| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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1 (1000) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 03 現界の苦行 | 第三章現界の苦行〔三〕 高熊山の修行は一時間神界の修行を命せられると、現界は二時間の比例で修行をさせられた。しかし二時間の現界の修行より、一時間の神界の修行の方が数十倍も苦かつた。現界の修行といつては寒天に襦袢一枚となつて、前後一週間水一杯飲まず、一食もせず、岩の上に静坐して無言でをつたことである。その間には降雨もあり、寒風も吹ききたり、夜中になつても狐狸の声も聞かず、虫の音も無く、ときどき山も崩れむばかりの怪音や、なんとも言へぬ厭らしい身の毛の震慄する怪声が耳朶を打つ。寂しいとも、恐ろしいとも、なんとも形容のできぬ光景であつた。……たとへ狐でも、狸でも、虎狼でもかまはぬ、生ある動物がでてきて生きた声を聞かして欲しい。その姿なりと、生物であつたら、一眼見たいものだと、憧憬れるやうになつた。アヽ生物ぐらゐ人の力になるものはない……と思つてゐると、かたはらの小篠の中からガサガサと足音をさして、黒い影の動物が、自分の静坐する、一尺ほど前までやつてきた。夜眼には、確にそれと分りかねるが、非常に大きな熊のやうであつた。 この山の主は巨大な熊であるといふことを、常に古老から聞かされてをつた。そして夜中に人を見つけたが最後、その巨熊が八裂きにして、松の枝に懸けてゆくといふことを聞いてゐた。自分は今夜こそこの巨熊に引裂かれて死ぬのかも知れないと、その瞬間に心臓の血を躍らした。 ままよ何事も惟神に一任するに如かず……と、心を臍下丹田に落着けた。サアさうなると恐ろしいと思つた巨熊の姿が大変な力となり、その呻声が恋しく懐しくなつた。世界一切の生物に、仁慈の神の生魂が宿りたまふといふことが、適切に感じられたのである。 かかる猛獣でさへも寂しいときには力になるものを、況んや万物の霊長たる人においてをやだ。アゝ世界の人々を悪んだり、怒らしたり、侮つたり、苦しめたり、人を何とも思はず、日々を暮してきた自分は、何とした勿体ない罰当りであつたのか、たとへ仇敵悪人といへども、皆神様の霊が宿つてゐる。人は神である。否人ばかりではない、一切の動物も植物も、皆われわれのためには、必要な力であり、頼みの杖であり、神の断片である。 人はどうしても一人で世に立つことはできぬものだ。四恩といふことを忘れては人の道が立たぬ。人は持ちつ持たれつ相互に助け合うてゆくべきものである。人と名がつけば、たとへ其の心は鬼でも蛇でもかまはぬ。大切にしなくてはならぬ。それに人はすこしの感情や、利害の打算上から、たがひに憎み嫉み争ふとは、何たる矛盾であらう、不真面目であらう。人間は神様である。人間をおいて力になつてくれる神様がどこにあるであらうか。 神界には神様が第一の力であり、便りであるが、現界では人間こそ、吾等を助くる誠の生きたる尊い神様であると、かう心の底から考へてくると、人間が尊く有難くなつて、粗末に取扱ふことは、天地の神明にたいし奉り、恐れありといふことを強く悟了したのである。 これが自分の万有に対する、慈悲心の発芽であつて、有難き大神業に奉仕するの基礎的実習であつた。アゝ惟神霊幸倍坐世。 |
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2 (1004) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 07 幽庁の審判 | 第七章幽庁の審判〔七〕 ここに大王の聴許をえて、自分は産土神、芙蓉仙人とともに審判廷の傍聴をなすことを得た。仰ぎ見るばかりの高座には大王出御あり、二三尺下の座には、形相すさまじき冥官らが列座してゐる。最下の審判廷には数多の者が土下座になつて畏まつてゐる。見わたせば自分につづいて大蛇の川をわたつてきた旅人も、早すでに多数の者の中に混じりこんで審判の言ひ渡しを待つてゐる。日本人ばかりかと思へば、支那人、朝鮮人、西洋人なぞも沢山にゐるのを見た。自分はある川柳に、 『唐人を入り込みにせぬ地獄の絵』 といふのがある、それを思ひだして、この光景を怪しみ、仙人に耳語してその故を尋ねた。何と思つたか、仙人は頭を左右に振つたきり、一言も答へてくれぬ。自分も強て尋ねることを控へた。 ふと大王の容貌を見ると、アツと驚いて倒れむばかりになつた。そこを産土の神と仙人とが左右から支へて下さつた。もしこのときに二柱の御介抱がなかつたら、自分は気絶したかも知れぬ。今まで温和優美にして犯すべからざる威厳を具へ、美はしき無限の笑をたたへたまひし大王の形相は、たちまち真紅と変じ、眼は非常に巨大に、口は耳のあたりまで引裂け、口内より火焔の舌を吐きたまふ。冥官また同じく形相すさまじく、面をあげて見る能はず、審判廷はにはかに物凄さを増してきた。 大王は中段に坐せる冥官の一人を手招きしたまへば、冥官かしこまりて御前に出づ。大王は冥官に一巻の書帳を授けたまへば、冥官うやうやしく押いただき元の座に帰りて、一々罪人の姓名を呼びて判決文を朗読するのである。番卒は順次に呼ばれたる罪人を引きたてて幽廷を退く。現界の裁判のごとく予審だの、控訴だの、大審院だのといふやうな設備もなければ、弁護人もなく、単に判決の言ひ渡しのみで、きはめて簡単である。自分は仙人を顧みて、 『何ゆゑに冥界の審判は斯くのごとく簡単なりや』 と尋ねた。仙人は答へて、 『人間界の裁判は常に誤判がある。人間は形の見へぬものには一切駄目である。ゆゑに幾度も慎重に審査せなくてはならぬが、冥界の審判は三世洞察自在の神の審判なれば、何ほど簡単であつても毫末も過誤はない。また罪の軽重大小は、大蛇川を渡るとき着衣の変色によりて明白に判ずるをもつて、ふたたび審判の必要は絶無なり』 と教へられた。一順言ひ渡しがすむと、大王はしづかに座を立ちて、元の御居間に帰られた。自分もまた再び大王の御前に招ぜられ、恐る恐る顔を上げると、コハそもいかに、今までの恐ろしき形相は跡形もなく変らせたまひて、また元の温和にして慈愛に富める、美はしき御面貌に返つてをられた。神諭に、 『因縁ありて、昔から鬼神と言はれた、艮の金神のそのままの御魂であるから、改心のできた、誠の人民が前へ参りたら、結構な、いふに言はれぬ、優しき神であれども、ちよつとでも、心に身欲がありたり、慢神いたしたり、思惑がありたり、神に敵対心のある人民が、傍へ出て参りたら、すぐに相好は変りて、鬼か、大蛇のやうになる恐い身魂であるぞよ』 と示されてあるのを初めて拝したときは、どうしても、今度の冥界にきたりて大王に対面したときの光景を、思ひ出さずにはをられなかつた。また教祖をはじめて拝顔したときに、その優美にして温和、かつ慈愛に富める御面貌を見て、大王の御顔を思ひ出さずにはをられなかつた。 大王は座より立つて自分の手を堅く握りながら、両眼に涙をたたへて、 『三葉殿御苦労なれど、これから冥界の修業の実行をはじめられよ。顕幽両界のメシヤたるものは、メシヤの実学を習つておかねばならぬ。湯なりと進ぜたいは山々なれど、湯も水も修行中には禁制である。さて一時も早く実習にかかられよ』 と御声さへも湿らせたまふた。ここで産土の神は大王に、 『何分よろしく御頼み申し上げます』 と仰せられたまま、後をもむかず再び高き雲に乗りて、いづれへか帰つてゆかれた。 仙人もまた大王に黙礼して、自分には何も言はず早々に退座せられた。跡に取りのこされた自分は少しく狼狽の体であつた。大王の御面相は、俄然一変してその眼は鏡のごとく光り輝き、口は耳まで裂け、ふたたび面を向けることができぬほどの恐ろしさ。そこへ先ほどの冥官が番卒を引連れ来たり、たちまち自分の白衣を脱がせ、灰色の衣服に着替させ、第一の門から突き出してしまつた。 突き出されて四辺を見れば、一筋の汚い細い道路に枯草が塞がり、その枯草が皆氷の針のやうになつてゐる。後へも帰れず、進むこともできず、横へゆかうと思へば、深い広い溝が掘つてあり、その溝の中には、恐ろしい厭らしい虫が充満してゐる。自分は進みかね、思案にくれてゐると、空には真黒な怪しい雲が現はれ、雲の間から恐ろしい鬼のやうな物が睨みつめてゐる。後からは恐い顔した柿色の法被を着た冥卒が、穂先の十字形をなした鋭利な槍をもつて突き刺さうとする。止むをえず逃げるやうにして進みゆく。 四五丁ばかり往つた処に、橋のない深い広い川がある。何心なく覗いてみると、何人とも見分けはつかぬが、汚い血とも膿ともわからぬ水に落ちて、身体中を蛭が集つて空身の無い所まで血を吸うてゐる。旅人は苦さうな悲しさうな声でヒシつてゐる。自分もこの溝を越えねばならぬが、翼なき身は如何にして此の広い深い溝が飛び越えられやうか。後からは赤い顔した番卒が、鬼の相好に化つて鋭利の槍をもつて突刺さうとして追ひかけてくる。進退これきはまつて、泣くにも泣けず煩悶してをつた。にはかに思ひ出したのは、先ほど産土の神から授かつた一巻の書である。懐中より取出し押しいただき披いて見ると、畏くも『天照大神、惟神霊幸倍坐世』と筆蹟、墨色ともに、美はしく鮮かに認めてある。自分は思はず知らず『天照大神、惟神霊幸倍坐世』と唱へたとたんに、身は溝の向ふへ渡つてをつた。 番卒はスゴスゴと元の途へ帰つてゆく。まづ一安心して歩を進めると、にはかに寒気酷烈になり、手足が凍えてどうすることも出来ぬ。かかるところへ現はれたのは黄金色の光であつた。ハツと思つて自分が驚いて見てゐるまに、光の玉が脚下二三尺の所に、忽然として降つてきた。 |
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3 (1005) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 08 女神の出現 | 第八章女神の出現〔八〕 不思議に堪へずして、自分は金色燦爛たる珍玉の明光を拝して、何となく力強く感じられ、眺めてゐた。次第々々に玉は大きくなるとともに、水晶のごとくに澄みきり、たちまち美はしき女神の御姿と変化した。全身金色にして仏祖のいはゆる、紫摩黄金の肌で、その上に玲瓏透明にましまし、白の衣裳と、下は緋の袴を穿ちたまふ、愛情あふるるばかりの女神であつた。女神は、自分の手をとり笑を含んで、 『われは大便所の神なり。汝に之を捧げむ』 と言下に御懐中より、八寸ばかりの比礼を自分の左手に握らせたまひ、再会を約して、また元のごとく金色の玉となりて中空に舞ひ上り、電光石火のごとく、九重の雲深く天上に帰らせたまうた。 その当時は、いかなる神様なるや、また自分にたいして何ゆゑに、かくのごとき珍宝を、かかる寂寥の境域に降りて、授けたまひしやが疑問であつた。しかし参綾後はじめて氷解ができた。 教祖の御話に、 『金勝要神は、全身黄金色であつて、大便所に永年のあひだ落され、苦労艱難の修行を積んだ大地の金神様である。その修行が積んで、今度は世に出て、結構な御用を遊ばすやうになりたのであるから、人間は大便所の掃除から、歓んで致すやうな精神にならぬと、誠の神の御用はできぬ。それに今の人民さんは、高い処へ上つて、高い役をしたがるが、神の御用をいたすものは、汚穢所を、美しくするのを楽んで致すものでないと、三千世界の大洗濯、大掃除の御用は、到底勤め上りませぬ』 との御言葉を承はり、かつ神諭の何処にも記されたるを拝して、奇異の感に打たれ、神界の深遠微妙なる御経綸に驚いた。 女神に別れ、ただ一人、太陽も月も星も見えぬ山野を深く進みゆく。 山深く分け入る吾は日も月も 星さへも見ぬ狼の声 冷たい途の傍に沼とも、池とも知れぬ汚い水溜りがあつて、その水に美しい三十歳余りの青年が陥り、諸々の虫に集られ、顔はそのままであるが首から下は全部蚯蚓になつてしまひ、見るまに顔までがすつかり数万の蛆虫になつてしまつた。私は思はず、「天照大神、産土神、惟神霊幸倍坐世」と二回ばかり繰返した。不思議にも元の美しい青年になつて、その水溜りから這ひ上り、嬉しさうな顔して礼を述べた。その青年の語るところによると、 『竜女を犯した祖先の罪によつて、自分もまた悪い後継者となつて竜女を犯しました。その罪によつて、かういふ苦しみを受くることになつたのでありますが、今、あなたの神文を聞いて忽ちこの通りに助かりました』 といつて感謝する。 それから自分は、天照大神の御神号を一心不乱に唱へつつ前進した。月もなく、烏もなく、霜は天地に充ち、寒さ酷しく膚を断るごとく、手も足も棒のやうになり息も凍らむとする時、またもや「天照大御神、惟神霊幸倍坐世」と口唱し奉つた。不思議にも言霊の神力著しく、たちまち全身に暖を覚え、手も足も湯に入りしごとくなつた。 アゝ地獄で神とは、このことであると、感謝の涙は滝と流るるばかりであつた。四五十丁も辿り行くと、そこに一つの断崕に衝き当る。止むをえず、引き返さむとすれば鋭利なる槍の尖が、近く五六寸の処にきてゐる。この上は神に任し奉らむと決意して、氷に足をすべらせつつ右手を見れば、深き谷川があつて激潭飛沫、流声物すごき中に、名も知れぬ見た事もなき恐ろしき動物が、川へ落ちたる旅人を口にくはへて、谷川の流れに浮いたり、沈んだり、旅人は「助けて助けて」と、一点張に叫んでゐる。自分は、ふたたび神号を奉唱すると、旅人をくはへてゐた怪物の姿は沫と消えてしまつた。 助かつた旅人の名は舟木といふ。彼は喜んで自分の後に跟いてきた。一人の道連れを得て、幾分か心は丈夫になつてきた。危き断崕を辛うじて五六十丁ばかり進むと、途が無くなつた。薄暗い途を行く二人は、ここに停立して思案にくれてゐた。さうすると何処ともなく大声で、 『ソレ彼ら二人を、免がすな』 と呼ぶ。にはかに騒々しき物音しきりに聞え来たり、口の巨大なる怪物が幾百ともなく、二人の方へ向つて襲ひくる様子である。二人は進退これ谷まり、いかがはせむと狼狽の体であつた。何ほど神号を唱へても、少しも退却せずますます迫つてくる。今まで怪物と思つたのが、不思議にもその面部だけは人間になつてしまつた。その中で巨魁らしき魔物は、たちまち長剣を揮つて両人に迫りきたり、今や斬り殺されむとする刹那に、白衣金膚の女神が、ふたたびその場に光りとともに現はれた。そして、「比礼を振らせたまへ」と言つて姿は忽ち消えてしまつた。懐中より神器の比礼を出すや否や、上下左右に祓つた。怪物はおひおひと遠く退却する。ヤレ嬉しやと思ふまもなく、忽然として大蛇が現はれ、巨口を開いて両人を呑んでしまつた。両人は大蛇の腹の中を探り探り進んで行く。今まで寒さに困つてゐた肉体は、どこともなく、暖い湯に浴したやうな心持であつた。轟然たる音響とともに幾百千丈ともわからぬ、奈落の底へ落ちゆくのであつた。 ふと気がつけば幾千丈とも知れぬ、高い滝の下に両人は身を横たへてゐた。自分の周囲は氷の柱が、幾万本とも知れぬほど立つてをる。両人は、この高い瀑布から、地底へ急転直落したことを覚つた。一寸でも、一分でも身動きすれば、冷きつた氷の剣で身を破る。起きるにも起きられず、同伴の舟木を見ると、魚を串に刺したやうに、長い鋭い氷剣に胴のあたりを貫かれ、非常に苦しんでゐる。自分は満身の力をこめて、「アマテラスオホミカミサマ」と、一言づつ切れ切れに、やうやくにして唱へ奉つた。神徳たちまち現はれ、自分も舟木も身体自由になつてきた。今までの瀑布は、どこともなく、消え失せて、ただ茫々たる雪の原野と化してゐた。 雪の中に、幾百人とも分らぬほど人間の手や足や頭の一部が出てゐる。自分の頭の上から、にはかに山岳も崩るるばかりの響がして、雪塊が落下し来り、自分の全身を埋めてしまふ。にはかに比礼を振らうとしたが、容易に手がいふことをきかぬ。丁度鉄でこしらへた手のやうになつた。一生懸命に「惟神霊幸倍坐世」を漸く一言づつ唱へた。幸に自分の身体は自由が利くやうになつた。四辺を見れば、舟木の全身が、また雪に埋められ、頭髪だけが現はれてゐる。その上を比礼をもつて二三回左右左と振りまはすと、舟木は苦しさうな顔をして、雪中から全身をあらはした。天の一方より、またまた金色の光現はれて二人の身辺を照した。原野の雪は、見渡すかぎり、一度にパツト消えて、短い雑草の原と変つた。 あまたの人々は満面笑を含んで自分の前にひれ伏し、救主の出現と一斉に感謝の意を表し、今後は救主とともに、三千世界の神業に参加奉仕せむことを希望する人々も沢山あつた。その中には実業家もあれば、教育家もあり、医者や、学者も、沢山に混つてをつた。 以上は、水獄の中にて第一番の処であつた。第二段、第三段となると、こんな軽々しき苦痛ではなかつたのである。自分は、今この時のことを思ひだすと、慄然として肌に粟を生ずる次第である。 |
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4 (1007) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 10 二段目の水獄 | 第一〇章二段目の水獄〔一〇〕 自分は寒さと寂しさにただ一人、「天照大神」の神号を唱へ奉ると、にはかに全身暖かくなり、空中に神光輝きわたる間もなく、芙蓉仙人が眼前に現はれた。あまりの嬉しさに近寄り抱付かうとすれば、仙人はつひに見たこともない険悪な顔色をして、 『いけませぬ。大王の命なれば、三ツ葉殿、吾に近寄つては今までの修業は水泡に帰すべし。これにて一段目は大略探険されしならむ。第二段の門扉を開くために来たれり』 と言ひも終らぬに、早くもギイーと怪しい音がした一刹那、自分は門内に投込まれてゐた。仙人の影はそこらに無い。 ヒヤヒヤとする氷結した暗い途を倒つ転びつ、地の底へ地の底へとすべりこんだ。暗黒で何一つ見えぬが、前後左右に何とも言へぬ苦悶の声がする。はるか前方に、女の苦しさうな叫び声が聞える。血醒さい臭気が鼻を衝いて、胸が悪くて嘔吐を催してくる。たちまち脚元がすべつて、何百間とも知れぬやうな深い地底へ急転直落した。腰も足も頭も顔も岩角に打たれて血塗になつた。神名を奉唱すると、自分の四辺数十間ばかりがやや明るくなつてきた。自分は身体一面の傷を見て大いに驚き「惟神霊幸倍坐世」を二度繰返して、手に息をかけ全身を撫でさすつてみた。神徳たちまち現はれ、傷も痛みも全部恢復した。ただちに大神様に拍手し感謝した。言霊の神力で四辺遠く暗は晴れわたり、にはかに陽気づいてきた。 再び上の方で、ギイーと音がした瞬間に、十二三人の男女が転落して自分の脚下に現はれ、「助けて助けて」としきりに合掌する。自分は比礼をその頭上目がけて振つてやると、たちまち起きあがり「三ツ葉様」と叫んで、一同声を合して泣きたてる。一同の中には宗教家、教育家、思想家、新聞雑誌記者、薬種商、医業者も混つてゐた。一同は氷の途をとぼとぼと自分の背後からついてくる。 |
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5 (1012) |
霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 15 神界旅行(二) | 第一五章神界旅行の二〔一五〕 神界の旅行と思つたのは自分の間違ひであつたことを覚り、今度は心を改め、好奇心を戒め一直線に神界の旅路についた。 細い道路をただ一人、足をはやめて側眼もふらず、神言を唱へながら進み行く。そこへ「幸」といふ二十才くらゐの男と「琴」といふ二十二才ばかりの女とが突然現はれて、自分の後になり前になつて踉いてくる。そのとき自分は非常に力を得たやうに思ふた。 その女の方は今幽体となり、男の方はある由緒ある神社に、神官として仕へてをる。その両人には小松林、正守といふ二柱の守護神が付随してゐた。そして小松林はある時期において、ある肉体とともに神界に働くことになられた。 細い道路はだんだん広くなつて、そしてまた行くに従つてすぼんで細い道路になつてきた。たとへば扇をひろげて天と天とを合せたやうなものである。扇の骨のやうな道路は、幾条となく展開してゐる。そのとき自分はどの道路を選んでよいか途方に暮れざるを得なかつた。その道路は扇の骨と骨との隙間のやうに、両側には非常に深い溝渠が掘られてあつた。 水は美しく、天は青く、非常に愉快であるが、さりとて少しも油断はできぬ。油断をすれば落ちこむ恐れがある。自分は高天原に行く道路は、平々坦々たるものと思ふてゐたのに、かかる迷路と危険の多いのには驚かざるを得ない。その中でまづ正中と思ふ小径を選んで進むことにした。 見渡すかぎり山もなく、何もない美しい平原である。その道路を行くと幾つともなく種々の橋が架けられてあつた。中には荒廃した危ないものもある。さういふのに出会した時は、「天照大神」の御神名を唱へて、一足飛びに飛び越したこともあつた。 そこへ突然として現はれたのが白衣の男女である。見るまに白狐の姿に変つてしまつた。「琴」と「幸」との二人は同じくついてきた。急いで行くと、突然また橋のあるところにきた。橋の袂から真黒な四足動物が四五頭現はれて、いきなり自分を橋の下の深い川に放り込んでしまつた。二人の連も、共に川に放りこまれた。 自分は道路の左側の溝を泳ぐなり、二人は道の右側の溝を泳いで、元の道路まできた。前の動物は追かけ来たり、また飛びつかうと狙ふその時、たちまち二匹の白狐が現はれて動物を追ひ払つた。三人はもとの扇形の処に帰り、衣服を乾かして休息した。その時非常なる大きな太陽が現はれて、瞬くまに乾いてしまつた。三人は思はず合掌して、「天照大神」の御名を唱へて感謝した。 今度は三人が各自異なる道路をとつて進んだ。「幸」といふ男は左側の端を、「琴」といふ女は右側の道路をえらんだ。それはまさかの時、この路なれば一方が平原に続いてゐるから、その方へ逃げるための用意であつた。自分も中央の道路を避けて三ツばかり傍の道路を進んだ。依然として両側に溝がある。最前の失敗に懲りて、両側と前後に非常の注意を払つて進んで行つた。横にもまた沢山の溝があり、非常に堅固な石橋が架つてゐた。不思議にも今まで平原だと思つてゐたのに中途からそれが山になり、山また山に連なつた場面に変つてゐる。 さうして其の山は壁のやうに屹立し、鏡のやうに光つてゐるのみならず、滑つて足をかける余地がない。さりとて引き返すのは残念であると途方にくれ、ここに自分は疑ひはじめた。これは高天原にゆく道路とは聞けど、或ひは地獄への道路と間違つたのではあるまいかと。かう疑つてみると、どうしてよいか分らず、進退谷まり吐息をつきながら、「天照大神」の御名を唱へ奉り、「惟神霊幸倍坐世」を三唱した。 不思議にもその山は、少しなだらかになつて、自分は知らぬまに、山の中腹に達してゐる。幹の周り一丈に余るやうな松や、杉や、桧の茂つてゐる山道を、どんどん進んで登ると大きな瀑布に出会した。白竜が天に登るやうな形をしてゐる。 ともかくもその滝で身を清めたいと、近よつて裸になり滝に打たれてみた。たちまち自分の姿は瀑布のやうな大蛇になつてしまつた。自分はこんな姿になつてしまつたことを、非常に残念に思つてゐると、下の方から自分の名を大声に呼ぶものがある。姿は真黒な大蛇であつて、顔は「琴」といふ女の顔であつた。そして苦しさうに、のた打ちまはつて暴れ狂ふてゐた。よくよく見ると大きな目の玉は血走つて巴形の血斑が両眼の白いところに現はれてゐた。自分は蛇体になりながら、女を哀れに思ひ救ふてやりたいと考へてゐると、その山が急に大阪湾のやうな海に変つてしまつた。そのうちに「琴」女の大蛇が火を吐きながら、非常な勢で、浪を起して海中に水音たてて飛び込んだ。自分は水を吐きながら、後を追ひかけて同じく海に飛び入つて救ふてやらうとした。されど、あたかも十ノツトの軍艦で、三十ノツトの軍艦を追ふやうに速力及ばぬところから、だんだんかけ離れて救ふてやることができない。そのうちに黒い大蛇はまつしぐらに泳いで遥かあなたへ行つて、黒い煙が立つたと思ふと姿は消えてしまつた。さうすると不思議にも海も山もなくなつて、自分はまた元の扇の要の道に帰つてゐた。 今度は決心して一番細い道路を行くことにした。そこには人が五六十人と思ふほど集まつてゐる。見るに目の悪いもの、足の立たないもの、腹の痛むものや、種々の病人がゐて何か一生懸命に祈つてをる。 道路にふさがつて何を拝んでをるかと思へば、非常に劫を経た古狸を人間が拝んでをる。その狸は大きな坊主に見せてゐる。拝んでゐるものは、現体を持つた人間ばかりであつた。しかし一人も病気にたいして何の効能もない。自分は狸坊主にむかつて鎮魂の姿勢をとると、その姿は煙のごとく消えてしまい、すべての人は皆病が癒えた。芙蓉仙人に聞いてみれば、古狸の霊が、僧侶と現はれて人を悩まし、そして自己を拝ましてゐたのであつた。その狸の霊を逐ひ払つたとともに衆人が救はれ、盲人は見え、跛は歩み、霊は畜生道の仲間に入るのを助かつたのである。 衆人は非常に感謝して泣いて喜び、とり縋つて一歩も進ましてくれぬ。しかるに天の一方からは「進め、すすめ」の声が聞えるので、天の石笛を吹くと、何も彼も跡形もなく消えて、扇の紙のやうな広い平坦なところに進んでゐた。 (大正一〇・一〇・一八旧九・一八加藤明子録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 16 神界旅行(三) | 第一六章神界旅行の三〔一六〕 扇でたとへると丁度骨を渡つて白紙のところへ着いた。ヤレヤレと一息して傍の芝生の上に身を横たへて一服してゐた。するとはるか遠く北方にあたつて、細い幽かな悲しい蚊の泣くやうな声で、「オーイ、オーイ」と自分を呼ぶいやらしい声がしてきた。自分は思案にくれてゐると、南方の背後から四五人の声で自分を呼び止める者がある。母や祖母や隣人の声にどこか似てゐる。フト南方の声に気をひかれ気が付けば、自分の身体はいつのまにか穴太の自宅へ帰つてゐた。 これは幽界のことだが、母の後に妙な顔をした、非常に悲しさうに、かつ立腹したやうな、一口に言へば怒つたのと泣いたのが一緒になつたやうな顔した者が付いてゐる。それが母の口を藉つていふには、 『今かうして老母や子供を放つておいて神界の御用にゆくのは結構だが、祖先の後を守らねばならぬ。それに今お前に出られたら、八十に余る老母があり、たくさんの農事を自分一人でやらねばならぬ。とにかく思ひ止まつてくれ』 と自分を引き止めて、行かさうとはささぬ。そこへまた隣家から「松」と「正」といふ二人が出てきて、祖先になり代つて意見すると言つて頻りに止める。二人は、 『お前、神界とか何とか言つたところで、家庭を一体どうするのだ』 と喧しく言ひこめる。その時たちまち老祖母の衰弱した姿が男の神様に変つてしまつた。そして、 『汝は神界の命によつてするのであるから、小さい一身一家の事は心頭にかくるな。世界を此のままに放つておけば、混乱状態となつて全滅するより道はないから、三千世界のために謹んで神命を拝受し、一時も早く此処を立ち去れよ』 と戒められた。すると矢庭に「松」と「正」とが自分の羽織袴を奪つて丸裸になし、それから鎮魂の玉をも天然笛をも引たくつて池の中へ投り込んでしまつた。そこへ「幸」といふ男が出てきて、いきなり自分が裸になり、その衣服を自分に着せてくれ、天然笛も鎮魂の玉も池の中から拾うて私に渡してくれた。 自分は一切の執着を捨てて、神命のまにまに北へ北へと進んで、知らぬまに元の天の八衢へ帰つておつた。これは残念なことをしたと思つたが、もと来た道をすうと通つて、扇形の道を通りぬけ白紙の所へ辿りついた。その時、「幸」が白扇の紙の半ほどのところまで裸のまま送つて来たが、そこで何処ともなく姿を消してしまつた。やはり相変らず、細い悲しいイヤらしい声が聞えて来る。その時、自分の身体は電気に吸ひつけられるやうに、北方へ北方へと進んで行く。一方には大きな河が流れてあり、その河辺には面白い老松が並んでゐる。左側には絶壁の山が屹立して、一方は河、一方は山で、其処をどうしても通らねばならぬ咽喉首である。その咽喉首の所へ行くと、地中から頭をヌツと差出し、つひには全身を顕はし、狭い道に立ち塞がつて、進めなくさせる男女のものがあつた。 そこで鎮魂の姿勢をとり天然笛を吹くと、二人の男女は温順な顔付にて、女は自分に一礼し、 『あなたは予言者のやうに思ひますから、私の家へお入り下さいまし。色々お願ひしたいことがございます』 と言つた。その時フト小さな家が眼前にあらはれてきた。その夫婦に八頭八尾の守護神が憑依してゐた。夫婦の話によれば、 『大神の命により神界旅行の人を幾人も捉へてみたが、真の人に会はなかつたが、はじめて今日目的の人に出会ひました。実は私は、地の高天原にあつて幽界を知ろしめす大王の肉身系統の者です。どうぞ貴方はこの道を北へ北へと取つていつて下さい、さうすれば大王に面会ができます。私が言伝をしたと言つて下さい』 と言つて頼む。 『承知した、それなら行つて来よう』 こう言つて立ち去らうとする時、男女の後に角の生えた恐い顔をした天狗と、白狐の金毛九尾になつたのが眼についた。この肉体としては実に善い人間で、信仰の強い者だが、その背後には、容易ならぬ物が魅入つてゐることを悟つた。そのままにして自分は一直線に地の高天原へ進んで行つた。トボトボと暫くのあひだ北へ北へと進みゆくと、一つの木造の大橋がある。橋の袂へさしかかると川の向ふ岸にあたり、不思議な人間の泣き声や狐の声が聞えた。自分はその声をたどつて道を北へとつて行くと、親子三人の者が寄つて集つて、穴にゐる四匹の狐を叩き殺してゐた。見るみる狐は殺され、同時にその霊は女に憑いてしまつた。女の名は「民」といふ。女は狐の怨霊のために忽ち膨れて脹満のやうな病体になり、俄然苦悶しはじめた。そこで其の膨れた女にむかつて、自分は両手を組んで鎮魂をし、神明に祈つてやると、その体は旧の健康体に復し、三人は合掌して自分にむかつて感謝する。されど彼の殺された四匹の狐の霊はなかなかに承知しない。 『罪なきものを殺されて、これで黙つてをられぬから、あくまでも仇討をせねばおかぬ』 と、怨めしさうに三人を睨みつめてゐる。狐の方ではその肉体を機関として、四匹ながら這入つて生活を続けてゆきたいから、神様に願つて許していただきたいと嘆願した。 自分はこの場の処置に惑うて、天にむかひ裁断を仰いだ。すると天の一方より天使が顕はれ、産土の神も顕はれたまひて、 『是非なし』 と一言洩らされた。氏子であるとは言ひながら、罪なきものを打ち殺したこの女は、畜生道へ堕ちて狐の容器とならねばならなかつた。病気は治つたが、極熱と極寒との苦しみを受け、数年後に国替した。現界で言へば稲荷下のやうなことをやつたのである。 やや西南方にあたつてまた非常な叫び声が聞えてきた。すぐさま自分は声を尋ねて行つてみると、盲目の親爺に狸が憑依し、また沢山の怨霊が彼をとりまいて、眼を痛めたり、空中へ身体を引き上げたり、さんざんに親爺を虐めてゐる。見ると親爺の肩の下のところに棒のやうなものがあつて、それに綱がかかつてをり、柱の真に取付けられた太綱を寄つてたかつて、弛めたり引きしめたりしてゐるが、落下する時は川の淵までつけられ、つり上げられる時は、太陽の極熱にあてられる。そして釣り上げられたり、曳き下されたりする上下の速さ。この親爺は「横」といふ男である。 なぜにこんな目に遇ふのかと理由を聞けば、この男は非常に強欲で、他人に金を貸しては家屋敷を抵当にとり、ほとんど何十軒とも知れぬほど、その手でやつては財産を作つてきた。そのために井戸にはまつたり、首を吊つたり、親子兄弟が離散したりした者さへ沢山にある。その霊がことごとく怨念のために畜生道へ堕ち入り、狐や狸の仲間入りをしてゐるのであつた。そのすべての生霊や亡霊が、身体の中からも、外からも、攻めて攻めて攻めぬいて命をとりにきてゐるのである。 何ゆゑ神界へ行く道において、地獄道のやうなことをしてゐるのを神がお許しになつてゐるかと問へば、天使の説明には、 『懲戒のために神が許してある。その長い太い綱は首を吊つた者の綱が凝固つたのである。毒を嚥んで死んだ人があるから、毒が身の中に入つてゐる。川へはまつた者があるから川へ突つ込まれる。これが済めば畜生道へ墜ちて苦しみを受けるのである』 と。あまり可愛相であるから私は天照大御神へお願ひして「惟神霊幸倍坐世」と唱へ天然笛を吹くと、その苦しみは忽ち止んでしまつた。そして狐狸に化してゐる霊は嬉々として解脱した。その顔には桜色を呈してきたものもある。これらの霊はすべて老若男女の人間に一変した。すると産土の神が現はれて喜び感謝された。自分もこれは善い修業をしたと神界へ感謝し、そこを立ち去つた。が、「横」といふ男の肉体は一週間ほど経て現界を去つた。 それからまた真西にあたつて叫び声がおこる。猿を責めるやうな叫び声がする。その声を尋ねてゆくと、本当の狐が数十匹集まり、一人の男を中において木にくくりつけ、「キヤツ、キヤツ」と言はして苦しめてゐる。その男の手足はもぎとられ、骨は一本々々砕かれ、滅茶々々にやられてゐるのに現体が残つたままそこに立つてゐる。自分はこれを救ふべく、神名を奉唱し型のごとく鎮魂の姿勢をとるや否や、すべての狐は平伏してしまつた。何故そんな事をするのかと尋ぬれば、中でも年老つた狐がすすみでて、 『この男は山猟が飯よりもすきで、狐穽を作つたり、係蹄をこしらへたりして楽んでゐる悪い奴です。それがために吾々一族のものは皆命をとられた。生命をとられるとは知りつつも、油揚げなどの好きな物があればついかかつて、ここにゐるこれだけの狐はことごとく命をとられました。それでこの男の幽体現体共に亡ぼして、幽界で十分に復讐したい考へである』 といふ。そこで私は、 『命をとられるのは自分も悪いからである。それよりはいつそ各自改心して人界へ生れたらどうだ』 と言へば、 『人界へ生れられますか』 と尋ねる。自分は、 『生れられるのだ』 と答ふれば、 『自分らはこんな四ツ足だから駄目だ』 といふ絶望の意を表情で現はしたが、自分は、 『汝らに代つて天地へお詫をしてやらう』 と神々へお詫をするや否や、「中」といふ男の幽体は見るまに肉もつき骨も完全になつて旧の身体に復り、いろいろの狐はたちまち男や女の人間の姿になつた。その時の数十の狐の霊は、一部分今日でも神界の御用をしてゐるものもあり、途中で逃げたものもある。中には再び畜生道へ堕ちたものもある。 (大正一〇・一〇・一九旧九・一九桜井重雄録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 17 神界旅行(四) | 第一七章神界旅行の四〔一七〕 神界の場面が、たちまち一変したと思へば、自分は又もとの大橋の袂に立つてゐた。どこからともなくにはかに大祓詞の声が聞えてくる。不思議なことだと思ひながら、二三丁辿つて行くと、五十恰好の爺さんと四十かつかうの婦とが背中合せに引着いて、どうしても離れられないでもがいてゐる。男は声をかぎりに天地金の神の御名を唱へてゐるが、婦は一生懸命に合掌して稲荷を拝んでゐる。男の合掌してゐる天には、鼻の高い天狗が雲の中に現はれて爺をさし招いてゐる。婦のをがむ方をみれば、狐狸が一生懸命山の中より手招きしてゐる。男が行かうとすると、婦の背中にぴつたりと自分の背中が吸ひついて、行くことができない。婦もまた行かうとして身悶えすれども、例の背中が密着して進むことができない。一方へ二歩行つては後戻り、他方へ二歩行つては、又あともどりといふ調子で、たがひに信仰を異にして迷つてゐる。自分はそこへ行つて、「惟神霊幸倍坐世」と神様にお願ひして、祝詞を奏上した。そのとき私は、自分ながらも実に涼しい清らかな声が出たやうな気がした。 たちまち密着してゐた両人の身体は分離することを得た。彼らは大いに自分を徳として感謝の辞を述べ、どこまでも自分に従つて、 『神界の御用を勤めさしていただきます』 と約束した。やがて男の方は肉体をもつて、一度地の高天原に上つて神業に参加しやうとした。しかし彼は元来が強欲な性情である上、憑依せる天狗の霊が退散せぬため、つひには盤古大神の眷族となり、地の高天原の占領を企て、ために、霊は神譴を蒙りて地獄に堕ち、肉体は二年後に滅びてしまつた。さうしてその婦は、今なほ肉体を保つて遠く神に従ふてゐる。 この瞬間、自分の目の前の光景は忽ち一転した。不思議にも自分はある小さな十字街頭に立つてゐた。そこへ前に見た八頭八尾の霊の憑いた男が俥を曳いてやつて来て、 『高天原にお伴させていただきますから、どうかこの俥にお召し下さい』 といふ。しかし「自分は神界修業の身なれば、俥になど乗るわけにはゆかぬ」と強て断つた上、徒歩でテクテク西へ西へと歩んで行つた。非常に嶮峻な山坂を三つ四つ越えると、やがてまた広い清い河のほとりに到着した。河には澄きつた清澄な水が流れてをり、川縁には老松が翠々と並んでゐる実に景勝の地であつた。自分はこここそ神界である、こんな処に長らくゐたいものだといふ気がした。また一人とぼとぼと進んで行けば、とある小さい町に出た。左方を眺むれば小さな丘があり、山は紫にして河は帯のやうに流れ、蓮華台上と形容してよからうか、高天原の中心と称してよからうか、自分はしばしその風光に見惚れて、そこを立去るに躊躇した。 山を降つて少しく北に進んで行くと、小さな家が見つかつた。自分は電気に吸着けらるるごとく、忽ちその門口に着いてゐた。そこには不思議にも、かの幽庁にゐられた大王が、若い若い婦の姿と化して自分を出迎へ、やがて小さい居間へ案内された。自分はこの大王との再会を喜んで、いろいろの珍らしい話しを聞いてゐると、にはかに虎が唸るやうな、また狼が呻くやうな声が聞えてきた。よく耳を澄まして聞けば、天津祝詞や大祓の祝詞の声であつた。それらの声とともに四辺は次第に暗黒の度を増しきたり、密雲濛々と鎖して、日光もやがては全く見えなくなり、暴風にはかに吹き起つて、家も倒れよ、地上のすべての物は吹き散れよとばかり凄じき光景となつた。その濛々たる黒雲の中より「足」といふ古い顔の鬼が現はれてきた。それには「黒」といふ古狐がついてゐて、下界を睥睨してゐる。その時にはかに河水鳴りとどろき河中より大いなる竜体が現はれ、またどこからともなく、何とも形容のしがたい悪魔があらはれてきた。大王の居間も附近も、この時すつかり暗黒となつて、咫尺すら弁じがたき暗となり、かの優しい大王の姿もまた暗中に没してしまつた。ただ目に見ゆるは、烈風中に消えなむとして瞬いてゐる一つのかすかな燈光ばかりである。自分は今こそ神を祈るべき時であると不図心付き、「天照大御神」と「産土神」をひたすらに念じ、悠々として祝詞をすずやかな声で奏上した。一天にはかに晴れわたり、一点の雲翳すらなきにいたる。 祝詞はすべて神明の心を和げ、天地人の調和をきたす結構な神言である。しかしその言霊が円満清朗にして始めて一切の汚濁と邪悪を払拭することができるのである。悪魔の口より唱へらるる時はかへつて世の中はますます混乱悪化するものである。蓋し悪魔の使用する言霊は世界を清める力なく、欲心、嫉妬、憎悪、羨望、憤怒などの悪念によつて濁つてゐる結果、天地神明の御心を損ふにいたるからである。それ故、日本は言霊の幸はふ国といへども、身も魂も本当に清浄となつた人が、その言霊を使つて始めて、世のなかを清めることができ得るのである。これに反して身魂の汚れた人が言霊を使へば、その言霊には一切の邪悪分子を含んでゐるから、世の中はかへつて暗黒になるものである。 さて自分は八衢に帰つてみると、前刻の鬼、狐および大きな竜の悪霊は、自分を跡から追つてきた。「足」の鬼は、今度は多くの眷族を引連れ来たり、自分を八方より襲撃し、おのおの口中より噴霧のやうに幾十万本とも数へられぬほどの針を噴きかけた。しかし自分の身体は神明の加護を受けてゐた。あたかも鉄板のやうに針を弾ね返して少しの痛痒をも感じない。その有難さに感謝のため祝詞を奏げた。その声に、すべての悪魔は煙のごとく消滅して見えなくなつた。 ここで一寸附言しておく。「足」の鬼といふのは烏帽子直垂を着用して、あたかも神に仕へるやうな服装をしてゐた。しかし本来非常に猛悪な顔貌なのだが、一見立派な容子に身をやつしてゐる。また河より昇れる竜は、たちまち美人に化けてしまつた。この竜女は、竜宮界の大使命を受けてゐるものであつて、大神御経綸の世界改造運動に参加すべき身魂であつたが、美しい肉体の女に変じて「足」の鬼と肉体上の関係を結び神界の使命を台なしにしてしまつた。竜女に変化つたその肉体は、現在生き残つて河をへだてて神に仕へてゐる。彼女が竜女であるといふ証拠には、その太腿に竜の鱗が三枚もできてゐる。神界の摂理は三界に一貫し、必ずその報いが出てくるものであるから、神界の大使命を帯びたる竜女を犯すことは、神界としても現界としても、末代神の譴めを受けねばならぬ。「足」の鬼はその神罰により、その肉体の一子は聾となり、一女は顔一面に菊石を生じ、醜い竜の葡匐するやうな痕跡をとどめてゐた。さて一女まづ死し、ついでその一子も滅んだ。かれは罪のために国常立尊に谷底に蹴落され胸骨を痛めた結果、霊肉ともに滅んでしまつた。かくて「足」の肉体もついに大神の懲戒を蒙り、日に日に痩衰へ家計困難に陥り、肺結核を病んで悶死してしまつた。 以上の一男一女は「足」の前妻の子女であるが、竜女と「足」の鬼との間にも、一男が生れた。「足」の鬼は二人の子女を失つたので、彼は自分の後継者として、その男の子を立てやうとする。竜女の方でも、自分の肉体の後継者としやうとして焦つてゐる。一方竜女には厳格な父母があつた。彼らもその子を自分の家の相続者としやうとして離さぬ。「足」の鬼の方は無理にこれを引とらうとして、一人の肉体を、二つに引きち切つて殺してしまつた。霊界でかうして引裂かれて死んだ子供は現界では、父につけば母にすまぬ、母につけば父にすまぬと、煩悶の結果、肺結核を病んで死んだのである。かうして「足」の鬼の方は霊肉ともに一族断絶したが、竜女は今も後継者なしに寡婦の孤独な生活を送つてゐる。 本来竜女なるものは、海に極寒極熱の一千年を苦行し、山中にまた一千年、河にまた一千年を修業して、はじめて人間界に生れ出づるものである。その竜体より人間に転生した最初の一生涯は、尼になるか、神に仕へるか、いづれにしても男女の交りを絶ち、聖浄な生活を送らねばならないのである。もしこの禁断を犯せば、三千年の苦行も水の沫となつて再び竜体に堕落する。従つて竜女といふものは男子との交りを喜ばず、かつ美人であり、眼鋭く、身体のどこかに鱗の数片の痕跡を止めてゐるものも偶にはある。かかる竜女に対して種々の人間界の情実、義理、人情等によつて、強て竜女を犯し、また犯さしめるならば、それらの人は竜神よりの恨をうけ、その復讐に会はずにはゐられない。通例竜女を犯す場合は、その夫婦の縁は決して安全に永続するものではなく、夫は大抵は夭死し、女は幾度縁をかゆるとも、同じやうな悲劇を繰返し、犯したものは子孫末代まで、竜神の祟りを受けて苦しまねばならぬ。 (大正一〇・一〇・一九旧九・一九谷口正治録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 総説 | 総説 神界における神々の御服装につき、大略を述べておく必要があらうと思ふ。一々神々の御服装に関して口述するのは大変に手間どるから、概括的に述ぶれば、国治立命のごとき高貴の神は、たいてい絹物にして、上衣は紫の無地で、下衣が純白で、中の衣服が紅の色の無地である。国大立命は青色の無地の上衣に、中衣は赤色、下衣は白色の無地。稚桜姫命は、上衣は水色に種々の美はしき模様があり、たいていは上中下とも松や梅の模様のついた十二単衣の御服装である。天使大八洲彦命、大足彦のごときは、上衣は黒色の無地に、中衣は赤色、下衣は白色の無地の絹の服である。その他の神将は位によつて、青、赤、緋、水色、白、黄、紺等、いづれも無地服で、絹、麻、木綿等に区別されてゐる。 冠もいろいろ形があつて纓の長短があり、八王八頭神以上の神々に用ゐられ、それ以下の神司は烏帽子を冠り、直衣、狩衣。婦神はたいてい明衣であつて、青、赤、黄、白、紫などの色を用ゐられ、袴も色々と五色に分れてゐる。また神将は闕腋に冠をつけ、残らず黒色の服である。神卒は一の字の笠を頭に戴き、裾を短くからげ、手首、足首には紫の紐をもつて結び、実に凛々しき姿をしてをらるるのである。委しく述ぶれば際限がないが、いま述べたのは国治立命が御隠退遊ばす以前の神々の御服装の大略である。 星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。 ○ 大国治立尊と申し上げるときは、大宇宙一切を御守護遊ばすときの御神名であり、単に国治立尊と申し上げるときは、大地球上の神霊界を守護さるるときの御神名である。自分の口述中に二種の名称があるのは、この神理に基づいたものである。 また神様が人間姿となつて御活動になつたその始は、国大立命、稚桜姫命が最初であり、稚桜姫命は日月の精を吸引し、国祖の神が気吹によつて生れたまひ、国大立命は月の精より生れ出でたまうた人間姿の神様である。それよりおひおひ神々の水火によりて生れたまひし神系と、また天足彦、胞場姫の人間の祖より生れいでたる人間との、二種に区別があり、神の直接の水火より生れたる直系の人間と、天足彦、胞場姫の系統より生れいでたる人間とは、その性質において大変な相違がある。そして神の直接の水火より生れ出たる人間は、その頭髪黒くして漆の如く、天足彦、胞場姫より生れたる人間の子孫は赤色の頭髪を有している。[※「そして神の直接の」から「頭髪を有して居る。」まで、校定版・八幡版では削除されている。]天足彦、胞場姫といへども、元は大神の直系より生れたのであれども、世の初発にあたり、神命に背きたるその体主霊従の罪によつて、人間に差別が自然にできたのである。 されども何れの人種も、今日は九分九厘まで、みな体主霊従、尊体卑心の身魂に堕落してゐるのであつて、今日のところ神界より見たまふときは、甲乙を判別なし難く、つひに人種平等の至当なるを叫ばるるに立いたつたのである。 ○ 盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。 また大自在天神大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跋扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臂の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天(大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。 アゝ惟神霊幸倍坐世 大正十年旧十月十日午前十時十分 於松雲閣口述者識 (註)本巻において、国治立命、豊国姫命、国大立命、稚桜姫命、木花姫命とあるは、神界の命により仮称したものであります。しかし真の御神名は読んで見れば自然に判明することと思ひます。 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 序文 | 序文 艮の金神出現以後三十年の立替は、いよいよ明治五十五年、すなはち大正の十一年、三千世界一度に開く梅の花の機運に到達したのである。つぎに坤の金神出現以後二十五年、桃李もの言はずして桃李ものとなりし神の教示も、いよいよ開く桃の春、五十二歳の暁に、月の光に照らされて、霊界探険物語り、ももの千草も、百鳥も、百の言問ひ言止めて、三月三日五月五日の神の経綸を詳細に、悟る神代の魁となつたのも、まつたく時の力といふべきである。明治三十三年九月八日の神筆に、 『出口直は三千世界の根本の因縁から末の世のことまで書かす御役なり、それを細かう説いて聞かせるのが海潮の役であるから、一番に男子が現はれて、次に女子が表はれたら、大本の中の役員も、あまり思ひが違ふてをりたと申して、きりきり舞をいたして喜ぶ人と、きりきり舞をして苦しむ人と、力一杯われの目的のために、男子女子を悪くまをすものとができるぞよ。神を突込みておいて我で開いて、まだ悪く申して歩行く、取次がたくさんにできるぞよ。云々』 大本の筆先は、どうしても男子女子でなければ真解することはできぬのは神示のとほりである。しかるに各自の守護神の御都合の悪いことがあると、「女子の筆先は審神をせなそのままとつてはいかぬ」と申す守護神が現はれてくる、困つたものだ。九月八日にいよいよ神示のとほり女子の役となり、隠退して霊界の消息を口述するや、またまた途中の鼻高がゴテゴテ蔭で申し出したのである。女子の帰神の筆を審神者する立派な方が沢山できて、神様も御満足でありませう。 また、明治五十五年の三月三日五月五日といふ神の抽象的教示にたいして、五十五年は大正十一年に相当するから、今年は女子の御魂にたいして肉体的結構があるとか、大本の神の経綸について花々しきことが出現するかのやうに期待してをる審神者があるやうにきく。されど、神の御心と人間の心とは、天地霄壌の相違があるから、人間の智慧や考へでは、たうてい、その真相は判るものでない。五十五年といふことは、明治二十五年から三十年間の神界経綸の表面に具体的にあらはれる年のいひである。 三月三日とは三ツの御魂なる月の大神の示顕が、天地人三体に輝きわたる日といふことである。日は「カ」と読む、「カ」はかがやくといふことである。今まで三十年間男子の筆先の真意が充分に了解され、また従道二十五年に相当する女子の御魂の光が、そろそろ現はれることを暗示された神諭である。二十五年間、周囲の障壁物にさまたげられた女子の御魂の神界経綸の解釈も、やや真面目になつて耳をかたむくる人が出現するのを、「女子にとりて結構な日である」と示されたものである。あたかも暗黒の天地に、日月の東天を出でて万界を照らすがごとき瑞祥を、五月五日といふのである。五は言霊学上「出」であつて、五月五日は出月出日の意味である。二十五年の天津風、いま吹きそめて経緯の、神の教示も明らけく、治まる御代の五十五年(出神出念)、いよいよ神徳出現して、神慮の深遠なるを宇宙に現出すべき時運にむかふことを慶賀されたる神示であります。 月光世に出でて万界の暗を照破す、これ言霊学上の五月五日となるのであつて、けつして暦学上の月日でないことは明白である。三月三日と五月五日に、変つたことがなければ信仰をやめるといふ無明暗黒の雲が、遠近の天地を包むでゐるやうに思はれましたから、一寸略解をほどこしておきました。これでもまた女子の御魂の言は審神者をせなくてはいかぬと、唱ふる豪い人々が出現するかもしれませぬ。これが暗黒の世の中といふのでせう。 神諭に「女子にとりて結構な日である」云々は微々たる五尺の肉体にたいしての言ではない。神霊そのものの大目的の開き初むるを慶賀されたる意味であることを了解すべきである。千座の置戸は、瑞の御魂の天賦的神業たることを承知してもらひたい。 霊界物語を読ンで、初めて今日までの神諭の解釈にたいする疑雲は一掃され、心天たちまち晴明の日月をうかべ、霊体力に光輝をそへ歓喜と了解の日月出現していはゆる三月三日五月五日の瑞祥を神人ともに祝することになるのである。 五月五日は男子の祝日、菖蒲の節句である。三月三日は女子の祝日で、桃の節句である。女子の御魂聖地に出現してより二十五年の間桃李物言はず自ら蹊をなせしもの、ここに目出度く世にあらはれて苦、集、滅、道を説き、道、法、礼、節をはなばなしく開示することとなつたのも、神界経綸の神業成就の曙光をみとめ、旭光照破の瑞祥にむかつたので、神人界のともに祝福すべき年であります。 ○ この物語のうちに大自在天とあるは、神典にいはゆる、大国主之神の御事であつて、大国彦命、八千矛神、大己貴命、葦原醜男神、宇都志国魂神などの御名を有したまひ、武力絶倫の神にましまして国平矛を天孫にたてまつり、君臣の大義を明らかにし、忠誠の道を克く守りたまふた神であります。本物語にては大自在天、または常世神王と申しあげてあります。 大自在天とは仏典にある仏の名であるが、神界にては大国主神様の御事であります。この神は八代矛の威力をふるつて、天下を治めたまうた英雄神である。皇祖の神は、平和の象徴たる璽と、智慧の表徴たる鏡とをもつて、世を治めたまふのが御神意である。故に我皇孫命の世界統御の御神政は、飽く迄も道義的統一であつて、武断的ではないのである。故に天津日嗣天皇の世界御統一は、侵略でも征伐でもない、併呑でも無い、皇祖大神の大御心を心とし玉ふたのである。劍を用ゐ玉ふは、変事に際してのみ其神聖不可犯の御威力を発揮し玉ふので、是又止むを得ざるに出でさせ玉ふ御神業であります。決して大自在天的武力統一ではない、御仁慈の御政治であります。[※「故に我皇孫命の」から「御仁慈の御政治であります。」までは、戦前の版・聖師御校正本には書いてあるが、戦後の版からは削除されている。霊界物語ネットでも削除されていたが、2020/4/27に追加した。] また盤古大神塩長彦は一名潮沫彦と申し上げる、善良なる神にましますことは、前篇に述べたとほりであります。この神を奉戴して荒ぶる神人等が色々の計画をたて、神界に活動して国治立命の神政に対抗し、種々の波瀾をまきおこしたことはすでに述べたとほりである。そこでこの世界を救ふべく、諾冊二神がわが国土を中心として天降りまし、修理固成の神業を励ませたまふこととなつた、ありがたき物語は篇を逐うて判明することであらうと思ひます。惟神霊幸倍坐世 大正十一年一月三日 王仁識 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 総説 | 総説 天地剖判して大地、日、月、星辰現はれ、地上には樹草、人類、獣、鳥、魚、虫を発生せしめ、各自分掌の神を定めてこれを守護せしめたまひける。 大神は人体の元祖神として天足彦、胞場姫を生みたまひ、天の益人の種と成したまひたり。しかるに天足彦は胞場姫のために神勅にそむきて霊主体従の本義を忘れ、つひに体主霊従の果実を食し、霊性たちまち悪化して子孫に悪念を遺したるのみならず、邪念はおのづから凝つて八頭八尾の大蛇と変じ、あるひは金毛九尾の悪狐と化し、六面八臂の魔鬼となり、世界を混乱紛擾せしめ、国治立大神、国直姫命、大八洲彦命以下の諸神を根の国に隠退せしめ、盤古大神(塩長彦)を奉じて国治立大神の聖職に代らしめ、塩長姫をして国直姫命の職をおそはしめ、八王大神(常世彦)をして大八洲彦命の職を司らしめ、常世姫をして豊国姫命にかはらしめ、和光同塵的神策を布き、一時を糊塗して、大国彦と結託し、世界を物質主義に悪化し、優勝劣敗、弱肉強食の端を開き、つひには収拾すべからざる悪逆無道の暗黒界と化せしめ、その惨状目もあてられぬ光景となりたれば、天の三体の大神も坐視するに忍びず、ここに末法濁世の代を短縮して再び国治立命の出現を命じたまひ、完全無欠の理想の神世の出現せむとする次第を略述せるものなれども、製本上の都合により本巻は、国大立命および金勝要神、大将軍沢田彦命の隠退さるるまでの霊界の消息を伝ふることとせり。ゆゑにこの霊界物語は、あたかも大海の一滴、九牛の一毛にもおよばず、無限絶対、無始無終の霊界の一部の物語なれば、これをもつて霊界の全況となすは誤りなり。願はくはこの書をもつて霊界一部の消息を探知し、霊主体従の身魂に立ちかへり、世界万国のために弥勒の神業に奉仕されむことを懇望する次第なり。数千年間の歴史上の事実のみ研究さるる現代の人士は、この物語を読みて或ひは怪乱狂暴取るにたらざる痴人の夢物語と嘲笑し、牽強附会の言となさむは、むしろ当然の理といふべし。神諭に曰く、 『世の元の誠の生神が、時節きたりてこの世に現はれ、因縁ある身魂にうつりて太古から言ひおきにも、書きおきにもなきことを、筆と口とで世界へ知らすのであるから、世界の人民が疑ふて真実にいたさぬのは、もつとものことであるぞよ云々』 と示されあり。また、 『この神の申すことは、因縁の身魂でないと、到底腹へは這入らぬぞよ』 と示されあり。ゆゑに神縁深き人士にあらざれば、断じて信じ難からむ。 要は、単に一片の小説と見なしたまふも不可なく、また痴人の夢物語として読まるるも可なり。ただ天地の大神たちの天地修理固成の容易ならざる御艱難と御苦心の径路を拝察したてまつり、かつ洪大無辺の神恩に報ひたてまつり、人生の本分を全ふしうる人士の一人にても出現するにいたらば、口述者にとりて、望外の欣幸とするところなり。惟神霊幸倍坐世 大正十一年一月王仁識 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 47 夫婦の大道 | 第四七章夫婦の大道〔一四七〕 真心彦は職を辞し、固く門戸を閉ざして他人との接見を断ち、謹慎の意を表しつつありしが、つひにはその精神に異状を呈し、一間に入りて、ひそかに短刀を抜きはなち、 『惟神霊幸倍坐世』 と神語を唱へ自刃して帰幽したりける。妻事足姫をはじめ、長子広宗彦、次子行成彦の悲歎と驚きはたとふるにものなく、七日七夜は蚊の泣くごとくなりけり。八百万の神人も涙の雨に袖をしぼらぬはなく、同情の念はことごとく清廉潔白なる真心彦の御魂に集まりぬ。八百万の神人は命の生前の勲功を賞揚し、長子広宗彦をして、父の後を襲ぐべく神司らは一致して、国治立命に願ひ出でたり。 ここに広宗彦は仁慈をもつて下万民に臨みければ、神界現界は実に無事泰平に治まり、したがつて国治立命の神世を謳歌する声は六合に轟きわたりたり。国治立命をはじめ、地の高天原の神人の威勢は旭日昇天のごとく隆々として四海を圧するにいたり、開闢以来かくのごとくよく治まりし神世は空前絶後の聖代と称せられける。要するに、清廉にして無欲、かつ仁慈深き真心彦の血を享け継ぎたる広宗彦の経綸よろしきを得たる結果なるべし。 ここに真心彦の未亡人なる事足姫は、夫の心を察せず、数年を経てつひに夫の恩徳を忘れ、春永彦といふ後の夫をもち、夫婦のあひだに桃上彦といふ一柱の男子を生みけり。桃上彦はまた仁慈ふかく下の神人をあはれみ、かつ上にたいして忠実至誠の実をあげ、衆の評判も非常に好かりけるより、兄の広宗彦はおほいに歓び、自分の副役として神務を輔佐せしめたり。 然るに星移り月を閲するにしたがひ、最初きはめて善良なる性質の桃上彦も、つひに常世国の魔神にその心魂を誑惑せられ、漸次悪化邪遷して体主霊従の行動をなし、上位の命を奉ぜず、他神人の迷惑も心頭におかず、自己本位を旨とし、驕慢心日々に増長して、つひには兄の地位を奪ひ、みづから天使の位置に昇り、神政の全権を掌握せむと計り、ひたすら下万民の望みを一身に集中することのみに砕心焦慮したりけり。それゆゑ下万民の桃上彦にたいする勢望は一時は非常なるものにてありき。つひに桃上彦は兄を排斥し、みづからその地位につき仁政を世界に布き、大いに神政のために心身を傾注しける。下々の神人も最初はその仁政を口をきはめて謳歌しつつありしが、つひにはその恩になれて余りに有りがたく思はざるにいたり、放縦安逸の生活をのみ企て、天地の律法をもつて無用の長物と貶するにいたり、聖地の重なる神司も侍者も漸次聖地を離れて四方に各自思ひおもひの方面に散乱したり。而して桃上彦にむかいて忠告を与ふる神人あらば怒つてこれを排除し、かつ罪におとしいれ、乱暴狼藉いたらざるなく、瞬くうちに聖地は冬の木草のごとき荒涼たる状況となり了りける。これぞ常世彦、常世姫があまたの邪神を使役して、神政を紊乱せしめ、国治立命を漸次排除する前提として、大樹を伐らむとせば先づその枝を伐るの戦法を用ゐたるゆゑなり。国治立命は枝葉をきられた大樹のごとく、手足をもぎとられし蟹のごとく、二進も三進もならざるやうに仕むけられたまひて、神の権威はまつたく地に落ちにける。これぞ体主霊従の大原因となり、天地の律法は根底より破壊さるるの状態を馴致したるなりき。 事足姫は、空閨の淋しさに忍びきれず、婦女のもつとも大切なる貞節を破り、後の夫をもちて夫の霊にたいし無礼を加へたるごとき、体主霊従の精神より生れいでたる桃上彦なりければ、最初の間はきはめて身、魂ともに円満清朗にして、申分なき至誠の神人なりしかども、母の天則を破りたる、不貞の水火の凝結したる胎内を借りて出生したる結果、つひにはその本性あらはれ、放縦驕慢の精神萠芽せむとする、その間隙に乗じて邪神の容器と不知不識のあひだに化りかはり、つひには分外の大野心をおこし、あたら大神の苦辛して修理固成されたる天地の大経綸を、根底より破滅顛覆せしむるにいたりける。神諭に、 『世の乱れる原因は、夫婦の道からであるぞよ』 と示されあるごとく、夫婦の道ほど大切なもの又と外になかるべし。国家を亡ぼすも、一家を破るも、一身を害ふも、みな天地の律法に定められたる夫婦の大道を踏みあやまるよりきたるところの災なり。神界の神々は申すもさらなり、地上の人類は神に次ぐところの結構なる身魂なるを知りて、第一に夫婦の関係に注意すべきものなり。 かくのごとく事足姫の脱線的不倫の行為より、ひいてはその児の精神に大なる影響をおよぼし、つひには神界も混乱紛糾の極に達し、現界の人類にいたるまで、この罪悪に感染し、現代のごとく邪悪無道の社会を現出するに立いたりたるなり。 これを思へば神人ともに、体主霊従の心行を改め、根本より身魂の立替立直しに全力をささげ、霊主体従の天授の大精神に立かへり、神の御子たるの天職を奉仕し、毫末といへども体主霊従に堕するがごときことなきやう、たがひに慎み、天地の律法を堅く守らざるべからざるを強く深く感ずる次第なり。 天地の律法を破りて、自由行動を取りたる二神人の子と生れたる桃上彦が、大なる野心を起しその目的を達せむため、下の神人にたいして人望を買はむとし、八方美人主義を発揮したるために、かへつて下々の神人より軽侮せられ、愚弄され、綱紀は弛緩し、上の命ずるところ下これを用ゐざる不規則きはまる社会を現出せしめたるなり。神界にては桃上彦を大曲津神と呼ばるるにいたりける。神諭に、 『慢神と誤解と夫婦の道と欲ほど恐いものは無い』 と示されたるとほり、桃上彦の失敗を処世上の手本として、神人ともに日々の行動を慎み、天授の精魂を汚さざるやう努力せざるべからず。また桃上彦は八十猛彦、百猛彦を殊のほか寵愛し、両人を頤使してますます野心をたくましうし、神政をもち荒したる結果は、現界にもその影響波及し、持ちも降しもならぬ澆季の世を招来したりしなり。 (大正一〇・一二・九旧一一・一一谷村真友録) (第四四章~第四七章昭和一〇・一・一八於宮崎市神田橋旅館王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 39 常世の暗 | 第三九章常世の暗〔一八九〕 聖地ヱルサレムの天使長常世彦命には、高月彦誕生して追々と成長し、父を輔けて、その勲功もつとも多く、かつ天使長の声望天下に雷のごとく轟き、その善政を謳歌せざるもの無く、一時は実に天下泰平の祥代となりける。 しかるに油断は大敵すこしにても間隙あらむか、宇宙に充満せる邪神の霊はたちまち襲ひきたりて、或は心魂に或は身体にたいして禍害を加へ、またはその良心を汚し曇らせ、つひにはそのものの身体および霊魂を容器として、悪心をおこし悪行を遂行せしめむと付け狙ふに至るものなり。 大本神諭にも、 『悪魔は絶えず人の身魂を付け狙ひ居るものなれば、抜刀の中に居る心持にて居らざる時は、いつ悪魔にその身魂を自由自在に玩弄物にせらるるや知れず。ゆゑに人は神の心に立帰りて神を信仰し、すこしも油断あるべからず』 常世彦命は神界の太平にやや安心して、あまたの侍臣とともに竜宮海に舟遊びの宴をもよほすとき、竜宮海の底深く潜みて時を待ちつつありし八頭八尾の大蛇の邪霊は、この時こそと言はむばかりに、その本体を諸神人の前に顕はし、態と神人らの前にて高月彦と変化し、常世彦命の居館に入りこみ神人らを悩めたるなり。 常世彦命はじめ聖地の神人らは、二人の高月彦のうち一人は邪神の変化なることを何れも知悉すれども、その何れを真否と認むること能はざりしために、止むを得ず、同じ姿の二人を居館に住まはせたりける。真の高月彦は、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と證明せむとすれば、邪神の高月彦もまた同じく、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と主張し、その真偽判明せず、やむを得ず二人を立てゐたりける。 この怪しき事実は誰いふともなく神界一般に拡まり伝はり、八王八頭の耳に入り、神人らは聖地の神政に対して、不安と疑念を抱くに至りける。 常世彦命はこのことのみ日夜煩悶し、つひには発病するに立ちいたりぬ。命は妻を枕頭に招き、苦しき病の息をつきながら、 『吾は少しの心の欲望より終に邪神に魅せられて常世国に城塞を構へ、畏くも国祖大神をはじめ歴代の天使長以下の神人らを苦しめ悩ませたるにも拘はらず、仁慈深き国祖は吾らの改心を賞でたまひて、もつたいなき聖地の執権者に任じたまひたれば、吾らは再生の大恩に報いたてまつらむと誠心誠意律法を厳守し、神政に励みて国祖の大神に奉仕せしに、心の何時となく緩みしためか、竜宮海に船を浮べて遊楽せし折しも、海底より邪神現はれて愛児の姿となり、堂々として我館に住み込み、その真偽を判別する能はず、それより吾は如何にもしてその真偽を知らむと、日夜天津大神および国祖大神に祈願を凝らせども、一たん犯せる罪の報いきたりて、心魂暗み天眼通力を失ひ、かつ、それより我身体の各所に痛みを覚え、今やかくのごとく重態に陥りたるも深き罪障の報いなれば、汝らは吾が身の悲惨なる果を見て一日も早く悔い改め、寸毫といへども悪心非行を発起すべからず』 と遺言して眠るがごとく帰幽したりける。鳥の将に死なむとするや其の声悲し、人の将に死せむとする時その言や善しと。宜なるかな、さしも一旦暴威をふるひたる常世彦命も本心より省み、その邪心を恥ぢ、非行を悔い神憲の儼として犯すべからざるを畏れ、天地の大道たる死生、往来、因果の理法を覚りて身魂まつたく清まり、神助のもとに安々と眠るがごとく帰幽したりける。アヽ畏るべきは心の持ちかた一つなりける。 常世彦命の昇天せしより、聖地の神人らは急使を四方に派して、各山各地の八王をはじめ一般の守護職にたいして報告を発したれば、万寿山をはじめ八百万の神人は、この凶報に驚き我一と先を争ひて聖地に蝟集しその昇天を悲しみつつ、後任者の一日も早く確定せむことを熱望し、ここにヱルサレム城の大広間に会したり。常世彦命の長子高月彦を天使長に選定し、国祖大神の認許を奏請せむとするや、天下に喧伝されしごとく、二人の高月彦あらはれ来たりぬ。 諸神司はその真偽について判別に苦しみ、七日七夜大広間に会議をつづけたれど、いかにしても前後と正邪の区別つかざるところまで克く変化しゐたるにぞ、真偽二人の天使長を戴くことを得ず、神人らは五里霧中に彷徨しつつ、その怪事実に悩まされけり。 高月彦は大広間に現はれ竜宮海に潜める邪神大蛇の変より、父の昇天までの種々聖地の怪を述べ且つ、 『吾身に蔭のごとく附随せるは、かの大蛇の変化なることを證明すべきことあり。諸神人はこれにて真偽を悟られたし。吾には父より賜はりし守袋あり、これを見られよ』 と満座の前に差出し、偽高月彦の邪神にむかひ、 『汝が果して真なれば、父より守袋を授けられし筈なり、今ここにその守袋を取出して、その偽神にあらざることを證明せられよ』 と詰め寄れば、邪神はたちまち色を変じ、何の返答もなく物をもいはず、真の高月彦に噛付かむとする一刹那、たちまち「惟神霊幸倍坐世」の神言が自然に口より迸出したるにぞ、偽神はたちまちその神言の威徳に正体を現はし、 『アヽ残念至極口惜さよ。我は永年この聖地を根底より顛覆せむと、海底に沈みて時を待ち、つひに高月彦と変化し、聖地の攪乱に全力を尽したりしに、高月彦の神言によりてその化けの皮を脱がれたれば、いまは是非なし、ふたたび時節を待つてこの怨みを報ぜむ』 と言ふよと見るまに、見るも恐ろしき八頭八尾の大蛇と現はれ叢雲をよびおこし天空をかけりて、遠くその怪姿を西天に没したりけり。高月彦は忽然として立ちあがり、 『諸神司はただいまの邪神の様子を実見して、その真偽を悟りたまひしならむ、吾こそは天使長常世彦命の長子高月彦なり。今後聖地の神政については、諸神司の協力一致して御輔翼あらむことを希望す』 と慇懃に挨拶を述べ終るや否や、たちまち悪寒震慄、顔色急に青ざめ、腹をかかへて苦悶の声を放ちければ、諸神司は驚きて命を扶けその居館に送り、侍者をして叮嚀に看護せしめたり。 この守袋は妹五月姫の計らひにて、俄に思ひつきたるカラクリにして、邪神の正体を現はすための窮策に出たるものなりける。かくのごとき権謀術数を弄するは、神人としてもつとも慎まざるべからざることなり。 また高月彦の急病を発したるは、真正の病気ではなく、命の安心とややその神徳にほこる心の隙に乗じて、西天に姿を隠したる八頭八尾の大蛇の邪霊が、間髪を容るるの暇なきまで速く、その肉体に憑依したる結果なりける。 (大正一〇・一二・二七旧一一・二九外山豊二録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 40 照魔鏡 | 第四〇章照魔鏡〔一九〇〕 高月彦が父母二神司をはじめ、八百万の神人の眼力をもつて看破し得ざりし八頭八尾の大蛇の化身を、諸神人満座の中に善言美詞の神言を奏し、その正体を暴露せしめた天眼通力は、あたかも真澄の鏡の六合を照徹するがごとしと、讃嘆せしめたりける。いかに善言美詞の神言なりといへども、これを奏上する神人にして、心中一片の暗雲あり、執着ある時はたちまちその言霊は曇り、かつ、かへつて天地の邪気を発生するものなることは、第一篇に述べたるところなり。 ここに高月彦は神人らの絶対の信望を負ひて父の後を襲ひ天使長となり、天使長親任の祝宴は聖地城内の大広前において行はれ、まづ荘厳なる祭壇は新に設けられ、山野河海の種々の美味物を八足の机代に横山のごとく置き足らはし、御酒は甕戸高知り、甕腹充てならべて賑々しく供進されたりける。神人らは一斉に天地の神明にむかつて天津祝詞を奏上し終り、ただちに直会の宴に移りたり。 このとき竜宮城の主宰者として常世姫は、春日姫、八島姫を従へ礼装を凝らして臨席し、この目出度き盛宴を祝しける。 常世姫は夫と別れ、涙のいまだ乾かざるに、吾が長子は天使長の顕職につきたるを喜び、神明に謝し感涙に咽びつつ、悲喜こもごもいたり夏冬の一度に来りしがごとき面色なりけり。ここに長女初花姫、五月姫も常世姫の左右に座を占めにける。常世姫は夫の昇天されしのちは、みづから竜宮城の主宰たることを辞し、夫の冥福を祈らむと決心し、その後任を初花姫に譲らむとし、さいはひ諸神司集合の式場にその意見をもちだし、諸神人の賛否を求めたるに、諸神人はその心情を察し、一柱も拒止するものなく異口同音に初花姫をして、竜宮城の主宰者たらしむることを協賛決定したりけり。善は急げの諺のごとく、ここに常世姫の後任者として初花姫就任の披露をなし、ふたたび厳粛なる祭典を執行されたれば、聖地は凶事と吉事の弔祝の集合にて非常なる雑踏を極めけり。祭典は無事にすみ、初花姫は就任の挨拶をなさむとし中央の小高き壇上に現はれたるに、同じく五月姫も登壇したり。しかしてその容貌といひ、背格好といひ、分厘の差もなく瓜を二つに割りたる如くなりき。初花姫が一言諸神人に向つて挨拶すれば、五月姫も同時に口を開いて同じことをいふ。初花姫が右手を挙ぐれば五月姫も右手を挙げ、くさめをすれば同時にくさめをなし、あたかも影の形に従ふがごとく、あまたの神人らはこの不思議なる場面に二度びつくりしたり。さきに二柱の高月彦の怪に驚き、漸くその正邪を判別し、ほつと一息吐きしまもなく、またもや姉妹二人の判別に苦しまさるる不思議の現象を見せつけられ、いづれも目と目を見合せ、またもや常世城における野天泥田会議の二の舞にあらずやと眉に唾し、頬を抓めりなどして煩悶しゐたりける。二女性は互に姉妹を争ひぬ。されど現在生み落したる母の常世姫さへ、盛装を凝らしたる姉妹を判別することを得ざりける。 ここに高月彦はふたたび「惟神霊幸倍坐世」の神言を奏上したれど何の効果もなく、依然として二女は互ひに姉の位置を争ふのみ。ここに宮比彦は座をたち諸神人にむかつて、 『我はこれより国祖大神の宮殿に参向し、大神の審判を乞ひ奉らむと思ふ。諸神人の御意見如何』 と満座に問ひけるに、諸神司は一斉に賛成し、宮比彦をして大神の神慮をうかがひ正邪の審判を乞ひ奉らしめけり。 大宮殿には大八洲彦命、高照姫命一派の神人がまめまめしく国祖大神に奉侍し、神務に奉仕し居たり。宮比彦はただちに奥殿に入り、神務長大八洲彦命にむかひ、国祖大神に伝奏されむことを願ふにぞ、大八洲彦命は大いに笑ひ、 『汝は常に神明に奉仕する聖職にありながら、かくのごとき妖怪変化をも看破し能はざるや。我はかかる小さきことを国祖に進言するは畏れおほければ謝絶す』 と断乎として撥ねつけたれば、宮比彦は大いに恥ぢ、神務長の言に顧み直ちに天の真名井に走りゆき、真裸体となりて御禊を修し、祈祷を凝らしけるに、果然宮比彦は国祖大神の奇魂の懸らせたまふこととなりぬ。ここに宮比彦は急ぎ大広間に現はれ、壇上に立ち両手を組み姉妹の女性にむかつて鎮魂の神業を修したるに、命の組みたる左右の人指指より光明赫灼たる霊気発射して二女の面を照らしければ、たちまち五月姫はその霊威光明に照らされて、金毛九尾白面の悪狐の正体を現はし、城内を黒雲にて包み、雲に隠れて何処ともなく逃げ去りにける。宮比彦は中空に向つて鎮魂をはじめ、 『一二三四五六七八九十百千万』 の天の数歌を再び繰返し奏上し終るとともに、大広間の黒雲は後形もなく消え去せ、神人らの面色はいづれも驚異と感激の色ただよひにける。 常世姫は現在我が生みの子五月姫の悪狐の我が胎内を借りて生れ出たりしものなるかと、驚きあきれ茫然として怪しみの雲につつまれけり。これより常世姫は病を得、つひに夫の後を追ひて昇天したりしより、いよいよ竜宮城は初花姫代りて主宰者となりぬ。金毛九尾白面の悪狐の邪霊現はるるとともに、初花姫は精神容貌俄に一変し、さしも温和なりしその面色は次第に険峻の色を現はしけるに、満座の神人らは初花姫の面貌の俄に険峻となりしは、今までの気楽なる生活に引き替へ、竜宮城の主宰者たるの重職を負ひしより、心魂緊張をきたしたる結果ならむと誤信し居たりける。ああ初花姫の身魂は、何者ならむか。 (大正一〇・一二・二八旧一一・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 45 あゝ大変 | 第四五章ああ大変〔一九五〕 ここに八王大神は諸神人と図り、その一致的意見を集めて、天上にまします日の大神、月の大神、広目大神に、国祖の頑強にして到底地上世界統理の不適任なることを奏上すべく、天地を震動させながら数多の神人を率ゐて、日の若宮に参上り大神に謁し、国祖御退隠の希望を口を極めて奏上したり。 天上の大神といへどもその祖神は、国祖国治立命なれば、大いに驚きたまひ、如何にもして国祖の志を翻さしめ、やや緩和なる神業神政を地上に施行して、万神の心を和めしめ、従来のごとく国祖執権の下に諸神人を統一せしめむと、焦慮せられたるは、骨肉の情としては実にもつともの次第なりといふべし。 ここに天の若宮にます日の大神、広目大神および、月界の主宰神月の大神は、八王大神以下の神人に対し、追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つべしとの神命に、唯々諾々として降り来たりける。[※「~命を待つべし」との神命を与えた。それを聞いた八王大神以下の神人は唯々諾々として降った──という意味だと思われる。霊界物語ネットでは御校正本・愛世版の文章の通りにしたが、校定版・八幡版では「ここに八王大神以下の神人は、天の若宮にます日の大神、広目大神および月界の主宰神月の大神から「追つて何分の沙汰あるまで下土に降りて命を待つべし」との神命に、唯々諾々として降り来たりける」と修正している。] アヽ国祖国治立命は、大宇宙の太祖大六合治立尊の神命を遵奉し、天地未分、陰陽未剖の太初より、大地の中心なる地球世界の総守護神として、修理固成の大業を遂行し、久良芸那す漂へる神国を統轄し、律法を厳行したまひける。されど大神の施政[※校正本では「施設」]たるや、あまりに厳格にして剛直なりしため、混沌時代の主管神としては、少しく不適任たるを免がれざりき。ゆゑに部下の諸神人は、神政施行上、非常なる不便を感じゐたるなり。さいはひ和光同塵的神策を行はむとする八王大神および、大自在天の施政方針の臨機応変にして活殺自在なるに、何れの神人も賛成を表し、つひに常世城に万神集合して、国祖の退隠されむことを決議するに至れるなり。 三柱の大神は地上世界の状況やむを得ずとなし、涙を呑ンで万神人の奏願を聴許せむとせられたり。されど一旦地上世界の主宰者に任ぜられたる以上は、神勅の重大にして、軽々しく変改すべきものに非ざることを省みたまひて、容易に万神人の奏願を許させたまはず、直ちに国祖に向つて少しく緩和的神政を行ひたまふべく、種々と言をつくして、あるひは慰撫し、あるひは説得を試みたまひける。 されど、至正、至直、至厳、至公なる国祖の聖慮は、三体の大神の御命令といへども容易に動かしたまはざりける。 三体の天の大神は、ほとんど手を下すに由なく、ここに、国祖の御妻豊国姫命を天上に招きて、国祖に対し、時代の趨勢に順応する神政を施行さるるやう、諫言の労を取らしめむとなしたまひぬ。豊国姫命は神命を奉じて聖地に降り、百方言を尽して、天津大神の神慮を伝へ、涙とともに諫言したまひたれど、元来剛直一途の国祖大神は、その和光同塵的神政を行ふことを好みたまはず、断乎として妻の諫言を峻拒し天地の律法の神聖犯すべからざるを説示して寸毫も譲りたまはざりける。 ここに豊国姫命は止むを得ずふたたび天上に上りて、三体の大神に国祖の決心強くして、到底動かすべからざることを奏上されたり。 時しも八王大神は、豊国姫命の後を追ひて、天上に登りきたり、天の若宮にます日の大神の御前に恭しく奏問状を捧呈して裁許を請ひぬ。日の大神は、八王大神の奉れる奏問状を御覧遊ばされて、御面色俄に変らせたまひ、太き息をつきたまひける。その文面には、 『国祖国治立命は、至厳至直にして律法を厳守したまふ神聖者とはまをせども、その実は正反対の行動多く、現に前代常世彦命、常世城に大会議を開催するや、聖地の従臣なる、大江山の鬼武彦にみづから秘策を授け、権謀術数の限りをつくして、至厳至聖なる神人らの大会議を混乱紛糾せしめ、つひに根底より顛覆せしめたまへり。吾らをはじめ、地上世界の神人は、もはや国祖を信頼したてまつる者一柱もなし。速やかに国祖を退隠せしめ、温厚篤実にして名望天下に冠たる盤古大神塩長彦命をして、国祖の神権を附与したまはむことを、地上一般の神人の代表として奏請し奉る。以上敬白』 地上の世界一般の神人らは、幾回となく天上に上りきたり、国祖大神の御退隠を奏請すること頻にして、三体の大神はこれを制止し、慰撫し、緩和せしむる神策につきたまひ終に自ら天上より三体の大神相ともなひて、聖地に降らせたまひ、国祖大神をして、聖地ヱルサレムを退去し、根の国に降るべきことを、涙を呑み以て以心伝心的に伝へられたりける。国祖大神は、三体の大神の深き御心情を察知し、自発的に、 『我は元来頑迷不霊にして時世を解せず、ために地上の神人らをして、かくのごとく常暗の世と化せしめたるは、まつたく吾が不明の罪なれば、吾はこれより根の国に落ちゆきて、苦業を嘗め、その罪過を償却せむ』 と自ら千座の置戸を負ひて、退隠の意を表示したまひける。 アヽ国祖は、至正、至直、至厳、至愛の神格を発揮して、地上の世界を至治太平の神国たらしめむと、永年肝胆を砕かせたまひし、その大御神業は、つひに万神人の容るるところとならず、かへつて邪神悪鬼のごとく見做されたまひ、世界平和のために一身を犠牲に供して自ら退隠の決心を定めたまひたる、その大慈大悲の大御心を拝察したてまつりて、何人か泣かざるものあらむや。 神諭に曰く、 『善一と筋の誠ばかりを立貫いて来て、悪神祟り神と申され、悔し残念、苦労、艱難を耐り詰めて、世に落とされて蔭に隠れて、この世を潰さぬために、世界を守護いたして居りた御蔭で、天の御三体の大神の御目にとまり、今度の二度目の天の岩戸を開いて、また元の昔の御用を致すやうになりたぞよ』 と示されたるごとく、数千万年の長き星霜を隠忍したまひしは、実に恐れ多きことなり。 さて三体の大神は国祖にむかつて、 『貴神は我胸中の苦衷を察し、自ら進ンで退隠さるるは、天津神としても、千万無量の悲歎に充たさる。されど我また、一陽来復の時を待つて、貴神を元の地上世界の主権神に任ずることあらむ。その時来らば、我らも天上より地上に降り来りて、貴神の神業を輔佐せむ』 と神勅厳かに宣示したまひけり。 ここに国祖大神は、妻の身に累を及ぼさむことを憂慮したまひて、夫妻の縁を断ち、独り配所に隠退したまひけり。国祖はただちに幽界に降つて、幽政を視たまふこととなりぬ。されど、その精霊は地上の神界なる、聖地より東北にあたる、七五三垣の秀妻国に止めさせたまひぬ。諸神は国祖大神の威霊のふたたび出現されむことを恐畏して、七五三縄を張り廻したり。ここに豊国姫命は、夫の退隠されしその悲惨なる御境遇を坐視するに忍びずして、自ら聖地の西南なる島国に退隠し、夫に殉じて世に隠れ、神界を守護したまひける。ここに艮の金神、坤の金神の名称起れるなり。豊国姫命が夫神の逆境に立たせたまふをみて、一片の罪なく過ちなく、かつ一旦離縁されし身ながらも、自ら夫神に殉じて、坤に退隠したまひし貞節の御心情は、実に夫妻苦楽をともになすべき、倫理上における末代の亀鑑とも称したてまつるべき御行為なりといふべし。 アヽ天地の律法を国祖とともに制定したる天道別命および、天真道彦命も八王大神のために弾劾されて、ここに天使の職を退き、恨を呑ンで二神は、世界の各地を遍歴し、ふたたび身を変じて地上に顕没し、五六七神政の再建を待たせたまひける。惟神霊幸倍坐世。 国祖大神以下の神々の御退隠について、その地点を明示する必要上、神示の宇宙を次章に述べ示さむとす。 (大正一〇・一二・二九旧一二・一出口瑞月) (第四四章~第四五章昭和一〇・一・二三於佐賀市松本忠左氏邸王仁校正) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 総説嵐の跡 | 総説嵐の跡 畏くも国祖国治立命は、逆神常世彦以下の不従を征するにも、天地の律法を厳守し、仁慈の矛を振ひて奇策神謀を用ひたまはず、後世湯王の桀を放ち、武王の紂を征誅するごとき殺伐の兵法をもつて、乱虐を鎮定することを好みたまはなかつた。 これに反し常世彦命らは、邪神に使役され、後世いはゆる八門遁甲の陣を張り、国祖をして弁疏するの余地なからしめ、つひに御隠退の止むなきに至らしめた。 狼獺の不仁なるも、また時としては神恩を感謝して獣魚を供へ、天神を祀り、雛鴉の悪食なるも猶ほ反哺の孝あり、しかるに永年国祖大神の仁慈に浴し、殊恩を蒙りたる諸神の神恩を捨て、邪神の六韜三略の奸計に乗せられ、旗色の可なる方にむかつて怒濤のごとく流れ従ひ、国祖をして所謂『独神而隠身也』の悲境に陥らしめた。 常世城の会議における森鷹彦に変装せる大江山の鬼武彦をはじめ、大道別、行成彦および高倉、旭の奇策を弄し、邪神の奸策を根底より覆へしたるごとき変現出没自在の活動は、決して国祖の関知したまふところに非ずして、聖地の神人の敵にたいする臨機応変的妙案奇策にして、よくその功を奏したりといへども、天地の律法には『欺く勿れ』の厳戒あり、神聖至厳なる神人の用ふべからざる行為なれば、その責はひいて国祖大神の御位置と神格を傷つけた。現に大道別、森鷹彦、鬼武彦らの神策鬼謀は、国祖の直命にあらず、国祖は至仁至直の言霊をもつて邪神らを悔い改めしめ、言向和さむとの御聖意より外なかつた。しかるに血気に逸り、忠義に厚き聖地の神々は、律法の如何を顧みるに遑なく、暴に対するに暴を以てし、逆に対するに逆を以てし、不知不識のあひだに各自の神格を損ひ、国祖の大御心を忖度し得なかつたためである。アヽされど国祖の仁愛無限にして責任観念の強大なる、部下諸神の罪悪を一身に引受け、一言半句の弁解がましきことをなし給はず、雄々しくも自ら顕要の地位を捨て、隠退せられたるは、実に尊さのかぎりである。吾人は国祖の大御心を平素奉戴して、ある人々の言行の不穏と誤解の結果、吾身の災厄に遭遇することしばしばである。されど、心は常に洋々として海のごとく、毅然として山のごとく、動かず騒がず、すべての罪責を一身に引受け、もつて本懐としてゐるのである。すべて人に将たるものは、よく人を知り、人を信じ、人に任じ、その正邪と賢愚を推知して各自その処を得せしめねばならぬのである。しかるに部下の選任を余儀なくして、誤らしめられたるは、自己の無知識と薄志弱行の欠点たるを省み、一言もつぶやかず、大神の仁慈の鞭として感謝する次第である。 アヽ尊きかな、千座の置戸を負ひ、十字架の贖罪的犠牲の行動に於てをや。吾人は常に惟神霊幸倍坐世を口唱す。無明暗黒の現代を救ふの愉快なる神業に於てをやである。天下に二難事あり、その一は天に昇ること、その二は人を求むることである。アヽ国祖大神の天国を地上に建設したまはむとして艱難辛苦をつくされ、神人を得むとして、その棟梁に最適任の神を得たまはざりしごとく、吾人またその例に洩れないのである。国祖大神は、聖地に清き高き美はしき宮殿を造り、至治太平の神政を樹立し、天下八百万の神人の安住する祥代をながめて、歓喜に充せたまうたのも僅に数百年、つひに善神も年と共に悪化して邪神の容器となり、国祖が最初の大目的を破滅せしめたるは、たとへば小高き山上に美はしき家をたて、その座敷から四方の風景を眺めて、その雄大にして雅趣に富めるを歓びつつありしを、家屋の周辺に樹木の尠く、風あたりの激しきを防がむために、種々の必要なる木を植付けたるに、一時は木も短くして、風景の眺望に少しも障害なかりしもの、年を経るにしたがひ、追々と成長して枝葉繁茂し、何時しか遠景の目に入らぬやうになつたのみならず、つひにはその大木に風をふくんで、その木は屋上に倒れ、家を壊し、主人までも傷つけたやうなものである。世の成功者といはるる人々にも、これに酷似した事実は沢山にあらうと思ふ。現に吾人は、家の周囲に植付けられた種々の樹木のために、遠望を妨げられ、暗黒につつまれ、つひにはその家もろともに倒されて重傷を負うたやうな夢を見たのである。されどふたたび悪夢は醒めて、さらに立派な家屋を平地に建て直す機会の到来することを確信するものである。国祖大神の時節を待つて再臨されしごとく、たとへ三度や五度失敗を重ぬるとも、機会を逸するとも、七転八起は、神または人たるものの通常わたるべき道程であるから、幾たび失敗したつて決して機会を逸したとは思はない。至誠神明に祈願し、天下国家のために最善の努力をつくすまでである。現代の人々は、吾身の失敗をことごとく棚の上に祭りこみ、惟神だとか、社会組織の欠陥そのものの然らしむる、自然の結果なりと思ふなぞの詭弁に依帰してしまつて、自己の責任については、少しも反省し自覚するものがない。宗教家の中には『御国を来らせたまへ」とか「神国成就五六七神政』とかいふことを、地上に立派な形体完備せる天国を立てることだとのみ考へてゐるものが多い。そして地上の天国は、各人がまづ自己の霊魂を研き、水晶の魂に建替るといふことを知らぬものが沢山にある。各自の霊魂中に天国を建て、[※御校正本・愛世版では「天国を建てるのは」だが、それでは前後の文脈がおかしくなる。霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「るのは」を外して「天国を建て」に直した。]天国の住民として愧かしからぬ清き、正しき、雄々しき人間ばかりとならねば、地上に立派な霊体一致の完全な天国は樹立せないのである。 アヽされど一方より考ふれば、これまた神界の御経綸の一端とも考へられる。暗黒もまた清明光輝に向ふの径路である。雛鳥に歌を教へるには、暗き箱の中に入れておき、外面より声の美はしき親鳥の歌ふ声を聞かしめると同様に、一時大本の経綸も、雛鳥を暗き箱に入れて、外より親鳥のうるはしき声を聞かしむる大神の御仕組かとも思はれぬこともないのである。ゆゑに吾人は大逆境に陥つて暗黒の中にある思ひをするとき、かならず前途の光明を認め得るのは、まつたく神の尊き御仁慈であると思ふ。いかなる苦痛も、困窮も、勇んで神明の聖慮仁恵の鞭として甘受するときは、神霊ここに活気凛々として吾にきたり、苦痛も困窮も、却て神の恩寵となつてしまふ。たとへば籠の中に入れられてゐる鳥でも、平気で歌つてゐる鳥は、最早とらはれてゐるのではない。暢気に天国楽園に春を迎へたやうなものである。これに反して、天地を自由に翺翔する百鳥も、日々の餌食に苦しみ、かつ敵の襲来にたいして寸時も油断することができないのは、籠の鳥の、人に飼はれて食を求むるの心労なく、敵の襲来に備ふる苦心なきは、苦中楽あり楽中苦ありてふ苦楽不二の真理である。牢獄の囚人の苦痛に比して、自由人の却て是に数倍せる苦痛あるも、みな執着心の強きに因るのである。名誉に、財産に、地位情欲等に執着して、修羅の争闘に日夜鎬をけづる人間の境遇も、神の公平なる眼より視たまへば、実に憐れなものである。 神諭にも、 『人は心の持ちやう一つで、その日からどんな苦しいことでも、喜び勇んで暮される』 と示されたのは、じつに至言であると思ふ。一点の心燈暗ければ、天地万有一切暗く、心天明けく真如の日月輝く時は、宇宙万有一切清明である。吾人は平素心天の光明に照らされ、行くとして歌あらざるはない。吾人の心魂神恩を謳ふとき、万物みな謳ひ、あたかも天国浄土の思ひに楽しむ。アヽ『天国は近づけり、悔い改めよ』の聖者の教示、今さらのごとく、さながら基督の肉身に接侍するがごとく、崇敬畏愛の念に堪へない。 アヽ末世澆季の今日、オレゴン星座より現はれきたるキリストは、今や何処に出現せむとするか。その再誕再臨の聖地は、はたして何処に定められしぞ。左右の掌指の節々に、釘の跡を印し、背部にオレゴン星座の移写的印点を有して降誕したる救世主の出現して、衆生に安息を与ふる日は、はたして何れの日ぞ。金剛石も汚穢の身体を有する蟇蛙の頭部より出づることあり、金銀いかに尊貴なりとて、糞尿の植物を肥すに及ばむや。高山の頂かならずしも良材なく、渓間低く暗きところ、かへつて良材を産するものである。平地軟土に成長したる大樹、またいかに合抱長直なりと雖も、少しの風に撓みやすく、折れやすし。宇宙間の万物一として苦闘に依らずして、尊貴の位置に進むものはない。しかるに、天地経綸の大司宰たる天職を天地に負へる人間にして、決して例外たることを得ない。アヽ人生における、すべての美はしきもの、尊きものは、千辛万苦、至善のために苦闘して得なくてはならぬと思ふ。 神諭に曰ふ、 『苦労の塊の花の咲く大本であるぞよ、苦労なしには真正の花は咲かぬから、苦労いたす程、尊いことはないぞよ云々』 吾人はこの神諭を拝する毎に、国祖が永年の御艱苦に省み、慙愧の情に堪へないのである。 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。 神ながら宇宙の外に身をおきて 日に夜に月ぬ物語する 王仁は、第一巻において天地剖判の章に致り、金や銀の棒が表現して云々と述べたるにたいし、人を馬鹿にすると言つて、コンナ馬鹿な説は聞くだけの価値なきものだと、一笑に附して顧みないのみならず、他人の研究までも中止せしめむとしてゐる立派な学者があるさうだ。 神諭にも、 『図抜けた学者でないと、途中の鼻高には、神の申す事はお気に入らぬぞよ云々』 と示されてある。宇宙間の森羅万象、一として形体を具ふるもの、金、銀、銅、鉄等の鉱物を包含せないものはない。人間を初め、動植物と雖ども、剛体すなはち玉留魂の守護によらぬはない。金銀等の金気の大徳によつて現出したる宇宙間の森羅万象は、悉皆、鉱物玉留魂の神力を保持してゐるのであるから、金の棒や銀の棒から天地万物が発生し凝固したと言つたとて、別に非科学的でも何でもない。神の言には俗人のごとき七面倒くさきことは仰せられぬ。すべて抽象的、表徴的で、一二言にて宇宙の真理を漏らされるものである。 それで神諭にも、 『一を聞いて十百を悟る身魂でないと、誠の神の御用は勤まらぬぞよ』 と示されてある。半可通的学者の鈍才浅智をもつて、無限絶対無始無終の神界の事柄にたいして喃々するは、竿を以て蒼空の星をがらち落さむとする様なものである。洪大無限の神の力に比べては、虱の眉毛に巣くふ虫、その虫のまた眉毛に巣くふ虫、そのまた虫の眉毛に巣くふ虫の放つた糞に生いた虫が、またその放つた糞に生いた虫の、またその虫の放つた糞に生いた虫の糞の中の虫よりも、小さいものである。 ソンナ比較にもならぬ虫の分際として、洪大無辺の神界の大経綸が判つて耐るものでない。それでも人間は万物の長であつて、天地経綸の司宰者だとは、どこで勘定が合ふであらうか。されど、神の容器たるべき活動力を有する万物の長たる人間が、宇宙間に絶無とは神は仰せられぬのは、いはゆる神界にては無形に視、無声に聴き、無算に数へたまふてふ、道の大原の聖句に由るのであらうと思ふ。 蚤虱蚊にもひとしき人の身の 神の為すわざ争ひ得めや 大正十一年一月三日旧十年十二月六日 |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 22 神示の方舟 | 第二二章神示の方舟〔二二二〕 大江神は、小天国の神王として神人らより畏敬尊信され、その命令は遺憾なく実行された。 ここに蟹若を擢んでて左守となし、橙園王を抜擢し、右守に任じ、この一小区劃は実に天国楽土の出現したるがごとくであつた。 大江神は橙園山に登り、部下の神人を使役して真金を掘り出し、鋸、斧その他の金道具を製作した。そして橙園郷の果実の実らざる杉、檜、樟等の大木を伐採し、数多の方舟を造ることを教へた。 神人らは何の意たるかを知らず、ただ命のまにまに汗水を垂らして方舟の製作や金道具の製作に嬉々として従事した。神人の中には方舟の何用に充つべきかを左守に向つて尋ねた。されど左守は、 『果して何の用を為すものか、吾は神王に一言半句も伺ひたることなし。ただ吾々は神王の命に服従すれば可なり。吾らの安全を計りたまうて天上より降りきたれる神王なれば、無益のことを命じたまふべき謂れなし。汝らもただ命のまにまに服従して一意専心に方舟の製作に従事せば可なり』 といひ渡した。 凡て神のなす業は人間の窺知し得べき所にあらず。 『神は今の今までは何事も申さぬぞよ、人民はただ神の申すやうにいたせば、ちつとも落度はないぞよ』 と神諭に示されたるごとく、ただ吾々は下らぬ屁理屈をやめて、ただただ神命のまにまに活動すべきものである。 然るに人々の中には、根から葉まで、蕪から菜種まで詮索しなくては、神は信ぜられないとか、御用は出来ないとかいつて、利巧ぶるものが沢山にある。いかに才能ありとて、学力ありとて、洪大無辺の神の意思経綸の判るべきものではない。また神よりこれを詳しく人間に伝へむとしたまふとも、貪瞋痴の三毒に中てられたる体主霊従の人間の、到底首肯し得べきものでない。ただただ神の言葉を信じて身魂を研き、命ぜらるるままに神業に従事せばよい。 顕恩郷の神人らは衣食住の憂ひなく、心魂ともに質朴にして少しの猜疑心もなく、天真爛漫にして現代人のごとく小賢しき智慧も持つてゐなかつた。そのために従順に神の命に服従することを得たのである。聖書にも、 『神は強き者、賢き者に現はさずして、弱き者、愚なる者に誠を現はし給ふを感謝す』 とあるごとく、小なる人間の不徹底なる知識才学ほど禍なるはない。 かくして神人らの昼夜の丹精によつて、三百三十三艘の立派なる方舟は造りあがつた。さうしてこの舟には残らず果物を積み、または家畜や草木の種を満載された。 今まで平穏なりし顕恩郷の東北隅の山間に立てる棒岩は、俄に唸りを立てて前後左右に廻転し初めた。さうして鬼武彦の石像は、漸次天に向つて延長しだした。之を天の逆鉾と称へる。 猿のごとき容貌を具へたる種族と、蟹面の種族は互に手を携へて相親しみ、この逆鉾の下にいたつて果物の酒を供へ、祝詞を奏し、かつ顕恩郷の永遠無窮に安全ならむことを祈願した。このとき天の逆鉾に声あり云ふ。 『月に叢雲花には嵐天には風雨雷霆の変あり 地には地震洪水火災の難あり神人にはまた病魔の変あり 朝の紅顔夕の白骨有為転変は世の習ひ 淵瀬と変る世の中の神人心を弛めなよ 常磐堅磐に逆鉾の堅き心を立て徹し 天地の艱みきたるとも神にまかして驚くな 昨日にかはる今日の空定めなき世と覚悟して 月日と土と神の恩夢にも忘るることなかれ 惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と鳴りわたつたまま、逆鉾は遂に沈黙してしまつた。 神人らは異口同音に覚束なき言葉にて、 『かんたま、かんたま』 と唱へた。 天地は震動して、ここに地上の世界は大洪水となりし時、この郷の神人らは一柱も残らず、この舟に搭乗してヒマラヤ山に難を避け、二度目の人間の祖となつた。ゆゑにある人種はこの郷の神人の血統を受け、その容貌を今に髣髴として存してをる人種がある。 現代の生物学者や人類学者が、人間は猿の進化したものなりと称ふるも無理なき次第である。また蟹面の神人の子孫もいまに世界の各所に残存し、頭部短く面部平たきいはゆる土蜘蛛人種にその血統を留めてゐる。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 32 波瀾重畳 | 第三二章波瀾重畳〔二三二〕 神人らは強き酒にへべれけに酔ひつぶれ、ほとんど船中の客たる事を忘るる位であつた。このとき祝部神の「三千世界云々」の歌に神人らは何ゆゑか、頭を鉄槌にて打ち砕かれ、胸は引き裂かるるがごとき苦痛に襲はれた。 夜は深々と更け渡り、万物寂として声なき丑満頃となつた。聞ゆるものはただ神人らの酒に酔ひ潰れて呻く苦悶の声のみである。折しも東北の空に当つて一団の黒雲が現はるるよと見る間に、前後左右に電光石火の速力をもつて押し拡がり、満天墨を流したるがごとく、海上また咫尺を弁ぜざるに至つた。忽ち颶風吹き起り、さしも平和の海面は、ここに虎嘯き竜躍り、海馬は白き浪の鬣を振うて船体に噛みつき始めた。船は木葉のごとく中天に捲き上げらるるやと見る間に、又もや浪と浪との千仭の谷間に突き落され、檣折れ、舵はむしられ、艫は中心より折れて進退の自由を失ひ、ただ風と浪との翻弄するに任すより外は無かつた。 神人らは一度に酔も醒め、顔は真青となつて、地獄より火を貰ひに来た餓鬼の相好の其侭となつて仕舞つた。鼻つままれても分らぬ真暗な海上に潮を浴び、全身濡れ鼠となつて震ひ戦くその光景は、死線を越えて処の騒ぎでは無かつた。 忽ち前方に当つて一道の光明が赫灼と放射するのを見た。これは高杉別の従者杉高の瑠璃光の玉の光であつた。船戸神は船体をその光の方に向けむとしたが、舵は千切られ、艫は折れ、檣は挫け、帆はむしられて如何ともするよしなく、ただ天を仰ぎ救助を乞ふのみであつた。酒のために空元気を装うてゐた数多の神人らは、恐怖心にかられ、青菜に塩か、蛭に塩、しほしほとして辛い目に遇ふ事よと溜息を吐き、中には卑怯にも泣声をしぼる者さへ現はれた。祝部神は此処ぞと言はぬばかり暗中声を励まし、荒れ狂ふ怒濤の浪音を圧するばかりの大音声で、 『三千世界一度に開く梅の花朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも牛雲別は浪に浚はれ死ぬるとも 酒を喰らうた神々は海の藻屑となるとても 何と鳴戸や瀬戸の海命の瀬戸のいまはの際に 神の恵も白波の馬鹿者どもよ 命惜しくば天地に詫びよ詫が叶へば許してやるぞ 一二三四五六七八九十百千万万の罪咎さらりと海に 流してしまへ涙ばかりを流すぢやないぞ 心の垢も身の罪も流して泣かせて腹の中 泣かぬ日はなき時鳥八千八声の血を吐いて へどまで吐いて今のざま苦しいときの神頼み それでも頼まにや助からぬよいとさ、よいとさ 暗に鉄砲数打ちやあたる何でも構はぬ神様祈れ よいとさのよいとさ生きるか死ぬかの瀬戸際ぞ 一つの命を瀬戸の海一つの島なる一つ松 一つの玉の御光に心を照して改めよ 荒浪如何に高くとも荒風如何に強くとも 現はれ出でたる神島の神の光に村肝の 心の空も凪ぎわたり浪路も凪ぎて珍の島 よいさよいとさ宵から喰うた酒の酔 一度に醒ませよ心の迷ひ迷ひの果ては悟りの船よ 覚りは救ひの船と知れ』 と止め度もなく、口から出まかせに歌つた。祝部神の容貌は暗夜のため確と見ることは出来なかつた。されどその謡ひ振りによつて、その相貌や手足の振り方など、歴然白昼を見るが如き感がした。忽ち船底がガラガラと音がした。見れば一つの島にうち上げられてゐた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一・一一旧大正一〇・一二・一四加藤明子録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 33 暗夜の光明 | 第三三章暗夜の光明〔二三三〕 一行は先を争うて暗中摸索、島に駈上つた。山頂には一道の光明暗を縫うてサーチライトのごとく、細く長く海面を照らしてゐる。この島は地中海の一孤島にして牛島といひ、また神島、炮烙島と称へられた。現今にてはサルヂニア島と云ふ。またこの海を一名瀬戸の海と云ふ。 かつて黄金水の霊より現はれ出でたる十二個の玉のうち、十個までは邪神竹熊一派のために、反間苦肉の策に乗ぜられ、竜宮城の神人が、その持玉を各自争奪されたる時、注意深き高杉別は、従者の杉高に命じ、その一個たる瑠璃光色の玉を、窃にこの島の頂上なる岩石を打ち破り、深くこれを秘蔵せしめ、その上に標示の松を植ゑ、杉高をして固くこれを守らしめつつあつた。 しかるに天教山の爆発に際し、天空より光を放つて十一個の美はしき光輝を発せる宝玉、この瀬戸の海に落下し、あまたの海神は海底深くこれを探り求めて杉高に奉り、今やこの一つ島には十二個の宝玉が揃うたのである。かかる不思議の現象は、全く杉高がこの孤島に苦節を守り、天地の神命を遵守し、雨の朝、雪の夕にも目を離さず、心を弛めず、厳格に保護せしその誠敬の心に、国祖大神は感じ給ひて、ここに十一個の玉を下し、都合十二個の宝玉を揃へさせ、もつて高杉別および杉高の至誠を憫れませ給うたからである。これより杉高は高杉別と共に、この玉を捧持して天地改造の大神業に奉仕し、芳名を万代に伝へた。この事実は後日詳しく述ぶることにする。 咫尺を弁ぜざる暗黒の夜に、辛うじてこの島に打上げられたる神人らは、あたかも地獄にて仏に会ひしごとく、盲亀の浮木に取着きしがごとく、死者の冥府より甦りたるがごとく、枯木に花の開きしがごとく、三千年の西王母が園の桃花の咲きしごとき嬉しさと感謝の念に駆られ、祝部神が暗中に立ちて、 『三千世界云々』 の歌を謡ふ声を蛇蝎のごとく忌み嫌ひし神人も、ここに本守護神の霊威発動して、天女の音楽とも聞え、慈母の愛の声とも響いた。神人らは一斉に声を揃へて、祝部神の後をつけ、 『三千世界一度に開く梅の花云々』 と唱へ出した。 祝部神は、これに力を得て、又もや面白き歌を謡ひ始めた。 『世は烏羽玉の暗深く罪さへ深き現世の 神の不覚をとりどりに深くも思ひめぐらせば 海底深く棲む鱶の餌食となすも食ひ足らず 邪曲を助くる神心深く悟りて感謝せよ 海より深き神の恩恩になれては又もとの 深き泥溝にと投げ込まれ奈落の底の底深く 不覚をとるな百の神神の恵は目の当り 辺り輝く瑠璃光の光は神の姿ぞや 光は神の姿ぞや牛雲別も角を折り 心の雲を吹き払ひ心の岩戸を押別けて 神の光を称へかし牛雲別を始めとし 百の神人諸共に心の暗を照らせよや 心の暗の戸開けなば朝日眩ゆき日の光 汝が頭上を照らすべし朝日の直刺す一つ島 夕日の輝く一つ松常磐の松のその根本 千代も動かぬ巌の根に秘め置かれたる瑠璃光の 玉の光にあやかりて心の玉を磨くべし 三千世界の珍宝この神島に集まりて 十二の卵を産み並べ松も千歳の色深く 枝葉は繁り幹太り空に伸び行く杉高の 功績をひらく目のあたり高杉別の誠忠も 共に現はれ北の島蓬莱山も啻ならず この神島は昔より神の隠せし宝島 宝の島に救はれて跣裸で帰るなよ 神より朽ちぬ御宝を腕もたわわに賜はりて 叢雲繁き現世の万のものを救ふべし われと思はむ神等はわれに続けよ、いざ続け 言触神の楽しさは体主霊従の小欲に 比べて見れば眼の埃埃の欲に囚はれて 眼も眩み村肝の心曇らせ暗の夜に 暗路を迷ふ海の上心の波をなぎ立てて この世を造り始めたる神の御息の風を吸ひ 酸いも甘いも弁へてこの世を救ふ神となれ 神の力は目のあたり辺り輝く瑠璃光の 光は神の姿ぞや光は神の姿ぞや 東雲近き暗の空やがて開くる常磐樹の 松の根本に神集ひ千代万代も動ぎなき 堅磐常磐の松心この松心神心 神の心に皆復れ神の心に皆復れ かへれよ復れ村肝の心に潜む曲津神 大蛇や金狐悪鬼共国治立の大神の 御息の気吹に吹払ひ払ひ清めて神の世を 待つぞ目出度き一つ松心一つの一つ島 心一つの一つ島一二三四五六七八九十 百千万の神人よ百千万の神人よ それ今昇る東の空見よ空には真円き 鏡のやうな日が昇る心の鏡明かに 照らして耻づること勿れああ惟神々々 みたま幸はひましませよ三千世界の梅の花 一度に開く松の世の松に千歳の鶴巣喰ひ 緑の亀は此島に泳ぎ集ひて神の代を 祝ふも目出度き今日の空千秋万歳万々歳 千秋万歳万々歳 ヨイトサ、ヨーイトサ、ヨイヨイヨイトサツサツサ』 と祝部神の歌終ると共に、東天紅を潮して天の岩戸の開けし如く、日の大神は東の山の上に温顔を現はし、一つ島の神人らをして莞爾として覗かせ給うた。 ここに牛雲別は、危機一髪の神の試練に逢ひ、翻然としてその非を悟り、断然酒を廃し、かつ三千世界の宣伝歌を親のごとくに欣仰し、寸時も口を絶たなかつた。牛雲別は祝部神に帰順し、祝彦と名を賜はり、杉高はまた杉高彦と改名し、ここに三柱は相携へて、大神の宣伝使となつた。 しかして、この十二個の宝玉は、天の磐船に乗せ、玉若彦の神司をしてこれを守らしめ、地教山の高照姫命の御許に送り届けられた。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一・一一旧大正一〇・一二・一四外山豊二録) |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 35 波上の宣伝 | 第三五章波上の宣伝〔二三五〕 この教示を、首を傾けて聞き入つた彼の酋長は、吐息を吐きながら再び口を開いて云ふ。 『天地の間に、果して貴下の仰せのごとき独一真神なる大国治立尊の坐しますとせば、何故に斯のごとき天変地妖を鎮静せず、地上の神人をして恐怖畏縮せしめ、傍観の態度を取り給ふか。いづくんぞ全智全能の神力を発揮して、世界を救助し給はないのでせうか。吾々は真の神の存在について、大に疑ひを抱くものであります』 と云つて祝部神の教示を待つた。 祝部神は、事もなげに答へて云ふ。 『宇宙万有を創造し給うた全智全能の大神の経綸は、吾々凡夫の窺知する所ではない。吾らは唯々神の教示に随つて、霊主体従の行動を執ればよい。第一に吾々神人として、最も慎むべきは貪欲と瞋恚と愚痴である。また第一に日月の高恩を悟らねばならぬ。徒に小智浅才を以て、大神の聖霊体を分析し、研究せむとするなどは以ての外の僻事である。すべて吾々の吉凶禍福は、神の命じたまふ所であつて、吾々凡夫の如何とも左右し難きものである。之を惟神といふ。諸神人らはわが唱ふる宣伝歌を高唱し、天津祝詞を朝夕に奏上し、かつ閑暇あらば「惟神霊幸倍坐世」と繰返すのが、救ひの最大要務である。吾々はこれより外に、天下に向つて宣伝する言葉を知らない』 と云つた。 折しも再び日は西山に姿を没し、半円の月は頭上に輝き始めた。この時又もや東北の天に当つて一塊の怪しき雲片が現はれた。祝部神は神人らに向ひ、 『彼の怪しき雲を見られよ』 神人らは一斉に東北の天を仰いで視た。祝部神は尚も語をついで、 『すべて神のなす業は、斯くの如きものである。今まで蒼空一点の雲翳もなく、月は皎々として中天に輝き、星は燦爛として満天に列を正し、各大小強弱の光を放つてゐる。地上の吾々凡夫は、実に無知識無勢力である。何時までも天空に明月輝き、星光燦爛たるべきものと、心に期する間もなく、忽然として一塊の怪雲現はれしは、果して何物の所為であらうか。変幻出没窮まりなく、神機無辺の活動はこれ果して何物の所為であらうか。すべて宇宙間一物と雖も、原因なく因縁なくして現はるるものはない。しかしてその原因、因縁は到底凡夫の究めて究め尽す限りではない。諸神人の中に、果して彼の一塊の怪雲は如何に変化するかを知れる者ありや。恐らく一柱として之を前知したまふ神人はあらざるべし。吾々は天地の神の教を説く宣伝使の身としても、一分先の黒雲の結果いかになりゆくかを覚ること能はず、かくのごとき暗昧愚蒙の知識力を以て、神明の聖霊を云為し、神の存否を論争するがごときは、あたかも夏の虫の冬の雪を知らざるがごとき愚蒙のものである。視られよ、彼の黒雲を、次第々々に四方に向つて拡大するに非ずや。其の結果は雨か、嵐か、果た雪か、地震か、雷鳴か、天地の鳴動か、吾々の知識力にては、到底感知する事能はず、唯地上の神人は、宇宙の大原因たる天主大国治立尊[※御校正本では「天使大国治立尊」だが「天使」だと意味がおかしい。校定版・八幡版では「天主」に直している。愛世版では削除して単に「大国治立尊」にしている。第34章の御校正本p232に「天主、大国治立尊」という用例があるため、霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「天主」とした。]の意思に柔順に随ふのみである』 と舌端火を吐いて諄々と宣伝した。 神人らは祝部神の教示に耳をすませ、今更のごとく、神の無限絶対の霊威と力徳と、其の犯すべからざる御聖体の不可測なるを感嘆しつつ『惟神霊幸倍坐世』と一斉に高唱した。 前日の喧騒を極めたる此の船は、今は全く祝詞の声清き祭場と化して了つた。折しもまばらなる雨、ぼつぼつと石を投げるごとく船中の神人らの身体を打つた。俄然、寒風吹くよと見る間に、雨は拳のごとき霰を混へて降り注ぎ、これに打たれて負傷する神人さへあつた。このとき祝部神は立上り、又もや、 『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも たとへ大地は沈むとも誠の神は世を救ふ 誠の神は世を救ふ勇みて暮せ、神の造りし神の世ぢや 神から生れた神の子ぢや力になるは神ばかり 神より外に杖となり柱となるべきものはない 雨風荒き海原も地震かみなり火の車 何の恐れも荒浪の中に漂ふこの船は 神の恵みの御試し喜び勇め神の恩 讃めよ称へよ神の徳天地は神の意のままぞ 天を畏れよ地をおそれ畏れといつても卑怯心 出してぶるぶる慄ふでないぞ神の力を崇むることぞ 如何なる災難来るとも神に抱かれし吾々は 神の助けはたしかなりたしかな神の御教の 救ひの船に身を任せ任せ切つたる暁は 千尋の海も何のその海の底にも神坐せば たとへ沈んだところーでどこにも神は坐しますぞ 讃めよ称へよ祈れよ歌へ歌ふ心は長閑なる 春の花咲く神心神の心になれなれ一同 一度に開く梅の花一度にひらく梅の花』 と歌まじりの宣伝を、又もや手真似、足真似しながら、際限もなく説き立てる。 船は辛うじて西南の岸に着いた。ここを埃の宮と云ひ、また埃の港とも云ふ。一行は勇んで上陸した。海面を見渡せば、山岳の如き荒浪、見るも凄じき音を立てて踊り狂うてゐる。 (大正一一・一・一二旧大正一〇・一二・一五外山豊二録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 11 山中の邂逅 | 第一一章山中の邂逅〔二六一〕 樹木鬱蒼として昼なほ暗き長白山の大森林を、か弱き足を踏み占めて、トボトボ来る手弱女の、優美しき姿の宣伝使、叢わけて進みつつ、 春日姫『キヤツ』 と一声、その場に打ち仆れたり。よくよく見れば無残や、足は毒蛇に咬まれて痛み、一足も歩みならねば、岩角に腰うち掛けて、眼を閉ぢ、唇を固く結びながら、その苦痛に耐へず、呼吸も苦しき忍び泣き、呼べど叫べど四辺には、ただ一人の影も無く、痛みはますます激しく、玉の緒の生命も今に絶えなむとする折からに、はるか向うの方より、優美しき女の声として、 春姫『時鳥声は聞けども姿は見せぬ姿隠して山奥の 叢分けてただ一柱天教山の御神示を 山の尾の上や川の瀬に塞る魔神に説き諭し やうやう此処に長白の山路を深く進み来ぬ』 心も赤き春姫の、春の弥生の花の顔、遺憾なく表白して、ここに現はれ来たり。近傍の岩石に腰打掛けて苦しみ悶えつつある一柱の女人のあるに驚き、天が下一切の神人を救ふは、宣伝使の聖き貴き天職と、女人の側にかけ寄りて、背なでさすり労りつつ、介抱に余念なかりける。 女人はやや苦痛軽減したりと見え、やうやうに面を上げ、 春日姫『いづこの御方か知らねども、吾身は女の独旅、草分け進む折からに、名も恐ろしき毒蛇に咬まれて、か弱き女の身のいかんともする術もなき折からに、思ひがけなき御親切、いかなる神の御救ひか、辱なし』 と眺むれば、豈はからむや、モスコーの城中において、忠実しく仕へたる春姫の宣伝使なりける。 春日姫『ヤア汝は春姫か』 春姫『ヤア貴下は春日姫にましませしか。思はぬ処にて御拝顔、かかる草深き山中にてめぐり会ふも仁慈深き神の御引合せ、アヽ有難や、勿体なや』 と、前後を忘れ互に手に手を執り交し、嬉し涙は夕立の、雨にも擬ふ許りなりき。 かかる処に、一柱の荒々しき男現はれ来り、二人の姿を見るより早く、一目散に後振り返り振り返り、彼方の森林めがけて姿を隠したるが、漸時ありて、以前の曲男は、四五の怪しき男と共にこの場に現はれた。 甲『ヤア居る居る。素的滅法界な美しい女が、しかも両個だ』 乙『本当に本当に、黒熊の言つたやうな天女の天降りだよ。別嬪だなア、こいつは素敵だ。しかし男四人に女二人とは、チト勘定が合はぬぢやないか』 甲『そりや何を言ふのだい。自分の女房か何ぞの様に、四人に二人もあつたものかい。女さへ見ると直に眼尻を下げよつて、オイ涎を落すない』 乙は周章てて涎を手繰る。 甲『貴様のその面は何だい、杓子に眼鼻をあしらつた如うな面構へで、女が居るの居らぬのと、それこそ癪に障らア。何程女が癪気で苦みて居つたつて、御前のやうな杓子面に助けてくれと言ひはしないよ。左様なことは置け置け、薩張り杓子だ』 乙は烈火のごとく怒りて、狸の如うな眼をむき、息をはづませる。 丙『アツハヽヽヽヽ杓子狸の橡麺棒、黒い眼玉を椋鳥、鵯、阿呆鳥、阿呆にくつつける薬は無いわい』 丁『オーオー、その薬で思ひ出した。俺は今癪の薬を所持して居るのだ。これをあの女人様に献上しようか』 甲『貴様は女に甘い奴だ、なぜ左様に女と見たら涙脆いのだ。貴様のやうな仏掌薯のやうな面つきで、なんぼ女神様の歓心を買うと思つて追従たらたらやつて見ても駄目だよ。肱鉄砲の一つも喰つたら、それこそよい恥さらしの面の皮だよ』 丁『面の皮でも何でも放つとけ。俺がこの薬を飲ましたら、それこそ女人は全快してニコニコと笑ひ出し、あの優美しい唇から、雪のやうな歯を出して「何処のどなたか知らねども、この山中に苦しみ迷ふ女人の身、この御親切は、いつの世にか忘れませう。アヽ嬉しや、おなつかしや」と言つて、白い腕をヌツと出して、離しはせぬと来るのだ。そこで俺は「コレハコレハ心得ぬ貴き女人のあなた様、荒くれ男の仏掌薯のやうな吾々にむかつて、抱き附きたまふは如何の儀で御座る」とかますのだ。すると女人の奴、梅の花の朝日に匂ふやうな顔をしやがつて「いえいえ仮令御顔はつくねいもでも生命の親のあなた様、どうぞ私を可愛がつてね、千年も万年も」と出て来るのだ』 甲『馬鹿ツ』 と大喝する。 丁『馬鹿ツて何だい、美しい女の姿に見惚れよつて、顔の紐まで解き、貴様の篦作眉毛を、いやが上にも下げて、章魚のやうな禿頭を見せたとて、いかな物好きな女人でも、そんな土瓶章魚禿には一瞥もしてくれないぞ、あんまり悋気をするない、チト貴様の面相と相談したがよい、馬鹿々々しいワ』 とやり返せば、 丙『オイ黒熊、貴様は結構な獲物が有るなンて、慌しく俺らの前に飛ンで来よつて、御注進申し上げたが、一体この女人は何だと思ふ、恐ろしい宣伝使ではないか。若しも此女らの病気でも全快して見ろ、又もや頭の痛む、胸の苦しい「三千世界」とか「時鳥」とか、「照る」とか「曇る」とか吐す奴だぞ。貴様は明盲者だな、こんな被面布を被つてをる奴は俺らの敵だ。こンな奴を助けてやらうものなら、アーメニヤのウラル彦様に、どんな罰を与へられるか知れやしないぞ。いつそのこと皆寄つて集つて、叩きのばしてウラル彦様の御褒美にあづからうではないか』 一同『それが宜からう、面白い面白い』 と目配せしながら、四方より棒千切を持つて攻めかくれば、春姫は涼しき声を張り上げて、 春姫『惟神霊幸倍坐世』 と唱へ、かつ、 春姫『三千世界一度に開く梅の花』 と歌ひ出したるにぞ、一同は頭をかかへ、大地に跼蹐みける。 春姫は、右の人差指を四人の頭上めがけてさし向けたるに、指頭よりは五色の霊光放射して、四人の全身を射徹したり。 一同は、 一同『赦せ赦せ』 と声を立て、両手を合せ哀願するのみ。このとき又もや山奥より、 日の出の守『三千世界一度に開く梅の花』 と歌ふ声、木精を響かせながら、雲つくばかりの男が現はれたり。これぞ大道別のなれの果、日の出の守の宣伝使なりける。 黒熊以下の魔人は男神の出現に膽を潰して、転けつ輾びつ、蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ去りぬ。後に三人は顔見合はせて、うれし涙に袖を絞るのみなりき。 (大正一一・一・一七旧大正一〇・一二・二〇藤松良寛録) |