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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 14 神界旅行(一) | 第一四章神界旅行の一〔一四〕 瓢箪のやうな細い道をただ一人なんとなく心急はしく進んでゆくと、背後の山の上から数十人の叫び声が誰を呼ぶともなしに聞えてくる。 そこで何がなしに後をふり返つて見ると、最早二三丁も来たと思つたのに、いつの間にか、また元の八衢に返つてゐた。そこには地獄へ墜ちて行くものと見えて、真黒の汚い顔をしたものが打ち倒れてゐる。これは現界で今肉体が息を引取つたもので、その幽体がこの所に横たはつたのであり、また先の大きな叫び声は、親族故旧が魂呼びをしてをる声であることが分つた。さうすると見てをる間に、その真黒い三十五六の男の姿が何百丈とも知れぬ地の底へ、地が割れると共に墜ち込んでしまつた。これが自分には不審でたまらなかつた。といふのは、地獄に行くのには相当の道がついてをる筈である。しかるに、忽ち急転直下の勢で地の底へ墜ちこむといふのが、不思議に思はれたからである。とに角かういふふうになる人を現界の肉体から見れば、脳充血とか脳溢血とか心臓破裂とかの病気で、遺言もなしに頓死したやうなものである。そこで天然笛を吹いてみた。天の一方から光となつて芙蓉仙人が現はれ給うた。 『一体地獄といふものには道は無いのでせうか』 とたづねてみた。仙人いふ。 『この者は前世においても、現世においても悪事をなし、殊に氏神の社を毀つた大罪がある。それは旧い社であるからといふて安価で買取り、金物は売り、材木は焼き棄てたり、または薪の代りに焚いたりした。それから一週間も経たぬまに病床について、黒死病のごときものとなつた。それがため息を引取るとともに、地が割れて奈落の底へ墜ち込んだのである。すなはちこれは地獄の中でも一番罪が重いので、口から血を吐き泡を吹き、虚空を掴んで悶え死に死んだのだ。しかもその肉体は伝染の憂ひがあるといふので、上の役人がきて石油をかけ焼き棄てられた』 との答へである。そこで自分は、 『悶え死をしたものは何故かういふふうに直様地の底へ墜ちるのでせうか』 と尋ねてみた。仙人は答へて、 『すべて人は死ぬと、死有から中有に、中有から生有といふ順序になるので、現界で息を引取るとともに死有になり、死有から中有になるのは殆ど同時である。それから大抵七七四十九日の間を中有といひ、五十日目から生有と言つて、親が定まり兄弟が定まるのである。ただし元来そこには山河、草木、人類、家屋のごとき万有はあれども、眼には触れず単に親兄弟がわかるのみで、そのときの、幽体は、あたかも三才の童子のごとく縮小されて、中有になると同時に[※初版、校定版、愛世版いずれも「中有になると同時に」。]親子兄弟の情が、霊覚的に湧いてくるのである。 さうして中有の四十九日間は幽界で迷つてをるから、この間に近親者が十分の追善供養をしてやらねばならぬ。又これが親子兄弟の務めである。この中有にある間の追善供養は、生有に多大の関係がある。すなはち大善と大悪には中有なく、大善は死有から直ちに生有となり、大悪はただちに地獄すなはち根底の国に墜ちる。ゆゑに真に極善のものは眠るがごとく美しい顔をしたまま国替して、ただちに天国に生まれ変るのである。また大極悪のものは前記のごとき径路をとつて、悶え苦しみつつ死んで、ただちに地獄に墜ちて行くのである』 と。自分はそれだけのことを聞いて、高天原の方へむかひ神界旅行にかからうとした。ところが顔一杯に凸凹のできた妙な婦人が、八衢の中心に忽然として現はれた。自分の姿を見るなり、長い舌をペロリと吐きだし、ことさらに凹んだ眼の玉を、ギロギロと異様に光らせながら、足早に神界の入口さして一目散に駆けだした。 自分は……変な奴が出てきたものだ、一つ跡を追つて彼の正体を見届けてくれむ……と、やや好奇心にかられて、ドンドンと追跡した。かの怪女はほとんど空中を走るがごとく、一目散に傍の山林に逃込んだ。自分はとうとう怪女の姿を見失つてしまひ、途方にくれて芝生の上に腰を降し、鼬に最後屁を嗅されたやうな青白いつまらぬ顔をして、四辺の光景をキヨロキヨロと見まはしてゐた。どこともなく妙な声が耳朶を打つた。 耳を澄まして考へてゐると、鳥の啼き声とも、猿の叫び声ともわからぬ怪しき声である。恐いもの見たさに、その聞ゆる方向を辿つて荊を押しわけ、岩石を踏み越え渓流を渡り、峻坂を攀ぢ登り、色々と苦心して漸く一つの平坦なる地点に駆けついた。 見ると最前みた怪女を中心に、あまたの異様な人物らしいものが、何かしきりに囁き合つてゐた。自分は大木の蔭に身を潜めて、彼らの様子を熟視してゐると、中央に座を構へた凸凹の顔をした醜い女の後方から、太いふとい尻尾が現はれた。彼はその尻尾をピヨンと左の方へ振つた。あまたの人三化七のやうな怪物が、その尻尾の向いたる方へ雪崩を打つて、一生懸命に駆け出した。 怪女はまたもや尻尾を右の方へ振つた。あまたの動物とも人間とも区別もつかぬやうな怪物は、先を争ふやうにして又もや、右の方へ一目散に駆け出した。怪女はまたもや尻尾を天に向つてピヨンと振りあげた。 あまたの怪物は一斉に、天上目がけて投り上げられ、しばらくすると、その怪物は雨のごとくなつて降り来たり、あるひは渓谷に陥り、負傷をするものもあり、あるひは荊棘の叢に落込み全身を破り、血に塗れて行きも帰りもならず、苦悶してをるのもあつた。中には大木にひつかかり、半死半生のていにて苦しみ呻いてゐるのもある。中には墜落とともに頭骨を打ち挫き、鮮血淋漓として迸り、血の泉をなした。 怪女は、さも嬉しさうな顔色をあらはし、流るる血潮を片つ端から美味さうに呑んでゐた。怪女の体は見るみる太り出した。彼の額部には俄にニユツと二本の角が発生した。口はたちまち耳の辺まで裂けてきた。牙はだんだんと伸びて剣のやうに鋭く尖り、かつ、キラキラと光りだしてきた。 自分は神界の旅行をしてをるつもりだのに、なぜこんな鬼女のゐるやうな処へ来たのであらうかと、胸に手をあてて暫く考へてゐた。前後左右に、怪しい、いやらしい身の毛の戦慄つやうな音がまたもや、耳を掠めるのである。自分はどうしても合点がゆかなかつた。途方にくれた揚句に、神様のお助けを願はうといふ心がおこつてきた。 自分は四辺の恐ろしいそして殊更に穢らはしい光景の、眼に触れないやうにと思つて瞑目し静座して、大声に天津祝詞を奏上した。ややあつて「眼を開け」と教ゆる声が緩やかに聞えた。自分はあまりに眼前の光景の恐ろしさ、無残さを再び目睹することが不快でたまらないので、なほも瞑目の態度を持ちつづけてゐた。 さうすると今度は、前とはやや大きな、そして少し尖りのあるやうな声で、 『迷ふなかれ、早く活眼を開いて、神世の荘厳なる状況に眼を醒ませ』 と叫ぶものがあつた。自分は心のうちにて妖怪変化の誑惑と思ひつめ、……そんなことに乗るものかい、尻でも喰へ……と素知らぬふうをして猶も瞑目をつづけた。 『迷へるものよ、時は近づいた。一時も早く眼を開いて、神界の経綸の容易ならざる実況を熟視せよ。神国は眼前に近づけり。されど眼なきものは、憐れなるかな。汝いつまで八衢に踏み迷ひ、神の命ずる神界の探険旅行に出立せざるや』 と言ふものがある。自分は心の中で……神界旅行を試み、今かくのごとき不愉快なることを目撃してをるのに、神界の探険せよとは、何者の言ぞ。馬鹿を言ふな、古狸奴、大きな尻尾をさげて居よつて、俺が知らんと思つて居やがるか知らんが、おれは天眼通でチヤンと看破してをるのだ。鬼化け狸に他人は欺されても、おれは貴様のやうな古狸には、誑らかされないぞ。見る眼も汚れる……と考へた。そうするとまた前のやうな声に、すこし怒りを帯びたやうな調子で、 『貴様は道を知らぬ奴だ』 と呶鳴る。 そのとたんに目を思はず開いて見ると、前の光景とは打つて変つた荘厳無比の宝座が眼前に現はれた。その一刹那、松吹く風の音に気がつくと、豈計らんや、自分は高熊山のガマ岩の上に端座してゐた。 (大正一〇・一〇・一八旧九・一八外山豊二録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 総説 | 総説 神界における神々の御服装につき、大略を述べておく必要があらうと思ふ。一々神々の御服装に関して口述するのは大変に手間どるから、概括的に述ぶれば、国治立命のごとき高貴の神は、たいてい絹物にして、上衣は紫の無地で、下衣が純白で、中の衣服が紅の色の無地である。国大立命は青色の無地の上衣に、中衣は赤色、下衣は白色の無地。稚桜姫命は、上衣は水色に種々の美はしき模様があり、たいていは上中下とも松や梅の模様のついた十二単衣の御服装である。天使大八洲彦命、大足彦のごときは、上衣は黒色の無地に、中衣は赤色、下衣は白色の無地の絹の服である。その他の神将は位によつて、青、赤、緋、水色、白、黄、紺等、いづれも無地服で、絹、麻、木綿等に区別されてゐる。 冠もいろいろ形があつて纓の長短があり、八王八頭神以上の神々に用ゐられ、それ以下の神司は烏帽子を冠り、直衣、狩衣。婦神はたいてい明衣であつて、青、赤、黄、白、紫などの色を用ゐられ、袴も色々と五色に分れてゐる。また神将は闕腋に冠をつけ、残らず黒色の服である。神卒は一の字の笠を頭に戴き、裾を短くからげ、手首、足首には紫の紐をもつて結び、実に凛々しき姿をしてをらるるのである。委しく述ぶれば際限がないが、いま述べたのは国治立命が御隠退遊ばす以前の神々の御服装の大略である。 星移り、月換るにつれ、神界の御服装はおひおひ変化し来たり、現界の人々の礼装に酷似せる神服を纒はるる神司も沢山に現はれ、神使の最下たる八百万の金神天狗界にては、今日流行の種々の服装で活動さるるやうになつてをる。 また邪神界でもおのおの階級に応じて、大神と同一の服装を着用して化けてをるので、霊眼で見ても一見その正邪に迷ふことがある。 ただ至善の神々は、その御神体の包羅せる霊衣は非常に厚くして、かつ光沢強く眼を射るばかりなるに反し、邪神はその霊衣はなはだ薄くして、光沢なきをもつて正邪を判別するぐらゐである。しかるに八王大神とか、常世姫のごときは、正神界の神々のごとく、霊衣も比較的に厚く、また相当の光沢を有してをるので、一見してその判別に苦しむことがある。 また自分が幽界を探険した時にも、種々の色の服を着けてゐる精霊を目撃した。これは罪の軽重によつて、色が別れてゐるのである。しかし幽界にも亡者ばかりの霊魂がをるのではない。現界に立働いてゐる生きた人間の精霊も、やはり幽界に霊籍をおいてをるものがある。これらの人間は現界においても、幽界の苦痛が影響して、日夜悲惨な生活を続けてをるものである。これらの苦痛を免るる方法は、現体のある間に神を信仰し、善事を行ひ万民を助け、能ふかぎりの社会的奉仕を務めて、神の御恵を受け、その罪を洗ひ清めておかねばならぬ。 さて現界に生きてゐる人間の精霊を見ると、現人と同形の幽体を持つてゐるが、亡者の精霊に比べると、一見して生者と亡者の精霊の区別が、判然とついてくるものである。生者の幽体(精霊)は、円い霊衣を身体一面に被つてゐるが、亡者の幽体は頭部は山形に尖り、三角形の霊衣を纒うてをる。それも腰から上のみ霊衣を着し、腰以下には霊衣はない。幽霊には足がないと俗間にいふのも、この理に基づくものである。また徳高きものの精霊は、その霊衣きはめて厚く、大きく、光沢強くして人を射るごとく、かつ、よく人を統御する能力を持つてゐる。現代はかくの如き霊衣の立派な人間がすくないので、大人物といはるるものができない。現代の人間はおひおひと霊衣が薄くなり、光沢は放射することなく、あたかも邪神界の精霊の着てをる霊衣のごとく、少しの権威もないやうになつて破れてをる。大病人などを見ると、その霊衣は最も薄くなり、頭部の霊衣は、やや山形になりかけてをるのも、今まで沢山に見たことがある。いつも大病人を見舞ふたびに、その霊衣の厚薄と円角の程度によつて判断をくだすのであるが、百発百中である。なにほど名医が匙を投げた大病人でも、その霊衣を見て、厚くかつ光が存してをれば、その病人はかならず全快するのである。これに反して天下の名医や、博士が、生命は大丈夫だと断定した病人でも、その霊衣がやや三角形を呈したり、紙のごとく薄くなつてゐたら、その病人は必ず死んでしまふものである。 ゆゑに神徳ある人が鎮魂を拝授し、大神に謝罪し、天津祝詞の言霊を円満清朗に奏上したならば、たちまちその霊衣は厚さを増し、三角形は円形に立直り、死亡を免れるものである。かくして救はれたる人は、神の大恩を忘れたときにおいて、たちまち霊衣を神界より剥ぎとられ、ただちに幽界に送られるものである。 自分は数多の人に接してより、第一にこの霊衣の厚薄を調べてみるが、信仰の徳によつて漸次にその厚みを加へ、身体ますます強壮になつた人もあり、また神に反対したり、人の妨害をしたりなどして、天授の霊衣を薄くし、中には円相がやや山形に変化しつつある人も沢山実見した。自分はさういふ人にむかつて、色々と親切に信仰の道を説いた。されどそんな人にかぎつて神の道を疑ひ、かへつて親切に思つて忠告すると心をひがまし、逆にとつて大反対をするのが多いものである。これを思へばどうしても霊魂の因縁性来といふものは、如何ともすることが出来ないものとつくづく思ひます。 ○ 大国治立尊と申し上げるときは、大宇宙一切を御守護遊ばすときの御神名であり、単に国治立尊と申し上げるときは、大地球上の神霊界を守護さるるときの御神名である。自分の口述中に二種の名称があるのは、この神理に基づいたものである。 また神様が人間姿となつて御活動になつたその始は、国大立命、稚桜姫命が最初であり、稚桜姫命は日月の精を吸引し、国祖の神が気吹によつて生れたまひ、国大立命は月の精より生れ出でたまうた人間姿の神様である。それよりおひおひ神々の水火によりて生れたまひし神系と、また天足彦、胞場姫の人間の祖より生れいでたる人間との、二種に区別があり、神の直接の水火より生れたる直系の人間と、天足彦、胞場姫の系統より生れいでたる人間とは、その性質において大変な相違がある。そして神の直接の水火より生れ出たる人間は、その頭髪黒くして漆の如く、天足彦、胞場姫より生れたる人間の子孫は赤色の頭髪を有している。[※「そして神の直接の」から「頭髪を有して居る。」まで、校定版・八幡版では削除されている。]天足彦、胞場姫といへども、元は大神の直系より生れたのであれども、世の初発にあたり、神命に背きたるその体主霊従の罪によつて、人間に差別が自然にできたのである。 されども何れの人種も、今日は九分九厘まで、みな体主霊従、尊体卑心の身魂に堕落してゐるのであつて、今日のところ神界より見たまふときは、甲乙を判別なし難く、つひに人種平等の至当なるを叫ばるるに立いたつたのである。 ○ 盤古大神塩長彦は日の大神の直系にして、太陽界より降誕したる神人である。日の大神の伊邪那岐命の御油断によりて、手の俣より潜り出で、現今の支那の北方に降りたる温厚無比の正神である。 また大自在天神大国彦は、天王星より地上に降臨したる豪勇の神人である。いづれもみな善神界の尊き神人であつたが、地上に永住されて永き歳月を経過するにしたがひ、天足彦、胞場姫の天命に背反せる結果、体主霊従の妖気地上に充満し、つひにはその妖気邪霊の悪竜、悪狐、邪鬼のために、いつとなく憑依されたまひて、悪神の行動を自然に採りたまふこととなつた。それより地上の世界は混濁し、汚穢の気みなぎり、悪鬼羅刹の跋扈跳梁をたくましうする俗悪世界と化してしまつた。 八王大神常世彦は、盤古大神の水火より出生したる神にして、常世の国に霊魂を留め、常世姫は稚桜姫命の娘にして、八王大神の妃となり、八王大神の霊に感合し、つひには八王大神以上の悪辣なる手段を用ゐ、世界を我意のままに統轄せむとし、車輪の暴動を継続しつつ、その霊はなほ現代にいたるも常世の国にとどまつて、体主霊従的世界経綸の策を計画してをる。 ゆゑに常世姫の霊の憑依せる国の守護神は、今になほその意志を実行せむと企ててをる。八王大神常世彦には天足彦、胞場姫の霊より生れたる八頭八尾の大蛇が憑依してこれを守護し、常世姫には金毛九尾白面の悪狐憑依してこれを守護し、大自在天には、六面八臂の邪気憑依してこれを守護し、ここに艮の金神国治立命の神系と盤古大神の系統と、大自在天の系統とが、地上の霊界において三つ巴になつて大活劇を演ぜらるるといふ霊界の珍しき物語である。 自分はここまで口述したとき、何心なくかたはらに散乱せる大正日日新聞に眼をそそぐと、今日はあたかも大正十年陰暦十月十日午前十時であることに気がついた。霊界物語第二巻の口述ををはつた今日の吉日は、松雲閣において御三体の大神様を始めて新しき神床に鎮祭することとなつてゐた。これも何かの神界の御経綸の一端と思へば思へぬこともない。 ついでに第三巻には、盤古大神(塩長彦)、大自在天(大国彦)、艮能金神(国治立命)三神系の紛糾的経緯の大略を述べ、国祖の御隠退までの世界の状況、神々の驚天動地の大活動を略述する考へであります。読者諸氏の幸に御熟読あつて、それが霊界探求の一端ともならば、口述者の目的は達せらるる次第であります。 アゝ惟神霊幸倍坐世 大正十年旧十月十日午前十時十分 於松雲閣口述者識 (註)本巻において、国治立命、豊国姫命、国大立命、稚桜姫命、木花姫命とあるは、神界の命により仮称したものであります。しかし真の御神名は読んで見れば自然に判明することと思ひます。 |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 附録 第一回高熊山参拝紀行歌 | 附録第一回高熊山参拝紀行歌 王仁 高熊山参拝者名簿 (大正十年十二月三日) 千引の岩石打破る日本男子の大丈夫と(石破馨) 色香も馨る女丈夫が世界をま森国々の(森国幹造) 助けの幹を造らむと東や西や北南 日出る国のまめ人が善男善女を誘ひて(西出善竜) 竜宮城に参集ひ浦保国を永遠の 珍の住処と歓びて神の啓示を次々に(保住啓次郎) 宣べ伝へ行く言霊は円満晴朗澄の江の 天竜藤に登る如我日の本の権威なる(藤本十三郎) 一と二三四五つと六ゆ七八九つ十り三年 今よりきよく田なびかむ村雲四方にかき別けて(今きよ) 六合兼太る我国土真奈井の海の洋々と(田村兼太郎) 渡も静かに浦靖の国の栄えも九重の(土井靖都) 玉の都や小都会深山の奥も押並べて(小山貞之) 忠勇仁義孝貞之道明らけく治まれる 三十一年如月の梅ケ香匂ふ九日の 月をば西に高熊の神山に深くわけ井りて(高井寿三郎) 聖寿万歳祈らんと三ツ葉つつじの其上に 村肝清く端坐しつ言霊彦の神教を(上村清彦) 耳を澄ませてマツの下吹き来る風もいとひなく(同マツ) 岩窟の前に寛ぎつ心の中の村雲も(同寛) かすみと共に消え行きて稍清新の魂となり(中村新吉) 神の恵みに浴しける今日は如何なる吉日ぞ 吉や屍を原野に曝すとも国常立の大神や(吉原常三郎) 三ツの御魂の教ならなどや厭はむ鈴木野や(鈴木延吉) 深山に足を延ばすとも心持吉き岩清水(水戸富治) 戸閉さぬ国と賑はしく富みて治まる君ケ御代 五十鈴の流れ清くして大川口や小川口(大川ロトク) 水は溢れてトク川の泥にまみれし幕政も 茲に亡びて大小名名主庄司に至るまで(庄司キツ) なキツ倒れつ四方に散るその状実に憐れなり かかる例しも在原の丑寅金神太元に(在原丑太郎) 現はれまして前の世の神と田美との有様を(前田美千香) 説き教へたる三千年の一度に香ふ白梅の 花咲く春の山の根に菊太に目出度神言を(山根菊太郎) 天地の神に奏上し三千世界の改造を チカへ玉ひし雄々しさよ四尾と本宮の山の根に(山根チカヘ) 経と緯との神の機錦の糸の絹枝姫(同絹枝子) 神の助けの有が田や鶴九皐に高く鳴き(有田九皐) 岸に登りし緑毛の亀のよはひの長のとし(高岸としゑ) ゑびす大黒福の神真奈井の上に舞ひ遊ぶ(井上あや) あやに尊き神の苑海の内外別ちなく 山野河海の神々の介けの道も昭々と(外山介昭) 植ゑ拡め行く道芝の盛りの花も隆々と(植芝盛隆) 薫る常磐の神の森良きも悪しきも仁愛の(森良仁) 神の恵みは変りなく竹の御園の下斯芸琉(竹下斯芸琉) 御国の誉れ照妙の綾の高天に北東の(東尾吉雄) 神尾伊都吉て雄々しくも教は広瀬の仁義邦(広瀬義邦) 昇る旭は高橋のその勢ひも常永に(高橋常祥) 開き行く世ぞ祥たけれ誉れもたかき瑞祥の やかたに基いを固めつつ遠津御国も近村も(津村藤太郎) すさぶ曲津を藤太郎秋津島根の田広路に(島田頴) 千頴八百頴実のりゆく稲木の村の中心に(木村研一郎) 霊魂研きを第一と教へ導く白藤の(藤井健弘) 井や栄え行く健げさよ誠の教を遠近に 弘むる時や北の空村雲四方に掻き別けて(北村隆光) 隆々のぼる日の光本宮山や玉の井の(宮井懿子) 空に映え行く御懿徳に浴する魂ぞ浦山し(浦山専一) 霊魂修行を専一と深山の奥に分け入りて 佐とり了ふせし高熊のイワ屋の内も賑はしく(山佐イワ) 朝日夕日を笠として祝詞奏上や神の詩を(日笠吟三) 吟じて進む三ツ御魂藤の仙人芙蓉坊が 穴太の村に伊智はやく現はれ来たりて大神之(藤村伊之吉) 吉き音信を宣り伝へ石より固き信仰を(石井孝三郎) 井や益々も励みつつ忠孝敬神愛国の 三ツの綱領怠らず加たく御魂に納めつつ(加納録平) 心に録して平けくたとへ野山の奥の奥(山口佐太郎) 率土の浜も宣べ伝へ口佐賀あしき悪太郎が そしり嘲り山ぬ内布教伝道厭トイなく(山内トイ) 四方の国中大日本日高の村の佐男鹿の(中村鹿三) 妻呼ぶ如き有様に世人を思ふ三千年の 神の光りは西東村雲四方にかき理けて(西村理) 大海原も平けく波も鎮まる八洲国(海原平八) 神須佐之男の神魂沢田の姫が現はれて(佐沢広臣) 教を広く君臣の中を執持つ一条の(中条勝治郎) 至誠に勝るものはなし明治の廿五年より 佐藤りの開く大善の艮神の四郎し召す(佐藤善四郎) 梅花の開く神の世は老も若きもおしなべて 五六七の御世の活動を汗と油をしぼりつつ 山田の果ても伊藤ひなくくさきり耕やせ三伏の(伊藤耕三郎) 暑さも涼し高野原円く治まる太平の(高野円太) 風に黒雲吹き払ひ四方の沢ぎも静まりて(黒沢春松) さながら春の如くなり常磐の松や白梅の 枝にて造りし神の杖菅野小笠に身を包み(菅野義衛) 仁義の教衛らむと京都をさして谷波より(京谷朝太郎) 出口の教祖は朝まだき綾の太元立出でて 海潮純子諸共に昨日や京屋明日の旅(京屋フク) 風フク山路をすくすくと字司朗も見ずに足早に(同司朗) 飛田つ如く進まるる豊かなそのの梅香り(飛田豊子) 五六七の御代に逢坂のキミの恵みに報いむと(同香) 鞍馬をさして出でて行く出口の守の雄々しさは(逢坂キミ) 日本魂の鏡なり月に村雲花に風(村松タミ) 浮世の常と聞きつれど松の神世のタミ草の 心はいつも春の空深山の奥も仁愛の(山崎珉平) 花崎にほひ王民のなか平けく安らけく 上野おこなひ下ならひ国は豊かに足御代は(上野豊) 業務を伊藤ものも無く正しき男の子女子が(伊藤正男) 大内山の御栄えを春かに祝ひよろこびつ(大山春子) 君に捧ぐる真心の強きは波田野国人の(波田野菊次郎) 菊もまれなる次第なり澆季末法の世の瀬戸に(瀬戸幸次郎) 現はれ玉ひし艮の神の御幸は次々に いやちこまして国民は同じ心のきみが御よ(同きみよ) 四方の山々内外の風も静かに笹川の(山内静) 水にも神光煕り渡る雄々しき清き葦原の(笹川煕雄) 神の御国ぞたふとけれ日本御魂の大丈夫が 勇気も古井現し世の濁りを清め市村野(古井清市) 戸口も佐和に佐和佐和に五六七の御世を松の色(野口佐七) 本つ御魂も幸ひて長閑な春の政事(松本春政) 国常立の分御魂仁義の道を一と筋に(国分義一) 守るや洋の西東山の尾の上に出入る月(西山勝) 光り勝れし大御代に立て直さむと昔より 水野御魂の大御神貞めなき世を弌らんと(水野貞弌) 道も飯田の神の詔千代の松ケ枝澄み渡り(飯田千代松) 昇る月影高橋の夜の守りとありがたき(高橋守) 御代に太田の楽もしや神の御国に伝はりし(太田伝九郎) 九つ花の咲き匂ふ深山の奥の寒村も(奥村芳夫) 大和心の芳ばしき大丈夫須佐の大神を 斎ひ藤とみ惟神御霊幸ひて吉祥の(斎藤幸吉) 聖の御代ぞたふとけれ 道の蘊奥を塞ぎ居る村雲四方にかきわけて(奥村友夫) 心も清き友の夫が至誠を内外に長谷川の(長谷川清一) 清きながれも一と筋に久米ども尽きぬ川水に(米川太介) 濁世を洗ひ太介んと田庭綾辺の政雄等が(田辺政雄) 神の御声をいや高き雲井に告げよほととぎす(雲井恒右衛門) 恒の誠のおこなひはこの右衛門なき神の笑み その身の佐賀も康正の実にも鈴し木忠と孝(佐賀康正) 慈悲を三つ楯戸して田助澄まして国の祖(鈴木孝三郎) 古き昔の神代より高き神徳次ぎつぎに(戸田澄国) かくれて御世を守りつつ忍び玉ひし大神を(古高徳次郎) 斎きまつるぞ藤とけれ吉きもあしきも三吉野の(斎藤吉三) 花と散りしく大八嶋長き平和の夢さめて(大島長和) 西洋の国原見渡せば神を敬ふ人もなし(西原敬昌) 物質文明昌ふとも心の花は散りにけり 谷波の国にあらはれし出口の神の御教は(谷口清満) 清く天地に満ちぬらむ桧杉原かきわけて(杉原佐久) 梅佐久そのを杉の山見当てに進む日本一(杉山当一) 長閑けき風も福の井の大精神は平らかに(福井精平) 神の林に著二郎く鳴り渡るなり高倉の(林二郎) 高き厳に八重むぐら青き苔蒸し小田牧野(林八重子) 蔓さえ光る万世の亀の歓吉て岩の上(牧野亀吉) 鶴さへ巣ぐふ高倉の三ツ葉つつじ之御助に(上倉三之助) 小野が御田間を研きつつ生れ赤子と若がへり(小野田若次郎) 次第々々にたましひを石とかためて世を渡り(石渡たみ) 四方のたみ草同一に神の真道に進ましめ(同進) 御代の栄えを内外に照らすは神の大本ぞ 谷波の国は狭くとも広く賢こき神の道(谷広賢) 雲井の上も海原も神武と仁徳かがやきて(井上武仁) 神の守りの金城は所在神の守りにて(城所守息) 神々安息遂げたまふその聖世美馬ほしと(美馬邦二) 心の清き神人が御邦二つくす真心は 大小高下の差こそあれ林のナカの下木まで(小林ナカ) よろこび祝ふ細し矛千田琉の国の神の徳(細田徳治) 円く平穏に治まりて身椙の元も二三太郎(椙元二三太郎) 広き新道進むより神の大道踏める身は 笹原義登と悉後藤くいと康らか仁進み行く(笹原義登) 無事平安の神の道達るは神の温たかき(後藤康仁) あまき乳房にすがる児の太郎次郎の生命の(安達房次郎) 親の光りと松の御代上田の家に生れたる(松田文一郎) 三文奴の只一人神の御前にぬかづきて(前田茂寿) 世人を田すけ守らんと昼はひねもす夜茂寿がら 愛宕の山の片ほとりつづきが岡のふもとなる(片岡幸次郎) 小幡神社の幸ひに祈願の効もいち次郎く 大河口や小川口教を日々にトク人の(大河口トク) 心の丈けは庄司きにシウジウの苦辛を耐へつつ(庄司シウ) 安く達せん大神の心は清き白ユキの(安達ユキ) 黄金の世界銀世界真鯉の上る滝津瀬の(上滝美祐) さま美はしき神祐に心の垢を洗ひつつ 西山林谷の道作り治めて登り行く(西谷作治) 四十八個の宝座ある高倉山に崎にほふ(山崎耕作) 三ツ葉つつじの花の下耕し作る田男の 中にも邨で新しき由緒を知れる由松の(中邨新助) 道の手引に助けられ万寿神苑立出でて 詣づる信者二百人出口の海潮を先導に 田舎の村の小幡橋金神竜神一同に(村橋金一郎) 渡り田所は宮垣内鹿蔵住むなる松林(田所鹿蔵) 紅葉は散れど青々と茂る木の葉のうるはしき 豊かな冬の木の本に四方の景色を覚めつつも(豊本景介) 婦人子供に至るまで介々しくも谷川を(谷前貞義) 飛び越え前み貞勇き義近藤初めて修業場と(近藤貞二) 神の貞めに一同は第二霊地と感謝しつ 祝詞の声も晴やかに木魂に響く床しさよ 勝又五六七の神政に水野御魂があらはれて(勝又六郎) 久米ども尽きぬ真清水のかはく事なき吉祥の(水野久米吉) 命の親の神心仰ぐも高し田加倉の(高田権四郎) 神の権威は四ツの海珍の国土も井や広に(土井理平) 摂理は届く公平のうましき御世は北村の 人は勇みて神寿ぎの祭祀の道も庄太郎(北村庄太郎) 日本の国は松の国浦安国と日五郎より(松浦国五郎) 御三木清めし神の国善一と筋の世の元の(三木善建) 神の建てたる御国なり外国人に惑はされ 御国の精華も白石の五倫五常の道忘れ(白石倫城) 難攻不落の堅城と神の造りし無比の園(比村中) 心にかかる村雲を払ふて清め腹の中 神の授けし御魂をば汚さむ事を鴛海つつ(鴛海政彦) 国家の政り家政り彦と夜毎にいそしみて たとへ悪魔の襲ふとも少しも鎌はず田力男(鎌田徴) 日本心を微かに照して見せよ三日月の 敏鎌の光り鋤の跡稲田も茂る八百頴野(鎌田茂頴) 間田なき秋にアイの空瑞穂の国の中国の(野間田アイ子) 誉れを西洋までノブエ姫姫氏の国の豊の年(中西ノブヱ) 稔も吉田の花ぞサク清き水穂にフク風の(吉田サク子) 薫りは外に比類なき富貴の草香村肝の(清水フク子) 心の美佐尾芳ばしく続鎌ほしや曇りたる(比村美佐尾) 世を田貞か江て神の世になれば曲事かくろひて(鎌田貞江) 吉きこと斗り村幸の雲間を照らす神のトク(吉村トク) まコトを那須の神人は神にすがりツヤはらぎつ(同コト子) 吾身のことを打捨てて多田道のためクニのため(那須ツヤ子) つくしの果の人々も海河こえて田庭路の(多田クニ) 神の御親の膝元に直子の刀自の跡慕ひ(河田親直) 滋しげ通ふ楽もしさ小柴田間萩米躅躑(同滋子) 茂れる山路ふみ別けて同じ心の一隊は(柴田米子) 神の恵與と勇みつつ清水湧き出る宮垣内(同一與) 上田の家も市々に立出で田渡る野山路(内田市子) 心せきセキヨぢ登る新池馬場を一斉に(田渡セキヨ) 進めば砂止山の神祠の跡を右に見て(馬場斉) 谷の村杉潜りぬけ真の道の友垣は(谷村真友) 山奥見かけ村々と貞めの場所雄さして行く(奥村貞雄) 黄昏近く湯ふ浅の空に出口の王仁が(湯浅仁斎) 岩屋の神を斎ひつつ降雨も知らぬ森の中(雨森松吉) 松葉の露の一雫味はひ吉しと喜びて 呑みし昔の思ひ出に水の冥加を藤とみつ(加藤明子) 天地神明の洪徳を感謝しまつる此一行 折も吉野のときつ風吹かれて顔の湯煙りも(吉野とき子) 御空になびく浅曇り霊魂を研く三柱の(湯浅研三) 神の宝座の大前に東尾さして神吉詞(東尾吉三郎) 拍手三拝上々の坂えの声をきくの年(上坂きく) 山の尾の上を崎わけて昇る旭日のあけの空(山崎あけ子) 小男鹿妻恋ふ高熊の見るも勇まし一つ岩(小高一栄) 栄え久しき神国の牧の柱とまめ人の(牧慎平) 慎み仕え大前に低頭平身祈りつつ 松のお千葉もいと清く月も見五郎の十五日(千葉清五郎) 大山小山の中道をおのが寿美家へ雄々しくも(大山寿美雄) 松岡神使に誘はれて本の古巣へ帰りける(岡本尚市) 尚き教へを市早く上田の炉辺に宣ぶる時(田辺林三郎) 小松林の神憑り三ツの御魂が現はれて 近藤二度目の立替は御国を思兼の神(近藤兼堂) 現はれまして堂々と小畠の宮の山の跡(畠山彦久) 本宮神宮の聖邑に国武彦の大神は 世も久方の天津神月見の神や天照す(佐藤かめ) 皇大神の神言もて世人を佐藤し身をたかめ(平野千代子) 天下太平野千代の基佐藤りて三よしの花の春(佐藤よし) お土の井とく水の恩正しき御木の宮柱(土井とく) 千本高知りてきんぎんや珠玉を飾る三体の(正木きん) 神の御舎殿荘厳に大宮小宮建て並べ(小宮きゑ) 深きゑにしを説き諭す高天原の神の道(原竹蔵) 松のみさをは神の国竹蔵即ち外国に たとへて東尾日の本とさきはひ玉ふぞ尊とけれ(東尾さき) 板り尽せしあがなひの千倉の置戸を負ふ神の(板倉寛太郎) 寛仁太度の胸の内同じ教も寛々と(同寛文) 文化の魁け梅の花御空は清く山青く(青野都秀) 野村も都会も秀れたる神の大道に従ひて 日東帝国安らけく日五郎の信仰現はれて(東安五郎) 安全無事の世の中に到達せしめ聖哲の(安達哲也) 教は四方に響く也同じ天地に生ひ立ちし(同佐右衛門) 草木で佐右衛門色艶を増して歓こぶ君が御代 世は古川の水絶えず万寿の苑は亀岡の(古川亀市) 市中に高く聳えつつ曇れる社会を照らし行く 神の仕組の万寿苑瑞祥閣の芽出度けれ。 ○ 教の花の桜井愛子中野祝子の太祝詞(桜井愛子) 同じく作郎青年も巌の上田に参ゐ詣で(中野祝子) 各自気分も由松の前駈し田るは十四夜の(同作郎) 稲田を照らす月の影風も清けき秋の末(上田由松) 此一行廿二人巻尾に記して証となす。(前田満稲) (以上) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 36 唖者の叫び | 第三六章唖者の叫び〔一三六〕 道彦は南高山の城塞を脱出し、白狐の高倉に守られて何処ともなく、足にまかして漂泊の旅をつづけたりしが、高倉は道彦の先に立ちて導きゆきぬ。 八島姫は道彦の後を慕ひて、見えつ隠れつ従ひゆく。されど道彦は八島姫の後より呼びとどめる声を、聾者の真似をなして少しも聞えぬふりを装ひ、ドンドンと進みて行く。無論偽唖者となりし身は一言も発せざりける。八島姫はかよわき足にて、けはしき山坂を幾つともなく、昼夜を分たず跋渉せし疲労によりて、ほとんど息も絶えだえに苦しみけるが、やうやくにして長高山の麓を流るる深き谷川のほとりに着きぬ。道彦は白狐の跡を渡り、浅瀬を選びて向ふ岸にやつと到着し、後を振りかへり息を休めゐたりける。 このとき、八島姫は命からがら対岸まで追ひかけきたり、この谷川の絶壁に立ち、いかにして渡らむやと途方にくれながら、声をかぎりに道彦を呼びとめたり。道彦は表面素知らぬ顔はなしゐるものの、心の中には八島姫の心情を察知し、万斛の涙にむせびゐたるなりき。 されど神命もだしがたく、聾唖を装ひし身は一言の慰安も与ふるの自由を有せざりき。対岸の八島姫は、天を拝し地に伏し、慟哭やや久しうし、ここに決心の色を浮べてたちまち懐中より短刀を取り出し、天にむかつて合掌し、吾と吾が咽喉を突かむとする一刹那、道彦は思はず、 『しばらく待たれよ』 と呼ばはりぬ。姫は声をしぼつて、 『妾が一旦夫と定めたるは、天地の間に貴下を措きて他になし。生きて恋路の闇に苦しみ迷はむよりは、いつそ貴下の御目の前にて自殺を遂ぐるは、せめてもの心の慰めなり。かならず止めたまふな』 とまたも咽喉を突かむとする時、白狐はたちまち姿を現はし、八島姫の持てる短刀を力かぎりに打ち落したりしが、姫はその場にドツと倒れて失心の態なり。道彦はこの惨状を見るに忍びず、ふたたび谷川を渡りきたりて、谷水を口にふくませ種々介抱の結果、姫はやうやく蘇生するにいたりける。 姫はやうやう顔をあげ、涙をぬぐひながら道彦の手をかたく握りしめ、顔を赤らめ胸肩ともに波をうたせ、たださめざめと泣くばかりなり。道彦は親切にこれをいたはり、かつ我が身の大神より一大使命を拝し、偽つて聾唖となり痴呆となり、発狂者を装ひゐるその苦痛を逐一述べ立てたるに、八島姫ははじめて悟り、吾が身の不覚と無智を悔い、今までの怪しき心をあらため、何とぞ今後ともに神業に参加せしめよと、赤誠をこめて嘆願したりける。 道彦はただちに天にむかつて天津祝詞を奏上しけるに、たちまち天上より二柱の天使降りきたり、一柱は道彦にむかひ、一柱は八島姫にむかひ、各自に特種の使命を伝へ、固く口外することを禁じたまひぬ。この天使は天の高砂の宮にます国直姫命の使神なりき。ゆゑに道彦は八島姫の使命を知らず、八島姫はまた道彦の使命のいかなるかを知らざりける。しかし道彦には白狐高倉をしてこれを守護せしめ、八島姫には白狐旭をしてこれを守護せしめられたりける。 それより八島姫は、自己の美貌を楯に悪魔の巣窟に入りてすべての計略を探知し、道彦は力強の馬鹿となりすまして、悪神らの巣窟を探り、種々の陰謀を覚知して、これを国直姫命に詳細奏上することに努めたり。 道彦、八島姫は、個々別々に身を窶して長高山の城下に進みいりぬ。長高山は忠孝両全の誉高かりし清照彦、末世姫の二人が主将として守りゐたりけり。 しかるに、美しき花は風に散りやすく、良果は虫に侵されやすきがごとく、長高山は一時天国浄土の現出せしごとく天下泰平に治まり、風雨和順して神人鼓腹の楽しみに馴れ、あまたの神人は少しも治世の苦しみを知らざりける。常世姫の間者土熊別、鬼丸は善の仮面をかぶり長高山に現はれ、城内の神人らを絲竹管絃の楽みをもつて籠絡し、日夜茗醼にふけらしめたれば、長高山は天下泰平の波にただよひ、神人は下の苦しみを知らず、たがひに自己の逸楽栄達のみにふけり、難を避け安きにつき、天職責任を解せず、頤をもつて下民人を使役し、日をおふて驕慢心を増長せしめけり。上は日夜絲竹管絃のひびきに心魂をとろかし、酒池肉林の驕奢に魂を腐らし、宝を湯水のごとく濫費し、下級民人の惨苦を少しも思はざるにいたれり。これぞ常世姫の間者土熊別、鬼丸らの術中に陥らしめ、長高山を内部より崩潰せしめむとの奸策なりける。神人はつねに美女を座に侍らせ、長夜の遊楽に耽りゐたりけるが、あるとき土熊別は酒の酔をさますべく、城外にいでて散歩せるに、たちまち前方に容色ならぶものなき美人が現はれける。この美人は前述の八島姫なりける。 八島姫は、酔眼朦朧として唄を歌ひつつ進みくる土熊別の前にいたり、にはかに地上に俯伏して泣き苦しみはじめたり。土熊別はこれを見てただちに抱きおこし、 『貴女はいづれの女性にましますや。また何用ありてこの城下へ来たられしや』 と舌もまはらぬ言霊にて問ひかくれば、姫はただうつむきて泣くばかりなり。土熊別はもどかしがり、しきりに名を尋ねけるを、姫はただちに顔をあげ、涙をぬぐひながら、 『妾は天より降りたる旭姫といふ者なり。長高山には常に絲竹管絃の音絶えず、日夜面白き舞曲を演ぜらるると聞き、雲路を分けてひそかにその舞曲を見むと降りきたる折しも、烈風のために羽衣を破られて飛行自由ならず、突然地上に墜落して大腿骨を打ち、痛苦に堪へず苦しみをれるなり』 と真しやかに物語りければ、土熊別はやや右の肩をそばだて、首を左右に傾けながら、旭姫の顔を熟視ししばらくは無言のまま突つ立ちゐたり。このとき、旭姫はニタニタと笑ひはじめたり。しかして姫は、 『あゝありがたし、妾の苦痛は全く癒えたり』 と言ひながらすつくと立あがり数十歩円をゑがいて軽々しく歩行して見せたるに、土熊別は手を拍ちて喜び、ただちに姫の手をたづさへ城内の酒宴の場に導きける。あまたの美人は宴席にあれども、旭姫の容色端麗にしてその風采の優雅なるにおよぶ者なかりける。ほとンど姫は万緑叢中紅一点の観あるにぞ、神人らは手を拍つて喜びあいにける。 ここに旭姫は神司らの請ひをいれ、天女の舞ひを演ずることとなりぬ。拍手喝采の声は城の内外に轟きわたりける。 (大正一〇・一二・六旧一一・八桜井重雄録) (第三六章昭和一〇・一・一八於延岡市王仁校正) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 43 配所の月 | 第四三章配所の月〔一四三〕 八王大神常世彦は十王、十頭の神司を操縦し、あまたの魔軍とともに数百千の磐船に乗り、天空をかすめて黄金橋の上空を襲ひ、数百千万とも数限りなき火弾を投下し、かつ進ンで竜宮城およびエルサレムの上に進撃しきたり、ここにも多数の火弾毒弾などを、雨霰のごとくに投げつけたり。大八洲彦命、神国別命、大足彦、八島別は城内の神将神卒を指揮しつつ盛ンに防戦に努めける。竜宮城よりも数多の磐樟船を飛ばして大いに敵軍を悩ませたるが、しかも一勝一敗を繰返しつつ戦ひ久しきにわたり、竜宮城の神軍は日夜にその数を減じ、ほとんど孤城落日無援の窮地に陥りにけり。 大八洲彦命は、もはや如何に神明の加護と神智を揮ひ神算鬼謀の秘術を尽すといへども、到底勝算なきを看破し、百計ここにつきて、つひに国祖の御前に拝跪し、天の真澄の鏡をもつて敵軍を防がむことを奏請したりけるに、国祖はおほいに怒りたまひ、 『汝らは天地の律法をもつて何ゆゑに敵を言向和し悔改めしめざるや、進退これ谷まりたりとて、いやしくも天地の律法を制定され、世界を至善の道をもつて教化すべき天使の職掌を拝しながら、敵の暴力に酬ゆるに暴力をもつて対抗せむとするは、天使長より神聖なる律法を破るものにして、これに過ぎたる罪科は非ざるなり。あくまでも忍耐に忍耐を重ねて、至誠一貫もつて極悪無道の人物を心底より悔改めしめ、天則の犯すべからざるを自覚せしむべし。これ善一筋の誠の教なれば、たとへ如何なる難局に立つとも断じて真澄の玉は使用すべからず。かつ、その玉は稚桜姫命幽界に持ちゆきたる浄玻璃の神鏡となりたれば、これを戦闘のために使用すべきものに非ず。汝らは神の力を信じ、至誠を天地に一貫し、もつて天津神の御照覧にあづかるをもつて主旨とし、暴悪無道の敵軍に暴力をもつて戦ふを止めよ。真の神の心は宇宙万有一切を平等に愛護す。ゆゑに大神の眼よりは一視同仁にして、いたづらに争闘を事とするは神慮に背反するものなり。断じて武力に訴へなどして解決を急ぐなかれ。何事も天命の然らしむるところにして、惟神の摂理なり。ただただ汝らは、天使たるの聖職に省みて広く万物を愛し、敵を憎まず、彼らの為すがままに放任せよ』 との厳命なりける。 天使長大八洲彦命は、各天使を地の高天原にあつめて神勅を報告し、かつ最高会議は開かれたり。天空には敵の磐船雲霞の如く襲来し、頭上に火弾を雨下し、会議の席上にも火弾飛びきたりて神人を傷つけ、暗雲天地をこめて咫尺を弁ぜざるにいたる。されど国祖の神勅は大地よりも重く、その命は儼乎として動かすべからず。さりとて神命を奉ぜむか、味方の敗亡は火をみるよりも明白なる事実なり。万一神命に背反せむか、天則破壊の罪科を犯さむ。アヽ善の道ほど辛きものはなし、と諸神司は思案にくれ、溜息吐息の態なりける。 竜宮城内よりは美山彦、国照姫、杵築姫、竜山別らの一派は、平素の目的を達するは今この時と、内外相応じて八王大神の魔軍に応援し、味方は四分五裂の状勢におちいり収拾すべからず、進退いよいよ谷まりたる天使長大八洲彦命以下の天使神将は、やむをえず大神の禁を破つて破軍の剣を抜き放ち、寄せくる空中の敵軍目がけて打ち振るやいなや、剣の尖より不思議の神光あらはれ、天地四方に雷鳴電光おこり、疾風吹き荒び雨の降るがごとく、数百千の磐船は一隻も残らず地上に墜落し、敵軍の大半はほとんど滅亡したりける。 さしも猛烈なる敵の魔軍も、大八洲彦命以下の神司らの犠牲的英断と破軍の剣の威徳をもつて、もろくも潰滅したりける。敵の逃げ去りたる跡の地の高天原および竜宮城は、あたかも大洪水の引きたる跡のごとく、大火の跡のごとき惨澹たる光景なりき。折しも大風吹きすさび強雨降りそそぎて、すべての汚穢物は惟神的に吹き散らされ、大雨洪水となりて大海に流れ去り、ふたたび清浄なる聖地聖城とはなりにける。 ここに美山彦、国照姫の一派は、国治立命の御前にすすみいでて、 『このたびの大八洲彦命以下の天使神将は、厳格なる大神の神勅を無視し、厳禁を犯して破軍の剣を採り出し、寄せきたる数多の敵軍をさんざんに攻めくるしめ、暴力のあらむ限りをつくし、優勝劣敗弱肉強食の戦法を使用し、広く万物を愛し敵を憎まず、善一筋の誠をもつて言向和さず、かつ「殺す勿れ」の律法を無視したる悪逆無道の罪、断じて宥すべからず。希はくば、かれ天使長以下の職を解き、地の高天原を追放し、厳格なる天地の律法を犯されざるやう、何分の御処置を下されむことを願ひたてまつる』 と頭をそろへ律法を楯に、うやうやしく奏上したりける。 地上霊界の主権者に坐します国祖の大神も、律法を守り天地の綱紀を保持するの必要上、いかにやむを得ざる情実のためとはいへ、天地の神の定めたる禁を犯したる以上は、これを不問に附することあたはざる破目に陥りたまひ、呑剣断腸の思ひを心中に秘め、涙を隠して断然意を決したまひ、大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦の四天使を召して儼然たる態度のもとに、地の高天原と竜宮城を退去すべく宣示し給ひける。この四天使らは、稚桜姫命の到りませる幽庁の神と左遷さるる規定なりけるが、貞操なる真澄姫、言霊姫、竜世姫らの歎願哀訴により、大神はその情をくみ給ひて、その罪を赦し、万寿山の城に蟄居を命ぜられ、四神将はここに配所の月をながめて、いくばくかの星霜を送りたまひける。 この四神将は元来国大立之命、天神の命を奉じて大海原の国を知食すべく、その精霊魂を分ちて神界の守護に当らせたまひしものにして、 大八洲彦命は和魂であり 言霊別命は幸魂であり また、 大足彦命は荒魂であり 神国別命は奇魂である。 アヽ天使長以下三天使の重なる神司の退却されし後の地の高天原および竜宮城の形勢は、いかにして治まり行くならむ乎。 (大正一〇・一二・八旧一一・一〇近藤貞二録) (第三七章~第四三章昭和一〇・一・一八宮崎市神田橋旅館王仁校正) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 余白歌 | 余白歌 愛善の花咲き充つる神の代は人の心も華やかなるらむ〈序〉 我国は徳主法従神国なれば理屈ばかりで治まらぬ国〈序〉 大日本の国は更なり地の上の凡てに道を明かす斯道〈序〉 善きにつけ悪しきにつけてうれしきは神に任せし心なりけり〈総説(初版)〉 天も地も清め澄して大本の神の教を布かむとぞ思ふ〈総説(初版)〉 我魂汚なき物と思ふかな研けば光ることを忘れて〈総説(初版)〉 今日の日は暮果てたれど今更に業怠りし事をしぞくゆ〈総説(初版)〉 量り無き教の玉と成なんと朝夕心研きこそすれ〈総説(初版)〉 真寸鏡見むと思へば外国の醜の教の塵をはらへよ〈第1章〉 何事も神の御教に任すこそ罪を清むる便りなりけれ〈第2章〉 ヒマラヤの山より高き神教は高天原に昇るかけはし〈第2章〉 刈ごもの乱れたる世を治めむと本つ教を説きひろめたり〈第3章〉 親々の立てたる教をひと筋に守るはおのが願ひなりけり〈第3章〉 日も月も天津御神の造られし物と思へばわが物は無し〈第4章〉 親しきは常のことなり皇神の直なる御法曲ぐるべしやは〈第6章〉 世の人の口の車に乗せられな悪魔は人の口を借るなり〈第6章〉 踏て行く神の正道広けれど心せざればつまづきぞする〈第6章〉 五十鈴川澄み渡りたるひと筋の清き流れは世を洗ふなり〈第7章〉 神といへば皆かしこくや思ふらむ鬼をろちあり曲津霊もあり〈第8章〉 我こそは神の教の御柱と誇りたかぶる醜のとりつぎ〈第8章〉 勇ましく事はなすとも恥づること知らずば遂に争とならむ〈第9章〉 真心をこめて御教をとく舌の剣に亡ぶ曲津霊の神〈第9章〉 選まれて教の柱と生れたるひとの言霊世を活かすなり〈第12章〉 大方の世人の眠りさましたる人は現世の木鐸なりけり〈第12章〉 神つ代の神の御典を明めて本津大道に世人を導け〈第13章〉 二世契る夫婦の間も踏みて行く道し違へば憎み争ふ〈第14章〉 博愛の神の教を聞かずして身を亡ぼすは己が為す罪〈第14章〉 神言を正しく説きたるひとつ火の光は闇世の灯台なりけり〈第14章〉 君のため御国のために尽したる人をなやむる暗世忌々しき〈第14章〉 奇魂曽富戸の神と生れたる人は現世の導師なりけり〈第14章〉 蹴落され踏みにじられて世のためにつくせしひとは真の神なる〈第16章〉 斯の道の蘊奥を深く究めたる人のひらきし三五の教〈第17章〉 逆しまの世に悩みたる人草を生かさむとして天降りし神子はも〈第17章〉 天津空ゆ地上のために降りたるひとの子独り世を偲び泣く〈第17章〉 神殿に神は在ねど人々の斎かむたびに天降ますかも〈第18章〉 皇神の恩頼に報いむと直心かけて拝む斎庭〈第18章〉 国々の神の政を知食す生国魂の御勲功著きも〈第19章〉 敷島の道開きたるひとの声は天地四方に鳴り渡るなり〈第21章〉 皇国のために誠を尽したる人の子攻むる世こそ歎てき〈第21章〉 背に腹を替へて斯の世に降りたる人の子攻むる世こそ歎てき〈第22章〉 形ある宝に眼くらみなば罪に汚れし身となりぬべし〈第22章〉 人を愛で慈しむとも天地におそるるなくば道にさからふ〈第22章〉 味気なき舌の剣や大砲は万のあだを招き集むる〈第22章〉 久方の天津御神の御心は人の魂の基なりけり〈第23章〉 肝向ふ人の心は天地の神のまにまに動きこそすれ〈第23章〉 軒ゆがみ壁の落ちたる人の家に産声あげし瑞御魂かも〈第24章〉 反きたる人も吾が子の如くして神は恵みに活かせたまはむ〈第26章〉 高天原紫微の宮より降りたるひとつの魂ぞ世の光なれ〈第27章〉 千早振神の任さしに天降りたる人の御魂は顕幽に照る〈第27章〉 苦しみて数多の人に使はれて始めて人を使ふの道知る〈第29章〉 命まで道に捧ぐる心あらば如何なる事も叶はざらめや〈第29章〉 天津神依さし給ひし真心も省みせずば曲津霊とならむ〈第31章〉 年若き時より神と呼ばれたる人の世に立つ五六七の神代かな〈第32章〉 何もかも知りつくしたる人の子の出づる五六七の御代ぞ待たるる〈第32章〉 和妙の綾の聖地に召されたる人は伊都能売みたまなりけり〈第33章〉 奴婆玉の闇に御魂を汚したるひとを清むと伊都能売の神〈第33章〉 根底までおちたる人を救はむとミカエルとなり現れし伊都能売〈第34章〉 腹借りて賎ケ伏家に産声をあげたるひとの神の子珍らし〈第36章〉 王仁といふ韓の物識皇国にそぐはぬ教を伝へけるかな〈第37章〉 同じ名の出口の王仁は日の本の本つ教を開き初めけり〈第37章〉 足曳の山路を夜半にたどる身は月の神こそ力なりけり〈第39章〉 石の上古事記は神つ代の神のいさをのしるべなりけり〈第39章〉 素盞嗚の神の命の作らしし三十一文字は言霊の本よ〈第39章〉 敷島の歌の調べは知らねども世人のために作りそめけり〈第39章〉 知らずして知り顔なすは曲霊の神に魅れし人にぞありける〈第40章〉 吾こそは神の霊の宮居ぞと世人を欺く曲津霊の神〈第40章〉 越国の雪より清き大道も世は白妙のとく人もなし〈第41章〉 千早振神の教をかしこみて駒立てなほす元の住処へ〈第42章〉 言霊の幸ふ国に生れきて神の御声を聞かぬ人あり〈第43章〉 千早振神ぞあらはれきたのそらの綾の高天に教伝へますも〈第43章〉 烏羽玉の世を晴さむとあらがねの地の御祖は現れましにけり〈第43章〉 言霊の天照る国の尊とさは神の御声を居ながらに聞く〈第45章〉 恥かしく無きまで心洗へかし身魂の審判はじめかくれば〈第46章〉 何事がありとも世びと心せよ罪ある限り祓ひ清むる〈第46章〉 久方の天津空より降りたるひとつの御魂は神の楯なる〈第48章〉 不思議なる赤縄の糸のからみたる人の子つひに世に勝てるなり〈第48章〉 現し世の総ての人に幽世の様教へむと神現れましぬ〈第49章〉 隔たりし天と地との結びより生れ出でたる人の子神の子〈第49章〉 幽世の事はなほ更現し世の事さへ知らぬ神の子うたてき〈第49章〉 如何にして知らさむ由もなきじやくり神の心は山時鳥〈第49章〉 霊交活力体因出燃地成弥疑足諸血夜出の神の功績〈第50章〉 隠身而形も見えず声もなきまことの神は御中主なり〈第50章〉 元の神人の初まりつばらかに知りたる者は神の外無し〈第50章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 08 不意の邂逅 | 第八章不意の邂逅〔一五八〕 道貫彦は常世姫の快諾を得て、中央の高座にのぼり満場の諸神司にむかひ一礼していふ。 『我はモスコーを管轄する八王道貫彦なり。今日はじめて常世彦の至仁至愛にして毫末の野心もなく、真個世界平和を欲求したまふ至誠のあまり今回の大会議を開催されたることと確信す。諸神司試みに現今地の高天原の状勢を見られよ。天地の律法は有つて無きがごとく、綱紀は弛緩し、邪神は至善至美至仁の仮面をかぶりて聖地に出入し、天使真心彦は糸竹管絃に心を奪はれ花顔柳腰に心魂をとろかし、つひには自決するのやむなきに立ちいたれり。天使の行動にして斯のごとしとせば、その他の神人の悪行非為や知るべきのみ。第一、天使長たりし沢田彦命は神命を軽ンじ、律法の尊厳を無視し、薄志弱行の心性を暴露し、聖地の紛糾混乱を余所に見て還天したるごとき無責任極まる行動を敢てし、ために聖地の秩序をみづから破りたるにあらずや。その片割たる真心彦の後嗣広宗彦は、やや反省するところあるもののごとく、神政経綸のため最善の努力を竭しつつありといへども、元来無責任にして放埒きはまる真心彦の血統を享けたる者なれば、言、心、行、常に一致せず、ために聖地の神人が日に月に聖地をはなれ、各地に居住を定め、邑に君となり、村に長となり、たがひに権勢を争ひ戦乱止むなき常暗の現代を招来したり。いかに智仁勇兼備の神将と称へらるる広宗彦といへども、今日のごとく敗亡の域に瀕せる聖地ヱルサレムの神政を恢興し、回天の大神業を遂行すること思ひもよらず、かつ聖地の勢力は至つて微弱にして、いつ顛覆の運命に遭遇するやも計りがたく、嵐の前の朽樹のごとき状態なり。このさい常世城の八王大神にして聖地の神政を根底より破壊し、おのれ取つて代り神政を管掌せむと計りたまはば、じつに焼鎌の敏鎌をもつて葱を刈り取るごとく易々たる業のみ。しかるに至仁至愛にして、世界の万有にたいし、恵みの乳房を抱かしめむとして苦心焦慮したまふ、常世彦のごとき至誠至実の神司は、はたして何処にか之を求めて得るものぞ。我々は八王大神御夫婦の万有に対したまふ平等なる大慈愛の大御心に対し奉りて感歎措くところを知らず、じつに八王大神は天来の救世主にして、国祖国治立命の股肱たるべき真正の義神なれば、我らは世界永遠の平和のために率先して、八王神の聖職を退き一切の権能を八王大神に奉り、一天四海の平和のさきがけを為さむ。諸神司はいかが思召したまふや、現にわが肉身の娘春日姫は永く大神の近側に奉仕し無類の慈愛に浴し、至善至愛の神司にゐませることを証言したるに見るも、一点八王大神を疑ひたてまつるの余地、寸毫も発見することあたはず。行成彦の主張のごときは、ほとんど歯牙にかくるに足らざる、短見的愚論にして耳をかすの価値なきものなり。諸神司にして吾が言ふところをもつて是としたまはば、直ちに起立をもつて賛成の意を表したまへ』 と陳べたて悠然として降壇したりける。常世姫以下二女は依然として壇上に立ち、その艶麗国色の誉れを輝かしゐたり。八王八頭その他の国魂をはじめ、諸々の神人は何の言葉もなく、黙然として呆気に取られ、眼球を白黒に転回させ、口をへの字に結び何人かの答辞を待ちゐたりける。 このとき場の何処よりともなく、 『満場の神人たち、常世彦の奸策に陥るな、注意せよ。悪魔は善の仮面をかぶりて世を惑はすぞ』 と大声に呶鳴りしものあり。常世姫をはじめ列座の神人は、何神の声なるかと四隅を見渡したるが何の影もなかりき。常世姫は声を震はせ息をはづませながら、諸神司にむかつていふ。 『諸神司、よろしく心魂を臍下丹田に鎮めよ。好事魔多し、寸善尺魔とはただ今のことなり。天下を混乱せむとする邪神妖鬼の言に迷はさるること勿れ。良果には虫害多く善神と善人には病魔常につけねらふ。神界をして永遠無窮に至治太平ならしめむとするこの神聖無比の議会を根底より破壊せむとして、数万の悪鬼羅刹は場の内外に充満せり。寸毫といへども油断あるべからず。すみやかに諸神司は八王の撤廃に賛成されむことを望む』 と容色を柔げ笑を満面に湛へて述べ立てたり。諸神司は何ゆゑか口舌をしばられたるごとく一言をも発すること能はず、かつ全身麻痺して微躯とも動くを得ざりしがため起立して賛意を表すること能はず、ただおのおの目を円くしてギロギロと異様の光を放つのみなりけり。 このとき壇上の八島姫は口をひらき、 『妾は南高山の八王大島別の娘なりしが、ある一時の心得ちがひより父母を捨てて城内をひそかに脱出し、それより世界の各地を漂浪し、零落して四方を彷徨せし折しも、至仁至愛なる常世彦の部下に救はれ、言舌につくしがたき手厚き恩恵に浴しその洪恩譬ふるにものなく、日夜感謝の涙に暮れゐたりしに、思ひきや、勢力徳望天下に冠絶せる八王大神夫婦の殊寵を忝なうし、今やかくのごとく畏れおほくも姫命の侍女として、春日姫と相ならび一日の不平不満もなく近侍し、二神司の神徳の非凡にして大慈大悲の救世主にましますことを覚り、洪恩の万一にも報いたてまつらむと寸時も忘るることなし。諸神司は妾のこの証言を信じて、一刻も早く原案に賛成され、もつて永遠平和の神と後世まで謳はれたまはむことを、天地の大神に誓ひて勧告したてまつる』 と述べ立つる。このとき会場の一方より常世姫に登壇の許可を請求せる八王あらはれにける。さて、この結末は如何になり行くならむか。 (大正一〇・一二・一七旧一一・一九出口瑞月) (第六章~第八章昭和一〇・一・一九於錦江支部王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 09 大の字の斑紋 | 第九章大の字の斑紋〔一五九〕 常世姫の快諾を得て今や中央の高座に現はれたる神司は、南高山を主管する八王の大島別なりき。命は登壇するや否や、八島姫の全身に眼をつけ、頭上より足の爪先まで異様の顔色すさまじく熟視し、ややしばらく無言のまま壇上に突つ立ち瞑目をつづけ、思案に暮るるものの如くなり。満場の諸神人は大島別の態度の尋常ならざるに怪訝の念を湧起し、たがひに眼と眼を見合せゐる。場内はあたかも水を打つたるごとき静寂の空気漂ふ。 大島別はやうやく口を開いていふ、 『満場の神人よ、活目張耳して今回の会議を熟慮されよ。昨日の議場の怪といひ、種々合点のゆかざることのみ多かりしに、今日またもやその怪はますます怪ならずや先刻道貫彦の賛成説を吐露するや、たちまち中空に怪声あり、…常世彦の奸策に陥るな、悪魔は常に善の仮面を被るものぞ、諸人注意せよ…と呼ばはりしその声は、果して何神の発声なりしぞ。おそらくは現場に出席したまふ神司らの声には非ざるべし。我は之をもつて全く天津神の御注意の御声なりと断言して憚らざるものなり。現に見よ、いまこの壇上に立てる八島姫はいかにも我娘の八島姫に酷似して、その真偽を判別せむとするは、現在の父たる吾においても、これに困しまざるを得ざるまでに克くも化けたり。これをもつて察するときは常世姫はじめ春日姫、八島姫の三女は、けつして正しきものにあらず。かならず妖怪邪鬼の変化なるべし。現に吾が娘八島姫は一度ある事情のために、城内を脱出し、諸方に彷徨せしことあるは事実なれども、忠実なる従者玉純彦の苦辛惨憺の結果、スペリオル湖の南岸において姫に邂逅し、ただちに姫を南高山にともなひ還りたれば、我は南高山にありて姫の孝養を受け日夜傍を放れしことなし。しかるに一応合点のゆかぬは、いま眼のあたり八島姫の堂々としてこの壇上に現はれ、小賢しき駄弁を振ひをることなり、吾は二柱の八島姫を産みし覚えなし。思ふに、この八島姫なるものは、妖怪変化の作用に相違なし。吾いまその正体を曝露し、諸神人の眼を醒し参らせむ』 と言ふより早く長刀を抜きはなち、電光石火の迅業に八島姫の首は壇上に落ちたるかと思ひきや、八島姫はヒラリと体をかはし、悠然として直立し、微笑をたたへながら、 『父上よ心をしづめて妾が言葉を聞きたまへ。大事の前の小事、早まつて噬臍の悔を後日に貽したまふな』 と、泰然自若すこしの恐れげもなく述べたてけり。 大島別は八島姫の少しも動ぜざる、その態度にあきれ、やや躊躇の色見えたる折しも、玉純彦はまつしぐらに壇上に登り八島姫の前に立ちふさがり、言葉を荒らげ肩をそびやかし、眼を怒らせながら、 『汝は必定常世の国の邪神の変化なること一点疑ふの余地なし。汝いかに巧みに変化して神人を誑惑せむとするも、吾一人のみは欺き得ざるべし。八島姫には他神人の知らざる特徴あり吾は常に姫に奉侍してその一部身体の特徴を知悉す、第一には額に巴形の斑紋なかるべからず、第二には左の肩のあたりに大の字形の紋あり、汝果して八島姫ならばその斑紋を明らかに吾が前に示して證明せよ』と言葉鋭く詰め寄れば、八島姫はカラカラとうち笑ひ、 『愚なるかな玉純彦、汝かくまで妾を疑ふならば、今その證拠を顕はさむ』 と額に塗りつけたる白粉を、両手をもつて擦りおとし、 『玉純彦これを見よ』 と額を突出し見せたるに、擬ふ方なき巴形の斑紋は歴然として表はれたり。玉純彦は眉毛に唾し眼をこすり、吾と吾が頬を爪もてつまみ、不審の眉をひそめて、八島姫を深く見つめてゐたり。八島姫はまたもや笑つて、 『いかに玉純彦よ、妾の妖怪変化に非ざることを悟りしや』 と言ひながらクルリと背を玉純彦の方に向けたり。玉純彦はその後姿を首筋から足の下まで打ちながめ、長き舌をまき太き息を吐きながら、 『この畜生奴、よくも完全に化けをつたなあ』 と思はず叫ぶ。八島姫はやや声をとがらせ、 『汝は主の姫女にむかつて無礼の雑言畜生奴とは何事ぞ』 と向きなほり柳眉を逆立て叱りつけたるに、玉純彦はその真偽の判断に苦しみける。玉純彦は半信半疑の雲につつまれ壇上に諸神人とともに、無言のまま暫時突立ち居たり。八島姫は、 『汝はこれでも疑ひを晴らさざるか』 と言ひつつ片肌を脱ぎ、左肩の大の字の斑紋を示したるより、玉純彦はその場に平伏し無礼の罪を陳謝したり。 大島別は、初めて疑ひ晴れたれど、南高山にある、八島姫の身上についてふたたび疑問を喚び起さざるを得ざりけり。第一の不審は、城内の八島姫には巴形の斑紋の有無に気づかざりし故なり。玉純彦もまた巴形の斑紋の消え失せたるものと考へゐたるが、いま目のあたり確固不動の証拠を見て、南高山の八島姫を疑ふこととなり、大会議の壇上に我身の立てることさへも気づかずありける。このとき南高山より大島別の後を追いつつ八島姫きたれりとの報告あり。アヽこの判別は如何。 (大正一〇・一二・一七旧一一・一九出口瑞月) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 17 殺風景 | 第一七章殺風景〔一六七〕 さすがは稚桜姫の娘にして、智勇兼備の常世彦の妻だけありて、かかる紛糾混乱せる議場の猛烈なる反対派の神たちの反駁も、攻撃も、突喊もほとんど鎧袖一触の感じも抱かざるごとき悠然たる態度をもつて、よく胸中の野心と不満とその希望を、優雅なる歌もて遺憾なく表白し、諸神人の心胆を柔げ、且つその大度量に敬服せしめ、反対側をして一言一句を挟むの余地無からしめたる手腕は実に天晴なり。あたかも清風爽々として巷塵をおもむろに吹き散らして一片の埃影をも止めざるの概ありき。 満座の神人は常世姫の堂々として動かず、悠々として騒がず焦慮らず、小児にたいする大人のごとく、綽々として余裕ある長者の態度に心胆を呑まれ、一柱といへども立つて之を反駁する神人なかりたり。 この時、モスコーの従臣森鷹彦は瓢然として自席より身を起し、八王大神に向つて発言権を請求し、骨格衆に秀でたる仁王のごとき巨躯を提げ、足早に一歩一歩場内をヤツコスの六方踏みしごとき調子にて、節くれ立つた両腕に拳を固く握り、腕を広く左右に張りつつ威勢よく登壇したり。森鷹彦はモスコーの爆裂弾と称へられ居る強力にして、無鉄砲なる英傑なりける。 常世姫の言霊の威力に呑まれて堂々たる八王、八頭をはじめ、その他の神人らの一柱として反駁を試むるものなき腑甲斐なさを見て心中深く憤懣し、終に耐へかねて登壇を試みたるなり。森鷹彦は壇下に居並ぶ諸神人に赭顔を曝し睨みつけ、つぎに身体をクルリと常世姫の方にむけ、嬋娟たる美容を頭上より脚下まで熟視し、口唇をへの字形にかたく結び、巨眼をむき出し、忌々しげに太き息を猛虎の嘯くごとく吹き立てたる。その形相の凄じきこと、悪鬼羅刹の怒りたる時の如くなりけり。 森鷹彦は舌端火を吐きながら満座に向つて声を励まし、 『そもそも今回の大会議については、八王大神の世界を永遠に平和ならしめむとする、大慈大悲の至誠より発起されたるものと聞きおよぶ。しかし表面的理由は如何とも名づく可けれども、その落着く心の真の精神の如何については、十分考量を要すべきことと思ふ。本会議に臨みたまふ八王、八頭は申すにおよばず、その他の神人はいづれも神定の聖地ヱルサレムの地上高天原において、国祖国治立命の神定によりてその身魂々々に匹敵する神界の天職を命ぜられたる、至厳至重の聖職に奉仕すべき天賦的大使命を負はせらるる方々ならずや。しかるに何ンぞや、大神の天使たる八王をはじめ、その他の神司の今日の行動は、天地神明の聖慮を無視したる反逆的悪事にあらざるか。かれ八王大神なるもの果して何の特権あるか。かれは国祖の神任によりて八王大神と成りしに非ず。ただただ時の力を利用し、体主霊従的行為を続行して数多の邪神を蒐集し、自らその頭目となりしものにして、一言にして論ずれば彼のごときは、天則違反自由行動の反道者たるのみ。素性賤しき野蕃神の成り上りにして真正の天使にあらず、天下を掠奪せむとする一大盗賊の徒なり。吾々は彼が如き大盗賊をして心底より悔い改めしめ、善道に導き、大神の慈徳の洪大無辺なるを悟らせ、身魂ともに天国に救ひ与へむとの真情より、はるばると本会議に参列したる次第である。然るに諸神司はかかる天則を破る大盗賊の配下となり、神より任命されたる各自の聖職を捨てむとするや。八王以下の聖職は神の職を任けられたる貴き天職にして、決して個人の自由に左右すべきものにあらず、諸神司はよろしく我が天職を反省し、軽々しくかかる暴論暴挙に耳を藉し、参加して国祖の神慮を怒らしむる勿れ。吾々は八王大神にして心底より省み、前非を悔い改め、天地の真理を覚り大神の律法に背戻するの罪を畏こみ、また八王大神らの奸策にのりて野天泥田に陥りたるその無智を恥ぢ、断然として今回の会議を脱退し、天賦の聖職を尊重し、聖地ヱルサレムにおいて神慮に叶へる至善至真の会議を開催されむことを望む』 と大声疾呼しつつ降壇せむとし、たちまち巨躯をクルリと返へし、ふたたび演説を始めたり。 『諸神司はくれぐれも真の神の恩徳を忘れたまふことなく、至誠の真心を発揮し今日の失敗を大神に泣謝し、蕃神八王大神大自在天の陰謀を根底より破壊し、以て神の前に清き、赤き、直き、正しきを顕彰されよ。我は微賤の者なりといへども、世界平和のため、律法保護のためには、決して諸神司の後に落ちざるものである。アヽ八王大神よ、常世姫よ、寸時も早く至誠にかへれ。アヽ満場の諸神人も、片時も速かに迷夢を醒ませ。悪魔は善の仮面を以て善なる神人を誑惑す。正邪理非曲直の判断に迷ふなかれ』 と現在名声を世界にとどろかし、勢力巨大なる八王大神の前をも憚らず、洒々然として猛烈に攻撃の矢を放ちたるその大胆不敵さに驚かざるはなかりける。要するに森鷹彦は一意専心に大神の神威を畏れ、神徳の洪大無辺なるを確信するより、かくのごとき強敵の前をも憚らず、諄々として大胆に、率直に所信と抱負を無遠慮に叶露することを得たるなり。アヽ信仰の力は山をも動かすとかや、千祈万祷至誠一貫して以て山動かざる時は、吾より往きて山に登らむてふ確固不抜の信仰あらば、天下何ものか之に敵し得むや。森鷹彦の熱心なる大々的攻撃も悪罵も流石の八王大神において、如何ともすること能はざりしは、全く信念の力の致す所といふべし。 (大正一〇・一二・二〇旧一一・二二出口瑞月) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 20 長者の態度 | 第二〇章長者の態度〔一七〇〕 森鷹彦の峻烈なる攻撃演説と、猿田姫の流暢なる水も漏さぬ歌意とによつて、並居る満場の諸神司はややその本心に立復り神威の畏るべく、神律の儼として犯すべからざるを今さらの如く自覚し、神人らは以心伝心的に八王大神らの今回の言動の信憑すべからざるを固く知了したるごとき形勢は、会場の各所に漂ひける。この形勢を目敏くも見てとりし八王大神は、ヤオラ身を起して演壇の前に立ち現はれたり。 さて八王大神常世彦は頭髪長く背後に垂れ、身躯長大にして色白く、眼清く、眉正しく鼻は高からず低からず、骨格逞しうして神格あり、何処となく長者たり頭領たるの権威自然に備はり、諸神人の猛烈なる攻撃も嘲罵も、少しも意に介せざるがごとく、如何なる強敵の襲来も、たとへば鋼鉄艦に蝶々の襲撃したるごとき態度にて悠々せまらず、光風霽月の暢気さを惟神に発揮しゐたりけり。かくのごとき神格者の八王大神も、少しく心中に欲望の念萠さむか、たちまち体主霊従的行動を敢行して憚らぬまで神格一変したりしなり。心に一点の欲望おこるや、宇宙間に充満せる邪神は、その虚に乗じて体内に侵入し、ただちにその神格をして変化せしめ、悪心欲望をますます増長せしめむとするものなり。ゆゑに八王大神も常世姫も、天授の精魂体内を完全に支配するときは、じつに智仁勇兼備し且つ至聖至直の神格者となり得る人物なり。邪神の憑依せしときの二人は、俄然狂暴となり、時に由つては意外の卑怯者と変ずることあり。如何に善良なる神人といへども、その心中に空虚あり、執着あり、欲望あるときは直様邪神の容器となる。実に恐るべきは心の持方なりける。これに反し、至誠一貫わづかの執着心も欲望もなき神人は、いかなる場合にも恐怖し嗟嘆し失望することなく、行成彦のごとく、敵城にありながら少しも恐れず滔々として所信を述べ、その目的の達成に努力を吝まず、その使命を完全に遂行することを得るものなり。 常世彦は悠々せまらず静かに壇上に行儀正しく佇立し、温顔に溢るるばかりの笑を湛へて両手を揃へて卓上におき、ややうつむき気味になりて、諸神人の面上を見るごとく見ざるごとく、諄々として口演を始めたり。 『あゝ満場の諸神司ら、吾が最も敬愛するところの八王をはじめ、慈愛と正義の権化とも称ふべき神人らの前に、謹ンで吾が胸中に深く永年納めおきたる赤心を吐露し、もつてその同情ある御了解を得て、這般の大会議の目的を世界平和のために達成せむことを、天地の神明に誓ひ、至誠をもつて貫徹せむことを希望する次第であります。そもそも、宇宙の大元霊たる大国治立命の大宇宙を創造し、太陽、太陰、大地および、列星を生み成し洪大無辺の神業を樹て給ひしは、万有一切の生物をして、至安至楽の世に永遠無窮に栄え住はしめ、かつ宇宙の大意志を完全に遂行せしめたまはむが為であります。大神は太陽を造り、これに附するにその霊魂と、霊力と霊体をもつてし、太陽の世界にその守護神を任じたまひ、太陰にも同じくその霊魂と霊力と霊体とを附与して、各自の守護神を定めて、太陽界と太陰界の永遠無窮の保護神として、それぞれの尊き神をして守護せしめたまふ如く、我地上にも大国治立命の分霊をして、これを守護せしめたまふたのであります。これぞ、吾々の日夜尊敬して止まざる大地の主宰たる国治立命であります。賢明にわたらせらるる諸神司の方々は、吾々のごとき愚者の言は、耳を傾くるの価値なきものとして一笑に付して顧みられざるは、当然であらうと思ひます。しかしながら、宇宙一切のものには凡て本末がありますから、幼稚極まる論説でありますが、今日は天地開闢にも比すべき神聖祥徴の大会議でありますから、賢明なる諸神司の特に御承知のこととは存じながら、神の御恩徳を讃美したてまつるために、謹ンで天地根本の大道より説きはじめた次第であります。そもそも我地上の大主宰にまします、国祖の国治立命は、鋭意世界の平和と、進歩発達の聖業を完成せむと、不断の努力を続けさせたまふは、諸神司の熟知さるるところと堅く信じて疑はざる次第であります。国祖は大慈大悲の大御親心を発揮し、神人その他の生物をして各自そのところを得せしめむと、大御心を日夜に砕かせたまふは、吾々は実に何ンとも申上げやうのなき有難きことであつて、その洪恩に報いたてまつり、大神の御子と生れ出でたる地上の万有も、大神の御心を心として、吾々はそれぞれ神のために、最善の努力と奉仕を励まねばならぬのであります。国祖の神は、その御理想を地上に完全に遂行せむがために、ここに国魂の神を祭り、八王、八頭を配置し、もつて神政の完成を企図したまひしことは、諸神司も御承知のことと思ふのであります。しかるに、現今世界の状況をつらつら思考するに、賢明なる八王、八頭の方々の鋭意心力を尽して治めらるる各山各地は、いづれも星移り月代りて、次第に綱紀は緩み最早収拾すべからざるに立到つたことは、直接その任に当りたまふ、諸神司らの熟知さるるところでありませう。かくのごとき世界の混乱を放任して、これを修斎せざるは、果して国祖の御聖慮に叶ふものでありませうか、いづれの神司らも、我々としては実に申上げがたき言葉でありますが、これでも、立派に国祖の大御心を奉体されてをらるるのでありませうか。国祖は現代の世界の状況を見て、いかに思召したまふでありませうか。吾々は、深夜ひそかに国祖の神の大御心を推察したてまつるときは、熱涙滂沱として腮辺に伝ふるを覚えざる次第であります。仁慈に富ませたまふ、国祖の神の御聖慮はいかに残念に思召さるるでありませう。一旦神命を下したまひて八王と定めたまひし以上は、その不都合なる神政をおこなふ神司が、万々一ありとしても、神司らの体面を重ンじ、容易にその御意思を表白したまはず、神司らの本心に立復り、神意の神政をおこなふを鶴首して待たせたまふは、必定であらうと思はれます。アヽ国祖は今日の八王らの、優柔不断の行動を見て、日暮ンとして途遠しの御感想をいだき、内心御落涙の悲惨を嘗めたまはぬでありませうか。吾々神人の身をもつて、国祖の大御心を拝察したてまつるは畏れ多きことではありますが、大神は必ずや、各山各地の八王の退隠を、自発的に敢行するのを希望されつつ、心を痛めさせたまはぬでありませうか。諸神司はここにおいて、一つ御熟考を願はねばなりませぬ』 と自発的八王の退隠を慫慂したりける。並ゐる八王、八頭は、国祖を笠にきての堂々たる八王大神の論旨にたいして、一言半句も返す辞なく、羞恥の念にかられて太き息を吐くのみなりける。この時いかがはしけむ、八王大神の顔色俄に蒼白となり、アツ、と叫ンで壇上に打倒れたり。アヽこの結末は如何に治まるならむか。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 22 窮策の替玉 | 第二二章窮策の替玉〔一七二〕 いかなる美事善事といへども、天地根本の大神の御許容なきときは、完全に何の事業といへども、成功すること不可能なり。世界の一切はすべて神の意志のままにして、神は宇宙一切をして至美至善の境界に転回せしめむとするが第一の理想にして、かつ生命なり。ゆゑに如何なる善なる事業といへども、第一に神明を祭り、神明の許諾を得て着手せざれば、その善も神をして悦ばしむることを得ず。つまり神の眼よりは、自由行動の所為と見られ、かつ宇宙の大本たる神明の尊厳を犯すものとなるがゆゑなり。いはンや、心中大なる野心を包蔵し、天下の神人を籠絡したる八王大神、および、大自在天一派の今回の常世会議における、紛糾混乱怪事百出するなどは、国祖の神の大御心に叶はざりし確なる證拠なるべし。これを思へば人間はいかなる善事をなすも、まづ神の許しを受けて、至誠至実の心をもつて熱心にとりかからざるべからざるものなり。 ある信徒の中には、抜けがけの功名を夢み、神のため道のため、非常なる努力をはらひ九分九厘の域に達したるとき、その誠意は貫徹せずしてガラリとはづれることあり。その時にいふ、吾々は神のため、道のため、最善の努力をつくすにもかかはらず、神はこれを保護したまはず。神は果してこの世にありや。一歩をゆづつて神が果してありとせば、無力無能理義を解せざるものと嘲罵し、あるひは恨み、つひには信仰より離るる者多し。しかしそれこそ大なる誤解慢心と云ふべし。神が人間をこの世に下したまへる目的は、何事も神の命のまにまに、天地の経綸に当らしめむが為なり。もし、神にして善事ならば自由行動をなしても差支なしとする時は、ここに宇宙一切の秩序を破壊するの端を開くことを忌みたまふが故なり。ゆゑに、一旦神に祈願し着手したることは、たとへその事が万一失敗に終るとも、ふたたび芽を吹き出し、立派に花咲き実る時期あるものなり。これに反して自己の意志よりはじめて失敗したることは、決して回復の時期はなきのみならず、神の怒りに触れて、つひには身を亡ぼす結果をきたすものなり。 八王大神はじめ、常世姫らの連日の献身的大活動も、最初に神の認可を得ず、加ふるに胸中に大野心を包蔵しての開催なれば、成功せざるは当然の理なり。しかして八王大神の壇上にて病気突発したるは、大江山の鬼武彦が、国祖の神命によつて、邪神の陰謀を根本的に破壊せむとしたる結果なり。八王大神の急病によりて、常世城の大奥は非常なる混雑を極め、そのためせつかくの会議も、一週間停会するのやむなきに立ちいたりぬ。八王八頭をはじめ、今回会議に集ひたる神人は、代るがはる八王大神の病気を伺ふべく、夜を日についで訪問したりしが、常世姫は代りてこれに応接し、一柱の神人もその病床に入ることを許さざりける。八王大神は、日に夜に幾回となく激烈なる吐瀉をはじめ、胸部、腹部の疼痛はげしく、苦悶の声は室外に漏れ聞へたり。かかる苦悶のうちにも、今回の大会議の成功せむことを夢寐にも忘れぬ執着心を持ちゐたるなり。大神の病は時々刻々に重るばかりにして、肉は落ち骨は立ち、ちようど田舎の破家のごとく骨の壁下地現はれ、バツチヤウ笠のごとく、骨と皮とに痩きり仕舞ひけり。 常世姫は、重なる神人を八王大神の枕頭に集めて協議を凝らしたり。常世姫はいかに雄弁なりといへども、この大会議をして目的を達せしむるには、少しく物足りなく、不安の感あり。どうしても八王大神の顔が議場に現はれねば、たうてい進行しがたき議場の形勢なりける。 ここに謀議の結果、八王大神と容貌、骨格、身長、態度、分厘の差もなき道彦に、八王大神の冠を戴かせ、正服を着用せしめて、身代りとすることの苦策を企てける。道彦は招かれて八王大神の病室に入りければ、常世姫は前述の結果を手真似で道彦に伝へけるに、道彦は嬉々として、ウーと一声、首を二三度も縦に振りて応諾の意を表しければ、神人らは道彦に衣冠束帯を着用せしめて見たるに、妻の常世姫さへも、そのあまりによく酷似せるに驚きにける。 (大正一〇・一二・二三旧一一・二五加藤明子録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 43 勧告使 | 第四三章勧告使〔一九三〕 常世彦は我が目的とする、八王大神の称号を国祖大神に迫つて、これを獲得し、旭日昇天の勢をもつて天下の諸神人に臨み、盤古大神を首長と仰ぎ、これをもつて国祖の位置に就かしめむと、内々準備を整へ、諸神人をふたたび常世城に集めて神界改造の相談会を開催したり。大自在天大国彦は、八王大神を極力讃美して、この際一日もはやく国祖の退隠を迫り、塩長彦をして神政神務の総統者に推戴するをもつて、世界救済の一大要点なりと主張したり。 ここに美山彦、国照姫は立つて、大国彦の主張に対しあらゆる讃辞を呈し、かつ、 『国祖大神をして、かくのごとく頑強固陋の神となさしめたるは、前天使長大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦および万寿山の頑老、磐樟彦以下の聖地の神人および女性側としては、前天使長高照姫命、真澄姫、言霊姫、竜世姫ら聖地の神司らの一大責任なれば、国祖の退隠に先だち、右の諸神人を聖地より追放し、根底の国に神退ふべきものなり』 と息をはづませ、肩を揺りながら述べ立てたり。 一旦聖地において全く悔い改め、本心に立帰りゐたる至善の神人も、いまは少しの油断のために、邪神の容器となり、いづれも挙つて国祖にたいし反抗の態度を執るにいたりたるは、果して時節の力か、ただしは因縁か、測度しがたきは神界の経緯なり。 神諭に曰く、 『時節には神も叶はぬぞよ』 と、全大宇宙の大主神たる大六合治立尊の御分身にして、宇宙の大主権神たる、国祖国治立命も、時節の力は如何ともすること出来得ざりしなり。至正、至直、至厳の行動は、かへつて多数の神人より蛇蝎のごとく忌嫌はれて、つひには悪神と貶せられ、祟り神と強ひられ、悪鬼の巨頭艮の金神と名称を附して、大地の北東に居所を極限さるるにいたりたまへるも、神界経綸上止むを得ざる次第ならむか。 このたびの常世城の会議は、前回のごとく少しも騒擾紛糾の光景を現出せず、和光同塵、体主霊従的神政を謳歌せる神人(邪霊の憑依せる)のみの集会なりしゆゑ、全会一致をもつて、まづ国治立命をして、大八洲彦命、高照姫命以下の神人を根の国底の国に追放せしめ、その後において、国祖の自発的退隠を迫ることに一決したりける。ついてはその衝にあたるべき神司の選挙をなさざるべからざれば、ふたたび自決勧告使たるべき神人を物色したりしが、この時大国彦の重臣大鷹別は進ンで、この大切なる使命は吾々ごとき小人の能く耐ふるところにあらずとし、智徳兼備の八王大神および大自在天の御尽力を乞ふのほかなきを主張したれど、八王大神は何か心に期するところあるもののごとく、首を縦に振らざりけり。その場に威儀儼然としてひかへたる大国彦も、無言のまま首を横に振りゐたりける。美山彦、国照姫は立上がり、 『今回の勧告使は、畏れながら小神に任じられたし』 と切り出しけるに、常世彦も、大国彦も言ひ合はしたるごとく頓首きて、承諾の意を表示したり。 美山彦、国照姫は諸神人の一致的賛成のもとに、意気揚々として勧告使となり、聖地ヱルサレムの宮殿に参向し、国祖に対面せむと、数多の神人を引率して聖地に向け帰途に就きける。 常世彦命はまたもや八王大神の資格をもつて聖地に帰還せむとするに先だち、盤古大神の輔佐として、大国彦の従臣大鷹別をして常世城の主管者に任じ、かつ部下の神人をして、各自に神政を分掌せしめ、八百万の神司を引率して、ヱルサレムを指して旗鼓堂々天地も震撼せむばかりの勢にて、上り来たりぬ。先に勧告使として帰還したる美山彦、国照姫の使命は果して完全に成功せしや疑はしき限りなり。 (大正一〇・一二・二九旧一二・一出口瑞月) (第三六章~第四三章昭和一〇・一・二二於佐賀市松本忠左氏邸王仁校正) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 附録 第二回高熊山参拝紀行歌 | 附録第二回高熊山参拝紀行歌 王仁作 高熊山参拝者名簿 (大正十一年二月五日) (一) 大き正しき壬の戌の節分祭すみて 神の出口の道王く仁慈の三代の開け口(出口王仁三郎) 直く正しく澄渡る心も清き大空二(出口直澄) 大本瑞祥会々長湯川貫一始めとし(出口大二) 神徳高木高熊の四十余り八ツの宝座をば(湯川貫一) 拝して神慮を息めむと金鉄溶かす信仰の(高木鉄男) 心も固き益良男が御国に尽す真心は 天地の神もうべなひて雲井の上に留五郎(井上留五郎) 神と君とに捧げむと孕む誠は世の人の 夢にも知らぬ岩田帯二十五年の久しきを(岩田久太郎) 耐り詰めたる太元の前の教主の王仁三郎 教の花も桜井の一視同仁神界の(桜井同仁) 経綸に開く白梅の四方に薫るを松心(松村仙造) 村雲四方に掻別けて須弥仙山にこしを掛け 天地を造りし大本の神の稜威は内外の(外山豊二) 国々嶋々山川に豊二あらはれ北の空(原あさ) 光もつよき天の原あさぢケ原もいやひろこ(原ひろこ) 遠き近きの別ちなく世はあし引の山ふかみ(遠山一仁) 神人一致仁愛の祥たき御代となりぬらむ 東は小雲西四ツ尾川を隔つる吉美の里(東尾吉雄) 中に雄々しき竜やかた節分祭も相すみて 同じ心の信徒がさきを争ひステーション(同さき) 汽車に揺られて勇ましく東尾さして進み行く(東尾万寿) 名さえ芽出度万寿苑瑞祥会の大本部(森良仁) 神の真森も良仁の和知の高橋打ち渡り(高橋常祥) 常磐の松の心もて瑞祥閣に入りにけり 大井の河も名をかへて保津の谷間降り行く(河津雄) 水勢益々雄大に鳴り響くなる高熊の 小竹小柴の中分けて玖仁武彦や小和田姫(小竹玖仁彦) 神の聖跡を慕ひつつ常磐の松の色も吉く(小沢常吉) 茂りて高井神の山いこう間もなく登り行く(高井こう) 田二と谷とに包まれし巌に繁る一ツ葉の(田二谷繁) 色青々と威勢よく栄え三谷の眺め良し(三谷良一郎) 一行二百五十人祝詞の声も清郎に 藤蔓生ふる坂道を津たいて暹む神の子が(藤津暹) 同じ心の神の道ひさを没する草原を(同ひさ) 射る矢の如く走り岸役員信者が金鉄の(矢岸金吉) 誠の心ぞ雄々しけれ色吉く重れる松の山(重松健義) 健固の足の進み義く浜端ならぬ池の端(浜端善一) 善男美女の一隊は森の下路永々と(森永熊太) 熊もつつまず太どりゆく (二) 甲子四月江頭がしら右も左も知らぬ身の(江頭右門) 門口あけて上り行く大原山や経塚を(上原芳登志) 上るを芳登志神風や福井の空を笠に着て(福井又次郎) 又もや進む神の山次第に倉き馬の瀬の(倉瀬吉稚) ながめ吉ろしく稚雄が奥山さして夜の道 いなむ由なき稲川のいと泰らけく渡り行く(稲川泰造) 神の造りし蛙岩右手にながめて薄原 山口近くなりければ恒に似合ぬ山彦の(山口恒彦) とどろく声をしるべにて一視同仁博愛の(同安子) 神のふところ安々と足を早めて長谷川や(長谷川八重子) 八重津草村藤の蔓ふみ分け進む太間子原(津村藤太郎) 拓く道芝茂り行く神の教えぞたふとけれ (三) 吾故郷に勝たれる神の御山哉世を渡す(吾郷勝哉) 小幡の橋の本清く流るる瑞の水勢は(橋本瑞孝尼) 忠孝々と響くなり由緒も深き宮垣内(垣口長太郎) 神の出口の長として世の太元の大神の 珍の言霊神賀の亀の瑞祥も充ち太郎(大賀亀太郎) 五六七の御代を松浦の教の道もいち治郎し(松浦治郎助) 人力車に助けられ気は針弓の遠き道(針谷又一郎) 谷又谷を一越えに円満清郎太祝詞 古き記憶を田どりつつ初めて九郎の味を知り(古田初九郎) 名さへ目出度亀岡の森良仁氏東尾氏(岡森常松) 常磐の松の心もて久方ぶりに勇ましく(久勇蔵) 登りて行く蔵楽しけれ梅花の薫る神の村(梅村隆保) 隆々昇る朝日影天保爺の阿房面(房前市三) お前はよつぽど市助と三くびられたる皮堤(堤嘉吉) 安本丹の嘉すてらと吉くも言はれぬ吉松野(吉野光俊) 伜の力光る俊曽我部穴太の宮垣内(宮内喜助) 上田喜三郎の野呂助も青鼻垂らした幼年野(青野郁秀) 小さき心に馥郁と包みし神力現はれて 人に秀れた神の術ねがい金井のえみ深く(金井のえ) 神の教にしたがひて佐伯ませうと山路を(佐伯史夫) 史わけ進む大丈夫の宇城も見ずに信仰の(宇城信五郎) 日五郎の力試めさむと土ン百姓の小伜が しけこき居宅を立て出でて重い身体夫運びつつ(土居重夫) 岩石ふみ別けまつ崎によこ米もふらず上り行く(石崎米吉) 心持吉き高倉の山に成りなる神の徳(倉成徳郎) ワンパク野郎が関々と谷川渉るも世の為二(関川為二郎) つくさむものと三ツ栗の中執臣のそのみすえ(中安元務) 安閑坊の喜楽人世の太元の神務をば 清く尽さにやおか内藤いち目散に神の道(内藤いち) 心も身をも投げ島田とくに解かれぬ神の文(島田文) どうかこう加藤案じつつ神の光に照されて(加藤明子) 心の空も明けにけり (四) 吉野の花の開く時時子そよけれ神徳を(吉野時子) 重ぬる春と村肝の心も敏く雄々しくも(徳重敏雄) 長井夜道の露亨けて二つなき身を山の中(長井亨二) 谷川こえて松の木の繁り栄ゆる高蔵の(中川繁蔵) 神山目当てに只一人神谷仏を頼りとし(神谷千鶴) 千年の松に鶴巣ぐふ神世に早く渡辺の(渡辺淳一) 至粋至淳の善の道只一と筋に立て通し その功績も大久保の世界一と蔵響くなり(大久保一蔵) (五) 浦安国の神徳を顕はす道は敬神と(安徳敬次) 次に尊皇愛国心松岡神使の世の中を(松岡均) 治めて桝掛ひき均す教の花の道開き(開徳蔵) 神の御徳蔵たふとけれ山川野辺に崎匂ふ(野崎信行) 信の花のまつりごと行ひま森東の(森山登) 山の尾ノ上に旭影登るが如き祥瑞の 五六七の御代は昔より例しも内藤歓びつ(内藤正照) 斯の世を渡る正人の頭に神の光り照る 春の緑の若林家支しげき神の国(若林家支) 万世の亀玉の井に遊ぶ目出度き巌の御代(亀井巌義) 仁義の君の知召す豊葦原の中津国(中森篤正) 神のま森のいや篤く世人の行ひ正しくて 人跡絶えし山中もきくの薫りの芳ばしく(山中きく) 下万民も上窪も純み渡り行く雄々しさよ(上窪純雄) 多田何事も百の玖仁麿く治まり開けつつ(多田玖仁麿) 一視同仁神の道正義に強き益良雄の(同義雄) 胸も鈴し木源之瑞の御魂の助け神(鈴木源之助) 古木神代の有様を物語りつつ民草の(古木民三郎) 迷を開く三ツ葉彦綾の高天にあらはれて 音吐郎々述べ立つる宇宙のほ加納空に立ち(加納森市) 神のま森の市の森忠義一途の人生は(森義一) 一度は参れ皇神の教の元の修行場(生一正雄) 道は正しく雄大に天下に伝はる麻柱の(同つね) 教の花はつねならず和光同塵今の世の 世の持方を根本より同じ心の道の友(同清子) 力協はせて清め行く災ひ多き世の中の 村雲四方に掻分けて誠つくしの神のみよ(中村みよ) 古きを捨てて新しく心の海に日月の(新海留吉) 影を留めて住吉の神の稜威も有が田く(有田九皐) 千年の鶴は九皐に翼を並べ神の代を 謳ふときはの松の国四方の国土を玉の井の(土井靖都) 水に清めて靖都と治むる御代も北の空(北村隆光) 村雲ひらく星の影隆く光る世ぞ来るときく(同きく) アヽ有が田き加美代ぞ登天津神たち八百万(有田美登) 国津神たち八百万民草けもの虫けらも 同じ恵の露を浴み義夫あしきを超越し(同義夫) 仁慈の雨の森きたる月日を松の大本の(雨森松吉) 神の館ぞ楽もし吉坂え目出度木日の本は(坂木義一) 仁義一途の神の国湯津桂木の浅からぬ(湯浅寛康) 神の御陰は寛康聖の御代のいま近藤(近藤国広) まつ国民の胸の内広く清けく田のもしく(清田西友) 西洋国人も友々に雲井ノ上に坐す神の(井上頼次) 力を頼り次々に集り来る神の前 亀の齢の田のもしく斯世の親とあれませる(亀田親光) 神の光を道の辻山の奥までいと安く(辻安英) 照らす梅花の英の中井しずまるこの教(中井しず) 一同順次に味ひつ大原山や西山の(同順次郎) 谷を佐して六合治の皇大神の御教を(大西佐六) 谷具久渡る国の端神を敬ひ世の人を(大谷敬祐) 祐け渡して六道の辻にさまよふ正人を(辻正一) 誠一つの善の道神の宮なる人の身を(宮田光由) 田すけ光らすことの由四方の国々伝遠藤(遠藤鋭郎) 精新気鋭の神司鳴る言霊も朗かに 天地に響く勇ましさ (六) 松樹茂れる神の森岩窟の前に端坐して(森礼子) 神に御礼の祝詞子と浅桐山に立ち籠めて(桐山綾子) 綾に畏子き久方の高天原と田々へつつ(原田益市) 天の益人市なして東や西や北南(西村寿一) 四方の国人村寿々目一度に開く言霊の 花咲き匂ふ千引岩この堅城に信徒達(岩城達禅) 座禅の姿勢を取り乍ら怪し木心の村雲を(木村敬子) 伊吹払ひて天地の神を敬ひ真心を 煉りて仕ふる神の子の同じ思ひは八百よね子(同よね子) 杵築の宮に神集ひ世の悉々を神議り 議らせ玉ふ神の徳重き使命もい佐三つつ(徳重佐三郎) 三郎九の神の御使ひ武内宿禰の代へ御魂(武内なか) なかき月日を送りまし小松林と現はれて(同久米代) この一同の信徒に久米ども尽きぬ神の代の その有様をた上倉あきらめ諭し玉はんと(上倉あきこ) 天地兼ぬる常磐木の松の大道を教ゑつつ(兼松ゑつ) 伊賀しき稜威もうしとらの隅にかくれて世を衛る(伊賀とら) 藤き昔の襄と姥神代一代耐へ忍び(衛藤襄一郎) 現はれ出でし沢田姫豊栄昇りに記し行く(沢田豊記) 奇しき神代の物語り聞くも嬉しき十四夜の 空に輝やく月の影西山の尾に舂きて(西尾愛蔵) 明くれば二月十五日仁愛の教を胎蔵し 上田の家に帰りたる中の五日のおしまれぬ(田中しま) 上田野家に生まれたる年も二八の喜三郎(上野豊) 豊国姫の教受け吾家に帰り北の里(北里利義) 利益を捨てて義に勇む心とこそは成にけり 皇大神の御教はいよいよ深く浩くして(大深浩三) 普く天地に三ツの魂過ぎ西罪の除け島い(西嶋新一) 心新らしく一つ道柴り附い田る元の垢(柴田元輔) 神の輔けに拭はれて漸やく佐藤りし神心(佐藤六合雄) 御六合雄思ふ村肝の心の中島恒也の(中島恒也) 塵も消え失せ心地吉し浜の真砂の数々を(吉浜芳之助) 花芳ばしき大神之助けに生れ変りつつ 神と同じく暉りにけり(同暉) (七) 佐藤りの道を貞やかに吉く諾なひし信徒は(佐藤貞吉) 神の御徳を慕ひつつ大島小島に出修し(小島修吾) 心も垢も荒波の吾の身魂を清めむと 嶋の中なる神の嶋卯の花匂ふ大三空(中島卯三郎) 朝日受けつつ五里の路つ田井て進む正男(日田井正男) 女も共にまひ鶴の狼の面高き中塚見(高塚忠俊) 暗礁危ふく避け乍ら忠勇義烈の俊才や 小児も交り漕ぎ渡るよろこび泉の涌く如く(小泉清治) 清く治まる小島沖義侠の心富永の(富永熊次郎) 波路熊なく次々に島へ島へと行く船も 波と浪との谷あ井を又もや潜る面四郎さ(谷井又四郎) 舞鶴丸を忠心に教祖の神の一隊は(鶴丸忠一) 心も清く進みけり (八) 斎きまつれる藤津代の神の吉言を次々に(斎藤吉次) 異口同音に唱へつつ神のまさ道ふみて行く(同まさ) 堅き心の信徒は百のなやみも伊東ひなく(伊東きくよ) 神声きくよの嬉しさに世の大本野金の神(大野金一) 善一と筋を田て通ほすその真心ぞ神の村(田村慶之助) 至慶至祥之限りなり助けも著るき金神の 錦織りなすいさをしは日に夜に月に益太郎(金織益太郎) 上中下なる三段の神の御魂ぞ崎はひて(三段崎みち) 円く治まる神のみち世人救はにや岡崎の(岡崎よしの) 花もよしのの芳ばしくながめ吉田の十曜の紋(吉田紋助) 助けよま森田まへかし誠の道も富太郎(森田富太郎) 千倉の置戸を負ひながら世人に心掛巻も(倉掛徳義) 畏こき神の御威徳仰ぐもき義上の園(上園権太郎) 無限の権威並びなく充ち太郎なり三ツの魂 宝も沢に人清く親しみ睦ぶ至治太平(三沢治平) 国の中村おだやかに進む神徳著治郎し(中村徳治郎) (九) 高天原は取わけて太宮柱たかみ蔵(高取太蔵) 斎ひ奉る藤みゆき空ふるき千年の松ケ枝に(斎藤みゆき) 鶴も巣を組み治まれる国の稜威も高橋や(同鶴治) 栄え二栄えます鏡福知田辺の外がこひ(高橋栄二) 筆の林の茂り合ふ三柱神の崎はひて(田辺林三郎) 国を保つ之助け船命の親の千田五百田(神崎保之助) 前田に満つる稲の波有りあり見ゆる働きの(前田満稲) 続く限りの真心は黄金の色の秋の野辺(有働続) 心持ち良き正人の教に魂を奥村の(真金良人) 誠一つに晋むなり難波ン鉄次のいやかたき(奥村晋) 日本心は万代の亀鑑とこそは知られけり(難波鉄次) 遠き山道太どりつつそ郎そろ開く神の教(亀山道太郎) 藤の神山を田子の浦武蔵甲斐より眺むれば(藤田武寿) 寿ぎ祝ふ白扇の末広々と白雲や 吉田の時雨治まりて金字の山姿いと気善し(吉田時治) 国の誉れもいち次郎く根占かなめや忠孝の(金山善次郎) 道明らけき大本の教の園は天の原(根占忠明) かきわけ来る神の筆固く信次て疑はず(園原信次) よしも芦きも沢々に世はひさ方のいつまでも(芦沢ひさ) 曽加部の里に鳴瀰る神を斎ける藤原氏(加部瀰) 栄華の夢は一朝に消えた家系の上田姓(斎藤栄一) 沖野かもめのいと長く行き交ふごとく造作なき(神野長造) 筆の運びの信司つは神人ならば分かるべし(同信司・同かる) (十) いかに手荒井兵もの之勢ひたけく攻め来とも(荒井兵之助) 神の守に助けます親の心も暖かに 小川いがりいたはりて人の愛にもいや政り(小川政男) 国に心を男木村の大御めぐみぞ尊とけれ(木村伴太郎) 教の伴の充ち満てる太元神の開きたる 誠の道の牧ばしら慎み仕へ平けく(牧慎平) 村雲払ふ上林治まる御代もいと長井(村上林治) 吉事は日五郎次々に大き小さきまがつ神(長井吉五郎) 原ひ清むる竹箒三つの御魂の現はれて(小原竹三郎) 高熊山の神の教彼岸に波も平けく(高岸平八) 渡す八百重の游藤田か亀神のみいづぞ雄々しけれ(藤田亀雄) 黒白も分かぬ暗の世の田からとあがめ歓こひて(黒田ひで) 天津祝詞に曲の霊かたく藤岡世は澄ぬ(藤岡澄) 大山小山かきわけて昇る朝日の影清く(小山昇) 桧木杉生ふ山かげに光も当る一と筋の(杉山当一) 神の御綱につながれて道安々藤唯一人(安藤唯夫) 日本大丈夫進み行く神の恵も浅からず(浅田正英) 上田正英九日の月に照らされ青木原(青木久二) 久二も病まず小杉原たか熊さして登りゆく(杉原たか) 神の林二生ひたてる諸の木草に時じくの(林二郎) 木の実も沢に成岡のその味はひもうるはしく(成岡銀一郎) 銀月一天すみ切りて西へ西へと渡辺の(渡辺泰次) 珍の姿の泰然と追次に山にかくれ行く(同常吉) 同じ常磐の松の露吉く味はひし木下暗(木下愛隣) 至仁至愛の心もて遠隣救ふ神の教 世の根本を保々と夫れ夫れ御魂にさとし行く(根本保夫) 縦横山谷英二のぼり神の定めし金神の(横山英二) 道伝へ行く神兵が衛りに勇み堂々と(定金伝兵衛) 前む正しき益良雄が花も盛りの岩城に(堂前正盛) 繁々通ふ太郎次郎同じ身魂のよしあしを(岩城繁太郎) さばく審神者の修行場小野が御田麻も安々と(同よし) 男子と女子の跡たづねうさも忘るる神の道(小野田安男) 小野が御田麻の定め蔵と田がひに進む皇神の(同うさ) 恵みの淵に浮びつつ神の政の男々しくも(小野田定蔵) 仕へ奉るぞ楽しけれ(田淵政男) (十一) 佐かえ目出度き神の道大みたからも沢々に(佐沢広臣) 広まり茂る瑞穂国君と臣との中きよく 能く治まれる矢嶋国常世の端に伊太郎まで(矢嶋伊太郎) 山跡国なる日の本の神の大道に納め行く(山本納吉) 日嗣の君の大前に吉くも仕ふる山川の(山川石太郎) 草木や石にい太郎まで固く守らす岩の松(岩淵久男) 淵瀬と変る世の中に天の久方雲わけて 男神女神の二柱山の上原熊もなく(上原熊蔵) 下も蔵まる西東青垣山をめぐらせる(西垣岩太郎) 下津岩根に宮柱太しき建てて浦安の(安田武平) 国の田からは農と武士世は泰平に進みつつ 神の御前にたなつもの横山の如たてまつり(横山辰次郎) 豊の烟も辰次郎木の下潜る清泉も(木下泉三) 神の恵と三谷口千代の基蔵肇めたる(谷口千代蔵) 瑞穂の魂のその流れ長く清けき吉川の(同肇) 世界改良の神策地氏や素性や家柄を(吉川良策) ほこらず只に道の為力雄つくせ須臾も(氏家力雄) 田釜の原のいや広き神之助けをあななひて(須釜広之助) 神の司と成田身は常磐かきはに世を衛る(成田常衛) 田すけの神の其中にわけて尊き国竹の(田中竹次郎) 彦の命の神徳は外に勝れていち次郎し 黄泉津の坂の坂本に善と悪とを立別ける(坂本善兵衛) 神兵堅く衛りつつ大神津実の崎みたま(神崎保之助) 浦保国之助け神醜の曲津も在原の(在原丑太郎) 言向和はす丑寅の神の御息のいや太く 清郎無垢の神守天津神国の日の神の(神守) その分霊幸ひて忠義一途の神司(国分義一) 八嶋の国は掛巻も畏こき神の御教を(八巻市三郎) まづ第市とたつと三て神を君とに竭す身は その名も倉も清く吉く中津御国野醜の名は(名倉清吉) 必ず寅次とこしへに神の誠の道守れ(中野寅次) 中津御国野皇神の作り玉ひし言霊の(中野作朗) 円満清朗淀みなく言向け北る出口王仁(北口新平) 心新しく平けく小幡の川の水清き(川村喜助) 曽我部の村に生れたる幼名上田の喜三郎 神の助の命毛の筆を揮ひて高熊の 山の因縁あらあらと頭を掻いて恥をかき 下らぬ歌をかき残す。 |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 序文 | 序文 この霊界物語は、全部五巻にて述べ終る予定でありました。しかしなるべく細かくやつてくれとの筆録者の希望でありますから、第四巻あたりからややその方針をかへて、なるべく詳細に物語ることとしました。 それがため予定の第五巻にて、神界、幽界の物語を終ることは、到底出来なくなつてきました。本巻の最初にあたつて、一旦海月なす漂へるこの国を修理固成すべく諾、冊二神の、天の浮橋に御降臨遊ばすところまで述べるやうに考へてをりましたが、またもやガラリと外れまして、第六巻になつてやうやく天の浮橋に二神が立ちて滄溟を探りたまふ段に届くこととなります。[※校正本では「なします」] この物語は、去る明治三十二年七月より、三十三年の八月にかけて、一度筆を執り、これを秘蔵しておき、ただ二三の熱心なる信者にのみ閲覧を許してゐました。しかるにこれを読了したる某々らは、つひにいろいろのよからぬ考へをおこし、妖魅の容器となつて帰幽したり、また寄つて集つて五百有余巻の物語を焼き棄てて了つたのであります。 それから再び稿を起さうと考へましたが、どうしても神界から御許しがないので、昨年旧九月十八日まで、口述をはじめることが出来なかつたのであります。そのときの二三の役員に憑依してゐた悪神の霊は、全然この霊界物語を覚えてしまつて、いまは開祖の系統の人の肉体に潜入し、現世の根本を説き諭すとの筆先の真理を真解するものは、某より外にないとか、日の出神の生魂だとか、常世姫の身魂だとかいつて、またもや邪神が支離滅裂なる物語を書き、この教を攪乱せむと考へてゐるのであります。私は某より一度その筆先を読んでおけと、幾度も勧められました。 されど如何いふものか、腹の中の虫がグウグウいつて拒み、これを読ましてくれないのであります。これも神界の深き御注意のあることと考へます。世の中には否新しい信者の中には、開祖の書かれたお筆先でさへも、瑞月が作つておいて、開祖に書かしたものだらう、さうでなくては、アンナ田舎の老婆さまが、コンナ深いことを書く道理がないと言つて、筆先を半信半疑の眼で見る人が沢山あるくらゐですから、万一邪神の産物たる某の筆先を、一冊でも私が読んだとすれば、またもや原料を某の筆先から取つたなどと誤解する信者ができるかも知れないのであります。 実際を言へば、某に憑依してをる守護神は、私の書いた霊界の物語を、ある肉体を通じてあちらこちらを読み覚え、さうして何もかも自分が知つてゐるやうに言つて、某の肉体までも誑惑してゐるのであります。またそれに随喜渇仰して金言玉辞となし、憧憬してをる立派な人たちのあるのには、呆れざるを得ないのであります。それゆゑ某の憑神の筆先にも、常世姫とか八王大神とか、その他いろいろの似たやうな神名が現はれてをるのも道理であります。しかし天授の奇魂を活用して御覧になれば、その正邪と確不確と理義の合はざる点において、天地霄壤の差あることが解るであらうと思ひます。 アヽ私はコンナことを序文に一言も述べたくはありませぬ。されど霊界の消息を知らぬ正しき人々のためには、どうしても注意のために申しおかねばならぬのであります。 開祖の神諭にも、 『神の道は誠一つであるから、親子、兄弟、親類、他人の差別は致されぬぞよ』 と示されてありますから、筆先の教示に従つて、一言注意をしておきます。またこの霊界物語について、立派な学者先生の種々の批評があるさうですが、それはその人の自由の研究に任しておきます。 ただ私は神示の儘、工作して口述するばかりであります。 大正十一年一月十四日旧十年十二月十七日 於因幡岩井温泉晃陽館王仁識 王仁 醜の魔神の現はれて善の仮面を被りつつ 誠の道を汚しゆく言葉巧みな口車 うつかり乗るな信徒よ外面如菩薩内心如夜叉 神の真似する悪魔の世界うまい話にのせられな |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 総説嵐の跡 | 総説嵐の跡 畏くも国祖国治立命は、逆神常世彦以下の不従を征するにも、天地の律法を厳守し、仁慈の矛を振ひて奇策神謀を用ひたまはず、後世湯王の桀を放ち、武王の紂を征誅するごとき殺伐の兵法をもつて、乱虐を鎮定することを好みたまはなかつた。 これに反し常世彦命らは、邪神に使役され、後世いはゆる八門遁甲の陣を張り、国祖をして弁疏するの余地なからしめ、つひに御隠退の止むなきに至らしめた。 狼獺の不仁なるも、また時としては神恩を感謝して獣魚を供へ、天神を祀り、雛鴉の悪食なるも猶ほ反哺の孝あり、しかるに永年国祖大神の仁慈に浴し、殊恩を蒙りたる諸神の神恩を捨て、邪神の六韜三略の奸計に乗せられ、旗色の可なる方にむかつて怒濤のごとく流れ従ひ、国祖をして所謂『独神而隠身也』の悲境に陥らしめた。 常世城の会議における森鷹彦に変装せる大江山の鬼武彦をはじめ、大道別、行成彦および高倉、旭の奇策を弄し、邪神の奸策を根底より覆へしたるごとき変現出没自在の活動は、決して国祖の関知したまふところに非ずして、聖地の神人の敵にたいする臨機応変的妙案奇策にして、よくその功を奏したりといへども、天地の律法には『欺く勿れ』の厳戒あり、神聖至厳なる神人の用ふべからざる行為なれば、その責はひいて国祖大神の御位置と神格を傷つけた。現に大道別、森鷹彦、鬼武彦らの神策鬼謀は、国祖の直命にあらず、国祖は至仁至直の言霊をもつて邪神らを悔い改めしめ、言向和さむとの御聖意より外なかつた。しかるに血気に逸り、忠義に厚き聖地の神々は、律法の如何を顧みるに遑なく、暴に対するに暴を以てし、逆に対するに逆を以てし、不知不識のあひだに各自の神格を損ひ、国祖の大御心を忖度し得なかつたためである。アヽされど国祖の仁愛無限にして責任観念の強大なる、部下諸神の罪悪を一身に引受け、一言半句の弁解がましきことをなし給はず、雄々しくも自ら顕要の地位を捨て、隠退せられたるは、実に尊さのかぎりである。吾人は国祖の大御心を平素奉戴して、ある人々の言行の不穏と誤解の結果、吾身の災厄に遭遇することしばしばである。されど、心は常に洋々として海のごとく、毅然として山のごとく、動かず騒がず、すべての罪責を一身に引受け、もつて本懐としてゐるのである。すべて人に将たるものは、よく人を知り、人を信じ、人に任じ、その正邪と賢愚を推知して各自その処を得せしめねばならぬのである。しかるに部下の選任を余儀なくして、誤らしめられたるは、自己の無知識と薄志弱行の欠点たるを省み、一言もつぶやかず、大神の仁慈の鞭として感謝する次第である。 アヽ尊きかな、千座の置戸を負ひ、十字架の贖罪的犠牲の行動に於てをや。吾人は常に惟神霊幸倍坐世を口唱す。無明暗黒の現代を救ふの愉快なる神業に於てをやである。天下に二難事あり、その一は天に昇ること、その二は人を求むることである。アヽ国祖大神の天国を地上に建設したまはむとして艱難辛苦をつくされ、神人を得むとして、その棟梁に最適任の神を得たまはざりしごとく、吾人またその例に洩れないのである。国祖大神は、聖地に清き高き美はしき宮殿を造り、至治太平の神政を樹立し、天下八百万の神人の安住する祥代をながめて、歓喜に充せたまうたのも僅に数百年、つひに善神も年と共に悪化して邪神の容器となり、国祖が最初の大目的を破滅せしめたるは、たとへば小高き山上に美はしき家をたて、その座敷から四方の風景を眺めて、その雄大にして雅趣に富めるを歓びつつありしを、家屋の周辺に樹木の尠く、風あたりの激しきを防がむために、種々の必要なる木を植付けたるに、一時は木も短くして、風景の眺望に少しも障害なかりしもの、年を経るにしたがひ、追々と成長して枝葉繁茂し、何時しか遠景の目に入らぬやうになつたのみならず、つひにはその大木に風をふくんで、その木は屋上に倒れ、家を壊し、主人までも傷つけたやうなものである。世の成功者といはるる人々にも、これに酷似した事実は沢山にあらうと思ふ。現に吾人は、家の周囲に植付けられた種々の樹木のために、遠望を妨げられ、暗黒につつまれ、つひにはその家もろともに倒されて重傷を負うたやうな夢を見たのである。されどふたたび悪夢は醒めて、さらに立派な家屋を平地に建て直す機会の到来することを確信するものである。国祖大神の時節を待つて再臨されしごとく、たとへ三度や五度失敗を重ぬるとも、機会を逸するとも、七転八起は、神または人たるものの通常わたるべき道程であるから、幾たび失敗したつて決して機会を逸したとは思はない。至誠神明に祈願し、天下国家のために最善の努力をつくすまでである。現代の人々は、吾身の失敗をことごとく棚の上に祭りこみ、惟神だとか、社会組織の欠陥そのものの然らしむる、自然の結果なりと思ふなぞの詭弁に依帰してしまつて、自己の責任については、少しも反省し自覚するものがない。宗教家の中には『御国を来らせたまへ」とか「神国成就五六七神政』とかいふことを、地上に立派な形体完備せる天国を立てることだとのみ考へてゐるものが多い。そして地上の天国は、各人がまづ自己の霊魂を研き、水晶の魂に建替るといふことを知らぬものが沢山にある。各自の霊魂中に天国を建て、[※御校正本・愛世版では「天国を建てるのは」だが、それでは前後の文脈がおかしくなる。霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「るのは」を外して「天国を建て」に直した。]天国の住民として愧かしからぬ清き、正しき、雄々しき人間ばかりとならねば、地上に立派な霊体一致の完全な天国は樹立せないのである。 アヽされど一方より考ふれば、これまた神界の御経綸の一端とも考へられる。暗黒もまた清明光輝に向ふの径路である。雛鳥に歌を教へるには、暗き箱の中に入れておき、外面より声の美はしき親鳥の歌ふ声を聞かしめると同様に、一時大本の経綸も、雛鳥を暗き箱に入れて、外より親鳥のうるはしき声を聞かしむる大神の御仕組かとも思はれぬこともないのである。ゆゑに吾人は大逆境に陥つて暗黒の中にある思ひをするとき、かならず前途の光明を認め得るのは、まつたく神の尊き御仁慈であると思ふ。いかなる苦痛も、困窮も、勇んで神明の聖慮仁恵の鞭として甘受するときは、神霊ここに活気凛々として吾にきたり、苦痛も困窮も、却て神の恩寵となつてしまふ。たとへば籠の中に入れられてゐる鳥でも、平気で歌つてゐる鳥は、最早とらはれてゐるのではない。暢気に天国楽園に春を迎へたやうなものである。これに反して、天地を自由に翺翔する百鳥も、日々の餌食に苦しみ、かつ敵の襲来にたいして寸時も油断することができないのは、籠の鳥の、人に飼はれて食を求むるの心労なく、敵の襲来に備ふる苦心なきは、苦中楽あり楽中苦ありてふ苦楽不二の真理である。牢獄の囚人の苦痛に比して、自由人の却て是に数倍せる苦痛あるも、みな執着心の強きに因るのである。名誉に、財産に、地位情欲等に執着して、修羅の争闘に日夜鎬をけづる人間の境遇も、神の公平なる眼より視たまへば、実に憐れなものである。 神諭にも、 『人は心の持ちやう一つで、その日からどんな苦しいことでも、喜び勇んで暮される』 と示されたのは、じつに至言であると思ふ。一点の心燈暗ければ、天地万有一切暗く、心天明けく真如の日月輝く時は、宇宙万有一切清明である。吾人は平素心天の光明に照らされ、行くとして歌あらざるはない。吾人の心魂神恩を謳ふとき、万物みな謳ひ、あたかも天国浄土の思ひに楽しむ。アヽ『天国は近づけり、悔い改めよ』の聖者の教示、今さらのごとく、さながら基督の肉身に接侍するがごとく、崇敬畏愛の念に堪へない。 アヽ末世澆季の今日、オレゴン星座より現はれきたるキリストは、今や何処に出現せむとするか。その再誕再臨の聖地は、はたして何処に定められしぞ。左右の掌指の節々に、釘の跡を印し、背部にオレゴン星座の移写的印点を有して降誕したる救世主の出現して、衆生に安息を与ふる日は、はたして何れの日ぞ。金剛石も汚穢の身体を有する蟇蛙の頭部より出づることあり、金銀いかに尊貴なりとて、糞尿の植物を肥すに及ばむや。高山の頂かならずしも良材なく、渓間低く暗きところ、かへつて良材を産するものである。平地軟土に成長したる大樹、またいかに合抱長直なりと雖も、少しの風に撓みやすく、折れやすし。宇宙間の万物一として苦闘に依らずして、尊貴の位置に進むものはない。しかるに、天地経綸の大司宰たる天職を天地に負へる人間にして、決して例外たることを得ない。アヽ人生における、すべての美はしきもの、尊きものは、千辛万苦、至善のために苦闘して得なくてはならぬと思ふ。 神諭に曰ふ、 『苦労の塊の花の咲く大本であるぞよ、苦労なしには真正の花は咲かぬから、苦労いたす程、尊いことはないぞよ云々』 吾人はこの神諭を拝する毎に、国祖が永年の御艱苦に省み、慙愧の情に堪へないのである。 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。 神ながら宇宙の外に身をおきて 日に夜に月ぬ物語する 王仁は、第一巻において天地剖判の章に致り、金や銀の棒が表現して云々と述べたるにたいし、人を馬鹿にすると言つて、コンナ馬鹿な説は聞くだけの価値なきものだと、一笑に附して顧みないのみならず、他人の研究までも中止せしめむとしてゐる立派な学者があるさうだ。 神諭にも、 『図抜けた学者でないと、途中の鼻高には、神の申す事はお気に入らぬぞよ云々』 と示されてある。宇宙間の森羅万象、一として形体を具ふるもの、金、銀、銅、鉄等の鉱物を包含せないものはない。人間を初め、動植物と雖ども、剛体すなはち玉留魂の守護によらぬはない。金銀等の金気の大徳によつて現出したる宇宙間の森羅万象は、悉皆、鉱物玉留魂の神力を保持してゐるのであるから、金の棒や銀の棒から天地万物が発生し凝固したと言つたとて、別に非科学的でも何でもない。神の言には俗人のごとき七面倒くさきことは仰せられぬ。すべて抽象的、表徴的で、一二言にて宇宙の真理を漏らされるものである。 それで神諭にも、 『一を聞いて十百を悟る身魂でないと、誠の神の御用は勤まらぬぞよ』 と示されてある。半可通的学者の鈍才浅智をもつて、無限絶対無始無終の神界の事柄にたいして喃々するは、竿を以て蒼空の星をがらち落さむとする様なものである。洪大無限の神の力に比べては、虱の眉毛に巣くふ虫、その虫のまた眉毛に巣くふ虫、そのまた虫の眉毛に巣くふ虫の放つた糞に生いた虫が、またその放つた糞に生いた虫の、またその虫の放つた糞に生いた虫の糞の中の虫よりも、小さいものである。 ソンナ比較にもならぬ虫の分際として、洪大無辺の神界の大経綸が判つて耐るものでない。それでも人間は万物の長であつて、天地経綸の司宰者だとは、どこで勘定が合ふであらうか。されど、神の容器たるべき活動力を有する万物の長たる人間が、宇宙間に絶無とは神は仰せられぬのは、いはゆる神界にては無形に視、無声に聴き、無算に数へたまふてふ、道の大原の聖句に由るのであらうと思ふ。 蚤虱蚊にもひとしき人の身の 神の為すわざ争ひ得めや 大正十一年一月三日旧十年十二月六日 |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 14 審神者 | 第一四章審神者〔二一四〕 このとき竜山別はたちまち神憑りして、小高き丘陵に飛び上り、眼下に神人らを梟鳥の円き目玉に睨めつけながら、 『吾こそは日の大神、月の大神、国治立の大神なるぞ。ただいま常世姫に神憑りしたる玉津姫命の託宣を馬耳東風と聞きながし、剰つさへ雑言無礼を恣にしたる盤古大神塩長彦ははたして何者ぞ。汝は六面八臂の鬼神の魔軍に襲撃され、危急存亡の場合を八頭八尾の大蛇の神に救はれしに非ずや。神力無辺なる八頭八尾の大蛇の神の憑りきつたる常世彦の妻神常世姫の生宮にたいして、今の雑言聞き捨てならず。神界の規則に照らし盤古大神はこの場かぎり神界総統者の職を去り、その後任に八王大神を据ゑたてまつりなば、万古不易の神政は完全無欠に樹立さるべし。満座の神人ども、大神の言葉を信ずるや否や、返答聞かむ』 と呶鳴りつつ物凄き目をむき出し、口を右上方につり上げ、水ばなを長く大地に垂れながら、さも厳かに宣言した。あまたの神人は審神の術を知らず、日の大神はじめ尊き神の一度に懸らせたまひしものと信じ、頭を得上ぐるものも、一言の答弁をなすものもなかつた。盤古大神は空嘯きて満面に冷笑を湛へ、常世姫の面体を凝視し、鎮魂の姿勢を取つてゐた。 盤古大神の眼光に睨みつけられたる常世姫の神憑りは、左右の袖に顔をかくし、泣き声をふりしぼり、 『八王大神常世彦よ。いま盤古大神には、常世の国に年古く棲める古狸の霊、憑依してこの尊き神の生宮を無礼千万にも睨めつけをれり。神力をもつて速やかに彼を退去せしめ、貴下は盤古大神の地位に就かるべし。神勅は至正至直にして寸毫も犯すべからず、満座の神人異存あるや、返答聞かむ。かくも大神の言葉をもつて神人に宣示すれども、一言の応へなきは、汝ら諸神人は神の言葉を信ぜざるか、ただしは神を軽蔑するか。かよわき常世姫の生宮として、歯牙にかけざるごとき態度をなすは無礼のいたりなり。アーラ残念や、口惜しやな』 と云ひつつ丘陵上を前後左右に飛んだり、跳ねたり、転んだり、その醜態は目もあてられぬ有様であつた。常世彦は、やにはに常世姫の倒れたる前に進みいで、襟首を無雑作に猫でも提げたやうに引掴みて、右の片腕に高くさしあげ、大地に向つて骨も砕けよとばかり投げつけた。常世姫はキヤツと一声叫ぶと見る間に、邪神の神憑りはにはかに止んで、又もや、もとの優美にして温和なる常世姫と変つてしまつた。 かくのごとく種々の悪神たち、大神の御名を騙つて神人らに一度にどつと憑依せしは、数十日の断水断食のため身体霊魂ともに疲労衰耄の極に達し、肉体としては殆ど蚤一匹の力さへなくなつた。その隙をねらつて霊力弱き邪神が憑依したのである。すべて邪神の憑依せむとするや、天授の四魂を弱らせ、肉体を衰へさするをもつて憑依の第一方便とするものである。ゆゑに神道または仏道の修業者などが深山幽谷に分け入り、滝水にうたれ火食を断ち、あるひは断水の行をなし、または百日の断食などをなすは、その最初よりすでに妖魅邪鬼にその精神を蠱惑されて了つてゐるのである。ゆゑに神がかりの修養をなさむとせば、まづ第一に正食を励み、身体を強壮にし、身魂ともに爽快となりしとき、初めて至真、至美、至明、至直の神霊にたいし帰神の修業をなし、憑依または降臨を乞はねばならないのである。 総て神界には正神界と邪神界との二大別あるは、この物語を一ぺん読みたる人はすでに諒解されしことならむ。されど正邪の区別は人間として如何に賢明なりといへども、これを正確に審判することは容易でない。邪神は善の仮面を被り、善言美辞を連ね、あるひは一時幸福を与へ、あるひは予言をなし、もつて審神者の心胆を蕩かし、しかして奥の手の悪事を遂行せむとするものである。また善神は概ね神格容貌優秀にして、何処ともなく権威に打たるるものである。されど中には悪神の姿と変じ、あるひは悪言暴語を連発し、一時的災害を下し、かつ予言の不適中なること屡なるものがある。これらは神界の深き御経綸の然らしむる処であつて、人心小智の窺知し得べき範囲ではないのである。ゆゑに審神者たらむものは、相当の知識と経験と胆力とがもつとも必要である。かつ幾分か霊界の消息に通じてゐなければ、たうてい正確な審神者は勤まらないのである。世間の審神者先生の神術にたいしては、ほとんど合格者はないといつても過言に非ずと思ふのである。 却説、盤古大神の注意周到なる審神はよくその効を奏し、邪神はここに化の皮をむかれ、一目散にウラルの山上目蒐けて雲霞のごとく逃げ帰つた。されど一度憑依せし悪霊は全部脱却することは至難の業である。ちやうど新しき徳利に酒を盛り、その酒を残らず飲み干し空にしたその後も、なほ幾分酒の香が残存してゐるごとく、悪霊の幾部分はその体内に浸潤してゐるのである。この神憑りありしより、常世彦、常世姫、竜山別も、日を追ひ月を重ねて、ますます悪神の本性を現はし、つひには全部八頭八尾の大蛇の容器となり、神界を大混乱の暗黒界と化してしまつたのである。あゝ慎むべきは審神の研究と神憑りの修業である。 (大正一一・一・七旧大正一〇・一二・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 02 瀑布の涙 | 第二章瀑布の涙〔二五二〕 名も恐ろしき鬼城山、曲の棲処と聞えたる、棒振彦や高虎の、醜男醜女の砦を造り、悪逆無道の限りを尽し、あらゆる総ての生物を、屠りて喰ふ枉神の、朝な夕なに吹く息は、風も湿りて腥く、さしもに広き、鬼城河、紅に染りて汚れはて、地獄ならねど血の河と、流れも変る清鮮の、水は少しもナイヤガラ、一大瀑布を右に見て、足を痛めつ身は長雨にそぼ濡れて、この世を救ふ真心の、両つの眼より迸る、涙は雨か滝津瀬か、響く水音轟々と、この世を呪ふ鬼大蛇、曲津の声と聞ゆなる、深山の谷を駆上り、黄昏近き寒空に、とぼとぼ来る宣伝使、大足彦の成れの果、疲れて足も立ち悩み、大地にドツと安坐して、息を休むる足真彦、面壁九年の其れならで、見上ぐる斗りの岸壁を、眺むる苦念の息づかひ、この世を救ふ神人の、心の空はかき曇り、黒白も分ぬ黄昏の、空を眺めて独言。 足真彦『嗚呼吾は闇の世を照らさむと、心の駒に鞭撻つて、駆廻りたる今日の旅、行衛も知らぬ月照彦の、神の命の御舎を、尋ぬるよしもナイヤガラ、心は急せる大瀑布、滝津涙も汲む人ぞ、泣く泣く進む常世国、弥々ここに鬼城山、若や魔神に吾姿、美山の彦の現はれて、天の逆鉾うち振ひ、進みきたらば何とせむ。嗚呼千秋のその恨み、いつの世にかは晴らすべき、疲れ果てたる吾身の宿世、饑に苦しみ涙にかわき、一人山路をトボトボと、迷ひの雲に包まれし、世の蒼生を照らさむと、心をこめし鹿島立、今は仇とはなりぬるか。山野に暮せし年月を、天教山に現れ坐せる、野立の神や木花姫の、神の命に復り言、申さむ術もナイヤガラ、轟く胸は雷霆の、声にも擬ふ滝の音の、尽きせぬ思ひ天地の、神も推量ましませよ』 と宿世を喞つ折からに、はるか前方にあたつて騒々しき物音が聞え来たりぬ。 足真彦は、つと身を起し、耳を傾け、何者ならむと思案に暮るる折しも、馬の蹄の音戞々と近より来るものありける。 見附けられては大変と、心を励まし疲れし足を運びながら、渓路さして下り行かむとする時しも、後方よりは老いたる神と見えて、嗄れ声を張揚げながら、 鬼熊彦(実は蚊取別)『オーイ、オーイ』 と呼ばはりける。その言霊の濁れるは、正しき神にあらざるべし。 疲れ果てたる今の身に、魔神に襲撃されてはたまらじと、運ばぬ足を無理やりに、一歩一歩走り行く。 駒牽きつれし枉神は苦もなく追着きぬ。進退これ谷まりたる足真彦は、わざと元気を装ひ、剣の柄に手を掛けて、寄らば斬らむと身構へ居る。 このとき薬鑵頭の爺、両手をついて宣伝使に向ひ、 鬼熊彦『貴下は天下の宣伝使と見受け奉る。吾に一つの願あり。願はくば宣伝使の諸人を救ひ給ふ慈心によつて、吾一生の願を叶へ給はずや』 とさも慇懃なり。宣伝使は、 足真彦『願とは何事ぞ』 と、やや緊張したる顔色にて問ひ返せば、禿頭の男はただ袖を以て涙を拭ひ、大地に平伏するのみなりき。中にも稍若き、額の馬鹿に突出たる、福助頭の黒い顔の男は、人形芝居の人形の首の様に器械的に顔を振りながら、涙を拭ふ真似をして、 鬼虎『旅のお方に一つの御願があります。今ここに平伏して居るのは吾父であります。不幸にして三年以前に妻に別れ、今は老木の心淋しき余生を送る身の上、せめて今日は妻の三年にあたる命日なれば、その霊を慰むるため、この難路を往来する旅人に供養をなし、妻の追善のため四方に家僕を派遣し、往来に悩む旅の人を助け、醜き吾茅屋に一宿を願ひ、宣伝歌を霊前に唱へて、其霊を慰め給はるべき御方を求めつつあるのであります。しかるに如何なる宿世の因縁か、宣伝使たる貴下の御姿を拝し、嬉しさに堪へず失礼を省ず、御迹を追うてここまで到着いたしました。父のためには妻なれど、私のためには肉身の生の母の三年祭、父子は共に宣伝使の往来を待つて居ました。どうぞ一夜の宿泊を願ひます』 と、真しやかに洟啜りながら、声までかすめて願ひ入る。 油断ならずと宣伝使は、やや思案に暮れながら、無言のまま佇立して彼らの言葉を怪しみつつありける。 父子は口を揃へて、 鬼熊彦・鬼虎『誠に貴下のごとき尊き神人を吾茅屋に宿泊を願ふは、分に過ぎたる願でありますが、袖振合ふも多生の縁とやら、今日妻や母の三年祭に当り、聞くも有難き宣伝使に邂逅し奉るは、全く妻の霊の守護する事と信じて疑ひませぬ。かかる草深き山中の事なれば、差し上ぐべき馳走とてはありませぬが、鬼城山の名物たる無花果の果実や香具の果物および山の芋などは、沢山に貯へて居りますから、どうぞ吾々の願を叶へて此痩馬に御召しくださらば、お伴仕ります』 と頼み入る。 足真彦は道に行き暮れて宿るべき処もなく、かつ腹は空しく足は疲れ、悲観の極に達した際の事なれば、やや顔色を和げ、……エー、どうならうと儘よ。木花姫の神勅には、決して一人旅と思ふな、神は汝の背後に添ひて守らむと仰せられたれば、是も全く神の御繰合せならむ……と心に決し、直に承諾の旨を示した。 嗚呼この父子は何者ならむか。 (大正一一・一・一六旧大正一〇・一二・一九井上留五郎録) (第二章昭和一〇・一・二八於筑紫別院王仁校正) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 16 大洪水(二) | 第一六章大洪水(二)〔二六六〕 世は焼劫に瀕せるか、酷熱の太陽数個一時に現はれて、地上に熱を放射し、大地の氷山を溶解したる水は大地中心の凹部なる地球に向つて流れ集まり、地球は冷水刻々に増加して、さしもに高き山の尾上も次第々々に影を没するに至りける。 このとき星はその位置を変じ、太陽は前後左右に動揺し、地は激動して形容し難き大音響に充されたりぬ。太陽は黒雲に包まれ、地上は暗黒と変じ、咫尺を弁ぜざる光景とはなりぬ。 彼の竜宮城に在りし三重の金殿は、中空に際限もなく延長して、金銀銅色の天橋を成し、各自天橋よりは金銀銅色の霊線を垂下し、その端の救ひの鉤をもつて、正しき神人を橋上に引き揚げ始めたり。 天橋の上には蟻の群がる如く、数多の神人が救ひ上げられ、天橋は再び回転を開始したり。東西に延長せる天橋は、南に西に北に東と中空を廻り、天教山、地教山その他数ケ所の高山の巓に、救はれたる神人を送り、またもや憂瀬に沈み苦しめる正しき神人を救ひの鈎を以て次第々々に天橋の上に引き揚げ玉ひける。 このとき天教山の宣伝使は、何時の間にか黄金橋の上に立ち、金色の霊線を泥海に投げ、漂流する正しき神人を引き揚げつつあり。而して天橋に神人の充満するを待ちて、またもや天橋は起重機のごとく東南西北に転回し、その身魂相当の高山に運ばれゆくなり。神諭に、 『誠の者は、さあ今と云ふ所になりたら、神が見届けてあるから、たとひ泥海の中でも摘み上げてやるぞよ』 と示されあるを、想ひ出さしめらるるなり。 救ひ上げられたる中にも、鬼の眼にも見落しとも云ふべきか、或は宣伝使の深き経綸ありての事か、さしも悪逆無道なりしウラル彦、ウラル姫も銅橋の上に救ひ上げられたり。而して常世神王始め盤古神王もまた金橋の上に救はれて居たりける。 ウラル彦はアルタイ山に運ばれ、その他の神人も多くここに下されたり。この山は大小無数の蟻、山頂に堆く積り居たりけるが、凡て蟻は洪水を前知し、山上に真先に避難したりしなり。 ウラル彦神は蟻の山に運ばれ、全身蟻に包まれ、身体の各所を鋭き針にて突き破られ、非常の苦悶に堪へかねて少しく山を下り、泥水の中に全身を浸し見たるに、蟻は一生懸命に喰ひ着きて、苦痛はますます激しく、またもや蟻の山へと這ひ上りゆけり。 蚊取別の禿頭も此処に居たるが、この時ばかりはその禿頭は全部毛が生えたるごとく見えたりき。全く蟻が集りたる結果なりける。 このアルタイ山に運ばれた神人は、極悪の神人ばかりにして、極善の神人は天教、地教両山に、極悪者はアルタイ山に救はれたりける。 平素利己主義を持し、甘い汁を吸うた悪者共は、全身残らず甘くなつてをると見えて、蟻が喜びて集るに反して、世界のために苦き経験を嘗めたる神人は、身体苦く、一匹も蟻は集り得ざるなり。裏の神諭に、 『甘いものには蟻がたかる(有難)。苦いものには蟻がたからぬ(不有難)』 と書いてあるのは、この物語の光景を洩らされしものなるべし。嗚呼地上の世界は今後何れに行くか心許なき次第なり。 (大正一一・一・一八旧大正一〇・一二・二一井上留五郎録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 33 五大教 | 第三三章五大教〔二八三〕 『可飲の流れは止まるともとめて止まらぬ色の道 酒と博奕は猶やまぬ飲めよ騒げよ一寸先や暗と 旨いこといふ宣伝使俺らは裸体で蓑蟲の 雨に曝され荒風に吹かれて深山の霜を踏み 常夜の露に曝されて飲み渡き酒もヱー飲まず 食ひたいものもヨー食はず人の屑やら余りもの 貰うて其日をひよろひよろと渡る浮世の丸木橋 吾身に襤褸は纏へども肝腎要の魂は 錦を飾る大丈夫ぞウラルの彦の邪曲に 虐げられて吾々は昨日は山に今日は又 野辺の嵐に晒されて臭い狗めに嗅出され 捕へられて何時の日かウラルの山に連れ行かれ 舌を捩られ眼を抜かれ手足を菱に縛られて 飲めよ騒げよ暢気なる歌を聞かされ木兎の 身の行く果を偲ぶればこの世は鬼か大蛇か暗の夜か 旦の露と消ゆる身の実にも果敢なき身の宿世 救ひの神は何時の世か天より降り来るらむ 助けの船は何時の日か海の底より浮び出む 憂ひに沈む吾々は何時の世にかは浮ばれむ 嗚呼味気なの闇の世や嗚呼あぢきなの闇の夜や』 と謡ひながら、エデン川の岸を降る漂浪神の一群があつた。このとき前方より、 『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 魂を研けよ立替へよ身の行ひも立て直せ 誠の力は世を守る』 と節面白く謡ひ来る宣伝使ありけり。是は黄金山の麓に、この混乱紛糾の世を救ふべく、埴安彦といふ大神現はれて、五大教といふ教を立てられ、その宣伝使なる東彦と云ふ神人なりき。一行はこの声を聞いて耳を傾けゐる。宣伝使は猶も、宣伝歌を謡ひながら此方に向つて進み来たる。 宣伝使は、蓑笠を纏ひ、草鞋脚絆の、身軽な扮装にて宣伝歌を高唱しながら、一行と行き違ひ進み行く。一同は互に顔を見合せ、 甲『今の歌は何だか、吾々の耳にはいり易すい様な気がして、何処ともなく面白いぢやないか』 乙『ウン、さう云へばさうだ。神様の御声のやうにも響いた』 丙『兎もかく呼び止めて、詳しい話を聞いたらどうだ』 丁『呼び止めたつて、吾々のような人間に、振り向いては呉れはしないだらう。恥をかくよりは、止したらどうだ』 丙『馬鹿云へ、人を助けるのが宣伝使だ。そりや、屹度呼び止めたら、待つてくれるよ』 一同『それがよからう。オーイオーイ』 と一同は声を揃へ、右手をあげてさし招いた。宣伝使はあと振返りつつ、こなたを見詰めてゐた。そこへ一人のみすぼらしい男が、一行の中から抜擢されて走つて行つた。そして宣伝使の前に手を突き、 『貴神の御歌を、吾々は承はりまして、何とも知れぬ心に力が着いた様に思ひます。どうぞ御面倒でもありませうが、吾々一同を救ふ為に、詳しい御話を聞かして戴けませぬか』 と真心を面に現はして頼み込んだ。宣伝使は、 東彦天使『吾は天下の混乱窮乏を救はむために、黄金山麓に現はれ玉ふ埴安彦命の教を奉じて、天下に宣伝するものであります。吾々の宣伝を御聞き下さるならば、喜んでこれに応じます』 といつた。そのうちに、一同は宣伝使の傍に集まり来り、一々鄭重に会釈をした。宣伝使もまた慇懃に礼を返し、傍の美はしき平たき岩の上に座を占め、一同はその周囲に坐して、問答を始めける。 甲『只今の御歌の中に、「神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける」といふ御言葉がありましたが、実際にこの世に、吾々を守つて下さる尊い神が在るのでせうか。善悪を公明正大に審判いて下さる誠の神が現はれますのでせうか。吾々はこの事のみが日夜気にかかつてなりませぬ』 宣伝使は答へていふ。 東彦天使『この世界は誠の神様が、御造り遊ばしたのである。さうして人間は、御用を努める様に、神が御造りになつたのである。神は人間を生宮として是に降り、立派な世を開かうと日夜焦慮して居られます。あなた方一同の肉体もまた、尊き神様の霊魂と肉とを分け与へられて造られた人間である。さうして神様の生宮となつて、働くべき結構な万物の霊長である。然るに人間の本分を忘れて、ただただ飲食や、色の道ばかりに耽溺するのは、神様に対して、最も深き罪悪である。世の中には善の神もあれば、悪の神もある。さうして善の神一人に対し、悪の神は九百九十九人の割合に、今の世はなつてしまつてゐる。そこで神様は、この世界を清め、神の生宮たる人間の身魂を清めて、立派な神国を建むと思召し、宣伝使を四方に派遣され居るなり』 と、大略を物語りける。 甲『吾々はどうしても、合点の行かぬことが沢山あります。それで貴神に御尋ねをしたいと思つて、呼び止めました。一体今日の人間は、広い山や野を独占し、さうして吾々の働く処もなく、また働かしてもくれない。何ほど働くに追ひ付く貧乏なしと云つても、働く種がなければ、吾々は乞食でもするより、仕方がないではありませぬか。勿論吾々は、遊んで楽に飲んだり食つたり、贅沢をしようとは思ひませぬ。唯働いて、親子夫婦が、その日をどうなりと、暮すことが出来ればそれで満足するのであります。然るに吾々は、この広い天が下に、脚踏み立てる場所も持つて居りませぬ。皆強い者、大きな者に、独占されて、働くに処なく、親子兄弟は、ちりぢりばらばらになり、天が下を苦しみながら、漂浪ひつつわづかにその日を暮してをります。こんな世の中を立替へて御日様の御照しの様に、万遍なく、吾々にも天地の恵が身に潤ふ事ができるならば、こんな有難いことはなからうと思ひます。さうしてその結構な神様は何時御現はれになりませうか』 と首を傾け、宣伝使の顔を覗き込む。宣伝使は両眼に涙を湛へながら、 東彦天使『空翔つ鳥も、野辺に咲く花も、みな神様の厚き恵をうけて、完全に生活を続けてをります。况んや万物の霊長たり、神の生宮たる人間に於ておや。神様の御守りがどうして無いといふ事がありませうか。ただ何事も神様の御心に任せ、今日只今を、有難い有難いで暮して行けば、神様は花咲く春に会はして下さいます。世の中は暗夜ばかりではない、暗夜があつても何時かは夜が明ける。冷たい雪の降る冬があれば、また長閑な花咲き鳥唄ふ春が出て来る様に、きつと苦みの後には楽しみがあります。あなた方も働く場所がないからといつて、そこら中を漂浪ひなさるのも、無理はありませぬが、この世界は皆神様のものである。人間のものは、足の裏に附いて居る土埃一つだもありませぬ。今の人間は広大な山野を独占して、自分のもののやうに思つてゐるが、命数尽きて、幽界に至るときは、いかなる巨万の財宝も、妻子も、眷属も一切を捨てて、ただ独トボトボと行かねばならぬのである。唯自分の連れとなるものは深い罪の重荷ばかりである。あなた方も、神を信じ、誠一つの心を持つて、この広い天地の間に活動なさい。きつと神様が幸を与へて下さいます。この地の上の形ある宝は、亡ぶる宝であります。水に流れ火に焼かれ、虫に蝕はれ、錆朽ちる、果敢ない宝である。それよりも人間は、永遠無窮に朽ちず、壊れず、焼けず、亡びぬ誠といふ一つの宝を神の御国に積む事を努めねばなりませぬ』 と諄々として五大教の教理を説き勧めたるに、一同は呼吸を凝らして、熱心に宣伝使の教示を聞き入りぬ。この時またもや、声張り揚げて、 北光天使『この世を創造りし神直日御魂も広き大直日 ただ何事も人は皆直日に見直せ聞直せ 身の過は宣り直せ』 と謡ひつつ、此方に向つて進み来る宣伝使ありけり。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五藤原勇造録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 37 雲掴み | 第三七章雲掴み〔二八七〕 仰げば高し久方の天津御神の造らしし 豊葦原の瑞穂地と称へ奉るは海原の 浪に漂ふ五大洲神の御稜威も三ツ栗の 中津御国の日の本の要と生れし天教山の 木花姫の御教を語り伝へて経緯の 綾と錦の機を織る黄金の山や霊鷲の 山の麓に現れませる埴安彦や三葉彦 清く湧き出る瑞御霊流れ流れて世を洗ふ 瑞の御霊の勲功を固めて茲に三五教 一度に開く白梅の香りも床し神の教 宣り伝へむと四方の国山の尾上も川の瀬も 残る隈なく青雲の靉靆く極み白雲の 降り居向か伏す其の涯峻しき国は平けく 狭けき国は弥広く神の光を照らさむと 光まばゆき黄金の山の麓を立ち出でて 青雲遥に押し別けて進む青雲別の天使 名も高彦と改めて服装も軽き宣伝使 峻しき山を打ち渡り深き谷間を飛び越えて 声も涼しく歌ひ来る世人を覚す宣伝歌 世は烏羽玉の闇となり万の神の音なひは 五月蠅の如く満ち生きて治むる由もなくばかり 山川どよみ草木枯れ宛然荒野の如くなる 山と山とを踏み分けて青雲山の山麓に 漸く辿り着きにけり。 高彦天使は漸くにして青雲山の山麓に辿り着きしに、山中に幾百人とも知れぬ人声あり。何事ならむと暫く木蔭に腰打ち掛けて、その声を聞くともなしに息を休め居たり。数多の人々は手に手に柄物を持つて、山上に達する道路の開鑿中なり。高彦天使は木蔭を立ち出で、またもや宣伝歌を歌ひながら登りゆく。数多の人足は土工に従事しながら声を張り上げて、 『呑めよ騒げよ一寸先は暗夜、暗の後には月が出る。人は飲め食へ、寝てころべ』 と唄ひながら汗水垂らして働いて居る。その中を、高彦天使は宣伝歌を歌ひながら登り行く。 多人数の中より頭領らしき一人が、宣伝使の前に現はれ大手を拡げて立ち塞がり、 『当山へ登ること罷りならぬ』 と梟のごとき眼を剥きだし、口を尖らせながら呶鳴りつけたるに、宣伝使は笑ひながら、手の下を潜つて登らむとするを、大の男は矢庭に首筋引つ掴みて路上に捻ぢ伏せ、右の手にて拳骨を固め、 『通行ならぬと申すに何故無断にて当山に登り来るか、当山を何と心得て居る。昔は吾妻彦命[※校正本では「吾妻別命」]、八頭神として当山を中心に神政を布き給うたが、世界の大洪水の後は、ウラル彦神、盤古神王の管轄のもとに置かれ、吾妻彦命[※校正本では「吾妻別命」]はその配下として当山を守護し「飲めよ騒げよ一寸先は闇夜、闇の後には月が出る」と唄つてこの世の人民を気楽に暮さして下さるのだ。それに何ぞや七六ケ敷い、肩の凝るやうな宣伝歌とやらを歌ひよつて、見のがせの聞のがせのと、何んのことだい。見逃せと云つたつて、聞逃せと云つたつて、吾々は見のがし聞のがしは罷りならぬのだ。この上一寸でもこの山に登るなら登つて見よれ、生首を引き抜いて了ふぞ』 と呶鳴り立てる。宣伝使はこの男に首筋を掴まれ捻ぢ伏せられては居るが、別に弱つても居ない、蚊や虻の一二疋肩に止まつた位に感じてゐる。引掴んで中天に放り上げるくらゐは何でもないが、神示の「見直せ聞直せ」の戒律は破ることが出来ぬので、わざと柔順に彼が為すままに身を任してゐた。而して小声になりて神言を奏上し始めたり。 大の男の名は雲掴と云ふ。雲掴の手はだんだんと痲痺れ出し遂には全身強直して石地蔵のごとくに硬化して了つた。数多の人足共はこの体を見て前後左右より宣伝使に向つて、手に手に鎌や、鍬や、鶴嘴、山こぼち等を振り上げ攻め掛つた。宣伝使は少しも騒がず、路上に端坐して盛に神言を奏上した。四方八方より攻め囲んだ人足等は孰れも柄物を以て腕をふり上げたるまま石像のごとく強直硬化して身動きもならず、只二ツの眼球ばかり白黒と転回させて居るのみであつた。宣伝使は鎮魂の神術を以て雲掴の霊縛を解いた。雲掴は忽ち身体の自由を得、両眼に涙を浮かべて大地に平伏しその無礼を謝したり。 宣伝使は言葉を改めて云ふ。 『先刻の汝の言によれば当山の守護職吾妻彦[※校正本では「吾妻別」]は、ウラル彦に帰順せりと聞き及ぶが、はたして真実なるや、詳細に逐一物語れ』 と云はれて雲掴は大団扇の様な手を以て天に向ひ拍手を響かせながら、またも地上に跪き、恐さに震うて、 『申上げます、モー斯うなる上は何もかも、包み隠さず綺麗サツパリと、白状いたしますから生命ばかりはお助け』 と男泣きに泣く、その見つともなさ。数多の人足共は何れも石地蔵となつて、眼ばかりギロツカせこの光景を見て居たり。 宣伝使は、 『吾は三五教の宣伝使である。何事も見直し聞直し、過ちを宣り直すのが吾々の主旨であるから、決して汝らを憎しとは思はぬ。何れも皆神様の最愛の御子である。吾々もまた神の愛し給ふ御子である以上は、汝らと吾らは同一の神の御子であつて、いはば兄弟である。吾々はどうして兄弟を虐げることができるであらうか。神は広く万物を愛し給ふ。吾らは尊き神の御子なれば、互に相愛し相助けねばならぬ。人間に差別を付けるといふことは、最も神の嫌はせ給ふところである。汝らも今迄の心を改め、本心に立ち帰り、神の尊き御子として、善を行ひ人を助け、神様の大御心に副ふ至善の行ひをするが人間の本分である』 と諄々として人道を説き始めたるにぞ、さしも暴悪無頼の雲掴も、宣伝使の言葉に感激して、涙を拭ひながら一伍一什を物語りける。 (大正一一・一・二三旧大正一〇・一二・二六石破馨録) |