| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
121 (1908) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 01 高姫館 | 第一章高姫館〔七八三〕 五六七の神世の経綸地青垣山を繞らせる 霊山会場の蓮華台桶伏山の東麓に 旭を受けて小雲川清き流れを瞰下する 風景絶佳の岩が根に丸木柱に笹の屋根 厚く葺いたる神館静かに建てる冠木門 天然石を敷き並べ梅と松との庭園を 可なりに広く繞らして建てる館は四間造り 奥の離れの一棟は高姫さまが書斎の間 萩の小柴を編み立てて造り上げたる文机 天然石の硯をばお鍋が味噌を摺る様に 焼木杭をクリクリと連木の様に摺り減らし 竹の篦にて造りたる筆に墨をば染ませつつ 青く乾きし芭蕉葉に何か知らねどスラスラと 書き記し居る時もあれ門を開いて入り来る 高山彦や黒姫の姿眺めて下男 勝公安公両人は竜宮様の御入来と いと丁寧に腰屈め敬意を表せば黒姫は 高姫様は在宅か高山彦の夫婦連れ 参りましたと奥の間へ伝へてお呉れと促せば ハイハイと答へて勝公はコレコレ安公門の番 しつかり頼むと言ひ捨てていそいそ奥へ駆けて行く 暫くありて勝公は二人の前に腰屈め 高姫さまの仰せには待兼山の時鳥 お二人共に奥の間へ早くお進み下さんせ 以ての外の御機嫌と話せば黒姫羽撃きし 高山彦も教服の塵打払ひ悠々と 細き廊下を伝ひつつ奥の間さして忍び入る 高姫は別棟の書斎から廊下伝ひに袴も着けず、板縁をめきめき云はせ乍ら、稍空向き気味になつて奥の間に現はれ、木の株を切抜いた火鉢を前に据ゑ、煎餅の様な薄い座蒲団の上に四角張つて、 高姫『コレハコレハ高山彦さまに黒姫さま、お仲の良いこと。独身者の高姫の前にそんなお目出度いとこを展開して貰ひますと、堪りませぬワ。オホヽヽヽ、まあまあ御遠慮は要りませぬ。ズツと奥へ御通り下さい。………さう遠慮をして貰うと、肝心要の話も見えず、お顔も聞えず、大変に都合がよくありませぬワ』 と態とに顔が聞えぬの、話が見えぬのと、脱線振を発揮して、高山彦夫婦に対し大日の照るのに、昼日中気楽相に夫婦連れでやつて来たのは、チツト脱線ぢやないかとの意味を仄かして居る。 黒姫の顔はサツと変り、高山彦の袂をチヨイチヨイと引張り、早く気を利かして貴方はお帰りと云ふ意味を私かに示した。 高山彦『コレ黒姫、お前は何時も人の袂をチヨイチヨイ引張るが、唖でもあるまいに、何故明瞭と言はないのだ。わしはそんな、狐鼠々々と手真似や仕方で以心伝心の使分けは嫌ひだからなア』 黒姫『エー気の利かぬ……瓢六爺だなア。高姫さまが最前の御言葉、貴方は何と聞きましたか。竹生島でも仰有つた通り、夫婦ありては御用の出来ぬ御道だのに、高山さまを貰うてから、私の間が抜けたとキツパリ仰有りましたでせう』 高山彦『オホヽヽヽ、いやもう恐れ入りました。此高山彦も高姫様の御精神に、大賛成です』 黒姫目に角を立て、少しく口角より泡を滲ませ乍ら、 黒姫『それ程何々さまがお気に入りますれば、どうぞ御好きな様になさいませ。何と云つても何時も貴方の仰有る通り、色の黒い烏の嫁に、首や手足の長い鶴の婿さまは釣合ひませぬ。ヘン……此頃の空と男の心、折角御邪魔を致しましたが、私は是で御免を蒙ります。高山彦に鷹鳥姫様、高と鷹との情意投合、私も是にて断念致します。こんな厄介な爺を誰が好き好んでハズバンドにしたい者が御座いませうか。高姫さまの御紹介だと思つてお道の為、国家の為に今迄辛抱して参りました。男鰥に蛆が湧く、女鰥夫に花が咲く、ヘン…済まないが私だつて……ヘーン』 高山彦『大変な所へ鋒鋩を向けるのだなア。ここを何と心得てる』 黒姫『ヘン、仰有いますな、そんな事の分らぬ様な黒姫ですかいな。擬ふ方なき高姫さまの御館、桶伏山の朝日の直刺す景勝の地、小雲川の畔で御座んすぞえ』 高姫『オホヽヽヽ、随分御気楽なことですな。私等は春の花も仲秋の月も、楽しむ暇は無く、何だか神様の為にかうヂツとして居ても、気が焦々し、忙しくつてなりませぬワ。小心者の高姫に比べては、余裕綽々たる御夫婦仲、実にお羨ましう御座います。ホツホヽヽ』 黒姫『今日は左様な貴女の嘲罵的御話を聞きに参つたのぢや御座いませぬ。国依別が高姫さまに進上して呉れと云つて、妙な物を持つて来ました。開けて見れば大変な立派な重の内、上に一つの短冊が載つてゐる。其文面には………鮒もろこ、鯰からかぎ鯉に鱒、酒の肴に鰌ニヨロニヨロ、ふんぞくらいに砂くぐり、石食ひ魚に釜掴み、直におあがり下さらねば、直に石に変化する虞あり………と書いてありました。こら妙だと開けて見れば、不思議も不思議、上の重も中の重も下の重も残らず石ばつかり、何程国依別が悪戯好きだと云つても、まさか石を初から持つては来ますまい。貴女に怒られると大変だと思ひ、一寸私の宅に其儘預つておきました。どう致しませうかな』 高姫俄に面を膨らし、 高姫『黒姫サン』 と言葉尻をピンと撥ね、 高姫『お前さまは余程良い馬鹿ですね』 黒姫『ヘー……』 高山彦『何分にも竜宮の乙姫様が一つ島とやらへ、御旅行遊ばした不在宅のガラン洞ですからなア、アハヽヽヽ』 黒姫『情意投合のお二人様、どうなつと仰有りませ。あなたは何時もサカナ理屈を言うておイシが悪いから、意趣返しに団子理屈………オツトドツコイ団子石を国依別が態と持つて来たのでせう。そんな事の気の付かぬ様な黒姫ぢや御座りませぬ。金剛不壊の宝珠でさへも御呑み遊ばす高姫さまだから、今度はお生憎様、堅い玉がないから、これなつと御あがり遊ばして、腹の虫を御癒やしなされと云ふ、国依別の皮肉な謎ですよ』 高姫『兎も角国依別を招んで来ませうか。本人に直接承はれば一番近道だから………コレコレ安公さま、お前ちよつと御苦労だが、杢助館の隣の豚小屋の様な小さい家に、国依別が今頃は昼寝の夢でも見て居るに違ひないから、高姫さまが此間の御礼に御馳走をあげたい。就いては折入つて御頼みしたい事があるから、最大急行で御出で下さいと、呼んで来るのだよ』 安公『ハイ、さう御註文通り、国依別さまが来て呉れませうかな』 高姫『来いでかい。もし来なかつたら……系統の生宮の命令を何故聞かないか、日の出神を何と心得て御座る……と一本、槍を突つ込んでおくのだ。さうすると国依別は取るものも取り敢ず、スタスタとやつて来るよ。サア早く往つてお呉れ』 安公『アイ』 と一声後に残し、国依別の矮屋の前に走り着いた。 安公『もしもし、国の大将さま、大変だ。高姫さまの御居間で高山彦と黒姫が夫婦喧嘩をおつ始め、組んず組まれつ、乱痴気騒ぎ、イヤもう大変な事ですよ。それに就て、国依別が愚図々々吐すと、日の出神の生宮だ、系統の身魂を何と心得てる……と云うて剣突を……ドツコイ違うた。槍を一本突つ込んで帰れと仰有つた。もう邪魔臭いから何も彼も一緒に申し上げますワ』 国依別『アハヽヽヽ、夫婦喧嘩ぢやあるまい、石の問題だらう、此頃は陽気が悪いで、早く料理するか、煮しめん事にや、石に変化して了ふさうだ。山の芋が鰻になつたり、鮒が化石したり、青雲山ぢやないが、木の枝に魚が実つたり、川の瀬に兎が泳いだりする例しもあるからなア』 安公『国さま、最大急行だよ。早う来て貰はないと、高姫館は地震雷火の車、地異天変のガラガラ、ドタンバタンの幕が下りる。急行々々』 と国依別の手を取りて無理に表へ引摺り出す。 国依別『オイ安公、手を放せ。コレから往つてやらう』 と先に立ち高姫の館に行かんとする時、秋彦は後より走り寄つて、 秋彦『国依別さま、どこへ御出で遊ばす、高姫館ぢやありませぬか』 国依別『オウさうだ。これから一談判始まる所だ。お前も来ぬか、随分面白いぞ』 秋彦『有難う、サア参りませう。……オイ安公、しつかり案内せいよ。何分天地暗澹、黒姫の世の中ですから、道路の石の高姫に躓いて、鼻の高山彦を台無しにしちや堪らないからなア、アツハヽヽヽ』 と嘲笑ひ乍ら、スタスタと高姫の門前迄立向うた。秋彦は形計りの門を開いて先へ飛び込み、少しく腰を曲げ、右の手指を固めて細くし乍ら、 秋彦『コレハコレハ国依別の宣伝使様、妾が如き見窄らしき茅屋へよくこそ御入来下さいました。日の出神の生宮、心の底より光栄に存じます。又先達ては黒姫様の御手を通し、結構な結構な堅いお魚を沢山に頂戴致しまして有難う厶います。何か御返礼をしたいと思ひましても、御存じの通り貧家に暮す高姫、御礼の仕様も厶いませぬ。併し乍ら折釘のかます子に、最後屁のかます、手製の左巻き、かいちう虫の饂飩、雪隠虫の汁の子、青菜に塩の蛭の素麺、蛇の蒲焼、蛙の吸物、なめくじの胡瓜揉み、どうぞ御遠慮なく、サア奥へチヤツと行つて腹一杯おあがり下さいませ。ホツホヽヽヽ、あのマア国依別さまの御迷惑相な御顔付…』 国依別『コレコレ鹿さま……ではない……お鹿さま。いい加減に戯談仰有いませ』 秋彦『お鹿さまが申すのでは厶いませぬ。高姫さまの副守護神が此門を入るや否や神憑り[※初版・校定版では「神憑り」、愛世版では「神懸り」。]されまして、斯様な事を仰有ります。決して秋彦のお鹿が言うたとは思つて下さいますな、オホヽヽヽ』 と出歯の口を無理にオチヨボ口にしようと努むる可笑しさ。 国依別『左様ならば、遠慮なしに罷り通るツ。出歯鹿殿、案内召され』 安公『アハヽヽヽ、門芝居がお上手な事、高姫さまが御覧になつたら嘸御笑ひでせう…イヤ腮を外してひつくり返り、又もや外科医者を頼みに行かねばならない様なことが突発したら、又候……安公さま、御苦労乍ら、お前一寸外科医の山井養仙さま所へ、最大急行で頼みに往つて呉れ……なんて仰有るのは目のあたりだ、腮阿呆らしい。ワツハヽヽヽ』 国依別『汝安公とやら、今日只今より国依別が直接の家来となし、名を安彦と授くる。其積りで国依別に随いて来るがよからう』 安公『コレハコレハ思ひもよらぬ御恩命、安彦の宣伝使、確かに御恩命を拝しませぬ、アタ阿呆らしい、言依別神様から頂くのなら、結構だが、巡礼上りの胸の悪い宗彦に宣伝使を任命されて堪らうかい』 秋彦『どうでも良いぢやないか。兎も角頂戴しておけ。お前は松鷹彦になるのだよ。さうしておれはお勝になつて、此宗彦さまと巡礼に歩くのだ。少し川は届かぬけれど、あの小雲川を宇都山川と見做し、高姫館を松鷹彦の茅屋に擬し、茲で一つ面白い芝居をやるのだな』 安公『そんな事言つたつて、松鷹彦がどうするのか、ちつとも分らぬだないか』 国依別『そこは臨機応変だ。そこは……此方から言ふのに応じて答へればよいのだ。お前は霊界物語の如意宝珠の未の巻を読んで居ないから、其間の消息が分るまいが、其時は又其時の絵を書くのだ』 安公『よし、棹が無いが、茲にチツと太いけれど物干し竿がある、これでマア鷹や鴉を釣ることにしようかい。サア早く巡礼御夫婦、やつて来なさいや』 国依別『よし、ここを川辺と見做し、向ふから宣伝歌を歌ひつつやつて来るから、お前は太公望気取りで竿を垂れて居るのだ』 と云ひ乍ら国依別、秋彦は門を出て一二丁後返りをなし、出鱈目の歌を歌ひ乍ら進んで来る。 安公は庭先の飛石を川の瀬と見做し、物干し竿の先に藤蔓を糸の代りに付け、太公望気取りで魚釣りの真似をして居る。そこへ勝公が飛んで来て、 勝公『オイ安、貴様何して居るのだ。最前から高姫さまが大変に御待兼だ、まだ使に行かぬのか』 安公『喧しく云ふない、無声霊話をかけて招んであるのだ。俺は武志の宮の松鷹彦だぞ。まあグヅグヅして居るより見てをれ、かうして居れば国依別や秋彦が引つかかつて来るのだよ。俺が此竿を振るや否や、妙な宣伝歌を歌つてツルツルツルと引摺られて来るのだ』 勝公『そんな馬鹿な事があるものか。是から高姫様に注進するぞ』 と云ひすてて、屋内に隠れた。国依別はどこで寄せて来たか、蓑笠を被り、俄作りの金剛杖を突き、 国依別『嬶が表に現はれて善ぢや悪ぢやと立騒ぐ 此世の困つた娑婆塞ぎ乞食心の高姫が 只玉々と朝夕に心を焦つ気の毒さ われは宗彦バラモンの神の教の修験者 殺生するのは善くないと高姫さまが言うた故 小雲の川におり立つて生物擁護の実行と 無心無霊の団子石魚と見做して釣り上げる 手間暇要らぬ漁りは経済上の大便利 刃物も要らねば煮る世話も一寸も要らぬ石の魚 さざれ石さへ年経れば巌となりて苔が蒸す 瓢箪からも駒が出る団子石とて馬鹿にはならぬ 如意の宝珠や紫の玉に変るか分らない サア是からは是からは宇都の河原の川辺に 松鷹彦の庵を訪ひ一つ談判してやらう 秋公来れ早来れオツと違うた妻お勝 教の道の兄弟が夫婦気取で面白く 高姫川の川堤やつて来たのは安公が 芝居気取の太公望もうしもうしお爺さま お前は古い年をして水なき川に竿を垂れ 何を釣るのか気が知れぬ諸行無常や是生滅法 高姫さまの目的は寂滅為楽となるであろ 黒姫さまや高山の女大黒福禄寿面 欲の川原に竿たれて金剛不壊の玉の魚 釣らむとするも辛からう欲につられて高姫が 南洋三界駆け巡り黒くなつたる面の皮 つらつら思ひ廻らせば燻り返つた釣られ鯛 睨み合うたる二人仲恵比須でさへも尾を巻いて 跣足でサツサと逃げて行くあゝ気の毒や気の毒や 安公までが国さまの言葉に釣られて欲の川 物干竿に綱をつけ宗彦お勝の巡礼が 茲に来るを待暮すあゝ惟神々々 叶はん事が出来て来た高姫さまが腹を立て コレコレ国よ国公よ日の出神の生宮を 馬鹿にするのも程がある何程呑み込みよい妾も 歯節の立たぬ団子石団子理屈を捏ねやうと 二重三重に封をして持つて来たのが憎らしい 此因縁を聞かうかと面ふくらして飛びかかり 胸倉とつて一騒ぎおつ始まるに違ない スワ一大事と言ふ時に逃げる用意をしておかう 秋公横門開けておけまさか厠の股げ穴 脱け出す訳にも行かうまい太公望の安公よ もう釣竿は流すのだ是から釣るのは高姫ぢや もうしもうし高山の福禄寿爺と黒さまは 当家におゐで遊ばすか一寸お尋ね致します』 此声聞いて勝公は戸口をガラリ引あけて 勝公『賤しき巡礼の二人連国依別や秋彦に よう似た声を出しやがつて瞞しに来てもそりやあかぬ スツカリ駄目だと諦めて早く帰つて下さんせ 巡礼なぞのノソノソと出て来る場所ではない程に 高姫さまが見付けたら長い柄杓に水汲んで 頭の上からザブザブと熱吹きかけるに違ない 犬ぢやなけれど尾を振つて一時も早くイヌがよい ワンワンワンといがみ合ひ喧嘩をされては堪らない 巡礼に化けた国さまや秋さま二人の宣伝使 危険区域を逸早く逃れてお帰り下さんせ 奥に高姫黒姫が額の静脈血を充たし 青筋立てて控へ居る』早く早くと手を拡げ つき出す様な真似をする。 高姫は門口の怪しき声に、黒姫、高山彦を奥の間に残し、自ら茲に現はれ、 高姫『勝公さま、お前今何を言つて居たの、どこに私が青筋を立てて居ますか』 勝公『イイエ滅相もない、そんな事は申した覚えはテンで厶いませぬ。今そんな男が一寸やつて来ましたので、高姫さまのお目にかけたら、嘸お笑ひ遊ばすだらうと云つて居たので厶います……それ、そこに乞食巡礼が二人立つて居ませうがなア。一人は宗彦、一人はお勝、もう一人は松鷹彦、欲の川で竿をたれ、鷹とか鴉とかつるとか言つて居ました。……ヘーまあ、何で厶います、ザツと此通りで』 とモヂモヂして頭を掻く。 高姫『お前は国依別さま、秋彦の両人でせう。大それた悪戯をなさつて、此高姫に合す顔がなくなり、蓑笠を被つて元の宗彦時代に立返り、心の底から改心を致しました、と云ふ証拠でやつて来たのだらう。そんな芸当は世界の見え透く日の出神の前では通用致しませぬぞえ。サアサア早く正体を現はして這入つて下さい』 国依別『幽霊の正体見たり枯尾花。 たそがれて山低う見る薄かな』 高姫『俄に風流人めいた事を言つて、誤魔化さうと思つてもあきませぬぞや。サアサアとつとと這入つて下さい。お前さまに尋ねたい因縁があるのだから……』 国依別『因縁の玉を集むる此館……因縁つける高姫大根…… 旅役者大根と聞いて顔しかめ。 大根役者どこやらとなく魂が脱け。 玉おちのラムネぶつぶつ泡を吹き。 今抜いたラムネの泡や高姫……オツト高く飛び。 黒姫の様な葡萄酒萩の茶屋。 高山も低う見ゆるや萩の花。 如意宝珠空に輝く秋の月。 秋彦の空高くして馬は肥え』 高姫『コレコレ、国さま、何を愚図々々言つて居るのだ。這入れと云つたら、這入りなさい』 国依別『這入れよと言はれて躊躇ふ熱い風呂。 風呂吹を喰はぬ役者の子供哉。 大根の役者の芝居チヨボ葱』 高姫『エー、辛気臭い。気が咎めて閾が高いのだな』 国依別『高姫の敷居の欲に股が裂け。 股裂けた五つの玉は不在の間に。 黒姫は酒より男好きと言ひ。 高山に黒雲起り日は隠れ。 東天に日の出の光暗は晴れ。 堂々と国依別は進み入り』 と言ひ乍ら秋彦を伴ひ、高姫に先立つて奥の間に進み入る。 高姫、黒姫、高山彦、国依別、秋彦の五つの頭は火鉢を中に置いて、五弁の梅の花の開いた様に行儀よく並んだ。 国依別『明月や高山頭に照り渡り。 高山を透かして見れば星低し』 高姫『国依別さま、此間は御心を籠められた沢山な魚を頂戴致しまして、有難う御座います。これには何か御意趣のあることで御座いませう。サア其因縁から包まず隠さず聞かして下され』 国依別『和知川に洗ひ曝した石の玉、我は尊き人に捧げつ。 身魂相応堅くなつたる石の玉。 石よりも堅い決心感じ入り。 激流に揉まれて石は円くなり。 瀬を早み岩に堰かれて石の魚』 高姫『エーもどかしい。そんなむつかしい事を言つて分りますかいな。救世軍のブース大将が言つた事を知つて居ますか。例へば一軒の家でも一番小さい三つ児か、無学な下女に分る言葉でなければ名語ぢやありませぬぞ。俳人気取りで何を駄句るのだ。お前さまチツト此頃はどうかしとりますねえ。小雲川で一つ顔を冷し目を醒まして来なさい』 国依別『底までも澄みきりにけり秋の水。 秋の水腐つて居れどいと清し。 清らかな水には棲まぬ鮒もろこ。 濁江の深きに魚は潜むともなど川蝉の取らでおくべき』 高姫『おきなさんせ、大石内蔵之助の真似をしたり、何も知らぬと言へば調子に乗つて、人の歌まで自分が作つた様な顔をしようと思つて……本当にお前は歌泥坊だ』 国依別『床の下深きに玉は隠すとも など高姫の取らでおくべき。アツハヽヽヽ』 高姫『コレ国さま、どこまでも人を馬鹿にするのかい』 国依別『馬鹿野郎夜這の晨狼狽しゆき詰りては胸も高姫。………動悸は玉の置所。 竜宮へおと姫したかと気を焦ち世界隈なく探す馬鹿者』 高姫『コレ黒姫さま、国さまに是丈馬鹿にされてお前さま何ともありませぬか。チツト日頃の弁舌をお使なさつたらどうですかい』 黒姫『何だか人間らしうないので、話の仕様がありませぬもの』 国依別『人間を超越したり神司。 黒雲に包まれ星は影潜め。 高山に黒雲懸り雨は降り。 涙川忽ち濁る玉の雨』 黒姫『コレ高山さま、今国さまがどうやらお前さまや妾の事を、俳句とやらで罵倒して居るやうだ。お前さまも立派な男だないか、何とか一つ言霊で遣り返し、国を遣り込めて了ふ丈の甲斐性は無いのかい』 高山彦『苦にするな国依別けて大切な げほう頭は如意宝珠……光は玉の如くなりけり』 黒姫『高山さま、自分の事を言つてるのだないか。国さまに対して言ふのだよ。エーエ、鈍な男に緞子の羽織、女房も随分気の揉める事だなア。そんなら妾が代つて言ひませう。聞いて居なされ、斯う云ふのだよ。…… 黒姫の黒い眼で睨んだら 神の国依別もなく散る 桜の花は神風に 吹かれてバラバラバラモン信者 聞いてもムネ彦悪くなる 負てもお勝の尻を追ひ 肥桶担ぎの玉治別に 玉を取られし気の毒さ 泣面に蜂 止まつて咬んだ如くなりけり』 国依別『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ、此奴ア面白い。始めて聞いた名歌だ。柿本人麿も丸跣足だ。与謝野晶子の所へ持つて往つたら、屹度秀逸点を呉れるだらう。イヒヽヽヽ、エヘヽヽヽ、オホヽヽヽ…… 黒姫の歌にお臍が宿替へし。 脇の下キユウキユウキユウと鼠鳴き。 名歌の徳床板迄が動き出し。 睾玉の皺まで伸ばす此名歌』 高姫『黒姫さま、こんな男にかかつちや、口八丁手八丁の高姫だつて、三舎を避けねばなりませぬワ。もうそんな歌などで話しちや駄目ですよ。……コレ国さま、お前さまは何の為にあの様な物を、私に贈つたのだ。失礼ぢやありませぬか。何程物喰のよい豚だつて石は喰ひませぬよ』 国依別『豚よりも物喰ひのよき人もあり。 如意宝珠玉さへ噛る狂女哉。 今の世は砂利さへ喰ふ人もあり。 嫁入の祝ひに据ゑる石肴二世を固めの標なるらむ。 マアざつと斯う云ふ精神で、貴方の堅固な精神をお祝ひ申し、お賞め申した国依別の真心。 岩さへも射貫く女の心哉。 と云ふ様なものですワイ。悪気を廻して貰つちや、折角の国依別の志が水泡に帰しまする。魚だつて……魚が水に棲めば、此石だつて綺麗な流水にすみきつて、神世の昔から永久に川底に納まりきつて居つた石肴ですよ。別に喰つて下されと云つて贈つたのぢやありませぬ。お目にかけると云つたのだから、食へる食へぬはお前さまの御勝手、そんな問題は些いと的外れでせう』 高姫『流石はドハイカラの仕込み丈あつて、巧いものだワイ。オホヽヽヽ。コレコレ黒姫さま、高山彦さま、お前も随分鉈理屈が上手だが、国さまにかけちや側へも寄れますまい。言霊の幸はふ世の中だ。チツト是から言霊の練習をなされませ』 斯かる所へ夏彦、常彦両人は、言依別の目を忍び系統の高姫に御機嫌伺ひの為、太平柿を風呂敷に包み、やつて来た。勝公は直に奥の間に進み入り、 勝公『もしもし高姫さま、夏彦、常彦の両人が御機嫌伺ひだと云つて今見えました。如何致しませう』 高姫したり顔に、嫌らしく笑ひ乍ら、国依別、秋彦に目を注ぎ、 高姫『勝公さま、どうぞ御両人様、ズツと奥へ御通り下さい、と丁寧に御迎へ申してお出で………アーアやつぱり身魂の良い者は分るワイ。 落魄れて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる だ。妾が聖地へ帰つてから今日で三日目だ。それに言依別を始め、杢助迄が不心得千万な、系統のお帰りを邪魔者扱に致して、馬鹿にして居る………エー、今に見ておぢやれよ、アフンと致さして見せるぞよと、日の出さまが仰有るので、先づ神様にお任せして辛抱して居るのだ。人間と云ふ者は薄情なものだ。冷酷無惨の浮世とは云ひ乍ら、人情薄きこと紙の如しだ』 国依別『此国さまは人情厚きこと神の如しでせう』 高姫『さうでせうとも、偶の挨拶に団子石を贈つて来る様な、無情……オツトドツコイ親切なお方ですからな』 国依別『イヤその御礼には及びませぬ。沢山なもので厶いますから……』 斯る所へ勝公に導かれ、夏彦、常彦は目をギヨロつかせ乍ら、此場に恐る恐る現はれ来り、国依別や秋彦の其場に端坐せるを見て、聊か手持無沙汰な顔付にて、ドギマギして居る可笑しさ。夏、常両人、丁寧に高姫の前に手をつかへ、 両人『是は是は高姫様、御遠方の所永らく御苦労様で厶いました』 高姫『イヤもう御挨拶痛み入ります。何分身魂が研けぬもので厶いますから、不調法計り致して居ります』 両人『滅相もない、貴方は決して無駄では厶いませぬ。神様の御筆にも、人民から見れば何でもないやうだが、神の方からは大きな御用が出来て居るぞよ……と現はれて居りますから、屹度結構な御用が出来てをるに違ひありませぬ。兎角神界のことは人民では分りませぬから、形の上で彼此申すのは、申す人が分らぬので御座いませう』 高姫『ハイ、有難う』 と涙含む。 両人『是は是は高山彦様、黒姫様、つい申し遅れました。あなたも永らく神界の為に御苦労様で厶いました。直様御伺ひ致すのが本意で厶いますけれど、二三日前から杢助さまに………エー、一寸…何で厶いますので………つい遅れまして厶います。マア御無事で御両所共御帰り下さいまして、聖地は益々御神徳が上がるであらうと、一同影から御喜び申してをる様な次第で厶います』 高山彦『ヤア常彦さま、夏彦さま、あなたも御無事で御目出度う』 黒姫『ヨウ親切に此婆アを訪ねて下さいました。年がよると腰が屈む、目汁鼻汁……イヤもう醜くるしいもので、誰もふりかへつて呉れるものは御座いませぬワイ。力と頼むは大神様と、日の出神様、竜宮の乙姫様計りで厶います。人情紙の如き軽薄な世の中に、ようマア御訪ね下さいました。あなたも御無事で結構で厶いますなア』 両人『ハイ、有難う。……ヤア国依別さま、秋彦さま、あなたは何時御越しになりましたか』 国依別『………』 秋彦『つい、最前参りました。お三方が久し振で御帰りになつたので、我々も何となく心勇み、御祝ひ旁お訪ねしたのですよ』 国依別『来客に其場を外す悧巧かな。 心から除けて見たきは襖かな。 石よりも堅き心の集ひかな。 鐘一つ年は二つに分かれけり』 と口吟み、一同に、 国依別『御密談の御邪魔になりませうから、我々両人は御遠慮致します』 との意を示し、目礼し乍らスタスタと帰つて行く。門をくぐり出た両人、互に顔を見合せ乍ら、ニタリと笑ひ、 国依別『高姫も大分に我が折れたねえ。あれなればもう気遣ひあるまいね』 秋彦『さうでせう。黒姫も、高山彦も余程変つて来ましたよ。何時もなら、あんな石でも贈らうものなら、忽ち低気圧が襲来して雷鳴轟きわたり、地異天変の勃発するところですが、矢張苦労はせんならぬものですなア』 国依別『アヽ是で杢助さまに対し、相当の報告が出来るワイ。神様の御経綸は到底我々には分るものでない。それにつけても貧乏籤を引いたのは此国依別だ。いつとても揶揄役を仰せ付けられて居るのだから、堪つたものぢやない』 秋彦『身魂の因縁で善の御用をするものと、悪の御用をするものとあるのだから、御苦労な…あなたも御役ですな』 国依別『三千世界改造の大神劇の登場役者だから、仕方がない。併し乍ら悪役ばつかりは御免蒙りたいワ』 秋彦『末になりたら、皆一所に集まつて互に打解け合ひ、あゝ斯うであつたか、さうだつたかと云つて、力一杯神様に使はれて、こんなことを思つて居つたのかと、笑ひの止まらぬ仕組ださうですから、さう気投げをしたものぢやありますまいで、常彦や夏彦が忠義顔して、高姫の前で味噌を摺つて居るのも、あれも何かの御仕組の一端でせう。一寸聞くとムカツキますがなア。よく考へて見ると、どんな仕組がしてあるか分りませぬからなア』 国依別『そらさうだ。マア細工は流々仕上げを御覧うじと仰有るのだから、改造鉄道の終点迄行かねば分らぬなア。ヤアもう何時の間にか、国依別館の門前まで来て了つた』 秋彦『ハヽヽヽヽ、何処に門があるのですかい』 国依別『有つても無うても、有ると思へばある、無いと思へば無いのだ。俺の居宅は九尺二間の豚小屋の様に、お前の眼では見えるだらうが、国依別の天空海濶なる霊眼を以て見る時は、錦の宮の八尋殿同様に広く見えるのだからな。これ丈広い世界も心の持様一つで、我七尺の体を置く所もない様に見えたり、又こんな小さい居宅が宇宙大に見えたりするのだから、色即是空、空即是色だ。娑婆即寂光浄土の真諦はこんな小さい家の中に居つて、魂を研くとよく了解が出来るよ。アハヽヽヽ』 秋彦『そんなものですかいな。私の眼には如何しても八尋殿と同じ様には見えませぬワイ。裏口出た所に厠が附着いたり、小便壺が有つたり、その横に井戸が在つたり、走りに竈、何だか醜くるしい様な気分がするぢやありませぬか。一寸聞くと、あんたの御言葉は痩我慢を言つてるやうに聞えますで。何程無形的に広いと云つても、現実が斯う矮小醜陋では、余り大きなことも云へますまい。これから国依別さま、私になら何を言つてもよろしいが、人の前でそんなことを仰有ると、皆が取違して、国依別は負惜みの強い奴だ、減らず口を叩く奴だと却て軽蔑しますよ』 国依別『形ある宝は錆び、腐り、焼け、亡び、流れ壊るる虞がある。起きて半畳寝て一畳だ。広い館に住んで居れば、あつたら光陰を掃除三昧に空費し、肝腎の神業の妨害になるだないか。小さいのは結構だ、何かに都合が好い。第一経済上から云つても得策だからなア』 秋彦『あなた掃除をなさつた事があるんですか。雪隠の虫が竈の前に這うて居るぢやありませんか』 国依別『……ここ暫し家の美醜は忘れけり神大切に思ふ計りに…… と云ふ様なものだな』 秋彦『ヘーエあなたも余程高姫化しましたねえ。弁舌滔々風塵を捲く。実に揶揄役のあなたは、高姫さまに接するの度が多いから余程の経験が積んだと見えますワイ。都合の悪い時には、発句か川柳か、鵺式の言葉を使つて駄句り続け、腰折歌を並べ随分側から聞いてると苦さうでしたよ』 国依別『苦中楽あり、楽中苦ありだ。それも見やうによるのだよ。一葉目を蔽へば、大空一度に隠れ、一葉を掃へば、大空我目に映ずと云つて、凡て物は見方に依るのだ、見方が大切だ』 秋彦『味方計り大切だと云つて愛する訳には行きますまい。神様は敵する者を愛せよと仰有るぢやありませぬか』 国依別『それだから高姫さまに対し、私は何時も適対ふのではない、適当の処置を取つて居るのだ。ヤツパリ見方によつては味方に見えるだらう』 秋彦『何程贔屓目に見ても、あなたが高姫さまに対して為さることは、余り同情のある遣り方とは見えませぬぜ。何時も高姫さまの鼻をめしやげたり、手古摺らしては痛快がつてるぢやありませぬか』 国依別『……心なき人は何とも言はば言へ世をも怨みじ人も恨みじ…… 燕雀何ぞ鴻鵠の志[※「鴻鵠」は一般には「こうこく」と読むが、ここでは「こうこう」とフリガナが付いている。誤字か?]を知らんやだ。紫蘭満路に咲く、芳香何ぞ没暁漢の知る所ならんやだ。アハヽヽヽ』 (大正一一・七・二二旧閏五・二八松村真澄録) |
|
122 (1911) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 04 教主殿 | 第四章教主殿〔七八六〕 松の老木、梅林楓の紅葉、百日紅 木斛、木犀、樅、多羅樹や緑紅こきまぜて 幽邃閑雅の神苑地魚鱗の波を湛へたる 金竜池に影映す言霊閣は雲表に 聳りて下界を睥睨し神威は四方に赫々と 轟き亘る三五の神の教の教主殿 八咫の広間に寄り集ふ梅子の姫を始めとし 神の大道に朝夕にいそしみ仕ふる五十子姫 闇をはらして英子姫万代寿ぐ亀彦や 五十鈴の滝の音彦や心も光る玉能姫 玉治別を始めとし初稚姫や杢助は 言依別と諸共に奥の広間に座を占めて 玉依姫の賜ひたる麻邇の宝珠の処置につき 互に協議を凝らし居る時しもあれや玄関に 現はれ来る三人連れ御免々々と訪へば 玉治別は出迎へ一目見るより慇懃に 笑顔を作り腰屈め高姫さまか黒姫か 高山彦の神司ようこそお入来下さつた 言依別の神司其他数多のお歴々 今朝からひどう御待兼ねサアサア御通りなさいませ 高姫軽く会釈してそれは皆さまお待兼ね 奥へ案内願ひませう黒姫さまや高山彦の 神の司のお二方サアサア共に参りませう 黒姫夫婦は黙々とものをも言はず足摺りし 静々あとに従うて奥の間さして進み入る。 高姫『ヤア是は是は言依別様を始め、英子姫様其他のお歴々様方の御前も憚らず、賤しき高姫、恐れ気もなく御伺ひ致しまして、さぞ御居間を汚すことで御座いませう。何事も神直日大直日に広き御心に見直し聞直しまして、此老骨をお咎めなく可愛がつて下さいませ』 一同は一時に手をついて、礼を施した。 言依別『高姫様、そこは端近、ここにあなた方お三人様のお席が拵へて御座います。どうぞこちらへお坐り下さいませ』 高姫『何分にも身魂の研けぬ、偽日の出神の生宮や、体主霊従の身魂計りで御座いまするから、そんな正座につきますのは畏れ多う御座います。庭の隅つこで結構で御座いますが、御言葉に甘えて、お歴々様の末席を汚さして頂くことになりました。どうぞ左様な御心配は下さいますな』 玉能姫『高姫様、さういふ御遠慮には及びますまい。教主様の御言葉、どうぞお三人様共快くお坐り下さいませ』 高姫『コレお節、御歴々様の中も憚らず、何をツベコベと……女のかしましい……口出しなさるのだ。チツと御慎み遊ばせ。もう少し神様の感化に依りて淑女におなりなさつたかと思へば、ヤツパリお里は争はれぬもの、平助やお楢の娘のお節丈あつて、名は立派な玉能姫さまでも、ヤツパリ落付きがないので、かういふ時には醜態もない。高姫がかう申すと、猜疑心か、意地悪かの様に思ふでせうが、決して私はそんな心は毛頭も持ちませぬ。お前さまの身魂を立派なものに研き上げて、神業に参加なさつた手前、恥しくない様に、終始一貫した神司にして上げたい計り、お気に障る様なことを申しますワイ。必ず必ず三五教の教は、悪意に取つてはなりませぬぞ。序に初稚姫にも云うておきますが、お前もチツとは我慢が強い。何程杢が総務ぢやと云つて、親を笠に被り年端も行かぬ癖に肩で風を切り、横柄面を曝してはなりませぬぞ。金剛不壊の如意宝珠を何々したと思つて慢心すると、又後戻りを致さねばなりませぬから、慈母の愛を以て行末永きお前さまに注意を与へます』 玉能姫『ハイ何から何まで御心をこめられし御教訓、猜疑心などは少しも持ちませぬ。此上、何事も万事足らはぬ玉能姫、御指導を御願ひ致します』 高姫『お前さまはそれだから可かぬのだ。ヘン、言依別の教主さまから、紫の玉の御用を仰せつけられ、何々へ何々したと思つて、鼻にかけ、玉能姫なんて、傲慢不遜にも程があるぢやありませぬか。そんな保護色は綺麗サツパリと払拭し去り、何故お節と仰有らぬのだ。かう申すと又お前さまは平助でもない、お楢でもない様な、お節介ぢやと御立腹なさるだらうが、人は謙遜と云ふ事が肝腎ですよ。今後はキツと玉能姫なぞと大それた事は御遠慮なさつたがよからう。何から何まで、酢につけ味噌につけ、八当りに当つて根性悪を高姫さまがなさるなぞと思つちや大間違ですよ。……これお節さま、わたしの申すことに点の打ち所がありますかなア』 玉能姫『ハイ、実に聖者のお言葉、名論卓説、玉能姫……エー否々お節、誠に感服仕りました。其剛情……イエイエ御意見には少しも仇は御座いませぬ、併し乍ら個人としてはお節でも、お尻でも少しも構ひませぬが、神様の御用を致します時は、教主様から賜はつた玉能姫の職掌に奉仕せねばなりませぬから、公の席に於ては、どうぞ玉能姫と申すことをお許し下さいませ』 高姫『女と云ふ者はさう表に立つて、堂々と神業に参加するものではありませぬ。オツトドツコイ……それはエー、ある人の言ふ事、私とても女宣伝使、女でなくちや、天の岩戸の初から夜の明けぬ国、言依別の教主様もヤツパリ女に……綺麗な女の言葉は受取易いと見えますワイ。オツホヽヽヽ、もう斯う皺が寄つて醜うなると、到底若い教主様のお気に入らないのは尤もで御座います。こんなことを申すと、又高姫鉄道の脱線だと仰有るかも知れませぬが、決して脱線でも転覆でも御座いませぬぞ。皆日の出神さまが私の口を借つての御託宣、冷静に聞き流されては高姫聊か迷惑を致します。お節計りでない、お初も其通り、初稚姫なぞと大それたことを言つちやなりませぬぞ。本末自他公私を明かにせなならぬお道、神第一、人事第二ぢやありませぬか。私は系統の身魂、四魂の中の一人、日の出神の生宮、言依別さまが何程偉くても人間さまぢや。人間の言ふことを聞いて、此生神の言葉を冷やかな耳で聞き流すとは、主客転倒、天地転覆も甚しいと云はねばなりませぬぞえ。……コレ田吾作、お前も余程偉者になつたなア。竜宮の一つ島へ行つて、玉依姫様に玉を頂き乍ら、スレツからしの黄竜姫に渡したぢやないか。ヤツパリ田吾作はどこ迄も田吾作ぢや、どこともなく目尻が下つて居る。何程顔が美しくても……其声で蜴喰ふか時鳥……、心の奥の奥まで、なぜ見抜きなさらぬ。そんな黄竜姫の様な若い方に渡すのならば、なぜスツと持つて帰つて、立派な生宮にお渡しせぬのぢやい。お節だつて、お初だつて、皆量見が間違つて居るぢやないか。あんまり甚しい矛盾で、開いた口が塞がりませぬワイな。……コレコレ英子姫さま、梅子姫さま、五十子姫さま、お前さまは変性女子の系統、天の岩戸を閉めた身魂の血筋だから、よほど遠慮をなさらぬと可けませぬぞえ。人がチヤホヤ言うと、つい好い気になるものだ。何程立派な賢い人間でも、悪くいはれるのは気の好くないもの、寄つてかかつて持上げられると、つい好い気になり、馬鹿にしられますぞえ。表で持上げておいて、蔭でソツと舌を出す世の中で御座いますからな』 英子姫『ハイ、有難う御座います。御懇切な御注意、今後の神界に奉仕する上に於ても、あなたのお言葉は私の為には貴重なる羅針盤で御座います。併し乍ら面従腹背的の人間は、此質朴なる今の時代には御座いますまい。善は善、悪は悪とハツキリ区劃が立つて居りまする。左様な瓢鯰的の行動をとる人間は、三十万年未来の二十世紀とか云ふ世の中に行はれる人間同志の腹の中でせう』 高姫『過去現在未来一貫の真理、そんな好い気な事を思つて居らつしやるから、無調法が出来ますのだ。エ、併し大した……あなた方に不調法は出来て居らないから、先づ安心だが、併し三五教は肝腎要の日の出神の生宮は誰、竜宮の乙姫即ち玉依姫の生宮は誰だと云ふ事が分らなければ、どこまでも御神業は成就致しませぬぞ。それが分らねば駄目ですから、今後は私の云ふ事を聞きますかな』 玉治別『モシ英子姫様、決して何事も高姫さまが系統だと云つて、一々迎合盲従は出来ませぬぞ。婆心乍ら一寸一言申上げておきます』 英子姫『ハイ有難う御座います』 高姫『コレ田吾、お前の出る幕とは違ひますぞ。日の出神が命令する。此場を速に退席なされ』 玉治別『ここは言依別様の御館、御主人側より退席せよと仰せになる迄は、一寸も動きませぬ。我々は神様の因縁はチツとも存じませぬ。只言依別の教主に盲従否明従して居るのですから、御気の毒乍ら貴女の要求には応じかねます。何分頻々として註文が殺到して居る、今が日の出の店で御座いますから、アハヽヽヽ』 高姫『コレ黒姫さま、高山彦さま、お前さまは借つて来た狆の様に、何を怖ぢ怖ぢしてるのだ。日頃の鬱憤………イヤイヤ蘊蓄を吐露して、お前さまの真心を皆さまの前に披瀝し、諒解を得ておかねば今後の目的……否神業が完全に勤まりますまい』 黒姫『あまり貴女の……とつかけ引つかけ、流暢な御弁舌で、私が一言半句も申上げる余地がなかつたので御座います』 高姫『アヽさうだつたか、オホヽヽヽ。余り話に実が入つて気がつきませなんだ。そんなら黒姫さま、発言権を貴女にお渡し致します』 黒姫『ハイ有難う御座います。私としては別にこれと云ふ意見も御座いませぬが、只皆様に御了解を願つておきたいのは、竜宮の乙姫様即ち玉依姫様の肉のお宮は、黒姫だと云ふことを心の底より御了解願ひたいので御座います』 杢助『アハヽヽヽ』 黒姫『コレ杢さま、何が可笑しいのですか。チト失敬ぢやありませぬか』 と舌鋒を向けかける。 杢助『黙して語らず……杢助の今日の態度、さぞ貴女にも飽き足らないでせう。杢助は総務として、責任の地位に立つて居る以上、成行きを見た上で、何とか申上げませう』 黒姫『コレ玉治別さま、玉能姫さま、一番お偉い初稚姫さま、お前さまはあの玉を誰に貰つたと思うて居ますか』 初稚姫『ハイ、竜の宮居の玉依姫様から……』 玉能姫『竜宮の乙姫さまから………』 黒姫『そらさうに違ひありますまい。そんなら私を何とお考へですか』 初稚姫『あなたは怖いお婆アさまの黒姫さまだと思ひます。違ひますかな』 玉能姫『竜宮の乙姫様の生宮だと聞いて居りまする』 黒姫『さうか、お前さまはヤツパリ年とつとる丈で、どこともなしに確りして居る。併し乍ら聞いた計りで、信じなければ何にもなりませぬぞ。信じて居られますか、居られませぬか、それが根本問題です』 玉能姫『ハイ、帝国憲法第二十八条に依つて、信仰の自由を許されて居りますから、信ずるも信じないも、私の心の中にあるのですから……』 黒姫『成るべくはハツキリと言つて貰ひたいものですな』 玉能姫『ハツキリ言はない方が花でせう。……ナア初稚姫さま、あなた如何思ひますか』 初稚姫『私は黒姫さまを厚く信じます。併し乙姫様の生宮問題に就ては不明だと信ずるのです』 黒姫『誰も彼も歯切れのせぬ御答弁だな。女童の分る所でない、神界の御経綸、どんな人にどんな御用がさせてあるか分らぬぞよ……とお筆に出て居ります。マアそこまで分れば結構だ。……コレコレ玉治別さま、お前さまの御意見はどうだな』 玉治別『私の御意見ですか。私の御意見はヤツパリ御意見ですな。灰吹から蛇が出たと申さうか、藪から棒と申さうか、何が何だかテンと要領を得ませぬワイ』 黒姫『さうだろさうだろ、分らな分らぬでよい。分つてたまる事か。広大無辺の神界のお仕組を、田吾作さま上りでは分らぬのが本当だ。これから私が神界の事を噛んで啣める様に教へて上げるから、チツと勉強なされ』 玉治別『お前さまに教へて貰ひますと、竹生島の弁天の床下に隠してある三つの宝玉が出て来ますかな。私も其所在さへつきとめたら、竜宮の乙姫の生宮だと云つて、羽振を利かすのだけれどなア。序に日の出神にも成り澄すのだが、……黒姫さま教へて下さいますか』 高姫『コレコレ黒、黒、黒姫さま、タヽ田吾に相手になんなさんな。……コレ田吾さま、お前さまは我々を嘲弄するのですか』 玉治別『滅相もない、神様から御神徳をタマハルワケを聞かして下さいと言つて居るのですよ。何分私の身魂が黒姫で、慢心が強うて、鼻が高姫で、おまけに頭が高うて、福禄寿の様に延長し、神界の御用だと思つて一生懸命になつてお邪魔を致して居りまする田吾作で御座いますから、どうぞ宜しく執着心の取れますよう、慢心の鼻が折れますやう、守り玉へ幸ひ玉へ、アヽ惟神霊幸倍坐世』 高姫『ヘン仰有るワイ。黒姫さま、高山彦さま、サア帰りませう。アタ阿呆らしい。お節やお初、田吾や杢に馬鹿にせられて、日の出神様も、竜宮の乙姫さまも、涙をこぼして居やはりますぞえ。何と云つても優勝劣敗、弱肉強食だ。善の分るのは遅いぞよ、其代り立派な花が咲くぞよとお筆に出て居ります。皆さま、アフンとなさるなツ。是から是からサア是れから獅子奮迅の勢を以て、三五教を根本から立替いたすから、あとで吠面かわかぬようになされませや。ヒン阿呆らしい』 と座を立つて帰らうとする。英子姫は、 英子姫『モシモシ高姫様、一寸お待ち下さいませ。それは余りの御短慮と申すもの、十人十色と申しまして、各自に解釈が違つて居りまするが神様は一つで御座います。さうお腹を立てずに、分らぬ我々、充分納得のゆく様にお示し下さいませ。誠の事ならばどこまでも服従いたします』 高姫はニヤリと笑ひ乍ら、俄に機嫌をなほし、 高姫『流石は八乙女の随一英子姫様、お前さま丈だ。目のキリツとした所から口元の締つた所、ホンにお賢い立派な淑女の鏡だ。お前さまならば、此高姫の申すことの分るだけの素養はありさうだ。そんならモ一度坐り直して、トツクリと御意見を伺ひませう』 と一旦立つた膝を、又元の座にキチンと帰つた。 英子姫『私は御存じの通り、まだ世の中に経験少き不束者、どうぞ何から何まで御指導をお願ひ致します。就きましては御聞き及びでも御座いませうが、此度竜宮の一つ島、諏訪の湖より五色の貴重なる麻邇の宝珠が無事御到着になりまして、言依別様が兎も角お預り遊ばして、一般の信徒等に拝観をさせ、それから一々役を拵へ、大切に保管をいたさねばなりませぬ。何分……貴女始め黒姫さま、高山彦さまの肝腎の御方が御不在でありましたので、今日まで拝観を延期して居りました次第で御座います。先づ第一に其玉の御点検を、高姫様、黒姫様に御願ひ致しまして、それぞれ保管者を定めて頂かねばなりませぬ。……今日は言依別様始め皆様と御協議で御足労を煩はした様な次第で御座いますから、どうぞ日をお定め下さいまして、御点検を願ひ、其上で保管者をお定め願はねばなりませぬ』 高姫ニツコと笑ひ、 高姫『流石は英子姫さま、言依別さまも大分によく分つて来ました。併し乍ら、梅子姫様、五十子姫、杢助さまの御意見は……』 英子姫『何れも私と同意見で御座います』 高姫『それならば頂上の事、日の出神の生宮が先づ麻邇の宝珠を受取り、竜宮の乙姫の生宮が玉を検めて、其上、各自日の出神、竜宮の乙姫の指図に従つて一切万事取行ふことと致しませう。此玉が無事に納まつたのも、此高姫が神界の命に依つて、黒姫さまを一つ島へ遣はしたのが第一の原因、次に黒姫は高山彦さまと共に竜宮島の御守護を遊ばされ、肝腎要の結構な玉を他に取られない様に、其身魂をお分け遊ばして玉依姫命となし、此玉を大切に保管しておかれたからだ』 英子姫『ハイ………』 玉治別『黒姫さまの分霊は又大変に立派なものだなア。其神格と云ひ、御精神といひ、容色と云ひ、御動作と云ひ、実に天地霄壤の相違があつた。これが本当なら、雀が鷹を生んだと云はうか、途方途徹もない事件だ。此玉治別も竜宮の玉依姫様から玉を受取つた時の心持、一目拝んだ時の気分と云ふものは、中々以て黒姫さまの前へ行つた時とは、月と鼈ほど違つた感じが致しましたよ』 高姫『コレ田吾さま、黙つて居なさい。新米者の分る事ですかいな』 玉治別『さうだと云つて、其玉に直接に関係のあるのは私ですからなア』 五十子姫『玉治別さま、何事もお年のめしたお方の仰有ることに従ひなさる方が宜しからう』 玉治別『ヘーエ、そらさうですな』 と煮え切らぬ返事をし乍ら頭をかいて居る。 梅子姫『今迄の経緯は何事もスツパリと川へ流し、和気靄々として御神業に奉仕することに致しませう。……高姫様、黒姫様、高山彦様、従前の障壁を除つて、層一層神界のため、親密な御交際をお願ひ致します』 高姫『ヨシヨシ、結構々々』 黒姫『お前さまも少々話せる方だ』 玉治別『何だか根つからよく分りました。何は兎も有れ、日をきめて頂きませう。信者一般に報告する都合がありますから……』 言依別は杢助の方を看守つた。杢助は厳然として立上り、 杢助『かくも双方平穏無事に了解が出来ました以上は、来る二十三日を以て、麻邇の宝珠を一般に拝観させることに定めたら如何でせう。先づ第一に高姫様、黒姫様の御意見を承はりたう御座います』 高姫ニコニコし乍ら立上り、 高姫『何事も此件に付ては、杢助さまの総務に一任致しませう』 黒姫『私も同様で御座います』 高山彦『どちらなりとも御都合に願ひます』 杢助『左様ならば愈九月二十三日と決定致します。皆さま、御異存あらば今の内に御遠慮なく仰有つて下さい』 一同『賛成々々』 と言葉を揃へる。折柄吹き来る秋風に十二分の涼味を浴び乍ら各自に退場する事となつた。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・二三旧閏五・二九松村真澄録) |
|
123 (1916) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 09 女神託宣 | 第九章女神託宣〔七九一〕 国依別は空洞の入口に立ち、刻々に近より来る人影、篝火の光を眺めて独語、 国依別『あの仰々しい松明の光り、数多の人の足音、唯事ではあるまい。万一猛悪なる土人の襲来せし者とすれば、到底我々一人や二人、如何に言霊の神力を応用すればとて、容易に降服致すまい。権謀術数は神の許し玉はざる所なれ共、爰は一つ言依別様の御睡眠を幸ひ茶目式を発揮して、裏手を用ひ、寄せ来る数万の連中をアツと驚かせ、荒肝を取りて置かねばなるまい。オヽさうぢやさうぢや』 と諾き乍ら入口の暗がりに、ボンヤリと浮いた様に立つて居る。最早間近くなつて来た。暗がりにも確に男女の区別位はつく様になつた。先頭に立つた人の姿を見れば、確に白髪の老人らしい。国依別は突然洞穴内より虎狼の吼えたける如き唸り声を立て、力限り、 国依別『ウーツ』 と唸つてみた。其声は洞穴内に反響して一層巨声になつた。外の男二三人小声で、 男『ヤアこりや大変だぞ。我々がハーリス山へ竜神征服の為に行つて居つた不在中に、何だか怪しい虎狼か或は竜神の片割れか、先廻りして我々の天然ホテルを占領しやがつたと見える。コリヤうつかり這入らうものなら大変だぞ。オイどうだ。数歌を唱へて征服して見ようぢやないか』 国依別はさとくも其囁の一端を耳に挟み、 国依別『ヤア面白い、虎狼か竜神の片割れだらうと云つて居るな。ヨシ此方にも覚悟がある』 と独語し乍ら、満身の息をこめて、反対にこちらから「一二三四五六七八九十百千万」と含んだ様な声でワザと呶鳴つて見せた。此声と共に今迄木の間に瞬いてゐた松明は言ひ合はした様にパツタリと消えて、洞穴の内外は真の暗となつて了つた。寄せ手は驚いて、魔神に自分等の所在を探られない為と火を消したのであつた。外からは流暢な声で天の数歌が聞えて来た。一同はそれに合して、森林の木谺に響く声、天にも届く許り思はれた。大勢の中より一人の男稍近くに進み来り、大麻を左右左に打振り乍ら、 男『ヤア我々の不在中を狙つて住み込む奴は大蛇か、曲鬼か、或は猛獣か、言語の通ずるものならば、速かに返答致せ。それとも畜生ならば、一刻も早く此処を退散致せ。若し神様ならば御名を名乗らせ玉へ』 国依別は何だか其言葉に馴染のある様な気分がした。併し乍ら此琉球の離れ島に我々の知人が来て居るべき筈もない。あの声は確に男子であつた。さうして何となく言霊が冴えて居た。こりや決して案ずるには及ぶまい。機先を制するは今の此時だ……と心に思ひ乍ら、暗がりを幸ひ、 国依別『アール、シヤイト、チーチヤーバンド、ジヤンジヤヘール、サーチライト、パツクス、エール、シーエー、ピツク、ホース』 と云つた。 外の男『ヤア此奴ア南洋の土人が漂着して来よつたのだなア。天の数歌まがひの事を言つて居やがつたぞ。大方ジヤンナの郷の三五教の信者が、此島に漂着して此洞穴を見付け出し、這入つて居やがるのだらう。困つた奴が来たものだ。土人の言葉はこちらでは分らないし、如何云つてやらうかなア』 国依別『此方はハーリス山に、遠き神代の昔より住居致す大竜神であるぞよ。此度神勅に依つて高天原より言依別命、其玉を受取りにお越し遊ばされたるを以て、今迄大切に保存して居た琉、球の二つの玉も、已むを得ず御渡し致さねばならぬ事になつて来た。神勅はもだし難し、執着心を去つてスツパリと渡し切る考へだ。此二つの玉の琉球を去るや否や、如何なる事が出来致すも分りはせぬぞ。其方は我を是より誠の神と尊敬致し、此洞穴の中を我居宅に献り、山海の珍味を以て供養せば、地異天変の災害を免れしめ、汝等一同をして安く楽しく長寿を与へ、天国の喜びを永久に保たしめむ。返答如何に』 と声まで十七八位の女になつた気で、若々しげに述べ立てた。外の男の一人、稍前に進み寄り、 外の男『早速のあなたの御承諾、若彦身にとりて、有難き仕合せに存じます。先日より一日も欠かさず、ハーリス山に駆上り、言霊を手向け候処、竜の腮の琉と球、容易に御渡し下さる形跡も見えず、実の所は、心中稍不安の念に駆られて居りました。其お言葉を聞くからは、これなる土人に命じ、あらゆる珍しき果物を持たせお供へ致します。どうか今迄の様に時々暴風雨を起し、人民を苦むるなどの暴行は是れ限り御止め下さいまする様に、三五教の宣伝使若彦、慎んで御願ひ致します』 国依別、中より、 国依別『言ふにや及ぶ。我こそは国依……オツト違うた、国よりも我身が大事と、今迄は執着心にかられ、琉、球の二つの玉を私有物として楽しんでゐた。さうして此玉を以て、風雨雷霆を駆使し、種々雑多の乱暴を致したが、今日限り根本より悔い改めて若彦の言葉に従ふ程に、必ず必ず心配致すな。サア早く芳醇なる酒を献じ、林檎、バナナ、竜眼肉を我前に献上致せ。随分空腹に悩んで居るぞよ。言依別神様やがて日を移さず此処に御越しあらん。大勢ここに集まるも無益なれば、大半は浜辺に到つて言依別様御到着の御出迎への準備をいたすがよからうぞ。其時には三五教の大宣伝使国依別お供に仕へ居る筈なれば、待遇に区別をつけず、極鄭重にもてなしを致せよ。ハーリス山の竜神、汝等一統に気をつけるぞよ。若彦、及び其前に立つ白髪の老人にも申しわたす仔細あらば此処に居よ。其他の住民共は浜辺へさして一刻も早く御迎へに参り、万事落度なく心を配り気を配れよ。ウーン』 と唸り止んだ。 若彦『委細承知仕りました。……モシ常楠様、あなた何卒、大勢の連中に此由を御伝へ下さいまして、言依別様の御到着の待受準備にかかるべく御命令下さいませ』 常楠『ハイ承知致しました。併し乍ら嘘ではありますまいかな。どうも我々の考へでは言依別命様は、此洞穴内に安々と御休みなされてるような心持が致します。そして此竜神の化身女神様は、私の心のひがみか存じませぬが、国依別様のように思はれてなりませぬ。悪戯好の国依別の宣伝使の事とて、ワザとに女神の声色を使つて居られるのでは御座いますまいか。数多の土人を引つれ浜辺へ参り、言依別命様今か今かと待呆けに遭はせ、あとでアフンとさして大笑ひをしようと云ふ企みだなからうかと思はれます。そんな手に乗るものなら折角我々を神と信じてる土人の信用はサツパリ地におち、却て我等の身辺に危険の及ぶやも計り知れませぬ。コリヤうかうかと聞く訳には行けますまいぞ』 国依別洞穴内より、一層やさしき女の作り声で甲高に、 国依別『来るか来るかと浜へ出て見れば浜の松風音ばかり 待ちに待つたる国さまは遠の昔に此島に 上つて御座るを知らないかホンニ盲は仕様がない あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と追々鍍金がはげて、知らぬ間に自分の地声になつて居たのに気がついた。 国依別『ヤア是りや失策つた』 と思ひ乍ら、又声を改めて、 国依別『我こそは琉と球との玉を守護致す国依別の姫神であるぞよ。国依別とはタマで代物が違ふぞよ。国依別が例へば黄金なれば、此方は銅位なものであるぞよ。今迄の国依別は、実に困つた奴であつたなれども、身魂の因縁現はれて此頃は、立派な立派な言依別命の片腕にお成り遊ばして御座るぞよ。其方は紀州の辺鄙に永らく蟄居致して居つた故、知らぬは無理なき事であるぞよ。今に国依別命参りなば鄭重にいたし、琉、球二つの玉を汝等手に入れなば、一は言依別命に献じ、一は国依別命に献ぜよ。これ国依姫命の御心であるぞよ。ゆめゆめ疑ふこと勿れ』 若彦『ハイ承知致しました。誰の御手に渡しまするも天下を救ふ宝玉ならば、結構で御座います。三五教の物とならば之に越したる喜びは御座いませぬ』 常楠小声で、 常楠『モシ若彦さま、どう思うても私は腑に落ちませぬ。……コレコレ女神と称する国依別さま、良い加減に茶目式を発揮しておいたらどうだい。そんな事ア若彦さまなれば、一時誤魔化しが利くだらうが、何もかも世の中の辛酸を嘗めつくした此常楠の前には通用致しませぬぞよ』 国依別『真偽の判断は其方に任す。我に従ひ遠慮は要らぬ。汝等両人奥の間に進み来れ』 と先に立つて暗がりを進んで行く。 国依別『待てよ、前へ無茶苦茶に進むと云うと、壁際に頭を打ち、言依別様のお眠みの上を踏みなどしたら大変だ。コリヤ一つ松明をつけさしてやらうかな』 と小声で囁き乍ら、 国依別『ヤア若彦、松明をつけよ。暗くて少しも見えぬでないか』 若彦『私はここへ参つてから余程慣れましたから、松明がなくても大抵分つて居ます。あなたは神様なれば夜目が見えさうなものですなア……神は無遠近、無大小、無明暗、無広狭、一も見ざるなしと云ふではありませぬか』 国依別ヒヤリとし乍ら、尚も荘重な口調にて、 国依別『若彦、馬鹿を申せ。暗がりの目の見える者は畜生であるぞよ。人間は暗がりに目の見えぬのは神の分霊たる証拠であるぞよ。すべて高等動物になる程、夜分に目が見えないものだ。それだから最高級にある神は目が見えぬが道理だらうがな。それだから人民が神に灯明を献ずると云ふ事を知らないか』 常楠吹き出して、 常楠『オホヽヽヽ』 国依別『アイヤ常楠とやら、神の言葉が何故それ程可笑しいか』 常楠『あなたは余程鈍な神様と見えますな。道路神とかいつて、盲神様があると云ふ事だ。大方お前さまは道路神か道楽神だらう。宗彦、お勝の昔を思ひ出しになつたら、さぞ今日は感慨無量で御座いませうナ』 国依別『何でも宜しい。炬火をつけて下さらぬか。実は御察しの通り国依別ですよ。アハヽヽヽ』 常楠『オホヽヽヽ』 若彦『なんだ、又いかれたか。エー仕方がない。よく化ける男だな。そんなら炬火をつけて上げませうかい』 と懐より燧石をとり出し「カチカチ」とやつて居る。言依別は二三人の人声何かザワザワ聞えるのに目をさまし、耳をすまして聞いて居れば、国依別とか常楠とか若彦とかの声がきこえて来た。 (言依別?)『ハテなア』 と無言のまま考へ込んで居る。どうしたものか火は打つても打つても火口につかぬ。 若彦『アヽ今日は盲の神さまの守護と見えて、暗がりの御守護らしい。何程打つても火は出ませぬワ。……ナア常楠さま如何しませう』 常楠『エー仕方がない。そんなら暗がりで休みませうかい。……時に国依別さま、言依別の教主様はここに居られるのだらうな。ウカウカ歩くとお眠みになつて居る所を踏みでもしたら大変だから、在否を言つて下さいな』 国依別『お前さまの最前仰せられた通り、盲神の国依別、まして此暗夜、言依別様の在否が見えて堪りますか。アハヽヽヽ』 言依別命は声を掛け、 言依別『イヤ国依別、何とかして火をつけて呉れないか。常楠、若彦の両人が見えて居るであらう』 国依別『ハイ、確にお見えになりませぬ。あなたでさへも見えぬ位ですから……』 言依別『暗がりで見えるか見えぬかと云つたのだない。来て居られるか居られぬかと言ふのだ』 国依別『来て居られますが、サツパリ見えて居られませぬ。アハヽヽヽ』 かくする所へ入口よりチヤール、ベースと云ふ二人の男、松明をかがやかし乍ら這入つて来た。 チヤール、ベース両人腰を届めて、 両人『嘸御不自由で御座いましたでせう。ついうつかり致してをりました。松明をここに灯しておきますから……私は入口に立番を致しますから、御用があらば直に手を御拍ち下さいませ』 国依別『ハーリス山の竜神、国依姫命、チヤール、ベースの両人、よくも気を利かしよつた。神満足に思ふぞよ』 両人『ハー、有難う存じます』 と恐る恐る、坑外に出て行く。坑内は二つの松明にて昼の如く明くなつた。所々に節穴の窓が開いて居た。煙は其穴より逸出すると見えて、少しも、けむたさを感じなかつた。 言依別命は起き上り、行儀よく菅莚の上に端坐し、常楠、若彦の顔を見て、『ヤア』と言つた。 若彦『これはこれは教主様、よくも御入来下さいました』 と早くも嬉し涙にくれて居る。 言依別『若彦殿、御苦労で御座つた。此老人は噂の高い秋彦、駒彦の縁類なる常楠翁かなア』 若彦『ハイ左様で御座います』 常楠『教主様、一度御伺ひを致したく存じて居りましたが、遠方の事と云ひ、老人の事とて山道を歩むのが辛労になり、つい御無沙汰致して居りました。伜共が篤き御世話に預りまして、有難う御礼申し上げます。今度は私も千騎一騎の最後の活動と思ひ、神恩の万分一に報ぜむと、若彦様のお伴をなし、先日より此島へ参り、ハーリス山の竜神に向つて、言霊戦を開始して居ります。其御蔭で毎日毎晩吹き荒ぶ暴風も凪ぎわたり、それが為土人は我々二人を大変に神の如く尊敬いたして居ります。どこへ行つても日輪さまの御光は照らせ給ふ如く、大神様の御神徳の満遍なく行きわたつて居らせられるには感謝の至りにたへませぬ。何分耄碌爺の私、どうぞ御見捨なく御用命あらん事を懇願仕ります』 と言ひ終つて、嬉し涙を袖に拭ふ。 言依別『神様の御示し通り、これで愈四魂揃ひました。玉照彦様、玉照姫様の御神力は今更乍ら恐れ入る外はありませぬ。いよいよ願望成就して、琉、球の宝玉手に入るは目のあたりでせう』 常楠『最早九分九厘まで、竜神は帰順して居ります。モウ一つ執着心さへ取れれば渡して呉れるでせう。我々は若彦さまと共に能ふ限りの最善のベストを尽して来ましたがモウ此上は教主様の御力を借りるより仕方がありませぬ』 若彦『如何に神様の御仕組だと云つても、かような所で教主様にお目にかかるとは、今の今迄、神ならぬ身の存じて居りませなんだ。アヽ人間は脆いもので御座いますワイ。現に目の前に居る国依別さまにさへ瞞された位で御座いますから』 国依別『クツクツクツ、ウツプーツ』 と吹き出して居る。 言依別『国依別さま、此島へ来た以上は余程謹厳の態度を持つて居て貰はぬと、中々強敵ですから、茶目式所ぢやありませぬぞ』 国依別『左様で御座います。斯様な所で茶目坊をやつても、サツパリ茶目ですから、只今限り左様なことは茶目に致しますから、どうぞ御心配下さいますな』 言依別『仕方のない面白い男だなア』 若彦、肩をゆすり乍ら、可笑しさをこらへて、 若彦『キユーキユー』 と言つて居る。常楠は何が可笑しい、若い奴と云ふ者は、箸のこけたのでも可笑しがるものだ……と云ふ様な態度で真面目くさつて控へて居た。漸くにして夜は明け放れた。言依別命は三人の外にチヤール、ベース外四五人の土人を引率し、ハーリス山の谷道を若彦の案内にて進む事となつた。 (大正一一・七・二五旧六・二松村真澄録) |
|
124 (1922) |
霊界物語 | 27_寅_麻邇宝珠の紛失/琉球物語 | 15 情意投合 | 第一五章情意投合〔七九七〕 虻、蜂の両人は生田の森に立寄り、駒彦に面会して、言依別の教主が国依別と共に高砂の島に神務を帯び、急遽聖地を立ちて出発せられ、瀬戸の海を、西南指して行かれたりと云ふ消息を、例の高姫が聞きつけ、春彦、常彦の一行三人、言依別の後を追ひしと聞きしより、茲に虻、蜂の二人は、取る物も取敢ず、一隻の軽舟に身を任せ、高姫が教主に対し、如何なる妨害を加ふるやも計り難しと、一生懸命に高姫の後を探ねて漕ぎ出し、児島半島の沿岸に差かかる時、暗礁に乗り上げたる一隻の船を見付け、何人ならんと星の光に透かし見れば、比沼の真奈井の宝座に仕へ居たる、清子姫、照子姫の二人であつた。 茲に二人を我舟に救ひ上げ、半破れし其舟を見棄て、荒波を勢よく漕ぎつけて、漸く琉球の那覇の港に安着し、一行四人は何者にか引かるる様な心地して、其日の夕べ頃常楠、若彦両人が一時の住居となしたる槻の木の洞窟の前に辿りついた。 虻公は既に言依別命より清彦と云ふ名を賜り、蜂公は照彦と云ふ名を賜つて、准宣伝使の職に就いて居たのである。二人は思ひ掛なく言依別命に抜擢されたのを、此上なく打喜び、其師恩に酬いん為、言依別命に対しては、如何なる苦労も、仮令身命を抛つても惜まざるの決心をきめて居たのであつた。 当の目的物たる高姫一行を、海上にて見失ひたれ共、照子姫、清子姫の遭難を救ひたるは、全く神の御摂理として稍満足の体であつた。 此照子姫、清子姫は其祖先は行成彦命であつて、四代目の孫に当つて居る。神勅を受けて、比沼真奈井に豊国姫出現に先立つて現はれ、比治山に草庵を結び、時を待つて居たのである。そこへウラナイ教の黒姫に出会し、いろいろとウラナイ教の教理を説き聞かされ、半之れを信じ、半之を疑ひ、何程黒姫が弁舌を以て説きつくる共、清子姫、照子姫は魔窟ケ原の黒姫が館には一回も足をむけず、又高姫などにも会はなかつた。只黒姫の言葉を反駁もせず、善悪を取捨して表面服従して居たのみであつた。此二女の黒姫に対する態度は、其時の勢上已むを得ず、之れ以上最善の態度を執ることが出来なかつたのである。 時に豊国姫命の神勅、此二人に降り、諏訪の湖の玉依姫より麻邇宝珠を受取り、梅子姫其他一行が、由良の港の秋山彦が館に帰り来り、神素盞嗚大神、国武彦命の出でますと聞きて、二人は旅装を整へ、由良の港の秋山彦の館に出で来りし頃は、最早麻邇宝珠は聖地に送られ、神素盞嗚大神、国武彦命の御行方も分らなくなつた後の祭りであつたから、二人は時を移さず、陸路聖地に向ひ、錦の宮の玉照彦、玉照姫の神司に謁し、琉球の島に渡るべく、再び聖地を立ちて、玉照彦命の出現地なる高熊山に立籠もり、三週間の改めて修業をなし、木花姫の神教を蒙りて、意気揚々と山坂を越え、生田の森に立寄り、それより兵庫の港を船出して、琉球に向はんとし、神の仕組か、思はずも児島半島の手前に於て暗礁に乗りあげ、危険極まる所へ、三五教の新宣伝使、清彦、照彦の舟に助けられ、漸く那覇港に四人連れ安着し、槻の洞穴の前迄進んで来たのである。 四人の男女は小さき船にて長途の航海をなす間、何時とはなしに意気投合し、互に意中の人を心に深く定めて居た。清子姫は清彦に、照子姫は照彦に望みを嘱して居た。然るに清彦は又照子姫に、照彦は清子姫に望みを嘱し、将来夫婦となつて神業に参加し度く思つて居たのである。清彦は四十四五才、照彦は四十二三才の元気盛り、清子姫は二十五才、照子姫は二十三才になつて居た。年齢に於て二十年許り違つて居る。されど神徳を蒙りて誠の道を悟りたる清彦、照彦は、全身爽快の気分漲り、血色もよく比較的若く見え、夫婦として一見余り不釣合の様にも見えなかつたのである。 四人は一夜を此処に明かさんと、洞穴の奥深く進んだ。サヤサヤした葦莚の畳、土間に敷きつめられ、食器など行儀よく並べられてあつた。 清彦『あゝこれは何人の住家か知らぬが、穴居人種の多い此島に、木株のこんな天然の館があるとは、大したものだ。何でもこれは此辺りの酋長の住家か分らないぞ。斯様な所にうつかりと安眠して居る所へ、沢山の眷族を連れ、帰り来つて立腹でもしようものなら、どんな事が突発するか知れたものだない。入口は一方、グヅグヅして居ると、徳利攻めに会うて苦しまねばならぬ。コリヤ一人宛、互に入口に立番をし、もしも怪しき奴がやつて来たら合図をすると云ふ事にしようかなア』 照彦『それもさうだ。併し乍ら先づ路々むしつて来た此の苺を夕食に済ませ、其上の事にしても余り遅くはあるまい。そろそろそこらが暗くなつて来たようだ』 と懐より火燧を取出し、そこらに積み重ねたる肥松の割木に火をつけ明りを点じ、夕食を喫し、家へ帰つた様な気分になつて、四人は奥の方に安坐し、種々と感想談に耽つて居た。 清彦『こうして我々男女四人、此島に渡つた以上は、何れも独身生活は不便なものだ。恰度諾冊二尊が自転倒島に天降り玉うた様なものだ。此大木を撞の御柱と定めて、……あなにやしえー乙女……とか…えー男…とか云つて、惟神の神業を始めたら如何でせう。……照彦さま、私は媒酌人となつて、清子姫様と結婚の式をあげられたらどうです。ナア清子姫さま、あなたも以時迄も独身で斯様な蛮地に暮す訳にも参りますまい』 清子姫『ハイ、有難う御座います。併し乍ら少し考へさして頂きたう御座います』 清彦『清子さま、あなたは照彦さまがお気に入らぬのですか』 清子姫『イーエ、勿体ない、左様な訳では御座いませぬ』 と涙ぐまし気に俯むく。 照彦『コレコレ清彦、御親切は有難いが、モウ結婚の事は言つて呉れな。清子さまは此照彦がお気に召さぬのだよ。無理押しに決行した所で、うまの合はぬ夫婦はキツと後日破鏡の歎きに会はねばならぬから、此話は止めて貰はう。就いては照子姫さまを、お前の奥さまに御世話したいと思ふのだが、どうだ』 清彦『それは実に有難い、併し乍ら照子姫さまの御意見を承はりたい。其上でなくば、何とも返答する事が出来ないワ』 照子姫『照彦さまの御親切は有難う御座いますが、妾は何だか……どこが如何といふ事はありませぬが、清彦さまは虫が好きませぬワ。妾の意中の人は露骨に言ひますが、照彦さまで御座います。あなたならばどこまでも、偕老同穴の契を結んで頂きたう御座います』 照彦『コレハコレハ大変な迷惑で御座る。実の所は此照彦、清子姫様と夫婦の約束が結びたいのです。それに清子さまは何とか、かんとか仰有つて、私を御嫌ひ遊ばす様な形勢です』 清子姫は『ホヽヽヽヽ』と袖で顔をかくし、 清子姫『妾も本当は清彦さまと夫婦になつて、神界の御用が致したう御座います。照彦さまと夫婦になるのは、何だか身魂が合はない様な気分が致します』 清彦『互に目的物が斯う複雑になつて居ては仕方がない。ハテ困つたな。此方が好だと言へば向ふが嫌ひだと云ふ、此方が嫌ひだといへば一方が好だと云ふ。此奴アどうやら人間力で決める事は出来ないワイ。言依別命様でも御座つたならば、判断をして定めて貰ふのだけれど、斯様な結構な洞穴館に、誰も居らぬことを思へば、言依別の神様は、琉、球の宝玉を手に入れ、早くも出発された後と見える。ハテ……困つたなア』 四人は互に顔を見合せ、青息吐息の真最中、洞穴の入口に二三人の声が聞えて来た。清彦は耳敏くも之を聞付け、 清彦『ヤアあの声はどうやら、高姫の声らしいぞ。一寸査べて来るから、三人仲よく待つて居て下さい』 と早くも洞穴の入口に立つた。 外には高姫、春彦、常彦と共に怖相に洞穴を覗いて居る。月明かりに三人の顔はハツキリと見えた。されど高姫の方からは、清彦の姿は少しも見えない。清彦は傍の小石を拾ひ、左右の手に持つて中よりカチカチと打つて見せた。 高姫『大変な大きな洞空であるが、何か此中に獣でも棲まつてゐるやうな気配が致しますぞ。……常彦、一寸お前、中へ這入つて調べて来て下さらぬか』 清彦中より『カチカチカチ』、 常彦『ハハー、ここはカチカチ山の古狸が住居して居る洞穴と見えますワイ。……オイ春彦、お前、斥候となつて一つ探険して来たら如何だ』 春彦『お前に命令が下つたのだ。狸の巣窟へキ常彦が這入るのは当然だよ。マア君子は危きに近よらずだ。命令も受けないことを、危険を冒して失敗しては、それこそ犬に喰はれた様なものだ』 高姫『春彦、お前も一緒に探険に這入つて来るのだよ』 春彦『たかが知れた此洞窟、さう二人も這入る必要はありますまい』 高姫『アヽさうだらう。そんなら一人で良いから、春彦さま、お前豪胆者だから這入つて下さい』 春彦頭をかき乍ら、 春彦『ヘー……ハイ』 とモジモジして居る。『カチカチカチカチウー』と唸り声が聞えて来る。 春彦『モシモシ高姫さま、此奴ア一人では如何しても往きませぬワ。あの声を聞いて御覧、数十匹の猛獣がキツと潜んで居ますよ。グヅグヅして居ると、一も取らず二も取らず虻蜂取らずになつて了ひますぜ』 高姫『其虻蜂で思ひ出したが、彼奴は何でも言依別命から、清彦、照彦と云ふ名を頂き宣伝使になり、飽迄も我々に反抗的態度を執ると云つて居たさうだが、今どこに如何して居るだらう。言依別命が此琉球へ渡り、琉と球との宝玉を手に入れ、自分の隠した七個の玉と共に、高砂島へ持ち渡つて、高砂島の国王となる計画だと聞いて居る。自転倒島では此高姫の日の出神の生宮が、目の上の瘤となつて思はしく目的が立たぬので、高姫の居ない地点で野心を遂行すると云ふ考へで、大切な宝玉を盗み出し、自転倒島を立去つたのだから、仮令言依別、天を翔けり地を潜るとも、草を分けても探し出し、宝玉を取返し、さうして彼が面皮を剥いて、心の底より改心さしてやらねば、我々の系統としての役目が済まぬ。アヽ年が寄つてから、又しても又しても海洋万里の波を渡り、苦労を致さねばならぬのか。これも全く言依別の肉体に悪の守護神の憑依してゐるからだ。……アヽ惟神霊幸倍坐世。一時も早く言依別の副守護神を退却させ、誠の大和魂に立返つて、日の出神の命令を聞く様にして下さいませ』 と半泣声になり、鼻を啜つて両手を合せ、一生懸命に祈願して居る。清彦は此態を見て俄に可笑しくなり「プーツプーツ」吹き出し、終ひには大声をあげて、 清彦『ワツハヽヽヽ』 と笑ひ転けた。 高姫『誰だ。日の出神の生宮が神界の為、一生懸命御祈願を申し上げてるのに、ウフヽアハヽヽヽと笑ふ奴は……よもや狸ぢやあるまい。何者だ。サアこうなる上は高姫承知致さぬ。此入口を青松葉でくすべてでも往生さしてやらねば措かぬ。……コレ常彦さま、春彦さま、そこらの、青いものを持つて来なさい。コラ大変な劫経た古狸が居るのだ。四つ足が劫経ると人語を使ふやうになるからなア』 清彦俄に女の声を出し、 清彦『コレハコレハ高姫様、常彦、春彦の御両人様、遠方の所遥々と能くこそ御越し下さいました。ここは琉球王の仮館、木の丸殿と云ふ所で御座います。王様は……言依別神様とやらが、自転倒島から遥々御越しになり、琉と球との宝玉を御受取り遊ばし、台湾に一寸立寄り、それから南米の高砂島へ御越しになりました不在中で御座います。妾は虻……オツトドツコイ、危い猛獣毒蛇の沢山に棲息する此島に留守を守つて居る大蛇姫と云ふ、夫は夫は厭らしい女で御座います。サア御遠慮は要りませぬ。此洞穴には沢山な古狸や大蛇が住居を致し、今日の所綺麗な男が二人、綺麗な女が二人、四魂揃うて守護を致してをります。併し乍ら何れも本当の人間では御座いませぬ。皆化物で御座いますから、其お心算で御這入りを願ひます。メツタにあなた方を塩をつけて頭から咬んだり、蛇が蛙を呑むやうにキユウキユウと呑み込むやうな事は御座りませぬ。如意宝珠の玉でも呑み込むと云ふ不可思議力を備へた貴女、早く御這入り下さいませ』 高姫『這入れなら這入つてもあげませう。併し一遍外へ姿をあらはし、案内をなさらぬか』 清彦『外へ出るが最後、虻公の正体が現はれますワイ。アツハヽヽヽ』 高姫『最前から何だか可笑しいと思つて居つた。お前は淡路の東助の門番をして居つた泥坊上りの虻公ぢやないか。如何して又斯んな所へやつて来たのだ。お前はドハイカラの教主から、清彦と云ふ名を貰うたぢやないか。自転倒島では最早泥坊が出来ないと思うて、こんな所まで海賊を働き漂着して来たのだらう。サアお前一人ではあるまい、大方蜂も来て居るだらう。其他の同類は残らず此処へ引張つて来なさい。天地根本の誠の道を説いて聞かせ、大和魂をねりなをして助けて上げよう。事と品によつたら此高姫が家来にしてやらぬ事もない』 清彦『今お前さまに這入られると、実は困つた事があるのだ。今日は情意投合……オツトドツコイ情約履行をしようと云ふ肝腎要な吉日だ。お前さまのやうなお婆アさまは我々壮年者の心理は分るまい。あゝエライ所へエライ奴が来たものだ。月に村雲花に嵐、美人の前に皺苦茶婆ア……』 と小声に呟いた。高姫は此言葉の一端を耳に入れ、 高姫『ナニ、美人に皺苦茶婆アと言つたなア。コリヤ何でも秘密の伏在する此洞穴、モウ斯うなる以上は強行的に押入り、隅から隅まで調べてやらねばなるまい。ヒヨツとしたら天火水地の宝玉も隠してあるか分らない。…常彦、春彦、妾に続け』 と言ひ乍ら、清彦が「待つた待つた」と大手を拡げて遮るのも聞かず、むりやりに飛び込んで了つた。 奥には肥松の明りが瞬いて居る。三人の顔はハツキリと輪廓まで現はれて居る。 高姫『コレハコレハ皆さま、御楽しみの最中、御邪魔を致しまして申訳のない事で御座いました。花を欺く美男子と美人、そこへ白髪交りの歯脱婆アが参りまして、嘸、折角の興がさめた事で御座いませう。此洞穴に似合はぬ……お前さまは美しい方だが、此島の方か、但は、虻、蜂の両人に拐かされてこんな所へ押込められたのか、様子がありさうに思はれる。サア包まずかくさず仰有つて下さい。日の出神の生宮が此場へ現はれた以上は、虻、蜂の両人位何と云つても駄目ですよ』 清子姫、照子姫両人は行儀よく両手をつき、 両女『ハイ有難う御座います。聖地に於て御高名著しき、あなた様が高姫様で御座いましたか。妾は比沼の真奈井の宝座に仕へて居りました清子姫、照子姫の両人で御座います』 高姫『かねがね黒姫さまから承はつて居つた、比治山の隠家に厶つた淑女はお前さまの事であつたか。如何して又かやうな所へお越し遊ばしたのだ。大方虻、蜂両人の小盗人に拐はかされて、斯んな所へ来なさつたのだらう。グヅグヅして居ると此奴ア○○をしかねまい代物です。最前も小声に情約履行の間際だとか何とか吐いて居ました。サア、妾が来た以上は最早大丈夫、高姫と一緒に此琉球の島を探険し、結構な宝玉の所在を求め、言依別の後を追うて、其七つの宝玉を手に入れて聖地に帰り、大神様の御神業をお助けしようではありませぬか』 二人は顔赭らめて、無言の儘俯いて居る。清彦は高姫の胸倉をグツととり、 清彦『コラ婆ア、小盗人とは聞捨ならぬ。三五教の宣伝使清彦、照彦の両人だ』 高姫『ヘン、馬鹿にするない。お前達が胸倉を取つて威喝した所で、そんな事にビクとも致す高姫ぢやありませぬぞ。虻、蜂の小泥坊が恐ろしくて、こんな所まで活動に来られますかい。今は宣伝使でも、昔はヤツパリ泥坊をやつて居たぢやないか』 清彦『昔は昔、今は今だ。改心すれば其日から真人間にしてやらうと神様が仰有るぢやないか。俺が泥坊なら高姫は大泥坊だ』 高姫『オイ常彦、春彦、何をグヅグヅして居るのか、高姫が此通り胸倉を取られて居るのに平気で見て居ると云ふ事がありますか』 常彦『左様で厶います。あなたも余り我が強いから、神様が清彦さまの手を借つて身魂研きをなさるのだと思つて、ジツとして御神徳を頂いて居ります。……なア春彦さま、キツと善が勝つと神さまが仰有いますから、今善悪の立別けが始まるのですで……高姫さま、シツカリやりなさい。……清彦さま、何方も負けて下さるなや』 照彦はムツクと立上り、行司気取りになつて、そこにあつた芭蕉の葉の端をむしり唐団扇の様な形にして、右の手に捧げ、 照彦『東西……東は高姫山に、西イ清彦川……何れも一番勝負、アハヽヽヽ』 と笑つて居る。高姫は金切声を出して、爪を立て、一生懸命に掻きむしらうとする。強力な清彦に両方の手首をグツと握られ、如何ともすること能はず、目計り白黒させ前歯のぬけた口から、臭い息と唾とを盛に吐き出して、清彦の顔に注いでゐる。清彦も堪りかねて両方の手をパツと放した。照彦は中に割つて入り、 照彦『御見物の方々、此勝負は照彦が来年迄お預かりと致します』 高姫『清子姫さま、照子姫さま、お前さまは、斯んな乱暴な男を何と思うてゐられますか』 清子姫『ハイ、御二人共申分のない、立派なお方で御座います。中にも清彦さまはどこともなしに虫の好く御方ですよ。なア照子姫さま』 照子姫『あなたの御言葉の通り、御二人とも本当に立派な方ですワ。妾は何だか照彦さまの方が、中でもモ一つ立派な方だと思ひます、ホヽヽヽヽ』 と俯むく。 高姫『清彦が妾の胸倉を取つたのも道理、二人の男に二人の女、好いた同志が今晩こそは、此離れ島で何々しようと思うてる所へ、此婆アがやつて来たものだから腹が立つたでせう。御無理もありませぬ。併し乍ら縁と云ふものは汚いものぢやな。行成彦命の系統をうけた御両人さまが、人もあらうにこんなお方の女房にならうとは、イヤモウ理外の理、高姫感じ入りました。併し言依別命さまは此処へ来られたか、御存じでせうな』 清子姫、照子姫一時に、 両女『ハイ、おいでになつた相で御座います』 清彦『おいでになるはなつたが、竜の腮の二つの玉を手に入れ、意気揚々として、遠の昔台湾島へ行き、それから南米の高砂島へ渡られたといふことだ。我々もその琉と球との二つの玉を手に入れる為にやつて来たのだが、一足遅れた為に、後の祭り、せめても腹いせに男女四人が、撞の御柱を巡り合ひ、美斗能麻具波比をなせと宣り玉ひ、此島の守り神とならうと思つて居る所ですよ』 高姫『何とお前は男にも似合はぬ、チツポけな肝玉だな。此広い世界に斯んな島を一つ治めて満足してゐる様な事では、到底三千世界の御用は出来ませぬぞや。併し乍ら身魂相応な御用だから、何程烏に孔雀になれと言つたつてなれる気遣ひはなし、仕方がないなア』 と揚げ面し、冷笑を浮べて居る。 照彦『高姫さま、余り見下げて下さいますな。私だつて琉と球との玉を手に入れ、言依別さまの隠された七つの玉を、仮令半分でも探し出し、そして、高砂島は申すに及ばず、筑紫の島から世界中の覇権を握る位な考へは持つて居るのだが、肝腎な琉と球との宝玉を言依別に取られて了つたのだから、後を付け狙うと云つても見当がつかぬだないか。それだから百日百夜水行でもして、二夫婦の者が玉の所を探しに行かうといふ考へだ。百日の水行をすれば世界が見えすくと三五教の神様が仰有るのだから、玉の所在はもとより、言依別の行方も分るのだ。あなたは日の出神の生宮なら、猶更分るでせう』 高姫『きまつた事だよ。分かればこそ、ここ迄従いて来たのだ……サア言依別命、余り遠くは行くまい。グヅグヅしてると又面倒だ。……常彦さま、春彦さま、早く参りませう。なる事ならば、照子姫さま、清子姫さま、あなた丈は私のお供なさいませぬか。虻、蜂両人の女房になるのは一つ考へ物ですで』 清彦『エー又婆アの癖に構ひやがる。サア早く出て行け』 高姫『出て行けと言はなくても、こんな所にグヅグヅしてをれるか。……サア常彦、春彦、早く早く』 とせき立てて、立ち去らうとする。 常彦『モシモシ高姫さま、何程急いだつて、なる様により成りませぬで。今夜はここで宿めて貰つて、明日の朝ゆつくり行きませうか……ナア春彦、お前も大分に草臥れただらう』 春彦『草臥れたと云つた所で、船の中に浮いて居るのだ。目的が立つてから、何程ゆつくり休まうとままだ。サア行かう』 と厭さうにしてる常彦の手を取り、引摺るやうにして、高姫と共に此洞穴を脱け出し、路々祝詞を奏上し乍ら、苺や石松の茂る珊瑚岩の碁列せる浜辺を指して一目散に駆つけ、乗り来し船に身に任せ、一生懸命南を指して大海原を漕ぎ出した。 (大正一一・七・二七旧六・四松村真澄録) |
|
125 (1935) |
霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 07 無痛の腹 | 第七章無痛の腹〔八〇七〕 泰安城はセールス姫、サアルボース、ホーロケース、セウルスチン等の横暴極まる悪政に、国民怨嗟の声は、日に月に高まり来り、漸く革命の機運熟す。シヤーカルタンの一派とトロレンスの一派は、東西相呼応して、泰安城に攻め寄せ、今やセールス姫以下の身辺は、最も危急の地に迫つて来た。此事早鐘の如く台湾全島に響き渡り、玉藻山の聖地には一しほ早く或者の手より其真相を報告されたり。 茲にヤーチン姫、真道彦命の部下に仕へたる神司ホールサース、マールエース、テールスタン、其他数多の幹部連は八尋殿に集まつて、此度の泰安城に於ける大革命的騒擾に対して、如何なる処置を取るべきかを協議したりけり。 真道彦命を始め、日楯、月鉾は八尋殿の中央なる高座に現はれて、此会議を監督する事となりぬ。 ホールサースは、先づ第一に高座に登り、一同に向つて開会の挨拶を述べ、徐に降壇した。次でマールエースは、今回の恰も議長格として意気揚々と登壇し、一同に向ひ、 マールエース『皆様、今日此八尋殿に炎暑を構はず、御集会下さいましたのは、吾々発起人として実に感謝の至りに堪へませぬ。就きましては諸君に於いても略御承知の通り、セールス姫其他の暴政に依つて、国民塗炭の苦しみを受け、今や此苦痛に堪へ兼ねて、新進気鋭の国民の団体は、シヤーカルタン、トロレンスの首領に引率され、泰安城へ攻め寄せたりとの事で御座います。承はればシヤーカルタン、トロレンスはバラモン教の錚々たる神司との事、彼破竹の勢を以て泰安城を乗り取り、又もや、バラモン的暴政を布くに於ては、世は益々混乱を重ね、遂には三五教の聖地迄も蹂躙され、吾々は此島より放逐されねばならなくなるのは、火を睹るよりも明かな事実で御座いませう。これに就て私は考へます……一日も早く三五教の信徒を率ゐ、泰安城に向つて言霊戦を開始し、シヤーカルタン、トロレンスの一派を言向け和し、三五教の部下となし、其機に乗じて全島の支配権を握らば、三五教は万世不易の基礎が建ち、又国民も泰平の恩恵に浴する事と考へます。……皆さまの御意見は如何で御座いませう。どうぞ此演壇に登りて、御感想を述べて頂きたう御座います』 と言つて、壇を降り吾席に着いた。此時肩を揺り両手の拳を握り締め、堂々として登壇したのはテールスタンであつた。満場を睥睨し乍ら声を励まして言ふ。 テールスタン『これの聖地は遠き神代より、真道彦命様の遠祖茲に鎮まり玉ひ、至仁至愛の三五教を樹立し、無抵抗主義を遵守して、ここに国魂神の神力を以て数多の国民を教へ導き玉ひつつ、多く年所を経玉ひました。併し乍ら、余り極端なる無抵抗主義の為に追々其領域は狭められ、僅に日月潭の附近にのみ其勢力を維持して居られたのは、諸君も御承知の通りで御座います。然るに泰安城に於てセールス姫を中心とする悪人輩の日夜の行動に慊きたらず、吾々始め此席に列し玉ふ幹部の方々は、顕要の地位を棄てて、現世的に無勢力なる此聖地に集まり、信仰三昧に入り、殆ど政治欲を絶つて、花鳥風月を友となし、其日を送り来りしも、決して無意味に吾々は光陰を費やして居たのではありませぬ。時来らば国家の為に全力を発揮し、カールス王を助けて、元の地位に復やし奉り、完全無欠なる神政を布き、再び元の地位に立たむと欲するの念慮は一日も忘れた事はありませぬ。諸君に於ても、此席に列せらるる方々は、十中の八九迄元は泰安城の重要なる地位に立たせ玉ひし方々なれば、吾々と御同感なるべし。吾々は此聖地に来りてより、三五教は蘇生せし如く、日々に隆盛に赴きたるも、全く人物の如何に依る事と考へられます。諸君は瀕死の境にありし三五教をして、斯の如く隆盛に赴かしめたる能力者で御座いますれば、キツと此腕前を活用して泰安城に向ひ、シヤーカルタン、トロレンスの向うを張つて、此際一戦を試み、セールス姫を言向け和し、且又シヤーカルタン、トロレンスの一派を吾等の言霊に帰順せしめ、全島の政教両権を掌握するは、此時を措いて何時の日か来るべき。曠日、瀰久徒に逡巡して、彼等に先を越されなば、吾々は何時の日か頭を抬ぐるを得られませうか。何卒皆様に於ても御熟慮……否御即考あつて、速かに御賛成あらむ事を希望致します』 と云ひ終つて悠々と壇を降る。拍手の声は雨霰の如く場の内外に響き渡つた。 此時末席よりセールス姫の間者として入り込み居たるハールは壇上に現はれ、 ハール『皆さまに、末席の吾々恐れげもなく、此高座に登りて、御意見を承はりたしと斯く現はれました。マールエース、テールスタンの幹部方の御意見は、末輩の私に於ても、極めて賛成を致します。就いては三五教の信徒を以て言霊軍を組織し、泰安城へ攻め寄せ玉ふ目的は此度の暴動を鎮定し、シヤーカルタン、トロレンスの一派に対して痛棒を加ふるにあるか、但はセールス姫を中心とする泰安城の重役に対して、大痛棒を与ふるの覚悟で御座るか、此点を、何卒明瞭に御示し頂きたう御座います。先づ出陣に先立ち、敵を定めておかねばなりますまい』 と心ありげに述べ立てた。此時ホールサースは再び壇上に現はれて言ふ。 ホールサース『天は必ず善人に組す。吾々は正義の為に戦ふのである。セールス姫にして悪ならば、彼を懲し、又善ならば彼れを輔けん。シヤーカルタン、トロレンスにして其目的、国家民人の為ならば吾は彼を助けむ。未だ何れを善とも悪とも定め難し。さり乍ら、カールス王の御病気を楯に、淡渓の畔に小さき館を造り、之に幽閉し、セウルスチンの如き賤しきホーロケースの伜を重用して、悪政を布くセールス姫の行動に居たたまらず、吾等一同は此聖地に逃れ来りし者なれば、此度の大騒動も其原因は、セールス姫一派の暴政に依りて勃発せしものたる事は察するに余りあり。要するに此度の神軍はカールス王を御助け申上げ、再び元の泰安城に立て直す目的と思へば間違なからうと思ひます』 とキツパリ言つて抜けた。ハールは再び口を開いて、 ハール『此度の神軍幸にして勝利を得、カールス王を救ひ出だし、再び王位に立たしめなば、セールス姫を正妃となし玉ふ御所存なるか。但はヤーチン姫を以て正妃と定め玉ふ考へなりや承はりたし』 と呼はつた。ホーレンスは始めて登壇し、 ホーレンス『吾々の考ふる所は、カールス王を救ひ奉り、ヤーチン姫を正妃となさむ事を熱望して居ります。さうなればカールス王もヤーチン姫も日頃の思ひが遂げられて、円満に政事が行はれ、国民の父母と仰がれ玉ふ瑞祥の来る事と信じて居ります』 ハール『ヤーチン姫様は最早昔とは御心が変つて居る様に思はれます。此事は第一教主の真道彦様の御意見に依らねばなりますまい。一般の噂に依れば、内面的に御夫婦の関係が結ばれ居ると云ふ事、むしろ神軍の勝利を得たる暁は真道彦様を政教両面の主権者となし、ヤーチン姫様を其妃と公然遊ばしたら如何で御座いませう。それの方が余程治まりが良き様に考へられます』 テールスタン『吾々は要するに泰安城の主権者を選み其幕下に仕へて元の位地に帰りさへすれば良いのである。主権者がカールス王であらうと、真道彦命であらうと、問ふ所ではありませぬ。吾々の考ふる所では、真道彦命様必ず心中に泰安城の王たるべきことを御期待遊ばされある事と確信致し、泰安城を棄てて茲に集まつて来た者で御座います。真道彦命様にして、只単に教法上の主権者を以て甘んずるの御意志ならば吾々は元より斯様な所へ首を突込む者ではありませぬ。諸君に於かせられても、吾々と同感ならむと察します』 一堂は拍手の声に満たされた。 真道彦は憤然として身を起し、壇の中央に現はれ、慨歎の情に堪へざるものの如く、暫くは壇上に目を閉ぎ悄然として立つた儘、両眼よりは涙さへ流して居る。漸くにして口を開き、 真道彦『只今の幹部方の御話を聞き、此真道彦に於きましては、実に青天の霹靂と申さうか、寝耳に水と申さうか、驚きと慨歎とに包まれて了ひました。世の中に誤解位恐ろしきものは有りませぬ。各自の心を以て人の心を推し量ると云ふ事は、実に対者たるもの恐るべき迷惑を感じます。吾々は祖先以来、国魂の神を斎り、三五教の教を確く遵守し、少しも政治に心を傾けず、万民を善道に教化するを以て最善の任務と衷心より確く信じ、且つ神慮を万民に伝ふるを以て、無限の光栄と存じて居ります。然るに只今の幹部方の御意見を承はり見れば、私を以て政治的救世主の如く思つて居られるやうで御座います。又王族たるヤーチン姫様と私の間に、何だか怪しき関係でも結ばれある様な語気を洩らされました。私は実に心外千万でなりませぬ。どうぞ三五教の精神と、吾々の誠意を能く御諒解下さいまして、大慈大悲の大神様の御旨に叶はせらるる様、神かけて祈り奉ります。重ねて申して置きますが、決して此真道彦は物質的の野心も無ければ、政治的欲望は毫末も有りませぬ。又皆様に推されて政治的権威を握らうとは、夢寐にも思ひませぬ。此事は呉々も御承知をして頂きたう御座います』 と云ひ終り、憮然として、吾居間に姿を隠した。真道彦の退場に連れて、日楯、月鉾の兄弟も亦満場に目礼し、悄然として父の後に従ひ此議席を退場したり。 後には気兼なしの大会場は口々に勝手な議論が沸騰し出した。セールス姫の間者として予てより入り込み居たりしカントンと云ふ男、忽ち壇上に現はれ衆に向つて言ふ。 カントン『皆さま、只今真道彦命が仰せられた御言葉、何と御観察なされますか。吾々の貧弱なる智識を以て教主の御心中を測量致すは、少しく烏呼の沙汰では御座いますが、あの御言葉は、吾々は心にも無き嘘言を云つて居られるのだと思ひます。政治的に野心は毛頭無いと仰せられたのは、要するに大に有りといふ謎で御座いませう。注意周到なる教主はセールス姫の間者、もしや信徒に化けて忍び入り居るやも知れずと心遣ひ、……ヤアもう英雄豪傑の心事は容易に計り知れないもので御座います。吾々はキツと真道彦命、泰安城に現はれ、自ら主権者となり、最愛のヤーチン姫を妃として君臨せむと心中企画し居らるる事は、少しも疑ふの余地なき事と確く信じます。幹部の方々の御意見は如何で御座いまするか』 一同は『賛成々々、尤も尤も』と拍手して迎へた。カントンは得意の鼻を蠢かし乍ら両手を鷹揚に振りつつ、壇を降りて自席に着く。 幹部の一人と聞えたる頑固派の頭領株エールは、慌しく壇上に立上り、 エール『吾々は素より泰安城の重臣としてカールス王に仕へ、殊恩に浴したる者、然るにサアルボース、ホーロケース一派の悪臣の為に大恩あるカールス王を御病気を楯に、淡渓の畔に幽閉し奉り、悪鬼の如きセールス姫、権を恣にし、暴虐日々に増長し、無念の涙やる瀬なく、如何にもしてカールス王を救ひ奉り、元の泰安城に立直さむと肺肝を砕きつつあつた者で御座います。然るに天の時未だ到らず、涙を呑んで時の到るを待つ内、此玉藻山の聖地に、現幽二界の救世主現はれたりと聞き、城内を脱出して、茲に三五教の信徒となり、幹部に列せられ、時を得てカールス王の為に全力を尽し、忠義を立てむと決意し、顕要の地位を棄て、無抵抗主義の三五教に身を寄せて居たのであります。併し乍ら吾々日夜真道彦の挙動を偵察するに、畏れ多くもヤーチン姫と怪しき交際を結ばれたる如く感ぜられ、憤怒の情に堪へませぬ。又一般の噂もヤハリ教主とヤーチン姫との交際の点に就て、ヒソビソと怪しき噂が立つて居ります。火の無い所には決して煙も立つものではありませぬ。これに付いて吾々は考へまするに、教主は最早ヤーチン姫を内縁の妻となし居らるる以上は、仮令カールス王を救ひたりとて、一旦汚されたるヤーチン姫をして、堂々と王妃に薦めまつる事は、吾々臣下の身として忍びざる所で御座います。又教主はヤーチン姫を自己薬籠中の者となし、カールス王を排斥して自ら治権を握る野心を包蔵さるるは、一点疑ふの余地は無からうかと信じます』 と憤然として壇上に雄健びし、足踏みならして鼻息荒く降壇した。 カントンは再び壇上に上り、 カントン『吾々は時節の力と云ふ事を確く信じて居る者で御座います。泰安城の主権者が、カールス王だらうが、真道彦命であらうが、但はセールス姫であらうが、国民の歓迎する主権者であらば良いので御座います。天下公共の為には些々たる感情の為に左右されてはなりますまい。只今エールさまの御言葉は一応御尤もでは御座いまするが、それはエール其人を本位としての議論であつて、天下に通用しにくい御話だと思ひます。カールス王に殊恩を蒙つた其御恩に酬いむ為に種々と肺肝を砕かせらるるは、それは主従としての関係上、主恩に酬いむとする真心より出でさせられたる感情論であつて、言はば乾児が親分の贔屓をする様なものであります。国民一般より見れば余り問題とならない議論だと、私は思ふのであります。吾々の如き無冠の太夫は別にエール様の如く、特別の恩寵を被つた覚えもなければ、又カールス王に対して一片の恨みも持ちませぬ。唯此際は国家の為に善良なる主権者を得、万民鼓腹撃壌の享楽を得る様に、世の中が進みさへすれば、それで満足であります。諸君の御考へは如何で御座いますか。小田原評定にあたら光陰を空費し、時機を失するよりは、手取早く話を決めて、早く救援に向はねば、国家は益々修羅の巷の惨状を極め、国民の苦しみは日を逐うて烈しくなるでせう。何は兎もあれ、出陣か非出陣か、一時も早く諸君の誠意に依つて御決定を願ひます』 と言ひ終るや、以前のエールは烈火の如く憤り、忽ち壇上に駆上がり、弁者の面上を目あてに鉄拳を乱打したるより、満場総立ちとなりて、 (一同)『ヤレ乱暴者を捉へよ』 とひしめき立ちぬ。エールは敏捷にも混乱の隙を窺ひ、何処ともなく、此場より姿を隠したりける。 (大正一一・八・八旧六・一六松村真澄録) |
|
126 (1949) |
霊界物語 | 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) | 21 喰へぬ女 | 第二一章喰へぬ女〔八二一〕 タルチールの船長室には、言依別命、国依別三人鼎座して、神界の経綸談に就いて、熱心に意見を戦はして居た。 船長『只今三五教の宣伝使高姫と申す者、甲板上にて、取りとめもなき事を申して居りましたが、如何にも教主様の御言葉の通り、執着心の深い偏狭な人物ですなア。何とかして彼を救うてやる訳には参りませぬか。何でもあなた様を非常に恨み且つ疑ひ、麻邇の宝珠を御両人が懐中にして、高砂島へ逃げたに違ひないから、どこまでも追つかけて取返さなならぬと、それはそれは大変な逆上方で御座いましたよ。あなたも良い加減に実を吐いて、あの高姫を安心さしておやりになつたら如何でせう』 言依別『麻邇宝珠の替玉事件は全く大神様の御経綸に出でさせられたものでありまして、吾々としては其一切を高姫に対し、明示することは出来ない事になつて居ります。又高姫は吾々の申すことは決して信ずる者ではありませぬ。何程誠の事を言ひ聞かしましても、心の底からひがみ切つて居りますから、到底本当には致しませぬ。どうも困つたものです』 船長『あなたで可かなければ、国依別様を通してお示しになつたら如何ですか』 言依別『到底物になりませぬ。国依別は随分高姫に対し、幾回となくからかひ、且つ玉の所在を知らせて失敗をさせた事がありますから、なほなほ聞く道理は御座いませぬ』 船長『其玉は一体如何なつてゐるのですか』 言依『何人にも口外することは出来ないのですが、あなたに限つて他言をして下さらねば申上げませう。如意宝珠の天火水地の宝玉は、自転倒島の中心地、冠島、沓島に大切に隠してあります。それを高姫が、吾々が持逃したものと思ひ、私の後を追うて此処までやつて来たのでせう。御存じの通り吾々両人は玉などは一個も所持してはゐませぬでせう』 船長『仰せの通り何も御持ちになつて居られませぬ。一層の事、高姫に直接御会ひになつて、これ此通り、吾々は玉なんか持つてゐない、と御示しになつたら如何でせう』 国依別『それは駄目ですよ。ここに持つてゐなくても、どつかに隠したのだらうと、どこどこ迄も疑つて、尚更手きびしき脅迫を致しますから、自然に気のつく迄棄てておく方が利益だと思ひます』 言依『吾々両人が何程誠を申しても、高姫に限つて信用してくれませぬから、あなた、誠に御苦労をかけますが、高姫をソツと何処かへ御招きになつて、高砂島には決して玉なんか隠してない、自転倒島を探せよ……と云つて貰つた方が、却て信用するかも知れませぬ。下らぬことに無駄骨折らすも、可哀相でたまりませぬから……実の所は其玉は高姫に探させ今迄の失敗を回復し、天晴れ聖地の神司として恥かしくない様にしてやりたいとの、神素盞嗚大神の思召に依り言依別が持逃したことに致し、私は犠牲となつて聖地を離れ、これより高砂島、常世国を宣伝し、遂にフサの国ウブスナ山脈の斎苑の館に参り、コーカス山に至る計画で御座います。どうぞあなたより、高姫に対して、無駄骨を折らない様に能く諭して下さいませぬか』 船長『ハイ、私もあなたより宣伝使の職を命ぜられたる上は、高姫さまに対し、宣伝の初陣を試みませう。もしも不成功に終つたならば、宣伝使を辞職せねばなりませぬか』 言依『そんな心配は御無用です。成るも成らぬも惟神ですから、成否を度外に置いて、一つ掛合つて見て下さい』 船長『ハイ左様ならば、一つ初陣をやつて見ませう』 茲に船長は、高姫を吾一室に招き、私かに高姫に向つて注意を与ふる事とした。 船長は繁忙なる事務を繰合せ、真心より顔色を和げ、言葉もしとやかに高姫に向つて話しかけた。 船長『高姫さま、先程は、誠に尊き御身の上とも知らず御無礼を致しました。今更めて御詫をいたします』 高姫『お前は高島丸の船長、それ位なことが気がつかねばならぬ筈だ。何故に今迄此日の出神の生宮が分らぬのだらうかと、実は不思議でたまらなかつた。併し賢明なるお前、滅多に分らぬ筈がないのだが、つまりお前にバラモン教の悪神が憑依してゐて、あのような下らぬ事を云はしたのですよ。日の出神がチヤンと一目睨んだら能う分つてゐます。流石の曲津神も、日の出神の威勢に恐れて、波を渡つて逃て了ひよつたのです。今のお前の顔と、最前の顔とは丸で閻魔と地蔵程違つてゐます。あなたも之れから此高姫の教を聞いて、三五教の信者におなりになさつたら、益々御神徳が現はれて立派な人格者におなり遊ばし、これから先、高砂島の国王にもなれまいものでも御座いませぬ。同じ一生を暮すなら、船頭になつて、日蔭者で了るよりも、チツとは気苦労もあれど、あの広い高砂島の国王になつて、名を万世に轟かしなさるが、何程結構ぢや分りますまい』 船長『ハイ有難う、私は御察しの通りバラモン教の信者で御座います』 とワザと空呆けて、言依別命より宣伝使の職名を与へられたことを絶対に包みかくしてゐる。 高姫『バラモン教なんて駄目ですよ。あんな邪教に首を突込んで何になりますか。あなたも立派な十人並秀れた男と生れ乍ら、その様な教にお這入りなさるとは、チト権衡がとれませぬ。早く三五教にお這入りなさい。キツと御出世が出来ますぞえ』 船長『私は国王なんかにならうとは夢にも思ひませぬ。船長は船長として最善の努力を尽し、吾使命を完全に遂行すれば、これに勝つた喜びはありませぬ、又三五教とか、バラモン教とか云ふやうな雅号に囚はれてゐては、本当の真理は分りますまい。雨霰雪や氷とへだつ共、おつれば同じ谷川の水……とやら、大海は細流を選ばずとか云つて、真理の光明は左様な区別や雅号に関係なく皎々と輝いて居ります。善とか、悪とか、三五とか、バラモンとかに囚はれて宗派心を極端に発揮してゐる間は、却て其教を狭め、其光を隠し、自ら獅子身中の虫となるものです。三五教は諸教大統一の大光明だとか聞いて居りました。然るに貴女は世界を輝きわたす三五教の宣伝使の中でも、一粒よりの系統の御身魂而も日の出神さまの生宮であり乍ら、偏狭な宗派心に駆られて他教を研究もせず、只一口に排斥し去らうとなさるのはチツと無謀ではありませぬか。猪を追ふ猟師は山を見ず……井中の蛙大海を知らず……富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……とか云ふ諺の通り、余り区別された一つの物に熱中すると、誠の本体を掴むことは出来ますまい。如何がなもので厶いませうか。併し私は未だバラモン教の教を全部究めたと云ふのでは厶いませぬ。未成品的信者の身分を以て、錚々たる宣伝使の貴女に斯様なことを申上ぐるは、恰も釈迦に向つて経文を説き、幼稚園に通ふ凸坊が大学の教頭に向つて教鞭を執る様な矛盾かは存じませぬ。どうぞ不都合な点は宜しく御諭し下さいまして御訂正を御願ひ致します』 と極めて円滑に言依別仕込みの雄弁を揮ひ、下から低う出て、高姫の心を改めしめむと努めて居る。 高姫『何とお前さまはお口の達者な方ですなア。丁度三五教にもあなたの様なことを申す、ドハイカラが厶いますワイ。其ドハイカラが而も教主となつてゐるのですから、幽玄微妙なる神界の御仕組を、智慧学や理屈で探らうと致すから、何時も細引の褌であちらへ外れ、こちらへ外れ、一つも成就は致しはせぬぞよと、変性男子のお筆に出てをる通り、失敗だらけになつて了らねばなりませぬぞや。お前もそんな小理屈を云はないやうになつたら、それこそ誠の信者ですよ。ツベコベと善悪の批評をしたり、日の出神の生宮に意見をするやうな慢神心では、誠の正真は分りませぬぞえ。智慧と学と理屈と嘘とで固めた世の中の身魂が、変性女子の言依別に映写して居る様に、お前も人間としては、実に立派なお方だが、神の方から見れば、丸で赤ん坊のやうな事を仰有る。人間の理解力で、如何して神界の真相が分りますか。妾の様に生れ赤子のうぶの心になつて、神さまの仰有る通りに致さねば、三五教の一厘の御仕組は到底分りはしませぬぞや』 船長『成程、言依別さまに……ウン……オツとドツコイ言依別さまと云ふ方は、私の様な理屈言ひで御座いますか。さぞお道の為にお困りでせうなア』 高姫『さうです共、言依別は有名な新しがりで、ドハイカラで、仕舞の果には大それた麻邇の玉迄チヨロまかし、今頃は高砂島で何か一つ謀叛を企んでゐるに違ひありませぬ。それだから言依別の思惑がチツとでも立たうものなら、それこそ世界は暗雲になつて了ひ、再び天の岩戸をしめねばなりませぬから、日の出神が活動して、言依別のなす事、一から十迄、百から千まで、茶々を入れて邪魔をしてやらねば世界の人民が助かりませぬ。ホンにホンに神界の御用位気の揉めたものは御座いませぬワイ』 船長『あなたは日の出神の生宮だと仰有いましたが、世界のことは居乍らにして、曽富登の神のやうに、天が下のことは悉くお知りで御座いませうなア』 高姫『三千世界のことなら、何なつと聞いて下され。昔の世の初まりの根本の、大先祖の因縁性来から、先の世のまだ先の世の事から、鏡にかけた様にハツキリと知らしてあげませう』 船長『さうすると、貴女の天眼通力で言依別命、国依別のお二方は今何処に御座ると云ふ事は御存じでせうなア』 高姫『ヘン、阿呆らしい事を仰有るな。モツトらしい事を御尋ねなされ。言依別は今テルの都に、国依別と二人、何か大それた謀叛を企んで、四つの玉を飾り、山子を始めて居りますよ』 船長『あゝ左様で御座いますか。実に日の出神様と云ふお方は偉いお方で御座いますなア。ソンならこれからテルの都へ私を連れて行つて下さいませ。そして、言依別命様に御会ひ申して、あなたの教を以て御意見を致して見ませう。キツト、テルの都に御座るに間違はありませぬなア』 高姫『神の言葉に二言ありませぬ。今日只今の所は、テルの都に居りますが、此船が向うにつく時分には又、向うも歩きますから、テルの都には居りますまい。こちらが歩く丈、向うも歩きますから、今どこに居ると云つた所で、会ふことは出来ませぬよ』 船長『そんなら神様の御神力で、言依別さまを、テルの都を御立ちなさらぬ様に守つて頂くことは出来ますまいか』 高姫『その位なことは、屁の御茶でもありませぬが、言依別は妾の嫌ひなドハイカラで厶いますから、どうも妾の霊が感じにくいので気分が悪うてなりませぬから、言依別や国依別に対しては例外と思うて下さいませ。あゝモウ此事は言つて下さいますな、胸が悪うなつて来ました。オツホヽヽヽ』 船長『あゝそれで分りました。言依別の教主に関する事は御気分が悪くなつて、身魂がお曇り遊ばし、何事も御分り憎いと仰有るのでせう。実の所は此少し前、私の船に図らずも、言依別さま、国依別さまが乗つて下さいまして、仰有るのには、実は此通り立派な麻邇の玉を四つ迄聖地から持出して来たが、どうも高姫と云ふ奴、執念深く附け狙ふので、高砂島へ往つても又追かけて来るだらうから、ヤツパリ自転倒島の冠島沓島へ隠しておかうと、慌だしく私の船から他の船へ乗替へ自転倒島へ引返されましたよ。キツと其処に隠してあるに違ありませぬぜ。お前さまも其玉を探す積りならば、高砂島へ御出でになつても駄目ですよ。それはそれは美しい、青赤白黄の四つの立派な、喉のかわく様な宝玉でした』 高姫『エヽ何と仰有る。言依別にお会ひになりましたか。そして本当に玉を持つてゐましたか』 船長『それはそれは立派な物でしたよ。現に此船に乗つてゐられたのですもの、モウ今頃は余程遠く台湾島附近を航海して居られるでせう』 高姫暫く首をかたげ、思案にくれてゐたが、俄に体をビリビリと振はし、 高姫『船長さま、あなた言依別に幾ら貰ひましたか。コン丈ですか』 と五本の指を出して見せる。 船長『言依別さまに別に口止め料を貰ふ必要もなし、只実地目撃した丈の事を、お前さまに親切上御知らせした迄の事だ。貰うのなら高姫さまから貰ふべきものだよ』 高姫は船長の顔を穴のあく程眺め、いやらしき笑を浮かべ乍ら、 高姫『何とマア悪神の仕組は、どこから何処まで、能う行届いたものだなア。言依別が自転倒島へ帰つたと見せかけ、外の船に乗替へ、キツと高砂島に渡つたに相違ない、どうも高姫の天眼通には彷彿として見えてゐる。……コレ船頭さま、イヽ加減になぶつておきなさい。外の者ならいざ知らず、日の出神の生宮がさう易々とチヨロまかされるものですかいな。そんなアザとい事を仰有ると、人が馬鹿に致しますで、ホヽヽヽヽ』 と首を肩の中に埋めて、頤をしやくり乍ら、両手を垂直に下げ、十本の指をパツと開いて腰を前後に揺り乍ら笑うて見せた。 船長『高姫さま、マアゆるりと貴女の御席へ帰つて休息して下さい。又後程ゆるゆると御話を承りませう』 高姫は舌を巻出し、目をキヨロツと剥いて、 高姫『ハーイ』 と云つた限り、チヨコチヨコ走りに船長室を出でて行く。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録) |
|
127 (1959) |
霊界物語 | 29_辰_南米物語1 鷹依姫と高姫の旅 | 04 野辺の訓戒 | 第四章野辺の訓戒〔八二六〕 白楊樹の下に立寄つたカーリンスは幹に手をかけるや否や『アツ』と叫んで其場に倒れて了つた。テーリスタンは腰をしたたか打つた為、少しも歩む事は出来ず、元の所に横たはつてゐる。竜国別は驚いて、樹下に立寄り、又もや『アツ』と一声叫んだ儘、カーリンスと枕を並べて南向けに倒れて了つた。後には鷹依姫只一人、元より気丈の女とて、少しも騒がず、泰然として天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ、二人の恢復を祈つてゐた。 竜国別、カーリンスの両人は掛合に『ウンウン』と虎の嘯く様な厭らしい声を出して唸りつづけてゐる。鷹依姫は此声を聞いて……アヽ生命に別条はない、マア大丈夫だ。夜が明けたら何とか工夫がつくだらう……位に思つて、切りに祝詞を奏上し、黄金の玉を策略を以て集め、うまくチヨロまかして此処まで来りし其罪を大神に謝罪しつつ、夜の明くるを待つた。 東の空を紅に染めて漸く天津日の神は地平線上に、円き姿を現はし玉うた。テーリスタンは漸くにして腰の痛みも癒り、稍元気づき、鷹依姫と共に四辺の苺をむしり、両人の口に含ませ、一生懸命に鎮魂を施した。二人は漸くにして正気づき、起き上つて、 竜国『あゝ大変に恐ろしい事だつた。たうとう閻魔の庁まで引出され、大きな蜥蜴や毒蛇の責苦に遭はされ、黄金の玉を幾十となく背中に負はされ、骨も砕くる計り、其重さと苦さに、体は段々と地の中へ落ち込んで了ひ、何とも云はれぬ責苦に会うて来た。あゝ執着心位恐ろしいものはない。……モウ玉の事は、お母アさま、断念したら如何でせう』 カー『竜国別さま、お前さまもさうでしたか。私も同じ様な目に遭はされましたよ。そして横の方にウンウンと苦しさうに呻く声が聞えたので、ソツと覗いて見ましたら、恐ろしや恐ろしや、高姫さまと黒姫さまが、如意宝珠や紫の玉に取囲まれ、押へられ、紙の様な薄い体になり、鰈のやうに目が片一方の方へ寄つて了ひ、随分エグイ顔をして、口から黒血を吐き、見られた態ぢや御座いませなんだよ。吾々の霊は生き乍ら地獄へ落ち込んでゐると見えますワイ。……あゝ神様、どうぞ許して下さいませ。キツと今日限り心を改めます』 と合掌し、涙を滝の如くに流してゐる。 テー『おいカー、貴様は目を眩かしてそんな夢を見てゐたのだよ。夜前から俺は腰が痛いので、横になつた儘、ヂツとして貴様の倒れたのを見てゐたが、別に地獄へ往た様子もなし、只此木の下で竜国別さまと掛合にウンウンと唸つてゐたのだ。そんな気の弱い事を云ふな。そりやキツト心の迷ひだ。鬼も蛇も、地獄も極楽も、皆自分の心の船の舵次第で、どないでも転回するのだ。そんな迷信臭い事を言はずに、チトしつかりして呉れ』 竜国『イヤそれでも夢とは思はれない。又俺達の決して心の迷ひではない。日頃思つてゐる事を見るのなら、夢幻と判断しても良いが、吾々はそれ程悪事だとも思つてゐない。世界の為、神様の為、最善の努力をしてゐる考へで、寧ろ吾々のやつた事を誇りと思つてゐた位だから、決して幻想でも妄想でもないよ。兎も角吾々は今迄の行方に無理があつたに違ない。神様は一つ間違へば直に懲戒をして気をつける……と筆先に御示しになつてゐるのだから、ウツカリ疑ふ訳には行かないよ』 カー『竜国別さまの仰有る通りだ。俺やモウ未来が恐ろしくなつて来たワイ』 鷹依『お前達は一丈二尺の褌を締た一人前の堂々たる男ぢやないか。仮令如何なる事があらうとも、初一念を貫徹するのが男子の本分だ。妾は此の通り年を老つた女の身だ。けれ共そんな弱い心はチツとも持つて居ない。仮令地獄の底に落されて如何なる成敗に遇はされよう共、世界の為、お道の為になる事ならば、断乎として初心を曲げる事は出来ませぬ。それ程夢位が恐ろしいやうな事で、此夢の浮世に如何して暮す事が出来ませうか。大神様はお前達の心を試すために、いろいろと気をお引き遊ばすのだ。……エヽチヨロ臭い、もう仕方がない。妾は仮令此木の上から踏み外して墜落し、頭を割つて国替をせう共、あの玉を取つて来ねば措きませぬ。妾が上から、あの袋を下げおろすから、お前達は下に居つて、ソーツと手を拡げて鄭重に受けるのだよ』 と云ひ乍ら、一抱許りの白楊樹の根元に手をかけた。白楊樹の幹には三尺四尺も丈のある大蜈蚣が一面に巻ついて居る。さうして太き一尺計りの亀甲形の斑文のある蛇、赤い舌をペロペロと出し、目を怒らして、木の周囲に幾十匹とも数限りなく控えて居る。根元から梢まで、蜈蚣と蛇とが空地なく、幹も枝も絡んで居る其厭らしさ。流石の鷹依姫も之には辟易し、二三間後しざりし乍ら、 鷹依姫『コレコレ竜国別、テーに、カー、如何にもこれは容易に登る事は出来ませぬワイ。幸に此通り苺が沢山に生つてゐる。食物に何時まで居つたつて不自由はないから、あの玉が、風でも吹いて自然に落ちて来るか、蜈蚣や蛇が根負して逃げていぬか、どちらなりと埒の付く迄、此処で持久戦をやりませう。……サアサア皆さま、雨が降つては困るから、今の間にそこらの萱を刈り集めて、草庵を結び、あの蛇、蜈蚣と根比べを致しませう』 三人は鷹依姫の言に従ひ、俄に木や草を刈り集めて庵を結び、籠城の準備に取かかつた。漸くにして雨蔽の為の、形ばかりの草庵は出来上つた。四人は夜露を凌ぎつつ、庵の中にて祝詞を奏上し、一時も早く玉の都合よく吾手に帰り、且又、蛇、蜈蚣の悪虫の退散せむ事を昼夜間断なく祈願して居た。 外面に当つて『ケラケラケラ』と厭らしき笑ひ声が聞えた。竜国別、テー、カーの三人は此声が耳に入るや否や、寒水を頭から幾百石ともなく浴ぶせかけられた様な感じがし、ビリビリと慄ひ出し、歯をガチガチと鳴らして居る。鷹依姫は平気な顔して、 鷹依『コレコレお前達、なぜ斯様な真青な顔をして怖ぢけてゐるのだ。何が一体恐いのだい。大方、今の笑ひ声が恐かつたのだらう。オホヽヽヽ、何と臆病たれだなア。ドレドレ妾が一つ外へ出て、何者か知らぬが、言向け和して参りませう』 とムクムクと立上がり、萱製の莚戸を押開けて出て行かうとする。竜国別は驚いて、鷹依姫の腰をシツカと抱止め、 竜国別『モシモシお母アさま、あなたがそんな危険な事をなさらいでも、若い者が三人も控えて居ります。どうぞお待ち下さいませ』 此時又もや『ケラケラケラ』と厭らしき声が連発的に聞えて来た。三人の男は首筋がゾクゾクし出し、又もや歯がガチガチと鳴り出したり。 鷹依『ホヽヽヽ、化物の奴、ケラケラケラなんて、ナアニ悪戯をするのだ。用があるのならば、犬の遠吠の様に、遠くから相手にならずに、なぜ此処へ這入つて来ぬか。奴甲斐性なし奴が』 テー『モシモシ鷹依姫さま、そんな事言つて貰うてはたまりませぬ。あんな奴に這入つて来られて如何なりますか』 と慄ひ声で半泣きになつてゐる。 鷹依『エーエ、どいつも此奴も弱虫ばつかりだな。今の若い者は口計り達者で、実地になつたら、此態、それだから、何程畑水練の学問をしたつて駄目だ。実地に当つて苦労を致さねば誠は出て来ぬぞよ……と神様が仰有るのだ。サアお前達、立派な男三人も居つて、外へ出て化物を言向け和す事をようせぬのなら、ようせぬでよいから、妾が独り出て来て談判をして来る程に、必ず止めては下さるなや』 と又もや立上り、莚戸を押し開けて出ようとする。竜国別は周章て抱止め、 竜国別『コレコレお母アさま、貴女が自らお出ましにならなくても、荒男が三人も居ります。どうぞ私に任して下さいませ』 最前の怪しき声追々と近付き来り、一層厭らし相な音調にて、 声『ガツハヽヽヽ、ギヒヽヽヽ、グフヽヽヽ、ゲヘヽヽヽ、ゴホヽヽヽ、ギヤハヽヽヽ、ギイヒヽヽヽ、ギユフヽヽヽ、ギエヘヽヽヽ、ギヨホヽヽヽ』 と益々烈しくなつて来た。竜国別はテー、カー二人に向ひ、 竜国別『おいテー、カー、お前御苦労だが、俺はお母アさまの側に守つて居るから、お前、一つ様子を考へに出て見て呉れぬか』 テー『ハイ、お易いこつて御座いますが、何分此間天狗に取つて放られ、腰の骨を折つて、思ふ様に足が動けませぬので、どうぞカー一人に仰せ付けて下さいな』 カー『俺だつて此間転倒した時に、大腿骨を痛めて居るから、体が思ふ様に動かない。マア仕方がない。此処に暫く籠城して、化物と根比べをしたら如何でせう』 竜国『アヽそれもさうだ。……なアお母アさま、テー、カーもあの通り、体を痛めて居りますから、一層の事、化物と根比べを此処でする事にしませうか』 鷹依姫は、 鷹依姫『エヽ腰抜共だなア』 と云ひ乍ら、吊り戸を押し開け、外に飛び出して了つた。三人は其勇気に舌を巻き、コワゴワ乍ら外面を、萱壁の隙間から覗いて居る。 鷹依姫は斯う云ふ時には無茶苦茶に肝の太くなる女である。平気の平左で怪しき声を尋ねて、あちらこちらと探し廻つた。前かと思へば後に聞え、右かと思へば左に聞へ、一向掴まへ所のないのに劫を煮やし、大音声をはりあげて、 鷹依『ヤアヤア、何者の妖怪変化ぞ。畏れ多くも国治立大神、木の花姫命、日の出神、神素盞嗚大神の御神業に仕へまつる三五教の宣伝使鷹依姫其他に対し、無礼千万にも、外面より罵詈嘲弄的態度を取るは、心得難き憎き曲者、サア早く正体を現はせ。天地の道理を説き諭し、汝が修羅の妄執を払拭し、其霊魂を天国浄土に助けてやらう。違背に及ばば、三五教の神司鷹依姫、神に代つて、汝を根の国底の国に、吾言霊の威力を以て追落してやらうぞ。サア如何ぢや、返答を聞かせ。一二三四五六七八九十百千万……』 と大音声に、天の数歌を歌ひ上げた。萱の株を隔てて、少し計り前方に白煙立ち上り、其の中からボンヤリと現はれた頭の光つた蛸入道、赤黒い細い手をニユツと前に出し、招き猫の様な恰好をし乍ら、 (猿世彦)『フツフヽヽヽ、其方はバラモン教の神司、転じてアルプス教の教主となり、再転して三五教の宣伝使と変り、高姫に無実の難題を吹きかけられて、遥々と高砂島まで迂路つきまわり、小人窮して乱をなす譬に洩れず、所在策略をめぐらし、テーナの里の酋長が家宝と致せる、黄金の玉をウマウマ手に入れたであらうがなア』 鷹依『大功は細瑾を顧みずと云つて、天下国家の為ならば、少々位の犠牲は見越しておかねば、何事も成就するものではありませぬワイ。大魚小池に棲まず、清泉には魚育たず、春の夜の月は朦朧として居るのが却て雅趣がある様なもので、人間として神業に奉仕する上に於て、チツと位過ちがあつた所で、天津祝詞の功力により、科戸の風の朝霧夕霧を吹払ふ事の如く、罪も穢も、消え失せるは神界の尊き御恵み、何処の枉神か知らぬが、その様なせせこましい小理窟を云つて、吾々をへこまさうと思つても、左様な事に尾を巻いたり、旗を巻いたり、鉾を戢めて退却する様なヘドロイ女宣伝使では御座らぬぞや。お前は一体何者だ。大方黄金の玉に執着があつて、折角吾々が手に入れたものを横奪せうと思ひ、あの白楊樹の上迄持つて上つたのだらう。サアもう斯うなる以上は、此鷹依姫が承知致さぬ。サア早く木登りをしてここへ持つて御座れ。お前と云ふ奴は、怪しからぬ悪戯を致す者だ。アハヽヽヽ、油断も隙もあつたものぢやないワイ。オツホヽヽヽ』 禿化(猿世彦)『此方は、昔の神代に常世の国の常世姫の部下となり、言霊別命、元照彦命などの神将を、縦横無尽に駆悩ましたる猿世彦の勇将であつたが、言霊別命、元照彦命両人が風を喰つて常世城を逃げ失せたる後を追ひ、スペリオル湖の湖辺まで追ひかけ到り見れば、両人の姿は雲を霞と北方へ遠く逃げ去つた様子、それ故、此猿世彦は元照彦、美濃彦の間者なる、船頭の湊彦に船を操らせ、寒風吹き荒ぶ湖上を渡る折しも、退引ならぬ湊彦の強談に赤裸となり、とうとう吾肉体は木乃伊になつて了つた。暫くあつて、三五教の神司に言霊を以て助けられ、蘇生へり、茲に身魂は二つに分れ、一方の身魂は猿世彦の肉体を使つて、遂には日の出神の教訓を受け、宣伝使となつて、アリナの滝の水上、鏡の池にて神界の御用を勤める事となつたが、此方はスペリオル湖の湖上に於て、木乃伊となつた苦しき時の思ひが凝つて、今に此高砂島の山中に彷徨ひ、三五教の奴原に対し、恨みを返さねばならぬと、汝等四人アリナの滝に現はれしを幸ひ、如何にもして、恨を晴らさむと、心は千々に砕いたなれど、何を言うても、鏡の池に月照彦神の神霊守りあれば、容易に汝等を悩ますの余地なく、隙を窺ひ、汝の後に引添ひ、錦の袋にブラ下り乍ら、ここまでやつて来た猿世彦の副守護神、怨霊の凝固である程に、モウ斯うなる上は、何程藻掻いても、此櫟ケ原は悪霊の集合地帯だ。飛んで火に入る夏の虫、覚悟を致して、一時も早く元へ引き返し、此玉を此猿世彦に渡して帰るがよからう。グズグズ申すと、寝首を引掻き、むごい目にあはしてやるぞよ。ウツフヽヽヽ』 鷹依姫は声を励まし、 鷹依姫『猿世彦の怨霊とやら、よつく聞け。其方の本守護神は狭依彦神となり、立派に神業に古より奉仕して、黄泉比良坂の戦ひにまで出陣し、抜群の功名を立てたでないか。なぜ其方は左様な怨霊となつて、何時までもまごつきゐるか。チツと胸に手を当て、善悪正邪の道理を考へて見たら如何だえ』 禿化(猿世彦)『私だとて本守護神が神になつてゐるのに、何時までも斯様な曲神に落ちてゐたい事はないのだ。併し吾々を済度し助けて呉れる宣伝使が出て来ないので、今に身魂は世に落ち、曲神の群に入つて、日夜艱難辛苦を嘗めてゐるのだ』 鷹依『そんなら此鷹依姫が有難き神文を聞かしてやるから、これにて綺麗サツパリと成仏致し、誠の神に立帰れよ』 と言ひ乍ら、天津祝詞と神言を二三回、一生懸命に繰返し唱へ上げ、 鷹依姫『サア是丈結構な祝詞を上げた以上は、最早解脱したであらう。早く此場を立去らぬか』 禿化(猿世彦)『何程結構な神文を唱へて呉れても、お前の心に執着心と云ふ鬼が潜んで居る以上は、其言霊が濁り切つて居るから、解脱所か苦しくて苦しくて、益々迷ひが深くなる計りだ。黄金の玉の事は今日限りフツツリと思ひ切つて善心に立返つてくれ。お前の尋ねる桶伏山の黄金の玉は既に既に発見されて、言依別神様が或地点に、人知れず、神界の命に依つてお納めになつてゐるぞ。最早玉の詮議は無用だ。お前達の心中を憐み、頓て言依別命様が、国依別を伴ひ、お前の所在を尋ねてお越し遊ばすから、お前はこれより東を指して海岸に出で、海ばたを通つて、巴留の国のアマゾン河の河口に出で、それより、河船に乗つて、玉の森林に向へ』 鷹依『如何にも、さう承はらば、どこともなしに妙味のある言葉だ。一つコリヤ考へる余地が充分にある。何れ三人の者とトツクリと相談をしておいて、返事をするから、今晩はこれで帰つて下さい。又明日の晩お目にかかりませう』 禿頭の化物はジユンジユンと怪しき音を立て、濛々と白煙を起し、忽ち其怪しき姿を隠して了つた。 これより鷹依姫一行は此玉に対する執着心を除去し、櫟ケ原を東にとり、海岸に出で、北へ北へと進んで行く。 因に此怪物は決して猿世彦の怨霊では無い。天教山の木花姫が、一行の執着心を払ひ、誠の宣伝使に仕立て上げむとの周到なる御計らひなりける。 (大正一一・八・一一旧六・九松村真澄録) |
|
128 (2019) |
霊界物語 | 31_午_南米物語3 国依別の旅 | 10 噂の影 | 第一〇章噂の影〔八七六〕 日暮シ山の山麓に教の館を開きつつ 朝な夕なにサボリ居る日暮シ山のウラル教 アナン、ユーズを始めとしブール教主の目を忍び 葡萄酒の倉を押開けて盗み出したる豊醇の 甘しき酒に舌縺れ二人は膝を附き合せ ヒソヒソ話に耽りゐる。 ユーズは酔の廻つた口から、 ユーズ『オイ、アナン、アラシカ山の山麓エリナの宅へ往つた時は随分面白かつただらうなア。あの時にあゝ云ふ地震さへ無ければ、貴様は甘くやつて居たのだらうにのウ、惜しい事をしたものではないか』 アナン『そりや随分面白かつたよ。併し乍ら流石はエスの娘丈あつて、随分売り出しよつた時にや、流石のアナンも一寸は驚かざるを得なかつたよ。併し此頃の大将の御機嫌と云つたら、サツパリなつてゐないぢやないか。何とかして機嫌を取る妙案はなからうかねい。何を云つても此間の様にヒルの都攻めに失敗し、大将が焦れて居つた、紅井姫を生捕つて帰つて御目にかけないものだから、御機嫌が悪いのだよ』 ユーズ『馬鹿言へ、教主に限つて、そんな陽気な心がないのはこのユーズも知つてゐるよ。あれ丈一心に神様の事計りして御座るのだもの、……お前はチト考へ違ひをしてゐるナ』 アナン『そこが思案の外と云ふものだ。お前も余程お目出たいねい。実の所ヒルの都攻めに、此方アナンを御遣はしなさつたのは、アナンをして肝腎要の目的は紅井姫を生捕にして帰れ……と云ふのが眼目だからなア』 ユーズ『教主が又如何してヒルの館の紅井姫を知つてゐるのだ、それが分らぬぢやないか。紅井姫は所謂箱入娘で、城外へ一歩も踏み出した事がないと云ふのぢやないか』 アナン『そこが其処だで……遠い様でも近いは男と女とか言つてなア。いつの間にかチヤンと鋭敏な教主の目には、遠うの昔に止まつてゐるのだ。お前達は幹部になつてから、まだ時日が経たないから、本当の事は知らないが五六年前の事だつた。ヒルの都の下手から船に乗つて、帆を順風に孕ませ、ブールの教主が此方へ御帰りの途中、上からスツと流して来た遊山船の中に、十四五の何とも知れぬ、天女の様な娘が乗つてゐるぢやないか。其時にブールの教主は其女に見とれて船端を踏み外し川中に陥り、大変危ない事があつたのだ。このアナンは其時お側に居つたから、能く知つてゐるのだ。教主は俺達に川の中から救ひ上げられ、御苦労だとも何とも言はずに……あの綺麗な娘は、一体何処の者だ……と意味ありげに御尋ねになつた其時に、俺は教主に向つて……あの女はヒルの都の神館紅葉彦命の娘で御座います……と云つた所、直にグンニヤリとうな垂れ、それは実に失望落胆の体だつたよ。其後と云ふものは、如何したものか、何程よい縁があつても、教主は皆撥ねつけて了ひ、元気盛りの身を以て、今に独身生活を続けて御座るのも、そこには一つの思惑があつての事だよ。何とかしてあの女を引張込み、教主の奥さまにしたいものだ。さうすれば何時もニコニコで御機嫌が能いのだけれど、此頃の様な六つかしい顔を見せられると、俺達も本当に堪らないワ』 ユーズ『ユーズは今が初耳だよ。そんな事で御機嫌が直るのなれば、何とか一つ献身的活動を続けて、成功させたいものだなア。そンな秘密を知つて居つて、何故今迄智謀絶倫のユーズに知らさなかつたのだい。どないでもユーズの利くユーズさまだから、遠うの昔に、俺が知つて居れば、成功して居るのだがなア』 アナン『ユーズ、お前は酒に酔うた時許り、無茶苦茶に強いが、酔が醒めると、サツパリ大水が引いた跡の様に、臆病になり、シヨビンとして縮こまつて居るのだから、当にならないよ』 ユーズ『ナアニ、そんな事に掛たら、得手に帆のユーズだよ。キツと成功させて見せる』 アナン『それならお前、是からヒルの都へ乗込むで、何とか計略を以て引張出して来たら如何だい』 ユーズ『このユーズの俺にはナ、一切万事吾方寸にありだ。今日は前祝として、十分にブール酒を頂戴し、いよいよ明日から活動の幕を切つておろすから、甘く往つたら拍手喝采を願ひまーすだ。アツハヽヽヽ面白い面白い』 アナン『併しユーズ、お前、暫くヒルの都行は見合して、ここに居つて呉れねばならない事がある』 ユーズ『ユーズに見合せとは、そりや又如何云ふ訳だい』 アナン『お前も知つてゐる通り、国依別の宣伝使が使はしたキジ、マチの両人、あゝして何時迄も陥穽へほり込み、毎日腐つた梨や蜜柑の二つや三つ放り込みて、生命をつながせ、虐待して帰してやらぬものだから、国依別も今頃は日暮シ山へ遣はした両人は今に帰つて来ない、どうして居るのだらう。まさかあれ丈の熱心だから、よもやウラル教に逆転してゐるのでもあるまい、大方陥穽へでも落されて苦みて居るに違ない。一つ実地探険と出掛ようか……などと云つて、のしのしとやつて来ようものなら、それこそ此間の地震ぢやないが、此霊場は地異天変の大惨事が突発するのだ。アナンはそれが第一気に掛つてならないのだ。何とか国依別がやつて来よつたら、今迄とは態度を一変し、最善の方法を講じて見ねばなるまいぞ』 ユーズ『さうだなア、今度はユーズを利かし、此方から極下に出て、御客さま扱にし、国依別を心の底から得心させ、さうして都合好くば、ウラル教の副教主に推薦してやつたら、何程頑固な彼奴だつて、今日の普通宣伝使の境遇から比べて見れば、其地位名望に於て雲泥の相違だから、喜び応ずるに違ひないワ。ウラル教も此頃の様に秋風が吹いて、日に日に寂寥の空気に包まれて居る際だから、敵を以て敵を制する筆法で、あゝ云ふ立派な男を、此方の味方に取り込みたならば、ウラル教も再び勢力を盛返し、昔の様に立派な教団になるであらうと思ふが、お前は如何考へるか』 アナン『それもさうだ。併し乍ら、ユーズの言ふ通りにさう甘く着々と此事業が進行するだらうかなア』 ユーズ『決してアナンどの、御心配御無用だよ』 と話してゐる時しも、門番のハル、ナイルの両人慌だしく駆け来り、 ハル『ハルが申上げます。只今国依別が岩戸の口迄参りまして、それはそれは美しい紅井姫とかエリナとか云つて、二人の素的な女を伴ひ、早く幹部の誰かに会はして呉れよと云つて、何と云つても帰りませぬ。如何取計つたら宜しう御座いませうかなア』 アナンはハツと驚き乍ら、稍声を震はせて、 アナン『ナヽ何と申す。クヽ国依別が来たと申すか』 ユーズ『紅井姫、エリナの両人がお見えになつたと云ふのか。そりや人違ではあろまいな。チツトばかり、ユーズも心配だからのウ』 ハル『エヽ決して決してハルの言葉に間違は御座いませぬ。三倉山の谷間で見た宣伝使です。そして一人はエリナに間違御座いませぬ。紅井姫と云ふ方は是迄に会つた事がないから、真偽は分りませぬが、随分綺麗な女です。此岩館でも一目睨みたら、ガチヤガチヤと砕いて了ひさうな目付をして居りますよ。……ナア、ナイル、随分別嬪だつたなア』 ナイル『御両人様、決してナイルの眼では間違はなからうと思ひます。何とか返事をせなくてはなりませぬが、如何致しませう』 との尋ねにアナンは、 アナン『一寸待て、考へがあるから』 と俯むき、ユーズと共に腕を組み、考へ込むでゐる。其間にハル、ナイルの両人は逸早く此場を立去り、表口に現はれ来り、国依別に向ひ、両人口を揃へて、 ハル、ナイル『オイ、一寸待て、此方にも考へがあるから……とアナン、ユーズの御大将が仰せになりましたぞ』 国依別『なに、一寸待て、こつちに考へがあるから……とは怪しからぬ。よし其方がさうなら此方にも考へがある……サア姫様、エリナさま、私に従いてお出でなさいませ』 と窟内に踏み込まうとする。ハル、ナイルの両人は大手を拡げて、 ハル、ナイル『マアマア待つて下さいませ。タヽ大変で御座います。一寸待て、此方にも考へがある……と二人の大将が仰有つたのだから、さう勝手に押入つて貰ひますと、あとで私が如何な目に会はされるかも分りませぬ。一寸奥から返事がある迄、暫く其処に休みてゐて下さいませ』 国依別『あゝ仕方がない、国依別暫く茲に休息がてら待つて遣はす、早く返答を致す様に、奥へマ一度伺つて来い』 ハル小声で、 ハル『始めて来よつて、偉相に、俺達を奴扱にしよるワイ。えゝ怪体の悪い……』 と呟き乍ら、再びアナン、ユーズの居間へ走り入つた。 二人は互に腕を組み、差俯むいて途方に暮れ乍ら、一寸顔をあげて見ると、最前使に来た両人は何時の間にか其処に居ないので、アナンは顔色を変へて、 アナン『あゝ二人の奴、どこへ行きよつたのかなア。まだ返事を聞かない中から飛出したのではあるまいか。災は下からと云つて、せうもない事を言ひよると、後が面倒になつて纒まりがつかなくなる。折角の神謀鬼策が駄目になつた例しもある慣ひだ。えゝ困つた奴だナア』 と両人は顔見合して呟いて居る。其処へ慌だしくハル、ナイルの両人走り来り、 ハル、ナイル『申上げます。大変に剛情な奴で、無理に押入らうと致しますので、あなたの御言葉の通り……オイ一寸待て、此方にも一つ考へがあるから……とかましてやりましたら、国依別の奴……ナニ猪口才な、そちらに考へがあれば此方にも考へがある……とエラさうな事を言つてましたぜ。御用心なさらぬと、あンな強い奴が現はれた以上は大変ですぞ』 アナン『オイ、ハル、ナイルの両人、誰がそンな事を国依別に申せと云つたか、いつ又此方が左様な言葉を出したか』 ハル『モシ、アナン様、モウ御忘れになりましたか。あなた確に……ここにナイルも聞いて居りましたが、一寸待て、此方にも思案があるからと云つたぢやありませぬか。今更言はぬと仰有つても、そンな無理は何程上役でも通りませぬぞや』 アナン『それは其方に対して、一寸待て……と云つたのだ』 ハル『さうでせう、私に仰有つたから、即ち私があなたの代理となつて、国依別に一言の間違もない様に伝へたのです。それが何処が悪う御座いますか』 ユーズ『あゝ困つた奴だなア。モウ斯うなつちや仕方がない。……アナンさま、肝玉を放り出して、あなたとユーズの二人が国依別の前に十分に慇懃な詞を使つて、言向和し、怒らさない様にして、甘く行けばウラル教の副教主に祭り上げ、紅井姫は教主の奥方となし、エリナは私の奥方と決定ておいて、腹帯を締めて一つ円滑に舌剣を揮ふて見ようぢやありませぬか。一枚の舌の使ひやうに依つて、平和の女神ともなり、戦争の魔神ともなるのだから、十分に巧妙な辞令を用ゐ、三五教ぢやないが善言美詞の言霊を以て、敵を悦服させると云ふ手段に出ようぢやありませぬか』 アナン『それは至極妙案でせう。併しそれに先立ち、ブールの教主に申上げておかなくてはなりますまい。あなた御苦労だが、其任に当つて下さい。私は是から表口に往て国依別に都合よく胡麻をすつて来ますから……』 と俄に吾れ、俺の辞を改め、美しい言葉を使ひ乍ら、ユーズは教主の居間へ、アナンは入口へと持場を定めて進み行く。 ハル、ナイルの二人はアナンの前に立ち、 ハル、ナイル『サアサア一寸先は如何なる事やら、暗か月夜か鼈か、困つた事が出来て来た』 と呟き乍ら、入口指して駆け出しにける。 (大正一一・八・一九旧六・二七松村真澄録) (昭和九・一二・一七王仁校正) |
|
129 (2039) |
霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 02 猛獣会議 | 第二章猛獣会議〔八九三〕 鷹依姫、竜国別の一行は宣伝歌をうたひ乍ら、数百万年の秘密の籠りたる南岸の森林に進み入る。併し乍ら人跡なき此森林も、思ひの外雑草少く、空はあらゆる大木に蔽はれて、日月の光を見る事甚だ稀であつた。 一本の大木と云へば周囲百丈余りもあり、高さ数百丈に及び、樹上には猩々、猅々、野猿の類群をなし、果物を常食として可なりに安心な生活をつづけ、其種族を益々繁殖させ、至る所に猿の叫び声は耳をつんざく許り怪しく聞えて居る。 二三尺許りの大蜥蜴は時々一行が路を遮り、開闢以来見た事もなき人の姿を見て、驚いて逃げ隠るるもあり、中には飛付き来るもあり、其他異様の爬虫族、先を争うて逃げ隠るる音、ザワザワと谷川の水流の如くに聞え来る。此時白毛の兎の一群、大なるは現代の牛の如きもの、ノソノソと一行の前に宣伝歌を尋ねて来り、両足を前に行儀よく並べて涙を流し乍ら、 兎『私は此森林に神代の昔より永住致しまする兎の長で厶います。此通り数多の種族を引連れ、あなた様一行の御降りを月の大神様より御示しに預り、ここに謹んでお迎へに参りました。あなたは三五教の宣伝使鷹依姫様、竜国別様の御一行で厶いませう。何卒この森林を御踏査下さいまして、吾々の安逸に一生を送り得らるる様、御守りの程偏に願ひ上げ奉ります』 と慇懃に頼み入るにぞ、竜国別は、 竜国別『ヤア始めて御目にかかります。あなたは此森林に長らく御住居なさると聞きましたが、大変に険呑な所で厶いますなア』 兎『ハイ御存じの通り、此時雨の森は、其昔吾々共の種族が月の大神様より千代の棲処として与へられたもので厶いますが、アダム、エバの霊より発生したる八岐の大蛇の一族を始め悪鬼悪狐の子孫益々跋扈して、遂にはモールバンドやエルバンドの如き怪獣と成り変り、吾々一同のものを餌食と致し、今は殆ど亡ぼされて了ひ、此数百里の大森林の棲処に於て、実に数千頭の影を止むるのみ、実に吾々は悲惨な生活をつづけ、戦々兢々として、一時の間も安楽に生活を送る事が出来ないので厶います。加ふるに、虎、狼、獅子、熊、大蛇、鷲などの連中が、常世の国のロツキー山方面より、常世会議のありし後、此森林に逃げ来り、吾等が種族を餌食と致し、暴虐無道の其振舞、実に名状す可らざる惨状で厶います。何卒あなた方の御神力を以て此森林の悪獣、悪蛇、悪鳥を言向和し、動物一切相和し相親しみ、天与の恩恵を永遠に楽しむ様、お執りなしを偏に希ひ奉ります』=兎は月神を祭る民族の意= 竜国別『委細承知致した。然らば、是より其方は吾々の先導になつて、第一に猛獣の棲処へ案内致せ。惟神の神法を以て、彼等を善に導き、悪を悔い改めしめ、此森林をして忽ち天国の楽園と化せしめむ。あゝ面白し面白し……母上様、妙なことになつて参りました。サア兎殿、案内召されよ』 兎『ハイ、早速の御承知、吾々一族は実に蘇生の思ひを致します』 と云ひ乍ら、大兎は数多の団体を率ゐ、鷹依姫一行の前後を警護しつつ森林深く進み行く。 数多の兎に送られて、鷹依姫一行は天を封じて樹てる森林の中を、意気揚々と半日許り進み行く。此処には稍展開された樹木のなき空地がある。殆ど十里四方の間は余り太き樹木もなく、針葉樹の小高き丘四方を包み、恰も青垣山の屏風を引廻せし如き安全地帯である。 兎の一族は僅に此地帯を永住処となして生活を続けてゐる。謂はば兎の都である。其殆ど中心に、聖地に於ける桶伏山の如き美はしき岩石を以て自然に造られたる霊場があり、そこには兎の最も尊敬する月の大神の宮が儼然として建てられてある。 此清き宮山を繞る清鮮の水を湛へた広き湖の辺には、大小無数の鰐=鰐は武人の群=が棲息し、鰐と兎の両族は互に相提携して天与の恩恵を楽んでゐる。つまり此鰐は森林の持主たる兎の眷属とも云ふべきものにして、兎の国の軍隊の如き用務に従事してゐるのである。 モールバンド、エルバンドの怪獣は兎を食する事を最も好み、日夜其事のみに精神を傾注して居る。されど兎は最早此安全地帯に集まりし事とて、巨大なる肉体を有するモールバンドは、数多の密生したる樹木に遮られて、ここに侵入するを得なくなつて了つた。如何にエルバンドと雖も、アマゾン河の岸より首を伸ばし、ここ迄届かす事は到底出来ない。それ故止むを得ず、余り好まざる肉ながら虎、狼、熊、獅子等を捕喰ひ、僅かに其餓を凌ぎつつあるのである。 或時モールバンドはエルバンドを使者として、猛獣の集まる森林の都、獅子の巣窟に向つて使ひせしめ、ここに談判を開始する事となつた。其談判の要領は左の通りである。 獅子王『あなたはモールバンド様の御使者エルバンド様、能くこそ御入来下さいました。就いては今日の御用の趣、何卒詳さに御話し下さいませ』 エルバンド『吾々今日使者として獅子王の都へ参りしは、余の儀では御座らぬ。吾統領のモールバンド様、アマゾン河に数多の眷族を御連れ遊ばし、兎を捉へて常食となし給ふ。吾々も亦、兎を以て最上の美味と致して居るもの、然るに此頃は兎の影も見せ申さず、甚以て吾々一族は困窮致して居る次第で御座います。就いては獅子王殿に一つの談判があつて、ワザワザここに使者として、エルバンド出張仕りました。其理由とする所は、獅子王の手を以て、熊、虎、狼を使ひ、兎の都に侵入し、彼等を生捕にし、日に数百の兎をモールバンド様に御献上ありたし。然らざれば熊、鹿、虎、狼、止むを得ざれば、獅子の一族をも、手当り次第捕喰ふべしとの厳命で御座いますれば、速かに否やの御返答を承はりたう御座います』 獅子王『これはこれは、何事かと思へば、思ひもよらぬ御仰せ、吾々一族は虎、狼、熊、獅子の区別なく、日夜モールバンド様の部下に捉へられ、日に幾百となく生命を断たれ、捕喰はれ、実に困憊の極に達して居りまする。就ては吾々四足一族は茲に大軍隊を組織し、北岸の森林の同志と相謀り、川を差挟んでモールバンド、エルバンドの軍隊を一匹も残らず殲滅し呉れむと日夜肝胆を砕き、今や協議の真最中で御座れば、早速に此返答は致し難し。御返事は、追つてアマゾン河の岸に使者を遣はし、御答へ申さむ。此場は一先づ御帰りあらむ事を希望致します』 エルバンド『然らば是非に及ばぬ。一時も早く協議を遂げ、御返事あらむことを希望致します』 と云ひ捨て、長大なる巨躯を蛭の如く伸縮させ、のそりのそりと獅子王の都を後に、アマゾン河のモールバンドの本陣と聞えたる寝覚の淵を指して帰り行く。 あとに獅子王は数多の四つ足族を獅子の都に召集し、一大会議を開催する事となりぬ。 獅子王はエルバンドの使者の帰つた後、直ちに使獅子を森林の各処に派遣し、熊王、狼王、虎の王、大蛇の頭、鷲の王などを代表者として召集し、獅子王の館に於て大会議を開く事となつた。日ならずして各獣の代表者は集まり来る。 山桃の林の下に大会議は開かれた。獅子王は先づ開会の挨拶をなし終つて、 獅子王『モールバンドの使者の齎した申込みに対し、各自の意見を吐露し、最善の方法を協議されむ事を望む』 と云ひ乍ら、諄々として一伍一什の経緯を物語れば、茲に熊王は進み出て、手に唾し憤然として雄猛びし、巨大なる目を瞠りつつ、 熊王『皆様、如何で御座いませう。吾々四つ足族は、今日迄互に反噬を逞しうし、優勝劣敗、弱肉強食の戦闘を続けて参りました。処が仁愛深き獅子王様の御威勢と御尽力に依り、互に其範囲を犯さず、熊は熊の団体、狼は狼、豹は豹、大蛇は大蛇、虎は虎と各部落を作り、此森林は漸く無事太平に治まり、辛うじて猿を捕り、兎を捕獲し、吾々獣族は漸く其生命を保つて来たのである。然るに此頃モールバンド、エルバンドの一族、アマゾン河より這ひ上り来り、吾等が部落を犯す事一再ならず、吾種族は夜も枕を高くし安眠する事も出来ない惨状で御座います。然るに何ぞや、悪虐益々甚だしく、日に数百頭の兎を貢せざれば、吾々が種族を捕り喰ふべしとの酷烈なる要求、どうして是が吾々として応じられませうか。吾々は仮令種族全滅の厄に遭ふとも、撓まず屈せず一戦を試み、勝敗を決せむ覚悟で御座る。皆様の御考へは如何で御座いますか』 と息も荒々しく述べ立つる。狼王は直ちに口を開き、 狼王『熊王様の御意見、実に御尤も至極では御座いまするが、どう考へても強者に対する吾々の如き弱者として、戦ふなどとは思ひも寄らぬ拙劣なる策では御座いますまいか。常世会議に於て吾祖先は翼をそがれ、最早空中飛行の自由を失ひし吾々四つ足族、如何に獅子奮迅の勢にて攻撃致すとも、暴虎馮河の勇あるとも、豺狼の奸策を弄するとも、到底及び難き議論だと考へます。若かず彼が要求を容れ部下を駆使して兎を捕獲し、モールバンドに日々これを貢ぎ、吾等一族の大難を免れるが、第一の策かと考へます。勝敗の数分かり切つたる此戦闘に従事するは策の得たるものではありますまい。皆様如何で御座いませうか』 と首を傾け、前足を腕の如くに組みながら、心配げに述べ立てる。 虎王は腕を組み、髭に露をもたせ、巨眼をクワツと見開き、言葉も重々しく、 虎王『吾々の考ふる所に依れば、如何に弱肉強食を恣にするモールバンドなればとて、吾々の種族を殲滅することは出来ますまい。吾々も天地の神の水火を以て生れ、神の精霊の宿りしものなれば、如何に悪虐無道のモールバンドなればとて、妄りに暴威を逞しうし、此森林を吾物顔に占領する事は到底不可能でせう。要するに彼等が如何なる事を申込み来るとも虎耳狼風と聞流し、相手にならず、打棄ておく方が獅子(志士)の本分で御座らう。……熊王殿、豹王殿、大蛇の頭殿、諸君の御意見は如何で御座りますか』 大蛇の頭『吾々如何に剽悍決死の勇ありとも、モールバンドの一族、完全無欠の武器を備へ攻来るに於ては到底敵する事は出来ますまい。飽く迄も豺狼の欲を逞しうし、獅子奮迅の勢を以て猛虎の如く攻め来る敵軍、何程準備は熊なく整ふとも、到底防戦する豺も覚束なき吾々の境遇、なまじひに強者に向つて弓を引くよりは、モールバンドの命に従ひ、兎の都に攻めのぼり、残らずこれを捕獲し、モールバンドの前に貢物として捧げなば、彼が歓心を買ひ且つ同情を得、吾等の種族を捕喰ふことを免じて呉れるでせう。弱を以て強に当るは吾々の虎ざる所、一刻も早く兎の都に進撃し、彼等を悉く捕獲して貢物となし、吾等種族の安全を保つに鹿ず、議長獅子王殿、御意見如何がで御座るか』 と詰めよる。獅子王は暫し首を傾け獅案にくれてゐたが、やがて頭を擡げ、大きく唸り乍ら、 獅子王『左様で御座る。到底勝算なき敵に向つて戦を挑み、部下の者共を亡されむよりは、弱小なる兎の都に攻め入り彼等を引虎へ、戦の危害を除くに若かず。鹿らば諸窘と共に時を移さず一族を引率し、兎の都を繞る四辺の山より一斉に攻め入り、鬼虎堂々として湖を渡り、兎の王を降服せしめ、一族が犠牲に供さむ』 と憤然として宣示する。一同は獅子王の宣示に返す言葉もなく、直に軍備を整へ数多の部下を引率し、兎の都を指して進撃することとなりぬ。 兎王は斯かる敵軍の襲来せむとは神ならぬ身の知る由もなく、鷹依姫、竜国別、テー、カーの四人の賓客に珍しき物を饗応し、数多の部下を集めて舞ひ踊り狂ひつつ四人の旅情を慰めむと全力を尽し居たりき。 (大正一一・八・二二旧六・三〇松村真澄録) |
|
130 (2050) |
霊界物語 | 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 | 13 平等愛 | 第一三章平等愛〔九〇四〕 高姫外七人は鰐の橋を渡り、南の森林に数多の兎に迎へられ、漸くにして、青垣山を繞らせる森林の都、月の大神の鎮祭しある霊場に辿り着いた。鷹依姫は白髪の冠を頂き、凡ての猛獣を子の如くなつけ、普く獣の霊の済度に全力を尽してゐる。 高姫は久し振りに鷹依姫に面会し、固く手を握りものをも言はず、嬉しさと懐しさに涙を両頬より垂らしてゐる。ここに愈高姫一行八人と、鷹依姫の一行四人を加へ十二の身魂は、天地に向つて七日七夜の間断なき神言を奏上し、すべての猛獣を悉く言向け和し、肉体を離れたる後は必ず天国に到り、神人となつて再び此土に生れ来り、神業に参加すべき約束を与へ、所在猛獣をして歓喜の涙に酔はしめたり。 如何に猛悪なる獅子、虎、狼、熊、大蛇、豺、豹と雖も、口腹充つる時は、決して他の獣類を犯す如き暴虐はなさないものである。只飢に迫り、其肉体の保存上、止むを得ずして他の動物の生命を奪り食ふのみである。 然るに万物の霊長たる人間は、倉廩満ちても猶欲を逞しうし、他人を倒し、只単に自己の財嚢を肥し、吾子孫の為に美田を買ひ、決して他を憐み助くるの意思なき者、大多数を占めてゐる。併し乍ら、神代は社会上の組織、最も簡単にして、物々交換の制度自然に行はれ、金銭と雖も珍しき貝殻、或は椰子の実の種をいろいろの器になし、之を現今の金に代用し、又は砂金などを拾ひて通貨の代用にしてゐたのである。さうして一定の価格も定まつてゐなかつた。それ故神代の人は最も寡欲にして、如何に悪人と称せらるる者と雖も、只々情欲の為に争ふ位のものであつた。時には大宜津姫神現はれて、衣食住の贅沢始まり、貧富の区別漸く現はれたりと雖も、現代の如き大懸隔は到底起らなかつたのである。 大山祇、野槌の神などの土地山野を区劃して占領し、私有物視したる者も出で来りたれども、これ亦現代の如くせせこましき者にあらず、実に安泰なものであつた。 高姫、鷹依姫、竜国別は、茲に猛獣に対し、神に許しを受けて、律法を定め、彼等をして固く守らしめた。其律法の大要は、 一、熊は熊、虎は虎、狼は狼、獅子は獅子、蛇は蛇、兎は兎として或地点を限り、其処に部落を作り、互に他獣の住所を侵さざる事 一、各獣族は一切の肉食を廃し、木の実又は草の葉、木の芽などを常食とし、而も身体少しも痩衰へず、性質温良になり、互に呑噬の争ひをなさざる事 一、時々各獣団体より代表者を兎の都に派遣し、最善の生活上の評議をなす事 一、鰐をして、モールバンド、エルバンドの襲来に備へ、且つアマゾン河の往来の用に任ずる事 一、鰐を獅子王の次の位と尊敬し、年々、各獣、月の大神の社前に集まりて、懇談会を開き鰐を主賓となし、年中の労苦を犒ふ事 一、右の律法に違反したるものは、獅子王の命により、其肉体は取り喰はれ、其子孫永遠に獣類の身体を受得して、地上に棲息するの神罰を与へらるる事 等の数ケ条の律法を定め、獅子王を始め各獣の王をして、之を其種族一般に布告せしめた。 これより其律法を遵守し、月の大神の宮に詣でて赤誠を捧げたるものは、一定の肉体の期間を経て帰幽するや、直に其霊は天国に上り、再び人間として地上に生れ来ることとなりぬ。 又此律法に違反したる各獣は、其子孫に至る迄、依然として祖先の形体を保ち、今に尚人跡稀なる深山幽谷森林などに、苦しき生活を続けてゐるのである。あゝ尊き哉、月の大神の御仁慈よ。 国治立大神は、あらゆる神人を始め禽獣虫魚に至る迄、其霊に光を与へ、何時迄も浅ましき獣の体を継続せしむることなく、救ひの道を作り律法を守らしめて、其霊を向上せしめ給へり。故に禽獣虫魚の帰幽せし其肉体は、決して地上に遺棄することなく、直に屍化の方法に依つて天に其儘昇り得るは、人間を措いて他の動物に共通の特権である。猛獣は云ふも更なり。烏、鳶、雀、燕其外の空中をかける野鳥は、決して屍を地上に遺棄し、人の目に触るる事のなきは、皆神の恵に依りて、或期間種々の修業を積み、天上に昇り、其霊を向上せしむる故なり。只死して其体躯を残す場合は、人に鉄砲にて撃たれ、弓にて射殺され、或は小鳥の大鳥に掴み殺され、地上に落ちたる変死的動物のみ。其他自然の天寿を保ち帰幽せし禽獣虫魚は残らず神の恵によりて、屍化の方法に依り天上に昇り得る如きは、天地の神の無限の仁慈、偏頗なく禽獣虫魚に至る迄、依怙なく均霑し給ふ証拠なり。只人間に比べて、禽獣虫魚としての卑しき肉体を保ち、此世にあるは、人間に進むの行程であることを思へば、吾人は如何なる小さき動物と雖も、粗末に取扱ふ事は出来ない事を悟らねばならぬ。其精神に目覚めねば、真の神国魂となり、神心となることは到底出来ない。又人間としての資格もない。 斯く曰はば人或は云はむ、魚を捕る漁師なければ吾等尊き生命を保つ能はず、獣を捉ふる猟夫なければ日常生活の必要品に不便を感ず、無益の殺生はなさずと雖も、有益の殺生は又已むを得ざるべし。斯かる道を真に受けて遵守することとせば、社会の不便実に甚しかるべしとの反対論をなす者がキツト現はれるでありませう。併し各自にその天職が備はり、猫は鼠を捕り、鼠は人類の害をなす恙を捕り喰ひ、魚は蚊の卵孑孑を食し、蛙は稲虫を捕り、山猟師は獅子、熊を捕り、川漁師は川魚を捕り、海漁師は海魚を捕りて、其職業を守るは皆宿世の因縁にして、天より特に許されたるものである。故に山猟師の手にかかる禽獣はすでに天則を破り、神の冥罰を受くべき時機の来れるもののみ、猟師の手に掛つて斃れる事になつてゐるのである。海の魚も川魚も皆其通りである。 然るに現代の如く、遊猟と称し、職人が休暇を利用して魚を釣り、官吏その他の役人が遊猟の鑑札を与へられて、山野に猟をなすが如きは、実に天則違反の大罪と云ふべきものである。自分の心を一時慰むる為に、貴重なる禽獣虫魚の生命を断つは、鬼畜にも優る残酷なる魔心と云はなければならぬ。人には各天より定まりたる職業がある。之を一意専心に努めて、士農工商共神業に参加するを以て、人生の本分とするものである。 ペストが流行すると云つては、毒薬を盛り鼠を全滅せむと謀る人間の考へも、理論のみは立派なれども到底之を全滅する事は出来ない。又鼠が人家になき時は人間の寝息より発生する邪気、天井に凝結して小さき恙虫を発生せしめ、其虫の為に貴重の生命を縮むる様になつて了ふ。神は此害を除かしめ、人の為に必要に応じて鼠を作り給うたのである。鼠は恙虫を最も好むものである。故に其鳴声は常に『チウチウ』と云ふ。チウの霊返しは『ツ』となる。併し乍ら鼠の繁殖甚しき時は、食すべき恙少き為、止むを得ず、米櫃を齧り、いろいろと害をなすに至る。故に神は猫を作りて、鼠の繁殖を調節し給うたのである。猫の好んで食するものは鼠である。鼠の霊返しは『ニ』となる。猫の鳴声は『ニヤン』と鳴く、『ヤ』は退ふこと、『ン』は畜生自然の持前として、言語の末に響く音声である。故に『ニヤン』と云ふ声を聞く時は、鼠の『ニ』は恐れて姿を隠すに至るは言霊学上動かすべからざる真理である。人試みに引く息を以て、鼠の荒れ廻る時、『ニヤン』と一二声猫の真似をなす時、荒れ狂ひたる鼠は一時に静まり遠く逃げ去るべし。『ニヤ』の霊返しは『ナ』となる。故に猫の中に於て、言霊の清きものは『ナン』と鳴くなり。 すべて禽獣虫魚は引く息を以て音声を発し、神国人は吹く息を以て臍下丹田より嚠喨たる声音を発し、又引く息、吹く息の中間的言語を発する人種もあることを忘れてはならぬ。 又鳥の中にも、吹く息、引く息の中間的の声音を一二声発するものが、たまにはあるものである。馬は陽性の動物なれば、『ハヒフヘホ』と声音を発し、牛は陰性の動物なれば、『マミムメモ』の声音を発す。其他一切の動物、各特有の音声を有し、完全に其意思を表示することは発端に述べた通りである。 馬は陽性の獣類なれば、人其背に跨り、『ハイ』と声をかくれば、忽ち無意識に前進す。『ハ』は開き進むの言霊であり『イ』は左右の息である。即ち左右の脚を開きて進めと云ふ命令詞となる。牛は陰性の獣類なれば、人あり、後より『シイ』と言へば前進す。『シ』は水にして且つ俯むき流れ動くの意である。『イ』は前に述べた通りである。馬は頭をあげて、陽の息を示して進み、牛は頭を下げて陰の水火を示して進む。陽性の馬は『ドー』と言へば止まり、陰性の牛は『オウ』と云へば止まる。『ド』は陽的不動の意味であり、『オー』は陰的不動の言霊の意味である。 之を以て之を見れば、禽獣虫魚一切、惟神的に言霊によりて動止進退することは明白なる事実である。其他の禽獣皆然りである。 或古書にミカエル立ちて叫び給へば、山川草木、天地一切これに応ずとあるも、言霊の真意活用を悟りたる真人の末世に現はれて、天地を震撼し、風雨雷霆を叱咤し又は駆使し、山川草木を鎮定せしめ、安息を与ふる言霊の妙用を示されたものである。あゝ偉大なる哉、言霊の妙用! ○ 是より高姫、鷹依姫、竜国別、外九人は月の大神の御前に恭しく拝礼を了り、兎の王をして厚く仕へしめ、アマゾン河の畔に出でて、モールバンドを始めエルバンドの一族に向ひ、善言美詞の言霊を与へて、彼等を悦服せしめ、遂にモールバンド、エルバンドは言霊の妙用に感じ、雲を起し、忽ち竜体となつて天に昇り、風を起し、雨を呼び、地上の一切に雨露を与へ、清鮮の風を万遍なく与へて、神人万有を安住せしむる神の使となりたり。 併し乍ら、まだ悔い改めざる彼等怪獣及猛獣の一部は、今尚浅ましき肉体を子孫に伝へて、或は森林に或は幽谷に潜み、海底、河底に潜伏などして、面白からぬ光陰を送つてゐるものもあるのである。 古の怪しき獣は、今日に比ぶれば、其数に於て其種類に於て最も夥しかつた。併しながら三五教の神の仁慈と言霊の妙用によつて、追々に浄化し、人体となつて生れ来ることとなつた。故に霊の因縁性来等に於て、今日と雖も、高下勝劣の差別を来たすこととなつたのである。併しながら何れも其根本は天御中主大神、高皇産霊神、神皇産霊神の造化三神の陰陽の水火より発生したるものなれば、宇宙一切の森羅万象は皆同根にして、何れも兄弟同様である。 同じ人間の形体を備へ、同じ教育をうけ、同じ国に住み、同じ食物を食しながら、正邪賢愚の区別あるは、要するに霊の因縁性来のしからしむる所以である。 或理窟屋の中には、総ての人間は同じ天帝の分霊なれば、霊の因縁性来、系統、直系、傍系などの区別ある理由なしと論ずる人がある。斯の如き論説は、只一片の道理に堕して、幽玄微妙なる霊魂の経緯を知らざる人である。人の肉体に長短肥瘠、美醜ある如く、霊魂も亦これに倣ふは自然の道理である。要するに人間の肉体は霊魂のサツクのやうなものであるから、人間各自の形体は霊魂そのものの形体であることを悟らねばならぬ。霊魂肉体を離れ、霊界に遊ぶ時は、其脱却したる肉体と同様の形体を備へ居る事は、欧米霊学者の漸く認むる所である。 物質文明の学は泰西人に先鞭をつけられ、霊魂学の本場たる我国は亦泰西人に霊魂学迄先鞭をつけられつつあるは、天地顛倒、主客相反する惨状と云はねばならぬ。我々は数十年来霊魂学の研究につき、舌をただらし、声をからして叫んで来た。されど邦人は如何に深遠なる真理と雖も、泰西人の口より筆より出でざれば、之を信ぜざるの悪癖がある。故に如何なる高論卓説と雖も、一旦泰西諸国に輸出し、再び泰西人の手を借りて、輸入し来らざれば、信ずること能はざる盲目人種たることを、我々は大に歎く者である。此物語も亦一度泰西諸国の哲人の耳目に通じ、再び訳されて輸入し来る迄は、邦人の多数は之を信じないだらうと予想し、且つ深く歎く次第であります。惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録) |
|
131 (2078) |
霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 14 魂の洗濯 | 第一四章魂の洗濯〔九二九〕 テーリスタンは坂を降りつつカールもどきに歌を唄ひ、足拍子を取り乍ら下つて行く。一行五人は腹を抱へ、笑ひ乍ら、一歩々々趾の先に力を入れて、覚束なげに杖を力に下り行く。 テーリスタン『テル山峠の頂上は今を去ること一昔 昔と云つても三十年だ正鹿山津見神さまが 五月の姫と諸共にウヅの館にましまして 教を開き民を撫で三五教の御御を アルゼンチンの空高く照し玉ひしウヅ都 後に眺めて三人の松竹梅の宣伝使 此頂上に登り詰め名残を惜み蚊々虎の 神の化身と諸共に歌ひ玉ひし旧跡地 高姫さまが言霊をウヅの館に差向けて 法界悋気の物凄さ側に聞いてるテーリスタン 実に情けなくなつた雀百まで牡鳥を 忘れないとは能く言うた高姫さまも是からは 心が和らぎ来たならば物の憐れも知るであろ 固い計りが能でないオツトドツコイ危ないぞ うつかりしてると石車乗つて転けては堪らない 玉ぢや玉ぢやと喧ましく騒いでゐたが此道に 沢山転げた石玉を持つて御帰り遊ばして 黒姫さまに見せたなら喜び飛びつきしがみつき 固く喜びなさるだろウントコドツコイドツコイシヨ 高姫さまよ如何なさる石でもヤツパリ丸ければ 玉に能う似て居りまする国依別が釣り上げた お前は魚を頂いて怒つたことがあるさうな ウントコドツコイコレワイシヨグヅグヅしてると転げるぞ 国依別や末子姫二人のお方も今頃は スツカリ転んで御座るだろ同じ転ぶにしたとこが ここで転ぶはたまらない是から少し下つたら 末子の姫が石熊をお助けなさつた滝がある 皆さま寄つて行きませうか高砂島を去るにつけ 汗をば流し垢を取り身魂を浄めてスクスクと 大海原を打渡りいよいよ目出たく自凝の 神のまします真秀良場へ帰ると思へば有難い ドツコイシヨ、ドツコイシヨ神が表に現はれて 善と悪とを立別ける国依別の神さまは 善の酬いが廻り来て珍の司とならしやつた 私は身魂が悪いので高姫さまと同じよに 折角出て来た此島で一つの玉をも能う取らず やみやみ帰るか情けない何の因果で此様に 拍子の悪い身魂だろあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよウントコドツコイドツコイシヨ 皆さま気をつけ危ないぞそれ又そこに石ころだ 辷つて転んで泡吹いて高姫さまの御厄介 ならない様にしておくれテーリスタンが心から 気をつけますぞや皆の人人は神の子神の宮 とは云ふものの今の人何れも神の仇となり 悪魔の宮となつてゐる乾の滝に出で立ちて 心を清め身を浄めついた曲津を放り出して 誠の神の御子となり神の宮居となりませう あゝ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 高姫一行はテル山峠を西へ西へと下りつつ、瀑布の音凄じく聞えたるテル山峠の中腹に下り着いた。これより高姫一行は乾の瀑布をさして、御禊を修すべく、音を尋ねて探り寄つた。相当に幅の広い高い瀑布である。此処はバラモン教の神司石熊が水垢離を取つてゐる際、大蛇に魅せられて九死一生の破目に陥りたる折、末子姫の一行に救はれた有名な瀑布である。近づき見れば大の男が只一人、一心不乱に滝にかかつてゐる。 高姫は委細構はず、薄衣を脱ぎすて、滝壺目がけてザンブと許り飛び込みしが、如何はしけむ、高姫の姿はそれ切り、何も見えなくなつて了つた。竜国別、テー、カー、常彦の四人は慌ただしく、赤裸となつて、滝壺に探り探り這入つて、高姫の肉体の若しや水底に沈み居らざるかと、一生懸命に捜索し始めた。されど如何しても所在が分らぬ。何れも途方に暮れて、一時も早く高姫の肉体の浮き上ることを祈願するのであつた。 一人の男は悠々として水垢離を終り、タオルにて体を拭き乍ら、鷹依姫の前に来り、 男『随分暑いことで御座いますな。貴方も一つ滝におかかりになつては如何ですか。随分涼しい滝で、身魂の垢がスツカリと除れた様な気分が致しますよ』 鷹依姫『ハイ有難う御座います。併し乍ら只今私の同行者の一人なる高姫さまと云ふ方が、滝壺へ飛込み、其儘お姿がなくなつて了ひましたので……アレあの通り、四人の男が赤裸になり、水底を探つて居ります。どうで御座いませうか、此滝壺はそれ程深いので御座いませうか』 男『別に大した深い滝壺では御座いませぬが、私が最前滝にかかつて居ります際、高姫さまは衣類を脱ぎすて、神様にお願もせず、先頭一に飛び込みました。併し乍ら生命に別状はありますまい。神様から御禊の行をさせられて居られるのでせう』 鷹依姫『それぢやと申して、モウ大分にタイムが経ちます。人間の肉体を以てさう永らく水中に生て居られる筈が御座いませぬ。如何したら助かりませうかなア』 男『私は高島丸の船長をやつて居つた、タルチールと云ふ者で御座いますが、随分高姫と云ふ人は我慢の強い方ですから、此高砂島を離れるに際し、神様の修祓を受けて居るのでせう。マア御心配なされますな』 と平気な顔にて笑つてゐる。竜国別外三人は滝壺を隈なく捜し、どうしても高姫の姿の見えざるに絶望の声を放ち乍ら、二人の前に赤裸の儘、集まり来り、 竜国別『お母アさま、如何しても駄目ですワ。仮令肉体が現はれた所で、最早縡切れて了つてゐるに違ひありませぬ。困つたことが出来ましたなあ』 と思案顔にうなだれる。 タルチール『あなたは三五教の宣伝使竜国別さまで御座いましたか』 竜国別『ヤア貴方は何処のお方か存じませぬが、余りあわてまして、此処にお居でになるのも気が着かず、失礼致しました。どうでせう、高姫さまはモウ駄目でせうかなあ』 タルチール『マア気を落つけなさい。何事も惟神に任すより仕方がありませぬ。高姫さまは随分我の強い人ですから、こんな事がなくては本当の身魂研きは出来ませぬからなア』 常彦『貴方は高島丸の船長タルチールさまでは御座いませぬか。私は常彦と申す者、久し振りでお目にかかります』 竜国別『常彦さま、此方を如何して知つてゐるのだ』 常彦『高姫さまと春彦と吾々三人が高砂島へ小舟に乗つて出て来る途中、助けて下さつた御方です』 竜国別『珍らしい所でお目にかかりました。何かの御縁で御座いませう。さうして又貴方は斯様な所へお越しになつたのは、何か深い訳があるのでは御座いませぬか』 タルチール『私は高島丸の船中に於て、言依別命、国依別様より三五教の教理を聞かして頂き、直ちに入信致しまして、船長を伜のテルチルに譲り、私は言依別命様、国依別様に従ひ、ハラの港へ上陸し、言依別様の命令に依つて、テルの国の宣伝を言ひ付けられ、此の乾の滝に時々身魂研きに参つて居りました。今日は端なくも三五教の宣伝使様にお出会ひ申し、実に愉快な気分に打たれました』 竜国別『それは不思議の御縁で御座いますなア、併し乍ら高姫さまの身の上が案じられて、ゆつくり御話を承はる気も致しませぬ。今一度捜索を行つて見ますから、後でゆるゆる御話を承はりませう』 タルチール『決して御心配なさいますな。此滝壺には横穴があつて、そこから水が或る地点へ流出して居ります。大方其穴へ吸ひ込まれたのでせう。キツト今頃は無事でいらつしやいませう。貴方もお望みならば、滝壺の横穴を潜り、私と一緒に高姫さまの所へ行かうぢやありませぬか』 竜国別『合点の行かぬ事を仰せられます。うつかりして居ると、幽冥界へ往つて了ふのではありますまいかな』 タルチール『別状は御座いますまい』 と話して居る。傍の木の茂みより、高姫は赤裸の儘、二人の美はしい女に手を引かれ、一行の前に帰つて来た。 竜国別『ヤアこれは高姫さま、能うマア無事で帰つて来て下さいました。吾々四人は貴方のお姿が見えなくなつたので、滝壺へ飛び込み捜してゐた所で御座います』 高姫『ハイ有難う、エライ心配をかけました。何とはなしに飛び込むや否や、真赤いけの者がやつて来て、私の足を銜へたと思つたら、ドンドンドンドンと矢の如く深い水の中を流され、パツと明くなつたと思へば、大変な広い底の浅い池へ流されました。其池の中に美しい岩島があり、其上に綺麗な小さい家が建つてゐました。其家の中から此お二人の方が現はれて、私の手を取り救ひあげ、ここ迄連れて来て下さつたのですよ。どうぞ御礼を申して下さいませ』 竜国別『これはどうも御二人様、偉い御世話になりました。竜国別、一同を代表して御礼を申上げます。貴方は何と云ふ御方で御座いますか、お差支なくば、何卒お名をお名乗り下さいませ。私は三五教の宣伝使竜国別と申す者で御座います』 女の一『貴方が噂に高き竜国別様で御座いましたか。黄金の玉の詮索に、はるばる高砂島まで、親子共にお越しになつたと云ふ事を、言依別命様より承はつて居りました。其玉は此島には御座いますまいがなア』 竜国別『何と詳しいことを御存じですな、さうして言依別様には何時御会ひになりましたか』 女の一『ハイ、琉球の近海でお目にかかり、高姫さまが後を追うて御いでになることやら、鷹依姫様がそれに先んじて玉詮議にお越しになつたことを一伍一什承はりました』 竜国別『さうして貴女のお名は何と申しますか』 女の一『ハイ、私は永らく比沼の真名井の宝座に仕へて居ました清子姫で御座います。一人は私の妹で照子と申します。言依別の神様より、常世の国の宣伝を仰せ付けられましたので、一巡常世の国を渡り、神界の都合に依つて、一ケ月程以前に此処に参り、身魂を清め、貴方方のここをお通り遊ばすことを知つて、お待受けして居りました。高姫様も結構な水くぐりの御修業が出来ましたから、最早これで大丈夫で御座います。妾姉妹も一度此経路を踏んだので御座います』 竜国別『何と不思議な修業場もあるものですな。吾々の様な身魂の汚れた者は到底無事に通過することは出来ますまい』 清子姫『これ位の水道が通過出来ない様な事では、到底肝腎の御神業は勤まりませぬよ。皆さま如何です。一度御修行遊ばしましたら……』 竜国別『イヤもう結構で御座います』 と気味悪さうに慄うて居る。 清子姫『ホヽヽヽヽ』 (大正一一・八・二八旧七・六松村真澄録) |
|
132 (2083) |
霊界物語 | 33_申_玉の御用の完了/高姫と黒姫の過去 | 19 報告祭 | 第一九章報告祭〔九三四〕 綾の聖地に於ける錦の宮の八尋殿には、七五三の太鼓の音が聞えて来た。今日は殊の外風清く、陰鬱なる霧も早朝より晴れ渡り、紺碧の空は愈高く、太陽は東の山の端より其雄姿を現はし、金色の光を地上に投げてゐる。今朝は太鼓の音も何となく冴え渡り、下界の邪気を万里の外に追ひ払うた様な気分が漂うてゐる。 東助、高姫を初め、秋彦、友彦、テールス姫、夏彦、佐田彦、お玉、高山彦其他の幹部は祭服厳めしく、報告祭を勤行するのであつた。高姫が久振りにて高砂島より帰り、又黒姫、玉治別が筑紫の島より遥々帰国し、鷹依姫、竜国別の宣伝使が無事に帰国して、麻邇宝珠の神業に無事奉仕せし歓びと、黒姫が三十五年振りに吾実子の発見せられし事の感謝を兼ねたる報告祭であつた。 一紘琴、二紘琴の嚠喨たる音楽の声と共に祭典は無事終了した。教主の英子姫を初め、玉照彦、玉照姫の神司並に紫姫も、神殿に深く進みて此祭典に列せられた。祭典終ると共に此四柱は教主の館を指して、悠々と四五人の信徒に送られ帰つて行く。 後には賑々しく直会の宴が開かれた。万代未聞の大慶事といふので、錦の宮の八尋殿も日頃の窮屈に引替へ、今日一日は気楽に直会の酒を飽く迄頂き、口々に歌ひ舞ひ、踊り狂ふ事を黙許されて居た。酒の酔が廻るにつれて、そろそろ雑談が始まつて来る。 甲『オイ虎公、時節は待たねばならぬものだなア。高姫の大将や、黒姫婆アさまが、寝ても醒めても、玉々と云つて随分玉騒ぎで、言依別命様や、大勢の者を手古摺らしたものだが、到頭一心を貫いて、玉の御用を首尾克く勤め上げたぢやないか。おまけに筑紫の島から玉を一つ持つて帰りよつたのは黒姫だ。本当に甘い事しよつたネー』 虎公『オイ、小さい声で言はぬか。あれ見よ、高姫さまや黒姫さまが正座に構へて御座るぞ』 甲『俺も一つ是から玉さがしに往つて来うかなア』 虎公『貴様捜しに往かなくても、宅に沢山あるぢやないか。よく考へて見よ。貴様ん所の猫は玉といふだらう。そして毛の色が真黒々助の黒姫だオツトドツコイ黒猫だ。おまけに貴様の嬶がおすみと云つて名詮自称の真黒々助、中低のお玉杓子のやうな顔をしてゐるだらう。そして小つぽけな肝玉を持つてゐるなり、団栗のやうな目玉も二つぶら下げてゐる。貴様の睾丸は名代の八畳敷狸が税金取りに来るやうな品玉だ。これ丈沢山に麻邇の宝珠や金の玉を持つてゐる癖に、此上玉騒ぎをせられちや皆の者がたまらぬから、モウ良い加減に諦めたがよからうぞ。のう狸の安公』 安公『コリヤ虎猫、何を吐すのだ。人の事を云ふよりも、自分の蜂から払うてかかれ。俺のは八畳敷ぢやない錦の信玄袋だ。奴狸野郎奴貴様は手力男神さまの様に、おれは猫の年に生れた寅公だけれど、ヤツパリ人の家に養はれる家畜だから、自称艮の金神よりも余程偉いと吐してゐやがるが、猫寅の金神と云ふ者がどこにあるか。よつ程よい馬鹿者だなア』 虎公『トラ何を吐す。丑と云ふ奴は庭のすみつこに置いて貰ひ、糞まぶれになつて草を喰つて暮して居る奴だ。猫と云ふ奴は、主人の膝へものり、同じ炬燵へも這入り、家庭の花となつて、優待される代物だぞ。それだから猫が一番偉いのだ。それだから猫虎の金神は丑寅の金神よりも位が上だと云ふのだ。 猫が三筋の手管の糸で 鰌や鯰を引きころす……… と云ふ事を知らぬか。何程鰌ひげを生やし、鯰ひげを生やしとるゼニトルメンでも、自由自在に引きまはす、万能力を持つてゐるのだから大したものだ。猫寅の金神さまに限るぞよ。………猫寅の金神が現はれて、三千世界の神、仏事、人民、鳥類、獣、虫族に至るまで守護致さぬぞよ。……コラ安、イヤ狸安、どうだい、豪勢な者だらう。オツホヽヽヽ』 と笑ふ。安公は立あがり、そこらをキヨロキヨロ見まはし、自分の加勢に来て呉れる友達はないかと、酔眼朦朧とあたりを調べてゐる。そこへ目についたのは竹公と云ふ友達である。安公は、 安公『オイ竹公、一寸来てくれ、加勢だ加勢だ』 此声に竹公は多勢の中をヒヨロリヒヨロリと千鳥足になり、徳利を蹴転がし、盃をふみ砕き、人の頭の上に尻餅をついたり、肩を押へたりし乍ら、やつとの事で安公の前にやつて来た。少し目が悪いので信仰を始めた近在の百姓男である。真珠の上に雑水をかぶせた様な目玉を、底の方からピカピカ光らせ乍ら、竹公は、 竹公『オイ安公、何をかせいするのだ。かせいと云つたつて、此頃はサツパリ懐が冬枯れだ。木の葉一枚ドンドン乍ら、持つてゐないのだから、反対にこつちへチツト許り貸せないかなア。俺も今日は斯うして目出たい酒を頂いたのだが、今日働いて今日食ふと云ふ江戸つ児気質の哥兄さまだから、今日は稼ぎが出来ない。三界の首枷となる餓鬼が二三匹、家にや嬶と一緒に鍋を洗つて待つてゐるのだから、俺やモウそれを思ふと、折角呑んだ酒がさめて了ひさうだ。おれのやうな者にカセカセ吐さずと、此猫寅に貸して貰つたら如何だい』 虎公『オイ竹公、猫虎とは余りぢやないか』 竹公『丑寅の金神さまよりも偉い名ぢやないか。今お前がさう言つて自慢して居ただらう。それだから此竹公が、力一杯尊敬して猫寅といふのだが、どこが悪いのだ、そんな事言はずにチツト俺に貸せ。今日は目出たい日だから、お前も人に頼まれて滅多に首を横にふるやうな事はしさうな筈もなし、俺も亦借つて呉れと頼まれて借つてやらぬと云つて、一口にはねるやうな拙劣な事はせないからなア』 安公『オイ竹公、こんな奴に金でも借らうものなら、それこそ大事だ。出会ふ度に、貸してやつた貸してやつたと、人の前だらうが何処だらうが構はずに、いつ迄も恥をかかしやがるから、措け措け、後の為が悪いぞ』 竹公『ナーニ、構ふものか。こちらの方から反対に、人に出会ふ度に借つてやつた借つてやつたと云つたらいいぢやないか。貸してられる奴よりも借る奴の方が、当世は力があるのだからなア。さうだから人間は借金をせなくては、男の幅が利かぬといふのだ。貴様のやうに金持の所へ行つては三文一文の世話にもならぬ癖に、追従タラダラ、旦那はん仏壇はん、ゼントルマンだとか吐しやがつて、お髭の塵を払ふよりも、俺達は自分の甲斐性でドツサリ金を借り、お髭の塵どころか、三文も払うてやらぬのだ。さうすると、借られた奴めが、反対に俺の機嫌を取りやがつて、逆さまに振うても虱一つおちぬ男を、道で出会ふと向ふの方からペコペコ頭を下げて、機嫌を取るのだから大したものだよ。モシも俺を怒らさうものなら、貸した金をふみつぶされちや堪らないと、執着心の欲にかられて弱くなるのだからなア、貴様の様に貸しもせねば、能う借りもせず、朝から晩まで碌な物も食はず、嬶アと睨みつこ計りして……あゝ今年もなんぼなんぼ食ひ込んだ、田が一町減つた。林が一つ飛んだ……と言つて、青息吐息で暮す代物とは、チツト種が違ふのだからなア』 虎公は酒にヅブ六に酔うて居る竹公の話を聞いて、何と思うたか、 虎公『オイ竹公、貴様の言草は中々面白い。今まで随分借倒されたが、到底返してくれる見込もあり相にない。一生貴様のいふ通り、俺は貴様の機嫌をとらねばならぬと思へば情なうなつて来た。どうぞおれに金を借つてやつたと云ふことを忘れてくれ。俺も亦貸したなんどといふ事は夢にも思はぬからなア。ここに金百両あるが、これも貴様に献上するから受取つてくれ。そして俺から貰うたといふ事もスツカリ忘れるのだぞ。俺も貴様にやつたといふ事を、今日限り忘れて了ふからなア』 竹公『ヨシ、特別を以て許してやらう。有難く頂戴いたせ……ぢやない、俺が頂戴いたす……オイ安公、どうだい、竹哥兄のお腕前を知つたか、アーン』 安公『チツト俺にも分配せぬかい。貴様一人、猫糞をきめるとは、余り虫がよすぎるぞ』 竹公『猫糞をきめこむのは当然だ。灰猫の猫寅から……オツトドツコイ、忘れるのだつた、貰つたか貰はぬか、曖眛模糊として、捕捉す可らざる活劇に依つて、捕捉したのだから、マア内の嬶アに御届けする迄は御免蒙らうかい。ウフヽヽヽ……時に黒姫さまの本当の子といふのは、あの……それ……何ぢやないか、本当に呆れたものだなア』 安公『玉治別さまが黒姫の若い時の伜だつたといの。何と黒姫も今こそ神さまだとか、教だとか、偉相に云つてゐやがるが、若い時や余程の淫奔娘だつたと見えるワイ』 竹公『さうだから、神さまが此八尋殿へ集つて来る者は、罪人計りだと仰有るのだ。一代で取れぬ罪を神の御用を命して、一代で取つてやらうと仰有るのだからなア。此聖地で偉さうにやつて居る東助総務でも、高姫でも、げほうさまでも、若い時に如何な事をやつて来やがつたか、知れたものぢやないぞ。上に立つて居る者程霊の悪い如何も斯うもならぬ奴が引寄せてあるぞよと、神さまが仰有るのだからなア』 虎公『オイ両人、余りな事を言つちや可けないぞ。今日は目出たい日だから、話をするのは良いが、人身攻撃になるやうな事は謹まねばならうまい。悪言暴語なく、善言美詞の言霊を以て普く神人を和め、天地の御子と生れ出でたる其本分を尽させ玉へ……と朝な夕なに祈る所の八尋殿ぢやないか。チツト場所を考へて見よ』 竹公『上に立つとる奴は、何奴も此奴もすました顔しやがつて、俺はゼントルメンだと吐してゐるが、神さまを松魚節にして、人の懐から銭取奴だ。まるで体のよい泥棒だよ。八尋殿が聞いて呆れら。ワツハヽヽヽ』 安公『銭取る奴といふ事は貴様の事だ。衆人環視の中で、猫寅の懐から、現に銭取る奴をやつたぢやないか。人の事だと思うて居つたら、皆吾事であるぞよと神さまの御教にあるのを貴様覚えて居るか』 竹公『そんな所は俺が覚える必要がないのだ。各自に心相応に取れる教だから、俺はおれで取る所があるのだ。貴様も貴様で、気に入つた筆先の文句があるだらう』 安公『さうだなア、俺だつて嫌ひな所もあれば好きな所もある。……艮の金神現はれて……と云ふ声を聞くと、俄に頭が痛くなりやがるなり……竜宮の乙姫が日の出神と現はれるぞよ……といふ文句になつて来ると、益々気分が悪くなつて逃げて帰りたくなつて了ふワ。さうだと思ふと……世におちぶれた者を侮る事はならぬぞよ、結構なお方が世におとしてあるぞよ、誠の人間ほど苦労が永いぞよ、神は上下運否のなき様に致すぞよ……といふ点になると、中々気に入るね。斯ういふ所を聞かされると、虎公なぞは頭の痛い口だらう。それだから其人々の心に取れる筆先だと神様が仰有るのだ』 虎公『俺は別にどこが好きだの嫌ひだのといふ事はない、神さまの教には無条件降服だ。何程人間が偉相に考へて見た所で神様のお詞が分るものぢやない。俺は変性男子に対しても変性女子に対しても絶対服従だ。無条件降服だ。それより取るべき途がないのだからなア』 安公『貴様も偉い迷信家だなア。筆先といふものは一々審神をせなくては、何もかも、貴様のやうに唐辛丸呑みの議論ではサツパリ駄目だ。辛いか甘いか苦いか、よくかみ分けるのが、吾々の務めだ』 竹公『もうゴテゴテいふな、今日は目出たい日だから、俺は兎も角筆先に有難いことがあるのだ。……難儀な者を助ける精神にならぬと、神の気かんに叶はぬぞよ……といふ所がある。其筆先のおかげで、猫寅が今迄の執着心をスツパリ捨てて了つて俺に現金で百両も、沢山借金がある上に、くれる様な善の心に立返りなされたぞよ。竜宮の乙姫殿は、誠に欲の深い神でありたなれど、此度艮の金神さまが表に現はれ遊ばして、三千世界をお構ひ遊ばすについて、乙姫さまも、これでは可かぬと御合点を遊ばし、今まで海の底にためておいた宝を、残らず艮の金神様にお渡し申して、今度の御用の片腕にお成りなされたぞよ。人民も其通り、欲にためて居りて万劫末代吾の物だとこばりて居りても、天地の物は皆神の物であるから、神に返さねばならぬぞよ。上下運否のなき世に致して、世界の人民を安心させるぞよ。早く改心致した者程結構になるぞよ……と云ふお筆先は俺達に取つては天来の大福音だ。猫寅でさへも竜宮の乙姫さまになりかけたのだからなア。ウツフヽヽ、ボロイボロイこんなボロイ事が世にあらうか。それだから信心の味が分らぬといふのだ』 斯く得意になつて、ベラベラ喋つてゐる所へ、伊助といふ竹公の身内の男、矢庭に走り来たり、『馬鹿ツ』と大声一喝、竹公の横面をなぐりつけた。 竹公『アイタヽ、コリヤ伊助、貴様は誰に断つて俺の面を擲つたのだ。伊け助ない餓鬼だ。今にドツサリ金を持つてお礼に行くから、さう思へ』 伊助『早くお礼に来てくれ、待つて居る』 と云ひ乍ら群集を押分け表へ駆出した。東助は高座に立現はれ、大声を張上げて、 東助『皆様、御苦労で御座いました。これで宴会を閉ぢますから、一先づ御退場を願ひます』 と宣示した。数千人の人々は東助の鶴の一声に、神殿に向ひ拍手再拝し、各上機嫌で住家を指して帰り行く。 (大正一一・九・一九旧七・二八松村真澄録) |
|
133 (2115) |
霊界物語 | 34_酉_黒姫のアフリカ物語1 | 20 玉卜 | 第二〇章玉卜〔九六一〕 建日の館の奥の間には主の建国別、妻の建能姫は差向ひとなつて、ヒソビソと話に耽つてゐる。 建能姫『御主人様、今日は意外なお客さまでごさいましたが、あの黒姫様といふお方も随分御苦労を遊ばした様で御座いますなア。どこともなしに面やつれをなさつてゐらられた所を見れば、余程息子さまの事に就て、お気をもませられたと見えまするなア』 建国別『さうですなア、併し乍ら親と云ふものは有難いものです。私が若しや自分の子ではあるまいかとワザワザ寄つて下さつた其お志は、本当に清い美しい慈愛が籠つて居ります。私も両親が此世に達者でゐられたならば、あの黒姫様の様な慈愛の心を以て、捜してゐらつしやるでせう。此れを思へば神様や親の恩が有難くて涙がこぼれます。あゝ私の両親はどこに如何して御座るやら、私も両親に会ひたい計りで、神様を信じ、今日は此様な結構な宣伝使に仕上げて頂きました。もしも私に歴乎とした両親があり、幼少から親の膝元に育てられて居つたならば、安逸に流れて、到底結構な神様の道を開く事は出来ますまい。之を思へば両親の行方が知れぬのも、却て私の身の幸福、神様の深き広き思召で御座いませう』 建能姫『さうで御座いませう。神様は遠近広狭大小明暗の区別なく、御見すかし遊ばしてゐられますから、御両親の所在もキツと御分りになつて居るに違ひ御座いませぬ。され共何時の神懸りにも、両親の所在をいくら尋ねても、口をつぐんで、一言半句の宣示もして下さらぬのは、要するに吾々夫婦を憐み玉ひ、立派な神司に仕立て上げてやらうとの、情の鞭で御座いませう。神様の御目より御覧になつて、モウあれは大丈夫だ、誠が貫徹したと思召したらキツと所在を知らして下さいませう。又何かの都合で、御両親様を居乍ら、ここへ引よせて下さるかも知れませぬ。どうぞ取越苦労をせない様にして下さいませ』 建国別『さうですなア。モウ両親の事は今日限り思ひますまい。何程気をいらつても、人間として如何する事も出来ませぬから、それよりも神様の為、世人の為に宣伝使たるの最善の努力を尽すのが何よりで御座いませう』 建能姫『あゝよく言つて下さいました。何事も今後は大神様の御心に任し、妾がこんな事申してはすみませぬが、御両親様の事は、神様がよき様にお守り下さるでせうから思ひ切つて下さいませ。決して妾があなたの御両親を袖に思つて申すのでは御座いませぬ。あなたの幸福の為、御両親の為に申上げるので御座いますから……』 建国別『私が何時も両親の事を思うてむつかしい顔をしてゐましたのを、貴女は余程不快に思へたでせうなア』 建能姫『ハイ、別に不快には思ひませぬが、御主人様の御憂苦の色が何時とはなしに御顔に表はれますので、御体に障りはせないかと、夫れ計り心配を致しました。どうぞ只今限り、麗しいお顔を見せて下さいませや』 建国別『本当に心配をかけて済みませなんだ。今日限り神様に任して、両親の事は心配致しますまい。今後は只一言たりとも、悔み言は申しませぬから安心して下さい。言ひ納めに一口あなたに話したいのは、あの黒姫さまの詞尻、何とはなしに縁由ありげに感じましたが、貴女は如何御考へですか』 建能姫『ハイ妾も黒姫様は何か心に当る事がお有りなさる様に存じました。併し乍ら黒姫様は妾とは違ひ、お年を老つてゐられますから、世の中の酸いも甘いもよく御存じの筈、それ故今心当りがあると言つては、折角の修業が破れはせぬかと、深い思召を以て仰有つて下さらなかつたのでせう。併し吾々夫婦の真心が通りさへすれば、黒姫様も知らして下さるでせう。モウ一つ念を押してお尋ねしたいのは山々で御座いましたが、何を云つても神様に仕へる身の上のあなた様、神様の道を次にして、吾身勝手な両親の事計りを熱心に尋ねると思はれては、第一主人の名折れ……と存じまして、控へて居りました。どうやら此世に御座るのに間違はない様に存じます』 建国別『あゝ貴女もそう感じられましたか、私もそうだらうと存じて居ります。何だか黒姫様にお目にかかつてから、心強くなつて来ました。確かな手掛りが出来たやうな心持が致します。併し建能姫殿、これ限り、モウ両親の事は惟神に任して、申しますまい』 建能姫『有難う御座います、妾も安心致しました』 斯かる所へ虎公、玉公の両人は三人の乾児と共に、恐る恐る現はれ来り、襖の外より、 虎公『御主人様、大先生様、突然参りまして、偉い御馳走に預りました。これでお暇を致します。又更めて御礼に参りますから、御夫婦共御壮健に御暮し下さいませ』 と云ふのは虎公の声であつた。 建能姫は襖を静かに開き、 建能姫『これはこれは武野の村の親分さま、サアどうぞ御遠慮なしに此方へ御通り下さいませ』 虎公『イヤどうも偉い御馳走になりました、余り酩酊を致して居りますので、失礼で御座いますから、此処で御免を蒙りませう』 建国別『虎公さま、どうぞゆつくりして下さい。今日は私の祝日で御座いますから、十分に酔うて頂かねばなりませぬ。余りお早いぢや御座いませぬか。どうぞ今晩はゆつくりとお泊り下さいまして、面白い話でも聞かせて下さいませ』 虎公『ハイ、御親切は有難う御座いますが、今ここに参つて居りまする玉公の所持致して居る、日の出神様から賜はつたと云ふ水晶玉に変異が現はれまして、どうも気がかりでなりませぬ。玉に映つた曇りより判断して見ますれば、私の不在宅に、何だか変つた事が出来たやうで御座いますから、私も何だか気がイライラしてなりませぬから、今日はこれでお暇を致します』 建国別『それは御心配で御座いませう。コレ玉公、大した事は御座いませぬかなア』 玉公『ハイ、私の経験に依れば、親分の宅に大変な事が起つてゐる様に感じます。併し乍ら結局は何ともないと云ふ象が表はれて居りますが、グヅグヅして居つては、事件が益々大きく、むつかしくなる虞が御座いますから、是で御暇を致します』 建国別『そう仰有れば是非は御座いませぬ。お留守宅に何事も無い様に、是から吾々夫婦が、神前に御祈願を致しておきますから、安心して御帰り下さいませ』 虎公『ハイ有難う御座います』 と涙を流し乍ら、再拝して一同も共に此場を立去り、イソイソと出でて行く。 虎公の一行は表門迄やつて来た。門番の幾公は祝酒に酔ひつぶれ、まはらぬ舌にて、 幾公『オイ虎公の親分、チツと早いぢやないか。モツとゆつくり俺と一杯やらうぢやないか。何程急いだとて、日の暮れる時にやヤツパリ暮れるのだからなア』 虎公『ウン有難う。併し今日は何とはなしに、胸騒ぎがしてならぬから、一先づ帰る事にする、又更めて遊びに来るワ。貴様も御主人様に、一日のお暇を頂いて遊びに来い、酒は幾らでも用意がしてあるからな』 幾公『イクともイクとも、イク度となくイクぞよ。モウお前の様な酒喰ひは懲り懲りだ……などとイク地のない事を云はぬ様に頼むぞよ』 虎公『アハヽヽヽヽ痩せてもこけても、武野村の虎公だ。貴様が幾ら酒を飲んだつて、そんな事に尾を巻くやうな、吝くせえ兄貴ぢやねえワ』 幾公『それでも今親分、胸騒ぎがすると云つたぢやないか。余りガブガブと酒を飲まれると、胸さわぎするからなア。俺も何だかハートに動悸が打ちやがつて、胸騒ぎがして仕様がないワ』 虎公『アハヽヽヽそりや貴様は意地汚く、無理に酒を喰ふから、動悸がうつのだ。いゝ加減に心得て、酒を呑むのはよいが、酒に呑まれぬ様にしたがよからうぞ』 幾公『ヤツパリ吝くさい事を言ふ親分だなア。オイ親分一寸待て、ここに一升徳利が盗んで来てあるワ。是でもグツと一口呑んで帰つて呉れ』 虎公『ヤア其奴ア有難い、この儘預つて行く』 と云ひ乍ら、幾公の手より一升徳利を引つたくり、 虎公『玉公、来れ!』 と尻端折つて、門前の小径を一生懸命駆出した。 虎公は走り乍ら足拍子を取つて唄ひ出した。 虎公『ウントコドツコイドツコイシヨ建国別の御館で 一周年の祝宴にドツサリよばれてウントコシヨ ドツコイドツコイづぶ六に酔うて了つた虎公が 其足並は千鳥足そこらの道が二筋も 三筋も四筋も見えて来た玉公の顔まで色々と 細くなつたりドツコイシヨ丸くなつたり三つ四つ 同じ顔が並び出すどうしてこんなウントコシヨ 怪体な事になつただろ玉公が持つてる水晶の 玉の卜筮伺へば何だか知らぬが俺の宅 変つた事が出来てゐるドツコイドツコイ皆の奴 足元用心するがよい大方宅のお愛奴が 俺が出たのをドツコイシヨ女の小さい心から 外に女子があるやうに思ひひがめて九寸五分 スラリと抜いて喉元へあてて居るのぢやあるまいか 何とはなしに気にかかるウントコドツコイ危ないぞ こらこら玉公シツカリせいそこら辺りが石車 宅のお嬶は生れつき世間の女と事変はり よつ程気丈な奴だからめつたな事はあるまいと 心は許して居るものの天地の事は何もかも 鏡の様によく映る水晶玉の暗点が ウントコドツコイ気になつて胸の警鐘なりひびく 此奴アヤツパリ尋常事でウントコドツコイあるまいぞ 一時も早く吾家に飛鳥の如くかけ帰り 実否を探らにやならうまいウントコドツコイ又辷る ホンに危ない坂路だ俺に翼があつたなら 宙空翔つて一走り家の様子は忽ちに 手に取る如く知れるだろなぜに烏にドツコイシヨ 俺は生れて来なんだか今となつては大空を 自由自在に翔り行く烏の奴が羨ましい ウントコドツコイ又辷る皆の奴共気をつけよ オイオイ玉公水晶の其宝玉を大切に ギユツと握つておとすなよお前の家の宝物 ウントコドツコイドツコイシヨ神が表に現はれて 善と悪とを立別ける虎公吾家に現はれて 善か悪かを考へてウントコドツコイ其上で 何とか思案をせにやならぬお愛の奴は今頃は 俺の帰るを欠伸して待つて居るかも分らない 何が何だかウントコシヨサツパリ訳が分らない お愛の奴が悋気して刃物三眛ウントコシヨ やつて居るのぢやあるまいかイヤイヤヤツパリさうぢやない 大蛇の三公がやつて来て俺らの不在をつけ込んで 無体の恋慕をウントコシヨ遂行せむとつめ寄つて お愛を困らせ居るのだろそんな事でもあつたなら お愛の奴はウントコシヨ負ぬ気強い女故 中々ウンとは申すまい揚句の果は双方から 切りつはつりつウントコシヨ血の雨降らすに違ない 之を思へば一時も早く吾家へ帰りたい 今日に限つて此道はウントコドツコイ是程に 際限もなく延びよつていつもの道より遠くなる やうな心地がしてならぬホンに気のせく事ぢやワイ ウントコドツコイドツコイシヨ三五教の神様よ 私の不在の家の内どうぞ何事もない様に お守りなさつて下さんせ仮令三公が来る共 お愛の体にドツコイシヨ指一本も触へぬよに どうぞ守つて下さんせ武野の村の男達 虎公サンと名を売つた男の顔に泥が付く これが第一ウントコシヨ私は辛うてたまらない 男と男の意地づくで命の取合するとても 決して厭ひはいたさない男の顔に泥ぬられ ウントコシヨウウントコシヨウ万劫末代拭はれぬ 恥をのこすがわしやつらいあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と足拍子を取り乍ら、急坂を上り下りつ、玉公外三人の乾児と共に、息をはづませ帰り行く。 (大正一一・九・一四旧七・二三松村真澄録) |
|
134 (2133) |
霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 12 自称神司 | 第一二章自称神司〔九七六〕 白山峠の山頂に漸くにして辿りついた四人の男女は、峰の嵐に吹かれつつ汗を拭ひ四方の山野を心地よげに観望しながら小憩を試みてゐる。 遥かの東北に当つて、白く光つたものが見えてゐる。それは春公、お常が大蛇に呑まれた思ひ出深きスツポンの湖の一部である。三公はその湖がフツと目につき慨歎措かざるものの如く、 三公『皆さま、ズツと向ふの方に幽かに白く光つてる所がありませう。あれが私に取つては、寝ても起きても忘れ難き、両親の古戦場で御座います……』 と言つた限り、差俯むいて落涙する。 孫公『なアんだ、あんな小つぽけな湖か。仮令一杯になつてゐた所で知れたものだ。今度は神様と一緒だから大丈夫だ。メツタに呑まれるやうなこたアありますまい』 三公『イエイエ、今見る様な小さい湖水ぢやありませぬ。山に包まれて僅に其一部が見えてゐる計りです。目も届かぬ許の大湖水ですよ。何と云つても、ナイル河の水源地ですから、大変なものです。皆さま、是からシツカリ腹帯をしめて行きませう』 孫公『かう云ふ時に本当の宣伝使が一人あると、大変都合が好いのだけれどなア』 虎公『孫公さま、宣伝使ぢやなかつたのか』 孫公『宣伝使のお供ですから根つから気が利きませぬワイ。併しながら其様な名前がなくても心に誠さへあれば、大蛇は十分言向和す事が出来ませう。名は実の賓だから、宣伝使の雅号のみでは、決して仕事は出来ませぬよ。先づ心細ければ、あなた方三人が此孫公を何とかして宣伝使に選挙して下さい。さうすれば名実相叶ふ所の大活動をやりますから……』 虎公『名は実の主だから、如何しても名がなくては行くまい。無名の戦になつて了つちやつまらないからなア』 孫公『有難い、サア普通選挙だ。誰も彼も選挙権があるのだから、早く投票をして下さい。併しながら無記名投票ですから、其御考へで願ひます』 虎公『生憎用紙もなければ、投票函もありませぬが、如何したら宜しからう』 孫公『先づ選挙区を第一区、第二区、第三区と分け、私が候補者に立ちますから、どうぞ口頭でも宜しい、早く選挙の開始を願ひます』 虎公『一票に幾ら出しますか。百円位は安いものでせう。今一寸衆議院に出ようと思へば、少くて五万円、多くて十万円は要りますからなア』 孫公『代物は見ての御帰り、選挙して見て値打がないと見たら、御取消になつても差支ありませぬ。そんなら一層の事投票なしに口で言つて下さいな。簡単で物事が埒よう運びますから……』 虎公『投票を省くなんて、トヘウもない事を仰有いますなア。そんなら虎公が宣伝使の立候補の宣言致しますから、どうぞ皆さま、貴重の一票をお恵み下さいませ。候補者一人では競争者がなくて、選挙もサツパリ張合がない。皆さま何卒私に選挙を願ひます。一票は私の縁故たるお愛さまに願ひませう。さうすればあと一票、三対一によつて、大勝利ですから……』 孫公『困つたなア、三公が投票して呉れた所で、どちらも同点数だ。若しさうなつた時にはどうするのですか』 虎公『年長者を当選者ときめませうかい』 孫公『さうすると、虎公さまは幾つですか』 虎公『あなたよりも二三年古いやうです』 孫公『困つたなア、さうすると戦はずして敗北かなア。エヽ残念な、又次期の総選挙か解散があつた時に華々しく名乗つて出る事にしよう。今度は断念致しませう。さうすると虎公さまの一人舞台だ、仮令三公さまが棄権しようが、私が棄権しようが、当選疑なしといふものだ』 三公『コレ孫公さま、飽くまでも選挙場裡に立つて戦ひなさい。三五教には退却の二字はないぢやありませぬか。及ばずながら私があなたを選挙します。さうすれば大多数を以て当選疑なしです。一人でも三公だから三票は大丈夫ですよ、アハヽヽヽ』 虎公『全部取消だ。孫公さま、臨時宣伝使となつて吾々を導いて下さい。私は辞退しておきますから……』 孫公『ヤア有難い、そんなら只今より三五教の宣伝使孫公別命だからそのお心組で願ひます。宣伝使になつた祝ひに、一つ此山上で言霊戦をやりませう。政見発表の代りに戦見発表宣伝歌をやりますから謹聴を願ひます………。 神が表に現はれて賢者と愚者を立別ける 人は見かけによらぬもの黒姫司にケンケンと 朝な夕なにボヤかれて馬鹿な男と言はれたる 孫公司も何時迄もまごまごしてはゐられない 心の奥のドン底に人にみえない智慧がある 智慧の光はいつまでも隠れて消ゆるものでない 袋の中に鋭利なる錐ある時は鋭脱し 其鋒鋩は現はれる何にも白山峠かと 思うて来たのにこれは又どうした風の吹き廻し 月にスツポン湖の大蛇の奴が現はれて 三公の親を食たおかげ自転倒島から従いて来た 孫公司は選まれて思ひもよらぬ宣伝使 こんな嬉しい事はない三公さまや虎さまよ お前は神か竜神か木の花姫か知らねども 余程身魂の光る奴三五教の黒姫が 看破し得ざりし孫公の此神力を認識し 全会一致の勢ひで選挙したのは偉い奴 お前の様な選挙人世界に沢山あるなれば 体主霊従の悪政は全く根絶するだらう 聖人賢人哲人は野に埋もれて何時迄も 頭あがらぬ今の世にこりや又如何した幸ひか 孫公別の宣伝使神力示すはこれからだ あゝ惟神々々神は吾等と倶にあり 吾等は神の子神の宮三公さまが両親の 命を取つて鼈の湖にひそめる大蛇奴を 広大無辺の神力の備はりきつた宣伝使 孫公別が現はれて三公虎公お愛をば 御供の神と定めつつ進み行くこそ勇ましき 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも辞職の出来ない宣伝使 握つた上は放さない其執着はスツポンが かぶりついたる如くにて如何しても斯うしても放しやせぬ 三千世界の梅の花一度に開く常磐木の 松の神代がめぐり来て世におちぶれた孫公も 雲井にぬき出た白山の此絶頂で勇ましく 神の使の宣伝使任命されたる上からは 仮令野の末山の奥虎狼や獅子熊の 狂へる野辺も厭ひなく心を尽し身を尽し 筑紫の島は云ふも更常世の国や高砂の 島の奥まで乗込むで尊き神の御光を 輝き渡すは目のあたりあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 何処ともなく中空より宣伝歌の声が聞え来る。四人は不審の眉をひそめながら、耳をすまして聞いてゐる。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 善に見えても悪霊悪に見えても善の魂 心は捩ぢけ智慧曇り一寸先の分らない 凡夫の身魂が寄り合うて神の尊き宣伝使 選挙するとは何事ぞ神の心と空蝉の 人の心は裏表如何に選挙に当選し 月桂冠を得たとても神が許さにや真実の 誠の力は出よまいぞあゝ惟神々々 神の心も白山の此絶頂でいろいろと 心を砕き胸痛め湖水にひそむ曲神の 其猛勢に戦いて無道の選挙をしたとても 微塵も効力ない程に何れも心を取直し 早く誠に立かへれ屋方の村の親分と 羽振り利かした三公も武野の村の虎公も 貴族生れのお愛まで神の教に酔つぱらひ 今は全く山上に身魂は堕落して了うた 此為体でありながら大蛇の潜むスツポンの 湖に向つて言霊の戦ひせむとは身知らずだ 命知らずの侠客も今は命が惜しうなつて そんな弱音を吹くのだろ弱音ばかりか臆病風 此山頂に吹いてゐる朝から晩まで偉さうに 肩肱いからし大手ふり法螺吹き廻つた男達 何を血迷ひ黒姫の愛想を尽かした孫公に 卑怯未練に頼むぞや少しは胸に手を当てて 考へ直してみるがよい吾は玉治別司 神に代つて一同に誠心で気を付ける あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と言つたきり、其声はピタリと止まる。 四人は声の出所を求めて、彼方此方と谷底を覗き込んで見たが、そこらに人らしき者の影も見えなかつた。ここに一行四人は白山峠の急坂を東北指して下り行く。 (大正一一・九・一六旧七・二五松村真澄録) |
|
135 (2135) |
霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 14 空気焔 | 第一四章空気焔〔九七八〕 一行四人は漸くにしてスツポンの湖水の南岸に辿り着いた。此時已に夜はズツプリと暮れ果て、鬼哭愁々として寂寥身に迫り来る。肝腎の自称宣伝使孫公別は、地震の孫よろしく歯の根をガチガチ云はせ乍ら、蒼白の顔してスクミ上つてゐる。岩石も吹き散らすばかりの疾風頻りに吹き来り、其物凄き事例ふるに物なく、孫公別は樹の根に確と抱きついて、其身の吹き散るのを辛うじて防いで居る。三人も黄楊の木の根元にペタリと平太つて風の過ぐるを待つのみ。 湖水は俄に沸き返る様な音を立て、ブクブクブクと泡立ち始めた。暗夜なれども湖面の泡立つ色は明瞭に見えて居る。暫らくすると大入道の立つた様に波の柱が彼方此方にムクムクと突出し、砕けては湖面に落つる其物音、実に凄じく身の毛も竦つ許りなり。湖中の彼方此方より、青赤白黄等の火の玉数限りもなく現はれ来り、長い尾を中空に引摺りブーンブーンと呻りをたて、四方八方に向つて突進し来る。見ればお玉杓子の様な姿で、玉の処に色々といやらしき凄い顔がついて居る。此怪物は四人の側に集り来り、頭上を前後左右に飛び廻れども、如何したものか身辺には寄りついて来ない。僅か一二間迄やつて来るのが精々である。 お愛『今晩は妙な夜で御座いますな。大蛇の神さま、色々と玉を現はし、吾々一行の歓迎会を開いて御座らつしやるのでせう。ほんに気の利いた神さまですこと、オホヽヽヽ。火の玉さまのお蔭でレコード破りの風もスツカリ止まつて了ひました。あの物凄かりしブクブクも水柱の大入道も、何処かへ沈没して了つたと見えます。これも全く孫公別の宣伝使様の御神徳で御座いませう。ねー虎公さま、三公さま、宣伝使の御神徳と云ふものは随分えらいもので御座いますなア』 虎公『大蛇の奴、今三番叟を始めよつた処だ。之からが見物だよ。こんな事はホンの一部分だ。之からが孫公別宣伝使のお骨の折れる処だ。もし宣伝使様、如何で御座いますか。何時迄も木の株に抱きついて居つても木はものを言ひませぬぞ』 孫公別は歯をガチガチ云はせ乍ら、 孫公別『いやモウモウモウタヽヽ大変な事が始まりました。本当に愉快な……事で……御座いませぬわい。どうも早神力の持ち合せが……ないものだから、斯んな場合には一寸面喰ふ様な……男では…ありませぬ』 虎公『ハヽヽヽヽ孫公別様さへ此処に控へて御座れば大磐石だ。なあ三公さま、貴方も安心でせう。先づ宣伝使に宣伝歌を歌つて頂き、大蛇の奴を言向和して頂きませうか』 三公『三公(参考)の為めに一寸宣伝歌を試みて頂きませうか。もしもし孫公別様、何卒一つ願ひやす』 孫公別『これだからものの頭になると責任が加はつて困るのだ。平和の時は大変結構な様だが、こんな時に筒先に向けられるのは随分辛いな……オツト待てよ、大将は帷幄の中に画策を廻らすのがお役だ。玉除けになるのは雑兵のする事だ。兎も角後は宣伝使が引受けるから、三公さま、一つ初陣をやつて下さい。あの通り火の玉が刻々に殖えて来る。愚図々々して居れば、敵に先鞭をつけられる虞れがあるから、一つ若い意気に先発隊を勤めて下さい。孫公御大の命令だ』 三公『是非々々先生に願はなくちや、此戦闘は駄目です。戦はずして敵を呑むと云ふ気概のある、三五教の宣伝使が神力の試し時だ。さあさあ意茶つかさずにやつて下さい……虎公さま、お愛さま、さう願つたら如何でせうかな』 虎公『無論の事です。先頭に立つて働くから宣伝使と云ふのだ。何卒孫公別様、お願ひ申します』 お愛『宣伝使様、女神から宜しうお願ひ致します。一つ御神力を現はして下さいませ』 孫公別『先頭に出んから宣伝使と云ふのだけれどなア。えー詮方ない。そんなら一つ千変万化の言霊の妙用を尽して、あの火の玉を一つも残らず水底に蟄伏させて見せませう』 と、痩我慢を出し、震ひ声になり宣伝歌を歌ひ始むる。 孫公別『神が表に現はれて千変万化の言霊で 湖水の大蛇を言向ける湖水に浮んだ火の玉よ お前はそれ程三五の神の教が怖いのか 一間先迄やつて来て怖相に怖相に尾を下げて チツとも寄つて来ぬぢやないか矢張りお前も智慧がある 神徳高き宣伝使孫公別の御前と 恐れみ謹み萎縮して怖々してるに違ひない 善と悪とを立別ける此世を造りし大神の 任し給ひし神司善の身魂を救ひあげ 悪の身魂を言向けて五六七の神の御世となし 神も仏事も人間も鳥獣も虫族も 草木の末に至るまで神の恵を均霑し 天ケ下なる万物は大小高下の隔てなく 機会均等主義をとり残らず桝掛け引き均し 世を立直す神の道須弥仙山に腰を掛け 艮金神鬼門神守り玉へる世の中ぢや 湖水に棲める大蛇ども今から心を立直し 三五教にて名も高き神徳満つる宣伝使 孫公別の言霊を耳をすまして聞きとれよ 天ケ下には善悪の区別も無ければ敵味方 等の差別はない程に迷ひの雲霧吹き払ひ 火玉を鎮めておとなしく尊き神の御教を 慎み畏み聞くがよいあゝ惟神々々 吾は玉治別の神「オツトドツコイ」こりや違ふ 黒姫さまの一の弟子何程強い悪魔でも 仮令八岐の大蛇でもビクとも致さぬヒーローよ 見事甲斐性があるならば一つ力を出して見よ 孫公別の吹き捨つる伊吹の狭霧に悉く 木端微塵に踏み砕き亡ぼし絶やすは目のあたり 之が合点いたならば心の底から改めて 孫公別の御前にお詫をするが第一だ これ程事を細やかに分けて諭してやる事を 聞かねば聞かぬで構はない俺にも覚悟がある程に 早く返答を聞かせよや孫公別の宣伝使 国治立大神や金勝要大御神 神素盞嗚大神の三柱神を代表し 湖水の底に潜み居る大蛇の魔神に宣り伝ふ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と始めは恐相に震ひ声に歌つて居たが、終ひにはド拍子の抜けた大声を張り上げ歌ひ出す。孫公の歌終るや否や、獅子狼の幾万匹、一度に呻る様な怪しき声四方八方より聞え来り、青赤黄等の火は彼方此方にペロペロと燃えては消え、燃えては消え、又もや烈風吹き出し大地は震動し、如何ともする術なければ、孫公は再び元の樫の樹の根株に確と喰ひつき身を震はし蹲み居る。 三公は黄楊の木の幹を片手で握り、烈風の中に立ち身体の中心をとりながら湖面に向つて言霊を宣り始めたり。 三公『八岐の大蛇の片割れと現はれ湖底に忍び居る 大蛇の魔神よよつく聞け抑も大蛇の三公とは 吾事なるぞスツポンの湖水を棲処と致す奴 只一匹も残らずに俺の側までやつて来い 吾両親の敵討ち生命を取つて呉れむぞと 心も勇み来て見れば子供嚇しの火の玉や 泡立つ波や水柱呂律も合はぬ呻り声 レコード破りの強風に地まで揺つて嚇さうと 何程企んで見た処がそのやり方は古いぞや そんな嚇しにビクついて人気の荒い熊襲国の 大親分となれようか猪食た犬の腕試し もう斯うなつて来た上は後へは引かぬ俺の意地 さあ来い来れ早来れ惜しき生命の取り合ひを 此処にて一つやらうかい後には尊い宣伝使 力の余りに強くない孫公別も慄ひつつ 二人の喧嘩を見て御座る武野の村の侠客 虎公さまを初めとし弁才天も恥らふて 逃げ出す様なお愛さまスツカリ道具が揃うて居る 何を愚図々々して居るか早く来つて勝負せよ 生命を捨てた三公は最早此世に恐るべき 物は一つもない程に親の敵ぢや早来れ いざ尋常に勝負しようそれが嫌なら吾前に 頭を下げて尾をふつて四つに這うて謝れよ 貴様の頭を三つ四つ此岩石で打ちたたき 吾両親の無念をば晴らして助けてやる程に 早く来れよ曲津神三公親分が待つて居る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや湖面は益々波高く荒れ狂ひ、火の玉は刻々に殖え来り、ブンブンと呻りを立て、四人の殆ど身体のとどく処迄、数限りもなくお玉杓子の火の玉攻めかけ来る其嫌らしさ、実に物凄き光景なりけり。 (大正一一・九・一六旧七・二五北村隆光録) |
|
136 (2136) |
霊界物語 | 35_戌_黒姫のアフリカ物語2 | 15 救の玉 | 第一五章救の玉〔九七九〕 お愛は立上り、宣伝歌を歌う。 お愛『豊葦原の瑞穂国国の八十国八十島は 国治立の御体神素盞嗚の御霊力 金勝要大神の御霊の守らす国なれば 此三柱の大神の御許しなくば何神も 此世に住むべき権利なし三五教の神司 孫公別に従ひて吾等は此処に曲神の 曲言向けて神国を清く涼しく澄まさむと 現はれ出でし四人連湖底に潜む曲神よ 如何に勢猛くとも此三柱の皇神の 許しなくして地の上に如何でか安く住み得べき あゝ惟神々々神の御霊を蒙りて 一日も早く片時もとく速けく三五の 誠の道の御教に服ひまつれ醜大蛇 それにつき添ふ諸々の百の霊に宣り伝ふ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と簡単に言霊を打出したるに今迄の烈風は其勢を減じ、猛獣の唸り声は漸く低く遠く去り行き、湖面に浮びし諸々の怪物は、時々刻々に姿を減じたれども容易に全滅するには到らざりければ、茲に虎公は捩鉢巻をしながら、厳の雄健びふみたけびつつ、大音声を張上げて、詞涼しく言霊を発射したり。 虎公『三千世界の梅の花一度に開く時は今 大蛇の神よよつく聞けきさまは余程太い奴 太いばかりか長い奴エヂプト都に名も高き 春公お常の両人を勿体なくも呑み喰ひ 平気の平左で此湖に住居するとは何のこと 天地の神を畏れぬか此処に現はれ来りたる 三公さまは春公やお常の方の生み給ふ 珍の尊き御子なるぞ汝心のあるならば 早く姿を現はして吾目の前に出で来り 三公さまに打向ひ前非を悔いて詫をせよ 武野の村の男達虎公さまとはおれの事 虎狼や獅子熊もおれの名を聞きや驚いて 小さくなつて逃げて行くお前も同じ畜生の 醜き体を持つ上は俺に恥らひ底深く 姿隠してゐるのだろそんな気兼は要らぬ故 早く此場に現はれて善悪正邪の大道を 悟りて天津神国の栄えを永久に楽しめよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 大蛇はいかに猛るとも三五教の大道に 仕へまつれる吾々はいかで初心を変ずべき 誠一つの言霊を直日の銃につめ込みて 忽ち打出す宣伝歌天は轟き地はゆるぎ 大海原は浪たけり山は忽ち裂けてゆく 此神力の活動を見ない間に一刻も 早く心を改めて善の大道に帰るべく 誓ひを立てよ大蛇神三五教の宣伝使 黒姫司に従ひて熊襲の国へ渡り来し 孫公別を始めとし三公、お愛や虎公の 四魂の身魂が今此処に現はれ来り言霊の 大戦ひを宣示するあゝ惟神々々 神の心を諾ひてかかる小さき湖を捨て 広き尊き限りなき天津御空の神国へ 心も広く昇り行けあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ了る。されど如何したものか、湖面の怪はいろいろと形を変じ、蛸入道や曲鬼、四つ目小僧など数限りなく浮び来り、お玉杓子の形せし火玉は幾百千ともなく唸りを立てて土手の如く集まり来り、四人の男女を十重二十重に取巻きぬ。四人は青臭い何ともいへぬ臭気に鼻をつかれ、胸塞がり、腹痛み、眼くらみて、今や如何ともする事能はざる迄弱り切つてゐる。 何時の間にやら夜はカラリと明けて、湖面より現はれ来りし怪物は一つ減り二つ減り、太陽の光線が地上を照す時には、怪物の姿は残らず消え失せて、湖面は只紺碧の波が悠々と漂ひゐるのみ。 四人は池の岸辺に端坐し、昨夜の怪を話し合ひながら、湖水の水に手を洗ひ身を清め、次いで天津祝詞を奏上し終る時しも、木の茂みを分けて此場に現はれ来る一人の宣伝使あり。よくよく見れば玉治別命なり。孫公は飛立つばかり打喜び、 孫公別『コレハコレハ玉治別さま、幾回となくお声は聞かして頂きましたが、お目にかかるは今が始めて、ようマア来て下さいました……モシモシ三人の方、これが驍名高き三五教の玉治別の宣伝使で御座います』 お愛、三公は嬉し涙にくれながら、玉治別に向つて跪き敬意を表してゐる。 玉治別『私は玉治別です。皆さま、随分能く言霊がころびましたなア。大蛇の神、随分いろいろと面白い芸当を見せてくれたでせう』 虎公『私は虎公でごわす。あなたは夜前の光景を御存じで御座いましたか』 玉治別『ハイ白山峠を一目散に駆け下り、先へ廻つて此森林に身を潜め、あなた方の言霊戦を面白く観覧して居りました。大変危ない所迄行きましたなア』 虎公『モウ少しの事で火の玉の鬼にくつつかれる所でしたが、不思議にも三尺ばかり近寄つて、それよりはよう寄りつかなかつたのです。あれだけの勢で如何してマア、もう二三尺といふ所が寄りつけないのでせうか』 玉治別『あなたの霊衣の外迄寄つて来たのですよ。霊衣の威徳に恐れて、夫れ以上は近寄れなかつたのです。さうして大蛇の奴、まだまだエライ企みをして居つた様ですが、私は此木蔭より湖面に向つて鎮魂をして居りました。それが為に猛烈なる大蛇の幕下、此山林に横行する虎、獅子、熊、狼なぞの猛獣も、害を加ふるに由なく、何れも遠く逃げ去つて了つたのです。さうして孫公さまは孫公別とか云ふ立派な宣伝使になられたさうですなア』 孫公別『ハイ、イヤモウ一寸臨時に頼まれましてやつて見ました。併し乍ら余り甘く行きませぬので宣伝使といふものは辛いものだとホトホト感心致しました。玉治別様がお越しになつたのを幸ひ、私は只今より孫公別の宣伝使を返上致します。どうぞお受取り下さいませ。イヤもう中々骨の折れた事で御座いました』 玉治別『アハヽヽヽ、誰に宣伝使を命ぜられたのですか。黒姫様からでも仮りにお貰ひになつたのですか』 孫公『イエどうしてどうして、ここは共和国で御座いますから、国民一致選挙の結果、推されて宣伝使になつたので御座います。イヤまことにモウうすい目に会ひました』 玉治別『サア皆さま、此処に居つても仕方がありませぬ。此湖水には大きな浮島が三つ四つありますから、そこ迄行つて休息を致し、今宵は其島に渡り、一つ言霊戦をひらき根本的に大蛇の神を言向和せませう。皆様サア参りませう』 と先にたつて湖畔を辿るを、四人はハツと胸撫でおろし、元気頓に加はり、後を慕うて従ひ行く。 (大正一一・九・一六旧七・二五松村真澄録) |
|
137 (2149) |
霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 01 二教対立 | 第一章二教対立〔九八九〕 亜細亜大陸の西南端に突出したる熱帯の月の国は、後世これを天竺と称へ、今は印度と云ふ。此国の東南端の海中に浮び出でたる大孤島はシロの島といふ。現代にては錫蘭島と称へられて、仏教の始祖釈迦如来が誕生したる由緒深き島である。 釈迦は此島より仏教を[※初版・三版・愛世版では「仏教を西蔵」だが、校定版・八幡版では「印度」を付け加え「仏教を、印度、西蔵」に直している。]西蔵、安南、シヤム、支那、朝鮮と、其教勢東漸して、遂に自転倒島の我日本国にまで、其勢力を及ぼしたのである。仏教は概して、有色人種の宗教となつてゐる。之に反してキリスト教は、大部分白色人種の宗教となつてゐる。土耳古、希臘の如きコーカス人種も亦、仏教の感化を受けたこと最も大なるものがあつた。 シロの島といふ意義はシは磯輪垣の約りである。シワ垣とは四方水を以て天然の要害となし、垣を作られてゐるといふ意味である。ロといふ言霊の意義は、国主あり人民あり、そして独立的土地を有し、城廓を構へて王者の治むるといふ事である。神代の昔より此島は非常に人文が発達してゐた。エルサレムに次いでの神代に於ける文明国であつた。故に之をシロの島といふ。又シロといふ別の意味はシロは知るの転訛にて、天下をしろしめす王者の居ます島といふことである。 序に島といふのはシは水であり、マは廻る言霊である。故に古は島には人の家もなく、又人類の棲息せざりしものの称へであつた。然乍此物語にも高砂島、筑紫島、自転倒島などと島の名義を以て呼んでゐるのは、此言霊の意義より言へば実に矛盾せし如く聞ゆるであらう。さり乍ら、今日の称呼上分り易きを尊んで、現代的に島と称へた迄である。其実はシロといつた方が適当なのである。 我国の武家が頭を上げてから、各地に群雄割拠し、各自に居城を作り、其武威を誇つた其城廓及び境域を総称して城といつたのも、館の周囲に堀を穿ち、水をめぐらしたから城というたのである。偶には山の上に館を建てて城と呼んでゐる変則的のものもあつた。故に之を特に山城といつて、山の字を冠してゐたのである。又島といふ字は漢字で山扁に鳥を書き、又山冠に鳥を書いてシマと読ましてあるのは、海島に数多の鳥族が棲息してゐたからである。筑紫の島とか、オーストラリア島とかいふのは、三水扁に州と書いて、現代用ゐて居る。之は字義の上からは最も適当な称呼である。此シロの島は後世、釈迦が現はれて、仏教を起す迄は、殆どバラモン教の勢力の中心となつて居たのである。後世のバラモン教は、すべての人間は大自在天の頭より生れた種族と、胴から生れた種族と、足から生れた種族と三種あるといふ教理が、深く国人の脳髄に浸み込み、頭より生れたりと称する種族は所謂此国の貴族にして、人民の頭に立ち、遊逸徒食にのみ耽り乍ら、之を惟神の真理と誤信してゐたのである。又大自在天の胴から生れた階級人は、すべて人民の上に立ち、政治を行ふ治者の地位にあつた。又足から生れたと称せらるる階級に属する民族は、営々兀々として朝暮勤労に服し、上級民族の殆ど衣食住の生産機関たるの観をなして居た。 釈迦は此国の或一孤島の浄飯王といふ王者の子と生れ、悉達太子といつた。彼は此バラモン教の不公平、不道理なる習慣を打破して、万民を平等に、天の恵に浴せしめむと思ひ立ち、自他平等の教理を樹立し、生老病死の四苦を救はむとして、彼の仏教なるものを創立したのであつた。そして此釈迦は、神素盞嗚大神の和魂、大八洲彦命、後には月照彦神の再生せし者たることは、霊界物語第六巻に示したる通りである。 地球の大傾斜せしより以前は、今の如く余りの熱帯ではなかつた。気候中和を得、極めて暮しよき温帯に位置を占めて居たのである。併し釈迦の生れたる時代は、すでに赤道直下に間近き島国となつて居たのである。印度は言ふに及ばず、此錫蘭島の住民は何れも色黒く、少しく黄味を帯びたやうな膚をして居た。 神素盞嗚大神の八人乙女の第七の娘、君子姫は侍女の清子姫と共にバラモン教の本山メソポタミヤの顕恩城を後にして、フサの国にて三五教の宣伝に従事せむとする折しも、バラモン教の釘彦の一派に捉へられ、姉妹五人は何れも半破れし舟に乗せられて波のまにまに放逐されたのである。君子姫は侍女と共に激浪怒濤を渡り、漸くにしてシロの島のドンドラ岬に漂着し、それより夜を日についで、先年友彦が小糸姫と共に隠れゐたる、神館を尋ねて進み行くこととなつた。 此神館より数里を隔てて神地の都といふがあつた。此処にはサガレン王、ケールス姫の二人が館を構へ、此島国の殆ど七分許りを統轄して居た。そしてサガレン王はバラモン教を奉じ、其妃のケールス姫はウラル教を奉じて居た。 此国の人々の言葉は残らずサンスクリツトを用ふるは言ふまでもない。されど口述者は一般の読者に諒解し易からしむる為、成る可く日本語を以て、述べることとしておく。 神地の都の少しく南方に、娑羅双樹の密生したる小高き風景よき丘陵がある。そこに二三の中流階級と覚しき黒い面の男が、展開したる原野の中に点々として咲き乱れて居る白蓮華を眺めて、酒汲みかはし、雑談に耽つて居る。一人はシルレングといひ、一人はユーズと云ひ、も一人の男はベールといふ。何れもサガレン王に仕へて居る一部の役人であつた。今日は休暇を賜はつて、ここに蓮の花見をすべく、一日の清遊を試みて居たのである。 シルレング『オイ、サガレン王様も本当にお気の毒ではないか。あれ丈好きなバラモン教を公然と祀ることも出来ず、ケールス姫様がウラル教だから、姫の方の勢力が旺盛になり、館の内は何時とはなしに、信仰争ひで、何ともいへぬ殺伐で冷たい空気が漂うて居るやうだ。王様もさぞ不愉快な事であらう。何とかして吾々の奉ずるバラモン教に立替へたいものだなア。王様計りか、吾々共も本当に不愉快で、政務も碌に執る気にならないぢやないか』 ユーズ『何を言つても、ケールス姫様がウラル教の神司竜雲を殊の外寵愛し、今ではサガレン王様よりも尊敬して居られるといふ体裁だから、何うにも斯うにも仕方がないぢやないか、又あの竜雲といふ怪物は、いろいろと神変不思議の妖術を使ひ、ケールス姫を甘く籠絡し、権勢並ぶものなき今日の有様だから、ウツカリ斯んな話しでも竜雲の耳へ這入らうものなら、それこそ大変だ。モウ此話しは打切りにしたら如何だ』 ベール『ナニ、どこの牛骨か馬骨か知れもせぬ風来者の竜雲如きに、尻尾を巻いてたまるものかい。おれは何とかして、あの怪物を征伐し、ケールス姫様の御目をさましサガレン王さまの御安心を得たいと思うて居る。これが吾々臣下たる者の、君に尽すべき最善の道だからなア』 シルレング『時にあの竜雲の奴、左守の神のタールチン殿の奥様、キングス姫と○○関係があるといふことだが、お前聞いて居るか』 ベール『聞いて居るとも、第一夫れが癪に障るのだ。それだから、タールチンさまに、此間も面会し、いろいろと忠告をしたのだが、何といつても、嬶天下だから、タールチンさまの言はれるには……今日飛ぶ鳥も落す様な竜雲さまのなさる事に、吾々が嘴を容れる場合でない、モウそんな事は今後言つてくれな……と箝口令を布きよるのだ。本当に良い腰抜だなア。閨閥関係を以て自分の地位を保たうとする、其卑怯さ、実に吾々の風上におくべき代物でないのだ。何とかして竜雲の面の皮を剥いてやる妙案はあろまいかな』 ユーズ『そりや方法は幾らでもある。併しながら大事を遂行せむとする者は、軽々に事を執つてはならない。先づ沈思黙考して敵の虚を窺ひ、時節を待つて決行するのだナア』 ベール『其決行は如何するといふのだ』 ユーズ『オイ、ベール、お前はそんなこと云つて、竜雲の間者になつて来て居るのではないか。どうも目付が怪しいぞ。自分の方から竜雲の悪口を言つて、俺達の腹を探つて居るのだらう。そんなことの分らぬユーズさまぢやないぞ』 ベール『コレは怪しからぬ。誰があんな怪物のお先に使はれてなるものかい。何程ベールの様に鳴る男でも、そんな秘密は言ふことは出来ないからなア』 ユーズ『ヤツパリ貴様は自白しよつたなア。秘密をいふ事が出来ないとは何だ。竜雲に頼まれて俺達の腹を探らうと、蓮見物に事よせ、ここまでつれ出して来よつたに違あるまい。サア斯うなる上は、モウ見のがすことは出来ぬ……オイ、シルレング、今の中にベール奴を片付けて了はうぢやないか』 シルレング『ヨシ、合点だ』 といひ乍ら、ベールに向つて武者振ついた。ユーズは後からベールに縄をかけむと組付く。さすがのベールも一生懸命になつて、二人を相手に格闘を始め、三人は組んづ組まれつ、小丘の上から麓の蓮池の中へ一塊になつて、ゴロゴロゴロと落ち込んで了つた。 此時すでに月は半円の姿を現はして頭上に輝き始めた。銀河はエルサレムの方面から印度洋の彼方に清く流れて居る。颯々たる風は蓮の池の面を撫で、葉のふれて鳴る音パタパタと聞えて居る。三人は泥池の中で、バサリ、ドブンと音を立てて泥水まぶれになつて、力限りに互角の勢で掴み合うて居る。 娑羅双樹のこもつた枝から、梟が『ホウスケホウホウ、ドロツクドロンボ、ゴロツトカヤセ、ボーボー』と鳴き立てて居る。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録) |
|
138 (2159) |
霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 11 泥酔 | 第一一章泥酔〔九九九〕 ヨール、レツト、ビツト、ランチ、ルーズの一行は瓢の酒に酔ひ潰れ、足をとられて其場に倒れたまま、廻らぬ舌の根からソロソロと下らぬ熱を吹き立てる。酒を飲めば腰を抜かす、愚図をこねる、飲まねば悪事をする、博奕を打つ、女を追ひ掛ける、如何にも斯うにも始末にをへぬ代物ばかりである。 レツト『オイ、兄弟、何といい気分になつて来たぢやないか。舌は適度に縺れて来る、足は舟に乗つた様に地の上に浮いて来た。もう斯うなつては此急坂をセツセと汗を流して、テクの継続事業をやる必要もなくなつたぢやないか……乱雑骨灰落花微塵、煙塵空を捲いて風に散る……と云ふ様な大騒動が起つて来てもビクとも致さぬ某だ。かう巧く酒の神の御守護が幸はひ給ふと、何とはなしに此間の晩のサガレン王の身の上に、一掬同情の涙を濺ぎたくなつたぢやないか。大に多恨の才士をして懐旧の情を起さしむるに足るだ。何と胃の腑の格納庫は充実し、腹中の酒樽は恰も祝詞の文句ぢやないが……甕瓶高知り、甕の腹満並べて赤丹の穂に聞し召せと、畏み畏みも申す……と云つた塩梅式だ。なあヨールの大将、もう斯んな良い気分になつて来ればヨールもヒールもあつたものぢやない。一つ此処でゴロンと木の根に薬罐を載せて一眠りする事にしようかい。枕と云ふ字は木扁に尤と書くのだからな。エー、エプツ、ガラガラガラガラ……』 ビツト『あゝ臭い臭い、チツと心得ぬか、風上に廻りよつて……八月の大風ぢやないが蕎麦の迷惑だぞ。如何やら心の土台がグラつき出して、俺やもうサガレン王様の心がおいとしうなつて来た。何程出世さして呉れると云つても、猫の目の玉ほどクレクレと変る竜雲の親方では、チツと心細いぢやないか』 ヨール『コラコラ、宜い加減に心得ぬかい。それだから余り酒を飲むなと云ふのだ。困つた代物だなア。大事な用を持ち乍ら肝腎の時に酔ひ潰れよつて、何故腹の中と相談して飲まないのだ。身知らず奴が!』 ビツト『エー、八釜しう云ふない。何れ腰が抜けるのだ。サガレン王の御威勢に恐れて腰を抜かすか、酒に酔うて腰を抜かすか、何れ腰を抜かす十分の可能性を具備してるのだよ。人の頭に立つ者は、さう何でもない事を捉まへてコセコセ云ふものぢやないわ。チツと腹を広う持ち、肝玉を太くし、心を大きうしたら如何だ。頭が廻らにや尾が廻らぬと云ふぢやないか。一体ヨールの大将は偉さうに云つてるが腰が立つのかい』 ヨール『事にヨールと立つ事もあり、立たぬ事もあるわ。兎も角大将たるものは自ら働くを要せず、克く人に任じ、大局に当り小事に焦慮らず拘泥せず、部下の賢愚良否を推知して、各其能力を揮はしむるものだよ。人の将たるべき者将に務むべき事は大将の襟度だ。俺あアル中で腰が立たなくても、貴様達を指揮する権能があるのだから、そんな心配をして呉れるな。ただ貴様達は此のヨールの命令に従つて、犬馬の労を執りさへすれば宜いのだ。エーエー、貴様達の面は何だ。四角になるかと思へば三角になり、目玉を七つも八つも十も顔にひつ付けよつて、醜面の包囲攻撃は如何に英雄豪傑のヨールさまだつて、あまりいい気持はせぬワ。チツと配下の奴どもシツカリ致さぬかい。何だ千騎一騎の場合になつて、腰が抜けたの、サガレン王が恐ろしいのと亡国的の哀音を吐き、絶望的の悲哀を帯びた其弱い言霊、実に吾々も斯様な卑怯未練な部下を引ずり出して来たかと思へば、豈絶望の淵に沈まざるを得むやだ……ゲー、ウツ、プ、ガラガラガラ、アヽ苦しい、酒の奴まで大腹川を逆流しだしたワ』 レツト『ヤイ、ヨールの大将、もう徐々と現はれる刻限ですぜ。今にエームスやテーリスの謀反人が出て来たら如何処置する考へだ。それを一つ今の中に決定して置かねば、さあ今となつて、盗人を捕へてソロソロ縄を綯ふ様なへまな事も出来ますまいぜ』 ヨール『何、心配するな。此ヨールさまには一つの考案があるのだ。君子的否紳士的文明的のやり方を以て、力一杯舌の推進機を廻転し、戦はずして敵をプロペラペラと言向和す成算があるのだ。ジヤンジヤヘールの胸中が、貴様達の様なガラクタに分つて堪るかい。何といつても其処はヨールさまだよ』 斯く話す折しも大岩の後の方から声も涼しく謡ふ者がある。五人の奴は余りの泥酔に目も碌に見えず、耳はガンガンと警鐘を乱打した様に、物の音色も弁別がつかない処まで聴音機が狂うて居る。 ヨール『そら如何だ。天は正義に与すると云つてな、俺達の誠忠を憐れみ給ひ、天の一方より妙音菩薩が、此千引の岩の後より天の八重雲を掻き分けて現はれ給ひ、鈴虫か松虫かと云ふ様な美音を放つて酒の興を添へ、疲れきつた精神に新生命を授けて下さるぢやないか。斯うなるとヨールさまも余り馬鹿にならないぞ。アーン』 レツト『何だか知らぬが、俺達には如何も苛性曹達を耳の穴へ突つ込んだ様な気分になつて来たワイ。オイ皆の奴、シツカリせぬか。どうやら怪しいぞ。雨か、風か、はた雷鳴か、地震か、親爺か、火事か、何んだか知らぬが、余りよい気分がせぬぢやないか』 ヨール『八釜しう云ふな。心一つの持ち様で、善言美詞の言霊も悪言暴語に聞えたり、又甘露も泥水の味がしたりするのだ。貴様は余り向ふ見ずに酒を喰ひよつたものだから、聴声器に異状をきたし、こんな妙音菩薩の御託宣が鬼哭愁々然として響くのだ。それよりも胴を据ゑてモ一杯やれ』 レツト『やれと云つたつて瓢箪の奴、早くも売切れ品切れの札を出しよつたぢやないか。何程尻を叩いて見た処で、もう此上は一滴の酒だつて出るものぢやない。百姓と糠袋は絞れば絞る程出ると云ふけれど、是は又如何した拍子の瓢箪やら、蚊の涙程も出て来ぬぢやないか。アーアもう何もかも嫌になつてしまつた。俺はもうサツパリ改心したよ。万々一王様が此処へお越しになつたら、低頭平身七重の膝を八重九重十重二十重に折つてお詫をして、それでも許さぬと仰有つたら首でも刎ねて貰ふ積りだ。乍然俺の首はチツとばかり必要があるから尚早論を主張し、ヨールの素首を代表的犠牲物として刎ねて貰ふのだな。大将となれば、それだけの覚悟がなくては部下を用ふる事は到底不可能だ。なあヨールの大将、吾輩の云ふことがチツとは肯綮に嵌りますかな、否肯定するでせうなア』 ヨール『八釜しいわい。何と冴えきつた音色ぢやないか。サガレン王とか何とか聞えて来る。ヤイモウ宜い加減にシツカリして腰を上げぬかい』 ビツト『何程上げと云つても、此方は万劫末代ビツトも動かぬのだから実に大したものだ。アツハヽヽヽのオツホヽヽヽだ』 歌の声は益々冴え来る。 声(サガレン王、テーリス、エームス)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も人の世は直日に見直し聞き直し 身の過ちは宣り直す尊き神の御教 曲津の神に迷はされ神地の都に現れませる サガレン王に刃向ひて悪逆無道の罪科を 重ね来りし人々もその源を尋ぬれば 高皇産霊や神皇産霊陰と陽との神々の 水火より生れし者なれば何れも尊き神の御子 時世時節の力にて醜の魔風に吹かれつつ 知らず知らずに罪の淵陥る者も最多し 皇大神も憐れみて罪や穢に染まりたる 其曲人を助けむと朝な夕なに御心を 配らせ給ひ三五の神の教やバラモンの 珍の教を開きまし此シロ島に現れまして 四方を包みし村雲を科戸の風に吹き散らし 闇に迷へる国人を明きに救ひ上げ給ふ あゝ惟神々々神は吾等と倶にあり 心穢き竜雲に媚び諂ひて諸々の 曲を尽せし人々を誠の道の教にて 言向け和し天国の栄えの園に導きて 救ひ奉らむサガレン王の神の命の御心 仰げば高し久方の天津御空に聳り立つ 地教の山も啻ならず天教山に厳高く 鎮まりいます皇神の恵の露は四方の国 青人草は云ふも更鳥獣や草木まで 清き生命を与へつつ神世を永遠に開きます 其功績ぞ畏けれあゝ惟神々々 御霊幸はひましましてビツト、レツトやヨール外 二人の御子を憎まずに救はせ給へ惟神 神の御前に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 助けにや措かぬ岩の前酒の力に倒れたる 五つの身魂に日月の清き光りを与へつつ 誠の道に帰順させ救ひ与へむサガレン王 テーリス、エームス三人連五人の男に打ち向ひ 悟りの道を説き聞かすあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 ヨール『オイ皆の奴等、もう斯うなつちや悪の身魂の年の明きだよ。今の歌を聞いたか。あれを聞いた以上は俺達の耳は爽かになり、心の眼は開き、腹の中は清まり、胸の雲は晴れ、抜かした腰は立上り、手は舞ひ足は踊り、何ともかとも云へぬ天地開明の気分が漂ひ、生れ変つた様になつて来たぢやないか。サア貴様等は何事も俺の云ふ様にすると云つたのだから、今日限り改心をして今迄の悪心を翻し、サガレン王に忠義を尽すのだよ。ヨモヤ俺の言葉に違背する奴はあるまいな』 と廻らぬ舌から、四人の部下に朧気に説き諭して居る。 レツト『誰だつて、悪を好んでする様な大馬鹿者が何処にあるものかい。お前はサガレン王が悪だ、あれをベツトして了はなくちや善の道がたたぬ。竜雲様が誠の善の神様だと、耳が蛸になる程お説教を聞かしたぢやないか。俺アもうかうなつて来ると何方が善だか悪だかサツパリ見当がとれなくなつて来た。一体本当のことはサガレン王が善か、竜雲が善か、と云ふ事をハツキリ聞かして呉れ。善と悪との衝突がなければ、元よりこんな騒動がオツ始まる道理がないのだからなア』 ビツト『こらレツト、そんな劣等な事を云ふな。もとより王様に反抗すると云ふのは悪に決つてるぢやないか』 レツト『それでも貴様、竜雲さまが斯う云つて居たよ。エー、君、君たらずんば臣、臣たるべからず、父、父たらずんば子、子たるべからず、と云はれたぢやないか。それだから俺は竜雲様は本当に偉い神様だと信じて居るのだ。天下国家の救主だから、竜雲様のために働くのは即ち神様の為に働くのだ、国民一般の為に働く善行だと確信して居るから、夜も碌に眠らず捨身的の活動をして居るのだ。誰でも竜雲を悪だと知つたら、其意志に従つて活動する奴があるものかい』 ビツト『君、君たらずとも臣は以て臣たるべし、父、父たらずとも子は以て子たるべしと云ふのが、天津誠の麻柱の大道だよ。如何なる無理難題も甘んじて受けるのが、忠ともなり孝ともなるのだ。そんな貴様の様な小理屈を云つて居ては、何時迄も世の中は無事太平に治まるものぢやないよ』 ヨール『兎も角も、此ヨールさまの命令に服従するのだ。サアこれからサガレン王様にお詫だよ』 一同『はい、仕方がないなア』 (大正一一・九・二二旧八・二北村隆光録) |
|
139 (2160) |
霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 12 無住居士 | 第一二章無住居士〔一〇〇〇〕 松浦の谷間小糸の里は、一方は千丈の深き谷間、南北に流れ、岩山の斜面に天然の大岩窟が穿たれてゐる。此岩窟に達せむとするには、細き岩の路を右左に飛び越え漸くにして渡り得る実に危険極まる場所である。一卒これを守れば万卒越ゆる能はずと云ふ天然的要害の地点である。かつてバラモン教の友彦が小糸姫と共に草庵を結び、教を開きゐたる場所は、此岩窟より四五丁手前の、極平坦な地点であつて、そこには細谷川が流れてゐる。 サガレン王は此平地に俄作りの館を結び、テーリス、エームスなどに守らしめ、自らは岩窟内深く入りて、回天の謀をめぐらしてゐた。谷路の大岩の傍に王の一行を捉へむと手具脛引いて待つてゐた竜雲の部下、ヨール、ビツト、レツト、ルーズの改心組を初め、サール、ウインチ、ゼム、エール、タールチン、キングス姫は此館と岩窟の間を往復して、暫し此処に足を止め、王の為に心身を悩ましつつあつた。 テーリス、エームスの両人は平地の館に於て、数多の部下を集め、武術を練り、竜雲討伐の準備にかかつてゐる。其処へ白髪異様の老人只一人、コツコツと杖の音をさせながら岩路を登り来り、館の前に立つてバラモン教の神文を一生懸命に称へてゐる。エームスは一目見るより慇懃に其老翁を館に引入れ、湯を与へ食を供し、四方山の話に夜を更かしながら、遂には其老翁が来歴を尋ぬる事となつた。 エームス『モシ、あなたの様な御老体として、此山路を登り来り、且又道伴れもなく行脚をなされるのは、何か深き御様子のある事でせう。どうぞ差支へなくば、概略御物語りを願ひたう御座います』 老翁(無住居士)『私は無住居士といつて、生れた所も知らねば、親も知らず、子もなし、つまり言へば天下の浮浪人だ。途中にて承はれば、此お館にはバラモン教の立派な方々がお集まりになり、武術の稽古をなさると云ふ事、私も斯う年は老つて居れども、武術が大の好物、一つ其お稽古場を拝見したいもので御座る』 エームス『無住さま、あなたは遥々と此処へお越しになつたのは、只単に武術の稽古を見たい為ではありますまい』 無住居士『武術の稽古を見せて貰ひたいと云ふのは、ホンのお前達に対する体好き挨拶だ。実の所はサガレン王様の御危難と承はり、此館にお隠れ遊ばすと聞き、はるばると尋ねて来たのだ』 エームス『其王様を尋ねて何となさる御所存か、それが承はりたい!』 と稍気色ばんで、声を知らず知らずに高め問ひかける。 無住居士『アハヽヽヽ、竜雲如き悪神に蹂躙され、金城鉄壁とも云ふべき牙城を捨てて、女々しくも二人の部下と共に斯様な所まで生命惜しさに逃げ来り、岩蜂か何ぞの様に岩窟の中に身を潜め、捲土重来の準備をなすとは、甚以て迂愚千万なやり方では御座らぬか。此方に準備が整へば、向方にも亦それ相当の準備が出来るはずだ。目的を達せむとすれば、先づ第一に間髪を容れざる底の早業を以て、短兵急に攻めよせねば、到底勝算の見込みはない。今や竜雲は勝ちに乗じ、心おごり、殆ど常識を失つてゐる場合だから、此際に事を挙げねば、曠日瀰久、無勢力なる味方を集め居る内には向方も亦漸く目が醒め、一層厳重な警備もし、防禦力も蓄へ、まさか違へば雲霞の如き大軍を以て、一挙に攻め来るやも計り難い。何程要害堅固の絶処なればとて、敵に長年月包囲されようものなら、水道は断たれ、糧食は欠乏し、居乍らにして降服せなくてはなろまい。これ位な考へなくして、如何して奸智に長けたる竜雲を討伐する事が出来ようぞ。又味方の中にも敵がある世の中、能く気をつけたがよからうぞや』 エームス『如何にも御説御尤も、併し乍ら吾々同志は王に対しては、誠忠無比の義士ばかりの集団なれば、外は知らず、決して左様な醜類は混入してゐない筈で御座ります。あなたのお目にはさう映りますかな』 無住居士『アハヽヽヽ、若い若い、現に此中には間者が交つて居る。それが気もつかぬやうな事では、如何なる目的を立つるとも九分九厘にて、顛覆させられて了ふであらう』 エームス『其間者といふのは誰々で御座いますか』 無住居士『それは今茲では申しますまい。其間者を看破する丈の眼識がなくては到底駄目だ。此館に出入する人々の目の使ひ方、足の歩き方、体の動かし方などを、トツクと御考へなされ!一目にして正邪が分るであらう』 エームスは歎息の色を表はし、双手を組み、さし俯むいて思案にくれてゐる。 テーリスは始めて口を開き、 テーリス『無住さま、今回の吾々の計画は完全に成功するでせうか。何卒御神策があらば御教授を願ひたい』 無住居士『アハヽヽヽ、成功するかせないか、知らしてくれと云ふのかな。左様な確信のないアヤフヤな事で、如何して大事が遂げられるか。第一お前達は心の置き所が違つてゐる。サガレン王に忠義の為に心身を用ゐるは、実に臣下として感ずるの至りである。が、併し乍ら、サガレン王以上の尊き方のある事は知つて御座るか。それが分らねば今度の目的は、気の毒乍ら全然画餅に帰すだらう。否却て大災害を招く因となるにきまつてゐる。それよりも今の内に甲をぬぎ、竜雲の膝下に茨の鞭を負ひ、降伏を申し込む方が近道だ。アハヽヽヽ』 と肩をゆすつて、大きく笑ふ。テーリスは少しも無住の言が腑におちず、たたみかけて息もせはしく問ひかける。 テーリス『吾々は此シロの国に於て、サガレン王よりも尊い者はないと心得て居ります。王以上の尊き者とは如何なる方で御座いますか。どうぞ御教諭を願ひます』 無住居士『其方はバラモン教の神司、兼、王の臣下であらう。三五教に信従し乍ら、時の天下に従へと言つたやうな柔弱な考へより、吾身の栄達を計る為、サガレン王の奉ずるバラモン教に入信つたのであらうがな。どうぢや、此無住の申す事に間違があるか』 テーリス『ハイ、仰せの通りです。併し乍ら決して決して心の底より三五教を捨てては居りませぬ。何れの神の道も元は一株だから吾々の行動に付いては神さまに対し、少しも矛盾はないと心得ますが……』 無住居士『何れの道に入るも誠の道に変りはない。其事は別に咎めもありますまい。さり乍らそこ迄真心を尽して王の為に努めむとするならば、至上至尊の神さまの為に、なぜ真心を尽さないのか。神第一といふ教の真諦を忘れたのか。左様な心掛では何程千慮万苦をなすとも到底駄目だ。神の御力にすがり奉りて、サガレン王を助けむとする心にならば、彼の竜雲如き曲者は、物の数でもあるまい。誠の神力さへ備はらば、竜雲如きは日向に氷をさらした如く、自然の力に依りて自滅するは当然の帰結である。何を苦しんで、数多の同志を集め、殺伐なる武術を練習するか。武は如何に熟練すればとて一人を以て一人に対するのみの働きより出来まい。無限絶対の神の力に依り、汝が霊魂の上に真の神力備はらば、一人の霊を以て一国の霊に対し又は億兆無数の霊に対しても恐るる事はなき筈、又霊力さへ完全に備はらば、汝一人の力を以て億兆無数の力に対し、又汝一人の体を以て億兆無数の体に対抗し、よく其目的を貫徹する事を得るであらう』 テーリス『重ね重ねの御教訓、身にしみ渡つて有難う存じます。就いては奥の岩窟にサガレン王が居られますから、御案内致します。どうぞ一度御面会を願ひます』 無住居士『別に王に面会する必要も認めぬ。王に於てわれに面会を望むとあらば、暫時の間タイムをさいてやらう』 エームス『何れの御方かは知りませぬが、さう固く仰有らずに、どうぞ王さまの前までお越し下さいませ。王は定めてお喜び遊ばす事でせうから……』 無住居士『アハヽヽヽ、そこが矛盾してゐるといふのだ。われは天下の宣伝使、五大洲を股にかけて万民の不朽不滅の魂に永遠無窮の命を与ふる神の使の宣伝使だ。僅にかかる小国を治めかぬる如きサガレン王に対して、われより訪問するとは、天地転倒も甚しきものだ。サガレン王は単に此島国の人間の肉体の短き生命を保護し監督するだけの役目だ。霊魂上の支配権は絶無だ。かかる体主霊従的精神の除れざる内は、いかに神軍を起すとも、悪魔の竜雲を言向和す事は思ひも寄らぬ事である。最早われは此場に用なし、さらば……』 と云ふより早く、いそいそとして立去らむとするを、テーリス、エームス両人はあわてて袖を引とめ、 テーリス、エームス『もしもし無住居士さま、暫くお待ち下さいませ。只今承はれば、あなたは天下の宣伝使と仰有いましたが、宣伝使ならば、何卒吾等が誠忠を憐み、最善の方法を教へ下さいませ。そして貴方は何教の宣伝使で御座いますか。それが一言承はりたう御座います』 無住居士『別に竜雲の如き悪魔を言向和すに就いては議論もヘチマもあつたものでない。只汝が心にひそむ執着心と驕慢心と自負心を脱却し、只々惟神の正道に立返りなばそれで十分だ。一つの計画も何も要つたものでない。アハヽヽヽ』 と言ひ棄て、又もや袖ふり切つて立去らむとする。テーリスは泣かぬ許りに跪き、無住の杖をグツト握りながら、 テーリス『エームスよ、早く王さまをここへお迎へ申して来よ。無住居士に今帰られては、吾々は暗夜に航海する舟の艫櫂を失うたやうなものだ。サア早く早く……』 と急き立つれば、エームスは打頷きながら、急いで危き岩の壁を伝ひ岩窟さして急ぎ行く。 無住『貴重なタイムを、仮令一息の間も空費するは、天地の神さまに対して、誠にすまない。最早無住の用はなき筈、よく本心に立帰り、直日に見直し聞直し、自分の心と相談をなされ』 テーリス『ハイ、重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います。就いては今暫くの間御待ちを願ひます。王さまの此処へお出でになる迄……』 無住居士『サガレン王が今の如き精神にてわれに面会が叶ふと思うてゐるか。取違するにも程があるぞよ。われの正体を感知する事が出来るか』 テーリス『ハイ神様とも宣伝使とも見分けがつきませぬ。何卒々々暫くの御猶予を御願申します』 と合掌し、熱涙を頬に流し乍ら頼み入る。 無住居士は声爽かに、老人にも似ず、勇ましき声音にて歌ひ出したり。 無住居士『あゝ惟神々々神が表に現はれて 善と悪とを立別けるとは云ふものの世の中は 顕幽一致善悪不二善もなければ悪もない 心一つの持ちやうぞサガレン王に仕へたる テーリス、エームス両人よ神を力に誠を杖に 朝な夕なに真心を洗ひ浄めてサガレン王の 君の命は云ふも更此世の祖と現れませる 皇大神の御前に天地自然の飾りなき 誠の心を捧げつつ祈れよ祈れ国の為 天地の間に生ひ立てるすべての物になり代り 罪を贖ひ千万の悩みをわが身に甘受して 神の大道にまつろひし其真心を現はせよ 神は汝と倶にありとは云ふものの汝が心 いかでか神の守らむや神の守らす身魂には 塵もなければ曇りなし心の空は日月の 光さやけく照りわたり平和の風は永遠に吹き 花は匂ひ鳥歌ひ実りゆたけき神の国を 心の世界に建設し宇宙の外に身を置いて 森羅万象睥睨し元の心に帰りなば 汝は最早神の宮神の身魂となりぬべし あゝ惟神々々神の大道をつつしみて 進めよ進めバラモンの教を奉ずる神司 それに従ふ人々よ此老翁が一言を 別れに臨みてのこしおくあゝ惟神々々 われの姿を村肝の心を定めてよく悟れ サガレン王の来る迄待ちてやりたく思へども タイムの力は何時迄も元へ返さむ由もなし いざいざさらばいざさらば二人の誠の神司 ここにて袂を別つべし』 といふかと見れば、飛鳥の如く老躯を物の苦にもせず、足を速めて、早くも濃霧の中に消えて了つた。此老人は果して何神の化身であらうか? (大正一一・九・二二旧八・二松村真澄録) |
|
140 (2163) |
霊界物語 | 36_亥_シロの島の物語 | 15 眩代思潮 | 第一五章眩代思潮〔一〇〇三〕 久方の天津御空はドンヨリとして、暗雲低迷し、四方の山々は白雲の断片を胸腹のあたりに纓め、何とはなしに蒸しあつく、風は殆ど其権威を失ひ、白楊樹のデリケートな柔かな新芽さへビクとも動かぬ陰鬱の気漂ふ。神地の城の別殿は、幾十丈とも知れぬ岩石、地球の中心より根ざしたるかと思はるる如く抜き出し、其上面は殆ど西瓜を縦に切つたやうな平面を現はしてゐる、風景よき上津岩根に建設されてある。 竜雲、ケールス姫の二人は、涼しさうな布を以て織上げたる白衣を身に着し、窓を引あけ、展開せる山野の緑を眺めて酒酌みかはし、心地よげに雑談に耽つてゐる。さしもに暑き夏の空、何とはなしに、四肢五体より滲み出だす汗水に麻の衣までアトラスの如き斑紋を描いてゐる。ふとケールス姫は竜雲の背を眺むれば、何の制縛も受けないと云つた様に、恣に滲み出でたる汗は衣を少しくこげ茶色に染め、輪廓正しく、不思議な斑紋が現はれてゐるので、近寄り見れば、人が立つてゐる様に見える。姫は何となく心掛り、竜雲の背に近寄つてよくよく覗き見れば、頭部に角を生やした鬼の形であつた。「アツ」と驚き竜雲の前に廻つて泣き伏しつつ、 ケールス姫『竜雲様、竜雲様』 と連呼し、 ケールス姫『早く其衣を脱がせ玉へ。あなたには鬼が付け狙つて居りまする。妾はそれを見るより、俄に貴方が怖くなつて参りました。否々サツパリ厭になりました。どうぞ其麻衣を脱ぎ捨てて下さいませ』 竜雲はカラカラと打笑ひ、 竜雲『アハヽヽヽ、どうせ鬼も居らうし、大蛇も居るであらう。何と云つても一国の主を放逐し、天下の覇権を握ると云ふ英雄にはすべて半面のあるものだ。神仏の心を以て如何して此大望が遂行されようか。そんな訳の分らぬ弱音を吹くものでない。そして自然的に滲み出た汗の斑痕を見て、驚くといふ者が何処にあらうか。其方も此竜雲と心を協せ、ここ迄大事をやつつけた位の悪人だから、モウ少し度胸を据ゑないと、到底生存競争の激烈なる現代に立つて、完全な生活を続くる事は出来なからうよ』 ケールス姫『何は兎もあれ、俄に吾身が恐ろしくなつて参りました。どうぞお頼みですから私にお暇を下さいませ。不義不道の行為を以て、神に対し忠実なる勤めをなしたとは如何しても考へられませぬ。私は第一にあなたに帰依し、次にウラルのお道に帰依し、次で盤古神王様の神徳に帰依した者で御座います。盤古神王様は決して悪神では御座いますまい。さすればあなたの行為を決してお許し遊ばす筈はなからうと存じます。今に如何なる天罰が酬い来るやも知れますまい。あなたは飽く迄も初心を貫徹せなくては、後へは引かない御気象だから、何程私がお諫め申しても、到底駄目でせう』 竜雲『これは又異なる事を云ふではないか。人の心は持方が肝腎だ。此竜雲だとて今日の地位に納まり返つて居られるやうになつたのは、八九分迄其方の内助に依つたからである。言はば其方は、竜雲に悪逆無道を勧めた張本人だ』 ケールス姫『エヽ何と言はれます。私が悪の張本人とは聞き捨てならぬ其お言葉……』 竜雲は嘲笑ひ、 竜雲『何を云つても同じ穴に棲む貉だから、此責任は二人で分担せなくてはならないのだ。併し乍ら今の世の中は、奸者侫人、悪逆無道を敢行する丈の器量ある者を称して、英雄豪傑、紳士紳商、国民の選良と持て囃すのだ。現代思潮の真髄を極端に体験したる吾々両人は、実に現代に於ける勇者だ、覇者だ。善悪といふものは、時と所と地位とに依つて変るものである。人間も肉体のある限りは、何と云つても衣食住の完全を望まなければ、人生は嘘だ。下らぬ古き道徳観念に捉はれ、半死人的行為をなすを以て至善の道と迷信してゐるやうな人物は、最早此世界に生存の価値もなければ、見識もない馬鹿の骨頂だ。それだからこの竜雲は無抵抗主義を標榜する人類愛善の教の三五教や、人間の階級を三段に分けて、上中下三流に対し社会的待遇を異にするやうな矛盾を、平気でやつてゐるバラモン教は猶更嫌ひだ。すべて世界の人種は有色無色を問はず、一切平等に神の恩恵……語を換へて言へば、自然の天恵は偏頗なく均霑さるべきものだ。今日の矛盾不合理極まる社会の習慣を打破し、智者をして其智を振はしめ、勇者をして其勇を活躍せしめ、自由競争を以て社会の原則となさねばならない。さすれば力一杯の大活動もする事が出来、野に叫ぶ聖人は頭を抬げて、平素懐抱せる其妙智妙案を発揮する様になるのが所謂一切平等、偏頗なき自然の神慮に叶つたものである。さうだから姫も今迄の旧慣をスツカリ放擲し、日進月歩の今日だから、吾教に従つて、世界第一の新しき女となつて、其驍名を竜雲と共に世界に輝かすだけの覚悟を持つて貰はなくちやアならない。此夫にして此妻あり、諺にも鬼の夫に蛇の女房といふ事がある。これは取りも直さず此世界を造り玉うた盤古神王さまが、比喩を作つて、世界万民の口に知らず知らずの間に伝へさせ玉うたのである。これ程鬼大蛇悪魔の蔓る世の中に処するには、それ以上の強圧力がなくては到底駄目だ。鬼と蛇との夫婦が現はれて、世界を統一するといふ予言を神さまがしておかれたのだ。其予言の体顕者は即ち吾等両人だ。自由自在に行使すべき独特の権能者だ。仮令根の国底の国が仮りにありとしても、此現幽神の三界は残らず盤古神王様の掌握し玉ふ所、盤古神王の御意に叶うた行動をなす者が如何して罪になるものか。姫も少しは胸に手を当てて、よく考へて見たがよからう。善悪不二、正邪一如と云ふではないか。人の体だつて前後ろがある。吾背中の鬼の斑紋は吾唯一の守護神が顕現したのだ。前から見れば実に円満具足の好男子、真善美の極致に達した立派な竜雲王である。裏面より見れば即ち悪鬼羅刹の首魁である。床の間の掛物を見てもさうではないか。あの通り美しい絵画が描かれてあるが、彼の軸の裏面は実に粗末な紙計りの殺風景な品物ではないか。人間の同じ一つの体にも、清浄無垢にして日月にも比喩ふべき両眼のあると共に汚穢極まる大小便の噴出口があるであらう。此噴出口が汚穢だと云つて取り去つて了ふものなら、到底全身の安静を保つ事は出来ない、従つて何程美しい両眼も忽ち其光明を失つてしまふであらう。葱の白根を見てもさうではないか。土にかくれた汚い臭気のある所に却て無限の味がある。屍のある所には鷲集り、濁れる水には数多の魚集まり来る。これ位な天地の道理が分らなくて、如何して神地の城の花形役者となつて、世に時めく事が出来るであらうか。チツと其方も改心をして貰はねば、此竜雲の社稷は到底保たれないぢやないか』 ケールス姫『そんなら盤古神王さまのお為になる事、お心に叶ふことならば、人の認めて悪逆無道とする所も、敢へて神さまはお咎めなさらないのですか。そんなら一つ伺ひますが、それだけ智謀絶倫、神力無双の竜雲さまの危き生命を助けたエームスは、なぜ牢獄へ投ぜられたのです。エームスは言つてゐたぢやありませぬか……人の生命を助くるのは、人間として最善の行ひだと思ふ。然るに思はざりき、人を助けて罪人となり、暗き獄舎につながれて、日夜苦悶をつづけねばならぬならば、吾々は最早此社会に手も足も出す事は出来ない……と云つて居りましたでせう。それは如何いふ解釈になるのでせう。一向此点が合点が参りませぬ。盤古神王さまの御為に働きながら、又もや盤古神王の為に根底の国の牢獄に身魂を投込まれるやうな悲惨な事は出来はしますまいか』 竜雲『天に風雨の障りあり、人に病の悩みあり、心に雲のかかる事あり。仮令日月晃々として下界を照らすと雖も、中空に今日の如く暗雲とざす時は、日月の光も地上に透徹せない如く、此竜雲だとてヤハリ宇宙の模型、天地の断片だから、心天の日月、黒雲に閉ざさるる事も偶にはあるであらう。されど疑の雲一度晴れなば、心天忽ち清明となり、真如の日月は其光を放つやうになつて来る。それは一時の雲の障りだ。決して曇つた空は永遠に晴らさないといふ盤古神王さまは御約束はなさらない。そんな小問題に齷齪してゐて、此一国をどうして支へ保つて行く事が出来ようか。賢いやうでも流石は女の愚痴、イヤもう呆れて物が言はれないわい、アツハヽヽヽ』 と肩をゆすつて豪傑笑ひに紛らす。其狡猾さ加減、流石の盤古神王も呆れて三舎を避け玉ふであらう。 ケールス姫は黙然として差し俯むき、暫くは善悪正邪の判断に苦しみ、或は鬼となり、或は神となり、獣となり、大蛇となり、時々刻々に吾心の変化を目撃して益々迷路にふみこみ、咫尺暗澹として壺中につめこめられたる如き心理状態となつて了つた。一方竜雲も空威張して、前の如く言ひ放つてみたものの、何とはなしに良心の囁きは彼が論旨を一々否定せむと、勢猛くいき巻き来るやうであつた。二人は黙然として暫く無言の幕をつづけてゐた。 かかる所へあわただしく顔色変へて駆込み来る一人の男は、竜雲が常に懐刀として寵愛してゐるテールといふ青年である。彼は自分の居間に閉ぢ籠り、ウラル教の経文を一心不乱に研究しつつあつた熱心なる竜雲崇拝者である。 テール『モシモシ御二方様、タヽ大変な珍事が突発致しました。悠々閑々として御座る時ではありますまい。サア一時も早く縄梯子をかけ、此岩窟をお下り遊ばし、谷川を越えて暫し御身を忍ばせ玉へ、危険刻々に迫り来る!』 と顔色変へて、何となく落付かぬ体にて言ひ放つを竜雲、ケールス姫はテールの言に打驚き、竜雲は立膝しながら、 竜雲『一大事とは何事なるか』 と忽ち形を更め、言葉せはしく問ひつめるを、テールは其前に据ゑおかれたる瓶の水を二口三口グツと呑み、胸を撫で下し、 テール『されば候、テールの吾は書斎に閉ぢこもり、神書を研究する折しもあれ、俄に騒ぐ庭の群烏、人馬の物音かまびすしく、風が持て来る攻め太鼓、はげしく追々近寄る金鼓の響、敵は間近く押寄せたり。何者の反逆なるかと、あたりを見れば廊下の勾欄、コレ幸ひと云ふより早く、猿の如くかけ登り、眼下の村手をキツと見渡し眺むれば、思ひ掛なき三つ葉葵の旗印、合点行かぬと見る内に、先に立つたるサガレン王を始めとしテーリス、エームス其他の勇将、武備をととのへ、雲霞の如き大軍を引率し、単梯陣の構へを以て三方よりチクリチクリと攻め来る、其光景の物々しさ。こは一大事と、テールは味方の守兵を駆り集め、勇敢決死の若者数十人、手鎗を揃へて寄せ来る敵に向つて、真一文字に突進し、縦横無尽に突き立て薙ぎ立て、斬りまくり、暴虎馮河の勢を以て詰め寄れば、流石の敵も辟易し、雪崩を打つて三町許り、数多の死傷者を残こしつつ退却したりと思ひきや、左右の林の中より、俄に現れ来る数万の軍勢、こは一大事、深入りしては却て敵に謀られむ、無念ながらも、予定の退却をなさむと、表門へと引返す数十の味方は、或は討たれ或は遁走し、残るはテール只一人と脆くもなりにけり。ケリヤ、ハルマの両人は、見る見る内に敵の為に捕へられ、其他の部下は卑怯にも甲をぬぎ、白旗を掲げ、敵に降服したる其腑甲斐なさ。テール一人如何に切歯扼腕すればとて、大廈の将に覆へらむとする時、一木の支ふ能はざるの如く、無念乍らも只一人、此危急を君に報ぜむが為に、群がる敵を伐立て薙立て、此処まで無事に立帰つて候。イザ早く此場を立退き玉へ。長居は恐れ、早く早く……』 と夢中になつて急き立てる。其様子の決して虚偽とも思はれねば、二人は忽ち顔色を変へ轟く胸を無理に鎮めむとすれども、俄の驚異にハートの鼓動は暴風雨の吹き荒ぶが如く、大地震の如く鎮静すべくも見えず、歯はガチガチと震ひ出し、手足は戦き見るも憐れな光景なりけり。 斯かる所へ悠々として入り来る左守神のケリヤは、テールの様子と言ひ、竜雲、ケールス姫のそはそはしき行体を眺めて不審に堪へず、三人の顔を見比べ、テールはケリヤの此処に入り来りしを見て、言葉せはしく、 テール『貴殿は左守神のケリヤ殿では御座らぬか。かかる危急存亡の場合、何悠々として御座る。早く防戦の用意をなし、敵を千里に撃退し、君の御身辺をお守りなさらぬか』 といきり切つてまくし立てる。ケリヤは少しも合点往かず、 ケリヤ『今日の如き天地寂然として声もなく、風もなき夏の日に、何をうろたへ召さるか。又竜雲さま、ケールス姫さまは、何としてかくもそはそはしく遊ばすや、合点が参りませぬ。何とか是には深き仔細が御座いませう。つぶさに仰せ付け下さいますれば、ケリヤはケリヤとしてのベストを尽し、君の御心を安んじ奉りませう』 竜雲は言せはしく、 竜雲『ケリヤ、其方は今日の敵の攻撃を何と心得居るか。一刻の猶予もあるまい。早く防戦の用意を致せ!』 ケリヤ『コレは心得ぬ其言葉、敵なきに何を以て防戦の用意に及びませう。ナニ、是は大方何かの御考へ違では御座いますまいか』 ケールス姫『エー腑甲斐なき其方の言葉、斯くの如く押しよせ来るサガレン王の大軍を、其方は何と心得て居らるるか。イヤ分つた、其方はサガレン王に内通し、王の神軍を甘く引入れ、妾を滅さむとする、憎き張本人であらう。モウ斯うなる上は容赦はせぬ、覚悟せよ!』 とケールス姫は、長押の薙刀取るより早く、ケリヤに向つて伐つてかかる。上を薙ぎ下を払ひ一進一退、水車の如く薙刀を使ふ。其修練の早業、鬼神も近付く可らざる勢なり。 ケリヤは身に寸鉄も帯びず、又余りの驚きに度を失ひ、逃場を求めて迷ひ居る。憐れやケールス姫の薙刀はケリヤの足をかすつた。「アツ」と悲鳴を上げ其場に打倒るるを姫は見向もなさず、 ケールス姫『竜雲どの、其鎗を以てわれに続かせ玉へ…』 と表をさして襷十字にあやどり、後鉢巻リンとしめ、女武者の凛々しき姿、阿修羅王の荒れたる如く駆出し見れば、人の影は何処にもなく、門番のシール、ベスの両人は門館に胡坐かき、気楽さうに鼻唄をうたひ乍ら、チビリチビリと酒を酌みかはしてゐた。ケールス姫は合点行かず、吾居間に引返せば、竜雲は奥の間に腰をぬかして身動きならぬまま、鈍栗眼をギロつかせてゐる。報告に出て来たテールは亦同じく肝玉を潰し、以前の場所につくばつた儘身動きもせず目をパチつかせてゐた。ケールス姫は言葉きびしく、 ケールス姫『テール、汝テール、虚偽の報告をなして、吾等の心を動かしたる不届きな奴、サア汝は何者に頼まれたか、一伍一什を白状致せ』 テール『ハイ、今になつて能く考へて見ますれば、あまり御両人様の御身の上を案じ過して居つたもので御座いますから、知らず知らずに眠つた間に、あんな恐ろしい夢を見たので御座いませう』 竜雲は安心と怒りの混線した声を張り上げて、 竜雲『不都合至極の卑怯者、否馬鹿者だなア。以後はキツと慎んだがよからうぞ』 テール『ハイ、誠に誠にソソウ致しました……』 ケールス姫『ホヽヽヽヽ、えらい夢の相伴をしたものだ』 (大正一一・九・二三旧八・三松村真澄録) |