| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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81 (1649) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 17 窟の酒宴 | 第一七章窟の酒宴〔五八四〕 四面岩壁を以て包まれたる広き館の内には糸竹管絃の響爽かに、飲めよ、騒げの大乱舞が行はれて居る。ずつと見渡せば中央に黎牛の皮を幾枚とも無く積み重ね、其上に見るも憎さうなる面構への蠑螈別は数多の男女に酌をさせ乍ら、墨の様な黒き酒をグビリグビリと傾けて居る。数十人の男女は何れも一癖あるらしき面構へ、けいを敲く、笛を吹く、弓弦を弾ずる、石と石とを打ち乍ら真裸の儘踊り狂うて居る、恰も百鬼昼行の有様である。 蠑螈別『ヤア大変に酔がまわつた。如何だ、皆の者共、一つ何か面白い芸当をやつて呉れないか』 黒姫『さアさア皆サン、これから須佐之男尊征伐の芝居をやりませう。丁ン助サン、お前が須佐之男尊になるのだよ、黒姫がお前の髭をむしる役、高姫さまは手足の爪を脱く役だよ』 丁ン助『エーエ、滅相な、誰がソンナ役になりませうか、爪を抜かれる様な悪い事は根つからした覚えが御座いませぬ』 黒姫『吐すな吐すな、貴様は爪に火を点して吝な事許り考へ、人を苦しめる奴だ、鷹の様に爪の長い代物だ、喰ひつめ者だ、如何でも斯うでも此婆がつめかけて抜いてやらねば措くものかいヤイ』 丁ン助『爪の長いのは、それやお前サンの事だないか。一途の川辺で往来の旅人を嚇して肝腎の身魂を引きぬく欲婆アサンだ。お前サンから爪を抜きなさい』 黒姫『能うツベコベと理窟を言ふ丁ン助だナア、エーエ憎らしい、頬辺なと抓めつてやらうか』 と鷹の様な鋭利な爪で丁ン助の頬をグツト捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い哩痛い哩、放サンかい』 黒姫『放さぬ放さぬ、神が爪を掛たら、いつかないつかな放しはせぬぞ。話すのは庚申待ちの晩だ、人の難儀は見ざる、聞かざる、言はざるの苦労人の黒姫だ。尻なつと喰ふとけ、苦労知らずの真黒々助の丁ン助奴が』 丁ン助『ヤアヤア、婆アサン、ヒヽヽヽひどい哩、ソヽヽヽそれや余りぢや、頬辺がチヽヽヽちぎれる哩』 黒姫『チヽヽヽちつとは痛からう、血の出るとこ迄、いや頬がちぎれるとこ迄、いつかないつかな放しやせぬぞや。チンチクリンのチンピラ奴、ちつとは正念が行つたか、貴様は又してもウラナイ教の裏をかく奴ぢや。今にひよつとして三五教の奴が出て来よつたならば、直に黒い黒い燕の様に燕返しの早業をやる代物だ。この黒姫が黒い目でグツと睨んだら違ひはせぬぞや』 丁ン助『もしもし高姫さま、ちつと挨拶して下さいな』 高姫『マアマア十万億土の成敗の事思へば磯の様なものだ。お前の将来のためだよ、もつともつと黒姫さま、首の脱ける処まで捻つてやりなさい、アーア一人の男を悪の道に引き入れ様と思へば骨の折れる事だワイ。もしもし大広木正宗さま、何して御座る、酒ばつかりあふつて居らずに、ちつとお前さまも此丁ン助の成敗をなさつたが宜からうにナア』 丁ン助『もうもうもう、改心致します、之からは善のぜの字も申しませぬ、飽迄も悪を立て通します』 高姫『これこれ丁ン助、何を言ふのだ、善一筋のウラナイ教の教ぢやぞい』 丁ン助『ソヽヽヽそのウラナイ教だから裏を言つて居るのだ。悪と言へば善、善と言へば悪ぢやがなア』 黒姫『はて扨て合点の悪い男ぢや、底には底がある、奥には奥がある、裏には裏がある。エーエ、もうもう手が倦うなつて来た、モウこれで勘へてやらう。いやまだまだ膏をとらねばならぬが、婆の手が続かぬから一寸一服ぢや、エヘヽヽヽ』 丁ン助『何が何だか皆サンの仰有る事は一寸も訳が分りませぬワ。善をすればお気に入るのやら、悪がお気に入るのやら、薩張り訳が分らなくなつて来た。善なら善、悪なら悪と、はつきり言つて下さい、どちらへでも私はつきます』 高姫『善とも悪とも分らぬのが神の教ぢや。人間の分際として、さう善悪がはつきりと分つて堪るものかい。何事も高姫の仰有る通りに、ヘイヘイ、ハイハイと盲目滅法に盲従すれば良いのだよ』 丁ン助『アーア又しても又しても、人の顔を抓つたり殴つたり、爪を抜いたりせねば改心さす事が出来ぬのか、そこになるとアナヽ、アヽヽヽ、何ぢやつた、忘れた忘れた。あないでも、あなでもあつたら隠れ度い様な気がします哩。あな恐ろしや、あな有難や、あな苦しや、あな痛やなア』 黒姫『矢つ張貴様は三五教に未練があるな、よしよしこれから須佐之男尊ぢやないが、頭の毛も髭も爪も一本も無い様に抜いてやらう。これこれ久助、釘抜を持つて来い』 久助『釘抜は此館には一つも御座いませぬ、如何致しませう』 黒姫『アヽそうか、釘抜は無いか、それでは仕方がない。これこれ丁ン助、貴様は余つ程幸福者だ、之と言ふも神様の御慈悲ぢや、ウラナイ教の神様の御恩を夢にも忘れてはならぬぞよ』 蠑螈別はグタグタに酔ひ潰れ、 蠑螈別『オイオイ皆の奴、何か面白い芸当をして見せぬか、折角飲んだ酒が沈んで仕舞ふ、ちつと浮かして呉れ、瓢箪ばかりが浮物ぢやあるまい、偶には人間の心も浮かさねばならぬ、それだから此世を浮世と言ふのだ』 黒姫『アヽ其瓢箪で思ひ出した、水の中に浮かして置いた二人の女、誰か行つて浚へて来い、此処で一つ面白い芸当をさして楽しまう』 蠑螈別『アハヽヽヽ、妙案々々、面白い面白い、サアサ皆の者共、二人の奴を引摺上げて此場へ連れて来い』 黒姫『こら丁ン助、其方は爪抜きの成敗を許してやる、其代りに二人の女を引摺上げて此場へ連れて来い』 丁ン助『はい、畏まつて御座います、然し乍ら私一人では到底手にあひませぬ、誰か助太刀を貸して下さいませ、一人づつ担げて連れて参ります』 黒姫『久助、貴様は丁ン助の後から跟いて、サア早く引き上げて来い』 久助『畏まりました』 と二人は表の石門を開くや否や尻端折つて池の辺を指して一生懸命に走つて来た。見れば池の辺に三男六女の神人が立つてゐる。 丁ン助『オイオイ久公、貴様先へ行かぬかい』 久助『何、俺は貴様の助太刀だ、言はば代理ぢや。貴様が先へ行つて縮尻つたら其控へに俺が出るのだ、先陣は貴様だ、早う行かぬかい』 と、尻をトンと押す拍子に丁ン助はトンと尻餅を搗く、 丁ン助『アイタヽ、ナヽヽヽ何をしやがるのだい、アーア、もう腰が抜けた。貴様が弱腰を無理に突いたものだから、腰の蝶番が折れて仕舞つたよ、貴様が代理するのだ。サアサ行け行け』 久助『触り三百とは貴様の事だ、なまくらな、起んかい。一寸押した位で腰の枢が外れる奴が何処にあるか』 丁ン助『それでも抜けたら仕方が無い、嘘と思ふなら俺を歩かして見い、一寸も歩けやせぬぞ』 久助『エーエ、腰抜け野郎だな』 丁ン助『オヽヽヽ俺は腰抜け野郎だ、それだから貴様行けと言ふのだ』 久助『俺も何だか急に足が抜けた様だ、膝坊主奴が危ない危ないと吐しよる』 丁ン助『何だ、乞食の正月の様に「餅無い餅無い」ナンテ、団子理屈を垂れない、サアサ行け行け、俺は絶対に腰が抜けた。もう一足も歩けぬ、貴様胆玉を放り出してあの池を覗きなつとして来い、帰つて申訳が無いぞ』 亀彦は二人の姿を見てツカツカと間近に進み、 亀彦『ヤア其方は悪神の眷属、能くも三人の女を苦しめよつたナア、サア返報がへしだ。股から引裂き頭から塩をつけて齧つて喰つてやらうか』 と呶鳴りつけた。二人はキアツと声を立て腰の抜けたと言つた丁ン助は真先に韋駄天走りに、雲を霞と逃げ去つた。 話変つて蠑螈別は、 蠑螈別『アーア、何だか今日は心の沈む日だ。皆の奴共、何奴も此奴も芸無し猿の唐変木許りだな、一つ面白い事をやつて見せぬか、アーア頭痛がする』 高姫『これも何かの御都合で御座いませう、さう、おなげき遊ばすには及びませぬ、日の出の神の生宮が一つ踊つてお目に掛けませう』 と高姫はお多福面をニユツと出し、山車尻をプリツプリツと振り乍ら、怪しき腰付で踊り始めた。此時慌しく息せききつて丁ン助、久助は此場に走り来り、 丁ン助、久助『タヽヽヽ大変で御座います』 と言つたきり、丁久二人は息を喘ませて此場にドツと倒れたり。 黒姫『大変とは何事ぞ、二人の女は如何致した』 久助『ドヽヽヽ如何も斯うもありませぬ、タヽヽヽ大変々々、大変と言へば矢つ張り大変で御座います』 黒姫『こら、久助、丁ン助、しつかり致さぬか、何が大変だ』 丁ン助『いやもう、タヽヽヽ大変で御座います、大変と申すより申し上げる言葉も無かりけり、アーン、アンアンアン、オーン、オンオンオン』 黒姫『エー腑甲斐無い奴だ、又歩きもつて夢を見よつたのだらう、臆病な奴だ、しつかり致さぬか』 とキユーと鼻を捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い、勘忍勘忍』 黒姫『サア、しつかりと申さぬか、様子は如何に』 丁ン助『ヨヽヽヽ様子も何にもあつたものか、ヨヽヽヽ用心なさいませ、酔つぱらつて居るどこの騒ぎぢやありませぬぞ、アヽヽヽ三五教の宣伝使、大きな男が三人とアルマの様な別嬪が而も六人、どうで、ロヽヽヽ碌な事は御座いませぬ哩』 黒姫『貴様の言ふ事は何が何だか、テンと分らぬ、こらこら久助、様子は如何だ。女は何処に居る。』 久助『女どころの騒ぎですかい、たつた今、貴方等の頸は胴を離れますよ、何卒しつかりと用意をして下さい』 高姫『お前達は何を狼狽へ騒ぐのだ、昔の昔のさる昔の根つ本の天地の始まりから、何も彼も調べて調べて調べ上げた此方ぢや、仮令百億万の敵押し寄せ来るとも、此高姫のあらむ限りは大丈夫だ、しつかり致さぬか。してして女は何と致した』 此時門前に勇壮なる宣伝歌の声、四辺を轟かし響き来たりぬ。 高姫、黒姫、蠑螈別を始め、一同は俄に頭痛み胸は引裂く許り苦しくなつて、其場にドツと倒れたり。アヽ此結末は如何なり行くならむか。 (大正一一・四・三旧三・七北村隆光録) (昭和一〇・三・二四於台湾蘇澳駅王仁校正) |
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82 (1657) |
霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 余白歌 | 余白歌 歴史にも無き神界の有様をつぶさに語るこれの神書〈第2章(三版)〉 人生における一大問題は死後の世界の有無に関はる〈第4章(三版)〉 精霊は人の本体肉体は人のしばしの仮の宮なる〈第4章(三版)〉 精霊は不老不死なり肉体は栄枯盛衰ある世なりけり〈第4章(三版)〉 永遠に不老不死なる生命をさとりし人は天国の民〈第5章(三版)〉 生前に神を信ぜず科学のみ主とせし人は根の国にゆかむ〈第5章(三版)〉 八衢に迷ふみたまは現世に罪はなけれど神知らぬ人〈第5章(三版)〉 歴史にもなき神の代の正事を四方に宣りゆく大本の道〈第6章(三版)〉 大空にかかる月日を教へとし人の教へに夢な迷ひそ〈第8章〉 から人の唱ふ誠の大方は神国の教へにそぐはざるなり〈第8章〉 暗黒の夜も明け離れ茜刺す朝日の昇る暁近し〈第9章〉 三千歳の暗も漸く晴渡り月日輝く神代待たるる〈第9章〉 世の中の物知り人も霊国に到ればはかなき姿とならむ〈第10章(三版)〉 一文字も知らぬ霊の天国に遊ぶは愛の力なりけり〈第10章(三版)〉 愛善の道に進めば天国に真信さとれば霊国にゆく〈第10章(三版)〉 穢れたる浮世の泥を清めむと世に伊都能売の神のいさほし〈第11章(三版)〉 千万年歴史の末に生まれたる吾現世に教を説くなり〈第11章(三版)〉 天国や霊国ともに地の上に開き給ひぬ伊都能売の神は〈第11章(三版)〉 煎豆に花咲く神代めぐり来て山河草木よみがへり行く〈第12章(三版)〉 浮き沈み七度八度の世の中を安く渡らむ神の恵みに〈第13章(三版)〉 生れ子の心になりて皇神に仕ふる人は天国のたみ〈第13章(三版)〉 曲神の威猛り狂ふ闇の世に安く生くるは神の御恵み〈第15章(三版)〉 天国に昇るは易し根の国に落るは難し神にある身は〈第15章(三版)〉 言の葉を改め直せ許々多久の罪も汚れも消え失するなり〈第18章〉 身に魂に曇り懸るは今までの言葉に汚れありし故なり〈第18章〉 霊幸ふ神の恵みも懲戒もおのが身魂のもちかたによる〈第18章〉 行く先は高天原と知りながら命惜しむは人の常なり〈第21章(三版)〉 遠近をくまなく照らす三五の道をうべなふ人の幸かも〈第22章(三版)〉 岸を打つ波にも力あるものを人の身として成らざるはなし〈跋文(三版)〉 ゆきつまる世を神国に開かむと朝夕道教る宣伝使かも〈跋文(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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83 (1667) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 07 空籠 | 第七章空籠〔五九七〕 秋山彦が心籠めたる宣伝歌に鬼彦、鬼虎、石熊、熊鷹其他の面々は心の底より前非を悔い、一行の前に鰭伏して両手を合せ、覚束なき言霊の息を固めて秋山彦の後につき天津祝詞を奏上し、宣伝歌を唱へ帰順の意を表したりけり。 鬼彦『素盞嗚尊様を始め御一同の方々に御礼申し上げます、吾々の如き悪魔の容器赦し難き罪人の危難をお救ひ下され、其上にも大慈大悲の大神の大御心を以て身体不自由の吾々をお助け下されし御志何と御礼を申し上げて宜しいやら、今後は心の底より悔い改めます、サアサ何卒一刻も早く此場を御立退き下さいませ、此魔窟ケ原をズツト奥へ進みますれば愈鬼雲彦の岩窟の棲家、又立派なる本城が御座いまする、其処へ参れば数多の邪人共手具脛引いて待ち構へ居れば、如何に勇猛なる貴神様も多少御苦みの事と存じますれば、吾々の言葉をお用ひ下さいまして、何卒此場より御逃れ下さいますよう』 と真心を面に表はして忠告する。亀彦は揶揄半分に、 亀彦『ホー鬼彦の大将、随分智慧が能く廻るぢやないか、親切ごかしに吾々の勇将を撃退し暫時の猶予を貪らむとする猾い計略、今此処に於て吾ら一行を苦めむとせし処、天罰立所に致り過つて味方の石弾、征矢に中り零敗の大見当違ひを演じ懲り懲りしたと見えるワイ。然し乍ら吾々は決して婆羅門教の如く、否鬼雲彦の如く善の仮面を被り天下を攪乱せむとするものに非ず、之より鬼雲彦に面会し彼をして汝等の如く心の底より悔い改めしめねばならぬ、今よりは吾々一行を旧の如くに高手小手に縛め、御苦労乍ら、此網代籠に乗せて担いで行つて呉れよ』 鬼彦『イヤ滅相な、貴神等の如きお方を本城へ迎へ入れるが最後、天地転動の大騒動、大江山の城内は乱離骨灰、落花微塵の惨状を演出するは明鏡の物を照して余蘊なきが如しであります、何卒々々此場をお引き取り下さいませ』 亀彦『貴様は矢つ張り鬼雲彦の贔屓を致して居るな、ヤア感心々々、一旦大将と恃みた者に対してそれ丈けの心遣ひを致すは人間の真心の発露である。併し乍ら此処迄思ひ立つたる吾々の心中、中途に駒の頭を立て直す事は男子として忍び難き処だ、如何しても聞かねば吾々は之より強行的行脚を続け大江山の本城に立向ふであらう』 とそろそろ歩み初めたれば、鬼彦は泣声を出し、 鬼彦『モシモシ、タヽヽヽ大変で御座います、如何に貴神方が英雄なればとて多勢に対する無勢、御苦戦の程お察し申す』 と真心より止める。部下の一同は驚異の面相を陳列して鬼彦の顔をうち衛り居る。 亀彦『何だ、女々しい事を言ふな、貴様も鬼雲彦の左守と迄言はれた男じやないか、それに何ぞや、亡国的哀音を立て絶望的悲調の涙を湛へて吾々を止めむとするは其意を得ない、之には何か深き謀計のある事ならむ、吾等一行は自由自在に山中徒歩の権利を有す、サアサ御一同様、進みて参りませう。仮令鬼雲彦百万の大軍を擁し防ぎ戦うとも此亀彦が只一人あれば沢山なり。強風の砂塵を捲き上ぐる如く、吾一言の息吹によつて根底より悔い改めしめ、悪魔の巣窟をして天国楽園と化せしめむ。ヤア面白し、勇ましし』 と独語ちつつ肩を怒らし気焔万丈当るべからず、足踏み鳴らし雄猛びする。 鬼彦『亀彦様、大変な勢でメートルをお上げになつて居られますな』 亀彦『オウさうだ、敵の敗亡目前にメートルだ、某の前進を妨げむとしてメートルの事致すと量見ならぬぞ、ジヤンジヤ、ヒエールの某を何と心得てるか』 鬼彦『ジヤンジヤ、ヒエールか、ジヤンジヤ馬か存じませぬが能う貴下はジヤンジヤを捏ねるお方ですな』 亀彦『エーエ、ジヤンジヤマ臭い、愚図々々して居ると折角上つたメートルがヒエールだ、サアサ行かう』 と又もや行かむとする。 鬼彦『アヽア、行つて下さるなと親切に申し上げても貴下は何処までも行かむとする御気色、モウ斯うなつてはゆかん乍らゆかんともする事が出来ませぬ哩』 亀彦『エ、洒落どころかい、愚図々々吐さずと此方を縛り上げて本城へ担ぎ込まぬか』 鬼彦『ソヽヽヽそれが大変で御座います、今迄の私なれば貴下等が何程行かむと仰しやつても連れて行つて手柄に致しまするが、最早天地の因果を悟り悪を悔い改めた上は、如何して之が黙つて居られませう、人の性は善で御座います、決して悪い事は申しませぬ』 亀彦『ヤア仕方のない弱虫ばかりだナア、鬼雲彦もコンナ連中を養つて居れば並大抵の事でもあるまい、思へば思へば鬼雲彦の御心中お可憐相である哩』 斯かる処へ二本の角をニユツと生した鬘を被つた五人の男、ノソリノソリと手槍を提げ、此場に現はれ来り、 男『ヤア、鬼彦の大将、お手柄お手柄、サア之から吾々が御案内申さう、鬼雲彦の御大将様子如何にと首を長うしてお待ちかね、嘸お骨折で御座つたらう』 と言ひ乍ら駕籠の中を一々覗きこみ、 男『ヤア何だ、空籠じやないか、素盞嗚尊其他は如何なされた、首尾克う生擒つたとの御注進ではなかつたか』 鬼虎、熊鷹、石熊、鬼彦は四辺を見れば此は如何に、今迄盛にメートルを上げて居た亀彦の姿も素盞嗚尊、国武彦其他一行の影も形もなくなつて居る。 鬼彦『ヤア、此奴は不思議だ、今迄此網代籠に乗せて来た一同の神人、ではない囚人何処へ姿を隠しよつたか、合点の往かぬ事である哩』 熊鷹『サア此処は名に負ふ魔窟ケ原、目に見えない悪魔が出て来よつて吾々が知らぬ間に喰つて仕舞つたのか、但は鬼雲彦の大将の威勢に恐れて自然消滅致したか、何に付けても合点の往かぬ事である哩。ヤア五人の方々、一時も早く本城へ立ち帰り此由早く注進致すな』 五人の中の一人、目を円くし、 男『ヤア何と仰せられます、一時も早く注進致すなとは合点が承知仕らぬ』 熊鷹『俺は昨日迄の熊鷹ではない、今日は立派な三五教の信者であるぞ、之より本城へ逆襲なし鬼雲彦が素首捻切り引きちぎり八岐大蛇の身魂を片つ端より言向和し、勝鬨あげるは瞬く間だ、汝は一刻も早く此場を立ち去り吾々が寄せ手の軍勢に向つて防戦の用意オサオサ怠るな』 五人は一度にいぶかり乍ら、 五人『ソヽヽヽそれは真実で御座るか』 熊鷹『真偽は今に分るであらう、汝は早く此場を立ち去れ』 この権幕に五人は互に顔見合せて、 五人『何だ、鬼彦の大将と言ひ、熊鷹の阿兄と言ひ、其他一同の顔の紐は薩張解けて仕舞ひ、今迄の鬼面は忽ち変じて光眩き女神の様な顔色に堕落して仕舞ひよつた、ハテ困つた事だワイ、善の道へ堕落するとコンナ腰抜けに成つて仕舞ふものかなア』 五人は踵を返し一目散に彼方を指して逃げ帰る。鬼彦は衝立ち上り三五教の宣伝歌を謡ひ終り、 鬼彦『サア一同の方々、如何で御座る、何だか拍子抜けがした様には御座らぬか』 一同『左様で御座る、折角張り詰めた今迄の悪心は水の中で屁を放つた様にブルブルと泡となつて消え失せました、誰も彼もアルコールの脱けた甘酒の様になつて仕舞つた、亀彦が意見をして呉れたが之も余り拠り所が無い、甘い様な辛い様な、厳しい様な寛かな様な訳の分らぬ言葉であつた。丁度甘酒に、生姜の汁を入れて飲む様なものだ、親爺の強意見を聞き乍らソツとお金を貰ふ様な心持だつた、サアサ之から入信の記念として大江山の本城に駆け向ひ鬼雲彦の素首、オツト、ドツコイ悪神の魂を抜いて助けてやらねばなるまい』 一同拍手して賛成の意を表し、鬼彦を先頭に宣伝歌を謡ひつつ、凩荒ぶ荒野原や谷川を右に左に跳び越え進む折しも、忽然として叢の中より現はれ出でたる男女の二人[※高姫と青彦]、鬼彦一行の姿を目蒐けて冷やかに笑ひ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『ヤア貴方は大江山の英雄豪傑と聞えたる御方、然るに今日のお姿は如何で御座る。薩張台なしでは御座らぬか、玉の落ちたラムネの様な判然致さぬ其顔付、狐にでも欺されなさつたか、イヤ、エ、素盞嗚尊の悪神の口車に乗せられて胆をとられ腰を抜かしたのではあるまいか、何れにしても合点の往かぬ耄碌姿、耄碌魂、脆くも敵に翻弄されてノソノソと帰り来るとは言ひ甲斐なき鬼彦一同の面々、鬼雲彦の大将に於かせられても嘸々お喜び遊ばす事であらう、持つべきものは家来なりけりと団栗の様な涙を流してお喜びになるであらう、アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 と笑ひ転ける。鬼彦はムツト顔にて、 鬼彦『エー、何処の何奴か知らぬが吾々は吾々としての自由の権利を実行したのだ、汝等の如きものの容喙すべき処でない、愚図々々吐すと言霊の発射を致してやらうか。蠑螺の如き鉄拳、否牡丹餅で貴様の頬辺を殴つてやらうか』 男女二人(高姫、青彦)『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、ヤア皆の方々、此方へ御座れ、サアサ早く』 と岩をクレツと剥れば、中には階段がついて居る。 鬼彦『ヤア何時も吾々のお通り路だがコンナ処に穴があるとは今迄知らなかつた。こいつは妙だ、ヤイ鬼虎、熊鷹、石熊其他の面々一同、見学の為めに岩窟の探険と出掛ようではないか』 鬼虎は、 鬼虎『面白からう』 と先に立つて下り行く。数百人の荒男は残らず好奇心に駆られて岩窟の中にガラガラツと田螺の殻を山の上から打ちあけた様な勢で一人も残らず転げ込むだ。忽然として現はれたる鬼武彦は岩石の蓋をピタリと閉め其上に千引の岩をドスンと載せ、 鬼武彦『アハヽヽヽ、マア之で暫くは安心だワイ』 (大正一一・四・一四旧三・一八北村隆光録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 11 宝庫の鍵 | 第一一章宝庫の鍵〔六〇一〕 神素盞嗚の瑞霊国武彦の厳霊 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦が 闇を照して英子姫悦子の姫と諸共に 鬼武彦の守護りにてさしもに猛き曲津神 鬼雲彦の一族を言向け和し服従はぬ 数多の鬼は四方八方に雲を霞と逃げ散りて 鬼雲彦は雲に乗り伊吹の山の方面に 逃げ失せたりと取り取りの高き噂を菊月の 空を照して昇り来る三五の月の夕間暮 秋山彦の門前に現はれ出でたる二人の男女 覆面頭巾の扮装に四辺を憚り声低に そつと門戸を叩きつつ頼も頼もと訪へば ハツと答へて出で来る加米公銀公の両人は 戸の隙間より垣間見て二人の姿を怪しみつ 何人なるかと訊ぬれば声淑やかに答へらく 我は日の出大神ぞ行成彦の神の宮 早く開けさせ給へかし秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり早く早くと急き立てて 何とはなしに落ち付かぬ怪しき風情に加米公は 口を尖らし呶鳴り立て日の出神とは心得ぬ 三五の月の皎々と上り初めたる夕間暮 門戸を叩き訪ふは日暮の神に非ざるか 行成彦とは嘘の皮宿を失ひ行詰り彦の 醜の命の曲神か門は締めても秋山彦の 神の司の御館汝等二人の胸の内 未だ開かぬ曲津見の醜の容れもん砕け門 摺つた門だと申さずに早く帰るがよからうぞ 日暮に門を叩く奴碌な奴ではあるまいぞ 用事があれば明日来れ此の大門は吾々が 夜昼寝ずに守る門大門開きは日の出時 其日暮しの門番も日暮の門は開かない 帰れ帰れと急き立つる。 高姫『十里四方は宮の内、大門開きの日の出神、一時も早く秋山彦の御大将に、日の出神行成彦の神の御入来と申し伝へよ、門番の分際として門の開閉を拒む事はなるまい、愚図々々致して、後で後悔するな、今宵に迫る当家の大難、救ひの神と現はれた日の出神を何と心得る』 と慄ひを帯びた癇声を張上げ、形相凄じく突立ち居る。 加米公『オイ銀公、一寸覗いて見よ、顔に白粉をべたりとつけて何だか嫌らしい女が一人、青瓢箪のやうな面をした男が一人だ。何でも大変な事がお館にあるので知らしに来たとか、此門開けねば明日になつて後悔をするとか云つて居る、どうしたら好からうかな』 銀公『何と云うても御主人様の云ひつけ、暮六つ過ぎたなら、何人が来ても開ける事はならぬとの厳命だ。ほつとけほつとけ』 加米公『それでも普通の人間ではない、神だとか云つて居るやうだ』 銀公『神にも種々ある、人を喰ふ狼もあれば曲津神もあり、鼻紙、塵紙、尻拭き紙もあるワ、ようかみ分けて判断をせないと後になつて歯がみをなして悔しがらねばならぬ事が出来するぞ、どれどれ一つ俺が覗いて様子を調べてやらう』 銀公は門の隙間より片目を塞ぎ、片目を当てて覗きながら、 銀公『ハヽヽヽヽ、彼奴ア神に間違ひないが、薑だ、咳嗽や痰の薬なら持つてこいだ。よう何だか耳に口を当てて密々話をやつて居よるワ、あの顔色の青い男はあの女のハズバンドだな、気楽な奴もあればあるものだ、人の門前に立つて意茶ついて居やがる。お月さまに恥かしくは無いだらうかなア』 青彦『モシモシ、御館に対して今夜の中に大事が突発致します、一寸先は闇の夜だ、吾々は天下を助ける宣伝使だ、どうぞ開けて下さい』 銀公『ナヽヽ何を吐すのだ、今夜のやうな明月に、一寸先は闇の夜だとはそれや貴様の心の中の事だらう、用事があらば明日来い。仮令此館に如何なる変事が突発せうとも、貴様の容喙する所ぢやない、トツトと帰れ』 高姫『左様では御座いませうが日の出神様より強つての御神勅、何は兎もあれ秋山彦の御主人に此由お伝へ下さいませ』 銀公『アヽ仕方がないな、兎も角御主人様に申し上げて来るから、それまで、貴様は此処に待つてけつかりませ、オイオイ加米公、俺が出て来るまで邪が非でも開けてはならぬぞ』 と言ひ捨て奥を目蒐けて駆け出したり。 青彦『もしもし門番さま、早く開けないか、愚図々々して居るとお前の身の上が危ないぞ。根の国底の国へ真逆様に落されると可憐さうだから気をつけてやり度いと神様の御神勅で出て来たのだ』 加米公『神勅でも何でも主人の許しなきまでは開けられぬ、根の国底の国と云ふ地獄に落ちるか知らぬが、地獄の沙汰も金次第だ、もし此門あけて地獄にでも落ちては困るから、お前さまも何々を出しなさい、さうしたら開けて上げやう、金さへあれば地獄の釜の蓋でも開くと云ふ事、鬼に酒代をやつて地獄を逃れる分別をさせなくてはならぬからサア出したり出したり、惚薬外にないかと蠑螈に問へば指を輪にして見せたげな、蠑螈でさへもそれだもの、同じ水に住む加米公に円いものを出しなさい、そつと開けてやるから』 高姫『サアこれだから瑞の霊の教は悪のやり方だと云ふのだよ、門番までが金取主義ぢや。これこれ青彦さま、この一事を見ても如何に三五教が現金主義、利己主義、吾よしの遣方と云ふ事が分るぢやないか。お前さまもよい加減に目を醒まさぬと瑞の霊に尻の毛が一本も無いところ迄抜かれて仕舞ひますぞゑ』 青彦『さうですな、隅から隅まで抜け目のないお前さまと思つて居たのに、三五教はも一つ哥兄ですなア』 加米公『エヽ、愚図々々と出し惜みをする奴だなア、何処の宣伝使か知らぬが、三五教が銭払ひがよい、吾々のやうな門番のやくざものでも、此方から何も云はぬに小判の二枚や三枚はそつと懐中に入れて呉れる、此奴はウラナイ教と見えて此方から露骨に請求しても出しやがらぬ吝嗇坊だ、それだから三五教の信者を自分が苦労もせずに掻き落しに廻つてウラナイ教に入れる事許り考へて居やがるのだ。オイオイ二人の宣伝使、忘れものはないか、何かお前は忘れて居るだらう、渡し船に乗つてもはし銭が要るぢやないか、門を潜るのに何々で潜ると云ふ法があるか、エヽ気の利かぬ宣伝使ぢやな、銀公の奴が居らぬ間に一つ権兵る積りで居たのに、先方が気の利かぬドンベイだから成功覚束なしと云ふものだ』 斯かる所へ銀公は走り来り、 銀公『ヤア加米公、御主人の申つけだ、直に門を開いてお通し申せ』 加米公『アヽさうか』 と閂を外し左右に開いて声を変へ、 加米『アヽこれはこれは立派な立派な御神徳のありさうな二人の宣伝使様、私は奥に急用あつて居りませなかつたものだから家来の奴、摺つた門だと理屈を申し、吝嗇な事を申してお金を強請つたさうで御座います、決して、当家は三五教の信者ですから、上から下まで清浄潔白お金などは手に触れるのも汚がつて居るものばかりです、此頃傭うた門番が一人御座いまして、其奴が今迄バラモン教の信者であつたものですから、二つ目にはお金の事を申しまして恥かしう御座います、決して私が申たのでは御座いませぬ、悪しからず、御主人にお会ひになつても加米公が云つたのではないと弁解して置いて下さい、兎角誤解の多い世の中、清浄潔白の加米公迄が、門番の傍杖を喰つて痛くない腹を探られるのも余り心持の好い門ぢや御座いませぬ』 と初めの作り声をいつしか忘れて元の地声になつて仕舞ひける。 高姫『ホヽヽそれでも貴方のお声が好く似てますナア、初の方は違ふ方かと思ひましたが、矢張最前のお声の持主、ようマアお化け遊ばすなア、大化物の瑞霊の乾児だけあつて化ける事は奇妙なものだ。ホヽヽヽヽ』 加米公は又もや作り声になつて、 加米公『イエイエ決して決して、初の内は私の地声で御座いました、中途に新米門番の生霊が憑きやがつて云つたのです、夫れで新米門番其儘の声が出ました。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らさうとする。 銀公『アハヽヽヽ、地獄の沙汰も加米次第だな』 加米公『地獄の沙汰も加米と銀公とで埒が明く世の中だ。アハヽヽヽ、サアサアお二人のお方、トツトとお入り遊ばせ』 二人は定つた事だと云はぬ許りに大手を振り大股に意気揚々として、のそりのそりとのさばり行く。二人は玄関にヌツと立つて家の様子を覗き込むやうな、覗かぬやうな体に聞き耳立てて居る。玄関の障子をさつと開いて現はれ出でたる一人の男、 男『オー貴方は高姫さま、青彦さま、此間は豪いお気の毒な御災難が御座いまして、其後一度お見舞に参らうと思つては居ませぬが、随分お火傷なさいましたさうで、水責、火責、煙責、眼から火の出の神様、青息吐息の顔真青な青彦さま、ようマア態々、お尋ね下さりやがつた。マアマア御遠慮がありますれば、御用事無く、とつとと入りやがるな』 と云ふかと見ればプスリと姿は消えにける。二人は玄関に立ちながら、 高姫『これだから化物教だと云ふのだよ、青彦さま、これだから私に随いて実地教育を受けねば駄目だと云ふのだよ、日の出神の眼力は違やしよまいがな』 青彦『本当にさうです、いやもう恐れ入谷の鬼子母神ですワ』 高姫『ソンナ剽軽な事を云うてはなりませぬ。お前も何うやらすると瑞の霊の悪霊に憑依されたと見える、些と確りなさらぬかい』 此時奥の方より紅葉姫は淑やかに此場に現はれ、 紅葉姫『これはこれはお二人のお方、夜中にお越し下さいましたのは何か変はつた事が在すのでは御座いませぬか、兎も角お上り下さいまして御休息の上、御用の趣仰せ聞け下さいませ』 高姫『左様ならば遠慮なく御免蒙ります、サア青彦、貴方も随いて来なさい、随分気をつけて油断せぬやう眼を八方に配るのだよ』 紅葉姫『私方は三五教の信者、善の道を遵奉するもの、御心配下さるな、滅多に陥穽もありませぬ、又地の底に魔窟ケ原のやうな隠れ場所も造つては御座いませぬ、マア悠くりと、安心して胴を据ゑて下さいませ』 高姫『此間は御主人様はお気の毒な事で御座いましたなア、何うぞ霊様なりと拝まして下さい、三五教を信仰なさつても矢張悪魔には叶はぬと見えます、大江山の鬼雲彦の部下に捕へられ嬲殺しにお遭ひなさつたさうだが、私が聞いても涙が澪れる、况して女房の貴女、御愁傷の程お察し申します』 と、そつと目に唾をつけ、オンオンと空泣きに泣き立てる。青彦はポカンとして紅葉姫の顔を見詰めて居る。高姫は青彦の裾をそつと引き、泣き真似をせよと合図をする、青彦は些しも合点行かず、 青彦『エ何ですか、私の着物に何ぞ着いて居りますか、甚う引つ張りなさいますな』 紅葉姫『オホヽヽヽ、それは御親切有難う御座います、私の主人は無事帰つて参りました、これも全く三五教の御神徳で御座います、余り三五教の勢力が強いので嫉み猜みから、ウラナイ教とやらが出来て、其処ら中を掻き廻して歩くと云ふ事で御座います、よう人の真似の流行る世の中、人が成功したからと云うて自分が其真似をして向ふを張らうと思つても、身魂の因縁性来で到底思惑は立つものぢやありませぬ、貴女はウラナイ教の宣伝使とお見受致しますが、一体ウラナイ教はドンナ教で御座いますか』 高姫『三五教はあれは元は好かつたが、今は薩張り駄目です、三五教の誠生粋の根本は、日の出神の生宮、この高姫が何も彼もこの世の開けた根本の初りから、万劫末代の世の事、何一つ知らぬと云ふものはないウラナイ教です、それだから誰にも聞かずにお家の御主人秋山彦様の御遭難もチヤンと分つて居るのです、ナンとウラナイ教は立派なものでせうがナ』 紅葉姫『死ンでも居ない吾夫秋山彦を死人扱ひなさるのは、如何にも好く分つた偉い神様ですなア、秋山彦はピンピンして居りますよ』 高姫『それは貴女身魂の因縁をご存じないからソンナ理屈を仰有るが、三五教で一旦大江山に囚はれ死ンだ処を、此高姫が日の出神の水火を遠隔の地よりかけて、神霊の注射をやつたから生返つたのだよ、サアこれからは心を改めてウラナイ教に改宗なされ』 紅葉姫『朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、三五教は世を救ふ、誠の神の御教、ウラナイ教はどうしても虫が好きませぬ、合縁奇縁蓼喰ふ虫も好き好き、えぐい煙草の葉にも虫がつく、改宗するのは見合しませう、いや絶対に嫌ですワ、ホヽヽヽヽ』 奥の方より秋山彦の声がして、 秋山彦『紅葉姫紅葉姫』 と聞え来る。 『ハイ』と答へて紅葉姫は二人に軽く会釈して奥の間さして進み入る。 二人は紅葉姫の後姿を目送しながら眼を転じて額を見れば、額の裏に鍵の端が現はれて居る。高姫は立上り、手に取り見れば冠島沓島の宝庫の鍵と記されてある。高姫はニヤリと笑ひ、これさへあれば大願成就と手早く懐中に捻込み素知らぬ顔、青彦はがたがた慄ひ出し、 青彦『もしもし高姫さま、ソヽそれは何と云ふ事をなされます、当家の什物を貴女の懐中にお入れ遊ばすとは合点が参りませぬ』 高姫『シーツ、エヽ融通の利かぬ男だな、日の出神の御命令だ、此家に冠島沓島の鍵を持つて居る事は天眼通でチヤンと睨みてある、之をかぎ出す為にやつて来たのだよ、サアサア今の中に夜に紛れて此処を立ち去り船を拵へ冠島に渡りませう』 と先に立つて行かむとする。 青彦『一応当家の方々に御挨拶を申上げねばなりますまい、何だか心懸りでなりませぬわい』 高姫『エヽ合点の悪い、愚図々々して居る時ぢやない、時期切迫間髪を容れずと云ふこの場合だ。大功は細瑾を顧みず細君は夫を顧みず、神国成就の為に沐雨櫛風、獅子奮迅の大活動早く御座れ』 と裏門よりそつと此家を逃出したり。秋山彦邸内の者は一人として二人の者の逃走せし事に気が付かざりける。二人は由良の港に駆けつけ一艘の小船を○○し、青彦は艪を操り、高姫は櫂を漕ぎ一生懸命月照る海原を漕ぎ出したりける。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 01 黄金の衣 | 第一章黄金の衣〔六一二〕 見渡す限り野も山も平一面の銀世界 人の心を冷やかにわかやる胸を撫で下ろし 雪の肌の愛娘魔神の深き計略に 押籠められて岩窟の中にて絞る涙の雨 何時しか比沼の真名井ケ原に一陽来復の春待ち兼ねて 皇神の恵の露に綻びし心切なき節子姫 此岩窟に捕はれて悲しき月日を送る内 春夏秋と十二節越えて漸う東雲の 空晴れ渡る思ひなり。 悦子姫に送られ、祖父母の家に帰り来れる節子姫は、嬉し涙に一夜を明かし、あくれば正月二十八日、平助、お楢の祖父母と共に、雪積む野路を辿りつつ、心も深き礼参り、岩公、勘公、櫟公諸共に、真名井ケ嶽の麓を指して進み行く。 お節『お客さま、御存じの通り、年を老つたる老爺サン婆アサン、それに繊弱き女の妾、思ふ様に足許も捗りませぬ。あなた方は神様にお仕へ遊ばす身の上、悦子姫様が嘸お待兼で御座いませう。何れ真名井ケ原の神様の御前にて、お目に掛りませうから、どうぞ妾等にお構ひなく、一足先へ行つて下さいませ』 岩公『左様なれば、お先へ道開けの為に参りませう。一切万事用意を整へ、お待受を致して居ります、どうか緩々お出で下さいませ。お老爺サン、お婆アサン、お節さま、左様なれば吾々三人は一足先へ御免を蒙りませう。何卒ゆるりとお越し下さいませ』 平助『アヽそれが宜しい。此方は年老つた老爺に婆ア、繊弱き娘、到底あなた方の様な屈強な若いお方と、同道するのは苦しう御座ります。又あなた方もマドロしく思はれませう。それよりも早う悦子姫様のお側へ行つて、すべての御用をお聞き下さいませ。吾々三人はボツボツ後から参ります』 岩公『ソンナラお老爺さま、お婆アさま、お節さま、一足先へ失礼致しませう。……サア勘公、櫟公、雪中強行軍だ。前進々々、お一、二、三』 と掛声諸共、バラバラと駆出しける。 お楢『アノ、夜前のお客さまの元気の良い事、……アーア、年は取りたくないものだ。これ程雪の積つた路を、猪かナンゾの様に、驀地に駆出して、早モウ姿が見えなくなつて了つた。サアサアボツボツ行きませう』 と三人は杖を突き乍ら、岩公等の通つた足跡を踏んでボツボツと進み行く。 話は後へ戻る………………………… 心の鬼に責られて泊りも得せず、雪積む夜路をトボトボと、雪しばきに向ひ乍ら、互に肩を組み合せ、西へ西へと進み行つた鬼彦、鬼虎の両人は、路踏み迷ひ、路傍の糞壺の中へ、肩を組んだまま、ドボンと転落し、頭の先から足の爪先まで、忽ち黄金仏と早替り、二人は漸く生命からがら這ひ上り、身を切る如き寒風のピユウピユウと吹いて来る中を、震へ声を搾り乍ら、 鬼彦『罰は目の前だ、コンナ事なら、頭の一つや二つ、平助老爺に叩かれても、素直に謝罪つて、泊めて貰つたが得策だつた。貴様が、テレ臭いとか、何とか言つて、痩我慢を出すものだから、コンナ目に遭つたのだよ。実に糞慨の至りだ』 鬼虎『過去つた事を、今になつて言つた所で、何になるか。過去し苦労は大禁物だと云ふ事を忘れたか。刹那心だよ。併し乍ら、斯うして居れば、着物も体も氷結して了ふ。零度以下二十度と云ふ此寒空に、糞汁の着物を着て歩いて居るのも能い加減ナものだ。况して神様は神聖な……清浄潔白をお喜び遊ばす。コンナ着物を着て、どうして参拝が出来ようか。……貴様達はまだ悪が消えないから、参拝の資格がないと云つて、神様が糞壺へ放り込んだのかも知れぬ。……アヽ寒い寒い……寒さが通り越して、体中が痛くなつて来た。そこら中錐で揉まるるやうだ。……冷たい、痛い。……アーア泣くに泣かれぬ。どうしたら宜からうなア』 鬼彦『平助やお楢に屁を噛まされ、馬鹿臭い、テレ臭い、阿呆臭い……と臭い目に会うて、其上又糞壺へ放り込まれ、……アーアぢぢ臭い、ババ臭い……此処にも平助、お楢が居よつた様なものだ。おセツない思ひをして、真名井ケ原へ進むにも進まれず………エー糞いまいましい。どつか此処らに家でもあつたら、今度は何と言つても構はぬ、無理に押入つて、焚物でも焚いて、体を温め、ゆつくり湯でも沸して浄めなくては、どうする事も出来ぬぢやないか。グヅグヅして居ると、身体強直、石地蔵の様になつて了うワ、サア往かう往かう』 二人は生命からがら、二三丁ばかり前進すると、バタツと行当つた又もや一軒の茅屋、 二人『ヨー天道は人を殺さずだ。此処に一軒屋が有るワイ。……ハテ此れは物置小屋と見える。……マア兎も角、這入つて体の処置を附けようかい』 二人は戸を押し開け、怖々這入つて見ると、暗がりに赤い物が見える。 鬼彦『ハハア、誰か火を焚いて行きやがつたなア。大方音彦、加米彦の仕事だらう』 と附近の藁を引摺り出し、火を吹き点け、真裸となり、 鬼彦『一寸是で楽だ。併し乍ら、着物を乾かさねばなるまい。……それにしても一度洗濯をして、其上にせなくては、乾いた所で、臭くて、どうにも斯うにも仕方があるまい、のう鬼虎』 鬼虎『ウン此茅屋も、元は誰か住んで居つたのだらう。井戸がある筈ぢや。一つ探して、井戸でも有つたら、俺達の着物を突込み、バサバサとやつて、充分に圧搾を加へ、水気を除り、大火を焚いて焙る事にしやうかい。……オー有る有る、グヅグヅして居ると、落ち込むかも知れぬぞ。どうやら水溜りが有るらしい。……オイ貴様火を焚く役だ、俺が暫く洗濯鬼になつてやらう。人鬼だ。婆の来ぬ間に鬼が洗濯……アハヽヽヽ』 両人は糞まぶれの着物を、水溜りに向けて、手早く脱ぎ、投げ込み、 二人『サアこれで洗濯の用意は出来た。併し乍ら着る物がない。どつか此処らに薦でもないかナア』 と二人はガサガサと、小屋の隅クラを、手探り、古薦や、古蓆を探し索めて、やうやう身に纏ひ、 二人『アヽこれで生命丈は助かつた』 と大火を焚いて、両人はあたつて居る。 鬼彦『オイ、鬼虎の大将、お前は洗濯にかかるのだよ。俺は干す役を勤めるから』 鬼虎『自分の着物は自分が洗濯し、他人の世話になると云ふやうな事は天則違反だぞ。……ヨシ、自分の丈を洗濯して、お望みとあらば、干す役もして貰はうかい。……ヤア井戸かと思へば、又糞壺だ。家の中に雪隠を拵へて置きやがるものだから、間違うのも無理はない。併しマア陥らなンだ丈は結構だ』 鬼彦『オイ鬼虎、俺の方は、どうやら本物らしいぞ、かやくが浮いて居らぬワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、鬼彦、貴様のは小便桶だ。何とかせなくてはなるまいぞ』 鬼彦『アツヽヽ、火が点きやがつた。オイ鬼虎どうしやうどうしやう』 鬼虎『雪の中へ転げ込め』 鬼彦『よし来た』 と鬼彦は、矢庭に外へ駆け出し、雪の上を転げて居る。又もや鬼虎のお米の木の着物に火が燃へ移り鬼虎は、 鬼虎『此奴ア堪まらぬ』 とザブリと水溜りへ飛び込めば、何処よりともなく怪しき笑ひ声、 声『アツハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 鬼彦『オイ鬼虎、ナア貴様は気楽な奴だ。糞責め、火責め、水責めに逢うて苦しみて居るのに、何が可笑しいのだ。怪体な声を出しやがつて……』 鬼虎『鬼虎が笑つたのぢやない、物が笑つたのぢやない。……ソレ、物が物言うとるぢやないか』 鬼彦『ヤイヤイどこの奴ぢや。何が可笑しいのだ。俺は鬼彦さまだぞ』 又もや隅の方より、 声『鬼彦、鬼虎、随分苦労をしたネー。お節の宿で半殺しに会ひ、今又此処で半殺しの様な目に遭つて、牡丹餅の様に、黄金の餡や、雪の餡を着けて、中々うまい事をやるのウ。サアこれから、俺が招待れてやらう。鬼の共喰だ、アハヽヽヽ』 鬼彦『さう言ふ声は岩公ぢやないか、奴跛の癖しやがつて、巫山戯た態をさらすと、鬼彦が承知をせぬぞ』 作り声にて、 声『此方は岩公でも無い、鬼でも無い、物ぢや、物ぢや』 鬼彦『物とは何だ、化物と云ふ事か。夜がホンノリと明けかかつて居るのに、化物が出るナンテ、チツト時季が過ぎとるぞ。化け損ひの大馬鹿者奴が』 加米彦『アハヽヽヽ、実の所は加米彦さまだ。悦子姫さまが豊国姫の神様から命令を受けて、今鬼彦、鬼虎の両人改心の為、糞壺へ陥めてあるから、グヅグヅして居ると凍て着いて了ふ。体は糞まぶれだ。早く往つて真名井の水で体を清め、此着物を着せてやれ…と仰有つて、生れてから見た事もない様な立派な着物を預つて来たのだよ』 両人一度に、 両人『ヤアそれは有難い』 鬼虎『流石は悦子姫さまだ。腕振り合ふも多生の縁、夢にも文珠堂で此鬼虎が、悦子姫さまを、間違つて叩いたお蔭で、斯う云ふ結構な着物を頂戴するのだ。 叩かれて、丸う治まる、桶の底、 だ……オイ鬼彦、俺のお蔭だぞ』 鬼彦『加米彦さま、あなたは偉いものだ。サア早く着物を着せて下さいナ』 加米彦『待て待て、これから半里許り、其儘歩いて、真名井ケ原の塩の溜りで体を浄め、それから清の井戸でマ一遍清め、三遍目に大清の井戸で浄めた上で、着物を着せて下さるのだ。今は持合せがないのだよ』 鬼彦『ナーンだ。それまで体が続くだらうか、困つた事だワイ』 斯かる所へ、岩公、勘公、櫟公の三人、息急き切つて現はれ来り、 三人『オイオイ鬼彦、鬼虎の両人、まだコンナ所に居つたのか。大変だぞ。夜前は俺達は半殺しに遇うて来たのだ。貴様も夜前泊つた位なら、鏖殺しになる所だつたよ、マアマア生命が有つてお芽出度う。……ナンダナンダ、裸ぢやないか。一体着物はどうしたのだ』 鬼彦『着物かい、着物は神様に寄附して了つたワイ』 岩公『どこの神様に寄附したのだ』 鬼彦『雪隠の神様に………。これから裸、跣足で参るより仕方が無い。貴様も一つ、摩利支天さまに、一枚脱いで寄附致さぬかい』 岩公『ヤア本当に、両人とも赤裸だなア。元気な事だ。俺達の着物を寄附してやりたいが、此方も着の身着の儘ぢや。山椒の木に飯粒ぢや、仕方が無い。マア行く所まで行かうか』 鬼虎『それだつて、裸で道中がなるものかイ』 岩公『なつてもならないでも仕方が無いワ。グヅグヅして居ると、夜前のお節さまが、おつつけ此処に出て来るぞ。コンナ姿を見つけられたら醜もない。サア行かう行かう』 鬼彦、鬼虎、岩、勘、櫟の五人は、夜の明けた雪路を、トボトボと進み行く。家の内より加米彦の声、 加米彦『オイオイ鬼虎、鬼彦。着物だ着物だ』 とボロボロの継ぎ継ぎだらけの着物を引つ抱へ加米彦がやつて来て、 加米彦『サア兎も角、当座凌ぎに、これなと着て行け』 鬼虎『ヤア、全然東海道以上だ、百ツギも二百ツギもやつた着物だ。…………エヽ仕方が無い。鬼彦、これでも無いより優しだ。拝借しようかい』 鬼彦『さうださうだ、寒い時に穢い物なし』 と手早く加米彦の手よりひつたくり、クルクルと身に纏ひ、 鬼彦『アヽなんだか、ウヂウヂするぢやないか』 加米彦『定つた事ぢや。虱の本宅だ。サアサア進もう進もう』 と雪路を西へ西へと走りゆく。道端に小瀟洒とした綺麗な家が左側に建つて居る。一人の綺麗な娘、戸口を開け、 娘『もうしもうし、あなた方は、真名井ケ嶽へ御参詣の方と見えますが、此雪路に嘸お困りでせう。湯も沸いて居ります。どうぞ一服して行つて下さいませ。別にお茶代の請求も致しませぬ。今日は親の命日で、お茶や御飯のお接待を致して居ります。サアサアどうぞ這入つて往て下さいませ』 鬼彦『ヤア捨てる神もあれば拾ふ神も有るとは能う言つた事だ。皆さま一服さして貰ひませうかな』 と鬼彦は早くも先に立ち、屋内に飛び込みたり。 娘『サアサア皆さま、お這入りなさいませ』 加米彦は、 加米彦『アイ御免よ』 と尻振り乍ら這入り、 加米彦『ヨー、此処の家は、外から見た割とは広い家だ。……さうしてお娘、コンナ小広い家にお前一人居るのかい、随分険呑なものだなア。大江山の鬼雲彦の乾分、鬼虎、鬼彦がやつて来て、お節女郎の様に掻攫へて帰ぬかも知れませぬぞ。気を付けなさいませや』 娘『ホヽヽヽ、鬼虎も、鬼彦も、今日の様に、善の途に堕落して仕舞へば、モウ駄目ですよ。お節の家では断られ、糞壺へは落ち込み、薦を着ては火に舐められ、虱だらけの着物を着て、ウンバラ、散バラ若布の行列、褞褸の親分、雑巾屋の看板も跣足で逃げると云ふ様な、立派な着物をお召しになつて、真名井ケ嶽へ参拝する様になつては、モウ駄目ですワ、ホヽヽヽ』 勘公『ヤア此奴ア妙だ。優しい顔をして居乍ら、口の達者な女だ』 娘『マアマア皆さま、ゆつくりなさいませ。併しプンプンと匂ふぢやありませぬか、裏に溜池が有ります。あの池の外で、頭から水をかぶり、鬼彦、鬼虎さまは、洗濯をして来なさい。モシモシ岩さまとやら、あなた、此処に横槌が御座います。二人の髻を掴んで、溜池に突込み、石の上でキユウキユウと踏み潰し、此横槌でコンコンとこづいて充分に圧搾をかけ、火に焙つて、綺麗サツパリと洗濯をしてあげて下さいナ』 鬼彦、鬼虎『馬鹿にしやがる。着物と人間の体と一つにしられて彦も虎も堪まるものかい』 娘『キモノ弱い人は、キモノ弱いのも、おなじことぢや。一遍洗濯して、糊でも着けねば腰が立つまい。よつぽどよい腰抜野郎だからなア』 鬼彦『馬鹿にしやがるない。貴様は一体何者だ』 女白き牙をニユツと出し、目をクルリと剥き、腮をしやくり乍ら、 娘『あてかいな、あてい……あの……おコンと云ふ者ですよ』 鬼彦『エイ、狐みたいな名の奴だ、大方……狐が瞞しとるのぢやないかナ』 おコン『雪に閉され、誠にコン窮千万、どうぞコン夜丈お泊め下されと、コン願したが、平助爺に、コンと肱鉄砲を喰はされ、コンな事なら、悪い事するぢやなかつたのに、エーエ仕方がない、コン夜は雪の路を、コンパスの続く限り歩かうかと、二人はコン限り力限り走つた揚句に糞壺の中へコン倒し、コンな因果が古コンを尋ねても、又と一人あるものか………とコン惑の態、茅屋の中へ飛び込み、薦を被つて火に焙り、やつと安心する間もなく体に火が燃えつき、雪の上に転げるやら小便桶へ陥るやら、コン難の最中に加米公の御親切な御志、虱の宿の様な襤褸の錦を恵まれて、此処までやつて来たお前ぢやないか。是れから此オコンさまが、アンナ失敗を今後繰返さぬ様に、コンコンと説諭してあげよう。早く体を洗つて出て来なさい。炬燵へでも潜り込んで、ゆつくりと、おコンの話を聞かつしやいツ』 岩公『兎も角も、此縁の端を貸して貰ひませう。二人の体の処置をつけなくては、どうする事も出来ませぬワイ』 鬼彦、鬼虎は、裏口の溜池にて、薄氷の張つた池水を掬ひ乍ら、ザブザブと御禊をやつて居る。二人は体を清め、ビリビリ震へ乍ら、 鬼彦、鬼虎『アヽ皆さま、お待たせしました。これで気分がサラリとした。併し困つた事にはお召物の心配だ。どうしたら宜からうかなア』 おコン『ホヽヽヽ、ご心配なされますなお二人様、お召物はチヤンと此処に用意致して御座います。悦子姫さまが前以てお預けになりました。サアサア御遠慮なしにお召し遊ばせ。……これが鬼彦様のお召物……此方が鬼虎さまのお召物ですよ』 鬼彦、矢庭にグルグルと身に纏ひ、 鬼彦『ヤア立派な物だ。これは正しく宣伝使の装束だ……ヤアナンダ、妙な物が貼つてあるぞ。……エ……鬼彦を改名して、只今より彦安命と名を与ふ……ヤア有難い有難い、何だか鬼の字が癪に障つて仕方がなかつた。サア是れから彦安命の宣伝使だ。……オイ鬼虎、今日から俺の弟子にしてやらう。オツホン』 鬼虎『アハヽヽヽ、彦安命さま、誠に済みませぬが、拙者も虎彦命と名を与ふ……としてあるのだ。五分五分だよ。サア勘、櫟、岩、只今より天下晴れての三五教の宣伝使だ。左様心得たが宜からうぞ』 岩公『ヘン馬鹿にしやがるワイ、糞宣伝使奴が。雪隠虫奴が。平助に屁を嗅がされて、お楢に追ひ出され、宣伝使もあつたものかい、アハヽヽヽ』 おコン『サア皆さま是からが正念場だ。十四五丁進めば、愈真奈井ケ原の聖地に着く、此処で天津祝詞を奏上し、天の数歌をあげてお出なさい。妾が導師を致しませう』 と、声も涼しくおコンは祝詞を奏上する。一同その後に従いて、一心不乱に合唱する。平助、お楢、お節の三人、杖を突き乍ら、ヒヨコヒヨコと此処に現はれ、 平助『お前は昨夜の御客ぢやないか。大勢の方が、コンナ雪の中に赤裸になつて、何をして御座るのだ。皆さま、サアサア行きませう。着物はどうしなさつた』 『ハツ』と一同気がつけば、野雪隠を中央に、一同手を合せ、一生懸命に祝詞を奏上して居た。後の山より狐の鳴き声二声、三声、 鳴き声『コンコン、カイカイ』 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録) |
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86 (1690) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 02 魔の窟 | 第二章魔の窟〔六一三〕 平助親子三人に声かけられて鬼彦、鬼虎、岩、勘、櫟の一同は、フト気がつけば野中の汚き雪隠を中央に両手を合せ、一生懸命に祝詞を奏上し居たりける。 鬼彦『アヽ、馬鹿らしい、大きな顔して日中に歩けた態ぢやない哩。これと云ふも全く大江山の鬼雲彦に加担し、所在悪を尽して来た天罰が報うて来たのでせう。身魂の借銭済しと思へば結構だが、何時の間にやら五人が五人とも生れ赤子のやうに真裸になり、褌一つ持たぬ無一物となつて仕舞ひました。男は裸百貫だ、サアこれから男としての真剣の力を試す時だ、精神さへ確りして居れば少々の雪だつて感応へるものか、力士は寒中でも真裸だ、サアサア皆さま往きませう』 と鬼彦は先に立つ。 岩公『何とマア、裸の行列と云ふものは、見つともないものだ。それにつけても鬼彦は叮嚀な言葉を使ふかと思へば忽ち荒つぽい言葉になる、何ちらにか定めて貰はないと吾々が応対するについても方針が定まらないからなア』 鬼彦『本守護神や、正守護神や、副守護神の言葉が混合して出るから仕方がありませぬわいやい。オイ岩公、今暫く辛抱なされませ、此鬼彦も些と許り精神が落着を欠いで居るからなア』 と云ひつつ大股に雪路を跨げ山深く進みゆく。正月二十八日の太陽は晃々として輝き、徐々雪は解け初め、真名井ケ嶽より転げ落つる雪崩の大塊は、幾十ともなく囂々と音を立て落下する其剣呑さ。忽ち落下し来る大雪塊に押潰され、お節は首から上を出して悲鳴をあげ、 お節『お助けお助け』 と声限りに叫び泣く。 鬼彦『オイ鬼虎、去年はお節さまを苦しめた、其お詫にあの雪塊を取り除けて命を助け、お詫をしやうぢやないか』 鬼虎『さうぢや、お詫をするのは今ぢや、今を措いてコンナ機会があるものか。モシモシお節さま、今私がお助け致します、暫く待つて下さい。エイエイ固い雪塊だ、冷い奴だなア』 お節首を左右に振り、 お節『いゑいゑ仮令死すとも鬼彦や鬼虎のお世話にはなりませぬ、どうぞ外のお方、出てきて助けて下さいませ』 鬼彦『エヽ、何処迄も執念深いお節さまだナア、危急存亡の場合人嫌どころぢやあるまい。サア鬼虎貴様と二人、今がお詫のし時だ、サア来い一二三つ』 と雪塊にむかひ真裸の体を打つける。さしもの大塊突けども押せどもビクともしない。 平助お楢は泣き声を振り絞り、 平助『アヽ、私達程因果なものが三千世界に又とあらうか、折角機嫌のよい姿を見てやつと蘇生の思ひをしたと思へば、一日経つや経たずの間に、又もや不慮の災難何うして之が生て居られう。オイお楢、お前も私も是から娘と共に十万億土の旅に出かけませう。サア用意ぢや、よいか』 お楢『ハイハイ私も女の端くれ、親子三人此場で潔く命を果し、神界とやらに参りませう。コレお節、婆は一足先へ行く程にどうぞ悠くり後から来て下さい、六道の辻で婆と爺とが待つて居ます、オンオンオン』 平助『これやこれやお楢、何事も運命の綱に操られて居るのだ。此期に及んで涙は禁物だ、サア潔く』 と云ふより早く懐剣抜く手も見せず、吾と吾腹にぐつと突き立てむとする。鬼彦は驚いて平助の利き腕を確と握り、 鬼彦『ヤア、お爺さま待つた待つた、死ぬのは早いぞ、死んで花実が咲くものか、此世で安心をせずにどうして彼の世で安心が出来ると思ふか、マアマア待つた待つた、短気は損気だ』 お楢『平助どのさらば』 と又もや短刀を抜くより早く喉に突き刺さむとする一刹那、鬼虎は吾を忘れてお楢の利き腕グツと握り、 鬼虎『お婆アさま待つた待つた』 お楢『ヤア誰かと思へば大江山の鬼雲彦の乾児であつた鬼虎だな、エヽ汚らはしい、構つて下さるな、婆の命を婆が捨てるのだ。お前に厘毛の損害を掛けるのでない、放つて置いて下さい、入らぬお世話だ、あた汚らはしい、お前のやうな悪人に助けられて何うしてノメノメ此世に生て居られるものか、エヽ放つて置いて下さい』 鬼虎、涙声になつて、 鬼虎『お楢さま何うしても私の罪は赦して下さいませぬか』 お楢『定つた事だ、死んでも許しやせぬ、仮令ミロクの世が来てもお前の恨は忘れるものか』 鬼虎『お楢さま、ソンナラ貴女の手にかけて、私を思ふ存分弄り殺しにして下さい。さうしたら貴女の恨は些とは晴れませう、さうして私の罪を忘れて下さいませ』 平助大声に泣きながら、 平助『コラコラお楢、もう好い加減に愚痴を云うて置かぬかい、是丈前非を悔い善の魂に立ち復つた鬼彦、鬼虎の両人、此上愚痴を零すと却つて此方が深い罪になるぞ。夫よりも潔く娘と共に神界の旅を致さうぢやないか、娑婆に執着を些とも残さぬやうにして呉れ、アヽ鬼彦、鬼虎両人さま、貴方方の真心は頑固一辺の平助も骨身に徹へました。決して決してもう此上は貴方を恨みませぬ、どうぞ手を放して下さい』 鬼彦『どうしてどうして貴方方を見殺しにしてなるものか、短気を起さずに、も一度思ひ直して下さい、オイ鬼虎、お楢さまの腕を放すぢやないぞ、確り掴まへて居て呉れ、これやこれや岩公、勘、櫟、早くお節さまを救ひ出さぬか、何を愚図々々致して居るのぢや』 岩公『最前から吾々三人が此通り雪塊除けに尽して居るのが分らぬか、サアサアお節さま、もう大分に軽くなつたらう、一寸動いて見て下さい』 お節『ハイハイ有難う御座います、息が切れさうにありましたが、追々とお蔭様で楽になつて来ました、も些し取り除けて下されば大丈夫助かりませう、モシモシお爺さま、お婆アさま、どうぞ確りして下さいませ、節はどうやら助けて貰へさうで御座います』 平助、お楢一時に、 平助、お楢『ヤアヤアお節助かるか、それは何よりぢや、お前が此世に生て居るのなれば、爺や婆は、どうして此世を去つてなるものか、もう皆さま安心して下さい、死ねと仰有つても死ぬものぢやない、お前さまも鬼彦、鬼虎と云つて随分悪人だつたが、好うそこまで改心が出来た。サアサア神様にお礼を申ませう』 岩公『モシモシ、お爺さま、お婆アさま、それや結構だがまだ此雪塊は容易にとれないのだ、お前さま等は祝詞を上げて下さい、これやこれや鬼彦、鬼虎、もはやお爺さまお婆アさまの方は安心だ、此方へ加勢だ加勢だ』 鬼彦『おうさうだ』 と鬼彦、鬼虎は雪塊除けに全力を尽して居る。漸くにして雪塊は取り除けられ、お節はむくむくと起き上り、嫌らしき笑ひ声、舌を四五寸許りノロノロと出し、 お節『キヤアツキヤアツキヤアツキヤハヽヽヽ』 と尻を引き捲くり、トントントンと山奥さして姿を隠したりける。 五人の男は肝を潰し腰を抜かさむ許りに、嫌らしさと寒さに慄うて居る。平助お楢の二人は皺嗄声を張上げながら、 平助、お楢『オイお節、オーイオーイ、爺と婆とは此処に居るぞ、待つて呉れ待つて呉れ』 と呶鳴りながら、雪崩の落下する谷道を危険を忘れて杖を力に倒けつ転びつ上り行く。五人の裸男は二人の後を慕ひ、 五人『爺さま婆さま危ない危ない、待つた待つた、お節さまと見えたのは化物だつた、命あつての物種だ、危ない危ない』 と声を限りに後から追つかける。爺サンと婆サンは一生懸命無我夢中になつてお節の後を追つて行く。 お節は或谷川を左右に猿の如く飛び交ひながら、とある行き当つた岩石の前にピタリと倒れ、其儘姿は白煙、雪解けの雫の音は雨の如く梢よりポトリポトリと落ち下る。平助夫婦はハツと許り此場に打ち倒れ、前後も知らず泣き沈む。五人の裸男此場に現はれ、気絶して居る平助お楢に其辺の雪を口に含ませ、一生懸命に神霊注射を行ひければ、老夫婦は漸くウンと息吹き返し、又もや『お節お節』と泣き叫ぶ。 鬼虎『ヤア此処は魔の巌窟だ、去年の今頃だつたな、鬼雲彦の命によつて此巌窟にお節さまを押し込め、固く出入出来ないやうにして置いたのは俺だ。其後鬼雲彦の大将チヨコチヨコとやつて来る筈だつたが、お節の事を念頭から遺失して居たのか、未だ一回も此岩を接触つた痕跡がない、一年位の食料として勝栗が沢山入れてあれば滅多に飢死して居る筈も無からうし、水も天然に湧き出て居るから寿命さへあれば生て居るのだらう、最前のお節と思うたのは何でも妖怪変化であつた。サアサア爺さま婆アさま、此鬼彦、鬼虎が改心の証拠に真実のお節さまに遇はして上げやう。何卒これで日頃の恨を晴らして下さい』 平助『真実の娘に遇はして下さるか、娘さへ無事に生て居れば、今迄の恨も何もすつかり忘れて了ひませう、ナアお楢、さうぢやないか』 お楢『どうぞ早う助けて下さい、真実の娘が見たい哩なア、オーンオーンオーン』 と泣きそそる。鬼虎、鬼彦は四辺の手ごろの石を拾ひ、一イ二ウ三つと合図しながら岩壁を一度に力限り撲つた。岩の戸は内に開いて中には真暗の道がついて居る。 鬼彦『サア開きました、誰も這入らないと見えて随分エライ蜘蛛の巣だ、オイ岩公、其辺の木の枝を折つて来い、さうして貴様蜘蛛の巣払ひだ』 岩公『妙な巌窟もあつたものだ、よし来た』 と傍の常磐木の枝を折り取り、左右左と振りながら暗き巌窟の奥を目蒐けて進み入る。鬼虎は後振り返り、 鬼虎『お爺イさま、お婆アさま、巌窟の中は大変に危険で御座います、暫く此処に待つて居て下さい、お節さまを立派にお連れ申て帰つて来ます』 お楢『ハイハイ有難う、何卒一時も早う会はして下され』 平助『何卒皆さま頼みます』 鬼虎『承知しました』 と段々と奥へ進みつつ鬼彦に向ひ小さい声で、 鬼虎『オイ鬼彦、此処へ押込めてからもう一年になるが、鬼雲彦の大将其後一度も此処に来て居ないやうだ、万々一お節さまが死んで了つて居つたら、老人夫婦にどうして云ひ訳をしたら好からうなア、屹度夫婦は又喉突き騒ぎをやるに極つて居る。ハテ心配な事ぢやないか』 鬼彦『ナニ心配するにや及ぶまい、屹度神様が守つて居て下さるだらう。ソンナ入らざる取越苦労をするよりも、一刻も早う前進して安否を探ることにしようぢやないか。もし万々一お節さまが死んで居たら、吾々も罪滅しに潔く割腹したらよいぢやないか』 岩公『オイ勘公、櫟公、何だか今日は怪体な日ぢやないか、彼方にも此方にも死ぬだの割腹だの国替だのと縁起の悪い事許り云ひよつて、俺達も何だか大変気にかかり、穴へでも這入り度いやうになつて仕舞つた』 勘公『既に吾々は穴へ這入つて居るぢやないか、穴阿呆らしい』 一同『アハヽヽヽ、向ふに明かるい影が見えるぞ。大方彼処の辺りだらう、ナア鬼彦、あの辺がお節さまの隠してある処でせう』 鬼彦『ウンさうだ、もう其処だ、急げ急げ』 と一行五人は岩彦を先頭に巌穴の幽かな光を目当てに進み行く。 (大正一一・四・二一旧三・二五加藤明子録) |
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87 (1692) |
霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 04 羽化登仙 | 第四章羽化登仙〔六一五〕 名さへ恐ろしき魔の岩窟よりお節を救ひ出し、鬼彦一行五人は裸のまま、比治山颪に吹かれ、震ひ震ひ平助親子を先に立て、雪解の山坂を登り行く。 岩公『アヽ平助さま、お楢さま、年寄りの身で、此山坂をお上りになるのは、大抵の事ぢや有りますまい。お節さまも永い間、岩の中に押し込められ、足も弱つたでせう。どうぞ、吾々は若い者、あなた方を負はして下さいませぬかナア』 平助『イエイエ滅相な、ソンナ事をすると、参詣つたが参詣つたになりませぬ。人様のお世話になつて行く位なら、婆アと二人が炬燵の中から拝みて居りますわ』 岩公『これはしたり平助さま、それもさうだが、吾々を助けると思つて、負はれて下さい。実の事を云へば、赤裸で風に当られ、何程元気な私達でも、辛抱が出来ませぬ、負はして下さらば、体も暖くなり、又お前さま等も楽に参れると云ふものだ。此れが一挙両得、私も喜び、あなた方も楽に参れると云ふものぢや。神様は好んで苦労をせよとは仰有らぬ。チツとでも楽に信神が出来るのを、お喜びなさるのだから、どうぞ痩馬に乗ると思つて、私の背中にとまつて下さいな』 平助『お前の背中は宿屋ぢやあるまいし、………鳥かなぞの様にトマル事が出来るかい。あまり人を馬鹿にするものぢやない』 岩公『ヤア是れは是れは失言致しました。どうぞ三人さま共、御馬の御用を仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 平助『コレコレお楢、お節、大分キツイ坂ぢや。裸馬に乗ると思うて、乗つてやらうかい』 お楢『アハヽヽヽ、二本足の馬に乗るのはお爺サン、ちつと剣呑ぢやないかい』 平助『ナアニ、此奴ア六本足だ。本当の馬より大丈夫かも知れぬ』 岩公『おぢいさま、六本足とはソラどう言ふものだ。三人一緒に勘定しられては、チツと困るデ……』 平助『ナニお前、三人寄れば十八本だ。お前一人で六本ぢや。肉体の足が二本と、副守護神の四足と合はしたら、六本になるぢやないかい』 鬼彦『アハヽヽヽ、馬鹿にしよる。俺達を獣類扱にするのだなア』 平助『定まつた事だよ。狐とも、狸とも、鬼とも分らぬ代物だ。六本足と言うて貰うのはまだ結構ぢや』 鬼彦『エツ、寒いのに仕様もない事を言つて、冷かして呉れないツ………ナア鬼虎、寒いぢやないか』 鬼虎『ウン、大分に能く感じますなア、………もしもしおぢいさま、お婆アさま、どうぞ吾々を助けると思うて、背中に乗つて下さい………アヽ寒いさむい、お助けだ』 平助『アヽそれならば、お楢や、お節、乗つてやらうかい。大分寒さうぢや。チツと汗を掻かしてやつたら、温もつてよからう。これも神様参りの善根ぢやと思うて、少々苦しいても辛抱してやらう。其代りにお前達、落す事はならぬぞ、落したが最後神罰が当るから、鄭重にお伴するが良いワ』 鬼彦、鬼虎『ヤア早速のお聞届け、鬼彦、鬼虎、身に取り、歓喜雀躍の至りで御座います』 平助『コレ、彦に、虎、誰がお前の様な、意地癖の悪いジヤジヤ馬に乗るものか、わしの乗るのは岩馬ぢや。婆アは勘馬の背中に、お節は櫟馬の背中に乗つて往くのだよ。大きに、御親切有難う』 鬼虎、鬼彦『どうしても吾々には、御思召が御座いませぬか』 平助『エー、何程金を呉れたつて、お前等の様な者に乗つて堪るかい。体が汚れますワイ。一寸の虫も五分の魂だ。酷い目に遇はされて、負うて貰つた位で、恨みを晴らす様な腰抜があつてたまるものか。何処までも、お前の御世話にやなりませぬワイナ』 鬼虎『アーア、執心の深いお老爺さまだ。併しこれも身から出た錆だ。………エー仕方がない、寒い寒い、体も何も氷結しさうだ。比治山峠に於て、首尾能く凍死するのかなア……オイ鬼彦、一つ……モウ仕方がないから、裸を幸ひ、相撲でも取つて、体でも温めやうぢやないか』 鬼彦『オウさうぢや。良い所へ気が付いた』 と二人は少し広い所に佇み、両方から力を籠めて、押合ひを始め出した。あまり力を入れすぎ、ヨロヨロと、鬼彦が蹌跟く途端に、二人は真裸の儘、雑木茂れる急坂をかすり乍ら、谷底へ落ち込みにける。平助は背中に負はれ乍ら、 平助『アーア罰は目の前じや。あまり悪党な事をすると、アンナものぢや。神様は正直ぢやなア。……オイ岩公、貴様も彼奴等の……もとは乾児ぢやつたらう。今日は俺のお蔭で温い目に会はして貰うて、さぞ満足ぢやらう。アハヽヽヽ』 岩公『コレコレぢいさま、お前さまも好い加減に打解けたらどうだイ。あれ丈鬼彦や、鬼虎の哥兄が改心して、一生懸命に謝罪つて居るのに、お前さまはどこまでも好い気になつて、苦めようとするのか……イヤ恥をかかすのか。斯うなると、此岩公も却て二人の方に同情したくなつて来た。エー平助ヂイ奴がツ……谷底へ放り込みてやらうか。好い気になりよつて、あまりだ。傲慢不遜な糞老爺奴が……』 平助『コラコラ岩公、滅多な事を致すまいぞ。コンナ所へ放られようものなら、それこそ一たまりもない、俺の生命は風前の灯火だ。気を附けて行かぬかい。……第一貴様の足は長短があつて、乗心地が悪い。其跛馬に乗つてやつて居るのに、何ぢや、其恩を忘れよつて、御託吐すと云ふ事が有るものか。グヅグヅ云うと、鬢の毛をひつぱつてやらうか』 岩公『アイタヽヽ、コラぢいさま、ソンナ所を引つ張られると、痛いワイ』 平助『痛い様に引つ張るのだ。サアしつかりと上らぬか、………モツとひつぱらうか』 岩公『オイ勘公、櫟公、どうぢや、大変都合が好い所が有る。三人一度に此処から転げたろか。あまり劫腹ぢやないか、此糞老爺奴、馬鹿にしやがる。裸一貫の荒男を掴まへて、爺、婆アや阿魔女に、コミワラれて堪まるものかい。此処まで、吾々も善を尽し、親切を尽して来たのだ。最早勘忍袋の緒が切れた。鬼彦、鬼虎の哥兄は今頃は谷底に落ちて、ドンナ目に遭つてるか知れやしないぞ。此奴等三人を一緒こたに谷底へ放り込んで、俺等も一緒に、哥兄と心中しやうぢやないか』 勘公『オウさうぢや、俺もモウむかついて来た。此坂を婆アを背中に乗せて、御苦労さまとも言うて貰はずに、恩に着せられ、おまけに悪口までつかれて堪つたものぢや無い、いつその事、一イ二ウ三ツでやつたろかい………アイタヽヽ……コラコラ婆アさま、酷い事をするない。鬢の毛を無茶苦茶にひつぱりよつて……』 お楢『曳かいでかい曳かいでかい、此馬は手綱が無いから、手綱の代りに、鬢なと引かねば、どうして馬が動くものか。シイ、シーツ……ドード……ハイハイ』 勘公『エーツ、怪体の悪い……愈四足扱ひにしられて了つた。……オイ櫟公、貴様はどうだ。一イ二ウ三ツで、谷底へゴロンとやらうぢやないか。貴様も賛成ぢやらう』 櫟公『どうしてどうして、是れが放されるものか。寒うて堪らない所を温かうして貰つて、汗の出るのも三人のお蔭だ。ソンナ事を言うと冥加に尽きるぞ。罰が当らうぞい……』 勘公『アヽ貴様はよつ程目カ一ヽヽの十ぢやな。お節の若い娘に跨つて貰ひ、気分が良からうが、俺は皺苦茶だらけの、骨の堅い婆アを背中に負うて、温い事も、なんにも有りやしないワ。喃、岩公……』 岩公『オウさうぢや、まだ貴様等は婆アでも女だから好いが、俺の身になつて見い、堅い堅いコンパスを、ニユウと前の方へ突出しよつて、前高の山路、歩けたものぢやないワ。エー、大分に体も温うなつた。……オイ老爺に、婆ア、モウ下りて貰ひませうかイ』 平助『アヽもう下して下さるか。それは有難い。酷い所はモウ済みたし、此からは平地なり、前下がり路だ。目を塞いどつても、モウ往ける……アー苦しい事ぢやつた。其代りお前達は又寒いぞ。昔の地金を出して、俺達の着物を追剥でもしやせぬかな』 岩公『アヽ老爺さま、情無い事を言つて呉れな。改心した以上は、塵片一本だつて、他人の物を盗る様な根性が出るものかいナ』 平助『それでもなア、婆ア、此奴等の改心と云ふものは、当にならぬものぢや。婆ア、しつかりして居れよ』 お楢『さうともさうとも、老爺さまお前も確りしなさい、コレコレお節や、お前も気を附けぬと云うと、何時追剥に早変りするかも知れたものぢやない。背に腹は替へられぬと云つて、年寄りや、女子を幸ひに、追剥をするかも分つたものぢやないワ』 此時、鬼虎、鬼彦は、谷の底からガサガサと這ひ上がり来たり、 岩公『ヤア彦に虎か、貴様は谷底で、今頃は五体ズタズタに破壊して了つたぢやらうと思うて居たのに、まだ死なずに帰つて来たか、マア結構々々、サア祝ひに此処で一服でもしやうかい』 鬼彦、鬼虎『一服も可いが、斯う風のある所では、寒うて休む気にもならぬ。体さへ動かして居れば暖かいから、ボツボツ行くことにしやうかい』 此時何処ともなく微妙の音楽聞え来たり。一行八人は思はず耳を倚て聞き入る。忽ち空中に声あり、 声『岩公、勘公、櫟公、真裸で嘸寒いであらう、今天より暖かき衣裳を与へてやらう。之を身に着けて、潔く真名井ケ原の奥に進むが宜からう』 鬼彦、鬼虎一度に、 鬼彦、鬼虎『モシモシ、空中の声の神様、吾々二人も真裸で御座います。どうぞお見落しなさらぬ様に……同じ事なら、モウ二人分与へて下さいませ』 空中の声『鬼虎、鬼彦の衣裳は、追つて詮議の上、………与へるとも、与へぬとも、決定せない。今暫く辛抱致すが良からう』 何処ともなく、立派なる宣伝使の服三着、此場に風に揺られて下り来り、三人の身体に惟神的に密着した。 岩公『ヤア有難い有難い、時節は待たねばならぬものぢや。……オイ勘に、櫟よ、立派な服ぢやないか。これさへ有れば、宙でも翔てる様になるだらう、天から降つた天の羽衣では有るまいかなア。……もしもし平助さま、お婆アさま、お節さま、偉う御心配をかけました。お蔭様で、此通り立派な天の羽衣を頂戴致しました』 平助『お前等は、悪人ぢや悪人ぢやと思うて居つたが、……ホンに立派な衣裳を神様から貰ひなさつた。モウこれから、決して決してお前さまに口応へは致さぬ。どうぞ赦して下され』 三人の着けたる装束は、見る見る羽衣の如くに変化し、岩、勘、櫟の顔は忽ち天女の姿となり、空中を前後左右に飛びまわり乍ら、真名井ケ原の奥を目蒐けて、悠々と翔り行く。鬼彦、鬼虎、平助、お楢、お節の五人は、此光景を打仰ぎ、呆然として控へ居る。暫くあつて、お節は声を揚げて泣き出したれば、平助、お楢は驚いて、 平助、お楢『コレヤコレヤお節、どうしたどうした、腹でも痛いのか。何を泣く……』 と左右より、老爺と婆アとは獅噛み付き、顔色変へて問ひかける。お節は涙を拭ひ乍ら、 お節『お祖父さま、お祖母さま、どうぞ改心して下さいませ。あの様な荒くれ男の岩さま、勘さま、櫟さまは大神様の御心に叶ひ、あの立派な平和の女神となつて、神様の御用にお立ちなさつた。妾は女の身であり乍ら、改心が足らぬと見えて、神様の御用に立てて下さらぬ。どうぞ、あなた二人は、今迄の執拗な心をサラリと払ひ捨て惟神の心になつて下さい。さうでなければ、妾は神様にお仕へする事が出来ませぬ』 と又もや『ワツ』と許りに泣き沈む。此時天上に声あり、 声『鬼彦、鬼虎、今天より下す羽衣を汝に与ふ。汝が改心の誠は、愈天に通じたり』 鬼彦、鬼虎は飛び立つ許り打喜び、両人大地に平伏し、 鬼彦、鬼虎『ハハア、ハツ』 と言つた限り、嬉し涙に掻き暮れて居る。二人は不図顔をあぐれば、えも謂はれぬ麗しき羽衣、地上一二尺離れた所に浮游して居る。手早く拾ひ上げむとする刹那、ピタリと二人の体に密着した。追々羽衣は拡大し、自然に身体は浮上り、二人は空中を前後左右に飛揚しながら、 鬼彦、鬼虎『平助さま、お楢さま、お節さま、左様ならお先へ参ります』 と空中を悠々として、真名井ケ岳の霊地に向つて翔り行く。後に三人は呆然として、此光景を物をも言はずに見詰め居たりけり。 平助『アーア人間と云ふ者は、訳の分らぬものぢやなア、俺の様な善人は、斯うして山の上で寒い風に曝され、娘は痩衰へ、親子三人やうやう此処まで出て来る事は来たが、五人の大江山の眷属共は又、どうしたものぢや。アンナ立派な衣裳を天から頂きよつて、羽化登仙、自由自在の身となりよつた。神様もあまりぢやあまりぢや、アンナ男が天人に成れるのなら、俺達親子三人も、立派な天人にして下さつたら良かりさうなものぢやないか。アーア此れもヤツパリ、身魂の因縁性来で、何時までも出世が出来ぬのかなア』 お楢『おやぢドン何事も神様の思召通りより行くものぢやない。人間の目から悪に見えても善の身魂もあり、人間が勝手に善ぢや善ぢやと思うて、自惚て居ると、何時の間にやら邪道に落ちて苦しむと云ふ事ぢや、去年お節を奪られてから、二人が泣きの涙に暮らしたのも、若い間から欲ばつかりして、金を蓄め、人を泣かして来た報いで、金はぼつたくられ、一年の間も泣いて暮したのぢや。今迄の事を、胸に手を当てて考へて見れば、人こそ、形の上で殺さぬが、藪医者の様に、無慈悲な事をして、何程人の心を殺して来たか、分つたものぢやない、おやぢどの、お前も若い中から、鬼の平助、渋柿の平助と言はれて来たのぢやから、コンナ憂目に遭うのは当然だよ。親の罰が子に報うて、可愛いお節が、一年が間、コンナ目に遭うたのぢや。誰を恨める事も無い。みな自分の罪障が報うて来たのじや、アンアンアン』 平助『俺が常平生、食ふ物も食はず、欲に金を蓄めたのも、みなお節が可愛いばつかりぢや、どうぞしてお節を一生楽に暮さしてやりたいと思うた為に、チツとは無慈悲な事も行つて来たが、それぢやと云うて、別に俺が美味い物一遍食つたのでもなし、身欲と云ふ事は一つもして居らぬぢやないか』 お楢『それでも、おやぢドン、ヤツパリ身欲になるのぢや。他人の子には辛く当り、団子一片与るでもなし、何も彼も、お節お節と、身贔屓ばつかりしとつて、天罰で一年の苦しみを受けたのぢや。そこで神様が此通り、善と悪との鑑を見せて下さつたのぢや。これから綺麗サツパリと心を容れ替へて下されや、婆アも唯今限り改心をする。親の甘茶が毒になつて、お節の体もあまり丈夫ではない。コンナ繊弱い体を此世に遺して、年取つて夫婦が幽界とやらへ行く時に、後に心が残る様な事では行く所へも行けない。今の間に改心し、お節の身体が丈夫になる様に、真名井の神様へ、心から誓ひをして来ませう』 と三人は、雪積む路をボツボツと、真名井ケ原の豊国姫命が出現場指して、杖を力に進み行く。 因に、鬼彦、鬼虎、其他三人の羽化登仙せしは、其実肉体にては、徹底的改心も出来ず、且又神業に参加する資格無ければ、神界の御慈悲に依り、国替(凍死)せしめ、天国に救ひ神業に参加せしめ給ひたるなり。五人の肉の宮は、神の御慈悲に依つて、平助親子の知らぬ間に、或土中へ深く埋められ、雪崩に圧せられ、鬼彦、鬼虎に救ひ出されたお節は、其実鬼武彦の眷属の白狐が所為なりき。又夜中お節を送つて来た悦子姫は其実は、白狐旭明神の化身なりき。お節を隠したる岩窟は、鬼彦、鬼虎の両人ならでは、救ひ出す事が出来なかつたのである。それは岩窟を開くに就て、一つの目標を知つて居る者は、此両人と鬼雲彦より外になかつたから、鬼武彦の計らひに依つて、此処まで両人を引寄せ、お節を救ひ出さしめ給うたのである。又途中に五人の男を裸にした娘のおコンは、白狐旭の眷属神の化身であつた。曩に文珠堂にて別れたる悦子姫、及び平助の門口にて別れたる音彦、青彦、加米彦は真名井ケ岳の聖地に既に到着し居たりしなり。 (大正一一・四・二一旧三・二五松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 15 敵味方 | 第一五章敵味方〔六二六〕 二月十五日の月光を浴びて、三嶽山の頂上の平地に、一蓮托生、蓑を敷き、肱を枕に華胥の国に入る。馬公鹿公は峰吹く嵐の音に夢を破られ、一度にムツクと起上り、 鹿公『アー恐ろしい事だつた。折角紫姫様のお情に依りて、岩窟の難を免れたと思へば荒鷹、鬼鷹の両人、鬼ケ城より帰り来り、俺達二人をフン縛つて、又もや岩窟に捻込みやがつたと思へば、夢だつた。アー恐ろしい恐ろしい、夢に見ても、アンナ悪人はゾツとする』 馬公『ヤアお前も夢を見たか。俺も同様の夢を見た。何だか此処は寝心が悪い。チツト月夜でもあり、そこらをブラついて見ようかい』 鹿公『さうだなア、是れ丈の同勢があれば、まさかの時には大丈夫だ。一丁や二丁離れたつて、気遣ひはあるまい。万一荒鷹や、鬼鷹が出て来やがつた所で「オイ助けて呉れい」と一言云へば、すぐ加米彦さまが、言霊の発射とやらで助けて下さるは請合ぢや。サア行かう行かう。皆さまはマア、よう寝ンで居らつしやること。吾々の様に罪が深い者は、恐怖心に駆られて、安眠も碌に出来ないワ。起きて居れば怖い目に遭はされる、寝れば眠るで怖い夢を見る、寝ても醒めても、責られ通しだ………結構なお月様の光をたよりに、チツと其処辺を、保養がてら、ウロつかうぢやないか』 馬公『宜からう』 と、フツと立ち、二人は手をつなぎ、ブラブラと山の頂きを逍遥して居る。 馬公、鹿公『アヽ何と、佳い景色だ。山の上で風は良い加減に冷たいが、木の葉に露が溜り一々月が宿つて居る、此光景はまるで、水晶の世界に居る様だ。アーア俺達の様な不仕合せ者でも、亦コンナ愉快な光景を見る事が出来る。人間は長生したいものだなア』 と鼻唄を唄ひ、あちらこちらとウロついて居る。 加米彦は中途に目を醒まし、 加米彦『アーア皆さま打揃うて、よく寝て居らつしやるワイ。悦子姫さまの白い顔、桃色の頬べた、紫姫さまの花のやうな麗しきお姿、一方は花の顔容、一方は雪の肌、空には三五の明月、お月さまも余程気に入つたと見えて、二人のナイスの顔を、特別待遇でお照しなさると見える、いやが上にも綺麗なお顔だ事。………アヽ音彦の顔か、随分力をオト彦テなスタイルだ。片腕をくの字に曲げ、無作法に口を開けて寝て御座るワイ。今頃は五十子姫の夢でも見て居るのだらう。可愛い女房をバラモン教の奴に攫はれ、今に行衛不明、思へば思へば心中を察してやる。それでも此永の間一緒に歩いて居るが、五十子姫のイの字も口に出しよらぬ所を見ると、余程確りして居るワイ……人間の寝顔を見れば、大抵其人の精神が分るものだ。どれどれ青瓢箪彦の首実検と出かけよう………ヤア此奴は嬉しさうにホヤホヤと笑うて居る。何でも丹波村とかのお節の夢でも見て居るのだらう。ヤア益々笑ひよるぞ。幽霊と仮称せられる様な奴だから、どうで笑ひにも何処ともなしに厭味たつぷりの所がある。コンナ所を一つお節に見せてやりたいものだなア、アハヽヽヽ。ヤア此奴は丹州かな、一寸好い顔をして居やがるぞ。何でも豊国姫の神様の御命令だと云つて居たが、何処ともなしに威厳が備はつて居る。ハヽア顔の真中に妙な光が現はれて居るぞ。木の花姫の化身か、妙音菩薩の再来か、此奴ア、ウツカリ軽蔑する訳には行かぬワイ。我々一行中での大人格者と見える。……ヤア良い審神をした。明日になつたら音彦の大将に一泡吹かしてやらう。……ウン此奴は黒姫仕込みの、腰曲りの夏彦と云ふ奴だ。なんと情ない鯱つ面だなア。ヤア此奴ア批評の価値がないワイ。此処に一寸こましい面の持主がある。此奴が、何でも狐とか狸とか云ふ奴だ。ウンさうさう常彦々々、今寝て居る間に、髪と髪とを括つといてやらうかなア』 加米彦は二人の長髪をソツと掴み、端と端とで地獄結に括つて了ひ、 加米彦『サア此奴が目が覚めたら、随分滑稽だらう。これからが、音彦さまと青彦の番だ。併しあまり距離が遠いので……髪と髪とが届かぬらしい。待て待て……エー此処に綱がある。此奴で括つて置かう』 と手早く括り合し、 加米彦『ハヽヽヽ、これで紛失の憂ひなしだ。此次が悦子姫さま、紫姫さまか………ヤア此奴ア、惜いぞ。紫姫と丹州とを継ぎ合せ、最後に悦子姫と加米彦の大神さまとの継ぎ合せだ。これで二四ケ八人、二八十六本の手と足。ヤア面白い、面白い』 と手探りに、紫姫の髪をソツと掴みかかつた。紫姫はムツクと起き上りさま、加米彦の腕首掴ンで、ドツカと投げたるその勢あまつて加米彦は、傍の谷を目がけてドスーン。 加米彦『アイタヽヽヽ』 と叫び居る。 紫姫『ヤア皆さま、起きて下さいませ。又もや鬼熊別の部下の者共が現はれました。サア御用意々々』 此声に驚いて一同は撥ね起き、常彦は、 常彦『アイタヽヽヽ』 夏彦『エヽヽエタイワイエタイワイ、誰だ誰だ、人の髪の毛を引つぱりよつて……放さぬかい』 常彦『オイ夏、貴様だらう』 夏彦『馬鹿云ふな、貴様が俺の髪を引つぱつとるのだ』 青彦『ヤア俺の頭を曳く奴がある。………ヤア何だ、寝て居る間に、髪と髪とを継ぎ合しよつたな、コンナ悪戯をする奴は、大方加米公だらう。……オイ加米彦、何処へ行つた。早く出て来て、ほどかないか』 加米彦『オーイ、オイ、俺はエライ所に、後手に括られて、困つて居るワイ。誰か出て来てほどいて呉れ』 青彦『ヤア加米彦も括られよつたのかな、是れだから、油断は大敵と云ふのだ。敵地に臨みて気を許し、寝てるのが此方の不覚だ、併し人間が紛失せなくてまだしもだ』 加米彦『オーイ、青彦、皆さま、御心配下さいますな、私のは自縄自縛、自縄自解、依然として元の通り』 青彦『ナアーンだ、人を脅嚇かしよつて……どこを括られて居つたのだ』 加米彦『マアどうでも良い、一体お前達はナアンだ。頭に長い尾を附けよつて……』 丹州『加米彦さま、あなた随分悪戯をしましたネー。私が知らぬ顔をして見て居りましたよ。紫姫さまに取つて放られなさつたときの面白さ、アツハヽヽヽ』 加米彦『ヤア失敗つた。皆さま、飛ンだ失礼を演じまして、……どうぞ神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ』 音彦『戯談にも程がある。宣伝使の神聖を害する行動だ。今日限り、素盞嗚大神の代りとなつて、汝に対し、宣伝使の職を解く。有難う思へ』 加米彦『此奴ア一寸迷惑だ。モシモシ音彦さま、鬼ケ城の征伐が済む迄、執行猶予をして下さいな』 音彦『イヤなりませぬ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、どうぞ仲裁して下さいませ』 悦子姫『コレ音彦さま、今後、コンナ悪戯をなさらぬ様に、能く戒めて、今度は赦して上げて下さいナ』 音彦『赦し難き其方なれど、悦子姫様のお言葉に従ひ、今度は忘れて遣はす』 加米彦『アツハヽヽヽ、何に吐しよるのだい。遣はす………が聞いて呆れるワイ、アハヽヽヽ、あまり可笑しくて、腹が痛くなつた。真面目くさつた面構へをしよつて何だい。………チツと捌けぬかい。何程五十子姫の事を思つて心配したつて、竜宮の一つ島に漂着して居る女房に遇へるでもなし、刹那心を出して、モウちつと砕けぬかい。何だか、ソンナむつかしい顔した奴が混つて居ると、道中が面白くないワ』 音彦『ナニツ、五十子姫は竜宮の一つ島に漂着して居るのか、それやお前、何時、誰に聞いたのぢや』 加米彦『ソンナ事が分らぬ様な事で、宣伝使が勤まるかい。加米彦さまの天眼通で、チヤーンと調べてあるのだ。梅子姫さまと侍女の今子姫、宇豆姫の四人連れで、今竜宮島でバラモン教と激戦の最中だ。併し心配は致すな、神様が護いて御座る』 音彦『ヤアさうだつたか、五十子姫は、ウラナイ教に、若しや擒になつて居るのではなからうかと種々と工夫をして、黒姫の荷持となり、様子を考へて居たが、どうもウラナイ教には居りさうもないので、若しや大江山の鬼雲彦が為に捕はれの身となつて居るのではなからうかと思つて居たのだ。鬼ケ城へ是から行つて、モシや五十子姫が居つたら助けてやらねばなるまい、と、此処まで勇みて来たのだ。さうすれば鬼ケ城には、五十子姫は居ないかなア』 加米彦『ハヽヽヽ、お気の毒様、明日は鬼ケ城を征服し、可愛い女房の五十子姫さまに芽出度く対面遊ばす御心中であつたのに、エライ悪い事を申しました。……お力落しさま』 悦子姫、紫姫『ホヽヽヽヽ』 音彦『何事も運命だ。人間がどれ程煩悶したつて、成る様にほか成りはせぬ。今晩はゆつくりと此処でモウ一寝入りして、明日は花々しく言霊戦を開始する事にしやう。サア皆さま休みませう。加米彦、お前は御苦労だが、今夜は不寝番だ』 加米彦、ワザと叮嚀に、大地に頭を摺つけ、両手を突き乍ら、 加米彦『これはこれは音彦の君の御仰せ、確に承知仕つて御座いまする』 一同『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 又もや思ひ思ひに寝に就く。月の景色に浮かされて、鹿公、馬公の二人は思はず知らず、七八丁ばかり、一行の休息場より南に離れて了つた。此時四五人の荒男、突然木蔭より現はれ来り、バラバラと二人の周囲を取り巻き、棍棒を携へ、 男『ヤア其方は、紫姫の僕、鹿、馬の両人ではないか、どうして此処へ脱け出して来た』 鹿公『コレハコレハ荒鷹、鬼鷹の親分様、誠にお気の毒で御座いますが、岩窟を叩き破つてやうやう此処まで出て参りました』 荒鷹『貴様はどうして、あの堅固な岩窟を破つたのか』 鹿公『私は御存じの通り、身に寸鉄も持たない、どうする事も出来ませぬが、神変不思議の言霊に依りて、自然に岩戸は左右にパツと開き、平和の女神に誘はれて、此処までやつて来ましたよ』 鬼鷹『ナニ、平和の女神とは誰の事だ。紫姫の事ではないか』 馬公『紫姫も結構だが、見目も貌も悦子姫と云ふ絶世のナイスが、突然現はれ給ひ、馬さま、鹿さまの御手をとり、救ひ出させ給うたのだ。モウ斯うなる上は千人力だ、荒鷹、鬼鷹、其他の小童武者共、千疋、万疋一度に掛らうと、ビクとも致さぬ某だ、アハヽヽヽ』 荒鷹『オイ鬼鷹の大将、此奴アちつと変ぢやないか。毎日日日ベソベソと吠面かわいて慄うて居つた両人が、今日は心底から気楽さうに、大言を吐いて居る、どうしたものだらう』 鬼鷹『此奴ア、発狂したのだらう。さうでなくては、アンナ事が言へたものぢやない』 荒鷹『それにしても、肝腎の目的物たる紫姫は、どうなつただらう。鬼熊別の御大将に御約束をして来たのだ。若し紛失でもして居たら大変だがなア』 鹿公『アツハヽヽヽ、タヽヽ大変だ大変だ。大変が通り越して、天変地変だ、地震雷火の車、鬼の岩窟は忽ち明日をも待たず、木端微塵、憐れ果敢なき次第なり、ワツハヽヽヽ』 鬼鷹『ヤア益々怪しいぞ、………オイ鹿、馬の奴、紫姫の所在を有態に申せ』 鹿公『アハヽヽヽ、あの心配さうな面付、蟻か、蚯蚓か、鼬か知らぬが、貴様等の翫弄物にはお成り遊ばす紫姫ぢや御座らぬワイ。鬼熊別の大将に奉つて、御褒美に与らうと云ふ目的であらうが、細引の褌、あちらへ外れ、こちらへ外れ、お気の毒乍ら目的は成就致さぬワイ。あまり呆れて腮が外れぬ様に御注意なされませや』 鬼鷹『ヤア益々合点のゆかぬ事を申す奴だ。コラ馬、鹿、貴様は荒鷹、鬼鷹御両人様の御威勢を恐れぬか』 鹿公『コレヤ荒鷹、鬼鷹、貴様は鹿公さま馬公さま御両人の御威勢を何と思ふか、恐れ入らぬか、アツハヽヽヽ』 荒鷹『益々可怪しい奴だ。何でも此奴ア、強力な尻押しが出来たに違ない。オイ鹿、貴様の後に誰か尻を押す奴が出来たのだらう。逐一白状致せ』 鹿公『きまつた事だよ、此方には大江山の鬼雲彦を始めとし、其他数万の天下の豪傑、雲霞の如く吾々両人を救援に向ひ、三嶽の山の岩窟を滅茶苦茶に叩き潰し、五六人の留守番の奴等は谷底へ吹き散らし、是れより進みて鬼ケ城の敵に向つて攻撃の準備中だ。東方よりは又もや数多の軍勢、亀彦、英子姫のヒーロー豪傑を先頭に、数十万とも限りなく、日ならず攻め寄せる計画整うたり。モウ斯うなる上は、鬼ケ城もガタガタの滅茶々々、一時も早く引返し、此由を鬼熊別の腰抜大将に注進致すが宜からうぞ』 荒鷹『ナニツ、言はしておけば際限なき雑言無礼、首途の血祭、汝等二人の身体は、此棍棒の先に粉砕し呉れむ……ヤアヤア者共、二人に向つて打つて掛れ』 一同は二人を目あてに、棍棒打振り打つてかかるを、鹿、馬の両人は一生懸命、韋駄天走りに、悦子姫が休息場に向つて逃げ帰る。 荒鷹『ヤア卑怯未練な馬、鹿の両人、口程にもない代物、……ヤアヤア者共、汝ら四五人にて結構だ。早く追つかけ両人を生捕に致して来い』 男『畏まりました』 と五六人の男は、二人の後を追つて北へ北へと走り行く。 加米彦『ヤア騒々しき足音が聞えて来た。青彦、常彦、夏彦、起きたり起きたり』 斯く云ふ内、鹿公、馬公は此場に走り来り、 鹿公、馬公『宣伝使に申し上げます。只今荒鷹、鬼鷹の両人、四五人の乾児を引きつれ、棍棒を打振り、此場に進みて参ります。防戦の御用意なされませ』 加米彦『ヤア最早やつて来よつたか。序に鬼ケ城の鬼熊別全軍を率ゐて来て呉れれば、埒が明いて良いがなア。五人や十人邪魔臭い』 鹿公『もうし加米彦さま、随分力一杯、馬公と二人で吹いて吹いて吹き捲つてやりました。是であなたの二代目が勤まりませうなア』 加米彦『ヤア此場へ敵がやつて来ては、悦子姫さま其他の安眠妨害だ。それよりも此方から向つて、一つ奮戦だ。鹿公、馬公、サア来い来れ……』 と云ふより早く加米彦は、南を指して走り行く。忽ち南方より息せき切つて走り来る四五の物影、三人は傍の木の茂みに身を忍ばせ、様子を窺つて居る。 甲『オイ貴様さつきへ往かぬかい』 乙『先も後もあつたものかい。先へ行た者が険呑だとも、安全だとも分るものぢやない。何事も運命の儘に進めば良いのだ。ソンナ臆病風を出して、悪の御用が勤まるかい』 甲『ナニ誰が悪の御用だ。吾々は是位最善の道はないと思つて、一生懸命に活動して居るのだ。鬼熊別の大将は何時も仰有るぢやないか。世界は悪魔の世の中だ。優勝劣敗だ。さうだから世界の人間が可哀相だ、強い者を苛め、弱い者を助けてやるのが人間だ……と、何時も仰有るぢやないか。俺は鬼熊別の大将が毛筋程でも悪だと思つたら、コンナ夜夜中に山坂を駆巡り、辛い働きはせないよ。何でも、三五教とやらの、強い者勝の悪神が出て来よつて、世界の弱い人民を虐げると云ふ事だから、俺も天下の為悪人を滅亡すのが唯一の目的だ』 乙『アハヽヽヽ、貴様は割りとは馬鹿正直な奴だなア、鬼熊別はアヽ見えても、悪が七分に善が三分だ、それが貴様分らぬのか。……アーアもう一歩も前進する事が出来なくなつて了つた』 丙『さうだなア、此処まで来ると、足がピタリと止まつた。何でも最前逃げて行きよつた二人の奴、魔法を使つて俺達の足止めをしよつたのかも知れぬぞ』 木の茂みの中より、 (鹿公または馬公)『加米彦さま、世界に絶対の悪人はありませぬなア、今彼等の話を聞けば、鬼の乾児にもヤツパリ善人が混つて居るぢやありませぬか』 加米彦『そうだ、如何に悪人と云つても、元はみな神様の結構な霊が血管の中を流れて居るのだから、悪になるのは皆誤解からだ。併し悪と知りつつ悪を行る奴は滅多にないものだ。吾々も斯うして善を尽した積りでも、智徳円満豊美なる神様の御心から御覧になれば、知らず識らずの間に罪を重ねて居るか知れないよ。そうだから人間は何事も惟神に任し、己を責め、謙遜り省みなくてはならないのだ』 鹿公『ヘン……殊勝らしい事を仰有います事、あなたは随分謙遜る所か、高慢心の強いお方ぢや、法螺ばつかり吹いて吹いて吹き倒し、人を煙に巻いて、鼻を高うして得意がつてるお方ぢや有りませぬか。あなたも、よつぽど耄碌しましたなア』 加米彦『アハヽヽヽ、それだから困ると云ふのだ。お前達は表面ばつかり見て、吾々の魂を見て呉れないから困るナア』 甲『ヤア何だ、林の中から声が聞えるぢやないか』 乙『そうだ、最前から怪体な声がすると思うて居た。……オイオイ今の声の主人公は何処に居るのだ。敵でも味方でも良いワ、みな神様の目から見れば世界兄弟だ。ソンナ所に怖相に引込みて、ヒソビソ話をするよりも、公然と此場に現れて、一つ懇談会でもやつたらどうだい』 加米彦『此奴ア面白い、お前達は鬼ケ城に割拠する鬼熊別の部下の者だらう。俺は三五教の加米彦と云ふ立派な宣伝使だ。一つ宣伝歌を聞かしてやらうか』 甲『ハイハイ良い所で……ドツコイ不思議な所でお目にかかりました。どうぞ生命許りはお助け下さいませ』 乙『オイオイ何を謝罪るのだ。結構な歌を聴かしてやると仰有るのだよ』 甲『アヽさうか、おれや又、煎じて食てやらうと聞えたので、ビツクリしたのだよ』 乙『アハヽヽヽ、モシモシ宣伝使とやら云ふお方、あなたの言霊は、どうも明瞭して居ります。吾々に対し一寸も敵意を含みて居ない。ヤアもう安心致しました、どうぞ聞かして下さいませ』 鹿公『オイ鬼の部下共、俺達は鹿公ぢやぞ。あまり安心を早うすると、後で後悔をせにやならぬぞ』 乙『ナニ、お前は今逃げた鹿公ぢやなア、此処へ出て来ぬかい、一つ力比べをして、負たら従うてやる、勝つたら従はすぞよ』 鹿公『アハヽヽヽ、三五教のお筆先の様な事を云つて居やがる。勝つも負けるも時の運だ。併し乍ら勝負は最早ついて居るぢやないか。サツパリ加米彦の宣伝使の言霊に零敗して了つた。アツハヽヽヽ』 斯かる所へ荒鷹、鬼鷹の両人、ノソリノソリと現れ来り、 荒鷹、鬼鷹『オイ貴様達、コンナ所で何をして居るのだ、吾々の命令に服従せないのか』 甲『ハイ俄に強くなつて、腹の底から、何だかムクムクと動き出し、阿呆らしくなつて、あなた方の命令に服従する事が出来なくなつて来ました』 荒鷹『ソラ何を言ふのだ、貴様、臆病風に誘はれて腰を抜かし、逆上せやがつたな』 乙『モシモシ荒鷹、鬼鷹の両人さま、モウ駄目ですよ、あなたの威張るのも今日唯今限り、私もどうやら腹の底から、本守護神とやらがムクムクと頭を抬げ「ナーニ鬼鷹荒鷹の木端武者、今此場で改心致せば良し、致さぬに於ては、腕を捩折り、股から引裂いて喰つて了へ」と囁いて御座る、アツハヽヽヽ』 丙『ヤア鬼鷹、荒鷹、どうぢや、降参致したか』 丁『改心するか』 戊『往生致すか、三五教に従ふか、悪を改め善に立帰るか、返答はどうぢや。宣伝歌を聴かしてやらうか』 荒鷹『アイタヽヽヽ、此奴ア変だ、頭が鑿でカチ割られる様に痛くなつて来よつた、鬼鷹、お前はどうだ』 鬼鷹『アイタヽヽヽ、俺も何だか、痛くなつて来たやうだ。ハテ合点の行かぬ事だワイ』 林の中より、加米彦の声、 加米彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は多くとも 三五教の神の道善と悪とを立別けて 鬼も大蛇も曲津見も誠の道に皆救ふ 世の荒風に揉まれつつ神の御子なる諸人は 右や左や前後ろ彷徨ひ惑ふ其間に 善にも進み又悪に知らず識らずに陥りて 神より受けし生御魂或は汚し又破り 破れかぶれの其果は心の鬼に責められて あらぬ方へと傾きつ誠の道を踏み外し 邪の道に勇ましく知らず識らずに進み行く 元は天帝の分霊善も無ければ悪も無い 善と悪とは人の世の其折々の捨言葉 アテにはならぬ物ぞかしあゝ荒鷹よ鬼鷹よ 汝も神の子人の子よ尊き神の子と生れ 何苦しさに鬼ケ城鬼熊別の部下となり 世人を苦しめ虐ぐる身魂を直せ今直せ 三嶽の山の頂きで吾に逢うたは神々の 篤き恵の引合せ心一つの持方で 悪ともなれば善となる善悪正邪の分水嶺 覚悟は如何にサア如何に此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世を 直日に見直し宣り直す神の樹てたる三五教 復れよ帰れ真心に磨けよみがけ天地の 神より受けし生魂あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして荒鷹鬼鷹其外の 魔神の身魂を清めませ偏に願ひ奉る 偏に祈願申します』 と声も涼しく歌ひ終るや、荒鷹、鬼鷹其他一同は大地に平伏し、涙をハラハラと流し唯、 一同『有難う有難う』 と僅に感謝の意を表して居る。 斯かる所へ、悦子姫の一行は現はれ来り、 音彦『ヤア加米彦、御手柄々々、荒鷹、鬼鷹の大将も、どうやら救はれた様な塩梅ですなア』 荒鷹、鬼鷹一度に、 荒鷹、鬼鷹『これはこれは三五教の宣伝使様、私は今日、只今、神の御霊に照されて、発根と心の岩戸が開けました。最早吾々は悪より救はれました。どうぞ今日限り、あなたのお道に入れて下さいまして、お伴に御使ひ下されば有難う御座います』 音彦『ホーそれは何より重畳だ。もうし悦子姫様、如何致しませう。斯う早く改心せられては鬼ケ城の言霊戦も、何だか張合が抜けた様です、何卒あなたの指揮を願ひます』 悦子姫、儼然として立上り、 悦子姫『イヤ荒鷹、鬼鷹の両人、そなたは一先づ鬼ケ城に立帰り、妾の一行と花々しく言霊の戦を開始し、其上にて双方より和睦をする事に致しませう』 荒鷹『ナント仰せられます、最早私共はあなた方に向つて戦ふ勇気はありませぬ。ナア鬼鷹、お前もさうだらう』 鬼鷹『吾々は絶対に三五教に帰順致しました。勿体ない、どうしてあなた方に刃向ふ事ができませうか』 悦子姫『分りました。併し乍ら鬼熊別の帰順する迄は、あなたは、三五教に入信の許可を保留して置きます。今迄首領と仰いだ鬼熊別に対し親切が通りませぬ。成る事ならばあなた方より鬼熊別を、改心さして頂きたい。併し乍ら俄にあなた方の仰有る事を、大将として聞けますまいから、茲に一つの神策を案じ、一旦あなた方と立別れて、花々しく言霊戦を開始し、其結果和睦開城と云ふ段取となるのが、穏健な行方でせう。就ては今迄三岳の岩窟に捕はれて居た紫姫さま、鹿さま、馬さまを始め、丹州さまは荒鷹さま、鬼鷹さまと共に、一先ず鬼ケ城へ御帰り下さい。さうして妾の神軍に向つて言霊戦を開始なされませ。あなたの方は防禦軍、妾の方は攻撃軍で御座います。攻撃軍には、悦子姫、音彦、加米彦、青彦、夏彦、常彦を以て之に当てます、………サアサア一時も早く鬼ケ城へ御帰り遊ばせ。時を移さず妾は神軍を引率し、大攻撃に着手致します』 丹州『ヤア六韜三略の姫様の御神策、心得ました。サアサア紫姫様、鹿公、馬公、是から鬼ケ城へ乗り込み、悦子姫さまの攻撃に向つて、極力防戦を致しませう。………悦子姫様、戦場にて、改めてお目に掛りませう。此丹州が言霊の威力をお目にかける、必ずオメオメと敗走なされますな。あゝ面白し面白し、吾等は是より鬼ケ城の本城に立帰り、鬼熊別を総大将と仰ぎ、寄せ来る三五教の神軍に向つて、あらゆる神変不思議の言霊の秘術を尽し、千変万化にかけ悩まし、木端微塵に平げ呉れむ、さらば悦子姫殿』 悦子姫『さらば丹州殿、改めて戦場にてお目に掛りませう』 (大正一一・四・二三旧三・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 霊の礎(三) | 霊の礎(三) 一、高天原の天国に上るものは、地上にある時其身内に愛と信との天国を開設し置かなければ、死後に於て身外の天国を摂受することは不可能である。 一、人間として、其身内に天国を有し無かつたならば身外に在る天国は決して其人に流れ来るものでは無い。又之を摂受することが出来ぬものである。要するに人は現実界にある間に、自ら心身内に天国を造りおく必要がある。而して天国を自ら造り且つ開くのは、神を愛し神を信じ無限絶対と合一しておかねば成らぬ。人は何うしても、この無限絶対の一断片である以上は、何処までも無限絶対、無始無終の真神を信愛せなくては霊肉共に安静を保つことは出来ぬものである。 一、真神たる天之御中主の大神その霊徳の完備具足せるを天照皇大御神と称へ奉り、又撞の大御神と称へ奉る。而して火の御祖神(霊)を高皇産霊大神と称へ厳の御魂と申し奉り、水の御祖神(体)を神皇産霊大神と称へ瑞の御魂と申し奉る。 一、霊系の主宰神は厳の御魂に坐します国常立神、体系の主宰神は瑞の御魂と坐します豊国主尊と申し奉る。 一、以上の三神は其御活動に由りて種々の名義あれども、三位一体にして天之御中主の大神(大国常立命)御一柱に帰着するのである。 一、故に独一真神と称へ奉り、一神即ち多神にして多神即ち一神である。之を短縮して主と曰ふ。又厳の御魂は霊界人の主である。又瑞の御魂は現界人の心身内を守り治むる主である。 一、現界人にして心身内に天国を建てておかねば死後身外の天国を摂受することは到底不可能である。死後天国の歓喜を摂受し且つ現実界の歓喜生活を送らむと思ふものは、瑞の御魂の守りを受けねばならぬ。要するに生命の清水を汲み取り飢渇ける心霊を霑しておかねば成らぬのである。瑞の御魂の手を通し、口を通して示されたる言霊が即ち生命の清水である。霊界物語によつて人は心身共に歓喜に咽び、永遠の生命を保ち、死後の歓楽境を築き得るものである。 一、天帝即ち主は水火の息を呼吸して無限にその生命を保ち又宇宙万有の生命の源泉と成り玉ふ。 一、太陽又水火の息を呼吸して光温を万有に与ふ。されど太陽神の呼吸する大気は、太陰神の呼吸する大気ではない。又人間の呼吸する大気は、主及び日月の呼吸する大気では無い。故に万物の呼吸する大気も亦、夫れ夫れに違つて居る。凡て神の呼吸する大気は現体の呼吸する大気では無い。現実界と精霊界と凡ての事象の相違あるは、是にても明かである。併しながら現実界も精霊界も、外面より見れば殆んど相似して居るものである。何ンとなれば現実界の一切は精霊界の移写なるを以てである。 一、高天原の天国は主の神格に由りて所成せられて居る。故に全徳の人間の往く天国と、三徳二徳一徳の人間の往く天国とは各高下の区別がある。又主を見る人々に由つて主の神格に相違があるのである。 一、そして何人の眼にも同一に見えざるは主神の身に変異があるのでは無い。主を見る所の塵身又は霊身に、その徳の不同があつて、自身の情動に由りて其標準を定むるからである。 一、天国には霊身の善徳の如何に由つて高下大小種々の団体が開かれて居る。主を愛し主を信じて徳全きものは、最高天国に上り最歓喜の境に遊び、主の御姿も亦至真至美至善に映ずるのである。茲に於てか天国に種々の区別が現出し、主神の神格を見る眼に高下勝劣の区別が出来るのである。 一、又天国外に在る罪悪不信の徒に致つては主神を見れば苦悶に堪へず、且つ悪相に見え恐怖措く能はざるに致るのである。 一、主神が天国の各団体の中にその神姿を現はし給ふ時は、其御相は一個の天人に似させ玉ふ。されど主は他の諸多の天人とは天地の相違がある。主自らの御神格が其神身より全徳に由つて赫き玉ふからである。 一、一霊四魂即ち直霊、荒魂、和魂、奇魂、幸魂、以上の四魂には各自直霊と云ふ一霊が之を主宰して居る。この四魂全く善と愛と信とに善動し活用するを全徳と曰ふ。全徳の霊身及び塵身は直に天国の最高位地に上り、又三魂の善の活用するを三徳と云ひ第二の天国に進み、又二魂の善の活用するを二徳と云ひ第三の天国へ進み、又一魂の善の活用するを一徳又は一善と云ひ、最下級の天国へ到り得るものである。一徳一善の記すべき無きものは、草莽間に漂浪し、又は天の八衢に彷徨するものである。 一、之に反して悪の強きもの、不信不愛不徳の徒は、其罪業の軽重に応じて夫れ夫れの地獄へ堕し、罪相当の苦悶を受くるのである。 大正十一年十二月 |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 09 朝の一驚 | 第九章朝の一驚〔六三七〕 晩秋の長き夜はいつしか明けて、朝霧籠むる東南の天に、太陽は霞みて低うかかり居る。高山彦は漸く起き上り、不便の地に似あはぬ贅沢三昧、朝風呂、丹前、長火鉢、入り日の影に当つたやうな細長き体に、長煙管を持つた黒姫と二人睦まじさうに、ニタニタと、昨夜の夢を思ひ出してか、悦に入つて居る。斯る処へ新参者の夫婦連、恭しく両手をつかへ、 綾彦『コレハコレハお二人様、お早う御座います、昨夜はいかい御厄介になりまして、吾々夫婦は暖かく寝さして頂きました。どうぞ今日より、折角の思召では御座いますが、吾々夫婦にお暇を下さいませ』 黒姫、怪訝な顔にて、 黒姫『お前は昨夜来た許りぢやないか、あれ程固い事を云つて居つて、一夜の間にさうグラグラと心をかへて何うするのだい。大方お民を高城山へ遣はすのが、夫婦共お気に入らぬのだらう、ヤアそれは若い夫婦として御無理もない、併しながら此処が辛抱だ、前夜も云つたやうに、一つの苦労心配と云ふ事がなければ、人間は誠の花が咲きませぬぞや』 綾彦『重ね重ねの御教訓、誠に有難う御座います、併し乍ら吾々夫婦は一旦神様にお任せした以上は、仮令夫婦がこの儘生別れにならうとも、ソンナ事に執着心は持ちませぬ。併しながら、夜前承れば皆様のお酒の上のお話に、八人の方が八百長をお行りなされて、私をウラナイ教に引き込む手段で、俄に芝居を仕組まれましたのですから、私のやうな馬鹿正直者は、到底あの方々と共に暮す事は出来ませぬから、どうぞお暇を下さいませ』 黒姫『何と妙な事を仰有るぢやないか、誠正直一方のウラナイ教に、ソンナ八百長芝居があるものか、大方お前旅の疲れで、ソンナ夢でも見たのだらう』 綾彦『イエイエ決して夢では御座いませぬ、夜前貴方様に御挨拶をして、寝さして貰はうと思ひ、廊下を通りますと、皆さまがお酒に酔ひ、面白さうなお話、聞くともなしに吾々夫婦の耳に雷の如くに響いたのは、夜前普甲峠の辛辣な計略、一伍一什の自慢話、私は腹が立つやら恐ろしいやら、一旦有難いと思うた信念も煙と消え、唯口惜しさに二人は一睡もせず、夜の明けるのを待つて泣いて居りました。必ず夢ぢや御座いませぬ、何卒お暇を下さいませ』 黒姫不思議の顔をして、 黒姫『何とお前合点が行かぬ事を仰有る。どうかして居るのぢやないかな、此処の若い者には、毎日噛みて含めるやうに誠の道が説き聞かしてある。鵜の毛で突いたほども嘘を云ふものはない、あまり正直で間が抜けて、当世に役に立たぬやうな代物ばかりぢや、ソンナ筈は断じてありませぬ、それや何かの幻でせう』 お民『イエイエ決して幻でも何でも御座いませぬ、現に夜前のお方が自慢話に仰有つたのをお民は確かに聞きました』 と聞くより黒姫は訝しがり、 黒姫『一寸待つて下さい、妙な事を云ひなさる、今査べて見ませう。これこれ浅公、幾公、梅公、寅公、辰公、鳶公、皆々此処へ、尋ねたい事がある、出て来なさい』 と稍慄ひ声で呶鳴り立てる。此声に一同八人はバラバラと現はれ来り、各自蛙踞ひになつて、 一同『今吾々を、お呼びになつたのは、何御用で御座いますか、ねつから間に合ひませず、偶に人を助けた位で沢山の御馳走を戴き、まだ其上に何彼の恩命を下し給ふのは余り勿体なくて冥加に尽きます、何一つ御恩報じも致さず、誠に恥かしい次第で御座います。ヤアお前は夜前の人、マアマアよかつたねエ、これと云ふのも全くウラナイ教の神様のお蔭だ、次には私達のお蔭だよ、此御恩は何時迄も忘れてはなりませぬぞえ』 綾彦、煮え切らぬ返事、 綾彦『ヘエ』 お民『ヒン』 浅公『これこれお民さまとやら、その返事は何だ。痩馬か何ぞの様にあげづらをしてヒンなぞと、命の恩人に向つて嘲弄するのかい、イヤ挑戦的態度を執るのだな』 お民『ヘン』 黒姫『お前達八人の者、夜前の話をもう一遍詳しうして下さらぬか』 梅、肩を怒らし得意顔で、 梅公『アヽ夜前の吾々の功名手柄話ですか、よう聞いて下さいました。唯一回だけでは折角の神謀奇略、ではない辛苦艱難したことが、貴女のお心に十分徹底しないやうな心持がして物足りないと思つて居ました。それはそれは随分沢山な鬼の手下共』 と針小棒大にべらべらと喋り立てるを黒姫は、 黒姫『アヽそれは嘘ぢやあるまいなア』 梅公『エヽ決して決して嘘と坊子の頭は生れてからいうた事がありませぬ、正真正銘ネツトプライスの物語ですよ』 黒姫『それでもお前、夜前酒を飲みて、種々の手段を廻らし、八百長をやつて此方を無理に信仰させ、引張つて来た手柄話を交る交るやつて居たぢやないか、誠一つの神の教の道に居ながら、何と云ふ事をするのだい。綾彦夫婦が大変残念がつてこれから暇をくれと云うて居らつしやる所だ。何程云つて聞かしてもお前等は駄目だ、サア只今限り浅、幾外六人破門する。エヽ汚らはしい、ウラナイ教を破る者は外からでない、ウラナイ教から現はれるから気をつけよと神様が仰有つた、何程要害堅固な針をもつて固めた丹波栗でも、中からはぢけ落ちるやうに、お前等はウラナイ教の爆裂弾ぢや、神様のお道の面汚し、アヽ汚らはしい、トツトと一時も早く帰つて下さい』 梅公『それは何を仰有います、傘屋の丁稚ぢやないが、骨折つて小言を聞かされては梅公一同も一向算盤が合ひませぬ』 黒姫『それでも蛙は口からと云うて、現在お前の口から自白したぢやないか』 梅公は空とぼけて、 梅公『アヽあれですかい、夜前は沢山なお酒を頂いて気が緩みたものですから、其処へ大江山の悪魔の霊が襲うて来よつて、吾々八人の功名手柄を抹殺しやうと思ひ、私を初め皆にのり憑り、酒は私には余り呑まさず、悪霊が皆飲みて仕舞ひ、遂には私等の口を藉りて反間苦肉の策をやりよつたのですよ、真実に悪霊と云ふものは油断のならぬものですなア、アハヽヽヽ。オイ浅、幾、寅、辰、鳶、鷹公、貴様も余程腹帯を締めぬと昨夜の様に魔霊に襲はれ、鬼の容器になつて仕舞うぞよ』 辰公『偉さうに云ふない、貴様にも矢張鬼が憑いて居るのぢやないか』 梅公『それやさうだ。お互さまぢや、悪平等的に、吾々八人にすつかり憑依しよつたのだ、アヽ何だか気分が悪い、どうぞ高山彦さま、黒姫さま、一遍悪魔の入らぬやう、ウンと神霊注射の鎮魂をして下さいませな』 黒姫『オホヽヽヽ、アヽさうだつたか、大抵ソンナ事だと思うて居た。之から気をつけなさい、追て鎮魂して上げるから、谷川にでも行つて充分体を清めて来るのだよ』 梅公『オイ、大江山の鬼の住宅七軒の奴、サア洗濯だ。又もや鬼の来ぬまに洗濯婆サン婆サン』 と志やり散らし乍ら、尻引きからげ、細い岩戸を潜り谷川目蒐けて走り行く。後には高山彦、黒姫、綾彦、お民の四人。 黒姫『ヤア油断のならぬ悪霊ぢや、折角の綾彦夫婦が善の道に救はれようとなさる最中に、執拗なる鬼の霊がやつて来よつて引落しにかからうとする。高山さま、確りせないと、何時悪霊が襲来するやら分りませぬなア』 高山彦『ヤアさうだなア、これこれお二人のお方、心配なさるな、今お聞の通りだから決してウラナイ教にはソンナ悪いものは居りませぬ、安心なされ』 綾彦『悪霊と云ふものはソンナものですか、ヘエ油断がなりませぬなア』 黒姫『隅から隅まで、蜘蛛の巣を張つたやうに手配りをして居ますから、一寸も油断は出来ませぬよ、貴女は未だウラナイ教は初めてですから、霊の事を云つても分りますまいが、暫く信神して見なさい、何も彼もすつかり分つて来ます、さうしたらお前さまの疑も氷解するでせう』 お民『アヽ左様で御座いましたか、誠にお気を揉ましまして申訳が御座いませぬ、どうぞ宜敷お願ひ致します』 黒姫『アヽ、それで好い好い、奥へ往つて神様にこの解決がついたお礼を云つて来なさい』 二人は叮嚀に頭を下げ、静々と神壇の間に進み行く。 梅公外七人は黒姫の面部にさつと現はれた低気圧の襲来を、危機一髪の間にやつと許され、虎口を逃れた心地して谷川目蒐けて禊のために走り行く。梅公は道々、 梅公『嗚呼恐ろしや恐ろしや剣を渡る心地して あらぬ智慧をば絞り出し反間苦肉の策を立て 漸く目的成就して意気揚々と立ち帰り 黒姫さまの御前に忠臣気取で報告し やつと解けた閻魔顔福禄寿の様なハズバンド 高山彦の目の前で手柄話を諄々と 並べ立つれば黒姫も相好崩して感歎し 褒美の積りで甘酒をどつさり飲まして呉れた故 出会うた時に笠ぬげと世の諺の其儘に 前後を忘れて舌鼓うつて廻つた酒の酔ひ 副守か何か知らねども功名心にかり出され 迂闊と喋つた謀み事天に口あり壁に耳 いつの間にかは綾彦やお民の奴に顛末を 一切残らず聞き取られ知らぬが仏、神心 白河夜船のぐうぐうと夢路を渡り起き上り 互に顔を見合せて旨くやつたな、ようやつた 俺の知識はこの通り文殊菩薩も丸跣 是から信者を集めるは是より外に手段なし これや好い事を覚えたと心窃に誇りつつ 肩肱怒らす折柄に黒姫さまの高い声 こいつアてつきり御褒美と喜び勇み八人が 西瓜頭を並ぶれば電光石火雷の 轟くやうな凄い声胆玉取られ臍ぬかれ 爪を取られて恥をかき此難関を如何にして 突破し呉れむと首ひねる折しも浮かぶ守護神 法螺を副守のべらべらと布留那の弁の黒姫を 煙に捲いて大江山鬼の悪霊の仕業よと 大責任を転嫁する早速の頓智、梅公が 甘い理屈に欺かれ閻魔の顔は忽ちに 急転直下の地蔵顔鬼と仏の入替はり やつと破門を助かつて黒姫さまの命令で 憑依もしない悪霊を放り出すために谷川で 禊をせいと教へられ胸撫で下ろし皺延ばし 国家興亡はまだ愚か危急存亡の身の始末 川に流した心地して漸く此処にやつて来た あゝ面白い面白い孫呉に勝る兵法を 際限もなく編み出し虱殺しに諸人を 一人も残さずウラナイの教の道に引き入れて 鼻高姫や黒姫の笑壺に入るが吾々の 上分別では在るまいか知識の浅い浅公よ 意気地の弱い幾公ようめい智慧出す梅公の 手足の爪でも頂戴し煎じて飲めば偉くなる 寅公、辰公、鳶公よ是から俺の云ふ事を 聞いて出世をするがよい黒姫さまの大将が 口を極めてべらべらとお節を説いてウラナイの 道に入れよと全力を尽して見てもあの通り 弁論よりも実行だ直接行動に限るぞや さは然りながら皆の者夢にもコンナ計略を 高山さまや黒姫に必ず喋舌つちやならないぞ 若しも分つた其時は皆、各々の鼻の下 大旱魃の大恐慌蛙は口から、うつかりと 酒を飲む時や心得よ心一つの遣ひよで 賢も見える又阿呆に見えると思へば口だけは どうぞ慎み下されよ賛成のお方は手をあげて 拍手喝采してお呉れあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しませよ月は盈つとも虧くるとも 朝日は照るとも曇るとも仮令大地は沈むとも 黒姫さまが怒るとも金輪奈落この秘密 云うてはならぬぞお互の身の一大事と心得て 必ず口外するでない秘密はどこ迄秘密だよ 神の奥には奥がある其又奥には奥がある 奥の分らぬ梅公の智慧の奥山踏み分けて 確と梅公に従いて来いこいでこいでと松世はこいで 末法の世が来て門に立つ一つ違へば俺達も 門に立たねば、ならぬとこ持つて生れた智慧の徳 大きな顔して黒姫に賞めて貰うて傲然と ウラナイ教の宣伝使あゝ面白い面白い 唯何事も人の世は曲津に見直し聞直し 身の過ちは都合好く宣り直すのが智慧の徳 あゝ惟神々々叶はぬ時があつたなら 頭を下げて梅公にドンナ事でも聞くがよい 聞くは当座の恥なれど聞かずに知つた顔をして 失敗したら末代のそれこそ恥となる程に 阿呆正直今迄の態度すつくり立替へて 権謀、術策、戦略に心の底から立直せ あゝ惟神々々何故に是程よい智慧が 梅公だけは出るであろあゝ其筈ぢや其筈ぢや 厳の霊のお筆先一度に開く梅の花 梅で開いて常磐の松で世界治める神の道 見違ひするなよ皆の奴黒姫さまは偉くとも 高山さまを貰うてから何とはなしにぼつとした これから俺が全軍の参謀総長である程に 参謀本部の梅公の指揮命令に従つて 事を執るなら毛の条の横幅程も違算なし 余程偉い守護神俺に守護をして御座る 必ず俺が云ふでない日の出神や竜宮の 乙姫さまのお脇立中でも一層偉い奴 吾が神勅を軽蔑し必ずぬかりを取らぬやう 皆の奴等に気をつけるあゝ惟神々々 叶はぬ時の神頼みアハヽヽハツハアアハヽヽヽ』 一同『アハヽヽヽ、随分偉くメートルを上げたものだなア』 梅公『何をごてごて吐くのだ、貴様等の命の親だ、お飯の種だ、サアサア黒姫さまがお待ち兼だ。御禊がすみたら帰らう』 一同はバラバラと元の地底の岩窟に向つて帰り行く。 (大正一一・四・二六旧三・三〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 12 大当違 | 第一二章大当違〔六四〇〕 月傾いて山を慕ひ人老て妄りに道を説くとかや 弥仙の山の麓なる賤が伏家の豊彦は 三五教の宣伝使悦子の姫の一行に 娘のお玉を助けられ世にも優れし初孫の 顔を眺めて老夫婦蝶よ花よと労はりつ 神の教を説き諭す此事四方に何時となく 風のまにまに伝はりて於与岐の郷の爺さまは 弥仙の山と諸共に其名も高くなりにける 老若男女は絡繹と蟻の甘きに集ふが如く 豊彦老爺の教示をば神の如くに敬ひて 昼は終日夜は終夜救ひを求めて詣り来る。 中に目立つて三人の大男、宣伝使の服を着けながら、 男『御免なさいませ。私は富彦、寅若、菊若と申す者、此度弥仙山のお宮に参拝を致し、神勅に依りて承はれば、此山麓の一つ家に豊彦と云ふ方現はれ、誠の教を伝ふる故、汝等三人は帰路に立寄り、彼れ豊彦をウラナイ教に誘ひ帰れ、娘のお玉及び今度生れた玉照姫を本山に迎ひ帰れ……との、有り有りとの御神示、神様のお言葉は疑はれずと、弥仙の山麓を彼方此方と探す内、道行く人に承はれば於与岐の森の彼方の一つ家こそ、豊彦さまの住宅と聞いた故、御神勅により出張仕りました』 と門口に立つた儘呶鳴つて居る。幸ひ今日は参詣者もなく、老夫婦と娘、孫の四人、弥仙の神霊を祀りたる霊前に、拝跪黙祷する最中であつた。豊彦は拝礼を終へ、門口近く進み来り、 豊彦『どなたか知らぬが、門口に何か尋ぬる人が有るらしい、何れの方か、先づ戸を開けてお這入りなされませ』 寅若『ハイ有難う』 と斜交になつた雨戸をガラリと開け、 寅若『ヤア随分立派な家だなア……オイ富彦、菊若、這入れ、……汚い家に不似合な綺麗な娘さまが御座るなア、下水に咲いた杜若と云はうか、谷底の山桜、これはどつか良い所へ植替へたならば、随分立派な者になるだろう』 豊彦『コレコレお前さまの仰有る通りムサ苦しい茅屋なれど、これでも私の唯一の休養場ぢや、……あまり失礼ぢやありませぬか』 と足音荒く、破れ畳を威喝し乍ら、上り口に下りて来て、ジロジロと三人の顔を睨みつけて居る。 寅若『ヤアこれはお爺さま、誠に失言を致しました。決して悪く申したのぢや御座いませぬ。少しも飾りのない、正直正銘な、心に映じた儘を申上げたのだから、お悪く思つて下さいますな、歪みかかつた家を、立派な家だと云つた方が却つて嘲弄した事になりませう。お多福を掴まへて、お前は別嬪だと言へば、お多福は馬鹿にしたと言つて怒る様なもので、兎も角も神の道に仕へて居る者は、チツとも斟酌とか巧言とかが有りませぬ、お気に障りましたら、どうぞ宥して下さいませ』 豊彦『ソレヤお前の言ふ通りぢやが、併し碌に挨拶もせないで、イキナリ吾々の住宅を非難すると云ふのは、あまり此方も気の良いものぢやない。お前も宣伝使だと仰有つたが、斯う云うたら人が感情を害するか、害せないか位は分りさうなものだなア』 寅若『只今申したのは決して寅若では有りませぬ。弥仙山に鎮まります大神の眷属、寅若天狗が言つたのです。天狗と云ふ奴は世に落ちぶれて、神様の下働きばつかりやつて居ますから、行儀も無ければ、作法も知らず、酒呑みの極道天狗もあり、どうぞお赦し下さいませ。何分身魂が研け過ぎて居るものだから、感じ易うて直に憑られて困ります、アハヽヽヽ』 豊彦『さうして御神勅の趣はどう云ふ事だ、早く聞かして貰ひませう』 寅若『御存じの通り、私はあまり素直な身魂で、種々の神が憑依致しますから、余程審神をせねばなりませぬが、此富彦と云ふ宣伝使は、それはそれは立派な者で御座います。実は富彦に御神勅が有つたのです。サア富彦さま、御神勅の次第をお爺さまにお知らせなされ』 富彦、両手を組み、威丈高になり、 富彦『コヽヽ此方は、弥仙山に守護致す木花咲耶姫であるぞよ。此度汝が家に、木花姫の御霊、玉照姫を遣はしたのは、深き仕組の有る事ぢや、何事も皆神からさせられて居るのだから、吾子であつて、吾子ではないぞよ。体内に宿つて十ケ月目に生れ出でたる此玉照姫は、神のお役に立てる為に、昔から因縁の身魂を探して、其方が娘に御用をさせたのであるぞよ。サア是れからは其玉照姫を神の御用に立てるが良いぞよ。神の申す事を諾かねば諾く様に致して諾かしてやるぞよ。返答はどうぢや、豊彦、承はらう』 豊彦、平気な顔でニタリと笑ひ、三人の顔をギヨロギヨロ眺め、 豊彦『ハヽヽヽヽ、お前達、巧妙い事を行りますなア。田舎の老爺ぢやと思うて、一杯欺けようと企んで来ても、斯う見えても此爺はナカナカ、酢でも蒟蒻でも行く奴ぢやない。お前達とは役者が七八枚も上だから、其手は喰ひませぬワイ、アツハヽヽヽ、なる程人間の子は十月で生れるだらうが、此方の子はそんな仕入とはチツと種が違ふのだ。神さまもタヨリ無いものだなア。実際お前様に大神が懸つて仕組まれたのならば、此玉照姫は何時宿つて、何ケ月目に分娩したか、又何と云ふ方が取上げて下さつたか分つて居る筈だ。サアそれを聞かして下さい』 富彦、汗をタラタラ出し、真青な顔をして、 富彦『ヤア大神と云つたのは実は眷属だ。……ケヽヽ眷属はモウ引取る。今度は本当の大神様がお憑りなさるから、御無礼を致してはならぬぞ。ウーム』 と言つた限り、パタリと倒れ、又もや手を振つて、姿勢を直し、 富彦『今度こそは真正の神だ。頭が高い、下れ下れ下り居らう……』 豊彦『ヘン、又かいな、どうで碌な神ぢやあるまい。大方羽の無い天狗か、尾の無い狐なんかだらう。随分此暑いのに、そんな芸当を無報酬でやつて見せて下さるのも大抵ぢやない。あんたは慈悲心の深い人ぢや、其点丈は此爺も大いに感謝する。今朝も二三人参つて来よつたが、お前の様な野天狗憑がやつて来て、法螺を吹くの吹かんのつて、随分面白かつた。お前もウラナイ教の宣伝使なら、モ一つ修業をなされ。其様な事で衆生済度なぞとは、思ひも寄りませぬぞい』 富彦『大神に向つて無礼千万な、其方は此神を嘲弄致すか。量見ならぬぞ』 豊彦『ハヽヽヽヽ、此方から量見ならぬ。サア一つ審神してやらう。……娘のお玉の妊娠の日は何時ぢや。何ケ月孕んで居つた、ハツキリ云うて見よ。十月位で出来た様な普通の粗製濫造品とはチツと違ふのだ。特別神界から念に念を入れて、鍛錬に鍛錬を加へ調製された玉照姫だよ。サアサア当てて御覧なさい』 富彦『十二ケ月だ。間違ひなからう。此お玉は牛の綱を跨げたに依つて、十二ケ月掛つたのぢや。どうぢや恐れ入つたか』 豊彦『アハヽヽヽ、これ富彦さんとやら、良い加減に、そんな芸当はお止めなさい。随分エライ汗だ』 富彦『大神は折角結構な事を言うて聞かしてやらうと思ひ、因縁の身魂に憑つて知らしてやれ共、此爺は我が強うて、少しも改心致さぬから、神は已むを得ず、帳を切つて引取るより仕方はないぞよ。後で後悔致さぬ様に気を付けて置くぞよ』 豊彦『ヘエヘエ有難う御座んす。お狸さまか、お狐さまか知らぬが、斯う見えても、此家は神様の立派なお宮だ。エー四足の這入る所ぢやない。穢らはしい、出て下さい、玉照姫様が大変御機嫌が悪い。サアサア帰なつしやい帰なつしやい』 と箒を把つて掃き立てる。富彦は手持無沙汰に、手拭で顔を拭いて居る。 寅若『オイ爺さま、あまりぢやないか。人を埃か何ぞの様に、箒で掃き出すと云ふ法があるか。よい年して居つて、チツと位行儀作法を心得たらどうだい』 豊彦『エーエー神様のお宮の中へ、ノコノコ這入つて来る四足に、行儀も何も要るものかい、行儀と云ふものは人間同士、又は人間か、より以上の神様に対してこそ必要だ。グヅグヅ吐すと、此箒が頭の上まで参るぞ』 菊若は爺の振り上げた箒をクワツと掴み、 菊若『モシモシお爺さま、お静まり下さい。短気は損気だ。さうお前の様に神懸をけなしては話が出来ぬ。マア静まつた静まつた』 豊彦『お前達に説教を聴く耳持たぬ。斯う見えても、此豊彦は神様の御神徳を頂いて、何処の教にもつかず、独立独歩で、神様直接の御用を致して居るのだ。人を助けるのは神の道だから、お前さへ改心して、低うなつて来れば、どんな結構な事でも教へてやるが、そんな態度では一息の間も置く事は出来ぬ。サアサア帰つた帰つた』 お玉『お爺さま、あまり酷い事を言はぬが宜しい』 豊彦『コレコレお玉、お前は黙つて居なさい。又こんな奴に因縁を附けられては煩雑いから……』 寅若『ヤアお玉さま、話せる、さうなくては女ではない。ヤツパリ社交界の花は女だ。挨拶は時の氏神、そこを巧く斡旋の労を取つて下さい。お前さま所の床の置物を御覧なされ。私等が此処の門を潜るや否や、能うお出やす……と云つて、あの長い頭をうちつけて、福禄寿の像が叮嚀に挨拶をして居るぢやないか。あんな無心の福禄寿さまでも、吾々の御威勢には……いや神格には感応して、畏まつて御座る。それに此お爺さまはあまり剛情が過ぎる。私達が言つても、中々年寄りの片意地で諾かつしやるまいから……娘にかけたら目も鼻も無い爺さまに、お玉さまからトツクリと気の軟らぐ様に言つて下さい』 お玉『ホヽヽヽヽ』 豊彦『エー帰ねと言つたら帰なぬか』 と床が落ちる程四股を踏む。三人は、 三人『エーお爺さま、又お目にかかります。今日は大変天候が悪いから……又日和を考へてお邪魔に参ります』 豊彦『エーグヅグヅ言はずに、早く帰んで呉れ、玉照姫様の御機嫌が悪くなると困るから……オイ婆ア、塩持つて来い。そこらを一つ浄めないと、何だか四足の香がして仕方がないワ、アハヽヽヽ』 三人は突出される様に怪訝な顔して此家を立出で、スタスタと弥仙山の急坂にさしかかる。 菊若『オイ此処らで一つ、一服しやうぢやないか』 寅若『あまり怪体が悪くつて、黒姫さまに会はす顔がない。休む気にもならぬぢやないか。そこらの蝶々や糞蛙まで、俺達の顔を見て、馬鹿にして居やがる様な心持がする。どつか、蛙や蝶の居らぬ所へ行つて一服しやうかい』 と胸突坂を後から追手にでも追ひかけられる様な、慌てた姿で、三本桧の麓までやつて来た。 三人『アヽ此処に良い休息所がある。清水も湧いて居る。水でも飲んで、ゆつくりと第二の作戦計画に着手する事としやうかい』 三人は樹下に涼風を入れ乍ら、雑談に時を移した。 菊若『これ程名高くなつた豊彦と云ふ爺も、あの玉照姫と云ふ赤ん坊が出来て、それがイロイロの事を知らすと云ふのが呼びものになつて、毎日日日、桃李物言はずして小径をなす様に、あちらこちらから、信者が集まるのだ。黒姫さまが毎朝起きて、行水をなさると東の天に当つて紫の雲が靉靆くから、何でも弥仙山の方面に違ひないから一遍偵察に行て来いと言はれ、此間、俺一人此山麓まで来て見ると、大変な人気だ。紫の雲の出所は、どうしても、あの茅屋に間違ひない。そして毎晩東の天に当つて大変な綺麗な星が輝き始めた。偉人の出現には、キツと天に明星が現はれると云ふ事だが、テツキリそれに間違ないと、直に立帰つて報告をした所、黒姫さまは……「マア待て、一週間水行をして、ハツキリと神勅を受ける」と仰有つて、夜、丑の刻から起き出でて、皆の知らぬ間に、何百杯とも知れぬ水行を遊ばした結果、イヨイヨそれに間違ない。グツグツして居ると、三五教の奴に取られて了ふから、お前達早く外の者に秘密で、其子供を貰つて来い……との御仰せ、あんな茅屋の娘、二つ返事でウラナイ教に、熨斗を付けて献上するかと思ひきや、今日の鼻息、到底一通りや二通りでは、梃子に合はぬ。それに寅若の先生、最初からヘマな神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]を行つて爺に睨まれ、第二線として現はれた富彦は、老爺の審神に睨まれ、ヨロヨロと受太刀になり……これはヤツパリ野天狗で御座いました……と出直した所は巧いものだが、今度又大神と、太う出やがつて、零敗を喰はされ、最早回復の見込みなく、終局の果てにや、箒で掃出された無態さ……斯んな事を、怪我の端にでも、黒姫さまや外の連中に聞かれようものなら、馬鹿らしくつて、外も歩けやしない。何とか一つ智慧を絞り出して、会稽の恥を雪がねばなるまい。何ぞよい考へはなからうか』 寅若『別に方法手段もないが、先づ梅公式だなア。それが最後の手段だ』 富彦『梅公式を行り損なうと、滝板式になり、終局におつ放り出されにやならぬ様な事になると大変だ。此奴ア一つ、熟思熟考の余地は充分に存するぞ』 寅若『ナーニ、目的は手段を選ばずだ。善の為にするのだから、別に罪になると云ふ事もあるまい。一つ決行しやうぢやないか』 菊若『アヽ結構々々、結構毛だらけ、猫灰だらけだ。弥仙山の大神さまは、猫が使者だと云ふ事だ、何でも今度は猫を被つて、梅滝流を行らうぢやないか』 富彦『梅滝流とはソラ何だ』 菊若『其正中を行くのだ。普甲峠の梅公の行り口は、味方八人も居つたものだから、大変に都合が好かつた。船岡山の近所で行つた滝板の芝居は、何分役者が少いものだから、バレて了つたのだよ。併し吾々三人では、どうする事も出来ぬぢやないか、三人寄れば文珠の智慧と云つても、程よい考案が浮んで来ない。ハテ困つた事だなア』 寅若『噂に聞けば、明日はお玉が七十五日の忌明で、弥仙山へお参りするさうだ。どうぢや。吾々三人は一つ、体一面に日蔭葛でも被つて、お玉の参詣路を脅かし、グツと括つて猿轡を箝め、山伝ひに連れ帰り、さうして外の連中を爺の家へ差し向け、「お前さまの家は、大事のお玉さまを悪者の為に拐かされたさうぢや。気の毒なが、何と吾々が力一杯骨を折つて探して来るから、其褒美に玉照姫さまを、三日でも、四日でもよいから、貸して下さらぬか」……と云つて、チヨロまかすより外に途は有るまい、どうだ賛成かなア』 菊若、富彦『ヤアあまり名案でもないが、斯うなれば仕方が無い。マアそれ位な事で辛抱しやうかい。併し巧くいかうかな』 寅若『何は兎も角一遍都合よくいく様に、お空の大神様へ参拝をして来う。今晩中三人が一生懸命に、木花姫様の御分霊の前で、祈つて祈つて祈り倒すのだ、さうすれば神さまだつて……終局にや五月蠅いから……エー仕方がない、一遍は諾いてやらう……と仰有るに違ひない。さうでなくちや、どうしてウラナイ教へ帰る事が出来ようか。青彦さまや、紫姫さまに恥かしいぞ』 と云ひ乍ら、山上目蒐けて進み行く。一夜は頂上の社前に夜を明かし、一生懸命に願望成就の祈願を凝らし居る。果して大神様は御聴許遊ばすであらうか。 (大正一一・四・二八旧四・二松村真澄録) |
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霊界物語 | 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 | 14 蛸の揚壺 | 第一四章蛸の揚壺〔六四二〕 魔窟ケ原の地下室に、ウラナイ教の双壁と己も許し人も許した、素人離れのした黒姫が、高山彦と睦じさうに晩酌をグビリグビリとやつて居る。 黒姫『コレ高山さま、時節は待たねばならぬものだなア。お前と偕老同穴の契を結び乍ら、枯木寒巌に依つて、三冬暖気無しと云ふやうな、没分暁漢の部下の宣伝使や信者の動揺を恐れて気兼ねをして、貴方をフサの国の本山に、私はこの自転倒島へ渡つて、神様の為にお道の為に、所在最善の努力を尽し、一生懸命に宣伝して来たが、何を云つても追ひ追ひと年は寄る、無常迅速の感に打たれて、何処とも無く心淋しく、どうぞ晴れて夫婦と名乗つて暮したいと思つて居たが、これ迄独身主義を高張して来た手前、今更掌を覆したやうな所作もならず、本当に空行く雲を眺めて雁がねの便りもがなと、明け暮れ涙に暮れた事は幾度あつたでせう、然し乍ら何程お国の為お道の為だといつても、自分に取つて一生の快楽を犠牲にしてまで、痩せ我慢をはつて居つても、こいつは駄目だ。初めの内は、黒姫は偉いものだ、言行一致だといつて褒めて呉れよつたが、終ひには神様の御取次ぎする者は、女だつて独身生活するのは当然だ。何感心する事があるものか。あれや大方、どつか身体の一部に欠陥があるので、負惜みを出して独身生活をやつて居るのだ……何ぞと云ふ者が出来て来た。エヽ、アタ阿呆らしい。これだけ辛抱して居つても悪く言はれるのなら、持ちたい夫を持つて、公然とやつた方が、何程ましか知れないと、いよいよ決行して見たが、初めの内は夏彦、常彦をはじめ、頑固連が追々脱退し、聊か面喰つたが、案じるより生むが易いといつて、何時の間にやら、私と貴方の結婚問題も信者の話頭に上らなくなり、この頃はソロソロと、青彦やお節、おまけに紫姫といふ様な、賢明な淑女迄が帰順したり、入信したり、実に結構な機運に向つて来たものだ。これからは高山さま、もう一寸も遠慮はいらないから、私ばかりに命令をささずに、あなたは天晴れ黒姫の夫として、権利を振うて下さいねエ』 高山彦『アヽさうだなア、待てば海路の風が吹くとやら、時の力位、結構なものの恐ろしいものは無いなア』 黒姫『時に寅若、富彦、菊若の三人は、ここを出てから四五日にもなるに、まだ帰つて来ない。何か道で変つた事でも出来たのではあるまいか。何だか気にかかつて仕方が無いワ』 高山彦『そう心配するものでも無い。何事も時節の力だ』 かく言ふ折しも、ソツと岩の戸を開けて辷り込んだ三人の男、 黒姫『アヽ、噂をすれば影とやら、寅若エロウ遅かつたぢやないか。首尾はどうだつたなナ』 寅若『ハイ、委細の様子は悠くりと、明日の朝でも申上げませう。ナア菊若、富彦、エライ目に遇うたぢやないか』 黒姫『お前達は、あまり遠い道でも無いのに、どうして御座つた。今日で七日目ぢやないか。何時も都合が良い時は、大きな声で門口から呶鳴つて帰つて来るが、今日はコソコソと細うなつて這入つて来たのは、余り結構な話しぢや有るまい、明日の朝申し上げるとは、そら何の事だ。此間から、日日毎日指折り数へて待つて居たのだ。サア早く実地の事を、包まず隠さず云ひなさいや』 寅若、頭をガシガシ掻き乍ら、言ひ難さうに、 寅若『あの、何で御座います。それはそれは、大変な事で、何とも彼とも、注進の仕方が有りませぬワイ。併し乍ら、物質的獲物は一寸時期尚早で、暫時機の熟するまで保留して置きましたが、霊的には大変な収獲がありました』 黒姫『又しても又しても、霊的の収獲と仰有るが、それはお前の慣用的辞令だ。もう霊的の収獲には、この黒姫もウンザリしました。ハツキリと成功だつたとか、不成功だつたとか、女王の前に陳述するのだよ』 と声を尖らせ、目を丸うして睨みつける。 三人は縮み上り、 三人『イヤもう、斯うなれば委細残らず言上いたします。紫雲棚引く東北の天、如何なる神の出現したまふやと、心を清め身を清め、途々宣伝歌を唱へながら、弥仙の山麓までやつて行つた。時しもあれ、噂に高き玉照姫の生母お玉の方は、吾々三人の威風に恐れてか、一生懸命に嬰児を背に、弥仙山に向つて雲を起し、雨を呼び、為に地は震ひ雷鳴轟き、山岳は一度に崩るる許りの大音響を発し、面を向く可からざる景色となつて来た。流石の寅若、富彦、菊若の三勇将も、暫し躊躇ふ折柄に、忽ちあなたの御霊や、高山彦の御霊が、吾々三人に憑依遊ばされ、勇気百倍して弥仙山目蒐けて驀地にかけ登り行く。時しもあれや、山の中腹より、現はれ出たる三五教の奴輩、各自に柄物を携へ、僅か三人の吾々の一隊に向つて攻めよせ来るその勢の凄じさ、されども黒姫さま、高山彦様の御霊の憑つた吾々三人、何条怯むべき。群がる敵に向つて電光石火、突撃攻撃、言霊の火花を散らして戦うたり。さはさり乍ら、此方は形許りの九寸五分、只一本あるのみ。群がる敵は数百千万の同勢、全山人を以て埋まり、如何に防ぎ戦うとも、遉黒姫様の御神力も是れには敵し兼ねたりと見え、吾々三人の肉体を自由自在にお使ひ遊ばされ、血路を開いてターターターと、滝水の落ちるが如く、一潟千里の勢にて、こなたに向つて予定の退却、鬼神も欺くその早業、勇ましかりける次第なり』 黒姫『コレ、富彦、寅若の今言つた通り、間違は無からうなア』 富彦『ヘーヘー、間違つて堪りますものか。あなたは常に吾々の身の上に、仁慈のお心をお注ぎ下さいまする、其一念が幸はひ給ひて、御分霊忽ち降下し給ひ、さしもの強敵に向つて、獅々奮迅の応戦をやつたのも、全くあなた様御両人の神徳の然らしむる処、万々一お両方の御霊の御守護無き時は、如何に吾々勇なりと雖も、忽ち木端微塵に粉砕されしは勿論のこと、然るに僅三人を以て、かく迄よく奮闘し、敵の胆を寒からしめたるは、形体上に於ては兎も角も、精神上に於て、敵を威嚇せしこと、幾何なるか計り知られませぬ。マアマア御喜び下さいませ』 黒姫『それは先づ結構であつた。併し、お玉に玉照姫は何うなつたのか』 富彦『オイ菊若、これからは貴様の番だ。確りと申し上げるのだぞ』 菊若『ハイハイ、申上げます。いやもう何のかのと云うた処で、向うはたつた女の一人』 黒姫『ナニ、女一人』 菊若『女一人と思ひきや、四辺の物蔭より来るワ来るワ、恰も蟻の宿替への如く、ゾロゾロゾロと此方へ向つて馳せ来る。三人は丹州の霊縛にかけられ、身体忽ち強直し』 黒姫『何、お前達三人が』 菊若『イエイエ、滅相な、丹州と云ふ奴、吾々三人を目蒐けて、霊縛を加へ強直させようとかかつた処、流石黒姫様、高山彦様の御威霊憑らせ給ふ吾々三人を如何ともするに由なく、敵は一生懸命死力を尽して押しよせ来る。吾々三人は、アヽ面白い面白いと、勇気百倍して、挑み戦はむとする折しも、吾々三人に憑り給うた御魂の命令、汝は一先づ引返し、時機を待つて捲土重来の準備をなすが得策なりと、流石神謀鬼略に富ませ給う黒姫様、高山彦様の御霊の命令もだし難く、みすみす敵を見捨て一目散に立帰つて候』 と言ひをはつて冷汗を拭く。 黒姫『コレコレ、私が馬鹿になつて聞いて居ればお前、それや何という法螺を吹くのだい。みな嘘だらう。一人か二人の木端武者に怖れて一目散に逃げ帰つたのだらう。そんなお前さん達の下司身魂に私の霊魂が憑つて堪るものか。馬鹿にしなさるな』 寅若『そんなら、あなたの名を騙つて、四足か何かが憑いたのでせうか』 富彦『そうかも知れぬよ。豊彦の爺が言つて居ただ無いか』 黒姫『それ見なさい。お前らは豊彦の家へ行つて尻を喰はされて、謝罪つて逃げて帰つたのだらう。エヽ仕方のない男だ。はるばる高山さまがフサの国から、選りに選つて連れて御座つたお前は大将株ぢやないか。そらまた何とした腰抜けだ』 寅若『何を云つてもフサの国なれば、地理をよく存じて居りますが、この自転倒島は地理不案内で、思うやうに戦闘も出来ず、さうして陽気が眠たいですから、思うやうな活動も、実際の事は出来なかつたのです。併し一遍失敗したつて、さう気なげをしたものぢやありませぬ。失敗毎に経験を重ね、遂には成功するものですから、マア今度の失敗は結局成功の門口ですなア』 黒姫『エヽ、おきなされ。敗軍の将は兵を語らずという事が有るぢやないか。余り大きな声で減らず口を叩くものぢや無い。奥へ這入つて麦飯なと、ドツサリ食つて休みなさい。折角機嫌よう飲んで居つた酒までさめて了つた。エヽ早く寝なさらぬか』 と長煙管が折れる程火鉢を叩く。三人は頭を抱へ、こそこそと奥に影を隠した。 黒姫『高山さま、もうお休みなさいませ。私は一寸綾彦に詮議をしたい事がありますからお前が側に居られると、ツイ臆めてよう言はないと困るから、私は女の事であり、やあはりと尋ねて見ますから、早く寝んで下さい』 高山彦『ハイハイ、お邪魔になりませう。さやうなればお先き御免を蒙りませう』 黒姫『記憶えて居らつしやい。貴方こそお邪魔になりませう。紫姫のお側へでも往つて、ゆつくりと夜明かしをなさいませ』 と、ツンとした顔をする。 高山彦『ハヽヽヽ、形勢頗る不隠と成つて来た。どれどれ雷の落ちぬ間に退却しよう、アヽ桑原桑原』 と捨台詞を残し、ノソリノソリと奥へ行く。 黒姫『高山さまはあゝ見えても、やつぱり可愛相な程正直な人だ。何処ともなしに、身魂にいいとこが有るワイ』 と肩を揺り、又もや長煙管に煙草をつぎ乍ら、 黒姫『綾彦綾彦』 と呼ぶ声に綾彦はこの場に現れ、両手をつき、 綾彦『今お呼びになりましたのは私で御座いましたか』 黒姫『アヽ左様ぢや左様ぢや、お前に折入つて尋ねたいと此間から思うて居たのぢやが、ここへ来てから大分になりますが、一体お前のお国許は何処ぢやな、色々と誰に尋ねさしても言ひなさらぬが、大方何処かで悪い事をして逃げて来たのだらう。それを体よう真名井さまへ詣つたなぞと、誤魔化しとるのだらう』 綾彦『イエイエ滅相もない、生れてから悪い事は、塵程もやつた覚えは有りませぬ』 黒姫『そんならお前の処は何処ぢや。虱でさへも生れ所は有るのに、滅多に天から降つたのでもあるまい。地の底から湧いて出たのでも有るまい。お父さまや、お母さまが有るだらう。処と親の名と聞かして下さい』 綾彦『これ許りはどうぞ赦して下さいませ』 黒姫『それ見たかな。矢張怪しい人ぢや。私は何処までも、言うて悪い事は秘密を守る、私丈に言ひなさらぬかいな』 綾彦『貴方様はいつも仰有る通り、世界中隅から隅まで見え透く、竜宮の乙姫の生宮ぢやありませぬか。そんな事お尋ねなさらないでも、遠の昔に何も彼も御存じの筈、煽動て下さいますな』 黒姫『ソラさうぢや。霊の方ではお前の身魂は何の身魂ぢや、昔の根本は何んな事をして居つた。また行く先は何う成ると云ふ事は、能く分つて居るが、肉体上の事は畑が違うから、聞いた方が便利がよい。こんな事を神さまに勿体なうて、御苦労かけずともお前に聞いた方が早いぢやないか。又お前も、これ丈長らく世話に成つて居ながら、何故生れた処を言はれぬのか』 と言葉に角を立て、長煙管で畳を二つ三つ叩いた。 綾彦『何と仰有つても、これ丈は申上げられませぬ。どうぞあなた、天眼通でお調べ下さいませ、私の口が一旦いかなる事があつても国処、親の名は言うで無いと、両親にいましめられ、決して生命にかかる様な事が有つても申しませぬと約束をして出た以上は、何処迄も申上げる事は出来ませぬ』 黒姫『ハヽヽヽ、お前は親に孝行な人ぢや。親の言葉をよく守つて、どうしてもいけぬと仰有るのは、実に感心ぢや。人間はさう無くては成らぬ。併し乍ら、お前はモ一つ大事の親を知つて居ますか。大方忘れたのだらう』 綾彦『私は親と云つたら、お父さまと、お母さまと二人より御座いませぬ。其上にま一つ大事の親とは、それや何の事で御座いますか』 黒姫『アーアー、お前も見た割とは愚鈍な人ぢやな。あれ程毎日日日、竜宮の乙姫さまのお筆先を読んで居つて、まだ判らぬのかいなア。自分の肉体を生んで呉れた親は仮の親ぢやぞい。吾々の霊魂、肉体の根本をお授け下さつた、天地の誠の親が有る事を、お前聞いて居るぢや無いか』 綾彦『ハイ、それはお筆先でお蔭をいただいて居ります』 黒姫『お前は、誠の親が大切か、肉体の親が大切か、どちらが大切か考へてみなされ』 綾彦『それは何方も大切で御座います』 黒姫『何方も大切な事は決つてゐるが、併し其中でも、重い軽いが有るだらう。僅か百年や二百年の肉体を生んで呉れた親が大切か、幾億万年と知れぬ身魂の生命を与へて万劫末代守つて下さる、慈悲深い神様が大切か、それが聞きたい』 綾彦『ハイ………』 黒姫『天地の根本の神様の生宮の私は、つまり大神様の代りぢや。何故親の云ふ事を聞いて私の云ふ事が聞けぬのかい。一寸信心の仕方が間違うて居やせぬか』 かかる処へ紫姫現はれ来り、 紫姫『今承はりますれば、大変に綾彦さまに、何かお尋ねのやうですが、何うぞ私に任して下さいませ。私が機を見て、綾彦さまに篤りと尋ねまして、お返事を致します』 黒姫『さよかさよか、どうぞ貴女、やあはりと問うて見て下さい。何分婆の言ふことは、気に入らぬと見えますワイ、綺麗な貴女のお尋ねなら、綾彦も惜気なく言ひませう』 紫姫『ホヽヽヽ、サア、綾彦さま、もうお寝みなさいませ。黒姫さま、夜も更けました、何卒御休息を』 黒姫『ハイハイ、早く寝て下さい』 紫姫『さやうなら』 紫姫は綾彦の手を引き、廊下伝ひに奥に入る。 黒姫は又もや疳声を出して、 黒姫『青彦青彦』 と呼び立ててゐる。 青彦は周章てて此の場に走り来り、 青彦『ハイ、何の御用で御座いましたか』 黒姫『青彦、お前もお節を高城山へやつて、さぞ淋しからう。心の裡は私もよく察して居る。本当にお気の毒ぢや。同情の涙は、いつも外へ零さずに、内へ流して居る』 と追従らしく言ふ。 青彦『何御用かと思へば、そんな事で御座いますか。イヤそんな事なら、御心配下さいますな、却て私は気楽で宜しう御座います』 黒姫『お前に折入つて尋ねたい事がある。外でも無いが、あの綾彦と云ふ男は、弥仙山の麓の、於与岐の村の豊彦と云ふ男の息子ぢやないか』 青彦『あなた、それが何うして分りましたか』 黒姫はしたり顔にて、 黒姫『そんな事が判らないで、竜宮の乙姫さまの生宮ぢやと言はれますかいな。蛇の道は矢張蛇だ。間違ひは有らうまいがな』 青彦『ヤア、あなたの御明察には恐縮致しました。それに間違ひは有りますまい』 黒姫『さうだらうさうだらう、流石はお前はよう改心が出来て居る。正直な男だ。時にお前に折入つて相談があるが、乗つて下さるまいかな』 青彦『これは又、改まつての御言葉、何なりと御遠慮なく仰有つて下さいませ』 黒姫『ヤア、有難い有難い。お前も噂に聞いて居る通り於与岐の里に、お玉といふ綺麗な娘が有つて玉照姫とかいふ、不思議な子が出来たといふ事ぢや。それは何うしても斯うしても、ウラナイ教へ引き入れねば、神界のお仕組が成就しないから、此の間も、寅若や、富彦、菊若の三人を遣はして交渉に遣つたが、何うやら失敗して帰つたらしい、併し乍ら、よう考へて見れば、向うの老爺が孫を呉れんのも、一つの理由がある。何故といつたら、あの綾彦夫婦は行衛不明となり、只一人の娘お玉とやらが、年寄の世話をして居るさうだ。そのお玉に、男も無いのに子が胎り、其子が又妙な神力を持つて居るので、エライ評判ぢやげな。そこで其子を貰うには、綾彦夫婦を元へ還してやらねば成るまい。若しも三五教の連中が、綾彦とお民が、爺さまの子ぢやと云ふ事を探知うものなら、何んな手段を運らしてでも、引張り込んで交換に玉照姫を貰つて了ふに違ひ無い。さうなれば、此方は薩張、蛸の揚壺を喰つた様な羽目に成らねばならぬ。どうぢや、青彦、何とかお前の智慧で、玉照姫を此方の者にする工夫は有るまいかな』 青彦『それは重大事件ですなア。よくよく考へませう。どうぞ此処限り他に漏れないやうに、絶対秘密を守つて下さいませ』 黒姫『よしよし、お前と私と二人限りだ。高山彦さまにだつて、此の事成就する迄は、言はぬと言つたら言はないから、安心して下さい』 青彦『左様ならば充分熟考した上、又コツソリと御相談致しませう。今晩はこれでお寝みなされませ』 青彦は一間に姿を隠した。後に黒姫はニタリと笑ひ、 黒姫『アーアー、何と言つても青彦だ。今ウラナイ教で誰がエライと言つても、彼に越した奴は有りはしない、三五教が欲しがつた筈だ。持つ可きものは家来なりけりだ、アヽどれどれ、高山さまが淋しがつて御座るであらう、一寸話相手になつて上げませう』 と、独言ちつつ一間に入る。 (大正一一・四・二八旧四・二東尾吉雄録) (昭和一〇・六・二王仁校正) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 06 和合と謝罪 | 第六章和合と謝罪〔六五一〕 一葉落ちて天下の秋を知るとかや。神の教も不相応ぬフサの国、北山村の本山ウラナイ教の頭株、心も驕る高姫が、執着心の胸の闇、鼻高山彦や黒姫は、奥の一間に差し籠もり、ウラナイ教の前途に就いて、コソコソ協議を凝らし居る。 高姫『栄枯盛衰、会者定離は人生の常とは云ひ乍ら、よくも是だけウラナイ教は、庭先の紅葉の風に散る如く凋落したものだ。彼れ程熱心に活動して居つた蠑螈別は煙の如く此本山から消えて了ひ、数多の部下や信徒は四方に散乱し、全で蟹の手足をもがれた様な敗残のウラナイ教、何とか回復の道を講ぜねばなりますまいよ』 黒姫『日の出神さまも此際、ちつとどうかして居らつしやるのではありますまいかなア』 高姫『日の出神様は外国での御守護、世界の隅々迄も調べに往つて御座るのだから今はお留守だ。何れお帰りになれば、日の出の守護になるのは定つて居りますが、さうだと云つて此儘放任して置けば此本山は、孤城落日、土崩瓦解の憂目に会ねばなりませぬワ。それよりも黒姫さま、竜宮の乙姫様は此頃はどうして御座るのでせう。随分気の利かぬ神様ですねエ。コンナ時に御活動下されば宜しいのに』 黒姫『竜宮の乙姫様は貴方もお筆先で御存じの通り、日の出神様に引添うて一所に外国で御守護して居られるに定つて居るぢやありませぬか。高姫様は、玉照姫の一件から何処ともなしに、ボーとなさいましたなア』 高姫『黒姫さまも御同様ぢやありませぬか。貴女は、高山彦さまが、あちらにお出でになつてから、日増に、ボンヤリなされましたさうですよ。御自分の事は御自分には分りますまいが、寅若がそう云つてましたぞえ』 黒姫『何を仰有います。そう人を見損なつて貰つては困ります。高山さまがお出でになつて以来といふものは、層一層活動しました。それよりも高姫さま、斯う云うとお気に障るか知れませぬが、蠑螈別さまが此本山から姿を隠されてより、層一層気抜けがなさつた様な、燗ざましの酒を十日も放つて置いて飲みた様な塩梅式ですよ。お互に気を取直して確りと仕様ではありませぬか。あの三五教を御覧なさい。旭日昇天の勢、まるでウラナイ教なぞとは比較物になりませぬワ』 高姫『憎まれ子世に覇張る、と云つて、悪が栄える世の中だ、その悪の世に栄ゆる教だから大概分つて居りますよ。併し九分九厘迄悪の身魂は世に覇張る、善の身魂は落ちて居ても一厘でグレンと覆ると日の出神様が仰有る。三五教は何程沢山集まつて居ても烏合の衆ですよ。何れ内裏から内閣瓦解の運命が萌しかけて居ります。ウラナイ教は少数でも、善一筋の誠生粋の大和魂の堅実な信仰の団体だ。万卒は得易く一将は得難しと云つてな、少数なのは結構ですよ。余り瓦落多人足がガラガラ寄つて居ると、遂に虫がわきまして水晶の水が臭くなり、孑孑がわいて鼻持ちならぬ臭がし出し、終局には此孑孑に羽が生えて飛散し、遂には人の頭に留まつて生血を絞る様になります哩。必ず必ず御心配なさいますな。日の出の守護になれば一度にグレンと覆るお仕組がして御座います』 黒姫『さうすると善許り選り抜いて、身魂の曇つた者は一人も寄せないと云ふ神様の御方針ですかな』 高姫『其処は惟神ですよ。無理に引張に行つた処で寄らなきや仕方がありませぬワ。又何程引留めたつて綱を付けて縛つて置く訳にもゆかず、脱退する者は是も惟神に任して、自由行動を取らして置くのですな。来る者は拒まず、去る者は追はずと云ふのが神様の思召だ。無理に引張りに行つて下さるなよ、時節参りたら神が誠の者を引寄せて誠の御用をさすぞよ。と仰有るのだから、そうヤキモキ心配するには及びませぬ哩』 黒姫『それでも玉照姫さまを無理に引張て来いと御命令をなさつたぢやありませぬか』 高姫『それはあなたの量見違だ。無理に引つぱらうとするから、取り逃したのだ。向うの方から何卒玉照姫様をお預り下さいと云つて来る様に、上手に仕向けぬから、そンな事にかけては抜目のない素盞嗚尊は甘い事をやつたぢやないか。お前さまも随分賢いお方ぢやが、千慮の一失とか云つて、此度あの件に限つては黒姫さまの失敗でしたよ』 黒姫『そうだと云つて、愚図々々して居れば三五教に八九分取られて了ふ様になつて居たのだから、ソンナ廻り遠い事をして居つては、六菖十菊の悔いを残さねばならぬと思つたから非常手段をやつただけの事です。勝敗は時の運、今になつて死ンだ児の年を数へたつて仕方がありませぬワ。貴方も余程愚痴つぽくなつて、取返しのつかぬ愚痴な事を言ひなさいますな』 高姫は眉をキリリとつり上げ、ドシンと四股を踏み、畳を鳴らしプリンと尻を向け、次の間に姿を隠したり。 高山彦『コレコレ黒姫さま、お前は何と云ふ御無礼な事を仰有るのだい。大将や師匠は無理を云ふものだと思へと何時も部下の者に云つて聞かせて居乍ら、何故一つ一つ口答へをしたり、言ひ込めたりなさるのだ。仲に立つた柱の私は何とも挨拶の仕様が無いではないか』 黒姫は目に角立てて、 黒姫『コレお前さま、以前由良の川を渡つた時に、何でも彼でも絶対服従すると云つたぢやないか、草履取にでもして呉れと云つたではないか。今良い亭主面をして竜宮の乙姫様の生宮の云ふ事に一々干渉なさるのか。黙つて引込みて居なさい、お前さまが首を突き出して出しやばる幕ぢやないのだ。余り差出口をしなさると箝口令を励行しますぞ』 高山彦『ハイハイ竜宮様の御逆鱗、もう是れからは沈黙を守りますワイ』 黒姫『何程黒姫が砲弾を発射しても、高山砲台は沈黙を守つて決して応戦してはなりませぬぞや。二〇三高地の性念場になつて居るのに傍から敵の援軍が来て堪るものか』 高山彦『ハイハイ仕方がありませぬ。どつか、渤海湾の海底にでも伏艇して形勢観望と出かけませう。併し乍ら黒船が敵弾を受けて苦戦の最中を見て居る私は、どうしても中立的態度は取れませぬワ。何とか応援を致し度い様な気が致します』 黒姫は稍機嫌を直し、 黒姫『アヽさうかいなア、それが真心の現はれと云ふものだ。矢張り気になるかいなア、夫婦となれば気にかかると見える。矢張黒姫のハズバンドとして相当の資格を保有して御座る。元は赤の他人でも夫婦の愛情と云ふものは又格別なものだ』 と又ニコニコ笑ひ出すおかしさよ。 一天黒雲漲り暴風吹き起り雷鳴轟くかと思ひきや、高山彦の円滑なる言霊の伊吹によつて黒雲忽ち四方に飛散し、明皎々たる満月の光、中天に綺羅星の現はれたる如き天候と一変したりける。 黒姫『コレコレ高山彦さま、お前さまは見掛けに依らぬ親切な人だつた。其親切を吐露して高姫さまの御機嫌を直して来て下さい。併し親切を尽くすと云つても程度がありますよ』 高山彦『随分難かしい御註文ですなア。其程度が一寸分りませぬ、何処迄と云ふ制限を与へて下さいな』 黒姫『エヽ不粋な人だなア。そこはそれ、不離不即の間に立つて円満解決を計るのだ。電波を送るなぞは絶対に禁物ですからな』 高山彦『誰がアンナ婆アさまに電波を送つて堪るものか、安心なさい』 黒姫『婆アさまに電波を送らぬと仰有つたが、高姫さまが婆アさまなら、私はもう一つ婆アさまだ、そうするとお前は余程険呑な人だナア。これだから折角出て来たお民を、巧い事を云つて高城山迄放り出したのだ。コレ高山さま、ソンナ事に抜け目のある様な、素人とは違ひますよ。此道にかけたら、世界一の経験者だから、お前の様な雛子とは違ひますよ、確りとやつて来なさい。これからは婆アと云ふ事は云つて貰ひますまい。年は取つても心は二八の花盛り、霊主体従の仕組と云つて心に重きを置くのだよ』 高山彦『同じ、婆アどつこい、昔の娘でも貴方は又格別ぢや、どことは無しに、良い処があります哩』 黒姫『それはそうだらう、七尺の男子を手鞠の様に飜弄すると云ふ黒姫の腕前だから、何程高山さまが、地団太踏んだつて、足許へも寄り付けるものか。然し乍ら、良く気を付けて、昔の娘の高姫さまに旨く取り入つて御機嫌を回復して来るのだ。呉れ呉れも送つてはなりませぬぞや』 高山彦は迷惑相な顔付で高姫の居間を訪れた。高姫は、夜着を頭迄グツスリ被つて、捨鉢気味になつて横たはつて居る。 高山彦『モシモシ高姫さま、高山で御座います』 高姫『コレお前さま、戸惑ひをして居るのかな、私は黒姫さまぢやありませぬよ。貴方のお出でになる処は方角違ですよ。サアサアトツトとあつちへ往つて下さい、黒姫さまに痛くも無い腹を探られちやお互の迷惑だからなア』 高山彦『イエイエ決して決して御心配下さいますな。山の神様の公然認可を得て参りました。実の処、黒姫がお詫に参りますので御座いますが、どうも余り失礼な事を物の機で申上げ、貴方に合す顔がないところから、私に代つて旨く御機嫌をドツコイ、十分に御得心の往く様にお詫をして来いと仰有いました。何卒黒姫さまの脱線振りは、神直日大直日に見直し聞直し不調法は宣り直して上げて下さいませ』 高姫『コレコレお前さまは、何時の間にやら下鶏になつて了つた。何故それ程主人のクセに奥様に敬語を使ふのだい』 高山彦『ハイハイこれには、曰く因縁が御座います』 高姫『因縁があるか何だか知らぬが、貴方がさう御丁寧な言霊を使ひなさると、自然に夫婦仲が良くなつてお目出度い。それだから嬶大明神で、高山彦さまはお目出度いと人が云ひますよ。ホヽヽヽヽ』 高山彦『何でも結構です。何卒貴方も御機嫌を直して下さい。さうすれば此お目出度い男が尚お目出度くなりますから、和合して下さい』 高姫『和合して下さいとはそれは何を云ひなさる。一方の大将と大将の争ひを平和にするのは和合だが、何と云つても、私と黒姫さまとは師弟の間柄ぢやないか。師匠の私に和合して呉れなぞとチツと僣越ぢやありませぬか。今迄のお気に障つた処は何卒お許し下さいませと謝罪するのが当然だ、それをソンナ傲慢不遜の態度では、高姫の腹の虫が容易にチヤキチヤキと承諾致しませぬよ』 高山彦『御説御尤も、夫婦の仲と師弟の間を混同して居ました。これは黒姫と私との間に用ゆる言葉で御座います。高姫のチヤチヤ様、何卒黒姫の御無礼、寛大な大御心に見直し聞直し許してやつて下さいませ』 高姫『アヽさうかいな、さう物が分かれば、元より根のない喧嘩だ。どちらも神を思ひお道を思うての争ひなのだから、私人としての恨みはチツとも無いのだ。どうぞ黒姫さまに早く此処に来て貰つて下さい』 高山彦『承知致しました。黒姫さまも嘸お喜びになる事で御座いませう』 高姫『ソレ又々、貴方は奥さまに対して敬語を使ひなさる。余り見つともよくない、慎みなさいや』 高山彦『ハイハイ以後は慎みます』 と此場を立ち、 高山彦『アヽ敬語を使はねば、黒姫さまには叱られるなり、困つた事だ』 と呟きつつ黒姫の居間に帰り来り、高山彦は怖さうに、襖をスーツと開き、半分逃げ腰になつて、顔許り突出し、形勢観望の態度を取つて居る。黒姫は目敏くこれを眺めて、 黒姫『コレコレお前は高山さまぢやないか。其態度は一体どうしたのだい』 と震ひ声で呶鳴り付けた。 高山彦『ハイ、ドドドーモ致しませぬ』 と云ひつつびつくりして閾の外にドスンと尻餅を搗きアイタヽヽヽ、 黒姫『コレ高山さま、何をしとるのだい。這入つて来て早く注進なさらぬかい』 高山彦はもぢもぢし乍ら、云ひ難さうに、 高山彦『高姫さまがそれはそれは御機嫌麗はしく、和合は和合、謝罪は謝罪、そこで和謝何も彼も中立と合罪』 黒姫『何だか歯切れのせぬ返事だな。何は兎もあれ、高姫さまのお居間にお伺ひしよう、何時迄兄弟牆に鬩ぐ様な内輪喧嘩を継続して居ても、お互の不利益だ。どれ、これから和合して来ませう』 高山彦『モシモシ黒姫さま、和合はいけませぬよ』 黒姫『何、和合が不可と、喧嘩をせいと云ひなさるのか』 高山彦は周章気味で、 高山彦『イエ高姫さまが、喧嘩株式会社を創立なさつて、株券を募集したり、社債(謝罪)を起したりするとか何とか云つてましたよ。何でも些細な間違ひで、いつ迄も蝸牛角上の争闘を続けて居るのは、国家の内乱も同様だから可成く平和の解決を致します』 黒姫は委細かまはず、ドスンドスンと床を響かせ乍ら、高姫の居間をさして進み入り、 黒姫『高姫様、御機嫌は如何で御座います。御無礼の段は平にお詫を致します』 高姫『イヤ御無礼はお互様で、何卒これからは感情の衝突は一掃し車の両輪となつて、神国成就の為めに活動致さうぢやありませぬか』 黒姫『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します』 高姫『時に黒姫さま、自転倒島の魔窟ケ原に残してある梅公、其他の宣伝使の方々は、愚図々々して居ると、又もや三五教に、青彦や常彦、夏彦の様に沈没すると困りますから、今の内に本山に迎へ取つたらどうでせうか』 黒姫『ハア御意見通り、黒姫も賛成致します。飛行船を二艘許り、鶴、亀の両人に操縦さして迎へて帰つてはどうでせうか』 高姫『それは至極適任でせう。コレコレ鶴公、亀公』 と高姫は金切声を出して呼び立て居る。軈て鶴、亀の二人は、二艘の飛行船を操縦して四五の随員と共に天空を轟かして進み行く。 (大正一一・五・七旧四・一一藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 10 馬鹿正直 | 第一〇章馬鹿正直〔六五五〕 雲を抜き出てそそり立つ高城山の峰伝ひ 松樹茂れる神の山木の間に閃く十曜の神紋 国治立の大神や埴安神や木の花の 姫の命の御教を四方に伝ふるウラナイの 神の教の出社と鳴り響きたる神館 五六七の御世を松姫が朝な夕なに真心を こめて祈りの言霊に百の神たち寄り集ひ 醜の教と云ひ乍ら御国を思ひ世を思ふ 其御心を諾なひて守らせ給ふぞ尊けれ。 松姫館の表門には、受付兼門番の溜り所が設けられてある。竜若、熊彦、虎彦の三人は、あどけなき話に冬の短き日を潰して居る。 竜若『此春頃は陽気も良し、日々木の芽を萌く様に、求道者が踵を接し、随分吾々も受付や門の開閉に繁忙を極めたものだが、春逝き、夏過ぎ、秋去り、冬来る今日此頃、雪は散らつく、凩は吹く、梢は真裸となり白い白い花が咲く様になつた様に、ウラナイ教の此館も、一葉落ちて天下の秋を知る処か、全葉落ちて寂寥極まる天下の冬となつて来たぢやないか。如何に栄枯盛衰は世の習ひだと云つても、ウラナイ教の凋落と云つたら、実に哀れ儚なき有様だ。我々は斯うチヨコナンとして用も無いのに、借つて来た狆の様にして居るのも、何だか気が利かない。松姫様に対しても気の毒な様な気がしてならないワ。嗚呼ウラナイ教にも、冷酷無残の冬が来たのかなア』 熊彦『それが身魂の恩頼だ。冬が有りやこそ春が来るのだ。神様は引懸け戻しの仕組ぢやと仰有るぢやないか。海の波だつて風だつて其通りだ。七五三と風が吹き、波は立つ、ウラナイ教も此春頃は七の風が吹き、七の波が立つて居た。夏になると五の風や五の波、秋の末から冬のかかりにかけて、三の風が吹き、三の波が打つて居る様なものだ。又世の中の歴史は繰返すものだから、花咲く春は屹度ウラナイ教に見舞うて来るよ。天下の春にウラナイ教計り何時迄も、冬の冷酷を眺めて居る様な事はあるまい、さう悲観したものぢやないよ』 虎彦『熊公、随分お前は楽観者だなア。蜘蛛が巣をかけて、虫が引つかかるのを待ち受ける様なやり方では何時迄経つても、ウラナイ教に春は見舞うて呉れない。矢張能ふ限り最善の努力を費やさねば駄目だ。運と云ふものは手を束ねて待つて居たつて、来るものではない。矢張こちらから、活動を開始せねばならないぢやないか。それに此頃は館の松姫様も、宣伝使の布教をお止めなさつたぢやないか。一体吾々は諒解に苦まざるを得ないのだ』 竜若『吾々一同の宣伝使が御神慮に叶つて居ないのだから、十分に此静かな間に、身魂を研き上げ、御神慮を悟り、本当の神様の大御心を体得して、神様から是れなら宣伝をしにやつても差支へ無いと御認めになる迄、吾々は修行をさされて居るのだ。月日の駒は再び帰り来らず、一日再び晨成り難し、此機会に、吾々は充分の魂磨きをやつて置くのだ。今迄の様な脱線だらけの宣伝をしたつて、世の中を益々混乱誑惑させるだけだ。一かど立派な神様の御用を勉めた積りで、お邪魔許りして居たのだから、神様が戒めの為に、此頃の様に宣伝もお止めなさつたり、求道者もお寄せにならないのだらうよ。吾々一同の者が、本当の誠の神心が解つたならば、宣伝にもやつて下さらうし、因縁の身魂も寄せて下さるだらう。神様は何処から何処迄抜け目が無いからなア』 熊彦『それに就いても三五教は比較的隆盛ぢやないか。高姫さまや、黒姫さまの大頭株が得意の神算鬼智を発輝して、玉照姫様をウラナイ教に奉迎せむとなさつたが、薩張三五教の紫姫や、青彦の奴に裏をかかれて馬鹿を見たと云ふのだから、油断も隙もあつたものぢやない。それに又合点のゆかぬは松姫さまぢや。青彦の裏返り者の女房お節が、此間から猫撫で声を出しよつて、旨く松姫さまに取り入り、今では奥の間の御用を務めて居るぢやないか。又黒姫の二の舞を演じてアフンとなさる様な事はあるまいかなア。何程、清濁併せ呑む大海の様な松姫さまの御心でも、お節の様な危険人物を奥に住み込ませて置くのは、爆裂弾を抱へて寝る様なものだ。此位な分り切つた道理がどうして松姫さまは気が付かぬのだらうか』 虎彦『何は兎もあれ、権謀術数至らざるなき、素盞嗚尊の悪神の一派だから千変万化に身を窶し、大胆不敵にも、女の分際としてこんな所へ、恐れ気もなくやつて来居つた危険性を帯びた化物だから、一つでもお節の欠点を発見したら、それを機会に松姫の大将が何と仰有つても、吾々は職を賭してお諫め申し、お節をおつ放り出さねばなるまいぞ』 竜若『それもそうだ。女でさへも三五教へ這入つた奴は、あれだけの胆力が据わつて居るのだから、男は尚更手に合はぬ奴計りだ。又何時三五教の奴がやつて来居つて、魔窟ケ原の岩窟の二の舞ひをやらうと掛るかも知れないから良く気を付けて、三五教の連中だつたら、此門内へ一足でも入れさす事は出来ないぞ。箒で掃出すか、それも聞かねば六尺棒で袋叩きにしても懲らしめてやらねば、ウラナイ教は何時根底から顛覆さされるやら分つたものぢやない。松姫さまは狼であらうが、虎であらうが、老若男女の区別なく、物食ひがよいから困つて了ふ。腹の中へ毒薬を呑み込んで平気で居るのだから実に剣呑千万だ。もうこれからは、一々出て来る奴を誰何して、身魂を調べた上でなければ、通行させる事は出来ないぞ。此門の出入を許否するは吾々一同の権限でもあり大責任だから、今後吾々は三角同盟を形造り、結束を固うして、毛色の変つた怪しき人物は、断乎として通過させない事にして締盟仕様ぢやないか、日の出神の生宮でも竜宮の乙姫さまの生宮でも、月夜に釜を抜かれた様な馬鹿らしい、悲惨な目に遭はされ給ふのだから、余程警戒を厳重にせなくては国家の一大事だ。此門一つが危急存亡の分るる所だからなア』 斯かる処へ馬、鹿の両人、潜り戸をガラガラと開けて這入り来たり。 熊彦『ヤア、門番の吾々に何の応答もなく、潜り戸を開けて這入つて来るとは、怪しからぬぢやないか、サア出て下さい』 馬公『ヤアこれは誠に失礼を致しました。余り森閑として居たものですから、貴方等が厳しい御装束をして門を守つて御座るとは露知らず、心急く儘ついお応答もせず御無礼致しました。何卒此不都合は、神直日大直日に見直し聞直し下さいまして通過させて下さいませ』 熊彦『成らぬと云つたら絶対にならぬのだ。事と品によつたら通してやらぬ事もないが、貴様に限つて通す事出来ぬ哩。其理由とする処は今貴様が、神直日大直日に見直し聞き直して呉れと云つたぢやないか。そんな文句を称へる者は、此広い世界にウラナイ教と三五教の二派あるのみだ。併し乍ら貴様はウラナイ教の人間ぢやない。てつきり三五教の瓦落多だらう。貴様の様な奴を此館へ侵入させ様ものなら、それこそ館の中は忽ちぢや、さうならば、我々も何々に何々しられては矢張忽ちぢや。忽ち変る秋の空、冬の来るのにブルブルと、面の皮剥ぎオツポリ出されて、七尺の男子も矢張忽ちぢや』 馬公『ヤアヤアそれは誠に御親切有難う。我々三五教の馬、鹿の二人が此処へ参る事を、流石明智の松姫様が御存じ遊ばして、門番に命じ吾々を歓迎の為め立待ちさせて置かしやつたのだな。たちまち開く心の門、是れから愈日の出の守護になるであらう、サア鹿公、御免を蒙つて奥へ参りませうかい』 熊彦『何だ、怪つ体な、馬だとか鹿だとか、道理で馬鹿な面付をして居やがる哩。コラコラ此門は善一筋、誠一つの神様や人間の通行門だ。四足の通るべき処ぢやない。トツトと帰らぬか』 馬公『如何にも吾々の名は馬、鹿、四足に間違ひありませぬが、此御門を御覧なさい、これも矢張四足ぢやないか。それにお前の名も、竜とか熊とか、虎とか云うぢやないか。矢張四足だらう。四足門を、四足が守るとは、余程よいコントラストだ、アハヽヽヽ』 虎彦『トラ何を吐しやがるのだ。それ程コントラストが望みなら、貴様の薬鑵を此棍棒でコントラストと叩き付けてやらうか』 と云ふより早く傍の六尺棒を以て、馬、鹿の前頭部を二つ三つ撲り付けた。 鹿公『随分ウラナイ教は、手荒い事をなされますなア』 虎彦『何、ウラナイ教が手荒い事をするのだ無い、貴様の悪心が此虎彦をして、貴様を打たしめるのだ。心の虎が身を責めると云ふのは此事だ。名詮自性、馬鹿な事を云つて通過を懇望するものだからそれで御註文通り、棍棒を頂かしてやつたのだ。今後は謹んで、斯様な乱暴な事を致すでないぞよ。馬、鹿の守護神、勿体なくも、虎彦さんの肉体を使つて馬鹿にしてけつかる、アハヽヽヽ』 馬公『重々私が悪う御座いました。何卒御勘弁下さいませ』 熊彦『悪いと云ふ事が分つたか。悪かつたら勘弁せい、と云つて、それで勘弁が出来ると思ふか。結構な御神門を、四足門だの、吾々三人を四足だのと失敬千万な、劫託を吐きやがつて、何だ、三五教はそんな無茶な身勝手な理屈は通るか知らぬが、誠一途のウラナイ教ではそんな屁理屈は通らぬぞ』 鹿公『イヤもう、通つても通らひでも結構です、吾々の目的は此門を通りさへすれば宜いのだ。黙つて門を開けたのは誠に済まないけれど、諺にも「桃李物云はず」と云ふ事がある。それだから、物静かに敬虔の態度を以て通行したのです』 虎彦『エヽツベコベと、よう囀る奴だ。愚図々々吐すと、鬼の蕨がお見舞ひ申すぞ』 と骨だらけの握拳を固めて、鹿の顔を二つ三つガツンとやつた。 鹿公『アイタヽヽ、随分気張り応があります哩』 虎彦『定つた事だ、斯う見えても、朝から晩迄、剣術に柔術で鍛え上げた百段の免状取りだ。全身鉄を以て固めた、虎彦さまの鉄身、鉄腸、槍でも鉄砲でも持つて来て、撃つなと、突くなとやつて見よ。鋼鉄艦にブトが襲撃する様なものだ、アハヽヽヽ』 と得意の鼻を蠢かし、四角な肩を不恰好に腰迄揺つて嘲笑する。馬公、鹿公は堪忍袋の緒が今やプツリと切かけた。エヽ残念だ、もう此上は善も悪もあつたものかい、三人の奴を片ツ端から打のめし、三五教の腕力を見せてやらうか。イヤイヤ、なる勘忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。訳の分らぬ下劣な奴を相手にしての争ひは自ら好んで人格を失墜するのみならず、延いては、大神様の御心に背き、三五教の名誉を毀損する生死の境だ。仮令叩き殺されても柔和と誠を以て、彼等悪人を心の底より、改心させるのが吾々信者の第一の務めだ。国治立の大神様や素盞嗚大神様の御事を思へば、これ位の口惜残念は宵の口だ。怒りに乗じ手向ひすれば、一時の胸は治まるだらうが、叩かれた者は、安楽に夜分も寝られる、叩いた者は夜分に寝られぬといふ事だ。嗚呼、何事も大慈大悲の大神様の深遠なる恵の鞭だ。吾々は大神様の試錬を受けて居るのだ。紫姫様のお身の上に関する様な失敗を演じては済まない。と、馬、鹿両人は一度に、心中の光明に照されて、嬉し涙をタラタラと流し大地にカヂリ付いて神恩を感謝して居る。 虎彦『オイ馬、鹿、どうだ、往生致したか。初めの高言に似ずメソメソと泣面掻きやがつてチヨロ臭い。女郎の腐つた様な奴だなア。貴様は何時の間にか、睾丸を落して来やがつたのだらう。オイ熊彦、貴様は馬の睾丸を検査するのだ。俺は鹿の睾丸を実地検分してやらう』 と目と目を見合せ両人の尻を引捲り、三つ四つ臀部を叩き、 虎彦『ヤア腰抜けだと思つたら、矢張此奴の体は女に出来て居やがる。骨盤が非常に大いぞ。ヤア長い睾丸を垂らして居やがる』 とギユツと握り、無理無体に後向けに引張つた。 馬、鹿両人は睾丸を引張られ痛さに堪らず、後向けにノタノタと這ひ乍ら、門の外へ引摺り出された。 熊彦、虎彦両人は、手早く門内に駆入り、潜り戸の錠前を下ろし、 熊、虎『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、ノソノソとやつて来ると又こんなものだぞ。早く帰つて三五教の奴に、酷い目に遭はされましたと報告しやがれ』 馬公『モシモシ、それは余りで御座います。開けて下さいと無理に申しませぬ、何卒、馬、鹿の両人が、門の外迄参りました、と松姫さまに報告して下さいませ』 虎彦『報告すると、せぬとは、吾々の自由の権利だ。犬の遠吠の様に、見つともない、門の外で、ワンワン吐すな』 鹿公『左様で御座いませうが、どうぞ、何かのお話の序に、一言でも宜しいから、仰有つて下さいませ』 虎彦(大きな声で)『喧しう云ふない。貴様が言つて呉れなと云つたつて、此手柄話を黙つて居る馬鹿が何処にあるかい。ウラナイ教の邪魔計り致す、三五教の馬、鹿の両人の睾丸を掴んで、門外におつ放り出してやつたと云ふ、古今独歩、珍無類の功名手柄を包み隠す必要があるか、縁の下の舞は、我々の取らざる所だ、一時も早く帰らぬか、愚図々々致して居ると、薬鑵に熱湯を浴びせてやらうか。シーツ、シー、こん畜生ツ、アハヽヽヽ。是れで俺も日頃の鬱憤が晴れ、溜飲が下つた。サアこれから、松姫様に申上げて喜んで頂かう、さうすれば又、御褒美に御神酒の一升もお下げ下さるかも知れぬぞ、オホヽヽヽ』 馬公『オイ鹿公、随分結構な神様の試錬に遭つたぢやないか。ようお前も辛抱して呉れた。俺は、お前が短気を起しはせぬかと思つて、どれだけ胸を怯々さして心配したか知れなかつたよ。それでこそ俺の親友だ、有難い、此通りだ、手を合して拝むワ』 と涙を滝の如くに流し男泣きに泣き沈む。 鹿公『そうだな、本当に結構な御神徳を頂いた。これで俺達も、余程、身魂に力が出来て胴が据わつた。身魂に千人力の御神徳を与へて下さつた。アヽ神様、あなたの深き広き御恵み、身に浸み渡つて有難う感謝致します』 と嬉し涙に掻きくれる。 馬公『オー鹿公、よう云うて呉れた。嬉しい』 と、しがみ付く。鹿公も亦、馬公の体にしがみ付き、互に抱き合ひ、忍び泣きに泣いて居る。 秋の名残りの柿の実、只二つ、冬枯れの梢に淋しげにブラ下つて居る。 凩に煽られて、烏の雌雄連れは忽ち此柿の木に羽を休め、悲しさうに可愛い可愛いと啼き立てる。 嗚呼此結果は、如何なるならむか。 (大正一一・五・八旧四・一二藤津久子録) |
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霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 霊の礎(五) | 霊の礎(五) 一、高天原に復活したる人間の霊身は、地上現実界に生存せし時の如く、思想感情意識等を有して楽しく神の懐に抱かれ、種々の積極的神業を営むことを得るは前に述べた通りである。 扨て人間は何うして現界に人の肉躰を保ちて生れ来るかと云ふ問題に至つては、如何なる賢哲も的確な解決を与へて居ない。併し是は実に止むを得ない所である。物質的要素を以て捏ね固められたる人間として無限絶対なる精霊界の消息を解釈せむとするのは恰も木に倚りて魚を求め、海底に潜みて焚火の暖を得むとするやうなものである。故に現界人は死後の生涯や霊界の真相を探らむとして、何程奮勉努力した所で到底不可能不成功に終るのは寧ろ当然である。一度神界の特別の許可を得たるものが、無数の霊界を探り来たり、之を現界へその一部分を伝へたものでなくては到底今日の学者の所説は臆測に過ぎないことになつて了ふ。 一、抑も高天原の天国に住む天人即ち人間の昇天せし霊身人は地上と同様に夫婦の情交を行ひ、終に霊の子を産んで是を地上にある肉体人の息に交へて人間を産ましめるものである。故に人は神の子、神の宮といふのである。地上は凡て天国の移写であるから天国に於て天人夫婦が情交を行ひ霊子を地上に蒔き落す時はその因縁の深き地上の男女は忽ち霊に感じ情交を為し胎児を宿すことになる。その胎児は即ち天人の蒔いた霊の子の宿つたものである。その児の善に発達したり悪に落つるのも亦その蒔かれた田畑の良否に依つて幾分かの影響をその児が受けるのは止むを得ない。智愚正邪の区別の付くのも止むを得ない。石の上に蒔かれた種子は決して生えない。又瘠土に蒔かれた種子は肥沃の地に蒔かれた種子に比すれば大変な相違があるものだ。之を思へば人間は造次にも顛沛にも正しき清き温かき優しき美はしき心を持ち、最善の行ひを励まねばならぬ。折角の天よりの種子を発育不良に陥らしめ或は不発生に終らしむるやうなことに成つては、人生みの神業を完全に遂行することは出来なくなつて宇宙の大損害を招くに至るものである。人間が現界へ生れて来る目的は、天国を無限に開く可く天よりその霊体の養成所として降されたものである。決して数十年の短き肉的生活を営むためでは無い。要するに人の肉体と共にその霊子が発達して天国の神業を奉仕するためである。天国に住む天人は是非とも一度人間の肉体内に入りてその霊子を完全に発育せしめ現人同様の霊体を造り上げ、地上の世界に於て善徳を積ませ、完全なる霊体として天上に還らしめむがためである。故に現界人の肉体は天人養成の苗代であり学校であることを悟るべきである。 一、胎児は母体の暗黒な胞衣の中で平和な生活を続け十ケ月の後には母体を離れて現界へ生れ喜怒哀楽の為に生存するものだと言ふことは知らないが、併し生るべき時が充つれば矢張り生れなくてはならぬ如く、人間も亦天国へ復活すべき時が充つれば如何なる方法にても死といふ一つの関門を越えて霊界に復活せなくてはならぬのである。胎児は月充ちて胞衣といふ一つの死骸を遺して生るる如く人間も亦肉体といふ死骸を遺して霊界へ復活即ち生るるのである。故に神の方から見れば生通しであつて死といふ事は皆無である。只々形骸を自己の霊魂が分離した時の状態を死と称するのみで要するに天人と生れし時の胞衣と見れば可いのである。胎児の生るる時の苦みある如く自己の本体が肉体から分離する時にも矢張相当の苦しみはあるものである。併しその間は極めて短いものである。以上は天国へ復活する人の死の状態である。根底の国へ落ちて行く人間の霊魂は非常な苦しみを受けるもので、恰度人間の難産のやうなもので産児の苦痛以上である。中には死産と謂つて死んで生れる胎児のやうに最早浮かぶ瀬が無い無限苦の地獄へ落されて了ふのである。故に人間は未来の世界のある事が判らねば真の道義を行ふことが出来ぬものである。神幽現三界を通じて善悪正邪勤怠の応報が儼然としてあるものと云ふことを覚らねば人生の本分は何うしても尽されないものである。 一、天国に住める天人は地上を去つて天国へ昇り来るべき人間を非常に歓迎し種々の音楽などを奏して待つて居るものである。故に天国を吾人は称して霊魂の故郷と曰ふのである。 真神即ち主なる神は人間の地上に於て善く発達し完全なる天人となつて天国へ昇り来り天国の住民となつて霊的神業に参加する事を非常に歓び玉ふのである。天国の天人も亦人間が完全な霊体となつて天国へ昇り来り天人の仲間に成ることを大変に歓迎するものである。 譬へば爰に養魚家があつて大池に鯉の児を一万尾放養し其鯉児が一尾も残らず生育して呉れるのを待つて歓び楽んで居る様なものである。折角一万尾も放養しておいた鯉が一定の年月を経て調べて見ると其鯉の発育悪く満足に発育を遂げたものが百分一に減じ其他は残らず死滅したり、悪人に捕獲されて養主の手に返らないとしたら其養主の失望落胆は思ひやらるるであらう。併し鯉の養主は只物質的の収益を計るためであるが、神様の愛の欲望は到底物質的の欲望に比ぶることは出来ない。故に人間は何処までも神を信じ神を愛し善の行為を励み、その霊魂なる本体をして完全なる発達を遂げしめ、天津神の御許へ神の大御宝として還り得るやうに努力せなくては、人生の本分を全うすることが出来ない而已ならず、神の最も忌みたまふ根底の国へ自ら落行かねばならぬやうになつて了ふのである。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十二月 (昭和一〇・六・四王仁校正) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 03 山河不尽 | 第三章山河不尽〔六六五〕 留公はドンドンと地響きさせ乍ら性凝りもなく芋畑の赤子を御丁寧に再び蹂躙り、 留公『エイ、此芋の野郎、俺に影響を及ぼしやがつた、芋だつて油断のならぬものだ、エヽもう斯うなる上は善いも、悪いも、恐いも、可愛いも、難かしいも、嬉しいも、悲しいもあつたものかい、三度芋の野郎、何処までも六本の指で蹂躙してやらう。アタいもいもしい』 と足に力を入れて心ゆく許り踏み砕いて居る。そこへ走つて来たのは真浦の宣伝使、此態を見て、 真浦『留さん、何をして居なさる』 留公『之はしたり、大変な所を発見されました。然し何卒もう宣伝歌丈けは許して下さい、頭の数が幾つにも分家する様な心持がしますから……』 真浦『よしよし嫌とあれば沈黙しませう、然し今お前の踏んで居るのは芋ではないか』 留公『ハイ、物価騰貴の今日、斯う沢山に赤子が殖えては、第一国民が食糧に困ります。三度芋と云つて年に三度も子を生む奴ぢや、産児制限の為めにサンガー夫人がやつて来て、今此処に大活動を開始した所ですよ。何卒大目に見て上陸を拒否せない様に願ひます、アハヽヽヽ』 真浦『そんな事しては困るぢやないか、天津御空の星の数程人を殖やし、浜の真砂の数程赤子を生まねばならぬ神様のお道ぢや、生成化育の大道を無視してその様な乱暴な事をして良いものか』 留公『私は之が国家の経済上から見ても、人類共存上の学理から考へても最も神の意志に適した良法だと確信して居ます。何卒私の演説を一つ聞いて見なさい、能く徹底して居ますよ』 真浦『演説は中止、否絶対に解散を命じます』 斯る処へ以前の男、鍬を担げ乍ら怒髪天を衝いて走り来り、 男(田吾作)『こらこら又しても大切の大切の赤子を殺すのか』 留公『オヽ、バラモン教と取換へこして迄、赤子を征伐する覚悟をきめたのだから、何と云つても中止はせない。マア之も前世の因縁だと諦めて鄭重に弔ひでもしてやるが良からう』 男は怒り心頭に達し鍬を真向に翳し留公の頭を目蒐けて打ち下ろした。留公はヒラリと体を躱した機に、鍬は外れて真浦の足の小指を斬り落した。真浦は顔を顰め落ちた指を手早く拾つて傷口にあてた。指は其儘に密着した。余り慌てたと見えて小指の先は裏表に付けて仕舞つた。之迄は真浦に対し守彦と云ふ名が付いて居たが茲に初めて真浦と云ふ名が出来たのである。 男(田吾作)『之は之は失礼な事を致しました、何卒赦して下さいませ。勿体ない、宣伝使の指を斬るなんて……私は如何して此罪を贖うたら宜しいでせう、神界に対して取返しのならん不調法を致しました』 と泣き沈む。 留公『世界を救ける生神の宣伝使様だ。指の一本や手の半本位取れたとて、そんな事で弱へる様では宣伝使ぢやない。それよりも貴様の所の赤子の生命、随分無残な事になつたものだのう』 男(田吾作)『之だけ丹精を凝らして作つた芋種を台なしにして置き乍ら、まだ業託を吐きやがるか。エーもう堪忍袋の緒がきれた、覚悟をせよ』 と又もや鍬を振り翳し留公に迫る。宣伝使は此鍬の柄を確と受止め、 真浦『マアマアお待ちなさい、短気は損気だ。芋も大切だが人の生命も大切だ』 男(田吾作)『朝から晩まで自分の産んだ子も同然に肥料を掛けたり、草を引いたり、色々と世話をして来た可愛い芋の子、それをムザムザ踏み潰されて……育ての親が如何して黙つて居れませう。芋は芋だけの精霊が宿つて居る。屹度苦しんで居るでせう。可哀相に……此赤子は誰に此無念を訴へる事が出来ませう、私が怒つてやらねば此赤子は能う浮びますまい……アヽ芋の子よ、可憐相な者だが、もう斯うなつては仕方が無い、俺が之からお前の冥福を祈つてやるから心残さずに幽冥界に旅立して安楽に暮してくれ、アンアン』 と態と男泣きに泣き立てる。 留公『アハヽヽヽ、それだから田吾作、貴様は馬鹿だと云ふのだよ、それ程可愛い芋なら大きうなつた奴を何故釜煎にしたり庖丁にかけて喰ふのだ。そんな矛盾な事を云ふからキ印だと云はれるのだ。モシ宣伝使さま、ちつと理屈が合はぬぢやありませぬか』 としたり顔に云ふ。 田吾作『それはそうだけれど……何だか可憐相で仕方が無い哩、西も東も知らぬ弱い赤子を無残にも斯んなに虐殺すると云ふ事があるものか、芋は芋としての寿命がある筈だ。秋が来て蔓が枯れた時は寿命の尽きた時だ、そこで喰ふのなら芋も得心するであらう、折角お前も生れて来て不運な奴だのう』 と又も涙含む。 留公『オイ田吾作、貴様は人の命が大切か、芋の子が大切か、何方を主とするのだ』 田吾作『きまつた事よ、貴様は芋で譬たら良い喰ひ頃だ。此世に最早用の無い代物だから別に惜しくも無ければ、国家の損失でも無い。却つて社会の塵埃掃除が出来た様なものだい』 真浦『アハヽヽヽ、随分面白い芋論を聞かして貰ひました、併し乍ら万物一切皆神様の霊が宿つてゐるのだから、貴賤老幼草木器具の区別なくそれ相当の霊魂がある。万有一切は総て神様の大切なる御霊が宿つてるから、木の葉一枚だつて粗末にしてはなりませぬぞや』 田吾作『そら見たか、留州、キ印の阿呆の云つた事でも矢張天地の真理に適つて居るのが、ちと妙ではないか』 留公は首を傾け手を組んで青芝の上に端坐し何事か頻りに考へて居る。漸くにして顔を上げ、 留公『ヤ、何事も氷解しました。田吾作どの、どうぞ怺へて呉れ、之からは決してもう斯んな事はせないから……』 田吾作『何と云つても斯うなつた以上は仕方は無い、今後は気をつけて呉れ。芋ばつかりぢやないよ、豆だつて麦だつて皆其通りだからなア』 留公『ハイ承知致しました、ちつと心得ます』 と以前に変つて丁寧に挨拶する。 真浦『アヽ之で凡ての解決がついた、芋の死骸で最早平和克復だ。サア之からバラモン教の友彦さんにお目に掛つてお話を承はりませうか』 と行かむとするを留公は引き留め、 留公『モシ、宣伝使様、一寸待つて下さい、貴方只一人でお出でになつては大変です、私等は勝手を能く覚えて居ますが、私の離座敷に宣伝使が置いてある、そこに神様も祀つてあります。然し乍ら家の周囲に広い深い溝が掘つてあつて迂濶跨げようものなら……それこそ大変……生命が無くなりますぜ』 真浦『それは本当の話か』 留公『本当ですとも、現在私の家ですもの、何間違つた事を云ひませう。軒下を貸して母屋を取られると云ふ譬の通り、初め乞食の様な態をしてやつて来た友彦の宣伝使が、今では大変な勢で私の座敷や本宅を我物顔に振舞ひ、私は丁稚役、主客顛倒も之位甚しい事はありませぬ。私は初めの頃は実に立派な宣伝使だと思つて現を抜かし、云ふが儘にして居りましたが、此頃の宣伝使の言行の一致せない事、実にお話になりませぬ。けれども私が率先して村中の者に勧め廻つたと云ふ廉があるので、今更責任上此宣伝使は喰はせ者だつたと云つて告白する訳にもゆかず、本当に困り抜いて居つた所ですが、最前松鷹彦の宅へ使に行つた時、奥の間に何百人とも知れぬ人声で宣伝歌が聞えて来た。その声の恐ろしさ、実に無限の威力が備はつて居ました。私はバラモン教は愛想がつき三五教へ入信したいので御座いますが、あの様な頭の割れる宣伝歌を謡はれては困るなり、如何したら良いでせうかなア』 真浦『宣伝歌は聞けば聞く程気分が良くなつて来るものだ。お前に憑依して居る副守護神が嫌ふのだ、それさへ体内より放逐して仕舞へば何でも無いのだ。さうしてあの小さい家に百人も居る筈がない、其実は私一人より居らなかつたのだ』 留公『イエイエそれでも沢山なお声でした。年寄の声、若い者の声、鈴の様な綺麗な女の声も聞えましたがなア』 真浦『そら、そうだらう、沢山な神様が集まつて宣伝歌を合唱遊ばす事が始終あるからだ。そりやお前の神徳の頂け口だ、天耳通の開けかけだから安心して吾々の唱ふるお道へ這入るが宜からう』 留公『そんなら私を入信させて下さいますか』 真浦『アヽ宜しい宜しい、何卒入信して下さい』 留公『之は有難い、もう斯うなる上は百人力だ。オイ田吾作、お前も仲直りをした以上は、俺と同様に此方に従つて三五教を信仰しようぢやないか』 田吾作『ウンそうだ、さうなれば此村も天下泰平だ。毎日日にち血を見る残酷な行を強圧的にさせられる心配も要らず、定めて女子供が喜ぶ事だらう』 真浦『然し私がお前の宅へ出張すれば、友彦の宣伝使が随分妙な顔をするだらうなア』 留公『そりや致しませうとも、今迄は無鳥郷の蝙蝠気取りで随分威張つて居ましたが、上には上があるから何時迄も世は持ちきりにはなりますまい、之が良い切り替へ時でせう。サアサア世の立替立直しは之からだ、天の岩戸の開け口だ』 と雀躍し乍ら先に立ち二人を伴ひ吾家を指して帰り行く。 留公は矢庭に友彦の割拠せる離座敷に躍り入り、 留公『サア友彦、今日から一寸都合があるので此家を開けて貰ひ度いのだ。俺も今迄はバラモン教のお世話係をやつて来たが、お前さんから除名されてからは何時迄も此家を貸す訳にはゆかない。之から三五教の宣伝をしようとするのだから、未練残さずトツトと帰つてお呉れ』 友彦は怪訝な顔して、 友彦『オイ留公、そりや何を云ふのだ。貴様、初めに何と云つた、……私の家はお粗末乍ら一切神様にお供へします。……と大勢の前に立派に誓つたぢやないか』 留公『そりや誓ひました、否違ひました。然し神様に上げるも上げぬもない、世界中皆神様のものだ。仮令上げると云つた所でお前に上げたのぢやない、天地の元の大神様に奉つたものだから、何卒出て呉れやがれ』 友彦『左様な不都合な事を申すと神罰は立所に当るぞ、それでも宜いか、此友彦だつて天地の大神様、殊に大国別の神様の生宮だ、神様の生宮が神様の家に居るのだ、貴様の様な四足の容器とは違ふぞ、エヽ穢らはしい、トツト出てゆけ。左様な無体な事を申すと神様は兎も角として村中の信者が承知致すまいぞ』 と信者をバツクに落日の孤城を固守せむとする。 留公『何といつても、もう駄目だよ。零落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるると云つてな、除名された俺は村中の除外者になり、何処へ頼る所もなし、自暴自棄となつて田吾作の芋畑に駆込み、事の起りは此奴ぢやと芋の赤子を片端から踏み殺す最中に、一人で百人の声を出すと云ふ立派な三五教の宣伝使が其処に忽然として現はれ給ひ、此留公の頭を、膝に上つた猫でも撫でる様な調子で可愛がり、一の乾児にして下さつたのだ。サアサア早く出立致さぬと表に三五教の御大将が見張つて御座るぞ』 友彦『何、三五教の宣伝使が見張つて居るとな、大方武志の宮の神主の宅に去年の冬から潜伏して居た守彦と云ふ弱腰宣伝使だらう。バラモン教の友彦が威勢に恐れて今まで蟄伏して居た蛙の様な代物だ、そんな者が仮令千匹万匹やつて来たとて驚くものかい。万々一此場へ進んで来ようものなら、それこそ神界の御仕組の陥穽に真逆様に顛倒し生命を捨つるは目の当りだ。心配致すな、貴様も今日限り除名処分を取消すから安心せい』 留公『何を吐きやがるのだ、取消も何もあつたものかい、三五教の宣伝使は俺の詳細なる報告に依つて陥穽の箇所は全部承知して御座るのだ。さうして俺は案内役だから滅多に別条は無い、吾身の一大事が迫つて来て居るのにお前、人の疝気を頭痛に病む様な馬鹿な真似はなさいますなや。大きに御心配……有難う』 と長い舌を出し、両手を鳶が羽翼を拡げた様な風にして二三遍虚空を掻き、尻をニユツと突出して舞うて見せる。 友彦は祭壇の前に額き祈願の詞を奏上し、言霊戦を以て真浦の宣伝を撃退せむと、声張り上げて謡ひ初めたり。 友彦『常世の国を守ります大国彦の大神の 珍の御裔と現れませる大国別の大神は 仁慈無限の救世主常世の国より遥々と イホの国迄渡りまし霊主体従の御教を 開かむ為に霊幸ふ神に等しき鬼雲の 彦の命や鬼熊別や其他数多の神々を 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩郷 果実豊な楽園に本拠を定めフサの国 ツキの国まで教線を拡め給ひて自転倒の 島に又もや下りまし大江の山を中心に 神の光を三岳山鬼をも拉ぐ鬼ケ城 伊吹の山まで開きまし世人を救ひ助けむと 心を尽し魂を錬り此世を乱す悪神の 神素盞嗚の枉津見が下に仕ふる悦子姫 鬼武彦や高倉や旭、月日の白狐等が 悪逆無道の振舞に時を得ずして本国へ 一先づ退却し給へど必ず捲土重来の 時こそ今に近づきてコーカス山やウブスナの 山に建つたる斎苑館黄金山はまだ愚 自転倒島の中心地世継王の山の辺傍 錦の宮を忽ちに手の掌翻す其如く 土崩瓦解は目の当り先の見えたる三五の 神の教は風前の灯火の如く日に月に 危険益々迫り行く実に憐れな其教義 それをも知らぬ守彦が天の使と名乗りつつ 図々しくもバラモンの神の使の友彦が 館を指して来るとは飛んで火に入る夏の虫 それに従ふ留公や田吾作野郎の蚯蚓きり 蛙もきれぬ分際で神徳高き友彦に 刃向ひ来るとは何事ぞ身の程知らぬも程がある 天が地となり地が天と変る此の世が来るとても 三五教に迷ふなよ霊主体従の此教義 誠一つの神界の深き経綸は三五の 浅き教ぢや分らない飯守彦の宣伝使 留公田吾作諸共に今から心を立直し バラモン教の神徳を受けて身魂を研き上げ 神世を来す神業に心を尽し身を尽し 天地に代る功績を千代万代に樹てよかし これ友彦が詐らぬ誠一つの言葉ぞや 言霊幸はふ世の中に善ぢや悪ぢやと何の事 朝日が照るとか曇るとか月が盈つとか虧くるとか 大地が泥に沈むとか世人欺くコケ嚇し そんな馬鹿げた言霊を之だけ開けた世の中の 人が如何して聞くものか馬鹿を尽すも程がある 一時も早く目を覚せ神の心は皆一つ 世界の氏子を助けむと大国別の御言もて 憂瀬に沈む民草を救はせ給ふ有難さ 一度は喰つて味はへよ喰はず嫌ひは仕様がない 苦けりや吐き出せ甘ければ遠慮は要らぬドシドシと 心ゆく迄喰ふがよい善の中にも悪がある 悪の中にも善がある三五教は表向 善と雖も内実は悪鬼悪魔の囈言ぞ バラモン教は表から眺めて見ても善である 裏から見ても亦善ぢや其内実は殊更に 善一筋で固めたる昔の元の神の道 斯んな結構な御教を調べもせずに一口に 悪の雅号で葬りて此世を潰さうと企む奴 憎さも憎い三五教一時も早く留公よ 飯守彦と云ふ奴の甘い言葉にのせられて お尻の毛迄抜かれなよ憐れみ深い友彦が 真心籠めて気をつける大国別の神様よ 彼等が心に生命を与えて再びバラモンの 神の教に救ひませあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよ』 と口から出任せに汗をブルブル流し乍ら呶鳴り立てて居る。留公は此歌を聞いて躍起となり、 留公『オイ、バラモン教の御大将、随分立派な言霊だのう。雲烟模糊として捕捉すべからず、支離滅裂、聞くに堪へざる亡国の悲歌、そんな事を囀ると天地が暗くなつて仕舞ふ哩。サア之から此留公が十一七番の宣伝歌を謡つてやらう、耳を浚へて謹聴せい』 と長々と前置してエヘンと一つ咳払ひ、鷹が翼を拡げた様な手付で腰を屈め足を踏ん張り、右や左へ身体を揺ぶり乍ら奇声怪音を放つて揺ひ出した。 留公『此処は名に負ふ秘密郷四面深山に包まれて 中を流るる宇都の川流れも清く澄み渡る 武志の宮の御住家大江の山を破壊されて 逃げて出て来たバラモンの言霊濁るども彦が 鳥なき里の蝙蝠か蛇なき里の青蛙 威張散らして村人を何ぢやかんぢやとチヨロまかし 霊主体従を標榜し利己一片の強欲心 最極端に発揮して宇都山村の婆、嬶を 有難涙に咽ばせつ遂に進んで吾々も 慣用手段の口の先一寸うまうま乗つて見た さはさり乍らつくづくと胸に手を当て真夜中に 臥せりもやらず窺へば表面を包む金鍍金 愈色は剥げかけた時しもあれや三五の 誠一つの宣伝使天の使の守彦が 雲路を分けて下りまし武志の宮の御前に 現はれました雪の道雪より清い神心 松鷹彦の住む家に去年の冬から出でまして 世界の立替立直し天地百の神等を 宇都の川辺に呼び集め神徳茲に備はつて バラモン教の枉神を言向け和し如何しても 往生致さな是非はない神の定めの根の国や も一つ違うたら底の国万劫末代上れない 根底の底のまだ底の真黒暗のドン底へ 落してやらうかこりや如何ぢや此世でさへも限りがある 早く心をきり替へて瓦落多教に暇呉れて 誠の神の開きたる三五教に帰順せよ 俺も長らく友彦を師匠と仰いで来た誼 別れに際して親切に誠心で気をつける 気をつけられた其中に聞かねば後は知らぬぞよ 神の心を取り違へ留公さまの真心を 無にするならばするがよい皆お前の身の上に かかつて来ること許り俺はもう早や三五の 神の教に帰順したバラモン教に用は無い とは言ふものの人は皆同じ御神の分霊 世界同胞の誼もて一度は忠告仕る 早く改心して呉れよ決して俺に損得の 一つも関はる事ぢやないみんなお前が可愛から お前が改心するなれば宇都山村の神村も 天下泰平無事安穏五穀成就目のあたり 改心せなけりや是非も無い留の腕には骨がある 天地の神になり代り貴様の雁首引き抜こか 眼玉を抜こか舌抜こか地獄の鬼ぢやなけれども 止むに止まれぬ大和魂とめてとまらぬ留公が 思ひ詰めたる善の道道に迷うた里人を 助けにやならぬ此場合先づ第一に友彦が 改心すれば三五の神の司と手を引いて 元は一つの神の道腹を合して仲好くし お道を開く気はないか早く薫しい返事せよ 返事がなければ是非が無い芋の赤子を潰す様に 片つ端から踏みにじり鬼の餌食にしてやろか サアサア早うサア早うお返事なされよ三五の 誠一つの宣伝使言霊戦を開いたら とても敵はぬ尻に帆を掛けて走らにやなるまいぞ そんな見つとも無い事をするより早く我を折つて 改心なされ改心をすれば忽ち其日から 喜び勇んで神界の御用が屹度出来ますぞ 三五教が善なるか又悪なるか俺や知らぬ 俺の感じた動機こそ不言実行の誠のみ バラモン教は善の道善ぢや善ぢやと謡へども 言心行が一致せぬ一致を欠いだ御教は 半善半悪雑種教斯んな教が世の中に 若しも拡まるものならば世界の人は悉く みんな不具者になつて仕舞ふ生血に飢ゑたる枉神の 醜の企みと知らないかお前も天地の御徳にて 生れ出でたる神の宮悪魔の巣ふ破れ屋と なつて天地の神々に如何して言訳立つものか 早く改心してお呉れ留公さまが一生の 誠尽しのお願ぢや之程誠で頼むのに 首を左右に振るならばもう是非なしと諦めて 直接行動にとりかかる返答聞かせ友彦よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともお前一人は如何しても 改心させねば措かないぞあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐しまして頑固一途の友彦が 心を照させ給へかし身魂を光らせ給へかし』 と敵やら味方やら訳の分らぬ歌を謡ひ首をすくめ、糞垂れ腰になつて、左右の手を胸の四辺にかまきりがすくんだ様な手付し、ピリピリ慄ひ乍ら左右の足を一所にキチンと合せ待つて居る。その可笑しさに友彦も、跟いて来た田吾作も、思はず声を上げて笑ひ転けたり。 (大正一一・五・一二旧四・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 09 童子教 | 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 12 如意宝珠 | 第一二章如意宝珠〔六七四〕 心の色も照山の麓に建てる高殿は 錦の宮の社務所と世に鳴り渡る秋の風 紅葉の錦散り敷きて寒さ身に沁む時もあれ 頭に霜を戴きし三五教の宣伝使 黒姫、高姫、青彦や紫姫は終夜 眠りもやらずヒソヒソと秘密の話に耽り居る。 高姫『皆さま、高い声では云はれませぬが、玉照彦様、玉照姫様御両人も大切だが、それよりも、もつともつと肝腎要の根本の生粋の神政成就のお宝が紛失したのを皆さま知つて居ますか』 青彦は『エヽツ』と頓狂な声を出し、驚いて仰向きに倒れようとしてやつと身を支へた。 高姫『コレコレ、青彦さま……お前の名は若彦ぢやが……つい口癖になつて云うたのだから怺へて下されや。若葉の色は青いから若彦でも青彦でもよう通ひますからな……然し、ちつと気を沈めて聞いて下さい。外の人に斯んな話が聞えたら高天原は大騒動ぢや、何とか工夫せねばなるまい。こんな事はまだ誰にも言うては無いのぢやが本当に心配の事が出来て居るのだよ』 黒姫『心配な事とは何事が起りました、妾の力に及ぶことなら生命を捨ててでも御用を聞かして貰ひませう』 高姫『実はお玉の方がバラモン教の悪神に攫はれて仕舞ひ、今に行方が分らぬので言依別命様にも申上げ、心配をして居るのぢや』 是を聞いて黒姫、紫姫、若彦は真蒼白な顔をし『ヘエ』と言つたきり呆れて、互に目と目を見合すのみで途方に暮れて居る。 高姫『お前さま、お玉の方が攫はれたと言つてそれだけ吃驚する様な事では仕方がないぢやないか、ちつと胴を据ゑなさい。「身魂が研けて居らぬと真逆の時にびく付くぞよ。身魂さへ研いて置けば如何な心配が起つても胴が据つて楽に凌げるぞよ」とお筆先に有りませうがな、まだまだ吃驚の親玉がモ一つありますぞや』 紫姫『高姫さま、吃驚の親玉とは如何な事です、何卒聞かして下さい。妾も力一杯出来る事なら勤めさして頂きますから』 高姫『親玉と言つたら玉を盗られたのぢやがなア』 紫姫『あのお玉の方をですか』 高姫『お玉もお玉ぢやが、そんな玉とは玉で玉が違ふのぢや。天地がデングリ覆る様な大騒動ぢや。皆さまに言うて上げ度いけれど、あまり胴が据つて居らぬので如何する事も出来やしない。アヽア、神様の、もつと確りしたお道具に成る人が欲しいものだなア』 黒姫『玉とは何で御座います』 高姫『金の玉ぢや、それを盗られたのぢや』 黒姫『それは言依別様ですか、高山彦さまですか、そんな処を……また誰が如何して……穢しい……取つたのでせう』 高姫『エー、合点の悪い人ぢや、睾丸と違ひますよ。桶伏山に埴安彦神様が匿して置かれた、青雲山から持つて来られた神政成就の元津御霊の黄金の玉、如意宝珠の宝物を……皆が気をつけぬものだから、到頭盗られて仕舞うた。こりや屹度バラモン教が攫へて去んだのに違ひない、大変だらうがな』 黒姫『大変です、如何したら宜しからう、言依別命様に伺ひませうか』 若彦『困つた事になりましたなア、そつと伺つて来ませうか』 高姫『そんな事は此間から幾度も幾度も、妾がそつと言依別の教主に相談に行つて居るのぢやけれども、何んとか、かんとか言つて、「マア黙つて居つて下さい、何とか神様がして下さるでせう」なんて、キヨロリ、カンと大山が崩れて来ても動かぬと言ふやうな態度をして御座るものだから、妾は、もう気が揉めて揉めて、立つても居ても居られぬから、今日はお前さま達に寄つて貰つて、何とかせねばならぬと思ひ、相談をするのぢや』 黒姫『これは又、どえらい失敗をしたものですな、夜警にも廻る者が無かつたのかいな』 高姫『その夜警ぢやて、三五教の信者らしう見せて這入つて来よつて、其奴が手引して黄金の玉を盗み、何処かへ逃げて行きよつたのぢや。それだから神様が各自に気をつけて置けと仰有るのぢや。若い者の眠たい盛りに夜警をさして、寝つきの悪い年寄が、無理に寝ようとして無精をかわくものだから、神様が改心の為めに罰をあてなさつたのぢや。之から年寄は夜寝ぬ事にして下さい。その代り昼は何程なりと寝て、夜は気を付けて貰はねば、之から先に如何な事が起るか分つたものぢやない。若い者を昼遊ばし夜夜警をさすと、屹度碌な事は出来はしない。夜分は宵から寝させ、昼働けば宜いのぢやに、第一幹部のやり方が御神慮に叶はぬものだから、斯んな心配事が起るのぢや。黒姫さま、ちつと気をつけなされや』 黒姫『ハイハイ、気をつけます。何と言つても身魂の因縁性来だから仕方がありませぬワ。悪の御用をさされる身魂と善の御用をさされる身魂と、神様が立別けて見せて下さるのぢやから、最前も高姫さまが「神さまの罰が当つた」と仰有つたが、そりやチツトお考へ違ひぢやありませぬか。神様自らがお仕組遊ばす肝腎の宝を敵に盗られて迄、妾達に罰を当てるなんて…可怪しいぢやありませぬか。妾等が盗られたのぢやない、畢竟神様が神業の宝を盗られなさつたのぢや、謂はば神様に罰が当つたのぢや。さうぢやから素盞嗚尊様は善い所もあるけど、変性女子だから間に大縮尻をなさるのぢや。緯は梭が落ちたり糸が切れると言ふのは、ここの事でせう。経は一条を立て通してさへ居れば斯んな事は無いのだけれどなア。アーア然し時世時節には神様も叶はぬのだから、妾等は一旦改心した以上は、時の天下に従ふより外に道は有りませぬ、大将がしつかりしてくれぬと下の者迄が難儀をする。一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふとやら言うて、良い大将の神様が欲しいものだ。如何しても変性女子の身魂が我を張つた時は斯んな懲戒が出て来るのぢや。神さんだつて矢張失敗はあるのだからなア』 若彦『これ、黒姫さま、そりやちつと量見が違ひはせぬか、言へばお前さま達の取締が悪いから斯んな事になつたのぢや。自分の責任を棚へ上げて二つ目には瑞の御霊さんへ責任を持つて行くのぢやな、何程千座の置戸を負うて下さる神さまぢやと言うても……そいつア余りぢや、お前さまの論法は脱線だらけぢやないか』 黒姫『ちつとは脱線もしようかい、天変地異の大騒動が起つとるのだから……一つや二つ汽車電車の脱線はありさうなものぢや』 高姫『何時まで斯んな事を言うて居つた所で、黄金の玉は帰つて来る気遣ひも無し、お玉の方が戻つて御座る筈もない。ここは一つ我々が千騎一騎の活動をして、生命を的に黄金の玉を取返し、お玉の方を探して帰つて来ねば、第一我々初め貴女等の責任が済みますまい』 此時ガラガラと表の戸を開けて這入つて来た二人の男、若彦は目早く見て、 若彦『ヤア、お前はテルヂーにコロンボぢやないか、しつかり夜警をして居るかな』 テルヂー『夜警も神妙にやつて居ますが、黄金の玉を、前に来て居つた徳の野郎奴、バラモン教の蜈蚣姫の間者と共謀になりやがつて、ソツと玉を盗んで行きやがつてからと言ふものは、何の為めに夜警をするのやら有名無実、馬鹿らしうて夜警もやけ気味になつて来ます哩』 高姫『なに、あの徳奴が此間から姿を見せぬと思へば、彼奴が手引をして居つたのか。何と悪い奴ぢやな、それで人に心を許すでないぞよと神様が仰有るのだ、皆さまよう聞いて下さいや、うまい事言うて来ても神に伺はねば相手になつては往かぬとのお筆先を余り軽く見て居つたから、斯んな事になつて仕舞ふのぢや』 黒姫『モシ高姫様、貴方は何時も徳さんは偉い、誠の人ぢや、あんな人ばつかり信者になつて居つたら、三五教は一遍に世界の掌を翻す事が出来ると云うて褒めそやし、お前も徳さまを見習うて手本にしなさいと仰有いましたな。貴方の仰有る事を聞いて手本にでもして居つたものなら、今頃は如何な騒動がオツ始まつて居るやら分りやしませぬぞえ。鼈に尻の穴を吸はれた様な惨目な目に成つて仕舞ふのだ』 高姫『黒姫さま、お前は何を言ふのぢやぞえ、誰がそんな事を言うたのぢや。一寸一遍手洗でも使うて来なさい』 言依別命は何となく心いそいそして寝られぬままに、月の光を浴び、杖をついてブラブラと此高殿の前にやつて来た。屋内の争ひ声に耳をとめ、自ら雨戸を引き開けて進み入り、 言依別『ヤア皆さま、遅う迄エライ勉強ですな、何ぞ結構なお話でもありますかな』 高姫『貴方は高天原の大将ぢやありませぬか、能うそんな気楽な事を言うて居られますな、肝腎要の根本のお宝を紛失し、お玉の方の肉の宮は行方不明となつて、妾達が夜も碌によう寝ず、此通り目を赤うして心配をして居ますのに、貴方は何ともありませぬか。貴方が余り平気な顔して御座るものですから、幹部の連中さまが誰も彼も、いや惟神とか、御都合だとか言つて、尽すべき事も尽さず、懐中に手を束ね、握り麻羅でポカンとみて居るのぢや、ちつと確りして下さい』 言依別『ハヽヽヽヽ、エライ御心配を掛けて済みませぬな、神様は抜目が有りませぬから、さう心配はなさいますな』 高姫『抜目の無い神様なら、なんで其んな大切な玉を盗られなさつたのぢや。神さまだつて此方から気をつけて上げなければ如何なるものか、こんな不調法ばかりなさる、筆先にも「何卒誠の者は神に気をつけて下されよ」と現はれて居るぢやないか、能うマア、ほんにほんにそんな陽気浮気で如何して此高天原の城が保てますか、大勢の者の統一が出来ますかい』 言依別『黄金の玉も、お玉の方も、何れ明日の朝か昼頃には此処へ帰つて見えますよ。神さまがちやんと仕組んで居られるから……貴方等が何程鯱になつても駄目ですよ』 此時門の戸を慌しく叩き、 鬼丸(又は谷丸)『モシモシ、言依別神様はお見えになつて居りませぬか』 黒姫『誰だいなア、無作法な……戸を割れる程ポンポン叩いて……ヤアお前は谷丸ぢやな、身体維れ谷丸処ぢや、早う彼方へ行つて夜警をして来なさい』 鬼丸『エー、滅相な夜警どころですかい、大変な事が起りました。何卒早う言依別神様に帰つて貰ひ度いのです。実の処は此間盗まれた黄金の玉とお玉の方が今表門まで無事に帰られました』 言依別『宗彦も一緒に帰つたかな』 鬼丸『ハイ、宗彦さまも、その外三人のお伴もついてお帰りになりました』 言依別命は莞爾し乍ら鬼丸を伴ひ表門へ進み行く。 高姫『サア黒姫さま、青さま、若さま、紫さま、如何しよう如何しよう、大変ぢや大変ぢや』 若彦、紫姫、黒姫、高姫は嬉しさの余り室内を狼狽へ廻つて居る。お玉の方に抱かれて黄金の玉の御神体は一とまづ錦の宮の殿内深く納まり給うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 言依別命は祝意を表し立つて宣伝歌を歌ひ始めたり。 言依別命『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 三五教の神宝黄金の玉の如意宝珠 バラモン教の曲神にそつと盗まれ言依の 別の命は驚いて錦の宮に馳せ参じ 玉照彦や玉照の姫の命に伺へば 宝珠の玉は三国岳バラモン教の副棟梁 心の鬼ケ城山に砦構へし鬼熊別の 醜の魔神の宿の妻蜈蚣の姫の鬼婆さま 岩窟の中に立て籠り貴の宝を奪ひ取り お玉の方と諸共に占奪せりと聞きしより 我は神勅畏みて人に知らさず三五の 道の司の新参者天の真浦が弟なる 心の清き宗彦に旨を含めて霧の海 渡りて三国の山奥に遣はしければ宗彦は 使命を果し漸うにお玉の方と諸共に いそいそ此処に帰りけり玉照彦や玉照姫の 神の命の神司お玉の方の三つ霊 黄金の玉の五つ霊三つと五つとの睦み合ひ 此処に愈三五の神の教は輝り渡る 三五の月照彦の神思ひも此処に足真彦 教は四方に弘子彦の神の命と現はれて 悪しき病も少名彦愈神の御光も 高照姫や純世姫真澄の姫の鑑なす 尊き教も竜世姫御代も豊に国治立の 神の命や豊国姫の瑞の御魂のお喜悦 埴安彦や埴安姫の清き御魂も勇み立ち 天津神等八百万国津神等八百万 是の聖地に神集ひ今日の生日の喜悦を 祝ぎ給ふ嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しまして世は久方の空高く 天津日嗣の永久に動かぬ御代と守りませ 円山姫の守られし黄金の玉は恙なく 再び此処に復りまし五六七神政の神業の 光と現はれ給ふらむ勇めよ勇め諸人よ 人が勇めば神勇む吾は言依別命 コーカス山や斎苑館珍の都のヱルサレム エデンの園に現れませる御神も共に喜びて 堅磐常磐に何時までも栄えませよと祈りつつ 日の出神や日の出別木の花姫の御活動 天地の神も三五の教の司も信徒も 歓ぎ喜び舞ひ遊ぶ鶴の齢の末長く 亀万歳の永久に守らせ給ふ此教 あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・五・一四旧四・一八北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 06 小杉の森 | 第六章小杉の森〔六八〇〕 高春山の岩窟に巣を構へたる曲神の 鷹依姫を言向けて誠の神の御教に 靡かせ見むと三五の道の教の宣伝使 鼻も高姫黒姫が天の岩樟船に乗り 意気昇天の勢で高天原を後にして 天空高く飛んで行く三月経ちたる冬の空 何の便りも無き儘に言依別の神司 竜国別や国依別玉治別の三柱に 密かに旨を含ませつ高春山に向はしむ ここに三人の宣伝使草鞋脚袢に蓑笠や 軽き姿の扮装に万代寿ぐ亀山の 梅照彦が神館一夜を明かし高熊の 稜威の岩窟に参拝し神の御言を拝聴し 来勿止神に送られて善悪正邪の大峠 越えて漸う法貴谷戸隠岩の傍に 登りて見ればこは如何に行手に当りて四五人の 怪しき影は山賊の群と玉治別司 俄に変る三国岳蜈蚣の姫の片腕と 早速の頓智に山賊は一時は兜を脱ぎたれど 元来ねぢけた曲霊湯谷が峠の谷底の 木挽小屋なる杢助が家に立寄り金銀の 包みの光に目が眩み又もや元の曲津神 心の鬼に遮られ悪魔の道に逆転し 心秘かに六人は目と目を互に見合せつ 竜国別に従ひて津田の湖水の畔まで 素知らぬ顔を装ひつ三人の司と諸共に やうやう湖辺に着きにける。 三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』 玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』 三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』 玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』 三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』 甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』 玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』 三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』 遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』 三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』 遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ?俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』 駿州『俺もそうだ』 武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』 三州『ナニ猪口才な』 と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。 遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』 三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』 と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。 三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』 甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』 雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』 三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』 甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』 三州『オヽそれが宜からう』 甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』 三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』 雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』 三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』 と二人は此場より姿を消した。 雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』 と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。 三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』 甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、 甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』 三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』 甲州『忘れるものかい』 とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、 甲州『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』 三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』 甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』 三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』 甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』 三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』 甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』 三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』 雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。 白銀も黄金も玉も何かせん女房にます宝世にあらめやも 併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』 三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』 雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』 三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』 雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』 甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』 雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』 甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』 雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』 三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』 雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』 三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』 雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』 甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』 三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』 雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』 三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』 雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』 三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』 雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』 三州『汝も泥棒ぢやないかい』 雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』 甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』 と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三松村真澄録) |