| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 05 不眠症 | 第五章不眠症〔一一七四〕 治国別、玉国別の一行は祠の前を立出で、上方の以前の森の蔭に各蓑を敷き野宿なしゐる。そこへ祠の前へ見張りをさして置いた五三公はいそいそとして走り来り、 五三公『もしもし、治国別の先生、俄にお客さまが見えました。どう致しませうか』 此声に治国別は不図目を覚まし、 治国別『此山の中でお客さまを迎へた処で仕方がない。然し乍ら其客と云ふのは如何なる人か。大方バラモン教の落武者であらうなア』 五三公『ハイ、お察しの通りバラモン教の先生が三人やつて来ました。さうして気の利いた奴で沢山な葡萄酒を山籠に一杯つめ込み来て居りますぜ。大方毒でも入つてゐるのかと思ひ、詰をとつて持つて来た男に毒味をさして見ましたが大丈夫です。何でも一人は頭の光つた若年寄見た様なテルと云ふ奴、一つは扇をパツと開いた様な上ほど頭のハルと云ふ奴、も一人は足のヨボヨボしたヨロとかヨルとか云ふ奴さまで厶いますわい。それはそれは乙な事を云ひますぜ。一つ会つてやつて下さいませな』 治国別『チツと静かにものを言はぬか。皆さまがお寝みの邪魔になるぢやないか。さうして如何なる要件か、それを聞いたぢやらうな』 五三公『まだ聞いては居りませぬが、委細はイル、イク、サールの三人が承知してゐる筈です。彼奴が引張つて来たのですからな。滅多に裏返る気遣ひはありますまい、先づイル、イク、サールの三人を信用してやつて下さいませ』 治国別『兎も角もここで会ふと皆さまの安眠の妨害になるから、祠の前迄出張することにしようかな』 五三公『ハイ、御苦労乍ら宜しくお願ひ致します』 と云ふより早く五三公は夜の山坂道を飛鳥の如く跳び下り、祠の前に待つてゐる六人に向ひ、ハアハアと息を喘ませ、 五三公『おい、イル、イク、サール、テル、ハル、ヨル、半打の人間さま、五三公さまの交渉委員は大成功だよ。治国別様が特別を以てお目にブラ下つてやらうと仰有るのだ。さア今にも此処に御出張になるのだから襟を正し、体を直して謹みてお迎へをするが宜いぞ』 ヨル『それは誠に早速の御承知、有難い、ヨルの如うな者にも逢つて下さいますか、これと云ふのも全く神様のお蔭だ』 五三公『之と云ふのも幾分かは五三公さまのお蔭だと云つた処で、あまり元のきれる話ぢやないがな、アハヽヽヽ』 斯く笑ふ処へ静々と足許に気をつけ乍ら七人の前に現はれたのは治国別である。 治国別『バラモンからお出になつたお客さまとは、お前さまのことかな』 ヨルは恐る恐る前に進み、頭を二つ三つ撫で乍ら、 ヨル『ハイ、私はランチ将軍の恩顧を受けてゐるヨルと申す者で厶いますが、実の処は、大に感ずる処があつて三五教の貴方様にお願ひの筋があつて遥々参りました』 治国別『願ひの筋とは何事で厶るか』 ヨル『実は私は玉山峠に於て三五教の言霊に敬服致し、又もやクルスの森に於ても言霊の威力に遁走し、片彦将軍の先鋒隊亦脆くも打破られたと云ふ事を聞くより、信仰の基礎がぐらつき出し、これやどうしても吾々の信ずる神は宇宙根本の神でない。神のために働く戦争が之丈け負続けては、何かの原因がなくてはならぬ。ここは大いに考ふべき処だと沈思黙考の結果、三五教に帰順することに決めたので厶ります。それについてバラモン教のランチ将軍の部下に、最もバラモンに熱心にして且つ頑固の身霊の聞えあるテル、ハルの両人を帰順させ、之を私のお土産として葡萄酒に添へて引き摺つて参りました。何卒この功に免じて今迄三五教に抵抗した罪をお赦しの上、貴方のお弟子に加へて貰ひ度いもので厶ります』 治国別『三五教が負るのも勝つのも、バラモン教が負るのも勝つのも皆神様の御摂理だ。一度や二度の軍の勝負によつて神の力を試すと云ふ事は僣越の沙汰でせう。それ位薄弱な基礎の下に入信するやうの人ならば、此先三五教が不幸にして負た時は矢張バラモン教の神の方が偉いと云つて、踵を返し逆転せなくてはなりますまい。そンなに気の変るお方は三五教には居りませぬからな』 ヨル『何とまア、六かしい教で厶りますな。決してさう云ふ軽佻浮薄な吾々では厶りませぬ。これにはいろいろの動機が厶ります。只戦争の話をしたのは御参考のために、一部分の理由を申上げたに過ぎませぬ。第一テル、ハルの如き没暁漢を改心させたのを証拠に何卒、入信のお許しを願ひます』 治国別『ハア……』 テル『モシ宣伝使様、此ヨルの云ふ事は当になりませぬよ。実の処は此ハルと私と両人守衛を勤めテルと、あまり寒うて退屈なので職務不忠実とは思ひ乍ら一寸一杯聞召して居る処へ、恐い顔して此ヨルさまが見廻りにやつて来て「こりやこりやその方等両人は、バラモン神や大黒主様の御事を悪く申し、三五教を褒めて居つたぢやないか。怪しからぬ代物だから、これから両人を面縛して片彦将軍の面前へ引立ててくれむ」と威猛高になり、それはそれは大変な睨み方で厶りました。そこを吾々両人がうまく酒で釣り込み、泥を吐かして見れば、此奴も矢張心の底に三五教の天国が開けて居ると見え、酔がまはるにつけバラモン教をこき下ろすので、此奴ア大丈夫だと、ヘベレケに酔うたズブ六さまを駕籠に乗せて、ここ迄上つて来たので厶ります。このテルだつて決してヨルの云ふ様な悪い人間では厶りませぬ。又、それほどバラモンに熱心なものでも厶りませぬから、御安心なすつて下さいませ。なア、ハル、それに間違ないな』 ハルは跡を次いで、 ハル『テル公の云つた通り一分一厘の相違も厶りませぬ。貴方もヤンチヤの氏子が殖えたと思つて何卒大目に見て拾ひ上げて下さいませえな』 治国別『敵味方垣を造りて争ふは 鳥獣の仕業なるらむ。 天地を造り給ひし皇神は 宣り直すらむ醜の枉事。 三五の道を尋ねて来る人を つれなくやらふ道しなければ。 招ぎ来るテル、ハル、ヨルの三柱に 生言霊の宣り伝へせむ。 今よりは誠の神の氏の子と なりて尽せよ世人の為めに』 ヨル『有難し心の花も開くなる 治国別の厳の言霊。 今日よりは心の垢を拭き払ひ 安く楽しく道に仕へむ』 テル『限りなき恵みの露は四方の国に 潤ひ渡るテルの神国。 テルと云ふは空に輝く日月の 光ばかりか吾頭もてる』 ハル『ハル過ぎて夏去り秋も亦過ぎて みたまの冬を蒙りにける。 皇神の恩頼を受けむとて 露の生命を存らへてけり』 イル『大神の救ひの道に進みイル 吾は楽しき身魂なりけり』 サール『腹帯を今やしつかり締め直し 世人のために誠を尽さむ。 世を乱す枉もサールの神言に 言向和す君ぞ尊き。 清春の山の砦にさし籠り 悟り得たりし三五の道。 松公や竜公さまの御教に バラモン雲は晴れ渡りける』 治国別『吾は今八岐大蛇の棲いたる ハルナに行かむ道の上にこそ。 さり乍らハルナの国はいと遠し 百の山河横たはりあれば』 ヨル『夜昼に心の限り身の限り 曲とは知らず尽し来にけり。 今日よりは心の駒を立て直し 皇大神の正道に入る』 話変つて森の木蔭に寝ンでゐた道公、伊太公二人は目を覚まし起き上り、 伊太公『オイ、道公さま、祠の前には又もや活劇が悠々と初まつてるのぢやあるまいかな。一つそつと行つて見たらどうだらう』 道公『さうだな伊太公、何とはなしに騒がしい様だ。然し吾々に対し急用があれば先生は呼ンで下さるだらうよ。まアじつくりとしたが宜からう』 伊太公『まづ俺が偵察に行つて来るから道公お前はここに待つてゐてくれぬか』 道公『そいつは御免だ。又此間の様に清春山につれて行かれちや俺達の迷惑だから……もし此道公が、怪しいものだつたら独特の哄笑器を出して此間のやうに笑ひ散らしてやるのだ。まア待つてくれ。俺が行つて来る』 伊太公『笑ひ散らしたと思へば宣伝使様の弟ぢやなかつたか。そンな他愛もない事なら、伊太公だつて一旦痛手を負うた上は充分の注意をして居るから大丈夫だよ。俺でも笑ひ散らし位は出来るよ』 道公『そンなら道公が道案内をしてやらう。貴様はどうしても捕虜の身魂が憑いて居るから駄目だ。三間ばかり後から俺に踉いて来い。もし怪しい事でもあつたら一生懸命に走つて来るのだ』 伊太公『大変に信用を落したものだな。併し神様には信用を受けて居るのだから安心だ。一つここから、治国別様に違ひないから、呶鳴つて見たらどうだらう』 道公『馬鹿云ふない。大きな声を出しちや皆が目が覚めるぞ。治国別様が、道公が目を覚まして聞いて居れば俺が寝ンで居るものと思ひ、五三公と一緒にひそひそと話して居られたが、何でも何々が何々に来て居るのかも知れぬぞ』 伊太公『さうすると道公は寝ンでゐる様な顔して起きて居たのだな』 道公『俺は此頃流行る不眠症とかに罹つてゐるのだが、夜になると目が冴えて神経が興奮して一寸や、そつとには寝られぬのだよ。道公も実にふびんなものだ。アハヽヽヽ』 純公『オイ両人、そつと行かぬといかないぞ。純公さまが目を覚ましちや気の毒だからな』 伊太公『アハヽヽヽ何を云ふのだ。目を覚ましておりやこそ喋つて居るのぢやないか』 純公『純公の肉体は寝て居るが、俺や一寸夢を見てゐるのだ』 伊太公『夢だか現だか、馬鹿だか、悧巧だか、一寸も測量の出来ない代物だな』 純公『国治立尊様ぢやないが、スになりましてすみきり給ふと云ふ立派な身魂だから、人間位の智慧で純公さまの智慧がどうして測量する事が出来るものかい。人間に測量出来る様なものは最早神でも何でもない。チヤンときまりきつた相場がついてゐるのだ。馬鹿とも阿呆とも分らぬ処に、純公さまの神格が縦横無尽に活躍してるのだよ。それだから此純公さまは隅にも置けないと、何時だつたかな、五十子姫さまがお褒め遊ばした事があるよ』 伊太公『それは大方夢だつたらう。なア道公、こンな男を褒めるとは、五十子姫さまも一寸如何かしてるぢやないか。さうぢやなければ純公さまが夢を見たのかも知れぬぜ』 純公『人間は夢の中で夢を見てゐるのだよ。そんな事を大体、本当に見てゐるのが馬鹿だ。人の正邪賢愚が分るものかい。况して落ちた真珠に氷が張つた様な肉眼では外面だけでも観察する事は不可能だ。况ンや身内に於ける清浄無垢有為の精神に於てをやだ』 万公『オイ、ガラクタ共、何を八釜しく云ふのだい。いい加減に寝まないかい、万公さまの俺は第一、晴公さまは申すに及ばず、五十子姫様、今子姫様、玉国別様の御迷惑だ。さアさア寝たり寝たり。治国別さまが御出張になつてゐるのだから大丈夫だよ。吾々如き小童子武者が起きて居つても何になるものか。起床喇叭が鳴るまで神妙に就寝するのだな』 伊太公『いや仕方がない。それもさうだ、道公、純公、万公寝やうかい。もう夜明けに間もあるまいし、只今と云ふ此時間は万劫末代取返す事は出来ぬのだから、思ひきつて寝まうぢやないか、伊太公も眠いからのう』 五十子姫『玉国別神の命のいたづきも 早や鎮まりて月は輝く。 皇神の恵の露を浴び乍ら 風に吹かれて寝ぬる嬉しさ』 玉国別は目を覚まし、 玉国別『大空に輝き渡る月の玉を 国別け渡らし進む尊さ。 治国別神の命は雄々しくも 醜の司を教へ居ますか。 吾も亦神の司と選まれて 来りし上は救はでおくべき。 右の目の吾いたづきも止まりけり 月の御神の光浴びしより』 斯く歌ふうちに十七夜の月は西天に色褪せ、鵲の声はカアカアと清く響き、百鳥は声を限りに囀り初めた。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 09 怪光 | 第九章怪光〔一一七八〕 治国別外五人は祠の跡に蓑を敷き端坐し、天津祝詞を奏上し神言を唱へ、漸く寝に就きぬ。晴公は万公に力一杯罵倒され且つ言霊の神力の現はれざりしに胸を痛め、五人の鼾を聞き乍ら首を左右に振り治国別の言霊の解説歌を思ひ出し、万公よりも早く真意を諒解しアツと言はせて呉れむものと一睡もせず双手を組み瞑目正座し考へ込ンでゐる。夜はおひおひと更け渡り冬の初めの木枯は森の老樹の枝を揺り、分の厚い枯葉はパラパラと雨の如くに落ちて来る。四辺はシンとして声なく物淋しさは刻々に身に迫り来たる。何とはなく身体震ひ出し恐怖の念は刻々に吾身を襲ふ。暫くありて、一道の光明遥の彼方より輝き来たる。晴公は稍得意となつて独語、 晴公『何とまア有難いものだナア。先生始め四人の連中は何にも知らず、白河夜船を漕いでゐる間に此晴公は言霊の理解について研究した結果、此暗黒の闇に光明がさし出した。一つ万公に見せてやり度いものだな。何だか淋しくなつたと思へば、こンな光明が現はれる前提だつたのか。さうするとウラル教も万更捨てたものぢやないワ。暗の後には月が出ると云ふが本当に俺の言霊は不思議だ。下の方から月光がさして来る。光と云ふものは空から来るものとばかり今の奴は信じて居るが俺の言霊は偉いものだワイ。地の中から月光が輝くのだから豪気なものだ。先生だつてこれ丈の神力は滅多にお出しなさつた事はあるまい。一つ揺り起して御覧に入れようかな。追々と近くなつて来る。やア瑞の魂と見えて三つの玉が光つて来るぞ。ヒヨツとしたら三光の神がおいでになつたのかな。一つ万公を揺り起して見せてやりたいものだナア』 と得意になつてゐる。治国別は熟睡を装ひ晴公の独語を聞き、可笑しさに堪へず笑ひを抑へ、体中を揺つて目から涙を出し気張つてゐる。晴公は得意気に、 晴公『やア近付いた近付いた』 と目を円うして見つめてゐると頭に三本の蝋燭を立て胸に鏡をつり、其上に鋏を二つばかり釣つてゐる。さうして口は耳迄引き裂け顔は真蒼に右の手には金槌、左の手には五寸釘、白い布を三間ばかり垂らした異様の怪物、歩く拍子に鋏と鏡と当り合うて、チヤンチヤンと音を立て蝋燭の火は鏡面に映じ晴公の面を照した。晴公は忽ち真蒼になり唇を慄はせ、 晴公『セヽヽヽ先々々……先生』 と云ひ乍ら体をすくめて目を塞ぐ。怪物は六人の姿を見て、厭らしき細い声を絞り、 怪物『やア、残念至極、口惜やな、今日は三七日の満願の日、人に見つけられては願望成就せぬと聞く。もうかうなる上は死物狂ひだ』 と云ひ乍ら懐剣をスラリと引きぬき、先づ晴公に向つて飛びかからむとするにぞ、晴公はキヤツと一声、其場に打倒れた。治国別は寝たまま「ウン」と一声鎮魂をかけた。怪物は土中から生えた樹木の如く懐剣をふり上げたまま硬まつて了つた。晴公の叫び声に万公、五三公、松彦、竜公は目を覚まし形相凄じき怪物の姿を見て又もやキヤツと声を上げ慄ひ戦いて居る。怪物は目をきよろつかし口をもがもがさせ、舌をペロペロ出し乍ら依然として懐剣をふり上げたまま睨みゐる。 万公『セヽヽヽ先生、タヽヽヽ大変です。起きて下さいな。晴公がしようもない言霊を上げるものですから地獄から万公を迎へに来ました。ドヽヽヽ何卒追ひやつて下さい。あの……言霊で………』 治国別は少しも騒がず、 治国別『ハヽヽヽヽまア修行のためだ。一つあの鬼娘さまと抱擁接吻でもやつて来たらどうだい。何程怖い顔だと云つてもヤツパリ女だからな』 万公『メヽヽヽ滅相な、何程女早魃の世の中でも、アタ恐い、アタ厭らしい、誰があンな奴にキヽヽヽキツスするバヽヽヽ馬鹿がありますか、万公とに恐い化者だ』 治国別『ハヽヽヽヽおい晴公さま、お前の言霊は大したものだナ。到頭鬼娘を生んで了つたぢやないか。言葉は神也。神即ち言葉也。言葉は神と共にあり。万物之によつて造らる。実に大成功だ。然しお前のは言葉は鬼娘也、鬼娘即ち言葉也。言葉は鬼娘と共にあり。怪物これに依つて造らる、と云ふのだから天下一品だよ。おい何を慄つてゐるのだ。お前が生ンだ鬼娘だから、さアさアお前が形づけるのだよ』 晴公『南無幽霊鬼女大菩薩頓生菩提、消滅し給へ、晴公の言霊に逃げ出し玉へ、隠れさせ給へ、かなはぬからたまちはへませだ。あゝア、先生もう駄目ですわ。そンなにイチヤつかさずに早く、あのオヽヽヽ鬼娘を退却さして下さいな』 治国別『俺は年が寄つて言霊を一度奏上すると熱湯の様な汗が出るから最前の言霊で最早原料欠乏だ。お前は百遍、千遍、言霊を発射しても体が弱らない、汗一つかかないと云つたぢやないか。声量タツプリ余裕綽々たる晴公に頼まねば、最早治国別は言霊の停電だよ』 晴公『あゝア、困つた事だな。言霊の貧乏な先生について歩いて居ると、こンな時には仕方がないわい。オイ、こら松彦、竜公、チツと起きぬかい。千騎一騎の場合だ。何をグウスウ八兵衛と寝て居るのだ。味方の勇士一団となつて只今現はれた強敵に向ひ言霊を発射しようぢやないか』 竜公『俺やまだ三五教へ入信つてから二日にもならぬのだから言霊の持合せがないわい。兄貴、お前がしやうもない事を云つて、あンな鬼を呼び出したのだから、お前がすつ込めて呉れねばどうも仕方がないぢやないか。こンな事を先生に御苦労をかけると云ふ事があるものか、あゝ厭らしい。首筋がゾクゾクして来た。竜公さまの髪の毛は針の様に立つて来出したワ』 と云ひ乍ら頭を抱へ俯向いて了つて居る。 晴公『あゝア、何奴も此奴も、言はいでもいい言霊は自然に発射し乍ら肝腎の時になつて言はねばならぬ言霊を発射する奴は、先生を始め一人も半分でもありやせぬわ。えー晴公さまも、もう仕方がない。これ、鬼娘、どうなつと貴様の勝手にしたがよいわ』 と捨鉢になり無性矢鱈に喋り立てる。松彦はムツクと立ち上りツカツカと鬼娘の前に進み寄り、念入りに頭の上から足の下迄覗き込み、 松彦『ハヽア、頭に三徳を冠り蝋燭を三本立てて居るな。何だ、顔に青いものや赤いものを塗り、口を大きく見せて役者の様な奴だ。何だい、光つたものをブラブラとつりよつて、長い尾を引き摺り、金毛九尾の狐と枉鬼と八岐大蛇と、つきまぜた様な凄じき形相をやつてゐるな。何だい、懐剣を振り上げたまま金仏の様にカンカンになつてゐよる。要するに俺等の勇士の面影を拝しビツクリして立往生をしよつたのか。エー弱い鬼だな。此奴アよく人の云ふ丑の時詣りかも知れぬぞ。おい娘、お前は女の身として此厭らしい人里離れた魔の森へやつて来るのは、何か深い仔細があるだらう。もう斯うなる以上は有態に白状して了へ。俺の力で叶ふ事なら何でも聞いてやる』 女は強直したまま首から上は自由になるを幸ひ、両眼より涙をハラハラと流し、 女(楓)『ザヽヽヽ残念で厶ります。私の両親はバラモン教のランチ将軍と云ふ悪人に捕へられ今は浮木ケ原の陣営で嬲り殺にあつたと云ふことで厶ります。それ故三週間以前からこの魔の森へ丑の時詣りをして親の敵を討たむと思ひ森の大杉に呪ひ釘を打ち、ランチ将軍の滅亡を祈つてゐるもので厶ります。どうやら貴方は三五教のお方と見えますが何卒お助け下さいませ』 とワツと泣き叫ぶ。治国別は「ウン」と一声霊縛を解いた。女は忽ち身体自由となり、治国別の方に向つて合掌し感謝の意を表したり。 治国別『やア何処のお女中か知らぬが様子を聞けば実に気の毒な話だ。まアここへ来て坐りなさい。トツクリと話を聞かして貰はう。都合によつたらお前の力になつてやろまいものでもないから』 と親切相に云ふ。万公は、 万公『アヽもしもし先生、ナヽヽヽ何と云ふ事を仰有います。あンな鬼娘が側へやつて来て堪りますか。早く追ひ散らして下さいな』 治国別『アハヽヽヽ何と強い男ばつかり寄つたものだな。まるで幽霊の様な代物ばつかりだワイ』 万公『おい、晴公、五三公、竜公、貴様もチツと確りして、何とか彼奴を追ひ捲つて呉れ、万公の一生のお願だ』 晴公『何、こンな時には先生に任しておけばよいのだ。先生がよい様にして下さるわ。なア五三公、竜公、さうぢやないか』 五三公『何と云つても、先生は先生だ。松彦さまもヤツパリ御兄弟だけあつて肝が太いわい、五三公さまも感心仕つたよ』 竜公『何と女と云ふものは恐ろしいものだのう、俺やもう之を見ると一生女房持たうとは思はぬわ。睾玉も何も何処か洋行して了つたワ。もう立上る勇気もなし、腰は変になる、最早人力の如何ともする所でない。あゝ惟神々々、御霊幸はひましませよ。朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、竜公さまに取つてこンな恐ろしい事が又と三千世界にあるものか。おゝゝゝ恐ろしい……もゝゝゝ森だな』 松彦『これ、娘さま、そンな顔して居つては皆の連中が肝を潰して困るから一つ顔を洗ひ髪を撫で上げ、もとの人間に還元して、それから詳しい物語をこの松彦に聴かしたらどうだい。此側に清水が湧いてゐる。さアここで一つ蝋燭の火があるのを幸ひ顔を洗ひ身繕ひを改めなさい』 女(楓)『ハイ、有難う厶ります。えらい失礼を致しました』 と云ひ乍ら、女は傍の水溜りで念入りに彩つた顔をスツカリ洗ひ落し、胸にかけた鏡や鋏を其場に棄て、髪を撫で上げ白衣を脱ぎ棄てた。見れば十七八才と覚しき妙齢の美人である。 松彦『やア、見かけによらぬ立派なナイスだ。おい竜公、松彦がきいて居れば、貴様は今一生女房を持たぬと云つたが、これなら随分気に入るだらう、アハヽヽヽ』 竜公『女は化物と云ふ事は聞いて居たが本当に恐ろしいものだな。いやもうどンなナイスでも竜公さまは女と来ちや一生御免だ。一つ違へばあれだからなア。俺やもう一目見るなり百年程寿命を縮めて了つたよ』 松彦『アハヽヽヽ気の弱い男だな』 と松彦は吹き出し笑ふ。 女はチヤンと身繕ひをし乍ら治国別の側へ恐る恐る進み寄り、土下坐し乍ら優しき声にて、 女(楓)『三五教の宣伝使様、誠にお寝み中を驚かせまして申訳が厶りませぬ。私はライオン河の辺に住む首陀の娘で厶ります。私の両親はライオン川に釣魚をする時、ランチ将軍の部下がやつて来まして「其方は三五教の間諜者だらう」と云つて高手小手に縛しめ陣屋へ連れ帰り嬲殺にしたと云ふ事で厶ります。もとはアーメニヤの生れで厶りますが大騒動以来、兄の行衛は分らなくなり、年老いたる両親と私は、そこら中を乞食巡礼となつて経巡り、漸くライオン川の片辺に小さき庵を結び親子三人山に入つて果実を採り其日を送つてゐました処、黄金姫様とか云ふ立派なお方がお通りになり、一寸休ンで下さいまして「お前はこンな川べりに一軒家を建てて何をして居るか」と仰有いましたので私の両親はいろいろと来歴を申上げた処、その黄金姫様が仰有るには「お前はこれから三五教の神様を信仰せよ。さうすれば世の中に何も恐るべきものはない」と仰有つて下さいました。それ故朝晩三五教の祝詞を覚えて祈念を致して居りました。さうするとランチ将軍の手下の者がドカドカと五六人飛び込み来り「其方は今三五教の祝詞を唱へて居つた怪しからぬ奴だ。大方敵の間諜だらう」と云つて両親を捕へ帰つて了ひました。私は幸ひ廁に這入つて居りましたので命だけは助かりました。それからテームス峠をソツと渡り斎苑の館へ参拝せむと来て見れば、河鹿峠の中程にバラモン教の軍勢が張つて居ると云ふ事なので峠を越ゆる訳にも行かず此森の片隅に洞穴のあるのを幸ひ、そこに身を忍び夜中丑満の刻を考へ、どうぞして両親の敵を討ち恋しい一人の兄に会はして下さいと、今日で二十一日の間お詣りを致しました。実に不仕合せな女で厶ります。何卒お憐れみ下さいませ』 とワツとばかりに大地に身を投げ棄てて泣き叫ぶ其いぢらしさ。治国別を初め一同は、娘の物語を聞いて悲嘆の涙にくれゐたりける。 (大正一一・一二・八旧一〇・二〇北村隆光録) (昭和九・一二・二七王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 10 奇遇 | 第一〇章奇遇〔一一七九〕 万公、晴公、竜公はやつと胸撫で卸し、瘧の落ちたやうな顔をして女の顔を不思議さうに見守つて居る。松彦は何呉となく親切に女を労り、いろいろと慰安の言葉を与へて居る。治国別は気の毒さに頭を垂れ、目を瞬き涙をそつと拭ひながら、 治国別『承はれば貴女の家庭には悲惨の幕が下りたものですなア。そして黄金姫様に神様の話を聞かして頂き三五教の祝詞を奏上して居たために、バラモンに捕へられなさつたとは実に気の毒な事だ。併し乍ら御安心なさいませ。キツと貴女の両親は命に別条ありませぬよ。これから私が何とかして救ひ出して貴女にお渡し致しませう』 女は、嬉し涙を拭ひながら、 女(楓)『ハイ御親切によう云つて下さいました、あり難う厶います。神様に遇ふたやうに存じます。何卒憐れな私の境遇、お助け下さいませ。両親はキツと助かりませうかなア』 治国別『キツと助けてみせませう。御心配なさいますな。さうして貴女の両親の名は何と云ひますかな』 女(楓)『ハイ父の名は珍彦、母は静子と申します。そして私の名は楓と申します』 治国別『さうしてお前の尋ぬる兄の名は何と云ふのかなア』 楓『ハイ、兄の名は俊と申しました。其兄に廻り会ひたいばかりに、親子三人が広いフサの国を彷徨ひ、漸くライオン河の辺まで参つて……両親は老い、足の歩みも、はかばかしくないので、つひそこへ住居を定めて居たので厶います』 晴公は此女の物語を聞き、太き息をつき、口をへの字に結び、目を閉いで、頻りにウンウンと溜息を吐きながら、何か深き考へに沈ンで居る。 万公は勢ひよく、 万公『オイ晴公、何だい、こくめいな顔をしよつて、貴様が生ンだナイスぢやないか。仕様もない言霊を出して鬼女を生ンだと思へば何の事はない、天下無双のナイスだ。ちつと噪がぬかい、こンな時こそ貴様の威張る時だよ。 思ひきや鬼女と思ひし其影は 譬へ方なきナイスなりとは だ。本当に貴様は今夜の言霊戦の殊勲者だ。この女を発見して一つ手がかりを得、ランチ将軍の陣営を根底より覆へし神力を現はす機運が向いたのだ。何をウンウンと溜息をつくのだ。ちつと確りせぬかい、エーン』 晴公は力なげに、 晴公『アヽ済まぬ。如何したらよからうかなア』 と云ひながら豆のやうな涙をパラパラと降らして居る。折から十八夜の月は、河鹿山をかすめて上り初めた。森の中とは云へ全体的にホンノリと四辺は明くなつて来た。蝋燭の火はつぎ換へられた。 万公は元気よく、 万公『何だ晴公、貴様は泣いて居るのだな。三五教の宣伝使の卵が何だ、メソメソと吠面をかわくと云ふ事があるかい。俺が一つ活を入れてやらう確りせい』 と云ひながら拳を固めて二つ三つ晴公の背をつづけ打ちにした。 晴公『今あの楓の云つた兄と云ふのは俺だよ、この晴公だよ』 万公『何、お前があのナイスの兄貴か、ヨウさう聞くと、どこともなしに似よつた処があるやうだ。もし先生妙な事があるものですな。これもやつぱり神様のお引き合せでせう。晴公がしやうもない言霊を寝もせずに上げて居つたのを見て怪体な男だと怪しみながら寝て居ましたが、矢張り虫が知らしたので寝られなかつたのですな。兄妹の霊魂が交通したのでせうかな。ヤア晴公さまお目出度う。楓さまお目出度う。お祝ひ申します。私の先生もこの松彦さまと久し振りで兄弟の御対面なさつたのだ、何と人間の運命は分らぬものだなア、先生、本当に不思議ぢや御座いませぬか』 治国別『さうだなア、不思議な事もあればあるものだ。何れ宣伝使になるものは親兄弟に生き別れたり、再び世に立つ可からざる運命に陥つた者ばかりが神の恵に救はれて御用をして居るのだから、誰だつて其来歴を洗ひ曝せば、皆悲惨な者ばかりだよ。人間心に立ち帰つて考へ出した位なら一時も心を安むずる事は出来ないのだが、愛と信と神様の光明に照らされて地上の憂さを忘れて居るのだからなア』 と悄然として首垂れる。万公は涙声を態と元気らしく、 万公『先生貴方からそう悄気て貰つては、吾々は如何するのです。人の心霊は歓喜のために存在すると何時も仰有つたぢやありませぬか。どうやら貴方は歓喜去つて悲哀来ると云ふ状態ですよ。ちつと確りして下さいな』 治国別『イヤわしは歓喜余つての悲哀だ。つまり有難涙に暮れて居るのだ。神様の御恵を今更の如く感謝して居る随喜の涙だからさう心配をして呉れるな』 万公『私も歓喜の涙がアンアンアン溢れますわい。オンオンオンオイ晴公、いや俊さま、お前も嬉し涙が溢れるだらう。歓喜の涙なら堤防が崩れる処迄流したらよからう。アンアンアン余り嬉しくて泣き堪能が仕度いわい』 晴公は又涙声にて、 晴公『治国別の先生様有り難う厶います。何卒妹の身の上を宜しくお願ひ致します』 治国別『ウン私も満足だが、お前も嘸満足だらう』 楓『あなたは兄上で厶いましたか、妾は楓で厶ります。ようまあ無事で居て下さいました。どうぞお父さまやお母さまの命を救うて下さいませ。貴兄にこの事さへ知らして置けば楓は此儘死すとも此世に思ひは残りませぬ、あゝ惟神霊幸倍坐世』 晴公『妹随分苦労をしたであらうなア、俺だとて親兄妹の事を一時も忘れた事はない。雨の晨風の夕アーメニヤの空を眺め、両親は如何に、妹は如何にと、涙の種がつきる程どれ丈泣き暮らしたか知れない。治国別の宣伝使に拾はれて神様のお道に入り、歓喜の雨に浴し、「かへらぬ事を思ふまい」といつも心を紛らし、馬鹿口ばかりたたいて浮世三分五厘で表面は暮らして居るものの、恩愛の覊はどうしても切る事は出来ぬ。妹、俺も会ひたかつた』 と人目も構はず楓の体を抱きかかへ、一言も発し得ず泣き崩れて居る。勇みをつけむと治国別は立ち上り声も涼しく歌ひ出しぬ。 治国別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は荒ぶとも 誠一つの三五の教の道は世を救ふ 神が表に現はれて善神邪神を立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の禍は宣り直せ天地を造りたまひたる 誠の神のます限り信と愛との備はりし 誠の氏子の身の上を守りたまはぬ事やある 晴公楓の両人よ心安けく平らけく 神に任せよ千早振る尊き神の御恵に 親子兄妹廻り会ひ天国浄土の楽しみを 摂受し得るは目のあたり治国別は三五の 神の力を頼りつつ汝等二人の望みをば 必ず叶へ与ふべし神は汝と共にあり 吾等も神の子神の宮神に任せし身の上は 如何に悪魔の荒ぶとも如何でか恐れむ敷島の 大和心を振り興し四方の醜草薙払ひ 天地に塞がる叢雲を生言霊の神力に 吹き払ひつつ天つたふ月の光の清きごと 天津日かげの照る如く吾が神力を輝かし バラモン教の曲神を言向け和し歓楽の 海に真如の日月を浮べて歓喜の小波に 此世を渡す法の船心安けくおぼされよ いざこれよりは曲神の軍の砦に立ち向ひ 天津御神の給ひてし生言霊を打ち出して 天地清浄山川も木草の端に至るまで 歓喜の雨に浴せしめ救ひて往かむ惟神 神の御前に亀彦が治国別と現はれて 偏に願ひ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 今のぼる月の御光親と子の 身の行末を守らせたまへ。 今暫し時をまたせよ楓姫 珍彦静子の親に遇はさむ。 たらちねの親の恵は日月の 空に輝く光なるかも。 七里を照らすと云へる垂乳根の 親の光ぞめでたかりけり。 治国別神の命は村肝の 心の限り汝をたすけむ』 楓は唄ふ。 楓『たまちはふ救ひの神に遇ひしごと 吾は心も勇み来にけり。 有難き神の恵に照らされて 吾父母に遇ふ日待たるる。 吾兄に思はぬ処で廻り会ひ 嬉し涙のとめどなきかな。 三五の神を恨みし吾こそは 身の愚さを今ぞ悔いぬる。 垂乳根の親は如何にと朝夕に 胸迫りつつ神詣でせし。 父母を奪ひ去りたる曲神を 憎みしあまり醜業せしかな。 大空を照らして登る月影を 見るにつけてもうら恥かしき』 晴公『三五の恵の露に浴しつつ 浮世の夢を覚しけるかな。 妹と聞くより心飛び立ちて 抱きつきたくぞ思ひけるかな。 バラモンに捕へられたる父母の 身の行末を果かなくぞ思ふ。 さりながら神の恵は垂乳根の 身を隅もなく守りたまはむ。 垂乳根の父珍彦よ母の君よ 今兄妹が救ひまつらむ。 さは云へどか弱きわれの力ならず 産土山の神の恵みに。 治国別神の司に助けられ 吾垂乳根を救ふ嬉しさ。 曲神の如何程せまり来るとも 神の力におひ退けやらむ。 妹よ心安かれ三五の 神は吾等を見捨てたまはじ』 楓『有難し兄の命の言の葉を 胸にたたみて守りとやせむ。 アーメニヤ恋しき家をふり捨てて 逍ひし親子の身の果なさよ。 黄金姫神の司に助けられ またもやここに救はれにけり。 何事も皆神様の御経綸 見直し見れば憂き事もなし。 憂き事のなほ此上に積るとも 何か恐れむ神のまにまに』 松彦『月も日も大空に照る世の中は 曲のかくらふ隙はあらまし。 ランチてふ軍の司の前に出て 生言霊をたむけてや見む。 愛信の誠の剣振りかざし 曲のとりでを切りはふりなむ。 面白しあゝ勇ましき門出かな 神に仕へし軍司の』 万公『世の中に吾子に勝る宝なし 珍彦静子の心しのばゆ。 珍彦よ静子の姫よ待てしばし 救の神と現はれゆかむ。 ゆくりなく廻り会ひたる山口の 森は結びの神にますらむ』 竜公『常暗の森を照らして進み来る 怪しき影に驚きしかな。 さりながら世にも稀なるナイスぞと 悟りし時の心安けさ。 今となり身の愚かさを顧みて 顔の色さへ赤くなりぬる。 吾胸に醜の曲津の潜むらむ 正しき人をおぢ怖れけり。 村肝の心に潜む曲神を 払はせたまへ三五の神。 治国別神の司に従ひて 言霊戦に向ふ嬉しさ』 治国別『山口の森に休らひ兄妹の 名乗りあげたる事の床しさ。 片彦やランチ将軍何者ぞ 彼は人の子人の身なれば。 吾こそは神の御子なり神の宮 いかで恐れむ人の御子らに。 さりながら心高ぶる事勿れ 言霊戦に向ふ人々。 たらちねの親子兄妹廻り会ひ 抱き喜ぶ時の待たるる。 夜や更けぬ月は御空に上りましぬ いざいねませよ百の人達』 晴公『神司宣らせたまへる言の葉も 守るよしなき今日の嬉しさ。 村肝の心勇みて森の夜の 明けゆく空を待ちあぐむなり』 楓『なつかしき兄の命よ治国別の 神の司の御言守りませ さりながら妾も心勇み立ち ねるに寝られぬ今宵ばかりは』 治国別『兄妹の心はさもやあるべしと 直日に見直し聞き直しおく いざさらば万公五三公竜公よ 松彦共に一ねむりせよ』 松彦『吾兄の言葉にならひ人々よ よくねむりませ寅の刻まで』 斯く歌ひて治国別一行は、やすやすと眠りについた。晴公、楓の兄妹は嬉しさの余り一睡もせず辺りを憚り、ひそびそと長物語を涙とともに語り明かさむと此場を立出で兄妹は月光を浴びて森の外を逍遥する真夜中、初冬の月は皎々として満天に輝き、此森の外面は白く光つて居る。 (大正一一・一二・八旧一〇・二〇加藤明子録) (昭和九・一二・二七王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 15 変化 | 第一五章変化〔一一八四〕 治国別一行は山口の森を後にして、足を速めて二十里ばかり南進した。二十里といつても極近いものである。一里といへば我国の二百間位なもの、丁度三丁強に当るのである。 治国別は道の傍の細き流れに下りて喉をうるほし、空行く雲を眺めて暫し息を休めてゐた。二十間ばかり隔つた田圃の中にコンモリとした森[※次の章で「野中の森」と呼ばれている]が、巍然と広き原野を占領して吾物顔に立つてゐる。其森の中より騒々しき女の声が聞えて来た。万公は早くも聞きとり、 万公『モシ先生、あの森の中に奇妙奇天烈な活劇が演じられてゐるやうです。どうです、今晩は活劇見物がてら、あの森で一宿致しませうか。森林ホテルも乙なものですでー。夜前も森林ホテル、今晩も又同じくと云ふのだから日記帳につけるのも大変便利がよろしからう。アレアレ御聞きなさいませ。猿を攻めるやうな女の声、此奴は何か秘密が伏在して居るでせう。兎も角実地探険に参りませうか』 治国別は、 治国別『モウ少し先へ行き度いのだが、あの声を聞いては宣伝使として見逃して通る訳には行かぬ。大変な茂つた森だから、ソツと忍び寄り、何事か様子を考へて見よう』 五三公は、 五三公『オイ万公、又ヒユードロドロだぞ。肝をつぶすな』 万公『ナアニ昼の幽霊が恐くて怺るかい。ドロドロでも泥坊でもかまはぬぢやないか。大方泥坊さまが旅人を引張り込ンで衣類を剥ぎ、厭がる女を無理無体に捻伏せて念仏講でもやつて居るのだらう』 五三公『念仏講て何だい。妙な事をいふぢやないか。ハヽヽヽ幽霊が出るので成仏する様に念仏を唱へてゐるのだな。それにしては根つから詠歌の声が聞えぬぢやないか。薩張金切声のチヤアチヤアだ。一寸聞くと狐々様のやうにもあるし、猿のやうにもあるし、女の様にも聞えて来る。何だか怪体な代物だ。五三公は研究の価値が十分にあるやうに思ひますがなア先生』 治国別『ウン兎も角行つて見やう。併し篏口令を布いておくから、号令が下る迄、何事があつても発声する事は出来ないぞ』 万公『承知致しました。囁き話も出来ませんか、万公も一寸困るナア』 治国別『ウン勿論だ』 万公『万公別が、五三公、竜公に対し篏口令を布く。堅く沈黙を守るのだぞ』 五三公『ハヽヽヽ直に受売りをやつて居よるナ。そんな小売りをしたつて俺達ア買ふ気づかひは無いぞ。物価調節令が出て居るのに、それを無視して小商人が暴利を貪り、無性矢鱈にゴンベツたり、ビヤクツたりするから為政者もこの五三公さまもなかなか骨の折れる事だワイ、アハヽヽヽヽ』 治国別は、 治国別『サア行かう、沈黙だ』 と厳命し乍ら草野を分けて進み行く。 見れば欝蒼たる森の中に五六人の荒男、一人の美人を捕へ、四方八方より寄つてかかつて打擲を始めてゐる。治国別は平然として此光景を木の茂みより眺めてゐる。万公は胸を躍らせ、口をパツと開け、両手をひらいて中腰になり、今にも飛び出さむとする格好で歯がゆ相に片唾を呑ンで、治国別の命令一下すれば、片端から撲り倒し、虐まれてゐる女を救ひやらむと身構へしてゐる。五三公も竜公もハラハラし乍ら、もどかしげに眺めてゐた。治国別、松彦は素知らぬ顔で微笑をうかべ乍ら愉快気に見つめてゐる。女を仰向に寝させ胸倉をグツと取り大の男が蠑螺のやうな拳骨をふり上げ、キアキア云ふ女を憎々し気に睨みつけ乍ら、 甲『コリア尼ツちよ、何うしても白状致さぬか。しぶとい奴だなア。貴様は三五教の初稚姫といふ奴だらう』 女『イエイエ決して決してそんな女ぢや厶いませぬ。山住居をいたして居るものの娘で厶います。何卒御慈悲に御助け下さいませ』 甲は、 甲『エーしぶとい女奴』 と呶鳴りつけ、拳骨を固めて前額部をコツンと擲る。撲られて娘はキヤアキヤアと叫ぶ。 万公は今は一矢の弦を離れむとする如き勢で、体を前方に反らせ足をふン張り、マラソン競争の合図の太鼓が鳴るのを待つやうな構へで、腕を唸らしてゐる。 一方の荒男は又もや声を荒らげ、 男『エーしぶとい。貴様は杢助の娘に間違ひなからう。さあ尋常に白状して了へ。貴様の親の杢助や、三五教の黒姫はライオン河の畔でランチ将軍様の部下に捕へられ、日夜の責苦に逢うて苦しみてゐるのだ。貴様さへ白状すれば二人の罪は許され、貴様はランチ将軍様のお妾と抜擢されて出世をするのだ。コリヤ女、此処で殺されるのがよいか、将軍様のお妾になつて親の生命を助けるのがよいか。よく思案をして返答いたせ』 女『オホヽヽヽ、彼のマア瓢六玉わいのう。何うなと勝手になさいませ。杢助などといふ父親は持つた事は厶いませぬわ。黒姫なンて出逢つた事もありませぬわ。さア、殺すなと何なとして下さい』 男『ヤア俄に強くなりよつたな。ハー、あまりビツクリして気が違つたのだな。こンな気違ひを連れて行つたとこで、将軍さまの御用に立つでも無し、併し乍ら何処迄も白状さして伴れ帰らねば、俺達の役目が済まぬ。オイ女、貴様はランチ将軍様を怨ンで昼は大蛇の窟に身を隠し、夜は鬼娘と化けて呪ひの五寸釘を打つてゐよつたのだらうがなア。そンな事はチヤンと探索してあるのだから、モウ駄目だ。俺が此間の夜りだつた…頭に蝋燭を立つて、鏡を下げ、凄じい様子をして山口の森へ行きよつた時、俺も一寸気味が悪かつたけれど、なアにバラモン教の神様に頼めば大丈夫だと思ひ、尾行して貴様の言ふ事を聞けば、何卒私の親の仇が打てますやうに、さうして無事に逃れますやう、ランチ将軍が亡びますやうと言つては釘を打つてゐたではないか。そこ迄手証を握つてゐるから、モウ隠しても駄目だぞ。大それた女の分際として大蛇の窟に安閑として高鼾をかいて寝てゐやがつた所をとつ捉まへて来たのだ。さア、白状せい。昨日の日暮から殆ど一日一夜骨を折らしよつて、ドシ太い。俺だつて腹が減つて怺らンぢやないか』 女『オホヽヽヽ、何と云ふお前達あ、間抜けだい。その女は楓といつて夜前も釘を打ちに行つたよ。妾と間違へられちや大変だ。偉い災難だよ。三五教の宣伝使に助けられ、今頃は河鹿峠を上つてゐる最中だ。余程好い頓馬だこと。ホヽヽヽヽ』 男『コリヤ尼ツちよ、そンな事をいつて俺達を胡麻化さうとしても駄目だぞ。チヤアンと証拠が握つてあるのだから、好い加減に白状致さぬと親の為に悪いぞ。杢助や、黒姫が可愛相とは思はぬか』 女『ホヽヽヽヽ杢さまが何うならうと、此方や一寸も目算が外れぬのだから構やせぬわ。黒さまが何うならうとお前さまが苦労する丈けの事ぢや。殺しなつと煮て喰はふと勝手になさいませ』 男『コリヤ女、貴様は親に対し孝行といふ事を知らぬのだなア。丸で狐狸のやうな奴だ。不人情者だなア。こンな優しい顔をしよつて、親不孝の魂見下げはてた女だ』 女『妾はコンコンさまだよ。お前達は馬鹿だからつままれてゐるのだ。そンな枯木杭をつかまへて何をしてゐるのだイ。よい盲目だなア、ホヽヽヽヽ』 男『丸で狐のやうな奴だ。ドシ太い何ぼ叩いても叩いてもキアキア吐すばつかりで往生しよらぬ。此奴は不死身かもしれぬぞ。俺一人では駄目だ。皆寄つてたかつて叩き延ばしてやらうかい』 女『ホヽヽヽ、たかが一人の女を取まいて大の荒男がよりかかり、一昼夜もかかつて何うする事もようせぬといふやうな間抜けが仮令何万人かかつたつて烏合の衆だから、カラツキシ駄目だよ。御気の毒様、お前さまの手を御覧なさい。木の欠杭をたたいて血だらけになつてますよ』 男『云はしておけば際限も無き雑言無礼、最早勘忍袋の緒が切れた。さア一同寄つてたかつて殺して了へ』 『よし合点だ』 と七八人の荒男は棍棒を打振り一人の女に打つてかかる。何う間違つたか、互に入り乱れて同士討をやつてゐる。女の体よりパツと立つた白煙、太い尾を下げた白狐が一匹、ノソリノソリと歩き出し、コンコンクワイクワイと吠え乍ら、森を見棄てて逃げて行く。 八人の男は女が狐と変じて逃げ失せたるに気がつかず、一生懸命に同士討ちをつづけてゐる。可笑しさを怺えてゐた万公は口が破裂した様に「グワツハヽヽヽ」と笑ひ声を噴出する。治国別外三人もたまりかねて「アハヽヽヽ」と体を揺つて笑ひ出した。此声に驚いて八人の奴は一生懸命雲を霞と逃げて行く。万公は、 万公『グワツハヽヽヽ、道公さまぢやないが、到頭大勢の奴を笑ひ散らしてやつた。エヘヽヽヽ』 一同は、「アハヽヽヽ」と吹き出してゐる。 五三公は呆れて、 五三公『先生、貴方は本当に感心ですよ。何故あンな優しい女が虐待されて居るのに平気で笑つて厶るのか、無情冷酷な御方だと内実は思つてゐました。飛び出したいは山々だつたが命令が下らぬものだから、差控へて居りましたが、彼奴は狐になぶられてゐたのですなア』 治国別『ウン、あの御方は三五教の御守護神、鬼武彦の御眷族、月日明神さまだよ。バラモン教の捕手が山口の森に隠れて厶つた楓さまを召捕らうと大蛇の窟迄覗きに行き居つたのだから、月日さまが楓さまの親子対面が出来る迄、あゝして身代りになつてゐて下さつたのだ。而して吾々に御守護あつた事を示すために今迄待つてゐて下さつたのだよ。お前達の目に娘と見えたのは枯木杭だ。可愛相に娘の額だと思つてトゲだらけの欠杭を撲りつけ、血だらけの拳になつて居つたぢやらう』 万公は、 万公『ヘー何だか赤い手袋をはめてゐると思つてゐました。月日さまといふ明神さまは本当に偉い方ですなア』 治国別『サア今晩は此処で宿ることにしよう。先づ第一に天津祝詞の奏上だ』 と治国別の命令に一同は、 一同『ハイ畏まりました』 と辺りの小溝で口を嗽ぎ、手を洗ひ、型の如く祝詞を奏上し、一夜を此処に明す事とはなりける。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一二・八旧一〇・二〇外山豊二録) (昭和九・一二・二九王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 16 怯風 | 第一六章怯風〔一一八五〕 冷たき初冬の凩に吹かれて降り来る村時雨 治国別の一行は珍彦親子を河鹿山 登り口まで送りつけ万公五三公竜公や 松彦引つれ大野原時雨を冒して進み行く 歩みも早き山口の森をば右手に眺めつつ 草野を分けてやうやうに野中の森に到着し 怪しき声に木の茂み身を忍びつつ窺へば 鬼をもひしぐ荒男一人のか弱き女をば 捉へて無体の打擲をなし居れるこそ歎てけれ 治国別は木蔭より此惨状を一瞥し 其成行に任す内女は忽ち白煙と なつて消えしと思ふ間に思ひもよらぬ白狐 のそりのそりと這ひ出し野中を指して逃げて行く 七八人の荒男互に棍棒ふりかざし 眼くらみて同士打挑み戦ふ可笑しさに 万公さまは吹きいだす治国別も松彦も 五三公竜公もこらえかね思はず知らず吹き出せば 男は驚き雲霞森の奥へと一散に 命からがら逃げて行く治国別の一行は 月日の白狐の出現に驚異の眼を見はりつつ 白狐の後を伏拝み森の広場に蓑を布き 天津祝詞を奏上し生言霊を唱へつつ 一夜を茲に明かさむと肱を枕に横たはる 冷たき風は容赦なく森の梢を揺がして ザワザワザワと鳴り立てる彼方此方にキヤツキヤツと 聞ゆる声は山猿か但は魔神の襲来か 只事ならじと万公は一人胸をば躍らせて 眠りもえせずパチパチと目を繁叩き座りゐる。 万公は何となく、心淋しく、思ふ様に寝つかれねば、横になつて見たり、坐つて見たり、一行の寝息を窺つたりなどして、夜の明けるのを一時も早かれと待つてゐる。 万公『先生と言ひ、松彦さまと云ひ、肝玉の太い方計り、斯う他愛もなく寝て了はれては淋しい事だわい、俺や又何うして寝られぬのか知らぬがなア、昨夜のやうに又もや楓の化者がやつて来よつたなら、おらモウ、仮令真人間であらうと辛棒が出来ないワ。七八分迄肝玉をどつかへやつて了つたのだから、強相に言うてるものの、実際はビクビクものだ、誰か起きて下さらぬかいなア。折角の安眠を揺り起してお目玉頂戴してはたまらないし、何だか首筋元がゾクゾクして来だした。誰か物云ふ奴が一人あると、互に語り合うて此淋しさを紛らすのだけれど鼾計りでは根つから有難くないわい。五三公の奴、怪体な鼾を出しよつて、何だ。がらがらがらがらといふ鼾がどこにあるかい。グツグツグツグツと鼻を鳴らしてゐるのは、コリヤ竜公だろ、丸でお粥をたいた様な声を出しよる。エヽ、こンな声を聞くと益々淋しうなつて来た。一つ鼻でも摘まンで起してやろかな、怒つたら罪のない喧嘩を始める迄の事だ。何とかして紛らさなくちや、仕方がないワ。オウさうださうだ、言霊を忘れて居つた。夜前の先生に聞いた言霊を一つ打出して見よう。さうすれば、陰鬱な空気がどつかへ退散し、俺の気分もさえるだろ。エーエ、副守の奴、早から泣き声を出しよる。おりやそンな弱い男だないが、怪体の悪い、弱つたらしい守護神がくつついてると見えるわい』 五三公は昨夜の夢を見たと見え、いやらしい声を出して、 五三公『キヤア、幽霊だア、鬼娘だア、オイ万公、ウニヤウニヤウニヤ』 万公『アヽア、又ビツクリさしよつたナ、此奴ア一つ揺り起してやろ、襲はれてけつかるのだろ。オイオイ五三公、起きたり起きたり、万公さまだぞ、大変魘されてるぢやないか』 五三公『あ……、恐ろしことだつた。よう起してくれた。万公、お前又無事で居つたのか。マアそれで安心だ』 万公『無事で居つたかて、……妙な事を云ふぢやないか、俺の夢でも見たのかい』 五三公『ウーン、見た見た、貴様はなア、昨夜会うた楓さまの変装以上の……厭らしい怪物が現はれて、赤黒い痩た手を出して、貴様の素つ首をグツと握り、山奥へひつ攫へて行つた夢を見たのだ。其時にキヤアキヤアとお前の泣く声が何とも知れぬ厭らしかつたよ。まだ誰かキヤアキヤア言つてるぢやないか』 万公は身慄ひし乍ら、 万公『貴様は身魂が曇つて居るから、そンなケヽ怪体な、悪夢に魘はれるのだ。キヤツキヤツ云うてるのは猿の声だよ。オイちとしつかりせぬかい。エヽー、万公だつて気味が悪て、たまらぬぢやないか。せうもない夢を聞かされて……』 五三公は不安さうに、 五三公『先生は此処に居られるかなア』 万公『居られえでかい。現に此通り鼾がしてるぢやないか。余り暗くつてお姿はハツキリせぬが、大抵鼾で分つてるわ』 五三公『さうだらうかなア。俺の夢には、貴様が化物に引掴まれ、キヤアキヤア言つて逃げた時、治国別の先生と松彦さまとが、後追つかけて行つて了はれた夢を見たのだ』 万公『そら夢だ。現に此処に鼾をかいて居られるのだからマア安心せい。時に竜公を一つ揺り起してくれぬか、貴様と二人で面白うない話をしてゐると、だんだん体が縮まるやうになつて来るワ、何とマア陰気な夜さぢやな』 五三公『それ程淋しければ、俺に喰ひついて居れ。言うても五三公さまは肝つ玉が太いからなア』 万公『さうだらう、夢見てもビツクリするやうな男だからな、ヘン』 二三間傍に何かヒソヒソと人声が聞えて来る。万公、五三公は俄に口をつめ、抱ついた儘、耳を傾け出した。 アク『オイ、テク、昨夜は随分驚いたねえ、今晩もこンな所で休むのはいいが、又ホツホヽなンて仰有ると、モウ此上はアクさまも居たたまらないから、小声で大自在天様を拝まうぢやないか』 テク『コリヤ、アク、貴様も悪人に似合はぬ気の弱い奴だなア。人に相談しなくつても、自分の口で神様に願つたら何うだい』 アク『俺だつて余りビツクリしたので、神さままでが怖うなつて、連がなくては拝めぬぢやないか。どうだ、三人声を揃へて御祈願せうぢやないか。又ホツホヽヽがやつて来さうだぞ。どうも陰欝になつて来た。僅か二十里の道を猫の様に、草原計りやつて来たのだから、枯芒で手も足も顔も疵だらけだ。何だかピリピリと体中が痛くて仕方がないワ』 テク『さうだから、当り前の道を俺の名のやうにテクらうといふのに、貴様が臆病風に誘はれて、道もない所を四這になつて歩きよるものだから……自業自得だよ』 アク『それだと云つて、うつかり立つて歩かうものなら、俺達の体が見えるぢやないか。もしも三五教の宣伝使にでも見つけられてみよ。それこそ大変だ。アクさまの提案を遵奉したお蔭に依つて、やうやう、此処まで安着したではないか。オイ、タク、何だ、糞落着きに落つきよつて、チと何か話でもせぬかい、淋しうて仕方がないワ』 タク『おりやモウ腰が痛タクて、話どころかい。気息奄々だ。随分四足の真似も苦しいものだなア』 アク『貴様はコンパスが長くて、手の方が比較的短いから、四足になるのもえらかろ、ソリヤ尤もだ。併し足の長いのは手の長いのよりもマシだ。手が長いと交番所の前が通れぬからのオ』 テク『何だか知らぬが、俄に此森へテクリ込んでから淋しくなつたぢやないか。そこらあたりに死屍累々と横たはつてるやうな怪体な気分がするぢやないか』 タク『ヒヨツとしたら、ここは墓場ぢやあるまいかな。鼾が聞えるやうだ、幽霊がタク山に寝てけつかるのだなからうかな』 テク『馬鹿言へ。幽霊が鼾をかくかい。大方狸が寝てゐるのだらう。確に野中の森だ、墓場の気遣ひないワ、マア安心せい、テクが保証するよ』 タク『何だかお粥でもタク否ナ、炊いてるやうな音がするぞ』 アク『オイ、そんな怪体な話はやめて、トツクリと寝やうぢやないか。寝さへすれば怖い事も何にも忘れて了ふからな。疑心暗鬼を生ずとか云つて、此暗の晩にそンな事計り云うてると、又それ、アク魔がホツホヽヽぢや』 万公、五三公は二三間側で、三人の話を聞き終り、万公は声低くに、 万公『オイ五三公、此奴アバラモン教の臆病者だで。昨夜晴公や楓さまに脂をとられた奴と見えるワイ。オイ一つ俺が晴公になるから、五三公お前楓になつたらどうだ、お前の声は女に似てゐるからなア』 五三公『ウン、そら面白い。そンなら俺から一つ戦闘を開始しようかな。貴様と俺とは余程臆病者だと思つてゐたら、モウ一段と臆病者が現はれよつた。上には上のあるものだのオ』 と小声に囁いてゐる。三人はそンな事とは知らず、暗がりに手を繋ぎ合せ、慄ひ慄ひ小声で囁いてゐる。 アク『オイどうも形勢不穏だぞ。キヤツキヤツと吐す猿の声が、何とはなしにアク魔否ナ幽さまの声のやうに聞えて来るぢやないか。こンな時には腹帯をしつかり締て居らぬと、ヒユードロドロドロとやられちや、おたまり小坊子がないからなア』 五三公は暗がり乍らも、両手を前にニユツと伸ばし、手首をペロツと下げ、少し立膝をして、蟷螂の様に体を前へつき出し、 五三公『ヒユードロドロドロドロ、ホツホヽヽ』 アク『ソーレアク、幽だ、逃げろ逃げろ』 テク『逃げろと云つたつて、テクろと云つたつて駄目だよ、又脱けた』 タク『あゝあ、俺もぬけた。アク、俺達二人をかたげてのいてくれ、タヽタクが頼む』 アク『俺もチヨボチヨボだ、アクものは口斗りだ』 五三公『ホツホヽヽ、アツハヽヽ』 アク『ヤア昨夜の化州だ、執念深い、どこ迄もついて来よるのだな。オイ、タク、テク、かう幽霊に魅入られては仕方がない、アク胴を据ゑようぢやないか』 斯く話す内十九日の夜の月は東天をこがして一層鮮かな光を地上に投げた。丁度此処は木の疎な所で、東がすいてゐるので、一同の顔はパツと明かになつた。 万公『アハヽヽヽ、これで天地開明の気分になつて来た、ヤツパリ月の大神様のお蔭は有難いものだな。肚の底まで光つたやうな気がする。モウ大丈夫だ。オイ竜、起きぬかい、万公さまだよ』 「ウン」と云つて起きて来たのは松彦である。 松彦『ヤア良い月だな。治国別様竜公の姿が見えぬぢやないか、何処へ行かれたのだろ』[※治国別と竜公はこっそり浮木の森へ向かった。第47巻第1章を見よ] 万公『ヤア、マンマンマンマン大変だ。知らぬ間に何者か先生を拐はかしよつたなア』 五三公『ナアニ芋でもイソイソ埋けに行かれたのだよ。何俺達を捨てて勝手に往くなンて、そンな不親切な事をなさるものかい。なア松彦さま』 松彦『ソリヤ何とも分らぬなア。何程兄弟だつて、心の中迄分らぬからなア、松彦には』 五三公『ヘーン、もしもそンな事だつたら大変ですがな、あイソを尽されたのか』 松彦『師匠を杖につくな、人を頼りにすなと神様は仰有るぢやないか、一丈二尺の褌をかいた男がそンな弱音を吹くものぢやない、之から各自単独で、ランチ将軍の陣営へ突撃せよと命ぜられたら何うするか。それでも行かねばなるまい。お前達は生の執着が強いから恐怖心が起るのだ。捨身になれば何も恐ろしい事はないぢやないか。最前から随分臆病風に吹かれて居たなア、松彦が聞いて居れば何だホツホヽヽなンてせうもない余興をやるぢやないか』 万公『何程恐怖心にかられたといつても、流石に万公さまは三五教の信者ですわい。余裕綽々として滑稽を演ずるのですからなア。あれ御覧なさい、あこに三匹の四足がへたつて居りますわ』 松彦『ウン、あれはバラモン軍の斥候を勤めてるアク、タク、テクの三人だ、楓さまに脂を取られた連中だらう』 万公『松彦さま、貴方は鼾をかき乍ら聞いてゐたのですかい』 松彦『ウン、鼾は鼾、聞くのは聞くのだ、鼻は休ンで居つても、耳は起きてゐるからなア』 アクは手を合せ、 アク『モシモシ、三五教の先生、私はお察しの通り、アク、タク、テクの三人で厶います。決して貴方方に仇をするものでは厶いませぬから、どうぞ宜しく頼みます……とは申しませぬが、いぢめぬやうにして下さい、構うてさへ貰はねば、何うなつと処置をつけますから、本当に貴方の家来には意地の悪い方がありますなア。吾々三人の腰を抜いて了つたのですから本当に困りますワ』 松彦『それは気の毒だ。併し乍ら二十里の道を四這になつて来るのは、随分苦しかつたでせうなア、松彦は感心したよ』 アク『何もかも皆御存じですな。其通り暫く四足の修行をアク迄やつてみましたが、随分苦しいもので厶いますよ』 松彦『コンパスの長い手の短いタクさまは余程お困りだつたさうですねえ』 タク『手の短いのは正直者の証拠ですから、どうぞ大目に見て下さいナ、松彦さまとやら』 松彦『アハヽヽヽ、マア此方へお出なさい、ゆつくり話を交換しませう』 アク『オイ、タク、テク三五教の大将は余程開けてるぢやないかエヽー、バラモン教の司だつたら、随分威張る所だがなア。ヤツパリ平民主義と見えるワイ、俺や平民主義が大好きだ……三五教の先生、そンなら一切の障壁を除いて御昵懇に預かりませう』 松彦は、 松彦『ハア、お互に御心安う頼みますよ』 と軽くうなづく。 万公『モシモシ先生、あンな事を言つて、様子を考へてゐるのですよ、万公は気懸りですワ。モ一つホヽヽヽヽでおどかして逃がしてやりませう』 アク『ホツホヽヽ、モシモシ万公さま、正体が現はれた以上は、ホヽヽもアハヽヽヽも笑ひの種にこそなれチヨツとも恐ろしくありませぬよ。アク迄も得意のホヽヽヽヽをやつて御覧なさい』 万公『オイ、五三公、最う駄目だ、仕方が無いなア』 五三公『松彦さまがあゝ仰有るのだもの、俺達は泣き寝入かな。無条件降服だ……否無条件還附だ。之から臥薪嘗胆、十年の苦をなめて、捲土重来復讐戦をやるのだなア、アツハヽヽヽ』 と始めて愉快げに五三公は笑ひ出した。此笑ひ声は四辺の陰鬱を破つて一同は俄に陽気となり、敵も味方も声を揃へて、「ワハヽヽヽ」と高笑ひする、今迄吾物顔に梢に飛び交ひ、キヤツキヤツ囁つてゐた猿は一度に声を潜めて了つた。 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九於湯ケ島王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 19 婆口露 | 第一九章婆口露〔一一八八〕 松彦は山道の傍に屹立せる大岩の傍に、五人の従者を集め息を休めて話に耽つてゐる。 松彦『アクさま、随分危ない事だつたな。マア結構だつたよ』 アク『婆におどかされて走る途端に足をふみ外し、随分冷つこい目に逢ひました。併し乍ら水泳に得意な私ですから助かつたのですよ。タク、テクの両人だつたら、サツパリ駄目ですわ』 松彦『そらさうぢや。マアよかつた。万公さま、お前は偉う親子の女にやられて居つたぢやないか。随分弱い男だなア』 万公『ヘーヘ、悪に弱い、善に強い万公ですもの、無抵抗主義の三五教でなかつたら、婆を河へほりこンで了ふとこでしたけれども、成る可く直日に見直し聞直して、無抵抗主義を固く守つてをつたのですよ。さうしたところ婆と娘とが按摩をしてくれました。肩をうつやら腰をもむやら、足を引ぱるやら、おかげで体が楽になりましたよ』 五三公はふき出し、 五三公『アハヽヽヽ負惜みのつよい男だな。キヤアキヤア云つて泣いて居つたぢやないか』 万公『ナーニあれはこそばいとこを揉むものだから笑つてゐたのだよ。貴様には泣いた様に聞えるか』 五三公『それでも人殺、助けてくれと云つたぢやないか』 万公『ウン一寸テンゴに言つて見たのだ。その証拠には婆さまと娘とが泣いてをつたぢやろ。俺は一寸も泣きはせぬよ、大丈夫たるもの女位に泣かされてたまるかい』 五三公は、 五三公『モシモシ松彦さま、此奴の秘密を探つて来ました。仕方のない奴ですでー』 松彦『ナニツ、秘密をさぐつたと、そりや面白い。どンな事だ、差支なくば聞かしてくれ』 万公『コリヤコリヤ五三公、他人の秘密をあばくやうな不道徳はないぞ、慎まぬかい』 五三公『それなら仕方がない、五三公も沈黙しようかな、お里がわかると気の毒だからなア』 万公『コリヤお里の事は云はぬやうにしてくれ。さう親友の事を公衆の前にさらけ出すものぢやないわ』 五三公『松彦さま、あー云つて頼みますから、五三公も友情を以て、或時期まで保留しておきませう。その代りに、万公が私の命令を奉じない時には、さらけ出します。なア万公、その条件附で暫く沈黙を守ることにしようかい』 万公『どうぞ頼む、万公末代云はぬやうに』 五三公『ヨシヨシその代りに俺の尻を拭けといつても拭くのだぞ。滅多に違背はあるまいなア』 万公『ヘン馬鹿らしい。誰が貴様の尻をアタ汚い拭く奴があるかい。体ばかりか心迄汚い代物だからなア。吝ン坊で悪口言ひで穴さがしで、奸黠で、狡猾で、不道徳で、権謀術数家で、強欲で丸で旃陀羅のけつに醤油の実をつけて甜つてるやうな奴だ。こンな奴に秘密を握られて居ると一生頭が上らぬから、イツソの事俺の方から松彦さまの前で公開をするから構うて呉れな。オイ五三公さま、えらい御心配をかけました。別に人のものをチヨロマカシたのでも無し、聞いたら涎の出るよなボロイ面白い話だから、別に恥にもなるまい。誰だつて多少のローマンスはあるのだからなア。女なンか胸が悪いと云ふやうな顔をしてゐ乍ら、人の見ぬところでは、女に湯巻の紐でしばかれて涎を繰つて居る奴が多いのだから、多少の恋物語があるのは寧ろ誇りだ。貴様の様な唐変木では、春が来ても花は咲きはせぬぞ』 五三公『何うなと勝手にほざいたが好いわい。俺やもう干渉せぬわ。その代り貴様が失敗しても五三公は高見から見物するから、さう思つたがよからう』 アク『なンだか様子ありげな口振だな。そのローマンスとやらをアクも聞たいものだよ』 万公は肱を張り、 万公『きかしてやらう、謹聴せい』 と今や話の糸口を解かむとしてゐる所へ、以前のお寅、お菊はスタスタとやつて来た。 お寅『モシモシ、万は其処に居りますかなア、あの悪たれ男は』 五三公『そーれ、やつて来たぞ。万公、喜べ、モ一遍按摩をして貰つたら何うだイ』 万公『お婆さま、モウ沢山で厶います、イヤもうズンと万公も改心いたしました。何卒帰つて下さいませ』 お寅『イヤイヤ未だ改心が出来て居らぬ。娘と二人よつて折檻をしてやるのに結構な按摩で肩の凝が下つたと捨台詞を残して逃げて行くよな男だからな。死なねば治らぬカク病だ、エーエ、骨の折れた事だが思ひ切つて荒療治をしてやらう。オイ万、此方やへ来い』 万公は小さくなつて慄ひ戦いてゐる。 お寅『アハヽヽヽ、やつぱり何処か心に光明があると見えて、恥を知つて顔を隠しよる。マア頼もしいものだ。コレコレお前さまは万の親方と見えるが、こンな厄介物を連れて旅をなさるのは、嘸お骨が折れる事でせう。此婆が物語をするのを聞いて下さいませ。此奴の欠点をよく呑み込ンでおいて貰ひませぬと、貴方の御迷惑になるといけませぬから、後へ引返して参りました』 松彦『何事か存じませぬが承はりませう。此男には一つの秘密があるさうですなア』 万公『お寅さま、殺生な、コレお菊、どうぞお前仲裁して止めてくれぬか。あンな事を云はれちや顔が赤くなつて、ついて行く事が出来ぬからなア』 お菊『お母さま、一つか二つ程にして、みんな云はないやうにして上げて下さい。押かけ婿に入つて来た事やら、私を手込にしかけた事は云はないやうにしてねー』 万公『コラお菊、そンな秘密が何処にあるか。肝腎の事を皆云つて了つたぢやないか、万公さまを馬鹿にするない』 お菊『私は子供上りだから何云ふかしれないよ。気にかけずに許して頂戴ね』 五三公『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ到頭面の皮をむかれよるのか。イヒヽヽヽ』 と五三公、アク、タク、テクの四人は手を拍ち踊り上つて喜ぶ。 お寅『松彦の先生様、此の婆の云ふ事一通り聞いて下さい。此の万と云ふ男は酢でも菎蒻でも行かぬ動物で厶いますよ。一昨年の冬だつたか、凩のピユーピユーと吹く夕間ぐれ、家の門前に見すぼらしい乞食がふるうてゐると、僕の者が奥へ知しに来たものですから、私も小北山の神様を信心して居るのだから、人を助けるのは神様の御奉公だと思ひ握り飯を一つ持つて門口迄出て見れば、若布の行列か、シメシの親分と云ふよなツヅレの錦を着て、蓆をかぶつて慄うて居る奴乞食があるぢやありませぬか。そこでアー可愛相に同じ様に神様の息から生れた人間だ、助けてやるのが神様への孝行だと思ひ、握り飯を一つお盆にのせて、アタ汚い乞食に御叮嚀に、さア嘸おひもじう厶いませう。さあ、これでも食べて帰つて下さいと云ふと、その乞食は黒い黒い顔から、眼をむき出し、吐すことには「アー世界に鬼はない、誠に有難う厶います。此御恩は忘れませぬ」と米搗バツタの様に腰をペコペコ百遍計りも曲げて拝むぢやありませぬか、私も不愍が重なつて何とかして湯巻の古手でも探して被せてやりたいと思つて居りました。お盆に握り飯をのせて突出して居るのに取らうともせず、腰ばつかりペコペコさして居る。辛気くさくて仕方がないから、お前、此の握り飯が気に入らぬのかいと聞くと、その乞食の云ふには今近所で葬式の残りの御馳走を鱈腹頂いて来たところだから、握り飯は欲しくはありませぬ、暖かいお茶が一杯頂きたいと云ふので、私も浮木の村のお寅と云つて仇名を取つた女侠客だから人を助けてやらぬ訳にも行かず、苔だらけの手を握つて奥へつれて行き、たぎつて居つた茶を出して、サア之をお上りなさいと茶椀を添へて出しておきました。而して奥の間へ入つて障子の破れから考へてゐると生れついての乞食だと見えて、アタ行儀がわるい。土瓶の口から煮え切つた茶をグツと呑み込み、喉に焼傷をして目をクルクルとむき、泡を吹き七転八倒してゐるぢやありませぬか。エー怪体のわるい、ド乞食を引張込ンだものだと思ひ、慌て行つて見れば、大切にしておいた青土瓶はポカツと二つに破れ、折角沸かした茶は畳にこぼれ、畳が御馳走とも何とも言はずにけろりとなめて、細い目を沢山ならべて睨ンでゐるぢやありませぬか。ホヽヽヽヽ、そのド乞食が仰向に倒れてゐるとこを見れば、煤で煮〆たような褌を垂らし、吊柿のよな真黒気のものを出して倒れてゐる。サア大変だと家内中がよつてたかつて水をのませ、いろいろと介抱した結果、ようよう息を吹きかへした。併し乍ら舌をやけどしたものだから、舌も口も腫れ上り、国所を尋ねようにも名を聞こうにも物が言へないので、聞く訳にも行かず、筆紙を持つて来て名を書けと云つても、此奴は明きめくらと見えて一字もよう書かず、仕方なしに藪医者を頼ンで来て裏門から灌腸して到頭物を云ふ様にしてやりました。それから虱だらけの衣物を油をかけて、焼いて了ひ、亡くなつた爺さまの一番古い衣物を着せてやつて、行く処もない代物だと云ふから下僕につかつて野良仕事に使つて居りました』 五三公は首をかたむけ乍ら、 五三公『そら誰の事ですか、よもや万公さまでは有りますまいナ』 お寅『云はいでも知れたこつちや、此の万のことだよ』 五三公『何とマンのわるいとこに出会したものだなア、万公さま』 アク『アハヽヽヽ面白い面白い、お婆さま、しつかり頼みますデ。千両々々アクアクするワ』 万公『コリヤ、アクの奴馬鹿にすない、俺は瑞のみたまだ。アクの鏡が映つとるのだから、俺の事ぢやない、世間の奴の悪い事が奇麗なみたまの俺にうつつたのだ。其のつもりでお婆さまの云ふ事を聞けよ。取違ひと慢心は大怪我の基だから、お婆さまの云ふ事をよく味はうて聞くがよいぞよ。人の事だと思へば皆吾身の事であるぞよ。世界中がかうなつて居ると云ふ事を変性女子の身魂にさして見せてあるぞよ。…………と云ふ教をきいて居るだろ、それが俺の事だからのう』 松彦『フヽヽヽヽお婆さま、その次を松彦にお聞かせ願ひます』 お寅『一寸此処で中入といたしまして、又後はゆるゆると御清聴を煩はします。オホヽヽ、万公さま随分耳が痛からうなア』 万公『チヨツ、万公も万がわるいワイ』 お寅『アーア、こンな事は云ひたい事ないけれど、これも万公の将来の為だから、モウ一息先生のお耳をわづらはしませうかなア。コレ万公さま、お前が決して憎うて云ふのぢやない、たとへ三日でも因縁があればこそだ。お前の為に云ふのだから、聞いて下さい。どうせチツトは耳が痛いのは請合だが、罪亡ぼしだと思つて辛抱しなさい』 五三公『ナント御親切なお婆さまだなア、五三公もこンな親切に云うて呉れるお婆さまに逢ひたいわ。それからお婆さま、後は何うなつたのだい』 お寅『それからお前さま、此の万を野良仕事にやつて置いたところが、鼠かなンぞのよに大根を作つておけば噛ぢつて食ふ。蕪をひいて食ふ、サツマ芋は根からひいて食つて了ふ。まるで土竜を飼うてをるよなものだ。こンなものを飼うてゐちや百姓をせぬがましだと思つて、仕方なしに娘の見守り役にしてやつた。それがサツパリ災の種となつたのだ。此の婆が熱病をわづらつて今日か明日か分らぬといふやうになつたので、孝行な娘のお里が此万をつれて氏神の社へ参拝をしたのだ。ソーすると何時の間にかお里の腹がポテレンと太つて来た。婿も貰はぬのに腹がふくれるといふのは、コリヤ屹度脹満に違ひないと藪医先生を頼ンで見て貰つたら、娘の氏神参りの御かげで私の病気は直つて了うたが娘が脹満になつて了つた。医者も医者だ。脹満だ脹満だといつて矢鱈に苦いものを飲ます、ソレでも十月目にターンクの口が開いてホギヤアと一声、娘はビツクリして其場に気絶して了つたわいのー、アンアン。それから上を下へと大騒動を始め、朝鮮人蔘を飲ましたおかげで、ヤツトの事で気がつき、おかげで娘の生命はとりとめたが、肝腎の乳が出ぬものだから、生れた子は骨と皮とになり、到頭死ンで了つた。アーンアーン』 五三公『ソリヤどうも気の毒な事だなア。そしてその子は一体誰の子だい』 婆はところまだらに残つた歯をかみしめ、イーンイーンと頤をつき出し、妙な手つきで万公の肩をこづくやうな手振りをして、 お寅『此奴だ此奴だ、此のガキだよ。アーンアーン』 アク『オイ万公さま、まンざらでもないのー。エー、アクにも一杯おごつて貰はうかい』 万公『ウン』 お寅『それからいろいろと詮議の結果、お里が言ふには万さまの子だ。こうなるのも前生の因縁づくぢやから、何卒乞食上りの万さまでも私の夫に違ひない。此人と添はしてくれなければ死にます死にますと駄々をこねるのだ。此道ばかりは親が何うする訳にも行かず気に入らぬ男だと思つたが、何を言うても肝腎の娘がゾツコン惚こンでゐるのだから、此婆も我を折つて泣き寝入りにしたのだ。所が運の悪いお里は産後の肥立ちが悪うて、帰らぬ旅に行きました。アーンアーン』 と涙を拭ふ。 五三公はホツと息をつぎ乍ら、 五三公『ナント万公といふ奴は罪な事をしたものだなア。刃物持たずに二人も人を殺しやがつたなア。道理で野中の森で暗うなるとビリビリふるひよると思つた。やつぱり斯う云ふ原因があるのだから、怖ろしがるのだワイ』 万公は、 万公『コリヤ五三公、批評はやめてシツカリきけ。これからが性念場だぞ』 と焼糞になつて怒鳴り立ててゐる。 お寅は言を次いで、 お寅『それから此万の恩知らず奴、増長しよつて、まだ蕾の花のお菊を手込めにし、二代目の女房にしようと企みをつたのだ。流石に偉い女だからお菊はポンと肱鉄をくはした。すると万公奴、妹に肱鉄をくはされて逢はす顔がないと遺書を書いて吾家を出た切り、膿んだ鼻が、つぶれたとも、河童の屁がくさくないとも云つて来ず、本当に困つたガラクタ男だ。妾は今日小北山の神様に、浮木の森の村に一時も早く軍人が居らぬ様になります様と祈つて居る所へ、娘に神憑があり「今早く行けば万公に出逢ふ」との御指図で、実の処は万公に意見をしてやらうと思つて出て来たのだ。此上の神様には沢山な人がこもつて居るが、まだ三人や五人寝られぬ筈はないが、万公の様子を探らうと思つてあンな事を云つて居つたのだ。……松彦の先生さま、私の家では斯ういふ事をやつて居ましたから、嘸世間でも悪い事をして歩くでせう。何卒気をつけて真人間にして下さい。因縁あればこそ娘の腹をふくらしたのですから、娘の惚て居つた男を憎いとは思つて居ませぬ、何卒一人前の人間にして貰ひたいと思つて再び引返して来ました』 と涙乍らに語り終る。 松彦『何もかもわかりました。何卒御安心なさいませ。私ばかりか治国別様といふ立派な先生がついて居られますから、万公の事は御案じ下さいますな』 お寅『ハイ有難う厶います、何卒よろしう御願ひいたします。サアお菊、失礼して一足お先へ行きませう。お竜さまが待つてゐられますから』 お菊『皆さま御面倒いたしました。菊はお先へ失礼いたします』 松彦『左様ならば御機嫌よう』 五三『アハヽヽヽ』 アク『オツホヽヽヽ』 タク、テクは飛び上つて、 タク、テク『ワツハヽヽヽ面白い面白いオツホヽヽヽ』 万公『アーア、悪い夢を見たものだ。薩張り俺の顔は台なしだ。ドーレこれから一つ花々しい功名をして万公末代世界に名を残し、お里の霊を慰めてやらうかなア』 五三公『アハヽヽヽ、五三公にまで、万公、到頭お里が解つたぢやないか。イヒヽヽヽ』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一外山豊二録) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 20 脱線歌 | 第二〇章脱線歌〔一一八九〕 松彦はお寅、お菊の後を見送つて、 松彦『万公がお寅婆さまに巡り会ひ 恨みの数々お菊さま哉。 万更に捨てたものではあるまいと たかを括つた五三公の口。 川の辺で昔の垢を流しけり 万公末代取れぬ罪とがを。 荒波の伊猛り狂ふ河鹿川 丸木の橋を渡る危さ。 猿叫ぶ野中の森を立出でて 婆さンとはまつた万公の破目』 万公『お寅さま、お菊をつれて河の辺に 万公来ると茲に松彦。 あま相なお里の浮名を永久に 流しける哉河鹿川原に』 五三『身の油とられた上に小言をば 菊子の姫の耳の痛さよ。 偉相に此行先は言はれまい お里の分つた万公の身は』 万公『コラ五三公、おればつかりぢやない程に 貴様も尻の臭い奴だよ。 吾尻の赤いを知らぬ山猿が 人の事をばかきまはすなり』 五三『恥をかき頭をかきてベソをかき お寅婆さまにかき毬られる。 アハヽヽヽ開いた口さへ塞がらぬ ローマンスのロは口と申せば。 大根畑荒す野鼠土鼠[※「もぐらもち」はモグラの異称] お里の芋の穴までねらふか』 万公『穴尊と穴ない教の穴を見よ 宣伝使にも妹が居るぞよ』 五三『芋をほり蕪をぬいてくらふ奴 三五教の大根役者よ』 万公『馬鹿云ふな蕪をぬいた其跡に てまりの様な穴があるぞよ。 三五の神の教と誰が言うた 貴様の顔にも抜穴がある。 抜けた面口あンぐりとあけ乍ら 三五教とはよくぬかしたり。 五三公のローマンスをば尋ぬれば 磯の鮑の片思ひかも。 万公は何と云うても色男 お里の方に思はれたぞや。 思はれて思ひ返すは益良男の 権威と知らぬ馬鹿者もあり』 アク『アク垂れのババに悪垂れ口いはれ へこ垂れよつた万公の面』 万公『こりやアク奴、何も知らずに喧ましう きさまが口をアク所でない。 山猿の様な面した其方に 恋が分つてたまるものかい』 アク『仕殺したお里の事を思ひ出し ホヽヽヽとほほゑみをする。 幾度もホヽヽヽヽと森の中 暗に紛れて死嬶が慕ふ。 おかし奴、何程こがれ慕うとも 幽霊抱いては寝られまいぞや』 万公『こらアクよ、貴様は何を幽霊か 無礼を云ふも程があるぞや』 タク『コレは又面白うなつて来よつたぞ お里が墓からお出でお出でする』 万公『タクの奴何も知らずに八釜しい 子供に恋が分るものかい』 タク『タクさまは、タク山に姫を持つたぞよ 天下無双のナイスばかりを』 万公『何ぬかす蜥蜴のやうな面をして ナイスもクソもあつたものかい』 テク『こりやタクよ慢心奴を捉まへて 相手にするな人が笑ふぞ』 タク『笑うてもかまふものかい笑はれて 油取られた万公ぢやもの』 テク『三五の教の道の万公は 婆と娘にくはれける哉』 万公『テク迄が何ゴテゴテと囀るか 俺の心を知つて居るかい。 万公は今こそ負て居るけれど お菊成人した時を見よ』 五三『お菊さま大きくなつたら又やろと 万が一をばあてにしてるのか』 万公『コリヤ五三公、急いで事はなるものか 先を三年の春を見て居れ』 五三『又してもそンな野心を起すなよ 今度は首と胴と別れる』 万公『三年の先になつたらお寅さま 冥途の旅に行つたあとだよ。 何事も万さまなればお菊ぢやと 今から秋波を送り居るらし』 松彦『腰折れのみ歌ばかりをうたひ上げ うたてき事の限りつくせし。 サア万公、五三公、アク、タク、テク五人 もうボツボツと山に登ろか』 万公『宜しかろお寅婆さまはさておいて お菊の奴が待つてゐるから』 五三『執着の深い奴ぢやと思たけれど これ程迄とは思はなかつた』 万公『呆れたかオツたまげたか五三公よ 人は見かけによらぬ者だよ。 さり乍ら俺も誠の道をゆく 万公なれば恋は廃した。 心配をどうぞなさつて下さるな メツタにお菊は思はないから』 五三『さうだらう、何程思うてみた所が 向ふが厭なら仕方なからう』 アク『コレは又面白うなつて来たわやい 旅の慰め此上もなし』 テク『テクついて川の畔に来て見れば 婆さンに追はれてバサンとはまる。 アク運の強いお方が助かつて 世に珍しき話きく哉』 万公『万さまがあつたらこされお前等も 歓喜の笑に漂うたのだ。 心霊の餌さは歓喜と云ふぢやないか おれを命の親と尊め』 松彦は先に立つて歩み出せば、五三公は一足々々坂道を登り乍ら笑ひ半分に歌ひ始むる。 五三公『神が表に現はれて善と悪とを立分ける ババが川辺に現はれて万公とアクを苦しめる 此世を造りし神直日心も広き大直日 此世の鬼に巡り会ひ心もひどく悄気返り 只何事も人の世は直日に見直し宣直し 只何遍も人の前なぶられものに会はされて 身の過ちは宣直せ身の過ちを述べられて 万公の奴がベソをかく旭は照る共曇る共 アク公は川へはまる共月は盈つ共虧くる共 罪のあり丈さらす共仮令大地は沈む共 譬方なき大痴呆誠の力は世を救ふ 万公の畜生は夜這ひする三五教の宣伝使 ウラルの教の穴捜しウブスナ山を後にして 河鹿峠をよぢ登りウツカリ川辺に巡り会ひ 嬶の親になぐられる祠の森に来て見れば 玉国別の宣伝使野中の森を立出でて たまたま会うた婆娘猿に目玉をかき取られ 気の毒なりける次第なり皿のよな目玉をむき出され 気が気でならぬ次第なり険しき坂をエチエチと 下りて漸く山口の険しき流れを打わたり やうやう茲に息休め魔性の女に出会はし 荒肝とられし可笑しさよ万公が婆に追ひつかれ 欠点さらされし可笑しさよあゝ惟神々々 御霊幸ひましませよあゝ叶はぬから叶はぬから 目玉飛出しましませよアハヽヽツハアハヽヽヽ イヒヽヽツヒイヒヽヽヽウントコドツコイきつい坂 万公は足がだるからうおれも一度はお菊さまに 何とか都合よく巡り会ひマ一度万公の臆病振り 一伍一什を打明けて愛想をつかさせやらうかい それが万公の一生のお為になるに違ない これこれもうし松さまへ私の云ふのが違うたら どうぞ叱つて下さンせウントコドツコイ小北山 ウラナイ教の本山に一寸よう似た名称だ 此奴ア大方高姫や黒姫さまの慢心の 其ほとばりが芽をふいて怪体な教を立て通し 十曜の紋を引つけて世界をごまかし居るのだろ 何だか知らぬが五三公は一寸も気乗がせないぞや お寅のよな皺苦茶の婆さまばかりがウヨウヨと 両手を合せ水鼻汁を啜りまはして八釜しう 下らぬ事を囁きつ曲津を拝みてゐるのだろ あゝ惟神々々目玉飛出しましませよ アハヽヽハツハアハヽヽヽ最早ここらでやめておこ これから万公の番ぢやぞやあゝ惟神々々 息がつまつて出て来ない』 万公は負ぬ気になつて歌ひ出した。 万公『ウントコドツコイドツコイシヨ五三公の奴めが悋気して 何ぢやかンぢやと誂りよる貴様の事ぢやあるまいし かもうておくれなホツトイテ法界悋気も程がある 昔におうた古疵が一寸物言うたばつかりだ これも一つの御愛嬌昔はつまらぬ奴なれど 今は立派な宣伝使治国別の片腕だ ゴテゴテ言うて貰うまいおれにはおれの権利ある 松彦さンが偉うてもウブスナ山の神様に 許して貰うた事もなくホンの内証の宣伝使 治国別の留守役だ本当の事を云うたなら 万公さまが宣伝使臨事代理となる所だ コラコラ五三公アク公よタク、テク両人よつく聞け すべて此世に大業をなさうと思ふ人物は 大きな影のあるものだそれをばおかげといふのだぞ 冷血漢の五三公がどうして英雄豪傑の 心裡が分つてたまらうか子供は子供のやうにして 沈黙してるが悧巧だぞモウ之からは万公も 遠慮会釈はせぬ程に正々堂々先に立ち 治国別の代弁を努めて見よう皆の奴 おれの命令に反くのは治国別の命令に つまり反くといふものだ旭は照る共曇る共 五三公はこける共辷る共月は盈つ共虧くる共 狐は啼く共吼えるとも仮令大地は沈む共 仮令五三公は平太る共誠の力は世を救ふ 曲津の五三公は世を紊す此世を造りし神直日 此山登る神の御子心も広き大直日 乞食上りの皆の奴只何事も人の世は 高い山路シトシトと直日に見直せ聞直せ 並ンでドシドシ登りゆけ身の過ちは宣り直せ 皆過つてふン伸びよ三五教の宣伝使 アブナイ教のセンチ虫治国別に従ひて ハアハア山路分け登る悪魔の征途に上りゆく 飽迄つづくセンチ虫あははツはアハヽヽヽ どうやら種が切れて来た小北の山の真中で ババを垂れるかこきたないたうとう俺もへこたれた ハーハーフーフーフースースー オイ皆の奴、ドウコイ、皆の立派なお方、万々ここで御休息なさつたら何うですか。歌のまづい松彦さまに、テクの下手なテク公、ゴータクの上手なタク公、悪運の強いアク公、東海道の五十三次、一つここらで、休まう……かい』 松彦は吹き出し、 松彦『ハハー、たうとう弱りよつたなア、川端ではいぢめられ、森の中ではおどかされ、又山路で苦められ、よくよく万の悪い男だなア。アハヽヽヽ、併し何だか松彦も足が変になつて来た。幸ここにロハ台が並ンでゐる。全体とまれツ』 此声の終るか終らぬに万公はドスンと腰をおろす。続いて一同は嬉し相に腰を下ろし休息する。 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九王仁校正) |
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霊界物語 | 44_未_玉国別と治国別2 | 21 小北山 | 第二一章小北山〔一一九〇〕 松彦一行は暫く休憩の後、一町計り峻坂を登り、細い階段を二百計り刻み乍ら漸く小北山神館の門口に着きける。そこには白髪の老人が机を前に据ゑ、白衣に白袴で置物の様にキチンと坐つてゐる。奥の方にはザワザワと祈念の声が聞えて居る。松彦は、 松彦『お爺イさま、私は旅の者ですが、結構な神様がお祀りになつてあると承はり参拝をさして頂きました、ここの教は何と申しますか』 老人(文助)『お前さまはどこの方か知らぬが、ようマア、御参詣になりました。私は目が見えぬので、かうして受付けをやつてゐるのだが、それでも有難いもので、人の声を聞けば、男か女か年寄か若い者か心のよい人か悪い人か、よく分るのだから有難いものだ。そしてチヨコチヨコ人に頼まれて、此通り絵を書いてるのだ』 松彦『何と妙ですなア、一寸見せて御覧』 老人『ハイハイ見て下さい、これでも信者の人が喜ンで額にしたり、掛地にしたりするのだから……』 松彦『なる程、目の見えぬ人の書いた絵にしては感心なものだ。ヤア松に竜神さまが巻きついたり、蕪に大根、円山応挙でも跣で逃げ相だ。オイ万公さま、お前蕪に大根は好物だないか、一つ頂いたら何うだ』 万公『松彦さま、あなたも余程身魂が悪いと見えて、此絵を御覧なさい、お前さまの名の松に一本の角の生えた黒蛇が巻いてるぢやありませぬか』 老人『何処の方か知らぬが、これは竜宮の乙姫さまの御神体だ。黒蛇なぞと勿体ない事をいひなさるな』 万公『それでも大きな口があつて黒い縄が引ついとるぢやないか。それで私は黒い口縄だといつたのだ』 老人『アハヽヽヽ、お前さまは絵を見る目が無いから困つたものだナア』 万公『此方に目の無いのは当然だ。目の無いお爺イさまの書いたのだもの、こら大方冥土の竜神さまかも知れぬぞ』 老人『お前さまは此お館へ冷かしに来たのだな、そンな人は帰ンで下さい、アタ万の悪い』 松彦『お爺イさま、此奴ア、チと気が触れてますから、何卒了見してやつて下さい。実の所は此気違ひを直して頂かうと思つて連れて来ましたのぢや、田圃の中へ這入つて、大根や蕪の生を噛つたり、薩摩芋を土のついたなり、ほほばるのですから、困つた癲狂院代物ですわい。何とか直して頂く工夫はありますまいかな』 老人『成る程さう聞けばチツと此方は気が触れてると見えますわい、どうも私の霊に其様に始めから感じました。気の毒で厶いますなア。この気違ひは容易に直りますまいから、暫く気の鎮まる迄、石の牢がして厶いますから、お預かり申して三週間計り暗い所へ突つ込ンでおきませうよ』 万公『イヤもうお爺イさま結構です。貴方のお顔を拝ンでから、次第々々に気分がよくなり何うやらモウ正気になりました。モウ結構で厶います』 老人『それでも再発したりすると困るから、二三日入れて見ませうかな。松彦さまとやらお考へは何うですか』 万公は松彦の袖を頻りに引ぱつてゐる。 松彦『ヤア之位なら大した事はありますまい。マア暫く容子を見た上でお願する事に致しませう』 老人『そンなら貴方の御意見に任しませう。何時でも御預かり致しますから』 松彦『ハイ有難う厶います。何卒宜しう頼みます』 五三公は小声で万公の袖をチヨイチヨイと引ぱり、 五三公『オーイ松に黒蛇、大根に蕪計り書いてるぢやないか、丸で二十世紀の三五教の五六七殿に居る四方文蔵さまの様なお爺イさまだねえ』 万公『ウフヽヽオイあこに髭の生えた人が居るぢやないか。あの人こそ本当の神さまみた様だなア。あの先生に拝ンで貰うたら、有難いに違ひないぞ』 五三公『ナアにあれは謡の先生だ。大分に酒が好きだと見えて、あの顔の色みい、ホテつてるぢやないか』 万公『コリヤ大きな声で言ふな。聞えるぞ』 松彦は、 松彦『此教会の縁起が聞たいものですなア』 と云へば、老爺は心よく、 老人『ハイ此小北山のお広間は元はフサの国の北山村にあつたのだ。高姫黒姫といふ立派な宣伝使があり、高姫さまが教祖で、黒姫さまが副教祖であつた。たうとうあの人も惜い事になつたものだ。アブナイ教とかへ首を突込ンで了ひ、今はどうならしやつたか、便りもなし、実にアブナイ事をしたものだ。そこで総務をして厶つた蠑螈別さまが魔我彦といふ弟子を連れてここへお出になり、小北山の神殿というて、高姫の遺鉢を受け、ここで教を開かれたのだ。随分沢山の神様が集まつて厶る地の高天原ぢやぞえ。お前さまも神様の因縁があればこそ引寄せられなさつたのだよ』 松彦は、 松彦『有難う厶います。其蠑螈別さまはゐられますかなア』 老人『ハイ大奥にゐられますが、余りいろいろの神様が御出入り遊ばすので、お忙しうてお酒の接待計りしてゐられます』 松彦『蠑螈別様の一つの体にさう大勢お集まりになるのですかなア。ソリヤ大抵ぢやありませぬなア』 老人『今はかむづまり彦命と仰有いましてな、ウラナイ教の教祖で厶いますぞ。それだから随分沢山の神様が御出入り遊ばし、お神酒をあがるので、朝から晩まで本性はチツとも厶いませぬ、本当に妙ですワ。今仰有つた事と、少し後で仰有つた事とは、クレリツと違ふのですから、そこが所謂八百万の神様のお集まりなさる証拠です。何と偉いお方もあつたものですワイ』 松彦『さうするとお憑りになる神様は何と申しますかな』 老人『余り沢山で早速には数へる事も出来ませぬが、何を言つても、八百万の神さまですからな。先づ第一神集ひ彦の神、神議姫命様、葦原の瑞穂彦命様、八洲国平姫命様、言依さしまつりの命様、荒ぶる神様、言問し姫命様、神払彦命様、岩根木根立彦命様、片葉言止め姫命様、天の岩座放ちの命様、天の八重雲姫命様、厳の千別彦命様、四方の国中彦命様、下つ岩根彦命様、宮柱太しき立ての命様、天の御影彦、日のみかげ姫、益人姫、過ち犯し彦、くさぐさの罪の姫、畔放ち彦、みぞうめ姫、ひ放ちしきまき姫、串さし様……といふ様な立派な神様が沢山に祀つて厶います』 万公はあきれ顔で、 万公『丸で三五教の祝詞そつくりぢやないか。妙な名のついた神さまもあつたものぢやなア』 爺イは真面目な顔して、 老人『神様は其お働きに依つてお名が現はれて居るのだから、お名さへ聞けば何を御守護下さるといふ事がよく分るやうに、蠑螈別の教祖がおつけ遊ばしたのだ。元より神様に御名はない、人間が皆お名を差上げて称へまつるのだからなア』 松彦『成る程、如何にも御尤も。流石は蠑螈別の教祖様ですなア、お爺さま、一つ松彦に神様の因縁を聞かして下さいな、今仰有つた神様はどこに祀られて厶いますか』 老人『其神様は神言殿といふ御殿を立てて祀らねばならぬのだが、まだ準備中だ。かうして山のどてつ辺まで沢山の宮が建つてゐるが、一番下の大きな御殿が大門神社と云つて、世界根本の生えぬきの神様が祀つてあるのだ』 松彦『そして其神様の名は御存じですか』 老人『アハヽヽヽ、肝腎の御仕へしてる神様の名が分らいで何うなりますか、お前さまも余程分らずやだなア』 松彦『分らないからお尋ねしとるのぢやありませぬか』 老人『一番此世の御先祖さまが、国治立命様、それから左のお脇立がゆらり彦命、右のお脇立が、上義姫命様だ。そしてゆらり彦命様の又の御名末代日の王天の大神様と申しますのだ。それから日照す大神さまといふのが祀つてある、其神様の御分霊が羊姫様、羊姫の妹様が常世姫命様だよ。そして稚姫君命様は艮の金神様坤の金神様の御娘子だ』 松彦『一寸待つて下さい。ソリヤ少し配列が違はしませぬか』 老人『お黙りなさい。神様の戸籍調べをしてゐるのに、勿体ない何をグヅグヅ云ひなさる。気にいらな聞いて下さるな。モウいひませぬぞや』 松彦『イヤこれはこれは不調法申しました。どうぞ御教訓を願ひます』 老人『それなら聞かして上げやう。確り聞きなされ。此大門神社にはそれ丈の神様と、まだ外に沢山の神様がお祀りしてあるのだ。稚姫君命様が天地から御預かり遊ばした八人の結構な神様がある。第一に義理天上日出神様、第二に青森白木上の命様、次に天地尋常様、これ丈が男の神様、次に常世姫様、次が金竜姫様、次が大足姫様、次が琴上姫様、其次が金山姫様此三男五女が変性男子の系統で厶いますぞや。それから又常世姫様が天地の神様から始めてお預かりになり育て上げられた神様が八柱、これは五男三女だ、第一に地上大臣様、次がたがやし大臣様、次が地上丸様、次がきつく姫様、次が旭子姫様、次が花依姫様、此神様の霊が猿彦姫と変化、又変化遊ばしてみのり姫とやがてお成り遊ばすさうだ。それから早里姫、地上姫、以上十六柱が魂の根本の元の誠の生粋の大和魂の因縁の神様で厶います。これを合して四々十六の菊の神様と申します。それから又、義理天上さまが預つて育てた神様が七人厶る。第一に天照彦、天若彦、次が八王大神、大野大臣、それから道城よしのり、大広木正宗、柔道行成、都合二十三柱の神様が天地根本、生粋の霊の元の神様だ。これ位結構な神様の教を聞き乍ら、第一の教祖の高姫さまはアブナイ教へ沈没して了つたのだから惜いものですわい』 万公『もし松彦さま、サツパリ支離滅裂ぢやありませぬか。親かと思へば子になつたり、子かと思へば親になつたり、なンと訳の分らぬ神さまですな。マンマンマンマー』 老人『コレ、支離滅裂とは何を云ふのだ。ヤツパリお前は気違ひだな、黙つて聞かつしやらぬかいな』 万公『ハイ万々聞かして貰ひませぬワイ』 松彦『此奴あキ印ですから、どうぞ気にさえずに居つて下さい。松彦はお詫します』 老人『ヨシヨシ、今言うた二十三柱の神様が天地をお造り遊ばし、人間の姿を現はして、現界の政治を遊ばしたが大将軍様、常世姫様の夫婦で厶います。それが又、大将軍御夫婦が余り我が強いので、折角の神政が破れ、御退隠なされ、第二の政治をなされたのが、地上大臣様、耕し大臣様、そこへ地上丸様が御手伝遊ばして、三人世の元結構な世が開きかけてをつたが、又もや慢心が出て現界の政治が潰れ、止むを得ず又大将軍様が変化てサダ彦王となり、常世姫様が変化てサダ子姫となり、きつく姫、旭子姫、花依姫といふ三人の子をお生み遊ばしたが、又其政治が潰れ高天原は大騒動が始まりました。それから今度は四代目の天下の政治を遊ばしたのが、八王大神様と王竜姫様、王竜姫は後に大鶴姫とおなり遊ばした。又其政治がつぶれ、五代目の政治をなさつたのが大野大臣様、大野姫のお二方、此時は非常に盛であつて、世界中が一つに治まり、後にも先にもないやうな世の中の政治が行はれた。そして青森行成さまや、義理天上さま、天地尋常さまがお手伝ひをなさつたので、非常な勢になつて来た。そした所が余り世が上りつめて又大野大臣さまの政治がメチヤメチヤに破れ、第六番目には道場美成様と事足姫の御夫婦が御政治を遊ばし、大広木正宗、柔道行成といふ二人のお子さまが出来、いよいよ神政成就が成上がつたと思へば少しの間に又もや、慢心を遊ばし、八岐大蛇や金毛九尾曲鬼の悪霊に蹂躙されて、世の中がサーパリわやになつて了ひ、そこへ変性女子の素盞嗚尊が現はれて、悪の鏡を出したものだから、今日のやうな強い者勝の世界が出来たのだ。此ウラナイ教は御覧の通り天下太平上下一致だが三五教にバラモン教、ウラル教などは戦ばかりしてゐるぢやないか。神様が喧嘩なさるといふ事はある可からざる事だ、お前さまもそンな喧嘩好の神様を信仰せずにウラナイ教の神様を信仰をなされ、昔の昔のさる昔の因縁から、根本の根本から、大先祖の因縁、霊魂の性来、手に取る如くに分りますぞや。あゝ惟神霊幸倍坐世』 万公『アハヽヽヽ万公は満口が閉さがらぬワ、イヒヽヽヽ』 松彦『又気が違ひ出した、困つた奴だなア、ウツフヽヽ、松彦も困りますよ』 老人『これで此大門神社の神様の因縁はあらまし分つたでせう』 松彦『ハイ、よく分りました。有難う厶いました。貴方は随分詳しいお爺さまだが、お名は何と申しますかな』 老人『私はおちたきつ彦と申しますよ』 松彦『ヘー、長いお名ですな』 老人『蠑螈別様に頂いた神名だから、長くても仕方がありませぬ。名が長い者は長生をするとかいひますから、モ少し長くてもいいのですが、まだ修行が足らぬので、ここらで止められて居るので厶います。私の修行が積みた上は、おちたきつ速川の瀬にます彦命といふ名をやらうと仰有いました』 一同『ウツフヽヽ、エツヘヽヽ』 と一同は笑ふ。 老人『サア是から、種物神社へ案内致しませう』 松彦『老爺さま、目のお悪いのにすみませぬなア』 老人『目が悪いと云つても、神様の御用ならば何でも出来るのだ。サアついて来なさい。きつい山だぞえ、辷りこけて向脛を打つたり、腰をぬかさぬやうになさいませや』 と云ひ乍ら、種物神社の前へエチエチと登りつめた。 松彦『ここには石造りの宮と木造の拝殿が建つて居りますなア。何とマア偉い断岩絶壁を開いて建てられたものですなア』 老人『ハイ之は大将軍様の生宮と地上丸さまの生宮が鶴嘴の先が擂粉木になる所迄岩をこついてお造り遊ばしたのだ。何と感心なもので厶いませうがなア。此神様に地の世界の大神様と日の丸姫の大神様が祀つてある。そして右の方に義理天上さまと玉乗姫様と祀る事になつて居ります。左の方には大将軍様と常世姫様のお宮が建つのです。これは世界の万物の種物をお始め遊ばした結構な結構な根本の神様ですから、よく拝みておきなさい。お前さまも若いからどうせ種まきをせにやならぬのだろ。神の生宮をポイポイと拵へるのが神の役目だから、今こそ男と女が暗がりで、かが安う生宮を拵へるやうになつたが、昔は人間一人仲々並や大抵で作れたものでありませぬぞや。其お徳にあやかる為に種物神社に祭つてあるのだ』 松彦『ハイ有難う』 と松彦はうつむく。 老人『サア之から、おちたきつ彦がモ一つの上のお宮様を御案内致しませう』 万公は、 万公『モシモシお爺イさま、そンなきつい岩石を目の悪いのに登つて、何卒谷底へ落ちたきつ彦にならぬ様に願ひますで。サア五三公、アク、タク、テク、お爺イさまのお伴だ。何とマアきつい坂だなア』 老人『あゝあ、人に改心さそうと思へば仲々の苦労だ。ソレ御覧なさい、ここに木造りの宮が三社建つてをるだろ。中央が生場神社の大神様、岩照姫の大神様、此御夫婦が祀つてある。右のお社はりんとう美天大臣様、木曽義姫の大神様の御夫婦が祀つてあるのだ。そして左の方の宮には五六七上十の大神様、旭の豊栄昇りの大神様御夫婦が祀つてあるのだ。モ一つ上に三社あるけれど、これから上は道がないから、ここからお話しておかう。石の宮が三社あつて、正中が月の大神様、日の大神様御夫婦が祀つてある。右の石の宮は末代日の王天の大神様上義姫大神様御夫婦がお祀りになつてゐる。左の方が日照らす大神様、大照皇大神宮様御夫婦が御祀りだ。何と結構な地の高天原が開けたものでせうがな』 松彦『モウ此外に神様の祀つてある所はありませぬかナ』 老人『まだない事はないが、さう一遍にお話しすると、話の種が切れるから、又今度にのけておきませうかい。お前さまも一遍に食滞しては困るからなア』 万公『アツハヽヽヽお爺イさま、御苦労でした。実の所は私は三五教の宣伝使、治国別命の片腕の万公さまだ。気違でも何でもないのだから、さう思うて下さい。随分怪体な神さまばかり、能う拝まして下さつた。これも話の種になりますわい。『霊界物語』にのせたら、キツと大喝采を得ませう。お前さまの方では種物神社だが、此万公さまは種取り神社だ。義理かき天上の神様となつて、これからウラナイ教を一生懸命に信神しませぬワ。オツホヽヽ』 老人『この年寄を此処迄連れて来て、何と云ふ愛想づかしを云ふのだい。それだから三五教は悪の教といふのだよ。大方お前も変性女子の廻し者だろ、油断のならぬ代物だなア』 松彦『此奴ア、お爺イさま気が違うてるのですから、どうぞ気に触へて下さいますな』 老人『あゝさうださうだ、気の触れた方だつたなア。何ぼ気違でも余りな事云ふと気の宜うないものだ。併し気違ひとあれば咎める訳にもゆかぬ、見直し聞直しておかう』 松彦『ハイ有難う厶いました。お年寄に高い所迄御苦労になりまして申訳が厶いませぬ』 老人『お前さま達、下の大広間で今晩はお泊りなされ、女ばかり百人あまりも鮨詰になつて寝て居ります』 五三公はにやりとしながら、 五三公『オイ、アク、タク、テク、泊めて貰はうかなア』 アク『なンだ、女ばかり鮨詰になつてると、爺さまが言つたら、顔の紐迄解きよつて、アタ見つともない、女の側は険呑だ。サア松彦さま、遅れちやなりませぬ、折角のお爺さまの御親切だが、今日はマア御免被つて、又改めてお世話になりませうか』 松彦『あゝそれがよからう、お爺イさま、どうぞ蠑螈別さまに宜しう言つて下さい。今日は急ぎますから、これで御免を蒙ります』 老人『万さまとやらを気を付けて上げて下さいや、危ない一本橋がありますから、川の中へでも、気の触れた人は飛込むかも知れませぬからな』 松彦『ハイ御親切に有難う厶います。サア一同の者、お暇乞ひして急がう。発車時間に遅れちや今夜中に万寿山へ帰れぬからなア。お爺さま左様なら』 万公『おちたきつ速川の瀬にます彦の神さま、万々々公有難う厶いました』 老人『アハヽヽヽ、気を付けてお帰りなさい、万公さまとやら』 (大正一一・一二・九旧一〇・二一松村真澄録) (昭和九・一二・二九於湯ケ嶋王仁校正) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 14 三昧経 | 第一四章三昧経〔一二〇四〕 蠑螈別はお寅婆アさまに抓められ、鼻をねぢられ気絶した揚句、犬も喰はない悋気喧嘩をケロリと忘れて、奥の一間でお寅婆アの酌で再び般若湯に舌鼓を打始めた。お寅は神より大切に思うて居つた千両の小判を悪因縁のまはり合せか、十五年前にふりすてた夫、酔どれの熊公にふンごまれ、酒をしたたか呑みつぶされ、ふンだくられて劫を煮やし、迷信者にはよくある信仰上のグラツキを始め出し、口を極めて屁のつつ張りにもならぬ神だとコキおろした揚句、自ら舌を噛み、ハツと気がつき、再び神を礼拝する心に立返つた。五三公は今こそ迷夢を醒ましやらむと歌によそひて説明した。小北山の祭神の虚偽的無名の神なること、高姫が自ら心に積んだ罪悪のために、一旦根底の国に陥り、天の八衢にさまよひ、漸く息を吹返し、気が遠くなつてゐる所へ、其虚を窺つて這入つて来た古狐が神の真似をして、いろいろの他愛もない神名を編み出し、日の出神の生宮と妄信し、自分は変性男子の系統だ、生粋の大和魂だと固く主張し出し、三千世界のことは此日の出神でなければ分らぬ、之を変性女子にソツと知らしてやるお役だと、悪い狐に誑かされて、益々固く自分の副守を信じ出し、変性女子の御霊や金勝要神の御霊が取上げぬのを、非常に憤慨し、黒姫、蠑螈別、魔我彦、其外精神上に大欠陥のあるデモ紳士や婆嬶共を籠絡し、三五教の信者より寄附金を集め、北山村に本拠を構へてゐた所、とうとう化がはげかけたので、蠑螈別に命じ、小北山へ本山を移すことを命じておいたのである。其内に肝腎の高姫、黒姫は極悪無道の神と思つてゐた神素盞嗚大神の仁慈の徳に感歎し、ウラナイ教を弊履の如くに棄てて、三五教に帰順し、宣伝使の中にヤツと加へられたのである。併し乍ら執着心はどこ迄も強く、自分は義理天上日出神の生宮だといふ観念は中々容易に除れなかつた。又黒姫は黒姫で自分こそ竜宮の乙姫の生宮だと固く信じ、随分三五教の宣伝使を手古摺らしたものである。併しながら言依別命以下の熱心なる種々の薫陶に依つて、高姫、黒姫は一日々々薄紙をヘグ様に迷ひの雲が心の空から取除かれた。今は全く二人は迷夢も醒めて、今迄の自分の言行を省み、羞恥の心に悩んでゐる。然るに蠑螈別は依然として高姫の遺鉢をつぎ、執念深くウラナイ教を支持してゐた。其理由は、今迄高姫、黒姫の肉体を機関として三五の誠の教を攪乱せむと企んでゐた諸々の悪魔共は、高姫、黒姫の帰順と共に其身内に止まる余地なく次第々々に脱出して、小北山の蠑螈別、魔我彦、お寅婆さまの肉体に全部宿替をして了つたのである。それだから此等三人の猛烈なる迷信は以前の高姫、黒姫に優る共決して劣らなかつた。又蠑螈別は以前は軍人であつて、相当の社会的教育もあり、一寸哲学もカジリ、各宗の教典も生かじりて稍見聞を広くして居たから、曲神が道具に使ふのには、高姫、黒姫よりも余程の便利があるのだ。併し乍ら何程常識があつても、学問があつても、肝腎要の良心を犯され、精神の大欠陥を来した上は、世間の所謂賢人も学者もヤツパリ愚夫愚婦以上に始末がをへなくなるものである。蠑螈別は高姫のあらはした支離滅裂な神名や教理を審判することの出来ない様な文盲者ではないが、併し乍ら最早今日となつては公平な理解力も全然失つて居た。それ故晨にウラナイの神を念じ、日中にアーメンを叫び、夕暮になれば数珠をもみ、鈴を鳴らして、仏の教典を一生懸命に読誦して唯一の善行と信じてゐたのである。 蠑螈別の有難がつて唱へる御経はいつも観物三昧経であつた。此経文は釈迦仏の弟子共の偽作であつて、仏教弘通の方便として、釈迦を弁護する為に作つたものである。要するに此経文は釈迦に対し贔屓の引倒しであることは少し思慮ある者は悟り得ることであらう。夕暮になつたので、蠑螈別は例の如く数珠をもみ、鈴を打鳴らし乍ら観物三昧経を称へ出した。 蠑螈別『爾時太子於其根処出白蓮華。其色紅白上下二三華相連。諸女見已復相謂言。如此神人有蓮華相。此人云何。心有染著。作此語已噎不能言。是時蓮中忽有身根如童子形。諸女見已更不勝喜悦現此相。時羅睺羅母見彼身根華々相次如天劫貝。一々華上乃有無数大身菩薩。手執白華囲繞身根現已還没。爾時復有諸婬女等。皆言。瞿曇是無根人。仏聞此語如馬王相漸々出現。初出之時猶如八歳童子身根。漸々長大如少年形。諸女見已皆悉歓喜。時漸長大如蓮華幢。一々層間有百億蓮華。一々蓮華有百億宝色。一々色中有百億化仏。一々化仏有百億菩薩無量大衆。以為侍者。時諸化仏異口同音毀諸女人悪欲。而説偈言。 若有諸男子年皆十五六盛壮多力勢 数満恒河沙持以供給女不満須臾意 時諸女人聞此語已。心懐慚愧懊悩。躃地挙手拍頭。而嗚呼悪欲。各厭女身皆発菩提心』[※底本では返り点が付いているが霊界物語ネットでは省略した。]チーン…… 万公、五三公、アク、テク、タクの五人はヘグレ神社をブラブラと巡見して種々と批評を試みて居た所、俄に不思議な、神の館に似合はず、経文の声が聞えて来たので、ソツと壁の外から、足音を忍ばせ、どこの坊主がやつて来て、経文を称へてゐるのだらう、蠑螈別も余程物好だ、ドレ一つ考へて見ようかと、一行五人は耳をすまして聞いてゐる。五人の中で仏の経文を知つてゐる者は五三公一人であつた。 五三『あゝコリヤ不思議だ、あの声は蠑螈別だ。観物三昧経を上げてゐる様だ。ヤツパリ三教合同の御本尊の眷族だと聞いてゐたが、神、仏、耶混淆のウラナイ教の教主さまだな』 万公『観物三昧経にはどんなことが云つてあるのだ。一つ其訳を聞きたいものだなア。オイ是から蠑螈別さまに拝謁を願つて、お経の解説を願ふことにしようかなア』 五三『何……ダメだよ、観物三昧経の真相が理解されたら、馬鹿らしくつて、有難さうに唱へられるものぢやない。ああして棒読みにダヽブダダヽブダと読んで行くから、有難い様に聞えるのだ』 万公『さうするとヤツパリ分らぬのが有難いのかなア。五三公さま、お前経文の精神を知つてゐるのなら、一つ其説明を願ひたいものだなア』 五三『余り馬鹿らしくて、説明する丈の価値がないのだ。お釈迦さまも、ああして祭り込まれちや、本当にお気の毒だ。露骨に言へば……全体釈迦如来様は無生無死の大神人国大立尊の別御霊なる大八洲彦命様が月照彦と現はれ三五教の教を宣布し、永く幽政を掌り遂には久劫の昔から成仏して都率天といふ天上に坐し坐し印度の国に於て再び肉体を示顕され時代と地方との関係上から仏法を弘布せむと天津神様の命令を奉じて浄飯王の妻摩耶夫人の腹に宿つて生れ婆羅門教の勢力旺盛にして刹帝利族を圧迫し且つ毘舎、首陀の二族を虐げ弊害が甚だしかつたので婆羅門教を言向和すべく活動されたのだ。併しその教の流れを汲む後世の仏弟子どもが若し人に、釈迦はそれ程久しい昔から成仏して居たといつたならば、妻子の如きものが在るべき筈がないと難じられた時に困る訳だから、その時の尻を結ぶために糞坊主どもが言つたことだ。まだまだその他の仏教にも尻の結べぬ事が書いて居るが皆釈迦如来の精神ではないのだ。 今唱へて居るのは観物三昧経だが、その意味を訳すれば、釈迦は妻を娶つたけれど交合を為なかつた、所が耶輸陀羅を始め数多の侍女どもが非常に怪しんで居た時に、侍女の一人が云ふには妾は釈迦に奉事して永らくの年を経たけれども未だにその根を見たことが無い、況んや世事あらむやといふ、但俺が根と云つたるは即ち陰茎のことだ。そして世事と云ふのは、やがて交合の事だ、何の事はない釈迦に仕へて年を経たけれどもその陰茎を見たことが無いから況して交合はせぬ筈ぢやと云ふのだ。時にまた一人の女が云ふには、妾は太子に仕へて十八年を経たが未だ太子の便利の患あるを見ない況ンや復た諸の余を見ようぞと云つた。そこで一同が然らば太子は男ではあるまいと云つて居るので釈迦は之を察して態と昼寝をして彼の一物を出して見せた、其趣を経文の儘に棒読みにするから実に有難く見えたり聞えたりするのだ、アハヽヽヽ後の坊主どもが釈迦を贔屓に思ひ過ごしてこんな馬鹿な説を作つて贔屓の引倒しを為たものだ。何程わからぬ人間だとて蠑螈別の如き文盲なものばかりも有るもので無いから坊主のやうにダヽブダダヽブダダヽブダとばかり読んで居らず、たまさかには俺の様にシヤンと読む人もあるからなア、こんな具合で諸々の仏経は尽く釈迦に托して後の仏者どもが偽作したものだよ、大方の人間は凡ての仏経は全部阿難が書いて置いたものだと固く思つて居るから目指して釈迦を譏つたり非難する様になるのだ』 万公『ヤア有難い。併し乍らヒイキの引倒し、商売道具に使はれちや、お釈迦さまもキツと阿弥陀をこぼして厶るだらう。何程教祖は正しいことを云つても、後の奴がいろいろと誤解をしたり、勝手な熱を吹いたり、自分の説が通らないと、如是我聞とつけて、釈迦に是の如く聞いたと自説を弁護せうとするのだから困つたものだな、併し五三公さま、お前は一行中の大学者だ、ヤアもう感心した、今後は決してお前を軽蔑しないから、どうぞ俺に知識の分配をしてくれ、お頼みだ』 五三『ヨシヨシ俺も神でもなければ仏でもないのだから、万屋の様に何でも引受けるといふことは出来ない。蠑螈別の様に知らぬことでも何とか理屈をつけてチヨロまかすのなら、どうでもなるが、ゴマ化しは永続きがせぬからな、そして又下根の人間に何程結構なことを聞かした所で、聞く耳がないと反対に取れるものだ、さうだから愚夫愚婦には却て誠のことは言はれないのだ。自分の暗愚な卑劣な心を標準として、凡ての人間は聞くのだから、玉に光のない者には本当のことを云つてやると却て誤解するものだ、併し万公さまは下根ではない、中根位な所だから、天国で云へば第二天国といふ所だ。第二天国相応の説明を与へることにせう』 万公『ヤア有難い、中根なら結構だ。俺は又下根だと言はれるかと思つてヒヤヒヤしてゐたよ』 五三『上根にも上中下があり、中根の中にも又上中下があり、下根の中にも亦上中下があつて、三三が九階級、区別がついてゐるのだ、これもホンの大要で、細かく言へば百八十段になる』 万公『さうすると、此万公は中の中位な者かなア』 五三『さうだなア、ヤツとマア中の下位な者だらうよ』 アク『五三公さま、私はどこら位ですか』 五三『ウン、お前は比較的霊が研けてゐる、中根の上だ、モ一つ気張れば上根に進むのだよ』 万公『オイ、アク、慢心すなよ、お芽出たう』 アク『五三公さま、イヤ先生、私のやうな霊でも中の上位な理解力がありますかな』 五三『ハイ大丈夫ですよ、併し慢心をすると、すぐに落ちますからな、ハヽヽヽヽ』 タク『先生、私はどこらですか』 五三『ウン、お前はさうだなア、何と云つてよからうかな』 タク『ヘー、さうすると上中下三根を超越してゐるのですか』 五三『番外だなア、よいと云へばよい、悪いと云へば悪い、まだ混沌として鶏子の如く、溟淆にして牙を含めりと云ふ所だ』 タク『あゝさうすると、開闢の初に現はれた国治立命様同様の身魂ですかな、即ち化して神となる、国治立命と号す……といふ様なものですか。成程国治立命様は世界最初の偉い神様であり乍ら、一番世の中におちぶれて御座つたといふ事だから、いかにも番外でせう。オイ、中の下先生、中の上先生、どうですなア』 万公『ハヽヽヽ、国所立退きの命だな、砂が化して瓦となるといふ所だ』 テク『先生、私は何ですか』 五三『さうだなア、テクもタクと余り勝ち負はないだらう』 テク『ヤア有難う』 万公『ハヽヽヽつまり言へば神界のハネノケ者だ。チツと之から観物三昧経でも研究して、下の下位迄進んだらよからうぞ、ウツフヽヽ』 テク『馬鹿にすない、あんな者がこんな者になるといふ仕組だ、今よくても先がよくならねば誠でないぞよ。霊がよいと申して慢心致すとスコタンを食ふぞよ、万公どのに気をつけるぞよ、早く改心して下されよ、改心が一等ぞよ。艮婆アに間違ないぞよ、蠑螈別の女房お寅が気をつけるぞよ、アハヽヽヽ』 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 16 雨露月 | 第一六章雨露月〔一二〇六〕 教の庭も大広木正宗さまの肉の宮 出入遊ばす神様にお神酒をすすめて管を巻き 曲角狸止を奏上し酒酌み交はしグイグイと 心は浮れて天国の園に遊べるよい機嫌 潮時見すましお寅さま大広前に現はれて 夕の御礼を申さむとお菊を側に侍らせて 酒の相手をさせ乍らいといかめしき装束を 体にまとひ中啓を殊勝らしくもひん握り 教祖の館を立ち出でて五三公、万公外三人 伴ひ乍ら悠々と大神殿に参入し 恭しくも拍手をうちて四辺の空気をば いやが上にも濁らせつ曲角狸止を奏上し 自分勝手の願をば百万だらりと宣べ立てて 五人に暇を告げ乍ら慌しくも蠑螈別 潜む一間へ帰り行くあとに万公、五三公は 戸棚の襖を引きあけて夜具や枕をとり出し 大広前に布き並べ足を伸ばして横たはり 皆口々に三五の天津祝詞を奏上し 終つて互に高姫や黒姫司を初めとし お寅婆さまの身の上や蠑螈別のローマンス ひそびそ笑ひ囁きつ漸く寝に就きにける 万公さまは目を醒まし四人の寝息を窺ひつ 玄関口の雨戸をば音せぬ様にひきあけて ブラリブラリと庭内をうろつき初めお菊さまは もしや外には居るまいか一つ直接談判を やつて見なくちや納まらぬ五三公さまを初めとし 白河夜舟の四人づれ俺もこれから彼奴等が 夢にも知らぬ白河の夜舟に一つ乗つて見よか 櫓櫂の音がキクキクと聞えて来さうなものぢやなあ お寅の港に寄り来たる老朽船や新造船 何の方向を尋ねたら波止場に出づる事ぢややら 本当に誠に気がもめるあゝ惟神々々 結縁の神の御恵みに何卒嬉しきおもてなし 偏へに願ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも星は天から下るとも 鼬が最後屁放るとてもお寅婆さまが万公を 耕し大神の生宮ぢや娘のお菊は地上姫 テツキリ夫婦の身魂故霊肉茲に合致して 大神業に参加せば小北の山は万歳だ 等と甘い事云ひよつた俺はもとよりウラナイの 神は信用せぬけれどお寅婆さまの言ひ草が 万公さまの気に入つたここは一先づ猫冠り お菊を首尾克く女房に定めた上に潮時を 考へすまし三五の教の道に帰順させ 夫婦手に手を取り交はし松彦さまに従ひて 悪魔の征途に上らうか我慢の強いお寅さまも 可愛い娘が三五の道に信仰した上は 屹度信仰するだらうさうなりや万公の結婚も 決して無意味にや終らない神と恋との二道を かけて愈神界の大神業に加はらば 誠に都合のよい事だ待てば海路の風が吹く 松彦さまは久振り恋しき女房に巡り合ひ 俺は又もや義妹に思はぬ処で出会はし ここで愈結婚の式を挙げる様になつたのも 何かの神の引合せ之程ボロイ事はない これを思へば五三公やアク、タク、テクの三人が 気の毒さうになつて来たほんに浮世はままならぬ 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 五三公さまの眼力は実に驚く外はない あれ程六かしい三昧経苦もなく解いた其手腕 並々ならぬ人物だあれを聞いたら松彦も さぞや感心するだらう俺も今迄五三公を あれ程偉い人物と夢にも思うて居なかつた 天教山に現れませる木の花姫の御化身か 何処とはなしに違つてる五三公さまの寝姿を 一寸覗ひ眺むれば何とも知れぬ霊光が 周囲を包んでゐた様だ此奴あ迂濶戯言も 云ふてはならぬ化物だあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして蠑螈別や魔我彦や お寅婆さまが目を醒まし誠一つの三五の 道を悟つて神政の教を四方に開くべく 守らせ玉へ三五の道を守らす大御神 国治立の御前に慎み敬ひ祈ぎ奉る と庭園のロハ台に腰を打かけて歌つて居るのは万公である。 万公『あゝ、何と暗い夜だな、星は随分沢山に現はれてゐるが矢張り月の光でないと駄目だわい、然し乍ら青春の血に燃ゆる若き男女のむすびの神は矢張闇夜だ。お菊と情的締結の最中に空から円い顔で覗かれちや、あまり見つともよくないからな。 あれ見やしやんせ、あれ、あの人は 橋の欄干で艶文を読む 雲が悋気で月かくす。 お月さまも若い男女のローマンスを御覧になると嬉しがつてニコニコなさるさうだ。いや嬉しがつてでない、可笑しくて笑ふのだらう。そこを雲の奴、悋気しやがつて、艶文を見えない様にするのだから雲と云ふ奴あ、意地の悪いものだ。鬼雲彦だつて矢張此世の雲だからな』 と独り呟いて居る。其処へ足音を忍ばせてやつて来る一つの影があつた。万公は思はず胸を躍らせた。此人影は果して何者なりしか。 (大正一一・一二・一三旧一〇・二五北村隆光録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 08 黒狐 | 第八章黒狐〔一二一八〕 お寅は昼過になつても蠑螈別が帰つて来ないので、ソロソロ神の神力を疑ひ出し、松姫館に駆け込んだ。 お寅『ご免なさいませ、お邪魔にはなりませぬかな、下の御広間は随分乱痴気騒ぎが起つてゐましたが、余り御夫婦仲がいいので、お耳に達せなかつたと見えますな。ソリヤ無理も厶いませぬワ』 松姫『あゝお寅さま、よう来て下さいました、何か急用でも出来ましたのですか』 お寅『コレ、贋の上義姫様、ようそんな事をヌツケリコと言うてゐられますな。蠑螈別さまはどうして下さつたのです。早うて夜明、遅くて昼時分には引寄せてやらうと仰有つたぢやありませぬか。モウ殆ど八つ時、蠑螈別さまの影もささぬぢやありませぬか』 松姫『あゝさうでしたねえ、お気のもめた事でせう。もし松彦さま、蠑螈別さまはどうなつたのでせうかな』 松彦『さうだなア、お寅さまの改心次第だ。二つ目にはつねられたり、鼻をねぢられたりしられちや、誰だつてコリコリするからな』 お寅『コレ、贋の末代様、お前さまは私に何と仰有つた。そんなウソを言つて、神様の御用する人が、よいのですか。他の人の守護神はウソにした所で、松姫さまは上義姫様、あなたは末代様に違ないと、今の今まで深く信じて居りましたが、そんなこと仰有ると、末代様も上義姫様も、疑はずには居られませぬぞや』 松姫『ホヽヽヽヽ、あのお寅さまの六かしいお顔わいの。私は松姫だと云つてるのに、お前さま等が勝手に松と云ふ字がついとる以上は、末代様の奥様の霊に違ひない。さうすると上義姫の生宮だと、お前さま等がよつてかかつて祭り上げたのぢやないか。決して私の方から上義姫だと名告つたのぢやありませぬよ。今更贋だの本物だと云つて貰つても、私に関係も責任もないぢやありませぬか』 お寅『そんなこた、あとで承はりませう。一体全体、蠑螈別さまは何うなさつたのですか。今日帰るとか明日帰るとか、ハツキリと白状しなさい』 松姫『ホヽヽヽヽ、私がかくしたものか何ぞのやうに、白状しなさいとは痛み入ります。あんな酒飲男が二日や三日居らなくてもいいぢやありませぬか。何一つ世間の間にも合はず、酒ばかり飲んでゐられちや、どんな物好な人だつて、愛想をつかして放り出して了ひますよ。さうすりや止むなく此処へ帰つて来な仕方がないぢやありませぬか』 お寅『お金なしに出て居るのなら帰つて来るかも知れませぬが、何と云つても九千両の金を持つてゐたのですから、其金を持つて、そこら中をお民の奴とウロつきますわいな』 松姫『何程ウロついたつて、遊んで食へば山もなくなるとか言ひますから、金さへなくなれば帰つて来られますワイ。何程沢山に使つても、九千両あれば、お民さまと夫婦が二十年や三十年は大丈夫ですからなア、マアそれ迄お待ちやしたら何うです』 松彦『ウツフヽヽヽ』 お寅『コレ、末代さま、何が可笑しい、私がこれだけ気をもんでるのに、お笑ひ遊ばすのか。人の悲しみがあなたは可笑しいのですか』 と喰つてかからうとする。 松姫『事情を聞けばお気の毒ですが、併しこれも自分から出た錆だから仕方がないぢやありませぬか。チイと金のありさうな信者に、リントウビテン大臣とか、五六七成就の神様だとか、旭の豊栄昇り姫、岩照姫、木曽義姫などと、ありもせぬ名をお附け遊ばして、随喜の涙をこぼさせて集めたお金が、なぜあなたの身につきますか。蠑螈別さまは、お前さまの罪を取つて上げようと思つて、其金を持つてお逃げ遊ばしたのですよ。つまり蠑螈別さまとお民さまはお前さまの罪取主、助け舟、命の御恩人だから御喜びなさい。正しき信仰上の目から見れば、お寅さま、あなたは随分よい御かげを頂きましたね』 お寅『馬鹿らしい、こんな御かげが何処にありますか。私もこれから、蠑螈別の後を追つかけて、金を取返し、恨みを言はねば承知しませぬ』 松姫『オホヽヽヽ、貴女の恨はよう利きませうよ。清浄潔白の貴女のお言葉なら釘も利きませうが、弱点を知り合うた仲、犬も食はぬ夫婦喧嘩になつて了ひますよ。それにお民さまは娘盛りのキレイなお方、お前さまは五十の尻を作つた、言ふとすまぬが古手婆アさま、誰だつて浮気者だつたらお民さまの方へ肩をもつのは当然ですわ。お前さまもいい年して蠑螈別様の愛を独占しようなぞとは余り虫がよ過ぎるぢやありませぬか。貴女、其鼻何うなさいました。ハヂケてゐるぢやありませぬか。大方夜前追つかけていた時に転けて打ちなさつたのでせう。神様の教にも、改心致さぬと鼻を打たねばならぬ事が出来るぞよと示されてあるぢやありませぬか。貴方は実地教育をうけ、結構な御かげを頂きやしたねえ、本当にお羨ましう厶いますワ』 お寅『ヘン、馬鹿にしなさるな、よい加減に人を嘲斎坊にしておきなさい。此お寅だつて石地蔵や人形ぢやありませぬから、チツとは性念がありますよ。お前さまは松彦さまといふ夫に会ひ、吾子が分つたのだからソラ嬉しいでせう、又勢も強いでせう。それだからそんな気強い事がいへるのだ。私の身になつて御覧なさい』 松彦『モシお寅さま、モウいい加減に蠑螈別さまのこたア思ひ切られたら何うです。又何うしても夫がなくちやならぬのならば、適当な男をお世話致しますワ』 お寅『ヘン、余り馬鹿にして下さるな、私は男が欲しいので騒いでるのぢやありませぬ。只神様の為、世人の為になくてはならぬ蠑螈別さまだから、天下の為に気をいらつてゐるのですよ。五十の尻を作つて男なんか要つてたまりますか。そんな柔弱な魂だと思つて貰ひますと、ヘン、チツト片腹痛い』 松彦『あゝさうですか。それで時々徳利が舞うたり、盃が砕けたり、鼻をねぢつたり、気絶したり、いろいろな珍妙な活劇をおやりなさるのですな』 お寅『エヽなになつと勝手に言つておかつしやい。御夫婦仲よう、しつぽりとお楽しみ、左様なら、永らく殺風景な婆アが久しぶりの御対面、嬉し泣きの場面を汚しましてはすみませぬ。エライお邪魔を致しました。気の利かぬ婆アで厶いますから、どうぞお許し下さいませ』 かく毒ついてる所へ、スタスタと上つて来たのはお菊であつた。 お菊『ご免なさいませ、お寅さま、否お母アさまは来てゐられますかな』 お寅『コレお菊、お前は何しに、こんな所へ来るのだい、サアお帰りお帰り、年も行かぬくせに小マしやくれた、ぢきに私の内証話を聞きに来るのぢやな』 お菊『別に聞きに来たいこたないのだけれど、何時も蠑螈別さまと酒に酔うて、大きな声で悋気喧嘩をなさるものだから、又ここへ岡焼にでもしに厶つたのかと案じて来て見たのよ。お母アさまは法界悋気が上手だからねえ』 お寅『早く帰りなさい』 お菊『五六七成就の生宮さまと、旭の豊栄昇り姫の生宮さまとが大広間を飛出し、春さままでが後について、悪口タラダラ坂を降り、神政松の下へ行つて、十六本の松を引抜き、岩を砕かうとして居るさうぢやから、一寸知らしに来たのよ』 お寅『松位引いたつて、また植ゑ替へたらいいのだ。何程お福さまや竹さまが力が強うても、あの石はビクツともならないから、放つときなさい。それよりも早くお帰り』 お菊『それなら帰りますワ。万公さまが首を伸ばして待つてゐますからねえ』 松姫『オホヽヽヽ』 お寅『親を弄るといふ事があるものかいな、お前はそれ程万公さまに惚れてゐるのかい』 お菊『惚れてますとも……ほれたほれた、何がほれた、馬が小便して地がほれた……といふ程惚れてますのよ。ホツホヽヽヽ、併しお母アさま、あなたの喜ぶ事が出来たのだけれど、余り憎らしい事をいふから、もう言はないワ、ねえ松姫さま、こんな憎い口を叩くお母アさまには、何ぼ娘だつて、バカらしうて言つてやれませぬわねえ』 松姫『結構な方がみえましたね、定めてお喜びでせう、お母アさまは……』 お寅『ナアニ、結構な事とは、コレお菊何ぢやいなア、早く言つておくれ、私も都合があるから』 お菊『そらさうでせう。言はうかなア、ヤツパリ言はうまいかなア、こんな事さうヅケヅケといつて了ふと、互に楽みが薄くなるから、これは夢にしておきませうかい』 お寅『エヽ焦心たい、早く言はぬのかいなア』 お菊『イのつく人が、神様のおかげで、スタスタと帰つて来ましたよ』 お寅『ナアニ、蠑螈別さまがな、さうだろさうだろ、ヤア松彦さま、松姫さま、誠にすみませなんだ。貴方の御神力は偉いものですな。御教とは一時半程遅れましたけれど、帰つてさへくれたら、これで神政成就の太柱がつかめます。神様もさぞお喜びで厶いませう』 お菊『神様はお喜びなさるか、なさらぬか知りませぬが、お母アさまは嘸お喜びでせうね。私だつて余りイヤな事は、ない事はありませぬわねえ、ホツホヽヽヽ』 夢寐にも忘れぬ恋男待ちあぐみたる其時に 蠑螈別が帰つたと聞いてお寅は飛び上り 閻魔のやうなきつい顔忽ち変る地蔵さま 松彦夫婦に打向ひ失礼な事をベラベラと お喋り申してすみませぬコレコレお菊、お前さま ここで暫く御世話になつてゐなされ又しても 内証話をきかれてはみつともないと言ひながら 狐のお化と知らずして誠の恋しき男だと 細き階段トントンと二つ三つもふみまたげ 眼くらんでガラガラところがる拍子に頭打ち アイタヽタツタと言ひながら男に心を取られてや 頭や腰の痛みをもさのみ心にかけずして 転げるやうに下りゆく何は兎もあれ教祖殿 帰つて蠑螈別さまに不足のありだけ言ひ並べ お金をこちらへボツたくり動きの取れぬやうにして 男の愛を独占し此喜びはここよりは 外にやらじと酒でつりチツとも外へは出さぬよに 守らにやならぬと囁きつ帰つて見れば蠑螈別 火鉢の前に丹前をかぶつたままに泰然と すわつてゐるぞ嬉しけれ。 お寅『マアマアマア、よう家を覚えて帰つて来なさつたな。私は又、どこのどなたか知らぬと思ひましたよ。あのマアすましたお顔わいの』 蠑螈『帰つてくる積ではなかつたのだが、どうしても思ひ切れないものが一つあつたので引返して来たのだ。マア酒でも出してくれ』 お寅『思ひ切れないものとは、此燗徳利と猪口でせう。サアサアこんな所で飲んで貰ふと、又御機嫌をそこねるとすみませぬから、早く狐の森へでもいつて、お民とシツポリやつて来なさい』 蠑螈別『さう悪気をまはして貰つちや困るぢやないか。お民の奴、一本橋を渡る時、あわてて川へおち込み、それきりになつて了つたのだ』 お寅『何、お民……が……川へはまつて死にましたとな。エヽ気味のよい………イヤイヤ気の毒な事だなア。さぞお前さまも悲しかつただらうな。なぜ飛込んで一緒に心中なさらぬのだい、随分水臭いぢやありませぬか』 とツンとして他人行儀になつてゐる。 蠑螈『何ともはや、魔我彦は惜い事をしたものだ。魔我彦が聞いたらさぞ悔むだろ、不憫な者だ』 お寅『悔む人が違ひませう、ヘン、仰有いますワイ。そんな事に化かされる、海千山千ぢやありませぬぞえ。モツトモツトすぐれた劫を経た狸婆アを騙さうと思つても、ダメですよ。時に蠑螈別さま、お金はどうなさつたの』 蠑螈別『お金か、ありやお前、余りあわてたものだから、一本橋の上からパラパラと落して了つたのだ。拾つてみようと思つたけれど、何分夜叉のやうな勢で、どこの婆アさまか知らぬが、追つかけて来るものだから、つい恐ろしくなつて野中の森までに逃げていつたのだよ』 お寅『そんなウソを云つたつて駄目ですよ。お前さまの懐にチヤンとあるぢやないか』 蠑螈別『ソリアある、併しこれは拾うた金だ、お前の金は一旦落したのだ、落したものを拾はうと云つたつてダメだらう。それを改めて蠑螈別が拾うて来たのだから、所有権は俺にうつつてるのだ。最早指一本さへる事はさせないから、此金に未練はかけてくれるなよ。其時の用意の金だからなア』 お寅『盗人たけだけしいとはお前さまの事だ。どうあつても斯うあつても、此方へひつたくらねばおきませぬ』 蠑螈別『アハヽヽヽ、お前の力で取れるものなら取つてみろよ。此蠑螈別は今までとはチツト様子が違ふのだから、ウツカリ指一本でもさへようものなら、大変な目に会ふぞ』 お寅『ナアニ、グヅグヅ言ふと又鼻をねぢようか。そんな事を言はずに素直に出しなさいよ。又要る時にや私にこたへてさへ下さつたら、惜気もなく出して上げますから、今日はお酒を上つて宵からグツスリとお休みなさい。お前さまが飛んで出たものだから、此神館は大騒動が起つてゐるのよ。信者の信仰がグラつき始めて、此城が持てるか持てぬか分らないといふ九死一生の場合だから、せめて此お金なつと持つてゐなくちや心細くて仕方がない。千両だけお前に持たしておくから、八千両こちやへお返しなさい』 蠑螈別『それならモウ邪魔臭いから、十分の一だけお前にやらう。サア検めて受取つてくれ』 とポンと前へつき出したのは、三万両の大判であつた。お寅婆アはビツクリして、 お寅『コレ蠑螈別さま、コリヤ、サヽ三万両ぢやないかい』 蠑螈『ウン三万両だ、まだ二十七万両懐にあるのだ。これだけあれば、一代遊んで暮しても大丈夫だ』 お寅『其お金、こちらへ預つて上げませう』 蠑螈別『お前の金は九千両、二万一千両も利をつけてやつたぢやないか。お前もそれだけあれば得心だろ、二十七万両は俺の使用権利があるのだから決して渡さない。もしも之を無理にも取らうものなら、それこそ泥棒だ』 お寅『決して取らうといふのぢやない、預つておかうといふのだ。お前さまに此金持たしておいては険難だから、預らうといふのだよ』 蠑螈別『此金を以て、実の所はお民を或所へ預けて来たのだ。お民にも二十万両の金がもたしてあるのだ。サア之から御免蒙らう、お寅婆アさま、随分まめで暮して下さい、左様なら』 と立ち上らうとする。お寅はビツクリして立上り、大手をひろげ、 お寅『エヽそれ聞くからは、何と云つても行かしはせぬ。命にかけてもお前をお民に渡してなるものか』 と武者ぶりつく途端に、蠑螈別の体は長い毛だらけであつた。ハツと驚き手をはなす途端に、蠑螈別の姿はどこへやら、黒い牛の子のやうな大狐がのそりのそりと後ふり返りながら向ふの森林さして逃げて行く。これはお寅婆アの副守護神で、小北山の発頭人ともいふべき親玉であつた。松彦、松姫、五三公の神威に恐れて姿を現はし、お寅の肉体からスツカリと放れて了つたのであつた。 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 11 変化神 | 第一一章変化神〔一二二一〕 万公『アク公さまが演台に登るや否や小北山 変化神社の種あかし怯めず臆せず滔々と 数多の信者の目の前で喋り立てたが仇となり 上を下へと大騒動乱痴気騒ぎが始まりて 五六七成就の生宮と自ら信じ人も亦 許して居たる竹公が獅子奮迅の勢で 攻めかけ来るをアク公が[※「攻めかけ来るをアク公が」の「を」は、初版には有るが、三版以降は無い。「を」が有った方が意味的には正しくなる。オニペディアの「第46巻の諸本相違点」を参照。]タクを犠牲に立てながら 敏くも其場を立ち出づる此時万公は只一人 ヘグレ神社を一々に調べて廻り頂上の 月の大神日の御神社の前に突つ立つて 蠑螈別が奴狐につままれよつてこんな神 勿体らしくも祀りこみ馬鹿を尽すも程がある 狐狸に騙されて出て来る信者の顔見れば 一人も碌な奴はない目玉の一つ無い奴や 聾に躄、肺病やみ横根、疳瘡、骨うづき 陰睾、田虫で苦しんだガラクタ人間蜘蛛の子が 孵化つたやうにウヨウヨと此世で役に立たぬ奴 固まり居るこそ可笑しけれそれ故こんなガラクタの お宮を立てて古狐八畳敷の古狸 厳めしさうな名をつけて末代日の王天の神 上義の姫や常世姫大将軍と斎ひこめ 祀つて居やがる馬鹿らしさ闇の世界と云ひながら これ程阿呆が世の中に沢山居るとは知らなんだ さアこれからはこれからは松彦さまや松姫が 被つて居つた猫の皮すつぱり脱いで曲神の 素性を露はし諸人の眼をさましやるならば 如何に驚く事だらうこの万公は精神が 確りして居る其お蔭狐狸の曲神に 騙されないのが不思議だよ世界の奴は尊きも 富めるも卑きも賤しきも欲に心を眩ませて 知らず知らずに迷ひ込み曲神どもの玩弄に されて居るのが気の毒ぢやこれを思へば一日も 早く三五教をして暗き此世の光とし 暗夜を照らして救はねば三千世界は忽ちに 荒野ケ原と変るだらうあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しませよ』 かかる所へお菊はスタスタ登つて来た。 お菊『もし万公さま、私最前からどれだけ探したか知れないのよ。こんな寒い所に一人何してゐらしたの』 万公『お前には肱鉄をかまされ竹公さまには怒られ、身を置く所がないので、ユラリ彦さまのお宮の前まで避難のためにやつて来たのだ。お前は又、こんな強い山をどうして一人登つて来たのだ』 お菊『私だつて足がありますわ。況してスヰートハートした万公さまがゐらつしやるのだもの、思ひの外足が軽くて知らぬ間に此処に登つて来たのよ』 万公『馬鹿にするない、年端も行かないのに男に調戯ふと云ふ事があるものか。随分酷い目に会はしたねえ』 お菊『そりや極つた事ですわ。親の前や人さまの前で、何程好きだとて好きな顔が出来ますか、恥かしいから嫌ひだと云つたのよ』 万公『それでも昨夜大変俺に恥をかかしたぢやないか。あの時こそ誰も居なかつたのに、ありや余り念が入り過ぎるぢやないか』 お菊『何を言つてゐらつしやるの、あの時も暗がりに、アク、テク、タクさまが隠れて、私と貴方との立ち話を聞いて居たぢやありませぬか。それだから私あんな事を云つたのよ』 万公『成程さうだつたな、お前は随分細かいとこへ気がつくな』 お菊『そらさうですとも、前後に気をつけにや人に発見されては大変ですもの』 万公『発見されてもよいぢやないか、何れ夫婦になるのぢやもの』 お菊『それだつて、野合夫婦なんか云はれては末代の恥だわ』 万公『それなら、何故こんな処へ来たのだ。夜分なら兎も角も、誰が見とるか分らぬぢやないか』 お菊『夜分なら疑はれても仕方がないが、昼の最中だもの、誰が怪しみませう。却つて物事は秘密にすると人に感づかれるものですよ。此処なら何しとつたて大丈夫だわ』 万公『エヘヽヽヽ、オイお菊、お前は小さい時から可愛い奴だと思うて居たが、ほんとに可愛いものぢやな、それ程私を思うて呉れてるのか』 お菊『極つた事ですよ。あれ程目許で知らして居るのに、万さまは一寸も気がつかないのだもの、ポンポン怒つて居らつしやるのだから本当に焦つたかつたわ』 万公『なんと本当に分らぬものだな。恐れ入つたよ。そこまで念が入らなくては恋愛の趣味がない、併しお寅さまが承知せなかつたらどうする心算だ』 お菊『何れ容易に承知しては呉れますまいよ。それだから私も一つ考へがあるのよ。万さまはこんな所へ来て、神様の悪口ばかり云つて居ましたでせう』 万公『ウン、余り業腹だから、小口から狐の神に引導を渡してやつたのだ』 お菊『そんな悪戯せいでもよいに、狐が怒つて魅んだらどうします』 万公『ハヽヽヽヽ、そんな心配して呉れるな、狐に騙されるやうな精神ぢやない。狐の奴、俺の顔を見ると尾を巻いて忽ち十里位逃げ出すのだから大したものだよ』 お菊『時に万さま、喜んで下さい。二十七万両の金を手に入れました』 万公『そんな金を何うして手に入れたのだ』 お菊は耳に口をあて、 お菊『今蠑螈別が三十万両の金をもつて野中の森から帰つてきたのよ。そして三万両をお母アさまに与へ、二十七万両の金をグヅと懐に入れて酒を飲みだしたから、私が酒を飲まして酔ひ潰し、二十七万両の金を引つたくつて、そつと此処まで逃げて来たのよ』 万公『女に似合はぬ豪胆者だな、そんな金何にするのだ』 お菊『ホヽヽヽヽ、この金もつて山越しにお前と私と駆落をする積りで逃げて来たのよ。サア足のつかない間にこの山を南に渡つて月の国へ逃げようではありませぬか』 万公『ヤアまア待つて呉れ、私は神様の御命令で月の国へ往く者だが、今は治国別さまのお供してアーメニヤにゆくのだから、其間はお前と一緒に居る訳にはいかない』 お菊『これ万さま、好い加減に呆けて置きなさい。それならお前はこのお菊は本当に可愛いのぢやないのだな』 万公『可愛くなうてかい』 お菊『それなら私の云ふ事聞いて下さいな』 万公『ウン、聞くの段ぢやないが、御用の済むまで待つて呉れ』 お菊『エヽ好かぬたらしい、神様の御用なんかどうでもよいぢやないか。サアこれから私と行きませう、二十七万両の金さへあれば、どんな立派な家も建つし、そんな危ないバラモン教を征伐するため、宣伝使のお供して野宿したり、乞食のやうな真似するよりも、茲は一つ考へ所だ。サア往つて下さい、頼みぢやから』 万公『困つたなア、エヽ仕方がない、自暴だ、それならお前と手に手を取つて此山越しに行かう』 お菊『そりやまア有難う厶います、よう云つて下さいました。私もあんなやんちや親にひつついて居るのは嫌だし、こんな神様の所へ居るのは猶ほ嫌だし、兄様と知らぬ他国で苦労するのなら、こんな嬉しい事はないわ』 万公『そんな事言つて又中途で俺を放かすやうな事はすまいなア』 お菊『滅相な、変り易いは男の心だから、万さまこそ心を変へないやうにして下さい。ねえ貴方、私好きで好きで仕方がないわ』 万公『エヘヽヽヽ』 と涎を繰りながら、 万公『サア、それなら松彦さまや五三公に済まないけれど、二十七万両の金を有つて弥高飛びぢや』 お菊は山の尾の上を伝ひながら、万公の先に立ち歌ひつつ進んで行く。 お菊『此世の中に生れ来て何楽しみに人は生く 浮世の中の楽みは酒と博奕と色ばかり これに越したる楽みは人間界にはあらうまい それに治国別さまは窮屈至極の三五の 教のお道に耽溺し乞食のやうにブラブラと 可愛い女房を家におきお道のためとは云ひながら そこらあたりをウロウロとうろつき歩くをかしさよ 万公さまも神様の教に些つと陥りこみ 河鹿峠の峻坂を越えて漸く小北山 ウラナイ教の広間までやつて来たのは面白い 私がいつも恋ひ慕ふ大事の大事の殿御ぞや 何とか工夫を廻らして万公さまを銜へ込み 日頃の思ひを達成し知らぬ他国で水入らず 一つ苦労をして見よと思うて居たらアラ不思議 一本橋の袂にて結びの神の引き合せ お目にかかつた嬉しさよさはさりながら何うかして 母の蓄へおかれたる一万両のそのお金 盗み出して万さまと駆落するまで親の前 嫌な男と云ひはつて油断をさして目的を 達せむものと思ふ中降つて湧いたる儲けもの 蠑螈別が沢山のお金をもつてニコニコと 帰り来るを見るにつけ心の中に雀躍りし 頻りに酒を勧めつつ思ふ存分酔ひ潰し 内懐にしめ込んだ二十七万両の金 旨く手に入れ小北山頂上の宮の御前に 登りて見れば万さまがたつた一人で待つて居る こんな結構な事あろか早速情約締結し 山の尾の上を渡りつつ吹く凩も何のその 温いポツポに勢を得たる嬉しさ恋人と 手に手を取つて何処となく逃げ往く身こそ嬉しけれ あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七加藤明子録) |
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霊界物語 | 46_酉_小北山の宗教改革2 | 13 通夜話 | 第一三章通夜話〔一二二三〕 八岐大蛇や醜狐曲鬼どもの棲み居たる ウラルの山や常世国ロツキー山に現はれし 常世の姫の系統が悪鬼邪神に憑依され ウラルの道やバラモンの教を四方にひらきつつ 天が下をば攪乱し汚し行くこそゆゆしけれ 国治立の大神は神の恵みも大八洲 彦の命を始めとし言霊別や大足彦 神国別の四柱を国魂神と任け給ひ 島の八十島八十の国隈なく守らせ給へども 悪魔の勢たけくして刈り取る草の其跡に 又もや芽を出し伸びる如根絶せざるぞ忌々しけれ バラモン教に仕へたるウラルの系統の高姫は 三五教やウラル教三つの教をこきまぜて 実にも怪しきウラナイの教の射場をフサの国 北山村に建設し羽振りを利かして居たりしが 遂に我を居り三五の教の道に帰順せし 後をばついで蠑螈別魔我彦二人が語り合ひ 坂照山の山腹を岩を切りとり土ならし へぐれのへぐれのへぐれ武者へぐれ神社といふやうな 怪しき社号をつけながら辺りの老若男女をば 鼠が餅をひくやうにチヨビリチヨビリとつまみとり 今は漸く四五百の堅き信者を得てければ 茲にいよいよ宮殿を営み仕へ羽振よく 教を開きゐたりしが天地を守る生神は 何時まで醜の曲業を許させ給ふ事やある 松彦一行現はれてユラリの彦となりすまし 別れて程経し吾妻の松姫及び吾娘 優しきお千代にめぐり合ひ一夜をあかす時もあれ 神の神罰めぐりきて蠑螈別は酒に酔ひ お寅と喧嘩をおつ始め土崩瓦解の運命を 自ら招き大広木正宗さまと自称する 蠑螈別は夜にまぎれ信者のお民と諸共に 此場を遠く逃げ去りぬお寅は後に地団駄を ふんで無情を怒りつつ後追つかけて行て見れば 榛の根元に結へたる綱に足をばひつかけて もろくも其場に転倒し神楽鼻をば打砕き ウンウンウンとうなり居るそこへ又もや魔我彦が お寅の後を追ひかけて力限りにかけ来り お寅の体につまづいてウンとばかりに転倒し 膝の頭をすりむいて苦しみ悶えゐたる折 五三公、万公他三人後追つかけて出で来り 二人を助けて小北山教祖館に連れ帰り ヤツと安心する間なくいろいろ雑多の奇怪事が 次から次へと突発しウラナイ教の内面は 麻の如くに乱れけるあゝ惟神々々 一度は曲は栄ゆとも誠の神力なき故に 脆くも自ら破れけりこれぞ全く神界の 犯し方なき御稜威発露し給ひし証なり あゝ惟神々々如何なる曲も天地の 神の眼は濁し得ず自らつくりし其穴に 陥り自滅を招くものただウラナイの道のみか 世のことごとは一として悪のほろびぬものはなし 之を思へば人の身は誠一つを立て通し 撓まず屈せず何処迄も真理のためには奮進し 一歩も退く事勿れあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 大広前に残つた数人の男女は夜の更ける頃まで、いろいろと懐旧談に耽つてゐる。 甲『これお徳さま、お前さまは花依姫の命さまぢやないかい』 トク『どうだか、しつかり知りませぬけれど、教祖さまがさう仰有るのだから、マアそれにしときまほかいなア』 源公『アハヽヽヽ、お徳さまもよつぽどお目出度いなア。鼻売姫なんて、一つよりない鼻を売つたら、後は何うするつもりだ』 トク『サア一つの鼻を売るまでには中々苦労が要りますよ。男の百人や二百人は今迄迷はして来たけれど、まだ鼻が落ちるとこまで行きませぬからなア、此鼻をソツクリと売つて了ふ迄には三百人や五百人は手玉にとつても大丈夫ですよ。せめて千人のお客をとつたら鼻を売つて了つても得心ですわ』 源公『サウするとおトクさま、お前は今まで売女をやつてゐたのだなア』 トク『コレも悪神さまの御用だからなア、仕方がないのよ。併しモウ妾も改心したのだから、誰か一人にきめておかうかと思つて居るのよ』 源公『四辻の小便桶見たよなナイスを、誰が真面目に女房にするものがあらうカイ。両屏風の姉さまだからなア』 トク『おかまいツ、放つといて下さい、自由の権ですわ。源さま、お前は奥さまを何うしたのだイ』 源公『かもて呉れなイ、放つといて貰ひませうカイ。滅多にお前の婿にはなる気遣ひはないからなア』 トク『ホヽヽヽヽ、おかんさまにはほつとけぼりをくはされ、自分が使うて居つた僕と手に手をとつて駆落され、後にシヨンボリと力をおとして十日許りも泣きくらし、それから弁当持ちで三年許り山の神の所在を探しなさつたぢやないか。それでもカラツキシ御行方がわからぬのだから、気の毒なものぢや。此頃は嬶に置去りにせられた男の代名詞をサツパリ源助と言ひますぞや、オホヽヽヽ』 源公『アーねぶたい、ドレもう寝ようかい。アタ面白うもない。鰯のどうけん壺をかきまぜたよな匂ひのする女にひやかされとつても、根つから気が利かないからなア』 トク『源さま、一寸お待ち、だまつて聞いてをれば、妾を屏風だとか、鰯のどうけん壺だとか、余りぢやないカイ。それだからお前は源助といふのだよ。ゴンボ先生はゴンボらしくして居りさへすれば、こんな恥はさらさいでもよいのだけれど、あまり口がすぎるものだから、到頭すつぽりぬかれるのだよ』 源公『帆立貝の虐使に堪ふべく焼酎をふいてふいて吹きさがすものだから、堤防も何にも硬ばつてゐるぢやないか』 トク『大きに憚りさま、お前のお世話になろといふのでなし、お気をもませましてすみませぬなア』 初公『時にお徳さま、あの鉄灯籠は何うなつたのだ』 トク『ハア、鉄灯籠かいなア。灯籠だけは最早出来て来たのだから、神様に早く奉納したいと思つてゐるのだけれど、まだ蝋燭が揃はぬので躊躇してゐるのよ。何処ぞ一本でもいいから、売つとる所はないのだろかね』 初公『一本でいいのか、それなら源さまに頼んで見なさい。何時も一本持つてゐると云ふ事だよ』 源公『馬鹿にするなイ。お徳さまの土器に油を注して奉納したらそれでいいのだ。アハヽヽヽ、アー眠たい、初、トク、マアゆつくり話でもしたがよからう、左様なら』 初公『ヤア、これは遠方の所御労足で厶いました』 源公は、 源公『エー八釜しワイ』 と云ひすて、自分の宿舎へ帰つて行く。 初公『お徳さま、お前一体この先何うするつもりだ。何処迄も後家を立通すつもりカイ、好い加減に婿を定めぬと年がよつたら困るぢやないか』 トク『何ほど婿をきめよと云つたつて、広い世界に妾の夫になるやうな男がないぢやないか』 初公『馬鹿いふない。これだけ沢山な鰥がそこら中にあるぢやないか。どれなつとお望み次第願をかけて見たらどうだい』 トク『妾も今迄どれだけ探したのか知れないが、まだ一人だつてありはしないわ』 初公『お前の気に入る夫といふのは一体どんな男だ。聞かしてくれ。さうすりや私も世間を歩くから考へておかぬものでもない』 トク『初さま駄目だよ。今の男に碌な奴はありやしないよ。私の理想の夫はマア、ザツとこんなものだ。先づ第一に三日月眉毛の男、其次に黒目勝な目許の涼しい、何とも言へぬ優味のある目で、鼻は高からず低からず、小鼻の出ない鼻筋のよく通つた口許は尋常で、八の字髯がピンと生え、耳たぶの豊な、額口のあまり狭くない広くない、色白で、而も体は中肉中背で、而して仕事は朝から晩迄よく働き、夜分は女房の守をしてくれ、糞や小便は肥料になるから些でも余計垂れて、味ないものを些と食ひ、うまいものは女房に沢山食はし、さうして心意気のよい人で一言も女房の云ふ事を反かず、外の女に心を移さない、一寸も外へ出ずに、女房と朝から晩まで顔見合して暮す職業を持つてゐる人で、手先の器用な、世界に名の出た男でないと、おトクさまの気には入らぬのだよ。馬は馬連、牛は牛連といふ事があるからなア、あまり完全に生れすぎたものだから相手がなくて困つてゐるのよ。何処か一所でもよいから不完全に生れて来なかつたのだらうと、それが神様に対して恨めしい位だ。アーア、いい女に生れて来るのも迷惑なものだ』 初公『何を吐しやがるのダイ。オタンチン奴が、貴様はそんな事を望んで待つてゐたとて、仮令千万年経つても出て来る気遣ひはないぞ。自惚れも好い加減にしとつたがよからう。お前の完全なといふのは頭の禿と、出歯と、獅子鼻と、鰐口とで、しかもトベラで両屏風と来てゐるのだから天下一品だ。ようマアそんな高望みが出来たものだなア』 トク『ナアニ何時か小説を読んだら、そんな事が書いてあつたのだ。その話をしとるのよ、オホヽヽヽ』 初公『コラおトクさま、人を馬鹿にすない、エー』 トク『馬鹿にしよたつて馬鹿の骨頂に達した男を、どうして馬鹿にする余地がありますかいなア。お前も分らぬ事を云ふ男だなア』 斯く他愛なき雑談に耽つてゐる所へ、カンテラに火をとぼし、恭しくやつて来たのは受付の文助さまであつた。 文助『これこれ皆さま、此夜更まで何をしやべつて厶るのだ。一寸も寝られはせぬがなア。サア早くお寝間へ帰つて休んで下さい、皆が迷惑だからなア』 初公『ハイ、一緒に寝ると御迷惑だと思つて、実は此処に御通夜をさして頂くつもりで居りますのだ』 文助『何故又そんな事を云ふのですか』 初公『なんといつても牡丹餅ひぜんだから、寝さしてくれませぬワイ。それだから、遠慮して此処に徳義を守つて居るのですよ』 文助『ソレは感心だ。併しお徳さまは休んだら好いぢやないか』 トク『ハイ、一緒に休みたいのだけれど、皆の連中さまが、妾が側へ行くと麝香の匂ひがして鼻が曲るとか云つて、ワイワイ仰有るものだから、遠慮して此処に夜伽をして居りますのですよ』 文助『アーそれはどうも仕方がない。それなら成る可くおとなしうしてゐて下さい。受付までお前さま等の大きな声が筒ぬけになつて、寝られなくつて困るからなア。私は朝早うから日の暮れ一杯まで受付の御用を勤めねばならぬのだから、何卒静かにして下さい』 初公『ハイ畏まりました、左様なら』 (大正一一・一二・一五旧一〇・二七外山豊二録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 02 黒士会 | 第二章黒士会〔一二三五〕 思はぬ不覚をとつた治国別は、竜公を労はりながら、 治国別『オイ竜公、どこも怪我はなかつたかなア。大変な不覚をとつて、深く落ち込んだものだ』 竜公『ハイ有難う厶います、別にどこも怪我は致して居りませぬが、余り深い企みに乗ぜられ、深い穴へ落されて、チツとばかり不快でたまりませぬ。アハヽヽヽ』 治国別『ウフヽヽヽ、貴様も余程三五教式になつたな。如何なる艱難に出会つても、其態度でなくちや駄目だ』 竜公『アナ有難や、穴尊しや、三五教の神様、ヤツパリ、バラモン教は三五教の反対で穴有教ですなア』 治国別『オイ何時迄もこんな所に蟄居して居つても約らぬぢやないか。モウいい加減に這ひ上る工夫をしたら何うだ』 竜公『さうですな、幸ひ沢山な槍を立ててゐやがるし、此通り、蜘蛛の巣の如く、吾々の身体にまきつくやうに網をはつてゐよるのだから、槍の先を皆ぬいて、先ぐり之をくくりつけ、槍の梯子でも拵へて上つてやりませうか。グヅグヅしてゐると、アークの奴沢山の子分をつれて来て、上から槍の雨でも降らされると困りますで』 治国別『ナアニ其時は、これ丈沢山の槍だから、下から上へ向けて槍の雨を降らしてやればいいのだ。マアゆつくりと風の当らぬ空井の底で休養でもして上ることにしようかい。時に穴の縁には誰かゐるぢやないか』 竜公『彼奴ア、タールといふ男です。随分馬鹿ですけれど、人間のいゝ奴ですから、どちらへでも傾く代物です。一つ彼奴を言向け和したらどうでせうかな』 治国別『お前の初陣に一つやつて見よ、治国別はここにて、竜公の言霊戦を観戦するから……』 竜公は、 竜公『ハイ有難う』 と云ひながら、空を打仰ぎ、 竜公『バラモン教の先鋒隊片彦将軍が秘書役、竜公、今更めてタールの奴に申付ける。此竜公は、汝の知る如く、河鹿峠に於て治国別の為に一敗地にまみれ、全軍遁走する折しも、腑甲斐なき味方の敗残見るに忍びず一計を案じ、松公と共に詐つて治国別に降参を装ひ、ここ迄導いて来たのだ。一時も早く此方を縄梯子なりと吊り下して救ひ出せよ。さすれば汝は、アークにまさる手柄者として、ランチ将軍に奏上してやらう。どうぢやタール、此方の神算鬼謀は恐れ入つたであらうがなア』 タール『ハイハイ、そんな事とは存じませず、誠に以て御無礼を致しました。サア何うぞお上り下さいませ。幸ひここに縄梯子が厶いますから、今つり下します。どうぞ貴方丈上つて下さい。そして治国別はどうなりましたか』 竜公『最早治国別にかまふ必要はなくなつた。縄梯子さへつり下したらいいのだ』 タール『それは真に気の毒な様、気の毒でない様なことで厶いますな。芋刺しにでもおなりなさつたのですか。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と云ひながら、縄梯子を暗い陥穽へ吊り下した。治国別は縄梯子を伝うてトントンと上りゆく。 タール『ヤア竜公さま、あゝ結構々々、怪我がなくて何よりでした。どうぞ私の御無礼は平に許して下さいませ』 治国別『タールとやら、拙者は竜公では厶らぬ。治国別だよ』 タール『ヤア、これはこれは真にはや、何ともかとも申上げられませぬ。マンマンマンお目出度う厶います。そして竜公は何うなりましたか』 治国別『ウン、竜公は都合好くなつた。マア大丈夫だよ』 タール『それはマア可哀相なことを致しました。沢山に血が出ましただらうな』 治国別『ウン、今に幽霊となつて、井戸の底から青い火をとぼし、ヒユーとやつて来るだらうよ』 此時早くも竜公は穴の口へ九分ばかり登つて来てゐた。そして両人の話を小耳にはさみ、俄に幽霊気分となつて、目をクルリとむき、口をポカンと開け、舌をたらし、腰をフニヤフニヤさせ、両手を力なげにグナリと前に突出し、 竜公『恨めしや』 と妙な声を絞り出した。タールは、 タール『キヤツ』 と其場に尻餅をつき、 タール『アヽヽヽヽ』 と口をあけて慄うてゐる。 治国別『アハヽヽヽ、オイ、タールさま、嘘だ嘘だ。竜公が悪戯をしてゐるのだ。オイ竜公、朝つぱらから幽霊も、根つからはやらないぞ』 竜公『オイ、タール、実の処は済まなかつたが、井戸の底から俺の言つた事は皆嘘だ。地獄の様な所へ落されたのだから、地獄相応の佯りを云つたのだよ。最早井戸の底から比ぶれば、天国にも比すべき、此平地へ上つて来たのだから、嘘佯りは云ふこた出来ない。サア是から、ランチ将軍の館へさして案内をしてくれ』 タール『ヤ、それで俺も一寸ばかり安心した。併しながら、そんな所へ行かないで、私も一緒に伴れて、宣伝使様に逃げて貰ふ訳には行きますまいか。なモシ治国別様とやら、決して悪いこた申しませぬ、今にアークが沢山の軍勢を引連れて、貴方を召捕りに来るに違ひありませぬ。サ早く引返して下さい。其代り私もお供さして貰ひますから』 治国別『ハヽヽヽヽ、敵を見て旗を捲き、矛を納めて退却するといふことはない、三五教は目的に向つては退却はない。只驀進あるのみだ』 かく話す所へ、馬に跨り、先頭に立つてやつて来たのはアークであつた。アークは数十人の騎士を引連れ、轡を並べてバラバラと治国別一行を取囲み、 アーク『三五教の治国別とやら、最早かうなつては叶ふまい。サ尋常に手をまはし、縛につけ。ランチ将軍の御前に引連れくれむ』 と大音声に呼ばはつた。 治国別は平然として、 治国別『イヤ、アークとやら、出迎へ大儀、治国別は汝が要求なくとも、堂々とランチ将軍に面会すべく進んで来たものだ。必ず心配致すな、逃げも隠れも致さぬ』 アーク『左様なことを申して、吾々に油断をさせ、隙を窺ひ、遁走致す所存であらう。其手は食はぬぞ。ヤア部下の者、治国別を始め、反逆者の竜公諸共召捕れ、縄をかけよ』 と下知をする。治国別は平然として、天の数歌を奏上するや、一同の騎士は身体強直し如何ともするに由なく、パタリパタリと馬上より椿の花が雨にあうて落ちるが如く、地上に顛倒し始めた。アークも馬上から真逆様に転落し、治国別の脚下に大の字になつて、ふん伸びて了つた。治国別は竜公に向ひ、天の数歌を奏上せしめた。竜公は稍心中に不安を感じながら、一生懸命になつて天の数歌を二回ばかり奏上した。不思議や一同の騎士はすこしの怪我もなく強直した身体は元に復し、手早く又馬に跨り、駒に鞭ち、一生懸命、疾風の如く陣屋をさして逃げ帰り行く。後に残るはアーク只一人、何うしたものか、身体の自由が利かない。 竜公『神様、有難う厶います。私の様な悪党が尊き数歌を奏上致しまして、即座に効験を現はし下さいましたのは、全く神様の御恵御稜威と存じます。決して竜公の力では厶いませぬ。どうぞ此上益々厚く私の身体を御使用下さいます様にお願ひ致します。就いては此アーク一人のみ、まだ言霊の神徳を頂かずに、此通り強直状態になつて居ります。どうぞ之も私の口を通してお救ひ下さいます様、御願ひ致します。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に合掌する。何程祈つても、数歌を奏上しても、アークの強直状態は旧に復らなかつた。 竜公『モシ治国別様、何うしたものでせうか、アーク一人は神様がお許し遊ばさぬのでせうかな』 治国別『ウン、此アークは治国別に危害を加へむと致したのだから、拙者が祈願致してやらねば、駄目だらう』 と云ひながら、暫く暗祈黙祷をつづけ、全身に神格の流入充溢せし時を窺ひ……許す……と一言を宣れば、不思議やアークの身体は旧に復した。アークは治国別の前に跪き、涙をたらしながら、重々の無礼を謝した。 治国別『アークとやら、大変なお骨折りで厶つたなア。併しながら治国別はお蔭に仍つて此通り、カスリ疵一つ負うて居らねば、汝に対して少しも恨むることはない。否寧ろ神々様の御警告だと思ひ感謝してゐる。神様は汝が手をとほし、此治国別に、油断の大敵たることをお示し下さつたのであらう。さすれば汝は吾に対して、唯一の導師だ。大に感謝する。サア、アーク殿、そなたもバラモン軍の中に於て、可なり相当の地位を持つてゐる人物らしい。さぞ陣中にも御用もあらう。早く帰つて治国別即刻ランチ将軍に面会の為、参上致すと伝へてくれ』 アーク『ハイ、何とも申上げ様が厶いませぬ。併しながら私はこれより仰せに従ひ、ランチ将軍の前に罷り出で、三五教の教理を申上げ、一時も早く貴方の前に降服致す様取計らひませう。然らば御免下さいませ』 といふより早く駒に跨り、一鞭あてて雲を霞と陣中指して帰り行く。 竜公『ハヽヽヽヽ、たうとうアークの大将、ヘコたれよつたな。併しマア偉相にランチ将軍を改心させるなんて、御託を云つて行きよつたが、彼奴も駄目だ。そばへゆくと、猫の前へ出た鼠のやうにピリピリふるうて、何もよう云はないのだからなア。ランチ将軍の目の動き方や顔の色ばかり考へて、ハートに浪を立たせる代物だから、到底成功は覚束ない。別れる時のお正月言葉だ。キツとランチ将軍の後について、治国別征伐なんて、洒落てやつて来るでせうよ。宣伝使様、決して油断はなりませぬで、あゝいふことはバラモン教一般の常套手段ですからなア』 治国別『ウン、さうかも知れないが、吾々は決して人を疑ふこた出来ない。何事も惟神に任しておけばいいのだ』 タール『オイ竜公さま、さう見くびつたものぢやないよ。バラモン教の中にもチツとは骨もあり、花も実もある人物も交ぜつてゐるからな。アークは此頃、バラモン教軍の中で、一種の決死隊ともいふべき団体を作つてるのだ』 竜公『有名無実の団体が幾らあつたつて、役に立つものかい。そんなことを云つて空威張りをするのだらう。コケ威した、曰く何々団、曰く何々会と、雨後の筍ほどにそこら中に奇々怪々な会が創立されるが、宣言は立派でも実行が出来るためしはないぢやないか。そしてアークの創立した会はどんな会だ、法螺の貝か、溝の貝か、どうでロクなものぢやなからう』 タール『馬鹿云ふな、吾々国士がよつて、国士会といふものを作り、最善のベストを尽してゐるのだ』 竜公『ハハア、まつくろけになつて死ぬ黒死病の会だな。ウンそれで分つた、ペストを尽すのだ。それよりもバラモン省へ掛合つて、一匹の鼠を十銭づつに買上げさせさへすりや、それの方が余程近道だよ』 タール『貴様にはテンデ話が出来ないワ。国士会と云つたら、国家を憂ふる志士の団体だ』 竜公『獅子か虎か狼か豹か鼠か知らぬが、どうでロクな奴の集まる団体ぢやなからう、アークが発頭人だと聞いちや、余り信用も出来ぬぢやないか。そして何か会の趣意書でも出来てゐるのか』 タール『先づ不平党の張本人アークさまが主唱者で、おれ達が賛助員だ。此趣意書を一寸拝読してみよ』 と得意気に懐から小さい印刷物を取出して見せた。竜公は手に取り、趣意書を読み下せば左の文章が書いてある。 趣意書 国事日に非なれども、天下一人の聴従すべき権威者なし、所謂慨世の士、口を開けば思想の変化を言ひ、思想に対するには思想を以てせざる可らざるを説く、其言や不可なしと雖も、漫然たる抽象論は此際寸効なし。況んや公党公人相率ゐて世を欺き、己を欺き、只自ら守るに急にして、心術の陋劣を暴露して憚らず、益々思想の変化を助長しつつあるに於ておや。吾々国民は寧ろ百人の論客よりも一人の志士の立つべきを思ふ。それ難に赴くは士の本領なり、大にしては天下国家の難、小にしては一地方一個人の難、吾党の士は苟くも辞せず、身を挺して之を救はむことを欲す。もし吾党の士一度立つて解決せざる案件あらば、そは士道の汚辱たらむのみ。何とならば吾国士会は名正しからざれば、断じて立たず、誓約十則に示すが如く、悉く士道に率由して行動すればなり、敢て天下に宣す。 年月日 国士会 十則 一、国士はバラモン教男子たることを誇りとす。 二、国士は難に赴くを以て本領とす、但し時処位によるべし。 三、国士は誓つて無名の戦ひを宣せず。但しランチ将軍の命なれば敢て辞せず。 四、国士は対者の為に計つて忠なるを期す。但三五教に対しては此限りにあらず。 五、国士は本来の敵を有せず、故に勝敗に超越す。(河鹿峠の言霊戦に於ける吾軍の行動は其好適例なり) 六、国士は一諾が一死に値するも悔いず、但し最愛の女性に限る。 七、国士は精神を主とし、形式を従とす。但しバラモン軍中に在りては、或は適用せざることあるべし。 八、国士は過去を追はず未来を信ず、但バラモン教の大棟梁大黒主の最後は必ずしも光明ならざることを。 九、国士は無意義なる一日を天に恥づ、但酒宴の時は仮令三日四日たりとも之を恥づることなし。 十、国士は一人の知己を有すれば足れり、但し異性なれば最もよしとなす。 竜公『なアんだ、立派なことを並べてゐるが但書がサツパリ駄目ぢやないか。これだからバラモン式は当にならないといふのだ。羊頭をかかげて狗肉を売るのだからなア』 タール『これが現代の処世法の最優秀なる手段だ。バラモン教の真髄をうがつたものだ、之でなくちや世の中が渡れないからな』 竜公『アハヽヽヽ、モシ先生、どうです、国士会も、随分奇抜なことを云ふぢやありませぬか』 治国別『ウン結構だ、詐らざるバラモンの告白だ。イヤもう感心致した』 竜公『私だつたら、こんな会へは入会しませぬな。エキスキユーズ・ミー………とやりますよ』 治国別『ハヽヽヽヽ、ドラ行かう。タールさまに案内して貰はうかなア。否国士会の賛助員さま、御先導を願ひます』 竜公『国士会員万歳、アハヽヽヽ』 かく笑ひ興じながら、治国別外二人は浮木の村の陣屋を指して、宣伝歌を歌ひながら、朝露をふんで勢よく進み行く。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 06 美人草 | 第六章美人草〔一二三九〕 翩翻として降り頻る柔かき雪を被つてコー、ワク、エムの三人は怪しの森影にチヨロチヨロと火を焚き、車座になつて無聊を慰むべく雑談に耽つて居る。 コー『浮木の森で将軍が半永久的の陣営を立てて居る以上は、茲一年やそこらは、どうせイソ館に向つて進軍する気遣ひもあるまい。陣中に女がなくちや淋しくて仕方がないと云つて、浮木の里の女狩りを将軍の命令でやつて見たところ、何奴も此奴もお化けのやうな代物ばかりで、二目と見られぬドテカボチヤばかりだ。そこで将軍様がエキスの大目付に内命を下し、立派な女が見つかつたら、献上せい。さうしたら重要の地位に使つてやらうと、仰有つたさうぢやが、何とかして一つ美人をとつ捕へたいものだなア』 ワク『だつてかう物騒な世の中、女なんかは土竜のやうに皆深山の土窟に隠れて仕舞ひ、容易に出て来る気遣ひはないわ。それでも此処にかうして待つて居れば、やつて来ないものでもないなア』 コー『蠑螈別の追つかけて来たお民とかいふ女は中々のナイスだつたネー。俺も男と生れた甲斐には是非一度はアンナ女と添うて見たいものだ。女の癖に力もあり胆力も据わつてゐるなり、丸きり天女の降臨のやうだつたネー。俺はアノお民の態度には全然参つて了つた。ハヽヽヽヽ』 ワク『昔から男として女の心と身体の美しさを賞め称へるに就ては、どんな偉大な美術家だつて詩人だつて未だ十分に成功したものは無い。粘土を捻つて人間を拵へたといふ神様や猿や犬などには夫れ程に感じないだらうが、少くも吾々の目に映る女の魅力は大したものだ。しなやかに長い髪の毛、それを色々の形に整理して面白く美しく飾り立てた頭、皮下の脂肪分のために骨ばらず筋張らない肉体、トルソだけでもいやモツト小部分だけでも、吾々の礼拝すべき価値が充分にあるやうだ。アノ髯の生えぬ滑々した頬だけでも結構だ。むつちりと張つた乳房だけでもよい。握れば銀杏になり開けば梅干になる指のつけ根の関節に、可愛らしい靨のやうなクボミの這入る手頸だけでも結構だ。足だつて柔かくて気持がよい。そこへ持つて来て、女は身を粧ふことに時間と精魂とを尽して省みない美しい優しい本能をもつてゐるから、玉は益々その光を増すばかりだ。声帯が高調に張られてゐることも男の耳には嬉しい清い響きを伝達する。一体に受動的な性情から挙措物静かに、しとやかに、言葉にも稜が無く控へ目なのも女の美点だ。女といふものは何処に一つ点の打ち処がないやうだ。天地開闢以来、如何なる天才が現はれても、遂に賞め切れず称へ尽されなかつた女の心と身体との優美を、何程俺たちが躍起となつて述べた所で詮なき次第だ。只々謹み敬ひ、永遠無窮の平和の守神と崇め奉るより外はない。アヽ惟神霊幸倍坐世だ。アハヽヽヽ』 エム『おいワク、お前は女権拡張会の顧問にでも選まれて居るのか。大変に女権擁護の弁論をまくし立てやがるぢやないか。俺の見る所では女といふ奴は不思議な程見掛け倒しで不器用な始末の悪いものはないやうだ。一寸賞めりや、のし上る、叱れば泣きよる、殺せば化けて出るといふ厄介至極な代物ぢやないか。何をさせても到底男には叶はない。チツト男子の擁護をしても余り罰は当るまいぞ』 ワク『ヘン、男に昔から碌な奴があるかい。松竹梅の三人姉妹だつて出雲姫だつて祝姫だつて、天教山の木花姫だつて偉大な仕事を為し遂げた女は沢山にあるぢやないか。寡聞ながらも俺はまだまだ沢山に女丈夫の出現した事を聞き及んで居るのだ。常世姫だつてウラナイ教の今通つたお寅婆アさまだつて、俺達より見れば偉いものぢやないか、エーン。俺よりも俺の嬶の方が遥に器用に針を運ぶことを承認して居るのだ。児だつて男では産むことは出来ないからな。何うしても女は社交界の花だよ。それどころか男の為すべきことの様に思はれて来た仕事にかけても、どしどしと行つて退けるのだ。例へば議会に代議士を訪問して何事かベラベラと仰有ると、大抵の事件は無事通過する様になる事を思へば、俺なんかよりも女房の方が遥に政治的の頭脳が発達して居るものだと真に敬服して居るのだ。そんな次第だから女は一口に不器用だと言つて葬つて了ふ訳には行かないよ』 エム『実際何でも一寸器用にやつてのける点は女の方が偉いかも知れぬ。併し不思議なことには開闢以来未だ一人として男が逆鉾立をしても叶はぬやうな図抜けた女は出たことはないぢやないか。音楽などでは随分一流までは行くものもある、然しながら一流の一流といふ点までは決して頭が届いた例がない。ジヤンダークだつて大黒主の傍へ持つて云つたら二流か三流だ。紫式部やサラベルナアルが偉いと言つたつて、一流の一流といふ程のものではない。方面を変へて女の為すべき事のやうに思はれて来た仕事でも一流の一流といふべき位置は残らず男子に占められて居るのだ。料理や針仕事でも一流の職人は矢張り男子だ。少し考へて見たら女は不器用なものだと言はれても仕方が無からうよ。又恋愛なんぞは女が先に立つて、頭からのめり込むやうに深く這入つて行つたらと思ふのだが、俺に言はしたら是とて一流の一流たる恋愛になると、女は何時でも男子に手を引かれて一足づつ跡からついて行く。恋の炎さへプロミセウスに取つて来て貰ふとは、女は実にエタアナルのアイドルだと云はなければならぬぢやないか』 ワク『サウ女を軽蔑するものでないよ。女房に死なれた男子が一流の母たることは出来やうが、決して一流の一流といはるべき母たることは出来ない。ここが如何に男子が逆鉾立になつて気張つて見ても叶はない点だ。このことのみは争ふべくもない事実だよ』 エム『元始女性が太陽だらうと雌猿だらうと構はないが、人間が胎生動物であつて女が子宮といふ立派な製人器を持つて居ることは間違ひない。いやなら児は産まないでも夫れは御勝手だが、する仕事は不器用だし、恋をしても浅薄だとなると、女の生きてゐる甲斐は何処にも無いぢやないか。所詮女は男に隷属すべきものだからなア』 ワク『俺は、女は男に隷属したものだとは考へられないと同時に、独立したものだとも思はない。それは丁度男が女に隷属したものでも独立したものでもないのと同じことだ。然し俺は決して女の自由を男の手の内に握らうとは言はない。モツト女が自由であることを祈るものだ』 エム『女の自由――ヘン猪口才な、女の癖に自由を叫ぶのは怪しからぬぢやないか。思想、感情、習俗、生活などを自分のものにしようとする謀叛だ、男のおせつかいから引き離さうとするのだ。一切の権利を女の方へ引つたくらうとする野望なのだ。女らしくなるのを嫌つてゐるのだ』 ワク『女自身の思想、感情、習俗、生活、さう言ふものを確立しようとする現代婦人の気持は、女が時代に醒めたことを現はして居るのだから、現代の婦人は甚だ頼もしいぢやないか』 エム『けれども、それを男子から取戻さうとして、女のチヤンピオンが男子の中に荒れ込んで来て益々男子の中にズルズルと没入して行く様は見るも痛ましい。男子が女から取り上げたものを議場や慈善愛国の念や飛行機の上や大学や家長の名や乗合自動車の中に隠匿して、私して居る様に思つてるのは、少々見当違ひの詮索だと云はなければならない。そんな所から、本当の女の自由が取戻されるか何うか、マアマア女権拡張会のために充分活動して見るがよからうよ。若しも男子が女から何物かを取つて来てゐたとすれば、それは女が何をしても不器用で、とても見て居られないから男子が代つてやつて居る迄の事だ。併し俺は職業の話をして居るのぢやない。思想でも感情でも習俗でも生活でも……さう云ふものを立派に女自身の手で処理して呉れたならば、男子はそれだけ助かるのだ。それだけの手間や労力をモツト男向きの方面へ有利に使ふことが出来るのだ。決して男子は女に対して返し惜みはせないよ。この頃の新しい女だとか目醒めたとか云ふ女のして居ることには矛盾ばかりだ。自分の家には勝手の知れない手間の雇に働かせて置いて、義理もヘチマも無い隣の家の大掃除に、役にも立たぬ痩腕で手伝に行つて居るやうな形がある。家内は手廻らず隣家は邪魔になるばかりの有難迷惑と気が付かない所が実にお気の毒だ。人の悪い連中に少しばかり煽動られると、何の不自由もない貴婦人の身を以て四辻に立ち、造花の押売までやるのだ。斯うなると馬鹿を通り越していつそ洒落たものだ。女が女であることに飽き足らなかつたり、恥しがつたりしても、それは焼直さない限り、神様だつて人間だつて誰だつて、何うしてやる訳には行かないわ』 ワク『おい、エム、さう言つたものぢやないよ。女だつて出来ないものはない。総理大臣ぐらゐは勤まるよ』 エム『女が総理大臣ぐらゐに成れない事は無いのは当然だ。現に高はないが加藤明子だつて成つて居るぢやないか[※大正13年(1924年)6月から15年1月まで総理大臣を務めた加藤高明と、筆録者の加藤明子の名を引っかけている。ただし本章を口述したのは12年1月で、初版が発行されたのは13年10月なので、口述時にはなかったこの一文を発行時に追加した可能性がある。]。此頃の総理大臣ならデクの坊でも立派に勤まるからなア。併し同じデクの坊でも男子の方が少しばかりは良くやる。だからさう云ふことは歯痒からうが暫く男子に任しておいて、男子には逆鉾立ちをしても、女の真似の出来ない方面のことに身を入れた方が良いわ。それは外でもない女は母たることだ。それだけでは生甲斐が無いやうに感ずる程、精力の過剰があつたら、一流の母たることに務めるべきだ。それでも未だ飽き足りなかつたら一流中の一流、理想の母たることに努めたら良いだらう。たつた一人の子供でも退屈するほど暇な、そして骨の折れない仕事ではなく、またそれほど働き甲斐のない仕事でもない天人の養育機関だからなア。大道で往来の人々に対してビラを撒くほど易い仕事ではないのだから』 ワク『オイ間違つちや可けない、俺の謂つた一流の一流たる母親と云ふのは、世間の所謂良妻賢母といふたぐひでは無い。そんなことなら男子でも相応にやれるわ』 エム『では何うすると云ふのだ』 ワク『サアそこが男子には逆鉾立になつても追付かないところだ。宜しく御婦人にお任せするのだなア』 エム『俺の言ひ方に大分に毒があつたから、俺が女嫌ひだと思つちや困るよ。俺の嫌ひなのは、女だか男子だか判然しないやうな中性の女だ。普通の女らしい女は大好きなのだ。ハヽヽヽヽ』 ワク『アハヽヽヽ、到頭本音を吹きよつたなア』 コー『何と云つても女の心と肉体の美しさは称へても称へ切れないものだ。優しい思ひやりの深い控目な心、むき出しでも綺麗な心、沢山の悪心を持ちながら之を要するに小さい可愛らしい心、嘘吐きでそして直に後悔する心、どこから考へても可い。俺は一切の女が大好きだ』 エム『女といふ奴性来の愚者だから、何うでもなるものだよ。女を喜ばせようと思つたら百万言を費して其心を褒めてやるよりも、たつた一言、髪なり、鼻つきなり、眼元なり、爪の光沢なりを褒めてやつた方が効果が多いものだ。アハヽヽヽ』 コー『誰が何と云つても俺は女の心とその肉体を褒め称へ礼拝して平和の女神と崇めるのだ。それが男子たるものの道義心だ。なんと云つても女はエターナル・アイドルだ』 ワク『アハヽヽヽ』 エム『エヘヽヽヽ』 かく笑ひ興ずる所へ、雪のやうな白い顔をした妙齢の美人が二人、涼しい声を張り上げ歌を歌ひながら此方の森をさして進み来る。三人は目敏くも是を眺めて目引き袖引きしながらコーは小声で、 コー『おい、ワク、エム、俺の言霊は偉いものだらう。女を賞めて居たら忽ち艶麗な美人が出現ましましたぢやないか。噂をすれば影とやら、実に尤物だぞ。どうかしてあいつを旨く虜にし、将軍様の前につき出し、吾々三人が功名手柄をしようぢやないか』 エム『面白いなア、確りしようぞなア。ワク、貴様の婦人反対論者でも、あの美人には一言もあるまい。エーン』 ワク『成程霊光に打たれて頭がワクワクしさうだ。素的のものだな』 かく話す所へ早くも二人の美人は近よつて来た。 甲女(清照姫)『もしもし、一寸お尋ね致しますが、ランチ将軍様や片彦将軍様の御陣営は、何方に参りますかな』 コー『ヤア、貴女方は将軍様の所在を尋ねて何となさる御所存ですか』 甲女(清照姫)『会ひさへすればよいのです。私が会つた上で、雨になるか、風になるか、将た雷鳴か、地震か、今の所では見当がつきませぬ。兎も角も案内をして下さいな』 コー『用向も聞かずに、うつかり案内をしようものなら大変だなア。ワク、エム、どうしようかなア』 ワク『態あ見い、一生懸命女を賞めて居たが、さらばとなればその狼狽方は何だ。それだから、俺が女は駄目と云つたのだ。こんなものを連れて往かうものなら、バラモン軍の爆裂弾になるか知れやしないぞ』 乙女『ホヽヽヽヽ、皆さま御心配なさいますな。何と云つても高が女です、立派な男さまばかりの中へ女が二人位往きましても何が出来ませう。男に対する女、何と云つても異性が加はらねば、どうしても本当の男の威勢は出ませぬぞ』 コー『さうだなア、ヤ承知致しました。何とまア、三日月眉で、目のパツチリとしたお色の白い髪の艶と云ひ、まるで天人のやうですワイ』 乙女(初稚姫)『ホヽヽヽヽ、こんなお多福をそのやうに嬲るものぢやありませぬ。どうぞ妾等両人を将軍様の陣営に案内して下さいませいな』 コー『ハイハイ案内致しませうとも。併しながら貴女のネームを聞かぬ事にや案内の仕方がありませぬ。何卒お名乗りを願ひます』 甲女(清照姫)『私は三五教の宣伝使清照姫、も一人は妹分の初稚姫で厶ります』 コー『何、清照姫に初稚姫、そいつは大変だ。ヤア平にお断り申します』 甲女(清照姫)『何とまあ、弱い男だこと、女の二人位が恐ろしいのですか』 コー『ヤア別に恐ろしくもありませぬが、お前さまは三五教の女豪傑だ。そんな事を云つてバラモン教を潰して仕舞ふ考へだらう。おい、ワク、エム、何うしようかなあ』 ワク『ウンさうだなあ』 エム『何うしたものだらう、困つた問題が起つたものだ』 甲女(清照姫)『あゝ辛気臭い、こんな方に相手になつて居ては駄目だ。さあ初稚姫さま、此方から進んで将軍様を訪問致しませう』 乙女(初稚姫)『さうですなあ、こんな腰の弱い番卒に交渉やつて居つたつて駄目ですわ、それなら姉さま、参りませう』 と早くも二人は手を引、通り過ぎようとする。コーは慌てて両手を拡げ、大の字になつて小道を踏ん張りながら、 コー『まあまあ待つて下さい。さう強硬的に出られちや、八尺の男子も顔色無しぢや、エヽ仕方がない、御案内致しませう。おいワク、エム両人、お前は此所に確りと守衛を勤めて居つて呉れ。俺は将軍様の前まで御両人を御案内して来るから』 エム『手柄を独占しようとは、ちと虫がよ過ぎるぞ。一層の事三人寄つて御案内する事にしようかい。後の守衛はテル、ハルの両人にまかして置けばよいのだ。おいテル、ハルの両人、確り守衛を頼むぞ』 テル『私もお供を致しませう』 エム『罷りならぬ。上官の命令だ、怖けりや木の蔭になとすつ込んで待つて居れ。ハルと両人抱き合つて慄うて居るが好からうぞ』 ハル『アヽ仕方がないなあ、テル、強いものの強い、弱いものの弱い時節だからなあ』 エム『こりや両人、二百五十両儲けたぢやないか、金の冥加でも二人神妙に守衛をして居るだけの価値はあるぞ』 テル『ハーイ』 ハル『仕方がありませぬ』 コー『サア、お二方、御案内を致しませう』 甲乙二女は、叮嚀に会釈し、ニコニコ笑ひながら三人の足跡を踏んで、ランチの陣営さして大胆不敵にも進み行く。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二加藤明子録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 07 酔の八衢 | 第七章酔の八衢〔一二四〇〕 天に輝く日月も黒雲とざす時は 忽ち其光を没する如く智仁勇兼備の 三五教の宣伝使治国別も忽ち妖雲に霊眼を交錯されて 悪虐無道のランチ将軍が奸計に陥り 暗黒無明の地下の牢獄へ忽ち顛落し 気絶せしこそ是非なけれ。 肺臓の呼吸は漸く微弱となり、情動は全くとまると共に、心臓の鼓動休止し、治国別は竜公と共に、見なれぬ山野を彷徨することとなつた。行くともなしに、吾想念の向ふまま進んで行くと、一方は屹立せる山岳、一方は巨大なる岩石に挟まれた谷間の狭い所に迷ひ込んだ。ここは中有界の入口である。中有界は、善霊、悪霊の集合地点である。一名精霊界とも称へる。 竜公は四辺の不思議な光景に、治国別の袖をひき、 竜公『モシ先生、此処はどこでせうかな。ランチ将軍の奥座敷で酒を呑んで居つたと思へば、局面忽ち一変して、斯様な谷底、何時の間に来たのでせう』 治国別『どうも変だなア、幽かに記憶に残つてゐるが、何でも片彦の案内で、立派な座敷へ入つたと思へば、忽ち暗黒の穴へおち込んだやうな気がした。ヒヨツとしたら吾々は肉体を脱離して、吾精霊のみが迷つて来たのではあるまいかな』 竜公『何だかチツと空気が違ふ様ですな。併し斯様な所に居つても仕方がありませぬ。行ける所まで進みませうか』 治国別は少時双手を組み、幽かな記憶を辿りながら、二つ三つうなづいて、 治国別『ウンウンさうださうだ、ランチ、片彦将軍の計略にウマウマ乗ぜられ、生命をとられて了つたのだ。アヽ困つた事をしたものだな』 竜公『モシ先生、生命をとられた者が、かうして二人生きて居りますか、変な事を仰有いますなア』 治国別『人間界から言へば、所謂命をとられたのだ。併し乍ら人間は霊界に籍をおいてゐる。肉体はホンの精霊の養成所だ。霊界から言へば、死んだのではない、復活したのだ。サア之から吾々が生前に於て、現界にて尽して来た善悪正邪を検査する所があるに違ひない。そこで一つ検査を受けて天国へ昇るか地獄へおとされるかだ』 竜公『エヽそりや大変ですな、マ一度娑婆へ帰る工夫はありますまいかな』 治国別『何事も神素盞嗚の大神様の御心の儘だから、精霊界にふみ迷ふも、或は天国へ復活するも、現実界へ逆戻りするのも、吾々人間の左右し得べき所でない。最早かくなる上は、神様にお任せするより道はなからうよ』 竜公『私はあなたから、死後の世界があると云ふ事は聞いて居りましたが、斯うハツキリと死後の生涯を続けるとは思ひませなんだ。気体的の体を保ち、フワリフワリと中空をさまよふものだと考へて居りましたが、今となつては、吾々の触覚といひ、知覚といひ、想念といひ、情動といひ、愛の心といひ、生前よりも層一層的確になつたやうな心持が致します。実に不思議ぢやありませぬか。死後の世界はあると云ふ事は承はつて居りましたなれど、是程ハツキリした世界とは思ひませなんだ』 治国別『人間の肉体は所謂精霊の容物だ。精霊の中には天国へ昇つて天人となるのもあれば、地獄へおちて鬼となるのもある。天人になるべき霊を称して、肉体の方面から之を本守護神と云ひ、善良なる精霊を称して正守護神といひ、悪の精霊を称して副守護神と云ふのだ』 竜公『人間の体の中には、さう本正副と三色も人格が分つて居るのですか』 治国別『マアそんなものだ。吾々は天人たるべき素養を持つてゐるのだが、肉体のある中に天人になつて、高天原の団体に籍をおく者は極めて稀だ。今の人間は大抵皆地獄に籍をおいてゐる者ばかりだ、少しマシな者でも、漸くに精霊界に籍をおく位なものだよ。此精霊界に於て善悪正邪を審かれるのだから、最早過去の罪を償ふ術もない。あゝ之を思へば、人間は肉体のある中に、一つでも善い事をしておきたいものだなア』 かく話す所へどこともなく、一人の守衛が現はれて来た。 守衛は治国別に向ひ、 守衛『あなたは三五教の治国別様では厶いませぬか』 治国別『ハイ左様で厶います。エヽ一寸お尋ね致しますが、ここは天の八衢ではございませぬかな』 守衛『お察しの通り、ここは精霊界の八衢で厶います、サア是から関所へ案内を致しませう』 治国別『有難う厶います。オイ竜公、ヤハリ吾々は最早娑婆の人間ぢやないのだよ。覚悟せなくちや可けないよ』 竜公『仮令八衢へ来た所で、此通り意思想念共に健全なる以上は、決して死んだのぢやありませぬから、何とも思ひませぬワ』 守衛『竜公さまとやら、お気の毒ながら、あなたは八衢に於て少しく暇取るかも知れませぬ。そして治国別様とお別れにならなきやならないでせう』 竜公『エヽ何と仰有います、別れよと仰有つても私は治国別様の家来ですから、どこ迄も伴いて行きます。家来が主人の後へ従いて行かれぬと云ふ、何程霊界でもそんな道理はありますまい』 守衛『それは御尤もですが、併しながら貴方の善と信と智慧と証覚とが、治国別様と同程度になつて居れば、無論放さうと思つても放れるものぢやありませぬ。併しながら貴方の円相が余程治国別様に比べて見劣りが致しますから、私の考へでは、どうも御一緒は六かしいやうに感じられます。併しながら八衢の関所までお出でになつて、伊吹戸主の神様のお審きを受けねば、到底私では決定を与へる事は出来ませぬ。又決定を与へる丈の資格も権能もありませぬからなア』 治国『惟神霊幸倍坐世、三五教を守り給ふ国治立の大神、豊国主の大神、守り給へ幸はへ給へ』 竜公はしきりに、 竜公『惟神霊幸はへませ。一二三四五六七八九十百千万』 と数歌をうたふ。守衛は谷道に立止まり、 守衛『治国別様、此竜公さまをあなたにお任せ致しますから、どうぞ此処をズツと東へ取つてお出で下さいませ。少しくあの山をお廻りになると、稍平かな所が厶います。そこが天の八衢の関所で厶いますから、私は之から又次へ出て来る連中がありますから、それを案内して来ます。左様なら、之で失礼を……』 と言ひながら電光石火の如く、空中に一の字を画いて、光となつて西方指して飛んで行く。二人は崎嶇たる山道をドシドシと、三十丁ばかり登りつめた。見れば万公が首を傾け、口をポカンとあけ、憂鬱気分で此方を指して進んで来るのを、四五間ばかり手前で見つけた。竜公は、治国別の袖をひいて、 竜公『モシ先生、あこへ来るのは万公ぢやありませぬか。何だか心配らしい顔をして歩いて来るぢやありませぬか』 治国別『ウン確に万公だ、併しながら言葉をかけちやいかないよ。向ふがもの言ふまで黙つてゐるがいい。先方がもの言つても、こちらはもの言つちや可けないよ』 かく話す折しも、万公は行歩蹣跚として、二人の前に立ちふさがり不思議相な顔をして、二人を眺めてゐる。治国別は心の内にて、天の数歌を奏上してゐる。竜公はあわてて、治国別の戒めた事を打忘れ、 竜公『オイ万公ぢやないか、何だみつともない、其ザマは、シツカリせぬかい』 と背中をポンと叩きかけた拍子に、万公はプスツと煙の如くに消えて了つた。 竜公『アヽ万公かと思へば、何だ、化物だなア。ヤツパリ霊界は霊界だなア。万公に冥土の狐奴、化けてゐやがつたのだなア』 治国別『エヽ仕方のない男だなア、ありや万公に間違ひないのだ。肉体はまだ現界に居つて精霊のみが俺達の身の上を案じて、捜しに来てゐるのだ。肉体のある精霊に言葉をかけるものぢやない。肉体のある精霊は霊界にゐる者が言葉をかければ、すぐに消えるものだ。それだから俺が気をつけておいたのに、困つた男だな、これから伊吹戸主の神様の関所へ行くのだから、余程心得ないと可かないぞ』 竜公『ハイ、キツと心得ます。あなたがモシヤ天国へお出でになつたら、私をどこ迄も伴れて行つて下さりませうねエ』 治国別『どこへ俺が行つても従いて来るといふ真心があるのか、それなら俺は若も天国へ行く時には、八衢の神に願つて伴れてゆく。併しながら、俺も随分若い時にウラル教で悪事をやつて来た者だから、善悪のハカリにかけられたら、大抵は地獄行だ。地獄へ落ちてもついて来るかなア。万劫末代上れない悪臭紛々たる餓鬼道へおちても従いて来る考へか』 竜公『先生がメツタにそんな所へ落ちなさる気遣ひがありますものか。どこ迄もお供を致します』 治国別『地獄へでもついて来るなア』 竜公『ハイ、従いて行きます。其代りにモシモ私が地獄へ落ちた時には、先生もついて来てくれますだらうなア』 治国別『そりやキマつた事だ。お前を見すてて行く事が何うして出来よう。霊界も現界も凡て愛といふものが生命だ。愛を離れては天人だつて、精霊だつて、人間だつて存在は許されないのだ』 竜公『あゝそれを聞いて安心致しました。どうぞ、どこ迄も私を伴れて行つて下さい』 治国別『ヤア、あこに赤門が見える、どうやらアコが関所らしいぞ。サア急いで行かう』 治国別は先に立つて進んで行く。赤門の側へ近付いて見れば、二人の守衛が立つてゐる。一人は光明輝く優しい顔付の男とも女とも知れぬ者、一人は赤面の唐辛をかんだやうな顔した男、衡の前に儼然として控へてゐる。 治国別『ヤア皆さま、御苦労ですなア、ここで吾々の罪の軽重を査べて頂くのですかな』 優しき守衛は面色を和らげて、 優しき守衛『イヽヤ、あなたは査べるには及びませぬ、どうぞ奥へお通り下さいませ……一人のお方、一寸ここへ残つて下さい。査べますから……』 竜公『ヤア此奴ア大変だ。サ先生、断り云つて下さいな』 治国別『霊界の規則だから仕方がないワ。先づ地獄行か天国行か査べて貰ふがよからうぞ』 竜公『モシモシ、門番さま、現代の娑婆では何事も簡略を尊びますから、そんな看貫でかけるよな七面倒臭い事はおやめになつたら何うですか』 赤顔の守衛はグルリと目をむき、竜公を睨みつけながら、 赤顔の守衛『不届き者ツ、霊界の法則を蹂躙するかツ』 と呶鳴りつける。竜公はちぢみ上り、不承不承にカンカン[※「看貫秤(かんかんばかり)」(貫目を看る)のこと。台秤。]の上へ身を載せた。一方は地獄行、一方は天国行と金文字で記してある。 赤顔の守衛『地獄行の方が下つたら、気の毒ながら、之から苦しい暗い所へ落ちて貰はにやなりませぬ。又天国行の方が重かつたら、天国へ行つて貰ひませう。ここは一厘一毛も掛値のない、正直一方の裁判所だから、地獄へ仮令落ちても、決して無実の罪ぢやないから、満足だらう』 と云ひつつ、懐から帳面を出して、 赤顔の守衛『三五教の信者竜公竜公』 と、厚い緯に長い帳面を繰り広げてゐる。 赤顔の守衛『ハヽア、お前はアーメニヤの生れだな、そしてウラル教に這入つて居つたな。随分後家倒しや女殺をやつて来たとみえる。チヤンとここに記いてゐるぞ』 竜公『モシモシ善の方面を一つ査べて下さい』 赤顔の守衛『宜しい、ハヽア、善の方は丸がしてある』 竜公『ヤア有難い、満点ですかなア』 赤顔の守衛『なに、零点だ。零点以下廿七度といふ冷酷漢だと見えるわい。気の毒ながらマア地獄行かなア、併し未だお前は生死簿には死期が来てゐない。まだ五六十年は娑婆で活動すべき代物だ。娑婆へ帰つたならば、地獄へ落ちない様に、善を行ひ、神を信仰し、人の為に誠を尽すがよからうぞ。今此儘で肉体を離れようものなら、気の毒ながら地獄落だ』 竜公『エヽさうすると、マ一度娑婆へ帰れますかな』 赤顔の守衛『まだ心臓に微弱な鼓動が継続してゐる、そして肺の呼吸も微弱ながら存在してゐるから、キツト娑婆へ帰るだらう』 竜公『ヤア、それは有難い、併し宣伝使さまは何うですかな。一寸帳面を査べて下さいませぬか』 赤顔の守衛『宣伝使様は天国行の霊だから、此帳面には記してない。モシ白さま、あなた一寸査べて見て下さい』 白い顔の守衛は懐から帳面を取出し、 白顔の守衛『三五教三五教』 と云ひながら、見出しを読み中程をパツとめくつて、 白顔の守衛『ヤア此方もまだ、寿命がありますわい。現世に於てまだまだ数十年、活動して貰はなくちや、ハア、なりませぬよ。併しながら、伊吹戸主の神様の御意見を聞かなくちやシツカリしたこた言へませぬワ』 竜公『私の罪の測量は免除して下さいますだらうな』 赤顔の守衛『エヽ今すぐに地獄へやるべき精霊でもないから、査べた所で駄目だ。数十年の後に更めてハカる事にしませう』 竜公『ヤアそりや有難い、皆さま、エライお気をもませました』 赤顔の守衛『ハヽヽ、吾々は日々之が役目だから、別に気も揉ましないが、お前は随分気をもんだだらう』 竜公『モシ先生、今の白い守衛のお言葉をお聞になりましたか、あなたは今から天国行の資格がある相ですなア』 治国別『ヤア実に汗顔の至りだ。まだ寿命があるさうだから、モ一度現界へ往つて、大神様の為、世の中の為に、一働きをさして頂かうかなア』 斯く話す所へ、ヘベレケに酔うた一人の男、行歩蹣跚として八衢の赤門にドンと行当り、 男(権太)『ドヽドイツぢやい、バヽバカにすない、俺を誰だと考へてゐる?おれはヤケ酒の権と云つたら、誰知らぬ者のない哥兄さまだぞ、エヽーン、こんな所へ赤い門を立てやがつて、往来の妨げをするといふ事があるかい。叩きこはせ叩きこはせ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ヤケ酒の権太とやら、ここを何処ぢやと心得てゐる』 権太『ドコも、クソもあつたものけえ、ここは帝大の入口だ、赤門ぢやないか。俺が酒に酔うとると思うて余り馬鹿にするない、俺だつて足があるのだから、赤門位はくぐるのだからなア。永らく校番を勤めて居つたのだから、学士連中よりも赤門の勝手はよく知つてゐるのだい。何時の間に門番奴、代りやがつたのだ、エヽーン、何だ其面ア、真白けな面しやがつて、男だてら白粉をぬり、チツクをつけ、おれやそれが癪にさはつてたまらぬのだ。今の学士や青年に学生といふ奴ア、皆貴様のやうな代物ばかりだ。何でえ、そんなコハイシヤツ面しやがつて、睨んだつて、何が恐いか、江戸つ児の哥兄さまだぞ。鬼瓦みたやうな面しやがつて、門番が酒に酔つぱらつてそんな赤い顔するといふ事があるかい。今日から免職だ。サア、トツトと去ね……』 赤『コリヤコリヤ権太、ここは冥土の八衢だぞ。何と心得て居るか』 権太『ヤア、成程、道理でチツトそこらの様子が違ふと思うて居つたワ。どこぞ、ここらにコツプ酒でも売つてる所はないか、エヽー、チツト案内してくれたら何うだ』 赤顔の守衛『此奴ア、余り、酔うてゐるので手に合はぬ。コレ白さま、一寸伊吹戸主の大神様に、何う致しませうと云つて伺つて来て下さらぬか』 白はうなづきながら門内に姿を隠した。暫くすると、金冠を頂いた仏画でみる閻魔大王の如き厳しい容貌をした伊吹戸主の神、四辺を光明に照しながら、悠々と現はれ給うた。此光明に照らされて、竜公は目もくらむばかり、ヨロヨロと大地に倒れ、地上にかぶりついて慄うてゐる。治国別は莞爾として判神に向ひ、叮嚀に会釈してゐる。判神も亦治国別に向つて礼を返した。 赤『コリヤ権太、伊吹戸主様のお出ましだ。サア此処で其方の罪を査べるのだから、此衡にかかれ』 権太『こりや衡をようせよ、ハカリが悪いと地獄へ落ちるぞ。高い高い酒を売りやがつて、ハカリで誤魔化さうと思つても駄目だ。朝から晩まで汗水たらして働き、日の暮になつて、一日の疲れを休むべく大切の金を使つて、俺たち貧乏人は酒を買ひに行くのだ。それにハカリを悪うすると冥加が悪いぞ』 赤顔の守衛『チエツ、エヽまだ酔うてゐやがる。コリヤここは地獄の八丁目だぞ』 権太『地ゴク御尤もだ、八升でも九升でも、タダの酒なら何ぼでも持つて来いだ、メツタにあとへは引かぬのだからなア』 赤は劫をにやし、ピシヤツと横面を力に任せて擲りつけた。権太はビツクリして、ハツと気がつけば、光明輝く判神が儼然と吾前に立つてゐる。そして赤鬼が衡を持つて大きな目で睨みつけてゐる。 権太『モシ、ここは何といふ所で厶います』 赤顔の守衛『目が醒めたか、ここは八衢だ、今其方の娑婆に於ける行ひの善悪を査べて、之から地獄へやるか、天国へ救うてやるかといふ所だ。サア判神様の前だ、神妙にこの衡の上にのれ。そして正直に白状するのだぞ。其方の娑婆に於て尽した善悪は全部此処につけとめてあるから、正直に申上げよ』 権太『ハイ、申上げます、私は……エー……権太と申すのは仇名で厶いまして、……エー実は、酔どれの熊公と申しやす』 赤顔の守衛『成程、それに間違ひない、其方は余り酒に喰ひ酔うて、社会的勤めを致さないによつて、お寅といふ女房に逃げられた事があらうがな』 権太(熊公)『ハイ恐れ入りました。確に厶います』 赤顔の守衛『そして其後其方は焼糞になり、隣の屋敷迄抵当に入れて金を借り、皆呑んで了つただらう』 権太(熊公)『ハイ、夫れに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『それから浮木の村で其方の女房だつたお寅が侠客をして居つた時、幾度も酒に酔うてグヅを巻きに行つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それも其通りで厶います』 赤顔の守衛『併し何時とても袋叩きに遇ひ、無念をこらへて辛抱致した、それ丈は感心だ。此忍耐力に仍つて、今迄の悪事は棒引だ』 権太(熊公)『ハイ有難う厶います』 赤顔の守衛『それから其方は小北山のウラナイ教の本山に行つて、お寅と蠑螈別を脅迫し、一千両の金をフンだくり、皆呑んで了つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『なぜさういふ悪い事を致すのか』 と声を尖らして言ふ。 権太(熊公)『余りムカツパラが立つてたまりませぬので、ウヽヽヽヽついグヅつてやる気になりました。どうせお寅婆アの事だから、一文生中も出す気遣はひない……が……ダダでもこねて、無念晴しをしようと思ひやして、一寸試みにゴロついてみた処、悪党婆アに似合はず意外にも気が折れて、一千両くれましたので、これ幸ひと懐にたくし込み、それから呑んで呑んで呑み続けました。まだここに五百両ばかり残つてゐます、どうぞ、……地獄の沙汰も金次第と言ひますさうですから、此金をあなたに上げますから、……地獄行丈はこらへて下さいませ……』 赤顔の守衛『馬鹿を申せ、至正至直、寸毫も虚偽を許さぬ此八衢に於て、賄賂を提供するとは以ての外だ。其方がお寅から奪ひとつた一千両の罪は実に重いけれど、其為にお寅婆アと魔我彦とに改心の動機を与へた功徳に仍つて、其方の功罪を比較し、第三天国へ遣はすべき所であつたが、此神聖なる八衢に於て賄賂を使はむと致した罪に仍つて、ヤツパリ地獄落だ。有難う思へ』 権太(熊公)『それなら、モウ此五百両は提供しませぬから、どうぞ天国へやつて下さい。頼みます』 赤顔の守衛『モシ伊吹戸主の神様、如何取計らひませうか』 伊吹戸主『此権太事、酔どれの熊はまだ五百両の酒代を残してゐるから、此金がなくなる迄娑婆へ帰してやつたがよからう。冥土へかやうなムサ苦しい金などを持込まれては、大変だから……』 赤顔の守衛『コリヤ権太、其方はまだここへ来るのは早い、此五百両の金がとこ、酒を呑んで了ふ迄、娑婆へ帰つたがよからう。長生がしたくば、此金を使はずに、酒を辛抱して居つたがよからうぞ』 権太(熊公)『ハイ有難うございます、併しながら何程死ぬのが厭だと云つても、現在五百両の金を持ちながら呑みたい酒を呑まずに居れませうか。それならコレからマ一度娑婆へ出てお酒を頂戴して参ります』 赤は、 赤顔の守衛『サア早く帰れ』 と云ひさま、背中をポンと叩いた拍子に、権太は煙となつて消えて了つた。権太の熊公はお寅から奪ひ取つた金で酒を呑み歩き、衣笠村の酒屋の門口でブツ倒れ、一時は人事不省になつてゐたが、漸く目がさめ、 権太(熊公)『あゝあ、怖い夢を見た。モウ酒はコリコリだ』 と言ひながら、懐から金を取り出し、人通の多い街道に出で、乞食らしい者の通る前に一円二円とまきちらし、施しをなし、遂には善良なる三五教の信者となり、善人の評判を取つて一生を送る事となつた。此熊公の物語は後に述ぶる事があるであらうと思ふ。あゝ惟神霊幸はへませ。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二松村真澄録) |
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霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 10 震士震商 | 第一〇章震士震商〔一二四三〕 治国別、竜公両人は伊吹戸主の神の関所に於て優待され茶果を饗応せられ、少時休息してゐると、其前をスタスタと勢よく通りかかつたデツプリ肥えた六十男がある。 赤顔の守衛はあわてて、其男を引きとめ、 赤顔の守衛『コラ待てツ』 と一喝した。男は後振返り、不機嫌な顔をして、 男(欲野深蔵)『何だ天下の大道を往来するのに、待てと云つて妨げる不道理な事があるか、エー、俺をどなたと心得て居る。傷死位窘死等死爵鬼族婬偽員欲野深蔵といふ紳士だ。邪魔を致すと、交番へ引渡さうか』 赤顔の守衛『オイ、其方はここをどこと心得て居る』 欲野深蔵『言はいでもきまつた事だ。野蛮未開の北海道ぢやないか』 赤顔の守衛『其方は何うして此処へ来たのだ』 欲野深蔵『空中視察の為、飛行機に乗つて居つた所、プロペラの加減が悪くて、風波でこんな方へやつて来たのだ。何うだ俺を本国へ案内してくれないか、さうすりや腐つた酒の一杯も呑ましてやらぬこともないワイ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ欲野深蔵、ここは冥途だぞ、天の八衢を知らぬか』 欲野深蔵『鳴動も爆発もあつたものかい、そんなメードウな事を云ふない、俺こそはフサの国に於て遠近に名を知られた紳士だ……否紳士兼紳商だ。男のボーイに酒をつがす時には男酌閣下で、自分一人ついで呑む時には私酌閣下だ。エヽーン、そんなおどし文句を並べて、鳴動だの、破裂だのと云はずに、俺の案内でもしたらどうだ、貴様もこんな所で二銭銅貨の様な顔をして、しやちこ張つて居つても、気が利かぬぢやないか。銅銭ロクな奴ぢやあろまいが、俺も大度量をオツ放り出して、椀給で門番にでも救うてやらう』 赤顔の守衛『コリヤ深蔵、貴様はチツとばかり酒に喰ひ酔うてゐるな、今紳士紳商だと吐したが欲にかけたら親子の間でも公事を致したり、又人の悪口を針小棒大に吹聴致し、自己の名利栄達を計り、身上を拵へた真極道だらう、チヤンとここな帳面についてゐるのだ、何程娑婆で羽振がよくても霊界へ来ては最早駄目だ。サ、ここの衡にかかれ、貴様の罪を測量してやらう』 欲野深蔵『さうすると、此処はヤツパリ冥途でげすかなア』 赤顔の守衛『気がついたか、貴様は積悪の酬に仍りて、地震の為に震死した震死代物だらう』 欲野深蔵『成程、さう承はれば朧げに記憶に浮かむで来ますワイ。飛行機に乗つたと思つたのは……さうすると魂が宙に飛んだのかな』 赤面の守衛は帳面をくりながら、 赤顔の守衛『其方は欲野深蔵と云つたな、幼名は渋柿泥右衛門と申さうがな』 欲野深蔵『ハイ、ヨク、深い所まで御存じで厶いますなア、それに間違ひは厶いませぬ』 赤顔の守衛『其方は娑婆に於て、殺人鉄道嵐脈会社の社長兼取締役を致して居つたであらう』 欲野深蔵『ハイ其通りで厶います』 赤顔の守衛『優先株だとか、幽霊株だとか申して、沢山な蕪や大根を、金も出さずに吾物に致しただらう』 欲野深蔵『ハイそんな事もあつたでせう、併しそれを致さねば現界に於ては、鬼族院偽員になる事も出来ず、紳士紳商といはれる事も出来ませぬから、娑婆の規則に依つて止むを得ず優勝劣敗的行動を致しました、コリヤ決して私の罪ではありませぬ、社会の罪で厶います、何分社会の組織制度が、さうせなくちやならない様になつてゐるのですからなア』 赤顔の守衛『馬鹿申せ、そんな法律が何時発布されたか』 欲野深蔵『表面から見れば、左様な事はありませぬが、其内容及精神から考へれば、法文の裏をくぐるべく仕組まれてあるものですから、之をうまく切抜ける者が、娑婆の有力者と云ふ者です、総理大臣や或は小爵や柄杓や疳癪などの高位に昇らうと思へば、真面目臭く、法文などを守つて居つちや、娑婆では犬に小便をかけられ猫にふみつぶされて了ひますワ。郷に入つては郷に従へですから、娑婆ではこれでも立派な公民、紳士中でも錚々たる人物で厶います、ここへ来れば、凡ての行方が違ふでせうが、娑婆は娑婆の法律、霊界は霊界の法律があるでせう、まだ霊界へ来てから善もやつた事がない代りに、悪をやる暇もありませぬ、娑婆の事迄、死んだ子の年をくる様に、こんな所でゴテゴテ云はれちや、やり切れませぬからなア。エヽ、何だか気がせく、斯様な所でヒマ取つては、第一タイムの損害だ、娑婆で金貸しをして居つた時にや、寝とつても起きとつても、時計の針がケチケチと鳴る内に、金の利息が、十円札で一枚づつ、輪転機で新聞を印刷する様に、ポイポイと生れて来たものだが、最早ここへ来ては無一物だ、之から一つ冥途を開拓して、娑婆に居つた時よりもモ一つ勉強家となり、大地主となつて、冥途の一生を送りたい。どうぞ邪魔をして下さるな』 と云ひながら、大股にふん張つて、関所を突破せむとする。 此騒ぎに伊吹戸主の神は関所の窓をあけて、一寸覗かせ給うた。欲野深蔵は判神の霊光に打たれて、アツと其場に悶絶し、蟹の様な泡を吹いて苦み出した。忽ち館の一方より数人の番卒現はれ来り、欲野深蔵の体を荷車に乗せ、ガラガラガラガラと厭らしき音をさせながら、何処ともなく運び去つた。之は地獄道の大門口内へ放り込みに行つたのである。深蔵は暗き門内へ放り込まれ、ハツと気がつき、ブツブツ小言を小声で囁きながら、トボトボと欲界地獄を指して進み行くのであつた。 抑も此八衢の関所は天国へ上り行く人間と地獄へ落ちる人間とを査べる二つの役人があつて、天国へ行くべき人間に対しては、色の白き優しき守衛が之を査べ、地獄へ行くべき人間に対しては形相凄じい赤い顔した守衛が之を査べる事になつてゐる。 竜公は此光景を見て、何とも云へぬ怖れを抱き治国別の袂を固く握り、不安の顔付にて少しばかり慄へながら、息をこらして数多の精霊の取査べらるるのを冷々しながら眺めて居る。暫くすると錫杖をガチヤンガチヤンと言はせながらやつて来たのは、バラモン教の宣伝使であつた。宣伝使が此赤門をくぐらうとするや白、赤二人の守衛は門口に立塞がり、 二人の守衛『暫らくお待ちなさい、取調ぶる事がある』 と呼びかけた。宣伝使は後振返り怪訝な顔をして、 宣伝使(ハリス)『拙者は大自在天大国彦命の御仁慈と御神徳を天下に紹介致すバラモン教の宣伝使で厶る。拙者をお呼止めになつたのは何用で厶るかな』 赤『ここは霊界の八衢だ。其方が生前に於ける善悪の行為を査べた上でなくては、此門を通行させることはなりませぬ。ここに御待ちなされ』 宣伝使(ハリス)『ハテ心得ぬ、吾々は大黒主の命を奉じ、月の国を巡回致し、デカタン高原に向ふハリスと申す者、決して吾々は死んだ覚えは厶らぬ。いい加減に戯談を云つておきなさるがよからう。大黒主の御命令、片時も猶予してゐる訳には参らぬ』 と又もや行かむとする。赤は目を怒らし、大喝一声、 赤顔の守衛『偽宣伝使、暫く待てツ』 と呶鳴りつけた。ハリスは此声にハツと気が付き、あたりをキヨロキヨロ見廻しながら、 ハリス『ヤアどうやらこれは霊界の様で厶る、いつの間に斯様な所へ来たのかなア』 赤顔の守衛『其方は世界の人民に神の福音を宣べ伝へ天国へ案内すると申しながら、其実際に於て霊界の存在を信ぜず、神を認めず、半信半疑の状態に在つて、数多の人間を中有界又は地獄へ幾人落したか知れない偽善者だ。今ここで浄玻璃の鏡にかけて、其方が霊肉共に犯したる罪悪を査べてやらう』 ハリス『イヤもう恐れ入りました。仰せの通り社会の人民に対し、勧善懲悪の道を説き又は天国地獄の存在を朝から晩迄説き諭して参りましたが、実際に於て左様な所があるものか、人間は此肉体を去らば、後は煙の如く消え失せるものだ、コーランに示されたる天国地獄の状態は、要するに、社会の人心を調節する方便に過ぎないものだと信じて居りました。それ故何うしてもハツキリとした事は申されず、自分も半信半疑ながら天国地獄の消息を説諭して来たので厶います。今となつて考へてみれば、死後の世界が斯くも儼然として存在するとは、実に驚愕の至りで厶います』 赤顔の守衛『其方は宣伝使のレツテルをつけて世人を迷はした罪は大なりと雖も、又一方に於て朧げながら、神の存在を無信仰者に伝へた徳に依つて、地獄行丈は許して遣はす、少時此中有界にあつて心を研き神の善と真は何如なるものなるかを了解し得る迄、修業を致したがよからう。ここ三十日の間、中有界に止まることを許してやるから、其間に智慧と証覚を得、愛の善と信の真を了得し得るならば、霊相応の天国へ昇り得るであらう。此期限内に万々一改過遷善の実をあげ得ざるに於ては、気の毒ながら地獄へ落さねばならない、サア早く東を指して進んだがよからう』 ハリス『ハイ、特別の御憐愍を以て地獄落の猶予期間をお与へ下さいまして有難う厶います。左様なればこれから中有界を遍歴し、力一杯善の為に善を行ひ、迷ひ来る精霊に対し、十分の努力を以て、私の悟り得たる所を伝へるで厶いませう』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ハリス、其方が覚り得たと思つたら大変な間違であるぞ、皆神さまの御神格の内流に依つて、知覚し、意識し、証覚を得るものだ。決して汝一力のものと思つたら、忽ち天の賊となつて地獄へ落ちねばならないぞ、ええか、分つたか』 ハリス『ハイ、分りまして厶います、然らば之より東を指して修業に参ります』 赤顔の守衛『期限内に必ずここへ帰つて来るのだぞ、其時改めて汝の改過遷善の度合を査べ、汝が所住を決定するであらう』 ハリス『どうも御手数をかけまして、真にすみませぬ、左様なれば御免下さいませ』 と云ひながら、始めの勢どこへやら、悄然として次第々々に其影はうすれつつ、靄の中に消えて了つた。 竜公は治国別の袖をひき、小声になつて、 竜公『モシ先生、宣伝使も霊界へ来ては、カラキーシ駄目ですなア、現界では丸で救の神様の様に言はれて居つても、茲へ来ると本当に見る影もないぢやありませぬか』 治国別『ウン、さうぢや、俺達もまだ天国へは行けず、中有界に迷うて居るのだからなア、それだから吾々は八衢人足と、信者以外の連中から云はれても仕方がないのだ』 竜公『何うしたら天国へ行けるでせうかな』 治国別『さうだ、心のドン底より、神さまの神格を理解し、神の真愛を会得し、愛の為に愛を行ひ、善の為に善を行ひ、真の為に真を行ふ真人間とならなくちや到底駄目だ。俺達も少しばかり言霊が利くやうになつて、自分が修行した結果神力が備はつたと思うて居つたが、大変な間違ひだつた、何れも皆瑞の御霊神素盞嗚尊様の御神格が吾精霊を充たし、吾肉体をお使ひになつて居つたのだつた。之を思へば人間はチツとも我を出すことは出来ない、何事も自分の智慧だ力だ器量だと思ふのは、所謂大神の御神徳を横領致す天の賊だ。斯様な考へで居つたならば、到底何時迄も中有界に迷ふか、遂には地獄道へ落ちねばならぬ、有難や尊や、神様の御恵に依つて、ハツキリと霊界の様子を見せて頂き、実に感謝の至りである。之から吾々は、今迄の心を入れ替へて、何事も神様に御任せするのだなア、自分の力だと思へば、そこに慢心の雲が湧いて来る。謹んだ上にも謹むべきは心の持方である。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し感涙に咽ぶのであつた。竜公も亦無言のまま手を合せ、感謝の涙にくれてゐる。伊吹戸主神は二人に会釈し、スーツと座を立つて、館の奥深く入らせ給うた。二人は後を眺むれば、伊吹戸主神の姿は丸き玉の如く光り輝き、其神姿は判然と見えず、月の如き光が七つ八つ或は九つ円球の周囲を取巻き、次第々々に奥の間に隠れ給ふのであつた。 凡て智慧と証覚のすぐれたる神人を、それより劣りし証覚者が拝する時は、光の如く見えて、目も眩くなるものである。神の神格は神善と神真であり、それより発する智慧証覚は即ち光なるが故である。二人は愕然としてものをも言はず、再び八衢の関所に目を放ちここに集まり来る精霊の様子を瞬きもせず窺つてゐた。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 03 観音経 | 第三章観音経〔一二五七〕 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 三五教の宣伝使治国別の一行は 怪しの森を通過して浮木の森に屯せる ランチ、片彦将軍の陣営を守る番卒に 其入口に出会し種々様々の問答を なせる折しも敵軍の企みの穽におとされて 命危く見えけるが神の守りし神司 危き穽に落ちながら卯の毛の露の怪我もなく 治国別と竜公は早速の頓智番卒の アーク、タールを説き伏せて危難を逃れ這ひ上り 尊き神の御教をいとも細かに説きつれば もとより神の御魂をばうけたる二人の番卒は 忽ち心機一転し悔悟の花も咲き満ちて 心の底より帰順しつ治国別を伴ひて ランチの陣営をさして行くランチ、片彦将軍は 治国別の一行が思はぬここに来りしを 眺めて笑壺に入りながら表面を飾る柔言葉 和睦の酒と云ひながら二人を酔はせ奥の間の 秘密の場所へ誘ひて燕返しの計略に 千尋の深き暗窟へ落し込みしぞ忌々しけれ 治国別や竜公は忽ち正気を失ひて 其霊魂は宙に飛び精霊界に踏み迷ひ 一人の守衛に教へられ狭き谷道攀ぢのぼり 漸う此処に八衢の関所の前にと着きにけり 善と悪との精霊が集まり来り八衢の 審判を受くる有様を心をひそめて眺めつつ 現幽二界の真諦をおぼろげながら感得し 伊吹戸主の御館に暫く息を休めつつ 外面の景色を眺め居る時しもあれや中天を 照らして来る大火団二人が前に顛落し 火花を四方に散乱し暫く雲に包まれて 四辺も見えずなりにけり二人は益々怪しみて きつと目をすゑ眺め入る忽ち一柱の神人が 容貌衣服を輝かし治国別に打向ひ 我は言依別の神不思議な処で会ひました 皇大神の御言もて今は媒介天人と 重き使命を任けられぬいざ之よりは天国を 巡覧召され吾は今汝が命を案内せむ 又竜公は証覚のまだ開けざる身なれども 特にお供を許すべし之を被れと云ひながら 懐中探り被面布をとり出し竜公にかけ給ふ 此処に二人は勇み立ち最下天国の其一部 巡覧し終へ中間の天国さして昇り行く 木花姫の現はれて種々雑多と両人が 心を戒め給ひつつ珍彦館に導きて 尊き神の経綸の其大略を示すべく 此処に言霊別の神治国別の徒弟なる 五三公さまと現はれて又もや尊き教訓を 授け給ひし尊さよ之より二人は五三公の 案内につれて天国の各団体を巡歴し 最高一の天国や霊国までも巡拝し 月の御神や日の御神其他百のエンゼルに 清き教を伝へられ智慧証覚を拝受して 再びもとの肉体にかへり来りてバラモンの 醜の司を悉く言向和す物語 語るにつけて面白く益々深く真に入り 其妙奥に達すべく守らせ給へ惟神 神の御前に願ぎ奉る。 蠑螈別、お民、アーク、タールの四人は一日の間酔をさまし、何喰はぬ顔してランチ将軍の前にヌツと顔を突き出した。ランチ将軍は常にないニコニコとした笑顔を見せ、 ランチ『ヤア四人の御歴々、御壮健で御目出度う。何か御用で厶るかな』 と脱線振を発揮してゐる。察するにランチは珍客に余程同情ある待遇をされ、精神の一部に狂ひを生じて居たと見える。蠑螈別は亦平素から少しく精神上に欠陥のある男だが、今ランチ将軍の顔を見てニコニコ笑ひながら、 蠑螈別『モシ将軍殿、昨夜は嘸御疲れでしただらう。お察し申します。何と云つても世の中は異性が居らなくては威勢の悪いものですよ。空を飛ぶ小雀だつて、蝶々だつて、蜻蛉だつて、蝉だつて、土窠蜂だつて、矢張り男女同棲して天与の真楽を楽しんで居るのですからな。昔の世間に暗い軍人は、陣中に女は一切無用だなどと云つて我慢をしたものですが、最早今日となつては軍人も一種の商売ですから、女がなくちややりきれませぬわい。ウツフヽヽヽ、モシ将軍さま、大変な爽快な面持で厶りますな』 ランチ『ハイ、何と云つても双方から速射砲的に襲撃を受けたものですから、耳はひツかかれる、頬は抓られる、腕は左右からぬける程引つ張られるものだから、イヤもうきつい迷惑を致しました。エツヘヽヽヽ、其為め全身の細胞や繊維が稍倦怠気分となり、各部に同盟罷工をやつたと見えて、思ふ様に足が動かなくなりました』 蠑螈別『足ばかりぢやありますまい。腰部は如何です、腰部は天国に於ける夫婦の愛と相応する最要部で厶りますからな』 ランチ『成程、夜前はあまり乱痴気将軍をやつたものだから、少々ばかり今日は二日酔ひの気味で厶る。それに就いても可憐さうなのは片彦将軍だ』 蠑螈別『あの二人の美人は一人づつ貴方等のお相手になさつたのぢやありませぬか』 ランチ『イヤ、それがさうぢやて、……困つた事には二人ながらランチランチと云ひやがつて……エヘヽヽヽヽ此一人の男を双方から襲撃し、気の毒千万にも片彦将軍には目もくれないのだ。そこで此ランチが聊か同情の念を以て片彦に靡かせむと、種々雑多と心を揉んだでもないし、揉まぬでもなかつたが、矢張恋愛と云ふものは合縁奇縁で仕方のないものだ。凡て恋愛は一方に偏重する性質のものだから、大変に都合の悪い事もあるが、然しそこが男子に取つて非常に妙味のある所だ。イツヒヽヽヽ』 蠑螈別『さうして片彦さまは如何なつたのですか』 ランチ『ウン、片彦は歯ぎしりを噛んで怒り出し、歯をガタガタ云はせ、ガタガタ慄ひをして到頭ガタ彦となつて了つた。何うも斯うガタピシヤになつては陣中の平和が保たれないので、聊か困つてるのですよ。斯うなつて来ると、此ランチを女にチヤホヤされる男らしい男に生んでくれた親が怨めしい様に、根つから厶らぬわい、エツヘヽヽヽ。そこで一つ蠑螈別殿に相談がある。聞いては下されますまいかな』 蠑螈別『其御相談とは何事で厶いますか』 ランチ『外でもござらぬ、其方の最愛のお民さまを暫く此ランチに自由にさして頂きたいのだ』 お民は、 お民『アレ、まアー』 と袖に顔を隠す。 蠑螈別『コリヤお民、何だ其スタイルは……細い目をしやがつて………「アレ、マア」等とランチ将軍に秋波を送つてゐるのか』 と呶鳴りつけた。お民は泣声になり、 お民『コレ、モシ蠑螈別さま、お情ない事を云つて下さいますな。貴方はまだ私の心が分らないのですか』 蠑螈別『ウン、分らぬでもない、が然しあまり妙な素振をすると、俺も聊か気にならない事はないからなあ』 ランチ『実は蠑螈別さま、其お民さまを貸して頂きたいと云ふのは、片彦将軍に綺麗サツパリとやつて貰ひたいのだ。それでなければ軍規の統一が保たれないので、此ランチが折入つてお願ひ申すのだ』 蠑螈別『これは怪しからぬ。何事かと思へば吾々の女房を片彦将軍に与へよなどとは以ての外のお言葉で厶る。さう蕪か大根の様にチヤクチヤクと人に与る事が出来ますか。拙者は命がけの芸当をやつて、漸くお民を此処まで連れ出した所、左様なお言葉を聞くとは意外千万だ。斯様な処に長居は恐れだ。オイ、お民、一時も早うここを帰らう』 お民『ハイ、有難う厶んす。それなら何卒こんな恐ろしい処は嫌になりましたから、貴方の好きな処へ連れて行つて下さい。然し蠑螈別さま、ここを立ち去るとなれば忽ち困るのはお金でせう。貴方がエキスさまの手を通してランチさまにお渡しなさつた五千両の金をスツカリ返して貰つて下さい。それを路銀にして二人が睦じう暮らさうぢやありませぬか』 蠑螈別『ウン、然し男が一旦出したものを返してくれなんて、そんな卑怯未練な事が云はれようか』 お民『エーエ、お前さまはそれだからいつも駄目だと云ふのよ。此先ここを立ち出て乞食でもする積りで御座んすかい』 蠑螈別『成行なら仕方がないぢやないか。あの金だつて俺が働いて造つた金ぢやなし、お寅婆が信者をチヨロまかして貯めた金を何々して来たのだから、そんな執着心は持つものぢやない。サア行かう』 とお民の手をとり引き立てようとする。お民は首を左右にふり、金切り声を出して、 お民『イエイエ此陣営に置いて貰ふのならばお金は必要はありませぬが、忽ち今日から乞食をせねばなりませぬ。なんぼ私だつて、貴方と一緒に乞食する位なら片彦将軍のお妾にでもなりますわ。ほんに気の利かぬ人だな。エー口惜しい、オーンオーンオーン』 蠑螈別『あゝ、それなら仕方がない。ランチさま、何卒私をここに置いて下さい。其代りにお民を片彦将軍に渡す事だけはお断りを申します』 ランチ『実の所はウラナイ教の教主蠑螈別さまは、千変万化の妖術を使ひ、神素盞嗚尊でさへも、ウラナイ教に一指をも染得ざるは蠑螈別の教主あるためだと聞いて居つた所、此間より様子を考へて居れば、見かけ倒しの芸なし猿、女に目を細うして朝から晩まで酒を喰ふばかりが芸当で、何一つ取柄が厶らぬ。もはや此陣中に於てはお前さまの如き偽豪傑はチツトも必要は厶らぬ。然しながら其方の連れ添うて厶るお民は比較的気の利いた女、加ふるに十人並優れた美人と云ひ、片彦将軍の女房には最も適当と認めるによつて、お民をここに残し、とつとと帰つて下され』 蠑螈別『これは怪しからぬ。一旦貴方の幕僚と任命をされた以上は、其様な理由によつて立去る事は出来ませぬ。万一たつて立去れと仰有るならば、之から拙者の法力を以て此陣営をメチヤメチヤに破壊し、其方の生命を刃を用ゐずして奪つて見ませう』 ランチ『アハヽヽヽヽ、何とえらい勢で厶るな。見ると聞くとは大違ひ、今迄ならば其嚇しは利くだらうが、もはや今日となつては内兜を見透した此方、そんな嚇し文句は、いつかないつかな喰ひませぬぞや。何なつと業力を出してランチ将軍の息の根をとめて御覧、それが出来れば拙者の役目をお譲り申す約束を今からしてもよろしい。マサカ其神力は厶るまい。現在お民に秋風を吹かされて居る様な今の体裁、これお民殿、今其方は蠑螈別と乞食する位なら片彦将軍のお妾になると云つたな。ウツフヽヽ出来した出来した天晴天晴、女丈夫の亀鑑、貞女の鑑、名を末代に伝ふであらう』 と脱線だらけの業託を吐いてゐる。 蠑螈別は躍気となり、 蠑螈別『然らば此方の法力によつて此陣中をたたき破り、先づ第一に気の毒ながらランチ将軍の息の根をとめてくれむ。後で後悔召さるな』 と云ひ放ち、次の間へ行つて大自在天の前に数珠をもみながらキチンと端坐し、先づバラモン大自在天を念じ、次に惟神霊幸倍坐世を奏上し、大広木正宗殿、義理天上日の出神と称へ終り、ソロソロ得意の観音経を誦じ初めた。 蠑螈別『真観清浄観広大智慧観 悲観及慈観常願常瞻仰 無垢清浄光慧日破諸闇 能伏災風火普明照世間 悲体戒雷震慈意妙大雲 樹甘露法雨滅除煩悩炎 諍証経官処怖畏軍陣中 念彼観音力衆怨悉退散 妙音観世音梵音海潮音 勝彼世間音是故須常念 念々勿生疑観世音浄聖 於苦悩死厄能為作依怙』 かく一生懸命に汗をタラタラ流しながら観音を念じてゐる。されど観音の感応はありさうもなく、仏が法とも尻喰へ観音とも仏が云はぬので、蠑螈別は業を煮やし、 蠑螈別『エー、仏と云ふ奴は、立派な能書きばかり並べよつて、マサカの時はチツとも間に合はぬものぢやな。もう之から貴様の様な奴は拝んでやらぬわい。之からはこつちから尻喰へ観音ぢや』 とブツブツ呟いて居る其可笑しさ。猫が折角くはへた松魚節を犬にふんだくられた時の様な不足さうな面をして洟をすすつてゐる。 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六[※第1章から第7章の口述日は、版によって相違がある。詳細はオニペディアの「霊界物語第48巻の諸本相違点」を見よ]北村隆光録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 07 六道の辻 | 第七章六道の辻〔一二六一〕 精霊界は善霊悪霊の集合する天界地獄の中間的境域にして、之を天の八衢といふ事は既に述べた所である。さて八衢は仏教者の云ふ六道の辻の様なものである。又人の死後此八衢の中心なる関所に来るには、いろいろの道を辿るものである。東西南北乾坤巽艮と、各精霊は八方より此関所を中間として集まり来るものである。東から来る者は大抵は精霊の中でも良い方の部分であり、さうして三途の川が流れてゐる。どうしても此関所を通らなければならないのである。又西から来る者は稍魂の曇つたものが出て来る所であつて、針を立てたやうな、所謂剣の山を渉つて来る者である。ここを渉るのは僅に足を容るるだけの細い道がまばらに足型丈残つて居つて、一寸油断をすればすぐに足を破り、躓いてこけでもしようものなら、体一面に、針に刺されて苦しむのである。又北から来る者は冷たい氷の橋を渡つて来る。少しく油断をすれば幾千丈とも知れぬ深い泥水の流れへ落ち込み、そして其橋の下には何とも云へぬ厭らしい怪物が、鰐の様な口をあけて、落ちくる人を呑まむと待つてゐる。そして其上骨を刻む如き寒い風が吹きまくり、手足が凍えて、殆ど生死の程も分らぬやうな苦しい思ひに充されるのである。又南の方から来る精霊は、山一面に火の燃えてゐる中を、焔と煙をくぐつて来なくてはならない。之も少しく油断をすれば煙にまかれ、衣類を焼かれ、大火傷をなして苦しまなくてはならぬ。併しながら十分に注意をすれば、火傷の難を免れて八衢の中心地へ来る事を得るのである。又東北方より来る者は寒氷道と云つて、雪は身を没するばかり寒い冷たい所を、野分に吹かれながら、こけつまろびつ、死物狂ひになつて数十里の長い道を渉り、漸くにして八衢の中心地へつくのである。又東南より来る精霊は、満目蕭然たる枯野ケ原を只一人トボトボとやつて来る。そして泥田やシクシク原や怪しき虫の居る中を、辛うじて中心地へ向ふのである。又西南より来る精霊は、崎嶇たる山坂や岩の上をあちらへ飛び此方へ飛び、種々の怪物に時々襲はれながら、手足を傷つけ、飛んだり転げたりしながらに、漸く八衢の中心地に出て来るものである。又西北より来る精霊は、赤跣足になり、尖つた小石の路を足を痛めながら、漸くにして命カラガラ八衢へ来るものである。併しながら斯の如き苦しみを経て各方面より之に集まり来る精霊は、何れも地獄へ行くべき暗黒なる副守護神の精霊ばかりである。而して各方面が違ひ苦痛の度が違ふのは、其精霊の悪と虚偽との度合の如何に依るものである。又善霊即ち正守護神の精霊は、何れの方面より来るも、余り苦しからず、恰も春秋の野を心地よげに旅行する様なものである。これは生前に尽した愛善の徳と信真の徳によつて、精霊界を易々と跋渉する事を得るのである。善の精霊が八衢へ指して行く時は、殆ど風景よき現世界の原野を行く如く、或は美はしき川を渡り、海辺を伝ひ、若くは美はしき花咲く山を越え、或は大河を舟にて易々と渡り、又は風景よき谷道を登りなどして漸く八衢に着くものである。正守護神の通過する此八衢街道は、殆ど最下層天国の状態に相似してゐるのである。而して八衢の関所は正守護神も副守護神も、凡てのものの会合する所であつて、此処にて善悪真偽を査べられ、且修練をさせられ、いよいよ悪の改善をする見込のなきものは、或一定の期間を経て地獄界に落ち、善霊は其徳の度に応じて、各段の天国へそれぞれ昇り得るものである。 針の山を越えて漸く此処に息も絶え絶えにやつて来たのは、バラモン教の先鋒隊片彦将軍であつた。片彦は赤門の前に意気揚々と、ヤレ楽だといふやうな気になつてやつて来ると、赤白の守衛は、 赤白の守衛『暫く待てツ』 と呼びとめた。片彦は物見櫓の上から谷底へ真逆様に投げ込まれ、肉体の死んだことは少しも気がつかず、依然として現界に居るものの如く信じてゐた。それ故守衛の一喝に会ひ、少しも騒がず、 片彦『拙者は大自在天大国彦神の教を奉じ、且つ数多の軍勢を率ゐて斎苑の館へ進軍の途中、浮木ケ原へ陣営をかまへて、戦備をととのへゐる、宣伝使兼征討将軍片彦で厶る。某は酩酊の余り、道にふみ迷ひ、実に烈しき針の如き草木の茂れる霜の山を通り、漸く此処までやつて来たもので厶る。此処は何といふ所で厶るか、少時休息を致すによつて、腹も余程減つたなり、体も疲れたから、酒でもふれまつてくれまいか、あつい茶があれば、一杯戴きたいものだ』 赤の守衛は目をギロリと剥き、 赤の守衛『当関所は霊界の八衢にて、伊吹戸主神の御関所だ。其方は浮木の森の陣営に於て、ランチ将軍の副官に後手に縛られ、谷川へほり込まれ、絶命致して此処へ迷うて来た精霊だ。精霊の中でも最も憎むべき、汝は悪霊だ。サア此処に於て、其方の罪の軽重を査べてやらう』 片彦『ヘヽー、何を吐しよるのだ。馬鹿にするな。俺は酒にこそチツとばかり酔うたが、死んだ覚はない。一体ここは何処だ。本当の事を申さぬと、此儘にはすまさないぞ。大方其方は往来の路人をかすめる泥棒だらう』 赤の守衛『馬鹿だなア、確り致さぬか、そこらの光景を見よ。これでも気がつかないか』 片彦『別にどこも変つた所がないぢやないか、世間並に樹木もあれば、道路もある。小さい池もあれば川も流れてゐる。人間も道々沢山に出会つて来た。左様な事を申して、吾々を脅迫しようと致しても、いつかないつかな誑されるやうな片彦将軍ではないぞ。左様な不都合な事を申すと、ふん縛つて陣営につれ帰り、火炙りの刑に処してやらうか、エエーン』 赤は片彦の手をグツと後へ廻し、鉄の紐にてクルクルとまきつけ、伊吹戸主の審判廷へ引き立てた。 片彦『ヤア此処は何だか妙な処だ。俺をかやうな所へ、縛つてつれて来るとは何事だ』 赤の守衛『先づ待つてゐろ、これから地獄行の言渡しがあるから……』 と云ひすて、青色の守衛に片彦を任せおき、慌しく表へ駆け出した。少時あつて、青赤の衣類をつけたる、いかめしき守衛や獄卒の如き者ドカドカと入り来り、片彦の身辺を取巻き、どこへもやらじと厳重に警戒してゐる。片彦は金剛力を出して、鉄の綱を引きちぎり、片方の腰掛をグツと手に取るより早く、前後左右にふりまはし、館の戸を無理に押開け、八衢の赤門前へ驀地に走り来り、門の敷居に躓きパタリと倒れ、暫しは人事不省に陥つて了つた。 暫くするとランチ将軍及びガリヤ、ケースの三人は、東の方からスタスタと足早に走り来り、 ランチ『オイ両人、此処はどこだ、そこに門番が居る。一寸尋ねて来い』 ガリヤ『ハイ、承知しました。何だか、四辺の情況が怪しう厶います。どうぞ、貴方はケースと共に少時ここにお待ちを願ひます』 と云ひ棄て、門口近く進み寄つた。見れば一人の男が倒れてゐる。何人ならむと近寄つて顔をのぞき見れば、豈計らむや片彦将軍であつた。ガリヤは驚いて、ツカツカと元来し道へ引返し、 ガリヤ『モシ、将軍様、不思議な事があるものです。物見台から谷底へ投込んで殺してやつた片彦将軍が、あの門の中べらに倒れて居ります。片彦将軍はいつの間にこんな所へ逃げて来たのでせうか』 ランチ『成程、ここから見ても、よく似てゐる様だ。ハヽー、誰かに助けられ、此処まで逃げて来よつたのだなア。大方酒にでも酔うてゐるのだらう。何はともあれ、近づいて査べてみよう』 といひながらランチは進みよつた。そしてよくよく見れば、疑もなき片彦将軍である。ランチは肩を切りにゆすり、 ランチ『オイオイ片彦、貴様は命冥加のある奴だ。早く起きぬかい、かやうな所でイビキをかいて寝て居るといふ事があるか』 片彦は此声にハツと気がつき、ムクムクと起き上り、 片彦『ヤア、其方はランチ将軍、ガリヤ、ケースの三人だなア。ヤア良い所で会うた。此方を高殿から突落しよつたのを覚えて居るか。斯くなる上は最早了簡相成らぬ。サア尋常に勝負致せ』 ランチ『アハヽヽヽヽ、蟷螂の斧をふるつて竜車に向ふとは其方の事だ。こちらは武勇絶倫の勇士三人、如何に汝鬼神をひしぐ勇ありとも、到底汝一人の力に及ばむや、左様な無謀な戦ひを挑むよりも、体よく吾軍門に降つたら何うだ』 片彦『馬鹿を申せ、此方を谷底へ投込んだのみならず、最愛の清照姫、初稚姫まで横奪した恋の仇、モウ斯うなる上は片彦が死物狂、命をすてた此方、サア、かかるならかかつてみよ』 ランチ『ヤ、片彦、あの美人は妖怪で厶つたぞや。拙者もあの美人が虎とも狐とも狼とも譬方ない形相をして、拙者を睨みつけた時は、本当に肝をつぶし、ヨロヨロとヨロめいた途端に、高殿の欄干に三人一時にぶつ倒れ、其はづみに高欄はメキメキとこはれ、泡立つ淵に向つて三人は急転落下の厄に遇ひ、已に溺死せんとする所、命冥加があつたと見え、吾々三人は岸に泳ぎつき、無我無夢になつて此処まで走り来て見れば、門の傍に一人の行倒れ、救ひやらむと、ガリヤを遣はし調べて見れば片彦将軍と聞き、取るものも取敢ず救助に向つたのだ。最早彼の女が妖怪であり、又拙者が貴殿と同様、高殿より水中におち、双方無事に命を保ち得たのは、全く大自在天様の御守護の致す所だ。モウ斯うなる上は、今迄の恨をスツパリと水に流し、旧交を温めようぢやないか』 片彦『さうだ、拙者も斯うして命の繋げた限りは、貴殿と別に赤目つり合うて争ふにも及ぶまい。何分宜しく御頼み申す。併しランチ殿、此処は不思議な所で厶る。この門内に高大なる館があり、数多の番卒共が立籠り、拙者を軍法会議に附せむと致しよつた。そこで拙者は後手に縛られた鉄の綱を剛力に任せて切断し、門の戸を押破り逃来る途中、門の閾に躓き顛倒して、暫く目をまはしてゐたのでござる。そこを貴殿がお助け下さつたのだから、命の御恩人、最早怨みは少しも御座らぬ、サ是より浮木の森の方角を尋ね、一時も早く陣営へ帰らうでは厶らぬか、さぞ軍卒共が心配を致して居りませう』 斯かる所へ、ヒヨロリヒヨロリとやつて来たのはお民であつた。 片彦『ヤア其方はお民どのぢや厶らぬか、ようマア拙者の後を尋ねて来て下さつた。ヤア感謝致す』 お民『ハイ、ここは何処で厶いますか』 片彦『サア地名がサツパリ分らないのだ。最前も赤い面した奴が一人やつて来よつて、八衢だとか関所だとか威かしよつたが、俺の勢に辟易して、何処ともなく消え失せて了ひよつた。アツハヽヽヽヽ、併しお民、俺を慕ふ心が何処までも離れぬと見えて、こんな名も知れない所まで、よくついて来てくれた。イヤ本当に優しい女だ』 お民『あの片彦様の自惚様わいのう。私には蠑螈別さまといふ立派な夫が厶いますよ。あなたは人の上に立つ将軍の身でゐながら、主ある女に恋慕するとは余りぢやありませぬか、チツと心得なされませ』 片彦『言はしておけば、女の分際として、聞くに堪へざる雑言無礼、いよいよ軍法会議にまはし、其方を重き刑罰に処してやるから、覚悟を致したがよからう』 お民『ホヽヽヽヽ、あなたも余程常識のない方ですね。軍人でもないもの、而も軍隊に何一つ関係のない此女一人をつかまへて、軍法会議にまはすなんて、余り常識がなさ過ぎるぢやありませぬか、ねえランチ将軍様、まるで片彦将軍は八衢人足みたやうな方ですねえ。ホツホヽヽヽ』 ランチ『サア、どうかなア』 片彦『コリヤお民、何といふ無礼な事を申すか、八衢人足とは何だ。畏くも大自在天様の御恩寵を受けた、万民を天国に救ひ、且つ世界の動乱をしづめる宣伝将軍様だぞ。八衢にさまよふ奴は、其方や蠑螈別の如き人足だ』 お民『ホツホヽヽヽヽ、私が八衢人足なら、あなた方皆さうですワ。現に八衢の関所へ迷つて来てゐるぢや厶いませぬか。あれ御覧なさい、あすこに館が厶いませう。あこが閻魔さまのお館で厶いますよ。何れここで、私もあなた方も取調べられるにきまつてゐます。其時になれば私が天国へ行くか、あなた方が地獄へお落ち遊ばすか、ハツキリと分りませうから、マア楽んでお待ちなさいませ』 片彦『コリヤお民、其方は狂気致したか、死んでるのぢやないぞ。今から亡者気取りになつて何とする。コレコレランチ殿、お民に気つけを呑ましたいと思ひますが、生憎途中にて肝腎の薬を遺失致しました。少しばかり貴方の分を与へてやつて下さい』 ランチ『拙者も川へ落込んだ刹那、肝腎の霊薬を川へ落したと見えます、仕方がありませぬワ』 お民『ホヽヽヽヽ、私の方から気付を上げたい位だが、私も生憎持合せがないので、仕方がありませぬ。併しながら今赤鬼さまがお調べ下さるでせうから、其時になつてビツクリなさいますなや、本当にお気の毒さまですワ。あなたの霊衣は浮木の森の陣営に厶つた時とは大変に薄くなつてゐますよ。気の毒な運命が、あなた方の頭上にふりかかつて来てるやうに思へてなりませぬワ』 片彦『気の違つた女といふものは、どうも仕方がないものだなア』 斯く話す所へ、今度は十人ばかりの赤面の守衛が突棒、刺股などを携へ、いかめしき装束をして、バラバラと五人の周囲を取巻いた。 ランチ『拙者はバラモンの先鋒軍、ランチ将軍で厶る。其方は何者なるや知らねども、其いかめしき形相は何事ぞ。それがしを護衛の為か、但は召捕る考へか、直様返答を致せ』 守衛の一『ここは霊界の八衢だ、其方等は已に肉体を離れ、ここに生前の業の酬いによつて、今や審判を受けねばならぬ身の上となつてゐるのだ。サア神妙に冥土の御規則に従ひ、此衡の上に一人々々乗つたがよからう、罪の軽重大小によつて、其方の行くべき所を定めねばならぬ。サ、キリキリと此衡にかかれ』 ランチは双手を組み、 ランチ『ハーテナア』 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 08 亡者苦雑 | 第八章亡者苦雑〔一二六二〕 精霊が肉体を脱離して、精霊界の関所に来つた時、其初の間の容貌は、彼が尚現界に居た時同様の面貌を有し、其音声や動作及背の長短など少しも違はない。此時は尚外分の情態に居つて、其内分が未だ開くるに暇なき故である。稍あつて其面貌、言語などは追々と転化して、遂には全く以前の姿と相異するに至る。何故斯かる変化があるかと云ふなれば、彼精霊が現界に在つた時、其心の内分に於て、最も主となりたる愛即ち情動の如何によつて、其面貌は転化し、其情動に相応するが故である。蓋し彼の精霊は尚其肉体中に在つた時、此愛即ち情動を以て唯一の生命としてゐたからである。又人間の精霊の面貌は其肉体の面貌と決して同一のものではない。肉体の面貌は父母より遺伝さるる所なるを以て、何となく両親の面貌や声調に似て居る所あれども、精霊の面貌は愛の情動の如何に依つて定まる故に、其面貌は情動の証像といつても可いのである。 精霊が肉体を脱離した後、即ち現界人の見て死と云ふ関門を越えた時、精霊が現ずる所の面貌其ものは即ち愛の情動の証像である。此時は既に外分は除き去られて内分のみ現はれ出づる時である。併し死して未だ時を経ざる精霊に於ては、其面貌や音声にて、知己たり兄弟たり親たり親族たるを一目にて認識し得れども、時を経るに従つて互に相知り能はざる迄に変化するものである。 愛善の情動を有するものは其面貌美はしく且何処ともなく気品あり、光明に輝けども、悪しき情動に居るものの面貌は実に醜穢にして一見して妖怪ならむかと疑はるるばかりである。凡て人間の精霊は其自性上より見れば、情動其ものに外ならない。そして此面貌は情動なるものが外面に現はれたものである。斯の如く面貌の転化するのは、霊界に在つては吾に非ざる所の悪しき情動を詐り装ふ事を得ない。従つてわが有する所の愛と相反したる面貌を装ふ事も得ないのである。霊界に在る精霊は、皆其思想の儘に現出し、其意思のままを面に現はし、又身体の各部に現はるべき情態に居るが故に、一切の精霊の面貌は、要するに其情動の形態であり又証像である。故に現界に於て互に相知り合うた者は、精霊界に於て之を知るを得るのである。但高天原と根底の国に於ては最早斯の如き事はない。故に其知己なりしや、兄弟なりしや、親子なりしやを自ら知る事は甚だ難いのである、否絶無と云つても可い位である。 精霊は死後漸次に其面貌及音声の変化を来すと雖も、偽善者の精霊の面貌は他よりも遅れて変化するものである。彼等の内分即ち心は常に善き情動を模する事に慣れて居るからである。故に之等の精霊は久しく本来の醜悪を暴露せないものである。されど其虚偽の鍍金は次第に逐うて取除かれ、又自ら剥げるが故に、その所成の内分は其情動本来の形態に従つて変容せなくては止まないのである。かくなつた時には偽善者は其本値を暴露され、醜陋を極め、実に悲惨なものである。又偽善者は現界に在つても神の如く天人の如く、智者真人を装ひ、霊界の事を極めて詳細に言説する様であれども、其内分には只々自然界のみ是認して、実際に神格を認めず、従つて高天原の状態や或は神の御教などを否定してゐるものである。故に之を霊界にては偽善者として取扱はれるのである。これに反し、情動益々内的にして、高天原に順適する事益々大ならば、其面貌は実に美を極めたものである。何故ならば、彼等は実に天界の愛其ものを以て吾心となし吾容貌となすが故である。又其情動外的にして、真理を覚らず、神を愛せず且聖言を信ぜざる者は所謂高天原の情態に反くが故に、其面貌は暗く醜く、現界に在りし時よりも益々劣つて陋劣醜悪になるものである。大本神諭に……神代になれば顔容の綺麗な者よりも心の綺麗な者が、神の目には立派に見えるぞよ、何程美しき顔をして居りても、偉さうに致して居りても、神の前に参りたら忽ち相好が変るぞよ、身魂相応の肉体が授けてあるぞよ云々……と示されたるは、即ち精霊に対する戒めであつて、霊界に於ける精霊の情態に対して適確な御教示と云ふべきである。故に霊界に在る者は、其内分の度の如何に依つて、円満となり善美となり、外分に向ふに従つて欠損し行くものである。故に最高第一の天国及霊国の天人の面貌や姿の美しさは、如何なる画伯があつて其技術を尽し、霊筆を揮ふとも、其美貌や光明なり活気凛々たる姿の万分の一をも描き出す事は出来ない。されども最下層の天国霊国に在る者は、最も熟練せる有名なる画伯が丹精をこらし、其技神に入り妙に達した時初めて、多少其面貌を描き得て、其真相の一部を現はし得る位なものである。 ランチ将軍、片彦将軍、ガリヤ、ケースの両副官は関所の門口にて赤面の守衛に一々身許調べを執り行はれた。先づ第一に調べられたのは到着順として片彦将軍であつた。片彦将軍は生前より最も頑強にして偽善強く、且バラモン教の宣伝使を兼ねながら、其内分に於て少しも神を認めず、只現代の宗教家の如く、神を利己の為の手段とするに過ぎなかつた。而して数多の人間を、一方には天界地獄の道を説いて、愚昧な者を或は喜ばせ或は驚かせ、自分の善徳者にして且賢者なる事、又神の代表者なる事を思惟せしめ、一方には武力を以て其言説を信ぜざる者は、或は打殺し、或は苦め、漸くにして其威信を保ち、無理槍に秩序を維持してゐたのである。それ故死後直に面貌転化すべき精霊界に来りながら、容易に其転化を来さなかつた。 赤の守衛『其方は何年何月何日、何れの所に於て、何々の処女を姦淫致したであらうがな。そして又何年何月何日何時何十分、何処に於て人の妻女を私かに姦し、其女を誑かし、沢山の金をむしつたであらうがな』 と掌を指す如く指示されて、流石の片彦も返答につまり、 片彦『ハイ』 と言つたきり、俯いて了つた。 赤の守衛『間違はないか、間違があるなら、あると申せ』 片彦『ハイ、余り永い事になりますので、スツカリ忘れて居りましたが、さう承はりますと間違は厶いませぬ』 赤の守衛『姦淫に関する事は之ばかりか、まだ外にあるであらう、一々有体に申上げツ』 片彦『ハイ、余り件数が多いので俄に返答に困ります』 赤の守衛『其方が言はずとも、此帳簿にスツカリつけてある。コレ此通り、随分厚いものだらう、第一号より第九百九十五号まで、姦淫に関する事件ばかりだ。一々読み聞かさうか』 片彦『ハイ、決して嘘とは申しませぬ、読んで頂きましては実に苦しう厶います。どうぞ御省略を願ひます』 赤の守衛『馬鹿を申せ、自分が勝手な事を致しておいて、此処で大勢の前に曝されるのが辛いと云つて、省略せよとは、以ての外の奴だ、片彦、顔をあげて見よ、此通り汝の審判に就いて、諸天人が縦覧に来てゐるぞ』 片彦『ハイ、是非には及びませぬ、何卒御規則通り願ひます』 赤は一々大声を発して、第九百九十五号まで一言も洩らさず読み上げた。其詳細なること実に驚くばかりで、片彦が記憶を去つてゐた事を数多、場所刻限相手方の年齢及び自分の女に対して云つた事、又女が答へた事、其他手足の動かし方までテツキリと読み上げられ、暗がりの恥を明るみにさらされ、頭を抱へて冷汗をタラタラと流し、真赤な顔して慄うてゐる。 赤の守衛『これに間違はないか、間違がなければ爪印を致せ』 片彦『ハイ』 と云ひながら、怖る怖る其帳面に「拙者の生前の行状、此記録に寸分相違御座なく候、片彦将軍」と記し、拇印を捺した。 赤の守衛『ウン、之でよし、それから其方は生前に於て詐欺を致したであらう。又チヨイチヨイ窃盗も致したであらう。強盗も致したであらう。賄賂も取つたらうがなア。それから殺人傷人は申すに及ばず、神の道を誹り、人を誹謗し、他人の事業を妨害し、体主霊従の有丈を尽したであらう。サア一々自白を致せ』 片彦『ハイ、モウ何卒こらへて下さいませ。余りで厶います』 赤の守衛『馬鹿を申せ、一分一厘間違のない様に取調べるのが、八衢の関所だ。何程手間がいつても、左様な簡略な事が出来ようか』 片彦『何とマア細かしい事まで御存じで厶いますな。仰せの通り悪といふ悪は残らず、大なり小なり皆普遍的にやつて参りました。併しながら此お関所は吾々の悪事ばかりを摘発なさつて、善は少しもお認めにならないのですか。随分私も悪い事も致しましたが、又此悪事を償ふ丈の善事をやつて来た積で厶います』 赤の守衛『其方は饑餓凍餒の民を助けた事もある。又水中に陥り溺死せむとする人間も少しばかりは助けて居る。荒野を開き耕作を奨め、米麦の収入を社会に殖やし、公益を計つた事もある。併しながら此善はすべて汝の声名を遠近に現はさむ為の善にして、所謂自利心より出でたるものである。自愛の為の善は凡て偽善である。最初から悪人を標榜して悪を働いた人間に比すれば、却て其方の心と行ひは、それより以上悪きものである。汝は生前に於て愛の為の愛を励み、善の為に善を行ひ、信の為の真を尽した事は、只の一回もない。徹頭徹尾一生の間、悪事ばかりを致して来たぞよツ。之に対して弁解の辞あるか』 と呶鳴りつけた。 片彦『左様に厳しく仰せられましては、現界の人間は此関所で及第する者は一人もないぢやありませぬか。神様は何事も至仁至愛の徳を以て、許々太久の罪穢を神直日大直日に見直し聞直して下さると聞きましたが、私よりもモツトモツト悪い人間は、現界には沢山居りまする。現に此ランチ将軍だつて、拙者を高殿の上から、計略を以て谷川へ投込んだ悪人で厶います。大黒主の大棟梁だつて、最前私をお調べになつた諸々の条件以上の悪事が厶います。一体それは何うなるので厶いますか』 赤の守衛『左様な事を申して、人の事迄斯様な所で暴露せむと致す其想念が所謂大悪だ。益々以て許す事罷ならぬ。汝聊かにても良心があれば、仮令大黒主、ランチ将軍に悪事ありとも、汝は長上の身の上を思ひ、凡ての悪事を吾身一身に引受けるといふ忠義の心がないか。益々以て極重悪人奴、高天原の全権を掌握し給ふ厳の御霊、瑞の御霊の大神の御教を極力誹謗し、尚も進んで畏くも瑞の御霊の現はれ給ふ地上の高天原斎苑の館へ攻めよせ、仮の宮を毀ち、大神を亡ぼさむと迄考へたであらう。否現に数多の軍勢を引率れて河鹿峠まで進み、治国別の言霊に打ち砕かれて遁走し、卑怯未練にも浮木ケ原に陣営を構へ、陣中の規則を破り、若き女に目尻を下げ、涎を垂らかし、肝腎の軍職を忘れむと致したであらうがなア』 片彦『ハイ、それは現に此処に居りまするランチ将軍の方が余程キツウ厶いました』 赤の守衛『又、他人の事を誹謗致すか、不届至極の曲者奴、これより先づ予審が済みたによつて、其方は本調べに着手する。部下の番卒共、片彦を館の中へ拘引めされ』 (番卒たち)『オウ』 と答へて四五人の番卒は片彦を引立てて、館の中に伴れて行く。 赤の守衛『サア是からランチの番だ。其方は姦淫に関する罪の件数も、片彦に比しては随分多い様だ。併しながら其方は詐欺窃盗強盗及誹謗等の罪は、感心な事には少しも厶らぬ。併しながら、主命とは云ひながら、斎苑の館に進軍せむと致した其罪は問はねばならぬ。それよりも最近に於て犯した、片彦を計略にかけて之なる両人と共に物見櫓より谷川に投げ込み恋の仇を亡ぼさむと致した此罪は容易でない。併しながら悪人が悪人を虐待致したのだから、之は相見互と云つてもいい位なものだ。併し其心の罪は問はなくてはならぬ。何うぢや、間違はなからうがなア』 ランチ『ハイ、決して間違は厶いませぬ、ヤ、もう恐れ入りました』 赤の守衛『其方はハルナの都の大黒主を善人と思ひ、或は神の代表者として尊敬致すか。但しは神素盞嗚尊を悪神と信じ、極力排斥せむと思つたか、其返答を聞かう』 ランチ『ハイ、素盞嗚尊を悪神だと思へばこそ勢込んで征伐に向ひました。そして又大黒主様は此世の救主否霊界までも救ひ下さる大神様と信じたればこそ、今日まで忠実に仕へて参りました』 赤の守衛『成程、比較的正直な奴だ、さうなくては叶はぬ。併し一つ尋ねるが、汝の恋の仇たる片彦将軍を許さむとすれば、其方が上官の責任を以て代りに地獄へ落ちねばならぬ。汝は精霊界に十年許り修業を致し、其上第三天国へ進ましてやりたいのだ、又進むべき素質はある。併しながら部下の片彦を救ふ真心あれば、片彦と位置を変じ、彼を精霊界に上げてやらねばならぬ、其方の意見を承はりたい』 ランチ『これは六かしい問題で厶いますなア、早速に返答は申上げかねます』 赤の守衛『これ程分り切つた問題が、それ程六ケしいか。矢張其方はまだ偽善者の境域を脱し得ないとみえる。なぜ片彦の罪によつて御処分下され、拙者は拙者の生前の善悪に準じて御処分下されと、なぜ申さぬか。其方の心は今某の申した通りであらうがな。チヤンと其方の面体に文字によつて現はれてゐるぞ。其方は精霊界へ許すべき所なりしが、只今再び心に罪を作つたによつて、ヤツパリ地獄行だ。番卒共、伊吹戸主のお館へ引立てツ』 ランチ『ハイ、モウ改心を致します、同じ地獄へ行くのなれば、二人行つても一人行つても同じ事で厶います、何卒片彦を助けてやつて下さいませ、私が身代りになります』 赤の守衛『馬鹿を申せ、俄の改心は間に合はぬぞよ。其方の改心は怖さ故の改心だから、到底情状酌量の余地がない。サ早く番卒共、引立てられよ』 番卒は又もやランチを館へ引立てて行く。 赤の守衛『サア是からガリヤ、ケースの番だ。其方はバラモン教の大神を信じ、随分熱心に教をやつて来たものだ。そして若い時から比較的善もなさなんだが悪もなさなかつた。只惜しい事には主人に諛ひ、身の出世を致さむとして、片彦将軍を川中へ投落し、生命を奪はむとした、此罪は中々軽くない、併しながら彼等も悪人である、片彦が斯くなるは、自業自得、天運の尽きたる者なれば、之に対しては罪とすべきものではないが、その心はヤツパリ善いとは言はれぬ、地獄へ行く価値は充分にある。併しながらランチ将軍の命令で致したのだから、幾分か罪は軽い傾きがある。どうぢや、地獄へ之から即決によつて落してやらう、有難く思へ』 二人は口を揃へて、 ガリヤ、ケース『ハイ、どうぞ許して下さいませ。天国へやつて貰ふのは到底其資格は厶りませぬが、せめて精霊界に置いて下さいませ。其間に心を改めて善に立ち帰ります。どうぞ少時の御猶予を願ひます』 赤の守衛『然らば今天国の門を開くによつて一寸覗いて見よ、天国がよければ天国へやつてやろ、併し其方は最高天国へ行く事は出来ない、最下層の天国だ』 ガリヤ『ハイ、有難う厶います』 ケース『思ひもよらぬ御恩情を蒙りまして有難う厶います。死んでも忘れは致しませぬ、此高恩は……』 赤の守衛『アハヽヽヽヽ、其方は死んでゐるのを知らぬのか』 ケース『何時死んだか、テンと記憶が厶いませぬ。浮木の森から十里許り来た所に、此お関所があつて、天国地獄行の審判をなさる様に考へてをります』 赤の守衛『さうだろ、そりや其筈だ。人間は仮令肉体は腐朽するとも其情動と想念は儼然として永続するものだ。霊界は想念の世界だ、而して情動の変化によつて善悪正邪の分るる所だ』 ケース『ハイ、御教訓有難う厶います』 赤の守衛『サア、此岩の門を開くによつて、其方は直様に第三天国に進み行け、グヅグヅ致して居ると、天国の門がしまるぞ』 と云ひながら、パツと岩の戸を開いた。二人は矢の様に門内に進み入り、顔をあげて向方を見れば、何ものも見えず、烈しき光明に照され、目は眩み、胸はつまる如くに苦しく、頭はガンガンと痛み出し、手足は力脱け、恐怖心に駆られて、一歩も進む能はず、矢庭に踵を返し、再び八衢に転げ出た。 赤の守衛『どうだ、天国は結構だらう』 ガリヤ『ヤもう、天国の様な恐ろしい所は厶いませぬ、あの様な苦しい所なれば、最早行きたくはありませぬ』 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、汝の善徳未だ足らざる故、神徳に浴する丈の神力が備はつてゐないのだ。何程某が同情心を持つて、天国に助けてやらむとすれども、其方の内分が塞がつて悪に充ちてゐるから、如何とも助けやうがないわい。それだから常平生から神を信じ、神を理解し、善の徳を積んでおかねば、まさかの時になつて、こんな目に遇ふのだ。ヤツパリ雪隠虫は糞臭の中が極楽だ。汝は中有界におく訳にもゆかず、止むを得ないから、地獄界へおとしてやらう、地獄界の方が汝の身魂に相応してゐるから、結局楽なかも知れぬ』 ガリヤ『イエ滅相な、天国も叶ひませぬが、地獄は尚更叶ひませぬ、どうぞ何時までも中有界において下さいませ、ここが一番マシで厶います、なア、ケース、お前も天国には往生しただらう』 ケース『モシ、どうぞ、私も中有界において下さいませ。そして身魂に神徳がつみましたら、どうぞ天国へやつて下さいますやうに御願ひ致します』 赤の守衛『其方は、ランチ将軍の副官とまでなつたでないか、生死を共にすると誓言致したであらう』 ガリヤ『ハイ、私は副官で厶いましたが、片彦将軍の後任者に任命してやらうと仰有いましたので、余り嬉しさに、あゝこんな明君に仕へるならば、仮令どこまでもお供をしたいと思ひましたので、つひ申しました。併しながら、まだ実印は捺したのでも厶いませぬし、誓約書を出したのでも厶いませぬ、又将軍の辞令も頂戴致して居りませぬから、言はば立消え同様で厶います』 赤の守衛『其方はガーター勲章を頂戴する事になつてゐたであらうがな』 ガリヤ『ハイ、其話も厶いましたが、これもまだ未遂行で厶います』 赤の守衛『ケース、其方は久米彦将軍の後任者にして貰ふ約束であつたであらう。そして同じく勲章を頂く事になつて居つたであらう。それに間違はないか』 ケース『ハイ、仰せの通りで厶います、併しながらガリヤの申した通り、私も亦未遂で厶いますから、霊界へ来てまで、ランチ将軍さまのお供を致す義務は厶いますまい』 赤の守衛『汝両人は利己一片の代物だ。仮令三日でも主人と仰いだならば主人に間違はなかろ。其主人が地獄に落ちて艱難辛苦を致すのを、蚤にかまれた程にも感ぜず、自分のみ助からうと致す、其水臭いズルイ、ド性念、中々以て容易な代物でない。其方もヤツパリ地獄行だ、ランチ将軍と共に吊釣地獄へ行つて、無限の苦みを受けるがよからう』 ケース『それは余り胴欲で厶います。何卒今回に限り大目に見て下さいませ』 ガリヤ『ランチ将軍様、片彦将軍様は実にお気の毒でたまりませぬ、私も何処までもお供を致したいが山々で厶います、併し最早地獄へ墜ちられた両将軍、吾々が参りました所で何のお助けにもなりませぬから、どうぞ私を中有界にお救ひ下さいませ。御願ひ申します』 赤の守衛『番卒共、此等の両人をお館へ引立てよ』 (番卒たち)『アイ』 と答へて、又四五の番卒は両人を無理無体に門内深く引立てて行く。 赤の守衛『アーア、大変な悪い奴が来やがつて、随分骨の折れた事だ。ここに一人女が居るが、マア休息してゆつくりして査べることにしよう、白殿、拙者が休息の間、ここに代つて、此帳面を守つてゐて下さい』 といひすてて、暫く姿を隠した。 お民はツカツカと白の側に馴々しく進み寄り、 お民『モシお役人様、ここはヤツパリ霊界の八衢の関所で厶いますか。何だか最前からウトリウトリと致して居りましたが、ランチ将軍さまや、其他の三人のお方は、何処へ行かれました』 白の守衛『彼等四人は今や白洲に於て審判の最中です。私の考へではどうやら地獄落と見えます』 お民『それはマア気の毒な事で厶いますなア、何とか助けて上げる法は厶いますまいか』 白の守衛『到底冥土の法律を曲げるわけには行きませぬ。彼等は生前より地獄に籍をおいてゐるのですから、仮令天国へ何程吾々が上げてやらうと思つても、智慧証覚が開けてゐないから、仮令天国へ送つてやつても、苦しくなつて帰つて来ますよ。ヤハリ地獄代物です、それだから人は平素からの心掛と行ひが肝腎ですよ』 お民『私は随分悪い事をして来ましたが、ヤツパリ地獄へ行かねばなりますまいかなア』 白は帳面を繰りながら、 白の守衛『お前さまはお民さまと言つたね』 お民『ハイ、左様で厶います』 白の守衛『お前さまには蠑螈別と云ふ情夫がありますなア』 お民はパツと顔を赤らめながら細い声で、 お民『ハイ、お恥かしう厶います』 白の守衛『お前さまは、あの蠑螈別と一生添ふ積ですか』 お民『ハイ、先方さまさへ捨てて下さらねば、初めての男で厶いますから、どこまでも従つて参る積りで厶います』 白の守衛『モシ、蠑螈別が中途にお前さまを捨てて、外の女を拵へたら、其時は何うする考へですか』 お民『サア、其時になつてみないと分りませぬ、又蠑螈別さまの方から厭になつて捨てられるか、或は私の方から蠑螈別さまに愛想をつかして捨てて逃出しますか、其点は自分にも分つて居りませぬ』 白の守衛『成程、そこは正直な所だ、併しながら、蠑螈別に暇を貰ふか、或はお前さまの方から暇をくれた其後は、独身生活をやる考へですか、但は二度目の夫を持ちますか』 お民『理想の夫があれば、キツト持ちます、それでなくては狐独生活は苦しう厶いますからなア、折角人間に生れて来て、人間の交はりも出来ずに一生を了るやうな不幸な事は厶いませぬから………』 白の守衛『成程、イヤ感心だ、其心が所謂無垢だ、随分お寅婆アさまに気を揉ましたり、魔我彦に恋の焔を燃やさしたりして来ましたねえ、チヤンとここの帳面についてゐますよ』 お民『ハイ何分天稟の美貌に生れたものですから、一人の女に二人の男、本当に迷惑致しましたよ。私の方から惚れさしたのぢやありませぬ。蠑螈別さまだつて魔我彦さまだつて、勝手に先方の方から秋波を送られたのです。そして私は蠑螈別さまの方が余程理想的だと思つて心をよせたのです。お寅さまが怒るのはチツト無理解でせう、お寅さまは六十の尻を作つて、元より愛のない虚偽的の恋に翻弄され、自ら修羅をもやして、私を大変にお憎み遊ばすのですが、私はお寅さまの方が無理だと思ひますワ、どうでせう、私もヤツパリ地獄行の資格は具備して居るでせうか』 白の守衛『サア、私でもハツキリ分りませぬが、どうせ現界の人間は、悪のない者は一人もありませぬ、微罪を取上げて居らうものなら、サツパリ天国の団体が成立しませぬから、可成くは中有界において修業をさせ、一人でも多く天国へ上げたいといふ冥府の方針ですから、先づあなたは早速に天国へは行けずとも、中有界で修業の結果、早晩天国へ行けるでせう。併しながら、不思議なる事には、ランチ将軍始め、お前さままでが、まだ生死簿には生命が残つてゐる。斯様な所へまだ来る時でないが、五人が五人共不思議な事だ、コリヤ何か、霊界の思召のある事でせう』 お民『又現界へ帰られませうかなア』 白の守衛『何とも分りませぬな』 と話して居る所へ、ブラリブラリとやつて来たのは蠑螈別とエキスの両人であつた。遥向ふの方から、お寅婆アさまが白髪を振り乱し、 お寅『オーイオーイ』 と嗄声を張り上げながらやつて来る。蠑螈別はお民の姿を見て、驚いたやうな声で、 蠑螈別『お前はお民ぢやないか、どこへ行つてゐたのだ、エヽー、俺に酒を呑まして置きやがつて、片彦将軍に細目をつかひ、馬鹿にしたぢやないか。それからこんな処まで、蠑螈別を馬鹿にして、片彦将軍と駆落をして逃げて来よつたのだなア』 お民『ソラ何を言はんすのだい、蠑螈別さま、妾は浮木の森の陣営に於て、お前さまの脱線振をどれ程気遣ひに思つたか知れないよ。それだから片彦将軍に取入つて、お前さまの身の上を保護しようと思へばこそ、嫌で嫌でならぬ男をうまくあしらつてゐたのよ。私の心も知らずに余りだワ、ホンに憎らしい男だワ。冥土の八衢まで、女の尻を追つかけ来り、男らしくもない………サヽ早く帰りなさい、私もまだ生死簿には、ここへ来るのは早いと出て居るさうだ』 蠑螈別『コリヤお民、其方は気が違うたのか、ここを何処と心得て居る、浮木の森の少し隣村ぢやないか。貴様は最早冥土気分になつてゐるのか。余り片彦将軍に現を吐すものだから、精神までがトボケたのだろ。何だ、こんな所まで来て、気の多い、俺が知らぬかと思うて、色の白い男と何を云つてゐた。サヽ有体に申さぬと、此蠑螈別、タダではおかぬぞ』 と、まだ酒の酔の醒めぬ縺れた舌を無理にふりまはして、駄々をこねかけた。 お民『コレ蠑螈別さま、確りなさい、ここは冥土ですよ、此色の白いお方は伊吹戸主の神様の門を守衛なさるお役人様で、お前さま等の罪をお調べなさるお役だよ』 蠑螈別『オイ白、ナヽ何だ、俺の女房を誘拐しやがつて、こんな所まで伴れて来よつて、俺が酒に酔うてるかと思つて、冥土だの関所だのと威かしたつて、駄目だぞ。サ、どんなことを約束を致した、キツパリと申せ』 白の守衛『蠑螈別さま、確りしなさい、此処は冥府の関所ですよ、余り大きな声でグヅグヅ仰有ると、今に赤さまが見えたら、大変に叱られますよ』 蠑螈別『ナヽ何だ、赤さまが見えたら叱られるツ………貴様白い顔してゐて、女にズルイ赤さまだろ。蛙は口からと云つて、吾と吾手に白状をしたでねえか、エヽーン、糞面白くもねえ、そんな事ぬかすと、バラモン軍のランチ将軍殿に告発を致さうか。なアエキス、本当に馬鹿にしてるぢやねえか』 白『大分に酒がまはつてゐると見える、マ暫く酔が醒るまで、氷室へでも押込んでおかうかな』 お民『モシモシ白さま、そればかりはどうぞ赦してやつて下さいませ、決して乱暴はさせませぬから………酔が醒めましたら、トツクリと言ひきかしますから………』 白の守衛『それなら、お民さま、お前此帳面の番をしてゐて下さい、拙者は暫く奥で、蠑螈別の酔が醒めるまで休息して来るから………モシも他の精霊がやつて来たら、此取つ手をグツと押して下さい、さうすりや、スグに出て参りますから………』 と云ひすて、門内に走り入つた。お民は守衛の代理権を暫く執行する事となつた。お民以上の善徳の者及智慧証覚のある者の来る時は到底勤まらないが、自分以下の者に対しては訊問するだけの能力が備はつて来るのも亦不思議である。お民はスツカリ白の守衛の霊に充され、何時の間にやら自分が女たる事を忘れ、自分が白の気取りで守衛を忠実に勤める事になつた。 そこへスタスタやつて来たのは、小北山に居つたお寅婆アさまである。之はお寅婆アさまの副守護神が本人の改心によつて遁走し、お寅の容貌を其儘備へて此処へ迷うて来たのである。改心したお寅は其面貌と言ひ、肉付といひ、生々してゐるが、此処へやつて来たお寅は嫉妬と憤怒の真最中に、神の光に照らされて追ひ出された精霊が、八衢界を彼方此方と踏み迷ひ、艱難苦労して、やつと此処まで出て来たのであるから、随分厭らしい形相であつた。お寅はお民のそこに居るのには少しも気がつかず、蠑螈別とエキスがグタグタになつて倒れてゐるのを打眺め、蠑螈別を無理にゆすり起した。蠑螈別は物に魘はれたやうな声を出して漸く起ち上り、大地に胡坐をかき、 蠑螈別『アヽお民に会うた夢を見てゐたのに、誰だい、俺を揺り起しやがつて………』 と云ひながら目を開いた。さうするとお寅は、化物のやうな顔をして、蠑螈別をグツと睨み、 お寅『コレ、蠑螈別さま、お前さまは九千両の金をソツと盗み出し、私が目をまかしたのを幸として、金剛杖で頭を二つも叩き、お民の女と一緒に小北山を逐電し、此お寅を馬鹿にしたぢやないか。サヽかうなる上は最早百年目だ、鼻を捻ぢて上げようか』 と云ひながら、グツと力に任して、少し左に曲つた鼻を捻ぢあげた。 蠑螈別『アイタヽヽヽヽ、コラお寅、ホンナに乱暴な事をすない、又しても又しても鼻を捻ぢやがつて、エヽーン、いい年して、いい加減にたしなまぬか。こんな大道の中央で、意茶つき喧嘩をして居ると、誰が見てをるか知らせぬぞ』 お寅『コリヤ蠑螈別、九千両の金を早く返せ、そしてお民の女を何処へやつたのだ』 蠑螈別『九千両の金は、今ここに居るエキスやコー、ワク、エム等のバラモン教の番卒にくれてやつたのだ。そしてお民は今ここに居つた筈だが………俺はモウお前は厭になつた。お民の奴、片彦将軍と駆落したり、又こんな所へ来て色の白い男と意茶ついてやがるのだ。モウ女は厭になつた。俺の趣味はヤツパリ酒だ。アーア、色男に生れると辛いものだなア』 お寅『ナニツ、お民を思ひ切つたと、ソリヤまだしも偉い、よう目が醒めた。併しこのお寅は、そんな事云つても思ひ切るこた出来よまい。そして其九千両の金を、ここにゐるエキス其他の奴にやつたと言ふのだな、お民にやつたよりはマシだ。こら、エキス、其金此方へ返せ、お寅の金だ。蠑螈別が此婆アの目を忍んで持逃した大金だ。サツサと素直に返さぬと、貴様も鼻をねぢようか』 エキス『どこの婆アさまか知らぬが、俺は蠑螈別さまから貰つたのだ。そして其金は軍用金としてランチ将軍様に提出したのだから、返してほしけりや、浮木の森の陣営に行つて直接返して貰ふがよからう…………』 お寅『エヽ、ツベコベと何を言ふのだ。又鼻を捻ぢるぞ』 と云ひながら、エキスの鼻をグツと捻ぢる。 エキス『アイタヽヽヽヽ、許せ許せ息が切れるわい、あゝ死ぬ死ぬ死ぬ』 お寅『アハヽヽ、痛いか、苦しいか、之も自業自得だ、三途川の鬼婆だぞ』 お民『コリヤコリヤ、其方はお寅の副守護神でないか、逐一其方の罪状を読み上げるから、聞いたがよからう』 お寅『ナーニ、此お寅はこんな所へ来て、罪を数へられるやうな悪い事はせぬワ、現に此処に居るエキスが、私の金を取りやがつたのだ。なぜ之を査べぬのか』 お民『蠑螈別が其方の金を取つたのでないか』 お寅『蠑螈別は取つたにした所で、私の最愛の男だ、お寅の物は蠑螈別の物、蠑螈別の物は即ちお寅の物だ、それをうまくチヨロまかして、まき上げた此エキスこそ大悪人だ』 と云ひながら、フと顔を上ぐればお民であつた。お寅はお民を見るよりクワツと怒り、 お寅『コリヤお民、貴様こそ大悪人だ、蠑螈別をくはへて金を盗ませ、こんな所まで連れて来よつたぢやないか。サ、いい所で会うた、生首を引抜いてやらう、サア覚悟致せ』 と狼のやうな声ふりあげてお民に武者ぶりつく。お民は一生懸命にお寅と組んず組まれつ、もみ合うてゐる。蠑螈別、エキスはヒヨロヒヨロしながら立ち上り、 エキス『マアマア待つた、待たんせ、コリヤどうぢや』 と二人の中に割つて入り、顔を引つ掻かれたり、抓られたり、蠑螈別も焼糞になつて撲る、蹴る、誰彼なしに金切声をふり上げ、犬の咬み合のやうに喚き立ててゐる。此声を聞きつけて赤、白の守衛は宙を飛んで此場に現はれ来り、赤は大きな鉄棒を振上げ、 赤の守衛『コラツ』 と一喝した。此声に驚いて、お民も、お寅も、蠑螈別、エキスも命カラガラ散り散りバラバラに何処ともなく逃去つて了つた。 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、娑婆亡者奴、たうとう逃げよつた。彼奴アまだ此処へ来る奴ぢやないから、少時木蔭にたたずんで考へてゐたが、随分面白いことをやりよつたものだ、アハヽヽヽヽ』 白『本当に面白いものですなア、あゝして娑婆へ追ひ返せば、何れ改心をして、又来るでせう』 赤の守衛『あのお寅と云ふ奴、彼奴ア現界で已に改心してゐるのだが、二重人格者で、副守の方がやつて来よつたのだ。彼奴だけは何うしても番卒を派遣して引捉へ、地獄へ落さねばなるまい』 白の守衛『然らば番卒に命じ、捕縛させませう』 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録) |