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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 05 森の怪 第五章森の怪〔一三四一〕 二人は初稚姫が変装の術を使つて熊となり、スマートを獅子と変じて、二人を睨みおき、此場を逸早く立去つて了つた後姿を眺めて、頻りに首を傾け両手を合せ舌を巻いて感じ入つて了つた。 イク『おい、サール、大したものだらう。初稚姫様は正勝の時になつたら、あれだけの御神力があるのだから、俺が貴様を勧めて追駆けて来たのも無理はあるまい。如何だ、俺の先見は、之から余り馬鹿にして呉れまいぞ』 サール『ヘン、偉さうに吐すない。貴様だつて初稚姫様にあれだけの隠し芸がある事は初めてだらう。何処ともなし優しい慕はしい、そして御神徳が備はつてるものだから、何処がどうと云ふ事なしにお慕ひ申してやつて来たのだらう。先見の明も糞もあつたものかい。然し大熊となつて目を怒らし「ウー」とやられた時にや、あまり気分のよいものぢやなかつたのう。貴様もビリビリ慄つて居たぢやないか。怖さうに地べたに喰ひつきよつて、其周章狼狽さと云つたらお話しにならなかつたワ』 イク『馬鹿云ふな。俺は屹度初稚姫様は熊にお化け遊ばすに違ひないと予期してゐたのだ。それが俺の鋭敏な頭脳に感じた通り現出したのだから、余り有難くて勿体なくて慄うてゐたのだ。云はば歓喜の慄ひだ。貴様の様な蒟蒻慄ひとは聊か選を異にしてるのだからね、エヘン』 サール『へ、仰有りますわい。そして今後の計画は何うなさいますか。もう之で祠の森へ御退却でせうね』 イク『馬鹿を云へ。貴様は臆病者だから退却したがよからう。俺はあの御神力を見届けた上は弥益々熱心にお後を慕ひ、仮令噛み殺されても構はないのだ。神様のためには命を捨てる命を捨てると口癖のやうに云ふ奴は、こんな時にビツクリして、ビクビクもので逃げ失せるものだ。此イクは之から大熊さまや唐獅子さまに喰はれにイクの司だ。さアここで貴様と別れて、英雄と卑怯者とが顔を洗ひ水盃でもしようぢやないか。もう之が貴様と長の別れとならうかも知れぬ。御縁があらば又地獄の八丁目でお目にかかりませうよ』 サール『何、馬鹿のこと云ひくサールのだ。俺だつて本当の獅子や熊になら、チツとは驚くか知らぬが、何と云つても化獅子や化熊だから生命に別条はない。そんな事の分らないサールさまとは違ふのだ。何は兎もあれ、斯んな顔してゐては化物と見違へられる。一遍裸となつて体中を清め、そして野馬でも居つたら、取捉まへて、其奴に跨り御後を追ふ事にしよう。愚図々々してゐると、日が暮れて行衛を見失ふかも知れないぞ。さア早く早く』 と二人は体を清め、顔の白黒をスツカリ落し、宣伝歌を歌ひながら荒野ケ原を渉つて行く。 イク『初稚姫の御供に仕へて神業を全うし 斎苑の館に復命白さむ為めと両人が 祠の森を抜け出して河鹿峠の急坂を 先に下つて山口の樫の根元に立ち居れば 初稚姫の神司谷間をピカピカ照らしつつ 木の間を縫うて下り来る其神姿の崇高さよ スマートさまは後前になつて御身を守りつつ 主従ここに現はれて白黒二人の三番叟 眺め給ひし床しさよ朝日は照るとも曇るとも エンヤナ、オンハ、カッタカタ月は盈つとも虧くるとも 身魂を洗ふは滝の水瑞の身魂の流れぞと 二人の口から出放題俄作りの歌唄ひ 漸く仕組んだ三番叟其甲斐もなく一言に はね飛ばされて両人は予て企みし決死隊 用意の細帯取り出して堅木の枝にパツとかけ プリンプリンとブラ下る其苦しさは言の葉の 尽し得らるる事でない本当に今度は死ぬのかと 観念したる折柄に初稚姫に助けられ ヤツト気がつきや、あら不思議思ひがけなき熊となり 獅子と変じて両人を眼瞋らし睨みたる 其時こそは吾々も本当の事を白状すりや あまり良い気はせなかつたさはさりながら荒野原 獅子狼の吼え猛る醜葦原を進む身は どうであの様な隠し芸が無くて一人で進まれよか 之を思へば吾々は何程排斥せられても 仮令脅喝せられても之を見捨てて帰れない 何処々々迄も追ひついて命を的に進み行く 之が誠の大和魂肝を試すは此時だ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令曲津に喰はるとも思ひ立つたる此首途 中途に帰つて堪らうかああ惟神々々 御霊幸はひましまして初稚姫の進みます ハルナの都へ吾々を尊き恵みの其下に 進ませ給へと願ぎ奉る四方の山々芽を吹いて 躑躅の花も此処彼処艶を競へる春の野は 又格別の愉快さぞ紫雲英の花は遠近に 処まんだら咲き初め松の緑も樫の葉の 新芽も漸う伸び立ちて吾等二人の荒武者に 活動せよと勧めてる烏や鳶や雲雀まで 御後を慕うて走れよと応援してゐる心地する こんな処で屁古垂れてノメノメ後へ帰りなば 烏の奴にも笑はれる三五教に退却の 二字は決してない程に善と思うたら何処迄も 命限りに進むのが男の中の男だらう ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ行くのはイクであつた。 山口の此樫の木の麓から山口の森は、近く見えて居ても殆ど五十町ばかりの距離があつた。 イク『兎も角山口の森まで進まにやなるまい』 とコンパスに撚をかけ、春風を肩で斜に切りながら、蟹の如く横飛びして、特急列車的に脇目をふらず、路傍に咲き匂ふ花にも目もくれず、トントントンと駆けついた。空はドンヨリと曇つて来た。星の影さへ見えなくなつてゐる。最早咫尺暗澹、一歩も進めなくなつて了つた。俄に山口の森の或局部が火の如く明くなつた。夏の虫が灯火をたづねて飛び込む様な勢で、火光を目当に二人は進み行くと、山の神の祠の跡の台石の上に、暗を照らして輝いてゐる二人の怪物があつた。之は妖幻坊の眷属幻相坊、幻魔坊と云ふ古狸が鬼の姿と化けて、暗を照らしながら両人を艱まさむと待ち構へてゐたのである。両人は十間ばかり近寄つてツと立止まり、 イク『おい、サール、妙ぢやないか。あれだから俺が好きといふのだ。初稚姫様は鬼となり、スマート迄が小鬼に化けて俺達を嚇かし逃がしてやらうとして、ああ云ふ芸当をやつて厶るのだぞ。何と初稚姫様は偉いものぢやないか、エー』 サール『成程、こいつア感心だ。益々以て其本能を発揮し給ふと云ふものだ。俺も一つ何かの方法で、何処までも追跡して教へて貰はなくちや、祠の森へも帰れぬからのう。一つ側へ寄つて談判しようぢやないか』 イク『ウン、そいつは面白い。何程恐い顔したつて、素性が分つてるのだから屁でもないわ』 と云ひながら嬉しさうにツカツカと側へ寄つた。何程妖怪が怖い顔して嚇さうと思つても、相手方が驚かねば張合がぬけたものである。そして其妖術は次第々々に消え失せるものである。幻相坊、幻魔坊はいやらしき鬼となり、四辺を輝かしながら真赤な顔をして、牛の様な角を額に二本づつ一尺ばかり生やし、耳まで裂けた口に青い舌を出し、体は餓鬼の如く痩せ衰へて壁下地を現はしてゐる。イクはツカツカと側に寄り、 イク『よう、天晴々々、実に感じ入りました。おい畜生、貴様も中々乙な事をやり居るのう。エヘヘヘヘ、そんな怖い顔したつて驚くものか。素性の分らぬ化物なら、此方も面喰ふか知らぬが、スツカリ分つてるのだから面白いわ。アツハハハハ、感心々々、のうサール、うまいものだね』 サール『ウン、之だから旅はやめられぬと云ふのだ。何せよ、ハルナの都まで悪魔退治に行くのだから……こんな事が怖い位では駄目だから……畜生までが一人前に化けて居やがらア、エヘヘヘヘ、実に巧妙なものだなア』 折角化けた幻相坊、幻魔坊も相手が平然として、「畜生よく化けよつた」等と云ふものだから、 『此両人は自分の正体を知つてゐやがるのだな。こんな肝の太い奴に悪戯をして威かさうとしても駄目だ。却てひどい目に遇はされるに違ひない』 と妖怪の方で慄ひ出し、俄に還元する訳にも行かず、涙をポロポロと落し出した。 イク『ハハア、コン畜生、涙を流してゐやがる。おい、サール、こりやチツと可怪しいぞ。初稚姫さまなら泣かつしやる筈がない。何でもこいつア、妖幻坊の眷属が化けてゐやがるのだ。一つ問答してやらうかい』 サール『そりや面白い。こりや化州、貴様、こんな所で俺に火をつけて首振り芝居を見せて呉れたつて、何が何だか訳が分らぬぢやないか。物を言はぬかい。人形芝居なら太夫が語つてくれるから意味も分るが、六斎念仏の様に黙つて慄つてゐた所が、それ位の表情では意味が分らぬぞ。おい一つ貴様と俺と合併して芝居をやらうぢやないか』 イク『こらこら、サール、こんな鬼と芝居したつて、はずまぬぢやないか。物好きもいい加減にしたら如何だい。ヤ、だんだん小さくなりやがつたぞ』 と云つてる間に、青い火柱となつて二人ともスポツと消えて了つたので、四辺は何処ともなしに真闇がりになつた。 イク『ハハア、到頭夜立店も流行らぬと見えて、カンテラを消して帰んで了ひよつたな。併しそこらに魔誤ついてゐるかも知れぬから、よく気をつけよ』 サール『さうだな。彼奴はヤツパリ初稚姫さまぢやなかつたわい。馬鹿にしやがる、之から俺等も十分注意をしなくちや、かう暗くなつちや、何がうせるか分らぬからのう』 イク『かふいふ晩には化物が自分の前へ出て来て睾丸を狙ふといふことだよ。そしてよく人に化けるから気をつけにやいくまいぞ。今消えた鬼は屹度方法を変へて、俺達の睾丸を狙ひに来るのだから……サール、チツト気をつけ給へ』 サール『ウン、十分注意する。なるべく両人が接近して敵の襲来に備へようぢやないか』 イク『そら、さうだ。併し貴様の前の方に、暗くてシツカリ分らぬが、何だか化物が頭をつき出してる様だぞ』 サール『ナーニ、今手を伸ばして探つて見たけど、何も居やせないわ』 イク『それでも俺の目には、貴様の前に何だか黒いものがある様だ。一寸撫でて見ようか』 と云ひながら暗がりを幸ひ、イクはサールの前に頭をつき出した。サールはイクがこんな悪戯をしてるとは知らず、一寸手を伸ばすと毛の生えた頭がつかへたので、驚きながら自棄糞になつて左手に髻をグツと握り、滅多矢鱈に処構はず殴りつけた。そして漸くに手を放した。イクは自業自得だと諦めながら、ソツと元の座へ直り、 イク『おい、サール、貴様は今、何だかバサバサやつてゐたぢやないか』 サール『ウン、到頭化物の奴、俺の睾丸を狙ひに来よつたので、髻をグツと握り殴つてやつたのだよ』 イク『ウン、さうか。油断のならぬ所だな』 と云ひながら、サールの声の出る所を目当に、最前の仕返しをポカポカとやつた。 サール『アイタツタ、おい、イク、来て呉れ。何だか俺の周囲に化州の奴、ひつついてゐるやうだ。ああ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 イク『よう、何だ何だ。何処に何処に』 と云ひながら、今度は喉の下をコソばかさうとしてヌツと手をつき出した。サールも何気なく手をつき出す途端に、妙な物があると思ひグツと握つた。 イク『アイタタタ、俺だ俺だ、イクだイクだイクだ』 サール『こりや、イクの奴、俺の頭を殴はせよつたのは貴様だな。悪戯た真似をさらすと了簡せぬぞ』 イク『ヘン、貴様だつて俺の髻を一生懸命握りよつて、力一杯殴つたぢやないか』 サール『ハハハハハ、罰は目の前だな』 斯く話してゐる所へ、森の木の間を照らして現はれて来たのは、直径二尺位ある光の玉である。そしてその玉の中から、目、鼻、口、眉毛まで現はれ「エヘヘヘヘ」と可笑しさうに笑つてゐる。そのために足許はパツと明くなつた。よくよく見れば、二人の足許に幻相坊、幻魔坊の二疋の古狸が一尺もあらうと云ふ大蜈蚣を山程積んで、二人の体を刺し殺さうと企んでゐたのである。二匹の古狸は此光に照らされて雲を霞と逃げ去り、大蜈蚣は一生懸命に走つて森の中の暗に隠れて了つた。そして此光はおひおひと容積を減じ、小さき玉となつて二人の側に転げて来た。二人は別に驚きもせず、 (イク、サール)『之は自分を助けてくれた神の化身だらう。此暗がりに此光玉がなかつたら、俺等はどんな目に遇つたかも知れぬ。南無光大明神様』 と両方から手を合せて感謝した。二人は何時の間にかウトウトと眠つて了つた。山口の森の烏はカアカアと暁を告げた。其声に驚き、目を醒まし四辺を見れば、自分の傍に直径一寸ばかりの水晶玉が転がつてゐた。之は日の出神が二人の危難を救ふべく神宝を授け給うたのである。之より両人は夜の明けたを幸ひ、玉を懐中にしパンを噛ぢりながら、初稚姫の後を慕うて駆けて行く。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三北村隆光録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 09 黄泉帰 第九章黄泉帰〔一三四五〕 侠客育ちのお菊は年にも似合はず人馴れがして、二人の男をよくもてなし、夜中頃まで酒を勧め互に歌などを詠み交してゐた。イク、サールは初稚姫にお供を願つた処、あの様子では到底許されさうにもない。夜光の玉は戴いて嬉しいが、其為に自分の目的を遮られるのは、又格別に苦しい。初稚姫さまも宝を与へて、吾々の進路を壅塞せむとし給ふ、其やり口、随分お人が悪い……と時々愚痴りながら、お菊の酌でチビリチビリと飲んでゐた。されど神経興奮して、或は悲しく或は淋しくなり、ま一度夜が明けたら、所在方法を以て姫に願ひ出で、どうしても聞かれなければ、自分等二人は自由行動をとり、後になり先になりしてハルナの都まで行かねばおかぬ。神様が吾々の決心を試して厶るのかも知れぬなどと、積んだり崩したり、ひそびそ話に時を移した。お菊は既に既に初稚姫が此聖場を出立された事はよく知つてゐた。併し二人に余り気の毒と思つて、其実を明さなかつたのである。 イク『黙然と手を組みし儘寝もやらず 息の白きに見入りけるかも』 サール『悲しみは冥想となり歌となり 涙となりて吾をめぐるも』 お菊『益良夫が固き心をひるがへし 帰り行きます事のあはれさ』 イク『何事の都合のますか知らねども 強ひて行かましハルナの都へ』 サール『益良夫が若き女に弾かれて 恥の上塗するぞ悲しき』 お菊『皇神は何処の地にも坐ませば いまし二人は此処に居たまへ』 イク『イク度か思ひ返してみたれども 思ひ切られぬ初一念なり』 サール『玉の緒の命惜しまず道の為に 進む吾身を許させ給へ。 神国に生れあひたる吾々は 神より外に仕ふるものなし』 イク『いかにして此難関を切抜けむ ああ只心々なりけり』 お菊『汝が心深くも思ひやるにつけ われも涙に濡れ果てにける。 魔我彦の司なりともましまさば かくも心を痛めざるらむ』 イク『兎も角も初稚姫に今一度 命を的に願ひみむかな』 サール『千引岩押せども引けども動きなき 固き心をいかにとやせむ』 お菊『夜の間にもしも嵐の吹くならば 汝等二人はいかに散るらむ』 イク『イク度か嵐に吹かれ叩かれて 実を結ぶなり白梅の花は』 サール『敷島の大和心は白梅の 旭に匂ふ如くなりけり。 大和魂振ひ起して進み行かむ 千里万里の荒野わたりて』 イク『岩根木根ふみさくみつつ月の国に 進まにやおかぬ大和魂』 斯く三人は夜更けまで眠もやらず、淋しげに歌を詠んで、初稚姫の拒否の如何を気遣ひつつあつた。俄に騒がしき人の声、足駄の音、何事ならむと耳をすます処へ、お千代は慌しく入り来り、 お千代『お菊さま、文助さまの様子が変になりました。何卒来て下さいな』 お菊『そら大変です、もしお二人さま、此処に待つてゐて下さい。一寸文助さまの居間まで行つて来ます』 と早くも立出でむとする。二人は驚いて、 イク、サール『私もお供しませう』 とお菊の後に従ひ、文助の病室へ駆け込んだ。見れば松姫が一生懸命に魂返しの祝詞を奏上してゐる最中であつた。数多の役員信徒は室の内外に狼狽へ騒いで、殆どなす所を知らざる有様である。イク公は、 イク『御免』 と云ひながら、文助の側に寄り、松姫に向ひ、 イク『御苦労さまで厶います』 と軽く挨拶し、懐中から夜光の玉を取出して、文助の前額部に当て、赤心を捧げて十分間ばかり祈願を凝らした。此時既に文助は冷たくなつてゐた。只心臓部の鼓動が幽かにあるのみ。 イク『ヤア此奴ア駄目かも知れませぬな、実に困つた事です。松姫様、此玉を貴女にお預け致します。何卒之を前額部に離さぬやうに当てておいて下さい。私はこれから河鹿川で禊をして参ります』 とイクはサール、お菊を伴ひ、河辺に向つた。そして神政松の根元に衣類を脱ぎすて、ザンブとばかり飛込んで、鼻から上を出し、三人声を揃へて、文助の再び蘇生せむ事を祈つた。 お菊『赤心を神に捧げて仕へたる 司の命救ひ給へよ。 惟神神のまにまに行く人を 止めむとするわれは悲しも』 イク『何事も速川の瀬に流しすてて 清き身魂を甦らせよ』 サール『死して行く人の命をとどめむと 願ふも人の誠なりけり。 今一度息吹返し道の為に 尽す真人とならしめ給へ』 お菊『日頃より誠一つの此翁を 神も憐れみ救ひますらむ。 道のために世のため尽す此翁を 救はせ給へ神の力に。 無理ばかり神の御前に宣る心を あはれと思へ天地の神』 と心急くまま、口から出任せの歌を歌ひ、激流に浮きつ沈みつ、危険を冒して祈り出した。大神もこの三人が赤心を必ず許し給ふであらう。平素は悪戯好の茶目男、余り親切らしく見えぬイク、サールの口の悪い連中も、お転婆娘のお菊も、人の危難に際しては其赤心現はれ、吾身の危険を忘れて神に祈る。これぞ全く美はしき人情の発露にして、常に神に従ひ、神を信じ、誠の道を悟り得るものでなくては出来ぬ所為である。 三人は文助の身を気遣ひながら帰つて来た。忽ちお菊は神懸状態となつて病床に駆け入り、松姫が手より夜光の玉を取り、左右の耳の穴に代る代る当て、何事か小声に称へながら、汗を流して祈つてゐる。イク、サールの両人は赤裸のまま文助の足を揉んだり、息を吹いたり、あらゆる手段を尽した。「ウン」と一声叫んで目をパチリとあけ、起上つた文助、四辺をキヨロキヨロ見廻しながら、大勢の集まりゐるを知つて、 文助『皆さま、何ぞ変つた事が出来ましたか、大勢さまがお集まりになつて居りますが』 お菊『気がつきましたか、それはマア嬉しいこつて厶います。本当にお菊も心配いたしましたよ』 文助『私は或美はしき山へ遊びに行つて居りました。何だか急に目が見え出して、そこら中の青々とした景色や咲き匂ふ花の色香、久し振りで自分の目が見え、世の中の明りに接した時の愉快さ、口で云ふ様な事ぢやありませぬ。ああ又目が見えなくなつた』 と力なげに云ふ。 松姫『文助さま、貴方は此間から人事不省で、皆の者が大変に心配をして居りました。初、徳の両人が貴方を打擲したきり姿を晦まし、貴方はその時からチツとも性念がなかつたのですよ。毎日日日囈言ばかり云うてゐられました。マアマア正気になられて結構で厶いますワ。松姫も蘇生の思ひが致します』 文助『成程、さう聞けば、そんな事もあつたやうに仄に覚えて居ります。つひ最前も小さい村の四辻で二人に会ひましたが、大変親切にしてくれました』 お菊『文助さま、貴方は此処に寝たきり、そんな男は来ませぬよ。大方夢でも見たのでせう。チツと確りなさいませ。一旦貴方は死んで居たのですからなア』 文助『イエイエ、私は決して死んだ覚はありませぬ。どこの方か知らぬが、美しい娘さまが私の手を曳いて、いろいろの所へ連れて行つて下さいました。そして目を直して下さつたお蔭で、永らく見なんだ現界の風光に接し、本当に楽しい旅を続けました。そした処に、自分の顔の二三間ばかり前に、大変な光物が現はれ、眩しくてたまらず、暫く目を塞いで居つた所、今度は祝詞の声が聞え出したので、よくよく耳をすませて考へてゐると、松姫さまやお菊さま其他の方々の声であつた。ハツと思うたら又目が見えなくなりました』 と惜しさうにいふ。 文助は初、徳の二人の若者と格闘した際、頭蓋骨を打たれて昏倒し、一旦仮死状態になつてゐたのである。此時若しもイク、サールの両人が夜光の玉を持つて居らなかつたなれば、或は蘇生しなかつたかも知れぬ。文助が幽冥界に入つて彷徨うたのは、第三天国の広大なる原野であつた。そして或村の十字街頭で初、徳の両人に出会つたのは、何れも其精霊であつた。初、徳の両人は元より文助を尊敬してゐた。併しながら一時の欲に駆られて、高姫や妖幻坊に誤られ、文助の拾うておいた妖幻坊の玉を受取つて帰らうとしたのを文助が拒んだので、止むを得ず、こんな騒動が突発したのである。併しながら二人の精霊は肉体の意思と反対で、文助を虐待したことを非常に怒り、暫く両人の体を脱出して、文助を現界に今一度呼戻さむと此処までやつて来たのである。そこへ熱心なるイク、サール、お菊、松姫等の祈祷の力に依つて、再び現世の残務を果すべく蘇生せしめられたのである。文助は肉体の眼は既に盲し、非常な不愍な者であつたが、霊界に到るや、忽ち外部的状態を脱出し、第二の中間状態を越えて、第三の内分的状態にまで急速度を以て進んだ。其為、神に親しみ神に仕へたる赤心のみ残存し、心の眼開け居りし為に、天界を見ることを得たのである。 すべて現界に在つて耳の遠き者、或は手足の自由の利かぬ者、其他種々の難病に苦んでゐた者も、霊肉脱離の関門を経て霊界に入る時は、肉体の時の如き不具者ではない。すべての官能は益々正確に明瞭に活動するものである。併しながら仮令円満具足せる肉体人と雖も、其心に欠陥ありし者は、霊肉脱離の後に聾者となり盲目となり、或は痴呆者となり不具者となり、其容貌は忽ち変化して妖怪の如くなるものである。総て人間の面貌は心の索引ともいふべきものなるが故に、其心性の如何は直に霊界に於ては暴露さるるものである。現界に於ても悪の最も濃厚なる者は、何程立派な容貌と雖も、之を熟視する時は、どこかに其妖怪的面相を認め得るものである。形体は申分なき美人にして、凄く或は厭らしく見える者もあり、又どことなくお化の様な気持のする人間は、其精霊の悪に向ふ事最も甚だしきを証するものである。 文助は先づ天の八衢の関所に突然着いてゐた。されど本人は自分の嘗て死去した事や、如何なる手続きによつて、こんな見ず知らずの所へ来たかなどと云ふ事は一向考へなかつた。そして現界に残してある妻子のことや、知己朋友の事などもスツカリ忘れてゐた。只神に関する知識のみ益々明瞭になつてゐた。彼は八衢の関所の門を何の気もなく潜つて行つた。後振り返つて見れば、白面赤面の守衛が二人、門の左右に立つてゐる。 文助『ハテ不思議な所だ、地名は何といふだらうか、あの守衛に尋ねて見たいものだ』 と再び踵を返して側に寄り、文助は、 文助『此処は何と云ふ所ですか』 と尋ねてみた。二人の守衛は、 白、赤の守衛『何れ後になつたら分るでせう。お尋ねには及びませぬ。又吾々も申し上げる事は出来ない』 とキツパリ答へた。これはまだ現界へ帰るべき因縁がある事を守衛が知つてゐたからである。もし此処は霊界の八衢であるといふ事を知らしたならば、或は文助が吃驚して、現界に於ける妻子のことを思ひ浮かべ、美はしき天国の関門を覗く事も出来ず、又其魂が中有界に彷徨うて、容易に肉体に還り得ない事を知つたからである。文助は何とはなしに愉快な気分に充たされ、小北山の事も念頭になく、只自分の行先に結構な処、美はしき所があるやうな思ひで、足も軽々と進むのであつた。そして俄に目の開いたのに心勇み、フラフラフラと花に憧憬れた蝶の如く、次へ次へと進んだのである。途中に現界に在る友人や知己並に自分等の知己にして、既に帰幽せし人間にも屡出会うた。されど其時の彼の心は帰幽せし者と帰幽せざる者とを判別する考へもなく、何れも自分と同様に肉身を以て生きて働いてゐることとのみ思うてゐたのである。 斯の如く、人間は仮死状態の時も、又全く死の状態に入つた後も、決して自分は霊肉脱離して、霊界に来てゐるといふ事を知らないものである。何故ならば、意思想念其他の総ての情動に何等の変移なく、且現界に於けるが如き種々煩雑なる羈絆なく、恰も小児の如き情態に身を置くが故である。之を思へば人間は現世に於て神に背き、真理を無視し、社会に大害を与へざる限り、死後は肉体上に於ける欲望や感念即ち自愛の悪念は払拭され、其内分に属する善のみ自由に活躍することを得るが故に、死後の安逸なる生涯を楽しむ事が出来るのである。 天国は上り難く地獄は落ち易しと或聖人が云つた。併しながら人間は肉体のある限り、どうしても外的生涯と内的生涯との中間的境域に居らねばならぬ。故に肉体のある中には、どうしても天国に在る天人の如き円満なる善を行ふ事は出来ない。どうしても善悪混淆、美醜相交はる底の中有的生涯に甘んぜねばならぬ。人の死後に於けるや、神は直に生前の悪と善とを調べ、悪の分子を取り去つて、可成く天国へ救はむとなし給ふものである。故に吾々は天国は上り易く、地獄は落ち難しと言ひたくなるのである。併しながら之は普通の人間としての見解であつて、今日の如く虚偽と罪悪に充ちたる地獄界に籍をおける人間は、既に已に地獄の住民であるから、生前に於て此地獄を脱却し、せめて中有界なりと救はれておかねば、死後の生涯を安楽ならしむることは不可能である。されど神は至仁至愛にましますが故に、如何なる者と雖も、あらゆる方法手段を尽して、之を天国に導き、天国の住民として霊界の為に働かしめ且楽しき生涯を送らしめむと念じ給ふのである。 前にも述べたる如く、神は宇宙を一個の人格者と看做して之を統制し給ふが故に、如何なる悪人と雖も、一個人の身体の一部である。何程汚穢しい所でも、そこに痛みを生じ或は腫物などが出来た時は、其一個人たる人間は種々の方法を尽して之を癒さむ事を願ふやうに、神は地獄界に落ち行く……即ち吾肉体の一部分に発生する腫物や痛み所を治さむと焦慮し給ふは当然である。之を以ても神が如何に人間を始め宇宙一切を吾身の如くにして愛し給ふかが判明するであらう。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 12 盲縞 第一二章盲縞〔一三四八〕 灰白の暮色に包まれた野も山も凡ては静かで淋しい。山と山とに挟まれた枯草のぼうぼうと生え茂る細い谷路を、杖を力にトボトボと爪先上がりに登り行く一人の盲者がある。これは小北山の受付にゐた文助の精霊であることはいふまでもない。文助は微酔ひ機嫌で鼻歌を唄ひながら、ボンヤリとした目の光を頼りに、どこを当ともなく歩いてゐたのである。傍の叢にガサガサと音がしたので、ハテ何者が飛出すのかと立止まつて考へてゐた。疎い目からよくよくすかして見れば、労働服を着けた十七八歳の色の黒い青年であつた。 文助『コレお若い衆、どうやら日も暮れかかつたさうだが、お前さま一人こんな処で何をして厶るのだい』 青年『俺は泥棒をやつてゐるのだ。此街道は目の悪い奴ばかりが通過する処だから、俺の様な甲斐性のない泥棒は、盲でないと性に合はぬから、待つてゐたのだ』 文助『ハハハハ、私のやうなスカンピンの盲に相手になつた所で、何があるものか。それよりも巨万の金を有て居る盲は世界に何程あるか知れぬぢやないか。総理大臣でも、博士でも、富豪でも、大寺の和尚でも皆盲だ。お前は黒い着物を着て居ると思へば、盲縞の被衣を着たりパツチをはいてるぢやないか、さうすると矢張りお前も盲だな』 青年『盲にも色々あつて、其盲が又盲を騙す力のある奴だから、俺たちの盲には手に合はぬのぢや。お前も随分世界の人間を盲にして来た男だが、世間の盲に比べて見ると余程くみし易いとみたから、ここに待ち構へてゐたのだ。サ、持物一切を渡して貰はうかい』 文助『ハハハハ、盲滅法界な事を言ふ奴だなア。斯うみえても、此文助は心の眼が光つてゐるぞ。世間の盲は肉眼は開いて居つても心の眼は咫尺暗澹だが、此文助は貴様の腹の底まで鏡に照らした如く分つてゐるのだ。無理無体に虚勢を張つて恐喝しようとしても、お前の心は既に非常なる脅威を感じ、戦慄してるぢやないか、そんなことで盲を脅かさうなんて、チツと過分ぢやないか』 青年『何だか、お前に会うてから、俺も泥棒が厭になつた。何卒、何処へ行くのか知らぬが連れて行て貰へまいかな』 文助『貴様の様な奴を道連れにしようものなら、チツとも安心するこたア出来やしない。送り狼と道連れのやうなものだ、何時スキがあつたら咬み殺すか分つたものぢやない、マア御免蒙つとこうかい。ああ惟神霊幸倍坐世』 青年『オイ盲爺さま、お前は世間の人間を盲にして、毎日日日地獄界へ案内してゐた癖に、俺一人の盲を捨てると云ふ事があるか』 文助『馬鹿を申せ、俺は皆人間の霊を高天原へ導いてゐたのだ。それだから此間も一寸気絶した時に天国を覗いて来たのだ。俺の導いた連中は皆高天原に安住してゐるのだぞ』 青年『お前、高天原へ行つた時に其弟子に、一人でも出会つたか、滅多に出会はせまい、何奴も此奴も地獄へ墜ちてるのだからな。神の取次皆盲ばかり、その又盲が暗雲で、世界の盲の手を引いて、インフエルノ(地獄界)の底へと連れまゐる……といふのはお前の事だよ』 文助『エ、そんなこたア聞く耳持たぬワイ。何なと勝手にほざいておけ、ゴマの蠅奴が』 青年『ヨーシ俺も天下の青年だ。青年重ねて来らず、一日再晨なり難しといふ事を知つてゐるか、俺は斯う労働服を着てゐるやうに見えても赤裸だぞ。それだから青年重ねて着足らずといふのだ。貴様の上着を一枚所望するから、キツパリと俺に渡せ、裸で道中はならぬからのう』 文助『丸で三途の川の脱衣婆のやうな事をぬかす奴だな。エエ仕方がない、そんなら一枚恵んでやろ。どうせ此先で婆アに取られるのだから……』 青年『オイ爺、お前は今幽界旅行をしてゐるといふ事を知つてゐるのか』 文助『きまつた事だ。一度経験がある。何時の間にやら体がこんな所へ来てるのだから、夢でなければ幽界旅行だ。夢であらうが、幽界旅行であらうが、どちらもユーメ旅行だ。貴様は此処を現界と思つてるのか、オイ黒助』 青年『コリヤ黒助とは何だ。これでも中には赤い血が通つてるぞ』 文助『エー、邪魔臭い、羽織を一枚やつたら、エエカゲンに帰つたらどうだ。これから長旅をせにやならぬのに、貴様の様な奴がついてゐるとザマが悪いワ』 青年『ハハア、ヤツパリ貴様は偽善者だな。餓鬼虫ケラまで助けるのが神の道だと、小北山で吐いて居つたが、とうと、正体を現はしよつたな。気の毒ながら、何うしてもインフエルノ行きの代物だ、エツヘヘヘヘ、実は地獄界から貴様を迎へに来たのだぞ』 文助『ヘン、何を吐しよるのだ、そんな事に驚く俺かい。俺は前回に於て、正に天国に籍のある事をチヤンとつきとめておいたのだ。そんな事を云つて強迫しても、ゴマの蠅の如き者の慣用手段に乗るやうなチヤーチヤーぢやないぞ。勿体なくも大国治立尊様の教を伝達するグレーテスト(最も偉大な)プロバガンディストだ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむや、そこのけツ』 と杖を以て四辺の芝草をメツタ矢鱈にしばき倒しながら、トントンと登り行く。青年は後姿を見送つて、 青年『アハハハハハ阿呆阿呆、イヒヒヒヒヒインフエルノ行きの文助爺、ウフフフフフうろたへ者の盲爺、エヘヘヘヘヘエクスタシーを知らぬ盲爺、オホホホホホお気の毒さま、今度は地獄の定紋付だ。お前の背中を見い、オツホホホホホ』 と大声に笑ふ。文助は後振返つて其青年を見ると、赤ら顔に耳までさけた大きな口をあけ、舌を五寸ばかりはみ出して、厭らしい面して腮をしやくつてゐる。文助は惟神霊幸倍坐世と幾回となく繰返しながら、山と山との谷道を一目散に進んで行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 13 黒長姫 第一三章黒長姫〔一三四九〕 天引峠の頂上に四五人の男車座となつて、青い火をチヨロチヨロ焚きながら、暖を取つてゐる。何れもパルチザンのやうな面構、髯をモシヤモシヤと生やし、何だか人の腕のやうな物を、火の中へくべては、横笛を吹くやうな調子で口に当ててしがんでゐる。此時文助の目は余程内分的になつて、明かになつて来た。文助は……厭な奴が居やがる、此奴ア又一つ悶錯だワイ。併しながら一度死んだ者が命を取られるやうなこともあるまい。エエ惟神に任すより仕方がない……と決心の臍を固め、幽かな声で宣伝歌を歌ひながら近よつて行く。其中の一人は目ざとく文助を見て、 甲『オイ旅人、一寸待つて貰はうかい』 文助は悪胴をきめて、ワザと平気を装ひ、 文助『待つて貰はうと言はいでも、一あたりさして貰ひたいのだ、大分寒うなつたからな。そしてお前等は泥棒商売と見えるが、チツと儲かりますかな』 甲『ヤアもう不景気風が八衢街道まで吹きまくつて来たものだから、一向此頃は駄目だ。お前は俺から見れば随分偉い奴だ。ウマく善の仮面を被つて、神様のお取次と化け込み、鼻紙の端に松の木や黒蛇、蕪大根を描きよつて、苦労なしに礼言はして金をとる剛の者だから、一つ俺達にも教へて貰ひたいものだ。ここで泥棒講習会を開かうかと云つて、最前から相談して居つたのだが、根つから適当な先生がないので、実の所は当惑してゐる所だ。うまく法律にふれない様に、喜ばれて泥棒する方法を研究するのが、最も賢明な処世法だから、一つ小北山の先生、吾々の教導者になつて下さるまいかなア』 文助『馬鹿なことを言ふな、俺は正当の理由に仍つて正当の報酬を頂いて居つたのだ。貴様等は泥棒根性があるから、世界一切の事が皆泥棒的に解釈が出来るのだ。ピユリタンとしてのプロパガンディストの心事が泥棒先生に分るものかい。こんなことが教へて欲しければ、やがて現界に羽振を利かして居つた、大原さんがやつて来るだらう。そしたら十分に敬礼を表し、敬して近付けるのだ。現界に於ても、大多数盗を擁してゐた豪傑だからのう。俺は畑が違ふから、こればかりは御免だ、天国行の邪魔になると、一生の不利益だからのう』 甲『ヤツパリお前は利己主義だな。幽界へ来ても自愛と世間愛に執着してゐるから駄目だよ。そんなこと言はずに、男らしく秘密を教へて呉れたらどうだい』 文助『お前達はピユリタンの精神が分らないから泥棒に見えるのだが、人が喜んで献つたものを戴くのは、つまり神様から下さる様なものだ。神の宝を間接拝受するのだから、盗人ではないよ。お前達は往来の人を掠めて無理往生に取らうとする小盗人だよ。一層のこと、今此処で改心をして俺のお供をしたら何うだい、キツと天国へつれて行つてやるがなア』 乙『オイ甲州、こんな屁古垂爺を相手にしても駄目だぞ。すべて泥棒団体といふものは、こんなヒヨロヒヨロなレストレントの力のないやうな者では、頭に戴いた所で、統一が出来ない、ヤツパリ大原さまのやうな、大悪盗でないと、コントロールの力がないからな』 文助『さうださうだ、畑が違ふのだから、私には駄目だ。元から屁こいたやうな男だから、平兵衛ともいひ文助ともいふのだから』 甲『何と四方のない盲だなア。それなら免除してやるから、キリキリと此の場を立つたがよからうぞ。併し此関所は天引峠の二度ビツクリといふのだから、一つ吃驚せなくちや通過は出来ない。ビツクリ箱の蓋があくぞよと、いつも現界で云うて居つただらう。それの実現だから、これから一つ実行にかかるよつて、自由自在に吃驚するがよからう、煩悶苦悩驚愕の権利は、お前が惟神的に保有してるのだから、お手のものだ。イヒヒヒヒ』 文助『大和魂の生粋の水晶魂のビクとも致さぬ文助だ。幾らなりと吃驚さして御覧。如何なる悪魔も、恐怖も、醜事も、忽ち惟神の妙法に仍つて、所謂ザブリメーシヨンに仍つて一掃する神力が備はつてゐるエンゼル様だ。サア、吃驚さしたり吃驚さしたり』 甲『余り向ふ意気の強い盲滅法界の馬鹿者だから、話にならぬワイ。こつちが吃驚して了ふワイ。サア、キリキリ此処を通れ』 文助『貴様が通れと云はなくても、自由の権利で通るのだ。桃季物言はず自ら小径をなすというて、チヤンと道がついてるのだ。ヘンお構ひ御無用、お先へ失礼致します。此文助は斯う見えても、神様から、重大なるメツセージを受けてゐるのだから、汝等如き泥棒の容喙は許さないのだ。エツヘツヘヘヘ』 と細い目に皺をよせ、笑ひながらコツリコツリと杖を突いて峠を下つて行く。文助は四五町ばかり降つて行くと、其処に形ばかりの屋根があつて、石の六地蔵が並んでゐる。ツと立寄つて、傍の虫の喰ひさがした足の半腐つた鞍掛に腰を打かけ、よくよく見れば古ぼけた柱に墨黒々と楽書がやつてある。見るともなしに目についたのは……盲の宣伝使文助がやがてここを通過するだらう、さうすれば一つ談判がある。黒蛇の一族は此処へ集まれ……と記されてあつた。文助は之を見て独言、 文助『ハハア、おれが朝から晩まで、竜人さまだと云つて、黒蛇を書いては信者に渡し、掛字や額に仕立てて祭らしてやつたお蔭で、結構な飲食を供へて貰ひ、黒蛇の奴、俺の行方を大に徳となし、歓迎会でも開きよる積だなア。そらさうだらう。誰一人お給仕をしてくれる者がないのに、虫の分際として大神さま格に祀つて貰ふのだから、喜ぶのも無理はないワイ。あああ人はヤツパリ禽獣に至る迄助けておかねばならぬものかいな。ああ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。三五教の松彦さまがやつて来てゴテゴテ言ふものだから、黒蛇の画かきも中止して了ひ、松に日輪様ばかりを描いて居つたが、あれから引続いてやつてゐたなら、まだまだ沢山に喜ばれただらうに……何程日輪様を描いた所で、日輪様が喜んで下さる筈もなし、ヤツパリ性に合うた竜神さまを描いてをつたがよかつたのだ。霊不相応なことをすると、却て何にもなりやしないワ』 斯かる所へ妙齢の美人が三人連れで忽焉と現はれて来た。 女(黒長姫)『モシ、貴方は文助さまぢやありませぬか、私は黒長姫と申します、随分苦しめて下さいましたね。朝から晩迄、松の木にまき付いたなりで、身動きも出来ぬやうな目に遇はし、殺生なお方ですワ。サア是から御礼を申しませう』 文助『お前は黒竜神の精霊と見えるが、あれだけ立派に祀らして上げたのに、何が不足なのだ。畜生の分際として、神様として貰つて、喜ぶことを措いて、こんな処で不足を聞く耳は持ちませぬワイ』 黒長姫『吾々は畜生道に堕ちたもの、霊相応ですから、さやうな神様の席へ上げられ祀られては、目が眩み、頭が痛み、苦しくてなりませぬ。それだから吾々の怨みが塊まつて、お前さまの目が見えなくなつたのだ。分に過ぎた待遇をせられては本当に迷惑だ。お前さまのお蔭で、私達の眷族が幾千人苦しんだか知れやしない。そしてお前さまは之を祀つておけば、悪事災難が逃れるとか云つて、神様の真似をしたでないか。吾々の眷族を竜神さまだなどと大それた名をつけ、そして大変に神力のある神のやうに言ひふらし、世界の亡者に拝ませて、栃麺棒をふらさした張本人だ。神様の側に祀られて苦しくてたまらなかつたと、皆が云つてゐる』 文助『そんな不足を聞かうと思うて描いたのぢやない。一人でも世に堕ちた霊を世に上げてやらうと思つて善意を以てしたのだ。チツと其精神も買つて貰はなくちや困るぢやないか』 黒長姫『よう仰有いますワイ。世に堕ちた者を世にあげる様な力が、人間の分際としてどこにありますか。それは皆神様の御権限にあるのだ。神様の神徳を横領せむとするお前さまは天の賊だよ。それだから、こんな天引峠の二度吃驚を通らなくちやならぬ様になつたのだ。エエ恨めしい。これから五体をグタグタに咬み砕いて恨を晴らすから、其積りでゐなさい。そしてお前の身体は黒蛇となり、私達の仲間に入り、奴となつて働くのだ。あのお前の描いた黒蛇には、スツカリお前の霊魂の一部が憑依してゐるから、自然の道理でお前の霊身は蛇となるのは当然だ。お前は口の先で、神様の為世人の為と云つてゐるが、私達の仲間の姿をかいて祀らすのは、所謂ゼルブスト・ツエツクを達せむとする野心に外ならなかつたのだ』 文助『馬鹿を云ふな。神の道に仕へる者が、どうしてそんな心になれるか、何れも神の大御心に倣うて、虫ケラまで助けようと云ふ真心からやつたのだ。何程大蛇のお前だとて蛇推するにも程がある。チツとは善意に解して貰ひたいものだな』 黒長姫『何と云つても、セルフ・プリサベーシヨンの為にしてゐたことは、瞭然たるものだ。お前は神を松魚節にする偽善者だ。なぜ自分は謙遜して、人に頼まれても断りを云はないのだ。厳の御霊の筆先には、御神号や神姿は書く人がきまつてるぢやないか。きまつた方に書いて貰ふのなれば、所謂神様の霊がこもつてゐるから、蛇だつて解脱することが出来るが、権威なき者に描かれては益々苦しみを増し、罪を重ぬるのみだよ』 文助『それだと云つて、俺もヤツパリ天国の天人団体に籍をおいてる者だ。蛇なんぞを勿体ない、変性男子の御手で描いて貰ふといふことがあるか。俺の絵で満足すべきものだ、余り増長するない』 黒長姫『ホホホホホ、どちらが増長してゐるのか、よく考へてみなさい。それだから盲聾と神様が仰有るのだ。今に口笛を吹いたが最後、お前に苦しめられた眷属が此処へやつて来るから覚悟をなさい』 と云ふより早く、ピユーピユーと口笛をふいた。俄に四辺の草も木の片も木の葉も真黒けの蛇となり、一本の角を生やし、波の打ち寄する如く、文助の四辺を力一杯口をあけて襲撃して来た。文助は杖を打振り打振り、キヤアキヤアと断末魔のやうな声を出し、蛇の群を踏み越えて、命カラガラ西北さして逃げて行く。忽ち強烈なる山颪となり、数多の蛇は中空高く舞ひ上り、空を真黒に染めて、文助の走つて行く数百間の前まで飛散してゐる。文助は心も心ならず、神言を奏上しながら、倒けつ転びつ進み行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 14 天賊 第一四章天賊〔一三五〇〕 文助は悄然として黒蛇に天地四方を包まれながら、何事も神に任して驀地に進み行く。ピタリと玉子草の生えた沼に行当つた、何うしてもここを跋渉せなくては前進することは出来ぬ。黒蛇は此沼の畔まで追つかけて来たが、何うしたものか水中へは襲うて来なかつた。文助はヤツと蛇の難を遁れ一息したと思へば、此沼を渡らねばならぬ、どこ迄広いか遠いか見当のつかぬシクシク原である。そして怪しの虫が足にたかつて来て登りつき、尺取虫の様な恰好で顔の方まで這うてくる其気持の悪さ、消え入るばかりに思はれて来た。力限りに之を薙払ひ、むしつては落し、漸く顔だけは中立地帯の安全を得て進んで行くと、沢山な人間の頭が水面に浮んでゐる。よくよく見れば、自分が今迄霊祭りをしてやつた知己や朋友の霊界に行つた者及びまだ現世に居る筈の人間の顔である。文助は此時は既に目が余程明くなつてゐた。そして其声の色によつて、現界で知己となつた信者は皆悟ることを得た。真先に現はれた人間の頭は、小北山に永らく参詣し、ヘグレ神社の信者であつた久助といふ男である。 文助『オイ、お前は久助さまぢやないか、何しにこんな所に迷うてゐるのだい、結構な天津祝詞を奏上し霊祭までしてやつてあるのに、なぜこんな所にうろついてゐるのか』 久助『お前が神様の職権を横領して猪口才な霊祭をしてやらうの、天国へ上げてやらうのと慢心を致したものぢやから、天国へ行くべき俺の先祖までが、これ此通り、こんな所に堕されてゐるのだ。祝詞のお蔭で、地獄へまでは行かないが、地獄に等しいこんな沼の中で苦しんでゐるのは、皆貴様が神さま気取になつて、神様から貰うた俺たちの霊を左右致したからだ。ササ何うしてくれる、大先祖が地獄に堕ちてるから、霊祭をして高天原へ上げてやらうなどと吐きやがつて、こんな所へ押込めておいたぢやないか』 文助『ソリヤ貴様が悪いのだよ。おれが霊祭をした時にや、貴様霊媒に憑つて……お蔭で天国へ救はれた、地獄の苦を遁れました……と喜びよつたぢやないか、一旦天国へ上つて又悪を致し、こんな所へ落されたのだらう、そんな不足は聞きませぬぞや』 久助『今の宣伝使といふ奴は、皆自分が神様の気取になり、神様の神徳を横領して、平然と構へてゐる天賊だから、そんな奴の言霊が何うして大神様の耳に達するか、皆兇党界の悪霊が、貴様の声を聞いて集まり来り、俺達の先祖の名を騙り、天国へ助けてくれたの何のと、嘘を言つてゐるのだ。霊を天国へ上げるものは大神様よりないのだ、又大神様の聖霊に充された予言者のみ、之をよくするのだ。其外の宣伝使の分際として、何うして結構な神様の分霊が左右されるか、不心得にも程があるぞ。俺の子孫は貴様等盲審神者に騙されて、自分の先祖は天国へ行つて居ると云つて喜んでゐるが、子孫の供物は皆兇党界にしてやられ、可愛い子孫の側へも近づくことが出来ない様にしてしまつたのだ。お前に限らずすべての宣伝使は自我心が強く癲狂痴呆の輩だから、大それた神様の権利を代理するやうな考へでゐるのだから困つたものだ。地獄界の案内者といふのは、貴様等如き天賊的プロパガンディストの仕業だ。サア是から俺たちの先祖や知己を迷はしてくれたお礼だ、チツタ苦しうても辛抱せい。これから暫く此沼の中へ沈めてブルブルをさしてやらう。さうなとせなくちや、俺たちの虫がいえないワ、のう熊八、テル、ヨク、七、ヨツ、賢太郎、権州、さうぢやないか。お富、お竹、お夏貴様もチツと来い、此奴の為には被害者だ』 といふや否や、「ワーツ」と蜂の巣を破つたやうな声を出して、水面に各首をつき出した。数百千のゴム毬を水中に投げたやうに、円い頭が四方八方から数限りもなく浮上つて来た。 文助『今文助が言霊を奏上して助けてやらう。身の過ちは宣り直せと云ふことがある。知らず知らずの御無礼御気障りだ。神様も神直日大直日に見直し聞直して下さるだらう。これから貴様たちも、俺が宣り直しをするから浮べるだらう、マアさう一時に喧しくいふない。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 久助『コリヤ、久助は一同の代表者だが、そんな濁つた言霊は益々俺たちを苦しむるものだ。そして言霊を奏上して救うてやらうとは何だ。まだ貴様は我が折れぬのか、ここでお詫を致せばよし、まだ我をはるのなら、此方にも考へがあるぞ』 文助『俺は何と云つても、貴様達を悪に導かうとしてやつたことぢやない、どうぞよくしてやらうと思ふから、一生懸命に霊祭をしたり、貴様達の子孫に言ひ付けて鄭重なお給仕をさしてるのだ。そんな不足は聞きたくはないワイ』 久助『此奴ア何と云つても駄目だ。オーイ、皆の連中、餓鬼も人数だ、かかれかかれ』 と下知するや、バサバサと水をもぐつて幾千万とも限りなく大小無数の頭が浮き上り、口から各真黒のエグイともにがいとも知れぬ、煙草の脂を溶いたやうな水を吹き、四方八方より襲撃する。文助は一生懸命に、早く岸に泳ぎつきたいものだと、頭に躓き乍ら目も眩むばかりになつて、殆ど二時ばかりを無性矢鱈にシクシク原の膝を没する許りの沼を漸く向岸に着いた。 後振返り見れば、沢山の首は水際まで追つかけ来り、恨めしさうな顔をして眺めてゐる。久助の頭は真先に進んで、目を怒らし、 久助『俺達は貴様の為に、斯様な所へ押し込められてゐるが、素より案内者の貴様が悪かつた為に苦しんでゐるのだ。決して元よりの悪人ぢやない、天国へ進むだけの資格は持つてゐるのだ。其証拠は常から神様を信仰して来たのだ。今に瑞の御霊が現はれて、水の中から救つて下さるといふ御沙汰が今下つた所だから、最早お前を恨んだ所で仕方がない。綺麗薩張と大神様の徳に対して忘れてやるから、これから先、気をつけたがよからうぞ。キツと自分の神力で祖先の霊や人の病気が助かるなぞと思うたら当が違ふぞ。皆人をかやうな苦しい所へおとすばかりだから、別れに臨んで一言注意を与へておく。何れ八衢において会ふかも知れない、それまでにチツと心を直しておくがよからう』 と言ふより早く、無数の頭は俄に白煙となつて、沼の二三間許り上に渦をまき、遂にはそれが紫色に変じ、月の如き玉となり、沢山の星の様なものが其周囲に集まり、次第々々に昇騰して南の天を指して昇つて行く。其中の最も大なる月の如き玉は久助の精霊であつた。其他の小さき星の如き光は、何れも神の道に在つて忠実なる信者なりし者が、宣伝使に誤られて、一時ここに苦悶を続けてゐたのである。文助は此態を見て、初めて悟り……… 文助『ああ自分は実に慢心をして居つた、いかにも久助の言つた通だ。厳の御霊、瑞の御霊の大神様、貴神の御神徳を、知らず知らずに慢心を致して自分の物と致して居りました。重々の罪悪をお許し下さいませ。御神諭にある天の賊とは全く吾々の事で厶いました。ああ惟神霊幸倍坐世』 と詫びながら、荒風たける萱野ケ原を当途もなく進んで行く。後へ帰らうとすれども、何者か後より押すやうに思へて、一歩も退くことは出来ぬ。只機械的に馬車馬的に、何者にか制縛されつつあるやうな心地で、心ならずも進み行くのであつた。ここには草原の中に可なり大きな平たい石があつて、ムクムクと其石が動いてゐる。ハテ訝かしやと、文助は立止まつて目も放たず眺めてゐた。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 15 千引岩 第一五章千引岩〔一三五一〕 文助は重た相な石が、土鼠が持つ様に、ムクムクと動くので、此奴ア不思議と立止り神言を奏上してゐると、一人は二十歳位な娘、一人は十八歳位な男が岩の下から現はれて来た。文助は何者ならむと身構へしてゐると、男女二人は文助の側へ馴々しくよつて来て、 二人『お父さま、能う来て下さいました。私は年子で厶います……私は平吉で厶います』 文助『私には、成程お年、平吉といふ二人の子はあつた。併しながら其子は、姉は三つの年に、弟は二つの年に死んだ筈だ。お前のやうな大きな子を持つた筈はない、ソラ大方人違だらう』 年子『私は三つの年に現界を去つて、あなたの側を離れ、霊界へ出て来ました。さうすると沢山な、お父さまに騙された人がやつて来て、彼奴は文助の娘だと睨みますので、居るにも居られず、行く所へも行けず、今日で十六年の間、此萱野ケ原で暮して来ました。そして毎日ここに隠れて、姉弟が住居をして居ります。霊界へ来てから、ここまで成人したのです』 文助『成程、さう聞けばどこともなしに女房に似た所もあり、私の記憶に残つてゐるやうだ。そしてお前等二人は永い間此処ばかりに居つたのか』 平吉『ハイ、姉さまと二人が木の実を取つたり、芋を掘つたり、いろいろとして、今日迄暮して来ました。人に見つけられようものなら、すぐに、お前の親は俺をチヨロまかして、こんな所へ落しよつたと云つて責めますから、それが苦しさに、永い間穴住居をして居ました』 と涙を滝の如くに流し、其場で姉弟は泣き伏して了つた。文助は手を組み、涙を流しながら思案にくれてゐると、後から文助の背を叩いて、 (竜助)『オイ文助』 といふ者がある。よくよく見れば、生前に見覚のある竜助であつた。文助は驚いて、 文助『イヤ、お前は竜助か、根つから年がよらぬぢやないか』 竜助『折角お前が生前に於ていろいろと結構な話をしてくれたが、併しながら其話はスツカリ霊界へ来て見ると、間違ひだらけで、サツパリ方角が分らぬやうになり、今日で十年の間、此原野に彷徨うてゐるのだ、これから先へ行くと、八衢の関所があるが、そこから追ひかへされて、かやうな所で面白からぬ生活をやつてゐるのだ。お前の為にどれだけ苦しんでゐる者があるか分つたものでないワ』 文助『誰もかれも、会ふ人毎に不足を聞かされ、たまつたものぢやない。ヤツパリ私の言ふ事は違うて居つたのかなア』 竜助『お前はウラナイ教を俺に教へてくれた先生だが、あの教は皆兇党界の神の言葉だつた。それ故妙な所へ落される所だつたが、産土の神様の御かげによつて、霊界の方へやつて貰うたのだ。併しながら生前に於て誠の神様に反き、兇党界ばかりを拝んだ罪が酬うて来て、智慧は眩み、力はおち、かやうな所に修業を致して居るのだ。お前の娘、息子だつてヤツパリお前の脱線した教を聞いてゐたものだから、俺達と同じやうに、こんな荒野ケ原に惨めな生活をしてゐるのだ。そして大勢の者にお前の子だからと云つて、憎まれてゐるのだ、俺はいつも二人が可愛相なので、大勢に隠れて、チヨコチヨコ喰物を持つて来たり、又淋しからうと思つて訪問してやるのだよ』 文助『あ、困つた事が出来たものだなア、今は改心して三五教に入つてゐるのだ。マ、其時は悪気でしたのでないから、マ、許して貰はな仕方がない、どうぞ皆さまに会つてお詫をしたいものだ』 竜助『三五教だつて、お前の慢心が強いから、肝腎の神様の教は伝はらず、ヤツパリお前の我ばかりで、人を導いて来たのだから、地獄道へ堕ちたのもあり、ここに迷うて居るのも沢山ある。なにほど尊い神の教でも、取次が間違つたならば、信者は迷はざるを得ないのだよ』 文助『何と難かしいものだなア。吾々宣伝使は一体何うしたらいいのだらうか、訳が分らぬやうになつて了つた』 竜助『何でもない事だよ、何事も皆神様の御蔭、神様の御神徳に仍つて人が助かり、自分も生き働き、人の上に立つて教へる事が出来るのだ。自分の力は一つも之に加はるのでないといふ事が合点が行けば、それでお前は立派な宣伝使だ。余り自分の力を頼つて慢心を致すと、助かるべき者も助からぬやうな事が出来するのだよ。是から先には沢山のお前に導かれた連中が苦しんでゐるから、其積りで行つたがよい。二人の娘、息子だつてお前の為に可愛相なものだ。筆先に「子に毒をのます」と書いてあるのは此事だ。合点がいつたか』 と、どこともなしに竜助の言葉は荘重になつて来た。文助は思はず神の言葉のやうに思はれてハツと首を下げ、感謝の涙にくれてゐる。忽ちあたりがクワツと明るくなつたと思へば、竜助は大火団となつて中空に舞ひのぼり、東の方面指して帰つて行く。之は文助の産土の神であつた。 産土の神はお年、平吉の二人を憐れみ、神務の余暇に此処へ現はれて、二人を助け給ひつつあつたのである。文助は始めて産土の神の御仁慈を悟り、地にひれ伏して涕泣感謝を稍久しうした。 文助は二人に向い、 文助『お前たち二人は、子供でもあり、まだ罪も作つてゐないから、ウラナイ教の御神徳で天国へ行つて居る者だとのみ思つてゐたのに、斯様な所で苦労してゐたとは気がつかなかつた。之も全く私の罪だ。どうぞ許してくれ、さぞさぞ苦労をしたであらうな』 お年『お父さま、あなたの吾々を思うて下さる御志は本当に有難う厶いますが、何と云つても、誠の神様の道に反き、兇党界の神に媚び諂ひ、日々罪を重ねてゐられるものですから、私たちの耳にも、現界の消息がチヨコチヨコ聞えて、其度毎に剣を呑むやうな心持で厶いました。今日も亦文助の導きで兇党界行があつたが、産土様のお蔭で霊界へ救はれたといふ噂を幾ら聞いたか分りませぬ。弟も余り恥かしいと云つて外へ出ず、又外へ出ても大勢の者に睨まれるのが辛さに狐のやうに、穴を掘つて、此岩の下に生活を続けて来ました。これだけ広い野原で、石なとなければ印がないので、産土様のお蔭で、此石を一つ運んで貰ひ、これを目当に暮してゐます。石といふものは、さやります黄泉大神と云つて、これさへあれば敵は襲来しませぬ。此岩のお蔭で、姉弟がやうやうとここまで成人したので厶います。お父さまも、一時も早く御改心を遊ばして、吾々を天国へ行くやうにして下さい』 文助『今までは、吾々が祝詞の力に仍つて天国へ救へるもの、又は導けるものと思うてゐたが大変な間違だつた。これは神様の御力に仍つて救はれるのだつた、今迄は自分の力で人を救うと思ひ、又人の病を自分の力で直すと思うたのが慢心だつたのだ。もう此上は神様に何事も任して、御指図を受ける外はない。ああ惟神霊幸倍坐世』 と親子三人は荒野ケ原に端坐して、一生懸命に祈願を凝らした。 因に石といふものは、真を現はすものである。そして、所在虚偽と罪悪と醜穢を裁断する所の神力の備はつたものである。神典古事記にも、黄泉平坂の上に千引の岩をおかれたのは、黄泉国の曲を裁断する為であつた。人間の屋敷の入口に大きな岩を立てて、門に代用するのも外来の悪魔を防ぐ為である。又家屋の周囲に延石を引きまはすのも、千引の岩の古事にならひ悪魔の襲来を防ぐ為である。築山を石を以て飾るのも神の真を現はす為であり、又悪魔の襲来を防ぐ為である。そして所在植物を庭園に栽培するのは愛を表徴したのである。人間の庭園は愛善の徳と信真の光を惟神的に現はした至聖所である。故に之を坪の内とも花園とも称するのである。天国の諸団体の有様は、すべて美はしき石を配置し、所在植物を植ゑつけられた庭園に類似したものである。それから石は砿物であり玉留魂である。故に神様の御霊を斎るのは所謂霊国の真相を現はすもので、月の大神の御神徳に相応するが故に、石の玉を以て御神体とするのである。これ故に霊国の神の御舎は皆石を以て造られ、天国は木を以て、其宮を造られてある。木は愛に相応し、太陽の熱に和合するが故である。大本の御神体が石であつたから、何でも無い神だと嘲笑してゐるそこらあたりの新聞記事などは、実に霊界の真理に到達せざる癲狂痴呆であつて、新聞記者自らの不明を表白してゐるものである。 ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 23 盲動 第二三章盲動〔一三五九〕 一しきり雨が降るかと思へば、又一しきり晴れわたる秋の時雨の季節を現はした八衢の関所に、文助はロハ台に腰打ちかけて、此関門を通る数多の精霊の審判を、胸を轟かせながら聞いてゐた。そこへやつて来たのは、顔に白粉をベツタリとつけた、高慢さうな面付をした婆アである。文助は不思議な奴が出て来たものだなア、さぞ彼奴の審判は面白いだらうと、稍興味を以て待つてゐた。これは肉体のある精霊とみえて、稍俯いてヒヨロリヒヨロリとやつて来る。関所の門にトンと突き当り、額を打ち、 婆(高姫)『アイタタ、こんな所に、断りもなく赤門を拵へ、通行人の頭を打たすとは以ての外だ。日の出神の義理天上さまがお通り遊ばすのに、何と云ふ不都合だ……ヤアお前はここの門番と見えるが、なぜ職務を大事に致さぬのかい。こんな怠惰な事をして居ると、日の出神が承知致しませぬぞや』 とエライ権幕である。文助は日の出神といふ声を聞いて、よくよく透しみれば高姫であつた。高姫は妖幻坊にかつ攫はれ、空中を翔り行く途中に於て、デカタン高原の或地点で妖幻坊に取放され、空中より砂つ原に顛落して気絶してゐた。其間に精霊が此処へ迷うて来たのである。されど高姫は自分が正気を失つた事も、霊界へ来てゐることも少しも気がつかず、依然として現界を歩いてゐるやうな心持であつた。赤色の守衛は大喝一声、 赤の守衛『高姫、暫く待て、取調べることがある』 と呶鳴りつけた。 高姫『ヘン門番の分際として、義理天上日の出神様を取調べるとは片腹痛いワ。それよりも此方から取調べにやならぬ事がある。三五教の三羽烏の一人、時置師の神様を何処へ隠したか。サ、キツパリと白状しなさい。グヅグヅ致すと、天の八衢はまだおろか、地獄の釜のドン底へ堕しますぞや』 赤の守衛『其方はデカタン高原に於て、妖幻坊といふ悪魔のために空中から取落され、気絶を致して此処へやつて来た亡者であるぞ。最早此処へ来れば冥土の規則に従はねばならぬ。これから其方の罪状を調べるに依つて、包まず隠さず申開きを致したがよからうぞ』 高姫『オホホホホ、あのマア鹿爪らしい顔わいの、一石の米が百両するやうな、其しやつ面は何だい、お前も余程此頃は生活難に襲はれて、会計が辛いと見える。日の出神の義理天上さまに従うて来れば、此世の中に不景気もなければ心配もいりませぬ。三千世界の救ひ主、日の出神の生宮高姫さまで厶るぞや。さてもさても、世の中に可哀相な人民が沢山あるものだなア。これだから一時も早く現界、幽界、神界の立直しを致さねば、五六七神政成就は致さぬと仰有るのだ。あああ、世界中の人民を助けねばならぬ日の出神様も、此高姫の肉宮も、並大抵ぢやありませぬワイな、ああ惟神霊幸倍坐世』 赤の守衛は、余りきつい高姫の脱線振に、取調べる訳にも行かず、又生死簿には死んでゐない、近き中に現界へ帰る奴だから、本真剣に調べる訳にも行かず、いい加減にあしらつて追ひ帰さむものと思ひながら、 赤の守衛『オイ、高姫、お前はここを何と心得てるか』 高姫『ヘン、釈迦に経を説くやうな事を云ふものぢやありませぬぞや。馬鹿にするにも程がある。此処は大門神社の一里許り手前ぢやないか。お前達は素盞嗚尊の厄雑神の眷属だらう。こんな所にしやちこ張つて居るよりも、此義理天上の肉宮の教を聞いて、一度大門開きの御用に立つたら何うだ。結構な事を聞かしてやるぞや』 文助は高姫の袖を引いて、 文助『モシモシ高姫さま、珍しい所でお目にかかりました。私は三五教の文助で厶いますよ』 高姫『ヤア、最前から怪体な男が居ると思うたら文助だな。ても扨ても淋しさうな面をして、こんな所に何をしてゐるのだい。サ、文助どん、高姫に跟いて厶れ。ウラナイ教の誠生粋を聞かして上げよう。こんな赤面や青瓢箪面が、何を知つてゐるものか。世の元の根本の根本の元を掴んだ、此高姫ぢやぞえ。途中から湧いた神や、学で知恵の出来た鼻高が、何うして誠の事が分るものか。……聞きたくば訪ねて厶れ。神が表に現はれて、義理天上日の出神、高宮姫命となつて、世界の事を何もかも説いて聞かすぞや。……こんな門番を致して居るやうな、途中の鼻高に、ヘン、神界の誠が分つてたまりますかい。サアサア文助どん、私に跟いて厶れ』 赤『高姫、まだ其方がここへ来るのはチツと早い。これから現界へ帰り、充分に狂態振りを発揮し、手も足も出なくなつてから始めて気がつくだらう。さうすれば三五教の尊い事や、素盞嗚尊様の御心が分るであらう。事務の妨げとなるから、トツトと此処を立ち去れ』 高姫『ヘン、赤さまは、私が居ると都合が悪いでせう。ハハア、ここは案に違はず、ヤツパリ三五教の門口だな。時置師の神様を、うまく引張り込みやがつたに違ない。挺でも棒でも動きは致さぬぞや。ササ早く時置師の神様を、此処へ出して下され』 赤の守衛『時置師の神様は、斎苑の館の総務をして厶るのだ。まだ現界にゐらつしやるから、此処へお越しになる筈がない。さてもさても分らぬ代物だなア』 高姫『ヘン、うまい事仰有いますワイ、ホホホホホ、流石は変性女子の悪の教を腹へ締め込みて居るとみえて、上手に嘘をつきますな。そんな事にチヨロまかされるやうな義理天上ぢや厶りませぬワイな、赤さま』 と目を細うして頤をしやくつて嘲弄する。 文助『モシ高姫さま、此処は冥土の八衢の関所ですよ。決して現界ぢやありませぬから、そんな事を言ふものぢやありませぬ。ササ、トツトと帰りなさい。そして三五教にお詫をして誠の魂に立帰り、改めて天国に昇れるやうに御願ひなさりませ』 高姫『ようマア、文助どん、しらばくれますね。お前も余程変性女子の霊が憑つたとみえますワイ。嘘は一つも言はれぬお道ですよ。嘘で固めた三五の道、オホホホホ、高姫誠に感心致しました。お前は目が悪いから、夢でも見て居るのだらう。チツと確りしなさらぬかいな』 と横面をピシヤピシヤと撲りつけた。文助は少しばかりムツとして、 文助『コリヤ高姫、これだけ事を分けて知らしてやるのに、まだお前は分らぬのか。なぜお役人さまの言葉を守つて帰りなさらぬのだ。皺だらけの面に白い物を塗つて、何だ。まるきり気違ひの所作ぢやないか』 高姫『ヘン、お構ひ御無用。これでも、トさまが可いと仰有るのだから、別にお前の様な盲共に見て貰はなくても宜しい。サ、之から奥へ踏み込んで、トさまにお目にかかり、厭でも応でもウラナイ教へ連れて帰らなおきませぬぞや。かう見えても、此高姫は今迄とは違ひますぞや。曲輪城の城主高宮彦の妻、高宮姫とは日の出神の生宮の事だ。そんな事を言はずに、一遍浮木の森の曲輪城まで私に従いて来てみなさい。いかなお前でも、あの御殿を見たら吃驚致すぞえ。神変不思議の曲輪の法によつて、中天高く飛行の術を習ひ覚えた此高姫、最早天下に恐るる者はチツともありませぬ。どうか其積りで交際つて下さいや』 と高姫は浮木の森の妖怪のばれた事はまだ気がついて居らぬらしい。斯かる処へ大きな獅子に乗つて驀地に天の一方から降つて来たのは、まがふ方なき杢助であつた。 高姫は此姿を見て大に喜び、 高姫『ホホホホホ、お手柄お手柄、杢助さま、お前は何うしてマア、それ程偉いお方になつたのだ。これほど猛悪な唐獅子を自由自在に使ふとは、ヤツパリ私の夫だな。コレ文助どん、アレ御覧、曲輪の法力によつて、あんな離れ業が出来るのだもの、ウラナイ教は偉いものでせう。三五教の奴に一人だつて、こんな事が出来ますか。初稚姫や治国別、言依別や東助に、杢助さまの、天晴武者振を見せてやりたいものだなア。エヘヘヘヘ、南無杢助大明神様』 と手を合はして拝む可笑しさ。杢助は獅子の背からヒラリと飛びおり、高姫には目もくれず、赤の守衛に向ひ、 杢助『御役目御苦労です。一寸伊吹戸主神様にお目にかかりたいと、三五教の杢助が申し入れたと伝へて下さい』 赤の守衛は幾度も腰を屈め、敬礼を表しながら走早に門内に入る。高姫は杢助の言葉に少し合点の行かぬ節があるとは思へども、ワザとあんな事を言つて居るのであらう、杢助さまは洒落が上手だから……と心の中にきめて了ひ、 高姫『コレ杢助さま、ええ加減に洒落ておきなさい。斎苑の館の東助に放り出され、アタ汚らはしい、三五教の杢助なんて、言ふものぢや厶りませぬぞや。サア、一緒に帰りませう』 杢助『高姫殿、お前さまは妖幻坊にチヨロまかされ、其悪魔を杢助だと思ひ詰め、随分狂態を演じてるやうだが、此杢助にはお前さまに会つて、ウラナイ教の話をした事もなし、又祠の森で面会した事もない。まして曲輪城などには足踏みも致して居らぬから、よく胸に手をおいて、真偽の判別を願ひたいものだ』 高姫『ホホホホホ、白々しい、杢さまの言ひ様、人の前だと思つて、そんな体裁を作るものぢやありませぬぞや。コレ高宮彦さま、そんな六ケしい顔せずに、ササ早く曲輪城へ帰りませう。コレ文助どん、何うだえ、高姫の三国一の婿といふのは、此杢助さまだぞえ。三羽烏の一人と聞えたる時置師神様、今はウラナイ教の大教主、曲輪城の城主様だ。サ、私に従いて厶れ。昔の厚誼で、キツと立派な役にして上げよう。小北山の受付位して居つてもはづみませぬぞや』 文助『あああ、困つた人だな、盲と気違と馬鹿位始末に了へぬものはないワ。私も、モツと高姫さまは偉い人だと思うて居つたに……現在八衢へ来てゐながら、執着心が深い為、ヤツパリ娑婆だと思うてるらしい。ああ気の毒なものだなア』 と呟く。高姫は耳敏く之を聞き取つて、 高姫『ヘン、気違だの、馬鹿だのとよう仰有いますワイ。オホホホホ、日の出神の心の鏡にお前の迷妄暗愚な魂が写つたのだよ。……人の事だと思うてゐると皆吾事であるぞよ。今の人民は皆盲聾ばかりであるぞよ。日の出神が現はれて、夜の守護の世の中を日の出の守護に致し、五六七の世が参りたならば、盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ……と変性男子の筆先にも現はれてゐませうがな。日の出神の真似の筆先にもチヤンと出てますよ。……コレ杢助さま、エエ加減にとぼけておかんせいな』 かかる所へ赤の守衛は恭しく杢助の前に現はれ、 赤の守衛『三五教の杢助様、伊吹戸主神様が、早速お目にかからうと仰有います。サ、私に従いてお越し下さいませ』 杢助『ハイ有難う厶います。此ライオンは暫く御預りを願ひます』 赤の守衛『ハイ宜しう厶います。叮嚀に保護致します。コレ白さま、お前さま此処に守つてゐて下さい。……サア杢助様、かうお出でなさいませ』 と先に立つて行かうとする。杢助も後に従ひ門を潜りかけた。高姫は袖にすがり、金切声を出して、涙交りに、 高姫『コレ杢助さま、余りぢや厶んせぬか。ここは三五教の奴等の集まる場所、なぜあれ程固い約束をしながら、今となつて変心をなさるのだえ。義理天上日の出神は恐れませぬか』 杢助『高姫さま、拙者は拙者の権利を以て、伊吹戸主様にお目にかかるのだ。貴女は之からお帰りなさい』 と行かうとする。高姫は袖に喰ひついて放さず、 高姫『イエイエ何と仰有つても、此高姫の目の黒い中は、一足たりとも、三五教の門は潜らせませぬぞや。アンアンアンアンアン、男の心と秋の空、変ると言うても余りだ。エーエ残念や残念や、クク口惜しい』 杢助『アハハハ、何と、面白い芝居を見せて貰うたものだ。ああ文助殿、拙者の後へついて厶れ』 と言ひながら、ポンと蹴れば、高姫は思はず裾を放し、二つ三つコロコロコロと街道に毬の如く転げて、其終点でパツと大の字に拡がり倒れて了つた。 杢助、文助は門をガタリと締めて、奥庭へ姿を隠した。高姫は大の字になつて、手足を動かせながら、 高姫『此女は、元を糺せば、変性男子の体をかつて、生れ出でたる常世姫命の再来、高宮姫。若い時から、男女と綽名を取つたヤンチヤ娘、一度は東助さまと夫婦になり、子までなしたる仲なれど、余り東助の心が無情冷酷なるが故、斎苑の館でキツパリ暇をくれて、祠の森に立帰り、杢助さまと夫婦となり、今は浮木の森に曲輪城を築き、高宮姫と名を改めてウラナイ教の神柱、先をみてゐて下されよ』 と大音声に呼ばはつてゐる。八衢へ来る精霊は此声を聞きつけ、各歩を急ぎバラバラと駆けつけた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 総説 総説 回顧すれば今より三年以前(満二年)の今月今日は我大本に取りて、最も深刻なる記念日である。都鄙十万の読者に対して、大責任を負ひ、大大阪の玄関口、梅田の大正日々新聞本社に於て、社長として大活躍を試みて居た折しも、突然二三の冥使の為に攫はれて、インフアナル[※英語 infernal 「地獄のような」とか「悪魔のような」という意味の形容詞。ただしここでは名詞の inferno(インフェルノ)=地獄のことだと思われる。]に等しき牢獄の中に収容された日である。裏の筆先に……大正十年は変性女子の身魂に取りて、後にも先にもないエライ事が出来る年であるぞよ。節分祭が済みたら、女子の肉体を神が連れ参るから、心配して下さるなよ。誰もお供は許さんぞよ。後には金勝要神、木花咲耶姫の御魂が御守護あるに仍つて、役員は安心して御用をして下されよ……と示されてあつた。併し乍ら過去を繰返すは余り気分の好いものでないから、其時の事情は省略する。 世界は御神示の如く、時々刻々に変転し、満二箇年を経たる今日、新聞紙に依つて紀元節当日の内外の出来事中、其主なるものを挙ぐれば、実に今昔の感に打たれざるを得ないのである。首相枢府の容易ならざる会見問題、及貴族院の外交問題追及に付いて、政府側大に狼狽し、研究会に泣付いて、此難関を切抜けんとしてゐる。幸無両派又密々に凝議して外交振粛の道を講ずるあり。全国の普選論者は、普選即行の宣言決行をなして、東京での普選聯合大懇親会の席上にて火の如き熱弁を揮ひ、満場を白熱化するあり、東京、名古屋、岡山、福岡、八幡などにては、大に気勢を挙げ、事態容易ならざる形勢を示して居る。労働総同盟と向上会一派四千名、朝鮮人二百名を先頭に、警戒線を破つて警官隊と争ふあり。社会主義者の検束東京丈にて三千名の大衆に及び、又八幡の官労示威行列三千名、待伏せに社会主義者現はれ、ビラを撒布し数名引致され、もと労友会長の浅原健三は八幡市で暴漢に襲撃され、瀕死の重傷を負ふあり。農民大会にては…土地を国有にせよ、而して管理権を小作人に与へよ、医術を国有にせよ…と決議をなし、全国百五十万の所謂部落民は…自分たちも水平線上に浮び出たいもの…と主張し、其運動愈熾烈となつたが、折角の努力も相互の意思疎通せず却て反感を増すのみにて、収拾す可らざる破目になり、内務省は非常に頭を悩まして居る。性の悪い流行性感冒猖獗を極め、内務省からは各府県に通牒を発し、其予防に苦心してゐる。浄土宗の内訌爆発し、宗会選挙の紛擾、愈大袈裟となつてゐる。返咲の農村振興策は又一頓挫し、陸縮の憲政案は遂に延期となつて了つた。普選聯合大懇親会では、襷がけの暴漢が、木剣や鶴嘴を振つて、会場に突入し、大乱闘を始め、負傷者を出し、阿鼻叫喚場と化した。労働団の気勢は益々烈しく、示威運動各地に起り、在野党からは警視庁に向つて、会場不法取締の難詰問題を持出すあり。羅馬法王庁使節派遣問題に付き、外務省の弁明の妄を破らんとし、姉崎、吉村両博士が弁護論の矛盾を駁撃するあり、京都の無産者大会にては、時代に反する悪法たる、過激社会運動取締法案、労働組合法案、小作争議調停法案反対の狼火をあぐべく、岡崎市公会堂で、京都無産者大会と銘打つて、激烈なる演説会を開いた。西陣織友会、京都印刷工組合有志、京都水平社有志、日本労働同盟、其他参加の数団体では、当日大会の気勢を煽るべく、午前中八台の自動車を飛ばして、市内の要所々々に、数万枚の宣伝ビラを撒布し、時間と共に喊声を揚げつつ大会会場へ繰込んだ。一方警察部ではそれが為異常の狼狽を来し、府高等課では、早朝から所轄川端署に陣取つて、凄い目をギヨロつかせてる外、別室には市内各署の高等刑事連が額を鳩めて、重大らしく構へ込み、久家別室主任の机の上には各方面から時々刻々に集まつて来る報告書類が堆く積まれ、主任者が青い顔をして頭をひねくるなど、市内高等警察総出の大警戒振は実に仰々しい事である。十一日正午から岡崎公園市公会堂に開かれた無産者大会は、朝来自動車を以て、市中に宣伝ビラを配布したのと、祭日日曜の事とて、十一時頃から早昼飯をすまして、電車や徒歩で押寄せる群衆は引も切らず、十二時には既に会堂の大半を埋むる盛況を呈してゐたが、万一を慮つてゐる府警察部では、其警戒の為、市内の非番巡査全部を召集し、場の内外を警戒する、其物々しさ、仮川端署たる妙伝寺境内では焚火をなして、サーベル連が之を囲んでゐる有様は、宛然戦場を思はしめるものがあつたと報告してゐる。大正十年の今月今日は二百数十人のサーベル連が火を囲み慄ひ乍ら、どこかの境内で要らざるおせつかいをやつてゐた事を思ひ出すと、実に面白き対象であると思ふ。東本願寺の大谷光瑩伯の遺骸愈東京から本山に着し、京都駅に迎へた三百余の坊主に前後を守られて、手輿に移乗され、黄色の水干を纏つた十二名の力者に担ぎ上げられると、直に列を整へて本山に向ふ、駅頭からは七条署の前田警部が恭しく御先頭を勤めた。 次に全国仏教の管長が東京に集まり、羅馬法王庁使節交換反対運動も漸く効を奏し、十二日の下院予算委員総会に於て、該案は削除され、愈十三日から本会議にかかる筈であるが、之も大多数にて削除さるる事に確定し、貴族院に於て該予算案は復活する様なことはなからうと思はれる。右の次第により、仏教聯合会にては、十四日の伏見元帥宮国葬には各宗教管長の参列を促し、之も同時に十五日午前十時より、芝の増上寺にて、各宗管長会議を開き、本問題の経過を報告すると同時に、将来の聯盟を益々鞏固にせむものと協議を重ね、僧参問題は下院請願委員会に於て、参考として本会議に送附することとなり、境内還附問題も本会議で片付けようと意気巻いてゐる。又海外にては独逸政府はバーデン地方の占領に対し、仏国に抗議した。独逸食糧大臣ルーテル氏は仏国の行動により、ルール地方の鉄道交通中止とならば、同地方住民に食糧の定期供給をする為自動車の用意をした。一方仏軍はエルベルフエルド地方に対し、侵入を継続し、独逸人は食糧殊に馬糧及家具の徴発益々急なる為、甚しく困窮してゐる。生活必要品の価格は絶えず騰貴してゐる。又英国政府は巴里当局に対し、土耳古に対する一定の定案は之れある事を諷刺した。併しローザンヌ会議は此上継続する事は拒絶した。印度より派遣された英国の数個大隊は、モスール油田に向ふ様命令に接した。併しバリマタン紙はかかる手段で英国が土耳古を能く脅迫し得るやを疑つてゐる。一方土耳古が種々威喝した試みを意とせず、英国海軍は十分なる着弾距離を備へた軍艦二隻をスミルナに派遣した。英国商議院総裁ロイドブリーム其他ロンドンの主なる政客中、英国がメソポタミヤより手を引く事を主張し、同地に手を出す事は性質不良にして危険であると云つてゐる。尤も英、仏、米三国とも、土耳古がスミルナより外国軍艦の退去を要求したるには反対してゐると、電通ロンドン特電九日発にて、新聞紙に記載されてある。又米国下院の移民委員会は、市民権獲得の資格なき者の米国入国禁止法案に関する報告をした。因に米国大審院は最近日本人は米国人民たるを得ずといふ判決を下した。右の排日法案は千八百九十年に母国を離れて米国に移住せる国民の未亡人等を除く外、すべての者に制限を加ふるものであると、合同ワシントン十日発電に現はれてゐる。 仏軍は更に独逸の西南及西北に亘る各地点を占領し、オツフエンベルヒ及アンテムワイアールに来た。此等地方住民代表者や市長等はバーデインに会合し、協議する所があつた。独逸大統領エベルト氏は外国の暴戻なる圧迫の下には少しも屈する所なく守勢的反抗を継続する手筈を整へた。尤も仏国の占領地域に於ては、追放逮捕相次ぎ旅客列車は閉鎖され、郵便物の押収も頻々と起つてゐる。生活費、必要品の価格は仏軍が未だ占領しなかつた一箇月前に比し四百倍に昂騰した。而して仏軍は去る八日初めて白耳義に向け、石炭を三列車輸送するを得たと、電通ロンドン特電十日発にて報告されてゐる。又電通巴里特電十日発に依れば、ルール地方に於ける形勢に関し、仏国首相ポアンカレーは、代議院外交委員会の要求にかかる報道を拒絶した為に、巴里にては人心震動したと伝へてゐる。其他種々雑多のいまはしき報道は全紙面を埋め、世界は宛然地獄餓鬼畜生修羅の光景を暴露してゐる有様である。今後忌はしき諸種の出来事は何処まで発展するか測り知る可らざるものがある。吾人は大神の神示に仍つて、前途の暗澹たる光景を洞察し、世界の為に憂慮に堪へざるものである。故に一日も早く世界の人類に対し、五六七神政の福音を伝達し、無明暗黒の現代をして、神慮に叶へる黄金時代に化せしめんと、昼夜寝食を忘れて、之れに従事しつつあるのである。 ああされど、地獄道に霊の籍を置ける当局者を始め、現代人は自然愛と世間愛のみに惑溺し、神の光明に反き、智慧証覚を曇らせ居れば、如何なる大声叱呼の喊声も、雷霆の響も、警鐘乱打の声も、到底耳には透らない悲しむべき世態である。記して以て後日の参考に供するのみ。ああ惟神霊幸倍坐世。 大正十二年二月十二日(旧十一年十二月廿七日) 於竜宮館王仁識
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 05 愛縁 第五章愛縁〔一三六八〕 ヒルナ姫の急使によつて左守司キユービツトは倉皇として衣紋を整へ恭しく伺候した。 左守『キユービツトがお招きによつて急ぎ参上仕りました。御用の趣仰せ聞け下されますれば有難う存じます』 ヒルナ姫『キユービツト、其方に折入つて急に相談致したい事があるのだ。そこは端近、近う寄つて下さい』 左守『はい、畏れ多う厶いますが、御仰せ否み難く失礼致します』 と云ひ乍ら姫の三尺許り前まで進み出でた。ヒルナ姫は声を低うして四辺に心を配り乍ら、 ヒルナ姫『ヤ、左守殿、外でもないが其方の息子ハルナ殿に嫁を与へ度いと思ふのだがお受けをなさるかな』 左守『これはこれは思ひもよらぬ御親切、左守身にとつて有難き幸福に存じます。然し乍ら此結婚問題ばかりは本人と本人との意志が疎通せなくては、本人以外の私が何程親だと云つても直様お答する訳には参りませぬ。今日は凡て世の中が昔と変り夫婦関係に就いても結婚問題に就いても、恋愛其ものを基礎とせなくては可かない事になつて居りまする。夫婦仲良く暮して呉れるのが所謂親孝行でもあり、凡ての事業のためでもあります。人間生活の本来としては、如何しても相思の男女が結婚を致さねば親の力や権力で圧迫しても到底末が遂げられないでせう。親子が衝突したり、夫婦の間に悲劇の起るのも、所謂思想上の誤謬と、其誤謬ある思想から出来た現代の法則や道徳や、いろいろのものの欠陥や、不完全から生ずるものであります。親の言ひ条につき親孝行せむがために恋人と添ひ遂げられなかつたり、又は或事情のために生木を裂かれて女を離別したりする事は、人間としては断じて真直な生活と云ふ事は出来ませぬ。此問題は篤と考へさして頂かねばなりませぬ』 ヒルナ姫『そらさうですとも。人間が拵へた金銭財宝等云ふものが邪魔したり、家族制度に欠点があつたり、法律が不備であつたり又は周囲の人々の物の考へ方に時代錯誤があつたり、或は其処に野卑下劣な私欲が働いたり、種々雑多の理由によつて、人間的生活が破壊されて、純正の恋愛其ものは忠孝友誼などの為にも、断じて犠牲とせらるべき性質のものではありませぬ。忠信孝貞、何れの美徳をとつて見ても其根底には必ず大なるラブの力が動いてゐるものです。世間に沢山起る恋愛的悲劇について深く考へて見ますと、必ず舅姑の不当の跋扈とか、或は金銭の災とか、結婚当事者の無思慮とか、階級制度の誤謬とか、法律制度の不完全とか、何とかかんとか云つて、真に人間としては其本質的でない事柄が多く禍根をなしてゐる事を発見するものであります。それ故互に諒解のない結婚を強圧的に強るのは、実に危険千万と云ふ事は、此ヒルナもよく承知してゐます。然し乍ら、妾がハルナ殿に嫁を貰へとお勧めするのは決して政略的でもなければ強圧的でもなく、又御都合主義でもありませぬ。ハルナ殿は恋人の右守司の妹カルナ姫と互にラブしあひ、殆んど白熱化せむとする勢で厶います。かくの如き神聖な恋愛を等閑に附して置かうものなら何時心中沙汰が突発するか分りますまい。さすれば左守、右守両家の恥辱のみならず妾等の恥で厶いますれば、災を未然に防ぎ完全なるラブを遂行せしめ、両家の和合を図り、国家を泰山の安きに置かむとする一挙両得の美挙だと考へます。左守殿妾の言葉に無理が厶いますか』 左守『はい、実に新しき新空気を注入して頂きまして、この古い頭も何だか甦つた様な心持が致します。成程姫様のお説の通り、私もウロウロ其消息を聞かぬでも厶いませぬが、余りの事で、貴女に申上ぐるも畏れ多いと、今日迄秘密にして居りましたが、姫様にそれ迄お分りになつて居れば、何をか隠しませう。朝から晩まで伜のハルナはリーベ・ライにのみ頭を痛め、殆んど神経衰弱に陥つてる様な次第で厶います。親として一人の伜、その恋を遂げさしてやり度いとは思うて居りましたが、何を云つても、刹帝利様や姫様のお許しがなくては取行ふ事は出来ませず、況して右守司の妹とある以上は口に頬張つてお願する事も出来なかつたので厶います。何卒何分にも宜しく御執成しをお願ひ申します』 ヒルナ姫『流石は左守殿、早速の御承知、ヒルナ姫満足に思ふぞや』 左守『はい、有難う厶います。貴女が満足して下されば定めて刹帝利様も御承知下さるでせう。次に此左守も満足、伜も嘸満足を致すで厶いませう』 ヒルナ姫『左守殿、其方も妾が何時も心配して居つたが、新旧思想の衝突で、右守殿と暗闘が絶えなかつた様だが、之にて両家和合の曙光を認め、従つて城内の政治も完全に行はれるでせう。政略上から云つても、恋愛至上主義から云つても、間然する所なき、願うてもなき縁談ぢや。之でビクトリヤの国家もビクとも致しますまい。ああ惟神霊幸倍坐世、盤古神王塩長彦命様!』 左守『姫様、重々の御心尽し、有難う存じます。何卒刹帝利様に早く貴女様よりお話し下さいまして、此縁談整ひます様お執成願ひまする』 ヒルナ姫『心配なさるな。屹度整へて見せませう。其方の覚悟がきまつた上は直様此縁談に取掛ります。一時も早く帰つて御準備を願ひます。善は急げと申しますからな』 左守『はい、有難う厶います。左様ならば』 と叮嚀に礼を施し欣々として己が館へ帰り行く。後にヒルナ姫は只一人ニコニコ笑ひ乍ら、 ヒルナ姫『あ、之にて両家の縺れもスツパリと和解するだらう。刹帝利様は七十路を越えた御老体なり、何時お国替遊ばすか人命の程は図り知れない。後を継ぐべき御子様がないのだから、俄に御帰幽にでもなれば、忽ち左守、右守両家の争ひが勃発し、之を治むべき重鎮なる人物がなくなつて了ふ。さうすれば国家の滅亡も眼前にありと心も心ならず今日迄暮れて来たが、此結婚がうまく行つて両家和合せば仮令刹帝利様が御他界になつても最早大磐石だ。右守、左守司を率ゐて、女乍らも女王となり、此国家を治める事が出来るだらう。それに就いても困つたのは右守司だ。アアア、残念な事を妾もしたものだな。一つ逃れて又一つ、右守司と手をきる事は実に難事中の難事だ。ホンにままならぬ浮世だなア』 と吐息を洩らし思案に暮れてゐる。 (大正一二・二・一二旧一一・一二・二七於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 14 女の力 第一四章女の力〔一三七七〕 久米彦将軍は、不性不精ながらもカルナ姫を吾事務室に引入れ、葡萄酒を出して互につぎ交し、軍旅の憂さを慰めて居る。総て陣中は女の影無きをもつて、如何なるお多福と雖も、女と云へば軍人は喉を鳴らし、唯一の慰安として尊重するものである。久米彦はヒルナ姫と見較べてこのカルナがどこともなく劣つて居るやうに思ひ、何だか鬼春別に負を取つたやうな心持がして、女の争奪に抜剣迄して大騒ぎをやつて居たが、事務室に帰つて来て二人差向ひ、互に意見を語り合つて見ると、贔屓か知らねども別にヒルナ姫と何処が一つ劣つたやうにも見えない、否却て優みがあり品格が備はり、どこともなく優れて居るやうに思はれて来た。久米彦は現になつて穴のあく程カルナの優しき顔を凝視め笑壺に入つて居る。 カルナ姫『もし将軍様、不思議な御縁で貴方のお傍にお仕へするようになりましたのは、全く神様のお引き合せで厶いませうねえ』 久米彦『ウン、さうだなア、お前のやうな愛らしいナイスとこんな関係になるとは、遉の俺も夢にも思はなかつたよ。実にお前は平和の女神だ、唯一の慰安者だ。否々唯一の救世主だ。益良雄の心を生かし輝かし、英雄をして益々英雄ならしむるものは、矢張女性の力だ』 カルナ姫『何と云つても女は気の弱いもので厶います。どうしても男には隷属すべきものですなア。何程恋愛神聖論をまくし立てて居つても、男の力にはやつぱり女は一歩を譲らなくてはなりませぬわ。併し乍ら女は男子に服従すべきものだと云つても程度の問題で厶いまして、理想の合はない男に添ふのは生涯の不幸で厶いますからな、どうかして自分の意志とピツタリ合つた男と添ひたいものと、現代の女は挙つて希望致して居ります』 久米彦『如何にも其方の云ふ通りだ。男のデヴアイン・イドムは女のデヴアイン・ラブに和合し、女の聖愛は男の聖智と和合した夫婦でなければ、真の夫婦とは云へないものだ』 カルナ姫『左様で厶います。意志投合した夫婦位世の中に愉快なものは厶いませぬなア。時に将軍様は戦争がお好きで厶いますか』 久米彦『イヤ戦争の如き殺伐なものは心の底から好かないのだ』 カルナ姫『それならお尋ね致しますが、将軍様は何故心にない軍人におなり遊ばしたので厶います。其点が妾には些とも合点が参りませぬわ』 久米彦『イヤ実は拙者もバラモン教の宣伝将軍で、神の仁慈の教を説くものだ。此度大黒主様の命令によつて、止むを得ず出陣致したのだ。実に軍人なんぞはつまらないものだよ』 カルナ姫『貴方は今宣伝使だつたと仰せられましたねえ』 久米彦『ウン其通りだ』 カルナ姫『それなら貴方は人を助けるのをもつて唯一の天職と遊ばすのでせうねえ』 久米彦『それや其通りだ。斯うして戦争を致すのも決して民を苦しむるためではない、天国浄土を地上に建設せむためだ』 カルナ姫『それでも貴方の率ゆる軍隊は民家を焼き人を殺戮し、ビクトリヤ城迄も滅し、王様を虜となさつたではありませぬか。ミロクの世を建設する所か、妾の浅き考へより見れば貴方は破壊者としか見えませぬがなア』 久米彦『アハハハ、建設のための破壊だ。破壊のための破壊ではない。そこをよく考へねば英雄の心事は分らないよ』 カルナ姫『貴方のお言葉が果して真ならば、ビクトリヤ城を一旦破壊されたる上は又建設なさるのでせうなア』 久米彦『尤もだ、直様建設を試み、国民を塗炭の苦しみより救ひ、至治泰平の世を来たす考へだ』 カルナ姫『そんなら貴方は、ビクトリヤ城の刹帝利や従臣などを捕虜になさつたさうですが、戦ひが治まつた以上は屹度解放なさるでせうなア』 久米彦『勿論の事だ。併し乍ら刹帝利其他の従臣を生かして置けば、又もや何時復讐戦を致すやら知れないから、気の毒乍ら王を遠島に送るか、末代牢獄に放り込むか致さねばなるまい、これも天下万民の為だ』 カルナ姫はハツと驚いたやうな振りをしてウンと仰向けに倒れて仕舞つた。久米彦は驚いて抱き起し顔に水を注いだり、耳許に口をよせて、オーイオーイと呼びかけて居る。カルナ姫は故意と息の止まつて居るやうな振を装ひ、暫くして目を開き四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 カルナ姫『アア偉い夢を見て居りました。貴方は久米彦将軍様、ようマア無事で居て下さいました。妾は本当に怖い夢を見たのですよ』 久米彦はこの言葉が何だか気にかかり、言葉急はしくカルナに向ひ、 久米彦『ああカルナ姫、お前は気絶して居たのだよ。まアまア結構々々、併し乍ら怖い夢を見たとはどんな夢だつた、一つ聞かして呉れないか』 カルナ姫『ハイ、申上げ度きは山々なれど、夢の事で厶いますから、お気を悪くしてはなりませぬから、これ計りは申上げますまい』 久米彦『これカルナ姫、さうじらすものではない。何でも構はないから云つて見よ』 カルナ姫『キツトお気にさへて下さいますなや、夢で厶いますからな』 久米彦『エエどうしてどうして夢なんかを気にさへるやうな馬鹿があるか、早く云つて見よ』 カルナ姫『そんなら申上げます、妾が気絶致しましてから随分時間が経つたでせうなア』 久米彦『何、今お前が卒倒したので直様、水をかけて介抱したのだ。先づ二分か三分間位のものだよ』 カルナ姫『そんな道理は厶いますまい、妾は少くとも、五六時間はかかつたやうに思ひます』 久米彦『それやお前、気絶してお前の精霊が霊界に行つたのだらう。霊界は想念の世界だから、延長の作用によつて五六時間だつたと思うたのだらう。実際は二三分間だ。サア早う云つて見やれ』 カルナ姫『妾は何処ともなく雑草の原野を唯一人トボトボ参りました。さうすると天の八衢と云ふ関所が厶いまして、そこには白い顔をした守衛と、赤い顔をした守衛とが厳然として目を光らして居りました。そこへ不思議な事には鬼春別様、貴方様の御両人が軍服厳めしくお越しになり、八衢の門を潜らうとなさつた時に、赤の守衛は「暫く待て」と呼止めました。さうすると両将軍は立ち止まり、「拙者はバラモン軍の統率者、鬼春別将軍だ、久米彦将軍だ」と、夫は夫は偉い元気で仰せになりました。さうする中に牛頭馬頭の沢山の冥官が現はれ来り、貴方方を高手小手に縛め一々罪悪の調を致しました。妾は其傍で慄ひ慄ひ聞いて居ると、先づ貴方様から訊問が始まりました。貴方も随分女を弄びなさいましたなア。さうして斎苑の館へ進軍なさつた事や、ビクトリヤ王を軍隊を向けて捕虜となし苦めたことや、数多の従臣を縛り上げ苦しめた事や、民家を焼き、且つ人を殺しなさつた事が調べ上げられましたよ。貴方は一々「其通りで厶います」と、大地に頭を下げ詫び入つて居られました。怖ろしい顔をした冥官は、節だらけの鞭をもつて頭部、面部、臀部の嫌ひなく、打ち据ゑます、貴方は、悲鳴をあげて叫んで居られます。それはそれは何とも云はれない惨酷い目に遇はされて居ましたよ。それから衡にかけられ、愈地獄行と定つた時の貴方の失望したお顔、私は見るも御気の毒に存じました。さうすると白の守衛が仲に入つて、「この男は今迄罪悪を犯して来たけれど、肉体はまだ現界に居るのだから、今地獄に堕す訳には往かぬ。命数つきて霊界に来るまで待つがよい」との事で厶いました。そこで貴方は非常に冥官に向つてお詫なさいました。そして其条件は「ビクトリヤ王をお助け申し、其他の従臣を解放し、刹帝利様を元の王位に据ゑ、自分はビクトリヤ王の忠良なる臣下として仕へますから」と仰有いましたら、冥官は忽ち顔を柔げ、「汝果して改心致すならば、今度来る時地獄往きを赦して、花咲き実る天国に遣はす程に、もしこの約に背いたならば剣の地獄に落すぞよ」と、夫は夫は厳しい云ひ渡しで厶いました。私は身も世もあられぬ思ひで慄ひ戦いて居ると、どこともなしに貴方の声が遠い遠い方から聞えて来たと思つたら目が醒めました。やつぱり夢で厶いました。何と不思議な夢では厶いませぬか』 久米彦『何と不思議な事を云ふぢやないか、自分の精霊は何時の間にか八衢に往つて居たと見える。いやそれが事実かも知れない、困つた事ぢやなア』 カルナ姫『どうぞ気にして下さいますな、夢の事で厶いますからな、併しあんな事が本当なら最愛の夫の身の上、悲しい事で厶います』 と目に袖を当て差俯向いて泣き出した。久米彦は双手を組み深い息を洩らし思案に暮れて居る。カルナは心中に仕済ましたりと喜びながら左あらぬ態に、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は大層お顔の色が悪くなつたぢや厶いませぬか、妾の夢の中で見たお顔とそつくりで厶います。仕様もない夢の事を申上まして、御気分を悪くしてどうも相済みませぬ。お許し下さいませ』 と又もや泣声になる。 久米彦『イヤ俺も些と考へなくちやならぬ。お前の夢はきつと正夢だ。あまり勢に乗じて、部下の奴が余り乱暴をやり過ぎたと見える。併し部下の罪悪は将軍の責任だ。罪は将軍が負はねばならぬ。困つた事ぢやなア』 カルナはどこ迄も気を引くつもりで、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は堂々たる三軍の指揮者、かやうな夢問題に御心配なさるには及びますまい、将軍は職責として或場合には民家を焼き、人を殺し、城を屠るのは止むを得ないぢや厶いませぬか。こんな事に心配しておいでなさつては、将軍として役目が勤まりますまい』 久米彦『お前は夢を見てから俄に鼻息が荒くなつたぢやないか、妙だなア。俺はお前の話を聞いて俄に未来が怖ろしくなつた。これや一つ考へねばなるまい、併し乍ら吾頭の上には鬼春別将軍が控へて居る。何程久米彦が善に立ちかへり、刹帝利を助けむと致しても、上官が首を横に振つたが最後、到底駄目だ。ああ引くに引かれぬ板挟みとなつた。どうしたら此解決がつくだらうかなア』 と又もや思案に沈む。 カルナ姫『貴方さう御心配には及ばぬぢや厶いませぬか、御決心さへ定まればその位の事は何でも厶いますまい。鬼春別様は妾の主人を妻に持つて居られますから、妾よりヒルナ様に申上げ、ヒルナ様より将軍様に申上げるようにすれば、比較的この問題は解決が早いでせう。それより外方法は厶いますまいなア』 と心配さうに故意と首を傾ける。 久米彦『遉はカルナ姫だ。よい所に気がついた。そんならこの問題は其方に一任する事にしようかなア。併し乍ら拙者は鬼春別将軍と何処ともなしに意志が疎隔して居る最中だから、何程ヒルナ様の諫言と雖も容易に聞くまい。ああ心配な事が出来て来たものだなア』 カルナは久米彦の顔を見て、稍嬉し気に打笑ひ、 カルナ姫『アア貴方のお顔は俄に輝いて来ました。何とまアよいお顔だこと、やつぱり貴方の霊に光が顕れて来たので厶いますなア。人間の顔は心の索引だと云ひますから、心に悪心あれば悪相を生じ、善心あれば、善美の相を現ずるものだと聞きましたが、今貴方のお顔の変相によつて、的確に聖哲の言葉を認識致しました。ああ益々麗しきお顔になられますよ。ああどうして妾はかかる尊い美しい夫に添うたのだらうか、盤古神王様、大自在天様、有難う存じます。何卒妾等夫婦を貴神の鎮まります高天原に、霊肉共にお助け下さいまして、現世も未来も、久米彦様と睦じく暮せますやう偏にお願ひ申上げます』 と誠しやかに祈願する。久米彦将軍はすつかりカルナ姫の容色と弁舌に巻込まれ、最早何事もカルナ姫の言とあれば、利害得失を考へず、正邪の区別も弁へず、喜んで聴従するやうになつて来た。実に女の魔力と云ふものは怖るべきものである。武骨一片のバラモンの名将軍も、美人の一瞥に会つては実に一耐りもなく参つて仕舞うたのである。ああ男子たるものは心を潜めて、女に注意せなくてはならぬものである。女は俗に魔物と云ふ、金城鉄壁をただ片頬の靨に覆へし、柳の眉、鈴の眼に田畑を呑み、家倉を跳ね飛ばし、男の命を取り、さしもに威儀堂々たる将軍を初め、数千の軍隊の必死の努力も、容易にメチヤメチヤに壊すものである。世の青年諸氏よ、敬愛なる大本の信徒よ、此物語を読んでよく顧み、虚偽的恋愛に身心を蘯かし、一生を誤る事なきやう注意されむ事を望む次第である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於教主殿加藤明子録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 21 軍議 第二一章軍議〔一三八四〕 刹帝利を始め、タルマン、左守のキユービツトや新任の右守なるヱクスはハルナと共に、王の居間に首を鳩めてバラモン軍の退却に対し、いろいろ臆測談に耽つてゐる。 左守『エエ、タルマン殿に神勅を伺つて貰へば分るでせうが、あれ丈立派な陣営を建てビクトリヤ城を威圧致して居りました両将軍が全軍を率ゐて俄に退却致したのは、どうも合点の行かぬ事で厶いますが、貴方は何う御考へなさいますか』 タルマン『どうも私には神懸が厶いませぬので、詳しい事は存じませぬが、察する所、忠勇義烈のヒルナ姫様、カルナ姫様が、ビク国の絶対的安全を保たせむとして、両将軍をうまくチヨロまかし、立去らしめ玉うたものと推察致しまする』 刹帝利『大方さうかも知れない。彼れ両女は本当に国家の柱石だから、一身を犠牲にして国家を救うたかも知れないよ。ああ天晴れの女丈夫だ、偉い奴だなア』 左守『何ともハヤ、ヒルナ姫様の御誠忠には、左守も恥かしう厶います。併し乍ら刹帝利様は之れ丈老齢にお成り遊ばして、万機の政治を御覧し玉ふに、内助に仕ふべき后の君がなくては嘸御不便で厶いませう、ヒルナ姫様は左様な決心を持つておいでになつた以上は、ヨモヤお帰り遊ばすやうな事は厶いますまい。ついてはお后様を選定致さなくては、王様もさぞ御不便で厶いませう』 刹帝利『否々、此方は決して左様な事は思うて居ない。仮令少々不便でも、ヒルナ姫の貞節に対し、どうして後添が持たれうものか、彼の心もチツとは汲取つてやらねばなるまいからのう』 左守『御言葉御尤に厶いますが、何を云つても新に兵馬の権を取り戻され、一国の主権者として、御独身では到底完全なる国政を御覧す事は難しう厶いませう。何とか一つ御考へを願ひたいもので厶います』 と左守は自分の息子ハルナにも嫁を持たせたい、それに就いては刹帝利様より先に后をきめておかねば、臣下の身として憚るといふ考へから頻りに勧めてゐるのである。されど刹帝利はヒルナ姫の心を察し、何と云つても承諾せなかつた。タルマンは左守司の心を推し量り、 タルマン『吾君は何と云つても御老齢、又数多の従臣もお仕へ致して居り、沢山の侍女も居りますれば、御聖慮に任し奉るも是非なき事乍ら、ハルナ殿はまだ年の若き御方、カルナ姫は最早帰られないものと思はねばなりませぬ。さすれば適当の縁を選んでお娶りなさらなくては左守の家の胤が断れるぢやありませぬか。之は一つ吾君様にお願致して、何とかせなくてはなりますまい』 左守はタルマンの親切な言葉を聞いて、秘に感涙に咽んでゐる。ハルナは進み出で、 ハルナ『タルマン殿、決して決して御心配下さいますな、刹帝利様でさへも、尊き御身を以て、独身生活をしようと仰せらるるので厶います。斯の如き御老齢の御身を以て独身で行かうと思召すので厶いますから、拙者の如き若い者は、決して独身で居つても少しも苦しくは厶いませぬ。又カルナ姫の犠牲的活動を思へば、何うして第二の妻が持たれませう。拙者の恋愛は実に神聖で厶います。此後カルナに会ふ事がなく共終世妻帯は致しませぬ』 タルマン『実に見上げたお志、感服致しました。ああ併し乍ら、左守家の為に子孫を伝へねばなりますまい、独身では子を生む事も出来ますまい。これは枉げて承諾を願ひたいもので厶います』 ハルナ『何と仰せられましても、此事計りはお許しを願ひます。刹帝利様も嗣子がないぢやありませぬか、況んや左守家に嗣子なしとて、夫れを憂ふるに及びますまい。何事も皆神様の御心の儘よりなるものぢやありませぬ。左守家はハルナの子孫でなくてはならないといふ道理もありますまい、現にヱクス殿が新に右守になられた例もあるぢやありませぬか』 タルマンは頻りに首を傾け、感じ入り、返す言葉もなかつた。 世の中には最愛の妻に別れ、今後は決して妻は持たない、彼に対して済まないから、誰が何と云つても独身生活をすると頑張つてゐる男が沢山あるものだ。或は追悼の歌を作り、或は追懐の書籍を作り、之を知己友人に配布し、或は天下に公にして独身生活を表白した男が、其宣言をケロリと忘れて、遅いのが二月或は三月、早いのになると三日目位に、早くも第二の候補者をつかまへてゐる。これが人間としての赤裸々な心理状態である。然るに刹帝利を始めハルナは有りふれた世間的の偽人ではない、真に其妻の心を憐み、一生帰つて来る望みのない女房の為に、独身生活を続けたのである。 斯く話す所へ慌ただしくやつて来たのは牢番のエルであつた。エルは心配相な顔をして、畳に頭を摺つけ、 エル『申上げます、大切な咎人シエールが、何時の間にか牢屋を破り逃走致しました。誠に職務怠慢の罪、申し訳も厶いませぬ』 と泣いてゐる。右守のヱクスは、 エクス『ナニ、シエールが脱獄致したか、ソリヤ大変だ、左守殿、如何致したら宜しからうかな』 左守『ハテ、困つた事を致したものだ。併し乍ら今となつて悔んだ所で仕方がない、彼が脱獄致したのは恰も虎を野に放つが如きもの、キツとベルツと牒し合せ、又何事か謀反を企むに相違厶らぬ、就いては彼が行方を捜索致す必要が厶らう』 刹帝利『速に人を遣はし、彼が所在を尋ね出し、召捕帰るべく取計らつてくれ、右守殿、万事抜目のなき様に頼むぞよ』 右守は『委細承知仕りました』と此場を立出で、河守の長を勤めたカント及びエルに命じ、変装させて、ベルツの隠れてゐるといふキールの里へ入り込ましむる事とした。 話替つて、ベルツは三方山に包まれ、一方に大河を控へたキールの山奥に立籠り譜代の家来を集め、武を練り、時を待つてゐた。そこへバラモン軍が一人も残らず退却したといふ報告を耳にし、願望成就の時こそ来れり、今を措いて何時の日か吾目的を達せむや……と無慮一千騎を引率し、道々農民を徴発し、同勢三千人を以て、ヂリリヂリリと攻め寄せ来る内報がカントより届いて来た。刹帝利始め左守の驚きは一方でない。例の如く秘密会議を開いて、反軍の攻撃に備ふべく凝議をこらした。されど何れも右守に代々仕へたる武士のみ僅に八百余名、兵営に国防の大機関として蓄へあるのみ、万一ベルツ押寄せ来ると聞かば、何時反旗を掲げ、王に逆襲するやも計られ難い、其心痛は一通りでなかつた。刹帝利は涙をハラハラと流し、 刹帝利『ああ一難去つて一難来る。どうしてこれ丈心配が絶えないのであらう』 と悲歎に沈む。タルマンも左守司も一向名案が浮んで来ない、何れも青息吐息の為体であつた。ハルナは儼然として立上り、 ハルナ『必ず必ず、御心配なさいますな、城内八百の兵は何れも誠忠無比の人物計りで厶いますれば、メツタに裏返る気遣ひはありませぬ。此ハルナはまだ兵士に面を知られてゐないのを幸、種々雑多に身を窶し、兵営を乞食となつて、夜な夜なめぐり、彼等が話を考へて居りまするが、一人として王の為に命を捨つる事を否む者はありませぬ。そしてベルツの悪業を非常に憎み居りますれば、何程譜代の家来なりとて、大義名分上、左様な不義な事は断じてないと信じます。拙者に此軍隊をお任せ下さらば、みん事敵を打破り、再野心を起さぬやうに致してみせませう。そしてキツとベルツ、シエールの両兇を生捕に致し、お目にかけませう、之に就いては拙者に成案が厶います』 左守『コレ伜、左様な事を申して、万一敗軍を致したら、何うして吾君様に言訳を致すのだ。其方は年が若いから、左様な楽観を致して居るが、あのベルツといふ奴は卑怯者なれど、シエールは軍略の達人、シエールあつて後ベルツの光が出るやうなものだ。汝の如きうら若き弱輩の知る所ではない。及ばず乍ら、年老たりと雖も、父キユービツトが君の御為、国の為、右守殿と全軍を指揮し矢面に立つて奮戦激闘してみよう程に、父は余命も幾何もなき老齢、捨ても惜うない命、其方は行先の長い未来のある男子、吾君のお側に仕へ、安全の地位に身をおいて、吾亡き後は君の為、国の為、十分の忠勤を励んで貰はねばならぬ。吾君様、何卒此防戦は、左守、右守にお任せを願ひます』 刹帝利『左守の言葉、実に吾肯綮に当つてゐる。然らば全軍の指揮を、左守、右守に一任する』 左守『ハイ、御懇命を辱なうし、有難う存じます、命を的にあく迄も奮戦致して、王家及国家を守護致しませう』 右守『及ばず乍ら、左守司の指揮に従ひ、命を鴻毛と軽んじて奮戦激闘仕りますれば、必ず御安心下さいませ』 タルマン『左守、右守殿、命を捨つるは匹夫のなす所、両将は身を安全地帯におき、全軍の指揮を終局までなさらねばなりませぬ。軽挙妄動を謹み、最後の一人迄ながらへるお覚悟でなくては此戦ひは駄目で厶います』 左守『なる程、タルマン殿の仰の通り、委細承知仕つて厶る』 右守『タルマン殿の仰には決して反きませぬ、御安心下さいませ』 ハルナ『お父上が全軍の総指揮官となられた以上は、何卒私を参謀長としてお使ひ下さいます様に、たつてお願ひ致します』 左守『イヤイヤ其方は最前も申した通り、決して危険な所へ行つてはならない。王様のお側に忠実に仕へ、御身辺を守るが其方の役目だ』 と親の情で吾子を戦場に向け討死させまいと頻りに心を悩ましてゐる。 ハルナ『父上の御指揮なれば、今度の戦ひは零敗で厶います。これに就いては吾々に深遠なる計画が厶いますから、何卒、刹帝利様、拙者にお任し下さいませぬか、キツと手柄を現はしてお目にかけます』 刹帝利『ハテ心得ぬ汝が言葉、其計画とは如何なる事か、余が前に言つてみよ』 ハルナ『恐れ乍ら、すべてのお人払を願います。拙者の申し上ぐる事が若し御不承知なれば御採用下されずとも、お恨みは致しませぬ』 刹帝利『若輩の言にも亦取るべき事があらう、然らば聞いて遣はす……ア、イヤ、一同の者、暫く席を遠ざかつたがよからう』 と鶴の一声に、タルマン始め左守、右守は不性不精に席を遠ざかつた。ハルナは王の側近く進み、声を潜めて、 ハルナ『実の所は昨夜神王の森に参拝を致し、真心を籠て国家の安泰を祈る折しも、盤古神王と思ひきや、神素盞嗚尊現はれ玉ひ、仰せらるるやう、……其方は国家を思ふ忠良の臣だ、実にビクの国の柱だ。今やベルツは反旗を掲げ、一千騎の軍隊を引率れ、数多の農民共を従へて、無慮三千人、日ならず押寄せ来るであらう、あ、其時は決して手向ひを致すでない、城内を固く鎖し籠城を致せよ。さすれば八百の味方は一人も裏返る者はない。もしも城外へ出でて戦はむか、裏切りするものが現はれて、味方の不利益であるぞよ。兎も角も籠城の心持にて、四方の入口を固め居れば不思議な援軍が現はれて敵を追ひ散らすであらう。又ヒルナ姫、カルナ姫は帰り来つて、敵の背後より、奇兵を放ち、叛軍をして、一人も残らず降伏せしむることが出来るであらう……とアリアリとお示しになりました。何卒、夢とは云へ、決して虚妄の言では厶いませぬ。賢明な吾君は必ずや、吾進言を御嘉納下さる事と固く信じて居りまする』 刹帝利『いかにも、汝の言葉には一理ある。到底人間の力では及ぶものでない、素盞嗚尊様のお示しになつた戦略は、実に完全な戦法だ。然らば全部、汝に臨時兵馬の権を委任する』 ハルナは嬉し涙をハラハラとながし乍ら、 ハルナ『若年者の言葉、御聞き届け下さいまして、有難う厶います。キツと御神力に仍りて、国家の大難を救はして頂きませう。御安心下さいませ。ああ惟神霊幸倍坐世』 と合掌した。王はさも頼もしげに、ニコニコとして面色とみに輝き出したり。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 23 純潔 第二三章純潔〔一三八六〕 治国別は先づ城内の総司令官たるハルナが敵の捕虜となり庭木に縛られて居るのを助けやり、ハルナに導かれ殿中深く王の居間に通された。此処には王を初め、左守、右守、タルマンが一生懸命に神前に祈願して居た。 ハルナ『刹帝利様、神様のお蔭によりまして、危機一髪の際、三五教の宣伝使治国別様一行に救はれました。此方が治国別様で厶います』 と紹介する。王はまづまづ此方へと上座に治国別を請じた。治国別は此処で沢山で厶いますと辞退して上席には着かなかつた。王はまアまアと上座をすすめ乍ら、 刹帝利『危急存亡の場合どうも誠に有難う厶います、貴方はビクの国を救ふ生神で厶います。此御恩は何時になつても決して忘れは致しませぬ。サアどうぞ御緩りと御休息下さいませ』 治国別は叮嚀に首を下げ、 治国別『初めて御目に懸ります。尊き御身をもつて吾々宣伝使に御叮嚀なる御挨拶痛み入りまして厶います。決して吾々は貴方のお国を救ふやうな力は厶いませぬ。厳の霊瑞の霊の御神力に依りまして悪魔の敵が脆くも敗走したので厶いますから、何卒神様にお礼を仰有つて下さいませ』 刹帝利『ハイ、何とも御礼の申しやうが厶いませぬ。厳の霊様、瑞の霊様、盤古神王様有難う厶います』 と合掌し、嬉し涙を流して居る。 左守『拙者は王に仕ふる左守司キユービツトで厶います。よくまアこの大難を神様と共にお助け下さいました。又危き伜の命迄お拾ひ下さいまして実に感謝に堪えませぬ。ああ惟神霊幸倍坐世』 と涙にかき曇る。 治国別『私はテームス峠に於て、神様の修業を致して居ります所へ、神素盞嗚尊が現はれ給ひ、「汝は一時も早く道を転じてビクの都へ参り、刹帝利殿の危難を救へ」との御命令、取るものも取り敢ず、三人の弟子と共に駆けつけて見れば危急存亡の場合、結構な御用をさして頂きました』 左守『大神様の思召し、貴方方御一行の御親切、お礼は言葉に尽せませぬ』 と嬉し涙にまたもや掻き曇る。 右守『拙者は右守司を勤めて居りますヱクスと申すもの、お礼は言葉に尽せませぬ。何卒今後御見捨なく御懇情をお願ひ申します』 治国別『お互様に宜敷うお願ひ致しませう』 タルマン『拙者はウラル教の宣伝使で厶いまして、刹帝利様の御信任を忝なうし、内事の司を兼ねて居りますが、この危急の場合に際し、神徳足らざる為に為す所もなく困り果てて居りました。よくまアお助け下さいました。どうか私を貴方様のお弟子にお加へ下さらば実に有難う存じます』 治国別『左様で厶いますか、貴方はウラル教の宣伝使、御苦労様で厶います。就ては貴方計りではなく、刹帝利様も三五教の教をお聞き遊ばしては如何で厶りませう。三五教の祠の森には、国治立大神様、盤古神王様、大自在天様がお祭り致してありますれば、教の名は変れども、神様には少しも変りはありませぬからなア』 タルマン『何分宜敷くお願ひ申します。もし刹帝利様、如何で厶いませう』 刹帝利『申す迄もなく治国別様にお世話にならうぢやないか、イヤ治国別様何分よろしくお願ひ申します。就ては左守、右守を初め、城内一同は揃うて貴教に帰順致しますから、何卒大神様にお取なしをお願ひ致します』 治国別『ハイ承知仕りました』 松彦『お師匠様、祝の歌をさし上げたら如何で厶いませうか』 治国別『如何にも』 と云ひ乍ら、 治国別『天地の神の恵の深くして 百の禍逃げ失せにけり。 ビクの国国王の永遠に守ります この神城は永久にあれ』 刹帝利『あら尊生ける誠の神に遇ひ 涙こぼるる今日の嬉しさ。 治国の別の司よビクの国 守らせたまへ千代に八千代に』 タルマン『三五の神の教を目のあたり 聞きて心も栄えけるかな。 皇神の恵の露に霑ひて ビクトリヤ城は生きかへりける』 左守『類なき神の力を保ちます 治国別の司尊し。 言霊の幸はふ国と聞きつれど かほど迄とは思はざりけり』 右守『なやみはてし今日の軍を詳細に 幸あらしめし君ぞ畏き。 今よりは心改め三五の 畏き道に仕へまつらむ』 ハルナ『大君と国と吾身を助けられ 如何に報はむ吾の身をもて。 さりながら人は神の子神の宮 いつかは報いむ君の恵に』 万公『斎苑館吾師の君に従ひて 功を立てし今日ぞ嬉しき。 世の為に霊と体を捧たる 吾身の上の楽しきろかも』 松彦『君が代は千代に八千代に常磐木の 松の緑と栄えますらむ。 常磐木の松に巣ぐへる田鶴のごと いと清らけき刹帝利の君』 竜彦『立つ鳥も落すやうなる此城を 抜かむとしたる人の愚かさ。 皇神のいや永久に守ります ビクの国王を狙ふ愚かさ』 刹帝利『皇神の厳の力に救けられ 今は心も冴え渡りける。 さりながらヒルナの姫は今いづこ さまよひ居るぞ尋ねまほしき。 カルナ姫さぞ今頃は背の君を 慕ひて泣かむ野辺に山辺に』 ハルナ『よし妻は屍を野辺に晒すとも 厭はざるらむ君のためには。 曲神のベルツの軍逃げ散りて いとも静けき城の中かな』 かく歌を取り交はす所へ、表門に駒の蹄の音勇ましく帰り来つたのは、刹帝利、ハルナの束の間も忘るる事能はざる、ヒルナ姫、カルナ姫であつた。二人はベルツの体を門内に卸し、守兵をして之を守らせ置き、馬を飛びおり、王の居間にイソイソとして進み入つた。王は二人の姿を見て驚喜し、 刹帝利『ヤア其方はヒルナ姫、よくまア無事で帰つて来やつた。まアまア結構々々随分骨を折らしたなア、ヤア其方はカルナ姫、よくも今迄忍んで王家の為、国の為め尽して呉れた。何も云はぬ此の通りだ』 と、両手を合して感謝の意を表したり。二人は嬉し涙をポロポロと流して其場に泣き伏した。左守司、ハルナは気も狂はむばかりに驚喜し、立つたり坐つたり、火鉢を提て室内を右左と駆け廻つて居る。喜びの極に達した時は、如何なる賢者と雖も度を失ひ狼狽へるものである。 タルマン『左守殿、ハルナ殿、落ち着きなされ』 と注意され、提げて居た火鉢をそつと卸し、 ハルナ『貴女はヒルナ姫様、其方はカルナであつたか、どうして帰つて来たか』 と嬉し涙に沈む。カルナは余りの嬉しさに涙をハラハラと流し俯向いて居る。 刹帝利『其方はどうして帰つて来た、定めし難儀を致したであらうのう』 ヒルナ姫『ハイ有難う厶います。シメジ峠の麓迄参りました所、摩利支天様が現はれて、数百頭の獅子となり、バラモン軍を狼狽させ給うた為めに、都合よく逃げ帰る事が出来ました』 刹帝利『成程、神様のお助けだなア。ああ有難し有難し惟神霊幸倍坐世。カルナ其方もヒルナと共に随分苦労をしたであらうなア。お前等両人の心は、私もハルナもよく知つて居る。本当に貞女烈婦の亀鑑だ』 カルナ姫『ハイ有難う』 と僅かに云つたきり、これ又嬉し涙に袖を濡らしてゐる。 刹帝利『ヒルナ其女が骨を折つて呉れたお蔭で、バラモン軍が退却して呉れたと思へば、ベルツ、シエールの両人、数千の兵をもつて吾城を囲み、たつた今三五教の宣伝使治国別様一行のお蔭によつて退却致した所だ。どうか治国別様御一行にお礼を申して呉れ』 ヒルナは無言の儘首を傾け、次いで治国別の方に向ひ、恭しく両手を支へ、 ヒルナ姫『貴方様の御援助により、ビクトリヤ城も無事に保てました。有難く感謝を致します』 と云ふ声さへもはや涙になつて居る。 治国別『初めてお目にかかります。貴女はヒルナ姫様で厶いましたか、よく王家の為め国家のためお骨折りなさいました。実に感服致します。併し貴女途中に於て何か拾ひものを遊ばしたでせう』 ヒルナ姫『ハイお察しの通り敵の大将ベルツを生擒り、厳しく縛り連れ帰つて参りました』 治国別『さうで厶いませう、お手柄なさいましたねえ』 刹帝利『何、ベルツを生擒にしたと申すか、何と偉い功名を現はして呉れたものだなア、カルナ姫其女もこの手柄は半分は分つべきものだ。きつと其女には改めてお礼を申すぞや』 カルナ姫『勿体ない臣が君のために働くのは当然で厶います。何卒お気遣ひ下さいますな、其お言葉を承はりますれば十分で厶います』 と又もや嬉し涙を絞る。 斯かる所へカントは走り来り、 カント『申上げまする、敵の副将軍、シエールを生擒まして厶いまする』 刹帝利『何!シエールを生擒つたとな、ヤ天晴々々、後程褒美を遣すから逃げないやうに大切に保護して呉れ』 タルマン『吾君様、お目出たう厶います。これにてビクトリヤ王家も無事安泰、ビクの国も泰平に治まりませう』 左守『斯くなるも全く神様の御蔭で厶いまする。治国別様、よくまア来て下さいましたなア』 治国別『皇神の経綸の糸に操られ 知らず知らずに上り来ましぬ。 惟神神に任せば何事も いと安々と治まりてゆく』 左守『いすくはし尊き神の御恵を 目のあたり見る吾ぞ嬉しき。 大君も嘸や嬉しみ給ふらむ 今日の戦の治まりを見て』 刹帝利『有難し忝なしと云ふよりも 外に言葉は無かりけるかな』 ヒルナ姫は涙を押へ歌ひ出した。 ヒルナ姫『千早振る古き神代を造らしし皇大神の現れまして 八十の曲津の猛り狂ふビクトリヤの城を 守らせたまひ傾きかけし城の中を もとの如くに立て直し救はせたまひし嬉しさよ 妾は君に見出だされ后の宮と任けられて 御側に近く仕へしが右守の司のベルツ司が 心の中を計りかね試めして見むと思ふ中 醜の魔風に煽られて情なや女として 行くべからざる道を行き深き罪をば重ねたる 其償ひをなさむものとバラモン軍の中に入り カルナの姫と諸共に千々に心を砕きつつ 素性卑しき荒男鬼春別や久米彦の 軍の司の心を奪ひ縦横無尽にあやなして 君の禍国の仇遠く追ひそけ奉り 尊き神の御使に守られ乍ら漸々に 都路近く帰り見れば俄に聞ゆる鬨の声 唯事ならじと気を焦ち駒に鞭打ちとうとうと カルナの姫と諸共に馳せ帰り見れば道の辺に いとも無残に倒れたる目に見覚えの荒男 逃げ往く軍に目も呉れず直ちに駒より飛び下りて 其面ざしを調ぶれば思ひがけなきベルツの軍君 何はともあれ駒に乗せ帰らむものと心を定め 帰りて見れば御館激しき軍の痕跡は 黄金の城や鉄の壁にいとありありと現はれぬ 唯事ならじと駒を下りベルツの魔神を地に捨てて 衛兵共に守らせ置きカルナと共にいそいそと 帰りて見れば吾君はいと健かに坐しぬ 其外百の司等も常に変らず健に 君のめぐりを取り巻いて左も嬉しげに坐しぬ ああ有難や有難や神の恵と喜びて 心に感謝の折もあれ治国別の神司 現はれまして吾君の軍を救ひたまひしと 聞きたる時の嬉しさよああ惟神々々 尊き神の御前に罪に汚れしヒルナ姫が 御前を畏み畏みて大御恵の尊さを 喜び感謝し奉るああ惟神々々 神の御霊の幸倍ひてこれの館は永久に ビクの国王はいつ迄も寿長く栄えまし 百の国人平けくいと安らかに栄ゆべく 守らせたまへ大御神赤心籠めて願ぎまつる』 と歌ひ終りける。 これより治国別初め、万公、松彦、竜彦は、刹帝利の懇情により、三五の教理や儀式を城内の重役その他に教導し、神殿や教殿を新に創立し、夏の中頃一同は鬼春別以下の跡を追かけエルサレムを指して進み行く。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館加藤明子録) (昭和一〇・六・一二王仁校正)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 10 万亀柱 第一〇章万亀柱〔一三九六〕 カルナ姫は又歌ふ。 カルナ『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つは世を救ふ 誠の神の御教を四方に伝ふる宣伝使 治国別の神司産土山の聖地より 珍の御伴を従へて下らせ給ひ天地の 清き教を宣らせつつ若君様の御結婚 とりなし給ひし有難さ天と地との息合せ 生れ出でたる人々は所謂神の子神の宮 生きては此世の神となり死しては護国の神となり 豊葦原の瑞穂国生ひ立ち栄ゆる人草を あつく守りて皇神の依さしのままに赤心を 尽すは人の務めぞと教へ給ひし有難さ 妾夫婦は謹みて神の御為国の為め 蒼生を守るため尊き神の御前に 朝な夕なに身を清め天の下をば平けく いと安らけく守りませ偏に願ひ奉ると 宣る言霊も空しからず若君様の御結婚 いよいよ無事に調ひて御国の栄えを松の花 緑の色もいや濃ゆく栄え栄えていつ迄も 果しも知らぬ喜びは全く神の御恵み 謹み感謝し奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 松彦は又歌ふ。 松彦『此処は名に負ふビクの国堅城鉄壁を繞らし 四方を見晴らす宮城百の国民見おろして 御空に高く輝ける月日の如く光をなげ 恵の雨を降らし国人を厚く守らせたまふ 音に名高き刹帝利万代不易のビクトリヤ王が家 いや益々も天地とむた永久に長からむ事を 神の御前に祈り奉る一度は黒雲に包まれて 音に名高き名城も遂に危く見えけるが 尊き神の御守りに醜の曲津は滅び失せ 今は全く風塵も留めぬ御代の目出度さよ 其目出度さにまた一つ喜びを重ね給ひたる アールの君の御結婚いとさやさやに運びまし 玉の緒琴の音も清く響き渡れる勇ましさ 此極みなき喜びは外へはやらじと心をこめて 松彦司が惟神神に祈りをかけまくも 畏き君の御前に祝ぎ仕へ奉る ビクトリヤの神殿が築き上りし暁は アールの君よハンナ姫手に手を取つて朝夕に かかさず詣で天が下四方の国民恙なく 君が政治を喜びて仕へまつるべく 祈らせたまへ治国別の師の君に 吾は従ひ近き中恋しき都を後にして 神の御為道のため聖地をさして進むべし ああ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終り座についた。竜彦は又歌ふ。 竜彦『吾師の君に従ひて祠の森を離れつつ 曲神の猛ぶ山口の昼さへ暗き森を越え 野中の森や小北山後に眺めてすたすたと 浮木の森に来て見れば思ひも寄らぬ曲神の 深く企みし陥穽師の君様と諸共に 千尋の底へ転落し霊は忽ち身を脱けて 精霊界に彷徨ひつ尊き神の御指図に 霊国天国巡覧し又もや下りて八衢の 司の神とあれませる伊吹戸主にいろいろと 尊き道を教へられ再び此世に生き還り バラモン教のゼネラルと現はれ給ふ片彦や ランチの君を言向けて三五教の神力を 現はせまつり吾々は吾師の君と諸共に 荒野ケ原を打ち渡りライオン河を横ぎりて ビクトル山の麓まで進みて来る折もあれ 俄に聞ゆる鬨の声只事ならじと進みより よくよく見ればバラモンの鬼春別や久米彦が 一斉射撃の真最中見逃し往くも三五の 神の司の吾として如何ならむと思ひつつ 吾師の君と諸共に厳の言霊打ち出せば 豈図らむやバラモンの率ゆる軍に非ずして 右守の司の反逆と覚りし時の憎らしさ 吾等師弟は一斉に心を揃へ口揃へ 一目散に太祝詞涼しく宣りて言霊を 連続的に打ち出せば雲霞の如き大軍も 雲を霞と逃げ去りぬ斯かる所へヒルナ姫 カルナの姫の女武者神に守られかつかつと 栗毛の駒に跨りて反逆人の右守をば 縛して帰り給ひたる忠勇義烈の働きは 末代迄の鑑ぞと褒めそやさぬは無かりけり 刹帝利様の御前に吾等師弟は導かれ いろいろ雑多の待遇しに厚意を感謝し奉り 三五教の御教を完全に委曲に相伝へ 皇大神の御舎をビクトル山の頂上に 岩切り砕き土を掘り上つ岩根に搗きこらし 底つ岩根に搗き固め大宮柱太知りて 今は漸く九分通り竣工したるぞ嬉しけれ これに先立ち刹帝利ビクトリヤ王の御子とます 五男一女の行衛をば神の御告を蒙りて 照国岳の谷間に進みて迎へ奉り 長子の君と生れませる心やさしきアールさま 今日は目出たき結婚の式を挙げさせ給ひつつ 百の司は云ふも更吾々師弟も招かれて 目出度き席に列ねられ神の恵の大神酒を 与へられたる嬉しさよ元より酒豪の竜彦は 何より彼より酒が好きとは云ふものの三五の 教の道に仕ふ身は先づ第一に大酒を 謹まなくてはなりませぬ然るに今日は何となく 嬉し嬉しが重なりて廻る盃数重ね 思はず知らず酔ひつぶれいかい失礼したでせう 唯何事も神直日大直日にと見直して 許させたまへ刹帝利其外百の司達 御前に慎み詫びまつるああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 万公は其尾についてヘベレケに酔うた儘、足もよろよろ謡ひ舞ふ。 万公(謡曲調)『ああ目出度し目出度しお目出たし、朝日は照るとも曇るとも、此結婚が恙なく、千秋万歳楽と、祝ひ納むる其上は、仮令天地は変るとも、何か恐れむ神の御恵み、ビクの国主の御威勢、空飛つ鳥も羽翼をゆるめて地に墜ち、草木も感じて自然の音楽を奏し、河の流れは鼓を打ち、君が幾世を祝すらむ。又三五の皇大神に仕へたる、吾師の君を初めとし、三人の伴人の中に於て、さる者ありと聞えたる、万世祝ふ亀の齢の万公が、此喜びを万世に、伝へむものと勇み立ち、手足も儘ならぬ程、酔ひつぶれたる重たき身を起し、命限りに祝ぎ奉る。鶴は千年の齢を保ち、亀は万年の寿命をつづく、鶴と亀との命は愚か、幾億万年の末迄も、ビクの御国は永久に、ビクトリヤ王家は、天地の続かむ限り、限りも知らず栄えませ。それにつけてもアールの君、新に迎へ給ひし后の宮のハンナ姫、いと睦まじくどこ迄も、陰と陽との息を合せ、天が下に妹と背の、清き鑑を示させ給へ。日は照る日は照る月は輝く、星は御空に永久に、光も褪せず月の国の大海原の底深く、契らせ給へ惟神、神の御前に謹みて、亀の齢の万公が、今日の寿末長ふ、幾千代迄も、祝ひ奉る』 と泥酔者に似ず、いと真面目に祝ひ納め元の座に着きぬ。此外、数多の司人の祝の歌はあれど、あまり管々しければ省略するなり。 アールの王子は理想の妻、ハンナを娶りしより、国の政治日に月に開けて国民悦服し、ビクトル山の神殿に祭りたる国治立尊、日の大神、月の大神、神素盞嗚大神を朝な夕なに国民一般が信仰をなし、各其業を楽しみ、ミロクの聖代を地上に現出する事となりぬ。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館加藤明子録)
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霊界物語 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) 附録 神文 附録神文 是の幽斎場に神術を以て招請奉る、掛巻も畏き、独一真神天御中主大神、従ひ賜ふ千五百万の天使等、一柱も漏れ落る事無く、是の斎庭に神集ひに集ひ玉ひて、正しき人の御霊々々に、奇魂神懸らせ玉はむ事を乞祈奉る。天勝国勝奇魂千憑彦命と称へ奉る、曽富戸の神亦の御名は、久延毘古の神、是の幽斎場に仕へ奉れる、正しき信徒等に、御霊幸へまして、各自各自の御魂に、勝れたる神御魂懸らせ玉ひて、今日が日まで知らず知らずに犯せる、罪穢過ちを見直し聞直し、怠りあるを宥させ給はむことを、国の大御祖の大前に詔らせ玉へ。伊怯く劣在き吾等は、出口大教祖の御勲功に依り、神国の神典と、大神の御諭を、読み窺ひ奉りて、天地の御祖の神の御勲功を覚り、国祖大国常立尊が、伊邪那岐伊邪那美の二柱の天使に、是の漂流る地球を修理固成せと、天の瓊矛を事依さし賜ひしより、その沼矛を指し下ろし塩コヲロコヲロに掻き鳴し給ひて、淤能碁呂島を生み、之を胞衣となして、天の御柱国の御柱を見立て給ひ、八尋殿を化作たまひ、妹兄の二柱所就たまひて、大八島の国々島々を生み、青人草等の始祖等を生み万の物を生み、青人草を恵み撫で愛しみ給はむが為に、日月国土を生み給ひて、各自各自其の神業を別け依さし玉ひ、万の事を始め玉ひて、為しと為し勤しみ玉へる事毎に、天津御祖神、国津御祖神等の大御心を御心として、青人草を恵み玉ひ愛はしみ、弥益に蕃息栄ゆべく、功竟へ玉ひしを初め、天津御祖神其の御神業を受持ちて、天津国を知ろしめし、五穀物の種を御覧して、此のものは現しき青人草の食て活くべき物ぞと詔りて、四方の国に植ゑ生したまひ、天の下の荒振神達をば神払ひに払ひて、語問ひし岩根木根立草の片葉をも語止めて、幽り事は、神素盞嗚命の御子杵築の大神に言依さし治めしめ、皇御孫命を、天津日嗣の高御座に坐せ奉りて、万千秋の長五百秋に、大八嶋の国を安国と平けく治め玉へと、天降し依さし奉り顕明事、知ろしめさしめ玉へる時に、神漏岐、神漏美の命の御言依さしませる、天津祝詞の太祝詞に依りて、皇御孫命の御代々々、天津神社国津神社を斎ひ、神祭りを専らとして、天の下四方の国を治め、大御田族を恵み撫で給ふ事なも、天津御祖の神、国津御祖の神の伝へ玉へる道の大本にして、其の御任のまにまに、天津神国津神達受持ちて世の中の有りと有りの悉は、皇神の大御業に漏るる事なく遺る事無く、広く厚く恩頼を蒙りて、有る縁由を確に窺ひ得て、戴に尊み辱なみ、赤誠を以て仕へ奉るべきにこそ、青人草の勤めならめ。然るに中津御代より、邪さの教説ども伝はり来たり吾等が祖先たち世人諸共に、心は漸く邪神の風習に移ろひ、異しき卑しき蕃神を専らと斎き奉りて、高く尊き天地の御祖神等の、厳の御霊の幸ひに依りて、惟神の大道の中に生れ出で、食物衣服住む家等為しと為す事毎に大御恵を蒙りつつも、然は思ひ奉らず、神の道を粗略に思ひ居る人々どもも多く出で来り神に仕へ奉る事も追々に廃れて、天津神社国津神社も衰へ坐せるに依りて、皇神等は弥放りに放り坐し、神の稜威も隠ろひまし、邪神は所を得つつ、大神を潜めおきて世人を欺き美はしき神の御国を乱したるこそ憤うろしく慷慨く思ふの余り、大本皇大神の御教を能く説明して、世人に普く大神等の御恵みの辱き尊き、大本の由緒を説き諭す神の御柱となるべく、この幽斎場に在る信人、又其の守護神に聞しめさへと宣る。信人よ、守護神よ、此時この砌り、各自々々霊の柱立て固めて、厳の御霊瑞の御霊の教を以ちて、猶この行先も、如何なる異しき思想論説ども蔓り来るとも、相交らひ相口会ふこと勿れ。 辞別けて天地の大神等、三千歳の長き年月天地を清めて、安国と平けく知ろしめすべく、世に隠れて事計り給へりし、国の大御祖大国常立大神、亦教の柱なる惟神真道弥広大出口国直霊主命の、神随の御教のまにまに、幸へまし荒振神等御霊等は、皆御心を直し和めまして、善しき心を振り興しませ。中津御代より、人の心の随々何事も行はしめて、大神等も神習と宥め給ひて、用ひしめ玉へる蕃国々の事どもの、天地の神の大道に甚く違へる非事は神より糺し改めて退けしめ給へ。天地の大神等、神代の随の大稜威を振り起して、各自々々掌分たまふ功徳の任に任に、相宇豆那比相交こり相口会へ玉ひて、今迄に神の大道を知らず、惟神の大本を、弁へずして、過失犯せる雑々の罪怠り穢を祓ひ退け、神の子たる道に天の下の人草を導き給へ、亦人草の今も猶ほ日に夜に過失犯す事の在らむをば、神直日大直日に見直し聞直し宥め許して清めしめ給へ、神の神典は更なり大本の国之御祖の御神諭は、漏らす事無く過つ事無く、正語を正語と覚らしめ給へ、亦た教司等の説き誤りあらば、次々に思ひ得て、疾く改め直さしめ玉へ、足は歩まねども、天の下の事どもは悉に神の霊徳によりて知らしめ給へ、外国の教にもあれ、正語は正語としてひらひ得さしめたまへ、高天の神祖の神の産霊に造り給ひて、尊き神霊を分賦り与へ玉へる、神の宮居として神懸り玉ひて、神の大道を好む良き信人と為さしめ玉へ、二度目の天の岩戸を開かむ道に仕へて、御代の太き御柱の教に入れしめ玉へ、掛巻も畏けれども、吾々青人草の霊魂は乃ち神の分霊にしあれば、幽り事神事をも知らるる限りは知らしめ玉ひて、此世ながらに神にもまみえ奉り、亦生ける神とならしめ玉ひて、世の為め道の為に祈りと祷る事ども為しと為す術ども、悉に神術なす伊都速き験しあらしめ玉ひて普く天の下の乱れを治め、世人の災難を救ふ尊き人となさしめ玉ひて、所在邪神どもも形隠し敢へず恐ぢ怖れしめ給へ、吾無く一向に大神の道に仕へ奉る身は是れ奇魂千憑彦の命に等しければ天地の大神等、殊に大国常立大神、豊雲野大神たちを初め、諸々の正しき御霊等、青人草と生れ出し、之の幽斎場の人々の請願奉るまにまに、霊幸へ坐し神懸りまして、其の御威徳に似えしめ玉へと大神の大前に祈り奉る。幸に皇神等の御霊の御稜威に由りて、神の世界の尊き広き美はしき、状況を伺ひ得て、神と吾等と相親しみ、睦み、神の御子たる身魂に立復りて邪神の教の侫け曲れる徒の邪さ説は次々に問和し言向けて、惟神の大本の正道に趣かしめ、同じ心に神習はしめ玉へ、若し大神の教と御国の法に帰順ずして四方四隅より、荒び疎び来る妖鬼枉人は、速に追ひ退け罰めて、例のまにまに黄泉国に逐ひ下し、大神の御稜威と天皇の御光りを世に炳じるく知らしむべく神力を与へ給ひて、花々しく世の為人の為に、立働かしめ給へ。常世の暗を照し清むる大神の神諭を、普く広く滞る事なく美はしく、世に説き明かし、世人の悉正しき直き清き広き惟神の大本の教に復らしめ、吾等が神国に尽す麻柱の誠を、最高き雲の上にも、世を政りごちます公辺にも、伊吹挙げ吾等の御国を思ふ赤誠を、徒には捨てず採り用ゆべく思はしめ給へ、吾等信人が神世の由縁を畏み、大神の御神勅を仕へまつりて、本宮の山に宮柱太敷く立て、千木高く仕へ奉れる如く、古の神の政に建替へ立上げ、永遠無窮に親と子の中は弥睦びに親び栄えしめ給へ、此の功績を以て罪怠穢犯し有るをも宥め恕し玉ひて、大神等の御恩に報ひしめ玉ひ、立替立直しの神業に加はりて、人の勤めの功為し了へて、現世を罷れる後の魂の往く方は、神の定めのまにまに、産土の神の執持ち玉ひて、大本大神の御許に参り仕へ奉らしめ給へ、大神の御後に立ちて、高天原に復命曰さしめ玉へ、弥益々も正しき直き太き心を固めて動く事なく、天地の有らむ限りの後の世の次々も、現世に立たむ功績のまにまに、大神の教を世人に幸へしめ玉ひて、邪さの道を糺し弁へ、伊吹払ひ平げ退くる神業に仕へ奉る御霊と成らしめ玉ひ、又子孫の家の者とも朋友親族教子等の万の枉事罪穢を、払ひ清めて病しき事なく、煩はしき事なく睦び親しみ、諸々の義理に叶へる願事は幸へ助けて、大神の大道を説き弘むる身魂と生かし助け、天翔り国翔る仙人等御霊等を率ゐて、世を守る奇魂千憑彦の御魂と成らしめ賜はむ事を、高天原の大本の広庭に斎廻り清廻りて、天つ御祖の大神国の大神祖の大神、大本教の教御祖の御前に、慎み畏み請のみ奉る。惟神霊幸倍坐世(完)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 09 三婚 第九章三婚〔一四一七〕 治国別、松彦、竜彦の祈願に依つて四人の負傷者は三日の後全快する事を得た。テームス夫婦は治国別一行の神徳を感謝し娘の本服祝をなさむと、治国別を始め番頭下女の端に至るまで祝宴に列せしめた。治国別は正座に坐り、左側の上座には松彦、竜彦、万公が座を占め、右側にはバラモン組の六人がズラリと列んだ。 道晴別、シーナ及びスミエル、スガールの病気全快組は、治国別と向ひ合つて下座に坐り、テームス夫婦及びアヅモス、アーシスと順序を作り、祝ひの宴を開く事となつた。 是より前治国別外一同は神前に感謝の祝詞を奏上し、鄭重なる祭典を行つた事は辞つて置く。テームスは治国別に向ひ、さも嬉しげに両手をついて、 テームス『治国別の宣伝使様、何から御礼を申上げて宜しきやら、余り有難くて言葉も出ませぬ』 治国『神様のお蔭によりまして、道晴別も救けて頂き、貴方方のお嬢さま、番頭さままで今日此処で御無事な顔を見せて頂く事になりましたのは、全く三五の教を守らせ給ふ大国常立大神を始め奉り、数多の神々様のお蔭で厶ります。決して吾々の力では厶りませぬ。御礼を言はれましては、吾々は神様の神徳を自己のものとする事になつて困ります。何卒礼なんか云はない様に願ひます』 テームス『ハイ、神様有難う厶いました。よくまア治国別様一行の体を通して、吾々一家に御神徳をお与へ下さいまして有難う御礼申上げます』 ベリシナ『三五教の先生方御一同、今主人が申上げた通り、実に感謝に堪へませぬ。二人の娘もコレにてヤツと安心致しました。道晴別様も御全快遊ばしまして、コンな嬉しい事は厶りませぬ』 と嬉し涙をハラハラと流す。 スミエル『三五教の先生様、悪神のために捕らへられ、九死一生の処を御助け下さいまして、御礼の申上様は厶いませぬ。是も全く治国別様御一同の御親切のいたす所で厶います』 スガール『暗い岩窟内に押こめられ、再び此世の明りを見る事は出来ないものと、決死の覚悟をいたして居りました所を、神様の御蔭で助けて頂きました。何卒御緩り御逗留遊ばしまして、結構な御話を御伝へ下さいます様偏に御願ひ申します。夫に就ても鬼春別様外御一同の方々に御苦労をかけました事を有難く御礼申します。何卒御一同様御緩りと、何も厶いませぬが御酒を召し上り下さいませ』 万公『何か御馳走を差上げたいと存じ、種々と致しましたが、御存じの通り山間僻地の事で厶いますから、御口に合ふ様な物は厶いませぬ。何卒緩り御召上りを願ひます。舅姑を始め、姉のスミエル、並にスガールに代つて、万公別謹んで御礼申上げます。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 治国『これはこれは若主人様で厶いましたか。イヤモウ大層な御馳走を頂きまして有難う厶います』 テームスは不思議相な顔をして、ベリシナを見返り、小声になつて、 テームス『コレ、ベリシナ、私の知らぬ間にお前此宣伝使を婿に貰ふ約束をしたのかい。何故一口俺に云つて呉れぬのか。藁でつくねた様な男でも、矢張一軒の主人だから、何程結構な宣伝使でも主人の私に無断で決めるとは、些と越権ぢやないか』 ベリシナ『イエ私は何にも存じませぬ。大方貴方が御決めなさつただらうかと、今の今迄思つて居りました』 テームス『ハテナ、モシ治国別の先生様、コリヤ何うした訳で厶りませうかなア』 治国『イヤ私もテント存じませぬ。万公別の大宣伝使が何時の間に弟子の吾々にも無断で御養子になられましたかと怪しんで居つたのです』 万公『千早振る神の結びし縁なれば 人の知るべき事柄で無し。 霊幸はふ神の教に従ひて スガール姫の夫となりぬる』 テームス『いぶかしや神の言葉と云ひ乍ら 親の吾等が知らぬ間に』 ベリシナ『何事もイドムの神の計らひに 結び玉ひし縁なるらむ。 さり乍ら治国別の神司 此縁をば如何に思しめすか』 万公『何事も神の心に任すこそ 人の人たる道とこそ知れ。 吾とても心に染まぬ縁なれど 神の言葉は背かれもせず』 松彦『面白き例しもきかぬ此えにし 媒介も無き今日の驚き』 竜彦『今の世は男女の別ちなく 自由自在にえにしを結ぶ。 斯くの如乱れ果てたる世の様を イドムの神は如何に思すか』 万公『美はしき吾師の君は惟神 神にしませば許し玉はむ』 テームス『治国別神の司よ此えにし 如何になさむか教へたまはれ』 治国別『千早振る遠き神代の昔より 男女の嫁ぎの道を開き玉ひし神柱 神伊邪那岐の大神は筑紫の日向の立花の 小戸の青木ケ原にまし身の穢れを清めつつ 自転倒島に天降りまし夫婦の道を開きてゆ 海河山野百の神数多生みまし葦原の 千五百の秋の瑞穂国を完全に委曲に開き治めて 百人千人万人を此の地の上に生み殖し 珍の神事終へ給ふ其喜びの目の当り 憂ひに沈みし此館に現はれ来る目出度さよ 男女の嫁ぎの道は天にます神八百万 地にます神八百万の神のよさしの其儘に 定まるものと知るからは必ず心を煩はし玉ふ勿れ シーナの君は家の子と永く此家に仕へまし いとまめまめしくも朝夕に心を配り身を砕き 仕へ玉ひし信徒よ抑も此家の栄えをば 祈り玉はば第一に姉の御子とあれませる スミエル姫を娶合して水も洩らさぬ妹と背の 縁を結ばせ玉ふべし次に生れしスガール姫は 万公別の宣伝使生命の親にましませば これと妹背の契をば結ばせ玉へば天地の 神の心に叶ふらむ又アーシスの家の子は 容貌美はしきお民の方と妹背の契り永久に 結ばせ給ひて三五の珍の教を朝夕に 清く守りて大神の御前に仕へ玉ひなば 玉置の村のテームスが家門高く富み栄へ 生みの子の八十連き五十橿八桑枝の如 茂木栄に栄えまさむテームス、ベリシナ二柱 万公別やシーナさまアーシス司を始めとし スミエル姫や、スガール姫お民の御方も千早振る 神の教に従ひて此処に目出度妹と背の 縁を結ばせ玉ふべしああ惟神々々 尊き神の御前に斎苑の館に仕へたる 治国別の神司赤心籠めて勧め奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも印度の海はあするとも これの縁の詳細に結び了へたる上からは 千代に八千代に変りなく玉の緒の生命も永く 何時迄も堅磐常磐に栄えかし ああ惟神々々神の御前に赤心を 照らして誓ひ奉る』 スミエルは嬉しさうな輝いた顔をしながら、 スミエル『三千世界の梅の花一度に開く常磐木の 松の神代が廻り来て常世の春となりにけり 玉置の村のテームスが家に生れしスミエルは 祖先の家を守るため家の子とますシーナさま わが背の君と定めつつ父の館を守りなば 家はますます富み栄え子孫はますます繁栄して テームス司の家の内は忽ち天国浄土をば 開かむものと思ひつめ朝な夕なに神様に 祈りし甲斐や現はれて三五教の神司 治国別の御媒介実に有難き今宵かな 頑固一途の父母も妾二人が生命をば 助け玉ひし恩人の言葉に如何で背くべき 治国別の御言葉は金勝要の大御神 イドムの神の勅心を鎮め慎みて 清き尊き御言葉に従ひ玉へ足乳根の いとも恋しき父母よ神の御前にスミエルが 頸根突抜き赤心をあかして願ひ奉る ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 テームス『三五の神の司の言の葉を いかで背かむ吾等夫婦は』 ベリシナ『有難し生命も魂も救ひます 教司の珍の御言葉』 スガールは又歌ふ、 スガール『治国別の宣伝使常磐の松の松彦や 清き教を竜彦の神の司の御媒介 諾ひ玉ひし足乳根の父と母との御光りは 吾等を照らす真寸鏡実に有難き限りなり 万公別の神司足らはぬ吾等を憐みて 千代に八千代に永久に妹背の道を結びまし 父のまします此館堅く守らせ給へかし 妾は女の身なれども心はかたき楠の幹 朝な夕なに大神を祈りて尊き父母に 赤心以てよく仕へ兄の君をば敬ひて 日々の勤めをいそしみつ僕の端に至るまで 心を尽してよく勤め神の許せし縁をば 喜び仕へ守るべしああ惟神々々 イドムの神の御前に謹み感謝し奉る』 万公『スガールの姫の命の赤心を 嬉しみ奉る万公別司。 今よりは父と母とを敬ひつ 汝が命を慈むべし。 治国別神の命の師の君に 報ふ術なき今日の嬉しさ』 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館外山豊二録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 10 鬼涙 第一〇章鬼涙〔一四一八〕 アーシスは治国別の歌に対し、自分とお民との結婚を承諾したりとの意を歌を以て答へたりける。其歌、 アーシス『科戸の風もフサの国猪倉山の山麓に 群がり立てる玉置郷テームス館に使はれて 朝な夕なに家政をば統轄したるアーシスは 賤しき首陀の胤ならず由緒も深きビクの国 左守の司のキユービツトが其落胤と聞えたる 此世を忍ぶ独身者治国別の宣伝使 神の御言を蒙りてビクの国をば知召す 刹帝利様や左守司父の危難を救ひまし 神の宮居を建て玉ひ又もや此処に現はれて スミエル嬢やスガール嬢道晴別やシーナ迄 救はせ玉ひし有難さ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共星は空より墜つるとも テームス一家を救はれし此高恩は何時の世か 忘るる事のあるべきぞ賤しき下女と住み込みし お民の方の系統も矢張りビクの国生れ 左守司の家系より秀れて高き人の子と 生れ出でたる珍の御子チヌの里なる卓助が 里子となりて世を送る果敢なき身にも荒風の 吹き荒び来て両親は最早あの世の人となり よるべ渚の捨小舟彼方此方と彷徨ひて 艱みの果ては今茲にテームス館の下女と迄 なり下りたる痛ましさお民の素性を知るものは アーシス一人を除いては今迄誰もあらざりし かくも尊き人の子と生れましたるお民さま 如何なる神の取持か吾れと妹背の契をば 結ばせ玉ふ事となり首陀の館で合衾の いよいよ式を挙げむとは思ひもよらぬ二人仲 ああ惟神々々イドムの神が現はれて 治国別に懸りまし吾等が素性を委曲に 明かさせ玉ひし尊さよさはさり乍ら吾々は 世に捨てられし日蔭者二人の父は坐しませど 名乗らむ術もなくばかり歎ち暮した苦しさも 今は漸く薄らぎて暁告ぐる鳥の声 旭間近き心地せりああ惟神々々 皇大神や治国の別の司の御前に 畏み畏み真心を捧げて感謝し奉る』 お民は歌ふ。 お民『神の恵も足乳根の父と母とはあり乍ら 浮き世の雲に隔てられ名乗もならぬ身の因果 雲井に高き刹帝利ビクトリヤ王の珍の子と 生れ出でたる吾身なれ共后の宮の御憤り いと烈しくましましければ母の皐月と諸共に フサの御国の山野里チヌの村なる卓助が 館に母子預けられ悲しき浮世を送りしも 月に村雲花には嵐吹き荒ぶなる世の中の ためしに漏れず養ひの父は此世を早く去り 母と妾は味気なき月日を山の畔に送る折しも バラモン教の軍人夜陰に乗じて入り来り 雨戸を蹴立てて踊り入り妾と母を取り違へ 凱あげて連れ帰りしが老いさらばひし母上と 知るよりも情を知らぬ悪神は 悔しや恋しき母上を野中の井戸へ蹴落として 玉の緒の命を奪ひし恨めしさ妾は後に残されて 彼方の家に三日四日永きは五日と彷徨ひつ どこの家でも追ひ出され漸々ここにテームスの 主人の君に助けられ水仕奉公を励む折 天の八重雲かき分けて降りましたる神の教の司たち 主人の家の愛娘スミエル姫やスガール姫を 救ひやらむと雄健びし魔神のたけぶ猪倉山を駆け登り 出で行きませし其後に妾は両手を合しつつ 凱あげて帰ります生日の吉き日を待つ折もあれ 軍の君を引率れて四人の人を助けつつ 帰らせ玉ひし嬉しさよ神の司の其中で 恋に心を焦したる万公別の神司 神の仕組か知らね共忽ち主人となりすまし 上から下まで気を付けて竃の下や鍋の蓋 彼方此方の拭掃除火を焚くわざ迄懇に 教へ玉ひし有難さうるさい事はなけれ共 何だか知らぬがゴテゴテと言はるる度に気が立ちて 遂には思はぬ灰神楽どこも彼処も泥の海 足踏む場所もなき迄に汚れたるこそ是非なけれ 折角心を尽し身を尽し漸く煮えた飯さへも 喉を通らぬ灰まぶれハツと顔をば赤らめて 胸を痛むる折もあれアヅモス司現はれて 又いろいろと御教訓虫の居所悪かりしか フエル奴と謀らひて栄螺の如き拳を固め 所かまはず打ち据ゑ嘖み居たる折もあれ アーシス司は忽ちに此場に現はれ来りまし 荒れ狂ひゐたる両人を手もなくグツと押へつけ 救ひ玉ひし有難さ情は人の為ならずと 世の諺も目のあたり夫れより妾はアーシスの 司を尊み敬ひて世が世であらば吾夫と 仕へむものと村肝の胸をば焦がす折もあれ 今日は嬉しき三五の神の司の治国別が 尊き聖き勅り妹背の道を契れよと 教へ玉ひし言の葉を慎み畏み諾ひて いとしき司のアーシスと茲に目出たく婚姻の 儀式を結ぶ事の由確に諾ひ奉る ああ惟神々々上は大国治立の大神を始めとし 縁を結びの神柱金勝要の大御神 イドムの神と現れませる神素盞嗚の大神の 貴の恵を慎みて感謝の詞奉る ああ惟神々々御霊の恩頼を賜へかし』 鬼春別は一杯機嫌になつて、今迄遠慮してゐた心が稍太くなつたと見え、銅羅声を張上げて歌ひ始めたり。 鬼春別『吾れは大国彦の神大国別に仕へたる バラモン教の大棟梁大黒主の部下となり 三五教の本陣と世に聞えたる斎苑館 只一戦に屠らむと数多の軍兵引率し 山野を渡り谷川を越えて漸く枯尾花 茂り合ひたる浮木の里に広き陣屋を造りつつ 久米彦片彦将軍を先鋒に立てて戦況を 窺ひゐたる折もあれ治国別の神司 厳の御水火に打出す其言霊に肝打たれ 脆くも破れ逃げ帰る其浅ましき態を見て とても叶はぬ此戦進みもならず退きも ならぬ苦しき破目となり三千余騎を従へて 浮木の陣屋を立ち別れライオン河を横切りて 古き尊きビクの国ビクトル山の麓にて 又も陣屋を構へつつ軍を進むる折もあれ 魔性の女に欺かれ遠く逃げ行く大原野 シメジ峠を乗越えて猪倉山の岩窟に 城を構へて遠近の国を従へ靡かせつ バラモン国を建設し一旗挙げむと思ふ折 心の曲に誘はれてテームス館の二人の娘を 家来の者に言ひつけて攫ひ帰らせいろいろと 脅しつすかしつ掛合へど気丈の女どこ迄も 操汚さぬけなげさに舌を巻きつつ久米彦は 執念深くも吾物となさむとあせり一室に しまひおきたる時もあれ道晴別の神司 シーナを従へ出で来り言霊車押出せば 流石の勇士も驚いて右往左往に散乱し 周章狼狽其果ては一先づ四人を岩窟の 千尋の底に投げ堕し言ふにいはれぬ無礼をば 加へし事の恥かしさ治国別の一行に またも攻められ吾々は執着心の夢も醒め 三千余騎の兵士を瞬く内に解散し 四人の真人を送りつつ漸く此処に来て見れば 豈計らむやフエル、ベツトの両人が御庫の中に押込まれ 苦みゐたるぞ不思議なれ悪虐無道の将軍も 神の光に照されて今は誠の人となり 此家に仇せし身乍らも治国別の御影にて 目出たき今日の宴席に恥を忍びて列るも 縁の糸のどこ迄も結ぼれゐたる為ならむ ああ惟神々々直日に見直し聞直し 宣り直されてテームスよベリシナ姫よ二人の姫御子 汝に加へし嘖みの罪を赦させ玉へかし 旭はてる共曇るとも月は盈つとも虧くる共 一旦神に目醒めたる鬼春別はどこ迄も 誠の為に身を尽し世人を救ふ真心に 復りてテームス夫婦が身の幸を朝な夕なに祈るべし 赦させ玉へ惟神神に誓ひて詫びまつる』 と歌ひ了り、一同に向つて恭しく感謝した。されど疑深きテームス夫婦は、鬼春別が心の底よりの悔悟も謝罪も信ずる事が出来なかつた。それ故夫婦は此歌に対しても、一言の答さへせなかつた。此外久米彦、スパール、エミシなどの歌も沢山あれ共、余り長ければ是れにて言霊車を停止する。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 11 経愕 第一一章経愕〔一四一九〕 テームスは、悔悟して其精魂全く純化し、真の真人たるの心境に迄到達せる、鬼春別将軍を始め久米彦、スパール、エミシの四人を心底より信ずる事が出来なかつたので表面治国別の前にては相当の取り扱ひをしてゐた。けれどもその心中は蚰蜒の如く嫌ひ、且つ恐れて居た。何処とも無く排斥気分が現はれて来る。鬼春別は忍耐に忍耐を加え所在侮辱をも克く我慢し得る事が出来た。鬼春別は別室に入つて婆羅門の経典を読誦した。自分の一は改心のため、一はテームスの悪心自愛心の猛火を消滅せむが為であつた。テームスの家は祖先代々里庄を勤め随分「地頭に法なし」と人民より憎まれて来たものである。巨万の富を抱いてゐるのも皆多数人民の膏血を搾つたものと一般に評判され、地位は村人の上位を占めてゐるが人望は殆ど地に堕ち、旃陀羅の様に卑しめられてゐた。鬼春別は此の頑固爺のテームスを悔い改めしめむと、態とに大声にて読経を始めた。その経文に曰ふ。 帰命頂礼謹上再拝 重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言はく、 『譬へば長者、一の大宅有らむ。其の宅久しく故りて、而も復た頓弊、 堂舎高く危く、柱根摧け朽ち、梁棟傾むき斜がみ、基陛潰れ毀れ、 墻壁圯れ圻け、泥塗褫け落ち、覆苫乱れ墜ち、椽梠差ひ脱け、 周障屈曲して、雑穢充徧せり、五百人有つて、其の中に止住す。 鴟、梟、鵰、鷲、烏、鵲、鳩、鴿、蚖蛇、蝮、蠍、蜈蚣、蚰蜒、守宮、百足、鼬、貍、鼷、鼠、諸々の悪虫の輩、交横馳走す、 屎尿の臭き処、不浄流れ溢ち、℡、蜋、諸虫、而も其の上に集まれり。 狐、狼、野干、咀嚼践蹋なし、死屍を嚌齧ひて、骨肉狼藉し、是れに由つて羣狗、競ひ来つて搏撮し、飢羸慞惶て、処々に食を求め、 闘諍、摣掣き、啀喍嘷吠ゆ。其の舎の恐怖、変状是の如し。 処々に皆、魑魅魍魎有り。夜叉悪鬼、人の肉を食噉す。(魑魅は山中木石の精怪。魍魎は水中に住む精怪) 毒虫の属、諸々の悪禽獣、孚乳産生して、各自ら蔵し護る。 夜叉競ひ来つて、争ひ取つて之れを食す。之を食すること既に飽きぬれば、悪心転た熾んにして、 闘諍の声、甚だ怖畏す可し。鳩槃、荼鬼、土埵に蹲踞せり。 或時は地を離るること、一尺二尺、往返遊行し、縦逸に嬉戯す。 狗の両足を捉つて、撲つて声を失はしめ、脚を以て頸に加へて、狗を怖どして自ら楽しむ。 復諸々の鬼有り、其の身長大に、裸形黒痩にして、常に其の中に住せり。 大悪声を発して、叫び呼んで食を求む。復諸々の鬼有り、其の咽針の如し。 復諸々の鬼有り、首牛頭の如し。或は人の肉を食し、或は復狗を噉ふ。 頭髪蓬乱して、残害兇険なり、饑渇に逼められて、叫喚馳走す。 夜叉餓鬼、諸々の悪鳥獣、饑急にして四に向かひ、窗牖を窺ひ看る。 是の如き諸難、恐畏無量なり。是の朽ち故りたる宅は、一人に属せり。 其の人近く出て、未だ久しからざるの間に、後に宅舎に、忽然火起り、 四面一時に、其の焔倶に熾んなり。棟梁椽柱、爆めく声震ひ裂け、 摧け折れ堕ち落ちて、墻壁崩れ倒る。諸々の鬼神等、声を揚げて大に叫び、 鵰鷲諸鳥、鳩槃荼等、周慞惶怖して、自ら出づること能はず。 悪獣毒虫、孔穴に蔵れ竄れ、毘舎闍鬼、亦其の中に住せり。 福徳薄きが故に、火に逼められ、共に相ひ残害して、血を飲み肉を噉ふ。 野干の属、並に已に前きに死す。諸々の大悪獣、競ひ来つて食噉す。 臭煙蓬㏄して、四面に充塞す。蜈蚣蚰蜒、毒蛇の類、 火に焼かれて、争ひ走つて穴を出づ。鳩槃荼鬼、随ひ取つて而も食ふ。 又諸々の餓鬼、頭上に火燃へ、飢渇熱悩して周慞悶走す。 其の宅是の如く、甚だ怖畏す可し。毒害火災、衆難一に非ず。 是の時に宅主、門外に在つて立つて、有る人の言を聞く、 「汝が諸子等、先きに遊戯せるに因つて、此の宅に来入し、 稚小無知にして、歓娯楽著せり」と。長者聞き已つて、驚いて火宅に入る。 方さに宜く救済して、焼害無から令むべし。諸子に告喩して、衆の患難を説く、 「悪鬼毒虫、災火蔓莚せり、衆苦次第に、相続して絶えず。 毒蛇蚖蝮、及び諸々の夜叉、鳩槃荼鬼、野干狐狗、鵰鷲鵄梟、百足の属、飢渇の悩み急にして、甚だ怖畏す可し。 此の苦すら処し難し、況や復大火をや」と。 諸子無知にして、父の誨を聞くと雖も、猶故楽著して、嬉戯すること已まず。 是の時に長者、而も是の念を作さく、「諸子此の如く、我が愁悩を益す。 今此の舎宅は、一として楽む可き無し。而るに諸子等、嬉戯に耽湎して、 我が教を受けず、将に火に害せられむとす」。即便ち思惟して、諸の方便を設けて、諸子等に告ぐ「我に種々の珍玩の具の、妙宝の好車有り。 羊車鹿車、大牛の車なり。今門外に在り、汝等出で来れ。 吾汝等が為に、此の車を造作せり。意の所楽に随つて、以て遊戯す可し。」 諸子、此の如き諸々の車を説くを聞いて、即時に奔競して、馳走して出で、空地に到つて、諸々の苦難を離る。 長者子の、火宅を出づることを得て、四衢に住するを見て、師子の座に坐せり。 而も自ら慶びて言はく、「我今快楽なり。此の諸子等、生育すること甚だ難し。 愚小無知にして、而も険宅に入れり。諸々の毒虫多く、魑魅畏る可し。 大火猛焔、四面に倶に起れり。而るに此の諸子、嬉戯に貪著せり。 我已に之れを救ひて、難を脱るることを得せしめたり。是の故に諸人、我今快楽なり」と。 爾の時に諸子、父の安坐せるを知つて、皆父の所に詣つて、而も父に白して言さく、 「願はくは我等に、三種の宝車を賜へ。前きに許したまふ所の如き、諸子出で来れ、当に三車を以て、汝が所欲に随ふべしと。今正さに是れ時なり、唯だ給与を垂れたまへ」 長者大に富みて、庫蔵衆多なり。金銀瑠璃、硨磲瑪瑙、 衆の宝物を以て、諸の大車を造れり。荘校厳飾して、周匝して欄楯あり。 四面に鈴を懸け、金縄絞絡せり。真珠の羅網、其の上に張り施し、 金華の諸纓、処々に垂れ下だせり、衆彩雑飾し、周匝囲繞せり。 柔軟の繪絋、以て茵褥と為し、上妙の細氎、価直千億にして、 鮮白浄潔なる、以て其の上に覆へり。大白牛有り、肥壮多力にして、 形体姝好なり、これを以て宝車を駕せり。諸々の儐従多くして、而も之れを侍衛せり。 是の妙車を以て、等しく諸子に賜ふ。諸子是の時、歓喜踊躍して、是の宝車に乗つて、四方に遊び嬉戯快楽して、自在無礙ならむが如し。 舎利弗に告ぐ、我も亦是の如し、衆聖の中の尊、世間の父なり。 一切衆生は、皆是れ吾子なり。深く世楽に著して、慧心有ること無し。 三界は安きこと無し、猶ほ火宅の如し。衆苦充満して、甚だ怖畏す可し。 常に生老、病死の憂患有り。是の如き等の火、熾然として息まず。 如来は已に、三界の火宅を離れて、寂然として閑居し、林野に安処せり。 今ま此の三界は、皆な是れ我が有なり。其の中の衆生は、悉く是れ吾が子なり。 而も今ま此の処は、諸々の患難多し。唯我一人のみ、能く救護を為す。 復た教詔すと雖も、而も信受せず、諸々の欲染に於て、貪著深きが故に。 是を以て方便して、為に三乗を説いて諸々の衆生をして、三界の苦を知らしめ、 出世間の道を、開示し演説す。是の諸子等、若し心決定しぬれば、 三明、及び六神通を具足し、縁覚、不退の菩薩を得ること有り。 汝舎利弗、我衆生の為に、此の譬喩を以て、一仏乗を説く。 汝等若し能く、是の語を信受せば、一切皆当に、仏道を成ずることを得べし。 是の乗は微妙にして、清浄第一なり。諸の世間に於て、為めに上有ること無し。 仏の悦可したまふ所、一切衆生の、応さに称讃し、供養し、礼拝すべき所なり。 無量億千の、諸力解脱、禅定智慧、及び仏の余の法あり。 是の如きの乗を得せしめて、諸子等をして、日夜劫数に、常に遊戯することを得、 諸々の菩薩、及び声聞衆と、此の宝乗に乗じて、直ちに道場に至らしむ。 是の因縁を以て、十方に諦に求むるに、更に余乗無し、仏の方便を除く。 舎利弗に告ぐ、汝諸人等は、皆な是れ吾が子なり、我は則ち是れ父なり。 汝等累劫に、衆苦に焼かる。我皆な済抜して、三界を出でしむ。 我先に、汝等滅度すと説くと雖も、但生死を尽くして、而も実には滅せず。今の応に作すべき所は、唯仏の智慧なり。 若し菩薩有らば、是の衆の中に於て、能く一心に、諸仏の実法を聴け。 諸神世尊は、方便を以てしたまふと雖も、所化の衆生は、皆な是れ菩薩なり。 若し人小智にして、深く愛欲に著せる、此れ等の為の故に、苦諦を説きたまふ。 衆生心喜びて、未曾有なることを得。聖者の説きたまふ苦諦は、真実にして異無し。 若し衆生有つて、苦の本を知らず。深く苦の因に著して、暫くも捨つること能はず、 是れ等の為の故に、方便して道を説きたまふ。諸苦の所因は、貪欲為れ本なり。 若し貪欲を滅すれば、依止する所無し、諸苦を滅尽するを、第三の諦と名づく。 滅諦の為の故に、道を修行す。諸の苦縛を離るるを、解脱を得と名づく。 是の人何に於てか、而も解脱を得る、但虚妄を離るるを、名づけて解脱と為す。 其れ実には未だ、一切の解脱を得ず。聖者是の人は、未だ実に滅度せずと説きたまふ。 斯[※初版では「斯」だが愛世版では「斬」(誤字)。ここを含め以下、計5ヶ所。]の人未だ、無上道を得ざるが故に、我が意にも、滅度に至らしめたりと欲はず。 我は為れ法王、法に於て自在なり、衆生を安穏ならしめんが故に、世に現ず。 汝舎利弗、我が此の法印は、世間を利益せむと、欲するが為の故に説く。 所遊の方に在つて、妄りに宣伝すること勿れ。若し聞くこと有らむ者、随喜し頂受せば、 当に知るべし是の人は、阿惟越致なり(不退転)。若し此の経法を、信受すること有らむ者は、 是の人は已に曾て、過去の仏を見たてまつつて、恭敬供養し、亦是の法を聞けるなり。 若し人能く、汝が所説を信ずること有らむは、則ち為れ我を見、亦汝、及び比丘僧並びに諸の菩薩を見るなり。 斯の法経は、深智の為めに説く。浅識は之を聞いて、迷惑して解らず。 一切の声聞、及び辟支仏は、此の経の中に於て、力及ばざる所なり。 汝舎利弗、尚ほ此の経に於ては、信を以て入ることを得たり、況や余の声聞をや。 其の余の声聞も、聖語を信ずるが故に、此の経に随順す、己が智分に非ず。 又舎利弗、憍慢懈怠、我見を計する者には、此の経を説くこと莫かれ。 凡夫の浅識にして、深く五欲に著せるは、聞くとも解ること能はじ、亦為に説くこと勿れ。 若し人信ぜずして、此の経を毀謗せば、則ち一切、世間の聖種を断ぜむ。 或は復顰蹙して、而も疑惑を懐かむ、汝当に、此の人の罪報を説くを聴くべし。 「若しは仏の在世にもあれ、若しは滅度の後にもあれ、其れ斯の如き、経典を誹謗すること有らむ。 経を読誦し、書持すること有らむ者を見て、軽賤憎嫉して、而も結恨を懐かむ。 此人の罪報を、汝今復聴くべし。其人命終して、阿鼻獄に入らむ。 一劫を具足して、劫尽きなば更に生れむ。是の如く展転して、無数劫に至らむ。 地獄より出でば、当に畜生に堕つべし。若し狗野干としては、其の形㎡痩し、 黧黮疥癩にして、人に触嬈せられ、又復人に、悪賤せられむ。常に饑渇に困みて、骨肉枯竭せむ。 生きては楚毒を受け、死しては瓦石を被らむ。聖種を断ずるが故に、斯の罪報を受けむ。 若しは馲駝と作り、或は驢の中に生まれて、身に常に重きを負ひ、諸の杖捶を加へられむ。 但水草を念うて、余は知る所無けむ。斯の経を謗ずるが故に、罪を獲ること是の如し。 有ひは野干と作つて、聚落に来入せば、身体疥癩にして、又一目無からむ。 諸の童子に、打擲せられ、諸の苦痛を受けて、或時は死を致さむ。 此に死し已つて、更に蟒身を受けむ。其の形長大にして、五百由旬ならむ。 聾騃無足にして、蜿転腹行し、諸の小虫に、唼食せられて、 昼夜苦を受くるに、休息有ること無けむ。斯の経を謗ずるが故に、罪を獲ること是の如し。 若し人と為る事を得ては、諸根闇鈍にして、矬陋攣躄、盲聾背傴ならむ。 言説する所有らむに、人信受せず。口の気常に臭く、鬼魅に著せられむ。 貧窮下賤にして、人に使はれ、多病痟痩にして、依古する所無く。 人に親附すと雖も、人意に在かず。若し所得有れば、尋いで復忘失せむ。 若し医道を修して、方に順じて病を治せば、更に他の疾を増し、或は復死を致さむ。 若し自ら病有らば、人の救療するもの無く、 設ひ良薬を服すとも、而も復増劇せむ。 若しは他の反逆し、抄劫し竊盗せむ。是の如き等の罪、横さまに其の殃に罹らむ。 斯の如き罪人、永く仏、衆聖の王の、説法教化したまふを見たてまつらず。 斯の如き罪人は、常に難処に生まれ。狂聾心乱にして、永く法を聞かず。 無数劫の、恒河沙の如きに於て、生まれては輙ち聾唖にして、諸根不具ならむ。 常に地獄に処ること、園観に遊ぶが如く。余の悪道に在ること、己が舎宅の如く。 駞驢猪狗、是れ其の行処ならむ。斯の経を謗するが故に、罪を獲ること是の如し。 若し人と為ることを得ては、聾盲音唖にして、貧窮諸衰、これを以て自ら荘厳し水腫乾痟、疥癩癰疽、是の如き等の病、これを以て衣服となさむ。 身常に臭き処にして、垢穢不浄に。深き我見に著して、瞋恙を増益し。 淫欲熾盛にして、禽獣を択ばず。斯の経を謗ずるが故に、罪を獲ること斯の如し。」 舎利弗に告ぐ、斯の経を謗ぜむ者、若し其の罪を説かむに、劫を窮むとも尽きじ。 是の因縁を以て、我故に汝に語る、「無智の人の中に、此の経を説くこと莫かれ。 若し利根にして、智慧明了に、多聞強識にして、聖道を求むる者有らむ。 是の如きの人に、乃ち為に説く可し。若し人曾て、億百千の覚者を見たてまつりて、諸の善本を植ゑ、深心堅固ならむ。是の如きの人に、乃ち為に説く可し。 若し人精進して、常に慈心を修し、身命を惜まざらむに、乃ち為に説くべし。 若し人恭敬して、異心有ること無く、諸の凡愚を離れて、独り山沢に処せむ。 是の如きの人に、乃ち為に説く可し。又舎利弗、若し人有つて、 悪智識を捨てて、善友に親近するを見む。是の如きの人に、乃ち為に説く可し。 若し聖子の、持戒清潔にして、浄明珠の如くにして、大乗経を求むるを見む。 是の如きの人に、乃ち為に説く可し。若し人瞋り無く、質直柔軟にして、 常に一切を愍れみ、諸聖を恭敬せむ、是の如きの人に、乃ち為に説く可し。 復聖子の、大衆の中に於て、清浄の心を以て、種々の因縁、 譬喩言辞をもつて、説法すること無礙なる有らむ。是の如きの人に、乃ち為に説く可し。 若し比丘の、一切智の為に、四方に法を求めて、合掌し頂受し、 但楽つて、大乗経典を受持して、乃至、余経の一偈をも受けざる有らむ。 是の如きの人に、乃ち為に説く可し。人の至心に、聖舎利を求むるが如く、 是の如く経を求め、得已つて頂受せむ、其の人復、余経を志求せず、 亦未だ曾て、外道の典籍を念ぜず。是の如きの人に、乃ち為に説くべし」 舎利弗に告ぐ、我是の相にして、聖道を求むる者を説かむに、劫を窮むとも尽くさじ。 是の如き等の人は、則ち能く信解せむ。 帰命頂礼霊法加持一切苦厄解除退散惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。テームスはこの聖経の始終を聞いてハツと自ら胸を抱き其の場にガタリと打ち倒れ人事不省に陥つて了つた。治国別を始め一同は直ちに神の大前に祈願を凝らした。 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館出口伊佐男録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 12 霊婚 第一二章霊婚〔一四二〇〕 四辺暗澹として日月星辰の光もなく肌を劈く如き寒風は上下左右より吹雪となつて吹き来る。魑魅魍魎の叫ぶ声、山の尾の上や川の底より嫌らしく聞え来る。身体兀立し、痩せ衰へた一人の男、杖を力にトボトボと崎嶇たる隧道を当途もなしに下り行く。ややホンノリと明るくなつたと見れば野中に立てる大なる家屋の前、何処の果かは知らねども、かかる淋しき一人旅、何は兎もあれ、立寄つて一夜の宿を乞はむものと門を潜つて入り見れば、柱は虫喰ひ、処々に壁破れ、高き堂舎も柱根砕け朽ち、梁棟傾き歪み、垂木梠、脱け落ち、得も云はれぬ臭気四辺に充ち満ちたり。熊、鷹、鷲、蚖蛇、蟒、蝮、蜈蚣、蚰蜒、百虫、貉を始め名も知れぬ悪虫の輩、屋内を前後左右に往来し、屎尿の臭鼻をつき、蛆虫、糞虫、足許に集まり来る其嫌らしさ。テームスは途方に暮れて此家を立去らむと思ふ折しも山犬の群、幾百ともなく現はれ来りて、左右よりテームスを取囲み、飢疲れたる様にてテームスを噛み喰らはむと吠猛る。テームスは命限りに此家を立出で救ひを呼べど如何はしけむ、声調乱れて吾乍ら其何を云へるやを弁じ難き迄になつて来た。されど恐怖心に駆られて萱草の生えたる薄暗き野路を、杖を力に転けつ輾びつ逃げ出せば前方より夜叉、悪鬼、二人の女を追ひ駆け来る。女はテームスが前に躓き倒れた。よくよく見れば吾子のスミエル、スガールの二人である。夜叉、悪鬼は忽ち追つき、苦しむ二人の娘を忽ち四肢を引きちぎりテームスが面前にて噛み喰らう、その嫌らしさ。目の前吾子の危難を見る、身も世もあられぬ心の苦み、神を念じ、せめては吾身なりと救はれむと合掌せむと焦れども如何はしけむ身体強直し、自由の利かぬ浅間しさ。こりやかうしては居られぬと八九分迄も喰ひ尽された娘の首を眺め、これ今生の見おさめと転けつ輾びつ、北へ北へと走れども、何者か足にまつばる心地して、焦れば焦る程進み得ざるぞ悲しけれ。後の方より幾百万とも数へ難き程の夜叉、悪鬼の叫び声、 悪鬼『ヤアヤアそれへ逃げ行くテームスの爺、一時も早く引捉へ吾等の食に供せむ』 と呼ばはる声に驚いて空打仰げば空中に六面八臂の妖怪、妻のベリシナの頭髪を掴み空中にブラ下げてゐる。ベリシナは悲鳴をあげて、 ベリシナ『テームス殿、助けておくれ』 と呼ぶ声、五臓六腑に沁み渡り、煩悶苦悩やるせなく進退ここに谷まつて、因果を定め佇む折しも、以前の妖怪は数千人の曲鬼を率ゐて、テームスが前に現はれ来り、雷の如き声を放つて言葉鋭く、 妖怪『吾は兇党界の大魔王、妖幻坊を使役せる羅刹なり。汝が家は祖先代々より民の膏血を絞り、巨万の財を積み乍ら、饑餓凍餒の民を救ふ事を知らず、貪婪悪徳日に月に重なり罪障滅する時なく、ここに汝が祖先は冥罰を蒙り、かくの如き夜叉悪鬼となり、屎尿を飲食し、悪獣悪虫を餌食となし、極熱極寒の苦みに日に幾回となく悩められ悲惨の生涯を送りつつあり。然るに汝、此度弥勒神政の太柱神、大国常立大神の守らせ玉ふ三五教の宣伝使治国別の助けにより最愛の娘が危難を救はれ、一時は命の親と喜び崇め、三五教の信者とならむとまで誓ひたりしに、汝の精霊頑愚鈍慳にして心中已に三五教を忌避し居るに非ずや。又バラモン教の宣伝将軍鬼春別以下の司に救はれ赦されたる真人に対し、その言葉に、行ひに無限の悔蔑を表はし人々の精霊を悩ます罪、万死も尚及ぶべからず。汝今の間に心を改めざれば、これより極寒地獄に突堕し、無限の永苦を与ふべし。早く来れ』 と手を執つて北へ北へ無理無体に引摺り行く。 テームスが祖先と聞えたる夜叉、悪鬼の数々は後より嫌らしき声を一斉に放ちて追かけ来る浅間しさ。骨肉相食む地獄道の此惨状にテームスは人心地もせず、魔王がなす儘に泣き叫び乍ら、際限もなき枯野ケ原の石道を真裸足のまま、足を破り血を路上に染つつ無我夢中になつて曳かれ行く。 何時とはなしにテームスは薄暗い険峻な山の麓に着いてゐた。以前の悪鬼羅刹の影は煙の如く消え、四方の山の上へ悲しげな叫び声が、間歇的に風のまにまに聞えてゐる。火の様な風が吹いて体を焦すかと思へば、凍てつく様な寒風が忽ち吹き返し、氷柱の雨火の雨交る代る頭上に集中し下り来る。漸くにして目を開き四辺を眺むれば虎、狼、熊、獅子等が食物に飢たる如き様子にて幾百とも限りなく一人のテームスの肉を食まむと狙めつけて居る恐ろしさ。忽ち『キヤツ』と女の叫び声、よくよく見れば妻のベリシナが獅子、虎の群に両方より足を啣へられ吾目の前にて青竹割れにされ、群獣は忽ち寄り集つてバリバリと音を立て、残らずいがみ合ひ乍ら食つて了つた。 テームスは進退谷まつて運を天に任せ、観念の眼を閉ぢて居る。暑さと寒さに殆ど人心地もなかつた。忽ち雷鳴轟き電光閃き渡り、テームスの身体は空中に捲き上げられ、フワリフワリと幾百里とも知れぬ山河を下に眺め、火焔の濛々と立上る山の頂に落下した。黒煙は異様の臭気を放つて瞬く内に彼の身体を包んで了つた。何処ともなく、 『目を開け!』 と大声に呼はるものがある。怖々乍ら眼を開けば先に空中より下り来りし妖怪羅刹は彼が前に二人の女の両足をグツと左右の手に握り、頭を逆様にして崎嶇たる岩の上にコツリコツリと杖をつく様に臼搗いて居る。二人の娘はキヤーキヤーと悲鳴をあげ苦しげに泣き叫ぶ。テームスは一言を発せむとすれども、息塞がり舌つりあがり、ウの声も出なかつた。羅刹は巨眼を開き、声を荒らげて云ふ、 羅刹『汝、宿世の罪業によつて、現在の愛児の血をすすり、肉を喰ひ骨を粉にして食すべし。然らざれば汝も亦かくの如くなすべし』 と云ふより早く、二人の女の頭部を力限りに岩に打ちつけメヂヤメヂヤに砕いて了つた。 テームスは止むを得ず肯づいた。羅刹は姫の頭肉の断片を竹篦の先に掬うてはテームスの口に捻ぢ込む。テームスは止むを得ず、之を食はざるを得なかつた。口は痺れ醶く苦く毒薬を呑む如き苦しさを感じた。羅刹は大口開けて高笑ひ、 羅刹『アハハハハ、その方は今娘の肉を一口食つて味を知つたであらう。汝が祖先は玉置村の里庄として人民を苦しめ数多の貧者の膏血を絞り、汝が代になつては益々甚だしく、其富巨万を重ね玉木の村に巍然たる邸宅を構へ、天地を畏れず、驕慢の限りを尽す不届者、吾は人民の怨霊団結してここに羅刹として現はれしものぞ。いざ之よりは汝が精霊肉体ともに石を以て叩きつけ、幾百の肉団となし、汝が為に生前苦しめられたる精霊に分与すべし。さア早く此岩上に横はれ』 と罵り乍ら、その場に突き倒した。 かかる処へ天の一方より霊光輝き来り、テームスが前に落下した。羅刹は此火団に驚いて何処ともなく姿を隠した。火団は忽ち一柱の神人と化した。よくよく見れば鬼春別将軍が円満具足なる霊衣を身に着し、莞爾として立つてゐる。テームスは打驚き初めて口を開き、 テームス『ああ貴方は鬼春別様で厶いましたか。誠に失礼な事ばかり心の裡で思ひました。それ故祖先の罪と自分とで斯様な処へ落されたので厶いませう。何卒私の罪をお赦し下さいませ』 と手を合し涙を流して頼み入る。 鬼春『拙者は御存じの通りバラモン教のゼネラル、鬼春別で厶る。三五教の宣伝使治国別の一行の霊光に包まれ自我自愛の夢も醒め翻然として神の道を悟り、生き乍ら地獄道に陥落せし身を救はれ、吾精霊は神界の命によつてエンゼルとなり、今ここに治国別宣伝使の命によつて汝を救ふべく下り来れり。汝も今より吾に做つて前非を悔い、神の御前に犯し来りし罪悪を陳謝せよ。然らば汝が娘も妻も神の恵みに救はるべし。夢々疑ふ勿れ』 と云ひ放ち紫の雲に乗つて嚠喨たる音楽の響と共に中天高く帰り行く。後見送つてテームスは名も知れぬ高山の上に跪き其勇姿のかくるる迄涕泣し乍ら合掌し悔悟の念に駆られつつあつた。 俄に聞ゆる阿鼻叫喚の声、テームスは何心なく谷底を見れば焔々たる猛火に包まれ、嫌らしき妖怪や黒蛇の数限りなく猛火に焼かれ、悶え苦しみ泣き叫ぶ声であつた。此山の麓は空地もなく火に包まれ、妖怪毒蛇が焼き亡ぼされつつあつた。翼なき身は空中を翔り此場を逃るる訳にも行かず、頻りに天津祝詞を奏上し神の救ひを祈りゐる。 かかる処へ雲に乗つて勢よく降り来る一人の神人がある。よくよく見れば吾家に逗留したる万公である。万公は莞爾として、その前に立現はれ軽く目礼し乍ら、 万公『舅殿、此谷底を御覧なさいませ。沢山な妖怪や毒蛇が焼き亡ぼされてゐるでせう。これは皆テームス家の祖先が作つた罪業の化生した悪魔で厶いますよ。又此万公は貴方の祖先代々に苦しめられた憐れな人民の霊が凝結して万公となり、此世に生れ来たものです。私はそれ故どうしてもテームス家の後を継いで此テームス家の財産を人民に平等に分配し罪を亡ぼさねば、舅殿を始め祖先の罪は赦されますまい。お気がつきましたかな。万民の精霊が集まつて万公と名を負ひ現界に生れたのですよ』 テームス『いや、どうも有難う厶ります。因果応報の道理によつて先祖代々地獄の苦みを受けるのも已むを得ませぬが、三五教を奉じ玉ふ貴方が吾家の養子となり、祖先の罪を赦して下さるのなら、此位有難い事は厶いませぬ。併し乍ら、スミエル、スガールの両人は悪鬼羅刹の為に肉体を粉砕され、もはや現界には居りませぬ。どうして家を継ぐ事が出来ませうか。娘がなくても養子になつて下さるでせうか』 万公『御心配なさいますな。治国別の宣伝使がお守りあればスミエル、スガール両人は極めて安全に肉体を保つてゐられます。さアこんな処に何時迄居つても堪りませぬ。私と一緒に帰りませう』 テームス『伴れて帰つて下さるか。あ、それは有難い。然し罪多い吾々、どうして此火焔の山を下る事が出来ませう』 万公『いや宜しい。貴方も大変に足も疲れて居りまする。私が背に負うて帰りませう。僅か三千里ばかり走れば玉置村の宅へ帰れますから』 テームス『何、三千里、大変に遠い所迄何時の間に来たのだらうな』 万公『精霊の世界では三千里や五千里は現界の一丁を歩行する暇もかかりませぬ。さア早く背をお抱へ下さい』 と手をつき出せばテームスは小児の様な気になり、 テームス『ああ老いては子に従へだ。そんなら婿殿、宜しく頼みます』 万公『親が子に礼なんか云つたり、頼む必要はありませぬ』 と云ひ乍ら甲斐々々しく背に負ひ、猛々たる火焔の中をドンドンと火傷もせず、矢を射る如くに下り行く。 万公に負はれて山を下れば、際限もなき青草茂る原野があつた。原野の真只中を一瀉千里の勢でトントントンと駆け出せば、水晶の水を湛へた沼に行きあたつた。流石の万公も之には辟易して息を休め、思案を凝らさむとテームスを青芝の上にソツと卸し双手を合せて、 万公『三千世界の梅の花一度に開く常磐木の 松の神世となりにけり顕幽神の三界を 救はせ玉ふ三五の救ひの神と現れませる 国治立の大御神豊国姫の大御神 神素盞嗚の大神の瑞の御魂に仕へたる 治国別の宣伝使松彦、竜彦神司 万公別が真心を憐れみ玉ひ今ここに 現はれまして此沼を首尾克く渡らせ玉へかし 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神の恵みは常久に 変らせ玉ふ事あらじ守らせ玉へ惟神 玉置の里のテームスが世継となりし万公別 真心こめて神々の御前に慎み願ぎ奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞直し 世の過ちを宣り直す恵も深き神勅 仰ぎ敬ふ今日の空救はせ玉へ惟神 尊き神の御前に親子二人が慎みて 救ひを願ひ奉るああ惟神々々 御霊の恩頼を賜へかし』 かく歌ひ終るや際限もなき沼は忽ち変じて青畳となつた。テームスは目を開きよくよく見れば、鬼春別が読経せし隣室に目を眩して倒れてゐたのである。治国別、鬼春別、松彦、竜彦其他の人々は枕頭に集まつて懇切に介抱をし、天の数歌を頻りに奏上してゐた。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 13 蘇歌 第一三章蘇歌〔一四二一〕 青葉もそよぐ夏の風すき通りよき一室に 館の主テームスは鬼春別や久米彦の 心を疑ひ且つ憎みただ一刻も速に 吾家を出し呉れんずと心は千々に逸れども 大恩受けし三五の神の使の宣伝使 治国別の一行に憚りながら胸押へ 一間の内に駆け入りて棕櫚箒に頬被 させて並べた四つ箒未だ帰らねば神様に お願ひ申して追ひ出し家の禍除かむと 瞋恚の心に悩まされ鬼春別のゼネラルが 一心不乱に読経する隣の居間に身を忍び 一生懸命陀羅尼をば腹に唱へて待ち居たる 忽ち身体震動し頭は痛み胸つかへ 人事不省に陥りて其精霊は逸早く 身体内を脱け出し限りも知れぬ枯野原 寒風荒む地獄道杖を力によぼよぼと 涙と共に進み行く道の傍へに立ち並ぶ 一つ家屋を見つけ出し一夜の宿をからむとて 立寄り見ればこは如何に柱は腐り棟ゆがみ 悪獣悪虫往来し吾身辺を目標に 群がり来るいやらしさこりや叶はぬとテームスは 力限りに逃げ出せば道の左右に怖ろしき 妖怪変化の現はれて妖姿怪体現じつつ 獣の肉や人の肉争ひいがみ喰ひ合ふ 其光景に仰天し逃げむとすれど足重く 同じ所をぢたばたと汗を流して藻掻き居る 斯かる所へ中空より雷鳴轟く怪声が 耳を打つよと見る中に悪鬼羅刹が現はれて 限り知られぬ夜叉悪鬼従へ攻め来る怖ろしさ 極暑の風や極寒の嵐に吹かれ何処となく 身は中空に飛び散りて遙彼方の山の上に 佇み居たる訝かしさ忽ち聞ゆる阿鼻叫喚 よくよく見れば山麓の谷間々々に濛々と 燃え上りたる大火焔黒煙四辺を包みつつ 怪しき姿の精霊や黒蛇なぞが火の中に 苦しみ悶ゆる怖ろしさ身の毛もよだつ計りなり 再び羅刹は現はれて妻のベリシナ初めとし スミエル、スガール両人を力限りに虐待し 身を引き裂きて血を絞り砕いて喰ふ有様に 目も当られずテームスは悔悟の涙に暮れながら 両手を合せて大神の救ひを祈り奉らむと 思ひし事も水の泡言霊車止まりて 唯一言も転び得ず途方に暮れたる時もあれ 天を焦して下り来る一大火光は忽ちに 容色端麗比類なき大神人となりにける よくよく見れば三五の神に仕ふる万公が 五色の衣を纒ひつつテームス爺に打ち向ひ 種々雑多と霊界の因縁話を説き諭し 親子の契を結びつつ背に背負ひて濛々と 燃え拡がりし火焔をば難なく分けて下りつつ 青草茂る大野原一直線に東方に 向つて駆け出す勇ましさ万公別はテームスを 背に負ぶつて進む中際限もなき大沼の 前にピタリと行き当り息を休めて手を合せ 皇大神を祈る折碧き湖沼は忽ちに いと香ばしき青畳テームス館の奥の間と 変りたるこそ不思議なれテームス、ハツと気がついて 四辺を見れば三五の治国別を初めとし 松彦竜彦万公や鬼春別や久米彦の 軍の司を初めとし妻のベリシナ、スミエルや スガール、アーシス、アヅモスの家の子迄が枕頭に 双手を合せ三五の神の助けを祈り居る 真最中と見るよりも遉のテームス自我を折り 執着心を放棄して一切万事三五の 教に任す事としぬああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ。 テームスは四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、一同の吾枕頭に端坐し祈願を籠めて居るのを見て、感謝の涙を流し乍ら、 テームス『ああ、ベリシナお前は此処に居たか、スミエルもスガールも無事であつたか、アア結構々々、もうお前は悪鬼羅刹に引き裂かれ、殺されて仕舞うたと思うて居たに、まア結構であつた。夢ではあるまいかな』 ベリシナ『爺殿確りなさいませ。貴方は今目を眩かして殆ど死んで居られたのですよ。治国別様や鬼春別様、万公さまを始め御一同の丹精によつて罪を赦され、再び此世の明りを見る事が出来たのです。早く神様初め皆様にお礼を申しなさい』 テームス『ああこれはこれは御一同様、よくまア助けて下さいました。私は祖先代々よりの宿業によつて何とも形容の出来ぬやうな地獄に堕ちて参りました。罪程怖ろしいものは厶いませぬ。貴方方がお出下さいませぬでしたら、テームス家の祖先を初め、子孫に至る迄一人も残らず八万地獄に堕されて無限の責苦に遇はねばならぬ所で厶いました。娘のスミエルやスガールが猪倉山に囚はれ深い陥穽に堕し入れられ苦しめられたと聞いてから、鬼春別様、久米彦様外御一同のお方が憎らしくなつて表面では素知らぬ顔をして居るものの、心の中は鬼の様に殺気立ち、一時も早く吾家を放逐したいと我情を張つて居りました。娘の囚はれたのも全く吾々の祖先や子孫をお助け下さるためのお仕組だつたと云ふ事を深く悟りました。鬼春別様、久米彦様、其他の方々様、私の罪を何卒お赦し下さいませ。私は霊界に往つて貴方の清き尊き御精霊に助けられて参りました。又万公さまも……瓢軽な落付のない困つた男だ、何程娘スガールが恋慕して居つても、こんな男をテームス家の養子にする事は出来ない、ぢやと云つて娘の恋の醒めない中はどうする事も出来ない。一層のこと毒害でもせうか……と心の中に誰しらず悪い考へを抱いて居りました。此罪も万公さま何卒赦して下さい。霊界に於て進退谷り苦悶の最中をお助け下さつたのは貴方の精霊で厶いました。サアこれから此家を万公さまと番頭のシーナさまとに任せますから好きな様にして村人を助けてやつて下さい。テームスは財産に対してはもう些の執着もありませぬ』 鬼春別は涙を流し乍ら、 鬼春『テームス様、よくも其処迄悟つて下さいました。拙者も治国別様の御教導によつて生乍ら地獄を逃れ天国に救はれ、因縁あればこそ、かうして仮令一夜なりとも逗留さして頂いたので厶います。又二人のお娘子を困らしめたのも、やつぱり吾々が責を負はねばなりませぬ。娘の親として吾々をお恨みなさるのも決して御無理は厶いませぬ。貴方が箒を立てて早く帰れがしとお祈りして居られたのも幽かに私の耳に響いて居りました。夫故態と貴方の耳に聞ゆるやうに聖経を読誦し、貴方の反省を促さむとして居た所、貴方は経力に打たれて人事不省におなりなさつたのです。……ああ済まぬ事をした……と、直様霊界に祈つて居りました所、よくまア蘇生して下さいました。何卒これで恨をスツカリと晴らして下さいませ』 テームス『ハイ勿体ない、そんなお言葉を聞きましては冥罰が当ります。貴方のお蔭で、吾々一族が無間地獄の苦しみを受けるのを脱れる端緒が開けたので厶います。実に人間の怨恨程怖ろしいものは厶いませぬ。何卒これからは足らはぬ吾々一族を可愛がつて御指導下さいませ』 と熱涙を浮べて合掌する。鬼春別は嬉し涙に掻き暮れ物をもえ言はずしやくり泣きをして居る。エミシもスパールも神恩の有難きに感謝し言葉塞がり涙に暮れて居た。 治国『テームス殿、今回の幽界旅行によつて、因果転生の道理がお分りになつたでせうなア』 テームス『ハイお蔭に依りまして後生の怖ろしい事を悟りました。唯人間は惟神のお道に従つて、世間愛や自然愛を超越し、神の愛に生き、善徳を積まねばならないものと深く悔悟致しました。さうして貴方のお弟子と思つて居た万公さまは、深き因縁によつてテームス家の相続者となり、祖先以来の罪悪を払拭し給ふ御方と深く悟りました。何卒、結構な宣伝使の随行者なれ共、曲てテームス家の養子に与へて下さいますまいか。折入つてお願ひ致したう厶います』 治国『万公さまに異存さへなくば、私は些も構ひませぬ。道晴別、松彦、竜彦、貴方の意見は何うですかな』 道晴別『神の道闇を晴らしてわけ上る 日の出の神の御旨なるらむ』 松彦『松の世の小天国を築かむと 神は万公を下せしならむ』 竜彦『罪汚れ百の悩みをたつ彦の 教の開く基なるらむ』 治国別『有難し吾三柱の珍の弟子 諾ひますも神心ならむ。 いざさらばテームス夫婦スガール姫 万公を君が家柱とせよ』 テームス『有難し治国別の御言葉を 慎み神に仕へ奉らむ』 ベリシナ『罪多きテームスの家も三五の 神の伊吹に清められける』 スガール『村肝の心の底より愛したる 万公別に添ふぞ嬉しき』 シーナ『大神の御言畏みテームスの 家に誠の花は咲くらむ』 スミエル『惟神結び給ひし縁なれば 吾も仕へむシーナの君に』 アーシス『治国別神の司の口をもて 結びたまひし縁ぞ尊し』 お民『三五の月は御空に輝きて 吾胸さへも晴れ渡りぬる』 鬼春別『大空に輝く月の影見れば 笑ませ給ひぬテームス家の棟』 久米彦『厳御魂瑞の御霊は玉置の テームス館に輝きたまふ』 スパール『月清く大空青き今宵こそ 闇の晴れたる心地こそすれ』 エミシ『バラモンの軍の司カーネルと 仕へし吾も心嬉しき』 治国別『テームスの家の誉は今日よりぞ 月日の如く輝きまさむ』 テームス『罪多き吾館をば清らけく 治めたまひし神ぞ尊き』 斯く互に述懐を述べ、和気靄々として神前に額づき、各祝詞を奏上し、テームスが再生の神恩を感謝したりける。 窓の外には涼しき夏の風ヒチリキを吹いて穏かに通ふ、ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館加藤明子録)
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霊界物語 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) 18 音頭 第一八章音頭〔一四二六〕 アヅモスは赤手拭ひで鉢巻をし乍ら、群衆に交はつて手を拍ちつつ円を画いて宮の前の広庭に音頭を取り踊り始めたり。 (音頭口調)『ハーヤー夕陽も傾きて(エンヤツトコセー) 無常を告ぐる鐘の音も(コラシヨ) みろく三会の暁の 目醒めの声と聞ゆなりー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 社前を照らす銀燭の 光映ゆき照り渡りー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 治国別の神司 救ひの神と現れまして(コラシヨ) 三五教の御教を 完全に委曲に説き玉ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉木の村の里庄が家に(コラシヨ) 止まり玉ふ尊さよオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 猪倉山の巌窟に(コラシヨ) 巣を構へたるバラモンの 鬼春別や久米彦もオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 神の力に敵し得ず 兜を脱いで降参し(コラシヨ) 髪切り落し比丘となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 金剛杖に墨衣(コラシヨ) 身に纒ひつつ四人連れ 此家を後に出でて行くウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 後に残りし治国別は(コラシヨ) 御供の神の松彦さま(ドツコイ) 道晴別や竜彦のオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 珍の司と諸共に 玉置の村の守り神(コラシヨ) テームス館に宮柱 太しき立てて大神をオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 鎮め玉ひし尊さよ 殊に目出度き万公別 此家の主人となり玉ひ(コラシヨ) スガール姫を娶らせてエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 鴛鴦の契の幾千代も 万公末代変りなく(コラシヨ) 暮らさせ玉へ惟神(コラシヨ) 神の御前に願ぎ奉るウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) それにまだまだ目出度きは(コラシヨ) スミエル姫にシーナさま(ドツコイ) 三国一の婿となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 万公さまと相列び(コラシヨ) 里庄の家を継ぎ玉ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此村人を何時迄も(コラシヨ) 恵助けて三五の 教の道を立て玉ふオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 目出度い事が重なれば(コラシヨ) これほど重なるものかいなアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 番頭さまのアーシスさまは(コラシヨ) 雲井に近き御方の 珍の御胤と聞えたる お民の方を妻に持ちイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉木の村にましまして(コラシヨ) 治国別の神様の 教を守り此宮の(コラシヨ) 神の司となり玉ふオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 其の瑞祥を悦びて 老若男女の別ち無く 之の館に相集ひ 歓喜の涙にむせ返るウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ああ惟神々々 神の御前に謹みて(コラシヨ) 深き恵を感謝しつ 手拍子揃え足並揃え 拍手うちて踊りつつ 悦び祝ひ奉るウーウ(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) まだまだ先はあるけれど あまり長いのは御退屈 私はこれで休みます 次の御先生に御頼み申すヤーア(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー)』 道晴別は祭服を脱ぎ捨て、踊り子の中に飛び込み、音頭をとつて踊り始めける。 道晴別『(アアチヨイチヨイチヨイ) 私は道晴別司(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 三五教の神様に 御仕へ申して十四年(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 斎苑の館やエルサレム 黄金山や霊鷲山 コーカス山へも参拝し(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 誠に尊い御神徳 身に稟けまして治国別の 珍の司の宣伝使 御供に仕へ奉りつつ(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 斎苑の館を立出でて 河鹿峠を打渉り(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 曲の棲処と聞えたる 山口森に立寄つて 一夜を明す折もあれ(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 忽ち光る鬼火を眺め 胸轟かし居たる折(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 頭に三徳頂いて 蝋燭三本立列べ 鏡や鋏を胸に吊り チヤンチヤンチヤンチヤンビカビカと 怪しの姿がやつて来る(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ア、ヨイトサーヨイトサー) 不思議な奴だと怪しんで 胸轟かす真最中 アこれから先が面白い(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ヨイトサーヨイトサー) まだまだ先はあるけれど 後の御方に御気の毒 これにて御免を蒙りませう(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ヨイトサーヨイトサー、ハーレヤーレコレワノサヨーイヨーイヨーイトサ) 次の御先生に御渡し申す(ア、チヨイトコセチヨイトコセ、ヨーイトサーヨーイトサー)』 ○ 音頭『イヤ、ヤツトコシヨ 踊『コリヤドシタイヤイ 音頭『イヤま一つヂヤ 踊『イヤまだかいヤイ 竜彦『後見送りて宣伝使(エンヤツトコセー) 暫し言葉も無かりしがアーアー(ア、ヨイトセー、ヤツトコセー) 女房松姫尻目にかけ(コラシヨ) コリヤ女房(ドツコイ) 其方は神の使と云ひ乍ら 其天職を忘れたかアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 此松彦は神様の(コラシヨ) 尊き使命を蒙りて(コラシヨ) 治国別の弟子となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 悪魔の征討に上り行く(コラシヨ) 其首途を見ながらに(コラシヨ) 待てと申すは何の事オー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 聞きわけないと突放す 松姫顔を赤らめてエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) イヤのう、モーシ松彦さま(ドツコイ) 女乍らも宣伝使 夫の後を追つかけて どうして御用が出来ませうかアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 女房の心も察してたべ(ドツコイ) 悲しいわいなと泣き、伏してエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 輪廻に迷ふ浅間しさ 松彦涙を打払ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 今の別れは辛けれど(コラシヨ) 暫く忍べ道芝の 露さへ乾く例ありイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 治国別の師の君が(コラシヨ) 後を慕うて進み行き(コラシヨ) 浮木の森で追ついてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 功名手柄を世に照らし(ドツコイ) 尚も進んで月の国 ハルナの都に立向ひイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 斎苑の館へ復り言 申さにや置かぬと出でて行く(コラシヨ) 後見送りて松姫はアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 常磐の松の下かげに(コラシヨ) いよりかかつて声を上げエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) モーシモーシ吾夫さま(ドツコイ) 一日も早く神界の 御用をすませ玉はりて(コラシヨ) 無事なお顔を見せてたべエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 頼むワイなと声限り 便りを松姫小夜姫がアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 領巾振山のオーオー悲しみもーーー わが身の上を歎きつつ 別れを惜む可憐さアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 流石勇気の松彦も(コラシヨ) 妻の愛惜子故の暗(ドツコイ) 怺へかねてかハラハラハラ(ドツコイ) 涙は落ちてエーエーエー河鹿川ーーー 堤も崩るるばかりなりイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 其松彦は長駆して 治国別の師の君に(コラシヨ) 浮木の森に巡り会ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 茲に師弟は手を曳いて ライオン河を打渡りイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ビクトル山の麓なる(コラシヨ) 珍の都の刹帝利 左守の司の危難をば(コラシヨ) 救ひ助けし健気さよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 治国別の師の君の 大神力は云ふも更 国治立の大神様(コラシヨ) 神素盞嗚の神様の(コラシヨ) 深き守りによるものぞオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此竜彦も相共に(コラシヨ) 神の御道を歩みつつ ビクの国をば立出でてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 漸く此処に来て見れば 玉置の村のテームスがア娘 二人は魔神に捕らへられ 行方、知れぬと聞きしよりイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 三五教の宣伝使 松彦、竜彦、万公さま(コラシヨ) 三人の伴を引連れて(コラシヨ) 神のまにまに夜の道 上らせ玉ひし勇ましさアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 神徳忽ち現はれて バラモン教のゼネラルや カーネル始め百軍(コラシヨ) 一人も残らず言向けてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉置の村に帰りまし(コラシヨ) 清き教の数々を 里庄の夫婦に教へつつ 天国浄土を地の上に(コラシヨ) 築かせ玉ひし尊さよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 神の恵みも赫灼に 現はれ玉ひ今此処に(コラシヨ) 瑞の御舎建て玉ひ 皇大神を永久に コラシヨー(ドツコイシヨ) 斎き奉りし嬉しさよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ああ村人よ村人よ(コラシヨ) 尊き神の御前に 心を清め身を浄め(コラシヨ) 朝な夕なに参詣で 霊の恩頼を頂けよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此竜彦は師の君に(コラシヨ) 従ひ奉り明日よりは(コラシヨ) ハルナの都へ立向ひイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 神の依さしの神業を(コラシヨ) 仕へ奉りてウブスナの 山にまします大神の 御前に復命致すべしイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) いざこれよりは皆様に(コラシヨ) 御苦労になりし御礼を(コラシヨ) かねて御暇仕まつるウーウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 次の先生にお渡し申すヤーヤー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー)』 と音頭取りと踊り子が遷座式の神酒に酔ひ、歓喜に浮かされて円を造り、夜の更くる迄踊り狂ひ賑々しく祭典の式を納めた。是より治国別、道晴別、松彦、竜彦の四人は、テームス一家に暇を告げ、一先づエルサレムを指して足を速めて出でて行く。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館外山豊二録)