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(1765)
霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 10 山中の怪 第一〇章山中の怪〔六七二〕 田吾作『朝日は光る月は照る武志の森の小夜砧 宇都山郷を立出でて三五教の宣伝使 神のまにまに宗彦が後に随ひ来て見れば 誠明石の山道は忽ち霧に塞がりて 不動の滝も雲隠れ一歩二歩探り寄り 水音合図に留公が留るも聞かず真裸体 蛙の面に水行をザワザワザワと浴び乍ら 手早く衣類を肩にかけ霧押わけて山頂に 上つて四方を眺むれば丹波名物霧の海 彼方此方にポコポコと山の頂き浮き出でて 宛然絵を見る如くなる景色に名残りを惜みつつ 歩みの下手な留公を抱へるやうに可愛りつ 明石の里も乗り越えて道の傍の一つ家に 病に悩む原彦が身の禍をとり除けて 此処にいよいよ四人連れ宗彦司の後を追ひ 山国川の一つ橋渡る折しも川下に ザンブと立ちし水煙唯事ならじと田吾作が 脚を速めて川の辺に駆せつけ見ればこは如何に 雪を欺く白い顔優しき細き手を上げて 流れの中に立岩の蔭に潜みて声限り 救けを叫ぶ真最中見るに見かねて田吾作が 仁慈の心を発揮してわが身を忘れ飛び込めば 川に落ちたる妙齢の美人と見えしは大江山 鬼の身魂の再来か青い角をば額上に ニユツと生して目を剥いて鰐口開きカラカラと 笑うてけつかる厭らしさ波に揉まれた田吾作も 進退茲に谷まりて溺死をするかと思ふほど 息も苦しくなつた時何だか知らぬが妙な声 聞え来るとみるうちに裸体になつた俺の身は 巌の上に衝つ立ちぬ人三化七鬼娘 悪魔の奴が睨み居るコリヤ堪らぬと気を焦ち 宗彦さまや留公を声を限りに招けども 臆病風に襲はれたいの一番に宣伝使 宗彦さまを始めとし留公、原彦両人は 青い顔して慄へゐるエーもう駄目だもう駄目だ 斯んな卑怯な腰抜けを力にするのが間違ひよ モー此上は是非もない地獄の釜のド天井 一足飛びに飛ぶ心地川へザンブと踊り入り 鬼の娘の肩をとり心中しようか待て暫し たつた一つの此生命死ぬのはチツト早かろと 日頃手練の游泳術悠々騒がず急流を 渡つて岸に駆け上り後振り返り眺むれば 鬼の娘にあらずして見るも怖ろし大蛇の姿 アヽ欺された欺された俺は夢でも見て居たか 頬を抓つて調ぶればやつぱり頬はピリピリと 微に苦痛を訴へる水は何うだと手に掬ひ 嘗めて見たれば矢張り水瑞の身魂の御守護は 清く涼しく此通り俺は結構な修業した 筑紫の日向の立花の小戸の青木ケ原に降り 上の流れは瀬が速い下の流れは瀬が弱い 瑞の身魂や三栗の中瀬に下りて心地好く 禊ぎ祓ひの神業を首尾克く了へて三人が 茫然自失の為体アフンとして居る其前に ニユツと現はれオイ留公原彦何をして居るか ちつとは確りしてくれと癪に障つて横面を ポカリとやつて見た所神力こもる鉄腕に 一堪りもなく顛倒し風に木の葉の散るやうに さしもに広い大川を毬を中空に投げし如 二人の奴は飛び散つたそれより宗彦宣伝使 田吾作さまの神力に肝を潰して今迄の 態度は忽ち一変し心の底から我を折つて 田吾作さまを様付けに言霊変へた可笑しさよ 丸木の橋を後にして旗鼓堂々と来て見れば 錦の衣を纏ひたる山姫さまが左右より 化粧を凝らして田吾作をちよつと待つてと呼び止める 三国ケ嶽の曲神を征伐道中の此身体 お門が広いサア放せ花瀬の里を後にして 谷を飛び越え岩伝ひやうやう三国の山麓に 辿りついたる折もあれ留公の態度は一変し 徐々弱音を吹きかけるコリヤ面白い面白い 屹度彼奴のことならば奇抜な芝居を打つであろ 勝手にせよと突きやれば留公の奴は喜んで 尻ひつからげスタスタと今来し道を下り行く 後に残つた三人は激湍飛沫轟々と 音喧しき谷川の辺りを伝ひわけ登る 川を隔てて四五人の得体の知れぬ老若が 熊の皮やら猪の皮襷十字にあやどつて 木々の梢に干し乍ら残つた熊の生皮を 谷の流れに浸しつつ物をも言はず洗ひ居る 一行の中の周章者腹の腐つた原彦が 欲に恍けてザブザブと生命を的の谷渡り 見るより五人の老若はこの勢ひに辟易し 物をも言はず手真似して雲を霞と遁げて行く 続いて宗彦宣伝使又もや谷を打渡り 欲に限り無き熊鷹の面の皮剥ぎヌースー式 遺るくまなく発揮して矛も交へぬ戦利品 鼻高々とうごめかし不言実行と洒落乍ら 田吾作さんが捕獲した濡れた皮をば汗かいて 絞つてくれた殊勝さよ迷うた路を踏み直し 小柴をわけてテクテクと胸つき坂を這ひ上る 忽ち茲に三人の童子の姿現はれて 泣き出す笑ふ又怒る七尺有余の荒男 三尺足らずの幼児に叱り飛ばされ散々に 油の汗を搾られて謝り入つた不甲斐なさ 童子の姿は忽ちに煙と消えた其後に 耳の鼓膜を破りつつ伝はり来る怪声に 三国ケ嶽の大秘密探る手段とならうかと 怖気づいたる両人を後に残して田吾作が 小柴押わけ怪声を辿り辿りて千仭の 谷の傍に来て見れば木伝ふ猿の叫び声 案に相違の自棄腹スゴスゴ帰つて両人を わが言霊に脅かし面白可笑しく上り行く 軈ては名高き鬼婆の岩窟の棲処も見えるだろ 神の賜ひし言霊の伊吹の狭霧を極端に 神力強い田吾作がイの一番に発射して 高天原の蓮華台錦の宮の御前に 功を建つるは目の当りアヽ勇ましや勇ましや これから乃公が司令官宗彦さまよ原彦よ 互に胸を打ち開けて腹を合して田吾作が 指揮命令を遵奉し蜈蚣の姫の成れの果て 人を取り喰ふ鬼婆やそれに随ふ曲神を 一泡吹かせ三五の教の道に救はむは 今目の当り見る様だアヽ面白い面白い 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 田吾作ここに現はれて神と鬼とを立別けて 此世を造りし皇神の貴の御前に復命 申すも余り遠からず来れよ来れいざ来れ 敵は幾万ありとても怖るる勿れ怖るるな 神は汝と倶に在り神は我身に宿ります アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と呂律も廻らぬ口から出任せの歌を謡ひ、田吾作は勢鋭く、山上目蒐けて進み行く。幼なき赤児に乳をふくませ乍ら下り来る妙齢の美人唯一人、稍面部に憂愁の色を浮べ乍ら、灌木の茂みより浮いたやうに現はれた。 田吾作『ヤア山姫の奴、俺の円満清朗なる言霊に感動し居つて、感謝の意を表するために現はれたのだな。コレハコレハ山上の御婦人、山の神様、出迎ひ大儀でござる』 女『オホヽヽヽ』 田吾作『コリヤ山女、俺を誰だと心得て居る。七尺の男子が物申して居るのに、無礼千万にも吾々を冷笑いたすとは怪しからぬ代物だ。汝は何といふ魔神であるか。あり体に申上げろ。愚図々々致せば此の鉄腕が承知を致さぬぞ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『宗彦さま、原彦さま、チツト加勢して下さらぬか。随分怪しい代物ですがなア』 宗彦『最前からお前の歌を聞いて居れば、随分豪勢なものだつた。何事も自分でなければ出来ないやうな業託を列べたぢやないか』 田吾作『業託は業託として此際一臂の補助を願はねば、言霊会社も経営難に陥り、破産の運命に瀕するかも分りませぬ。どうぞ嘘八百株ほど持つて下さらぬか。さうして原彦さまには代言三百株ほど御願ひします』 宗彦『アハヽヽヽ』 原彦『ウフヽヽヽ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『エー貴様等は泣いたり、笑うたり人を馬鹿にするのか。貴様が泣笑ひで責めるなら俺は怒りの言霊だ。おこりといふものは間歇性の病気で、隔日に来るものだが、俺は毎日毎晩確実に責めてやるから、左様思へ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『エー又泣いたり笑つたり、此の結構な神国に生れて、泣いたり笑つたりする奴があるか。謹み畏み真面目になつて御神恩を感謝せぬかい』 宗彦『モシモシ御女中、斯様な処に赤ん坊を抱いて現はれ給うたのは、何れの神様でございますか。どうぞ御名を名告り下さいませ』 田吾作『エー宗彦の宣伝使、何を恍けてござるのだ。此奴は三国ケ嶽の古狐だ。古狐に御丁寧な敬ひ言葉を使ふといふ事がありますか。大方眉毛を読まれて了つたのでせう。アア御用心御用心』 と言ひつつ頻りに眉に唾を指尖で発送してゐる。 田吾作『アー留公は予ての計画を忘れ居つたか。なんぼ待つて居つても現はれてはくれず、力に思ふ宣伝使は狐につままれる。何程智謀絶倫の俺でも、マア二人の気違ひを看病し乍ら敵地に進むことは出来ない。誰か出て来て此足手纏ひの気違ひを引留めてくれるものがあるまいかなア。近くに癲狂院があれば入院させたいものだが、深山の事とて、仰天院ばかりで精神病院らしいものも無し、何うしたらよからう。無線電話をかけて言依別様の応援を願ふ訳にも行かず、アヽ困つた破目になつたものだ。イヤア待て待て、これから無言霊話をかけて留公を呼んでやらう』 女は大きな臀をクレツと捲つて見せた。熊のやうな真黒の毛を一面に生し、見る見る間に上半身は純白となり、後半身は純黒の獣となつてガサリガサリと歩み出し、三間程行つてはギヨロツと後を向き、又三間程行つてはギロリツと振向き、幾十回とも無く繰返し乍ら山上目蒐けて登り行く。 田吾作『どうですか、宗彦さま、原彦さま、天眼通も此処まで応用出来れば結構なものでせう。無言霊話を高天原へかけたところ、忽ち数万の神軍此処に現はれ給ひしその御威勢に怖れ、さしもに兇暴なる曲神も、目も身体も白黒させて正体を露はし遁げて行つたでせう。これでも田吾作が命令を聞きませぬか』 宗彦『それは、まぐれ当りだよ。お前は未だ宣伝使の肩書がないのだから、何と云つても表面に通らない。腐つても鯛だ、名は実の主だから矢張り宣伝使と云ふ名に怖れて、悪魔が正体を露はしたのだ。如何に悪魔だつて名も無き奴等に降伏するものか、無名の人物に降伏するやうなことでは、悪魔の体面に関するからなア』 田吾作『アハヽヽヽ、よう仰有いますワイ、宣伝使のレツテル一枚位を金城鉄壁と頼んで、何事もそれでやつて行かうと云ふのは実に無謀だ、無恥だ、依頼心を極端に発揮したものだなア。宣伝使なんかは地の高天原から紙一枚下つて来たが最後、直に首落ちになるのだからなア。 宗彦 一、此度の三国ケ嶽の言向戦に不都合の廉有之を以て、評議の上其職を免ずべきもの也。 言依別命 とこれだけだ。あんまり肩書を力にして貰ふまいかい。それよりも腹の中の第一鬼を征服し、本守護神即ち天人の御発動を御祈願するのが一等だ』 宗彦『よう小理屈を囀る男だなア。私も妹の婿に百舌鳥や燕を持つたかと思へば残念だワイ、アハヽヽヽ』 原彦『モシモシ貴方等は義理の兄弟ぢやありませぬか、見つともない、喧嘩はお止しなさいませ。兄弟墻に鬩ぐとも外其侮りを防ぐと云ふことぢやありませぬか。喧嘩したければ家へ帰つて、いくらでも御やりなさい。此処は敵前否敵の領地へ這入つて来て居るのですからなア』 田吾作『敵地は敵地、喧嘩は喧嘩、兄弟は兄弟と区別を立てねば、国政整理上都合が悪い。何も彼もゴモク飯のやうに混同されては、社会の秩序が紊れて了ふ。総て分業的になつて来た文明の世の中だ。兄弟は他人の始まりと云ふ事があるが、私の兄弟は一種特別だ、他人は兄弟の始まりとなつたのだからなア、アハヽヽヽ』 宗彦『もう好い加減に猫じやれの様な喧嘩は止めようかい。花ばつかり咲かして居る山吹では仕方がない。サアこれからが戦場だ』 原彦は心配相な顔をして、 原彦『田吾作さま、あの通り宣伝使が仰有るのだから、お前も今暫く沈黙して下さい。最前から矢釜敷う仰有つた彼の不言実行とやらを、何処へ落しなさつたのか』 田吾作『目下熟考中だ。さう八釜敷う云つてくれない。何程、普賢菩薩の俺でも、俄にさう奇智名案が湧くものではない。今心の畑に智慧の種子を蒔いたところだから、せめて十日や二十日待つてくれないと、蕪とも菜種とも見当がつかぬ哩。アハヽヽヽ』 と他愛も無く笑ひ乍ら、大木の根に腰をかけて横臥する。四辺暗澹として天日を没し、闇の帳は固く閉された。深山の常として猛獣の吼り狂ふ声、天狗の木を捻折るが如き怪しの物音、間断無く聞えて来る。原彦は此の物凄き声に肝を奪はれ、声をも立て得ずビリビリと慄ひ上り、田吾作の袖を確と握り小声にて、 原彦『オイ田吾作、コリヤ何うなるのだらう。随分気分が悪い事はエーないぢやないか』 田吾作『そうだ、あまり気分がよくない事はない哩。併し吾々の小宇宙に変動を来し、震災の厄に見舞はれて居る所だなア』 原彦『さう高い声で言つてくれな。宣伝使が目を開けて聞かれたら態が悪いワ』 田吾作『態が悪いなんて、よう吐すなア。貴様の旧悪はみんな宣伝使の前で、うつつになつて喋つたのだから、今になつてそんなテレ隠しをしたつて駄目だよ。随分昔は悪人だつたなア。俺が愛宕山を越えて結構な黄色の宝玉を懐に持ち、保津の里迄やつて来ると、森蔭から頬被りをしてヌーと現はれた奴は誰だつたいのー。随分彼処も此処も劣らぬ凄い所だつたねー。さうして何々とか云ふ腹の悪い男が俺の玉を嗅つけ、腹をペコペコ、鼻をピコピコ、ハラハラヒコヒコさせ乍ら現はれて来やがつて「モーシモーシ旅の御方、私は此辺の猟人でございます。最前からの雨に火縄も湿り、困難を致して居りますれば、どうぞ提灯の火を御貸し下さいませ」と出て来居つたのだ。さうすると田吾作と云ふ旅人が「ハテ心得ぬ、此の淋しき山道の、しかも森林の中より狩人が現はれるとは合点が行かぬ。昼ならば兎も角、夜分に猪が目につく筈はない。こんな不合理なことを言ふ奴は、確かに猪の猟夫ではなからう。懐の我が玉を猟する曲者か、但は追剥か」と流石の奇智神謀に富んだ旅人は稍躊躇の態であつた』 原彦『オイオイそんなことを言ふものぢやない。もう好い加減に止めてくれ』 田吾作『マア好いぢやないか。此の夜の長いのに、ちつと言はしてくれ、口に虫が湧く哩。エー一寸五分間休息を致しました。お客様方御待たせをして済みませぬ。これから前段の引続きを一席講演致しまして御高聞に達します』 原彦『さう昔の事を思ひ出し、心気昂奮させた所が仕方がないぢやないか。もう好い加減に止めて欲しいものだなア』 田吾作『俺のは天下の公憤だよ。決してお前に対して私憤を洩らすのぢやない。又お前と俺との話でも何でも無い。過ぎし昔の夢物語で、決して俺の腹も原彦も悪いのぢやない。お前はこんな事を聞くと、むかついて宗彦が悪くなるだらうが、これも時の廻り合せだ。忍耐は幸福の基だから、忍耐をして面白い話を聞くのだよ。……時しもあれや怪しき何者かの足音がする。よくよく見れば一頭の手負ひ猪だ。猟夫と名乗つた男は忽ち肝を潰し、キヤツと声を立て旅人の身体にしがみついた。旅人は心の中に思ふやう。四足の一匹位に胆を潰すやうな奴だから、まさか悪人ではあるまいと哀憐の情が勃然として、心中に萠芽し……』 原彦『そんなむづかしい事を云つて、解るものかい』 田吾作『解らぬのは有難いのだぞ。坊主のお経だつて、ダダブダダダブダと拍子の抜けた声でずるずるべつたりに棒読みにするから、人間に解らぬから有難いやうなものだ。お経といふものは不可解なのが調法なのだ。俺のも少し和讃じみて居るが、これでも新奇流行のアホダラ経を聞くと思うて聞いて見よ。随分利益があるぞ。第一怖ろしいと云ふ観念を忘れ、夜が長いと云ふ苦しみを其間だけなつと救はれるのだ。此位現当利益の御蔭はありませぬ。併し此内に一人位は耳に応へる優婆塞があるかも知れぬ。それも修行だと思つて聞いて居れば遂に習慣性となり、初めには耳についた汽車の音が、終ひには何ともないやうになるのと同じことだ。マア辛抱してお日待ちの説教を聞くと思つて聞くがよいワ』 宗彦『アーア喧しいなア。何をヒソビソとお前達は言つて居るのだ。黙つて寝ないか。最前から聞いて居れば猟夫がどうしたの、斯うしたのと仕様も無い昔話しを持ち出して、乞食坊主のホイト節のやうなことを云つてゐたぢやないか。好い加減に寝え寝え。又明日大活動をやらねばならぬから肉体の休養が肝腎だ』 原彦『宣伝使さま、何と云つても田吾さまが、耳の痛いことを喋るのですもの、チツト叱つて下さいな』 宗彦は早くも眠りに就たと見えて何の応答も無い。 田吾作『そーれから、そーれから、 鱏、鱧、鰈、矢柄(エーはばかり乍ら)無精山道楽寺ナマ臭厄介坊主の 自堕落上人御招待に預りました抑も愚僧が万国修行の根元 戒行、難行、苦行、故郷の住めば都を後に愛宕の山を乗り越えて 闇を冒してスタスタと保津の里までやつて来ました 時しもあれや森蔭に七尺有余の荒男 現はれ出でて皺嗄れた声を張り上げコレコレモーシ旅の人 提灯の明かり貸して下さんせ聞いて旅人立止まり 此の闇黒に提灯の火が欲しい奴は何者ぞ 夏の夕べの火取虫か飛んで火に入り身を焼いて 死んで了ふのを知らないかそんな馬鹿な事止せ止せと 後をも見ずに進み行く性凝りも無く怪しの男 オツトどつこい一寸違うた折から猪奴が飛んで来た 怪しの男は驚いて猿のやうな声を上げ キヤツキヤと言うてしがみつく此奴はよつぽど弱虫と 心を許して道伴れになつてやつたがわが不覚 大井の川の袂まで来る折しも其奴めが コレコレモーシ旅の人お前の懐中に光るもの 一寸私に貸してくれ貸さな斯うぢやと高飛車に 拳固をかためて攻め寄せる此方も痴者ひつぱづし 腕首掴んで中天に力を籠めて投げやれば 空中の舞を舞ひ納め遥向方の川中へ はまつて死んだと思ひきや蛙のやうな態をして 草の中からガサガサとやつて来居つて旅人が 胸倉グツト引掴み川へザンブと投り込んだ 怪しの男は肝腎の玉が無いので力抜け 青い顔してノソノソと疵持つ足の何処となく 帰つて行たが其の跡は何処かの松の並木原 根元に埋められ肥料となりくたばりしかと思ふうち 明石峠の麓なる小さい村の離れ家の 首をおつるが婿となりハラハラし乍ら十五年 胸もヒコヒコ十五年終には病を惹き起し 明日をも知れぬ難儀の場三五教の宗彦が 留公、田吾作両人の立派な家来を引伴れて お出でましたるその御かげケロリと癒つた人足が 今は三国の山登り猛獣毒蛇の唸り声 聞いてブルブル慄て居るアヽ面白い面白い エー無精山道楽寺なまぐさ厄介坊主の自堕落上人が 此の所に現はれまして諸行無常や是生滅法 やがて寂滅為楽の愁歎場ブツブツ唱へ奉る チヤカポコチヤカポコポコポコポコ』 此時一寸先も見えぬ闇黒の中より聞き慣れぬ妙な鼻声交りの婆の声が聞えて来た。 婆『ハテ訝かしやな、俺は三国ケ嶽の鬼婆である。今日三五教の身魂の研けた立派な宣伝使が、当山へわれを退治せむと企て、上り来ると聞き、これこそ天の時節の到来と喉を鳴らして待つてゐた。蛙やくちなははモウ喰ひ飽いた。赤児も最早飽いて来た。宗彦と云ふ奴、魂の綺麗な奴と聞いた故、噛ぶつて喰うたら甘からうと、此間から楽しんで待つてゐた。どうやらこれが宗彦らしい。さうして二人の奴は、どれもこれも口ばつかり大きい奴で、ちよつとも実のない奴だ。三匹が三匹とも、よう斯んなガラクタが揃うたものだ。アーあてが違うた。この年寄が足許の見えぬやうな闇黒をうまい餌食があると思つて出て来たのに、薩張り梟鳥の宵企み、夜食に外れたやうなものだ。それでも尻の傍には、少し甘さうな肉が付いて居るだらうから、これなつと喰てやらうかな』 田吾作『コリヤ婆のやうな声を出しやがつて、何を吐すのだ。尻なつと喰へ、貴様がそんな作り声をしたつて、田吾作さんはよく知つて居るのだ。まだ貴様の出る幕ぢやないぞ。気の利いた化物はモウ足を洗つて寝る時分だ。言依別命さまに願つた事を早く往つて計画せぬかい。馬鹿だなア、陰謀発覚の虞があるぞ。化るならモツと仮声を上手に使へ。留……イヤウーン留度も無く馬鹿ばつかり垂れやがつて、何処の呆け曲津だ。愚図々々致すと承知せぬぞ』 原彦は又小声で、 原彦『オイ田吾作さま、相手になるな。あんな化物に此の闇黒で相手になつたとこで、どうすることも出来ぬぢやないか』 田吾作『八釜敷う云ふない。俺の言霊を留公……オツトどつこい留めようとしたつて、斯う馬力がかかつてからは、容易に止まるものぢやないワ』 留公『田吾作、原彦、宗彦様、又明日御目にかからう。頭から岩窟の婆が塩つけて噛ぶつてやらう。それを楽しんで居つたがよからう』 宗彦『あの声は婆の声のやうでもあり、鼻声だが何処ともなしに留公に似たとこがあるぢやないか、ナア田吾作さま』 田吾作『マア何でもよろしい哩。何れ明日になつたら解りませう。サアサアモー一寝入り』 と横になり、喋り草臥れて他愛もなく寝込んで了つた。 宗彦も亦寝に就く。原彦は時々怪しき声の響き来るに脅かされ、二人の中に挟まつて一睡も得せず、一夜を明かしける。 (大正一一・五・一四旧四・一八外山豊二録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 11 鬼婆 第一一章鬼婆〔六七三〕 夜は漸くに明け離れ、木の間に囀る諸鳥の声に送られて、三人は足に任せて進み行く。大岩窟を背景に茅葺き屋根の三四十、軒を並べて立つて居る。 田吾作『サア、とうとう三国ケ岳の鬼婆の大都会が見えて来た。戸数無慮三十余万、人口殆ど嘘八百万と云ふ、一大都会だ。大分に俺達も足が変になつたから、定めし都会には高架鉄道もあるだらうし、自動車、電車の設備も完全に出来て居るだらう、一つ乗つて見ようかなア』 原彦、田吾作の肩を揺り、 原彦『オイ、田吾作さま、これからが肝腎だ、今から呆けてどうするのだ、確りせぬかいな。片方は岩窟にたてかけた藁小屋が三四十並んで居るだけぢやないか、そんな狂気じみた事を云うて呉れると俺も淋しうなつて来た』 田吾作『アハヽヽヽ、此処は余つ程馬鹿だなア、一寸景気をつけるために、誇大的に広告して見たのだ。蛇喰ひや蛙喰ひの半獣半鬼の巣窟だ。これからもう馬鹿口は慎んで不言実行にかからう』 宗彦『お前たち二人はいよいよ戦場に向つたのだから確りしてくれないと困るよ。又決して乱暴な事はしてはならないから、慎んでくれ。頭の三つや四つ撲られた位で、目を釣り上げたり、口を歪めるやうでは、此度の御用は勤まらぬから、兎に角忍と云ふ字を心に離さぬやうにするのだ。忍と云ふ字は刃の下に心だ。敵の刃の下も誠の心で潜つて敵を改心させるのだから、くれぐれも心得てくれ』 田吾、原の両人は小声で『ハイハイ』と答へながら進んで行く。二百人許りの老若男女が一つの部落を作つて居る。さうして此処の人間はどれもこれも皆唖ばかりになつて居る。蜈蚣姫の鬼婆が計略で篏口令を布くかはりに、皆茶に毒を入れて呑まされたものばかりだ。恰度唖の国へ来たも同様である。田吾作は些しも此事情を知らず、一つの家に飛び込み、 田吾作『一寸、物を尋ねますが、婆アの館はどう往つたら宜敷いかな』 中より四五人の男女、ダラダラと戸口に走り出で、不思議な顔をして何れも口をポカンと開けて、アヽヽヽと唖のやうに云つて居る。田吾作は声を張上げて、 田吾作『婆アの所は何処だと問うてゐるのだ』 天賦の言霊器と聴声器を破壊された一同は、何の事だか少しも分らず、唯口を開けて、アヽヽヽと叫ぶのみである。 田吾作『モシ、宣伝使さま、何と言つても返事もせず、唯口を開けてアヽヽヽと云うて居る唖見たやうな奴許りですな、次の家へ行つて尋ねて見ませうか』 宗彦『お前に一任するから、何卒、私が当選するやうに戸別訪問をして、清き一票をと丁寧に、お辞儀に資本は要らぬから頼んでくれい』 田吾作『何ぼ資本が要らぬと云つても、さうペコペコ頭を下げては頭痛がします哩。投票もない事を仰有るな、人の選挙(疝気)を頭痛にやんで、耐りますかい。何程気張つたつて解散の命令が下つたら、それこそ元の黙阿弥ですよ』 宗彦『兎も角お前に一任する』 田吾作『承知致しました。在野党と思つて選挙干渉をやらぬやうにして下さいや。モシモシ此の家のお方、婆アのお住居は何処だ、知らしてくれないか、決して投票乞食ぢやないから安心して云つておくれ』 家の中から又もや四五人の男女、怪訝な顔して門口に立ち現はれ、口を開けてアヽヽヽと云ふばかり。あゝ此奴も駄目だと、田吾作はまた次へ行く。行つても行つても、アヽ責に遇はされて一向要領を得ない。とうとう一戸も残らず戸口調査を無事終了して仕舞つた。されど何の得る所もなく、婆アの姿も見当らなかつた。 三人は是非なく腰掛に都合の好い岩を探して、ドシンと尻を下ろし、暫く息を休める。赤ん坊を懐中に抱いた女、幾十人ともなく、不思議さうに三人の前に立ち現はれ、口を開けて、アヽヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 田吾作『エヽ怪つ体な所だな、矢張三国ケ岳の辺は野蛮未開の土地だから、言語が無いと見える哩』 と話して居る。其処へ容色優れたる一人の女が現はれ来り、宣伝使に会釈し、是亦アヽヽヽを連発しながら北の谷間を指ざし走り行く。この女は玉照姫の生母お玉であつた。婆の手下の者に誘拐され、この山奥に連れ込まれてゐたのである。 婆の考へとしては、玉照姫を占奪する手段として、先づ生母のお玉をうまうまと此処へ奪ひ帰つたのである。三人はお玉の顔を一度も見た事がないので、そんな秘密の伏在する事は夢にも知らず、お玉の跡を追つて、スタスタと駆出した。 四五丁ばかり谷に沿うて左へ進むと、壁を立てたやうな巨岩が幾つともなく谷間に碁列して居る。お玉は手招きしながら、岩窟の穴を潜つて姿を隠した。三人は其後から、ドンドンと足を速めて岩窟の中を五六間許り進む。此処が鬼ケ城山に割拠して居た鬼熊別の妻蜈蚣姫が自転倒島に於ける第二の作戦地であつた。蛇、蛙、山蟹、其他獣類の肉はよく乾燥さして岩窟の中に幾つともなく釣り下げられてある。 田吾作『アイ御免なさい、バラモン教の鬼婆アの住家は此処で御座いますか』 婆『此処が鬼婆蜈蚣姫の住家だよ』 田吾作『アヽ、左様で御座いましたか、これは失礼致しました。なんと立派なお館ですな、これでは風雨雷電、地震も大丈夫でせう。吾々もせめて半日なりと、こんな結構な館に暮したいものです哩』 婆『お前は一体何処の人ぢや、そして又二人も伴を連れて来て居るのかな』 田吾作『ハイ、実の所は三五教の予備宣伝使を拝命致しまして、今日が初陣で御座います。此通り、宗彦、原彦と云ふケチな野郎を連れて居ります。大変腹を減らして居るさうですから、蛙の干乾でも恵んでやつて下さいな』 婆『折角の御入来だから、大切な蛙ぢやけれど、饗応であげませう。この蛙は当山の名物お殿蛙と云つて、虫の薬にもなり、一切の病気の妙薬だ。田圃にヒヨコヒヨコ飛んで居る青蛙や糞蛙とは些と撰を異にして居るのだから、其積りで味はつて食がりなさい。お前さんは蛙飛ばしの蚯蚓切りだからなア』 田吾作『チヨツ、馬鹿にして居やがる哩』 原彦『オイオイ宣伝使の化サン、そんな事を言うてくれては困るぢやないか』 田吾作『困るやうにお願ひしたのだよ、昔、竹熊が竜宮城の使臣を招待した時には、百足や蜴蜥、なめくじなどの御馳走を食はした[※第1巻第41~42章「八尋殿の酒宴」のエピソード。]と云ふぢやないか、鰈か鯣だと思うて食ひさへすりやよいのだ。お前は食はず嫌ひだなくて、蛙嫌ひだから困る、アハヽヽヽ』 婆『三人ともそんな所に立つて居ずに、サアサア足を洗つてお上りなさい。今晩は悠くりと話しませう。お前は三五教の宣伝使が初陣だと云つたな』 田吾作『ハイ、申しました、全く其通りです』 婆『そんなら尚結構だ、なまりはんぢやくの、苔の生えた宣伝使は何うも強太うて改心が出来ぬ。お前はまだまだほやほやだから、十分の教理も聞いて居やせまい』 田吾作『私は郷里を立つて来たところですが、何と妙な事を仰有いますな』 婆『ハヽヽヽヽ、お前は余つ程無学者と見える哩、けうりと云ふ事は故郷の意味ぢやない、三五教の筋はどうだと問ふのだ』 田吾作『つい、きよりきよりして居ましたので筋も何も分りませぬ』 婆『アヽそうだらうそうだらう、筋が分つたら阿呆らしうて三五教に居れたものぢやない。筋が分らぬのが結構だ。サアこれから此処で百日ばかり無言の行をして、其上言霊を開いて、バラモン教の宣伝使になるのだよ。お前、此処へ来る道に沢山の家があつたらうがな、皆無言の行がさしてあるのだ』 田吾作『あの儘ものが言へなくなるのぢやないのですか、どうやら聾のやうですが』 婆『聾は尚更結構だ。モ一つ荒行をすれば目も見えぬやうになつて仕舞ふ。だけれど目だけは退けて置かぬと、不自由だと思つて大目に見てあるのだ。百日の行をして好いものもある、十日で好いものもある、修業さへ出来たら口も利けるやうに、耳も聞えるやうにチヤンとしてあるのだ』 田吾作『婆アサン、そりあ無言の行ぢやない、云はれぬから云はぬのだらう、云へる口を持つて居つて云はぬやうにし、聞える耳を持つて居て聞かぬやうにして居るのなら、行にもならうが、しよう事なしに云はざる聞かざるはあまり行にもならないぢやないか』 婆『そんな理屈を云ふものぢやない、信仰の道には理屈は禁物だ。人間の分際として、さうガラガラと鈴の化物のやうに小理屈を云ふものぢやない哩』 田吾作『ヘエ』 と首を傾ける。 宗彦『私は三五教の宣伝使です。今宣伝使と云つて居つた男はまだ卵ですから、何を云ふか分りませぬ』 婆『アヽさうだらうと思つた。何だか間拍子の抜けた理屈を捏ねる人だ。人間も大悟徹底すると、神様の広大無辺の御威徳が分つて、何とも云はれぬやうになつて仕舞うて黙つて居て改心するやうになるものぢや、流石にお前は偉い、最前から婆の云ふ事を耳を傾けて聞きなさつた。偉いものだ、言葉多ければ品少し、空虚なる器物は強大なる音響を発すと云うて、ガラガラドンドン云ふ男に限り、智慧もなければ信仰も無いものだ。お前は三五教の宣伝使なら、あの青彦、紫姫、常彦、亀彦、悦子姫と云ふ没分暁漢を知つて居るだらうなア』 宗彦『イエイエ私達三人は、宇都山村の者で御座いまして、唯一度聖地へ参り、暫く修業を致しましたが、そんなお方にはお目にかかつた事も御座いませぬ、何処か宣伝に廻つて御座るのでせう』 婆『どうぢや、お前も三五教を止めて、私の弟子になつたら』 宗彦『有難う御座いますが、各自に自分の宗旨は良く見えるものです。私は貴女に改心をして貰つて、三五教に帰順して頂かうと思ひ、遥々と参つたのですよ。何うです、私の云ふ事を一通りお聞き下さつて、其上で入信なさつたら』 婆『アヽ、いやいや誰人が三五教のやうな馬鹿な教に入る奴があるものか、改心をしてくれなんて、そりやお前、何を云ふのだい。是程澄み切つた塵一つない御霊の鬼婆だ、改心があつて耐るものか、改心するのはお前等の事だ』 宗彦は拍手し、天津祝詞を奏上し初める。婆は驚いて、 婆『コレコレ皆様、祝詞も結構だが折角拵へた蛙の御飯、お気に入らねば食べて貰はいでもよいが、せめて神様に供へたのだから、御神酒とお茶をお食り下さい、それで悠くりとお祝詞を上げなさい。私も一緒に上げさせて頂くから』 と無理に引き留る。 宗彦『弁当は此処にパンを所持して居ますからお茶を下さいませ』 婆『お神酒は好だらう、自然薯で醸造へた美味い酒がある。一つあがつたら何うだな』 宗彦『イヤ、茶さへ頂けば結構です』 田吾作『婆アさま、論戦は一先づ中止して、そんなら暖かいお茶をよんで下さい、今晩悠くりと言霊戦を負ず劣らず開始しませう。そして負た方が従ふと云ふ事に致しませうか』 婆『アヽ面白からう面白からう、そんならさう致しませう。バラモン教の神様は、御神徳が強いから、迂濶御無礼な事を云はうものなら罰が当つて口が利けなくなるから、心得て物を云ひなさいや。アヽどれどれ手づからお茶を温めて上げよう』 と次の間に立つて行く。暫くあつて婆アは土瓶に茶を沸騰らせ、 婆『サアサア茶が沸いた、皆さま沢山呑んで下さい、これも婆の寸志だ。バラモン教だつて、三五教だつて、神と云ふ字に二つはない。互に手を引合うて御神徳のある神様の方へ帰順するのだな。此婆も都合によつては三五教に帰順せぬものでもない、オホヽヽヽ』 三人は何の気も付かず、婆の注いだ茶を呑んではパンを食ひ、呑んでは食ひ、喉が乾いたと見えて土瓶に一杯の茶を残らず平らげて仕舞つた。 三人は俄に息苦しくなり、言語を発せむとすれども、一言も発する事が出来なくなつた。三人は顔を見合せ、アヽヽヽとア声の連発をやつて居る。 婆『アハヽヽヽ……好いけれまたもあればあるものだ。とうとう婆の計略にかかりよつた。口も利けず、耳も聞えず、憐れなものだ。お玉を首尾好く手に入れ、又三五教の宣伝使や卵を三人収穫した。如何に頑強な三五教でも、玉照姫の親を取られ、又大切な宣伝使を取られ、黙つて居る事は出来まい。屹度謝罪つて返して貰ひに来るのだらう。其時には玉照姫と玉照彦とを此方へ受取り、其上に返してやつたらよいのだ。併し乍ら玉照姫が黄金なら、此奴は洋銀位なものだから先方も此位では往生致すまい。マア時節を待つて鼠が餅をひくやうに二人三人と引張込み、往生づくめで仮令玉照彦だけでも此方のものに仕度いものだ。鬼雲彦の大将は脆くも波斯の国に泡食つて逃げ帰つて仕舞はれた。併し乍ら私は女の一心岩でも突き貫くのだ。此処で斯うして時節を待ち、大江山、鬼ケ城を回復し、三五教の錦の宮も往生させて、バラモン教として仕舞ふ蜈蚣姫の計略は旨々と端緒が開けかけた。アヽ有難い事だ。一つ此処でお玉に酌でもさして酒でも飲まうかい、そして三人を肴にしてやらうかい。これこれお玉、お酒だよ。これ程呼んで居るに何故返事をせぬのか、オヽさうさう、耳の聾になる薬を呑まして置いた。聞えぬも無理はない。つい私も余り嬉しくて、精神車が何処かに脱線したと見える、オホヽヽヽ』 と独言を云ひながら笑壺に入つて居る。三人は無念の歯噛みをなし、躍り上がつて破れかぶれ、婆を叩き伸めしてやらうと心に定めて見たが、何うしたものか体がビクとも動けなくなつて居る。言霊を応用するにも肝腎の発生器の油が切れて、且つ筒口が閉塞して居るのだから、如何ともする事が出来ず、口は自然に紐が解どけて、頤と一緒に垂れ下り、ポカンと開いて来る。三人は一度に涎をタラタラ流し、顔を見合せ、首を振り、アヽヽヽと僅に声を発する許りであつた。 婆は愉快げに安坐をかき、長い煙管で煙草を燻べ、酒を呑み、 婆『オイこりや、阿呆宣伝使、俺の智慧はこんなものだぞ。蜘蛛が巣をかけて待つて居る処へ茅蝉が飛んで来て引かかるやうなものだ、動くなら動いて見い、言霊が使へるなら使つて見い、耳も聞えまい』 と長煙管の雁首で耳の穴をグツと突いて見る。宗彦は耳の穴を突かれてカツと怒り出した。されど何うする事も出来ぬ。此度は婆は煙草の吸殻を宗彦の口の中にフツと吹いて放り込み、 婆『熱からう、そりや些と熱い、火だからのう。加之にえぐいだらう、えぐいのはズだ。煙草のズに、えぐい婆の御馳走だから、序に此酒も飲ましてやろか。イヤイヤ待て待てこいつを飲ましてやると私の飲むのがそれだけ減る道理ぢや、マアマア斯うして二ケ月も三ケ月も固めて置けば大丈夫だ、若い奴が二三日したら大江山の方から帰つて来るだらうから、其時この生木像を穴庫へでも格納さしてもよい哩、マアマアそれ迄は頭を叩いたり、耳に煙管を突つ込んだりして、バラモン教の御規則通りの修業をさしてやるのだ。なんと心地好い事だ。是で八岐の大蛇さまもさぞ御満足だらう。嗚呼大蛇大明神様、喜びたまへ勇みたまへ。婆の腕前は此の通りで御座います、何うぞ此手柄により、鬼熊別の失敗の罪を赦して下さいませ。天にも地にも無い私の夫、神様の御用を縮尻つて、死んで神罰を蒙り、地獄の釜の焦起しにせられるのも女房として見て居られませぬ、何卒私と一緒に、今ぢや御座いませぬが、命数の尽きた時は天国にやつて下さい。南無八岐大蛇大明神様、ハズバンドの罪を許したまへ、払ひたまへ、清めたまへ、金毛九尾の命』 と祈願して居る。此時岩窟の口より、声も涼しく宣伝歌を謡ひ来る男があつた。 男『神が表に現はれて善と悪とを立て分ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 綾の聖地に現れませる言依別命もて 三国ケ岳の曲津見を言向け和すそのために 三五教の宗彦が宇都の里をば後にして 足に任せてテクテクとこれの岩窟に来て見れば 悪にかけては抜け目なき鬼熊別が宿の妻 顔色黒き蜈蚣姫小智慧の廻る中年増 此岩窟に陣取りて四方の人々欺きつ 赤子の声を聞きつけて十里二十里三十里 遠き道をば厭ひなく手下の魔神を配り置き 此岩窟に連れ帰り朝な夕なにさいなみて 悪の限りを尽しつつ日に夜に酒に酔ひ狂ふ 宗彦、田吾作、原彦は婆が引き出す口車 知らず識らずに乗せられて毒茶をどつさり飲みまはし 口も利かねば耳利かず五体すくみて一寸も 動きの取れぬ破目となり眼ばかりきよろきよろきよろつかせ 其上ポカンと口あけて涎を流しアヽヽヽと 鳴りも合はざる言霊を連発する社いとしけれ 天の真浦の神司この留公の腹を知り 肝腎要の神策をそつと知らして下さつた 宗彦、原彦、田吾作は知らず識らずに魔が神の 罠に陥り今日の態助けてやらねば三五の 神の教が立ち兼ねるサアこれからは留公が 神に貰うた言霊の御稜威をかりて三人の 危難を救ひ玉照の姫の命を生みませる お玉の方を救ひ出し鬼のお婆を言向けて この岩窟を改良し三五教の皇神の 御霊を斎祀りつつミロクの御代の魁を 仕へまつらむ頼もしさ嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と謡ひつつ三人が前に現はれ来たる。婆は身体竦み、身動きならず、目をぱちつかせ苦しみ居る。この時、岩窟の奥の方より涼しき女の声、 女(お玉)『神が表に現はれて善と悪とを立て別けて 誡め給ふ時は来ぬ四継王の山の聖麓に 錦の宮と仕へたる玉照姫の生みの母 お玉の方は妾なり桶伏山に隠されし 珍の宝を奪ひ取り逃げ行く姿を見るよりも 妾は驚き身を忘れ跡を追ひかけ山坂を 駆ける折しも木影より現はれ出でたる曲神の 手下の奴に見つけられ手足を縛ばりいろいろと 苦しき笞を受けながら憂をみくにの山の上 この岩窟に押し込まれ蜈蚣の姫てふ鬼婆に 茶を勧められ一時は息塞がりて言霊の 車も廻らぬ苦しさに朝な夕なに三五の 神の御前に黙祷し居たるに忽ち喉開き 胸は涼しく晴渡るされど妾は慎みて 唯一言も言挙げをなさず唖をば装ひつ 珍の宝の所在をば今迄探り居たりしぞ 神の恵の幸ひていよいよ茲に宗彦が 言依別のみことのり身に受けまして出でたまひ 顔を合せて居ながらも一面識もなき故か 悟り給はず吾配る眼に心留めまさず やみやみ毒茶を飲み玉ふその様見たる我が心 剣を呑むよりつらかりしあゝ惟神々々 神は此世に在さずやと女心の愚にも 愚痴の繰事繰返す時しもあれや表より 涼しく聞えし宣伝歌耳をすまして伺へば 三五教の教の声地獄で仏に遇ひしごと 心いそいそ今此処に現はれ来るお玉こそ 天の岩戸も一時に開くばかりの嬉しさよ あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 宗彦、田吾作、原彦の病を癒やし給へかし 悩みを助け給へかし』 と歌ひつつ此場に現はれたり。不思議や三人は俄に身体自由となり、耳も聞え、口も縦横無碍に動き出した。 田吾作『イヤ、留公さま、よう来てくれた。もう一足早ければこんな目に遇ふのだ無かつたに、しかし乍ら最前途中で見たお女中さまが、今聞けば玉照姫さまの御生母と云ふ事だ、何とマア神様の御経綸は分らぬものですなア』 お玉『皆さま、良い処へ来て下さいまして結構で御座いました。実はこの婆アの手下の者共が、ミロク神政成就の御宝を、桶伏山から盗み出し、此岩窟に秘蔵して居たのを、今朝になつて所在を知り、何とかして逃げ出さうと思つて居たのですが、婆アの監視が酷いので、どうする事も出来ず、誰人か助太刀に来て下さつたらと思うて居た矢先、貴方のお出で、こんな結構な事はありませぬ。サア一時も早くこのお宝を持つて聖地へ帰りませう』 と後は嬉し涙に声さへ曇る。 宗彦『アヽさうで御座いましたか、私は言依別命様より、是非共三国ケ岳へ行つて来いと仰せられて、魔神を征服せむと出て来たのです。貴方が此処に囚はれて御座る事も、今の今迄夢にも知らなかつた。サア是からこの婆アを言向け和はし、寛る寛ると凱旋致しませう』 お玉『到底婆アには改心の望みはありませぬ、自分から斯うして霊縛にかかつて居るのですから、これを幸ひに皆さん聖地へ帰りませう。此お宝は厳重に封をして置きました、私が捧持して帰ります。前後を警固して下さい。此婆アは半日許り霊縛の解けないやうに願ひ置けば、追ひかけて来る気遣ひもありませぬ。五六十人の手下の荒くれ男が、今日に限つて、何れも遠方へ出稼ぎに行つた留守の間、これ全く天の恵みたまふ時でせう。サアサア長居はおそれ』 とお玉の方は帰綾を促す。 宗彦を先頭にお玉、田吾作、留公、原彦と云ふ順序で、宣伝歌を高く謡ひ、四辺の木魂に響かせながら、聖地を指して目出度く凱旋することとはなりける。 岩窟の中には進退自由を失つた婆ア唯一人、谷の彼方には淋しげに閑古鳥が鳴いて居る。 (大正一一・五・一四旧四・一八加藤明子録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 12 如意宝珠 第一二章如意宝珠〔六七四〕 心の色も照山の麓に建てる高殿は 錦の宮の社務所と世に鳴り渡る秋の風 紅葉の錦散り敷きて寒さ身に沁む時もあれ 頭に霜を戴きし三五教の宣伝使 黒姫、高姫、青彦や紫姫は終夜 眠りもやらずヒソヒソと秘密の話に耽り居る。 高姫『皆さま、高い声では云はれませぬが、玉照彦様、玉照姫様御両人も大切だが、それよりも、もつともつと肝腎要の根本の生粋の神政成就のお宝が紛失したのを皆さま知つて居ますか』 青彦は『エヽツ』と頓狂な声を出し、驚いて仰向きに倒れようとしてやつと身を支へた。 高姫『コレコレ、青彦さま……お前の名は若彦ぢやが……つい口癖になつて云うたのだから怺へて下されや。若葉の色は青いから若彦でも青彦でもよう通ひますからな……然し、ちつと気を沈めて聞いて下さい。外の人に斯んな話が聞えたら高天原は大騒動ぢや、何とか工夫せねばなるまい。こんな事はまだ誰にも言うては無いのぢやが本当に心配の事が出来て居るのだよ』 黒姫『心配な事とは何事が起りました、妾の力に及ぶことなら生命を捨ててでも御用を聞かして貰ひませう』 高姫『実はお玉の方がバラモン教の悪神に攫はれて仕舞ひ、今に行方が分らぬので言依別命様にも申上げ、心配をして居るのぢや』 是を聞いて黒姫、紫姫、若彦は真蒼白な顔をし『ヘエ』と言つたきり呆れて、互に目と目を見合すのみで途方に暮れて居る。 高姫『お前さま、お玉の方が攫はれたと言つてそれだけ吃驚する様な事では仕方がないぢやないか、ちつと胴を据ゑなさい。「身魂が研けて居らぬと真逆の時にびく付くぞよ。身魂さへ研いて置けば如何な心配が起つても胴が据つて楽に凌げるぞよ」とお筆先に有りませうがな、まだまだ吃驚の親玉がモ一つありますぞや』 紫姫『高姫さま、吃驚の親玉とは如何な事です、何卒聞かして下さい。妾も力一杯出来る事なら勤めさして頂きますから』 高姫『親玉と言つたら玉を盗られたのぢやがなア』 紫姫『あのお玉の方をですか』 高姫『お玉もお玉ぢやが、そんな玉とは玉で玉が違ふのぢや。天地がデングリ覆る様な大騒動ぢや。皆さまに言うて上げ度いけれど、あまり胴が据つて居らぬので如何する事も出来やしない。アヽア、神様の、もつと確りしたお道具に成る人が欲しいものだなア』 黒姫『玉とは何で御座います』 高姫『金の玉ぢや、それを盗られたのぢや』 黒姫『それは言依別様ですか、高山彦さまですか、そんな処を……また誰が如何して……穢しい……取つたのでせう』 高姫『エー、合点の悪い人ぢや、睾丸と違ひますよ。桶伏山に埴安彦神様が匿して置かれた、青雲山から持つて来られた神政成就の元津御霊の黄金の玉、如意宝珠の宝物を……皆が気をつけぬものだから、到頭盗られて仕舞うた。こりや屹度バラモン教が攫へて去んだのに違ひない、大変だらうがな』 黒姫『大変です、如何したら宜しからう、言依別命様に伺ひませうか』 若彦『困つた事になりましたなア、そつと伺つて来ませうか』 高姫『そんな事は此間から幾度も幾度も、妾がそつと言依別の教主に相談に行つて居るのぢやけれども、何んとか、かんとか言つて、「マア黙つて居つて下さい、何とか神様がして下さるでせう」なんて、キヨロリ、カンと大山が崩れて来ても動かぬと言ふやうな態度をして御座るものだから、妾は、もう気が揉めて揉めて、立つても居ても居られぬから、今日はお前さま達に寄つて貰つて、何とかせねばならぬと思ひ、相談をするのぢや』 黒姫『これは又、どえらい失敗をしたものですな、夜警にも廻る者が無かつたのかいな』 高姫『その夜警ぢやて、三五教の信者らしう見せて這入つて来よつて、其奴が手引して黄金の玉を盗み、何処かへ逃げて行きよつたのぢや。それだから神様が各自に気をつけて置けと仰有るのぢや。若い者の眠たい盛りに夜警をさして、寝つきの悪い年寄が、無理に寝ようとして無精をかわくものだから、神様が改心の為めに罰をあてなさつたのぢや。之から年寄は夜寝ぬ事にして下さい。その代り昼は何程なりと寝て、夜は気を付けて貰はねば、之から先に如何な事が起るか分つたものぢやない。若い者を昼遊ばし夜夜警をさすと、屹度碌な事は出来はしない。夜分は宵から寝させ、昼働けば宜いのぢやに、第一幹部のやり方が御神慮に叶はぬものだから、斯んな心配事が起るのぢや。黒姫さま、ちつと気をつけなされや』 黒姫『ハイハイ、気をつけます。何と言つても身魂の因縁性来だから仕方がありませぬワ。悪の御用をさされる身魂と善の御用をさされる身魂と、神様が立別けて見せて下さるのぢやから、最前も高姫さまが「神さまの罰が当つた」と仰有つたが、そりやチツトお考へ違ひぢやありませぬか。神様自らがお仕組遊ばす肝腎の宝を敵に盗られて迄、妾達に罰を当てるなんて…可怪しいぢやありませぬか。妾等が盗られたのぢやない、畢竟神様が神業の宝を盗られなさつたのぢや、謂はば神様に罰が当つたのぢや。さうぢやから素盞嗚尊様は善い所もあるけど、変性女子だから間に大縮尻をなさるのぢや。緯は梭が落ちたり糸が切れると言ふのは、ここの事でせう。経は一条を立て通してさへ居れば斯んな事は無いのだけれどなア。アーア然し時世時節には神様も叶はぬのだから、妾等は一旦改心した以上は、時の天下に従ふより外に道は有りませぬ、大将がしつかりしてくれぬと下の者迄が難儀をする。一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふとやら言うて、良い大将の神様が欲しいものだ。如何しても変性女子の身魂が我を張つた時は斯んな懲戒が出て来るのぢや。神さんだつて矢張失敗はあるのだからなア』 若彦『これ、黒姫さま、そりやちつと量見が違ひはせぬか、言へばお前さま達の取締が悪いから斯んな事になつたのぢや。自分の責任を棚へ上げて二つ目には瑞の御霊さんへ責任を持つて行くのぢやな、何程千座の置戸を負うて下さる神さまぢやと言うても……そいつア余りぢや、お前さまの論法は脱線だらけぢやないか』 黒姫『ちつとは脱線もしようかい、天変地異の大騒動が起つとるのだから……一つや二つ汽車電車の脱線はありさうなものぢや』 高姫『何時まで斯んな事を言うて居つた所で、黄金の玉は帰つて来る気遣ひも無し、お玉の方が戻つて御座る筈もない。ここは一つ我々が千騎一騎の活動をして、生命を的に黄金の玉を取返し、お玉の方を探して帰つて来ねば、第一我々初め貴女等の責任が済みますまい』 此時ガラガラと表の戸を開けて這入つて来た二人の男、若彦は目早く見て、 若彦『ヤア、お前はテルヂーにコロンボぢやないか、しつかり夜警をして居るかな』 テルヂー『夜警も神妙にやつて居ますが、黄金の玉を、前に来て居つた徳の野郎奴、バラモン教の蜈蚣姫の間者と共謀になりやがつて、ソツと玉を盗んで行きやがつてからと言ふものは、何の為めに夜警をするのやら有名無実、馬鹿らしうて夜警もやけ気味になつて来ます哩』 高姫『なに、あの徳奴が此間から姿を見せぬと思へば、彼奴が手引をして居つたのか。何と悪い奴ぢやな、それで人に心を許すでないぞよと神様が仰有るのだ、皆さまよう聞いて下さいや、うまい事言うて来ても神に伺はねば相手になつては往かぬとのお筆先を余り軽く見て居つたから、斯んな事になつて仕舞ふのぢや』 黒姫『モシ高姫様、貴方は何時も徳さんは偉い、誠の人ぢや、あんな人ばつかり信者になつて居つたら、三五教は一遍に世界の掌を翻す事が出来ると云うて褒めそやし、お前も徳さまを見習うて手本にしなさいと仰有いましたな。貴方の仰有る事を聞いて手本にでもして居つたものなら、今頃は如何な騒動がオツ始まつて居るやら分りやしませぬぞえ。鼈に尻の穴を吸はれた様な惨目な目に成つて仕舞ふのだ』 高姫『黒姫さま、お前は何を言ふのぢやぞえ、誰がそんな事を言うたのぢや。一寸一遍手洗でも使うて来なさい』 言依別命は何となく心いそいそして寝られぬままに、月の光を浴び、杖をついてブラブラと此高殿の前にやつて来た。屋内の争ひ声に耳をとめ、自ら雨戸を引き開けて進み入り、 言依別『ヤア皆さま、遅う迄エライ勉強ですな、何ぞ結構なお話でもありますかな』 高姫『貴方は高天原の大将ぢやありませぬか、能うそんな気楽な事を言うて居られますな、肝腎要の根本のお宝を紛失し、お玉の方の肉の宮は行方不明となつて、妾達が夜も碌によう寝ず、此通り目を赤うして心配をして居ますのに、貴方は何ともありませぬか。貴方が余り平気な顔して御座るものですから、幹部の連中さまが誰も彼も、いや惟神とか、御都合だとか言つて、尽すべき事も尽さず、懐中に手を束ね、握り麻羅でポカンとみて居るのぢや、ちつと確りして下さい』 言依別『ハヽヽヽヽ、エライ御心配を掛けて済みませぬな、神様は抜目が有りませぬから、さう心配はなさいますな』 高姫『抜目の無い神様なら、なんで其んな大切な玉を盗られなさつたのぢや。神さまだつて此方から気をつけて上げなければ如何なるものか、こんな不調法ばかりなさる、筆先にも「何卒誠の者は神に気をつけて下されよ」と現はれて居るぢやないか、能うマア、ほんにほんにそんな陽気浮気で如何して此高天原の城が保てますか、大勢の者の統一が出来ますかい』 言依別『黄金の玉も、お玉の方も、何れ明日の朝か昼頃には此処へ帰つて見えますよ。神さまがちやんと仕組んで居られるから……貴方等が何程鯱になつても駄目ですよ』 此時門の戸を慌しく叩き、 鬼丸(又は谷丸)『モシモシ、言依別神様はお見えになつて居りませぬか』 黒姫『誰だいなア、無作法な……戸を割れる程ポンポン叩いて……ヤアお前は谷丸ぢやな、身体維れ谷丸処ぢや、早う彼方へ行つて夜警をして来なさい』 鬼丸『エー、滅相な夜警どころですかい、大変な事が起りました。何卒早う言依別神様に帰つて貰ひ度いのです。実の処は此間盗まれた黄金の玉とお玉の方が今表門まで無事に帰られました』 言依別『宗彦も一緒に帰つたかな』 鬼丸『ハイ、宗彦さまも、その外三人のお伴もついてお帰りになりました』 言依別命は莞爾し乍ら鬼丸を伴ひ表門へ進み行く。 高姫『サア黒姫さま、青さま、若さま、紫さま、如何しよう如何しよう、大変ぢや大変ぢや』 若彦、紫姫、黒姫、高姫は嬉しさの余り室内を狼狽へ廻つて居る。お玉の方に抱かれて黄金の玉の御神体は一とまづ錦の宮の殿内深く納まり給うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 言依別命は祝意を表し立つて宣伝歌を歌ひ始めたり。 言依別命『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 三五教の神宝黄金の玉の如意宝珠 バラモン教の曲神にそつと盗まれ言依の 別の命は驚いて錦の宮に馳せ参じ 玉照彦や玉照の姫の命に伺へば 宝珠の玉は三国岳バラモン教の副棟梁 心の鬼ケ城山に砦構へし鬼熊別の 醜の魔神の宿の妻蜈蚣の姫の鬼婆さま 岩窟の中に立て籠り貴の宝を奪ひ取り お玉の方と諸共に占奪せりと聞きしより 我は神勅畏みて人に知らさず三五の 道の司の新参者天の真浦が弟なる 心の清き宗彦に旨を含めて霧の海 渡りて三国の山奥に遣はしければ宗彦は 使命を果し漸うにお玉の方と諸共に いそいそ此処に帰りけり玉照彦や玉照姫の 神の命の神司お玉の方の三つ霊 黄金の玉の五つ霊三つと五つとの睦み合ひ 此処に愈三五の神の教は輝り渡る 三五の月照彦の神思ひも此処に足真彦 教は四方に弘子彦の神の命と現はれて 悪しき病も少名彦愈神の御光も 高照姫や純世姫真澄の姫の鑑なす 尊き教も竜世姫御代も豊に国治立の 神の命や豊国姫の瑞の御魂のお喜悦 埴安彦や埴安姫の清き御魂も勇み立ち 天津神等八百万国津神等八百万 是の聖地に神集ひ今日の生日の喜悦を 祝ぎ給ふ嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しまして世は久方の空高く 天津日嗣の永久に動かぬ御代と守りませ 円山姫の守られし黄金の玉は恙なく 再び此処に復りまし五六七神政の神業の 光と現はれ給ふらむ勇めよ勇め諸人よ 人が勇めば神勇む吾は言依別命 コーカス山や斎苑館珍の都のヱルサレム エデンの園に現れませる御神も共に喜びて 堅磐常磐に何時までも栄えませよと祈りつつ 日の出神や日の出別木の花姫の御活動 天地の神も三五の教の司も信徒も 歓ぎ喜び舞ひ遊ぶ鶴の齢の末長く 亀万歳の永久に守らせ給ふ此教 あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・五・一四旧四・一八北村隆光録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 01 高春山 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録)
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(1776)
霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 03 月休殿 第三章月休殿〔六七七〕 竜国別、玉治別、国依別の三人は珍の館の奥の室に打通り、梅照姫が調理せし晩餐に舌鼓を打ち、主客打ち解けて四方八方の話に耽る。 梅照彦『最前の玉治別様のお歌に依つて、津の国の高春山へお出でになる事を承知致しました。然し乍ら此方から御出でになるのは、少し迂回ではありませぬか』 玉治別『少しは迂回ですが是には理由があるのです。実は福知山の方面から柏原を通り鬼の懸橋を渡つて参る積りでしたが、出発の前夜に大変な夢を見まして……それで此方へ途を変へたのです。さうして玉照彦様のお出ましになつた高熊山の岩窟を拝して行くのが順当だと気がついたのです。悪魔に対し言霊戦を開始するのですから、余程修業をして参らねばなりませぬ。高姫、黒姫の宣伝使は、不覚にも飛行船に乗つて只一息に苦労も無しに高い所から敵を威喝しようと思つて出たものですから、三ケ月有余も経つた今日何の消息も無し、それが為めに言依別命が我々を密かにお遣はしになるのです。聖地の人々は我々三人以外、誰一人知つて居ないのです。バラモン教やアルプス教の間者が沢山に信者となつて化込んで居りますから、うつかりした事は言はれないのです。又仮令異教の間者が居らないにしても幹部の連中や信者に知らせますと、直に如何な大切の事でも喋つて仕舞ひますから困つたものですよ。何故あれだけ秘密が守れないのかと不思議な位です。三人の外に誰にも言ふなと仰有つたのですから、秘密は何処迄も守らねばなりませぬからなア』 国依別『オイ、玉治別、お前は幹部が喋舌ると今言つたが、我々両人が何も言はないのに、お前は斯んな秘密を門前で大きな声で歌つたぢやないか。猿の尻笑ひと言ふのはお前の事だよ』 竜国別『ハヽヽヽヽ、到頭秘密が曝れて仕舞つたぢやないか。「これは秘密だからお前さまより外には言はないから、誰にも言つて下さるな」と口止めする。聞いた人は「諾々決して言はぬ」と言ひ乍ら、又次の人に「此奴ア秘密だから誰にも言はれぬ。お前だけに言つたのだから、屹度他言はして呉れるな」と口止めする。又次から次へと其通り繰返されるものだ。そして一人より言はないと言つた者が、会ふ人毎に尋ねもせぬのに「お前一人だけだ」と言つて、終には秘密の方が拡がるものだ。表向広告的に言つたのは誰も耳に止めないから却て拡まらないものだよ。「お前一人と定めて置いて、浮気や其日の出来心」式だから困つたものだ。なア国依別』 国依別『そうだなア、此筆法を宣伝に応用したら如何でせう。不言講とか言つて「お前丈けに結構な事を聞かしてやるのだから、主人にでも……仮令我子にでも女房にでも言ふ事はならぬ」と口止めをして置くと、其男は「俺は身魂が立派だから、誰も知らぬ事を神様から彼の口を通して言つて下さつたのだ」「俺の身魂は立派だから、神慮に叶つて居るから、斯う言ふ大切な事を知らして貰へるのだ」と思つて自慢相に人々に秘密々々と言つては喋り散らす、それが却て能く拡まる様なものだ。三五教の宣伝使も、その筆法を応用したら、却て良いかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 玉治別『然しそれは……さうとして、梅照彦さまはそんな軽薄な御方ぢや無いから、屹度秘密を守られるでせう』 梅照彦『私は守る積りですが、女房や下男が……余り大きな声で仰有つたものだから……全部聞いて居りませう。そいつア何うも請負ふ事は出来ませぬなア』 玉治別『困つた事だ。何卒成就するまで他へ洩れない様に……喋舌られては困るから……どうか暫時奥さまと下男とは座敷牢にでも入れて、人に会はさない様にして下さいますまいかなア』 梅照姫『オホヽヽヽ、妾は滅多に言ひませぬが、貴方言はぬ様になされませ。屹度道々秘密を開け放しにして、何も彼もみんな仰有るでせう』 玉治別『イヤイヤ決して決して、余りむかついたものですから、つい門口で脱線したのですよ』 梅照姫『余程言霊鉄道の敷設工事が請負と見えて、粗末な事がしてあると見えてますなア、ホヽヽヽヽ』 竜国別『何分宇都山村の田吾作時代には、随分狼狽者の大将だといふ評判でしたから、矢張三才児の癖は百歳迄とか言つて、仕方の無いものですワイ』 玉治別『そんな昔の事をさらけ出して、人の前で言ふものぢやない。竜国別、私が出立の際に「何卒誰にも玉治別は宇都山村の田吾作だと云つて下さるな、秘密にして下さい」と頼んだ時「俺も男だ、ヨシ、言はぬと云つたら首が千切れても言はない」と言明し乍ら、三日も経たぬ間に秘密を明すとは何の事だい。余り人の事を云ふものぢやありませぬぞ。自分の過失は分らぬものと見えますわい』 竜国別『ヤア此奴ア縮尻つた。然し乍らお前が田吾作だつたと言つた所で、今回の作戦計画に齟齬を来す様な大問題ぢや無いから……マア大目に見るのだなア』 玉治別『小さい事だと云つて秘密を洩らしても良いのですか。小さい事を洩らすやうな人は、矢張大事を洩らすものですよ。蟻穴堤防を崩すとか言つて、極微細な事から大失敗を演ずるものだ。如何ですか』 竜国別『ヤア大変な速射砲を向けられて……イヤもう恐れ入りました。只今限り屹度慎みませう』 梅照彦『皆さま、お疲労でせうから、もうお寝みなさいませ』 玉治別『何時迄も攻撃計り受けて居つても詮らない。ア、お迎ひが出て来た様だ。アーアツ』 と口の引裂ける様な欠伸をなし、目を擦つて居る。 梅照姫『サア、お寝みなさいませ。奥の室に寝床が敷いて御座いますから』 玉治別は、 玉治別『皆さま、お先へ』 と奥の室に入るや否や、雷の如き鼾をかいて他愛もなく寝入つて了ふ。二人は続いて、 竜国別、国依別『左様なれば寝ませて頂きませう』 と奥の室に入る。玉治別の粥を煮る大きな鼾が耳に這入つて二人とも寝つかれず、そつと裏口を開けて、月を賞め乍ら庭園を逍遥してゐる。 竜国別『アヽ佳い月だな。秋の月も佳いが、冬の月も又格別綺麗な様だ。あの月の中に猿と兎が餅を搗いて居ると云ふ事だが、一つ我々に搗落して呉れさうなものだなア』 国依別『アハヽヽヽ、八日日が来たら落して呉れますワイ』 竜国別『卯月八日、花より団子と言つて、あれや餅ぢやない、団子ぢや』 国依別『団子でも餅でも、矢張搗かねばならぬよ』 竜国別『団子は月が落すのぢや無い。此方から搗いて上げるのだよ。竹の先に躑躅の花と一緒に括つてな……』 国依別『その上げた団子を揺すつて落して喰つて呉れるのだ。十五の月は望月(餅搗)と云ふから、屹度十五日になれば餅搗するに違ひない』 竜国別『良い加減に洒落て置かぬか。お月さまに恥かしいぞよ』 国依別『三五の月の御教を開く我々宣伝使は、何……月に遠慮する事があらうかい。子がお母アさまになんぞお呉れと言つて、駄々と団子をこねるやうな心餅で居るのだよ、アハヽヽヽ』 竜国別『あのお月さまの顔には痘痕が出来て居るぢやないか。円満清朗、月の如しと言ふけれど、余りあの痘痕面では立派でも無い様だ。月は玉兎と云ふからには、ドコか玉治別の円い御面相に似た所がある様ぢや無いか』 国依別『玉治別の面の様に見えてるのは、矢張あれは地球の影が映つて居るのだ。白い所は水、黒い所は陸地だ。天体学の事なら、何でも俺に尋ねたら聞かしてやらう、オホン』 竜国別『アハヽヽヽ、瑞月霊界物語の第四巻を読んだのだらう』 国依別『そんな本が何処にあるのだ』 竜国別『三十五万年の未来に活版刷で天声社から発行せられた単行本だ。それに出て居るぢやないか。貴様はまだ見た事が無いのだなア。あれだけ名高い名著を知らないとは余程時代遅れだ。それでも宣伝使だからなア』 国依別『未来の著述は見ても見ぬ顔をして居るものだ。世の中が開けて来ると種々の学者とやら、役者とやらが出て来て、屁理屈を言つて飯食ふ種にする奴があるから、……それを思うと俺も愛想が月さまだよ。まア現在の事でさへも分らないのに、未来の事までも研究は廃めて置かうかい。三五教の其時代の宣伝使でさへも、読んで居ないものがある位だからなア』 竜国別『未来の宣伝使は無謀なものだなア。しかし大分に夜露を浴びた様だが、もう徐々帰つて寝床に横はらうぢやないか』 国依別『俺はもう少時散歩する。却て一人の方が都合が好いから……お前は先へ寝たが宜からう。又肝腎の時になつて眠むたがると困るからなア』 竜国別『そんならお先へ御免を蒙る。お前は、ゆつくりお月さまとオツキ合ひ話でもするが良いわい。近い所に御座るからよく聞えるだらう』 国依別『きまつた事だ。お月様の分霊が……これ見い、此通り……草の上にも玉の如く輝いて御座る。貴様の鬚にも沢山に天降つて御座るぢやないか。神様の御威徳は斯んなものだ。貴様はお月様は只御一体で大空ばつかりに居られると思つて居るやうだが、仁慈無限の弥勒様だから、草の片葉に至る迄此通り恵みの露を降して、輝き給ふではないか』 竜国別『成る程、さう言へば……そうだ。是だけは国さまの嘘月でも間誤月でもない、併し雨露月だなア』 国依別『分つたか、「月二つ担うて帰る水貰ひ」と云つて、一荷の桶水の中にも御丁寧に一ツづつお月様は御守護して下さるのだ』 竜国別『よく分りました。モウ之位で御中止を願ひます』 国依別『馬鹿云ふな。此処は月の名所、月宮殿の御境内だ。これ丈け結構な月の光を拝んで此儘寝ると云ふ事があるものか。サア今の間に月宮殿へ参拝して、その上で寝まうぢやないか』 竜国別『ウン、それもそうだ。そんなら一つ是からお参詣して来うか。天には寒月、地には迂露月の影ふるふだ、アハヽヽヽ』 両人『サア行かう』 と両人は鬱蒼とした森影に建てられたお宮の前にすたすたと進み行く。 二人は月の森の月宮殿の階段を登りながら、 竜国別『結構な月だが、斯う鬱蒼と樹木が茂つて居ると、肝腎の月宮殿は、暗も同様ぢやないか。此月宮殿は暗宮殿だ。これ程綺麗なお月様が祀つてあるのに、何故此森が明くないのだらう』 国依別『馬鹿言ふな。之は晦の月宮殿といつて、お月様のお休み遊ばす御殿だ。宮と云ふ字は休と云ふ字に改めさへすれば、名実相適ふのだ、イヤ明月相反すと言ふのだ。アハヽヽヽ』 神殿の何処ともなく、 『ガサガサグヽヽヽ』 と怪しき物音が聞えて来る。 竜国別『ヤア此宮は余程古いと思へば、貂か鼬が巣をしてると見えて、大変に暴れて居るぢやないか。「月は天に澄み渡る」と詩人が言つて居るが、貂は月の宮に棲み渡り頭から糞、小便を垂れ流すぢやないか。之を思へば月宮殿も薩張愛想が月の宮ぢや。此宮も貂や鼬の棲処となつては最早運の月だなア』 国依別『人間の運命にも栄枯盛衰がある。潮にも満干がある。此宮さまは今は干潮時ぢや。それだからかう見窄らしく荒廃して居るのだ。之でも五六七の世に成れば、此お宮は金光燦然として闇を照し、高天原の霊国にある月宮殿の様になるのだが、何程結構な弥勒さまのお宮でも時を得ざればこんなものだ。信真の徳の失せたる世の中の姿が遺憾なく此お宮に写されてあるのだ。嗚呼如何にせんやだ』 竜国別『そうだなア、社会の時代的反映かも知れないなア。神様が頭から四足に糞や小便をかけられ、四足と同居して御座る様では御神徳も何もあつたものぢやない。御神徳さへあれば、こんな失敬な……神様の頭の上へ上つて糞や小便を垂れる奴に、罰を当てて動けない様に霊縛なさりさうなものぢやないか』 社の中より、 (玉治別)『此方は月の大神であるぞよ。汝三五教の宣伝使、竜国別、国依別の盲目ども、否魔誤月、嘘月、キヨロ月人足、神の申すことを耳を浚へてよつく聞け。神は人間の信真の頭に宿る、決して畜生等には神の聖霊は宿らないぞ。畜生には人間の副霊が宿つて居るのだ。それだから神殿に鼬や貂等が小便を垂れ様が、糞を垂れ様が、放任してあるのだ。元来が畜生の因縁を以て生れて来て居るからだ。神は人間らしき人間が無礼を致した時は即座に神罰を与ふるぞ。只今の世の中は獣が人間の皮を被り白日天下を横行濶歩する暗の世だ。今、此処へ人一化九の妖怪が二匹も現はれて来よつたが、之も人間で無いから神罰は当てないで差赦してやらう。サア如何ぢや、人間なれば人間と判然申せ。四足の容器なれば容器で御座いますと白状致せ。神の方にも考へがあるぞよ』 国依別は小声で竜国別に向ひ、 国依別『オイ、何だらうな。えらい事を言ふぢやないか』 竜国別『あんまり神様の悪いことを言つたものだから、神さまが怒つて御座るのかも知れないよ』 国依別『罰が当る様なことは出来はしまいかな』 竜国別『サア、其処ぢやて。俺も一つ如何言はうか知らんと思つて心配をして居るのだ。結構な神の生宮たる万物の霊長、大和魂の人間で御座いますと言へば、直に神罰を当てられて如何な目に逢はされるか知れないし、四足の容器と言へば、お咎めは無いけれど本守護神に対して申訳が立たぬなり、自分も何だか阿呆らしくて、卑怯未練にもそんな事は断然、アヽもう良う言はんワ』 宮の御殿より、 (玉治別)『人間か、四足か、早く返答致せ。四足と有体に白状すれば今日は断然赦して遣はす。人間と申せば此儘汝の生命を取つて、根の国、底の国へ追ひやつてやらう。サア早く返答を致さぬか』 竜国別『ハイ、一寸待つて下さいませ。今鳩首謀議の最中で御座います。相談が纏まつた上御返事を申上げます』 宮の中より、 (玉治別)『エー、これしきの問題に凝議も何もあつたものか、一目瞭然だ、早く返答致せ。四足に間違ひあるまいがな』 両人『へ……そ……それは……あんまり……殺生で御座います……』 宮の中より、 (玉治別)『それなら誠の人間と申すのか』 国依別『ハイ……まア人間が半分……畜生が半分で人獣合一の身魂で御座います』 宮の中より、 (玉治別)『然らば獣の分だけは赦して遣はす。半分の人間を之から成敗致す。耳一つ、眼玉一つ、鼻一つ、下腮を取り、手一本、足一本引き抜いてやらう。有難う思へ』 竜国別『ヤア、もう何卒今度に限り大目に見て下さいませ』 宮の中より、 (玉治別)『何、大目に見て呉れと申すか、蛇の目の唐傘の様な大きな目で睨んでやらうか』 国依別『イエイエ滅相な、そんな目で睨まれては此方も……めゝゝゝゝ迷惑を致します』 宮の中より、 (玉治別)『此方も時節の力で斯の如く屋根は雨漏り、鼬、貂の棲処となり、些か迷惑をいたして居る。どうか此方の片腕が欲しいと思つて居た矢先だ。いやでも応でも其方達の片腕を取つてやらう』 竜国別『滅相もない、片腕どころか、弥勒様の為なら、両腕を差上げて粉骨砕身して尽しますから、お頼み申します』 と泣き入る。宮の中より、 (玉治別)『よしよし、粉骨砕身は註文通り赦してやらう。サア脇立、眷族共、両人の骨を粉にし身を砕いて参れ。粉骨砕身して尽さして呉れえと願ひよつたぞよ』 竜国別『モシモシ、その粉骨砕身の意味が断然違ひます。さう早取りをしてもらつては困ります』 宮の中より、 (玉治別)『粉骨砕身とは読んで字の如しだ。神は正直だから誤魔化しは、些も聞かぬぞよ』 国依別『オイ竜、此奴アちつと怪しいぞ』 竜国別『そうだなア、田吾作の声に似ては居やせぬかなア』 宮の中より、 (玉治別)『コラコラ両人、其方はまだ疑ふのか。此方は空に輝く月の玉治別命、又の御名は田吾作彦の大神であつたぞよ。ワツハヽヽヽ』 竜国別『あんまり馬鹿にすない。俺の胆玉を大方潰して仕舞ひやがつた』 国依別『こら、悪戯けた真似をしやがると承知をせぬぞ』 玉治別『胆玉ばかりぢや無からう。睾丸が潰れかけただらう、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、ドシンドシンと朽ちはてた階段を降つて来る。三人は笑ひ乍ら梅照彦の館を指して、月を仰ぎつつ門前に着いた。梅照彦、梅照姫は、 梅照彦、梅照姫『モシ貴方等、何処へ行つて居られました。俄に三人様のお姿が見えぬので、何かお気に障つてお帰りになつたかと思ひ、大変に胆を潰しましたよ』 玉治別『睾丸は大丈夫ですかな、アハヽヽヽ』 竜国別『実は我々両人はあんまり月が佳いので、つい浮かれて散歩をし……月宮殿に参拝して……』 玉治別『胆玉を潰しました』 竜国別『お前、黙つて居れ。人の話の尻を取るものぢやない』 玉治別『何、尻は取りたくないが睾丸が取り度いのだ、アハヽヽヽ』 国依別『月宮殿と云ふ所は妙な処ですな。貂がものを言ひましたよ。而も神さまの声色を使つて……てんと合点のゆかぬ事ですわい』 梅照彦『エ、貂がものを言ひましたか、それや聞き始めだ。何と云ふ貂でせう』 国依別『何でも田吾作とか言ふ貂で、鼬の成上りださうです。随分気転の利かぬ馬鹿貂の水転でしたよ、アハヽヽヽ』 一同腹を抱へて『アハヽヽヽ』と笑ひ転ける。 (大正一一・五・一六旧四・二〇北村隆光録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 05 言の疵 第五章言の疵〔六七九〕 玉治別が早速の頓智に、六人の小盗人は始めて其非を悟り、喜んで神の道に帰順し、宣伝使に従つて高春山に向ふ事となつた。日は漸く暮れかかり、月背と見えて山と山とに囲まれし谷道も、どことなく明るくなつて来た。されど東西に高山を負ひたる谷路には、皎々たる月の影は見えなかつた。暫くすると怪しき唸り声が前方に聞え、次いで幾百人とも知れぬ人の足音らしきもの、刻々に聞えて来た。 玉治別『ヨー怪しき物音が聞えて来たぞ。コレヤ大方山賊の大集団の御通過と見える。我々は此処に待受して、片つ端から言向和し、天晴大親分となつてやらう。アヽ面白い面白い。天の時節が到来したか。サア竜、国、遠州、其他の乾児共、抜目なく準備を致すのだよ』 国依別『ハハア、又商売替ですかな』 玉治別『機に臨み変に応ずるは英雄豪傑の本能だよ』 遠州『モシモシあの足音は人間ぢやありませぬ。あれは千匹狼と云つて、時々此路を通過する猛獣です。何程英雄豪傑でも、千匹狼にかかつては叶ひませぬ。サアサア皆さま、散り散りバラバラになつて、山林に姿を隠して下さい。余り密集して居ると狼の目に付いたら大変です』 玉治別『ナアニ、善言美詞の言霊を以て、狼の奴残らず言向け和すのだ』 竜国別『そんな馬鹿言つてる所か、サア早く、各自に覚悟をせよ。畜生に相手になつて堪るものかい。怪我でもしたら、それこそ犬に咬まれた様なものだ……否狼に咬まれては損害賠償を訴へる訳にも行かず、治療代もどつからも出やせぬぞ。オイ国依別、遠州、駿州、一同、玉公の言ふ事を聞くに及ばぬ。今日は俺が臨時の大将だ。サア早く早く』 と傍の樹木密生せる森林の中へ駆込む。国依別外六人は竜国別と行動を共にした。玉治別は依然として路上に立ち、 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も弱い奴だなア。多寡が知れた四つ足の千匹万匹何が怖いのだ。オイ狼の奴、幾らでも出て来い』 と呶鳴つて居る。狼は五六間前まで列を組んでやつて来たが、路の真ん中に立ちはだかり、捻鉢巻をしながら噪やいで居る玉治別の勢に辟易したか、途を転じて谷の向側の山を目がけ、ガサガサと音させ乍ら、風の如くに過ぎ去つて了つた。玉治別は、 玉治別『アハヽヽヽ、弱い奴だな。そんな事で高春山の猛悪な鬼婆が、どうして退治が出来るかい。エーいい足手纏ひだ、単騎進軍と出かけよう』 と四辺に聞ゆる様にワザと大声で喚き乍ら峠を登り行く。竜国別外七人は早くも山を一生懸命に駆あがり、向側に姿を隠して居た。為に玉治別の声も聞えなかつた。玉治別は鼻唄を唄ひ乍ら、峠の頂上に達し赤児岩と云ふ赤子の足型の一面に出来た、カナリ大きな岩石が突き出て居るのを見付け、 玉治別『アヽ結構な天然椅子が人待顔にチヨコナンとやつて居るワイ。オイ岩椅子先生、貴様は余程幸福な奴だ。三五教の大宣伝使兼山賊の大親分たる玉治別命又の御名は田吾作大明神が、少時尻をおろして休息してやらう。此光栄を堅磐常磐に、此岩の粉微塵になる千万劫の後迄も忘れてはならぬぞよ。躓づく石も縁の端、腰掛け岩椅子もヤツパリ縁の端だ。……ヤア始めてお月様のお顔を拝んだ。実に立派な美しい御姿だなア』 と独ごちつつ少しく眠気を催し、フラフラと体を揺つて居る。其処へスタスタと上つて来た二人の荒男、 甲『ヤア来て居る来て居る』 乙『居眠つて居るぢやないか。大分に草臥れよつたと見えるワイ。オイ源州、貴様はこれを持つて、テーリスタンに渡すのだ。俺は今三五教の宣伝使が沢山な乾児を連れて、高春山へやつて来よるから、其準備の為に行くのだから、貴様は此処に金もあれば、一切の作戦計画を記した人名簿もある…しつかりと渡して呉れよ』 玉治別はワザとに声をも出さず、首を二三度上下に振つて包みを受取つた。二人の荒男は追手にでも追ひかけられたやうな調子で、峠を南へ地響きさせ乍ら、巨岩が山上から落下する様な勢で駆下り行く。 玉治別『彼奴はアルプス教の……部下の者と見えるな。俺を味方と見違へて、大切な物を預けて行きよつた。ヤツパリ、アルプス教の奴も巡礼姿になつて居るのがあると見えるワイ。併し乍ら此処に居つては、又やつて来よつて発覚されては面白くない。なんとか位置を転じて、ユツクリと中の書類を調べて見ようかな』 と小声に言ひ乍ら、二三十間許り山の尾を踏んで、月の光を賞めつつ歩み出した。谷底に当つて幽かな火が、木の間に瞬いて居る。これを眺めた玉治別は、 玉治別『アヽ此山奥に火を点して居るのは、此奴ア不思議だ。ヒヨツとしたら山賊の棲家か、但は樵夫か。何は兎もあれ、あの火光を目当に近寄つて、様子を窺うて見よう。旅と云ふものは随分面白いものだなア』 と一点の火を目標に、樹木茂れる嶮しき山を、谷底目蒐けて下りついた。見れば笹や木の皮をもつて屋根を蔽ひたる、小さき木挽小屋である。中には男のしはぶき[※「しはぶき」とは、咳、咳払いのこと。]が聞えて居る。 玉治別『モシモシ、私は巡礼で御座いますが、道に踏みまよひ、行手は分らず、幽かな火を目あてに此処まで参りました。どうぞ、怪しい者ではありませぬから、一晩泊めて下さいな』 中より男の声、 男(杢助)『ハイハイ、此処は御存じの通り、穢苦しい木挽小屋で御座いますが、巡礼様なれば大変結構で御座います。どうぞ御這入り下さいませ』 と快く荒くたい戸を、中からガタつかせ乍ら漸く開いて、奥に案内する。玉治別は案内に連れて、一寸した山中に似合はぬ美しい座敷に通つた。 玉治別『此深山にお前さま、たつた一人暮して居るのかい。門にて聞けば男の泣き声がして居つたやうだが、アレヤ一体、誰が泣いてゐたのですか』 男(杢助)『私は木挽の杢助で御座いますが、家内のお杉が二時許り前に国替を致しまして、それが為に死人の枕許で、此世の名残に女房に向つて泣いてやりました。併し乍ら俄やもをでどうする事も出来ず、霊前に供へる物もないので、握飯を拵へて霊前に供へ、戒名の代りに板切れを削つて、斯うして祀つて置きましたが、あなたは巡礼様ぢやと聞きましたが、どうぞ私がお供へ物の準備や、其外親友や寺の坊さまに知らして来る間、此処に留守して居て下さいますまいか。一寸行つて参りますから……』 玉治別『ヘエそれは真にお気の毒な事ですな。私も急ぐ旅ではあるが、これを見ては、見棄てておく訳にも行かぬ。死人の夜伽をして居るから、サアサア早く行て来なさい』 杢助『是れで安心致しました。どうぞ宜しうお願致します』 とイソイソ戸外に駆出して了つた。玉治別は、 玉治別『エー仕方がない。偶家があると思へば死人の夜伽を命ぜられ、あんまり気分の良いものぢやないワ。それよりも千匹狼と戦争する方が、なんぼ気が勇んで、心持が良いか知れない。併しこれも時の廻り合せだ。泥棒から金を貰ひ、秘密書類を巧く手に入れたと思へば、一時経つか経たぬ間に、忽ち坊主の代りだ。蚊の喰ふのに蚊帳も吊らずに、こんな所にシヨビンと残されて、蚊の施行を今晩はやらねばならぬか。どこぞ此処らに湯でも沸いては居りませぬかな』 と其処辺中を探して見ると、口の欠けた土瓶が一つ手に触つた。 玉治別『ヨー、水も大分に汲んであるワイ。一層のこと、土瓶に湯でも沸かして飲んでやらうかな』 と木の破片屑[※「はつり」は「斫(はつ)り」で、何かを壊したり削ったりすること。]を拾うて竈に土瓶を懸け、コトコトと焚き出した。瞬く間に湯は沸騰つた。 玉治別『サアこれでも飲んで、一つ夜を徹かさうかな』 フト女房の死骸の方に目を注けると、頭の先に無字の位牌を据ゑ、線香を立て、其前に握り飯が供へてある。蒲団の中から細い手を出して握り飯をグツと掴んでは取り、又掴んでは取るものがある。 玉治別『エー幽霊の奴、供へてある握り飯を喰つて居やがる。此奴ア、胃病かなんぞで死んだ奴だらう。喰物に執着心の深い亡者だなア。何だか首の辺りがゾクゾクと寒うなつて来居つた。エー構はぬ、熱い湯でも呑んで元気でも出さうかい』 と口の焼ける様な湯を、欠けた茶碗に注いで、フウフウと吹きもつて飲み始め、 玉治別『ヤア何だ。ここの水は炭酸でも含んで居るのか、怪体な臭気がするぞ。大方女房が薬入れか、炭酸曹達でも入れて居つた土瓶かも知れないぞ。あんまり慌てて中を調査るのを忘れて居つた。ヤア何だか粘つくぞ。大変に粘着性のある水だなア』 と明りに透かして見ると、燻つた中からホンノリと文字が浮いて居る。よくよく見れば「お杉の痰壺代用」としてある。 玉治別『エー怪つ体の悪い、此奴ア失策つた。幽霊は細い手を出して握り飯を食ふ、此方は痰を呑まされる、怪つ体なこともあればあるものだ。……コレヤ最前の男が俺に与れた此包みもヒヨツトしたら蜈蚣か何かが出て来るのぢやあるまいかな。一度ある事は三度あると云ふから、ウツカリ此奴は手が付けられぬぞ。開けたが最後、爆裂弾でも這入つて居つたら大変だ。ヤア厭らしい、又細い手で握り飯を掴んで居やがる。大方喰うて了ひよつた。此奴ア、中有なしに直に餓鬼道へ落ちた精霊と見えるワイ。こんな所に厭らしうて居れるものぢやない。併し一旦男が留守してやらうと請合つた以上は、卑怯にも逃げ出す訳にも行くまい。やがて帰つて来るだらう。それまで其処辺の林をぶらついて、お月様のお顔でも拝んで来よう。斯うなると、我々に同情を表して呉れるのはお月様丈ぢや。竜国別、国依別其他の腰抜は、どつかへ滅尽して了ひ、寂しい事になつて来たワイ』 と門口を跨げ、何時とはなしに二三丁も歩み出し、谷水の流れに水を掬ひ、口に含んで盛に、家鶏が水を飲む様に、一口入れては首を挙げ、ガラガラガラブーブーと吹き、又一口飲んでは仰向き、ガラガラガラガラ、ブーブーブーと、幾度ともなく繰返して居る。 火影を目標に探つて来た竜国別、国依別、遠州、武州外四人は、玉治別の姿を夜目に見て、怪しき者と木蔭に佇み、様子を窺つて居る。 遠州『モシ宣伝使様、ガラガラブーブーが現はれました。ここは一つ家の木挽小屋、何が出るやら知れませぬ。アレヤきつと化州でせう』 国依別『ナニ幽霊が水を飲んでゐるのだ。つまり含嗽をしてるのだよ。貴様行つてしらべて来い』 玉治別は木蔭にヒソビソ語る人声を聞きつけ、 玉治別『オイ何処の何者か知らぬが、俺も連れがなくて、淋しくつて困つて居るのだ。狼でも泥棒でも何でも構はぬ。遠慮は要らぬ。這入つて、マア湯が沸かしてあるから、ゆつくりと飲んだがよからうよ』 竜国別『アヽあの声は玉治別によく似て居るぢやないか』 国依別『左様々々、大方玉公の先生でせう……オイ玉ぢやないか』 玉治別『その声は国だなア。好い所へ来て呉れた。マア面白い見せ物も見ようと儘だし、湯も沢山に沸いてるから、トツトと俺に従いて来い。今日は山中の一つ家の臨時御主人公だ。サア此方へ……』 と手招きし乍ら、月光漏るる谷路を帰つて行く。 遠州『ヤア此家は杢助と云ふ強力者の住まつて居る木挽小屋です。彼奴に随分、我々の仲間は酷い目に遭うたものです。剣術、柔術の達人で、三十人や五十人は手毬の様に投げ付ける奴ですよ。さうして立派な嬶アを持つて居るのです。その嬶アが又中々の強者で、杢助に相当した腕力を持つて居るのだから、誰も此処ばつかりは、怖くてよう窺はなかつた所です。私等は顔をこれまでに見られて居るから剣呑です。貴方がたどうぞお這入り下さいませ。暫時木蔭で待つて居ますから』 竜国別『何、我々が付いて居れば大丈夫だ。遠慮は要らぬ。今日は玉公親分の家長権を持つて居る日だから、トツトと這入つたがよからう』 遠州『それでもあんまり閾が高く跨れませぬワ』 竜国別『ハハア、ヤツパリお前にも羞悪の心がどつかに残つて居るな。そんなら暫く泥棒組は木蔭に待つて居て呉れ』 遠州『泥棒組とは酷いぢやありませぬか。最早我々はピユリタン組とは違ひますかいな』 竜国別『ピユリタン組でも泥棒組でも良いワ。暫く其処辺へドロンと消えて、待つてゐるのだよ』 と云ひ棄て、竜、国の両人はヌツと家中に這入り、 竜国別、国依別『ヤア割りとは山中に似ず、小瀟洒とした家だなア』 玉治別『エヽ定つた事だい。俺が家長権を握つた大家庭だから、隅から隅まで能く行届いて居らうがな。併し俺の嬶が俄の罹病で死亡しよつたのだ。就ては俺に恋着心が残つたと見えて、死んでからでも細い手を出して、十許りの握り飯を既に八つ許り平らげて了ひよつたのだ。マア湯でも呑んでユツクリと嬶アの夜伽をしてやつて呉れ』 国依別『又しても、しようもない。本当に当家に死人があつたのか。貴様泥棒の臨時親方になつたと思うて、強盗をやつて此家の大切な嬶アを殺したのぢやないか』 玉治別『若い時から、女殺しの後家倒し、姫殺しと綽名を取つた玉治別ぢや。口でも殺せば、目でも殺すと云ふ業平朝臣だから、女の一人位、強盗になつて殺すのは当然だよ』 竜国別『マサカ人の女房を殺す様な、貴様も悪人ではなかつたが、三国ケ嶽の鬼婆の霊でも憑きよつたのかなア。エライ事をして呉れたものだワイ』 玉治別『マアどうでも良い。湯が沸いて居るから一杯飲んだらどうだ。これも玉治公がお手づからお沸し遊ばした結構なお湯だ。チヨツと毒試をして見たが、随分セキタン臭い水だ。併し胃病の薬には良いかも知れないわ』 国依別『一寸其土瓶を俺に貸して呉れ。調査る必要があるから。ウツカリ知らぬ宅へ来て、湯でも飲まうものなら、どんな毒薬が仕込んであるか分つたものぢやないわ』 玉治別『ナアニ、抜目のない玉治公がチヤンと査べてある。決して毒ぢやない。これは宝丹の入れ物だ。それで宝丹の匂ひが少しはして居る』 とニヤリと笑ふ。国依別は、 国依別『ナニ放痰、いやマスマス怪しいぞ』 と無理に取り上げ、灯にすかして見て、 国依別『ヤア何だか印が付いて居る……お杉の痰壺代用……エイ胸の悪い』 と云ひなり、不潔さうに土瓶を握つた手を放した。土瓶は庭にバタリと落ちて滅茶々々に破れ、煮湯はパツと四方に飛び散り、三人の顔に熱い臭い奴が、厭と云ふ程御見舞申した。 竜国別『サツパリ男の顔に墨ではなうて、痰を塗りやがつたな。ヤアヤア死人がムクムクと動き出したぢやないか。永久の死人ぢやあるまい。夜分になつたら臨時死ぬると云ふ睡眠状態だらう』 玉治別『そんな死方なら、誰でも毎晩やつて居るぢやないか。お前達の様な怠惰者は日が永いとか云つて、木の蔭で一時も二時も、チヨコチヨコ死ぬぢやないか。そんな死にやうとはチツト違ふのだい。徹底的の永き眠に就いて十万億土へ精霊の旅立の最中だ』 竜国別『それにしては、細い手を出して飯を掴んで食つたり、ムクムク動いて居るぢやないか』 玉治別『オイ国依別、お前は宗彦と云つて、随分に嬶アを沢山に泣かしたり、殺したと云ふ事だが、大方其亡念が此家の死人に憑いて居るのかも知れないぞ』 国依別『何にしても気分の悪い家だ。さうして此家の主人は何処へ行つたのだい』 玉治別『一寸買物に行つて来るから、帰るまで留守を頼むと云つて出たなり、まだ帰つて来ないのだ。随分暇の要る事だなア』 死人を寝かした夜具は、ムクムクと動き出した。五つ六つの女の児がムクツと起きあがり…… 子供『お父さんお父さんお父さん』 と四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。三人はヤツと胸撫でおろし、 三人『ヤアこれで細い手も、握り飯掴みも解決がついた』 斯かる所へスタスタと帰つて来たのは主人の杢助、 杢助『巡礼さま、エライ御厄介になりました。何分急いで行つたのですけれど、夜分の事とて先が容易に起きてくれませぬので、つい手間取りまして、エライ御迷惑を掛けました』 玉治別『エー滅相な、どう致しまして……ここに二人居りますのは、我々の兄弟分で御座います。どうぞお見知り置かれますやうに』 子供は、 子供(お初)『お父さん』 と走つて抱きつく。 杢助『アーお前は賢い子だ。よう留守をして居つた。あんな死んだお母アの側に黙つて寝て居るとは、肝の太い奴だ。世の中には大きな男が、宣伝をしに歩いて居つても、死人の側には怖がつて、三人も五人も居らねば、夜伽をようせぬものだが、子供はヤツパリ罪が無いワイ』 玉治別は頭を掻き、 玉治別『ヤア恐れ入りました。私もチツとも怖くはありませぬ』 杢助『女房の霊前にお経を唱へて下さいましたか』 玉治別『ハイ、お茶湯を献げませうと思つて、つい考へて居りました。併し遠距離読経をやつて置きました。それも無形無声の、暗祈黙祷、愈これから始める所で御座います』 と何が何やら間誤ついて、支離滅裂の挨拶をやつて居る。ここに三人は霊前に向ひ、神言を奏上し、お杉の冥福を祈り、遠州外五人の手伝の下に、野辺の送りを無事に済ました。 玉治別『ヤアこれで無事終了、先づ先づお芽出……たくもありませぬ。惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ惟神霊幸はへ坐せ』 杢助『有難う御座いました』 一同は、 一同『左様ならば……随分御壮健でお暮しなさいませ』 と立つて行かむとする。杢助は、 杢助『モシモシ、此処にこんな風呂敷包が残つて居ます。コレはお前さまのぢやあるまいかな』 玉治別『ヤア到頭忘れて居た。これは私ので御座います』 杢助『お前さまのに間違ひはないか』 玉治別『実の所は峠の岩に休息して居つた時に、乾児がやつて来て、お頭様此通りと言つて渡して行きやがつたのだ。金も随分沢山あるだらう』 杢助『其方は巡礼に見せかけ、大泥棒を働く奴だ。コレヤ此の風呂敷は現在杢助の所持品だ。これを見よ。杢の印が付いて居る。此間の晩に、五六人抜刀で躍り込んで、俺の留守を幸に、包みを持つて帰つた小盗人がある。女房は何時もならば木端盗人の三十や五十、束になつて来た所が感応へぬのだが、何分労咳で骨と皮とになつて居た所だから、ミスミス盗られて了つたのだ。さうすると貴様はヤツパリ泥棒の親分だな。サア斯く現はれし上は百年目、此杢助が片つ端から素首を引抜いてやらう。……何れも皆覚悟せい』 と鉞を揮つて勢鋭く進んで来る。 玉治別『待つた待つた。嘘だ嘘だ。夜前泥棒が俺に渡したのだよ。俺や決して泥棒でも何でもない。マア待て待て……』 杢助『泥棒が泥棒でない者に金を渡すと云ふ事があるかい。貴様もヤツパリ泥棒の張本人だ。サア量見致さぬ』 と今や頭上より玉治別を梨割にせむとする此刹那『一二三四……』の天の数歌を一生懸命に称へ始めた。玉治別の手を組んだ食指の尖端より五色の霊光放射し、杢助は身体強直して其場に忽ち銅像の様になつて了つた。 玉治別『ハヽヽヽヽ』 竜国別『オイ玉公、我々に離れて何処へ行つたかと思へば、泥棒をやつて居たのだな。モウ今日限り貴様と縁を絶るから、さう思へ』 国依別『オイお前は何とした卑しい根性になつたのだ。俺はモウ合はす顔が無いワイ』 と涙声になる。玉治別は一伍一什を詳細に物語り、漸く二人の疑ひは氷解した。杢助は固まつた儘、此実地を目撃して、玉治別の無実を悟つた。玉治別は「ウン」と一声指頭を以て霊縛を解いた。杢助は旧の身体に復し、 杢助『お客さま、失礼な事を申上げました。どうぞ御勘弁下さいませ』 玉治別『分つたらそれで結構です……何も言ふ事はありませぬ。併し此包みはあなた調べて下さい』 杢助『そんなら皆様の前で検べて見ませう』 とガンヂガラミに括つた風呂敷包を解き開いて見れば、金色燦然たる金銀の小玉ザラザラと現はれて来た。さうして一冊の手帳が出て来た。開いて見れば、アルプス教の秘密書類である。三人はこれ幸ひと懐中に収め、後は杢助に返し、九人連れ此家を発つて津田の湖辺に向つて宣伝歌を歌ひ乍ら勢よく進み行く。 (大正一一・五・一七旧四・二一松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 06 小杉の森 第六章小杉の森〔六八〇〕 高春山の岩窟に巣を構へたる曲神の 鷹依姫を言向けて誠の神の御教に 靡かせ見むと三五の道の教の宣伝使 鼻も高姫黒姫が天の岩樟船に乗り 意気昇天の勢で高天原を後にして 天空高く飛んで行く三月経ちたる冬の空 何の便りも無き儘に言依別の神司 竜国別や国依別玉治別の三柱に 密かに旨を含ませつ高春山に向はしむ ここに三人の宣伝使草鞋脚袢に蓑笠や 軽き姿の扮装に万代寿ぐ亀山の 梅照彦が神館一夜を明かし高熊の 稜威の岩窟に参拝し神の御言を拝聴し 来勿止神に送られて善悪正邪の大峠 越えて漸う法貴谷戸隠岩の傍に 登りて見ればこは如何に行手に当りて四五人の 怪しき影は山賊の群と玉治別司 俄に変る三国岳蜈蚣の姫の片腕と 早速の頓智に山賊は一時は兜を脱ぎたれど 元来ねぢけた曲霊湯谷が峠の谷底の 木挽小屋なる杢助が家に立寄り金銀の 包みの光に目が眩み又もや元の曲津神 心の鬼に遮られ悪魔の道に逆転し 心秘かに六人は目と目を互に見合せつ 竜国別に従ひて津田の湖水の畔まで 素知らぬ顔を装ひつ三人の司と諸共に やうやう湖辺に着きにける。 三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』 玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』 三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』 玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』 三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』 甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』 玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』 三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』 遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』 三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』 遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ?俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』 駿州『俺もそうだ』 武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』 三州『ナニ猪口才な』 と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。 遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』 三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』 と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。 三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』 甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』 雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』 三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』 甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』 三州『オヽそれが宜からう』 甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』 三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』 雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』 三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』 と二人は此場より姿を消した。 雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』 と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。 三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』 甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、 甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』 三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』 甲州『忘れるものかい』 とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、 甲州『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』 三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』 甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』 三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』 甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』 三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』 甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』 三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』 雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。 白銀も黄金も玉も何かせん女房にます宝世にあらめやも 併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』 三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』 雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』 三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』 雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』 甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』 雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』 甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』 雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』 三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』 雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』 三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』 雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』 甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』 三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』 雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』 三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』 雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』 三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』 雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』 三州『汝も泥棒ぢやないかい』 雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』 甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』 と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 17 酒の息 第一七章酒の息〔六九一〕 アルプス教の仮本山と聞えたる、高春山の山巓の岩窟に数多の部下を集めて、大自在天大国別命の神業を恢興せむと、捻鉢巻の大車輪、心胆を練つて時を待ち居るアルプス教の教主鷹依姫は、額の小皺を撫で乍ら、長煙管をポンとはたき、股肱の臣なるテーリスタン、カーリンスの二人を膝近く招き、口角泡をにじませ乍ら、 鷹依姫『これテーリスタン、カーリンスの二人、お前も好い加減に酒をやめたらどうだえ。どうやら大切なアルプス教の秘密書類を紛失してから、廻り廻りて三五教の手に入つて居る様な感じがして仕方がない。何程要害堅固に固めて居つても、あの地図を見られたが最後、此本山は没落するより仕方がない。こんな危険な場合に何時迄も酒ばかり飲んで、管を巻いて居る時ぢやありますまい。チツトしつかりして下さらぬと此城が維持ませぬぞえ』 テーリスタンはヅブ六に酔ひ、巻き舌になつて、 テーリスタン『そんな事に抜目のある様なテーリスタンとは、ヘン、チツト違ひますワイ。あんまり天下の勇士を安く買つて下さるまいかい。私も張り合ひが御座らぬワ、なア、カーリンス』 カーリンス『オーさうともさうとも、年老りの冷水と云つてナ、冷水をあびせ掛けられると、折角酔うた酒までが醒めて了ふワ。俺達が酒を呑むのは酔うて管を巻き、浩然の気を養ふ為だ。此きつい山坂を日に何回となく、上つたり下つたり耐つたものぢやない。偶高姫が乗つて来た飛行船を占領し、ブウブウとやつたと思へば深霧の為に方向を失ひ、大谷山の横つ面に打つ付けて割つて了ひ、其時にアタ怪体の悪い、大切な肱を折り、漸く今旧のものになりかけた所だ。それでも時々物を云ひよつて、冷たい朝になるとヅキヅキと痛むのだ。これ丈命を的にアルプス教の為めに活動して居るのだ。酒の一杯や二杯飲んだつて、それがナナ何だい。鷹依姫の御大将、人の頭に成らうと思へば、マチツト大きな心にならつしやい。イチヤイチヤ云ふと誰も彼も愛想を尽かして、遁げて了ふぢやないか、ナア、テーリスタン』 鷹依姫『お前達はそれだから酒を飲ますと困るのよ。酒位はチツトも惜くはないが、後が八釜敷いので困ると云ふのだ。今にも三五教へ首を突込んだとか云ふ、豪傑の杢助でもやつて来たら、それこそ大変ぢやないか』 テーリスタン『何、そんな心配がいりますか。それは老婆心と云ふものだ。まだ大将は中婆さんだから、中婆心位な所で止めて置いて呉れるといいのだけれど、余り深案じをなさるから、却つて計画に齟齬を来し、鶍の嘴程することなす事が食違ふのだ。杢助だらうが雲助だらうが、あんなものが五打や十打束になつて来たつて何が恐いのだ。そんな事で天下万民をバラモン教乃至アルプス教へ、入信させて救ふ事が出来るものか』 鷹依姫『お前達は今日にかぎつて、何時もの謹厳にも似ず、教主の私に、反抗的態度をとるのかい』 カーリンス『別に反抗も服従もありませぬワイ。心の欲する儘に酒が言はせて居るのだ。「辛抱して呉れ酒が言ふのぢや女房共」と云ふ冠句を何処やらで聴いた事がある。決して肉体が言つて居るのぢやありませぬよ。酒が云ふのですから酒を叱つて下さい。酒と云ふものは好いもの……悪う……ヤツパリないものだ。アヽ、サーサ浮いたり浮いたり、瓢箪計りが浮き物か、俺達の心も浮物だ。三ぷん五厘に浮世を暮し、浮世トンボの楽天主義、これでなければ人間は長命は出来ないなア。お婆アさま、そんな小六ケ敷い顔をせずと、チツトはお前さまも酒でも飲んで、雪隠の洪水では無いが糞浮になつて見たらどうだいなア』 鷹依姫は面を膨らし、一生懸命に二人を睨め付けて、 鷹依姫『お前達二人は此大勢の団体を、統率して行かねばならぬ役目でありながら、何といふ不心得の事だえ。お前達はアルプス教の教主を軽蔑するのかナ』 テーリスタン『どうでバラモン教の脱走組だから、支店や受け売か或は意匠登録権侵害教だ、何処に尊敬する価値がありますかい。今迄は猫を被つて居つたが、肝腎の紫の玉は高姫に呑んでしまはれ、黒姫と高姫は中々豪のものだから、針の穴からでも、出ようと思へば出るといふ魔力のある奴だ。彼奴がアーして神妙に百日も物を喰はずに平然として居るのは、何か心に頼む所があるからだ。愚図々々して居ると此館は三方から三五教に攻撃せられ、蟹の手足をもいだ様な、身動きもならぬ憂目に逢ふのは目睫の間に迫つて居る。エーもう雪隠の火事だ。焼糞だ。お前の様な婆に相手になつて居つても末の見込がない。サア怒るなら怒つて見よ。棺桶に片足を突込んだ婆と、屈強盛りのテーリスタン、カーリンスには到底歯節は立つまい、アハヽヽヽ』 と徳利を口に当てガブリガブリと飲んでは、右の手で自分の額を叩き、 テーリスタン『ナア、カーリンス、好う利く酒ぢやないか。婆の耳より余程利きがよいぞ、オホヽヽヽアハヽヽヽ』 と無性矢鱈にヤケ酒を煽つて居る。 其処へ六歳になつたお初が、御免とも何とも言はずツカツカと現はれ来り、 お初『小父さま、私にも一杯つがして頂戴な』 カーリンス『ヤアお前は何処から来たのか。ホンに可愛い児だなア。婆の顔を見てお小言を頂戴しながら酒を飲んでも根つから甘くない、子供でもよい、其可愛らしい手で一つ酌いで呉れ。然し徳利が重いから落さぬ様にしてくれよ』 お初『小父さま、こんな徳利が重たいやうな事で、こんな岩窟へ一人這入つて来られますか』 テーリスタン『そらさうだ。お前は悧巧な奴だ。さうして一人来たのかい』 お初『イエイエお父さまに背負つて来たのよ。お父さまは今高姫、黒姫さまを引張りだし、鷹依姫とかいふお婆アさまを改心させ、テー、カーの両人を乾児にして遣らうと云うて、天の森で相談をして居たよ』 テーリスタン『何、お前のお父さまが、俺を乾児にして遣らうと言つて居つたか。あんな大将の乾児になれば、世界に恐る可き者なしだ。チツト許りの酒を飲んでも愚図々々言ふ様な大将に虱の卵の様に死んでも離れぬと云ふ様な調子で随いて居つては大変だ。ヤアこれで酒もチツトは味が出て来たやうだ。オイ婆アさま、此テー、カーは最早お前の部下ではない程に、勿体なくも武術の達人、湯谷ケ嶽の杢助さまの乾児だ、いや兄弟分だ。サア、トツトと城明け渡して出やつせい。愚図々々して居ると三五教の宣伝使が此場に現はれて、お前の土堤腹に大きな風穴を穿ち、其処から棍棒を通して、聖地へ担いで帰るかも知れないぞ。足許の明るい間に、早くトツトと尻引つからげたがお前の得だらうよ、のうカーリンス』 鷹依姫『何んとお前達は水臭い奴だなア。何処々々迄もお伴を致しますと誓つたぢやないか』 カーリンス『馬鹿だなア、さう言はなくちや、重く用ひて呉れないから、処世上の慣用手段として、言はば円滑な辞令を用ひたまでだよ、のうテーリスタン』 鷹依姫『何んとよくお前達の心は変るものだなア』 カーリンス『定つた事だ、時の天下に従へと云ふ事がある。何時迄も世は持ち切りにはならぬぞ。変る時節にや神でも変るのだ。呆けた事を言ふない。矢張婆だけあつて頭が古いなア。チツト古い血を出して新しい血と入れ替へて遣らうかい』 といきなり拳を固めて叩かうとするを、お初は遮つて、 お初『これこれ小父さま、そんな乱暴してはいけませぬ。お婆アさま、随分貴女も悪い奴を信用したものですなア』 テーリスタン『コラコラ子供の癖に何んと云ふ悪い事を云ふのだい。小父さまは斯う見えても時代に順応する、立派な文化生活をやつて居る新しい人間だぜ。余り見損ひをしてくれるない』 お初『小父さま、子供だから何を云ふか知れはしないよ。大きな男が学齢にも達しない子供を捉まへて、理屈を言ふのが間違つて居るよ、オホヽヽヽ』 カーリンス『ヤア杢助親分のお嬢さまだけあつて、さすが偉いものだなア。…お嬢さま、どうぞ我々二人を、お父さまに好く言つて、可愛がつて下さいねエ』 お初『子供に大人が可愛がつて呉れと云ふのは、チツト可笑しいぢやありませぬか、妙なおつさんだなア』 鷹依姫『お前達二人は、ほんたうに杢助の乾児になるつもりかい』 テーリスタン『定まり切つた事だい、早く何処なと出て行け。今に三五教の宣伝使が見えたら、黒姫、高姫をあんな処へ突込んで於ては申訳がない。……カーリンス、お前は此場を監督し此婆の見張りをして居れ。俺は奥へ行つて、高姫、黒姫お二人さまにお願ひ申して、岩戸から出て貰ふから、好いか』 カーリンス『ヨシヨシ呑み込んだ、早く行つてこい。愚図々々して居ると最早難関を突破して三五教の宣伝使が、二百三高地とも云ふ可き天の森にやつて来て居るのだから、開城するなら気よう開城する方が後の利益だ』 と言ひ捨てて、高姫、黒姫を閉ぢ込めた岩窟の前に周章しく駆り行く。 (大正一一・五・二一旧四・二五谷村真友録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 18 解決 第一八章解決〔六九二〕 テーリスタンは密室前に現はれて、 テーリスタン『モシモシ私はテーリスタンで御座います。高姫様、黒姫様、御機嫌は如何で御座いますか』 高姫『お前はテーリスタンだな。いつも我々を軽蔑して置きながら、今日に限つて其丁寧な物云ひは何事だい。大方三五教の宣伝使がやつて来たものだから、そんなお追従を云ふのだらう。なア黒姫さま、抜目のない男ぢやありませぬか』 テーリスタン『イエ決してさうぢや御座いませぬが、どうも貴方の御神徳に心の底から感動しました。何卒早く出て下さいませ』 高姫『出いと云つたつて、神様のやうに海老錠をかけて置いたぢやないか。お前は妾等二人を石室に入れた積りか知らぬが、高姫大明神、黒姫大明神の結構な御扉ぢやぞエ、何と心得て居る。大幣でも持つて来て十分に祓ひ清め、お供へ物を沢山と奉つて冠装束で天津祝詞を奏上し、岩戸開きの舞を舞はぬ事には、此女神さまは滅多に出はせぬぞエ』 テーリスタンは鍵を以て、ガタガタ云はせながら石の戸をパツと開き、 テーリスタン『サア何卒お出まし下さいませ』 黒姫『アヽ有り難う、サア、高姫さま出ませうか』 高姫『黒姫さま、何を云ひなさる、お前さまは呆けて居るのか。コレヤコレヤ、テーリスタン、貴様は人の住家の戸を勝手に開けよつて、誰の許可を受けたのだ。家宅侵入罪で訴へてやるがどうだい』 テーリスタン『高姫さま、さういちやつかずに、御頼みぢや、出て下さいな』 高姫『出て呉れいと頼むなら聞いてやらぬ事もない。今日はお供へ物も、祝詞も免除してやらう。実は妾も一刻も早く、こんな暗い所へ居りたい事は無い事は無い事は無いのだ。サアサア黒姫さま、お前さまから先に出なさい。大分此間から出たさうだつたから』 黒姫『先生からお先へ出て下さいませ。あまり失礼ですから』 高姫『そんならお先へ御免蒙りませう。長らく御厄介になりました。サアもう此処まで出た以上は、神変不思議の紫の玉に、如意宝珠の夜光の玉を呑み込んだ此高姫、仮令何万人の豪傑攻め来るとも、フンと一つ鼻息をしたら飛び散つて仕舞ふ位なものだ。これから鷹依姫を一つ言向け和してやらうかなア』 テーリスタン『貴女はお腹は空きませぬか。大分にお瘠せになりましたな。テーは心配ですワ』 高姫『百日や二百日食はいでも瘠るやうな高姫とは些と違います。イヤ瘠たのぢやない。体を細くして置いたのだよ。サアサアテーリスタン、案内をしなさい、婆アの傍へ』 テーリスタン『イヤ、もう最前からカーリンスと二人酔つて管をまいてまいて、まき潰した所です。もはや我々は三五教の信者ですから安心して下さい』 高姫『お前のやうな者が信者になれば、安心所か、益々気をつけねばなるまい。誰に許されて三五教の信者になつたのだい』 テーリスタン『私はお初さまに頼みました』 高姫『お初さまて誰の事だえ』 テーリスタン『五つ六つのちつぽけな娘の子です。貴女を岩窟から救ひ出さねばならぬと云つて唯一人子供だてらやつて来たのですよ』 高姫『さうしてお前達は其子供に降参したのかい』 テーリスタン『ハイハイ何処ともなしに御神力が備はつて居るので、止むを得ず降参をして貴女をお救ひ申したのです』 高姫『何と偉い子供もあればあるものぢやなア。子供に大人が助けられるなんて昔から聞いた事がない。時節と云ふものは結構なものだな』 黒姫『高姫様、それで世が逆さまになつて居ると、神様がお筆にお示しになつて居るぢやありませぬか』 高姫『黒姫さまは暫く沈黙して居なさい。言葉尻を捉まへられちや却て不利益ですよ。女と云ふものは成る可く喋舌らぬ方が高尚に見えて宜敷い、併し妾は例外だ。何うしても率先して云はねばならぬ役廻りだから……これこれアルプス教の教主どの、長らく結構な岩窟ホテルに逗留さして頂きまして、日々御馳走を根つから頂戴致しませず、御親切の段有りがたくお礼申上げませぬワイ』 鷹依姫『別に山中の事とて御馳走も御座りませず、テーリスタンやカーリンスに申付けて、三度々々、相当の食物をお上げ申すやう命令して置きましたが、何うせお気に召すやうなものは上げられませぬでしたらう』 テーリスタン『コレ婆アさん、自分の責任を我々に転嫁するのかい。私がそつと隠して高姫さまや黒姫さまに進上しようと思へば、隼のやうな目でジロジロと私を睨みつけ、さうして水一滴、飯一粒やつてはならない。斯うして置けば、高姫がカンピンタンになるだらう。都合よく干からびた時に、腹に呑んだ紫の玉も如意宝珠も刳り抜いて取ると云つたのでは無かつたのではないか。今となつて、そんな卑怯な二枚舌を使ふものぢや無いワ。なア、カーリンス、俺の云ふ事は間違ひはあるまい』 カーリンス『オヽ、さうともさうとも、俺達にさへけちけち云つて酒も碌に呑まさない事は無い、悪党婆アだから、どうしてあれだけ憎んで居た高姫さまや黒姫さまに、飲食物を差上げる筈があらうかい』 鷹依姫『お前達は何と云ふ嘘を云ふのだ。私を八方攻撃喰はして困らす積りだな』 テーリスタン『定つた事だ。大勢の人を困らせて置くと其罪障が出て来て、自分も又困らねばならぬ事が出来致すぞよ、と三五教の神様が仰有つた。神が表に現はれて善と悪とを立て別けると云ふのは此事だ。現にお初さまはまだ年は六つだが、尊い神様のお生れ代りだ。此神様に聞いて見れば善悪正邪が一遍に分るのだ……私が悪いですか婆が悪いですか判断して下さいな』 お初『お婆アさまもあんまり良い事はない。テーリスタンもカーリンスもあまり善人でもありませぬよ。早う改心をしなさい。改心さへすれば皆元の善人になれますよ』 テー、カーの二人は顔を真赤に頭を掻いて俯むく。斯かる所へ表口より、宣伝歌を歌ひながら、竜国別、玉治別、国依別を先頭に、力強の杢助、其他六人のアルプス教の信者を従へ、どやどやと這入つて来る。 玉治別『ヨー、貴女は高姫さま、黒姫さま、ヨウ、マア無事で居て下さつた。我々は言依別命様の内命を受けて、漸く三方より当山に攻め登り、言霊戦に向つたのです。あゝこれで結構だ。此方は湯谷ケ谷の杢助さまと云つて、実は時置師神様の御変名、大変なお世話になつたのですワ』 高姫『それはそれは皆さま御苦労でした。よう来て下さつた。杢助様とやら、玉治別さまがいかいお世話になられたさうです。私から厚くお礼申上げます』 黒姫『皆様よくこそお越し下さいました。時にこの婆アさまはまだ改心せないのかな』 お初『サアお婆アさま、モウ斯うなつては我を張つても駄目ですよ。何も彼もすつかり懺悔して誠の心に立ち帰り、結構な神様の生宮として、此世を清く麗しくお暮しなさい』 とお初の小さき唇より、何となく底力のある声にて極めつけられ、さしもに頑固な鷹依姫も涙をハラハラと流し、遂には声を放つて其場に泣き伏しにける。 お初『サア、これからは高姫さまだ。お前さまはウラナイ教を樹てて素盞嗚尊様に反対をして居つた時、秋山彦の館に立ち入り、冠島の宝庫の鍵を盗み出し、如意宝珠の玉を奪ひ取つて呑み込んだその罪で、こんな岩窟へ長らく閉じ籠められ、苦しんだのですよ。何程負けぬ気になつて空元気を出しても矢張辛かつたでせう。今妾の前にその玉を吐き出しなさい。さうして又、昔竹熊と云ふ悪神が居つて、八尋殿へ竜宮城の使神を招待し、芳彦の持つて居つた紫の玉を取つたが、竹熊の終焉と共に死海へ落ち込んだ十個の玉の中で、この玉ばかりは汚されず、中空に飛んで自転倒島へ落ちて来た玉ですよ。それをこの鷹依姫が手に入れて、それを御神体としてアルプス教を樹てて居つたのだが、其玉をお前さまは又呑み込んで仕舞つたぢやないか。腹の中に何程玉があると云つても、さう云ふ悪い心で呑み込んだのだから、少しも光が出ない。サア私が此所で出して上げよう。如意宝珠の玉は素盞嗚神様に御返し申し、紫の玉は鷹依姫さまに返してお上げなさいませ』 高姫『ハイ仕方が御座いませぬ、如何したら呑み込んだ玉が出ませうかなア』 お初『心配は要りませぬ。私が今楽に出してあげませう』 と云ひつつ、高姫の腰を一つエヽと声かけ打つた機に、ポイと口から飛んで出たのは紫の玉である。もう一つ左の手で腰を打つた機に飛んで出たのが如意宝珠の玉であつた。高姫はグタリと疲れて其場に倒れる。 お初『高姫さまは斯う見えても心配は要りませぬ、暫く休息なされば元気は元の通りになります。サア竜国別さま、貴方は如意宝珠を大切に預つて聖地へお帰りなさい。鷹依姫さま、紫の玉は貴方の持つて居たものだ、何うか受取つて下さい』 鷹依姫『私も最早改心致しました以上は玉の必要は御座いませぬ。何卒これを聖地へ献上致したう御座います。私も白状を致しまするが、私には唯一人の伜が御座いました。その伜が極道者で近所の人に迷惑をかけたり、喧嘩をする、賭博はうつ、女にずぼる、妾が意見をすれば「何、親顔をしてゴテゴテ云ふな」と撲りつける、終の果には親をふり捨てて、何処ともなく姿を隠して仕舞ひました。極道の子は尚可愛とか申しまして、況して一人の天にも地にもかけ替へのない伜、も一度会ひたい事だと一生懸命に神様にお願ひ致し、とうとうバラモン教に入信し、遂にアルプス教を樹てる事になつたので御座います。妾のやうな不運なものは世界に御座いませぬ』 玉治別『さうしてその伜の名は何と云ふ方でしたか』 と玉治別の問ひに、 鷹依姫『ハイ、今は如何なつたか行方は分りませぬが、顔の特徴と云へば一割人より鼻の高いもので御座いました。そして名は竜若と申します。偉いまあ極道で親に心配をかけよつたが、今頃はどうして居る事か、アーア』 と袖を絞る。玉治別は不審さうに、 玉治別『コレコレ竜国別、お前も竜若と云つたぢやないか。そして一人の母があると話した事があるなア。何処やら此婆アさまに目許、鼻の高い具合がよく似て居るやうだ。もしや此婆アさまぢやあるまいかな』 竜国別は両手を組み、ウンと吐息しながら涙をホロホロと流して居る。 お初『鷹依姫の伜は三五教の宣伝使竜国別に間違ひはない。親子の対面させるために、神が仕組んで当山へ差し向けられたのです。竜国別の改心に免じ、鷹依姫の罪を赦して上げよう。竜国別の宣伝使、昨夜古き社の前にて汝の逢うた女は妾の化身であつたぞや』 竜国別は無言の儘両手を合せ、嬉し涙にかき暮れる。鷹依姫は涙を払ひ、 鷹依姫『アヽ、其方は伜の竜若であつたか。ヨウ、マア改心して下さつた。立派な宣伝使になつたものだ。もう是限り母も改心するから、何卒妾の罪をお詫して下さい』 竜国別『母様で御座いましたか、お懐かしう存じます』 鷹依姫『お前、額の疵は如何なさつた。矢張人に憎まれて怪我をしたのぢやないかな』 竜国別『エヽ』 お初『竜国別は此額の疵によつて、身魂の罪をすつかり取払はれ、水晶の身魂と生れ変れり。其徳に依り親子の対面を許したのである。決して争ひなどを致したのではないから、鷹依姫御安心なさるがよからう。何時まで云うても果しがなければ、サア皆さま、一緒に天津祝詞を奏上し、感謝祈願の詞を捧げて、聖地へ一同うち揃うて参りませう』 との言葉に一同ハツと頭を下げ、口を嗽ぎ、手を洗つて天津祝詞を奏上し、宣伝歌を玉治別の音頭に連れて高唱する。 (大正一一・五・二一旧四・二五加藤明子録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 03 不知火 第三章不知火〔六九五〕 黒姫は錦の宮の朝参を済ませ、帰途竜国別の家に立ち寄り、奥の一室に入り鷹依姫と、ひそひそ話を始めかけた。 黒姫『鷹依姫さま、世の中に宝と云うたら何が一番だと思ひますか』 鷹依姫『私は如意宝珠よりも、黄金の玉よりも、紫の玉よりも、天地の誠が一番の宝だと考へて居ります』 黒姫『ア左様か、それは御尤も。併し貴女はその宝を如何しました』 鷹依姫『何分にも曇つた身魂で御座いますから、誠の宝が手に入らいで、神様に対しはづかしいことで御座います。神様は誠の玉を早く取れよと突き出して御座るのですが、何うも人間は身魂の曇りが甚いのでお貰ひ申す事が出来ませぬ。何とかして早く誠と云ふ宝を手に入れたいと朝夕祈つて居ります』 黒姫『お前さまはさうぢやありますまい。誠の玉よりも、黄金の玉が結構なのでせう。三五教の唯一の宝、黄金の玉を、貴女こつそりと何処へ隠しましたか』 鷹依姫『エ、何とおつしやいます。合点の行かぬお言葉、黄金の玉が何うなつたと仰有るのですか』 黒姫『白々しい、呆けなさいますな。心に覚えが御座いませう。何とお隠しなさつても、此黒姫の目でちやんと睨んだら外れつこはありませぬ。既にテーリスタンや、カーリンスがお前さまの命令で、黄金の玉を盗んだと云はぬばかりの口吻をして居ますよ』 鷹依姫『あの、テー、カーの二人がそんな事を云ひましたか。何を証拠にそんな大それた嘘を云ふのでせうか』 黒姫『ヘン、貴女よく呆けますねえ。松の根元から掘り出しなさつた、あの黄金の玉ですよ。貴女が高春山でアルプス教の教主と云うて威張つて居られた時、徳公を聖地に入り込ませ、玉の在処を考へさして居つたぢやありませぬか。あの徳と云ふ奴は蜈蚣姫に在処を知らした奴だ。それが又お前さまの三五教へ偽帰順と共に、素知らぬ顔をして入つて来て居ませうがな。真実は彼奴の手引きで、テー、カーの両人が私の保管して居る黄金の玉を、お前さまの指図で盗つたに違ひありませぬ。私も、もう命がけだ。お前さまの生首を引き抜いて、私も潔く死んで仕舞ふのだ、さあ何うだ』 と藪から棒の詰問に、鷹依姫は呆れ果て、茫然として顔を真蒼にし、黒姫を凝視めて居る。 黒姫『悪事千里と云うて、悪い事は出来ますまいがな。併し神様は屹度赦して下さいますから綺麗薩張と白状なさいませ。お前さまは可愛い一人の息子の竜国別さまに毒茶を呑ませ、熱湯を浴びせるやうなものだ。私も仮令一日でも大切な玉が紛失して居つたと云ふことが、皆さまに知れては大変だから、何処迄も秘密を守つて、お前さまが盗んだとは云はないから、サア、ちやつと出して下さい。お前さまの身のため、竜国別さまのためだ。随分温順さうな顔をして居つて、貴女も敏腕家ぢやなア。黒姫も其腕前には感心致しましたよ。ホヽヽヽヽ』 と嫌らしく笑ふ。鷹依姫は当惑顔、涙をぼろぼろと流し、 鷹依姫『あゝ神様、何卒此黒白を分けて下さいませ。私は今、大変の難題を蒙つて居ります』 と手を合す。黒姫は声を尖らして、 黒姫『鷹依姫さま、馬鹿な真似をなさいますな。そんな嘘を喰ふ黒姫とは、ヘン、些と種が違ひますぞや』 鷹依姫『黒姫さま、そりや貴女本気で仰有るのですか。夢にも思はぬ難題を私に持ちかけ、自分が監督不行届の罪を塗りつけようと遊ばすのか。私もかう見えても一度は一教派の教主をして来たものだ。滅多な事を仰有ると了簡なりませぬぞや』 黒姫『了簡ならぬとは、そりや誰に云ふのだえ。此方からこそ了簡ならぬ。何と図太い胆玉だなア』 鷹依姫『黒姫様、貴女は何か私に恨があつてそんな難題を吹きかけるのでせう。それならそれで宜敷い、私にも考へがある。お前さまの様に子のないものならそれで宜いが、私には天にも地にも一人の可愛い伜がある。そんな難題を吹つかけられて何うして伜が世の中に立つて行けませう。竜国別の母親は聖地に於て宝を盗んだと云はれては、伜どころか先祖の名迄汚すぢやありませぬか。何を証拠にそんな無茶な事を仰有るのだ。私は高姫様のやうに、呑んだり吐いたり、そんな芸当はよう致しませぬ。お前さまは私が腹にでも呑んで居るやうに思うて居るのでせう』 黒姫『そりや貴女の腹にありませう。人の腹は外からは分りませぬからなア』 鷹依姫『そんなら私は潔白を示すために腹を切つてお目にかける。その代り、もし呑んで居なかつたら何うして下さる』 黒姫『玉を隠すのは腹ばつかりぢやありませぬ。土の中でも、倉の中でも、川の中でも、どつこへでも隠せるぢやありませぬか。そんなあざとい事を云うて、黒姫をちよろまかさうと思つても、いつかないつかな、此黒姫は些と違ひますから、お前さまの口車には乗りませぬぞい。オホヽヽヽ』 と頤をしやくり、肩を四角にし、舌端を唇の所へ少し出して、目までしばづかせて見せた。鷹依姫は無念さ、口惜しさに声をあげて泣き立てる。 黒姫『泣いて事が済むと思うて居なさるか、なぜ堂々と仰有らぬのだ。泣いて威さうと思つたつて、女郎の涙も同然、そんな手を喰ふ私かいな』 と又頤をしやくつて馬鹿にする。鷹依姫は腹立たしさに益々泣き入る。声を聞きつけて今門口に帰つて来たばかりの竜国別は走り来り、 竜国別『お母さま、何処ぞ悪う御座いますか、何うなさいました。ヤア黒姫さま、お早う御座います。母は何処か悪いのですか』 黒姫は憎々しげに、 黒姫『よう、お前は竜国別、悪けりやこそ泣くのぢやないか。息が詰つて、ものの答が出来なくなつたものだから泣き入るのだよ。お前の親で云ふぢやないが、ほんとに、驚いた悪党だ』 竜国別『黒姫さま、私の母が悪党だとは、そりや又何うした訳で』 黒姫はにつこと笑ひ、 黒姫『同じ穴の狐、ようここまで信頼したものだナア。お前と云ひ、テーリスタンと云ひ、カーリンスと云ひ、これだけマア悪の四魂が揃へば、どんな悪事でも出来ますワイ。油断も隙もあつたものぢや御座いませぬワイなア。オホヽヽヽヽ』 と腰から上を揺つて見せる。 斯かる処へテーリスタン、カーリンスの両人はバラバラと入り来る。竜国別はこれを見て、 竜国別『オイ、テー、カーの二人、何だ其顔は、貴様、喧嘩でもしたのか』 カーリンス『イヤもう大変な事です。黒姫の奴、玉を盗られ、せう事なしに池へ身を投げ、それを吾々が助けてやつたら、あべこべに鷹依姫さまと共謀して黄金の玉を盗んだと云ふのです。黒姫さまも大切な玉の監督の役目を仕損じたのだから、何どころぢやありますまい。お察しはするが、併し吾々二人を始め、鷹依姫さままでを泥坊にするとは余りぢやありませぬか。私も終にはテーリスタンを疑ひ出し、テーリスタンは私を疑ふと云ふので、暫く大喧嘩をやつてこんな態になつたのです。併し何うしても吾々二人を始め、鷹依姫さまは潔白です。何とかして黒姫さまの疑を解きたいものです』 竜国別『そりや大変だ。何は兎もあれ大切な御神宝、こりや此儘にしては置かれぬ。神様に伺つて来るから、それ迄待つて居て下さい。お母さま、御心配なさいますな。貴女の潔白は私が承知して居ます』 黒姫『何と云つてもお前達三人を共謀者と認めます。竜国別はあんな事を云つて尻こそばゆくなつて逃げたのだらう。オホヽヽヽ、どれもこれも、心に覚えがあると見えて、あの詮らなささうな顔ワイな。思ひ内にあれば色外に現はる、神様は正直だ。余り可笑しさを通り越して阿呆らしいワイのう。オホヽヽヽ』 と身体を揺り嘲弄する。暫くあつて竜国別は宙を飛んで帰つて来た。 黒姫『竜国別、何うだつたかナ』 竜国別『神様に御神籤を伺ひましたら、時節を待てと仰有いました』 黒姫『あゝさうだらう、神様が何そんな事を仰有るものか。お前の心に覚えのある事を…誰人が阿呆らしい。神様だつて返答なさるものかい。テツキリお前達が私を失策らさうと思つて隠したのか、但しは蜈蚣姫と気脈を通じて御神宝を盗み出す考へだらう。そんなあざとい事をしたつて、その悪が何処迄やり貫けるものぢやありませぬワイ。併し乍ら何うでも此玉の在処が知れぬと云へば、私は死なねばならぬ。私許りぢやあるまい、鷹依姫さま、竜国別さま、お前も腹でも切つて言ひ訳をなさらにやなるまい。さあ私から自害をするから、お前達も冥途の伴をなさいませ』 と懐剣を引き抜き吾喉に当てむとする時しも、テーリスタン、カーリンスの二人は肩を揺り、 テーリスタン、カーリンス『オイ黒姫、態見やがれ、其実は鷹依姫さま、竜国別さまも知つた事ぢやないワ。このテーリスタン、カーリンスの御両人様が盗み出して、とうの昔に蜈蚣姫の手に秘蔵されてあるのだよ。欲しけりや蜈蚣姫に頼んで返して貰へ。アハヽヽヽ、小気味のよい事だ』 と大声に罵り出した。黒姫はかつとなり、 黒姫『こりやテー、カーの両人、この黒姫の目は間違ひなからう、大それた奴だ。さあ早く其玉を蜈蚣姫の手から取り還して来い。神罰が恐ろしいぞや』 テ、カ『神罰が恐ろしいやうな事で、誰がそんな玉盗人をするものか。馬鹿々々』 と連発する。黒姫、竜国別、鷹依姫の三人は一斉に立ち上り、 三人(黒姫、竜国別、鷹依姫)『極悪無道の蜈蚣姫に款を通ずる両人、もはや了簡ならぬぞ』 と茲に五人は入り乱れて大喧嘩をおつ始めた。 言依別命は錦の宮の拝礼を終り、静々と此前を通り、騒々しき物音に何事ならむと奥へ入り来り見れば、此の騒ぎ。 言依別命『これこれ皆さま、宣伝使や信者の身を以て何喧嘩をなさるのか』 黒姫『言依別命様、此奴両人、私が保管して居る玉を盗んだのはテー、カーだ。蜈蚣姫に渡してやつたのだ。馬鹿者よと云うて、私等を嘲弄する不届きな奴で御座います』 言依別命『テーリスタン、カーリンス、お前は実に感心な奴だ。さうなくてはならぬ、三五教の信者の亀鑑だ。誠の玉を能くも手に入れたなア』 テー、カーの二人は嬉し涙に暮れて、 テーリスタン、カーリンス『ハイハイ』 と云つたきり畳に食ひついて泣いて居る。 黒姫『モシモシ言依別命様、お前様は何と云ふ事を仰有る。こんなドラ盗人を褒めると云ふ事がありますか。何うかして居ますなア』 言依別命『アヽ、黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス殿、何事も神様の御計らひだ。御心配なさいますな、神様に深き思召のある事でせう。只今限り玉の事は云はないがよい。互に迷惑ですから、何事も私に任して置いて下さい』 黒姫『玉がなくてもかまひませぬのか』 言依別命『責任は私が負ひます。皆さま、これきり忘れて下さい』 と懐より幣を取り出し、 言依別命『祓ひ給へ清め給へ』 と云ひながら左右左に打ち振り、 言依別命『さあ皆さま、これですつかり解決がつきましたよ』 黒姫は坐つたまま左の腕を突つ張り、体を斜にして言依別命の顔を穴のあくほど凝視め、鼈に尻を抜かれたやうなスタイルで、 黒姫『ヘー』 と長返事しながら落着かぬ面色である。 言依別命『サア皆さま、お宮へ参拝しませう』 と先に立つ。一同は漸く胸を撫で下し、錦の宮に参拝せむと竜国別の家を立ち出でた。 初春の太陽は六人の頭を煌々と眩きまでに照し給うた。 黄金の玉も如意宝珠紫玉も又宝珠 金剛不壊の神玉も如意の宝珠と称ふなり 中にも別けて高姫が腹に呑み居し神玉は 神宝の中の神宝なり言依別命より 委託されたる黄金の玉の在処を失ひし 黒姫心も落着かずテーリスタンやカーリンス 鷹依姫まで疑ひて色々雑多と気を焦ち ヤツサモツサの最中へ言依別が現はれて 一先づその場は事もなく治まりつれど治まらぬ 心の空の雲霧を払ふ術なき折柄に 十字街頭に高姫が錦の宮に参詣の 折も折とて出会し黒姫始め外四人 高姫宅に招ぜられ尊き神の御宝を 紛失したる責任を問ひ詰められて黒姫は いよいよ爰に決心の臍を固めて聖域を あとに眺めつ黄金の玉の在処を探らむと 鷹依姫や竜国別テーリスタンやカーリンス 五人は各自に天の下四方の国々隈もなく 探ね行くこそ神界の深き経綸と白雲の 余所に求むるあはれさよさはさりながら此度の 玉の在処は言依別の神の命の胸の内 神の命令を畏みて心に深く秘めおきし 此神策は神ならぬ人の身として知るよしも 泣々出て行くあさましさこれより五人は神界の 仕組の糸に操られ悪魔退治の神業に 知らず識らずに奉仕する奇き神代の物語 口述進むに従ひて次第々々に面白く 深き神慮を覚り得むあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 (大正一一・五・二四旧四・二八加藤明子録)
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(1804)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 09 清泉 第九章清泉〔七〇一〕 天津御神の賜ひてし生言霊の一二三 四尾の峰の山麓に厳の御霊と現はれて 五六七の神世を造らむと神素盞嗚の大神が 生の御子と現れませる八人乙女の其中に 秀でて貴き英子姫悦子の姫と諸共に 錦の宮の九十百千万の神策を 幾億年の末までも堅磐常磐に固めむと 天津御神の神言もて金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の貴の宝を永久に 秘め隠したる桶伏の山の岩戸を何時しかに 開きて茲に黒姫や胸の動悸も高姫が 玉失ひし苦しさに天地の神に言解の 言葉もなくなく高姫は千々に心を砕きつつ 夜に紛れて四尾の山の麓を出立し 六甲山の峰続き蜈蚣の姫の一族が 立籠りたる魔谷ケ岳玉の行方は分らねど 執念深き曲神の八岐大蛇の計画と 早合点の高姫は鷹鳥山に小やけき 庵を結び夜も昼も鷹鳥ならぬ隼や 鵜の目に隙を窺ひつ水も洩らさぬ三五の 教をここに経となし緯さしならぬ身の破目を 押開かむと村肝の心に包み岩が根に 二三の信徒伴ひて時を待つこそ忌々しけれ。 春の陽気も漂うて、山桜の此処彼処、お多福面ではなけれども、花より葉が前に出る、谷路伝うてスタスタと登り来る二人の男、山桜の古木の根元に腰打ち掛け、竹の子笠を大地に投げ棄てヒソビソ話に耽る。 甲『此通り四方の山々新装をこらし、春の英気を含んで、木々の木の芽は時々刻々に際限もなく新芽を吹き出し、常世の春を寿ぎ、花は笑ひ、鳥は歌ひ、実に何とも云へぬ気分になつて来た。併し乍ら吾々の奉ずるバラモン教も、一時は大江山の鬼雲彦さまが鬼ケ城山の鬼熊別と南北相呼応して、遠近を風靡さした隆盛に引き替へ、今日のバラモン教は恰度冬が来たやうなものだなア。吾々は三国ケ岳の砦を三五教の為に取り毀たれてより、一旦本国へ帰り、時を待つて捲土重来せむものと、蜈蚣姫様に幾度諫言を試みたか知れなかつたが、どうしてもお聞きなさらず、又もやアルプス教の鷹依姫と共に、大自在天様の御威徳を発揮せむと主張し、此魔谷ケ岳にお越しになつてから早三月も経つた。併し乍ら高春山の没落以来影響を受け、折角集まつて来た信者も、日向の氷の如く、日に日に消滅の運命を繰返し、吾々の知つた事か何ぞの様に蜈蚣姫の御大将の不機嫌、日夜の八当り、実に困つたものぢやないか。今日は何とか一つお土産を持つて帰らねば、あの難かしい顔が元の鞘に納まらない、何とか良い名案はあるまいかなア』 乙『名案と云つて、吾々の智嚢の底を搾り切つた上の事だから、モウ此上逆様に振つても虱一匹産出……否落ちて来る気遣ひがない。要するに非常手段を用ゐるより方法はあるまいよ。鷹鳥山の鷹鳥姫は相当な年増で、蜈蚣姫と同じ様な年輩だが、まだ此方へ現はれてから幾らにもならぬのに大変な勢だ。何時も四つ時からかけて鷹鳥山の岩の根に道を説く鷹鳥姫の庵に通ふ老若男女は非常なものだ。何でも鷹鳥姫は紫の玉、金剛不壊の宝珠を腹に呑み込んで居ると云ふ事だから、一つ彼奴を直接行動で何々して了へば、後はバラモン教の天下だ。それに就て、彼が股肱と頼む玉能姫と云ふ頗る美人が居る。先づ其女から巧妙く説きつけて、此方のものにしさへすれば、鷹鳥姫に接近の機会を得ると云ふものだ。大樹を伐る者は先ず其枝を伐る……』 甲『将を射むとする者は先づ其馬を射ると云ふ筆法だな。併しさうウマく計画通りに行くだらうか。当事と牛のおもがひは向ふから外れると云つて、実に不安心なものだ』 乙『その玉能姫は何時も谷川に水を汲みにやつて来るさうだ。表口へ廻れば沢山の参詣者だから、到底目的は達し得なからうが、玉能姫は裏坂の椿谷の清泉に何時も下り立ち、霊泉を汲みに来ると云ふ事を探知して居るのだ。あの水は何でも非常な薬品を含んで居る。それを御神水だと云つて、鷹鳥姫が数多の者に与へるので、凡ての病気は奇妙に全快するさうだ。之を鷹鳥姫の奴、御神力だと称し、股肱の臣たる玉能姫にソツと汲ませ、神前に供へさせて置くさうだ。第一玉能姫を巧妙く此方の手に入れて、其上で本城へ駆け向へば、成功疑なしだよ。サア清泉まで僅か二三丁だ。早く行かう』 とカナンボール、スマートボールの両人は、崎嶇たる谷道を笠を手にしながら、チクチクと登り行く。 カナン、スマートの両人は鷹鳥山の清泉に漸く辿り着いた。急坂を太き竹製の手桶を両手に提げ、背恰好、容貌、寸分違はぬ三人の女、ニコニコしながら二人の前に現はれ来り、 甲女『あなたは、バラモン教のカナンさまでせう』 カナン『御察しの通りカナンです。此奴ア、スマートと云つて、私の乾児です。どうぞ此面を能くお目に止められまして、お忘れなき様に……』 甲女『ホツホヽヽヽ、忘れようと云つたつて、其お顔が如何して忘れられませう』 スマート『オイ、カナン、一目見てさへ、斯う云ふ美人が忘れられぬと云ふのだから、大した者だらう』 甲女『ホヽヽヽヽ』 と腹を抱へて女は蹲む。 スマ『コレコレお女中さま、何をお笑ひなさる。どつか私の顔に特徴がありますか……どつかお気に入つた所が御座いますかなア』 カナン『オイ、スマート、貴様は余程良い馬鹿だなア。一寸水鏡に照らして見よ。随分立派な顔だぞ』 三人の女は、一度に臍を抱へて笑ひ倒ける。 スマート『ハテナ』 と不審そうにスマートは清泉に顔を照らし眺めようとする。見られては大変と言はぬ許りに、カナンは手頃の石を拾ふより早く泉の中へ投げ込んだ。忽ち波立ち、スマートの顔は細く長く横に平たく、前後左右に随意活動、伸縮自在、真黒けの姿が映る。 スマート『何だかチツとも見えないワ。此泉には黒ん坊の霊が浮いて居るぢやないか』 カナン『アハヽヽヽ、俺も可笑しうてカナンワイ、のうスマート』 と又笑ふ。三人の女は益々笑ひ倒ける。スマートは合点行かず、波の静まつたのを見定め、又もや覗きかける。カナンは石を投げ込む。スマートは、 スマート『馬鹿にするない。何故水鏡を見ようと思ふのに、邪魔をするのだ』 カナン『貴様の顔を貴様が見ると、俺も一寸カナン事があるのだよ。アハヽヽヽ、随分黒う人だなア』 スマート『何だか俺の顔は今朝から鬱陶敷て仕方がない。スマートな気がせないよ。実際は如何なつたのか』 カナン『お目出度い奴だ。蜈蚣姫さまが何方へ向いとるか分らぬ様にと、墨を塗つて置かしやつたのだ。貴様の顔一面墨だらけだよ。俺は面黒くてカナンボールだ』 スマート『そりや大変だ。スマートも一つ此処で手水を使はうかなア』 カナン『イヤイヤそんな事しようものなら大変だぞ。貴様は注意が足らぬので、三国ケ岳で玉の在処をお玉の方に知らした奴だと蜈蚣姫さまに睨まれて居るのだ。大変な恥辱を与へよつた……蜈蚣姫の顔に墨を塗りやがつたから、あの玉を奪り返す迄はスマートの顔に墨を塗つて置くのだから……と云つてな、貴様が酒に喰ひ酔うて寝てる間に、ペツタリコと左官屋を遊ばしたのだ』 スマート『そりや余り殺生ぢやないか。斯う云ふナイスにそんな面を見られては堪らない。スマートはあんな黒い奴だと、三人女の印象に何時までも残つちや堪らない。一つ墨を洗ひ落して、好男子振りを認めて置いて貰はぬと詮らぬからなア』 と無理矢理に水を掬ひ、顔の垢を落す。如何したものか、さしもに清冽なる泉は墨を流した如く真黒になつて了つた。三人の女は、 三人『あれ、マア何うしませう』 と顔をかくす。スマートはスツカリと墨を落した。生れ付きの好男子である。 スマート『オイ、カナン、俺の顔を塗りよつたのは、蜈蚣姫さまぢやなからう。貴様は怪体な御面相だから、俺と一緒に歩くと目立つと思つて悪戯をしたのだらう』 カナン『マア何うでも好いワ。すべて神の道に在る者は、犠牲的精神が肝腎だから、誰がしたにもせよ、俺がした事にして置けば良いのだよ』 スマート『兎も角、三人のお方、貴女は玉能姫さまとか云ふ方ぢやありませぬか。どうぞスマートを鷹鳥山へ連れて往つて下さいますまいかな』 甲女『ホヽヽヽヽ、あなたの様な瓜実顔を連れて帰らうものなら、青物屋と間違へられますわ。カナンさまの南瓜顔、どうぞそれ計りは勘忍へて頂戴な』 カナン『オイ女、南瓜とは何だ。瓜実顔とは何ぢや。馬鹿にするない。八百屋ぢやあるまいし、サアもう斯うなつた以上は、否でも応でも、魔谷ケ岳へ担げて帰る。覚悟をせい』 乙女『誰が汚らはしい。お前の様なヒヨツトコに担がれて行く者がありますかい』 スマート『ますます貴様は七尺の男子を、馬鹿にするのだな。こりや、俺を誰様と心得て居る。バラモン教の蜈蚣姫が左守の神と聞えたる、スマートさまぢやぞ。斯う見えても何から何まで、知らぬ事のないチヤアチヤアだ。玉能姫、覚悟をせい』 甲女『本当の玉能姫が……それ丈能く分るお前さまなら……何れだか当てて御覧……』 スマート『一人は玉能姫、二人はお化けだよ』 甲女『どれがお化けで、どれが本物ですか』 スマート『オイ、カナン、此奴三人共引括つて伴れて帰らう。何れがどうだか余り能う化けて居よつて、見当が取れぬぢやないか』 カナン『さうだなア。併し斯う云ふ美人を担いで帰ぬと、途中で又魔がさし、中途でボツたくられると困るから、幸ひ此泉の水を塗り付け、真黒けにして帰らうかい。宅へ帰つて軽石や曹達で擦れば、現在の様な綺麗な面になるのだからのう……オイ女、此処へ来い。一つお黒いを塗つてやらう』 三人の女一度に、 三人『ホツホヽヽヽ』 と笑ひこける途端に、シユウシユウと立ち昇る白煙、忽ち四辺を包んで了つた。二人は息も詰るやうな苦しさに其場にパタリと倒れた。三人の女は真黒の水を手桶に掬ひ、二人の顔から手足一面に注いだ。両人は焼木杭の様な色になつて、其側に倒れた儘気絶して居る。三人の女は、 三人『旭さま……月日さま……ヤア高倉さま……さア帰りませう』 と互に白狐と還元し、魔谷ケ岳の蜈蚣姫が館を指して進み行く。 此処へ上つて来たバラモン教の部下四五人、 甲『オイ、スマートにカナンの大将は、此鷹鳥山の庵へ進むべく、教主の命を奉じて登つた筈だが、どうなつただらう。最早日も暮れかかつて居る。何とか便りがありさうなものだなア』 乙『折角働いて、是から休まして貰はうと思つて居るのに、大将が帰りが遅いものだから、こんな危険区域へ派遣されて、堪つたものぢやない。此山は随分恐ろしい化物の出る所ぢやから、迂濶して居ると、又此間の様に真黒黒助の怪物が出て、目玉を剔り抜かれるか知れやしないぞ。転公は目玉を抜かれたきり、たうとうあの通り不自由な盲目となつて了つた』 甲『なアに、あれは黒ン坊の化もんぢやない。此森林を暗がり紛れに歩きやがつて、松の枯枝に目玉を突当て飛び出たのだ。目を突くが最後其辺が見えなくなつたものだから、黒ン坊の化物が目を剔つたなどと云つてるのだ。用心せないと、どんな目に遇ふかも知れないぞ』 乙『イヤイヤ、松の木ぢやない。本当に黒ン坊が出たさうだ。用心せよ。そろそろ暮れかかつたからなア』 と云ひながら登つて来る。カナンはフト気が付き見れば、赤裸にしられた真黒の男が傍に横たはつて居る。 カナン『オイ、スマート、何処へ往つた。早く来て呉れ。此間転公の目を抜きよつた黒ン坊の化物が、茲に一匹横たはつて居よるワイ。オーイ、早よ来ぬかい』 スマートは此声にムクムクと動き出した。 スマート『ヤア、お前の声はカナンぢやないか』 カナン『オウさうだ。貴様は化物だらう。又目をとらうと思つて出よつたのだらう。其手は喰はぬぞ』 スマート『貴様こそカナンに化けた黒ン坊だ。俺が了簡せぬのだ。覚悟せい』 と足許のガラガラした石を拾つて投げつける。カナンも亦石を拾つて投げつける。双方より石合戦の真最中、 『アイタヽヽ』 『アイタヽヽ』 と云ひながら大格闘を始め、真黒けに濁つた清泉の中へ組んづ組まれつ、ドブンと落込んだ。薄暗がりに上つて来た五人の男、 甲『オイ、何だか妙な音がしたぢやないか』 乙『さうだなア。一つ調べて見ようか。何でも此辺には鷹鳥姫の庵に仕へて居る、玉能姫と云ふ美人が、チヨコチヨコ現はれるさうだから、ヒヨツとしたら、水汲みに来やがつて薄暗がりに過つて、ドンブリコとやつたのかも知れないぞ。蜈蚣姫さまが彼奴さへ手に入れば、後はどうでもなると仰有つて、カナン、スマートの大将に言ひつけて御座る位だから、俺達が手柄をして彼奴等の上役にならうぢやないか。此清泉へ今頃に水汲みに来る奴は、玉能姫より外にありやせぬぞ』 丙『オイ、愚図々々云つて居ると、水を呑んで死んで了つたら何にもならぬぢやないか。サア早く助けてやらう』 と清泉の傍に五人は探り探り立ち寄つた。余り深くない泉の中、二人の黒ン坊は組んづ組まれつ無言の儘掴み合うて居る。黒さは益々黒く、腸まで浸み込んで了つた。 甲『コレコレ、玉能姫さま、お危ないこつて御座いました。サア私が助けてあげませう。余り暗くつて一寸も分らぬ。それにお前さま黒い着物を着て居るものだからサツパリ見当が付かぬ。私の声のする方へお出でなさい』 横幅三間縦五六間の泉の中で、バサバサと一生懸命に格闘して居る。黒い水は両人の耳の穴に吸収され、知らぬ間に聾になつて居る。目玉まで真黒け、一寸先も見えなくなつて了つた。 乙『オイ、玉能姫にしてはチツと様子が違ふぢやないか』 甲『何、何時も三人同じ様な別嬪が此泉へ現はれると云ふ事だ。大方一人陥つたので二人が助ける積りで飛び込んで居るのだらう。同じ人を助けるのにも、あゝ云ふ美人を助けるのは気分が良い。……「どこのお方か知りませぬが、大切な生命をお拾ひ下さいまして、此御恩は忘れませぬ」……とかなんとか言つて、俺達に秋波を送るのは請合だ。三人の女を三人寄つて助ける事にしよう。皆同じ別嬪だから、甲乙がなくて後の争論も起らず、大変都合が好い。……オイ、熊、蜂、貴様は其処に番ついて居れ。吾々三人が功名手柄をするのだから……』 と囁いて居る。黒い影はビシヤン、バシヤンと相変らず向ふの方で水煙を立てながら格闘を続けて居る。清泉の真黒けになつた事は、薄暗がりで少しも五人には気が付かなかつた。甲は真裸となつて救い出さむと飛び込んだ。乙丙も吾劣らじと飛び込み、 乙、丙『コレコレお女中、玉能姫さま、私が助けてあげませう』 と進み行く。此奴も真黒けになり、三人共盲聾の真黒けの体に変じ、五人は互に同志打を始めて居る。夜は追々と暗の帳が深く下りて来た。熊公は、 熊『オイ蜂、コラ一体どうなるのだらうなア。オイ、金公、銀公、鉄、何してるのだ。玉能姫は如何なつたのだ。良い加減に上つて来ぬか。温泉か何ぞへ這入つたやうに気楽さうに泉の中で意茶付いとるのだな。……オイ早くあがらぬかい』 と呼べど叫べど、盲聾の真黒黒助には少しも分らず、遂には甲乙丙の区別を取違へ、一生懸命に格闘して居る。此時以前の女神又もやパツと此場に現はれた。さうしてアークライトの様な光は頭上に輝いて来た。五人の目は、始めてボーツと明りが見えて来出した。 カナン『ヤア此奴あ失策つた。何時の間にか美人が又やつて来よつた。オイ、スマート、斯んな所で喧嘩をして居る時ぢやない。何だ、貴様の姿は真黒けぢやないか。矢張りスマートぢやなからう。化衆ぢやなア』 スマート『貴様はカナンの声を使つて、馬鹿にするな。……コリヤ女、俺達をこんな所へ落しよつて、高所で見物すると云ふ事があるかい』 金、銀、鉄の三人も女神の姿に驚いて俄に這ひあがつた。 甲女『危い所をお助け下さいまして、お蔭で助かりました。此御恩は決して忘れませぬ』 金『ハイハイ、滅相もない。併し何時お上りになりました。私は貴女をお助けしたいと思うて、此通り飛び込み大活動を致して居りました。……それはまア結構でした。併し御礼を言はれるのはチツと不思議だ。救ひ上げた覚えがないのだから』 乙女『銀さまとやら、あなたは妾を救うて下さつた御恩人ですよ』 丙女『鉄さま、能う助けて下さつた』 鉄『へー、有難う……ナニ、滅相な、何方を言つて良いか訳が分らぬやうになつて来たワイ、助けてあげたやうにも思ふし、助けてあげない様にも思ふし、……こりやマア、如何なつたのだらう』 甲女『金さま、お前さまは、何とした黒い姿にならしやつたのだ。妾、残念で御座います』 金公始めて気が付き体を見れば、空地なきまで墨の化物の様になつて居る。銀、鉄はと見れば、これも真黒黒助。 金『ヤア、此光に照らし見れば、誰も彼も何故斯う黒くなつたのだらう』 甲女『妾の生命の御恩人、金さま、銀さま、鉄さま、どうぞ此方へ来て下さい。妾が拭き取つてあげませう』 と雪の様な手を延べ、四辺の草をむしつて牛馬の行水でもさせる様に、カサカサと擦り始めた。金、銀、鉄の三人は、元の黒ン坊が黄疸を病んだ様な肌、忽ち純白色となつて了つた。 乙女『ホツホヽヽヽ、綺麗だこと。三人さま、一寸御覧なさいませ。玉子の様な綺麗な肌付におなりなさいました』 三人はフト自分の体を見て、純白色に変じて居るのに且驚き且喜び、天にも昇る心地して、思はず手を拍ち飛び上つた。三人の女は美はしき衣を各々取り出し、金、銀、鉄の三人に着せた。何とも云へぬ立派な好男子になつて了つた。カナン、スマートは真黒けに染つた儘恨めしさうに眺めて居る。 甲女『スマートさま、カナンさま、随分お黒うおなりやしたネー。妾は斯うして三人の美しき殿御を持ちました。羨りい事は御座いませぬか』 と嬉しさうに手を取つて、 甲女『サア、金さま、銀さま、鉄さま、斯う舞ふのだよ。妾とダンスを致しませう』 と三男三女は手を握つてキリキリと舞うて見せる。二人は這ひあがり、指を啣へて、 カナン『アーア、夢かいな。夢なれば結構だが、斯んな真黒けになつて了つては、宅へ帰つて嬶アにだつて追払はれて了ふワ』 熊、蜂『オイ金、銀、鉄、貴様等は三人の美人を助けて、そんな陽気な事をしやがつて俺達を馬鹿にするのか。チツと俺にも分配したらどうだ』 金『生憎三人の美人だから、パンか何かの様に割つて与へる訳にも行かず、まあ時節を待つのだなア。カナンにスマートの御大将でさへも、あの通り黒ン坊になつて了つたのだから、其事を思へば貴様はまだ元の生地の儘保留されて居るのだから、せめてもの喜悦として、グヅグヅ言はぬが得だらう。俺はこれから此ナイスと共に鷹鳥山に立向ひ、鷹鳥姫様にお目にかかつて、御馳走に預かつて来る。まアゆつくり黒い水でも飲んで、俺達の凱旋祝の準備でもして居て呉れ。カナン、スマートの御大将、アリヨース。サアサア三人の御姫さま、こんな所で黒ン坊を眺めてゐても殺風景です。どつかへ転地療養と出かけませうか』 甲女『新婚旅行と洒落て、これから鷹鳥山、再度山、魔谷ケ岳、六甲山と、天然都会を漫遊致しませう』 カナン『オイ、金公、待たぬかい』 と呶鳴つて居る。忽ちアーク灯の様な光はブスツと消えた。六つの白い姿は闇に浮いた様に山上目蒐けて薄れ行く。 (大正一一・五・二六旧四・三〇松村真澄録)
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(1808)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 13 寂光土 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 17 生田の森 第一七章生田の森〔七〇九〕 三千世界の梅の花薫りゆかしく実を結び 四方の春野を飾りたる桜も散りてむらむらと 咲き乱れたる卯の花の白きを神の心にて 生田の森の片ほとり花を欺く玉能姫 初稚姫の二人連初夏の景色を眺めつつ 再度山の山頂に神の御告を蒙りて 登り行くこそ床しけれ。 杢助は唯一人神前に祝詞を奏上する折しも、門戸を叩き、 国依別『頼まう頼まう』 と訪るる一人の宣伝使があつた。杢助は神前の礼拝を終り、門の戸を開き、 杢助『ヤア、其方は国依別の宣伝使、何用あつて杢助が館を御訪ねなさつたか』 国依別はツと門の敷居を跨げ、杢助と共に座敷に通り、煙草盆を前に置きながら二人向ひ合せ、 国依別『今日参つたのは余の儀では御座らぬ。あなたは折角三五教に入りながら此頃の御様子怪しからぬ事を承はる。事の実否を探らむ為、国依別宣伝の途中、紀の国より取る物も取り敢へず引返し、ここに参りました。あなたは太元教とかを立てて居られるさうだ。神様に対し御無礼では御座いませぬか』 杢助大口を開けて高笑ひ、 杢助『何事ならむかと思へば、左様な御尋ねで御座るか。杢助が折角の信仰を翻し、太元教を新に開いたのは余の儀では御座らぬ。其理由と致す所は、此杢助三五教の信者を標榜し居ると、腰抜の宣伝使や信者が、言依別様の御命令だとか何だとか言つて、旅費を貸せとか、履物を出せとか、いろいろ雑多の厄介をかけ、小便や糞をひりかけ後は知らぬ顔の半兵衛さん。それも一人二人なれば辛抱致すが、絡繹として蟻の甘きに集ふが如く、イナもう煩雑くて堪り申さぬ。杢助の家でさへも此通りだから、其他の信徒の迷惑は思ひやらるる。それ故心の内にて三五教を信ずれども、表面は太元教と、見らるる如く大看板を掲げたので御座る。国依別殿、其方も其亜流では御座らぬか』 国依別『そんな奴は三五教には一人もない筈です。大方バラモン教の奴が、三五教の仮面を被つて居るのでせう』 杢助『バラモン教もチヨコチヨコやつて来る。併し乍ら教の建て方が違ふものだから、先方も遠慮を致して居ると見えて、唯杢助が忙しきタイムを奪つて帰る位なものだ。金銭物品まで借用しようとは申さぬ。宣伝使たる者は未だ教の及ばざる地方又は人に対してこそ宣伝の必要あれ、一旦入信したる者の宅に何時となく訪問致し、厄介を掛け、安を求むる如きは、宣伝使の薄志弱行を自ら表白するものだ。そなたも杢助館に訪問する時間があらば、なぜ其光陰を善用して、未信者の宅を訪問なさらぬか。半時の間も粗末に空費する事は、宣伝使として慎むべき事でせう。サア一時も早く帰つて下され。お茶を進ぜたいが、茶を飲ませては、信者の吾々忽ち貧乏神に襲はれねばならない。仮令番茶の一杯でも小判の端だ。それを進ぜた所で……何だ杢助は、折角訪問してやつたのに番茶を飲まして追ひ返した……と云はれては一向算盤が合ひ申さぬ。愚図々々して御座ると、第一タイムの損害、畳が汚れる。さすれば又もや表替をそれ丈早く致さねばならぬ道理だ。最早杢助は三五教に食はれ、飲まれ、借り倒され、逆様になつても血も出ない様な貧乏になつて了つた。斯んな貧乏神の館へ出て来るよりも、巨万の富を積みながら、此世の行末を案じ、吾身の無常を託ちつつある憐れな精神上の極貧者は、世界に幾らあるか分らない。物質に富み、無形の宝に飢ゑたる人を求めて神の教を説き諭し、錆びず朽ちず、火に焼けず、水に流れぬ尊き宝を与へて、物質上の宝を自由自在に気楽に使用したが宜からう。精神上の宝に充たされ、物質上の宝に欠乏を告げたる此杢助の館に、宣伝使の必要は少しも御座らぬ』 国依別『あなたは此春頃から心機一転、余程吝臭くなられましたなア』 杢助『何だかお前さまの声を聞くと直に、此通り吝臭くなつたのだ。心貧しき力弱き其方の守護神が、杢助の体内に飛び込んで、斯様な事を吐ざいて居るのだ。此杢助は何にも知らぬ、早く国依別さま、心の貧乏神、柔弱神を追ひ出して、連れて帰つて下さい。杢助真に迷惑千万で御座る。アハヽヽヽヽ』 と腹を抱へ、体を大きく揺つて、ゴロンと笑ひ転けて了つた。 国依別『さうして初稚姫様、玉能姫様はどこへお出でになりましたか』 杢助仰向になつた儘、足をニユーと天井の方に直立させ、 杢助『初稚姫、玉能姫は「国」とか云ふ貧乏神がやつて来るから、憑依されてはならないと云つて一時許り前に逃げ出しました。折角結構な神様が杢助の館にお鎮まり遊ばすのに、腰抜神の貧乏神がやつて来るものだから、肝腎の玉能姫……オツトドツコイ魂までが脱け出して了つた。オイ魂抜けの国依別、どうぞ早く帰つて呉れ。此杢助もそなたの霊が憑つて、此通り四つ足になつて了つた。其四つ足もまだ俯向いて居れば歩く事も出来るが、この通り腹と背中を換へて了つては、何程藻掻いて見ても空を掻くばかり、畳に平張付いて動きが取れない。アヽ国依別、たまたま訪ねて来て、四つ足のお土産は真平御免だ。三五教の宣伝使がやつて来ると、手足を藻掻いても、如何しても、動きの取れないことになつて了ふ。馬に灸で貧窮だ。狐に灸で困窮だ。其方は牛に灸で何ぞモウギウな事がないかと思つて来たのであらうが、最早灸も茲まで据ゑられては、艾もあるまい。モグサモグサ致さずトツトと帰つたがよからう』 国依別『杢助さま、火の付いた様な火急なお言葉、あなたは杢助さまではなくて、ヤイトをすゑる艾助さまになつて了ひましたなア。これはこれは真にアツイ御志……否御教訓、どつさり此四つ足の守護神もヤイトを据ゑられました。それなら四つ足は唯今限り帰ります。あなたもどうぞ元の杢阿弥……オツトドツコイ杢助さまに帰つて下さい』 杢助『ハイ有難う。それなら改めて国依別の宣伝使様、三五教の杢助改めて対面仕らう、今迄は四つ足同志の掛合で御座つた。アツハヽヽヽヽ』 と笑ひながら起き直り、庭の泉に手を洗ひ、口を漱ぎ、礼装を着し、 杢助『サア、国依別様、神前に拝礼致しませう』 と促しながら、拍手再拝、天津祝詞を奏上し始めた。国依別も杢助の背後に端坐し、恭しく祝詞を奏上し終つた。 杢助『国依別様、あなたは是れから何処へお出でになる心組ですか』 国依別『ハイ私の今迄の教[※「教」では意味が通じないためか、校定版・八幡版では「心」に直している。]は、実を申せば貴方の御宅に参り、一つお尋ねをせなくてはならない事があつたものですから、ワザワザやつて来たのですが、モウ申しますまい。これで貴方の深き御精神も了解致しましたから……』 杢助『アツハヽヽヽ、若彦一件でお出になつたのですな。若彦は今紀州に居りますか』 国依別『ハイ、紀州の熊野の滝で大変に荒行を致して居る事を聞きました。それで私は熊野の滝へ参つた所、若彦は唯一言も申さず、無言の行を致して居る。手真似で尋ねても文字を地に書いて糺して見ても、何の答も致さず、石仏同様、取り付く島もなく、鷹鳥山に於て何か感じた事があるのだらう、其峰続きに御住ひ遊ばす貴方にお尋ねすれば、様子は分らうかと存じまして参りました。併し唯一言……杢助さま有難う………と若彦の言つた言葉幽に聞えたので、何もかも様子を御存じだらう。あの喧しやの若彦が、あの通り神妙になつて了つたのは、貴方の感化に依るのだと信じます。過去を繰返すは御神慮に反するでせうが、御差支なくば少しなりと御漏らし下さらば安心致します』 杢助『若彦は鷹鳥山に立籠り、悪魔に憑依され、四つ足となつて門口まで参りました。私は「モウ一つ修業をして来い、四つ足に用はない………」と云つて、杓に水を汲んで犬の様にぶつかけてやつたら、尾を掉つて駆け出したきりですよ。ヤツパリ若彦は人間らしう立つて歩いて居ましたかなア。イヤもう四つ足の容物ばかりで困つて了ひますワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別『さうすると私もチヨボチヨボですな』 杢助『チヨボチヨボなら結構だが、愚図々々すると、コンマ以下のチヨボチヨボに落ちて了ふから、気を付けねばなりますまい。お前さまも折角今、宣伝使に始めてなつたのだから、どうぞチヨボチヨボにならぬ様に願ひますよ。貴方がさうなると、私までも感染しては、最前のやうに二進も三進も行かぬ苦境に陥り、キウ窮言はねばなりませぬからな、アツハヽヽヽヽ』 国依別『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ合ふ。門口へ又もや婆の声、 鷹鳥姫(高姫)『生田の森の杢助さまのお宅は此処で御座いますか。チヨツト開けて下され』 杢助『国さま、又もやチヨボチヨボがやつて来たやうです。お前さま一つ私に代つて応対をして下さい。私は奥へ行つて少しく神さまに承はらねばならぬ事が御座いますから』 と云ひ棄て、慌しく姿を隠した。国依別はツと立ち、門口の戸をガラリと引開け、 国依別『此処は太元教の御本山だ。何処の四つ足か知らぬが、トツトと帰つて呉れ』 鷹鳥姫『何ツ、杢助が太元教を樹てたとは、噂に聞いたが、ヤハリ事実だなア。なぜ左様な二心をお出しなさるか』 国依別は黄昏を幸ひ、ワザと杢助の声色を使つて居る。 鷹鳥姫『わしは鷹鳥姫だが、お前さまに一つ御礼を申さねばならぬ事もあり、御意見をせなくてはならぬ事があるからお訪ねしたのだ』 国依別『何とか彼とか口実を設けて、三五教の宣伝使や信者が、金を貸せの、履物を貸せ、飯を食はせ、茶を飲ませ、小遣銭を渡せと、まるで雲助の様な事を吐し、小便、糞を垂れながして帰る奴ばかりだから、此杢助も愛想をつかし、心は三五教でも表は太元教と標榜して居るのだ。最早神の恵に浴し、神徳充実した杢助には意見は御無用だ。掛り合つて居れば大切なタイムまでも盗まれて了ふ。番茶一杯飲まれてもそれ丈欠損がゆく。身代限り、家資分散の憂目に遭はねばならぬから、一足なりとも這入つて呉れな。お前に礼を言はれる道理はない。トツトと早く帰つたが宜からう』 鷹鳥姫『何と云つても、そんな事を聞く以上は、ますます動く事は出来ぬ。コレ杢助さま、心機一転もあまりぢやないか』 国依別『オイ、其心機一転だ。暫くの間現はれて消える蜃気楼、名あつて実なき鷹鳥姫の宣伝使、それなら這入る丈は許してやらう。其代り番茶一杯飲ます事もせぬ。何程無料で湧いた水でも、飲ましちやそれ丈減るのだから、其覚悟で這入つたが宜からう』 鷹鳥姫『大変貴方は吝坊になつたものだなア。執着心の大変に甚い方だ。御免なさい』 と蓑笠を脱ぎ棄て、ツカツカと座敷にあがる。国依別は又もや煙草盆を前に据ゑ、杢助気取りになつて坐り込んだ。 鷹鳥姫『コレ杢助さま、お前さまは俄に小さい事を仰有ると思へば、体まで小さくなつたぢやないか』 国依別はゴロンと仰向けになり、尻を鷹鳥姫の方に向け、手足をヌツと天井の方に伸ばして見せ、 国依別『金剛不壊の如意宝珠の玉や紫の玉が喉から出て了つたものだから、此通り瘠せて人間が小さくなり、元の杢助ではなうて杢阿弥。神徳も何もなくなつて了ひ、鷹鳥山で已むを得ず若彦、玉能姫を召し連れ、バラモン教の蜈蚣姫がてつきり隠して居るのに相違ないから、何とかして取返さねば聖地の役員信徒に対し合はす顔がないと、執着心に駆られ言依別の教主の篤き心を無にして行つて居つた所、俄に山の頂に黄金の像現はれ、身の丈五丈六尺七寸、てつきり弥勒様の御出現、鷹鳥姫の信心の力に依りて愈五六七神政の太柱を握つた。誠の霊地は四尾山麓ではない、鷹鳥山にきはまつたりと、鼻の鷹鳥姫が得意顔に雀躍りしながら、チヨツと薄気味悪さうに近付き見れば、黄金像は高姫の素首をグツと鷲掴み、猫でも放る様にプリンプリンと、鷹鳥山の教の庭にドスンと落下し、人事不省となり、ピリピリピリと蛙をぶつつけた様になつて了ひ、其処へ此杢助がやつて往つて、生命丈は助けてやつた。其為に此杢助は……コレ此通り足が上を向き背中が下を向いて、サツパリ自由の利かぬ四つ足になつて了つたのだ。併し乍ら此杢助は信神堅固の勇士……斯んな事になる筈はない。鷹鳥姫の副守護神が憑依したのだから、どうぞ早う、こんな……土産はスツ込めて下さい。なア鷹鳥姫さま、お前も却々執着心が酷いと見える。同じ四つ足でも下向いて歩けるものならまだしもだが、斯うなつては天地顛倒、背中に腹を換へられて、どうして此世が渡られうか。……アツハヽヽヽヽ……。オイ笑ふ所か、高姫の守護神此国……オツトドツコイ神の国に出て来て、神の教を建てるなんて、あんまり精神が顛倒して居るではないか。元の杢阿弥の杢助の真心に立返り、早く副守護神を連れて帰つて呉れ。杢助誠に迷惑だ。国、クニ、苦になつて仕方がない。依りにヨツて、別のわからぬ副守護神を連れて来るものだから、玉能姫さまも初稚姫さまも、チヤンと御存じ、どつかへ蒙塵遊ばしたぞ。杢助の本守護神も愛想を尽かして隠れて了つたぞ。ウンウンウン』 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、お前さまは何とした情ない事になつたのだい。結構な三五教を見限つて太元教なんて、そんな謀叛を起すものだから、天罰で四つ足になつて了ひ、肩身が狭う小さくなつたのだよ。それだから油断は大敵、改心なされと云ふのだ。何程大持てにモテる積りでも、大モテン教だ。早く改心なされ、神様は人間が子を思ふと同じ事、片輪の子や悪人程可愛がらつしやるのだから、わしも斯んな悲惨な態を見て、此儘帰る訳にも行かぬ。サアこれから鎮魂をして誠の教を聞かしてあげよう。エーエー困つた事が出来た。此高姫の守護神が憑つたのだなどと、よう言へたものだ。悪神と云ふ者は、どこどこまでも抜目のない奴だ。到頭守護神の悪の性来を現はしよつたか。アーア杢助さまの肉体が可哀相だ。オイ四つ足、杢助さまの肉体を残してトツトと魔谷ケ岳へ帰つてお呉れ。愚図々々吐すと、日の出神の生宮が承知を致さぬぞや』 国依別『此杢助は最早お前さまの副守になつて了つた。お前さまは何時も口からものを言はず、ものを尻で聞いたり人の言葉尻を取り、尻でもの言ふから、屁理屈ばつかりだ。鼻持ならぬ匂がする。何程三五教でも尻の締りがなければヤツパリ穴有り教ぢや。終局には気張り糞を放つて、此通り四つ足に還元して了ふ。早く杢助の肉体から退かぬかいなア。杢助は大変な御迷惑様だ。アツハヽヽヽヽ』 と自ら可笑しさを耐へ、忍び笑ひに笑ひ、体中に波を打たせて居る。 鷹鳥姫『なんだ。低い所から声が出ると思へば、暗がりで分らなかつたが、お前さま失礼な寝て話をすると云ふ事があるものか、チト失敬ぢやないか』 国依別『霊界物語でさへも、寝て足を上げたり、下したりして言ふぢやないか。お前さま位な四つ足に話すのは寝とつて結構だよ』 鷹鳥姫『到頭変性女子の四つ足の守護神が現はれましたなア。早く改心をなさらぬと、頭を下にし足を上にして、ノタクラねばならぬ事が出来致すぞよと、大神様のお筆にチヤンと誡めてあります。鼻を撮まれても分らぬ程身魂が曇つて居るものだから、お前さまは天と地と間違へて居るのではなからうか。どうやら足が天井の方を向いて居るぢやないか』 国依別は、 国依別『アーア、悪性な守護神を連れて来て私に憑すものだから、段々足が上へあがり頭が下になつて了ひ、手で歩かねばならぬ様になつて来たぞよ』 と云ひながら逆立になり、両の手で座敷を歩いて見せた。七手許り歩いた途端に、体の中心を失つて、高姫の頭の上へドスンと倒れた。 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、妾にはそんな守護神は居りませぬぞえ。日の出神様に、何時までもそんな巫山戯た態をなさると承知なさらぬぞ。あゝモウ駄目だな。初稚姫さまも玉能姫さまも逃げて行かつしやる筈だワイ。わしも鷹鳥山を断念し、此処迄来るは来たものの、こんな悲惨な幕を目撃しては、帰りもならず、居る事も出来ず、困つた事だ。ドレこれから神様に御願して助けてやつて貰はう。仕方がない』 国依別は、 国依別『不言実行だよ。高姫さま』 とからかふ所へ、手燭を左の手に持ち、ノソリノソリとやつて来た真正の杢助、 杢助『ヤアお前は鷹鳥姫に能く似た化物だなア。此処にも一人、お前の分霊が倒れて居る。ヤアもう此頃は沢山の狐が人間の皮を被つて、杢助を誤魔化しに出て来よるので油断も隙もあつたものでない』 鷹鳥姫『ヤアお前さまは本当の杢助さま。どうして御座つた』 杢助『何うしても御座らぬ。最前から闇に紛れて、四つ足同志の珍妙な芸当を拝見致して居つたのだ。何でもタカとか鳶とか、クモとか国とか云ふ怪体な代物が、断りもなく杢助の身魂や住家を蹂躙し、エライ曲芸を演じて居つた。まるで此化物は鷹鳥山の鷹鳥姫に似た様な脱線振りを、遺憾なく発揮しよるワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別は、 国依別『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 と笑ひながらムツクと起き、ワザとカンテラの前に顔を突き出し、鷹鳥姫に俺の首実験せよと言はぬ許りにさらけ出した。 鷹鳥姫『何ぢや。お前は国依別の理屈言ひの宣伝使ぢやないか。みつともない、四つ足の真似をしたり………チツト慎みなさい。モシモシ杢助さま、これでも分りませうがなア。サツパリ正体が現はれて、御覧の通り本当に悲惨なもので御座いますワイ。こんな精神病者を、お前さまもお預りなさつて、大抵のこつちや御座いますまい』 杢助『今の今迄何ともなかつたのですが、お前さまが持つて来た……否お前さまの執着とか名のついた副守護神が憑つたのですよ。アヽ、どうやら、私も変になつて来た。体中にウザウザと毛が生える様な気分が致しますワイ』 国依別『杢助さま、国もどうやら茶色の毛が生え出して来ました。風邪を引いたのか、俄に腹の中でコンコンと咳をして居ます。今晩と云ふ今晩は実に不思議な宵ですな』 鷹鳥姫『なんとお前さま達は、これ程神界が御多忙なのに、気楽な洒落をなさつて日を送りなさるのは、チツト了簡が違やしませぬか。利己主義の守護神が極端に発動して居りますなア、妾の守護神が憑依したなんて、ヘンよう仰有りますワイ。これから日の出神様が御神力を現はして見せませうか。そこらが眩うて目もあけて居られぬ様になりますぜ』 杢助は笑ひながら、 杢助『「何を言つても、私は折角呑み込んだ二つの玉を、杢助の娘のお初に叩き出されて了つたものだから、サツパリ腰は抜け、鷹鳥山もサツパリ駄目になり、これから何処へ迂路ついて行かうか。若彦は姿を隠すなり、せめて杢助さま宅へでも往つて……此間はエライ御世話になりました……と御礼をきつかけに、何とかよい智慧を借りたいものぢやと、ノコノコやつて来て見れば杢助さまは御座らつしやらず、理屈言ひの捏廻し上手の国依別が人を嘲弄しやがる。エー此上は如何したら宜からうかなア。アンアンアン」……斯う云ふ声は杢助の言葉では御座らぬ。鷹鳥姫の薄志弱行と名の付いた守護神が、私にこんな事を囁かすのだ。早く此守護神を放り出し、自分も此館を放り出て、どこかへお道の為に行つて貰ひたいものだ。杢助も大変に迷惑だ。アツハヽヽヽ』 高姫は暫く腕を組み、首を頻りに振り、思案に沈む。国依別は、 国依別『あの高姫さまの心配さうな顔、どうしたら元の通りになるだらう。………オウ分つた、あの玉の在処を知らしてやりさへすれば、元の日の出神の生宮で威張れるだらう、さうすりやキツト全快するに定つて居る。ヤツパリ言ふまいかなア。又呑まれ、今迄の様に噪がれると困る、当る可からざる万丈の気焔を吐かれると、側へも寄りつけないやうになるから……』 高姫『何、宝珠の行方を、お前知つて居るのかい』 国依別『知つて居らいでかい、国さまだもの』 高姫『そんならお前が妾を困らさうと思つて隠したのだなア。油断のならぬ男だ。サア杢助さま、蛙は口からわれと吾手に白状しました。締木に懸けても言はしめて、玉の在処を探して見ませうかい』 杢助『サア如何だかなア。大方蒟蒻玉か何ぞと間違つて居るのだらう。それが違うたら瓢六玉か、狸の睾玉位なものだ。アツハヽヽヽ』 国依別『ナアニ杢助さま、本当に玉の在処を発見したのですよ。これから私がコツソリと其玉を拾ひあげ、高姫さまぢやないが、腹へ呑み込んで、一つ大日の出神となる心算だ………オツト失敗つた。高姫さまの居る所で言ふぢやなかつたに………秘密が暴露したワイ、アハヽヽヽ』 高姫『神政成就の御宝、一日も早く現はして御用に立てねばなりますまい。三五教は日に日に衰へて行くぢやありませぬか』 国依別『ヤツパリ国の夢やつたかいな………イヤイヤ夢ではない、現実だ。併し高姫さまの前では夢にしとかうかい。鷹鳥姫が忽ち玉取姫に早変りすると、折角発見した私の功績が無になる。言依別の神様に御褒めの言葉を戴き、それから三五教の総務になつて、日の出神の生宮を腮で使ふと云ふ段取だ。高姫さま、お気の毒ながら時世時節と諦めて下さい。あゝこんな愉快な事があらうか』 高姫『本当にあるのなら、二つの玉を、一つお前に上げるから、一つは妾に手柄を譲つて下さい。別に呑み込んで了ふのぢやないから………』 国依別『何でも呑み込みのよいお前さまだから剣呑なものだ。それなら一つ相談をしよう。紫の玉はお前さまが預るとして、私は金剛不壊の如意宝珠を預かる事にしよう。それさへ決定れば、何時でも知らしてあげる』 高姫『そりやチツト虫がよすぎる。金剛不壊の如意宝珠は、永らく妾の腹の中に鎮座ましました宝玉だ。謂はば妾の生御魂も同然だ。お前さまは紫の玉で辛抱しなさい』 国依別『滅相な、鷹鳥姫がアルプス教の御本尊として居た位な紫の玉は、如意宝珠に比べては余程劣つて居る。身魂相応だから、お前さまが紫の玉だ。私は何と云つても如意宝珠を取るのだから、さう覚悟しなさい』 高姫『エー訳の分からぬ男だなア。モウ斯うなる以上は何と云つても承知せぬ。奴盗人奴が、サア引摺つて往つてでも在処を白状させる』 国依別『世界見え透く日の出神さまの生宮が、私の様な人間を連れて行かねば、玉の在処が知れぬとは、実に気の毒なものだなア』 高姫『妾の悪口を言ふのなら辛抱もするが、畏れ多い、日の出神様の悪口まで言ひよつたなア、サアもう了簡ならぬ』 といきなり胸倉をグツと取つて締めつける。国依別は、 国依別『何ツ、猪口才な高姫の奴』 と又胸倉を取り、両方から睨み合つて、真赤な顔を膨らして居る。杢助は、 杢助『コレ高姫さま、国依別さま、お鎮まりなさい。同じ三五教の宝、誰が手に入れても同じ事ぢやないか』 高姫『イエ、斯んな奴に如意宝珠の玉を弄らさうものなら、それこそ穢れて了ひます。如何しても斯うしても、一歩譲つて紫の玉だけは発見した褒美としてなぶらしてやるが、仮令天が地になり地が天となつても、如意宝珠ばかりは、こんな奴に持たして堪らうか……』 国依別『ナアニ発見主は俺だ。先取権があるのだから、グヅグヅ云ふと、二つながら俺が預るのだ』 高姫『何ツ、玉盗人の分際として広言を吐くか』 と高姫は組んづ組まれつ、座敷中をのたうち廻り、終局には金切声を張上げて、汗みどろになつて大活動を始めて居る。杢助は、 杢助『コラコラ国依別さま、お前、本当に其玉の在処を知つて居るのか』 国依別『ナアニ発見したら……と云ふ話です。夢にでも見たら俺が見つけたのぢやから、如意宝珠の玉を俺が預ると云つたばかりです。まだ皆目在処は分らぬのです、アツハヽヽヽ、あまり一生懸命で嘘が真実になつて了つた。アツハヽヽヽ』 高姫『何ツ、お前嘘を云つたのか。なアんの事だいな。あーア、要らぬ苦労をやらされて了つた。そこらが茨掻だらけだがな』 杢助『アツハヽヽヽ、又執着と云ふ魔が憑いて、面白い演芸を無料観覧させて呉れたものだな、アツハヽヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ふ。 (大正一一・五・二八旧五・二松村真澄録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 01 玉の露 第一章玉の露〔七一三〕 経と緯との機を織る錦の宮の御経綸 玉照彦や玉照姫の神の命の神勅を 四方に伝ふる宣伝使国依別や玉治別の 神の命は神徳も大台ケ原の峰つづき 日の出ケ岳より流れ来る深谷川の畔をば 青葉滴る木の茂み飛沫を飛ばす千仭の 谷の絶景眺めつつ足を休らふ折柄に 追々近付く宣伝歌後振り返り眺むれば 草鞋脚絆の扮装に金剛杖に饅頭笠 二つの影はゆらゆらと此方に向つて進み来る。 国依別『玉治別さま、あなたも随分永らく無言の行をやつて居ましたネー。若彦の宣伝使が熊野の滝で荒行をやつて居ましたが、どうでせう、まだ依然として継続して居るでせうか』 玉治別『私も実は若彦さまに会ひたいので、やつて来た途中、ゆくりなくも貴方にお目にかかり、様子を伺ひたいと思つた所です』 国依別『玉能姫さまが、あれ丈の御神業を遊ばしたのだから、若彦の宣伝使も聞いたら大変に喜ぶ事でせう。それに就ては何時までも紀の国路に居つて貰ふ訳にはゆかないから、実は言依別命様の内命を奉じて、お迎へに来たのですよ』 玉治別『私も堅い秘密を守り、玉能姫の御神業を口外する事は出来ないのだが、貴方と二人の中だから云つても差支あるまいが、併し乍ら悪霊は吾々の身辺を付け狙うて居るから、迂濶した事は云ひますまい。……時に彼の宣伝歌はどうやら三五教らしいですな。何人か、近寄つて来る迄、此絶景を眺めて待ちませうか』 国依別『ヤアもう顔が判然する程近寄つて来ました。兎も角待つ事にしませう』 斯く言ふ折しも、宣伝歌は俄に歇んで、二つの笠追々と、木の茂みを分けて近寄つて来た。見れば魔我彦、竹彦の両人、二人の端座せるに驚いた様な声で、 魔我彦『ヤア貴方は玉治別、国依別の宣伝使で御座つたか。何れへ宣伝にお出でになるお考へですか』 国依別『誰かと思へば、魔我彦さまに竹彦さま。あなたこそ何方へ、何用あつて御出でになります。言依別の教主より御命じになつたのですか。此紀の国の方面は若彦の宣伝区域と定つて居る。其処へ貴方がお出でになるのは、チツト合点が行きませぬ』 と問はれて魔我彦稍口籠り、手持無沙汰の様な顔付して、 魔我彦『ハイ……私は宣伝に来たのでは有りませぬ。熊野の滝へ、罪穢れを洗ふ為に荒行にやつて来たのです』 玉治別『遥々斯んな所まで荒行に来なくても、聖地には立派な那智の滝が落ちて居るぢやありませぬか』 魔我彦はソワソワし乍ら、 魔我彦『なんと、天下の絶景ですな。緑滴る木々の梢と云ひ、此谷川の水音と云ひ、実に勇壮ですなア』 と成るべく話を外へ転ぜようと努めて居る。玉、国の二人は其意を察し、ワザと忘れた様な風をなし、 玉治別『流石は大台ケ原に源を発した丈あつて、随分に立派な流れです。あの渓川の巨岩怪石に水の噛み付いて、水煙を立て、白銀の玉を飛ばす光景と云つたら、実に天下の絶勝です。斯う云ふ所にせめて三日も遊んで居れば、生命が延びるやうな気が致しますワイ』 魔我彦は恐相に谷底を覗き見て、驚いた様に、 魔我彦『アヽ大変々々』 と足掻をする。玉、国の二人は其驚きに何事か大事の突発せるならむと、慌て谷底を覗く。魔我彦は竹彦に目配せし乍ら、全身の力を籠めて二人の背後よりドツと押した。何条堪るべき、二人は千仭の谷間に風を切つて顛落した。木々の青葉は追々黒ずんで、太陽の高山の頂きに姿を隠し、黄昏の空気四辺を圧する。 魔我彦『アハヽヽヽ、何程立派な宣伝使でも、斯うなつては駄目だ、玉、国の両人、言依別の教主に巧く取り入り、変性男子の系統の高姫さまに揚壺を喰はし、若彦の女房…元のお節や杢助の女つちよに御用をさせる様にしよつたのは、皆此奴等の企みだ。是れから先、生かして置けば、どんなに邪魔をしやがるか分つたものぢやない。一つはお道の為、国家の為ぢや。竹彦、巧く行つたぢやないか』 竹彦『俄に其処らが暗くなつて来て分りませぬが、うまく寂滅したでせうか。万一此中の一人でも生き残つて居ようものなら、忽ち陰謀露顕、吾々は到底此儘で安楽に神業に参加する事は出来ますまい』 魔我彦『アハヽヽヽ、そんな取越苦労はするものでない。断崖絶壁屹立した、岩ばかりの所へ落ちたのだから、体は忽ち木端微塵、こんな者が助かるなら、それこそ煎豆に花が咲くワ。アハヽヽヽ』 と心地よげに笑ふ。 竹彦『それでも煎豆に花の咲く時節が来ると、神様が仰有つた以上は、油断がなりませぬぞ』 魔我彦『そりや比喩事だよ。そんな事を心配して居て思惑が成就するか。高姫様を表面へ出さねば、到底五六七の神政は完全に樹立するものでない。吾々は天下国家の害毒を除いた殊勲者だ。万一一人や半分生き残つて居つて不足を云つた所で、肝腎の高姫さまの勢力さへ旺盛ならば何でもない。勝てば善軍、敗くれば魔軍だ。何程平等愛の神様の教でも力が肝腎だ。力が無ければ国祖国常立大神様でも、むざむざと艮へ押籠められなさるのだから、兎も角吾々は勢力を旺盛にし、部下を多く抱へ、一方には害物を除却せねばならぬ。摂受の剣と折伏の剣は、平和の女神でさへも持つて居るのだから……』 竹彦『こんな宣伝使の二人位葬つた所で、肝腎の言依別命が頑張つて居る以上は何にもならぬぢやないか。根本的治療を施さんとすれば、先づ言依別を第一の強敵と認めねばなるまい』 魔我彦はニタリと笑ひ、 魔我彦『天機漏らす可からず。吾神算鬼謀、後にぞ思ひ知らるるであらう』 竹彦『大樹を伐らむとする者は、先づ其枝を伐るの筆法ですかな』 魔我彦『音高し音高し。天に口、壁に耳、モウ此話は只今限り言はぬ事にせう。是れから熊野の滝へ下り、若彦に会つて其上に分別をするのだから、ウツカリ喋舌つてはならないぞ。お前は表面俺の随行者となつた心持で、何を若彦が尋ねても、知らぬ存ぜぬの一点張で居るが宜からうぞ』 竹彦『委細承知しました。併し乍ら私の副守護神が喋つた時は如何しますか』 魔我彦『そんな副守護神を何時までも抱へて居る様な奴は、忽ち……ムニヤムニヤ』 竹彦『忽……の後を瞭然聞かして下さい』 魔我彦『そんな事聞く必要が何処に有るか』 竹彦『我身に係はる一大事、どうも意味有り気なお言葉でした。猿の小便ぢやないが、キに懸つてならない。それを聞かねば、私も一つの考へがある』 魔我彦『ハテ困つた事を言ひ出しやがつたものだ』 竹彦『こんな事なら竹彦を連れて来なんだがよかつたに……併し乍ら二人の奴を、谷底へ転るのには、一人では都合好う行かず……アーア一利あれば一害ありだ。肝腎の処になつて竹彦の副守護神が発動し、斯んな事を素破抜かうものなら、高姫も、魔我彦一派も、それこそ大変だ。アーア後悔しても仕方がない。……と云ふ様な貴方の心理状態でせう。御心配なさいますな。私も同じく共謀者だから滅多に拙劣な事は申しませぬ。併し国依別、玉治別の亡霊が貴方や私に憑依して喋つた時は、コリヤ例外だから仕方がない、アハヽヽヽ』 と気楽相に笑ひ転ける。魔我彦は双手を組み、蒼白な顔になつて、肩で息をし乍ら思案に暮れて居る。夜の張はますます濃厚の色を増し、遂には相互の姿さへ闇に没して了つた。木々の梢を揉む暴風の音、何となく騒がしく、陰鬱身に迫り、鬼哭啾々恰も根底の国に独り彷徨ふ如き不安寂寥を感じた。二人は互に負ん気を出し、何となく心の底の恐怖を抑へ、強い事を話し合つて、此寂しさと不安を紛らさうとして居る。風はますます烈しく、夜は追々更けて来る。女を責める様な小猿の声、彼方にも此方にも、キヤアキヤアと聞えて来るかと思へば、山岳も震動する許りの狼の声刻々に高まり来る。青白い火は闇の中よりポツと現はれ、ボヤボヤと燃えては消え、燃えては消え、二人の身辺を取り巻き、遂には頭上を唸りを立てて燃え狂ふ。二人は目を塞ぎ、耳を詰め、頭抱へて大地にかぶり付いて了つた。首筋の辺りを、誰ともなく氷の如うな手で撫でるものがある。頭の先から睾丸までヒヤリと氷の如き冷たさを感じて来た。竹彦は慄い声を出して、 竹彦『のー恨めしやなア。如何に魔我彦、騙し討ちとは卑怯未練な奴。モウ斯うなる上は汝が素つ首を引抜き、根の国底の国に落して呉れむ。覚悟せーよ』 と暗がりに霊懸りをやり出した。魔我彦は、 魔我彦『オイ竹彦、厭らしい事をするものではない。チツと落着かぬか。そりや貴様、神経だ。今から発狂して如何なるか。チト気を大きう持たぬかい』 竹彦『何と云つても此恨み晴らさで置かうか……押しも押されもせぬ宣伝使の玉治別、国依別を亡き者にせうと企んだ、汝の心の鬼が今此処に現はれ、竹彦の肉体を借つて讐を討つてやるのだ。其方も今迄高姫の部下となり、変性女子を苦めよつた揚句、猶飽き足らいで、我々両人を谷底に突き落し殺すとは、極悪無道の痴者。只今幽界の閻魔の庁より命令を受けて、汝を迎へに来たのだ。サア最早逃るるに由なし。尋常に覚悟を致せ。花は三吉野、人は武士だ。せめてもの名残に潔く散つたがよからう』 と冷たい手で首の周囲を撫でまはす。青い火は燃えては消え、燃えては消え、ブンブンと唸りを立てて魔我彦の周囲を飛び廻る。猿の声、狼の声は刻々に烈しくなつて来る。魔我彦は余りの恐さに魂消え、其場に人事不省になつて了つた。竹彦も亦其場にバタリと倒れて、後は風の音のみ。やがて下弦の月は研ぎすました草刈り鎌の様な姿を現はし、熊野灘から浮上り、二人の姿を怪しげに覗いて居る。夜は漸くにして明け放れた。小猿の群、何処ともなく両人の前に飛び来り、足の裏を掻き、顔を掻いた。其痛さに気が付き、両人は期せずして一度に起きあがりたり。 魔我彦『アヽ夜前は大変な恐ろしい目に遇うた。お蔭で新しい日天様が出て下さつて、稍心強くなつて来た。これと云ふも全く日の出神様のお助けだ。月の御魂と云ふものは出たり出なかつたり、大きうなつたり、小さくなつたり、まるで変性女子の様なものだ、チツとも当になりやしない。天地から鑑を出して見せてあるぞよ……と仰有つたが、本当に愛想がツキの神ぢや。何時も形も変らず晃々と輝き給ふのは日の出神様ばかりぢや。それだから俺は日の出神の生宮でなければ夜が明けぬと云ふのだ。月の御魂なんて、精神の定らぬ事は、天を見ても分つて居るぢやないか。それに就て坤の金神ぢや。未や申と云ふ奴は碌な奴ぢやない。紙を喰らつたり、人を掻きまはしたりする奴だよ』 竹彦『本当にさうだなア。猿の奴悪戯しやがつて、そこら中を掻きむしりやがつた。此方が吃驚して起きるが最後、一目散に逃げて了ひやがつたぢやないか。是れもヤツパリ坤の金神の力の無いと云ふ証拠だ。アハヽヽヽ』 魔我彦『併し昨夜の両人は如何なつただらうかなア』 竹彦『どうも斯うもあるものか。人の体に幽霊となつて憑つて来やがつた位だから、心配は最早有るまい』 魔我彦『そらさうだ。青い火を点して、パツパツとアタ煩雑さい、出て来やがつて、思ひ切りの悪い奴だなア。サアこれから若彦の居所を訪ね一つの活動をするのだ。グヅグヅして居ると険難だから、早く目的地点まで往かう』 と先に立ちスタスタと坂路を、又元の如く蓑笠を着け、金剛杖を突いて、ケチンケチンと音させ乍ら岩路を下つて行く。 ○ 谷底には一人の男、赤裸となつて水行をやつて居た。そこへ薄暗がりに二つの影、青淵へ向つてドブンと許り落ち込んで来たものがある。男は驚いて手早く二人を救ひ上げ、イロイロと人口呼吸を施したり、指を曲げたりして蘇生せしめた。 男『モシモシあなたの服装を見れば、夜陰にて確には分りませぬが、宣伝使の様に見えますが、一体どなたで御座いますか』 国依別『悪者に突き落され、思はず不覚を取りました。其刹那、吾身は最早粉砕の厄に遭うたものと覚悟をして居ましたが、よう助けて下さいました』 玉治別『私も実は宣伝使です。此れだけ沢山の岩が並んで居るのに、少しの怪我もなく、此青淵へうまく落込んだのも、神様のお蔭、又貴方様のお助けで御座います。此御恩は決して忘れませぬ』 男『確かに分らぬが、お前さまは何処ともなしに聞覚えの有る声だ。玉治別さまに国依別さまぢやありませぬか』 と問はれて二人は、 玉、国『ハイ左様で御座います。さうして貴方は何れの方で……』 と皆まで聞かず男は、 男『アヽそれで安心致しました。私は初稚姫様のお指図に依つて、言依別の教主の承諾を得、此谷川へ、何故か急に派遣され、水行をしかけた所へ、あなた方が落ちて来られたのです。モウ少し私の来るのが遅かつたならば大変な事でした。私は杢助ですよ』 と聞いて二人は、安心と喜悦の念に堪へず、杢助の体に喰ひついて、嬉し泣きに泣くのであつた。 杢助『随分暗い夜さだが、其二人の声で少しも疑う余地はない。斯様な所に長らく居つては面白くない。今回の私の使命はこれで終つたのだらうから、どつか平坦な所へ行つて、詳しう話を承はりませう。何を言つても此谷川の水音では、十分の話が出来ませぬ』 と云ひつつ、闇に白く光つた羊腸の小径を、探り探り下つて行く。路が木の蔭に遮られて見えなくなると、白い白狐の影一二間前をノソノソと歩む。杢助は其跡を目当に七八丁許り降り、平たき岩の上に腰をおろし、 杢助『サアサア御二人さま、此処でゆつくりと夜明けを待ちませうかい』 二人は『ハイ』と言ひ乍ら、濡れた着物を脱いで、一生懸命に絞り直し、岩にパツと拡げて乾かして居る。昼の暑さに岩は焼けたと見え、非常な暖かみがある。着物は少時の間に元の如く乾燥した。 国依別『天道は人を殺さずとはよう言つたものだ。何処も彼も夜露で冷やかうなつて居るのに、此岩計りは全然ストーブの様だ。日輪様もお上りなさらぬのに、着物が乾くと云ふ事は珍しい事だ。これもヤツパリ神様の御恵だらう。サア皆さま、神言を奏上致しませう』 と茲に三人は天地も揺ぐばかりの大音声を発して、スガスガしく神言を奏上し、宣伝歌を歌つて、暫く夜明けを待つ事にした。夜は漸くに明け放れ、木々の梢に置く露に一々太陽の光宿つて、恰も五色の果実一面に実のるが如く麗はしくなつて来た。 玉治別『スンデの事で、玉治別も魂の宿換へする所だつたが、東天には金烏の玉晃々と輝き玉ひ、一面の草木には吾輩の分身分魂、空間もなく憑依して居る。ヤツパリ玉治別の宣伝使に限りますよ。なア杢助さま』 杢助『アハヽヽヽ、体や着物が燥やいだと見えて、徐々燥やぎかけましたなア』 国依別『オイ玉公、そんな気楽な事言つてる時ぢやないぞ。昨夜の讐を討つと云ふ……そんな気は無いが、併し吾々二人にあゝ云ふ非常手段を用ひた以上は、何かこれには深い計略が有るに違ない。余程これは考へねばなるまいぞ。杢助さま、どうでせう』 杢助『さうだ。グヅグヅして居る時ではない。余程注意を払つて居らねば、此辺は某々らの陰謀地だから……。さうして其悪者は誰だい。名は分つて居ますかなア』 玉治別『分つたでもなし、分らぬでもなし。他人の事は言はぬが宜しからう』 国依別『マガな隙がな吾々の行動を阻止せむと考へて居るマガツ神の容器でせう。何れ心のマガつた奴に違ありますまい』 玉治別『悪人タケタケしい世の中だから、誰だと云ふ事は、マア止めにして推量に任しませうかい』 杢助『モクスケして語らずと云ふ御両人の考へらしい。ヤア感心々々。それでこそ三五教の宣伝使だ。今迄の二人に加へた悪虐無道を無念には思つて居ませぬか』 玉治別『過越苦労は禁物だ』 国依別『刹那心だ。綺麗さつぱりと谷川へ流しませう。天下の政権を握る内閣でさへも、敵党に渡して花を持たす志士仁人的宰相の現はれぬ時節だから……アハヽヽヽ……マア此岩の上でカトウ約束をして、杢助内閣でも組織し、熊野の滝へ政見発表と出かけませうかい』 杢助外二人は蓑、笠、金剛杖、草鞋、脚絆に小手脛当て、宣伝歌を歌ひ乍ら、熊野の滝を指して進み行く。 (大正一一・六・一〇旧五・一五松村真澄録) (昭和一〇・六・四王仁校正)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 04 長高説 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 11 難破船 第一一章難破船〔七二三〕 心の空も高姫が四人の供を伴なひて 三つの宝の所在をば探らにや止まぬ闇の夜の 大海原を打ち渡り心の駒の狂ふまに 家島を指して進み行く其目的は玉能丸 玉の行方を探らむと操るすべも白浪の 上を辷つて進み往く四人の男は汗脂 滝の如くに搾りつつ浪のまにまに漂ひて 遂に進路を取り外し心も淡路の島影に かかる折しも暗礁に船の頭は衝突し 忽ち浪に落ち込みて九死一生の憂目をば 見ながら心は何処迄も執念深き高姫が 宝探しの物語褥の船に横たはり 心の海に日月の浮かぶまにまに述べ立つる 瑞月霊界物語底ひも知れぬ曲津神 神の仕組の荒浪をときわけかきわけ進み行く アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 高姫は首尾よく三人の船頭をまき散らし、一行五人意気揚々として闇の海原を漕ぎ出した。浜辺の明火は漸く遠ざかり眼に映らない迄になつて来た。高姫は鼻蠢かしながら、 高姫『アヽ皆の者、御苦労であつた。モウ斯うなれば大丈夫、滅多に後から追ひかけ来る気遣ひもあるまい。仮令来た所で宝の所在を探つた以上は、そつと此船に積み込み、廻り道をして帰つて来れば好いのだ。さうして其玉は、此高姫の腹の中に呑み込んで置けば、誰が来たとて取られる気遣ひはない。オホヽヽヽ、待てば海路の風が吹くとやら、時節は待たねばならぬものだ』 貫州『モシモシ高姫様、貴方は既に已にお宝が手に入つたやうな事を仰有いますな、取らぬ狸の皮算用では御座いますまいか』 高姫『何大丈夫だよ、何と云うても日の出神の生宮が睨んだら間違ひはない。言依別の教主や、杢助、玉能姫の連中が嘸や嘸アフンとする事であらう。其時の顔が今見るやうに思はれて可愍いやうな心持がして来た。お天道様の御守護ある証拠には、今夜に限つてお月様も現はれず、星ばかりの大空、いつもからあの玉が欲しい欲しいと思つて居た故か、今日の星の光はまた格別だ。何と云つてもあれ丈け天道様が星々と云つて、沢山に睨んで御座る天下の重宝だから、手に入れば大したものだ、誰が何と云うても玉を呑んだ以上は聖地へ帰り、高姫内閣を組織し、お前達を幕僚に任じてやる考へだから、勇んで船を漕いで下されや』 貫州『余り気張つたものですから、私のハンドルは知覚精神を喪失し、最早用をなさないやうになつて仕舞ひました』 高姫『エヽ、今頃に何と云ふ心細い事を云ふのだい。兎の糞で、長続きがしないものは、到底まさかの時に間に合ひませぬぞ。ここは一つ千騎一騎の場合、伸るか反るかの境目だから、些と腕に撚りでもかけて噪ぎなされ』 鶴公『オイ貫州、お前もさうか、俺も何うやら機関の油が切れたやうだ。腕も何もむしれさうになつて仕舞つた』 清公『俺もさうだ』 高姫『まだこれから長い海路だのに、明石海峡前でくたばつて仕舞つては仕方が無いぢやないか。ちと確りと性念を据ゑてモ一働きやつて貰はねば、三千世界の肝腎要の御用は勤め上りませぬぞえ。出世が仕度くば今気張らねば、後の後悔間に合ひませぬぞ。三千世界に又とない功名を現はさうと思へば、人のよう致さぬ事を致し、人のよう往かぬ所へ往つて来ねば真の御神徳は頂けませぬ。サア皆さま、先楽しみにもう一気張りだ』 貫州『斯う腕が抜けるやうに怠くなつて来ては損も得も構うて居れますか。欲にも得にもかへられませぬ今晩の苦しさ、こりや何うしても神様のお気に入らぬのかも知れませぬぜ。何とは無しに心の底から恐ろしくなり、大罪を犯すやうな気がしてなりませぬワイ。一つ暗礁にでも乗り上げやうものなら忽ち寂滅為楽、土左衛門と早替り、竜宮行きをせなならぬかも知れませぬ。何うでせう、風のまにまに、浪のまにまに任せ、皆の者が休まして貰つたら、又元気がついて働けるかも知れませぬ』 高姫『一刻の猶予もならぬのだから休む事は絶対になりませぬ』 貫州『アヽ、何程休まずに働かうと思つても、肝腎のハンドルが吾々の命令に服従しないのだから仕方が無い。高姫さま、貴女一つ漕いで御覧、さうしたら吾々の辛い事が味ははれませう。人を使はうと思へば、人に使はれて見なくては部下の苦痛が分りませぬからなア』 高姫『お前は何の為について来たのだ。生神様に船を漕げと云ふのか、そりや些と了見が違ひはせぬかの。高姫が船が使へるのなれば、誰がこんな秘密の御神業に、お前達を連れて来るものか。船を漕がすために連れて来たのだから、そんなに気なげをせずに一つ身魂に撚をかけて気張つて下さい。その代りこの事が成就致したら、立派にお礼を申しますから』 鶴公『お礼も何も入りませぬ。我々は手柄したいの、名が残したいの、人に誇りたいのと云ふやうな、そんな小さい心は持ちませぬ。何時も貴女は口癖のやうに、此事が成就致したら出世さすとか、お礼を申すとか、万劫末代名を残してやるとか、神に祀つてやらうとか仰有いますが、第一そのお言葉が気に喰ひませぬワイ。そんな名誉や欲望に駆られて神様の御用が出来ますものか。我々は手柄がしたさに貴女について来て居るやうに思はれては片腹痛い。何だか自分の良心を侮辱されたやうな気がしてなりませぬ。何卒これからそんな子供騙しのやうな事は云はぬやうにして下さい。たらだとか、けれどとかの語尾のつく間は駄目ですよ。そんな疑問詞は根つから葉つから腹の虫が承認致しませぬ』 高姫『お前はそんな立派な事を口で云うて居るが、心の底はさうぢやあるまい。名誉心のない奴はこの広い世界に一人だつて有らう筈がない。赤裸々に腹の底を叩けば、誰だつて手柄が仕度いと云ふ心の無い者は有るまい。日の出神の生宮だつて矢張名誉も欲しい、手柄もしたい、これが偽らざるネツトプライスの告白だ。皆の者共、それに間違ひはあるまいがな、オホヽヽヽ』 一同『エヽさうですかいな』 とのかず触らずのやうな、あぢな味噌を嘗めた時のやうに、せう事なしに冷淡な返事をして居る。一天俄に墨を流せし如く掻き曇り、星影さへ見えなくなつた。忽ち吹き来る颶風に山岳の如き浪立ち狂ひ、玉能丸を毬の如くに翻弄し始めた。何時の間にか船は淡路島の北岸近く進んで居たと見え、島の火影は幽かに瞬き始めた。高姫は其火光を目当に船を漕げよと厳命する。四人は最早両腕共萎へて艪櫂を操縦する事が出来なくなつて居た。船は忽ち暗礁に乗り上げたと見え、船底はバリバリバリ、パチパチパチ、メキメキメキと大音響を立てて木端微塵となり、高姫以下は荒波に呑まれて仕舞つた。 玉能姫は甲斐々々しく襷十文字に綾取り、艪を操りながら高姫が後を追ひ進み来る折しも、俄の颶風に遇ひ淡路島の火影の瞬きを目当に辛うじて磯端に安着し、夜明を待つ事とした。風は歇み雲は散り、忽ち紺碧の空に金覆輪の太陽は、山の端を覗いて海面に清鮮なる光を投げ、鴎の群は嬉々として東西南北に浪の上を翺翔して居る。漁夫の群と見えて四五の小さき帆掛船は遥の彼方に見えつ隠れつ太陽に照されて浮いて居る。 玉能姫は東天に向ひ祝詞を奏上する折しも、傍より呻吟の声が聞えて来る。怪しみながらよくよく見れば、波に打ち上げられた五人の体、人事不省の態にて『ウンウン』と唸り声のみ僅に発して居る。近より見れば、高姫一行であるに打驚き、色々と介抱をなし鎮魂を修し、魂寄せの神言を唱へ漸う五人を蘇生せしめた。玉能姫は高姫の背を擦り乍ら、 玉能姫『確りなさいませ。気が付きましたか』 と優しき声にて労はる。高姫は初めて気がつきたるが如く、 高姫『アヽ何れの方か存じませぬが、危い所をお助け下さいまして有難う御座います。是と云ふのも全く日の出神様が、貴女にお憑り遊ばして助けて下さつたのに違ひありませぬ。アヽ外の者は何うなつたか』 玉能姫『高姫様、御心配なされますな、皆妾が御介抱申し上げ、漸う気がつきました。大変なお疲れと見えて横になつて此処に居られます』 高姫『妾の名を知つて居る方は何れの御人だ』 とよくよく見れば玉能姫である。 高姫『ヤアお前は玉能姫かいナア、ようまア来られました。夜前の荒浪に唯一人船を操つて、この大海原を渡るなどとは偉い度胸の女だ。さうしてお前は妾を助けて、高姫の頭を押へる積りだらうが、さうはいけませぬぞえ』 玉能姫『イエイエ滅相な事、どうして左様な野心を持ちませう。どこ迄いても玉能姫は玉能姫、高姫は高姫で御座いますもの』 高姫『何と仰有る。玉能姫は玉能姫と云うたぢやないか。要するにお前はお前、私は私と云ふ傲慢不遜なお前の了見、弱味に付け込んで同等の権利を握つたやうな其口吻、どうしても日の出神は腑に落ちませぬ。お前に助けて貰うたと思へば結構なやうなものの、余り嬉しうも無いやうな気が致しますワイ。オヽさうぢやさうぢや、日の出神様が玉能姫の肉体を臨時道具にお使ひなさつたのだ。……アヽ日の出神様、よう助けて下さいました。玉能姫の如き曇り切つた身魂にお憑り遊ばすのは、並大抵の事では御座いますまい。御苦労様お察し申します。……コレコレ玉能姫、唯今限り日の出神様はこの生宮へ憑り替へ遊ばしたから、決して決して此後は私の真似をして日の出神の生宮だなんて、そんな野心を起してはなりませぬぞ。チツト嗜みなされ』 玉能姫『何は兎もあれ、日の出神様のお蔭で大切な生命をお助かり遊ばして、お目出度う御座います』 高姫『そりや貴女、嘘でせう。死ねば良いのに何時迄もガシヤ婆が頑張つて夫婦の仲を邪魔を致す奴、お目出度いと云ふのは口先許り、真実の心の底は大きにお目出度うありますまい、オホヽヽヽ』 玉能姫『それは何と云ふ事を仰有います。暴言にも程があるぢやありませぬか』 高姫『定つた事よ。言依別の教主や杢助等と腹を合せ、此生宮に蛸の揚壺を喰はせ、面目玉を潰させ、高姫を進退維れ谷まる窮地に陥れたお前、どこに私が助かつたのが目出度いと云ふ道理が御座んすかいな。阿諛諂佞、巧言令色至らざる無き貴女方には、高姫も心の底よりイヤもう感心仕りました。それだけの悪智慧が廻らねば大それたあんな大望は出来ますまい』 玉能姫『妾が此処へ来なかつたら、貴女は既に生命の無い処ぢやありませぬか。生命を助けられ乍ら、余りと云へば余りのお愛想尽かし、妾も実に感心致しました』 高姫『それはお前何と云ふ口びらたい事を云ふのかい。天道は人を殺さずと云つて、日の出神様の生宮、どんな事があつても神様が救ひ上げてお助けなさるのは必定だ。万々一此高姫が溺れて死ぬ様な事があつたら、それこそ三千年の変性男子のお仕組が薩張水の泡になつて仕舞ふぢやないか。此世の中を三角にしようと四角にしようと餅にしようと団子にしようと、自由自在に遊ばす大国治立大神様は、そんな不利益な事を遊ばす筈がない。仮令お前が来なくてもあれ御覧なさい。沢山の漁船が浪の上を往来して居るぢやないか。世界に鬼は無いと云ふ。見ず知らずの赤の他人でも人が困つて居れば助けたうなるものぢや。人を助けた時の愉快さと云うたら譬方の無いものだ。お前さまは赤の他人とは云ひ乍ら矢張り曲りなりにも同じ神様のお道の懐にくつついて居る虱のやうなものだ。虱の分際として、霊界物語第五巻の総説ぢやないが、広大無辺の大御心が分つて耐りますかい。暫しの間でも私を助けてやつたと夢見たときの愉快さは、何とも云はれぬ感がしただらう。仮令刹那の愉快でも此高姫があつたらこそ、そんな結構な目に遇うたのだ。サアサア早く日の出神の生宮に感謝なさいませ。アヽ神様はお恵が深いから、こんな玉隠しの身魂にさへも喜びを与へて下さるか。思へば尊い御神力の強い日の出神様。杢助や玉能姫に守護して居る神様は、此高姫に対し一度も束の間も嬉しいと云ふ感を与へて呉れた事はない。その筈だ、何を云うても素盞嗚尊の悪の一番醜い時の分霊が守護して居るのだから、注文するのが此方の不調法だ、オホヽヽヽ』 とそろそろ元気づいて来るに従ひ、再び意地くねの悪い事を捏ね出したり。 玉能姫『貴女、船はどうなりました』 高姫『オホヽヽヽ、船が残る位なら誰人が海へはまるものか。お前も思ひの外智慧の足らぬ事を云ひなさるな。あの船にはエラさうに玉能丸と印が入れてあつたが、決してお前の船ぢやありますまい。三五教の神様の御用船だ。それを僣越至極にも自分の船のやうに思ひ、玉能丸なんて記した所を見れば、心の中には既に既に船一艘窃盗して居つたのだ。お前併し乍らこれも神様の深いお仕組かも知れませぬ。玉能姫の名のついた船が暗礁に衝突かつて木つ端微塵になつたと思へばオホヽヽヽ、心地よい事だ。この船がお前の前途の箴をなして居るのだ。余り慢心をして我を張り通すと又此船のやうに暗礁に乗り上げ、破滅の厄に遇はねばなりますまい。大慈大悲の日の出神が気をつけて置くから云ふ中に改心をなさらぬと、トコトンのどん詰りになつて地団駄踏んでも後の祭、誰も構うては呉れませぬぞエ。……コレコレ貫州、皆々好い加減に起きて来ぬかいな、男の癖に何を弱つて居るのだ』 貫州『いやモウ余り感心致しまして立つ事が出来ませぬワ。ナア鶴公、お前も感心しただらう』 鶴公『さうともさうとも、四人共揃つて感心した。生命を助けて貰うて置きながら、竹篦返しの能弁には俺達も開いた口が塞がらぬワイ。ナア玉能姫様、貴女の御精神には心から感心致しました。ようマア生命を助けて下さいました。お腹が立ちませうが狂人の云ふ事だと思つて何卒勘弁してやつて下さいませ。海の向ふに須磨の精神病院が御座いますから、其処へお頼み申して監禁して貰ひますから、どうぞそれ迄御辛抱を願ひます。生命の親の玉能姫様、アヽ惟神々々』 高姫『コラコラ鶴、貫、何を云ふのだ。生神様に対して狂人とは何と云ふ不心得の事を云ふのだ。そんな事を申すと今日限り師匠でもないぞ、弟子でもない。破門するからさう思へ』 鶴公『捨てる神もあれば拾ふ神もある。世の中はようしたものだ。私は唯今限りお前さまに愛憎が尽きたから、玉能姫様のお弟子にして頂きます。否々生命の親様、孝行な子となりて尽します。高姫さま、長らく御心配をかけさして下さいました。私も是で四十二の厄祓ひ、家内中綺麗薩張煤払ひをしたやうな気分になりました』 高姫は面を膨らし目を剥いて睨み付けて居る。 玉能姫『四人のお方、貴方方は何処迄も高姫様の御教養をお受下さいませ。妾は他人様の弟子を横取りしたと云はれましては迷惑で御座います。断じて弟子でもなければ親子でもないと思うて下さい』 鶴公『そりや貴女御無理です。何と仰有つても私の心が高姫様を離れて、貴女に密着して仕舞つたのだから、何彼の因縁と諦めて下さいませ。お許しなくば貴女に助けて貰うた此生命、綺麗薩張り身を投げてお返し致しますから』 玉能姫『貴方方のお心はよく承知致しました。併し妾を助けると思うて断念して下さい。それよりも一時も早く妾の船に高姫様をお乗せ申して帰りませう』 一同『ハイさう致しませう』 と言葉を揃へて頷く。 高姫『お前等は御勝手に乗つて帰りなさい。私は玉能姫に助けられる因縁が無いのだから。あの通り沢山の船、此処に待つて居れば何処かの船が来う。それに沢山の賃銀を与へれば何処へでも乗せて往つて呉れるから、お節惚けのお前達はどうでも勝手にするがよいワイのう。私は一つの目的を達する迄帰らないから、お前達は玉能姫と一緒に帰りなさい』 鶴公『アヽ、こんな目に遇うても貴女は矢張り執着心が退かぬと見えますな。家島とか神島とかへ行つて宝を呑んで来る積りでせう』 と聞くより高姫は癇声を張り上げ、 高姫『構ふな、お前達の知つた事かい』 と呶鳴りつけた。 此時一艘の漁船矢を射る如くに此場に寄り来り、 船頭『夜前は大変な暴風雨だつたが、茲に一艘の船が毀れたと見えて板片が残つて居る。大方お前等は難船したのだらう。サア私の船に乗つて向ふへ帰らつしやい、賃銀は幾何でもよいから』 高姫『アヽ流石は神様だ。お前は偉いものだ。サア私を乗せて下さい。賃銀は幾何でも上げるから』 船頭『見れば此処に船が一艘着いて居るが、是は誰の船だな』 高姫『あれかいな、あれは此処に居る連中の船だ。最前から乗せて呉れと云つて頼んで居るのに、根つから乗せてやらうと云はぬのだ。エグイ奴があればあるもの。……よう来て下さつた。サア乗せて貰はう』 船頭『サアサア乗つて下さい。コレコレお前さま達、なぜこの婆アを乗せてやらぬのだ。腹の悪い男だなア』 鶴公『船頭さま、この婆アは一寸気が違うて居るから何云ふか分りませぬ。最前からこの船に乗りなさいと云ふのに、自分から乗らないと頑張つて、駄々をこね、あんな事を云ふのだから仕方が無い。お前さま、要心して須磨の精神病院へでも送つてやつて下さい。途中海へでも飛び込むと大変だから、綱かなんかで、がんじ搦めに縛つて船の中の荷物で押へて置かぬと耐りませぬぜ』 高姫『こりや鶴、恩知らず奴、何と云ふ事を云ふのだ』 と睨め付け、 高姫『サア船頭さま、早くやつて下さい。サア早く早く早く』 船頭『ハイ、左様なら何処へでもお供致しませう』 と、艪を取り、西に向つて漕いで行く。 玉能姫は四人の男を吾船に乗せ、自ら艪を操りながら高姫の船を目蒐けて追うて往く。 (大正一一・六・一二旧五・一七加藤明子録)
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(1834)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 16 蜈蚣の涙 第一六章蜈蚣の涙〔七二八〕 バラモン教の御教を自転倒島に広めむと はやる心の鬼ケ城鬼熊別の妻となり 朝な夕なに仕へてし蜈蚣の姫は一心に バラモン教の回復を心に深く誓ひつつ 三国ケ岳に立籠り千々に心を悩ませて 三五教の神宝黄金の玉を奪ひ取り 筐底深く納めつつ得意の鼻を蠢かせ 又もや第二の計画に取りかからむとする時に 天の真浦の宣伝使お玉の方に看破され 難攻不落と誇りたる三国ケ岳の山寨も 木端微塵に砕かれて無念の涙遣る瀬なく 瞋恚の炎を燃やしつつ心も固き老の身の 企を通す魔谷ケ岳スマートボールを始めとし 数多の教徒を呼集へ鷹鳥山に立て籠る 三五教の宣伝使鷹鳥姫の神策を 覆さむと朝夕に心を砕き身を砕き 尽せし甲斐も荒風に散りて果敢なき夢の間の 願は脆くも消え失せて歯がみしながら執拗に 又もや此処を飛出し曇りし胸も明石潟 朝夕祈る神島や家島を左手に眺めつつ 身も魂も捨て小舟此世の瀬戸の浪を越え 大島、小島、小豆島浪打ち際に漂着し 三つの宝の所在をば探らむものと国城の 山を目蒐けて一行の頭の数も四十八 醜の岩窟に陣取りて手下を四方に配りつつ 山の尾上や河の瀬を隈なく探し求めつつ 此岩窟を暫時の間仮の住家と繕ひて 時待つ折しも高姫が神の仕組も白浪の 上を辷つて上陸し又もや此処に出で来る 不思議の縁に蜈蚣姫心の角を生しつつ 肩肱怒らし剛情の日頃の固意地どこへやら 解けて嬉しきバラモンの道の友なる高姫と 聞くより顔色一変し打つて変つた待遇に 仕済ましたりと高姫は後を向いて舌を出し 素知らぬ顔にて奥の間へ進み入るこそ可笑しけれ 高姫『久し振で御座いましたなア。貴女が魔谷ケ岳に時めいて居られました時、妾も鷹鳥山に庵を結び、バラモン教に最も必要なる、如意宝珠の玉を尋ねあてむものと、三五教の馬鹿正直の信徒を駆使し、一日も早く手に入れて、大自在天様に献納仕度いと明けても暮れても心を悩ませ、何うかして貴女に面会の機会を得度いものと考へて居りましたが、何を云うても人目の関に隔てられ、思ふに任せず、遇ひたさ見たさを耐へて今日が日迄暮して来ました。天運循環と云ひませうか、今日は又日頃お慕ひまうす貴女に、斯様な安全地帯で拝顔を得たと云ふのは、是全く大自在天様の高姫が誠意をお認め遊ばして、こんな嬉しい対面の喜びを与へて下さつたのでせう。妾は余り嬉しうて何からお話をしてよいやら分りませぬ』 蜈蚣姫『時世時節で、今日はバラモン教となり、明日は三五教と変ずるとも、心のドン底に大自在天様を思ふ真心さへあれば、人間の作つた名称雅号は末の末です。大神様はキツとお互の心を鏡にかけた如く御洞察遊ばして、目的を遂げさせて下さるでせう「雪氷、雨や霰と隔つとも、落つれば同じ谷川の水」とやら、機に臨み変に応じ円転滑脱、千変万化、自由自在の活動をなすだけの用意がなければ到底神業に参加する事は出来ませぬ。メソポタミヤの本国には綺羅星の如く立派な神司は並んで居りますが、何れも猪突主義の頑愚度し難き、時勢に合ない融通の利かぬ者計りで、お前さまのやうな豁達自在の活動をする人は一人もありませぬので、あゝバラモン教も立派な教理はありながら、之を活用する人物がないと明け暮れ心配して居りました。然るに貴女のやうな抜目のない宣伝使が、バラモン教の中に隠れて居たかと思へば、勿体なくて嬉し涙が零れます。神様は何時も経綸の人間を拵へて神が使うて居るから、必ず心配致すな、サアと云ふ所になりたら、因縁の身魂を神が引き寄せて御用を勤めさせて、立派に神政成就をさして見せる程に、何処に何んな者が隠してあるか分りは致さぬぞよ。敵の中にも味方あり味方の中にも敵があると仰有つた神様の御教示は争はれぬもの、もう此上は何事も心配致しませぬ。何卒高姫さま、是からは打ち解けて姉妹となり、神業に参加しようではありませぬか』 高姫『何分不束な妾、行き届かぬ事ばかりで御座いますから、何卒貴女の妹だと思うて、何かにつけて御指導を願ひます』 蜈蚣姫『互に気の付かぬ事は知らせあうて、愈千騎一騎の活動を致し、夫の汚名を回復致さねば、女房の役が済みませぬからなア。高姫様、貴女の夫美山様に対し申訳がありますまい』 高姫『妾の夫美山別は御存知の通り人形のやうな男で、妾が右へ向けと云へば「ハイ」と云うて右を向き、左と云へば左を向くと云ふ、本当に柔順しい結構な人ですから、妾が願望成就、手柄を表はして見せた所で、余り喜びも致しますまい。その代り失敗しても落胆もせず、何年間斯う妾が家を飛び出し、神様の御用をして居ましても、小言一つ云はないと云ふ頼りない男ですから、まどろしくて最早相手には致しませぬ、生人形を据ゑて置いたやうな心組で居りますよ、ホヽヽヽヽ』 蜈蚣姫『妾もそんな柔順な夫に添うて見度う御座いますわ。なんと高姫さま、貴女は世界一のお仕合せ者、さういふ柔順な男計り世の中にあつたら、此頃のやうな女権拡張だの、男女同権だのと騒ぐ必要はありませぬ。妾の夫も柔順しい事は柔順しいが、柔順やうが些と違ふので困ります、オホヽヽヽ』 高姫『斯んな所で旦那様のお惚気を聞かして貰うちや遣り切れませぬわ、ホヽヽヽヽ』 と嫌らしく笑ふ。 蜈蚣姫『高姫さま、笑ひ所ぢやありませぬ。此長の年月、妾は今日迄笑ひ声を聞いた事もなし、妾も嬉しいと思うた事は唯の一ぺんも御座いませぬ。メソポタミヤの顕恩郷は、素盞嗚尊の家来太玉神や、八人乙女に蹂躙され、止むを得ず鬼雲彦の棟梁様は遥々海を渡り、大江山に屈竟の地を選み館を建て、立派に神業を開始し遊ばした所、部下の者共が余り心得が悪いのと利己主義が強いため、丹波栗ぢやないが、内からと外からと瓦解され、お痛はしや折角心を痛めて造り上げた立派な大江城を捨て、伊吹山に逃げ去り、此処で又もや素盞嗚尊の一派に悩まされ、やみやみとフサの国へ逃げ帰り、素盞嗚尊の隠れ家を脅かさむと、鬼雲姫の奥さまと共に帰られました。アヽ思へば思へばお気の毒で堪りませぬ。それにつけても妾の夫の鬼熊別は、副棟梁として鬼ケ城に砦を構へ、鬼雲彦様の御神業を誠心誠意お助け致して居りましたが、是れ又脆くも三五教の宣伝使や、味方の裏返りの為、破滅の厄に遇ひ、アヽ痛ましや鬼熊別の我夫は、棟梁の後を追うて波斯の国に帰つて仕舞ひました。其時夫は妾の手を握り「これ女房、私は棟梁様の御為に波斯の国へ別れて行くが、何卒お前は三国ケ岳に立て籠り、会稽の恥を雪ぎ宝の所在を探し出し、功名手柄を現はして帰つて呉れ」と云うて、涙をホロリと流された時は、妾の心は何んなで御座いましたらう。天にも地にも身の置き所が無いやうな心持が致しました。人間として難き事天下に二つある。其一つは天国に昇る事、も一つは立派な家来を得る事で御座います。バラモン教もせめて一人立派な家来があれば、斯んな惨めな事にはならないのですが、アヽ思へば思へば残念な事だ』 と皺面に涙を漂はせ、遂には声を放つて泣き伏しにける。 高姫『そのお歎きは御尤もで御座います。併し乍ら日の出神の生宮、オツトドツコイ大自在天様の御眷族の憑らせ給ふ真の生宮高姫が現はれて、貴女と相提携して活動する上は、最早大丈夫で御座います。何卒お力を落さず、もう一働き妾と共に遊ばして下さいませ。あの玉さへ手に入らば、バラモン教は忽ち暗夜に太陽の現はれた如く、世界に輝き渡るは明かで御座いますから……、蜈蚣姫さま、此岩窟は大江山の鬼ケ城とはどちらが立派で御座いますか』 蜈蚣姫『とても比べものにはなりませぬ。三国ケ岳の岩窟に比ぶればまアざつと三分の一位なものです。妾も立派な鬼ケ城を追はれ、だんだんとこんな狭い所へ入らねばならないやうに落ちて仕舞ひました。思へば思へば残念で耐りませぬ。それでも何とかしてこの目的を遂げたいと朝夕神様を祈り、何卒御大将御夫婦が御健全で此目的を飽迄も遂行遊ばすやうに、又我夫の無事に神業に奉仕するやうにと、夢寐にも忘れずに祈願致して居ります。是からは貴女と二人で腹を合せ、飽迄も初志を貫徹せねばなりませぬ』 高姫『左様で御座います。何分に宜敷く御指導を願ます。併し乍ら此立派な岩窟に似ず今日はお人が少い事で御座いますな』 蜈蚣姫『ハイ、今日は神前の間で祭典を致して居りますので、誰も此処には居りませぬ。あの通り音楽の声が聞えて居るでせう。あれが祭典の声です』 高姫『妾も一度参拝させて頂き度いもので御座います』 蜈蚣姫『何卒後で緩りと参拝して下さいませ。中途に入りますと皆の者の気が散り、完全にお祭が出来ませぬから、……時に高姫さま、貴女のお連れになつた二人の男は、ありや一体何者で御座いますか』 高姫『ついお話に身が入つて貴女に申上げる事を忘れて居ましたが、彼はバラモン教の宣伝使の友彦と云ふ男、も一人は妾の召使の貫州と云う阿呆とも賢いとも、正とも邪とも見当の付かない男で御座います』 蜈蚣姫『何と仰せられます。バラモン教の友彦が来たとは、それは又妙な神様のお引合せ、……余り姿が変つて居るので見違へて居つた。アヽさう聞けば鼻の先に赤い所があつたやうだ。彼奴は私の一人娘をチヨロまかし、手に手を取つて何処ともなく姿を隠した男、廻り廻つてこんな所へ来るとは是又不思議、あれに尋ねたら定めて娘の消息が分るであらう。……コレコレ高姫さま、此事は秘密にして置いて下さい。妾が直接に遠廻しに聞いて見ますから』 と心臓に波を打たせながら、そはそはとして居る。高姫は此場を立つて次の間に現はれ両人に向ひ、 高姫『友彦さまに貫州、退屈だつたらう。蜈蚣姫さまが一寸奥へ通つて呉れと仰有るから通つて下さい。此処もバラモン教の射場だから……、友彦さま、お前は親の家へ戻つたやうなものだ。久し振りで蜈蚣姫様に御面会が出来るから喜びなさい』 友彦『何と仰有る。此処が蜈蚣姫様のお館ですか、そりや違ひませう。世界に同じ名は沢山御座います。まさか本山に居られた、副棟梁の鬼熊別の奥さまの蜈蚣姫さまではありますまい』 高姫『さうだともさうだとも、チツとは不首尾な事があらうが辛抱しなくては仕方がない。逃やうと云つたつて逃げられはせぬワ。お前も可愛い娘の婿だから、さう酷くも当らつしやるまい。安心して妾に伴いて御座れ』 友彦は顔色忽ち蒼白となり、恐る恐る高姫の後について奥の間に進み往く。 (大正一一・六・一三旧五・一八加藤明子録)
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(1842)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 02 唖吽 第二章唖呍〔七三二〕 友彦は鬼熊別夫婦の信任益々厚く、遂には鬼熊別が奥の間に内事係の主任として仕ふる事となりぬ。小糸姫も朝な夕なに友彦の親切にほだされ、好かぬ顔とは思ひ乍らも何時とは無しにスツカリ無二の力と頼むに至りける。蔭裏に生えた豆でも時節が来ればはぢける道理、十五の春を迎へたオボコ娘も、何時とはなしに声変りがし、臀部の恰好が余程大人び来たりぬ。男女の交情を結ぶ第一の要点は談話の度を重ぬること、会見の度の多きこと、及び時間の関係に大影響を及ぼすものなるべし。 小糸姫は何時とはなしに友彦の顔を見る毎に、顔赤らめ、襖の蔭に隠れ、窃み目に覗く迄になりぬ。蜈蚣姫は信任厚き友彦に、小糸姫の身辺の世話を委託したるが、遠近上下の隔てなきは恋の道、優柔不断フナフナ腰の友彦も何時とは無しに妙な考へを起し、遂には小糸姫の夫となつてバラモン教の実権を握らむと、野心の火焔に包まれ昼夜心を焦し居たり。 友彦が募る恋路に、小糸姫は襖の開閉にも、擦れつ縺れつ相生の松と松との若緑、手折るものなき高嶺に咲いた松の花、遂に友彦が得意の時代は到来した。猪食た犬の蜈蚣姫は敏くも二人が関係を推知し、夫鬼熊別に向つて言葉を尽し、友彦をして小糸姫の夫となし、鬼熊別が後継者たらしめむとする意志を、事に触れ、物に接し、遠廻しにかけて鬼熊別にいろいろと斡旋の労を執りぬ。 されど鬼熊別は友彦の下劣なる品性と、野卑なる面貌に心を痛め、到底副棟梁の後継者として不適任たることを悟り、何時も蜈蚣姫の千言万語を尽しての斡旋を馬耳東風と聞き流した。 友彦、小糸姫は父の心中を察し、人目を忍んでは二人の行末を案じ煩ひつつ、ヒソヒソ話に耽り居たりける。 ある時友彦は、 友彦『小糸姫様、私は今日限り貴方に御別れ致さねばならぬことが出来ました。今までの御縁と諦めて下さいませ』 小糸姫は漸く口を開き恥し気に、 小糸姫『友彦様、そりや又何うした理由で御座います。たとへ何うなつても小糸姫のためには力を尽し、生命でも差出すと仰有つたではありませぬか』 友彦『ハイ、私の心は少しも変つては居りませぬ。日に夜に可愛さ、恋しさが弥増し、片時の間も貴女のお顔が見えねば、ジツクリとして居られないやうに、恋の炎が燃え立つて来て居ります。併し乍ら貴女は尊き副棟梁の一人娘、何時までも私のやうな賤しき者と関係を結ぶ訳には参りませぬ。御父様の御意中は決して吾々両人の意を叶へては下さいませぬ。何程御母上が御取持下さつても、最早駄目だと云ふことが解りました。私は是より此の煩悶を忘れるため、貴女の御側を遠く離れ、世界を遍歴し一苦労を致しませう。これが御顔の見納めで御座いますれば、何うぞ御両親に孝養を尽し、立派な夫を持つてバラモン教のために御尽し下さいませ』 小糸姫は驚いて其の場に泣き伏し、 小糸姫『アー何うしませう。父上様、聞えませぬ』 と泣き叫ぶを友彦は、 友彦『モシモシ御嬢様、悔んで復らぬ互の縁、暫しの夢を見たと御諦め下さいませ。誠に賤しき身を以て、貴女様に対し失礼を致しました重々の罪、何卒御赦し下さいませ……左様なら、これにて愛しき貴女と御別れ致しませう』 と立去らむとするを裾曳き止め、 小糸姫『暫らくお待ち下さいませ。妾も女の端くれ、たとへ天地が変るとも、一旦言ひ交した貴方を見捨てて何うして女の道が立ちませう。苦楽を共にするのが夫婦の道、仮令何と仰有つても、妾は何処までも放しませぬ。何うしても別れねばならなければ貴方のお手で妾を刺殺し、何処へなりと御出で下さいませ』 と泣き伏す。 友彦『アヽ困つたことが出来たワイ、別れようと言へば御嬢様の強き御決心、生命にも係はる一大事、大恩ある鬼熊別の御夫婦に対し申訳が無い。さうだと云つて大切な御嬢様を伴出しては尚済まず、アヽ仕方がない……。モシ御嬢様、私は此処で腹掻き切つて相果てまする。何うぞ貴女は両親に仕へて孝養を御尽し遊ばされ、幸に私の事を思ひ出された時は、水の一杯も手向けて下さいませ。千万人の宣伝使の読経よりも貴女の御手づから与へて下さつた一滴の水が、何程嬉しいか知れませぬ。小糸姫様、さらばで御座いまする』 と懐剣スラリと引抜き、腹に今や当てむとする時、小糸姫は其の腕に縋りつき、 小糸姫『モシモシ友彦様、暫らくお待ち下さいませ。お願ひいたし度いことが御座います』 友彦は、 友彦『最早覚悟致した上は申訳のため唯死あるのみ。何うぞ立派に死なして下され』 小糸姫『どうして是が死なされませう。斯うなる上は是非がない。親につくか、夫につくか、落ちつく途は唯一つ。暫時は親に御苦労をかけるか知れないが、何れ此世に長らへて居れば、御両親に孝養を尽すことも出来ませう。何卒友彦様、妾を伴れて遁げて下さいませぬか』 友彦『これはしたり御嬢様、親子は一世、夫婦は二世と申しまして、此世に親ほど大切なものは御座いますまい。友彦ばかりが男ではありませぬ。モツトモツト立派な男は沢山に御座いますれば、私のことは只今限り思ひ切り、両親に御孝養願ひます。さらば、是にて御別れ……』 と又もや懐剣を突き立てようとする。小糸姫は悲しさやる瀬なく腕に喰ひつき満身の力を籠めて友彦を殺さじと焦り居る。友彦は感慨無量の態にて、 友彦『アヽ其処まで私を思うて下さるか。左様なれば仰せに随ひ、暫らく私と一緒に何処かへ隠れて、楽しき月日を送りませう』 小糸姫は、 小糸姫『あゝそれで安心致しました』 と奥に入り、密かに数多の路銀を懐中し、夜の更くるを待つて二人は館を後に、何処ともなく顕恩郷より消えにけり。 親子のやうに年の違うた二人の男女は、手に手をとつて波斯の国を、彼方此方と彷徨ひ、遂には高山も幾つか越えて印度の国の南の端に進んで来た。此処には露の都と云つて相当な繁華な土地がある。バラモン教の宣伝使市彦は相当に幅を利かし、遠近に名を轟かして居た。友彦は斯る地点に彷徨ふは、発覚の虞れありとなし、月の夜に紛れて海を渡り、セイロンの島に漕ぎつけ、奥深く進みシロ山の谷間に居を構へ、二人は暮す事となつた。物珍らしき島人は、花を欺く小糸姫の容貌を見て、天女の降臨せしものと思ひ尊敬の念を払ひ、日夜此の庵も訪ねて参拝するもの引きも切らぬ有様であつた。小糸姫は表向友彦を下僕となし、女王気取りで無鳥島の蝙蝠王となりすまし、友彦と共に日夜快楽に耽りゐたり。 友彦の俄に塗りたてた身魂の鍍金は、日に月に剥脱し、父母両親の目の遠く離れたるを幸ひ、横柄に小糸姫を頤の先にて使ふ様になつた。さうして小糸姫が持ち来れる旅費を取出しては日夜酒に浸り、或は島人の女に対し他愛なく戯れ出した。小糸姫は、漸く恋の夢醒むるとともに、友彦の言ふこと為すことを、蛇蝎の如く忌み嫌ひ、友彦の方より吹きくる風さへも、身を切る如くに感じた。百度以上に逆上せ切つた恋の夏も何時しか過ぎて、ソロソロ秋風吹き起り、日に日に冷気加はり凩寒き冬の如く、友彦を思ふ恋の熱はスツカリ冷却して氷の如くになり終りけり。 友彦は小糸姫の様子の日に日につれなくなるに業を煮やし、時々鉄拳を揮ひ、自暴酒を呑み、嗄がれ声で呶鳴り立て、二人の仲は日に夜に反が合なくなりにける。 或夜小糸姫は友彦が大酒を煽り、酔ひ潰れたる隙を窺ひ、一通の遺書を残し、浜辺に繋げる小舟を漕ぎ、島人の黒ン坊二人を伴なひ、太平洋を目蒐けて大胆にも遁げ出したり。 友彦は酒の酔が醒め、起き出で見れば夜はカラリと明けはなれ小鳥の声喧し。 友彦は眠たき目を擦り乍ら、 友彦『小糸姫、水だ水だ』 呼べど叫べど何の応答もなきに友彦は、 友彦『アヽ又裏の山へでも果物を取りに往きよつたのかなア。何を云うても御嬢さまで気儘に育つた女だから仕方が無い。併し斯う云ふものの、まだ十六だから子供の様なものだ。余りケンケン云つてやるのも可哀想だ。チツトこれから可愛がつてやらねばなるまい。顕恩郷に居れば、彼方からも、此方からも御嬢さまと奉られ、女王の様に持て囃され、栄耀栄華に暮せる身分だ。此の友彦が思はぬ手柄に依つてそれをきつかけに旨くたらし込み、世間知らずのオボコ娘をチヨロマカした俺の腕前、定めてバラモン教の幹部連も驚いたであらう。俺の顔は自分乍ら愛想の尽きるやうなものだが、それでも生命の親だと思つて、すねたり、跳たりし乍ら付いて居るのはまだ優らしい。たとへ俺を嫌つて遁げ帰らうと思つても、遠き山坂を越えコンナ離れ島へ連れ込まれては、孱弱き女の何うすることも出来よまい。思へば可哀想なものであるワイ……アヽ喉が渇いた。一つ友彦自ら玉水を、汲みて御飲り遊ばす事としよう』 と云ひ乍ら、門前を流るる谷川の水に竹製の柄杓を突込み、グイと一杯汲み上げ声を変へて、 友彦『さア、旦那様、御上り遊ばせ。あまり御酒を上りますと御身のためによろしく御座いませぬ。若しも貴方が御病気にでも御なり遊ばしたら、妾は何うしませう。ねー貴方、妾が可愛いと思召すなら、何うぞ御酒を余り過ごさない様にして頂戴……ナンテ吐しよるのだけれど、今日に限つて若山の神様は何処かへ御出張遊ばした。軈て御帰館になるだらう。それまで山の神の代理を勤めるのかなア』 と独語言ひ乍ら、グツト一杯飲み乾し、 友彦『アヽ酔醒めの水の美味さは下戸知らずだ。アヽうまいうまい、水も漏らさぬ二人の恋仲、媒酌人も無しに自由結婚と洒落たのだから、此の杓を媒酌人と仮定して先づ一杯やりませう。何程しやくだと云つても、顕恩郷を遠く離れた此の島、二人の恋仲に水差す奴も滅多にあるまい。併し乍ら小糸姫が時々癪を起すのには、一寸俺も困る………「もしわが夫様、癪がさしこみました。どうぞ御介錯を願ひます」………なんて本当になまめかしい声を出しやがつて、俺は何時もそれが癪に障………らせぬワ。アヽうまいうまい』 と、汲んでは飲み汲くんでは飲み一人興がりゐる。 斯かる処へ黒ン坊の一人現はれ来り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、女王様が夜前船に乗つて何処かへ往かれたのを、貴方御存知で御座いますか』 と聞くより友彦は真蒼になり、 友彦『何ツ、小糸姫が船に乗つて此処を去つたとは、そりや本当か』 黒ン坊『何私が嘘を申しませう。チヤンキーとモンキーの二人が、櫓櫂を操り港を船出しましたのを、月夜の光に慥に見届けました。私ばかりでない、四五人のものがみんな見て居りますよ』 友彦『ソンナラ何故早速知らして来ぬのだ』 黒ン坊『早速知らせに参つたのですが、御承知の通り此の急坂、さう着々と来られませぬワ』 友彦『さうして小糸姫は何処へ往つたか知つて居るか』 黒ン坊『そこまではハツキリしませぬが、何でも舳を印度の国の方へ向けて出られましたから、大方露の都へ御越しになつたのでせう』 友彦は両手を組みウンウンと吐息を吐き、両眼より粗い涙をポロリポロリと溢して居る。暫くして友彦は立上り、 友彦『おのれチヤンキー、モンキーの両人、大切な女房を唆かし、何処へ遁げ居つたか、たとへ天をかけり、地を潜る神変不思議の術あるとも、草をわけても探し出し、女房に会はねば置かぬ。其時にチヤンキー、モンキーの二人を血祭りに致して呉れむ』 と狂気の如く荒れ狂ひ、鍋、釜、火鉢を投げ、戸障子に恨みを転じ、自ら乱暴狼藉の限りを尽し、家財を残らず滅茶苦茶に叩き毀し、小糸姫の残し置いた衣服や手道具を引裂き、打砕き、地団駄踏んで室内を七八回もクルクルと廻り狂ひ、目を廻してパタリと倒れた。 黒ン坊の一人は驚いて側に駆寄り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、狂気めされたか。マア気を御鎮めなされ、何程焦つても追ひつくことは出来ますまい。何れ印度の国の露の都に市彦と云ふ名高い宣伝使が居られますから、其処へ大方御越しなつたのでせう』 友彦は此声にハツト気がつき、 友彦『何ツ、市彦が何うしたと云ふのだ』 黒ン坊『大方女王様は露の都の市彦の館へ御越しになつたのだらうと、皆の者が噂を致して居りましたと云ふのです』 友彦『それは貴様、よく知らせて呉れた。さア、駄賃をやらう』 と金凾を開き見れば、こは如何に、空ツけつ勘左衛門、錏一文も残つて居ない。凾の底に残つた折紙を手早く掴み披き見て、 友彦『アヽ何だか些も分らない。スパルタ文字で………意地の悪い、俺の読めぬのを知り乍ら、遺書をして置きやがつたのだらう。併しこれは後の証拠だ。大切にせなくてはならない』 と守り袋の中に大事相にしまひ込み、黒ン坊に案内させ、一生懸命にシロ山の急坂をドンドン威喝させ乍ら、大股に降り行く。 漸くシロの港に駆ついた。滅法矢鱈に黒ン坊と二人がマラソン競走をやつた結果、港に着くや、気は弛みバツタリと此処に倒れて了つた。港に集まる黒ン坊は二三十人寄つて集つて水をかけたり、鼻を捻ぢたり、いろいろとして漸く気をつけた。 友彦は四辺キヨロキヨロ見廻し乍ら、 友彦『オー此処はシロの港だ。さア、汝等一時も早く船の用意を致し、印度の国へ送れ』 黒ン坊の一人『賃銭は幾何呉れますか』 友彦『エーコンナ時に賃銭の話どころか、一刻も早く猶予がならぬ。賃銭は望み次第後から遣はす。さア、早く行け』 と急き立てる。 友彦の懐中は実際無一物であつた。八人の黒ン坊は八挺櫓を漕ぎ乍ら矢を射る如く友彦の命のまにまに印度洋を横切り、印度の国の浜辺へ漸く着いた。此処は真砂の浜と云ひ遠浅になつてゐる。船は十町ばかり沖にかかり、それより尻を捲つて徒歩上陸する事となりゐるなり。 黒ン坊『モシモシ大将さま、賃銭を頂きませう』 友彦『ウン一寸待て、賃銭はシロの港まで帰つた時、往復共に張りこんでやる。二度にやるのは邪魔臭いから、此処に船を浮かべて待つてゐるがよからう』 黒ン坊『さうだと云つて………露の都までは二日や三日では往けませぬ。往復十日もかかるのに、コンナ処に待つてゐられますかい』 友彦『待つのが嫌なら先へ帰つてシロの港で待つてゐるがよからう。帰途には又他の船に乗るから………』 黒ン坊『ソンナ事を言はずに渡して下さいなア。女房が鍋を洗つて待つてゐるのですから』 友彦『実は金をあまり周章て忘れて来たのだ』 黒ン坊『ヘンうまいこと云ふない。女王にスツパ抜けを喰はされ、金も何も持つて遁げられたのだらう。今までは女王様の光りで、貴様を尊敬して居つたが、モー斯うなつちや誰が貴様に随ふものがあるか。金が無ければ仕方がない。貴様の身につけたものを残らず俺に渡せ。グヅグヅ吐すと、寄つて集つて此の海中へ水葬してやらうか』 友彦『エー仕方が無い、ソンナラ暑い国の事でもあり、裸でもしのげぬ事は無いのだから、これなつと持つて行け』 とクルクルと真裸になり、船の中に投げつけたるに黒ン坊は、 黒ン坊『ヨー思ひの外立派な着物だ。何分金にあかして拵へよつた品物だから………オイその首にかけて居る守り袋を此方へ寄越せ』 友彦『之に貴様等が手を触れると、忽ち身体がしびれるぞ。さア持つて行け』 と首を突き出す。八人の黒ン坊は、 黒ン坊『ヤア、ソンナ怖ろしいものは要らぬワイ。勝手に持つて行け』 と云ひ捨て遠浅の海に友彦を残し、八挺櫓を漕ぎ、紫の汐漂ふ海面を矢の如く帰つて行く。 友彦は砂に足を没し、已むを得ず首に守袋をプリンと下げ、飼犬よろしくと云ふスタイルで、遠浅の海をノタノタと、四つ這ひになつて岸辺を指して進み行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九外山豊二録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 09 神助の船 第九章神助の船〔七三九〕 神が表に現れて善と悪とを立別ける 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高姫生命を棄つるとも 島の八十島八十の国山の尾の上や川の末 海の底まで村肝の心到らぬ隈もなく 探さにや措かぬと雄猛びし矢竹心の矢も楯も 堪りかねたる玉詮議左右の目玉を白黒と 忙しさうに転廻し善と悪との瀬戸の海 牛に曳かれて馬の関狭き喉首乗り越えて 数多の島々右左眺めて越ゆる太平の 波を辷つてアンボイナ南洋諸島の其中で 珍の竜宮と聞えたる芽出度き島に漕ぎつけて 玉の所在を探す内綾の高天の聖地より 玉照彦の神言もて初稚姫や玉能姫 玉治別の三人は再度山の山麓に 生田の森にて足揃ひ船を準備へ高姫が 危難を救ひ助けむと潮の八百路を打渡り 漕ぎ来る折しも霧の中仄かに聞ゆる叫び声 唯事ならじと船を寄せよくよく見れば此は如何に バラモン教の宣伝使友彦初め清鶴や 武の四人が船を破り生命の綱と岩壁に 力限りにかぢりつき救けを叫ぶ声なりし 玉治別は快く四人の男を救ひ上げ 率ゐ来りし伴舟に友彦其他を救ひつつ 男波女波を打渡り雄滝雌滝の懸りたる 雄島雌島の合せ島アンボイナ島の竜宮へ 船を漕ぎつけをちこちと青葉茂れる山路を 濃霧に包まれ千丈の瀑布の音を知るべとし 近より見れば滝津瀬の漲り落つる音ばかり 一行七人滝の前に佇み此れの絶景を 驚異の眼をみはりつつ其壮烈を歎賞し 涼味に浴する折柄に濃霧を透して婆の声 常事ならじと近寄りて窺ひ見れば高姫の 腕は血潮に染りつつ団栗眼を怒らして 面をふくらせ何事か囁く側に蜈蚣姫 妖怪変化に擬ふなる化物面を曝しつつ 滝の麓に倒れ居る玉治別は驚いて 手負に向つて鎮魂の神法修し一二三四 五六七八九十百千万と言霊の 霊歌を頭上に放射せば幾許ならず蜈蚣姫 元の姿に全快し地獄で仏に遭ひし如 心の底より感謝しつ嬉し涙に暮れにけり 玉治別の一行は探ね来りし高姫の 所在を知つた嬉しさに真心こめていろいろと 言依別の命令を完全に委曲に宣りつれど 心ねぢけし高姫は情を仇に宣り直し 相も変らず減らず口叩いてそこらに八当り 憎々しげに罵れば流石無邪気の一行も 呆れて言葉なかりけりヤツサモツサの押問答 やうやう治まり一同は二隻の船に分乗し 玉治別の操れる船には初稚玉能姫 鶴武清の六人連波を乗り切り竜宮を 後に眺めて離れ行く残りの船は友彦が 艪を操りつ蜈蚣姫高姫貫州久助や スマートボールやお民等の一行を乗せてやうやうと 波ののた打つ和田の原西南指して進み行く 前後左右に駆けまはる海蛇の姿眺めつつ 轟く胸を押隠し心にも無き空元気 船歌うたひ友彦が力限りに炎天の 大海原に搾る汗ニユージランドの手前まで 進む折しも暴風に吹きまくられて浪高く 危険刻々迫り来る左手に立てる岩山の 影を目標に漕ぎ寄せて難を避けむと進み寄る 鬼か獣か魔か人か得体の知れぬ影二つ 猿の如く岩山を駆けめぐり居る訝かしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す神の救ひの船に乗り 大海原に漂へる此岩島を一同が 生命の親と伏拝みここに小船を止めつつ アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 祈る言霊勇ましく雷の如くに鳴り渡る 此神言を聞きしより二つの影は嬉しげに 此方に向つて下り来る神の仕組ぞ不思議なる。 友彦は怪しき二つの影を見て、 友彦『ヤア高姫さま、蜈蚣姫さま、愈願望成就の時節到来、お喜びなさいませ。貴女のお探ねになる代物は漸く此島に在ると云ふ事が、的確に分つて来ましたよ』 高姫吃驚した様な声で、 高姫『エヽ何と仰有る。あの玉が此島に隠してあると云ふのかい』 友彦『御覧の通り、真黒黒助の、ア…タマが二つ、如意宝珠の様にギラギラした目のタマが四つ、貴女方を歓迎し、上下左右に駆けめぐつて居るぢやありませぬか。ありや屹度玉の妄念ですよ。黄金の隠してある所には何時も化物が出ると云ふ事だ。彼奴はキツト如意宝珠の精が現はれ、人に盗まれない様に保護をして居た所、焦れ焦れた……言はば……玉の親のお前さまがやつて来たものだから、再び腹の中へ呑み込んで帰つて貰はうと思ひ、妄念が現はれて玉の所在を知らして居るのに違ひない。コンナ所に……さうでなければ黒ン坊が住居して居る筈はない。キツトさうですよ。女の一心岩でも突き貫くとやら、あの通り岩を突き貫いて玉の精が現はれたのでせうよ』 高姫は目をクルクルさせ乍ら、二つの影を凝視め、 高姫『如何にも不思議な影だ。どう考へてもコンナ離れ島に船も無し、人の寄りつく道理がない……サア蜈蚣姫さま、あなたはモウ玉に執着心は無いと仰有つたのだから、微塵も未練はありますまいな』 蜈蚣姫『妾はアンナ黒ン坊にチツトも執着心は有りませぬ』 高姫『さうでせう。それ聞いたら大丈夫、サア是れから貫州と二人此岩山を駆け登り、玉の所在を探して来う……イヤイヤ待て待て、腹の悪い連中、岩山の上へあがつて居る後の間に、蜈蚣姫さまに船でも盗られたら、それこそ大変だ。……サア貫州、お前は此船の纜をキユツと握つて放す事はならぬぞえ。……モシ蜈蚣姫さま、お付合に従いて来て下さいな』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、さう御心配なさらいでも、滅多に船を持つて逃げる様な事はしませぬ……とは請合はれませぬワイ』 高姫『サアそれだから険難だと云ふのだ。わしの天眼通は、お前さまの腹のドン底までチヤーンと見抜いてある。それが分らぬ様な事で、どうして日の出神の生宮が勤まるものか……アヽ仕方がない。貫州、お前御苦労だが、玉の所在を、あの黒ン坊に従いて探して来て呉れ。わしは蜈蚣姫さまの監督をして居るから……アーア油断も隙も有つたものぢやないワイ』 蜈蚣姫『オツホヽヽヽ、よう悪気の廻るお方ですな。お前さまは宝を見ると直にそれだから面白い。恰度、犬コロが三つ四つ一所に集まり、顔を舐めたり、尾を嘗めたりして互に睦まじう平和に遊んで居る、其処へ腐つた肉の一片を投げて与ると、忽ち争闘を始め、親の讐敵に出会うた様に喧嘩をするのと同じ事、お前さまは宝が……まだ本当に有るか無いか知れもせぬ前から、目の色まで変へて騒ぐのだから、本当に見上げた御精神だ。いつかな悪党な蜈蚣姫も腹の底から感服致しました。………スマートボール、お前は貫州さまと一緒に黒ン坊の側へ行つて、万々一玉が有ると云ふ事が分つたら、外の二つの玉は如何でも良いから、金剛不壊の如意宝珠を、非が邪でもひつたくつて来るのだよ。此蜈蚣姫ぢやとて、性来から善人でもないのだから宝の山へ入り乍ら手振りで帰る様な馬鹿ぢやない。今迄の苦労を水の泡にはしともないから、わしも犬コロになつて、力一杯争うて見ませうかい。オツホヽヽヽ』 高姫『一旦お前さまは小糸姫にさへ会へばよい、玉なぞに執着心は無いと、立派に仰有つたぢやないか。それに何ぞや、今となつて子と玉の変換をなさるのかイ』 蜈蚣姫『変説改論の持囃される世の中だから当然さ。……コレ、スマートボール、高姫さまが何程鯱になつても、味方と云へば貫州さま唯一人、あとは残らず蜈蚣姫の幕下計りだ。寡を以て衆に敵する事は到底不可能だ。何程多数党が横暴だと国民が叫んでも、何程少数党が正義だと云つても、矢張多数党が勝利を得る世の中だもの、泰然自若、チツトも騒ぐに及びませぬ。他人の苦労で徳とると云ふ事は恰度此事だ。高姫さま、御苦労乍ら貴女、玉の所在を査べて来て下さいな。同じ大自在天に献上するのだもの、誰が取つても同じ事、それに貴女は私に玉を取らそまいとする其心の底が分らぬ。大自在天様を看板に、ヤツパリ三五教の大神に献上する考へだらう。何程布留那の弁の高姫さまでも、心の中の曲者を隠す事は出来ますまい……あのマア迷惑相なお顔付、オツホヽヽヽ』 とワザと肩を揺り、高姫流の嘲笑振りをして見せる。斯かる所へ二人の黒ン坊、断崖絶壁に手をかけ足をかけ、大勢の前に下り来り、 チャンキー『わしはチヤンキー、も一人はモンキーと云ふシロの島の住人だが、三年前に鬼熊別の御娘小糸姫様を御送り申して、竜宮の一つ島へ渡る途中暴風に出会ひ、船を打割り、辛うじて此島に駆けあがり、生命を助かり、蟹やら貝などを漁つてみじめな生活を続けて来た者ですがどうぞお前さま、吾々二人を船に乗せて連れて帰つて下さいませ』 と手を合して頼み入る。毛は生え放題、髭は延び次第、手も足も垢だらけ、目のみ光らせて居る。二人の姿を間近く眺めた一同は、此言葉を半信半疑の念にかられ乍ら聞いて居る。蜈蚣姫は胸を躍らせ、 蜈蚣姫『ナニ、お前は小糸姫を送つて来て難船したと云ふのか。さうして小糸姫は何処に居りますか』 チャンキー『サア何処に居られますかな。私たちは男の事でもあり、漸く此島にかぢりついたのだが、あまりの驚きで如何なつた事やらトツクリとは覚えて居りませぬ。大方竜宮へでも旅立たれたのでせう』 蜈蚣姫『竜宮と云ふのはオーストラリヤの一つ島の事かい』 モンキー『サア其一つ島へ行く途中に難破したのだから、竜宮違に、乙米姫様の鎮まり玉ふ海底の竜宮へお出でになつたのでせう。本当に綺麗な女王の様な方で、今思ひ出しても自然に目が細くなり、涎が流れますワイ。アヽ惜しい事をしたものだ』 と憮然として語る。蜈蚣姫は今迄張詰めた心もガツタリと、其場に倒れ身震ひし乍ら船底にかぶりつき、忍び泣きに泣き居る。高姫は蜈蚣姫の此悲歎に頓着なく、チヤンキー、モンキー二人の胸倉をグツと取り、 高姫『これ、チヤン、モンとやら、お前は誰に頼まれて玉を隠したのだ。玉能姫か、言依別か、但は此処に居る連中の誰かに頼まれて隠したのだらう。よう考へたものだ。コンナ遠い岩山に埋没して置けば如何にも知れぬ筈ぢや。私も今迄立派な立派なアンボイナ島や、大島や、小豆島を探さうとしたのが感違ひ、アヽ時節は待たねばならぬものだ。サアもう斯うなつた以上は、お前が何と云つて弁解しても白状させねば置かぬ。何程隠しても、斯んな小つぽけな島、小口から岩を叩き割つても、発見するのは容易の業だ。隠しても知れる、隠さいでも知れるのだから、エライ目に遇はされぬうちにトツトと白状したがお前の得だよ』 チヤンキー、モンキーの二人は寝耳に水の此詰問に、何が何やら合点ゆかず頭を掻き乍ら、 チャンキー『今貴女は玉を隠したとか、どうとか仰有いますが、一体何の玉で御座いますか』 高姫『オホヽヽヽ、よう白ばくれたものだなア。それ、お前が玉能姫に頼まれた如意宝珠の玉だよ。それを何処に隠したか、キツパリと白状しなさい』 チャンキー『ソンナ事は一切存じませぬ』 モンキー『玉ナンテ名も聞いたこたアありませぬワイ』 高姫『ヨシヨシ強太い者だ。腹を断ち割つても、今度こそは白状させねば置かぬ。アヽ面倒臭い事だ。妾が自ら査べに行けば後が案じられる。蜈蚣姫さまは……ヘン……吃驚したよな顔をして船底にかぢりつき油断をさせて、此高姫が山へ往つたならば矢庭に船を出し、此島に放つとく積りだらうし、アヽ体が二つ三つ欲しくなつて来たワイ』 蜈蚣姫は漸くにして顔を上げ、 蜈蚣姫『わしも今迄恋しい一人の娘に会ふのを楽みに、心の合はぬ高姫と表面だけは調子を合して来たが、天にも地にも唯一人の娘が此世に居らぬと聞けば、モウ破れかぶれだ。……サア友彦、お前も憎い奴なれど、仮令一年でも私の娘の夫となつた以上は、切つても切れぬ親子の仲、キツト私に加勢をして呉れるだらうな』 友彦『ハイお母さま、よう仰有つて下さいました。貴女の命令なら、高姫の生首を引抜けと仰有つても、引抜いてお目にかけます』 蜈蚣姫『ヤア頼もしや頼もしや、親なればこそ、子なればこそ。何処にドンナ味方が拵へてあるか分つたものぢやない。「ほのぼのと出て行けど、心淋しく思ふなよ。力になる人用意がしてあるぞよ」……と三五教の神様が仰有つたと云ふ事だ。……(声に力入れ)サア高姫、モウ斯うなる以上は化の皮を引ん剥いて婆と婆との力比べだ、尋常に勝負をなされ』 高姫『ヘン、蜈蚣姫さまの、あの噪やぎ様……イヤ狂ひやう。誰だつて一人の娘が死んだと聞けば、自暴自棄も起るであらう。気が狂ふまいものでもない。併し乍ら其処をビクとも致さぬのが神心だ……女丈夫の大精神だ。小糸姫様が海へ沈んで竜宮行をしたと聞いて腰を抜かし、其愁歎振は何ですか。見つともない。此高姫は元来気丈の性質、流石は生宮丈あつて、小糸姫が海の底へ旅立をしたと聞いて、落胆どころか却て愉快な気分に充されました。ナント身魂の研けた者と、研けぬ者との心の持様は違うたものだナ。オホヽヽヽ』 と自暴自棄になつて減らず口を叩く。 蜈蚣姫『人情知らずの悪垂婆の高姫。……サア友彦、親の言ひ付けだ。櫂を持つて来て頭から擲りつけて下さい。一人よりない大事な娘が死んだのを、却て愉快だと言ひよつた。……サア早くスマートボール、久助、高姫を打ちのめし、海の竜宮へやつて下され。チヤンキー、モンキーさま、お前さまも無理難題をかけられて、嘸腹が立たうのう。一寸の虫にも五分の魂だ。チツトは敵討ちをしなさらぬかいな。敵は貫州と唯二人、モウ斯うなれば蜈蚣姫のしたい儘だ。……サア高姫、返答はどうだ』 と追々言葉尻が荒くなる。貫州は両手を拡げ、 貫州『蜈蚣姫さま、御一同さま、マア待つて下さい』 蜈蚣姫『此期に及んで卑怯未練な、待つて呉れも有るものか。お前も讐敵の片割れ、覚悟をしたが宜からう』 貫州『わしだつてコンナ没分暁漢の高姫に殉死するのは真平御免だ。お前さまの方に、貫州も一層の事応援するから、……どうだ、聞き届けて呉れるかな』 蜈蚣姫『お前はメラの滝でチラリと喋つた言葉に考へ合はすと、あまり高姫を信用しとりさうにもないから、赦してやらう。サアどうぢや高姫、舌噛み切つて死ぬるか、此場で海へ身を投げるか、それが厭なら皆の者が寄つて懸つてふん縛り、海へ放り込まうか。最早是までと諦めて、宣伝歌の一つも此世の名残に唱へたがよからうぞ。オツホヽヽヽ』 高姫は悪胴を据ゑ、腕を組み、涙をボロリボロリと零して俯向き沈む。 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、高姫さま、嘘ですよ。あまりお前さまが我が強いから、一つ我を折つて上げようと思うて狂言をしたのだから、安心なされませ。天が下に敵もなければ他人もない。私も今迄の蜈蚣姫とは違ひます。玉能姫さまや初稚姫さまを、あれ丈ボロ糞に言つてもチツトも怒らず、親切計りで立て通しなさつた其心に感じ、善一つの真心に立帰つた此蜈蚣姫、どうしてお前さまを苦しめませう、安心して下さい。其代りお前さまも、玉能姫さまや初稚姫其他の方々を鵜の毛の露程でも恨む様な事があつては冥加に尽きまするぞ』 高姫『ヤアそれで高姫もヤツと安心を致しました。併し乍ら初稚姫や玉能姫の悪人計りは、如何しても思ひ切る事が出来ませぬワイ。人我れに辛ければ我れ又人に辛しとやら言つて、年をとつて是れだけ苦労艱難をするのも、みんな初稚姫や玉能姫のなす業、如何に天下の大馬鹿者、無神経者と云つても、此残念が如何して忘れられませうか』 蜈蚣姫『玉能姫様や初稚姫様は、神様の命令を受けて御用遊ばした丈ぢやありませぬか。元からお前さまを困らさうなどと、ソンナ悪い心はなかつたのでせう』 高姫『ソンナ小理屈は言うて下さいますな。例へば主人が下僕に対し藪の竹を一本伐つて来いと命令したと見なさい。竹を伐る時の竹の露は誰にかかりますか。ヤツパリ下僕にかかるぢやありませぬか。竹伐つた奴は玉能姫、初稚姫の両阿魔女だ。怨みが懸らいで何としようぞいの。アヽ口惜しい、残念や、オーンオーンオーン』 と前後を忘れ狼泣きに泣き始めける。 折しも海鳴の音、俄に万雷の一時に轟く如く聞え来り、波は刻々に高まる。一同はチヤンキー、モンキーの後に従ひ、最も高き岩上に避難した。船は纜を千切られ、何処ともなく、浪のまにまに流れて了つた。水量は追々まさり、最早足許まで浸して来る。山岳の様な浪は遠慮会釈もなく、頭の上を掠めて通る。殆ど水中に没したと思へば又現はれ、息も絶え絶えになり、各自覚悟の臍を極めて神言を奏上し、心の隔てはスツカリ除れて、唯生命を如何にして保たむやと是れのみに焦慮し、宣伝歌を泣声まぜりに声を嗄らして唱へ居る。 斯かる所へ波に漂ひつつ艪を操り、甲斐々々しく進み来る一隻の稍大なる船ありき。日は漸く暮れ果て、誰彼の顔も碌に見えなくなり来たり。一隻の船には二三人の神人が乗り居たり。船の中より、 神人『ノアの方舟現はれたり、サア早く乗らせ給へ』 と呼ばはり乍ら足許へ漕ぎ寄せ来る。一同は天にも昇る心地し乍ら、一人も残らず此船目蒐けて、天の祐けと飛び込めば、船は波を押分け悠々として西南指して進み行く。 斯く俄に鳴動し、水量まさり来りしは、南洋のテンカオ島と云ふ巨大なる島が、地辷りの為に海中に沈没した為、一時の現象として斯の如くなりしなりき。水量は追々常態に復しぬ。船は月に照され乍ら海上静かに走り居る。船の中の神人の爽かな声、 玉能姫『妾は玉能姫で御座います。高姫様、蜈蚣姫様、其他御一同様、危ない所で御座いましたが、神様のお蔭で先づ先づ御無事で、コンナ御芽出たい事は御座いませぬ。妾達は神様の御命令に依つて、貴女方が海神島にお着き遊ばす迄御保護申せとの言依別命の御命令で、見えつ隠れつお後を慕つて参りました。アヽ有難い、これで妾の使命も完全に勤まつたと申すもの、マアよう無事で居て下さいました。玉治別も居られます。初稚姫様もここに乗つて居られます』 高姫『是れと云ふのも全く日の出神様の御神徳ぢや。お前さまも其お蔭で言依別命に対して言ひ訳も立ち、完全に御用も勤まつたと云ふもの、コンナ事がなければお前さまが遥々此処まで出て来たのも無意義に終るとこだつた。アヽ神様は誰もつつぼに致さぬと仰有るが偉いものだなア。大神様は平等愛を以て心となし給ふ。お前さまもこれでチツトは我が折れただらう。手柄を横取して自分一人が猫糞をきめこみ、結構な神宝を隠して素知らぬ顔をして御座つたが、是れで神様の大御心が分つたでせう。サア玉の所在を綺麗サツパリと皆の前にさらけ出し、功名手柄を独占しようなぞと云ふ執着心を、此際放かしなさるのが御身の得だぞへ、オホヽヽヽ』 玉能姫、初稚姫は呆れて何の言葉もなく、黙然として俯むき居たり。玉治別は一生懸命に艪を操り乍ら高姫の言葉を聞いて少しくむかついたが、神直日大直日の宣伝歌を思ひ出し、吾と吾心を戒め、さあらぬ態に船唄を唄ひ、汗をタラタラ流し乍ら船を操り居たり。 高姫『コレお節さま、お初さま、お前さまもいい加減にハンナリとしたらどうだい。助けに来るのも、助けられるのも皆神様に使はれて居るのだよ。必ず必ず高姫其他を助けてやつたと慢神心を出してはなりませぬ。ハヤそれが大変な取違だ。九分九厘になつたれば神が助けるぞよと、チヤンと仰有つてる。家島で船を取られた時も、神がお節さまを御用に使ひ、船を持つて来さしました。アンボイナ島でも其通り、今又日の出神のおはからひで結構な御用を指して貰ひなさつた。此処で結構な御用をさして貰ひなさつたのも、ヤツパリ高姫があつたればこそ……一遍々々お前さまは手柄が重なつて結構だが、ウツカリ慢神すると谷底へ落されますぞや。大分に鼻が高うなり出した。チツト捻ぢて上げようか』 と二人の鼻を掴みかからうとする。貫州は其手をグツと握り、 貫州『コレ高姫さま、我が強いと云つても余りぢやないか。側に聞いて居る私でさへも憎らしうて、お前さまを殴りつけたうなつて来た。ようもようも慢神したものだなア、チツト胸に手を当てて考へて見なさい。生命を助けて貰ひ乍ら、又しても又しても減らず口を叩いて、よう口が腫れぬ事だナア』 高姫『貫州、神界の事はお前達の容喙すべき事ぢやない。どんなお仕組がしてあるか分りもせぬのに、出しやばつて囀るものぢやありませぬぞ。バラモン教の蜈蚣姫さまでさへも高姫の言葉に感心して、何とも仰有らぬのに、没分暁漢のお前が何を吐くのだい。お前も大分に鼻が高くなつた。一つ捻つてやらうか』 と稍高い鼻を掴みかかるのを、貫州は力をこめて撥ね飛ばした途端に、高姫はザンブと計り海中に落込みぬ。玉治別は驚いて、矢庭に棹を突き出す。高姫は一生懸命になつて棹に喰ひつき、漸くにして救ひ上げられけり。 高姫『コレ貫州、何と云ふ乱暴な事を致すのだい』 貫州『是れも神界の御都合でせう。肱出神様が肱ではぢかはりましたら、貴女が曲芸を演じてカイツムリとなり、皆の者一同に観覧さして下さいました。本当に抜目のない愛想のよい仁慈無限の高姫さまだと、云はず語らず、皆の者が舌を出して喜び居りましたワイな』 蜈蚣姫『高姫さま、お怪我は御座いませなんだか。お前さまも余りお口がよろしいからナア』 高姫『放つといて下され、口がよからうが悪からうが、妾の口は妾が自由に使用するのだ。お前さま等の改心が足らぬから、此高姫が千座の置戸を負うて此海へ飛び込み鹹い塩水を呑んで罪を贖ひ、助けて上げたのだ。何故一言の御礼を申しなさらぬ。……コレコレ、ムカデにお節、お初殿、分りましたかなア』 玉能姫『ハイ、どうもお元気な事には心の底から感心致しました。その勢なれば強いものです。大丈夫ですワ』 高姫『さうだらう。お前も大分に高姫の心の底が見えかけたよ、大分に身魂が研けたやうだ。モ一つ打解けて玉の所在さへ白状すれば、それこそ立派な者だ。高姫の片腕になれるべき素質は充分にある。モウそろそろ言はねばなるまい。言はねば云ふ様にして言はすぞよと大神様が仰有つた事を覚えて居ますか。誰が何と云つても艮の金神、坤の金神、金勝要神、一番地になるのが日の出神、四魂揃うて、誠の花が咲くお仕組、何程言依別が瑞の御霊でも、玉照姫が木花咲耶姫の分霊でも、玉照彦が三葉彦の再来でも、到底四魂の神には肩を並べる事は出来ますまい。お前さま達は今迄何でも彼んでも、言依別や其他の枝の神の申す事を聞いて居つたから、思ふ様にチツトも往きやせまいがな。四魂の中でも根本の土台の地になる日の出神をさし措いて、何結構な御用が出来るものか、此れを機会に改心が一等で御座るぞや』 と口角泡を飛ばし、誰も返辞もせないのに、独り噪やいで居る。 船中の人々は高姫を気違扱ひして相手にならず、言ひたい儘に放任し置きたりける。 蜈蚣姫は丁寧な言葉にて、 蜈蚣姫『玉能姫様、初稚姫様、玉治別様、アンボイナ島では大変な失礼な事を申上げましたが、どうぞ御赦し下さいませ。就きましては妾の娘小糸姫は魔島の麓で船を破り可哀や溺死を遂げました。夫は今は波斯の国に居りますなり。年老つた妾、夫婦別れ別れになり、一人の娘には先立たれ、最早此世に何の望みも御座いませぬ。どうぞ今迄の御無礼を海へ流して、どうぞ妾を貴方のお供になりと御使ひ下さいますまいか。実に立派な御心掛け、如何な悪に強い妾も感心致しました』 と袖に涙を拭ひ泣き伏す。玉能姫は合掌しながら、 玉能姫『如何致しまして、老練な蜈蚣姫様、どうぞ宜しく、足らはぬ妾の御指導をお願ひ致します。今承はれば小糸姫様は海の藻屑となつたと仰せられましたが、それは御心配なされますな。屹度オーストラリヤの一つ島に立派な女王となつて、羽振りを利かして居られます。妾は素盞嗚尊様の御娘、五十子姫様より小糸姫様の消息を聞きました。今は三五教の教を樹て黄竜姫と名乗つて立派に暮して居られます。やがて芽出たく親子の対面が出来ませう。どうぞ御心配をなさらぬ様、勇んで下さいませ』 蜈蚣姫『アヽ有難い、左様で御座いましたか。是れと云ふのも皆大神様の御神徳……』 と手を合せ、直に天津祝詞を奏上し、感謝の辞に時を移しけり。高姫は投げ出したやうな言葉付きで、 高姫『蜈蚣姫さま、どうでお節の云ふ事、当にやなりますまいが、仮令話にせよ、娘さまに会へると云ふ事をお聞きになつたら嘸嬉しいでせう。妾も虚実は兎も角、言霊の幸はふ国、刹那心でも芽出たいと思はぬこたアありませぬ。併しマア物は当つてみねば分りませぬ。どうも日の出神の観察では怪しいものだが、折角そこまでお前さまが喜びて居るのだから、妾も一緒にお付合に喜びて置きませう』 玉治別は立ち上り、 玉治別『サア向方に見えるのがニユージランドの沓島だ。皆さま少々波が荒くなるから、其覚悟して下さい』 (大正一一・七・三旧閏五・九松村真澄録) 此日午前六時二代様三代様も白山、月山に御登山の途に就かるとの電来たる。
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(1859)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 神諭 神諭 大正五年旧十一月八日 大本の神の教の通りの誠の修業のでけてをる身魂は、安全に神界の御用が勤まるなれど、修業の出来て居らぬ身魂は辛くなるから、誠の神の道は修業した丈けの事より出来は致さぬぞよ。世に落ちて居りた身魂は、ドンナ辛い修業も致して居るから、サア爰といふ処では、ビクともせずに安心に御用が勤まるぞよ。世に出て居りて、今迄結構に暮して来た上流の守護神よ、一時も早く改心なされよ。モウ世が迫りて来たから、横向く間も無いぞよ。是からは悪の霊の利かぬ時節が廻りてきたから、今迄のやうな強いもの勝の世の持方は神が赦さぬぞよ。今迄は加美はドンナ忍耐も致して、此世の来るを待ちて居りたぞよ。日本は欲な人民の多い国、外国は学の世であるから、ドンナ事でも致すぞよ。日本の人民は神の国に生れ乍ら、神をおよそに思て、吾よしの強欲計りを考へて、金の事になりたら、一家親類は愚、親兄弟とでも公事をいたす、惨たらしい身魂に化り切りて居るぞよ。是では神国の人民とは申されぬぞよ。 神の初発に修理へた元の祖国は、世界中を守護する役目であるぞよ。世界の難儀を助けてやらねば、神国の役目が済まぬから、世界の国の人民を一番先に神心に捻直して一人も残らず、神心に復へてやらねば神の役が済まぬので、天の大神様へ、日々艮の金神が御詫をいたして、世の立替を延ばして貰うて、其間に一人でも多く、神国魂に致したさに、神は昼夜の気苦労を致して居るから、神国の人民なら、チトは神の心も推量致して身魂を磨いて、世界の御用に立ちて下されよ。モウ世が迫りて来て、絶対絶命であるから、何うする間も無いぞよ。神は急けるぞよ。人民が早く改心をいたして下さらぬと、世界中の難渋が激しくなりて、何も彼も総損害となるぞよ。神が経綸た世界の誠を、何も知らずに、吾物に致さうとして、エライ企みは奥が浅うて狭いから、ここまで九分九厘までは面白い程、トントン拍子に来たなれど天の時節が参りて、悪神の世の年の明きとなりて、悪の輪止りで、向ふの国には死物狂を致して居るなれど、何処からも仲裁に這入る事も出来ず、見殺しで神なら助けねばならぬなれど、余り我が強過ぎて何う仕様も無いぞよ。此方艮の金神も我が強くて、神々の手に合はいで押籠められて変化る事の無い所まで、ドンナ事にも変化て、ここへ成りたのであるから、モウ一種変化たいと思うたなれど、モウ変化る事が無い様に成りたぞよ。(終)