| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 10 据置貯金 | 第一〇章据置貯金〔一三〇四〕 祠の森には誰云ふとなく獅子、虎両性の怪物が現はれ、人間に化けてゐる。その人間が祠の森の主管者だから、ウツカリ詣らうものなら喰はれて了ふと云ふ評判がパツと立つた。それ故気の弱い連中は忽ち恐怖心にかられて、ここ二三日は誰も寄りつかなかつた。受付も事務室も極めて閑散である。只相変らず忙しいのは珍彦の神司のみである。珍彦は至誠神に仕へ、参拝者の有無に拘はらず、朝と晩とのお給仕を忠実に行つてゐる。イル、イク、サール、ハル、テルの五人は、受付も事務室もほつたらかしにして、瓢と鯣などを携へ、祠の森の最も風景佳き日当りのよい場所を選んで、頻りに酒を飲み始めた。 イク『オイ、御連中、何とまア祠の森も淋しくなつたぢやないか。エー、杢助さまが怪我をしたとか云つて踪跡をくらまし、あの悪たれ婆さまの義理天上さまは杉の木へ天上して顛倒し、腰骨をしたたか打ち、梟鳥の奴に両眼をこつかれて顔面膨れ上り、丸でお化の様になつて了つたぢやないか。あんまり嫌らしくなつて此神聖なお館も妖怪窟の様な心持になつて来て、ジツクリとして居られないぢやないか。酒でも飲んで元気をつけなくちやアやりきれないからな。おいイル、貴様は義理天上さまのお世話をして居たぢやないか。随分気分が悪かつただらうな』 イル『何、そんな事に屁古垂れるイルさまぢやないわ。世の中は善悪相混じ美醜互に相交はると云ふからな。一方には醜の醜、悪の悪なる義理天上さまの生宮の顔を見ながら、又一方には善の善、美の美なる天女のやうな初稚姫様の紅顔麗容を拝してゐるのだから、相当に調和がとれるよ。美しいものばかり見てゐると、何時の間にか瞳孔の奴、増長しやがつて美しいものも美しうない様になるものだが、何と云つても極端な妖怪的醜面と又極端な芙蓉の顔月の眉、雪の肌、日月の眼、花の姿の初稚姫様を見返つた時には其反動力とでも云はうか、其美は益々美に見え善は益々善と映ずるのだ。それだから辛抱が出来たものだよ。いや結句、辛抱どころか、得も云はれぬ歓喜悦楽の気分が漂ふのだ。イツヒヒヒヒヒ』 サール『おい、イル、それ程高姫さまの側が結構なら、何故朝から晩までくつついてゐないのだ。俺等の様な醜面の処へ来て、口賤しい酒を喰はなくても、初稚姫様の顔を見て恍惚として心魂を蕩かし、酔うてゐたら宜いぢやないか』 イル『それもさうぢやが、初稚姫様が「あたえ、一人でお世話を致しますから、イルさまは何卒休んで頂戴ね、又御用が厶りましたらお願ひ致しますから」と、それはそれは同情のこもつた此イルさまに……ヘヘヘヘヘ、一寸細い目を向けて優しい声で仰有るのだもの、なんぼ頑固の俺だとて、君命もだし難く退却仕ると云ふことになつて、暫く差控へてゐるのだ』 テル『ハハハハハ、馬鹿だな。本当に貴様はお目出度い奴だよ。態よい辞令で肱鉄をかまされよつたのだ。貴様の面を水鏡で一寸見て見よ、薩張顔の詰がぬけて了つてるぢやないか』 イル『ナーニ吐しやがるのだい。唐変木の貴様等に分つて堪るものかい。初稚姫様と俺との関係を貴様知つてるのか。以心伝心、不言不語の間に於て万世不易の愛的連鎖が結ばれてあるのだ。誠に済みませぬな、エツヘヘヘヘヘ。エー、涎の奴、イルさまの許可も無くして勝手気儘に出ると云ふ事があるかい。何程俺がデレルと云うても、貴様までが勝手にデレルとはチツト越権だぞ。ウツフフフフフ』 と云ひながら牛の様な粘液性に富んだ細い涎を手繰つてゐる。 テル『ハハハハハ、夢でも見てゐやがつたな。貴様と姫様との関係と云ふのは、只主と僕との関係だ。到底夫婦なんぞと、そんな事は柄にないわ』 イル『実の所は、初稚姫様の美貌を幻になつて眺めてゐたものだから、義理天上さまの命令も耳に這入らず、ポカンとして居つた所を、高姫の奴目も見えない癖に、ポカンとやりやがつたのだ』 テル『愈三段目になつて来たな。さア一杯グツと飲んで、正念場を聞かして貰はうかい』 イル『酒の一杯や二杯では、神秘の鍵は渡す事は出来ないわ。此上話して聞かした処で、下根のお前等、所謂八衢人間には到底解し得ないから、まア云はぬが花として筐底深く秘めて置かう。開けて口惜しき玉手箱でなくて、ぶちあけて嬉しい玉手箱、折角握つた運命の鍵を貴様等に占領されちやア、折角の苦心が水泡に帰するからな』 テル『おい、そんな出し惜しみをするものぢやない。其先の一寸小意気な所を窺かしてくれないかい。刀の鑑定人は、チツト許り砥石でといで窓をあけ、柄元の匂ひを見れば、直に其名刀たり或は鈍刀たる事を知る如く、此テルさまは名の如く、心の底までよくテルさまだからな』 イル『実の所は、其先は余りで云ふに忍びないのだ』 テル『忍びないとは何だ、ヤツパリやり損ねたのだな。玉茸を採り損なつて梟の宵企みに目玉をこつかれた口だらう。ウフフフフフ』 イル『秘密にして呉れたら言つてやるが、お前等四人は一生涯他言はせぬと云ふ誓ひをするか。さうすれば一部分位はお祝に表示してやらぬ事もない』 四人声を揃へて、 (イク、サール、ハル、テルの四人)『よし誓つた。誓つた以上は大丈夫だからね』 イル『それなら云つてやらう。初稚姫さまが、それはそれは何とも知れぬ情緒のこもつたお声で、柔かい細いお手々を出して、「これイルさまえ、お前もお母さまのお世話をして下さるので、さぞお疲れでせう。何卒コーヒーなつと一杯お飲り下さいませ」……ヘヘヘヘヘなーんて仰有つて、それはそれは情のこもつた笑を湛へて注いで下さるのだ。それから頭脳鋭敏の某、チヤーンと相手方の心の底まで見てとり、例の軍隊式で身体をキチンと整理し、コーヒーを左手に一寸持ち、貴様等が酒を飲む様なしだらない事はなさらないな。第一姿勢を正しうし、気を付け「一、二、三」と、斯う空中に角度を描いて、わが口中へ徐に注入した。さア、さうすると流石の初稚姫さまも堪へきれない様な笑を洩して、「ホホホホホ」と鶯のさね渡りの様な美声妙音を放つて笑ひ遊ばしたのだ。さうすると一方に控へて居る義理天上の怪物奴、目が見えないものだから初稚姫様に喰つてかかり「これ初稚、お前は之程親が苦しんでゐるのに、何面白さうに笑ふのだい。小気味がよいのかい」等と意地苦根の悪い、あの優しいお姫さまに毒ついてゐるのだ。憎いの何のと、此時こそは愛人の為に敵を討つてお目にかけむと奮然として立上り、高姫の横つ面目がけて骨も挫けよと許り「ウーン」と叩いたと思へば火鉢の角だつた、アハハハハ。よくよく見れば指から血が滲んでゐる。そこで「痛い」と云はむとせしが待て暫しだ。それはそれ、初稚姫様が監視して厶るだらう。千軍万馬の中を命を的に勇往邁進し、砲煙弾雨を物ともしない軍人の某、マサカ弱音を吹く訳にも行かず、痛さうな顔も出来ないのだから随分我慢したね。さうすると、又もや初稚姫様が梅花の唇を開いて、鶯でも囀つてゐるやうに「ホホホホホ」と笑ひ声をお洩し遊ばしたのだ。そこで此イルさまが「これはしたり、初稚姫殿」とやつたね』 テル『うーん面白いね。談益々佳境に入りけりだ。謹聴々々』 イル『さうすると初稚姫様が仰有るのに「あのまあイルさまの勇壮なお顔、口をへの字に結び眉間に迄皺を寄せて厶るお姿は、ビリケンの化相した山門の仁王さま見た様だわ」と仰有るのだ、エヘヘヘヘヘ。ここに初めて某のヒーロー豪傑たる真相を認められたと思つた時の嬉しさ、勇ましさ、イヤ早形容すべき言語もない位だつた』 サール『馬鹿、貴様、馬鹿にしられ居つてそれが嬉しいのか。恋に恍けた奴の目には、何でもかんでも愛に映ずるのだから堪らぬのだ。本当に此奴は睾玉を落して来よつたのだよ』 イル『こりや、サール、黙つて聞かう。聴講者の妨害となるのを知らぬか。あまり騒擾致すと会堂外へ退去を命ずるぞ』 サール『ヘヘヘヘヘ、あーあ、あーあ、化物屋敷ぢやないが、アークビが出るわい』 テル『おい、イル公、サールなどに構はずドシドシと長口舌を運転さしてくれ。機関の油がきれたら又このアルコールをグツと注してやるからな』 イル『竹林の七賢人でなくて、森林の四賢一愚人がここに集まつて林間酒を暖めながら、田原峠の実戦の状況を実地に臨んだ其勇士から聞くのだから、随分勇壮なものだぞ。謹んで聞かないと、再び斯様な面白き趣味津々たるローマンスは一生涯聞く事は出来ないぞ』 テル『うん、さうだろさうだろ。之からが正念場だ』 と捻鉢巻をしながら肱を張り、自分がやつた様な気で二足三足前へニジリ寄り、咬み犬の様な顔をしてイルの顔をグツと見上げてゐる。イルは演説口調になつて、四辺の木の幹に片手を支へ、右の手を腰の辺りに置き、稍反身になつて喋々と虚実交々取りまぜて、講談師気分で喋り始めた。 イル『扨て、前席に引続きまして御静聴を煩はしまする。愈祠の森、高姫の段、三五教に其人ありと聞えたるイルの勇将に、一方は古今無双のナイス、初稚姫との面白き物語で厶ります。そこへ勇猛なる義犬スマートをあしらつた物語で厶りますれば、益々佳境に入り、お臍の宿替は申すに及ばず、睾玉の洋行致さない様、十二分の御注意を払はれむ事を希望する次第であります』 ハル『おい、そんな長口上は如何でもいいわ。早く本問題に移らないか』 イル『お客様の仰せ、御尤もには候へど、今申したのは今夕の添物と致しまして、愈本問題に差しかかりまする』 テル『おい、最前の様に坐つて酒を飲みながらやつてくれないか。何だか学術講演会へ出席してる様な気がして、酒を飲んでる気分がせないわ』 イル『御註文とあれば仰せに従ひ、それでは一寸天降りを致し、光を和らげ塵に同はつて、下賤の人物と共に兄弟の如く、朋友の如く、打解けて御相談を致しませう。ハハハハハ』 と云ひながらドスンと腰を卸した拍子に、細い木の角杭の削ぎ口が槍の様に劣つて居る其上に尻を下ろしたのだから堪らない。忽ちブスツと肛門に突入し、恰も粉ひき臼の上臼の様になつて了つた。 イル『アイタタタ、然し丸いものと云ふものは誰でも狙ふものと見えるわい。木の株迄が俺の尻を狙つて居やがる。何程株が流行る世の中でも、此株ばつかりは御免だ。然し節季になつて尻拭ひが出来ぬと困るから、今の内に倹約して此処にチヤンと据置貯金だ。イヒヒヒヒヒ』 と少し許り肛門を破り血をたらしながら、ズブ六に酔うて居るので、そんな事に頓着なく滔々として弁じ始めた。 イル『さて、初稚姫様のお顔が目にちらつき、日が暮れても、寝ても起きても、雪隠の中にでも俺の目の前に現はれるのだ。何とまアよく初稚姫さまも惚れたものだな。何処に行つてもついて来てゐる。据膳喰はぬは男でないと思ひ、轟く胸をグツと抑へ、勇気を鼓してその優しい手をグツと握つた途端に、「ウー、ワンワン」と云つて俺の耳たぼに噛振りつき、これ、此通り傷をさせよつたのだ』 テル『何と顔にも似合はぬ恐ろしい女だな』 イル『何、姫様だと思つたら猛犬の手を力一杯握つたものだから、畜生吃驚して喰ひつきよつたのだ、アハハハハハ』 サール『何だ。大方、そこらが落ちだと思つてゐたのだ。貴様は一霊四魂の活動が不完全だから、そんな頓馬な事ばかりやりよるのだ。チツと霊学の研究でもしたら如何だい、男爵様が気をつけるぞや』 イル『ヘン、男爵、馬鹿にするない。貴様は首陀の生れぢやないか』 サール『男が酌をして飲むのが男爵だ。私が勝手に酌をして飲むのが私爵だ。小酌な事を申すと承知致さぬぞ』 イル『俺は酒を飲んで口から嘔吐と一緒に吐いたから吐く酌様だ。吐く酌として余裕ある一丈七尺の男子だからな』 サール『ヘン、一丈七尺なんて七尺にも足らぬ小男奴、偉さうに云ふない』 イル『八尺と九尺とよせて八九尺だ。一丈七尺と云つたのが何処が算盤が違ふのだ。何と粗雑な頭脳の持主だな。一霊四魂が如何だのかうだのと、偉さうに云ふない。それ程偉さうに云ふのなら、一つ解釈して見よ』 サール『貴様の様な木耳耳には聞かしてやるのは惜しけれど、俺が無学者と思はれちや片腹痛い。云ひがかり上、男子として説明の労を与へないのも、学者の估券を傷付くる事になるから、一つはりこんで教訓してやらう。エヘン、抑々一霊四魂と云ふのは、直霊、荒魂、奇魂、幸魂、和魂を云ふのだ。さうして荒魂は勇なり、幸魂は愛なり、奇魂は智なり、和魂は親なり、分つたか、随分よく学理に明るいものだらう』 イル『勇とは何だ。勇の説明をせぬかい』 サール『マ男を即ち勇者と云ふのだ。どうだ、分つたか。それから親の講釈だ。親と云ふ事は親と云ふ字だ。辛い目を八度見せるのを親と云ふのだ。それから愛だ。どんな事でも有利なものであつたならば喉を鳴らして受ける心、之を愛と云ふ。ヘン、又日々貴様のやうに口で失策する奴を智と云ふのだ。十目一様に見るのを直霊の直といふのだ。何といつてもサールさまだらう。俺の知識には、誰一人天下に手をサールものがないのだから、サールさまと申すのだ、エヘン』 テル『成程、妙々、如何にもよく徹底した。文字と云ふものは感心な意味を含んだものだね』 斯く話す折しも楓は森の彼方より、 楓『イルさま、皆さま、早う帰つて下さい』 とありきりの声を出して呼ばはつた。 五人は取る物も取り敢へず、バタバタと事務所をさして帰り行く。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五北村隆光録) |
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202 (2517) |
霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 18 安国使 | 第一八章安国使〔一三一二〕 珍彦館には、珍彦、静子、楓、初稚姫及び斎苑の館の直使なる安彦、国彦の六人がヒソビソと首を鳩めて懇談に耽つて居る。 珍彦『遥々と大神様よりの御使、御苦労に存じます。何分至らぬ吾々、大役を仰せつけられ、力にあまり、勤めも碌に出来ませぬので、定めし八島主命様にも御迷惑の事で厶いませう。定めて吾々の不都合をお叱りのためのお使で厶いませうなア』 安彦『イヤイヤ決して左様では厶らぬ。貴方の赤心は誰知らぬ者も厶いませぬ。教主様も大変にお喜びになつて居ますから、御安心下さいませ』 珍彦『左様で厶いますか、不都合な吾々を、広き心に見直し聞直し下さいまして誠に畏れ多い事で厶います』 静子『何分とも宜しく御願ひ致します』 安彦『ハイ、よきに取計らひませう。先づ先づ御安心下さいませ』 初稚『安彦様、今度お出でになりましたのは、あの高姫さまの一件で厶いませうな』 安彦『お察しの通り、彼高姫は斎苑の館に於て、副教主東野別に対して無礼を加へ、其上所在狂態を演じ、夜陰に紛れて館を抜け出し、直様此館に逃げ来り、又もや悪霊に左右されて、神業の妨害を致すこと最も甚だしければ、一時も早く此館を放逐し、自転倒島へ追つ帰せとの御命令で厶る』 初稚姫『それは嘸高姫様がお驚き遊ばす事で厶いませう。何とか穏便に高姫様に改心して貰ひ、此処に暫く御用をさしてあげる事は出来ますまいかなア』 安彦『貴女のお言葉ならば、決して違背は厶いますまい。併しながら吾々は教主のお使にて参りしものなれば、独断にて如何ともする事は出来ませぬ』 初稚姫『成程それは御尤もで厶います。教主様の御命令とあらば致し方厶りませぬ。併しながら茲暫くの間私にお任せ下さるまいか。何とか致して高姫さまの身魂を救ひたいもので厶います。今放逐すれば益々心荒み、上げも下しもする事が出来ないやうになるかも知れませぬ。何卒八島主様にお会ひでしたら、茲暫く初稚姫にお任せ下さるやうお願ひ下さいませぬか』 安彦『ハイ承知致しました。直様立ち帰り御猶予を願つて見ませう』 初稚姫『早速の御承知、有難う存じます』 国彦『イヤ珍彦殿、高姫殿は何だか怪しき男を引き入れて居られるとか聞きましたが、それは何者で厶いますか』 珍彦『ハイ、真偽の程は吾々には分りませぬが、どうも怪しいもので厶います。斎苑の館から参つた、杢助だと云つて居られますが、どうしても初稚姫様にお会ひなさらぬので厶います。それが第一私の不思議とする所、一度初稚姫様にお尋ねして見たいと思うて居ますが、余り失礼だと思ひ、お尋ねも致さず控へて居りました』 国彦『ハテナ、杢助総務は日々斎苑の館へ御出勤になつてゐます。弥もつて不思議の至りで厶る。何か怪しい点はお認めになりませぬかな』 珍彦『ハイ、何だか存じませぬが、大変に犬がお嫌ひださうで厶います。此間も森を散歩して躓き眉間を石で打つたと仰せられましたが、一寸私が窺ひますのに、顛倒て打つた傷ではなく、犬に噛まれたやうな深い歯形が附いて居りました』 国彦『成程、そいつは益々怪しう厶る。安彦殿、如何思召されますか。こりや聞き捨てにはなりますまい。一つ正体を調べたいものですなア』 安彦『サア、吾々はお使に参つたのは、何も彼も一切を調べて来いとの事なれば、高姫は申すに及ばず、杢助と名乗る人物を能く調べて報告を致さねばなりますまい』 国彦『左様で厶る、直様着手致しませう』 珍彦『一寸お待ち下さいませ。余程考へなくては、先方に悟られては又逃げ出すかも知れませぬから、一寸私が様子を伺つて参りませう』 楓『あのお直使様、高姫さまと夫婦だと云つて、それはそれは朝から晩迄、酒ばかり呑んで一寸も事務は見ないのですよ。そしてお父さまやお母さまを毒散と云ふ薬で殺さうとしたのですよ。けれども文珠菩薩様が夢に現はれて神丹を下さいましたので、お蔭で毒が利かなかつたのです。さうでなければ、私の両親はとうの昔になくなつて居るのです。彼んな奴は早くどうかして貰はなくては、本当の事、一目も寝られないのです。初稚姫のお父さまだなんて云ひながら、正体が現はれるのが怖ろしさに一度も姫様に会はず、此頃は初稚姫様を此館に閉ぢ込めて了ひ、自分の居間には高姫と二人で誰も通さないのです。きつとあいつは妖怪に違ひありませぬ。そして高姫さまは、妖怪を杢助さまと思つて居るのです。斎苑の館の杢助さまが彼方にもあり、此方にもある道理がないぢやありませぬか』 安彦『ハテ、聞けば聞く程不思議千万で厶る。これはテツキリ妖怪に間違ひ厶いますまい。初稚姫殿、貴女のお考へは如何で厶います』 初稚姫『私の考へでは杢助と名乗る怪物は、大雲山に居る妖幻坊と云ふ悪魔に違ひないと考へます。何と云つても妾の愛犬スマートが怖くて仕様がないので厶いますもの』 安彦は二歩三歩ニジリ寄り、目を見張り、口を尖らしながら、 安彦『姫様、それがお分りになつて居るのに、何故今まで放任しておかれたのですか。早くスマートを使嗾かけて亡ぼしてやつたらどうですか。さうしたら高姫も目が醒めるでは厶いませぬか』 初稚姫『さうして見ようかとも思ひましたが、俄に左様な事を致せば、高姫様が大変な恥をお掻き遊ばすなり、又失望落胆の程が計り知られないと思ひまして、ボツボツと気のつくやうと、忙がしい体をここに留めて、時機を待つて居るので厶います』 安彦『姫様、そんな、グヅグヅして居る場合では厶いませぬぞ。吾々両人が承はりました以上、此儘帰る訳には参りませぬ、サア是から妖怪征伐に着手致しますから、何卒拙者等両人にお任せを願ひます』 初稚姫『あれしきの妖怪を倒す位は朝飯前の仕事で厶います。スマートだけでも立派に追ひ散らすでせう。併しながら彼を追ひ散らしてみた所で、又他の地方へ往つて悪事をなすに違ひありませぬ。それ故に暫く此処に留め置き、心の底から彼の妖怪を改心させようと存じ、光を和らげて時機を待つて居るのですよ』 国彦『どうも腕が鳴つて仕方がないぢやないか。もし初稚姫様、そんな気の永い事を云はずに、私にお任せ下さいませ。きつと私が退治てお目にかけませう』 初稚姫『短気は損気、まア待つて下さいませ。お直使様のお言葉を背いては済みませぬが、何と云つても妾の父と云つて現はれたので厶いますから、仮令怪物と雖も吾父と名のついたものを、さう無闇に苦しめる事は情に於てすみませぬ。仮令贋者にもせよ、父の名に於てどうして敵対へませうか。仮令貴方が退治なさつても、この初稚の耳に入つた以上は何処迄もお止め致します。妾が知らぬ間に退治遊ばすのなら已むを得ませぬが、もう只今となつては、貴方も妾に対し左様な惨酷な事は出来ますまい』 安彦『何と親と云ふものは偉いものだな。仮令如何なる悪魔でも親の名を名乗つて居るものを苦しめる事は出来ないとは、実に人情の深いお方だ。いや孝行の御精神だ。いやもう感じ入りました』 初稚姫『それ故何処迄も赤心を尽して其妖怪を改心させ、救うてやりたいものです。妾もあの妖怪から吾娘と云はれたのですから、娘としての赤心を尽したいと存じます。斯様な妖怪に、仮令言葉の上でも娘と云はれるのは何か因縁があるのでせう。何うか愛善の徳を以て彼を救ふべく、試験問題をお与へ下さつたのだらうと存じます』 安彦『然らば是非に及びませぬ。イヤ国彦殿、これにてお別れ致さうぢやないか』 初稚姫『何うも遠方を御苦労様で厶いました。高姫さまの件については今一応妾の意見を申上げ、御詮議の上暫しの御猶予あらむ事をお願ひ申します。そして否やの御返事は、無線霊話をもつて妾の耳迄お達し下さいますれば、結構で厶います』 安彦『イヤ委細承知致しました。珍彦殿、然らばこれにて御免蒙りませう。随分貴方も御苦労で厶います。初稚姫様に御返事のあり次第、貴方は祠の森の神司の職権を以て高姫に申渡しをなさるやうに、呉れ呉れも申渡しますぞや。決して遠慮はいりませぬから、どしどしおやりなさいませ』 珍彦『ハイ委細承知致しました。それを承はらば、拙者も職権を以て御命令通り、何の憚る所なく断行致しますから、何卒御安心下さいませ。此珍彦も何分神様のお道が充分に分つてゐないものですから、つひ高姫さまの口先に操られ、いつも屁古まされ通しですが、お直使を通しての教主様のお言葉、決して背きは致しませぬ』 安彦『イヤそれ聞いて安心致しました』 国彦『イヤ安彦殿、折角出張致したのだから、御本殿は申すに及ばず、此館は一間も残らず見分致し、境内を一巡致して帰らうでは厶らぬか』 珍彦『然らば幹部の役員に申付けて御案内を致させませう』 安彦『イヤそれは有難い。然らば二人許り案内を願ひませうかなア』 珍彦『承知致しました』 と云ひながら、磬板をカンカンと打つた。イル、サールの両人は暫くして装束をつけ珍彦が館に入り来り、 イル、サール『今「二人来い」と云ふお報せで厶いましたので、直様装束を調へ罷り出ました。お直使様に対し何か御用が厶いますれば、承はりませう』 珍彦『いや、イル、サール両人様、御苦労で厶いました。外でもありませぬが、お直使様お二人を一度御本殿に御案内申上げて下さい。そして境内を叮嚀に御案内申上げ、最後に杢助様の御居間や、高姫様のお居間へ御案内なさるが宜しいぞや』 イル『ハイ承知致しました。サア御直使様、吾々両人が御案内致しませう』 安彦、国彦両人は軽く目礼しながら、イル、サールの後に従ひ御本殿に案内された。 茲に両人は恭しく神言を奏上し、終つて宣伝歌を手向けた。安彦は歌ふ。 安彦『厳の御霊や瑞御霊清き尊き大御稜威 現はれまして今此処に河鹿峠に名も高き 祠の森の真秀良場に千木高知りて現れませる 国治立の大御神月の大神日の御神 バラモン教の司神大国彦を初めとし 盤古神王塩長の彦の命や其外の 百の神等斎かひて常世の暗を晴らさむと 顕れませるこそ尊けれ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 曲津は如何に荒ぶとも皇大神の御稜威もて 此世の曲を悉く伊吹払ひに払ひのけ 浦安国の浦安く守らせ給へ惟神 神の詔を畏みて産土山の聖場より 参り来ませる安彦や国彦司と諸共に 御前に畏み願ぎまつるああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 国彦は又歌ふ。 国彦『吾は国彦宣伝使高取村の与太彦と 名を知られたる与太男弥次彦さまと諸共に コーカス参りの其途中お竹の宿に泊る折 日出の別の宣伝使部下に仕へる神司 此処に現はれましまして駒に跨がりいそいそと 小鹿峠の麓まで来る折しも音彦の 神の司と諸共に吾等二人は残されて ウラルの道の目付等に取囲まれて逃ぐる折 小鹿峠の峻坂に前後に敵を受けしより 千尋の谷間に落ち込んで忽ち幽冥の人となり 三途の川まで到着し脱衣婆さまにいろいろと 小言八百並べられ河を渡りて銅木像 其外怪しき者共に二度三度出会し 茲に漸く身魂をば研きすまして宣伝使 仕へまつりし国彦ぞああ惟神々々 神の恵を身に浴びて今は尊き斎苑館 司の群に加はりて教の道を宣伝し 帰りて見れば此度の祠の森の直使をば 云ひつけられし尊さよ此御社に現れませる 皇大神よ百神よ何卒吾身の使命をば 完全に委曲に復り命申させたまへ惟神 尊き神の御前に安彦国彦両人が 畏み畏み願ぎまつるああ惟神々々 神のみたまの幸はひてこれの館に住まひたる 妖幻坊の醜霊や金毛九尾の醜狐 一日も早く大神の誠の道に目を醒まし 悪逆無道をひるがへし世界に曲を行はず 世人を救ふ御柱とならさせたまへ惟神 神かけ念じ奉る』 と歌ひ終り、恭しく拝礼をして階段を下り、又もやイル、サールの案内に連れて広き森林内を隈なく巡視し、妖幻坊が遭難場をも詳しく実見し、落ちこぼれたる血糊の、人間の血にあらざる事迄よく確め、終つて八尋殿に上り、暫し休憩の後、杢助、高姫の居間を臨検せむと相談しながら茶を啜つて居た。 杢助、高姫は安彦、国彦が今や吾居間に臨検に来るとは、神ならぬ身の知る由もなく、ハルを相手にいろいろと訊問を始めて居た。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七加藤明子録) |
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霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 19 逆語 | 第一九章逆語〔一三一三〕 高姫の居間には妖幻坊の杢助、高姫両人、六ケしい顔をして上座に坐り、ハルをつかまへて油をとつてゐる。 妖幻(妖幻坊の杢助)『オイ、ハル、今表口に参つて何かゴテゴテ申して居つたのは何者だなア』 ハル『ハイ、何でも厶いませぬ。只道通が一寸受付へ立寄つたので厶います』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。其方は吾々に隠し立てをするのだなア。斎苑の館から直使が来たのであらうがな』 ハル『ハイ、エエ、それは、みえました。併しながら決して吾々に対して、御用もなければ何とも仰せられませぬ』 妖幻坊の杢助『珍彦館へ其方は案内をしたであらうがなア。様子は大抵知つて居るだらう』 ハル『ヘーエ、イルに……イン、承はりますれば、此館の総取締にイルを致す………とか云ふお使ださうで厶います』 妖幻坊の杢助『高姫や此杢助を放逐すると申して居らうがな』 ハル『エー、そんなこた、一寸も存じませぬ。併しながら朝晩の御給仕もせず、酒ばかり呑んでる人物に対しては、どういう御沙汰が下つたやら分りませぬな。直接私は何にも聞かないものですから、かう申したと云つて、決して之が事実だか事実でないか、保証の限りで厶いませぬ。併し何だか妙な空気が漂うてゐますで。何と云つても杢助さまともあらうものが、スマート如きが怖いと仰有るものだから、ヘヘヘヘヘ、皆の連中がチヨコチヨコと噂を致して居ります。それより外は何も厶いませぬ。これは一文生中の掛値もない、ハルの真心を吐露したので厶いますから、此上の秘密は何も存じませぬ』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。まだ外に何か秘密があるだらう。今の言葉から考へてみれば、貴様等は申合せ、此方や高姫の悪口を申して、斎苑の館へ手紙をやつたのであらうがなア。それでなければ直使が出て来る筈がないぢやないか。なに頭を掻いて居るのだ、ヤツパリ都合が悪いとみえるな。コリヤ白状致さぬか』 とハルの襟首をグツと取り、剛力に任せて、座敷の中央に突き倒し、一方の手でグツと押へ、一方の荒い毛だらけの手に拳骨を固めて振上げながら、 妖幻坊の杢助『コリヤ、白状致せばよし、隠し立てを致すと、此鉄拳が其方の眉間へ触るや否や、其方の脳天は木端微塵になるが、それでも白状致さぬか』 ハル『イイ痛い痛い、アア誰か来てくれぬかいな、お直使様、早く、来て下さるといいにな、イイ痛い痛い』 妖幻坊の杢助『サ、痛くば早く申せ。白状さへすれば許してやらう』 ハル『ハハ白状せと云つたつて、種のない事が白状出来ますか』 高姫『コレ、ハルさま、お前は五人の中でも一番利巧な男だ。それだから私がお前をイルの野郎の代りに受付頭にして上げたぢやないか。これ程私がお前をヒイキにして居るのに、なぜ隠し立てをなさるのだい。サ、早く言つてみなさい。決してお前さまの為に悪いやうにはせないからな』 ハル『高姫さま、そんな無茶な事、あなた迄が言つて貰つちや、此ハルが何うして立ちますか。よい加減に疑を晴らして下さいな』 妖幻(妖幻坊の杢助)『此奴は何処までもドシぶとい、まてツ、今に思ひ知らしてやらう、サどうぢや』 と又もや拳骨を固めて、力限りに打下さうとする一刹那『ウーウー、ワツウワツウワツウ』とスマートの声、妖幻坊は体がすくみ、色青ざめ、其儘ツイと立つて自分の居間に逃げ帰り、蒲団を被つて慄うてゐる。スマートの声は益々烈しくなつて来た。 高姫は少々慄ひながら、 高姫『コレ、ハルさま、お前はいい子だ。本当に様子を知つて居るだらう。サ、チヤツと言うてくれ、其代り、お前をここの神司にして上げるからなア』 ハル『ハイ、お前さま、用心しなされ。どうやら立退き命令が来たやうな按配ですよ』 高姫『ナアニ、立退き命令が、そりや誰に、大方珍彦にだらう』 ハル『冗談云つちやいけませぬよ。珍彦さまはここの御主人です。お前さまは勝手に義理天上だとか云つて坐り込み、自分免許で日出神の生宮と威張つてゐるのでせう。それだからお前さまに立退き命令が来るのは当然ですワ』 高姫『エーエ、まさかの時になつて、杢助さまも杢助さまだ。スマート位な畜生が、何程厭だと云つても、こんな正念場になつてから、自分の居間へ這入つて寝て了ふといふ事があるものかいなア』 ハル『ヘン、誠にお気の毒様、すんまへんな。何れ、悪は永うは続きませぬぞや』 高姫『エーエ、お前迄が、しようもない事を云ふぢやないか。サ、とつとと出ていつて下さい。この館は仮令直使が来うが何が来うが、日出神の生宮が守護して居れば、誰一人居らいでもよいのだから、何奴も此奴も放イ出してこまそ。グヅグヅしてると先方の方から立退き命令なんて吐しやがるから、先んずれば人を制すだから此方の方から立退かしてくれるツ』 と珍彦館をさして行かむと立ち上る。そこへ安彦、国彦はイル、サールに案内され、襖をサツと開いて這入つて来た。 イル『エ、もし直使様、ここが所謂義理天上の居間で厶います。何卒早く立退き命令を申し渡して下さい。コリヤ高姫、ザマア見やがれ、イヒヒヒヒ、誠に以てお気の毒千万なれど、今日限りだと思うて、諦めて帰んだがよいぞや。油揚の一枚も餞別にやりたいけれど、生憎今日は油揚も小豆もないワ。サツパリ、コーンと諦めて、ササ、帰つたり帰つたり』 高姫『エー喧しい、スツ込んでゐなさい。ここは義理天上日出神の神界から命令を受けて守護致す大門ぢやぞえ。そして直使といふのは誰だなア』 安彦『ヤア高姫殿、久しう厶る』 国彦『拙者は国彦で厶る。此度、斎苑の館より一寸様子あつて参拝致した者で厶る。境内の様子を見む為、此処まで調査に来たのですよ。そして直使の趣は珍彦に申渡しあれば、やがて其方に対し、何とか沙汰があるであらう』 高姫『ヘン、阿呆らしい、人民の命令位、聞くやうな生神ぢやありませぬぞや。勿体なくも高天原の霊国の天人、義理天上日出神の生宮ぢやぞえ。此肉体は常世姫命の再来で、変性男子の御系統だ。何と心得てござる。……ヤアお前は北山村の本山へやつて来て、トロロの丼鉢を座敷中にブツつけた、国公ぢやないか。そしてお前は安だらう。ヘン、阿呆らしい、直使なんて、笑はせやがるワイ、イツヒヒヒヒ、大きに憚りさま。これなつと、お喰へ』 と焼糞になつて、大きなだん尻を引きまくり、ポンポンと二つ三つ叩き、体を三つ四つゆすり、腮をしやくり、舌をニユツと出し、両手を鳶が羽ばたきしたやうにしてみせた。 安彦『仮令、拙者は神力足らぬ者にもせよ、天晴三五教の宣伝使、今日は又八島主命様より直使として参つた者で厶る。粗略な扱をなさると、斎苑の館へ一伍一什を申し上げますぞ』 高姫『ヘン、仰有いますわい。八島主の教主が何だ。青い青い痩せた顔しやがつて、まるで肺病の親方みたやうな面をして、此方に立退き命令、ヘン、尻が呆れて雪隠が躍りますワイ。お茶の一杯も上げたいは山々なれど、左様な分らぬ事を云ふ奴さまには、番茶一つ汲む訳には行きませぬワ。サア、トツトとお帰りなさい。高姫は斯う見えても、斎苑館の総務杢助の妻で厶るぞや。何程安や国が立派な宣伝使だと云つても、吾夫杢助の家来ぢやないか。今こそ杢助様は様子あつて役を引いて厶るが、ヤツパリ御神徳は三五教切つての偉者だ。どうだ両人、義理天上の申す事を聞いて改心を致し、此方の部下となつて、此処で御用を致す気はないかな』 国彦『安彦殿、困つた者で厶るな。論にも杭にもかからぬでは厶らぬか』 高姫『コリヤ与太、ソリヤ何を云ふのだ。勿体なくも日出神の生宮を目下に見下し、直使面をさげて、馬鹿らしい、何を云ふのだい。弥次彦、与太彦の両人奴、又一途の川の出刃庖丁を、土手つ腹へつつ込んでやらうかな。あの時は黒姫と二人だつたが、モウ、今日は神力無双の勇士、杢助さまの女房ぢやぞ。何だ、糊つけもののやうに、しやちこ張つて、其面は、マアそこに坐つたが宜からう』 隣の間にウンウンと唸る妖幻坊の声、耳をさす如くに聞えて来る。 イル『モシお直使様、こんな気違ひは後まはしと致しまして、杢助の居間を取調べませう、何だか唸つて居るやうですよ』 安彦『ヤ、国彦殿、エー、サール殿とハル殿と三人、此発狂者を監督してゐて下さい。拙者は杢助と称する人物の正体を見届けて参りますから』 と行かうとする。高姫は両手を拡げて、 高姫『コリヤコリヤ安、イヤ弥次彦、イル、メツタに義理天上さまの許しもなしに、行くことはならぬぞや。さやうな事を致すと、忽ち手足も動かぬやうに致すから、それでもよけら、行つたが宜からう』 イル『モシ直使様、行きませう。此婆は何時もあんなこと言つて嚇しが上手ですからなア』 安彦『なる程、参りませう』 と次の間の杢助の居間をパツとあけた。杢助は樫の棒を頭上高くふりかざし、力をこめてウンと一打、今や安彦の頭は二つに割れたと思ふ一刹那、床下より響き来るスマートの声、 スマート『ウーツ、ワアウワアウワアウ』 杢助は忽ち手痺れ、棍棒をふり上げた儘、一目散に裏の森林指して、雲を霞と逃げて行く。高姫は矢庭に杢助の居間に入つて見れば藻抜けの殻。 高姫『コレ杢助さま、何処へ行つたのだい。卑怯未練にも程があるぢやないか、サ早く帰つて下さいな。エーエ、何と云ふ気の弱い人だらう、本当に優しい人は、こんな時になると仕方がないワ。併し無抵抗主義の三五教だから、相手になつてはならない。こんな奴に掛り合うて居つたら、カツタイと棒打ちするやうなものだと思つて、逃げなさつたのかな。兵法三十六計の奥の手は、逃げるが一番ぢやといふ事だ。ヤツパリ杢助さまは、どこともなしに賢明な方だなア。到底ここらに居るガラクタには比べものにはなりませぬワイ。日出神も杢助さまには感心致したぞや。コレ弥次彦、与太彦、どうだい。感心したかい。チツトお筆先を頂いたらどうだい。結構なお筆先が出てるぞや。此イルも知つて居る通り、一字々々文字が動くのだから、そして正体を現はして竜となり、天上をするといふ生きたお筆先ぢやぞえ。どうだ、折角此処まで来たのだから、頂いて帰る気はないか。頂くというても筆先は直筆でも写しでもやりませぬぞや。お前の耳の中へ容れて帰ればいいのだから……』 安彦『ああ困つたものだなア、上げも下しもならぬ奴だ。阿呆と気違ひにかかつたら、どうも手のつけやうのないものだ』 高姫『ヘン、お前もお筆先をチツとは頂いてをるだらう。変性男子様が……阿呆になりてをりて下されよ。此方は三千世界の大気違ひであるぞよ。気違ひになりて居らねば此大望は成就致さぬぞよ。此方は誰の手にも合はぬ身魂であるぞよ。鬼門の金神でさへも往生致すぞよ。中にも義理天上日出神の神力は艮の金神も側へもよれぬぞよ。結構の身魂が世におとしてありたぞよ。余り神を侮りて居りたら、赤恥をかいて、大きな声で物も言へぬぞよ。日出神を地に致して三千世界の御用をさしてあるぞよ。何も知らぬ人民が、ゴテゴテ申せど、何も心配致さいでもよいぞよ。訳の分らぬ人民からいろいろと申されるぞよ。それを構うて居つたら御用が勤まらぬぞよ。神はいろいろと気をひくぞよ。トコトン気を引いて、これなら動かぬ身魂と知りぬいた上、誠の御用に使ふぞよ……といふ事をお前達は知つて居るかい。知らな言うてやろ、そこに坐りなさい。あああ一人の霊を改心ささうと思へば、随分骨の折れた事だわい。誠を聞かしてやれば面をふくらすなり、ぢやと申してお気に合ふやうなことを申せば、すぐに慢心を致すなり、今の人民は手のつけやうがないぞよ。神も誠に声をあげて苦しみて居るぞよ。中にも与太彦、弥次彦のやうな八衢人間が、善の面をかぶりて、宣伝使などと申して歩く世の中だから、困つたものであるぞよ。八島主命も言依別命も、学で智慧の出来た途中の鼻高であるから、霊国の天人の霊の申すことはチツとも耳へ入らず、誠に神も迷惑致すぞよ。これから義理天上の肉宮が、斎苑の館へ参りて、何も彼も根本から立替を致してやるぞよ。そこになりたら、今まで偉さうに申してをりた御方、首尾悪き事が出来るぞよ。神の申す中に聞かねば、後になりて何程苦しみ悶えたとて神は聞き済みはないぞよ。改心が一等ぞよ。神は人民が助けたさに夜の目もロクによう寝ずに、苦労艱難を致して居るぞよ。神の事は人民等の分ることでないぞよ。早く帰つて下されよ。四つ足霊がウロウロ致すと、神の気障が出来るぞよ。早く帰つて下されよ』 とのべつ幕なしに大声で呶鳴り立て、安彦、国彦の直使を烟にまいて了つた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 序文 | 序文 この物語は、凡て心理描写的に口述してありますから、読者の中には、普通一般的の著書と比べて非常に露骨だとか、左様なことがあらう筈がないとか云つて批評する人士が出て来るであらうと思ひます。然し霊的即ち内的意志を基として述べたものですから、一片の虚偽も虚飾もなく、人心の奥底に入つてその真相を究め尽し、之を神助の下に編纂したものです。上手も追従も何もありませぬ。書中高姫の物語に就ても、実に非常識極まる如く見ゆる箇所が沢山にあるでせう。併し是も亦その心底深く別け入つて、憑依せる精霊や本人の至誠心の状態や時々変転の有様を描き出したものです。総ての人の心理状態も亦高姫の如きものあることを思考して自ら戒め自ら省み、愛善の徳を養ひ、信真の光明を照らし、地獄的境域を脱出し天国の住民として永遠無窮に人生の本分を守り、神明の御心に和合し以て神政成就の太柱となり、現幽神三界の為に十分の努力を励まれむことを希望致します。口述者も目下の処にては、或る事情に制せられ、実に悲境に陥りたる身ながらも、一分の時間も空費せず、心骨を苦しめつつ、三界一般の万霊救済のために奉仕の誠を尽し、此物語の編纂に努力しつつある次第であります。読者宜しく瑞月の至誠を御諒承あつて、御研究あらむ事を願ひます。 大正十二年一月二十七日(旧十一年十二月十一日) 天城山麓湯ケ島に於て王仁識 |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 総説 | 総説 人間はその内分に於て至聖至美至善の天界即ち高天原に向ひ、その外分に於ては地獄界に向つて居るものである事は既に已に述べた処であります。故に人間は常に神の光りに背いては決してその人格を保つ事は出来ませぬ。本巻物語の主人公たる高姫が小北山の聖場に到りて、自己に憑依せる兇霊のために誤られ、又兇霊界の妖魅なる妖幻坊に欲のために誑かされて熱狂的暴動を敢行し、神威に当てられ身を以て免れ、妖幻坊と共に怪志の森に落ち延び、妖幻坊が遺失したる曲輪の玉を、反逆者なる小北山の役員、初公、徳公に命じ、文助の手より奪還せしむる場面より、浮木の森に於て妖幻坊の魔法に欺かれ種々の狂態を演ずる処より、一旦三五教に帰順したるバラモン軍のランチ、片彦将軍が、高姫の化相せる初花姫に誘惑されて苦悶の淵に沈むところより、ケース、初公、徳公が狸のために裸体となつて角力を取らせらるる悪夢等、波瀾重畳の面白き物語であります。読者は一片の滑稽的小説と見ることなく、意を潜めて通読あらむことを願ひます。 大正十二年一月廿七日於天城山麓王仁識 |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 14 自惚鏡 | 第一四章自惚鏡〔一三二九〕 妖幻坊の高宮彦は侍女の五月を高宮姫の居間に遣はし、一度吾室へ来れと命令した。此五月といふ美人は実は竹藪の中に棲んでゐる豆狸さまである。 五月『御免なさいませ。高宮姫様、御城主様が御招きで厶いますよ』 高姫は脇息にもたれて、うつらうつら居眠つてゐたが、パツと目を開き、 高姫『ああ其方は五月であつたか、吾君様が、妾に御用があると仰有るのかい』 五月『ハイ、直様お出でを願ひたいとの事で厶います』 高姫『すぐに参りますから、一寸御待ち下さいませと、云つておいておくれ』 五月は、 『ハイ』 と答へて、ここを足早に立去つた。高姫は鏡台の前にキチンと坐り、髪のほつれをかき上げ、衣紋を整へ、口をあけたり、すぼめたり、種々と美顔術の限りを尽し、 高姫『ホホホホ、何とマア、人魚でも食つたのかいな。五十の尻を作つてをる此高姫も、自分ながらに吃驚を致す程若くなつたものだなア。まるきり、十七か六位な、うひうひしい姿だ。初稚姫が何程綺麗だと云つても、此高宮姫には、ヘン、叶ひますまい、ホホホホホ。如意宝珠の玉といふものは、本当に偉いものだワイ。杢助さまも今は高宮彦と、真面目な顔して名乗つて厶るが、ヤーパリ、偉いものだ。ようマア、斎苑の館の宝物を甘くチヨロまかされたものだなア。之だから人に気は許されぬといふのだなア。素盞嗚尊の盲神や、言依別のドハイカラ、八島主の青瓢箪、それに東野別のウスノロ、ガラクタばかりが居りやがつて、奇略縦横の杢助様を、真正直な人間だと思ひつめ、ヘヘヘヘヘ、蛸の揚壺を喰つて、今では斎苑の館は梟鳥の夜食に外れたやうな、小難しい顔をして居るだらう。あああ、心地よや、気味がよや、ドレドレ此綺麗な姿を吾背の君にお目にかけ、一つ喜ばして上げませうかな。見れば見る程御綺麗な、何とした良い女だらう。何程杢助さまに気が多いと云つても、どこに一つ点のうち所もない、髪の毛の先まで、愛嬌がたつぷり溢れてゐる此高ちやまを、どうして捨てられるものか。何程世界に美人があると云つても、之は又格別だなア。本当に此鏡の側を離れたくないやうだ。杢助さまも此鏡を見たら、さぞ嬉しからう、併し自分が自分に惚れる位な美人だからなア。私だつて、私の姿にゾツコン惚込んで了つた。併し自分の姿を見る訳にゆかず、此鏡の前に立つた時ばかりだ。ああ離れともない、鏡の君、お名残惜しいけれど、暫く杢助さまの御機嫌を伺つて来る程に、鏡さま、又帰つて来て此綺麗な姿を写して上げるから、楽しんで待つてゐなさいや』 高子『ウフフフフ』 宮子『ホホホホ』 高姫『エーエ、お前は此処に居つたのかいな。居るなら居るとなぜ言はぬのだい、皆私の独言を聞いたのだらう』 高子『ホホホホ』 宮子『フツフフフ』 高姫『エーエ、余り自分の姿に見とれて、二人の侍女が横に居るのも気が付かなかつた。ホンにさう思へば、向ふの方に人間の姿がうつつてるやうだつたが、気がつかなかつた。コレ二人の娘兼侍女、こんな事、吾背の君を始め、誰にも言つちやなりませぬよ。サアサア参りませう』 『アイ』 と答へて二人は高姫の前後につき添ひ、妖幻坊の居間へ進んで行く。ソツとドアを開いて中を伺ひ見れば、目もくらむ許り、金色燦爛と輝いてゐる。そして四方の壁は残らず鏡のやうに光り、高姫の妖艶な姿は、鏡面を互に反射して、幾十人とも知れぬ程映つてゐる。高姫は自分のやうな美人は恐らく天地の間に、自分一人よりないと誇り顔に思つて、盛装を凝らし、顔の造作まで修繕してやつて来たのに、自分と同様の美人が、幾十人ともなく妖幻坊を中心に取巻いてゐるので、俄にクワツと悋気の角を生やし、 高姫『これはこれは、高宮彦様、お楽しみの所を、お多福がお邪魔を致しまして、さぞ御迷惑で厶いませう。これだけ沢山に美人をお抱へになつてゐる以上は、私のやうなお多福には到底手がまはりますまい。成程私と同棲しないと仰有るのは分りました。私はどうせ数にも入らぬ馬鹿者、これだけ沢山の美人を側に侍らし、私だけは只一人、こんな少女を側において監視させ、自分は栄耀栄華に、蝶の如き花の如き美人に戯れ、ホンにマア偉いお腕前、恐れ入りまして厶います』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、コレ高宮姫、そりや何を云ふのだ、誰もゐないぢやないか。此高宮彦は只一人、孤塁を守つてゐるのだ。大方お前の姿が玻璃壁に映つて、それが互に反射してゐるのだ。それ故沢山の美人がゐるやうに見えるのだが、皆お前の姿だよ』 高姫『エー、うまいこと仰有いませ。鏡に一つの姿がうつる事は、それは厶いませう、これ程四方八方に映る道理はありませぬ。あれを御覧なさい、右を向いたり、左を向いたり、前へ向いたり、背を向けたりしてるのぢやありませぬか。私は妬くのぢや厶りませぬが、なぜ貴方は水臭い、女があるなら、これだけあると仰有つて下さいませぬのか。私に悋気させ、怒らせて楽しまうとの企みで厶いませう。そしてこれだけの女に高宮姫の狂乱振を見せて、笑はしてやらうとの御考へ、ヘン、誰が其手に乗るものですか。決して怒りませぬよ。併しながら皆さま、お気の毒ながら、此高宮彦は私の夫、ここで意茶ついて御覧に入れるから、指をくはへて御覧なさい。ヘン、すみまへんな。コレコレもうしこちの人、否々吾背の君様、どうで厶います、御機嫌は……』 妖幻坊の杢助『イヤ、高宮姫、よくマア来て下さつた、これだけ沢山女は居れども、気に入つたものは一人もない、何と云つてもお前の肌は細かい、そして柔かい。背の先まで尻の穴まで、何とも云へぬ香ばしい匂ひがする、又ワイガは特別香ばしい』 と云ひながら、高姫の頬に吸ひ付いてみせた。高姫はグニヤグニヤになり、目を細うして鏡の映像に向ひ、 高姫『オイ、そこな立ん坊、ヘン、すみまへんな。高宮姫さまは高宮彦の愛を独占して居りますよ。ここで夫婦の親愛振を見せて上げませう』 と云ひながら、四方八方を見まはし、舌をペロツと出して見せた。どの姿も此姿も同様に舌をペロリと出す。 高姫『エー馬鹿ツ』 と腮を前へ突き出して呶鳴ると、又一時に腮を突き出し、口をあける。高姫は、 高姫『コラ、失敬な、真似をしやがるか、此高宮姫は正妻だ、ガラクタ奴』 と云ひながら、握り拳を固めて突貫し、壁に鼻を打つてウンと一声其場に倒れた。妖幻坊は此奴ア大変と打驚き、豆狸に渭の水を汲ませにやり、高姫の頭部面部の嫌ひなく吹きかけた。漸くにして高姫は正気に返つた。四辺を見れば使ひに行つた豆狸が、まだ高姫は中々気がつかうまいと安心してゐたものだから、変相もせず、其儘にチヨコンと坐つてゐた。流石の妖幻坊は高姫が失神した間も、何時気が付くか知れぬと思ひ、其体を崩さなかつた。高姫は、 高姫『此豆狸』 と云ひながら、ポンと頭を叩いた。当り所が悪うて、一匹の狸は其場に悶絶した。他の一匹は一生懸命に窓の穴から飛出して了つた。 高姫『ああ、あの憎い女に鼻をこつかれて、ふん伸びました。高宮彦様、何卒お願ひだから、彼奴を皆帰なして下さいな。私は何だか気分が悪くてたまりませぬワ』 妖幻坊の杢助『あれは其方の姿が鏡に映つてゐるのだが、それ程分らねば、此光つた壁に泥を塗つて上げよう、さうすれば映らなくなつて疑が晴れるだらう』 と云ひながら、裏の背戸口に使ひ余りの壁土があるのを、妖幻坊は大きな盥に一杯盛り、片手にささげ、片手に泥を握つて、一面に室内を塗つて了つた。そして盥を外へ出し、手を洗つて再び入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、これで疑が晴れただらうな』 高姫『なる程、貴方はヤツパリ私が可愛いのですな、あれだけ沢山の女を、縄虫かなんぞのやうに、皆泥で魔法を使つて平げて了つた其手並は、実に天晴なものですよ』 妖幻坊の杢助『天地の間の幸福を一身に集めたのは其女と某だ。併し高姫、御苦労で厶つたなア。ランチ、片彦両人は、甘く其方の計略にかかり、今は殆ど嚢中の鼠、活殺の権利は此高宮彦の掌中にあるも同然だ。ホホー頼もしい頼もしい。かふいふ仕事は其女に限るよ。此高宮彦も其女より外に何程美人があつても心を迷はさないから、安心して高子、宮子を伴ひ、何卒日に一遍は、椿の下まで人曳きに行つてくれ。これがお前の勤めだ。お前も春野の花を摘みながら、郊外散歩は余り悪くはあるまいから……』 高姫『ハイ、さう致しませう。本当に昨日のやうに甘く行きますと、心持がよう厶います。そうしてあの両人は如何なさいました。其後根つから私に顔を見せませぬがな』 妖幻坊の杢助『彼奴は何程云ひ聞かしても、到底ウラナイの道に帰順する見込がないによつて、生かしておけば三五教の宣伝使となり、吾々兇党界……否善のお道の邪魔を致すによつて、石牢の中にブチ込んでおいた。かうしておけば自然に寂滅為楽、モウ此方のものだ。別に骨を折らなくとも、刃物持たずの人殺、丁度お前と同じやり方だ、アハツハハハ』 高姫『コレ、もし吾夫様、私が人殺とは、ソラ余りぢや厶いませぬか。何時人を殺しました』 妖幻坊の杢助『アハハハハ、其方の美貌で一寸睨まれたが最後、恋の病に取りつかれ、寝ても醒めても煩悩の犬に追はれて忘れられず、遂には気病を起して不断の床につき、身体骨立してこがれ死ぬやうになつて了ふのだ。此高宮彦も其方の事を思へば、骨までザクザクとするやうだ。此高宮彦を殺すのには、チツとも刃物はいらぬ。お前が一つ尻をふつたが最後、忽ち寂滅為楽の道を辿るのだ。アハハハハハ、てもさても罪な男殺のナイスだなア。それさへあるに、毒酸を以て珍彦夫婦を殺さうとなさるのだから、イヤハヤ恐ろしい、安心して夜も昼も眠られない代物だ、アハハハハハ』 高姫『コレ、杢ちやま、ソラ何をいふのだい、お前さまが発頭人ぢやないか。私は教へて貰つてやつたのぢやないか。口に番所がないかと思うて余りな事を云うて下さるな』 とソロソロ生地を現はし、野卑な言葉になりかけたが、フツと気がつき、俄に言葉を改めて、 高姫『吾背の君様、揶揄ひなさるも、いい加減に遊ばせ。妾は悲しう厶います、オンオンオンオン』 妖幻坊の杢助『アハハハハ、面白い面白い、人間といふものはいろいろの芸を持つてゐるものだなア』 高姫『ヘン、人間なんて、チツと違ひませう。ソリヤ私は人間でせう。併し霊は義理天上日の出神の生宮ですよ、何卒見損ひをして下さいますな』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、イヤもう恐れ入りました。義理天上様、今後はキツと慎しみませう』 高姫『コレ高さま、宮さま、何をクツクツ笑つてゐるのだい、それ程可笑しいのか。子供といふものは、仕方のないものだなア』 高子『それでもお母さま、可笑しいぢやありませぬか。チンチン喧嘩をなさるのだもの、ねえ宮さま、可笑しいてたまらないぢやないか』 妖幻『ハハハハ、オイ、高宮姫さま、子供が笑つてゐるよ』 高姫『貴方が、しようもない事仰有るから、二人が笑ふのですよ』 高子『それでもお母さま、貴女のお居間で可笑しかつたぢやありませぬか。あの時はお父さまはゐませぬでしたね。お母さま一人で私等二人が堪へきれない程、可笑しい身振をなさいましたワ』 妖幻『アハハハハ、大方おやつしの所を見たのだらう』 宮子『ハア、さうですよ。お尻をふつたり口を歪めてみたり、独言をいつたり、自分の姿に惚れたり、そして此姿を吾背の君に見せたら、さぞお喜びだろツて言つてゐらつしやいましたよ。ねえ高さま、違ひありませぬだらう』 高子『本当に其通りでしたね、お母さまも余程面白いお方だよ』 妖幻『アハハハハ』 高姫『あああ、夫や吾子に、ぞめかれ、ひやかされ、別嬪に生れて来ると辛いものだ。ホホホホホ、アハハハハハ、フフフフフ』 と四人は一度に笑ふ。高姫に頭をくらはされて死んでゐた豆狸は、此笑ひ声にフツと気がつきムクムクと起上り、室内を二三遍駆けまはり、窓の口から、手早く姿を隠した。 高姫『何とマア、これ程立派な御殿に狸が棲んでゐるとは不思議ぢやありませぬか。犬でもおいたら、皆逃げて行くでせうにねえ』 妖幻『イヤ俺は何時も申す通り、申の年の生れだから、犬は大嫌ひだ。それだから諺にも、仲の悪い間柄を犬と猿みたやうだといふではないか』 高姫『申といふのは、男の方からヒマをくれる事、犬といふのは女房の方から夫にヒマを呉れて帰ることで厶いませう。モウ之から、犬だの申だの、縁起の悪い事はいはぬやうに、互に慎しみませうね』 妖幻坊の杢助『こつちは慎しんでゐるが、お前の方から、何時も約束を破るのだから困つたものだよ、アハハハハ』 高姫『左様ならば、又夜の拵へも厶いますから、妾は居間に引取りませう』 妖幻坊の杢助『コレ高宮姫殿、二人の侍女を……否子供をお前が独占しようとは余りぢやないか。どうか一人ここにおいてゐてくれまいかなア』 高姫『如何にも、貴方は一人、男が一人居ると、何時魔がさすか分つたものぢやありませぬ。コレ高子ちやま、お前御苦労だが、お父さまのお側に御用を聞いてゐて下さい。そして、もしも外の女がここへ入つて来たら、いい子だから、ソツと私に知らすのだよ』 高子はワザと大きな声で、 高子『ハイお父さまの居間へ、どんな女にもせよ、入つて来たものがあつたら、キツと内証で知らしてあげますワ』 高姫『コレ高子さま、そんな内証がありますか。エーエ気の利かぬ子ぢやなア』 妖幻『ハハハハ、何処までも御注意深いこと、イヤハヤ恐れ入りました。高子は要するに、私の監視役だなア。ヤアこはいこはい。コレ高子さま、お手柔かく願ひますよ。何事があつても決して高宮姫に内通しちや可けませぬぞ、アハハハハ』 高姫『エー、なんぼなと仰有いませ、さようなれば』 と宮子の手をひき、吾居間に肩をゆすり、袖の羽ばたき勇ましく、長い襠衣を引きずつて、シヨナリシヨナリと太夫の道中宜しく帰り行く。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 16 暗闘 | 第一六章暗闘〔一三三一〕 春風かをる小北山木々の梢も緑して 梅散り桃は紫の花を梢に飾りつつ 神の御稜威も灼然に老若男女の朝夕に 足跡たえぬ神の庭訪ね来りし高姫や 妖幻坊の杢助は神の御稜威に照らされて 醜の企みは忽ちに露顕し岩下に投げられて コリヤたまらぬと尻からげ痛さをこらへてスタスタと 雲を霞と逃げ下る折柄ヨボヨボ登り来る 盲爺の文助と衝突したる其はづみ 曲輪の玉を遺失してコハさに慄ひ戦きつ 一目散に逃げて行く後追つかけて出で来る 初、徳二人に命令し小北の山へ引返し 曲輪の宝を取返し文助爺を突倒し 又もスタスタ逃げて行く所構はず打撲され 苦み悶え文助は力限りに人殺し 誰か出て来て助けよと叫びし声に驚いて 忽ちかけ来る数十人老若男女の信徒は 右往左往に彷徨ひつこは何者の仕業ぞと 皆とりどりに話しゐるかかる所へ階段を 下り来れる二人の女お千代お菊は立寄つて いろいろ雑多と介抱し文助爺さまに其由を 承はれば初、徳の二人がわれを突き倒し ブンブン玉の神宝を奪つて直様逃げ行きし 其物語聞くよりも侠客育ちの両人は 何条以て許すべきお千代を後に残しおき 文助爺の身の上を依頼しおきてお菊嬢 二人の後を追ひかけて雲を霞と走り行く 怪志の森に来て見れば永き春日も暮れはてて あたりは暗に包まれぬお菊は森の入口に 佇み思案にくるる折程遠からぬ暗がりに ウンウンウンと呻き声ハテ訝かしと耳すませ 腕をば組みて聞きゐたり。 初『あああ、余り草臥れて、何時とはなしに夢路に入つて了つた。併しあまり時間も経つてゐないやうだ。其証拠には走つて来た時の動悸はまだ止まず、痛みはチツとも軽減してゐないし、汗も乾いてをらぬ。なア徳、暗いと云つても、これだけ暗い夜さはないぢやないか。ヤツパリ怪志の森だな』 徳『ウーン、俺もまだ半眠半醒状態で、トツクリ寝られないワ。何だか胸がドキドキして仕方がない。モシ高姫さま、杢助さま、チツと起きて下さいな、ああ首筋元がゾクゾクとして来ました。あああ、返辞をして下さらぬぞ、ヤツパリ御両人さまも草臥れて寝て厶ると見えるな、夜逃同様に撤兵して来たのだから、草臥れるのも無理はないワイ。何せよ高姫さまの外交がなつてゐないものだから、こんなヘマを見るのだよ。グヅグヅしてると、ここらあたりにバルチザンが襲来するかも知れないよ。其日暮しの日傭ひ外交だからなア。吾々国民は枕を高うして寝られないワ。どう考へても真から寝つかれないからなア』 初『どうやら、高姫さまは杢助と、吾々雑兵を放つたらかして、満鉄で逸早く逃帰つたらしいぞ。併し幽霊内閣の立去つた後は、何が出るか知れたものぢやないワ。どうしてもコリヤ吾々国民が腹帯を締め、国民外交をやる気でないと、当局者に任しておいても、肝腎の時になつたら逃げられて了ふからなア』 徳『さうだなア、一体何処まで逃げたのだらう』 初『逃げるのに、定つた場所があるかい。其時の御都合主義だ。敵が遠く追つかければ遠く逃げるだけのものだ。今日の国際的外交は、朝に一城を譲り夕に一塁を与へて、十万億土のドン底まで譲歩するのだからなア。それが所謂宋襄仁者の唯一の武器だ、最善の方法だ。弱い者には何処までも追つかけて行く程利益だが、強い奴には逃げるのが最も賢明な行方だ。併し斯う淋しくつては仕方がないぢやないか。オイ、一つ歌でも歌つて気をまぎらさうぢやないか。……折角文助のドタマを擲り倒して、ウマウマとブンブン玉をひつたくり、此処まで持つて来て杢助さまに渡し、喜んでは貰つたが、余り八百長芝居がすぎて、足腰が立たぬ程打ちのめされ、動きのとれぬ所を見すまして、此暗がりに置去りするとは、誠に残酷ぢやないか。これでは吾々下人民は、やりきれない。どうしたらよからうかなア』 徳『小鳥つきて鷹喰はれ、兎つきて良狗煮らるとは俺たちの事だ。あれだけ吾々が血を流してやつと奪つた曲輪の玉を、又強者に掠奪されて了ふと云ふのは、ヤツパリ未来の何処かの外交手腕が映つてゐるのだよ。手腕のワンは犬の鳴き声だが、本当に尾を股へはさんで、シヨゲシヨゲと逃げ帰る喪家の犬のやうな手腕だからな。しまひには、只一つよりない大椀(台湾)まで逃出すかも知れぬぞ。何程琉球そに言うても、骨のない蒟蒻腰では駄目だ。貴様だつて俺だつて、半身不随だから、腹中の副守、ガラクタ連中には、うまく誤魔化しておいて、兎も角、自分の身体回復を待たねばなるまいぞ。何程人の為だの、刻下の急務だのといつた所で、ドドのつまりは、自分が大切だからな、ハハハハハ』 お菊は二人の話をスツカリ聞いて了つた。そして高姫、杢助の両人は曲輪の玉を、此奴等両人の手から引つたくり、逃げて了つた事を悟つた。……此奴ア一つ、文助の声色を使つておどかしてやらうか……と横着なお菊は暗がりを幸に、 お菊『ヒヤー、恨めしやなア、初公、徳公の両人に頭をコツかれ、ブンブン玉をボツたくられ、其上命までも取られたわいのう、ヤイ、初、徳の両人、冥途の道伴れ、其方の生首を貰うて帰るぞよ』 初『コリヤ徳、此厭らしい森の中で、馬鹿な真似をするない。何だ、爺の声を出しやがつて……』 徳『ヘン、貴様が真似をしたぢやないか、怪体な奴だなア』 初『何、貴様が妙な声を出したのだらう』 徳『俺は決してそんなこた、言うた覚がない。貴様も言はないとすれば、どつか他に人間が一匹来てゐるに違ひない。暗がりを幸に、ヤツパリ杢助さまが隠れた真似をして、俺達の話を聞いてゐたのかも知れぬぞ。ハテ困つたのう』 初『モシ、杢助さま、此厭らしい夜さに、そんな悪戯はやめて下さいな。困るぢやありませぬか』 お菊『ホホホホホ』 徳『高姫さま、腹の悪い、そんな厭らしい声を出したつて、吾々はビクともしませぬぞや』 お菊『尻を叩かれ、骨まで腫上り、ビクとも出来ぬだらう。実に憐れなものだのう、オホホホホホ』 徳『コリヤ高姫、馬鹿にすない、人をよい程使うておいて、こんな苦しい目に遇はして、其上可笑しさうに笑ふなんて、チツとは人情を弁へたらどうだ』 お菊『此高姫は人情なんか、嫌だツ、よく考へて見よ。今日の世の中に人情を知つた奴が一人でもあるか。ニンジヨウといへば松の廊下で塩谷判官が師直に斬りかけた位なものだ。人情なんか守つて居らうものなら、お家は断絶、其身は切腹、家来は浪人、しまひの果には泉岳寺で腹を切らねばならぬぞや。そんな馬鹿が今日の開けた世の中にあるものかい。時代遅れの馬鹿だなア、オツホホホホ、いい気味だこと、杢助さまと実の所は、小北山を占領し、貴様等両人をウマウマチヨロまかして使つてやらうと思うたなれど、樫の棒で二十や三十撲られて、悲鳴をあげ、歩けないのなぞと弱音を吹くやうな奴は、高姫も愛想がつきた。そんな事で、どうして悪の企みが成就すると思ふか、馬鹿だなア、オホホホホ』 初『エー、胸クソの悪い、もう斯うなれば馬鹿らして小北山へ帰る訳にゆかず、又そんな悪人の後へついて行つたつて駄目だし、進退惟谷まつたなア、のう徳、これから一つ善後策を考へなくちやなるまいぞ』 徳『さうだなア、マア此処で足の直るまで、ゆつくり養生して、トクと考へようかい。コリヤ杢助、覚えてけつかれ、貴様の企みは何処までも邪魔してやるから、一寸の虫も五分の魂だぞ』 お菊『此杢助は貴様のやうな小童武者の百匹千匹、束に結うて来てもビクとも致さぬ英雄豪傑だ。ましてや尻をひつぱたかれ、骨を挫き、体の自由にならぬ奴が、仮令万人攻め来るとも、決して驚く者でない。又仮令体の自由が利く代物でも、今の人間は金輪の魔術を以て口にはましたならば、どれもこれも皆往生致す代物ばかりだ、アハハハハ』 徳『コリヤ杢助、俺は斯うして、腰が立たぬと云つて、貴様の様子を考へてゐたのだ。本当の事は此処まで走つて来た位だから、自由自在に立つのだ、サア来い勝負だ。貴様のやうな冷酷な餓鬼の後を追つて行た所で仕方がない。それよりも貴様の生首を引抜いて持ち帰り、松姫様にお詫の印にするのだ。オイ初、貴様もいい加減に起きぬかい』 初『ウン、モウそろそろ活動しても可い時分だ。俺も何だか、此先の浮木の里が気にくはぬので、一寸作病を起してみたのだが、つひグツと寝て了ひ、其間に高姫、杢助に逃げられたと思つて残念でたまらず、副守の奴と作戦計画をやつてゐた所、神の神力に照らされて、高姫、杢助の奴、後へ引寄せられよつたのだなア。何と神力は偉いものだ。サア杢助、高姫、汝が如き老ぼれの五匹や十匹、束に結うて掛らうとも食ひ足らぬ某だ、サア来い』 お菊『オツホホホホ、此暗がりに目が見えるのか、喧し吐すと、声をしるべに撲りつけてやらうか。暗の晩に囀る奴位馬鹿はないぞ』 初『オイ徳、確りせぬかい、益々怪しからぬ事を吐すぢやないか』 お菊は足音を忍ばせ、声をしるべに、ついて来た杖で暗をポンと打つた。都合よく二人の頭に橋をかけたやうに、カツンと当つた。二人は一度に、 徳『アイタタタ、コラ初、馬鹿にすない』 初『ナアニ徳の奴、人の頭をなぐりやがつて、馬鹿も糞もあるかい』 徳『それでも貴様、俺を撲つたぢやないか』 初『ナアニ、俺やチツとも撲つた覚がない』 お菊『ホホホホホ、同士打喧嘩は面白い面白い、向ふ見ずの途中の鼻高が、暗雲で、欲ばかり考へ、吾程偉い者はないと思うて慢心致すと、何時の間にやら鼻が高うなり、鼻と鼻とがつき合うて、しまひには一も取らず二も取らず、大騒動を起すぞよ。可哀相な者であるぞよ。何と云うても暗がりの人民を助けるのであるから、頭の一つや二つは叩いてやらねば目がさめぬぞよ。神も中々骨が折れるぞよ、早く改心致されよ。神の申す事を素直に聞く人民は結構なれど、今の世はサツパリ鬼と賊と悪魔との世の中であるから、神の教を聞く奴はチツともないぞよ。余り改心が出来ぬと、スコタンくらふぞよ』 と云ひながら、又カツンとやつた。 初公は前額部をシタタカ打たれ、 初『アイタア』 と云つたきり、すくんで了つた。徳は、 徳『何でも近くに声がした、高姫の奴、ここらに居やがるに違ひない……』 と四這になり、手をふりまはして探つてゐる。もし足にでもさはつた位なら、ひつくり返してやらうと思つたからである。お菊は何だか自分の足許に這ふものがあるやうな気がしたので、杖を以て力限り、足許を払うた。途端にただれた尻のあたりをピシヤツと打つた。 徳『アイタタ、コリヤ、尻叩きはモウすんだ筈だ。まだこんなとこまで来て叩くといふ事があるかい』 お菊『約束の三百がまだ二百許り残つてゐるから、これから叩いてやるのだ』 徳『オイ初、気をつけよ、馬鹿にするぢやないか……コラ高姫、杢助、サア来い』 と暗がりに、どつちに敵が居るか分りもせぬのに、空元気を出して気張つてゐる。お菊は杖を縦横無尽に打ちふり、二人の頭といはず尻といはず、手当り次第にポンポンポンと撲り倒し、 お菊『ホツホホホホ』 と厭らしい笑ひを残し、森を立出で、息を殺して二人の様子を考へてゐた。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一松村真澄録) |
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霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 20 狸姫 | 第二〇章狸姫〔一三三五〕 ガリヤ、ケース他四人は大門を潜つた。さうして天女のやうな八人の美人の姿に見惚れて居た。その中で一番年かさと思しき女、揉み手をしながら言葉優しく、 (初花姫)『これはこれは三五教の宣伝使様、ようこそお出で下さいました。妾は如意王の娘初花姫と申します』 ガリヤ『イヤ吾々は宣伝使では厶いませぬ。これより斎苑の館に修業に参り、旨く合格すれば初めて宣伝使になるので厶います。さうして私が三五教だと云ふ事は、どうしてお分りになりましたか』 初花姫『ハイ、四ケ月以前より月の国コーラン国から此処まで国替を致しまして、俄造りの城廓を拵へ住まつて居ります。今まではウラル教で厶いましたが、バラモン教に追立てられ此方に参りました所、三五教の宣伝使初稚姫様がお出になり、いろいろと御教訓下さいましたので、両親は直ちに三五教に帰順し、今は熱心な信者で厶います。さうして初稚姫様が奥殿にお留まりになり、結構なお話を聞かして下さるのだから、城内一般の喜びは譬がたない程で厶います。さうして初稚姫様のお言葉には、三五教の方が三四人見えると云ふ事で厶いましたから、侍女を連れ、此処までお迎へ旁遊びながら参りました。サア御遠慮はいりませぬ、何卒お通り下さいませ』 ガリヤ『ヤアそれは願うてもない事で厶る。初稚姫様は既に宣伝の途に上られ、斎苑の館へ参つても到底御面会は叶ふまいと覚悟をして居ました。此処で御目に懸れるとは全く神様の御引き合せ、イヤ是非ともお世話に預かりませう』 ケース『吾々両人は四ケ月前まで、バラモン軍の棟梁ランチ将軍の副官を致して居りましたガリヤ、ケースで厶ります。何時の間にか立派な建築が出来たぢやありませぬか』 初花姫『昼夜兼行で数万の人夫を使役し、やつと此頃出来上つた所です。御覧の通りまだ壁も乾いて居りませぬ』 ケース『成程さう承はれば、どこともなしに生々しいやうな気分がする。併しながら昨冬此処に陣取つて居た事を思へば、木の芽はめぐみ、草は萌え、まるで地獄から天国へ行つたやうな気が致します』 初花姫『サア皆さま、私が御案内致しませう』 初『もし姫様、折角機嫌よくお遊びの途中になつては済みませぬ。放つて置いて下さいませ。併し一寸物をお尋ね致しますが、このお館には高姫、杢助と云ふ両人が大将となつて頑張つて居ると聞きましたが、如何で厶いませうか』 初花姫『ハイ、杢助様と高姫様がお越しになり、ウラナイ教とやらを非常にお説きになつて居ます。初稚姫様のお話を聞いて、次に御両人のお話を聞きますと、それはそれは詳しう分ります。つまり初稚姫様は、ほんの概略を仰有るなり、杢助、高姫様は噛んで含めるやうに細かう説いて聞かして下さるので、どちらの方にもお世話になつて居ります』 徳『エエ一寸承はりたいですが、此お館に小北山の教主松姫様が、牢獄に打ち込まれお苦しみとの事、それは事実で厶いますか。今ここに松姫の娘、お千代さまと云ふのが、泣いて吾々に頼まれましたから、実否を探らむと参つたのです。何卒包み匿さず事実を仰有つて貰ひたいものですな』 初花姫『ハイ、何でも松姫さまとかが見えまして、大変な、高姫様、杢助様との間に争論が起つて居たやうです。其後は、どうなつたか妾は存じませぬ。大方仲直りが出来たかと存じます』 千代『イエ皆さま、お母さまは牢の中へ打ち込まれたのよ。さうして此初花姫さまに化けて居るのは、妖幻坊の眷族ですから用心なさいませ。私だつてこんなものよ』 と云ふより早く獅子のやうな古狸となつて、ノソリノソリと奥を目蒐けて這ひ込んで了つた。お菊は又もや、 お菊『をぢさま左様なら、私の正体はこれだわ』 と云ふより早く、以前のやうな大狸となつて又もや駆け込んで了ふ。 四人の男は不審に堪へず、初花姫の正体を見届け呉れむと、眼を怒らして目ばなしもせず睨んで居た。 初花姫『ホホホホ、まア皆さまの六つかしいお顔、サウ睨んで頂くと私の顔に穴があきますよ。この浮木の森には古狸が居まして、チヨイチヨイワザを致しますので、それを防ぐために三五教の神様をお祀りして居るので厶いますよ。貴方等の御神力によつてあの可愛らしい女の正体が現はれたのですよ。何が化けて居るのか分つたものぢやありませぬ。ほんに化物の世の中ですからな。妾も何かの変化ぢやないか、よく調べて下さい』 ガリヤ『イヤ決して決して貴女は疑ひませぬ。併し浮木の森は妖怪の巣窟ですから、斯様な所へお館をお建てになれば、随分狸の巣がなくなるから、ワザを致しませう』 初花姫『ハイ父も困つて居ますの、自分の小間使だと思つて居れば、毛だらけの手を出したりして仕方がありませぬ。何卒初稚姫様が居られますから、あの方と力を合せて妖怪退治をして下さい。高姫さま、杢助さまも何だか怪しいやうな気がします。中にも杢助さまなぞは耳がペロペロ動くのですもの』 ケース『成程、吾々も実は狸に化かされ、真裸になつて相撲を取らされて来ましたよ、なア初さま、徳さま、アハハハハハ』 初花姫『ホホホホ、本当に悪い狸が沢山居ますので、何とかして退治せねばならないと申して沢山の家来を四方に遣はし狩立てましたけれど、到底人間の力ではいけませぬ。神力高き御方の法力に依らねば駄目だと申し、俄に信仰を致したので厶います。サア斯様な所で立話をして居ては詮りませぬ。何卒奥へ行つて休息して下さいませ』 ガリヤ『然らば遠慮なく御厄介になりませう』 と幾つかの門を潜つて玄関口についた。 初花姫『サア何卒お入り下さいませ。俄作りで準備も整はず、不都合の家で厶います』 ケース『いやどうも有難う、実に立派な御殿で厶います。以前とは面目を一新し、吾々が駐屯して居た時の面影は少しも厶いませぬ。まるで別世界へ行つたやうで厶います』 ガリヤ『サア皆さま、御免を蒙つて通らして頂きませう』 『ハイ』 と一同は初花姫他七人の美女に後先を守られて、奥へ奥へと進み行く。観音開きの庫のやうな一室に請ぜられた。以前にランチ、片彦両人が請ぜられた居間である。五脚の椅子が丸いテーブルを中にして行儀よく並べてある。さうして随分広い居間であつた。初花姫は四人を案内し各椅子に着かしめた。四人は何とはなしに気分のよい居間だと、満足の体で安全椅子に凭れかかり、欄間の彫刻などを眺めて頻りに褒めちぎつて居る。初花姫は、 初花姫『一寸父に報告を致して来ますから、皆さま此処で御休息を願ひます。左様なら』 と軽く挨拶して七人の侍女を伴ひ此場を立ち去つた。四人は八人の女の綺麗な事や、何ともなしに淑やかな事、どれもこれも優劣のない美人なる事などを涎を垂らして語り合つて居る。初公は思ひだしたやうに、 初『皆さま、吾々はかうして結構な座敷に休んで居るのもよいが、此処へ来た目的は松姫さまを救ひ出す為ではなかつたかなア』 ガリヤ『そりやさうだつた。併しお千代、お菊と云ふ奴、劫経た狸の正体を現はしよつたぢやないか。あれから見ると吾々は一寸狸に騙されよつたのだ。さうすると、あいつの云ふ事は当にならぬ。松姫様の此処に囚はれて居るのは全く嘘だと思ふが、君達はどう思ふ』 『サア』 と三人は首を捻つて居る。そこへ光つたものを衣服一面に鏤めた妙麗の美人が、ドアを開いてニコニコしながらやつて来た。最前見た初花姫以下も美しかつたが、これは又素的滅法界のナイスである。そして背は少し高く、どこともなしに犯すべからざる威厳が備はつてゐる。四人は思はずハツと頭を下げ敬意を表した。美人は一脚の空椅子に腰を下し淑やかに、 (初稚姫)『妾は三五教の宣伝使初稚姫で厶います。よくまアお越し下さいましたなア』 ガリヤ『拙者は治国別様の弟子でガリヤと申します。何卒お見知りおかれまして御指導を願ひます』 ケース『拙者はケースと申します、何分宜敷くお願ひ申します』 初『某は初公別と申します』 徳『拙者は徳公別と申す、未来の宣伝使で厶います。何分宜敷く、万事お引き立てを願上げ奉ります』 と、ド拍子のぬけた声で挨拶をする。 初稚姫『早速ながら貴方等にお願ひ致したい事が厶います。それは外の事では厶いませぬ。杢助、高姫と云ふ三五教に於けるユダがこのお館へ旨く入り込みまして、妾の説を極力攻撃致し、又ランチ、片彦の両人を石牢に打ち込み、その上松姫様まで何処かへ匿して仕舞つたので厶います。彼高姫、杢助は狸を使ひまして人の目をくらまし、変幻出没自在の魔力を発揮致しますれば、妾一人のみにては如何ともする事が出来ませぬ。誰かのお助けを借りたいと大神様を念じて居ました。所が明日は三五教の信者を四人ばかり寄こしてやらうと仰有つたので、首を長くして待つて居ました。城主如意王様も初花姫様も大変な御心配で厶います。どうかお力をお貸し下さいますまいか』 ガリヤ『ハイ、お頼みまでもなく吾々は一旦主人と仰いだランチ、片彦様の御遭難を聞いて、これが黙つて居られませうか。最早義のためには命を捨てます。なあケース、一つ獅子奮迅の活動をやらうではないか』 ケース『イヤやりませう、姫様、御心配なさいますな。きつと悪魔を退治してお目にかけませう。高姫、杢助、如何に妖術を使ひましても、此方には正義の刃がありますから、大神の愛善の徳と信真の光によつて、見事化を現はしてお目にかけませう』 初稚姫『何卒宜しくお願ひ致します』 初『吾々と雖もお師匠様の松姫様を、どうしても取返さなくてはなりませぬ。徳公と両人力を協せて高姫、杢助の魔法を破つて御覧に入れませう』 初稚姫『館の様子はほぼ呑み込んで居りますれば、ランチ、片彦様初め松姫様の在処を力を協せて探し出し救ひ出して頂きませう。唯些し心配なのは松姫様の事で厶います。何でも水牢に放り込んだのではあるまいかと存じます』 初『猪口才な高姫、杢助、今に見よ、思ひ知らして呉れるぞ』 と思はず知らず大音声に呼ばはつた。慌しくドアを押開けて入つて来たのは杢助、高姫の両人であつた。両人は棒千切を振り上げ、初稚姫の左右より目を怒らせながら、 杢助『ヤア初稚姫、よくも吾々が計略の穴に陥つたなア、覚悟致せ』 と打つてかかる。初稚姫は椅子を取つて受け留める、高姫は又棍棒にて空気を切りブンブン唸らせながら、 高姫『ヤア初稚姫、覚悟を致せ、観念せい』 と一人の女に二人の男女が渡り合ひ、互に秘術を尽して戦ふ。四人は黙視するに忍びず、各椅子を取つて、杢助、高姫に打つてかかる。七人は渦をまいて室内を荒れ狂ひ、漸くにして高姫、杢助は隙を窺ひ棍棒をなげつけ、雲を霞と此場を逃げ出した。 初稚姫は涙ながらに四人に向ひ、急場を救はれし事を感謝した。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一加藤明子録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 01 真と偽 | 第一章真と偽〔一三三七〕 人間の内底に潜在せる霊魂を、本守護神又は正副守護神と云ふ。そして本守護神とは、神の神格の内流を直接に受けたる精霊の謂であり、正守護神とは一方は内底神の善に向ひ、真に対し、外部は自愛及び世間愛に対し、之をよく按配調和して広く人類愛に及ぶ所の精霊である。又副守護神とは其内底神に反き、只物質的躯殻即ち肉体に関する欲望のみに向つて蠢動する精霊である。優勝劣敗、弱肉強食を以て最大の真理となし、人生の避く可からざる径路とし、生存競争を以て唯一の真理と看做す精霊である。而して人間の霊魂には、我神典の示す所に依れば荒魂、和魂、奇魂、幸魂の四性に区分されてゐる。四魂の解説は已に既に述べたれば茲には省略する。荒魂は勇、奇魂は智、幸魂は愛、和魂は親であり、而して此勇智愛親を完全に活躍せしむるものは神の真愛と真智とである。今述べた幸魂の愛なるものは人類愛にして、自愛及び世間愛等に住する普通愛である。神の愛は万物発生の根源力であつて、又人生に於ける最大深刻の活気力となるものである。此神愛は大神と天人とを和合せしめ、又天人各自の間をも親和せしむる神力である。斯の如き最高なる神愛は、如何なる人間も其真の生命をなせる所の実在である。此神愛あるが故に、天人も人間も皆能く其生命を保持する事を得るのである。又大神より出で来る所の御神格そのものを神真と云ふ。此神真は大神の神愛に依つて、高天原へ流れ入る所の神機である。神の愛と之より来る神真とは、現実世界に於ける太陽の熱と其熱より出づる所の光とに譬ふべきものである。而して神愛なるものは太陽の熱に相似し、神真は太陽の光に相似してゐる。又火は神愛そのものを表し、光は神愛より来る神真を表はしてゐる。大神の神愛より出で来る神真とは、其実性に於て神善の神真と相和合したものである。斯の如き和合あるが故に、高天原に於ける一切の万物を通じて生命あらしむるのである。 愛には二種の区別があつて、其一は神に対する愛であり、一は隣人に対する愛である。又最高第一の天国には大神に対する愛あり、第二即ち中間天国には隣人に対する愛がある。隣人に対する愛とは仁そのものである。此愛と仁とは、何れも大神の神格より出で来つて天国の全体を成就するものである。高天原に在つて大神を愛し奉るといふ事は、人格の上から見て大神を愛するの謂ではない、大神より来る所の善そのものを愛するの意義である。又善を愛するといふ事は、其善に志し、其善を行ふや、皆愛に依つてなすの意味である。故に愛を離れたる善は、決して如何なる美事と雖も、善行と雖も、皆地獄の善にして所謂悪である。地獄界に於て善となす所のものは、高天原に於ては大抵悪となる。高天原に於て悪となす所のものは、すべて地獄界には之を善とさるるのである。それ故に神の直接内流によつて、天国の福音を現界の人類に伝達するとも、地獄界に籍をおける人間の心には、最も悪しく映じ且感ずるものである。故に何れの世にも、至善至愛の教を伝へ、至真至智の道を唱ふる者は、必ず之を異端邪説となし、或は敵視され、所在迫害を蒙るものである。併し斯の如き神人にして、地獄界の如何なる迫害を受け、或は身肉を亡ぼさるる事ありとも、其人格は依然として死後の生涯に入りし時、最も聖きもの、尊きものとして、天国に尊敬され且愛さるるものである。次に隣人を愛する仁そのものは、人格より見て其朋友知己等を愛するの謂ではない。要するに大神の聖言即ち神諭より来る所の神真を愛するの意義である。又神真を愛するといふ事は、其真に志し、真を行ふの意義である。以上両種の愛は善と真との如くに分立し、善と真との如くに和合する。 此物語の主人公なる初稚姫は、即ち二種の愛、善と真との完全に具足したる天人にして、言はば大神の化身でもあり又分身でもあり、或時は代表者として其神格を肉体を通して発揮し給ふが故に、能く善に処し、真に居り、如何なる妖魅に出会するとも、少しも汚されず犯されずして、己が天職を自由自在に発揮し得らるるのである。之に反して高姫は総て愛善と信真とを口にすれども、其内底は神に向つて閉塞され、地獄に向つて開放されてゐるが故に、其称ふる所の善は残らず偽善である。偽善とは表面より見て、即ち神を知らざる人の目に至善至徳のものと見ゆる事がある。又至真至誠の言語と見ゆるも、それは総て地獄界に向つてゐる精霊の迷ひより来るものなるが故に、一切虚偽であり狂妄である。例へば雪隠の虫は糞尿の中を至上の天国となし、楽園となし、吾肉体の安住所とし、且此上なき清きもの美はしきものとなすが如く、地獄界に向つて内底の開けたる者は、至醜至穢なる泥濘塵芥及び屍の累々たる所、臭気紛々たる所を以て、此上なき結構な所と看做すものである。併しながら高姫の肉体としては、矢張肉の目を以て善悪美醜を判別する能力は欠いでゐない。それ故に或時は殆ど善に近き行ひをなし、又真に相似せる言語を用ふることがある。けれども肝心の内底が地獄界に向つてゐるのと、外部より来る自愛心と肉体的兇霊界の襲来とによつて、常に其良心を誑惑さるるを以て一定の善と真とに居る事は出来ない。又純然たる悪に居る事も出来得ないのである。併し高姫の善と信ずる所、真と思ふ所は、以上述べた如く、皆偽善なる事は言ふまでもない。 初稚姫は、愛より来る所の大神の神格より帰来する天人の薫陶を、其至粋至純なる霊性に摂受してゐたのである。総て高天原を成就する者は、何れも愛と仁とによらぬ者はない。故に初稚姫の人格そのものは所謂高天原の移写であり、大神の縮図である。故に其美はしき事は到底言語に絶し、形容す可からざる底のものである。其面貌言語乃至一挙手一投足の中にも、悉く愛善の徳を表はし、信真の光を現じ給ふのである。故に初稚姫の如き地上の天人より溢れ出づる円満具足の相は、愛そのものによつて充されてあるが故に、何人と雖も、姫の前に来り、姫の教を受け、其善言美詞に接し、席を交へ交際する時は、衷心よりして自然に動かさるるに至るのである。されども悲しいかな、高姫は普通の人間と異なり、天国、地獄の両界の中に介在する所の中有界に身をおきながら、尚も肉体的精霊即ち兇党界、妖魅界に和合せるが為に、初稚姫の前に出づる時は、忽ち癲狂となり痴呆となり、其美貌を見る時は、何処ともなく直に恐怖心を起し、且嫉妬し、善言美詞に接すれば、忽ち頭痛み、胸つかへ、嫌忌の情を起すに至るを以て、如何に初稚姫が神力を尽し、愛と善と真を以て是に対し、あく迄も和合せむとすれども、之を畏れて受入れないのみならず、陰に陽に排斥し、且滅尽せしめむことを望むのである。而して或時は初稚姫を非常に尊敬する時もあるのである。実に名状す可からざる不可思議なる状態に身を置いてゐるものといふべきである。 斯くの如く時々刻々に其思想感情の、姫に対してのみならず、一般の人に対して変転するは、彼れが自ら称ふるヘグレのヘグレのヘグレ武者たる珍思怪想を遺憾なく暴露してゐるのである。而して高姫はヘグレのヘグレのヘグレ武者を以て唯一の善となし、徳となし、愛の極致となし、信の真と確信してゐるのである。高姫の思想は神出鬼没、動揺常なく、機に臨み変に応じて神業に参加する事を以て、最第一の良法と確信してゐるのだから、如何なる愛を以てするも、信を以て説くも、之を感化する事が出来ない、精神的の不治の難病者である。 総て人間各自の生命に属する所の霊的円相なるものがあつて、此円相は一切の天人や一切の精霊より発し来り、人間各自の身体を囲繞してゐるものである。各人の情動的生涯、従つて思索的生涯の中より溢れ出づるものである。情動的生涯とは愛的生涯の事であり、思索的生涯とは信仰的生涯の事である。総て天人なるものは愛によつて其生命を保つが故に、愛そのものは天人の全体であり、且天人は善徳の全部であると云つても可いのである。愛の善と信の真との権化たるべき初稚姫は、其霊的円相は益々円満具足して、智慧証覚の目より見る時は、其全身の周囲より五色の霊光が常住不断に放射しつつあるのである。之に反して、高姫はすべて虚偽と世間愛的悪に居るを以て、霊的円相即ち霊衣は殆ど絶滅し、灰色の雲の如き三角形の霊衣が僅かに其肉身を囲繞してゐるに過ぎない。之を神界にては霊的死者と名付けてゐる。霊的円相の具足せる神人には、如何なる兇霊も罪悪も近寄ることは出来ない。若し強ひて接近せむとすれば、其光に打たれ眼眩み、四肢五体戦慄し、殆ど瀕死の状態に陥るものである。之に反して円相の欠除せる高姫の身辺には、一切の兇霊が臭きものに蠅が群がる如く、容易に且喜んで集合するものである。現界の愚眛なる人間は、斯の如き悪霊の旅宿否駐屯所たる人間を見て、信仰強き真人と看做し、或は其妖言に誑惑されて、虚偽を真となし、悪を善と認め、随喜渇仰しておかざるものである。実にかかる人間は、神の目より見ては精神上の不具者であり、且地獄の門戸を競うて開かむとする妖怪変化と見得るものである。 人間は其愛の善悪の如何によつて、其面を向ける所を各異にしてゐる。初稚姫の如き天人は、大神及隣人に対して、真の愛を持つてゐるが故に常に其面は大神に向つてゐる。故に何となく威厳備はり、且形容し難き美貌を保つ事を得たのである。又高姫は自愛の心即ち愛の悪強きが故に、其面を常に神に背け、暗黒の中に呻吟しながら思ふやう……かくの如き暗黒無明の世界を、吾々は看過するに忍びない。故に自分は此暗黒時代に処し、天下万民救済の為に、いろいろ雑多に身を変じ、ヘグレ武者となつて、天の岩戸を開き、真の光明に世界を照らし、万民を助けねばならない。天国も浄土もなく、すべて三界は暗黒界と化し去れり。故に吾は神の命を受けて、常暗の世を日の出の御代に捻ぢ戻さねばおかないと、兇霊の言に誤られて蠢動してゐるのである。それ故常に心中に安心する事なく、如何にして自己の向上をなさむか、三界の万霊を救はむかと、狂熱的に蠢動するのである。何ぞ知らむ、開闢の始めより天界の光明は赫灼として輝き給ひ、数多の天人は各団体に住して、其光輝ある生涯を送りつつある事を。併し茲に一言注意すべき事は、大本開祖の神諭に……此世は暗雲になつてゐるから、日の出の守護に致すが為に因縁の身魂が表はれて、五六七成就の御用に尽す……とあるのは、これは決して高姫の言ふ如く三界皆暗しといふ意義ではない。大神より地獄道に陥れる此現界をして、天国浄土の楽土となし、一人も地獄界に堕さざらしめむが為である。要するに霊界現界を問はず、地獄なるものを一切亡ぼし、その痕跡をも留めざらしめむと計らせ給ふ仁慈の大御心より出でさせ給うたのである。然らば人或は云はむ、三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ……とあるではないか、三千世界とは天界、現界、地獄界のことである。天界は已に光明赫々として無限に開け居るにも拘らず、何をもつて三千世界と言はるるか、果してこの言を信ずるならば、天界もまた暗黒界と堕落せるものなりと断定せざるを得ないではないかといはねばならぬ……と。かくの如きは其一を知つて其二を知らざる迂愚者の論旨である。三千世界一度に開くといふは、現界も地獄界も天界も一度に……即ち同様に光明赫々たる至喜至楽の楽園となし、中有界だの、地獄界だの、天界だの、或は兇霊界だのいふ、いまはしき区別を取除き、打つて一丸となし、一個の人体に於けるが如く、単元として統治し給はむが為の御神策を示されたるものたることを悟るべきである。一度に開く梅の花とか、須弥仙山に腰をかけとか云ふ聖言は、要するに神に向はしむるといふ意義である。如何なる無風流な人間でも、梅の花の咲きみち、馥郁たる香気を放つを見れば、喜んで之に接吻せむとするは、人間に特有の情である。また須弥仙山とは宇宙唯一の至聖至美にして崇高雄大なる山の意味である。何人と雖も、雲表に屹立せる富士の姿を見る時は、其雄姿にうたれ、荘厳に憧がれ、之を仰がないものはない。又俯いては決して富士を見る事は出来ない。故に神は所在人間及精霊をして其雄大崇高なる姿を仰がしめ、以て神格に向上せしめ、神の善に向はしめむが為である。併し神に向ひ、或は須弥仙山を仰ぐといふは、現界に於ける富士山そのものを望む時の如く、身体の動作によつて向背をなすものでない。何となれば空間の位地は其人間の内分の情態如何によつて定まるが故に、方位の如きも現界とは相違してゐるのは勿論である。人間の内底の現はれなる面貌の如何によつて其方位が定まるのである。故に霊界にては吾面の向ふ所即ち太陽の現はるる所である。現界にては太陽は東に昇りつつある時と雖も、西を向けば其太陽は背に負うてゐるが、霊界にては総て想念の世界なるが故に、身体の動作如何に関せず、神に向つて内底の開けた者は、いつも太陽に向つてゐるのである。併しながら斯くの如き天人の境遇にある人格者は霊界に在つて、自分より大神即ち太陽と現じ給ふ光熱に向ふにあらず、大神より来る所の一切の事物を喜んで実践躬行するが故に、神より自ら向はしめ給ふ事となるのである。平和と智慧と証覚と幸福とを容るるものは高天原の器である。之を称して神宮壺の内といふ。此壺は愛であつて、大小となく神と相和する所のものを容るる器である。現界に於て、智慧証覚の劣りし者、又は愛善の徳薄く、信真の光暗かりし者が、天界の天人又は地上の天人やエンゼルと相伍して遂に聖き信仰に入り、愛善の徳を養ひ、信真の光を現はし、遂に智慧証覚を得、高天原の景福を得るに至らしむべく、ここに神は精霊に其神格を充して予言者に来らしめ、地上の高天原即ちエルサレムの宮屋敷に於て、天国の福音を宣べ伝へさせ給うたのは、実に至仁至愛の大御心に出でさせ給うたからである。善の為に善を愛し、真の為に真を愛し、之を一生涯深く心に植ゑ付け、実践躬行したるにより、終に罪悪に充ちたる人間も天国に救はれて、其不可説なる微妙の想を悉く摂受し得べき聖場を開かせ給うた。之を神界にては地の高天原と称へられたのである。 かくも尊き神界の御経綸をも弁へず、且つ信ずること能はずして、自己と世間とのみを愛する者は、仮令膝元に居つても之を摂受することは到底出来ない。自己を愛し、世間のみを愛する者は、却て此等の御経綸地を否定し、或は之を避け、之を拒み、甚しきは神界の経綸場を破壊せむとするに至るものである。されども神は飽く迄も天人の養成器たる人間を愛し給ふが故に、可成く彼等に接近し、彼等の心の中に流入せむとし給へども、彼等は却て之を恐れ、雲霞と逃去つて、忽ち地獄界に飛び入り、又彼等と相似たる自愛を有する者と相交はらむとするものである。……灯台下暗し、足許から鳥が立つても分らぬ盲聾ばかりであるぞよ。神は一人なりとも助けたさに、いろいろと諭せども、こはがりて皆逃げて帰ぬ者ばかりで、助けやうはないぞよ。神は可哀相なれども、余り人民が欲に呆けて、霊を悪神に曇らされてゐるから、真の事が耳へ入らぬぞよ。神も助けやうがないぞよ……と歎声をもらされてあるは、かかる人間に対して愛憐の涙を注ぎ給うた聖言である。 初稚姫の御再誕なる大本開祖は、神命を奉じて地の高天原に降り、万民を救はむと焦慮し給ふに引替へ、其肉身より生れ出でたる肉体に正反対のものあるは、実に不可説の深遠微妙なる御神策のおはします事であつて、大本神諭に……吾児に約まらぬ御用がさして善悪の鏡が見せてあるぞよ云々と。信者たる者は此善悪両方面の実地を観察して、其信仰を誤らない様にせなくてはならぬのである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 09 黄泉帰 | 第九章黄泉帰〔一三四五〕 侠客育ちのお菊は年にも似合はず人馴れがして、二人の男をよくもてなし、夜中頃まで酒を勧め互に歌などを詠み交してゐた。イク、サールは初稚姫にお供を願つた処、あの様子では到底許されさうにもない。夜光の玉は戴いて嬉しいが、其為に自分の目的を遮られるのは、又格別に苦しい。初稚姫さまも宝を与へて、吾々の進路を壅塞せむとし給ふ、其やり口、随分お人が悪い……と時々愚痴りながら、お菊の酌でチビリチビリと飲んでゐた。されど神経興奮して、或は悲しく或は淋しくなり、ま一度夜が明けたら、所在方法を以て姫に願ひ出で、どうしても聞かれなければ、自分等二人は自由行動をとり、後になり先になりしてハルナの都まで行かねばおかぬ。神様が吾々の決心を試して厶るのかも知れぬなどと、積んだり崩したり、ひそびそ話に時を移した。お菊は既に既に初稚姫が此聖場を出立された事はよく知つてゐた。併し二人に余り気の毒と思つて、其実を明さなかつたのである。 イク『黙然と手を組みし儘寝もやらず 息の白きに見入りけるかも』 サール『悲しみは冥想となり歌となり 涙となりて吾をめぐるも』 お菊『益良夫が固き心をひるがへし 帰り行きます事のあはれさ』 イク『何事の都合のますか知らねども 強ひて行かましハルナの都へ』 サール『益良夫が若き女に弾かれて 恥の上塗するぞ悲しき』 お菊『皇神は何処の地にも坐ませば いまし二人は此処に居たまへ』 イク『イク度か思ひ返してみたれども 思ひ切られぬ初一念なり』 サール『玉の緒の命惜しまず道の為に 進む吾身を許させ給へ。 神国に生れあひたる吾々は 神より外に仕ふるものなし』 イク『いかにして此難関を切抜けむ ああ只心々なりけり』 お菊『汝が心深くも思ひやるにつけ われも涙に濡れ果てにける。 魔我彦の司なりともましまさば かくも心を痛めざるらむ』 イク『兎も角も初稚姫に今一度 命を的に願ひみむかな』 サール『千引岩押せども引けども動きなき 固き心をいかにとやせむ』 お菊『夜の間にもしも嵐の吹くならば 汝等二人はいかに散るらむ』 イク『イク度か嵐に吹かれ叩かれて 実を結ぶなり白梅の花は』 サール『敷島の大和心は白梅の 旭に匂ふ如くなりけり。 大和魂振ひ起して進み行かむ 千里万里の荒野わたりて』 イク『岩根木根ふみさくみつつ月の国に 進まにやおかぬ大和魂』 斯く三人は夜更けまで眠もやらず、淋しげに歌を詠んで、初稚姫の拒否の如何を気遣ひつつあつた。俄に騒がしき人の声、足駄の音、何事ならむと耳をすます処へ、お千代は慌しく入り来り、 お千代『お菊さま、文助さまの様子が変になりました。何卒来て下さいな』 お菊『そら大変です、もしお二人さま、此処に待つてゐて下さい。一寸文助さまの居間まで行つて来ます』 と早くも立出でむとする。二人は驚いて、 イク、サール『私もお供しませう』 とお菊の後に従ひ、文助の病室へ駆け込んだ。見れば松姫が一生懸命に魂返しの祝詞を奏上してゐる最中であつた。数多の役員信徒は室の内外に狼狽へ騒いで、殆どなす所を知らざる有様である。イク公は、 イク『御免』 と云ひながら、文助の側に寄り、松姫に向ひ、 イク『御苦労さまで厶います』 と軽く挨拶し、懐中から夜光の玉を取出して、文助の前額部に当て、赤心を捧げて十分間ばかり祈願を凝らした。此時既に文助は冷たくなつてゐた。只心臓部の鼓動が幽かにあるのみ。 イク『ヤア此奴ア駄目かも知れませぬな、実に困つた事です。松姫様、此玉を貴女にお預け致します。何卒之を前額部に離さぬやうに当てておいて下さい。私はこれから河鹿川で禊をして参ります』 とイクはサール、お菊を伴ひ、河辺に向つた。そして神政松の根元に衣類を脱ぎすて、ザンブとばかり飛込んで、鼻から上を出し、三人声を揃へて、文助の再び蘇生せむ事を祈つた。 お菊『赤心を神に捧げて仕へたる 司の命救ひ給へよ。 惟神神のまにまに行く人を 止めむとするわれは悲しも』 イク『何事も速川の瀬に流しすてて 清き身魂を甦らせよ』 サール『死して行く人の命をとどめむと 願ふも人の誠なりけり。 今一度息吹返し道の為に 尽す真人とならしめ給へ』 お菊『日頃より誠一つの此翁を 神も憐れみ救ひますらむ。 道のために世のため尽す此翁を 救はせ給へ神の力に。 無理ばかり神の御前に宣る心を あはれと思へ天地の神』 と心急くまま、口から出任せの歌を歌ひ、激流に浮きつ沈みつ、危険を冒して祈り出した。大神もこの三人が赤心を必ず許し給ふであらう。平素は悪戯好の茶目男、余り親切らしく見えぬイク、サールの口の悪い連中も、お転婆娘のお菊も、人の危難に際しては其赤心現はれ、吾身の危険を忘れて神に祈る。これぞ全く美はしき人情の発露にして、常に神に従ひ、神を信じ、誠の道を悟り得るものでなくては出来ぬ所為である。 三人は文助の身を気遣ひながら帰つて来た。忽ちお菊は神懸状態となつて病床に駆け入り、松姫が手より夜光の玉を取り、左右の耳の穴に代る代る当て、何事か小声に称へながら、汗を流して祈つてゐる。イク、サールの両人は赤裸のまま文助の足を揉んだり、息を吹いたり、あらゆる手段を尽した。「ウン」と一声叫んで目をパチリとあけ、起上つた文助、四辺をキヨロキヨロ見廻しながら、大勢の集まりゐるを知つて、 文助『皆さま、何ぞ変つた事が出来ましたか、大勢さまがお集まりになつて居りますが』 お菊『気がつきましたか、それはマア嬉しいこつて厶います。本当にお菊も心配いたしましたよ』 文助『私は或美はしき山へ遊びに行つて居りました。何だか急に目が見え出して、そこら中の青々とした景色や咲き匂ふ花の色香、久し振りで自分の目が見え、世の中の明りに接した時の愉快さ、口で云ふ様な事ぢやありませぬ。ああ又目が見えなくなつた』 と力なげに云ふ。 松姫『文助さま、貴方は此間から人事不省で、皆の者が大変に心配をして居りました。初、徳の両人が貴方を打擲したきり姿を晦まし、貴方はその時からチツとも性念がなかつたのですよ。毎日日日囈言ばかり云うてゐられました。マアマア正気になられて結構で厶いますワ。松姫も蘇生の思ひが致します』 文助『成程、さう聞けば、そんな事もあつたやうに仄に覚えて居ります。つひ最前も小さい村の四辻で二人に会ひましたが、大変親切にしてくれました』 お菊『文助さま、貴方は此処に寝たきり、そんな男は来ませぬよ。大方夢でも見たのでせう。チツと確りなさいませ。一旦貴方は死んで居たのですからなア』 文助『イエイエ、私は決して死んだ覚はありませぬ。どこの方か知らぬが、美しい娘さまが私の手を曳いて、いろいろの所へ連れて行つて下さいました。そして目を直して下さつたお蔭で、永らく見なんだ現界の風光に接し、本当に楽しい旅を続けました。そした処に、自分の顔の二三間ばかり前に、大変な光物が現はれ、眩しくてたまらず、暫く目を塞いで居つた所、今度は祝詞の声が聞え出したので、よくよく耳をすませて考へてゐると、松姫さまやお菊さま其他の方々の声であつた。ハツと思うたら又目が見えなくなりました』 と惜しさうにいふ。 文助は初、徳の二人の若者と格闘した際、頭蓋骨を打たれて昏倒し、一旦仮死状態になつてゐたのである。此時若しもイク、サールの両人が夜光の玉を持つて居らなかつたなれば、或は蘇生しなかつたかも知れぬ。文助が幽冥界に入つて彷徨うたのは、第三天国の広大なる原野であつた。そして或村の十字街頭で初、徳の両人に出会つたのは、何れも其精霊であつた。初、徳の両人は元より文助を尊敬してゐた。併しながら一時の欲に駆られて、高姫や妖幻坊に誤られ、文助の拾うておいた妖幻坊の玉を受取つて帰らうとしたのを文助が拒んだので、止むを得ず、こんな騒動が突発したのである。併しながら二人の精霊は肉体の意思と反対で、文助を虐待したことを非常に怒り、暫く両人の体を脱出して、文助を現界に今一度呼戻さむと此処までやつて来たのである。そこへ熱心なるイク、サール、お菊、松姫等の祈祷の力に依つて、再び現世の残務を果すべく蘇生せしめられたのである。文助は肉体の眼は既に盲し、非常な不愍な者であつたが、霊界に到るや、忽ち外部的状態を脱出し、第二の中間状態を越えて、第三の内分的状態にまで急速度を以て進んだ。其為、神に親しみ神に仕へたる赤心のみ残存し、心の眼開け居りし為に、天界を見ることを得たのである。 すべて現界に在つて耳の遠き者、或は手足の自由の利かぬ者、其他種々の難病に苦んでゐた者も、霊肉脱離の関門を経て霊界に入る時は、肉体の時の如き不具者ではない。すべての官能は益々正確に明瞭に活動するものである。併しながら仮令円満具足せる肉体人と雖も、其心に欠陥ありし者は、霊肉脱離の後に聾者となり盲目となり、或は痴呆者となり不具者となり、其容貌は忽ち変化して妖怪の如くなるものである。総て人間の面貌は心の索引ともいふべきものなるが故に、其心性の如何は直に霊界に於ては暴露さるるものである。現界に於ても悪の最も濃厚なる者は、何程立派な容貌と雖も、之を熟視する時は、どこかに其妖怪的面相を認め得るものである。形体は申分なき美人にして、凄く或は厭らしく見える者もあり、又どことなくお化の様な気持のする人間は、其精霊の悪に向ふ事最も甚だしきを証するものである。 文助は先づ天の八衢の関所に突然着いてゐた。されど本人は自分の嘗て死去した事や、如何なる手続きによつて、こんな見ず知らずの所へ来たかなどと云ふ事は一向考へなかつた。そして現界に残してある妻子のことや、知己朋友の事などもスツカリ忘れてゐた。只神に関する知識のみ益々明瞭になつてゐた。彼は八衢の関所の門を何の気もなく潜つて行つた。後振り返つて見れば、白面赤面の守衛が二人、門の左右に立つてゐる。 文助『ハテ不思議な所だ、地名は何といふだらうか、あの守衛に尋ねて見たいものだ』 と再び踵を返して側に寄り、文助は、 文助『此処は何と云ふ所ですか』 と尋ねてみた。二人の守衛は、 白、赤の守衛『何れ後になつたら分るでせう。お尋ねには及びませぬ。又吾々も申し上げる事は出来ない』 とキツパリ答へた。これはまだ現界へ帰るべき因縁がある事を守衛が知つてゐたからである。もし此処は霊界の八衢であるといふ事を知らしたならば、或は文助が吃驚して、現界に於ける妻子のことを思ひ浮かべ、美はしき天国の関門を覗く事も出来ず、又其魂が中有界に彷徨うて、容易に肉体に還り得ない事を知つたからである。文助は何とはなしに愉快な気分に充たされ、小北山の事も念頭になく、只自分の行先に結構な処、美はしき所があるやうな思ひで、足も軽々と進むのであつた。そして俄に目の開いたのに心勇み、フラフラフラと花に憧憬れた蝶の如く、次へ次へと進んだのである。途中に現界に在る友人や知己並に自分等の知己にして、既に帰幽せし人間にも屡出会うた。されど其時の彼の心は帰幽せし者と帰幽せざる者とを判別する考へもなく、何れも自分と同様に肉身を以て生きて働いてゐることとのみ思うてゐたのである。 斯の如く、人間は仮死状態の時も、又全く死の状態に入つた後も、決して自分は霊肉脱離して、霊界に来てゐるといふ事を知らないものである。何故ならば、意思想念其他の総ての情動に何等の変移なく、且現界に於けるが如き種々煩雑なる羈絆なく、恰も小児の如き情態に身を置くが故である。之を思へば人間は現世に於て神に背き、真理を無視し、社会に大害を与へざる限り、死後は肉体上に於ける欲望や感念即ち自愛の悪念は払拭され、其内分に属する善のみ自由に活躍することを得るが故に、死後の安逸なる生涯を楽しむ事が出来るのである。 天国は上り難く地獄は落ち易しと或聖人が云つた。併しながら人間は肉体のある限り、どうしても外的生涯と内的生涯との中間的境域に居らねばならぬ。故に肉体のある中には、どうしても天国に在る天人の如き円満なる善を行ふ事は出来ない。どうしても善悪混淆、美醜相交はる底の中有的生涯に甘んぜねばならぬ。人の死後に於けるや、神は直に生前の悪と善とを調べ、悪の分子を取り去つて、可成く天国へ救はむとなし給ふものである。故に吾々は天国は上り易く、地獄は落ち難しと言ひたくなるのである。併しながら之は普通の人間としての見解であつて、今日の如く虚偽と罪悪に充ちたる地獄界に籍をおける人間は、既に已に地獄の住民であるから、生前に於て此地獄を脱却し、せめて中有界なりと救はれておかねば、死後の生涯を安楽ならしむることは不可能である。されど神は至仁至愛にましますが故に、如何なる者と雖も、あらゆる方法手段を尽して、之を天国に導き、天国の住民として霊界の為に働かしめ且楽しき生涯を送らしめむと念じ給ふのである。 前にも述べたる如く、神は宇宙を一個の人格者と看做して之を統制し給ふが故に、如何なる悪人と雖も、一個人の身体の一部である。何程汚穢しい所でも、そこに痛みを生じ或は腫物などが出来た時は、其一個人たる人間は種々の方法を尽して之を癒さむ事を願ふやうに、神は地獄界に落ち行く……即ち吾肉体の一部分に発生する腫物や痛み所を治さむと焦慮し給ふは当然である。之を以ても神が如何に人間を始め宇宙一切を吾身の如くにして愛し給ふかが判明するであらう。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 11 千代の菊 | 第一一章千代の菊〔一三四七〕 お菊は歌ふ。 お菊『三月三日の桃の花散り敷く庭の小北山 春めき渡り何となく小鳥の歌ふ声さへも いとど長閑に聞えくる四四十六の菊の花 一つ越えたる此お菊朝な夕なに大前に 清く仕へし文助の翁の祝に加はりて 此聖場に並びます多士済々の役員が 前をも怖ぢず一言の言霊奏で奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 地異天変は起るとも只一身を神様に 任して仕へまつりなば世に恐ろしきものはない 文助さまの甦り霊界土産の物語 聞くにつけても神様の広大無辺の御神徳 実に有難く拝します百の司よ信徒よ 此世の泥を雪がむと地上に降りて三五の 教を開き給ひたる国治立の大神や 豊国姫の大神の化身とあれます厳御魂 瑞の御霊の御教を朝な夕なに畏みて 心に悟り味はひつ其行ひを忠実に 尽して神の御心に酬いまつるは吾々の 最第一の務めぞや高姫司の開きたる ウラナイ教の神々は世に恐ろしき兇党界 醜の身魂の憑依して書きあらはせる醜道を 此上なく尊み敬いて世の人々を迷はせし 蠑螈別や魔我彦や母のお寅に至るまで 日に夜に深き罪重ね此世を曇らせまつれども 至仁至愛の神様は広き心に見直して 許し給はむ惟神神の心はありありと 手にとる如く知られけり文助さまがよい手本 ウラナイ教に惑溺し千座の置戸を負ひまして 汚れし此世を清めます神素盞嗚の大神を 悪鬼邪神と貶しつつ教を伝へ来りしゆ もし文助が世を去らば忽ち無限の地獄道 神に背きし罪科を冥官共に数へられ 無残の運命に陥らむ由々しき事よと恐れみて 蠑螈別や魔我彦や母の罪をば救はむと 朝な夕なに祈りけりさはさりながら大神の 心は吾等人々の如何でか図り知られむや 悔い改めて大道に甦りなば大神は 必ず許し給ふべく無限の楽土に導きて 円満具足の生涯を送らせ給ふ事の由 実に有難く悟りけりああ惟神々々 神の御為世の為に之より腹帯締め直し 災多き世の中の小さき欲を打忘れ 水に溺れず火に焼けず錆び朽ち腐らぬ宝をば 高天原の天国に貯へ置きて永遠の 死後の生涯送るべく決心したる此お菊 心の空も晴れ渡り月日は輝き綺羅星は 我霊身に閃きて愉絶快絶譬ふるに 物なき身とはなりにけりああ惟神々々 神の御前に吾々が犯し来りし罪科を 慎み敬ひ悔いまつる』 お千代は又歌ふ。 お千代『常世の春の気はひして四方の山々青々と 甦りたる現世界花咲き匂ひ蝶は舞ひ 小鳥は歌ふ楽しさよ小北の山の霊場も 一度は冬の凩に吹かれて法灯滅尽し 已に危くなりけるが松姫司が現はれて 朝な夕なに誠心を籠めさせ給ひ神の道 仕へまつりし折柄に蠑螈別や魔我彦の 踏み荒したる聖域も漸くここに返り咲き やや賑はしくなりにける此時松彦神司 五三公さまを始めとしアク、タク、テクや万公司 引連れ来り三五の教の道に立直し 世に恐ろしき兇党界醜の魔神を追ひ出し 誠一つの三五の正しき神を奉斎し 正しき清きいと赤き誠心を捧げつつ 仕へまつりし甲斐ありて今は漸く立春の 梅咲く季節も打過ぎて百の花咲く弥生空 草青々と生茂る常世の春となりにけり 蕪大根黒蛇や其外百の絵姿を 描きて四方の信徒に配り与へし文助も 漸くここに目をさまし厳の御霊と瑞御霊 経と緯との経綸を悟らせ給ひ今迄の 偏狭心を立直し四辺輝く朝日子の 日の出神や木花姫の神の教を真解し 義理天上と自称せる日の出神の贋神を 放逐したる雄々しさよウラナイ教の発起人 高姫司が現はれて妖幻坊の杢助と 此処に本拠を構へつつ一旗挙げむと企らみて 言葉巧に司等を言向けせむとする時に 皇大神の御光に曲の心を照破され アツと驚く其途端断岩上より墜落し 二人は傷を負ひながら魔法使の宝物 曲輪の玉を文助の内懐に捻ぢ込んで 後白浪と逃げて行く小さき欲に捉はれて 神に背きし初、徳の二人は後を慕ひつつ 八百長芝居がききすぎて尻を破られ血を出し 足の痛みを堪へつつテクテク後を追つて行く 後に残りし文助は吾懐に残りたる 曲輪の玉を打眺めブンブン玉よと恐れつつ 小箱に固く封じ込み守り居たりし折もあれ 初公、徳公帰り来て曲輪の玉を奪はむと 文助さまを殴りつけ倒れた隙を見すまして スタスタ逃げ行く憎らしさ文助さまは其日より 人事不省に陥りて訳の分らぬ囈言を 喋り出せしぞ悲しけれかかる所へ三五の 教の司イク、サール日の出神の賜ひてし 夜光の玉の神力を現はしまして文助を 全く生かし給ひけり文助さまは霊界に 彷徨ひ給ひ種々と現界人の夢にだも 悟り得ざりし秘密をば詳細に委曲に目撃し 吾等が前に概略を伝へ給ひし尊さよ 斯く明かに霊界の様子を悟る上からは 尚吾々は心をば洗ひ清めて日々の その行ひを改良し神の心にかなふべく 仕へまつらであるべきや思へば思へば人の世は 実に浅間しきものなれど必ず死後の生涯は 栄えに満てるパラダイス円満具足の天国に 救ひ上げられ永遠の清き正しき生涯を 送られ得べきものぞかし神を敬ひ且つ愛し 神の心に逆らはず世人の為めに善業を 勤め励みて神界の人を此世に下したる 其目的に叶ふべく仕へまつれよ百の人 吾等と共に大前に誓ひを立てて懇ろに 身の幸ひを祈るべしああ惟神々々 恩頼を賜へかし朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも地異天変は起るとも 神の此世にます限り誠一つを通しなば 必ず救ひ給ふべし吾等は神の子神の宮 世の万物に勝れたる奇き尊きものなれば 神の順序を克く守り愛と信との全徳に 浸りて此世の花となり光ともなり塩となり 穢れを洗ひ魔を払ひ天地の花と謳はれて 人の人たる本分を尽すも嬉し神国に 生ひ立ち出でし吾々は実にも至幸のものぞかし 仰ぎ敬へ神の子よ勇み行へ善の道 ああ惟神々々御霊幸はひましませよ』 此外神の司等並に信徒の祝歌は数限りなくあれども此処には省略する。扨て文助は数多の人々に盃をさされ、折角の志を受けぬ訳にも行かぬので少しく頭の痛む身に、元来下戸の事とて忽ち酩酊し階段を踏み外して地上に顛落し、又もや人事不省に陥つた。ここに松姫外一同は忽ち祝酒の酔も醒め、河鹿川に禊して文助の病気平癒を祈る事となつた。数多の役員信者の熱心なる祈願の声は九天に響き山岳も揺ぐばかりに思はれた。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四北村隆光録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 13 黒長姫 | 第一三章黒長姫〔一三四九〕 天引峠の頂上に四五人の男車座となつて、青い火をチヨロチヨロ焚きながら、暖を取つてゐる。何れもパルチザンのやうな面構、髯をモシヤモシヤと生やし、何だか人の腕のやうな物を、火の中へくべては、横笛を吹くやうな調子で口に当ててしがんでゐる。此時文助の目は余程内分的になつて、明かになつて来た。文助は……厭な奴が居やがる、此奴ア又一つ悶錯だワイ。併しながら一度死んだ者が命を取られるやうなこともあるまい。エエ惟神に任すより仕方がない……と決心の臍を固め、幽かな声で宣伝歌を歌ひながら近よつて行く。其中の一人は目ざとく文助を見て、 甲『オイ旅人、一寸待つて貰はうかい』 文助は悪胴をきめて、ワザと平気を装ひ、 文助『待つて貰はうと言はいでも、一あたりさして貰ひたいのだ、大分寒うなつたからな。そしてお前等は泥棒商売と見えるが、チツと儲かりますかな』 甲『ヤアもう不景気風が八衢街道まで吹きまくつて来たものだから、一向此頃は駄目だ。お前は俺から見れば随分偉い奴だ。ウマく善の仮面を被つて、神様のお取次と化け込み、鼻紙の端に松の木や黒蛇、蕪大根を描きよつて、苦労なしに礼言はして金をとる剛の者だから、一つ俺達にも教へて貰ひたいものだ。ここで泥棒講習会を開かうかと云つて、最前から相談して居つたのだが、根つから適当な先生がないので、実の所は当惑してゐる所だ。うまく法律にふれない様に、喜ばれて泥棒する方法を研究するのが、最も賢明な処世法だから、一つ小北山の先生、吾々の教導者になつて下さるまいかなア』 文助『馬鹿なことを言ふな、俺は正当の理由に仍つて正当の報酬を頂いて居つたのだ。貴様等は泥棒根性があるから、世界一切の事が皆泥棒的に解釈が出来るのだ。ピユリタンとしてのプロパガンディストの心事が泥棒先生に分るものかい。こんなことが教へて欲しければ、やがて現界に羽振を利かして居つた、大原さんがやつて来るだらう。そしたら十分に敬礼を表し、敬して近付けるのだ。現界に於ても、大多数盗を擁してゐた豪傑だからのう。俺は畑が違ふから、こればかりは御免だ、天国行の邪魔になると、一生の不利益だからのう』 甲『ヤツパリお前は利己主義だな。幽界へ来ても自愛と世間愛に執着してゐるから駄目だよ。そんなこと言はずに、男らしく秘密を教へて呉れたらどうだい』 文助『お前達はピユリタンの精神が分らないから泥棒に見えるのだが、人が喜んで献つたものを戴くのは、つまり神様から下さる様なものだ。神の宝を間接拝受するのだから、盗人ではないよ。お前達は往来の人を掠めて無理往生に取らうとする小盗人だよ。一層のこと、今此処で改心をして俺のお供をしたら何うだい、キツと天国へつれて行つてやるがなア』 乙『オイ甲州、こんな屁古垂爺を相手にしても駄目だぞ。すべて泥棒団体といふものは、こんなヒヨロヒヨロなレストレントの力のないやうな者では、頭に戴いた所で、統一が出来ない、ヤツパリ大原さまのやうな、大悪盗でないと、コントロールの力がないからな』 文助『さうださうだ、畑が違ふのだから、私には駄目だ。元から屁こいたやうな男だから、平兵衛ともいひ文助ともいふのだから』 甲『何と四方のない盲だなア。それなら免除してやるから、キリキリと此の場を立つたがよからうぞ。併し此関所は天引峠の二度ビツクリといふのだから、一つ吃驚せなくちや通過は出来ない。ビツクリ箱の蓋があくぞよと、いつも現界で云うて居つただらう。それの実現だから、これから一つ実行にかかるよつて、自由自在に吃驚するがよからう、煩悶苦悩驚愕の権利は、お前が惟神的に保有してるのだから、お手のものだ。イヒヒヒヒ』 文助『大和魂の生粋の水晶魂のビクとも致さぬ文助だ。幾らなりと吃驚さして御覧。如何なる悪魔も、恐怖も、醜事も、忽ち惟神の妙法に仍つて、所謂ザブリメーシヨンに仍つて一掃する神力が備はつてゐるエンゼル様だ。サア、吃驚さしたり吃驚さしたり』 甲『余り向ふ意気の強い盲滅法界の馬鹿者だから、話にならぬワイ。こつちが吃驚して了ふワイ。サア、キリキリ此処を通れ』 文助『貴様が通れと云はなくても、自由の権利で通るのだ。桃季物言はず自ら小径をなすというて、チヤンと道がついてるのだ。ヘンお構ひ御無用、お先へ失礼致します。此文助は斯う見えても、神様から、重大なるメツセージを受けてゐるのだから、汝等如き泥棒の容喙は許さないのだ。エツヘツヘヘヘ』 と細い目に皺をよせ、笑ひながらコツリコツリと杖を突いて峠を下つて行く。文助は四五町ばかり降つて行くと、其処に形ばかりの屋根があつて、石の六地蔵が並んでゐる。ツと立寄つて、傍の虫の喰ひさがした足の半腐つた鞍掛に腰を打かけ、よくよく見れば古ぼけた柱に墨黒々と楽書がやつてある。見るともなしに目についたのは……盲の宣伝使文助がやがてここを通過するだらう、さうすれば一つ談判がある。黒蛇の一族は此処へ集まれ……と記されてあつた。文助は之を見て独言、 文助『ハハア、おれが朝から晩まで、竜人さまだと云つて、黒蛇を書いては信者に渡し、掛字や額に仕立てて祭らしてやつたお蔭で、結構な飲食を供へて貰ひ、黒蛇の奴、俺の行方を大に徳となし、歓迎会でも開きよる積だなア。そらさうだらう。誰一人お給仕をしてくれる者がないのに、虫の分際として大神さま格に祀つて貰ふのだから、喜ぶのも無理はないワイ。あああ人はヤツパリ禽獣に至る迄助けておかねばならぬものかいな。ああ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。三五教の松彦さまがやつて来てゴテゴテ言ふものだから、黒蛇の画かきも中止して了ひ、松に日輪様ばかりを描いて居つたが、あれから引続いてやつてゐたなら、まだまだ沢山に喜ばれただらうに……何程日輪様を描いた所で、日輪様が喜んで下さる筈もなし、ヤツパリ性に合うた竜神さまを描いてをつたがよかつたのだ。霊不相応なことをすると、却て何にもなりやしないワ』 斯かる所へ妙齢の美人が三人連れで忽焉と現はれて来た。 女(黒長姫)『モシ、貴方は文助さまぢやありませぬか、私は黒長姫と申します、随分苦しめて下さいましたね。朝から晩迄、松の木にまき付いたなりで、身動きも出来ぬやうな目に遇はし、殺生なお方ですワ。サア是から御礼を申しませう』 文助『お前は黒竜神の精霊と見えるが、あれだけ立派に祀らして上げたのに、何が不足なのだ。畜生の分際として、神様として貰つて、喜ぶことを措いて、こんな処で不足を聞く耳は持ちませぬワイ』 黒長姫『吾々は畜生道に堕ちたもの、霊相応ですから、さやうな神様の席へ上げられ祀られては、目が眩み、頭が痛み、苦しくてなりませぬ。それだから吾々の怨みが塊まつて、お前さまの目が見えなくなつたのだ。分に過ぎた待遇をせられては本当に迷惑だ。お前さまのお蔭で、私達の眷族が幾千人苦しんだか知れやしない。そしてお前さまは之を祀つておけば、悪事災難が逃れるとか云つて、神様の真似をしたでないか。吾々の眷族を竜神さまだなどと大それた名をつけ、そして大変に神力のある神のやうに言ひふらし、世界の亡者に拝ませて、栃麺棒をふらさした張本人だ。神様の側に祀られて苦しくてたまらなかつたと、皆が云つてゐる』 文助『そんな不足を聞かうと思うて描いたのぢやない。一人でも世に堕ちた霊を世に上げてやらうと思つて善意を以てしたのだ。チツと其精神も買つて貰はなくちや困るぢやないか』 黒長姫『よう仰有いますワイ。世に堕ちた者を世にあげる様な力が、人間の分際としてどこにありますか。それは皆神様の御権限にあるのだ。神様の神徳を横領せむとするお前さまは天の賊だよ。それだから、こんな天引峠の二度吃驚を通らなくちやならぬ様になつたのだ。エエ恨めしい。これから五体をグタグタに咬み砕いて恨を晴らすから、其積りでゐなさい。そしてお前の身体は黒蛇となり、私達の仲間に入り、奴となつて働くのだ。あのお前の描いた黒蛇には、スツカリお前の霊魂の一部が憑依してゐるから、自然の道理でお前の霊身は蛇となるのは当然だ。お前は口の先で、神様の為世人の為と云つてゐるが、私達の仲間の姿をかいて祀らすのは、所謂ゼルブスト・ツエツクを達せむとする野心に外ならなかつたのだ』 文助『馬鹿を云ふな。神の道に仕へる者が、どうしてそんな心になれるか、何れも神の大御心に倣うて、虫ケラまで助けようと云ふ真心からやつたのだ。何程大蛇のお前だとて蛇推するにも程がある。チツとは善意に解して貰ひたいものだな』 黒長姫『何と云つても、セルフ・プリサベーシヨンの為にしてゐたことは、瞭然たるものだ。お前は神を松魚節にする偽善者だ。なぜ自分は謙遜して、人に頼まれても断りを云はないのだ。厳の御霊の筆先には、御神号や神姿は書く人がきまつてるぢやないか。きまつた方に書いて貰ふのなれば、所謂神様の霊がこもつてゐるから、蛇だつて解脱することが出来るが、権威なき者に描かれては益々苦しみを増し、罪を重ぬるのみだよ』 文助『それだと云つて、俺もヤツパリ天国の天人団体に籍をおいてる者だ。蛇なんぞを勿体ない、変性男子の御手で描いて貰ふといふことがあるか。俺の絵で満足すべきものだ、余り増長するない』 黒長姫『ホホホホホ、どちらが増長してゐるのか、よく考へてみなさい。それだから盲聾と神様が仰有るのだ。今に口笛を吹いたが最後、お前に苦しめられた眷属が此処へやつて来るから覚悟をなさい』 と云ふより早く、ピユーピユーと口笛をふいた。俄に四辺の草も木の片も木の葉も真黒けの蛇となり、一本の角を生やし、波の打ち寄する如く、文助の四辺を力一杯口をあけて襲撃して来た。文助は杖を打振り打振り、キヤアキヤアと断末魔のやうな声を出し、蛇の群を踏み越えて、命カラガラ西北さして逃げて行く。忽ち強烈なる山颪となり、数多の蛇は中空高く舞ひ上り、空を真黒に染めて、文助の走つて行く数百間の前まで飛散してゐる。文助は心も心ならず、神言を奏上しながら、倒けつ転びつ進み行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 15 千引岩 | 第一五章千引岩〔一三五一〕 文助は重た相な石が、土鼠が持つ様に、ムクムクと動くので、此奴ア不思議と立止り神言を奏上してゐると、一人は二十歳位な娘、一人は十八歳位な男が岩の下から現はれて来た。文助は何者ならむと身構へしてゐると、男女二人は文助の側へ馴々しくよつて来て、 二人『お父さま、能う来て下さいました。私は年子で厶います……私は平吉で厶います』 文助『私には、成程お年、平吉といふ二人の子はあつた。併しながら其子は、姉は三つの年に、弟は二つの年に死んだ筈だ。お前のやうな大きな子を持つた筈はない、ソラ大方人違だらう』 年子『私は三つの年に現界を去つて、あなたの側を離れ、霊界へ出て来ました。さうすると沢山な、お父さまに騙された人がやつて来て、彼奴は文助の娘だと睨みますので、居るにも居られず、行く所へも行けず、今日で十六年の間、此萱野ケ原で暮して来ました。そして毎日ここに隠れて、姉弟が住居をして居ります。霊界へ来てから、ここまで成人したのです』 文助『成程、さう聞けばどこともなしに女房に似た所もあり、私の記憶に残つてゐるやうだ。そしてお前等二人は永い間此処ばかりに居つたのか』 平吉『ハイ、姉さまと二人が木の実を取つたり、芋を掘つたり、いろいろとして、今日迄暮して来ました。人に見つけられようものなら、すぐに、お前の親は俺をチヨロまかして、こんな所へ落しよつたと云つて責めますから、それが苦しさに、永い間穴住居をして居ました』 と涙を滝の如くに流し、其場で姉弟は泣き伏して了つた。文助は手を組み、涙を流しながら思案にくれてゐると、後から文助の背を叩いて、 (竜助)『オイ文助』 といふ者がある。よくよく見れば、生前に見覚のある竜助であつた。文助は驚いて、 文助『イヤ、お前は竜助か、根つから年がよらぬぢやないか』 竜助『折角お前が生前に於ていろいろと結構な話をしてくれたが、併しながら其話はスツカリ霊界へ来て見ると、間違ひだらけで、サツパリ方角が分らぬやうになり、今日で十年の間、此原野に彷徨うてゐるのだ、これから先へ行くと、八衢の関所があるが、そこから追ひかへされて、かやうな所で面白からぬ生活をやつてゐるのだ。お前の為にどれだけ苦しんでゐる者があるか分つたものでないワ』 文助『誰もかれも、会ふ人毎に不足を聞かされ、たまつたものぢやない。ヤツパリ私の言ふ事は違うて居つたのかなア』 竜助『お前はウラナイ教を俺に教へてくれた先生だが、あの教は皆兇党界の神の言葉だつた。それ故妙な所へ落される所だつたが、産土の神様の御かげによつて、霊界の方へやつて貰うたのだ。併しながら生前に於て誠の神様に反き、兇党界ばかりを拝んだ罪が酬うて来て、智慧は眩み、力はおち、かやうな所に修業を致して居るのだ。お前の娘、息子だつてヤツパリお前の脱線した教を聞いてゐたものだから、俺達と同じやうに、こんな荒野ケ原に惨めな生活をしてゐるのだ。そして大勢の者にお前の子だからと云つて、憎まれてゐるのだ、俺はいつも二人が可愛相なので、大勢に隠れて、チヨコチヨコ喰物を持つて来たり、又淋しからうと思つて訪問してやるのだよ』 文助『あ、困つた事が出来たものだなア、今は改心して三五教に入つてゐるのだ。マ、其時は悪気でしたのでないから、マ、許して貰はな仕方がない、どうぞ皆さまに会つてお詫をしたいものだ』 竜助『三五教だつて、お前の慢心が強いから、肝腎の神様の教は伝はらず、ヤツパリお前の我ばかりで、人を導いて来たのだから、地獄道へ堕ちたのもあり、ここに迷うて居るのも沢山ある。なにほど尊い神の教でも、取次が間違つたならば、信者は迷はざるを得ないのだよ』 文助『何と難かしいものだなア。吾々宣伝使は一体何うしたらいいのだらうか、訳が分らぬやうになつて了つた』 竜助『何でもない事だよ、何事も皆神様の御蔭、神様の御神徳に仍つて人が助かり、自分も生き働き、人の上に立つて教へる事が出来るのだ。自分の力は一つも之に加はるのでないといふ事が合点が行けば、それでお前は立派な宣伝使だ。余り自分の力を頼つて慢心を致すと、助かるべき者も助からぬやうな事が出来するのだよ。是から先には沢山のお前に導かれた連中が苦しんでゐるから、其積りで行つたがよい。二人の娘、息子だつてお前の為に可愛相なものだ。筆先に「子に毒をのます」と書いてあるのは此事だ。合点がいつたか』 と、どこともなしに竜助の言葉は荘重になつて来た。文助は思はず神の言葉のやうに思はれてハツと首を下げ、感謝の涙にくれてゐる。忽ちあたりがクワツと明るくなつたと思へば、竜助は大火団となつて中空に舞ひのぼり、東の方面指して帰つて行く。之は文助の産土の神であつた。 産土の神はお年、平吉の二人を憐れみ、神務の余暇に此処へ現はれて、二人を助け給ひつつあつたのである。文助は始めて産土の神の御仁慈を悟り、地にひれ伏して涕泣感謝を稍久しうした。 文助は二人に向い、 文助『お前たち二人は、子供でもあり、まだ罪も作つてゐないから、ウラナイ教の御神徳で天国へ行つて居る者だとのみ思つてゐたのに、斯様な所で苦労してゐたとは気がつかなかつた。之も全く私の罪だ。どうぞ許してくれ、さぞさぞ苦労をしたであらうな』 お年『お父さま、あなたの吾々を思うて下さる御志は本当に有難う厶いますが、何と云つても、誠の神様の道に反き、兇党界の神に媚び諂ひ、日々罪を重ねてゐられるものですから、私たちの耳にも、現界の消息がチヨコチヨコ聞えて、其度毎に剣を呑むやうな心持で厶いました。今日も亦文助の導きで兇党界行があつたが、産土様のお蔭で霊界へ救はれたといふ噂を幾ら聞いたか分りませぬ。弟も余り恥かしいと云つて外へ出ず、又外へ出ても大勢の者に睨まれるのが辛さに狐のやうに、穴を掘つて、此岩の下に生活を続けて来ました。これだけ広い野原で、石なとなければ印がないので、産土様のお蔭で、此石を一つ運んで貰ひ、これを目当に暮してゐます。石といふものは、さやります黄泉大神と云つて、これさへあれば敵は襲来しませぬ。此岩のお蔭で、姉弟がやうやうとここまで成人したので厶います。お父さまも、一時も早く御改心を遊ばして、吾々を天国へ行くやうにして下さい』 文助『今までは、吾々が祝詞の力に仍つて天国へ救へるもの、又は導けるものと思うてゐたが大変な間違だつた。これは神様の御力に仍つて救はれるのだつた、今迄は自分の力で人を救うと思ひ、又人の病を自分の力で直すと思うたのが慢心だつたのだ。もう此上は神様に何事も任して、御指図を受ける外はない。ああ惟神霊幸倍坐世』 と親子三人は荒野ケ原に端坐して、一生懸命に祈願を凝らした。 因に石といふものは、真を現はすものである。そして、所在虚偽と罪悪と醜穢を裁断する所の神力の備はつたものである。神典古事記にも、黄泉平坂の上に千引の岩をおかれたのは、黄泉国の曲を裁断する為であつた。人間の屋敷の入口に大きな岩を立てて、門に代用するのも外来の悪魔を防ぐ為である。又家屋の周囲に延石を引きまはすのも、千引の岩の古事にならひ悪魔の襲来を防ぐ為である。築山を石を以て飾るのも神の真を現はす為であり、又悪魔の襲来を防ぐ為である。そして所在植物を庭園に栽培するのは愛を表徴したのである。人間の庭園は愛善の徳と信真の光を惟神的に現はした至聖所である。故に之を坪の内とも花園とも称するのである。天国の諸団体の有様は、すべて美はしき石を配置し、所在植物を植ゑつけられた庭園に類似したものである。それから石は砿物であり玉留魂である。故に神様の御霊を斎るのは所謂霊国の真相を現はすもので、月の大神の御神徳に相応するが故に、石の玉を以て御神体とするのである。これ故に霊国の神の御舎は皆石を以て造られ、天国は木を以て、其宮を造られてある。木は愛に相応し、太陽の熱に和合するが故である。大本の御神体が石であつたから、何でも無い神だと嘲笑してゐるそこらあたりの新聞記事などは、実に霊界の真理に到達せざる癲狂痴呆であつて、新聞記者自らの不明を表白してゐるものである。 ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 20 険学 | 第二〇章険学〔一三五六〕 四人は妖幻坊の変化なる高宮彦の巨大な姿に内心打驚きながら、心に深く神を念じ、吾身に危害の加へらるる事あらば、速に助け給へと祈つてゐた。妖幻坊はカラカラと打笑ひ、 妖幻坊『其方はハルナの都の大黒主が部下、ランチ、片彦将軍の側近く仕へて居つたガリヤ、ケースであらうがな。そして二人は初公、徳公の両人、随分貴様も悪事にかけては抜目のない代物だ。今は殊勝らしく三五の教に帰順してゐるが、一つ風が吹けば、又もや悪道へ逆転致す代物だらう。ても扨ても意気地のないヘゲタレ男だなあ、アハハハハ』 と嘲弄されてガリヤは躍起となり、両手の拳を握り、歯ぎしりをしながら、 ガリヤ『拙者は如何にもバラモン軍に仕へて居つたガリヤである。併しながら決して変心致す様な意気地なしでは厶らぬぞ。誠の道を悟つた上は、将軍よりも城主よりも尊いのは宣伝使だ。堂々たる大黒主が三軍を叱咤し、生殺与奪の権を握つて世界を睥睨し、ハルナの都に金殿玉楼を構へ、城寨を築いて、堅牢無比の鉄壁と構へてゐるなれども、拙者は左様なものが何になるか。天に聳ゆる天主閣や隅櫓、まつた、大理石を以て畳み上げられた王宮、左様なものは今にメチヤメチヤになつて了ふであらう。そして其跡は満目荒涼たる雑草の野辺と変じ、八重葎の軒に茂るに任すのみ、果敢なき運命に陥るは目のあたりだ。其如く此高宮城も、やがては凋落の運命に陥るであらう。高宮彦が何だ。曲輪城の城主が何偉い。愛善の徳と信真の光によつて、永久不滅の生命力を有する信仰其ものより外には、世の中に決して尊きものはない筈だ。世の中の利巧な愚物や俗漢が、畢生の事業とか、政権とか、利益とか、株式だとか云つてゐるやうな、十年もたたずに亡びて了ふやうなものが何になるか。吾々は此真理を悟つたが故に、バラモンの軍籍をすてて、永久不滅の生命に入るべく信仰の道を辿つたのだ。何だ高宮彦、吾々元バラモン軍の営所を何時の間にか修繕致し、黙つて占領致すとは不都合ぢやないか。サア、誰にこたへて、斯様な立派な城廓を造つたのだ。返答聞かして貰はうかい』 と何時の間にやら恐怖心は何処へか行つて、腕を打ち振り、勇気百倍して無性矢鱈に喋り出した。妖幻坊は大口をあけて高笑ひ、 妖幻坊『アツハハハハ、叩くな叩くな、へらず口を叩いてそれが何になる。末の百より今の五十、人間は太く短く暮せば可いのだ。コリヤ其方共、吾城内に来つて其荘厳に打たれ、且物質的方面の如何に荘厳優美にして且華美なるかを、チツとは研究したがよからうぞ。何事も見学の為だ。どうだ、城主が直接に許すといふのだから大丈夫だらう』 ガリヤ『ヤア、高宮彦とやら、僅か三四ケ月の間に、斯様な立派な普請をなさるとは、ガリヤに取つては不審千万、合点が参らぬで厶る。そして此浮木の森は妖怪変化出没し、行人を苦しむるや実に名状す可らざる魔窟である。斯様な処に城廓を構へるやうな奴は、只の狸ぢやあるまい、気の利いた化物はすつ込む時分だ、サ、どいたりどいたり』 妖幻坊『アハハハハ、お疑は御尤も千万、拙者は決して怪しき者では厶らぬ。元は拙者も三五教の宣伝使なりしが、思ふ仔細あつて、斎苑の館を脱退し、吾名を高宮彦と改めて、ここに君臨致したものだ。其方も三五の道に帰順した以上は、一度ここへ参拝致さねばなるまい。実の所は、某は初稚姫の父親なる時置師の杢助だ。どうぢや、一度休息して行く気はないか』 ガリヤ『どうも合点の行かぬ事になつて来た。ああ併しながら此浮木の森は吾々が稍暫し住みなれて、地理もよく知り居れば、有為天変の世の有様を目撃するも亦一興、然らば御免を蒙つて拝見さして頂かうかな。各方如何で厶るかな』 とガリヤは三人に問ひかけた。三人は無言のまま首を下げて賛成の意を表した。 ガリヤ『然らば高宮彦殿、ガリヤ以下一同、御世話になりませう』 と口ではキツパリ言ひ放つたものの、心の中で思ふやう、此奴アどうしても妖怪の親玉に相違ない。此方の方から甘く騙されたやうな風を装ひ、スツカリ様子を考へた上、三五教の神力に帰順させるか、但は根底から打ち亡ぼしてやるか二つに一つの思案だ。これも何かの神様のお仕組だらう……と心にうなづきながら、さあらぬ体にて妖幻坊の言葉に従ふ事となつた。妖幻坊は俄に顔色を和らげ、言葉も叮嚀に、 妖幻坊『イヤ各方、それでこそ三五のピユリタンで厶る。拙者の娘初稚姫も奥に控へ居れば、一度は会つてやつて下さい。親の口から褒めるぢやないが、実に天稟の美貌だ。こんな武骨な男に、なぜあんな娘が出来たかと思へば実に不思議だ。之も要するに天の配剤でせう、アハハハハ』 ガリヤ『何と仰有います、有名な初稚姫様がお出になつて居りますか。ソリヤ一度ガリヤも是非お目にかかりたいもので厶います』 ケースは、 ケース『まだ独身でゐられますかな』 妖幻坊『ハイ、独身者で厶いますよ。どうか適当な夫があれば、持たせたきものと、親心で朝な夕なに祈つて居りました。どうやらここに初稚姫の夫として恥かしからぬ御方が、たつた一人交つて厶るやうだ。イヤ是も天の時節が来たので厶らう、アハハハハ』 ガリヤは何、此妖怪奴、其手は喰はぬぞ……と腹の中できめてゐたが、ケース他二人はスツカリ降参つて了ひ、そして此中に初稚姫の婿となるべき者があると云つたのは誰であらうか、ヒヨツトしたら俺であるまいかなどと、互にニコニコしながら跟いて行く。 ケース『エーもし城主様、初稚姫様の夫になるやうな男は、ケースの眼からは、生憎此処には居らないぢやありませぬか。何れもへボクチヤ男ばかりですからな。此中に一人は、それでも可成り及第する奴があるかも知れませぬな』 妖幻坊『どうか其方を養子となし、ここの城主になつて貰ひたいものだ』 ケース『成程、実に立派なお屋敷で厶いますな。私が将軍の副官をして居つた時にや、半永久的の建物で、見る影もなき粗末至極な陣営でしたが、貴方の御神力は偉いものです。少時の間に斯様な事にならうとは、此ケース、実に夢にも思ひませぬでした。実に立派なもので厶いますワ。私此様な親が持ちたいもので厶います、オホホホホ』 妖幻坊『サ、私のやうな男にでも、子になつてくれる人がありませうかな。初稚姫が見たら、さぞ此四人の中の一人に目をつけて喜ぶ事でせうよ』 ケース『そして貴方のお目に止まつた男といふのは誰で厶いますか。ガ印ですか、但はハかトかケか、どちらで厶いませうな』 妖幻坊『ケのつくお方でせう』 ガリヤは、 ガリヤ『ハハハハ、ケのつく、獣先生にはよい対象だ、ハハハハ、ヤツパリ霊相応かな』 と呟いた。されど妖幻坊も他の連中も、一生懸命に話に実が入つて、ガリヤの囁きに気が付かなんだ。 漸くにして菫、蒲公英、紫雲英などの美しく咲きみちた城内の広庭をよぎりながら、金色燦爛たる隔ての門を幾つともなく潜つて玄関口についた。ここには七宝をもつて飾られたる卓子や椅子が並べられ、大きな瓶に芳香馥郁として咲きみちたる白梅の花が活けられてあつた。妖幻坊の高宮彦は先に立つて、玄関を上り行く。八人の美しい美女は満面に笑を湛へて、四人の手を一本づつ取り、各居間へ導いて行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 25 恋愛観 | 第二五章恋愛観〔一三六一〕 高姫は敬介、狂介、悪次郎の三人が手厳しくコミ割られたのを見て痛快措く能はず、益々調子にのつてロハ台の上に登り、又もや大道演説を始め出した。 高姫『皆さま、あれをお聞きになりましたか。泡沫に等しき権勢や、地位や、財産を振りまはし、社会に於て乱暴狼藉を働いた偽善者の末路は、此通りで厶りませうがな。皆さまはここを現界と思うてゐますか。ここは霊界の八衢、善悪を調べる所ですよ。お前さま等も常平生から結構な日の出神が現はれてウラナイの道を開き、万民を救ふべく朝な夕なに口を酸うしてお導き遊ばしたのに……ヘン、あの気違ひが何を吐す、冥土があつて堪らうか、地獄極楽は此世に厶る……等と高を括つて厶つたが、今三人行つた奴の様に、ここで十分に膏を搾られ、吠面をかわかねばなりませぬぞや。それだから現界に於て神様のお話をよく聞きなされと云つたのだ。如何です、之でもお前さま等は此高姫の演説を聞く気はありませぬか。義理天上日の出神様は現界、幽界、神界の救主で厶るぞや。何程深い罪があらうとも、此方の云ふ事さへ聞けば、神直日、大直日に見直し聞直して助けて上げるぞや』 赤の守衛は高姫の手をグツと握り、 赤の守衛『こりや高姫、帰れといつたら帰らぬか。大変邪魔になる。どうしても聞かねば、其方を此儘地獄に堕とすが宜いか』 高姫『ヘン、よう仰有いますワイ。何と云つても神界、現界、幽界の救主なる義理天上日の出神の生宮で厶りますぞや。余り見違ひをして貰ひますまいカイ。これこれ皆さま、何程怖い顔して此守衛が睨んだ処で、チツとも驚くに及びませぬよ。然し此高姫の申す事が分らねば駄目ですよ。おい赤さま、チツとお前も高姫の云ふ事を真面目に聞いたら如何だい』 赤の守衛は煩さくなつたと見え、高姫の手をグツと後へまはし、傍の梧桐の木に縛りつけて了つた。高姫は尚も屈せず、稍怒気を含んだ声で、 高姫『こりや、罰当り奴、三界の救主日の出神の生宮を何と致すか。物が分らぬにも程があるぞよ。もう斯うなつて貴様の様な蠅虫に話をした処が仕方がない。伊吹戸主を呼んで来い。此高姫が噛んで啣める様に誠の道理を聞かしてやらう。さうすればお前も初めて此生宮の御神力が分り目が覚めるだらう』 赤の守衛『エー、仕方がない。白さま、どうか暫く門内へ突つこんでおいて下さい。事務の邪魔になつて仕方がありませぬから』 高姫『オホホホホホ、出来した出来した、到頭往生致したと見え、杢助さまの厶る門内へ入れと云ひよつたな。ヤツパリ高姫さまには敵ふまいがな、オホホホホホ』 白『さア高姫、縛をほどいてやるから門内へ這入れ』 高姫『ハイ、有難う。順風に帆をかけた様なものだ。之を思へば熱心と云ふものは偉いものだな』 赤『エー、グヅグヅ申さずとトツトと這入れ』 高姫『ホホホホ、這入りますわいな。其代り赤のお前さま等の都合の悪い事が出て来るかも知れませぬぞや。勿体なくも日の出神の生宮を梧桐に縛りつけた大悪は、伊吹戸主に会うたら屹度告げてやるから、地獄行は覚悟の前だらう。まア喜んで待つて居なさい。あの、まア心配さうな顔ワイノー』 白は優しい顔に少しく怒りを帯び声を尖らして、 白の守衛『こりや高姫、云ふ事があれば後で云へ。さア早く這入らないか』 高姫『ホホホホホ、青瓢箪に屁を嗅がしたやうな営養不良な顔をして、此生宮様を「高姫云ひたい事があるなら後から云へ」……何吐すのだ。チツと身分を考へたら如何だい、オツホン』 と女に似合はず大手を振り、大股に歩いて門内に姿を隠した。 赤は男女連れの精霊を手招きし住所姓名を尋ねかけた。 赤の守衛『其方は何と申す姓名か』 女(おつや)『ハイ、私はおつやと申します』 赤の守衛『其方は何と申すか』 男(呆助)『ハイ、私は呆助と申します』 赤の守衛『おつや、其方は夫のある身を以て、此呆助と私かに情を通じ、斯様な処へやつて来たのだな』 おつや『ハイ、理想の夫がないものですから、已むを得ずこんな破目になつたのですよ。今日の結婚問題は愛の結婚でなくて財産結婚、門閥結婚、強迫結婚、強姦結婚、往生づくめの無理無体の結婚を強ひる世の中ですから、離婚沙汰が頻々として起つてゐます。恋愛を無視した因襲的結婚法は、斯様な問題を惹起する最も重大なる原因の一つとなるのです。自分が好いて自分が選んだ結婚関係ならば、それが仮令うまく行かなくても自分自身に其全責任があります。出来得るだけの努力をして現在の結婚生活をもつともつと良きものにしなければなりませぬ。最初から自分以外の者が取計らつた結婚と云ふものは、少しも恋愛味が存在しませぬ。何れ合せものは離れものだと云ふ流儀ですから、離婚の不祥事や、他に情夫を拵へて三角生活を送る様になるのは已むを得ませぬ。皆社会の制度が悪いのだから、自分の意思の合うたもの同志が結婚を自由にしたと云つて、お前さま等にゴテゴテ言はれて堪りますか。女は決して男の玩弄物ぢやありませぬ。ヤツパリ一人前の人格者である以上は男子の圧迫や強圧は許しませぬ。それだから無理結婚の夫を捨てて最愛の呆助さまと隠れ忍んで、耽美生活を味はつてゐたのです。之程分り切つた道理を社会の奴は皆盲目だから、嫉妬半分に、あのおつやは不貞腐れだの、ホームの破壊者だの、阿婆摺女の張本等と下らぬ事を吐きやがるので煩さくて堪らず、呆助さまと相談の上、手に手を取つてライオン川に投身し、霊界に於て完全なるホームを作り恋愛味を味ははうと思つてやつて来た賢明な新しい女ですよ。コンモンセンスを欠いた社会の馬鹿人間は、トランセンデンタルな恋愛の権利を解せない馬鹿者ばかりですから、サツパリ社会が嫌になつて了つたのです。想思の男女をして自由に結婚せしむるのがワイズ・ペアレントフツドでせう。今日の親と云ふものは吾子の恋愛までも抹殺しようとするのだから堪らないですよ。吾々はチヤスティティなラブを以て人生の最大要件と認めてゐるのです。イケ好かない男子と結婚する位なら、寧ろセリバシイ生活を送る方が何程ましだか知れませぬわ。お前さまも、未だ年がお若いが屹度妻君があるでせう。気に入つた妻君と添うてゐらつしやいますかな』 赤の守衛『こりやこりや女、こんな処で変愛論をふりかざす処ぢやないぞ。之から其方の罪悪を調べるのだ』 おつや『高竹寺女学校の卒業生で、天才の誉をとつたおつやで厶ります。天才と秀才を兼ねた新しい女だから、到底お前さまの頭へは入りますまい。ホーム・ウエーゼリ・ゼヤリーベの分らない、世に遅れた人間にはテンで話にはなりませぬワ。ラブ・イズ・ベストを以て吾々目覚めた婦人は大理想としてゐるのですよ。何とまア気の利かない顔して居りますね、ホホホホホ』 赤の守衛『此頃の女性には冥官も実に往生だ。何は兎もあれ、其方のメモアルを調べてやるから此方へ来い。高等女学校を高竹寺女学校とは何を云ふか』 おつや『妾の行状を調べるとは、そいつは面白い。純潔な婦人ですよ。サンナム・ボーナムの行ひを尽して来た才媛ですから、旧道徳の古い頭で御覧になれば罪悪かは知りませぬが、恋に目覚めたニユー・スピリツトを有する妾の主義は、世に遅れた、失敬ながらお前さまでは分りますまい。何と云つても人間の世界ではラ・ヴイ・セクシユエルと云つて性的生活を以て第一とするのですから、此位最善の方法はありますまい。無理解な親に虐げられて、良心を枉げ結婚した夫婦は、云はば罪悪の最なるものと思ひます。愛なき結婚を強ひられて、朝から晩まで、夫婦がアンタゴーニズムの悲劇を演じて居るよりも、想思の男女が互にホーリ・グレールを傾けて天国の法悦に酔ふのが最も賢明な覚めた婦人のやり方です。お前さまは到底吾々を審判するだけの権能はありませぬよ。何卒もう此問題には此上クエーストして下さるな』 赤はあまりの事に呆れ果て、呆助の方に言葉を向けた。 赤の守衛『おい呆助、お前は此おつやを真から愛してゐるのか』 呆助『ハイ、私はおつやの意見に共鳴して居ります。よく考へて御覧なさい。恋愛と云ふものは至高至上のものでせう。恋愛至上の思想があつて茲に初めて一夫一婦の制度に的確なる精神的、道徳的、合理的基礎を与ふる事が出来るのです。それ以外の一夫一婦論は、所謂偽善説に非ざれば、単なる便宜的、因襲的、実理的の御都合主義か、又は形式主義たるものに過ぎませぬ。斯の如きは少くとも人間として第二義的の考察として取扱はるべき問題となると思ひます。至上至高の性的道徳としての恋愛は二つの人格の全的結合なるが故に、そこに一夫一婦の原則が確認されたとすれば、必然的に之と相即不離の関係をなして生ずるものは所謂貞操観念でせう。男女が互に貞操を厳守し格守する事によつてのみ、此一夫一婦が完全に実現せられ得るものです。故に貞操は恋愛の神聖なる擁護者たると共に、又真の恋愛は必ず貞操が伴ふものです』 赤の守衛『随分猛烈な恋愛関係だのう。嫉妬や悋気が随分花を咲かしただらうのう』 呆助『世間的物質的の欲望に煩はされてゐない純真の恋愛の場合に於ては、嫉妬なるものは必ずしも悪徳として非難せらるべきものでなく、寧ろ双方の純潔を保たむとする貞操観念の副作用とも見られるのです。悋気をせない女は明かに不貞の女である場合が最も多いものです。それ故吾々は悋気もしたり、イチヤついてもみたり、低気圧が両人の間に起つたりする事は、幾度か出現しますが、之が所謂貞操観念の濃厚なる証拠であらうと思ひます、エヘヘヘヘヘ』 赤の守衛『アーア、サツパリ煙に捲かれて了つた。御両人、お目出度う。此先はどうなるか知りませぬが、先づ伊吹戸主神様の前で諄々と恋愛神聖論でもまくし立てなさるが宜しからう。併しおつやの夫は昨日ここを通過したから、嘸今頃は伊吹戸主神の前でお前等両人の現界に於ける一切の行動を陳述したであらう。さア早く通りなさい』 おつや『ハイ、下らぬ事を申しまして誠に済みませぬ。併しながら吾々両人の結合力は極めて硬固なもので厶りますから、仮令地獄の底へ落されても滅多に分離などは致しませぬワ』 赤の守衛『エー、八釜しい。そんな問題は審判廷で喋々とまくし立てたが宜からう。早く通れ』 と一喝した。二人は睦じさうに手を曳きながら、いそいそとして門を潜り入る。 白の守衛『何とまア脱線した女が来たものだなア。赤さま、之からチツと方針を変へなくちやなりますまいぞや』 赤の守衛『如何にも白さま、非常に現界には魔風恋風が吹き荒んでゐると見えますな。之では到底社会の秩序は保たれますまい。ああ困つた事だなア』 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五北村隆光録) |
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霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 09 蛙の腸 | 第九章蛙の腸〔一三七二〕 ビクトリヤ王の奥殿には、王を始めヒルナ姫、並に内事の司兼宣伝使たるタルマン及左守のキユービツト、右守のベルツ、ハルナ、カルナ姫の七人が列を正し、左守右守の両家が結婚に仍つて、和睦の曙光を認めたる祝意を表する為、王に招かれて、此異数の酒宴に列したのである。左守司は先づ王に一礼し、順を逐うて叮嚀な挨拶をした。 左守『吾君様始め、ヒルナ姫様の深厚なる御仁慈に仍りまして、愚なる伜に名声高き右守殿の妹カルナ姫をめあはし下さいまして、実に左守は申すに及ばず伜に取つても無上の光栄で厶います。それにも拘はらず、今日は又盛大なる宴会を開いて、吾等が為にお心をお尽し下さいまする、其御仁慈、終生忘れは致しませぬ。此上は身命を抛つても、君国の為に赤心を尽し、万分一の御恩に酬い奉る所存で厶います』 刹帝利『いかにも、汝の言ふ通り、今回は実に奇縁であつた。之といふのも全く盤古神王様の思召、神は未だビクの国を始め、ビクトリヤ家を見捨て玉はざる御証拠、此方も実に満足であるぞよ。今日迄は左守家右守家は犬猿啻ならず、常に暗闘を続けて来た。之に就いては此方は非常に頭を悩ませてゐたのだ。かくなる上は文武一途に出で、協心戮力上下一致して以て、国家を守り、民を安からしめ、五六七の神政を招来することが出来るであらう』 と非常に喜んで挨拶を返した。左守はハツと許りに差俯き、嬉し涙に暮れて居る。右守司は威丈高になり、 右守『只今吾君の仰せには、「文武一途に出よ」と仰せられたやうで厶いますが、左守家は文学の家、右守家は武術の家で厶いますれば、其根底に於て職掌を異に致し、到底氷炭相容れざる家柄で厶いまする。併し乍ら私的交際に於ては、切つても切れぬ親戚の間柄、従前に増して親密の度を加へ、両家和合致すで厶らう。抑も武は国家を守る必要の機関にして、武備なき国家は、翼なき鳥も同様、到底国としての存立は望まれませぬ。故に武は非常の時に必要のもの、文学は平時に民を導き、世を治むる上に於て必要なものたる事は、賢明なる刹帝利の御熟知さるる所で厶いませう。文武両家の職を混同して、内事外交に臨む時は、却て殺伐の気、天下に充ち国家の擾乱を来すで厶らう』 ヒルナ姫『右守殿の御意見、一応尤も乍ら、今日の如き内憂外患の頻到する時に際し、文武両家が力を併せ、国家を守り、民を安むるは時宜に適したる行り方と考へます。右守殿、御熟考を願ひませう』 右守『これはしたり、ヒルナ姫様、左守家が万一武術の権を握らば、軍学に経験なき御身なれば軍隊の統制は宜しきを得ず、却て内乱の種を播くやうなものでは厶らぬか。大工は家を建て、左官は壁を塗り、傘屋は傘を作る、すべて各の職に応じて特色を持つてゐるもので厶る。左官は家を造る事を知らず、大工は又壁を塗る事を知らない、同様に文官は武術を弁へず、况してや三軍を統率するの権威は俄に備はるものでは厶いますまい。之に反して武門の右守、如何に文学方面に心を注ぐとも、到底完全なる結果は得られますまい。文武両道相並んでこそ国家の安全は保持されるのでせう』 刹帝利『アイヤ右守殿、左様な心配は要り申さぬ。吾は之より刹帝利として、吾祖先が汝の祖先に預けておいたる兵馬の権を改めて受取り、左守右守をして、文武の両道を管掌せしむる事に致す考へだ。ヨモヤ違背は厶るまいなア』 右守『祖先が預かりましたか、或は祖先が刹帝利様を擁立して此国家を造つたか、記録もなければ、遠き昔の事、私には少しも分りませぬ。私は右守の武家に生れ、父より兵馬の権を譲渡された者、恐れ乍ら吾君にお還し申す理由はチツとも認め申さぬ』 と気色ばんで息を喘ませ、刹帝利の前をも省みず、傍若無人に言つてのけた。流石のヒルナ姫も、タルマンも呆気に取られ、左守右守両人の顔を見つめゐたり。タルマンは宣伝使兼内事の司として、左守右守の上に座を占むる特別の地位であつた。彼は始めて口を開き、 タルマン『ビクの国の主権者ビクトリヤ王様のお言葉は所謂神の御託宣で厶る。今日迄は右守家兵馬の権を奪ひ、上はビクトリヤ家を悩ましまつり、下国民の膏血を搾り、それが為に国内には紛擾の絶え間なく、革命の機運は国内に漂うてゐる。今にして吾君の仰せを承はり、兵馬の権を御返し申さざるに於ては、民の怨府となりし右守家は直ちに覆滅の悲運に接し、延いて害を王家に及ぼすは、火を見るより明かで厶る。右守殿、よく胸に手を当て、時代の趨勢に鑑み、其方が聰明なる頭脳に仍つて、最善の方法を取られむ事を忠告致します。之は決してタルマンが私言では厶らぬ、盤古神王塩長彦命様の御託宣の伝達で厶るぞや』 と思ひ切つて宣示した。 右守はタルマンをハツタと睨み、 右守『名のみあつて実力なき其方の言葉を耳に挟むやうな右守では厶らぬぞ。察する所、汝は左守司に抱き込まれ、或は牒し合せ、右守が兵馬の権を横奪し、遂には軍隊の力を以て、国民を威圧し、時を待つてビクトリヤ家を亡ぼし、左守と汝が取つて代らむとの野心を包蔵することは、此慧眼なる右守の前知する所で厶る。刹帝利様の災を招かむとする曲者奴、下りおらう』 と反対に呶鳴りつけた。左守司は之を聞くより奮然として立上り、 左守『こは心得ぬ右守の言葉、何を証拠に左様な無体な事を仰せらるるや、証拠があらば承はりたい』 右守『アハハハハハ、悪人威々しいとは其方のこと、証拠は心にお尋ねなされ。 人問はば鬼はゐぬとも答ふべし 心の問はばいかに答へむ とは、左守司及タルマン輩の心の情態で厶る。いかに隠さるる共、其面貌及言語に表はれて居りますぞ』 左守『これは怪しからぬ、右守こそ野心を包蔵せりと云はれても弁解の辞はありますまい。何となれば君命に反き、兵馬の権を私するは、之れ全く王家を脅かすもの、右守にして一点の、王家を思ひ国家を思ふ赤心あらば、国家の主権者たるビクトリヤ王様になぜ奉還なさらぬか』 右守『お構ひ御無用で厶る。王家はビクの国の飾り物、其実権はすべて右守家に握つてゐるのは避く可らざる事実で厶る。いかに王家と雖も、左守家と雖も、右守家に対し地位こそ高けれ、国家の実権を握るは、軍隊を統率する者の手裡にあるは当然で厶る。右守に一片の野心あらば、時を移さず、吾軍隊を指揮して、恐れ乍ら王家を亡ぼし、左守家を粉砕し、自ら取つて刹帝利と成るは朝飯前の事では厶らぬか。斯かる実力権威を具備する某が汝如き老耄の下位に甘んじ、忠実に勤めてゐるのは、野心のなき証では厶らぬか。左守如き頑迷不霊の宰相に兵馬の権を握らせようものならそれこそ気違ひに松明を持たせたも同様、危険千万で厶る。餅は餅屋、傘は傘屋、下駄は下駄屋で厶る。及ばぬ野心を起すよりも、左守家相当の職を守り、君国の為に尽されたがよからう』 ヒルナ姫『右守殿、左守司は決して左様な野心は毛頭厶らぬ。何事も善意に解し、両家和衷協同して、君国の為に、国家危急の場合、下らぬ争ひを止め、共に共に力を国家の為に尽して下さい。況して親密なる親戚の間柄、御両人の争ひをハルナ、カルナ姫殿が聞かれたならば、さぞ苦しい事で厶いませう。そこは賢明なる右守殿、平静に御考へを願ひたう厶いますなア』 右守『ハルナ、カルナの両人は恋愛至上主義を振り翳し、結婚を致した者で厶る。云はば私的関係では厶らぬか。軍職は所謂天下の公機、一夫一婦の私的関係を以て公職を混同するは天地の道理に背反したる大罪悪では厶らぬか。此右守暗愚なりと雖も、斯様な道理の分らぬ男では厶らぬ。親戚は親戚、国家は国家、職務は職務、区劃整然として自ら法則あり。察する所、左守司やタルマンの野心より兵馬の権を右守から掠奪せむとする計略に出でたる事はよく見え透いて居ります。姫様、必ず御心配遊ばすな。此右守は左守やタルマンの杞憂する如き反逆人では厶らぬ。手なづけておいたる軍隊を以て王家を守り、国家を保護致しますれば、今日の提案は刹帝利様のお言葉を以て、速かに御撤回あらむことを希望致します』 といつかな動かぬ磐石心、流石の刹帝利も手を下すべき余地がなかつた。右守の妹カルナは右守に向ひ、 カルナ姫『兄上様、貴方は何時も武術の家に生れながら、兵は凶器だとか、殺伐だとか言つて、蛇蝎の如く忌み嫌つて居られるではありませぬか。文化生活といふものは、武備撤廃迄行かねば到底駄目だといつも仰有つたでせう。それ程御嫌ひな軍隊なら、左守殿の仰せに従ひ、刹帝利様に速に奉還なさつたら如何です』 右守『女童の容喙する所でない、スツ込み居らう。某の理想が出現する迄は軍隊の必要がある。理想世界が現はれた以上は、軍備全廃を誓つて致す拙者の考へだ。汝の如き半可通のナマ・ハイカラが何を知つてゐるか。ハルナの美貌に迷ひ、生家を忘れ、兄に楯つくとは不都合千万、今日より兄妹の縁を切る。さう覚悟を致せ』 カルナ姫『それは貴方の御勝手になさいませ。何時迄も兄上の世話になる訳には行きませぬ。妾は最早夫の家が大切で厶います』 右守『ヨシツ、よう言つた、其言葉を待つてゐたのだ。今日より左守右守両家は親戚でない程に、汝一人の為に吾目的……否々……我国の国力発展の目的を妨害するには忍びない。キツパリ暇をつかはすツ』 と呶鳴りつけた。ハルナは慌てて立上り、 ハルナ『お兄様、カルナ姫の申した事、お気に障ませうが、何を云つても女の申した事、又兄妹の間柄だと思つて、斯様な気儘な事を申したので厶いませう。折角刹帝利様、ヒルナ姫様の思召に仍つて、両家和合致し、其祝宴として、勿体なくも王様よりお招きに与つた此宴席に於て、左様な事を仰せらるるとは、君に対して不忠と申すもの、何卒見直し聞直し、冷静にお考へを願ひたう厶います』 右守『黙れツ青瓢箪、汝の如き木端武者の知る所ではない』 と云ひ乍ら、ヒルナ姫の顔を一寸覗いて見た。ヒルナ姫は差俯き、両眼よりハラハラと涙を落し、歯をくひしばつてゐる。かかる処へ慌ただしく入り来るは、ライオン河の関守の長カントであつた。 カント『ハイ申上げます、タタ大変な事が出来致しました』 刹帝利『カント、大変とは何事だ、詳細に言上せよ』 カントは胸を撫で乍ら、息苦しき声を張り上げて、 カント『只今ライオン河の彼方より、三葉葵のしるされたる旗、数百旒を押立て、数千のナイトは単梯陣の姿勇ましく、暴虎の勢を以て、旗鼓堂々攻めよせ来りまする。如何致せば宜しきや、心も心ならず一目散に走せ参じ、御注進に参りました』 と聞くより一同は面色を変へ、暫し双手を組んで各沈黙に入る。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於竜宮館松村真澄録) |
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霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 13 醜嵐 | 第一三章醜嵐〔一三七六〕 スパール、エミシ両人の仲裁によつて鬼春別、久米彦両将軍の斬り合も漸く治まつた。両将軍は椅子にかかつてハートに波を打たせ乍ら汗を拭うてゐる。スパールは鬼春別に向ひ恭しく、 スパール『もし将軍様、何故のお争ひで厶いますか。三軍を指揮し部下に模範を示すべき尊き御身を持ち乍ら、此状態は如何ですか。之には何かの様子ある事と思ひますが、此副官に包まず隠さず御打明かし下さらば、拙者は拙者として最善の方法を講ずる考へで厶います』 鬼春別は赤面し乍ら言ひ憎さうに、 鬼春別『いや、別に大した事はない。あまり無聊の余り久米彦殿と撃剣の稽古を致して居つたのだ。アハハハハ』 スパール『撃剣の稽古ならば何故竹刀をお持ちなさらぬ。互に真剣を抜いて御打合とは険難千万、拙者が駆け付けるのが、も少し遅かつたならば両将軍共に如何なる運命に陥り玉ふかも計られますまい。万一之丈の軍隊に重鎮を失へば軍紀は忽ち乱れ、部下の士卒は支離滅裂になつて了ひます。何卒戯れもいい加減にして下さいませ』 鬼春別『アハハハハ、えらい……もう気を揉ませました。ツイ煽てが真剣になつて、埒ちもない事だつたよ』 エミシは久米彦に向ひ、 エミシ『将軍様、今鬼春別将軍の仰有つた通り撃剣をなさいましたのですか』 久米彦は言ひ憎さうに、 久米彦『ウン、撃剣と云へば撃剣だが、実の所は鬼春別将軍は軍律を乱さむと致した故に一刀の許に斬りつけむとしたのだ。もう一息と云ふ時に其方がたがやつて来て、いかい邪魔を致したな。アハハハハ』 エミシ『之は将軍のお言葉とも覚えませぬ。拙者は貴方の副官として只今迄忠実に仕へて参りましたが、仮令鬼春別将軍様に如何なる非違があるとも、刃を以て向ふと云ふ乱暴な事がありますか。拙者は之より貴方の部下を離れ、鬼春別将軍様に同情を致します。その御面相は如何ですか。顔部一面に、眼は釣り、色は褪せ、唇は紫に変つて居りますぞ。それに引替へ鬼春別将軍様は、顔色少しも変らせ玉はず余裕綽々として存し、英雄の態度を崩さずに居られます。……何卒鬼春別様、一兵卒の末輩でも構ひませぬ。何卒貴方の直轄に使つて頂き度いもので厶います』 鬼春別『又後ほど久米彦殿とトツクリ協議を致し、その意見を承はつた上、久米彦殿に異議がなければ、拙者の部下と致すであらう』 スパール『私が愚考する所によれば、此争ひはここに厶るヒルナ姫、カルナ姫の争奪戦だと考へますが、ヒルナ姫様は拙者が途上にてお助け申し鬼春別様に奉つたもので厶いますれば、別に争ひは厶いますまい。又カルナ姫はエミシがお助け申し、久米彦将軍様に奉つたものなれば、初めからきまりきつた話で厶いまする。どうか両将軍とも如何なる御意見の衝突か知りませぬが、天から与へられた此ナイス、さうなさつたら如何ですか』 鬼春別はニコニコとし乍ら、 鬼春別『如何にも、スパールの申す通り、さう致せば問題はないのだ。久米彦殿、如何で厶る。之に異存は厶らうまいがな』 久米彦『はい、是非に及びませぬ。然らばカルナにて辛抱致しませう。当座の鼻塞ぎに』 と云ふのを聞いてカルナ姫は故意とに柳眉を逆立て、 カルナ姫『これ、久米彦将軍様、妾は一人前の女、当座の鼻塞ぎだとか、カルナ姫でも……とか、左様な条件のもとには身を任す事は出来ませぬ。貴方はラブ・イズ・ベストと云ふ事を御存じのないお方と見えまする。心の多い、女を玩弄物扱ひになさる悪性男の性質を遺憾なく暴露遊ばしたぢやありませぬか。貴方は萍草の様な、フィランダラーで厶いますな。妾の方からキツパリお断りを申し、フオーム・ウエーゼン・デヤ・リーベを弁へた鬼春別将軍様の仮令下女になりとも使つて頂く考へで厶います。何卒これ迄の御縁と諦めて下さいませ。左様な無情なお方に身を任すよりも、妾は寧ろセリバシー生活を営む方が何程楽いか知れませぬ。貴方の恋愛は所謂虚偽の恋愛です』 と手厳しく刎ねつけられ、又もや久米彦将軍は柄に手をかけ憤然として、カルナ姫を一刀の下に斬りつけむとした。此様子を見るよりエミシは久米彦の手をグツと握り、 エミシ『将軍殿、相手は女で厶るぞ。チツトおたしなみなさい』 久米彦は『ウーン』と気の乗らぬ返事をして椅子に腰をおろした。 カルナ姫『ホホホホホ、あのまア男らしうもない、見さげ果てたる久米彦将軍様、繊弱き女一人を相手に刃を抜かうとなさる其卑怯さ、未練さ、妾はゾツコン嫌になつてしまひました。ホホホホホ、もし鬼春別将軍様、下女になつと使つて下さいと申したのは表向き、何卒妾を宿の妻としてイターナルに愛して下さいませ』 鬼春別は色男気取になり、 鬼春別『アハハハハ、ても扨ても可愛いものだな。然し乍ら拙者にはヒルナ姫と云ふ尤物が已に予約済なれば、折角の願なれどもお断り申すより道はない。ヒルナ姫の許しさへあれば、其方も第二夫人として連れてやらぬ事もないがな』 と云ひ乍ら、ヒルナ姫の顔を一寸覗いた。ヒルナ姫は故意と柳眉を逆立て声を尖らし、 ヒルナ姫『これ将軍様、貴方は何とした薄情なお方です。妾に仰有つた事は皆虚偽で厶いましたな。貴方の性質はアマンジヤクだから甲の女にも乙の女にも手をおかけ遊ばすのでせう。真の恋愛は一人対一人のもので厶いますよ。斯う見えても妾は決して娼婦ぢや厶いませぬから、カニパニズムの様な醜行は御免蒙りまする。貴方は婦人に対し沈痛なる侮辱を加へましたね』 鬼春別『ア、いやいや、さう怒つて貰つちや堪らない。あれはホンの冗談だよ。お前の側であの様な事が云へるか、よく考へて見よ。流石は女だな』 ヒルナ姫『仮にも三軍を指揮する御身を以て冗談を仰有ると云ふ事がありますか。左様な御戯談を仰有ると軍隊のコンテネンスが保たれますまい。どうして部下をコントロールする事が出来ませうか。よくお考へなさいませ。妾は仮にも将軍様と夫婦にならうと言挙げ致しました上は将軍様に対し、十分の御注意を申上げる権能が具備して居りますよ』 鬼春別『アハハハハ、賢明なるヒルナ姫の諫言により、いやもう鬼春別、目が覚めた様だ。何と其方は悧巧な女だな』 ヒルナ姫『カルナを貴方は如何してもお使ひなさるお考へですか』 鬼春別『さうだ。頼まれた以上は無下に断る訳にも行くまい。下女になつと使つてやらうかな。其方も腰元がなければ不便だらうからな』 ヒルナ姫『将軍様、腰元なんか要りませぬ。下女の仕事も皆妾が致します。女と云つたら牝猫一匹でもお側へ置きなさつたら此ヒルナが承知致しませぬぞや』 鬼春別『アハハハハ、何と嫉妬深い女だな。女は嫉妬に大事を洩らすとやら。チツトは心得たが宜からうぞや。嫉妬程女の徳を傷つけるものはないからのう』 ヒルナ姫『嫉妬のない様な夫婦関係ならば真正の愛では厶いませぬ。嫉妬せない女は屹度外に何かがあるのですよ。三角生活を営んでゐる不貞腐れのやる事です。嫉妬は恋愛の神聖を表はすものです』 鬼春別『アハハハハ、お面、お小手、お胴、お突、と手厳しく打込まれては如何なる英雄も退却せざるを得ないわ。何と好男子に生れて来ると気の揉めるものだな。エヘヘヘヘ』 カルナ姫『鬼春別将軍様、貴方が何と仰有いましても妾はお後を慕ひます。何卒お妾でも宜しいから使つて下さいませ』 ヒルナ姫『これカルナさま、お前さま、それ丈け鬼春別様にラブしてゐるならば主人の妾が貴女の恋を横取りしたと云はれては片腹痛いから、何卒鬼春別様の正妻になつて下さい。妾は寧ろ久米彦将軍様の正妻にして頂きまする』 と両人が交互に腹を合せて両将軍を操る腕の凄さ。両将軍は恋の虜となり了り眼を血走らしてナイスの争奪戦に固唾を呑んでゐる。久米彦将軍は侍女のカルナ姫に迄肱鉄を噛まされ、男をさげ自棄気味になつてゐた所へ、ヒルナ姫が久米彦将軍様の正妻にして頂きませうと云つた言葉に、百万の援軍を得た様な強味を感じ、直に得意の色を満面に漲らし、 久米彦『エツヘヘヘヘ、ヒルナ姫殿、拙者も将軍の一人、所望とならば御請求に応じませう。人には添うて見よ、馬には乗つて見よと云ふ諺も厶れば、鬼春別将軍の如き箒木さまに身を任すよりも、何程貴方は幸福かも知れませぬぞ』 ヒルナ姫『はい、有難う厶います。さう願へれば誠に幸福で厶います。マリド・ラブの真味は、互に意気の疎通した間柄でなくては、完全と云ふ事は出来ませぬからね』 鬼春別はヒルナ姫の形勢が何となく変になつたので又もや顔を顰め出した。カルナ姫は故意とに怒つた様な顔をして、 カルナ姫『もし、ヒルナ様、貴女は主人だと云つても妾のラブを横領する事は出来ますまい。妾は久米彦将軍様にあの様な事を申しましたのは決して真から云つたのぢや厶いませぬ。一寸悋気をして拗て見たのですよ。もし将軍様、妾と貴方は先約が厶いますから、何卒ヒルナさまの様な方に相手にならない様にして下さいませ』 久米彦は二人の女に揶揄れてゐるのを恋に逆上せた目からは少しも気付かず、得意になつて、 久米彦『ヘツヘヘヘヘ、アーア、困つた事だ。……此方立てれば彼方が立たぬ、彼方立てれば此方が立たぬ、両方立つれば身が立たぬ。……好男子と云ふものは辛いものだなあ。もし鬼春別殿、お粗末乍ら、一旦約束を覆行し、拙者の妻とカルナをした上、お古を閣下に進上しませうから霊相応と喜んでお受け召され。エヘヘヘヘ、之も全く上官に対する拙者の懇切と申すもの、よもや不足は厶るまいな』 鬼春別は閻魔が煙草の脂を飲んだ様な顔して、巨眼を瞠き、身慄ひし乍ら、剣の柄に手をかけ、顔を真赤に染めて殺気を漲らしてゐる。 ヒルナ姫『久米彦さま、自惚もいい加減になさいませ。貴方は腰元のカルナで結構ですよ、妾も一寸鬼春別将軍様の恋愛の程度を試す為に斯様の事を申しました。決して心中より、誰が貴方の様なお方に秋波を送りませうか。お生憎様、チツと御面相と御相談なさいませ。ねえ鬼春別様、貴方と久米彦様とを比ぶれば月と鼈、雲と泥と位、其人格が違つてゐますわね』 鬼春別は忽ち顔の紐を解き、ニコニコ顔に変つて了つた。両将軍の面相は二人の女に自由自在に翻弄されて秋の空の如く忽ち晴となり、忽ち時雨となり、その変転の速かさ、恰も走馬灯を見る様であつた。 鬼春別『おい、ヒルナ姫、随分其方も人が悪いぢやないか。当時の教育を受けた女は到底一筋縄や二筋縄ではおへないと聞いてはゐたが、実に感心なものだな』 ヒルナ姫『ホホホホホ、今時の女は、こんな事は宵の口で厶います。妾は高竹寺女学校に於ても最も品行方正と謳はれた淑女で厶いますよ。嘘と思召すならば学校へ行つて妾のメモアルを調べて来て下さいませ。行状録には……品行方正にして優美なり、柔順にして克く友を愛し、人と親しみ、智慧晃々として日月の如く輝き渡り、目は玲瓏玉の如く、瞳孔より一種人を圧するの光を放ち、色飽迄白く、耳尋常に、鼻は顔の中央に正しく位置を保ち、紅の唇、瑪瑙の歯並、背は高からず低からず、皮膚軟らかく肉体の曲線美は天下にその比を見ざるべし……とキツパリ記してありますよ。ホホホホホ』 鬼春別『そら、さうだらう。教育者も偉いものだな。よく調べてゐるワイ。いや、もう何も弁解は要らぬ、百聞は一見に如かずだ。実物を見た以上は何にも文句はない。いざ之より其方と将来の相談を致さう。久米彦殿、ここは拙者の事務室、どうか貴方の室へお帰り下さい』 カルナ姫『最も愛する久米彦将軍様、さア帰りませう。何程ヒルナ様が妾の主人だつて、容貌が佳いといつても、あまり羨むには及びませぬ。本当の心と心との夫婦でなければ駄目ですからね』 としなだれかかる。久米彦は、 久米彦『ウン、よし、そんなら帰らう』 カルナ姫『さアおじや』 と睦じげに手を洩いて吾事務室に帰り行く。スパール、エミシの二人は逸早く軍務監督の為めに、此悶錯の一段落を告げたのを見て出でて行く。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於竜宮館北村隆光録) |
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霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 19 流調 | 第一九章流調〔一四〇五〕 治国別は謡ふ。 治国別(謡曲調)『久方の天の八重雲掻きわけて名さへ目出度きフサの国 ビクトル山の頂上の上つ岩根を搗きこらし 下つ岩根に搗固め礎固く敷き並べ 金銀瑪瑙瑠璃硨磲琥珀や玻璃に擬ふべき ライオン川の清き真砂を上つ岩根に敷き詰めて 大峡小峡の幹を切り本と末とは山口の 皇大神に献り置きて神の御稜威も三つ栗の 中つ幹を忌斧忌鋤もて心を籠めて削りたて 飛弾の工の業もあざやかに御代の光を現はす真木柱 つきたて木組も細やかに 天の御蔭日の御蔭と大屋根をしつらへ 桧の皮のいと厚く葺きつめ給ひしこの社 高天原の天国の皇大神の御舎を 天津風時津風吹き捲るまにまに茲に現世の 国の守りと定めつつ霊国にありては月の大神と現はれまし 天国にありては日の大神と現れませる大国常立の大神の 珍の御舎つかへまつり国王の君を初めとし后の宮や 世継の御子左守右守の宮司をはじめ 百の司も悦びて今日の御祭祝ぎ奉り 天津御空の極みなく底つ岩根の果てもなく 澄み渡りたる大空や紫の浪漂ふ大海原の如くいや高く いや深き大御恵を喜びて治国別を初めとし 三五教の神司今日の喜び永久に 神の賜ひし村肝の心に銘じ忘れまじ ああ斯る目出度き聖代に扇の御代の末広く 国の要と現れませる神に等しき聖の君 五風十雨の序よく山河は清くさやけく 百の種物はよく実り万民鼓腹撃壤の 至幸至楽の境涯を全く神と国王の御徳と 仰ぎ奉らむ今日の御典の尊さよ朝日は照るとも曇るとも 大空渡る月影は或は盈ち或は虧くるとも 金砂銀砂を布きつめし天の河原の星の数 浜の真砂の数多き蒼生の身の上を 恵ませ給へ皇大神ミロクの御代を来たさむと 朝な夕なに仕へたる闇夜も清く治国別の 神の使常磐の松の松彦や 世は永久に竜彦の司の悦びは云ふも更 亀の齢の万公が今日の盛典を心より 歓ぎ喜び祝ぎ奉るああ惟神々々 御霊の恩頼を祈り奉る御霊の恩頼を祈り奉る』 と謡ひ終り元の座についた。タルマンは前ウラル教の宣伝使たりしが、此度治国別の弟子となり、三五教の御教や儀式を教へられ、宮司となつて長く仕へ、王家を初め国家の安泰を祈るべき職掌となつた。タルマンは宮司として祝意を表すべく立ち上り謡ひ始めた。 タルマン(謡曲調)『赤玉は緒冴へ光れど白玉の君がよそひし尊くもあるかな 抑もビクの国は天地開闢の初めより ビクトリヤ家の遠つ御祖国の国王と現はれまして 上は神を崇め奉り下万民を慈み 五日の風や十日の雨もほどほどに与へられ 御国は栄え民はとみ天国浄土の有様を いや永久に伝へたる珍の御国も時ありて 曲の醜風吹き荒び千代の住所と定めたる ビクトリヤの城も既に傾かむとする所へ 天の八重雲掻きわけて天降りましたる神司 此世の闇をすくすくに治国別の神人を 初め三人の神司下り給ひし尊さよ タルマン司は云ふも更国王の君も后の宮も 左守右守の宮司も迷ひの雲を吹き払ひ 御空に輝く日月の光に擬ふ三五の 教の道に照らされて誠の道をよく悟り 愛善の徳に住し信真の光を浴び ビクトル山の下つ岩根に大宮柱太しき建てて 皇大神を斎ひまつり天下泰平国土成就 万民安堵の祈願を凝らし賤しき身をも顧みず 吾師の君や国王の君の任けのまにまに おほけなくも此玉の宮の神司と仕へ奉り 朝な夕なに身を清め汚れを避けて只管に 誠を尽すタルマンが心を諾ひ給へかし 天津御空の日影は或は照り或は雲り 月は盈ち或は虧くる夜ありとも誠一つの三五の 神の教を力としライオン川の水永久に 絶ゆる事なく涸るる事なき赤心のあらむ限りは 骨を砕き身を粉にし神の御為君の為め 御国の為に尽すべしああ畏くも此世をば 統べ守り給ふ大国常立の大神を初め奉り 天地八百万の大神従ひ給ふ百神達の御前に 謹み敬ひ願ぎ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ御霊幸倍ましませよ』 松彦は又歌ふ。 松彦『千代万代も色かへぬ常磐の松の松彦が いや永久のビクの国いや永久にいつ迄も 栄えませよと大神の御前にひれ伏し朝夕に 赤心籠めて祈りしが皇大神は速に 吾等が願を聞召し百日百夜の其中に かく麗しき御舎を造らせ給ひし嬉しさよ 抑ビクの神国は神の守りのいや厚く 恵み給ひし国なればビクトル山の岩のごと いや永久に動くまじ斯かる目出度き神国の 国王の君は三五の教を悟り給ひてゆ いよいよ国は盤石の礎清く固まりて 松の緑の青々と果てしも知らず栄ゆべし 抑此国は四方の山見渡す限り松林 木々の木の間にちらちらと見ゆるは樫の大木か 但しは樟の霊木か千代に八千代にかたらかに 命も長く朽もせず枯るるためしもなき霊樹 これに因みてビクの国ビクとも動かぬ瑞祥と 遥に四方を打ちながめ心に浮かみし其儘を 茲に写して惟神神の宮居の御祭りを 祝ぎつかへ奉るああ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 左守は老躯を起して嬉しげに歌ふ。 左守『ああ有難し有難し神の恵は目の当り 傾きかけしビクの城立直します神の息 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 皇大神は云ふも更斎苑の館を後にして 天降りましたる神司治国別の一行が 鳩の如くに下りまし吾大君を初めとし 百の司や国人の難みを救ひ給ひたる 大御恵はいつの世かいかで忘れむ大空の 限りも知らぬ星のかげ忽ちおつる事あるも 浜の真砂の尽くるとも誠の神の御恵は いや永久に忘れまじ抑国を治むるは まづ第一に天地の尊き神を寿ぎ奉り 神の教に従ひて下国民に相臨み 国の司と現れませる模範を示し詳細に 民の心をやはらげて世を永久に治むべき 誠の道を悟りけり左守の司も今迄は 霊の光暗くして心を政治に焦ちつつ 現世に心傾けて元つ御祖の神様を 次になしたる愚さよ知らず知らずに神の前 幾多の罪を重ねたる吾をも懲めたまはずに 広き心に見直して許させ給ふのみならず 左守の司の職掌を元の如くにおほせられ いと重大な任務をば任けさせ給ひし有難さ お礼の言葉は尽されずいざこれよりはキユービツトも 心を研き身を清め先づ第一に大神を 祈り奉りて君の為めいと麗しき政治 助けまつらむ吾心諾ひ給へ惟神 御前に謹み願ぎまつる』 と歌ひ座についた。右守のエクスは又歌ふ。 エクス『ビクの御国の刹帝利ビクトリヤ王の重臣と 仕へまつりし右守司エクスは茲に謹みて 皇大神の御高恩治国別の御恵 畏み畏み赤心を捧げて感謝し奉る 此世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞直せ 身の過ちは宣り直せかくも尊き御教を 授けられたる上からは孫子の代に至るまで 畏れ慎み三五の誠の教を遵奉し 右守の司の職掌を一心不乱に相守り 神と君との御為に心の限り尽すべし ああ惟神々々一度は醜の魔軍の バラモン軍に囲まれて社稷危く見えけるが 仁慈無限の大神は仁徳高き吾君の 其窮状を憐みて救はせ給ひし有難さ 唯何事も世の中は神の御旨に従ひて 如何なる小さき事とても決して我意を主張せず 神のまにまに行へばキタリキタリと恙なく 箱さすやうに行くものと初めて覚りし神の道 ああ惟神々々皇大神よ永久に 此聖代を守りまし御国を栄え給へかし ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひ終り悠然として座についた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館加藤明子録) |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 序文 | 序文 (明)けく治まる御代の三十一年春は如月の九日天教山に鎮座したまふ木花姫命の神使斯世を (治)めむと神々の協議の結果をもたらし坐丹波の国曽我部の村に牛飼ふ牧童の辛未の年生れ (三)ツの御魂に因縁ある三葉彦命の再生なる神柱に三千世界の修理固成の神業の先駆を命じ (十)字架を負はしめたまひしより今年大正の十二年正月十八日まで満二十五年間出口王仁は (一)心不乱に神国成就のために舎身的活動を続けて宇宙万有一切の為に心身を焦がし奉り十 (年)一日の如く三千世界の諸天人民に至上の心を持せしめ神の御国に安住せしめむと妙法真 (如)の光明を顕彰し暗黒社会を照破すべく変性男子の精霊と倶に綾の聖場地の高天原に現れ (月)光菩薩の神業に心事し家を捨て欲を棄てて神の僕となり微妙真心を発こし一向に我神国 (九)山八海の諸神を念願し諸の功徳を修して高天原に万人を救はむことを希ふ大国常立大神 (日)の大神月の大神は神を愛し神を理解し信真の徳に充たされたる者を天界に救ふべく最と (高)き神人を率ゐて霊肉脱離の際に来迎し直ちに宝座の前に導きて七宝の花の台に成道し虎 (熊)狼などの悪獣をも恐れざる不退転の地位に住して智慧勇猛神通自在ならしめ玉ふ噫天教 (山)に現はれたまふ木花姫の無上の神心に神習ひ大功徳を修行して顕幽両界の神柱となり人 (の)人たる本分を尽さしめ玉ふ伊都の御魂の大御心の有難さ瑞月は多年の間千難万苦を排し (修)行の効を了え漸く神界より赦されて爰に謹み畏こみ三世一貫の物語を口述するを得たり (行)して神使となること能はずとも当に無上の神心を発し一向に天地の大祖神を祈願し真心 (よ)り可成的善行を修して斎戒を奉持し神の聖社を建立するの一端に仕え神使に飲食を心よ (り)供養し神号輻を祀り灯火を献じ祝詞を奏上し神の御前に拝跪せば天界に生れしめ玉はむ (今)生は云ふも更なり来世に到りて智慧証覚を全ふし愛善の徳に住して身に光明を放射し兆 (年)の久しき第二の天国に安住し得べし又十方世界の諸天人民にして至心ありて天国浄土に (大)往生を遂げむと欲するものは譬え諸の功徳を成す能はずと雖も常にこの物語を信じ無上 (正)覚を得て一向に厳瑞二神を一意専念せば神徳いつとなく身に具足して現幽両界共に完全 (十)足の生涯を楽み送ることを得べしこの深遠なる教理を真解して歓喜し信楽して疑惑せず (二)心を断ち一向に神教と神助を信じ至誠一貫以て天国に復活せむ事を願ふ時は臨終に際し (正)に夢の如くに厳瑞二神即ち日月の神を見たてまつりて至美至楽の第三天国に復活すべし (月)神の信真によりて智慧証覚の光明を受くること第二即ち中間天国の天人の如くなるべし (十)方世界の無量無辺不可思議の聖徳を具有する諸神諸仏如来宣伝天使は大国常立大神の徳 (八)荒に輝き給ふを称讃して其の出現聖場たる蓮華台上に集り給ひ無量無数の菩薩や衆生は (日)月の光を仰ぎ奉りてここに往詣して洪大無辺の神徳に浴し克く恭敬礼拝し供物を献じた (ま)ひて神慮を慰め且つ五六七神政の胎蔵経たる経緯の神諭と聖なる霊界物語を歓喜聴受し (て)顕幽二界の消息に通じ天下の蒼生に至上の神理を宣布し東西南北四維上下を光輝し月光 (満)ちて一切の神人各自に天界の妙華と宝香と無価の神衣とを以て無量の証覚を供養し顕幽 (二)大世界は咸然として天楽を奏し和雅の音を暢発し最勝最妙と大神柱を謳歎し神徳を覚り (十)方無碍の神通力と智慧とを究達して深法界の門に遊入し功徳蔵を具足して妙智等倫無く (五)逆消滅して慧日世間を照らし生死の雲を消除し給ふべし嗚呼惟神の霊光天に輝く月と日 (星)の如くにして荘厳清浄の天国を現じたまふ霊主体従の至上心を発揮し神に奉仕する時は (霜)雪の寒気も忽ち変じて春陽の生気と化し三界一時に容を動かして欣笑の声を発し無限光 (を)出して十方世界を照らさせ玉ふ霊光を以て身を囲繞せしめ円相を具し天人と倶に踊躍し (経)緯の神人に由つて大歓喜の心境に遊入すべし若し人にして善徳なき時は此の神啓の神書 (た)るを覚らず且つ理解し得ざるべし清浄無垢にして小児の如き心境に在る者にして根本よ (り)其真実味を聞くことを獲べし驕慢と悪しき弊と懈怠とは容易く神示に成り就たる是の (霊)語神声を信ずる事能はざるべし心身清浄にして能く神を信じ克く神に仕え神を愛し精霊 (界)の諸消息を探知したるものは歓喜雀躍してこの神言霊教を聴聞し聖心を極めて一切の事 (物)を開導するに至るべし神界の主神たる大国常立大神の愛善の徳と信真の光明は弥広く言 (語)の尽し得る所にあらず二乗の測知し得る限りにあらず只大神自身のみ独り明瞭にこの間 (の)経緯真相を知悉したまふ而已たとへ一切の人にして智慧証覚を具備して道を悟りこれを (口)に手に現はさむと欲するも又本空の真理を知り万億劫の神智を有する共到底これを口に (述)ぶること能はざる可し神の智慧と証覚には辺際なく絶対なりアア愚眛頑固なる人間智を (開)きて最奥第一の天界は云ふも更なりせめて第三の下層天界の消息を覚らしめ無限絶対無 (始)無終の神徳に浴せしめむとする吾人の苦衷何時の世にかこの目的を達し得むや口述開始 (よ)り既に十五ケ月未だ神諭に目覚めたる人士の極めて少数にして偶々信ずる者あるも元よ (り)上根の人にあらざれば僅かにその門口に達したる迄の状態にありアア如何にせむ神将三 (十)三相を具備し玉へる観世音菩薩最勝妙如来の道化の妙法瑞の御魂の千変万化の大活動三 (五)教の大本五六七の仁慈に浴して各自にその智慧を充たせ深く神諭の深奥に分け入りて箇 (箇)の神性を照し神理の妙要を究暢し神通無礙の境地に入りて諸根を明利ならしめたまへと (月)光如来の聖前に拝跪して鈍根劣機の男女をして神意を識らしめ五濁悪世に生じて常に執 (着)の妖雲に包まれ苦しめる蒼生をして清く正しく理解するの神力を与え金剛法身を清め両 (手)に日月の光を握らせ玉え鈍根劣機痴愚の生涯を送りつつある神の僕の瑞月が謹み畏こみ (日)に夜に真心を捧げて天下万民のために大前に祈願し奉る三五教の聖場五六七の大神殿に (数)多の聖教徒日夜に参集して道教を宣伝し妙法を演暢したまふ神使の言に歓喜し心解し得 (は)四方より自然に神風起りて普く松柏の宝樹を吹き鳴らし五大父音の神声を出して天下無 (二)の妙華を降らし風に随つて宇内を周遍し天の岩戸開きの神業は易々として天地主宰神八 (百)万の神と倶に宇都の神業は大成され神示の許になれる是の神書霊界物語を著はしたる連 (日)の辛苦も稍々その光明を輝かし得るに至る可し大聖五六七の神霊地上に降臨して宇宙間 (に)羅列棊布せる一切万有を済度し玉ふその仁慈は大海の如く慧光また明浄にして日月の如 (し)清白の神法具足して円満豊備せること天教山の如く諸の神徳を照らし玉ふこと等一にし (て)浄きこと大地の如し浄穢好悪等の異心なきが故に猶ほ清浄なる泉の如く塵労もろもろの (五)逆十悪を洗除し玉ふが故に猶ほ火王の如く一切煩悩の薪を焼滅し玉ふこと猶大風の如く (十)方世界を行くに障礙なきが故に猶ほ虚空の如く一切の有に於て執着無きが故に蓮の如く (五)濁の汚染なく真に月の皎々として蒼天に輝くが如し之れ月の大神の真相にして霊界物語 (編)述する時の吾人の心境なりアア何時迄も志勇精進にして心神退弱せず世の灯明となり暗 (を)照らし常に導師となりて愛善の徳に住し正しきに処して万民を安んじ三垢の障りを滅し (終)身三界のために大活躍せしめ玉ひて口述者を始め筆録者の真心を永遠に輝かし玉へと祈 (る)も嬉し五十五編の霊界物語茲に慎み畏み神助天祐の厚きを感謝し奉るアア惟神霊幸坐世 大正十二年三月五日旧正月十八日 |
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霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 15 公盗 | 第一五章公盗〔一四二三〕 鬼春別以下三人のバラモン組は治国別に許されて、宣伝使と俗人との中間的比丘となりスツパリと長髪を剃りおとされ、テームスの心遣ひに依つて、黒衣を仕立てて着せられ、金剛杖をつき乍ら、照国山ビクトル山の谷間に山伏の修業をなすべく、軍用に使つた法螺の貝をブウブウと吹立て乍ら、道々宣伝歌を歌ひ進み行く。鬼春別には治道居士、久米彦には道貫居士、スパールには素道居士、エミシには求道居士といふ戒名を与へた。治道居士は今や治国別、テームス其他一同に別れを告げむとして歌を詠んだ。 治道『皇神の授け給ひし霊魂をば 治めむとして教の道ゆく。 いざさらば百の司よテームスよ 安くましませ千代に八千代に』 治国別『大神の恵の露を踏みしめて 安く行きませ清めの滝へ』 道貫『玉鉾の道の誠を貫きて 神の御楯と仕へ奉らむ。 神司此家の主諸共に 守らせ給へ吾身の上を』 テームス『三五の誠の道に目醒めたる 人こそ神の幸を受けなむ』 素道『惟神元の心に立返り 救ひの道を進みゆくかな。 猪倉の山にこもりし曲神も 神の光に照されて行く』 松彦『皇神の珍の御子たる君こそは 安く行きませ神のまにまに』 求道『朝夕に誠の教を求めつつ 今日は嬉しき神の道行く。 諸人よ安くましませ吾去りし あとにも神を崇めまつりて』 竜彦『皇神の恵を受けてテームスの 館を出づる人ぞ尊き』 万公『いざさらば四柱の君健に 身を守りつつ神に仕へよ』 道晴別『惟神神の正道わけゆけば 醜の曲津もさわらざらまし』 シーナ『君行かばあとに残りし吾々は 淋しさに鳴く時鳥かな。 さり乍ら治国別がましまさば 安く出でませ心残さで』 スミエル『益良夫が心の駒を立直し 鞭うち進む今日ぞ勇まし』 スガール『時めきし軍の君も三五の 神の軍に仕へ玉ひぬ』 アヅモス『皇神の縁の糸に結ばれし 親しき友を送る今日哉』 アーシス『テームスの館に残る吾身こそ 君の行衛を惜みつつ泣く』 お民『国民を天津御国に救ふべく 出でます今日の姿雄々しき』 治道『有難し百の司の真心は 幾千代迄も忘れざらまし』 と互に歌もて応答し乍ら、円頂緇衣の四人連れ法螺貝をブウブウ吹きたて、山野の空気を清め乍ら、別れを惜しみ出でて行く。 三千余騎を引率し猪倉山に屯して 暴威を揮ひし将軍も忽ち悔悟の花開き 神の恵を嬉しみて治国別に服ひつ 四人の男女を恙なくテームス館に送りつけ 至玄至妙の御教を心に深く刻みこみ 昨日に変る修験者山伏姿となり変り 金剛杖を力とし細き野道を辿りつつ 世間心や自愛心秋の木の葉の凩に 散りて跡なき真心の衣の袖を科戸辺の 風にフワフワいぢらせつ大法螺貝を吹き乍ら 勇み進んで北の森祠の前に立寄りて 暫し息をば休めける日はズツポリと暮れ果てて 咫尺弁ぜぬ真の暗四人はここに一夜をば 明さむものと蓑を布きまどろむ折しも古ぼけた 祠の後に人の声耳にとめたる治道居士 ハテ訝かしと窺へば濁りを帯びた人の声 三つ四つ五つ聞え来る。 治道居士は、他愛もなく三人の寝てゐるのを、寝息にて悟り乍ら、自分は四五人の怪しき声に眠られず、耳をすまして聞いてゐた。 祠の後からはだんだん大きな声が聞えて来だした。 甲『オイ、サツパリ約まらぬぢやないか、エエン、よう考へて見よ。折角俺は軍曹にまでなつたと思へば、肝心の大将が腰抜だから、あの通り惨めな態になり、三五教にスツパリと兜を脱ぎ、チツと許りの涙金位貰つたつて、国へ帰つて妻子を養ふ訳にもゆかず、これからどう身の振方を考へたらよからうかな』 乙『俺達は斬り取り強盗の軍国主義に育てられて来たものだから、今更外の職業につかうと云つたつて、何にも出来ぬぢやないか。泥棒になるのも、バラモン軍の兵士になるのも、名こそ違へ大小の区別がある丈だ。追剥ぎをして人を裸にするのも、沢山の軍隊を率れて敵国を蹂躙し、他人の国を併呑するのもヤツパリ泥棒だ。幸に斯うして軍刀を持つてゐるのだから、一つ馬賊団でも組織して大に発展せうぢやないか』 丙『オイ両人、そんな馬鹿な事を思ふものぢやない。将軍様が下さつた此金を倹約して帰れば、国許へ帰つて何か一つの生産事業を起すとか、真面目な商売をして、両親や妻子を喜ばした方が何程可いか知れぬぞ。将軍でさへも改心をなさつたのだから、俺達も之を機会に善心に立返らうぢやないか』 乙『ヘン馬鹿云ふない。詐偽本位の産業や算盤持てば人を騙さうとする商売が、それが何尊いのだ。産業立国とか云つて、ゼントルメンとやらが、盛に議論をしてるやうだが、ヤツパリ彼奴等も体のよい泥棒だ。大会社だつて、大商人だつて、皆詐偽と泥坊の体のいい奴だ。寧ろ陰悪主義の実行者だ。泥棒様は堂々たる陽悪を行ふのだから、同じ罪悪といつても気が利いてるぢやないか。善の仮面を被つて世の中を誑かし、私利私欲を企む位、陰険な卑怯な悪魔はないぢやないか』 丙『さう云へばさうかも知れぬなア、そんなら俺も損者三友といふ事があるが、損か得か知らぬが、今迄の交際上、お前達に共鳴して、泥棒会社の重役にでもならうかなア』 乙『馬鹿云ふな、吾々は益友だ。益者三友だ。オイ、丁、戊、汝は何うだ。此方の意見に共鳴するか。今日只今より泥棒の開業だ。汝不服とあれば泥棒の初商ひに、持物一切を剥ぎ取つてやるから有難く思へ』 丁『そ、そ、そんな無茶な事を言ふものでない、泥棒をしたい者は親や子のある者のすることぢやない。俺達は親もあれば子もあるのだから、何卒此儘に助けてくれ。なア戊、お前もさうだらう』 戊『ウン、私も老母が一人残つてるのだから、親一人子一人だ。「毎日日日バラモン大神に……吾子が立派な人間になりますやうに、人の物が欲しいといふやうな根性になりませぬやうに……と祈つてるから、悪い心は出してくれな」と家を出る時に俺の袖にすがつて意見したのだから、これ丈は御免蒙りたいなア』 乙『アハハハハ、腰抜だな。そんなら今日は開業祝に、汝等両人は大目に見てやる。其代りに懐に持つてゐる金を半分許り此方へよこせ。大難を小難にまつりかへてやるのだから……』 甲『オイ乙、此奴等五人は今迄兄弟同様にしてゐたのだから、スツパリと許してやれ、又此処に居れば沢山人が通るから、幾らでも商売は出来るからのう』 乙『オイ、丁、戊両人、今日は見逃してやる。汝に軍刀を持たしておくと、気違ひに刃物を持たしたやうなものだ。なまじひ、道徳に捉はれて、天下の為に害悪を除くのだなどと、気が狂ひ、俺等の寝首をかくかも知れないから、軍刀を此方へよこせ』 丁戊『これは故郷へ土産に持つて帰り、家の宝とするのだから、決してお前達の首を狙ふ気遣ひはない。何卒、スツパリと今日は見逃してくれ』 乙『エ、そんなら、汝と俺とは今日から国交断絶だ。サ、一時も早く公使館を引上げるのだ。シーツシーツシーツ』 丁『居留民は何う致しませうかな』 乙『エー、キヨル(居留)キヨルせずに、早く退却せぬかい、汝は最早敵国の人民だ。シーツシーツシーツ』 丁戊は暗の道を無性矢鱈に、星影を力にし乍ら、命カラガラ逃げて行く。 治道居士は此囁きを聞いて、数珠をつまぐり乍ら声も涼しく、 治道『或被悪人逐堕落金剛山念彼観音力不能損一毛 或値怨賊繞各執刀加害念彼観音力咸即起慈心[※底本では漢文に返り点が付いているが、ここでは省略した。これは観音経の一部。訓読文は「或は悪人に逐はれて、金剛山より墜落せんに、彼の観音の力を念ずれば、一毛をも損すること能はず。或は怨賊の遶(めぐ)るに値(あ)ひ。各々刀を執つて害を加へられんに、彼の観音の力を念ずれば、咸(み)な即ち慈心を起さむ」釈宗演・述『観音経講話』大正7年、261頁より(https://dl.ndl.go.jp/pid/943693/1/145)]』 と一生懸命に念じ出した。 甲『オイ、何だか気にくわぬ事を言ふぢやないか。観音の力を念じたら、賊が忽ち改心すると云つてゐやがるやうだ。オイ何だか幸先を折られたやうで、余り気持が宜うないぢやないか、チツとコラ、思案をしなほさななるまいぞ』 乙『馬鹿云ふな、念彼観音力もあつたものかい。そんなこた、屁でもないワイ。尻喰へ観音力だ。そんな弱い事で、生存競争の泥棒社会に紳士として立つて行く事が出来るか、馬鹿だなア。どこの糞坊主か知らぬが、俺達が怖さに慄ひ上つて、仕様もない無形無声の観音を拝んだつて、天教山の木花姫はメツタに降臨遊ばす気遣ひはないワ。サア、幸いい鳥が来よつたのだから、彼奴だつて、チツと位旅費は持つてるだらう。商売初めだ。コリヤ、甲、丙、チツと勉強せぬかい。ああ大商店の主人になると、気の揉める事だワイ。人を使へば苦を使ふ。命掛の商売をせうと思へば、どうしても乾分に確りした奴がゐなくちや駄目だ』 と小声に呟き乍ら、治道居士の声を目当に近より行く。始めての泥棒の事とて、強い事を口で云つてゐても、何処ともなしに手足がワナワナと慄へてゐた。甲丙両人も同じく慄ひ乍ら乙の後に跟いて行く。祠の前には雷の如き鼾が聞えて居る。 乙『コココラ、キキキサマは、ドドドドコの奴ぢやい。ササ最前から、観音を、拝んでゐよつたが、そんな事で、ビクつくやうな泥棒さまぢやないぞ。サア、持物一切を、綺麗、サツパリと、此処で脱いで……下さいませぬか……ウン、違ふ違ふ、脱いで、渡さぬかい。厭ぢやなんぞと吐すが最後、汝の素ツ首ひつつかまへ、笠の台をチヨン切つて炊いて食て了うてやるぞ。俺を何方と心得てる。バラモン教に於て驍名かくれなき鬼春別将軍の部下ベル、シャル、ヘル三人だ。サ、綺麗サツパリと脱いだり脱いだり。コラ、シャル、ヘル、汝もチツと加勢を致さぬかい……千騎一騎の場合だぞ。親方許りに働かすといふ事があるか』 ヘル『さうだから、こんな商売は止めといふのだよ』 ベル『乗りかけた舟だ。今となつて卑怯未練にやめられるかい。鬼春別様の顔に泥を塗るやうなものだ。鬼春別様は堂々と三千の軍隊を引率して、強盗強姦放火まで遊ばしたでないか。運がよければ人の国まで占領せうと云ふ大泥棒さまだ。それの乾児たる俺達が、そんな弱い事でどうならうかい』 ヘル『それでも、将軍様は神様の為、国家の危急を救ふ為に、敵を亡ぼすべくお出でになつたのだ。つまり云へば天下公共の為の泥棒だ。一身一家の利害の為になさるのぢやないから、一概には云へまいぞ。そんな事思うてると、却て将軍様の顔に泥を塗るやうなものだぞ』 ベル『エー、弱い奴だな。コリヤ修験者……か何か知らぬが、くたばつたとみえて、念彼観音力もほざかぬやうになつたでないか。サア、とつとと持物を渡したり渡したり』 治道『拙者は治道と申す修験者で厶る。併し乍ら衣類を渡す訳にはいかぬ。ここに金があるから、之を其方に遣はす。一時も早く国元へ帰り、泥棒を思ひ切つて、正業についたが宜からうぞ』 ベル『ヤア、此奴、中々気の利いた事を言ひやがるワイ、オイ百両や二百金の目腐れ金で、遠い道を歩いて国へ帰れば、後にや何にも残らない。一体幾ら渡すといふのだい』 治道『これつきり、泥棒をせないといふのならば、相当に金を渡してやらぬ事はない。幾らくれと云ふのだ』 ベル『ウーン、一寸待つてくれ。一つ計算をせぬと分らぬワイ。……これからハルナの近在まで帰る迄には、何程倹約致しても一人前百両の金が入る。それから母者人の土産に百両、女房の土産に二百両、子供の土産に百両、都合五百両だ。併しそれでは無一文で商売は出来ない。何程ちつぽけな八百屋店を出しても、八百屋だから八百両はいる。さうすると一人前千三百両、都合三千九百両だ。そこへ千円は着物代として此方へ綺麗サツパリと渡せばよし、四の五の吐すと命も共にバラして了ふぞ。バラすのはバラモンの特色だ』 ヘル『モシモシ旅のお方、余り厚かましう申しますけれど、此奴は云ひかけたら聞かぬ奴ですから、何卒半分でも宜しいから恵んで下さいますまいかな。のうシャル、皆貰ふのは余り厚かましいぢやないか』 ベル『エー、傍から茶々を入れやがつて、主人の商売を番頭が邪魔するといふ事があるか、気の利かない奴だなア』 治道『四千九百円は四と九がついて、面白くない。ドツと張込んで五千両やるから、之を持つて早く国許へ帰り正業に就いたが可いぞ。そして鬼春別、久米彦其他のカーネルは、何れも三五教の誠の道に帰順したのだから、お前達も国へ帰つたら神様を信仰し、仮りにも人の物を盗んだり、今迄のやうな殺伐な事はキツとするでないぞ。サ、手を出せ、此処に五千両の包みがある、検めて受取つたがよからうぞ』 ベルは怖れ乍ら、声を知るべに手をニユツと出した。鬼春別の治道は、其手をグツと握つた。 ベル『アイタタタタ、オイ皆の奴、大変手の利いた奴だ。チツと来て加勢をしてくれぬかい、中々金をくれさうにないぞ』 治道『アハハハハ面白い面白い、泥棒の失敗も又旅情を慰むるには一興だ。併し乍ら俺も男だ。五千両恵んでやると云つた以上は、メツタに後へは引かぬ。道貫、素道、求道殿、貴方もいいかげんに目を醒ましなさい。面白い事が出来て居りますよ』 道貫『ハハハハ、イヤ最前から、吾々三人は鼾をかいて様子を考へて居りました。随分困つた奴ですな。三千人の中では、こんな奴もタマには出来るでせう。併し乍ら貴方は五千両やりますか、然らば私も一千両やりませう』 ベル『イヤ、何処の何方か知りませぬが、有難う厶ります。何卒御姓名をお聞かせ下さいませ』 治道『ウン、俺は治道といふ修験者だ。お前に千両やらうといふは道貫といふ男だ。一時も早く国許へ帰つて正業に就いたがよからうぞ』 『ハイ有難う』と幾度も礼を云ひ乍ら、ベル、シャル、ヘルの三人は、六千両の金を二千両づつ分配し、喜び勇んで此祠を暗に紛れて立去りにける。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館松村真澄録) |