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番号
(No.)
書籍 巻 章 内容
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(201)
ひふみ神示 6_日月の巻 第28帖 岩戸あけたり日本晴れ、富士ひかるぞ。この巻役員読むものぞ。世の元と申すものは火であるぞ、水であるぞ。くもでて くにとなったぞ。出雲とはこの地の事ぞ。スサナルの神はこの世の大神様ぞ。はじめは であるなり、いて月となり地となりたのざぞ。アはの神様なり、は月の神様ぞ、クニの神様はスサナルの神様ぞ。この事はじめに心に入れれば掃除タワイないぞ、グレンとは上下かへる事と申してあろうがな、云ふてはならぬ事ぞ。いはねばならぬ事ぞ。アメのつ九の。
2

(205)
ひふみ神示 6_日月の巻 第32帖 おもてばかり見て居ては何も判りはせんぞ。月の神様まつりて呉れよ。此の世の罪穢れ負ひて夜となく昼となく守り下さる素盞鳴神様あつくまつり呉れよ。火あって水動くぞ。水あって火燃ゆるぞ。火と水と申しておいたが、その他に隠れた火と水あるぞ。それを一二三と云ふぞ、一二三とは一二三と云ふ事ぞ、言波ぞ。言霊ぞ、祓ひぞ、ぞ。スサナルの仕組ぞ。成り成る言葉ぞ、今の三み一たいは三み三たいぞ。一とあらはれて二三かくれよ。月とスサナルのかみ様の御恩忘れるでないぞ。御働き近づいたぞ。十一月十七日、ひつ九かみ。
3

(366)
ひふみ神示 15_岩の巻 第1帖 一八の巻書き知らすぞ。一八は弥栄。はと 、、が神ざぞ。が神ざと申してあろう。悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ。人民悪いこと好きでするのでないぞ、知らず知らずに致してゐるのであるぞ。神にも見のあやまり、聞きのあやまりあるのざぞ。元の神には無いなれど、下々の神にはあるのざぞ。それで見なほし、聞きなほしと申してあるのざぞ。元の神には見直し聞きなほしはないのざぞ、スサナルの大神様鼻の神様かぎ直しないぞ、かぎのあやまりはないのざぞ。人民でも、かぎの間違ひないのざぞ。鼻のあやまりないのざぞ。スサナルの大神様この世の大神様ぞと申してあらうがな。間違ひの神々様、この世の罪けがれを、この神様にきせて、無理やりに北に押込めなされたのざぞ。それでこの地の上を極悪神がわれの好き候に持ちあらしたのざ。それで人皇の世と曇りけがして、つくりかへ、仏の世となりて、さらにまぜこぜにしてしまふて、わからんことになりて、キリストの世にいたして、さらにさらにわからぬことにいたしてしもふて、悪の仕組通りにいたしてゐるのぢゃぞ、わかりたか。釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。同じ神二つあると申してあらうがな。なくなってゐるのざぞ、ないざぞ、でないと、まことできんのざぞ、わかりたか。なきもの悪ざぞ、 は霊ぞ、火ぞ、一ざぞ。くらがりの世となってゐるのも、ないからざぞ。この道理わかるであらうがな。旧一月十五日、かのととりの日、一二。