋越えてまだ先へ行衛分らぬ後戻り、慢心すると其通りと変性男子のお筆に出てゐませうがな。此祠の森は世界の大門とも大橋とも云ふべき処だ。大門開きも出来ぬ身魂を以て十里四方の宮の内、イソの館へ行かうとは……オホヽヽヽヽ向ふ見ずにも程がある。盲蛇に怖ずとは、よくも云つたものだ。魔我彦さま、之でも行くなら行つて見よれ。目まひが来るぞや。神罰が当つて大地に蛙をぶつつけた様にフン伸びん様にしなさいや。是丈け高姫が気をつけるのに、如何しても意地の悪い東助の居る……ウヽヽウンとドツコイ……意地の悪い、……どうしても行くのかい。後は知りませぬぞや。アーア高姫さまが親切に仰有つて下さつたのに、あの時、我を張らなけれや、こんな事はなかつたらうにと豆の様な涙を零して嘆いても後の祭、波に取られた沖の舟、とりつく島が無くなつてから、「高姫さま、何卒助けて下さい」と縋りて来ても義理天上日の出神は聞き済みはありませぬぞや。行くなら行くでよいからトツクリと心に相談をして、うせるがよからう、エツヘヽヽヽヽ』 魔我彦『何とマア相変らず達者な口ですこと。そんな事云はれると何だか幸先を折られた様で、気分が悪くなつて来た。なアお寅さま、どうしませう』 お寅『御勝手になさいませ。此お寅は一旦云ひかけたら後へは引かぬ女丈夫だ。初めから一人詣る積りだつたが、お前がお伴さして呉れえと云つたから、連れて来たのだよ。高姫さまの舌にちよろまかされてお神徳を落さうと勝手になさいませ。私は何と云つても行くと云つたら行きますぞや。女の一心岩でも突き貫くと云つて、つき貫いて見せてやりますぞや』 高姫『これお寅さま、決して高姫は悪い事は申しませぬ。何卒マアお腹が立ちませうが、トツクリと胸に手をあてて考へて御覧なさいませ。祠の森の許しがなくちや折角遥々遠方へ行つても、恥をかかねばならぬから私が親切に忠告するのですよ』 お寅『何と云つて下さつても私は参ります。治国別様から祠の森の高姫さまに許しを得て行けとは聞いて居りませぬ。もしもイソの館へ行つて高姫さまの許しがないから受付けぬと云はれたら、帰つて来ます。其時は又宜しうお願ひします』 高姫『神の申す時に聞かねば神は後になりてから、何程ジタバタ致してもお詫申しても、そんな事、取上げて居りたらきりがないからあかぬぞよ……とお筆に出て居りますぞや。高姫の承諾なしに行くなら行つて御覧、夜食に外れた梟鳥、アフンと致して六つかしいお顔をなさるのが日の出神は気の毒なから気をつけますのだ。ヘン、どうなつとお前さまの御神徳は……えらいものだからなさいませ。此日の出神は帳を切りますぞや。帳を切られたら何程地団太踏んでも助かりませぬぞや』 お寅『お前さまに帳を切られたつて、私は大神様から帳を切られなければ一寸も構ひませぬワ』 高姫『何処迄も分らぬ人だな。アーア一人の人民を改心させようと思へば神も骨が折れる事だわい。大国常立尊の片腕とおなり遊ばす日の出神の云ふ事を聞かずに如何して思惑が立ちませうぞ。阿呆につける薬がないとはよく云つたものだ。縁なき衆生は度し難しかな。本当に度し難い代物ばつかりだ』 お寅はムツとして高姫をグツと睨みつけ少しく声を尖らして、 お寅『これ高姫さま、度し難き人物だとは何と云ふ口巾の平たい事を仰有る、此お寅は斯う見えても若い時から浮木の里の女侠客丑寅婆と云ふ女ですよ。鬼でも取挫ぐ婆だ。それが大神様の御意に叶ふて今や宣伝使の修行に参る途中、お前は私の修業の妨害を致す考へだな、お前は義理天上日の出神と云つて居られるが、日の出神がそんな訳の分らぬ事を仰有いますか。何程お前が偉くともイソの館の八島主さまには叶ひますまい。私は仮令神罰が当つても貴方の様な無理云ふ方には教は受けませぬ。放つといて下さい。さア魔我ヤン、行きませう、こんな気違じみた方に構ふて居つちや堪りませぬわ』 高姫『これお寅さま、強つてお止めはしませぬが、神様は順序ですよ。順序を乱したら誠の道が潰れますから、それを御承知ならおいでなさい。何事も順序と手続きが必要で厶りますから……』 お寅『ハイ、御親切に有難う厶ります。私は治国別様に手続きをして頂き順序を踏んでイソの館へ参るのです。お前さまはイソの館から命令を受けて来たのぢやありますまいがな。珍彦様が此処の神司となつて治めなさらなならぬ処だのに、お前さまから順序を破つて勝手に義理天上日の出神だと仰有つて此新しいお館を占領して厶るのだらう。今私の耳許に守護神が囁きましたよ。お前さまは此お寅がイソの館へ参ると化けが露はれるものだから、何とか云つてお止めなさるのだらうが、私も苦労人だから、人の悪い事は申しませぬから御安心なさいませ。守護神の囁く処を聞くと、お前さまは大山子を張つてイソの館に参る宣伝使や信者を皆お前さまのものにする考へだ。云はば天の賊も同様だ。チツと改心なされ。悪は長く続きませぬぞや。さあさあ魔我ヤン、こんな処に長く居つても駄目ですよ。さあさあ早く行きませう』 高姫『こんな処とは、……何と云ふ事を云ひなさる。勿体なくも国治立の大神様、日の大神様、月の大神様、大自在天大国彦命様其外御神力のある尊い神様の祀つてある此聖場をこんな処とは……何を云ひなさる。滅多に許しませぬぞや』 お寅『高姫さま、私は此森の神様を決して悪くは申しませぬ。こんな処と云つたのは貴方の様な没分暁漢の厶る居間をさして云つたのですよ。エーエ耳が汚れる、さあ魔我彦さま、行かう行かう』 と早くも立つて表へ走り行く。高姫はイソの館へ行かれちや大変だと気を苛ち『ヨル……ハル……テル』と呼ばはつてゐる。ヨル、ハル、テルの三人は『ハイ』と答へて此処に集まり来り、 ヨル『高姫様、イヤ日の出神様、お呼びになつたのは何の御用で厶りますか』 高姫『お前達、何をグヅグヅしてゐるのだい。あの二人の連中をトツ掴まへて来なさい』 ヨル『何ぞあの人は悪い事を致しましたかな。別に罪のない者をトツ掴まへる必要はないぢやありませぬか。イソの館へ参らうと仰有るのを止めると云ふ事がありますか。お一人でも本山へお詣りする様にお奨めするのが道でせう。それにお前さまは何とか、かんとか云つて参らせぬ様にするのが不思議ですな。私だつて一度詣りたいと云へば何とか、かとか云つて、お止めになる。どうも貴方の仰有る事は腑におちませぬわい』 高姫『勝手にしなさい。もう此処には居つて貰へませぬ。さあトツトと去んで下さい。日の出神の云ふ事に一々反対する人は受付に居ても邪魔になるからな』 ヨル『大きに憚り様、私は玉国別様と五十子姫様とのお許しを受けて此処の受付をしてゐるのですよ。決して貴方から任命されたのぢやありませぬ。此処の館は珍彦さまの御監督、お前さまのグヅグヅ云ふ処ではありませぬ。そんな事云ふとお寅さまと魔我彦さまに随いてイソの館の八島主さまの処へ行つて一伍一什を報告しますよ。おいテル、ハル、イク、サール、お前達気をつけて珍彦御夫婦さまや楓姫さまをよく気をつけてお宮さまを注意して下さい。私は是から一足本山に行つて来ますから……』 と出て行かうとするを、高姫は飛びかかつて首筋をグツと捕らへ、 高姫『こりやヨル、日の出神の許しもなく何処へ出て行くのだ』 ヨル『ヘー、放つといて下さい。お尋ね迄もなくイソの館へ注進に参りますわ。さアお寅さま、魔我彦さま、参りませう』 高姫は仁王立ちになり真赤な顔を膨らして、握り拳で乳の辺りを、反身になつて交る交る打ち乍ら、ヤツコスが六方を踏む様なスタイルで玄関に立ちはだかり、ドンドン云はせ乍ら、 高姫『ヤアヤアヤア三人の四足共、日の出神の命令を聞かずに行くなら、サア行つて見よ。あとで吠面かはくなよ。気もない中から義理天上日の出神が噛んでくくめる様に気をつけておくぞや』 お寅、魔我彦、ヨルは少しも頓着なく尻に帆かけて急坂を上り行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二北村隆光録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 17 五身玉 | 第一七章五身玉〔一二九一〕 イル、イク、サールは、やさしき楓姫に酌をさせ乍ら四辺を憚りチビリチビリと飲んでゐたがソロソロ酔ひがまはるにつれて脱線し四辺構はず唄ひ出した。 イル『おい、イク、サール、如何だ。かう黙つてクビリクビリとやつてゐた処で酒が沈んで仕方がないぢやないか。チツト歌でも唄つたら如何だい。エーイ』 イク『宜からう宜からう一つ唄はうかな。 日の出の神の義理天上イソの宮から降つて来て 朝から晩までコテコテと白い粉をば顔に塗り 一寸眺めれや雪婆かヨイトセーヨイトセー もとの木阿弥杢助がブラリブラリとやつて来て 何だか俺は知らないが目出度い事が出来たさうだ お寅婆さまや魔我彦やヨルの兄貴に扮装して ヤ、ドツコイシヨドツコイシヨうまく眼を晦ました おかげでお酒やお肴がこれ程沢山戴ける ア、ヨイトセーヨイトセー。 アハヽヽヽヽ、エヘヽヽヽヽ、うまいうまい、こんな事なら毎日でもあつて欲しいものだ。僅か蓑笠着て一丁ばかり行つて酒を飲み、又帰つて此処で楓姫の白い手で……イヒヽヽヽヽ、ぼろいぢやないか』 サール『ナヽヽヽ何がぼろいのだい、エーン。これ位な味なくもない酒を飲まされて、見た事もない様な生肴をつきつけやがつて、アタ甘い、それが何結構なのだ。糞面白くもない。俺や、モウ自棄だ。之から義理天上日の出神の処へ行つて一つ管を巻いて来てやるのだい』 イル『こりやこりやさう八釜しう云ふない。ハル、テルの哥兄が気を揉むぢやないか』 サール『ナヽヽヽ何ぢや、木をもむ、そんな事があつて堪らうかい。木をもむ奴あ三目錐だ。俺は鉋だぞ。親の脛を削り、腕を削り又高姫の肴を削り、削つて削つて削りまはす鉋だ。それだからかんながら霊幸倍坐世と云ふのだ。エヘヽヽヽヽあゝ酔ふた酔ふた。楓さま、おい何だ。イルの方に妙な視線を向けてゐるぢやないか。チツと俺の方にも向けたら如何だい』 楓『ホヽヽヽヽ、あまりイルさまは男前のいい、何処ともなしに虫の好く方ですから、一生懸命に視線を向けてイルさまですよ』 イク『おい、楓姫さま、このイクには如何だい。思召しは厶りますかな』 楓『イクら仰有つて下さつてもイク地のないイクさまの方へは私の視線がイク道理が厶りませぬわ。ホヽヽヽヽ、お気に障ましたらイクへにもお詫致します』 イク『こりや、あまり馬鹿にすない。イクら女だつて、酒の上だつて、あまりの暴言吐くと此拳骨が貴様の頭の上にポカンとイクさまだぞ』 楓『山田の案山子の様なスタイルで、オヽヽヽ可笑し、これイクさま、弥之助人形の踊一つ、して御覧。貴方ならよく似合ふに違ひないわ。丁度渋紙に顔かいた様なスタイルだからね』 イル『アハヽヽヽヽ、面白い面白い』 イク『ヘン、馬鹿にしやがる。楓、覚えてゐやがれ。月夜の晩ばかりでないぞ。暗の晩に首筋がヒヤリとしたら俺だからな』 楓『何とマア気障な男だ事。あゝ臭さ、臭い臭い。息のかからぬ処に行つて下さい。お前の口はまるで鰯のドーケン壺を交ぜかへした様だわ』 サール『これ、楓さま、此面はお気に入りますかな』 とニユツと前に出す。楓は頬辺をピシヤツと叩き、 楓『エーエ、好かぬたらしい男だ事。お前はサールの人真似だよ。悪戯た事をなサールと、此楓だつて量見はしませぬぞえ』 サール『ヤー、こいつは恐れ入つた。如何したら姫さまのお気に入るのですかな』 楓『さうだね。私の好きな男は酒を飲まない、さうして色の白い、年の若い、頭の毛の黒い、目のパツチリした、口許のしまつた鼻のツンモリとした男が好きだよ』 サール『さうすると、その条件に合格したのは此サールかな。只欠点は酒を飲むだけの事だ。これ楓姫さま、そんなら今日限り酒は一吸も飲まぬ様にする。そしたらお気に入るだらうね』 楓『エー、好かぬたらしい。誰がお前の様なスカンペイに秋波を送るものがありますか。冗談もいい加減にしなさい』 と小さい柔かい手で頬辺をピシヤピシヤと殴る。サールは頗る御機嫌で相好を崩し涎を垂らし乍ら、 サール『エツヘヽヽヽ、姫さまのおやさしい手でピシヤピシヤとおいでやしたのだな。憎くて一つも叩かれやうかと云つて、俺にはホの字とレの字だな。おい、イク、イル、羨るい事はないか』 イク『ハヽヽヽ、馬鹿だな。子供上りの女に玩弄にされやがつて、何の態だ。それだから高姫の風来者に放り出されるのだ』 サール『放り出されたのは俺ばかりぢやない。貴様等両人も同様ぢやないか』 イル『何、一寸芝居したのだ。何も貴様、よう考へて見よ。高姫や杢助に命令を受けたのぢやない。俺等は此宮を創立遊ばした玉国別御夫婦から任命されたものだ。云はば高姫如きは風来者だ。彼奴は屹度イソの館を放り出されて来たに違ひないぞ。それでヨルや魔我彦がイソの館へ行くのを頻りにとめやがるのだ』 サール『さう聞けばさうだ。高姫に何も遠慮会釈があるものか。俺等は祠の森の常置品だ。之から高姫を揶揄つてやつたら如何だい、面白いぞ』 イル『うん、そりや宜からう。それよりも土堤ぎり、此処で大声張り上げて唄つて見ようぢやないか。さうすりやビツクリして高ちやんがやつて来るかも知れぬぞ』 かかる処へハル、テルの両人は走り来り、 ハル『おいおい、チツト静にしてくれぬか。奥へ聞えるぢやないか。それだから貴様等に酒を飲ますと困ると云ふのだ。なあテル公、困つたものぢやないか』 テル『うん、本当に仕方のない代物だな。コリヤコリヤ三人の奴、もつと静かにせぬか』 サール『イヤー、魔法使のハルに、テル、ヤー、先程は御苦労で厶りました。お蔭さまで此通りお寅婆さまも、魔我彦さまもヨルも、夜中も、昼も今日も明日も明後日もお酒を頂きまして結構な睾丸の皺伸しをさして頂きました』 ハル『睾丸の皺伸しはいいが、さう大きな声を出しちや困るぢやないか』 サール『声の大きいのは俺の持前だよ。臍下丹田から副守が発動して責めるのだからな。おい、ハル、テルの哥兄、よう考へて見よ。俺等は別に高姫に遠慮する必要がないぢやないか。珍彦様や静子様、楓さまは申すに及ばず、吾々六人はバラモン組とは云へ今は三五教の立派な信者だ。否祠の森の役員だ。誰に遠慮会釈が要るものか。高姫と杢助を、同盟してオツ放り出してやらうぢやないか』 ハル『成る程、そりや、さうだ。さア之から一杯機嫌で高姫の居間へ乗り込み、一談判やらうかな』 一同『賛成賛成』 とヒヨロヒヨロし乍ら、長い廊下を伝ふてドヤドヤと高姫の部屋へ転げ込んだ。高姫は今やフツと気がついて火鉢に凭れて煙草をくゆらしてゐる処であつた。四辺を見れば杢助の姿は何処へ行つたか影も形もない。高姫は心の中で、 高姫『アーア、何だか怪体の奴が出て来たので、杢助さまも私に恥かしいと見えて、森の散歩でもやつて厶るのかな。大きな図体をしても気の弱い男だな。然し義理天上の生宮にはもつて来いだ。あまり男がテキハキすると日の出の神の勤めが仕難うて仕方がない。神様もうまく配剤をして下さるものだ。あゝ有難い有難い、此生宮も何だか肩幅が広くなつた様な気がしますわい』 と独言つつ笑壺に入つてゐる。五人の泥酔者は襖をガラリと開け、居間に雪崩れ込み、捻鉢巻をし乍ら毛の生えた尻を引きまくり、 五人『祠の森に、デツカンシヨデカイお尻据えよつて デツカンシヨデツカンシヨ日の出の神とは何の事 元をただせば居候ぢやないか魔法使と騙まされて それを誠と思ひつめ喜んでゐる様な盲神 デツカンシヨデツカンシヨサアサア之から出て貰はう 俺等五人は祠の森の神の任さしの常置品 挺でも棒でも動かないデツカンシヨデツカンシヨ さアさア杢助、高姫さま早くトツトとお帰りよ お前に頼んで来てくれと云つたぢやあろまい、御勝手に お出たのだから御勝手にお帰りなさるが宜しかろ ア、デツカンシヨデツカンシヨお寅婆さまや魔我彦や ヨルの三人今頃は河鹿峠を鼻唄で ア、ウントコドツコイドツコイシヨ三五教の宣伝歌 歌ふて渡つて厶るだろやがて四五日経つたなら 八島の主の神さまの屹度使が見えるだろ 其時やアフンと高姫が肝玉潰すに違ひない 思へば思へば気の毒だこれこれもうし高チヤンよ お前の足許明い中杢助親爺と手を曳いて ここをば立つて下さんせ之が吾等のお願ひだ 之程優しう頼むのに四の五の吐して出て行かな 俺も男だ腕まかせ直接行動に出まするぞ さアさア早く返答を聞かしてくれよ義理天上 贋の日の出神さまよアハヽヽヽ、アハヽヽヽ ホンに心地のよい事だ高姫夫婦を放り出した あとは珍彦静子さま天女のやうな楓さま 智慧も器量も優れたるイル、イク、サール、ハル、テルの 五人の男が頑張つて祠の森の神徳を 四方八方に輝かし大神さまのお恵みを 世界のものに施してミロク成就の神業に 立派に仕へて見せませうアハヽヽヽ、アハヽヽヽ。 おい、高姫、如何だい。もういい加減に尻をからげたら宜かりさうなものだな。ヨルがもし帰つたら化けが現はれるのだから、其前にトツトと帰んだ方がお前の身のためだぞ』 高姫は目に角を立て煙管をグツと握り、 高姫『こりや、五人の耄碌共、何処へ行つて、けつかつたのだ。日の出神の義理天上を何と心得てる。仮令イソの館の八島の主が何と申さうとも、彼奴は人間だ。誠の生神は日の出神様だぞや。大国治立之命の片腕とおなり遊ばす日の出神の生宮を粗末に申すと、神は堪忍袋が切れるぞや。そしてイル、イク、サール、お前は一旦暇を出したのぢやないか。盆すぎの仏の様に、ド甲斐性のない、又、帰つたのか。一旦放り出した以上は帰んでくれ帰んでくれ、日の出神が一秒時間だつて置かぬと云つたら置きはせぬぞや』 イク『アハヽヽヽ、吐したりな吐したりな。こりや高姫、此方を誰方と心得てる。イルイクサールの神、又の名はハルテル彦の命だぞ。五つの身魂が一つになつて守護致す、五身魂の神を何と心得てる。グヅグヅ致して居ると目から火の出神としてやらうか。さアさア早く帰んで貰はう、祓ひ給へ清め給へ』 高姫『何とまア、もとのバラモンのガラクタだけあつて、分らぬ男だこと。そんなら暫らく放り出すのだけは猶予して上げようぞ。その代り徹頭徹尾高姫の云ふ事を聞くのだよ』 イク『ヘーン、うまい事仰有いますわい。イルイクサールの神又の御名はハルテル彦神さまに対し、家来扱をすると云ふ事があるか。チツと階級と云ふ事を考へて貰ひたいものだ』 高姫『おい五人の役員さま、父死して牆に鬩ぐ兄弟、相親しむと云ふ事があるぢやないか。肝腎の玉国別さまが留守なのだから日の出神の云ふ事を聞いて、私は教の親となり、お前等は兄弟となつて仲よく御神業に奉仕したら如何だい』 ハル『ヤー、高姫さま、お前さまの方から、さう柔かく出りや此方も文句はないのだ。其代りお神酒のお下りを何程飲つても、滅多に干渉はせぬだらうな』 高姫『アヽ仕方がない。暫らくはお前らに任して置かう。其代り日の出神の仰有る事は何事も聞くのだよ』 五人一同に、 五人『イルイクサールの神、又の御名はハルテル彦命、義理天上贋日の出神の申す事確に聞き済みありたぞよ、アハヽヽヽヽ』 高姫『ウフヽヽヽヽ、エー仕様もない』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三北村隆光録) |
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霊界物語 | 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) | 19 神丹 | 第一九章神丹〔一二九三〕 珍彦、静子は火鉢を中に囲み、話に耽つて居る。 静子『もし珍彦さま、吾々親子はバラモン教の擒となり、危い所を治国別様に助けられ、御恩の返しやうもない其上に、こんな結構な宮番迄さして頂き、何とも冥加に余つた事ぢやありませぬか』 珍彦『さうだ。お前の云ふ通り山海の大恩を受け、其上、神様の事も分らないのに、此館の主人を仰せつけられ実に身に余る光栄だ。併し吾々は神のお道には全くの素人だから、余り荷が重過ぎて迷惑だな。日の出の神の義理天上とか云つて、生神様がお出になり、主人顔をして御座るが、何と云つても生神さまだから、維命維従ふより外はない。主人とは云ふものの有名無実で吾々の思ふやうには一寸もなりはしない、神様のお道と云ふものはこんなものかなア』 静子『それでも、六人の役員さまは矢張り私のやうな者でも主人と立てて下さるのだから結構ぢやありませぬか。楓のやうな何も知らぬ娘をお嬢さまお嬢さまと尊敬して下さるのだから有難いものだ、これと云ふのも全く神様のお蔭だわ』 斯く話す所へ楓は襖をそつとあけて入り来り、 楓『お父さまお母さま、今高姫さまが、貴方方に御馳走を上げたいと云ふて呼びに来られたらお出になりますか』 珍彦『夫は折角の思召、無にする訳には往かない。又無下に断ればお心を悪くしてはならないからなア』 楓『お母さまも往く積りですか』 静子『珍彦さまが往かれるのに、女房の私が往かぬ訳には往きますまい。我の強い女だと義理天上様に思はれてはなりませぬからな。杢助さまと云ふ立派なお方がお出でになつて居るのだから、御挨拶に一度は往かうと思ふて居た所だ』 楓『それならお母さま、お父さま、お出なさいませ。就ては私夜前夢に文珠菩薩がお出になりまして、神丹と云ふ薬を下さいまして、「お前の両親の上に危急が迫つて居るから、これを一粒づつ飲ましておけば大丈夫」と渡して下さいました。有難う厶いますとお辞儀をしたと思へば夢は醒めました。目がさめましてもこんな立派な薬が三粒、手の上に残つて居ました。これを三人が一粒づつ頂きませう、さうすれば食当りも何もないさうですからなあ』 珍彦『それは有難い全く神様のお恵だ。何は兎もあれ頂いて往かう。オイ静子お前も頂きなさい』 楓『このお薬は私の手から口へ直接に上げなくては利かないと文珠菩薩が仰有いました。サア口をお開けなさいませ』 珍彦、静子二人は楓の命ずるままに口をパツと開けた。楓は一粒づつ両親の口へ放り込んだ。忽ち得も云はれぬ香が四辺を包み胸は爽かになり、身体から光が出るやうな心持になつた。楓も亦押頂いて自ら服用した。三人は俄に面色美しく、其美は益々美を加へた。斯かる所へ高姫は満面に嫌らしき笑を湛へながら入り来り、襖をそつと開けて、 高姫『御免なさいませ。珍彦様、静子様、此間から参りまして、余り御神業が忙しいのでとつくり御挨拶も致しませず、誠に済まない事で厶いました。ついては夫杢助が心許りの御飯を差上たいと申しますので、義理天上日の出神が手づから拵へましたる料理、お口に合ひますまいが、御夫婦お揃ひなさつて御出下さるまいか、御酒の燗も出来て居ますから』 珍彦『左様で厶いますかな、私の方から一度御挨拶を致さねばならぬのに、貴方の方から却つて御馳走をして頂くとは誠に済まない事で厶います』 静子『日の出の神の生宮様、左様ならば御遠慮なう夫婦の者が御馳走に預かりませう』 高姫は仕済ましたりと内心打ち喜び、態と艶つぽい声を出して、 高姫『これはこれは早速の御承知、日の出の神身にとり満足に存じます。杢助殿もさぞや喜ぶ事で厶いませう。是にてお互に親睦の度を加へ御神業に参加致しますれば、御神徳四方に輝き、従つて此館の主人公たる珍彦様の御名誉も世界に響き、結構な事で厶います。サアどうぞ私についてお出下さいませ』 珍彦『ハイ有難う厶います。併し乍ら袴もつけなくてはなりませぬから、何卒一足お先にお帰り下さいませ。直に参りますから』 高姫は、 高姫『何卒早く来て下さい、お待ち申て居ります』 と云ひ捨て吾居間に立ち帰る。後に珍彦、静子に楓の三人は手を洗ひ、口を滌ぎ、 珍彦、静子、楓『神素盞嗚の大神様、何卒此危難をお救ひ下さいませ』 と祈願し、素知らぬ顔して高姫の居間に現はれた。 珍彦『唯今は、態々尊き御身をもつて私夫婦の如きものをお招きに預かり有難う厶います。お言葉に甘え、御辞退致すも如何と存じ夫婦の者が罷出まして厶ります』 高姫『夫は御苦労様で厶いましたなア。何も厶いませぬが、丁度お燗がよい加減に出来て居ます。サア一つお過し下さいませ』 珍彦『有難う厶います』 と云ひながら地獄の釜の一足とび毒と知りつつ仰ぐ盃……神素盞嗚尊、守りたまへ……と高姫の注ぐ盃をグツと一口に飲み乾した。 杢助『ヤア珍彦様は日の出の神の生宮に酌をして貰ひました。男に女、よい配合だ、それでは私は静子さまに注がして頂きませう、アハヽヽヽ、男と女とは何とはなしに配置のよいものですわ』 静子は『ハイ有難う』と手を慄はせながら盃を差出した。杢助は浪々と注いだ。静子は一生懸命に神を念じ『神丹の効を現はしたまへ』と小声に念じながら、グツト呑み乾した。それから高姫に飯を盛られ、種々の煮〆を盛られ、夫婦は十二分に腹を膨らした。されど両人の身体には些しの変化も無かつた。杢助高姫は、案に相違して不機嫌な顔をして居る。珍彦は態と言葉を設けて、 珍彦『御両人様、余り沢山頂きましたので、何だか頭がグラグラ致し、目が眩ひさうで厶います。そして腹が痛うなりました。何卒これで失礼して吾居間でとつくりと休まして頂きます』 静子『アヽ私も何だか胸が悪くなりました。あまりどつさりお酒を頂いたものですから、失礼ながら御免を蒙ります』 高姫『ハイお塩梅が悪う厶いますかな。夫はお気の毒様、どうぞ御勝手にお居間に往つてお休み下さいませ』 両人は、 珍彦、静子『ハイ有難う厶います。左様なればこれにて失礼』 と態とに足をヨロヨロさせながら自分の居間に引きとり、布団を沢山かぶり、仮病を装ひ居たりける。 後見送り高姫は、長い舌を出し、腮を二つ三つしやくつて居る。 杢助『アハヽヽヽ、願望成就時節到来だ、南無悪魔大明神、守り給へ幸はひ給へ』 高姫『ヱヘヽヽヘン。ヱヘヽヽヘン。オホヽヽヽヽ。オホヽヽヽヽ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 04 御意犬 | 第四章御意犬〔一二九八〕 初稚姫は高姫の往つた後で、小さい声で、ホホホホホと吹き出さずには居られなかつた。さうして自分の笑ひ声に驚いて小声で独言、 初稚姫『高姫さまも気の毒なものだなア。さうして金毛九尾の悪狐奴、又もや祠の森に頑張り、斎苑の館の御神業を妨害し、数多の精霊や人民を迷はさうと思つてゐる。其遣方の奸黠さ、憎らしさよ。高姫さまは熱心な人だけれど、常識が足らないから、いつも狂妄に陥り易く、あの通り悪魔の擒となつて了つたのだなア、どうぞして助けて上げたいけれど、一つ目を醒まさなければ、到底復活の見込はない。肉体をもつて居る獅子、虎両性の妖魅に誑惑され、父の杢助と思つて居るのはほんに気の毒なものだ。高姫さまに憑依して居る金毛九尾の悪狐は、高姫の肉体を通してでなければ現界を見る事が出来ないのだから、あのやうな怪物にだまされて居るのだ。憑霊自身も高姫も、其怪物たる事を知らない。高姫自身は兇霊は認めて居るが、あの怪物の方からは、高姫に憑依して居る金毛九尾の正体は見る事は得ないのだ。つまり妖怪と妖怪とが高姫さまの肉体を隔てて暗中模索的妄動をやつて居るのだ。併しこれが大神様の水も漏らさぬ御注意の点である。杢助さまに化けた怪物と高姫身内の悪狐とが互に素性を知り合ひ、又其姿を認め得たならば、内外相応じて高姫を愈悪化せしめ、如何なる害毒を天下に流すか知れたものぢやない。ああ有難い神様の思召し』 と感涙に咽んで居る。スマートは初稚姫の膝に頭を横たへ、初稚姫の独言を了解するものの如くであつた。 初稚姫『これスマートや、お前は行儀の悪い、なぜきちんとお坐りなさらぬのだい』 スマートは耳をペロペロと動かしながら、まだ起きようともしない。 初稚姫『ああさうさう、スマートや耐へてお呉れ。お前さまは足を怪我したのだな、坐りなさいと云つたつて坐れないのは無理はない。これは私が悪かつた、許してお呉れ』 とやさしく頭を撫でてやる。スマートは嬉しさうに尾をふつて感謝の意を表するものの如くであつた。 スマートはムツクと起き、体をプリプリと振りながら、形相凄じく前の足を立てて何物にか飛びつくやうな勢を示した。さうしてウーウーウと小声で唸つて居る。初稚姫はスマートを撫でながら声も優しく、 初稚姫『これスマートや、何が来たのか知らないが、お前は必ずイキリ立つてはいけませぬよ。私が命令をするまで、どんなものが来ても、決して唸つたり飛びついたりする事はなりませぬぞや。私だつて何も彼もよく知つてゐるのだけれど、これには少し訳があるのだから、何卒おとなしうして居てお呉れや』 と諭せば、スマートは首を垂れ尾をふつて承諾の旨を表示した。 初稚姫『ほんに畜生ながら賢いものだなア。お前は私の家来だよ。私と何処までも一緒について来るのだ。さうして立派な御神業を完成した上は、再び人間と生れ変り、立派な宣伝使となつて世界万民を導き、天国に安楽な生活を送らして頂くやうに忠実に務めるのだよ。ほんにお前は何処ともなしに変つた犬だ。勇猛にして且柔順な理想的なお前は犬だ』 と頻に頭や首を撫で可愛がつて居る。スマートは漸くにして足をかがめ、畳に顋をすりつけ、目を塞いで柔順な態度を示して居る。 初稚姫『あの杢助と化相した怪物を、スマートがよく看破し、最前も追つ駆けていつて格闘の末、こんな傷を負つて来たのだな、ほんに勇敢なスマートだ』 と激賞して居る折もあれ、例の高姫は静々と帰つて来た。 初稚姫『アアお母さま、御苦労様で厶いました。父は居られましたかな』 高姫『ハア、やつとの事でお目にかかつて来ましたよ。杢助さまは森林を逍遥なさる際、藤葛に足を引掛け、岩石に眉間を打ちつけ、大変な傷をなさつて、谷川で傷を洗つて居られました』 之を聞くよりスマートは又もやムツクと頭を上げ、ウーウと唸りかけた。初稚姫は慌てて頭を撫でながら、 初稚姫『これスマート、おとなしくするのだよ。主人の云ふ事を聞きなさいや』 と静になだめながら、 初稚姫『はてな、怪物はこのスマートに眉間を噛まれたのだな』 と鋭敏の頭脳に直覚した。されど素知らぬ体を装ひ、言葉柔しく満面に笑を湛へながら、 初稚姫『あのお母さま、お父さまは本当にお危ない事をなさいましたなア。大した事は厶いませぬか。私、心配でなりませぬわ。そして直に帰つて下さるのですか』 高姫『別に大したお怪我でもありませぬが、中々我の強いお方で、お前さまがお出でだと云つても、容易にお動き遊ばさぬのですよ』 初稚姫『父は私の事を何と云つて居ましたか、定めて怒つたでせうなア』 高姫『何、初さま、自分の娘が来て居るのに怒る人がありますか。そんな事怒るやうな方だつたら人間ぢやありませぬわ』 初稚姫『それでも私の父はハルナの都の御用が済むまで、どんな事があつても面会は致さぬと、それはそれは厳しう申して居ましたよ』 高姫『そこが杢助の杢助さまたる所だ。ほんとにお偉い方ですよ。母の愛は舐犢の愛、父の愛は秋霜の愛と云つて、云ふに云はれぬ所があるのです。何程厳しく仰有つても、本当の心の中は母親の愛に優る千万無量の涙を湛へて厶るのだからな、併しこの高姫は切つても切れぬ身霊の親子でもあり、肉体上の義理の親子でもありますから、其愛の分量は、到底生みの母の及ぶ所ではありませぬ。どうぞ打ちとけて此母の云ふ事を守つて下されや』 初稚姫『ハイ承知致しました。何分にも宜敷くお願ひ申します』 高姫『早速ながら初稚さま、私の云ふ事を聞いて貰へますまいかなア』 初稚姫『これは又改まつてのお言葉、私のやうなものにお頼みとは、どんな事で厶いますか』 高姫『実の所は、お前の折角可愛がつて厶るこの犬を、いなして貰ひたいのだ。杢助さまは犬が大変お嫌ひだから、「この神聖の館にそんな四つ足を入れることはならぬ。聖場が汚れるから、いなして呉れ、さうでなければ私は此処には居ない」と、それはそれは堅う堅う仰有るのだよ』 初稚姫はそれと感づきながら、態と空惚けて、 初稚姫『何と不思議な事で厶いますなア、私の父は特別犬が好きなので厶いますが、斎苑の館でも、往き復り、犬を離した事はないので厶いますよ。それに心機一転遊ばすとは不思議ぢや厶いませぬか。それ程この犬が怖い、イヤ嫌ひなので厶いませうかなア』 高姫『何と云つても此処は神聖なお仕組の場所、汚れた四足を置いておくと大神様のお気障りになるから、杢助が神様に対し謹慎の意を表し、犬をいなせと仰有つたのですよ』 初稚姫『それでも産土山の聖場には沢山に犬が飼つて厶います。御本山でさへもあれだけ沢山の犬が居るのに、何故此処には一匹も置く事が出来ないのでせう。私この犬が唯一のお友達でもあり力でもあるのですからなア』 高姫『初稚さま、お前さまはこの犬を離すのが嫌と仰有るのですか。産土山に沢山の犬が居るのは、素盞嗚尊様や八島主さまや東助や役員の方の御霊が曇つて居るのだから、結構な聖地に四つ足がうろついて居るのだ。又狐の霊や豆狸が入り込まないやうに犬が置いてあるのだ。御神徳さへあれば犬の力を借らなくても、狐や狸や大蛇や蟇の霊が出て来るものぢやありませぬ。産土山に犬が置いてあるのを見ても、御神徳がないのが分るぢやありませぬか』 初稚姫は、高姫の暴言に呆れながら、さあらぬ態にて柔しく空惚けて、 初稚姫『左様で厶いますかなア、御神徳と云ふものは尊いもので厶いますなア』 と相槌を打つて居る。 高姫『遉は杢助さまの娘だけあつて、何につけても悟りがよいわい。ほんに水晶の御霊だ。さう早くものが分つた以上は、此犬を斎苑の館へおつ帰して下さるだらうねえ』 スマートは二人の問答を聞いて不安に堪へ兼ねたやうな形相をしながら、又ウーウウーウと小さく唸り出した。初稚姫はスマートの頭を撫でながら、耳許に口を寄せ何事か小声に囁いた。スマートは柔順に頭を下げ目を塞いで仕舞つた。 高姫『サア、お父さまの云ひつけだから、どうぞ早くいなして下さい。それが親に対する一番の孝行だ。そして神様に対する麻柱の大道だから、きつと柔順にかへして下さるだらうねえ』 初稚姫は打ち首肯き、 初稚姫『お母さまやお父さまのお言葉、背いてなりませうか。大事の大事のスマートで厶いますけれど、御両親の仰とあれば、背く訳には往きませぬ。アア残念ながらスマートに別れませう』 高姫『何とまア柔順なよい娘だこと。ほんたうに杢助さまは、どうしてこんな立派な娘をお持ちなさつたのだらう。八島主さまが宣伝使になさつたのも無理はないわい』 と初稚姫を無性矢鱈に褒めちぎつて居る。 初稚姫『お母さま、犬位いなしたつて、さう褒めて貰ふやうな事が厶いませうか。どうぞお気遣ひ下さいますな。併し畜生とはいへ折角此処まで連れて来たのですから、門口か又は一二町許り送つてやりまして、そこで篤り云ひ聞かせ、再びここへ帰つて来ないやうに申し聞かせます』 高姫『オホホホ、何とまア御叮嚀な御子だこと、門口から追ひ出せばよいものを、御主人か何ぞのやうに、お前さまが送つてやるとは、些と分に過ぎはしませぬか、オイ畜生、お前は冥加に尽きるぞや、私の娘に送つて貰ふなぞとは果報者だ。併し乍ら此高姫も何だか此犬が怖ろしい、イヤイヤ怖い嫌ひなやうな気がして居たのよ、アアこれでやつと安心した。金毛九尾も……』 と口から云ひかけてグツと口をつまへ、自分の腹をギユーギユーと揉みながら、 高姫『こりや、気をつけぬか』 と吾と吾身をきめつけて居る。初稚姫は又空惚けて、 初稚姫『お母さま、「気をつけぬか」と仰有いましたが、何か不都合が厶いますか。何卒至らぬもので厶いますから、御注意を下さいませ』 高姫『エエ、イヤ何でもありませぬ、つひ一寸何です……此聖地は何彼につけて神聖な所だから、万事気をつけねばならぬと云つたのですよ』 初稚姫『ハイ有難う厶います。一寸其処まで犬を送つて参ります。お母さま、此処に待つて居て下さい。やがてお父さまも帰つて下さるでせう』 と言葉を残し、スマートを伴ひ一二町ばかり坂の彼方に進み、山の裾に隠れて館の見えない地点までスマートを伴ひ往き、頭や首背を撫でながら、 初稚姫『これスマートや、お前は偉いものだなア、杢助に化けて居る怪物や、高姫の身内に潜んで居る悪い狐がお前を大変怖がつて居る。それだからあのやうに二人が私に「お前をいなして呉れ」と迫るのだよ。併し私はお前と主従の約束を結んだ以上は、仮令半時の間だつて離れるのは嫌だよ。お前だつてさうだらう。併し今の場合どうする訳にも往かないから、一旦お前は帰んだ事にして、日が暮れたらそつと私の居間の床下に隠れて居て下さい。御飯をソツとお前の腹の減らないやうに上げるから』 と懇々と諭せば、スマートは尾をふり首を数回も縦にゆりながら「万事承知致しました」と云ふ心意気を表情に示して居る。 初稚姫『分つたかな、アアそれで私も安心した。きつと私が此処に居る間は姿を見せないやうにして下さい。併し又、夜分には恋しいお前さまと抱合つて遊びませう。お前さまは雌犬だから、私と抱擁したつてキツスをしたつて、構ひはしないわネー、ホホホ』 と笑ひながら別れて館に帰つて来た。スマートは日の暮るるを待ち兼ね、ソツと初稚姫の居間の床下に身を忍ばせ、主人の言ひつけをよく守り、且初稚姫の保護の任に当る事となつた。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 05 霊肉問答 | 第五章霊肉問答〔一二九九〕 高姫は初稚姫のスマートを送つて出た後に只一人、腹中の兇霊に打向ひ、握り拳を固めながら、懐をパツと開き、布袋つ腹を現はし、両方の手で臍のあたりを掴んだり擲つたりしながら、稍声低になつて、 高姫『コリヤ、其方はあれ丈注意を与へておくのに、なぜ初稚姫の前で、あんな不用意な事をいふのだ。サア、高姫が承知致さぬ。一時も早く、トツトと出てくれ。エー何と云つてもモウ許さぬのだ。汚らはしい、コリヤ、痰唾をはつかけてやらうか』 と云ひながら、自分の臍のあたりに向つて、青洟をツンとかんでこれをかけ、又々唾をピユーピユーと頻りに吐きかけてゐる。 (腹の中から)『アハハハハ、どれだけお前が痰唾を吐きかけようが、腹を捻ぢようが、チツともおれは痛くはない。つまりお前の腹をお前が痛め、お前の唾をお前の腹にかけるだけのものだ。そんな他愛もない馬鹿を尽すよりも、日出神義理天上の申すことを神妙に服従するがお前の身の為だぞ。グヅグヅ申すと腹の中で暴れさがし、盲腸を破つてやらうか、コラどうぢや』 高姫『アイタタタタ、コリヤコリヤそんな無茶な事を致すものでないぞ。結構な結構な常世姫の御肉体だ。左様な不都合を致すと、大神様に御届け致すが、それでも苦しうないか』 (腹の中から)『や、そいつア一寸困る、何を云うても我の強い肉体だから、思ふやうに使へないので神も聊か迷惑を致して居るぞよ。チツと柔順くなつて御用を聞いて下されよ』 高姫『何を吐しやがるのだ。又しても又してもしようもない事を吐して、人に悟られたら何とするのだ。本当に馬鹿だな。これから此方が厳しく審神を致すから、一言でも変なことを申したら、此生宮が承知致さぬぞや』 (腹の中から)『イヤ、肉体の言ふのも尤もだ、キツト心得るから、どうぞ仲ようしてくれ。何と云つても密着不離の関係になつてゐるのだから、お前の肉体のある間は、離れようといつたつて離れる訳にも行かず、お前も亦俺を追ひ出さうとすれば、命をすてる覚悟でなくちや駄目だぞ。すぐに盲腸でも十二指腸でも、空腸、回腸、直腸、結腸の嫌ひなく、捻ぢて捻ぢて捩ぢ廻し、肉体の命を取るのだから、つまりお前は俺を大事にし、俺はお前の肉体を唯一の機関とせなくちや、悪の目的が成就せぬのだからなア』 高姫『コリヤ、又左様なことを申す。この高姫は稚桜姫命の身魂の系統、常世姫命の再来だ。悪といふ事は微塵でもしたくない、大嫌ひなのだ。其方は悪を改めて善に立復つたと申したでないか。どうしても此方の肉体を使うて悪を致し、変性男子様の御神業を妨げ致すのなれば、此高姫は仮令其方に腸をむしられて国替をしても、チツとも構はぬのだ。サアどうだ、返答致せ』 と審神者気分になつて呶鳴つてゐる。 (腹の中から)『ヤア高姫様、真に申し違ひを致しました。つひ悪を憎むの余り善と悪とを取違へまして、あんな不都合なことを申しました。今後はキツと心得ますから、どうぞ霊肉和合して下さいませ』 高姫『ウンよしツ、それに間違ひなくば許してやらう。此上一言でも金毛九尾だの大蛇だのと申したら了簡致さぬぞや』 (腹の中から)『それなら、何といひませうかな、義理天上日出神と名乗りませうか』 高姫『畏い事を申すな。義理天上様は変性男子様の系統の御身魂ぢや。其方はヤツパリ、ユラリ彦命と申したがよからうぞ』 (腹の中から)『コレ高姫さま、さうイロイロと沢山の名を言つちや、娑婆の亡者が本当に致しませぬぞや』 高姫『コリヤ、何と云ふことを申す。人間は結構な神の生宮だ。天が下に神様のお守りを受けないものは一人もないぞや。言はば結構な天の神様の直々の、人間は御子だ。何を以て娑婆亡者などと申すのか、なぜ善言美詞の言霊を使はぬ。ヤツパリ其方はまだ本当の改心が出来て居らぬと見えるなア。改心致さな致すやうにして改心を致さして見せうぞや』 (腹の中から)『高姫さま、一旦入の入つた瀬戸物は何程甘く焼つぎをしても、其疵は元の通りになほらないと同様に、元来が身魂にヒビが入つてゐるのだから、本当の善に還る事は辛うて出来ませぬぞや。お前さまの肉体だつて、ヤツパリさうぢやないか。入が入つて居ればこそ、此方が這入れたのだ。お前さまは立派な大和魂の生粋だと思つてゐるだらうが、此金毛九尾から見れば、大和魂どころか山子だましの身魂だよ。相応の理によつて、破鍋にトヂ蓋式に自然に結ばれた因縁だから、何程もがいても何うしても、此悪縁は切ることは出来ませぬぞや、お前さまも是非なき事と断念して、吾身の因縁を怨めるより仕方がないぢやありませぬか。霊肉不二の関係を持つてゐる肉体と此方とが、何時もこれだけ衝突をして居つては互の迷惑……否大損害ですよ。チツとはお前さまも大目に見て貰はなくちや、わしだつて、さう苛められてばかり居つても、立つ瀬がないぢやないか』 高姫『今迄なれば少々のことは大目にみておくが、お前も知つて居るだらう、斎苑館に厶つた三五教の三羽烏杢助様がお出でになり、此肉体の夫となられ、又立派な娘の初稚姫が此処へ私の子となつて来たのだから、余程心得て貰はなくては、今迄とは違ひますぞや。今迄は此高姫も殆ど独身同様であつた。大将軍様の肉宮はあの通りお人よしだから、どうでもよい様なものだつたが、今度は摩利支天様の肉宮が、此肉体の夫とお成り遊ばしたのだから、お前さまの自由ばかりになつてゐる訳には行かぬから、其積りで居つて下されや』 (腹の中から)『それは肉体のすることだから敢へて干渉はしないが、併しながら、初稚姫といふ女は何だか虫の好かぬ女だ。お前も物好な、他人の子を吾子にせなくてもよいぢやないか』 高姫『馬鹿だなア、あの初稚姫は本当に掘出し物だよ。柔順で賢明で而して人には信用があるなり、あんな娘を使はずに、どうして神業が完全に出来るのだ。お前も改心して五六七神政成就の為に活動するならば、これ程大慶の事はないぢやないか。変性男子様が永らくの間御苦労御艱難遊ばして、此処まで麻柱の道をお開き遊ばし、又都合によつてウラナイ教も御開き遊ばしたのだから、悪が微塵でもあつたら、此事は成就致しませぬぞや』 (腹の中から)『それでも、お前、三五教をやめてウラナイ教を立てようと、昨日もいつたぢやないか。どちらを立てて行くのだ。それからきめて貰はなくちや、此方も困るぢやないか』 高姫『変性男子のお筆には……三五教ばかりでないぞよ。此神はまだ外にも仕組が致してあるぞよ。ウツカリ致して居ると、結構な神徳を外へ取られて了ふぞよ……とお示しになつて居るだろ、此頃の斎苑館の役員共の行り方と云つたら、サツパリ変性女子の教ばかり致して、男子様の御苦労を水の泡に致さうとするによつて、お筆に書いてある通り、系統の身魂の此方が、已むを得ずしてウラナイ教を立てるのだ、併しながら秘密は何処までも秘密だから、表はヤツパリ三五教を標榜し、其内実はウラナイ教を立てるのだよ。よいか、合点がいただらうなア』 (腹の中から)『コレ肉体さま、ソリヤ二股膏薬といふものではないかなア。いつも悪は嫌だ嫌だと云ふ癖に、なぜ其様な謀反を起すのだい。善一つを立てぬくのなれば、お前が舎身的活動をして三五教の過つてゐる行方を改良さして、一つの道でやつて行つたらいいぢやないか。さうするとヤツパリ肉体も善を表に標榜し、自我を立て通す為に結局悪を企んでゐるのだなア。サウすりや何も、わしのすることや言ふことをゴテゴテいふには及ばぬぢやないか。同じ穴の狼だ。怪狼同狐の間柄ぢやないか。お前が善か、俺が悪か、衡にかけたら何方が上るやら、僅かに五十歩と五十一歩との違ひだらう。どうぢや肉体、これでも返答が厶るかな、ウツフツフ』 高姫『コリヤ、喧しいワイ。そこは、それ、神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだ。切れてバラバラ扇の要……といふ謎を、お前は知らぬのか……十五夜に片われ月があるものか、雲にかくれてここに半分……だ』 (腹の中から)『ハツハハ、イヤ、チツとばかり了解した。……此腹の黒き尉殿が一旦改心の坂を通り越し、又もや慢心と申す元の屋敷にお直り候……だな、イツヒツヒ。それならさうと、なぜ初めから云つてくれないのだ。コツチにも方針があるのだから……俺も昔から金毛九尾といつて、随分悪は尽して来たのだが、腹の黒い人間の腹中は、自分が現在這入つて居りながら、分らぬものだ。いかにも人間といふものは重宝なものだなア。偽善を徹底的に遂行するには、本当に重宝な唯一無二のカラクリだ、イツヒヒヒ。それを聞いて此金毛九尾もスツカリと安心を致したぞや。サア始めてお前が打ち解けてくれたのだから、今日位心地よいことはないワ、のう大蛇よ、猿よ、狸よ、蟇よ、豆よ、本当に岩戸が開けたやうな気分がするぢやないか』 腹の中から違うた声で、 (腹の中から違う声で)『ウンウンウンウン、さうさう、これでこそ、私たちも安心だ。流石は金毛九尾さまだけあつて、よくマア肉体と、其処まで談判して下さつた。ああ有難い有難い』 腹中より又もや以前の声で、 (腹の中から)『さうだから、此金毛九尾さまに従へと云ふのだ。これから高姫の肉体をかつて、三千世界を自由自在に致すのだ。それに就いては先づ第一に三五教を崩壊し、ウラナイ教を立てて善の仮面を被り、現界の人間を片つ端から兇党界に引張り込んで了ふのだ。最早肉体が心を打ち開けた以上は、何と云つても宣り直しはささない。若しも最前の言葉に肉体が反きよつたら、お前たちはおれの命令一下と共に、そこら中を引張りまはし苦めてやるのだよ』 高姫『コラ、そんな無茶な相談を致すといふことがあるか、表は表、裏は裏だ。さうお前のやうに露骨に云つちや、肝腎の大望が成就せぬぢやないか』 (腹の中から)『何、お前の耳に内部から伝はるだけのもので、決して外部へは洩れる気遣ひはない。お前さへ喋らなかつたら、それでいいのだ』 高姫『ソリヤさうだな、それならマア、十分にお前も千騎一騎の活動を致すがよいぞや。この高姫も乗りかけた舟だ、何処までも初心を貫徹せなくちやおかないのだからな。ドレドレ、モウ初稚が帰つて来る時分だ。思はず守護神と談判をして居つたものだから、つひ時の経つのも忘れてゐた。併し初稚姫が聞いてゐやせなんだか知らぬて、何だか気掛りでならないワ』 といひながら、サツと障子をあけて長廊下を眺めた。初稚姫は芒の枯れた穂を一つかみ握りながら、他愛もなく遊び戯れ、廊下に一本一本さして遊んでゐる。その無邪気な光景を眺めて、高姫はホツと一息し、 高姫『何とマア無邪気な娘だこと、枯尾花を板の間の隙間に立て並べて遊んでゐるのだもの。大きな図体をしながら、そして十七にもなりながら、未通こい娘だなア。本当に水晶魂だ。この高姫がうまく仕込んでやれば、完全に改悪して立派なウラナイ教の宣伝使になるだらう。何と云つても杢助さまと云ふ父親を掌中に握つてゐるのだから大丈夫だ。東助さまに肱鉄をかまされ、大勢の前で恥をかかされて、悔し残念さをこばつて、此処まで来て見れば、こんな都合の好いことが出来て来た。あああ、人間万事塞翁の馬の糞とやら、苦しい後には楽しみがあり、楽しみの後には苦しみが来るぞよ、改心なされよ……と男子様のお筆先にチヤンと出て居る。高姫もまだ天運が尽きないと……あ……見えるワイ、エツヘヘヘ、変性男子様、大国治立命様、守り給へ幸へ給へ』 (腹の中から)『オツホツホホホ、オイ肉体、大変な元気だなア、甘く行きさうだのう。吾々一団体の兇霊連中も満足してゐる。どうだ、チツと歌でもうたつたら面白からうに……のう』 高姫『コリヤ、何と云ふ不心得なことをいふか。世界は暗雲になり、殆ど泥海のやうになつてゐるのに、そんな陽気なことで、どうして誠が貫けるか。変性男子様のお筆先を何と心得てゐる、チツと改心したがよからうぞ』 (腹の中から)『アハハハハ、善悪不二、正邪一如といふ甘い筆法だなア。一枚の紙にも裏表のあるものだから……』 高姫『シーツ、今そこへ初稚姫が出て来るぢやないか、チツと心得ないか』 (腹の中から)『声がせないと、チツとも姿が見えぬものだから、これはエライ不調法を致しました。オオ怖はオオ怖は、肉体の権幕には俺も往生致したワイ』 初稚姫は何気なき態を装ひ、ニコニコしながら出で来り、 初稚姫『お母アさま、とうとうスマートをぼつ帰して来ましたよ。妙な犬でしてね、何程追つかけても後へ帰つて来て仕方がありませぬので、私も困りましたよ』 高姫『ああさうだろさうだろ、あれ丈お前につき纒うて居つたのだから、離れともなかつただらう。何と云つても畜生だから人間の云ふこた分らず、嘸お骨折だつたろ。併しマアよう帰にましたなア』 初稚姫『ハイ、仕方がないので、石を拾つて五つ六つ頭にかちつけてやりましたの。そしたら頭が二つにポカンと割れて大変な血を出し、厭らしい声を出して逃げて帰りましたの』 高姫『それは本当に、気味のよいこと……ウン、オツトドツコイ、気味の悪いことだつたね。大変にお前を恨んで居つただらうなア』 初稚姫『何程ウラナイ教だとて、怨みも致しますまい、ホホホ』 高姫『や、初稚さま、お前は今ウラナイ教と言ひましたね、誰にそんなことをお聞きになつたのだえ』 初稚姫『お母アさま、表はね、三五教で、其内実は、お母アさまのお開き遊ばしたウラナイ教の方が良いぢやありませぬか。私、ウラナイ教が大好きなのよ』 高姫『オホホホホ、ヤツパリお前は私の大事の子だ、何と賢い者だなア。これでこそ三五教崩壊の……ウン……トコドツコイ、法界の危急を完全に救済することが出来ませうぞや』 初稚姫『さうですなア。誠さへ立てば、名は何うでもいいぢやありませぬか』 高姫は首を頻りにシヤクリながら、笑を満面に湛へて、 高姫『コレ初稚さま、お母アさまは、これからお父さまをお迎へ申してくるから、お前さまは暫く事務所へでも行つて遊んで来て下さい。こんな所に一人置いとくのも気の毒だからなア』 初稚姫『お母アさま、そんなに永く時間がかかるのですか』 高姫『さう永くもかからない積だが、何と云つてもあの通り、云ひかけたら後へ引かぬ杢助さまだから、犬を帰なしたことから、其外お前さまの腹の底を、トツクリと御得心なさるやうに申上げねばならぬから、チツとばかり暇が要るかも知れませぬからなア』 初稚姫『お母アさま、私もお供致しませうか』 高姫『イヤイヤそれには及びませぬ。又杢助様に、どんな御意見があるか知れませぬから、却つてお前さまが側にゐない方が、双方の為に都合がいいかも知れませぬ。一寸其処まで行つて参ります』 とイソイソとして出でて行く。後見送つて初稚姫はニツコと笑ひ、イソイソとして珍彦の居間を訪ね、同年輩の楓姫とあどけなき話を交換しながら時を移してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 06 玉茸 | 第六章玉茸〔一三〇〇〕 高姫は祠の森を隈なく探ね廻つた。漸く草むらの中にウンウンと呻きながら眠つてゐる杢助の姿を眺め、 高姫『これ、杢助さま、サア帰りませう。こんな処に横たはつてゐてお風邪を召したら大変ですよ。サア私と一緒に帰らうぢやありませぬか』 杢助『さう八釜しう云つてくれな。俺はチツとばかり頭が痛いのだから、自然のお土に親しんで暫らく此処で休んで帰るから、お前は彼方へ行つて休んだが宜からうぞ』 高姫『これ杢助さま、何と云ふ水臭い事を仰有るのだい。二世を契つた夫婦の仲ぢやありませぬか。夫の難儀は妻の難儀、妻の喜びは夫の喜び、何処までも苦楽を共にしようと契つた仲ぢやありませぬか。そんな遠慮はチツとも要りませぬ。さア何卒、私が介抱して上げませう』 杢助『いや何卒構うてくれな、私の体に何卒触らない様にして呉れ、頼みだから……』 高姫『これ此方の人、お前さまは私が嫌になつたのだな。女房が夫の体に触れない道理が何処にありますか。夫の病気を素知らぬ顔して、女房の身として之が放任して居れますか。此高姫は一旦お前さまと夫婦の約束をした上は、仮令此肉体が粉にならうと、何処までも貞節を尽さねばなりませぬ。そんな水臭い事を仰有るものぢや厶りませぬぞや』 杢助『ヤー、決して俺が斯う云つたとて、気を悪うしておくれな。又お前が決して嫌だと云ふのでも何でもない。さア何卒早く館へ帰つて、万事万端気を付けてくれ』 高姫『それだと云つて、之を見捨てて何ぼ気強い私でも帰られませうか。何なら罹重身倒でも探して来ませうか』 杢助『いや、何にも要らない。そんな結構な物を頂くと、却つて神罰が当るかも知れない。私がかうして怪我をしたのも、全く神様の見せしめだ。神様がお許し下さらば、屹度直して下さるだらう。何程人間が藻掻いた処で仕方がないからのう』 高姫『それなら天津祝詞を奏上して上げませうか』 杢助『いや、それには及ばぬ。斯うなり行くのも神様の御都合だ。祝詞なんか奏上ては、却つて畏れ多い。何卒頼みだから、館へ帰つてお前は御用をしてくれ。それが何よりの功徳だ。さうすれば、私の怪我もすぐ癒るだらう』 高姫『それなら、鎮魂をして上げませうか。……一二三四……』 と云ひかけると、杢助は慌てて押止め、苦しさうな声を出して、 杢助『高姫、それに及ばぬ。そんな勿体ない事は云はぬやうにして呉れ。却つて私は苦しいから』 高姫『それなら、初稚姫さまを呼んで来ませうか。そして介抱をさせたら貴方の気に入るでせう。到底私の様な婆アの介抱では、病気がますます重くなりませうからな』 と稍嫉み気味になつて言葉を尖らし始めた。 此杢助は、その実ハルナの都の大雲山に蟠居せる八岐大蛇の片腕と聞えたる肉体を有する兇霊で、獅子虎両性の妖怪であり、其名を妖幻坊と云ふ大怪物である。妖幻坊はスマートに眉間を噛みつかれ、ここに大苦悶を続けてゐたのである。されど高姫に其正体を看破られむことを恐れて、一時も早く高姫の此処を立去らむ事をのみ望んでゐた。されど高姫は何処までも大切の夫の介抱をせなくてはならぬと思ひつめ、少しも其処を動かうとはせない。妖幻坊の杢助は、人間の形体を負傷の身を以て保持してゐるのは非常な苦痛である。ウツカリすると其正体が現はれさうになつて来たので、声を励まし稍尖り声で、 杢助『これ、高姫、何故そなたは夫の申す事を聞いてくれないのか。お前も高姫と云つて随分剛の者ぢやないか。夫の病気に心をひかれて、肝腎の神様の御用を次ぎに致さうとするのか。そんな不心得のお前なら、もう是非がない。縁を切るから、其方へ行つてくれ』 高姫『杢助さま、お前さまは頭を打つてチツと逆上せてゐるのだらう。さうでなければ、そんな水臭いことを仰有る筈がない。ああ気の毒な事だな。ああ惟神霊幸倍坐世』 杢助『こりや高姫、私は最前も云うた通り神様の戒めにあつて居るのだから、そんな事は何卒云つてくれなと云つたぢやないか。何故夫の言葉をお前は用ひないのか』 高姫『よう、そんな事を仰有いますな。初稚姫があれだけ大切にしてゐたスマートを私がお父さまの命令だからと云つて千言万語を費し説きつけた処、初稚は到頭私の言ひ条についてスマートに大きな石を五つもかちつけ、頭蓋骨を割り、大変な血を出したので、スマートは、あた気味のよい、キヤンキヤンと悲鳴をあげて逃げて了ひましたよ。大方今頃は河鹿峠の懐谷近辺で倒れて死んで了つてゐるに違ひありませぬ』 杢助『何、スマートに石をかちつけて初稚姫が帰なしたと云ふのか。ヤー、それは結構だ。持つべきものは子なりけりだな』 高姫『そら、さうでせう。お前さまの目の中へ這入つても痛くないお嬢さまですからな。持つべからざるは女房なりけりと云ふお前さまは水臭い了簡でせうがな』 杢助『もう頭の痛いのにクドクドとそんな事は云つてくれな。又痛みが止まつてから不足なり、何なりと承はらう。それよりも早く宅へ帰つて初稚姫を呼んで来てくれ。そしてお前は人知れず受付の前にある大杉の木へ上つて玉茸と云ふ茸があるから、それをむしつて来てくれないか。それさへあれば私の病気は一遍に治るのだ』 高姫『それなら、ハルかイルに梯子でもかけて取らせませうかな』 杢助『いやいや、これは秘密にせなくては効能が現はれぬのだ。仮令娘の初稚姫にだつて覚られちや無効だぞ。兎に角、初稚姫を呼んで来るよりも、お前が早く其玉茸をソツと取つて来てくれないか。夫が女房に手を合して頼むのだから……』 と涙を両眼に垂らして高姫を拝み倒した。高姫はオロオロしながら両眼に涙を浮べ、 高姫『これ、杢助さま、夫が女房に手を合して頼む人が何処の世界にありますかいな。それなら之から玉茸をとつて参ります。何卒暫く此処に待つて居て下さい。苦しいでせうけれどな』 杢助『それは御苦労だ。何卒怪我をせない様に、そして人に見付からぬ様に採つて来て下さい。それ迄は初稚姫にも何人にも云つてはいけませぬぞ』 高姫『ハイ、何も彼も呑込んで居ります。それなら之から取つて来て上げませう。暫く此処に……ネー杢助さま、貴方も摩利支天様の御身魂だから、之位の傷にはメツタに往生なさる事はありますまいからな』 杢助『うん、さうだ、大丈夫だよ。お前も夫に対する初めての貞節だから、何卒怪我をせない様にして玉茸の採取を頼むよ』 高姫『ハイ、承知致しました』 と大きな尻をプリンプリンと振りながら、杢助の倒れて居る姿を見返り見返り、チヨコチヨコ走りに受付の前の大杉の木の蔭にソツと身を寄せた。杢助に変化してゐた妖幻坊はヤツと一安心して元の怪物と還元し、一先づ此処を立去らねば、又も人に見付けられては堪へ難き苦痛だと、谷の流れを伝うてガサリガサリと山の尾の上を渡り、向ふ側の日当りのよき窪んだ処に横たはり、四辺に人なきを幸ひ、ウーンウーンと呻き苦しんでゐたのである。 扨て一方の高姫は、森の木蔭に身を忍び、受付の様子を考へてゐると、イルとハルとが火鉢を真中に囲み、何事か「アツハツハハハハアツハツハハハハ」と笑ひながら雪駄直しが大仕事を受取つた様な態度で、何時動かうともしない。高姫は気が気でならず、 高姫『早く両人何処かへ行つてくれたらよいがな。気の利かぬ奴ばつかりだ。早く玉茸を取つて杢助さまに上げなくちや、あの塩梅では大変傷が深いから本復せぬかも知れない。でも彼奴等に見られちや薬が利かぬのだし、エーぢれつたいことだなア』 と森蔭に地団駄を踏んでゐる。ハル、イルはそんな事も知らず何事か笑ひ興じてゐる。高姫も耳をすまして此話を聞くより外に取る術はなかつた。大杉の一方に姿の見えない様に身をかくして聞いて見れば、イルは、 イル『如何も怪しいものぢやないか。エー、杢助さまだつて耳がペラペラと動くなり、又今度来た初稚姫さまは何うも一通りの人ぢやない様だし、楓姫さまが素敵な美人だと思つてゐたのに、これは又幾層倍とも知れないナイスぢやないか』 ハルは、 ハル『ウン、さうだな、俺達も男と生れた以上は、あんなナイスと仮令一夜でもいいから添うて見たいものだな。然し初稚姫さまだつて楓姫さまだつて、何れ養子を貰はねばならぬのだから、満更目的の外れる事もあるまい。あんな人になると却つて器量を好まぬものだ。口許のしまつた色の浅黒い男らしい男を好むものだよ。貴様だつて、俺だつて軍人教育を受けとるのだから、何処ともなしに軍人気質が残つて凛々しい処があるなり、一つ体を動かすにも廻れ右、一二三式なり、本当に女の好きさうな男だからな』 イル『うん、そらさうだ。貴様だつてあまり捨てた男前でもなし、俺だつてさう掃溜に捨てた様な男前でもなし、婿の候補者には最も適当だ。さうして宗教の変つたものと結婚すれば互に其信仰を異にするが故に、如何しても家庭の円満を欠くと云ふ点から、三五教の信者は三五教の信者と結婚する事になつてゐる。死んでからでも同じ団体の天国へ行かうと思へば、同じ思想、信仰を持つて居なくちや駄目だからな。それ位の事はあんな人になればよく承知してゐるよ』 ハル『エツヘヘヘヘヘ中々以て前途有望だ。これだから三五教は結構だと云ふのだ。何と云つても斎苑の館の素盞嗚尊はイドムの神といつて縁結びの神様だからな。そして金勝要神と云ふ頗る融通の利く粋な神様があつて「添ひたい縁なら添はしてやらう、切りたい縁なら切つてもやるぞよ」と、それはそれは中々話せる神さまだから、俺等には持つて来いだよ』 イル『それはさうと、イク、サール、テル等が競争場裡に立つて中原の鹿を追ふ様な事はあるまいかな』 ハル『そりや大丈夫だよ。あんなシヤツ面した気の利かない頓馬が、如何して二人のナイスのお気に入るものかね。そんな事ア到底駄目だよ。マア安心したがよからう』 イル『さうお前の様に楽観して自惚れてゐる訳にも行くまいぞ』 ハル『何さ、そんな心配は要らぬ。チヤーンと運命が決つてゐるのだ。初稚姫様があの凛々しい犬をつれて厶つた時、僕の面をチラツと見てニタツと笑つて居られた。その時は情味津々として溢るる許りだつたよ。そしてあの涼しい目からピカピカツと電波を送られた時の美しさと云つたら、まるでエンゼルの様だつたよ。あの目付から考へても、屹度俺に思召があると云ふ事は動かぬ事実だ。アーア、併しながら気の揉める事だわい』 イル『こりや、貴様、そんな甘い事があるかい。俺は初稚姫さまぢやなけりや、どんな女房だつて持たないのだ。貴様は楓姫さまが合うたり叶うたりだ。楓姫さまは何時もお前の事を「何と男らしい方だね」と云つて厶つたぞ。それに決めておけ』 ハル『馬鹿を云ふない。先取権は俺にあるのだ。そんな虫のいい事は云つてくれなよ』 イル『馬鹿にするない。屹度俺が初稚姫さまを此方へ靡かして見せようぞ』 ハル『何、俺が見ん事、靡かしてお目にかけよう』 などと何時迄も限りなしに、こんな空想談に耽つてゐる。高姫は気も狂乱せむばかり苛だてども、何時迄待つても動く気遣ひはなし、二人の話は益々佳境に入り、日が暮れても夜通ししても容易に動かぬ様子である。高姫は是非なく裏口にまはり、普請に使つた梯子を引張り出し来り、大杉の受付から見えない方面に立てかけ、太い体をシワシワと梯子を弓の如くしわませながら漸く一の枝へとりつき、蜘蛛の巣にひつかかりながら、杢助の云つた玉茸は何処にあるかと探しまはつた。されど茸らしいものは少しも見当らない。杢助さまが確に此杉だと云つたのだから、何処かにあるだらうと可成く音のせぬやう、枝から枝へ伝ひ上つて行くと、昼目の見えない梟鳥が丸い目を剥いてとまつてゐた。高姫は余り慌ててゐるので、視覚に変調を来して居たと見え、梟の両眼を見て、 高姫『ほんに玉の様に丸い茸だ。成程玉茸とはよく云つたものだ』 と小さい声で囁き乍ら梟の目を一寸撫でた。梟は驚いて無性矢鱈に高姫の光つた目を敵と見做し、尖つた嘴でこついたから堪らない、高姫はズズズズドスン、「キヤツ、イイイイ痛い」と小声に叫んだ。されどイル、ハルの両人は勝手な話に現を抜かし、女房の選択談に火花を散らしてゐたから、杉の大木の根元に落ちて苦しんでゐる高姫の体が目につかなかつたのである。祠の森の村烏[※御校正本・愛世版では「村烏」だが、校定版・八幡版では「群烏」に修正されている。]は俄に何物に驚いたか、ガアガアと縁起の悪さうな声をして中空を鳴きながら翺翔してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四北村隆光録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 08 常世闇 | 第八章常世闇〔一三〇二〕 大抵の人間は、高天原に向つて其内分が完全に開けてゐない。それ故に大神は精霊を経て人間を統制し給ふのが普通である。何となれば、人間は自然愛と地獄愛とより生み出す所の地獄界の諸々の罪悪の間に生れ出でて、惟神即ち神的順序に背反せる情態に居るが故である。されど一旦人間と生れた者は、何うしても惟神の順序の内に復活帰正すべき必要がある。而して此復活帰正の道は、間接に精霊を通さなくては到底成就し難いものである。併しながら此物語の主人公たる初稚姫の如き神人ならば、最初より高天原の神的順序に依る所の諸々の善徳の中に生れ出でたるが故に、決して精霊を経て復活帰正するの必要はない。神人和合の妙境に達したる場合の人間は、精霊なるものを経て大神の統制し給ふ所とならず、順序即ち惟神の摂理により、大神の直接内流に統制さるるのである。 大神より来る直接内流は、神の神的人格より発して人間の意性中に入り、之より其智性に入り、斯くて其善に入り又其善を経て真に入る。真に入るとは要するに愛に入るといふ事である。此愛を経て後聖き信に入る。故にこの内流の愛なき信に入り、又善のなき真に入り、又意思よりせざる所の智性に入ることはないものである。故に初稚姫の如きは清浄無垢の神的人格者とも云ふべき者なれば、その思ふ所、云ふ所、行ふ所は、一として神の大御心に合一せないものはないのである。斯かる神人を称して真の生神と云ふのである。 天人及び精霊は何故に人間と和合する事斯の如く密接にして、人間に所属せる一切のものを、彼等自身の物の如く思ふ理由は、人間なるものは霊界と現界との和合機関にして頗る密着の間に居り、殆ど両者を一つの物と看做し得べきが故である。されど現代の人間は高天原より物欲の為に自然に其内分を閉し、大神のまします高天原と遠く離るるに至つたが故に、大神は茲に一つの経綸を行はせ給ひ、天人と精霊とをして各個の人間と共に居らしめ給ひ、天人即ち本守護神及び精霊正守護神を経て人間を統制する方法を執らせ給ふ事となつたのである。 高姫の身体に侵入したる精霊、中にも最も兇悪なる彼兇霊は、常に高姫と言語を交換してゐるものの、その実高姫が人間なる事を実際に信じてゐないのである。高姫の身体は即ち自分の肉体と固く信じてゐるのである。故に高姫が精霊に対して色々と談判をすると雖も、其実精霊の意思では他に目には見えないけれども、高姫なる精霊があつて、外部より自分に向つて談話の交換をしてゐる様に思つて居るのである。又精霊の方に於ては、高姫の肉体は決して何も知つて居ない、知つてゐるのは只精霊自身の知識によるものと思ひ、従つて高姫が知つてゐる所の一切の事物は、皆自分の所為と信じ居るものである。併しながら高姫が余りに……俺の肉体にお前は巣喰つて居るのだ……と、精霊に向つて屡告ぐるによつて、彼に憑依せる精霊即ち兇霊は、うすうすながら自分以外に高姫といふ一種異様の動物の肉体に這入つて居るのではあるまいか……位に感じだしたのである。高姫は又精霊の言ふ所、知る所を、自分の言ふ所、知る所と思惟し、而して精霊が、自分の肉体は神界経綸の因縁のある機関として特別に造られたのだから、正守護神や副守護神が宿を借りに来て居るものと信じて居るのである。而して面白い事には、高姫の体内に居る精霊は、高姫の記憶と想念を基としていろいろと支離滅裂な予言をしたり、筆先を書いたりしながら、其不合理にして虚偽に充てる事を自覚せず、凡てを善と信じ、真理と固く信じてゐるのだから、自分が悪神だと云つたり、或は悪を企まうなどと言つてゐながらも、決して真の悪ではない、実は自分が或自己以外の何物かと揶揄つて居るやうな気でゐるのだから不思議である。又高姫自身も、少し許り悪の行り方ではあるまいかと思うて見たり、或時は……イヤイヤ決して自分の思ふ事、行ふ所は微塵も悪がない、只訳の分らぬ人間の目から、神格に充されたる吾々の言行を観察するのだから悪に見えるだらう。真の神は必ず自分が神の為道の為に千騎一騎の活動してゐる事をキツトお褒め遊ばすだらう。神に叶へるものとして、神柱とお使ひ遊ばしてゐられるのであらう。訳の分らぬ現界の人間が、仮令悪魔と言はうとも、そんな事は構つてゐられない、吾がなす業は神のみぞ知り給ふ……といふ様な冷静な態度を構へ、如何なる真の教示も、真理も、自己以外に説くものはない、又行ふ真の人間もないのだから、至善至愛の標本を天下に示し、千座の置戸を負うて万民の罪悪を救うてやらねばならぬ。自分は神の遣はし給ふ犠牲者、救世主だと信じて居るのだから始末に了へぬのである。高姫のみならず、世の中に雨後の筍の如く、ムクムクと簇生する自称予言者、自称救世主なども、すべては高姫に類したものなることは言ふ迄もない事である。 又動物は、精霊界よりする所の一般の内流の統制する所となるものである、蓋し彼等動物の生涯は宇宙本来の順序中に住する者なるが故に、動物はすべて理性を有せないものである。理性なきが故に神的順序に背戻し、又之を破壊することをなし得ないのである。人間と動物の異なる処は此処にあるのである。併しスマートの如き鋭敏なる霊獣は其精霊が殆ど人間の如く、且本来の純朴なる精神に人間と同様に理性をも有するが故に、よく神人の意思を洞察し、忠僕の如くに仕ふる事を得たのである。動物はすべて人間の有する精霊の内流を受けて活動することがある。されども普通の動物は其霊魂に理性を欠くが故に、初稚姫の如き地上の天人の内流を受くることは出来得ないものである。併し此スマートは肉体は動物なれども、神より特別の方法に依つて、即ち化相の法によつて、初稚姫の身辺を守るに必要なるべく現じ給うたからである。初稚姫も此消息をよく感知してゐるから、決して普通の犬として遇せないのである。只神が化相に仍つて、其神格の一部を現はし給ひしものなることを知るが故に、姉妹の如く下僕の如く、或時は朋友の如くに和睦親愛し得るのである。普通の人間が動物と和合した時は、全く畜生道に堕落した場合である。又人間が霊肉脱離の後、地獄界及び精霊界に在る時、現世に在る吾敵人に対し、危害を加へむとするの念慮強き時は、動物の精霊に和合して其怨恨を晴さむとするものである。故に生霊又は死霊に憑依された人間には、必ず動物の霊が相伴うてゐるものである。是は或大病に苦しんでゐる人間を鎮魂し、又は神言を奏上して之を調べる時、必ず人間の生霊又は死霊の姓名を名乗るものである。而して熟練したる審神者が之を厳しく責立つる時は、遂に人霊と動物霊と和合して其人霊の先駆者となつたことを自白するものである。狐狸や蛇、蟇、犬、猫其他の動物の霊が人間に来る時は、人間の記憶及び想念中に入つて其肉体の口舌を使用し、或は自分が駆使され合一されてゐる人霊の想念をかつて、人間の如く言語を発するに至るものである。霊界の消息に暗き学者は、狐狸其他の動物が人間に憑つて、人語を用ふるなどはあり得べからざる事である、斯の如き事を信ずる者は太古未開の野蛮人である、斯の如く人文の発達したる現代に於て尚動物が人間に憑依して人語を発するなどの不合理を信ずるは実に癲狂痴呆の極みであると嘲笑するは、現代の半可通的学者の言説である。何ぞ知らむ、彼等こそ霊界より見て実に憐れむべき頑愚者にして、且癲狂者となつてゐるのである。自分の眼が自分で見られ又自分の頭部や頸部、背部などが自身に於て見ることを得ない人間が、何うして霊界の幽玄微妙なる真理真相が分るべき道理があらう。須らく人間は神の前に拝跪し、其迂愚と不明と驕慢とを鳴謝すべきものである。 ○ 動物例へば犬、猫、鹿、牛、馬などは、惟神即ち神的順序に従つて交尾期なども一定し、決して人間の如く、何時なしに発情をするなどの自堕落な事はないものである。又植物なども霊界と自然界の順序に順応して、惟神的に時を定めて花開き実を結び、嫩芽を生じ落葉するものであつて、実に其順序を誤らない事は吾々人間の到底足許へもよれない程、秩序整然たるものである。而して犬は犬、猫は猫、馬は馬と各天稟の特性を発揮し、よく其境遇に適応せる本性を発揮するものである。又植物などは各其特性を備へ、自己特有の甘さ、辛さ、酸さ、苦さ等の本能を発揮し、幾万年の昔より其味を変へないのである。要するに芋は茄子の味に代る事を得ない、又唐辛は蜜柑の味に決してなるものでない。又同じ畑に植付けられ、同じ地味を吸収しながらも、依然として西瓜は西瓜の味、唐辛は唐辛の味、栗は栗、柿は柿の特有の形体及び味を有つて居るものである。而して、此特有性はすべて霊的より来り、其成長繁茂の度合は自然界の光熱や土地の肥痩等に依るものである。然るに人間は理性なるものを有するが故に少々土地が変つた時又は気候の激変したる土地に移住する時は、忽ち其意思を変移し、十年も外国へ行つて来た者は、其思想全く外人と同様になつて了ふものである。これが人間と動物又は植物と異なる点である。斯の如く人間は理性によつて自由に思想並に身体の色迄も多少変ずる便宜あると共に、又悪に移り易く堕落し易きものである。故に動物植物に対しては大神は決して教を垂れ給ふ面倒もなく、極めて安心遊ばし給へども、人間は到底動植物の如く神的順序を守らない悪の性を帯びてゐるが故に、特に予言者を下し、天的順序に従ふ事を教へ給うたのである。併しながら人間に善悪両方面の世界が開かれてあるが故に、又一方から言へば神の機関たる事を得るのである。願はくは吾々人間は神を愛し神を信じ、而して神に愛せられ、神の生宮として大神の天地創造の御用に立ちたいものである。 却説高姫が玉茸を採らむとしてソツと大杉の枝に登り、梟にクワンクワンと鋭き嘴にて両眼をコツかれ、アツと叫んで地上に盲猿の如く顛落し、腰骨を打つて堪へ難き苦痛に呻吟しながら、イル、イク、サールなどに介抱され、漸くにして其居間に運ばれた。されど高姫は元来剛の者なれば少々腰骨の歪んだ位は苦にする様な女ではなかつた。そして容易に痛いとか苦しいとか云ふ様な事は、其性質上絶対に口外せない。併しながら両眼をこつかれ、眼瞼忽ち充血して腫れ塞がり、光明を見る事を得ざるに至りしには、流石の高姫も余程迷惑をしたのである。 イルは、 イル『サア、高姫さま、此処が貴女のお居間ですよ。マアゆつくり本復するまでお休みなさいませ。イル、イク、サール、ハル、テルのやうな屈強な男も居りますから、どこ迄もお世話を致します、どうぞ安心して使つて下さいや』 高姫『お前はイルかな、イヤ御親切に有難う。モウ斯うなつては目が腫上つて、一寸も見えないのだから、お前達のお世話になるより仕方がない。やがて此腫が引いたら目も見えるだらうから、どうぞすまないが二三日介抱して下さい。あああ何とした不仕合せな事だらうなア。折も折とて杢助さまは躓いて倒れ、眉間を破つて苦しむで厶るなり、其痛みを直したさに、玉茸を採りに上つて、又もや私は大杉に棲んで居つた天狗の奴に両眼をコツかれ、木からおちた猿のやうなみじめな目に遇ふとは……ああ神様も何うして厶つたのだらうかな、義理天上さまも余りだ……』 と慨然として悲痛の涙をこぼしてゐる。 サール『高姫さま、本当に不思議な事ですな。玉国別さまも此河鹿峠で猿の奴に両眼を破られて、永らく御難儀を遊ばしましたが、到頭御神徳を頂いて全快遊ばし、機嫌よく宣伝の旅に出られた後へ貴女がお出でになり、又もや天狗に目をこつかれて同じ眼病に悩むとは、何といふ不思議な事で厶いませう。何か神様にお気障でもあるのぢや厶いますまいかな』 高姫『ああさうだなア。玉国別さまと云ひ、高姫と云ひ、頭にタの字のつく者は能く目に祟られるとみえる。これから神様にお詫を申して、一日も早く此目を直して頂かぬ事には、かう世の中が真暗闇では仕方がない。一時も早く天の岩戸開きをして、元の如く明るい光明世界に捻ぢ直したいものだなア、ああ惟神霊幸はへませ』 イクは、 イク『高姫さま、あなた今、暗い世界と云ひましたね、ソラ貴女の目が塞がつてるからですよ。日天様が嚇々として輝いてゐらつしやるのですから、決して御心配にや及びませぬ。のうハルよ、さうぢやないか』 高姫『ホホホホ、お前も分らぬ男だなア。此世の中が暗がりだと言つたのは人間の心が真暗がりだと云つたのだよ。決して肉体で見る世界が暗くなつたと云ふのぢやない』 イク『それでも、何ですよ、肉体で見る世界でも、時々真暗になりますからなア』 高姫『きまつた事だよ。夜になれば真暗になるのは当前だ、お前も割とは馬鹿だなア』 イク『何とマア目も見えぬ態をして居つて、剛情な婆アさまだな。まだ悪口をついてゐる。コレ高姫さま、私は夜もある代り、又新しい日天様を毎日拝んで光明世界もありますよ。お前さまはモウ斯うなつちや、常夜行く暗の世界に彷徨うてゐるやうなものだ。夜ばかりだなア』 サールはしたり顔に、 サール『ソラさうだとも、ヨルの受付を邪魔物扱ひにして厶つたのぢやもの、其報いが忽ち到来して、自分が、ヨルの世界へお這入りなさつたのだ。どうも自業自得だから仕方がないワ。何程お気の毒でも、吾々が如何ともする訳には行かないワ』 テルは、 テル『高姫さま、貴女は日出神の義理天上さまが御守護して厶るのだから、夜でも決して暗いこたアありますまい。何と云つても義理天上日出神様の生宮だ、つまりいへば日出神御自身だから、見えるでせうなア。今日は殊更に、トコギリ、天上の日出神さまは御機嫌よく嚇々の光明を輝かしてゐられますからなア』 高姫『ソラさうだとも、肉の目が何程塞がつて居つたとて、日出神の生宮だもの……なん……にもかもよく見えすいてゐるのだ。本当に神様の御神力といふものは偉いものだらう』 テルは、 テル『高姫さま、そんなら吾々は心配する必要はありませぬな。私は又お目が見えないと思つて、何くれとお世話をして上げねばなるまいと思うてゐたが、お目が見えるとあらば殊更に気をつけて、お世話をして上げる心要も厶いますまい。おい、イク、イル、ハル、サール、お前等も安心せい。流石は高姫さまだ、目をふさいで居つても、よく見えるといのう、イツヒヒヒヒヒ』 と小さく笑ひ、腮をしやくり、肩をゆすつて見せる。四人は一度にふき出し、 (イク、イル、ハル、サール)『プツプツプツクワツハハハハハ』 高姫『これ、お前等は私がこれ程負傷をして困つてゐるのに、それ程面白いのかなア。不人情者奴が。待つてゐなさい、今に初稚姫が帰つて来たら、告げて上げるから……』 テル『オイ、形勢不穏になつて来たぞ。地震雷火の雨の勃発せない間に退却々々、全体進め、一二三』 と云ひながら、ドヤドヤと長廊下を伝ひ、受付の方面を指して走り行く。 イルは只一人次の間に身をかくし、高姫の容子を考へて居た。これは決して悪意ではない。もしも高姫が一人で困つた時には助けてやらうといふ親切な考へからであつた。忽ちウーといふ唸り声が聞えて来た。イルは何物ならむとソツと襖を開けて高姫の居間を覗き込んだ。どこから来たか締め切つてある座敷へ、スマートがヌツと現はれ、高姫の前三尺許り隔てて、チヨコナンと坐つてゐる。カラコロと下駄の足音が近づいて来る。これは云ふ迄もなく初稚姫が森林内を暫く逍遥して帰つて来たのである。初稚姫は元より杢助の妖幻坊なることを知つてゐたから、高姫の依頼によつて、正直に杢助を探しに行くやうな馬鹿ではない。されど高姫の気休めの為に暫くの間、森林内を逍遥して帰つて来たのである。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五松村真澄録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 11 鸚鵡返 | 第一一章鸚鵡返〔一三〇五〕 祠の森の神館に現はれ来りし杢助の 其正体は月の国大雲山に蟠まる 八岐大蛇の片腕と妖魅の世界に名も高き 獅子と虎との中性を備へし怪しの動物ぞ 妖幻坊と謳はれて彼方此方に出没し 神出鬼没の妖術を使ひて世人をなやませつ 地上の世界を魔界とし所有善を亡ぼして 邪悪と虚偽の世にせむと狂ひ廻るぞ由々しけれ 三五教の宣伝使玉国別が丹精を 凝らして仕へまつりたる厳の御霊や瑞御霊 尊き神の御社を蹂躙せむと出で来る 悪魔に御魂を奪はれし高姫司を誑かし 茲に夫婦となりすまし生地を隠して居たる折 忽ち来る三五の道に名高き宣伝使 初稚姫の霊光と伴ひ来る猛犬に 恐れて逃げ出すその途端神に仕ふるスマートが 其正体を看破りて忽ち勇気を振り起し 幾層倍の巨体をば有する曲津に取りついて 眉間のあたりを一噛ぶり森を流るる谷水の 傍へに鎬を削りつつ妖魅は忽ち驚愕し 雲を霞と山の尾を指して一先づ逃げて行く スマートは足を傷つけてチガチガしながら立帰り 初稚姫の居間に入り暫し痛手を舐めながら 自分療治の巧妙さ高姫司は杢助を 兇暴不敵の曲神と知らぬ悲しさ吾夫と 恋ひ慕ひつつひそびそとよからぬ事を計画し まづ第一に目上の瘤と心にかかる珍彦や 静子の方を毒殺し楓の姫を吾子ぞと 偽りすまして聖場にいや永久に陣を取り 斎苑の館にましませる神素盞嗚大神の 世界救治の神策を妨害せむと首をば 鳩めて囁く恐ろしさ。 ○ 楓の姫の枕辺に現はれ給ひしエンゼルは 言霊別の化身なる文珠菩薩と厳めしく さしも雄々しきスマートを伴ひ来り両親の 危難を救ひ与へよと百毒解散の神丹を 与へて雲に身を隠し何処ともなく出でましぬ 楓はハツと目を醒まし吾手の拳を調ぶれば 夢に受けたる霊薬を握り居たるぞ不思議なれ 妖幻坊の杢助が意思に従ひスマートを 一先づここを追ひ出しやつと安心する間なく 杢助司の瘡傷を癒さむために大杉の 梢に生えし玉茸を密に取らむと高姫は 人目をしのび梯子を大木の幹に立てかけて 重い体をたわたわとさしもに高き一の枝 やつと手をかけ蜘蛛の巣に引つかかりつつ右左 梢を探し居たりしが忽ち梟の両眼を 認めてこれぞ玉茸と喜び勇み手を出せば 梟は驚き高姫が二つの眼を容赦なく 鈎のやうなる嘴で力限りについばめば 不意を打たれて高姫はスツテンドウと高所より 忽ち地上に顛落し眼は眩み腰痛み 息絶えだえとなりにける受付役に仕へたる イルは見るより仰天し忽ち館にふれ廻る 珍彦、静子を初めとしイル、イク、サール、ハル、テルの 若き男は高姫を担いで居間に運び入れ 初稚姫の熱心な其介抱に高姫は 暫し息をばつきながら杢助さまを逸早く 招き来れとせきたつる其心根ぞ不愍なれ 顔面忽ち腫れ上り二目と見られぬ醜面と 変り果てたる恐ろしさ祠の森の妖怪と 怖れて近づくものもなしさはさりながら三五の 教を守る宣伝使初稚姫は懇切に 高姫司をいたはりて介抱なせば七八日 月日を重ねて両眼は忽ちパツと元の如 開けて痛みも頓にやみ顔の腫まで減退し 悦ぶ間もなく高姫は初稚姫の神力を 怖れて再び奸策を企み初めしぞうたてけれ。 高姫は懇切なる初稚姫の介抱に漸く腰の痛みも全快し、顔の腫も引き両眼は元の如く隼の如く光り出した。喉元過ぎて熱さ忘るるは小人の常とかや、兇霊に憑依されたる高姫は、前に倍して悪垂れ口をつき始め、遉の初稚姫、珍彦を手こずらすこと一通りではなかつた。 高姫は病気が癒つたのを幸ひ、いそいそとして珍彦の館を訪うた。 高姫『ハイ御免なさいませ。珍彦さまは御機嫌宜敷う厶いますかな。静子さまも御無事ですかな。私も長らく怪我を致しまして困つて居りましたが、御親切の貴方様、あれ程私が苦しんで居るのに、只の一度もお訪ね下さいませず、真に御親切な程、有難う存じます。遉は大神様に直々お仕へ遊ばす御夫婦の事とて、何から何迄お気のつく事で厶いますわい。この御親切をお報い申さねば済みませぬから、御迷惑ながらちつとばかり、いなやつとばかりお邪魔になるかも知れませぬよ』 と門口から喋りながら「お上りなさいませ」とも云はぬに早くも座敷に上り込み、火鉢の前にどつかと坐り、柱を背に、煙草を燻らしながら、傲然と構へて居るその憎らしさ。楓姫は淑やかに襖を開けて高姫の前に現はれ、 楓『ヤ、お前さまは義理天上さまぢやな。此間は真にお気の毒さま、イヒヒヒヒヒ、貴女もあれでよい修業をなさつたでせうね。お父さまやお母さまに大切な毒散を振れ舞つて下さいまして、真にお気の毒さまで厶いましたなア。ホホホホホ』 高姫は、ぎよつとしながら左あらぬ体にて、 高姫『これ楓さま、なんぼ年が若いと云つても、その悪言は聞き捨てなりませぬぞや。お前さまは此義理天上が、御両親に毒を盛つたと云ひましたな。何を証拠にそんな事を仰有る。この義理天上に、あらぬ悪名をつけ、無実の咎を負はせて追ひ出さうとの企みであらうがな。何奴も此奴も悪人ばかりで、挺にも棒にもおへた代物ぢやないわい。これ程此お館に悪魔が蔓る以上は、いつかないつかな此高姫は、お前達が追ひ出さうと云つたつてびくとも動きはしませぬぞえ。そして珍彦さま、静子さまは何をして厶るのだ。「毒を呑ました」と、こんな失礼な事を現在自分の娘が云つて居るのに断りにも来ず、揃ひも揃つた四つ足身魂ぢやな。これだからこの義理天上が骨が折れるのだ。こんな分らずやの悪人が結構な結構なお館を汚して居るものだから、神力無双の杢助さま迄、お前達の犠牲となつてあんな深傷を負ひ、今ではお姿も見えない。大方お前達が汚れて居るので、清浄無垢の杢助様はお嫌ひ遊ばし、斎苑の館へお帰りなさつたのだらう。エエ仕方のない曲津が寄つたものだなア。変性女子のしようもない教にとぼけて居る八島主を初め、玉国別、五十子姫などと云ふ阿婆摺女が肝腎の義理天上様に相談も致さず、許しもうけず、勝手気儘に大神様のお鎮まり遊ばす御聖場に、鷹か鳶か狸か鼬か分りもしない御霊の宿つた珍彦夫婦を、大それた神司に任じ、其上バラモン教の落武者、箸にも棒にもかからないガラクタ人足を半ダースも引張り込み、聖場を日に月に汚すものだから、杢助様の犠牲ではまだ足らぬと見え、女房の義理天上迄が長らくの苦しみ、是もやつぱりお前達親子の為に千座の置戸を負うたのだ。あの病気中にせめて一度位、「義理天上様、御気分はどうですか、お薬は如何か」と義理一遍の挨拶にでも来たらよささうなものだなア。本当に恩知らずと云つても、犬畜生にも劣つたどたほし者だ。珍彦、静子夫婦は、私の神徳に怖れて何処へ潜伏したのだ。サア楓さま、一遍御意見をして上げねばならぬから、ここへ連れて来なさい』 楓『イヤですよ。お前さまは杢助の妖幻坊と腹を合せて、毒散と云ふ悪い薬をお父さまやお母さまに呑ました怖ろしい大悪魔だから、何程お前さまが苦しんで居ても、よい罰だと思つて誰も訪ねに往くものがないのよ。気の毒ですねえ。ホホホホホ』 高姫『これ阿魔つちよ。何だ小ちつぺの態をして、毒散を呑ましたなぞと、何を証拠にそんな事を云ふのだ。毒でない証拠には、お前の両親達は何の事もないぢやないか。熱が一つ出たと云ふのぢやなし、咳を一つしたと云ふのぢやなし、そんな無体の事を云ふと、此お館には居つて貰ひませぬぞや』 楓『大きに憚りさま。お前さまのやうな怖ろしい人は顔を見るのもいやだと云つて、お父さまやお母さまは、昨夜の中に斎苑の館へ、そつとお参りになりましたよ。ここは珍彦の監督権内、お前さまが義理天上か不義理の天上か知らぬけれど、まア二三日待つて居なされ、きつと立退き命令が、斎苑の館から下つて来るのに違ひありませぬわ、エヘヘヘヘ、お気の毒さまねえ』 高姫『ほんにほんに年歯も往かぬ阿魔つちよの癖に、何とした謀叛を企らむのだらう。毒害を致したなぞと、此生宮を大それた斎苑の館迄讒言しに往きよつたのだな。エー、アタ小面の憎い、今に思ひ知らしてやる程に、仮令立退き命令が来たとて、いつかないつかな日出神の御命令の下らぬ以上は動きは致さぬぞや』 楓『オホホホホ、日出神様、嘘だよ嘘だよ、あんまりお前さまが悪い事を企むから、お父さまとお母さまがとてもやり切れないから、斎苑の館へ注進に往かうかと云つて居たのだよ。まだ行つて居ないから、お社へでも御祈念にいらしたのだらう。今の間に改心して、お父さまやお母さまに毒を呑ましたお詫をなされば、私が取り持つて斎苑の館往きを留めて上げませう。天上さま、どうですな。この事を注進されたら、何程日出神様でもちつとは困るでせう』 高姫『無実の罪を着せられて困る者が何処にあるか。無実の咎でおめおめと親子が四方に流され、泣いて一生を暮した未来の菅公見たやうな人間とは、ヘンちつと違ひますぞや。誣告の罪で、此方の方から訴へてやるのだ。何と云つても承知はせないぞや。さあ早く両親をここへ引きずり出して、義理天上様に、頭を地に摺りつけ、尻を花瓶にしてあやまりなさい。さうしたら都合によつたら、虫を押へこらへてやらぬものでもない』 楓『オホホホホ、オイ馬鹿の天上さま、悪の天上さま、どつこい不義理の天上さま、さうは往きませぬぞや。お前さまが妖幻坊と相談をして、印度の国から持つて来た毒散をお酒の中や御飯の中にまぜて喰はしたのだ。けれど、家のお母さまやお父さまは言霊別命様の御化身、いやお使ひ、文珠菩薩さまから、結構な結構な神丹と云ふ霊薬を頂いてゐらつしやつたのだから、其毒散が利かなかつたのよ。サアどうですか。若し楓の云ふ事が違ふなら、今文珠菩薩様を念じて此処に現はれて貰ふから、さうしたらお前さまも往生しなくちやなりますまい』 高姫『そんな事は知らぬわい。子供だてらツベコベ言ふものぢやない。苟くも日出神の生宮たる善一条の高姫が、夢にもそんな事を致すものか。それはお前達の僻みから、そんな夢を見たのだ。そして許し難い事は、吾夫杢助様を捉まへて妖幻坊だと云つたらう。サア何を証拠にそんな事を云ふのか、誹謗の罪で訴へますぞや』 楓『ホホホホホ、未丁年者や少女の言葉は法律にはかかりませぬぞや。真にお気の毒さま、毒散の効能も、神力の前にはサツパリ駄目ですなア。サアサア早く帰つて頂戴』 高姫は大いに怒り、楓の胸倉をグツと取り、拳を固めて、 高姫『エエ、ツベコベとよく囀る燕め、この栄螺の壺焼をお見舞ひ申すぞ』 と云ひながら、可憐なる少女の頭を三つ四つ続け打ちに打つた。 (楓)『アレー、人殺ー』 と楓が叫ぶ声を耳にし、バラバラと駆けつけて来たのはイル、イク、サール、ハル、テルの五人であつた。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 13 盲嫌 | 第一三章盲嫌〔一三〇七〕 初稚姫の居間には初稚姫、楓姫の二人が丸火鉢を中に置いて、やさしい声で談話が始まつてゐる。 初稚姫『楓さま、お腹が立つでせうけど、そこを忍ぶのが勇者と云ふものですよ。なる勘忍は誰もする、ならぬ勘忍するが勘忍と申しまして、忍耐位善徳はありませぬ。世の中の一切の事は忍耐によつて平和に治まり、又忍耐せざるによつて騒動が起るのです。忍ぶと云ふ字は刃の下に心と云ふ字を書きませうがな。胸に刃を呑む様な苦しさ残念さも、之に耐へ得るのが之が忍ぶです。国祖大神様は此広大な世界をお造り遊ばし数多の神人を安住させ、サアこれで一息と云ふ処で、金毛九尾其他の悪神の為に、反対に国治立尊は悪神だ、祟り神だと八百万の神様にまで罵られ、又千座の置戸を負はされて、あるにあられぬ苦労を遊ばし、口惜し残念を耐りつめて只の一言も御不足らしい事は仰有らなかつたのですよ。斎苑の館の生神様、素盞嗚尊様も、あるにあられぬ無実の罪をきせられ、頭の毛を一本一本抜きとられ、手足の爪を剥がれ、髭を切り、其上に尊き御身を漂浪人として高天原より放逐され給ひながら、少しもお恨み遊ばさず、天下万民の罪を一身に引受けて、瑞の御霊と顕現し給ひ、今や不心得千万な人間を善道に導き、天国の生涯をいや永久に嬉しく楽しく、一人もツツボに落さず助けてやらうとの思召で、三五教を天下にお開き遊ばし、妾も其手足となつて天下に其宣伝をしてゐるので厶ります。貴女も亦此尊き大神様にお仕へ遊ばす珍彦様のお娘子、そして貴女は三五教の清き尊き信者なれば、何程高姫さまが無理難題を仰有つても、一言も怨んではなりませぬぞえ。人間はチツとでも腹を立てたり致しますと、悪魔が其虚に乗じて其霊を亡ぼし、遂には肉体迄も亡ぼしますから、腹を立てる位恐ろしいものの、損なものは厶りませぬよ』 楓『ハイ、有難う厶ります。妾も父から忍耐の最も必要なること及び忍耐は万事成功の基であり、人格の基礎であると云ふ事を聞かされて居りますが、何分はしたない女ですから、つひ心の海に荒波が立ちまして、柔順なるべき女の身として高姫様に対し暴言を吐きました。今になつて思へば本当に恥かしう厶ります。神様は妾の我情我慢をさぞお憎しみ遊ばすで厶んせうな』 初稚姫『いえいえ、決してお案じなさいますな。貴女に其お気がついて今後忍耐の徳をお養ひなさいますれば、決して神様はお咎め遊ばす所か、大変にお喜び遊ばし、貴女の霊にも肉にも愛の光明を投げ与へ給ひ、此世に於て最も清き美はしき大いなるものと成さしめ給ふもので厶ります』 楓『いろいろの御教訓、身に沁み渡つて嬉し涙が思はず零れて参ります。扨て初稚姫様、高姫様は今の悪心を改良して下さいますでせうか。さうでなくては吾々は父母両親の身の上案じられてなりませぬがな』 初稚姫『御尤もで厶ります。貴女が子として御両親をそこ迄お思ひ遊ばすのは実に感じ入つた御心掛けで厶ります。然しながら高姫様には御気の毒ながら、いろいろの悪霊が体内に群居して居りますから、到底吾々の力では及びませぬ。それだと申して高姫様を魔道へ落したくはありませぬ。飽まで仁慈と忍耐とを以て立派なお方にして上げなくては、吾々三五教に仕ふるものの神様に対する役が勤まりませぬからな』 楓『如何致しましたら、高姫様を救ふ事が出来ませうかな』 初稚姫『この上は神様の御神力を借るより外に道は厶りませぬ。そして何と仰有つても、此方は誠と親切と実意と忍耐とを以て相対する時は、神様のお恵によりまして屹度よいお方になつて下さるでせう。吾々は神様から試験問題を与へられた様なものですからな。高姫様を改心させる事が出来ない様だつたら、妾は宣伝使等と云つて歩く事は出来ませぬ』 楓『本当に御苦労様で厶りますな。妾もこれから忍耐を第一とし、高姫様をわが父母同様に敬ひ愛する事に致しませう』 初稚姫『ああよう云うて下さいました。有難う厶ります。サア楓さま、お父さまやお母さまがお待ち兼ねで厶りませうから、追ひ立てた様で済みませぬが一先づお帰り下さつて、又改めて遊びにおいで下さいませ。高姫さまが今スマートに引きずられ、大変に逆上して居られますから、貴女のお顔を見られたら、何時もの病気が又再発するかも知れませぬからな』 楓『左様なれば御免を蒙ります。貴女と妾と心を合せて高姫様を、ねー、……』 と言葉終らぬに、高姫は襖を蹴破り夜叉の如き勢にて、闖入し来り、怒りの面色物凄く、二人をハツタと睨めつけ、声を震はせながら、 高姫『隠れたるより現はるるはなしとかや。お前等両人は何を相談して厶つた。貴女と妾と心を協して高姫を、ねー……とか狙ふとか現に今云つて居ただらう。其様な悪い企みを致して居ると、天罰で忽ち現はれませうがな。誰知らぬかと思うても天知る、地知る、人も知る、吾も知る、サア二人の方、もう、了簡がなりませぬ。何を企んで厶つた、サア、キツパリと白状なさいませ。これ楓、お前は大それた義理天上の生宮を騙討に致して、後から小股を攫へ、私を前栽へおつ放り出し、これ此通り向脛を擦り剥かせ、膝頭から血を出さしたぢやないか。サア如何して下さる。もう了簡はしませぬぞや』 楓『真に済まない事を致しました。何卒御了簡して下さいませ。妾が悪う厶りました』 高姫『ヘン、よう仰有いますわい。「妾が悪う厶いました」とは、それは何の事だい。悪いと云つて謝つて事が済むのなら世の中は悪の仕放題だ。売言葉に買言葉、貰つたものは必ず返礼せなくちやならない。お前さまも、蟻一匹とまつてもならぬと云ふ大切な向脛を擦り剥かして下さつたのだから、私も此儘で措いちや真に義理が済みませぬ。之から返礼に思ふ存分こついて上げるから向脛を出しなさい。世の中は義理が大切だ。此義理天上が充分にお礼を申しますぞや』 と震ひ声に怒りを帯び、涙交りに喚き立てる。 初稚姫『もし、お母様、何卒許してあげて下さいませ。まだお年も行かぬなり、何卒神直日、大直日に見直し聞直し、以後お慎みなさるやうに妾からも御注意を申上げますから』 高姫『ヘン、これ初稚、ようまあツベコベとそんな白々しい事が云はれますな。お前さまは今楓と二人で、現に此高姫を二人が心を協して狙うてやらうと云つて居つたぢやありませぬか。そんな事に誤魔化される義理天上ぢやありませぬぞや。お前は杢助さまの命令を聞くと云つて、あの悪い犬を追ひ返したと云うたのぢやないか。それに何処かへ隠して置いて、私をあんな非道い目に遇はし、森の奥まで引張つてやらしたのも、お前さまの企みだらう。イル、イク、サールやハル、テルが来て呉れなかつたら私は殺されて居る所だ。大悪人奴が、美しい顔して、心に針を包んでをるお前は悪魔だ。もう今日から暇をやります。アタ穢らはしい、お母さま等と仰有つて下さいますな。人殺の張本人奴が、鬼娘奴が、此義理天上はもう承知しませぬぞや』 初稚姫『お母さま、さう無息に怒つて下さいますな。何卒一通り聞いて下さいませ』 高姫はニユツと舌を出し、赤ベイをしながら腮を三つ四つシヤくつて見せ、冷笑を浮べて、嘲るやうな口吻で、 高姫『ヘン、仰有りますわい。中々劫経た狸だな。ここへ来た時から只の狸ぢやないと思うてゐたのだ。けれど、恋しい恋しい杢助さまの娘だと思つて、今まで可愛がつてやれば増長しよつて、大それた事を企むとは、言語道断な大悪党ではないか。それ程お前さまが親切さうに云ふのなら、何故私があの犬畜生に引張られてゐた時に助けに来なかつたのだ。お前は仮令名義上から云つても私の娘ぢやないか。チツと位誠があれば義理人情も弁へて居る筈だ。イル、イク、サールのやうな訳の分らぬヤンチヤでさへも、マサカの時は私を助けに来たぢやないか。それに何事ぢやい。ヌツケリコと、現在母の私を大怪我さした楓の阿魔を自分の部屋に引張り込み、気楽さうに私を○○しよう等と、大それた陰謀を企てて居つたぢやないか。エー、グヅグヅしておればお前達にしてやられるかも知れぬ、先んずれば人を制すだ。覚悟なされ』 と言ひながら棍棒を打振り、初稚姫を打伸めさうとする一刹那、俄に駆け込んで来たスマートは「ワン」と一声、高姫の裾を喰はへて又もや後へ引倒した。初稚姫はスマートに向ひ、 初稚姫『これ、お前、何と云ふ乱暴の事をなさるのだい。早くお放しなさらぬか』 とたしなめた。スマートはビリビリと腹立たしさうに震うてゐた。けれども主人の命令には背き難く、素直にパツと裾を放した。高姫はツと立上り、棕櫚箒を以てスマートの頭をガンと殴つた。スマートは怒つて飛びつかうとするのを初稚姫は「これ」と一声かくれば、スマートは残念さうにして俯向いて了つた。 初稚姫『これ、スマートや、決してお母さまに対し、嚇かしちやなりませぬよ。然しお前は賢い犬だから、お母さまを引きずつて行つても、何処も咬まなかつた事だけは偉かつたね』 と頭や首を撫でスマートの心を和めて居る。高姫は声荒らげて、 高姫『エー、汚らわしい初、楓の阿魔、ド畜生をつれて、其方行つてくれ。グヅグヅしてゐると義理天上は死物狂だ。どんな事を致すか知りませぬぞや』 と殆ど発狂の態である。初稚姫は余り怒らしては却つて気の毒と思ひ言葉優しく両手をついて、 初稚姫『お母さま、えらい済まない事で厶りました。左様なれば仰せに従ひ、彼方に控へてゐますから、御用が厶りますれば何卒お手をお打ち下さいませ』 高姫『ヘン、そんな、諂ひ言葉を喰ふやうな私ぢや厶りませぬわいの。さアさア早く珍彦さまの処へでも行つて、シツポリと高姫征伐の相談会でも開いたがよいわいのう。シーツシーツシーツこん畜生』 と云ひながら歯の脱けた口から啖唾を吐きかけ、箒を振り廻し、掃出さうとした。 初稚姫、楓はスマートと共に、 初稚姫、楓『御免なさいませ』 と云ひ捨て、匆々に此場を辞し珍彦の館をさして出でて行く。 後に高姫は無念の歯をかみしめ、虎狼の如き蛮声を張上げて、 高姫『エー、ザ残念や、口惜しやな。悪神共の計略にかかり、肝腎の杢助様は怪我を遊ばし何処かへお出でになり、此義理天上は神の生宮と云ひながら、珍彦の魔法使のために目をこつかれ、腰を挫かれ、其上あんな楓の様な阿魔ツチヨに投げつけられ、ドン畜生には引きずられ、実に之が黙つて辛抱が出来ようか』 と云ひながら火鉢を投げつけ、戸棚の膳椀鉢等を引つ張り出しては戸外へ投げつけ、「ガタンビシヤン、ガチヤガチヤ」と神楽舞を遺憾なく演じ終り、再び座敷の中央にドツカと坐り、首を上下左右に振り、泣きしやくつてゐる。忽ち高姫の腹中より、 (高姫の腹中より)『ワツハハハハハ、俺は初稚姫の守護神だ。初稚姫に頼まれて此肉体を亡ぼすべく入り込んだのだぞよ。もう一人は楓の守護神だ。何と小気味のよいことだわいのう、ウフフフフフ』 とひとりでに笑ひ出した。然し此声は決して初稚姫に頼まれて這入つた守護神でもない、又楓の守護神でもなかつた。依然として高姫の体内に潜居してゐる悪狐の声である。されど高姫は全く両人が高姫の肉体を亡ぼすべく、吾肉体に隙を窺うて侵入して来たものと思うてゐるから堪らない。これから両人を憎む事蛇蝎の如く、隙さへあれば両人を懲してやらねばおかぬと決心したのである。凡て悪霊が人を傷つけ又人を苦しましめむとする時は、右の如き手段を採るものである。例へば大本教を破壊せむとする悪霊は、或社会的勢力を有する人間の体内にソツと入り、内部より大本教に対する悪口を囁き、之等の手によつて破壊せむとするものも魔の中には沢山あるのである。又稍小なる魔に至つては病人の体に入り込み「此方は大本から頼まれて其方の命を取りに来たものだ」等と口走り、名を悪くせむと企むものである。斯の如き悪魔は何時の世にも頻々として現はれ来るものである。故に役員たり信者たりするものは、充分に霊界の消息に通じ、彼等の詐言に迷はされてはならぬのである。 扨て高姫は自分の腹を例の如く握り拳で三つ四つ打叩きながら、狂乱の如く怒りの声を張り上げて、 高姫『こりや、悪神の張本、初稚姫、楓姫の生霊奴、何と心得てる。そんな事に往生致す常世姫の身魂、義理天上日出神の生宮ではないぞよ。サア其方は企みの次第を逐一白状致せばよし、致さぬに於ては此方にも了簡があるぞよ。どうだ、返答致せ』 と喚き立てる。腹中より、 (高姫の腹中より)『はい、真に済まない事を致しました。私は初稚姫の生霊で厶ります。そしても一人は楓姫の生霊で厶ります。どうかして吾々二人が力を協せ、日出神の生宮を亡ぼしてやらうと企んで這入りました。併しながら貴女の御神徳があまり強いので、如何する事も出来ませぬ。ああ苦しい苦しい許して下さいませな許して下さいませな』 と初稚姫、楓姫の声色を使つて腹の中から詫び出した。然し其実は依然として、もとの兇霊の言葉であり、其兇霊が初稚姫の威光に畏れ、何とかして高姫の肉体と喧嘩をさせ、ここを両人とも追ひ出し、悠々閑々として高姫の体内に棲み、わが目的を達せむと企んだのである。高姫は之を聞くより、 高姫『うん、よし、悪逆無道の四足身魂、了簡ならぬ』 と喚きながら棍棒を小脇に掻い込み、珍彦の館をさして阿修羅王の荒れたる如き勢凄じく、火焔の熱を吐きながら頭髪を逆立て進み行く。初稚姫、楓の二人はヒソビソと話をしてゐた。そこへ高姫は現はれ来り、 高姫『悪逆無道の四足、思ひ知れ』 と樫の棍棒を真向にふり翳し、今や打下さむとする一刹那、何処ともなくスマートは宙を駆りて飛んで来り、強力に任せて高姫をトンと其場に押倒した。高姫はこの猛犬を見て怖気づき、細くなつて再びわが居間に逃げ帰り、中から戸障子に突張りをして、夜具をひつ被つて震へてゐた。スマートは高姫の後を追つ駆け来り、戸の外に足掻きをしながら、 スマート『ウーウウーウ、ワウワウワウ』 と頻りに呻り立ててゐる。高姫も体内の悪霊も此声に縮み上り、小さくなつて梢に残つた柴栗の様に固まつて震うてゐる。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五北村隆光録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 14 蛟の盃 | 第一四章虬の盃〔一三〇八〕 高姫は、それより初稚姫、楓姫、珍彦、静子を憎むこと甚だしく、如何ともして彼等を亡ぼさむと夜着を被つて怖ろしき鬼心を辿つて居る。されど何う考へても普通ではいかない。又まさかの時になれば、怖ろしいスマートが飛び出して来る。これが高姫の第一の頭痛である。もうかうなつたら、如何程スマートを帰せと云つても初稚姫は帰すまい。又母としての権利を振ひ、彼女を強圧し吾意に従はしむる事も到底駄目だと考へた。そこで高姫は一計を腹中の悪狐と相談の上ねり出した。外でもない、それは一種の妖術である。虬の血を絞つて百虫を壺に封じ込み、当の四人を調伏の為に血染の絹を拵へ、護摩の火にかけてこれを焼き尽し、壺の中に秘めて置き、和合の酒宴と称し、ソツと四人の盃に人知れず塗りつけて置き、甘く其酒を飲ます時は、之を飲んだものは自ら神徳を失ひ、又人の心に逆らうて恨みを受け、遂には其身を亡ぼすに至るものだ……と云ふ事を教へられた。それより高姫は森の中に表面散歩の如く見せかけ、虬を探し百虫を漁つてこの怖ろしい計画に全力を尽した。さうして漸く註文通りの品が揃うたので自分の床下に隠し置き、時の到るを待ちつつあつた。 高姫は斯くして、何時とはなしに四人を亡ぼさむと思ひ、ほくそ笑みつつ、表面柔順と親切を装ひ、あまり小言も云はず、憎まれ口もたたかず、可成四人が自分を信任し且心を許すやうにと勤めて居たのである。実に女の悪霊に迷はされ、狂熱の極点に達した時位怖るべきものはない。女は最も心弱きものの又最も強きものである。一旦決心した上は、俗にいふ女の一心岩でも突き貫くと云つて中々容易に動くものではない。高姫はかくも怖ろしき悪計を敢行すべく決心の臍を固めてしまつた。 斯る企みのありと云ふ事は、初稚姫を除く外は誰一人として悟り得るものはなかつたのである。 一切の計略の準備が調うたので、高姫は自ら珍彦館に立ち出で、叮嚀に笑顔を作り辞儀をしながら、態とに優しき声を絞り、 高姫『ハイ御免なさいませ。此間は病気上りの事とて頭が変な工合になりまして、つひ皆さまに御無礼の事を申し上げましたさうで厶います。何分逆上致して居りましたので、如何なる不都合の事を致しましたやら皆目存じませぬ。今日義理天上日出神様が、こんこんと夢中でした事をお話し下さいましたので私も吃驚致しまして、真に済まない事を致したと悔やんで見ても後の祭り、初稚さまにも楓さまにも御夫婦様にもえらい失礼を致したさうで厶います。私はそれを天上様から承はり、立つても居ても居られなくなりましたので、お詫のため恥を忍んで参りました。何卒私の罪をお許し下さるやうお願ひ致します』 と泣き声になつて空涙をこぼして詫び入るのであつた。初稚姫は高姫の腹のどん底までよく知つて居た。さうしてその魔術は唯兇霊の妄言にして何の寸効なき事を看破して居たのである。故に高姫の悪計を自分一人の心の中に包んで置きさへすれば、天下泰平である。併し高姫さまが悪魔に嗾されて斯様な心を起されるのは真に御気の毒だ。何とかして此際に改心して貰はねばならないと、堅く決心して居たのである。 珍彦『これはこれは高姫様とした事が、何と仰有います。貴女にお詫を云はれて何うして私が耐りませう。尻こそばゆくてなりませぬ。何事も吾々がいたらぬから起つた事で厶います。何卒今後はよろしくお叱り下さいますやうに』 高姫『イエイエ私が悪いので厶います。つひ私には神経病が厶いまして、時々脱線を致しますので、何時も人様に御迷惑をかけますので、神様に対しても貴方等に対しても済みませぬ。のめのめ来られる筋では厶いませぬが、面を被つて怖る怖る参りました。それに就いては詫びの印及び貴方等と入魂に願ふ喜びとして、手製の御飯とお酒を上げたいので厶いますが、どうぞ余り遠い所では厶いませぬから、来ては下さいませぬかなア。何を申しても貴方等は御親切なお方ですから、私の居間まで位は来て下さることと固く信じて参りました』 珍彦『ヘイどう致しまして、貴女に御馳走頂いては済みませぬ。私の方から実は差上げたいので厶います。』 高姫『さう仰有らずに私の願を聞いて下さいませねえ。私がどうしてもお気に召さないので厶いますか、さうすれば是非は厶いませぬ。私は喉でも突いて死なうより道は厶いませぬ』 と又もや巧妙に空涙を絞る。 静子『これ珍彦さま、あれだけ親切に仰有つて下さるのだもの、お世話になつたらどうでせう』 珍彦『ウンさうだな。折角の思召、無にするのも却て畏れ多いから、お言葉に甘へて伺ひませうかなア』 楓『お父さま、お母さま、貴方高姫さまの所へいつてお酒や御飯を頂くのなら、神丹をもつてお出でなさいませよ。又此間二度目に文珠菩薩様が下さいましたのねえ。あれさへ頂けば、どんな毒が入つて居てもすつかり消えますからねえ。高姫さま、毒散などは今度は入れてはありますまいな、仮令入れてあつても、私等は神丹を持つて居るから些も構ひませぬけれどねえ』 と態とにあどけなき小児の態を装ひ、高姫の荒肝を挫がうとした。 珍彦『これ、お前は何と云ふ失礼な事を云ふのだい。高姫さまが何そんな事をなさる理由があらうか、お前は夢を見たのだよ』 楓『何でも夢にして置けばよいのですなア、初稚姫さま、貴女もさう仰有つたで厶いませう。併し私は義理天上さまの所へ往つて、お茶一杯でもよばれるのは否ですわ』 静子『これ楓、お前はそれだから困ると云ふのだ。ほんにほんに仕方がないなア、ちつと初稚姫さまの爪の垢でも煎じて頂かして貰ひなさい』 高姫は態とニコニコしながら、何気なき態にて心の驚きを隠しながら俄かに作り笑ひ、 高姫『ホホホホホ、やつぱりお若い方は夢を御覧になつても現実だと思つてゐらつしやるのですねえ。ほんとに可愛い正直な楓さまだこと、これ楓さま、何卒皆さまと一緒に来て下さいな』 楓『それなら叔母さま、往きませう。初稚姫の姉さまも御一緒でせうねえ』 高姫『お前さまの好きな初稚さまも一緒だから、何卒一緒にお膳を並べて、仲ようこの婆が心を召し上つて下さい。そして私も一緒に頂きますから』 初稚姫『皆さま、お母さまがあすこ迄親切に仰有つて下さるのだから、サア参りませう』 と勧める。親子三人は初稚姫の言葉に確証を与へられたる如く、安心して高姫の居間に列する事となつた。 高姫は追従たらだら、あらゆる媚を呈しながら、心の裡に、 (高姫)『いよいよ願望成就の時が来た、この時を逸しては、またとよい機会はあるまい』 と思ひながら他人に膳部を扱はせず、今日は高姫の赤心を現はすのだからと云つて、いそいそと唯一人台所を立ち廻つて居るのが怪しい。 高姫は漸く膳部を五人前揃へ、酒の燗迄ちやんとして虬の血を塗つた盃を四人の膳に一つづつ配り置き、 高姫『サア皆さま、お待たせ致しました。どうぞ何も厶いませぬけれど、どつさりお食り下さいませや、今日は初稚、お前もお客さまだよ』 初稚姫『お母さま、本当に済みませぬねえ。子が親にお給仕をして貰つたり、御飯をたいて頂いたりするとは、ほんに世が転倒ですわ。勿体なくて冥加に尽きるかも知れませぬが、お母さまのお言葉に従ひ、今日だけはお客さまにならして頂きます』 高姫『アアさうさう、さう打解けて下されば、この母もどれだけ嬉しいぢや分りませぬ』 珍彦『どうもお手間の入りました御馳走をして下さいまして、実に有難う厶います』 静子『大勢がおよばれに参りまして、真に済みませぬ』 高姫『サア初稚姫さま、お前さまから毒試をするのだよ』 と燗徳利を差出した。初稚姫は、 初稚姫『皆さま、お先に失礼致します』 と会釈し、盃を両手の掌にきちんとのせ、 初稚姫『お母さま、虬の血の色のしたお盃は、ほんに気分が宜しう厶いますね。百虫を壺に封じたやうなお酒の味がするでせう』 と云ひながら高姫の顔を一寸覗いた。高姫は初稚姫の言葉に驚いて燗徳利をパタリと其場に落した。瀬戸物の燗徳利は忽ち切腹の刑を仰せつけられ、腹一杯呑んでゐた酒を残らず吐き出して了つた。 初稚姫『お母さまとした事が、えらい事をして見せて下さいますなア。これは何の法式で厶いますか』 高姫『これはなア、高姫の腹には何もない、この通り清い清い混りのないお酒のやうなものだと云ふ赤心を示すための、昔から伝はつた一つの法式ですよ』 初稚姫は態と空惚けて、感心さうな顔をしながら、 初稚姫『何とお母さまは故実に通達したお方ですねえ。何卒、このお盃に一杯注いで下さいませ』 とわざとに突き出す。高姫はヤツと初稚姫の何気なき言葉に安心の胸を撫で下し、笑顔を作つて、 高姫『アアよしよし、初ちやまから注いで上げませう。サア盃をお出しよ』 初稚姫は嬉しさうに盃に酒を注いで貰ひ、グウグウと飲んで見せた。それから来客一同に盃を廻し、又毒の禁厭のしてある御馳走を遠慮会釈もなく、心地よく平げてしまつた。さうして珍彦は妻子を引き連れ、厚く礼を述べて館へ帰つた。初稚姫も高姫が「ゆつくり楓さまと遊んで来い」と云ふので、これ幸と珍彦館に至り、素知らぬ顔をしていろいろのお道の話をして居た。 高姫は、四人の出て往つた後を篤りと見送り、再び障子襖をたて切り独り言、 高姫『ああ、たうとう願望成就の曙光を認めた。やつぱり常世姫の御魂は偉いものだなア、ああしておけば自然弱りに智慧は鈍り体は潰え、人望は落ちるのは目のあたりだ。ああ気味のよい事だなア。ああ今日より此常世姫は枕を高うして寝る事が出来る。ああ惟神霊幸倍坐世。神様、あなたの御神力によつて邪魔者が亡びますれば、此高姫は千騎一騎の活動を致しまして、天晴手柄を致して御目にかけませう。ああ何だか今日位心地のよい日は厶いませぬわい』 とほくほく喜び、嫌らしき笑を漏らして居る。腹中より、 高姫の腹中より『オイ高姫の肉体、どうだ。此方の智略縦横のやり方には降参しただらうなア』 高姫『シツ、又しても出しやばるのか。秘密は何処迄も秘密ぢやないか。肝腎の時になつて仕様もない事を口走つて見よ、この肉体が承知を致さぬから』 高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、オイ黒、八、テク、蟇、大蛇、猿の連中、どうだ、この金毛九尾のやり方は実に偉いものだらう。水も漏らさぬ此方の仕組、サアこれから瑞の御霊の教を片端から打ち砕き、俺達の世界にするのだ。何と心地よき事ではあるまいかなア、エヘヘヘヘヘ』 又腹中より種々の声が出て、 高姫の腹中より『有難う存じます有難う存じます、金毛九尾様、畏れ入つて厶ります。これから何事も九尾様の御命令に従ひます。此蟇公も一切万事今後は御指揮に従ひまアす』 と一句々々声のいろが変つて聞えて来る。 高姫『こりや、腹の中の我羅苦多共、何をつべこべと大事の事を吐くのか。沈黙致さぬか』 高姫の腹中より『アハハハハハ、どうもはや常世姫の肉体には、此方も畏れ入つたぞや。ほんに確りした肉体ぢや。この肉体さへあれば五六七神政を妨害し、忽ち悪魔の世と立替へるのは火を睹るよりも明かな事実だ。思へば思へば心地よやなア、エヘヘヘヘヘ』 高姫『こりや、皆の守護神共、静にせいと申せばなぜ静に致さぬのか。困つた奴だなア。さうして其方は今の五六七の世を妨害して闇の世界にすると申したな、何と云ふ不心得の事を申す……サアもう常世姫の肉体は貴様等には借さぬから、エー出て呉れ、シツシツシツ』 高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、何と云つても此肉宮を帰ぬ事は嫌だよ』 高姫『それなら早く改心を致して、五六七神政の御神業に参加致すと申すか。サア早く返答を聞かせ』 腹の中より、七八種の声、一時に起り、 高姫の腹中より『アハハハ、イヒヒヒ、ウフフフ、エヘヘヘ、オホホホ、カカカカ、キキキキ、クククク、ケケケケ、ココココ、パパパパ、チチチチ、キヒヒヒヒヒ』 戸の外にはウウーウーウーワウワウワウと、怖ろしきスマートの吠える声、高姫は頭をかかへて慄ひ上る。腹の中の沢山の声は水を打つた様に一時にピタリと止まつてしまつた。スマートは益々戸外にウウウーと唸り立てて居る。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 17 偽筆 | 第一七章偽筆〔一三一一〕 高姫の形勢意外にも不穏の景況を呈し、何時低気圧の襲来するやも図り難き殺風景の場面となつて来た。イル以下四人は自棄糞になり、グイグイと又もや酒を飲み始めた。そしてイルは大きな声で、 イル『義理天上日出神の生宮であるぞよ。結構な結構な筆先を生宮に書かすによつて、筆と墨と紙との用意を致されよ』 と呶鳴り出した。サールは矢庭に墨をすり、紙を綴ぢ筆を洗つて恭しくイルに渡した。イルは故意と横柄面をしながら其筆をひつたくり、木机を前に置き、何事か首をふりながら一生懸命に書きつけた。イルは高姫の作り声をして、 イル『これ皆の者共、否八衢人足や、今義理天上日出神がお筆先を書いたによつて、有難く拝読を致すがよいぞや。斯んな結構な筆先は又と見ることは出来ぬぞや。此筆先さへ腹へ入れこめて居れば、万劫末代人が叩き落しても落ちぬお神徳が頂けるぞや。イヒヒヒヒヒ、此筆先は誰にも読ます筆先ではないぞや。後の証拠に書かして置いたなれど、受付に居る役員が肝腎の事を知らぬと話がないから、一寸読ましてやるぞよ』 サール『アハハハハハ、何を吐しやがるのだい。管を巻きやがつて、然し何んな事を書きよつたか。一寸読んでやらうかい。おい、ハル、テル、イク、謹聴するのだぞ』 と云ひながら恭しく押戴き、故意と剋面な顔をして大きな声で読み始めた。 サール『伊豆の霊変性男子がイルの肉体を借りて三千世界の事を書きおくぞよ。しつかりと聞いて置かぬと後で後悔致す事が出来るぞよ。此イルは伊豆の霊と申して湯本館の安藤唯夫殿の身魂が憑りて居るぞよ。サールの身魂は杉山当一殿のラマ教の時の身魂であるぞよ。今はバラモン教をやめて三五教に這入りて居るなれど、何を申しても変性女子のヤンチヤ身魂が憑りて居るから、過激な事を申して仕様がないぞよ。此義理天上日出神の伊豆の身魂が申した位では中々聞きは致さぬぞよ。ラジオシンターでも飲まして目を覚してやらぬ事には駄目だぞよ。それでも治らねば谷口清水と申すドクトル・オブ・メヂチーネの御厄介になるが良いぞよ。伊豆の湯ケ島には因縁があるぞよ。湯本館と云ふ因縁の分りたものは此高姫、オツト、ドツコイ日出神の生宮のイルでないと分りは致さぬぞよ。それぢやによつて沢山の人民が水晶の温泉にイルの身魂と申すぞよ。今の内に改心を致さぬとサールもハルもテルもイクも、皆アオ彦の身魂の憑りて居る北村隆光に書きとめさして置いて、末代名を残さして置くぞよ。それでも改心を致さねば摩利支天の身魂の憑りて居る松村真澄に細かう書き残さすぞよ。それで足らねば夕日の御影、加藤竿竹姫の身魂の手を借りて書き残さすぞよ。義理天上日出神の生宮は蟇の身魂の憑りた黒姫と因縁ありて、伊豆の御魂の御屋敷へ暫らく逗留致し、昔からの因縁を調べておいたぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛糞が天下をとると云ふ事が出来るぞよ。あんまり聞かぬと浅田の様に首もまはらぬ様に致すぞよ。浅田殿は御苦労な御役であるぞよ。そして其身魂はテルの身魂であるから、ラジオシンターをつけ過ぎて困りてをるぞよ。それでも此イルが申す様に致したならば、直に癒してやるかも知れぬぞよ。ハルの身魂は福井の身魂であるぞよ。何時も辛い辛い山葵ばかりを作りて居るから、顔までが辛さうにしがんで居るぞよ。チツと改心致さぬと鼻が高いぞよ。イクの身魂は誠に結構な身魂でありたなれど、あまり慢心を致したによつて守護神は現はしてやらぬぞよ。此方の申す事を誠に致せばよし、聞かぬにおいては杉原の身魂をひきぬいて来て、佐久に酔はして何も彼も白状致さすぞよ。人民が何程シヤチになりても神には叶はぬぞよ。早く此方の申す様に致して下されよ。改心致さぬと『霊界物語』の種と致すぞよ。そこになりたら何程地団駄踏みて口惜しがりても、神は許しは致さぬぞよ。之は大神が申すのではないぞよ。妖幻坊の身魂獅子虎の身魂イルの肉体を一寸借用致して皆の八衢人間に気をつけたのであるぞよ。今に高姫の様に斎苑の館から立退き命令を蒙らねばならぬぞよ。改心なされよ。足もとから鳥が立つぞよ。アハハハハ』 と笑ひ興じてゐる。そこへ斎苑の館より神勅を帯びて出張した二人の役員があつた。一人は安彦、一人は国彦であつた。 安彦『祠の森の受付の主任は誰方で厶るかな。拙者は斎苑の館より教主八島主命の命により出張致したもので厶る。何卒一刻も早く当館の神司珍彦に面会が致したい』 イル『ヤー、これはこれは直使のおいで、先づ先づ之にて御休息願上げ奉りまする。とり乱したる処を御覧に入れ、真に赤面の至りで厶りまする。おい、ハル、テル、サール、イク、早くお二人様のお足の湯を湧かして持つて来ぬか』 安彦『いや、決してお構ひなさるな。珍彦の司にお目にかかりたければ、直様御案内を願ひたい。沢山に徳利が並んでゐられますな。桜の花の如き盃が彼方此方に散つて居る風情は何とも云へぬ風流で厶る。国彦殿、実に羨望の至りでは厶らぬか』 国彦『如何にも、落花狼藉、夜半の嵐に散らされて、打落された桜木の麓の様で厶る』 イル『いや、もう此頃はチツとシーズンは早う厶りますれど、ここは日当りがよいので、早くも桜が散りかけまして厶ります。さア御案内致しませう』 安彦『それは恐れ入ります』 とイルの後に従ひ珍彦の舘に進み行く。後四人は顔見合せ、頭を掻きながら、 テル『おい、如何だ。サツパリぢやないか。エー、こりや一通りの事ぢやないぞ。屹度俺達にキツーイお目玉を頂戴するのかも知れないぞ』 サール『何、俺達にはチツとも関係はないわ』 テル『貴様はラマ教だから放逐の命令に接したかも知れないぞ。あの御直使がお前の顔を非常に覗いて厶つたぢやないか』 サール『何、そんな事があるものかい。祠の森の受付にサール者ありと聞えたる敏腕家は此男だなアと、感嘆の眼を以て御覧になつて居つたのだよ』 テル『さう楽観も出来ないぞ』 サール『俺の考へでは、如何も高姫の身の上に関してぢやなからうかと愚考するのだ』 イク『そら、さうだ。それに決まつてるわ。兎に角、誰の事でもよい。高姫の事としておけば安心ぢやないか。俺等には、よく勤めたによつて賞状を遣はすと云ふ恩命に預かるのかも知れないぞ、何と云つても、あれだけ八釜し家の高姫に、おとなしく仕へてゐるのだからな』 斯く話す所へ、イルはニコニコしながら帰つて来た。 サール『おい、イル、何ぞよい事があるのか。大変嬉しさうな顔ぢやないか』 イル『ウツフフフフ(声色)某は斎苑の館の教主八島主命の直命により、祠の森を主管する珍彦の館に神命を伝達するものなり。確に承はれ。 一、此度、イル事、義理天上日出神の生宮と現はれし上は、汝をして斎苑の館の総監督に任ずべし。水晶魂の生粋の其方なれば、義理天上日出神の生宮として、決して恥かしくなき人格者也。神命ならば謹んでお受け致されよ。(笑声)ウエーヘエツヘヘヘヘヘ。 一、サールなる者、朝から晩まで事務を忽かに致し酒を呷り管を巻き、イルの命令を奉ぜず、同僚が事務の妨害をなすこと、以ての外の悪者也。故に逸早く鞭を加へて放逐致す可きもの也。イツヒヒヒヒヒ。 一、イク事、サールに次ぐ不届者にしてバラモン教を失敗り、行く所なくして已むを得ず祠の森に座敷乞食を勤むる段、中々以て許し難き不届者なれば、之亦鞭を加へて放逐す可きもの也。 一、ハル事、大胆不敵の曲者にして、頭をハル事此上なき名人なり。否侫人也。斯くの如きもの聖場にあつては神の名を汚し、教を傷つくる事最も大也、且酒癖悪く、上げも下しもならぬ動物なれば、これには箒を以て頭を百打叩き、一時も早く放逐す可きもの也。キユツツツツツ、ウツフフフフフ。 一、テル事、比較的好々爺にして、よくイルの申す事を服従するにより、之は少しく教を説き聞かした上、汝が僕に使用すべきもの也。ウエヘツヘヘヘヘヘ、ホホホホホ、エヘヘヘヘヘ』 テル『こりや、イル、馬鹿にするない』 イル『あいや、決して馬鹿には致さぬ。八島主命の御直命なれば、襟を正して行儀よく承はりなされ』 サール『おい、イル、杢助、高姫は如何だ』 イル『やア者共、騒ぐな騒ぐな、静かに致せ。杢助は誠に以て完全無欠なる悪魔なれば、一刻も早く放逐すべし。又高姫は自転倒島の生田の森に追返すべし。珍彦は一切の事務をイルに引継ぎ、逸早く此場を退却す可きもの也。 右の条々決して相違これあるもの也。オツホホホホホ』 サール『ナーンダ、馬鹿にしてゐやがる。俺の胸が雨蛙の様になりよつた。のうイク、ハル、テル。イルの奴、あまり馬鹿にするぢやないか。一つここらで袋叩きにやつてやらうぢやないか』 イク『そりや面白い、併しながらお直使の御入来だから、まアまア今日は見逃しておけ。おい、イルの奴、貴様は仕合せものだ。今日から、しようもない芸当をやると叩きのばすぞ』 イル『叩き伸ばして太るのは鍛冶屋さまだ。然しながら貴様等も本当に形勢不穏だぞ。確り致さぬと、どんな御沙汰が下るやら分らぬから気をつけたが宜からうぞ。本当の事は俺等には分らぬのだ。初稚姫と珍彦さまが奥の間でソツと御用を承はつて厶るのだ』 イク『成程、大方タ印の事だらうよ。何卒うまく行くといいがな』 イル『あんな奴がけつかると参詣者も碌に詣つて来ないからな。然し小さい声で襖の間から初稚姫の声で、イルさまイルさまと仰有るのが聞えたよ。イヒヒヒヒヒ何か此奴ア、宜い事があるに違ひない。何せよ昨夜の夢が乙だからな。その声を聞くと忽ち俺の胸は躍る、腕は鳴る、俺の精神は生れ変つた様になつて来た。人間は一代に一度や二度は運命の神が見舞ふものだから、此風雲に乗ぜなくちや人生は嘘だ。之からこのイルさまは立派な立派な宣伝使になつて驍名を天下に輝かし、月の国へでも行つて大国の刹帝利になるのかも知れぬぞ。さうすれば貴様らを右守、左守の司に任命してやるからな』 サール『ヘン、梟鳥の又宵企みだらう。初稚姫様が何程イルさまと仰有つたつて、あの男は受付にイルか、要らないものか、或は道楽者だから此処にイル事はイルさまと仰有つたかも分らないぞ。兎も角貴様も用心せないと駄目だ。気をつけよ』 イル『ヘン、何と云つても一富士、二鷹、三茄子と云ふ結構な夢を見たのだからな。こんな夢は出世する運のいいものでなければ、メツタに見られぬからのう』 サール『そんな夢が何いいのだ。よく考へて見ろ。富士の山程借金があつて、如何にも斯うにも首が廻らず、鷹い息もようせず、高姫には喚かれ、箒で叩かれ、又その借金は茄子(済す)事も出来ず、高姫の圧迫に対しても如何とも茄子ことが出来ない貴様は腰抜けだよと天教山の木花姫さまが夢のお告げだよ。アツハハハハハ、お気の毒様、のうイク、ハル、テル、俺の判断は当つとるだらう』 テル『そりや貴様、当るに定つてらア。当一と云ふぢやないか。ウヘツエエエエエ』 斯く話す所へ足音高くやつて来たのは高姫であつた。 高姫『これ、イルさま、お前一寸此方へ来てお呉れ。御用が出来たから』 イル『はい、行かぬ事は厶いませぬが、一体何の用で厶りますかな。御用の筋を承はらねばさう軽々しく行く訳には行きませぬ。此イルさまに畏れ多くも今日只今より、斎苑の館の八島主さまより祠の森の神司と任命されたかも知れませぬぞや。それぢやによつて、今迄のイルとはチツと位が違ひますから、御用があればお前さまの方から、言葉を低う頭を下げて尾をふつて賄賂でも喰はへて御出でなさらぬと、貴女の地位は殆ど砂上の楼閣も同様で厶りますぞや』 高姫『エーエ、辛気なこと。早く来なさらぬかいな。誰も斎苑館から来てゐないぢやないか』 イル『高姫さま、貴女「エー辛気」と仰有いましたね。そら、さうでせう。蜃気楼的空想を描いて、此館を独占せむとする泡沫の如き企みだから、蜃気楼が立つのも無理はありませぬわい。イツヒヒヒヒ』 高姫『エーエ、仕方のない男だな。又酒に酔うてゐるのだな。それならイルは今日限り此処を帰つて貰ひませう。其代りにハルや、一寸私の傍へ来ておくれ。御用を云ひ聞かしたい事があるから。お前は一寸見ても賢かりさうな、よう間に合ひさうな顔付きだ』 ハル『はい、参る事は参りますが、何卒箒で叩かぬやうに願ひますよ。私も国には妻子が残してあり……ませぬから、箒なんかで叩かれちや、まだ持たぬ妻子がホーキに迷惑致し、宅の大切の夫やお父さまを虐待したと云つて悔みますからな』 高姫『エーエ、文句を仰有らずに出て来るのだよ』 ハル『おい、俺が行つたら屹度貴様等ア、首だからな。其用意をして居れよ。然し大抵の事なら、俺の高姫様が信認の力によつて、千言万語を費し、弁護の結果助けてやるかも知れないから、俺の後姿を義理天上さまだと思うて、恭敬礼拝してゐるがよからうぞ。エヘン』 と肩肱怒らし、高姫の後から握り拳を固めて空を打ちながら、一寸後を振り返り、長い舌をニユツと出して四人に見せ、腮をしやくり尻を振り従いて行く。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七北村隆光録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 19 逆語 | 第一九章逆語〔一三一三〕 高姫の居間には妖幻坊の杢助、高姫両人、六ケしい顔をして上座に坐り、ハルをつかまへて油をとつてゐる。 妖幻(妖幻坊の杢助)『オイ、ハル、今表口に参つて何かゴテゴテ申して居つたのは何者だなア』 ハル『ハイ、何でも厶いませぬ。只道通が一寸受付へ立寄つたので厶います』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。其方は吾々に隠し立てをするのだなア。斎苑の館から直使が来たのであらうがな』 ハル『ハイ、エエ、それは、みえました。併しながら決して吾々に対して、御用もなければ何とも仰せられませぬ』 妖幻坊の杢助『珍彦館へ其方は案内をしたであらうがなア。様子は大抵知つて居るだらう』 ハル『ヘーエ、イルに……イン、承はりますれば、此館の総取締にイルを致す………とか云ふお使ださうで厶います』 妖幻坊の杢助『高姫や此杢助を放逐すると申して居らうがな』 ハル『エー、そんなこた、一寸も存じませぬ。併しながら朝晩の御給仕もせず、酒ばかり呑んでる人物に対しては、どういう御沙汰が下つたやら分りませぬな。直接私は何にも聞かないものですから、かう申したと云つて、決して之が事実だか事実でないか、保証の限りで厶いませぬ。併し何だか妙な空気が漂うてゐますで。何と云つても杢助さまともあらうものが、スマート如きが怖いと仰有るものだから、ヘヘヘヘヘ、皆の連中がチヨコチヨコと噂を致して居ります。それより外は何も厶いませぬ。これは一文生中の掛値もない、ハルの真心を吐露したので厶いますから、此上の秘密は何も存じませぬ』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。まだ外に何か秘密があるだらう。今の言葉から考へてみれば、貴様等は申合せ、此方や高姫の悪口を申して、斎苑の館へ手紙をやつたのであらうがなア。それでなければ直使が出て来る筈がないぢやないか。なに頭を掻いて居るのだ、ヤツパリ都合が悪いとみえるな。コリヤ白状致さぬか』 とハルの襟首をグツと取り、剛力に任せて、座敷の中央に突き倒し、一方の手でグツと押へ、一方の荒い毛だらけの手に拳骨を固めて振上げながら、 妖幻坊の杢助『コリヤ、白状致せばよし、隠し立てを致すと、此鉄拳が其方の眉間へ触るや否や、其方の脳天は木端微塵になるが、それでも白状致さぬか』 ハル『イイ痛い痛い、アア誰か来てくれぬかいな、お直使様、早く、来て下さるといいにな、イイ痛い痛い』 妖幻坊の杢助『サ、痛くば早く申せ。白状さへすれば許してやらう』 ハル『ハハ白状せと云つたつて、種のない事が白状出来ますか』 高姫『コレ、ハルさま、お前は五人の中でも一番利巧な男だ。それだから私がお前をイルの野郎の代りに受付頭にして上げたぢやないか。これ程私がお前をヒイキにして居るのに、なぜ隠し立てをなさるのだい。サ、早く言つてみなさい。決してお前さまの為に悪いやうにはせないからな』 ハル『高姫さま、そんな無茶な事、あなた迄が言つて貰つちや、此ハルが何うして立ちますか。よい加減に疑を晴らして下さいな』 妖幻(妖幻坊の杢助)『此奴は何処までもドシぶとい、まてツ、今に思ひ知らしてやらう、サどうぢや』 と又もや拳骨を固めて、力限りに打下さうとする一刹那『ウーウー、ワツウワツウワツウ』とスマートの声、妖幻坊は体がすくみ、色青ざめ、其儘ツイと立つて自分の居間に逃げ帰り、蒲団を被つて慄うてゐる。スマートの声は益々烈しくなつて来た。 高姫は少々慄ひながら、 高姫『コレ、ハルさま、お前はいい子だ。本当に様子を知つて居るだらう。サ、チヤツと言うてくれ、其代り、お前をここの神司にして上げるからなア』 ハル『ハイ、お前さま、用心しなされ。どうやら立退き命令が来たやうな按配ですよ』 高姫『ナアニ、立退き命令が、そりや誰に、大方珍彦にだらう』 ハル『冗談云つちやいけませぬよ。珍彦さまはここの御主人です。お前さまは勝手に義理天上だとか云つて坐り込み、自分免許で日出神の生宮と威張つてゐるのでせう。それだからお前さまに立退き命令が来るのは当然ですワ』 高姫『エーエ、まさかの時になつて、杢助さまも杢助さまだ。スマート位な畜生が、何程厭だと云つても、こんな正念場になつてから、自分の居間へ這入つて寝て了ふといふ事があるものかいなア』 ハル『ヘン、誠にお気の毒様、すんまへんな。何れ、悪は永うは続きませぬぞや』 高姫『エーエ、お前迄が、しようもない事を云ふぢやないか。サ、とつとと出ていつて下さい。この館は仮令直使が来うが何が来うが、日出神の生宮が守護して居れば、誰一人居らいでもよいのだから、何奴も此奴も放イ出してこまそ。グヅグヅしてると先方の方から立退き命令なんて吐しやがるから、先んずれば人を制すだから此方の方から立退かしてくれるツ』 と珍彦館をさして行かむと立ち上る。そこへ安彦、国彦はイル、サールに案内され、襖をサツと開いて這入つて来た。 イル『エ、もし直使様、ここが所謂義理天上の居間で厶います。何卒早く立退き命令を申し渡して下さい。コリヤ高姫、ザマア見やがれ、イヒヒヒヒ、誠に以てお気の毒千万なれど、今日限りだと思うて、諦めて帰んだがよいぞや。油揚の一枚も餞別にやりたいけれど、生憎今日は油揚も小豆もないワ。サツパリ、コーンと諦めて、ササ、帰つたり帰つたり』 高姫『エー喧しい、スツ込んでゐなさい。ここは義理天上日出神の神界から命令を受けて守護致す大門ぢやぞえ。そして直使といふのは誰だなア』 安彦『ヤア高姫殿、久しう厶る』 国彦『拙者は国彦で厶る。此度、斎苑の館より一寸様子あつて参拝致した者で厶る。境内の様子を見む為、此処まで調査に来たのですよ。そして直使の趣は珍彦に申渡しあれば、やがて其方に対し、何とか沙汰があるであらう』 高姫『ヘン、阿呆らしい、人民の命令位、聞くやうな生神ぢやありませぬぞや。勿体なくも高天原の霊国の天人、義理天上日出神の生宮ぢやぞえ。此肉体は常世姫命の再来で、変性男子の御系統だ。何と心得てござる。……ヤアお前は北山村の本山へやつて来て、トロロの丼鉢を座敷中にブツつけた、国公ぢやないか。そしてお前は安だらう。ヘン、阿呆らしい、直使なんて、笑はせやがるワイ、イツヒヒヒヒ、大きに憚りさま。これなつと、お喰へ』 と焼糞になつて、大きなだん尻を引きまくり、ポンポンと二つ三つ叩き、体を三つ四つゆすり、腮をしやくり、舌をニユツと出し、両手を鳶が羽ばたきしたやうにしてみせた。 安彦『仮令、拙者は神力足らぬ者にもせよ、天晴三五教の宣伝使、今日は又八島主命様より直使として参つた者で厶る。粗略な扱をなさると、斎苑の館へ一伍一什を申し上げますぞ』 高姫『ヘン、仰有いますわい。八島主の教主が何だ。青い青い痩せた顔しやがつて、まるで肺病の親方みたやうな面をして、此方に立退き命令、ヘン、尻が呆れて雪隠が躍りますワイ。お茶の一杯も上げたいは山々なれど、左様な分らぬ事を云ふ奴さまには、番茶一つ汲む訳には行きませぬワ。サア、トツトとお帰りなさい。高姫は斯う見えても、斎苑館の総務杢助の妻で厶るぞや。何程安や国が立派な宣伝使だと云つても、吾夫杢助の家来ぢやないか。今こそ杢助様は様子あつて役を引いて厶るが、ヤツパリ御神徳は三五教切つての偉者だ。どうだ両人、義理天上の申す事を聞いて改心を致し、此方の部下となつて、此処で御用を致す気はないかな』 国彦『安彦殿、困つた者で厶るな。論にも杭にもかからぬでは厶らぬか』 高姫『コリヤ与太、ソリヤ何を云ふのだ。勿体なくも日出神の生宮を目下に見下し、直使面をさげて、馬鹿らしい、何を云ふのだい。弥次彦、与太彦の両人奴、又一途の川の出刃庖丁を、土手つ腹へつつ込んでやらうかな。あの時は黒姫と二人だつたが、モウ、今日は神力無双の勇士、杢助さまの女房ぢやぞ。何だ、糊つけもののやうに、しやちこ張つて、其面は、マアそこに坐つたが宜からう』 隣の間にウンウンと唸る妖幻坊の声、耳をさす如くに聞えて来る。 イル『モシお直使様、こんな気違ひは後まはしと致しまして、杢助の居間を取調べませう、何だか唸つて居るやうですよ』 安彦『ヤ、国彦殿、エー、サール殿とハル殿と三人、此発狂者を監督してゐて下さい。拙者は杢助と称する人物の正体を見届けて参りますから』 と行かうとする。高姫は両手を拡げて、 高姫『コリヤコリヤ安、イヤ弥次彦、イル、メツタに義理天上さまの許しもなしに、行くことはならぬぞや。さやうな事を致すと、忽ち手足も動かぬやうに致すから、それでもよけら、行つたが宜からう』 イル『モシ直使様、行きませう。此婆は何時もあんなこと言つて嚇しが上手ですからなア』 安彦『なる程、参りませう』 と次の間の杢助の居間をパツとあけた。杢助は樫の棒を頭上高くふりかざし、力をこめてウンと一打、今や安彦の頭は二つに割れたと思ふ一刹那、床下より響き来るスマートの声、 スマート『ウーツ、ワアウワアウワアウ』 杢助は忽ち手痺れ、棍棒をふり上げた儘、一目散に裏の森林指して、雲を霞と逃げて行く。高姫は矢庭に杢助の居間に入つて見れば藻抜けの殻。 高姫『コレ杢助さま、何処へ行つたのだい。卑怯未練にも程があるぢやないか、サ早く帰つて下さいな。エーエ、何と云ふ気の弱い人だらう、本当に優しい人は、こんな時になると仕方がないワ。併し無抵抗主義の三五教だから、相手になつてはならない。こんな奴に掛り合うて居つたら、カツタイと棒打ちするやうなものだと思つて、逃げなさつたのかな。兵法三十六計の奥の手は、逃げるが一番ぢやといふ事だ。ヤツパリ杢助さまは、どこともなしに賢明な方だなア。到底ここらに居るガラクタには比べものにはなりませぬワイ。日出神も杢助さまには感心致したぞや。コレ弥次彦、与太彦、どうだい。感心したかい。チツトお筆先を頂いたらどうだい。結構なお筆先が出てるぞや。此イルも知つて居る通り、一字々々文字が動くのだから、そして正体を現はして竜となり、天上をするといふ生きたお筆先ぢやぞえ。どうだ、折角此処まで来たのだから、頂いて帰る気はないか。頂くというても筆先は直筆でも写しでもやりませぬぞや。お前の耳の中へ容れて帰ればいいのだから……』 安彦『ああ困つたものだなア、上げも下しもならぬ奴だ。阿呆と気違ひにかかつたら、どうも手のつけやうのないものだ』 高姫『ヘン、お前もお筆先をチツとは頂いてをるだらう。変性男子様が……阿呆になりてをりて下されよ。此方は三千世界の大気違ひであるぞよ。気違ひになりて居らねば此大望は成就致さぬぞよ。此方は誰の手にも合はぬ身魂であるぞよ。鬼門の金神でさへも往生致すぞよ。中にも義理天上日出神の神力は艮の金神も側へもよれぬぞよ。結構の身魂が世におとしてありたぞよ。余り神を侮りて居りたら、赤恥をかいて、大きな声で物も言へぬぞよ。日出神を地に致して三千世界の御用をさしてあるぞよ。何も知らぬ人民が、ゴテゴテ申せど、何も心配致さいでもよいぞよ。訳の分らぬ人民からいろいろと申されるぞよ。それを構うて居つたら御用が勤まらぬぞよ。神はいろいろと気をひくぞよ。トコトン気を引いて、これなら動かぬ身魂と知りぬいた上、誠の御用に使ふぞよ……といふ事をお前達は知つて居るかい。知らな言うてやろ、そこに坐りなさい。あああ一人の霊を改心ささうと思へば、随分骨の折れた事だわい。誠を聞かしてやれば面をふくらすなり、ぢやと申してお気に合ふやうなことを申せば、すぐに慢心を致すなり、今の人民は手のつけやうがないぞよ。神も誠に声をあげて苦しみて居るぞよ。中にも与太彦、弥次彦のやうな八衢人間が、善の面をかぶりて、宣伝使などと申して歩く世の中だから、困つたものであるぞよ。八島主命も言依別命も、学で智慧の出来た途中の鼻高であるから、霊国の天人の霊の申すことはチツとも耳へ入らず、誠に神も迷惑致すぞよ。これから義理天上の肉宮が、斎苑の館へ参りて、何も彼も根本から立替を致してやるぞよ。そこになりたら、今まで偉さうに申してをりた御方、首尾悪き事が出来るぞよ。神の申す中に聞かねば、後になりて何程苦しみ悶えたとて神は聞き済みはないぞよ。改心が一等ぞよ。神は人民が助けたさに夜の目もロクによう寝ずに、苦労艱難を致して居るぞよ。神の事は人民等の分ることでないぞよ。早く帰つて下されよ。四つ足霊がウロウロ致すと、神の気障が出来るぞよ。早く帰つて下されよ』 とのべつ幕なしに大声で呶鳴り立て、安彦、国彦の直使を烟にまいて了つた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 03 犬馬の労 | 第三章犬馬の労〔一三一八〕 松姫は各神社の拝礼を終り、吾居間に入つて神書を調べてゐた。そこへお千代は慌しく帰り来り、門口の戸をピシヤツと閉め、中からツツパリをかうた。松姫は之を見て怪しみ、 松姫『これ、お千代、夜分か何ぞの様に、何故戸にツツパリをしたり等なさるのだい』 千代『ハイ、今怪体なド倒しものが来たのですよ。何れ此処にも来るか知れませぬから、来たら入れない様にしてゐるのですよ』 松姫『昼の最中に戸を閉めてツツパリかふ等とは可笑しいぢやありませぬか。大方昼泥棒の連中が隊を組んで来たのかい。構はぬぢやないか。ここは神様が厶るから、何が来たつて大丈夫だよ』 お千代『何、お母さま、泥棒位なら一寸も構やしないが大化物が来たのだよ。今お菊さまと桃の木の下で遊んでゐたら、一人は高姫だと云つて嫌らしい顔した女、又一人は大きな男で耳がペロペロ動いてゐるのよ。屹度あれは化物に違ひありませぬ。お母さまをちよろまかさうと思つて来たのだらうから、屹度会つちやいけませぬよ。それで私が急いで帰つて戸を閉めたのです』 松姫『高姫さまと云へば蠑螈別さまのお師匠様だ。そして今は三五教の立派な宣伝使、何しに又案内もなしに突然お越しになつたのだらうか。ハテ、如何も不思議だ。昨夜も昨夜で妙な夢を見たのだが、ヒヨツとしたら化物ぢやなからうか。いやいや昼間に此神聖な場所へ化物がやつて来る筈がない。いや高姫さまなら会はずばなるまい。ハテ、不思議だな』 と云つて首をかたげている。 千代『三五教の宣伝使の高姫さまなら、もちと品格がありさうなものですよ。それはそれは下品な……何とも云へぬ賤しい姿で、一目見てもゾゾ毛が立つ様な女でしたよ。そして連つてゐる男は半鐘泥棒の様な不恰好な、怪体な面した奴ですよ。如何しても私の目には人間とは見えませぬわ。全く妖怪ですよ』 松姫『ハテ、妙な事を云ふぢやないか。そして受付の文助さまは何とか云つてゐただらうな』 お千代『文助さまは何だか、高姫と云ふ怪体な女と話をして居りましたが、一度松姫様に申し上げて来ると申して居りましたよ。それを聞いたものだから、文助の様な盲が、何も分らずにお母さまに、せうもない事を云つて告げようものなら大変だと思つて、一歩先に知らしに帰つて来ましたの。お母さま、屹度あの二人に会つちやいけませぬぜ』 松姫『それだと云つて、神様のお道では何んな方にでも会はなけりやいかぬぢやないか。仮令化物でも曲津でも、神様の教を説き聞かして改心さしてやりさへすれば宜いぢやありませぬか』 お千代『だつてあんな奴、何を企むか知れやしないわ。お母さまが何と云つても、お千代はあんな化物は入れませぬよ』 松姫『マア何事も私に任しておきなさい。お前さまは未だ子供だから、さう一つ一つ嘴を容れるものぢやありませぬぞや』 斯く親子が話してゐる処へ、門口の戸をポンポンと叩く音がする。之は受付の文助が高姫の来た事を松姫に報告のためであつた。 文助は戸の外から、 文助『もしもし、松姫様、文助で厶ります。一寸門口を開けて下さいませぬか。急用が厶りまして御相談に参りました』 松姫『ハイ、一寸待つて下さいませ。子供が悪戯致しまして……今直に開けますから……これお千代、早く門を開けぬかいな』 お千代『お母さま、門を開けたら文助が這入つて来ますよ』 松姫『這入つて厶る様に開けるのぢやないか』 お千代『だつてお母さま、文助の云ふ事に巻込まれちやいけませぬよ。あの爺は化物にひどう感心してゐた様ですから……』 と云ひながらツツパリを取外しガラリと開けた。文助はヨボヨボとしながら閾を跨げ、四辺をキヨロキヨロ見廻してゐる。されど松姫の姿はハツキリ見えなかつた。只目が悪いので、声をしるべに話するより仕方がないのである。松姫は、 松姫『さア何卒お上りなさいませ』 と座蒲団を出し文助の手を取つて坐らせた。 文助『アーア、年が寄つて目が不自由なのも厄介なものですわい』 松姫『それだつて貴方は心眼が開けてゐるのですもの、結構ですわ。目が見えないと云つても、あれ位な綿密な絵が書けるから結構ぢやありませぬか。時に文助さま、何か急用でも出来たので厶りますのか』 文助『ハイ、折入つて貴女と御相談を申し上げたい事が突発致しました。実にお気の毒で……何から云つてよいやら、地異天変、言葉の出しやうも厶りませぬ』 お千代は側から、 お千代『これ文助さま、駄目よ。彼奴ア化物だから、お前が騙されて居るのだ。お母さまに何も言ふぢやありませぬよ。さアさアトツトとお帰り。足許が危なけりや、お千代が手を曳いて上げませう』 松姫『これお千代、何と云ふ事を仰有るのだい。お前は子供だから黙つて居りなさい。文助さま、こらへて下さいや。如何も此の子は教育が出来て居ないから困つたものです。お菊さまと好一対です。遊ぶ友達が悪いとサツパリ感化されて了ひます。本当に親も迷惑してゐますのよ。時に文助さま、お気の毒だとは何事ですか』 文助『ハイ、実は高姫さまが見えまして厶ります。そして斎苑の館の総務杢助様までがおいでになり、何者か貴女の悪口を申したものと見えて、貴女は今日限り教主の役を解き、高姫様が教主となり、杢助様が出張して監督をなさる事になつたのだと云つて、今下に見えて居ります。誠に長らくお世話になりましたが、貴女様とはお別れせなくちやならぬかと思へば実にお名残惜しう厶ります』 松姫は平然として、 松姫『ホホホホホ、何か大変事が起つたかと思へば、そんな事ですかな。そりや結構です。妾も実は此処を立退いて、夫と共に大活動をして見たかつたのです、併しながら已むを得ず今日まで勤めて居りました。そりや本当に結構ですわ』 文助『それを聞いて私も一寸安心致しました。いや如何も上のお方の心と云ふものは分らぬものですな。さうなくちやかなひますまい。桜は夜の嵐にうたれて一つも残らず潔く散るのが誉だと聞きました。イヤ天晴々々、見上げたお志、実に感じ入りました』 と袖に涙を拭うてゐる。お千代は側から、 お千代『これ、文助さま、お前は盲だから化物に騙されてゐるのだよ。お母さままでが、何ですか、あんな奴が来たと云つて此処を飛び出す積りですか。未だ斎苑の館から何とも御沙汰がないぢやありませぬか。仮令何んな方が見えても相手になつちやいけませぬよ。此間もお寅さまが魔我彦を連れて行かれてから、もう四五十日になるのに、何の沙汰もないぢやありませぬか。同じ斎苑の館から見えるのだから、八島主の神様から御内報がある筈、又魔我彦さまからも何とか知らせがある筈です。先づトツクリと調べた上でないと、えらい目に遭はされますよ』 松姫『いかにもさうだな。お前の云ふのも一理がある。いや文助さま、何か其高姫さまは斎苑の館から辞令でも持つて来て厶るか。それとも教主様か魔我彦さまの手紙でも御所持か、それを聞いて来て下さいな』 文助『ハイ、聞いて参りませうが、何を云つても三羽烏の一人時置師の神様が御出張になつてゐるのだから、尋ねるにも及びますまい。外の方なら兎に角、何と云つても斎苑の館の総務さまだから、尋ねない方が宜いでせう』 千代『これ文助さま、お前がよう尋ねにや私が之から行つて、本真物か、偽物か、検査をして来ますわ。お母さま、それで宜いでせう』 松姫『これこれお千代、何を云ふのだ。お前は今日は何にも云つちやなりませぬぞや。母が箝口令を布きますぞや』 お千代『だつて千騎一騎の此場合、お母さまの箝口令位で閉口出来ますか』 松姫『ああ困つた娘だな』 お千代『ああ困つたお母さまだな』 文助『困つた事が出来たものだな』 千代『ハツハハハハ』 と笑ふ声を外から聞きつけて這入つて来たのはお菊であつた。 お菊『お千代さま、何が可笑しいの、よく笑つてゐますね』 お千代『お菊さまか、よう来て下さいました。今ね、文助さまが出て来て、あの化物を杢助さまだ、高姫さまだと云つてゐますのよ。それをお母さまが本当にしてるのだもの、可笑しうて堪らないわ』 お菊『本当にね。怪体な奴が来たものですわ。私い高姫と云つたら、もつと立派な小母さまと思つてゐたのに、まるで化物だわ。杢助さまだと云つてるが獣の様に耳がペロペロ時々動くのだもの。何でも彼奴ア可笑しい化さまですよ。然しあの婆が「私は高姫だ、松姫さまの師匠だから早く呼んで来い」と云つたので仕方なしに来たのよ。もし松姫さま、あんな奴に会つちやいけませぬよ。然し何とか返事をせなくちやなりませぬから、一寸御報告旁やつて来ましたの』 松姫『それは、まアよう来て下さつた。お菊さま、お前怪しいと思つたのかい』 お菊『如何も可笑しい奴ですわ。キツト、ありや贋ですよ』 松姫『お菊さま、それなら貴女御苦労だが、その高姫さまとやらに斯う云つて下さいね、「今松姫は神様の御用の最中だから、済み次第お目にかかります。それまで教主館で、お酒なつと飲つて待つて居て下さい」と私が云つたと伝へて下さいね。文助さまも一緒に帰つて下さい。そして粗忽のない様にもてなしを頼みますよ』 文助『ハイ、承知致しました。サアお菊さま、帰りませう』 とお菊に手を曳かれコチコチと階段を下つて行く。後にお千代は声を潜めて、 お千代『お母さま、高姫は本当のよ。けれど後からついて来た杢助と云ふのは屹度化物よ。その積りでつき合はなくちやいけませぬよ』 松姫『そんな事、どうしてお前に分つたのかい』 お千代『それでも、私の耳許でエンゼルが囁いて下さいましたもの。お母さまによく気をつける様にと云はれましたよ』 松姫『お前は時々エンゼルの御降臨があるのですから本当に重宝な体ね。そして其化物は何物だと仰有つたかい』 お千代『あれは妖幻坊と云ふ兇党界の相当の位地を占めてる大悪魔ださうです。然し日輪様を恐れる事が非常なもので、昼歩く時は深編笠を被り、中々外へは出ないさうですよ。昼間は何時も森の中で寝てると云ふ事ですわ。その妖幻坊に高姫さまが化かされて、又義理天上をふり廻してゐるのだから尚々始末が悪いのよ』 松姫『ハテ、困つた事だな。何とか工夫があるまいかな』 お千代『お母さま、屹度会つちやいけませぬよ。そして高姫は自分勝手に、此処の教主だと云つてるのですよ。斎苑の館からお沙汰のあるまで動いちやいけませぬぞえ。お母さまは小北山の神司だから、誰に指一本さへられる体ぢやありませぬからね。屹度調べて見たら、斎苑の館の書付は持つてゐない事はきまつてゐますわ。それで面白いから、一遍調べてやらうと思つたのよ』 松姫『そんな要らぬ事をせなくてもいいぢやないか。高姫さまに恥をかかさない様にして、なるべく御改心を遊ばす様に真心を尽して御意見を申上げるのだな。お前も出過ぎた事は云はない様にして下さいや』 お千代『それでも余り馬鹿にしてゐるのだもの、ちつとは言ひたくなつて来るのよ。一遍神様を拝ましてやつたら吃驚するだらうね。それを見るのが楽しみだわ』 松姫『何とまア口の悪い子だな。人がビツクリするのが、お前はそれ程面白いのかい。困つたお転婆だな』 お千代『それでも世の中を誑かし人を苦しめ、大神様の道を妨害する悪魔だから、チツとは懲しめてやらなくちや、神様にお仕へしてゐるお母さまの役も済みますまい。私だつて化物を看過しちや職務不忠実と云ふものですわ。こんな時こそは審神を充分しなくちやなりませぬわ』 松姫『併し高姫さまは本物だとあれば、私の大恩ある御師匠様、お目にかかつて御挨拶を申上げねばなるまい。そして其様な悪魔に騙されて居りなさるなら、気をつけて上げなくちや師弟の役が済むまい。ああ困つた事が出来たものだ』 斯く話す所へ尾をふつて潔く這入つて来たのは巨大なる猛犬であつた。見れば首たまに何か手紙の様なものが下つて居る。 松姫『ア、これは何処からか手紙を持つてお使ひに来たのだな。これこれお犬さま、何処からか知らぬが御苦労だつたな。どれどれ、お手紙を見せて頂きませう』 とやさしく云ひながら二つ三つ首の辺りを撫でて可愛がり、括りつけた手紙を取り、上書を見れば、「小北山の神司松姫様へ、祠の森に於て、初稚姫より」と記してある。 松姫『ああ之は初稚姫様の御手紙だ。何か変つた事が出来たのかな。これお千代や、一寸門口を閉めて下さい。秘密の御用かも知れないから』 お千代は外をキヨロキヨロ見廻し、誰も出て来ないので安心の胸を撫で下し、ソツと戸をしめて堅くツツパリをかうた。此猛犬は云はずと知れた初稚姫の愛犬スマートなる事は云ふまでもない。 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九北村隆光録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 04 乞食劇 | 第四章乞食劇〔一三一九〕 松姫は静に封を押切り押戴いて読み行く。おひおひと顔色変り両手は慄ひ、容易ならざる文面の如く思はれた。そして松姫は手紙を読み了りホツと溜息をついた。 千代『お母さま、私の云つた事違やしますまいがな。高姫は斎苑の館からの命令ぢやありますまい。そしてあの杢助と云つてるのは化物でせうがな。此犬は初稚姫様の愛犬でスマートと書いてありませう』 松姫『あああ、油断のならぬ魔の世界だな。こりや斯うしては居られますまい。併しながら初稚姫様の仰せ、何処までも善一つで高姫様を改心させにやならぬ。然し初稚姫様のお言葉に……お前は小北山の神司だから、何処までも此処を動いてはいかぬ……と書いてある。もしも高姫さまが何処までも此処の教主と頑張つたら、何うしようかな。せめて魔我彦さまでも居つてくれたら、何とかいい相談が出来るだらうに、困つた事だ』 お千代『お母さま、決して心配要りませぬ。どうせ一度はお宮さまを巡拝するでせうから、上のお宮のお扉を開いたら、屹度ビツクリして逃げるでせうよ。エンゼルさまが私にさう仰有いました』 松姫『ああさうかな。何卒まア都合よくやりたいものだ。然しお前も此スマートさまを連れて高姫さまの目にかからぬ処へ暫く遊びに行つて来て下さい。お前が居ると都合が悪いからな』 お千代『それならお母さま、確りなさいませや。何卒巻き込まれぬ様になさいませ。これ、スマートさま、お前は可愛い犬ね』 と云ひながら首たまに抱付いた。スマートは薄い平たい舌でお千代の頬をペラツと舐めた。お千代はビツクリしてスマートを庭に押し倒した。スマートは仰向に転けたまま呑気な風で足で空をかいて居る。 お千代『ア、此犬は牝だわ。さアおスマちやま、お千代と春先でもあり、陽気がいいから、林の中へ行つて遊んで来ませう。兎でも居つたら脅してやりませうね』 と云ひながら頭を撫でる。スマートはムツクと起き上り、お千代の後について山林の中へ遊びに行く。後に松姫は只一人手を組んで思案にくれてゐた。 松姫『あああ、高姫さまは困つた方だな。どうしたら本当の御改心が出来るのだらう。初稚姫様の御手紙によれば、此頃はスツカリ精神乱れ、金毛九尾の悪狐や蟇や蛇や狸、鼬などの無料合宿所になつてゐられるとの事、それに又杢助と名告つてるのは、初稚姫様のお父さまでなくて大雲山の妖幻坊だとか、ほんとにいやらしい化物をつれて、夫婦気取りで、こんな処に出て来て松姫を追ひ出し、自分が教主にならうとは、どうした事だらう。私は別に此処の神司に執着心はないのだけれど、悪神にみすみす此処を開け渡して出る訳にも行かない。そんな事しては神様にも済まない。ここは何処までも孤軍奮闘の覚悟でなければならない。ああ国治立大神様、豊国姫大神様、木花姫大神様、金勝要大神様、守り給へ幸へ給へ、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に祈つてゐる。 そこへバラバラとやつて来たのは初、徳の両人であつた。足許もヨロヨロしながら両人は、 初、徳『松姫さま、エー、一寸御報告に来ましたが、三五教の宣伝使、ウラナイ教の元の教祖高姫さまがお越しになつて居ります。そして松姫は何故私が来てゐるのが分つてゐるのに挨拶に来ないのか。御用が済んだら出て来ると云つておきながら、まだ出て来ないと云つて、大変な立腹で厶ります。そして此館は今日から高姫が教主だ。杢助様が監督に来たのだと、それはそれはえらい御権幕で厶りますよ。早く御挨拶においで下さいませぬと、貴女のお身の上に関した一大事が出来致しますから、ソツと御注意に参りました』 松姫『仮令高姫さまが此処の教主になられようが、事務を引継がぬ間は此処は松姫の管轄権内にあるのだから、折角伺ふと云つたけど、私の方からよう伺はないから、高姫さまと杢助さまに、此方へ出て来て貰つて下さい。それが至当だからな』 初『松姫さま、何とえらい勢ですな。泣く子と地頭とには勝たれないと云つて、そこは貴女の方から折れてかかりなさるがお得かも知れませぬよ。きつと悪い事は申しませぬ。貴女も足掛け首掛け四年振此処に厶つたのだから、今日俄に立退き命令を下されては面白う厶りますまい。それは私もお察し申して居ります。併しながら、これも因縁だと諦めて、素直に高姫さまや杢助さまに御面会をなさるが宜しい。そしたら又何とか貴女の都合のいいやう取計らつて下さるでせうからな』 松姫『何と云つても、そんな理由はありませぬから、高姫さまに私交上としては私の師匠だから済まないが、公の道から行けば私は此処の神司、何の遠慮もありませぬから、何卒私の職務として調べたい事がある、よつて直様御両人に此方へ来て下さる様に伝達して下さい』 初『それでも大変な権幕で、動きさうにや厶りませぬ。そんな事をお伝へしようものなら、私は折角杢助さまの片腕になつた職務まで剥奪されて了ひます。のう徳よ、さうぢやないか』 徳『ウン』 松姫『これ、初さま、お前さまは杢助さまの片腕になつたと今云ひましたね』 初『ハイ、確に申しました。新教主高姫殿の夫杢助、又の御名は時置師の神、斎苑の館の総務を遊ばす杢助様の両腕と両人がなつたのだから、凡ての宣伝使を頤で使ふ初さま、徳さまですよ。如何に松姫さまだつて、もう斯うなつた上は此初さま、徳さまの命令を聞かずには居られますまい。如何で厶る。返答承はりませう』 松姫『ホホホホホ愈三助人形か痩バツタの様なスタイルをして、よくも威張つたものだね。お前さまは杢助さまの両腕になつたか知らないが、此処に居る間は此松姫の命令を聞かなくちやなりますまい。魔我彦からお役目解除の辞令でも受けた上、杢助さまの推薦によつて、八島主さまから立派な辞令を頂いて来なくちや駄目ですよ。そんな夢なんか、いい加減にお覚ましなさるが宜からうぞや』 初『何と云つても駄目ですよ。現に杢助様の口から仰有つたのですもの。そして高姫さまが証拠人ですもの。ヘン、之が違ひつこはありませぬわい、のう徳公』 と初公は、 初『ウンウンウン』 と拳を握り反身となり、稍酒気を帯びし事とて、高慢面をして得意気に雄猛びして見せた。松姫はあまりの可笑しさに吹き出し、 松姫『ホホホホホ』 と笑ひ転けた。初公は大いに怒り、 初『こりや、松姫、無礼千万な、勿体なくも総務の片腕と聞えたる、斎苑の館の二の番頭さまだ。某の面体を見て笑ふと云ふ事があるものか、いや軽蔑致すと云ふ事があるか。公私本末、自他の区別を知らねば決して神司たる事は出来ませぬぞ。実の所は杢助さまが、お酒の上ではあるが、私等に全権を任すから松姫をボツ払へとの仰せ、さア初公の言葉は杢助の言葉だ。さア尻を紮げてトツトと出て行け。猶予に及ばば了簡致さぬぞや』 松姫『ウツフフフフあのまア、乞食芝居が上手なこと。さア一文あげるから帰んで下さい。もう沢山拝見致しました』 初『愈以て怪しからぬ事を申す。松姫の阿女奴、さア只今限り事務を引渡しトツトと出て失せう。最早其方は小北山には何一つ用もなければ権利もない。おい徳公、貴様は高姫さまの代理ぢやないか。何故黙つてゐるか』 徳公は高姫気分になり、肩を揺り首をふり婆声を出して、 徳『これ松姫さま、私は高姫の代理ぢやぞえ。長らく御苦労で厶りました。併しながら今日迄お前さまは神様の御都合で御用をさせてあつたのだ。然し上義姫はもう此処に用事はない。之から義理天上日の出神が此処を構ふによつて、お前はトツトと出て行つて下さい。それとも十分改悪して、杢助や高姫の云ふ事を聞くなら、炊事場のおサンどんに使つて上げぬ事もない。然しお前も此処に住み慣れて来たのだから、此処を追ひ出されるのは残念だらう。それは高姫もよく分つてる。それでお前さまは、どんと、かばちを下げて炊事の御用か雪隠の掃除をなさいませ。そこまで苦労をなさらぬと、今から偉さうに教主だなんて威張つて居ると、猿も木からバツサリ落ちる例もありますぞや。サアサア、返答々々、如何で厶る。高姫の代理が此処でキツパリと承りませう。さてもさても残念さうなお顔だな。他人の俺でさへ涙が零れませぬわい。アーン、アーンアーンアーンアーンアハハハハハ、泣くのか笑ふのか、いやもう訳がわかりませぬ。松姫さまの事を思へば泣きたくなり、高姫さまの事は思へば笑ひたくなる。悲しい事と嬉しい事と一度になつて来た。親の死んだ処へ花嫁が出て来た様な心持だ。悲喜交々相混り苦楽一度に到来す。上る人と下る人、ほんに浮世は儘ならぬものだな。アツハハハハ「アーンアーンアーンオーンオーンオーン如何しようぞいなー如何しようぞいなー。此行先はお千代を連れて袖乞ひ、物貰ひに歩かにやならぬと思や、俺は胸が引裂けるやうに思ふワイのー……(義太夫)之と云ふのも前の世で、如何なる事の罪せしか、悲しさ辛さ、身も世もあられぬ憂き思ひ、エエヘヘヘヘンエーーーー、如何しようぞいなー」エーエ、到頭俺の体に松姫さまの副守護神がのり憑りやがつて、泣いたり笑つたり、いやもううつり易い水晶魂は斯んなに苦しいものかなア。のう初公、俺等もヤツパリ春が来たぢやないか。此好機を逸して、何時の日か、出世の時を得むやだ。おい、有力なる後援者が出来たのだから、チツとは無理でも気の毒でも、奴隷的道徳は廃めにして権利義務を主張し、自分の位地を高めるのが一等だぞ。のう初公、確りやつてくれ。俺も今度は大車輪だから、イツヒヒヒヒヒ』 松姫『ホホホホホ、あのまアお二人さま、揃ひも揃うて、何時の間に、そんな芝居を覚えて来たの。犬が笑ひますよ』 初『こりや、松姫、何処までも教主面をさげやがつて、俺達二人を何と心得てる。無礼ぢやないか。左様な失礼なことを申すと、此儘には差許さぬぞ』 徳『こーりや松姫、何と心得てる。今迄の徳さまや初さまとはチツと値段が違ふのだ。エー、俄仕入れのバチ者とは違つて上等舶来品だ。あまり見違へを致して貰はうまいかい』 松姫『ホホホホホ、虎の威をかる糞喰ひ狐とはお前達の事だよ。もう斯うなつちや松姫も了簡なりませぬ。さア今日只今から暇をつかはすによつてお帰りなさい。一分間も此聖場にはお前の様な薄情者置く事は出来ませぬ』 初『ヘン、馬鹿にすない。もう此小北山は貴様の権利ぢやないぞ。勿体なくも杢助さまの御監督の許に高姫さまの御管轄区域だ。お前の方から暇を貰ふよりも、こつちの方から暇をくれてやるのだ。有難く思へ。さアさア出て行かう出て行かう。グヅグヅして居ると邪魔になるわい』 徳『おい、こんな分らぬ女に何時まで掛合つた所が駄目だ。杢助さまがやつつけて了へと仰有つたぢやないか。おい、やつつけろやつつけろ』 初『よし来た』 と二人は仁王立となり、松姫を中に置いて、今や拳骨を固めて飛鳥の如く飛びかからむとしてゐる。松姫は泰然自若として少しも騒がず、二人の目を見つめてゐる。両人は打掛らうとすれども、何故か、松姫の身体から光が出る様に思はれて、目が眩み飛びつく事が出来ない。松姫は心静かに歌を歌つてゐる。 松姫『虎の威をかる古狐小北の山に現はれて 松姫館に侵入し無道の難題吹きかけて 卑怯未練に両人が嚇し文句を並べ立て 木偶坊の様なその姿で握り拳を固めつつ 慄ひゐるこそ可笑しけれ初公、徳公よく聞けよ 杢助司と名告りゐる彼は誠の人でない 大雲山に蟠まる八岐大蛇の片腕と 兇党界にて幅利かす妖幻坊の曲津ぞや 高姫司は恋淵に知らず知らずに陥りて 妖怪変化と知らずして杢助司と思ひつめ 得意になつて今此処に夫婦気取りで来たなれど 決して誠の三五の八島の主のお言葉に 従ひ来りしものでないこれの館を奪はむと 曲津の神に唆られて悪逆無道の企みをば 敢行せむとするものぞ汝等二人は曲神に 魂をぬかれて目が眩み名利の欲に迷ひつつ 見るに堪へざる狂態を演ずるものぞ、いと惜しや 早く心を改めて此松姫が言の葉を 完全に委曲に聞くがよい早目を覚ませ目を覚ませ 神は汝と倶にあり汝も神の子神の宮 恵みの光に照されて正しき神の御子となり 吾に犯せし罪科を此場で直に悔悟せば 許してやらむ惟神神に誓ひて両人に 完全に委曲に宣り伝ふああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや、両人は両眼より涙をハラハラと流した。そして少しく首を動かし改心の意を表した。松姫は忽ち霊縛を解いた。二人は身体もとの如くになり、パタパタと表へ駆け出した。果して彼等両人は改心したであらうか。但は再び悪意を起して、松姫に対し如何なる危害を与へむとするであらうか。後節に於て審らかになるであらう。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九北村隆光録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 12 初花姫 | 第一二章初花姫〔一三二七〕 片彦は三人の乙女に向つて言葉優しく、 片彦『もし、それなる嬢様達、一寸お尋ね致しますが、向ふに見えるあの立派な城廓は、何時頃に出来上つたのですか』 三人の女は些しも聞えぬやうなふりをして、頻りに花を摘んで居る。片彦は益々傍に寄つて、一層声高く、 片彦『お嬢さま、一寸物を伺ひます』 此声に三人は驚いたやうな顔で、片彦、ランチ両人の顔を打ち守つた。さうして高姫は、 高姫『アヽ吃驚したよ。貴方どこのお方ですか』 片彦『拙者は四ケ月以前に此浮木の森にバラモン軍を引率し、滞陣して居た片彦将軍の成れの果で厶る。此処に居られるのは吾々の上官ランチ将軍で厶る。此方も拙者と同じく軍服を脱ぎ捨て、今は三五教の宣伝使で厶る』 高姫は、花の唇をパツと開き、媚びを呈し艶かしい声で、 高姫『アヽ、左様で厶いますか、それは尊い貴方はお役柄、妾は如意王の娘、初花姫と申します』 片彦『ハテ不思議な事も厶るものだ。如意王様とは月の国コーラン国の刹帝利様では厶りませぬか』 高姫『ハイ、左様で厶います。此頃は父と共に数多の家来を引連れ、此方に国替を致しまして、昼夜兼行で漸く城廓が建ち上つた所で厶ります』 片彦『ハテ、何と不思議な事だなア。何程富貴なお方でも、斯様な短日月間にかかる城廓が建ち上るとは、ランチ殿、何と不思議では厶らぬか』 ランチ『如何にも不思議千万で厶る』 高姫『オホホホホホ、あのまア、あのお二人様の不思議さうなお顔……吾父如意王はコーラン国より四ケ月以前に参りまして、数万の部下に命じ、漸くこの通り完成致した処で厶ります。吾父は如意宝珠を所持して居りますれば、如何なる事でも出来ます。さうして貴方は今三五教の宣伝使と仰せになりましたが、私の父も俄に三五教に入信致しまして、斎苑の館からお出での初稚姫様を御招待申し、今奥に御逗留で厶います。何うかお立寄を願ひますれば父も喜ぶ事で厶いませう』 片彦『何と仰せられますか、初稚姫様が此御城内に御逗留とは、そりや何時からの事で厶います』 高姫『ハイ、二三日以前斎苑の館から祠の森とやらに御出張になり、それから此曲輪城をお訪ねになり、吾両親は尊きお話を承はり、今は全く三五教の信者になりました。初稚姫様のお言葉には、やがて片彦、ランチと云ふ三五教の宣伝使がお通りになるであらうとのお言葉に、かうして二人の侍女をつれ、花を摘みながら、もしお二人様がお出でになれば、お迎へ申したいと最前から此処に待つて居ました。何卒一寸お立寄をお願ひ申す訳には参りますまいかなア』 片彦は少しく首を傾げながら、ランチに向ひ、 片彦『ランチ殿、貴殿のお考へは如何で厶りますか。初稚姫様が御逗留と云ひ、斯かる麗しき乙女と云ひ、いやもう吾々は一向合点が参りませぬ』 ランチ『成程、拙者も何うも不思議で厶る。斯くも立派な普請が出来る以上は、少しは噂位はありさうなもので厶るのに、忽然としてかかる蜃気楼的城廓が出来るとは、察する所魔神の仕様では厶いますまいかな』 高子はランチの傍に寄り、 高子『モシ小父さま、魔神とは如何なるもので厶りますか、どうぞ教へて下さいな』 ランチ『ハハハハハ、教へて上げませう、魔神と申せば悪魔の事です』 高子『貴方は此立派なお屋敷を、さうすると悪魔の住家と思うておいでになりますか。それなら妾は悪魔の虜になつて、斯様な所へ連れて来られたのでせうかなア』 宮子『姉さま、それなら私も魔神とやらに矢張使はれて居るのだわ。もし初花姫様、吾等姉妹に何卒お暇を下さいませ』 と怖さうな風をして慄へながら泣く。 高姫『これこれ高子、宮子、畏れ多くも如意王様の妾は娘、左様な事を申すと承知致しませぬぞや。コーラン国の刹帝利様のお館をさして、魔神の城とは以ての外の事、も一度そんな事を云うて御覧、決して許しはしませぬぞや』 高子『それでも嬢様、あの小父さまが魔神の仕業と仰有いました。妾姉妹はそれを聞くと、何だか怖ろしくなりました。何卒此処でお暇を下さいませ。さうして妾のお友達がまだ十人ばかり御厄介になつて居ますが、皆許してやつて下さい、お願ひ致します』 宮子は又涙を袖にぬぐひながら、 宮子『もしお嬢様、お願ひで厶います、妾は仮令殺されても厭ひませぬが、十人の友達を何卒助けて下さいませ。其代り妾は此処で喉をついて死にます。ああ惟神霊幸倍坐世』 と云ふより早く、懐の懐剣を抜いて喉に突き立てむとす。高姫は慌てて飛びつき懐剣をもぎ取り、腹立たしげに、 高姫『これ宮子、何と云ふ不心得の事をなさるのだ。もし旅の方、貴方等が何でもない事を仰有るものですから、初花姫の迷惑、どうか二人の侍女を諭して下さいませ』 ランチ『イヤ、お子供衆の前で不謹慎な事を申しまして、実に申訳が厶いませぬ。これこれ侍女殿、決して私の云うた事を真に受けて貰つては困ります。あまり立派なから、曲神の仕業ぢやあるまいかと云つただけです。決して曲神の仕業であるとは申しませぬ、さう早合点しては困ります』 宮子『いやいや何と仰有つても貴方の仰有つた事は真実で厶います。そんな気休めを云はずと、何卒死なして下さいませ。繊弱き女の身をもつて曲神の擒で居らうより、死んだ方が増で厶ります』 と泣き倒れる。片彦は気の毒で堪らず、傍へ寄つて宮子をなだめるやうに、 片彦『もしお嬢さま、どうも済みませなんだ。皆嘘ですから、何卒気にかけて下さいますな』 宮子『イエイエ何と仰有つても貴方の気休めと思ひます。よう云うて下さつた、曲神の業に違ひありませぬ、サア高子さま、早く逃げませう』 と早駆け出しさうにする。 高姫『これ高子、宮子、なんぼ逃げてもお父さまが馬で追つかけさせるから、駄目ですよ。そんな小父さまの云ふ事など聞かずに、妾と一緒に帰りませう。お前は主人の云ふ事を聞きませぬか』 と極めつける。高子は涙を袖に拭ひながら、 高子『初稚姫様のお言葉に……宣伝使は決して嘘や偽りは云はぬものだ……と仰有いました。このお方は宣伝使様、どうして嘘など仰有りませう、妾はどうしても初のお言葉を信じます』 片彦『ああ困つたことだなア、どうしたらよからうか』 高子『何卒小父さま、一遍来て下さい。そして果して魔神の館なら、何卒妾を連れて逃げて下さい。妾のお友達も十人許り来て居ますから』 高姫『貴方は元は将軍で、今は立派な三五教の宣伝使と仰有つたぢやありませぬか。それに妾の迷惑になるやうな事を仰有つて、それで貴方の勤めがすみますか』 片彦、ランチ両人は芝生の上に手をついて、 片彦、ランチ『イヤ姫様、誠に失礼を致しました。何卒見直し聞直しを願ひます』 高姫『妾は初花姫と申すもの、初稚姫様とよく似た名で厶ります。承はれば霊の姉妹だと仰有いました。サア何卒城内に一度宣伝の為お出で下さいますまいかなア』 片彦『ランチ殿、如何致しませうか、初稚姫様が御逗留とあれば、お目にかかつて置くも結構ぢやありませぬか』 ランチ『何と云うても、治国別様が道寄をしてはならぬと仰有つた以上、何事があつても道寄はなりますまい』 高姫『モシ、ランチ様とやら、侍女二人がこの通り逃げると云ひます。妾は何うして一人で城内に帰れませう。何卒お二人で送つて下さいますまいか。これと申すも、皆貴方等から起つた事、宣伝使の職責を重んじて、邪が非でもお願ひ申します』 片彦『ランチ殿、年にも似合はぬ偉い理窟をかますぢやないか、驚いたなア』 ランチ『驚いたなア、こりやうつかりしては居られますまい。併し本当の初稚姫様、如意王か、但は曲か、調査するのも強ち無駄ではありますまい。一層此初花姫の言葉に従ひ、城内を探つて見ませうか』 片彦『サア、さう致しませう』 と二人は茲に決心し、口を揃へて両人は、 ランチ、片彦『イヤお供致しませう、お世話に預りませう』 高姫『それは早速のお聞きずみ、有難う厶います。初稚姫は申すに及ばず、父母も嘸喜びますで厶いませう。サア高子、宮子、もう心配には及びませぬ。宣伝使様が来て下さいますから』 高子、宮子はやつと機嫌を直し、二男三女は連れ立つて、金銀珠玉を鏤めたる楼門を潜り奥へ奥へと進み入る。高姫は道々歌ふ。 高姫『七千余国の月の国中にも別けてコーランの 国の王とあれませる妾は如意王の子と生れ 恋しき国を立出でてはるばる此処に引き移り 十二の侍女を従へて何の不自由もなけれども 山河風土の変りたるこれの都は何となく 物淋しくぞ思はれぬウラルの教を守りたる 父と母とはバラモンの神の軍に降服し コーラン国を打ち捨てて漸く此処に逃れまし 安全地帯に都をば造りて永久の住処ぞと 定め玉ひし尊さよ城の普請も漸くに 夜に日をついで竣工しいづれの神を祀らむと 考へ居ます折もあれ瑞の御霊の御教を 四方に伝ふる宣伝使初稚姫が現はれて 父と母とを初めとし吾等一同を神国の 花咲く園に誘ひて天国浄土の楽みを 諭したまひし有難さ父と母とは勇み立ち 名さへ目出度き三五の教の道に帰順して 朝な夕なに太祝詞上げさせ給ふ健気さよ 妾は未だ十八の蕾の花の初心娘 二人の侍女を引き連れて春野の蝶に憧憬れつ 菫タンポポ摘まむとていつとはなしに門外に 歩みを運び湯津蔓椿の下に遊ぶ折 遥に聞ゆる宣伝歌よくよく耳を澄ますうち 初稚姫の宣りたまふ御歌の心によく似たり これぞ全く三五の教司にますならむ なぞと心を動かしつ花を頻に摘み居れば 忽ち聞ゆる太い声頭を上げて眺むれば 見るも凛々しき宣伝使妾が乞ひを容れたまひ 父の命に面会し初稚姫の御前を 訪ねやらむと宣りたまふ其御言葉を聞くにつけ 天にも昇る心地して手は舞ひ足は自ら 踊るが如く進むなり春野に遊ぶ蝶の舞 花に寄りくる蜜蜂の剣を捨てたる宣伝使 吾等三人を慇懃に送らせ給ふ嬉しさよ ああ惟神々々尊き神の御恵 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 三五教は世を救ふ救ひの神と現れませる 神素盞嗚の大御神従ひませる神司 わけて初稚姫司ランチ、片彦宣伝使 揃ひも揃うて吾館訪れ給ふ嬉しさよ 嘸や父上、母君も喜び迎へ給ふらむ ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら、麗しき門を幾つとなく潜り玄関口に辿りついた。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 14 自惚鏡 | 第一四章自惚鏡〔一三二九〕 妖幻坊の高宮彦は侍女の五月を高宮姫の居間に遣はし、一度吾室へ来れと命令した。此五月といふ美人は実は竹藪の中に棲んでゐる豆狸さまである。 五月『御免なさいませ。高宮姫様、御城主様が御招きで厶いますよ』 高姫は脇息にもたれて、うつらうつら居眠つてゐたが、パツと目を開き、 高姫『ああ其方は五月であつたか、吾君様が、妾に御用があると仰有るのかい』 五月『ハイ、直様お出でを願ひたいとの事で厶います』 高姫『すぐに参りますから、一寸御待ち下さいませと、云つておいておくれ』 五月は、 『ハイ』 と答へて、ここを足早に立去つた。高姫は鏡台の前にキチンと坐り、髪のほつれをかき上げ、衣紋を整へ、口をあけたり、すぼめたり、種々と美顔術の限りを尽し、 高姫『ホホホホ、何とマア、人魚でも食つたのかいな。五十の尻を作つてをる此高姫も、自分ながらに吃驚を致す程若くなつたものだなア。まるきり、十七か六位な、うひうひしい姿だ。初稚姫が何程綺麗だと云つても、此高宮姫には、ヘン、叶ひますまい、ホホホホホ。如意宝珠の玉といふものは、本当に偉いものだワイ。杢助さまも今は高宮彦と、真面目な顔して名乗つて厶るが、ヤーパリ、偉いものだ。ようマア、斎苑の館の宝物を甘くチヨロまかされたものだなア。之だから人に気は許されぬといふのだなア。素盞嗚尊の盲神や、言依別のドハイカラ、八島主の青瓢箪、それに東野別のウスノロ、ガラクタばかりが居りやがつて、奇略縦横の杢助様を、真正直な人間だと思ひつめ、ヘヘヘヘヘ、蛸の揚壺を喰つて、今では斎苑の館は梟鳥の夜食に外れたやうな、小難しい顔をして居るだらう。あああ、心地よや、気味がよや、ドレドレ此綺麗な姿を吾背の君にお目にかけ、一つ喜ばして上げませうかな。見れば見る程御綺麗な、何とした良い女だらう。何程杢助さまに気が多いと云つても、どこに一つ点のうち所もない、髪の毛の先まで、愛嬌がたつぷり溢れてゐる此高ちやまを、どうして捨てられるものか。何程世界に美人があると云つても、之は又格別だなア。本当に此鏡の側を離れたくないやうだ。杢助さまも此鏡を見たら、さぞ嬉しからう、併し自分が自分に惚れる位な美人だからなア。私だつて、私の姿にゾツコン惚込んで了つた。併し自分の姿を見る訳にゆかず、此鏡の前に立つた時ばかりだ。ああ離れともない、鏡の君、お名残惜しいけれど、暫く杢助さまの御機嫌を伺つて来る程に、鏡さま、又帰つて来て此綺麗な姿を写して上げるから、楽しんで待つてゐなさいや』 高子『ウフフフフ』 宮子『ホホホホ』 高姫『エーエ、お前は此処に居つたのかいな。居るなら居るとなぜ言はぬのだい、皆私の独言を聞いたのだらう』 高子『ホホホホ』 宮子『フツフフフ』 高姫『エーエ、余り自分の姿に見とれて、二人の侍女が横に居るのも気が付かなかつた。ホンにさう思へば、向ふの方に人間の姿がうつつてるやうだつたが、気がつかなかつた。コレ二人の娘兼侍女、こんな事、吾背の君を始め、誰にも言つちやなりませぬよ。サアサア参りませう』 『アイ』 と答へて二人は高姫の前後につき添ひ、妖幻坊の居間へ進んで行く。ソツとドアを開いて中を伺ひ見れば、目もくらむ許り、金色燦爛と輝いてゐる。そして四方の壁は残らず鏡のやうに光り、高姫の妖艶な姿は、鏡面を互に反射して、幾十人とも知れぬ程映つてゐる。高姫は自分のやうな美人は恐らく天地の間に、自分一人よりないと誇り顔に思つて、盛装を凝らし、顔の造作まで修繕してやつて来たのに、自分と同様の美人が、幾十人ともなく妖幻坊を中心に取巻いてゐるので、俄にクワツと悋気の角を生やし、 高姫『これはこれは、高宮彦様、お楽しみの所を、お多福がお邪魔を致しまして、さぞ御迷惑で厶いませう。これだけ沢山に美人をお抱へになつてゐる以上は、私のやうなお多福には到底手がまはりますまい。成程私と同棲しないと仰有るのは分りました。私はどうせ数にも入らぬ馬鹿者、これだけ沢山の美人を側に侍らし、私だけは只一人、こんな少女を側において監視させ、自分は栄耀栄華に、蝶の如き花の如き美人に戯れ、ホンにマア偉いお腕前、恐れ入りまして厶います』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、コレ高宮姫、そりや何を云ふのだ、誰もゐないぢやないか。此高宮彦は只一人、孤塁を守つてゐるのだ。大方お前の姿が玻璃壁に映つて、それが互に反射してゐるのだ。それ故沢山の美人がゐるやうに見えるのだが、皆お前の姿だよ』 高姫『エー、うまいこと仰有いませ。鏡に一つの姿がうつる事は、それは厶いませう、これ程四方八方に映る道理はありませぬ。あれを御覧なさい、右を向いたり、左を向いたり、前へ向いたり、背を向けたりしてるのぢやありませぬか。私は妬くのぢや厶りませぬが、なぜ貴方は水臭い、女があるなら、これだけあると仰有つて下さいませぬのか。私に悋気させ、怒らせて楽しまうとの企みで厶いませう。そしてこれだけの女に高宮姫の狂乱振を見せて、笑はしてやらうとの御考へ、ヘン、誰が其手に乗るものですか。決して怒りませぬよ。併しながら皆さま、お気の毒ながら、此高宮彦は私の夫、ここで意茶ついて御覧に入れるから、指をくはへて御覧なさい。ヘン、すみまへんな。コレコレもうしこちの人、否々吾背の君様、どうで厶います、御機嫌は……』 妖幻坊の杢助『イヤ、高宮姫、よくマア来て下さつた、これだけ沢山女は居れども、気に入つたものは一人もない、何と云つてもお前の肌は細かい、そして柔かい。背の先まで尻の穴まで、何とも云へぬ香ばしい匂ひがする、又ワイガは特別香ばしい』 と云ひながら、高姫の頬に吸ひ付いてみせた。高姫はグニヤグニヤになり、目を細うして鏡の映像に向ひ、 高姫『オイ、そこな立ん坊、ヘン、すみまへんな。高宮姫さまは高宮彦の愛を独占して居りますよ。ここで夫婦の親愛振を見せて上げませう』 と云ひながら、四方八方を見まはし、舌をペロツと出して見せた。どの姿も此姿も同様に舌をペロリと出す。 高姫『エー馬鹿ツ』 と腮を前へ突き出して呶鳴ると、又一時に腮を突き出し、口をあける。高姫は、 高姫『コラ、失敬な、真似をしやがるか、此高宮姫は正妻だ、ガラクタ奴』 と云ひながら、握り拳を固めて突貫し、壁に鼻を打つてウンと一声其場に倒れた。妖幻坊は此奴ア大変と打驚き、豆狸に渭の水を汲ませにやり、高姫の頭部面部の嫌ひなく吹きかけた。漸くにして高姫は正気に返つた。四辺を見れば使ひに行つた豆狸が、まだ高姫は中々気がつかうまいと安心してゐたものだから、変相もせず、其儘にチヨコンと坐つてゐた。流石の妖幻坊は高姫が失神した間も、何時気が付くか知れぬと思ひ、其体を崩さなかつた。高姫は、 高姫『此豆狸』 と云ひながら、ポンと頭を叩いた。当り所が悪うて、一匹の狸は其場に悶絶した。他の一匹は一生懸命に窓の穴から飛出して了つた。 高姫『ああ、あの憎い女に鼻をこつかれて、ふん伸びました。高宮彦様、何卒お願ひだから、彼奴を皆帰なして下さいな。私は何だか気分が悪くてたまりませぬワ』 妖幻坊の杢助『あれは其方の姿が鏡に映つてゐるのだが、それ程分らねば、此光つた壁に泥を塗つて上げよう、さうすれば映らなくなつて疑が晴れるだらう』 と云ひながら、裏の背戸口に使ひ余りの壁土があるのを、妖幻坊は大きな盥に一杯盛り、片手にささげ、片手に泥を握つて、一面に室内を塗つて了つた。そして盥を外へ出し、手を洗つて再び入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、これで疑が晴れただらうな』 高姫『なる程、貴方はヤツパリ私が可愛いのですな、あれだけ沢山の女を、縄虫かなんぞのやうに、皆泥で魔法を使つて平げて了つた其手並は、実に天晴なものですよ』 妖幻坊の杢助『天地の間の幸福を一身に集めたのは其女と某だ。併し高姫、御苦労で厶つたなア。ランチ、片彦両人は、甘く其方の計略にかかり、今は殆ど嚢中の鼠、活殺の権利は此高宮彦の掌中にあるも同然だ。ホホー頼もしい頼もしい。かふいふ仕事は其女に限るよ。此高宮彦も其女より外に何程美人があつても心を迷はさないから、安心して高子、宮子を伴ひ、何卒日に一遍は、椿の下まで人曳きに行つてくれ。これがお前の勤めだ。お前も春野の花を摘みながら、郊外散歩は余り悪くはあるまいから……』 高姫『ハイ、さう致しませう。本当に昨日のやうに甘く行きますと、心持がよう厶います。そうしてあの両人は如何なさいました。其後根つから私に顔を見せませぬがな』 妖幻坊の杢助『彼奴は何程云ひ聞かしても、到底ウラナイの道に帰順する見込がないによつて、生かしておけば三五教の宣伝使となり、吾々兇党界……否善のお道の邪魔を致すによつて、石牢の中にブチ込んでおいた。かうしておけば自然に寂滅為楽、モウ此方のものだ。別に骨を折らなくとも、刃物持たずの人殺、丁度お前と同じやり方だ、アハツハハハ』 高姫『コレ、もし吾夫様、私が人殺とは、ソラ余りぢや厶いませぬか。何時人を殺しました』 妖幻坊の杢助『アハハハハ、其方の美貌で一寸睨まれたが最後、恋の病に取りつかれ、寝ても醒めても煩悩の犬に追はれて忘れられず、遂には気病を起して不断の床につき、身体骨立してこがれ死ぬやうになつて了ふのだ。此高宮彦も其方の事を思へば、骨までザクザクとするやうだ。此高宮彦を殺すのには、チツとも刃物はいらぬ。お前が一つ尻をふつたが最後、忽ち寂滅為楽の道を辿るのだ。アハハハハハ、てもさても罪な男殺のナイスだなア。それさへあるに、毒酸を以て珍彦夫婦を殺さうとなさるのだから、イヤハヤ恐ろしい、安心して夜も昼も眠られない代物だ、アハハハハハ』 高姫『コレ、杢ちやま、ソラ何をいふのだい、お前さまが発頭人ぢやないか。私は教へて貰つてやつたのぢやないか。口に番所がないかと思うて余りな事を云うて下さるな』 とソロソロ生地を現はし、野卑な言葉になりかけたが、フツと気がつき、俄に言葉を改めて、 高姫『吾背の君様、揶揄ひなさるも、いい加減に遊ばせ。妾は悲しう厶います、オンオンオンオン』 妖幻坊の杢助『アハハハハ、面白い面白い、人間といふものはいろいろの芸を持つてゐるものだなア』 高姫『ヘン、人間なんて、チツと違ひませう。ソリヤ私は人間でせう。併し霊は義理天上日の出神の生宮ですよ、何卒見損ひをして下さいますな』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、イヤもう恐れ入りました。義理天上様、今後はキツと慎しみませう』 高姫『コレ高さま、宮さま、何をクツクツ笑つてゐるのだい、それ程可笑しいのか。子供といふものは、仕方のないものだなア』 高子『それでもお母さま、可笑しいぢやありませぬか。チンチン喧嘩をなさるのだもの、ねえ宮さま、可笑しいてたまらないぢやないか』 妖幻『ハハハハ、オイ、高宮姫さま、子供が笑つてゐるよ』 高姫『貴方が、しようもない事仰有るから、二人が笑ふのですよ』 高子『それでもお母さま、貴女のお居間で可笑しかつたぢやありませぬか。あの時はお父さまはゐませぬでしたね。お母さま一人で私等二人が堪へきれない程、可笑しい身振をなさいましたワ』 妖幻『アハハハハ、大方おやつしの所を見たのだらう』 宮子『ハア、さうですよ。お尻をふつたり口を歪めてみたり、独言をいつたり、自分の姿に惚れたり、そして此姿を吾背の君に見せたら、さぞお喜びだろツて言つてゐらつしやいましたよ。ねえ高さま、違ひありませぬだらう』 高子『本当に其通りでしたね、お母さまも余程面白いお方だよ』 妖幻『アハハハハ』 高姫『あああ、夫や吾子に、ぞめかれ、ひやかされ、別嬪に生れて来ると辛いものだ。ホホホホホ、アハハハハハ、フフフフフ』 と四人は一度に笑ふ。高姫に頭をくらはされて死んでゐた豆狸は、此笑ひ声にフツと気がつきムクムクと起上り、室内を二三遍駆けまはり、窓の口から、手早く姿を隠した。 高姫『何とマア、これ程立派な御殿に狸が棲んでゐるとは不思議ぢやありませぬか。犬でもおいたら、皆逃げて行くでせうにねえ』 妖幻『イヤ俺は何時も申す通り、申の年の生れだから、犬は大嫌ひだ。それだから諺にも、仲の悪い間柄を犬と猿みたやうだといふではないか』 高姫『申といふのは、男の方からヒマをくれる事、犬といふのは女房の方から夫にヒマを呉れて帰ることで厶いませう。モウ之から、犬だの申だの、縁起の悪い事はいはぬやうに、互に慎しみませうね』 妖幻坊の杢助『こつちは慎しんでゐるが、お前の方から、何時も約束を破るのだから困つたものだよ、アハハハハ』 高姫『左様ならば、又夜の拵へも厶いますから、妾は居間に引取りませう』 妖幻坊の杢助『コレ高宮姫殿、二人の侍女を……否子供をお前が独占しようとは余りぢやないか。どうか一人ここにおいてゐてくれまいかなア』 高姫『如何にも、貴方は一人、男が一人居ると、何時魔がさすか分つたものぢやありませぬ。コレ高子ちやま、お前御苦労だが、お父さまのお側に御用を聞いてゐて下さい。そして、もしも外の女がここへ入つて来たら、いい子だから、ソツと私に知らすのだよ』 高子はワザと大きな声で、 高子『ハイお父さまの居間へ、どんな女にもせよ、入つて来たものがあつたら、キツと内証で知らしてあげますワ』 高姫『コレ高子さま、そんな内証がありますか。エーエ気の利かぬ子ぢやなア』 妖幻『ハハハハ、何処までも御注意深いこと、イヤハヤ恐れ入りました。高子は要するに、私の監視役だなア。ヤアこはいこはい。コレ高子さま、お手柔かく願ひますよ。何事があつても決して高宮姫に内通しちや可けませぬぞ、アハハハハ』 高姫『エー、なんぼなと仰有いませ、さようなれば』 と宮子の手をひき、吾居間に肩をゆすり、袖の羽ばたき勇ましく、長い襠衣を引きずつて、シヨナリシヨナリと太夫の道中宜しく帰り行く。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 総説代用 | 総説代用 桃園天皇の御宇、伏見竹田の郷北の入口に、薬師院と銘打つた修験者が現はれた。この者の奇怪なる行ひは端なくも人心を驚かし、遠近聞き伝へ、老若男女の日々門前に群集するもの踵を接して常に市をなし、恰も角力場のやうに雑沓することとなつた。その行術といふは七仏薬師の法と称へ、祈祷者の身の上を語ること一々符節を合する如くに適中するので、医薬の整はない当時のこととて、人々は奇異の思ひをなして、只々有難し有難しと訳もなく信じ、その噂がそれからそれへと拡まり行き、京都からも三里の間を遠しとせず、徒歩々々と竹田に向ふもの引きも切らず繁昌した。その頃、近江国志賀郡石田村の百姓直兵衛と云ふ男が、年来の眼病で左眼が飛び出で、光明の世界から見放されたかの様に、唯一人暗室に閉じ籠り、療養に手を尽して居たが、人の勧めで美濃国間島で名高い眼科医の治療を受けたけれど更に効験なく、家内の愁嘆のみか、親戚の者も気の毒に思ひ、各地の神社仏閣に祈祷などしたが一向に効が見えない。この時或者から伏見薬師院の事を語り聞かされた。直兵衛は心に喜びつつ、わが多年眼病に悩まされ、日に月に痛み加はり、闇から闇へと長の年月を暮して来たので、所詮助かるまいとは思へど、先づ其薬師院とやらへ参り、若し治らぬとあらば愈それ迄と諦め、死して罪障の消滅を図らむと、涙を流し哀れげに語らひながら妻子と共に旅の用意を整へた。庭はまだ薄暗い暁の光を浴びて村を立出で、途中輿を傭ひ、露深き草路を踏み別け、叢にすだく虫の音を聞きながら、急ぎに急いで伏見の薬師院に着き、一刻も早く院主に面会せむとしたが、引き切れない程の群集に妨げられて、暫く台所へ差控へてゐた。其日も早夕映して山の彼方を彩り初めた頃、遉は忙しかつた参詣人も次第に散じたので、直兵衛は左眼を押へて怖る怖る院主の前に進み、 『私は近江国石田在の百姓直兵衛といふもので、当年三十七歳になるのですが、今から六年前、不図したことより左眼を病み、朝夕に痛みは激しくなり増し、此頃は此様に眼球が飛び出し、風に当る事もなりませぬ。何卒奇しき御祈祷が御願ひ申したい。併しこの眼が元のものになるやうとは願ひませぬ。せめて痛みだけなりと止まる様にお願ひ致したく、罷り出でました』 と潜々と涙を流して頼み込んだ。院主は始終を聞きながら、 『如何さまそれは難儀なことであろう。今宵は此処に籠らつしやい。吾に不思議の行術がある。汝が星を見て、その病が治るか治らぬかを答へて上げよう』 と言はれて、直兵衛夫婦はその儘院内に一泊することとなつた。その夜の八つ時と思しき時、院主は白衣姿で井戸側に立つて幾度か水を浴びて後、仏前に灯明を点しつつ、夫婦の者を縁側に跪坐させ置き、呪文高らかに念珠を爪繰り、天の一方を仰いで頻りに祈り出した。やがて今迄雲脚急はしく曇り勝ちの空が拭ふが如く晴れ渡り、煌々たる星の光り眩しく、一陣の風が襟元を襲うたかと思ふ折しも、北の方から一団の火光飛来して地上に墜落し、その音恰も雷霆のそれの如くであつた。夫婦は胆を潰し這はそも如何に、さても不可思議なる現象よと戦慄きつつ縁板の上に平伏して居る。院主はその時彼の火団に向ひ、何事か暫く呪文を唱へ、念珠を揚げて発矢と撲ると、其火団は音もなく散乱して消え失せ、中から一羽の白鳩が鼓翼きして飛び去つた。院主はやがて威儀を正し直兵衛に向ひ、 『汝は最前より一箇の火光団を見たであらう、あれこそ汝の属星ぢや。今わが法力に依つて、汝の属星を降して病の根元を調べしに、如何にも其星には怪しき光があつたから、その光を祓ひ除つてやつたのだ。日ならずして汝の眼病も全快するであらう。是ぞ即ち七仏薬師の加持の奇瑞ぢや。但しここに薬師夢想の霊薬がある。之を一二服与へるから、この薬を一日に二回づつ左眼に塗れば、七日の間には大方不思議のことがあるだらう』 と右の薬を取つて与へた。直兵衛の悦びは一方ならず、幾度か押戴いて納め、翌朝慇懃に礼を述べて帰国した。然しその眼病は依然として治らなかつたけれども、院主の不可思議なる法術が呼びものとなつて薬師院は非常に繁昌した。何れもバラモン教を守護せる魔神の所為なることは言ふまでもないことである。この院主は幼名佐吉といふ小賢しい腕白小僧であつたが、バラモンの魔神に憑依され、巧に妖術を弄びて一角の祈祷師となり了せた後、伏見竹田の郷に本陣を構へて、薬師院快実と名乗り、表面には慈悲忍辱の衣を装ひ、その内心は豺狼の如き野心を蔵し、世の善男善女を欺きしのみか、畏くも禁裡にまで侵入して天下の大事を惹き起さむとし、辛うじて九条関白直実公のために看破せられ、終にその身を滅したるは隠れたる史実である。邪神は常住不断に妖術又は種々の方法手段を講じて、天下を乱し世を暗黒界に堕さむと企みつつあるものである。読者は此霊界物語を充分に心を潜めて熟読せらるれば、今日迄口述せし五十二巻の物語中に於て、邪神の悪計奸策の如何なるものかを了知さるる事でありませう。五十二巻の口述終了に際し、一例を挙げて読者の参考に資する事と致しました。 大正十二年二月十日旧十一年十二月廿五日 於教主殿王仁識 |