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(2515)
霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 16 鷹鷲掴 第一六章鷹鷲掴〔一三一〇〕 イルは冷笑を泛べながら、高姫の御機嫌取りの為に、一間に入つて大速力にて書き写し、直様に直筆を右の手にひん握り、左の手に三宝を掴んで高姫の居間の前まで到り、元の通りキチンと叮嚀にのせ、目八分に捧げ、襖の外から言葉もいと荘重に、 イル『日出神の義理天上、只今御入来、アイヤ、高姫殿、此襖をあけめされよ』 と呼ばはつた。高姫は余り荘重な言葉に、ハテ不思議と襖をサツとあけ見れば、イルは筆先を載せた三宝を恭しく捧げ立つてゐる。 高姫『何だ、お前はイルぢやないか。腹の悪い、私を吃驚さしたがなア。ヘン日出神なんて、偉さうに云ふものぢやないワ。日出神様は此高姫の体内にお鎮まり遊ばすぞや。お前さまのやうなお方に、何うしてお鎮まり遊ばすものか』 イルは立ちはだかつたまま、 イル『アイヤ、高姫、よつく承はれ。日出神は汝が体内に宿ることもあり、又筆先に宿る事もあるぞよ。このイルに持たせた筆先は即ち日出神の御神体であるぞよ。或時は高姫の体内に宿り、或時は筆先に宿り、イルの肉体を以て之を守らせあれば、只今のイルは即ち義理天上日出神の生宮であるぞよ。粗末に致すと罰が当るぞよ。取違ひを致すでないぞよ。アフンと致して目眩が来るぞよ。日出神に間違ひはないぞよ。おちぶれ者を侮ることはならぬぞよ。何んな御方に御用がさしてあるか分らぬぞよ』 高姫『あああ、とうと、日出神様の御神徳に打たれて半気違ひになりよつた。これだから猫に小判、豚に真珠といふのだ。サ早く此方へかしなされ、日出神が二人も出来たら治まらぬからな』 と矢庭にパツと引たくらうとする。イルはワザとに三宝を握り締めた。高姫は力をこめて、グツと引いた拍子に、三宝の表と脚とがメキメキと音を立てて二つになつた。其勢に筆先は宙を掠めて、ゴンゴンといこつてゐた[※「いこって」…「いこる」は関西の方言で、炭に火がついて赤くなった状態。]炭火の中へパツと落ちた。忽ち三冊のお筆先は黒き煙の竜となつて天に昇つて了つた。 高姫『あああ、何の事ぢや、これ、イル、何うして下さる。折角神様がお書き遊ばしたお直筆を、サツパリ煙にして了つたぢやないか』 イル『何と日出神様はえらいものですな。たうとう結構な御神体が現はれました。貴女も御存じの通り、火鉢から火が出て日出神となり、あの通り黒い竜となり、煙に包まれて天上なされました。イヤ煙ではなからう、朝霧夕霧といふギリでせう。それだから義理天上日出神が御竜体を現はして天上なされました。何とマア貴女は御神徳が高姫さまで厶いますな。エヘヘヘヘ、イヤもう感じ入りまして厶います』 と口から出任せに高姫を揶揄半分に褒めそやした。高姫は怒らうと思つて居つたが、イルの頓智に巻き込まれ、嬉しいやうな腹立たしいやうな、妙な気分になつて、胸を撫でおろし、 高姫『お直筆は天上なさつたが、併しマアマア結構だ。お前が写しておいてくれたから、マ一度書き直さして頂かうかな。滅多にあんな結構なお筆先は出るものぢやないからな。コレ、イルや、早くあのお筆先の写しを、ここへ持つて来てくれ』 イル『ヘーエ、写さして頂かうと思ひましたが、何分御神徳が高いお筆先だものですから、後光がさしまして、サツパリ目がくらみ、一字々々其文字が鎌首を立てて、竜神さまになつて動くやうに見えるものですもの、到底吾々の如き神徳のない者では、写すことは愚か拝読くでさへも目がマクマク致します。それでお前さまに写して頂かうと思つて、此通り御神体をここ迄送つて来たので厶います』 と揶揄好のイルは、其実スツクリ写し取つて居ながら、ワザとこんな事を云ふ。 高姫『エーエ、気の利かぬことだなア、お前が能う写さな、なぜ他の者に写ささなかつたのだい』 イル『それでもイルに写せよと、貴女が御命令をお下しになつたものですから、日出神様のお言葉には背かれないと思うて、他の者には見せもしませなんだのですよ』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。あああ、どうしたらいいかしらぬて……お前さまは暫く謹慎の為、彼方へ控へて居りなさい。そして受付はハルに申付ける。こんな不調法を致して、よい気で居るといふ事があるものかいな』 イル『ハイ、仕方が厶いませぬ。併しながら私の守護神が霊界で写したかも知れませぬから、もし出て来ましたら、勘忍して下さるでせうなア』 高姫『馬鹿な事を言ひなさるな。お前等の守護神がそんな事が書けてたまりますか。此高姫でさへも守護神が書くといふ事は出来ぬ故に、此生宮の手を通してお書きなさるのだ。エエ気色の悪い、彼方へ行つて下され。お前さまの面を見るのも胸クソが悪い。結構な結構なお筆先を三冊まで燃やして了うて、どうしてこれが神様に申訳が立ちますか』 イル『霊国の天人に会はうと思うて、義理天上さまが化相の術を以て、天上なさつたのかも知れませぬよ。さう気投げしたものぢや厶いませぬワイ』 高姫『エー喧しい、彼方へ行きなされ。グヅグヅ致して居ると、此箒が御見舞ひ申すぞや』 と顔を真赤にし、捨鉢気味になり、半狂乱になつて呶鳴り散らすのであつた。イルは、 イル『ハイ』 と一言残し、匆々に襖を開け閉めし、首をすくめ、舌を出し、腮をしやくりながら受付へ足音を忍ばせ帰つて来た。受付にはハル、テル、イク、サールの四人が筆先の写しをゲラゲラ笑ひながら読んでゐる。 イル『オイ、そんな大きな声で笑つてくれな、今義理天上が大変に怒つてゐるからな』 ハル『ナアニ、怒る事があらうかい。早く写して腹へ締め込みておいて下されよ……と云つて帰つたぢやないか。今一生懸命に他人の褌を締めこみてゐる所だ。アハハハハ』 サール『これ程分りにくい文字を写させておいて、何の為に高姫さまが、それ程怒るのだい。怒る位ならなぜ写せと云つたのだ。本当に訳の分らぬ事をぬかすじやないか』 イル『ナアニ、そりやそれでいいのだが、高姫の奴、とうと、過つて三冊の筆先を火の中へおとし、焼いて了ひよつたのだ。それで大変に御機嫌が悪いのだよ』 サール『イヒヒヒヒ、そりやいい気味だねえ、随分妙な面をしただらう』 イル『丸きり、竈の上の不動さまを焼杭でくらはした時のやうな面をしよつて、きつく睨みよつた。そして其写しがあるだらうから、すぐ持つて来いと云ひよつたので、俺は余り劫腹だから、あのお筆先は御威勢が高うて後光がさし、一字々々文字が活躍して、鎌首を立て竜神になつて這ひ廻るやうに見えたから、能う写しませなんだ……とやつた所、流石の高姫も真青の面して、其失望、落胆さ加減、実に痛快だつたよ。それだから大きな声で読むなと云ふのだ』 サール『アハハハハ、成程、其奴ア面白い。オイ皆の奴、此処で一つ大声を張上げて読んだろかい』 イル『そんな事したら、高姫がガンづくぢやないか』 サール『なアに、俺が廊下に見張をしてゐるから、向ふへ聞えるやうに読むのだ。そして高姫が来よつたら、筆先を尻の下へかくし、素知らぬ顔してるのだ。今読んで居つたぢやないかと云ひよつたら、イルの腹の中へ義理天上さまがお這入りになつて、あんな大きな声でお筆先を読まれた……とかませばいいぢやないか』 イル『なアる程、妙案だ、それでは俺が一つ読んでやらうかなア』 とサールを廊下に立番させ、ハル、テル、イクを前に坐らせ、イルはワザとに大声を出して読み始めた。 イル『義理天上日出神の誠正まつの、生粋の五六七神政の筆先であるぞよ。高姫の肉宮は、昔の昔の根本の神代から、因縁ありて、神が御用に使うて居りたぞよ。この肉体は高天原の第一の霊国の天人の身魂であるぞよ。高姫の身魂と引添うて、三千世界の守護がさしてありたぞよ。それについては杢助殿の身魂もヤツパリ霊国天人の生粋の身魂であるぞよ。霊国の天人の霊は結構な神の教を致す御役であるぞよ。祭典や拝礼などを致す霊は、天国天人の御用であるぞよ。併し乍ら世が曇りて、天人の霊は一人もなくなり、八衢人間が神の御用を致して居るぞよ。世界の人民は皆地獄の餓鬼の霊や畜生道の霊ばかりであるから、此世がサツパリ曇りて了うたぞよ。夜の守護であるぞよ。此暗くもの世を日の出の守護といたす為に、義理天上が因縁のある高姫の身魂を生宮と致して、三千世界を構ふ時節が参りたぞよ。変性男子の霊は日出神が現はれるについて、神から先走りに出してありたぞよ。そして変性女子の霊は此世を曇らす霊であるぞよ。此儘にしておいたなれば、此世は泥海になるより仕様がないぞよ。三千世界の救世主は此高姫より外にないぞよ。それについては杢助殿の霊は夫婦の霊であるから、高姫と引添うて御用させるやうに天の大神からの御仕組であるぞよ。初稚姫は杢助の御子であるけれども、霊の親子ではないぞよ。高姫も肉体上母子となりて居るなれど、霊から申せば天地の相違があるぞよ。高姫は一番高い霊国の天人の霊であるなれど、初稚姫は八衢の霊であるから、到底、一通りでは側へも寄りつけぬなれども、肉体が何を云うても、憐れみ深い結構な人間ぢやによつて、初稚姫を吾子と致して居るぞよ。初稚姫殿も改心を致されよ。杢助の子ぢやと申して慢心致すでないぞよ。それについてはイル、イク、サール、ハル、テル殿に結構な御用を致さすぞよ。此筆先は火にも焼けず水にも溺れぬ金剛不壊の如意宝珠であるから、粗末に致したら目眩が来るぞよ。珍彦の霊も静子の霊も誠に因縁の悪い霊であるぞよ。其中から生れた楓は、誠に了簡の悪い豆狸の守護神であるから、三人共に神が国替を致さして、神界でそれぞれの御用を仰せつけるぞよ。此筆先に書いた事は間違はないぞよ。初稚姫も改心を致して下さらぬと、何時舟が覆るか分らぬぞよ。可哀相な者なれど、霊で御用さすより仕様がないぞよ。虬の霊であるから、今迄はばりてをりたなれど、善悪の立別かる時節が参りて、高姫が此処へ現はれた以上は、到底叶はぬぞよ。皆の者よ、此筆先をよく腹へ締め込みておいて下されよ。杢助殿と高姫と夫婦になりたと申して、チヨコチヨコとせせら笑ひを致して居るなれど、人民の知りた事でないぞよ。神は何処迄も気を引くから、取違を致さぬやうに御用心なされよ。義理天上日出神の筆先は一分一厘間違ひはないぞよ。高天原の霊国の天人の一番天上の身魂であるぞよ。又杢助殿には大広木正宗殿の霊が授けてあるぞよ。今迄は摩利支天の霊が憑りて居りたなれど、神界の都合により、義理天上の命令により、大広木正宗の御用をさして、常世姫の肉宮と、末代の結構な御用を致させるから、杢助殿が何事を致しても申してもゴテゴテ申すでないぞよ。又初稚姫は我の強き霊なれども、日出神の神力に、トウトウ往生致して、四つ足のスマートを斎苑の館へ追ひ返したのは、まだしも結構であるぞよ。これからスマートを一息でも、此祠の森の大門へよこしてみよれ、初稚姫の体はビクとも動かぬやうに致してみせるぞよ。杢助殿は霊が水晶であるから、四つ足が来るのは大変御嫌ひ遊ばすぞよ。初稚姫が四つ足を連れて参りたトガメに依つて神罰を蒙り、命がなくなる所でありたなれど、神の慈悲によりて、杢助殿を身代りに立て、チツと許り疵を致させ許してやりたぞよ。これをみて初稚姫殿改心致されよ。神の御恩と親の御恩とが分らぬやうな事では、誠の神の側へは寄りつけぬぞよ。余り慢心が強いので親の側へ寄れぬぞよ。其方の改心が出来たなれば、義理天上が取持致して、杢助殿に会はしてやるぞよ。早く霊を研いて下されよ、神が前つ前つに気をつけるぞよ。義理天上日出神の申す事に間違ひはないぞよ。此筆先は義理天上の生神が高姫の生宮に這入りて書いたのであるから、日出神の御神体其儘であるから、粗末には致されぬぞよ。もし疑ふなら、火鉢にくべてみよれ、焼けは致さぬぞよ。それで誠の生神といふ事が分るぞよ。ぢやと申して、汚れた人民の手で、いらうたら、焼けぬとも限らぬから、余程大切に清らかにして下されよ』 と読み了り、 イル『ハツハハハ、甘い事仰有るワイ、火にも焼けぬ水にも溺れぬと仰有つた筆先が、パツと焼けたのだからたまらぬワイ。イヒヒヒヒ、これでは日出神も、サツパリ駄目だなア』 サール『それでも……汚れた人民が触りたら、焼けるかも知れぬぞよ……と書いてあつたぢやないか』 イル『ハハハ、そこが高姫の予防線だ。引掛戻しの所謂仕組をやつてゐよるのだ。兎も角小気味のよい事だなア』 サールは、いつの間にやら廊下の見張を忘れて、イルの前に頭を鳩め聞いて居た。そこへ高姫が筆先の声を聞付けて、足音忍ばせ、半分余り末の方を障子の外から聞き終り、 高姫『コレ、お前達、今何を言うてゐたのだい』 この声に、イルは驚いて尻の下に隠し、素知らぬ顔して其上に坐つてゐる。 高姫『コレ、此障子一寸あけておくれ、今何を云つてゐたのだい。お筆先を拝読いて居つたのだらう。そして大変に義理天上さまの悪口を云つて居つたぢやないか』 イルは小声で、 イル『オイ、サール、貴様番をすると吐しよつて、こんな所へ這入つてけつかるものだから、これ見ろ、とうと見付けられたでないか』 サール『ウン、マア仕方がないサ、……ヤア高姫様、ようこそお出で下されました。サ、お這入り下さいませ』 と突張のかうてあつた障子をサツと開いた。高姫は受付の間へヌツと這入つて来た。 高姫『コレ、イルさま、お前、筆先を写さぬと云つたぢないか。今読んで居つたのは何だいなア』 イル『ハイ、日出神様が、お前の体内にイルと仰有いまして、暫くすると、あんな事を私の口から仰有つたので厶います。誠に結構な御神勅で厶いましたよ。そして又蟇の守護神が私の肉体に這入り、高姫様や天上様の悪い事を申しますので、イヤもう困りました。何卒一つ鎮魂をして下さいな』 高姫『日出神さまなどと、悪神がお前を騙して真似を致すのだらう。それだからシツカリ致さぬと悪魔に狙はれると、何時も申してあらうがな。エーエ困つた事だ、サ、そこを一寸お立ちなされ。日出神が鎮魂をして上げるから……』 イル『イー、ウーン、一寸ここは退く訳には行きませぬ、尻に白根が下りましたので、痺が切れて何うする事も出来ませぬ。何卒又後から鎮魂して下さいな。ああ高姫さま、あの外を御覧なさいませ、大きな鷲が子供をくはへて、それそれ通ります』 と高姫の視線を外へ向け、手早く尻に敷いた写しの筆先を懐へ捻ぢ込み、席を替へようとした。されど余り慌てて、二冊は甘く懐へ這入つたが、まだ一冊尻の下に残つて居る。 高姫『コレ、イル、そんな事を申して、此高姫を外を向かせておき、其間に何だか懐へ隠したぢやらう、サ、其懐を見せて御覧』 イル『ヘー、此の懐は私の懐で厶います。何程一軒の内に住居して居つても、懐は別ですからな。珍彦様が会計して下さるので、私の懐まで御詮議は要りますまい』 高姫『一寸、お前さま、妙なものが憑つてゐるから、鎮魂して上げよう。私が坐らにやならぬから、一寸退いて下さい。お前さまが一番正座へ坐ると云ふ事は道が違ひますぞや』 イル『ハイ、承知致しました。ああ杢助さまが門を通らつしやるわいな』 と云ひながら、尻の下の残りの筆先をグツと取り、懐へ入れようとした。高姫は今度は其手に乗らず、イルの態度を熟視して居つたから、たまらぬ。矢庭にイルの懐へ手を入れ、三冊の写しの筆先を掴み出し、キリキリと丸めて、イルの鼻といはず、目と云はず、滅多打に打据ゑ、 高姫『オホホホホ、悪の企みの現はれ口、日出神には叶ひますまいがな。頓て沙汰を致すから、其処に待つて居るがよからうぞ。イク、ハル、テル、サールも同類だ。今に杢助さまと相談して、沙汰を致すから待つてゐなさい』 と憎々しげに睨みつけ、懐に捻ぢ込んで、サツサと吾居間に帰り行く。後見送つて五人は頭を掻き、冷汗を拭きながら、 五人(イル、イク、ハル、テル、サール)『あああ、サーツパリ源助だ、ウンウン、イヒヒヒヒ』 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録)
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(2518)
霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 19 逆語 第一九章逆語〔一三一三〕 高姫の居間には妖幻坊の杢助、高姫両人、六ケしい顔をして上座に坐り、ハルをつかまへて油をとつてゐる。 妖幻(妖幻坊の杢助)『オイ、ハル、今表口に参つて何かゴテゴテ申して居つたのは何者だなア』 ハル『ハイ、何でも厶いませぬ。只道通が一寸受付へ立寄つたので厶います』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。其方は吾々に隠し立てをするのだなア。斎苑の館から直使が来たのであらうがな』 ハル『ハイ、エエ、それは、みえました。併しながら決して吾々に対して、御用もなければ何とも仰せられませぬ』 妖幻坊の杢助『珍彦館へ其方は案内をしたであらうがなア。様子は大抵知つて居るだらう』 ハル『ヘーエ、イルに……イン、承はりますれば、此館の総取締にイルを致す………とか云ふお使ださうで厶います』 妖幻坊の杢助『高姫や此杢助を放逐すると申して居らうがな』 ハル『エー、そんなこた、一寸も存じませぬ。併しながら朝晩の御給仕もせず、酒ばかり呑んでる人物に対しては、どういう御沙汰が下つたやら分りませぬな。直接私は何にも聞かないものですから、かう申したと云つて、決して之が事実だか事実でないか、保証の限りで厶いませぬ。併し何だか妙な空気が漂うてゐますで。何と云つても杢助さまともあらうものが、スマート如きが怖いと仰有るものだから、ヘヘヘヘヘ、皆の連中がチヨコチヨコと噂を致して居ります。それより外は何も厶いませぬ。これは一文生中の掛値もない、ハルの真心を吐露したので厶いますから、此上の秘密は何も存じませぬ』 妖幻坊の杢助『馬鹿を申せ。まだ外に何か秘密があるだらう。今の言葉から考へてみれば、貴様等は申合せ、此方や高姫の悪口を申して、斎苑の館へ手紙をやつたのであらうがなア。それでなければ直使が出て来る筈がないぢやないか。なに頭を掻いて居るのだ、ヤツパリ都合が悪いとみえるな。コリヤ白状致さぬか』 とハルの襟首をグツと取り、剛力に任せて、座敷の中央に突き倒し、一方の手でグツと押へ、一方の荒い毛だらけの手に拳骨を固めて振上げながら、 妖幻坊の杢助『コリヤ、白状致せばよし、隠し立てを致すと、此鉄拳が其方の眉間へ触るや否や、其方の脳天は木端微塵になるが、それでも白状致さぬか』 ハル『イイ痛い痛い、アア誰か来てくれぬかいな、お直使様、早く、来て下さるといいにな、イイ痛い痛い』 妖幻坊の杢助『サ、痛くば早く申せ。白状さへすれば許してやらう』 ハル『ハハ白状せと云つたつて、種のない事が白状出来ますか』 高姫『コレ、ハルさま、お前は五人の中でも一番利巧な男だ。それだから私がお前をイルの野郎の代りに受付頭にして上げたぢやないか。これ程私がお前をヒイキにして居るのに、なぜ隠し立てをなさるのだい。サ、早く言つてみなさい。決してお前さまの為に悪いやうにはせないからな』 ハル『高姫さま、そんな無茶な事、あなた迄が言つて貰つちや、此ハルが何うして立ちますか。よい加減に疑を晴らして下さいな』 妖幻(妖幻坊の杢助)『此奴は何処までもドシぶとい、まてツ、今に思ひ知らしてやらう、サどうぢや』 と又もや拳骨を固めて、力限りに打下さうとする一刹那『ウーウー、ワツウワツウワツウ』とスマートの声、妖幻坊は体がすくみ、色青ざめ、其儘ツイと立つて自分の居間に逃げ帰り、蒲団を被つて慄うてゐる。スマートの声は益々烈しくなつて来た。 高姫は少々慄ひながら、 高姫『コレ、ハルさま、お前はいい子だ。本当に様子を知つて居るだらう。サ、チヤツと言うてくれ、其代り、お前をここの神司にして上げるからなア』 ハル『ハイ、お前さま、用心しなされ。どうやら立退き命令が来たやうな按配ですよ』 高姫『ナアニ、立退き命令が、そりや誰に、大方珍彦にだらう』 ハル『冗談云つちやいけませぬよ。珍彦さまはここの御主人です。お前さまは勝手に義理天上だとか云つて坐り込み、自分免許で日出神の生宮と威張つてゐるのでせう。それだからお前さまに立退き命令が来るのは当然ですワ』 高姫『エーエ、まさかの時になつて、杢助さまも杢助さまだ。スマート位な畜生が、何程厭だと云つても、こんな正念場になつてから、自分の居間へ這入つて寝て了ふといふ事があるものかいなア』 ハル『ヘン、誠にお気の毒様、すんまへんな。何れ、悪は永うは続きませぬぞや』 高姫『エーエ、お前迄が、しようもない事を云ふぢやないか。サ、とつとと出ていつて下さい。この館は仮令直使が来うが何が来うが、日出神の生宮が守護して居れば、誰一人居らいでもよいのだから、何奴も此奴も放イ出してこまそ。グヅグヅしてると先方の方から立退き命令なんて吐しやがるから、先んずれば人を制すだから此方の方から立退かしてくれるツ』 と珍彦館をさして行かむと立ち上る。そこへ安彦、国彦はイル、サールに案内され、襖をサツと開いて這入つて来た。 イル『エ、もし直使様、ここが所謂義理天上の居間で厶います。何卒早く立退き命令を申し渡して下さい。コリヤ高姫、ザマア見やがれ、イヒヒヒヒ、誠に以てお気の毒千万なれど、今日限りだと思うて、諦めて帰んだがよいぞや。油揚の一枚も餞別にやりたいけれど、生憎今日は油揚も小豆もないワ。サツパリ、コーンと諦めて、ササ、帰つたり帰つたり』 高姫『エー喧しい、スツ込んでゐなさい。ここは義理天上日出神の神界から命令を受けて守護致す大門ぢやぞえ。そして直使といふのは誰だなア』 安彦『ヤア高姫殿、久しう厶る』 国彦『拙者は国彦で厶る。此度、斎苑の館より一寸様子あつて参拝致した者で厶る。境内の様子を見む為、此処まで調査に来たのですよ。そして直使の趣は珍彦に申渡しあれば、やがて其方に対し、何とか沙汰があるであらう』 高姫『ヘン、阿呆らしい、人民の命令位、聞くやうな生神ぢやありませぬぞや。勿体なくも高天原の霊国の天人、義理天上日出神の生宮ぢやぞえ。此肉体は常世姫命の再来で、変性男子の御系統だ。何と心得てござる。……ヤアお前は北山村の本山へやつて来て、トロロの丼鉢を座敷中にブツつけた、国公ぢやないか。そしてお前は安だらう。ヘン、阿呆らしい、直使なんて、笑はせやがるワイ、イツヒヒヒヒ、大きに憚りさま。これなつと、お喰へ』 と焼糞になつて、大きなだん尻を引きまくり、ポンポンと二つ三つ叩き、体を三つ四つゆすり、腮をしやくり、舌をニユツと出し、両手を鳶が羽ばたきしたやうにしてみせた。 安彦『仮令、拙者は神力足らぬ者にもせよ、天晴三五教の宣伝使、今日は又八島主命様より直使として参つた者で厶る。粗略な扱をなさると、斎苑の館へ一伍一什を申し上げますぞ』 高姫『ヘン、仰有いますわい。八島主の教主が何だ。青い青い痩せた顔しやがつて、まるで肺病の親方みたやうな面をして、此方に立退き命令、ヘン、尻が呆れて雪隠が躍りますワイ。お茶の一杯も上げたいは山々なれど、左様な分らぬ事を云ふ奴さまには、番茶一つ汲む訳には行きませぬワ。サア、トツトとお帰りなさい。高姫は斯う見えても、斎苑館の総務杢助の妻で厶るぞや。何程安や国が立派な宣伝使だと云つても、吾夫杢助の家来ぢやないか。今こそ杢助様は様子あつて役を引いて厶るが、ヤツパリ御神徳は三五教切つての偉者だ。どうだ両人、義理天上の申す事を聞いて改心を致し、此方の部下となつて、此処で御用を致す気はないかな』 国彦『安彦殿、困つた者で厶るな。論にも杭にもかからぬでは厶らぬか』 高姫『コリヤ与太、ソリヤ何を云ふのだ。勿体なくも日出神の生宮を目下に見下し、直使面をさげて、馬鹿らしい、何を云ふのだい。弥次彦、与太彦の両人奴、又一途の川の出刃庖丁を、土手つ腹へつつ込んでやらうかな。あの時は黒姫と二人だつたが、モウ、今日は神力無双の勇士、杢助さまの女房ぢやぞ。何だ、糊つけもののやうに、しやちこ張つて、其面は、マアそこに坐つたが宜からう』 隣の間にウンウンと唸る妖幻坊の声、耳をさす如くに聞えて来る。 イル『モシお直使様、こんな気違ひは後まはしと致しまして、杢助の居間を取調べませう、何だか唸つて居るやうですよ』 安彦『ヤ、国彦殿、エー、サール殿とハル殿と三人、此発狂者を監督してゐて下さい。拙者は杢助と称する人物の正体を見届けて参りますから』 と行かうとする。高姫は両手を拡げて、 高姫『コリヤコリヤ安、イヤ弥次彦、イル、メツタに義理天上さまの許しもなしに、行くことはならぬぞや。さやうな事を致すと、忽ち手足も動かぬやうに致すから、それでもよけら、行つたが宜からう』 イル『モシ直使様、行きませう。此婆は何時もあんなこと言つて嚇しが上手ですからなア』 安彦『なる程、参りませう』 と次の間の杢助の居間をパツとあけた。杢助は樫の棒を頭上高くふりかざし、力をこめてウンと一打、今や安彦の頭は二つに割れたと思ふ一刹那、床下より響き来るスマートの声、 スマート『ウーツ、ワアウワアウワアウ』 杢助は忽ち手痺れ、棍棒をふり上げた儘、一目散に裏の森林指して、雲を霞と逃げて行く。高姫は矢庭に杢助の居間に入つて見れば藻抜けの殻。 高姫『コレ杢助さま、何処へ行つたのだい。卑怯未練にも程があるぢやないか、サ早く帰つて下さいな。エーエ、何と云ふ気の弱い人だらう、本当に優しい人は、こんな時になると仕方がないワ。併し無抵抗主義の三五教だから、相手になつてはならない。こんな奴に掛り合うて居つたら、カツタイと棒打ちするやうなものだと思つて、逃げなさつたのかな。兵法三十六計の奥の手は、逃げるが一番ぢやといふ事だ。ヤツパリ杢助さまは、どこともなしに賢明な方だなア。到底ここらに居るガラクタには比べものにはなりませぬワイ。日出神も杢助さまには感心致したぞや。コレ弥次彦、与太彦、どうだい。感心したかい。チツトお筆先を頂いたらどうだい。結構なお筆先が出てるぞや。此イルも知つて居る通り、一字々々文字が動くのだから、そして正体を現はして竜となり、天上をするといふ生きたお筆先ぢやぞえ。どうだ、折角此処まで来たのだから、頂いて帰る気はないか。頂くというても筆先は直筆でも写しでもやりませぬぞや。お前の耳の中へ容れて帰ればいいのだから……』 安彦『ああ困つたものだなア、上げも下しもならぬ奴だ。阿呆と気違ひにかかつたら、どうも手のつけやうのないものだ』 高姫『ヘン、お前もお筆先をチツとは頂いてをるだらう。変性男子様が……阿呆になりてをりて下されよ。此方は三千世界の大気違ひであるぞよ。気違ひになりて居らねば此大望は成就致さぬぞよ。此方は誰の手にも合はぬ身魂であるぞよ。鬼門の金神でさへも往生致すぞよ。中にも義理天上日出神の神力は艮の金神も側へもよれぬぞよ。結構の身魂が世におとしてありたぞよ。余り神を侮りて居りたら、赤恥をかいて、大きな声で物も言へぬぞよ。日出神を地に致して三千世界の御用をさしてあるぞよ。何も知らぬ人民が、ゴテゴテ申せど、何も心配致さいでもよいぞよ。訳の分らぬ人民からいろいろと申されるぞよ。それを構うて居つたら御用が勤まらぬぞよ。神はいろいろと気をひくぞよ。トコトン気を引いて、これなら動かぬ身魂と知りぬいた上、誠の御用に使ふぞよ……といふ事をお前達は知つて居るかい。知らな言うてやろ、そこに坐りなさい。あああ一人の霊を改心ささうと思へば、随分骨の折れた事だわい。誠を聞かしてやれば面をふくらすなり、ぢやと申してお気に合ふやうなことを申せば、すぐに慢心を致すなり、今の人民は手のつけやうがないぞよ。神も誠に声をあげて苦しみて居るぞよ。中にも与太彦、弥次彦のやうな八衢人間が、善の面をかぶりて、宣伝使などと申して歩く世の中だから、困つたものであるぞよ。八島主命も言依別命も、学で智慧の出来た途中の鼻高であるから、霊国の天人の霊の申すことはチツとも耳へ入らず、誠に神も迷惑致すぞよ。これから義理天上の肉宮が、斎苑の館へ参りて、何も彼も根本から立替を致してやるぞよ。そこになりたら、今まで偉さうに申してをりた御方、首尾悪き事が出来るぞよ。神の申す中に聞かねば、後になりて何程苦しみ悶えたとて神は聞き済みはないぞよ。改心が一等ぞよ。神は人民が助けたさに夜の目もロクによう寝ずに、苦労艱難を致して居るぞよ。神の事は人民等の分ることでないぞよ。早く帰つて下されよ。四つ足霊がウロウロ致すと、神の気障が出来るぞよ。早く帰つて下されよ』 とのべつ幕なしに大声で呶鳴り立て、安彦、国彦の直使を烟にまいて了つた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 02 怪獣策 第二章怪獣策〔一三一七〕 初、徳の両人は種々と馳走を拵へ、酒を沢山に燗して二人の前に恭しく並べた。 初『私は此お館の新役員で厶います。魔我彦様にお引立に預りまして、つい此間から幹部に選定されました。今迄はウラル教の信徒で厶いましたが、余り此お館にお祀りしてある神様の御威勢が高いので、ついお参りする気になり、信者として四五日籠つてる中、抜擢されまして、今では魔我彦様の御用を聞いて居ります。炊事なんかするやうな地位では厶いませぬが、今日は特別を以て、文助様の御命令により、料理法の粋を尽して拵へて参りました。どうでお口には合ひますまいが、何卒一つ召上つて下さいますやう御願ひ致します。たまたまのお越し故、可成山海の珍味を以て献立がしたいので厶いますが、余り俄かのお出で材料が欠乏致し不都合で厶います』 高姫『ヤ、お前は魔我彦の家来かな、成程、下り眉毛の、一寸面白い顔だな。之から此高姫が此処の教主だから、其積りで居つて下さい。そしてここの信者は幾ら程あるかな』 初『ヘーお初にお目にかかつて、顔の批評までして頂きまして、イヤもう感服致しました。まだ新任早々の事で、ハツキリは分りませぬが、トツ百ばかり、あるとか、ないとか言ふことで厶います。魔我彦さまも、この調子なら、今にパツ百人ほど殖えるだらうと申して居りました。貴女は噂に……イ……高き、ダカ姫さまで厶いますかな。どうもよくお出で下さいました。そして立派な男様は貴女様の御主人でゐらせられますか、どうも御夫婦打揃ひ、御出張下さいました段、やつがれ身にとりまして、恐悦至極に存じ奉りまする』 高姫『何と面白い男だなア、ヤ御馳走さま、これからお腹もすいたなり、一寸くたぶれたからゆつくりと頂きませう』 初『私で宜しう厶いますれば、一寸お酌をさして頂きませうかな。私も余り、飲めぬ口でも厶いませぬから……』 高姫『ヤ、結構で厶います、何れ用があつたら、此鈴をふりますから来て下さい』 初『承知致しました、それぢやお菊さまにお給仕をして貰ひませう』 お菊『コレ初さま、厭だよ、誰がこんな小父さまや小母さまのお給仕するものかい。私がお給仕するのは万さまだよ。イヒヒヒ、すみませぬなア、お構ひさま』 妖幻『オイお菊とやら、此杢助に一つ注いではくれまいか。お前の若い手で注いで貰ふのは、余り気持が悪うはない。高姫さまといふ天下一の別嬪さまがついて厶るのだから可いやうなものの、又変つたのも、此方の気が変つていいかも知れない』 お菊『いやですよ、之からお千代さまと遊んで来なならぬワ、待合の酌婦ぢやあるまいし……御夫婦さま仲よう、シンネコでお楽しみ……御免よ』 と逃げるやうにして、腮を三つ四つしやくりながら、肩をあげ首をすくめ、両手を前へパツと開き揃へ、 お菊『イツヒヒヒ』 と胴までしやくつて、飛出して了つた。後に二人はイチヤイチヤ言ひながら、酒を汲みかはし始めた。 高姫『コレ杢助さま、松姫だつて、文助だつて、中々さう易々と服従するものぢやありませぬよ。口先では立派な事言つて居つても、心の底は容易に帰順致しませぬよ。あのお菊だつて、中々手に合はぬぢやありませぬか、此奴は一つ、何とか工夫をせなくちやなりませぬよ』 妖幻坊の杢助『兎も角、あの初と徳とを此処へ呼んで、酒でも飲ませ、腸までよく調べて、其上でこちらの味方を拵へておかねば、駄目だと思ふ。何程お前が義理天上だと云つても、杢助だと云つても、松姫の外、俺の顔を知つた者はないのだからな』 高姫『ソリヤさうですな、それなら一つ、初と徳を呼んで酒を飲ましてやりませうかい』 妖幻坊の杢助『ウン、それが可い、就いては、あのお菊も此処へよせて、酌をさせるがよからう。さうでなくちや、彼奴、一すぢ縄ではいかぬ奴だから、甘く手の中へ丸めておく必要があらうぞ』 高姫『貴方は又、お菊に秋波を送つてゐるのですか、エーエ油断のならぬ男だなア、それだから義理天上さまが、お前を目放しするなと仰有るのだ。本当に気のもめる男だな。私の好く人、又人が好く……といふ事がある。こんないい男を夫に持つと、此高姫も気のもめる事だワイ』 妖幻坊の杢助『まるで監視付だなア、高等要視察人みたいなものだ。あああ、こんな事なら、今までの通り、独身生活をして居つたらよかつたに、娘の初稚姫にだつて、何だか恥しくつて、顔さへ合されもせないワ。娘どころか犬にさへ恥しいやうだ。それだから、俺はあの犬は嫌といふのだ』 高姫『お前さまは、二つ目にはいぬいぬと仰有るが、何程いぬと云つても、綱をかけたら帰なしはせぬぞや。いぬなら帰んでみなさい。仮令十万億土の底までも探し求めて、お前さまの胸倉をグツと取り、恨をはらしますぞや』 妖幻坊の杢助『あああ、怖い事だなア。それなら今後はおとなしう御用を承はりませう。義理天上様、金毛九尾様、今日限り改悪致しますから、お許しを願ひます、エヘヘヘヘ』 高姫『何なつと、いつてゐらつしやい、どうでこんな婆アはお菊には比べものになりませぬから』 妖幻坊の杢助『それなら、女王様の御命令を遵奉し、ドツと改悪致して、お菊は入れない事にし、初公と徳公を、ここへ呼んで、ドツサリ酒を飲まさうぢやないか』 次の間から、 初、徳『ヘー、初も徳もここに居ります。お相手を致しませう』 とまだ呼びもせぬ先から、喉がグーグーいつて仕方がないので、襖をあけて、ヌツと顔を出した。 高姫『コレ、初さま、徳さま、お前は最前から私達の話を聞いて居つたのだなア』 初『ヘー、大命一下、時刻を移さず、御用に立たむと、次の間に手具脛引いて控へて居りました。イヤもうドツサリと結構なお二人様の情話を聞かして頂き、有難いこつて厶りました。あれだけ結構な話を聞かして頂いた以上は、一杯や二杯奢つて下さつても損はいきますまい。のう徳公、本当に羨ましいぢやないか』 妖幻『ハハハハ、どうも気の利いた男だ、お前達二人は小北山に似合はぬ立派な者だ。こんな立派な役員が、吾々の来るに先立ち、おいてあるとは、全く神様のお仕組だ。オイ、初公さま、徳公さま、俺の盃を一杯うけてくれ』 初『イヤ、これはこれは御勿体ない、お手づから頂きまして、実に光栄です、なア徳よ』 徳『ウン有難いなア、こんな事が毎日あると尚結構だがなア』 妖幻『朝顔形の盃はないかなア』 徳『ヘー、朝顔形の盃も沢山厶いましたが、前の教主様が、高姫さまの唇に似てると仰有つたので、お寅さまと云ふ内証のレコが、悋気して皆破つて了はれたさうで、今では一つも厶いませぬ』 妖幻坊の杢助『フフフフフ、さうすると、此盃は敗残の兵ばかりだな。打ちもらされし郎党ばかりか、ヤヤ面白い面白い、サ、徳公、一杯行かう』 徳『ヤ、これはこれは誠に以て有難く頂戴いたします。酒といふものは百薬の長とかいつて、いいものですな、かう青々とした春の野を眺めて、一杯やる心持と云つたら本当に譬へやうがありませぬワ、どうぞ之から貴方等御両人の指揮命令を遵奉致しますから、可愛がつて下さいや』 妖幻坊の杢助『ウン、よしよし、併し蠑螈別と此杢助とは、どちらがお前は偉大なと思ふ』 初『ソリヤきまつて居ります。背い恰好と云ひ男振と云ひ、天地の違ひで厶りますワ』 妖幻坊の杢助『どちらが天で、どちらが地だ』 初『そこがサ、テーンと、イー私には分らぬ所です。併し、チーとばかり劣つて居りますなア』 妖幻坊の杢助『どちらが劣つて居るのだ』 初『杢助様、言はいでも分つてるぢやありませぬか。劣つた方が劣つてるのですもの、高姫さまの前だから、何方へ団扇をあげて可いだやら、マア言はぬが花ですなア、夫婦喧嘩をたきつけるやうな事があつては誠にすみませぬから……』 妖幻坊の杢助『ハハハハ、其奴ア面白い、マア言はぬが宜からう』 高姫『コレ初、構はないから言つておくれ、私だつて何時までも、蠑螈別さまの事など思つてはゐやしないよ。あの方は大広木正宗さまの生宮だつたが、今はサツパリ三五教へ沈没したのだから、最早普通の人格者としても認めてゐないよ。何卒蠑螈別さまのこた、言はぬよにして下さい』 初『モシ、高姫さま、ここはウラナイ教ぢやありませぬよ、松彦さまがお出でになつてから、ユラリ彦さまや義理天上さま、ヘグレ神社其外、サーパリ、ガラクタ神をおつ放り出し、残らず三五教の神様と祀り替へてあるのですから、蠑螈別さまが三五教へお入りになつたのが悪い筈はないぢやありませぬか、さうすると今は貴女は三五教ぢやないのですか』 高姫『コレ初さま、お前も野暮な事をいふものぢやない、神の奥には奥があり、表には裏があるのだ。此高姫だつて、表面は三五教になつてるけれど、矢張りウラナイ教だよ。世の中は一通りや二通りでいくものでないから、お前も其精神で居つて下さい。これからお前等二人を杢助さまの両腕として出世をさして上げるから、さうすりや文助さまを頤でつかふやうになるよ、今に受付の命令をハイハイと聞いてるやうぢや詮らぬぢやないか』 初『イヤ、分りました。のう徳公、貴様も賛成だらう』 徳『ウーン、お前が賛成すりや、賛成しない訳にも行かぬワ、併しながら松姫さまは何うだろ、こんな事を御承知なさるだらうかなア』 初『ソリヤ高姫さまの腕にあるのだ、俺達や、只御両人の頤使に従つて居れば可いぢやないか』 お菊は外から、窓へ顔をあて、四人の酒を飲んでゐるのを見て、あどけない声でうたつてゐる。 お菊『天に口あり壁に耳企んだ企んだ陰謀を お菊はソツと両人の腹の中まで推知して 一寸其処まで出て来ると甘くゴマかし戸の外で スツカリ様子を窺へば耳をペロペロ動かして 尖つた口をしながらも高姫さまと意茶ついた 揚句のはてが小北山此神殿をウマウマと 占領せむとの企みごと初公、徳公両人を うまく抱込み酒飲ましさうして之から松姫の 目を晦まして義理天上日の出神の生宮と 居据り泥棒をする積り何程高姫偉いとて どうしてどうして松姫の鏡のやうな魂を 曇らすことが出来ようかそんな悪事を企むより 早く改悪するがよい改心するにも程がある オツトドツコイこりや違うたさはさりながら高姫は 善をば悪と取違へ悪をば善と確信し 改心慢心ゴチヤまぜになさつて厶るお方故 私も一寸其流儀臨時に使用しましたよ コレコレもうし杢さまえ蠑螈別の思ひ者 朝顔猪口の高さまえ何程お前等両人が 初と徳とを抱込んでうまい事をばしようとしても 忽ち陰謀露顕して逃げていなねばならぬぞや 松姫さまがお前等の詐り言を真に受けて 聞かれたとこが此お菊中々承知は致さない 侠客娘と名を取つた浮木の森のチヤキチヤキだ オホホホホホホオホホホホ窓から中を眺むれば あのマア詮らぬ顔ワイナイヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒ 杢ちやま、高ちやま左様ならゆつくり陰謀お企みよ あとからあとから此お菊叩きつぶしてゆく程に 何だか知らぬが杢さまの姿が時々変り出し 耳の動くはまだおろか口までチヨイチヨイ尖り出し 鼻より高うなつてゐる私が一寸首ひねり 考へました結末は虎と獅子との混血児 金毛九尾と御夫婦になつてここまで小北山 貴の聖場を占領し朝から晩まで酒のんで 威張り散らさむ計劃か但はここに網を張り 斎苑の館へ往来する数多の信者を引捉へ 堕落さした上ウラナイの醜の教に引込んで 此世の中を泥海に濁らし汚すつもりだろ 何程弁解したとてもお菊がここにある限り お前の企みは駄目だぞえああ面白い面白い 面白うなつて来ましたよ妖幻坊の杢助や 金毛九尾の義理天上鼻高姫の運の尽 松姫さまの神力とお千代の方の神懸 さとき眼に睨まれて尻尾を出しスタスタと 忽ち此場を駆出すは鏡にかけて見るやうだ 悪魔がそんな扮装をして大日の照るのに吾々を 化かそとしても反対に化けが現はれ舌かんで 旭に打たれて消えるだろそれ故お前杢助は 祠の森にゐた時ゆ日輪様の照る所へ 一度も出たこたないぢやないかたまたま外へ出た時は 日蔭の深き森の中初稚姫の伴ひし スマートさまにやらはれてビリビリ慄うてゐただらう お菊はチツとも知らないが何だか知らぬが腹の中 グルグルグルと玉ころが喉元迄もつきつめて 妙な事をば云ひますぞこれこれ高姫、杢さまよ 初公、徳公両人よ胸に手をあて思案して 臍をかむよな事をすな誠の日の出の義理天上 お菊の体をかりまして四人の獣に気をつける ああ惟神々々目玉飛び出しましませよ アハハハハハハアハハハハオホホホホホホオホホホホ』 と歌ひ了り、一生懸命に青葉の芽ぐむ森林の中へ脱兎の如く身を隠して了つた。 妖幻『オイ高姫、ありや気違ひぢやないか。困つた、此処にはモノが居るぢやないか。あんな事を言はしておきや、数多の信者を迷はすかも知れない。何とかして、窘めてやらねばなるまいぞ』 高姫『本当に、仕方のない奴ですワ、松姫さまも、なぜあんな気違ひを置いとくのだらうなア。コレ初公さま、いつも、あのお菊はあんな事を言ふのかい』 初『ヘー、随分誰にでもヅケヅケといふ女ですよ。併しながら今日みたいな悪口云つたこた、まだ聞きませぬな、あの女の云ふ事は、比較的正確だとの定評があります』 高姫『定評があると云ふからには、お前達は吾々夫婦を怪しいものと観察してゐるのかい』 初『ヘー、別に……怪しいとは思ひませぬ。只貴方等両人の仲は、ヘヘヘヘ、チと怪しくないかと直覚致しました、違ひますかな』 高姫『杢助さまと夫婦になつたのが、何が怪しいのだ。神と神との許し給うた結構な生宮だぞえ。神だとて夫婦がなければ、陰陽の水火が合はないから、天地造化の神業が成功せないぢやないか』 初『ヤ、さうキツパリと承はりますれば、今後は其考へでお仕へ致します。さうすると杢助様は貴女の旦那で厶いますか。よくお似合ひました夫婦で厶います。ヘヘヘヘ、イヤもうお目出度う、それでは今日は御婚礼の御披露の酒とも申すべきものですな、ドツサリ頂戴致しませう。誠に御馳走さまで』 徳『オイ、初ウ、さう御礼を言ふに及ばぬぢやないか、お酒も御馳走の材料も、皆小北山の物でしたのなり、料理も俺達二人がしたのだ。そして新夫婦に、こちらから振舞つてゐるのだから、御馳走さまも何もあつたものかい、先方の方から礼を云つたら可いのだ』 高姫『コレ、徳とやら、お前の云ふ事は一応理窟があるやうだが、それは神界の事の解らぬ八衢人間の云ふ理窟だぞえ。現界の理窟は霊界には通じませぬぞや。かうして御馳走が出来るやうになつたのも、皆天上から日の出神様が御光を投げ与へ、雨露を降らして下さるお蔭で、五穀、さわもの、菜園物一切が出来てるぢやないか、其生神様にお給仕さして頂くお前は誠に結構だ。神の方から御礼申すといふ理窟がどこにあるものかい。チツとお前も神界の勉強をしなさい、さうすりや、そんな小言は云はないやうになつて了ひますよ』 徳『ヘー、何とマア都合の好い教理で厶いますこと』 高姫『コレ、お前は義理天上の云ふ事が、どうしても腹へ入らぬのかなア』 徳『ヘー、さう俄かに入りにくう厶います。何分お酒や御飯で格納庫が充実してゐますから、今の所では余地が厶いませぬ』 高姫『何とマア盲ばかりだなア、そら其筈だ、霊国の天人の霊と、八衢人間の霊とだから無理もない、お前さまもチツと之から日の出神様の筆先を読みなさい。さうすれば三千世界の事が見えすくやうになるだらう、コレ初さまえ、お前はチツと賢さうな顔してるが、高姫のいふ事が分つたかなア』 初『ハイ、仰せの通り、此お土の上に出来たものは皆神様のお力で厶います。何程立派な人間でも、菜の葉一枚生み出すことは出来ませぬ、仰せ御尤もだと考へます』 高姫『成程、お前は偉いわい、之から杢助様の片腕にして上げるから、どうだ嬉しうないか、結構だらうがな。何といつても三五教の三羽烏の一人、時置師神様だぞえ』 初『ハイ、身に余る光栄で厶います。オイ、徳、貴様も改心して、結構だといはぬかい……否改悪して、貴女の仰有る通りだ、と、心はどうでもいい、いつておかぬかい。社交の下手な奴だなア』 徳『それなら高姫さまの御説に、ドツと改悪して賛成致します。何卒宜しう御願ひ申します』 高姫『心からの改心でなければ駄目だぞえ。ウツフフフフ、コレ杢助さま、人民を改心さすのは高姫に限りませうがな』 妖幻坊は俄に体が震ひ出した。窓の外を一寸覗いて見ると、猛犬が矢の如く階段を登つて、松姫館の方へ姿を隠した。高姫はアツと一声、ドスンと腰を下し、目を白黒してゐる。妖幻坊も亦冷汗をズツポリかき、ガタガタと震ひ戦くこと益々甚しい。 (窓外白雪皚々たり大正一二・一・二五旧一一・一二・九松村真澄録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 03 犬馬の労 第三章犬馬の労〔一三一八〕 松姫は各神社の拝礼を終り、吾居間に入つて神書を調べてゐた。そこへお千代は慌しく帰り来り、門口の戸をピシヤツと閉め、中からツツパリをかうた。松姫は之を見て怪しみ、 松姫『これ、お千代、夜分か何ぞの様に、何故戸にツツパリをしたり等なさるのだい』 千代『ハイ、今怪体なド倒しものが来たのですよ。何れ此処にも来るか知れませぬから、来たら入れない様にしてゐるのですよ』 松姫『昼の最中に戸を閉めてツツパリかふ等とは可笑しいぢやありませぬか。大方昼泥棒の連中が隊を組んで来たのかい。構はぬぢやないか。ここは神様が厶るから、何が来たつて大丈夫だよ』 お千代『何、お母さま、泥棒位なら一寸も構やしないが大化物が来たのだよ。今お菊さまと桃の木の下で遊んでゐたら、一人は高姫だと云つて嫌らしい顔した女、又一人は大きな男で耳がペロペロ動いてゐるのよ。屹度あれは化物に違ひありませぬ。お母さまをちよろまかさうと思つて来たのだらうから、屹度会つちやいけませぬよ。それで私が急いで帰つて戸を閉めたのです』 松姫『高姫さまと云へば蠑螈別さまのお師匠様だ。そして今は三五教の立派な宣伝使、何しに又案内もなしに突然お越しになつたのだらうか。ハテ、如何も不思議だ。昨夜も昨夜で妙な夢を見たのだが、ヒヨツとしたら化物ぢやなからうか。いやいや昼間に此神聖な場所へ化物がやつて来る筈がない。いや高姫さまなら会はずばなるまい。ハテ、不思議だな』 と云つて首をかたげている。 千代『三五教の宣伝使の高姫さまなら、もちと品格がありさうなものですよ。それはそれは下品な……何とも云へぬ賤しい姿で、一目見てもゾゾ毛が立つ様な女でしたよ。そして連つてゐる男は半鐘泥棒の様な不恰好な、怪体な面した奴ですよ。如何しても私の目には人間とは見えませぬわ。全く妖怪ですよ』 松姫『ハテ、妙な事を云ふぢやないか。そして受付の文助さまは何とか云つてゐただらうな』 お千代『文助さまは何だか、高姫と云ふ怪体な女と話をして居りましたが、一度松姫様に申し上げて来ると申して居りましたよ。それを聞いたものだから、文助の様な盲が、何も分らずにお母さまに、せうもない事を云つて告げようものなら大変だと思つて、一歩先に知らしに帰つて来ましたの。お母さま、屹度あの二人に会つちやいけませぬぜ』 松姫『それだと云つて、神様のお道では何んな方にでも会はなけりやいかぬぢやないか。仮令化物でも曲津でも、神様の教を説き聞かして改心さしてやりさへすれば宜いぢやありませぬか』 お千代『だつてあんな奴、何を企むか知れやしないわ。お母さまが何と云つても、お千代はあんな化物は入れませぬよ』 松姫『マア何事も私に任しておきなさい。お前さまは未だ子供だから、さう一つ一つ嘴を容れるものぢやありませぬぞや』 斯く親子が話してゐる処へ、門口の戸をポンポンと叩く音がする。之は受付の文助が高姫の来た事を松姫に報告のためであつた。 文助は戸の外から、 文助『もしもし、松姫様、文助で厶ります。一寸門口を開けて下さいませぬか。急用が厶りまして御相談に参りました』 松姫『ハイ、一寸待つて下さいませ。子供が悪戯致しまして……今直に開けますから……これお千代、早く門を開けぬかいな』 お千代『お母さま、門を開けたら文助が這入つて来ますよ』 松姫『這入つて厶る様に開けるのぢやないか』 お千代『だつてお母さま、文助の云ふ事に巻込まれちやいけませぬよ。あの爺は化物にひどう感心してゐた様ですから……』 と云ひながらツツパリを取外しガラリと開けた。文助はヨボヨボとしながら閾を跨げ、四辺をキヨロキヨロ見廻してゐる。されど松姫の姿はハツキリ見えなかつた。只目が悪いので、声をしるべに話するより仕方がないのである。松姫は、 松姫『さア何卒お上りなさいませ』 と座蒲団を出し文助の手を取つて坐らせた。 文助『アーア、年が寄つて目が不自由なのも厄介なものですわい』 松姫『それだつて貴方は心眼が開けてゐるのですもの、結構ですわ。目が見えないと云つても、あれ位な綿密な絵が書けるから結構ぢやありませぬか。時に文助さま、何か急用でも出来たので厶りますのか』 文助『ハイ、折入つて貴女と御相談を申し上げたい事が突発致しました。実にお気の毒で……何から云つてよいやら、地異天変、言葉の出しやうも厶りませぬ』 お千代は側から、 お千代『これ文助さま、駄目よ。彼奴ア化物だから、お前が騙されて居るのだ。お母さまに何も言ふぢやありませぬよ。さアさアトツトとお帰り。足許が危なけりや、お千代が手を曳いて上げませう』 松姫『これお千代、何と云ふ事を仰有るのだい。お前は子供だから黙つて居りなさい。文助さま、こらへて下さいや。如何も此の子は教育が出来て居ないから困つたものです。お菊さまと好一対です。遊ぶ友達が悪いとサツパリ感化されて了ひます。本当に親も迷惑してゐますのよ。時に文助さま、お気の毒だとは何事ですか』 文助『ハイ、実は高姫さまが見えまして厶ります。そして斎苑の館の総務杢助様までがおいでになり、何者か貴女の悪口を申したものと見えて、貴女は今日限り教主の役を解き、高姫様が教主となり、杢助様が出張して監督をなさる事になつたのだと云つて、今下に見えて居ります。誠に長らくお世話になりましたが、貴女様とはお別れせなくちやならぬかと思へば実にお名残惜しう厶ります』 松姫は平然として、 松姫『ホホホホホ、何か大変事が起つたかと思へば、そんな事ですかな。そりや結構です。妾も実は此処を立退いて、夫と共に大活動をして見たかつたのです、併しながら已むを得ず今日まで勤めて居りました。そりや本当に結構ですわ』 文助『それを聞いて私も一寸安心致しました。いや如何も上のお方の心と云ふものは分らぬものですな。さうなくちやかなひますまい。桜は夜の嵐にうたれて一つも残らず潔く散るのが誉だと聞きました。イヤ天晴々々、見上げたお志、実に感じ入りました』 と袖に涙を拭うてゐる。お千代は側から、 お千代『これ、文助さま、お前は盲だから化物に騙されてゐるのだよ。お母さままでが、何ですか、あんな奴が来たと云つて此処を飛び出す積りですか。未だ斎苑の館から何とも御沙汰がないぢやありませぬか。仮令何んな方が見えても相手になつちやいけませぬよ。此間もお寅さまが魔我彦を連れて行かれてから、もう四五十日になるのに、何の沙汰もないぢやありませぬか。同じ斎苑の館から見えるのだから、八島主の神様から御内報がある筈、又魔我彦さまからも何とか知らせがある筈です。先づトツクリと調べた上でないと、えらい目に遭はされますよ』 松姫『いかにもさうだな。お前の云ふのも一理がある。いや文助さま、何か其高姫さまは斎苑の館から辞令でも持つて来て厶るか。それとも教主様か魔我彦さまの手紙でも御所持か、それを聞いて来て下さいな』 文助『ハイ、聞いて参りませうが、何を云つても三羽烏の一人時置師の神様が御出張になつてゐるのだから、尋ねるにも及びますまい。外の方なら兎に角、何と云つても斎苑の館の総務さまだから、尋ねない方が宜いでせう』 千代『これ文助さま、お前がよう尋ねにや私が之から行つて、本真物か、偽物か、検査をして来ますわ。お母さま、それで宜いでせう』 松姫『これこれお千代、何を云ふのだ。お前は今日は何にも云つちやなりませぬぞや。母が箝口令を布きますぞや』 お千代『だつて千騎一騎の此場合、お母さまの箝口令位で閉口出来ますか』 松姫『ああ困つた娘だな』 お千代『ああ困つたお母さまだな』 文助『困つた事が出来たものだな』 千代『ハツハハハハ』 と笑ふ声を外から聞きつけて這入つて来たのはお菊であつた。 お菊『お千代さま、何が可笑しいの、よく笑つてゐますね』 お千代『お菊さまか、よう来て下さいました。今ね、文助さまが出て来て、あの化物を杢助さまだ、高姫さまだと云つてゐますのよ。それをお母さまが本当にしてるのだもの、可笑しうて堪らないわ』 お菊『本当にね。怪体な奴が来たものですわ。私い高姫と云つたら、もつと立派な小母さまと思つてゐたのに、まるで化物だわ。杢助さまだと云つてるが獣の様に耳がペロペロ時々動くのだもの。何でも彼奴ア可笑しい化さまですよ。然しあの婆が「私は高姫だ、松姫さまの師匠だから早く呼んで来い」と云つたので仕方なしに来たのよ。もし松姫さま、あんな奴に会つちやいけませぬよ。然し何とか返事をせなくちやなりませぬから、一寸御報告旁やつて来ましたの』 松姫『それは、まアよう来て下さつた。お菊さま、お前怪しいと思つたのかい』 お菊『如何も可笑しい奴ですわ。キツト、ありや贋ですよ』 松姫『お菊さま、それなら貴女御苦労だが、その高姫さまとやらに斯う云つて下さいね、「今松姫は神様の御用の最中だから、済み次第お目にかかります。それまで教主館で、お酒なつと飲つて待つて居て下さい」と私が云つたと伝へて下さいね。文助さまも一緒に帰つて下さい。そして粗忽のない様にもてなしを頼みますよ』 文助『ハイ、承知致しました。サアお菊さま、帰りませう』 とお菊に手を曳かれコチコチと階段を下つて行く。後にお千代は声を潜めて、 お千代『お母さま、高姫は本当のよ。けれど後からついて来た杢助と云ふのは屹度化物よ。その積りでつき合はなくちやいけませぬよ』 松姫『そんな事、どうしてお前に分つたのかい』 お千代『それでも、私の耳許でエンゼルが囁いて下さいましたもの。お母さまによく気をつける様にと云はれましたよ』 松姫『お前は時々エンゼルの御降臨があるのですから本当に重宝な体ね。そして其化物は何物だと仰有つたかい』 お千代『あれは妖幻坊と云ふ兇党界の相当の位地を占めてる大悪魔ださうです。然し日輪様を恐れる事が非常なもので、昼歩く時は深編笠を被り、中々外へは出ないさうですよ。昼間は何時も森の中で寝てると云ふ事ですわ。その妖幻坊に高姫さまが化かされて、又義理天上をふり廻してゐるのだから尚々始末が悪いのよ』 松姫『ハテ、困つた事だな。何とか工夫があるまいかな』 お千代『お母さま、屹度会つちやいけませぬよ。そして高姫は自分勝手に、此処の教主だと云つてるのですよ。斎苑の館からお沙汰のあるまで動いちやいけませぬぞえ。お母さまは小北山の神司だから、誰に指一本さへられる体ぢやありませぬからね。屹度調べて見たら、斎苑の館の書付は持つてゐない事はきまつてゐますわ。それで面白いから、一遍調べてやらうと思つたのよ』 松姫『そんな要らぬ事をせなくてもいいぢやないか。高姫さまに恥をかかさない様にして、なるべく御改心を遊ばす様に真心を尽して御意見を申上げるのだな。お前も出過ぎた事は云はない様にして下さいや』 お千代『それでも余り馬鹿にしてゐるのだもの、ちつとは言ひたくなつて来るのよ。一遍神様を拝ましてやつたら吃驚するだらうね。それを見るのが楽しみだわ』 松姫『何とまア口の悪い子だな。人がビツクリするのが、お前はそれ程面白いのかい。困つたお転婆だな』 お千代『それでも世の中を誑かし人を苦しめ、大神様の道を妨害する悪魔だから、チツとは懲しめてやらなくちや、神様にお仕へしてゐるお母さまの役も済みますまい。私だつて化物を看過しちや職務不忠実と云ふものですわ。こんな時こそは審神を充分しなくちやなりませぬわ』 松姫『併し高姫さまは本物だとあれば、私の大恩ある御師匠様、お目にかかつて御挨拶を申上げねばなるまい。そして其様な悪魔に騙されて居りなさるなら、気をつけて上げなくちや師弟の役が済むまい。ああ困つた事が出来たものだ』 斯く話す所へ尾をふつて潔く這入つて来たのは巨大なる猛犬であつた。見れば首たまに何か手紙の様なものが下つて居る。 松姫『ア、これは何処からか手紙を持つてお使ひに来たのだな。これこれお犬さま、何処からか知らぬが御苦労だつたな。どれどれ、お手紙を見せて頂きませう』 とやさしく云ひながら二つ三つ首の辺りを撫でて可愛がり、括りつけた手紙を取り、上書を見れば、「小北山の神司松姫様へ、祠の森に於て、初稚姫より」と記してある。 松姫『ああ之は初稚姫様の御手紙だ。何か変つた事が出来たのかな。これお千代や、一寸門口を閉めて下さい。秘密の御用かも知れないから』 お千代は外をキヨロキヨロ見廻し、誰も出て来ないので安心の胸を撫で下し、ソツと戸をしめて堅くツツパリをかうた。此猛犬は云はずと知れた初稚姫の愛犬スマートなる事は云ふまでもない。 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九北村隆光録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 07 玉返志 第七章玉返志〔一三四三〕 小北山の受付には、文助爺さまが初、徳の両人にしたたか頭をかち割られ、それから発熱して床につき、時々囈言を云ひ、大勢の信者や役員が頭を悩ましてゐる。そして魔我彦は不在なり、初、徳の両人は遁走し、俄に運用機関は殆ど停止の厄に遭うた。お菊は勝気な女とて、受付兼神殿係を兼務し、参詣して来る病人の祈願をなし、或は説教を聞かせ、又受付に現はれて、目も廻るばかりの多忙を極めて居つた。お菊はホツと持て余し、体は縄のやうになつて、チツとばかり愚痴り出した。 お菊『あああ、受付と云ふ役は何でもないものだ、遊び半分に何時も文助さまが絵を描いてゐる。之も用がなくて暇潰しにやつてゐるのだらうと思うて居つたが、中々自分がやつて見ると忙しいものだ。鎮魂もしてやらねばならず、御祈願もせなならず、ホンにホンに文助さまも御苦労だつたなア。何卒早く治つてくれれば可いに、これ丈そこら中に美しい花が咲いてるのに、花摘みに行く事も出来やしない。そこへ又初稚姫様が御越しになつたものだから、松姫さまは忙しいのでチツとも手伝うては下さらず、お千代さまもお宮のお給仕やなんかで忙しいさうだし、本当に厭になつちまつた。せめて魔我さまなつと帰つてくればよいのに、気の利かぬ奴だな。万公さまも万公さまだ、何処を一体彷徨いてるのだらう。帰つて来りや可いに、そしたら又惚れたやうな顔をして、退屈ざましに嬲つてやるのだけれどなア。あああ仕方がないワ、何程きばつた所で、先繰り先繰り婆、嬶がやつて来るのだから、お菊さまもやり切れない。一つここらで昼寝でもやつたらうかなア。此夜の短い日の永いのに、睡ぶつたくて仕様がないワ。椿の花でさへも居睡つて、ボトリボトリと首を抜かして溜池の鮒を脅かし、水面を真赤に染めてゐる。私だつて生物だから、チツとは休養もせなくちや叶ふまい』 と独言を言ひながら、グツと眠つて了つた。そこへ、六十許りの爺が十二三の娘を背中に負ひ、トボトボとやつて来た。 爺『ハイ、御免なさいませ、私はつひ近在の首陀で厶いますが、娘が喉に鯛の骨か何かを立てまして、苦しみ悶え、息が切れさうになつて居ります。何卒神様の御神徳で除つて頂くことは出来ますまいかなア』 居眠つてゐたお菊はフツと目をさまし、 お菊『ウニヤウニヤウニヤウニヤ、ようお出でなさいませ、随分日の永いこつて厶いますな。モウ何時ですか』 爺『まだ四つ時で厶います。至急に御願ひ致したい事が厶いますので、お世話に預かりたいと思ひ参りました。之は私の孫で厶いますが、喉に何だか立ちまして、困りますので鎮魂とやらをして貰ふ訳には行きませぬだらうかな』 お菊『ヘー、宜しい、併し住所姓名を伺ひます』 爺『ハイ、住所姓名は後から申上げます。此通り孫娘が危急存亡の場合で厶いますから、早く御祈願をして頂きたいもので厶います』 お菊『それなら特別を以て、先にする手続を後にし、お願ひ致しませう。併しながら此子の名を聞きませぬと、願ふ訳には参りませぬワ』 爺『それは御尤もで厶います。娘の名は滝野と申します』 お菊『ハイ宜しい、サア此方へ連れて来なさい。大神様に願へば直様助けて下さいます。サ、お爺さま、お上りなさい』 爺『甚だ申し兼ねますが、此通り草鞋をはいて居りますから、足が汚れて居ります。何卒娘だけ上げて下さいませ』 と背中から下した。娘は転げるやうにして、お菊が願ふ祭壇の前に行つた。お菊は紫の袴を着け、白い着物の上に格衣を羽織つて中啓を持ち、恭しく天津祝詞を奏上し、祈願を凝らした。お菊が熱湯の汗を流しての一生懸命の祈願も容易に効顕はれず、娘は益々苦しみ悶えるばかりである。お千代は用のすきまに階段を下つて受付へ来て見ると、怪しい爺が庭の隈に青い顔してしやがんでゐる。神殿を見れば、お菊が一生懸命に祈願を凝らしてゐた。お千代は之を見て、 お千代『受付はサツパリ空屋だ。どれ暫く私が代理を勤めておかうか』 と云ひながら、受付にチヨコナンと坐つてみた。そこへ坂路を登つて、息をスースー喘ませながら二人の男がやつて来た。これはイク、サールの両人である。 イク『御免なさい、私は祠の森のイク、サールといふ者で厶います。もしや初稚姫様はスマートといふ犬を連れてお立寄になつては居りませぬか』 お千代『それはようお出でなさいました。マア御一服なさいませ。夜前からお見えになつて居りますが、お母さまと何だか御話がはづんで居ります。何れ手があきましたら御知らせ致しますから、此境内のお宮様を一遍、御巡拝なさいませ』 イク『イヤ有難う、兎も角参拝さして頂きませう。オイ、サール、まだ十二三らしいが随分しつかりしたものだね。小北山はこんな小さい子供で受付が出来るのだから、大したものだよ。イルやハルの奴、偉さうに受付面を晒しよつて酒ばかり喰ひ、筆先だとかいつて紙ばかり使ひよつて、日の暮れるのばかりを待つてゐるサボ先生とはえらい違だなア』 サール『本当に感心だ。コレ受付さま、お前さまの名は何と云ひますか』 お千代『私の名を尋ねて何となさるのですか。別に用がないぢやありませぬか』 サール『イヤもう恐れ入りました、それならモウお伺ひ致しませぬワ』 イク『ハハハハ、サール、とうと、やられよつたな。恥を知れよ』 サール『貴様なんだ、肝腎の水晶玉を犬にとられたぢやないか。犬かと思へばド狸につままれよつて、スコタンを喰はされ、おまけに悪口雑言を浴びせかけられ、よい恥をさらしたぢやないか、偉さうに言ふまいぞ』 イク『そりやお互さまだ、こんな所へ来て、そんな馬鹿な事を云ふ奴があるかい』 お千代『何とマアお前さま達は、どこともなしに空気のぬけた面をしてますね。今聞きますれば玉を取られたとか仰有いましたが、本当にラムネの玉落みたいなお方ですねえ、ホホホ』 イク『ヤ、此奴ア恐れ入ります、お面、お小手、お胴といかれてけつかる。ヤアこはいこはい、サ、サール行かう』 サール『オイ一寸待て、此爺さまは、怪しいぢやないか。俺達の顔を見るとビリビリ慄うてゐるぞ』 イク『ホンにけつ体な爺さまだなア。オイ爺さま、お前一体何処から参つたのだい』 爺『何卒、そんな事云つて下さるな。孫が大変な病気にかかつて苦しんで居るので、今ここへ願つて貰ひに来たのだよ。病気にさはるから、お前さまは早くお宮さまへ参つて来なさい』 イク『オイ、サール、兎も角神様へ御挨拶が肝腎だ、サ参らう』 と云ひながら、受付を立つて沢山の宮を一々巡拝し始めた。お菊は一生懸命に頼んでゐる。娘は次第に苦しみ悶えだし、喉につまつた鯛の骨はますます深くおち込んだものか、息が殆どつまり、無我夢中になつて空を掴み出した。お千代は吃驚して、側へよつて見れば、大きな狸の尾が娘の尻からみえてゐる。此奴は化物に相違ないと、早速外へ飛出し、イク、サールの両人を「早く早く」と手招きした。両人は何事か急用が出来たらしいと、巡拝を半にして打切り、後から拝む事とし、スタスタと帰つて来た。今まで受付の横に慄うてゐた爺の姿は何時しか消えて、妙齢の美人が坐つてゐる。二人はどつかで見た事のある女だと思ひながら、お千代に跟いて神殿に進み、祝詞を奏上した。娘は益々苦しみ出した。お千代は娘の背中を、天の数歌を歌うてポンポンと二つ叩いた拍子に、クワツと音がして飛出したのは鯛の骨でもなく、直径一寸許りの水晶玉であつた。一同はアツと驚く間もなく、娘は忽ち古狸となり、受付に居つた女も亦同じく大狸となつて、一生懸命に山越しに姿を隠して了つた。 イク『ヤア畜生、ザマを見い、ウマク俺をチヨロまかして、水晶玉を盗みよつて、神罰が当つて喉につまり、仕方がないものだから、こんな所へ化けて助けて貰ひに来よつたのだな。ヤア今度は確かり気を付けなくちやならないぞ。ヤア娘さま、貴女のお蔭で宝が元へ帰りました、有難う厶います。イク重にも御礼申します』 千代『貴方、狸と御親類で厶いますか、どうして又あの玉を取られたのです?』 イク『イヤ、お話し申せば恥かしう厶いますが、此玉の手に入つた由来から、取られた因縁を申し上げねばお疑ひが晴れますまい。それでは逐一申上げます』 と狸に騙されて水晶玉を取られた顛末を詳細に物語つた。お千代とお菊は転けて笑つた。 お菊『アレマア、馬鹿らしい、狸に御祈祷を頼まれたのだワ。何だか耳が動くと思うて居つたのよ。お千代さまのお蔭で、狸も助かり、私も助かりましたワ。モウ此上お祈りをしようものなら、息が切れる所でしたワ』 サール『オイ、イク、貴様に持たしておくと、どうも剣呑だ、今度は俺が持つて行くから此方へ渡せ』 イク『メメ滅相な、俺が持つて居つたら可いぢやないか。貴様の様な慌て者に持たしておくと気が気でならぬワ。マア子供は大人に一任した方が安全だよ』 サール『ヘン、仰有いますワイ。何卒狸に取られぬ様に確かり御監督を願ひますよ。何は兎もあれ、神前に御礼を申しませう』 と四人は横縦陣を作り、赤心を籠めて一生懸命に感謝祈願の詞を奏上した。 イク『妖怪に騙し取られた宝玉も 神の恵に吾手に還れり』 サール『イクの奴まぬけた面をしてる故 狸の奴に眉毛よまれし』 イク『馬鹿云ふな貴様が曲津につままれて 首つり女と見違へた故よ』 サール『横面を狸の奴に擲られて 田圃に落ちし可笑しき奴かな』 イク『イクらでも人の悪口つくがよい 善言美詞の道を忘れて』 サール『馬鹿云ふな俺の睾丸握らうと 思うて頭擲られた癖に』 イク『擲りたる男に又も擲られて サールの馬鹿がベソをかくなり』 サール『其様な減らず口をば叩くなら 水晶玉をこつちへ渡せよ』 イク『水晶の霊なればこそ水晶の 玉の守護をさせられてゐる』 サール『玉脱けの間抜男が水晶の 玉を抱いて罪を作るな』 イク『この玉は小北の山の皇神の 守りと二人の恵にかへれり。 さりながらサール心を持ち直せ お前の罪が玉を汚せば。 汚れなば又この玉は逃げて行かむ サールの玉をまたも嫌ひて』 お千代『水晶の瑞の御霊は何神に 頂きましたか聞かまほしさよ』 イク『この玉は日の出神の賜ぞ いや永久に離されぬ玉』 お千代『放せとは誰も言はねど油断から 狸の奴に取られ玉ふな』 イク『これは又思ひもよらぬお言葉よ 万劫末代放しは致さぬ』 お菊『玉脱けのやうな面した二人男の この行先が案じられける。 初稚姫神の命は此二人を 嫌ひ玉ふも宜よとぞ思ふ。 どことなく虫の好かないスタイルだ バラモン軍に居つた人だらう』 イク『女にも似合はずよくもベラベラと 大人なぶりの骨嬲りするよ』 サール『吾とても男と生れた上からは 女に負けて居れるものかい。 乙女子よがんぜなしとて余りだよ 荒男をば嘲弄するとは』 お菊『嘲弄する心は微塵もなけれども 何とはなしに可笑しくぞなる』 お千代『お菊さま私も二人の顔をみて 空気ぬけ野郎と思ひましたよ。 ド狸に玉を取られてメソメソと 吠面かわく男なりせば』 サール『これ程に口の達者な乙女子が 居るとは知らず訪ね来しよな』 イク『この乙女一筋縄では行かぬらし 侠客育ちの生地が見えてる』 お千代『松彦や松姫さまを親に持つ お千代の方を知らぬ馬鹿者』 イク『これはしたり松彦さまの嬢様か 知らぬ事とて御無礼しました』 お千代『あやまれば別に咎めはせぬ程に これからキツト謹しむがよい』 イク『狸には大馬鹿にされ梟には 笑はれ又も馬鹿をみるかな』 サール『アハハハハ呆れて物が言はれない 彼方此方に化物が出る。 この女眉毛に唾をつけてみよ キツト尻尾がついて居らうぞ』 お千代『面白い狸のやうな面をして つままれるのは当然ぞや』 サール『どこまでも二人の乙女に馬鹿にされ どこで男の顔が立たうか』 イク『何よりも水晶玉が手に入らば 何と云はれても辛抱せうかい。 此様なお転婆娘があればこそ 尻尾を出した化狸野郎。 お千代さまお前のお蔭で宝玉が 返つたのだから拝みますぞや』 お千代『お菊さまこんな腰抜男等に 玉を与へた神は何神』 お菊『義理天上日の出神の格だらう 魂も調べず渡す神なら。 真正の日の出神は此様な 頓馬男に渡す筈なし』 と互に揶揄ひながら、受付に集まつて白湯に喉を潤ほし、それより二人は各神社を参拝し始めた。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 08 巡拝 第八章巡拝〔一三四四〕 イク、サールの二人は、大広前の神殿を拝礼しをはり、蠑螈別が籠りしと云ふ館の前に立つて、 サール『蠑螈別お寅婆さまの古戦場 見るにつけても可笑しくなりぬ』 イク『この館土瓶が踊り徳利舞ひ 盃われし古戦場なり』 サール『魔我彦やお寅婆さまが改心を なしたる場所も此館なり』 イク『酔ひドレの熊公さまが飛込んで 脅し文句で金を千両(占領)。 一段と高く築ける段梯子 登りて行くも姫を訪ねて』 二人は木花姫を祀りたる小さき祠に参拝し拝礼を了り、 イク『木花姫神の恵は目のあたり 開き初めにき木々の梢に』 サール『木の花の姫の命の御前に その鼻高をさらすイクなり。 天教の山より下りし皇神は わが馬鹿面を笑ひますらむ。 イクの奴狸の曲に魅まれて 恥も知らずに大前に来つ』 斯く歌ひ、今度は金勝要神の祠の前に進み拝礼を了り、 イク『縁結ぶ畏き神と聞きしより ゐたたまらずして詣で来にけり』 サール『其面で何程神を拝むとも 妻となるべき人のあるべき』 イク『吾輩の顔を眺めて笑ふより 一寸見て来い水鏡をば』 サール『顔容姿で妻が出来ようか 魂麗しき人でなくては。 此様に見えても俺はをちこちの 女にチヤホヤされる曲者』 イク『其様に慢心ばかりするでないよ 乙女に馬鹿にされた身ながら。 要の神貴の御前にこんな事 囀る奴は鰥鳥かも。 さア行かう大神様に恥かしい 女なんぞと言ふ面でなし アハハハハハ』 と笑ひながら玉依姫(竜宮の乙女)様を祭つたる祠の前に進みよつた。 イク『いろいろの宝をためて海の底に 隠し給ひし欲な神様』 サール『馬鹿言ふな乙姫様は今は早 物質欲に離れた神よ』 イク『これはしたり失礼な事を言ひました 聞直しませ乙姫の神』 サール『神様は宝を以て人々に 与へ給へどお前には列外』 イク『列外か又案外か知らねども 宝なくては世に立つを得ず』 サール『物質の宝求めて何になる 朽ちぬ宝を霊につめよ』 イク『馬鹿云ふな水晶玉も物質よ されど暗夜を照らしましける。 金なくて何のおのれが人間かと 世の人々は相手にもせず。 それ故に俺は金銀財宝を むげには捨てぬ冥加者ぞや』 サール『イクの奴イク地の足らぬ証拠には 宝々と憧れゐるも。 神様は何程宝あるとても 貧乏面にくれるものかは。 サア行かう目の正月をするよりも 宝忘れて宝拾ひに。 俺の云ふ宝といふは金銀や 水晶でない教の宝よ』 かく歌ひ終つて、今度は中段の宮の前に進んだ。此処には日の大神の祠が建つてゐる。 イク『伊弉諾の皇大神を斎りたる この御舎は殊に麗し』 サール『其筈だつくしの日向の立花で 禊ぎ給ひし神に坐しませば』 イク『許々多久の罪や汚れに溺れたる 霊を洗へ神の御前に』 サール『曲神に騙られたる愚さを 許し給へと詫びよイク公』 イク『かもてなや頭打たりよが打たりよまいが お前の知つた事でなければ』 サール『道伴れの一人が狸に叩かれて 吠面かわくを見るつらさかな。 天教の山に天降りし日の神の 宮は殊更高くおはせり』 又此処を去つて、今度は月の大神を斎りたる祠の前に進んだ。 イク『素盞嗚の神の御霊を祀りたる 社の前に月の大神』 サール『古狸梟の奴に馬鹿にされ 乙女にまでも笑はれにけり。 さながらに愛想も月の大神が 貴様の面を笑ひ給はむ』 イク『馬鹿云ふな善言美詞の神様だ 必ずよきに見直しまさむを』 サール『此男世界に稀な馬鹿なれば 守らせ給へ月の大神』 イク『サールこそ馬鹿の証拠にや水晶の 玉をばイクにせしめられける』 サール『イクの奴イク地がないと知つた故 玉を持たせておいたばかりよ』 イク『サア行かう月の光に照らされて 何とはなしに恥かしき宵』 今度は最上段の国常立尊の祠の前に参拝した。 イク『掛巻も畏き神の御前に 詣で来りし吾は罪人。 さりながら悔い改めて大神の 道に仕へしイク身魂なり』 サール『われこそは皇大神の御恵に 与りました未サールの神』 イク『罰当りサールのやうな面をして 坤とはよくもいはれた。 お前こそ世人がサールの人真似と 嘲るとても仕方あるまい』 サール『三五の道にサール者ありと云ふ 此神司知らぬ馬鹿者』 イク『国所立のき彦の狼と 人に言はれた馬鹿者は誰』 斯く二人は拝礼を終り、次いで互に揶揄ひ合ひながら、枝振りのよい松の七八本かたまつた下に、余り広からず狭からざる瀟洒たる一棟が建つてゐる。それが所謂松姫の館であつた。 イク『常磐木の松の木蔭に建てられし 松姫館をなつかしみ思ふ』 サール『吾慕ふ初稚姫のいます上は 一しほ恋しき館なりけり』 イク『小北山要となりし此館は 扇の如くに建てられにける』 サール『常磐木の松の緑は青々と とめどもなしに伸び立てるかも』 イク『初稚姫神の司がますと聞けば 胸轟きて進みかねつつ』 サール『臆病風又吹き荒みイクの奴 イク地のなきを暴露せりけり』 イク『そんな事言ふなら俺が先に立ち 一つ肝をば見せてやらうかい』 サール『面白い初稚姫の前に出て 叱り飛ばされベソをかくだろ』 イク『水晶の玉を抱きしわれなれば 初稚姫も褒め給ふべし。 その時は指をくはへてサールの奴は 恨めしさうに見てゐるがよい』 サール『姫様に会うたら皆素破ぬき 一伍一什を申し上ぐべし。 その時は赤い顔をばせぬがよい 梟鳥にもなぶられる奴よ』 イク『イクらでも人の悪口言ふがよい 首吊りそこねし死損ね奴が』 サール『貴様とて矢張首吊り仲間ぞや 何うして姫に顔があはせよう』 二人は流石に恥かしさに堪へかね、松姫の館の四五間ばかり側までやつて来て、互に「お前から先へ行け」「イヤ貴様から先へ」と、押合ひをやつてゐる。スマートは二人の影を見るより、喜んで走り来り、胸に飛びついたり、背中に抱きついたり、頬をなめたり、勇み出した。 イク『ヤア、スーちやんか、先づ先づ御無事でお目出度う。漸く此処までお後を慕つて参りました。何卒姫様に宜しうお取りなしを願ひますよ』 サール『ハハハハハ馬鹿だなア。此頃の衆議院の候補者のやうに、犬にまで追従してゐやがる、犬がもの言ふかい』 イク『主人に威勢があると、何だか犬に迄頭が下がるやうな気になるものだ。そこが人情の然らしむる所だよ。娘を嫁にやつてある在所へ入ると、其親は野良犬にでも辞儀をするといふぢやないか。貴様も訳の分らぬ奴だなア。そんな事で今日の虚偽万能の世の中に、どうして生存が続けられると思うてるか、時代遅れの骨董品だなア』 サール『ほつといてくれ、何程偉さうに云つても、姫様に叱られるかと思つて、ビリビリしとるやうな腰抜の言葉に、何うして権威があるものか、マア、俺のすることを見てをれ、エヘン』 と云ひながら、思ひ切つて門口に立寄り、怖さうに中を眺めた。初稚姫と松姫は何事か一生懸命に、ニコニコしながら話の最中であつた。サールがガラリと戸を開け、 サール『へーご免なさいませ。松姫様、始めてお目にかかります。私は祠の森のサールと申す者、モ一人の従者はイクと申します。イヤもう意気地のない野郎で厶いますから、何卒可愛がつてやつて下さいませ』 松姫『それはそれはよくマアいらせられました。サ、どうぞお上り下さいませ』 サール『スマートさまも御壮健で、大慶至極に存じます』 と初稚姫に御機嫌を取らうといふ考へか、切りに犬に追従してゐる。イクは不在の家へ盗人が這入るやうな調子で、ビリビリもので、足音もさせず這入つて来た。 初稚姫は二人を見て、言葉静に、 初稚姫『貴方はイクさま、サールさま、神様へお参りで厶いますか』 二人は、 イク、サール『へー、あの、何です』 と頭をかき、モヂモヂとして土間に踞んで了つた。 初稚『妾に何ぞ御用が厶いましたのか、何卒早く仰有つて下さいな』 イクは思ひ切つて、 イク『イヤ実の所は姫様の、何処までもお供をさして頂かうと思ひまして、お後を慕ひ参つたので厶います。吾々両人の真心をお汲み取り下さいまして、是非にお供をさして頂きたう厶います』 初稚姫『貴方、山口の森で何か変つたことは厶いませぬでしたか』 イク『ハイ、イヤもう面白いこつて厶いましたよ。結構な御神力を戴いて鬼の奴、二匹迄遁走させました。それはそれは随分愉快なもので厶いましたよ』 初稚姫『それはお手柄で厶いましたな。そして貴方、何だか神様から頂いたでせう』 イク『ハイ、頂きました』 初稚姫『無事に此処まで、貴方は守護して来ましたか。途中に他の者の手に入るやうなことはありませなんだかな』 イク『へ、此通り、此処に所持して居ります。実に立派な水晶玉で厶います』 初稚姫『それは夜光の玉と云つて、水晶ではありませぬ。筑紫の島から現はれた結構なダイヤモンドですよ』 イク『へーエ、さうで厶いましたか、誠に有難いこつて厶いました』 初稚姫『貴方、途中で妖怪につままれ、一旦ふんだくられるやうな、不都合な事はなさいますまいな』 サール『イヤもう恐れ入りました。実の所は、古狸に騙かされ、取られて了つたのですが、お千代さまのお蔭で再び元へ返つたのです』 初稚姫『其玉は一旦曲神の手に入つた上は、大変に汚れて居りますよ。これは今のうちに禊をなさらぬと、役に立たなくなりますからねえ』 イク『塩水を貰つて清めませうかなア』 初稚姫『貴方の無形の魂をお清めになれば自然に玉は浄まります。そしてお前さまは其玉に執着心を持つてゐるでせう。なぜサールさまに渡さなかつたのですか。一旦貴方の手に入り、妖魅に取られたのだから、貴方は玉に対して、監督権を自然に放棄したやうなものです。今度はサールさまに持たせておくが宜しい。実の所は妾より日の出神様にお願ひ申し、貴方等の熱心に感じて、お二人様の中へ一個をお与へ申したのですから、此玉は二人の身魂が一つになつた証拠です。決して一人が独占すべき物ではありませぬ。即ちイクさまの心はサールさまの心、サールさまの心はイクさまの心、二人一体となり、神界の為に活動なさるやうに仕組まれてあるのです』 サール『オイ、イク州、どうだ。ヤツパリ宝の独占は許されまいがな。貴様が自分の物のやうにして、俺にも碌に見せず、懐へ捻ぢ込んで来よつたものだから、神罰が当つて、狸の野郎に一旦取られて了つたのだよ』 イク『モシ姫様、さうすると此玉は、これからサールに渡すべき物で厶いますか』 初稚姫『誰の物といふ訳には参りませぬ。お二人さまが交代に保護なさるれば宜しい。そして此宝は世界救済の為の御神宝で、人間の私すべき物ではありませぬ。暫く拝借してゐる考へになつて、大切に保存なさいませ。そして其玉が手に入つた以上は、妾について来る必要はありませぬ。一時も早く祠の森に帰つて下さい。貴方の御親切は有難う厶いますが、妾は神様が沢山に守つて下さいますから、決して淋しい事は厶いませぬからな』 サール『それなら、此玉を貴方に御返し致します。何卒、どんな御用でも致しますから、そんな事仰有らずに、サール一人でも、ハルナの都までお供を許して下さいませ。モシ此通りで厶います』 と熱誠を面にあらはして、涙を流しながら頼み込むのであつた。 初稚姫『夜光る宝を神に得し君は 祠の森に帰り行きませ。 この玉は日の出神の賜ひてし 暗夜を照らす珍の御宝。 曲神のたけり狂へる月の国へ かかる宝を持ち行くべしやは。 汝こそは此御宝を守るべく 計り給ひし神の御心 ハルナへは供を連れ行く事ならず 神の厳しき仰せなりせば』 イク『姫様のその御言葉には背かれず さりとて此儘帰るべきやは』 サール『いかならむ仰せ受けさせ給ふとも 許させ給へ見直しまして』 初稚姫『益良夫の心の花は匂へども 手折らむ由もなきぞうたてき』 イク『さりとても此儘これが帰らりよか 仮令死すとも姫に仕へむ』 サール『どうしても許し給はぬ事ならば われは此処にて腹を切るなり』 松姫『姫君の厳の言葉を聞かずして 迷へる人ぞ憐れなりけり。 赤心の溢れ出でたる益良夫が 心はかりて涙こぼるる。 さりながら皇大神の御心に 背くべしやは宣伝使のわれ』 初稚姫『イク、サール二人の司よ村肝の 心鎮めてかへりみませよ』 イク『今暫し思案定めていらへせむ 何は兎もあれ頼み参らす』 サール『姫君の言葉を背くにあらねども 弥猛心を抑ゆるすべなし さりながら暫し彼方に休らひて 身の振方を胸に問ひみむ』 斯く歌を以て姫に答へ、蠑螈別、お寅の住居せし元の教主館に退きて、二人は茶を啜りながら、腕を組み、吐息をもらし、進退谷まつて、涙に暮れてゐた。これより初稚姫は松姫に別れを告げ、二人の隙を窺ひ、スマートを伴ひ、逸早く聖場を立ち出で、征途に上ることとなつた。イク、サールの両人は、依然として初稚姫は松姫館にいます事と確信し、お菊に酒を勧められ一夜を明かした。そして文助の危篤を聞いて、夜中頃館を飛出し、河鹿川に降つて水垢離を取り、一生懸命に其恢復を祈つた。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 09 婆娑 第九章婆娑〔一四五九〕 霜に打たれて茶滓のやうになつた椋の葉は、凩に吹かれてハラハラと小鳥の群立つやうに四辺に飛び散つて居る。木の葉の羽衣を脱いだ栗の梢には成育悪しき虫の綴つた毬栗が二つ三つ蜘蛛の巣と共に中空に慄つて居る。鴉は皺嗄声を出して岩窟の麓の屑屋葺の屋根にとまつて悲しげに鳴き立てる。どこともなしにボーンボーンと諸行無常を告ぐる梵鐘が聞えて来る。鬼哭耿々として寂寥身に迫り、歯の根も合はぬガタガタ慄ひ、破れ障子の隙間から耳を射すやうな凩がピウピウと矢のやうに這入つて来る。黒ずんだ破れ畳は歩く度毎に足にもつれつき、幾度となく人を転ばして笑つて居る。霜柱は覚束なげに一本橋を真白けに染め、川水は直濁に濁り、岩を噛んでは吠猛つて居る。高姫はシャルと共に裏の岩山から小柴の朽ちた、半水を含んだ枯枝を拾ひ来り、縁の欠けた囲爐裏に燻べ、耳の欠けた四角い湯釜を天釣に釣り下げ、真黒けの竹の柄杓で汲んでは飲み、汲んでは飲み、燻つた顔をつき合せ乍ら目玉計りをキヨロづかせ、又煽り乍ら、何かブツブツ不機嫌な顔をして囁いて居る。 高姫『これシャル、お前も此処へ来てから大分日日が立つたやうだが、もう些と此生宮の精神が分りさうなものぢやないか。朝から晩迄灰猫のやうに囲炉裏の傍にヘバリついて、湯ばかり餓鬼の様にガブガブ呑んで居ないで、些と外へ出て活動しては如何だい。第一霊国の天人の身魂日の出神の生宮に亡者引をさして、お前は灰猫爺の様に燻つて居ても、社会の為貢献する事が出来ないぢやないか。些と活動して貰はなくては、どうしてウラナイ教のお道が開けますかい。お前サンも見掛によらぬどたふしものだなア』 シャル『そりや何をおつシャールのだ、よう考へて御覧なさい。斯う俄に陽気が悪くなり夜とも昼とも分らぬやうな世の中にどうして活動が出来ますか。外はビユウビユウと凩が吹き、霜柱が立つて鴉さへも怖さうに啼いて居るぢやありませぬか。日の出神の生宮なら些と日輪様でも昇つて貰つて陽気が暖かくなるやうにして下さい。どれ程活動しようと思うても体が縮こまつて、寒うて淋しうて何だか怖ろしうて手も足も出せないぢやありませぬか。日の出神様も好い加減なものですよ。これ程毎日日日頼むのに日一日と寒くなる計り、こんな薄着でどうして日が越せませうか』 高姫『エエ訳の分らぬトマ助だなア。いつも云ふ通り苦労の塊の花が咲く御教だ。寒い目をするのも飢い目をするのも苦い目をするのも皆神様のお恵だよ。現世は仮の世と云うて、限りがある。どうせ一度は死なねばなりませぬよ。死んでから、エターナルに無上の歓喜を摂受し、天国の住民として暮さうと思へば、五十年や百年寒い目をしたつて飢い目をしたつて易いものだ。肉体を苦しめて、霊を鍛へ上げ、立派な立派な神の生宮となるのだよ。此高姫の事を考へて御覧なさい。何程日の出神の生宮と云うたつて、肉体が有る限り矢張りお前サンと同じやうに寒い時には寒い、飢い時には飢いのだ。結構な火と水とを戴いて喉が乾けば水を頂き寒ければ火を戴いて暖まる、何と云ふ勿体ない事を云ふのだえ。火と水とお土との御恩を忘れては人間は此世に立つてゆけないと何時も云ふぢやありませぬか。扨も扨も覚えの悪い健忘症だなア、苦しいのが結構だよ。苦しみの後には屹度楽しみが来る、寒い冬の後には春が来る、何程冬を春にしようとしても、それは天地のお規則だから、人間が左右する事は出来ませぬぞや』 シャル『何程、火の御恩と仰有つても、こう日月の光もなく、四面暗澹として闇が砕けたやうに、空から落ちて来ては根つから火も暖かうないぢやありませぬか。此処の火は、何だか水の中に屁を放つたやうに力がありませぬわ。何程焚いても焚いても体が暖まる所へはゆかず、煙たい計りで、焚物迄が腹を立てて、ブツブツ小言を云ひ、シユンシユンと涙迄澪して居るぢありませぬか。こんな火にあたつたところで燈明の火で尻を炙つて居るやうなものです。此頃の火は老耄たのでせうか、テント勢力がありませぬわ』 高姫『コレ、何と云ふ勿体ない事を云ふのだい。お燈明で尻を炙つたやうだなどとは怪体の事を云ふぢやないか。お前さまは霊が悪いから、精霊が籍を八寒地獄に置いて居るから、それで寒いのだよ。妾のやうに御神徳を頂きなさい。精霊は地獄、肉体は八衢に彷徨うて居るやうな事で、どうして神の生宮と云へますか』 シャル『何だか知りませぬが、高姫さまの仰有る事は些とも腹に這入りませぬがなア』 高姫『定つた事だよ、そこら中泥坊に歩いて居たやうな悪党者だから、一旦染み込んだ灰汁は容易に落ちはせぬワイ。誠水晶の塊の日本魂の結構な結構な生宮さまの身魂と、蛆虫の生いた糞まぶれの身魂とはどうしてもバツが合はないのは当然だ。何を云うても最奥第一霊国と最下層地獄に霊を置いて居る者との応対だから、妾が云ふ事が分らぬのも無理はないが、併しこう永らく妾の傍に居るのだから、も少しは身魂が研けさうなものだが矢張身魂が我羅苦多だから骨の折れる事だよ。毎日日日お前一人にかかつて言霊の原料が無くなるほど説き諭して居るのに、鵜の毛の露程も改心が出来てゐないぢやないか、盲聾と云ふものは、どうにもかうにも料理の仕様が無いものぢやなア。天人の霊にこの高姫が一言云うて分る事を、地獄霊のお前には数百万言を費さねばならぬのだから、本当に厄介者を引張込んだものだ。是でも神様は至仁至愛だからトコトン改心させねばならぬ。お前さへ改心して呉れたなら、世界中一遍に改心すると底津岩根の大神様が仰有るのだから何卒日の出神が手を合して頼むから、聞いて下さい。神も人一人改心させようと思へば骨が折れるぞよ。チト神の心も察して下されよ。日の出神の生宮の申した事は一分一厘毛筋の横巾程も間違ひは厶らぬぞよ』 シャル『高姫さま貴女の仰有る事は、一から十迄間違ひだらけぢやありませぬか。一つだつて貴女の仰有つた事が的中した事が無いぢやありませぬか。よう其れ程間違つた事を云うて置いて、自分から愛想が尽きない事ですな。……明日は日輪さまを出してやらう、若しこれが間違つたら日の出神は此世に居らぬぞよ……と啖呵を切つて置きながら、其日になるとザアザアと雨が降り、そこらが真黒けになつたぢやありませぬか。其時になつてお前さまは何んな顔をなさるかと考へて居れば……アア日の出神様御苦労様で厶います。日輪様がお上りなさらないのも御無理は厶いませぬ。此高姫の傍には身魂の曇つたものがシヤツついて居るから、仕様が厶いませぬ……とか何とか甘い理窟をつけて澄まし込んで厶るのだから、私も愛想が尽きました。よう考へて御覧なさい、仮令私が極悪人であらうとも一人の為にお日様が出なかつたり、空が曇つたりするやうな道理がありますか、万一私に曇りがある為に天地が曇るのなら私の一挙一動は天地に感動して居るやうなもの、そんな偉い者ぢやありますまい。お前さまは私の悪口を云ひ乍ら私を天地稀なる比類無き英雄豪傑にして下さつたやうなものだ。其処辺の点がどうしても私には合点がゆかないのですよ』 高姫『エエ何をつべこべと下らぬ理窟を云ふのだえ。お前は因縁の悪い身魂だからバラモン教からは追出され小盗人からは除ね出され、しよう事なしにこの高姫の尻に喰ひついて居るのぢやないか。お前のやうな我羅苦多が天地を動かすやうな力はありさうな事はない。併し乍ら神様がお前を世界悪の映象として三五教の変性女子のやうに型に出して厶るのだから、世界の悪身魂がお前に写り、お前の悪身魂が世界に写るのだ。それだからお前さへ改心して呉れたら世界中が改心致すと云ふのだよ。この日の出神は天も構へば地も構ふ、又八衢も構ふ大ミロク様の太柱だから、零落れて居ると思うて侮りて居ると、スコタンを喰ふ事が出来ますぞや。先を見て居て下され、先になりてから、……アア高姫さまは立派なお方だつた、こんな事なら、口答も致さず、も些と許り大事に敬うて居たらよかつた……と地団駄踏んでも後の祭り、何程其処になりて……改心致しますから助けて下され……と云つても日の出神は知りませぬぞや。さうだから今の間に柔順しう致して素直になさるがお主のお得だ。此世でさへも切替があるのに何をグヅグヅして厶るのだ。早く心の切替をなさらぬかいナ』 シャル『高姫さま本当ですかいな。そんな事云つて大法螺を吹くのぢやありませぬか、口から法螺を吹き、尻から喇叭を吹くのは当世の流行ものですからなア』 高姫『それはお前の悪が水晶の鏡の此生宮に写つて居るのだよ。……人の事だと思うて居ると皆吾事だぞよ……と変性男子のお筆に出て居るぢやありませぬか、犬が魚を銜へて一本橋の上を渡ると、水の底にも亦一匹の犬が居て魚を銜へ倒に立てつて歩いて居るのを見て……此奴怪しからぬ奴だ、足を天にし背中を地にして歩いて居る。一つ叱つてやれ……と、ワンと云うた途端に口に銜へて居た魚がバツサリと水の中へ落ちたと云ふ話があるだらう。恰度お前さまは橋の上の犬だ。水晶の水鏡、即ち高姫の霊にお前の醜い霊が写つて何事も逆様に取られるのだぞよ。蟇蛙の膏を取る時には四方八方ガラスを立てた箱に入れて置くと、四方八方に自分の醜い姿が写るので、自分の敵と思ひ、彼方へ突き当り、此方に飛びつき、終の果にはすつかり疲れて膏を出してカンピンタンになつて死ぬものだ。この高姫が悪く見えるのは約りお前さまの霊が悪いのだ。 立ち向ふ人の姿は鏡なり 己が心を写してや見む。 と云ふ道歌を考へて御覧なさい、皆人が悪く見えるのは自分が悪いからぢやぞえ。ても扨ても犬蛙人種と云ふものは仕方のないものだなア』 シャル『高姫さま、善言美辞の教だと何時も仰有るが、随分悪言暴語を放出なさるぢやありませぬか。それでは神の資格はゼロですよ』 高姫『それは又何と云ふ分らぬ事を云ふのだえ、最前からあれ程鏡の喩を引いて説明してやつたぢやないか。エエ鈍な身魂は困つたものだなア。高姫が悪言暴語するのはお前さまの霊が写つて居るのだ。いやお前さまのためだ。此高姫は半鐘のやうなものだ。柔かく打てば柔かく響く、強く打てば強く響く、高く打てば高く響く、低く打てば低い音が出るのだ。お前さまが下らぬ口を叩くからこんな言葉が出るのだよ。お前さまがモ些と素直になり、長上を敬ひ、もつと柔しき言葉を使へば柔しくなるのだ、……此神は従つて来れば誠に柔しき神であるなれど、敵対心で神の前に来て見よれ、鬼か蛇の相好になるぞや……』 シャル『モシ高姫さま、それや現界の理窟ぢやありませぬか、至仁至愛の大ミロク様なら、悪人が来れば尚可愛がり、善人が来れば又可愛がり、決して憎悪の念をお持ちなさらないのが神様でせう。己に敵する者に対して鬼畜の相を現はし、己に従ふ者には柔和の相を現はすと云ふのなら、お前さまを尊敬することが出来ませぬわ。何んな悪い者でも此方が親切にしてやれば喜んで従ひ、キツト恩返しをするものです。己に従ふものを愛し、敵するものを憎むのなら、それは自愛であつて、八衢人足や、地獄界の邪気のする業でせう。神様は決して憤慨したり憎悪したりなさるものぢやありませぬぞ。神様がもし憎悪の念を起したりなさるとすれば、神自体が既に亡ぶぢやありませぬか』 高姫『エエ、第一霊国の天人の申す事がお前等に分るものか、モ些と修業なされ。器が大きくなつたら此高姫の申す事が明白分るだらう。夫よりも早く四辻に出て旅人を引張つて来なさい。こう毎日日日結構な光陰を空費して居ては、天地の神様に勿体ない、一人でも改心さしてウラナイ教の信者を拵へねば、天地の神様に済まない。お前も此世に生れて来た甲斐があるまい。サア、トツトと四辻迄行つて来なさい』 シャル『高姫さま貴女も一緒に来て下さらぬか。又文治別とか云ふエンゼルがやつて来たら困りますからなア』 高姫『エエ何と云ふ気の弱い事を云ふのだい。文治別なんて、あんな者が千人や万人束に結うて来た所が、こたへるやうな生宮ぢやありませぬぞや』 シャル『ハハハハハ、どこ迄も我執の念の強い人ですなア。山を越え、谷を越え荊棘掻をしながら、のたくつて逃げたぢやありませぬか。なぜ夫程偉いお方なら、あのエンゼルを此処にじつとして居て凹ませてやらぬのですか』 高姫『エエ分らぬ男だなア。国治立尊様さへも謙譲の徳を守り悪神に世を譲つて艮へ退却なさつたぢやないか、そこが神様の尊い所だよ。此生宮も変性男子の系統ぢやから、謙譲の徳を守つてエンゼルに花を持たせて逃げてやつたのだよ。救世主の仁慈無限の精神が小盗人上りのお前に分らうか。「物言へば唇寒し秋の風」と、可惜口に風を引かすより、ここは一つ沈黙を守らう。サア早く四辻に行つて来なさい』 シャル『エ仕方がありませぬ、そんなら暫く行つて参ります。アア寒い事だなア。こんな事なら高姫さまの傍に居るのぢやなかつたに。今更ベル、ヘルの仲間に逆転すると云うても寄せても呉れまい。毎日日日亡者引をやつては撥ね飛ばされ、云ひ負されて耐つたものぢやないわ』 とブツブツ小言を云ひ乍ら、霜柱の置いた一本橋を怖さうに跨げながら出でて行く。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 11 鳥逃し 第一一章鳥逃し〔一四六一〕 白髪交りの藁箒のやうな髪をサンバラに凩に靡かせ乍ら夜叉のやうにペタペタと大地を鳴らせつつ四辻までやつて来た。見れば、最前きた天香教の曲冬は尻引からげトントンと大股に夜這星のやうに黒い褌を引きずり乍ら走つて居る。何程高姫が呼んでも叫んでも振り向かばこそ、駆け出す其勢に高姫も追つく事を得ず四辻に歯噛みをなし地団駄を踏んで、 高姫『エイ残念やなア、これシャルお前が鈍馬だから折角出てきた鳥を逃がして仕舞つたのだ。なぜ知らぬ間に綱でも掛けて置かなんだのかい。「神が綱さへかけて置けば何程ヂリヂリ悶へをしても離さんぞよ」とお筆に出て居るぢやないか』 シャル『私は人間、貴女は神様でせう。人間が綱かけたつて何になりませう。私に不足を云ふより、なぜ日の出神様が綱かけなかつたのですか。その不足は聞きませぬ』 高姫『エ、よう小理窟を云ふ男だなア。なぜ絶対服従をせないのだ。一体妾を誰人と心得て居るのだい』 シャル『ハイ、誰人さまかと思へば矢張此方さまで厶いました。此方さまかと思へば矢張高姫さま、高姫さまかと思へば義理天上日の出神の生宮、さうかと思へば底津岩根の大弥勒さま、大弥勒様かと思へば第一霊国の天人様、天人様かと思へば現界、幽界、神界の救主さま、救主さまかと思へば杢助さまの奥様、杢助さまの奥様かと思へば常世姫の御霊様、常世姫のお霊様かと思へば高宮姫様、高宮姫様かと思へば定子姫様、誰人が誰人やら、薩張見当がつきませぬワイ。矢張此方さまにして置きませうかい』 高姫『エ、仕様もない、何と云ふ事を云ふのだい。沢山の名を並べて、一つ云つたらよいぢやないか。繁文褥礼は流行りませぬぞや。そんな複雑な名を云はいでも、もちつと単純に生宮さまとなぜ云はんのかい。法性寺の入道が運上取りに来るぢやないか』 シャル『それでもシンプルな名称では、お前様のお気に入りますまい。些とでも長く云ふ程、貴女の御機嫌がよいのですからなア。足曳の山鳥の尾のしだり尾の長々しう云ふのが、どこともなしに価値があるやうですよ。第一雅味がありますからなア』 高姫『エエ、シンプルだの、複雑だの雅味だのと何をガミガミ云ふのだい。そんな毛唐のやうな言葉は地の高天原では用ひませぬぞや』 シャル『それでも貴女時々英語を使ふぢやありませぬか』 高姫『あれや英語ぢやない神世の生粋のお言葉ぢや、此忙しいのにさう長く名を云はれると余り気分のよいものぢやない。お前も一つ云うて上げようか、さうしたら味が分るだらう。何処の奴かと思へば此処の奴だ。バラモン教の旗持人足かと思へば小盗人だ。小盗人かと思へば川陥だ。川陥かと思へば、死損ひの八衢人足だ。八衢人足かと思へば、地獄に籍をおいた亡者の魂だ。亡者の魂かと思へば極道息子だ。極道息子かと思へば腰抜けだ。間抜けに歯抜け、魂抜け野郎だ。魂抜け野郎かと思へば高姫の尻拭きだ。尻拭きかと思へば矢張シャルだ。オツホホホホ』 シャル『どうも甚いですな、それ丈よう悪口が陳列出来たものですワイ。矢張お前さまは義理天上は嘘だ、金毛九尾の容器でせう』 高姫『定つた事だよ。金毛九尾と云ふ守護神は初めは悪だつたけれど、今度、高姫の悪が善に改心して、善に立ち帰つたのだから、三千世界の事は何でも彼でも皆知つて居るのだ』 シャル『成程、どこともなしに九尾九尾して居ますワイ。併し貴女は女だからよもやキン毛は厶いますまい』 高姫『コレお前は此処にすつこんで居なさい、彼方から何だか出て来るやうだ。妾が一つ説教を、捉まへてするから、お前は決して口出しをしてはならぬぞや。此枯草の中に身を隠して聞いて居なさい。少し勉強せねば今日のやうに折角出て来た鳥を逃がしては何にもならぬからなア。サア早く引込んだり引込んだり』 シャル『それでは暫く螽斯ぢやないが草の中に引込みます。長話はおいて下さい、足が痺れますからなア』 と云ひ乍ら、ガサガサと萱草の中に潜り込んだ。幽かな声で宣伝歌を歌ひ乍ら一人の男がやつて来る。 三千彦『神が表に現はれて善神邪神を立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞き直す 三五教の神館総務の司と仕へたる 東野別を慕ひつつ自転倒島を立ち出でて 恋に狂うた高姫が恥も人情も知らばこそ 眼は暗み耳は聾え恋の悪魔に囚はれて 所もあらうに聖場であらむ限りの醜態を 暴露せしこそ果敢なけれ心乱れし高姫は 金毛九尾に誑られ泣く泣く館を立ち出でて 河鹿峠の急坂を風に裾をば煽られつ 太股迄も放り出してスタスタ下るスタイルは 地獄の町を通ひ居る夜叉の如くに見えにける 祠の森に立ち寄りて妖幻坊の曲者に 霊をぬかれて愚にかへり所在醜態演出し 妖幻坊の杢助と手に手をとつて小北山 聖場に横柄面さげて詣でたところ月の宮 扉の中より迸るその霊光に肝つぶし 命辛々逃げて行く浮木の森に立ち寄りて 狐狸に誑られ初稚姫やスマートの 生言霊に怖ぢ恐れ妖幻坊と諸共に 心も暗き黒雲に乗りて逃げ出すその途端 如何はしけむ中空より真逆様に顛落し 行方不明となりにけり嘸今頃は高姫は 此世にありて尽したる驕傲尊大脱線の 道を辿りて中有界どこかの野辺に潜伏し 道行く精霊に相対し支離滅裂の教理をば 吹き立て居るに違ひない吾は三千彦宣伝使 玉国別の師の君と別れて一人テルモンの 神の館に立ち向ひ悪人輩の企みをば 暴露し館の難儀をば助けむために来りけり 此処はいづくぞフサの国アンブラック川の片傍 草茫々と生え茂る青野ケ原と覚えたり 小鳥は唄ひ花匂ひ天国浄土も目の当り 実にも愉快の心地するああ惟神々々 神の御霊の幸はひてテルモン山の神館 一時も早く帰しませ神のみ前に願ぎまつる』 と歌ひ乍らやつて来る。高姫は余り遠くて自分の事を歌つて居るのは気がつかなかつたが、小鳥は唄ひ花匂ひ、青野ケ原で云々と云ふ一句を聞いて、 高姫『これだけ霜に痛んだ枯野ケ原を、鳥が唄ふの花が咲くのと云ふのは狂人ではあるまいかな、うつかり相手になつて先方が狂人だつたら仕末がつかない。茲は一つ柔り出て様子を考へて見よう』 と四辻に立つて居る。三千彦は漸く此処に進み来り高姫を見て、よう似た顔だとは思ひ乍ら、自分も八衢に来て居るとは気がつかず、 三千彦『モシ一寸お尋ね致しますが、波斯の国のテルモン山は、何方の方面に当りますかな』 高姫『ヘイ、あのテルモン山で厶いますか、此処は浮木の森で厶いますが、まだ随分遠いと云ふ事で厶います。そして貴方、テルモン山へ何御用があつてお出になりますか』 三千彦『ハイ、私は三五教の宣伝使で厶いますが、テルモン山の館には大騒動が起つて居りますので、お助け申度いと思つて心を配つて居ます。併し乍ら、どう道を踏み迷うたか知らないが、こんな所へ来たのですよ』 高姫『貴方は三五教で厶いますか、それはそれは結構で厶いますな。併しテルモン山にはバラモン教の神様が祭つてあるでは厶いませぬか』 三千彦『ハイ、さうです』 高姫『テルモン山、……テルモン山はバラモン教の、それバラモン教の神館でせう。そして小国別と云ふ、酢でも蒟蒻でもいかぬ、梃でも棒でも槍でも鉄砲でもいかぬと云ふ、誠に早狂暴無頼な、狂暴無頼な、神司が控へて居るぢやありませぬか。そんな者をお前、そんな者をお前はどうしてお前は助けに又、どうして助けに行くのですかい』[※この高姫のセリフの中に「バラモン教の、それバラモン教の」とか「誠に早狂暴無頼な、狂暴無頼な」「そんな者をお前、そんな者をお前は」など、文言がダブっている箇所があるが、戦前の版や、戦後の校定版や愛世版でもみなそのようになっている。王仁三郎の意図的なものか、校正ミスなのかは不明。] 三千彦『ハイ、つひ行がかりで後へ引くにも引かれぬ事が出来たのです。貴女は失礼ですが、高姫さまぢや厶いませぬか。お帰幽になつたと云ふ事を聞いて居ましたが、矢張御壮健でウラナイ教をお開きで厶いますか』 高姫『ハイ、そんな噂が厶いますかな、高姫はこんなに丈夫でビチビチして居ますから御安心下さい。これから義理天上日の出神が説教を致しますから、一寸立寄つて下さいますまいか』 草の中からシャルは顔を出し、 シャル『駄目だ駄目だ』 と云つては顔を隠す。 三千彦『モシ高姫さま、貴方の後からデクの坊のやうな者が変現出没して居ますが、あれは何ですか』 草の中から、 シャル『三千彦さま私も連れて行つて下さい』 と云ふ。 三千彦『ハテナ、何だか妙なものが草の中から私の名を呼んで居るやうです』 高姫『イエ、あれは九官鳥ですよ。此の原野には鸚鵡や九官鳥が棲んで居ますからチヨコチヨコああ云ふ事を云ふのです』 三千彦『ヘエ妙ですなア。此九官鳥は人間の姿をして居るぢやありませぬか』 高姫『そりやさうでせうとも、化物の世の中ですもの。岩根木根立草の片葉迄も言問ふ世の中ですから、些とは変化て出るのでせう。それだから日の出神が水晶の世に立直さうと思うて、高姫の肉宮を借り、御苦労遊ばすのです』 三千彦『成程妙な事もあるものです』 草の中から、 シャル『変化の変化の変化武者、変化神社の高姫さま、変化の変化の変化武者、変化神社のシャルさま、ウツポツポー、ホーツク、ホーツクホーホー、ホホホホー、ホーホケキヨホーホケキヨ、ケキヨケキヨ、ニヤーン、モウー、ヒンヒンヒン、ワンワンワン、ウーウーウー、キヤツキヤツキヤツ、チウチウチウ、キユツキユツキユツ、ウツポツポ、アハハハハハ』 三千彦『何とマア変化れるものですなア、こんな所に居ると何が出て来るか知れませぬ。左様なら御免を蒙ります』 とスタスタ立つて行かうとする。高姫は大手を拡げて、 高姫『待つた待つた、此関所は容易に潜る事は出来ませぬぞや、潜り度くば高姫の云ふ事を一応腹へ確りと締めこんで行きなさい、後で後悔する事が出来ますぞや』 三千彦『ヤ有難う。併し私は少し急ぎますから今度又悠くり聞かして頂きませう』 シャル『モシモシ宣伝使様、こんな婆に相手にならず、トツトと行きなさいませ。さうして私も何卒連れて行つて下さい。我の強い仕方のない婆さまですよ』 三千彦『アアお前が九官鳥だつたか、そんな所に何をして居るのだ』 シャル『ハイ、鷹の命令によつて九官鳥此処に新聞のきうかん(休刊)して居ました』 高姫『こりやシャル、何と云ふ事を申すか。もう了見せぬぞや』 とグツと胸倉を取り、喉元をグウグウ押へつける。シャルは目を白黒させながら苦しさに手足をバタバタと藻掻いて居る。三千彦は見るに見兼ね、高姫の頭髪をグツと握つて引き倒した。同時にシャルは起き上り、 シャル『モシ宣伝使様、サ早く参りませう。私が何処へでも案内致します。こんな婆に相手になつて居ては耐りませぬからなア』 と云ひ乍ら、スタスタと駆け出す。三千彦は、 『高姫様左様なら、悠くり草の褥で一休みなさいませ』 と青草茂る田圃道をスタスタと進み行く。高姫は歯ぎしりし乍ら恨めし気に二人の姿を見送つて居た。 シャルの目には今迄寒風吹き荒む枯野ケ原と見えて居たのに、三千彦に遇うてから其処等一面が春野のやうになり、鳥唄ひ、花匂ふ光景が目に入るやうになつた。シャルは嬉々として三千彦の後になり先になり、北へ北へと進み行く。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 12 三狂 第一二章三狂〔一四六二〕 三千彦はシャルと共に小声にて宣伝歌を歌ひ乍ら、八衢街道とは知らず現界の道路を通過する気分にて進み行く。八衢の関所には例の如く赤面、白面の二人の守衛が儼然と控へて居る。見れば一人の男が赤面の守衛に何事か調べられて居た。 赤『その方の姓名は何と申すか』 男『ハイ、私は鰐口曲冬と申します』 赤『其方は何か信仰を有つてゐるか』 曲冬『ハイ、別にこれと云ふ信仰も厶いませぬが、神儒仏三教を少し許り噛つて居ります』 赤『其中で何教が一番お前の心に適したか、否徹底して居たと考へたか』 曲冬『ハイ、初めは一生懸命に仏教を研究致しました。さうした処が何処に一つ拠る所がないので止めまして厶います。要するに仏教は百合根の様なもので、一枚々々皮を剥いて奥深く進みますと、何にも無くなつて了ひます、所謂仏教は無だと思ひます。能書計り沢山並べ立て、まるで薬屋の広告見た様なものですからな。売薬の広告ならば「此薬は腹痛とか、疝気とか、肺病に用ゆべし。又日に何回服用とか、湯で飲めとか、水にて飲めとか、食前がよいとか、食後がよいとか、大人ならば何粒、小人ならば何粒、何才以下は何粒」と御叮嚀に服用書が附いて居ますが、仏教の経典は只観音を念じたら悪事災難を逃れるとか、阿弥陀を念じたら極楽にやると書いてあるのみで、八万四千の経巻も何処にも其用法が示してないので駄目だと思ひました』 赤『お前は霊界の消息を洩らしたる仏教に対し尊敬帰依の心を捨て、なまじひに研究等と申してかかるから、何にも掴めないのだ。霊界の幽遠微妙なる真理が物質界の法則を基礎として幾万年研究するとも解決のつく道理がない。暫らく理智を捨て、意志を専らとして研究すれば神の愛、仏の善、及び信と真との光明がさして来るのだ。仏教がつまらない等と感ずるのは、所謂お前の精神がつまらないからだ。仏の清きお姿がお前の曇つた鏡に映らないからだ』 曲冬『さう承はれば、さうかも知れませぬが、如何も分り難う厶います』 赤『人間の分際として仏の御精神を理解しようとするのが間違ひだ。仏は慈悲其ものだ、至仁至愛の意味が分れば一切の経文が分つたのだ』 曲冬『ア、さうで厶いましたか。それは、偉い考へ違ひをして居りました。之から一つ研究をやつて見ませう』 赤『駄目だ。二つ目には研究々々と口癖の様に申すが、お前の云ふ研究は犬に炙だ。ワンワン吠猛るばかりが能だ。止めたら宜からう。左様な心理状態では到底仏の御心を悟る事は出来ない。それから次は何を信仰したのだ』 曲冬『ハイ、別に信仰は致しませぬが、ヤハリ聖書を研究致しました』 赤『旧約か、新約か』 曲冬『勿論旧約で厶います』 赤『何か得る処があつたか』 曲冬『ハイ、売る処も買う所も厶いませぬ。これもヤツパリ私の性に合ひませぬので五里霧中に逍遙ふ所に、或人の勧めによつて三五教に入つて、可なり真面目に研究して見た所、どうも変性女子の言行が気に喰はないので、弊履を棄つる如く脱会し、今は懺悔生活に入つて居ります』 赤『その方は霊界物語の筆写迄やつたぢやないか。直接に教示を受け乍ら、分らぬとは扨ても困つた盲だな。矢張研究的態度を以てかかつて居るからだ。結構な神の教を筆写し乍ら、ホンの機械に使はれたやうなものだ。さうして幾分か信ずる処があつたのか』 曲冬『ハイ、女子の方は幾分か信じて居りましたが、然しこれは宜い加減なペテンだと考へて居りました。それよりも変性男子の神諭に重きを置いて居つた所、其原書を見て余り文章の拙劣なのに愛想をつかし、信仰が次第に剥げて了ひました』 赤『馬鹿だな。神の教は文章の巧拙によるものでないぞ。文章なんかは枝葉の問題だ、その言葉の中に包含する密意を味ふのだ。目はあれども節穴同然、耳はあれども木耳同然、舌はあれども数の子同然、鼻はあれども節瘤同然、そんな事で三五教が善いの、悪いの、男子がどうの、女子がどうのと云ふ資格があるか。よくも慢心したものだのう』 曲冬『別に慢心はして居りませぬ。世界の人間に宣伝しようと思へば信仰も信仰ですが充分研究を遂げ、これなら社会に施して差支ないと云ふ所まで調べ上げねば社会に害毒を流しますからな。云はば社会の為に忠実なる研究ですよ』 赤『お前は未だ我執我見がとれぬからいけない。異見外道、自然外道、断見外道と云ふものだ。そんな態度では何処迄も神様は真理を悟らして下さらぬぞ。神様は愚なるもの、弱きもの、小さきものをして誠の道を諭させ玉ふのだ。決して研究的態度を採る様な慢心者には、密意はお示しなさらぬ。お前は大学を卒業して一廉学者の積りで居るが、其学問は八衢や地獄では一文の価値もない。いや却て妨げとなり苦悩の因となるものだ。お前の両親も困つた事をしたものだな』 曲冬『お前は門番の癖に文士に向つて偉さうに云ひますが、日進月歩文明の世の中に学を排斥するとは以ての外ぢやありませぬか。国民が残らず無学者であつたなら皆外の文明国に奪られて了ふぢやありませぬか。人文の発達を図り、国威の宣揚を企図する為には、どうしても大学程度の学問がなければ駄目ですよ。お前等は僅か小学を卒業した位だから世間の事に徹底して居ない。それだからポリス代用の門衛をして居るのだ。到底拙者の論説に楯突く事は出来ますまい。何科あつて調べらるるか知らぬが、もつと確りした分る方を呼んで来て下さい。知識の階段が違うてるからお前さまには分りますまい』 赤『馬鹿を云ふな、此処は霊界の八衢だ。博士も学士も皆出て来る所だ。無学でどうして此門番が勤まるか。お前等は自然界の下らぬ学説に心身を蕩かし、虚偽を以て真理となし優勝劣敗弱肉強食の制度を以て最善の方法と考へてる亡者だから到底真理の蘊奥は分らないのだ。お前のやうなものが霊界へ来ると訳の分らぬ理窟を云つて精霊を汚すから、ここで現界で研究して来た下らぬ学術を皆剥奪してやらう』 曲冬『コレ赤さま、お前は発狂してるのか、但は酒に酔うて居るのかい。ここを霊界の八衢だ等と、それは何を云ふのかい。霊界や八衢や地獄があつて堪りますかい、人間は子孫を残して死ねば、それ迄のものだ。チツト哲学的知識を養うて置きなさい。社会の落伍者となつて遂に門番も勤まらなくなりますよ』 赤『門番が、それ程、其方は賤しいと思ふのか。便所の掃除や塵捨場の掃除は如何だ。それの方が矢張尊いのか』 曲冬『さうですとも、大慈大悲の心を以て人の嫌がる事を喜んでするのが、人間の人格を向上する所以です。便所の掃除する者や塵の掃除する者が無ければ、世の中は尿糞塵の泥濘混濁世界となるぢやありませぬか。それで私等は伊吹戸主の神様の御用をして居るのだ。汚いものを美しうする位神聖な仕事はありますまい。私は賤しい仕事とも汚い商売とも思つて居りませぬ』 赤『ア、さうか、それではお前の最も愛する処へやつてやらう。地獄には塵捨場もあれば堆糞の塚も沢山にある。娑婆の亡者がやつて来て腐肉に蠅が集る様に喜んで嗅いで居る。現世にある時の所主の愛によつて身魂相応の処に行つたが宜からう。夜もなく冬もなき天国に於て、総ての神の御用に仕へまつり無限の歓喜に浴するよりも、其方は臭気紛々たる地獄道へ行くのが得心だらう。サア遠慮は要らぬ、トツトと行つたが宜からうぞ』 曲冬『はてな、さうすると此処は矢張霊界ですかな』 赤『定つた事だ。霊界か現界か分らぬ様な亡者が如何なるものか。それだから心の盲と云ふのだ』 曲冬『然らばどうか天国へやつて頂き度いものです』 赤『マアここで或一定の時間を経なくては、お前の様な汚れた魂は直に天国にやる事は出来ない。先づ外部的要素をスツカリ取らなくてはならぬ。現世に於て心にもない事を云つたり、阿諛を使つたり、体を窶したり、種々とやつて来た其外念をスツカリ取り外し、第二の内部状態に入り、内的生涯の関門を越えるのだ。内的とは意志想念だ。果してその意志が善であり真であらば天国へ上る事が出来るであらう。併し乍ら内的状態になつてからエンゼルの教を聞き、其教が耳に這入る様ならば天国へ行く資格が具備してるなり、如何しても耳に這入らねば地獄行きだ。之を第三状態と云つて精霊の去就を決する時だ』 曲冬『ヘー、随分難いものですな。矢張天国も地獄もあるものですかな』 斯く話す所へ高姫は皺嗄声を張り上げ乍ら、 高姫『オーイ、三千彦、シャル、待つた待つた。云ひ度い事がある』 と天塩昆布の様になつた帯を引摺り乍ら走り来り、 高姫『こら、シャル、恩知らず奴、妾が此三千彦の極道に引倒され、苦しんでゐる間に悪口をついて逃げて来たぢやないか。コレコレお役人さま、此奴は悪党者で厶います。義理天上が直接成敗する処なれど神界の御用が忙しいから、お前さまに任すから厳しく膏をとつてやつて下さいや』 赤『ヤ、お前は高姫ぢやないか。霊界へ来て迄噪やいで居るのか。モウいい加減に外部的状態から離れたら如何だ。一年にもなるのに何と渋太い奴だな』 高姫『ヘン、よう仰有りますワイ。一年にならうと二年にならうとお構ひ御免だ。いつやらも杢助さまを隠しやがつて、量見せぬのだが何を云つても大慈大悲の大弥勒さまの生宮だから、大目に見て居るのだ。グヅグヅ申すと此生宮が承知致さんぞや』 赤『白さま、此婆アさまは、邪魔になつて仕方がないから何処かへ突き出して下さい』 高姫『ヘン、お邪魔になりますかな。そりや、さうでせう。誠の神の言葉は悪人の耳には、きつう応へませう。お気の毒様乍ら此生宮は世界万民救済の為、チツトお耳が痛うても云ふ丈け云はして貰ひませう。弥勒様の因縁を知つて居ますか、一厘の仕組が分りますか、エー、よもや解りますまい。ヘン、一厘の仕組も分らぬ癖に偉さうに云ふものぢやないわ』 赤『白さま、早く何処かへやつて下さい』 白『コレコレ高姫さま、ここは八衢だからお前は早く何処かへ行つて下さい。職務の邪魔になりますからな』 高姫『コウリヤ白狐、お前は赤狐の云ふ事を聞いて此日の出神を放出さうとするのか。ハテ悪い量見だぞえ。よう考へて御覧なさい。天地の間は何一つ弥勒様のお構ひなさらぬ処はないぞえ。お土とお水とお火の御恩を知つてますか。その本を掴んだ底津岩根の大弥勒さまを何と心得て厶る。扨ても扨ても盲程困つた者は無いワイ。ヤ最前から怪体な男が立つて居ると思つたが、お前はアブナイ教の菊石彦だな。先程は大きに憚りさま、ヨー突き倒して下さつた。コレコレ赤に白、日の出神が吩咐ける。此菊石彦は此生宮を引倒した悪人だから一つきつい制敗に遭はしなさい。屹度申付けて置きますぞや』 白の守衛は止むを得ず、棕櫚箒を以てシャル、高姫の両人に向つて掃出した。二人は驚いて雲を霞と南を指して逃げて行く。 三千彦『モシ、門番様、ここは実際の霊界で厶いますか』 赤『ハイ、さうです。貴方はアンブラック川へ悪者に縛られ投げ込まれなさつた一刹那、気絶なさつた為、精霊が此処へ遊行して来たのですよ。神の化身のスマートと云ふ義犬が矢場に川に跳び込み、貴方の死骸を啣へて堤へ引上げ、縛を解いて今一生懸命に貴方の肉体に対し介抱をして居ります。軈てスマートが迎へに来るでせうから一緒にお帰りなさい。まだ此処に来る時ではありませぬ。そしてテルモン山に悪者が跳梁つて居ますから充分注意して臨まねばなりますまい』 三千彦『さう承らば幽かに記憶に浮んで来ます。矢張私は溺死したのですかいな。霊界と云ふ所は現界と少しも違はない所ですな。一つ不思議なのは、あの高姫さまは命がなくなつたと聞いて居りましたのに随分えらい脱線振り、あの方も矢張霊界に居られるのですかな』 赤『まだ現界に三十年許り生命が残つて居りますが余り現界で邪魔をするので、時置師神様がお出になり、伊吹戸主の大神にお願ひ遊ばして、三年が間中有界に放つてあるので厶います。三年すれば屹度外の肉体に憑つて再び現界で活動するでせう。今の精神で現界に行かれちや、やりきれませぬから、あと二年の間に充分の修業をさして現界に還す積りです』 三千彦『成程、何から何まで、神様のなさる事はよく行き渡つたものですな。併し乍ら三年の後には高姫の肉体は最早駄目でせう』 赤『三年の後に生命尽きて霊界に来る肉体がありますから、其肉体に高姫の精霊を宿らせ、残り三十年を現界で活動させる手筈となつて居ります』 三千彦『ア、さうですか。三年先になれば誰かの肉体に憑つて脱線的布教をやるのですな、困つたものですな』 赤『もう已に一年を経過したのだから、後二年ですよ。あの我執我見を此二年の間に何とか改良せねばならぬのですから、霊界に於ても大変手古摺つて居ます。今は岩山の麓に小さき家を建てて一人暮しをして居ますが、マア一人で暮して居れば余り害がないから大神様も大目に見て厶るのですよ。エンゼルが行つても減らず口計りたたいて、受付けぬから困つたものです。人間の精霊も、あれ丈け我執に固まつて了つては仕方の無いものですワイ』 斯く話す時しも南の方より宙を跳んで走り来る一頭の猛犬、『ウーウー、ウワツウワツ』と二声三声高く叫んだ。此声にハツと気がつき四辺を見れば今迄の八衢の光景は影もなく消え失せ、アンブラック川の堤の青芝の上に横たはつて居た。側には猛犬スマートが行儀よく坐つて嬉しげに三千彦の顔を眺め尾を掉つて居る。テルモン山の方を眺むれば黒煙濛々として立ち上り黒雲の如く空を封じて居る。月は黒煙の間に隠顕出没しつつ足早に走る如く見えて居る。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋北村隆光録)
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霊界物語 59_戌_イヅミの国2(キヨの港) 07 焚付 第七章焚付〔一五〇七〕 チルナ姫は一間に入つて悋気の角を生やしながら、自分の髪をひきむしつたり、笄を投げたり、鏡台を引つくり返したり、室内は俄に二百十日の嵐が吹いたやうになつて居る。そこへ一杯機嫌で帰つて来たのは、キャプテンのチルテルであつた。チルテルは門口から大声を上げ、 チルテル『オーイ女房、今戻つたぞや、早う開けないか。何だ中から戸に突張をこうて居やがると見えて、押しても引いても開きやしないわ。あゝこんな事なら、兵士を連れて帰つたらよかつたに、誰奴も此奴も皆酒に喰ひ酔つてドブさつて仕舞よつた。今日は山の神の面体に低気圧が襲来して居たと云ふ事は予期して居たのだが、これや又どうした事だい。オーイ開けぬか、開けぬか』 と戸を一生懸命に握り拳で叩いて居る。 カンナは驚き急ぎ戸を開け、 カンナ『あ、旦那様ようお帰りなさいませ』 チルテル『ウン、あまり軍務が忙しいので、つい遅くなつて、奥も待ち兼ねたであらうなア』 カンナ『ヘエ、あの奥さまですか、大きな声では申されませぬが、どうも形勢が険悪なので容易に近よる事は出来ませぬ。貴方がお帰りになつたら、一騒動が始まるであらうとビクビクもので待つて居ました。何卒喧しう仰有らずにソツと寝間に這入つて寝んで頂きたいものですなア』 チルテル『何、奥が怒つて居るのか。イヤ、そいつは面白い。一つ怒らして自分の方から飛び出て呉れるやうにと待つて居たのだ。オイ、カンナ、貴様によい土産を持つて帰つた。第一号の倉庫に入れてある、頗る的のナイスだよ。一つ貴様が女房を焚付け自分から飛び出すやうにして呉れたら、あのナイスをお前の女房にしてやらうとソツと掠奪して来たのだ。随分立派なものだぞ』 カンナ『遉はキャプテン様、種々とお気をつけ下さいまして有難う厶います。到底裏のナイスは私達の挺には合ひませぬからな』 チルテル『何、裏のナイスにお前は物を言つたのか』 カンナは頭をガシガシと掻き乍ら、云ひ悪さうに、 カンナ『ハイ、一寸序にナイスの意向を探つて見ました所、仲々偉いものですな。テクの奴、俄中尉だと威張つて出て来ましたが、一耐りもなく言ひ込められて、不減口を叩いて遁走しました。本当に、人間の挺に合ふナイスでは厶いませぬわ。そして「キャプテン様にお目にかかつて詳しいお話を承はりませう」と澄まし込んで居るのですもの、お喜びなさいませ。屹度脈がありますよ』 チルテル『ナイスの事はお前達の力ではどうする事も出来ぬ。構ふて呉れるな、いらいだてをすると却て一も取らず二も取らずになつて仕舞ふ。ああして俺の家へ二三日置いて呉れと云ふのだから、俺に思召が有るのに違ひない。併し俺には女房があるから、あのナイスも遠慮して居るのだ。其処をそれ気を利かさなければ駄目だからなア。女房さへ無ければ、放つて置いても俺に靡いて来るのは既定の事実だ、ウフヽヽヽ』 カンナ『一つそれでは奮闘して見ませう。奥さまを怒らせうと思へば、些とは旦那の悪口も云ひますから予め御承知を願ひます』 チルテル『よし、目的さへ達すればよいのだ、手段は選ばない。そこはお前に任して置く。甘くやつて呉れ。併し余り怒らして自害でもやつて呉れると困るよ。其処は見計らつて、家を飛び出す程度に計らつて呉れ』 カンナ『よろしい、何と難い事を頼まれたものだが、一つ計らつて見ませう……奥さまのお心がお可憐いわい』 チルテル『オイ、そんな気の弱い事でどうしてこの大任が果せるか。もつと心を鬼にして行かないと駄目だぞ』 カンナ『ハイ、気の毒だと云つたのは社交上の辞令ですよ。気の毒ながら、おつ放り出るやうに尽力して見ませう、貴方は離家へ行つて悠りお楽しみなさいませ。さうして奥さまの部屋から障子に影が見えるやうに仕組んで貰はなくては駄目ですよ。成可くは抱擁キッス握手などの光景が見えるやうに仕組んで貰い度いものですな。私がオホンと大きな咳払ひをしたら握手するのですよ。そうして甘く写して貰ふのですよ』 チルテル『恰で幻燈屋見たやうな事をするのだなア』 カンナ『そこで現当利益が現はれるのですもの、エヘヽヽヽ』 チルテルはヒヨロヒヨロと千鳥足にて初稚姫の居間へ進み行く。 チルテル『あゝ姫様随分お退屈で厶いませうなア。早く帰つてお話相手にならねば済まないと思ふて居ましたが、何分軍務が忙しいのでつい遅くなつて済みませぬ』 初稚『どうも、いかい御厄介になりまして申訳が厶いませぬ。大変な御機嫌で厶います。随分お酒を飲つたと見えますな』 チルテル『イヤ一寸九一升ばかり引つかけたものだから些とばかり酩酊致しました。どうも済みませぬがお茶なりと一杯下さいませぬか、貴女の柔かいお手々で汲んで頂けば一層美味しいでせう』 初稚『オホヽヽヽ。何御冗談仰有います、貴方奥様に御挨拶なさいましたか。大変にお待ち兼の御様子で厶いましたよ』 チルテル『奥さまと云へば奥にすつ込んで居ればよいものです。 あなた見てから家の嬶見れば 千里奥山古狸。 アハヽヽヽ、いやもう気に喰はない女房ですよ。二つ目には悋気の角を生し、喉笛に喰ひ付くのですもの、あんな女房を持つた夫程不幸なものは有りませぬわい。アハヽヽヽ』 初稚『何を仰有います。あんな貞淑な奥様が何処に厶いませうか、悋気をなさらないやうな奥様だつたら駄目ですよ。きつと外に心を移して居るのです。天にも地にも貴方一人と思召すからこそ偶には悋気もなさるのですからな。サア早く奥様のお気の安まるやうにお言葉をおかけなさいませ。其上にて妾の傍にお出下されば、妾も奥様に対し大変気が楽で厶いますからな』 チルテル『兎も角も足が立ちませぬ、暫く此処で悠りさして下さい。あゝ苦しい苦しい、誰か胸を擦つて呉れるものは無からうかな。あゝ苦しい苦しい。姫さま誠に済みませぬが、一寸私の胸を擦つて頂けませぬか』 初稚『そんなら、お背を擦らして頂きませう』 と故意とに後へ廻り背を擦つて居る。一方カンナはチルナ姫の居間に慌ただしく駆け入り、 カンナ『もし、奥様』 と小声になつて、 『御用心なさいませ。タヽ大変で厶いますよ。貴方の御主人は今日も二人の美人に手を引かれ、目を細うしてゐらつしやいました。さうして其お歌が気に喰はないのです。私は成可く家の中に浪風が立たないやうに、旦那様の事は奥様の耳に入らないやうにして今迄何度も包んで居ましたが、もう包んで居られぬやうになりました。奥様がお可哀さうで耐らないやうになりました。旦那様許りの部下ではない。奥様の為にも部下ですからなア。奥様から御意見遊ばすやう、そつとお知らせ致します』 チルナ『何、あの裏の初稚姫とか云ふ女の外にまだよい女が出来て居るのかい』 カンナ『ヘエヘエ、奥様はお気の毒ですな。ほんたうに、お可哀さうだわい。先づ旦那様の歌を御紹介致しませう。決して、お腹を立てて下さいますなよ。 家の嬶見れば見る程腹が立つ 蛸のお化か古狸。 と云ふやうな歌を歌つていらつしやるのですよ。貴方のやうな美人を、蛸のお化だの古狸だのと仰有るのですからな。女に呆けると、蜥蜴のやうな顔した女でも天女のやうに見えると見えますな』 チルナは身を慄はし乍ら、キリキリキリと歯を噛み、髪をパツと逆立てた。 カンナ『まだまだ奥様こんな事で怒つてはいけませぬ。もつと凄い文句がありますよ。何でも女の名は忘れましたが、彼女はキーチャンの果かも知れませぬが、旦那様を捉まへて歌ひやがつたのが気に喰はぬのです。私はその歌を聞くと歯がガチガチ鳴り出しました。 嬶は叩き出せ子は○○○○○ 後の女房にや私が行く。 てな事を吐しやがるのですよ。業が沸くの沸かぬのと、私が奥様だつたら矢庭に胸倉をグツと取り、髻を掴むで引ずり廻してやるのですけれどな。夫に旦那様は、エヘヽヽ、オホヽヽ、と顔の相好崩して笑つていらつしやるのですもの。 家の嬶白粉おとした素顔を見たら 胸がむかむか嘔吐が出る。 とヘヽヽヽ。こんな事を仰有るのですよ。 どうしても逃げて帰らにや女房の奴を 竹に糞つけ突いて出す。 あた汚い、奥様、竹の先に糞つけて突き出してやらうと旦那様は歌つていらつしやいましたよ。実に私が聞いてもフンガイの至りですワ』 チルナ『アヽ口惜い、残念や残念や、どうしてこの恨を晴らしてよからうかなア。旦那様はそんな情けない事を仰有る人ぢやない、女が悪いのだ。其女は何処に居る。其女を探し出し敵を討つてやらねばなりませぬ』 と血相変へて立ち上る。カンナは大手を拡げて立ち塞がり、 カンナ『まアまアお待ちなさいませ。血相かへて何んの事ですか。敵なら私が討つて上げます。そして貴女はまだお目出度いですな。旦那様を贔屓して居らつしやるが、旦那様は此間も私を呼んで、「あんな嬶は見るのも嫌だ。何とかして放り出す分別は無からうか」と仰有いましたが、「これはしたり、こんな事をなさつては人道に外れます」とお諫め申したら、旦那様はプリンと怒つてハツキリ私には物を言うて下さらぬのですもの、ホントに困つて了ひますワ。 チルナ姫散るな散るなと今迄は 可愛がつたが馬鹿らしや。 早く散れ花は桜木人は武士 早く散れ散れチルナ姫。 家の嬶なぜにあれ程強太いか 私の嫌ふのが分らないか 扨てもうるさいボテ嬶よ。 奥山の狸狐の化けたやうな 顔を見るたびゾツとする。 夫よりも裏の離れの初稚姫は 私の女房にやよく似合ふ。 とか何とか云つて、それはそれは甚い権幕ですよ。奥さまよく考へて御覧なさい。貴方のやうな容色をして嫌がられる所へ居らなくても好いぢやありませぬか、オツホン。あれあれあの障子の影を御覧なさい。背を擦つて居るのは女でせう。あんな所を見せつけられて貴女ノメノメとよくこんな所に居られますな』 チルナ『私は此家をどこ迄も出ませぬよ。夫が女を入れて私を追ひ出さうとすれば尚更のこと、此処に頑張つて居つて邪魔してやるのです。それが女の意地ですもの。此家を出るや否や夫婦気取りになつて暮されては詰らないもの。エヽ好かない阿魔ツ女だな。人の大事の主人を何と思つて大胆至極にもあんな事をするのだらう。これお前、些し退いてお呉れ。ちと暴れますから怪我をしても知らないよ』 と、障子をバリバリ、火鉢を窓の外へカンカラカラ。瀬戸物の割れる音ケンケラケン、ガチヤガチヤガチヤガタガタガタ、四股踏む音ドンドンドン、ドスンドスンドスン。 カンナ『もしもし奥様、そんなお乱暴な事をして貰つては、後の奥さまが厶るぢや厶いませぬか』 チルナ『エヽ構ふてお呉れな、此部屋は私の自由だ、叩き壊さうと、どうならうと、皆さまのお世話にはなりませぬよ』 ガタガタ、ドスンドスン、バリバリバリ。 此物音に驚いてチルテルは、 チルテル『コラ何をさらす』 と血相変へて走り来り、チルナの髻をグイと鷲掴み、右の手に拳骨を固めて三つ四つ撲りつけた。チルナは一生懸命逆上あがり、金切声を出して、 チルナ『エヽ悪性爺奴、チルナが臨終の別れ、死物狂ひだ』 と武者振りつき、睾丸をグツと握り力限りに引つ張つた。チルテルはウンと其場に倒れける。 (大正一二・四・一旧二・一六於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 63_寅_伊太彦の物語 13 蚊燻 第一三章蚊燻〔一六二〇〕 人(精霊)の内面的情態に居る時は自有の意志その儘を思索するが故にその想念は元来の情動即ち愛そのものより来るものです。そして其時に於て想念と意志とは一致する。この一致によつて人の内面的なる精霊は自ら思惟するを覚えずただ意志するとのみ思ふものです。又言説する時も之に似たるものがありますが只相違せる点は、その言説はその意志に属する想念そのままを赤裸々的に露出することを憚るの情が籠つてゐるものです。その故は人(精霊)が現界に在つた時に俗を逐ふて其生を営みたる習慣がその意志に附属するに至るからであります。 精霊が内面の情態に居る時は、その精霊(人)が如何なる人格を所有して居たかと云ふことを明かに現はすものです。この時の精霊は自我に由つてのみ行動するからであります。現界に在つた時に内面的に善に居つた精霊は茲に於て其行動の理性と証覚とにかなふこと益々深きものあるを認め得られるものです。今や肉体との関連を断ち、雲霧の如く心霊を昏迷せしめ、且つ執着せる物質的事物を全部脱却したからであります。之に反し精霊の内面が悪に居つたものは、今や外面的情態を脱れて了ひ、その行動は痴呆の如く狂人の如く、現世に在つた時よりも層一層の癲狂状態を暴露し、醜悪なる面貌を表はすものであります。彼精霊の内面悪なりしものは今や自由を得て表面を飾る外面情態の繋縛を離れたからです。現世にあつて外面上善美と健全の相を装ひ理性的人物に擬せむとして焦慮して居たものが、全く外面の皮相を取り除かれたので、その狂質は遺憾なく暴露するに至つたのであります。外面上善人を装ひ学者識者を以て擬して居た人間は馬糞を包んだ錦絵の重の内の様なもので、外面より見れば実に美麗なる光沢を放ち人をして羨望の念に堪へざらしむるものですが、その蔽葢を取り除けて内面を見る時は始めて汚物の伏在せるを見て驚くやうなものです。心霊学者だとか、哲学者だとか、宗教家だとか、種々の立派な人間も外面の蔽葢を取り去つて見れば、実に痴呆癲狂の汚物が内面に堆積され、地獄界の現状が暴露されるものであります。 現世に在つた時神格を認め神真を愛し内面の良心に従つて行動を為せしものは、霊界に入り来る時は直に内面の情態に導き入れられて永き眠りより醒めたる如く、又暗黒より光明に進み入りしものの如きものであります。その思索もまた高天原の光明に基き内面的証覚より発し来るが故に、凡ての行動は善より起り、内面的情動より溢れ出づるものです。かくて高天原は想念と情動との中に流れ入り歓喜と幸福とを以て其内面を充満せしめ、未だかつて知らざる幸福を味はふものです。最早かくなりし上は高天原の天人との交通が開けて居るので、主の神を礼拝し真心を尽して奉仕し、自主の心を発揮し、外的聖行を離れて、内面的聖行に入るものです。かくの如きは三五教の教示に由りて、内面的善真の生涯を送りしものの将に享くる所の情態であります。併し三五教以外の教団に信入したものと雖も、神真を愛し内面的善に住し神格を認めて奉仕したるものの精霊も亦同様であります。 之に反し現世にあつて偽善に住し神を捨て悪に住し、良心を滅し神格を否定し、或は神の名を称ふる事を恥ぢて、種々の名目にかくれ霊的の研究に没頭し、凶霊を招致して霊界を探り現世の人間を欺瞞し、又は一旦三五の教を信じ乍ら心機一転して弊履の如く之を捨て去り、或は誹謗し、世間の人心を狂惑したるものの精霊界に於ける内面的情態は全然之と正反対であります。 又内心に神格を認めず、或は軽視し何事も科学に立脚して神の在否を究めむとし、且つ自己の学識にほこるものは、皆悪の霊性であります。たとへ外面的想念に於いては神を否定せず、之を是認し少しは敬神的態度に出づるものと雖も、其内面的精神は決して然らざるものは依然悪であります。何故なれば神格を是認することと悪に住することとは互に相容れないからであります。又「吾々は単に神を信じ宗教を学ぶ位なれば、決して学者の地位を捨てたり、役目を棒に振つて入信はしないのだ。只吾々は神諭のある文句を信じたからだ。万万一その神諭が一年でも世界に現はるる事が遅れたり間違ふ様なことがあつたならば、自分が率先して教壇を打き潰して了ふ」と揚言し、到頭意の如く神の聖団を形体的にも精神的にもたたき毀し、沢山な債務を後に塗り付け、谷底へ神柱を突き落し頭上から煮茶を浴びせかけ、尻に帆を掛けてエルサレムを後に又々種々の企てを始めて居る守護神の如きは、実に内面の凶悪なる精霊であります。然し乍ら斯る精霊は表面に善の仮面を被り、天人の如き善と真との言説を弄するが故に、容易に現界に於ては其内面の醜悪を暴露せないものであります。かくの如き精霊が霊界に来り内面的情態に入つて其言説する所を聞き、其行動する所を見る時は恰も前後の区別も知らず、発狂者の如く見ゆるものであります。彼等精霊の凶欲心は爰に爆裂して、一切憎悪の相を現はしたり、他を侮蔑して到らざる無く所在悪の実相を示し、悪行を敢てし殆んど人間の所作なるかと疑はしむる許りであります。 現世にあつた時には、外的事物のために制圧せられ沮滞しつつあつたけれ共、今や其覊絆を脱し彼等の意志よりする想念に任せて放縦自在に振舞ふ事を得るからです。彼等が又生前に於て所有した理性力は皆外面に住し、内面に住して居なかつたから、斯の如き悪相を現ずるに到るのであります。而も彼等は他人に優りて内面的に証覚あるものと自信して居たものであります。今日の学者や識者と謂はるる人の精霊は、概して外面的情態のみ開け、内面は却て悪霊の住所となつて居るものが大多数を占めて居るやうであります。 ○ 高姫『これ、お前さま等、何が可笑しうてさう笑ふのだい。千騎一騎の此場合、笑ふ所ぢや厶るまい。変性男子様の教にも「座敷を閉めきりてジツとして居らぬと、笑つて居るやうな事では物事成就致さぬ」とありますぞや。五人が五人とも揃うて笑ふとは何の事ぢやい。此日出神を馬鹿にしてるのぢやあるまいかな』 カークス『何、馬鹿にする所か、私達五人は高姫さまに馬鹿にされて馬鹿になつて、此道端でお話を聞かうと思つてるのです。なあベース、さうだらう。これも旅の慰みだからな。立派な先生があり乍ら三五教の謀反人ウラナイ教の高姫さまに説教を聞く者がありますか。あんまり名高い高姫さまだから、一つ話を聞いてやるのですよ』 高姫『オツホヽヽヽ、盲蛇に怖ぢずとやら、困つたものだわい。斯う云ふ代物も神様は済度遊ばすのだから、並や大抵の事ぢやないわい。日出神や大神様のお心を察しましておいとしう厶りますわいな。オーンオーンオーン。日出神様、斯くの如く憐れな身魂ですから、何卒虫族だと思つて腹を立てずに、神直日大直日に見直して助けてやつて下さい。どうして又世の中は斯うも曇つたものだらう。俺もここで足掛け二年も大弥勒さまの教を伝へて居るのに、唯一人聞く者がいないとは、如何に暗がりの世の中とは云へ、困つたものだな』 カークス『お前さま、えらさうに善人らしく、智者らしく、神さまらしく仰有るが、肝腎要の内面的状態は地獄的精神でせうがな。此カークスは斯う見えても精神の内面状態は……ヘン……第一天国に感応して居るのだから、お前さまの云ふ事が、何だか幼稚で馬鹿に見えて仕方がありませぬわ。ウツフヽヽヽ』 高姫『オツホヽヽヽ何とまあ没分暁漢だこと。現在目の前に底津岩根の身魂が現はれて居るのも分らず、第一霊国の天人、珍の神柱高姫が言葉を幼稚だとか、馬鹿に見えるとか云ふて居るが、ほんに困つたものだな。丹波の筍ぢやないが、煮ても焚いても喰はれない代物だ。それでも人間の味がして居るのかな。伊太彦さま、お前も大抵ぢやなからうな。仮令千年万年かかつても、誠の道に帰順させる事は難かしいよ。如何な此大弥勒の御用する高姫でも、此代物には一寸、手古摺らざるを得ないからな』 カークス『ヘン、そこつ岩根の大弥勒さまだけあつて随分粗忽な事を仰有るわい。霊国の天人ぢやと仰有つたが、いかにも無情冷酷の天人イヤ癲狂人と見える。神の道には好き嫌ひは無い筈、それに結構な神様の生宮を捉まへて這入ると家が穢れるの、なんのつて仰有るから恐れ入るわいウツフヽヽヽ』 高姫『お前のやうなコンマ以下に相手になつて居つたら日が暮れる。さア伊太彦さま、お前は一寸利口さうな顔をして居るが、高姫の云ふ事は耳に入るだらうな』 伊太『もとより愚鈍な私、賢明な貴女の仰有る事、どうせ耳に入りますまいよ。平易簡単に仰有つて下さい。どうぞお願ひ致します』 高姫『あ、よしよし、お前の方から、さう出れば文句はないのだ。然し乍ら此大弥勒さまに教へてやらうと云ふやうな態度に出たら大間違が出来ますぞ。それこそアフンとして尻がすぼまりませぬぞや。結構な結構な大神様の一厘の仕組、之が分つたら俺も私もと高姫の足許に寄つて来るなれど、あまり身魂が曇つておるから何も申されぬが、兎角改心が一等ぞや。これ伊丹彦さま、傷み入つて改心するなら今ぢやぞえ。後の後悔間に合はぬ。毛筋の横巾でも間違ひはないぞや。大弥勒の神に間違ひはないぞえ。高姫が申しても高姫が申すのではない。口借るばかりぢやから慎んでお聞きなさい。分つたかな。分つたら分つたと、あつさり云ひなさい。これ丈け説教したら分る筈だから……』 伊太『根つから分りませぬがな。もつと詳しく簡単明瞭に仰有つて下さいな』 高姫『何と頭の悪い、これ丈け細かう云ふてもまだ分らぬのかな。何程簡単に言つても肝胆相照さない伊丹彦さまにはイタイタしいぞや』 カークス『何だ、訳の分らぬ能書ばかりを吹聴して、肝腎の事は一つも云はぬぢやないか』 高姫『エー、黙つて居なさい。お前等の下司身魂に分るものか。此高姫は底津岩根の大弥勒と分れば宜いのだ』 伊太『そりや分つて居ります。その大弥勒が又どうして斯様な処でお一人お鎮まりになつてるのでせうかな』 高姫『「竜は時を得て天地に蟠り、時を得ざれば蚯蚓蠑螈と身を潜む」と云ふ事がある。何程天地の大先祖の大先祖の、も一つ大先祖の底津岩根の大弥勒さまでも時節が来ねば身を落して衆生済度をなさるのぢやぞえ。此高姫を見て改心なされ。此世の鑑に出してあるのだよ。別にエルサレムとか斎苑館とかコーカス山とか甘粕大尉山とかへ行かなくても此高姫の云ふ事を腹に締め込みて置いたら世界が見えすきますぞや』 伊太『どうもハツキリ分りませぬがな。余程甲粕御魂と見えますわい。アハヽヽヽ』 高姫『これ程細かく云つても未だ分らぬのかいな。さうするとお前は一寸落して来て居るのだわい。一体誰のお弟子になつてゐたのだな』 伊太『玉国別の先生に教養を受けて居りました』 高姫『何だ。あの玉かいな。彼奴は音彦と云つてフサの国の本山にも、俺の宅の門掃をして居つた奴だ。彼奴は謀叛者でな。自転倒島の魔窟ケ原でも後足で砂をかけて逃げて行つた不人情者だ。あんな者が天理人道が分つて堪るものかい。五十子姫と云ふ阿婆摺れ女郎を貰つて玉国別だ等と云ふ名で其処辺りを歩き廻つて居るのだから、臍茶の至りだ。オツホヽヽヽ、何とまア三五教も人物払底だな。之では瑞の御霊が何程シヤチになつても駄目だわい。それだから底津岩根の大弥勒さまの肝腎の事が分らぬと申すのだ。さア伊太彦さま、ここが宜い見切り時だ。天国に上るが宜いか、地獄に落ちるが宜いか、一つ思案をしなされや。チツと許り耳が伊太彦でも辛抱して聞いて見なさい、利益になりますよ』 伊太『高姫さま、もうお暇致します。私は玉国別様が大切なお師匠様、そのお師匠様の悪口を云はれて、どうして黙つて居られませう。さア皆さま、帰りませう』 カークス『万歳々々、始終臭ひの婆々万歳』 ベース『退却々々本当に誠に退屈々々』 高姫『これお前は三五教の宣伝使ぢやないか。怒る勿れと云ふ掟を知つてをるか。さう二つ目には腹を立てて帰るとは何の事だい。それで宣伝使と云はれますか。お前のやうな無腸漢が居るから三五教の名が日に月に落ちるのだ。よい加減に馬鹿を尽して置きなさい』 ブラヷーダ『思ひきや高姫様に廻り会ひ 醜の教を授からむとは』 高姫『思ひきや三五教の神司 闇と枉とに包まれしとは』 伊太彦『思ひきや斯程に自我の強烈な ウラナイ教の高姫婆さまとは』 アスマガルダ『思ひきや斯んな処にウラナイの 醜の婆々アが構へゐるとは』 ベース『思ひきやウラナイ教の高姫の 減らず口でも之程迄とは』 カークス『とはとはと問はず語りに高姫が 囀る言葉ここで聞くとは』 伊太『高姫さま、お邪魔を致しました。さア之でお暇を致します。どうかトワに御鎮座遊ばしませ』 カークス『まアゆつくりと此破れ家で一人居りなさい。よく宣伝が出来る事でせう。イツヒヽヽヽ』 高姫『こりやカークス、何と云ふ無礼な事を申すのだ。貴様の骨を叩き割つてカークスにしてやらうか』 カークス『そんならカークスベース(蚊燻べ)にして貰はうかい。たかと云ふ蚊が居るのだから面白からうよ。ヒヽヽヽヽメヽヽヽヽ』 高姫『伊太彦の鼬見た様な奴についてる者は碌な奴はありやせないわ。ブラヷーダだのアスマガルダだのと、曲つた腰付でブラブラと迂路付きやがつて鼬に屁をかまされた様な顔付してイツヒヽヽヽ、あゝ衆生済度も並大抵ぢやないわい』 アスマガルダ『高姫さま、お前さまは何時の間に、スーラヤの死線を越へて此岩窟に来たのだい』 高姫『オツホヽヽヽ馬鹿だな。一つ手洗を使ふて来なさい。ここは岩窟の中ぢやありませぬよ。フサの国テルモン山の麓、高姫高原の神館だ。夜中の夢を見て世の中をぶらついて居るのだな。妹の婿の尻を追ふて歩く代物だから、どうせ碌な奴ぢやないと思つたが、矢張日出神が一目見たら違はんわい。何と云ふても金挺聾だから何にも分らぬ、困つた人足だな』 アスマガルダ『何、言はして置けば際限もなき雑言無礼、かう見えても俺はスーラヤの海で鍛へた腕だ。覚悟せい』 と鉄拳を揮つて殴りつけむとする。伊太彦は早くも其腕を掴んで、 伊太『待つた待つた、三五教は無抵抗主義だ。さう乱暴な事をしちやいけませぬ』 アスマガルダ『それだと云つて余りぢやありませぬか』 伊太『そこを辛抱するのが誠の道です。堪忍五万歳と云つて堪忍は無事長久の基ですからな』 アスマガルダ『そんなら伊太彦さまの命令に従ひませう。エー残念な……』 高姫は腮をしやくり乍ら、 高姫『イツヒヽヽヽ無抵抗主義の三五教、お気の毒様』 と大きな尻をプリンプリンと振り乍ら、裏の柴山を獅子の如くに駆け上り、何処ともなく姿を隠して了つた。五人は又もや宣伝歌を謡ひ乍ら露おく野辺を悠々と進み行く。 (大正一二・五・二四旧四・九於竜宮館北村隆光録)
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霊界物語 64_上_卯エルサレム物語1 23 暗着 第二三章暗着〔一六五二〕 名利の欲に捉はれし男女四人の醜魂は うろたへ騒ぎ小北山後に見すてて汽車の窓 勢ひ込んで乗込めば轍の音も轟々と 大地をビリビリふるはせて何の当途も嵐山 花園二条京都駅西へ西へと向日町 上る山崎高槻や大阪駅も乗越えて 出でゆく先は広島や馬関の関に立向ひ 転覆丸に身を乗せて漸く釜山に上陸し 京城平壌鴨緑の橋を渡つて満洲の 広軌鉄道スクスクと夜を日についで進み行く 二十余日の汽車の上漸く聖地に安着し 音に名高きエルサレム市中をウロウロ迂路付きつ 一目散に橄欖の山を目がけて駆上り 四辺の景色を見まはして胸を躍らせ呆れゐる。 お寅はほつと息をつぎ、 お寅『アヽヤレヤレ、ヤツトの事で、八千哩の水陸を渡り、目的地点へ達しました。何とマア桶伏山によく似た所ですな。併し乍ら山の具合と云ひ木の具合と云ひ、どうも日の出島の桶伏山とはどこ共なしに物淋しいやうな気がするではありませぬか。又外国身魂を盛んに教育せうと思つて、大きな学校を建ててゐるだありませぬか。練瓦や石をたたんで、此結構な霊場をワヤにする奴は、何処の四つ足人種だらうかなア』 守宮別は迷惑顔にて、 守宮別『コレコレお寅さま、さう大きな声で云ふものぢやありませぬよ。あれはシオン大学と云つて、世界の学者を集めて、世界の思想界を改良しやうといふ所ですよ。つまり日の出守護にせうと云つて、ユダヤの学者や世界の博士等が寄つて経営してるのですよ。日の出島なら何を云つて居つても笑ひませぬが、言葉の通じない斯様な所へ来て仕様もない事を云つては困りますからな。あなたは外国語が分らぬのだから、何事も私の言ふやうにして下さい』 お寅『ヘン、外国語が、何夫程有難いのだい。変性男子さまは此世の中をイロハ四十八文字で何もかも治めると仰有つたのぢやありませぬか。之から外国人に改心さしてイロハ四十八文字の日の出島の言葉を覚えさしたら可いだありませぬか。それ丈の権威がなくて何うして三千世界の日の出神となれますか。お前さまも余程分らぬことを云ふぢやありませぬか。オホヽヽヽ』 守宮別『又はしやがれるのかなア。併し何ぼはしやいでも、外国人に日本語の分る人が少いからマア結構だ。サア是からシオン大学の建築工事でも見せて貰ひませうかい』 お寅『コレ守宮別さま、そんな気楽なことをいつてる時だありますまい。早く、桶伏山からソツと隠れて来てゐるといふブラバーサの所在を捜し、談判せねば思惑が立ちませぬぞや』 かく話す所へシオン大学の創立者たるスバール博士が、ステツキをつき乍らやつて来た。守宮別は得意の英語で何だかペラペラと話しかけた。博士も極めて愉快気に守宮別と握手し乍ら半時ばかり話してゐた。其要点は……守宮別が日の出島から救世主日の出神を送つて来たといふ大体の話であつた。スバール博士は真面目に聞いてゐたが、しまひには吹出してニタツと笑ひ袂を別つたのである。守宮別は此博士に認められなければ日の出神もダメだと思つたが、そ知らぬ面して平気を装ふてゐた。お寅はスバール博士の姿が見えなくなつたのを幸ひ、又もや喋り出したり。 お寅『コレ、守宮別さま、チーチク、パーパーと雀のよなことをいつてゐたが、一体何をいつてゐたのだい。日の出神の救世主が御降臨だといふことをお前さまは言はなかつたのかい』 守宮別『ソンナことに如才がありますか。その為にはるばる来たのではありませぬか。確に云ひましたよ。あの方はスバール博士といふて世界で有名な学者ですよ。あの人さへ分れば世界中の人間があなたを救世主と認めてくれますよ』 お寅『何とマア神様のお仕組と云ふものは偉いものだなア。ここへ着くが早いか、スバール博士に会ふて日の出神を認めて貰ふとは本当に神さまも偉いワイ。ヘン、ブラバーサなんて、抜がけの功名をせうと思つて先へ来乍ら、何処の隅に居るかとも云はれてゐないとみえて、橄欖山に姿も見えぬぢやないか。どつかへ消滅したと見える。オホヽヽヽあた気味の可い、だから日の出神に従へ……といふのだ。コレ曲彦さま、お花さま、御神力が分りましたかな』 曲彦『今来たばかりで根つから何も分りませぬ』 お寅『エヽ、何といふ盲だいな。お花さま、お前は分つただらうな』 お花『何を云ふても英語を知らないものだから不便で御座いますワイ』 お寅『そこが御神力でいくのだよ。イロハ四十八文字さへ使へば三千世界に通用するのだからな』 曲彦『曲彦が考へると、現に此処では日の出島の言葉が通用せぬぢやありませぬか。イロハ四十八文字も可い加減なものですな』 お寅『コレ、守宮別さま、二人の分らずやに、今の博士のことをトツクリと合点の行くやうに言ふて上げて下さい。さうするとチツとは、目がさめるでせうから、今あの博士が去んだから、やがて旗を立てて大勢で迎へに来るだらう。エヘヽヽヽ』 守宮別『コレお寅さま、ダメですよ。さう今から喜んで貰ふと困りますがな』 お寅『エヽ?何がダメだい。三千世界の救世主が現はれて来てるだないか。世界の学者ともあるものが、ソンナことが分らぬと云ふことがあるものか。お前はそんなこと云つていちやつかすのだらう、本当のこと云つて下さいな』 守宮別『本当の事云つたら、あなたビツクリしますよ。サア当山を下つて、どつかのホテルへ這入りませう』 お寅『そして博士は何と云つたのだい』 守宮別『モウ云ひますまい。偽予言者、偽救世主が沢山に来る世の中だから、お前さまも可い加減に目を醒ませと云ひました。何うもあの博士の云ふことには真理があるやうです。こんな所迄来て恥を掻きました。何しろ日の出神は偽救世主ですからなア』 お寅『エヽ馬鹿にしなさるな。お前さまの云ひ様が悪いからだ。チーパーチーパーと小鳥の鳴く様なこと云つて、何分るものか。なぜモツと分る様に仰有らぬのだい。本当に仕方のない人だなア』 守宮別『何つかでウヰスキーでも一杯やらぬと元気が出ませぬワ。一遍エルサレムの町迄行きませう、そこでゆつくり話しませう』 お寅『一寸待つて下さい、何処ぞ此処らにブラバーサが潜伏して居るか知れぬから、一遍彼奴に会うて面の皮をヒンむいてやらむことにや仕方がない。何でも彼奴がシオン大学の博士等に会うて邪魔をして居るに違ない。サアサア曲彦さま、お花さま、此山を小口から捜すのだよ』 守宮別『お寅さま、ブラバーサだつて、コンナ山ばかりに居り相なことはない。朝とか晩とかに一遍づつ参る位でせう。キツと何つかの宿に居るに違ありませぬワ』 お寅『折角此処迄来たのだから、ソンナラ此処で一つ日の出神さまを御祈願して、歌でも詠んで、それからエルサレム迄一先づ行くことにしませう』 曲彦『モシお寅さま、日の出神を拝めと云ひなさるが、日の出神は貴女とは違ひましたかいな』 お寅『エー合点の悪い、日の出神と云へば底津岩根の大弥勒さまを拝めと云ふことだがな。一を聞いたら十を悟るのが大和魂ですよ。何から何迄教へてやらねばならぬといふのは、困つた男を連れて来たものだなア』 曲彦『それでもお寅さまの選によつた水晶魂が来たのだもの、さう小言を云つて貰ひますまいか。アタ阿呆らしい、こんな遠い所迄ついて来て、いきなり小言を聞かうとは夢にも思ひませぬワイ、なアお花さま、本当にバカらしいぢやありませぬか。歌もロクによむ気になりませぬがな』 お花『コレ曲彦さま、ここへ来た上はモウ仕方がない、守宮別さまとお寅さまの仰有る通りにするのだよ。言葉も分らず、神徳の足らぬ者は何と云つたつてダメだらう……神力の高いお寅さまと外国語の分つた守宮別さまに絶対服従するより途がありませぬワイ』 守宮別『何と云つても此処へ来れば此守宮別さまの天下だ。お寅さまもチツと我を折つて私の云ふことを聞きなされ。イロハ四十八文字も此処へ来ては余り権威がありますまいがな。アハヽヽヽ』 お寅『これ丈立派な日の出神が日の出島から御降臨になつてゐるのに、分らぬ奴ばかりとみえて、一人も歓迎に来ぬぢやないか。コレ守宮さま、お前さまの談判が悪いからだ。モ一遍宣直して来なさい。それが厭ならブラバーサを捜して、彼奴を博士の前であやまらすが宜しい。さうすりや一遍に信用が回復しますぞや』 お寅『海山をはるばる越えて来て見れば 聞きしに違ふ橄欖の山』 お花『思ひきや長い鉄路を渡り来て 山の上にて小言聞くとは』 お寅『コレお花さま、何といふ不足らしい歌をいふのだい。宣り直しなさい』 お花『ハイハイ、宣直さうと云つたつて、乗車切符もなし、何うするのですかい』 お寅『エー合点の悪い、歌を言ひ直しなさいと云ふのだがなア』 お花『果てしなき海山越えてこがれたる 聖地にやうやうつきの空かな』 お寅『又ソンナことを言ひなさる、つきの空なぞと私は月は嫌ひだと何時も云ふぢやないか。丸くなつたり虧けたり、細くなつたり、出たり出なかつたりするやうな、変性女子的の月のことをいつて下さるな。何で日の出神を歌ひなさらぬか。コレ曲彦さま、お前一つ歌つて御覧……』 曲彦『日の出島あとに見すてて火の車 乗りて来たのは橄欖の山』 お寅『ソリヤ何ぢやいなア。ソンナ腰抜歌がありますか』 曲彦『それでも私は力一パイ、知恵を絞り出してよんだのだから、余り笑ふて貰ひますまいかい』 お寅『エー、下手でも上手でもよい。日の出神のことを歌ふのだよ』 曲彦は、 曲彦『日出づる国の御空を立出たる お寅婆さまは目から日の出の神となる』 お寅『何といふバカだらうかな。エーエー仕方がない、何事も人を力にするな、杖につくなと神様が仰有つた筈だ。ドレ私が自ら詠んでみませう…… 烏羽玉の暗をてらしてさし上る 日の出神の光尊し と、かういふのだよ』 曲彦『あなたのいふ日の出神さまは日天さまのこつちや御座いませぬか、チツと可笑しいぢや御座いませぬかい』 お寅『コラ曲彦、よく聞きなさい。此世界は元は一天さまがお造り遊ばしたのだ。そして一天様のお子様に日天月天とあるのだ。それを御三体の大神といふのだ。併し月天さまといふのは盈虧のあるお月様だないよ。月天が行きましたかな。次が鍾馗さまの霊、其次が東方朔の身魂、此五つを合せて此世を五苦楽といふのだ。大の字の端々に○をつけて御覧なさい、ヤツパリ五つになりませうがな』 曲彦『末代日の王天の大神さまやユラリ彦さま、ミロク成就の大神さまは何うなつたのですか。東方朔なことを仰有いますな。それでも正気で仰有るのですか。日天月天が行きませぬワイ。オツホヽヽヽ』 お寅『日の出島の言葉とは此処の言葉は違ふから名を変へたのだよ。英語を使ふ国へ来たら英語で言はなならぬからなア』 曲彦『ヘーエ、それでも英語ですかいな、曲彦には合点が承知しませぬワ』 お寅『エーエ、ゴテゴテいひなさるな、サア一つ守宮別さまも歌ひなさい』 守宮別『私は英語で一つ歌つてみませう。極簡単によく分るやうにいひますから、気をつけて聞いて下さいや…… ヂヤパニース、セウホクザンノ、ヤンチヤアバーサン、オー、トラワー、キンモーキウビニー、ダー、マサレテー、ウミヤマヲコエ、ココマデヤツテキタノワー、カワイ、ソー、ダゾヨー、オレモ、スバールハカセニアウテ、ニセモノトイフコトガワカリタノダゾヨ、ソレデアイソガツーキターダカラ、ハライセニサケデモノンデヤロート、オモツテイルノダー、アータ、アホラシ、バカニ、シラレ、タゾヨ、イヒ、イヒヽヽヽヽ、あゝ英語の歌も一寸六つかしいワイ』 お寅『コレ、守宮さま、人が知らぬかと思ふて何といふ悪口をいふのだい。ヘン、そんな英語位分つて居りますぞや。私だつてその位の英語は立派に使つてみせますぞや。お前さまはヤケになつて酒を呑むと云つただらう。呑むと云つたつて、お金がなければ呑めますまい。チヤンと私が懐にしめこみてゐるのだから、一合づつ呑まして上げやう。お前さまに酒を呑ますと、泥に酔ふた鮒の様になつてチツとも間に合はぬからなア…………エー気分が悪うなつて来た。兎も角エルサレムの何つかで宿をとることにせうかい………皆さま、ついて来なされや』 と肩や尻をプリンプリンとふり乍ら不機嫌な面して山を降り行く。 (大正一二・七・一三旧五・三〇松村真澄録)
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霊界物語 64_上_卯エルサレム物語1 25 地図面 第二五章地図面〔一六五四〕 守宮別は酔がまはるにつれて一人ようがつて何もかも打忘れ、喋り出したり。 守宮別『おい、高姫の再来のお寅さま、真黒々姫の再来のお花さま、曲彦の再来の、ヤツパリ曲彦さま、どうだい。ちつとビールでも飲んで浮く気はないか。エー、何だ、青い青い顔して心配さうに。酒飲めば何時も心が春めきて、借金取も鶯の声。酒位笑顔のよいものはないわ。土堤ぎり、ここで散財やつたらどうだい。自分だけ飲んでも糞面白くもないわい。チヤンダーをソレ……○○へ押込んだ時、住の江神社へ詣つて茶屋で祝ひ酒を飲んだ時のやうに、一つはしやがぬかい。お寅さまとお花さま、お前さまも日の出島で、玉照彦様、玉照姫様の御結婚の後でチヤンダーが、調べられてゐる留守の間にでもやつたぢやないか。あの時位愉快の事はなかつたさうぢや。運悪く俺はその時アよう行かなかつたけれど、お寅さまの話に一寸聞いた。どうだ、一つ此処でその時の気分になつて、やらうぢやないか』 お花『コレ、お寅さま、どうしませうか。肝腎の通弁が、こんな態では、私等はどうする事も出来ぬぢやありませぬか。一層の事シオン山とかへ行つて、ブラバーサに会つて来た方が近道かも知れませぬぜ』 お寅『そりやいけませぬ。神が一言申したら何時になつても変らぬと仰有るのだから、人民が勝手に予定を変更する事は大変なお気障りですよ』 お花『だと云つて、守宮別の酔が覚めるのをまつて居れば何時になるか知れませぬわ』 守宮別『アハヽヽヽヽ駄目だよ駄目だよ、此新聞を見ても分つてるぢやないか。ブラバーサの信用と云ふものは大したものだ。到底之を転覆させる訳には行きますまい。又スバール博士もお前さまを偽救世主と云つてゐたから、何程シヤチになつても、アキませぬわい。それだから、ヤケ糞になつてビールを飲んでゐるのだ。オイ曲彦、貴様も飲めぬ口ではなし、一つ飲んだらどうだい。エー、訓狐と云ふ獣は、夜になると微塵の虫でも見えるが、白昼になると目がくらむで大山さへ見ることが出来ぬと云ふ奴だが、お寅さまは何といつても金毛九尾の訓狐さまだから駄目だよ。もういい加減に思ひきつたらどうだ』 と悪胴を据ゑて、ぐぜり出した。お寅はいろいろとすかしなだめつ、守宮別の手を引張つて町外れのアメリカンコロニーさして訪ね行く事となつた。行歩蹣跚として大道狭しと二人に両手を引かれ、漸くコロニーの門口まで着いた。数多の老若男女は怪訝な顔して見つめてゐる。守宮別は、 守宮別『エー御免なさい。拙者は日出島から救世主日の出神のお供をして、ここ迄やつて来た者で御座います。ここには天下無双のナイス、マリヤさまと云ふ方がゐられますかな。そして色男のヤコブさまといふ方が見えてゐるやうに今日都新聞で承はりましたが、御在宅ならば一寸会はして貰ひ度いものです』 マリヤは門口の騒々しいのに、何事ならむと立出で見れば見慣れぬ四人の男女が門口に立つて何事か囁いてゐる。マリヤはブラバーサに会つて余程日出島の言葉を覚えてゐた。それ故大体の意味は分るやうになつてゐた。 マリヤ『貴方は何処からおいでになりました?支那からですか?朝鮮からですか?お見受け申しますと、よほど遠方の方と見えますが』 お寅は肩を聳やかし乍ら、稍反身になり、 お寅『妾は日下開山、日出島の小北山の聖場に天降つた日の出神の生宮、底津岩根の大弥勒様の化身で御座いますよ。貴方達は日出島から救世主が此聖地へ降るといつて何十年も待つてゐられるさうですが、その救世主と云ふのは此肉の宮ですから、その積で居つて下さいや。そしてお前さまは、あの身魂の曇つたブラバーサと云ふ男を大変信用してゐられるさうだが、あの男はバチ者ですよ。うつかり相手にならうものならドエライ事になりますよ。女殺しの後家倒しと名をとつた悪性男ですからな。今日も新聞で見ますれば勿体ない……橄欖山上で何か芝居をなさつたさうですが、ようもあのド倒し者と、阿呆らしい事をなさいますな。オツホヽヽヽヽ』 マリヤはムツとして稍顔色を変へ乍ら、 マリヤ『放つといて下さいませ。ブラバーサ様は貴女のやうな偽救主ぢやありませぬよ。今日の新聞を御覧になつたでせう。あんな聖人君子はメツタにありませぬわいな』 お寅『えらう又、御贔屓ですな。大方性の悪い男だから、世間見ずのお前さまを○○したのぢやありますまいかな。あゝあ不品行の奴が来るから日出島の名誉に関する事をしてるかも知れない。コレ守宮別さま、お前さま、どう思ひますか』 守宮別『どうも思ひませぬわい。ラブ・イズ・ベストの流行る世の中だからな』 お寅『それ又、何故ソンナ怪体な事を云ひますか。もう、チーチーパーパーは止めて下さい。外国魂のマリヤさまでさへも、妾等に分る言葉を使つてるぢやないか。それだからいろは四十八文字で通用すると、変性男子のお筆に出てゐるのですよ。スバール博士なんて、つまらぬ事を云つていろは四十八文字が分らぬのかいな。本当に学者といふものは訳の分らぬものだわい。コレ、ブラバーサをここに隠してあるのでせう。うまい事、シオン山の麓に居る等と新聞に書かしたのでせう。新聞に何程よく書いたとて、アテになりますかい。握らせさへすれば、よく書きますよ。今の人間は皆新聞に騙されてゐるのだからな』 マリヤ『それでも新聞は社会の耳目といひますからね。間違はありますまい』 お寅『さあ、社会の耳目だから、いかぬのだよ。今日の社会の奴等の耳や目は皆、死んだも同然だ。目があつても誠が見えず、耳があつても誠が聞えず、善が悪に見えたり聞えたり、悪が善に見えたり聞えたりするのだから新聞の記事なんか、アテになりますかい。そんな事いはずにトツトと出して下さい。グヅグヅしてゐると日の出神の生宮が踏み込んで家探しを致しますぞや』 守宮別はヒヨロヒヨロし乍ら、 守宮別『もうお寅さま、去にませうかい。駄目ですよ。どうも、ここにや居りさうにありませぬわい。それよりもホテルへ帰つてユツクリと一杯やりませう。こんな処へ立つて談判してるのも、気がきかぬぢやありませぬか。エー、グー、ウーウーあゝ苦しい苦しい、何と因果な婆アさまだらうかな。宿屋に居れば皆が慕つて来るのにな。あゝ一も取らず二も取らずだ。あゝ苦しい苦しい、こんな事して一人の男の後を追はねばならぬとは困つた事だな』 マリヤは眉毛を逆立て、 マリヤ『エ、お寅さまとやら、お前さまはブラバーサさまのレコですか、それで遥々と後追つて来たのでせう。何とブラバーサさまも年とつたレコを持たれたものだな。エーエ、妾も今迄騙されてゐたのか、クヽヽヽ口惜しい!トツトと去んで下され』 お寅『ホヽヽヽヽ阿呆らしい、誰があんな四足魂の後追ふて、惚て来る奴がありませうか。私には済みませぬが守宮別……オツトドツコイ虎島久之助と云ふ大将軍様と云ふ立派な肉の宮が御座いますぞや。ヘン、馬鹿にして下さるなや。ネーお花さま、貴女も一寸証明して下さいな』 お花『もしマリヤさま、初めてお目にかかります。私が今度日の出神のお伴して来たのは決してブラバーサさまを慕ふて来たのぢやないから安心して下さい。然し一度会ふて話しせねばならぬ事があるので来たのですよ。ブラバーサは何と云つてるか知りませぬが、あの男はウヅンバラチヤンダーと云ふ濁つた魂の教を受けた枉魂ですから、何云ふか分りませぬ。あんな男の云ふ事を本当にしてゐれば、世間に顔出しが出来ぬ様になりますよ。一寸老婆心乍ら忠告して置きます。本当の救世主は今ここに居る底津岩根の大弥勒さまですよ。ようお顔を拝んで御覧なさい。どこともなしに違つて居りませうがな』 マリヤ『ホヽヽヽヽホンに違つた所がありますわ。アトラスの様な……お顔に縦横の皺がよつて宛然地球儀の様で御座いますわ』 お寅『マリヤさま、お前さまは余程身魂が研けて居りますな。私の顔が地球儀に見えますかな。あ、さうでせうとも、全地球を救済する底津岩根の大弥勒ですものね。それだけ身魂が研けて居れば神政成就の太柱になれますぞや』 と、自分の顔を地球儀と悪口云はれて居り乍らも善意に解したのは面白い。 守宮別『これお寅さま、此の女はお前さまの悪口を云つたのですよ。チツト怒りなさらぬのかいな』 お寅『それでもオトラスの顔と云ふたぢやないか。オトラスの顔は地球儀の様だと仰有つたのは地球一般に顔がうれると云ふ謎ですよ。何事も善意に解さなくては駄目ですぞや』 曲彦は吹き出し、 曲彦『アツハヽヽヽ』 お寅は、 お寅『これこれ曲やん、何を笑ふのだい。チツト、たしなまぬかいな』 曲彦は又もこらへ切れず吹き出し、 曲彦『アハヽヽヽヽイヒヽヽヽヽ』 守宮別も又、 守宮別『ウツフヽヽヽヽエヘヽヽヽヽ』 マリヤは呆れて、 マリヤ『ホヽヽヽヽ何とまア、よう訳の分らぬ救世主だ事、定めて聖地の人々は尊敬されるでせう。左様なら、又来て下さいませと申上げたいが……二度と来て下さいますなや』 とピシヤツと戸を締め中から突張をかけて奥へ姿をかくしたりけり。 四人は是非なくブツブツ小言を云ひ乍ら、ヨルダン川の辺のチヤーチを指して尋ね行く。 (大正一二・七・一三旧五・三〇北村隆光録)
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霊界物語 64_下_卯エルサレム物語2 06 金酒結婚 第六章金酒結婚〔一八一二〕 守宮別はお花と共に、お寅の霊城を逃げ出し七八町来た横町のカフエーに入り、此処迄落ち延びれば先づ安心と、コツプ酒をきこし召すべく、嫌がるお花の手を引いて無理に奥座敷へ通り、 守宮別『オイ、女房、イヤお花、肝腎の祝言の盃の最中に、お寅の極道が帰つてうせたものだから、恰度百花爛漫と咲き匂ふ花の林に、嵐が吹いたやうなものだつた。殺風景極まる。折角お前の注いで呉れた酒を膝の上に澪して仕舞ひ、気分が悪くて仕様が無いから、改めて此処で祝言の心持で一杯やらうぢやないか』 お花『如何にも、妾だつて貴方の情のお汁のお神酒があまり慌てたものだから皆口の外に溢れて仕舞ひ、三分の一も入つてをりませぬわ。ここ迄来れば大丈夫です。悠くりとやりませうか。一生一代のお祝ですからなア。併しお寅さまが後追つかけてでも来たら、一寸困りますがなア』 守宮別『ナアニ、尻餅ついて気絶して居るのだもの、滅多に来る気遣ひは無い。もし来たつて何んだ。夫婦が盃をして居るのにゴテゴテ云ふ権利もあるまい。そんな事に心配して居ては悪魔の世の中だ、一日もぢつとして居られ無い。神様のお道もお道だが、人間は衣食住の道も大切だから、吾々も夫れ相当にやらねばならぬからなア』 斯く話して居る所へカフエーの給仕が真白のエプロンを掛け、コーヒーを運んで来て、 女中(給仕)『モシお客さま、何を致しませうかなア』 守宮別『ウン、先づ第一にお酒を一本つけて呉れ。さうして鰻の蒲焼に鯛の刺身、淡泊した吸物に猪口を一つ手軽う頼むよ』 女中『芸者はお呼びになりませぬか、何なら旦那さまに適当な別品が厶いますよ』 守宮別『ウーン、さうだなア』 女中『モシお母さま、粋を利かして上げて下さいな。何と云つても、まだお若いのですからな。芸者が無いとお酒が甘く進みませぬからなア』 お花『ヤ、また必要が有つたらお願ひしませう。兎も角お酒を願ひませう』 と稍プリンとして居る。女は足早に表へ立ち去つた。お花の顔には暗雲が漂ふた。 お花『これ守宮別さま、一本だけ呑んで此処を立ち去りませうか、本当に馬鹿にして居るぢやないか。奥さまとも云はず、お母さまなぞと、馬鹿らしくて居られませぬワ』 守宮別『マア好いぢやないか、お母さまと見られたなら尚ほ結構だよ。人は老人に見える程価値があるのだからなア』 お花『それだと云つて余り人を馬鹿にして居ますわ』 かく話す所へ以前の女は酒肴の用意を調へ運び来り、 女中『お客様甚うお待たせ致しました。御用が厶いましたら何卒手を拍つて下さい』 守宮別はこの女の何処とも無しに色白く、目許涼しく、初い初いしい所があるのに気を取られ、口角から、粘つたものを二三寸許り落しかけた。此道へかけては勇者のお花、何条見逃すべき、女の立ち去るを待つて守宮別の胸倉をグツと取り、三つ四つ揺すり、 お花『これや、妄を馬鹿にするのかい、見つともない目尻を下げたり涎を繰つたり、アンナ売女がそれ程気に入るのか、腐つた霊魂だなア、サア此短刀で腹を切つて貰ひませう』 守宮別『まあまあ待つてくれ、さう取り違をしてくれると困るよ。涎を繰つたのは喉の虫が催足して待つて居つた酒を呑みたい為めだ。目を細うしたのも矢張り酒が呑みたいからだ。何の立派な立派な、神徳の満ち充ちた、何ぬけ目のないお花さまの顔を見て居て、何うして外に心が散るものか。お前は些とヒステリツクの気があるから困るよ。さう一々疑つて貰つては困る。お寅だつて其処迄の疑惑は廻さなかつたよ』 お花『さうでせう、矢張りお寅さまがお気に入るでせう。私は余程よい間抜だからお前さまに欺されてこんな所迄釣り出されたのですよ。オヽ怖や怖や、こんな男にうつかり呆けて居らう者なら、折角国許から送つて来た金を皆飲み倒され、売女の買収費に取られて了ふのだつた。あゝいい所で気が付いた。これも全く、竜宮の乙姫様が此男は油断がならぬぞよ、何程口で甘い事申ても乗るでないぞよ、後の後悔間に合はぬぞよ、とお知らせ下さつたのだらう。あゝ乙姫様有難う厶います。私は本当に馬鹿で厶いました。オンオンオン』 と泣き沈む。 守宮別『こりやお花、さうぷりぷりと怒つて呉れては困るぢやないか。疑もよい加減に晴らしたら好いぢやないか。酒の上で云ふた事を目のつぼに取つて、さう攻撃せられちや、如何に勇猛な海軍中佐でも遣り切れぬぢや無いか。酒の上で云ふた事はマアあつさり見直し聞き直すのぢやなア』 お花『まだ、一口も呑みもせぬ癖に酒の上とは能う云へたものです哩』 守宮別『「顔見た許りで気がいくならば……酒呑みや樽見て酔ふだらう」といふ文句をお前が何時も唄つて居るだらう。併しあの文句は実際とは正反対だ。私はお前の顔を見ると気が変になつて了ふのだ。それと同じに燗徳利を見ると恍惚として微酔気分になつて了ふのだから、如何かさう御承知願ひたい。さう矢釜しく云はれると酒の味が不味くなつて仕方がない』 お花『それやサウでせうとも、カフエーの白首を見た目で皺苦茶の妾の顔を御覧になつたつて、お酒の美味しい筈が厶いませぬわ。サアサア貴方悠くりとお酒を召上つて代価を払つてお帰りなさい。妾はもう斯んな衒される所で一時も居るのが苦痛ですわ。貴方はまるで、妾の首を裁ち割るやうな、えぐい目に会はして下さいます。あゝこんな事なら約束をせなかつたら宜かつたになア』 守宮別は自暴自棄糞になり一万両の金を放る積りで、態と太う出て見た。 守宮別『お花さま、夫婦約束を取り消したいと仰有るのですか、何程私が可愛と思つても、お前さまの方から約束するぢやなかつたにと云ふやうな愛憎尽かしが出る以上は取り消し度いと云ふお考へでせう。守宮別もお花さまに海洋万里の空で見棄てられ愛憎尽かされるのも結句光栄です。サアどうぞ縁を切つて下さい。些とも御遠慮は要りませぬからなア』 お花『これ気の早い守宮別さま、誰が縁を切ると云ひましたか、今となつて縁を切るやうな浅い考へで約束は致しませぬよ。そんな事云つて貴方は此お花が嫌になつたものだから逃げ出さうとするのでせう』 守宮別『馬鹿云ふな、お前の方から此処を逃げ出すと云つたぢやないか。売女とお楽しみなさいなぞと散々悪口をつき、此夫に対し愛憎尽しを云つたらう。俺も軍人だ、女々しい事は云はない。嫌なものを無理に添ふてくれとは要求せぬ。此縁が繋がると繋がらぬとはお前の心一つぢやないか』 お花『やあ、それで貴方の誠意が分りました。何処迄も妾と添ふて下さるでせうなあ、本当に憎い程可愛いわ』 と守宮別の肩にぶら下る。 守宮別『これや無茶をすな、お酒がこぼれるぢやないか、余り見つとも好くないぞ。それそれカフエーの女中の足音が聞えて来た』 お花『ヘン、来たつて何です、天下晴れての夫婦ぢやありませぬか。カフエーの女中にこのお目出たいお安うない所を見せつけてやるのが痛快ですわ。ほんとにお母さまなどと人を馬鹿にして居るぢやないか。ねえ守宮別さま、妾と貴方とは仮令天が地となり地が天となり、三千世界が跡形もなく壊滅しても、心と心のピツタリ合ふた恋の花実は永久に絶えませぬわネエ』 守宮別『ウン、それやさうだ、お寅が嘸今頃にや死物狂になつて俺の後を探して居るだらうが、実に痛快ぢやないか』 お花『お寅の事は一生云はぬといつたぢやありませぬか。矢張り未練があると見えて、ちよいちよい言葉の先に現はれますなあ。エヽ悔やしい』 と力一ぱい頬辺を抓ねる。 守宮別『これや無茶をするな、放せ放せ放さぬか』 お花『この頬辺がチ切れる所迄放しませぬよ』 と益々引つ張る。守宮別は目から鼻から口から液を垂らして、『アイタヽヽヽ』と小声で叫んで居る。其処へ女中の足音がしたのでお花はパツと放した。 守宮別『あ怖ろしいお前は女だなあ、今迄コンナ女とは知らなかつたよ。本当に猛烈なものだなア』 お花『さうですとも、人殺しのお花と異名を取つた強者ですよ。若い時は妾のレツテルで刃物持たずと幾人を殺したか分りませぬもの』 と意茶づいて居る。そこへ女中が、 女中『お客様、お代りは如何ですか』 と云ひつつ入り来たる。守宮別は慌ててハンカチーフで顔の涙や鼻液を拭きながら、 守宮別『アヽ何でも宜いからどつさり持つて来い、兵站部は此処に女房が控へて居るからな……』 お花『どうか熱燗で沢山淡泊したものか何か持つて来て下さい。お金は構ひませぬから、その代り芸者などは駄目ですよ、女房の妾がついて居ますから』 女中はビツクリして、 女中『あゝこれはこれは奥さまで厶いましたか。先刻はお母さまなぞと見そこないしまして失礼しました。それでは芸者などの必要は厶いますまい。ホヽヽヽ』 と笑ひ乍ら出て行く。 守宮別『これお花、気の利かない事夥しいではないか。お前と私とは年が母子程違ふのだから、女中がさう云へば夫れでよいぢやないか。俺の目になんぼ十七八に見えても世間から見れば六十の尻を作つたお婆アさまだからなア』 お花『母子だナンテ、そんな偽りを云ふものぢやありませぬ。又夫婦だと云ふて置けば、芸者なぞ煩さい世話をせうと申しませぬからなア』 守宮別『如何にも御尤も、どうしてもお花は俺とは一枚役者が上だわい、エヘヽヽヽ』 表には労働者が、コツプ酒をあふりながら四辺かまはず喋つて居る。 労働者(テク)『オイ、トンク、ぼろい事をやつたぢやないか。あのお寅婆アさまを助けに行つて大枚二十円づつ。これで十日や廿日は気楽に酒が呑めると云ふものぢや。時にあのお寅について居る、蠑螈とか蜥蜴とか云ふ男、あれはテツキリお寅のレコかも知れないよ。お寅の奴、何時も自分の弟子だ弟子だと吐してけつかるが、あれは屹度くつついてけつかるのだらう。その証拠を押えて一つ強請つてやつたら又二十円や三十円は儲かるだらうからなア』 トンク『これテク、ソンナ勿体ない事を云ふな。先方は神様ぢやないか、おまけに吾等三人はお寅さまの神力に一耐りもなく打つ倒され、命の無い所を助けて貰ひ、其上重大の使命迄仰せつかつて居るのぢやないか。金が欲しかつたらお寅さまに云へば幾何でも呉れるよ。あの時も金が欲しけれや幾何でもやると云つたぢやないか』 テク『それやさうぢや、まあ悠くりとポツポツに絞り取る事にせうかい。時にツーロは何処に行きよつたのだらうかなア』 トンク『彼奴は何だか、ヤクの跡を追ふておつかけて行つたぢやないか。ヤクを捉まへて、お寅さまの前に引きずり出し、褒美の金に有り付かうと思つて、抜目なく駆け出しよつたのだよ』 テク『併し、裏の座敷に一寸俺が最前小便しに行つた時、チラツと目についた客は、どうも守宮別とお花さまのやうだつたが、箸まめの守宮別さまの事だから、お寅さまの目を忍んで、お花さまと内証で、○○をやつて居るのぢやなからうかな』 トンク『何、お花さまと守宮別が裏に居ると云ふのか、あゝそいつは面白い。サア復二十円だ』 と云ひ乍ら、トンク、テクの両人は裏座敷を指して忍び行く。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於由良秋田別荘加藤明子録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 07 反鱗 第七章反鱗〔一六六三〕 三人は急坂を上つて往くと、密林の中に、「ウンウン」と呻声が聞えて来た。伊太彦は驚いて草をわけ、林の中に入つて見れば、一人の男が繃帯をした儘、虫の息になつてフン伸びて居る。忽ち水筒の口を開いて水を飲ませ、天の数歌を謡ひ、労はつて介抱をしてやつた。倒れた男は漸く正気に復し、四辺をキヨロキヨロ見廻し、伊太彦宣伝使の吾前にあるに驚き、早くも逃げむとすれど、未だ手足の力が回復しないので、石亀のやうに地団駄を踏んで居る。 伊太『ヤア旅のお方気がつきましたか、先づ先づ結構々々、お前は大変怪我をして居るやうだが、大方虎熊山の泥棒にでもやられたのぢやないかな』 男『ハイ有難う厶います。私は此近くの者で厶いますが、一寸俄の用で親威へ参る途中、泥棒の親分、セールと云ふ悪人に出会ひ、有金をすつかり取られ、頭をかち割られ人事不省になつて居た所です。ようまアお助け下さいました。此御恩は決して忘れませぬ』 エムはツカツカと傍により、顔をつくづく眺めて、 エム『ヤア、お前は虎熊山の泥棒の副親分ぢやないか、そんな嘘を云つたつて駄目だよ。もし宣伝使様、此男はハールと申まして、それはそれは悪い奴で厶います。貴方のお尋ねになつた若い娘さまを、口に猿轡を箝めて、数多の乾児に岩窟の中に担ぎ込ました奴ですから、油断をなされますなよ』 ハール『オイ、エム、……いや、ど此奴か知らないが、さう見違をして貰つては困るぢやないか。私は泥棒でも何でもない、此近傍の百姓だ。滅多な事を云ふて貰ふまい』 エムはニタリと笑ひ、 エム『ヘヽヽヽ、よう仰有いますわい。そんな事を云つたつて、此処にお前様の乾児になつて居た二人の前の泥棒、今の真人間が控へて居ますよ。男らしく白状しなさい』 伊太『オイ、エム、タツの両人、此奴は泥棒に間違ひないなア』 エム『ヘエヘエ、チヤキチヤキの泥棒ですよ。此奴はバラモン軍のハール少尉と云つて、美男子の名を売つた士官ですが、鬼春別将軍様が軍隊を解散せられてから、仕方なしにセール大尉と泥棒を開業し、虎熊山の岩窟で羽振を利かし、百人頭になつて居る極悪人ですから、油断をなさつてはいけませぬよ』 伊太『お前の云ふ事は本当だらう。お前の改心もそれで証明された。これから可愛がつてやるから安心せい』 エム『いやもう有難う厶います。どうぞ永当々々御贔屓の程をお願ひ申ます』 タツ『充分勉強をいたしまして、他店とはお安く致します。どうぞ末永う御贔屓に願ひます』 伊太『ハヽヽ。面白い男だな。ヤ大に気に入つた。是から精出して御用を仰せつけてやるから、充分勉強するがいいぞ』 両人『フヽヽヽ』 伊太『オイ、お前は今此両人が証明して居るが、泥棒頭に相違あるまい。有体に白状せないと、お前のためにならないぞ』 ハール『いや、恐れ入りまして厶います、何卒重々の罪をお赦し下さいませ、二人の姫様を連れ帰り、牢獄に打ち込みましたのは私に相違厶いませぬ。併し私を使ふ大親分が厶いますから、私許りの罪では厶いませぬ。どうぞ彼をお調べ下さいませ』 伊太『自分の罪を親分に塗り付けるとは不届き千万の奴だ。たとへ親分がやつた事でも何故私がやりましたと引受けるだけの赤心が無いか、泥棒仲間にも道徳律が行はれて居るだらう』 ハール『ハイそれは確に厶いますが、何と云つても親分が親分で厶います。たうとう親分奴、恋の競争から私を恨んで暗打に遇はさうと致しましたので、斯んな目に遇はされ、実は逃げ出して来た所で厶います。親分に反鱗あれば、私にも反鱗があります。さうだから阿呆らしくてどうしても犠牲的精神が起らぬぢやありませぬか』 伊太『其二人の女は何うして居るか』 ハール『ハイ、きつと……セール大将が惚れて居ますから、さう手荒い事は致しますまい。まアお身柄だけは大丈夫ですから御安心なさいませ。そして私の罪をお許し下さい。私も今日限り泥棒は廃業致します』 伊太『それや感心だ。そんならこれから私について、も一度岩窟へ往つて呉れないか、何彼に便宜がいいからなア』 ハール『ハイ、エーお伴致し度いは山々で厶いますが、此通り頭は痛み、俄に急性臆病災が突発致しましたので、遺憾ながら参る事が出来ませぬ。此度はお許し下さいませ』 伊太『本当に困つた奴だなア、今私が鎮魂してやつたからもう痛は止まつた筈だ。そんななまくらを云はずに、お前を煮て食はうとも焼いて喰はうとも云はぬのだから帰順した証拠に案内をしたらどうだ』 ハール『左様ならば、止むを得ませぬ。お言葉に従ひ、姫様のお居間迄御案内を致しませう。さうしてあのお方は、貴方様のお身内の方ですか、但は御兄弟ですか』 伊太『年の経た方は俺の友達の女房だ。若い方は俺の女房だ。随分お世話になつたらうなア』 ハール『ヤそれを承はりますと、私は合はす顔が厶いませぬから、どうぞ許して下さいな』 エム『若し宣伝使様、このハールは若い方の方に惚れましてな、口説て口説て口説ぬいた上句、肱鉄を喰され、肝癪玉を破裂させ、暗い暗い岩穴に放り込み、虐待をして居るのですよ。それだから合す顔がないと今白状したのです。そこらで一つ、ウンと云ふ目に遇はしてお遣りなさい。後日の為めですからな』 伊太『仕方が無い男だな。併しお前も改心したと云ふが、随分人が悪いぢやないか。今迄長上と仰いで居た人の悪口を俺に告げるとは、本当に義理人情をわきまへぬ奴だな』 エム『義理人情を知つて居つて泥棒仲間に入いれますか、弱肉強食、優勝劣敗の極致ですもの、そんな余裕がありますものか、そんな事構ふて居つたら、自分の身が亡んで仕舞ひますわ、有島武郎だつて、愛の極致とやら迄行つて、たうとう自滅したぢやありませぬか。有島武郎はラブイズベストを高調し、愛はどこ迄も継続すべきものでないと云つたでせう。さうして仮令夫婦でも夫以上の愛する者が出来たら、別れて愛の深い方へ靡くのが真理だと云つたでせう。それだから、この大将はも早見込がない、あなた様の方が余程立派だ、吾々を救つて下さる救ひ主だと思つたから、弊履の如く今迄の親分を捨てて仕舞つたのですよ。悪う厶いますかな』 伊太『アハヽヽヽ、何と水臭いものだな。夫ではまだ改心と云ふ所へは往かぬわい。一つこれから膏を取つてやらねばなるまい』 ハール『どうぞもう見逃して下さい。セールの悪口申したのは、つまり恋の仇で厶いますから、あんまり胸が悪いので、つい口から迸つたので厶います。今後は慎みます。そんなら仰せに従ひ、陣容を立て直し、堂々と先陣を仕りませう。さア、エム、タツの両人、宣伝使のお後から従いて来い』 伊太『ヤアお前達は三人とも先へ往くがよい。俺も後に目が無いからなア、ハヽヽヽ』 エム『送り狼と同道して居るやうなものですからなア。先にお出になるのは険呑です。躓いて倒けたら何時噛ぶり付くかも知れませぬからなア』 ハール『これエム。いらぬ事を云ふな』 と叱りつけ乍ら、先頭に立つて、足早に登りゆく。 (大正一二・七・一五旧六・二於祥雲閣加藤明子録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 08 異心泥信 第八章異心泥信〔一六六四〕 治道居士はベル、バット、カークス、ベースの四人と共に、うす暗い石の牢獄に投込まれ、セールの厳命に仍りて、飲食物を断たれて了つた。されど心の中にて治道居士に帰順してゐる牢番のヤク、エールはいろいろと苦心して五人の為に飲食を供給し、あらむ限りの便宜を与へた。親分のセールはヤク、エールを深く信任し、一度も牢獄を見舞に来なかつた。そして自分の大将軍と仰いでゐた治道居士には何だか恥しいやうな、恐ろしいやうな気がして、会ふ事を欲しなかつた。先づ治道居士の一隊は両人に任しておき、他の子分を四方に派遣し、財物の収集に全力を注ぐ一方、自分は二人の美人を、何とかして自分の者にせうと、それのみに、現をぬかしてゐた。 ヤク、エールの両人は、治道居士とブラヷーダ、デビス姫の間の、郵便夫の様な役を密かに勤めてゐた。牢獄の中では、治道居士を真中に、四人の改心組が、いろいろと小声で話し合つてゐる。 ベル『オイ、俺達も何だかチツと許り不安な気分になつたぢやないか。身の自由を縛された籠の鳥も同然、生殺の権利を親分に握られてゐるのだから、何程治道居士様に法力が有ると云つても、此牢獄を経文の力に、打破つて下さらぬ以上は、険呑な物だないか。治道居士様は平気の平左で、心身の休養だとか云つて、温泉にでも入つた様な気分で、前後不覚に眠つて厶るが、俺達ヤ何うも、そんな気になれないわ。お前等、何とか工夫をこらして、ここを飛出す考へはないか』 バット『何心配するな。サアといへば、ヤク、エールが牢番してるから、何時でも開けてくれるよ。今彼奴が開けないのは深い思案があつての事だ。何しろこれ丈の人数が集まつて居るから、下手な事をやると虻蜂とらずになつて了ふ。治道居士様はそこを見込んで、平気で寝てゐらつしやるのだ。何事も惟神に任して置くが一番安全だ』 ベル『それだと云つて、人の心は分らないよ。ヤク、エールの両人が、若しも心機一転して親分の方へ肩を持たうものなら、それこそ俺達は、箒で押へられた蝶々のやうなものだ。モウ少し治道居士様に法力があると、俺達も安心だけれどなア』 バット『ナアニ、構ふものかい。マア安心せい。ここへ来てから、まだ一夜逗留した丈ぢやないか。仮令三日や四日位、ここへ入つた所で、一片のパンを食はなくつても辛抱は出来るよ。先づ楽隠居だと思つて、体を休養させ、愈となつたら岩窟退治をやるのだな。何奴も此奴も、軍人上りで、皆手が利いてるから、俺達が四人や五人で暴れたつて仕方が無いからな』 ベル『オイ、バット、汝、さう楽観してゐるが、寸善尺魔と言つて、吾々は死の魔の手に捉へられてゐるのだから、些とは尻へ手をまはして置かねばなるまいぞ。ナア、カークス、ベース、お前は何う思ふか』 カークス『何事も俺たちは神様にお任せしてゐるのだ。それよりも御祈念をするが一等だなア』 ベース『そりやさうだ。カークスの云ふ通り、此天地間はすべて神様の御意志の儘だから、何程俺たちが騒いだつて駄目だ。斯うして牢獄へ蟄居してゐるのもセールがしたのでない。神様の深遠な御経綸に仍つて、修養させられてゐるのだ。余りクヨクヨ思ふな』 ベル『俺もう何だか信仰の土台がグラついて来たやうだ。オイ、一層の事○○を○○して、○○の御機嫌を取り、牢屋の苦を遁れて再○○に逆転したら何うだ。何程世の為だとか、死後の生活の為だとか云つても、忽ち現在がやりきれないぢやないか。末の百より今の五十だ。何程死後の世界があると云つたつて、雲を掴むやうな話だからのう』 治道居士は、ベルが自分を殺害し、セールに裏返らうといふ意味を仄かしてゐるのを、鼾をかいてゐる振して聞いてゐた。 バット『オイ、ベル、左様な事を吐すと、俺ヤもう了見はせぬぞ。汝を○○して、○○へ○○するが何うだ』 ベル『ヤ、コリヤ一つお前達の心を引いて見た丈だ。誰がそんな勿体ない事をするものかい。これでお前達の意志も分つて俺も安心したのだ』 と俄に空トボケてみせる。カークス、ベースは治道居士を揺り起した。治道居士は寝むた相な顔をして起直り、拳を握つて上の方へグツと突出し、「あゝあ」と大欠伸を無雑作にし乍ら、 治道『アハヽヽヽ、あ、夢だつたか。ベルの奴、此治道居士を○○して○○の機嫌をとり、元の○○へ逆転しよつたと思へば、ヤツパリ夢だつたワイ。アハヽヽヽヽ。どうも人間の心といふものは当にならないものだなア。一切の欲望を捨て、命迄すてた此治道居士でさへも、矢張どつかに、命が惜いと云ふ副守が残つてゐると見えて、こんな怪ツ体な夢を見たのだなア』 カークス『モシ治道様、ソリヤ夢ぢや厶いませぬ。現にベルの奴、貴方が熟睡遊ばしたのを奇貨とし、あなたに対し、叛逆を企てようとしたのですよ。用心なさいませ』 治道『ハヽヽヽ猪口才千万な、蚯蚓のやうな魂で蛟竜の身辺を窺ふとは、実に身の程知らずだなア。ベルも亦此処へ這入つて来てから、臆病神に取つ付かれよつたとみえる。ても扨ても憐むべき代物だな。オイ、ベル、何うだ。私の命が取りたいか。とりたくば幾らでも取らしてやる。さあモウ一寝入りするから、其間に私の首でもかいて、セールの親分に身の潔白を示し、再泥棒の親分に使つて貰ふがよからう。遠慮はいらぬ。お前に首をかかれて天国行をするのも、一つは神様の御思召かも知れない』 ベル『メヽ滅相もない。勿体ない。何うしてそんな事が出来ませうか。どうぞ私の赤心を諒解して下さいませ』 治道『赤心のマは悪魔のマぢやないか、誠のマもあれば、間男のマもあり、閻魔のマもあり、悪魔のマもあり、マといふ者は何事にも附添ふものだから……、オイ三人の者、気を付けよ。虎狼と同居してゐるやうな物だからのう』 かかる所へヤク、エールは二三人の泥棒と共に、牢獄を検分がてらやつて来た。 ヤク『コリヤコリヤ、静に致さぬか、今何を囀つてゐたか』 ベル『ハイ、治道居士始め三人の奴が、此ベルを○○せうと云ふのです。どうぞ私を別牢へ入れて下さいな。険呑で堪りませぬから……』 ヤク『ハツハヽヽヽ、お前達の命は旦夕に迫つてゐるのだ。親分に殺されるか、治道居士に殺されるか、どつちみち殺される身分だ。マア安心して四人の連中から、力一杯苛められたがよからうぞ。オツホヽヽヽ。汝は此中でも一番悪党だからのう』 ベル『モシ、ヤクさま、私は決してそんな悪人ぢや厶いませぬ。実の所は治道居士に改心したと見せかけ、此奴等四人の秘密を探つて御大将に報告する為、今迄化けてゐたのですから、どうぞ親分にさう言つて下さい』 カークス『ハツハヽヽ、本当に此奴ア悪い奴だ。猫の目程クレクレとかへる奴だから、治道居士様を暗殺しようとしよつた太い奴だ。こんな者が同じ牢獄の中に居ると、ゆつくり寝る事も出来ない。もし、ヤクさま、どうかベルを請求通、別室に置いて下さいな』 ヤク『ヨシヨシ、こんな奴を一所に置いておくと為になるまい。……又俺の都合も悪い……』 と小声に云ひ乍ら錠前を外し、ベルの手を引立てて、最も暗い深い岩壁で囲んだ牢獄へ打ち込んで了つた。ヤク、エールの両人は、ベルの為に自分等の計画の暴露せむ事を恐れたからである。 ヤクは三人の盗人と共にベルを引立てて此場を去つた。跡にエールは牢番として一人残つてゐた。 治道『オイ、エール、岩窟の様子は何うだ。セールは今何をしてゐるか』 エールは小声になつて、 エール『ハイ、二人の女に現をぬかし、涎をくつて居りますが、肝心の女が悪口計り言つて応じないものですから、泥坊商売はそつち退けにして、頭を悩めて居ります。それはそれは見られた態ぢや厶いませぬワ』 治道『ハヽヽ、あの洒ツ面では女にはもてまい。困つた奴だなア。そして其女といふのは何処の者だ』 エール『何でも大きな声では言へませぬが、三五教の宣伝使だと云ふ事です』 治道『ハテなア、そして其名は何と云つたか』 エール『ハイ、何でもブラブラ婆アさまだとか、エベスだとか大黒だとか聞きました。随分美人ですよ』 治道『ハア、それではブラヷーダにデビス姫の事だらう。ア、其奴ア可哀相だ。お前御苦労だが、治道居士が此処に居ると云ふ事を、何とかして知らして呉れまいか』 エール『ハイ、機会を考へて申上げませう』 治道『屹度頼むよ。私が今此処で手紙を書くから、之をソツと渡してくれ』 エール『承知致しました』 治道『何か……筆と墨と紙を貸して貰ひ度いものだな』 エール『畏まりました。暫時お待ち下さいませ』 と四辺を窺ひ乍ら、何処からか筆紙墨を用意して来た。治道居士はバットに墨をすらせ、何事かスラスラと書き認め終り、 治道『サア、エール、此二通の手紙を一通づつ両人にソツと渡してくれ。どちらでも構はぬ。同じ事が書いてあるのだから』 エール『ハイ承知致しました』 と手紙を懐に捻込み、いろいろ苦心して、二人の牢獄の前に窺ひ寄つた。見れば暗がりに一人の男が立つてゐる。 男『誰だ。何しに来たのだ。ここへは来る事はならぬと、あれ程喧しう云ふてあるのぢやないか』 エール『ハイ、私はエールで厶いますが、治道居士の牢番をして居りました所、済まぬ事乍ら、フラフラと居眠りまして、方角を取違ひ、斯様な所へやつて来まして、誠に済みませぬ』 と態とに大きな声して、治道居士の来てゐる事を、二人の女に聞かさうとしてゐる。 男『コリヤ、エール、チボや乞食を何うしたといふのだ』 とワザとにセールは二人に治道居士の事を聞かそまいと、詞を濁さうとする。エールは態とに其意を解せざるものの如く、 エール『もし親方様、チボ乞食ぢや厶いませぬ。三五教の比丘治道居士の事で厶いますよ』 セール『馬鹿ツ、早く下れツ。そして自分の職務を忠実に守るのだ。一時も早く行けツ。汝が居ると邪魔になる』 エールは『ハイ』と云ひ乍ら暗がりを幸ひ、牢獄の窓から手紙を一通づつ、ソツと放り込んで了つた。 ブラヷーダ『あの治道居士さまも、此処に捕はれて居られますか。そりや本当に心地のよい事ですね。彼奴は随分私に無体な事を云つた奴だから、天罰が巡り来たのでせう、ホヽヽヽ。モシ隣のデビス姫様、貴女と私をひどい目に会はしよつた、あの治道居士といふ比丘が捉へられて来てると云ふ事ですワ。本当に気分が可いぢやありませぬか。ホヽヽヽ』 デビス『本当にねえ、私も溜飲が下りましたワ』 エールは不思議な事だと、首をひねり乍ら、暗い隧道を帰つて行く。 セール『アハヽヽヽ、オイ両人、お前も何か治道居士に迫害を受けたのだなア。ヨシ、俺がお前の仇討をしてやるから、安心したがよからう。其代りに俺の云ふ事も聞くだらうな』 ブラ『姉さま、どうしまほうか、本当に、一つここで恨を晴らさなくちや、女の意地が立たぬぢやありませぬか』 デビス『そらさうですワ、何とかして彼奴を此処へ放り込んで頂き、二人よつて両方から嬲殺にさして下されば嬉しいですがな。さうすりや親分さまの御註文位には喜んで応じますけれどなア』 ブラ『姉さまが其お考へなら、私だつて賛成ですワ。あたいの夫を殺した奴ですもの。憎うて憎うて堪らないワ、その仇を親方さまの同情心に依つて、討たして下さるやうな事なら、御恩報じにどんな事でも、親方の云ふ事を聞かうと思ひますワ』 セール『ウツフヽヽヽ。オイ女、お前の願は聞届けた。其代りに私の言ふ事は何でも聞くだらうなア』 両人一度に、 『ヘーヘー聞きますとも、貴方の仰有る事何うして聞かずに居れませうか……。二つも立派な耳を持つて居るのだもの……』 と小さい声で後を付けた。セールは声迄変へて、 セール『ウンウンヨシヨシ、可愛いお前の願だから、何でも聞いてやる。思ふ存分さいなんだがよからうぞ』 両人一度に、 『有難う厶います。一時も早くお頼み申します』 セール『ヨシヨシ、之から牢番に申付けて治道をここへ引つ立てて来るから、お前の好きなやうにしたがよからう』 と云ひ棄て、自分の居間へ帰つて行く。 セールは自分の居間に帰り、ニコニコし乍ら独言、 セール『ヤア、之で俺も願望成就だ。ウマイウマイ、矢張女といふ者は何か一つ刺戟を与へないと駄目だワイ。まだ懐を調べてゐないが、あの治道は○を沢山持つて居るに違ひない。それに恨のある奴が来てるによつて、俺にも都合がよいといふものだ。何しろ月と花にもまがふ美人だからな。エヘヽヽヽ。両手に花とは俺の事だ。二人の妻に手を引かれ、黄金の橋を渡るといふ言ひ置は、今実現しさうだワイ。ウツフヽヽヽ』 と四辺に人無きを幸ひ、独り笑壺に入つて居る。 (大正一二・七・一六旧六・三於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 13 隔世談 第一三章隔世談〔一六六九〕 伊太彦『神の教の伊太彦は初稚姫の訓戒に 恋しき妻に生き別れ一人トボトボ山道を いとど烈しき炎熱と戦ひ乍ら汗水に なりて山野を渉り行く心淋しき一人旅 神の恵みを力とし夜光の玉を杖として 吾師の君や妻の身を案じ煩ひハルセイの 沼の畔に来て見れば人を掠むる盗人の 二人の男に巡り合ひ神の教を説き諭し 大泥棒の立籠もる虎熊山の岩窟に 妻の命やデビス姫二人の身をば助けむと 登り行く折傍の林の中の呻き声 何者なるか知らねども見捨てかねたる義侠心 近付き見れば暴虐の限りを尽す大泥棒 ハールが頭に繃帯し虫の息にて呻きゐる 伊太彦忽ち三五の神の御名をば奉称し 天の数歌声高く歌へば不思議や忽ちに 厳の神徳現はれてハールはムツクと起き上り 救命謝恩の宣言に喜び勇む折もあれ エムとタツとの両人は伊太彦司に打向ひ ハールの罪悪一々に宣り伝ふれば伊太彦は 誠の道を説き諭しハールを岩窟の案内とし 息もせきせき登り行くさしも堅固な岩窟の その入口に来て見れば番人一人居らばこそ 藻抜けの殻の不思議さにドンドンドンと隧道を ハール、エム、タツに案内させ牢獄の前に来て見れば 豈計らむや治道居士デビスの姫やブラヷーダ 改心組の一同がセールの親分真中に 四五の小頭取囲み教を垂るる最中と 悟りし時の嬉しさよ案じ過ごした吾妻の 無事なる顔を一目見て抱きつき度くは思へども 初稚姫の御教あたりの人の手前をば 恥らひ苦しさ相忍びハールを連れて只二人 虎熊山を後にしてセルの山辺に来て見れば 神の恵みの百の花処狭き迄咲き匂ひ 蓮の花は殊更に白青黄色紫の 艶を競ひてザワザワと涼しき風に翻り 笑を湛へて迎へゐるあゝ惟神々々 吾は尊き大神の御稜威を受けて大野原 虎伏す山辺も恙なく神都をさして進み来る 心の中ぞ楽しけれ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも月落ち星は消ゆるとも 印度の海はあするとも虎熊山は破裂して 熔岩四方に降らすともいかでか恐れむ惟神 神に任せし吾々は至る所に青山の 媚びを呈して待てるあり思へば思へば有難し 天国浄土の光景を今目の辺り眺めつつ 尊き聖き三五の教の道に進み行く あゝ惟神々々御霊のふゆを願ぎ奉る』 二抱へもあらうといふパインが、一方は山、一方は野辺の細道の傍に、月の傘を拡げたやうに只一本聳え立つてゐる。その松の木蔭に、四五人の男が首を鳩めて何事か、ヒソビソ話に耽つてゐた。 甲『オイ、そこら中の民家を漁つて、葡萄酒やいろいろの肴を掠奪して来たが、然し早く帰らないと、今夜の結婚の間に合はないかも知れぬぞ。さうすりや又親分から叱言を頂戴せなならぬからのう』 乙『どれ程急いだ所で、之丈の道程だ。到底今夜の間に合ひさうな事はないわ。一層の事、酒も肴もここにあるから、此松の木の下で、一杯やらうではないか』 甲『そんな事したら、それこそ大変だ。俺等は直破門されて了ふぞ。破門だけならいいが、他へ出て喋べると云つて手足をフン縛られ、噴火口に投げ入れられて見よ。あつたら命が台なしだ。貴様は酒を喰ふとワヤな事を云ふから駄目だ』 乙『何、構ふものかい。かうして五人居れば、一つの村でも団体でも作れるから、あんな高い山に行かずに、一つ新団体でも拵へて自由行動でも採つたらどうだ』 丙、丁、戊の三人は手を拍つて、 三人『イヤ、賛成、乙の言ふ通りだ。別にセールの大将を、さう恐がるに及ばぬぢやないか。あんな大将を頭に仰いでると、何時どんな目に会はされるか分りはせぬぞ。あの副親分を見い、あれ丈骨を折つて基礎を固めたが、遂に暗打にあつて頭を割つて了つたぢやないか。俺やハールの親分が気の毒で堪らぬわ。その時から岩窟を飛び出さう飛び出さうと思つて居つたのだが、今度大親分が婚礼の材料を集めて来いと出して呉れた時、再び岩窟に帰るまいと覚悟をきめた位だから、マア一杯ここでやつて相談をきめようぢやないか』 甲『トランスの相談をきめると云つても、別に立派な案も出まいぢやないか』 乙『喧しう云ふな。俺の云ふ通りにせい。俺はこう見えても餓鬼会社の社長をやつて居つたものだ。田舎の村ではあるけれど、それでも、ザツと五十軒ばかりの戸主から選まれて村会議員、否村会代議士に一度は当選した男だぞ。何と云つても尋常大学の出身者だからな』 丙『アハヽヽヽ、尋常大学が聞いて呆れるわい。村会代議士なんてまだ聞き初めだ。戸別巡礼をやつて、ヤツとの事で村会議員になつたのだらう』 丁『何、此奴村会議員どころか、此奴の奉公して居つた主人が村会議員になつて居つたのだ。その事を云つてるのだよ』 丙『アハヽヽヽ、大方、そんな事だらうと思つて居つた』 乙『馬鹿云ふない。主人がならうと、俺がならうと、同じ一軒の宅に住居してる以上は同じ事ぢやないか。エー、奥さまは村会代議士夫人と崇められてゐる以上は、俺だつて村会代議士家僕だ、主人の心は僕の心、僕の心は主人の心と云ふ事を知らぬかい。訳の分らぬ奴だな』 丙『どちらが訳が分らぬか、本当に分らぬわい。困つた唐変木だな。オイ村会代議士、そんなら一つ案を出して呉れ。その上で賛否の決を与へねばならぬからのう』 乙『ヨシ、かう云ふ事があらうと思つて、前から腹案を拵へて待つてゐたのだ。 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ まア、こんなものだよ。どうだ賛成だらうな。アハヽヽヽ』 丙『いや、大方賛成だ。然し、宣伝使、比丘に対する条目だけは削除して欲しいものだな』 乙『そら又何故だ。怪しい事を云ふぢやないか』 丙『宣伝使や比丘は神仏に仕へるものだ。あんな者に向へば、忽ち罰が当り、身体が動けぬやうになるからな』 乙『アハヽヽヽ、気の弱いものだな。宣伝使が何が恐い。身に寸鉄を帯びるでなし、まるで箒で蜻蛉を押へるやうなものだ』 甲『そんな事云はずに早く帰らうぢやないか』 乙『矢釜しう云ふない。帰り度い奴はトツトと帰れ。そして親分が二人のナイスをおいて脂下つてゐる所を、ケナリさうな顔して指を喰へて見せて貰へ。それが貴様の性に合うてるわい。ウツフヽヽヽ。これ丈沢山の酒や肴を盗つて来乍ら、又人に取られるのも残念だ。此松の下で鱈腹喰つて、新団体を組織して活躍するのだ。どうだ丙、丁、戊、賛成だらう』 丙丁戊『賛成々々』 乙『これ丈け四人まで大多数の賛成があるのに、只一人異議を唱へるのは、俺等の計画を裏切るものだ。エー面倒臭い。一つバラしてやらうかい。之も泥棒の練習になり肝玉が据つていいぞ』 甲『オイ、コラコラそんな無茶な事を云ふない。俺が一口異見を唱へたと云つて、バラすの何のつて、余りぢやないか』 乙『あんまりも糞もあつたものかい。貴様は常平生から大将のお髯の塵許り払ひやがつて、俺等の悪口許り告げた奴だ。サア三人の兄弟、此奴をヤツつけて了へ』 ここに四人は甲一人を取りまいて、四辺の棒千切を拾ひ打ちかかつた。甲は矢庭に木片を拾ひ、力限りに防禦に力めてゐる。 かかる所へ四辺の木精を響かして聞えて来たのは宣伝歌の声であつた。五人は各自傷だらけになつたまま、その場に平太つて了つた。 ハールは伊太彦に従ひ、ここ迄やつて来て五人の男が倒れてゐるのに不審を起し、わざわざ松の木の根元に寄り道して調べて見ると、今迄使つて居た五人の部下であつた。ハールは大喝一声、目を剥き乍ら、 ハール『こらツ、者共、何を致して居るか』 甲『ハイ、親方、よう来て下さいました。今四人の奴め、貴方や大親分に対し、謀反の相談致しましたので、私が意見しました所、大変に腹を立て、殺してやらうと云つて斯んな目に会はせました。私も力一杯戦ひ、血みどろになつて居ります所へ、恐ろしい宣伝歌が聞えましたので、誰も尻餅をついて身動きが出来ぬやうになつたのです。何卒副親分様、私を助けて下さいませ』 ハール『ア、お前はオスだつたな。そして其処に倒れてゐる奴は、メスにキス、バツタにイナゴだな。こりやこりやメス、キス、バツタにイナゴ、その顔は何だ。ヤツパリ貴様は相変らず泥棒をやらうとするのか。もういい加減に改心したらどうだ。オス貴様も泥棒なんか、悪い事致すでないぞ』 オス『ヘイ、泥棒はもう出来ませぬか』 ハール『ウン、何も彼も新規蒔き直しだ。虎熊山の岩窟は最早亡びて了ふたのだ。それ故俺も館を焼かれ、居る所が無いので俄に改心して宣伝使のお伴をして、誠の道の旅をしてゐるのだ。貴様もいい加減に泥棒商売は止めたがよからうぞ』 メス『もしもし副親分さま、そりや本当ですか。私は今、貴方には済まないが、あまり親分が横暴な事をやるので、実は愛憎をつかし新団体を組織し、今ここで定款まで拵へ、発会式を終つた所で厶います。そした所、オスの奴、反対を称へるものだから、此様な時勢に合はぬ骨董品は片付けた方がよいと思ひ、打ちのめさうとした所で厶います。何卒、貴方、私等の団長となつて一旗挙げて下さいますまいかな』 ハール『馬鹿云ふな。泥棒はスツカリ廃業したのだ。ここに厶る宣伝使は神力無双の生神様だ。懐に夜光の玉を持つて厶るから、貴様等の心の底は手にとる如く御存じだぞ』 メス『ハイ、貴方が本当に廃業なさつたのなら仕方がありませぬ。私等が勝手に小団体を作つて商売繁昌のため大活動を致しますから』 ハール『オイ、やめたらどうだ。そんな事云ふと虎熊山が破裂したらどうする。破裂の前兆として、あの通り噴煙濛々と立上つてるぢやないか。あの鳴動を聞け。俺等仲間が霊山を汚したによつて、山の神様が立腹して厶るのだ。貴様もここで改心せなくちや虎熊山の熔岩に押潰されて了ふぞ』 メス『今更泥棒をやめた所で、之と云ふ商売も無し、仕方がありませぬわ。人間は意志の自由を有してゐますから、何卒私の意志迄は束縛して下さいますな。のう、キス、バツタ、イナゴ、さうぢやないか』 三人一度に、 『ウン、さうださうだ、泥棒三日したら味が忘れられぬと云ふから、今更やめいと云つても止められるものかい。俺等も初めから泥棒したくはなかつたが、セール、ハールの親方がすすめたから初めたのだ。折角乍らハール親分の提案には賛成する事が出来ませぬわい』 ハール『左様の事を申してゐると今に虎熊山が破裂し、貴様等は滅亡せなくてはならぬぞ』 メス『ハヽヽヽ、虎熊山は昔古来から噴火してゐますよ。唸るのも鳴動するのも今日に初まつた事ぢやありませぬわい。大きにお世話さまです。貴方のやうに泥棒心の俄に無くなるやうな腰抜けには、用はありませぬわ』 と身体が丈夫になつたのでソロソロ強くなり、又もや泥棒至上主義を盛んに述べ立てる。丙、丁、戊三人も川水の流るる如く泥棒の有益なる事をまくし立て、ハールを手古摺らしてゐる。雲にかすんだ虎熊山の鳴動は俄に猛烈となり、大地はビリビリビリと震ひ出して来た。流石の四人も真青になつて草に噛ぶり付いてゐる。轟然たる一発の響と共に、虎熊山は大爆発を来たし、黒煙天に漲り、熔岩は雨の如く、四方に散乱し数里を隔てた此地点迄降つて来た。一同は恐れ戦いて俄に心を翻し、改心の祈願をなし初めた。神の御恵か、雨の如く降り来つた巨大なる熔岩は一人も傷つけずにをさまつて了つた。これより一同は改心の尊き事を悟り、伊太彦の宣伝使に従ひお礼詣りと称して聖地エルサレムへ向ふ事となつた。 (大正一二・七・一六旧六・三於祥雲閣北村隆光録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 23 義侠 第二三章義侠〔一六七九〕 仙聖郷の村人は、今迄土地の財産は全部バータラ家のものとなり、何れも悲惨な小作人となり、仙聖郷に住み乍ら、実に悲惨の生活を送つて居た。所が偶然の出来事より山林田畑を作れるだけ与へられて、嬉々として其業を楽しみ、又未亡人のスマナーを神の如くに敬つて居た。甲乙丙三人の男は山林に薪をからむと出で往き、木蔭に腰打ち卸し、雑談に耽つて居た。 甲『オイ、世も変れば変るものぢやないか。俺達は世界から羨まれる仙聖郷の住民であり乍ら、祖父の代からみじめな小作人の境遇に陥り、働いて作つた米の大部分はバータラ家に納め、肝腎の米は一粒も口に入らず、裏作の麦類を飯米として露命を繋いで来たが、今年から、お米を頂く事が出来るやうになつたのも、全く神様のおかげだよ。是でこそ仙聖郷相当の生活が出来る事だらう、本当に嬉しい事だなア。テーラの悪人も此頃すつかり改心するし、泥棒迄があのやうに田畑を耕すやうになつたのだから、世の中も変つたものだなア』 乙『何と云ふても天与の産物を独占する者があつた為め、吾々は苦しんで来たのだ。斯うなつたら村に苦情も起らず、愛神愛人の道も完全に行はるるであらう。何程信心せよと云ふても、今日食ふ飯も無いやうの事では信心も出来ず、人が何程困つとつても助ける事も出来ず、人の持つて居るものでも、叩き落して取りたいやうに思ふものだが、かうして平等になつた以上は、悪事悪念は断たれるであらう。テーラの奴、村中の憎まれ者だつたが、善悪不二と云ふて、あの奴が彼様悪事を企みよつたものだから、吾々はこんな結構に成つたのだ。悪人だつて憎めぬよ。悪が変じて善となり、善が変じて悪となると云ふのは、大方こんな事を云ふたのだらうよ』 丙『テーラの奴、随分俺達を今迄苦しめよつたが、彼奴もこれで一切の罪亡ぼしになるであらう。仲々気が利いた事をやつた。虎熊山の泥棒を引ぱつて来て、あんな荒い仕事をやり、又泥棒を役人に仕立てて、財産を横領しようとしたのは、吾々の到底考へ付かない芸当だ。泥棒だつて元からの悪人ではないと見えて、あの通り朝から晩迄神妙に働いて居るぢやないか、俺達も、も些し甲斐性があつたら、彼れ達の仲間に入つて居たかも知れないからなア』 甲『お前のやうな気の弱い男はまア乞食位のものだなア。俺だつたら屹度泥棒の親分位に、あのままでモウ一二年経つたなら成るかも分らなかつたよ。実の所は二三年前から考へて居たが、そんな事をウツカリ相談する訳にも行かず、一人の泥棒も心細いなり、泣き泣き今迄暮れて来たのだ。併し乍らテーラの奴、三五教の先生の前で、「村人の僕となつて尽しますから許して下さい」といつて置き乍ら、此頃少し見幕が荒いぢやないか。鼻をピコづかせ乍ら「お前達がこんな結構になつたのも俺のお蔭だ」と云ふて威張りやがる。番太のくせに俺達の頭をおさへようとするのだから業腹だ。一つ青年隊を召集して、テーラを元の通り番太にこき卸した方が慢心せいでよいかも知れないよ』 乙『馬鹿云ふな、四民平等とか、衡平運動とかが、盛に行はれて居る世の中に、いつ迄も怪体な思想に因へられて居るものぢやない。テーラは吾々の恩人見たやうなものだ。バータラ家があんな目に遇つたのも、何かの因縁だらう、吾々人民の膏血を絞り、贅沢三昧に暮して来た報いだ。仙聖郷三百人の恨が凝結してあんな惨事が突発したのだ。スマナー姫様も、元は貧民の腹から生れ、バータラ家に拾ひあげられて奥様になられたのだから、吾々貧民の味方をして下さつたのだ。人間と云ふものは自分が難儀をして来ねば同情の起るものではない。博愛だとか、同情だとか云つて居る者に、一人も博愛心や同情心を保つて居るものはない。世の中を博愛と、同情の仮面を被りて胡麻かす贋君子、贋聖人ばかりだ。あの比丘尼様こそは本当に吾々の救世主様だ』 斯く話す所へ、泥酔に酔ふてやつて来たのは、一たん恐さに改心したテーラであつた。テーラは丸い目をギヨロツと剥き出し、肩を聳やかし乍ら、口汚く、 テーラ『オイ、其処に居る餓鬼はダダ誰人だい。仙聖郷の救世主テーラ様のお通りだぞ。早く茲へ来て土下座を致さぬか。貴様達は此方様のお蔭によつて親類の財産を分けて貰ひ、何百年振りに地主となつたのぢやないか。俺が一つ頑張らうものなら、親類の此方の、皆物になるのだが、そこは救世主様だけあつて、お前たちの物になるやうに取計らつてやつたのだ。恩知らず奴、いつも俺を番太扱ひにしやがつて、碌に挨拶もせぬぢやないか』 甲『これや、テーラ、貴様は何を云ふのだ。不届き千万にも虎熊山の泥棒と腹を合せ、俺たち青年隊を騒擾罪で引張らうとしたでは無いか。吾々が地主となつたのは、先祖代々の恩恵が報うて来たのだ。恩に着せない。些と心得ないと村中が貴様を恨んで居るぞ。世の中に何が恐ろしいと言つても、恨と人気程恐ろしいものはないぞ。些と心得て酒を喰はぬやうにせねば、村中寄つて集つて、叩き払ひにせられて仕舞ふぞ。不心得者奴が』 テーラ『ナヽ何を吐しやがるんだい。此村に俺に指一本でもさへる奴があるかい。グヅグヅ吐すと、恐れ乍らと訴へてやらうか』 甲『ハヽヽヽ貴様の訴へる所は、虎熊山の泥棒の岩窟であらう。お気の毒乍ら虎熊山は半以上爆発し、貴様の親分も友達も、木端微塵になつて居るのを知らぬのか。貴様の悪行を村中が連判で上へ届けたならば、それこそ貴様は、どんな運命になるか分らぬのだ。今迄は吾々も財産が無いので、何を云つても官が取り上げて呉れなんだが、もはや、租税を納める公民となり、選挙権も獲得したのだから、官だつて屹度少々の無理だつて取り上げて呉れるのだ。何程貴様が威張つても、大勢と一人とは叶はぬから、好い加減に引込んだらよからう。貴様の偵羅もモウ駄目だ。そしてそんな憎まれる商売は止めて仕舞へ』 テーラ『グヅグヅ吐すと、キングレスの親分に貴様の悪口を報告して、フン縛つてやるぞ』 甲『こら、まだ昔の夢を見て居るのか。キングレスはもはや貴様の様な者を相手にする男ぢやないぞ。もう此頃は吾等の親切なる友達だ。此間も遇つたら貴様の事を云つて大変悔んで居た。今度グヅグヅ云つたら知らして呉れ。懲戒の為めに足を縛つて沙羅双樹の枝に俯向に吊るしてやらう。さうしたら些とは改心をするだらうと云つて居たぞ』 テーラ『ナヽ何を吐きやがるんだい。そんなことに驚く哥兄ぢやないぞ。グヅグヅ吐すと片ツ端から笠の台を張り飛ばしてやらうか』 と云ふより早く蠑螺の如き拳骨を固め、ブウブウと風を切つて撲りつけむと暴れ出した。三人は木の幹を盾に取り、右へ左へと避け乍ら、身を守つて居る。テーラは勢に乗じ怒り狂ひ、三人を逐ひかけ廻す。俄に現はれた大の男、矢庭に後からテーラの首筋をグツと握り、雷のやうな声にて、 男『これや、又しても貴様は暴れるのか。もう了見はせぬぞ』 テーラは此声に縮み上り、 テーラ『ハイ、マヽ誠に済みませぬ。チヨツ、チヨツ、チヨツと酒に喰ひ酔つたものだから脱線を致しました。キングレス様、どうぞ是限り酒も慎み、乱暴も致しませぬから、何卒許して下さい』 キングレス『イヤ、許す事は出来ぬ。幾ら云つても貴様は駄目だ。頭に穴をあけ、逆さに木に吊り上げ、ちと血を出してやらぬ事には性念が入るまい。これこれ三人の方、もう私が現はれた以上は大丈夫です。サア貴方方思ふ存分、此奴を撲つてやつて下さい』 三人は喜んで此場に走り来る。 甲『キングレス様、よう来て下さいました。別にこんな男を撲つた所で、何の効もありませぬから、苦しめてやらうとは思ひませぬが、どうぞ将来乱暴をせないやうに充分誡めてやつて下さいませ』 キングレスは、 キング『ハイ、承知致しました。これやテーラ、此後乱暴を致すと此通りだぞ』 と云ふより早く猫を掴む様に、強力に任せ抓み上げ、四五間向ふの田圃の中へ放りつけた。テーラは足を打ちチガチガし乍ら、四這になつて田の中を横ぎり、雲を霞と逃げて行く。是よりテーラは猫の如くにおとなしくなり、又キングレスは里人から強力と崇められ、悪人征服の役目となり、此仙聖郷に持て囃されて一生を無事に送つた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・七・一七旧六・四於祥雲閣加藤明子録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 04 笑の座 第四章笑の座〔一七〇六〕 湖神白馬の鬣を揮つて、激浪怒濤を起し、殆ど天をも呑まむとする勢なりし湖上の荒びも、癲癇が治まつたやうに、まるつきり嘘をついた様にケロリと静まつて、水面は恰も畳の目の如く、縮緬皺をよせてゐる。島影を漕出した波切丸は、欵乃豊かに舳を南方に向けていざり出した。 此地方の風習として、人々何れも閑散な時には無聊を慰むる為に、笑ひの座といふものが催される事がある。笑ひの座に参加する者は、何れも黒い布で面部を包み、何人か分らぬやうにしておいて、上は王公より下は下女下男の噂や国家の現状や人情の機微などを話し、面白く可笑しく、罵詈嘲笑を逞しうして、笑ひこけ、互に修身斉家の羅針盤とするのである。流石権力旺盛なる大黒主と雖も、此笑ひの座のみには一指を染むる事も出来なかつた。笑ひの座は庶民が国政に参与する事のない代りに、其不平や鬱憤を洩らし、或は政治の善悪正邪や、国家の利害得失迄も、怯めず臆せず何人の前にても喋々喃々と吐露することを、不文律的に許されてゐたのである。 日は麗かに、風暖かく、波は静に、舟の歩みもはかばかしからず、遥の湖面には陽炎が日光に瞬いてゐる。其有様は恰も湖面の縮緬皺が空中に反映したかのやうに思はれた。さも恐ろしかりし海賊の難や暴風怒濤の悩み、殆ど難破に瀕したる波切丸の暗礁の難を免れたる嬉しさに、何れも天地の神を礼拝し、感謝の辞を捧ぐる事半時許り、其あとは三々伍々デッキの上に円を描いて、笑ひの座が開かれた。 甲『諸君、何うです、此穏かな湖面を眺めて、旅情を慰むる為に、天下御免の笑ひの座を催したら何うでせう』 乙『イヤそりや面白いでせう。チツト許り、言論機関たる天の瓊矛を運用させても宜しからうかと考へてゐた所です。何か面白い話を聞きたいものですなア』 甲『皆さま、黒布をお被りなさい。之も此国の神世から定まつた不文律ですから。其代りに目の前にゐる貴方方の悪口雑言を云ふかも知れませぬが……笑ひの座の規則として御立腹のなき様に予め願つておきますよ、アハヽヽヽ』 乙『サアサア自分の顔のしみは見えないものだから、俺は偉い偉い、世間の奴は馬鹿だとか、間抜だとか、腰抜だとか思つてゐるものです。自分が自分を理解する様になれば、人間も一人前の人格者ですが、燈台下暗しとか云つて、自分の事は解らないものですからな。どうか忌憚なく、お気付になつた事は批評して下さい。それが私に取つて処世上の唯一の力となりますから』 甲『宜しい、倒徳利の詰が取れた以上は、味の悪い濁酒を吐出して、諸君を酔生夢死せしむる様な迷論濁説が際限もなく迸出するかも知れませぬよ』 乙『サアサア是非願ひませう。自分の頭や顔面が見え、又自分の首や背中が見える様な人間ならば、自己の欠点が判然と解るでせうが、不完全に造られた吾々人間は、到底暗黒面のあるのは、止むを得ないです。其暗黒面を親しき友から、破羅剔抉して注意を与へて貰ふ事は、無上の幸福でせう。併しお前さまの暗黒面も素破抜きますが、御承知でせうな』 甲『それは相身互です。そんなら私から発火しませう。……エー、貴方此頃大黒主様から大変な偉い職名を与へられたといふ事だが一体どんな御気分がしますか、竹寺官と云へば腰弁とは違つて、役所へ通ふのにも馬とか車とか相当な準備も要るでせう。随分愉快でせうな』 乙『実は某役所の執事に栄進したのです。然し乍ら赤門を出てから官海に遊泳すること殆んど十五年、どうやらかうやら執事まで昇つたのです。吾々の学友は大抵小名から大名、納言級に昇つた連中もありますが、私は阿諛諂佞とか追従とか低頭平身などの行為が嫌いなので、相当の実力を持ち乍ら漸く某役所の執事になつた位なものです。本当に十五年間も孜々兀々として役所の門を潜り、今に借家住居をして色々の雅号を頂いた所で一銭の金が月給の外に湧いて来るでもなし、一握の米が生れるでもなし、丸つきり高等ルンペンの様なものです。それでも公式の場所へは他の連中が嬉しさうに雅号のついたレツテルをぶらさげて行きよるものだから、私も心に染まないけれど、何だかひけを取るやうな気分がするので、嫌々乍らレツテルをはつて行くのですよ。アハヽヽヽヽ』 甲『嫌なものを張つて行くとは云はれましたが、然し貴方の本心としてはまつたく嫌で叶はないのぢやありますまい。嫌な嫌な毛虫が胸にくつついてゐたら誰しも之を払ひ落すでせう。そこが貴方の闇黒面で、所謂偽善と云ふものです。爵位何物ぞ、権勢何物ぞ、富貴何ものぞ、只吾々は天下の志士だと人に思はせたい為の飾り言葉でせう。虚礼虚飾を以つて唯一の処生法と為し、交際上の武器と信じてゐられるのでせう。さういふお方が上流に浮游してゐる間は、神様の神政成就も到底駄目でせう。私は米搗ばつたといふものを見る度に、何となく嫌忌の情が胸に湧いて来るのです。併し過言は御免を蒙つておきませう。何と云つても笑ひの座の席での言葉で厶いますからな』 乙『ヤ、貴方も中々の批評家ですね。実は私も米搗ばつたにはなり度くないのです。これを辞めれば忽ち妻子が路頭に迷ひ、生存難におびやかされるから長者に膝を屈し腰を曲げ、ばつたや蓄音機の悲境に沈淪しながらも陰忍自重して、あたら月日を送つてゐるのです。今日の米搗ぐらゐ卑劣な、暗愚な狭量な、そして高慢心の強い代物はありませぬわ。何か可い商売でもあつたら、男らしく辞職をしてみたいのです。そして辞表を長官の面前へ投げつけてやりたいと、切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれることは幾度だか知れませぬよ。卑劣な、暗愚な、おべつか主義の小人物はドシドシ執事にもなり、小名にもなり、大名にもなつて、時めき渡ることが出来ますが、私のやうな硬骨漢になると、上流の奴、彼奴ア頑迷だとか、剛腹だとか、融通が利かないとか、野心家だとか、過激主義だとか、反抗主義だとか、生意気だとか、猪口才だとか、何とかかんとか、種々の称号をつけて、頭を抑へるのみならず、グヅグヅしてゐると寒海から放り出されて了ふのですから、人生、米搗虫位惨めな者はありませぬよ。実に悲哀極まる者は官吏生活ですよ。ハヽヽヽ』 甲『全体、月の国の人間は、国は大きうても、小人物許りで、到底世界強国の班に列するの光栄を永続することは不可能でせう。外交はカラツキシなつてゐないし、強国の鼻息を伺ふこと計りに汲々乎とし、内政は人民の自由意志を圧迫し、少しく骨のある人間は、何とかカンとかいつては、牢獄へブチ込み、天人若斗りを登用して顕要の地位に就かしめ、己れに諛び諂らふ者のみ抜擢して、愚者、卑劣漢のみが高いところに蠢動してゐるのだから、到底国家の存立も覚束ないではありませぬか。今の時に当つて、本当に国家を思ふ英雄豪傑、又は愛善の徳にみちた大真人が現はれなくちや駄目でせうよ』 乙『さうですなア、私の考へでは、茲二三年の間には、月の国の大国難が襲来するだらうと思ひます。大番頭も、其他の納言も、どうも怪しい怪しいと何時も芝生に頭を鳩めて、青息吐息で相談をやつてゐますが、何れも策の施しやうがないと云つて居ります。何といつても今の世情は、宗教を邪魔物扱ひし、物質本能主義を極端に発揮し、何事も世の中は黄金さへあれば解決がつく様に誤解してゐたものですから、従つて国民教育も全部物質主義に傾き、国民信仰の基礎がぐらついて、殆ど精神的破産に瀕してゐるのですから、到底此頽勢を挽回する望みはありますまい。今に世界は七大強国となり、十数年の後には、世界は二大強国に分れると云ふ趨勢ですが、どうかして印度の国も、二大強国の一に入りたいものですが、今日の頭株の施政方針では、亡国より道はありませぬ。物価は高く、官吏は多く、比較的人民も多くして、生存難は日に日に至り、強盗殺人騒擾なども、無道的行為は到る処に瀕発し、仁義道徳地に堕ち、人心は虎狼の如く相荒び、親子兄弟の間も利害のためには仇敵も只ならざる人情、教育の力も宗教の力も、サツパリ零です。否宗教は益々悪人を養成し、経済学は国家民人を貧窮に陥れ、法律は善人を疎外し、智者を採用し、医学は人の生命を縮め、道徳は悪人が虚偽的生活の要具となり、商業は公然の詐偽師となり、一として国家を維持し国力を進展せしむるものは見当りませぬ。それだから私も一つ奮発して、国家の滅亡を未然に防ぎ度いと焦慮して居りますが、何分衣食住に追はれてゐるものですから手の出し様がありませぬ。米搗虫の地位を利用して賄賂でもどしどし取れば、又寒海を辞した時、社会に活動するの余祐も出来るでせうが、それは私には到底出来ない芸当です。とやせむかくやせむと国家の前途を思ひ、日夜肺肝を砕いてをりますが、心許り焦つて、其実行の緒につく事が出来ないのは遺憾千万で厶います』 甲『今貴方は、官を辞したら、衣食住に忽ち困るから、国家の大事を前途に控へ乍ら、活動することが出来ないといはれましたが、それは貴方の薄志弱行といふものです。徒らに切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれてゐた所で、社会に対して寸効も上らないでせう。納言になる丈の腕を持つた貴方なれば、民間に下つて何事業をせられても屹度相当の収益もあり、又成功もするでせう。人は断の一字が肝腎ですよ。空中を翔る鳥でさへも、何の貯へもして居りませぬが、天地の神は、彼等を安全に養つてゐるだありませぬか。窮屈な不快な寒吏生活を罷めて、正々堂々と自由自在に、何か事業をおやりなさつたら何うです。活動は屹度衣食住を生み出すものです。何を苦しんで官費に可惜貴重な生命を固持する必要がありますか』 乙『お説は一応御尤もですが、吾々は悲しいことには父母の膝をかぢつて、小学、中学、大学と一通りの学問の経路を越え、学窓生活のみに日を送り社会一般の事情に通ぜず、又苦労をしたこともなし、今となつては乗馬おろしの様なもので、寒海を離れたならば、何一つ社会に立つて働く仕事がありませぬ。新聞記者にでもなるか、或は三百代言の毛の生えた如うな者になるより行り場のない厄介者ですからな』 甲『凡て人民の風上に立つ役人たる者は、何から何迄、之が一つ出来ないといふ事のない所迄、経験を積まねばならず、又人情にも通じてゐなくてはならない筈だのに、今日の官吏なる者は、凡て社会と没交渉で、何一つの芸能もなく、無味乾燥な法律学のみに頭を固めてゐるのだから、風流とか温雅とか、思いやりとかの美徳が備つてゐない。そんな連中が世話の衝に当つてゐるのだから、民衆が号泣の声も塗炭の苦しみも目に入らず耳に聞えず、世は益々悪化する許り、之では一つ天地の神の大活動を待たねば、到底暗黒社会の黎明を期待することは難しいでせう。あゝ困つた世態になつたものだなア』 乙『仮に私が官を辞し、民間に降るとすれば、どうでせう、何職業を選むべきでせうか。どうか一つ智恵を貸して頂きたいものですな』 甲『貴方到底駄目でせう。人に智恵を借つてやるよなことでは、何事業だつて、成功するものだありませぬよ。自分が自分を了解してゐられないのだから、……先づ……斯ういふと失礼だが……貴方の適業と云へば山賊でせう』 乙『これは怪しからぬ。私がそれ程悪人に見えますか。私も印度男子です。腐つても鯛、苟も納言の地位に登つた紳士の身であり乍ら、山賊が適任とは、余り御過言ではありますまいか』 甲『ハヽヽ、納言となれば何れ数百人の小泥棒を監督してゐられたでせう。さうすれば貴方は今日迄、立派な役人と表面上見えて居つても、寒賊の親分だ、寒賊が山賊になるのは、適材を適所に用ふるといふものです。あのオーラ山のヨリコ姫、シーゴー、玄真坊などを御覧なさい。堂々と山寨に立籠り、三千の部下を指揮し、王者然と控へてゐたではありませぬか。表面納言などと、こけ威しの看板を掲げ、レツテルを吊らくつて人民の膏血を絞り、賄賂をとり、弱者を苦しめ、強者の鼻息を窺ひ、且つ上長の機嫌を取り、女性的卑劣極まる偽善的泥棒を行つて居るよりも、シーゴーの様に堂々と泥棒の看板を掲げてやつてる方が、余程男らしいだありませぬか。今日の世の中は上から下迄泥棒斗りです。況して泥棒をせない官吏は一人もないでせう。人権蹂躙の張本、圧迫の権化、鬼の再来、幽霊の再生、骸骨の躍動、女房の機嫌取り、寒商の番頭などをやつてゐるよりも、幾数倍か山賊の方が男性的でせう、ハヽヽヽヽ。イヤ失礼、天性の皮肉屋、悪口屋ですから、何うぞ大目にみて下さい……イヤ大耳に聞いて下さい』 シーゴーは二人の話を、背をそむけ乍ら、耳をすまして聞いてゐた。そして時々微笑したり、溜息をついたり、或時は肩をそびやかしたり、平手で額口を打つたり、両方の手で顔を拭ふたり、頭を掻いたりしてゐた。そして彼シーゴーは自分が今迄、オーラ山でヨリコ姫を謀師とし、山賊の大頭目として豺狼の如き悪人輩を使役してゐたのは、余り良心に恥づる行動でもなかつた、印度男子の典型は俺だ、如何にも寒狸といふ奴、卑怯未練な小泥棒だ、到底俺の敵ではない。ヤツパリ俺は偉いワイ、三五教の梅公さまの威徳に打れて、神の道に改悛帰順を表したものの、今となつて考へてみれば実に惜しいことをした。最早六日の菖蒲十日の菊だ。併乍ら俺が偉いのではない、ヨリコ姫女帝の縦横の智略、権謀術数的妙案奇策が与つて力あつたのだ。ヨリコさま女帝も此話は耳に入つただろ、どうか自分と同様に心を翻へして呉れないか知らん。大黒主だつて大泥棒だ、勝てば善神、負くれば悪神だ。善悪正邪は要するに優勝劣敗の称号だ。なまじひ、菩提心を起し、宗教なんかに溺没したのは一生の不覚だつた。今の話で聞くと、宗教家だつてヤツパリ一種の泥棒だ。世の中に顔だとか、恥だとかいつて気にかけてるよな小人物では、生存競争の激烈なる現代に立つて、生存するこた出来ない。あゝ何うしたら可からうかな。一旦男の口から神仏に誓つて悔い改めますと云つた以上、此宣誓を撤回する訳にもいかない。それでは男子たるの資格はゼロになつて了ふ……と吐息をついてゐる。ヨリコ姫は微笑を泛べ乍ら、シーゴーの前に進み来り、 『村肝の心の空に雲立ちて 月日は暗に包まれにける。 右やせむ左やせむとシーゴーが 動く心の浅ましきかな。 男子てふものの心の弱きをば 今目のあたり見るぞうたてき。 惟神神のまにまに進みゆけ 救ひの舟に乗りし身なれば』 シーゴー『煩悩の犬に追はれて吾は今 あはや地獄に堕ちなむとせり。 うるはしき汝が言霊聞くにつけ 胸の雲霧晴れわたりける』 ヨリコ『み救ひの神船に乗りし吾々は 神のまにまに世を渡りなむ』 ヨリコ姫はシーゴーの手を執り、船舷に立ち、東方に向つて折柄昇る旭を拝し、梅公に導かれて宣伝の旅に着きたる事を感謝し、且天地に向つて次の如き誓ひを立てた。 『一、愛善の徳と信真の光に充ち智慧証覚の源泉に坐す天地の太祖大国常立大神の御神格に帰依し奉り、天下の蒼生と共に無上惟神の大道を歩まむことを祈願し奉る。 二、大祖神の宣示し給ひし惟神の大道を遵奉し、愛善信真の諸光徳に住し、大海の如き智慧証覚の内流を拝し、天下の蒼生と共に斯の大道を遵奉し、三界を通じて神子たるの本分を完全に保持し、神の任さしの神業に奉仕せむ事を祈願し奉る。 三、天下の蒼生を愛撫し、神業を完成し、厳瑞二霊の大神格を一身に蒐め、神世復古万有愛の実行に就かせ給ふ伊都能売神柱の神格に帰依し、絶対的服従の至誠を以て神業に参加し、大神の聖慮に叶ひ奉り、一切無碍の神教を普く四海に宣伝し、斯道の大本を以て暗黒無明の現代を照暉し、神の御子たるの本分を竭し奉らむ事を誓ひ奉り、罪悪の身を清め免るし給ひて、神業の一端に使役されむことを祈願し奉る』 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 07 武力鞘 第七章武力鞘〔一七〇九〕 ヨリコ姫は甲板に立つて、平和な湖面を打眺め、声も涼しく歌ふ。 『久方の大空高く聳えたるオーラの山は霞けり 常夜の暗もハルの湖うつ小波の音も清く 吾船舷に皷うつ千波万波の皺の湖 伸べ行く波切丸の上天より高く咲く花の 聖き御教を聞き乍ら彼方の岸に進み行く 心曇りしヨリコ姫も村雲はらす時津風に 心の暗を払はれて澄わたりたる湖の上 小鳥は千代を唄ひつつ翼拡げてアンボイナ 神に輝く頭上をば前後左右に飛びかへて 吾行手をば守る如見ゆるも床し波の上 大き小さき島々はパインの木蔭を宿しつつ 彼方此方に漂ひて眺めも清き今日の旅 忽ち来る夜嵐の猛びに船は中天に 捲き上げられて暗礁の苦難を逃れ玉の緒の 命を無事に保ちしも三五教に仕へたる 梅公の君の御恵神の稜威の目のあたり 顕はれませし尊さよ船は行く波は静に立並ぶ 魚鱗は静かにまたたきて天津日影を宿しつつ 世の太平を謳ふなり類稀なる師の君の 優しき言葉に導かれ根底の国を後にして 常磐の花咲く天津神鎮まりゐます御国へ 進みて行かむ心地こそ吾身此世に生れてゆ まだ例なき喜びの涙に袖はうるほひぬ あゝ惟神々々神の守らす此船は スガの港に渡るてふげにスガスガし吾心 何に譬む物もなし二八の春の花盛り 心の嵐吹きすさびよからぬ人と手を引いて 枉の醜業企らみつオーラの山の砦をば 千代の住家と定めつつ罪を重ねし悔しさよ 神の恵の浅からず吾身の運の尽きずして かくも目出たき神教に進み入りしは天地の 神の恵と畏みて朝な夕なに怠らず 其御徳を感謝しつ晴渡りたる胸の空 大日は清く照り渡り月影清く澄みきりて 星の瞬きいと妙に風は不断の音楽を 奏でまつりて神々の深き稜威を現はせり 時しもあれや大高島如何なる神の計らひか 下津岩根の底深くつき立ちたりと聞えしが 何の苦もなく見るうちに水泡と消えて跡もなく 其頂きに永久に立並びたる夫婦岩 俄に獣と身を変じ高き岩座相放れ 屠所に曳かるる羊なす憐な姿トボトボと 岩の虚隙を伝ひつつ猿捕荊に身を破り 或は転げ又倒れ頭を下に尾を上に 漸く磯辺に降りつき波を渡つて逃失せぬ あゝ惟神々々オーラの山に永久に 神を詐り世の人を欺き悩め吾威勢 四方に張らむと思ひしを思ひ返せば愚なる 企みとこそは知られけり遠き神代の昔より 常磐堅磐に此湖の光ともなり花となり 湖中の王と敬はれ万民憧憬の的となり 時めき渡りし岩島も忽ち天の時到らば かくも無残に失せにける之を思へば人の身は 尚更果敢なきものならむ大黒主の勢は 天地に貫く威あり共神の戒め下りなば 旭に霜の消ゆる如夏の氷の解くる如 はかなく消えむ惟神神の力の恐ろしや シーゴーの司は幸ひに神の大道に進み入り 曲の関所を乗越えて今は高天の花苑に 通ふ旅路となりにけり吾妹の花香姫 教の君に伴はれ千里の波濤を打渡り 万里の広野を跋渉して神の御為世の為に 尽さむ身とはなりにけり吾れも妹も惟神 尊き神に救はれて旭のただ刺す神国へ 勇み行くこそ嬉しけれあゝ惟神々々 神の御前に慎みて吾等が前途に幸あれと 天地に向つて願ぎ奉る畏み敬ひ願奉る』 花香姫『湖の面を飛び交ふ鳥の翼こそ 花か蝶かと見まがひにける。 大高島音さへ立てず湖底に 沈みしを見て世の移るをさとる。 うつり行く御代に扇の末広く 栄ゆる春の花香をぞ待つ』 シーゴー『島々は泰然自若波に浮くを 大高島の憐はかなさ。 行かひの船を悩めし岩島も あへなく失せて水泡となりぬ。 吾胸に巣ぐひし曲も岩島の あはれを見ては水泡ときえぬ。 天地の中はら渡る此船は 神の救ひの御梯とぞ思ふ。 常世行く暗を照せし島山も 今は根底に沈みけるかな。 高きより低きにおつる世のならひ 吾もオーラの山を下りつ。 水平の波漕ぎ渡る此船は 皇大神の御姿なるらむ。 惟神水平線を辷り行く 波切丸の姿勇まし』 梅公『見わたせば波間にきらめく御光は 千々に砕くる神影なるらむ。 四海波いとも静におさまりて 大高山の影だにもなし。 大高山雲間に高く波の上に うかびて人を悩ませにける。 日も月も大高山の頂きに 蔽はる悩みなきぞ嬉しき』 梅公、ヨリコ姫、花香姫、シーゴーは階段を下り、各自の船室に入つて肱を枕に横たはつた。デッキの上には色々の雑談が始まつてゐる。見るからに目のくるりとした色の黒い、一癖有さうな大男、十数人の船客の中に胡坐をかき傍若無人的に武術の自慢話をやつてゐる。 バラック『もし、お前さまは一見した所、中々の豪勇と見えるが、お角力さまですか、但しは武術家ですか』 ドラック『俺かい、俺は若い時や、角力も随分取つたものだ。そして日下開山横綱を、一度は張つたものだよ。ハルナの都の大相撲の時にや随分面白かつたね。十日の角力に十日迄地つかずで、大変な人気だつたよ。数万の見物人の血を躍らせた事といつたら、前古未曽有といふ評判だつた。お前も聞いて居るだらうが、日下開山ドラック山といふのは俺の事だ。之見玉へ、俺の腕は丸で鉄のやうだ。何程強い男でも、グツと一つ握るが最後、息がつまり胸がつかへ、青くなつて了ふのだ。そして物が云へなくなるのだ。余り力が強いので、どの力士も此力士もドラック山にかかつちや勝目がないといふので、終ひの果にや相手がなくなつたのだ。相手なしに一人角力とる訳にもゆかず、止を得ず力士を廃業して、今は剣道の師範兼柔術の師範になつたのだよ』 バラ『成程、いかにも強さうな腕つ節ですなア。併し乍ら夫程強いお前さまが、海賊の親分コーズが襲来した時に、なぜ彼奴をとつつめて下さらなかつたのですか。所謂宝の持ぐさりぢやありませぬか』 ドラ『其時にや、自分の船室で安楽な夢を見てゐたものだから、チツとも知らなかつたよ。腕がなつて、血が湧いて、相手がほしくつて、脾肉の歎にたえない俺だもの、海賊の親玉が襲うて来たと聞きや、どうして俺が見逃すものか。あとから、本当に人の噂を聞いて、取返しのつかない末代の損をしたものだと、心私かに悔んでゐたのだよ』 バラ『貴方の様な豪勇と同船して居れば、私も、此航海は安心致しますワ。之も全く神様の御恵だと感謝せざるを得ませぬ』 ドラ『ウン、何も心配はいらぬ。剣術は世界中俺に勝つ者は、マア、現代では一人もなからうよ。角力では、雷電為右衛門、小野川、谷風、梅ケ谷、常陸山位は束にゆふて来ても、てんで、角力にならぬのだからな。又剣道や柔術にかけたら、ゴライヤスに宮本武蔵、塚原卜伝、野見の宿弥に塙団右衛門、岩見重太郎、荒木又右衛門などが束に結て来ても足許へもよりつけぬのだから大したものだよ。併し乍ら余り強すぎて相手のないのも淋しいものだ。何とかして強い相手にブツつかりたいものだが、タカが海賊の親分位では、実際の事いふと、歯ごたえがしないのだからな』 バラックは呆気にとられ、怪訝な顔して舌をまいてゐる。大勢の船客はドラックの大法螺を真にうけ、肩をいからし乍ら豪勇談に興味を有ち、チクリチクリと膝をにじりよせ、何時の間にか、ドラックを取巻いて貝細工で作つた洋菊の花のやうにして了つた。 チエックといふ一人の商人風の男は恐る恐る、ドラックに向つて、 『モシ、先生それ程強いお方なら、世の中に恐るべき者は一つもないでせうな』 ドラ『そらさうだ。弓でも鉄砲でも、大砲でも何でも彼でも、俺にかかつちや駄目だ。此拳骨で、一つグワンと、此帆柱でもなぐらうものなら、根元からポクリと折れて了ふよ。それだから、天下に敵なしといふのだ。マア君達も安心し玉へ。俺が此船に乗つてゐる以上は、仮令千人万人の海賊が来たつて、屁一つひつたらしまひだ。ドラックの名を聞いてさへも縮み上つて了ふからな』 チエック『何とマア、私達は仕合せなものでせう。それ程力の強い、武術の達者なお客さまと同船するとは、全く先祖様のお手引でせう。安心して国許へ帰らして頂きます。本当に貴方は活神さまのやうなお方ですな。併し夜前コーズの頭目が此船に上つて来た時、うす暗がりの中から、繊弱い女が現はれて、恐ろしい海賊を、皆湖中へ投込んで了ひ、吾々の着物を取返して下さつたのは、本当に有難い事でした。あの方は貴方のお弟子ぢや厶いませぬか』 ドラ『ウン、総て少し手の利いた奴ア、皆俺の教育をうけてるのだ。余り沢山な弟子だから、スツカリ、顔も名も覚えてゐないが、月の国七千余国の武術家は皆俺の部下と云つても差支なからうよ。各取締所の捕手連は全部俺に剣術や柔術を学んだのだからな。そして其女といふのは何者だか、お前達は知つてゐるだらうな。名は聞いておいたか』 バラック『何でも天から俄に下つて来た女神さまが吾々の危難を救つて下さつたのだらうと、一般の噂だ。何程武術が達者だと云つても、人間なれば、女の分際として、あんな離れ業は出来ないからな』 チエ『それでも、バラックさま、暫くすると暗の中に現はれた美人と同じやうなスタイルの女が、甲板の上へあがつて来て、ヨリコ姫だとか何とか云つて、自分が助けたやうな事を唄つてゐましたよ』 バラ『ナアニ、人の手柄を横取せうと思ふ奴の多い時節だから、あんな事云つて、吾の信用をつながうとしよつた奸策だよ。今の世の中の奴ア、口では立派な強さうな事を吐す奴許りで、サア鎌倉となつたら、手足はガタガタ胸はドキドキ唇ビルビル、ヘコタレ腰になつて、逃げまわすといふ代物許りだからな。兎も角大言壮語のはやる時節だ。そして今日は昔と違ひ、……桃季物いはざれ共、自ら小径をなす……といふやうな、まどろしい事は誰も考へてゐない。自家広告を盛んにやる時節だから、お手際を拝見しなくちや、誰だつて信用するこた出来やしないワ、アツハヽヽヽ』 ドラ『コレコレ、バラックさま、俺の前で、そんな悪口をつくといふ事があるものか。お前は俺の最前いつた事を大言壮語だと思つてゐるのだなア。俺達は、言心行一致だから、決して嘘は云はないよ。嘘と思ふなら、一寸其腕を貸し玉へ、一つ握つて見せてやらう』 バラ『イヤもう、恐れ入りました。決して決して、お前さまを信用せないのぢやありませぬ。言心行一致のお前さまとは実に見上げたものだ。今日の世の中は口と心がスツカリ反対になつて居る者許りだから、せめて言心一致ならまだしもだが、詐と高慢との流行する悪社会ですからな』 ドラ『俺の豪勇たる事がお前達に合点がいつたとあらば許してやる。毛筋の横巾程でも、疑惑をさし挟むのなら、論より証拠言心行一致と出かけて、腕なり肩なり、一握り握つてみせてやる積だつたが、先づ骨の砕けるのが助かつて、お前も仕合せだつたよ、アツハヽヽヽ』 と傍若無人に笑ふ。 かく話す折しも数隻の海賊船、島影より現はれ来り、波切丸を前後左右より取囲み縄梯子を投げかけ、兇器を携へ乍ら、コーズが指揮の下に、数十人、バラバラと甲板に上つて来た。 チエ『ヤ、先生、海賊がやつて来ました。どうか天下無双の豪力を出して、海賊を懲しめて下さい』 バラ『サア、先生、今が先生のお力の現はれ時です。私もお手伝ひしますから、やつて下さいな』 ドラ『アイタヽヽヽヽ。あ、俄に腹痛が致し、腰が立たなくなつたワイ。運の悪い時や悪いものだ。エ、残念だな。肚さへ痛くなくば、海賊の百疋や千疋ひねりつぶしてやるのだけどなア』 とガタガタと唇を紫色に染て慄ひ戦いてゐる。 コーズは数十人の手下を指揮し乍ら、先づ甲板より逃げ惑ふ船客を引つつかまへて赤裸となし、ドラックも亦同様に、持物一切を掠奪され、赤裸にむかれて了つた。コーズは勢に乗じ、階段を降つて、船室に進み入つた。デッキの上は老若男女が右往左往に駆けまわり阿鼻叫喚の地獄道を現出してゐた。 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)