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41

(1947)
霊界物語 28_卯_台湾物語(日楯と月鉾) 19 高島丸 第一九章高島丸〔八一九〕 三五教の神司変性男子の系統と 日の出神の生宮を唯一の武器とふりかざし 我意を立て貫く高姫は神素盞嗚大神の 公平無私の御心に感謝の涙流しつつ ウラナイ教を解散し股肱と頼む黒姫や 高山彦や魔我彦を伴ひ聖地に立帰り 三五教に帰順して金剛不壊の如意宝珠 紫色の宝玉の其監督を命ぜられ 鼻高々と諸人を眼下に見おろす慢心の 心の鬼に遮られ再び魔道へ逆転し 執着心を再発し玉の在処を探らむと 西や東や北南万里の波濤を乗越えて 力を尽す玉探し聖地を見捨て遠近と 彷徨ふ中に竜宮の天火水地と結びたる 麻邇の宝珠は梅子姫蜈蚣の姫や黄竜姫 テールス姫や友彦の五つの身魂に神業を 占領されて気を苛ち聖地に帰りていろいろと 怒りをもらし駄々を捏ね麻邇の宝珠の監督を おためごかしに命ぜられ八尋の殿に現はれて 高山彦や黒姫と衆人環視の壇上に 玉検めを始めける此時五つの麻邇の玉 紫玉を除く外残りの四つはあら不思議 珍の宝と思ひきや見る価値もなき団子石 何処の誰が何時の間に摺変へたるかと高姫は 口を尖らし目をみはり呆れ居る折言依別の 珍の命が宝玉を抱いて聖地を遁走し 国依別と諸共に高砂島に渡りしと 聞くより高姫気をいらち又もや聖地を立出でて 乗るか反るかの瀬戸の波常彦、春彦諸共に 棚無し舟に身を任せ艪擢を操り荒波を 乗切り乗切り和田中に青く泛べる琉の島 那覇の港に安着し常楠翁の住処なる 槻の大木の洞穴に現はれ来り言依別の 神の命は琉球の玉を手に入れ逸早く 高砂島に渡りしと聞くより心もいら立ちて 再び舟に身を任せ山なす波を乗り切りて 大和田中に浮びたる高砂島に渡らむと 進み行くこそ健気なれ。 高姫は常彦、春彦に舟を操らせ、夜を日に継いで、漸くにしてテルの国の山々仄に霞の如く目に入る地点まで漕ぎ着けた。舟は忽ち暗礁に乗上げ、メキメキと粉砕して了つた。此頃の海面は塩分最も多く、波なき時は海上と雖も、直立して歩むに僅かにこぶらを没する位で、水の抵抗力強く、一里二里位は容易に徒歩にて渡る事を得たのである。併し乍ら、暴風吹き来り、波立つ時は忽ち波に包まれ、生命を失ふ危険があつた。 高姫一行は船を破り、已むを得ず、尻をからげて霞の如く現はれたるテルの国を目当てに海上を徒渉し始めた。俄に風が吹いて来た。そろそろ波は荒れ出した。酷熱の太陽は焼きつく如く照り出した。流石大胆不敵の高姫も、到底此儘にては、高砂島に渡ることは出来ないと、心中不安の念に駆られ、声を限りに天津祝詞を奏上し天の数歌を唱へ、 高姫『国治立大神様、神素盞嗚大神様、玉照彦様、玉照姫様、言依別神様、時置師神様、国依別様、どうぞ、此危難をお助け下さいませ。高姫も只今限り我を折りまして、あなた方の教通り堅く守ります』 と今迄反対側に立つた役員の名まで呼び出して祈願する、其心根余程往生したと見える。常彦、春彦は高姫の此祈りを聞いて、俄に心細くなり、泣き声となつて、 常彦、春彦『惟神霊幸倍坐世』 と蚊の鳴く様に唱へて居る。 折柄波を蹴立てて進み来る高島丸は、三人の波上に漂ひ困難の態を見て、直に船を近寄せ、これを救ひ上げた。高島丸には筑紫の国、竜宮の一つ島などより常世の国に渡らむとする者、殆ど二百人許り乗込んで居た。船長はタルチールと云ふ骨格秀れた大の男であつた。 三人は船長室に招かれて、いろいろと取調べを受けた。 船長『お前は何国の方で、何と云ふお名前で、何国へ何用あつてお出でになるのか、船中の規則として調べておかねばなりませぬ。ハツキリと茲で、国、所、姓名、用向の次第を仰つて下さい』 高姫『ハイ私は自転倒島の中心地、錦の宮の八尋殿に三五教の宣伝使の頭として奉仕する変性男子の系統、日の出神の生宮と世界に有名な高姫で御座います。人民の分際として、神の生宮がどこへ行かうと、行かうまいと、別に取調べる必要はありますまい。神の事は何程賢い人間でも、到底見当の取れぬものですよ』 船長『神様は神様として、吾々は人間としての高姫を監督する必要があるから、其用向を尋ねて置くのだ。キツパリ言つて貰はねば此船に乗つて貰ふことは出来ませぬ』 高姫『それだから人間は困ると云ふのだ。蕪から菜種迄教へて上げねばならぬのかなア。日の出神の生宮が行く所ならば、大抵分りさうなものだのに…………エー仕方がない、秘密を守つて下さるなら申しませう。実の所は三五教の教主言依別命が、国依別のガンガラ者と大切な玉を盗み、高砂島へ逃げて行きよつた。それ故、三千世界の御宝、あの様なドハイカラやガンガラ者に持たせておいては、世が乱れる許り、いつまでも五六七の世は出て来は致さぬから、三千世界の人民を助ける大慈大悲の日の出神の生宮が、其玉を取返さむと、神変不思議の術を使ひ、自転倒島よりはるばると、舟にも乗らず、二人の家来を引き連れ、波の上を渡つて来た生神の高姫で御座る。お前も此高姫の因縁性来が、言うて貰はねば分らぬような事で、如何して船長が勤まりますか。これから此生宮の云ふ事を聞いて、宏大なる神徳を頂きなさい。際限もなき万里の波濤を乗越える船頭としては、チツと神力がないと、大勢の人間の生命を預つて海を渡ると云ふ事は中々荷が重たい。何程人間が力がありたとて、智慧がありたとて、神力には叶はぬから、早く我を折つて改心なさるが宜しいぞや』 船長口を尖らし、 船長『コリヤ高姫とやら、吾々を罪人扱に致し、改心せよとはチツと無礼ではないか。改心と云ふ言葉は、悪人や罪人に対して、審判司の申すべき言葉であるぞよ。汝如きに改心呼ばはりをされる様な汚れたタルチールでは御座らぬぞ。余りな無礼を申すと、了見致さぬ』 と稍怒気を含み、顔色を変へて大声に呶鳴り立てた。 高姫『コレ船頭、お前は高姫の言葉がお気に入りませぬか、腹が立ちますか、神様の御戒めに、怒る勿れと云ふ事が御座いますぞや。怒ると云ふ事は最も神界より見れば重き罪で御座いますぞ。お前は現に今、怒つた顔をして尖つた声を出し、神界の罪を犯した罪人です。それ故改心をなされと高姫が云つたのだよ。ヘン………コレでも返答が出来るならして見なさい。そんな高い声をしておどしたつて、いつかないつかな、ビクつく様な日の出神の生宮とは違ひますぞえ。ヘン……』 と鼻を手の甲でこすり上げ乍ら嘲笑ふ。 船長『コリヤコリヤ其方は此高姫の同行者であらうなア』 両人『ハイ仰せの通りで御座います。何を云つても、高姫さまは、逆上して居りますから、どうぞお気に障へないでゐて下さいませ。吾々両人は側に聞いて居ても、ハラハラ致します。否腹が立つて来ます。況してやあなた様のお腹立は御尤もと存じます』 船長『あゝさうだらう。何でも一通りではないと思つた。余程変つてゐさうだなア』 高姫『ヘン、そりや何を仰有るのだ。変つて居らいで何とせう。日の出神の生宮とガラクタ人間と一緒にしられてたまるものか。凡夫の目から神様を見れば、そりやモウ変つた様に見えるのは当前だ。一通でないなんて、能うマアそんな馬鹿な事が云へたものだ。一通や二通所か、神の階級は百八十一通ある。そして其一番上の大神こそ天御中主大神、又の御名は大国治立尊と云つて、始無く終なく、無限絶対独一の誠の独り神様だ。其次には国治立尊、其次には日の出神、それから段々と枝の神があり、人民は神の次だ。百八十通りも隔てがあるのだよ。さうだからテンデお前達は、此日の出神の申すことが分らぬのだ。人民は人民らしくおとなしく致して神に口答へを致すでないぞや。コレ船長殿、此生宮の申すこと、チツとは御合点が参りましたかなア』 船長『常彦、春彦の両人、お前さまは此女を如何考へてゐますか。随分エライのぼせ方だ。まだ高砂島へは三日や五日では到着するのは六つかしい。海へでも飛び込まれては大変だから、一つ手足をしばり、頭から水でもかけておくか、頭のてつぺんに穴でもあけて、逆さまに吊り下げ、少し血でも抜いてやらねば、此病気は本復致すまい。お前達二人は此船に乗つた以上は、何事も船長の命令をきかねばならないのだから、お前の手で此高姫を縛り上げ、船底へ伴れて往つて呉れ。吾々もついて往つて血を出して逆上を引下げてやるから……』 常彦、春彦は驚いて、 両人『モシモシ船長様、此高姫には吾々両人が附添ひ、決して御迷惑になる様な事は致させませぬから、頭を割つて血を出したり、縛り上げる事丈は何卒許して下さいませ』 船長『…………』 高姫パツと怒り、 高姫『盲の垣覗き、猫に小判とはお前のことだ。此生宮は金鉄も同様、指一本触へることは出来ませぬぞ。勿体ない、日の出神様の生宮を、仮令蚤の口程でも傷つけてみよれ。神の御立腹は忽ち、此船は瞬く間に岩に打つかり沈没致し、日の出神に敵対うた者は海の底へ突落され、真心になつて頼んだ人民は、天から抓み上げて、善悪の立別けをハツキリ致して見せるぞや』 船長『ヤア此奴は如何しても駄目だ。……常彦、春彦、お前は今迄先生と仰いで来たのだから、何程船長の命令でも、高姫を縛る訳には行くまい、師弟の情として無理もない。これから此タルチールが直接に荒料理をしてやるから、お前達両人は、下の船室に控へて居れ』 高姫『コレコレ常、春、日の出神の生宮を、チツとの間も、目放し致すことはならぬぞや。此肉体は、尊き神のお役に立てねばならぬ系統の生宮だ。船長に付くか、日の出神に従くか。サア二つに一つの返答を承りませう』 船長は『エー面倒』と強力に任せ、高姫を後手に縛り、両足を括り、太縄を帆柱にかけ、キリキリと絞り出した。高姫は足を空に頭を下にした儘、チクチク帆柱目がけて吊り上げられた。常、春の両人は地団駄ふんで、ワイワイと泣き叫ぶ。 此船に折よくも乗つてゐた言依別、国依別の宣伝使は慌て此場に走り来り、船長に何事か目配せした。船長は驚いた様な顔して、慇懃に腰を屈め、直に高姫を吊りおろした。常彦、春彦の両人は、余りの事に肝を潰し、此場に言依別、国依別の現はれ来りし事に気がつかなかつた。高姫も亦苦しさに両人の現はれて吾れを助けて呉れたる事をチツとも知らなかつた。 船長のタルチールは、言依別命、国依別の時々の説教を聞き、スツカリと三五教の信者となり、言依別の高弟となつて、既に宣伝使の職名を与へられてゐた。それ故タルチールは言依別命を高砂島へ送り届けると共に、自分は宣伝使となつて、高砂島や常世の国を宣伝すべく決心してゐたのである。さうして高姫の事も略、国依別より聞かされてゐた。 言依別、国依別は手早く船長の寝室の間に姿を隠した。船長も亦言依別命に従ひ、おのが寝室に這入つて、三人鼎座し、高姫話に時を遷した。 (大正一一・八・一〇旧六・一八松村真澄録)
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(1996)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 17 出陣 第一七章出陣〔八五九〕 秘露の国日暮シ山の山腹に広大なる岩窟を掘り、ウラル教の霊場を作り、ロツキー山の本山と相応じて、一旦亡びかけたるウラル教も再び頭を擡げ、巴留の国の西北部よりヒル全体に其勢力を拡大して居る。此岩窟を日暮シ山の聖場と称へてゐた。此処にはブールを教主とし、ユーズ、アナンの両宣伝使はブールを助け、数多の宣伝使を四方に派し、大いにウラル教宣伝に力を尽しつつあつた。 奥の一間には教主のブールを始め、アナン、ユーズの二人、色麗しき香り高き林檎を堆く盛り、互に皮を剥き、舌鼓を打つて味はひ乍ら、幹部会議を開いて居た。 ブール『此ヒルの国には紅葉彦命の伜楓別命三五教を宣伝致し、其勢中々侮る可らず、加之バラモン教の石熊の一派、此頃又もや俄に頭を擡げ、吾々ウラル教の牙城に向つて突進し来り、数多の国人は去就に迷ひ、今は殆ど両教の為に数百年のウラル教の努力も、根底より覆へされむとしてゐる。吾々は何とかして、彼等両教の徒を駆追せなくては、ロツキー山の本山に対し、申訳が御座らぬ。吾々が日頃唱道して居た、世の終りは近づけり、悔い改めよ、天国の門はやがて開かれむと、予言せし神示空しからず、今年の此大旱魃、大饑饉、山河草木、殆ど枯死せむとする此惨状、如何なる頑迷不霊の徒と雖も、之を見て無情を感じ、現世を忌み天国を希求せざる者あらむ、此機逸す可らずとなし、国魂神を斎りたる御倉山の谷川に、数多の国人集まると聞き、遠路の所遥々宣伝の為に、吾々出張し、大部分吾教理に服し、天国に救はれむとする折しも、三五教の宣伝使忽然として其場に現はれ、体主霊従的教理を説き、再びウラル教をして根底より転覆せしめたる其腕前、かかる邪教を看過するは吾々ウラル教宣伝使として、教祖常世彦命に対し奉り、又ウラル彦の教主に対し、陳弁の辞なし。加ふるに、又もや荒しの森にて、昨日の如き大敗を取りしは、返す返すも残念至極の至りではないか?……アナン殿、此頽勢を如何にして挽回せむと思はるるか、腹蔵なく述べられたい』 と覗く様にして問ひかけた。アナンは暫く双手を組み、差俯向いて思案にくれてゐたが、ハタと両手を打ち、ニタリと笑ひ、 アナン『教主殿、私に一切を御委任下さらば、三五教は申すに及ばず、バラモン教徒をして一人も残らず帰順させて見ませう。併し乍ら此機を逸しては、到底其目的を達することは出来ませぬ。やがてここ十日も過ぐれば、今日の天候より観察するに、大雨沛然として降り来り、山河草木忽ちにして元の如く青々として蘇生するは鏡にかけて見るようで御座いますれば、今の内に宣伝使を残らず四方に派遣し、国人の弱点につけ入り……汝等悔い改めざれば今や亡びむとす、今迄の心を悔い改め、ウラル教に身を任せよ、さすればやがて天に祈り慈雨をふり注ぎ、山河草木人類をして蘇生の喜びに酔はしめ、天国の楽みを再び地上に現はし与へむ、早く悔い改めよ、天国はウラル教を信ずる者の領分なり……と、此際獅子奮迅の活動を開始せば、数多の国人は今迄迷へるバラモン、三五の両教を弊履の如く抛棄して吾教に先を争ひ、潮の如く集まり来るは目に見る如き感じが致します。どうぞ吾々に此れを一任なし下さいますれば、数多の宣伝使を使役し、宣伝使長となつて一肌脱いで見る覚悟で御座います』 ブール『成程、それも妙案だ。然らばアナン殿、宣伝の件に就いては、一切万事御任せ申す』 アナン『早速の御承知……否御信任、有難くお受け仕ります』 と喜色満面に溢れ、肩を怒らし、腕を振り、意気揚々として、期する所あるものの如く雄健びしてゐる。ユーズは少しく首を傾け乍ら、 ユーズ『教主殿、アナン殿の御進言は至極妙案奇策と存じますが、敵の末は根を切つて葉を絶やすとか申しまして、如何しても根本的に両教を絶滅するには、幹部に向つて大打撃を与へなくては、到底駄目でせう。仮令一時ウラル教に帰順する共、又もや、彼れ三五教の言依別、国依別の如き勇者ある上は到底完全に教義を宣布することは不可能でせう。先づ第一に焦眉の急とする所は、言依別、国依別の両宣伝使を亡き者とし、ヒルの都の楓別命の本城に攻め寄せ、根底より転覆絶滅せしめなくては到底駄目でせう。私の考へとしては、どうしても、枝葉の問題を後にし、此大問題たる根幹を芟除せなくてはならないと存じます』 ブール『ユーズ殿の云はるる通り、吾れも其戦法を以て最も肝要なる手段と心得る。……アナン殿、如何で御座らうか』 アナン『然らば斯う致したら如何で御座いませう。此館に集まれる八十人の宣伝使を半割き、四十人を一先づヒル、カル両国に至急派遣し、残り四十人の宣伝使を吾々が引率し、教主殿は此聖場におはしまし、少数の役員信徒と共に、お守りを願ひ、吾々はユーズ殿と先づ楓別命の館に向つて、夜襲を試み、只一戦に滅亡せしめ、神の力を天下に現はしなば、素より体主霊従の事大主義に囚はれたる人々は、一も二もなくウラル教の権威に畏服し、帰順致すは明かな活たる事実で御座いませう』 ブール『然らば両人にお任せ申す。何卒一切万事に違算なき様頼み入る』 アナン『仰せ迄もなく、目から鼻へつき抜けた、智謀絶倫のユーズ殿、私が後に控えさせられての作戦計画なれば、水一滴の遺漏も御座いませぬ。御安心下さいませ』 ブール『いやいや斯く迄勢力を四方に張つたる、楓別命又言依別、国依別のあの腕前、到底一通りにては往生致すまい。何とか神策を考究致さねば、軽々しく進んで敵の術中に陥るやうな事あらば、それこそ挽回の道がつかぬ。此点に於てブール、甚だ心許なく存ずる。一例を挙ぐれば、御倉山の渓谷に於て、数多の宣伝使が居乍ら、脆くも吾々は敗走致せし苦き経験に徴し、容易に侮る可からざる強敵なれば、吾々は最も深く神を念じ、神力を身に充実して進まねばなりませぬぞ。智謀絶倫と聞えたるユーズ、アナンの両将迄が只一言の言霊をも交へず、雲を霞と逃げ帰つたる無態さ、吾れは只一人ふみ止まるに忍びず、止むを得ず引返せし様な仕末なれば、果して両人に於て、確固不抜の成算が御座るかなア』 ユーズ『アハヽヽヽ、吾々の神算鬼謀は敵に向つて弱しと見せかけ、ワザとに敗走の体を装ひ、彼等両人を版図内に深く入り込ませ四方より取囲み、袋の鼠と致して本教に帰順せしむるか、但は滅亡せしめむかとの考へより退却を致したので御座る。仮令三五教の宣伝使慓悍決死にして、鬼神を拉ぐ勇あり共、たかの知れた一人や二人、何の恐るる所が御座いませう。これもユーズが一つの計略で御座れば、必ず必ず御煩慮なく、ユーズ、アナンの実力を御信任あらむことを希望致します』 と諄々として愉快気に述べ立てたり。 ブール『荒しの森の味方の敗北、たかが一人の宣伝使に対し、実に何とも形容の出来ない無念さではなかつたか。今思ひ出しても、実に腹立たしい。汝等両人、吾前にのみ強く、敵の影を見れば忽ち軟化し、所謂陰弁慶の徒にはあらざるやと、聊か懸念せざるを得なくなつた』 アナン『アハヽヽヽ、是に就ても天機洩らす可らざる深遠なる吾々の戦略、必ず必ず御心配なさいますな。キツと大勝利を現はし、お目にかけるで御座いませう』 ブール『然らば、汝両人を信任し、一切を委託する。随分気を付けて呉れ』 と一間に入つて了つた。後に二人は顔見合して、思案顔、 アナン『オイ、ユーズ、実に困つたことになつたものだないか。楓別命は実に古今無双の神力を具備する大神将なり、言依別、国依別は之れ亦不可思議なる力を持つてゐる。彼等両人が放射する五色の霊線は、到底吾々近寄る可らざる威力がある。又バラモン教の石熊も中々以て注意周到な奴、決して油断は出来ない。如何したら、千騎一騎の此場合、彼等を殲滅することが出来ようかと心配でならないワ』 ユーズ『それだから、俺達はユーズを利かして、教主様の前でいろいろと言葉を構へ、威張つて見せ、教主の心に力を与へたのだ。勇将の下に弱卒なしだ。弱将をして能く勇将たらしむるは、両人の任務である。サア、アナン殿、これより宣伝使を全部引つれ、又数百人の信者を以て、先づ第一に楓別の宣伝使の館を夜陰に乗じ、襲撃することにせう。大刀竹槍の用意は出来て居るであらうか?』 アナン『大刀竹槍を使ふは変事に際してのみ用ゐることを、神明許させ玉へ共、未だ武器を以て立向ふべき時ではあるまいぞ』 ユーズ『さてユーズの利かぬ其お言葉、千騎一騎の此場合は即ち大変事のことでは御座らぬか?斯様な時に武器を用ゐざれば、何れの時に用ゐむや。仮令敵は少数と雖も、古今無双の勇者、到底、口先の弁舌を以て帰順せしむることは思ひも寄らざる事なれば、短兵急に暴力を以て彼等の牙城を屠むらなくては、ウラル教の休戚に関する大問題だ。危急存亡の分るる所、ウラル教国家の興亡此時にあり。……サア、アナン殿、早く決心あれ』 アナン『智謀絶倫と聞えたるユーズ殿の言葉、アナン賛成致しませう』 ユーズ『早速の御承諾、実に有難し』 と座を立ち、別室に入り、宣伝使の溜り所に在る宣伝使を吾居間に呼集め、ヒルの館の夜襲に時を移さず着手せむ事を厳命した。一同は一も二もなく、ユーズの言葉に服従し、武装を整へ、ヒルの都の楓別命が館をさして、数百人の部下と共に、旗鼓堂々と進み行く。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録)
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(1998)
霊界物語 30_巳_南米物語2 末子姫と言依別命の旅 19 蜘蛛の児 第一九章蜘蛛の児〔八六一〕 幾十旒とも分らぬ白旗を夜の風に翻し、旗鼓堂々と、川の堤の両方より進み来る数百の集団を眺めて、国依別は打笑ひ、 国依別『アハヽヽヽ、マチさま、キジさま、面白くなつて来たぢやないか。昨夜荒しの森で数百人のウラル教の連中、吾々一人を十重二十重に取巻乍ら、脆くも国依別の言霊に吹散らされて、雲を霞と逃去つたウラル教の手合が、今度はどうやら武装を整へ捲土重来の挙に出よつたらしい。なんと愉快な事が出て来たものだ。お前達両人は、入信記念の為に一つ南北に分れて、両方の敵に当り、縦横無尽にかけ悩まして見たら如何だ。其代りに国依別が無限の神力を与へるから、万々一お前達の不利を見たならば、球の玉の神力を以て、敵を射倒して了ふ成算が十分にあるから、試験的にやつて見やうではないか?』 キジ『願うてもなき其お言葉、私もテルの国に於ては相当に、神力はなけれ共、腕力並ぶ者なしと言はれて居る豪傑ですから、こんな面白い機会はありますまい。如何なる武器を以て攻め来る共、此腕一つあれば大丈夫です。何卒私を其任に当らして下さい』 マチ『私はキジの様な力は有りませぬが、気転を利かす段に於ては、決して人後におちない積りです。そんなら両人が此川の南北に分れ、一つ奮戦激闘をやつて見ませう。あゝ面白い面白い、天運循環し来つて、優曇華の花咲き匂ふ春に会うたる心地がする』 と力瘤だらけの腕をまくり、ブンブンと振りまはし、撚をかけて居る。 国依『そんなら両人、一つやつて見よ……国依別は司令長官になつて、此丸木橋の上から戦況を調べる事にせう。あゝ良い月だ。こんな愉快な事は、滅多にあるものぢやない。併し乍ら成るべくは、両人敵の生命をとらない様にしてくれ』 キジ『宜しい、一人も残らず此空川へ放りこみ、人間の山を築いてお目にかけませう』 斯く云ふ間、ウラル教の大部隊は最早間近くなつて来た。マチは北側を、キジは南側の草の中に身を潜めて、敵の近付くのを今や遅しと、腕を唸らせ、片唾を呑んで控えてゐる。 南の一隊はアナン之を率ゐ、北側の一隊はユーズ之に将として、勢ひ凄まじく川辺を下り来る物々しさ。マチは忽ち敵前に塞がり大音声、 マチ『ヤアヤア、ウラル教の宣伝使、それに従ふ小童共、よつく聞け!吾こそは三五教の宣伝使、言依別命、御倉山の谷間に於て、此方が言霊の神力に泡を吹き、脆くも逃げ去つたる弱武者共、サア吾々は神勅に依つて、汝が茲に数多の人々を引きつれ、武器を携へ、攻め下り来る事を前知せしを以て、汝等一人も残らず素首を引抜き、汝の最も希求する霊の国、天国へ引導を渡してくれむ。覚悟を致せ!』 と呶鳴り立てた。ユーズは藪から棒の、どこともなく権威に充された此言霊に辟易し、数多の部下を率ゐ、堂々とここまで進み来れる手前退却もならず、轟く胸を無理に押へ、 ユーズ『ナヽヽ何と申す。汝は体主霊従の邪教を奉ずる言依別命なるか。如何に獅子王の勢あればとて、雲霞の如き大軍に向つて、如何に孤軍奮闘すればとて、汝の力の及ぶ所にあらず、要らざる事を致して、命をすてるよりも、神妙に吾軍門に降れ』 マチ『ナニ猪口才千万な、汝こそ某が前に閉口頓首して罪を謝し、貴重なる生命を無事に持つて帰れ。汝等は天国に至る事を無上の光栄とする者ならば、一人も残さず、霊の国へやつてやるのはいと安き事なれ共、さう致しては懲戒にならぬ。汝の最も忌み嫌ふ娑婆世界に置いて苦めてやらむ、覚悟を致せ。アハヽヽヽ』 ユーズ『何と其方は妙な事を申す奴、人間は生命が大切だ。肉体なくして神業が勤まると思ふか。馬鹿を申せ、汝こそ今某が、生命をとり、地獄の引導を渡してくれむ、覚悟致せ……ヤアヤア者共、言依別に向つて斬つてかかれよ』 と采配ふつて下知すれば、数多の部下はマチ一人を取まき、斬つてかかる。向うは大勢、此方は只一人、すばしこくも体を躱して、草の茂みに隠れて了つた。大勢はあわてふためき、互に刃に火花を散らし、ケチンケチンと同士打を始めてゐる其可笑しさ。 又一方南岸に向うたキジは、アナンの引率せる一部隊に向ひ、叢より忽然と現はれ、大音声、 キジ『ヤア其方はウラル教の宣伝使であらう。吾こそは三五教の神司国依別なるぞ。飛んで火に入る夏の虫、能くマア出て来よつたなア。サア是より此方の発射する言霊の弾丸を浴びて、汝の最も忌み嫌ふ現界を棄て天国に救ひ与へむ。どうぢや嬉しいか』 と呶鳴り立て、大声で人もなげに笑ひ出した。アナンは国依別と聞いて、心戦き乍ら、空元気を出し、 アナン『アハヽヽヽ、何と申す、国依別、敗けたと見せかけ御倉山の谷川に於て逸早く姿をかくし、又荒しの森に於てワザと敗軍を装ひ、汝をここにおびきよせむとの吾等が計略、うつかりと出てうせた痴呆者。モウ斯うなる上は百年目、神妙に吾軍門に降るか、ゴテゴテ吐さば、汝が素首引抜いて天下の害を絶ち、汝が身魂を地獄に追ひおとしくれむ……サア部下の者共、国依別に向つて斬りつけよ』 と下知すれば『オウ』と答へて数多の人数、竹槍をすごき、キジ一人を目当に突込み来る。キジは大手を拡げ、来る奴来る奴、ひつ掴んでは日暮シ川にドツと許り投げ込み、瞬く間に数十人の人山を築いた。 此方のユーズの部下は何れも長剣を以て戦ひ、南方のアナンの部下は何れも竹槍を以てキジ一人に向つて戦つてゐる。されどキジの手に掛つて、最早数十人は河中に投込まれ、腰を打ち、足を摧き、痛さに身動きも得せず、慄ひ戦いてゐた。国依別は丸木橋の上より指をさし伸べ、サーチライトの如き霊光を発射して、此域を射照らしてゐる。アナンは最早叶はじと思ひきや、采配を打ふり打ふり、 アナン『退却!退却!』 と連呼し乍ら、散り散りバラバラに算を乱して敗走する。 此方ユーズは味方の同士打に度を失ひ、止むを得ず采配を打振り、又もや南方のアナンに傚つて『退却!々々!』と号令する。此声にユーズの部下は思ひ思ひに元来し道を先を争ひ逃げて行く其可笑しさ。マチは之を眺めて高笑ひ、 マチ『アハヽヽヽ、脆いものだなア。俺もこれ丈の神力が出るとは思はなかつたが、実に不思議だ。これも全く三五教の神様の御神徳、次いでは神様のお使ひになる神魚を食つた為でもあらう。実に有難いものだなア。ドレドレ国依別様に戦況を詳さに報告せねばなろまい。それに付いても何処ともなく、強烈なる光の現はれた時、敵の光に打たれて狼狽する様は実に痛快であつた』 と独言ちつつ、国依別の傍に意気揚々として帰つて来た。 南方に向うたキジも亦勝ち誇つたる面色にて、力瘤だらけの腕を打ふり乍ら帰り来り、 キジ『宣伝使様、実に有難う御座いました。生れて以来、斯様な愉快な事は御座いませぬ。戦ひの最中、あなたより強烈なる霊光を送つて下さつた時の其気強さ、面白さ、いやモウ終生忘る可らざる愉快な印象を与へられました。アハヽヽヽ』 国依『ヤア両人共、天晴れ天晴れお手柄だつた。あれ丈の勇気があれば、最早三五教の布教者としても大丈夫だ。国依別も幸福だ。何と良い弟子が出来たものだなア』 キジ『本当に仰有る通り、古今独歩の神力充実せるあなたに対し、斯様な英雄豪傑がお弟子になるのも全く神様のお引合せでせう』 国依『アハヽヽヽ、随分吹く事も吹きますねえ。ヤア面白い面白い、それ丈の気概がなくては駄目だ』 マチ『私だつて、ヤツパリあなたの御家来として余り不適当な者ではありますまい。どうです宣伝使様、あなたの御感想は……』 国依『アハヽヽヽ、何ちらも担いだら棒が折れる様だ。力に甲乙が無くて面白い。マア是からは慢心をせない様に心得て、神界の為にドシドシと尽して貰はうかなア』 両人『ハイ承知致しました。今日の腕試しに依つて、最早神の御加護ある事を悟つた以上は、天下何者をか恐れむやで御座る』 と腕を揺つて雄健びする其可笑しさ。国依別は……妙な奴が降つて来た者だ……と心秘かに微笑み乍ら二人を伴ひ、明けかかる夜の道を、河を渡つて、北へ北へと足を早め宣伝歌を声高く歌ひ乍ら、ヒルの都を指して進み行く。 空に輝きし月は漸く光り褪せ、星は次第に影を没し、絵絹を拡げた様な東の空は、紅を潮し始めたり。 (大正一一・八・一六旧六・二四松村真澄録)
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(2039)
霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 02 猛獣会議 第二章猛獣会議〔八九三〕 鷹依姫、竜国別の一行は宣伝歌をうたひ乍ら、数百万年の秘密の籠りたる南岸の森林に進み入る。併し乍ら人跡なき此森林も、思ひの外雑草少く、空はあらゆる大木に蔽はれて、日月の光を見る事甚だ稀であつた。 一本の大木と云へば周囲百丈余りもあり、高さ数百丈に及び、樹上には猩々、猅々、野猿の類群をなし、果物を常食として可なりに安心な生活をつづけ、其種族を益々繁殖させ、至る所に猿の叫び声は耳をつんざく許り怪しく聞えて居る。 二三尺許りの大蜥蜴は時々一行が路を遮り、開闢以来見た事もなき人の姿を見て、驚いて逃げ隠るるもあり、中には飛付き来るもあり、其他異様の爬虫族、先を争うて逃げ隠るる音、ザワザワと谷川の水流の如くに聞え来る。此時白毛の兎の一群、大なるは現代の牛の如きもの、ノソノソと一行の前に宣伝歌を尋ねて来り、両足を前に行儀よく並べて涙を流し乍ら、 兎『私は此森林に神代の昔より永住致しまする兎の長で厶います。此通り数多の種族を引連れ、あなた様一行の御降りを月の大神様より御示しに預り、ここに謹んでお迎へに参りました。あなたは三五教の宣伝使鷹依姫様、竜国別様の御一行で厶いませう。何卒この森林を御踏査下さいまして、吾々の安逸に一生を送り得らるる様、御守りの程偏に願ひ上げ奉ります』 と慇懃に頼み入るにぞ、竜国別は、 竜国別『ヤア始めて御目にかかります。あなたは此森林に長らく御住居なさると聞きましたが、大変に険呑な所で厶いますなア』 兎『ハイ御存じの通り、此時雨の森は、其昔吾々共の種族が月の大神様より千代の棲処として与へられたもので厶いますが、アダム、エバの霊より発生したる八岐の大蛇の一族を始め悪鬼悪狐の子孫益々跋扈して、遂にはモールバンドやエルバンドの如き怪獣と成り変り、吾々一同のものを餌食と致し、今は殆ど亡ぼされて了ひ、此数百里の大森林の棲処に於て、実に数千頭の影を止むるのみ、実に吾々は悲惨な生活をつづけ、戦々兢々として、一時の間も安楽に生活を送る事が出来ないので厶います。加ふるに、虎、狼、獅子、熊、大蛇、鷲などの連中が、常世の国のロツキー山方面より、常世会議のありし後、此森林に逃げ来り、吾等が種族を餌食と致し、暴虐無道の其振舞、実に名状す可らざる惨状で厶います。何卒あなた方の御神力を以て此森林の悪獣、悪蛇、悪鳥を言向和し、動物一切相和し相親しみ、天与の恩恵を永遠に楽しむ様、お執りなしを偏に希ひ奉ります』=兎は月神を祭る民族の意= 竜国別『委細承知致した。然らば、是より其方は吾々の先導になつて、第一に猛獣の棲処へ案内致せ。惟神の神法を以て、彼等を善に導き、悪を悔い改めしめ、此森林をして忽ち天国の楽園と化せしめむ。あゝ面白し面白し……母上様、妙なことになつて参りました。サア兎殿、案内召されよ』 兎『ハイ、早速の御承知、吾々一族は実に蘇生の思ひを致します』 と云ひ乍ら、大兎は数多の団体を率ゐ、鷹依姫一行の前後を警護しつつ森林深く進み行く。 数多の兎に送られて、鷹依姫一行は天を封じて樹てる森林の中を、意気揚々と半日許り進み行く。此処には稍展開された樹木のなき空地がある。殆ど十里四方の間は余り太き樹木もなく、針葉樹の小高き丘四方を包み、恰も青垣山の屏風を引廻せし如き安全地帯である。 兎の一族は僅に此地帯を永住処となして生活を続けてゐる。謂はば兎の都である。其殆ど中心に、聖地に於ける桶伏山の如き美はしき岩石を以て自然に造られたる霊場があり、そこには兎の最も尊敬する月の大神の宮が儼然として建てられてある。 此清き宮山を繞る清鮮の水を湛へた広き湖の辺には、大小無数の鰐=鰐は武人の群=が棲息し、鰐と兎の両族は互に相提携して天与の恩恵を楽んでゐる。つまり此鰐は森林の持主たる兎の眷属とも云ふべきものにして、兎の国の軍隊の如き用務に従事してゐるのである。 モールバンド、エルバンドの怪獣は兎を食する事を最も好み、日夜其事のみに精神を傾注して居る。されど兎は最早此安全地帯に集まりし事とて、巨大なる肉体を有するモールバンドは、数多の密生したる樹木に遮られて、ここに侵入するを得なくなつて了つた。如何にエルバンドと雖も、アマゾン河の岸より首を伸ばし、ここ迄届かす事は到底出来ない。それ故止むを得ず、余り好まざる肉ながら虎、狼、熊、獅子等を捕喰ひ、僅かに其餓を凌ぎつつあるのである。 或時モールバンドはエルバンドを使者として、猛獣の集まる森林の都、獅子の巣窟に向つて使ひせしめ、ここに談判を開始する事となつた。其談判の要領は左の通りである。 獅子王『あなたはモールバンド様の御使者エルバンド様、能くこそ御入来下さいました。就いては今日の御用の趣、何卒詳さに御話し下さいませ』 エルバンド『吾々今日使者として獅子王の都へ参りしは、余の儀では御座らぬ。吾統領のモールバンド様、アマゾン河に数多の眷族を御連れ遊ばし、兎を捉へて常食となし給ふ。吾々も亦、兎を以て最上の美味と致して居るもの、然るに此頃は兎の影も見せ申さず、甚以て吾々一族は困窮致して居る次第で御座います。就いては獅子王殿に一つの談判があつて、ワザワザここに使者として、エルバンド出張仕りました。其理由とする所は、獅子王の手を以て、熊、虎、狼を使ひ、兎の都に侵入し、彼等を生捕にし、日に数百の兎をモールバンド様に御献上ありたし。然らざれば熊、鹿、虎、狼、止むを得ざれば、獅子の一族をも、手当り次第捕喰ふべしとの厳命で御座いますれば、速かに否やの御返答を承はりたう御座います』 獅子王『これはこれは、何事かと思へば、思ひもよらぬ御仰せ、吾々一族は虎、狼、熊、獅子の区別なく、日夜モールバンド様の部下に捉へられ、日に幾百となく生命を断たれ、捕喰はれ、実に困憊の極に達して居りまする。就ては吾々四足一族は茲に大軍隊を組織し、北岸の森林の同志と相謀り、川を差挟んでモールバンド、エルバンドの軍隊を一匹も残らず殲滅し呉れむと日夜肝胆を砕き、今や協議の真最中で御座れば、早速に此返答は致し難し。御返事は、追つてアマゾン河の岸に使者を遣はし、御答へ申さむ。此場は一先づ御帰りあらむ事を希望致します』 エルバンド『然らば是非に及ばぬ。一時も早く協議を遂げ、御返事あらむことを希望致します』 と云ひ捨て、長大なる巨躯を蛭の如く伸縮させ、のそりのそりと獅子王の都を後に、アマゾン河のモールバンドの本陣と聞えたる寝覚の淵を指して帰り行く。 あとに獅子王は数多の四つ足族を獅子の都に召集し、一大会議を開催する事となりぬ。 獅子王はエルバンドの使者の帰つた後、直ちに使獅子を森林の各処に派遣し、熊王、狼王、虎の王、大蛇の頭、鷲の王などを代表者として召集し、獅子王の館に於て大会議を開く事となつた。日ならずして各獣の代表者は集まり来る。 山桃の林の下に大会議は開かれた。獅子王は先づ開会の挨拶をなし終つて、 獅子王『モールバンドの使者の齎した申込みに対し、各自の意見を吐露し、最善の方法を協議されむ事を望む』 と云ひ乍ら、諄々として一伍一什の経緯を物語れば、茲に熊王は進み出て、手に唾し憤然として雄猛びし、巨大なる目を瞠りつつ、 熊王『皆様、如何で御座いませう。吾々四つ足族は、今日迄互に反噬を逞しうし、優勝劣敗、弱肉強食の戦闘を続けて参りました。処が仁愛深き獅子王様の御威勢と御尽力に依り、互に其範囲を犯さず、熊は熊の団体、狼は狼、豹は豹、大蛇は大蛇、虎は虎と各部落を作り、此森林は漸く無事太平に治まり、辛うじて猿を捕り、兎を捕獲し、吾々獣族は漸く其生命を保つて来たのである。然るに此頃モールバンド、エルバンドの一族、アマゾン河より這ひ上り来り、吾等が部落を犯す事一再ならず、吾種族は夜も枕を高くし安眠する事も出来ない惨状で御座います。然るに何ぞや、悪虐益々甚だしく、日に数百頭の兎を貢せざれば、吾々が種族を捕り喰ふべしとの酷烈なる要求、どうして是が吾々として応じられませうか。吾々は仮令種族全滅の厄に遭ふとも、撓まず屈せず一戦を試み、勝敗を決せむ覚悟で御座る。皆様の御考へは如何で御座いますか』 と息も荒々しく述べ立つる。狼王は直ちに口を開き、 狼王『熊王様の御意見、実に御尤も至極では御座いまするが、どう考へても強者に対する吾々の如き弱者として、戦ふなどとは思ひも寄らぬ拙劣なる策では御座いますまいか。常世会議に於て吾祖先は翼をそがれ、最早空中飛行の自由を失ひし吾々四つ足族、如何に獅子奮迅の勢にて攻撃致すとも、暴虎馮河の勇あるとも、豺狼の奸策を弄するとも、到底及び難き議論だと考へます。若かず彼が要求を容れ部下を駆使して兎を捕獲し、モールバンドに日々これを貢ぎ、吾等一族の大難を免れるが、第一の策かと考へます。勝敗の数分かり切つたる此戦闘に従事するは策の得たるものではありますまい。皆様如何で御座いませうか』 と首を傾け、前足を腕の如くに組みながら、心配げに述べ立てる。 虎王は腕を組み、髭に露をもたせ、巨眼をクワツと見開き、言葉も重々しく、 虎王『吾々の考ふる所に依れば、如何に弱肉強食を恣にするモールバンドなればとて、吾々の種族を殲滅することは出来ますまい。吾々も天地の神の水火を以て生れ、神の精霊の宿りしものなれば、如何に悪虐無道のモールバンドなればとて、妄りに暴威を逞しうし、此森林を吾物顔に占領する事は到底不可能でせう。要するに彼等が如何なる事を申込み来るとも虎耳狼風と聞流し、相手にならず、打棄ておく方が獅子(志士)の本分で御座らう。……熊王殿、豹王殿、大蛇の頭殿、諸君の御意見は如何で御座りますか』 大蛇の頭『吾々如何に剽悍決死の勇ありとも、モールバンドの一族、完全無欠の武器を備へ攻来るに於ては到底敵する事は出来ますまい。飽く迄も豺狼の欲を逞しうし、獅子奮迅の勢を以て猛虎の如く攻め来る敵軍、何程準備は熊なく整ふとも、到底防戦する豺も覚束なき吾々の境遇、なまじひに強者に向つて弓を引くよりは、モールバンドの命に従ひ、兎の都に攻めのぼり、残らずこれを捕獲し、モールバンドの前に貢物として捧げなば、彼が歓心を買ひ且つ同情を得、吾等の種族を捕喰ふことを免じて呉れるでせう。弱を以て強に当るは吾々の虎ざる所、一刻も早く兎の都に進撃し、彼等を悉く捕獲して貢物となし、吾等種族の安全を保つに鹿ず、議長獅子王殿、御意見如何がで御座るか』 と詰めよる。獅子王は暫し首を傾け獅案にくれてゐたが、やがて頭を擡げ、大きく唸り乍ら、 獅子王『左様で御座る。到底勝算なき敵に向つて戦を挑み、部下の者共を亡されむよりは、弱小なる兎の都に攻め入り彼等を引虎へ、戦の危害を除くに若かず。鹿らば諸窘と共に時を移さず一族を引率し、兎の都を繞る四辺の山より一斉に攻め入り、鬼虎堂々として湖を渡り、兎の王を降服せしめ、一族が犠牲に供さむ』 と憤然として宣示する。一同は獅子王の宣示に返す言葉もなく、直に軍備を整へ数多の部下を引率し、兎の都を指して進撃することとなりぬ。 兎王は斯かる敵軍の襲来せむとは神ならぬ身の知る由もなく、鷹依姫、竜国別、テー、カーの四人の賓客に珍しき物を饗応し、数多の部下を集めて舞ひ踊り狂ひつつ四人の旅情を慰めむと全力を尽し居たりき。 (大正一一・八・二二旧六・三〇松村真澄録)
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霊界物語 32_未_南米物語4 アマゾンの兎の都 11 人の裘 第一一章人の裘〔九〇二〕 アマゾン河の南岸に展開せる大森林は、猛獣毒蛇の公然として暴威を逞しうするのみなれば、却て之が征服には余り骨を折らなくてもよかつた。只表面的神力を発揮さへすれば獅子、狼其他の猛獣をも悦服させ得たのである。 鷹依姫、竜国別は兎の都の王となり、暫く此処に止つてゐた。然るに屡々、獅子、熊、虎、狼、大蛇、禿鷲、豺其他の獣、群をなして兎の都を包囲攻撃し、大いにそれが防禦に艱みつつありし処に、帽子ケ岳の山頂より危急存亡の場合は、不思議の霊光、猛獣の頭を射照らし、遂に流石の猛獣大蛇も我を折り、鷹依姫、竜国別の許に鷲の使を派遣し帰順を乞ひ、時雨の森の南森林は、全く鷹依姫女王の管掌する所となりぬ。 之に反し北の森林はすべての獣類、奸佞にして妖怪変化をなし、容易に其行動、端倪すべからざるものあり。そこへ動もすれば執着心を盛返し、心動き易き高姫を主として一行四人、鷹依姫を助けむと出で来りたるが、到底北の森林は、一通や二通で通過する事さへ出来ない事を大江山の鬼武彦が推知し、茲に白狐の高倉、月日、旭の眷族を遣はし、先づ第一に高姫の執着心を根底より除き、我を折らしめ、完全無欠なる神の司として、森林の探険を了へしめむと企画されたるが、果して高姫は玉と聞くや、執着心の雲忽ち心天を蔽ひ、斯の如き神の試みに遇ひたるぞ浅ましき。 ○ 高姫は泥田圃の葦の中にアフンとして、夢から醒めたやうな面をさらしてゐる。常彦、ヨブの両人は、鼈に尻をぬかれた様な、ド拍子の抜けた面をさげて、高姫の体を不思議さうに、頭の先から足の先まで、まんじりともせず眺めながら黙然として立つて居る。春彦は何時の間にやら、身体自由になつて居た。 春彦『高姫さま、私の云つた事は如何でした。違ひましたかなア』 高姫『違はぬ事もない、違ふと云つたら、マア違ふやうなものだ。チツトお前さま改心なさらぬと、私迄がこんな目に遇はなくちやなりませぬよ』 春彦『アハヽヽヽ、何とマア徹底的に強いこと、世間へ顔出しがならぬ様になりて来るぞよ、われ程の者はなき様に申して、慢心致して居ると、眉毛をよまれ、尻の毛が一本もない所迄抜かれて了うて、アフンといたし、そこになりてから、何程神を頼みたとて、聞済はないぞよ……と三五教の御教にスツカリ現はしてあるぢや御座いませぬか……スゴスゴと姿隠して逃げていぬぞよと』 高姫『コレコレ春彦、お前そりや誰に云つてるのだえ。そんなこた、チヤンと知つてゐる者計りだ。高姫はそんな事は百も千も承知の上の事だから、モウ何にも云うて下さるな。エヽこんな男の側に居つて、ひやかされて居るよりも、どつかの木の下で一つ沈思黙考と出掛けようか』 と云ひながら、一生懸命に尻ひきまくり、森林の奥深く駆入る。 常彦は高姫の姿を見失はじと、是亦尻ひつからげ、後を慕うて従いて行く。 春彦、ヨブの二人は、二人の姿を見失ひ、 春彦『又何れどつかで会ふ事があるだらう。吾々は鷹依姫一行を早く捜し求めて救ひ出し、自転倒島へ早く帰らねばならぬ』 と春彦は先に立つて高姫が走つて行つた反対の方向へワザとに歩を進めた。半時許り森林の中をかきわけて、西北を指して進み行くと、そこに真黒けの苔の生えた、目鼻口の輪廓も碌に分らぬ様な三尺許りの石地蔵が、耳が欠けたり、手が欠けたり、頭半分わられたりしたまま、淋しげに横一の字に立つてゐる。 ヨブ『春彦さま、一寸御覧、此石地蔵を……耳の欠けたのや、頭の欠けたの、手の欠けたのや、而も三体、能くも不具がこれ丈揃うたものですな。一寸此辺で一服致しませうか』 春彦『サアもう一休みしてもよい時分だ。併し此石地蔵は決して正真ぢやありますまいで。気をつけないと、又高姫さまの二の舞をやらされるか知れませぬワイ。神さまに吾々は始終気を引かれて修業をさせられますからな』 ヨブ『春彦さま、私はモウ三五教が厭になりましたよ。高姫さまの正直な態度に、船中に於て感歎し、本当に好い教だと思うて入信し、一切の欲に離れて財産迄人に呉れてやり、ここ迄発起してワザワザついて来ましたが、どうも高姫さまの執着心の深い事、あの豹変振り、ホトホト愛想がつきて、三五教がサツパリ厭になつて了つたのですよ』 春彦『あなたは神様を信ずるのですか、高姫さまを信じてるのですか……人を信じて居ると、大変な間違ひが起りますよ。肝腎要の大神様の御精神さへ体得すれば、高姫さまが悪であらうが、取違ひをしようが、別に信仰に影響する筈はないぢやありませぬか』 ヨブ『さう聞けばさうですなア。併し高姫さまの行ひに惚込んで入信した私ですから、何だか高姫さまがあんな事を言つたり、したりなさるのを実地目撃しては、坊主憎けら袈裟迄憎いとか云つて、神様迄が信用出来なくなつて来ましたよ』 春彦『そらそんなものです。大抵の人が百人が九十九人迄導いて呉れた人の言行を標準として信仰に入るのですから、盲が杖を取られたやうに淋しみを感ずるのは当然です。どうでせう、是から吾々両人が高姫さまに層一層立派な神柱になつて貰ふやうに努めようぢやありませぬか。神様から吾々に対する試験問題として提供されたのに違ひありませぬよ』 ヨブ『兎も角入信間もなき私ですから、先輩のあなたの御意見に従ひませう。私もあなたには感心しました。高姫さま以上の神通力をお持ちになり、吾々三人が今の今迄神様の試みに会ひ、泡を吹いて苦しむ事を、先へ御存じの春彦さま、高姫さま以上ですワ』 春彦『イエイエ、決して高姫さまの側へも寄れませぬ。併しながら如何したものか、私の体が余程霊感気分になり、あんな事を言つたのです。つまり神様から言はされたのです』 と話して居る。後の石地蔵はソロソロ歩き出し、二人の前に胡坐をかき始めた。ヨブはビツクリして、 ヨブ『アヽ春彦さま、大変ですよ。石地蔵奴、そろそろ動き出して、此処に胡坐をかいて笑つてるぢやありませぬか』 春彦『アハヽヽヽ是ですかいな。コリヤオホカミ様ですよ。獣としては優良品ですよ。一つの奴はアークマ大明神と云ふ奴、一つの奴はシシトラ大明神と云ふ化神さまだから、用心なさいませや』 ヨブ『何と能う化州の現はれる所ですなア』 春彦『元より妖怪の巣窟だから、いろいろの御客さまが現はれて、面白い芸当を見せてくれますワイ……オイ熊公、獅子、虎、狼、なんぢや猪口才な、石地蔵や人間の姿に化けやがつて、四ツ足は四ツ足らしうしたがよからうぞ。勿体ない、人間様の姿に化けると云ふ事があるかい、僣越至極にも程があるワ』 石地蔵『ホツホヽヽ、俺達が人間の姿や仏の姿をするのが、夫程可笑しいのかい。又夫程罪になるのか。よう考へて見よ、今の人間に四足の容器になつて居らぬ奴が一人でもあると思ふか。虎や狼、獅子、熊、狐、狸、鷲、鳶、大蛇、鬼は云ふも更なり、下級な器になると、豆狸や蛙までが人間の皮を被つて、白昼に大都市のまん中を横行濶歩して居る世の中だよ。 これはしも人にやあるとよく見れば あらぬ獣が人の皮着る と云ふ様な今日の世界だ。そんな野暮な分らぬ事を云ふものでないよ。今の人間は神様の真似をしたり、志士仁人、聖人君子、学者、宗教家、教育家などと、洒落てゐやがるが、大抵皆四足のサツクだ。どうだ、チツト合点がいつたか』 春彦『お前がさう云ふとチツト考へねばならぬやうな気分がするワイ。全くの悪口でもないやうだ。併し、お前の目から俺の肉体を見ると、神さまのサツクの様に見えはせぬかな』 石地蔵『見えるとも見えるとも、スツカリ神様だ』 春彦『四足の容器のやうにはないかなア』 石地蔵『四足所かモツトモツト○○だ。神は神ぢやが渋紙の様な面をし、心の中は貧乏神、弱味につけ込む風邪の神、疱瘡の神に痳疹の神、おまけに顔はシガミ面、人情うすき紙の如き破れ神……と云ふ様な神様のサツクだなア』 春彦『そら、余り酷評ぢやないか』 石地蔵『どうでも良いワ。お前の心と協議して考へたが一番だ。お前は高姫を見棄てる精神だらうがな』 春彦『イヤア決して決して見すてる考へぢやない。一日も早く改心をして貰つて、立派な神司になつて欲しいのだから、それでワザとに高姫さまが苦労をする様に、二人こちらへ別れて来たのだ。此春彦が従いてゐると、高姫さまがツイ慢心をして、折角の改心が後戻りをすると約らないからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、腰抜神の分際として、高姫さまに改心をして貰ひたいなどとは、よう言へたものだ。お前の心の曇りが、みんな高姫さまを包んで了ふんだから、折角改心した高姫が、最前の様な試みに遇うたのだぞよ。今高姫はモールバンドに取囲まれ、大木の幹を目がけて、常彦と共に難を避けてゐるが、上には沢山な猅々猿が居つて、高姫に襲撃して来る。下からはモールバンドが目を怒らして、只一打ちと狙つてゐる最中だ。オイ春彦、ヨブの両人、是から高姫を救ひに行くと云ふ真心はないのか』 春彦『そりやない事はないが、此春彦、ヨブの両人が往つた所で、モールバンドのやうな、強い奴が目を怒らして待ち構へとる以上は、吾々二人が救ひに行つた所で、駄目だ。否駄目のみならず、吾々の命迄、あの尻尾で一つやられようものなら、台なしになつて了ふ。人間の体は神様の大切なる御道具だから、さう易々と使ふ訳には行きますまい。何分にも、お前の云ふ通り、人情うすき紙の様な神や、腰抜神の容器だからなア』 石地蔵『アツハヽヽヽ、口計り立派な事を云つて居つても、まさかの時になつたら尻込みを致す、誠のない代物計りだなア。それでは三五教も駄目だよ』 春彦『喧しう云ふな。春彦の精神が石地蔵のお化けに分つて堪らうかい。俺は高姫さまの様に有言不実行ではないのだ。不言実行だ。どんな事をやるか見て居つて呉れい。モールバンドであらうがエルバンドであらうが、誠と云ふ一つの武器で言向け和し、見ン事二人の生命を助けて見ようぞ。サア、ヨブさま、春彦に従いてお出でなさい』 とあわてて、高姫の走つた方へ行かうとする。石地蔵は、 石地蔵『アツハヽヽヽ、たうとう俺の言に励まされて、直日の霊に省みよつたなア。人に言うて貰うてからの改心は駄目だよ。心の底から発根と改心した誠でないと役には立たぬぞよ。今にアフンと致して腮が外れるやうな事がない様に気をつけたがよいぞよ。石地蔵が気を付けておくぞよ。此方はアキグヒの艮の神、それに、良き獣の使はし女を沢山抱へて居る狼又アークマ大明神と云ふ立派な御方だ。ドレ、是から石地蔵に化けて居つても本当の活動は出来ない。うしろから、お前の腕前を、実地見分と出かけよう。口と心と行ひの揃ふやうな誠を見せて貰はうかい』 春彦『エヽ喧しい、化州、俺の御手際を見てから、何なと吐け。サア、ヨブさま行かう』 と尻ひつからげ、以前の谷川を兎の如くポイポイポイと身軽く打渡り、転けつ輾びつ、 春彦『オーイオイ、高姫さまはどこぢやアどこぢやア、モールバンドのお宿はどこぢや、春彦さまの御見舞だ、俺がこれ程ヨブのに、何故春彦ともヨブさまとも返答をせぬのか。高姫、お前は聾になつたのか。オーイ、オイ』 と声を限りに叫び乍ら、ドンドンドンと地響きさせつつ、草原を無性矢鱈に大木の茂みを指して走り行く。 (大正一一・八・二三旧七・一松村真澄録)
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霊界物語 36_亥_シロの島の物語 08 悪現霊 第八章悪現霊〔九九六〕 アナン、セールの一隊は館に向ひ、サール、ウインチはタールチン、キングス姫、ゼム、エール、シルレング、ユーズを救ひ出さむと、牢獄の方に猛進した。 ベールは部下の獄卒と共に死力を竭して戦うたが、つひにコリヤ叶はぬと思ひしか雲を霞と姿を隠して了つた。 サール、ウインチは一同の忠臣を首尾よく救ひ出だし、次にアナン、セールの隊に合すべく王の館を指して進み行く。竜雲、ケールス姫は奥の間に顔の色を変へ、手鎗を小脇に抱へ、寄らば突かむと身構へしてゐる。 真先に進んだアナン、セールを始め、シルレング、ユーズは不運にも、館の中の俄作りの深き陥穽におち込んで了つた。 サール、ウインチを始め、タールチン、キングス姫、ゼム、エールは、此上深入りするは如何なる羽目に陥るやも計り難しと、大事をふんで後へ引返し、表に出でて再び戦ひを継続しつつあつた。 ケリヤ、ハルマは采配を打ふり打ふり、所在精鋭の武器を揃へて、命限りに防ぎ戦ひ寄せ手の人数は殆ど三分以上瞬く間に斬り倒されて了つた。サール、ウインチは止むを得ず、タールチン、キングス姫、其他と共に一先づここを退却し、再び捲土重来の策を構ぜむと、バリーの館に軍を返した。 竜雲は味方の将卒を集め、今日の防戦の偉勲を口を極めて賞揚し、城の外部を念入りに警護せしめた。そしてサガレン王を始め、信用し切つたるエームス、テーリスの姿の見えざるに驚き、再びケリヤ、ハルマに命じ、捕手を四方に遣はして、王、外二人の所在を厳しく捜索せしめた。併し乍ら、王の行方は到底分らなくなつて了つたのである。 竜雲は部下の将卒を労ふべく、城の広庭に草蓆を布き、四方を警戒し乍ら、大祝宴を開いた。其席上にて竜雲は声高々と歌ふ。 竜雲『此世の御祖とあれませる塩長彦大神の 御稜威は今や輝きてウラルの教の世となりぬ 大国彦の系統と世に誇りたるサガレン王の 醜の魔神は竜雲が広大無辺の神徳に 吹き払はれて影もなく煙となつて消え失せぬ われは是よりシロ島の司となりて百司 百人達を悉くウラルの神の御教に まつろひ合せ御恵の露を普くうるほさむ あゝ惟神々々塩長彦の御威勢は 今に始めぬ事乍ら四方の草木も悉く 片葉もとめず伏しなびくかかる尊き大神の 教にまつろふ竜雲は天津神たち八百万 国津神たち国魂の神の力を身に受けて 月日の如く永久に輝きわたるわが御稜威 称へまつれよ百司ケールス姫を始めとし 左守右守の神司ケリヤ、ハルマは云ふも更 ベールやメール、ヨール迄吾神徳にまつろひて 清く仕へよ吾前にわれは此世を平けく 治むる救ひの神なるぞ此シロ島に竜雲の 納まる限り鬼大蛇いかなる曲津の攻め来共 恐るる事はなき程に上と下とは睦び合ひ 心を合せ力をば一つになしてわが治らす 此神国を守れかしあゝ惟神々々 神の御前に真心をささげて祈り奉る』 と悪にも三分の理屈があるとやら、一かどよい気になつて、臆面もなく大勢の前に厚かましくも其千枚張りの面の皮をさらし、得々としてゐる。 ケールス姫は其尾に付けて機嫌よく自ら歌ひ、自ら舞ひ、竜雲の武運と其幸福を祈りたる、其歌。 ケールス姫『高天原に現れませる塩長彦の大神の 守り玉へるウラル教神の司の竜雲師 広大無辺の御神徳現はれまして今ここに シロの島をば平けくいと安らけく治めます 聖の世とはなりにけり喜び勇めよ百司 国人達も諸共に竜雲司の神徳を 心の底より喜びて称へまつれよ惟神 神の力は目のあたり心の弱きサガレン王の 君の命は汚れたるバラモン教を朝夕に 命の如く崇めつつ此世を紊し玉ひけり 曲津の神の猛びにて神地の城は日に月に 衰へ行きて刈ごもの乱れ果てたる有様を 治むる由も泣きね入り苦み切つたる折柄に ウラルの道の神司神徳高き竜雲が 天津御空の雲にのりはるばる茲に下りまし 千変万化の神力を現はし玉ひて吾々を 神の大道に導きつ尊き神の御国に 救ひ玉ふぞ尊けれあゝ惟神々々 妾はいかなる仕合せか今まで曇りし胸のやみ 科戸の風に影もなく吹き払はれて村肝の 心の空に月は照り星の光はキラキラと 輝きわたる身となりぬケリヤ、ハルマを始めとし 其他の百の司たち吾言霊を諾なひて 今より先は真心の限りを尽し身を尽し 竜雲司の御教を心に放さずよく守り 天ケ下なる民草を救ひ助けて永久に ゆるがぬ朽ちざる御世となし天津誠の大道に まつろひまつれよ惟神塩長彦の御前に ケールス姫が真心のあらむ限りを打あけて つつしみ敬ひねぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と陽気になつて歌ひ舞ひ納め、竜雲の手を曳いて、奥の間深く進み入る。 ケリヤは一同の司及び雑役等に向つて、鼻高々と歌を以て宣り伝へた、其歌。 ケリヤ『げにも目出たき御世なるか天の河原にさをさして あもりましたる竜雲師広大無辺の神力を 発揮し玉ひて今ここに神地の都の君となり ケールス姫と諸共に普く仁政を布かむとて 言あげ玉ひし尊さよ尊き君に見出だされ 吾は左守神となり此城内の一切は わが身一つに責任を負はせ玉ひて天ケ下 四方の民草撫で玉ふげに有難き珍の御代 われ等は尊き御恵の万分一に報いむと 心の限りを尽しつつ朝な夕なに大神と 君の御前にいそしみて仕へまつらむ覚悟なり 右守神を始めとし其外百の司たち 青人草に至る迄天より降りし此君の 御稜威を畏み敬ひて只一言も叛くなよ さはさり乍ら腹黒きタールチンやエームスや テーリス、ゼムやエール等が再び軍を整へて 攻め来らむも計られず其時汝等一同は 怯めず臆せず大神の力を楯に君の為 世人の為に玉の緒の命を惜しまず戦へよ 仮令生命はすつる共神の御為君の為 捨てし生命は天国の神の御前に行きし時 珍の宝座を与へられ其魂は永久に 安く楽しく喜びの園に楽しく救はれむ あゝ惟神々々神の御前に真心を 捧げてケリヤが今ここに心の丈を誓ひおく われと思はむ人々は一日も早く村肝の 心を研き体を練り此土を守るつはものと なりて尽せよ惟神神は汝を守りつつ 千代に八千代に亡びなき高きほまれを現はして 栄えの身魂となさしめむケリヤが今宣る言霊を 心に刻みて片時も決して忘るる事勿れ 左守神が今茲に竜雲司に成り代り 一同に向つて述べておくあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と宣示し、悠々として座につく。 右守神のハルマを始め、其他の人々の脱線的歌は沢山あれ共、余りくだくだしければ省略する事とする。 (大正一一・九・二一旧八・一松村真澄録)
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霊界物語 36_亥_シロの島の物語 13 恵の花 第一三章恵の花〔一〇〇一〕 無住居士と自称する白髪の老人が蒼惶として立去りたる後に、テーリスは腕を組み、さし俯向いて何事か考へ込んで居る。今の今まで勇壮活溌にして孤骸胡羯を呑む的武勇の気に満たされたるテーリスの耳にも「ヤー、エー、トー」と打ち合ふ竹刀の音、何となく物憂げに響くやうになつて来た。広大無辺の神の力に比ぶれば、一人対一人の撃剣術に対し何となく力なく、自ら軽侮の念の漂はざるを得なかつた。テーリスは四辺を見廻し人無きを見て独言。 テーリス『アヽ今此処に飄然として現はれたまひし宣伝使と称する白髪の老人は、果して何神の化身であつたか。但は何教の有力なる宣伝使であつたか。実に其教訓は大神の示現の如くに感じられた……思へば思へば吾は今まで、何と云ふ誤解をして居たのであらう。幼年の頃より無抵抗主義の三五教の道を聞きながら、神の大御心を忘却し、暴に対するに暴をもつてし、悪魔の憑依せる竜雲を討伐せむとしたる吾心の愚さよ、否無残さや。兵は所謂凶器である。先頃も一挙にして彼竜雲を討伐せむとし、数多の部下に武装を凝らさせ、神地城の表門より闖入し、敵を打ち悩まさむとして却て味方を傷つけ殺したる事、返す返すも迂愚の骨頂、拙の拙なるもの、悔いても及ばぬ殺生をしたものだ。如斯部下の人命を損し、天地の神の愛児を殺したる大罪人、如何でか彼竜雲を討伐する事を得む。竜雲如何に無道なればとてタールチン、キングス姫其他の人々を牢獄に投じ苦しめたれども、相当の飲食を与へ、且つ身体に危害を及ぼさざりしは実に見上げたやり方である。吾は彼に勝りて豺狼の心深く、王を思ひ、彼を憎むの余り、竜雲に従ふ悪人どもを片端より鏖殺し国家の禍を絶たむとして、却つて敵の一人をも傷つくる事を得ず、味方の三分迄死傷を生じたるは全く天の誡めならむ。神が表に現はれて善と悪とを立て別けたまふとは此事であらう。竜雲も亦天地容れざる大罪人なれども吾も亦彼に劣らざる大罪人なり。然るに忠臣義士と自任して討伐を企てたる吾心の浅はかさよ。彼老人の言葉の中に自負心を脱却せよ!と力を込め教へられたのは此事であらう。神は一片の依怙贔屓もない。総て世界の人類を初め、森羅万象を平等的に愛したまふ、斯かる仁慈の大御心を悟らず、自分免許の誠を楯に、竜雲にも劣る罪悪を行はむとし、得々として兵を養ひ武を練り居たる此恥かしさ。サガレン王を初め、吾等にして真に神の大御心を悟り、神に叶へる誠を尽さば、無限絶対力の神は如何でか是を助けたまはざらむや。アヽ誤れり誤れり……国の大御祖国治立大神、豊国姫大神、神素盞嗚大神、許させたまへ!惟神霊幸はへませ……』 と涙にかき暮れながら祈願に時を移す。 斯かる処へエームスは危険極まる岩壁を伝ひ、サガレン王に従ひ、此館の前にいそいそとして入り来り、四辺をキヨロキヨロ見廻し、以前の老人の姿の見えざるに不審を抱きながらテーリスに向ひ、 エームス『オー、テーリス殿、王様をお迎へ申して参つた。彼の老人はどこに居られますかな』 テーリスは今迄万感交々胸に浮んで悔悟の涙にくれ、吾身の此処にあるをも殆ど忘れて居たが、エームスの此声に、ハツと気が付いたやうに四辺を見廻し、サガレン王を見て恭しく頭を下げ一礼し終つて、 テーリス『サガレン王様、アーよくこそ御光臨下さいました。異様の老人飄然として此処に現はれ、種々と尊き教訓を垂れさせられ、テーリスも今迄の愚を今更の如く悔悟致しました……唯今王様が御出臨になるから、しばらく待つて下さい……と百方礼を尽してお願ひ致しましたが、無住居士と名乗る老人は……吾は天下の宣伝使だから、一刻のタイムも空費する訳には往かない……と云つて、何程お止め申してもお聞き入れなく、袖を払つて電光石火の如く立ち帰つて仕舞はれました。折角此処迄お越し下さいまして、誠に申上げやうもなき不都合なれども、何卒お許しを願ひ上げまする』 サガレン王『老人の言葉に汝は得る処があつたか、参考のためわれに詳細を伝へて呉れないか』 テーリス『お言葉迄も御座いませぬ』 と、以前の老人の教を諄々として、一言も漏らさず王の前に上申するに、王は頭を傾け腕を組み、しばし思案に暮れけるが、漸くにして頭を上下に幾度となくふり、 サガレン王『成る程!成る程!』 と云ひながら、落涙滂沱として腮辺に伝ふ。 エームス『吾等は老人の教を聞いて、心の底より悔悟せし上は、もはや物々しき武術の修練も必要なし。唯天地惟神の大道に則り、皇神の仁慈無限なる大御心に神倣ひ、愛と誠とを第一の武器として戦はむ。テーリス殿、如何思召さるるや』 テーリス『王様にして御同意下さらば、唯今限り武術の練習を廃止し、先ず第一着手として御魂磨きにかかりませう』 と憮然として語る。サガレン王は莞爾としてエームスを伴ひ、再び元の岩窟の間に帰り往く。 後にテーリスは、武術修練場に立ち現はれ、稍高き処に直立して一同に向ひ、 テーリス『今日唯今より武術の修練を全廃すべし。汝等は王の命に従ひ、今日唯今より心を清め、身を清め、仁慈無限の大神の大御心を拝戴し、誠一つの修業をなせ!』 と厳然として云ひ渡したるに、一同の中より最も撃剣に上達したる、チールと云ふ男、テーリスの前に現はれ来り、 チール『これはこれは、お師匠様のお言葉とも覚えず、大敵を前に控へながら、肝腎要の武術を廃止したまふは何故ぞ。武術はもつて国を守るもの、国家の実力は武術をもつて第一とす。然るに何を血迷つてか、斯の如き命令を発せらるるや』 と、息を喘ませ、些しく怒気を帯びて言葉せはしく詰め寄つた。テーリスは冷然として答ふるやう、 テーリス『つらつら考ふれば、天の下には敵もなければ味方もなし。総ての敵は皆吾々の心より発生し、次第に成長して遂には吾身を亡ぼすに至るものである。心に慈悲の日月輝き渡る時は、天地清明にして一点の暗雲もなければ混濁もない。凡て敵と云ひ味方と云ふも、心の迷ひから生ずるのだ』 と事も無げに云ひ放つを、チールは、 チール『仰せの如く個人としての敵は、心の持ちやう一つに依つて自然と消滅するでせう。さりながら、恐れ多くも神地の都の神司、サガレン王に向つて反逆を企てたる大悪人竜雲なるものは、王の敵ではありませぬか。吾々は王の忠良なる臣下として、どうして是を看過する事が出来ませうか。何卒御再考をお願ひ致します』 テーリス『成る程汝の云ふ如く、竜雲は実に悪逆無道の曲者にして、主君の為には大の仇敵だ。臣下の分際として之を看過するは所謂臣の道に背くものである。とは云へ、如何に竜雲暴悪非道なりとは雖も、此方より大慈大悲の至誠をもつて彼に当らむか、必ずやその仁慈の鞭に打たれて、心の底より王に服ひまつり、今迄の罪を謝し忠実なる臣下となりて仕ふるは決して難事ではない。吾々にして彼竜雲如き悪人を言向け和し、悔悟せしむる事を得ずとすれば、これ全く誠の足らざるものである。如何なる悪魔といへども、大慈大悲の大神の御心を奉戴し、至誠至実を旨とし打ち向ふ時は、必ずや喜び勇んで、感謝とともに従ひまつるは、火を睹るよりも明かならむ。先づ先づ武術を思ひ止まり、一刻も早く魂を磨けよ』 と再び宣示した。 チール『何は兎もあれ、知識に暗き吾々、長者の言に従ふより道はありませぬ。何卒十二分の御注意をもつて、王の為に尽されむ事を希望致します』 テーリス『然らばいよいよ唯今限り、此道場は稽古を廃止して、御魂磨きの神聖なる道場と致します。ついては、今此列座の中に竜雲の密使として、王其他の有志を捕縛せむと表面帰順を装ひ来れるヨール、ビツト外三人に対し、今夜の子の刻を期して誅戮を加へむ計劃なりしも、至仁至愛の大神の大御心に神倣ひ、唯今限り其罪を許すべし。ヨール、ビツト以下三人、早く此場を立ち去つて神地の館に立帰れ』 と宣示するや、ヨール外四人はテーリスの前に恐る恐る現れ来り、大地に平伏し、 ヨール『唯今の無抵抗主義の御教、仁慈のお心に感じ、吾々はもはや竜雲に仕ふる事は断念致しました。罪深き悪人なれども、何卒広き心に見直し聞き直し下さいまして、貴方がたの弟子の中に御加へ下さらば、此上なき有難き仕合せに存じます。嗚呼何として吾々は斯る悪人に媚び諂ひ、恩顧を受けし王様に刃向はむとせしや。思へば思へば実に吾心の汚さが恥かしくなつて参りました。何卒今迄の御無礼はお許し下さいまして、お引き立ての程を偏に希ひ上奉ります』 と誠心を面に現して、涙ながらに懺悔する其しをらしさ。ヨールは立ち上り、一同の中に立つて述懐を謡ふ。 ヨール『神が表に現はれて善神邪神を委曲に 立て別けたまふ時は来ぬ邪非道の竜雲が お鬚の塵を払ひつつ身の栄達を一向に 急ぎし余り畏くも恩顧を受けし神司 サガレン王の御前に汚き心を現して 罪さへ深き谷道に行幸を待ちて捕へむと 勢ひこんで来りたる曲の心の恐ろしさ 斯かる尊き仁愛の神の司と知らずして 心汚き曲神に媚び諂ひし浅はかさ 万死に比すべき吾罪を罰めたまはず惟神 誠の道を説き示し許したまひし有難さ かかる尊きバラモンの神の司と現れませる 君をば捨てていづくんぞ曲津のかかりし竜雲に 従ひまつる事を得む神の司のテーリスよ 吾等五人は心より悔い改めてバラモンの 神の教に神倣ひサガレン王に真心の 限りを尽し身を尽し骨を粉にし身を砕き 此御君の為ならば仮令屍は風荒ぶ 荒野ケ原に曝[※愛世版「曝」]すとも海の藻屑となるとても などか厭はむ敷島の誠の心を現して 清く正しく仕ふべしあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして吾等に宿る曲神を 伊吹の狭霧に吹き払ひ救はせたまへ天津神 国津御神の御前に謹み拝み奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも皇大神の御道に 仁慈の君の御為に尽しまつらむ神の前 確に誓ひ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と謡ひ終り、テーリスに向つてわが改心の次第を述べ立てる。 テーリスはさも愉快げに、ヨール外四人に向ひ慇懃に誠の道を説き諭し、一同の部下に対しても一場の訓戒を垂れ、これより日夜魂磨きに浮身を窶し、神の救ひを求むる事となりぬ。 (大正一一・九・二二旧八・二加藤明子録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 07 文珠 第七章文珠〔一〇九一〕 照国別は照公、梅公、岩彦の宣伝使と共にクルスの森に休息する折しも、前方よりイソ館に向つて進撃する鬼春別の部将片彦の一隊の来るに会ひ、潜かに木の茂みに隠れて様子を窺ひつつあつた。片彦の一隊数十騎はライオン河を渡り、百丁余りの道を疾駆して、漸くクルスの森に到着し、人馬の休息をなさむと馬を乗り捨て、森の中に逍遥する者、又は横はつて雑談に耽る者もあつた。 此一隊はイソ館に向ふ攻撃軍の先鋒隊とも斥候隊ともいふべき重要の任務に就いてゐる隊列である。 暫く休息の上、片彦は再び馬にヒラリと飛乗り、人員点呼をなし、馬上より大音声を張り上げて下知して曰く、 片彦『之より先は三五教の勢力範囲ともいふべき地点である。清春山は大足別将軍、今やカルマタ国へ進軍の為不在中なれば、守り少く、到底力とするに足らず。本隊のランチ将軍は、後より進み来るべしと雖も、吾等は吾等としての任務あり。四辺に心を配り、左右を窺ひつつ、之より以北は最も注意を要す』 と命令しつつあつた。木蔭に隠れし照国別一行はイソの館に進軍の先鋒と聞き、仮令少数と雖も此儘通過せしむる事は出来ない。何とかして此先鋒隊を追ひ捲らねばならない。後より来る玉国別に対しても、照国別は敵に遭ひながら之を見のがし、ウブスナ山に近付かしめたりと言はれては、吾々の職務が尽せない…………と腕を組み思案に暮れてゐた。 岩彦は心を焦ち、 岩彦『照国別さま、大変な事になつて来ました。片彦の一隊と見えます。之を奥へ進ませてはなりませぬから、一つここで何とか方法を講じようではありませぬか。最前のお話に依れば、三五教は何処までも無抵抗主義と云はれましたが、敵は武力を以て進み来るもの、いかに言霊の妙用ありとて、十数倍の敵に向つて戦ふは容易の業ではありますまい。如何しても武力に訴へなければ駄目でせうから、あなたは宣伝歌を歌ひ魔神の霊を畏服させて下さい。此岩彦は得意の杖を使ひ、敵の真只中に躍り込んで、一歩も之より奥へは進入させない様に致しますから、決して敵を殺傷する様な事は致しませぬ。只敵を威喝して、元へ追つ返す迄の事ですから………』 照国『先鋒隊として黄金姫、清照姫が行つて居る筈だから、後へ追つ返せば、却て両人を後より攻め来る敵軍と共に挟み撃ちに遭はす様なものだ。ハテ困つたことが出来たものだ。吾々の目的はハルナの都の大黒主を帰順さすのが使命の眼目で、彼等如き木端武者を相手にすべきものではない。ぢやといつて、みすみすイソ館へ進撃する一隊と知つて、之を防止せざるは吾々の職務を果さざるといふもの。兎も角言霊を以て彼片彦が一隊に向ひ戦闘を開始してみよう。それでゆかない時は岩彦の考への通りに杖を使つて敵を散乱させる方法を採るより仕方はあるまい。先づ第一に神様のお力を借つて善戦善闘する事にせう。照公、梅公もその用意を致すがよからう』 照公『始めて敵の軍隊に出会し、こんな愉快な事はありませぬワイ。わが言霊の神力を試すは此時で厶いませう』 と潔く言つてのけたものの、何とはなしに其声は震うてゐた。 梅公『宣伝使様、万々一敵の馬蹄に踏み躙られ、命危くなつた時は抵抗するかも知れませぬから、それ丈御承知を願つておきます。私は岩彦さまのやうに武器を使ふ事は不得手です、が何とかして防衛をなし、一身を守らねばなりませぬ』 と大事の使命を忘れて只自分の安全に就てのみ心を痛めて居る様子であつた。岩彦は早くも杖をしごいて、弦を離れむとする間際の矢の如く、体を斜に構へて、照国別の命令を今や遅しと待つて居た。此時敵は已に馬首を並べて北進せむとする様子が見えて来た。 照国別は声も涼しく宣伝歌を歌ふ。 照国別『常世の国の自在天大国彦を祀りたる バラモン教の神館空照り渡る月の国 ハルナの都に現はれて鬼雲彦の又の御名 大黒主が郎党を呼び集ひつつ日に月に 再び勢盛り返し傲り驕ぶり今は早 自高自慢の鼻高く神素盞嗚大神の 鎮まりいますイソ館進撃せむと進み来る 其扮装の勇ましさ片彦いかに勇あるも 天地を揺がせ雷電や風雨を自由に叱咤する 三五教の言霊にいかでか敵し得ざらむや あゝ惟神々々神の心に見直して 無謀の戦を起すより一日も早く真心に 立復りませ片彦よわれも神の子汝も亦 尊き神の貴の御子御子と御子とは睦び合ひ 誠一つの天地の神の大道に叶ひつつ 天の下なる神人を救ひ助けて神国の 柱とならむ惟神神に誠を誓ひつつ 汝が軍に立ち向ひ言霊車挽き出す われは照国別の神此世を照らす照公や 神の御稜威も一時に開いて薫る梅公や 心も固き宣伝使岩彦司の四人連 イソの館を立出でてここ迄進みクルス森 木蔭に潜み横はり汝が一隊の物語 完全に委曲に聞終り覚りし上は如何にして 汝を此儘通さむや鬼春別の部下とます 汝片彦将軍よ言霊隊の神軍が 勇士と現れし三五の照国別の言の葉を いと平けく安らけく心の鏡にうつし見て 省み給へ惟神神に誓ひて宣り伝ふ』 俄に森の中より聞え来る宣伝歌の声に、片彦始め一同は案に相違し、暫し馬首を止め、稍躊躇の色が見えて来た。後に控へし四五人の騎士は言霊に討たれて、何となく怖気づき、早くも馬首をめぐらし、馳け出さむとする形勢さへ見えて来た。片彦はこの態を見て、気を焦ち、躊躇してゐては、却て味方の不統一を来し、不利益此上なしと声を励まし、 片彦『ヤアヤア一同の騎士、三五教の宣伝使の一行現はれたり、大自在天大国彦神の神力を身に受けたる吾々神軍の勇士は、彼等に躊躇することなく、馬蹄にかけて踏み殺せよ』 と厳しく下知すれば、駒に跨り、照国別の方に向つて、鞭をきびしく馬背に当てながら踏砕かむと進み来る。照国別は泰然自若として天の数歌を奏上し、又もや宣伝歌を歌ひ出した。されど心の曇り切つたる曲神には、宣伝歌の力も充分に透徹せず、敵は命限りに攻め来る。其猛勢に腕を叩いて待構へてゐた岩彦は『照国別殿お許しあれ』と言ひながら弦を放れた矢の如く、金剛杖を上下左右に唸りを立てて振り廻しながら、敵に向つて突撃し、瞬く間に馬の脚を片つ端から擲り立てた。馬は驚いて立上り、馬上の騎士は真逆様に地上に転落し、馬を乗り捨て四方八方に逃げ散りゆく。片彦は騎馬の儘、一目散に南方さして駆け出すを、岩彦は敵の馬に跨り杖にて馬腹を鞭ちながら片彦の後を追うて一目散に駆り行く。 照国別は泰然自若として尚も宣伝歌を歌ひつつあつた。数多の騎士は思ひ思ひに四方八方に転けつ輾びつ散乱した。されども北へは一人も恐れてか逃げ行く者はない。岩彦に膝頭を打たれて倒れてゐる馬匹は七八頭、彼方此方に呻き声をあげてゐる。馬から転落する際、首を突込み、肩骨を外して九死一生の苦みを受け呻吟してゐる二人の敵を、照公、梅公が手分けして介抱してゐる。照国別は敵の負傷者に向つて一生懸命に鎮魂を与へた。漸く首の骨は二人の介抱に依つて元に復し、外れた肩胛骨も元の如く治まつた。 三人の介抱を受けて漸く元に復したる二人の騎士は、味方は一人もあたりに居らず、三人の三五教の宣伝使や信者の顔を見て大に驚き、 二人の騎士(ケーリス、タークス)『私は片彦将軍の見出しに預かり、バラモン教の宣伝使となつてゐるケーリス、タークスといふ二人の者で厶います。どうぞ今日只今より三五教に帰順致しますから、命ばかりはお助けを願ひます』 とハラハラと涙を流して頼み込んだ。照国別は言葉を改めて、いと慇懃に労はりながら、 照国別『あなた方は矢張バラモンの宣伝使で厶つたか。世の中は相見互だ、互に助け助けられ、持ちつ持たれつの世の中、三五教は決してバラモン教の如く敵を殺傷するといふやうな非人道的なことはやらないから安心してゐるがよい。就ては汝等両人に申付くることがある。之より清春山へ立寄り、イソの館へお使に行つてはくれまいかなア』 二人の騎士(ケーリス、タークス)『ハイ最早貴方のお弟子となつた以上は如何なることも承はりませう。併し乍らイソの館へ参るの丈は何だか恐ろしい心持が致します』 照国別『決して三五教は敵でも助ける役だから、汝等を苦めるやうなことはない。又照国別の弟子だといへば屹度大切に扱つて下さるであらう。今手紙を書くから、之を持つて清春山へ立寄り、其次にはイソの館に行つて日の出別神様に面会し、暫くイソ館にて三五の道の修業を致すやう取計らうてやらう』 二人は、 『ハイ』 と云つたきり有難涙にくれ、再び馬に跨り北へ北へと進むこととなつた。一通の手紙は清春山のポーロに宛て、帰順を促す文面であり、一通は照国別が出陣の途中遭遇したる一伍一什を日の出別神に報告し、且つ此両人をして三五教の教理を学ばしめ、将来宣伝使として用ひ給はば、相当の成績をあぐる者なるべし、何分宜しく頼み入るとの文面であつた。二人は心の底より照国別の慈愛に感じ、遂に清春山に立寄り、ポーロに手紙を渡し、次いでイソ館に進んで教理を学び、且又バラモン教のイソ館を攻撃する一伍一什の作戦計画を残らず打開けて物語り、非常な便宜を与へたのである。 清春山に二人が立寄り、ポーロ其外を帰順せしめたる一条や其他の面白き経路は項を改めて述ぶることとする。 話は元へ返つて、岩彦は駿馬に跨り、逃げゆく片彦の後を、己も馬に跨つて一目散に西南指して駆け行く。ライオン河の近くまでやつて来ると、釘彦将軍の一隊又もや数十騎、片彦と共に岩彦一人を目がけて弓を射かけ、攻めかくる。岩彦は一隊の的となり、身体一面矢に刺され、蝟の如くなつて了つた。されど生死の境を超越したる岩彦は獅子奮迅の勢を以て、馬の蹄にて一隊を踏み躙らむと、前後左右をかけ巡りつつあつたが、身体の重傷に疲れ果て、ドツと馬上より地上に転落し、人事不省となつて了つた。片彦、釘彦将軍は今此時と、馬を飛び下り、岩彦の首を刎ねむとする時、何処ともなく山岳も崩るるばかりの大音響と共に数十頭の唐獅子現はれ来り、其中にて最も巨大なる獅子の背に大の男跨り、眉間より強烈なる神光を発射しながら、釘彦の一隊に向つて突込み来る、其勢に辟易し、得物を投げ棄て、或は馬を棄て、四方八方に散乱して了つた。獅子の唸り声に岩彦はハツと気が付きあたりを見れば、巨大なる獅子の背に跨り、眉間より霊光を発射する神人が側近く莞爾として控へてゐる。岩彦は体の痛みを忘れ起直り、跪いて救命の恩を謝した。よくよく見れば嵩計らむや、三五教にて名も高き英雄豪傑の時置師神であつた。岩彦は驚きと喜びの余り、 岩彦『ヤア貴神は杢助様、如何して私の遭難が分りましたか、よくマア助けて下さいました』 杢助はカラカラと打笑ひ、 杢助『イヤ岩彦、今後は決して乱暴なことは致してはなりませぬぞ。苟くも三五教の宣伝使たる身を以て暴力に訴へ敵を悩まさむとするは御神慮に反する行動である。飽迄善戦善闘し、言霊の神力を発射し、それにしても行かなければ、隙を覗つて一時退却するも、決して神慮に背くものではない。汝は之より此獅子に跨り、ライオン河を渡り、黄金姫、清照姫の遭難を救ふべし、さらば』 といふより早く杢助の姿は煙と消え、数多の獅子の影もなく、只一頭の巨大なる唐獅子のみ両足を揃へ、行儀よく坐つてゐた。今杢助と現はれたのは、其実は五六七大神の命に依り、木花姫命が仮りに杢助の姿を現はし、岩彦の危難を救はれたのである。岩彦は之より只一人唐獅子に跨り、ライオン河を打渡り、黄金姫の危急を救ふべく、急ぎ後を追ふこととなつた。 此時、岩彦の姿は何時の間にやら透き通り、恰も鼈甲の如くなつてゐた。仏者の所謂文珠菩薩は岩彦の宣伝使の霊である。之より岩彦は月の国を縦横無尽に獅子の助けに依りて、所々に変幻出没し、三五の神軍を、危急の場合に現はれて救ひ守ることとなつたのである。 惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一一・二旧九・一四松村真澄録)
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霊界物語 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 序文に代へて 序文に代へて 人種を超越し、地域を脱離し、古今を絶し、過去と現在と未来に亘りて、神示の儘に口述編纂したる珍書は、此物語を措いて外には今日迄の賢哲知識の著述の中には認むる事は出来ませぬ。従つて一般の読者の種々批評の種となるべきは寧ろ当然かも知れませぬ。彼の仏祖釈迦は、比喩や偶言、謎等を甘く利用して一大教典を作り、後世に伝へて人心の生命の綱を与へ、キリストは地上に降誕して天国を地上に建設すべく努力した。されど最早今日となつては釈迦の教理もキリストの聖訓も人心を善導するの実力なく、徒に偽善者が世を欺く原資品となつたやうな感がするのである。古き宗教、古き道徳は影を没して、新しき救世の宗教も偉人も顕はれず、千古不磨の倫理も道徳教も出現を見ず、実に世は古典に所謂天の岩戸隠れの惨状を再び現出しつつあるのである。天下の秋気動いて山野の草木既に黄紅化するの時、表面地上は黄金の波漂ふ時、眼を遠く海外に放つて世界の大勢を見れば、吾人は実に人間として生れ出でたる神柱の責任の重にして大なるを悟らざるを得ないのである。 ケマル・パシヤ一度小亜細亜の風雲に叱咤して長剣を撫し咆哮怒号するや、欧洲列強悉く震駭し、流石の大英帝国宰相ロイド・ジヨージも其地位を失墜して一平民となり、幾度となく死を報ぜられたレーニンは再び健康を恢復して、奇策を欧亜の天地に揮ひ、依然として一敵国の感を為し、日露の会議は其効を収むること能はずして、武器問題倏忽として起り日本海の波浪之が為に騒がしく、印度また叛乱勃発し、支那には独立軍威を振ふあり、米国は自由と正義を標榜しつつ全国に渡りて軍事教育を施し、海相デンビーをして伊仏両国の海軍条約に批准せざる間は、一艦たりとも之を破却せずと宣告し、其の仮想敵国の何れにあるかを疑はしむ。然るに我国独り率先して戦艦を破り、海員を減じて、只管華府会議の条規に対して極力忠誠を誓ふ実状である。世界は今や斯の如く大動揺を来しつつあるのである。欧洲の大戦、一度鎮静して天下の大勢は再び累卵の危機に瀕す。経済界の沈衰と人心の悪化は並び臻る。アヽこの危局に立つて能く人類救済の大業を全うせむとする大偉人の出現を望むや切ならざるを得ず。世界の人類は腐敗糜爛の極に達せる社会の現状を眺めて、救世の福音を翹望するや久し矣。しかもキリスト、釈迦を温ねて満足を得ず、立正、見真、弘法また当時人心の渇を医するに足らず。煩悶焦燥の結果今や世人は糾然として天啓的神書を求め、之を得て以て人生の苦悩を医せむとしつつあるのである。仁慈無限の大神は、茲に天下万類の為に綾の聖地に降りたまひ、神の僕と選まれたる瑞月の肉の宮を藉りて、以て救世の福音を宣示し給うたのが即ちこの霊界物語であります。世道人心の廃頽を歎き、天下を憂ふるの志士淑女は、心を潜めて御神慮の在る所を御探究あらむことを希望する次第であります。 大正十一年十一月十一日
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霊界物語 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) 07 森議 第七章森議〔一一五八〕 斎苑の館を立出でて悪魔の征討に上りゆく 玉国別の一行は河鹿峠に出会した レコード破りの烈風を遁れむものと懐の 谷間に身をば忍ばせつ山猿共に両眼を 掻きむしられて暫くは悲惨の幕を下せしが 漸く神の御助けに一眼のみは全快し 勇み進んで河鹿山峠の南に下り行く 日は西山に舂きて黄昏近き晩秋の 空に輝く月影を力と頼み古ぼけし 祠の前に一行は息を休らひ立上り 互に歌を詠みかはし又もやここを立出でて 前進せむと思ふ折坂の下より聞え来る 駒の嘶き人の声訝かしさよと立ち止まり 耳をすまして窺へば鬼春別の率ゐたる 先鋒隊と知られたりスワ一大事兎も角も 敵の様子を探らむと常磐木茂る森蔭を これ幸ひと奥深く忍びて待つこそ危けれ。 玉国別は俄に聞ゆる人馬の物音に噂に聞くハルナの都の大黒主の軍勢、我大神の鎮まります斎苑の館へ魔軍を引つれ進撃せむとするものならむ、何は兎もあれ、此森蔭を幸ひ様子を窺はむ……と三人に目配せし乍ら、祠の裏深く、樹蔭に身を隠した。望の夜の月は皎々と照り輝け共、常磐木の老樹の枝を以て天を封じた祠の森は、際立つて暗い。併し乍ら祠の前は少し広庭があつて、木立も疎なる為、森の中よりハツキリと庭の小石迄が見えてゐる。道公は声をひそめて、 道公『モシ先生様、アリヤ一体何者で厶いませうかな。あの物音にて察すれば、余程の人数と見えます。此様な急坂を隊を組んで登つて来るとは、合点の行かぬ話ぢやありませぬか。貴方は其物音を聞くなり、直様此森蔭にお忍びになりましたが、又しても卑怯な奴と、神様にお叱りを蒙り、折角助けて貰つた一箇の目を猿どもにえぐり取られるやうな事は厶いますまいか。烈風に恐れて右の目を神様から間接に取上げられ、貴方は神業をおろそかに致した罪ぢやと云つて、神様にお詫をなさつたでせう。まだ其の舌の根の乾かぬ先に、天下の宣伝使が人馬の足音を聞いて、斯様な所へお忍びになるとはチツと卑怯ではありますまいか。若しも斎苑の館へ進撃するバラモン教の軍隊であらうものなら、それこそ宣伝使の職務はゼロでせう。どうしてもここで喰ひ止めなくては、貴方のお顔が立ちますまい。アレアレ早くも祠の前に騎馬の軍卒が現はれました。一つ此辺で出しぬけに言霊を打出さうぢやありませぬか』 玉国別は小声になつて、手で空を押へるやうにして、 玉国別『お前のいふも一応尤もだが、さう急ぐに及ばない。マアとつくりと様子を聞いた上、臨機応変の策を施せば良いぢやないか。わしも今頭が痛んで仕方がないから、言霊の使用機関たる肉体を完全に修理した上でなくては思ふやうに働けない。お前等三人の言霊に力さへあれば、わしは只司令官の地位に立つて采配を揮つて居れば良いのだが、一切万事今の所では、自分一人で主要なる職務をやつてのけねばならぬのだから、マアさう急がずに私の言ふ通りになつて居るがよからうぞ』 道公『モシ先生、信心に古い新しいはないぢやありませぬか。私の言霊が信用出来ないやうに仰有いましたが、貴方のお声も吾々の声も、ヤツパリ其原料は同じ神様の水火のイキを調合されたものでせう。千騎一騎になれば、キツと神様は応援して下さるでせう。あれ御覧なさいませ、祠の前にだんだんと妙な影が殖えて来るぢやありませぬか。何奴も此奴も皆馬に乗つて居ります。エーエ、腕が鳴りますわい、これだから猪突主義も何だが、余り退嬰主義の先生も困つたものだ。予定の退却ばかりやつてゐては、千年万年経つたとても、ハルナの都までは行けませぬぞえ』 玉国別『さう血気にはやるものではない。軽々しく進んで却て敵に利益を与へるよりも落着き払つて前後を考へ、徐に言霊を必要と認むれば、全力を集注して、打出す迄のことだ。先づ先づ鎮まつたがよからう。少しく冷静になつて呉れ』 道公『忠勇義烈の熱血男子、最早全身の血が沸き返り立つてもゐても居られなくなりました。そんなら先生、貴方は貴方の御考へが厶いませうから、どうぞ私に単独行動を許して下さいませ。何程先生だつて、神様の為活動する吾々の行動を、頭抑へに阻止なさる訳には行きますまい』 玉国別は冷静に首を左右に振り乍ら、三人の顔を見廻し、 玉国別『道公、お前の言ふものも一応尤もだ。併し乍ら一行四人の……私は支配者だ。何程道公が天才家だと云つても、六韜三略の奥の手は分らない。さう神様の道は単調なものではない、千変万化の秘策があるのだから、先づ暫く控へたがよからうぞ』 と言葉尻に力をこめて、睨めつけるやうに言つた。道公は『ヘー』と厭相な返詞をし乍ら黙り込んで了つた。祠の前には片彦、久米彦の先鋒隊長が人員点呼をやつてゐる声、一二三四五六七八九十十一十二………と順々に大小高低の声が聞えてゐる。何れの声も皆言葉尻が坂道のやうに立向けにはねてゐる様に聞えた。玉国別は小さい声で落つき払つて、 玉国別『ヤツパリあれはバラモン教の先鋒隊と見えるなア。どうやら斎苑の館に向つて攻撃に参るものらしい。神様の御経綸は今となつて考へれば、実に巧妙を極めたものだ。面白い面白い、これでこそ吾々の首途の功名をあらはす事が出来る』 道公は又もや口を開き、玉国別の膝近くにぢり寄り、木蔭に蔽はれた宣伝使の顔を覗き込み、稍息を喘ませ、 道公『先生、今のお言葉では貴方もヤツパリ、斎苑館へ攻めよせる敵軍とお認めになつたやうですなア。それが分つて居乍ら、なぜ泰然自若として活動を開始なさらぬのか、首途の功名を現はす時だと仰有いましたが、ムザムザ敵を見遁し、お館へ進入させて、如何してそれが手柄になりませう。貴方も片眼をお取られ遊ばして、心気頓に沮喪し、卑怯未練の雲に包まれ遊ばしたのぢや厶いませぬか』 玉国別は冷静に、 玉国別『マア待て、これには深い戦略のあることだ』 道公『ヘエー、妙な戦略もあるものですなア。クロパトキンの様に予定の退却を以て唯一の戦略と思召すのですか』 伊太公『オイ道公、三十六計の奥の手だよ』 道公『ソリヤ怪しからぬ。如何して吾々の顔が立つものか、第一先生のお顔も立つまい。勇将の下に弱卒なし、といふことがある。併し乍ら弱将の下に勇卒ありだから、チツと勝手が違ふわい。併し乍ら何程大将が弱くても部下さへ強ければ大将の名があがるものだ。オイ、伊太公、純公、一つ俺と同盟して先生に退隠を迫り、一大改革を断行し、道公が司令官となつて大活躍を試みようぢやないか』 純公『匹夫下郎の分際として何を云ふのだ。先生の御胸中が吾々に分つて堪らうか。吾々が測量し得らるるやうな先生なら、大抵貫目はきまつてゐるぢやないか。瞹昧模糊として捕捉す可らざる所に先生の大人格が勇躍してゐるのだ。何事も指揮命令に従ふのが俺達の勤めだ。先生の職権まで、下郎の分際として批評する価値があるか。それに貴様は猪武者だから、前後の弁へもなく、先生放逐論まで持出しよつて何の事だ。チツと落着かないか。少し風が吹いてもバタバタ騒ぐ木の葉の様な木端武者が、如何して此御神業が勤まるか』 道公『ソリヤさうかも知れないが、アレ見よ、腹が立つてたまらぬぢやないか。祠の前は黒山の如く敵が集り、人員点呼迄やりよつて、旗鼓堂々と行きよる此姿を見て、如何して之が看過出来ようか。三尺の秋水があらば月光に閃めかし、獅子奮迅の勢を以て、片つぱしから斬り立て薙ぎ立て、一泡吹かしてくれたいは山々なれど、何と云つても無抵抗主義の三五教、吾々の武器と云つたら、言霊の発射か、マサカ違へば巌の如き拳骨の武器を有するのみだ。エヽ残念な事だなア』 伊太公『俺も何だか、体中が躍動して仕方がない。それに引替へ先生は勁敵を前に控へ乍ら、冷然として岩の如く、黙然として唖の如しだ。こりやマア如何したら良いのだらうかなア』 玉国別は静に両手をパツと開き、三人を押へつける様な真似をして二三回空中を抑へ、 玉国別『まてしばし神の御言の下るまで 海より深き天地の仕組を』 道公『これが又ジツと見のがし居れませう みすみす敵を前に控へて』 玉国別『何事も神の心に任すこそ 汝等三人の勤めと覚れ』 道公『これはしたり思ひもよらぬ師の君の へらず口には呆るる而已なり』 純公『道公よ貴様は分らぬことを言ふ 玉国別の教に背くか』 伊太公『背かぬが道か誠か知らね共 何とはなしに心せかるる』 道公『伊太公の心は俺と同じこと いざいざさらば二人立たうか』 玉国別『皇神に受けし命を棄て鉢に さやぎける哉醜のたぶれが』 道公『それは又思ひもよらぬ仰せ哉 醜のたぶれは吾師の君よ』 純公『コリヤ二人失礼なことをぬかすない 唐変木に何が分らう』 道公『卑怯者二人豪傑又二人 いよいよ茲に立て別れたり』 玉国別『面白い勇み言葉の二人連れ 真理に反きて過ちをすな』 玉国別は決して片彦、久米彦の一隊の勢に辟易し、此森蔭に隠れたのではない。片彦、久米彦の一隊を無事に通過させ、彼が懐谷の方面迄登つた頃には、治国別一行がやつて来るに違ない。さうすれば敵をやりすごし、前後より一斉に言霊を打出し、敵を袋の鼠として帰順せしめようとの、神算鬼謀を抱いてゐたからである。併し乍ら三人の部下に其秘策を示すのは余り価値なき様に思はれたからであつた。道公は玉国別の態度に憤慨し、言葉つよく、 道公『モシ先生、只今限りお暇を頂戴致します』 玉国別『ウン望みとあれば暇を与らう。大分敵が恐ろしくなつたと見えるのう。其挙措動作は何だ。丸で蒟蒻の様だ』 道公『ハイ恐ろしくなりました。余り貴方の腰が弱いので、それが恐ろしいのですよ。神様につくか、師匠に従くか、其軽重を考へねばなりませぬ。決して先生を捨てる心は微塵もありませぬが、神様の為には涙をのんで反きます。師の影は三尺隔てて踏まずといふことさへあるに、貴方に背く私の心根、熱鉄を呑むよりも辛う厶いますが、どうぞ許して下さいませ。此道公は命を的に敵に向つて突喊致します。幸にして勝利を得ましても、決して私の手柄には致しませぬ。ヤツパリ先生の御手柄になるので厶いますから……』 玉国別は涙を流し乍ら、小さい声で、 玉国別『道公、近う寄れ、耳よりの話がある』 道公は甦生つたやうな気分になり、二足三足思はず飛び上り、犬が暫く会はなかつた主人に出会うた時のやうに飛び付き抱へつき、玉国別の口元に耳を寄せた。 道公は幾度も首を縦に振り、 道公『ハイ分りました。それならば私も安心致します。流石は先生だ。如何にも妙案奇策です。到底匹夫下郎の企て及ぶ所では厶いませぬ。オイ純公、伊太公、安心せい、ヤツパリ俺の先生は偉いワ。普通一般のお師匠さまとは聊か選を異にしてゐるのだ。こんな先生を持つた俺達は実に幸福なものだぞ』 伊太公『さうか、そりや有難い。どんな事だい。一寸洩らしてくれないか』 道公『副司令官の俺が知つて居りさへすれば、それでいいのだ。匹夫下郎の分際として英雄の心事を伺はむとするは以ての外だ。貴様二人にお明かしなさるのならば、如何して俺の耳許へ小声で囁きなさる道理があらう。天機洩らすなとの謎に相違ない。そんな事に気の付かぬやうな道公ぢやない。マア神妙に、俺のするままに盲従する方が、お前達の天職だ。エーン』 純公『イヤお前さへ得心すれば、俺や何にも尋ねる必要はないのだ。ナア伊太公、さうぢやないか。道公が得心する位だから大抵定つてるワ。先づ先づ安心したがよからうぞ』 祠の前より進軍歌が聞えて来る。四人は耳を澄まして、一言も洩らさじと聞いてゐる。 (バラモン軍)『此世を造り玉ひたる梵天帝釈自在天 大国彦の魂の裔ハルナの都に現れまして 大黒主と名乗りつつ豊葦原の瑞穂国 青人草の末までも恵みの露を垂れ玉ひ 天国浄土を地の上に開かせ玉ふぞ尊けれ さはさり乍ら世の中は月に村雲花に風 醜の曲津は遠近にさやりて世をば紊しゆく 中にも分けて素盞嗚の醜の魔神は斎苑館 数多の魔神を呼び集ひ大黒主の神業を 覆へさむと朝夕に企みゐるこそゆゆしけれ 吾等は神の子神の宮神に等しき身を以て 此世を荒す醜神をゆめゆめ許しおくべきか 来栖の森に来て見れば神素盞嗚の悪神が 差遣はしし宣伝使照国別の一行に 思はず知らず出会はし変幻出没自由自在 妖術幻術使ひたて吾等一行は荒風に 木の葉の散りゆく其如く一度は予定の退却を 余儀なくされし悔しさよさはさり乍ら世の中は 悪がいつ迄続かうか天の岩戸を閉したる 速素盞嗚の悪神も吾々一行堂々と 轡を並べて攻め込めば何条以てたまるべき 風をくらつて逃げちるか但は降参致さむと 吠面かわいてあやまるかビワの湖乗越えて 日も漸くにくれの海コーカス山に逃げ行くか 何は兎もあれ吾軍の勝利は手に取る如く也 あゝ勇ましし勇ましし勝鬨あぐるは時の間ぞ 進めや進めいざ進め正義に刃向ふ刃なし 大黒主の御言もて進む吾れこそ神の宮 神の軍ぞ堂々と進めよ進めいざ進め 河鹿峠は峻しとも吹来る風は強くとも 三五教の宣伝使仮令幾万来るとも 嵐の前の灯火とはかなく消ゆるは案の内 進めよ進めいざ進め悪魔の軍勢の亡ぶ迄』 と声勇ましく、悪神は悪神としてヤハリ自分の味方を善と信じてゐるものの如く、天地に恥ぢず進軍歌を歌つてゐる。伊太公は逆上せあがり、其まま物をも言はず、韋駄天走りに密集部隊を指して、金剛杖を打ふり打ふり夜叉の如くにあばれ込んで了つた。 片彦、久米彦の率ゐる軍隊は俄にどよめき立ち、嶮しき細き谷路を右往左往に駆まはり喚き叫ぶ声、谷の木霊を響かせてゐる。 (大正一一・一一・二七旧一〇・九松村真澄録)
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霊界物語 44_未_玉国別と治国別2 07 山口の森 第七章山口の森〔一一七六〕 五三公は急坂を下り乍ら稍緩勾配になつたのを幸ひ、真先に立ちて歌ふ。 五三公『高天原の霊国に現はれ玉ふ主の神は 天が下なる民草のみたまを清め愛信の 道を体得せしめむと三五教を開きまし 悪にくもりし人々の心に真如の日月を 照らさせ玉ふぞ有難き斎苑の館に名も高き 五三公さまは選まれて治国別の伴となり 烈風すさぶ河鹿山峠を難なく打渡り 曲の軍を追散らしさしもに嶮しき下り坂 易々渡り玉国別の神の命がこもりたる 祠の森に辿りつきここに二夜を明しつつ バラモン教の人々を数多言向け和し置き 又もやのり出す膝栗毛心の駒も勇み立ち 吾身をのせて進み行くあゝ惟神々々 尊き神の御恵みに人と生れし天職を 完全に委細に尽し了へ皇大神の御前に 復命したるその上は高天原のみのりにて 霊の迷ふ八衢や根底の国に落さずに 此身此儘天国の夜なき国へ導きて 第二の吾れを末長く守らせ玉へ惟神 神は吾等と共にあり神の御子と生れたる わが身の上の頼もしさ朝日は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共仮令大地は沈む共 三五教の皇神の守らせ玉ふ言霊を 無上唯一の武器となし八岐大蛇のわだかまる 醜の教を悉く言向け和し地の上に 高天原の楽園を開き奉らでおくべきか 吾は賤しき身なれども神の光に照らされて 奇しき功を立てし上えり立てられて宣伝使 仕へ奉るも遠からじランチ将軍片彦の 軍勢は如何に強くともわが言霊を打出せば 雲霞の如き大軍も風に木の葉の散る如く 鷹に逢ひたる小雀の戦き騒ぎ逃ぐる如 言向け散らすは目の当りあゝ惟神々々 祠の森に残されし玉国別の一行は 神の恵みの幸はひて谷間をひろげ土をかき 善をば尽し美を尽し大宮柱太しりて 高天原に千木高く瑞の舎仕へまし 国家鎮護の霊場と開かせ玉へ惟神 神の御前に五三公が赤心こめて祈ぎ奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 ○ 松公『ウラルの神のこもりたるその名も高きアーメニヤ 大気津姫の一族がコーカス山の神人に 追はれて常世へ逃げしよりバラモン教は虚に乗じ 数多の兵士引率れて城の周りに火を放ち 焼き尽したる悲しさに一人の兄を尋ねむと 暗にまぎれてアーメニヤ立出で四方の国々を さまよひ居たる折もあれバラモン教の捕手等に 思はぬ所で見つけられ危き生命を救けられ 隙を窺ひ虎口をば漸く逃れて駆け出し 月の国々巡歴しウラルの教の聖場を 兄は居ぬかと尋ねつつ二年三年経つ内に バラモン教の神司エール、オースに見出され 抜擢されて片彦が秘書役までも上りつめ 大黒主の命を受け斎苑の館へ攻めよする 軍の中に交はりて駒に跨りイソイソと 河鹿峠に来て見れば三五教の神司 治国別の言霊に打なやまされ散々な 憂目に出逢ひ片彦や部下の軍兵悉く 雲を霞と逃げ散りぬ後に残りし吾々は 薄の穂にも怖れつつ足をしのばせ山神の 祠の前に来て見れば豈はからむや兄さまの 亀彦さまは言霊の妙力得たる宣伝使 治国別と相分り狂喜の涙やるせなく 道公さまのもてなしで治国別に対面し 名乗り玉へと訪へどバラモン教に仕へたる 汝の如き弟はわが身に持てる覚えなし なぞと首を横にふり剣もほろろの御挨拶 頼みの綱も切れはてて取つく島も泣ジヤクリ わが捕へたる伊太公を玉国別の御前に 返し奉らにやどうしても兄弟名乗は出来よまいと 早くも胸に悟りしゆ竜公さまを伴ひて 清春山の岩窟へ到りて伊太公救ひ出し 漸く兄の怒りをば解いたる時の嬉しさよ それにまだまだ嬉しいはハルナの都に蟠まる 八岐大蛇の征討に参加なさしめ玉ひたる 神の尊き御恵み幾千代迄も忘れまじ 仮令天地はかへるともわが魂は永久に 巌の如く動かさじ短き此世に存らへて 有らむ限りの力をば尽し了りて神の身の 夜なき国の楽みに浴し奉らむ嬉しさよ 治国別の宣伝使此松公が言の葉を 完全に委曲にきこし召せ皇大神の御前に 祈らせ玉へ惟神神かけ念じ奉る』 と歌ひつつ行くのは、治国別の弟松公にぞありける。 竜公は又歌ふ。 竜公『朝日は照る共曇る共月は盈つ共虧くる共 仮令大地は沈む共バラモン教の悪神を 言向和し神国の栄えを世界に輝かし 生きては此世の神となり死しては高天の天人と なりて常世の花の春を歓ぎ楽しむ霊にと すすませ玉へ惟神われ等は神の子神の宮 肉の宮をば脱出し夜なき国へ行く時は 吾一代の功名を神はうべなひ玉ひつつ 数多の乙女を遣はして歌舞音楽を奏しつつ 芳香四方にくゆらせつ栄え久しき天国に 歓び迎へ給ふまで心を尽し身を尽し 善と真とを地の上に輝き渡し三五の 神の御むねに叶ふべく守らせ玉へ天地の 畏き神の御前に竜公司が謹みて 一重に願ひ奉る此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 過ち多きものならば広き心に宣り直し 又もや見直し聞き直し許させ玉へ惟神 神の御前に願ぎ奉る』 斯く歌ひ乍ら漸くにして山口についた。谷川は左にそれて水音さへも聞えなくなつて来た。此処には可なり大きな老樹の茂つた森がある。之を山口の森といふ。一行六人は夜露を凌がむと宵暗の中を足さぐりし乍ら進み入る。古い祠の跡と見えて台石ばかりが残つてゐる。此処に一行は蓑をしき一夜を明す事となりける。 治国別『山口の時雨の森に来て見れば 鳥さへ鳴かぬ暗の静けさ。 此先はバラモン教の戦士 われを討たむと待ち構ふらむ。 如何程の猛き魔人の攻め来とも わが言霊に伊吹き払はむ』 万公『月かげもなきくらがりの木下暗 明かして通る吾師の一行。 河鹿山漸くここに下り来て 神の恵みに一息するなり。 御恵みの露は辺りに光れども 月なき夜半は見るすべもなき。 やがて又東の空をてらしつつ 月の大神上りますらむ』 晴公『星かげは真砂の如く輝けど 木の葉のしげみに隠れましぬる。 よをてらす月の御神の功は 天照る神に劣らざるなり。 天伝ふ月日の神の御めぐみに 人はさらなり万物栄ゆく』 五三公『斎苑館しづまりゐます素盞嗚の 瑞のみかげを今ぞしのばゆ』 松公『道のため世のため尽す赤心は 暗夜を照らす月にあらずや。 暁の空をてらして紅の 雲を押分け上る日の神。 夕暮の空に輝く三日月に 天の岩戸の開けしかとぞ思ふ。 月見れば百のうきごと消えて行く 瑞の霊の洗ひますらむ。 人皆の行く可き道は惟神 神の心に叶はむがため。 此森に一夜を明かし明日は又 浮木の森に雨やどりせむ』 竜公『バラモンの醜の司の此処彼処 伺ひよらむ心しませよ。 片彦の目付の神は河鹿山 山口四辺に彷徨ふと聞く』 治国別『何事も神の心に任すこそ 人の行く可き大道なるべし』 此処に一行は蓑を布き夜露を冒して安々眠りに就きにける。 (大正一一・一二・七旧一〇・一九外山豊二録) (昭和九・一二・二六王仁校正)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 19 怪しの森 第一九章怪しの森〔一二二九〕 小北の山を包みたる醜の八重雲隈もなく 吹き払ひたる時津風斎苑の神風しとやかに 世人の心に積りたる塵や芥を払ひつつ 平和の花園忽ちに神の館に開けけり あゝ惟神々々八十の曲津の醜魂に とらはれ苦しむ枉人も漸く眠りの夢覚めて お寅婆さまを始めとし魔我彦、文助其他の 神の司や信徒は誠の神の恩恵を 心の底より摂受して勇みの声は天に充ち 地上も揺ぐばかりなり三五教に仕へたる 松彦司を始めとし五三公、万公其他の 清き司は身を清め心を浄め天地の 誠の神と祀り替へ以前の神を一所へ 斎ひをさめて一同に嬉しき別れを告げながら 館を後に宣伝歌歌ひ歌ひて進み行く お寅婆さまは松彦の後に従ひ吾は今 誠の神に救はれぬ悪魔の虜となり果てし 蠑螈別やお民をば誠の道に誘ひて 眼を覚まし救はねば天地の神に相対し 何の弁解あるべきか何処までもと追ひ行きて 是非とも真理を伝へむと松彦一行に従ひて 老躯をひつさげスタスタと進み行くこそ健気なれ。 小北山には松姫、魔我彦、お菊、お千代が重なる神柱となり、文助は依然として受付を忠実につとめ、其他百の役員信者は喜んで三五の誠の教を遵奉し、天国の福音を詳さに説き諭され歓喜法悦の涙にくれて居た。 一方松彦一行七人は小北山の神殿を伏拝み、河鹿川の橋を渡つて浮木の森をさして進み行く事となつた。 話は後へ戻る。浮木の森の三里ばかり手前に一寸した小さき森がある。ここは河鹿峠の本街道と間道との別れ道である。治国別、松彦が通過したのは、山口の森から近道を選んで間道を来たものであつた。此森は怪しの森と云つて絶えず不思議があると伝へられてゐた。此森へ入つたものは到底無事で帰れないと云ふ噂が立つてゐる。それだから追手に出会つた時等は、必ず此森へ隠れさへすれば追手も大抵の時は追及せないのが例となつてゐる。故に一名難除けの森とも称へられてゐた。此森の入口、河鹿峠の本道、間道と分れてゐる辻の角に四五人の荒男がバラモン教の目附と見えて車座となつて退屈ざましに雑談に耽つてゐた。 コー『おい、ワク、此寒いのに火も焚かず、昼となく夜となく、こんな道へ辻地蔵の代用を仰せ付けられて居つてもつまらぬものだな』 ワク『一体此戦は如何なるだらうかな』 コー『どうなるつて、勝敗の数は正に歴然たるものだ。衆寡敵せず、窮鼠猫を噛むと云ふ事があるだらう。衆は所謂寡に敵する事が出来ないのだ。愈となれば鼠が猫を噛むやうなものだ。愈真剣となつた時にや、どうしても小人数の方が心が一致して大勝利を得るものだよ』 ワク『それだつて衆寡敵せずとは多勢と一人とは敵はぬと云ふ事だ。多勢と小人数とは数に於て益に於て、凡ての点に於て敵はないものだ。強いものが勝ち、弱いものは負けるのは天地の道理だ。それだから衆寡敵せずと云ふのだ。貴様の解釈は矛盾してるぢやないか』 コー『衆寡敵せずと云ふのは衆が寡に敵せずと云ふのだ。寡が衆に敵せぬ時は寡衆に敵せずと云ふのだ。然しあまり寡衆に敵せずと云ふ事は聞いた事がない。其証拠には河鹿山の戦ひを考へても分るぢやないか。敵は僅に四人、而も武器を持つて居ない敵に対し、数百の勇士が脆くも潰走したぢやないか。之が衆寡敵せずの実例だ』 エム『時に兄弟、小北山にはウラナイ教とか云つて大変な信者が集まつてゐると云ふ事だが、こんな衛兵の役さへなければ、一遍何んな事をやつてゐるか研究のため行つて見たいものだな』 コー『随分沢山の女がゐるさうだ。浮木の里の女と云ふ女は大方あの小北山とかへ避難してるさうだ。然し、あこへ行つたものを奪つて来ると云ふ事は到底出来ないさうだ。何でも神変不思議の術を使ひ、素盞嗚尊でさへも如何する事も出来ないと云ふ勢だからな』 エム『さうすると、余程強い奴が居ると見えるな。吾々の大将は素盞嗚尊の弟子の奴等三四人に脆くも敗走したのだ。三五教は偉いと思つてゐたが、小北山はさうするとそれ以上だな。何と上には上があるものだな』 コー『きまつた事よ。無茶ほど強いものはないからな』 エム『だつて片彦将軍だつて、ランチ将軍だつて、無茶で行つたぢやないか。無茶が勝つのなら、あんなみつともない敗北はとりさうな筈がないぢやないか』 ワク『そこが人間の智慧で分らぬ所だ。勝敗は時の運と云ふからな。時に俺達も斯う毎日単純な無意味な生活を続けて居つてもつまらぬぢやないか。女房はあつてもハルナの都に置いてあるなり、本当に陣中の無聊には閉口せざるを得ないな』 コー『誰か此処へナイスでもやつて来たら、面白いがな』 エム『さう誂向にいつたら宜いが、こんな物騒な所へナイスが通る筈があるか』 ワク『それでも小北山には沢山の女が寄つて居るさうだから、ここを通らなくちや通る所がないぢやないか』 エム『此頃は吾々が浮木の森に張つてゐるから、どれもこれも恐れて、橋から此方へは来ないと云ふのだから、サツパリ駄目だよ。夜も大分に更けたし、寒うはあるし、火を焚けば軍律上敵に所在を知られるとか云つて八釜しいなり、本当に因果な商売だな』 斯く話して居る処へ、髪振り乱し息せき切つて走つて来る一人の女があつた。 コー『おい、向ふを見よ。誂向にやつて来たよ。如何やら月に透かして見れば、あの足許と云ひ女らしい。一つ俄に泥棒と化けて嚇かしてみようぢやないか』 両人『そりや面白からう』 かかる処へスタスタやつて来たのは小北山を逃げ出したお民であつた。[※第46巻第10章参照]お民は野中の森をさして行くつもりだつたが、何とはなしに人声が森の中へ聞えて居るので、引返して道を此方へとり、本街道に出るつもりでやつて来たのであつた。 コー『そこなお女中、一寸待たつせい。ここを何処だと考へてゐる。女の身として妄りに通行は許さない処だ』 お民『ホヽヽヽヽ、天下の往来が何故通れないのですか。此道はお前さまが造つたのぢやありますまい。通るなと仰有つても私の権利で通ります。構うて下さいますな』 コー『何と云つても通さないと云つたら金輪際通さないのだ。俺を誰様と心得てる』 お民『あた阿呆らしい。誰様も此方もあつたものか。お前さまは立派な男に生れながら、こんな道の辻の番をさされてゐるのぢやないか。技能と知識とあればランチ将軍の陣営にあつて帷幕に参じ重要な相談に与るのだが、何処も使ひ場のない屑人足だから、石地蔵の様に、こんな辻番をさされてゐるのだ。そんな男が空威張をしたつて誰が恐れるものがありませうぞ。すつこんでゐなさい』 ワク『何と渋太い尼つちよだな』 お民『渋太い尼つちよだよ。何程女が弱いと云つても、お前さま等のやうな番犬の代理をつとめて居るやうなお方に弱るやうな女は、広い世界に一人だつてありやせないワ』 ワク『番犬とは何だ。あまり口が過ぎるぢやないか』 お民『過ぎたつて事実なれば仕方がないぢやないか。お前、そんな事云つて居れば、今に吠面かわかなくちやなりませぬぞや。小北山に時めき給ふウラナイ教の教祖蠑螈別が今直ぐお越しだから、神変不思議の術を以て、お前さま等の五十人や百人は一息に吹いて飛ばされる様な目に遇ひますよ。そんな馬鹿な事を云はずに其処退きなさい。こんな夜の道に髯武者の狼面した男が居つては通る事が出来ぬぢやないか。往来妨害の罪でバラモン署へ訴へて上げませうか』 エム『おい、ワク、コー、何と押尻の強い代物だな。此奴ア只の狸ぢやあるまいぞ。一つ非常手段をとつて何々しようぢやないか』 お民『ホヽヽヽ、お察しの通り只の狸ぢやありませぬぞえ。小北山の大神の眷属ですよ』 コー『何、狼の眷属、此奴ア又太う出よつたものだ』 お民『何も太くも細くも、ありやせないよ。お寅さまと喧嘩して此処まで来たのだ』 コー『何、大虎と喧嘩する。此奴ア、素敵な代物だな』 エム『此奴ア、さうすると狼が化けてゐやがるのだな。道理でお内儀さまの風になつてゐやがる』 ワク『何、狼ぢやない。大神さまの眷属と云つて居やがるのだ。さうしてお寅婆さまと云ふ、酢でも菎弱でも行かぬ悪垂婆が居るさうだから、そのお寅婆に苛められて逃げて来よつたに相違ない。何程強い女だと云つても多寡が女一人、此方は三人だ。まだ其他にお添物として弱い奴が二匹慄うて居る。此奴、やつつけようぢやないか。これ女、貴様は、婆に悋気されて放り出されて来たのだらう。どうも慌てた様子だ。さア此処を通過するなら通過さしてやらぬ事もないが、身のまはり一切を俺様に渡して行け』 お民『オホヽヽヽヽ、甲斐性のない男だこと、大きな体を持ちながら、人の物を盗つて生活せなくては此世が渡れぬとは、憐れなものだな。衛兵になつたり泥棒になつたり、ようへぐれる代物だな』 コー『馬鹿な事を云ふない。軍人と云ふものは強盗強姦を天下御免でやるのが所得だ。所謂役徳だ。或時は正義の軍人となり、或時は財宝掠奪の公盗となり、或時は猥褻公許者となるのだ。さうだから男と生れた甲斐にや、如何してもバラモン教の軍人にならなくちや幅が利かないのだ』 お民『えー、八釜しい、耄碌、其処除け』 と無理に通り過ぎようとする。三人はお民に喰ひつき一歩も進ませじとあせる。お民は全身の力を籠めて荒男をヤスヤスと柔術の手で投げつける。かかる所へ「おーいおーい」と苦しげな声を出して此方へ向つて馳せ来る一人の男があつた。 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八北村隆光録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 03 寒迎 第三章寒迎〔一二三六〕 治国別は竜公、タールを伴ひ、枯野の露を踏み分けて浮木の里に屯せるランチ将軍の陣営さして進み行く。竜公は意気揚々として先に立ち、四方の景色を眺めながら呂律も合はぬ新派口調で歌ひ出した。 竜公『月山に入らず 天は暁けざれど 雲雀や百鳥の 忙はしき声に励まされ 眠たき眼を擦りながら 早くも荒野に 歩みを起しぬ ○ 露持つ草葉を 草鞋に踏めば 袖吹くあしたの風は 美はしく薫りて 汗を拭ひ胸を洗ふ 旅路の愉快さよ 坂照山の月清くして 松風に添ふ 笙の音も いとど床しく聞え来りぬ』 タールは、 タール『オイ竜公さま、笙もない、笙の音も何も聞えて居ないぢやないか。エー、詩人といふものはソンナ嘘を言つても良いのか』 竜公『そこが詩人だよ。詩といふ字は言偏に寺といふ字を書くからなア。寺は死人の行く所だ。笙々違つた所で正味が面白ければ可いぢやないか。どうせ生きたる人間の作るものぢや無いからな、半詩半笙の人間か、又は現世に用のない老爺や三文蚊士の言ふことだ。俺も一寸詩人の真似をして見たのだ』 タール『正味ぢやない、趣味のことだらう』 竜公『正笙ぐらゐ違つたつて別に詩才はないぢやないか。アハヽヽヽ』 タール『モシ先生、アノ月さまも矢張り詩人ですか、中空にぶるぶると慄へて居るぢやありませぬか。太陽さへあれば、月は必要のないものですなア。太陽の光に圧倒されて追々と光が弱り、殆ど死んだやうに見えて来たぢやありませぬか』 治国別『ウン、さう見えるかな。それでは一つ竜公さまに習つて、治国別が詩でも詠んで見ようかなア。 数百万年の太古から 冷え切つた死んだ様な 寂かな月が 大空に独り輝いてゐる それは 地上の万有に 瑞光を投げて 仁慈の露を 蒼生の上に降し 生命の清水を 与へむがために 和光同塵の 温姿を現じ給ふためだ 月は盈ち或は虧け 或は没して 地上の世界に 明暗の神機を示し 仁慈の神業を 永遠無窮に 営ませ給ふからだ 人間の眼より 冷然たる月と見ゆるは 温情内包の摂理に その霊光を隠させ給ふためだ。 序に今吹く風の音を詠んで見よう。 そよそよと吹く 風の音 脚歩の響 草葉の声を聞けば 万物みな こころ有りて 何事か神秘を 心暗き吾耳に 語るあるに似たり』 治国別は神の愛と信と智慧証覚に充たされ、さしもの強敵の陣営に向つて武器をも持たず進み行くについても、殆ど下女が春秋の籔入に親里に帰る様な心持で途々歌を歌ひながら進み行く其雄々しさ。竜公もタールも何時とはなしに治国別の悠揚迫らざる態度に感化されて、すつかり天国の旅行気分になつて了つた。タールは、 タール『もし、先生様、平等愛と差別愛とは何処で違ふのでせうか。差別愛から平等愛に進むか、平等愛から差別愛に分離するのでせうか。私は差別的平等愛、平等的差別愛だと聞いて居りますが、どちらから出発点を見出だせば宜いのでせう』 治国別『差別愛とは偏狭な恋愛の様なものだ。平等愛とは普遍的の愛だ。所謂神的愛だ。今一つ駄句つて見よう』 と治国別は、 治国別『生来の差別愛より 神的なる 平等愛に進む径路は 実に 惨憺たる血涙の 道を行かねばならぬ これが 不断煩悩得涅槃の 有難い消息が秘められてあるのだ。 序に、も一首信仰と法悦の信楽に就いて駄句つて見よう。 信仰によつて 不信なる吾人の頑壁が 身心脱落し崩壊し去る時は 神の宝座より 吹き来る霊風の鞴に 解脱新生の歓喜を為し 猛火も焼く能はず 波浪も没する能はず底の 金剛不壊の法身 おのづから 吾に本具現成するを 自覚し得るに至る その時こそは 百千の夏日昇りて 一時に灼鑠たるも ただ是 自性法界を荘厳するの七宝 清浄妙心を照映するの 摩尼宝珠なるべきのみだ。 ○ 吾人が法悦の信楽は 現代の冷たい哲学の鋸や 慧しい科学の斧に由つて 忽ち幻滅の悲運に 会ふやうな ソンナ空想的のものでは無い 主の神の持し給へる 愛の善と信の真とによつて 智慧と証覚の上に 立脚したる大磐石心だ』 タール『只今のお歌によつて、私も大変に法悦の信楽を味はひました。漸く今日の日輪様もお上りになつたと見え、坂照山の頂は大変に明るく輝いて来ました。一つ歌でも詠んで見ませう』 とタールは歌ふ。 タール『燃えさかる希望に充ちし心もて 昇る旭を拝みにけり。 遠山の峰は真白し今はしも 昇らむとして雲映え居れり。 より強く生きむと思ふ吾前に 昇る旭の大いなるかな』 竜公『山荒れて風の捲きくる郊外は あたりも見えず雪に暮れけり』 タール『アハヽヽヽ、オイ竜公、寝愡けちやいかぬよ、「雪に暮れけり」とは何だ。なぜ「雪に明けけり」と云はぬのだ』 竜公『これは昨晩の貯蔵品だ。あんまり永く貯蔵しておくと寝息物になるから、先づ古い粗製品から売つて、それから又新しい奴を売り出すのだ。あたら名句を腹の中で腐らして了つちや経済がもてぬからな。さあ之からが新規蒔直しだ。 山明けて風そよそよと吹く野路は あたりも清く胸も静けき。 と宣り直すのだ。エヘン』 タール『何と立派な歌だなア』 竜公『まだまだ之から、とつときを放り出すのだ、エヘン。 厳かに旭を浴びて坂照山の 高嶺は雲の上に聳ゆる。 とは如何だ』 タール『厳かに生きむとするか気高くも 錦の山は空に聳ゆる』 治国別『いや、何れも秀逸だ。こんな立派な詩人と同道して居ると治国別も殆ど顔色なしだ。さあボツボツと行かうぢやないか』 斯く云ひつつ三人は朝露を踏んで枯草茂る野路を進み行く。前方よりはランチ将軍数十人の騎馬隊を引き率れ、此方に向つて走り来る其勢ひ、山岳も蹴飛ばすばかりに思はれた。先頭に立つたのは最前治国別に救はれて逃げたアークである。 アークは馬を飛び下り、治国別の前に進み寄り、叮嚀に会釈しながら、 アーク『先刻はえらい御厄介に預かりまして有難う存じます。就きましては、直様本陣に立帰り、将軍様に貴方の事を申上げた処、将軍様も大変にお喜び遊ばしお迎へに出なくちやなるまいと仰有いまして、今此処に御出陣なさいました。さあ私の馬に乗つて本陣迄お越し下さいます様に』 治国別『やあ、それは御苦労だつた。そしてランチ将軍殿は此処に居られるのかな』 アーク『ハイ、あの金色燦爛たる軍帽を冠つて居られますのが将軍様で厶います』 治国別『いや何と立派な服装だな。然らば一つ御挨拶を致さねばなるまい』 斯く云ふ折しも、ランチ将軍は馬をヒラリと飛び下り、治国別の前に揉み手をし乍ら現はれ来り、 ランチ『拙者は大黒主の神司に仕へ奉るランチ将軍と申す者、此度主君の命によつてイソの館へ攻め寄せる途中、吾先鋒隊片彦将軍は貴方等の言霊とやらに散々に打ち捲られ、脆くも敗走致した様子、神力無双の三五教の宣伝使に対し到底吾々如き非力無徳の者にては敵対ひまつる事相叶はぬ次第なれば、浮木の森へ陣営をはり幕僚と協議の結果、全軍を率ゐて貴方の膝下に帰順するより外なしと衆議一決した以上は、もはや貴方等に対して敵対行為は毛頭とりませぬ。何卒吾陣営へおいで下さつて尊きお話を聞かして下されば、実に望外の幸福で厶ります』 と真しやかに述べ立つる。治国別は一々ランチの言葉を信ずるにはあらねども、此時こそは彼を正道に導く好機会なりと心に定め、何喰はぬ顔にて、 治国別『然らば仰せに従ひ、貴軍の陣中へ参りませう』 ランチ将軍は自分の乗り来し名馬に治国別を乗せ、自分は控へ馬に跨り、意気揚々と陣営さして帰り行く。 門の前に立止まり、ランチ将軍は治国別を見返り、 ランチ『見る蔭もなき俄造りの陣営、遠来の客を遇するには不都合千万なれど、何卒ゆるゆる御休息を願ひ上げまする』 と慇懃に挨拶をする。治国別は、 治国別『ハイ、有難う』 と僅かに答礼しながら奥へ奥へと進み入る。 数多の軍卒共は退屈紛れに土俵を築き素人相撲をとつてゐる。竜公、タールの両人は其相撲に見惚れて治国別の奥深く進み入つたのを気がつかず、負投げ、腰投げ、突出し、河津等の四十八手の使ひ方を批評しながら、 竜公、タール『アハヽヽヽ』 と笑ひ、遂には手を拍つて囃し出した。此中で一番の力自慢のエキスは四股踏み鳴らし、土俵の真中に仁王立ちとなり、 エキス『さア誰なつと来い、消しかかりだ』 といきりきつて居る。来る奴来る奴片つ端から投げつける、其手際のよさ。竜公はエキスの態度と弱武者の腑甲斐なさに憤慨し、何時の間にか両の手が腰へまはり、帯をスルスルと解いて了ひ、真裸となつて土俵の真中へ飛び出した。さうしてドンドンと四股を踏み鳴らしてゐる。エキスは之を見て癪に触つたと見え、 エキス『おい、貴公は竜公ぢやないか。此間から何処へ逃げて居つたのだ。そんな弱虫の出る所ぢやない。俺達と相撲をとるなんぞと云ふ野心を起すものぢやないぞ。野見の宿弥の再来とも云ふべき此エキスさまに相手にならうと思ふのか。エー、措け措け、恥をかく様なものだから』 竜公『ヘン、馬鹿にすない。俺でも若い時や幕の内まで入つたものだ。襦子の締込み、バレンツの相撲束ねの櫓鬢、大黒主の前でも大胡床をかき、立つて水のみ、手鼻汁をかむ、十と六俵の土俵に出たら、獅子奮迅、土つかずの竜公さまだ。いつも土俵の上で横になつた事はない、いつも立ちつづけだから竜公さまだ。又の名を勝公さまだ。さあ一つ揉んでやらう』 エキス『エー、生命知らず奴、土の中へ植ゑてやらう。吠え面かわくな』 竜公『そりや俺の云ふ事だ。末期の水でも飲んでしつかりせい』 と云ひ乍ら四本柱に括りつけた塩をポツポツと左右に打振り、水をも飲まずに四股を踏み出した。エキスも負けぬ気になり塩を一掴みグツと握つて竜公にぶちかけ、水をも飲まずドンドンと地響きさせながらペタペタと四つに組んで了つた。半時ばかり竜虎の争ひ、いつ勝負の果つべしとも見えない。タールは一生懸命になり、軍扇を握り土俵に行司気取りに飛び出し、 タール『はつけよいはつけよいのこつたのこつた、後がないぞ、はつけよいや』 と土俵の周囲を右左に廻つてゐる。大勢は固唾を呑んで此勝負如何にと見つめて居る。流石のエキスも力尽きハツと吐く息の気合を窺ひ、ポンと右の手をぬいて褌の三辻を竜公がたたくとコロコロコロと土俵の中を三つ四つ廻つて西の溜へドスンと雪崩が落ちた様に転げ込んで了つた。エキスは大に面目を失し、真裸の儘スタスタと陣中奥深く姿を隠した。ワーイワーイと称讃の声、拍手の音、四辺も揺ぐばかりであつた。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二北村隆光録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 09 愛と信 第九章愛と信〔一二四二〕 大本開祖の聖言には愛の善と信の真とを骨子として説かれてある事は神諭を拝読した人のよく知る所なれば、今更口述者が改めて述ぶる迄もないから、其聖言は略する事とする。 善とは即ち此世の造り主なる大神の御神格より流入し来る神善である。此神善は即ち愛其ものである。真とは同じく大神の御神格より流入し来る所の神真である。此神真は即ち信である。さうして其愛にも善があり悪がある。愛の善とは即ち霊主体従、神より出でたる愛であり、愛悪とは体主霊従と云つて自然界に於ける自愛又は世間愛を云ふのである。今口述者が述ぶる世間愛とは決して世の中の所謂博愛や慈善的救済を云ふのではない。己が種族を愛し、或は郷里を愛し、国土を愛する為に他を虐げ、或は亡ぼして自己団体の安全を守る偏狭的愛を指したのである。それから又信仰には真と偽とがある。真の信仰とは心の底から神を理解し、神を愛し、神を信じ、且つ死後の生涯を固く信じて神の御子たる本分を尽し、何事も神第一とする所の信仰である。又偽りの信仰とは所謂偽善者共の其善行を飾る武器として内心に悪を包蔵しながら、表面宗教を信じ神を礼拝し、或は宮寺などに寄附金をなし、其金額を石又は立札に記さしめて、自分の器量を誇る所の信仰である。或は商業上の便利のために、或はわが処世上の都合のために表面信仰を装ふ横着者の所為を称して偽りの信仰と云ふのである。要するに神仏を松魚節として自愛の道を遂行せむとする悪魔の所為を云ふのである。斯くの如き信仰は神に罪を重ね自ら地獄の門扉を開く醜行である。真の神は愛善と信真の中にこそましませ自愛や偽信の中にまします筈はない、斯る自愛や偽信の中に潜入する神は所謂八岐大蛇、悪狐悪鬼餓鬼畜生の部類である。高天原の天国及び霊国にあつては人の言葉皆其心より出づるものであるから、其云ふ所は思ふ所であり、思ふ処は即ち云ふ所である。心の中に三を念じて口に一つを云ふ事は出来ない。是が高天原の規則である、今天国と云つたのは日の国の事であり、霊国と云つたのは月の国の事である。 真の神は月の国に於ては瑞の御霊の大神と現はれ給ひ、日の国に於ては厳の御霊の大神と現はれ給ふ。さうして厳の御霊の大神のみを認めて瑞の御霊の大神を否むが如き信条の上に安心立命を得むとするものは、残らず高天原の圏外に放り出されるものである。斯くの如き人間は高天原より嘗て何等の内流なき故に次第に思索力を失ひ、何事につけても正当なる思念を有し得ざるに立ち至り、遂には精神衰弱して唖の如くなり、或は其云ふ所は痴呆の如くになつて歩々進まず、其手は垂れて頻りに慄ひ戦き、四肢関節は全く力を失ひ、餓鬼幽霊の如くなつて仕舞ふものである。又瑞の御霊の神格を無視し、其人格のみを認むるものも同様である。天地の統御神たる日の国にまします厳の御霊に属する一切の事物は残らず瑞の御霊の大神の支配権に属して居るのである。故に瑞の御霊の大神は大国常立大神を初め日の大神、月の大神其外一切の神権を一身にあつめて宇宙に神臨したまふのである。此大神は天上を統御したまふと共に、中有界、現界、地獄をも統御したまふは当然の理である事を思はねばならぬ。さうして厳の御霊の大神は万物の父であり、瑞の御霊の大神は万物の母である。総て高天原は此神々の神格によつて形成せられて居るものである。故に瑞の御霊の聖言にも『我を信ずるものは無窮の生命を得、信ぜざるものは其生命を見ず』と示されて居る。又『我は復活なり、生命なり、愛なり、信なり、道なり』と示されてある。然るに不信仰の輩は高天原に於ける幸福とは、只自己の幸福と威力にありとのみ思ふものである。瑞の御霊の大神は、総ての神々の御神格を一身に集注したまふが故に、其の神より起り来る所の御神格によつて高天原の全体は成就し、又個々の分体が成就して居るのである。人間の霊体、肉体も此神の神格によつて成就して居るのは無論のことである。さうして瑞の御霊の大神より起り来る所の神格とは即ち愛の善と信の真とである。高天原に住める天人は、総て此神の善と真とを完全に摂受して生命を永遠に保存して居るのである。さうして高天原はこの神々によつて完全に円満に構成せらるるのである。 現界の人間自身の志す所、為す所の善なるもの又思ふ所、信ずる所の真なるものは、神の御目より御覧したまふ時は、其善も決して善でなく、其真も決して真でない、瑞の御霊の大神の御神格によりてのみ、善たり真たるを得るものである。人間自身より生ずる善又は真は、御神格より来る所の活力を欠いで居るからである。御神格の内流を見得し、感得し、摂受して茲に立派なる高天原の天人となる事を得るのである。さうして人間には一霊四魂と云ふものがある。一霊とは即ち真霊であり、神直日、大直日と称するのである。さうして神直日とは神様特有の直霊であり、大直日とは人間が神格の流入を摂受したる直霊を云ふのである。さうして四魂とは和魂、幸魂、奇魂、荒魂を云ふのである。この四魂は人間は云ふに及ばず、高天原にも現実の地球の上にも夫々の守護神として儼存しあるのである。そして荒魂は勇を司り、和魂は親を司り、奇魂は智を司り、幸魂は愛を司る。さうして信の真は四魂の本体となり愛の善は四魂の用となつて居る。さうして直霊は瑞の御霊の大神の御神格の御内流即ち直流入された神力である。故に瑞の御霊の御神格は総ての生命の原頭とならせたまふものである。此大神より人間に起来するものは神善と神真である。故に吾々人間の運命は此神より来る神善と神真を、如何に摂受するかによつて定まるものである。そこで信仰と生命とにあつて是を受くるものは其中に高天原を顕現し、又之を否むものは已むを得ずして地獄界を現出するのである。神善を悪となし、神真を偽りとなし、生を死となすものは又地獄を現出しなくては已まない。現代の学者は何れも自然界の法則や統計的の頭脳をもつて不可測、不可説なる霊界の事象をおほけなくも測量せむとなし、瑞の御霊の神示を否むものは暗愚迷妄の徒にして所謂盲目学者と云ふべき厄介ものである。到底霊界の事は現実界の規則をもつて窺知し得べからざる事を悟らないためである。神は斯の如き人間を見て癲狂者となし、或は痴呆となして救済の道なきを悲しみ給ふものである。斯かる人間は総て其精霊を地獄の団体に所属せしめて居るのである。斯かる盲学者は神の内流を受けて伝達したる霊界物語のある個所を摘発して吾知識の足らざるを顧みず、種々雑多と批評を加へ、甚だしきは不徹底なる自己の考察力をもつて之を葬り去らむとする罪悪者である。高天原の団体に其籍を置き、現代に於て既に天人の列に列したる人間の精霊は吾人の生命及び一切の生命は瑞の御霊の御神格より起来せる道理を証覚し、世にある一切のものは善と真とに相関する事を知覚して居るものである、斯かる人格者の精霊を称して地上の天人と云ふのである。 人間の意思的生涯は愛の生涯であつて善と相関し、知性的生涯は信仰の生涯にして真と相関するものである、さうして一切の善と真とは皆高天原より来るものであり、生命一切の事又高天原より来る事を悟り得るのが天人である。故に霊界の天人も、地上の天人も右の道理を堅く信ずるが故に、其善行に対して他人の感謝を受ける事を悦ばないものである、もし人あつて是等の諸善行を彼の天人等の所有に帰せむとする時は天人は大に怒つて引退するものである。人の知識や人の善行は皆其人自してしかるものと信ずる如きは悪霊の考へにして到底天人共の解し得ざる所である。故に自己のためになす所の善は決して善ではない、何となれば夫れは自己の所為なるが故である。されど自己のためにせず善のためになせる善は所謂神格の内流より来る所の善である。高天原は斯の如き善即ち神格によつて成立して居るものである。 人間在世の時に於て自らなせる善、自ら信ずる真をもつて、実に自らの胸中より来るものとなし、又は当然自分の所属と信じて居るものはどうしても高天原に上る事は出来ない、彼の善行の功徳を求めたり、又自ら義とするものは斯の如き信仰を有して居るものである。高天原及び地上の天人は斯の如きものをもつて痴呆となし、俗人となして、大に忌避的態度を取るものである。斯の如き人間は不断に自分にのみ求めて、大神の神格を観ないが故に、真理に暗き痴呆者と云ふのである。又彼等は元より大神の所属となすべきものを己に奪はむとするが故に神より天の賊と称へらるるのである。所謂人間は大神の御神格を天人が摂受するとの信仰に逆らうて居るものである。瑞の御霊の大神は高天原の天人と共に自家存在の中に住みたまふ、故に大神は高天原に於ける一切中の一切である事は云ふ迄もない事である。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二加藤明子録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 01 聖言 第一章聖言〔一二五五〕 宇宙には霊界と現界との二つの区界がある。而して霊界には又高天原と根底の国との両方面があり、此両方面の中間に介在する一つの界があつて、これを中有界又は精霊界と云ふのである。又現界一名自然界には昼夜の区別があり寒暑の区別があるのは、恰も霊界に天界と地獄界とあるに比すべきものである。人間は霊界の直接又は間接内流を受け、自然界の物質即ち剛柔流の三大元質によつて、肉体なるものを造られ、此肉体を宿として、精霊之に宿るものである。其精霊は即ち人間自身なのである。要するに人間の躯殻は精霊の居宅に過ぎないのである。此原理を霊主体従といふのである。霊なるものは神の神格なる愛の善と信の真より形成されたる一個体である。而して人間には一方に愛信の想念あると共に、一方には身体を発育し現実界に生き働くべき体欲がある。此体欲は所謂愛より来るのである。併し体に対する愛は之を自愛といふ。神より直接に来る所の愛は之を神愛といひ、神を愛し万物を愛する、所謂普遍愛である。又自愛は自己を愛し、自己に必要なる社会的利益を愛するものであつて、之を自利心といふのである。人間は肉体のある限り、自愛も又必要欠くべからざるものであると共に、人は其本源に遡り、どこ迄も真の神愛に帰正しなくてはならぬのである。要するに人間は霊界より見れば即ち精霊であつて、此精霊なるものは善悪両方面を抱持してゐる。故に人間は霊的動物なると共に又体的動物である。精霊は或は向上して天人となり、或は堕落して地獄の邪鬼となる、善悪正邪の分水嶺に立つてゐるものである。而して大抵の人間は神界より見れば、人間の肉体を宿として精霊界に彷徨してゐるものである。而して精霊の善なるものを正守護神といひ、悪なるものを副守護神と云ふ。正守護神は神格の直接内流を受け、人身を機関として天国の目的即ち御用に奉仕すべく神より造られたもので、此正守護神は副守護神なる悪霊に犯されず、よく之を統制し得るに至れば、一躍して本守護神となり天人の列に加はるものである。又悪霊即ち副守護神に圧倒され、彼が頤使に甘んずる如き卑怯なる精霊となる時は、精霊自らも地獄界へ共々におとされて了ふのである。此時は殆ど善の精霊は悪霊に併合され、副守護神のみ我物顔に跋扈跳梁するに至るものである。そして此悪霊は自然界に於ける自愛の最も強きもの即ち外部より入り来る諸々の悪と虚偽に依つて、形作られるものである。かくの如き悪霊に心身を占領された者を称して、体主霊従の人間といふのである。又善霊も悪霊も皆之を一括して精霊といふ。現代の人間は百人が殆ど百人迄、本守護神たる天人の情態なく、何れも精霊界に籍をおき、そして精霊界の中でも外分のみ開けてゐる、地獄界に籍をおく者、大多数を占めてゐるのである。又今日のすべての学者は宇宙の一切を解釈せむとして非常に頭脳をなやませ、研究に研究を重ねてゐるが、彼等は霊的事物の何物たるを知らず、又霊界の存在をも覚知せない癲狂痴呆的態度を以て、宇宙の真相を究めむとしてゐる。之を称して体主霊従的研究といふ。甚だしきは体主体従的研究に堕して居るものが多い。何れも『大本神諭』にある通り、暗がりの世、夜の守護の副守護神ばかりである。途中の鼻高と書いてあるのは、所謂天国地獄の中途にある精霊界に迷うてゐる盲共のことである。 すべて宇宙には霊界、現界の区別ある以上は、到底一方のみにて其真相を知ることは出来ない。自然界の理法に基く所謂科学的知識を以て、無限絶体無始無終、不可知不可測の霊界の真相を探らむとするは、実に迂愚癲狂も甚しといはねばならぬ。先づ現代の学者はその頭脳の改造をなし、霊的事物の存在を少しなりとも認め、神の直接内流に依つて真の善を知り、真の真を覚るべき糸口を捕捉せなくては、黄河百年の河清をまつやうなものである。今日の如き学者の態度にては、仮令幾百万年努力するとも、到底其目的は達することを得ないのである。夏の虫が冬の雪を信ぜない如く、今日の学者は其智暗く其識浅く、且驕慢にして自尊心強く、何事も自己の知識を以て、宇宙一切の解決がつくやうに、否殆どついたものの様に思つてゐるから、実にお目出度いといはねばならぬのである。天体の運行や大地の自転運動や、月の循行、寒熱の原理等に就いても、未だ一として其真を得たものは見当らない。徹頭徹尾、矛盾と撞着と、昏迷惑乱とに充たされ、暗黒無明の域に彷徨し、太陽の光明に反き、僅かに陰府の鬼火の影を認めて、大発明でもしたやうに騒ぎまはつてゐるその浅ましさ、少しでも証覚の開けたものの目より見る時は、実に妖怪変化の夜行する如き状態である。現実界の尺度はすべて計算的知識によつて其或程度までは考察し得られるであらう。併し何程数学の大博士と雖も、其究極する所は、到底割り切れないのである。例へば十を三分し、順を追うて、追々細分し行く時は、其究極する所は、ヤハリ細微なる一といふものが残る。此一は何程鯱矛立になつて研究しても到底能はざる所である。自然界にあつて自然的事物即ち科学的研究をどこ迄進めても、解決がつかないやうな愚鈍な暗冥な知識を以て、焉んぞ霊界の消息門内に一歩たりとも踏み入ることが出来ようか。口述者が霊界より大神の愛善と信真より成れる神格の直接内流や其他諸天使の間接内流に仍つて、暗迷愚昧なる現界人に対し、霊界の消息を洩らすのは、何だか豚に真珠を与ふる様な心持がする。かく言へば瑞月は癲狂者或は誇大妄想狂として、一笑に附するであらう。併し乍ら自分の目より見れば、現代の学者位始末の悪い、分らずやはないと思ふ。プラス、マイナスを唯一の武器として、絣や金米糖を描き、現界の研究さへも未だ其門戸に達してゐない自称学者が、霊界のことに嘴を容れて審神者をしようとするのだから、実に滑稽である。故に此『霊界物語』も之を読む人々の智慧証覚の度合の如何によつて、其神霊の感応に応ずる程度に、幾多の差等が生ずるのは已むを得ないのである。 宇宙の真理は開闢の始めより、億兆万年の末に至るも、決して微塵の変化もないものである。併し乍ら之に相対する人間の智慧証覚の賢愚の度によつて、種々雑多に映ずるのであつて、つまり其変化は真理そのものにあらずして、人間の知識そのものにあることを知らねばならぬのである。もし現代の人間が大神の直接統治し給ふ天界の団体に籍をおき、天人の列に加はることを得たならば、現代の学者の如く無性矢鱈に頭脳を悩まし、心臓を痛め肺臓を破り、神経衰弱を来さなくても、容易に明瞭に宇宙の組織紋理が判知さるるのである。 憎まれ口はここらでお預かりとして、改めて本題に移ることとする。茲に霊界に通ずる唯一の方法として、鎮魂帰神なる神術がある。而して人間の精霊が直接大元神即ち主の神(又は大神といふ)に向つて神格の内流を受け、大神と和合する状態を帰神といふのである。帰神とは、我精霊の本源なる大神の御神格に帰一和合するの謂である。故に帰神は大神の直接内流を受くるに依つて、予言者として最も必要なる霊界真相の伝達者である。 次に大神の御神格に照らされ、知慧証覚を得、霊国に在つてエンゼルの地位に進んだ天人が、人間の精霊に降り来り、神界の消息を人間界に伝達するのを神懸といふ。又之を神格の間接内流とも云ふ。之も亦予言者を求めて其精霊を充たし、神界の消息を或程度まで人間界に伝達するものである。 次に、外部より人間の肉体に侵入し、罪悪と虚偽を行ふ所の邪霊がある。之を悪霊又は副守護神といふ。此情態を称して神憑といふ。 すべての偽予言者、贋救世主などは、此副守の囁きを人間の精霊自ら深く信じ、且憑霊自身も貴き神と信じ、其説き教へる所も亦神の言葉と、自ら自らを信じてゐるものである。すべてかくの如き神憑は自愛と世間愛より来る凶霊であつて、世人を迷はし且つ大神の神格を毀損すること最も甚しきものである。斯の如き神憑はすべて地獄の団体に籍をおき、現界の人間をして、其善霊を亡ぼし且肉体をも亡ぼさむことを謀るものである。近来天眼通とか千里眼とか、或は交霊術の達人とか称する者は、何れも此地獄界に籍をおける副守護神の所為である。泰西諸国に於ては今日漸く、現界以外に霊界の在ることを、霊媒を通じて稍覚り始めたやうであるが、併し此研究は余程進んだ者でも、精霊界へ一歩踏み入れた位な程度のもので、到底天国の消息は夢想だにも窺ひ得ざる所である。偶には最下層天国の一部の光明を遠方の方から眺めて、臆測を下した霊媒者も少しは現はれてゐる様である。霊界の真相を充分とは行かずとも、相当に究めた上でなくては、妄りに之を人間界に伝達するのは却て頑迷無智なる人間をして、益々疑惑の念を増さしむる様なものである。故に霊界の研究者は最も霊媒の平素の人格に就てよく研究をめぐらし、其心性を十二分に探査した上でなくては、好奇心にかられて、不真面目な研究をするやうな事では、学者自身が中有界は愚か、地獄道に陥落するに至ることは想念の情動上已むを得ない所である。 さて帰神も神懸も神憑も概括して神がかりと称へてゐるが、其間に非常の尊卑の径庭ある事を覚らねばならぬのである。大本開祖の帰神情態を口述者は前後二十年間、側に在つて伺ひ奉つたことがある。開祖は何時も神様が前額より肉体にお這入りになると云はれて、いつも前額部を右手の拇指で撫でてゐられたことがある。前額部は高天原の最高部に相応する至聖所であつて、大神の御神格の直接内流は必ず前額より始まり、遂に顔面全部に及ぶものである。而して人の前額は愛善に相応し、顔面は神格の内分一切に相応するものである。畏多くも口述者が開祖を審神者として永年間、茲に注目し、遂に大神の聖霊に充たされ給ふ地上唯一の大予言者たることを覚り得たのである。 それから又高天原には霊国、天国の二大区別があつて、霊国に住める天人は之を説明の便宜上霊的天人といひ、天国に住める天人を天的天人といふことにして説明を加へようと思ふ。乃ち霊的天人より来る内流(間接内流)は人間肉体の各方面より感じ来り、遂に其頭脳の中に流入するものである。即ち前額及び顳顬より大脳の所在全部に至る迄を集合点とする。此局部は霊国の智慧に相応するが故である。又天的天人よりの内流(間接内流)は頭中小脳の所在なる後脳といふ局部即ち耳より始まつて頸部全体にまで至る所より流入するものである、即ち此局部は証覚に相応するが故である。 以上の天人が人間と言葉を交へる時に当り、其言ふ所は斯の如くにして、人間の想念中に入り来るものである。すべて天人と語り合ふ者は、又高天原の光によつて其処にある事物を見ることを得るものである。そは其人の内分(霊覚)は此光の中に包まれてゐるからである。而して天人は此人の内分を通じて、又地上の事物を見ることを得るのである。即ち天人は人間の内分によつて、現実界を見、人間は天界の光に包まれて、天界に在るすべての事物を見ることが出来る。天界の天人は人間の内分によつて世間の事物と和合し、世間は又天界と和合するに至るものである。之を現幽一致、霊肉不二、明暗一体といふのである。 大神が予言者と物語り給ふ時は、太古即ち神代の人間に於けるが如く、其内分に流入してこれと語り給ふことはない。大神は先づおのが化相を以て精霊を充たし、此充たされた精霊を予言者の体に遣はし給ふのである。故に此精霊は大神の霊徳に充ちて其言葉を予言者に伝ふるものである。斯の如き場合は、神格の流入ではなくて伝達といふべきものである。伝達とは霊界の消息や大神の意思を現界人に対して告示する所為を云ふのである。 而して此等の言葉は大神より直接に出で来れる聖言なるを以て、一々万々確乎不易にして、神格にて充たされてゐるものである。而して其聖言の裡には何れも皆内義なるものを含んでゐる。而して天界に在る天人は此内義を知悉するには霊的及び天的意義を以てするが故に、直に其神意を了解し得れども、人間は何事も自然的、科学的意義に従つて其聖言を解釈せむとするが故に、懐疑心を増すばかりで到底満足な解決は付け得ないのである。茲に於てか大神は、天界と世界即ち現幽一致の目的を達成し、神人和合の境に立到らしめむとして、瑞霊を世に降し、直接の予言者が伝達したる聖言を詳細に解説せしめ、現界人を教へ導かむとなし給うたのである。 精霊は如何にして化相によつて大神より来る神格の充たす所となるかは、今述べた所を見て、明かに知らるるであらう。大神の御神格に充たされたる精霊は、自分が大神なることを信じ、又其所言の神格より出づることを知るのみにして、其他は一切知らない。而して其精霊は言ふべき所を言ひ尽す迄は、自分は大神であり、自分の言ふことは大神の言であると固く信じ切つてゐるけれども、一旦其使命を果すに至れば、大神は天に復り給ふが故に俄に其神格は劣り、其所言は余程明晰を欠くが故に、そこに至つて、自分はヤツパリ精霊であつたこと、又自分の所言は大神より言はしめ給うた事を知覚し、承認するに至るものである。大本開祖の如きは始めより大神の直接内流によつて、神の意思を伝へ居ること及び自分の精霊が神格に充たされて、万民の為に伝達の役を勤めてゐたことを能く承認してゐられたのである。其証拠は『大本神諭』の各所に明確に記されてある。今更ここに引用するの煩を省いておくから、開祖の『神諭』に就いて研究さるれば此間の消息は明かになることと信ずる。 開祖に直接帰神し給うたのは大元神大国治立尊様で、其精霊は、稚姫君命と国武彦命であつた。故に『神諭』の各所に……此世の先祖の大神が国武彦命と現はれて……とか又は……稚姫君の身魂と一つになりて、三千世界(現幽神三界)の一切の事を、世界の人民に知らすぞよ……と現はれてゐるのは、所謂精霊界なる国武彦命、稚姫君命の精霊を充たして、予言者の身魂即ち天界に籍をおかせられた、地上の天人なる開祖に来つて、聖言を垂れさせ給うことを覚り得るのである。 前巻にもいつた通り、天人は現界人の数百言を費さねば其意味を通ずることの出来ない言葉をも、僅かに一二言にて其意味を通達し得るものである。故に開祖即ち予言者によつて示されたる聖言は、天人には直に其意味が通ずるものなれども、中有に迷へる現界人の暗き知識や、うとき眼や、半ば塞がれる耳には容易に通じ得ない。それ故に其聖言を細かく説いて世人に諭す伝達者として、瑞の御霊の大神の神格に充たされたる精霊が、相応の理によつて変性女子の肉体に来り、其手を通じ、其口を通じて、一二言の言葉を数千言に砕き、一頁の文章を数百頁に微細に分割して、世人の耳目を通じて、其内分に流入せしめむ為に、地上の天人として、神業に参加せしめられたのである。故に開祖の『神諭』を其儘真解し得らるる者は、已に天人の団体に籍をおける精霊であり、又中有界に迷へる精霊は、瑞の御霊の詳細なる説明に依つて、間接諒解を得なくてはならぬのである。而して此詳細なる説明さへも首肯し得ず、疑念を差挟み、研究的態度に出でむとする者は、所謂暗愚無智の徒にして、学で知慧の出来た途中の鼻高、似而非学者の徒である。斯の如き人間は已に已に地獄界に籍をおいてゐる者なることは、相応の理によつて明かである、斯の如き人は容易に済度し難きものである。何故ならば、其人間の内分は全く閉塞して、上方に向つて閉ぢ、外分のみ開け、その想念は神を背にし、脚底の地獄にのみ向つてゐるからである。而して其知識はくらみ霊的聴覚は鈍り、霊的視覚は眩み、如何なる光明も如何なる音響も容易に其内分に到達せないからである。されど神は至仁至愛にましませば、斯の如き難物をも、種々に身を変じ給ひて、其地獄的精霊を救はむと、昼夜御心を悩ませ給ひつつあるのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 20 心の鬼 第二〇章心の鬼〔一二七四〕 テルンスは、エム、ワクの両人を秘密の暴露せむ事を恐れて無残にも切り捨て、心地よげに打ち笑ひ独言、 テルンス『此奴等両人はランチ、片彦両将軍の間者だと云ふ事は予て承知し居つた。吾々が軍隊の指揮権を握る時節がいよいよ到来致したと云ふものだ。両将軍はいよいよ三五教の宣伝使にチヨロまかされ、骨のない蛸か蒟蒻の化物の様になつて了つた。いつ迄も上に大将があると、吾々の向上の道を硬塞し、金槌の川流れ、出世する道がない、然るに都合よく両将軍初め両副官エキス迄がすつかり軍職を止めて了ひよつた。かうなる上は、階級順によつて全軍の指揮官となるのはトランス、バルクの両人だ。俺達は折角栄進の道が開けても矢張り人の頤使に甘んぜなくてはならぬ。此時こそは時刻を移さずハルナの都に急使を馳せ、大黒主様に「治国別のため、ランチ、片彦両将軍及びガリヤ、ケース両人は、バラモン教を捨てて却て職権を利用し、反対にハルナの都に攻め寄せむとす。故にテルンス、コーの両人は此計略を知り注進仕る。何卒臨時にても差支へなくば、全軍指揮官をテルンス、コーの両人にお任せ下さい」と云はうものなら、いよいよ願望成就だ。然るに此等二人が居ては秘密が洩れると思うて、コーに喋し合せ、酒によせて泥を吐かせ置いたのだ』 かかる所へコーは剣を杖につきながらヒヨロリヒヨロリとやつて来た。 テルンス『ヤア、其方はコーではないか』 コー『ハイ左様で厶います。此奴等両人を切つて捨てむと追ひまくる中、少々酩酊致して居りましたせいか、庭石に躓き一時気も遠くなりましたが、やうやう起き直り、剣を杖に痛い膝を押へながら此処迄参りました。何と心地よく斃つたものですなア』 テルンス『アハヽヽヽ、拙者の深謀奇策はマア、ざつと此通りだ。斯うなる上は一刻も早く手紙を認め、早馬使を部下より選抜してハルナの都に遣はさう。さうすれば、このテルンスはランチ将軍の後釜、其方は片彦将軍の後釜だ。グヅグヅして居て他の奴に先を越されては詰らない、サア早く、コー、用意をせよ』 コー『ハイ、直様用意を致しますが、何だか首筋がゾクゾク致しまして、思ふやうに身体が動きませぬわ。手足の筋も骨も固くなつて仕舞ふやうです。あれ御覧なさいませ。二人の死骸から青い火がボヤボヤボヤと燃え出したぢやありませぬか』 テルンスの目には何も見えなかつたが、コーには二人の死骸から青い光が頻りと燃え出した。そして青い火から青い人の顔が見え出した。よく見ればエム、ワクの両人であつた。コーは手足をブルブルさせながら、 コー『コヽヽヽコレ、ワヽヽワク、ソヽヽヽそんな怖い顔をして俺を睨んだつて、俺が殺したのぢやない、恨があるなら、テルンス様に云ふがよい。私は酒の上で只剣を抜いただけだ。コリヤ、ソヽそんな怖い顔をするな、ユヽヽ幽霊め、もしもしテルンス様、どうかして下さいな。火の中から怖い顔をして、今にも噛みつきさうにして居ります』 テルンス『オイ、コー、確りせぬか。火が出るの幽霊が出るのと、そりや貴様の神経だ。二人の死骸は前に首と胴とになつて斃つて居るが、そんな青い火だの幽霊だのと、そんなものがあつて耐るか』 コー『アヽヽヽ此奴は耐らぬ。オイ、ワク、エム、見当違しちや困る、俺ぢやない、下手人はテルンスさまだ。恨みるのならテルンスさまを恨みて呉れ。コヽヽコレヤ、そんな怖い顔をすな』 青い火は段々と大きくなり、遂にはテルンスの目にも入るやうになつて来た。テルンスは初めて驚き、ちりげもとがザクザクし出した。されど気が弱くては叶はじと戦く胸をじつと抑へ空気焔を吐いて居る。されど手も足もワクワクと地震の孫のやうに慄うて居る。今、斬り捨てられたワク、エムの両人は厭らしき形相となり、口より火焔を吐き、真青の頬となり、血走つた眼を剥き出しながら、両手を前に垂れ、身体一面慄はせながら、細き蚊の鳴くやうな声で、 ワク『恨めしやな、残念至極、口惜しやな、汝テルンスの悪人輩、仮令此肉体は汝の手にかかつて果つとも、魂魄此世に留まつて、汝が素首を引きぬき、地獄のどん底に連れ行き、無念を晴らさねば置かぬぞ。ヤア恨めしや』 と死体に足をくつつけながら、前によつたり後に引いたりして居る。 一方エムの体よりは、又もや怪しき幽霊立ち出で、青い火に包まれながら、 エム『ヤア恨めしや、テルンスの悪人奴。よくも某を無残にも手にかけたな、此恨み晴らさで置かうか』 と二人の幽霊は交る交るにテルンスの左右より進んだり退いたりして睨め付けて居る。テルンスは恐怖心にかられ、手足は慄ひ戦き逃げる事も得せず、遂にはキヤツキヤツと声張り上げて救ひを叫び出した。其声は何とも云へぬ、凄味を帯びた嫌らしいものであつた。コーは此体を見て雪の上を転げながら、十間ばかり此方に逃げ来り、肝を潰してパタリとふん伸びて了つた。 折から進み来る夜警の二人は此有様を見て、腰を抜かさむばかりに打ち驚き、片彦将軍の居間をさして韋駄天走りに駆けつけ、 夜警の一『モシモシ将軍様、タヽ大変で厶います。ユヽ幽霊が二体も現はれました。そしてテルンスが両方から幽霊に責悩まされ困つて居ります。如何致してよろしきや、余りの怖ろしさに一寸御報告申します』 片彦『何、幽霊が出たと、そいつは妙な事を聞くものだ。拙者も幽界旅行より帰つてまだ間もなきに、幽霊が出たとは不思議千万だ。ドレ、是から治国別様に夜中ながら申上げ、実地検分に往つて見よう』 夜警の二『将軍様、どうぞ貴方来て下さいませ、私は恐ろしくて体が縮みます』 片彦『アハヽヽヽ、何と気のチヨロイ男だな。俺も何だか首元が、ゾクゾクと致しはせぬでもないワイ』 かかる所へ、お寅は小便に出で、人声がするので不思議と思ひ門口を覗けば、片彦将軍と二人の夜警が幽霊の出た話をして居る。お寅はこれを聞くより気丈な女とて、夜警を促し其場に到り見れば、果して夜警の云つた通り、テルンスは門口に立ち、怪しき幽霊が両方より蟷螂のやうな手つきで互交に苦しめて居る。お寅は傍に走り寄り、泰然自若として天津祝詞を奏上した上に、天の数歌を声緩やかに歌ひ終つた。不思議や二人の幽霊は、数歌を歌ひ終ると共に煙の如く消えて仕舞つた。 よくよく見れば、エム、ワクの両人は雪の上に酒に酔つて打つ倒れ、怪我一つして居なかつた。テルンスは大に驚き、自分の悪しき企みを、包まず隠さず、ランチ、片彦両将軍の前に自白して其罪を謝した。併しながら此陣営には二千人ばかりの軍卒が、ランチ将軍指揮の下に駐屯して居たが、将軍が三五教に帰順せし事を発表すると共に、武器を捨てて各地に自由に出で往くもあり、中には鬼春別将軍に早馬に乗つて報告するものもあり、遥々とハルナの都へ忠義だてに駆け往くものもあつた。 そして浮木の森の陣営は支離滅裂に解体され、殺風景のこの地も、軍人の片影をも認めない以前の平和なる村落となつた。 治国別、ランチ将軍、其他一同の今後の行動は後日述ぶる事とする。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八加藤明子録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 16 暗闘 第一六章暗闘〔一三三一〕 春風かをる小北山木々の梢も緑して 梅散り桃は紫の花を梢に飾りつつ 神の御稜威も灼然に老若男女の朝夕に 足跡たえぬ神の庭訪ね来りし高姫や 妖幻坊の杢助は神の御稜威に照らされて 醜の企みは忽ちに露顕し岩下に投げられて コリヤたまらぬと尻からげ痛さをこらへてスタスタと 雲を霞と逃げ下る折柄ヨボヨボ登り来る 盲爺の文助と衝突したる其はづみ 曲輪の玉を遺失してコハさに慄ひ戦きつ 一目散に逃げて行く後追つかけて出で来る 初、徳二人に命令し小北の山へ引返し 曲輪の宝を取返し文助爺を突倒し 又もスタスタ逃げて行く所構はず打撲され 苦み悶え文助は力限りに人殺し 誰か出て来て助けよと叫びし声に驚いて 忽ちかけ来る数十人老若男女の信徒は 右往左往に彷徨ひつこは何者の仕業ぞと 皆とりどりに話しゐるかかる所へ階段を 下り来れる二人の女お千代お菊は立寄つて いろいろ雑多と介抱し文助爺さまに其由を 承はれば初、徳の二人がわれを突き倒し ブンブン玉の神宝を奪つて直様逃げ行きし 其物語聞くよりも侠客育ちの両人は 何条以て許すべきお千代を後に残しおき 文助爺の身の上を依頼しおきてお菊嬢 二人の後を追ひかけて雲を霞と走り行く 怪志の森に来て見れば永き春日も暮れはてて あたりは暗に包まれぬお菊は森の入口に 佇み思案にくるる折程遠からぬ暗がりに ウンウンウンと呻き声ハテ訝かしと耳すませ 腕をば組みて聞きゐたり。 初『あああ、余り草臥れて、何時とはなしに夢路に入つて了つた。併しあまり時間も経つてゐないやうだ。其証拠には走つて来た時の動悸はまだ止まず、痛みはチツとも軽減してゐないし、汗も乾いてをらぬ。なア徳、暗いと云つても、これだけ暗い夜さはないぢやないか。ヤツパリ怪志の森だな』 徳『ウーン、俺もまだ半眠半醒状態で、トツクリ寝られないワ。何だか胸がドキドキして仕方がない。モシ高姫さま、杢助さま、チツと起きて下さいな、ああ首筋元がゾクゾクとして来ました。あああ、返辞をして下さらぬぞ、ヤツパリ御両人さまも草臥れて寝て厶ると見えるな、夜逃同様に撤兵して来たのだから、草臥れるのも無理はないワイ。何せよ高姫さまの外交がなつてゐないものだから、こんなヘマを見るのだよ。グヅグヅしてると、ここらあたりにバルチザンが襲来するかも知れないよ。其日暮しの日傭ひ外交だからなア。吾々国民は枕を高うして寝られないワ。どう考へても真から寝つかれないからなア』 初『どうやら、高姫さまは杢助と、吾々雑兵を放つたらかして、満鉄で逸早く逃帰つたらしいぞ。併し幽霊内閣の立去つた後は、何が出るか知れたものぢやないワ。どうしてもコリヤ吾々国民が腹帯を締め、国民外交をやる気でないと、当局者に任しておいても、肝腎の時になつたら逃げられて了ふからなア』 徳『さうだなア、一体何処まで逃げたのだらう』 初『逃げるのに、定つた場所があるかい。其時の御都合主義だ。敵が遠く追つかければ遠く逃げるだけのものだ。今日の国際的外交は、朝に一城を譲り夕に一塁を与へて、十万億土のドン底まで譲歩するのだからなア。それが所謂宋襄仁者の唯一の武器だ、最善の方法だ。弱い者には何処までも追つかけて行く程利益だが、強い奴には逃げるのが最も賢明な行方だ。併し斯う淋しくつては仕方がないぢやないか。オイ、一つ歌でも歌つて気をまぎらさうぢやないか。……折角文助のドタマを擲り倒して、ウマウマとブンブン玉をひつたくり、此処まで持つて来て杢助さまに渡し、喜んでは貰つたが、余り八百長芝居がすぎて、足腰が立たぬ程打ちのめされ、動きのとれぬ所を見すまして、此暗がりに置去りするとは、誠に残酷ぢやないか。これでは吾々下人民は、やりきれない。どうしたらよからうかなア』 徳『小鳥つきて鷹喰はれ、兎つきて良狗煮らるとは俺たちの事だ。あれだけ吾々が血を流してやつと奪つた曲輪の玉を、又強者に掠奪されて了ふと云ふのは、ヤツパリ未来の何処かの外交手腕が映つてゐるのだよ。手腕のワンは犬の鳴き声だが、本当に尾を股へはさんで、シヨゲシヨゲと逃げ帰る喪家の犬のやうな手腕だからな。しまひには、只一つよりない大椀(台湾)まで逃出すかも知れぬぞ。何程琉球そに言うても、骨のない蒟蒻腰では駄目だ。貴様だつて俺だつて、半身不随だから、腹中の副守、ガラクタ連中には、うまく誤魔化しておいて、兎も角、自分の身体回復を待たねばなるまいぞ。何程人の為だの、刻下の急務だのといつた所で、ドドのつまりは、自分が大切だからな、ハハハハハ』 お菊は二人の話をスツカリ聞いて了つた。そして高姫、杢助の両人は曲輪の玉を、此奴等両人の手から引つたくり、逃げて了つた事を悟つた。……此奴ア一つ、文助の声色を使つておどかしてやらうか……と横着なお菊は暗がりを幸に、 お菊『ヒヤー、恨めしやなア、初公、徳公の両人に頭をコツかれ、ブンブン玉をボツたくられ、其上命までも取られたわいのう、ヤイ、初、徳の両人、冥途の道伴れ、其方の生首を貰うて帰るぞよ』 初『コリヤ徳、此厭らしい森の中で、馬鹿な真似をするない。何だ、爺の声を出しやがつて……』 徳『ヘン、貴様が真似をしたぢやないか、怪体な奴だなア』 初『何、貴様が妙な声を出したのだらう』 徳『俺は決してそんなこた、言うた覚がない。貴様も言はないとすれば、どつか他に人間が一匹来てゐるに違ひない。暗がりを幸に、ヤツパリ杢助さまが隠れた真似をして、俺達の話を聞いてゐたのかも知れぬぞ。ハテ困つたのう』 初『モシ、杢助さま、此厭らしい夜さに、そんな悪戯はやめて下さいな。困るぢやありませぬか』 お菊『ホホホホホ』 徳『高姫さま、腹の悪い、そんな厭らしい声を出したつて、吾々はビクともしませぬぞや』 お菊『尻を叩かれ、骨まで腫上り、ビクとも出来ぬだらう。実に憐れなものだのう、オホホホホホ』 徳『コリヤ高姫、馬鹿にすない、人をよい程使うておいて、こんな苦しい目に遇はして、其上可笑しさうに笑ふなんて、チツとは人情を弁へたらどうだ』 お菊『此高姫は人情なんか、嫌だツ、よく考へて見よ。今日の世の中に人情を知つた奴が一人でもあるか。ニンジヨウといへば松の廊下で塩谷判官が師直に斬りかけた位なものだ。人情なんか守つて居らうものなら、お家は断絶、其身は切腹、家来は浪人、しまひの果には泉岳寺で腹を切らねばならぬぞや。そんな馬鹿が今日の開けた世の中にあるものかい。時代遅れの馬鹿だなア、オツホホホホ、いい気味だこと、杢助さまと実の所は、小北山を占領し、貴様等両人をウマウマチヨロまかして使つてやらうと思うたなれど、樫の棒で二十や三十撲られて、悲鳴をあげ、歩けないのなぞと弱音を吹くやうな奴は、高姫も愛想がつきた。そんな事で、どうして悪の企みが成就すると思ふか、馬鹿だなア、オホホホホ』 初『エー、胸クソの悪い、もう斯うなれば馬鹿らして小北山へ帰る訳にゆかず、又そんな悪人の後へついて行つたつて駄目だし、進退惟谷まつたなア、のう徳、これから一つ善後策を考へなくちやなるまいぞ』 徳『さうだなア、マア此処で足の直るまで、ゆつくり養生して、トクと考へようかい。コリヤ杢助、覚えてけつかれ、貴様の企みは何処までも邪魔してやるから、一寸の虫も五分の魂だぞ』 お菊『此杢助は貴様のやうな小童武者の百匹千匹、束に結うて来てもビクとも致さぬ英雄豪傑だ。ましてや尻をひつぱたかれ、骨を挫き、体の自由にならぬ奴が、仮令万人攻め来るとも、決して驚く者でない。又仮令体の自由が利く代物でも、今の人間は金輪の魔術を以て口にはましたならば、どれもこれも皆往生致す代物ばかりだ、アハハハハ』 徳『コリヤ杢助、俺は斯うして、腰が立たぬと云つて、貴様の様子を考へてゐたのだ。本当の事は此処まで走つて来た位だから、自由自在に立つのだ、サア来い勝負だ。貴様のやうな冷酷な餓鬼の後を追つて行た所で仕方がない。それよりも貴様の生首を引抜いて持ち帰り、松姫様にお詫の印にするのだ。オイ初、貴様もいい加減に起きぬかい』 初『ウン、モウそろそろ活動しても可い時分だ。俺も何だか、此先の浮木の里が気にくはぬので、一寸作病を起してみたのだが、つひグツと寝て了ひ、其間に高姫、杢助に逃げられたと思つて残念でたまらず、副守の奴と作戦計画をやつてゐた所、神の神力に照らされて、高姫、杢助の奴、後へ引寄せられよつたのだなア。何と神力は偉いものだ。サア杢助、高姫、汝が如き老ぼれの五匹や十匹、束に結うて掛らうとも食ひ足らぬ某だ、サア来い』 お菊『オツホホホホ、此暗がりに目が見えるのか、喧し吐すと、声をしるべに撲りつけてやらうか。暗の晩に囀る奴位馬鹿はないぞ』 初『オイ徳、確りせぬかい、益々怪しからぬ事を吐すぢやないか』 お菊は足音を忍ばせ、声をしるべに、ついて来た杖で暗をポンと打つた。都合よく二人の頭に橋をかけたやうに、カツンと当つた。二人は一度に、 徳『アイタタタ、コラ初、馬鹿にすない』 初『ナアニ徳の奴、人の頭をなぐりやがつて、馬鹿も糞もあるかい』 徳『それでも貴様、俺を撲つたぢやないか』 初『ナアニ、俺やチツとも撲つた覚がない』 お菊『ホホホホホ、同士打喧嘩は面白い面白い、向ふ見ずの途中の鼻高が、暗雲で、欲ばかり考へ、吾程偉い者はないと思うて慢心致すと、何時の間にやら鼻が高うなり、鼻と鼻とがつき合うて、しまひには一も取らず二も取らず、大騒動を起すぞよ。可哀相な者であるぞよ。何と云うても暗がりの人民を助けるのであるから、頭の一つや二つは叩いてやらねば目がさめぬぞよ。神も中々骨が折れるぞよ、早く改心致されよ。神の申す事を素直に聞く人民は結構なれど、今の世はサツパリ鬼と賊と悪魔との世の中であるから、神の教を聞く奴はチツともないぞよ。余り改心が出来ぬと、スコタンくらふぞよ』 と云ひながら、又カツンとやつた。 初公は前額部をシタタカ打たれ、 初『アイタア』 と云つたきり、すくんで了つた。徳は、 徳『何でも近くに声がした、高姫の奴、ここらに居やがるに違ひない……』 と四這になり、手をふりまはして探つてゐる。もし足にでもさはつた位なら、ひつくり返してやらうと思つたからである。お菊は何だか自分の足許に這ふものがあるやうな気がしたので、杖を以て力限り、足許を払うた。途端にただれた尻のあたりをピシヤツと打つた。 徳『アイタタ、コリヤ、尻叩きはモウすんだ筈だ。まだこんなとこまで来て叩くといふ事があるかい』 お菊『約束の三百がまだ二百許り残つてゐるから、これから叩いてやるのだ』 徳『オイ初、気をつけよ、馬鹿にするぢやないか……コラ高姫、杢助、サア来い』 と暗がりに、どつちに敵が居るか分りもせぬのに、空元気を出して気張つてゐる。お菊は杖を縦横無尽に打ちふり、二人の頭といはず尻といはず、手当り次第にポンポンポンと撲り倒し、 お菊『ホツホホホホ』 と厭らしい笑ひを残し、森を立出で、息を殺して二人の様子を考へてゐた。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一松村真澄録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 24 応対盗 第二四章応対盗〔一三六〇〕 十五六人の精霊は忽ち高姫の周囲に集まり来つて、ワイワイと喚いてゐる。高姫は漸くにして立上り、道端の方形の石に腰打ち掛け、十数人の人を前におきながら、脱線だらけの宣伝を始めかけた。 高姫『コレコレ皆さま、高姫が大道演説を致しますから、よつくお聞きなされ。此世の中は素盞嗚尊の悪神の為に、天の岩戸はピツタリとしまつて、悪魔は天下に横行し、魑魅魍魎充満する暗黒世界ではありませぬか。此世を此儘にしておいたならば、結構な此お土の上は、忽ち餓鬼道、畜生道、修羅道、地獄道に陥りますぞや。お前さま等は、営々兀々として、私利私欲のために日夜奔走し、欲にからまれ、疲れ切つて顔色憔悴し、殆ど餓鬼のやうで厶いますぞ。此世からなる地獄道の苦しみを致しながら、こんな結構な世はないと申して喜んで厶る其憐れさ。至仁至愛の大神様は此惨状をみるに忍びず、時節参りて、永らく艮の隅に押し込められて厶つた艮の金神大国常立尊様が稚姫君命の霊の憑りた変性男子の肉宮をかつて、三千世界の立替立直しを遊ばすやうになりましたぞや。それに就いては、世に落ちて厶つた八百万の神様を世にあげて、それぞれお名をつけ、祭つて上げねば神国にはなりませぬ。今度のお役にお立ち遊ばすのは、永らく竜宮の海の底にお住ひなされた乙姫殿が第一番に改心を遊ばして、義理天上の日の出神と引添うて、外国での御用を遊ばすなり、金勝要神は大地の金神様で、余り我が強うて、汚い所へ押し込まれ、雪隠の神とまで成り下り、今度世に上げて貰うても、ヤツパリ我が強いので、御大望の邪魔になるばかりで、どうにもかうにも仕方がないので、系統の霊を世に落して義理天上の生宮となし、大将軍様の憑つた肉体を夫と遊ばして、三千世界の御用にお使ひなされたなれど、此大将軍様の肉宮はチツとも間に合はぬによつて、三五教の三羽烏と聞えたる時置師神様を、此肉宮の夫と致し、立替立直しの御用を遊ばす仕組で厶るぞや。それに就いては大広木正宗殿の霊も御用に使うて、結構な五六七の世をお立て遊ばすのだから、此高姫は三千世界の救主、皆さま耳をさらへて、よつく聞きなされ。八岐大蛇も金毛九尾の悪神も、グツと肚へ締め込んで改心をさせるのが、日の出神の生宮だ。世界の人民は皆盲だから、此結構な肉宮の申すことが耳には入らうまいがな。改心するなら、今の中ぢやぞえ。後の改心は間に合はぬぞや。此中で誠の分りた人民があるなれば、手を挙げてごらんなさい。喜んで此方の眷属と致して結構な御用に使ふぞや』 群集の中よりヌツと顔を出したのは、お年であつた。お年は高姫の前に進み寄り、其手をグツと握り、 お年『モシ高姫様、父が生前に御世話になりまして有難う厶ります』 高姫『お前は誰だか知らぬが、これだけ沢山居る中に、此生宮の言ふことが分らぬ盲ばかりだとみえて、手を挙げと言うても、一人も手を挙げる餓鬼やありませぬワイ。それに又お前は奇篤なことだ。一体誰の娘だい』 お年『ハイ、文助の娘で厶います』 高姫『ナニ、文助の娘に……そんな大きな女があるものか、此奴ア不思議だなア……ハハア、分つた、あの爺、素知らぬ顔をして居つて、秘密で女を拵へ、こんな子を生んどきよつたのだな。何とマア油断のならぬ男だわい、オホホホホ』 お年『イエイエ、私は三つの年に現界を離れて、此処へ来た者で厶います。お蔭で此様に立派に成人致しました』 高姫『ハハア、妙な事を云ふ女だな。お前キ印ぢやないかい。どこともなしに文助によく似てゐるやうだが、おとし子なれば、こんな子があるだらうが、三つの時に死んだものが、此世に生きてる筈がない……ハテナア』 お年『高姫様、此処は冥土の八衢で厶いますよ。決して現界ぢや厶いませぬ。かうして沢山の人が此処に集まつてゐるのも、皆現界と幽界の精霊ばかりですワ』 高姫『一寸待つておくれ、一つ考へ直さねばなるまい。さう聞くと何だか、そこらの様子が違ふやうだ。お前が三つの年に霊界へ来て、こんなに成人したとは、テモ偖も不思議なことだ、ウーン』 と舌をかみ、首を傾けて思案にくれてゐる。白い色の守衛は、大勢の者を一々手招きした。先づ第一に招かれて近寄つたのは、八十ばかりの杖をついた老爺である。 白の守衛『其方は何と云ふ名だ』 爺(敬助)『ハイ私は敬助と申します』 白の守衛『どつか具合が悪いか、チツと顔色が悪いぢやないか』 敬助『何だか、停車場のやうな所へ行つて居つたと思へば、私の胸に行当つたものがある。其際に、ハツと思つたと思へば、いつの間にか斯様な所へやつて来ました』 白の守衛『年齢は幾つだ』 敬助『ハイ六十歳で厶います』 白の守衛『余り頭が白いので、八十ばかりに見えた。お前は余程ハラの悪い男だなア、ヱルサレムの宮を部下の奴に命じて叩き潰したのは其方だらう』 敬助『イエ滅相な、決して私ぢやありませぬ。片山君が命令を致しましたので、其命令を聞かねば、到底、泥棒会社の社長が勤まりませぬので、止むを得ず部下に命令を致しました。決して主犯では厶いませぬ』 白の守衛『さうするとお前は従犯だな。ヨシヨシ、此奴ア容易に俺の手には合はぬ。伊吹戸主神様に、厳格なる審判を御願ひするであらう、サ、此門を通れ』 と白の守衛は門内へつき入れて了つた。白髪の爺はヒヨロヒヨロしながら、屠所の羊の様に歩み行く。後には細長い六十位な男が白に審判を受けてゐる。 白の守衛『其方は何者だ、ネームを名乗れ』 爺(片山狂介)『ハイ私は片山狂介と申します』 白の守衛『成程、随分軍閥でバリついたものだな。お前の為に幾万の精霊を幽界へ送つたか分らぬ、幽界にては大変に名高い男だ。これも此処で審判く訳には行かぬ。サア、奥へ行けツ』 と又もや門内へ押込んだ。次にやつて来た爺は鉄の杖をついてゐる。 白の守衛『其方は高田悪次郎ではないか』 高田悪次郎『ハイ、私は表善裏悪の張本人、世界一の富豪にならうと思うて、随分活動致しました。併しながら不慮の災難によつて、かやうな所へ迷ひ込み、誠に面目次第も厶いませぬ』 白の守衛『其杖は鉄ぢやないか、左様な物を、なぜこんな所まで持つて来るか』 高田悪次郎『これは鬼に鉄棒と申しまして、現界に居る時から、鬼の役を勤めて居りました。此鉄棒を以て、凡ての銀行会社を叩き壊し、皆一つに集めて巨万の富を積んだ唯一の武器で厶いますから、こればかりはどこ迄も放すことは出来ませぬ』 白の守衛『此鉄棒はこちらに預かる。サア、キリキリ渡して行け』 高田悪次郎『滅相もない、命より大切な鉄棒、どうしてこれが渡されませうかい』 白の守衛『お前が之を持つてゐると、伊吹戸主の審判に会うた時は、キツと地獄の底へ堕ちるぞよ。それで此処で渡して行けと云ふのだ。さうすると八衢の世界へおいて貰ふやうになるかも知れぬから』 高田悪次郎『滅相もないこと仰有いませ。そんな甘いことを云つて、泥棒しようと思うても其手には乗りませぬぞ。此鉄棒は斯うみえても二億円の価値があるのです。此鉄の棒から生み出した二億円、言はば此棒は二億円の手形のやうなものだ。何時地獄へやられても、これさへあれば大丈夫だ。地獄の沙汰も金次第、如何なる鬼も閻魔も之にて忽ちやつつけて了ひ、地獄界の王者となる重宝な宝だ。何と云つても之ばかりは渡しませぬから諦めて下さい』 かかる所へ、赤面の守衛がやつて来た。 赤の守衛『ヤア、お前は高田悪次郎ぢやな。よい所へ出てうせた。サア、奥へ来い、其鉄棒は門内へ一歩も持込むことは罷りならぬぞ』 高田悪次郎『ハハハハハ、冥土の八衢か何か知らぬが、体のよい泥棒が徘徊するとこだワイ。之は高田が唯一の武器だ。誰が何と申しても放しは致さぬ、放せるなら放してみい。如何なる権力も神力も金の前には屈服致さねばなるまいぞ』 赤の守衛『馬鹿者だなア。霊界に於て、物質上の宝がいるものか。金が覇を利かすのは、暗黒なる現界に於てのみだ』 高田悪次郎『それでも、地獄の沙汰も金次第といふぢやありませぬか』 赤の守衛『金を以て左右致すのは、所謂地獄の行り方だ』 高田悪次郎『それ御覧、何れ私のやうな者は天国へ行ける気遣ひはない。生前より地獄行と覚悟はしてゐたのだ。それだから、地獄へ行けば金の必要がある、何と云つても之は放しませぬワイ』 赤の守衛『さうすると、貴様は天国よりも地獄が可いのだな』 高田悪次郎『さうですとも、地獄の方が人間も沢山居るだらうし、金さへあれば覇が利くのだから、どうか地獄へやつて貰ひたいものです。何程地獄だつて、二億円の金さへあれば何でも出来ますからな』 赤の守衛『さう云ふ不心得な奴に、金を持たして地獄へやる事は罷り成らぬ。ここにおいて行け』 高田悪次郎『何と云つても、此奴ばかりは放しませぬよ』 赤の守衛『然らば、此方の力で放してみせう』 「ウン」と一声霊縛をかけるや否や、高田の手は痺れて、鉄の棒はガラリと地上に落ちた。忽ち高田の手を後へ廻し、 赤の守衛『此応対盗人奴』 と言ひながら、サル括りにし、ポンと尻をけつて門内へ投げ込んだ。高姫は群衆の中から伸び上つて、ニコニコしながら此光景を眺めてゐた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 11 艶兵 第一一章艶兵〔一三七四〕 鬼春別の股肱と頼む、シヤムは驀地に城内を襲ひ、ハルナの指揮する軍隊を片ツ端から斬りちらし、薙倒した。城内の味方は周章狼狽し、武器を捨て、卑怯にも一目散に四方八方に散乱した。ハルナは槍を提げて敵の陣中に入り、縦横無尽に戦へども、敵は目に余る大軍、遂に力尽き、身に十数創を蒙り、無念の歯を食ひしばり乍ら、ドツと倒れた。シヤムは部下に命じ、高手小手に縛つて捕虜となし、城内の庫に投込み繋いでおいた。夫れより王の殿中に阿修羅王の如き勢にて進み入り、右守のベルツを苦もなく捕縛し、之れ又ハルナを投込んだ庫の中に繋いでおいた。ビクトリヤ王、キユービツトは弓に矢をつがへ、よせ来る敵を七八人倒した。王の弓弦はプツツと切れた、最早運命之れ迄なりと、短刀を引ぬき自殺せむとする一刹那、左守は弓の手をやめて、王の手に縋りつき、涙と共に自殺を思ひ止まらむ事を諫めた。 左守『モシ吾君様、短気をお出しなされますな。神様のお守りある以上は、屹度此戦ひは恢復が出来まする。貴方がお崩御になれば、どうして三軍の指揮が出来ませう。国家の為に死を思ひ止まつて下さいませ』 と一生懸命に止めようとする、王は決心の色を浮べ、 刹帝利『此期に及んで、卑怯未練に命を存らへむとし、却て名もなき雑兵に首を渡せば王家の恥辱、其手を放せ』 左守『イヤ放しませぬ』 と争ふ所へ進み来るシヤムは、有無を言はせず、数十人の雑兵と共に二人を捕縛し、猿轡をはめて、同じ庫の中に繋ぎ、バラモン軍の万歳を三唱した。 カルナ姫は到底味方の勢力にては敵し難しと見て取り、俄に武装を解き、美々しき身を装ひ、蓑笠を着け、旅人と扮し、軍隊の進み来る路傍に呻き声を出して、ワザと倒れてゐた。久米彦将軍の副官エミシは百余の軍隊を引率して、進み来る路傍に何者か倒れてゐるのを見て、部下のマルタに命じ、調査せしめた。 マルタ『コレヤ、其方は吾々が進軍の路傍に横たはり、不都合千万、何者だ』 と言ひ乍ら蓑笠を無雑作に引むしつた、みれば妙齢の美人が苦し相にウンウンと呻いてゐる。 マルタ『モシ、エミシ様、ステキ滅法界の美人で厶いますぞ。これは旅人と見えますが、余り沢山な軍隊の勢に恐れ、女の小さき心より吃驚を致して、目を廻したので厶いませう、何と美しい者で厶いますなア』 エミシ『成程、立派な女だ。何は兎もあれ、久米彦様の御前に連れ参り、将軍のお慰みに供したならば如何であらうか』 マルタ『如何にも将軍は定めて満足さるるでせう。然らば之より拙者がお届け申しませう』 エミシ『マルタ、決して其方の手柄に致しちやならぬぞ、……エミシが将軍様にお届け申せ……と云つたと伝へるのだぞ』 マルタ『ヘヘヘ、決して如才は厶いませぬ、御安心下さいませ』 と三四人の部下に担がせ、マルタは後に跟いて、将軍の仮陣営へ送り行く。エミシは城内を指して、四辺の民家に火をつけ乍ら、猛虎の勢、勝に乗じて進み行く。 一方ヒルナ姫は到底戦利あらずと見て取り、同じく旅人の風を装ひ、軍隊の進み来る路上に横たはり、黄泉比良坂の戦ひに、大神が桃の実の紅裙隊を用ひ玉ひし故智に倣ひ、敵の主将を吾美貌と弁舌を以て説服せしめむと忠義一途の心より危険を冒して待つてゐる。此処へ隊伍を整へ堂々とやつて来たのは、鬼春別の股肱と頼むスパールであつた。スパールは目敏く、ヒルナ姫を見て、其美貌に肝をつぶし、軍隊の進行を止め、ヒルナ姫の前に進みよつて、 スパール『其方は進軍の途上に何を致して居るか、早く立去らないか』 とワザと声高に罵りける。 ヒルナ姫『ハイ、妾は旅の女で厶います。ビクトル山上の盤古神王様の祠へ参拝の為、遥々参りました所、余り沢山のお武家様で肝を潰し、腰を抜かし、一歩も歩めなくなりました、何卒お助け下さいませ。決して身に寸鉄も帯びない女なれば、お手向ひは致しませぬ』 と涙含みつつ言ふ。スパールはヒルナ姫の美貌を熟視し、首を傾け舌をまき乍ら、ウツトリとして見とれてゐる。 暫くあつてスパールは顔色を和らげ、 スパール『イヤ、旅のお女中、決して御心配なさるな、拙者が貴女の身の上は安全に守つて上げませう。……従卒共、鬼春別将軍の御前に、スパールが此女を宜しくお頼み申したと云つて送り届けて来い』 『ハイ』と答へて、前列の兵卒二名、従卒二名と共にヒルナ姫を大事相に担いで、鬼春別将軍の陣営に送り届けたり。 鬼春別、久米彦両将軍の陣営はテントを張りまはし、若草の芝生の上に臨時に造られてあつた。そして両将軍とも一つのテントを隔つるのみにて、二間許りの距離を有するのみであつた。久米彦将軍は味方の勇士の戦報を聞きつつ、ビクトリヤ城内外の地図を披いて、敵味方の配置を調べてゐた。そこへマルタは四人の兵卒に美人を舁かせて入来り、 マルタ『エー、将軍様に申上げます、城内の敵は殆ど殲滅致しました様子で厶いますれば、先づ御安心遊ばせ。就きましては何処の者とも知らず、吾々軍隊の威勢に恐れ、路傍に倒れ目を眩かしてゐる女が厶いますので、強い計りが武士の情でないと、近寄つてみれば、かくの如き妙齢の美人、やうやう介抱を致し、息を吹返させました。所が貴方の副官エミシ殿が一目みるより目を細くし、涎をくらせ玉ひ……惜いものだなア、此女を陣中の無聊を慰むる為、吾女房にしたいものだ……などと虫のよい事を申します。併し乍ら、此女をみつけたのも、介抱致したのも、拾つたのも此マルタで厶います。言はば戦利品同様、中々エミシの自由には致させませぬ、之は将軍様に献上し、陣中のお慰みに供したいと思ひ、ワザワザ送つて参りました。何卒首実検の上、お受け取り下さいますれば有難う存じます』 と追従を並べて述べ立てた。久米彦は一目見るより恍惚として、目を細くし、涎の滴るのも知らなかつた。されど隣のテントには上官の鬼春別が陣取つてゐる事とてワザと声を尖らし、 久米彦『不都合千万な、此陣中に女を持ち運ぶとは、武士にあるまじき其方の所業、汚らはしい、トツトと持ち帰れ』 マルタ『ヘー、貴方は日頃の御性質にも似ず、斯様な美人がお気に入りませぬか。左様なれば是非には及びませぬ、此戦争がすむ迄どつかにしまひおき、私の女房に致し、軍隊を辞して、楽しき一生を此ナイスと共に送ることに致しませう。何程軍人なればとて、女一人を見すてるは武士の取るべき道では厶いますまい。お気にいらねばどつかへ連れて参ります』 と四人に目配せして伴れ帰らうとする。久米彦は、慌てて、手を頻りに振り乍ら、 久米彦『アア、イヤイヤ、汚らはしいと云ふは表、ソツと其女をここへおツ放り出し、其方は一時も早く戦陣に向つたがよからう』 マルタ『ヘツヘヘヘ、ヤツパリお気に入りましたかな。猫に松魚、男に女、何程軍人だとて、女の嫌ひな男は厶いますまい。併し乍ら喉をならして欲しがつてゐる男も沢山厶いますから、余り、お気に進まぬものを無理につきつけようとは申しませぬ。これ程の美人を貴方に献るのに、苦虫を噛んだやうな面をして居られちや、根つから張合も骨折甲斐も厶いませぬワ』 久米彦『軍人は戦争さへすれば可いのだ。ゴテゴテ申さず、早く立去つて戦陣に向へ、怪しからぬ代物だ』 とワザとに隣室に聞えるやう、呶鳴り立てた。マルタは面をふくらし、ブツブツ小言を言ひ乍ら、シヨゲシヨゲとして再び陣中に進み入る。 久米彦は四辺の幕僚を種々の用を言ひつけ、遠ざけおき、女の側近く寄り、背を撫で乍ら、猫撫で声を出し、 久米彦『其方は何処の者だ。殺気立つた軍隊に出会ひ、嘸驚いたであらうのう。此方は久米彦将軍と云つて全軍の指揮官だ。最早吾懐に入る上は大丈夫だ、安心致せよ』 女『ハイ、妾はカルナと申しまして、此国の生れで厶います。日頃信仰致します盤古神王様に参拝せむと、一人の伴れと共に此処迄参りました途中に、沢山なお武家様に出会ひ、ビツクリ致し、目が眩み路傍に倒れて居りました。所がお情深いお武家様に助けられて、斯様な嬉しい事は厶いませぬ。モウ帰りましても気遣ひは厶いますまいかな、何ならば貴方様のお印を頂き、それを以て軍隊内を通過し、帰国さして貰へますまいかな』 久米彦は折角手に入つた此美人を帰しては大変だと直に言葉を設け、 久米彦『武士は情を見知るを以て第一とする、併し乍らここ暫くの間はいろいろ雑多のよからぬ軍人も交つて居れば、実に険難千万だ。此戦が片づく迄、吾陣営に居つたらどうだ。それの方が其方の身の為には安全策だと思ふ。先づ先づ親の懐に入つた心算で、気を落ち着けてゆつくり致すがよからうぞ』 カルナ姫『ハイ有難う厶います。左様なればお言葉に甘え、お世話に与りませう』 久米彦『ヨシヨシ、それで俺もヤツと安心致した』 カルナ姫『何といい陽気になつたもので厶いますな。此青い芝の上にテントをめぐらし、陣営を構へて、三軍を指揮し遊ばす将軍様の御勇姿は、実に何とも言へぬ崇高な念に駆られます。妾も女と生れた上は、どうかして軍人の妻になりたいもので厶います、ホホホ』 久米彦『其方はまだ未婚者と見えるなア』 カルナ姫『ハイ、現代の男子は総て恋愛神聖論だとか、デモクラチツクだとか、耽美生活だとか言つて、実は女の腐つたやうな男計りで厶いますから、妾の夫として定むる男子が見当りませぬので、未だ独身生活を続けて居ります』 久米彦『其方の理想とする夫は、さうすると軍人だと言ふのかな、軍人位単純な潔白な勇ましいものはない。夫に持つのならば軍人に限るなア、アハハハハ』 カルナ姫『何程妾の如き者が、軍人の夫を持たうと思ひましても、駄目で厶いますワ。軍人にもいろいろ厶いまして、上は将軍より下は一兵卒に至る迄、ヤツパリ軍人で厶いますが、靴磨きや馬の掃除をするやうな軍人なら、真平御免です。どうかしてせめて、士官位な夫が持ちたいと希望致して居ります』 久米彦は自分の鼻を抑へて、 久米彦『拙者はお気に召さぬかな』 カルナ姫『あれマア何仰有います、御勿体ない、妾は士官級で結構で厶います。将軍様は将官級では厶いませぬか。そんな事は夢に思うても罰が当ります、ホホホホホ、御冗談仰有らないやうにして下さいませ。ねエ将軍様』 久米彦は策戦計画も地図も何も放つたらかして、隣のテントに鬼春別が控へて居る事も忘れて了ひ、ソロソロ、ド拍手のぬけた、惚気声を出して、カルナを膝元に引よせ、カルナの肩を撫で乍ら、 久米彦『オイ、カルナ、さう男に恥をかかすものだない。どうだ、キツパリと将軍に身を任すと云つたらどうだい』 カルナ姫『貴方は最早奥さまもあり、お子様も大きくなつてゐらつしやるでせう。何程顕要な地位に立たれる貴方だとて、妾になつて女の貞操を弄ばれるのはつまりませぬからなア、そんな御冗談はやめて下さいませ』 とワザとにプリンと尻をふつてみせた。久米彦はたまりかね、目を細くし乍ら、 久米彦『イヤ、御説御尤も、併し乍ら拙者も理想の女がないので、恥し乍ら、今日迄独身生活を続けてゐるのだ』 カルナ姫『ホホホホホ、四十の坂を越えてゐ乍ら、独身生活を続けてると仰有るのは、どこか御身体の一局部に欠点がお有りなさるので厶いませぬか。貴方は男らしい立派な男、況して顕要の地位にあらせらるる将軍様ですから、沢山の女にチヤホヤされ包囲攻撃をくつて、遂には肝心の機械を毀損し、六〇六号の御厄介にお預り遊ばしたのでは厶いますまいか。そんな事であつたならば折角無垢の妾の体に病毒が感染し、一生不幸に陥らねばなりませぬ、併し失礼の段はお許し下さいませ』 と早くもカルナは久米彦の自分に惚け切つてゐるのを看破したので、ソロソロ厭味半分に揶揄ひ、ヂラさうと考へてゐる剛胆不敵の女である。 久米彦は目を細うし、声の調子迄狂はせて、 久米彦『コレヤ、ナイス、余り男を馬鹿にするものでないぞ、エエー。お前は美しい顔にも似ず、随分思ひ切つた事をいふ女だな。大抵の女ならば、かやうな男計りの殺風景な陣中へ送られて来た時は、ブルブル慄うて、一言もよう言はないものだが、お前の言葉から考へても、どうやら女子大学を卒業した才媛とみえる。どこともなしに、お前のいふ事は垢抜けがしてゐるよ。此夫にして此妻ありだ。軍人の妻たる者は軍隊を恐るるやうな事では勤まらない、今時の女性は活気がないから実に困つたものだ。併しお前は新教育を受けた丈あつて、実に明敏な快活な頭脳を持つてゐる。イヤそれが久米彦将軍にはズツと気に入つた。どうだ俺の奥様になる気はないか』 カルナ姫『ハイ、有難う厶います。願うても無い御縁で厶います。併し乍ら何程新しい女だと云うても、妾には両親が厶いますから、此戦ひの終局次第、両親の許しを受けてお世話に預りませう。貴方も今やビクトリヤ城攻撃の真最中に於て、女を相手となさる訳にも行きますまいからねエ。本当に好きな将軍様だワ』 久米彦『そんな気の永い事を言つて待つてゐられるものだない。俺はモウ情火燃え拡がり殆ど全身をやき尽さん許りになつてゐる。どうだ、此処で一つ情約締結をやらうではないか』 カルナ姫『左様ならば、互に心の底が分つたので厶いますから、予定の夫婦と致しておきませう。それから相当の仲介人を頼んで、両親に掛合つて貰ひ、そこで内定といふ順序をふみ、いよいよ確定に進むべきものですから、マア楽んで、互に吉日良辰の来るを待つ事に致しませうかねえ』 久米彦『成程、予定、内定、確定、ヤア面白い。いかにも新教育を受けた丈あつて、お前のいふ事は条理整然たるものだ。丸で軍隊式だ、ヤ、益々気に入つた、アハハハハ』 と他愛もなくド拍子の抜けた声で笑ふ。カルナ姫は所在媚を呈し、『ホホホホホ』と何気なき体で笑つてゐる。併し心の中では、……夫のハルナさまはどうなつたであらうか、もしや討死をなさつたのではあるまいか、但は捕虜となつて、敵に捉はれて厶るのではあるまいか、刹帝利様や父上[※カルナ姫は右守ベルツの妹。父は先代の右守だがおそらくすでに故人で登場しない。この「父上」とは夫ハルナの父である左守キュービットのことか?校定版・八幡版では「や父上」が削除されている。]は如何なり行き玉ひしか……と気も気でなかつた。併し乍ら大事の前の一小事と、胸底深く包んで少しも色に現はさなかつたのは、天晴な女丈夫である。 鬼春別将軍は久米彦将軍の笑ひ声に聞耳を立て、様子を窺へば、何だか艶かしい女の声、そしてどうやら久米彦と情意投合したやうな気配がするので、嫉けて堪らず顔を真赤にしてテントを出で、久米彦将軍の室に進み来り、声を尖らして、 鬼春別『久米彦殿、ここは陣中で厶るぞ。其狂態は何事で厶る』 と怒気を含んで叱責した。 久米彦は頭を抑へ乍ら、 久米彦『ヘー、エ、何で厶います、これには一寸様子があつて……』 と頻りに腰を屈め、手を揉み、此場を糊塗せむと焦つてゐる可笑しさ。カルナ姫は思はず、 『フツフフフフ』 と吹出し、俯いて腹を抱へてゐる。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 58_酉_イヅミの国1(猩々島) 02 多数尻 第二章多数尻〔一四七七〕 奥の一間には小国姫、ニコラス、三千彦、其外一同が打解けて神徳話に余念なく、茶を啜り乍ら懇親を結んでゐる。 かかる処へ門前俄に騒がしく猛犬の叫び声、合点行かぬと何れも耳を欹てたが、三千彦は一同に向ひ、 三千『皆さま、どうやら悪酔怪員の暴動と見えます。私が一寸調べて参りますから御休息して居て下さいませ』 といひ捨てて表に駆け出す。 ニコラスはハンナに命じ三千彦と共に表門に向はしめた。表門に行つて見れば三千彦が昼夜念頭を離れざりし恋しき師の君玉国別、良友の真純彦、伊太彦が莞爾として門内に潜り来るにパツと出会した。三千彦は倒れぬばかりに且つ驚きかつ喜び、アツと云つたきり暫らくは言葉も出なかつた。 伊太『やア、お前は三千彦ぢやないか。俺等はお師匠様と共に、どれ丈けお前を探して居つたか知れないのだ。処もあらうにバラモン教の聖場に納まりかへつて居るとは合点が行かぬ。これは何か様子があるのだらう。さア早くお師匠様に申上げぬか』 三千彦は胸撫で下し、涙を流し乍ら、 三千『御師匠様、よう無事で居て下さいました。貴方の所在を尋ねむものと、バラモン教の聖場に入り込み、種々雑多と苦労を致しました。斯様な所でお目にかかるとは全く神様の御引合せで厶います。さア奥へお通り下さいませ』 玉国『あ、三千彦殿、まア結構だつたな。随分吾々三人はお前の身の上を案じて居たのだ。只今無事な顔を見て、こんな嬉しい事はない。然し此通りバラモン軍と無頼漢との同士打ちが初まつてるが、もとは吾々一行に対しての挑戦であつたが、何時の間にか相手が変つて味方の同士打ちとなつた。実に気の毒だから之を一先づ鎮撫せなくてはなるまい。緩り奥で休息する訳にも行かぬぢやないか』 三千『決して御心配なさいますな。スマートさまに一任して置けば大丈夫ですよ。アハハハハ』 真純『うん、そらさうだ。吾々四人の宣伝使よりも余程神力が備はつて居るのだからな、四足だつて余り馬鹿に出来ぬぢやないか。吾々はスマート大明神のお蔭で命が助かつたのだ。アハハハハハ』 と笑ひ乍ら三千彦に案内されて奥の間を指して進み入る。 ハンナは部下の兵士が無頼漢と入り乱れて戦つて居るのを見逃す訳にも行かず、直ちに驢馬に跨り両方混戦の中に駆け入つて声を嗄らし『鎮まれ鎮まれ』と厳しき下知を伝へた。 此声を聞くより敵味方ともに水を打つたる如くピタンと戦闘は停止された。スマートは忽ち駆け来り、ワックス、エキス、ヘルマン、エルの四人を探し索めて引倒し、ハンナの前に一々引き来りワンワンと叫んで、之を縛れよとの意を示した。ハンナは四人を手早く縛し上げ、馬場の前の大杭にシカと縛りつけた。弱きを挫き強きに従ふ悪酔怪員は、会則を遵守して一人も残さず、コソコソと己が家路に帰り行く。トンクは驢馬に跨つた儘、十字街頭の鐘路に現はれ、臆病風に誘はれた数多の老若男女を集めて一場の訓戒演説をはじめて居る。 トンク『御一同様の中には悪酔怪員も水平怪員も、其他町内有志諸君も居られますが、よくまア会則を遵守し、一人も残らず退却して下さいました。実に幹部たる吾々は、諸君の行動に対し、欣幸措く能はざる所で厶います。今日迄は神館には只一人の魔法使三千彦と云ふ大先生、並びに求道居士の二人の魔法使、それ故吾々一同に比較すれば先方は弱者で厶いました。併し乍らもはや今日は新に三人の魔法使の大先生が御出現遊ばされ、又武器を携へたニコラスキャプテンが五十の兵士を引率して館を固くお守りになり、三五教の魔法使と同盟遊ばした上は、忽ち地位転倒して先方は強者となり、吾々は弱者の地位に立たねばならなくなりました。加ふるにスマートと云ふ、あの猛犬大明神は中々の強者で厶います。併し乍ら弱者は弱者として独立する訳にはゆきませぬ。会則にある通り、弱きを挫き、強きに従ふのが吾々の本領で厶います。それ故吾々一同は神館に至り心から帰順致し、馬場に繋ぎあるワックス等に大痛棒を加へ天晴融通を利かし、三五教及びバラモン軍に帰順の誠を現はし、身の安全を図るを以て第一と心得ます。皆さまの御意見は如何で厶いますか』 と呼はつた。悪酔怪員を初め、その他の連中はトンクの詭弁に何れも感心し、一も二もなく手を拍つて賛意を表した。トンクは此態を見て威猛高になり、 トンク『皆さま、早速の御承知、トンク身にとり満足に存じます。就てはワックスの会長を皆様より免じ、新に強者を会長に任命されむ事を希望致します。その強者とは申す迄もなく私はトンクだと思ひます。トンクに御賛成の方は手を拍つて下さい。不賛成の方は背を向けて尻を捲つて下さい。何事も多数決で厶いますから』 手を拍つもの半分、尻を捲つて背をそむけるもの半分、トンクは馬上より之を眺めて、 トンク『皆さま、手を拍つて下さる方が半分、尻を捲つて反対を表する方が半分と見えます。これではハンケツがつきませぬ。何とか、も一度考へ直して頂き度う厶います』 此声と共に今度は一人も残らず黒い尻を捲つてトンクの方に向けた。さうして群集の中より『即ケツ否ケツ』と叫ぶものがある。トンクは馬上より歯ぎしりをし乍ら、 トンク『エー、尻太異な事だな』 斯かる所へ驢馬に跨りチヨクチヨクと此場に現はれ来たのはタンクであつた。タンクはトランクの口を開き、金銀の小玉を掴んでは投げ、掴んでは投げ、 タンク『皆さま、私が悪酔怪の怪長の候補者で厶います。今黄白を斯くの通り撒き散らしますから十分拾得競争をやつて下さい。拾得された方は其方の所有で厶います。其代り神聖なる一票を此タンクにお与へ下されむ事を希望致します』 と掴んでは投げ、掴んでは投げ、前後左右に駒を進めて残らず万遍なく撒き散らして了つた。トンクも手早く馬から下り、矢庭に金銀の小玉を拾つては懐中につつ込み、再び馬上につつ立ち選挙の様子を観望して居る。タンクは全部黄白を撒き散らし、もはや欠けたカンツも無くなつて居た。タンクは馬上より雷声を張り上げ、 タンク『皆さま、私を怪長に選挙して下さいますまいか。賛成の方は手を拍つて下さい。万一不賛成のお方は尻を捲つて屁を一発手向けて頂き度い。何程お尻を捲られても、屁の出ない方は賛成と認めます』 とうまく孫呉の屁法で予防線を張つて了つた。ここに半分は手を拍ち半分は尻を捲らず、手も拍たず、茫然として控へて居る。タンクは怪訝な顔して馬上より様子を窺つて居た。此時トンクはタンクの撒いた金銀を馬上より見せびらかし乍ら、 トンク『皆さま、最前手を拍つて下さつたお方は私の賛成者と認めます。今タンクさまに対して手を拍たず、尻を向けない方は中立者と認めます。その方に対して此黄白を撒ずる考へですから賛成の方は手を拍つて下さい。今ここで撒き散らしますと、二重取りされると折角の賛成者の手に入りませぬから、私の宅でお渡ししませう。少くとも千両の金はありますから百人に分配しても十両づつは確で厶います。さア一、二、三で願ひます』 今度は如何したものか、一人も残らず尻を捲つて口屁をプウプウと鳴らして居る。中には尻から黒い湿つぽい輪廓の不完全な煙を吐き出す奴も少しはあつた。 トンク『然らば拙者が副怪長となり、タンクさまを怪長に選んで下さい。さうすれば双方共顔が立ちますから』 大勢の中から、 『オーイ、トンク、貴様の今持つてる金は皆タンクさまの撒いた金だ。副怪長に任じて欲しけりや皆バラ撒くのだ。そしたら副怪長にしてやろう』 トンク『成程然らば皆さまに撒き散らしますから、よう拾はない人は運命だと諦めて下さい。兎も角半数者以上の賛成があれば可いのです』 と懐より一つも残らず取り出し、前後左右にまき散らして了つた。此潮時を見済まし、タンクは大音声、 タンク『皆さま、私を怪長に選んで下さつた事を有難く感謝します。何と云つても運動費が無くては今日の世の中は駄目です。墓標議員の事故議員、妥協議員にならうと思つても、五万や十万の金が入る時節ですから、無一文で議員にならう等とは余り虫が良すぎます。私は副怪長なんかは必要はないと思ひます。官の為人を選むのではなく、人の為に官を作ると云ふ事は最も不利益且つ不経済、秩序紊乱の端緒を開くもの私は副怪長の必要はないと思ひます。皆さま、必要と認めた方は手を拍つて下さい、不必要と認めた方は、も一度尻を捲つてトンクさまの方へ見せて下さい。それを以て貴方等の意志を明かに致します』 一同は一人も残らず真黒の尻を捲つてトンクの方へ尻をさし向け、御叮嚀にピシヤピシヤと黒い臀肉を叩いて見せた。トンクはスゴスゴと驢馬の尻を無性矢鱈に叩き、業腹煮やして何処ともなく姿を隠した。 これよりタンクは大勢の前に立ち凱旋歌を歌ひ乍ら神館をさして練り込んで行く。大勢は擦鉦を叩き、歌に合せて拍子をとり跟いて行く。 『扨ても悪酔怪員は弱きを挫き強者には 恐れて従ふ卑怯者平安無事が第一だ 強い奴にはドツと逃げ弱い奴にはドツと行け これが軍の駆引だチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン いやいや軍のみでない万事万端その通り どんな商売致しても小さい店を踏み倒し 小さい資本の会社をば片ツ端から押し倒し 大きな奴には尾を巻いて暫らく忍び時を待ち いつとはなしに強くなり大きくなつたその時に 己が所信を貫徹し世界の強者と崇められ 優勝劣敗経となし弱肉強食緯として 此世を渡るが利口者チヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 神の館に現ませる三五教の魔法使 三千彦さまは弱いとは云へど其実強い人 神変不思議の魔法をば使つて吾等を苦しめつ 何処々々迄もやり通すこんなお方に逆らうて どうして吾身が立つものかチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 弱きを挫き強きをば助ける吾々怪員は ワックス、エキス、ヘルマンやエルの司を虐げて 悪酔怪の至誠をば現はし館に立向ひ そこはそれそれ都合よく頭を下げて胡麻を摺り 身の安全を図るのだこんな神謀鬼策をば もしもトンクが怪長ならどうして捻り出されよか 智慧の袋のタンクさま神謀鬼策の妙案は 胸の袋にタンク山に蔵つて厶るぞ皆さまよ 心を丈夫に持つが良いチヤンチキチヤンチキチヤンチキチン 早くも馬場に近づいた皆さま声を打揃へ 三五教やバラモンの神の司の万歳を ここから唱へ上げませうそれに続いてスマートの 犬大明神の万歳を三唱し乍ら進みませう チヤンチキチヤンチキチヤンチキチンああ惟神々々 叶はぬから叶はぬから目玉飛び出しましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも強きを助け弱きをば 挫くが天地の道理ぞや大魚は小魚を呑み喰ひ 大獣は小獣を噛み喰ひ強者は弱者を虐げる 富者は貧者をこき使ひ役人さまは平民を 奴隷の如く足にかけ腮をしやくつて使ふのだ これが天地の道理ぞや必ず迷ふちやならないぞ チヤンチキチヤンチキチヤンチキチン』 と勝手な熱を吹き悠々として驢馬に跨り、先頭に立ち早くも門内に進み入る。 (大正一二・三・二八旧二・一二於皆生温泉浜屋北村隆光録)