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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 17 惟神の道 第一七章惟神の道〔一二二七〕 お寅婆アさまと魔我彦は互に顔を見合せ、友の一刻も早く善道を悟り、忠実なる神の下僕となり、且つ神の代表者、生宮たる実を挙げしめむと、互に親切にほだされて暫しが間黙然として顔色ばかりを見つめてゐる。一方は老人にも似合はず十七八の娘のやうな色つやを浮べ、ぽつてりと太り、活々としてゐるに引替へ、一方は冬の木の葉が凩に叩き落され、雪に慄へて、えもいはれぬ淋しみを感じた様な悄然たる面を向けてゐる。恰も枯木寒岩に倚る三冬暖気なしといつたやうな、熱のあせた冷やかい気分に包まれてゐる。昨日まで煩悶苦悩の淵に沈み、下らぬ情欲に捉はれ、且黄金に眼をくらましてゐたお寅婆アさまは、神の仁慈に照されて、恰も無碍光如来の様な霊肉に変じ、否向上し、一方魔我彦は悲歎の淵に沈み、万劫末代浮ぶ瀬のない八寒地獄の飢と寒さに泣く亡者の様な容貌をさらし、不安と不平の妖雲に包まれ、頬は痩せこけ、皺は網の目の如く、顔色青白く、唇は紫色に変じ、言葉さへもどことなく力失せピリピリと慄ひ戦いてゐる。実に信仰の光といふものは恐しいものである。同じ山の頂に降る雨も、両半滴の降る場所に依つて、或は東に落ち或は西に落ち、南に北に別れて落ち流るる如く、鵜の毛の端程違つても大変な距離の出来るものである。此両人は恰も峠の上に降つた雨であつた。如何してもお寅婆アさまの雨は旭に向つて流れねばならなくなつてゐた。魔我彦の雨はどうしても夕日の方に向つて流れ落ちねばならない境遇になつてゐた。善悪正邪の分水嶺上に降る雨は、如何しても天から降らねばならぬ、決して人間の身体から雨は降るものでない。茲に悟ると悟らざるとの区別がついて来るのである。お寅婆アさまは恵の雨は天より降るものだといふことを自覚した。そして魔我彦は、自分の知慧や力や考察力や苦労の結果で、自分の身体から自由自在に雨を降らし得るものと考へてゐた。ここに惟神と人ながらの区別のつく所以である。如何なる聖人君子智者勇者と雖も、天の御恵なくしては、到底救はるることは出来ない。広大無辺の天然力即ち神の御威光によらなくては、地上一切の事は何一つ思ひの儘に出来るものでない。吾頭に生えた髪の毛一筋だも、或は黒くし、或は白くし得る力のない人間だ。此真理を理解して始めて宇宙の真相が悟り得るのである。これが所謂惟神であり、魔我彦が最善と思惟して採つたやり方は即ち人ながらであつて、神の御目より見給ふ時は慢心といふことになるのである。 要するに真の惟神的精神を理解とも言ひ又は改心とも言ふ。仮令人の前にて吾力量を誇り、吾知識を輝かし、吾美を現はすとも、偉大なる神の御目より見給ふ時は実に馬鹿らしく見えるものである。否却て暗く汚らはしく、悪臭紛々として清浄無垢の天地を包むものである。故に神は謙譲の徳を以て、第一の道徳律と定め給ふ。人間の謙譲と称するものは其実表面のみの虚飾であつて、所謂偽善の骨頂である。虚礼虚儀の生活を送る者を称して、人間社会にては聖人君子と持て囃されるのだからたまらない。かかる聖人君子の行くべき永住所は、概して天の八衢であることは申すまでもない。 人間が此世に生れ来り、美醜、強弱、貧富、貴賤の区別がつくのも決して人間業でない。何れも皆惟神の依さしの儘に、それ相応の霊徳をもつて地上に蒔きつけられたものである。富める者は何処までも富み、貧しき者は何処までも貧しいのは其霊の内分的関係から来るものであつて、決して外分的関係より作り出されるものでない。貧しき霊の人間が現界に活動し、巨万の富を積み、金殿玉楼に安臥し、富貴を一世に誇ると雖も、依然として其霊と肉とは貧しき境遇を脱する事は出来ない。丁度如何に醜婦が絶世の美人の容貌にならむと、紅白粉を施し、美はしき衣服を装ひ、あらむ限りの人力を尽すと雖も、醜女は依然として醜女たるの域を脱せざると同一である。鼻の低い者は如何に隆鼻術を施すとも、美顔術を施すとも、到底駄目に了る如く、貧者は何処までも貧者である。凡て貧富の二者は物質的のみに局限されたものでない。真に富める人は一箪の食、一瓢の飲を以て、天地の恵を楽み、綽々として余裕を存し、天空海濶たる気分に漂ふ。如何に巨万の財宝を積むとも、神より見て貧しき者は、その心平かならず豊ならず、常に窮乏を告げて欲の上にも欲を渇き、一時たりとも安心立命することが出来ない。金の番人、守銭奴たるの域に齷齪として迷ふのみである。又天稟の美人は美人としての惟神的特性が備はつてゐるのである。美人として慎むべき徳は、吾以外の醜婦に対し、なるべく美ならざるやう、艶ならざるやう努むるを以て道徳的の根本律としてゐるのは、惟神の真理を悟らざる世迷言である。美人は益々装ひを尽せば、ますます其美を増し、神又は人をして喜悦渇仰の念を沸かさしむるものである。之が即ち美人として生れ来りし自然の特性である。これを十二分に発揮するのが惟神の真理である。又醜婦は決して美人を妬みそねまず、自分の醜をなるべく装ひ、人に不快の念を起さしめず、且又美人に対して尊敬の念を払ふのが醜婦としての道徳である。 富者となり貧者となり、貴人となり賤民となり、美人となり醜婦となり、智者となり愚者と生れ来るも、皆宿世の自ら生み出したる因果律に依つて来るものなれば、各自に其最善を尽し、賤民は賤民としての本分を守り、貴人は貴人としての徳能を発揮し、富者は富者としての徳を現はし、貧者は貧者としての本分を守るのが天地惟神の大道である。斯の如く上下の万民が一致的に其本分を守るに於ては、神示に所謂桝かけ引きならして、運否のなき五六七の世が現出したのである。瑞月が斯の如き説をなす時は、頑迷固陋の倫理学者、道徳学者は、必ず異端邪説として排斥するであらう。併し乍ら天地の真理の惟神の大道たる以上は、如何ともすることが出来ない。五六七仁慈の大神の心の儘に説示しておく次第である。 あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一二・一六旧一〇・二八松村真澄録)
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霊界物語 46_酉_小北山の宗教改革2 20 金の力 第二〇章金の力〔一二三〇〕 コー、ワク、エムは一人のお民を相手に、投げられては起き、投げつけられては起き、武者振りついて挑み戦うてゐる。そこへ、枯草の野道を分けて「おーいおーい」と呼はりながら近寄つて来た一人の男、此態を見て、 男(蠑螈別)『やあ、お前はお民か』 と云つたきり、ドスンと腰を抜かし倒れて了つた。お民は、三人を相手にしながら、 お民『あゝ蠑螈別さま、よう来て下さつた。私、野中の森まで行つた処、あまり沢山の人声がするので、本街道へ出ようと思つて此処までやつて来た処、泥棒の様な奴が出て無体な事を云つて通そまいとするのよ。それで此方も仕方がないから一つ思ひ知らしてやらうと思つて活劇をやつてゐる所だ。よい所へ来て下さつた。さあ、一つ貴方も手伝つて下さい』 蠑螈別は腰を抜かして身体の自由が利かなくなつてゐる。然し敵に弱身を見せては一大事と心を定め、 蠑螈別『アツハヽヽヽ、お民、それしきの蠅虫を俺が出るまでもないぢやないか。俺や此処でゆつくりと、煙草でも飲んで見物するから、一つお前の活動振りを見せて貰はう』 お民『最前から永らく揉み合つてゐるのだから、私息が絶れさうなのよ。さあ貴方、入れ替つて一つ此奴を懲してやつて下さい。何ゆつくりして居なさるの』 蠑螈別『さあ、さう急いだつて仕方がないぢやないか』 お民は蠑螈別の吃驚腰が抜けた事を直覚した。 お民『こりや三人の男ども、大将軍のお出ましだから一つ此処で水を入れたら如何だ。いづれ勝敗はきまつてゐるが、お前も随分喉がひつついただらう』 コー『それなら一寸一服しようかな。おい、ワク、エム、もとから親の敵でもなし、怪我しちや互によい損恥だ。国には妻子もあるのだからな』 ワク『うん、そりや、さうだ。それならまあ、一寸休戦かな』 エム『俺は中立国となつて平和の調停に努むる事としよう』 お民『ホヽヽヽ、まあ皆さま、多少負傷をなさつた塩梅だから、此処を赤十字病院として敵味方の区別なく傷の癒えるまで休戦しようかな』 エム『至極妙案だ。そいつあ面白い、一、二、三』 と云ひながら三人は蠑螈別の一間ばかり隔たつた処に、単縦陣を張つて腰を下し休息しながら汗を拭いてゐる。 お民『もし、蠑螈別さま、貴方あまり冷淡ぢやありませぬか。女房がこれ程苦戦してるのに、高見から見物するとは不人情極まる、併し大方、吃驚腰が抜けたのだらうね。敵の中だから、そんなに慌ててはなりませぬよ』 と耳の端で囁く。コーは早くも此声を聞きとつた。 コー『ハヽヽヽヽ、何だ、俺達の武勇に恐縮して吃驚腰を抜かしよつたのだよ。おい、ワク、エム、最早大丈夫だ。恐るる事は少しもないぞ。糞落着きに落着いて居やがると思つたら、アハヽヽヽ抜かしよつたのだ』 ワク、エム一度に、 ワク、エム『アツハヽヽヽ』 蠑螈『吾々は神の国の軍人だ。肉体の人間に対しては門外漢だ。これしきの敵に対して腰を抜かすやうな卑怯者が何処にあるか。見違ひするにも程があるぞ』 コー『ヘン、惚れた女の前だと思つて痩我慢を張つたつて、チヤンと見抜いてあるのだ。それが若し見違つて居るのなら立つて御覧』 蠑螈『いや其儀なら、たつてお断り申す。腰は立たないが腹は随分立つてゐる』 コー『俺も何だかナイスの顔を見ると立つて来たやうだワイ。立つて立つて立ち向ふと云ふ塩梅式だ。「武士のさちやた挟み立ち向ひ、いるまとかたは見るにさやけし」と云つて、まとかたと云つて気分のよい名所だな』 蠑螈『こりやこりや三人の奴、こんな処にまとかたがあるか。そんな地名は自凝島の名所だ』 エム『何だか知らねえが、吾々は一つのまとかたがあつて活動を開始してるのだ』 蠑螈『そのまとと云ふのは一体何だ』 エム『云はいでも推量したが宜からうぞ。軍人兼泥棒さまだ。おれさまの要求する所は決して石でも瓦でもない、又水でも茶でもないのだ』 蠑螈『アハヽヽヽ、貴様は金さへ与れば済むのだな。金で済むのなら安い事だ。此処にちつとだけれど九千持つてゐる。如何だ、之をちつとばかり貴様にやらうか』 コー『そんな目腐れ金に目をかける泥棒があると思つて居るか』 蠑螈『一千ばかり与らうか』 エム『三人の中へ一銭位貰つても三厘三毛よりならぬぢやないか。馬鹿にしやがるない。まだ此処に弱虫が二人も慄つて居るのだから、頭割りにすれば二厘にしかならない。饅頭の半分も買へない様な目腐れ金を持ちやがつて、金だなんて、あまり人を馬鹿にするない』 蠑螈『ハヽヽヽヽ感違へしやがつたのだな。俺の九千と云ふのは九千円の事だ。それだからお前達に一千円やらうと云ふのだ』 コー『ヤア、そいつは結構だ。頂戴する事にしようかな。強奪すれば純然たる泥棒だが、向ふから与らうと云ふのに貰ふのは当然だ』 蠑螈『貰つても盗つても同じ事ぢやないか。名分のみ貰つたにした処で、実際は脅迫されて与るのだから盗られたやうなものだ。オイ泥棒、それなら千円此処にあるから受取れ』 エム『オイ、ワク、コー、貰つても泥棒同様だと云ふぢやないか。泥棒と云はれちや馬鹿らしい。一千円位貰つても、つまらぬぢやないか。九千円全部強奪してやらうかい。同じ泥棒と云はれるのなら太い方が得だからな』 蠑螈『実の処は、俺もお寅婆さまが貯へて居つたのを泥棒して来たのだ。此お民だつて共謀の上だ。さうすりや俺もお民も其一部分に加はるだけの資格が具備してるのだから、貴様等三人に三千円やらう。さうして、そこに居る人足には二人に千円やる事にしよう。残り五千円はまあ俺の所得にして置かうかい。俺は之からまだまだ遠国へ行かなくちやならないからな』 コー『何と比較的欲のない腰抜けだな』 蠑螈『ウン、腰抜けだ。腰さへ立てば一文だつてやる気遣ひはないのだが、何れ貴様等に盗られて了ふ可能性があるのだから、俺の方から、くだけて出たのだ。一人に千円と云ふ銭儲けは、貴様が一生働いたつて出来やしないぞ。オイ、三人の奴、按摩賃だと思つて俺の腰を揉んで呉れ。さうすりや。又三円ばかり改めて恵んでやらぬ事もないから』 ワク『イヤ、生れてから見た事もない千円の金を貰つて、又其上頂くやうな事をしちや冥加につきます。もう一厘も要りませぬから腰を揉まして下さいな』 蠑螈『ウン、差許す。さあ、しつかり揉め』 お民『千円がとこ、親切に揉むのですよ。然し腰から下は揉んじやなりませぬよ』 エム『アハヽヽヽ、御心配なさいますな。仮令揉んだ所で吾々は女ぢやありませぬから、何卒御心配はなさいますな』 五人は蠑螈別より四千両の小判を受取りホクホクものである。そこへやつて来たのは一人の大目附であつた。 大目附(エキス)『こりやこりや、コー、ワク、エム、何を致して居るか』 ワク『やあ、これはこれは大目附のエキスさまですか。今吾々この怪しの森の辻番を致して居ります所へ、向ふの方より「スタスタスタ」と勢ひ凄じくやつて来たのは此女、なかなかの強者で此関門に通らうとするので、此女の襟を取り無理に叩いてゐました所へ、又もや此女の夫と見えて、矢を射る如く飛んで来るものがある。見ればウラナイ教の神力無双の蠑螈別、エム、コー他二人は倉皇ワクワクとして縮み上つてゐるにも拘らず、此ワクは襟髪握りスツテンドウと投げやれば……流石の蠑螈別も、斯くの如くクタばつて身動きもならぬ此浅間しさ、何卒お褒め下さいませ』 エキス『アハヽヽヽ、うまく芝居を致すのう。内職は如何であつたか、随分懐が膨れただらうな』 エム『エー、大切な軍人の職にありながら、内職等とは思ひもよりませぬ。軍律厳しい此陣中、如何して左様な内職なんか出来ませう』 エキス『それでも役徳と云ふものがあるだらう。オイ、コー、ワク、其方も役徳の収入があつた筈だ。各二分の一づつ此方に納めたらよからう』 コー『折角千円の金を手に入れたと思へば、二分の一出せなんて、あまりだ、五百円になつて了ふわ』 エキス『コーが五百円、ワクが五百円、エムが五百円、両人の名もなき供人どもは二百五十円づつ此大目附に献るのだ』 エム『もし、エキスさま、貴方は泥棒の上前をはねる大泥棒ですな。吾々は折角、骨折つて五百円の収入、貴方は手を濡らさずに、しめて二千円の収入があるぢやありませぬか。せめて十分の一位にして貰ひたいものですな』 エキス『それが上に立つものの役徳だ。人間は一段でも上の役人になるに限る。大臣なんかになつて見よ。知らぬ間に何十万円、何百万円の株券が一文もかけないのに降つて来る。山林田畑が何時の間にかチヤンと登記済になつてる様なものだ。それだから大目附役の地位は棄てられないのだ』 蠑螈『エキスさまとやら、私は蠑螈別と云ふウラナイ教の教祖ですが、此処に五千円ばかり金を持つて居ます。此内千円ばかり献上致しませうかな。あまり沢山胴巻に巻いて居ると、重くて困つて居ます。ちと助けて貰ひたいものですな』 エキス『何、助けてほしいと申すか、よし五千円全部でも助けてやらう』 お民『オホヽヽヽ、あの蠑螈別さまの綺麗な事、あたい、それが好きで惚れたのよ』 蠑螈『それならエキスさま、お前エキス(益吸ふ)と云ふ名だから、綺麗薩張持つて去んで下さい。其代り一つお頼みがある。聞いて貰へるだらうかな』 エキス『頼みとは何で厶るか』 蠑螈『外でも厶らぬ。実はランチ将軍の家来にして欲しいのだ』 エキス『そりや大変都合の好い事だ。実の処、吾々の軍隊は三五教の言霊戦に、もちあぐんで居る所だ。お前さまはウラナイ教の教祖だと聞いて居る。ウラナイ教は人は少なくても大変な神徳があるさうだ。素盞嗚尊さまさへも如何ともする事が出来ないと聞いた上は末頼もしい。屹度ランチ将軍も二つ返事でお取り上げになるのは請合つて置きます。さあ蠑螈別さま、陣中へは最早何程もありませぬ。然らば賓客としてバラモン軍の参謀として御採用になるやうに私が努めます』 蠑螈『然し生え腰が抜けて動けないのだ。あまり俄に走つたものだから、腰の蝶番が如何かなつたと見える。何分朝から晩まで坐り通しで、道を歩いた事がないのだから』 エキス『御心配なさいますな。今に駕籠を呼んで来て、従卒に担がせて御夫婦ともランチ将軍の陣営へ鄭重に送り届けます。そして此エキスも及ばずながらお伴致し、将軍様の許へ執りもち致す考へなれば御安心なさい』 蠑螈『ハイ、有難う厶ります。お民、もう安心せい。これだけの軍隊の中へ入つて居る以上は、お前も最早大丈夫だ』 お民『仮令何んな処へでも私をお見捨てなく連れて行つてさへ下さいますれば、何んな処へでもお伴を致します』[※エキス・蠑螈別・お民が浮木の森に到着するシーンは第47巻第5章] (大正一一・一二・一六旧一〇・二八北村隆光録)
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霊界物語 47_戌_治国別の天国巡覧1 12 天界行 第一二章天界行〔一二四五〕 高天原の各団体に居住する霊国天人及び天国の天人は愛を生命とし、而して一切を広く愛するが故に人の肉体を離れて上り来る精霊の為にも所在厚誼を尽し、懇篤なる教訓を伝へ、或は面白き歌を歌ひ、舞曲を演じ、音楽を奏しなどして、一人にても多く之を高天原の団体へ導き行かむと思ふ外、他に念慮は少しもないのである。之が所謂天人の最高最後の歓喜悦楽である。併乍ら精霊が人の肉体を宿とし、現世に在りし頃善霊即ち正守護神の群に入るべき生涯や、或は天人即ち本守護神の群に至るべき生涯を送つて居らなかつたならば、彼等精霊は之等の天国的善霊を離れ去らむと願ふものである。斯の如くにして精霊は遂に現世に在つた時の生涯と一致する精霊と共に群居するに非ざれば、どこ迄も此転遷を休止せないものである。 斯の如く自己生前の生涯に準適せるものを発見するに及んで、彼れ精霊は茲に又在世中の生涯に相似せるものと共に送らむとするものである。実に霊界の法則は、不思議なものと云ふべきである。 凡て人間の身には善と悪と二種の精霊が潜在してゐる事は前に述べた通りである。而して人間は善霊即ち本守護神又は正守護神に仍つて高天原の諸団体と和合し、悪霊即ち副守護神に仍つて地獄の団体と相応の理に依りて和合するものである、此等の精霊は高天原と地獄界の中間に位する中有界即ち精霊界に籍を置いてゐる。此精霊が人間に来る時には、先づ其記憶中に入り、次に其想念中に侵入するものである。而して副守護神は記憶及想念中にある悪き事物の間に潜入し、正守護神は其記憶や想念中にある最も善き事物の裡に侵入し来るものである。されど精霊自身に於ては其人間の体中に入り、相共に居る事は少しも知らないものである。而も精霊が人間と共なる時は凡て其人間の記憶と想念とを以て、精霊自身の所有物と信じてゐる。又彼等精霊なるものは、人間を見ることはない。何故なれば、現実の太陽界に在る所の者は、彼等精霊が視覚の対境とならないからである。大神は此等の精霊をして、其人間と相伴へる事を知らざらしめむが為に大御心を用ひ給ふ事頗る甚深である。何故なれば彼等精霊がもし此事を知る時には、即ち人間と相語ることあるべく、而して副守護神たる悪霊は人間を亡ぼさむ事を考へるからである。副守護神即ち悪霊は根底の国の諸々の悪と虚偽とに和合せるものなるが故に、只一途に人間を亡ぼし地獄界へ導き、自分の手柄にしようと希求するの外、他事ないからである。而して副守護神は啻に人間の心霊即ち其信と愛とのみならず、其肉体をも挙げて亡ぼさむことを希求するものである。故に彼等の悪霊が人間と相語らふことがなければ、自分は人間の体内にあることを知らないのだから、決して害を加へないのである。彼等悪霊は其思ふ所、其相互に語る所の事物が、果して人間より出で来るものなりや否やを知らないのである。何となれば彼等精霊の相互に物言ふは、その実は人間より来る所のものなれども、彼等は之を以て自分の裡よりするものなりと信じ切つてゐる。而して何れの人も自分に属する所を極めて尊重し、且之を熱愛するが故に、精霊は自ら之を知らないけれども、自然的に人間を愛し、且つ尊重せなくてはならない様になるのである。これ全く瑞の御霊大神の御仁慈の御心を以て、かく精霊に人間と共なることを知らしめざる様取計らひ給うたのである。 天国の団体に交通する精霊も、地獄界と交通せる精霊も亦同じく人間に付添うてゐるのは前に述べた通である。而して天国の団体に交通してゐる精霊の最も清きものを真霊又は本守護神と云ひ、稍劣つたものを正守護神と云ひ、地獄と交通する精霊を悪霊又は副守護神といふのである。併し人間が生るるや直に悪の裡に陥らねばならない事になつてゐる。故に当初の生涯は全く此等精霊の手の裡に在りと云つてもいいのである。人間にして若しおのれと相似たる精霊が付添うて守るに非ざれば、人間は肉体として生くることは出来ない。又諸々の悪を離れて善に復ることも出来ないことになるのである。人間の肉体が悪霊即ち副守護神に仍つて、おのれの生命を保持し得ると同時に又善霊即ち正守護神に仍つて、此悪より脱離することを得るものである。人間は又此両者の徳に仍つて、平衡の情態を保持するが故に意思の自由なるものがある。此自由の意思に仍つて以て、諸々の悪を去り又善に就くことを得、又其心の上に善を植ゑつくることを得るのである。人間が若しも斯の如き自由の情態に非ざる時は、決して改過遷善の実を挙ぐることは出来ない。然るに一方には根底の国より流れ来る悪霊の活動するあり、一方には高天原より流れ来る善霊の活動するありて、人間は此等両者の中間に立ち、天国、地獄両方の圧力の間に挟まらなくては、決して意思の自由はあるべきものでない。 又人間に自由のない時は、生命あることを得ない。又善を以て他人に強ゆる事は出来ない、人から強ひられたる善其ものは、決して内分の霊魂に止まるものでない、心の底に何うしても滲み込む事は出来ない、但自由自在に摂受した所の善のみは、人間の意思の上に深き根底を下して、宛然其善をおのれの物の如くする様になるものである。 霊的現的一切の所在ものに相対し 自然的なる事物より推考するに非ざれば 思索すること能はざる現代人の通弊は 神的即ち霊的の人格さへも肉的や 自然的なるものなりと思惟する故に彼の輩の 結論する所見る時は果して神は一個なす 人格ならば大いさは全大宇宙と同等に あるべきものと唱導し果して神が天地を 統御按配するとせば世上に於ける君王の 如くに多数の官人を用ゆるならむと臆測す げにも愚の至りなりかかる愚昧の人間に 対して高天原の霊界は現実世界に於ける如 空間的の延長なしと告げ諭すとも直様に 容易に会得せざるべし何故なれば自然界 及び自然の光明を唯一の標準と相定め 思惟する者は目の前に認むる如き延長を 除いて外は何うしても考察し得ざる故ぞかし 高天原の延長は世界に於ける延長と 事情全く相反す自然界なる延長には 一種の限定ある故に容易に測知し得べけれど 高天原の延長には元より限定なき故に 人心小智のやすやすと測知し得べき事ならず そも人間の眼界は如何に遠きに達すとも 極めて遠き距離のある太陽、太陰、星辰も 容易に認め得べしとは何人もよく知れるなり 又今少し心をば深くひそめて思考せば 我内分の視覚力即ち想念界の視覚力は 尚も遠方に相達し尚も進んで内辺の 視力の至る極みには其眼界は尚更に 遠大なるべきことを知る果して然らば何者か 神的視力の現界外に出づるを得るとなさざらむ 神的視力は現実に一切視力のいと深き 内的にして且高上なるものぞ想念中に此の如き 延長の力ある故に高天原の一切の 事物は此処に住む者のすべてに伝はらざるはなし 高天原を成就し遍満したる主の神の 其神格より来るもの凡ては又も斯の如 ならずと云ふ事更になしあゝ惟神々々 御霊幸はへましませよ。 治国別、竜公両人は暫く関所の館に休息してゐた、そこへ東方の空を輝かして一個の火弾が空中に筋を描いて近寄り来り、二人の前に落下し、忽ち麗しき天人の姿と変つた。何時の間にやら、二人は想念に引ずられて第三天国に昇つてゐた。神人の姿をよくよく見れば、豈はからむや、三五教の宣伝使言依別命であつた。治国別は驚きと喜びとに打たれ、ハツと首を下げ、静かに天の数歌を奏上し始めた。 言依別『治国別さま、大変な好都合で厶いましたなア。一度高天原の諸団体を御案内申上げたいと思うて居りましたが、遂に其機会を得ませぬでした。幸ひあなたの肉体はバラモン教の為に苦められ、あなたの精霊は肉体を脱離して漸くここにお越しになることを得たのです。十分に天国をお調べになつた上、再び現界へ立返り、神様の為に衆生済度の為にモウ一働きやつて頂かねばなりませぬよ』 治国別『思はぬ所で、貴神にお目にかかり、余り嬉しうて言葉も出でませぬ。併しながら人間の肉体は二十四時間を過ぐれば既に腐敗糜爛し、再び精霊の容器となることは出来ないと聞きましたが、最早私はここへ参つてから殆ど十時間ばかりも費した様な気が致します。余す所はあと十三四時間、かかる短い時間の間に天国の巡覧が出来ませうかなア』 言依別『御心配なさいますな、霊界の一日は現界の一年に当ります、貴方はまだ霊界より見れば一分間も経つて居りませぬ、十時間もたつたやうに思はれたのは、現実界の反映でせう。又霊界には時間もなければ空間もありませぬ。まして天国には秋冬もなければ夜もない、只情動の変化があるのみです。凡て霊界は想念の世界ですから、時間などは問題にはなりませぬ。マアゆつくりと私に従いて、天国の諸団体を巡覧なさるが宜しからう』 治国別『ハイ有難う厶います、然らば仰に従ひ、お供を仕りませう』 竜公『モシ先生、どうぞ私もお供をさして下さいませ』 治国別『ウンさうだなア、言依別命様に御伺ひしてみようかな』 言依別『竜公さまは未だ天国を巡覧する丈の善と信と智慧証覚が備はつて居りませぬから、到底巡覧は出来ないのですが、幸ひ拙者は大神の命に仍つて、媒介天人と任命されて居りますから、特別を以てお供を許しませう』 治国『ハイ有難う厶います、何分宜しく御願申します』 竜公『ア特別の御引立に与かりまして、身に余る光栄で厶います』 言依別『竜公さま、あなたはまだ精霊界に籍がある方だから、天国へ行つたならば、眼くらみ、息苦くて到底堪へ切れないでせう。ここに被面布がありますから、之を御被りなさい、さうすれば、どうなりかうなりお供が叶ふでせう』 と懐より黒き被面布を取出し、竜公の面上めがけて投げ付くれば、不思議や竜公の顔にはキチンとして被面布がかけられた。 言依別『サア是れで先づ第三天国の或団体から案内致しませう』 治国別、竜公『ハイ有難う』 と治国別、竜公は後に従ひ、恐る恐る進み行く。 俄に美妙の音楽が聞え来り、馥郁たる芳香は四辺をとざし、えもいはれぬ爽快な気分になつて来た。言依別は或小丘の上に二人を導き、美はしき岩石に腰打ちかけながら、眼下の青野ケ原を見おろし説明の労を執つた。 言依別『治国別さま、あの東の方を御覧なさい。あこに一つの小高き丘陵があつて、沢山の家が建つてゐるでせう。あれが第三天国の或一部の団体で、愛と信とに秀でたる天人の住居する団体です。さうして此真西に当る所にも同じく一つの部落がありませう、それは善と真との徳稍薄く、光も少しく朧げなる天人共の住居致して居る団体であります。東の団体に比ぶれば余程西の方は凡ての光景が劣つて居るでせう。これは其団体に於ける天人等の愛善と信真の徳の厚薄に依つて、斯の如く差等が惟神的についてゐるのです。同気相求むると云つて、同じ意思想念の者が愛の徳に仍つて集まるのであります。故に東の団体に比ぶれば、西の方は余程劣つて居ります』 治国別『同じ天人でも、東の団体に住む者と西の団体に住む者とは大変な幸不幸があるぢやありませぬか、西の方の団体が甲団体を羨望して移住して行く様な事はありますまいかな』 言依別『決して決して左様な案じはありませぬ。すべて神格よりする愛其ものの情動如何に依つて、各自の運命が定まるのですから、西の団体が東の団体の光明を羨望して行つた所で、自分の徳が足らないで、苦しくて居られないのです。それ故個々団体の天人は決して他へ自由に移るといふやうな事はありませぬ、すべて高天原には順序が第一重んぜられて居ります。此順序を誤る者は、到底天国の生活は望まれないのです。大神様の神格は順序が第一に位してゐるのですから、地上の世界の如く、決して決して秩序紊乱などの虞は、夢にもありませぬ。これ故に天国は永遠に平和が保たれてゆくのです』 治国別『成程、厳の御霊の御神諭にも、身魂相応の徳を与へると示されてありますが、いかにも恐れ入つた次第で厶いますなア、さうして天人等は日々何をして居るのですか』 言依別『現界の人間は、高天原の天人は年が年中歌舞音楽に耽り、歓楽に酔うてゐる様に考へて居りますが、決して天国だとて、のらのらと放蕩遊惰に日を送つてゐる者はありませぬ。すべて神様が宇宙をお造り遊ばしたのは一つの目的があるためです、其目的とは即ち用であります。故に用のなき人間は霊界にも現界にも決して存在を許されない筈です、彼等天人は各自の天職を楽み、営々として神業に参加し、士農工商の業務を営んで居ります。さうして月に三回公休日があつて、其時には天人等は神の家に集まつて、力一杯歓楽を尽し、神をほめ称へ、且つ神の恵に十二分に浴するのです』 治国別『成程、実に結構な御経綸がしてあるものですなア』 言依別『現界の如く、労資の衝突だとか、労働問題だとか、地主対小作争議だとか、思想問題、政治問題、経済問題などは夢にも起りませぬ、実に平和な幸福な生涯ですよ。現界人が一度天国の情況を見たならば、再び現界へ帰るのは厭になつて了ひますよ』 治国別『さうですな、吾々も此儘天国の生涯を送りたくなりました』 竜公『先生、言依別命様に願つて、再び娑婆へ追ひ帰されないやうにして下さいな、本当にいい所ですなア』 治国別『何事も神様の仰せのままに、吾々は使はれるべき身分だから、左様な勝手気儘な願望を起しちやならないぞ。只々人間は神さまの御用を神妙にお勤めさへすればいいのだ』 竜公『ハイ畏まりました。併し余り良い所で、実際の事、帰るのが厭になりました、が併し神さまの御命令ならば仕方がありませぬ』 言依別は又南の方を指し、 言依別『治国別さま、あの南の方に小さき丘陵が見えませう、あれは智慧と証覚とに充ちたる天人共の住居する団体です。さうして此真北に当る所に又一つの丘陵があつて一部落が見えませう、あれは愛善と信真の徳よりする智慧証覚に充ちたる天人共の居住する一個の団体でありまして、南の団体よりは少しく劣つてゐる天人が群居して居ります。少し、之から見ても朧気に見えるでせう』 治国別『なる程、仰せの通りですなア、ヤハリ情動の如何に依つて、運命が定まるのですかなア。同じ智慧や意思の人間ばかりが、一所に集まつて居る程、愉快な事はありますまい』 言依別『あゝさうです、愛の善といふものは凡て吸引力の強いもので、又無限の生命を保有してゐるものです。天人であらうと現界人であらうと地獄界の人間であらうと、それ相応の愛に仍つて生命が保たれてゐるのですからなア、そして其愛なるものは凡て厳の御霊、瑞の御霊の御神格より内分的に流れ来るものですから、実に無始無終の生命ですよ、あゝ惟神霊幸倍坐世』 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 01 聖言 第一章聖言〔一二五五〕 宇宙には霊界と現界との二つの区界がある。而して霊界には又高天原と根底の国との両方面があり、此両方面の中間に介在する一つの界があつて、これを中有界又は精霊界と云ふのである。又現界一名自然界には昼夜の区別があり寒暑の区別があるのは、恰も霊界に天界と地獄界とあるに比すべきものである。人間は霊界の直接又は間接内流を受け、自然界の物質即ち剛柔流の三大元質によつて、肉体なるものを造られ、此肉体を宿として、精霊之に宿るものである。其精霊は即ち人間自身なのである。要するに人間の躯殻は精霊の居宅に過ぎないのである。此原理を霊主体従といふのである。霊なるものは神の神格なる愛の善と信の真より形成されたる一個体である。而して人間には一方に愛信の想念あると共に、一方には身体を発育し現実界に生き働くべき体欲がある。此体欲は所謂愛より来るのである。併し体に対する愛は之を自愛といふ。神より直接に来る所の愛は之を神愛といひ、神を愛し万物を愛する、所謂普遍愛である。又自愛は自己を愛し、自己に必要なる社会的利益を愛するものであつて、之を自利心といふのである。人間は肉体のある限り、自愛も又必要欠くべからざるものであると共に、人は其本源に遡り、どこ迄も真の神愛に帰正しなくてはならぬのである。要するに人間は霊界より見れば即ち精霊であつて、此精霊なるものは善悪両方面を抱持してゐる。故に人間は霊的動物なると共に又体的動物である。精霊は或は向上して天人となり、或は堕落して地獄の邪鬼となる、善悪正邪の分水嶺に立つてゐるものである。而して大抵の人間は神界より見れば、人間の肉体を宿として精霊界に彷徨してゐるものである。而して精霊の善なるものを正守護神といひ、悪なるものを副守護神と云ふ。正守護神は神格の直接内流を受け、人身を機関として天国の目的即ち御用に奉仕すべく神より造られたもので、此正守護神は副守護神なる悪霊に犯されず、よく之を統制し得るに至れば、一躍して本守護神となり天人の列に加はるものである。又悪霊即ち副守護神に圧倒され、彼が頤使に甘んずる如き卑怯なる精霊となる時は、精霊自らも地獄界へ共々におとされて了ふのである。此時は殆ど善の精霊は悪霊に併合され、副守護神のみ我物顔に跋扈跳梁するに至るものである。そして此悪霊は自然界に於ける自愛の最も強きもの即ち外部より入り来る諸々の悪と虚偽に依つて、形作られるものである。かくの如き悪霊に心身を占領された者を称して、体主霊従の人間といふのである。又善霊も悪霊も皆之を一括して精霊といふ。現代の人間は百人が殆ど百人迄、本守護神たる天人の情態なく、何れも精霊界に籍をおき、そして精霊界の中でも外分のみ開けてゐる、地獄界に籍をおく者、大多数を占めてゐるのである。又今日のすべての学者は宇宙の一切を解釈せむとして非常に頭脳をなやませ、研究に研究を重ねてゐるが、彼等は霊的事物の何物たるを知らず、又霊界の存在をも覚知せない癲狂痴呆的態度を以て、宇宙の真相を究めむとしてゐる。之を称して体主霊従的研究といふ。甚だしきは体主体従的研究に堕して居るものが多い。何れも『大本神諭』にある通り、暗がりの世、夜の守護の副守護神ばかりである。途中の鼻高と書いてあるのは、所謂天国地獄の中途にある精霊界に迷うてゐる盲共のことである。 すべて宇宙には霊界、現界の区別ある以上は、到底一方のみにて其真相を知ることは出来ない。自然界の理法に基く所謂科学的知識を以て、無限絶体無始無終、不可知不可測の霊界の真相を探らむとするは、実に迂愚癲狂も甚しといはねばならぬ。先づ現代の学者はその頭脳の改造をなし、霊的事物の存在を少しなりとも認め、神の直接内流に依つて真の善を知り、真の真を覚るべき糸口を捕捉せなくては、黄河百年の河清をまつやうなものである。今日の如き学者の態度にては、仮令幾百万年努力するとも、到底其目的は達することを得ないのである。夏の虫が冬の雪を信ぜない如く、今日の学者は其智暗く其識浅く、且驕慢にして自尊心強く、何事も自己の知識を以て、宇宙一切の解決がつくやうに、否殆どついたものの様に思つてゐるから、実にお目出度いといはねばならぬのである。天体の運行や大地の自転運動や、月の循行、寒熱の原理等に就いても、未だ一として其真を得たものは見当らない。徹頭徹尾、矛盾と撞着と、昏迷惑乱とに充たされ、暗黒無明の域に彷徨し、太陽の光明に反き、僅かに陰府の鬼火の影を認めて、大発明でもしたやうに騒ぎまはつてゐるその浅ましさ、少しでも証覚の開けたものの目より見る時は、実に妖怪変化の夜行する如き状態である。現実界の尺度はすべて計算的知識によつて其或程度までは考察し得られるであらう。併し何程数学の大博士と雖も、其究極する所は、到底割り切れないのである。例へば十を三分し、順を追うて、追々細分し行く時は、其究極する所は、ヤハリ細微なる一といふものが残る。此一は何程鯱矛立になつて研究しても到底能はざる所である。自然界にあつて自然的事物即ち科学的研究をどこ迄進めても、解決がつかないやうな愚鈍な暗冥な知識を以て、焉んぞ霊界の消息門内に一歩たりとも踏み入ることが出来ようか。口述者が霊界より大神の愛善と信真より成れる神格の直接内流や其他諸天使の間接内流に仍つて、暗迷愚昧なる現界人に対し、霊界の消息を洩らすのは、何だか豚に真珠を与ふる様な心持がする。かく言へば瑞月は癲狂者或は誇大妄想狂として、一笑に附するであらう。併し乍ら自分の目より見れば、現代の学者位始末の悪い、分らずやはないと思ふ。プラス、マイナスを唯一の武器として、絣や金米糖を描き、現界の研究さへも未だ其門戸に達してゐない自称学者が、霊界のことに嘴を容れて審神者をしようとするのだから、実に滑稽である。故に此『霊界物語』も之を読む人々の智慧証覚の度合の如何によつて、其神霊の感応に応ずる程度に、幾多の差等が生ずるのは已むを得ないのである。 宇宙の真理は開闢の始めより、億兆万年の末に至るも、決して微塵の変化もないものである。併し乍ら之に相対する人間の智慧証覚の賢愚の度によつて、種々雑多に映ずるのであつて、つまり其変化は真理そのものにあらずして、人間の知識そのものにあることを知らねばならぬのである。もし現代の人間が大神の直接統治し給ふ天界の団体に籍をおき、天人の列に加はることを得たならば、現代の学者の如く無性矢鱈に頭脳を悩まし、心臓を痛め肺臓を破り、神経衰弱を来さなくても、容易に明瞭に宇宙の組織紋理が判知さるるのである。 憎まれ口はここらでお預かりとして、改めて本題に移ることとする。茲に霊界に通ずる唯一の方法として、鎮魂帰神なる神術がある。而して人間の精霊が直接大元神即ち主の神(又は大神といふ)に向つて神格の内流を受け、大神と和合する状態を帰神といふのである。帰神とは、我精霊の本源なる大神の御神格に帰一和合するの謂である。故に帰神は大神の直接内流を受くるに依つて、予言者として最も必要なる霊界真相の伝達者である。 次に大神の御神格に照らされ、知慧証覚を得、霊国に在つてエンゼルの地位に進んだ天人が、人間の精霊に降り来り、神界の消息を人間界に伝達するのを神懸といふ。又之を神格の間接内流とも云ふ。之も亦予言者を求めて其精霊を充たし、神界の消息を或程度まで人間界に伝達するものである。 次に、外部より人間の肉体に侵入し、罪悪と虚偽を行ふ所の邪霊がある。之を悪霊又は副守護神といふ。此情態を称して神憑といふ。 すべての偽予言者、贋救世主などは、此副守の囁きを人間の精霊自ら深く信じ、且憑霊自身も貴き神と信じ、其説き教へる所も亦神の言葉と、自ら自らを信じてゐるものである。すべてかくの如き神憑は自愛と世間愛より来る凶霊であつて、世人を迷はし且つ大神の神格を毀損すること最も甚しきものである。斯の如き神憑はすべて地獄の団体に籍をおき、現界の人間をして、其善霊を亡ぼし且肉体をも亡ぼさむことを謀るものである。近来天眼通とか千里眼とか、或は交霊術の達人とか称する者は、何れも此地獄界に籍をおける副守護神の所為である。泰西諸国に於ては今日漸く、現界以外に霊界の在ることを、霊媒を通じて稍覚り始めたやうであるが、併し此研究は余程進んだ者でも、精霊界へ一歩踏み入れた位な程度のもので、到底天国の消息は夢想だにも窺ひ得ざる所である。偶には最下層天国の一部の光明を遠方の方から眺めて、臆測を下した霊媒者も少しは現はれてゐる様である。霊界の真相を充分とは行かずとも、相当に究めた上でなくては、妄りに之を人間界に伝達するのは却て頑迷無智なる人間をして、益々疑惑の念を増さしむる様なものである。故に霊界の研究者は最も霊媒の平素の人格に就てよく研究をめぐらし、其心性を十二分に探査した上でなくては、好奇心にかられて、不真面目な研究をするやうな事では、学者自身が中有界は愚か、地獄道に陥落するに至ることは想念の情動上已むを得ない所である。 さて帰神も神懸も神憑も概括して神がかりと称へてゐるが、其間に非常の尊卑の径庭ある事を覚らねばならぬのである。大本開祖の帰神情態を口述者は前後二十年間、側に在つて伺ひ奉つたことがある。開祖は何時も神様が前額より肉体にお這入りになると云はれて、いつも前額部を右手の拇指で撫でてゐられたことがある。前額部は高天原の最高部に相応する至聖所であつて、大神の御神格の直接内流は必ず前額より始まり、遂に顔面全部に及ぶものである。而して人の前額は愛善に相応し、顔面は神格の内分一切に相応するものである。畏多くも口述者が開祖を審神者として永年間、茲に注目し、遂に大神の聖霊に充たされ給ふ地上唯一の大予言者たることを覚り得たのである。 それから又高天原には霊国、天国の二大区別があつて、霊国に住める天人は之を説明の便宜上霊的天人といひ、天国に住める天人を天的天人といふことにして説明を加へようと思ふ。乃ち霊的天人より来る内流(間接内流)は人間肉体の各方面より感じ来り、遂に其頭脳の中に流入するものである。即ち前額及び顳顬より大脳の所在全部に至る迄を集合点とする。此局部は霊国の智慧に相応するが故である。又天的天人よりの内流(間接内流)は頭中小脳の所在なる後脳といふ局部即ち耳より始まつて頸部全体にまで至る所より流入するものである、即ち此局部は証覚に相応するが故である。 以上の天人が人間と言葉を交へる時に当り、其言ふ所は斯の如くにして、人間の想念中に入り来るものである。すべて天人と語り合ふ者は、又高天原の光によつて其処にある事物を見ることを得るものである。そは其人の内分(霊覚)は此光の中に包まれてゐるからである。而して天人は此人の内分を通じて、又地上の事物を見ることを得るのである。即ち天人は人間の内分によつて、現実界を見、人間は天界の光に包まれて、天界に在るすべての事物を見ることが出来る。天界の天人は人間の内分によつて世間の事物と和合し、世間は又天界と和合するに至るものである。之を現幽一致、霊肉不二、明暗一体といふのである。 大神が予言者と物語り給ふ時は、太古即ち神代の人間に於けるが如く、其内分に流入してこれと語り給ふことはない。大神は先づおのが化相を以て精霊を充たし、此充たされた精霊を予言者の体に遣はし給ふのである。故に此精霊は大神の霊徳に充ちて其言葉を予言者に伝ふるものである。斯の如き場合は、神格の流入ではなくて伝達といふべきものである。伝達とは霊界の消息や大神の意思を現界人に対して告示する所為を云ふのである。 而して此等の言葉は大神より直接に出で来れる聖言なるを以て、一々万々確乎不易にして、神格にて充たされてゐるものである。而して其聖言の裡には何れも皆内義なるものを含んでゐる。而して天界に在る天人は此内義を知悉するには霊的及び天的意義を以てするが故に、直に其神意を了解し得れども、人間は何事も自然的、科学的意義に従つて其聖言を解釈せむとするが故に、懐疑心を増すばかりで到底満足な解決は付け得ないのである。茲に於てか大神は、天界と世界即ち現幽一致の目的を達成し、神人和合の境に立到らしめむとして、瑞霊を世に降し、直接の予言者が伝達したる聖言を詳細に解説せしめ、現界人を教へ導かむとなし給うたのである。 精霊は如何にして化相によつて大神より来る神格の充たす所となるかは、今述べた所を見て、明かに知らるるであらう。大神の御神格に充たされたる精霊は、自分が大神なることを信じ、又其所言の神格より出づることを知るのみにして、其他は一切知らない。而して其精霊は言ふべき所を言ひ尽す迄は、自分は大神であり、自分の言ふことは大神の言であると固く信じ切つてゐるけれども、一旦其使命を果すに至れば、大神は天に復り給ふが故に俄に其神格は劣り、其所言は余程明晰を欠くが故に、そこに至つて、自分はヤツパリ精霊であつたこと、又自分の所言は大神より言はしめ給うた事を知覚し、承認するに至るものである。大本開祖の如きは始めより大神の直接内流によつて、神の意思を伝へ居ること及び自分の精霊が神格に充たされて、万民の為に伝達の役を勤めてゐたことを能く承認してゐられたのである。其証拠は『大本神諭』の各所に明確に記されてある。今更ここに引用するの煩を省いておくから、開祖の『神諭』に就いて研究さるれば此間の消息は明かになることと信ずる。 開祖に直接帰神し給うたのは大元神大国治立尊様で、其精霊は、稚姫君命と国武彦命であつた。故に『神諭』の各所に……此世の先祖の大神が国武彦命と現はれて……とか又は……稚姫君の身魂と一つになりて、三千世界(現幽神三界)の一切の事を、世界の人民に知らすぞよ……と現はれてゐるのは、所謂精霊界なる国武彦命、稚姫君命の精霊を充たして、予言者の身魂即ち天界に籍をおかせられた、地上の天人なる開祖に来つて、聖言を垂れさせ給うことを覚り得るのである。 前巻にもいつた通り、天人は現界人の数百言を費さねば其意味を通ずることの出来ない言葉をも、僅かに一二言にて其意味を通達し得るものである。故に開祖即ち予言者によつて示されたる聖言は、天人には直に其意味が通ずるものなれども、中有に迷へる現界人の暗き知識や、うとき眼や、半ば塞がれる耳には容易に通じ得ない。それ故に其聖言を細かく説いて世人に諭す伝達者として、瑞の御霊の大神の神格に充たされたる精霊が、相応の理によつて変性女子の肉体に来り、其手を通じ、其口を通じて、一二言の言葉を数千言に砕き、一頁の文章を数百頁に微細に分割して、世人の耳目を通じて、其内分に流入せしめむ為に、地上の天人として、神業に参加せしめられたのである。故に開祖の『神諭』を其儘真解し得らるる者は、已に天人の団体に籍をおける精霊であり、又中有界に迷へる精霊は、瑞の御霊の詳細なる説明に依つて、間接諒解を得なくてはならぬのである。而して此詳細なる説明さへも首肯し得ず、疑念を差挟み、研究的態度に出でむとする者は、所謂暗愚無智の徒にして、学で知慧の出来た途中の鼻高、似而非学者の徒である。斯の如き人間は已に已に地獄界に籍をおいてゐる者なることは、相応の理によつて明かである、斯の如き人は容易に済度し難きものである。何故ならば、其人間の内分は全く閉塞して、上方に向つて閉ぢ、外分のみ開け、その想念は神を背にし、脚底の地獄にのみ向つてゐるからである。而して其知識はくらみ霊的聴覚は鈍り、霊的視覚は眩み、如何なる光明も如何なる音響も容易に其内分に到達せないからである。されど神は至仁至愛にましませば、斯の如き難物をも、種々に身を変じ給ひて、其地獄的精霊を救はむと、昼夜御心を悩ませ給ひつつあるのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 09 罪人橋 第九章罪人橋〔一二六三〕 高天原の霊国及び天国は光明の世界である。其光明は実性に於て神真である、即ち霊的神的証覚である。此神真なる光明は諸天人の内視と外視とを同時に照破するものである。さうして内視とは天人自身の心の内にあり、外視とは其目にあるを云ふ。又諸天人は高天原の愛の熱に包まれてゐる。即ち此熱は実性に於て神善即ち神愛にして、吾々が益々証覚に入らむとする情動及び願望を有するものは此熱より来るものである。要するに高天原の霊国、天国は万善の集合所である。天人の証覚の程度は現界人の口舌のよく尽し得る所でない。人間が一千言を費しても尚尽す能はざる所をも、天人は数言にて之を弁ずる事を能くするのである。其他天人の一言一句の中にも無辺無量の密意の含まれてある事は、到底人間の言語に属する文字にて表はす事は出来ない。天人は其言語に用ふる所謂語字を以て十分に表はし得ざる所は、幽玄微妙なる音調を以て之を補ふ。そして其音調によつて情動を表はし、情動よりする想念中の諸概念は語字によつて之を表はすのである。大本開祖の神諭も亦其密意の存する所は到底現代人の智慧証覚にては容易に解し難きものである。されども智慧証覚ある天人が之を読む時は、直に無辺無量の密意の含まれてある事を諒得し得るものである。そして此語字については霊界物語第二輯第三巻(第十五巻)第一天国と云ふ所に其状況を示しあれば参照されたい。故に人間は其精霊を善と真とに鍛へ上げ、生きながら高天原の団体に籍を有するに非ざれば、大本の神諭は容易に解釈し得るものでない事を悟らねばならぬ。大本の神諭は、国祖大国常立尊、厳霊と顕現し、稚姫君命、国武彦命等の精霊に其神格を充し、さうして天人の団体に籍を有する予言者なる出口開祖の肉体に来し、大神の直々の御教を伝達されたものである以上は、余程善徳と智慧証覚の全きものでなければ之を悟る事は出来ない。併しながら神は至仁至愛にましますが故に、此神諭の密意を自然界の外分的人間に容易く悟らしめむが為に瑞霊の神格を精霊に充し、変性女子の肉体に来らしめ、其手を通し口を通して霊界の真相を悟らしめ給はむとの御経綸を遊ばしたのである。 大本神諭の各言句の中に、人をして内的証覚に進むべき事項を含蓄せしめある所以は、神格に充されたる天人即ち本守護神の言語は情動と相一致し、一々其言語は概念と一致するものである。又天人の語字は其想念中に包含する事物の直接如何によつて無窮に転変するものである。尚又内辺の天人は言者の音声及び云ふ所の僅少なる語字によつて其人の一生を洞察し知悉し得るのである。何となれば、天人は其語字の中に含蓄する諸概念に依つて、音声の各種各様に変化する状態を察し、これに依つて、其人の主とする所の愛と信及び智慧証覚の如何なるものなるかを知るものである。現界の人間でも少しく智慧あり証覚あり公平無私なる者に至つては、其籍を生きながら天人の団体においてゐるものであるから、対者の一言一句の中に包める意義によつて其人の一生の運命を識別し得るものである。人間の想念及び情動は其声音に現はれ、皮膚に現はれ、如何にしても霊的智者賢者の前には之を秘する事が出来ないものである。此一言は愛を含むとか、此一句は親なりとか、彼の一句は勇とか、此一句は智とか、凡て一言一句の際にも顕現出没して、如何なる聖者といへども賢人といへども、心中の思ひを智慧証覚者の前には隠す事は出来ない、之即ち神権の如何にしても掩ふべからざる所以である。心に悪なく欲なく、善の徳に充されたものは従つて智性も発達し情動の変化も非常に活溌なるが故に、対者の腹のドン底まで透見し知悉し得るは容易なれども、若し心に欲あり、悪を包み利己心ある時は其情動は鈍り智性は衰へ、意思は狂ひ、容易に対者の心中を透見する事は出来ない。故に人に欺かるるものは皆其心に悪と欲と自利心が充満してゐる故である。決して愛善の徳に充され信真の光に充ちた聖人君子は、自然界の体欲に迷ひ悪人に欺かるるものでない。要するに欲深き吾よしの人間が相応の理によつて貪欲な悪人に欺瞞され、取返しのならぬ失敗を招くものである。 さうして自分の迂愚不明から悪人に欺かれ自ら窮地に陥り、遂には其人間を仇敵の如く怨み且罵り、遂には自分の悪欲心より出でたる事を平然として口角に束ねながら、其竹篦は遂に神の御上にまで及ぼすものである。彼等は茲に至つて天道は是か非か、神は果して此世にあるものか、果して神が此世に儼存するものならば、何故斯の如き悪人に苦しめられ居るのも憐れみ給はず傍観的態度を執らるるや、吾々は斯の如き悪事災難を免れ家運長久を朝夕祈り立派にお給仕をして信仰を励んで居つたのに何の事だ。神には目がないのか、耳がないのか等と云つて、恨言を百万陀羅並べ立て、遂には信仰より離れ自暴自棄に陥り、益々深く地獄の底に陥落するものである。凡て此宇宙は至善至真至愛の神が目的のために万物を造り、相応の順序によつて人間を神の形体に作り、神業を完全に遂行せしめ給はむとして、万物の霊長として人間を世に下し給うたものなる以上は、人間は神界の秩序整然たる順序を守り、善の為に善をなし真の為に真を尽さねばならぬのである。然るに現代は遠き神代の黄金時代は何時しか去り、白銀時代、赤銅時代、黒鉄時代と漸次堕落して、今や混沌たる泥海世界となつて了つたのである。之も人間に神より自由を与へて、十二分の神的活動を来さしめ給はむとし給うたのを、人間が次第々々に神に背き八岐大蛇や曲神等の捕虜となり、遂に自ら神に反き神の存在をも無視するに至つた為に、かかる暗黒無明の世界が現出したのである。併しながら物窮すれば達すると云つて至仁至愛にして無限絶対の権力を具備し給ふ大神は何時迄も之を看過し給ふべき。ここに大神は現幽神三界の大革正を遂行せむが為に予言者を地上に降し、或一定の猶予期間を与へて愚昧兇悪なる人間に対し神の愛を悟らしめ、勝手気儘の行動を改めしめむと劃策し給うたのである。之を思へば吾々人間は大慈大悲の大神の神慮を奉戴し、造次にも顛沛にも精霊を磨き改過遷善の道を挙ぐるに力めねばならぬのである。 扨て偽善者たるランチ、片彦両人の宣伝将軍は伊吹戸主の神の計らひによつて地獄へ追ひ込めらるる事となつた。ガリヤ、ケースも亦其後につき従ふ。大きな岩の虚隙から無理に番卒に押込まれ真暗の穴へ落ち込んだ。斜に下方に向つた隧道が屈曲甚しく通つてゐる。両手で探らなければ何時岩壁に頭を打ちつけ、又足許に注意せなくては何時躓くか分らない暗黒道を、四人は腰を屈めながら後から何物にか押さるる様な心地して次第々々に下つて行く。少し腰を伸ばさうとすれば頭の上の岩壁に遮られる。丁度海老腰の様になつて、何とも云はれぬ臭い香のする道を際限もなく探り探り深く深く落ち込んで行つた。少しく薄明い処へ四人は漸く着いた。そこには円い人間の潜るだけの穴が六つばかり覗き眼鏡の様に並んでゐる。さうして青、赤の顔面をさらした守衛が一々立つて居て、ものをも云はず四人を同じ穴へ無理やりに突込んで了つた。臭気紛々として嘔吐を催すが如き其辺一面の不愉快さ、彼等四人は却て愉快になり腐肉の臭気や堆糞の香を鼻蠢かし、嬉しさうに嗅ぎながらヤツと安心したものの如く息をつき又もやドンドンと以前より稍薄明き隧道を右や左に折れながら下りゆくのであつた。四人は漸くにして少しく広い所に着いた。見れば其処に大きな川が横たはつてゐる。さうして細い長い橋が架けられてある。ここには厳しい顔をした冥官が武装をして二十人ばかり控へて居た。冥官の一人はツと前に進み寄り、 冥官『其方はランチ将軍、片彦将軍と申して、現界に於て非常に体主霊従の行ひを致し、人獣合一の悪業を盛んにやつた人足だから、此橋を渡つて向ふへ行け。此橋が無事に渡られたならば再び娑婆に帰してやらう。然し之が渡られぬ時は、此橋下に住んでゐる数多の怪物の為に其方は苛まれ、最も苦しき地獄に落ちるのだ。さあ早く行け』 とせき立て睨みつける。四人は四肢五体の力何時しかスツカリ抜けて了ひ、手足がブルブルと震ひ戦き、満足に歩く事も出来なくなつてゐた。さうして此橋には罪人橋と橋詰に立札が立つてゐる。其長さは目の届かぬばかり殆ど数百町に及んでゐる。さうして橋の幅が僅かに一尺ばかり、一寸体の平均を失つたが最後、真逆様に百尺以上の川に落ち込まねばならぬ。さうして其水の深さは地球の中心に達して居ると伝へられ、幾千万丈の深さとも分らない。此橋には欄もなく、加ふるにヒヨヒヨとして上下左右に揺り動く、実に危険な橋である。さうして橋の下には激流が飛沫をとばし赤黒い汚穢の水が流れてゐる。さうして何とも形容の出来ぬ怪物が沢山に棲み、橋の上を通行するものが過つて落ちて来るのを、大口を開けて待つて居るその恐ろしさ。一目見ても身慄ひする様である。さうして橋の上には膚を劈く如き寒風吹き、何とも云へぬ厭らしき声、八方より聞えて来るのであつた。 ランチは余りの恐ろしさに身体すくみ、ビリビリ慄うて居ると冥官の一人は、 冥官『サア、ランチ将軍、其方は現界に於ては立派なるバラモンの宣伝将軍ではなかつたか。沢山の敵味方の命をとつたる英雄豪傑でありながら、何故これしきの橋が恐ろしいのか。サア早く向ふへ渡れ』 と厳命した。ランチは震ひ声を出して、 ランチ『イヤ、モシ冥官様、斯様な恐ろしい処は到底渡る事は出来ませぬ。何卒改心しますから、元の処へお帰し下さい。お願で厶います』 冥官『ならぬならぬ、決して霊界に於ては汝等に斯かる責苦を与へ、之を以て快楽としてゐるのではない。大神様を初め、すべてのエンゼルも冥官も、一人なりとも天国へ上り得る身魂の来り得る事を待つてゐるのだ。否唯一の歓喜としてゐるのだ。汝自らの罪業によつて汝自ら此罪人橋を渡るべく準備致し、又汝永久の住家を向ふの地獄に作りおいた以上は、汝の身魂は、其処まで行かねばならぬ。可愛さうなれど吾々は救ふ事が出来ぬ。汝は神の愛を信じて自ら天国を開くべき処を、自然界の欲に精霊を汚し、斯くも浅猿しき身の上となつたのだから、自縄自縛と諦めて行つてくれ』 と流石の冥官も憐愍の情に堪へかねてか、両眼より涙をポロポロと流してゐる。 片彦『モシ冥官様、もはや斯うなる上は自ら生んだ鬼が自らを責めるのですから、如何とも致し方が厶いませぬ。然しながら其地獄は随分辛い処で厶いませうな』 冥官『地獄にも色々あるが先づ大別して十八地獄と分つてゐる。さうして其地獄にも其罪業によつて大小軽重の区別がある。地獄の団体も今日の処にては幾万を以て数へられるであらう。其中重なる地獄は、吊釣地獄、幽枉地獄、火孔地獄、郭都地獄、抜舌地獄、剥皮地獄、磨摧地獄、碓搗地獄、車崩地獄、寒氷地獄、脱壳地獄、抽腸地獄、油鍋地獄、暗黒地獄、刀山地獄、血池地獄、阿鼻地獄、秤杆地獄と云つて、之が大体の地獄であり、其中で罪業の大小軽重によつてそれぞれの階段が出来てゐる。お前達も確りして、地獄に行つたら随分悪の強い奴だから地獄の統治者となるかも知れない。それを楽みに行つたがよからう』 片彦『如何しても吾々は地獄へ参らねばなりませぬか』 冥官『お前達四人の霊衣を見れば尚多少朧気に円相が残つてゐる。未だ冥土へ来るべき命数でないが、併しながら伊吹戸主の神様より御命令があつたによつて、如何しても此処を通さにやならぬ。四人が四人ながら、まだ娑婆臭い亡者が来るとは不思議千万だ』 と首を傾け思案顔をしてゐる。 かかる所へ骨と皮とになつた我利々々亡者の一隊、雑魚の骨を打ち開けた様にウヨウヨウヨと幾百千とも数知れず現はれ来り、ランチ、片彦両将軍に向ひ、得も云はれぬ厭らしき声を振り搾り、前後左右より武者振りつく其厭らしさ。ガリヤ、ケースも亦相当に厭らしき怪物にとりまかれ、悲鳴をあげて泣き叫んでゐる。 此時何処ともなく天の数歌が幽かに聞えて来た。見る見るうちに我利々々亡者は煙の如く消えて了つた。さうして数多の厳しき冥官の姿は一人減り二人減り、おひおひと其数を減ずるのであつた。宣伝歌の声おひおひ近づいたと見えて、だんだん高く聞えて来た。非常に薄暗かつた四辺は、薄紙を剥いだ様に次第々々と明るくなつて来た。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 04 人情 第四章人情〔一二七八〕 石搗は漸く無事に済んで地鎮祭も終り、直会の宴に移つた。今日は玉国別の許しを得てさしも酒豪のイル、イク、サール、テル、ハル、ヨルのバラモン組は天にも昇るやうな心地で歌を唄ひ、石などをケンケンと叩きならし、堤を切らして踊り狂ふた。何人も酒に酔ひ潰れた時は小供のやうになるものである。又平素から心にもつて居た不平は残らず喋るものである。 イル『おい、イク、サール何うだ。清春山に居つた時は、朝から晩迄甘い酒を鱈腹呑んで、新来のお客さま伊太公さま迄敵味方の障壁をとつて優遇したぢやないか。それに馬鹿らしい三五教に帰順してから今日迄一滴も呑ましちや貰筈、本当に淋しくて、矢張元のバラモン教の方が余程よいと思つたよ。貴様等が何時迄もこんな所に引いてけつかるものだから、俺も仕方なしにひつ付いて居たのだ。本当にここの大将はケチン坊だからな。なんだい道公なンて偉さうに監督面を提げやがつて、俺はあのしやつ面を見てもむかつくのだ。エーン』 と副守が発動して本音を吐き出した。 イクはイルが大きな声で不平を云ふて管をまくので道公の監督に聞かれては大変と、一生懸命に左右の手で自分の耳を押へて居る。そしてイルの耳許に口を寄せ、 イク『オイ兄弟、そんな大きな声で不平を云ふものぢやない。勿体ないぞ。道公の耳へ入つたらどうするのぢや』 イル『ナヽ何だ、何が勿体ないのだい。道公の耳へ入るのが、それ程われや恐ろしいのか。何だその手は耳を押へやがつて』 イク『それだつて、余り貴様が大きな声で悪口を吐すものだから、監督の耳に入らないやうにつめをして居るのだ』 イル『何さらしやがるのだ。馬鹿だな、耳を押へて鈴を盗むやうな事をしたつて何になる。このイルの仰有る事は、何程金挺聾でも直ぐ耳にイルやうに云つて居るのだ。骨と皮との痩馬を河鹿峠を引いて通るやうに、ヘエヘエハイハイと盲従する奴は、それこそ気骨のない章魚人間だ。このイルはそんな卑怯な事はなさらぬぞ。も少し大きな声で不平を云ふのぢや。否大に怨言非辞を連発するのだ。のうサール、貴様もサール者だから、きつと俺と同感だらう』 サール『馬鹿云ふな、この目出度い地鎮祭に結構な酒を頂きやがつて何をグヅグヅ云ふのだ。ちと心得ぬかい』 イル『ナヽ何が目出度いのだ。何がそれ程結構なのだ。よく考へて見い、清春山は破壊され、浮木の森の陣営はメチヤ、クチヤにされ、何うして吾々バラモン勇士の顔が立つか、それに何ぞや三五教の神を祭るお宮のお手伝ひをさして貰ひ、嬉しさうに嫌でもない酒を強られて何が有難いのだ。勿体ないのだ。フゲタが悪いぢやないか、敵に兜をぬいで敵の馳走を頂き、感謝の涙をこぼすやうな者は人間ぢやないぞ。俺もかうして表面帰順して居るものの、心の底から貴様のやうに帰順して居るのぢやない。かうして大勢の中に紛れ込み、様子を探つた上、大に手柄をせうと思ふて居たのだ。白夷、叔斉は首陽の蕨を食つて周の粟を喰はず生きて居たぢやないか。夫れだけの気骨が無くてバラモンの武士と云はれるか。エーン』 サール『アハヽヽヽ、それ程三五教の飲食が気に入らぬのなら、なぜ前後も分らぬ所迄酒に喰ひ酔ふたのだ。貴様はいつも悪酒だから困つたものだ。ちと躾まぬと、俺達迄が痛くない腹をさぐられては詰らない。俺達は、貴様のやうな二股武士ぢやない、帰順したと云ふたら心の底から帰順して居るのだ』 イル『俺だつて、松彦や治国別には心の底から帰順したのだ。玉国別や道公て、あんな宣伝使に帰順したのぢやない。第一それが俺は気に喰はないのだ。よく考えて見よ、天下の宣伝使ともあらうものが、四つ手に目玉を引つかかれるやうで何処に神徳があるか、俺はあの玉国別の面を見るとムツとするのだ。治国別さまのやうな宣伝使なら何程バラモン教の俺だつて帰順するのだけれどな』 道公は、三人が隅の方に片寄り大きな声で囀つて居るので、喧嘩ぢやないか、もし喧嘩なら仲裁して目出度う納めねばならぬ、肝腎の地鎮祭にケチを付けられては耐らないと、三人の前にホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと進み寄り、 道公『おいイル、イク、サール、何を夫程喧しう云つて居るのだ。何ぞ面白い話でもあるのか』 イク『ハイ、面白い事があるのですよ。このイルの奴たうとう本音を吹きやがつて仕様もない事を云ふのです』 イル『コレヤコレヤイク、幾何酒に酔ふても大事の事を云ふてはいけないよ。俺が玉国別が嫌になつた事や、この普請の気に入らぬ事や、矢張バラモン教の方が結構だと云つた事を決して道公の監督に云つてはならないぞ。そこが友達の交誼だからな』 道公『アハヽヽヽ、やイルさま、たつて聞かうとは云ひませぬよ。併し皆分りましたからな』 イク『それ見ろ、イルの奴矢張りお神酒の神徳により、腹の中のゴモクを薩張り吐き出されよつたな。もし道公さま、どうぞイルが何を云つても、あいつは副守が云つて居るのですから聞き流してやつて下さいませ』 サール『道公の監督さま、イルはこんな奴です。併し比較的正直者ですから、玉国別様にはどうぞ仰有らないやうにして許してやつて下さいませ。本当に仕方のない奴で厶います。ウンウンガー、アヽ酔ふた酔ふた、ほんとに結構なお神酒を頂戴致しまして本守護神は申すに及ばず、正、副守護神迄恐悦至極に存じます』 道公『ヤア三人共心配するな。酒酔の云ふ事を取りあげるやうな俺も馬鹿ぢやないからな』 イル『成程、それ聞いて俺も道公さまが好きになつた。こんな気の利いた家来をもつて居る玉国別さまも好きになつた。其盃を一つ僕にさして下さい。今日はお神酒に酔つてすつかり腹の中のごもくを吐き出しました。決してイルの肉体であんな事を云つたのぢやありませぬ。腹の中に居つた大黒主の眷族が囁いたのですから、私は本当に迷惑ですよ』 道公『それやさうだらう。まあ心配したまふな。サア一杯いかう』 と道公は心よく、イル、イク、サールに盃を与へ、自らついでやり、自分も其処に安坐をかいて歌を歌ひながら面白をかしく酒を引つかけて居る。 イルは『兄貴まア一杯』と道公に盃をさし唄ひ出した。 イル『三五教の道公さまが朝から晩迄ポンポンと 拍手うつのはよけれどもヨイトサヽヨイトサヽ このイルさまを捉まへてポンポン云ふのにや困ります ヨイトサヨイトサぢや アハヽヽヽ、まア一杯僕についでくれたまへ、なア道公さま、酒酔本性違はずと云つて、よく覚えて居るだらう』 道公は歌ふ、 道公『道公司がポンポンとお前に云ふたのは訳がある 朝から晩迄酒をのむお前を瓢箪と思た故 そして又お前は面の皮太鼓のやうに厚うして サツパリ腹が空故に太鼓と思うてポンポンと 叩いて見たのだイルさまよ俺に怒つちや見当違ひ 俺は役目でポンポンと石搗しなくちやならないで 合図をしたのだと思ふて呉れヨイトセヨイトセ ヤツトコセ、ヨウイヤナアレワイセ、コレワイセ サアサ、ヨーイトセ』 イク、サールは手を拍ち、 イク『ヤアポンポンだ、甘い甘い、ポンポンながらカンカン乍ら、このイクさまが一つ唄つて見ませう。エヘン、オイ、イルちつと手を拍つて囃して呉れ、囃がまづいと歌が全くいかぬからな』 イル『ヨシ囃してやらう、サア云ふたり云ふたり』 イク『祠の森の神さまは梵天帝釈自在天 大国彦と思ふたらサツパリ当が外れよつて 大国治立神様だ今迄俺はバラモンの 神程偉い奴は無いと思ふて居たのにこれや何だ アテが外れて三五教のいやな神様を喜んで 拝まにやならない羽目となり不性無精に朝夕に 信者らしく見せかけて今迄来たのが偽善者の 其行ひと知つた故胸に手を当て考へた 揚句の果は三五教の教は誠と知つた故 心の悩みも晴れ渡り今は全く三五の 神を信ずる身となつたほんとに心の持ちやうで どうでもなるのが人の身だ人は神の子神の宮 天地経綸の主宰者と教へられたる其時は 何だか怪体の事を云ふ慢心じみた教だと 心に蔑み居つたれど矢張神は嘘つかぬ バラモン教では吾々を塵や芥の固りの より損ひのよに云ふけれど矢張人は神の子だ これを思へば飲む酒も一入味がよいやうだ 今日の石搗お祝にどつさりお酒を頂戴し 魂は浮れて天国の御園に遊ぶ思ひなり あゝ惟神々々御霊の恩頼を慎みて 茲に感謝し奉るサア一盃いきませう』 斯く四人は一団となりて酒汲み交して居る。一方には又バラモン組のヨル、ハル、テルの三人三巴となつて趺坐をかき、管を捲いて居る。 ヨル『オイ、あのイルを見よ、彼奴は最前から結構な酒に喰ひ酔、しようもない腹の中のごもくたをさらけ出したぢやないか、彼奴はいつも酒くらひやがると何も彼もさらけ出しやがるのだ。何か怪体なものが憑いて居るのだよ』 テル『さうだな、可哀さうなものだ。彼は村でも怠惰者で仕事が嫌ひなのだから仕方がない。いつも襤褸を下げやがつて、人の門口に立ち酒でも呑んで居やうものなら、汚い風をして坐り込むのだから誰しも迷惑して、酒を呑ましてやり、少しばかり金をやつて帰してやるのだ。其が今度の戦争で安い金で雇はれた雇兵だ。元来がノラクラ者の成上りだから、一度憐れみをかけると云ふと好い気になり、メダレを見て仕方が無いものだ。道公さまがよい気であんな奴と盃の取り交しをするなんて余りぢやないか、俺にだつて盃の一杯位さして呉れたつて損はあるまいに、あんな奴より下に見られちや約まらないぢやないか』 ハル『オイ、テル、貴様は気をつけないと額際に曇りがかかつてゐるぞ。そこが曇つて居るのは貴様の未来に取り不祥なる事が来るのを教へて居るのだ。つまり死ぬと云ふ事を教へて居るのだ。深酒を呑まぬやうにせぬと危ないものだ。たとへ身体がピンピンして居ても人の悪口ばかり云ふて居ると、憎まれてどんな災難を買ふやら分らないぞ。些と慎むがよい』 テル『そんな事を聞くと折角の酔がさめて仕舞ふぢやないか。俺は平常から顔色が悪いのだ、気にかけて呉れるな。そんな事を聞くと何だか俺迄気分が悪くなるからな』 斯く話す所へ片手に燗徳利を下げ、片手に盃を持ち進んで来たのは晴公であつた。 晴公『ヨルさま、ハルさま、テルさま、石搗は大分大層でしたが、先づ貴方方のおかげで無事終了し、斯んな目出度い事はありませぬね。お祝ひに一杯つがして下さい』 と盃をさし出した。ヨルはさも嬉し気に晴公につがせながら、一口のんで額をポンと叩き、 ヨル『遉は晴公さまだ。治国別さまのお仕込みだけあつて道公さまとは大分気が利いてゐるわい。晴公さま、宜敷く頼みますよ。吾々はバラモン教から帰化した所謂異邦人だから何かにつけて疎外せられるやうに思はれてなりませぬワ。これも心のひがみでせうか。人間といふものは妙なもので貴方のやうにして下さると本当に心の底から打ち解けたやうで、働くのも何だか勢が出るやうですわ。ナア、ハル、テルさうぢやないか』 テル『さうだなア、人の上に立つ人は余程気をつけて下さらぬと下の者はやり切れないからなア』 ハル『同じハルのついた晴公さまだから、同名異人と云ふだけで、やつぱり身魂が合ふて居るのだよ。それだから晴公さまが俺達の所へ来て下さつたのだ。ヨル、テル、晴公様に感謝すると共にこのハルさまにも感謝するのだぞ』 ヨル、テル『ヘーン、何を吐しやがるのだえ、鼻を捻折るぞ』 晴公『常暗のヨルははれけり大空に 月は照るなり星は輝く。 空晴る月テルヨルの星影は いとも疎に見え渡るかな』 ヨル『オイ、テル、ハル両人喜べ、俺はヨルさま、お前はテル、ハルの両人、それに晴公さまだから、あのやうに目出度い歌を詠んで下さつた。親切と慈愛の徳は曇つた空も晴るるなり、曇つた心の月も照るものだなア』 晴公は両手を合せ、惟神霊幸倍坐世と何を思ふてか、感謝の声に涙を帯びながら神文を奏上した。三人も手を打つて『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』と連呼した。斯くして直会の宴は全く閉ぢ、一同は十二分に歓を尽して寝についた。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 19 神丹 第一九章神丹〔一二九三〕 珍彦、静子は火鉢を中に囲み、話に耽つて居る。 静子『もし珍彦さま、吾々親子はバラモン教の擒となり、危い所を治国別様に助けられ、御恩の返しやうもない其上に、こんな結構な宮番迄さして頂き、何とも冥加に余つた事ぢやありませぬか』 珍彦『さうだ。お前の云ふ通り山海の大恩を受け、其上、神様の事も分らないのに、此館の主人を仰せつけられ実に身に余る光栄だ。併し吾々は神のお道には全くの素人だから、余り荷が重過ぎて迷惑だな。日の出の神の義理天上とか云つて、生神様がお出になり、主人顔をして御座るが、何と云つても生神さまだから、維命維従ふより外はない。主人とは云ふものの有名無実で吾々の思ふやうには一寸もなりはしない、神様のお道と云ふものはこんなものかなア』 静子『それでも、六人の役員さまは矢張り私のやうな者でも主人と立てて下さるのだから結構ぢやありませぬか。楓のやうな何も知らぬ娘をお嬢さまお嬢さまと尊敬して下さるのだから有難いものだ、これと云ふのも全く神様のお蔭だわ』 斯く話す所へ楓は襖をそつとあけて入り来り、 楓『お父さまお母さま、今高姫さまが、貴方方に御馳走を上げたいと云ふて呼びに来られたらお出になりますか』 珍彦『夫は折角の思召、無にする訳には往かない。又無下に断ればお心を悪くしてはならないからなア』 楓『お母さまも往く積りですか』 静子『珍彦さまが往かれるのに、女房の私が往かぬ訳には往きますまい。我の強い女だと義理天上様に思はれてはなりませぬからな。杢助さまと云ふ立派なお方がお出でになつて居るのだから、御挨拶に一度は往かうと思ふて居た所だ』 楓『それならお母さま、お父さま、お出なさいませ。就ては私夜前夢に文珠菩薩がお出になりまして、神丹と云ふ薬を下さいまして、「お前の両親の上に危急が迫つて居るから、これを一粒づつ飲ましておけば大丈夫」と渡して下さいました。有難う厶いますとお辞儀をしたと思へば夢は醒めました。目がさめましてもこんな立派な薬が三粒、手の上に残つて居ました。これを三人が一粒づつ頂きませう、さうすれば食当りも何もないさうですからなあ』 珍彦『それは有難い全く神様のお恵だ。何は兎もあれ頂いて往かう。オイ静子お前も頂きなさい』 楓『このお薬は私の手から口へ直接に上げなくては利かないと文珠菩薩が仰有いました。サア口をお開けなさいませ』 珍彦、静子二人は楓の命ずるままに口をパツと開けた。楓は一粒づつ両親の口へ放り込んだ。忽ち得も云はれぬ香が四辺を包み胸は爽かになり、身体から光が出るやうな心持になつた。楓も亦押頂いて自ら服用した。三人は俄に面色美しく、其美は益々美を加へた。斯かる所へ高姫は満面に嫌らしき笑を湛へながら入り来り、襖をそつと開けて、 高姫『御免なさいませ。珍彦様、静子様、此間から参りまして、余り御神業が忙しいのでとつくり御挨拶も致しませず、誠に済まない事で厶いました。ついては夫杢助が心許りの御飯を差上たいと申しますので、義理天上日の出神が手づから拵へましたる料理、お口に合ひますまいが、御夫婦お揃ひなさつて御出下さるまいか、御酒の燗も出来て居ますから』 珍彦『左様で厶いますかな、私の方から一度御挨拶を致さねばならぬのに、貴方の方から却つて御馳走をして頂くとは誠に済まない事で厶います』 静子『日の出の神の生宮様、左様ならば御遠慮なう夫婦の者が御馳走に預かりませう』 高姫は仕済ましたりと内心打ち喜び、態と艶つぽい声を出して、 高姫『これはこれは早速の御承知、日の出の神身にとり満足に存じます。杢助殿もさぞや喜ぶ事で厶いませう。是にてお互に親睦の度を加へ御神業に参加致しますれば、御神徳四方に輝き、従つて此館の主人公たる珍彦様の御名誉も世界に響き、結構な事で厶います。サアどうぞ私についてお出下さいませ』 珍彦『ハイ有難う厶います。併し乍ら袴もつけなくてはなりませぬから、何卒一足お先にお帰り下さいませ。直に参りますから』 高姫は、 高姫『何卒早く来て下さい、お待ち申て居ります』 と云ひ捨て吾居間に立ち帰る。後に珍彦、静子に楓の三人は手を洗ひ、口を滌ぎ、 珍彦、静子、楓『神素盞嗚の大神様、何卒此危難をお救ひ下さいませ』 と祈願し、素知らぬ顔して高姫の居間に現はれた。 珍彦『唯今は、態々尊き御身をもつて私夫婦の如きものをお招きに預かり有難う厶います。お言葉に甘え、御辞退致すも如何と存じ夫婦の者が罷出まして厶ります』 高姫『夫は御苦労様で厶いましたなア。何も厶いませぬが、丁度お燗がよい加減に出来て居ます。サア一つお過し下さいませ』 珍彦『有難う厶います』 と云ひながら地獄の釜の一足とび毒と知りつつ仰ぐ盃……神素盞嗚尊、守りたまへ……と高姫の注ぐ盃をグツと一口に飲み乾した。 杢助『ヤア珍彦様は日の出の神の生宮に酌をして貰ひました。男に女、よい配合だ、それでは私は静子さまに注がして頂きませう、アハヽヽヽ、男と女とは何とはなしに配置のよいものですわ』 静子は『ハイ有難う』と手を慄はせながら盃を差出した。杢助は浪々と注いだ。静子は一生懸命に神を念じ『神丹の効を現はしたまへ』と小声に念じながら、グツト呑み乾した。それから高姫に飯を盛られ、種々の煮〆を盛られ、夫婦は十二分に腹を膨らした。されど両人の身体には些しの変化も無かつた。杢助高姫は、案に相違して不機嫌な顔をして居る。珍彦は態と言葉を設けて、 珍彦『御両人様、余り沢山頂きましたので、何だか頭がグラグラ致し、目が眩ひさうで厶います。そして腹が痛うなりました。何卒これで失礼して吾居間でとつくりと休まして頂きます』 静子『アヽ私も何だか胸が悪くなりました。あまりどつさりお酒を頂いたものですから、失礼ながら御免を蒙ります』 高姫『ハイお塩梅が悪う厶いますかな。夫はお気の毒様、どうぞ御勝手にお居間に往つてお休み下さいませ』 両人は、 珍彦、静子『ハイ有難う厶います。左様なればこれにて失礼』 と態とに足をヨロヨロさせながら自分の居間に引きとり、布団を沢山かぶり、仮病を装ひ居たりける。 後見送り高姫は、長い舌を出し、腮を二つ三つしやくつて居る。 杢助『アハヽヽヽ、願望成就時節到来だ、南無悪魔大明神、守り給へ幸はひ給へ』 高姫『ヱヘヽヽヘン。ヱヘヽヽヘン。オホヽヽヽヽ。オホヽヽヽヽ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 10 据置貯金 第一〇章据置貯金〔一三〇四〕 祠の森には誰云ふとなく獅子、虎両性の怪物が現はれ、人間に化けてゐる。その人間が祠の森の主管者だから、ウツカリ詣らうものなら喰はれて了ふと云ふ評判がパツと立つた。それ故気の弱い連中は忽ち恐怖心にかられて、ここ二三日は誰も寄りつかなかつた。受付も事務室も極めて閑散である。只相変らず忙しいのは珍彦の神司のみである。珍彦は至誠神に仕へ、参拝者の有無に拘はらず、朝と晩とのお給仕を忠実に行つてゐる。イル、イク、サール、ハル、テルの五人は、受付も事務室もほつたらかしにして、瓢と鯣などを携へ、祠の森の最も風景佳き日当りのよい場所を選んで、頻りに酒を飲み始めた。 イク『オイ、御連中、何とまア祠の森も淋しくなつたぢやないか。エー、杢助さまが怪我をしたとか云つて踪跡をくらまし、あの悪たれ婆さまの義理天上さまは杉の木へ天上して顛倒し、腰骨をしたたか打ち、梟鳥の奴に両眼をこつかれて顔面膨れ上り、丸でお化の様になつて了つたぢやないか。あんまり嫌らしくなつて此神聖なお館も妖怪窟の様な心持になつて来て、ジツクリとして居られないぢやないか。酒でも飲んで元気をつけなくちやアやりきれないからな。おいイル、貴様は義理天上さまのお世話をして居たぢやないか。随分気分が悪かつただらうな』 イル『何、そんな事に屁古垂れるイルさまぢやないわ。世の中は善悪相混じ美醜互に相交はると云ふからな。一方には醜の醜、悪の悪なる義理天上さまの生宮の顔を見ながら、又一方には善の善、美の美なる天女のやうな初稚姫様の紅顔麗容を拝してゐるのだから、相当に調和がとれるよ。美しいものばかり見てゐると、何時の間にか瞳孔の奴、増長しやがつて美しいものも美しうない様になるものだが、何と云つても極端な妖怪的醜面と又極端な芙蓉の顔月の眉、雪の肌、日月の眼、花の姿の初稚姫様を見返つた時には其反動力とでも云はうか、其美は益々美に見え善は益々善と映ずるのだ。それだから辛抱が出来たものだよ。いや結句、辛抱どころか、得も云はれぬ歓喜悦楽の気分が漂ふのだ。イツヒヒヒヒヒ』 サール『おい、イル、それ程高姫さまの側が結構なら、何故朝から晩までくつついてゐないのだ。俺等の様な醜面の処へ来て、口賤しい酒を喰はなくても、初稚姫様の顔を見て恍惚として心魂を蕩かし、酔うてゐたら宜いぢやないか』 イル『それもさうぢやが、初稚姫様が「あたえ、一人でお世話を致しますから、イルさまは何卒休んで頂戴ね、又御用が厶りましたらお願ひ致しますから」と、それはそれは同情のこもつた此イルさまに……ヘヘヘヘヘ、一寸細い目を向けて優しい声で仰有るのだもの、なんぼ頑固の俺だとて、君命もだし難く退却仕ると云ふことになつて、暫く差控へてゐるのだ』 テル『ハハハハハ、馬鹿だな。本当に貴様はお目出度い奴だよ。態よい辞令で肱鉄をかまされよつたのだ。貴様の面を水鏡で一寸見て見よ、薩張顔の詰がぬけて了つてるぢやないか』 イル『ナーニ吐しやがるのだい。唐変木の貴様等に分つて堪るものかい。初稚姫様と俺との関係を貴様知つてるのか。以心伝心、不言不語の間に於て万世不易の愛的連鎖が結ばれてあるのだ。誠に済みませぬな、エツヘヘヘヘヘ。エー、涎の奴、イルさまの許可も無くして勝手気儘に出ると云ふ事があるかい。何程俺がデレルと云うても、貴様までが勝手にデレルとはチツト越権だぞ。ウツフフフフフ』 と云ひながら牛の様な粘液性に富んだ細い涎を手繰つてゐる。 テル『ハハハハハ、夢でも見てゐやがつたな。貴様と姫様との関係と云ふのは、只主と僕との関係だ。到底夫婦なんぞと、そんな事は柄にないわ』 イル『実の所は、初稚姫様の美貌を幻になつて眺めてゐたものだから、義理天上さまの命令も耳に這入らず、ポカンとして居つた所を、高姫の奴目も見えない癖に、ポカンとやりやがつたのだ』 テル『愈三段目になつて来たな。さア一杯グツと飲んで、正念場を聞かして貰はうかい』 イル『酒の一杯や二杯では、神秘の鍵は渡す事は出来ないわ。此上話して聞かした処で、下根のお前等、所謂八衢人間には到底解し得ないから、まア云はぬが花として筐底深く秘めて置かう。開けて口惜しき玉手箱でなくて、ぶちあけて嬉しい玉手箱、折角握つた運命の鍵を貴様等に占領されちやア、折角の苦心が水泡に帰するからな』 テル『おい、そんな出し惜しみをするものぢやない。其先の一寸小意気な所を窺かしてくれないかい。刀の鑑定人は、チツト許り砥石でといで窓をあけ、柄元の匂ひを見れば、直に其名刀たり或は鈍刀たる事を知る如く、此テルさまは名の如く、心の底までよくテルさまだからな』 イル『実の所は、其先は余りで云ふに忍びないのだ』 テル『忍びないとは何だ、ヤツパリやり損ねたのだな。玉茸を採り損なつて梟の宵企みに目玉をこつかれた口だらう。ウフフフフフ』 イル『秘密にして呉れたら言つてやるが、お前等四人は一生涯他言はせぬと云ふ誓ひをするか。さうすれば一部分位はお祝に表示してやらぬ事もない』 四人声を揃へて、 (イク、サール、ハル、テルの四人)『よし誓つた。誓つた以上は大丈夫だからね』 イル『それなら云つてやらう。初稚姫さまが、それはそれは何とも知れぬ情緒のこもつたお声で、柔かい細いお手々を出して、「これイルさまえ、お前もお母さまのお世話をして下さるので、さぞお疲れでせう。何卒コーヒーなつと一杯お飲り下さいませ」……ヘヘヘヘヘなーんて仰有つて、それはそれは情のこもつた笑を湛へて注いで下さるのだ。それから頭脳鋭敏の某、チヤーンと相手方の心の底まで見てとり、例の軍隊式で身体をキチンと整理し、コーヒーを左手に一寸持ち、貴様等が酒を飲む様なしだらない事はなさらないな。第一姿勢を正しうし、気を付け「一、二、三」と、斯う空中に角度を描いて、わが口中へ徐に注入した。さア、さうすると流石の初稚姫さまも堪へきれない様な笑を洩して、「ホホホホホ」と鶯のさね渡りの様な美声妙音を放つて笑ひ遊ばしたのだ。さうすると一方に控へて居る義理天上の怪物奴、目が見えないものだから初稚姫様に喰つてかかり「これ初稚、お前は之程親が苦しんでゐるのに、何面白さうに笑ふのだい。小気味がよいのかい」等と意地苦根の悪い、あの優しいお姫さまに毒ついてゐるのだ。憎いの何のと、此時こそは愛人の為に敵を討つてお目にかけむと奮然として立上り、高姫の横つ面目がけて骨も挫けよと許り「ウーン」と叩いたと思へば火鉢の角だつた、アハハハハ。よくよく見れば指から血が滲んでゐる。そこで「痛い」と云はむとせしが待て暫しだ。それはそれ、初稚姫様が監視して厶るだらう。千軍万馬の中を命を的に勇往邁進し、砲煙弾雨を物ともしない軍人の某、マサカ弱音を吹く訳にも行かず、痛さうな顔も出来ないのだから随分我慢したね。さうすると、又もや初稚姫様が梅花の唇を開いて、鶯でも囀つてゐるやうに「ホホホホホ」と笑ひ声をお洩し遊ばしたのだ。そこで此イルさまが「これはしたり、初稚姫殿」とやつたね』 テル『うーん面白いね。談益々佳境に入りけりだ。謹聴々々』 イル『さうすると初稚姫様が仰有るのに「あのまあイルさまの勇壮なお顔、口をへの字に結び眉間に迄皺を寄せて厶るお姿は、ビリケンの化相した山門の仁王さま見た様だわ」と仰有るのだ、エヘヘヘヘヘ。ここに初めて某のヒーロー豪傑たる真相を認められたと思つた時の嬉しさ、勇ましさ、イヤ早形容すべき言語もない位だつた』 サール『馬鹿、貴様、馬鹿にしられ居つてそれが嬉しいのか。恋に恍けた奴の目には、何でもかんでも愛に映ずるのだから堪らぬのだ。本当に此奴は睾玉を落して来よつたのだよ』 イル『こりや、サール、黙つて聞かう。聴講者の妨害となるのを知らぬか。あまり騒擾致すと会堂外へ退去を命ずるぞ』 サール『ヘヘヘヘヘ、あーあ、あーあ、化物屋敷ぢやないが、アークビが出るわい』 テル『おい、イル公、サールなどに構はずドシドシと長口舌を運転さしてくれ。機関の油がきれたら又このアルコールをグツと注してやるからな』 イル『竹林の七賢人でなくて、森林の四賢一愚人がここに集まつて林間酒を暖めながら、田原峠の実戦の状況を実地に臨んだ其勇士から聞くのだから、随分勇壮なものだぞ。謹んで聞かないと、再び斯様な面白き趣味津々たるローマンスは一生涯聞く事は出来ないぞ』 テル『うん、さうだろさうだろ。之からが正念場だ』 と捻鉢巻をしながら肱を張り、自分がやつた様な気で二足三足前へニジリ寄り、咬み犬の様な顔をしてイルの顔をグツと見上げてゐる。イルは演説口調になつて、四辺の木の幹に片手を支へ、右の手を腰の辺りに置き、稍反身になつて喋々と虚実交々取りまぜて、講談師気分で喋り始めた。 イル『扨て、前席に引続きまして御静聴を煩はしまする。愈祠の森、高姫の段、三五教に其人ありと聞えたるイルの勇将に、一方は古今無双のナイス、初稚姫との面白き物語で厶ります。そこへ勇猛なる義犬スマートをあしらつた物語で厶りますれば、益々佳境に入り、お臍の宿替は申すに及ばず、睾玉の洋行致さない様、十二分の御注意を払はれむ事を希望する次第であります』 ハル『おい、そんな長口上は如何でもいいわ。早く本問題に移らないか』 イル『お客様の仰せ、御尤もには候へど、今申したのは今夕の添物と致しまして、愈本問題に差しかかりまする』 テル『おい、最前の様に坐つて酒を飲みながらやつてくれないか。何だか学術講演会へ出席してる様な気がして、酒を飲んでる気分がせないわ』 イル『御註文とあれば仰せに従ひ、それでは一寸天降りを致し、光を和らげ塵に同はつて、下賤の人物と共に兄弟の如く、朋友の如く、打解けて御相談を致しませう。ハハハハハ』 と云ひながらドスンと腰を卸した拍子に、細い木の角杭の削ぎ口が槍の様に劣つて居る其上に尻を下ろしたのだから堪らない。忽ちブスツと肛門に突入し、恰も粉ひき臼の上臼の様になつて了つた。 イル『アイタタタ、然し丸いものと云ふものは誰でも狙ふものと見えるわい。木の株迄が俺の尻を狙つて居やがる。何程株が流行る世の中でも、此株ばつかりは御免だ。然し節季になつて尻拭ひが出来ぬと困るから、今の内に倹約して此処にチヤンと据置貯金だ。イヒヒヒヒヒ』 と少し許り肛門を破り血をたらしながら、ズブ六に酔うて居るので、そんな事に頓着なく滔々として弁じ始めた。 イル『さて、初稚姫様のお顔が目にちらつき、日が暮れても、寝ても起きても、雪隠の中にでも俺の目の前に現はれるのだ。何とまアよく初稚姫さまも惚れたものだな。何処に行つてもついて来てゐる。据膳喰はぬは男でないと思ひ、轟く胸をグツと抑へ、勇気を鼓してその優しい手をグツと握つた途端に、「ウー、ワンワン」と云つて俺の耳たぼに噛振りつき、これ、此通り傷をさせよつたのだ』 テル『何と顔にも似合はぬ恐ろしい女だな』 イル『何、姫様だと思つたら猛犬の手を力一杯握つたものだから、畜生吃驚して喰ひつきよつたのだ、アハハハハハ』 サール『何だ。大方、そこらが落ちだと思つてゐたのだ。貴様は一霊四魂の活動が不完全だから、そんな頓馬な事ばかりやりよるのだ。チツと霊学の研究でもしたら如何だい、男爵様が気をつけるぞや』 イル『ヘン、男爵、馬鹿にするない。貴様は首陀の生れぢやないか』 サール『男が酌をして飲むのが男爵だ。私が勝手に酌をして飲むのが私爵だ。小酌な事を申すと承知致さぬぞ』 イル『俺は酒を飲んで口から嘔吐と一緒に吐いたから吐く酌様だ。吐く酌として余裕ある一丈七尺の男子だからな』 サール『ヘン、一丈七尺なんて七尺にも足らぬ小男奴、偉さうに云ふない』 イル『八尺と九尺とよせて八九尺だ。一丈七尺と云つたのが何処が算盤が違ふのだ。何と粗雑な頭脳の持主だな。一霊四魂が如何だのかうだのと、偉さうに云ふない。それ程偉さうに云ふのなら、一つ解釈して見よ』 サール『貴様の様な木耳耳には聞かしてやるのは惜しけれど、俺が無学者と思はれちや片腹痛い。云ひがかり上、男子として説明の労を与へないのも、学者の估券を傷付くる事になるから、一つはりこんで教訓してやらう。エヘン、抑々一霊四魂と云ふのは、直霊、荒魂、奇魂、幸魂、和魂を云ふのだ。さうして荒魂は勇なり、幸魂は愛なり、奇魂は智なり、和魂は親なり、分つたか、随分よく学理に明るいものだらう』 イル『勇とは何だ。勇の説明をせぬかい』 サール『マ男を即ち勇者と云ふのだ。どうだ、分つたか。それから親の講釈だ。親と云ふ事は親と云ふ字だ。辛い目を八度見せるのを親と云ふのだ。それから愛だ。どんな事でも有利なものであつたならば喉を鳴らして受ける心、之を愛と云ふ。ヘン、又日々貴様のやうに口で失策する奴を智と云ふのだ。十目一様に見るのを直霊の直といふのだ。何といつてもサールさまだらう。俺の知識には、誰一人天下に手をサールものがないのだから、サールさまと申すのだ、エヘン』 テル『成程、妙々、如何にもよく徹底した。文字と云ふものは感心な意味を含んだものだね』 斯く話す折しも楓は森の彼方より、 楓『イルさま、皆さま、早う帰つて下さい』 とありきりの声を出して呼ばはつた。 五人は取る物も取り敢へず、バタバタと事務所をさして帰り行く。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五北村隆光録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 14 女の力 第一四章女の力〔一三七七〕 久米彦将軍は、不性不精ながらもカルナ姫を吾事務室に引入れ、葡萄酒を出して互につぎ交し、軍旅の憂さを慰めて居る。総て陣中は女の影無きをもつて、如何なるお多福と雖も、女と云へば軍人は喉を鳴らし、唯一の慰安として尊重するものである。久米彦はヒルナ姫と見較べてこのカルナがどこともなく劣つて居るやうに思ひ、何だか鬼春別に負を取つたやうな心持がして、女の争奪に抜剣迄して大騒ぎをやつて居たが、事務室に帰つて来て二人差向ひ、互に意見を語り合つて見ると、贔屓か知らねども別にヒルナ姫と何処が一つ劣つたやうにも見えない、否却て優みがあり品格が備はり、どこともなく優れて居るやうに思はれて来た。久米彦は現になつて穴のあく程カルナの優しき顔を凝視め笑壺に入つて居る。 カルナ姫『もし将軍様、不思議な御縁で貴方のお傍にお仕へするようになりましたのは、全く神様のお引き合せで厶いませうねえ』 久米彦『ウン、さうだなア、お前のやうな愛らしいナイスとこんな関係になるとは、遉の俺も夢にも思はなかつたよ。実にお前は平和の女神だ、唯一の慰安者だ。否々唯一の救世主だ。益良雄の心を生かし輝かし、英雄をして益々英雄ならしむるものは、矢張女性の力だ』 カルナ姫『何と云つても女は気の弱いもので厶います。どうしても男には隷属すべきものですなア。何程恋愛神聖論をまくし立てて居つても、男の力にはやつぱり女は一歩を譲らなくてはなりませぬわ。併し乍ら女は男子に服従すべきものだと云つても程度の問題で厶いまして、理想の合はない男に添ふのは生涯の不幸で厶いますからな、どうかして自分の意志とピツタリ合つた男と添ひたいものと、現代の女は挙つて希望致して居ります』 久米彦『如何にも其方の云ふ通りだ。男のデヴアイン・イドムは女のデヴアイン・ラブに和合し、女の聖愛は男の聖智と和合した夫婦でなければ、真の夫婦とは云へないものだ』 カルナ姫『左様で厶います。意志投合した夫婦位世の中に愉快なものは厶いませぬなア。時に将軍様は戦争がお好きで厶いますか』 久米彦『イヤ戦争の如き殺伐なものは心の底から好かないのだ』 カルナ姫『それならお尋ね致しますが、将軍様は何故心にない軍人におなり遊ばしたので厶います。其点が妾には些とも合点が参りませぬわ』 久米彦『イヤ実は拙者もバラモン教の宣伝将軍で、神の仁慈の教を説くものだ。此度大黒主様の命令によつて、止むを得ず出陣致したのだ。実に軍人なんぞはつまらないものだよ』 カルナ姫『貴方は今宣伝使だつたと仰せられましたねえ』 久米彦『ウン其通りだ』 カルナ姫『それなら貴方は人を助けるのをもつて唯一の天職と遊ばすのでせうねえ』 久米彦『それや其通りだ。斯うして戦争を致すのも決して民を苦しむるためではない、天国浄土を地上に建設せむためだ』 カルナ姫『それでも貴方の率ゆる軍隊は民家を焼き人を殺戮し、ビクトリヤ城迄も滅し、王様を虜となさつたではありませぬか。ミロクの世を建設する所か、妾の浅き考へより見れば貴方は破壊者としか見えませぬがなア』 久米彦『アハハハ、建設のための破壊だ。破壊のための破壊ではない。そこをよく考へねば英雄の心事は分らないよ』 カルナ姫『貴方のお言葉が果して真ならば、ビクトリヤ城を一旦破壊されたる上は又建設なさるのでせうなア』 久米彦『尤もだ、直様建設を試み、国民を塗炭の苦しみより救ひ、至治泰平の世を来たす考へだ』 カルナ姫『そんなら貴方は、ビクトリヤ城の刹帝利や従臣などを捕虜になさつたさうですが、戦ひが治まつた以上は屹度解放なさるでせうなア』 久米彦『勿論の事だ。併し乍ら刹帝利其他の従臣を生かして置けば、又もや何時復讐戦を致すやら知れないから、気の毒乍ら王を遠島に送るか、末代牢獄に放り込むか致さねばなるまい、これも天下万民の為だ』 カルナ姫はハツと驚いたやうな振りをしてウンと仰向けに倒れて仕舞つた。久米彦は驚いて抱き起し顔に水を注いだり、耳許に口をよせて、オーイオーイと呼びかけて居る。カルナ姫は故意と息の止まつて居るやうな振を装ひ、暫くして目を開き四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 カルナ姫『アア偉い夢を見て居りました。貴方は久米彦将軍様、ようマア無事で居て下さいました。妾は本当に怖い夢を見たのですよ』 久米彦はこの言葉が何だか気にかかり、言葉急はしくカルナに向ひ、 久米彦『ああカルナ姫、お前は気絶して居たのだよ。まアまア結構々々、併し乍ら怖い夢を見たとはどんな夢だつた、一つ聞かして呉れないか』 カルナ姫『ハイ、申上げ度きは山々なれど、夢の事で厶いますから、お気を悪くしてはなりませぬから、これ計りは申上げますまい』 久米彦『これカルナ姫、さうじらすものではない。何でも構はないから云つて見よ』 カルナ姫『キツトお気にさへて下さいますなや、夢で厶いますからな』 久米彦『エエどうしてどうして夢なんかを気にさへるやうな馬鹿があるか、早く云つて見よ』 カルナ姫『そんなら申上げます、妾が気絶致しましてから随分時間が経つたでせうなア』 久米彦『何、今お前が卒倒したので直様、水をかけて介抱したのだ。先づ二分か三分間位のものだよ』 カルナ姫『そんな道理は厶いますまい、妾は少くとも、五六時間はかかつたやうに思ひます』 久米彦『それやお前、気絶してお前の精霊が霊界に行つたのだらう。霊界は想念の世界だから、延長の作用によつて五六時間だつたと思うたのだらう。実際は二三分間だ。サア早う云つて見やれ』 カルナ姫『妾は何処ともなく雑草の原野を唯一人トボトボ参りました。さうすると天の八衢と云ふ関所が厶いまして、そこには白い顔をした守衛と、赤い顔をした守衛とが厳然として目を光らして居りました。そこへ不思議な事には鬼春別様、貴方様の御両人が軍服厳めしくお越しになり、八衢の門を潜らうとなさつた時に、赤の守衛は「暫く待て」と呼止めました。さうすると両将軍は立ち止まり、「拙者はバラモン軍の統率者、鬼春別将軍だ、久米彦将軍だ」と、夫は夫は偉い元気で仰せになりました。さうする中に牛頭馬頭の沢山の冥官が現はれ来り、貴方方を高手小手に縛め一々罪悪の調を致しました。妾は其傍で慄ひ慄ひ聞いて居ると、先づ貴方様から訊問が始まりました。貴方も随分女を弄びなさいましたなア。さうして斎苑の館へ進軍なさつた事や、ビクトリヤ王を軍隊を向けて捕虜となし苦めたことや、数多の従臣を縛り上げ苦しめた事や、民家を焼き、且つ人を殺しなさつた事が調べ上げられましたよ。貴方は一々「其通りで厶います」と、大地に頭を下げ詫び入つて居られました。怖ろしい顔をした冥官は、節だらけの鞭をもつて頭部、面部、臀部の嫌ひなく、打ち据ゑます、貴方は、悲鳴をあげて叫んで居られます。それはそれは何とも云はれない惨酷い目に遇はされて居ましたよ。それから衡にかけられ、愈地獄行と定つた時の貴方の失望したお顔、私は見るも御気の毒に存じました。さうすると白の守衛が仲に入つて、「この男は今迄罪悪を犯して来たけれど、肉体はまだ現界に居るのだから、今地獄に堕す訳には往かぬ。命数つきて霊界に来るまで待つがよい」との事で厶いました。そこで貴方は非常に冥官に向つてお詫なさいました。そして其条件は「ビクトリヤ王をお助け申し、其他の従臣を解放し、刹帝利様を元の王位に据ゑ、自分はビクトリヤ王の忠良なる臣下として仕へますから」と仰有いましたら、冥官は忽ち顔を柔げ、「汝果して改心致すならば、今度来る時地獄往きを赦して、花咲き実る天国に遣はす程に、もしこの約に背いたならば剣の地獄に落すぞよ」と、夫は夫は厳しい云ひ渡しで厶いました。私は身も世もあられぬ思ひで慄ひ戦いて居ると、どこともなしに貴方の声が遠い遠い方から聞えて来たと思つたら目が醒めました。やつぱり夢で厶いました。何と不思議な夢では厶いませぬか』 久米彦『何と不思議な事を云ふぢやないか、自分の精霊は何時の間にか八衢に往つて居たと見える。いやそれが事実かも知れない、困つた事ぢやなア』 カルナ姫『どうぞ気にして下さいますな、夢の事で厶いますからな、併しあんな事が本当なら最愛の夫の身の上、悲しい事で厶います』 と目に袖を当て差俯向いて泣き出した。久米彦は双手を組み深い息を洩らし思案に暮れて居る。カルナは心中に仕済ましたりと喜びながら左あらぬ態に、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は大層お顔の色が悪くなつたぢや厶いませぬか、妾の夢の中で見たお顔とそつくりで厶います。仕様もない夢の事を申上まして、御気分を悪くしてどうも相済みませぬ。お許し下さいませ』 と又もや泣声になる。 久米彦『イヤ俺も些と考へなくちやならぬ。お前の夢はきつと正夢だ。あまり勢に乗じて、部下の奴が余り乱暴をやり過ぎたと見える。併し部下の罪悪は将軍の責任だ。罪は将軍が負はねばならぬ。困つた事ぢやなア』 カルナはどこ迄も気を引くつもりで、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は堂々たる三軍の指揮者、かやうな夢問題に御心配なさるには及びますまい、将軍は職責として或場合には民家を焼き、人を殺し、城を屠るのは止むを得ないぢや厶いませぬか。こんな事に心配しておいでなさつては、将軍として役目が勤まりますまい』 久米彦『お前は夢を見てから俄に鼻息が荒くなつたぢやないか、妙だなア。俺はお前の話を聞いて俄に未来が怖ろしくなつた。これや一つ考へねばなるまい、併し乍ら吾頭の上には鬼春別将軍が控へて居る。何程久米彦が善に立ちかへり、刹帝利を助けむと致しても、上官が首を横に振つたが最後、到底駄目だ。ああ引くに引かれぬ板挟みとなつた。どうしたら此解決がつくだらうかなア』 と又もや思案に沈む。 カルナ姫『貴方さう御心配には及ばぬぢや厶いませぬか、御決心さへ定まればその位の事は何でも厶いますまい。鬼春別様は妾の主人を妻に持つて居られますから、妾よりヒルナ様に申上げ、ヒルナ様より将軍様に申上げるようにすれば、比較的この問題は解決が早いでせう。それより外方法は厶いますまいなア』 と心配さうに故意と首を傾ける。 久米彦『遉はカルナ姫だ。よい所に気がついた。そんならこの問題は其方に一任する事にしようかなア。併し乍ら拙者は鬼春別将軍と何処ともなしに意志が疎隔して居る最中だから、何程ヒルナ様の諫言と雖も容易に聞くまい。ああ心配な事が出来て来たものだなア』 カルナは久米彦の顔を見て、稍嬉し気に打笑ひ、 カルナ姫『アア貴方のお顔は俄に輝いて来ました。何とまアよいお顔だこと、やつぱり貴方の霊に光が顕れて来たので厶いますなア。人間の顔は心の索引だと云ひますから、心に悪心あれば悪相を生じ、善心あれば、善美の相を現ずるものだと聞きましたが、今貴方のお顔の変相によつて、的確に聖哲の言葉を認識致しました。ああ益々麗しきお顔になられますよ。ああどうして妾はかかる尊い美しい夫に添うたのだらうか、盤古神王様、大自在天様、有難う存じます。何卒妾等夫婦を貴神の鎮まります高天原に、霊肉共にお助け下さいまして、現世も未来も、久米彦様と睦じく暮せますやう偏にお願ひ申上げます』 と誠しやかに祈願する。久米彦将軍はすつかりカルナ姫の容色と弁舌に巻込まれ、最早何事もカルナ姫の言とあれば、利害得失を考へず、正邪の区別も弁へず、喜んで聴従するやうになつて来た。実に女の魔力と云ふものは怖るべきものである。武骨一片のバラモンの名将軍も、美人の一瞥に会つては実に一耐りもなく参つて仕舞うたのである。ああ男子たるものは心を潜めて、女に注意せなくてはならぬものである。女は俗に魔物と云ふ、金城鉄壁をただ片頬の靨に覆へし、柳の眉、鈴の眼に田畑を呑み、家倉を跳ね飛ばし、男の命を取り、さしもに威儀堂々たる将軍を初め、数千の軍隊の必死の努力も、容易にメチヤメチヤに壊すものである。世の青年諸氏よ、敬愛なる大本の信徒よ、此物語を読んでよく顧み、虚偽的恋愛に身心を蘯かし、一生を誤る事なきやう注意されむ事を望む次第である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於教主殿加藤明子録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 17 奉還状 第一七章奉還状〔一三八〇〕 刹帝利、左守、右守其外一同は、鬼春別、久米彦両将軍及四人の副官や属僚が酒に酔ひつぶれ、前後も知らず寝込んだのを見すまし、漸く口を開き善後策につき相談会をヒソビソと始め出した。 タルマン『刹帝利様を始め皆々様、実に意外の好結果を得たもので厶いますなア。是れ全く盤古神王様の御守護の致す所は申すに及ばず、貞婦烈婦のヒルナ姫様、カルナ姫様の必死の御活動が此処に到らしめたものと考へます。誠にこんな有難い事は厶いませぬなア』 刹帝利『感じ入つたる両女の働き、其方等も王家の為、国家の為に随分骨を折つてくれたなア。実に感謝の至りだ』 タルマン『刹帝利様に一寸伺つておきたいので厶いますが、貴方はヒルナ姫に暇をお出し遊ばしたが、併し乍ら斯くの如く勲功が顕はれた上は、元のお妃にお直し遊ばすで厶いませうなア』 刹帝利『彼れの如き貞婦烈婦は、又と世界にあらうまい。此方も彼の為に国家の危急を救はれたのだから、少々の過がありとて、国を思ふ為にやつた仕事だから、別に咎る訳には行くまい。此件に付いては其方に一任致す』 タルマン『早速の御承知、有難う存じまする。ヒルナ姫様もさぞ御満足遊ばすことで厶いませう』 左守『ヒルナ姫様と云ひ、カルナ姫と云ひ、実に天晴な者だ。右守司の率ゆる軍隊も相当にあつたけれど、弱将の下に弱卒ありとでも言ふものか、一人も間に合はなかつた。カルナ姫は右守殿の妹と云ひ乍ら実に天晴の女丈夫だ。ハルナ、其方も手疵を負うて苦しからうが、あれ位な女房を持つ上は聊か慰むる所があるだらうのう』 ハルナ『ハイ』 と云つたきり面赤らめて俯いてゐる。 左守『斯く和合の出来た上は、鬼春別将軍はヨモヤ、ビク城の軍隊まで指揮せうとは致すまい。バラモン軍はバラモン軍として、又別に陣営を造るであらう。さすれば此際右守殿の兵馬の権を、スツパリと刹帝利様に奉還なさるが可からうと存ずるが、右守殿如何で厶らうな。其方は内憂外患を防ぐ為の軍隊だと主張し乍ら、国家危急の場合になつてから弱腰をぬかし、此城内をして零敗の憂目に陥らしめたのは全く其方の責任で厶るぞ。其方も一片の赤心あらば、此際罪を陳謝し、スツパリと兵馬の権を、王様にお還しめされ』 右守はさも不愉快な面をし乍ら、 右守『これは心得ぬ左守殿のお言葉、拙者の家は兵馬の権を握る家筋なれば、其家系より生れたるカルナ姫は、拙者に代つて軍功を立てたでは厶らぬか。カルナ姫は左守の家に遣はしたりとは云へ、ヤハリ右守家に生れた者、右守家に生れたカルナ姫が斯の如き勲功を立てた上は、決して右守家に兵馬の実力がないとは言はれますまい。千軍万馬を動かして勝利を得るも、又一人の女に仍つて、目的を完全に達するも同じ事では厶らぬか。又ヒルナ姫は拙者が親族の娘、ヤハリ右守家の系統を曳いた者、之を思へば、どこどこ迄も、右守が兵馬の権を握つて居らなくては、ビクの国家は保たれますまい。左守殿は老齢の事とてチツと計り耄碌遊ばしたなア』 左守『邪智侫弁を揮つて、飽く迄野望を達せむとする憎くき其方の心根、いいかげんに改心なさらぬと、神罰立所に至りますぞ。畏れ多くも王妃を取込み、且道ならぬ道を行はしめ、遂には不羈の謀計を達せむと致した極重悪人、世が世ならば、逆磔にしても許し難き其方なれども、何を云つても其方は兵馬の権を握つてゐた実権者だから、刹帝利様も涙を呑んで今日迄お忍び遊ばしたのだ。此左守だとて其通り、又ヒルナ姫様も国家を思ふ一念より、いろいろと御苦心遊ばした跡は、歴然として居りますぞ。其方も右守の家に生れたものならば、なぜ男らしく割腹して王の前に罪を謝するか又、兵馬の権を奉還して、民家に下り其罪を陳謝なさらぬか』 右守は少時考へて居たが、何か心に頷き厭らしい目付をし乍ら、俄に下座に直り両手を仕へ、 右守『ハハア、刹帝利様、其外のお歴々様、右守は今日只今より、仰に従ひ前非を悔い、兵馬の権を奉還仕りますれば、何卒御受取り下さいませ。そして吾々の罪、お赦し下さらば右守は民間に下り、首陀となつて田園生活に余生を送る考へで厶います』 刹帝利は左右を顧み、 刹帝利『タルマン、左守殿、今右守の申した事、汝等に異存は無いか』 タルマン、左守はハツと頭を下げ、 左守『吾々は此事あらしめむと、日夜心を悩ませ居りました者、いかでか異存の厶いませうや』 刹帝利『ウン、然らば右守の願を許すであらう、右守、有難く思へ』 右守『ハイ、君の御仁慈、肝に銘じ、有難く存じ奉ります』 左守『ヤア右守殿、天晴々々、武士はさうなくては叶はぬ。然らばここで奉還状をお認めなさい。そして拇印を押して貰ひませう』 右守は此言葉にハツと当惑し、……奉還状を書いたが最後、自分の地位は台なしになつて了ふ。コリヤ困つた破目に陥つたものだ……と思ひ乍ら、さすが老獪な右守、素知らぬ面にて、 右守『刹帝利様に恐れ謹み申し上げます。拙者も右守家を相続致す武士の片割れ、一旦奉還すると申上げた以上は、決して変がへは致しませぬ。武士の言葉に二言は厶いませぬ。何卒私の人格を買つて下さいませ。言葉の上にて奉還さして頂きたう厶います』 左守は厳然として言葉鋭く、 左守『右守殿、人格を認めよと言はれたが、其方に人格があると思はるるか、よく胸に手を当ててお考へなされ。能くもマア左様な図々しい事がいへるものだなア』 右守『御不承知とあれば已むを得ませぬ。然らば武士の言葉であれど、奉還すると申出でた事は、刹帝利様始めお歴々のお気に召さぬと見えまする。此上は止むを得ませぬ、依然として祖先の家を継ぎ、右守となつて兵馬の権を掌握するで厶いませう』 タルマン『右守殿、苟くも王様の前に申上げた言葉、決して後へは引かれますまい。左様な没義道な事を仰らるるならば、やむを得ませぬ。拙者にも考へが厶る』 と片方にあつた弓に鏑矢をつがへ、満月の如く引しぼつて、矢の穂先を右守の面体に向けた。流石の右守も之には辟易し、サツと面色を変へ、唇を慄はせ乍ら、 右守『イヤ、たつて、自説を主張しようとは申しませぬ。あ、然らば奉還致しませう』 タルマンは尚も弓を満月に張り、アウンの息を凝らしてゐる。タルマンの弦にかかつた拇指が一寸でも動いたが最後、右守の命は忽ち風前の灯火である、否寂滅に陥るのである。 左守『然らば右守殿、サ、早く、此処に料紙も硯も厶れば、奉還状を御認めなされ』 右守は歯ぎしりし乍ら、 右守『ああ是非に及ばぬ』 と小声に呟きつつ、机に向ひ筆を染め料紙に対して、手をビリビリ慄はせ乍ら、奉還状を認め、左守の手に渡した。左守は一度文面を検めむと、よくよく見れば、 一、拙者事、右守家の相続人として、兵馬の権を握り、国家の保護に任じ、今日迄何の不都合もなく、ビクの国及び王家をして泰山の安きにおきたる事、右守家の相続者として茲に刹帝利様に軍職奉還の義を申出づる事を光栄とす。 一、此度のバラモン軍の襲撃に際し、右守家に生れたるカルナ姫の軍功は、右守家が兵馬の権を握れる家系にして勇壮活溌な血液の伝はり居る事を検証したるを以て光栄とす。 一、刹帝利の妃ヒルナ姫は、ヤハリ右守家の血統より生れ、今日の軍功を立て、祖先の血統を明かにせしことを光栄とす。 一、右の如く軍功顕著なる家柄なるを以て、ここ三年の間は此儘兵馬の権を握り刹帝利殿を始め、左守に軍学の素養備はりし時を以て、兵馬の権を奉還する事を約す。 右の条々相違之れなく候也。 年月日右守、ベルツ と記してある。左守は口をへの字にまげ、改めて王の前に朗読した。王は無言のまま一言も発せず、口を結んで控えてゐる。タルマンは弓に矢を番へ乍ら、 タルマン『右守殿、此条文に仍れば、其方が兵馬の権に恋々たる執着心は十二分に現はれてゐることを認めざる得ない。傲慢不遜の言詞を改め、キツパリと男らしく、直様奉還致す様お書替へなさい。左様な奉還状は反古同様で厶る』 左守『右守殿、タルマンの言はるる通り、サ、素直に、男らしく、キツパリと奉還状をお認めなされ』 右守『サア、それは、暫くの御猶予を願ひ、沈思黙考の上認めて呈出致すで厶らう』 タルマン『右守殿、侫弁を揮ひ、一時を糊塗し、此場を遁れて、又もや野心を企む所存であらうがな。汝が面体に歴然と現はれて居りますぞ』 と心の底まで矢を射ぬかれて、遁るる途なく執着心の鬼を押へ乍ら、引くに引かれず進むに進まれぬ此場の仕儀と決心の臍を固めて、再び状を認め始めた。 兵権奉還状の事 一、今日迄右守家の祖先がビクトリヤ家より委託されたる兵馬の権を悉皆、現刹帝利ビクトリヤ王の御許に奉還仕り度候間、何卒特別の御詮議を以て御採納下され度、偏に懇願奉り候也。 年月日右守、ベルツ と記し、左守の手に渡した。左守は又之を王の前に朗読した。 刹帝利『ウン、ヨシ、直様聞届る。一時も早く左守司に引つぎを致せよ。併し乍ら之に念の為に、拇印を押しておくがよい』 右守『拇印を押すべき処なれど、昨日の騒動にカルナの奴に腕を傷つけられ、指の先迄痛みを感じ到底拇印は出来ませぬ。全快する迄御猶予を願ひまする』 左守『右守の創は右の手では厶らぬか、拇印は左の手に限りますぞ。サ、早く押して貰ひたい』 と前へ突き出す。タルマンは弓に矢を番へたまま、右守の面体を睨みつけてゐる。右守は後日の言ひ掛りを拵へん為、ソツと右の鬢の毛をむしり、指に当て、墨をつけて拇印を押した。これは指紋を誤魔かさむが為である。左守は目敏く之を見て、 左守『右守殿、此拇印は間違つて厶る。マ一度押し直して貰ひたい』 右守『これは心得ぬ左守殿の言葉、拙者の左の拇指は一本より厶らぬ。之がお気に入らなくば、左守殿、拙者の代理に其方が立派に押しておいて下され』 左守『益々以て不埒千万な右守の言葉、髪の毛を以て指紋を変じ、後日の言ひがかりを拵へむとの、伏線で厶らうがな。左様な事の、老眼と雖も、分らぬ拙者では厶らぬ。サ、早く男らしく捺印なされ』 右守は無念の涙を零し乍ら、進退惟れ谷まつて、厭々乍らも、今度は本当に拇印を捺した。 左守『ヤ、天晴々々、刹帝利様、之にて手続きは済みまして厶います。お目出度う御座います。ヤ、右守殿、其方も目出度いなア』 右守『ハイ、根つから……お目出度う厶います』 と歯切れせぬ答弁をやつてゐる。右守は刹帝利に向ひ、 右守『目出度く奉還を御許可下さいました上は、拙者は館に帰り、暫く謹慎を致し、君の御命令を御待ち致します。何分宜しく御願ひ致します』 と言ひ乍ら、タルマン、左守其他の面々を尻目にかけ乍ら、ドシドシと廊下をワザと鳴らして出でて行く。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) 19 刺客 第一九章刺客〔一三八二〕 ビクトリヤ王は敵の捕虜となり、生命の程も覚束なき破目になつて、非常に心を悩ませてゐたが、思ひもよらぬ助けに仍つて、再び元の館に帰り、且ヒルナ姫の無事なる顔を見て、胸を撫でおろす際、年来の希望たる兵馬の権を右守より奉還させ、又鬼春別、久米彦将軍は両女が操り居れば大丈夫と安心すると共に、気が緩みグツタリとして、寝に就いた。ハルナは右守司の様子のただならざるを気遣ひ、父の許しを受けて今晩は特に王の隣室に宿直を勤むることとなつた。 ハルナはカルナ姫の事を思ひ浮かべ……ああ実に立派な女性だ。ヒルナ姫様と彼とがなかつたならば、ビクの国は云ふも愚か、王家も左守家も忽ち破滅の悲運に陥るとこだつた。今となつて思へば、カルナ姫を自分がラブしたのは人事ではない、全く神様の御摂理だつたのだらうか。ああ有難し有難し……と暗祈黙祷しつつあつた。そこへ足音を忍ばせて、王の居間に向つて進み来る者がある。ハルナは耳をすませて様子を考へてゐると、ボンヤリとした行灯の側に現はれた黒い男の影、行灯の火に長刀をスラリと抜いて刃を打眺め乍ら、ニタツと笑つてゐる。寝台の上にはビクトリヤ王が吾身に危急の迫つたことも知らずに、安々と眠つてゐる。ハルナはスツと足音を忍ばせ、綱を以て男の後より首に引かけて、綱の端を肩に引かけ、トントントンと廊下を走り出した。腮を引かけられた男は抜身を持つたまま、ウンともスンとも言はず、廊下を引ずられて行く。 王は此物音に目を醒まし、よくよく見れば、刀の鞘が落ちてゐる。声を立てては一大事、何者かの刺客が来たに相違あるまいと、廊下をみれば、黒い影、王は矢庭に長押の槍を提げ、廊下に行てみれば、ハルナが一人の男の首を引掛けて引摺りまはし、男は気絶してゐる様子である。王は声を潜めて、 刹帝利『其方はハルナではないか、何事ぢや』 ハルナ『ハイ、怪しき者が参りまして、君の御寝室を窺ひ居りました故、後より窺ひよつて、首に綱をかけ、ここ迄引摺つて参りました』 刹帝利『ヤ、出かした出かした、一寸何者か、此奴の顔を調べて見よ』 ハルナは『ハイ』と答へて、首をしつかり締めておき、手燭を灯して、刺客の面を見れば、右守の家令シエールであつた。王もハルナもハツと驚き、少時主従は顔を見合せてゐた。 ハルナ『刹帝利様、此奴は右守の家令で厶います。之から察しますれば、右守は今日の兵権奉還を恨に思ひ、何か謀反を企んでゐると見えまする。之は騒ぎ立てを致せば却て敵の術中に陥るかも知れませぬ。ソツと、シエールを、仮令生き還つても動けないやうに手足を縛り、隠しておきませう』 刹帝利『ウン、ア、それが宜からう。実に右守といふ奴は、暴悪無道の曲者だのう』 ハルナ『御意に厶います。王様も十分に御注意をなさいませ』 と言ひ乍ら、シエールを高手小手にいましめ、押入の中に突つ込んで素知らぬ顔をなし一睡もせず、刹帝利の居間に、ハルナは付添ひ、厳しく守つてゐる。 ヒルナ姫、カルナ姫は、鬼春別、久米彦、スパール、エミシ、シヤム、マルタの賓客が他愛もなく酔ひ潰れてゐるので、席を外さうかと一度は考へたが、注意深き両人のこととて……イヤイヤ待て待て今が一大事の場合だ。刹帝利様に会うて、一度事情を詳しく申上げたいけれど、六人の中に一人や二人、熟睡を装ひ、もしや様子を考へてる者があれば大変だ。ああ会ひたいなア……と心は頻りに焦て共、大事をふんで、鬼春別将軍に膝枕させ、自分は何喰はぬ面にて、日が暮れてもジツと坐つてゐた。又カルナ姫は一時も早く恋しき夫のハルナに事の顛末を報告したいものだ、そして一言褒めて頂きたいものと思へ共、これ亦、六人の中に一人や二人は様子を考へてゐるものがあらうも知れぬと大事をふんで、ヒルナ姫同様に久米彦に膝枕させ、時々ヒルナ姫に目を以て、話をしてゐた。併し乍ら此六人は何れも真剣に酔ひ潰れ、前後も知らずになつてゐたのである。 夜の嵐は館の外を音を立てて吹いてゐる。風に煽られて雨戸はガタガタガタガタと慄ひ声を出してゐる。二女はウトリウトリと夢路に入つた。そこへ覆面頭巾の大男が大刀を引き抜き足音を忍ばせて入り来り、先づ久米彦将軍に向つて、一刀の下に斬りつけむとした。此時ハツと目を醒まし、矢庭にカルナ姫は曲者の腕の急所を叩いた。曲者はバラリと大刀を落した、姫は手早く後手に廻し、細紐を懐より出して縛り上げ、グツと頭を押へて動かせず、 カルナ姫『将軍様、ヒルナ様、皆様、起きて下さいませ、刺客が参りました』 と呼ばはる声に何れも目を醒まし、 『何だ何だ』 とカルナの側に寄つて来る。カルナは、 カルナ姫『モシ将軍様、曲者が参りました。貴方方を刺す積でやつて来ましたので、妾が今ふん縛つた所で厶います』 久米彦『ヤ、それはお手柄お手柄、某も危ない所で厶つた。して曲者は何者で厶るかな』 カルナ姫『何者だか黒頭巾を被つて居りますので分りませぬ、何卒灯火を此処へ持つて来て下さいませ』 ヒルナ姫は行灯を提げて近づき来り、黒頭巾をぬがせば、豈計らむや、右守のベルツであつた。ベルツは前にカルナに腕を短刀にて刺され、夫れが為に思ふ様に手が動かず、苦もなくカルナに縛られたのである。ヒルナもカルナもハツと驚いたが、素知らぬ面にて、 『アレまあ』 と空とぼけてゐる。カルナは心の中にて……人もあらうに、自分の兄を捕縛せねばならぬとは、何とした身の因果だらう。併し乍ら御国の為、王家の為ならば、仮令兄だとて見逃す訳に行かぬ……と直に心を取直した。 鬼春別『大方刹帝利の廻し者で厶らう。命を助けて貰ひ乍ら、酒宴に事よせ、吾々に油断を致させ、暗殺致さうなどとは、以ての外の不都合千万。ヨーシツ、これから拙者が刹帝利は申すに及ばず、何奴も此奴も一人も残らず、炮烙の刑に処してくれむ。や、スパール、エミシ、百人計りの兵士を、直様引率れ来れ』 ヒルナ姫は慌てて押止め、 ヒルナ姫『モシ将軍様、一寸お待ち下さいまし、決してこれは刹帝利様の謀だ厶いませぬ。此男は刹帝利に仕ふる右守司といふ悪逆無道の曲者で厶います。貴方様の御威勢を妬み、自分が兵馬の権を握らむと企て、夜中に忍び込んだものとみえます。何卒少時軍隊を引入れることはお待ち下さいませ』 久米彦『鬼春別殿、容易ならざる事変で厶る。仰せの如く、少くとも一百計りの兵士を此場へ引よせた方が御互の安全で宜しからう』 カルナ姫『吾夫、久米彦様、先づお待ちなさいませ。音に名高き英雄豪傑の将軍様、かかる腰抜男一人位に、兵を用ふるなどとは、将軍様の沽券に拘ります。何卒妾を愛し玉ふならば、左様なことをなさらずに、此処で処置をして下さいませ』 久米彦は最愛のカルナに止められ、且又カルナに危き命を救はれたのだから、之を否む勇気はなかつた。 久米彦『ウン、ヨシヨシ、然らば其方に一任する。鬼春別殿、てもさても弱虫共で厶るな。拙者が妻、カルナ姫の細腕に脆くも捕はれたる如き蠅虫、最早御安心なさいませ』 カルナ姫『モシ両将軍様、此男は如何なさいますか』 鬼春別『ウーン、久米彦の奥方にお預け致す。併し乍ら決して秋波を送つちやならないぞ』 カルナ姫『ホホホホホ、何御冗談仰有います。ササ曲者、こちらへ来れ……ヒルナさま、貴女と妾と此奴を庫の中へ突込んでやりませうね』 ヒルナ姫『左様で厶いますな。憎き奴共充分に懲らしめてやりませう。鬼春別将軍様、少時お暇を下さいませ、直に帰つて参ります。此曲者を、妾等紅裙隊が思ふ存分苦めねばなりませぬ、此様な者を生かしておけば、何時又貴方様の首を狙ふか知れませぬからね』 鬼春別『ウン、ヨシヨシ、突殺さうと、嬲殺しにしようと、焼いて食はうと、煮て食はうとお前の勝手だ。云はば紅裙隊の戦利品だ。早く何処へ伴れて行つて片付けたがよからう』 ヒルナ姫『左様なれば、此曲者を自由にさして頂きます。カルナさま、本当に愉快ですね。身体一面空地なく短刀でついてついて突きまくつてやりませうかね』 カルナ姫『さうですね、面白いでせう。併し男さまが見てゐられると恥しいワ。久米彦将軍様に残酷な女だと愛想つかされるのが厭ですもの……』 久米彦『タカが腰抜武者の一人、拙者の眼中にない、お前の目ざましに、自由自在にさいなんで来るがよからうよ』 二人は都合よく両将軍を誤魔化し、城の裏門に右守を連れ行き、声を潜めて、 ヒルナ姫『貴方はベルツさまだ厶いませぬか。何といふさもしい心をお出しなさつたのですか』 ベルツ『ウン、面目次第もないことだ。どうか許してくれ、……いやお姫様、許して下さいませ』 カルナ姫『貴方兄上だ厶いませぬか、妾が居らなかつたなれば、貴方の命は到底助かりませぬぞえ。ああして六人の男が寝たマネをしてゐるのは、決して本当に寝てゐるのぢや厶いませぬ。酔うた真似をして、スツカリ様子を考へてゐるのですよ。貴方は早く改心して下さらぬと、右守家はどうなるか知れませぬよ。早く兵馬の権を刹帝利様に奉還し、誠を現はしなさいませ』 ベルツ『実の所は、スツカリ奉還して了つたのだ。併し乍ら、それが残念さに、刺客となつて入り込んだのだ』 カルナ姫『姫様、何うで厶いませう。助けてやる訳には行きますまいかな』 ヒルナ姫『コレ右守さま、サ、此裏門から落のびなさいませ。貴方の陰謀が露見した上は到底命はありませぬ。之を路銀にして暗に紛れて、田舎の隅へでも身をお忍びなさいませ』 と懐から路銀を出してベルツに渡した。 ベルツは幾度も押し戴き、感謝の涙と共に裏門より何処ともなく落ちのびて了つた。二人の女は漸くにして元の座席に帰つて来た。 ヒルナ姫『将軍様、永らくお待たせ申しました。随分骨が折れましたよ。何と云つても女のチヨロイ腕で、所構はず切りさいなんだのですもの、私もあんな厭らしいことはゾツと致しますワ』 鬼春別『そらさうだらう、平和の女神様が、人を殺すのだもの』 ヒルナ姫『イエイエ私はホンの髪の毛丈切りそめてやりました。後はカルナさまがスツカリやつて了つたのです。本当にカルナさまは女丈夫ですワ』 久米彦『アハハハハ、流石はカルナだ。曲者を引捉へたのもカルナ、制敗したのもカルナだ。ヘヘヘヘ、久米彦将軍の意を得たりと云ふべしだ』 と得意になる。 刹帝利はハルナ、左守を伴ひ、此場に現はれ来り、一同の前に手をついて、 刹帝利『皆様、私の居間には大変なことが出来まして、お蔭により命だけは助かりました』 鬼春別『何事が出来致しましたかな』 刹帝利『ハイ、つい只今のこと、覆面頭巾の黒装束をした男が、拙者の寝息を伺ひ、大刀を提げ、アワヤ打おろさむとする時しも、宿直を勤めてる此ハルナがツと後から綱をかけて曲者を引き倒し、縛りつけ、今押入の中へ突込んでおいたとこで厶います。実に物騒千万なことで厶います』 カルナは、ハルナが功名手柄をしたといふことを聞いて何となく誇りを感じた。 鬼春別『其曲者は何者で厶るかな』 刹帝利『ハイ、実にお恥しいこと乍ら、右守の家令シエールといふ悪人で厶います』 鬼春別『成程、拙者の居間へもたつた今、右守のベルツといふ奴、忍び入り、暗殺せむと致した所、此カルナの腕に取押へられ、高手小手にいましめられ、今や、此二人のナイスに恨の刃を喰つて、寂滅致した所で厶る。アハハハハ』 刹帝利『何、右守が、左様なことを致しましたか、実に無礼な奴で厶います。併し乍ら悪人は貴方方の為に滅び、此様な嬉しいことは厶いませぬ。サ、之から悪魔払に、マ一度二次会でも開きませう』 鬼春別『ヤそれは痛み入る。アア併し乍ら、かやうな危険を遁れたのだから、遠慮なく頂きませう。そして其シエールといふ曲者を肴と致し、一杯頂けば尚々妙で厶らう。アハハハハ』 かくして再酒宴に移り、其夜を明し、翌日も昼の七つ時迄おつ続けに歌を歌ひ舞ひ狂ひ十二分の歓を尽すこととなつた。 (大正一二・二・一四旧一一・一二・二九於竜宮館松村真澄録)
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霊界物語 57_申_テルモン山の神館2 04 妖子 第四章妖子〔一四五四〕 館の家令オールスチンは、老齢衰弱の身を大勢の荒男に所構はず踏み倒され、ワックスの介抱に依りて再び息は吹き返したものの、苦しみに堪えず、吾館に舁つぎ込まれ、発熱甚だしく、日夜苦悶を続けて居た。 一方館に於ては小国別は仮死状態に陥り、囈言計り云うて居る。さうしてデビス、ケリナの両女は行衛は容易に分らず、又力と頼む三千彦の行衛も分らなくなり、小国姫は悲痛の淵に沈み、身をワナワナと慄はせ乍ら、世を果敢なみ、生たる心地はせなかつた。されど如何にもして一時なりとも夫の病を長引せ二人の娘に会はせたきものと、夫のみ力に日を送つて居た。館の中はオークス、ビルマの両人が万事切り廻して居る。受付のエルは牛に睾丸を潰されたきり、綿屋の奥の間で高枕をして苦しんで居る。小国姫はオークス、ビルマを居間に招き、種々と相談をかけた。二人は時節到来、ワックスの思惑を成就させ、甘い汁を吸はむものと胸を躍らせながら、素知らぬ顔して心配気に俯向いて居る。 小国姫『オークス、お前に折り入つて相談したい事がある。旦那様はあの通り何時お帰幽なさるか知れぬ御容態、又家令のオールスチンは重病で苦しんで居るなり、ワックスは旦那様や、オールスチンの病気平癒のために荒行に行くと云つて出たきり顔を見せないし、二人の娘は未だ帰つて来ず、若もの事があつたら、如何したら好からうか、お前も一つ考へて貰ひ度いものだがなア』 オークス『実にお気の毒な事が出来したもので厶いますワイ。お館計の難儀ではなく宮町一統の難儀で厶います。貴女はバラモン教の館を守護する役であり乍ら、素性の分らぬ三五教の魔法使を町民に内証で引き入れなさつたものですから、此様な惨い目に会はされたのです。これからは些と吾々の云ふ事も聞いて貰はなくてはなりませぬ。町中の噂によれば、あの三千彦と云ふ奴は、三五教きつての魔法使で、お館に最も大切な如意宝珠の玉を忍術をもつて奪ひ取り、お館に有るにあられぬ心配をかけて置き、進退維谷まる場合を考へ澄まし、バラモン教の宣伝使に化けて這入つて来よつたので厶います。夫故今迄家に厶つたデビス姫様迄お行方は分らぬ様になり、此町中は大切な御神具を残らず盗まれ、大変な大騒動で厶います。こんな事が町民に分らうものなら、夫こそ貴女の御身の大事、大きな顔して此お館には居られますまい。そつと早馬でハルナの都に報告でもしようものなら、旦那様は病気で亡くなられたとした所で、お前さまは逆磔刑にあはされるでせう。大変な事をして下さつた。私は貴女の境遇に御同情をすると共に、貴女の御処置を恨んで居ます。もし斯んな事が大黒主様のお耳に入らうものなら、吾々もどんな刑罰に会はされるかも知れませぬ。今後はちつとオークスの云ふ事も聞いて貰ひ度いものです』 小国姫『あの三千彦さまに限つてそんな悪党な方では有りませぬぞや、夫は何かの間違ひでせう。金剛不壊の如意宝珠を隠したのは決して三千彦さまぢやない、家令の悴のワックスに間違ひないのだ。あれが吾娘デビス姫を無理往生に娶らむとして種々とエキス、ヘルマンなどを使ひ企んだと云ふ事は明瞭り分つて居るのだよ。勿体ない、誠の宣伝使にそんな罪を被せるものぢやありませぬ』 オークス『奥様、夫が第一貴女のお考へ違ひです。ワックスさまは何を云うても家令の悴、このお館が立ち行かねば自分の家も立ち行かないのですから、よう考へて御覧なさい、そんな不利益の事をなさいますか。そこが三五教の魔法使の甘い所で……ワックスさまは人がよいから、塗りつけられたのですよ。奥の奥を考へて貰はねば実にワックスさまに気の毒で厶いますワ。よく考へて御覧なさいませ。三千彦と云ふ魔法使は、町民の鬨の声に驚かされて雲を霞と逃げ失せ、旦那様はどう贔屓目に見ても御養生は叶ひますまい。そして家令のオールスチンさまも御本復は難いこの場合、此お館のお力になる者は誰だと思召す。ワックスさまより外無いぢやありませぬか。貴女はワックスさまをお疑ひなさると、これ程人気の有るワックスさまの為に町民が承知致しませぬぞや。よく胸に手を当ててお考へにならないと、お館の一大事で厶います』 小国姫『ハテ合点のゆかぬ事だなア、ビルマ其方は何と思ふか』 ビルマ『ハイ私は町内の噂を調べて見ましたが、ワックスさまは本当に偉い人ですよ。三五教の魔法使が隠して置いた如意宝珠をも、甘く自分が罪を負ふと云うて吐き出させなさつたので厶います。真実の忠臣義士と云ふのは、あのワックスさまで厶います。あの宝が無かつたらお館は勿論、宮町一同が大黒主様から所刑に遇はねばならぬ所を助けて下さつたのだから、テルモン国の救世主だと云つて居ます。どうしてもデビス姫様の御養子になさつて此国を治めねば町民が承知しませぬ。私は別にワックスさまがお世継にならうとなるまいと利害関係はないのですから、ワックスさまの為に弁護は致しませぬ。中立地帯に身を置いて、自分の所信を包まず隠さず申上げます』 小国姫『町民迄がさう信じて居る以上は、どうも仕方がない。兎も角今日の場合、養子にするせぬは後の事として、一度ワックスさまに来て貰ひ度いものだなア』 オークス『それは結構で厶いますが、ワックスさまは神様の為め、お館の為、町民の為め、命がけの業をすると云うて出かけられましたから、お行衛が分らず、何時帰らるるとも見当が付きませぬ。就ては家事万端を処理する役員が無ければ不都合で厶いませう。家令はあの通り胸板を踏まれ、恢復の見込みは立ちませぬ、二人の姫様は行方が分らず、旦那様は御重病、誰か家令を新にお命じなさらなくては、一日も館の事務が執れますまい。私も門番位勤めて居つては大奥の御用は出来ませぬしなア』 小国姫『アアそんなら、順々に抜擢してお世話にならう。受付のエルを臨時家令となし、お前は受付になつて貰はう、さうすれば万事万端都合よく運ぶであらう』 オークス『成程それは順当で至極結構でせう。併し乍ら、エルさまの慌者、旦那様が、まだ命のある中から御帰幽になつたと云うて町中を触れ歩き、大勢を騒がし、お負に牛の尻に突き当り睾丸を踏み潰され、綿屋の離室に有らむ限りの苦しみをして居ります。さうして道端に繋いであるあれ程大きな牛が目に付かないやうな事では門番も出来ないと云うて、町中の笑はれ者になつて居りますよ。あんな慌者が家令にでもならうものなら、お館の威勢は申すに及ばず、神様の御威勢迄も落ちると云つて、町中の大反対で厶います。夫はおよしになつた方がお為で厶いませう』 小国姫『ハテ困つた事だなア。そんならワックスが帰つて来たら、暫し親父の代理を勤めさす事に致しませう。夫迄お前は臨時家令の役をやつて貰ひ度い』 オークス『私のやうな不都合な者は、到底臨時家令のやうな事は出来ませぬ。平にお断り申します、却てお館の不都合な事を仕出かすといけませぬから。総て臨時と云ふものは水臭い文字で、本気にお館の為に尽すと云ふ気が出て来ませぬワ』 ビルマ『一層の事、ドツと張り込んで、オークスさまを家令に任命なさつたらどうでせう、屹度それ丈の腕前は厶いますよ。貴女は奥にばかり厶るから外の事情は分りますまいが、私が証明致します。町民一同の希望はワックス様を御養子となし、オークスさまを家令と遊ばし、さうして○○を家扶にお命じになれば、お嬢様も帰られ、お妹御のケリナさまも無事帰られると云ふ噂で厶います。世間の噂と云ふものは余り馬鹿にはならぬもので厶いますよ。神様の為め、お館の為め、それが最善の方法と私は考へます』 小国姫『○○を家扶にせいとは誰の事だい、もつと明瞭りと云うて貰はなくては分らぬぢやないか』 ビルマ『ヘイ、到底申し上げた所で門番位が家扶には成れますまい。云はぬが花で厶いませう』 小国姫『ホホホホホ、ビルマ、自分を推薦して居るのだらう。お前も抜目の無い男だなア』 ビルマ『此頃の世の中は盲人計りで厶いますから、自分から自分の技能を発表しなくては、何時になつても金槌の川流れ、栄達の道はつきませぬ。正真正銘のネットプライスの技量を放り出して、それをお認めになる御器量があればよし、無ければ時節到らぬと覚悟するより外は厶いませぬ。私を御採用なければオークスだつて決して家令の職に置きませぬ。此男も今度の事件については、チと弱点……いや弱点は無いのです。貴女がそつと魔法使を引き入れなさつたのが弱点ですから、吾々二人が揉み消し運動をやつたので、町内の騒ぎがやつと治まつたので厶いますからなア』 小国姫『そんなら仕方がありませぬ。お前を臨時家扶に命じませう』 ビルマ『モシ奥様、臨時家扶と云ふのは釜焚きとは違ひますよ。家令の次の職、重職で厶いますよ。念の為め一寸申上げて置きます』 小国姫『門番が家扶に出世したら結構ぢやないか。此館は大黒主様の命令で家令一人と定つて居るが、家扶を置く事は出来ないのだから、気の毒乍らお前は門番頭で辛抱して下さい』 かかる所へ一人の看護婦が慌しく入り来り、 『奥様早く来て下さいませ、旦那様は御臨終と見えまして、大変御様子が変つて参りました』 と心配さうに云ふ。小国姫は胸を撫でながら慌しく主人の病室に駆けり行く。オークスはビルマと共に小国姫の後に従ひ病室に入る。小国別は俄にムクムクと起き上り、痩こけた顔の窪んだ目を光らせ乍ら、 小国別『女房お前は何処に行つて居た。最前から大変待ち兼ねて居たぞよ、さうして二人の娘はまだ帰つて来ぬかノウ』 小国姫『ハイもう軈て帰るで厶いませう。まだ何とも便りが厶いませぬ』 小国別『ハテ困つた事だなア、此世ではもう娘に遇ふ事が出来んのかなア。エエ残念ぢや』 小国姫『旦那様、何卒気を落さないやうにして下さい、屹度神様のお蔭で会はして下さるでせう』 小国別『三千彦の宣伝使様や家令は何処へ行つたかなア、早く会ひたいものだ』 小国姫『三千彦様は俄にお行衛が分らぬやうになりました。屹度娘二人を迎ひに行つて下さつたのでせう』 小国別『ウン夫れは御苦労だなア。屹度会はして下さるだらう。家令のオールスチンはまだ来ぬか、何をして居るのだらう』 小国姫『ハイ、一寸用が厶いますので、つひ遅れて居ます、やがて参るで厶いませう』 オークス『モシ旦那様、家令のオールスチンは町民に胸板を踏み折られ、九死一生の苦しみを受け自館に帰つて居られます。そして町中は三五教の魔法使をお館へお入れなさつたと云うて、鼎の沸くやうな騒ぎで厶います。そこを私等二人が鎮定致し、今奥様と御相談の上、私がたつた今家令となりましたから、何分宜敷くお願ひ申します。今後は粉骨砕身、十二分の成績を挙げてお目にかけますから御安心下さいませ』 小国別『お前は門番のオークスぢやないか。何程人望があると云つても、さう一足飛びに門番が家令になると云ふ訳にはゆくまい。奥、お前はそんな事を許したのか』 小国姫『ハイ、……イイエ』 とモジモジして居る。 小国別『家令を任命するには何うしてもオールスチンの承諾を得、彼が辞表を出した上でハルナの都に伺ひを立て、其上でなくてはならぬ。さう勝手に定める訳にはいけぬ。この館は特別だから何事も大黒主様に伺はねばならぬ。よもや真実ではあるまい。奥、お前は当座の冗談を云ふたのであらう』 小国姫はモジモジしながら幽かな声で『ハイ』と一言、俯向いて居る。 オークス『苟くも館の主人の奥様とも在らう方が、冗談を仰有らう筈はありますまい。奥様のお言葉は金鉄よりも重いものと信じて居ります。何と仰有つてもオークスは当家の家令で厶います。万事万端館の事務を取調べ、ハルナの都に報告を致さねばなりませぬ。何処迄も此オークスを排斥なさるならば、三五教の魔法使をお館へお入れなさつた事を大黒主様に注進致しませうか、それでも苦しうは厶いませぬか』 と命旦夕に迫つて居るのにつけ込んで無理やりに頑張つて居る極悪無道の曲者である。 小国別『これ奥、私はお前の見る通り、今度はどうも本復せないやうだ。何うか一時も早く三千彦さまを尋ね出し、此館のお力となつて頂け。あの御神力をもつて守つて頂けば、如何に大黒主の神、数万の軍勢をもつて攻め寄せ来るとも恐るる事は要らぬ、かやうな悪人を決して吾死後用ひてはならぬ。今日から門番を免職して呉れ。エエ穢らはしい』 と衰弱の身心に怒気を含み、呶鳴り立てた。それつきり又もやグタリと弱り、忽ち昏睡状態に陥つた。 小国姫は、身も世もあらぬ悲しみに浸されながら、故意とに涙を隠し容を改め、両人に向ひ、 『オークス、ビルマの両人、其方は御主人様の命令だから、気の毒乍ら只今限り此館を帰つて下さい。仮令どうならうとも其方のやうな傲慢無礼な僕に厄介にならうとは思はないから、……モシ旦那様何卒御安心下さいませ』 と耳に口を寄せて声を限りに涙交りに述べ立てた。小国別は幽かにこの声が耳に入つたと見え、力無げにニタリと笑ふ。オークスは横柄面を曝し乍ら威猛高になり、 『モシ奥様、旦那様は大病に悩み耄けて居らつしやいます。決して仰有る事は真ぢやありませぬ。熱に浮されたお言葉、左様な事を本当になさるやうでは此お館は大騒動が起りますよ。今日此お館を双肩に担うて立つものは、ワックスや吾々二人の外に誰がありませうか。克くお考へなされませ。門番は家令になれないと仰有いましたが、何と云ふ階級的の考へに捉はれて居らつしやるのですか。昔常世城の門番は、直に抜擢されて右守の司になつたぢやありませぬか。それも失敗の結果でせう。吾々はお館の危急を救つた殊勲者です。若しお気に入らねば仕方はありませぬ、吾々は吾々としての一つの考へが厶います、後で後悔なさいますなよ。町民一般が大切な宝を盗まれたのも、みんな三千彦の魔法使によつて大勢の者が難儀をして居るので厶います。云はば三千彦は町民の敵で厶います。其敵を何時迄もお構ひなさるのならば、矢張貴方方御夫婦は国敵と認めます。大黒主のお開きなされた此霊場を、みすみす三五教の奴に蹂躙せられるとは、町民一般の忍び難い所でせう。私を家令にお使ひなさらぬなら、たつては頼みませぬ。此始末を町民に報告致します。さうすれば町民は、貴方方をバラモン教の仇、神様の敵として押し寄せて参ります。お覚悟なさいませ』 と云ひ放ち、勢鋭く表へ駆け出す。睾丸を牛に踏み潰され、綿屋の離室に養生して居たエルは漸う二三人の子供に送られて玄関に帰つて来た。オークス、ビルマの二人は玄関にてふと出会うた。エルは二人の相好の唯事ならぬに不審を起し、 エル『オイ、両人、血相変へて何処へ行くのだ。是には何か様子があるであらう、まづ俺に聞かして呉れ。何とか仲裁してやるから』 オークス、ビルマの両人は脅迫的に此処迄来たのだが、うつかり町民に妙な事を喋つて、後の取纒めに困つてはならぬと思つて居た矢先、エルに止められたので、これ幸と二人は受付にドツカと坐し、密々話に耽つて居る。 (大正一二・三・二四旧二・八於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 58_酉_イヅミの国1(猩々島) 19 舞踏 第一九章舞踏〔一四九四〕 酷熱の太陽は、脳天から火を浴びせるやうに照りつける。スマの浜辺の小芝草は、暑熱に堪へ兼ねて喉を乾かし、何れの葉もキリキリと渦を巻ひて、針のやうになつて居る。アキス、カールの二人はサーベル姫の命令に依つて炎天の太陽を浴びながら、朝から晩迄沖を眺めて当もなき主の帰り来るを夢路を辿る心地で待つて居る。 遙の沖合に白帆が、ポツと目に映つた。二人はこれこそ主人の帰り来る船であらうか、但しは他人の航海船だらうかと、半信半疑ながらも稍望を属して居た。白帆は刻々に近より来る。二人は手を繋いで磯辺の芝草の上に、まだ分らぬ主人の帰国を、喜びながらダンスをやつて居る。心のせいか頭上に飛ぶ諸鳥も二人のダンスに和して、主人の帰国を祝する如く思はれ、上下一致抃舞雀躍の光景を誰憚らず呈して居る。 二人は汗塗になつて息を喘ませ、少時息をやすめて沖を見て居る。忽ち沖合より七八艘の船、垢染だ帆を上げ、見る見る内に白帆の船を前後左右より取り囲んでしまつた。茶色の帆は七ツ八ツ、白帆は一ツ互に追つ追はれつ浪静かなる湖上に蝶の舞ふ如く活動を初めて居る。 アキス『おイ、カールもう駄目だ、又違つたやうだ。あの白帆をあげたのは何うやら三五教の宣伝使が乗つて居る船らしいぞ。さうして垢染だ帆を上げて居る船はバラモンの捕吏の船だ。旦那様がお乗り遊ばして居る船ならばバラモン信者だから、滅多に追ひかける筈がない。お前どう思ふか』 カール『どうも合点が行かぬぢやないか、折角ながらもう諦めて暫く、アヅモス山の木蔭へでも這入つて暑さを凌がうぢやないか。いつ迄もこんな所に居つては日射病に罹つて仕舞ふよ。アアあれ見よ、白帆が見えなくなつたぢやないか、まさか沈没したのぢやあるまいなア。暑いから帰らうぢやないか、アヅモス山の木蔭迄』 アキス『それでも主命に背く訳には行かない。「心頭を滅すれば火も亦自ら涼し」と云ふぢやないか。一つ此処で歌でも詠んで心を練り直し、元気をつけて見ようかい。先づ兼題として夏の歌で、先づ俺から初めて見よう』 アキス『夏は 人間にとりて 休むべき時ではない むしろ一層強く 働くべき時だ 見よ 日は天に輝き 雷霆轟き 人間の周囲にある 草も木も 此時に孳々として 盛んに生長し繁茂しあるに 人間のみ安閑として ひとり 徒然として 避暑に耽り 遊惰にこの好日を 銷過することが出来やうか 国祖の大神は 開闢の太初より今日に至る迄 一日も 片時も秒間も 休養せずに吾人のために 働きたまふではないか 真に 天地の間に流行する この孟然たる 至大霊活の一気を 感得するものにありては 労働こそ 却て無上唯一の安息である 蓋し 真の安息は 彼の臍帯によりて 母体と気息を通同する 胎児のそれの如く 自然法界の霊運に 順応する生活 活動の中に存する而已である』 カール『成程そいつは面白い、万木万草のせつせつと繁茂する夏はよいシーズンだ。人間は夏が来れば冬の来る事を望み、冬が来れば又夏の来る事を希望する、勝手な厄介な代物だ。俺も一つ夏の歌を詠んで見よう、 夏の日は 決して暑いものではない またしてもまたしても 吾人の心に燃えつく 名利肉楽の欲火が熱いのだ 生れながら 吾人の心中に燃えてゐる 貪瞋痴愛の 毒燄があついのだ 四時永久に 吹わたる 聖霊の涼風を納れて かの欲火と 毒炎とを 消すことを礙ぐる 密に 鎖された 心の頑壁そのものが 清涼なるべき夏を さながら焦熱地獄と 感ぜしむるのだ 吾人は聖霊の涼風に 吹かれて 天国の春に進むべきのみだ』 アキス『アハハハハ、如何にも夏らしいなつかしき歌だ。併し乍ら口では強い事を云つて居るものの、矢張り暑い時は暑いなア。この芝草もたうとう屁古垂れたと見えて、錐のやうに縮かんだぢやないか。旗を捲き矛を納めて、炎熱軍に追撃され、山寨に立て籠つたと云ふ体裁だ。ほんたうに夏草の先生、このアキスも同情致しますよ。俺も何だか俄に急性退屈炎が勃発しさうだ。エ、気分直しに秋の歌でも詠んで見よう。 涼しい秋が来た そして何処ともなしに もの寂しい 遠き近き四方の山野に 錦を織出した佐保姫の姿は 満目光耀として 心の駒も いやに落付く 紅や萌黄の色あでやかな 楓は 日夜に其美を発揮し 万丈の衣を晒すに似たり 山奥に妻呼ぶ 小男鹿の声は 偕老々々と聞ゆれど 何となく悲調あり 小夜砧の音もまばらになりて 霜の夜を艱つか 日鶏の謳ふ声も いとど憐れを催し 四方の田の面は 黄金の波を漂え 御代の富貴を誇りつ 鍬取りし農夫の 書き入れ時期とはなりぬ アア去れど 自然界の太陽は 光り益々強くして その愛熱衰へ 秋霜烈日の輝き 斜に万木万草を 悩ませしへたげ滅尽し了へねば 休止せない勢である アア地上の草木は 熱に遠ざかり 光りに害はれ 枯れ朽つることありとも 夕の虫の数々は 声を揃へて果敢なげに 世を歎くとも 尊き大神の 愛善と神熱と 温みの籠もれる 神光を十二分に与えられた 吾人は所謂 万物の霊長だ 天地の花だ果実だ 永遠に咲き匂ふ 天界と地上の花だ 神の生宮 天人の前身だ 否な天人の霊身と 自然界の肉身の相応神たる 吾人には 秋も無ければ 冬さえも来らない 只永遠に花咲き匂ひ 鳥謳ひ蝶舞ひ遊ぶ 春の日と 万木万草の繁り栄行く 天恵的の夏と計りだ 去れば吾人は 秋も冬も苦にはならない 主の神の内流的神格に 恵まれた生ける身魂たる以上は 永遠無窮に 天国地上の花だ 剣をかざして万有に迫る霜柱も 冷たき空の残月に照る恐ろしさ 吾はこの惨憺たる光景を見て 天人の白き柔かき 温情の籠る 肌と感ずるのだ 又ピユウピユウと吹き荒ぶ けたたましい木枯の音も 天津乙女の奏づる 笙の音とぞ聞く アア面白きかな 天国の春よ 人間の世界の秋よ』 カール『成程、偉い馬力だ。甘い事を云ふなア。併しお前にそれだけの覚悟があるのか、ちつと怪しいものだなア』 アキス『アキスだから、兎も角秋の歌を詠んで見たまでだ。総て詩人と云ふものは空想を描いたり、上手に嘘をつくもの、三十五万年未来の桃中軒雲右衛門だつて、武士道鼓吹だとか、勧善懲悪だとか聖人らしい事を云つて居るが、其内実はお師匠さまの女房を横領して平気で演台に立つて居るのだからなア、近頃雨後の筍のやうに、ムクムク頭を上げだした道学先生だつて、バラモンの宣伝使だつて、皆裏面に這入つて見ればよい加減なものだよ。却て俗人の方がどの位正しいか分らぬからなア。偽善者や悪人の尊まれる闇の世の中だもの、俺だつて腹の底を叩けば矢張偽善者の仲間かも知れないよ』 カール『ウンさうすると俺も矢張り偽善者かなア。何だか自分の心が憎らしうなつて来た』 アキス『オイ、あれを見よ、何時の間にか沢山の船が見えなくなり、唯一艘此方に向つて慌しく漕いで来るぢやないか。矢張りあれは、旦那様の御船かも知れぬぞ。 来るか来るかと浜へ出て見れば 心嬉しき船が来る』 カール『沖の浪間に白帆が見えるヨー あれは主人の居ます船。ア、コラコラ』 と頓に元気回復して、二人は又もやダンスを初めかけた。船は八挺櫓を漕いで船首に白浪を立て乍ら宣伝歌の声と共に近より来る。 (大正一二・三・三〇旧二・一四於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 59_戌_イヅミの国2(キヨの港) 06 雲隠 第六章雲隠〔一五〇六〕 アキスは、大柄杓を振り翳し乍ら群衆の中を前後左右に駆け廻り、数多の来客を十二分に喜ばせむと所在力を尽し、歌を歌つて酒の座の興を添へたり。 アキス『アヅモス山の森林に鷲が巣を組む鷹が棲む それ故スマの里人は雀や百舌鳥の顔見ない 声さへ聞いた事はない猩々さまもいつしかに 一つも残らず逃げ去つて鷲と鷹との世の中だ さはさり乍ら今日こそは百舌鳥も雀もみそさぎも 千鳥万鳥やつて来てチイチイパーパー、パタパタと お酒に酔ふて舞ひ狂ふこんな目出度い事あろか 皆さま遠慮は要らないで堤を切らして呑みなさい あれあの通りバラモンのキヨの関所のキャプテンが お出なさつて吾々と一緒に酒の座について 面白さうに歌ひつつ勇むで厶る気の軽さ スマの里にて随一の富豪の首陀と聞えたる バーチルさまのお館に官民一致の瑞象を 現はしたるは昔から例も知らぬ出来事だ 三五教の宣伝使玉国別の神司 真純の彦や伊太彦や三千彦司デビス姫 音に名高き人びとがこれの館に出でまして 三五教やバラモンの隔てを全く取除き 和気靄々と酒宴の席に連なり給ひしは 四海同胞の真相を現はし給ひし神の旨 皆様喜びなされませイヅミの国のスマの里 アヅモス山の猩々は今は姿も見えねども 御魂は吾等の魂にいつの間にかは憑りまし 老若男女の嫌ひなく一人も残らず酒に酔ひ 下戸の病は何処へやら上戸許りに成り果てて 泣くやら笑ふやら怒るやら千姿万態八衢の 其有様を委曲に現はしたるぞ面白き 飲めよ騒げよ踊れよ狂へ舞へよ唄へよいつ迄も 二十戸前の酒の倉一つも残らず呑み乾して 猩々の神へ御奉納猩々彦や猩々姫 親方さまに持つた私お酒を呑まねば努まらぬ あゝ面白い面白いこれも全くバラモンの 尊き神の御恵祝へよ祝へよ勇めよ勇めよ バーチルさまの万歳を皆さまお声を揃へつつ 称へて下さい頼みます万歳、万歳、万々歳 鶴は千歳の春を舞ひ亀万歳の夏謳ふ 春と夏とは万物の茂り栄ゆるシーズンだ あゝ惟神々々燗酒なりと冷なりと 思ひ思ひにドツサリと飲んで巻け巻け皆の人 猩々の姫の御心を慰めまする方法は お酒を呑むより外は無いあゝ惟神々々 神のお神酒を頂きて皆さまこれから確りと 心を協せ力をば一つになしてバーチルの 里庄の君を親となしスマの里をば平けく いと安らけく賑しく富みて栄えていつ迄も 天国浄土を築き上げ神の恵を蒙りて 人の人たる本分を尽さにやならぬスマの里 祝ふ時にはよく祝ひ遊ぶ時にはよく遊び 呑んで食ふて働いて面白可笑しく此世をば 上下揃ふて暮しませうこれが第一神様に 対し奉りて孝行だサアサア飲んだサア飲んだ 踊れよ踊れよ舞へよ舞へ何程踊り舞ふたとて 金輪奈落の地底より築き上げたるこの床は 滅多に落ちる事はない土で固めたこの庭は 金剛不壊の如意宝珠案じも入らぬ法の船 あゝ惟神々々私はこれで休みます 皆さま代つて歌つてお呉れ飲み食ふ許りが芸でない こんな所で隠し芸を天晴出して皆さまに アフンとさして腮を解きお臍の宿換さすがよい 天下御免のこの酒宴行儀も糞も要るものか 皆各自に無礼講これが誠の天国だ』 チルテルは何時の間にか十数人の部下を引き率れ奥の間に闖入し、酒を呑み草臥れて睡つて居るデビス姫を、引つ担たげ、猿轡をはめ館の裏門よりソツと抜け出で、吾館へ帰り倉の中へソツと入れて置いた。三千彦はフト目を醒まし傍を見ればデビス姫の姿が見えなくなつて居る。併し乍ら三千彦はデビスが便所へでも行つたのかと、余り気にも留ず、又眠つて仕舞つた。伊太彦は群衆の広庭で夜露を浴びて泣いたり笑つたり小競合をして居る有様を眺めて興がりながら、ブラリブラリと裏門の方へ廻つて行く。 十数人の男が、夜目に確り分らねど、女らしきものを担いでソツと逃げ出すのを眺め乍ら、暫く腕を組んで考へ込んだ。『あれはもしや、デビス姫では無からうかな、何とはなしによく似て居るやうだ。併し乍ら迂つかりした事を云ふてドンをつかれちや大変だ。兎も角もデビス姫の寝室を調べて見む』と一人諾き乍ら幾つかの間を潜つていつて見ると行燈のほの暗きもとに三千彦が唯一人睡つて居る。伊太彦は矢庭に座敷に駆け入り、三千彦を揺り起しながら、 伊太『オイオイ三千彦さま、デビス姫さまはどうしたのだ』 三千『アー吃驚した。よく睡入つて居る所を揺り起されて魂の入り損いをする所だつた。大変な夢を見て居たのだよ』 伊太『オイ夢どころかい。デビス姫さまはどうなつたかと思ふか、確りせぬかい』 三千『実は今デビスが、バラモンの連中に何処かへ連れて行かれた夢を見て居たのだ。ハテ不思議な事があるものだ。姫は何処へ行つたのだらうなア』 伊太『お前の夢はテツキリ正夢だ。俺は睡れぬままに大勢の酒酔ひを見物しながら裏門へ廻つて見ると、十五六人の荒男が一人の女を担いで逃げて行きよつたが、夜のことで明瞭り分らぬので、若しデビス姫さまぢやないかと此処へ調べに来た所だ。やや、是は斯うしては居られない。何とか工夫をせなくてはならない』 三千『オイ伊太彦、余り騒がないやうにして呉れよ。却て敵に姫を殺されるやうな事があつては詮らないから、兎に角分る所迄黙つて居るに限るからなア。併し乍らお前はあの姫を攫つて行つた奴は誰かと思ふ』 伊太『俺の考へではバラモン軍のチルテルが部下だと思ふよ。今迄一生懸命に酒を飲つて居たが、俄に影が見えなくなつたので裏門へ廻つた所、女を担いで逃げよつたのだからテツキリあれに定つて居る。俺が応援してやるから今からチルテルの館へ忍び込んで様子を考へ、取り返して来ようぢやないか』 三千『ヤアそいつは有難い。御苦労だがお世話にならうかなア。併し玉国別さまには今少時内証だよ』 伊太『ウン承知だ。サア裏門からソツと偵察に行かう』 と寝衣の儘二人は裏門より飛び出し、関守の館をさして進み行く。 (大正一二・四・一旧二・一六於皆生温泉浜屋加藤明子録)
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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 07 方便 第七章方便〔一五三二〕 新に建てられたアヅモス山の社の前には、アキス、カールにワードの役を命じおき、バーチルは玉国別一行其他と共に喜び勇んで、一先づ館へ帰る事となつた。スマの里人は老人少女を聖地に残し、玉国別一行を見送つて、バーチル館に従ひ行く。 元来スマの里は何れも山野田畠一切、バーチルの富豪に併呑され、里人は何れも小作人の境遇に甘んじてゐた。併し乍ら日歩み月進み星移るに従ひて、彼方此方に不平不満の声が起り出し、ソシァリストやコンミュニスト等が現はれて来た。中には極端なるマンモニストもあつて、僅かの財産を地底に埋匿し、吝嗇の限りを尽す小作人も現はれてゐた。然るに此度、アヅモス山の御造営完了と共に、一切の資産を開放して郷民に万遍なく分与する事となり、郷民は何れも歓喜して、リパブリックの建設者として、バーチル夫婦を、口を極めて賞揚する事となつた。俄にスマの里は憤嫉の声なく、各和煦の色を顔面に湛へて、オブチーミストの安住所となつた。 サーベル姫は村人の代表者を十数人膝元に集めて、一切の帳簿を取出し、快く之を手に渡し、自分は夫と共に永遠に、アヅモス山の大神に仕ふる事を約した。ここに又もや郷民の祝宴は盛大に開かれ、夫婦の万歳を祝し合うた。 さて玉国別一行はバーチルの居間に請ぜられ、各歓を尽して、尊き神の御教を互に語り合ひつつ、嬉しく其日を過ごした。 チルテル『玉国別様にお願ひが厶います。私も此通り菩提心を起し、一切の世染[※世塵(せじん)の誤字か?]を捨て、惟神の大道を遵奉し奉る嬉しき身の上となりましたのも、全く貴師の御余光で厶います。就ては宏遠微妙なる御教理も承はりたく、且又自分の歓びを衆生に分ち、神業の一端に奉仕したく存じて居りますから、三五教式の宣伝方法を御教示願ひたいもので厶います』 玉国別『それは誠に結構な思召、玉国別も歓喜の情に堪へませぬ。左様ならば吾々の大神様より直授された宣伝方法に就て、少し許り御伝へを致しませう。 神の恵を身に禀けて世人を救ひ助けむと 四方に教を開くなる至仁至愛の神司 たらむとすれば何時とても心を安く穏かに 歓喜の情を湛へつつ蒼生に打向ひ 幽玄微妙の道を説け清浄無垢の霊地にて 座床を造り身を浄め塵や芥を排除して 汚れに染まぬ衣をつけ心も身をも清くして 始めて宝座に着席し人の尋ねに従ひて 極めて平易に道を説け比丘や比丘尼や信徒や 王侯貴人さまざまの前をも怖ぢず赤心を 尽して微妙の意義を説き面貌声色和らげて 人の身魂をよく査べ因縁比喩を敷衍して 天地の道理を説きさとせ人は神の子神の宮 善言美詞の言霊を一人も嫌ふ者はない もし聴衆の其中に汝が説を攻撃し 或は非難するあれば吾身を深く省みよ 神にかなはぬ言霊を心の曲の汚れより 不知不識に発せるを必ず覚悟し得るならむ 百千万の敵とても只一言の善言に 感じて忽ち強力の神の味方となりぬべし 仮令数万の吾部下を味方となして誇るとも 只一言の悪言に感じて忽ち怨敵と 掌覆す如くなる此真諦を省みて 必ず過つ事勿れ只何事も世の中は すべて善事に宣り直し愛の善をば能く保ち 信の真をば能く悟り而して後に世の人に 真の道を説くならば如何なる外道の曲人も 決して反くものでない誠一つは世を救ふ 神の教は目のあたり現はれ来る摩訶不思議 すべて天地は言霊の御水火に仍りて創造され 又言霊の御水火にて規則正しく賑しく 治まり栄ゆるものぞかしあゝ惟神々々 真善美愛の神の道学ばせ玉へバラモンの 軍に仕へし諸人よ玉国別の神司 心の岩戸を押開き茲に一言宣り申す あゝ惟神々々神の授けし言霊の 厳の伊吹ぞ尊けれ旭は照る共曇る共 月は盈つ共虧くる共大三災の来る共 神に受けたる言霊を清く涼しく宣るならば すべての災忽ちに雲を霞と消え失せむ 守らせ玉へ言霊の善言美詞の太祝詞 心を清め身を浄め其行ひを清くして 厳の言霊宣るなれば雲井に高き天界の 皇大神もエンゼルも地上に現れます神々も 蒼生も草や木も其神徳を慕ひつつ これの教を守るべし偉大なる哉言霊の 皇大神の御活動仰ぎ敬まひ奉れ 仰ぎ敬ひ奉れ』 チルテル『バラモン教の神柱大黒主に従ひて 左手にコーラン捧げつつ右手に剣を握りしめ 折伏摂受の剣として外道の道を辿りつつ 今迄暮し来りしが玉国別の師の君に 誠の道を教へられ布教伝道の方便を いと明かに授けられ心の暗も晴れ渡り 旭の豊栄昇る如身も健かになりにけり いざ此上は真心の限りを尽して愛善の 徳を養ひ信真の覚りを開き詳細に 一切衆生を救済し天地の御子と生れたる 其本分を尽すべしあゝ惟神々々 三五教を守ります厳の御霊や瑞御霊 玉照彦や玉照姫の雄々しき聖き御柱に 従ひ奉り八十の国八十の島々隈もなく 神の教の司とし沐雨櫛風厭ひなく 神の御為世の為に所在ベストを尽すべし 守らせ玉へ惟神神の御前に赤心を 捧げて祈り奉るアヅモス山の宮司 バーチル夫婦も今よりは聖き尊き三五の 教を守り玉ひつつ東の宮と西の宮 心に隔つる事もなくいと忠実に朝夕に 仕へ玉はれ惟神神の光に照されて バラモン軍に仕へたるチルテル司が願ぎ奉る あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ』 カンナ『キャプテンの司の君に従ひて 吾も進まむ神の大道へ』 ヘール『久方の天津御神の音信を 今目のあたり聞くぞ尊き』 チルナ姫『背の君は全く人となりましぬ 心に棲める曲のはなれて』 チルテル『わが魂はさまで悪しくは思はねど 寄りくる曲を防ぎかねつつ。 力なき吾魂も今は早や 千引の岩の動かずなりぬ』 チルナ姫『背の君の珍の言霊聞こしより 心の曲も消え失せにけり』 真純彦『師の君の初めて宣らす言霊を 聞きし吾こそ嬉しかりけり』 三千彦『斎苑館立出で月日数重ね 初めて聞きし吾師の言葉』 伊太彦『一と言へば十百千を悟るてふ 身魂ならでは詮すべもなし。 一聞いて直ちに島に打渡り 功績を立てし猩々舟哉』 三千彦『すぐに又鼻をば高め足許に 眼失ひ躓くなゆめ』 伊太彦『皇神の選りに選りたる吾魂は いかでか汝に比ぶべきやは』 真純彦『うぬぼれて深谷川に落ち込むな 慢心すればすぐに躓く』 伊太彦『吾とても誇る心はなけれ共 魂はいそいそ笑み栄え来て』 デビス姫『何事も人に先立つ伊太彦の 神の使のいとど畏き』 チルテル『伊太彦の得意や実にも思ふべし 獣の皮着し人を迎へて』 カンナ『獣とは云へど此世の人草に 優る霊を持てる尊さ』 ヘール『かく迄も人の心の曇りしかと 思へばいとど悲しくなりぬ』 アンチー『アヅモスの山に棲まへる鳥翼 人にあらねど人を見下す。 人々の頭の上を悠々と 舞ひて遊べる鷹ぞ恨めし』 バーチル『何事も天地の神の御心に 任すは人の務めなるらむ』 サーベル姫『天地の神も諾ひ玉ふらむ 心清けき此人々を』 テク『朝夕によからぬ事のみ漁りつつ 暮し来りし吾ぞうたてき。 さり乍ら恵も深き大神の 御手に救はれ勇む今日かな』 ワックス『テルモンの山を立出で今此処に 仇と思ひし人と並びぬ。 仇とのみ思ひし事は夢となり 今は救ひの神と見る哉』 エキス『相共に悪しき事のみ謀り合ひ 神を汚せし事の悔しさ。 町人の前に恥をば曝されて 尻叩かれし事ぞ恥かし。 今日よりは心の駒を立直し 進みて行かむ神の大道に』 ヘルマン『吾も亦善からぬ友に誘はれ ワックスを責めし事の愚かさ。 三五の神の司を殺さむと 大海原に待ちし愚かさ。 皇神の厳の力におぢ恐れ 今は全く猫となりけり』 エル『神館小国別の身失せしと 思ひて世人欺きし吾。 くさぐさの罪を重ねし吾なれど 救ひ玉ひぬ誠の神は。 スメールの御山に清く現れませる 神の御稜威を仰ぐ尊さ。 いかならむ魔神の襲ひ来るとも 今日の心は千代に変へなむ』 サーベル姫『吾こそは猩々姫の霊なり 玉国別に願言やせむ。 天王の宮の御跡の石蓋を 開けて竜王救ひ玉はれ』 玉国別『汝が願諾ひまつり之よりは アヅモス山の神を救はむ』 かく互に歌を取かはし、十二分の歓喜を尽し、玉国別は一同を従へ再び天王の古宮の床下を調査すべく、夜の明くるを待つて進み行く事となつた。 (大正一二・四・七旧二・二二於皆生温泉浜屋松村真澄録)
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霊界物語 60_亥_イヅミの国3/三美歌/祝詞/神諭 08 土蜘蛛 第八章土蜘蛛〔一五三三〕 玉国別の一行はバーチルの館を立出で、再びアヅモス山のもとの古社の趾に近寄り見れば猩々姫の言葉に違はず、五寸許り上土をめくつて見ると、長方形の石蓋が現はれて来た。 玉国別は先づ石蓋取り除きの祈願を奏上したり。 『スメールの珍の聖地に、宮柱太しく建てて常久に、鎮まり居ますバラモンの、教の御祖大国彦の御舎を、仕へまつりし古き趾の石蓋を、猩々姫の願ひによりて、心を清め身を浄め、珍の言霊宣り上げて、三千年の昔より、封じ置きたる玉手箱、神の恵みを蒙りて、愈開き奉る。仰ぎ願はくは此神業に仕へまつる人々は、心正しく清く直くして、神の霊に帰りし珍の御宝なれば、如何なる神の在すかは知らねども必ず咎め罰め玉ふ事なく、いと安々と之の岩戸を開かせ玉へ。又これの岩窟に忍び入りて神代ながらの秘事を疾く速かに探らせ玉へ。惟神皇大神の御前に慎み敬ひ願ぎ奉る。 一二三四五六七八九十百千万、あゝ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と珍の宣り言唱へ上げ、忌鋤忌鍬を以て土をかき分け、洗ひ清めし金梃を岩の隙間に押し込み、漸くにして広き厚き岩蓋を取除いた。黒煙濛々として立昇り、少時は咫尺も弁ぜざる如き惨澹たる光景であつた。折から吹き来る科戸の風に黒き煙は何処ともなく散り失せて岩戸の入口は階段まで明かに見えて来た。 玉国別『千早振る昔ながらの秘事を 開き初めたる今朝ぞ目出度き』 バーチル『九頭竜を弥常久に封じたる 岩戸も開く今日の目出度さ』 サーベル姫『神代より云ひつぎ語りつぎ来る タクシャカ竜王に会はむ今日かな』 伊太彦『吾は今此岩窟の奥底を 探り見むとす許させ玉へ』 玉国別『何事も先立たむとする伊太彦の インクリネーション現はれにけり』 伊太彦『何事も人に先立ち進まむと するは吾身のテーストなりけり』 三千彦『伊太彦の其ネーチュア現はれて 危き穴に進まむとぞする』 伊太彦『これしきの岩窟探るは難からじ 朝飯前のメデオーカ事ぞや』 玉国別は伊太彦を総取締となし、ワックス、エル二人を伴はしめ、一同を岩窟の入口に待たせ置き、長き綱の先に鈴をつけて穴の入口に掛けおき、危急の場合は此綱を引けば援兵に何人か来て呉れる様と頼み置き、数千年の秘密の鍵を探るべく蜘蛛の巣を払ひ払ひ階段をドンドンと下つて行く。不思議にも長き深き隧道は燐光燦爛として輝き、あまり足許の悩みを訴へない迄に明かつた。 三人はタクシャカ竜王の幽閉所と聞えたる岩窟を天の数歌を歌ひ乍ら、或は下り或は上り、右に左に折り廻り乍ら足に任せて探り行く。俄にクワツと明るい処がある。近づき見れば直径三尺許りの丸い茶褐色の不思議な物が隧道の真中に横たはり、薄明い燈火を放射して居る。耳をすまして聞き居ればブーンブーンと不思議な声が聞える。三人は少時茫然として此怪しき物体を眺めて居た。俄にブツブツブツと粥の煮える様な音が高く聞えて来た。 エル『おいワックス、此奴ア何でもモンスターに違ひない。此杖で一つポカンと一撃を加へたら如何だらうかな』 ワックス『待て待て、何が出よるか知れぬ。うつかり相手にならうものなら、それこそ大変だ』 伊太彦『アハヽヽヽ、丁度エルさまが牛に踏み潰された代物の様だな。ポツポツと湯気が立つて居る様だ。此奴ア大方田野危平が八畳敷を落して置いたのかも知れないぞ』 エル『曲津の奴、逸早くこんな処へ先走りをしやがつて、俺等の睾丸、オツトドツコイ肝玉を潰さうと企んで、失礼千万な、吾々の行路を遮つてゐやがるのだらう。人触るれば人を斬り、馬触るれば馬を斬る程の英雄豪傑、エルさまは到底此儘差許す事は出来ぬ。又飽迄此奴を如何とかせなくては向側へ渡る事が出来ぬぢやないか。のうワックス、貴様も随分横着者だつたが、此奴には閉口したと見え沈黙を守つてるぢやないか。モンスターが恐ろしい様な事で岩窟の探険がどうして出来るものか。もし伊太彦さま、此モンスターを私に処分さして下さいませぬか』 伊太彦『宜しい、お前の力で一つ退散さして見るのもよからう』 エル『そんなら退散さして御覧に入れませう。大山鳴動して鼠一匹かも知れませぬぞ』 と云ひ乍ら杖を真向に振り翳し構へ腰になつて、エイヤと一声、ウンと打つた。忽ち怪物は黒い細長い足が数十本ニユーツと生え出し、丸い体を七八尺許りの中空に浮かしてガサリガサリと逃げ出した。よくよく見れば数千年劫を経たる穴蜘蛛が足を縮めてここに眠つて居たのであつた。 エル『アツハヽヽヽ何だ、蜘蛛の親方奴、エルさまの御威勢に恐れ、長いコンパスを運転させ、体を宙に浮べて雲を霞と逃げ失せやがつた。イヒヽヽヽヽエルさまの神力によつてくもなく退散仕り……後をも見ずになりにける……だ。おいワックス、今度は何が出ても俺はもう構はぬから、お前の番だ、確りやり玉へ』 ワックス『ここの蜘蛛は燐の息を吸うて居ると見えて体迄が光つて居やがる。本当に妙な事があるものだ。サア之から四辺に心を配り十二分の注意を払つて進む事にしよう。伊太彦様、貴方も随分狼狽者、否々何でも先鞭をつけるお方だと玉国別さまが云つて居られたぢやありませぬか。今度は貴方が率先して怪物退治をやつて頂き度いものですな』 伊太彦『玉国別様のお伴をして居る時は、どうしても俺が先駆を勤めねばならない。併し乍ら今日は三人の総統者だから、チツト許り慎重の態度を守つてるのだ。まあエルさま、先走りとなつて噪いで下さい。まさかとなれば此伊太彦宣伝使がお助け申すから』 エル『ヘヽヽヽヽうまい事仰有いますワイ。何ですか、その足許は、膝坊主が大変活動してるぢやありませぬか。急性恐怖病が起つたのでせう』 伊太彦『何、急性沈着病が勃発したのだ。決して心配は要らぬ。サア進んだり進んだり』 エル『何だかチツと許り寂寥の感に打たれて来ました。一つ歌を歌つて元気をつけますから囃して下さい、頼みますよ』 ワックス『アハヽヽヽ、到頭エルの奴、生地を現はしやがつたな。空威張りの睾丸潰しの大将奴、ウツフヽヽヽ』 エル『こりやこりやワックス馬鹿息子オツトドツコイこりや違うた 善言美詞の此教忘れて口を滑らせた ワックスさまよチツト許りお腹が立つかは知らねども 知つてる通りの狼狽者思はぬ口が滑りました 神の心に見直して決して怒つちやなりませぬ 岩戸の口からドンドンと限り知られぬ階段を 下りて又も上りつめ右や左と屈曲し 漸くここに来て見ればパツと光るは摩訶不思議 合点の行かぬモンスター一つ調べて見むものと 金剛杖をば振り翳しウンと許りに打据うる ポンと音して黒煙鳥賊が墨をば吐く様に 四辺を真黒々助に包んで了つた可笑しさよ 暫く眺め居る間に数多のコンパス附着して 怪体な体を中空にヒヨロリヒヨロリと揺りつつ 前方さして逃げて行く此奴あテツキリ蜘蛛の精 何処々々迄もおつついて往生させねば措かないぞ 此方が命をとらるるか向方を往生さしてやるか 二つの中の一つをば選まにやならぬ今の破目 梵天帝釈自在天オツトドツコイ国の祖 国治立の大御神何卒エルに神力を 腕も撓に与へませ偏に願ひ奉る 伊太彦司に従ひて初めて岩窟の探険と 出掛けた吾々両人は到底様子が分らない 如何なる枉の陥穽に陥ちて命を落すやら 今から案じ過ごされるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 斯く歌ひ乍ら又もや曲り角に着いた。角を曲るや否やワックスの現を抜かして恋慕して居たデビス姫が起居物腰淑かに、袖にて赤い口を隠し乍ら、稍伏目勝ちにスツクと立つて居る。エルは勢よく進む途端に、此女に衝突し、 エル『アイタヽヽヽヽこりや阿魔ツ女、往来の真中に黙つて立てつて居やがるものだから、到頭俺の出歯をきつい目に打つて了つたぢやないか。これ見よ、此通り歯の間から黒い血がポトポトと流れてゐる。「悪い事致しました」と一言謝らぬかい。馬鹿だな』 女『ホヽヽヽヽ、貴方は狼狽者のエルさまぢやありませぬか。昼の最中に大道を歩いては牛の尻に衝突し、又斯んな処で妾のお尻に衝突し、出歯を打つとは天下一品のチヨカ助だな』 エル『ヤア、デビス姫様で厶いましたか。腹の悪い、吾々を吃驚さそうと思つて、ソツと階段を下り、あの四辻から、ここへ先廻りして吃驚さす考へですな。本当に姫様も三千彦司の奥さまになつてから大変なお転婆になりましたな。おいワックス、貴様もこんな処で、改心したと云ふものの幾分か未練が残つて居るだらうから、一言怨みの数を陳列して姫様のお聞きに達したらどうだ。こんな好い機会は一生の間に又とは無いぞよ。俺が邪魔になるなら友達の誼で気を利かしてやる。モシ伊太彦さま、少しの間、控へて居りませうかな』 伊太彦『………………』 ワックス『これはこれは、デビス姫様、この恐ろしい岩窟内を女一人で探険とは実に恐れ入りました。いや感心致しました。その健気なお志を看破して此ワックスは何時も心を悩めたので厶いますよ。三千彦様のお側近く膠の様に引ついて喜んで居らつしやるものだからお顔を見乍ら儘ならず、丸で写真を見て居る様だつたが、今日は一言位は言葉をかけて下さるでせうね』 女『ホヽヽこれワックスさま、貴方はそこ迄妾を本当に思つて下さるのですか。本当ならば嬉しいワ』 ワックス『酒も飲まずに、どうして男が女を捉まへて嘘が云へませう。心底からホの字とレの字だから、ここ迄実の所は跟いて来たのですよ。チツトは男の心にも同情を寄せて貰つても余り罰が当りますまいがな』 エル『アハヽヽヽヽおい、ワックス、そこだそこだ、正念場だ、確りやれ、ワツシヨワツシヨ』 女『ホヽヽヽヽあのエルさまの睾丸潰しさま、犬か何ぞの様に嗾をかけなくても宜いぢやありませぬか』 エル『コレ、姫さま、一生懸命ですよ。友人の恋を叶へてやり度いばつかりに骨を折つて居るのですから、余り憎うはありますまい。貴女だつてこんな処に一人待つてる位だから万更ワックスがお嫌ひでない事は百も承知、千も合点の私、随分気を利かして上げますよ。併し乍ら伊太彦さまがチツト許り煙たうなつて来た。モシ伊太彦さま、表は表、裏は裏、滅多に三千彦さまの奥さまをワックスが取らうと云ふのぢやないから、握手位は大目に見てやつて下さるでせうな』 伊太彦『オイ、両人、此女に指一本でも触へる事はならぬぞ。大変な事が出来するからの』 エル『扨ても扨ても融通の利かぬ唐変木だな。おいワックス、俺が三千彦さまに弁解をしてやるから一寸形式だけ握手やつたら如何だ』 女『もし、エルさま、ワックスさまの代理として貴方と握手しようぢやありませぬか、握手したと云つても決して心は貴方に移しませぬよ』 エル『おいワックス、俺が代理権を執行しても滅多に姦通の訴訟は起さないだらうな』 ワックス『うん』 エル『ハヽア、此奴、割とは気の弱い奴だ。恥かしいと見えるな。それでは此エルが暫く弁理公使を勤めてやらう。サア、デビスさま、お手を出して御覧』 女『はい、有難う厶います。サア貴方のお手をズツと伸ばして下さい』 エル『仮令代理権にもせよ、こんなナイスに手を握られるのはチツト気分が悪い……事はないワイ。エヘヽヽヽおい、ワックス、すみませぬな。必ず気を悪うして下さるな、伊太彦さま、何卒ここは宣伝使のお情を以て大目に見て下さい。エツヘヽヽヽヽ』 と嬉し相に笑ひ乍らグツと手をつき出した。女はエルの手を握るや否や赤い唇へペタリと当てたと思ふ途端、エルはキヤツと悲鳴を上げ其場に倒れて了つた。女は忽ち般若の様な面になり、 女『ケラケラケラケラケラ、俺が折角休んでる処を金剛杖で頭を殴りやがつたから其敵討だ、イツヒヽヽヽ』 と腮をしやくる途端に又もとの大蜘蛛となり数限りもなきコンパスをニユツと現はし七八尺上の方に体を浮してノソリノソリと奥を目蒐けて這うて行く。伊太彦は直に近寄つてエルの傷所に息を吹きかけ天の数歌を歌ひ上げた。半時許り経つてエルは漸く正気づき、痛さを堪へ乍ら意気消沈の態で二人の後に従ひおづおづし乍ら進み行く。 (大正一二・四・七旧二・二二於皆生温泉浜屋北村隆光録)
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霊界物語 64_上_卯エルサレム物語1 15 大相撲 第一五章大相撲〔一六四四〕 カトリックの僧院ホテルに滞在してゐるブラバーサの居間を訪ねて来た一人の老紳士があつた。之はバハイ教の宣伝使バハーウラーである。ボーイの案内につれてブラバーサの居間に通り、 バハーウラー『御免なさいませ』 と言ひ乍ら、軽く一礼を施した。ブラバーサは手づから椅子をとりよせて、 ブラバーサ『やあ、貴方は汽車中でお目にかかつたバハーウラー様で御座いましたか。一度お訪ねしたいと存じて居りましたが、何分処慣れないものですから彼方此方と見学して居りました。よう御訪ね下さいました』 と挨拶すればバハーウラーはテーブルを中におき、両方から向ひ合ひとなり、 バハーウラー『ハイ、私も一度お訪ねしたいと思つてゐましたが、何だか彼是ととり紛れ漸く今日となりました。どうです聖地においでになつてからの貴方の御感想は?』 ブラバーサ『ハイ、見るもの、聞くものが日の出島と違つて居りますので面喰ひましたよ。漸く地理も分り空気にも慣ましたと見え、少し計り落付いて参りました』 バハーウラー『成程、私も同感ですよ。常世の国から此処までやつて来ましたが、いやもう見るもの聞くもの変つた事ばかり、かやうな処へ救世主がお降りになるかと思へば何だか奇異の感にうたれます。国に居ります時は聖地エルサレムエルサレムと云つて日夜憧憬して居ましたが、古く荒びた神都の跡、何れも涙の種ならぬはありませぬ。黄金の花が咲き匂ふてゐると思つた私の期待はスツカリ裏切られて了ひましたよ。アハヽヽヽヽ』 ブラバーサ『都会は人が作り、田舎は神が作るとか申しまして、かやうな田舎びた処でないと到底神様はお降りになりますまい。紅塵万丈の巷に、霊肉ともに穢してゐる人の集まつてる処へは救世主はお降りになる筈はありませぬ』 バハーウラー『成程、さう承はればさうかも知れませぬな。数年以前、バルカン半島に現はれた一朶の黒煙は燎原を焼く勢ひで全欧羅巴に蔓延し全世界の地をして戦雲に包んで了ひましたが、為に其後の人心は益々悪化し、二進も三進も行かなくなつて来たぢやありませぬか。かやうな処へ救世主が御降臨になつた処で足一つ踏み込まれる処はありますまいな。一人でも多く心を研き魂を研いて神心となつて救世主の降臨を待たねばなりませぬ。実に常暗の世の中となつたもので御座いますわい』 ブラバーサ『ルートバハーの教祖ヨハネの教にも三千世界の大戦ひが初まるぞよと三十年以前から仰せられましたが、到頭世界の大戦争が起りました。さうしてヨハネの教祖は先達の世界戦争の開戦期間の日数一千五百六十七日を終り平和条約が締結された其朝、即ち自転倒島で云へば大正七年十月三日[※出口直が昇天したのは大正7年(1918年)新暦11月6日(旧暦10月3日)]の朝昇天されました。その後と云ふものは実に世の中は目もあけて居られないやうな惨怛たる現状で御座ります』 バハーウラー『先達の戦争について交戦国の総面積を調ぶれば、四千三百四十万二千七百六十二平方哩即ち世界面積の七割五分八厘にあまり、又其戦争に参加した人員の数は無慮十六億一千百九十二万人に達し世界人口の九割二分五厘に相当する空前の大戦争で御座りました。恰も秋霜烈日の大威力を示して満天下の草木を一夜の中に凋落せしめて了ひました。只常磐木のみ巍然として聳え、又、別に数種の紅黄紫青等の僅かに艶を競ふて世の終末の美を暫時誇つてゐる位であります。あゝ恐るべき世界の大戦争はもはや之で根絶したで御座いませうか。大戦後の世界は何処の果てを見ましても平和の象徴を見る事は出来ぬぢやありませぬか。到る処小戦争は行はれ、餓鬼畜生修羅の惨状を遺憾なく曝露してるぢやありませぬか。ハルマゲドンの戦争とは、先達ての戦争を云つてるのぢやありますまいか。ハルマゲドンの戦争が済めば世の終りが近づくとの聖書の教、どうも物騒になつて来ました。暑い時に寒い風が吹き作物は思ふやうに発達せず、到る処火山は爆発し、地震洪水の悩み、強盗殺人に諸種の面白からぬ運動、到底人間として此世を如何する事も出来ますまい。もうこの上は救世主の降臨を仰ぐより外に道は御座いますまいなア』 ブラバーサ『救世主は屹度御降臨になつて世界を無事太平に治めて下さる事を私は確信してゐます。然しそれ迄に一つ大峠が出て来るでせう。ハルマゲドンの戦争は私は今後に勃発するものと思ひます。今日は世界に二大勢力があつて虎視眈々として互に狙ひつつある現状ですから、到底此儘では治まりますまい。世の立替立直しは今日の人間の力つき鼻柱が折れ、手の施す余地がなくなつてからでなくては開始致しますまい。九分九厘、千騎一騎になつて救世主が降臨なされるのが神様の経綸と存じます』 バハーウラー『成程御同感です。そして貴方の二大勢力とは何を指して仰せらるるのですか』 ブラバーサ『今日此地球上に於て二つの大勢力が互に暗々裡に争つてゐますのは貴方も大抵御承知の事だと思ひます。一方には強大なる一新勢力を発揮し、全世界に活動飛躍を試み傍若無人的の振舞をなし、不自然極まる人為的暴圧力によつて膨脹拡大し、弱肉強食を以て唯一の国是となせる強大なる国家があり、一方には鎖国攘夷の夢を破り一躍して全世界の舞台に現はれ、列強と相伍し、再躍して世界の一大強国となつた国家が御座います。世界万民は此二大勢力に対して驚異の眼を以てのぞみ、茫然自失の体で御座います。その発展振りたるや前古未聞の大事実で御座いますけれども、而もその発展は頗る公明正大と唱へられて居るので御座います。一方はピラミツドの如く極めて壮観なれども真の生命なき建築物であり、一方は喬木の如く生々としその壮観の度に於ては到底彼のピラミツドの建築には及びませぬけれども、真に生命ある成長を遂げつつあるのであります。そして此二大勢力は一つは極東の一小孤島、一つは極西の一大大陸です。一つは現今に於ける最古の国、一つは列強中の最も新しき国、一は建国以来の王国、一は建国以来の民国、一は万世一系の皇統を誇り、一は四年交代の主権を誇り、一は天孫の稜威を本位とし、一は億兆烏合の民権を本位としてゐます。そして其国民性たるや、一は義につき一は利につき一は強国と云ひ乍ら神国と自称し、一は基督教国と云ひ乍ら民国と自称し、一は親子の経的関係を以て家庭の本位となし、一は夫婦の緯的関係を以て家庭の本位とし、一は男尊女卑の関係を以て人倫の本位とし、一は女尊男卑の関係を以て人倫の本位とし、一は太陽を以て国章となし、一は星を以て国章となしてゐる。故に自らその国情と使命に於て相容れないのは当然ではありませぬか』 バハーウラー『成程今貴方の仰有つたのは実に時代を達観した宣言だと思ひます。一方は日出国一方は常世の国と世界に相対立してゐる現状をお示しになつたのでせうな。諺にも両雄相戦はば勢ひ共に全からずとか申しまして、どちらか一方に統一されねばなりますまい。実に困つた世の中になつたもので御座いますな。政治と云ひ経済と云ひ思想と云ひ、宗教と云ひ何も彼も一切今日程行つまりの世の中は御座りますまい。どうしても此悩みは何処かで破裂せなくてはおかない道理で御座いますな』 ブラバーサ『さうです。斯くの如く今や東西の大関が世界の大土俵上に、褌を〆めて腕を鳴らせ肉を躍らせて相対するの奇観を呈してる以上は、一方が屈服するか、但しは引込まない以上は、早晩虎搏撃壤の幕が切つて落されるは火を睹るより明かでせう。ハルマゲドン、即ち世界最後の戦争は到底免れなくなつてゐます。それで大神様は地上をして天国の讃美郷に安住せしめむが為めに、ヨハネ、キリストの身魂を世に降して、天国の福音を普く万民に伝へしめられつつあるのです。さり乍ら常暗の世になれきつた地上の人類は一人として此大神様の御真意を悟り得る者なく、只僅かに忠実なる神の僕が誠を尽し、神を念じて待つてゐるばかり、実に世界は惨めな有様で御座います。かやうな邪悪に満ちた三千世界を立替立直し遊ばす神様の御神業も実に大謨では御座いますまいか』 バハーウラー『此世界の人類は、皆神様の同じ御水火より生れたる尊い御子で御座いますから、吾々人類は皆兄弟で御座ります。然し乍ら今日の状態では到底吾々宗教家が何程あせつた所で駄目で御座いませう。偉大なる救世主が現はれて整理して下さらねば乱麻の如き世界は到底収拾する事は出来ますまい。然し此二大勢力は一旦、どちらが天下を統一するとお考へになりますか。常世の国でせうか、日出島で御座いませうか。貴方のお考へを承はり度いもので御座いますが』 ブラバーサ『到底人間の分際として神様の御経綸は分りませぬが、私がルートバハーの教示により、おかげを頂いて居りますのは、将来の国家を永遠に統御すべき人種は決して常世の国人ではなからうと思ひます。二千六百年、亡国の民となつて居つた讃美郷の人々は先達の大戦争によつて神から賜はつたパレスチナを回復し、今や旭日昇天の勢で御座います。そしてその人種の信仰力、忍耐力並に霊覚力と云ふものは、到底世界に比ぶべきものが御座いませぬ。私は先申しました二大勢力よりも、も一つ奥に大勢力が潜み最後の世界を統一するものと神示によつて確信して居ります。ユダヤ人は七つの不思議があります、それは、 第一、万世一系の皇統を戴きつつ自ら其国を亡ぼした事、 第二は亡国以来二千六百年なるにも拘らず、今日も尚依然として吾等は神の選民也と自認してゐる事、 第三は二千六百年来の亡国を復興して、仮令小なりと雖もパレスチナに国家を建設した事、 第四は自国の言語を忘却し、国語を語るものを大学者と呼びなす迄になつて居つてもその国を忘れず、信仰をまげない事、 第五は如何なる場合にも決して他の国民と同化せない事、 第六には亡国人の身を持ち乍ら不断的に世界の統一を計画してゐる事、 第七は今日の世界全体は政治上、経済上、学術上、ユダヤ人の意のままに自由自在に展開しつつある事です』 バハーウラー『成程それは実に驚くべきもので御座いますわ。如何にも神の選民と称へられる丈ありて偉いもので御座いますわい。それから、一方の奥の勢力とは何で御座いますか』 ブラバーサ『それは日出島の七不思議で御座います。 先づ第一に万世一系の皇統を戴き終始一貫義を以て立ち、一度も他の侵略を受けず、国家益々隆昌に赴きつつある事、 第二は自ら神洲と唱へ乍ら自ら神の選民又は神民と称ふるものの尠い事、 第三は王政復古の経歴を有するも未だ一度も国を再興したる事なき事、 第四は国語を進化せしめたるも之を死語とせし事もなく、従つて国語を復活せしめた事のなき事、 第五は同化し難い国民のやうに見ゆれどもその実、何れの国の風俗にも同化し易く、且何れの思想も宗教も抱擁帰一し、ややもすれば我生国を忘れむとする国民の出づる事、 第六は一方常世の国は世界統一の為には手段を選ばざるも、日出島は常に正義公道即ち惟神によつて雄飛せむとする事、 第七は世界は寄つてかかつて日出島を孤立せしめむと計画しつつあれども日出島は未だ世界的の計画を持たず、ユダヤとは趣を異にしてゐる事であります。 之を考へて見ればどうしても、此日出島とパレスチナとは何か一つの脈絡が神界から結ばれてあるやうに思はれます。一方は言向和すを以て国の精神となし、征伐侵略等は夢想だもせざる神国であり、二千六百年前に建国の基礎が確立し、ユダヤは又前に述べた通り二千六百年前に国を亡ぼし、そして今やその亡国は漸く建国の曙光を認めたぢやありませぬか。私は屹度此エルサレムが救世主の現はれ給ふ聖地と固く信じ万里の海を渡り雲に乗つて神業のために参つたので御座います』 バハーウラー『今貴方は雲に乗つて来たと仰せられましたが飛行機の事ぢやありませぬか』 ブラバーサ『いえ雲と申しますのは自転倒島の古言で舟の事で御座いますよ。雲も凹に通ひますから舟に乗つて来るのを雲に乗つて来ると聖書に現はれてるのですよ』 バハーウラー『成程、それで救世主の雲に乗つてお降りになると云ふ事も諒解致しました。いや有難う御座いました。お邪魔を致しまして……又お目にかかりませう。ちつと御寸暇にお訪ね下さいませ。ヨルダン川の辺に形ばかりの館を作つて吾々の信者が集まつて居りますから……』 ブラバーサ『ハイ、有難う御座います。何れ近い中にお邪魔を致します。左様ならば之にてお別れ致しませう』 (大正一二・七・一二旧五・二九北村隆光録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 05 独許貧 第五章独許貧〔一六六一〕 伊太彦『吾師の君に相別れハルセイ山をスタスタと 登りつめたる折もあれ木花姫の御化身に 吾魂を試されてここに悔悟の花開き 身魂に芳香薫じつつ蓮の花の匂ふ野を あてどもなしに進み来る山又山の谷間を 神の御稜威を杖となし力となして漸くに ハルセイ沼の辺まで来りて見れば虎熊の 山雲表に聳え立ち雲に被はれ居る中ゆ 音に名高き噴火口天を焦せる凄じさ 吾師の君は今いづこブラヷーダ姫は嘸や嘸 行く手になやみ足痛め苦しみ艱む事だらう 魔神の猛る月の国もし悪者に捕らへられ 身も世もあられぬ苦みに会ふてゐるのぢやあるまいか 心のせいか知らねども何だか胸が騒がしく 不安の空気が襲ふて来たあゝ惟神々々 皇大神の御威徳に繊弱き女の一人旅 いと安らけく平けく神のあれますエルサレム 貴の都へ送りませ吾は男の身にしあれば 如何なる艱難も枉神も少しも恐れず進み行く デビスの姫やブラヷーダ二人の身魂が気にかかり 進みかねたる膝栗毛神の司となりし身は 実に断腸の思ひをば幾度となく嘗めて行く 実に味気なき人の世と朝な夕なに愚痴こぼす 伊太彦司の過ちを直日に見直し聞直し 詔直しつつ許しませ雲霧深き虎熊の 麓を進む森林地猛獣毒蛇は云ふも更 心汚き盗人の頻りに出没すると聞く 心もとなき吾旅路守らせ給へ三五の 神の柱の瑞御霊神素盞嗚の大御神 此世の元の大御祖国治立の大神の 貴の御前に願ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠の力は世を救ふ誠の力は世を救ふ 誠一つの宣伝使神の教を蒙りて 進まむ道に枉神の妨害らむ筈はなけれども どうしたものか近頃は姫の身の上気にかかる あゝ惟神々々御霊の恩頼を給へかし 此世を造りし神直日心も広き大直日 直日に見直し詔直し勇気を鼓して虎熊の 魔神の猛ぶ山坂を吾は淋しく進み行く』 と歌ひ乍ら密林の中の小径を、スタスタ登つて来るのは、伊太彦司であつた。 道の傍に又もや二人の男が、ヒソビソ話に耽つて居る。 エム『オイ、タツ、お前もいい加減に、トランスを止めたらどうだ』 タツ『ヘン、そりや何を云ふのだ。貴様だつてトランスぢやないか。豆腐屋は豆腐を造つて売り、酒屋は酒を造つて売り、泥棒は人の懐を狙つて自分の懐を肥やすのが商売だ。此世の中は自分の商売に、勉強せなくちやならないよ。税金の要らぬ資本の要らぬ、こんないい商売があるか』 エム『一寸聞くとボロい商売の様だが、一月に一度か二度、収入があつても、大部分は親方に取られ、食ふや食はずで戦々恟々と此広い世の中を狭く暮すと云ふ詮らぬ事はないぢやないか。俺等は元はバラモンの軍人だから、泥棒も面白いと思ひ又人を殺すのも何とも思はなかつたが、あの虎熊山のセールの、元親分の鬼春別の将軍様が比丘の姿となり、法螺を吹いておいで遊ばすのに出会ひ、結構な話を聞いて改心した処だ。ところが俺の相棒のタールと云ふ奴、どこ迄も悪を立通すと云ひやがるものだから、袂を別ちてここ迄来たのだ。すると此処迄来ると、お前が居るので、俺は神様に救はれたのだから、お前も善人にしてやり度いと思つて意見するのだから、些と身を入れて聞いてくれ。決して悪い事は云はぬのだからな』 タツ『ウン、さう聞けばさうだな。俺だつて泥棒が好きでやつてるのぢやない。親譲りの財産が沢山あつたのだが、一つ新奇発明の商売をやつて、ガラリと失敗し、国所にも居れぬので乞食となつて、ここにやつて来た処が、セールの親分が拾ひ上げて呉れたので鼻の下丈け、どうなり、かうなり、濡らせる様に成つたのだ。三丁町、五丁町歩いて一文の金を貰ひ、乞食々々とさげすまれ、人の軒に寝ては足蹴にされ、辻堂に一夜明かしては追ひ立てを喰つてゐた今迄の境遇に比ぶれば、余程気が利いてると思つて泥棒になつたのだ。然し何かいい商売があれば、こんな事ア為度くないのだが、之も因縁だらうかい』 エム『お前商売をしたと云ふが、どんな商売して失敗したのか』 タツ『ウン、マア一つ聞いて呉れ。俺は凡て若い時から発明好きで専売特許を十二三も取つて居るのだ。併し乍ら専売特許は農商務省で許して呉れたが、然し之を売出す段となると一つも動かぬのだから困つてゐるのだ。それがために親譲りの財産を、スツカリすつて了つたのだ』 エム『どんな物を発明したのだい』 タツ『エー、ワツトが鉄瓶の湯気を見て蒸汽を発明したり、ニュートンが林檎の落ちるのを見て地球の引力説を称へたやうに、俺も何かの動機がなくちや、発明が出来ぬが、或時ランプのホヤの掃除してゐたのだ。あのホヤの黒くなつたのをホヤ掃除器で上下へ擦ると云ふと、全然埃が除れる。真黒の奴が元の透明体のホヤになるだらう』 エム『ウン成程、随分綺麗になるな。それからどうしたと云ふのだ』 タツ『それからお前、百日百夜、首をひねつて考へた結果、人身清潔器と云ふのを発明したのだ』 エム『成程、そりや面白からう。お前医学でも研究した事があるのか』 タツ『何、医学なんか駄目だよ。今時の医者に本当の病を直すものはない。病気は決して薬なんか呑んでも癒るものぢやない。癒る病気はホツといても癒るものだ。俺はそれよりも病気の起らぬやう人身清潔器を作つたのだ。即ちランプのホヤ掃除するブラシと云ふ器械を八尺程迄延長し、向上虫の這つて居る様な格好に作り上げ、大地に並べて見た処、大蜈蚣が這ふてる様なものが出来上つた。それを人体掃除器として売出したのだ。兎角酒を呑み過ぎたり、飯を食ひすぎたりすると腹を悪うし塵芥がたまるから、ランプの掃除する様に口から尻の穴へ通して、上下へギユーギユーと擦ると云ふと、スツカリ腹の中の垢目が出ると云ふ考案だ。さうした処が人間の口と尻とが余り細うて腹が太いので、口と尻とは掃除が出来るが肝腎の腹の掃除が駄目だ。それで誰も彼も使ひもせずに、くさして買つて呉れぬのだ。売出す積りで一万本許り作つたが駄目だつたよ』 エム『ハヽヽヽ、そいつア話にならぬわい。それからどうしたのだ』 タツ『それからお前、今度は余り資本金の要らぬ天造物を売出す事を発明したのだ。それはそれは実に奇想天外の考案だつた』 エム『その奇想天外を一つ聞かしてくれないか』 タツ『是は大々的秘密だ。口外しないと云ふことを誓ふなら話して遣らう。実は華氏の二十七八度と云ふ寒さの時に採取するのだ。当世は床屋から商売屋百姓まで需要の多いガラスの代用品を発明したのだ。池の面に張つて居る厚さ一分乃至二分位の薄い氷を引割つて之を石油の空箱につめ込み鏡や障子用として売出すのだ。夏なぞは氷のガラスを障子にハメ込んで置くと、自然に氷に風が当つて夏の最中でも居間が涼しうなつて来る。何分原料が只だから斯んなボロい金儲けはないと思つて、セツセと寒いのに池の中へ小舟を浮べて切採り、家に帰つて秘蔵し、新奇発明の「清涼ガラス夏知らず」と名を付けて、広告料を沢山に都鄙の大新聞に払つて開業した所、世間の奴は馬鹿にして一人も注文して呉れない。何故だらうかと庫を開けて調べて見たら倉の中はズクズクに水が溜つて居た。大方鼠が小便でも垂れよつたのかと思ひ乍ら氷ガラスを納めた箱を調べて見ると、一枚も残らず皆解けて居よつたのだ。そこで氷解防止法をまだ研究中なのだ。是さへ成功すれば、馬鹿らしい泥棒なんか稼がなくても、立派な紳士として暮らされるのだからなア』 エム『オイ、お前そんな事を真面目に考へて居るのか。実に感珍の至りだ。古今独歩だ。珍奇無類飛切りの考案だ。アハヽヽヽ、お前モウ夫れだけの発明でしまひか、君の事だから、まだ外に発明品があるだらうなア』 タツ『ウン、それからお前、今度はも一つ脳味噌を圧搾して用心箱と云ふものを造つて売り出す事を考へ出したのだ。俺も元はハルナの生れだ。ハルナの都は大変に風が烈しうて土埃が立つのだ。それで道行く人の二つの目へ埃が這入り、その為め目を病んで盲になるものが沢山出て来る。盲になりや大抵の奴が三味弾になつたり、三味線の師匠になるから猫の皮が必要だ。それでハルナの都の猫の種が殆ど絶えて了ふだらう。そしたら鼠が自分の天下だと云ふやうな顔して家々に持つてゐる着物や道具を噛るに違ひない。又箱類等も噛りさがすに違ひないから、今の中に箱を沢山作つて売出したら儲かると思つて今度は、乗るか反るかで、ある丈けの財産を放り出し、沢山の箱を作つた処が、一つも売れず、到頭貧乏して了ひ、国所にも居れぬやうになつて乞食になつたのだよ。俺位不運のものは世の中にありやせぬわ。あれ丈けの金があればハルナで僕の三人も使ひ、妾の一人も置いて紳士で暮されるのだが、困つた事をしたわい』 エム『ハヽヽヽ、其奴ア駄目だわい。お前も随分賢い割とは知恵がないわい。余り気が利き過ぎると間がぬけるからな。そんな頓馬では、泥棒しても駄目だぞ。矢張りもとの乞食が性に合ふとるわ。それだから、改心をして泥棒をやめ、何か俺達と一所に、よい商売にありつかぬかと云ふのだ』 タツ『兎も角、兄貴に任しておくわ。ヤア、何だか宣伝歌の声が聞えて来るぢやないか、何と恐ろしい声だのう』 エム『ヤア、ありや三五教の宣伝歌だ。マア気を落付けて、ここに待つて居らうぢやないか。もう泥坊をやめた以上、別に人間も恐くないからな。それよりも貴様、此間、岩窟の中へ引込まれた二人の美人は、素敵な者ぢやないか』 タツ『本当に凄いやうな美人だつたね。大方大将がレコにするのだらうよ。アツハヽヽヽ』 かかる所へ近づいて来たのは伊太彦であつた。 伊太『一寸物を尋ねますが此山道を十六七の女は通らなかつたですか』 エム『ハイ、二三日前に、それはそれは立派な女宣伝使が一人、又その翌日、今貴方の仰有つた様な若い若い御婦人が一人、ここをお通りになつた処、此山で働く大泥棒の親分に捕へられ、岩窟の中へ連れ込まれて了ひましたよ。本当に可憐さうでたまりませぬわ』 伊太『その女はデビス姫、ブラヷーダと云ふ名ではなかつたか』 エム『ハイ、エベスだとか、ブラブラ婆アだとか云ふ事ですが、仲々どうしてどうして婆ア処ですか、水の垂るやうな別嬪でした。今はセール親方の居間の近くの牢獄に打ち込んで厶います』 伊太『コリヤ、その方は泥棒だな』 エム『いえ、滅相もない。私は真人間で厶います』 伊太『馬鹿申せ、真人間が岩窟の中に姫が隠してある事が、どうして分らうか。大方貴様は乾児だらう』 エム『ハイ、今日迄は泥棒の乾児で厶いましたが、実の所は鬼春別将軍様が比丘となつて、ここをお通り遊ばし、結構なお道を教へて下さつたので、漸く改心しまして、仲間の目を忍び、ここ迄逃げて来ました処、ここに又一人の小泥棒が休んで居ましたので、早く改心したらどうだ、と今も今とて意見をして居つた所で厶います』 伊太『お前ももはや善心に立帰つたのか。それに間違はないのかな』 両人慄ひ乍ら口を揃へて、 両人『ハイ、間違は厶いませぬ』 伊太『然らばその岩窟とやらへ案内してくれ。二人の姫を救ひ出さねばならぬから』 エム『どうも沢山な泥棒が居りますので、貴方お一人では危なう厶いますから、お止めになつたらどうです。現に鬼春別様が親分を改心さすと云つて六人の子分をつれて御出でになりました。やがて一件落着して無事にお帰りになるでせうからな』 伊太『何、あの比丘姿の将軍様がおいでになつたと云ふのか。それなれば尚の事だ。之を聞いた以上は見逃す訳には行かぬ。サア案内をせい』 エム『ハイ、案内をせいと仰有れば、せぬ事はありませぬが、私は最早泥棒を改心したのですから、彼奴等に見付けられたら命が厶いませぬ。何卒之許りは御堪弁を願ひ度う厶います』 伊太『ナニ、心配は要らぬ。私は此通り神変不思議のウバナンダ竜王から頂いた夜光の玉がある。之があれば百万の敵も恐るるに及ばないのだ。サア案内せい』 此言葉に二人は不安の念にかられ乍ら、伊太彦が恐さに、屠所の羊の如くスゴスゴと先に立つて、岩窟目がけて進み行く。 (大正一二・七・一五旧六・二於祥雲閣北村隆光録)
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霊界物語 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 16 泥足坊 第一六章泥足坊〔一六七二〕 神の教の三千彦がスダルマ湖水の西岸に 無事安着の折もあれ初稚姫のあれまして 三五教の宣伝は同行ならぬと手厳しく いましめられて是非もなく伴ひ来りしデビス姫 涙とともに袂をば別ちて一人スタスタと 姫の身の上案じつつハルセイ山の峠をば 半登りし折柄に道のかたへに悲しげに 倒れて泣ける女あり何人ならむと立寄つて つらつら見れば此は如何に年は二八の花盛り 伊太彦司が最愛のブラヷーダ姫と覚りしゆ 労はり助け介抱し厚き情にほだされて 胸に焔の炎々と立上りたる苦しさに 心は同じ恋の暗月下に抱き泣きゐたる 時しもあれやデビス姫ここに突然現はれて 心の迷ひを説き明かす二人は恋の夢さめて 汚れし心を悔悟なし詫ぶればデビスに非ずして 木花姫の御化身尊き神の御試しに 会ひし二人の胸の裡可憐の乙女を振棄てて 人跡稀な山径を只スタスタと登り行く ハルセイ山の峰を吹く嵐に裾をば煽られて 足もトボトボ頂上に上りて見れば三人の 見知らぬ男が朧夜の木蔭にひそみ何事か 声高々と話し居る三千彦心に思ふやう これぞ全く山賊の往来の人を待ち構へ 宝を奪ふその為によからぬ事の相談を なし居るならむと傍の木蔭に腰を打卸し 様子如何にと聞き居たる。 甲『オイ、随分恐ろしかつたぢやないか。今通つた奴は、一体ありや何だらうな。何程勇気を出して呼びとめようと思つても、あまり先方が大きな男だものだから、怖気がついて、自然に身体が慄ひ、どうする事も出来なかつたのだ。あんな奴に出会ふと泥さまもサツパリ駄目だのう』 乙『うん、彼奴ア何でもデーダラボッチに違ひないぞ。大きな法螺貝の様な声を出しやがつて、四辺の山や谷を響かして通りやがつた時の怖さと云つたら、体が縮まる様だつた。睾丸は、何処かへ転宅する。心臓院の庵主さまは荷物を引担げて遁走する。肺臓院の半鐘は急を訴へる。五臓郡六腑村の百姓は鍬を担げて逃げ出す。本当に小宇宙の君子国は、地異天変の乱痴気騒ぎだつたよ。その結果、俺の顔まで真青になつて了つたよ』 丙『ハヽヽヽヽ、弱い奴だな。あんな小さいデーダラボッチがあるかい。デーダラボッチと云へば大道坊とも泥足坊とも別称して、スメール山を足で蹴り倒し、印度の海を埋めようとするやうな大道者だ。俺達の大道路妨とはチツとは選を異にしてゐるが、然し乍ら今通つた奴は屹度比丘に違ひないぞ。貴様の目はあんまり、びつくりして目の黒玉が転宅して、白目許りになり、視神経の作用で、さう大きく見えたのだらう。大きいと云つても八尺位のものだ。キツト彼れは軍人上りの比丘に違ひないわ。疑心暗鬼を生ずと云つて、恐い恐いと思つてるから、そんな幻映を生じたのだ。チツとしつかりせぬと此商売は駄目だぞ』 乙『成程比丘かも知れぬ。体中が比丘々々しよつた。ハルセイ峠の二度ビツクリと云つて、如何に聖人君子の泥棒さまでも、此峠丈けは一度や二度はビツクリする事はあると、昔から定評があるのだ。三五教の宣伝使が「胴を据ゑ、腹帯をしめて居らぬと、ビツクリ箱が開くぞよ、今にビツクリして目まひが来るぞよ。フン延びる人民沢山出来るぞよ」と謡ひもつて通りよつた。チとビツクリに慣れて置かぬと、吾々の商売は真逆の時に、十二分の活動が出来ぬからのう。何と云つても貴様等二人は新米だから仕方がないわ』 甲『オイ、何は兎もあれ、今晩はテンと仕事がないぢやないか。折角香ばしさうな奴が来たと思へば、吾は伊太彦宣伝使なんて、肝玉の飛び出る様な声で通つて了ひやがる。今度は四五人の足音がしたので一働きやらうと思ひ、捻鉢巻で木蔭に潜んで居れば、デーダラボッチのやうな比丘が通りやがる。本当に怪体が悪いぢやないか。俺達のやうな新米は到底あんな奴にかかつたら駄目だ。年の若い、足の弱い、女でも通りよると、都合が宜いのだけどなア』 乙『さうだ。俺達は人間相手の商売だ。人間は男許りぢやない。爺も婆もある。時には若い女もあるだらう。小口から無理に手を出すと失敗るから、マアよい鳥が来る迄、ここで待つのだな』 甲『待つ身につらき沖の舟 ほんに遣る瀬がないわいな チヽツヽシヤンシヤンシヤン アツハヽヽヽヽ』 丙『馬鹿、何を惚けてゐるのだ。千騎一騎ぢやないか』 甲『何、歌でも謡つて肝玉を錬つて大きくしてるのだ。英雄閑日月あり、綽々として余裕を存する事大空の如しだ』 乙『ヘン、よう仰有りますわい。鮟鱇の様な口から阿呆らしい、そんな歌がよく謡へたものだ。貴様の口つたら丸で河獺の様だぞ。貴様が飯を喰ふ時は、狐のやうに口を尖らし、鼻が曲り、顔一面が丸で馬のやうに躍動するんだからな。そして頭許り無茶苦茶に動かしやがつて、額口から上が縦に振動くと云ふ怪体な御面相だから、泥棒の嚇し文句もサツパリ駄目だ。驚く処か向ふの方から笑つてかかるのだもの、飯食ふ時ばかりか、一言喋つても顔中が縦横十文字に躍動すると云ふ、珍な代物だからサツパリ駄目だい。一層の事、貴様は泥棒を廃して、ハルナの都の裏町辺で小屋者となり、顔芸でもしたら、人気を呼ぶかも知れないぞ。ハヽヽヽヽ』 甲『コリヤ、こんな山の上で人の顔の棚卸しばかりしやがつて、あまり馬鹿にするな。之でも泥棒さまとして、相手によつては睨みが利くのだ。マア俺の過去は咎めず、将来の活動を見てをれ。「あんな者がこんな者であつたか」と申して、貴様等がビツクリするやうな大事業をして見せるわ』 乙『ヘン、御手並拝見した上で、その業託は聞かして貰はうかい』 三千彦は三人の話を、木蔭に潜んで面白がつて聞いてゐた。 三千彦(独言)『然し乍らブラヷーダ姫は後からここを上つて来るに違ひない。屹度此奴等三人の為に裸体にしられ、凌辱を受けるかも知れないから、ブラヷーダさまが無事、ここを通過する迄、此木蔭に潜んで待つて居らう。もし事急なりと見れば、デーダラボッチだと云つて嚇かして散らしてやれば宜いのだ。うん、さうださうだ』 と一人頷き乍ら息をこらして控へてゐる。 折から細いやさしい女の宣伝歌が聞えて来た。泥棒連は耳を澄まして無言の儘、様子を窺つてゐる。 (大正一二・七・一七旧六・四於祥雲閣北村隆光録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 21 針灸思想 第二一章針灸思想〔一七二三〕 左守の悴アリナは、評議の結果一ケ月の謹慎を命ぜられ、父の館に閉ぢ籠められて居た。左守司のガンヂーも別に王からの咎めはなけれども、殿中を騒し右守と刃傷した其責任を負ひ、自ら門を閉ぢ謹慎を守つて居た。 ガンヂー『オイ悴、貴様は何と云ふ不埒な事を致したのだ。貴様がいつも太子の君を煽て上げ、共産主義だとか、人類愛善だとか、ハイカラ的の新思想を吹き込むものだから、あんな御精神におなり遊ばされ、万代不易の王統を継ぐ事をお嫌いなされ、殿内を飛び出し、上は大王殿下を始め奉り、此父や老臣共に心配をかけ上下を騒がした其罪は仲々浅くはないぞ。是から心を改むればよし、今迄の量見で居るならば太子のお側付は許されない。さうして吾家にも置く事は出来ない。些とは親の心にもなつて見て呉れ。王様の宸襟を悩まし奉り、老臣共に心配をさせ、殿内を騒がしたぢやないか』 アリナ『ハイ、如何にも父上のお言葉の通り、大王様に御心配をかけ、老臣を驚かせ殿内を騒がしましたのは事実で厶います。併し私は同じ殿内を騒がしても父上のやうな、刃傷などの乱暴は致しませぬ。お父さま、私に御意見下さるのならば、先づ貴方のお尻を拭ひ、自分の顔に留まつた蜂を払ひ、真面目になつて御教訓を願ひます。此親にして此子あり、親子が一致して、大王殿下の宸襟を悩まし奉り殿内を騒がしたのも、何かの因縁で厶いませうよ』 ガン『エヽ、ツベコベと訳も知らずに屁理窟を云ふな。お前と俺とは同じ殿内を騒がしたにしても訳が違ふのだ。天地霄壤、黒白、月鼈の差違が有るのだ。彼れ右守のサクレンス奴、王家の専制政治を廃し、共和政治を立てようなどと、大それた国賊的機略を弄し、殿下の宸襟を悩ませ奉つたによつて、俺は命を的に奸賊を誅伐せむと彼右守に斬りつけたのだ。貴様のやうに、大切な太子に種々のハイカラ的思想を注入し、太子の精神を惑乱し、遂には国家の一大事を惹起せむとするやうな悪逆無道の行為とは比べものにならぬのだ。確りと性念を据ゑて父の言葉を聞いたらよからうぞ。大王様は金枝玉葉の御身をもつて、汝一人の為に有るにあられぬ御苦心遊ばして厶るのだ。その悴の父たるこのガンヂーが、どうしてノメノメと生て居られやうか。お前がどうしても悔い改めて、太子の御心を翻さぬに於ては、もはや此父は自害して申し訳を立てねばならぬ羽目となつて居るのだ。不忠不義の極悪人とは貴様の事だ。どうしてまアこんな極悪人が俺の胤から生れたものだらうなア』 アリ『アハヽヽヽ。お父さま好く自分の今迄の行動を顧みて御覧なさい。さう、堂々と私に向つて、御意見は出来ますまい。お父さまは私が幼年の時迄は、右守の司と仕へてゐらつしやつたのでせう。其時に忠誠無比のシャカンナと云ふ左守の司様が国政を料理して厶つたでせう。亡くなられた王妃様は悪魔に魅られ、日に夜に残虐性が募り、遂には無辜の民を虐げ、憐れなる妊婦の腹を割いて胎児を剔ぐり出し、丸煮にして食膳に上ぼせ舌皷を打つて厶つたにも拘らず、死を決して直諫し奉る事も知らず、却つて王妃に媚び諂ひ、残忍性をしてますます増長せしめられたぢや厶いませぬか。国民の怨嗟の白羽の矢が王妃の狩の遊びの砌、天の一方より飛び来つて王妃の額を射ぬき其場で絶命し、国民は是を聞いて却つて喜んで密かに祝賀会を開いた事があるぢや厶いませぬか。それ程国民の怨嗟の的となつて居る王妃を嗾かした上、大王様に迄いろいろの悪い智慧を吹き込み……天誅の白羽の矢を左守の部下が射放つたものだ……などと無実の罪を着せ、大王の手をかつて左守の妻ハリスタ姫を斬り殺し、なほ飽き足らず左守の命を取らむとして果さず、遂に自分が取つて代つて洒々然として左守の職につかれたぢやありませぬか。夫さへあるに左守家の巨万の財産を全部没収し、自分が国民に信用を繋がんが為に頭の揉めない、腹の痛まない、彼の財産を国民に与へ、善の仮面を被り、悪行を遂行した極重悪人ぢや厶いませぬか。お父さまの為にシャカンナは可憐な娘と共に天下漂浪の旅に出で、今に其行方さへ知れないと云ふぢやありませぬか。貴方の前にては誰も彼も阿諛諂侫追従の有らむ限りを尽し、お髯の塵を払はむとする役人許りで厶いますが、彼等は面従腹背、蔭では、いづれも後向いては舌を出し言葉を極めてお父さまの悪逆無道を罵り、且つ憎んで居りますよ。タラハン国が今日の如く乱れかかつて来たのも皆、お父さまの責任ですよ。圧制と強圧と専制に便利な時代不相応の法律を作り、軍隊や警察や監獄の力で、今迄お父さまは国民の頭を抑へつけ、思想を圧迫し、あらむ限りの吾儘勝手を振舞つて来たぢやありませぬか。お父さまの悪徳が子供に報いて遂に累を王家に及ぼし、今日の悲惨の有様になつたのぢや厶いませぬか。お父さまこそ私の意見を聞いて翻然と悔い、忠誠の赤心と愛善の行ひに立ちかへつて貰ひたいものです。私はお父さまの口から御意見を聞くのは、恰度地獄の鬼が擦鉦を叩いて念仏を唱へて居るやうで滑稽で耐りませぬわ。いや寧ろ抱腹絶倒の至りで厶います、アハヽヽヽ』 ガン『これや悴、何と云ふ口巾の広い事を申すか。苟にも子として父の行為を云々し、くだらぬ意見口を叩くと云ふ事は、天地転倒も甚だしいではないか。「親と主人は無理を云ふものと思へ」との格言を何と心得て居るか。何と云ふても親父ぢやないか。善悪正邪に拘らず、親に反抗する奴は天下の不孝者だ。貴様も最早十八、些とは孝行と云ふ事を知れ。否忠義の道を弁へねばなるまいぞ』 アリ『お父さま、貴方は親と云ふ名の下に私を圧迫するのですか。吾子になればどんな無理難題を吹きかけても、それで道理が立つと思ひますか。そんな古い道徳主義は三百年も過去の事ですよ。こんな流儀で国政に当られては、数多の役人や国民共の迷惑が思ひやられます。私はお父さまの所謂、不孝者、不忠者になり度う厶います。……大孝は不孝に似たり。大忠は大逆に似たり。……と古の聖人も云つたぢや厶いませぬか。大義親を滅するとか云ふ諺も厶います。私は大義明分の為には親を捨てます。何時迄も其精神をお変へ下さらぬ以上は、親でも無ければ子でもありませぬ。私の方から貴方に向つて勘当を致しますよ』 ガン『これ悴、云はしておけば何処迄もつけ上り親を親とも思はぬ其暴言、手打ちに致して呉れるぞ』 アリ『お父さま、よいかげんに血迷つておきなさいませ。何を狼狽して居られるのです。アリナの身体は最早貴方の自由にはなりませぬ。私の身体は太子様の杖柱とお頼み遊ばす、タラハン城に無くてはならない国宝ですよ。もしお手打に遊ばす御所存ならば、大王殿下及び太子殿下のお許しを得た上になさいませ。太子殿下の寵臣を、何程左守だつて自由にする事は出来ますまい。それこそ貴方は不忠不義の大逆賊となるでせう』 ガン『不忠不義とは何たる暴言ぞ。貴様こそ万代不易の王家を覆へさむとする悪逆無道の曲者だ。不忠不義の逆賊だ。共産主義や平民主義を太子殿下に日夜吹き込んだ売国奴め、黙言おろう』 アリ『お父さま、天帝より賦与された私の言論機関を行使するのは私の自由の権利で厶います。今日の不完全極まる貴方の作つた法律でさへも言論集会の自由を認めて居るぢや厶いませぬか。左様な解らぬ事を仰有いましては耄碌爺と云はれても弁解の辞はありますまい。矛盾混沌、自家撞着も茲に至つて極まれりと云ふべしです。貴方は一体個人の人格を無視せむとして居られますが、国民としても、個人としても其個性を十分発達させ、天地の分霊としての働きを十二分に発揮させ、其自由の権を十分行使させねばならぬぢやありませぬか。夫れだのに、貴方は圧迫や威喝をもつて之を妨げむとするのは時代に疎い癲狂痴呆者と云はねばなりますまい』 ガン『お前は年が若いから政治の枢機に参加した事が無いから、左様な小理窟をこねるのだ。併し乍ら理論と実際とは大に違ふものだ。今頃の政治家を見よ、野にある時は時の政府の施設に対し、どうのかうのと極力反対を試み、民衆を煽て上げ遂に政府を乗つ取り、扨て国政を執つて見ると俄然と調子が変つて来て、野にあつて咆哮した主義主張もケロリと捨て、否放擲せなくてはならぬやうになるものだ。それだから世の中は議論と実際とは大に径庭のあるものだ。其間の消息も知らずに、青二才の分際として小田の蛙の鳴くやうにゴタゴタ云ふても納まらないぞ。総て政治の秘訣は圧迫に限るのだ』 アリ『どこ迄もお父さまは解らないのですな。理窟はどんなにでもつくものですよ。専制と圧迫を唯一の武器として治めて居たスラブはどうです。チヤイナはどうですか。既に已に滅亡したではありませぬか。世界各国競ふて共和主義をもつて治国の主義となし、次から次へと王政が亡びてゆく趨勢を見ても、時代の潮流は共和主義に向つて、急速力を以つて進んで居るぢやありませぬか、個人、個人を無視するやうで、どうして国家を治める事が出来ませうか。賢明なる太子殿下は早くも此点に気付かれ、王位を去つて庶民となり、個人として人間らしい生活をやつて見度いと望んでゐらつしやるのですよ。もうお父さま、貴方も好い加減に骸骨をお乞ひなさい。貴方が一日国政を料理さるればさるるだけ、それだけ国家は滅亡に向ふのです。国民の多くは……頑迷固陋の左守が一日も早く、此世を去れば一日丈国家の利益だ……と云ふて居りますよ』 ガン『お前は個人々々と云ふて盛に個人主義をまくし立てるが、個人主義が発達すればする程専制政治が必要ぢやないか。完全なる個人主義が発達し、生活し得る力が出来た所で、ほんの小つぽけな砂のやうなものだ。二十万の国民が、二十万粒の砂になつたやうなものだ。個々別々になつた砂は何程堅固でも団結力は有るまい。個人としてはよからうが、国家及団体としては実につまらぬものぢや。そこで、カラピン王家と云ふ大きな革袋が必要なのだ。この革袋に二十万粒の砂を入れ袋の口を固く縛り横槌などで強く叩きつけてこそ初めて一つの国家団体が固まるのぢやないか。革包の破れた袋は所謂支離滅裂何の力もない。それを貴様は破らうとする極重悪人だ。賢明なる殿下のそれ位の道理のお解りにならない筈は無いのだが、貴様が常に悪い思想を吹き込むものだから、あのやうな悪い精神におなりなされたのだ。云はば貴様はタラハン国を覆へす悪魔の張本だ。あゝもう仕方がない。死ぬにも死なれず、悴は何程説き聞かしても頑迷不霊にして時代を解せず、政治を知らず、何とした苦しい立場であらう』 アリ『お父様、煩悶苦悩の今日の境遇、私も同情致しますが、併し乍ら心の持ちやう一つで厶いますよ。些と郊外の散歩でもして、天地の芸術を御覧なさいませ、さうすれば些とは胸も開けて新しい思想が生れて来るでせう』 左守は青息吐息しながら、 『あゝあゝ兎やせむ角や線香の煙となつて、タラハンの国家は滅ぶのかなア』 (大正一三・一二・四新一二・二九於祥雲閣加藤明子録)