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(1800)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 05 壇の浦 第五章壇の浦〔六九七〕 金剛不壊の如意宝珠を始め、紫の玉の改めて納まりたる錦の宮を背景とせる聖地は何となく活気加はり、神人喜悦の色に満ち、神徳日に日にあがりつつあつた。端なくも黒姫が保管せる黄金の玉の何者にか奪取され、黒姫は責任を帯びて、夜窃に鷹依姫、竜国別、テー、カーの五人、思ひ思ひに聖地を後に、玉の行方を捜索に出でたる事、忽ち神人の間に喧伝され、又もや不安の念に駆られ、何となく物淋しき感じが聖地の空に漂うた。三五教の幹部を始め、信徒は此処彼処に頭を鳩め、此話にて持切りであつた。高姫は錦の宮の傍なる高楼に付属せる八尋殿に宣伝使及び信者を集め、一場の注意を与へむと演説会を開いた。 能弁家の高姫が此突発事件に対し如何なる事を言ひ出すやと、先を争うて立錐の余地なき迄集まつた。高姫は忽ち壇上に立上り、稍怒気を含み目を釣り上げながら、諄々と語り始めた。 高姫は満座を睥睨しながら、 高姫『皆さま、今日は能くこそ御出場下さいました。三五教に取つて一大事が突発致しましたに就ては、今後の注意は申すまでもなく、此処置に就て如何致したら宜しいか。神様の為、国の為、世界人類の為に由々しき大問題で御座います。と云ふのは、御存じの通り、広大無辺な御神徳に依りまして、一旦妾が神界の経綸上、腹に呑み込んだ顕国の御玉の一つ玉、金剛不壊の宝玉は、木の花姫様の御霊の懸らせ給ふお初さまの執成しに依つて、再び御神宝として此お宮に納まる事となり、モ一つの紫の玉は鷹依姫の改心帰順と共に、是亦錦の宮の宝物と相成り、曩に青雲山より運び来りし黄金の如意宝珠と共に、霊力体相揃ひ、いよいよ神政成就の機運到来疑なしと喜ぶ折しも、不注意なる黒姫がために、大切なる黄金の玉を紛失致しました事は、返す返すも残念で御座います。斯の如き大事変が突発して居るのに、皆さまは何ともないのですか。此噂は最早あなた方の耳には幾度も這入つて居る筈です。然るに今日まで妾の許に膿んだ鼻が潰れたとも云つて来た人がないのは、何たる冷淡な事で御座いませう。さぞ神様も諸君の至誠を御満足に思ぼ召すで御座いませう』 と棄鉢口調で八つ当りに当つて見せた。国依別は高姫の立てる壇上に立現はれ、 国依別『高姫さまに御尋ね致します。吾々は此の件に就て、寄り寄り幹部と協議を凝らして居るのですが、何分肝腎の黒姫様の行方が分らないので、如何してよいのか調べる事も出来ない。承はれば貴方は専横にも、独断的に黒姫以下四人を放逐されたと云ふ事だが、そりや又誰の聴許を受けてなされましたか。一応吾々幹部に対し御相談がありさうなものです。これに就ては何か裏面に伏在するのではありますまいか。どうぞ此席上に於て、吾々の疑惑を晴らす為に、詳細なる御報告を願ひます』 高姫『国依別さま、お黙りなさい。神界の事は俄宣伝使の巡礼上りのお前さまに、何うして分りますか。何事も神界の御経綸ですから、出る杭は打たれるとやら、チツトつつしみなされ』 国依別『これは怪しからぬ。これが如何して黙つてをれますか。又あなたが黒姫以下を勝手に処置する権能は何処にあります。玉照彦、玉照姫様の御神慮も伺はず、又教主の御意見も無視して、勝手気儘にそんな事をしても良いのですか。左様な事が貴方に出来るのならば、お二人の宮司も、教主も、幹部も必要はないぢやありませぬか』 高姫『妾はそんな肉体の云ふ事は聞きませぬよ。日の出神の生宮の御指図に依つて申上げたのだ。知慧や学で神界の御経綸が分るものですかい』 国依別『貴方は二つ目に神界々々と仰せられますが、大変に都合のよい隠れ場所を御持ちで御座いますなア。吾々に相談する必要がなければ、何故御招きになりました?』 満座の中より、 (聴衆)『国依別さま頼んますぜ。確り確り』 などと野次る者がある。 高姫『黒姫さまを決して逐出したのではない。妾が道理を説いて聞かし責任のある所を明かに示したのだ。そこで黒姫さまは自発的に尻をからげて玉の探索に行かれたのです。お前さま達もさうキヨロキヨロとして居る時ではありますまい。此広い世の中三人や五人探しに出た所で大海へ落した真珠の玉を探す様なものだ。何時も御道の為には生命も何も捧げると誓つて居るあなた方、此高姫が言はなくとも何故不言実行が出来ませぬか。まさかの時になつたら逃げる奴ばかりぢやと神さまが何時も仰有る。本当に神さまの御言葉は毛筋も違ひませぬ。サア皆さま如何なさる。決して黒姫さま許りの責任ぢやありますまい。国依別さま、あなたはまだ神界の事がテンで分つて居らぬ。自分の席にトツトとお下りなされ』 国依別『貴方は金剛不壊の玉の保管役と承はつて居りますが、大丈夫ですかな。余り他の事を云ふものぢやありませぬぞ。今日の非は他人の事、明日の非は吾事と云ふ事をちツとは御考へなさい』 高姫『何をツベコベと云ふのだい。此高姫が保管する以上は、どんな偉い者が来ても、指一本触へさすものではありませぬ。万一其玉が損失する様な事があるとしたら、二度とお目に掛りませぬワ』 と肩を四角にし、少し腮を前へ突出し、憎々しげに言ひ放つた。満座の中より、 (聴衆)『まさか違うたら呑み込むのだから大丈夫だよ。大方黄金の玉も呑んだのかも知れないぞ。国依別さま、シツカリ頼む』 と野次る。高姫益々語気を荒らげ、 高姫『千騎一騎の此場合、芝居見物か二十世紀の議会の様に、野次ると云ふ不心得者は誰だ。顔を隠して作り声をして、卑怯未練な。何故堂々と、意見があるなら高姫の面前へ現はれて仰有れ。卑怯ぢやありませぬか。たかが女の一人、一人前の男が其態は何の事だい』 と呶鳴りつける。満座の一同は手を拍つて、 (聴衆)『ワアイワアイ』 と笑ひさざめく。 高姫『皆さまは此席を何と心得て御座る。斯かる神聖な八尋殿に集まりながら、不届千万ではありますまいか。此高姫の云ふ事が気に入らねば、トツトと出て貰ひませう。沢山に頭数はごまめの様にあつても、どれ一つ間に合ふ者はない。なんと人民と云ふ者は情ないものだなア』 国依別『皆さま、高姫さまのお言葉が気に入らぬ方は、御註文通り御退場を願ひます』 大勢の中より、 (聴衆)『国依別さまの仰せの通り、気に入らぬ者に退場せよなら、残る者は高姫一人よりないぞ、それでも良いか』 と怒鳴りたてる。高姫は躍気となり、 高姫『神界の帳を切られても好ければ、トツトと出たが宜しい』 大勢の中より、 (聴衆)『お前さまに帳を切られても、神界から切られなければ宜しい』 と叫ぶ者がある。場内は忽ち喧々囂々、鼎の沸く如く、雀蜂の巣を突き破つた如くであつた。 此時言依別命は若彦、紫姫、玉治別と共に壇上に悠然として現はれた。 一同は拍手して言依別命を迎へた。今や散乱せむとしつつあつた数多の信者は、再び腰を下し、花形役者の言依別命が高姫に対する論戦の矢は如何にと固唾を呑んで待つ事となつた。言依別命は満座に向ひ、声も淑かに、 言依別命『皆さま、今日は高姫さまの招きに依つて御集合になつたさうですが、何か纏まつた御話でも御座いましたか』 と極めて平静の態度で、微笑を浮べながら、満座に問うた。座中より一人の男がスツクと立上り、 男『不得要領、何が何だか訳が分りませぬ。何だか黒姫さまが玉を奪られたとか云つて、ブウブウと私達一同に熱を吹かれるのですから、堪りませぬ』 言依別命『如何なる事かと思へば、黄金の玉の紛失事件ですか。それは少しも御心配はいりませぬ。何事も神さまの御経綸ですから、誰一人として神さまに対し不都合は御座いませぬから、御安心下さいませ』 高姫は口を尖らし、 高姫『コレコレ教主さま、あなたは何と云ふ事を仰有るのですか。三千世界を水晶にする誠の生粋の御玉を紛失しながら、肝腎の御方からそんな気楽な無責任なことを云つて如何なりますか。それだからあなたは変性女子の野良久羅者だと人が云ふのですよ。チツとは責任観念をお持ちなされ』 言依別命『世界を自由に遊ばす大神様が御守護の錦の宮、加ふるに玉照彦、玉照姫の神人が御守護遊ばし、且つ地は自転倒島の中心点、地の高天原の宮屋敷ではありませぬか。何事も皆神界のご経綸です。御心配は要りますまい。余り黒姫さまを御責になると、あなたも亦お困りになる事が出来ますぞ』 高姫『エー奴灰殻の柔弱な言依別、モウ愛想が尽きました。これから妾が此高天原を背負うて立つ考へだ。お前さまにも一つの責任がある。黄金の玉が再び手に入るまで教主の席をお辷りなさい。日の出神が高姫の口を藉りて申し付けるツ』 言依別命『私は教主の地位に恋々として居る者ではありませぬ。併し乍ら此聖地は貴女が教主になつて治まる所ではありませぬ。やがて貴女は黒姫さま同様、玉を探しに行かねばなりますまい』 高姫『エー何を仰有る。妾が今聖地を出ようものなら、サツパリ暗雲だ。終局には金剛不壊の宝珠も、紫の玉も、亦紛失するかも知れませぬぞ』 言依別命『万一其玉が紛失して居たら、貴女は如何なさいますか』 高姫『そんな事仰有るまでもなく、此高姫が一つよりない首を十でも二十でも進上致しますワイな。そんな間抜と思つて御座るのですか。チツト黒姫とは品物が違ひます。あんまり見違ひして下さいますな。お前さまは教主と云つても、ホンの看板も同然、斯んな所へ出て来る場合ぢやありませぬ。スツ込んで居なさい、空気抜けさま』 言依別命『あなたの保管して居られる玉を一寸此処で皆さまに拝ましてあげて貰ひたい。斯う云ふ人心不安な時は噂は噂を生み、金剛不壊の玉も、紫の玉も紛失したげな……と大変な評判が立つて居ますから………』 高姫『エー人間と云ふ者は仕方のないものだナ。天眼通でチヤンと見えて居る、決して紛失なんかして居ませぬ。直にお目に掛けます。折角妾が保管して置いた秘密場所を見せた以上は又場所を替へねばならぬ。どんな奴が信者に化けて這入り込んで居るか分つたものぢやない。妾は黒姫の様に松の木の根元へ隠し、毎晩々々、降つても照つてもお百度参りをして終局に人に嗅ぎつけられる様な拙劣な事はやりませぬワイなア、ヘン』 と稍軽侮の色を大勢の前に曝しながら、 高姫『皆さま玉を拝ましてあげる。目が潰れぬ様にシツカリとしなされ』 と云ひながら、八尋殿の畳を一枚剥り、中より恭しく桐の箱を取り出し、 高姫『皆さま如何です。斯う云ふ近い所に隠してあつても分りますまいがな。それだから灯台下は真暗がりと云ふのですよ。チツト身魂を研きなされ。言依別様、お前さまの命令した所とは違ひませうがな。お前さまの命令通り行つて居らうものなら、黒姫の様にサツパリな目に遇うて居るのぢや。サア蓋を開けて検めて御覧』 言依別命『どうぞ貴女開けて下さい』 高姫『さうだらうさうだらう。此玉は実地誠の御神徳がないと、何程教主でも、身魂の曇りが現はれて、恥しうて、面を向ける事も出来ませぬワイ。サア皆さま、目のお正月を為してあげるから、心の饑饉を起してはなりませぬぞや』 と得意気に、 高姫『サア此処に金剛不壊の如意宝珠の御宝、一つは紫の御玉、身魂が研けて居らぬと、玉石混同と云つて、石塊に見える人もありますよ。千里の馬も伯楽を得ざれば駑馬で終るとやら、皆さま、シツカリ眼を据ゑ、身魂を光らして御覧……否拝観なされ』 と口を一の字に結び、横柄な面付しながら、二三回玉箱を頭上に捧げ、静かに被覆を外し唐櫃の蓋を開けるや否や、顔色サツと蒼白色に変じ、舌を捲き、目を梟の如く円くし、肩を細く高くこぢあげ、首を半分ばかり肩に埋め、無言の儘立つて居る。 言依別命『高姫さま、立派な霊光が輝き給ふでせうなア』 国依別はツカツカと進み寄り、玉箱の中を覗いて見て、 国依別『ヤアこりや何だ。皆さま、玉と思ひの外、何時の間にか石に変つて居りますよ。これは誰の責任でせう。一つよりない首を沢山に渡さねばならぬ手品が見られようかも知れませぬ。とは云ふものの大変な事が出来致しました』 一同はアフンとして呆れ返るばかりであつた。紫姫は、 紫姫『モシ高姫さま、こりや又何うした訳ですか』 高姫『何うでもありませぬ。斯うして石に見えてもヤツパリ正真正銘の如意宝珠、お前さま達一同の身魂が悪いから、宝珠様が石に化けちやつたのだ。神さまは鏡も同様だから、皆さまの心が石瓦同然だから、皆さまの意の如く変化遊ばすのだ。それで如意宝珠と申します。……コレコレ如意宝珠様、さぞあなたは御無念でせう。せめて二三日か一週間、皆さま水行をしてお出でなされ。さうしたら本当の宝珠の御神体が拝めますよ』 大勢の中より、 (聴衆)『オイ、高姫さま、何程研いても、見直しても、石はヤツパリ石ぢやないか。此中に一人や半分、魂の研けた者がないとはいへまい。それに誰も玉ぢやと言ふ者がないぢやないか。お前さまはあんまり慢心が強いから奪られたのだよ。さうでなくばウラナイ教を再設する積りで、黒姫と申合せ、黒姫に黄金の玉を持つてフサの都へ先へ帰らせ、自分は残りの二つの玉を何々して謀叛を企むのだらう』 高姫クワツとなり、 高姫『誠一つの大和魂の日の出神の生宮に向つて、何と云ふ事を仰有る。サア此処へ出て来なさい。黒白を分けてあげるから』 大勢一度に、 (聴衆)『ウラナイ教、ウラナイ教の再設。……悪の道へ逆転旅行の張本人……』 と口々に呶鳴り立てる。高姫は烈火の様になつて、 高姫『エー残念々々、此腹を切つて見せてやりたいやうだ』 と壇上に地団駄を踏む。 言依別命『高姫さま、何事も神界の御都合でせう。先づ御安心なさいませ。御一同さま、此れには何か神界の御都合のある事と私は確く信じます。どうぞ鎮まつて下さい。責任は私が負ひますから……』 と淑かに宥める。一同は教主の挨拶に是非なく、ブツブツ呟き乍ら錦の宮に拝礼し、各家路に帰つて行く。 高姫は面を膨らし、石の玉箱を小脇に抱へ、夜叉の如き相好を寒風に曝し乍ら、己が居宅へ一散走りに帰り行く。傍の榎の枝に烏が二三羽、寒風に揺れ乍ら、枝の先にタワタワと波を打ち、空中に浮つ沈みつ『阿呆々々』と鳴き立てて居る。 (大正一一・五・二五旧四・二九松村真澄録)
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(1801)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 06 見舞客 第六章見舞客〔六九八〕 高姫はすごすごと我家に帰り頭痛がするとて臥床に入り捩鉢巻の大発熱、大苦悶。遠州、武州は種々と介抱に全力を尽して居る。玉治別は妻のお勝と共に高姫の病気と聞き、見舞のために訪ねて来た。玉治別は庭の表に立ち働いて居る遠州に向ひ、 玉治別『遠州さま、承はれば高姫さまには少しお塩梅が悪いと聞きましたが、御様子はどうですかナ』 遠州『ハイ、この間八尋殿で演説をなさつてから肝腎のお宝が石に化けて居つたとか云つて、怒つて溜池の中に放り込まれました。それから気分が悪いと云うてお寝みになつたきり、毎日日日玉々と、囈語ばつかり云うて居らつしやいます。誠に困りものですよ』 玉治別『何うか差支なくば、玉治別夫婦がお見舞に参つたと、伝へて下さい』 遠州『承知致しました』 と奥に入り耳許に口を寄せて、 遠州『高姫様、玉治別の宣伝使がお見舞に見えました』 高姫は人事不省に陥りながらも、玉の一声にふつと気がつき、 高姫『何、玉が出て来たと、そりや結構だ。早く見せてお呉れ』 と起き上つた。遠州は玉ではない、玉治別が来たのだと実を明かせば、又もや高姫が落胆して重態に陥る事を案じ、何気なう、 遠州『ハイ、玉がお出になりました』 と皆まで云はさず、高姫は、 高姫『早く此処へ持つてお出で』 遠州は、 遠州『ハイ』 と答へて表に出で、 遠州『玉治別さま、お勝さま、どうぞ奥へお通り下さいませ。高姫様が大変お待ち兼ねで御座います』 玉治別はお勝と共につと奥に進み入り、見れば高姫は真赤な顔をしながら捩鉢巻の儘病床に坐つて居る。 玉治別『高姫様、承はりますれば御病気との事、何うかとお案じ申しましてお訪ねに上りました』 高姫『別に私は、病気なんかありませぬが、つい癇癪玉がつき詰めて熱が出たのです。常に健康なものが偶に寝ると、大変な噂が立つと見えます。ヤアもう大丈夫です』 お勝『毎度夫がお世話になりまして、一度お訪ね致さねばならないのですが、つい御無礼を致しました』 高姫『お前さまが玉さまの奥さまかい。ほんに可愛らしい御器量のよいお方だこと、玉治別さまもお仕合せな事ですワイ。時に玉治別さま、皆さまは如意宝珠の玉の紛失に就て、どう云うて居られますかな』 玉治別『いやもう種々の噂で御座います。高姫さまが独断で黒姫さまを追ひ出し遊ばしたが、人を呪はば穴二つ、自分も亦玉で失敗して何処かへ逃げ出さねばなるまい、と云つて居る人もあり、中には如意宝珠は決して紛失して居ない、吾々の身魂が曇つて居るから石に見えたのだと云ふ人もあり、一方には何うも言依別命様の御処置が手ぬるいと云つて居る方もあります。つまり百人が百人、種々の意見を立てて騒いで居ますよ』 高姫『私は誰が何と云うても此処は動きませぬよ。三千世界の救ひ主の日の出神の生宮が離れて、どうして御経綸が成就致しますか。大神さまは日の出神の生魂を地と致して三千世界を助けると、お筆先にまで書いて示して御座るのだから』 玉治別『大変な御決心で結構ですが、併しあの玉が若し紛失して居たら、貴女の責任上どうするお考へですか』 高姫『青二才の分際で、そんな事までお構ひなさるには及びますまい』 玉治別『何程青二才だつて、やつぱり私も宣伝使の一人、参考までに聞いて置かねばなりませぬ』 高姫『若い人達の聞く事ぢやない。お前達は兎に角神様のお話さへして居ればよいのだ。私等とはお顔の段が違ふのだから。それについても言依別も何とかして大勢の者に云ひつけて、宝の在処を探して下さりさうなものぢやに、エヽ辛気臭い事だ。玉照彦さまも、玉照姫さまも何程立派な神様だとか云うても、何分年が若いものだから、こんな時には仕方がない。アヽ頭が痛くなつて来た。もう玉治別御夫婦帰つて下さい。私が本復の後、篤と皆さまに分るやう、千騎一騎の活動を遊ばすやうに一伍一什の因縁を説いて聞かして上げます。此頃の聖地の方々は薩張り桶のたががゆるんでしまつて、誰も彼も蒟蒻の幽霊見たやうな空気抜けばかりぢや、さうだから結構な玉を全部盗られて仕舞ひ、平気の平左でポカンとして為す所を知らずと云ふ腑甲斐ない為体、私は思うても腹が立ちますワイな。玉治別さま、お前さまも、ちつと此玉の事に就て御心配なさつては何うだい。宇津山郷の蛙飛ばしの蚯蚓切り、薯の赤子を育てるのとは、ちと宣伝使は六ケ敷いですよ。貴方第一チヨカ[※「チョカ」とは行動が軽いこと。]だから此玉探しに率先して、もう今頃にや何処かに飛んでいつてゐらつしやると思うて居たのに、気楽さうに夫婦連れで、ぞろぞろと昼の真最中に何の事だいな、ちと確りなさらぬか。人間の家は女房が肝腎ぢやぞえ。これお勝さまとやら、お前さまがこの玉治別さまを、ちつと鞭撻せなければならぬぞえ。千騎一騎の此の場合に、何を迂路々々と間誤ついて御座るのぢやい』 玉治別『高姫さま、貴女は人を責むるに急にして己を責むると云ふ事は知らないのですか』 高姫『そんな事は疾うの昔に知つて居りますワイな。よう考へて御覧なさい。金剛不壊の宝珠の玉や紫の玉は、謂はば一旦私の身の内のもので、私の御魂同然だ。腹の中から吐きだしたのと、吐き出さぬだけの相違ぢやないか。アヽこんな事なら腹に呑んでさへ居れば、こんな不調法は出来やしまいのに、お前さまが仕様ない木挽の杢助やらお初のやうな阿魔つちよを引張つて来て高姫の腹から吐き出さしたりするものだから、こんな事になつたのだ。この大責任は元を糺せば、玉さま、お前が負はねばならぬのだ。その次に杢助の娘のお初、是でも口答へをするならして見なさい』 玉治別『高姫さま、怪しからぬ事を仰有います。玉を吐き出したのと此度の紛失とは別問題ぢやありませぬか。さう混淆にせられては聊か私も迷惑致します』 高姫『其理屈が悪いのだよ。お前さまは謂はば新米者の端役人ぢや。私は日の出神の生宮ぢや、同じ宣伝使にしても天と地との懸隔がある。私を失敗らしてお前さまは平気で見て居る気か。私の失敗は謂はば三五教の自滅も同然ぢや。お前さまが一人や二人失敗つたつて、決して三五教に影響を及ぼすものでない。兎も角大責任を自覚し私が盗りましたと云うて責任を帯び、一先ず此場のごみを濁しなさい。その間にこの高姫が天眼通で在処を探し、お前さまの無実を晴らし、さうして玉治別さまは立派な人だと云はれて信用が益々あがつて来る。神さまに仕へるものは、これ位な犠牲的精神がなくては駄目ぢや、それが出来ないやうな事なら宣伝使を返上なさいませ。なアお勝さま、私の云ふ事が無理ですか、無理なら無理とハツキリ云うて下さい』 と稍精神に異状を帯びたせいか、勝手気儘な理屈を吹き出す。 玉治別『まアまア高姫さま、お鎮まりなさいませ。貴女は少し許り逆上して居ますから、病気の害になると済まぬによつて、今日は一先づお暇致します』 高姫『これこれ、此重大なる責任を此高姫に塗りつけようとするのか。大方お前さまがそつと何々したのぢやなからうかな。何うも素振が怪しいぞえ』 玉治別『病人だと思うてあしらつて居れば余りの事を云ひなさる。これから私も言依別の教主さまにお届けして来ます』 高姫『言依別が何ぢやいな、あれは言依姫の婿ぢやないか。謂はば私の妹の婿で私の弟も同然だ。真の日の出神の憑つた高姫を措いて、あんな者に何を云つたつて埒が開くものかい。あれは知慧と学とで、人間界では一寸豪さうに見えるが、神の方から云へば赤坊みたやうなものぢや。なぜ高姫の云ふ事を聞きなさらぬのかい』 と目を三角にして睨みつける。お勝は悔し涙に堪へ兼ねて其場に泣き倒れる。 高姫『泣いて事が済むなら易い事だ。私でも泣きたいけれども神政成就の御宝の行方を探す迄は、そんな気楽な、泣いてをれますか。大きな口を開けて、わあわあと泣くお前さまより、ぢいつと耐へて気張つて居る高姫の方が何程苦しいか分りませぬぞえ』 玉治別『兎も角今日はお暇を致します。ゆつくりと思案して御返事に参ります』 高姫『どつこい、夫婦の者、此解決がつく迄一寸も動いてはなりませぬぞや』 玉治別『はて迷惑の事だ。お勝、どうしようかなア』 お勝は又もや大声を上げてオイオイ泣き出した。高姫は枕許の金盥を爪でガシガシと掻き鳴らし乍ら、もどかしさうに、 高姫『あゝ玉が欲しい。玉が欲しい。玉はやつとあつてもがらくた人間のどたま計りで仕方がない。よう是だけ蒟蒻玉が集まつたものだ、これ確り……玉さま……せぬかいな』 と金盥をもつて玉治別の頭をガンとやつた。玉治別は、 玉治別『困つた事になつたものぢや、云ふ事が薩張支離滅裂、到頭魂が抜けて発狂して了つた』 と呟くを聞き咎めて、高姫は口を尖らし、 高姫『何、私が発狂したと見えますか』 玉治別『八(発)狂と嘲弄ふ貴女は、非常に九(苦)境に陥つて居るやうに見えますワイ。アハヽヽヽ』 と焼糞になつて高笑ひをする。高姫はムツと腹を立て、 高姫『長上に対して無礼千万なその振舞』 とあべこべに、頭をこづいた方から無礼呼はりを浴びせかけられ、玉治別はお勝の手を取り、 玉治別『サアお勝、長坐は畏れぢや、気の鎮まる迄家に帰らう』 と此場を見捨てて表へ駆出した。高姫は狂気の如く奥の間で怒鳴つて居る。 高姫の病気と聞いて見舞にやつて来た杢助は、お初の手を引き、門口で玉治別夫婦にベツタリ出会し、 杢助『ヤア、先生か』 玉治別『杢助さまか、お初さま、ようお出なさいました』 杢助『高姫さまの様子は何うですか』 玉治別『いやもう大変です。カンと叩られて来ました。大変に、私やお初さま始め、杢助さまを恨んで居ますよ。用心なさい、又カンとやられちや耐りませぬからなア』 杢助『テンと訳が分りませぬなア』 玉治別『別に勘考せいでも奥へお出になれば分ります。一寸私は急ぎますから、お先へ御免蒙ります』 と云ひながら女房のお勝と共に、慌しく吾家をさして帰つて行く。 (大正一一・五・二五旧四・二九加藤明子録)
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(1802)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 07 囈語 第七章囈語〔六九九〕 高姫は一生懸命精神錯乱状態になつて、熱に浮かされ猛虎の如く、咆哮怒号の声屋外にビリビリと響いて来た。遠州、武州は驚いて奥へ駆け入つたり表へ出たり、手の施す所も知らず、 武州『オイ遠州、何うしよう。大変ぢやないか。大変々々』 と狼狽へ廻つて居る。 杢助はお初の手を引きながら門の戸をがらりと開け、悠々と入り来り、 杢助『オイ、遠州、武州、何を騒いでゐるのだ』 遠州『あの声を御聞きなさいませ、刻々と鳴動がきつくなります。浅間山が爆発するのか、高姫山が破裂するのか知りませぬが、大変な騒動が始まりかけて居ます。何処へ避難したらいいかと思つて、周章狼狽の体で御座います』 杢助『アハヽヽヽ、如何にも偉い鳴動ですな』 遠州『何と云つても三十八度と四十度の間を昇降してゐる熱ですから、随分偉い煙も吐き出します。側に居られた態ぢやありませぬ。何卒貴方、鎮めて下さいな』 杢助『この鳴動は大森博士[※「大森博士」とは当時の有名な地震学者・大森房吉(1868~1923年)のことだと思われる。]だつて、如何することも出来はしない。併し杢助が一つ鎮魂をして鎮めて見ませう』 とお初と共に高姫の病床に進み入つた。 高姫は金盥の底をガンガン叩きながら、起ちつ坐りつ捩鉢巻になつて暴れ狂うてゐる。杢助は両手を組み、一、二、三、四、……………と天の数歌を静かに唱へ、ウンと一声指頭より霊光を発射し、高姫の面を照した。高姫は漸く鎮静状態に復し、バタリと床の上に倒れ、肩で息をしながらウンウンと唸つてゐる。杢助は高姫の肩を撫で擦りながら声低に、 杢助『モシモシ高姫さま、大層御苦しみと見えますが、何事も神様のなさることでせうから、決して決して御心配のなきやうに、気を確に持つて下さい。言依別の教主様も至極平気で居られますから』 高姫は此声にムツクと立上り、杢助の胸倉を矢庭にグツと引掴み、肩をいからし声を震はし、歯ぎしりをキリキリと言はせながら眼を釣上げ、 高姫『お前は杢助ぢやないか、仮令言依別が何と云つても、大事の大事の結構な玉を紛失致したのは、神政成就の為には大変な大失策だ。これと言ふのも貴様がお初を伴れて来て、高姫の生宮から無理に引張り出さしたその為に、斯んな目に遇うたのだ。私もそれから何となく変になり、斯んな病気になつたのも、みんな杢助、お前の為だ。神政成就の妨害を致す大曲津奴が。大方八岐の大蛇が化けて居るのだらう。サア白状致して玉の在処を知らせよ。さうでなければ何処までも放しは致さぬぞや』 杢助『高姫さま、それは偉い迷惑、マア悠くりと気を落着けて冷静になつて下さい』 高姫『何ツ、迷惑と申すか。お前の迷惑は小さいことだ。大神様を始め世界万民の迷惑ぢや。第一この高姫が起つても坐ても居られぬ迷惑な目に遇うてゐる。サア、キリキリと白状致せ』 杢助は高姫の手を強力に任せグツと放した途端に、高姫はどんと仰向けに倒れ、口から蟹のやうに泡を吹き飛ばし、前歯の抜けた口を斜交に開いて、頻りに何事か言はむと上下の唇をたたいている。 お初『小母さま、決して御心配なさいますな。その玉は神様の御手に御預り遊ばして御座るから、神政成就の妨害にはなりませぬ。三個の玉は有形です、そのために皆様はモツト立派な無形の玉を一個宛頂きましたから、御安心なさいませ』 此声に高姫は気がつき、 高姫『ヤア、お前はお初ぢやな。小豆のやうな態をして、ようツベコベ囀る奴ぢや。私の玉を叩き出した曲者、サア、もう斯うなる上は此高姫が承知致さぬ』 と飛びかからうとする。お初は体をヒラリと躱し、 お初『小母さま、気を落着けなさい』 高姫『何ツ、猪口才な、ゴテゴテ言はずにすつこんで居れ。大方貴様が玉を盗んだのであらう。サア、日の出神の生宮が承知致さぬ』 と又もや飛びかかる。お初は右へ左へ胡蝶の飛び交ふ如く、ヒラリヒラリと高姫の鋭鋒を避けて居る。門口にはテルヂー、雲州の二人、高姫の病気危篤と聞いて見舞にやつて来たと見え、 テルヂー『これ遠州さま、一寸開けて下さい。テルヂー、雲州の両人だ』 遠州は此声にガラリと戸を引き開け、 遠州『ヤア、よく来て下さつた。大変に大将の病気が、変になつて来たので困つてゐるのだ』 雲州『変になつたとは何うだい。危篤と云ふのか』 遠州『時々高姫山が鳴動をするので危険でたまらないのだよ。人事不省の高姫山、うつかり踏査でもしようものなら、山と共に奈落の底まで陥落するか分つたものぢやない。今も玉治別さまがカーンとやられて、遁げ帰らしやつたとこだ。気がついたら又俺から篤りと云うて置くから、帰つたがよからうぞ』 テル『折角此処まで来たのだから、御顔だけでも拝見して帰らうか。なア、雲州』 雲州『危険区域だと云つて退却するのは男子の本分ではない。これも修行のためだ、一つ踏査することにしようかい』 と遠州の止むるをも聞かず、無理に奥の間に進み入つた。 高姫は火の如き顔色に眼を釣り、拳を固めて六歳のお初目蒐けて追ひかけてゐる。杢助は此の騒ぎを他所事のやうに煙草をくすべながら、師団演習の観戦でもしてゐるやうな調子で泰然と構へてゐる。二人の姿を見るより、高姫は、 高姫『ヤー、お前はテルヂーに雲州ぢやないか。貴様は元が小盗人だから、大方あの玉を盗みよつたのだらう。サア、了簡せぬ。早く此処へ玉を吐き出せ』 と雲州の素首をグツと捻ぢ、畳に摺つけ、 高姫『サア、吐け吐け』 と高春山でお初の玉吐せを見てゐた高姫は、同じ流儀に倣つて腰を滅多矢鱈に叩きつける。 雲州『アイタヽ、ウンウン。モシモシさう叩いて貰ひますと、尻からプン州や、ウン州が出ますワイなア。オイ、テルヂー、早う俺を助けて呉れぬかい』 高姫『貴様は身魂が悪いから尻から吐くのだらう。コラ、今デルジリと吐かしただらう。早く尻を出せ』 杢助は強力に任せ、高姫の素首をグツと握つて、猫を抓んだやうに引提げ、ポイと蒲団の上に抓み下した。 又もや高姫は発熱甚だしく、ウンウンと苦悶の声を上げながら、床上に力なくグタリと倒れて囈語を始めた。 高姫『三五教の変性男子様の結構な教を、変性女子がワヤに致して盗つて了はうとするので、これは何でも系統の高姫が、一つ腰を入れねばなるまいと黒姫を説き諭し、青彦や魔我彦に言ひ聞かして、到頭ウラナイ教を樹てて、神政成就の御用を致さうと思ひ、日の出神の生宮が現はれ、黒姫には竜宮の乙姫様が引添うて、御守護遊ばすなり、力一杯変性女子の悪の守護神に敵対うて見たところが、思うたよりは立派な身魂で、ミロクさまのやうな素盞嗚尊ぢやと感心して、それから心を改め三五教へ帰つて、手を引合うてやらうと思へば、奴灰殻の学と智慧とで固まつた言依別命が教主となり、又もや学と智慧とで此世をワヤに致さうと致すに依つて、アヽ三五教も駄目だ、私が三つの玉を呑み込んで、再びウラナイ教を樹てて見ようと、心の底で思つて居つた。それ故黒姫に黄金の玉の御守をさして置いたのに、彼奴は莫迦だから到頭八岐の大蛇の眷属に奪られて了ひよつた。アヽ残念ぢや。三つの御玉が一つ欠けた、何うしよう、斯うしようと気が気でならず、到頭黒姫を鞭撻つて玉探しに出したが、これでは雲を掴むやうな頼りのない話。併しながら此の高姫が保管して居る二つの玉さへあれば、何うなり、斯うなりと、神様に対して高姫が変性男子の御用継ぎを致せると思うて居つたら、其の二つの玉も大蛇の乾児に、何時の間にか盗られて了ひ、今は蟹の手足をぼがれたやうな悲惨な事になつて了つた。 これと云ふのも言依別命が、余り物喰ひがよいので、何でも彼でも塵芥を、此の聖らかな神様の御屋敷へ引張り込むものだから、斯んな縮尻が出来たのだ。エーもう仕方が無い。併し此の玉は遠くは行くまい。何れ未だ近くに隠してあるに違ひない。さうでなければ誰かが呑み込んでゐるのかも知れぬ。仮令死んでも、火になつても蛇になつても、此の三つの玉を取返さねば置くものか。エーエー残念や、口惜しや、ウンウンウン』 と千切れ千切れに自分の腹の底まで白状して了つた。 之を聞いた杢助、お初、テルヂー、遠州、雲州、武州は目と目を見合はし、高姫の腹の中の清からざりしに肝を潰してゐる。 高姫の大病と聞きつけて、次から次へと見舞客は踵を接し、門口は非常に雑沓を極めた。されど杢助は深く慮るところあり、高姫の囈語を大勢に聞かせては大変と、遠州、雲州に堅く言ひつけ面会を謝絶せしめつつあつた。此処へ国依別は駿州、三州を伴ひやつて来た。 国依別『コレコレ遠州さま、高姫さまの御病気は如何です。些とよい方ですか』 遠州『善とも悪とも、テンと見当がつきませぬ。善いと思へば悪い、悪いと思へば善い、到底凡夫の吾々、見当の取れぬ仕組と見えますワイ』 国依別『コレコレ遠州さま、今日は教理のことをたづねに来たのぢやない。御病気は如何と云ふのだよ』 遠州『病気ですかい。御病気は矢張身体の機械が、どつか破損したのですなア。随分奇怪千万な病気ですよ。何でも彼りや憑いてますなア』 国依別『誰がついて居るのだ。看護婦は何人位居るか』 遠州『何分日の出神さまの生宮ですから、神主もそれはそれは沢山居るでせう。人間の目には根つから見えませぬなア。死虱とか云つて、随分観音さまが沢山、御守護してゐらつしやいますワ』 国依別『莫迦云ふない。オイ、駿州、三州、斯んな奴に相手になつて居つても、とんと要領を得ない。サア、奥へ強行的進軍だ』 と行かむとする。遠州は両手を拡げ、 遠州『アヽ国さま、駿、三、マア待つて下さい。杢助さまが喧ましいから』 国依別『なに、杢助さまが来てゐるのか。そんなら猶の事、這入らねばなるまい』 遠州『今お前達が這入ると病気は益々危篤になると云つて、杢助さまが心配して御座つたので、軈て御臨終も近寄つただらう』 国依別『それほど危篤に陥つて御座るのなら尚更の事だ。何うしても御目にかからねばなるまい。其処除け、邪魔ひろぐな』 と突き除け刎ね除け進み入る。見れば高姫は、杢助に抱かれて、スヤスヤと睡つてゐる。 国依別『アヽお初さま、杢助さま、皆さま、大変に御苦労でした。御様子は何うですな』 杢助『ハイ、案じられた容態で困つてゐます。精神錯乱と見えて取止めもないことを口走るので、実のところは面会謝絶をしてゐたのです。併しよう来て下さつた。到底もう駄目でせう』 と絶望的悲調を帯びたカスリ声で、力なげに答へる。 お初はニコニコしながら、 お初『何れも方、御心配下さいますな。これには深い様子のあることでせう』 斯る処へ言依別命は、言依姫、お玉の方、言照姫、紫姫、若彦を伴ひ、病気見舞のために此処に現はれ、枕頭に座を占め、天津祝詞を奏上し、天の数歌を唱へて恢復を祈つた。 (大正一一・五・二五旧四・二九外山豊二録)
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(1806)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 11 黄金像 第一一章黄金像〔七〇三〕 向脛を擦り剥き、顔を顰めながら清泉の岩壺より這ひ上りたる金助は、スマートボール、カナンボール、銀、鉄、熊、蜂の顔面の擦過傷や茨掻きの傷を眺め、 金助『アー誰も彼も負傷せないものは一人もないのだな。斯んな事があらう道理がない。如何しても吾々の行動に良くない点があるのだらう。バラモン教の大神様の為に所在最善の努力を費してゐる吾々七人が七人乍ら斯んな目に遇ふと云ふのは、全く神様の御神慮に叶はないのかも知れない。但しはバラモン教の神様の御精神かも分らない。何が何だか一向合点が行かぬ。併し乍らバラモン教の本国に於ては、真裸体にして茨の中へ投り込まれ、水を潜り火を渡り、剣の刃渡り、釘を一面に打つた下駄を穿くと云ふ事が、最も神様を悦ばしめる行となつてゐるさうだ。自転倒島では、そこ迄の事は到底行はれないから、今のバラモン教は荒行は全然廃されてゐる。併し乍ら此通り惟神的に、皆が皆まで血を出したと云ふのは、或は御神慮かも知れない。併し乍ら天地の神の生宮たる肉体を毀損し、神霊の籠つた血液を無暗に体外へ絞り出すと云ふ事は、決して正しき神業ではあるまい。之を思へばバラモンの教は全く邪教であらう。嗚呼吾々も今迄は善と信じて、斯かる邪道に耽溺してゐたのではなからうか。バラモン教が果して誠の神なれば、鷹鳥姫を言向和す出征の途中に於て、斯んな不吉なことが突発する道理がない。それに就ては昨夜の夢、合点の行かぬ節が沢山にある。自分の心より美人を生み、極楽世界を拓き、又鬼を生み、地獄、餓鬼道、修羅道を現出すると云ふ真理を悟らされた。此処は鷹鳥山の深谷、三五教の神様のわが身魂に降らせ給うて、斯様な実地の教訓を御授け下さつたのであらう。アヽ有難し、勿体なし、三五教の大神様、今迄の罪を御赦し下さいませ。惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じてゐる。六人は傷だらけの顔を互に見合せ、 六人『ヤー、お前は如何した。オー、貴様もえらい傷だ』 と互に叫びながら、金助の前に期せずして集まり来り、金助が懺悔の独語を聴いて怪しみ、首を傾け凝視めてゐる。金助は忽ち神懸状態となり、四角張つた肩を、なだらかに地蔵肩のやうにして了ひ、容貌も何となく美はしく一種の威厳を帯び断れ断れに口を切つた。六人は、 六人『ハテ不思議』 と穴の開く程、金助の顔を打眺めて、何を言ふかと聴耳立てた。金助は口をモガモガさせながら、 金助『天上天下唯我独尊』 と叫んだ。カナンボールは、 カナンボール『オイ金助、ちと確りせぬかい。たかが知れた魔谷ケ岳の山賊上りのバラモン信者の身を以て、天上天下唯我独尊もあつたものかい。三十余万年未来の印度に生れた釈尊が運上取りに来るぞ。ハア困つた気違ひが出来たものだ。オイ銀公、清泉の水でも掬うて来て顔に打掛けてやれ。まだ目が覚めぬと見えるワイ』 銀公『あんな黒い水を掬つて来ようものなら、手も口も、真黒けになるぢやないか』 カナン『まだ夢の連続を辿つて居るのか。よく目を開けて見よ。水晶のやうな水が、ただようてゐる』 銀公『それでも貴様、一度真黒けの黒ン坊に染まつて了つたぢやないか』 カナン『それが夢だよ、俺達の顔を見よ。どつこも黒いところはないぢやないか。貴様は目を塞いでゐるから、其辺中が闇く見えるのだ。確りせぬかい』 と平手でピシヤツと横面を撲つた途端に、銀公は初めてパツと目を開き、 銀公『アヽ、矢張夢だつたかなア』 金助『此世は夢の浮世だ、諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、如是我聞、熟々惟るに宇宙に独一の真神あり、之を称して国祖国常立尊と曰ふ。汝一切の衆生、わが金言玉辞を聴聞せよ。南無無尽意菩薩の境地に立ち、三界の理法を説示する妙音菩薩が善言美詞ゆめゆめ疑ふ勿れ。風は自然の音楽を奏し、宇宙万有惟神にして舞踏す。天地間一物として真ならざるはなし。惟神霊幸倍坐世、帰命頂礼。天上三体の神人の前に赤心を捧げ、心身を清浄潔白にして幽玄微妙の真理を聴聞せよ。吾は三界に通ずる宇宙の関門普賢聖至の再来、今は最勝妙如来、三十三相顕現して観自在天となり、阿弥陀如来の分身閻魔大王地蔵尊、神息総統弥勒最勝妙如来と顕現す。微妙の教旨古今を絶し、東西を貫く。穴かしこ、穴かしこ、ウンウン』 と云つた限り身体を二三尺空中に巻揚げ、得も言はれぬ美はしき雲に包まれ、山上目蒐けて上り行く。其の審しさにスマート、カナン其他四人は後見届けむと尻ひつからげ、荊蕀茂る谷道に脚を引掻きながら、山の頂指して登り行く。六人は鷹鳥山の頂に登り着いた。 金助は忽ち黄金像となり、紫磨黄金の膚美はしく、葡萄の冠を戴きながら、咲き乱れたる五色の花の上に安坐してゐた。 銀公『ヤー此奴は金助によく似て居るぞ。金助は其名の如く、全部黄金に化つて了ひよつた。オイ皆の者、これだけ黄金があれば大丈夫だ。六人が棒を作つて帰り、分解して各自に吾家の財産とすれば大したものだぞ』 鉄『まだそれでも目がギヨロギヨロ廻転し、口がパクツイてゐるぢやないか。こんな未成品を持つて帰つたところで、中心まで化石否化金してゐない。暫らく時機を待つて、うまく固まるまで捨てて置かうぢやないか』 カナン『一時も早く持つて帰らなくちや、鷹鳥姫の部下に占領されて仕舞ふ虞れがある。コリヤ魔谷ケ岳の或地点まで担いで往かう。さア、早く用意をせい』 熊、蜂の両人は携へ持つた鎌にて手頃の木を伐り棒を作つてゐる。スマートボールは此の坐像の周囲をクルクル廻り、指頭を以つて抑へながら、 カナンボール『ヤーまだ少し温味があり、血が通うてゐるやうだ。こんな化物を迂濶り担ぎ込まうものなら、どんな事が起るかも知れない。オイ皆の奴、此儘にして帰らうぢやないか』 金の像(金助の像)『貴様等は執着心の最も旺盛な奴輩ぢや。この金助が化体を一部たりとも動かせるものなら動かして見よ。宇宙の関門最勝妙如来が坐禅の姿勢、本来無一物、色即是空、空即是色、一念三千、三千一念の宇宙の理法を知らざるか。娑婆の亡者共、吾こそは今迄の匹夫の肉体を有する金助に非ず、紫磨黄金の膚と化したる三界の救世主であるぞよ』 カナン『ヤー愈怪しくなつて来た。訳の分らぬことを言ひ出したぞ。オイ金助、モツト俺達の耳にもわかるやうに言つて呉れ』 金助の像『宇宙一切、可解不可解、凡耳不徹底、凡眼不可視』 カナンボール『ますます訳の分らないことを云ふぢやないか。オイ金州、洒落ない。貴様は何故元の金助に還元せないのだ。何程貴い黄金像になつて見たところで、身体の自由が利かねば仕方がないぢやないか』 金助の像『如不動即動是、如不言即言是、如不聴即聴是、顕幽一貫善悪不二、表裏一体、即身即仏即凡夫』 カナンボール『ますます分らぬことを言ひやがる。オイこんな代物にお相手をしてゐたら、莫迦にしられるぞ。モー帰らうぢやないか』 銀公『これが見捨てて帰られようか、宝の山に入りながら一物も得ずして裸体で帰ると云ふのは此の事だ。何処までも荒魂の勇を鼓し、六人が協心戮力此の黄金像を魔谷ケ岳の偲ケ淵迄伴れて行かう。サア、皆の奴、一二三だ』 と前後左右よりバラバラと武者振りつく。金像は一つ身慄ひをするよと見る間に、六人の姿は暴風に蚊軍の散るが如く、四方八方に目にとまらぬ許りの急速度を以て飛散して了つた。 金像は体内より鮮光を放射し、微妙の霊音を響かせながら、ムクムクと動き始めた。忽ち三丈三尺の立像と変じ、鷹鳥山の山頂にスツクと立ち、南面して瀬戸の海を瞰下し、両眼より日月の光明を放射し始めた。 鷹鳥山は暗夜と雖も光明赫灼として、数十里の彼方より雲を通して其の光輝を見ることを得るに至つた。 これ果して何神の憑依し給ひしものぞ。説き来り説き去るに随つて、其の真相を不知不識の間に窺知することを得るであらう。 (大正一一・五・二六旧四・三〇外山豊二録)
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(1812)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 17 生田の森 第一七章生田の森〔七〇九〕 三千世界の梅の花薫りゆかしく実を結び 四方の春野を飾りたる桜も散りてむらむらと 咲き乱れたる卯の花の白きを神の心にて 生田の森の片ほとり花を欺く玉能姫 初稚姫の二人連初夏の景色を眺めつつ 再度山の山頂に神の御告を蒙りて 登り行くこそ床しけれ。 杢助は唯一人神前に祝詞を奏上する折しも、門戸を叩き、 国依別『頼まう頼まう』 と訪るる一人の宣伝使があつた。杢助は神前の礼拝を終り、門の戸を開き、 杢助『ヤア、其方は国依別の宣伝使、何用あつて杢助が館を御訪ねなさつたか』 国依別はツと門の敷居を跨げ、杢助と共に座敷に通り、煙草盆を前に置きながら二人向ひ合せ、 国依別『今日参つたのは余の儀では御座らぬ。あなたは折角三五教に入りながら此頃の御様子怪しからぬ事を承はる。事の実否を探らむ為、国依別宣伝の途中、紀の国より取る物も取り敢へず引返し、ここに参りました。あなたは太元教とかを立てて居られるさうだ。神様に対し御無礼では御座いませぬか』 杢助大口を開けて高笑ひ、 杢助『何事ならむかと思へば、左様な御尋ねで御座るか。杢助が折角の信仰を翻し、太元教を新に開いたのは余の儀では御座らぬ。其理由と致す所は、此杢助三五教の信者を標榜し居ると、腰抜の宣伝使や信者が、言依別様の御命令だとか何だとか言つて、旅費を貸せとか、履物を出せとか、いろいろ雑多の厄介をかけ、小便や糞をひりかけ後は知らぬ顔の半兵衛さん。それも一人二人なれば辛抱致すが、絡繹として蟻の甘きに集ふが如く、イナもう煩雑くて堪り申さぬ。杢助の家でさへも此通りだから、其他の信徒の迷惑は思ひやらるる。それ故心の内にて三五教を信ずれども、表面は太元教と、見らるる如く大看板を掲げたので御座る。国依別殿、其方も其亜流では御座らぬか』 国依別『そんな奴は三五教には一人もない筈です。大方バラモン教の奴が、三五教の仮面を被つて居るのでせう』 杢助『バラモン教もチヨコチヨコやつて来る。併し乍ら教の建て方が違ふものだから、先方も遠慮を致して居ると見えて、唯杢助が忙しきタイムを奪つて帰る位なものだ。金銭物品まで借用しようとは申さぬ。宣伝使たる者は未だ教の及ばざる地方又は人に対してこそ宣伝の必要あれ、一旦入信したる者の宅に何時となく訪問致し、厄介を掛け、安を求むる如きは、宣伝使の薄志弱行を自ら表白するものだ。そなたも杢助館に訪問する時間があらば、なぜ其光陰を善用して、未信者の宅を訪問なさらぬか。半時の間も粗末に空費する事は、宣伝使として慎むべき事でせう。サア一時も早く帰つて下され。お茶を進ぜたいが、茶を飲ませては、信者の吾々忽ち貧乏神に襲はれねばならない。仮令番茶の一杯でも小判の端だ。それを進ぜた所で……何だ杢助は、折角訪問してやつたのに番茶を飲まして追ひ返した……と云はれては一向算盤が合ひ申さぬ。愚図々々して御座ると、第一タイムの損害、畳が汚れる。さすれば又もや表替をそれ丈早く致さねばならぬ道理だ。最早杢助は三五教に食はれ、飲まれ、借り倒され、逆様になつても血も出ない様な貧乏になつて了つた。斯んな貧乏神の館へ出て来るよりも、巨万の富を積みながら、此世の行末を案じ、吾身の無常を託ちつつある憐れな精神上の極貧者は、世界に幾らあるか分らない。物質に富み、無形の宝に飢ゑたる人を求めて神の教を説き諭し、錆びず朽ちず、火に焼けず、水に流れぬ尊き宝を与へて、物質上の宝を自由自在に気楽に使用したが宜からう。精神上の宝に充たされ、物質上の宝に欠乏を告げたる此杢助の館に、宣伝使の必要は少しも御座らぬ』 国依別『あなたは此春頃から心機一転、余程吝臭くなられましたなア』 杢助『何だかお前さまの声を聞くと直に、此通り吝臭くなつたのだ。心貧しき力弱き其方の守護神が、杢助の体内に飛び込んで、斯様な事を吐ざいて居るのだ。此杢助は何にも知らぬ、早く国依別さま、心の貧乏神、柔弱神を追ひ出して、連れて帰つて下さい。杢助真に迷惑千万で御座る。アハヽヽヽヽ』 と腹を抱へ、体を大きく揺つて、ゴロンと笑ひ転けて了つた。 国依別『さうして初稚姫様、玉能姫様はどこへお出でになりましたか』 杢助仰向になつた儘、足をニユーと天井の方に直立させ、 杢助『初稚姫、玉能姫は「国」とか云ふ貧乏神がやつて来るから、憑依されてはならないと云つて一時許り前に逃げ出しました。折角結構な神様が杢助の館にお鎮まり遊ばすのに、腰抜神の貧乏神がやつて来るものだから、肝腎の玉能姫……オツトドツコイ魂までが脱け出して了つた。オイ魂抜けの国依別、どうぞ早く帰つて呉れ。此杢助もそなたの霊が憑つて、此通り四つ足になつて了つた。其四つ足もまだ俯向いて居れば歩く事も出来るが、この通り腹と背中を換へて了つては、何程藻掻いて見ても空を掻くばかり、畳に平張付いて動きが取れない。アヽ国依別、たまたま訪ねて来て、四つ足のお土産は真平御免だ。三五教の宣伝使がやつて来ると、手足を藻掻いても、如何しても、動きの取れないことになつて了ふ。馬に灸で貧窮だ。狐に灸で困窮だ。其方は牛に灸で何ぞモウギウな事がないかと思つて来たのであらうが、最早灸も茲まで据ゑられては、艾もあるまい。モグサモグサ致さずトツトと帰つたがよからう』 国依別『杢助さま、火の付いた様な火急なお言葉、あなたは杢助さまではなくて、ヤイトをすゑる艾助さまになつて了ひましたなア。これはこれは真にアツイ御志……否御教訓、どつさり此四つ足の守護神もヤイトを据ゑられました。それなら四つ足は唯今限り帰ります。あなたもどうぞ元の杢阿弥……オツトドツコイ杢助さまに帰つて下さい』 杢助『ハイ有難う。それなら改めて国依別の宣伝使様、三五教の杢助改めて対面仕らう、今迄は四つ足同志の掛合で御座つた。アツハヽヽヽヽ』 と笑ひながら起き直り、庭の泉に手を洗ひ、口を漱ぎ、礼装を着し、 杢助『サア、国依別様、神前に拝礼致しませう』 と促しながら、拍手再拝、天津祝詞を奏上し始めた。国依別も杢助の背後に端坐し、恭しく祝詞を奏上し終つた。 杢助『国依別様、あなたは是れから何処へお出でになる心組ですか』 国依別『ハイ私の今迄の教[※「教」では意味が通じないためか、校定版・八幡版では「心」に直している。]は、実を申せば貴方の御宅に参り、一つお尋ねをせなくてはならない事があつたものですから、ワザワザやつて来たのですが、モウ申しますまい。これで貴方の深き御精神も了解致しましたから……』 杢助『アツハヽヽヽ、若彦一件でお出になつたのですな。若彦は今紀州に居りますか』 国依別『ハイ、紀州の熊野の滝で大変に荒行を致して居る事を聞きました。それで私は熊野の滝へ参つた所、若彦は唯一言も申さず、無言の行を致して居る。手真似で尋ねても文字を地に書いて糺して見ても、何の答も致さず、石仏同様、取り付く島もなく、鷹鳥山に於て何か感じた事があるのだらう、其峰続きに御住ひ遊ばす貴方にお尋ねすれば、様子は分らうかと存じまして参りました。併し唯一言……杢助さま有難う………と若彦の言つた言葉幽に聞えたので、何もかも様子を御存じだらう。あの喧しやの若彦が、あの通り神妙になつて了つたのは、貴方の感化に依るのだと信じます。過去を繰返すは御神慮に反するでせうが、御差支なくば少しなりと御漏らし下さらば安心致します』 杢助『若彦は鷹鳥山に立籠り、悪魔に憑依され、四つ足となつて門口まで参りました。私は「モウ一つ修業をして来い、四つ足に用はない………」と云つて、杓に水を汲んで犬の様にぶつかけてやつたら、尾を掉つて駆け出したきりですよ。ヤツパリ若彦は人間らしう立つて歩いて居ましたかなア。イヤもう四つ足の容物ばかりで困つて了ひますワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別『さうすると私もチヨボチヨボですな』 杢助『チヨボチヨボなら結構だが、愚図々々すると、コンマ以下のチヨボチヨボに落ちて了ふから、気を付けねばなりますまい。お前さまも折角今、宣伝使に始めてなつたのだから、どうぞチヨボチヨボにならぬ様に願ひますよ。貴方がさうなると、私までも感染しては、最前のやうに二進も三進も行かぬ苦境に陥り、キウ窮言はねばなりませぬからな、アツハヽヽヽヽ』 国依別『アツハヽヽヽヽ』 と笑ひ合ふ。門口へ又もや婆の声、 鷹鳥姫(高姫)『生田の森の杢助さまのお宅は此処で御座いますか。チヨツト開けて下され』 杢助『国さま、又もやチヨボチヨボがやつて来たやうです。お前さま一つ私に代つて応対をして下さい。私は奥へ行つて少しく神さまに承はらねばならぬ事が御座いますから』 と云ひ棄て、慌しく姿を隠した。国依別はツと立ち、門口の戸をガラリと引開け、 国依別『此処は太元教の御本山だ。何処の四つ足か知らぬが、トツトと帰つて呉れ』 鷹鳥姫『何ツ、杢助が太元教を樹てたとは、噂に聞いたが、ヤハリ事実だなア。なぜ左様な二心をお出しなさるか』 国依別は黄昏を幸ひ、ワザと杢助の声色を使つて居る。 鷹鳥姫『わしは鷹鳥姫だが、お前さまに一つ御礼を申さねばならぬ事もあり、御意見をせなくてはならぬ事があるからお訪ねしたのだ』 国依別『何とか彼とか口実を設けて、三五教の宣伝使や信者が、金を貸せの、履物を貸せ、飯を食はせ、茶を飲ませ、小遣銭を渡せと、まるで雲助の様な事を吐し、小便、糞を垂れながして帰る奴ばかりだから、此杢助も愛想をつかし、心は三五教でも表は太元教と標榜して居るのだ。最早神の恵に浴し、神徳充実した杢助には意見は御無用だ。掛り合つて居れば大切なタイムまでも盗まれて了ふ。番茶一杯飲まれてもそれ丈欠損がゆく。身代限り、家資分散の憂目に遭はねばならぬから、一足なりとも這入つて呉れな。お前に礼を言はれる道理はない。トツトと早く帰つたが宜からう』 鷹鳥姫『何と云つても、そんな事を聞く以上は、ますます動く事は出来ぬ。コレ杢助さま、心機一転もあまりぢやないか』 国依別『オイ、其心機一転だ。暫くの間現はれて消える蜃気楼、名あつて実なき鷹鳥姫の宣伝使、それなら這入る丈は許してやらう。其代り番茶一杯飲ます事もせぬ。何程無料で湧いた水でも、飲ましちやそれ丈減るのだから、其覚悟で這入つたが宜からう』 鷹鳥姫『大変貴方は吝坊になつたものだなア。執着心の大変に甚い方だ。御免なさい』 と蓑笠を脱ぎ棄て、ツカツカと座敷にあがる。国依別は又もや煙草盆を前に据ゑ、杢助気取りになつて坐り込んだ。 鷹鳥姫『コレ杢助さま、お前さまは俄に小さい事を仰有ると思へば、体まで小さくなつたぢやないか』 国依別はゴロンと仰向けになり、尻を鷹鳥姫の方に向け、手足をヌツと天井の方に伸ばして見せ、 国依別『金剛不壊の如意宝珠の玉や紫の玉が喉から出て了つたものだから、此通り瘠せて人間が小さくなり、元の杢助ではなうて杢阿弥。神徳も何もなくなつて了ひ、鷹鳥山で已むを得ず若彦、玉能姫を召し連れ、バラモン教の蜈蚣姫がてつきり隠して居るのに相違ないから、何とかして取返さねば聖地の役員信徒に対し合はす顔がないと、執着心に駆られ言依別の教主の篤き心を無にして行つて居つた所、俄に山の頂に黄金の像現はれ、身の丈五丈六尺七寸、てつきり弥勒様の御出現、鷹鳥姫の信心の力に依りて愈五六七神政の太柱を握つた。誠の霊地は四尾山麓ではない、鷹鳥山にきはまつたりと、鼻の鷹鳥姫が得意顔に雀躍りしながら、チヨツと薄気味悪さうに近付き見れば、黄金像は高姫の素首をグツと鷲掴み、猫でも放る様にプリンプリンと、鷹鳥山の教の庭にドスンと落下し、人事不省となり、ピリピリピリと蛙をぶつつけた様になつて了ひ、其処へ此杢助がやつて往つて、生命丈は助けてやつた。其為に此杢助は……コレ此通り足が上を向き背中が下を向いて、サツパリ自由の利かぬ四つ足になつて了つたのだ。併し乍ら此杢助は信神堅固の勇士……斯んな事になる筈はない。鷹鳥姫の副守護神が憑依したのだから、どうぞ早う、こんな……土産はスツ込めて下さい。なア鷹鳥姫さま、お前も却々執着心が酷いと見える。同じ四つ足でも下向いて歩けるものならまだしもだが、斯うなつては天地顛倒、背中に腹を換へられて、どうして此世が渡られうか。……アツハヽヽヽヽ……。オイ笑ふ所か、高姫の守護神此国……オツトドツコイ神の国に出て来て、神の教を建てるなんて、あんまり精神が顛倒して居るではないか。元の杢阿弥の杢助の真心に立返り、早く副守護神を連れて帰つて呉れ。杢助誠に迷惑だ。国、クニ、苦になつて仕方がない。依りにヨツて、別のわからぬ副守護神を連れて来るものだから、玉能姫さまも初稚姫さまも、チヤンと御存じ、どつかへ蒙塵遊ばしたぞ。杢助の本守護神も愛想を尽かして隠れて了つたぞ。ウンウンウン』 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、お前さまは何とした情ない事になつたのだい。結構な三五教を見限つて太元教なんて、そんな謀叛を起すものだから、天罰で四つ足になつて了ひ、肩身が狭う小さくなつたのだよ。それだから油断は大敵、改心なされと云ふのだ。何程大持てにモテる積りでも、大モテン教だ。早く改心なされ、神様は人間が子を思ふと同じ事、片輪の子や悪人程可愛がらつしやるのだから、わしも斯んな悲惨な態を見て、此儘帰る訳にも行かぬ。サアこれから鎮魂をして誠の教を聞かしてあげよう。エーエー困つた事が出来た。此高姫の守護神が憑つたのだなどと、よう言へたものだ。悪神と云ふ者は、どこどこまでも抜目のない奴だ。到頭守護神の悪の性来を現はしよつたか。アーア杢助さまの肉体が可哀相だ。オイ四つ足、杢助さまの肉体を残してトツトと魔谷ケ岳へ帰つてお呉れ。愚図々々吐すと、日の出神の生宮が承知を致さぬぞや』 国依別『此杢助は最早お前さまの副守になつて了つた。お前さまは何時も口からものを言はず、ものを尻で聞いたり人の言葉尻を取り、尻でもの言ふから、屁理屈ばつかりだ。鼻持ならぬ匂がする。何程三五教でも尻の締りがなければヤツパリ穴有り教ぢや。終局には気張り糞を放つて、此通り四つ足に還元して了ふ。早く杢助の肉体から退かぬかいなア。杢助は大変な御迷惑様だ。アツハヽヽヽヽ』 と自ら可笑しさを耐へ、忍び笑ひに笑ひ、体中に波を打たせて居る。 鷹鳥姫『なんだ。低い所から声が出ると思へば、暗がりで分らなかつたが、お前さま失礼な寝て話をすると云ふ事があるものか、チト失敬ぢやないか』 国依別『霊界物語でさへも、寝て足を上げたり、下したりして言ふぢやないか。お前さま位な四つ足に話すのは寝とつて結構だよ』 鷹鳥姫『到頭変性女子の四つ足の守護神が現はれましたなア。早く改心をなさらぬと、頭を下にし足を上にして、ノタクラねばならぬ事が出来致すぞよと、大神様のお筆にチヤンと誡めてあります。鼻を撮まれても分らぬ程身魂が曇つて居るものだから、お前さまは天と地と間違へて居るのではなからうか。どうやら足が天井の方を向いて居るぢやないか』 国依別は、 国依別『アーア、悪性な守護神を連れて来て私に憑すものだから、段々足が上へあがり頭が下になつて了ひ、手で歩かねばならぬ様になつて来たぞよ』 と云ひながら逆立になり、両の手で座敷を歩いて見せた。七手許り歩いた途端に、体の中心を失つて、高姫の頭の上へドスンと倒れた。 鷹鳥姫『コレコレ杢助さま、妾にはそんな守護神は居りませぬぞえ。日の出神様に、何時までもそんな巫山戯た態をなさると承知なさらぬぞ。あゝモウ駄目だな。初稚姫さまも玉能姫さまも逃げて行かつしやる筈だワイ。わしも鷹鳥山を断念し、此処迄来るは来たものの、こんな悲惨な幕を目撃しては、帰りもならず、居る事も出来ず、困つた事だ。ドレこれから神様に御願して助けてやつて貰はう。仕方がない』 国依別は、 国依別『不言実行だよ。高姫さま』 とからかふ所へ、手燭を左の手に持ち、ノソリノソリとやつて来た真正の杢助、 杢助『ヤアお前は鷹鳥姫に能く似た化物だなア。此処にも一人、お前の分霊が倒れて居る。ヤアもう此頃は沢山の狐が人間の皮を被つて、杢助を誤魔化しに出て来よるので油断も隙もあつたものでない』 鷹鳥姫『ヤアお前さまは本当の杢助さま。どうして御座つた』 杢助『何うしても御座らぬ。最前から闇に紛れて、四つ足同志の珍妙な芸当を拝見致して居つたのだ。何でもタカとか鳶とか、クモとか国とか云ふ怪体な代物が、断りもなく杢助の身魂や住家を蹂躙し、エライ曲芸を演じて居つた。まるで此化物は鷹鳥山の鷹鳥姫に似た様な脱線振りを、遺憾なく発揮しよるワイ。アツハヽヽヽヽ』 国依別は、 国依別『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ』 と笑ひながらムツクと起き、ワザとカンテラの前に顔を突き出し、鷹鳥姫に俺の首実験せよと言はぬ許りにさらけ出した。 鷹鳥姫『何ぢや。お前は国依別の理屈言ひの宣伝使ぢやないか。みつともない、四つ足の真似をしたり………チツト慎みなさい。モシモシ杢助さま、これでも分りませうがなア。サツパリ正体が現はれて、御覧の通り本当に悲惨なもので御座いますワイ。こんな精神病者を、お前さまもお預りなさつて、大抵のこつちや御座いますまい』 杢助『今の今迄何ともなかつたのですが、お前さまが持つて来た……否お前さまの執着とか名のついた副守護神が憑つたのですよ。アヽ、どうやら、私も変になつて来た。体中にウザウザと毛が生える様な気分が致しますワイ』 国依別『杢助さま、国もどうやら茶色の毛が生え出して来ました。風邪を引いたのか、俄に腹の中でコンコンと咳をして居ます。今晩と云ふ今晩は実に不思議な宵ですな』 鷹鳥姫『なんとお前さま達は、これ程神界が御多忙なのに、気楽な洒落をなさつて日を送りなさるのは、チツト了簡が違やしませぬか。利己主義の守護神が極端に発動して居りますなア、妾の守護神が憑依したなんて、ヘンよう仰有りますワイ。これから日の出神様が御神力を現はして見せませうか。そこらが眩うて目もあけて居られぬ様になりますぜ』 杢助は笑ひながら、 杢助『「何を言つても、私は折角呑み込んだ二つの玉を、杢助の娘のお初に叩き出されて了つたものだから、サツパリ腰は抜け、鷹鳥山もサツパリ駄目になり、これから何処へ迂路ついて行かうか。若彦は姿を隠すなり、せめて杢助さま宅へでも往つて……此間はエライ御世話になりました……と御礼をきつかけに、何とかよい智慧を借りたいものぢやと、ノコノコやつて来て見れば杢助さまは御座らつしやらず、理屈言ひの捏廻し上手の国依別が人を嘲弄しやがる。エー此上は如何したら宜からうかなア。アンアンアン」……斯う云ふ声は杢助の言葉では御座らぬ。鷹鳥姫の薄志弱行と名の付いた守護神が、私にこんな事を囁かすのだ。早く此守護神を放り出し、自分も此館を放り出て、どこかへお道の為に行つて貰ひたいものだ。杢助も大変に迷惑だ。アツハヽヽヽ』 高姫は暫く腕を組み、首を頻りに振り、思案に沈む。国依別は、 国依別『あの高姫さまの心配さうな顔、どうしたら元の通りになるだらう。………オウ分つた、あの玉の在処を知らしてやりさへすれば、元の日の出神の生宮で威張れるだらう、さうすりやキツト全快するに定つて居る。ヤツパリ言ふまいかなア。又呑まれ、今迄の様に噪がれると困る、当る可からざる万丈の気焔を吐かれると、側へも寄りつけないやうになるから……』 高姫『何、宝珠の行方を、お前知つて居るのかい』 国依別『知つて居らいでかい、国さまだもの』 高姫『そんならお前が妾を困らさうと思つて隠したのだなア。油断のならぬ男だ。サア杢助さま、蛙は口からわれと吾手に白状しました。締木に懸けても言はしめて、玉の在処を探して見ませうかい』 杢助『サア如何だかなア。大方蒟蒻玉か何ぞと間違つて居るのだらう。それが違うたら瓢六玉か、狸の睾玉位なものだ。アツハヽヽヽ』 国依別『ナアニ杢助さま、本当に玉の在処を発見したのですよ。これから私がコツソリと其玉を拾ひあげ、高姫さまぢやないが、腹へ呑み込んで、一つ大日の出神となる心算だ………オツト失敗つた。高姫さまの居る所で言ふぢやなかつたに………秘密が暴露したワイ、アハヽヽヽ』 高姫『神政成就の御宝、一日も早く現はして御用に立てねばなりますまい。三五教は日に日に衰へて行くぢやありませぬか』 国依別『ヤツパリ国の夢やつたかいな………イヤイヤ夢ではない、現実だ。併し高姫さまの前では夢にしとかうかい。鷹鳥姫が忽ち玉取姫に早変りすると、折角発見した私の功績が無になる。言依別の神様に御褒めの言葉を戴き、それから三五教の総務になつて、日の出神の生宮を腮で使ふと云ふ段取だ。高姫さま、お気の毒ながら時世時節と諦めて下さい。あゝこんな愉快な事があらうか』 高姫『本当にあるのなら、二つの玉を、一つお前に上げるから、一つは妾に手柄を譲つて下さい。別に呑み込んで了ふのぢやないから………』 国依別『何でも呑み込みのよいお前さまだから剣呑なものだ。それなら一つ相談をしよう。紫の玉はお前さまが預るとして、私は金剛不壊の如意宝珠を預かる事にしよう。それさへ決定れば、何時でも知らしてあげる』 高姫『そりやチツト虫がよすぎる。金剛不壊の如意宝珠は、永らく妾の腹の中に鎮座ましました宝玉だ。謂はば妾の生御魂も同然だ。お前さまは紫の玉で辛抱しなさい』 国依別『滅相な、鷹鳥姫がアルプス教の御本尊として居た位な紫の玉は、如意宝珠に比べては余程劣つて居る。身魂相応だから、お前さまが紫の玉だ。私は何と云つても如意宝珠を取るのだから、さう覚悟しなさい』 高姫『エー訳の分からぬ男だなア。モウ斯うなる以上は何と云つても承知せぬ。奴盗人奴が、サア引摺つて往つてでも在処を白状させる』 国依別『世界見え透く日の出神さまの生宮が、私の様な人間を連れて行かねば、玉の在処が知れぬとは、実に気の毒なものだなア』 高姫『妾の悪口を言ふのなら辛抱もするが、畏れ多い、日の出神様の悪口まで言ひよつたなア、サアもう了簡ならぬ』 といきなり胸倉をグツと取つて締めつける。国依別は、 国依別『何ツ、猪口才な高姫の奴』 と又胸倉を取り、両方から睨み合つて、真赤な顔を膨らして居る。杢助は、 杢助『コレ高姫さま、国依別さま、お鎮まりなさい。同じ三五教の宝、誰が手に入れても同じ事ぢやないか』 高姫『イエ、斯んな奴に如意宝珠の玉を弄らさうものなら、それこそ穢れて了ひます。如何しても斯うしても、一歩譲つて紫の玉だけは発見した褒美としてなぶらしてやるが、仮令天が地になり地が天となつても、如意宝珠ばかりは、こんな奴に持たして堪らうか……』 国依別『ナアニ発見主は俺だ。先取権があるのだから、グヅグヅ云ふと、二つながら俺が預るのだ』 高姫『何ツ、玉盗人の分際として広言を吐くか』 と高姫は組んづ組まれつ、座敷中をのたうち廻り、終局には金切声を張上げて、汗みどろになつて大活動を始めて居る。杢助は、 杢助『コラコラ国依別さま、お前、本当に其玉の在処を知つて居るのか』 国依別『ナアニ発見したら……と云ふ話です。夢にでも見たら俺が見つけたのぢやから、如意宝珠の玉を俺が預ると云つたばかりです。まだ皆目在処は分らぬのです、アツハヽヽヽ、あまり一生懸命で嘘が真実になつて了つた。アツハヽヽヽ』 高姫『何ツ、お前嘘を云つたのか。なアんの事だいな。あーア、要らぬ苦労をやらされて了つた。そこらが茨掻だらけだがな』 杢助『アツハヽヽヽ、又執着と云ふ魔が憑いて、面白い演芸を無料観覧させて呉れたものだな、アツハヽヽヽヽ』 と腹を抱へて笑ふ。 (大正一一・五・二八旧五・二松村真澄録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 20 三の魂 第二〇章三の魂〔七一二〕 時置師神は、神の仕組の時津風、吹き渡る初夏の青葉の薫りを身に浴び乍ら窓外を眺め居る。時しも森の木蔭より玉能姫は初稚姫の手を携へ、二人の荒男と共に欣然として帰り来る。杢助は窓を引き開け拍手して之を迎へて居る。二三日前より此家に訪ね来りし高姫、国依別は、杢助と教理を闘はし乍ら此処に逗留して居た。 高姫『杢助さま、貴方は今東の窓から手を拍ちましたが、日天様は西の方へ廻つて居られますよ』 杢助『いや、今此処へ日天様や、月天様が御いでになりましたから』 国依別『国依別には日天月天の往かぬ事を仰有いますな』 と云ひながら窓を覗き、 国依別『ヤア、お帰りになりました。杢助さま、お目出度う、今迄御心配でしたらう』 杢助『ハイ、杢助も一寸心配して居りましたよ』 高姫は妙な顔しながら、 高姫『貴方は口では平気で言つて居らつしやるが、矢張り初稚姫様の事が気に懸ると見えますなア』 杢助『別に初稚姫様の事に就ては、神様がついて御座るから心配は致しませぬが、大切な御用を巧く勤めあげたか知らぬと思つて居つたので……然しあの顔色で見れば、巧く御用が出来たらしいですよ』 高姫『大切の御用とは………それや又どんな事で御座いますか。高姫にも聞かして下さいな』 杢助はニコニコ笑ひながら、 杢助『ハイ言依別命様から大切な秘密の御用を……玉能姫、初稚姫の御両人が承はりましたのですよ』 高姫『妾の様な日の出神の生宮を差措き、あの様な子供や若彦の女房に大切な御用を仰せ付けるとは……言依別も些と聞えませぬ。それだから人を使ふ目が無いと言ふのだ。困つたハイカラの教主だなア』 杢助は、 杢助『アハヽヽヽ』 と嬉しさうに笑ふ。国依別は門の戸を押し開き、丁寧に出迎へ、 国依別『皆さま、御苦労で御座いました。無事に納まりましたかな』 二人は顔に笑を湛へながら一言も発せず、丁寧に腰を屈め、二人の男と共に欣々と這入つて来た。杢助は見るより、 杢助『初稚姫様、玉能姫様、谷丸さま、滝公さま、御苦労で御座いました』 谷丸『私は言依別命様より佐田彦の宣伝使と名を賜はりました。滝公さまは波留彦の宣伝使と名を賜はりましたから、何卒今後は、其お心組で呼んで下さい。お節………いやいや玉能姫様、初稚姫様のお伴を致しまして神島………ではない、神様の御用に参つて来ました。いやもう大変な結構な事で御座いましたわ』 杢助『何は兎もあれ、神様に御礼を申し上げ、お祝の御神酒を頂戴する事に致しませう』 高姫『アヽ、それは結構で御座いますな。然し如何な御用で御出でになさつたのか、高姫にも様子を聞かして下さいませ。これ玉能姫さま』 玉能姫『此事ばかりは三十五万年の間、申し上げる事は出来ませぬ。何れ未来でお分りになるでせう』 高姫『何と……マア遠い……気の長い事だなア』 杢助『何処の地点に納めたと云ふ事は申し上げ難いが、実際は貴方の一旦呑んで居た金剛不壊の如意宝珠と紫の宝玉が三五教の教主の手に返り、其御用を仰せ付かつて或る霊地へ埋蔵の御用に行つたのですよ。黄金の玉は言依別の教主自ら何処かの霊地へ埋蔵されたさうだ。これで三つの御玉が揃ひまして……高姫さま、お喜びなさいませ』 高姫、怪訝な顔して舌を捲き目を剥き、 高姫『ヘエ、ケヽヽヽ結構ですなア』 と云つたきり、嬉しい様な、悲しい様な、不興くさい様な顔して俯向く。国依別、手を拍つて笑ひ、 国依別『ハヽヽヽヽ、日の出神の生宮も薩張り往生遊ばしたか、誠にお気の毒の至り。然し乍ら矢張り高姫さまも喜ばねばなりますまい。もう之で貴方の副守護神の断念が出来るでせう。是から一意専心、教主の意見に従つて、神界の御用をなさいませ』 高姫『ハイ、如何も神様は皮肉な事をなさいますな。寝ても醒めても玉の行方を探し、神政成就の御用を勤めあげむと、千騎一騎の活動を致して居る此高姫をアフンと致さして、思ひも寄らぬ人達に、肝腎な一厘の経綸を吩咐けるとは……妙な神様も……いや教主もあるものだ。教主のきやうは獣扁に王さまだらう、オホヽヽヽヽ』 佐田彦『是は聞き捨ならぬ高姫の言葉、その脱線振りは何事で御座るか。今迄の谷丸ならば黙つて居るが、最早教主より命ぜられたる宣伝使だ。宣り直しなさねば承知せぬ』 波留彦『佐田彦宣伝使の言はれた通り、速に宣り直しなさるが宜からうと、波留彦は思ひます』 高姫『高姫鉄道の終点、アフンの駅に着いたのだから、脱線の余地も無く、のり直し様もなく、乗り替へも何の駅もないぢやありませぬか。オホヽヽヽヽ』 ○ 因に言依別命は、一旦高熊山の霊地に神秘の経綸を遂行し、聖地に帰りて神業に参じ、錦の宮の神司玉照彦命、玉照姫命の神示を海外にまで弘布し、八岐大蛇の征服に従事する数多の神人を教養し、其名を天下に轟かした神代の英雄神である。また杢助は元の時置師神と現はれ、聖地の八尋殿に於て教主を助け、初稚姫と共に忠実に奉仕し、三五教の柱石と呼ばれる事となつた。玉能姫は生田の森に止り、或神命を帯びて稚桜姫命の神霊を祀り、五六七神政の魁を勤めた。 若彦は自転倒島全体を巡歴し、終に神界の命によりて玉能姫と共に神霊に奉仕する事となつた。国依別は兄の真浦が波斯の国へ出で行きしを以て、已むを得ず宇都山郷の武志の宮に仕へて神教を伝へ、父の松鷹彦に孝養を尽した。 高姫は聖地にあつて錦の宮に仕へつつありしが、黒姫のあとを追うて海外に渡り、真正の日の出神に出会し、初めて自己の守護神の素性を悟り、悔い改めて大車輪の活動を続けた。佐田彦、波留彦は言依別命の膝下にあつて、神業を輔佐することとなつた。 ○ 大正壬戌の年卯月の二十八日に 二十二人の生魂三つの御玉の隠し所 述べ終りたる今日の日は楽しき神世を五六七殿 日の神、月の大御神天照皇大神や 此世の祖神と現れませる国常立之大御神 豊国主の大御神大本教を守ります 百千万の神々の貴の御前に飛び降る 神の使の霊鷹は生田の森や再度山の 峰の尾の上の御仕組鷹鳥姫の改心の 瑞祥祝ふ其為めに三度舞ひ来る鷹津神 さしもに広き殿内を右や左と翔び交ひて 画竜の額に翼休め仮設劇場の梁に 悠々翼を休めたる今日の生日の足日こそ 瑞の御魂の生れたる生日に因みて七百と 十二の章も面白く松雲閣の奥の間に 今日は珍し身を起し神の教を敷島の 筆者を烟に巻き乍ら遠き神代の物語 今に写して眺むるも少しも変らぬ言の葉の 栄ゆる御代を松村氏天津御空も海原も 心真澄の玉鏡海の内外の隔てなく 諸越山も乗り越えて豊九二主の分霊 瑞の神徳天地に輝く時も北村の 空澄み渡り隆々と光り普き神の道 亜細亜、亜弗利加、欧羅巴亜米利加藤く高砂の 島の果まで説き明す近藤の霊界物語 道も貞か二成り行きて山の尾の上や野の末も 教の花の馥郁と薫も床しき佐賀の奥 神の伊佐男は遠近に秀妻の国を初めとし 自転倒島の中心地野山も青く茂りつつ 神代を祝ふ今日の空神世の秘密洩らさじと 御空を隠す雲の戸を開いて此処に松の雲 松雲閣の奥の室で初夏の風をばあびながら 二十二巻の物語目出たくここに述べをはる あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・二八旧五・二北村隆光録) (昭和一〇・六・五王仁校正)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 01 玉の露 第一章玉の露〔七一三〕 経と緯との機を織る錦の宮の御経綸 玉照彦や玉照姫の神の命の神勅を 四方に伝ふる宣伝使国依別や玉治別の 神の命は神徳も大台ケ原の峰つづき 日の出ケ岳より流れ来る深谷川の畔をば 青葉滴る木の茂み飛沫を飛ばす千仭の 谷の絶景眺めつつ足を休らふ折柄に 追々近付く宣伝歌後振り返り眺むれば 草鞋脚絆の扮装に金剛杖に饅頭笠 二つの影はゆらゆらと此方に向つて進み来る。 国依別『玉治別さま、あなたも随分永らく無言の行をやつて居ましたネー。若彦の宣伝使が熊野の滝で荒行をやつて居ましたが、どうでせう、まだ依然として継続して居るでせうか』 玉治別『私も実は若彦さまに会ひたいので、やつて来た途中、ゆくりなくも貴方にお目にかかり、様子を伺ひたいと思つた所です』 国依別『玉能姫さまが、あれ丈の御神業を遊ばしたのだから、若彦の宣伝使も聞いたら大変に喜ぶ事でせう。それに就ては何時までも紀の国路に居つて貰ふ訳にはゆかないから、実は言依別命様の内命を奉じて、お迎へに来たのですよ』 玉治別『私も堅い秘密を守り、玉能姫の御神業を口外する事は出来ないのだが、貴方と二人の中だから云つても差支あるまいが、併し乍ら悪霊は吾々の身辺を付け狙うて居るから、迂濶した事は云ひますまい。……時に彼の宣伝歌はどうやら三五教らしいですな。何人か、近寄つて来る迄、此絶景を眺めて待ちませうか』 国依別『ヤアもう顔が判然する程近寄つて来ました。兎も角待つ事にしませう』 斯く言ふ折しも、宣伝歌は俄に歇んで、二つの笠追々と、木の茂みを分けて近寄つて来た。見れば魔我彦、竹彦の両人、二人の端座せるに驚いた様な声で、 魔我彦『ヤア貴方は玉治別、国依別の宣伝使で御座つたか。何れへ宣伝にお出でになるお考へですか』 国依別『誰かと思へば、魔我彦さまに竹彦さま。あなたこそ何方へ、何用あつて御出でになります。言依別の教主より御命じになつたのですか。此紀の国の方面は若彦の宣伝区域と定つて居る。其処へ貴方がお出でになるのは、チツト合点が行きませぬ』 と問はれて魔我彦稍口籠り、手持無沙汰の様な顔付して、 魔我彦『ハイ……私は宣伝に来たのでは有りませぬ。熊野の滝へ、罪穢れを洗ふ為に荒行にやつて来たのです』 玉治別『遥々斯んな所まで荒行に来なくても、聖地には立派な那智の滝が落ちて居るぢやありませぬか』 魔我彦はソワソワし乍ら、 魔我彦『なんと、天下の絶景ですな。緑滴る木々の梢と云ひ、此谷川の水音と云ひ、実に勇壮ですなア』 と成るべく話を外へ転ぜようと努めて居る。玉、国の二人は其意を察し、ワザと忘れた様な風をなし、 玉治別『流石は大台ケ原に源を発した丈あつて、随分に立派な流れです。あの渓川の巨岩怪石に水の噛み付いて、水煙を立て、白銀の玉を飛ばす光景と云つたら、実に天下の絶勝です。斯う云ふ所にせめて三日も遊んで居れば、生命が延びるやうな気が致しますワイ』 魔我彦は恐相に谷底を覗き見て、驚いた様に、 魔我彦『アヽ大変々々』 と足掻をする。玉、国の二人は其驚きに何事か大事の突発せるならむと、慌て谷底を覗く。魔我彦は竹彦に目配せし乍ら、全身の力を籠めて二人の背後よりドツと押した。何条堪るべき、二人は千仭の谷間に風を切つて顛落した。木々の青葉は追々黒ずんで、太陽の高山の頂きに姿を隠し、黄昏の空気四辺を圧する。 魔我彦『アハヽヽヽ、何程立派な宣伝使でも、斯うなつては駄目だ、玉、国の両人、言依別の教主に巧く取り入り、変性男子の系統の高姫さまに揚壺を喰はし、若彦の女房…元のお節や杢助の女つちよに御用をさせる様にしよつたのは、皆此奴等の企みだ。是れから先、生かして置けば、どんなに邪魔をしやがるか分つたものぢやない。一つはお道の為、国家の為ぢや。竹彦、巧く行つたぢやないか』 竹彦『俄に其処らが暗くなつて来て分りませぬが、うまく寂滅したでせうか。万一此中の一人でも生き残つて居ようものなら、忽ち陰謀露顕、吾々は到底此儘で安楽に神業に参加する事は出来ますまい』 魔我彦『アハヽヽヽ、そんな取越苦労はするものでない。断崖絶壁屹立した、岩ばかりの所へ落ちたのだから、体は忽ち木端微塵、こんな者が助かるなら、それこそ煎豆に花が咲くワ。アハヽヽヽ』 と心地よげに笑ふ。 竹彦『それでも煎豆に花の咲く時節が来ると、神様が仰有つた以上は、油断がなりませぬぞ』 魔我彦『そりや比喩事だよ。そんな事を心配して居て思惑が成就するか。高姫様を表面へ出さねば、到底五六七の神政は完全に樹立するものでない。吾々は天下国家の害毒を除いた殊勲者だ。万一一人や半分生き残つて居つて不足を云つた所で、肝腎の高姫さまの勢力さへ旺盛ならば何でもない。勝てば善軍、敗くれば魔軍だ。何程平等愛の神様の教でも力が肝腎だ。力が無ければ国祖国常立大神様でも、むざむざと艮へ押籠められなさるのだから、兎も角吾々は勢力を旺盛にし、部下を多く抱へ、一方には害物を除却せねばならぬ。摂受の剣と折伏の剣は、平和の女神でさへも持つて居るのだから……』 竹彦『こんな宣伝使の二人位葬つた所で、肝腎の言依別命が頑張つて居る以上は何にもならぬぢやないか。根本的治療を施さんとすれば、先づ言依別を第一の強敵と認めねばなるまい』 魔我彦はニタリと笑ひ、 魔我彦『天機漏らす可からず。吾神算鬼謀、後にぞ思ひ知らるるであらう』 竹彦『大樹を伐らむとする者は、先づ其枝を伐るの筆法ですかな』 魔我彦『音高し音高し。天に口、壁に耳、モウ此話は只今限り言はぬ事にせう。是れから熊野の滝へ下り、若彦に会つて其上に分別をするのだから、ウツカリ喋舌つてはならないぞ。お前は表面俺の随行者となつた心持で、何を若彦が尋ねても、知らぬ存ぜぬの一点張で居るが宜からうぞ』 竹彦『委細承知しました。併し乍ら私の副守護神が喋つた時は如何しますか』 魔我彦『そんな副守護神を何時までも抱へて居る様な奴は、忽ち……ムニヤムニヤ』 竹彦『忽……の後を瞭然聞かして下さい』 魔我彦『そんな事聞く必要が何処に有るか』 竹彦『我身に係はる一大事、どうも意味有り気なお言葉でした。猿の小便ぢやないが、キに懸つてならない。それを聞かねば、私も一つの考へがある』 魔我彦『ハテ困つた事を言ひ出しやがつたものだ』 竹彦『こんな事なら竹彦を連れて来なんだがよかつたに……併し乍ら二人の奴を、谷底へ転るのには、一人では都合好う行かず……アーア一利あれば一害ありだ。肝腎の処になつて竹彦の副守護神が発動し、斯んな事を素破抜かうものなら、高姫も、魔我彦一派も、それこそ大変だ。アーア後悔しても仕方がない。……と云ふ様な貴方の心理状態でせう。御心配なさいますな。私も同じく共謀者だから滅多に拙劣な事は申しませぬ。併し国依別、玉治別の亡霊が貴方や私に憑依して喋つた時は、コリヤ例外だから仕方がない、アハヽヽヽ』 と気楽相に笑ひ転ける。魔我彦は双手を組み、蒼白な顔になつて、肩で息をし乍ら思案に暮れて居る。夜の張はますます濃厚の色を増し、遂には相互の姿さへ闇に没して了つた。木々の梢を揉む暴風の音、何となく騒がしく、陰鬱身に迫り、鬼哭啾々恰も根底の国に独り彷徨ふ如き不安寂寥を感じた。二人は互に負ん気を出し、何となく心の底の恐怖を抑へ、強い事を話し合つて、此寂しさと不安を紛らさうとして居る。風はますます烈しく、夜は追々更けて来る。女を責める様な小猿の声、彼方にも此方にも、キヤアキヤアと聞えて来るかと思へば、山岳も震動する許りの狼の声刻々に高まり来る。青白い火は闇の中よりポツと現はれ、ボヤボヤと燃えては消え、燃えては消え、二人の身辺を取り巻き、遂には頭上を唸りを立てて燃え狂ふ。二人は目を塞ぎ、耳を詰め、頭抱へて大地にかぶり付いて了つた。首筋の辺りを、誰ともなく氷の如うな手で撫でるものがある。頭の先から睾丸までヒヤリと氷の如き冷たさを感じて来た。竹彦は慄い声を出して、 竹彦『のー恨めしやなア。如何に魔我彦、騙し討ちとは卑怯未練な奴。モウ斯うなる上は汝が素つ首を引抜き、根の国底の国に落して呉れむ。覚悟せーよ』 と暗がりに霊懸りをやり出した。魔我彦は、 魔我彦『オイ竹彦、厭らしい事をするものではない。チツと落着かぬか。そりや貴様、神経だ。今から発狂して如何なるか。チト気を大きう持たぬかい』 竹彦『何と云つても此恨み晴らさで置かうか……押しも押されもせぬ宣伝使の玉治別、国依別を亡き者にせうと企んだ、汝の心の鬼が今此処に現はれ、竹彦の肉体を借つて讐を討つてやるのだ。其方も今迄高姫の部下となり、変性女子を苦めよつた揚句、猶飽き足らいで、我々両人を谷底に突き落し殺すとは、極悪無道の痴者。只今幽界の閻魔の庁より命令を受けて、汝を迎へに来たのだ。サア最早逃るるに由なし。尋常に覚悟を致せ。花は三吉野、人は武士だ。せめてもの名残に潔く散つたがよからう』 と冷たい手で首の周囲を撫でまはす。青い火は燃えては消え、燃えては消え、ブンブンと唸りを立てて魔我彦の周囲を飛び廻る。猿の声、狼の声は刻々に烈しくなつて来る。魔我彦は余りの恐さに魂消え、其場に人事不省になつて了つた。竹彦も亦其場にバタリと倒れて、後は風の音のみ。やがて下弦の月は研ぎすました草刈り鎌の様な姿を現はし、熊野灘から浮上り、二人の姿を怪しげに覗いて居る。夜は漸くにして明け放れた。小猿の群、何処ともなく両人の前に飛び来り、足の裏を掻き、顔を掻いた。其痛さに気が付き、両人は期せずして一度に起きあがりたり。 魔我彦『アヽ夜前は大変な恐ろしい目に遇うた。お蔭で新しい日天様が出て下さつて、稍心強くなつて来た。これと云ふも全く日の出神様のお助けだ。月の御魂と云ふものは出たり出なかつたり、大きうなつたり、小さくなつたり、まるで変性女子の様なものだ、チツとも当になりやしない。天地から鑑を出して見せてあるぞよ……と仰有つたが、本当に愛想がツキの神ぢや。何時も形も変らず晃々と輝き給ふのは日の出神様ばかりぢや。それだから俺は日の出神の生宮でなければ夜が明けぬと云ふのだ。月の御魂なんて、精神の定らぬ事は、天を見ても分つて居るぢやないか。それに就て坤の金神ぢや。未や申と云ふ奴は碌な奴ぢやない。紙を喰らつたり、人を掻きまはしたりする奴だよ』 竹彦『本当にさうだなア。猿の奴悪戯しやがつて、そこら中を掻きむしりやがつた。此方が吃驚して起きるが最後、一目散に逃げて了ひやがつたぢやないか。是れもヤツパリ坤の金神の力の無いと云ふ証拠だ。アハヽヽヽ』 魔我彦『併し昨夜の両人は如何なつただらうかなア』 竹彦『どうも斯うもあるものか。人の体に幽霊となつて憑つて来やがつた位だから、心配は最早有るまい』 魔我彦『そらさうだ。青い火を点して、パツパツとアタ煩雑さい、出て来やがつて、思ひ切りの悪い奴だなア。サアこれから若彦の居所を訪ね一つの活動をするのだ。グヅグヅして居ると険難だから、早く目的地点まで往かう』 と先に立ちスタスタと坂路を、又元の如く蓑笠を着け、金剛杖を突いて、ケチンケチンと音させ乍ら岩路を下つて行く。 ○ 谷底には一人の男、赤裸となつて水行をやつて居た。そこへ薄暗がりに二つの影、青淵へ向つてドブンと許り落ち込んで来たものがある。男は驚いて手早く二人を救ひ上げ、イロイロと人口呼吸を施したり、指を曲げたりして蘇生せしめた。 男『モシモシあなたの服装を見れば、夜陰にて確には分りませぬが、宣伝使の様に見えますが、一体どなたで御座いますか』 国依別『悪者に突き落され、思はず不覚を取りました。其刹那、吾身は最早粉砕の厄に遭うたものと覚悟をして居ましたが、よう助けて下さいました』 玉治別『私も実は宣伝使です。此れだけ沢山の岩が並んで居るのに、少しの怪我もなく、此青淵へうまく落込んだのも、神様のお蔭、又貴方様のお助けで御座います。此御恩は決して忘れませぬ』 男『確かに分らぬが、お前さまは何処ともなしに聞覚えの有る声だ。玉治別さまに国依別さまぢやありませぬか』 と問はれて二人は、 玉、国『ハイ左様で御座います。さうして貴方は何れの方で……』 と皆まで聞かず男は、 男『アヽそれで安心致しました。私は初稚姫様のお指図に依つて、言依別の教主の承諾を得、此谷川へ、何故か急に派遣され、水行をしかけた所へ、あなた方が落ちて来られたのです。モウ少し私の来るのが遅かつたならば大変な事でした。私は杢助ですよ』 と聞いて二人は、安心と喜悦の念に堪へず、杢助の体に喰ひついて、嬉し泣きに泣くのであつた。 杢助『随分暗い夜さだが、其二人の声で少しも疑う余地はない。斯様な所に長らく居つては面白くない。今回の私の使命はこれで終つたのだらうから、どつか平坦な所へ行つて、詳しう話を承はりませう。何を言つても此谷川の水音では、十分の話が出来ませぬ』 と云ひつつ、闇に白く光つた羊腸の小径を、探り探り下つて行く。路が木の蔭に遮られて見えなくなると、白い白狐の影一二間前をノソノソと歩む。杢助は其跡を目当に七八丁許り降り、平たき岩の上に腰をおろし、 杢助『サアサア御二人さま、此処でゆつくりと夜明けを待ちませうかい』 二人は『ハイ』と言ひ乍ら、濡れた着物を脱いで、一生懸命に絞り直し、岩にパツと拡げて乾かして居る。昼の暑さに岩は焼けたと見え、非常な暖かみがある。着物は少時の間に元の如く乾燥した。 国依別『天道は人を殺さずとはよう言つたものだ。何処も彼も夜露で冷やかうなつて居るのに、此岩計りは全然ストーブの様だ。日輪様もお上りなさらぬのに、着物が乾くと云ふ事は珍しい事だ。これもヤツパリ神様の御恵だらう。サア皆さま、神言を奏上致しませう』 と茲に三人は天地も揺ぐばかりの大音声を発して、スガスガしく神言を奏上し、宣伝歌を歌つて、暫く夜明けを待つ事にした。夜は漸くに明け放れ、木々の梢に置く露に一々太陽の光宿つて、恰も五色の果実一面に実のるが如く麗はしくなつて来た。 玉治別『スンデの事で、玉治別も魂の宿換へする所だつたが、東天には金烏の玉晃々と輝き玉ひ、一面の草木には吾輩の分身分魂、空間もなく憑依して居る。ヤツパリ玉治別の宣伝使に限りますよ。なア杢助さま』 杢助『アハヽヽヽ、体や着物が燥やいだと見えて、徐々燥やぎかけましたなア』 国依別『オイ玉公、そんな気楽な事言つてる時ぢやないぞ。昨夜の讐を討つと云ふ……そんな気は無いが、併し吾々二人にあゝ云ふ非常手段を用ひた以上は、何かこれには深い計略が有るに違ない。余程これは考へねばなるまいぞ。杢助さま、どうでせう』 杢助『さうだ。グヅグヅして居る時ではない。余程注意を払つて居らねば、此辺は某々らの陰謀地だから……。さうして其悪者は誰だい。名は分つて居ますかなア』 玉治別『分つたでもなし、分らぬでもなし。他人の事は言はぬが宜しからう』 国依別『マガな隙がな吾々の行動を阻止せむと考へて居るマガツ神の容器でせう。何れ心のマガつた奴に違ありますまい』 玉治別『悪人タケタケしい世の中だから、誰だと云ふ事は、マア止めにして推量に任しませうかい』 杢助『モクスケして語らずと云ふ御両人の考へらしい。ヤア感心々々。それでこそ三五教の宣伝使だ。今迄の二人に加へた悪虐無道を無念には思つて居ませぬか』 玉治別『過越苦労は禁物だ』 国依別『刹那心だ。綺麗さつぱりと谷川へ流しませう。天下の政権を握る内閣でさへも、敵党に渡して花を持たす志士仁人的宰相の現はれぬ時節だから……アハヽヽヽ……マア此岩の上でカトウ約束をして、杢助内閣でも組織し、熊野の滝へ政見発表と出かけませうかい』 杢助外二人は蓑、笠、金剛杖、草鞋、脚絆に小手脛当て、宣伝歌を歌ひ乍ら、熊野の滝を指して進み行く。 (大正一一・六・一〇旧五・一五松村真澄録) (昭和一〇・六・四王仁校正)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 04 長高説 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 09 高姫騒 第九章高姫騒〔七二一〕 若彦の門を潜つて入り来る一人の美人があつた。門番の秋公、七五三公の両人は此姿を見て、 秋公『モシモシ、何処のお女中か知りませぬが、何の御用で御座るか、門番の私に一応御用の趣を聞かして下さいませ』 女『少しく様子あつて……兎も角主人に会ひ度う御座いますから』 七五三公『名も分らぬ女を通す事は罷り成りませぬ』 女『お前は此処の門番ではないか、妾が如何なる者か分らぬ様な事で、門番が勤まりますか』 とたしなめ乍ら、足早に奥深く進み入つた。 七五三公『アヽ薩張駄目だ、女と言ふ奴は押し尻の強いものだ。然し彼奴は何処ともなしに気品の高い女であつたが一体何だらうかなア』 秋公『ひよつとしたら大将のレコかも知れぬぞ』 と小指を出して見せる。 七五三公『当家の大将に限つてそんな者があつて堪らうかい。玉能姫様と言ふ立派な奥様があるのだが、今は再度山の麓の生田の森に、三五教の館を建てて熱心に活動して居られると言ふ事だ。御夫婦は遥々国を隔てて忠実に御神業を為さると言つて、大変な評判だから、そんな事があつて堪るものか』 秋公『さうだと言つて思案の外と言ふ事がある。ひよつとしたら玉能姫さまが御入来になつたのぢやあるまいかな』 七五三公『馬鹿を言へ、玉能姫様がどうして一人お入来になるものか。少なくとも一人や二人のお供は、屹度従いて居らねばならぬ筈だ』 秋彦『そこが……微行と言ふ事がある。きつと大将が恋しくなつて、御微行と出掛けられたのだらう』 と門番は美人の噂に有頂天になつて居る。 美人は奥深く進み入り玄関先に立ち、小声になつて、 女『若彦様は御在宅で御座いますか』 と訪うた。玄関番の久助は此声に走り出で、 久助『ハイ、若彦の御主人は今奥に居られます。誰方で御座いますか、御名を聞かして下さいませ』 女『少しく名は申し上げられぬ仔細が御座います。お会ひ申しさへすれば分りますから、何卒「女が一人お訪ねに参つた」と伝へて下さいませ』 久助『私は姓名を承はらずにお取次を致しますると、大変に叱られますから、何卒名を言つて下さい、さうでなければお取次は絶対に出来ませぬ』 女『左様なれば妾から進んでお目に掛るべく通りませう』 久助『是は怪しからぬ事を仰有る。此処は私の関所、さう無暗に通る事は罷りなりませぬ』 女『左様なれば取次いで下さいませ』 久助『見れば貴女は相当の人格者と見えるが、私の言ふ事が分りませぬか。玄関番は玄関番としての職責を守らねばなりませぬから、何程通して上げ度くとも、姓名の分らない方は化物だか何だか知れませぬ。気の毒乍ら何卒お帰り下さいませ』 美人は稍声を高め、 女『コレ久助、お前はまだ聖地に上つた事もなく、生田の森へ来た事も無いので分らぬのも無理はないが、名を名告らずとも玄関番をして居る位なら、大抵分りさうなものだ。何と言つても妾は通るのだから邪魔をして下さるな』 と何処やらに強味のある言ひ振り。 久助は首を傾け、 久助『ハテナ、貴女は奥様では御座いませぬか。ア、いやいや奥様ではあるまい。尊き玉能姫様は結構な御神業を遊ばして、今では女房とは言ひ乍ら、格式がズツと上になられ、当家の御主人様も容易にお側へ寄れないと言ふ事だ。そんな立派な方が供を連れずに、軽々しく一人御入来遊ばす道理がない。アヽ此奴は、てつきり魔性のものだ。……こりやこりや女、絶対に通る事は罷りならぬぞ』 と大声に呶鳴りつけてゐる。若彦は久助の大声に何事の起りしかと、座を起つて此場に現はれ来り、美人の姿を見て打ち驚き、 若彦『ア、お前は玉……』 と言ひかけて俄に口をつぐみ、居直つて、 若彦『何れの女中か存じませぬが、何卒奥へお通り下さいませ』 女『ハイ、有り難う御座います。御神務御多忙の中を御邪魔に上りまして、誠に御迷惑様で御座いませう。左様なればお言葉に従ひ、奥に通して頂きませう』 若彦『サア私に従いて御入来なさいませ。コレ久助、お前は此処にしつかりと玄関番をして居るのだよ、一足も奥へ来てはいけないから』 と言ひ捨てて両人は奥の間に姿を隠した。後見送つた久助は首を稍左方に傾け舌を斜に噛み出し、妙な目付をして合点の往かぬ面持にて天井を眺めて居る。若彦は奥の間に女と二人静かに座を占め、 若彦『貴方は玉能姫殿では御座らぬか。大切な御神業に奉仕しながら、何故案内も無く一人で此処へお入来になりましたか。私は神様へ誓つた以上、貴女と此館で面会する事は思ひも寄りませぬ』 玉能姫『お言葉は御尤もで御座いますが、之には深い仔細があつて参りました。貴方の御存じの通り、言依別様より大切な神業を命ぜられ、次で生田の森の館の主人となりましたが、それに就いて高姫さまの部下に仕へて居る人達が、「三個の神宝は、屹度妾と貴方とが申し合せ当館に隠してあるに相違ないから、若彦の生命をとつてでも、其神宝の所在を白状させねばならぬ」と言つて、大変な陰謀を企てて居りますから、妾もそれを聞いて心落ち着かず、何にも御存じの無い貴方に御迷惑を掛けては、妻たる妾の責任が済むまいと思つて、長途の旅を只一人忍んで御報告に参りました』 若彦『左様で御座つたか。それは御親切に有難う御座います。然し乍ら何事も神様に任した私、仮令高姫が如何なる企みを以て参りませうとも、神様のお力に依つて切り抜ける覚悟で御座います。何卒御安心の上、休息なされたら一時も早くお帰り下さいませ。万一此事が他に洩れましてはお互の迷惑「若彦、玉能姫は立派な者だと思つて居たのに、矢張人目を忍んで夫婦が会合して居る」と言はれてはなりませぬから、教主のお許しある迄は絶対にお目に掛る事は出来ませぬ。その代り私も何処までも独身で道を守つて居りますから、御安心下さいませ』 玉能姫『貴方に限つて左様な気遣ひは要りますものか。互に心の裡は信用し合つた仲ですから、決して決して左様なさもしい心は起しませぬ。御承知で御座いませうが何れ遠からぬ中、高姫さまか、又は部下の方々が食物を以て見えませうから、決してお食りになつてはなりませぬ。是だけは特にお願ひ致して置きます』 若彦『ハイ、有り難う御座います、何から何まで御注意下さいまして御親切の段、何時迄も忘却致しませぬ』 玉能姫は嬉し気に若彦の言葉を聞いて笑顔を作り、嬉し涙を滲ませて居る。 斯かる処へ玄関に当つて争ひの声おいおい高くなつて来る。二人は何事ならんと耳を澄ませ聞き入れば、高姫の癇声として、 高姫『此処へ玉能姫が来たであらう』 久助の声『イヤイヤ決して決して女らしい者は一人も来ませぬ。此館は御主人の命令に依つて当分の間、女は禁制で御座る』 高姫の声『何と言つて隠してもチヤンと門番に聞いて来たのだ。女が一人此処へ這入つて来た筈だ、上も下も心を合せ、しやうも無い女を引き摺り込み、体主霊従のあり丈けを尽し、表面は誠らしく見せて居る若彦の企みであらう。彼奴は青彦と言つて、妾が育ててやつた男だ。エー、通すも通さぬもあるか、言はば弟子の館に師匠が来たのだ。邪魔致すな』 と呶鳴り立て、久助の止むるを振り払ひ、三四人の男を玄関に待たせ置き、畳を足にて強く威喝させ乍ら若彦の居間に進み来り、 高姫『オホヽヽヽ、若彦さま、悪い処へカシヤ婆が参りまして誠に御迷惑様、折角意茶つかうと思ひなさつた処を、風流気の無い皺苦茶婆が這入つて来て、折角の興を醒ましました。お前さまは羊頭を掲げて狗肉を売る山師の様な宣伝使ぢや。玉能姫殿、此高姫の眼力に違はず、表面は立派な事を……ヘン……仰有つて言依別の教主を誤魔化して御座つたが、今日の醜態は何で御座りますか。貴方の御身分で一人の伴も連れずに、大切な神業を遊ばす夫の側へ忍んで来るとは、実に立派な貴方の行ひ、高姫も実に感心致しました。本当に凄いお腕前、爪の垢でも煎じて頂き度う御座いますワ。オホヽヽヽ』 若彦『これはこれは高姫様、遠方の所ようこそいらせられました』 高姫『よう来たのでは無い、悪く来たのですよ。お前さまも気持良く楽しまうと思つて居た処へ、皺苦茶婆アがやつて来て、折角の楽しみを滅茶々々にされて胸が悪いでせう。月に村雲、花には嵐、世の中は思ふ様には往きますまいがな。西は妹山、東は背山、中を隔つる高姫川、本当に悪い奴が出て参りました。コレコレ玉能姫さま、恥かし相に赭い顔して何ぢやいな。阿婆擦女の癖に、殊勝らしう見せようと思つて、そんな芝居をしても、他のお方は誤魔化されませうが、此高姫に限つて其手は喰ひませぬぞエ。「その手でお釈迦の顔撫でた」と言ふのはお前さまの事だ。アヽア怖い怖い、こりや一通りの狸ではあるまい。愚図々々して居ると高姫の睾丸……オツトドツコイ……胆玉まで抜かれますワイ』 玉能姫『これはこれは高姫様、遠方の処御苦労様で御座いました。今承はれば貴方は色々と我々夫婦の事に就いて、誤解をして居らつしやいますが、決して左様な考へを以て来たのでは御座いませぬ』 高姫『そんな事は今々の信者に仰有る事だ。蹴爪の生えた高姫には、根つから通用致しませぬワイなア』 と小面憎気に頤をしやくつて見せる。玉能姫は返す言葉も無く迷惑相に俯向いて居る。 高姫『コレ、玉能姫さま、イヤお節さま、悪い事は出来ますまいがな。誠水晶の生粋の日本魂ぢやと教主が見込んで、大切な御神業を言ひ付けられた貴女の精神が、さうグラ付く様な事では如何なりますか。妾は是から貴女の夫婦会合を実地に目撃した証拠人だから、三五教一般に報告致しまして信者大会を開き、お前さまの御用を取上げて仕舞はねば、折角大神様の三千年の御苦労も水の泡になります。サア如何ぢや、返答をしなされ。三つの玉は何処へ隠してある。それを聞かねば、お前さまの様なグラグラする瓢箪鯰には秘密は守れませぬ。サア玉能姫さま、若彦さま、夫婦共謀してドハイカラの言依別を誤魔化して居つたが、最早化けの現はれ時、何と言つても高姫が承知しませぬぞエ。一般に報告されるのが苦しければ……魚心あれば水心ありとやら……此高姫も血もあれば涙もある。決してお前さま達の御迷惑を見て、心地よいとは滅多に思ひませぬ。サア玉能姫さま、お前さまはチツと妾の言ひ様が強うて腹も立つであらうが、そこは神直日大直日に見直し聞き直して、御神宝の所在を妾にソツと言つて下さい。さうすればお前さま等夫婦のアラも分らず、妾も亦誠の御神業が出来て結構だから』 玉能姫『妾は一度教主様から玉はお預り致しましたが、不思議な方が現はれて遠い国へ持つて行かれましたから、実際の事は何処に隠されてあるか、妾風情が分つて堪りますか。又仮令知つて居りましても、三十万年の間は口外は出来ない事になつて居りますから、それ許りは如何仰有つても申し上げられませぬ。何卒貴女の天眼通と日の出神の御守護とで、玉の所在を御発見なさるが宜しう御座いませう』 高姫『エー、ツベコベと小理屈を言ふ方ぢやなア。そんな事を勿体ない、日の出神に御苦労を掛けたり、天眼通を使うて堪りますか。お前さまが只一言「斯う斯うぢや」と言ひさへすれば良いぢやないか』 若彦『現在夫の私にさへも仰有らぬのですから、何程お尋ねになつても駄目ですよ』 高姫『エー、お前までが横槍を入れるものぢやない。夫婦が腹を合して隠して居るのであらう。そんな事はチヤーンと分つて居るのだ』 若彦は稍語気を荒らげ、 若彦『知つて居るのなら何故貴女勝手にお探しなさらぬか。貴女の仰有る事は矛盾撞着脱線だらけぢやありませぬか』 高姫『脱線とはお前の事だ。教主の御命令がある迄夫婦顔を合さぬと誓ひ乍ら、今日の脱線振りは何の事だ。矛盾撞着はお前等夫婦の事ぢやないか。余り人の事をけなすと屑が出ますぞ。オホヽヽヽ』 と嘲る様に笑ふ。 玉能姫『若彦様、妾は之でお暇致します。高姫様、何卒御ゆるりと遊ばしませ。左様なら』 と立ち上らうとするを、高姫はグツと肩を押へ、 高姫『コレコレ、逃げ様と云つたつて逃しはせぬぞえ。金輪奈落の底迄、神宝の所在を白状させねば措きませぬぞ』 玉能姫『何と仰有つても是許りは申し上げられませぬ』 高姫『何と、マア、夫婦がよく腹を合したものだ。本当に羨ましい程、仲の良い御夫婦様ぢや。オホヽヽヽ』 玉能姫『何卒高姫様、其処放して下さいませ。妾は生田の森へ帰らねばなりませぬから、一時の間も神業を疎略に出来ませぬ』 高姫『オホヽヽヽ、一時の間も疎略に出来ない御神業を振り棄てて、夫の側へなれば幾日も幾日もかかつて、遥々紀の国迄お越し遊ばすのだから、実に立派なものだ』 玉能姫『それでも退引きならぬ御用が出来ましたので、多忙の中を神様にお願ひ申して参つたので御座います』 高姫『その用とは何事で御座るか、サア、それを聞かして貰はう。妾に聞かせぬ様な御用なら何れ碌な事ではあるまい。お前達若夫婦は寄つて如何な企みをして居るか分つたものぢやない。サアもう斯うなつては私も勘忍袋の緒が切れた。何と云うても舌を抜いてでも言はして見せる』 と癇声に呶鳴り立てて居る。 此時玄関に騒々しき人の足音が聞えて来た。暫らくすると秋彦、駒彦、木山彦夫婦外四人兄弟、慌しく奥の間の声を聞きつけて此場に現はれ来り、八人一度に手をついて若彦の前に平伏した。 若彦『ヤア、其方は駒彦、秋彦の宣伝使では御座らぬか、何用あつてお越しなされた』 駒彦『ハイ、熊野の大神様へお礼の為めに参拝致しました』 高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『アハヽヽヽ、オホヽヽヽようもようも揃つたものだ。何かお前達は諜し合はせ大陰謀を企てて居た所、アタ間の悪い、憎まれ者の高姫がやつて来て居るので肝を潰し、熊野の大神様へお礼詣りをしたとは、子供騙しの様な逃口上、立派な聖地には大神様が御座るぢやないか。それにも拘はらず熊野へお礼詣りとは方角違ひにも程がある。何事も嘘言で固めた事は直剥げるものだ。オホヽヽヽ、あの、マア皆さんの首尾悪相な顔わいな。梟鳥が夜食に外れてアフンとした様な其様子、写真にでも撮つて置いたら、よい記念になりませうぞい』 と言葉尻をピンと撥ねた様に捨台詞を使つて居る。駒彦一行は何が何やら合点往かず途方に暮れ、黙然として看守つて居る。 若彦『皆様、後でゆつくりとお話を承はりませう。何卒御神前へおいで遊ばして、お礼を済まして来て下さいませ。……オイ久助、御神殿へ此方々を御案内申せ』 久助は玄関より若彦の声を聞きつけ走り来り、 久助『サア、皆様、大広間へ御案内致しませう』 高姫『コレコレ悪人共、イヤ同じ穴の狐衆、暫くお待ちなされ。若彦と腹を合はせ、御神殿へお礼と云ひ立て、巧く此場を逃げて行く御所存であらう。そんなアダトイ事を成さつても、世界の見え透く日の出神の生宮はチヤンと知つて居りますぞえ。何故男らしう此場で斯様々々の次第と白状なさらぬのだ。今日三五教に於て、誠の神力の備はつた神の生宮は此高姫で御座る。高姫の申す事を聞くか、若彦の言葉を聞くか。サア事の大小、軽重を考へた上、速かに返答なされ。返答次第に依つて此高姫にも量見が御座るぞや』 秋彦、駒彦は口を揃へて、 秋、駒『私は第一に言依別の教主、其次には玉能姫様、其次には若彦さまの崇敬者ですよ。何程高姫様が御神力が強いと言つて、自家広告を為さつても、根つから我々の耳には這入りませぬ。サア皆さま、御神殿へ参拝致しませう』 と此場を立つて行かうとする。高姫は夜叉の如く立腹し、秋彦、駒彦の襟髪を両手にひん握り、力をこめて後へドツと引き倒した。常楠、木山彦は余りの乱暴にムツと腹を立て、 常楠『何処の何人か知らぬが、罪も無い我々の伜を打擲するとは言語道断、年は寄つても昔執つた杵柄の腕の冴えは今に変りは致さぬ。さア高姫とやら、思ひ知れよ』 とグツと襟首を掴みて常楠が強力に任せて、猫を抓んだ様に館の外に放り出した。高姫はそれきり如何なつたか暫く姿を見せなかつた。一同は神殿に向ひ感謝の祝詞を奏上して高姫の無事を祈りけるこそ殊勝なれ。 (大正一一・六・一一旧五・一六北村隆光録)
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(1828)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 10 家宅侵入 第一〇章家宅侵入〔七二二〕 晴れては曇る秋冬の空高姫は改心の 真如の月を曇らせて心の海に荒波の 立騒ぎては又曇る慢心改心行き交る 心の色も定めなき執着心のムラムラと 又もや頭を抬げつつ金輪奈落どこまでも 三つの神宝の所在をば探さにや置かぬと焦だちて 四人の従者を伴ひつ山の尾渉りやうやうと 南の果に紀の国の道の熊野も恙なく あてども那智の滝水に胸を打たれてシホシホと 若彦館に立向ひ胸の炎の燃ゆるまに 無理難題を吹きかけて若彦夫婦其他の 信徒達を悩ませつ常楠爺さまの腕力に 館の外に放り出され無念の歯切り噛み締めて 後振り返りふりかへり館を睨みスゴスゴと 四人の男と諸共に心さかしき山路を 登りつ降りつ浪速江のよしもあしきも白妙の 衣を纏ひ引返す再度山の山麓に 新に建ちし神館初稚姫の守りてし 生田の森に帰り行く。 高姫『アヽ此処が意地クネの悪い杢助の元の館だ。玉能姫は今迄聖地に羽振りをきかして、ピカピカと螢の様にチツと許り光つて居つたが、到頭慢心強く、欲心が深いものだから、杢助の奴にウマウマと計略にかけられ、結構な聖地を飛び出し……お前は如何しても生田の森に因縁があるから、御苦労だが再度山麓の神館の守護をして呉れ……なんて巧い辞令にチヨロまかされ、こんな所へ左遷せられて、有頂点になつて喜んで居る様なお目出度い奴だ。誑す狐が騙されたとは此事だ。実に気の毒なものだワイ。悪人には悪人が寄ると見えて、若彦館に集まつて来よつた連中のあの面と云つたら、泥坊でもしさうな奴ばかりぢやつた。……是れからお前達も充分に気を付けて、誰が何と云つても、日の出神の命令に反く事は出来ないぞえ。貫公、武公、しつかりなされや』 貫州『委細承知致しました。併し是れから日の出神様は聖地へ御帰り遊ばすので御座いますか、但は他の方面へ御出張になりますか、一寸伺つて下さいませな』 高姫『何と云ふお前は頭脳の悪い事だ。日の出神様に伺つて呉れとは、そりや何を言ふのだ。日の出神様と高姫と別々に考へて居るのだな。それがテンから間違だ。高姫は即ち日の出神、日の出神は即ち高姫だ。霊肉一致、誠生粋の大和魂の高姫だ』 貫州『それでも貴女、何時も日の出神の生宮と仰有るぢや御座いませぬか。宮と云ふものは物も言はず動きもせぬものだが、あなたの宮はどこへでもよく動きますな』 高姫『エー分らぬ男だなア。どこへでも思うた所へ行きよるから、イキ宮と云ふのだ。お前は、霊肉一致の此水火が分らぬから仕方がない。余程偉い男だと見込んで遥々紀の国まで連れて行つたのだが、此日の出神が若彦館からつまみ出されて腰を打ち、苦んで居るのに、一口の応対もようせず、蒸し返しも致さず、菎蒻の化物の様にビリビリ慄うて泣き声を出し……モシモシ高姫さま、一体如何なるので御座いませう……なぞと、アタ甲斐性のない、あまり阿呆らしうて、愛想が尽きました。アーア何奴も此奴もマサカの時になつたれば弱いものだ。ここへ来て居る四人連は高姫様の為になれば何時でも死にますの、生命を差上げますのと、よう言はれたものぢや。それ丈の勇気が有るのなら、なぜ生命を的に、若彦や其他の乱暴者を打懲さなんだのぢや。内覇張りの外すぼりとはお前の事ぢやぞえ。是れからチツと腹帯を締め、心を入れ直して貰はぬと、肝腎要の御神業に奉仕する事は出来ませぬぞえ。是れから心を入れ替へて何でも日の出神の云ふ事を聞きますか。サア返答を改めて聞かして下さい。今迄の様なヨタリスクはモウ喰ひませぬから、駄目ですよ』 貫州『ハイ今日限り心を改めて、どんな事でも貴女の言は絶対服従を致します』 高姫『仮令妾がお前に死ねいと云つても、死にますかな』 貫州『ハイ一旦約束をした上は、私も一丈二尺の褌を締めた男だ。決して間違は御座いませぬワイ』 高姫『アヽそれでヤツと安心をした。コレコレ武公、清公、鶴公、お前等は如何だな』 武公『ハイ私も略同意見で御座います。事と品に依れば生命でも差上げます』 高姫『略同意見とはソラ何事ぢや。優柔不断瓢鯰主義の言依別命の御霊にまだ感染されて居ると見えるワイ。そんな筒井式の連中は、今日限り絶縁しますから、トツトと帰つて下さい』 武公『さうだと云つて、一つよりない生命を、さう無暗に貴女に上げられますか。私は大神様に差上げた生命、さう貴女の自由にはなりませぬ。絶対服従と云つてもヤツパリ制限的絶対服従ですから………なア貫州、貴様の絶対服従は先づここらだらう』 貫州『………』 鶴公『オイ貫州、貴様は高姫さまに絶対服従し、源平の戦ひぢやないが、長門の壇の浦迄行く積りか知らぬが、俺等三人が高姫様に破門された時は如何する考へだ。我々四人は何処までも行動を共にすると誓つてある事を忘れはせまいなア』 貫州『そりや決して忘れては居らぬ。互に忘れてはならぬぞと云ふ約束はしたが、まだ細目は定つて居ないのだから、そこは自由意志に任して貰はなくちや可けないよ。其代りに忘れなと云ふ約束は、どこまでも守つて忘れないから、安心して呉れ』 鶴公『何を吐しやがるのだい。実行が肝腎だ。忘れる忘れぬは畢竟末の問題だ。俺達三人は是れから……高姫さまに暇を頂いたのだから、貴様と絶縁をする。其代りに月夜許りぢやないからな。暗の晩には用心なさりませ』 貫州『さう団子理屈を捏ね廻したり、脅喝されては堪らぬぢやないか。チツと淡泊な精神になつて、俺の言ふ事を善意に解して貰はぬと困るぢやないか』 武公『何と云つても我々は執着心の強い高姫さま仕込だから、淡泊になれよと云つたつてなれるものかい。鳶にカアカアと鳴け、鶴にコケコツコウと唄へと云ふ様な注文だ』 高姫『コレコレお前達は大変な御神業を前に扣へ乍ら、妾が一口云つたと云うて、其言葉尻を掴まへて何をゴテゴテ云ふのだ。お前達の心を鞭撻する為に酷い事を云うたのだ。此高姫だとてコレ丈味方が無くなり………オツト……ドツコイ無形の味方が沢山あるわいな。此場合に一人でも大切だ。誰が破門したい事があるものか。そこは推量せなくてはならぬぢやないか。なア鶴公、清公、皆さま、さうぢやないか』 と、たらす様に云ふ。 鶴公『貴女からさう砕けて出て下されば、我々も別に額口に癇筋を立て、糊付け物の様に鯱張りたい事は御座いませぬ。何でも承はりますから、どうぞ御用を仰せ付け下さいませ』 高姫『あゝそれでヤツと内乱も無事に鎮定しました。又してもお前達は革命気分を唆るやうな事を云ふから困つて了ふ。サア是から日の出神の生宮の云ふ事を聞きなされや』 鶴公『ハイハイ承はりませう。何事なりと御遠慮なく仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 と芝生の上に端坐し、両手をついてワザと丁寧に挨拶をする。 高姫『そんなら此館は今戸締りぢやが、錠を捩切つてでも中へ這入つて、調査て来て下され。玉能姫の奴、どんな事をして居るか知れやしない。箪笥の抽斗を一々点検して、秘密書類でもあつたら、抜目なく持出して来るのだよ』 鶴公『主人の不在宅に這入る事は、何となしに心持があまりよう御座いませぬがなア、そんな事すれば、家宅侵入罪とか無断家宅捜索とかになりはしませぬか。予審判事の令状が無ければ到底執行する事は出来ませぬだらう』 高姫『お前はそれだから可かぬのだ。舌の根の乾かぬ内に、直に反抗的態度を執るぢやないか。勿論不在宅へ這入ることは出来ないが、ここは三五教の支社ぢやないか、謂はば吾々の部下でもあり、居宅も同然だから、そんな遠慮は要らぬ。命令に服従しなされ』 鶴公『オイ貫州、武公、清公、如何しようかなア』 貫州『モシ高姫様、貴女先へお這入り下さいませ。大将より先に立つと云ふ事は御無礼で御座います。私は貴女のお出でになる所は、どこまでもお供を致す従者ですから……さうでないと天地の道理が合ひますまい』 高姫『エー間に合ぬ男だなア』 と無理に戸を捩あけようと焦つて居る。斯る所へ玉能姫は虻公、蜂公両人を伴ひ、スタスタ帰り来り、 玉能姫『貴女は高姫様、仮りにも妾の不在宅を、誰に断つてお開けなさるのだ。チツと乱暴では御座いませぬか』 高姫『イヤお節か、要らぬおセツ介ぢや。三五教の支社を自由自在に開けるのは、日の出神の特権ぢや。玉隠しの大罪人の分際として、何をゴテゴテ云ふ資格があるか。今日から此館は日の出神の仮の御住居、お前は是れから引返し、御苦労だがマ一遍紀の国へ行つて、恋しい男と末永う楽んで暮しなさい。さうすればお前さまも思惑が立ち、面白い月日が送れるだらう。此閾一歩たりとも跨げる事は許しませぬぞや』 玉能姫『何と仰有つても此館は妾の監督権内にあるもの、何程日の出神様でも、指一本触へる事は許しませぬぞ』 と優しき女に似ず、稍言葉に力を入れて極めつけた。 高姫『あのマアおむつかしい顔ワイナ。ホヽヽヽヽ、若彦に会うて、甘つたるい言葉を聞かされて居なさつた時の顔と、今の顔とはまるで地蔵と閻魔の様に変つて居る、あゝそりや無理もない。憎うて憎うてならぬ邪魔者の高姫と、可愛て可愛てならぬ若彦とだから、無理もありますまい。思ひ内に在れば色外に露はるとやら、結局お前は正直なからだ』 と肩を揺り腮をしやくる憎らしさ。 玉能姫『何と仰有つても、高姫様を此館へ入れてはならぬと厳命を受けて居りますから……』 高姫『何と言ひなさる。厳命を受けたとは、そりや誰から受けたのだ。そんな権利を持つて居る奴は三五教には一人もない筈だ。大方僣越至極な行動を敢てする言依別か杢助の指図だらう。サア此一言を聞いた上は、どこまでも白い黒いを別けねば置かぬ。……誰が言うたのだ。有態に白状を致されよ』 と威丈高になる。 玉能姫『オホヽヽヽ、高姫様の恐ろしいお顔、モ少し淑やかに低い声で仰有つて下さいましても、玉能姫の耳はよく通じますのに……妾は日の出神から厳命を受けました』 高姫『日の出神とは妾の事ぢや。妾が何時そんな命令を致しましたか』 玉能姫『ハイ何時も厳しく仰せられます。自分の守つて居る館は、仮令教主でも、如何なる長上の方でも、生神様でも、黙つて入れてはならぬ。絶対に其処を守り、他の者は寄せ付けるでないと、貴女は始終仰有つたぢやありませぬか。教主も妾の長上なれば貴女もヤツパリ長上の仲間です。又自分以下の役員様、信者と雖も、自分の守護神の許さぬ事は絶対にならないと、貴女の日の出神様の厳しきお警告でせう。妾は日の出神様に絶対服従ですから……』 高姫『それならば何故日の出神に服従せないのだ。お前は日の出神には服従しても、高姫の云ふ事は聞かぬと云ふ精神だなア。高姫が即ち日の出神、日の出神が即ち高姫、密着不離の関係を知らぬのか。それが分らぬ様な事で、如何して此結構な神館が守れますか』 玉能姫『………』 高姫『口が開きますまい。無理を通さうと云つても、屁理屈や無理は日の出神の前では三文の価値も有りますまいがなア。オツホヽヽヽ』 玉能姫『何と仰有つても、妾は這入つて貰ふ事は出来ませぬから………』 高姫『何と剛腹な女だなア。理屈は抜にして、同じ道に居る吾々、チツとは融通を利かしたらどうだな』 玉能姫『融通を利かす様な行方は、変性女子の言依別の行方だ、日の出神は一言云うたら、どこまでも間違へられぬのだと仰有つたでせう。それだから何処までも其御神勅を遵奉致しまして、お気の毒乍ら今回はお断り申しませう』 虻公『コレコレ高姫さまとやら、貴女は館の主人がこれ程事を解て仰有るのに、なぜ分りませぬか』 高姫『エー喧しいワイ。新米者の癖に………泥棒面をさげやがつて……玉能姫に従いて来る様な奴に碌な奴は一人も居りやせぬ。二人が二人乍ら、どつかで泥棒でも働いて居つた様な面付をして居る』 蜂公『是れは怪しからぬ。何時私がお前さまの物を窃盗しましたか。お前さまこそ、人の不在宅を窃盗しようと思つて予備行為をやつて居つた所、玉能姫様に見つけられたぢやないか。泥棒の上手な奴は、滅多に夜間這入るものぢやない。日天様のカンカンお照り遊ばした時、公然と不在宅へ大勢連れで、近所の人にワザと用がある様な顔して這入るのが奥の手だ。お前さまも随分鍛練したものだなア。実に感心致しますワイ。永らく泥棒をやつて居つた蜂……オツトドツコイお方と見えて、中々肝玉が据わつて居るワイ』 高姫『的切りお前は泥棒商売をやつて居つた奴に違ひない。さうでなければそんな秘訣が分る筈がない。玉隠しの玉能姫に従く様な奴だから、ようしたものだ。類は友を呼ぶと云つて玉盗人の家来だから、キツト泥棒しとつたに違なからう。日の出神の目で睨んだら間違はあるまいがな』 蜂公『ハイ、どうも若い時から何々を商売にやつて居つたものだから、何れそんな臭気がするかも知れぬが、今日は清浄潔白、水晶魂の真人間だから、あまり昔の事を言つて、過越苦労をせぬ様にして下さい』 高姫『ハヽヽヽ、ヤツパリ泥棒上りぢやな。泥棒と聞く以上は、折角の水晶魂が泥に汚されては大神様に申訳がない。サア貫州、武公、清公、鶴公、妾に従いて来なさい、グヅグヅして居ると、お前達も折角身魂の垢が除れかけた所、又逆転して泥まぶれになると険難だから……、サアサア早く妾に従いてお出でなさるが宜からう。コレコレお節、お前は良い家来が出来ました。後でゆつくりと、三人三つ眼になつて、此世を紊す御相談でもなさるが性に合うて居りませうぞい。オホヽヽヽ』 と嘲り笑ひ乍ら、早くも此場を見棄てて森の彼方へ姿を隠す。四人は心無げに従いて行く。高姫は生田の浜辺に着いた。四五艘の舟の中に玉能丸と書いた船を見つけ、 高姫『ハハア、此奴は何でも宝を隠しに行きよつた時に使用つた船らしい。他人の船に乗つて行けば泥棒になるが、此奴ア同じ三五教の所有の船だ。そして又隠しよつた船に乗つて探しに行くのは縁起がよい。コレコレ貫州外三人、早く船の用意をなさつたがよからう』 かかる所へ二三人の船頭現はれ来り、 船頭『コラコラ何処の奴か知らぬが、俺達の監督して居る船を、自由にどうするのだ』 高姫『コレはお前達の船かな』 船頭『俺の船ではないが、監督を頼まれて居るのだ。生田の森の玉能姫様の所有船だ。毎月一遍づつ此船に乗つて島へ行かつしやるのだよ』 高姫『大略何日程往復にかかつて、玉能姫様は帰つて来られるかな』 船頭『早い時は日帰りの事もあり、風波が悪いと三日もかかられる事がありますワイ』 高姫『さうするとお前さんの考へでは、どこらあたり迄往く様に思ふかな』 船頭『マアさうだな、家島辺りだらう。俺達も風波の良い日は家島へ往復するが、恰度一日のよい航程だから、何でも家島辺に結構な神様があつてそこへお参詣なさるのだらう』 高姫『同伴者は何時も何人位あるのかな』 船頭『あの人は綺麗な別嬪の癖に、自分一人で艪を漕いで、此荒波を渡つて行くのだから、吾々船頭仲間も偉い女だ、神様の様な人だと云つて呆れて居るのだ』 高姫は舌を巻いて、 高姫『なんと偉い奴だなア。併し宝の隠し場所は何でも其辺に違ない。あゝ好い事を聞いた。あゝこれで前途が明かるくなつた様な気がする。船頭さま、お前一つ御苦労だが家島までやつて呉れぬか。此船に乗つて……』 船頭『なんと仰有りましても行きませぬ。お前は三五教の宣伝使でせう。笠の印にチヤンと現はれて居る。三五教の宣伝使が来たら、何と言つても渡す事はならぬと、今聖地へ往つて偉い者になつて御座る杢助さまや、玉能姫さまから頼まれて居るのだから、何程金をくれても出す事は出来ませぬワイ』 高姫『何と云つても、行つて呉れませぬか』 船頭『船頭仲間にもヤツパリ一種の道徳律がありますから、そんな、約束を破らうものなら、竜神さまに如何な罰を被るか分つたものぢやない。船頭は誰も彼れも貧乏人ばつかりだが、併し乍ら金銭の為に動く奴は一人も無い。そんな事は何程頼んでも駄目だ。オイ源州、金州、早く取締の宅まで往かう。グヅグヅして居ると又叱責を言はれるからなア』 金州『オウさうだ。急いで行かう。……オイオイ女宣伝使、決して此船に指一本触へてはならぬぞ』 高姫『アヽ仕方がない。そんなら妾も帰らうかなア』 と四人に目配せし乍ら、生田の森の方面指して走り行く。三人の船頭はヤツと安心し乍ら此場を立去つた。 高姫『オツホヽヽヽ、どうやら船頭の奴、安心して帰つて行きよつたらしい、サアお前達、是れから玉能丸に乗込み、一生懸命に家島に向つて漕ぎ出すのだ』 とクレツと踵を返し、浜辺に駆けつけ手早く綱をほどき、艪を操り櫂を漕ぎ乍ら、黄昏の空を暗に紛れて力限り走り行く。暫くあつて、玉能姫は船頭の報告に依り、二人の男を引連れ浜辺に来て見れば、玉能丸は既に見えなくなつて居る。玉能姫は、 玉能姫『アヽ失敗つた。高姫一派の者、宝の所在を嗅つけ船に乗つて往つたのに違ひない。コラ斯うしては居られぬ。我船はなくとも後から断りを言へば良いのだ。サア虻公、蜂公、用意をして下さい。一刻も猶予はなりませぬ』 虻公『此暗いのに船を出した所で方角も分りませぬ。明日になさつたら如何ですか』 玉能姫『イヤ一刻も猶予はなりませぬ。サア早く用意をなされ。一刻遅れても一大事だから……』 虻公『私は船を操つた事は、生れてから有りませぬ。蜂公と云つても其通り、如何したらよからうかな』 玉能姫『そんならお前達は、又高姫一派が不在宅へやつて来ると困るから、早く帰つて留守番をして下さい。妾の帰るのが仮令一日や二日遅くなつても心配せずに、神妙に留守して居て下されや』 虻公『貴女は如何なされますの』 玉能姫『アヽどうでも宜しい。早く帰つて下さい』 蜂公『それでも貴女の御行方を承はつて置きませぬと困りますから……』 玉能姫『妾は家島へ行くのだ』 と云ふより早く艫綱を解き、櫓を操り、星のキラめく海面を、矢を射る如く辷り出した。二人は是非なく館へ帰り行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七松村真澄録)
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(1829)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 11 難破船 第一一章難破船〔七二三〕 心の空も高姫が四人の供を伴なひて 三つの宝の所在をば探らにや止まぬ闇の夜の 大海原を打ち渡り心の駒の狂ふまに 家島を指して進み行く其目的は玉能丸 玉の行方を探らむと操るすべも白浪の 上を辷つて進み往く四人の男は汗脂 滝の如くに搾りつつ浪のまにまに漂ひて 遂に進路を取り外し心も淡路の島影に かかる折しも暗礁に船の頭は衝突し 忽ち浪に落ち込みて九死一生の憂目をば 見ながら心は何処迄も執念深き高姫が 宝探しの物語褥の船に横たはり 心の海に日月の浮かぶまにまに述べ立つる 瑞月霊界物語底ひも知れぬ曲津神 神の仕組の荒浪をときわけかきわけ進み行く アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 高姫は首尾よく三人の船頭をまき散らし、一行五人意気揚々として闇の海原を漕ぎ出した。浜辺の明火は漸く遠ざかり眼に映らない迄になつて来た。高姫は鼻蠢かしながら、 高姫『アヽ皆の者、御苦労であつた。モウ斯うなれば大丈夫、滅多に後から追ひかけ来る気遣ひもあるまい。仮令来た所で宝の所在を探つた以上は、そつと此船に積み込み、廻り道をして帰つて来れば好いのだ。さうして其玉は、此高姫の腹の中に呑み込んで置けば、誰が来たとて取られる気遣ひはない。オホヽヽヽ、待てば海路の風が吹くとやら、時節は待たねばならぬものだ』 貫州『モシモシ高姫様、貴方は既に已にお宝が手に入つたやうな事を仰有いますな、取らぬ狸の皮算用では御座いますまいか』 高姫『何大丈夫だよ、何と云うても日の出神の生宮が睨んだら間違ひはない。言依別の教主や、杢助、玉能姫の連中が嘸や嘸アフンとする事であらう。其時の顔が今見るやうに思はれて可愍いやうな心持がして来た。お天道様の御守護ある証拠には、今夜に限つてお月様も現はれず、星ばかりの大空、いつもからあの玉が欲しい欲しいと思つて居た故か、今日の星の光はまた格別だ。何と云つてもあれ丈け天道様が星々と云つて、沢山に睨んで御座る天下の重宝だから、手に入れば大したものだ、誰が何と云うても玉を呑んだ以上は聖地へ帰り、高姫内閣を組織し、お前達を幕僚に任じてやる考へだから、勇んで船を漕いで下されや』 貫州『余り気張つたものですから、私のハンドルは知覚精神を喪失し、最早用をなさないやうになつて仕舞ひました』 高姫『エヽ、今頃に何と云ふ心細い事を云ふのだい。兎の糞で、長続きがしないものは、到底まさかの時に間に合ひませぬぞ。ここは一つ千騎一騎の場合、伸るか反るかの境目だから、些と腕に撚りでもかけて噪ぎなされ』 鶴公『オイ貫州、お前もさうか、俺も何うやら機関の油が切れたやうだ。腕も何もむしれさうになつて仕舞つた』 清公『俺もさうだ』 高姫『まだこれから長い海路だのに、明石海峡前でくたばつて仕舞つては仕方が無いぢやないか。ちと確りと性念を据ゑてモ一働きやつて貰はねば、三千世界の肝腎要の御用は勤め上りませぬぞえ。出世が仕度くば今気張らねば、後の後悔間に合ひませぬぞ。三千世界に又とない功名を現はさうと思へば、人のよう致さぬ事を致し、人のよう往かぬ所へ往つて来ねば真の御神徳は頂けませぬ。サア皆さま、先楽しみにもう一気張りだ』 貫州『斯う腕が抜けるやうに怠くなつて来ては損も得も構うて居れますか。欲にも得にもかへられませぬ今晩の苦しさ、こりや何うしても神様のお気に入らぬのかも知れませぬぜ。何とは無しに心の底から恐ろしくなり、大罪を犯すやうな気がしてなりませぬワイ。一つ暗礁にでも乗り上げやうものなら忽ち寂滅為楽、土左衛門と早替り、竜宮行きをせなならぬかも知れませぬ。何うでせう、風のまにまに、浪のまにまに任せ、皆の者が休まして貰つたら、又元気がついて働けるかも知れませぬ』 高姫『一刻の猶予もならぬのだから休む事は絶対になりませぬ』 貫州『アヽ、何程休まずに働かうと思つても、肝腎のハンドルが吾々の命令に服従しないのだから仕方が無い。高姫さま、貴女一つ漕いで御覧、さうしたら吾々の辛い事が味ははれませう。人を使はうと思へば、人に使はれて見なくては部下の苦痛が分りませぬからなア』 高姫『お前は何の為について来たのだ。生神様に船を漕げと云ふのか、そりや些と了見が違ひはせぬかの。高姫が船が使へるのなれば、誰がこんな秘密の御神業に、お前達を連れて来るものか。船を漕がすために連れて来たのだから、そんなに気なげをせずに一つ身魂に撚をかけて気張つて下さい。その代りこの事が成就致したら、立派にお礼を申しますから』 鶴公『お礼も何も入りませぬ。我々は手柄したいの、名が残したいの、人に誇りたいのと云ふやうな、そんな小さい心は持ちませぬ。何時も貴女は口癖のやうに、此事が成就致したら出世さすとか、お礼を申すとか、万劫末代名を残してやるとか、神に祀つてやらうとか仰有いますが、第一そのお言葉が気に喰ひませぬワイ。そんな名誉や欲望に駆られて神様の御用が出来ますものか。我々は手柄がしたさに貴女について来て居るやうに思はれては片腹痛い。何だか自分の良心を侮辱されたやうな気がしてなりませぬ。何卒これからそんな子供騙しのやうな事は云はぬやうにして下さい。たらだとか、けれどとかの語尾のつく間は駄目ですよ。そんな疑問詞は根つから葉つから腹の虫が承認致しませぬ』 高姫『お前はそんな立派な事を口で云うて居るが、心の底はさうぢやあるまい。名誉心のない奴はこの広い世界に一人だつて有らう筈がない。赤裸々に腹の底を叩けば、誰だつて手柄が仕度いと云ふ心の無い者は有るまい。日の出神の生宮だつて矢張名誉も欲しい、手柄もしたい、これが偽らざるネツトプライスの告白だ。皆の者共、それに間違ひはあるまいがな、オホヽヽヽ』 一同『エヽさうですかいな』 とのかず触らずのやうな、あぢな味噌を嘗めた時のやうに、せう事なしに冷淡な返事をして居る。一天俄に墨を流せし如く掻き曇り、星影さへ見えなくなつた。忽ち吹き来る颶風に山岳の如き浪立ち狂ひ、玉能丸を毬の如くに翻弄し始めた。何時の間にか船は淡路島の北岸近く進んで居たと見え、島の火影は幽かに瞬き始めた。高姫は其火光を目当に船を漕げよと厳命する。四人は最早両腕共萎へて艪櫂を操縦する事が出来なくなつて居た。船は忽ち暗礁に乗り上げたと見え、船底はバリバリバリ、パチパチパチ、メキメキメキと大音響を立てて木端微塵となり、高姫以下は荒波に呑まれて仕舞つた。 玉能姫は甲斐々々しく襷十文字に綾取り、艪を操りながら高姫が後を追ひ進み来る折しも、俄の颶風に遇ひ淡路島の火影の瞬きを目当に辛うじて磯端に安着し、夜明を待つ事とした。風は歇み雲は散り、忽ち紺碧の空に金覆輪の太陽は、山の端を覗いて海面に清鮮なる光を投げ、鴎の群は嬉々として東西南北に浪の上を翺翔して居る。漁夫の群と見えて四五の小さき帆掛船は遥の彼方に見えつ隠れつ太陽に照されて浮いて居る。 玉能姫は東天に向ひ祝詞を奏上する折しも、傍より呻吟の声が聞えて来る。怪しみながらよくよく見れば、波に打ち上げられた五人の体、人事不省の態にて『ウンウン』と唸り声のみ僅に発して居る。近より見れば、高姫一行であるに打驚き、色々と介抱をなし鎮魂を修し、魂寄せの神言を唱へ漸う五人を蘇生せしめた。玉能姫は高姫の背を擦り乍ら、 玉能姫『確りなさいませ。気が付きましたか』 と優しき声にて労はる。高姫は初めて気がつきたるが如く、 高姫『アヽ何れの方か存じませぬが、危い所をお助け下さいまして有難う御座います。是と云ふのも全く日の出神様が、貴女にお憑り遊ばして助けて下さつたのに違ひありませぬ。アヽ外の者は何うなつたか』 玉能姫『高姫様、御心配なされますな、皆妾が御介抱申し上げ、漸う気がつきました。大変なお疲れと見えて横になつて此処に居られます』 高姫『妾の名を知つて居る方は何れの御人だ』 とよくよく見れば玉能姫である。 高姫『ヤアお前は玉能姫かいナア、ようまア来られました。夜前の荒浪に唯一人船を操つて、この大海原を渡るなどとは偉い度胸の女だ。さうしてお前は妾を助けて、高姫の頭を押へる積りだらうが、さうはいけませぬぞえ』 玉能姫『イエイエ滅相な事、どうして左様な野心を持ちませう。どこ迄いても玉能姫は玉能姫、高姫は高姫で御座いますもの』 高姫『何と仰有る。玉能姫は玉能姫と云うたぢやないか。要するにお前はお前、私は私と云ふ傲慢不遜なお前の了見、弱味に付け込んで同等の権利を握つたやうな其口吻、どうしても日の出神は腑に落ちませぬ。お前に助けて貰うたと思へば結構なやうなものの、余り嬉しうも無いやうな気が致しますワイ。オヽさうぢやさうぢや、日の出神様が玉能姫の肉体を臨時道具にお使ひなさつたのだ。……アヽ日の出神様、よう助けて下さいました。玉能姫の如き曇り切つた身魂にお憑り遊ばすのは、並大抵の事では御座いますまい。御苦労様お察し申します。……コレコレ玉能姫、唯今限り日の出神様はこの生宮へ憑り替へ遊ばしたから、決して決して此後は私の真似をして日の出神の生宮だなんて、そんな野心を起してはなりませぬぞ。チツト嗜みなされ』 玉能姫『何は兎もあれ、日の出神様のお蔭で大切な生命をお助かり遊ばして、お目出度う御座います』 高姫『そりや貴女、嘘でせう。死ねば良いのに何時迄もガシヤ婆が頑張つて夫婦の仲を邪魔を致す奴、お目出度いと云ふのは口先許り、真実の心の底は大きにお目出度うありますまい、オホヽヽヽ』 玉能姫『それは何と云ふ事を仰有います。暴言にも程があるぢやありませぬか』 高姫『定つた事よ。言依別の教主や杢助等と腹を合せ、此生宮に蛸の揚壺を喰はせ、面目玉を潰させ、高姫を進退維れ谷まる窮地に陥れたお前、どこに私が助かつたのが目出度いと云ふ道理が御座んすかいな。阿諛諂佞、巧言令色至らざる無き貴女方には、高姫も心の底よりイヤもう感心仕りました。それだけの悪智慧が廻らねば大それたあんな大望は出来ますまい』 玉能姫『妾が此処へ来なかつたら、貴女は既に生命の無い処ぢやありませぬか。生命を助けられ乍ら、余りと云へば余りのお愛想尽かし、妾も実に感心致しました』 高姫『それはお前何と云ふ口びらたい事を云ふのかい。天道は人を殺さずと云つて、日の出神様の生宮、どんな事があつても神様が救ひ上げてお助けなさるのは必定だ。万々一此高姫が溺れて死ぬ様な事があつたら、それこそ三千年の変性男子のお仕組が薩張水の泡になつて仕舞ふぢやないか。此世の中を三角にしようと四角にしようと餅にしようと団子にしようと、自由自在に遊ばす大国治立大神様は、そんな不利益な事を遊ばす筈がない。仮令お前が来なくてもあれ御覧なさい。沢山の漁船が浪の上を往来して居るぢやないか。世界に鬼は無いと云ふ。見ず知らずの赤の他人でも人が困つて居れば助けたうなるものぢや。人を助けた時の愉快さと云うたら譬方の無いものだ。お前さまは赤の他人とは云ひ乍ら矢張り曲りなりにも同じ神様のお道の懐にくつついて居る虱のやうなものだ。虱の分際として、霊界物語第五巻の総説ぢやないが、広大無辺の大御心が分つて耐りますかい。暫しの間でも私を助けてやつたと夢見たときの愉快さは、何とも云はれぬ感がしただらう。仮令刹那の愉快でも此高姫があつたらこそ、そんな結構な目に遇うたのだ。サアサア早く日の出神の生宮に感謝なさいませ。アヽ神様はお恵が深いから、こんな玉隠しの身魂にさへも喜びを与へて下さるか。思へば尊い御神力の強い日の出神様。杢助や玉能姫に守護して居る神様は、此高姫に対し一度も束の間も嬉しいと云ふ感を与へて呉れた事はない。その筈だ、何を云うても素盞嗚尊の悪の一番醜い時の分霊が守護して居るのだから、注文するのが此方の不調法だ、オホヽヽヽ』 とそろそろ元気づいて来るに従ひ、再び意地くねの悪い事を捏ね出したり。 玉能姫『貴女、船はどうなりました』 高姫『オホヽヽヽ、船が残る位なら誰人が海へはまるものか。お前も思ひの外智慧の足らぬ事を云ひなさるな。あの船にはエラさうに玉能丸と印が入れてあつたが、決してお前の船ぢやありますまい。三五教の神様の御用船だ。それを僣越至極にも自分の船のやうに思ひ、玉能丸なんて記した所を見れば、心の中には既に既に船一艘窃盗して居つたのだ。お前併し乍らこれも神様の深いお仕組かも知れませぬ。玉能姫の名のついた船が暗礁に衝突かつて木つ端微塵になつたと思へばオホヽヽヽ、心地よい事だ。この船がお前の前途の箴をなして居るのだ。余り慢心をして我を張り通すと又此船のやうに暗礁に乗り上げ、破滅の厄に遇はねばなりますまい。大慈大悲の日の出神が気をつけて置くから云ふ中に改心をなさらぬと、トコトンのどん詰りになつて地団駄踏んでも後の祭、誰も構うては呉れませぬぞエ。……コレコレ貫州、皆々好い加減に起きて来ぬかいな、男の癖に何を弱つて居るのだ』 貫州『いやモウ余り感心致しまして立つ事が出来ませぬワ。ナア鶴公、お前も感心しただらう』 鶴公『さうともさうとも、四人共揃つて感心した。生命を助けて貰うて置きながら、竹篦返しの能弁には俺達も開いた口が塞がらぬワイ。ナア玉能姫様、貴女の御精神には心から感心致しました。ようマア生命を助けて下さいました。お腹が立ちませうが狂人の云ふ事だと思つて何卒勘弁してやつて下さいませ。海の向ふに須磨の精神病院が御座いますから、其処へお頼み申して監禁して貰ひますから、どうぞそれ迄御辛抱を願ひます。生命の親の玉能姫様、アヽ惟神々々』 高姫『コラコラ鶴、貫、何を云ふのだ。生神様に対して狂人とは何と云ふ不心得の事を云ふのだ。そんな事を申すと今日限り師匠でもないぞ、弟子でもない。破門するからさう思へ』 鶴公『捨てる神もあれば拾ふ神もある。世の中はようしたものだ。私は唯今限りお前さまに愛憎が尽きたから、玉能姫様のお弟子にして頂きます。否々生命の親様、孝行な子となりて尽します。高姫さま、長らく御心配をかけさして下さいました。私も是で四十二の厄祓ひ、家内中綺麗薩張煤払ひをしたやうな気分になりました』 高姫は面を膨らし目を剥いて睨み付けて居る。 玉能姫『四人のお方、貴方方は何処迄も高姫様の御教養をお受下さいませ。妾は他人様の弟子を横取りしたと云はれましては迷惑で御座います。断じて弟子でもなければ親子でもないと思うて下さい』 鶴公『そりや貴女御無理です。何と仰有つても私の心が高姫様を離れて、貴女に密着して仕舞つたのだから、何彼の因縁と諦めて下さいませ。お許しなくば貴女に助けて貰うた此生命、綺麗薩張り身を投げてお返し致しますから』 玉能姫『貴方方のお心はよく承知致しました。併し妾を助けると思うて断念して下さい。それよりも一時も早く妾の船に高姫様をお乗せ申して帰りませう』 一同『ハイさう致しませう』 と言葉を揃へて頷く。 高姫『お前等は御勝手に乗つて帰りなさい。私は玉能姫に助けられる因縁が無いのだから。あの通り沢山の船、此処に待つて居れば何処かの船が来う。それに沢山の賃銀を与へれば何処へでも乗せて往つて呉れるから、お節惚けのお前達はどうでも勝手にするがよいワイのう。私は一つの目的を達する迄帰らないから、お前達は玉能姫と一緒に帰りなさい』 鶴公『アヽ、こんな目に遇うても貴女は矢張り執着心が退かぬと見えますな。家島とか神島とかへ行つて宝を呑んで来る積りでせう』 と聞くより高姫は癇声を張り上げ、 高姫『構ふな、お前達の知つた事かい』 と呶鳴りつけた。 此時一艘の漁船矢を射る如くに此場に寄り来り、 船頭『夜前は大変な暴風雨だつたが、茲に一艘の船が毀れたと見えて板片が残つて居る。大方お前等は難船したのだらう。サア私の船に乗つて向ふへ帰らつしやい、賃銀は幾何でもよいから』 高姫『アヽ流石は神様だ。お前は偉いものだ。サア私を乗せて下さい。賃銀は幾何でも上げるから』 船頭『見れば此処に船が一艘着いて居るが、是は誰の船だな』 高姫『あれかいな、あれは此処に居る連中の船だ。最前から乗せて呉れと云つて頼んで居るのに、根つから乗せてやらうと云はぬのだ。エグイ奴があればあるもの。……よう来て下さつた。サア乗せて貰はう』 船頭『サアサア乗つて下さい。コレコレお前さま達、なぜこの婆アを乗せてやらぬのだ。腹の悪い男だなア』 鶴公『船頭さま、この婆アは一寸気が違うて居るから何云ふか分りませぬ。最前からこの船に乗りなさいと云ふのに、自分から乗らないと頑張つて、駄々をこね、あんな事を云ふのだから仕方が無い。お前さま、要心して須磨の精神病院へでも送つてやつて下さい。途中海へでも飛び込むと大変だから、綱かなんかで、がんじ搦めに縛つて船の中の荷物で押へて置かぬと耐りませぬぜ』 高姫『こりや鶴、恩知らず奴、何と云ふ事を云ふのだ』 と睨め付け、 高姫『サア船頭さま、早くやつて下さい。サア早く早く早く』 船頭『ハイ、左様なら何処へでもお供致しませう』 と、艪を取り、西に向つて漕いで行く。 玉能姫は四人の男を吾船に乗せ、自ら艪を操りながら高姫の船を目蒐けて追うて往く。 (大正一一・六・一二旧五・一七加藤明子録)
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(1830)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 12 家島探 第一二章家島探〔七二四〕 負ぬ気強き高姫は折から漕来る漁夫船 是幸ひと飛び乗りて海の底より尚深き 執着心に駆られつつ三つの宝の所在をば 諸越山の果て迄も探し当てねば措くものか 仮令蛇となり鬼となり屍は野べに曝すとも 海の藻屑となるとても此一念を晴らさねば 大和魂が立つものか日の出神の生宮と 自ら謳うた手前ある愈実地を嗅出して 日の出神の神力を現はし呉れむと夜叉姿 髪振り乱し海風に身を梳り荒浪を 乗り切り乗り切り漸くに高砂沖にと着きにける。 船頭『もしもしお客さま、右手に見ゆるはあれが有名な高砂の森、それから続いて石の宝殿、曽根の松の名所、如何です、一寸彼処へお寄りになつては』 高姫『や、妾はそんな事どころぢやない。一時も早く家島迄行かねばならぬのだ。お前、御苦労だが何卒気張つて一刻でも早く漕つて下さい。それそれ後から今の五人の悪党者が追ひ駆て来る。追ひ付かれては大変だからなア』 船頭『儂も力一杯漕いで居るのだが、何と言うても向方は五人だから、交る交る身体を休め以て来るのだから旨いものだ。然し乍ら儂も此界隈にては艪では名を売つたもの、船頭の東助と言へば名高い者ですよ。其代り賃銀は他人の三人前払うて貰はねばなりませぬ』 高姫『三倍でも五倍でも十倍でも構ふものか。一歩でも早く着きさへすれば払つてやる。然し一歩でも後れる様の事があつては矢張三人前ほか払ひませぬぞや』 東助『有難う、それなら是から一気張り致しませう。何程上手な者でも此東助には叶ひませぬからな』 と捩鉢巻を締め浸黒い膚を出して凩に向ひ汗を流し乍ら、一層烈しく艪を漕出した。 高姫『これこれ、船頭さま、左手に饅頭の様な島が浮いて居るが、あれは何と言ふ島だい』 船頭『あれですか、あれは瀬戸の海の一つ島と言ひ神島とも言ひましてな、それはそれは恐ろしい島ですよ。昔から私の様な船頭でも寄りついた事は無いのですから』 高姫『あの島へ去年の五月の五日に船を漕いで行つた女があるだらう。お前、聞いて居るだらうなア』 東助『滅相も無い事仰有いますな。常の日でさへも彼の島へ船は着きませぬ。况して五月五日と言へば神島の神様が高砂の森へお渡り遊ばす日だから、船頭は総休みです。此辺一帯は昔から五日の日に限つて船は出しませぬ。万一我慢をして船を出さうものなら、忽ち船は顛覆し生命をとられて仕舞ふのだから、何処の阿呆だつて、そんな日に船を出したり恐ろしい神島などへ渡りますものか』 高姫『あの島には何か宝物でも隠してある様な噂は聞きはせぬかな』 東助『沢山の船頭に交際て居ますが、そんな話の気位も聞いた事はありませぬワイ。神様の話を言つても海が荒れると言ふ位だから、もう此話は是きりにして下さい』 高姫『さうかなア、矢張さうすると家島に違ひない。さア早く頼みます』 東助『承知しました』 と一生懸命、向う風に逆らひつつ漸く家島の岸に着いた。 高姫『あゝ御苦労だつた。流石は東助さま、よう早う着けて下さつた。お礼は沢山に致しますぞえ、後からの連中が来ても妾が此山へ登つたと言つてはいけませぬぞえ。若しも尋ねたら、高姫は神島に上がらしやつたと言うてお呉れ、屹度だよ』 東助『はい、承知致しました』 高姫はパタパタと忙がしげに老樹こもれる山林の中に姿を隠して仕舞つた。東助は只一人舷に腰を掛け松葉煙草をくゆらして居る。 半時ばかり経つと、玉能姫の一行を乗せた小船は矢を射る如く此場に寄り来り、 玉能姫『あ、お前さまは高姫さまを乗せて来た船頭さま、まア御苦労で御座いましたな。高姫さまは此山へお登りでしたか』 東助『え……その……何で……御座います』 と頭をガシガシ掻いて居る。其間に船は岩端に繋がれ五人は上陸した。 玉能姫『あなたの乗せた来た女の方は此山へ登られましたか』 東助『はい、登られたか、登られぬか、つい……昼寝をして居つたものですから根つから分りませぬ。貴女等が若し此処へおいでになつてお尋ねになつたら、神島へ行かしやつたでせう』 鶴公『ハヽヽヽヽ、何と歯切れのせぬ、どつちやへも付かずの答だな。一体船頭さま、お前は神島へ寄つたのかい』 東助『滅相も無い、誰があんな所へ寄せ着けますかい』 鶴公『そんなら、如何して高姫さまが神島へ寄つたのだ、実の処は此家島へ着いたのだけれど、神島へだと言つてスコタンを喰はして呉れと頼まれたのだらう。それに違ひない。お前は船頭に似合はず腹の黒い者だな』 東助『何を言つても金のもの言ふ世の中ですからな。船頭だつて金儲けは矢張大切ですワイ』 鶴公『ハヽヽヽヽ、分つた分つた、てつきり此島だ。玉能姫様、さア早く登りませうか。貴女の大切な宝を掘り出して呑まれて了はれちや大変ですぜ』 玉能姫『それもさうですが、余り慌るには及びませぬ。探すと言つたつて是だけ広い島、さう容易に見当るものぢやありませぬわ、まア一服致しませう』 貫州『玉能姫様の仰有る通り慌るには及ばぬぢやないか。高姫は高姫で勝手に探すだらう、一日や二日歩いたつて探しきれるものぢやないから。まア、玉能姫様、先づゆつくりとさして貰ひませう。随分疲労れましたから』 玉能姫『あ、さう為さいませ。私は実の所、宝の所在は存じませぬ。只一度手に触れた計り、後は竜神様が何処かへお隠しなされたのですから……此広い世界の何処かの島に隠してあるのでせう。妾が此処へ追つ駆てきたのは、高姫様のお身の上を案じ、お気が違うては居らぬかと、宣伝使としてまさかの時にお助け申さうと思つて来たのですから、斯んな危い山に上るのは止しませう。まアまア木蔭へでも這入つて、風の当らぬ暖い処で日向ぼつこりを致しませう』 と先に立ち二三丁山を登り、日当りよき処にて休息する。見れば非常に大きな清水を漂はした池が展開して居る。 鶴公『何と好い景色で御座いますな。こんな高い山に大きな池があるとは不思議ですわ』 玉能姫『此処は陸の竜宮かも知れませぬな』 東助『此島には斯んな小さい池だけぢやありませぬ。山の頂上にも中程にも大変大きな深い池があつて、底知らずぢやと言ふ事です。実に不思議な島ですわ。此広い島に昔から誰一人住んだ人がないのも一つの不思議、何でも大きな大蛇が出て来て、人の臭がすると皆呑んで仕舞うといふ噂ですから、誰だつて、此処に住居する者はありませぬ』 貫州『さうかな、随分恐ろしい所と見えるわい。斯んな所に一人放かして置かれたら堪るまいなア』 清公『そりや、さうとも。誰だつてやりきれないわ』 色々雑談に耽り一時ばかり光陰を空費した。 貫州『さア玉能姫様、高姫さまは屹度此山の頂上さして登られたに違ひありませぬ。宝を先に掘り出し呑まれて仕舞つては大変ですから、ボツボツと出掛けませうな』 玉能姫『妾は少し足を痛めましたから、此処に休んで待つて居ます。何卒御苦労だが貴方等五人連れ行つて下さい』 貫州『いや、それはなりませぬ。もう斯うなれば本音を吹くが、吾々は絶対に高姫崇拝者だ。こりや、お節、斯うなる以上はジタバタしてもあかないぞ。綺麗薩張と玉の所在を白状致せ。四の五のと吐すが最後、此池へ岩を括り着け、四人の荒男が放り込んで仕舞ふが如何だ』 玉能姫『今更そんな啖呵をきらなくても、淡路島より船を出した時から、高姫と八百長喧嘩をし、目と目と合図をして居たでせう。そんな事の分らぬ玉能姫ですか。そんな嚇し文句を並べたつて迂濶と乗る様な不束な女とはチツと違ひますぞ。繊弱き女と思ひ侮つての其暴言、此玉能姫は斯う見えても若彦が妻、教主言依別命様より御信任を辱ふした抜目のない女です。お前さん等の五人や十人が何程捩鉢巻をして気張つた処で何になりますか。ウンと一声、霊縛をかけるが最後、気の毒乍ら万劫末代動きのとれぬ石地蔵になつて仕舞ひますよ。それでも御承知なら、何なりと試みにやつて御覧』 貫州『あゝ仕方の無い女だなあ』 鶴公『もしもし玉能姫様、嘘言ですよ。貫州はいつもあんな狂言をやつて空威張りをする癖があるのです。アハヽヽヽ』 東助『何だ、お前達は山賊か知らぬと思つたら、此山中で気楽さうに芝居をしてゐるのか、随分下手な芝居だなア』 玉能姫『何でも宜しいよ。之から高姫さまに会うて玉の所在でも知らして上げませうかな』 貫州『やア流石は玉能姫様ぢや。実に立派な御精神、貫州誠に感服仕りました。宣伝使はさうでなくては往きますまい。堅いばつかりが女ぢや御座いませぬ。まアよう其処まで打解けて下さいました。貴女がさう出て下されば、敵もなく味方もなく三五教は益々天下泰平、大発展は火を睹る如く明かで御座います。さア玉能姫様、お手を引いて上げませうか。……おい清公、貴様はお腰を押してお上げ申せ。俺はお手を引いて此急坂を登るから』 玉能姫『ホヽヽヽヽ、年寄か何ぞの様に如何に女の身なればとて、これしきの山が苦しうて如何なりますか。何卒お構ひ下さいますな。さアさアお先へお上り下さい。妾は一番後から参ります』 貫州『いや、さうはなりませぬ。高姫さまの御命令ですから……オツトドツコイ……そりや嘘言だ。中途に逃げられては虻蜂とらずになつて仕舞ふ。あゝ迂濶副守の奴、囁来よつた。もしもし玉能姫様、此奴ア皆私に憑依してる野天狗が混ぜ返すのだから、お心に触へて下さいますな』 玉能姫『霊肉一致の野天狗様が仰有つたのでせう、ホヽヽヽヽ左様なれば貴方等の御心配成さらぬ様に真ん中に参りませう。玉能姫が逃げない様に十分御監督なされませ』 貫州『別に貴女を監督する必要もありませず、悪い所へ気を廻して貰つては困りますよ』 玉能姫『何れそちらは高姫様を加へて荒男や神力の強い方が六人、此方は一人、到底衆寡敵しますまい。一層の事此池へ飛び込んで死にませうかな』 鶴公『それは何と云ふ事を仰有るのだ。死ぬのはお前さんの勝手だ。然し乍ら此方が困る、宝の所在を白状した上では死ぬるなつと生るなつと勝手になされ。それ迄はどうあつてもお前に死なれては高姫さまの願望が成就致しませぬから、何程死なうと踠いたつて、斯う五人の荒男が付いて居る以上は駄目ですよ。観念なさいませ、あゝ然し乍ら可惜美人を死なすのも勿体ないものだなア』 玉能姫『それでお前さま達の腹の底はすつかり分りました。妾にも覚悟がある』 と言ふより早く後から跟いて来る三人を苦も無く突倒し、急坂目蒐けて韋駄天走りに元来し道へ降り来る。五人は捩鉢巻を締め乍ら、 五人『オーイ、玉能姫、待つた、逃がして堪らうか、おいおい皆の奴、彼奴が船に乗る迄に引つ掴まへねばなるまい。さア急げ急げ』 と一生懸命に追つ駆ける。玉能姫は阿修羅王の如く髪振り乱し、血相を変へて力限りに下り来る。道の真ん中に大手を拡げて立ち現はれた一人の婆は高姫であつた。 高姫『オホヽヽヽ、到頭高姫の計略にかかり此島まで引摺り廻されて来よつた。いい馬鹿者だな。さアもう斯うなる以上は何程踠いても駄目だ。何処にお宝を隠したのか、神妙に白状するが宜い。此期に及んで愚図々々言ふなら、お前の生命でもとつて仕舞ふまいものでもない。此高姫の身の上にもなつて見て貰ひ度い。いい年をして、お前の様な若い女や初稚姫の様なコメツチヨに馬鹿にしられて、如何して世の中が歩けませうぞ。賢相でも流石は若い丈けあつて、肝腎の知慧がぬけて居る。さア如何ぢや、玉能姫、もはや否応はあるまい』 玉能姫『オホヽヽヽ、何処までも疑ひ深い訳の分らぬ方ですこと。知らぬ事は何と仰せられても知りませぬ。仮令首が千切れても言はぬと云つたら言ひませぬから、其心組で覚悟遊ばせ』 斯く争ふ処へ五人の男、地響き打たせ乍ら此場にドヤドヤとやつて来た。玉能姫の身辺は危機一髪に迫つて来た。流石の玉能姫も進退谷まり如何はせむと案じつつ一生懸命に『木花姫命助け給へ』と祈願を籠めた。忽ち四辺は濃霧に包まれ咫尺を弁ぜず、恰も白襖を立てた如く見えなくなつて仕舞つたのを幸ひ、玉能姫は少しく道を横にとり、あと振り返り見れば濃霧は高姫一派の附近に極限され、外は一面の快晴である。玉能姫は神恩を感謝し乍ら磯端に漸く辿り着いた。 玉能姫の消息如何にと案じ煩ひ、虻、蜂の両人は一艘の船を操り乍ら、丁度此場についた所である。 玉能姫『ア、お前は虻、蜂の両人、よう来て下さつた。話はまア後でゆつくりしよう』 虻公『何卒此船に乗つて下さい』 玉能姫『いえいえ妾は乗つて来た船がある。一人で操つて帰りますから、お前さまは其儘妾に従いて帰つて下さい』 と言ふより早く船に飛び乗り、高姫の乗り来りし船の綱を解き放ち、波のまにまに漂はせ置き二艘の船は矢を射る如く再度山の麓を指して帰り行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七北村隆光録)
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(1831)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 13 捨小舟 第一三章捨小舟〔七二五〕 高姫一行を包みたる濃霧は、暫くにして消散し、四辺は元の如く明るくなつて来た。玉能姫の行衛は如何にと、高姫以下血眼になつて探し廻せど、何の影もなく終には、船着場迄一行ゾロゾロやつて来た。見れば玉能姫の乗つて来た船も高姫の船もない。高姫は地団太踏んで口惜しがり、 高姫『アヽ残念、口惜しやな、お節の奴、濃霧を幸ひに三つの宝を掘出し、船に乗つて逃げ帰つたか。それにしても残念なは船迄どうやら持つて帰つたらしい。まるで島流しに遭はされた様なものだ。……コレコレ東助さま、第一お前が気がきかぬからだ。船頭は船にくつついて居れば好いのに、職責を忘れて宣伝使の様に山に登つて来るものだから、こんな目に逢うたのだ。サアどうして下さる』 東助『どうして下さるもあつたものかい。大切な商売道具を盗られて仕舞つて手も足も出し様が無い。帰る訳にも行かず、第一お前が此んな所へ謀反を起して遣つて来るものだから、神罰が当つたのだ。サア俺の船をどうして呉れる』 高姫『ヨウマアそんな事が言へたものだ、大切なお客を連れて来ながら、船を盗られてどうするのだ。大方お節の奴と腹を合はし、日の出神を斯んな所へ押込める計略をして居つたのだらう。油断も隙もあつたものだ無い』 東助は大いに怒り、 東助『女と思ひ柔かく申せば、無体の難題、此東助は貴様の如き悪人ではない。正直一方の名の通つた船頭だ。男の顔に泥を塗り居つたなア。モウ量見致さぬ覚悟をせい』 高姫頤をシヤクリ乍ら、 高姫『オホヽヽヽ、何程力が強くても、此方は五人、お前は一人、到底駄目だよ。それよりも綺麗薩張白状したらどうだ』 東助『白状せいと云つたつて知らぬ事が白状出来るかい。余り馬鹿にするない』 高姫『オホヽヽヽ、アノ白つぱくれようわいのう。知らぬかと思うてツベコベと其弁解、余人は知らぬが、人の心のドン底迄見透かす御神力の高い、日の出神を誤魔化さうとはチツト虫が好過ぎるぞ。お前は玉能姫にいくら金を貰うた。うまい事をやつたな』 東助は余りの腹立たしさに、物をも言はず唇をビリビリ振はせ、拳を握り無念の涙に暮れて居る。高姫は、 高姫『さうだらう、言ひ訳があるまい。何程弁解を巧に致しても、神の前では言霊は使へまいがな。お前も大勢の前で化けの皮をむかれ残念であらうが、それが自業自得だ。つまり己があざのうた縄で己が首を絞たも同然、ほんにほんに可愛相なものだ。悪の企みは到底成就せぬといふ事が分つただらう。淡路島で難船した時に時間を見計らひ、ノソノソ遣つて来て此高姫をだまし込み、甘くやらうと考へたのも水の泡、忽ち日の出神の眼力に看破され、其態は何んだ。大きな男の癖に、メソメソと吠面かわき見つともない。何れは玉能姫と同類だから、玉の隠し場所も知つて居る筈だ。どうだお前、玉能姫は玉を持つて帰つたであらうがな』 東助は口許を痙攣させ乍ら、 東助『シヽ知らぬワイ、バヽ馬鹿にするな』 と漸う奇数的に癇声を出して呶鳴つた。 高姫『シヽ知らぬぢや無からう。シヽしぶといワイ。バヽ馬鹿にするないと言つたが、お前の方から日の出神を馬鹿にしようとかかつて馬鹿を見たのだから仕方があるまい』 貫州『モシモシ高姫さま、肝腎の船が無くては、どうする事も出来ないぢやありませぬか。そんな話は次の次にして、先決問題として船の詮索から掛らなくては、我々安心が出来ないぢやありませぬか』 高姫『オホヽヽヽ、お前は年が若いから心配するのだが、玉能姫の同類東助の居る以上は屹度人を替へて、素知らぬ顔して船を持つて来るに違ひない。其時は手早く東助奴其船に飛び乗り、一目散に逃げ帰る計略、今度船が来たら必ず必ず東助を放してならぬぞ。此奴が乗つたら此方も一緒に帰るのだから、お前等四人は此奴の見張りをして居つて呉れ。そうして船が来たら此中から一人妾を迎ひに来るのだ。それ迄船も船頭も取つ捉まへて放す事ならぬぞや』 と云ひ捨て山上目蒐けて足早に登り行く。後に五人の男は磯端に座を占め、広き海面を眺めて呆気た様な顔をして居る。東助はやうやう心柔いだと見えて、そろそろ喋べり出した。 東助『オイお前達、俺を高姫とやらが言うた様な悪人だと思ふのか。俺は肝腎の商売道具を盗られて仕舞ひ、其上に思はぬ難題を吹き掛られ、こんな引合はぬ事はあつたものぢやない。本当に災難と云ふものは何時来るか分らぬものだワイ』 貫州『俺も別にお前を悪人の様には思はぬが、高姫の大将がアー言ひ出したら全然り気違ひだから、メツタに口答へは出来ないので黙つて辛抱して居たのだが、お前の様子といひ顔色と云ひ、全く玉能姫と腹を合はして居る様な男でないと思ふ』 東助『アヽ好う言うて呉れた。それで俺も一寸安心した。皆さまは如何いふ御感想を持つて居られますか、腹蔵なく言つて下さい』 三人一度に、 三人『貫州の云つた通り、どうもお前が悪いとは思はれないよ。本当にエライお災難だ、御同情申し上げる。何分あの大将はあの通りだから困つてしまふ。玉能姫が逃げて帰ぬ際に、船を何処かへ流し居つたのは憎らしいが、併し乍ら今高姫に捨てられては鼻の下は忽ちだからなア』 東助『皆さま、そんな心配は要らないよ。私は淡路島の者だが、お前方の三人や五人は幾日遊んで食つて居つても、滅多に俺の家は潰れはせぬ。斯うして俺は船頭が好きでやつて居るものの、淡路島で第一等の物持の主人公だ。様子あつて船頭はして居るが普通の駄賃取りの船頭とはチツと違ふのだ。お前の身の上は俺が引受けてやるから心配するな』 鶴公『それは有難い、然し本当か』 東助『本当でなうて何とせう。昔から正直者の名を取つた東助とは俺の事だ。男が仮りにも嘘を言へるものかい』 鶴公『さう聞けばさうかも知れぬな』 と話し居る所へ風の吹き廻しにて一旦沖へ流されて居た東助の持船は、ダンダンと此方に向つて近づいて来るのが目に付いた。東助は手を拍つて、 東助『アヽ嬉しい、風のお蔭で流れて居つた船が、ドウヤラ此方へ流れて来さうだ。皆さま、喜びなさい』 四人は立つて海面を眺めながら、風に吹かれて近より来る船を見て、思はず手を拍ち『ウローウロー』と叫び居る。 東助『最早此方のものだ。俊寛の島流しも、ドウヤラ赦免の船が来た様だ。サア兎も角帰らねばなるまい。此んな処に長居をして居れば、又最前の様に濃霧に包まれ神罰を蒙るか分つたものではない。……これ貫州さま、早く高姫さまを呼んで来て下さい、船の用意をするから』 貫州『オイ鶴公、清公、武公、確り船を捉まへて東助さまを気を付けよ。俺は急いで大将を呼んで来るから』 東助『アハヽヽヽ、滅多に逃げて帰りも致さぬ。安心して此山中を探して来なさい。待つて居るから……併し我家に帰つて……』 と小声にて後を付けた。貫州は一目散に勇んで高姫に報告す可く森林へ上り行く。船は磯端に漸く寄つて来た。東助は拍手しながら、 東助『アヽ、船神様、有り難う御座います。サアサ三人の方々乗つたり乗つたり』 鶴公『高姫さまと貫州はまだ見えませぬから、一寸待つてやつて下さいな』 東助『待つてはやるが家に帰つて待つ事にせう。サア乗つたり乗つたり』 鶴公『ハヽヽヽヽ、矢張両人は島流しだな。アーそれもよからう。何分にも日の出神が憑いて御座るから滅多な事はあるまい。マアとつくりと御修業が出来てよからう』 と云ひ乍ら四人はひらりと船へ飛乗り、艪をギクギクと漕出し始めた。猜疑心深き高姫は最前より、傍の森林に身を潜め、一同の話を窺ひ聞いて居たが、コリヤ大変と貫州を誘ひながら磯端に走り来り、 高姫『コレコレ東助さま、お前は何処へ行くのだ。妾をどうする積りだい』 東助『何処へも行きませぬ。淡路の洲本迄帰るのだ』 高姫『そら約束が違うぢやないか。チヨツと船を此方へ着けて下さい。妾も乗つて帰らねばならぬから、そんなことをなさると今迄の賃銀は払ひませぬぞ』 東助『賃銀を取つて生活して居る東助とはチツと違ふのだ。私はこう見えても淡路島第一の財産家だ。船頭は道楽でやつて居るのだから、賃銀なぞは此方から平にお断り申します。金が欲しけりや幾程でも此方からやるワ。マア緩くりと此島でお二人さま、修業なさいませ』 と又もや艪を漕ぎ出す。高姫は声限り、 高姫『コレコレそんな無茶な事がありますか。天罰が当りますぞ』 東助『天罰の当つたのはお前ら二人だ。余り精神が良くないから、修業の為めに残して置くのぢやから、有難く思ひなさい。……コレコレ鶴公、清公、武公、お前達は私の船に助けてやつたのだから、一挙一動、私の云ふ様にするのだよ』 三人は声を揃へて、 三人『承知しました、何分宜敷く御指導を願ひます』 貫州『オーイオーイ東助さま、そりや余りぢや、一遍船を此方へ着けて下さい』 東助は舌をペロツと出す、三人も顔を見合はして同じく舌をペロツと出す。 東助『折角だが今日は荷物が多いからお断り申しませうかい。此上罪の多い人間が乗ると沈没すると迷惑だからなア』 三人一度に口を揃へて、東助の言葉其儘を繰返す。東助は何の頓着もなく艪を漕ぎ、声も涼しく船歌を唄ひながら追々島に遠ざかり行く。高姫、貫州の二人は磯端に地団太踏んで『オーイオーイ』と呼んで居る。東助は、 (追分) 東助『家島立ち出で、神島越えて、向ふに見ゆるは淡路島』 (同上) 東助『誠明石の、海峡よぎり、洲本の我家へ帰ります』 (同上) 東助『後に残りしお二人の、高姫さまや貫州は、鬼界ケ島の俊寛か。どうして月日を送るやら』 と唄ふ声、海風に送られて両人の耳に入る。二人は狂気の如く猛び狂ひ騒ぎ廻れども、何んと船影泣く涙、トボトボと力なげに深林の中に薄き影を隠すのであつた。後に残された高姫は捨て鉢気味になり、芝生の上に身を投げる様に横たはりながら、足をピンピン動かし、 高姫『コレコレ貫州、お前は余程イヽ頓馬だな。アレ丈け噛んで呑む様に言うて置いたのに、人の言ふ事を尻で聞き居るから、天罰が当つて、こんな目に逢はされるのだよ。是れから妾の云ふ事を素直に聞くのだよ』 貫州『天罰は御同様だ。貴女も矢張り此んなに置いとけ放りを食はされたのは、何か深い罪があるからでせう。私は貴女の罪の巻添へに逢うたのです。誰を恨める所もない、只高姫さまを恨む計りだ』 高姫『誠水晶の日の出神に罪があつて堪りますか。つまりお前の罪の巻添へに遭うたのだ。それだから神様が何時も水晶の身魂は、汚れた者と一緒に置くと総損ひになると仰有るのだ。これを折にスツパリと改心をなされ。さうして日の出神様に絶体服従をするのだよ』 貫州『此んな人影もない島に捨てられる様な日の出神さまも、頼りない好い加減なものですなア』 高姫『お前は何ぞと云うと、直に日の出神のわざの様に云ひなさる。それが第一慢心といふものだよ』 貫州『貴女の御説教は何時も隔靴掻痒とか言つて徹底せず、恥を掻き、あたまを掻き、人には靴靴笑はれ、痛かゆい様な気がしていけませぬワ』 高姫『動中静あり、静中動あり、千変万化、自由自在の神様の御経綸、虱の放いた糞にわいた虫の様な人間が、苟くも天地の御先祖様の御事に対し、ゴテゴテ小言を云ふ資格がありますか。況んや広大無辺の御神徳の備はり給ふ日の出神の生宮に於てをやだ。モウ是限り日の出神様に対し、不足がましい事は言はぬが宜しいぞや』 と肩を斜めに揺りながら、四辺の雑草を蹴散らす様な足つきで、ピンピン尻振りつつ坂路を上つて行く。貫州も是非なく二三間遅れて不性無精に従いて行く。高姫は怒り心頭に達し、益々肩をくねりくねりと互ひ違ひに揺り乍ら、見向きもせず山上目蒐けて上つて行く。貫州は後より独語、 貫州『アヽ今年は何んとしてこんな年廻りが悪いだらうか。力に思ふ高姫さまは伊勢蝦の様にピンピンとはねなさる、船には見棄てられる。こらマア何うなるのであらうかなア。…アー此処に枝振の好い松の木がニユーツと出て居る。一つ一思ひに徳利結びをやつて、一はねプリンプリンと出掛けやうかな。アヽ何うなり行くも因縁だ』 と帯を解き徳利結を拵へ、松の木の枝よりプリンと下つた。此物音に高姫は後振返り見てびつくりし、周章しく七八間駆戻り、貫州の体躯に取付き、 高姫『コレコレ貫州、何といふ短気な事をして呉れた。此島に放り残され、力と頼むお前に死なれては、どうして此高姫がたまらうか。何といふ情ない事をするのだいなア……』 貫州はポイと飛んだ拍子に灌木の枝に足がツンと引つ掛かり、首も締らず少しの痛さも感じなかつた。されど心の内に『エー序だ、高姫の我を折つて遣らねばなるまい』と態と細いイヤらしい声を出し、 貫州『アーア恨めしや、私は高姫様の余り我が強いので、度々御意見をするのだけれどもチツトも聞いて下さらぬ。夫故死んで高姫さまに意見をするのだ。改心さへ出来たらばまだ死んで間が無いから、直に生き返り再び御用をするのだけれども、到底改心は出来ない。アヽ高姫様もたつた独で淋しからう。併し乍らたつた今迎ひに来て上げる程に、必ず心配しなさるなヤア』 高姫は驚いて、 高姫『コレコレ貫幽どの、私が悪かつた。これからもう我を張らぬから、今一遍娑婆に帰つてお呉れ。これこの通りだ』 と手を合せ俯向く途端に、貫州は灌木の枝に両足共チヨンと止り、首筋を見れば徳利結はチツトも締つて居ない。ハテ不思議やと首を傾けて居る其間に、貫州は緩やかな首縄をグイと放し、 貫州『アヽ高姫さまよう改心して下さつた。お蔭で肉体で貴女の御用がさして頂け升』 高姫『アタ阿呆らしい。お前は狂言をしたのだらう。本当かと思つて肝を潰しかけた。イヽ加減なてんごうして置きなされ』 貫州『てんごうでも何んでもありませぬ。本真剣でやつたのだが、折善くか折悪くか知らぬが、足の止まりが出来て遣り損うたのだ。そんなら今度は改めて本真剣にやりませうか』 高姫は又もやツンとして、 高姫『勝手にしなされ。お前の命をお前が失ふのだから』 貫州『ハイ有難う。お許しが出ましたら即座に決行します。其代り最前の様な泣き言は言うて貰ひませぬぜ、迷ひますと困りますからなア』 と手早く松の枝にくくり付けた帯をほどき、再徳利結を拵へ、適当な枝振を探して居る。高姫は、 高姫『エーしつかりせぬかいな』 と平手で横面を二つ三つピシヤピシヤとやつた。 貫州『アイタヽヽ、高姫さま、そんな無茶をしなさるな。何を腹が立ますか』 高姫『お前は今死神に憑かれて首を吊つて居つたぢやないか。それだから気を付けてやつたのだよ』 貫州『ヘー』 と生返事をしながら顔色をサツと替へ、両方の手で頸の辺りを、嫌らしさうに撫で廻して居る。 高姫『アヽ今日は何となく気分が悪い。ササ貫州、磯辺に行つて、広い海でも眺めて気を換へて来よう。又船の一艘も流れて来るかも知れない。ササしつかりしつかり』 と背を三ツ四ツ叩き、貫州の手を引き山坂を下つて、再元の磯端に帰つて来た。見れば艪櫂の付いた新しい船が一隻磯端に横付けになつて居る。好く好く見れば船の中側に『玉能姫より高姫様に此船進上仕ります』と記して在つた。高姫はこれを見て、 高姫『オホヽヽヽ、さすがの玉能姫も日の出神の御神力に恐れ、寝心地が悪くなつたと見えて、こんな新しい船を何処からか買求め、そつと此処へ置いといて遁げて帰んだのだな。意地くね悪い奴に似合はず、一寸気の利いた事を遣り居るワイ。サア此船さへあれば何日此島に居つたつて心配は無いが、余り長らく置いて置くと俄に心が変りあの船が惜くなつたと云うて、取返しに来られては、それこそ此方が取返しの付かぬ縮尻をやらねばならぬから、今日は兎も角此船に乗つて玉の所在を探して来う。どうも此島には在りさうにない。玉能姫の言葉に、竜神が持つて行き居つたと言うた事がある。大方南洋の竜宮島へでも納まつて居るだらう。此島の果物を沢山に積込み兵糧をドンと用意して、神の随意此船の続く限り、腕力のあらむ限り探しに行く。お前も結構な御用だから、御伴をさして上げるから喜びなさい』 貫州『成る可くなら此お伴ばかりは、除隊にして貰ひ度いものですなア』 高姫『オホヽヽヽ、お前も中々のしれ物だ。除隊のない事を仰有るわい』 と果物を数多積込み、高姫は下手ながらも艪を操り、貫州は櫂を使ひながら家島を後に瀬戸の海を西へ西へと進み行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七谷村真友録)
54

(1832)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 14 籠抜 第一四章籠抜〔七二六〕 洲本の里に名も高き、人子の司東助が留守の門前に佇み、宣伝歌を声低に歌ふ一人の宣伝使があつた。下女のお冊は台所より此声を聞きつけ、門の戸を開いて眺むれば、蓑笠、草鞋脚絆の扮装したる、四十恰好の男盛りの宣伝使であつた。宣伝使はお冊に向ひ、 宣伝使『我れは日頃の経験上、此館の前を通り見れば、何とはなしに此家には変事の突発せし如く覚ゆる。汝が家に何事もなきや』 と言葉淑やかに問ひかけた。お冊は少し首を傾け乍ら、 お冊『一寸お待ちを願ひます。奥へ云つて奥様に伺つて参りますから……』 と言ひ残し、其儘姿を隠した。奥の一間には女房のお百合、火鉢の前にもたれかかり、何事か思案の態であつた。お冊は襖をソツと引あけ、 お冊『奥様々々』 と呼んだ。お百合は何事にか気を取られしものの如く、お冊の声が耳に入らなかつた。お冊は恐る恐るお百合の前ににじり寄り、 お冊『モウシ奥様、門口に不思議な宣伝使が立つて居られます。如何いたしませうかなア』 と云ふ声に、お百合は顔をあげ、 お百合『ナニ、宣伝使が門にお立ちとな。それは都合の好い事だ。一つ伺つて頂きたい事があるから……どうぞ此方へ通つて貰うて下さい』 お冊『ハイ畏まりました』 と足早に表へ出で、 お冊『モシモシ宣伝使様、奥様が何か御願なされたい事があるさうですから、どうぞ奥へ御通り下さいませ』 宣伝使は打ち頷きお冊の後に従ひ、草鞋を脱ぎ足を洗ひ、お百合の居間に通された。お百合は座を下がり、宣伝使を上座に請じ、丁寧に頭を下げ、 お百合『宣伝使様、よくこそ御立寄り下さいました。先づ御ゆるりと御休息下さいませ』 宣伝使『私はバラモン教の友彦と申す宣伝使で御座る。当家の門前を通過致さむとする時、何となく気懸りが致しましてなりませぬので、お宅には思ひも寄らぬ事件が突発致して居る様に考へましたから、一寸御尋ね致しました』 お百合『それはそれは御親切に有難う御座ります。実の所は妾の主人東助と申す者、二三日以前より何処へ参りましたか、皆目行方は分らず、大方此間の颶風に、船自慢の主人の事とて船を操り、荒波に呑まれたのではあるまいかと、上を下への大騒動、村中の者が夫れ夫れ手分けを致しまして、山林原野は申すに及ばず、近海を隈なく探し廻れども皆目行方が知れず、生て居るのか死んで居りますのか、それさへも分りませぬ。どうぞ神様に一応御伺ひ下さいますまいか』 友彦は近辺の者の騒ぎを見て、遠近の人々に東助の紛失せし事を、前以て聞き知り、ワザと立寄つたのである、されど素知らぬ風を装ひ乍ら、 友彦『それはそれは御心配で御座いませう。一つ私が伺つて見ませう』 と手を洗ひ口を嗽ぎ、あたりに人無きを見てニタリと笑ひ、舌を出し、 友彦『村人の話に依れば、あれ丈探したのだから、最早生きて居る気遣ひはない。ウマくチヨロまかせば、淡路一の財産家、友彦が亭主となり、バラモン教を淡路一円に此富力を以て拡張すれば何でもない事だ。あゝ結構な風が吹いて来たものだ。併し乍ら万々一主人が生きて帰つて来たら大変だが、併し滅多にそんな事はあるまい。一つ度胸を出してやつて見よう』 と小声に呟いて居る。そこへ女房のお百合は新しき手拭を持ち、 お百合『宣伝使様、どうぞ此れでお手を御拭き下さいませ』 とつき出す。其横顔を見て、 友彦『アヽ何と綺麗な女だなア。……併し今の独語を聞かれはせなかつたか』 と稍不安の念に駆られ、盗み目にお百合の顔を覗いて見ると、お百合はそんな気配も無かつた。友彦はヤツと安心の胸を撫でおろし、悠々と床の間に端坐し、バラモン教の経文を唱へ終り、偽神憑りとなつて、 友彦『ウンウンウン、此方は大自在天大国別命なるぞ』 と雷の如く呶鳴り立てた。お百合は驚いて平伏し、 お百合『ハイ有難う御座います』 と涙声になつて居る。友彦は又もや口を切り、 友彦『当家の主人東助は、何不自由なき身であり乍ら、海漁を好み或は冒険的事業を致す悪い癖がある。それが為に生命を棄てたのだ。不憫なれどモウ仕方がない。せめて三日以前に此宣伝使が当家に来て居れば、知らしてやるのであつたが、さてもさても残念な事であつたのう。モウ此上は仕方がない。霊魂の冥福を祈り、主人の天国に救はるる様、鄭重なる祭典を行ひ、且有力なる神の如き夫を持ち、東助の後継を致ささねば、当家は到底永続致すまいぞよ。又東助は睾丸病がある為、子が出来ないから、折角蓄めた財産も他人に与らねばなるまい。汝は神の申す事を、よつく肚に入れて、何事も大国別命の命令通り致すが上分別だ』 お百合『ハイハイ有難う御座います。……神様の仰せなら、どんな事でも背きは致しませぬ』 友彦『何と偉い奴だ。其方は流石東助の妻だけあつて、よく身魂が研けたものだ。神も感心致すぞよ』 お百合『何を申しても、世間知らずの卑女、神様から褒められる様な事は一つも御座いませぬ』 友彦『坊間伝ふる所に依れば、汝は実に貞淑の女と云ふ事だ。世間の噂を聞かずとも、神は心のドン底までよく見抜いて居るぞよ。一旦死んだ主人は最早呼べど答へず、叫べど帰らず、是非なしと諦め、後の家を大切に守り、子孫を生み殖やし、祖先の家を守るが、せめてもの東助への貞節、合点が行つたか』 お百合『ハイハイ畏まりまして御座います。併し乍ら妾の様な者に、如何して後添に来て呉れる者が御座いませう。何だか夫の霊に対し気が済まない様に思はれてなりませぬ。そして其夫を持つのは、せめて三年祭を終つてからにして貰ふ事は出来ますまいか』 友彦『大国別命が申す事、しつかり聞け。人間の理屈は論ずるに足らぬ。善は急げだ、一日も早く夫を迎へたがよからう。其夫は神が授けてやる程に……さうすれば子孫は天の星の数の如く殖えて、家は万代不易、世界の幸福者としてやるぞよ』 お百合『ハイハイ有難う御座います。どうぞ宜しう御願申上げます。そして其夫と申すのは、何処から貰ひましたら宜しう御座いますか、これも一つ御伺ひ致したう御座います』 友彦『別に何処へも探しに行くに及ばぬ。灯台下は真暗がり、今汝が目の前に三国一の花婿が来て居るぞよ。これも神が媒介を致さむと、遥々連れて来たのだから、喜び勇んで命令に服従するがよからう』 お百合『神様、根つから其処らに誰も見えませぬ』 友彦『ハテ察しの悪い。今汝の目の前に於て神の託宣を伝へて居る、大国別命の生宮の宣伝使であるぞよ』 お百合はハツと驚き、友彦の顔をつくづく看守り、 お百合『あなたは何時やら、浪速の里でお目にかかつた事のある様な方ですなア』 友彦『馬鹿を申せ。他人の空似と申して、世界に同じ顔をした者は、二人づつ天から拵へてあるのだ。此肉体は神の直々の生宮であるぞよ。よく調べたがよからう』 お百合『鼻の先の一寸赤い所から、目の窪んだ所、口の大きさ、出つ歯の先の欠けた所、似たりや似たり、よくマア似た方も有るものですなア。妾の姉は浪速の里に嫁入つて居りますが、去年の冬、急飛脚が来ましたので、行て見れば姉の大病、そこへ宣伝使がお見えになり、イロイロと仰有つて……姉の病気を直してやらう、それに就てはコレコレの薬が要るから、薬代を出せ……と仰せられ、大枚三百両を懐にし門口を出た限り、今に顔を見せないさうです。妾は其時に見た顔と貴方のお顔と、余りよく似て居りますので、一寸御伺ひ致しました』 友彦『神と詐偽師と一つに見られては、神も迷惑致すぞよ』 お百合『さう仰有るお声は、あの詐偽師とそつくりですワ。声までそれ程よく似た人が有るものですかなア』 友彦『つい話が横道へ這入つた。其方の覚悟は如何ぢや』 お百合『どうぞ二三日お待ち下さいませ。其上でトツクリと考へ、親類にも相談致し、浪速の姉も招んで来て、其上に御厄介に預りませう。どうぞ神さま一先づ御引取り下さいませ』 ポンポンと手を拍つた。友彦は顔色を真赤に染め、冷汗を体一面ヅクヅクにかいて、湯気をポーツポーツと立て乍ら、 友彦『あゝ失礼致しました。つい眠つたと見えて、結構な風呂に入れて貰うたと思へば、アヽ夢でしたか。体中此通り、守護神が入浴したと見えまして、湯気が立つて居りまする』 お百合『イエイエ決して夢では御座いませぬ。お神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]で御座いました。それはそれは妙な事を仰有いました。妾は少し許り腑に落ちぬ事が御座いますので、二三日猶予を願つて置きました』 友彦『あゝさうでしたか。何分知覚精神を失つて了ふ神感法の神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]ですから、チツトも分りませぬ。神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も却て自分に取つては不便なもので御座います。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 お百合『それ丈立派な神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来ましたら結構です。仮令人間憑りに致しましても、あれ丈巧妙に託宣が出来ますれば、大抵の者は皆降参つて了ひます。妾でさへも一旦は、あの何々でした位ですもの。オホヽヽヽ』 友彦『何と、合点の行かぬ貴女の御言葉尻、何ぞ怪しい事が御座いましたか』 お百合『イエイエ別に怪しい事は御座いませぬ。神様の御引合せ、姉の内へ去年参りました泥棒の模型か実物か、それは後で分りますが、……野太い奴が瞞しに来ました』 と後の一二句に力を籠めて、優しき女に似ず呶鳴りつけた。友彦は此声に打たれ、思はず尻餅を搗いて、口を開けた儘、火鉢の横にバタリと倒れた。お百合は独語、 お百合『オホヽヽヽ、何と悪魔と云ふものは、どこまでも抜目のないものだ。的きり此奴は姉さんの宅で三百両騙り取つた奴に間違ない。まだ主人の生死さへも分らない内から其処ら近所で噂を聞いて来よつて、良い加減な事を言ひ、若後家を誑らかさうと思うてやつて来よつたのだなア。どうやら目を眩かして居るらしい。今の間に細帯で手足を括り、庭先へ引摺り出し、水でもかけて気を付けてやりませう。……アーアそれにしても東助さまは如何なつたのかいな。村の衆は、未だに誰も報告に来て下さらず、イヨイヨ妾も未亡人になれば、今迄とは層一層腹帯を締めねばなるまい。あゝ困つた事が出来て来た』 と自語する折しも、お冊は慌しく此場に駆来り、 お冊『奥様、お喜び下さりませ。旦那様が只今御機嫌よう御帰りになりました』 お百合は飛び立つ許り喜び、 お百合『ナニ、旦那様がお帰りとな。あゝ斯うしては居られまい。ドレドレお迎へを申さねばなるまい』 と襟を正し居る所へ、早くも東助は三人の男を引連れ、廊下の縁板を威喝させ乍ら現はれ来り、 東助『アヽお百合、余り帰るのが遅かつたので、心配しただらうなア。村人にも大変な厄介をかけたさうだ。俺も到頭風に吹き流されたと云ふ訳でもないが、家島まで往つて来たのだ。マア安心して呉れ』 お百合『それはそれは何よりも嬉しい事で御座います。つきましては貴方のお不在中に、四足が一匹這ひ込んで来ましたので、今生捕にして置きました。どうぞトツクリ御覧下さいませ』 と友彦を指ざす。 東助『何、これは人間だないか。厳しく縛されて居るではないか』 お百合『ハイ、一寸妾が縛しておきました。此奴は去年の冬、姉さまの内で三百両騙り取つた泥棒ですよ。あなたが行方が知れないと云ふ噂を聞いて、ウマく妾を誑らかし、此家を横領しようと思うて出て来た図太い代物です』 東助『それは怪しからぬ奴だ。併し乍ら斯うしてはおかれまい。助けてやらねばならぬから……コレコレ鶴公、清公、武公、お前達御苦労だが、縛を解き水でも与へて、気を付けてやつて下さい』 三人は命の儘に縛を解き水を吹き注けた。漸くの事で友彦は正気に復し起きあがり、東助其他の姿を見て大に驚き、畳に頭を摺りつけ、涙と共に詫入る。東助は友彦に向ひ、 東助『お前は立派な宣伝使の風をして居るが、今聞く所に依れば、大変な悪党らしい。此世の中は何処までも悪では通れませぬぞ』 友彦『ハイ誠に悪う御座いました。面目次第も御座いませぬ。どうぞ生命計りはお助け下さいませ。これつきりモウ宣伝使は廃めまする』 東助『結構な宣伝使の役をやめとは申さぬ。ますます魂を研いて立派な宣伝使にお成りなさい。そして世界の人民を善道に導きなさるのが貴方の天職だ。今迄の様な神様を松魚節にして女を籠絡したり、病人の在る家を探して、弱身に付け込み詐欺をしたりする様な事は、これ限りお廃めなさるがよからう』 友彦『ハイ有難う御座います。どうぞお助け下さいませ。これ限り悪は改めまする』 斯かる所へ門口に大勢の声にて、 『東助さまが生きてござつた。無事に帰られた、ウローウロー』 と山岳も揺ぐ計り歓呼の声聞え来る。 東助『お前、イヨイヨ改心を志たのならば、あの通り今門口に沢山の村人が来て居るから、一つ懺悔演説でもして下され。一伍一什包み隠さず、旧悪をさらけ出して改心の状をお示しなされ。それが出来ねば大泥棒として、此東助が酋長の職権を以て成敗を致す』 友彦小さい声で、 友彦『ハイ致しまする』 東助『サア早く門口へ出て、懺悔演説を始めたが宜しからう』 友彦は、 友彦『ハイ直に参ります。俄に大便が催して来ました。どうぞ便所へ往く間御猶予を願ひます』 東助『便所ならば其処にある。サア早く行つて来たがよからう』 友彦は、 友彦『ハイ有難う御座います』 と直様雪隠に入り、跨げ穴から潜つて外に這ひ出し、折柄日の暮れかかつたのを幸ひ、裏山の密林指して一生懸命に隠れたりける。 鶴公、清公、武公の三人は暫く東助の家に厄介となり、遂に東助に感化されて前非を悔い、心の底より言依別命の教を奉ずる事となりにける。 (大正一一・六・一二旧五・一七松村真澄録)
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(1833)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 15 婆と婆 第一五章婆と婆〔七二七〕 高姫は貫州と共に玉能姫より贈つた新造の船を操り乍ら、漸くにして瀬戸内海の最大巨島小豆ケ島に到着し、磯端に船を繋ぎ、暫し此島に滞在し、山の谷々までも隈なく宝の所在を探さむと、国城山の中腹まで登りつめた。茲には巨大なる岩窟があつて、昔から怪物の潜む魔窟と称へられて居る。 貫州『高姫様、ここには立派な岩窟が有りますなア。玉能姫の奴、ヒヨツとしたら斯う云ふ所へ隠して置いたかも知れませぬ。昔から人の出入した事のない、深い岩窟だと杣人が云つて居りましたから、一つ探険して見ませうか』 高姫『マア暫く考へさして貰はう。どこ迄も注意深い玉能姫の事であるから、吾々両人が此岩窟へ這入るや否や、見張らして置いた味方の奴が穴でも塞ぎ、徳利詰にでもしよつたら、それこそ大変だ。此界隈をせめて四五丁四面調査べた上の事にしよう』 貫州『そんな心配は要りますまい。そんなら此処に貴女は待つて居て下さい。私は一人探険して来ますから……』 と云ふより早く、岩窟の中へ腰を屈めて、ノソノソ這ふ様に這入つて了つた。後に高姫は腕を組み胡床をかき、思案に暮れて独語。 高姫『あゝする事成す事、鶍の嘴程喰ひ違うと云ふのは、ヤツパリ大自在天大国別命の御神慮に背いた酬いかも知れない。一旦鬼雲彦の部下となり、バラモン教の教理を称へ乍ら、又もや三五教の変性男子が恋しくなり、ウラナイ教と銘打つて、中間教を捻り出し、何時の間にか大自在天の名も唱へぬ様になり、再び国治立命を信じ、再転して素盞嗚尊の三五教に逆戻りをなし、今又三五教の幹部の為に散々な目に遇はされ、日の出神さまも如何して御座るのだらうか。此頃は高姫の精神も変だが、日の出神様も何とはなしに便りなうなつて来た。あれ程光る玉の所在が分らぬ様な日の出神では、実際の事役に立たぬ。ヒヨツとしたら此頃は眼病でも患つて居られるのではあるまいかなア。あゝ最早瞋恚の雲に包まれて、一寸先も見えなくなつて了つた。どこを探ねたら此玉の行衛が分るであらうか。但は熱心な黒姫が最早手に入れて居るのではあるまいか、サツパリ五里霧中所か岩前夢中に彷徨すると云ふ高姫の今日の境遇。アーアもう神様が厭になつて了つた。時々腹の中からイロイロの事を言つて聞かして呉れるが、後振り返り眺むれば、一つとして神勅の的中した事はなく、自分の体に憑依して居る霊には、何とはなしに贔屓がつくものだから、自分もチツと怪しいとは思ひ乍ら、今の今迄日の出神の生宮で頑張り、貫き通して来たが、明石の灘で難船に遭ひ、又家島では船を奪られ島流し同様の憂目に会うても、何にも知らして呉れぬ様な盲神の容器になつた所で、日に日に恥の上塗りをするばつかりだ、アヽ如何したらよからうかなア。今更聖地へ引返し、言依別の教主や杢助に対し謝罪るのも馬鹿げて居るし、モウ仕方がない、毒を喰はば皿迄舐れだ。今となつて、ヤツパリ妾は日の出神の生宮では有りませなんだと……そんな事は是迄威張つた手前、言はれた義理でもなし。……一つ守護神に談判をして其上の事にしよう。……コレコレ腹の中の守護神、チツと発動して妾の質問に答へて下さい。今度は今迄の様なヨタリスクは聞きませぬぞ。ネツトプライスの誠一つを開陳なされ。返答に依つては高姫も今日限りお前の言ふ事は聞かぬのだから、サア早く発動せぬか、口を切らぬか』 と拳を固めて臍の辺りを力一杯擲りつけて居る。如何したものか、今日に限りて日の出神と称する憑依物も、チウの声一つ挙げず、臍の下あたりに萎縮して、小さき毬の様になつて付着して居る。高姫は力一杯其玉の上から握り詰め、 高姫『サアどうぢや、なんとか返答せぬか。結構な変性男子の系統の肉体を、今迄よくも弄物にしよつた。捻り潰してやらうか』 と腹の皮が千切れる程力を籠めて、グリグリとした固い塊を握り潰さうとする。腹の中より、 (木常姫の霊)『アヽ痛い痛い。白状します。どうぞ宥へて下さい。私は金毛九尾の狐の乾児、昔エルサレムの宮で、大八洲彦命以下の神々を苦めた木常姫の霊で御座います。其木常姫の分霊が疑つて貴女の肉体が形作られ、此世に生れて来たのだ。そして私は同じ身魂の分派だから、お前に憑るより外に憑る事は出来ないのだ』 高姫『よう白状した。大方そんな事だらうと思うて居つたのだ。併し乍ら同じ身魂の因縁なれば、お前の云ふ通り離す訳に行かず、妾も実際はお前と別れとも無い。併し木常姫の霊魂だなぞと、何と云ふ弱音を吹くのか。始めから日の出神と偽つて現はれた以上は、どこまでも日の出神で通さぬか。そんな気の弱い守護神は妾は嫌ひだ。サア是から妾がキツと教育をしてやるから、今迄の様に此肉体を自由自在に使ふ事はならぬぞ。高姫が今度はお前を使ふのだから、さう思へ』 木常姫の霊『肉体が霊をお使ひになれば、体主霊従になりはしませぬか』 高姫『エー又しても、お前までが理屈を言ふのか。世間の奴は皆表面でこそ霊主体従と済ました顔して吐いて居るが、分らぬ奴だなア。物質の世の中にそんな馬鹿な事が如何して行へるものか。体主霊従が天地の真理だ。妾は今迄お前の霊に従ひ、霊主体従を守つて来て、一つも碌な事は出来なんだぢやないか。体主霊従に世の中は限る。虚偽式生活は此高姫の取らざる所、これからはスツクリ気を持直し、赤裸々に露骨に、体主霊従を標榜して世の中に立つ心組だから、お前もそう心得ろ』 木常姫の霊『アヽ仕方がない。何を言つても水のでばなに聞いて呉れる筈がないから、ここ暫くは沈黙の幕をおろさうか。アハヽヽヽ』 と自問自答を荐りにやつて居る。 此所へ糞まぶれになつて登つて来た一人の宣伝使があつた。宣伝使は岩窟の前に中婆の首を垂れ、モノログして居るのを見て、 宣伝使『ハハア、此奴ア気違だなア。独り言うては独り答へて居よる。昔から腹の中から自然にものを言ふ病気があると云ふ事を聞いて居つたがテツキリ斯んな奴の事を云うたのだらう。神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。このセリフ内の他の2ヶ所も同じ。]にしては少し調子が違ふ。併し乍ら病気でも何でも可い、腹の中より何でも可いから、物を言つて呉れると、実否は兎も角も、神懸として誤魔化すのに都合が好いけれど……自分の様に何時まで修行しても、鎮魂しても、腹の中からウンともスンとも言うて来ない者には困つて了ふ。あちらでも神懸の真似をしては失敗し、こちらでも真似をしては失敗し、到頭洲本の酋長の宅に於て、九分九厘と云ふ所で、女房に看破され肝を潰し居る所へ、死んだ筈の主人が帰つて来よつて大いに面目玉を潰し、雪隠の中から籠脱けをやつた時の苦しさ、恐さ、大自在天様のお蔭で漸く海辺に無事到着し、一艘の舟を見付けて、無理やりに沖へ漕出し、暴風に吹き流され、此島までやつて来たのだが、雪隠を潜つた時に、自分の宣伝使服は雪隠の雑巾役を勤めよつたと見えて、未だに怪体な臭気がする。アヽ困つた事だ。一層の事、再び改悪して、此婆を裸にし、臭い着物と取換こをしてやらうかなア』 と何時の間にか小声が大きくなり、高姫の耳に聞えて来た。高姫は、大部分宣伝使の独語を聞き悟り、 高姫『オツホヽヽヽ、糞まぶれの宣伝使、雪隠の雑巾と日の出神の生宮の教服と換るなんて、そんな大それた野心を起すものぢやない。チヤンとお前の腹の底まで見抜いてあるのだから……』 宣伝使『ヤアお前は何処の婆アか知らぬが、俺の腹中をさう早くから見透かして居るのなれば仕方がない。止めて置かう。俺の着物にはドツサリと黄金色のババが付いて、ババの着物になつて了つた。貴様のを脱がした所でヤツパリババの着物だ。……オイ婆さま、どこぞ其処らの谷川で俺の着物を洗濯して呉れぬか』 高姫『日の出神の生宮の宣伝使と、洗濯婆と間違へられては迷惑だ。こんな高い山の水もない所に、洗濯婆が居るものか。谷川の畔へでも行つて探して来い。婆は川に付物だ。此婆は世界の人民の身魂を洗濯する大和魂の根本の洗濯婆だぞ。……ヘン宣伝使面をしやがつて、何をとぼけて居るのだ。余程よい頓馬野郎だなア』 と今までの腹立ち紛れに、宣伝使の方へ鉾を向けて了つた。 宣伝使『なんと口の達者な婆アも有ればあるものだ。恰度今ウラナイ教を立てて居る高姫の様な、口喧しい婆アさまぢやないか』 高姫『その高姫は此肉体ぢや。わしの名を如何して知つて居るか』 宣伝使『私は其時に雉子と云つた男だ。お前が鬼雲彦の膝元へ出て来て、バラモン教を聞いて居つた時、私も聴いて居つた。あの時の事を思へば随分年が寄つたものだなア……今はバラモン教の宣伝使友彦と云ふ名を賜はつて、自転倒島一円の宣伝に廻つて居るのだ』 高姫『アヽさうかい。そんなしやつ面で宣伝が出来たかな』 友彦『センデン万化に身を窶し、獅子奮迅の勢で活動した結果、とうと糞塵の中に陥り、フン失の所だつた。アハヽヽヽ』 と打解けて笑ふ。 高姫『お前もそこまで糞度胸がすわつて、雪隠の中まで潜れば、最早是から上り坂だ。糞に生く雪隠虫は遂には這ひあがつて、空中飛行自在の玉蠅となり、どんな偉い人間の頭へでも止まつて、糞を放りかける様になるものだ。お前も是から一つ糞発して、妾と一緒に活動したらどうだ。フンパツせいと云つても雪隠へ往て尻をまくるのだないぞツ』 友彦『お前は随分口の達者な糞婆ぢやなア。併し乍らヤツパリ、ウラナイ教とか云ふ中間教を立て通して居るのかい』 高姫『バラモン教も、鬼雲彦の大将、大江山の砦から三五教に追ひまくられて逃げ帰る様な腰抜教なり、ウラナイ教から一寸都合に依りて、元の三五教へ逆転して見たのだが、ヤツパリ此奴も糞詰り教だ。何分穴の無い教だから、万事万端行詰りだらけ、それに分らず漢が幹部を占めて居るのだから活動しようと思つても手も足も出し様がない。併し乍らバラモン、ウラル、ウラナイ、三五、四教を通じて一番勢力の有るのは依然三五の道だ。此島には天上天下唯我独尊的の三つの宝があるのだが、其奴の隠し場所を探し当てさへすれば、三五教は吾々の自由自在になり、天晴れ神政成就は出来るのだから、玉の所在を探さうと思つて、一人の家来を連れて此島まで来た所だが、お前も事と品に依つたら家来にしてやるから、今迄の経路を物語つて呉れ。先づ第一にお前の着物の因縁から聞かう。雪隠から脱け出た事は聞いたが、それは何処の雪隠だい』 友彦は有りし次第を悉く物語りける。 高姫『さうすると、お前は東助の宅へ行つたのだな。彼奴は三人の男を連れて帰つた筈だが、お前見たのかい』 友彦『何だか三五教の宣伝使の服を着けて居つたやうだ。併し乍ら東助にスツカリ服従して、是から東助を大将に、高姫の所在を探ね打亡ぼさねば置かぬと云うて、力んで居ましたよ』 と嘘を並べ立て、高姫の肝を挫がうとする。高姫は驚いて口を尖らせ、目をグルグルと廻転させ乍ら、 高姫『そりや本当か。そして何時出て来ると云つて居つたかな』 友彦『何でも東助の囁くのを聞けば、高姫は小豆島に漂着したに違ないから、数百人の軍勢を引連れ、全島を片つ端から捜索して、高姫を生擒にして連れ帰り、舌を抜いてやると云つてましたよ。用心せぬと何時やつて来るか分りませぬぜ。アツハヽヽヽ』 と笑ふ。高姫は其顔をチラリと見て、 高姫『エー腹の悪い。そんな恐喝を食ふものか、小豆ケ島へ来たと云ふ事がどうして東助に分る道理があらう。又お前の声色と云ひ、顔色と云ひ、嘘を吐いて居るのだろ』 友彦『アヽそこまで看破されては仕方がない。お察しの通りだ。マア嘘にして置きませうかい』 斯く話し合ふ所へ、顔一面に蜘蛛の巣だらけになつた貫州は、数多の衣類を小脇に抱へて出て来た。高姫はこれを見て、 高姫『ヤアお前は貫州、一体其顔は如何したのだ』 貫州『ハイ此処は恐ろしい泥棒の岩窟と見えて、沢山の掠奪品が山の如く積んで有りました。私も泥棒のウハマヘをはねて、大泥棒となり、顔は此通りクモ助になつて出て来ました。資本が何分懸らぬ代物だから、安うまけと来ます。絹物も有れば、木綿物も有るが、突込みで一尺何程で卸ませうかい。……ヤア何だ、怪しい臭気がすると思へば、そこに糞まぶれの着物を着てる奴が一人立つて居る。大方雪隠虫のお化けだらう。早速此奴ア買手が出来た。世の中はようしたものだ。斯んな山中に店出しした所で、たアれも買手は有るまいと思うて居つたのに、出せ買はう……とか云つて、不思議なものだなア』 と一人洒落てゐる。 高姫『お前そんな悪い事をして、何ともないのか。神様に済まぬぢやないか』 貫州『私の天眼通で糞まぶれの人間が今出て来ると云ふ事を、チヤンと悟りました。こんな所で洗濯する訳には行かず、困つてるだらうと思つて、慈善的に抱へて来たのだ。サア俺の物ぢやないけれど、お前勝手に着たがよからう』 友彦『持主の分らぬ着物を勝手に着る訳には行きませぬ。買ふとか、借るとかせなくては、黙つて着服すれば泥棒になりますから……』 貫州『殊勝らしい事を言ふな。お前は宣伝使のサツクを嵌めて泥棒をやつて居つた男に違ひない。お前の面付は、どう贔屓目に見ても、泥棒としか俺の天眼通に映じない、大方貴様の…ここは親分の根拠地だらう。何だか此岩窟の奥には大勢の声が聞えて居つたから、ソツト是れ丈の着物を引抱へ逃げ出して来たのだが、貴様も大方岩窟の乾児に違ひあるまい』 友彦『これは聊か迷惑だ。実の所は始めて此島へ漂着したばかりだから、そんな痛うない腹を探るものだない。併し此着物は暫く拝借しよう。其代りに私の衣類を渡すからお前御苦労だが、岩窟の中まで持ち運んで置いてくれぬか』 貫州は、 貫州『勝手にせい』 と捨台詞を残して、又もや岩窟の中に駆込んだ。高姫、友彦も続いて岩窟の中に入る。或は広く、或は狭く、起伏ある天然の隧道を、身を堅にし横にし、或は這ひなどして漸く広き窟内に進み入つた。どこともなく糸竹管絃の音が聞えて来る。三人は怪しげに耳を澄まして其音の出所を佇み考へ込んだ。或は前に聞え、後に聞え、右かと思へば左、左かと思へば頭の上に、地の底に音がする。途方に暮れ、半時ばかり無言の儘、顔を見合せて考へ込んでゐた。傍の岩壁は音もなくパツと開いて、中より現はれ来る一人の婆ア、三人を見るより、 婆(蜈蚣姫)『アヽ、お前は鷹鳥山に巣を構へて居つた鷹鳥姫其他の奴だなア。アヽよい所へやつて来た。サア是れから日頃の恨みを晴らし、金剛不壊の玉や紫の玉の所在を白状させねば置かぬ』 高姫『これはこれは御高名は予て承はりて居りましたが、一つ谷を隔てた魔谷ケ岳と鷹鳥山、御近所で居り乍ら、誠に御不沙汰を致して居りました。妾も其玉を……よもやお前さまが何々してゐるのではあるまいかと思うて来たのです。人を疑うて誠に済みませぬが、貴女もあの玉に就ては非常な執着心がお有りなさるのだから、妾が疑ふのも強ち無理では有りますまい』 とシツペ返しに捲し立てる。蜈蚣姫は顔色を変へ、 蜈蚣姫『盗人猛々しいとはお前の事だ。何なと勝手にほざいたがよからう。此穴にはスマートボールや其他の勇士が沢山に抱へてあるから、最早お前達は袋の鼠も同様、運の尽きぢやと諦めて、神妙に白状したがよからう。あのマア迷惑相な面付わいの、オツホヽヽヽ』 と肩を揺り、腮をしやくり、舌まで出して笑ひ転ける憎らしさ。 高姫『お前さまは音に名高い鬼ケ城山、鬼熊別の奥さま蜈蚣姫さまと云ふお方でせうがなア。妾も元は鬼雲彦の弟子となり、バラモン教の教理を信用して聞いた事がある高姫で御座います。今は一寸都合があつて、三五教の宣伝使と化け込んでゐるのだが、心の底はお前さまと同様、ヤツパリ大自在天様を信仰し、生命までも捧げて、千騎一騎の活動をしてゐるので御座います。どうぞして三五教の三つの宝を奪ひ取り、それを手柄にメソポタミヤの本山へ献上し、御神業を助けたいばつかりに、斯うして化けてゐるのですよ。貴女方は今迄妾を敵と思うて御座るが、決して敵ではありませぬ。強力なる味方です。玉の所在が分らうものなら、それこそ隠す所か、貴女の手を経て鬼雲彦様に奉つて貰ふ考へで、これ丈苦労をしてゐるのです。三五教の教主言依別命が、玉能姫、初稚姫と云ふ女や子供に現を抜かし、肝腎の玉を隠さして了ひよつたのだから、何でも其所在を探さうと思つて、此島までやつて来たのが、神様の不思議の縁で、思はぬ所でお目に掛りました』 蜈蚣姫『アヽそう聞くとメソポタミヤでお目に掛つた高姫さまによく似てゐる。それなら何故妾が魔谷ケ岳に居つた時、お前さまは三五教ぢやと云つて反対をしたのだ。それが一体合点がいかぬぢやないか』 高姫『アハヽヽヽ、誰も彼れも皆、此高姫の腹は知らない奴計りだから、三五教の熱心な宣伝使とのみ思うて居る矢先に、何程お前さまに会ひたうても、会ふことが出来ない。そんな事ども分つた位なら、今迄の苦心が水の泡になるのだから、妾の心もチツと推量して下さい。神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだから、そんな企みをして居れば直に発覚しますから、事を成さむとする者は仮令、自分の夫であらうが、女房であらうが、何程信用した弟子であらうが、一口でも喋る様な事では、成就しませぬからな。オホヽヽヽ』 蜈蚣姫『何とお前さまは感心な人ぢや。さう事が分かれば敵でもなし、姉妹同様、サアどうぞ奥へ通つてゆつくりと寛ろいで下さい。昔話をして互に楽みませう』 と今迄と打つて変つた挨拶振りに、高姫は与し易しと心の中に笑ひ乍ら、蜈蚣姫の後に従いて、奥の間に進み入る。 貫州、友彦は入口の間に木の根で造つた火鉢を与へられ、手をあぶり乍ら、様子如何にと待つて居た。高姫は今後如何なる策略をめぐらすならむか。 (大正一一・六・一三旧五・一八松村真澄録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 16 蜈蚣の涙 第一六章蜈蚣の涙〔七二八〕 バラモン教の御教を自転倒島に広めむと はやる心の鬼ケ城鬼熊別の妻となり 朝な夕なに仕へてし蜈蚣の姫は一心に バラモン教の回復を心に深く誓ひつつ 三国ケ岳に立籠り千々に心を悩ませて 三五教の神宝黄金の玉を奪ひ取り 筐底深く納めつつ得意の鼻を蠢かせ 又もや第二の計画に取りかからむとする時に 天の真浦の宣伝使お玉の方に看破され 難攻不落と誇りたる三国ケ岳の山寨も 木端微塵に砕かれて無念の涙遣る瀬なく 瞋恚の炎を燃やしつつ心も固き老の身の 企を通す魔谷ケ岳スマートボールを始めとし 数多の教徒を呼集へ鷹鳥山に立て籠る 三五教の宣伝使鷹鳥姫の神策を 覆さむと朝夕に心を砕き身を砕き 尽せし甲斐も荒風に散りて果敢なき夢の間の 願は脆くも消え失せて歯がみしながら執拗に 又もや此処を飛出し曇りし胸も明石潟 朝夕祈る神島や家島を左手に眺めつつ 身も魂も捨て小舟此世の瀬戸の浪を越え 大島、小島、小豆島浪打ち際に漂着し 三つの宝の所在をば探らむものと国城の 山を目蒐けて一行の頭の数も四十八 醜の岩窟に陣取りて手下を四方に配りつつ 山の尾上や河の瀬を隈なく探し求めつつ 此岩窟を暫時の間仮の住家と繕ひて 時待つ折しも高姫が神の仕組も白浪の 上を辷つて上陸し又もや此処に出で来る 不思議の縁に蜈蚣姫心の角を生しつつ 肩肱怒らし剛情の日頃の固意地どこへやら 解けて嬉しきバラモンの道の友なる高姫と 聞くより顔色一変し打つて変つた待遇に 仕済ましたりと高姫は後を向いて舌を出し 素知らぬ顔にて奥の間へ進み入るこそ可笑しけれ 高姫『久し振で御座いましたなア。貴女が魔谷ケ岳に時めいて居られました時、妾も鷹鳥山に庵を結び、バラモン教に最も必要なる、如意宝珠の玉を尋ねあてむものと、三五教の馬鹿正直の信徒を駆使し、一日も早く手に入れて、大自在天様に献納仕度いと明けても暮れても心を悩ませ、何うかして貴女に面会の機会を得度いものと考へて居りましたが、何を云うても人目の関に隔てられ、思ふに任せず、遇ひたさ見たさを耐へて今日が日迄暮して来ました。天運循環と云ひませうか、今日は又日頃お慕ひまうす貴女に、斯様な安全地帯で拝顔を得たと云ふのは、是全く大自在天様の高姫が誠意をお認め遊ばして、こんな嬉しい対面の喜びを与へて下さつたのでせう。妾は余り嬉しうて何からお話をしてよいやら分りませぬ』 蜈蚣姫『時世時節で、今日はバラモン教となり、明日は三五教と変ずるとも、心のドン底に大自在天様を思ふ真心さへあれば、人間の作つた名称雅号は末の末です。大神様はキツとお互の心を鏡にかけた如く御洞察遊ばして、目的を遂げさせて下さるでせう「雪氷、雨や霰と隔つとも、落つれば同じ谷川の水」とやら、機に臨み変に応じ円転滑脱、千変万化、自由自在の活動をなすだけの用意がなければ到底神業に参加する事は出来ませぬ。メソポタミヤの本国には綺羅星の如く立派な神司は並んで居りますが、何れも猪突主義の頑愚度し難き、時勢に合ない融通の利かぬ者計りで、お前さまのやうな豁達自在の活動をする人は一人もありませぬので、あゝバラモン教も立派な教理はありながら、之を活用する人物がないと明け暮れ心配して居りました。然るに貴女のやうな抜目のない宣伝使が、バラモン教の中に隠れて居たかと思へば、勿体なくて嬉し涙が零れます。神様は何時も経綸の人間を拵へて神が使うて居るから、必ず心配致すな、サアと云ふ所になりたら、因縁の身魂を神が引き寄せて御用を勤めさせて、立派に神政成就をさして見せる程に、何処に何んな者が隠してあるか分りは致さぬぞよ。敵の中にも味方あり味方の中にも敵があると仰有つた神様の御教示は争はれぬもの、もう此上は何事も心配致しませぬ。何卒高姫さま、是からは打ち解けて姉妹となり、神業に参加しようではありませぬか』 高姫『何分不束な妾、行き届かぬ事ばかりで御座いますから、何卒貴女の妹だと思うて、何かにつけて御指導を願ひます』 蜈蚣姫『互に気の付かぬ事は知らせあうて、愈千騎一騎の活動を致し、夫の汚名を回復致さねば、女房の役が済みませぬからなア。高姫様、貴女の夫美山様に対し申訳がありますまい』 高姫『妾の夫美山別は御存知の通り人形のやうな男で、妾が右へ向けと云へば「ハイ」と云うて右を向き、左と云へば左を向くと云ふ、本当に柔順しい結構な人ですから、妾が願望成就、手柄を表はして見せた所で、余り喜びも致しますまい。その代り失敗しても落胆もせず、何年間斯う妾が家を飛び出し、神様の御用をして居ましても、小言一つ云はないと云ふ頼りない男ですから、まどろしくて最早相手には致しませぬ、生人形を据ゑて置いたやうな心組で居りますよ、ホヽヽヽヽ』 蜈蚣姫『妾もそんな柔順な夫に添うて見度う御座いますわ。なんと高姫さま、貴女は世界一のお仕合せ者、さういふ柔順な男計り世の中にあつたら、此頃のやうな女権拡張だの、男女同権だのと騒ぐ必要はありませぬ。妾の夫も柔順しい事は柔順しいが、柔順やうが些と違ふので困ります、オホヽヽヽ』 高姫『斯んな所で旦那様のお惚気を聞かして貰うちや遣り切れませぬわ、ホヽヽヽヽ』 と嫌らしく笑ふ。 蜈蚣姫『高姫さま、笑ひ所ぢやありませぬ。此長の年月、妾は今日迄笑ひ声を聞いた事もなし、妾も嬉しいと思うた事は唯の一ぺんも御座いませぬ。メソポタミヤの顕恩郷は、素盞嗚尊の家来太玉神や、八人乙女に蹂躙され、止むを得ず鬼雲彦の棟梁様は遥々海を渡り、大江山に屈竟の地を選み館を建て、立派に神業を開始し遊ばした所、部下の者共が余り心得が悪いのと利己主義が強いため、丹波栗ぢやないが、内からと外からと瓦解され、お痛はしや折角心を痛めて造り上げた立派な大江城を捨て、伊吹山に逃げ去り、此処で又もや素盞嗚尊の一派に悩まされ、やみやみとフサの国へ逃げ帰り、素盞嗚尊の隠れ家を脅かさむと、鬼雲姫の奥さまと共に帰られました。アヽ思へば思へばお気の毒で堪りませぬ。それにつけても妾の夫の鬼熊別は、副棟梁として鬼ケ城に砦を構へ、鬼雲彦様の御神業を誠心誠意お助け致して居りましたが、是れ又脆くも三五教の宣伝使や、味方の裏返りの為、破滅の厄に遇ひ、アヽ痛ましや鬼熊別の我夫は、棟梁の後を追うて波斯の国に帰つて仕舞ひました。其時夫は妾の手を握り「これ女房、私は棟梁様の御為に波斯の国へ別れて行くが、何卒お前は三国ケ岳に立て籠り、会稽の恥を雪ぎ宝の所在を探し出し、功名手柄を現はして帰つて呉れ」と云うて、涙をホロリと流された時は、妾の心は何んなで御座いましたらう。天にも地にも身の置き所が無いやうな心持が致しました。人間として難き事天下に二つある。其一つは天国に昇る事、も一つは立派な家来を得る事で御座います。バラモン教もせめて一人立派な家来があれば、斯んな惨めな事にはならないのですが、アヽ思へば思へば残念な事だ』 と皺面に涙を漂はせ、遂には声を放つて泣き伏しにける。 高姫『そのお歎きは御尤もで御座います。併し乍ら日の出神の生宮、オツトドツコイ大自在天様の御眷族の憑らせ給ふ真の生宮高姫が現はれて、貴女と相提携して活動する上は、最早大丈夫で御座います。何卒お力を落さず、もう一働き妾と共に遊ばして下さいませ。あの玉さへ手に入らば、バラモン教は忽ち暗夜に太陽の現はれた如く、世界に輝き渡るは明かで御座いますから……、蜈蚣姫さま、此岩窟は大江山の鬼ケ城とはどちらが立派で御座いますか』 蜈蚣姫『とても比べものにはなりませぬ。三国ケ岳の岩窟に比ぶればまアざつと三分の一位なものです。妾も立派な鬼ケ城を追はれ、だんだんとこんな狭い所へ入らねばならないやうに落ちて仕舞ひました。思へば思へば残念で耐りませぬ。それでも何とかしてこの目的を遂げたいと朝夕神様を祈り、何卒御大将御夫婦が御健全で此目的を飽迄も遂行遊ばすやうに、又我夫の無事に神業に奉仕するやうにと、夢寐にも忘れずに祈願致して居ります。是からは貴女と二人で腹を合せ、飽迄も初志を貫徹せねばなりませぬ』 高姫『左様で御座います。何分に宜敷く御指導を願ます。併し乍ら此立派な岩窟に似ず今日はお人が少い事で御座いますな』 蜈蚣姫『ハイ、今日は神前の間で祭典を致して居りますので、誰も此処には居りませぬ。あの通り音楽の声が聞えて居るでせう。あれが祭典の声です』 高姫『妾も一度参拝させて頂き度いもので御座います』 蜈蚣姫『何卒後で緩りと参拝して下さいませ。中途に入りますと皆の者の気が散り、完全にお祭が出来ませぬから、……時に高姫さま、貴女のお連れになつた二人の男は、ありや一体何者で御座いますか』 高姫『ついお話に身が入つて貴女に申上げる事を忘れて居ましたが、彼はバラモン教の宣伝使の友彦と云ふ男、も一人は妾の召使の貫州と云う阿呆とも賢いとも、正とも邪とも見当の付かない男で御座います』 蜈蚣姫『何と仰せられます。バラモン教の友彦が来たとは、それは又妙な神様のお引合せ、……余り姿が変つて居るので見違へて居つた。アヽさう聞けば鼻の先に赤い所があつたやうだ。彼奴は私の一人娘をチヨロまかし、手に手を取つて何処ともなく姿を隠した男、廻り廻つてこんな所へ来るとは是又不思議、あれに尋ねたら定めて娘の消息が分るであらう。……コレコレ高姫さま、此事は秘密にして置いて下さい。妾が直接に遠廻しに聞いて見ますから』 と心臓に波を打たせながら、そはそはとして居る。高姫は此場を立つて次の間に現はれ両人に向ひ、 高姫『友彦さまに貫州、退屈だつたらう。蜈蚣姫さまが一寸奥へ通つて呉れと仰有るから通つて下さい。此処もバラモン教の射場だから……、友彦さま、お前は親の家へ戻つたやうなものだ。久し振りで蜈蚣姫様に御面会が出来るから喜びなさい』 友彦『何と仰有る。此処が蜈蚣姫様のお館ですか、そりや違ひませう。世界に同じ名は沢山御座います。まさか本山に居られた、副棟梁の鬼熊別の奥さまの蜈蚣姫さまではありますまい』 高姫『さうだともさうだとも、チツとは不首尾な事があらうが辛抱しなくては仕方がない。逃やうと云つたつて逃げられはせぬワ。お前も可愛い娘の婿だから、さう酷くも当らつしやるまい。安心して妾に伴いて御座れ』 友彦は顔色忽ち蒼白となり、恐る恐る高姫の後について奥の間に進み往く。 (大正一一・六・一三旧五・一八加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 04 一島の女王 第四章一島の女王〔七三四〕 今迄皎々たる浄玻璃の月は忽ち黒雲に蔽はれ、満天の星光は瞬く中に雲の帳に包まれた。海面は俄に薄闇く、暴風忽ち臻り、小舟を波のまにまに翻弄虐待する。船底に横たはり以前の夢を見て居た小糸姫は驚いて目を瞠り、 小糸姫『アヽ大変な恐ろしい夢を見た。……これ船頭さま、俄に闇くなつたぢやないか、此処は一体何と言ふ所だなア?』 チャンキー『あまり暗くて薩張り見当がとれなくなりました。然し大方ニユージランドの近辺だと思ひます。波は刻々に高くなり、もう此上は風に任して行く処まで行るより仕方がありませぬ。斯う言ふ時にバラモン教のお経を唱へて下さつたら、チツトは風も凪ぎませう。お姫様、何卒神様に願つて下さいな』 小糸姫『此通り風が吹き波が荒く立ち騒ぎ……櫓櫂の方に一生懸命に力を入れて呉れる方が妾に取つて何程安全だか知れませぬよ。最前の夢の様な目に会はされては迷惑だから……』 モンキー『夢にドンナ目に会はれましたな?』 と言ひ乍ら一生懸命に櫓を漕いで居る。山岳の如き波の間を、船は木の葉の風に散る如く浮きつ沈みつ、荒波の翻弄に任すより途はなかつた。忽ち巨大なる音響と共に船は一つの岩山に衝突し、滅茶々々になつて仕舞つた。小糸姫は辛うじて壁を立てた如き岩に壁蝨の様に喰ひつき、運を天に任し経文を唱へて居る。二人の男は如何なつたか浪の音に遮られ、一声さへも聞く事が出来なかつた。一時ばかり経つと思ふ頃、空を包みし黒雲は拭ふが如く晴れ、風は凪ぎ、浪静まり、魚鱗の月光は海上一面に不知火の如く瞬き初めた。斯かる所へ四人の女を乗せた一艘の小舟、島影より悠々と現はれ来り、小糸姫が叫ぶ声を聞きつけ、中の一人は棹をさし述べ漸々にして小糸姫を船中に救ひ上げた。二人の男の影は目に当らなかつた。小糸姫は疲労の結果、船底に横たはつたまま二時、三時ばかり顔を得上げず、礼をも言はず蟹の如うな泡を吹いて苦しみ居たり。 メソポタミヤの顕恩郷鬼雲彦が本城に 種々雑多と身を窶し神素盞嗚大神の 御言畏み八乙女が鬼雲彦の側近く 仕へ待りてバラモンの悪逆無道を立直し 国治立の大神の至仁至愛の御息より 現はれ出でたる三五の神の教に服はせ 名実叶ふ顕恩の郷の昔に復さむと 心を配る折柄に天の太玉宣伝使 数多の司を伴ひて顕恩城に入り来り 言霊戦を開始して鬼雲彦の大棟梁 其他の魔神を伊照らせば忽ち大蛇と身を変じ 雲を起して遁げ去りぬ天の太玉宣伝使 顕恩郷を掌り此処に八人の乙女子は 天地四方の国々に三五教の御教を 宣べ伝へんと手を別けて荒野を彷徨ふ折柄に バラモン教の枉神に嗅出されて捕へられ いたいけ盛りの姉妹は半破れし釣舟に 投げ入れられて浪の上何処を当てと定めなく 漂ひ来る折柄に大海中に突き立てる 岩ばかりなる一つ島辺に漕ぎ着き眺むれば 何れの人か知らねども年端も行かぬ真娘 岩に喰ひ付き声限り救ひを求めて叫び居る 仁慈無限の五十子姫は三人の女子と諸共に 言はず語らず心合ひ棹を延ばして救ひあげ 互に櫓櫂を操りつ風に送られ西南 竜宮島を指して行くあゝ惟神々々 霊の幸を隈もなく世人の上に照らします 至仁至愛の神の御救ひに小糸の姫は生きかへり 撥ね返りたる心地して朝日の豊栄昇る頃 漸く頭を抬げける四辺を見れば四柱の 顕恩郷に見覚えの娘と見るより仰天し 暫し言葉も無かりしが漸く心落ち着けて 『あゝ訝かしやいぶかしや夢か現か幻か 五十子の姫や梅子姫御供の宇豆姫、今子姫 貴女は何故海原に彷徨ひ来り在しますぞ 是には深き理由の在するならむ詳細に 宣らせ給へ』と手を合せ胸もどきどき問ひかくる。 五十子姫は小糸姫に向ひ、 五十子姫『貴女は顕恩郷の鬼熊別様のお娘子、如何して、マア斯様な処へお越しなされましたか。さうして友彦様は如何遊ばしましたか』 小糸姫『それよりも貴女等四人様、斯様な処へ御船に乗つてお越し遊ばすとは合点が参りませぬ。何の御用で何処へ御いでになりますか、お聞かせ下さいませな』 五十子姫『是には深い仔細が御座いまする。何れゆるゆる聞いて頂きませうが、貴女から何卒先へお口開きを願ひます』 小糸姫は『ハイ』と答へて、顕恩郷を出でしよりその後友彦に別れ、此処迄逃げ来りし一伍一什の顛末を包み隠さず述べ立てた。四人は年にも似合はぬ小糸姫の悪竦にして豪胆なるに舌を捲きける。 梅子姫は呆れ顔にて、 梅子姫『随分貴女も人格がお変りになりましたね』 小糸姫『さうでせうとも、妾は竜宮の一つ島の未来の女王ですから、今迄の様な嬢や坊では数多の国人を治める事は出来ませぬ』 と未だ島影さへも見えぬ内から、早くも竜宮島を腹に呑んで居る豪胆不敵の女なり。 五十子姫、梅子姫は善悪は兎も角、野蛮未開の地の女王としては最適任ならむ、此船に乗つたのを幸ひ竜宮島に到着する幾多の日数を応用して三五教の教理を体得せしめ、精神的天国を建設せしめむと早くも心に定め……顕恩郷を立ち出で、三五教の教理を四方に宣伝せむとする時しも、バラモン教の片彦、釘彦一派に捕へられ、此海に漂流し来りし事の顛末を細さに物語り、互に敵味方の障壁を除却し、一蓮托生の船の上にて遂に首尾よく小糸姫に三五教の教理を植付けた。 小糸姫は船中より已に女王気取で五十子姫、梅子姫を顧問か参謀の様に独り定めにして仕舞つた。今子姫、宇豆姫は自分の小使として待遇して居た。五十子姫、梅子姫は良き機関を得たりと喜び、表面十六才の阿婆摺れ娘の小糸姫を首領と定め、漸くにして五人の女は竜宮島のクスの港に無事到着し、船を岸辺に繋ぎ、五人は宣伝歌を歌ひ乍らさしもに広き一つ島を足に任せて進み行く。日は漸く没して四方闇黒に包まれ、五人はとある谷川の辺に蓑を敷き安々と寝に就きけり。 猛獣の声は山岳も揺ぐばかり唸り出した。豪胆不敵の五人の女は松風の音か琴の音位に軽く見做し、其声を就寝の栞とし、他愛も無く此処に一夜を明した。四辺の果実をむしりて腹を拵へ、草茫々と身を没するばかりの谷道を宣伝歌の声に木霊を響かせ乍ら、進み進みて或る一つの平坦なる部落に出たり。山と山とに包まれたる摺鉢の底の様な稍広き原野と山腹に穴を穿ち、炭焼竈の様に各戸煙をボウボウと立てて居る。五人は原野の中央にある小高き大岩の上に登り、声を限りに天津祝詞を奏上し宣伝歌を歌ひ出した。此声に驚いてか、山腹の数限りもなき穴より色の黒き老若男女一つの穴より或は五人或は十人、二十人と這ひ出で各柄物を手にし、五人の立てる大岩の周囲に蟻の如く群がり集まつた。此処は一つ島にても稍都会と聞えたる萱野ケ原といふ処であつた。一同は色白き五人の美女が岩上に立てる姿を見て、天津乙女の天上より降り給ひしものと固く信じ随喜の涙を流し乍ら、四方八方より掌を合せ拝跪敬礼して居る。 斯かる処へ山奥より法螺貝の声「ブウブウ」と響き渡り、見れば数百人の荒男を率ゐた大男駻馬に跨がり、ツカツカと此場に現はれ来り、 大男(ブランジー)『ヤア、汝は何れの国より漂着してうせた。此一つ島は、他国人の上陸を許さざる秘密境だ。誰の許可を得て出てうせた。速に其岩を下り一々事情を申し伝へよ』 小糸姫は泰然自若、満面に笑を湛へて大男の一行を看守つた。四人の宣伝使も同じく両手を組み合せ、儼然として小糸姫の両脇に立ち、一同の顔を打ち看守つた。大の男は声荒らげ、 大男(ブランジー)『此方は一つ島の大棟梁ブランジーと言ふ者である。此方の威勢に恐れぬか。一時も早く座を下り我等が縛につけ』 と鬼の如き眼を光らしグツと睨めつけたるを、小糸姫は莞爾と笑ひ、 小糸姫『愚なりブランジー、妾は天津神の命を受け、只今四柱の従者を率ゐ、五色の雲に乗り此一つ島に天降りしものぞ。此国は妾が治むべき神の定めの真秀良場なれば今日より妾に誠心を捧げて仕ふるか。さもなくば、天譴を下して槍の雨を降らせ、雷の弾を以て懲戒の為め汝等を打滅し呉れむ。返答如何に』 とキツと言ひ渡せば、流石のブランジーも崇高なる女の姿に首を傾け、暫し思案に暮れて居た。数百人の荒男は武装の儘大地に平伏し、五人に向つて萱野ケ原の住民と共に両手を合せ随喜の涙に暮れて居る。ブランジーは此光景を見て我を折り、又もや馬を下り大地に平伏して帰順の意を表したり。小糸姫は言葉淑やかに、 小糸姫『汝は天津乙女の棚機姫に帰順せし徳に依つて、妾が従司となし重く用ひむ。飽迄も誠を以て吾等に仕へよ』 と巧く言霊を応用すれば一同は感に打たれ、五人の宣伝使を神人と敬ひ、前後を護りて稍展開せる美はしき原野の中の都会に導き、広殿に五人を迎へて心よりの馳走を拵へ、いと懇に誠意を表したりける。 茲に五人は一つ島の花と謳はれ、三五の神の教を四方に宣伝し、其驍名は全島に轟き渡りけり。此処を是より地恩郷と命名し、小糸姫は遂に島人に挙げられて女王となり黄竜姫と改名する事となりける。 茲に五十子姫は今子姫を従へ、梅子姫、宇豆姫を小糸姫が左右に侍せしめ、自転倒島さして神素盞嗚大神の御跡を慕ひ進み渡る事となりぬ。ブランジーの妻にクロンバーといふ女あり。夫婦何れも五十の坂を四つ五つ越えたる年輩なり。ブランジーはクロンバーと共に今は黄竜姫の宰相役となり、遠近に其名を轟かして居た。クロンバーは或時黄竜姫に拝謁を乞ひ奥の間近く進み入り、 クロンバー『黄竜姫様に折入つてお願ひが御座います。妾の夫ブランジーは貴女様のお見出しに預り、宰相として恩寵を辱なうし、此島に於ては飛ぶ鳥も落す勢となりました。クロンバー身にとり有難く御礼の申し上げ様も御座いませぬ。御存じの通り大男の不束者で御座いますれば、何卒御見捨てなく末永く使つてやつて下さいませ。妾は実は此島の生れではなく、聖地エルサレムに仕へて居りました者で御座いますが、大切なる玉の紛失せし為め其所在を探ねむと、竜宮の乙姫様の生宮として今年で殆ど満二年、残る隈なく探せども今に所在は分らず、何卒々々貴女の天眼力を以て御示し下さらば有り難う御座います』 黄竜姫は厳然として、 黄竜姫『是は珍らしき汝の願ひ、其玉と申すは如何なる玉なるぞ』 クロンバー『ハイ、左様で御座います。金剛不壊の如意宝珠に黄金の玉、紫の玉の三つの御宝で御座います。今迄は自転倒島の三五教の東本山に納めありし処、何者にか盗み取られ今に行方が分りませぬ。黄金の玉は妾が保管致して居りました所、何者にか盗み出され、又残り二つの玉は噂に聞けば是亦行方不明との事、何卒貴女の御神力を以て、此島の何れの地点にあるやお示し下さらば有り難う存じます』 黄竜姫はさも鷹揚さうに微笑み乍ら、 黄竜姫『其宝玉は此竜宮島には隠しては無い。自転倒島の或地点に隠しあり、容易に発掘すべからず、最早汝は玉に対する執着心を離れ、ブランジーと共に誠心を尽して国務に奉仕したが宜からう』 と言ひ捨て逃ぐるが如く奥殿に姿を隠して仕舞つた。後にクロンバーは独言、 クロンバー『アーア、仕方がない。黄金の玉を紛失し、高姫様に叱り飛ばされ、守護神の囁きに依つて竜宮の一つ島に隠しあると聞き、此処まで探ねて来たものの、此広き島に三年や五年国人を使うて探して見た処で雲を掴む様な咄し、黄竜姫様のお言葉に依れば三つの宝は此島には無いとの事、如何したら宜からうか。彼の玉無き時は如何しても聖地に帰り高姫様に会はす顔がない。此黒姫は夫高山彦と共にブランジー、クロンバーと外国様に名を変へて此島に居るものの、もう斯うなつては何程結構な役を仰せ付けられても聖地に比ぶれば物の数でも無い。アヽ早く帰り度いものだナア』 と語る折しもブランジーは此場に現はれ、 ブランジー『ヤア黒姫、早く館へ帰らうぢやないか。黄竜姫様の御機嫌を損ねてはならないぞ』 クロンバー『高山さま、何を仰有る、もう妾は此島が嫌になりました。何程探したとて此広い島に手掛りの出来る筈がありませぬ。此上は破れかぶれ、一旦聖地へ立ち帰り、三五教を根本より立直し、言依別の教主を追つ放り出さねば虫が得心致しませぬ。我々夫婦が波濤万里の此島へ来て苦労するのも、皆言依別のためではありませぬか、エヽ残念や、口惜や、妾はもう破れかぶれ、是から狂乱になりますから其積りで居て下さい』 ブランジー『ハヽヽヽヽ、又何時もの疳癪病が突発したのか。マアマア宅へ帰つて、酒でもゆつくり飲んで其上の事にしようかい』 と背を三つ四つ打ち、クロンバーの手を引いて己が館へ帰り行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 05 蘇鉄の森 第五章蘇鉄の森〔七三五〕 生命の綱と頼みてし三つの神宝の所在をば 執念深く何処までも探さにや置かぬと高姫が 夜叉の如くに狂ひ立ち積る思ひの明石潟 浪の淡路の島影に船打ち当てて沈没し 九死一生の大難を玉能の姫に助けられ 感謝するかと思ひきや心の奥に潜むなる 自尊の悪魔に遮られ生命の親をさまざまに 罵り嘲り東助が操る船に身を任せ 玉の所在は家島ぞと心を焦ちて到着し イロイロ雑多と身を尽し心砕きし其揚句 絶望の淵に身を沈め如何はせむととつおいつ 思案に暮るる折柄に浜辺に繋げる新調の 小舟に身をば任せつつ貫州従へ玉の緒の 生命の瀬戸の海面を力限りに漕ぎ出し 小豆ケ島へ漂着し又もや玉の所在をば 探らんものと国城の山を目蒐けて駆登り 岩窟の中にてバラモンの神の司の蜈蚣姫 館に思はず迷ひ込み早速の頓智高姫は 蜈蚣の姫が心汲み表面ばかり親善の 姿装ひ漸うに敵の毒手を逃れつつ 蜈蚣の姫を利用して玉の所在を探らむと 再び船に身を任せ一行数人波の上 馬関海峡打過ぎり西へ南へ進み行く 蜈蚣の姫は第一に玉の所在を索めつつ 恋しき娘の所在をば探らむ為の二つ玉 愛と欲とに搦まれてスマートボール其外の 供を従へ高姫が船に棹さし進み行く 心そぐはぬ敵味方さしもに広き海原の 波は凪げども村肝の心の海に立つ波は 穏かならぬ風情なり。 焦つく様な暑い日光を浴びた一行は、汗を滝の如くに搾り出し、渇を感じ水を需めむと、やうやうにして海中に泛べる大島の磯端に船を横たへ、彼方此方と淡水を求めつつ草木を別けて互に『オーイオイ』と声を掛け、連絡を保ち乍ら、島内深く進み入つた。渇き切つたる喉よりは最早皺嗄れ声も出なくなりにけり。 高姫は漸くにして蘇鉄の森に着きぬ。一丈許りの蘇鉄の幹は大蛇の突立つて雨傘を拡げた如く、所狭き迄立並ぶ。蘇鉄のマラを眺めて矢庭に貫州に命じ、むしり取らしめてしがみ始めたるに、何とも知れぬ甘露の如き甘き汁、噛むに従つて滲み出で、漸く蘇生の思ひをなせり。………蜈蚣姫一行も漸くにして此場に現はれ、高姫がむしり取つたるマラに目を注ぎ渇を医する為に、餓鬼の如く喰ひ付かんとする一刹那、マラの実は忽ち延長し一丈許りの大蜈蚣となつてノロノロと這ひ出し、其儘蘇鉄の幹にのぼり、次から次へと条虫の如く延長して蘇鉄の幹を残らず巻き、一指をも添へざらしめむとせり。蜈蚣は長さと太さを時々刻々に増し、一時程の間に此大島全体を巻き尽したりける。 高姫、蜈蚣姫其他の一行は、樹木と共に蜈蚣に包まれ、息も絶え絶えに天津祝詞を奏上し、バラモン教の経文を唱へ、只管身の安全を祈る事のみに余念なかりけり。 マラの変化より成出でたる蜈蚣は、大島を十重二十重に巻き、四面暗澹として暗く、得も言はれぬ不快の空気に、呼吸器の働きも停止せむ許りとなりき。九死一生の破目に陥りたる高姫は、最早是までなりと総ての執着心に離れ、運命を惟神に任せ、観念の眼を閉ぢ死を待ちつつありける。 忽ち頭上より熱湯を浴びせかけた如き焦頭爛額の苦みを感ずると共に、紫磨黄金の肌を露はしたる巨大の神人、忽然として此場に現はれ来り、 神人『汝日の出神の生宮と称する高姫、今茲に悔い改めずば汝は永遠に今の苦みを味はひ、根底の国の消えぬ火に焼るべし』 と云つた儘姿は消へたり。一方蜈蚣姫は、頭上より氷の刃を以て突き刺されし如き大苦痛を感じ、七転八倒身を踠く折しも、墨の如き黒き巨顔を現はし、眼球は紅の如く輝きたる異様の怪物、首から上許りを暗黒の中にも殊更黒き輪廓を現はし乍ら、長き舌を出して蜈蚣姫の頭部面部を舐めた其恐ろしさ、流石気丈の蜈蚣姫も其厭らしさに身の毛もよだち、何の応答も泣く許り、怪物の舌の先よりは無数の小さき蜈蚣、雨の如くに現はれ来り、蜈蚣姫の身体を空地もなく包み、所構はず無数の鋭き舌剣を以て咬みつける其苦しさ『キヤツ』と叫んで其場に倒れ、右に左に転げ廻る。此時高姫は漸く正気に復し四辺を見れば、酷熱の太陽は晃々と輝き亘り、数多の樹木青々として、吹き来る海風に無心の舞踏をなし居たり。高姫は、 高姫『アヽ夢であつたかイナア。それにしても此怪しき蘇鉄、斯かる怪異の続出する島に長居は恐れ、一時も早く此島を離れ、宝の所在を探らむ。貫州来れツ』 と四辺を見れば、貫州はドツカと坐し、瞑目した儘腕を組み、石像の如くに固まり居る。高姫は一生懸命に祝詞を奏上し、頬を抓り、鼻を摘み、イロイロ介抱をすること半時ばかりを費したり。されど貫州は血の気の通はざる石像の様に、何処を撫でても少しの温か味も無くなり居る。高姫は何となく寂しさに襲はれ、泣き声まぜりになつて、 高姫『コレ貫州、今お前に斯んな所で死なれて、どうなるものか、……チツト確かりしてお呉れ』 と泣き口説く。貫州は漸くにして左の目をパツチリ開けた。されど黒球はどこへか隠れ、白眼計り剥き出し、木の根の様な筋に赤き血を漲らし、赤き珊瑚樹の枝の様に顔面が見えて居る。 高姫は一生懸命に祈願を凝らす。此時今迄大地に打つ倒れて居た蜈蚣姫は無言の儘ムクムクと立上り、高姫の前にヌツと現はれ、怒りの形相凄じく、拳を固め、平家蟹の様な面をさらして睨付け出した。又もやスマートボールむくむくと立上り、白玉計りの両眼を剥き出し、口を尖らせ、蟷螂の様な手付をし乍ら、鶴嘴を以て土方が大地を掘る様に、高姫の頭上目蒐けてコツンコツンと機械的に打ち始めた。其手は鉄の如く固くなつて居る。高姫は此鋭鋩を避くる為、身をかはさむと焦れども、土中より生えたる木の如く、一寸も身動きならず、止むを得ず同じ箇所を幾回となく、拳の鶴嘴につつかれて居るより仕方なかりけり。 此時天上の雲を押し開き、天馬に跨り此方に向つて下り来る勇壮なる神人あり。数百人の騎馬の従卒を伴ひ、鈴の音シヤンシヤンと一歩々々空中を下り来り大音声にて、 神人『汝は高姫ならずや。日の出神と自称する汝が守護神は、常世の国のロツキー山に発生したる銀毛八尾の悪狐なるぞ。只今汝が霊縛を解かむ。今日限り悔い改め、仮りにも日の出神などと名乗る可らず。我こそは真正の日の出神なり。一先づ此場は神直日大直日に見直し開き直し、汝が罪を赦すべし。是れより汝は蜈蚣姫の一行と共に南洋に渡り、竜宮の一つ島に到りて、黒姫を救へ。ゆめゆめ疑ふな』 と云ひ棄てて馬首を転じ、数多の従神と共に、轡を並べて天上高く昇らせ玉ひぬ。此時何処ともなく空中より大なる光玉現はれ来り、高姫が面前に轟然たる響と共に落下し、火は四辺に爆発飛散し、高姫一行の身は粉砕せしかと思ふ途端に目を醒せば、大蘇鉄の下にマラをしがみながら倒れて居た。蜈蚣姫其他一同は、炎天の草の上に頭の巨大なる虻蠅などに、或は刺され、或は舐められ乍ら、息も絶え絶えに倒れ居たり。貫州はと見れば、そこらに影もない。高姫は力限りに、 高姫『オイ、オーイ、貫州々々』 と叫び始めたるに、あたりの森林の雑草を踏み分けて、大なる瓢箪に水を盛り、ニコニコとして此処に現はれ来る男の姿を見れば、擬ふ方なき貫州なり。 貫州『高姫様、お気が付きましたか。サア此水をおあがり下さいませ』 と自ら手に掬うて高姫に啣ませた。高姫は初めて心神爽快を覚え、 高姫『アヽ持つべき者は家来なりけり、お前がなかつたら妾は如何なつたか分らない。就ては幸ひ蜈蚣姫其他の連中は此通り昏倒つて居れば、今の間にお前と二人、あの船に乗つて竜宮島へ渡り、玉の所在を探さうぢやないか』 と云ひ乍ら稍首を傾げ笑みを湛へて貫州の顔を覗き込み、貫州の返辞をもどかしげに待ちわび居る。貫州は高姫にむかい、 貫州『それだから貴女は不可ないのです。仮令敵でも味方でも助くるのが神の道、此島へ斯の如く弱り切つた人々を残し、我々両人が船を操り逃げ帰るなどと、左様な残酷な事がどうして出来ませうか。貴女はまだ改心が出来て居ないのですなア』 高姫『大功は細瑾を顧みず、天下国家の為には少々の犠牲を払はなければならぬぢやないか。お前はそれだから困るのだよ。まるで女の腐つた様な気の弱い男だから……サア貫州、妾に従いておいで、是れから二人が出世の仕放題、こんな奴を連れて行かうものなら足手纏ひになるばかりか、大変な邪魔者だ。サア行かう』 と元気恢復したのを幸ひに、夢の裡の日の出神の訓戒を忘れ、功名心に駆られスタスタと先に立ちて磯辺に進まうとする。貫州は高姫の顔を心無げに見遣り乍ら、耳に入らざるものの如く装ひ、瓢箪の清水を蜈蚣姫の口に啣ませた。蜈蚣姫は初めて生きたる心地し乍ら起きあがり、両手を合せて貫州に感謝の意を表する。貫州は是れに力を得てスマートボールを初め、其他一同に水を与へたり。高姫は此態を見て目を釣り上げ、面をふくらせ眺めて居る。蜈蚣姫は立あがり、 蜈蚣姫『高姫様の御指図に依つて、貫州様は厭々乍ら、主人の命だと思ひ、私達に結構な水をドツサリ与へて元気を恢復させて下さいました。お陰で私の身内の者も皆助かりました。主人の心下僕知らずとやら、仁慈無限の高姫様の大御心に反抗する貫州さまは、余程可愛い人です。貴女等主従の御争論を、妾は一伍一什聞かして頂きました。……高姫様、御親切有難う御座います。此御恩はキツトお返し申します。オホヽヽヽ』 と肩を揺り、厭らしさうに笑ふ。スマートボールは立あがり、 スマートボール『コリヤ貫州、……貴様は余程腹の悪い奴ぢや……無いワイ。よう俺を助けて呉れやがつた。キツト御礼を申すから、さう思うて居れ。……モシ高姫さま、貴女は三五教に反旗を掲げて、ウラナイ教を創立なさつた様な日の出神の偽宮だから、流石は仁慈に富み、申分の無い善人ぢや……無い。よう我々を助けてやらうと思ひくさらなんだ。アツクアツク御礼申しますぞ』 高姫『オツホヽヽヽ、皆さまの態のよい当てこすりワイの。こりや決して高姫の精神から言つたのぢやない。蜈蚣姫様やお前達の守護神が高姫の体内を藉つて言つたのだ。高姫の守護神は臨時貫州に憑つたのだよ。それだから昔の根本の身魂の因縁が分らぬと、善が悪に見えたり、悪が善に見えたり致しますぞや。神様のイロイロとして心をお引き遊ばす引つかけ戻しのお仕組だから、人が悪に見えたら、自分の心を省みて改心なされ。人の悪いのは皆我が悪いのだ。此高姫は水晶玉の世界の鑑、皆の心の姿が映るのだから、キツト取違ひをしては可けませぬぞや。アーア蜈蚣姫様も余程身魂の研けたお方ぢやと思うたが、日の出神の生宮の前に出て来ると、まだまだ完全な所へは往けませぬワイ』 蜈蚣姫は吹き出し、 蜈蚣姫『オホヽヽヽ』 一同は、 一同『アハヽヽヽ』 と共笑する。貫州は、 貫州『アー何が何だか、サツパリ見当が取れなくなつて来たワイ』 高姫は腮をシヤクリ、 高姫『きまつた事だよ。見当の取れぬお仕組と、変性男子が仰有つたぢやないか。此事分りて居る者は世界に一人よりない……とお筆に現はされて居るだらう。お前達に誠の仕組が分りたら、途中に邪魔が這入りて、物事成就致さぬぞよ。オホヽヽヽ』 と大きう肩を揺つて雄叫びする。蜈蚣姫は眉毛にそつと唾をつけて素知らぬ顔…… 蜈蚣姫『モシ高姫さま、貴女は大自在天様の御眷族の生宮だと仰有るかと思へば、日の出神の生宮とも仰有る様だし、実際の事は何方の守護神がお懸りなのですか』 高姫『変幻出没千変万化、自由自在の活動を遊ばす大自在天様の御守護神だから、時あつて日の出神と現はれ、又大国別命の眷族……実際の所は大黒主命の御守護が主なるものです』 蜈蚣姫『日の出と大クロと………大変な懸隔ですなア。蜈蚣姫には、善悪の区別が全く裏表の様に思へますワ』 高姫『お前さまにも似合はぬ愚問を発する方ですなア。顕幽一致、善悪不二、裏があれば表があり、表があれば裏がある。表裏反覆常なき微妙の大活動を遊ばすのが真の神様ぢや。馬車馬的の行動を取る神は、畢竟人を指揮する資格の無いもの、妾等は大黒主命の生宮たる以上は、すべての神人を、大自在天様に代つて、指揮命令する特権を惟神に具備して居る。所謂日の出神の岩戸開きの生宮で御座る。神はイロイロとして心を曳くから引掛戻しに懸らぬ様に御用心をなされませ』 蜈蚣姫『何時の間にやら、貴女も顕恩城の信者に化け込んで居られた時とは、口車が余程運転する様になりましたなア。蜈蚣姫も感心致しましたよ』 高姫『化け込んだとはソラ何を仰有る。誠正直生粋の日本魂で大自在天様を信仰して居りました。ウラナイ教と謂つても、三五教と言つてもバラモンでもジアンナイ教でも、元は一株、天地根本の大神様に変りはない。併し乍ら今日の所ではお前さまの奉ずるバラモン教の行方が一番峻酷で、不言実行で、荒行をなさるのが御神慮に叶ふと思つたから、国城山でお目に掛つてより、層一層バラモンが好になつたのですよ。サアサア斯うなれば姉妹も同様、一時も早く所在を探しに参りませう』 蜈蚣姫『私は最早玉なんかに執着心はありませぬ。それよりも心の玉を研くのが肝腎だと気がつきました』 高姫『ホヽヽヽヽ、重宝なお口だこと。天にも地にも唯一人の小糸姫様の所在が分りかけたものだから、玉所の騒ぎではない。一刻も早く小糸姫さんに遇ひたいと云ふのが貴女の一念らしい。それは無理もありませぬ。何と云つても目の中へ這入つても痛くない一人娘の事だから、国家興亡よりも自分の娘が大切なのは、そりや人情ですワ』 と嘲る様に云ふ。蜈蚣姫は高姫の言葉にムツとしたが、何を云うても唯一艘の船、高姫の機嫌を取らねば目的地へ達する事が出来ないと思つて、ワザと機嫌よげに、 蜈蚣姫『ホヽヽヽヽ、これはこれは高姫さまの御教訓、感じ入りました。つい吾子の愛に溺れ、大事を誤りました私の不覚、はしたない女とお笑ひ下さいますな。そんなら此れより神第一、吾子第二と致しませう』 高姫『第三に玉ですか、あなたのお説の通り、そこまで研けた以上は、有形的の玉よりも、貴女は小糸姫様に会ひさへすれば結構なのでせう。モウ玉なんかに執着心を持たぬ様になされませ。其代りに妾は其玉を発見次第御預り致し、妾の手より大自在天様に御渡し申しませう。宜しいか。一旦貴女のお口から出たこと、吐いた唾液を呑み込む訳にもいきますまい』 と目を据ゑて蜈蚣姫の顔を一寸見る。蜈蚣姫はワザとに顔を背け、何喰はぬ顔にて、 蜈蚣姫『何事も貴女に任せませう』 スマートボール『モシモシ蜈蚣姫様、そりや目的が違ひませう。貴女も魔谷ケ岳に永らく御苦労なさつたのも、玉の所在を探さむ為でせう。何と云ふ気の弱い事を仰有るのだ。仮令高姫さまが何と仰有つても、スマートが承知しませぬぞ』 蜈蚣姫『何事も私の胸に有るのだから黙つて居なさい』 高姫『胸に有るとは、蜈蚣姫さま、何があるのですか。余程陰険な事を仰有るぢやありませぬか。さうすると今妾に仰有つた事は詐りでせう』 蜈蚣姫『仮にも神様に仕へる妾、鬼熊別の女房、どうして嘘偽りを言ひませう。あまり軽蔑なさると、此蜈蚣姫だつて此儘には置きませぬぞ』 と肩を怒らし口をへの字に結んで歯ぎりし乍ら、形相凄じく高姫の顔を睨みつけたり。 高姫『ホヽヽヽヽ、平家蟹が陀羅助を喰つた様なお顔をなされますな。貴女もヤツパリ腹が立ちますか。忍耐と云ふ宝を如何なさいました』 蜈蚣姫『それは貴女のお見違ひ、妾は腹が俄に痛くなつて苦しみ悶えた結果、顔付が怖くなつたのです。アヽお陰様で大分に緩んで来ました。サアサア皆さま、仲ようして一つの船でこの荒波を渡りませう。十分お水の用意をして………』 と各自に器の有り丈を引抱へ、檳榔樹の生え茂る林の中を潜り、貫州に導かれて、谷間の水溜りを求め、辛うじて水を充たせ、漸く船に積み込み、月明の夜を幸ひ、折からの順風に帆を上げ西南に舵を取り、海上に起伏する小島を縫うて進み行く。 (大正一一・七・二旧閏五・八松村真澄録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 06 アンボイナ島 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録)
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(1847)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 07 メラの滝 第七章メラの滝〔七三七〕 瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツキリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、 スマートボール『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』 と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、 蜈蚣姫『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』 スマートボール『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』 蜈蚣姫『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』 スマートボール『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』 蜈蚣姫『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』 高姫『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』 貫州『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』 高姫『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』 貫州『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』 と態と平気な顔をして見せる。 蜈蚣姫『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』 高姫『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』 蜈蚣姫『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』 高姫『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』 スマートボール『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』 高姫『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』 と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。 スマートボール『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』 とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。……… 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、 高姫『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』 と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。 高姫『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』 と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。 高姫『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、 貫州『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』 高姫『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『キーキー』、喉許で笑ふ声『キウキウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、 高姫『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……キーキー、キウキウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』 と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『キウキウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、 貫州『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』 高姫は聊か迷惑顔しながら、 高姫『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』 滝の上から貫州は、 貫州『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』 蜈蚣姫『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』 貫州は霧の中より、 貫州『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』 高姫はしたり顔、 高姫『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』 蜈蚣姫『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、 蜈蚣姫『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』 と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、 高姫『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』 滝の上の霧の中より、 貫州『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』 と『キウキウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『キヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。 高姫『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』 貫州『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』 高姫『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』 貫州『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』 高姫『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』 と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。 (大正一一・七・二旧閏五・八加藤明子録)