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361

(1828)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 10 家宅侵入 第一〇章家宅侵入〔七二二〕 晴れては曇る秋冬の空高姫は改心の 真如の月を曇らせて心の海に荒波の 立騒ぎては又曇る慢心改心行き交る 心の色も定めなき執着心のムラムラと 又もや頭を抬げつつ金輪奈落どこまでも 三つの神宝の所在をば探さにや置かぬと焦だちて 四人の従者を伴ひつ山の尾渉りやうやうと 南の果に紀の国の道の熊野も恙なく あてども那智の滝水に胸を打たれてシホシホと 若彦館に立向ひ胸の炎の燃ゆるまに 無理難題を吹きかけて若彦夫婦其他の 信徒達を悩ませつ常楠爺さまの腕力に 館の外に放り出され無念の歯切り噛み締めて 後振り返りふりかへり館を睨みスゴスゴと 四人の男と諸共に心さかしき山路を 登りつ降りつ浪速江のよしもあしきも白妙の 衣を纏ひ引返す再度山の山麓に 新に建ちし神館初稚姫の守りてし 生田の森に帰り行く。 高姫『アヽ此処が意地クネの悪い杢助の元の館だ。玉能姫は今迄聖地に羽振りをきかして、ピカピカと螢の様にチツと許り光つて居つたが、到頭慢心強く、欲心が深いものだから、杢助の奴にウマウマと計略にかけられ、結構な聖地を飛び出し……お前は如何しても生田の森に因縁があるから、御苦労だが再度山麓の神館の守護をして呉れ……なんて巧い辞令にチヨロまかされ、こんな所へ左遷せられて、有頂点になつて喜んで居る様なお目出度い奴だ。誑す狐が騙されたとは此事だ。実に気の毒なものだワイ。悪人には悪人が寄ると見えて、若彦館に集まつて来よつた連中のあの面と云つたら、泥坊でもしさうな奴ばかりぢやつた。……是れからお前達も充分に気を付けて、誰が何と云つても、日の出神の命令に反く事は出来ないぞえ。貫公、武公、しつかりなされや』 貫州『委細承知致しました。併し是れから日の出神様は聖地へ御帰り遊ばすので御座いますか、但は他の方面へ御出張になりますか、一寸伺つて下さいませな』 高姫『何と云ふお前は頭脳の悪い事だ。日の出神様に伺つて呉れとは、そりや何を言ふのだ。日の出神様と高姫と別々に考へて居るのだな。それがテンから間違だ。高姫は即ち日の出神、日の出神は即ち高姫だ。霊肉一致、誠生粋の大和魂の高姫だ』 貫州『それでも貴女、何時も日の出神の生宮と仰有るぢや御座いませぬか。宮と云ふものは物も言はず動きもせぬものだが、あなたの宮はどこへでもよく動きますな』 高姫『エー分らぬ男だなア。どこへでも思うた所へ行きよるから、イキ宮と云ふのだ。お前は、霊肉一致の此水火が分らぬから仕方がない。余程偉い男だと見込んで遥々紀の国まで連れて行つたのだが、此日の出神が若彦館からつまみ出されて腰を打ち、苦んで居るのに、一口の応対もようせず、蒸し返しも致さず、菎蒻の化物の様にビリビリ慄うて泣き声を出し……モシモシ高姫さま、一体如何なるので御座いませう……なぞと、アタ甲斐性のない、あまり阿呆らしうて、愛想が尽きました。アーア何奴も此奴もマサカの時になつたれば弱いものだ。ここへ来て居る四人連は高姫様の為になれば何時でも死にますの、生命を差上げますのと、よう言はれたものぢや。それ丈の勇気が有るのなら、なぜ生命を的に、若彦や其他の乱暴者を打懲さなんだのぢや。内覇張りの外すぼりとはお前の事ぢやぞえ。是れからチツと腹帯を締め、心を入れ直して貰はぬと、肝腎要の御神業に奉仕する事は出来ませぬぞえ。是れから心を入れ替へて何でも日の出神の云ふ事を聞きますか。サア返答を改めて聞かして下さい。今迄の様なヨタリスクはモウ喰ひませぬから、駄目ですよ』 貫州『ハイ今日限り心を改めて、どんな事でも貴女の言は絶対服従を致します』 高姫『仮令妾がお前に死ねいと云つても、死にますかな』 貫州『ハイ一旦約束をした上は、私も一丈二尺の褌を締めた男だ。決して間違は御座いませぬワイ』 高姫『アヽそれでヤツと安心をした。コレコレ武公、清公、鶴公、お前等は如何だな』 武公『ハイ私も略同意見で御座います。事と品に依れば生命でも差上げます』 高姫『略同意見とはソラ何事ぢや。優柔不断瓢鯰主義の言依別命の御霊にまだ感染されて居ると見えるワイ。そんな筒井式の連中は、今日限り絶縁しますから、トツトと帰つて下さい』 武公『さうだと云つて、一つよりない生命を、さう無暗に貴女に上げられますか。私は大神様に差上げた生命、さう貴女の自由にはなりませぬ。絶対服従と云つてもヤツパリ制限的絶対服従ですから………なア貫州、貴様の絶対服従は先づここらだらう』 貫州『………』 鶴公『オイ貫州、貴様は高姫さまに絶対服従し、源平の戦ひぢやないが、長門の壇の浦迄行く積りか知らぬが、俺等三人が高姫様に破門された時は如何する考へだ。我々四人は何処までも行動を共にすると誓つてある事を忘れはせまいなア』 貫州『そりや決して忘れては居らぬ。互に忘れてはならぬぞと云ふ約束はしたが、まだ細目は定つて居ないのだから、そこは自由意志に任して貰はなくちや可けないよ。其代りに忘れなと云ふ約束は、どこまでも守つて忘れないから、安心して呉れ』 鶴公『何を吐しやがるのだい。実行が肝腎だ。忘れる忘れぬは畢竟末の問題だ。俺達三人は是れから……高姫さまに暇を頂いたのだから、貴様と絶縁をする。其代りに月夜許りぢやないからな。暗の晩には用心なさりませ』 貫州『さう団子理屈を捏ね廻したり、脅喝されては堪らぬぢやないか。チツと淡泊な精神になつて、俺の言ふ事を善意に解して貰はぬと困るぢやないか』 武公『何と云つても我々は執着心の強い高姫さま仕込だから、淡泊になれよと云つたつてなれるものかい。鳶にカアカアと鳴け、鶴にコケコツコウと唄へと云ふ様な注文だ』 高姫『コレコレお前達は大変な御神業を前に扣へ乍ら、妾が一口云つたと云うて、其言葉尻を掴まへて何をゴテゴテ云ふのだ。お前達の心を鞭撻する為に酷い事を云うたのだ。此高姫だとてコレ丈味方が無くなり………オツト……ドツコイ無形の味方が沢山あるわいな。此場合に一人でも大切だ。誰が破門したい事があるものか。そこは推量せなくてはならぬぢやないか。なア鶴公、清公、皆さま、さうぢやないか』 と、たらす様に云ふ。 鶴公『貴女からさう砕けて出て下されば、我々も別に額口に癇筋を立て、糊付け物の様に鯱張りたい事は御座いませぬ。何でも承はりますから、どうぞ御用を仰せ付け下さいませ』 高姫『あゝそれでヤツと内乱も無事に鎮定しました。又してもお前達は革命気分を唆るやうな事を云ふから困つて了ふ。サア是から日の出神の生宮の云ふ事を聞きなされや』 鶴公『ハイハイ承はりませう。何事なりと御遠慮なく仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 と芝生の上に端坐し、両手をついてワザと丁寧に挨拶をする。 高姫『そんなら此館は今戸締りぢやが、錠を捩切つてでも中へ這入つて、調査て来て下され。玉能姫の奴、どんな事をして居るか知れやしない。箪笥の抽斗を一々点検して、秘密書類でもあつたら、抜目なく持出して来るのだよ』 鶴公『主人の不在宅に這入る事は、何となしに心持があまりよう御座いませぬがなア、そんな事すれば、家宅侵入罪とか無断家宅捜索とかになりはしませぬか。予審判事の令状が無ければ到底執行する事は出来ませぬだらう』 高姫『お前はそれだから可かぬのだ。舌の根の乾かぬ内に、直に反抗的態度を執るぢやないか。勿論不在宅へ這入ることは出来ないが、ここは三五教の支社ぢやないか、謂はば吾々の部下でもあり、居宅も同然だから、そんな遠慮は要らぬ。命令に服従しなされ』 鶴公『オイ貫州、武公、清公、如何しようかなア』 貫州『モシ高姫様、貴女先へお這入り下さいませ。大将より先に立つと云ふ事は御無礼で御座います。私は貴女のお出でになる所は、どこまでもお供を致す従者ですから……さうでないと天地の道理が合ひますまい』 高姫『エー間に合ぬ男だなア』 と無理に戸を捩あけようと焦つて居る。斯る所へ玉能姫は虻公、蜂公両人を伴ひ、スタスタ帰り来り、 玉能姫『貴女は高姫様、仮りにも妾の不在宅を、誰に断つてお開けなさるのだ。チツと乱暴では御座いませぬか』 高姫『イヤお節か、要らぬおセツ介ぢや。三五教の支社を自由自在に開けるのは、日の出神の特権ぢや。玉隠しの大罪人の分際として、何をゴテゴテ云ふ資格があるか。今日から此館は日の出神の仮の御住居、お前は是れから引返し、御苦労だがマ一遍紀の国へ行つて、恋しい男と末永う楽んで暮しなさい。さうすればお前さまも思惑が立ち、面白い月日が送れるだらう。此閾一歩たりとも跨げる事は許しませぬぞや』 玉能姫『何と仰有つても此館は妾の監督権内にあるもの、何程日の出神様でも、指一本触へる事は許しませぬぞ』 と優しき女に似ず、稍言葉に力を入れて極めつけた。 高姫『あのマアおむつかしい顔ワイナ。ホヽヽヽヽ、若彦に会うて、甘つたるい言葉を聞かされて居なさつた時の顔と、今の顔とはまるで地蔵と閻魔の様に変つて居る、あゝそりや無理もない。憎うて憎うてならぬ邪魔者の高姫と、可愛て可愛てならぬ若彦とだから、無理もありますまい。思ひ内に在れば色外に露はるとやら、結局お前は正直なからだ』 と肩を揺り腮をしやくる憎らしさ。 玉能姫『何と仰有つても、高姫様を此館へ入れてはならぬと厳命を受けて居りますから……』 高姫『何と言ひなさる。厳命を受けたとは、そりや誰から受けたのだ。そんな権利を持つて居る奴は三五教には一人もない筈だ。大方僣越至極な行動を敢てする言依別か杢助の指図だらう。サア此一言を聞いた上は、どこまでも白い黒いを別けねば置かぬ。……誰が言うたのだ。有態に白状を致されよ』 と威丈高になる。 玉能姫『オホヽヽヽ、高姫様の恐ろしいお顔、モ少し淑やかに低い声で仰有つて下さいましても、玉能姫の耳はよく通じますのに……妾は日の出神から厳命を受けました』 高姫『日の出神とは妾の事ぢや。妾が何時そんな命令を致しましたか』 玉能姫『ハイ何時も厳しく仰せられます。自分の守つて居る館は、仮令教主でも、如何なる長上の方でも、生神様でも、黙つて入れてはならぬ。絶対に其処を守り、他の者は寄せ付けるでないと、貴女は始終仰有つたぢやありませぬか。教主も妾の長上なれば貴女もヤツパリ長上の仲間です。又自分以下の役員様、信者と雖も、自分の守護神の許さぬ事は絶対にならないと、貴女の日の出神様の厳しきお警告でせう。妾は日の出神様に絶対服従ですから……』 高姫『それならば何故日の出神に服従せないのだ。お前は日の出神には服従しても、高姫の云ふ事は聞かぬと云ふ精神だなア。高姫が即ち日の出神、日の出神が即ち高姫、密着不離の関係を知らぬのか。それが分らぬ様な事で、如何して此結構な神館が守れますか』 玉能姫『………』 高姫『口が開きますまい。無理を通さうと云つても、屁理屈や無理は日の出神の前では三文の価値も有りますまいがなア。オツホヽヽヽ』 玉能姫『何と仰有つても、妾は這入つて貰ふ事は出来ませぬから………』 高姫『何と剛腹な女だなア。理屈は抜にして、同じ道に居る吾々、チツとは融通を利かしたらどうだな』 玉能姫『融通を利かす様な行方は、変性女子の言依別の行方だ、日の出神は一言云うたら、どこまでも間違へられぬのだと仰有つたでせう。それだから何処までも其御神勅を遵奉致しまして、お気の毒乍ら今回はお断り申しませう』 虻公『コレコレ高姫さまとやら、貴女は館の主人がこれ程事を解て仰有るのに、なぜ分りませぬか』 高姫『エー喧しいワイ。新米者の癖に………泥棒面をさげやがつて……玉能姫に従いて来る様な奴に碌な奴は一人も居りやせぬ。二人が二人乍ら、どつかで泥棒でも働いて居つた様な面付をして居る』 蜂公『是れは怪しからぬ。何時私がお前さまの物を窃盗しましたか。お前さまこそ、人の不在宅を窃盗しようと思つて予備行為をやつて居つた所、玉能姫様に見つけられたぢやないか。泥棒の上手な奴は、滅多に夜間這入るものぢやない。日天様のカンカンお照り遊ばした時、公然と不在宅へ大勢連れで、近所の人にワザと用がある様な顔して這入るのが奥の手だ。お前さまも随分鍛練したものだなア。実に感心致しますワイ。永らく泥棒をやつて居つた蜂……オツトドツコイお方と見えて、中々肝玉が据わつて居るワイ』 高姫『的切りお前は泥棒商売をやつて居つた奴に違ひない。さうでなければそんな秘訣が分る筈がない。玉隠しの玉能姫に従く様な奴だから、ようしたものだ。類は友を呼ぶと云つて玉盗人の家来だから、キツト泥棒しとつたに違なからう。日の出神の目で睨んだら間違はあるまいがな』 蜂公『ハイ、どうも若い時から何々を商売にやつて居つたものだから、何れそんな臭気がするかも知れぬが、今日は清浄潔白、水晶魂の真人間だから、あまり昔の事を言つて、過越苦労をせぬ様にして下さい』 高姫『ハヽヽヽ、ヤツパリ泥棒上りぢやな。泥棒と聞く以上は、折角の水晶魂が泥に汚されては大神様に申訳がない。サア貫州、武公、清公、鶴公、妾に従いて来なさい、グヅグヅして居ると、お前達も折角身魂の垢が除れかけた所、又逆転して泥まぶれになると険難だから……、サアサア早く妾に従いてお出でなさるが宜からう。コレコレお節、お前は良い家来が出来ました。後でゆつくりと、三人三つ眼になつて、此世を紊す御相談でもなさるが性に合うて居りませうぞい。オホヽヽヽ』 と嘲り笑ひ乍ら、早くも此場を見棄てて森の彼方へ姿を隠す。四人は心無げに従いて行く。高姫は生田の浜辺に着いた。四五艘の舟の中に玉能丸と書いた船を見つけ、 高姫『ハハア、此奴は何でも宝を隠しに行きよつた時に使用つた船らしい。他人の船に乗つて行けば泥棒になるが、此奴ア同じ三五教の所有の船だ。そして又隠しよつた船に乗つて探しに行くのは縁起がよい。コレコレ貫州外三人、早く船の用意をなさつたがよからう』 かかる所へ二三人の船頭現はれ来り、 船頭『コラコラ何処の奴か知らぬが、俺達の監督して居る船を、自由にどうするのだ』 高姫『コレはお前達の船かな』 船頭『俺の船ではないが、監督を頼まれて居るのだ。生田の森の玉能姫様の所有船だ。毎月一遍づつ此船に乗つて島へ行かつしやるのだよ』 高姫『大略何日程往復にかかつて、玉能姫様は帰つて来られるかな』 船頭『早い時は日帰りの事もあり、風波が悪いと三日もかかられる事がありますワイ』 高姫『さうするとお前さんの考へでは、どこらあたり迄往く様に思ふかな』 船頭『マアさうだな、家島辺りだらう。俺達も風波の良い日は家島へ往復するが、恰度一日のよい航程だから、何でも家島辺に結構な神様があつてそこへお参詣なさるのだらう』 高姫『同伴者は何時も何人位あるのかな』 船頭『あの人は綺麗な別嬪の癖に、自分一人で艪を漕いで、此荒波を渡つて行くのだから、吾々船頭仲間も偉い女だ、神様の様な人だと云つて呆れて居るのだ』 高姫は舌を巻いて、 高姫『なんと偉い奴だなア。併し宝の隠し場所は何でも其辺に違ない。あゝ好い事を聞いた。あゝこれで前途が明かるくなつた様な気がする。船頭さま、お前一つ御苦労だが家島までやつて呉れぬか。此船に乗つて……』 船頭『なんと仰有りましても行きませぬ。お前は三五教の宣伝使でせう。笠の印にチヤンと現はれて居る。三五教の宣伝使が来たら、何と言つても渡す事はならぬと、今聖地へ往つて偉い者になつて御座る杢助さまや、玉能姫さまから頼まれて居るのだから、何程金をくれても出す事は出来ませぬワイ』 高姫『何と云つても、行つて呉れませぬか』 船頭『船頭仲間にもヤツパリ一種の道徳律がありますから、そんな、約束を破らうものなら、竜神さまに如何な罰を被るか分つたものぢやない。船頭は誰も彼れも貧乏人ばつかりだが、併し乍ら金銭の為に動く奴は一人も無い。そんな事は何程頼んでも駄目だ。オイ源州、金州、早く取締の宅まで往かう。グヅグヅして居ると又叱責を言はれるからなア』 金州『オウさうだ。急いで行かう。……オイオイ女宣伝使、決して此船に指一本触へてはならぬぞ』 高姫『アヽ仕方がない。そんなら妾も帰らうかなア』 と四人に目配せし乍ら、生田の森の方面指して走り行く。三人の船頭はヤツと安心し乍ら此場を立去つた。 高姫『オツホヽヽヽ、どうやら船頭の奴、安心して帰つて行きよつたらしい、サアお前達、是れから玉能丸に乗込み、一生懸命に家島に向つて漕ぎ出すのだ』 とクレツと踵を返し、浜辺に駆けつけ手早く綱をほどき、艪を操り櫂を漕ぎ乍ら、黄昏の空を暗に紛れて力限り走り行く。暫くあつて、玉能姫は船頭の報告に依り、二人の男を引連れ浜辺に来て見れば、玉能丸は既に見えなくなつて居る。玉能姫は、 玉能姫『アヽ失敗つた。高姫一派の者、宝の所在を嗅つけ船に乗つて往つたのに違ひない。コラ斯うしては居られぬ。我船はなくとも後から断りを言へば良いのだ。サア虻公、蜂公、用意をして下さい。一刻も猶予はなりませぬ』 虻公『此暗いのに船を出した所で方角も分りませぬ。明日になさつたら如何ですか』 玉能姫『イヤ一刻も猶予はなりませぬ。サア早く用意をなされ。一刻遅れても一大事だから……』 虻公『私は船を操つた事は、生れてから有りませぬ。蜂公と云つても其通り、如何したらよからうかな』 玉能姫『そんならお前達は、又高姫一派が不在宅へやつて来ると困るから、早く帰つて留守番をして下さい。妾の帰るのが仮令一日や二日遅くなつても心配せずに、神妙に留守して居て下されや』 虻公『貴女は如何なされますの』 玉能姫『アヽどうでも宜しい。早く帰つて下さい』 蜂公『それでも貴女の御行方を承はつて置きませぬと困りますから……』 玉能姫『妾は家島へ行くのだ』 と云ふより早く艫綱を解き、櫓を操り、星のキラめく海面を、矢を射る如く辷り出した。二人は是非なく館へ帰り行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七松村真澄録)
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(1829)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 11 難破船 第一一章難破船〔七二三〕 心の空も高姫が四人の供を伴なひて 三つの宝の所在をば探らにや止まぬ闇の夜の 大海原を打ち渡り心の駒の狂ふまに 家島を指して進み行く其目的は玉能丸 玉の行方を探らむと操るすべも白浪の 上を辷つて進み往く四人の男は汗脂 滝の如くに搾りつつ浪のまにまに漂ひて 遂に進路を取り外し心も淡路の島影に かかる折しも暗礁に船の頭は衝突し 忽ち浪に落ち込みて九死一生の憂目をば 見ながら心は何処迄も執念深き高姫が 宝探しの物語褥の船に横たはり 心の海に日月の浮かぶまにまに述べ立つる 瑞月霊界物語底ひも知れぬ曲津神 神の仕組の荒浪をときわけかきわけ進み行く アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 高姫は首尾よく三人の船頭をまき散らし、一行五人意気揚々として闇の海原を漕ぎ出した。浜辺の明火は漸く遠ざかり眼に映らない迄になつて来た。高姫は鼻蠢かしながら、 高姫『アヽ皆の者、御苦労であつた。モウ斯うなれば大丈夫、滅多に後から追ひかけ来る気遣ひもあるまい。仮令来た所で宝の所在を探つた以上は、そつと此船に積み込み、廻り道をして帰つて来れば好いのだ。さうして其玉は、此高姫の腹の中に呑み込んで置けば、誰が来たとて取られる気遣ひはない。オホヽヽヽ、待てば海路の風が吹くとやら、時節は待たねばならぬものだ』 貫州『モシモシ高姫様、貴方は既に已にお宝が手に入つたやうな事を仰有いますな、取らぬ狸の皮算用では御座いますまいか』 高姫『何大丈夫だよ、何と云うても日の出神の生宮が睨んだら間違ひはない。言依別の教主や、杢助、玉能姫の連中が嘸や嘸アフンとする事であらう。其時の顔が今見るやうに思はれて可愍いやうな心持がして来た。お天道様の御守護ある証拠には、今夜に限つてお月様も現はれず、星ばかりの大空、いつもからあの玉が欲しい欲しいと思つて居た故か、今日の星の光はまた格別だ。何と云つてもあれ丈け天道様が星々と云つて、沢山に睨んで御座る天下の重宝だから、手に入れば大したものだ、誰が何と云うても玉を呑んだ以上は聖地へ帰り、高姫内閣を組織し、お前達を幕僚に任じてやる考へだから、勇んで船を漕いで下されや』 貫州『余り気張つたものですから、私のハンドルは知覚精神を喪失し、最早用をなさないやうになつて仕舞ひました』 高姫『エヽ、今頃に何と云ふ心細い事を云ふのだい。兎の糞で、長続きがしないものは、到底まさかの時に間に合ひませぬぞ。ここは一つ千騎一騎の場合、伸るか反るかの境目だから、些と腕に撚りでもかけて噪ぎなされ』 鶴公『オイ貫州、お前もさうか、俺も何うやら機関の油が切れたやうだ。腕も何もむしれさうになつて仕舞つた』 清公『俺もさうだ』 高姫『まだこれから長い海路だのに、明石海峡前でくたばつて仕舞つては仕方が無いぢやないか。ちと確りと性念を据ゑてモ一働きやつて貰はねば、三千世界の肝腎要の御用は勤め上りませぬぞえ。出世が仕度くば今気張らねば、後の後悔間に合ひませぬぞ。三千世界に又とない功名を現はさうと思へば、人のよう致さぬ事を致し、人のよう往かぬ所へ往つて来ねば真の御神徳は頂けませぬ。サア皆さま、先楽しみにもう一気張りだ』 貫州『斯う腕が抜けるやうに怠くなつて来ては損も得も構うて居れますか。欲にも得にもかへられませぬ今晩の苦しさ、こりや何うしても神様のお気に入らぬのかも知れませぬぜ。何とは無しに心の底から恐ろしくなり、大罪を犯すやうな気がしてなりませぬワイ。一つ暗礁にでも乗り上げやうものなら忽ち寂滅為楽、土左衛門と早替り、竜宮行きをせなならぬかも知れませぬ。何うでせう、風のまにまに、浪のまにまに任せ、皆の者が休まして貰つたら、又元気がついて働けるかも知れませぬ』 高姫『一刻の猶予もならぬのだから休む事は絶対になりませぬ』 貫州『アヽ、何程休まずに働かうと思つても、肝腎のハンドルが吾々の命令に服従しないのだから仕方が無い。高姫さま、貴女一つ漕いで御覧、さうしたら吾々の辛い事が味ははれませう。人を使はうと思へば、人に使はれて見なくては部下の苦痛が分りませぬからなア』 高姫『お前は何の為について来たのだ。生神様に船を漕げと云ふのか、そりや些と了見が違ひはせぬかの。高姫が船が使へるのなれば、誰がこんな秘密の御神業に、お前達を連れて来るものか。船を漕がすために連れて来たのだから、そんなに気なげをせずに一つ身魂に撚をかけて気張つて下さい。その代りこの事が成就致したら、立派にお礼を申しますから』 鶴公『お礼も何も入りませぬ。我々は手柄したいの、名が残したいの、人に誇りたいのと云ふやうな、そんな小さい心は持ちませぬ。何時も貴女は口癖のやうに、此事が成就致したら出世さすとか、お礼を申すとか、万劫末代名を残してやるとか、神に祀つてやらうとか仰有いますが、第一そのお言葉が気に喰ひませぬワイ。そんな名誉や欲望に駆られて神様の御用が出来ますものか。我々は手柄がしたさに貴女について来て居るやうに思はれては片腹痛い。何だか自分の良心を侮辱されたやうな気がしてなりませぬ。何卒これからそんな子供騙しのやうな事は云はぬやうにして下さい。たらだとか、けれどとかの語尾のつく間は駄目ですよ。そんな疑問詞は根つから葉つから腹の虫が承認致しませぬ』 高姫『お前はそんな立派な事を口で云うて居るが、心の底はさうぢやあるまい。名誉心のない奴はこの広い世界に一人だつて有らう筈がない。赤裸々に腹の底を叩けば、誰だつて手柄が仕度いと云ふ心の無い者は有るまい。日の出神の生宮だつて矢張名誉も欲しい、手柄もしたい、これが偽らざるネツトプライスの告白だ。皆の者共、それに間違ひはあるまいがな、オホヽヽヽ』 一同『エヽさうですかいな』 とのかず触らずのやうな、あぢな味噌を嘗めた時のやうに、せう事なしに冷淡な返事をして居る。一天俄に墨を流せし如く掻き曇り、星影さへ見えなくなつた。忽ち吹き来る颶風に山岳の如き浪立ち狂ひ、玉能丸を毬の如くに翻弄し始めた。何時の間にか船は淡路島の北岸近く進んで居たと見え、島の火影は幽かに瞬き始めた。高姫は其火光を目当に船を漕げよと厳命する。四人は最早両腕共萎へて艪櫂を操縦する事が出来なくなつて居た。船は忽ち暗礁に乗り上げたと見え、船底はバリバリバリ、パチパチパチ、メキメキメキと大音響を立てて木端微塵となり、高姫以下は荒波に呑まれて仕舞つた。 玉能姫は甲斐々々しく襷十文字に綾取り、艪を操りながら高姫が後を追ひ進み来る折しも、俄の颶風に遇ひ淡路島の火影の瞬きを目当に辛うじて磯端に安着し、夜明を待つ事とした。風は歇み雲は散り、忽ち紺碧の空に金覆輪の太陽は、山の端を覗いて海面に清鮮なる光を投げ、鴎の群は嬉々として東西南北に浪の上を翺翔して居る。漁夫の群と見えて四五の小さき帆掛船は遥の彼方に見えつ隠れつ太陽に照されて浮いて居る。 玉能姫は東天に向ひ祝詞を奏上する折しも、傍より呻吟の声が聞えて来る。怪しみながらよくよく見れば、波に打ち上げられた五人の体、人事不省の態にて『ウンウン』と唸り声のみ僅に発して居る。近より見れば、高姫一行であるに打驚き、色々と介抱をなし鎮魂を修し、魂寄せの神言を唱へ漸う五人を蘇生せしめた。玉能姫は高姫の背を擦り乍ら、 玉能姫『確りなさいませ。気が付きましたか』 と優しき声にて労はる。高姫は初めて気がつきたるが如く、 高姫『アヽ何れの方か存じませぬが、危い所をお助け下さいまして有難う御座います。是と云ふのも全く日の出神様が、貴女にお憑り遊ばして助けて下さつたのに違ひありませぬ。アヽ外の者は何うなつたか』 玉能姫『高姫様、御心配なされますな、皆妾が御介抱申し上げ、漸う気がつきました。大変なお疲れと見えて横になつて此処に居られます』 高姫『妾の名を知つて居る方は何れの御人だ』 とよくよく見れば玉能姫である。 高姫『ヤアお前は玉能姫かいナア、ようまア来られました。夜前の荒浪に唯一人船を操つて、この大海原を渡るなどとは偉い度胸の女だ。さうしてお前は妾を助けて、高姫の頭を押へる積りだらうが、さうはいけませぬぞえ』 玉能姫『イエイエ滅相な事、どうして左様な野心を持ちませう。どこ迄いても玉能姫は玉能姫、高姫は高姫で御座いますもの』 高姫『何と仰有る。玉能姫は玉能姫と云うたぢやないか。要するにお前はお前、私は私と云ふ傲慢不遜なお前の了見、弱味に付け込んで同等の権利を握つたやうな其口吻、どうしても日の出神は腑に落ちませぬ。お前に助けて貰うたと思へば結構なやうなものの、余り嬉しうも無いやうな気が致しますワイ。オヽさうぢやさうぢや、日の出神様が玉能姫の肉体を臨時道具にお使ひなさつたのだ。……アヽ日の出神様、よう助けて下さいました。玉能姫の如き曇り切つた身魂にお憑り遊ばすのは、並大抵の事では御座いますまい。御苦労様お察し申します。……コレコレ玉能姫、唯今限り日の出神様はこの生宮へ憑り替へ遊ばしたから、決して決して此後は私の真似をして日の出神の生宮だなんて、そんな野心を起してはなりませぬぞ。チツト嗜みなされ』 玉能姫『何は兎もあれ、日の出神様のお蔭で大切な生命をお助かり遊ばして、お目出度う御座います』 高姫『そりや貴女、嘘でせう。死ねば良いのに何時迄もガシヤ婆が頑張つて夫婦の仲を邪魔を致す奴、お目出度いと云ふのは口先許り、真実の心の底は大きにお目出度うありますまい、オホヽヽヽ』 玉能姫『それは何と云ふ事を仰有います。暴言にも程があるぢやありませぬか』 高姫『定つた事よ。言依別の教主や杢助等と腹を合せ、此生宮に蛸の揚壺を喰はせ、面目玉を潰させ、高姫を進退維れ谷まる窮地に陥れたお前、どこに私が助かつたのが目出度いと云ふ道理が御座んすかいな。阿諛諂佞、巧言令色至らざる無き貴女方には、高姫も心の底よりイヤもう感心仕りました。それだけの悪智慧が廻らねば大それたあんな大望は出来ますまい』 玉能姫『妾が此処へ来なかつたら、貴女は既に生命の無い処ぢやありませぬか。生命を助けられ乍ら、余りと云へば余りのお愛想尽かし、妾も実に感心致しました』 高姫『それはお前何と云ふ口びらたい事を云ふのかい。天道は人を殺さずと云つて、日の出神様の生宮、どんな事があつても神様が救ひ上げてお助けなさるのは必定だ。万々一此高姫が溺れて死ぬ様な事があつたら、それこそ三千年の変性男子のお仕組が薩張水の泡になつて仕舞ふぢやないか。此世の中を三角にしようと四角にしようと餅にしようと団子にしようと、自由自在に遊ばす大国治立大神様は、そんな不利益な事を遊ばす筈がない。仮令お前が来なくてもあれ御覧なさい。沢山の漁船が浪の上を往来して居るぢやないか。世界に鬼は無いと云ふ。見ず知らずの赤の他人でも人が困つて居れば助けたうなるものぢや。人を助けた時の愉快さと云うたら譬方の無いものだ。お前さまは赤の他人とは云ひ乍ら矢張り曲りなりにも同じ神様のお道の懐にくつついて居る虱のやうなものだ。虱の分際として、霊界物語第五巻の総説ぢやないが、広大無辺の大御心が分つて耐りますかい。暫しの間でも私を助けてやつたと夢見たときの愉快さは、何とも云はれぬ感がしただらう。仮令刹那の愉快でも此高姫があつたらこそ、そんな結構な目に遇うたのだ。サアサア早く日の出神の生宮に感謝なさいませ。アヽ神様はお恵が深いから、こんな玉隠しの身魂にさへも喜びを与へて下さるか。思へば尊い御神力の強い日の出神様。杢助や玉能姫に守護して居る神様は、此高姫に対し一度も束の間も嬉しいと云ふ感を与へて呉れた事はない。その筈だ、何を云うても素盞嗚尊の悪の一番醜い時の分霊が守護して居るのだから、注文するのが此方の不調法だ、オホヽヽヽ』 とそろそろ元気づいて来るに従ひ、再び意地くねの悪い事を捏ね出したり。 玉能姫『貴女、船はどうなりました』 高姫『オホヽヽヽ、船が残る位なら誰人が海へはまるものか。お前も思ひの外智慧の足らぬ事を云ひなさるな。あの船にはエラさうに玉能丸と印が入れてあつたが、決してお前の船ぢやありますまい。三五教の神様の御用船だ。それを僣越至極にも自分の船のやうに思ひ、玉能丸なんて記した所を見れば、心の中には既に既に船一艘窃盗して居つたのだ。お前併し乍らこれも神様の深いお仕組かも知れませぬ。玉能姫の名のついた船が暗礁に衝突かつて木つ端微塵になつたと思へばオホヽヽヽ、心地よい事だ。この船がお前の前途の箴をなして居るのだ。余り慢心をして我を張り通すと又此船のやうに暗礁に乗り上げ、破滅の厄に遇はねばなりますまい。大慈大悲の日の出神が気をつけて置くから云ふ中に改心をなさらぬと、トコトンのどん詰りになつて地団駄踏んでも後の祭、誰も構うては呉れませぬぞエ。……コレコレ貫州、皆々好い加減に起きて来ぬかいな、男の癖に何を弱つて居るのだ』 貫州『いやモウ余り感心致しまして立つ事が出来ませぬワ。ナア鶴公、お前も感心しただらう』 鶴公『さうともさうとも、四人共揃つて感心した。生命を助けて貰うて置きながら、竹篦返しの能弁には俺達も開いた口が塞がらぬワイ。ナア玉能姫様、貴女の御精神には心から感心致しました。ようマア生命を助けて下さいました。お腹が立ちませうが狂人の云ふ事だと思つて何卒勘弁してやつて下さいませ。海の向ふに須磨の精神病院が御座いますから、其処へお頼み申して監禁して貰ひますから、どうぞそれ迄御辛抱を願ひます。生命の親の玉能姫様、アヽ惟神々々』 高姫『コラコラ鶴、貫、何を云ふのだ。生神様に対して狂人とは何と云ふ不心得の事を云ふのだ。そんな事を申すと今日限り師匠でもないぞ、弟子でもない。破門するからさう思へ』 鶴公『捨てる神もあれば拾ふ神もある。世の中はようしたものだ。私は唯今限りお前さまに愛憎が尽きたから、玉能姫様のお弟子にして頂きます。否々生命の親様、孝行な子となりて尽します。高姫さま、長らく御心配をかけさして下さいました。私も是で四十二の厄祓ひ、家内中綺麗薩張煤払ひをしたやうな気分になりました』 高姫は面を膨らし目を剥いて睨み付けて居る。 玉能姫『四人のお方、貴方方は何処迄も高姫様の御教養をお受下さいませ。妾は他人様の弟子を横取りしたと云はれましては迷惑で御座います。断じて弟子でもなければ親子でもないと思うて下さい』 鶴公『そりや貴女御無理です。何と仰有つても私の心が高姫様を離れて、貴女に密着して仕舞つたのだから、何彼の因縁と諦めて下さいませ。お許しなくば貴女に助けて貰うた此生命、綺麗薩張り身を投げてお返し致しますから』 玉能姫『貴方方のお心はよく承知致しました。併し妾を助けると思うて断念して下さい。それよりも一時も早く妾の船に高姫様をお乗せ申して帰りませう』 一同『ハイさう致しませう』 と言葉を揃へて頷く。 高姫『お前等は御勝手に乗つて帰りなさい。私は玉能姫に助けられる因縁が無いのだから。あの通り沢山の船、此処に待つて居れば何処かの船が来う。それに沢山の賃銀を与へれば何処へでも乗せて往つて呉れるから、お節惚けのお前達はどうでも勝手にするがよいワイのう。私は一つの目的を達する迄帰らないから、お前達は玉能姫と一緒に帰りなさい』 鶴公『アヽ、こんな目に遇うても貴女は矢張り執着心が退かぬと見えますな。家島とか神島とかへ行つて宝を呑んで来る積りでせう』 と聞くより高姫は癇声を張り上げ、 高姫『構ふな、お前達の知つた事かい』 と呶鳴りつけた。 此時一艘の漁船矢を射る如くに此場に寄り来り、 船頭『夜前は大変な暴風雨だつたが、茲に一艘の船が毀れたと見えて板片が残つて居る。大方お前等は難船したのだらう。サア私の船に乗つて向ふへ帰らつしやい、賃銀は幾何でもよいから』 高姫『アヽ流石は神様だ。お前は偉いものだ。サア私を乗せて下さい。賃銀は幾何でも上げるから』 船頭『見れば此処に船が一艘着いて居るが、是は誰の船だな』 高姫『あれかいな、あれは此処に居る連中の船だ。最前から乗せて呉れと云つて頼んで居るのに、根つから乗せてやらうと云はぬのだ。エグイ奴があればあるもの。……よう来て下さつた。サア乗せて貰はう』 船頭『サアサア乗つて下さい。コレコレお前さま達、なぜこの婆アを乗せてやらぬのだ。腹の悪い男だなア』 鶴公『船頭さま、この婆アは一寸気が違うて居るから何云ふか分りませぬ。最前からこの船に乗りなさいと云ふのに、自分から乗らないと頑張つて、駄々をこね、あんな事を云ふのだから仕方が無い。お前さま、要心して須磨の精神病院へでも送つてやつて下さい。途中海へでも飛び込むと大変だから、綱かなんかで、がんじ搦めに縛つて船の中の荷物で押へて置かぬと耐りませぬぜ』 高姫『こりや鶴、恩知らず奴、何と云ふ事を云ふのだ』 と睨め付け、 高姫『サア船頭さま、早くやつて下さい。サア早く早く早く』 船頭『ハイ、左様なら何処へでもお供致しませう』 と、艪を取り、西に向つて漕いで行く。 玉能姫は四人の男を吾船に乗せ、自ら艪を操りながら高姫の船を目蒐けて追うて往く。 (大正一一・六・一二旧五・一七加藤明子録)
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(1831)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 13 捨小舟 第一三章捨小舟〔七二五〕 高姫一行を包みたる濃霧は、暫くにして消散し、四辺は元の如く明るくなつて来た。玉能姫の行衛は如何にと、高姫以下血眼になつて探し廻せど、何の影もなく終には、船着場迄一行ゾロゾロやつて来た。見れば玉能姫の乗つて来た船も高姫の船もない。高姫は地団太踏んで口惜しがり、 高姫『アヽ残念、口惜しやな、お節の奴、濃霧を幸ひに三つの宝を掘出し、船に乗つて逃げ帰つたか。それにしても残念なは船迄どうやら持つて帰つたらしい。まるで島流しに遭はされた様なものだ。……コレコレ東助さま、第一お前が気がきかぬからだ。船頭は船にくつついて居れば好いのに、職責を忘れて宣伝使の様に山に登つて来るものだから、こんな目に逢うたのだ。サアどうして下さる』 東助『どうして下さるもあつたものかい。大切な商売道具を盗られて仕舞つて手も足も出し様が無い。帰る訳にも行かず、第一お前が此んな所へ謀反を起して遣つて来るものだから、神罰が当つたのだ。サア俺の船をどうして呉れる』 高姫『ヨウマアそんな事が言へたものだ、大切なお客を連れて来ながら、船を盗られてどうするのだ。大方お節の奴と腹を合はし、日の出神を斯んな所へ押込める計略をして居つたのだらう。油断も隙もあつたものだ無い』 東助は大いに怒り、 東助『女と思ひ柔かく申せば、無体の難題、此東助は貴様の如き悪人ではない。正直一方の名の通つた船頭だ。男の顔に泥を塗り居つたなア。モウ量見致さぬ覚悟をせい』 高姫頤をシヤクリ乍ら、 高姫『オホヽヽヽ、何程力が強くても、此方は五人、お前は一人、到底駄目だよ。それよりも綺麗薩張白状したらどうだ』 東助『白状せいと云つたつて知らぬ事が白状出来るかい。余り馬鹿にするない』 高姫『オホヽヽヽ、アノ白つぱくれようわいのう。知らぬかと思うてツベコベと其弁解、余人は知らぬが、人の心のドン底迄見透かす御神力の高い、日の出神を誤魔化さうとはチツト虫が好過ぎるぞ。お前は玉能姫にいくら金を貰うた。うまい事をやつたな』 東助は余りの腹立たしさに、物をも言はず唇をビリビリ振はせ、拳を握り無念の涙に暮れて居る。高姫は、 高姫『さうだらう、言ひ訳があるまい。何程弁解を巧に致しても、神の前では言霊は使へまいがな。お前も大勢の前で化けの皮をむかれ残念であらうが、それが自業自得だ。つまり己があざのうた縄で己が首を絞たも同然、ほんにほんに可愛相なものだ。悪の企みは到底成就せぬといふ事が分つただらう。淡路島で難船した時に時間を見計らひ、ノソノソ遣つて来て此高姫をだまし込み、甘くやらうと考へたのも水の泡、忽ち日の出神の眼力に看破され、其態は何んだ。大きな男の癖に、メソメソと吠面かわき見つともない。何れは玉能姫と同類だから、玉の隠し場所も知つて居る筈だ。どうだお前、玉能姫は玉を持つて帰つたであらうがな』 東助は口許を痙攣させ乍ら、 東助『シヽ知らぬワイ、バヽ馬鹿にするな』 と漸う奇数的に癇声を出して呶鳴つた。 高姫『シヽ知らぬぢや無からう。シヽしぶといワイ。バヽ馬鹿にするないと言つたが、お前の方から日の出神を馬鹿にしようとかかつて馬鹿を見たのだから仕方があるまい』 貫州『モシモシ高姫さま、肝腎の船が無くては、どうする事も出来ないぢやありませぬか。そんな話は次の次にして、先決問題として船の詮索から掛らなくては、我々安心が出来ないぢやありませぬか』 高姫『オホヽヽヽ、お前は年が若いから心配するのだが、玉能姫の同類東助の居る以上は屹度人を替へて、素知らぬ顔して船を持つて来るに違ひない。其時は手早く東助奴其船に飛び乗り、一目散に逃げ帰る計略、今度船が来たら必ず必ず東助を放してならぬぞ。此奴が乗つたら此方も一緒に帰るのだから、お前等四人は此奴の見張りをして居つて呉れ。そうして船が来たら此中から一人妾を迎ひに来るのだ。それ迄船も船頭も取つ捉まへて放す事ならぬぞや』 と云ひ捨て山上目蒐けて足早に登り行く。後に五人の男は磯端に座を占め、広き海面を眺めて呆気た様な顔をして居る。東助はやうやう心柔いだと見えて、そろそろ喋べり出した。 東助『オイお前達、俺を高姫とやらが言うた様な悪人だと思ふのか。俺は肝腎の商売道具を盗られて仕舞ひ、其上に思はぬ難題を吹き掛られ、こんな引合はぬ事はあつたものぢやない。本当に災難と云ふものは何時来るか分らぬものだワイ』 貫州『俺も別にお前を悪人の様には思はぬが、高姫の大将がアー言ひ出したら全然り気違ひだから、メツタに口答へは出来ないので黙つて辛抱して居たのだが、お前の様子といひ顔色と云ひ、全く玉能姫と腹を合はして居る様な男でないと思ふ』 東助『アヽ好う言うて呉れた。それで俺も一寸安心した。皆さまは如何いふ御感想を持つて居られますか、腹蔵なく言つて下さい』 三人一度に、 三人『貫州の云つた通り、どうもお前が悪いとは思はれないよ。本当にエライお災難だ、御同情申し上げる。何分あの大将はあの通りだから困つてしまふ。玉能姫が逃げて帰ぬ際に、船を何処かへ流し居つたのは憎らしいが、併し乍ら今高姫に捨てられては鼻の下は忽ちだからなア』 東助『皆さま、そんな心配は要らないよ。私は淡路島の者だが、お前方の三人や五人は幾日遊んで食つて居つても、滅多に俺の家は潰れはせぬ。斯うして俺は船頭が好きでやつて居るものの、淡路島で第一等の物持の主人公だ。様子あつて船頭はして居るが普通の駄賃取りの船頭とはチツと違ふのだ。お前の身の上は俺が引受けてやるから心配するな』 鶴公『それは有難い、然し本当か』 東助『本当でなうて何とせう。昔から正直者の名を取つた東助とは俺の事だ。男が仮りにも嘘を言へるものかい』 鶴公『さう聞けばさうかも知れぬな』 と話し居る所へ風の吹き廻しにて一旦沖へ流されて居た東助の持船は、ダンダンと此方に向つて近づいて来るのが目に付いた。東助は手を拍つて、 東助『アヽ嬉しい、風のお蔭で流れて居つた船が、ドウヤラ此方へ流れて来さうだ。皆さま、喜びなさい』 四人は立つて海面を眺めながら、風に吹かれて近より来る船を見て、思はず手を拍ち『ウローウロー』と叫び居る。 東助『最早此方のものだ。俊寛の島流しも、ドウヤラ赦免の船が来た様だ。サア兎も角帰らねばなるまい。此んな処に長居をして居れば、又最前の様に濃霧に包まれ神罰を蒙るか分つたものではない。……これ貫州さま、早く高姫さまを呼んで来て下さい、船の用意をするから』 貫州『オイ鶴公、清公、武公、確り船を捉まへて東助さまを気を付けよ。俺は急いで大将を呼んで来るから』 東助『アハヽヽヽ、滅多に逃げて帰りも致さぬ。安心して此山中を探して来なさい。待つて居るから……併し我家に帰つて……』 と小声にて後を付けた。貫州は一目散に勇んで高姫に報告す可く森林へ上り行く。船は磯端に漸く寄つて来た。東助は拍手しながら、 東助『アヽ、船神様、有り難う御座います。サアサ三人の方々乗つたり乗つたり』 鶴公『高姫さまと貫州はまだ見えませぬから、一寸待つてやつて下さいな』 東助『待つてはやるが家に帰つて待つ事にせう。サア乗つたり乗つたり』 鶴公『ハヽヽヽヽ、矢張両人は島流しだな。アーそれもよからう。何分にも日の出神が憑いて御座るから滅多な事はあるまい。マアとつくりと御修業が出来てよからう』 と云ひ乍ら四人はひらりと船へ飛乗り、艪をギクギクと漕出し始めた。猜疑心深き高姫は最前より、傍の森林に身を潜め、一同の話を窺ひ聞いて居たが、コリヤ大変と貫州を誘ひながら磯端に走り来り、 高姫『コレコレ東助さま、お前は何処へ行くのだ。妾をどうする積りだい』 東助『何処へも行きませぬ。淡路の洲本迄帰るのだ』 高姫『そら約束が違うぢやないか。チヨツと船を此方へ着けて下さい。妾も乗つて帰らねばならぬから、そんなことをなさると今迄の賃銀は払ひませぬぞ』 東助『賃銀を取つて生活して居る東助とはチツと違ふのだ。私はこう見えても淡路島第一の財産家だ。船頭は道楽でやつて居るのだから、賃銀なぞは此方から平にお断り申します。金が欲しけりや幾程でも此方からやるワ。マア緩くりと此島でお二人さま、修業なさいませ』 と又もや艪を漕ぎ出す。高姫は声限り、 高姫『コレコレそんな無茶な事がありますか。天罰が当りますぞ』 東助『天罰の当つたのはお前ら二人だ。余り精神が良くないから、修業の為めに残して置くのぢやから、有難く思ひなさい。……コレコレ鶴公、清公、武公、お前達は私の船に助けてやつたのだから、一挙一動、私の云ふ様にするのだよ』 三人は声を揃へて、 三人『承知しました、何分宜敷く御指導を願ひます』 貫州『オーイオーイ東助さま、そりや余りぢや、一遍船を此方へ着けて下さい』 東助は舌をペロツと出す、三人も顔を見合はして同じく舌をペロツと出す。 東助『折角だが今日は荷物が多いからお断り申しませうかい。此上罪の多い人間が乗ると沈没すると迷惑だからなア』 三人一度に口を揃へて、東助の言葉其儘を繰返す。東助は何の頓着もなく艪を漕ぎ、声も涼しく船歌を唄ひながら追々島に遠ざかり行く。高姫、貫州の二人は磯端に地団太踏んで『オーイオーイ』と呼んで居る。東助は、 (追分) 東助『家島立ち出で、神島越えて、向ふに見ゆるは淡路島』 (同上) 東助『誠明石の、海峡よぎり、洲本の我家へ帰ります』 (同上) 東助『後に残りしお二人の、高姫さまや貫州は、鬼界ケ島の俊寛か。どうして月日を送るやら』 と唄ふ声、海風に送られて両人の耳に入る。二人は狂気の如く猛び狂ひ騒ぎ廻れども、何んと船影泣く涙、トボトボと力なげに深林の中に薄き影を隠すのであつた。後に残された高姫は捨て鉢気味になり、芝生の上に身を投げる様に横たはりながら、足をピンピン動かし、 高姫『コレコレ貫州、お前は余程イヽ頓馬だな。アレ丈け噛んで呑む様に言うて置いたのに、人の言ふ事を尻で聞き居るから、天罰が当つて、こんな目に逢はされるのだよ。是れから妾の云ふ事を素直に聞くのだよ』 貫州『天罰は御同様だ。貴女も矢張り此んなに置いとけ放りを食はされたのは、何か深い罪があるからでせう。私は貴女の罪の巻添へに逢うたのです。誰を恨める所もない、只高姫さまを恨む計りだ』 高姫『誠水晶の日の出神に罪があつて堪りますか。つまりお前の罪の巻添へに遭うたのだ。それだから神様が何時も水晶の身魂は、汚れた者と一緒に置くと総損ひになると仰有るのだ。これを折にスツパリと改心をなされ。さうして日の出神様に絶体服従をするのだよ』 貫州『此んな人影もない島に捨てられる様な日の出神さまも、頼りない好い加減なものですなア』 高姫『お前は何ぞと云うと、直に日の出神のわざの様に云ひなさる。それが第一慢心といふものだよ』 貫州『貴女の御説教は何時も隔靴掻痒とか言つて徹底せず、恥を掻き、あたまを掻き、人には靴靴笑はれ、痛かゆい様な気がしていけませぬワ』 高姫『動中静あり、静中動あり、千変万化、自由自在の神様の御経綸、虱の放いた糞にわいた虫の様な人間が、苟くも天地の御先祖様の御事に対し、ゴテゴテ小言を云ふ資格がありますか。況んや広大無辺の御神徳の備はり給ふ日の出神の生宮に於てをやだ。モウ是限り日の出神様に対し、不足がましい事は言はぬが宜しいぞや』 と肩を斜めに揺りながら、四辺の雑草を蹴散らす様な足つきで、ピンピン尻振りつつ坂路を上つて行く。貫州も是非なく二三間遅れて不性無精に従いて行く。高姫は怒り心頭に達し、益々肩をくねりくねりと互ひ違ひに揺り乍ら、見向きもせず山上目蒐けて上つて行く。貫州は後より独語、 貫州『アヽ今年は何んとしてこんな年廻りが悪いだらうか。力に思ふ高姫さまは伊勢蝦の様にピンピンとはねなさる、船には見棄てられる。こらマア何うなるのであらうかなア。…アー此処に枝振の好い松の木がニユーツと出て居る。一つ一思ひに徳利結びをやつて、一はねプリンプリンと出掛けやうかな。アヽ何うなり行くも因縁だ』 と帯を解き徳利結を拵へ、松の木の枝よりプリンと下つた。此物音に高姫は後振返り見てびつくりし、周章しく七八間駆戻り、貫州の体躯に取付き、 高姫『コレコレ貫州、何といふ短気な事をして呉れた。此島に放り残され、力と頼むお前に死なれては、どうして此高姫がたまらうか。何といふ情ない事をするのだいなア……』 貫州はポイと飛んだ拍子に灌木の枝に足がツンと引つ掛かり、首も締らず少しの痛さも感じなかつた。されど心の内に『エー序だ、高姫の我を折つて遣らねばなるまい』と態と細いイヤらしい声を出し、 貫州『アーア恨めしや、私は高姫様の余り我が強いので、度々御意見をするのだけれどもチツトも聞いて下さらぬ。夫故死んで高姫さまに意見をするのだ。改心さへ出来たらばまだ死んで間が無いから、直に生き返り再び御用をするのだけれども、到底改心は出来ない。アヽ高姫様もたつた独で淋しからう。併し乍らたつた今迎ひに来て上げる程に、必ず心配しなさるなヤア』 高姫は驚いて、 高姫『コレコレ貫幽どの、私が悪かつた。これからもう我を張らぬから、今一遍娑婆に帰つてお呉れ。これこの通りだ』 と手を合せ俯向く途端に、貫州は灌木の枝に両足共チヨンと止り、首筋を見れば徳利結はチツトも締つて居ない。ハテ不思議やと首を傾けて居る其間に、貫州は緩やかな首縄をグイと放し、 貫州『アヽ高姫さまよう改心して下さつた。お蔭で肉体で貴女の御用がさして頂け升』 高姫『アタ阿呆らしい。お前は狂言をしたのだらう。本当かと思つて肝を潰しかけた。イヽ加減なてんごうして置きなされ』 貫州『てんごうでも何んでもありませぬ。本真剣でやつたのだが、折善くか折悪くか知らぬが、足の止まりが出来て遣り損うたのだ。そんなら今度は改めて本真剣にやりませうか』 高姫は又もやツンとして、 高姫『勝手にしなされ。お前の命をお前が失ふのだから』 貫州『ハイ有難う。お許しが出ましたら即座に決行します。其代り最前の様な泣き言は言うて貰ひませぬぜ、迷ひますと困りますからなア』 と手早く松の枝にくくり付けた帯をほどき、再徳利結を拵へ、適当な枝振を探して居る。高姫は、 高姫『エーしつかりせぬかいな』 と平手で横面を二つ三つピシヤピシヤとやつた。 貫州『アイタヽヽ、高姫さま、そんな無茶をしなさるな。何を腹が立ますか』 高姫『お前は今死神に憑かれて首を吊つて居つたぢやないか。それだから気を付けてやつたのだよ』 貫州『ヘー』 と生返事をしながら顔色をサツと替へ、両方の手で頸の辺りを、嫌らしさうに撫で廻して居る。 高姫『アヽ今日は何となく気分が悪い。ササ貫州、磯辺に行つて、広い海でも眺めて気を換へて来よう。又船の一艘も流れて来るかも知れない。ササしつかりしつかり』 と背を三ツ四ツ叩き、貫州の手を引き山坂を下つて、再元の磯端に帰つて来た。見れば艪櫂の付いた新しい船が一隻磯端に横付けになつて居る。好く好く見れば船の中側に『玉能姫より高姫様に此船進上仕ります』と記して在つた。高姫はこれを見て、 高姫『オホヽヽヽ、さすがの玉能姫も日の出神の御神力に恐れ、寝心地が悪くなつたと見えて、こんな新しい船を何処からか買求め、そつと此処へ置いといて遁げて帰んだのだな。意地くね悪い奴に似合はず、一寸気の利いた事を遣り居るワイ。サア此船さへあれば何日此島に居つたつて心配は無いが、余り長らく置いて置くと俄に心が変りあの船が惜くなつたと云うて、取返しに来られては、それこそ此方が取返しの付かぬ縮尻をやらねばならぬから、今日は兎も角此船に乗つて玉の所在を探して来う。どうも此島には在りさうにない。玉能姫の言葉に、竜神が持つて行き居つたと言うた事がある。大方南洋の竜宮島へでも納まつて居るだらう。此島の果物を沢山に積込み兵糧をドンと用意して、神の随意此船の続く限り、腕力のあらむ限り探しに行く。お前も結構な御用だから、御伴をさして上げるから喜びなさい』 貫州『成る可くなら此お伴ばかりは、除隊にして貰ひ度いものですなア』 高姫『オホヽヽヽ、お前も中々のしれ物だ。除隊のない事を仰有るわい』 と果物を数多積込み、高姫は下手ながらも艪を操り、貫州は櫂を使ひながら家島を後に瀬戸の海を西へ西へと進み行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七谷村真友録)
364

(1832)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 14 籠抜 第一四章籠抜〔七二六〕 洲本の里に名も高き、人子の司東助が留守の門前に佇み、宣伝歌を声低に歌ふ一人の宣伝使があつた。下女のお冊は台所より此声を聞きつけ、門の戸を開いて眺むれば、蓑笠、草鞋脚絆の扮装したる、四十恰好の男盛りの宣伝使であつた。宣伝使はお冊に向ひ、 宣伝使『我れは日頃の経験上、此館の前を通り見れば、何とはなしに此家には変事の突発せし如く覚ゆる。汝が家に何事もなきや』 と言葉淑やかに問ひかけた。お冊は少し首を傾け乍ら、 お冊『一寸お待ちを願ひます。奥へ云つて奥様に伺つて参りますから……』 と言ひ残し、其儘姿を隠した。奥の一間には女房のお百合、火鉢の前にもたれかかり、何事か思案の態であつた。お冊は襖をソツと引あけ、 お冊『奥様々々』 と呼んだ。お百合は何事にか気を取られしものの如く、お冊の声が耳に入らなかつた。お冊は恐る恐るお百合の前ににじり寄り、 お冊『モウシ奥様、門口に不思議な宣伝使が立つて居られます。如何いたしませうかなア』 と云ふ声に、お百合は顔をあげ、 お百合『ナニ、宣伝使が門にお立ちとな。それは都合の好い事だ。一つ伺つて頂きたい事があるから……どうぞ此方へ通つて貰うて下さい』 お冊『ハイ畏まりました』 と足早に表へ出で、 お冊『モシモシ宣伝使様、奥様が何か御願なされたい事があるさうですから、どうぞ奥へ御通り下さいませ』 宣伝使は打ち頷きお冊の後に従ひ、草鞋を脱ぎ足を洗ひ、お百合の居間に通された。お百合は座を下がり、宣伝使を上座に請じ、丁寧に頭を下げ、 お百合『宣伝使様、よくこそ御立寄り下さいました。先づ御ゆるりと御休息下さいませ』 宣伝使『私はバラモン教の友彦と申す宣伝使で御座る。当家の門前を通過致さむとする時、何となく気懸りが致しましてなりませぬので、お宅には思ひも寄らぬ事件が突発致して居る様に考へましたから、一寸御尋ね致しました』 お百合『それはそれは御親切に有難う御座ります。実の所は妾の主人東助と申す者、二三日以前より何処へ参りましたか、皆目行方は分らず、大方此間の颶風に、船自慢の主人の事とて船を操り、荒波に呑まれたのではあるまいかと、上を下への大騒動、村中の者が夫れ夫れ手分けを致しまして、山林原野は申すに及ばず、近海を隈なく探し廻れども皆目行方が知れず、生て居るのか死んで居りますのか、それさへも分りませぬ。どうぞ神様に一応御伺ひ下さいますまいか』 友彦は近辺の者の騒ぎを見て、遠近の人々に東助の紛失せし事を、前以て聞き知り、ワザと立寄つたのである、されど素知らぬ風を装ひ乍ら、 友彦『それはそれは御心配で御座いませう。一つ私が伺つて見ませう』 と手を洗ひ口を嗽ぎ、あたりに人無きを見てニタリと笑ひ、舌を出し、 友彦『村人の話に依れば、あれ丈探したのだから、最早生きて居る気遣ひはない。ウマくチヨロまかせば、淡路一の財産家、友彦が亭主となり、バラモン教を淡路一円に此富力を以て拡張すれば何でもない事だ。あゝ結構な風が吹いて来たものだ。併し乍ら万々一主人が生きて帰つて来たら大変だが、併し滅多にそんな事はあるまい。一つ度胸を出してやつて見よう』 と小声に呟いて居る。そこへ女房のお百合は新しき手拭を持ち、 お百合『宣伝使様、どうぞ此れでお手を御拭き下さいませ』 とつき出す。其横顔を見て、 友彦『アヽ何と綺麗な女だなア。……併し今の独語を聞かれはせなかつたか』 と稍不安の念に駆られ、盗み目にお百合の顔を覗いて見ると、お百合はそんな気配も無かつた。友彦はヤツと安心の胸を撫でおろし、悠々と床の間に端坐し、バラモン教の経文を唱へ終り、偽神憑りとなつて、 友彦『ウンウンウン、此方は大自在天大国別命なるぞ』 と雷の如く呶鳴り立てた。お百合は驚いて平伏し、 お百合『ハイ有難う御座います』 と涙声になつて居る。友彦は又もや口を切り、 友彦『当家の主人東助は、何不自由なき身であり乍ら、海漁を好み或は冒険的事業を致す悪い癖がある。それが為に生命を棄てたのだ。不憫なれどモウ仕方がない。せめて三日以前に此宣伝使が当家に来て居れば、知らしてやるのであつたが、さてもさても残念な事であつたのう。モウ此上は仕方がない。霊魂の冥福を祈り、主人の天国に救はるる様、鄭重なる祭典を行ひ、且有力なる神の如き夫を持ち、東助の後継を致ささねば、当家は到底永続致すまいぞよ。又東助は睾丸病がある為、子が出来ないから、折角蓄めた財産も他人に与らねばなるまい。汝は神の申す事を、よつく肚に入れて、何事も大国別命の命令通り致すが上分別だ』 お百合『ハイハイ有難う御座います。……神様の仰せなら、どんな事でも背きは致しませぬ』 友彦『何と偉い奴だ。其方は流石東助の妻だけあつて、よく身魂が研けたものだ。神も感心致すぞよ』 お百合『何を申しても、世間知らずの卑女、神様から褒められる様な事は一つも御座いませぬ』 友彦『坊間伝ふる所に依れば、汝は実に貞淑の女と云ふ事だ。世間の噂を聞かずとも、神は心のドン底までよく見抜いて居るぞよ。一旦死んだ主人は最早呼べど答へず、叫べど帰らず、是非なしと諦め、後の家を大切に守り、子孫を生み殖やし、祖先の家を守るが、せめてもの東助への貞節、合点が行つたか』 お百合『ハイハイ畏まりまして御座います。併し乍ら妾の様な者に、如何して後添に来て呉れる者が御座いませう。何だか夫の霊に対し気が済まない様に思はれてなりませぬ。そして其夫を持つのは、せめて三年祭を終つてからにして貰ふ事は出来ますまいか』 友彦『大国別命が申す事、しつかり聞け。人間の理屈は論ずるに足らぬ。善は急げだ、一日も早く夫を迎へたがよからう。其夫は神が授けてやる程に……さうすれば子孫は天の星の数の如く殖えて、家は万代不易、世界の幸福者としてやるぞよ』 お百合『ハイハイ有難う御座います。どうぞ宜しう御願申上げます。そして其夫と申すのは、何処から貰ひましたら宜しう御座いますか、これも一つ御伺ひ致したう御座います』 友彦『別に何処へも探しに行くに及ばぬ。灯台下は真暗がり、今汝が目の前に三国一の花婿が来て居るぞよ。これも神が媒介を致さむと、遥々連れて来たのだから、喜び勇んで命令に服従するがよからう』 お百合『神様、根つから其処らに誰も見えませぬ』 友彦『ハテ察しの悪い。今汝の目の前に於て神の託宣を伝へて居る、大国別命の生宮の宣伝使であるぞよ』 お百合はハツと驚き、友彦の顔をつくづく看守り、 お百合『あなたは何時やら、浪速の里でお目にかかつた事のある様な方ですなア』 友彦『馬鹿を申せ。他人の空似と申して、世界に同じ顔をした者は、二人づつ天から拵へてあるのだ。此肉体は神の直々の生宮であるぞよ。よく調べたがよからう』 お百合『鼻の先の一寸赤い所から、目の窪んだ所、口の大きさ、出つ歯の先の欠けた所、似たりや似たり、よくマア似た方も有るものですなア。妾の姉は浪速の里に嫁入つて居りますが、去年の冬、急飛脚が来ましたので、行て見れば姉の大病、そこへ宣伝使がお見えになり、イロイロと仰有つて……姉の病気を直してやらう、それに就てはコレコレの薬が要るから、薬代を出せ……と仰せられ、大枚三百両を懐にし門口を出た限り、今に顔を見せないさうです。妾は其時に見た顔と貴方のお顔と、余りよく似て居りますので、一寸御伺ひ致しました』 友彦『神と詐偽師と一つに見られては、神も迷惑致すぞよ』 お百合『さう仰有るお声は、あの詐偽師とそつくりですワ。声までそれ程よく似た人が有るものですかなア』 友彦『つい話が横道へ這入つた。其方の覚悟は如何ぢや』 お百合『どうぞ二三日お待ち下さいませ。其上でトツクリと考へ、親類にも相談致し、浪速の姉も招んで来て、其上に御厄介に預りませう。どうぞ神さま一先づ御引取り下さいませ』 ポンポンと手を拍つた。友彦は顔色を真赤に染め、冷汗を体一面ヅクヅクにかいて、湯気をポーツポーツと立て乍ら、 友彦『あゝ失礼致しました。つい眠つたと見えて、結構な風呂に入れて貰うたと思へば、アヽ夢でしたか。体中此通り、守護神が入浴したと見えまして、湯気が立つて居りまする』 お百合『イエイエ決して夢では御座いませぬ。お神懸り[※三版・御校正本・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]で御座いました。それはそれは妙な事を仰有いました。妾は少し許り腑に落ちぬ事が御座いますので、二三日猶予を願つて置きました』 友彦『あゝさうでしたか。何分知覚精神を失つて了ふ神感法の神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]ですから、チツトも分りませぬ。神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も却て自分に取つては不便なもので御座います。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 お百合『それ丈立派な神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来ましたら結構です。仮令人間憑りに致しましても、あれ丈巧妙に託宣が出来ますれば、大抵の者は皆降参つて了ひます。妾でさへも一旦は、あの何々でした位ですもの。オホヽヽヽ』 友彦『何と、合点の行かぬ貴女の御言葉尻、何ぞ怪しい事が御座いましたか』 お百合『イエイエ別に怪しい事は御座いませぬ。神様の御引合せ、姉の内へ去年参りました泥棒の模型か実物か、それは後で分りますが、……野太い奴が瞞しに来ました』 と後の一二句に力を籠めて、優しき女に似ず呶鳴りつけた。友彦は此声に打たれ、思はず尻餅を搗いて、口を開けた儘、火鉢の横にバタリと倒れた。お百合は独語、 お百合『オホヽヽヽ、何と悪魔と云ふものは、どこまでも抜目のないものだ。的きり此奴は姉さんの宅で三百両騙り取つた奴に間違ない。まだ主人の生死さへも分らない内から其処ら近所で噂を聞いて来よつて、良い加減な事を言ひ、若後家を誑らかさうと思うてやつて来よつたのだなア。どうやら目を眩かして居るらしい。今の間に細帯で手足を括り、庭先へ引摺り出し、水でもかけて気を付けてやりませう。……アーアそれにしても東助さまは如何なつたのかいな。村の衆は、未だに誰も報告に来て下さらず、イヨイヨ妾も未亡人になれば、今迄とは層一層腹帯を締めねばなるまい。あゝ困つた事が出来て来た』 と自語する折しも、お冊は慌しく此場に駆来り、 お冊『奥様、お喜び下さりませ。旦那様が只今御機嫌よう御帰りになりました』 お百合は飛び立つ許り喜び、 お百合『ナニ、旦那様がお帰りとな。あゝ斯うしては居られまい。ドレドレお迎へを申さねばなるまい』 と襟を正し居る所へ、早くも東助は三人の男を引連れ、廊下の縁板を威喝させ乍ら現はれ来り、 東助『アヽお百合、余り帰るのが遅かつたので、心配しただらうなア。村人にも大変な厄介をかけたさうだ。俺も到頭風に吹き流されたと云ふ訳でもないが、家島まで往つて来たのだ。マア安心して呉れ』 お百合『それはそれは何よりも嬉しい事で御座います。つきましては貴方のお不在中に、四足が一匹這ひ込んで来ましたので、今生捕にして置きました。どうぞトツクリ御覧下さいませ』 と友彦を指ざす。 東助『何、これは人間だないか。厳しく縛されて居るではないか』 お百合『ハイ、一寸妾が縛しておきました。此奴は去年の冬、姉さまの内で三百両騙り取つた泥棒ですよ。あなたが行方が知れないと云ふ噂を聞いて、ウマく妾を誑らかし、此家を横領しようと思うて出て来た図太い代物です』 東助『それは怪しからぬ奴だ。併し乍ら斯うしてはおかれまい。助けてやらねばならぬから……コレコレ鶴公、清公、武公、お前達御苦労だが、縛を解き水でも与へて、気を付けてやつて下さい』 三人は命の儘に縛を解き水を吹き注けた。漸くの事で友彦は正気に復し起きあがり、東助其他の姿を見て大に驚き、畳に頭を摺りつけ、涙と共に詫入る。東助は友彦に向ひ、 東助『お前は立派な宣伝使の風をして居るが、今聞く所に依れば、大変な悪党らしい。此世の中は何処までも悪では通れませぬぞ』 友彦『ハイ誠に悪う御座いました。面目次第も御座いませぬ。どうぞ生命計りはお助け下さいませ。これつきりモウ宣伝使は廃めまする』 東助『結構な宣伝使の役をやめとは申さぬ。ますます魂を研いて立派な宣伝使にお成りなさい。そして世界の人民を善道に導きなさるのが貴方の天職だ。今迄の様な神様を松魚節にして女を籠絡したり、病人の在る家を探して、弱身に付け込み詐欺をしたりする様な事は、これ限りお廃めなさるがよからう』 友彦『ハイ有難う御座います。どうぞお助け下さいませ。これ限り悪は改めまする』 斯かる所へ門口に大勢の声にて、 『東助さまが生きてござつた。無事に帰られた、ウローウロー』 と山岳も揺ぐ計り歓呼の声聞え来る。 東助『お前、イヨイヨ改心を志たのならば、あの通り今門口に沢山の村人が来て居るから、一つ懺悔演説でもして下され。一伍一什包み隠さず、旧悪をさらけ出して改心の状をお示しなされ。それが出来ねば大泥棒として、此東助が酋長の職権を以て成敗を致す』 友彦小さい声で、 友彦『ハイ致しまする』 東助『サア早く門口へ出て、懺悔演説を始めたが宜しからう』 友彦は、 友彦『ハイ直に参ります。俄に大便が催して来ました。どうぞ便所へ往く間御猶予を願ひます』 東助『便所ならば其処にある。サア早く行つて来たがよからう』 友彦は、 友彦『ハイ有難う御座います』 と直様雪隠に入り、跨げ穴から潜つて外に這ひ出し、折柄日の暮れかかつたのを幸ひ、裏山の密林指して一生懸命に隠れたりける。 鶴公、清公、武公の三人は暫く東助の家に厄介となり、遂に東助に感化されて前非を悔い、心の底より言依別命の教を奉ずる事となりにける。 (大正一一・六・一二旧五・一七松村真澄録)
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(1833)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 15 婆と婆 第一五章婆と婆〔七二七〕 高姫は貫州と共に玉能姫より贈つた新造の船を操り乍ら、漸くにして瀬戸内海の最大巨島小豆ケ島に到着し、磯端に船を繋ぎ、暫し此島に滞在し、山の谷々までも隈なく宝の所在を探さむと、国城山の中腹まで登りつめた。茲には巨大なる岩窟があつて、昔から怪物の潜む魔窟と称へられて居る。 貫州『高姫様、ここには立派な岩窟が有りますなア。玉能姫の奴、ヒヨツとしたら斯う云ふ所へ隠して置いたかも知れませぬ。昔から人の出入した事のない、深い岩窟だと杣人が云つて居りましたから、一つ探険して見ませうか』 高姫『マア暫く考へさして貰はう。どこ迄も注意深い玉能姫の事であるから、吾々両人が此岩窟へ這入るや否や、見張らして置いた味方の奴が穴でも塞ぎ、徳利詰にでもしよつたら、それこそ大変だ。此界隈をせめて四五丁四面調査べた上の事にしよう』 貫州『そんな心配は要りますまい。そんなら此処に貴女は待つて居て下さい。私は一人探険して来ますから……』 と云ふより早く、岩窟の中へ腰を屈めて、ノソノソ這ふ様に這入つて了つた。後に高姫は腕を組み胡床をかき、思案に暮れて独語。 高姫『あゝする事成す事、鶍の嘴程喰ひ違うと云ふのは、ヤツパリ大自在天大国別命の御神慮に背いた酬いかも知れない。一旦鬼雲彦の部下となり、バラモン教の教理を称へ乍ら、又もや三五教の変性男子が恋しくなり、ウラナイ教と銘打つて、中間教を捻り出し、何時の間にか大自在天の名も唱へぬ様になり、再び国治立命を信じ、再転して素盞嗚尊の三五教に逆戻りをなし、今又三五教の幹部の為に散々な目に遇はされ、日の出神さまも如何して御座るのだらうか。此頃は高姫の精神も変だが、日の出神様も何とはなしに便りなうなつて来た。あれ程光る玉の所在が分らぬ様な日の出神では、実際の事役に立たぬ。ヒヨツとしたら此頃は眼病でも患つて居られるのではあるまいかなア。あゝ最早瞋恚の雲に包まれて、一寸先も見えなくなつて了つた。どこを探ねたら此玉の行衛が分るであらうか。但は熱心な黒姫が最早手に入れて居るのではあるまいか、サツパリ五里霧中所か岩前夢中に彷徨すると云ふ高姫の今日の境遇。アーアもう神様が厭になつて了つた。時々腹の中からイロイロの事を言つて聞かして呉れるが、後振り返り眺むれば、一つとして神勅の的中した事はなく、自分の体に憑依して居る霊には、何とはなしに贔屓がつくものだから、自分もチツと怪しいとは思ひ乍ら、今の今迄日の出神の生宮で頑張り、貫き通して来たが、明石の灘で難船に遭ひ、又家島では船を奪られ島流し同様の憂目に会うても、何にも知らして呉れぬ様な盲神の容器になつた所で、日に日に恥の上塗りをするばつかりだ、アヽ如何したらよからうかなア。今更聖地へ引返し、言依別の教主や杢助に対し謝罪るのも馬鹿げて居るし、モウ仕方がない、毒を喰はば皿迄舐れだ。今となつて、ヤツパリ妾は日の出神の生宮では有りませなんだと……そんな事は是迄威張つた手前、言はれた義理でもなし。……一つ守護神に談判をして其上の事にしよう。……コレコレ腹の中の守護神、チツと発動して妾の質問に答へて下さい。今度は今迄の様なヨタリスクは聞きませぬぞ。ネツトプライスの誠一つを開陳なされ。返答に依つては高姫も今日限りお前の言ふ事は聞かぬのだから、サア早く発動せぬか、口を切らぬか』 と拳を固めて臍の辺りを力一杯擲りつけて居る。如何したものか、今日に限りて日の出神と称する憑依物も、チウの声一つ挙げず、臍の下あたりに萎縮して、小さき毬の様になつて付着して居る。高姫は力一杯其玉の上から握り詰め、 高姫『サアどうぢや、なんとか返答せぬか。結構な変性男子の系統の肉体を、今迄よくも弄物にしよつた。捻り潰してやらうか』 と腹の皮が千切れる程力を籠めて、グリグリとした固い塊を握り潰さうとする。腹の中より、 (木常姫の霊)『アヽ痛い痛い。白状します。どうぞ宥へて下さい。私は金毛九尾の狐の乾児、昔エルサレムの宮で、大八洲彦命以下の神々を苦めた木常姫の霊で御座います。其木常姫の分霊が疑つて貴女の肉体が形作られ、此世に生れて来たのだ。そして私は同じ身魂の分派だから、お前に憑るより外に憑る事は出来ないのだ』 高姫『よう白状した。大方そんな事だらうと思うて居つたのだ。併し乍ら同じ身魂の因縁なれば、お前の云ふ通り離す訳に行かず、妾も実際はお前と別れとも無い。併し木常姫の霊魂だなぞと、何と云ふ弱音を吹くのか。始めから日の出神と偽つて現はれた以上は、どこまでも日の出神で通さぬか。そんな気の弱い守護神は妾は嫌ひだ。サア是から妾がキツと教育をしてやるから、今迄の様に此肉体を自由自在に使ふ事はならぬぞ。高姫が今度はお前を使ふのだから、さう思へ』 木常姫の霊『肉体が霊をお使ひになれば、体主霊従になりはしませぬか』 高姫『エー又しても、お前までが理屈を言ふのか。世間の奴は皆表面でこそ霊主体従と済ました顔して吐いて居るが、分らぬ奴だなア。物質の世の中にそんな馬鹿な事が如何して行へるものか。体主霊従が天地の真理だ。妾は今迄お前の霊に従ひ、霊主体従を守つて来て、一つも碌な事は出来なんだぢやないか。体主霊従に世の中は限る。虚偽式生活は此高姫の取らざる所、これからはスツクリ気を持直し、赤裸々に露骨に、体主霊従を標榜して世の中に立つ心組だから、お前もそう心得ろ』 木常姫の霊『アヽ仕方がない。何を言つても水のでばなに聞いて呉れる筈がないから、ここ暫くは沈黙の幕をおろさうか。アハヽヽヽ』 と自問自答を荐りにやつて居る。 此所へ糞まぶれになつて登つて来た一人の宣伝使があつた。宣伝使は岩窟の前に中婆の首を垂れ、モノログして居るのを見て、 宣伝使『ハハア、此奴ア気違だなア。独り言うては独り答へて居よる。昔から腹の中から自然にものを言ふ病気があると云ふ事を聞いて居つたがテツキリ斯んな奴の事を云うたのだらう。神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。このセリフ内の他の2ヶ所も同じ。]にしては少し調子が違ふ。併し乍ら病気でも何でも可い、腹の中より何でも可いから、物を言つて呉れると、実否は兎も角も、神懸として誤魔化すのに都合が好いけれど……自分の様に何時まで修行しても、鎮魂しても、腹の中からウンともスンとも言うて来ない者には困つて了ふ。あちらでも神懸の真似をしては失敗し、こちらでも真似をしては失敗し、到頭洲本の酋長の宅に於て、九分九厘と云ふ所で、女房に看破され肝を潰し居る所へ、死んだ筈の主人が帰つて来よつて大いに面目玉を潰し、雪隠の中から籠脱けをやつた時の苦しさ、恐さ、大自在天様のお蔭で漸く海辺に無事到着し、一艘の舟を見付けて、無理やりに沖へ漕出し、暴風に吹き流され、此島までやつて来たのだが、雪隠を潜つた時に、自分の宣伝使服は雪隠の雑巾役を勤めよつたと見えて、未だに怪体な臭気がする。アヽ困つた事だ。一層の事、再び改悪して、此婆を裸にし、臭い着物と取換こをしてやらうかなア』 と何時の間にか小声が大きくなり、高姫の耳に聞えて来た。高姫は、大部分宣伝使の独語を聞き悟り、 高姫『オツホヽヽヽ、糞まぶれの宣伝使、雪隠の雑巾と日の出神の生宮の教服と換るなんて、そんな大それた野心を起すものぢやない。チヤンとお前の腹の底まで見抜いてあるのだから……』 宣伝使『ヤアお前は何処の婆アか知らぬが、俺の腹中をさう早くから見透かして居るのなれば仕方がない。止めて置かう。俺の着物にはドツサリと黄金色のババが付いて、ババの着物になつて了つた。貴様のを脱がした所でヤツパリババの着物だ。……オイ婆さま、どこぞ其処らの谷川で俺の着物を洗濯して呉れぬか』 高姫『日の出神の生宮の宣伝使と、洗濯婆と間違へられては迷惑だ。こんな高い山の水もない所に、洗濯婆が居るものか。谷川の畔へでも行つて探して来い。婆は川に付物だ。此婆は世界の人民の身魂を洗濯する大和魂の根本の洗濯婆だぞ。……ヘン宣伝使面をしやがつて、何をとぼけて居るのだ。余程よい頓馬野郎だなア』 と今までの腹立ち紛れに、宣伝使の方へ鉾を向けて了つた。 宣伝使『なんと口の達者な婆アも有ればあるものだ。恰度今ウラナイ教を立てて居る高姫の様な、口喧しい婆アさまぢやないか』 高姫『その高姫は此肉体ぢや。わしの名を如何して知つて居るか』 宣伝使『私は其時に雉子と云つた男だ。お前が鬼雲彦の膝元へ出て来て、バラモン教を聞いて居つた時、私も聴いて居つた。あの時の事を思へば随分年が寄つたものだなア……今はバラモン教の宣伝使友彦と云ふ名を賜はつて、自転倒島一円の宣伝に廻つて居るのだ』 高姫『アヽさうかい。そんなしやつ面で宣伝が出来たかな』 友彦『センデン万化に身を窶し、獅子奮迅の勢で活動した結果、とうと糞塵の中に陥り、フン失の所だつた。アハヽヽヽ』 と打解けて笑ふ。 高姫『お前もそこまで糞度胸がすわつて、雪隠の中まで潜れば、最早是から上り坂だ。糞に生く雪隠虫は遂には這ひあがつて、空中飛行自在の玉蠅となり、どんな偉い人間の頭へでも止まつて、糞を放りかける様になるものだ。お前も是から一つ糞発して、妾と一緒に活動したらどうだ。フンパツせいと云つても雪隠へ往て尻をまくるのだないぞツ』 友彦『お前は随分口の達者な糞婆ぢやなア。併し乍らヤツパリ、ウラナイ教とか云ふ中間教を立て通して居るのかい』 高姫『バラモン教も、鬼雲彦の大将、大江山の砦から三五教に追ひまくられて逃げ帰る様な腰抜教なり、ウラナイ教から一寸都合に依りて、元の三五教へ逆転して見たのだが、ヤツパリ此奴も糞詰り教だ。何分穴の無い教だから、万事万端行詰りだらけ、それに分らず漢が幹部を占めて居るのだから活動しようと思つても手も足も出し様がない。併し乍らバラモン、ウラル、ウラナイ、三五、四教を通じて一番勢力の有るのは依然三五の道だ。此島には天上天下唯我独尊的の三つの宝があるのだが、其奴の隠し場所を探し当てさへすれば、三五教は吾々の自由自在になり、天晴れ神政成就は出来るのだから、玉の所在を探さうと思つて、一人の家来を連れて此島まで来た所だが、お前も事と品に依つたら家来にしてやるから、今迄の経路を物語つて呉れ。先づ第一にお前の着物の因縁から聞かう。雪隠から脱け出た事は聞いたが、それは何処の雪隠だい』 友彦は有りし次第を悉く物語りける。 高姫『さうすると、お前は東助の宅へ行つたのだな。彼奴は三人の男を連れて帰つた筈だが、お前見たのかい』 友彦『何だか三五教の宣伝使の服を着けて居つたやうだ。併し乍ら東助にスツカリ服従して、是から東助を大将に、高姫の所在を探ね打亡ぼさねば置かぬと云うて、力んで居ましたよ』 と嘘を並べ立て、高姫の肝を挫がうとする。高姫は驚いて口を尖らせ、目をグルグルと廻転させ乍ら、 高姫『そりや本当か。そして何時出て来ると云つて居つたかな』 友彦『何でも東助の囁くのを聞けば、高姫は小豆島に漂着したに違ないから、数百人の軍勢を引連れ、全島を片つ端から捜索して、高姫を生擒にして連れ帰り、舌を抜いてやると云つてましたよ。用心せぬと何時やつて来るか分りませぬぜ。アツハヽヽヽ』 と笑ふ。高姫は其顔をチラリと見て、 高姫『エー腹の悪い。そんな恐喝を食ふものか、小豆ケ島へ来たと云ふ事がどうして東助に分る道理があらう。又お前の声色と云ひ、顔色と云ひ、嘘を吐いて居るのだろ』 友彦『アヽそこまで看破されては仕方がない。お察しの通りだ。マア嘘にして置きませうかい』 斯く話し合ふ所へ、顔一面に蜘蛛の巣だらけになつた貫州は、数多の衣類を小脇に抱へて出て来た。高姫はこれを見て、 高姫『ヤアお前は貫州、一体其顔は如何したのだ』 貫州『ハイ此処は恐ろしい泥棒の岩窟と見えて、沢山の掠奪品が山の如く積んで有りました。私も泥棒のウハマヘをはねて、大泥棒となり、顔は此通りクモ助になつて出て来ました。資本が何分懸らぬ代物だから、安うまけと来ます。絹物も有れば、木綿物も有るが、突込みで一尺何程で卸ませうかい。……ヤア何だ、怪しい臭気がすると思へば、そこに糞まぶれの着物を着てる奴が一人立つて居る。大方雪隠虫のお化けだらう。早速此奴ア買手が出来た。世の中はようしたものだ。斯んな山中に店出しした所で、たアれも買手は有るまいと思うて居つたのに、出せ買はう……とか云つて、不思議なものだなア』 と一人洒落てゐる。 高姫『お前そんな悪い事をして、何ともないのか。神様に済まぬぢやないか』 貫州『私の天眼通で糞まぶれの人間が今出て来ると云ふ事を、チヤンと悟りました。こんな所で洗濯する訳には行かず、困つてるだらうと思つて、慈善的に抱へて来たのだ。サア俺の物ぢやないけれど、お前勝手に着たがよからう』 友彦『持主の分らぬ着物を勝手に着る訳には行きませぬ。買ふとか、借るとかせなくては、黙つて着服すれば泥棒になりますから……』 貫州『殊勝らしい事を言ふな。お前は宣伝使のサツクを嵌めて泥棒をやつて居つた男に違ひない。お前の面付は、どう贔屓目に見ても、泥棒としか俺の天眼通に映じない、大方貴様の…ここは親分の根拠地だらう。何だか此岩窟の奥には大勢の声が聞えて居つたから、ソツト是れ丈の着物を引抱へ逃げ出して来たのだが、貴様も大方岩窟の乾児に違ひあるまい』 友彦『これは聊か迷惑だ。実の所は始めて此島へ漂着したばかりだから、そんな痛うない腹を探るものだない。併し此着物は暫く拝借しよう。其代りに私の衣類を渡すからお前御苦労だが、岩窟の中まで持ち運んで置いてくれぬか』 貫州は、 貫州『勝手にせい』 と捨台詞を残して、又もや岩窟の中に駆込んだ。高姫、友彦も続いて岩窟の中に入る。或は広く、或は狭く、起伏ある天然の隧道を、身を堅にし横にし、或は這ひなどして漸く広き窟内に進み入つた。どこともなく糸竹管絃の音が聞えて来る。三人は怪しげに耳を澄まして其音の出所を佇み考へ込んだ。或は前に聞え、後に聞え、右かと思へば左、左かと思へば頭の上に、地の底に音がする。途方に暮れ、半時ばかり無言の儘、顔を見合せて考へ込んでゐた。傍の岩壁は音もなくパツと開いて、中より現はれ来る一人の婆ア、三人を見るより、 婆(蜈蚣姫)『アヽ、お前は鷹鳥山に巣を構へて居つた鷹鳥姫其他の奴だなア。アヽよい所へやつて来た。サア是れから日頃の恨みを晴らし、金剛不壊の玉や紫の玉の所在を白状させねば置かぬ』 高姫『これはこれは御高名は予て承はりて居りましたが、一つ谷を隔てた魔谷ケ岳と鷹鳥山、御近所で居り乍ら、誠に御不沙汰を致して居りました。妾も其玉を……よもやお前さまが何々してゐるのではあるまいかと思うて来たのです。人を疑うて誠に済みませぬが、貴女もあの玉に就ては非常な執着心がお有りなさるのだから、妾が疑ふのも強ち無理では有りますまい』 とシツペ返しに捲し立てる。蜈蚣姫は顔色を変へ、 蜈蚣姫『盗人猛々しいとはお前の事だ。何なと勝手にほざいたがよからう。此穴にはスマートボールや其他の勇士が沢山に抱へてあるから、最早お前達は袋の鼠も同様、運の尽きぢやと諦めて、神妙に白状したがよからう。あのマア迷惑相な面付わいの、オツホヽヽヽ』 と肩を揺り、腮をしやくり、舌まで出して笑ひ転ける憎らしさ。 高姫『お前さまは音に名高い鬼ケ城山、鬼熊別の奥さま蜈蚣姫さまと云ふお方でせうがなア。妾も元は鬼雲彦の弟子となり、バラモン教の教理を信用して聞いた事がある高姫で御座います。今は一寸都合があつて、三五教の宣伝使と化け込んでゐるのだが、心の底はお前さまと同様、ヤツパリ大自在天様を信仰し、生命までも捧げて、千騎一騎の活動をしてゐるので御座います。どうぞして三五教の三つの宝を奪ひ取り、それを手柄にメソポタミヤの本山へ献上し、御神業を助けたいばつかりに、斯うして化けてゐるのですよ。貴女方は今迄妾を敵と思うて御座るが、決して敵ではありませぬ。強力なる味方です。玉の所在が分らうものなら、それこそ隠す所か、貴女の手を経て鬼雲彦様に奉つて貰ふ考へで、これ丈苦労をしてゐるのです。三五教の教主言依別命が、玉能姫、初稚姫と云ふ女や子供に現を抜かし、肝腎の玉を隠さして了ひよつたのだから、何でも其所在を探さうと思つて、此島までやつて来たのが、神様の不思議の縁で、思はぬ所でお目に掛りました』 蜈蚣姫『アヽそう聞くとメソポタミヤでお目に掛つた高姫さまによく似てゐる。それなら何故妾が魔谷ケ岳に居つた時、お前さまは三五教ぢやと云つて反対をしたのだ。それが一体合点がいかぬぢやないか』 高姫『アハヽヽヽ、誰も彼れも皆、此高姫の腹は知らない奴計りだから、三五教の熱心な宣伝使とのみ思うて居る矢先に、何程お前さまに会ひたうても、会ふことが出来ない。そんな事ども分つた位なら、今迄の苦心が水の泡になるのだから、妾の心もチツと推量して下さい。神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだから、そんな企みをして居れば直に発覚しますから、事を成さむとする者は仮令、自分の夫であらうが、女房であらうが、何程信用した弟子であらうが、一口でも喋る様な事では、成就しませぬからな。オホヽヽヽ』 蜈蚣姫『何とお前さまは感心な人ぢや。さう事が分かれば敵でもなし、姉妹同様、サアどうぞ奥へ通つてゆつくりと寛ろいで下さい。昔話をして互に楽みませう』 と今迄と打つて変つた挨拶振りに、高姫は与し易しと心の中に笑ひ乍ら、蜈蚣姫の後に従いて、奥の間に進み入る。 貫州、友彦は入口の間に木の根で造つた火鉢を与へられ、手をあぶり乍ら、様子如何にと待つて居た。高姫は今後如何なる策略をめぐらすならむか。 (大正一一・六・一三旧五・一八松村真澄録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 16 蜈蚣の涙 第一六章蜈蚣の涙〔七二八〕 バラモン教の御教を自転倒島に広めむと はやる心の鬼ケ城鬼熊別の妻となり 朝な夕なに仕へてし蜈蚣の姫は一心に バラモン教の回復を心に深く誓ひつつ 三国ケ岳に立籠り千々に心を悩ませて 三五教の神宝黄金の玉を奪ひ取り 筐底深く納めつつ得意の鼻を蠢かせ 又もや第二の計画に取りかからむとする時に 天の真浦の宣伝使お玉の方に看破され 難攻不落と誇りたる三国ケ岳の山寨も 木端微塵に砕かれて無念の涙遣る瀬なく 瞋恚の炎を燃やしつつ心も固き老の身の 企を通す魔谷ケ岳スマートボールを始めとし 数多の教徒を呼集へ鷹鳥山に立て籠る 三五教の宣伝使鷹鳥姫の神策を 覆さむと朝夕に心を砕き身を砕き 尽せし甲斐も荒風に散りて果敢なき夢の間の 願は脆くも消え失せて歯がみしながら執拗に 又もや此処を飛出し曇りし胸も明石潟 朝夕祈る神島や家島を左手に眺めつつ 身も魂も捨て小舟此世の瀬戸の浪を越え 大島、小島、小豆島浪打ち際に漂着し 三つの宝の所在をば探らむものと国城の 山を目蒐けて一行の頭の数も四十八 醜の岩窟に陣取りて手下を四方に配りつつ 山の尾上や河の瀬を隈なく探し求めつつ 此岩窟を暫時の間仮の住家と繕ひて 時待つ折しも高姫が神の仕組も白浪の 上を辷つて上陸し又もや此処に出で来る 不思議の縁に蜈蚣姫心の角を生しつつ 肩肱怒らし剛情の日頃の固意地どこへやら 解けて嬉しきバラモンの道の友なる高姫と 聞くより顔色一変し打つて変つた待遇に 仕済ましたりと高姫は後を向いて舌を出し 素知らぬ顔にて奥の間へ進み入るこそ可笑しけれ 高姫『久し振で御座いましたなア。貴女が魔谷ケ岳に時めいて居られました時、妾も鷹鳥山に庵を結び、バラモン教に最も必要なる、如意宝珠の玉を尋ねあてむものと、三五教の馬鹿正直の信徒を駆使し、一日も早く手に入れて、大自在天様に献納仕度いと明けても暮れても心を悩ませ、何うかして貴女に面会の機会を得度いものと考へて居りましたが、何を云うても人目の関に隔てられ、思ふに任せず、遇ひたさ見たさを耐へて今日が日迄暮して来ました。天運循環と云ひませうか、今日は又日頃お慕ひまうす貴女に、斯様な安全地帯で拝顔を得たと云ふのは、是全く大自在天様の高姫が誠意をお認め遊ばして、こんな嬉しい対面の喜びを与へて下さつたのでせう。妾は余り嬉しうて何からお話をしてよいやら分りませぬ』 蜈蚣姫『時世時節で、今日はバラモン教となり、明日は三五教と変ずるとも、心のドン底に大自在天様を思ふ真心さへあれば、人間の作つた名称雅号は末の末です。大神様はキツとお互の心を鏡にかけた如く御洞察遊ばして、目的を遂げさせて下さるでせう「雪氷、雨や霰と隔つとも、落つれば同じ谷川の水」とやら、機に臨み変に応じ円転滑脱、千変万化、自由自在の活動をなすだけの用意がなければ到底神業に参加する事は出来ませぬ。メソポタミヤの本国には綺羅星の如く立派な神司は並んで居りますが、何れも猪突主義の頑愚度し難き、時勢に合ない融通の利かぬ者計りで、お前さまのやうな豁達自在の活動をする人は一人もありませぬので、あゝバラモン教も立派な教理はありながら、之を活用する人物がないと明け暮れ心配して居りました。然るに貴女のやうな抜目のない宣伝使が、バラモン教の中に隠れて居たかと思へば、勿体なくて嬉し涙が零れます。神様は何時も経綸の人間を拵へて神が使うて居るから、必ず心配致すな、サアと云ふ所になりたら、因縁の身魂を神が引き寄せて御用を勤めさせて、立派に神政成就をさして見せる程に、何処に何んな者が隠してあるか分りは致さぬぞよ。敵の中にも味方あり味方の中にも敵があると仰有つた神様の御教示は争はれぬもの、もう此上は何事も心配致しませぬ。何卒高姫さま、是からは打ち解けて姉妹となり、神業に参加しようではありませぬか』 高姫『何分不束な妾、行き届かぬ事ばかりで御座いますから、何卒貴女の妹だと思うて、何かにつけて御指導を願ひます』 蜈蚣姫『互に気の付かぬ事は知らせあうて、愈千騎一騎の活動を致し、夫の汚名を回復致さねば、女房の役が済みませぬからなア。高姫様、貴女の夫美山様に対し申訳がありますまい』 高姫『妾の夫美山別は御存知の通り人形のやうな男で、妾が右へ向けと云へば「ハイ」と云うて右を向き、左と云へば左を向くと云ふ、本当に柔順しい結構な人ですから、妾が願望成就、手柄を表はして見せた所で、余り喜びも致しますまい。その代り失敗しても落胆もせず、何年間斯う妾が家を飛び出し、神様の御用をして居ましても、小言一つ云はないと云ふ頼りない男ですから、まどろしくて最早相手には致しませぬ、生人形を据ゑて置いたやうな心組で居りますよ、ホヽヽヽヽ』 蜈蚣姫『妾もそんな柔順な夫に添うて見度う御座いますわ。なんと高姫さま、貴女は世界一のお仕合せ者、さういふ柔順な男計り世の中にあつたら、此頃のやうな女権拡張だの、男女同権だのと騒ぐ必要はありませぬ。妾の夫も柔順しい事は柔順しいが、柔順やうが些と違ふので困ります、オホヽヽヽ』 高姫『斯んな所で旦那様のお惚気を聞かして貰うちや遣り切れませぬわ、ホヽヽヽヽ』 と嫌らしく笑ふ。 蜈蚣姫『高姫さま、笑ひ所ぢやありませぬ。此長の年月、妾は今日迄笑ひ声を聞いた事もなし、妾も嬉しいと思うた事は唯の一ぺんも御座いませぬ。メソポタミヤの顕恩郷は、素盞嗚尊の家来太玉神や、八人乙女に蹂躙され、止むを得ず鬼雲彦の棟梁様は遥々海を渡り、大江山に屈竟の地を選み館を建て、立派に神業を開始し遊ばした所、部下の者共が余り心得が悪いのと利己主義が強いため、丹波栗ぢやないが、内からと外からと瓦解され、お痛はしや折角心を痛めて造り上げた立派な大江城を捨て、伊吹山に逃げ去り、此処で又もや素盞嗚尊の一派に悩まされ、やみやみとフサの国へ逃げ帰り、素盞嗚尊の隠れ家を脅かさむと、鬼雲姫の奥さまと共に帰られました。アヽ思へば思へばお気の毒で堪りませぬ。それにつけても妾の夫の鬼熊別は、副棟梁として鬼ケ城に砦を構へ、鬼雲彦様の御神業を誠心誠意お助け致して居りましたが、是れ又脆くも三五教の宣伝使や、味方の裏返りの為、破滅の厄に遇ひ、アヽ痛ましや鬼熊別の我夫は、棟梁の後を追うて波斯の国に帰つて仕舞ひました。其時夫は妾の手を握り「これ女房、私は棟梁様の御為に波斯の国へ別れて行くが、何卒お前は三国ケ岳に立て籠り、会稽の恥を雪ぎ宝の所在を探し出し、功名手柄を現はして帰つて呉れ」と云うて、涙をホロリと流された時は、妾の心は何んなで御座いましたらう。天にも地にも身の置き所が無いやうな心持が致しました。人間として難き事天下に二つある。其一つは天国に昇る事、も一つは立派な家来を得る事で御座います。バラモン教もせめて一人立派な家来があれば、斯んな惨めな事にはならないのですが、アヽ思へば思へば残念な事だ』 と皺面に涙を漂はせ、遂には声を放つて泣き伏しにける。 高姫『そのお歎きは御尤もで御座います。併し乍ら日の出神の生宮、オツトドツコイ大自在天様の御眷族の憑らせ給ふ真の生宮高姫が現はれて、貴女と相提携して活動する上は、最早大丈夫で御座います。何卒お力を落さず、もう一働き妾と共に遊ばして下さいませ。あの玉さへ手に入らば、バラモン教は忽ち暗夜に太陽の現はれた如く、世界に輝き渡るは明かで御座いますから……、蜈蚣姫さま、此岩窟は大江山の鬼ケ城とはどちらが立派で御座いますか』 蜈蚣姫『とても比べものにはなりませぬ。三国ケ岳の岩窟に比ぶればまアざつと三分の一位なものです。妾も立派な鬼ケ城を追はれ、だんだんとこんな狭い所へ入らねばならないやうに落ちて仕舞ひました。思へば思へば残念で耐りませぬ。それでも何とかしてこの目的を遂げたいと朝夕神様を祈り、何卒御大将御夫婦が御健全で此目的を飽迄も遂行遊ばすやうに、又我夫の無事に神業に奉仕するやうにと、夢寐にも忘れずに祈願致して居ります。是からは貴女と二人で腹を合せ、飽迄も初志を貫徹せねばなりませぬ』 高姫『左様で御座います。何分に宜敷く御指導を願ます。併し乍ら此立派な岩窟に似ず今日はお人が少い事で御座いますな』 蜈蚣姫『ハイ、今日は神前の間で祭典を致して居りますので、誰も此処には居りませぬ。あの通り音楽の声が聞えて居るでせう。あれが祭典の声です』 高姫『妾も一度参拝させて頂き度いもので御座います』 蜈蚣姫『何卒後で緩りと参拝して下さいませ。中途に入りますと皆の者の気が散り、完全にお祭が出来ませぬから、……時に高姫さま、貴女のお連れになつた二人の男は、ありや一体何者で御座いますか』 高姫『ついお話に身が入つて貴女に申上げる事を忘れて居ましたが、彼はバラモン教の宣伝使の友彦と云ふ男、も一人は妾の召使の貫州と云う阿呆とも賢いとも、正とも邪とも見当の付かない男で御座います』 蜈蚣姫『何と仰せられます。バラモン教の友彦が来たとは、それは又妙な神様のお引合せ、……余り姿が変つて居るので見違へて居つた。アヽさう聞けば鼻の先に赤い所があつたやうだ。彼奴は私の一人娘をチヨロまかし、手に手を取つて何処ともなく姿を隠した男、廻り廻つてこんな所へ来るとは是又不思議、あれに尋ねたら定めて娘の消息が分るであらう。……コレコレ高姫さま、此事は秘密にして置いて下さい。妾が直接に遠廻しに聞いて見ますから』 と心臓に波を打たせながら、そはそはとして居る。高姫は此場を立つて次の間に現はれ両人に向ひ、 高姫『友彦さまに貫州、退屈だつたらう。蜈蚣姫さまが一寸奥へ通つて呉れと仰有るから通つて下さい。此処もバラモン教の射場だから……、友彦さま、お前は親の家へ戻つたやうなものだ。久し振りで蜈蚣姫様に御面会が出来るから喜びなさい』 友彦『何と仰有る。此処が蜈蚣姫様のお館ですか、そりや違ひませう。世界に同じ名は沢山御座います。まさか本山に居られた、副棟梁の鬼熊別の奥さまの蜈蚣姫さまではありますまい』 高姫『さうだともさうだとも、チツとは不首尾な事があらうが辛抱しなくては仕方がない。逃やうと云つたつて逃げられはせぬワ。お前も可愛い娘の婿だから、さう酷くも当らつしやるまい。安心して妾に伴いて御座れ』 友彦は顔色忽ち蒼白となり、恐る恐る高姫の後について奥の間に進み往く。 (大正一一・六・一三旧五・一八加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 02 唖吽 第二章唖呍〔七三二〕 友彦は鬼熊別夫婦の信任益々厚く、遂には鬼熊別が奥の間に内事係の主任として仕ふる事となりぬ。小糸姫も朝な夕なに友彦の親切にほだされ、好かぬ顔とは思ひ乍らも何時とは無しにスツカリ無二の力と頼むに至りける。蔭裏に生えた豆でも時節が来ればはぢける道理、十五の春を迎へたオボコ娘も、何時とはなしに声変りがし、臀部の恰好が余程大人び来たりぬ。男女の交情を結ぶ第一の要点は談話の度を重ぬること、会見の度の多きこと、及び時間の関係に大影響を及ぼすものなるべし。 小糸姫は何時とはなしに友彦の顔を見る毎に、顔赤らめ、襖の蔭に隠れ、窃み目に覗く迄になりぬ。蜈蚣姫は信任厚き友彦に、小糸姫の身辺の世話を委託したるが、遠近上下の隔てなきは恋の道、優柔不断フナフナ腰の友彦も何時とは無しに妙な考へを起し、遂には小糸姫の夫となつてバラモン教の実権を握らむと、野心の火焔に包まれ昼夜心を焦し居たり。 友彦が募る恋路に、小糸姫は襖の開閉にも、擦れつ縺れつ相生の松と松との若緑、手折るものなき高嶺に咲いた松の花、遂に友彦が得意の時代は到来した。猪食た犬の蜈蚣姫は敏くも二人が関係を推知し、夫鬼熊別に向つて言葉を尽し、友彦をして小糸姫の夫となし、鬼熊別が後継者たらしめむとする意志を、事に触れ、物に接し、遠廻しにかけて鬼熊別にいろいろと斡旋の労を執りぬ。 されど鬼熊別は友彦の下劣なる品性と、野卑なる面貌に心を痛め、到底副棟梁の後継者として不適任たることを悟り、何時も蜈蚣姫の千言万語を尽しての斡旋を馬耳東風と聞き流した。 友彦、小糸姫は父の心中を察し、人目を忍んでは二人の行末を案じ煩ひつつ、ヒソヒソ話に耽り居たりける。 ある時友彦は、 友彦『小糸姫様、私は今日限り貴方に御別れ致さねばならぬことが出来ました。今までの御縁と諦めて下さいませ』 小糸姫は漸く口を開き恥し気に、 小糸姫『友彦様、そりや又何うした理由で御座います。たとへ何うなつても小糸姫のためには力を尽し、生命でも差出すと仰有つたではありませぬか』 友彦『ハイ、私の心は少しも変つては居りませぬ。日に夜に可愛さ、恋しさが弥増し、片時の間も貴女のお顔が見えねば、ジツクリとして居られないやうに、恋の炎が燃え立つて来て居ります。併し乍ら貴女は尊き副棟梁の一人娘、何時までも私のやうな賤しき者と関係を結ぶ訳には参りませぬ。御父様の御意中は決して吾々両人の意を叶へては下さいませぬ。何程御母上が御取持下さつても、最早駄目だと云ふことが解りました。私は是より此の煩悶を忘れるため、貴女の御側を遠く離れ、世界を遍歴し一苦労を致しませう。これが御顔の見納めで御座いますれば、何うぞ御両親に孝養を尽し、立派な夫を持つてバラモン教のために御尽し下さいませ』 小糸姫は驚いて其の場に泣き伏し、 小糸姫『アー何うしませう。父上様、聞えませぬ』 と泣き叫ぶを友彦は、 友彦『モシモシ御嬢様、悔んで復らぬ互の縁、暫しの夢を見たと御諦め下さいませ。誠に賤しき身を以て、貴女様に対し失礼を致しました重々の罪、何卒御赦し下さいませ……左様なら、これにて愛しき貴女と御別れ致しませう』 と立去らむとするを裾曳き止め、 小糸姫『暫らくお待ち下さいませ。妾も女の端くれ、たとへ天地が変るとも、一旦言ひ交した貴方を見捨てて何うして女の道が立ちませう。苦楽を共にするのが夫婦の道、仮令何と仰有つても、妾は何処までも放しませぬ。何うしても別れねばならなければ貴方のお手で妾を刺殺し、何処へなりと御出で下さいませ』 と泣き伏す。 友彦『アヽ困つたことが出来たワイ、別れようと言へば御嬢様の強き御決心、生命にも係はる一大事、大恩ある鬼熊別の御夫婦に対し申訳が無い。さうだと云つて大切な御嬢様を伴出しては尚済まず、アヽ仕方がない……。モシ御嬢様、私は此処で腹掻き切つて相果てまする。何うぞ貴女は両親に仕へて孝養を御尽し遊ばされ、幸に私の事を思ひ出された時は、水の一杯も手向けて下さいませ。千万人の宣伝使の読経よりも貴女の御手づから与へて下さつた一滴の水が、何程嬉しいか知れませぬ。小糸姫様、さらばで御座いまする』 と懐剣スラリと引抜き、腹に今や当てむとする時、小糸姫は其の腕に縋りつき、 小糸姫『モシモシ友彦様、暫らくお待ち下さいませ。お願ひいたし度いことが御座います』 友彦は、 友彦『最早覚悟致した上は申訳のため唯死あるのみ。何うぞ立派に死なして下され』 小糸姫『どうして是が死なされませう。斯うなる上は是非がない。親につくか、夫につくか、落ちつく途は唯一つ。暫時は親に御苦労をかけるか知れないが、何れ此世に長らへて居れば、御両親に孝養を尽すことも出来ませう。何卒友彦様、妾を伴れて遁げて下さいませぬか』 友彦『これはしたり御嬢様、親子は一世、夫婦は二世と申しまして、此世に親ほど大切なものは御座いますまい。友彦ばかりが男ではありませぬ。モツトモツト立派な男は沢山に御座いますれば、私のことは只今限り思ひ切り、両親に御孝養願ひます。さらば、是にて御別れ……』 と又もや懐剣を突き立てようとする。小糸姫は悲しさやる瀬なく腕に喰ひつき満身の力を籠めて友彦を殺さじと焦り居る。友彦は感慨無量の態にて、 友彦『アヽ其処まで私を思うて下さるか。左様なれば仰せに随ひ、暫らく私と一緒に何処かへ隠れて、楽しき月日を送りませう』 小糸姫は、 小糸姫『あゝそれで安心致しました』 と奥に入り、密かに数多の路銀を懐中し、夜の更くるを待つて二人は館を後に、何処ともなく顕恩郷より消えにけり。 親子のやうに年の違うた二人の男女は、手に手をとつて波斯の国を、彼方此方と彷徨ひ、遂には高山も幾つか越えて印度の国の南の端に進んで来た。此処には露の都と云つて相当な繁華な土地がある。バラモン教の宣伝使市彦は相当に幅を利かし、遠近に名を轟かして居た。友彦は斯る地点に彷徨ふは、発覚の虞れありとなし、月の夜に紛れて海を渡り、セイロンの島に漕ぎつけ、奥深く進みシロ山の谷間に居を構へ、二人は暮す事となつた。物珍らしき島人は、花を欺く小糸姫の容貌を見て、天女の降臨せしものと思ひ尊敬の念を払ひ、日夜此の庵も訪ねて参拝するもの引きも切らぬ有様であつた。小糸姫は表向友彦を下僕となし、女王気取りで無鳥島の蝙蝠王となりすまし、友彦と共に日夜快楽に耽りゐたり。 友彦の俄に塗りたてた身魂の鍍金は、日に月に剥脱し、父母両親の目の遠く離れたるを幸ひ、横柄に小糸姫を頤の先にて使ふ様になつた。さうして小糸姫が持ち来れる旅費を取出しては日夜酒に浸り、或は島人の女に対し他愛なく戯れ出した。小糸姫は、漸く恋の夢醒むるとともに、友彦の言ふこと為すことを、蛇蝎の如く忌み嫌ひ、友彦の方より吹きくる風さへも、身を切る如くに感じた。百度以上に逆上せ切つた恋の夏も何時しか過ぎて、ソロソロ秋風吹き起り、日に日に冷気加はり凩寒き冬の如く、友彦を思ふ恋の熱はスツカリ冷却して氷の如くになり終りけり。 友彦は小糸姫の様子の日に日につれなくなるに業を煮やし、時々鉄拳を揮ひ、自暴酒を呑み、嗄がれ声で呶鳴り立て、二人の仲は日に夜に反が合なくなりにける。 或夜小糸姫は友彦が大酒を煽り、酔ひ潰れたる隙を窺ひ、一通の遺書を残し、浜辺に繋げる小舟を漕ぎ、島人の黒ン坊二人を伴なひ、太平洋を目蒐けて大胆にも遁げ出したり。 友彦は酒の酔が醒め、起き出で見れば夜はカラリと明けはなれ小鳥の声喧し。 友彦は眠たき目を擦り乍ら、 友彦『小糸姫、水だ水だ』 呼べど叫べど何の応答もなきに友彦は、 友彦『アヽ又裏の山へでも果物を取りに往きよつたのかなア。何を云うても御嬢さまで気儘に育つた女だから仕方が無い。併し斯う云ふものの、まだ十六だから子供の様なものだ。余りケンケン云つてやるのも可哀想だ。チツトこれから可愛がつてやらねばなるまい。顕恩郷に居れば、彼方からも、此方からも御嬢さまと奉られ、女王の様に持て囃され、栄耀栄華に暮せる身分だ。此の友彦が思はぬ手柄に依つてそれをきつかけに旨くたらし込み、世間知らずのオボコ娘をチヨロマカした俺の腕前、定めてバラモン教の幹部連も驚いたであらう。俺の顔は自分乍ら愛想の尽きるやうなものだが、それでも生命の親だと思つて、すねたり、跳たりし乍ら付いて居るのはまだ優らしい。たとへ俺を嫌つて遁げ帰らうと思つても、遠き山坂を越えコンナ離れ島へ連れ込まれては、孱弱き女の何うすることも出来よまい。思へば可哀想なものであるワイ……アヽ喉が渇いた。一つ友彦自ら玉水を、汲みて御飲り遊ばす事としよう』 と云ひ乍ら、門前を流るる谷川の水に竹製の柄杓を突込み、グイと一杯汲み上げ声を変へて、 友彦『さア、旦那様、御上り遊ばせ。あまり御酒を上りますと御身のためによろしく御座いませぬ。若しも貴方が御病気にでも御なり遊ばしたら、妾は何うしませう。ねー貴方、妾が可愛いと思召すなら、何うぞ御酒を余り過ごさない様にして頂戴……ナンテ吐しよるのだけれど、今日に限つて若山の神様は何処かへ御出張遊ばした。軈て御帰館になるだらう。それまで山の神の代理を勤めるのかなア』 と独語言ひ乍ら、グツト一杯飲み乾し、 友彦『アヽ酔醒めの水の美味さは下戸知らずだ。アヽうまいうまい、水も漏らさぬ二人の恋仲、媒酌人も無しに自由結婚と洒落たのだから、此の杓を媒酌人と仮定して先づ一杯やりませう。何程しやくだと云つても、顕恩郷を遠く離れた此の島、二人の恋仲に水差す奴も滅多にあるまい。併し乍ら小糸姫が時々癪を起すのには、一寸俺も困る………「もしわが夫様、癪がさしこみました。どうぞ御介錯を願ひます」………なんて本当になまめかしい声を出しやがつて、俺は何時もそれが癪に障………らせぬワ。アヽうまいうまい』 と、汲んでは飲み汲くんでは飲み一人興がりゐる。 斯かる処へ黒ン坊の一人現はれ来り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、女王様が夜前船に乗つて何処かへ往かれたのを、貴方御存知で御座いますか』 と聞くより友彦は真蒼になり、 友彦『何ツ、小糸姫が船に乗つて此処を去つたとは、そりや本当か』 黒ン坊『何私が嘘を申しませう。チヤンキーとモンキーの二人が、櫓櫂を操り港を船出しましたのを、月夜の光に慥に見届けました。私ばかりでない、四五人のものがみんな見て居りますよ』 友彦『ソンナラ何故早速知らして来ぬのだ』 黒ン坊『早速知らせに参つたのですが、御承知の通り此の急坂、さう着々と来られませぬワ』 友彦『さうして小糸姫は何処へ往つたか知つて居るか』 黒ン坊『そこまではハツキリしませぬが、何でも舳を印度の国の方へ向けて出られましたから、大方露の都へ御越しになつたのでせう』 友彦は両手を組みウンウンと吐息を吐き、両眼より粗い涙をポロリポロリと溢して居る。暫くして友彦は立上り、 友彦『おのれチヤンキー、モンキーの両人、大切な女房を唆かし、何処へ遁げ居つたか、たとへ天をかけり、地を潜る神変不思議の術あるとも、草をわけても探し出し、女房に会はねば置かぬ。其時にチヤンキー、モンキーの二人を血祭りに致して呉れむ』 と狂気の如く荒れ狂ひ、鍋、釜、火鉢を投げ、戸障子に恨みを転じ、自ら乱暴狼藉の限りを尽し、家財を残らず滅茶苦茶に叩き毀し、小糸姫の残し置いた衣服や手道具を引裂き、打砕き、地団駄踏んで室内を七八回もクルクルと廻り狂ひ、目を廻してパタリと倒れた。 黒ン坊の一人は驚いて側に駆寄り、 黒ン坊『モシモシ友彦様、狂気めされたか。マア気を御鎮めなされ、何程焦つても追ひつくことは出来ますまい。何れ印度の国の露の都に市彦と云ふ名高い宣伝使が居られますから、其処へ大方御越しなつたのでせう』 友彦は此声にハツト気がつき、 友彦『何ツ、市彦が何うしたと云ふのだ』 黒ン坊『大方女王様は露の都の市彦の館へ御越しになつたのだらうと、皆の者が噂を致して居りましたと云ふのです』 友彦『それは貴様、よく知らせて呉れた。さア、駄賃をやらう』 と金凾を開き見れば、こは如何に、空ツけつ勘左衛門、錏一文も残つて居ない。凾の底に残つた折紙を手早く掴み披き見て、 友彦『アヽ何だか些も分らない。スパルタ文字で………意地の悪い、俺の読めぬのを知り乍ら、遺書をして置きやがつたのだらう。併しこれは後の証拠だ。大切にせなくてはならない』 と守り袋の中に大事相にしまひ込み、黒ン坊に案内させ、一生懸命にシロ山の急坂をドンドン威喝させ乍ら、大股に降り行く。 漸くシロの港に駆ついた。滅法矢鱈に黒ン坊と二人がマラソン競走をやつた結果、港に着くや、気は弛みバツタリと此処に倒れて了つた。港に集まる黒ン坊は二三十人寄つて集つて水をかけたり、鼻を捻ぢたり、いろいろとして漸く気をつけた。 友彦は四辺キヨロキヨロ見廻し乍ら、 友彦『オー此処はシロの港だ。さア、汝等一時も早く船の用意を致し、印度の国へ送れ』 黒ン坊の一人『賃銭は幾何呉れますか』 友彦『エーコンナ時に賃銭の話どころか、一刻も早く猶予がならぬ。賃銭は望み次第後から遣はす。さア、早く行け』 と急き立てる。 友彦の懐中は実際無一物であつた。八人の黒ン坊は八挺櫓を漕ぎ乍ら矢を射る如く友彦の命のまにまに印度洋を横切り、印度の国の浜辺へ漸く着いた。此処は真砂の浜と云ひ遠浅になつてゐる。船は十町ばかり沖にかかり、それより尻を捲つて徒歩上陸する事となりゐるなり。 黒ン坊『モシモシ大将さま、賃銭を頂きませう』 友彦『ウン一寸待て、賃銭はシロの港まで帰つた時、往復共に張りこんでやる。二度にやるのは邪魔臭いから、此処に船を浮かべて待つてゐるがよからう』 黒ン坊『さうだと云つて………露の都までは二日や三日では往けませぬ。往復十日もかかるのに、コンナ処に待つてゐられますかい』 友彦『待つのが嫌なら先へ帰つてシロの港で待つてゐるがよからう。帰途には又他の船に乗るから………』 黒ン坊『ソンナ事を言はずに渡して下さいなア。女房が鍋を洗つて待つてゐるのですから』 友彦『実は金をあまり周章て忘れて来たのだ』 黒ン坊『ヘンうまいこと云ふない。女王にスツパ抜けを喰はされ、金も何も持つて遁げられたのだらう。今までは女王様の光りで、貴様を尊敬して居つたが、モー斯うなつちや誰が貴様に随ふものがあるか。金が無ければ仕方がない。貴様の身につけたものを残らず俺に渡せ。グヅグヅ吐すと、寄つて集つて此の海中へ水葬してやらうか』 友彦『エー仕方が無い、ソンナラ暑い国の事でもあり、裸でもしのげぬ事は無いのだから、これなつと持つて行け』 とクルクルと真裸になり、船の中に投げつけたるに黒ン坊は、 黒ン坊『ヨー思ひの外立派な着物だ。何分金にあかして拵へよつた品物だから………オイその首にかけて居る守り袋を此方へ寄越せ』 友彦『之に貴様等が手を触れると、忽ち身体がしびれるぞ。さア持つて行け』 と首を突き出す。八人の黒ン坊は、 黒ン坊『ヤア、ソンナ怖ろしいものは要らぬワイ。勝手に持つて行け』 と云ひ捨て遠浅の海に友彦を残し、八挺櫓を漕ぎ、紫の汐漂ふ海面を矢の如く帰つて行く。 友彦は砂に足を没し、已むを得ず首に守袋をプリンと下げ、飼犬よろしくと云ふスタイルで、遠浅の海をノタノタと、四つ這ひになつて岸辺を指して進み行く。 (大正一一・六・一四旧五・一九外山豊二録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 05 蘇鉄の森 第五章蘇鉄の森〔七三五〕 生命の綱と頼みてし三つの神宝の所在をば 執念深く何処までも探さにや置かぬと高姫が 夜叉の如くに狂ひ立ち積る思ひの明石潟 浪の淡路の島影に船打ち当てて沈没し 九死一生の大難を玉能の姫に助けられ 感謝するかと思ひきや心の奥に潜むなる 自尊の悪魔に遮られ生命の親をさまざまに 罵り嘲り東助が操る船に身を任せ 玉の所在は家島ぞと心を焦ちて到着し イロイロ雑多と身を尽し心砕きし其揚句 絶望の淵に身を沈め如何はせむととつおいつ 思案に暮るる折柄に浜辺に繋げる新調の 小舟に身をば任せつつ貫州従へ玉の緒の 生命の瀬戸の海面を力限りに漕ぎ出し 小豆ケ島へ漂着し又もや玉の所在をば 探らんものと国城の山を目蒐けて駆登り 岩窟の中にてバラモンの神の司の蜈蚣姫 館に思はず迷ひ込み早速の頓智高姫は 蜈蚣の姫が心汲み表面ばかり親善の 姿装ひ漸うに敵の毒手を逃れつつ 蜈蚣の姫を利用して玉の所在を探らむと 再び船に身を任せ一行数人波の上 馬関海峡打過ぎり西へ南へ進み行く 蜈蚣の姫は第一に玉の所在を索めつつ 恋しき娘の所在をば探らむ為の二つ玉 愛と欲とに搦まれてスマートボール其外の 供を従へ高姫が船に棹さし進み行く 心そぐはぬ敵味方さしもに広き海原の 波は凪げども村肝の心の海に立つ波は 穏かならぬ風情なり。 焦つく様な暑い日光を浴びた一行は、汗を滝の如くに搾り出し、渇を感じ水を需めむと、やうやうにして海中に泛べる大島の磯端に船を横たへ、彼方此方と淡水を求めつつ草木を別けて互に『オーイオイ』と声を掛け、連絡を保ち乍ら、島内深く進み入つた。渇き切つたる喉よりは最早皺嗄れ声も出なくなりにけり。 高姫は漸くにして蘇鉄の森に着きぬ。一丈許りの蘇鉄の幹は大蛇の突立つて雨傘を拡げた如く、所狭き迄立並ぶ。蘇鉄のマラを眺めて矢庭に貫州に命じ、むしり取らしめてしがみ始めたるに、何とも知れぬ甘露の如き甘き汁、噛むに従つて滲み出で、漸く蘇生の思ひをなせり。………蜈蚣姫一行も漸くにして此場に現はれ、高姫がむしり取つたるマラに目を注ぎ渇を医する為に、餓鬼の如く喰ひ付かんとする一刹那、マラの実は忽ち延長し一丈許りの大蜈蚣となつてノロノロと這ひ出し、其儘蘇鉄の幹にのぼり、次から次へと条虫の如く延長して蘇鉄の幹を残らず巻き、一指をも添へざらしめむとせり。蜈蚣は長さと太さを時々刻々に増し、一時程の間に此大島全体を巻き尽したりける。 高姫、蜈蚣姫其他の一行は、樹木と共に蜈蚣に包まれ、息も絶え絶えに天津祝詞を奏上し、バラモン教の経文を唱へ、只管身の安全を祈る事のみに余念なかりけり。 マラの変化より成出でたる蜈蚣は、大島を十重二十重に巻き、四面暗澹として暗く、得も言はれぬ不快の空気に、呼吸器の働きも停止せむ許りとなりき。九死一生の破目に陥りたる高姫は、最早是までなりと総ての執着心に離れ、運命を惟神に任せ、観念の眼を閉ぢ死を待ちつつありける。 忽ち頭上より熱湯を浴びせかけた如き焦頭爛額の苦みを感ずると共に、紫磨黄金の肌を露はしたる巨大の神人、忽然として此場に現はれ来り、 神人『汝日の出神の生宮と称する高姫、今茲に悔い改めずば汝は永遠に今の苦みを味はひ、根底の国の消えぬ火に焼るべし』 と云つた儘姿は消へたり。一方蜈蚣姫は、頭上より氷の刃を以て突き刺されし如き大苦痛を感じ、七転八倒身を踠く折しも、墨の如き黒き巨顔を現はし、眼球は紅の如く輝きたる異様の怪物、首から上許りを暗黒の中にも殊更黒き輪廓を現はし乍ら、長き舌を出して蜈蚣姫の頭部面部を舐めた其恐ろしさ、流石気丈の蜈蚣姫も其厭らしさに身の毛もよだち、何の応答も泣く許り、怪物の舌の先よりは無数の小さき蜈蚣、雨の如くに現はれ来り、蜈蚣姫の身体を空地もなく包み、所構はず無数の鋭き舌剣を以て咬みつける其苦しさ『キヤツ』と叫んで其場に倒れ、右に左に転げ廻る。此時高姫は漸く正気に復し四辺を見れば、酷熱の太陽は晃々と輝き亘り、数多の樹木青々として、吹き来る海風に無心の舞踏をなし居たり。高姫は、 高姫『アヽ夢であつたかイナア。それにしても此怪しき蘇鉄、斯かる怪異の続出する島に長居は恐れ、一時も早く此島を離れ、宝の所在を探らむ。貫州来れツ』 と四辺を見れば、貫州はドツカと坐し、瞑目した儘腕を組み、石像の如くに固まり居る。高姫は一生懸命に祝詞を奏上し、頬を抓り、鼻を摘み、イロイロ介抱をすること半時ばかりを費したり。されど貫州は血の気の通はざる石像の様に、何処を撫でても少しの温か味も無くなり居る。高姫は何となく寂しさに襲はれ、泣き声まぜりになつて、 高姫『コレ貫州、今お前に斯んな所で死なれて、どうなるものか、……チツト確かりしてお呉れ』 と泣き口説く。貫州は漸くにして左の目をパツチリ開けた。されど黒球はどこへか隠れ、白眼計り剥き出し、木の根の様な筋に赤き血を漲らし、赤き珊瑚樹の枝の様に顔面が見えて居る。 高姫は一生懸命に祈願を凝らす。此時今迄大地に打つ倒れて居た蜈蚣姫は無言の儘ムクムクと立上り、高姫の前にヌツと現はれ、怒りの形相凄じく、拳を固め、平家蟹の様な面をさらして睨付け出した。又もやスマートボールむくむくと立上り、白玉計りの両眼を剥き出し、口を尖らせ、蟷螂の様な手付をし乍ら、鶴嘴を以て土方が大地を掘る様に、高姫の頭上目蒐けてコツンコツンと機械的に打ち始めた。其手は鉄の如く固くなつて居る。高姫は此鋭鋩を避くる為、身をかはさむと焦れども、土中より生えたる木の如く、一寸も身動きならず、止むを得ず同じ箇所を幾回となく、拳の鶴嘴につつかれて居るより仕方なかりけり。 此時天上の雲を押し開き、天馬に跨り此方に向つて下り来る勇壮なる神人あり。数百人の騎馬の従卒を伴ひ、鈴の音シヤンシヤンと一歩々々空中を下り来り大音声にて、 神人『汝は高姫ならずや。日の出神と自称する汝が守護神は、常世の国のロツキー山に発生したる銀毛八尾の悪狐なるぞ。只今汝が霊縛を解かむ。今日限り悔い改め、仮りにも日の出神などと名乗る可らず。我こそは真正の日の出神なり。一先づ此場は神直日大直日に見直し開き直し、汝が罪を赦すべし。是れより汝は蜈蚣姫の一行と共に南洋に渡り、竜宮の一つ島に到りて、黒姫を救へ。ゆめゆめ疑ふな』 と云ひ棄てて馬首を転じ、数多の従神と共に、轡を並べて天上高く昇らせ玉ひぬ。此時何処ともなく空中より大なる光玉現はれ来り、高姫が面前に轟然たる響と共に落下し、火は四辺に爆発飛散し、高姫一行の身は粉砕せしかと思ふ途端に目を醒せば、大蘇鉄の下にマラをしがみながら倒れて居た。蜈蚣姫其他一同は、炎天の草の上に頭の巨大なる虻蠅などに、或は刺され、或は舐められ乍ら、息も絶え絶えに倒れ居たり。貫州はと見れば、そこらに影もない。高姫は力限りに、 高姫『オイ、オーイ、貫州々々』 と叫び始めたるに、あたりの森林の雑草を踏み分けて、大なる瓢箪に水を盛り、ニコニコとして此処に現はれ来る男の姿を見れば、擬ふ方なき貫州なり。 貫州『高姫様、お気が付きましたか。サア此水をおあがり下さいませ』 と自ら手に掬うて高姫に啣ませた。高姫は初めて心神爽快を覚え、 高姫『アヽ持つべき者は家来なりけり、お前がなかつたら妾は如何なつたか分らない。就ては幸ひ蜈蚣姫其他の連中は此通り昏倒つて居れば、今の間にお前と二人、あの船に乗つて竜宮島へ渡り、玉の所在を探さうぢやないか』 と云ひ乍ら稍首を傾げ笑みを湛へて貫州の顔を覗き込み、貫州の返辞をもどかしげに待ちわび居る。貫州は高姫にむかい、 貫州『それだから貴女は不可ないのです。仮令敵でも味方でも助くるのが神の道、此島へ斯の如く弱り切つた人々を残し、我々両人が船を操り逃げ帰るなどと、左様な残酷な事がどうして出来ませうか。貴女はまだ改心が出来て居ないのですなア』 高姫『大功は細瑾を顧みず、天下国家の為には少々の犠牲を払はなければならぬぢやないか。お前はそれだから困るのだよ。まるで女の腐つた様な気の弱い男だから……サア貫州、妾に従いておいで、是れから二人が出世の仕放題、こんな奴を連れて行かうものなら足手纏ひになるばかりか、大変な邪魔者だ。サア行かう』 と元気恢復したのを幸ひに、夢の裡の日の出神の訓戒を忘れ、功名心に駆られスタスタと先に立ちて磯辺に進まうとする。貫州は高姫の顔を心無げに見遣り乍ら、耳に入らざるものの如く装ひ、瓢箪の清水を蜈蚣姫の口に啣ませた。蜈蚣姫は初めて生きたる心地し乍ら起きあがり、両手を合せて貫州に感謝の意を表する。貫州は是れに力を得てスマートボールを初め、其他一同に水を与へたり。高姫は此態を見て目を釣り上げ、面をふくらせ眺めて居る。蜈蚣姫は立あがり、 蜈蚣姫『高姫様の御指図に依つて、貫州様は厭々乍ら、主人の命だと思ひ、私達に結構な水をドツサリ与へて元気を恢復させて下さいました。お陰で私の身内の者も皆助かりました。主人の心下僕知らずとやら、仁慈無限の高姫様の大御心に反抗する貫州さまは、余程可愛い人です。貴女等主従の御争論を、妾は一伍一什聞かして頂きました。……高姫様、御親切有難う御座います。此御恩はキツトお返し申します。オホヽヽヽ』 と肩を揺り、厭らしさうに笑ふ。スマートボールは立あがり、 スマートボール『コリヤ貫州、……貴様は余程腹の悪い奴ぢや……無いワイ。よう俺を助けて呉れやがつた。キツト御礼を申すから、さう思うて居れ。……モシ高姫さま、貴女は三五教に反旗を掲げて、ウラナイ教を創立なさつた様な日の出神の偽宮だから、流石は仁慈に富み、申分の無い善人ぢや……無い。よう我々を助けてやらうと思ひくさらなんだ。アツクアツク御礼申しますぞ』 高姫『オツホヽヽヽ、皆さまの態のよい当てこすりワイの。こりや決して高姫の精神から言つたのぢやない。蜈蚣姫様やお前達の守護神が高姫の体内を藉つて言つたのだ。高姫の守護神は臨時貫州に憑つたのだよ。それだから昔の根本の身魂の因縁が分らぬと、善が悪に見えたり、悪が善に見えたり致しますぞや。神様のイロイロとして心をお引き遊ばす引つかけ戻しのお仕組だから、人が悪に見えたら、自分の心を省みて改心なされ。人の悪いのは皆我が悪いのだ。此高姫は水晶玉の世界の鑑、皆の心の姿が映るのだから、キツト取違ひをしては可けませぬぞや。アーア蜈蚣姫様も余程身魂の研けたお方ぢやと思うたが、日の出神の生宮の前に出て来ると、まだまだ完全な所へは往けませぬワイ』 蜈蚣姫は吹き出し、 蜈蚣姫『オホヽヽヽ』 一同は、 一同『アハヽヽヽ』 と共笑する。貫州は、 貫州『アー何が何だか、サツパリ見当が取れなくなつて来たワイ』 高姫は腮をシヤクリ、 高姫『きまつた事だよ。見当の取れぬお仕組と、変性男子が仰有つたぢやないか。此事分りて居る者は世界に一人よりない……とお筆に現はされて居るだらう。お前達に誠の仕組が分りたら、途中に邪魔が這入りて、物事成就致さぬぞよ。オホヽヽヽ』 と大きう肩を揺つて雄叫びする。蜈蚣姫は眉毛にそつと唾をつけて素知らぬ顔…… 蜈蚣姫『モシ高姫さま、貴女は大自在天様の御眷族の生宮だと仰有るかと思へば、日の出神の生宮とも仰有る様だし、実際の事は何方の守護神がお懸りなのですか』 高姫『変幻出没千変万化、自由自在の活動を遊ばす大自在天様の御守護神だから、時あつて日の出神と現はれ、又大国別命の眷族……実際の所は大黒主命の御守護が主なるものです』 蜈蚣姫『日の出と大クロと………大変な懸隔ですなア。蜈蚣姫には、善悪の区別が全く裏表の様に思へますワ』 高姫『お前さまにも似合はぬ愚問を発する方ですなア。顕幽一致、善悪不二、裏があれば表があり、表があれば裏がある。表裏反覆常なき微妙の大活動を遊ばすのが真の神様ぢや。馬車馬的の行動を取る神は、畢竟人を指揮する資格の無いもの、妾等は大黒主命の生宮たる以上は、すべての神人を、大自在天様に代つて、指揮命令する特権を惟神に具備して居る。所謂日の出神の岩戸開きの生宮で御座る。神はイロイロとして心を曳くから引掛戻しに懸らぬ様に御用心をなされませ』 蜈蚣姫『何時の間にやら、貴女も顕恩城の信者に化け込んで居られた時とは、口車が余程運転する様になりましたなア。蜈蚣姫も感心致しましたよ』 高姫『化け込んだとはソラ何を仰有る。誠正直生粋の日本魂で大自在天様を信仰して居りました。ウラナイ教と謂つても、三五教と言つてもバラモンでもジアンナイ教でも、元は一株、天地根本の大神様に変りはない。併し乍ら今日の所ではお前さまの奉ずるバラモン教の行方が一番峻酷で、不言実行で、荒行をなさるのが御神慮に叶ふと思つたから、国城山でお目に掛つてより、層一層バラモンが好になつたのですよ。サアサア斯うなれば姉妹も同様、一時も早く所在を探しに参りませう』 蜈蚣姫『私は最早玉なんかに執着心はありませぬ。それよりも心の玉を研くのが肝腎だと気がつきました』 高姫『ホヽヽヽヽ、重宝なお口だこと。天にも地にも唯一人の小糸姫様の所在が分りかけたものだから、玉所の騒ぎではない。一刻も早く小糸姫さんに遇ひたいと云ふのが貴女の一念らしい。それは無理もありませぬ。何と云つても目の中へ這入つても痛くない一人娘の事だから、国家興亡よりも自分の娘が大切なのは、そりや人情ですワ』 と嘲る様に云ふ。蜈蚣姫は高姫の言葉にムツとしたが、何を云うても唯一艘の船、高姫の機嫌を取らねば目的地へ達する事が出来ないと思つて、ワザと機嫌よげに、 蜈蚣姫『ホヽヽヽヽ、これはこれは高姫さまの御教訓、感じ入りました。つい吾子の愛に溺れ、大事を誤りました私の不覚、はしたない女とお笑ひ下さいますな。そんなら此れより神第一、吾子第二と致しませう』 高姫『第三に玉ですか、あなたのお説の通り、そこまで研けた以上は、有形的の玉よりも、貴女は小糸姫様に会ひさへすれば結構なのでせう。モウ玉なんかに執着心を持たぬ様になされませ。其代りに妾は其玉を発見次第御預り致し、妾の手より大自在天様に御渡し申しませう。宜しいか。一旦貴女のお口から出たこと、吐いた唾液を呑み込む訳にもいきますまい』 と目を据ゑて蜈蚣姫の顔を一寸見る。蜈蚣姫はワザとに顔を背け、何喰はぬ顔にて、 蜈蚣姫『何事も貴女に任せませう』 スマートボール『モシモシ蜈蚣姫様、そりや目的が違ひませう。貴女も魔谷ケ岳に永らく御苦労なさつたのも、玉の所在を探さむ為でせう。何と云ふ気の弱い事を仰有るのだ。仮令高姫さまが何と仰有つても、スマートが承知しませぬぞ』 蜈蚣姫『何事も私の胸に有るのだから黙つて居なさい』 高姫『胸に有るとは、蜈蚣姫さま、何があるのですか。余程陰険な事を仰有るぢやありませぬか。さうすると今妾に仰有つた事は詐りでせう』 蜈蚣姫『仮にも神様に仕へる妾、鬼熊別の女房、どうして嘘偽りを言ひませう。あまり軽蔑なさると、此蜈蚣姫だつて此儘には置きませぬぞ』 と肩を怒らし口をへの字に結んで歯ぎりし乍ら、形相凄じく高姫の顔を睨みつけたり。 高姫『ホヽヽヽヽ、平家蟹が陀羅助を喰つた様なお顔をなされますな。貴女もヤツパリ腹が立ちますか。忍耐と云ふ宝を如何なさいました』 蜈蚣姫『それは貴女のお見違ひ、妾は腹が俄に痛くなつて苦しみ悶えた結果、顔付が怖くなつたのです。アヽお陰様で大分に緩んで来ました。サアサア皆さま、仲ようして一つの船でこの荒波を渡りませう。十分お水の用意をして………』 と各自に器の有り丈を引抱へ、檳榔樹の生え茂る林の中を潜り、貫州に導かれて、谷間の水溜りを求め、辛うじて水を充たせ、漸く船に積み込み、月明の夜を幸ひ、折からの順風に帆を上げ西南に舵を取り、海上に起伏する小島を縫うて進み行く。 (大正一一・七・二旧閏五・八松村真澄録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 06 アンボイナ島 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 07 メラの滝 第七章メラの滝〔七三七〕 瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツキリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、 スマートボール『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』 と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、 蜈蚣姫『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』 スマートボール『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』 蜈蚣姫『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』 スマートボール『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』 蜈蚣姫『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』 高姫『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』 貫州『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』 高姫『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』 貫州『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』 と態と平気な顔をして見せる。 蜈蚣姫『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』 高姫『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』 蜈蚣姫『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』 高姫『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』 スマートボール『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』 高姫『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』 と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。 スマートボール『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』 とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。……… 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、 高姫『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』 と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。 高姫『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』 と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。 高姫『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、 貫州『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』 高姫『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『キーキー』、喉許で笑ふ声『キウキウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、 高姫『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……キーキー、キウキウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』 と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『キウキウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、 貫州『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』 高姫は聊か迷惑顔しながら、 高姫『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』 滝の上から貫州は、 貫州『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』 蜈蚣姫『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』 貫州は霧の中より、 貫州『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』 高姫はしたり顔、 高姫『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』 蜈蚣姫『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、 蜈蚣姫『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』 と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、 高姫『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』 滝の上の霧の中より、 貫州『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』 と『キウキウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『キヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。 高姫『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』 貫州『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』 高姫『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』 貫州『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』 高姫『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』 と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。 (大正一一・七・二旧閏五・八加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 09 神助の船 第九章神助の船〔七三九〕 神が表に現れて善と悪とを立別ける 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高姫生命を棄つるとも 島の八十島八十の国山の尾の上や川の末 海の底まで村肝の心到らぬ隈もなく 探さにや措かぬと雄猛びし矢竹心の矢も楯も 堪りかねたる玉詮議左右の目玉を白黒と 忙しさうに転廻し善と悪との瀬戸の海 牛に曳かれて馬の関狭き喉首乗り越えて 数多の島々右左眺めて越ゆる太平の 波を辷つてアンボイナ南洋諸島の其中で 珍の竜宮と聞えたる芽出度き島に漕ぎつけて 玉の所在を探す内綾の高天の聖地より 玉照彦の神言もて初稚姫や玉能姫 玉治別の三人は再度山の山麓に 生田の森にて足揃ひ船を準備へ高姫が 危難を救ひ助けむと潮の八百路を打渡り 漕ぎ来る折しも霧の中仄かに聞ゆる叫び声 唯事ならじと船を寄せよくよく見れば此は如何に バラモン教の宣伝使友彦初め清鶴や 武の四人が船を破り生命の綱と岩壁に 力限りにかぢりつき救けを叫ぶ声なりし 玉治別は快く四人の男を救ひ上げ 率ゐ来りし伴舟に友彦其他を救ひつつ 男波女波を打渡り雄滝雌滝の懸りたる 雄島雌島の合せ島アンボイナ島の竜宮へ 船を漕ぎつけをちこちと青葉茂れる山路を 濃霧に包まれ千丈の瀑布の音を知るべとし 近より見れば滝津瀬の漲り落つる音ばかり 一行七人滝の前に佇み此れの絶景を 驚異の眼をみはりつつ其壮烈を歎賞し 涼味に浴する折柄に濃霧を透して婆の声 常事ならじと近寄りて窺ひ見れば高姫の 腕は血潮に染りつつ団栗眼を怒らして 面をふくらせ何事か囁く側に蜈蚣姫 妖怪変化に擬ふなる化物面を曝しつつ 滝の麓に倒れ居る玉治別は驚いて 手負に向つて鎮魂の神法修し一二三四 五六七八九十百千万と言霊の 霊歌を頭上に放射せば幾許ならず蜈蚣姫 元の姿に全快し地獄で仏に遭ひし如 心の底より感謝しつ嬉し涙に暮れにけり 玉治別の一行は探ね来りし高姫の 所在を知つた嬉しさに真心こめていろいろと 言依別の命令を完全に委曲に宣りつれど 心ねぢけし高姫は情を仇に宣り直し 相も変らず減らず口叩いてそこらに八当り 憎々しげに罵れば流石無邪気の一行も 呆れて言葉なかりけりヤツサモツサの押問答 やうやう治まり一同は二隻の船に分乗し 玉治別の操れる船には初稚玉能姫 鶴武清の六人連波を乗り切り竜宮を 後に眺めて離れ行く残りの船は友彦が 艪を操りつ蜈蚣姫高姫貫州久助や スマートボールやお民等の一行を乗せてやうやうと 波ののた打つ和田の原西南指して進み行く 前後左右に駆けまはる海蛇の姿眺めつつ 轟く胸を押隠し心にも無き空元気 船歌うたひ友彦が力限りに炎天の 大海原に搾る汗ニユージランドの手前まで 進む折しも暴風に吹きまくられて浪高く 危険刻々迫り来る左手に立てる岩山の 影を目標に漕ぎ寄せて難を避けむと進み寄る 鬼か獣か魔か人か得体の知れぬ影二つ 猿の如く岩山を駆けめぐり居る訝かしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す神の救ひの船に乗り 大海原に漂へる此岩島を一同が 生命の親と伏拝みここに小船を止めつつ アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 祈る言霊勇ましく雷の如くに鳴り渡る 此神言を聞きしより二つの影は嬉しげに 此方に向つて下り来る神の仕組ぞ不思議なる。 友彦は怪しき二つの影を見て、 友彦『ヤア高姫さま、蜈蚣姫さま、愈願望成就の時節到来、お喜びなさいませ。貴女のお探ねになる代物は漸く此島に在ると云ふ事が、的確に分つて来ましたよ』 高姫吃驚した様な声で、 高姫『エヽ何と仰有る。あの玉が此島に隠してあると云ふのかい』 友彦『御覧の通り、真黒黒助の、ア…タマが二つ、如意宝珠の様にギラギラした目のタマが四つ、貴女方を歓迎し、上下左右に駆けめぐつて居るぢやありませぬか。ありや屹度玉の妄念ですよ。黄金の隠してある所には何時も化物が出ると云ふ事だ。彼奴はキツト如意宝珠の精が現はれ、人に盗まれない様に保護をして居た所、焦れ焦れた……言はば……玉の親のお前さまがやつて来たものだから、再び腹の中へ呑み込んで帰つて貰はうと思ひ、妄念が現はれて玉の所在を知らして居るのに違ひない。コンナ所に……さうでなければ黒ン坊が住居して居る筈はない。キツトさうですよ。女の一心岩でも突き貫くとやら、あの通り岩を突き貫いて玉の精が現はれたのでせうよ』 高姫は目をクルクルさせ乍ら、二つの影を凝視め、 高姫『如何にも不思議な影だ。どう考へてもコンナ離れ島に船も無し、人の寄りつく道理がない……サア蜈蚣姫さま、あなたはモウ玉に執着心は無いと仰有つたのだから、微塵も未練はありますまいな』 蜈蚣姫『妾はアンナ黒ン坊にチツトも執着心は有りませぬ』 高姫『さうでせう。それ聞いたら大丈夫、サア是れから貫州と二人此岩山を駆け登り、玉の所在を探して来う……イヤイヤ待て待て、腹の悪い連中、岩山の上へあがつて居る後の間に、蜈蚣姫さまに船でも盗られたら、それこそ大変だ。……サア貫州、お前は此船の纜をキユツと握つて放す事はならぬぞえ。……モシ蜈蚣姫さま、お付合に従いて来て下さいな』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、さう御心配なさらいでも、滅多に船を持つて逃げる様な事はしませぬ……とは請合はれませぬワイ』 高姫『サアそれだから険難だと云ふのだ。わしの天眼通は、お前さまの腹のドン底までチヤーンと見抜いてある。それが分らぬ様な事で、どうして日の出神の生宮が勤まるものか……アヽ仕方がない。貫州、お前御苦労だが、玉の所在を、あの黒ン坊に従いて探して来て呉れ。わしは蜈蚣姫さまの監督をして居るから……アーア油断も隙も有つたものぢやないワイ』 蜈蚣姫『オツホヽヽヽ、よう悪気の廻るお方ですな。お前さまは宝を見ると直にそれだから面白い。恰度、犬コロが三つ四つ一所に集まり、顔を舐めたり、尾を嘗めたりして互に睦まじう平和に遊んで居る、其処へ腐つた肉の一片を投げて与ると、忽ち争闘を始め、親の讐敵に出会うた様に喧嘩をするのと同じ事、お前さまは宝が……まだ本当に有るか無いか知れもせぬ前から、目の色まで変へて騒ぐのだから、本当に見上げた御精神だ。いつかな悪党な蜈蚣姫も腹の底から感服致しました。………スマートボール、お前は貫州さまと一緒に黒ン坊の側へ行つて、万々一玉が有ると云ふ事が分つたら、外の二つの玉は如何でも良いから、金剛不壊の如意宝珠を、非が邪でもひつたくつて来るのだよ。此蜈蚣姫ぢやとて、性来から善人でもないのだから宝の山へ入り乍ら手振りで帰る様な馬鹿ぢやない。今迄の苦労を水の泡にはしともないから、わしも犬コロになつて、力一杯争うて見ませうかい。オツホヽヽヽ』 高姫『一旦お前さまは小糸姫にさへ会へばよい、玉なぞに執着心は無いと、立派に仰有つたぢやないか。それに何ぞや、今となつて子と玉の変換をなさるのかイ』 蜈蚣姫『変説改論の持囃される世の中だから当然さ。……コレ、スマートボール、高姫さまが何程鯱になつても、味方と云へば貫州さま唯一人、あとは残らず蜈蚣姫の幕下計りだ。寡を以て衆に敵する事は到底不可能だ。何程多数党が横暴だと国民が叫んでも、何程少数党が正義だと云つても、矢張多数党が勝利を得る世の中だもの、泰然自若、チツトも騒ぐに及びませぬ。他人の苦労で徳とると云ふ事は恰度此事だ。高姫さま、御苦労乍ら貴女、玉の所在を査べて来て下さいな。同じ大自在天に献上するのだもの、誰が取つても同じ事、それに貴女は私に玉を取らそまいとする其心の底が分らぬ。大自在天様を看板に、ヤツパリ三五教の大神に献上する考へだらう。何程布留那の弁の高姫さまでも、心の中の曲者を隠す事は出来ますまい……あのマア迷惑相なお顔付、オツホヽヽヽ』 とワザと肩を揺り、高姫流の嘲笑振りをして見せる。斯かる所へ二人の黒ン坊、断崖絶壁に手をかけ足をかけ、大勢の前に下り来り、 チャンキー『わしはチヤンキー、も一人はモンキーと云ふシロの島の住人だが、三年前に鬼熊別の御娘小糸姫様を御送り申して、竜宮の一つ島へ渡る途中暴風に出会ひ、船を打割り、辛うじて此島に駆けあがり、生命を助かり、蟹やら貝などを漁つてみじめな生活を続けて来た者ですがどうぞお前さま、吾々二人を船に乗せて連れて帰つて下さいませ』 と手を合して頼み入る。毛は生え放題、髭は延び次第、手も足も垢だらけ、目のみ光らせて居る。二人の姿を間近く眺めた一同は、此言葉を半信半疑の念にかられ乍ら聞いて居る。蜈蚣姫は胸を躍らせ、 蜈蚣姫『ナニ、お前は小糸姫を送つて来て難船したと云ふのか。さうして小糸姫は何処に居りますか』 チャンキー『サア何処に居られますかな。私たちは男の事でもあり、漸く此島にかぢりついたのだが、あまりの驚きで如何なつた事やらトツクリとは覚えて居りませぬ。大方竜宮へでも旅立たれたのでせう』 蜈蚣姫『竜宮と云ふのはオーストラリヤの一つ島の事かい』 モンキー『サア其一つ島へ行く途中に難破したのだから、竜宮違に、乙米姫様の鎮まり玉ふ海底の竜宮へお出でになつたのでせう。本当に綺麗な女王の様な方で、今思ひ出しても自然に目が細くなり、涎が流れますワイ。アヽ惜しい事をしたものだ』 と憮然として語る。蜈蚣姫は今迄張詰めた心もガツタリと、其場に倒れ身震ひし乍ら船底にかぶりつき、忍び泣きに泣き居る。高姫は蜈蚣姫の此悲歎に頓着なく、チヤンキー、モンキー二人の胸倉をグツと取り、 高姫『これ、チヤン、モンとやら、お前は誰に頼まれて玉を隠したのだ。玉能姫か、言依別か、但は此処に居る連中の誰かに頼まれて隠したのだらう。よう考へたものだ。コンナ遠い岩山に埋没して置けば如何にも知れぬ筈ぢや。私も今迄立派な立派なアンボイナ島や、大島や、小豆島を探さうとしたのが感違ひ、アヽ時節は待たねばならぬものだ。サアもう斯うなつた以上は、お前が何と云つて弁解しても白状させねば置かぬ。何程隠しても、斯んな小つぽけな島、小口から岩を叩き割つても、発見するのは容易の業だ。隠しても知れる、隠さいでも知れるのだから、エライ目に遇はされぬうちにトツトと白状したがお前の得だよ』 チヤンキー、モンキーの二人は寝耳に水の此詰問に、何が何やら合点ゆかず頭を掻き乍ら、 チャンキー『今貴女は玉を隠したとか、どうとか仰有いますが、一体何の玉で御座いますか』 高姫『オホヽヽヽ、よう白ばくれたものだなア。それ、お前が玉能姫に頼まれた如意宝珠の玉だよ。それを何処に隠したか、キツパリと白状しなさい』 チャンキー『ソンナ事は一切存じませぬ』 モンキー『玉ナンテ名も聞いたこたアありませぬワイ』 高姫『ヨシヨシ強太い者だ。腹を断ち割つても、今度こそは白状させねば置かぬ。アヽ面倒臭い事だ。妾が自ら査べに行けば後が案じられる。蜈蚣姫さまは……ヘン……吃驚したよな顔をして船底にかぢりつき油断をさせて、此高姫が山へ往つたならば矢庭に船を出し、此島に放つとく積りだらうし、アヽ体が二つ三つ欲しくなつて来たワイ』 蜈蚣姫は漸くにして顔を上げ、 蜈蚣姫『わしも今迄恋しい一人の娘に会ふのを楽みに、心の合はぬ高姫と表面だけは調子を合して来たが、天にも地にも唯一人の娘が此世に居らぬと聞けば、モウ破れかぶれだ。……サア友彦、お前も憎い奴なれど、仮令一年でも私の娘の夫となつた以上は、切つても切れぬ親子の仲、キツト私に加勢をして呉れるだらうな』 友彦『ハイお母さま、よう仰有つて下さいました。貴女の命令なら、高姫の生首を引抜けと仰有つても、引抜いてお目にかけます』 蜈蚣姫『ヤア頼もしや頼もしや、親なればこそ、子なればこそ。何処にドンナ味方が拵へてあるか分つたものぢやない。「ほのぼのと出て行けど、心淋しく思ふなよ。力になる人用意がしてあるぞよ」……と三五教の神様が仰有つたと云ふ事だ。……(声に力入れ)サア高姫、モウ斯うなる以上は化の皮を引ん剥いて婆と婆との力比べだ、尋常に勝負をなされ』 高姫『ヘン、蜈蚣姫さまの、あの噪やぎ様……イヤ狂ひやう。誰だつて一人の娘が死んだと聞けば、自暴自棄も起るであらう。気が狂ふまいものでもない。併し乍ら其処をビクとも致さぬのが神心だ……女丈夫の大精神だ。小糸姫様が海へ沈んで竜宮行をしたと聞いて腰を抜かし、其愁歎振は何ですか。見つともない。此高姫は元来気丈の性質、流石は生宮丈あつて、小糸姫が海の底へ旅立をしたと聞いて、落胆どころか却て愉快な気分に充されました。ナント身魂の研けた者と、研けぬ者との心の持様は違うたものだナ。オホヽヽヽ』 と自暴自棄になつて減らず口を叩く。 蜈蚣姫『人情知らずの悪垂婆の高姫。……サア友彦、親の言ひ付けだ。櫂を持つて来て頭から擲りつけて下さい。一人よりない大事な娘が死んだのを、却て愉快だと言ひよつた。……サア早くスマートボール、久助、高姫を打ちのめし、海の竜宮へやつて下され。チヤンキー、モンキーさま、お前さまも無理難題をかけられて、嘸腹が立たうのう。一寸の虫にも五分の魂だ。チツトは敵討ちをしなさらぬかいな。敵は貫州と唯二人、モウ斯うなれば蜈蚣姫のしたい儘だ。……サア高姫、返答はどうだ』 と追々言葉尻が荒くなる。貫州は両手を拡げ、 貫州『蜈蚣姫さま、御一同さま、マア待つて下さい』 蜈蚣姫『此期に及んで卑怯未練な、待つて呉れも有るものか。お前も讐敵の片割れ、覚悟をしたが宜からう』 貫州『わしだつてコンナ没分暁漢の高姫に殉死するのは真平御免だ。お前さまの方に、貫州も一層の事応援するから、……どうだ、聞き届けて呉れるかな』 蜈蚣姫『お前はメラの滝でチラリと喋つた言葉に考へ合はすと、あまり高姫を信用しとりさうにもないから、赦してやらう。サアどうぢや高姫、舌噛み切つて死ぬるか、此場で海へ身を投げるか、それが厭なら皆の者が寄つて懸つてふん縛り、海へ放り込まうか。最早是までと諦めて、宣伝歌の一つも此世の名残に唱へたがよからうぞ。オツホヽヽヽ』 高姫は悪胴を据ゑ、腕を組み、涙をボロリボロリと零して俯向き沈む。 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、高姫さま、嘘ですよ。あまりお前さまが我が強いから、一つ我を折つて上げようと思うて狂言をしたのだから、安心なされませ。天が下に敵もなければ他人もない。私も今迄の蜈蚣姫とは違ひます。玉能姫さまや初稚姫さまを、あれ丈ボロ糞に言つてもチツトも怒らず、親切計りで立て通しなさつた其心に感じ、善一つの真心に立帰つた此蜈蚣姫、どうしてお前さまを苦しめませう、安心して下さい。其代りお前さまも、玉能姫さまや初稚姫其他の方々を鵜の毛の露程でも恨む様な事があつては冥加に尽きまするぞ』 高姫『ヤアそれで高姫もヤツと安心を致しました。併し乍ら初稚姫や玉能姫の悪人計りは、如何しても思ひ切る事が出来ませぬワイ。人我れに辛ければ我れ又人に辛しとやら言つて、年をとつて是れだけ苦労艱難をするのも、みんな初稚姫や玉能姫のなす業、如何に天下の大馬鹿者、無神経者と云つても、此残念が如何して忘れられませうか』 蜈蚣姫『玉能姫様や初稚姫様は、神様の命令を受けて御用遊ばした丈ぢやありませぬか。元からお前さまを困らさうなどと、ソンナ悪い心はなかつたのでせう』 高姫『ソンナ小理屈は言うて下さいますな。例へば主人が下僕に対し藪の竹を一本伐つて来いと命令したと見なさい。竹を伐る時の竹の露は誰にかかりますか。ヤツパリ下僕にかかるぢやありませぬか。竹伐つた奴は玉能姫、初稚姫の両阿魔女だ。怨みが懸らいで何としようぞいの。アヽ口惜しい、残念や、オーンオーンオーン』 と前後を忘れ狼泣きに泣き始めける。 折しも海鳴の音、俄に万雷の一時に轟く如く聞え来り、波は刻々に高まる。一同はチヤンキー、モンキーの後に従ひ、最も高き岩上に避難した。船は纜を千切られ、何処ともなく、浪のまにまに流れて了つた。水量は追々まさり、最早足許まで浸して来る。山岳の様な浪は遠慮会釈もなく、頭の上を掠めて通る。殆ど水中に没したと思へば又現はれ、息も絶え絶えになり、各自覚悟の臍を極めて神言を奏上し、心の隔てはスツカリ除れて、唯生命を如何にして保たむやと是れのみに焦慮し、宣伝歌を泣声まぜりに声を嗄らして唱へ居る。 斯かる所へ波に漂ひつつ艪を操り、甲斐々々しく進み来る一隻の稍大なる船ありき。日は漸く暮れ果て、誰彼の顔も碌に見えなくなり来たり。一隻の船には二三人の神人が乗り居たり。船の中より、 神人『ノアの方舟現はれたり、サア早く乗らせ給へ』 と呼ばはり乍ら足許へ漕ぎ寄せ来る。一同は天にも昇る心地し乍ら、一人も残らず此船目蒐けて、天の祐けと飛び込めば、船は波を押分け悠々として西南指して進み行く。 斯く俄に鳴動し、水量まさり来りしは、南洋のテンカオ島と云ふ巨大なる島が、地辷りの為に海中に沈没した為、一時の現象として斯の如くなりしなりき。水量は追々常態に復しぬ。船は月に照され乍ら海上静かに走り居る。船の中の神人の爽かな声、 玉能姫『妾は玉能姫で御座います。高姫様、蜈蚣姫様、其他御一同様、危ない所で御座いましたが、神様のお蔭で先づ先づ御無事で、コンナ御芽出たい事は御座いませぬ。妾達は神様の御命令に依つて、貴女方が海神島にお着き遊ばす迄御保護申せとの言依別命の御命令で、見えつ隠れつお後を慕つて参りました。アヽ有難い、これで妾の使命も完全に勤まつたと申すもの、マアよう無事で居て下さいました。玉治別も居られます。初稚姫様もここに乗つて居られます』 高姫『是れと云ふのも全く日の出神様の御神徳ぢや。お前さまも其お蔭で言依別命に対して言ひ訳も立ち、完全に御用も勤まつたと云ふもの、コンナ事がなければお前さまが遥々此処まで出て来たのも無意義に終るとこだつた。アヽ神様は誰もつつぼに致さぬと仰有るが偉いものだなア。大神様は平等愛を以て心となし給ふ。お前さまもこれでチツトは我が折れただらう。手柄を横取して自分一人が猫糞をきめこみ、結構な神宝を隠して素知らぬ顔をして御座つたが、是れで神様の大御心が分つたでせう。サア玉の所在を綺麗サツパリと皆の前にさらけ出し、功名手柄を独占しようなぞと云ふ執着心を、此際放かしなさるのが御身の得だぞへ、オホヽヽヽ』 玉能姫、初稚姫は呆れて何の言葉もなく、黙然として俯むき居たり。玉治別は一生懸命に艪を操り乍ら高姫の言葉を聞いて少しくむかついたが、神直日大直日の宣伝歌を思ひ出し、吾と吾心を戒め、さあらぬ態に船唄を唄ひ、汗をタラタラ流し乍ら船を操り居たり。 高姫『コレお節さま、お初さま、お前さまもいい加減にハンナリとしたらどうだい。助けに来るのも、助けられるのも皆神様に使はれて居るのだよ。必ず必ず高姫其他を助けてやつたと慢神心を出してはなりませぬ。ハヤそれが大変な取違だ。九分九厘になつたれば神が助けるぞよと、チヤンと仰有つてる。家島で船を取られた時も、神がお節さまを御用に使ひ、船を持つて来さしました。アンボイナ島でも其通り、今又日の出神のおはからひで結構な御用を指して貰ひなさつた。此処で結構な御用をさして貰ひなさつたのも、ヤツパリ高姫があつたればこそ……一遍々々お前さまは手柄が重なつて結構だが、ウツカリ慢神すると谷底へ落されますぞや。大分に鼻が高うなり出した。チツト捻ぢて上げようか』 と二人の鼻を掴みかからうとする。貫州は其手をグツと握り、 貫州『コレ高姫さま、我が強いと云つても余りぢやないか。側に聞いて居る私でさへも憎らしうて、お前さまを殴りつけたうなつて来た。ようもようも慢神したものだなア、チツト胸に手を当てて考へて見なさい。生命を助けて貰ひ乍ら、又しても又しても減らず口を叩いて、よう口が腫れぬ事だナア』 高姫『貫州、神界の事はお前達の容喙すべき事ぢやない。どんなお仕組がしてあるか分りもせぬのに、出しやばつて囀るものぢやありませぬぞ。バラモン教の蜈蚣姫さまでさへも高姫の言葉に感心して、何とも仰有らぬのに、没分暁漢のお前が何を吐くのだい。お前も大分に鼻が高くなつた。一つ捻つてやらうか』 と稍高い鼻を掴みかかるのを、貫州は力をこめて撥ね飛ばした途端に、高姫はザンブと計り海中に落込みぬ。玉治別は驚いて、矢庭に棹を突き出す。高姫は一生懸命になつて棹に喰ひつき、漸くにして救ひ上げられけり。 高姫『コレ貫州、何と云ふ乱暴な事を致すのだい』 貫州『是れも神界の御都合でせう。肱出神様が肱ではぢかはりましたら、貴女が曲芸を演じてカイツムリとなり、皆の者一同に観覧さして下さいました。本当に抜目のない愛想のよい仁慈無限の高姫さまだと、云はず語らず、皆の者が舌を出して喜び居りましたワイな』 蜈蚣姫『高姫さま、お怪我は御座いませなんだか。お前さまも余りお口がよろしいからナア』 高姫『放つといて下され、口がよからうが悪からうが、妾の口は妾が自由に使用するのだ。お前さま等の改心が足らぬから、此高姫が千座の置戸を負うて此海へ飛び込み鹹い塩水を呑んで罪を贖ひ、助けて上げたのだ。何故一言の御礼を申しなさらぬ。……コレコレ、ムカデにお節、お初殿、分りましたかなア』 玉能姫『ハイ、どうもお元気な事には心の底から感心致しました。その勢なれば強いものです。大丈夫ですワ』 高姫『さうだらう。お前も大分に高姫の心の底が見えかけたよ、大分に身魂が研けたやうだ。モ一つ打解けて玉の所在さへ白状すれば、それこそ立派な者だ。高姫の片腕になれるべき素質は充分にある。モウそろそろ言はねばなるまい。言はねば云ふ様にして言はすぞよと大神様が仰有つた事を覚えて居ますか。誰が何と云つても艮の金神、坤の金神、金勝要神、一番地になるのが日の出神、四魂揃うて、誠の花が咲くお仕組、何程言依別が瑞の御霊でも、玉照姫が木花咲耶姫の分霊でも、玉照彦が三葉彦の再来でも、到底四魂の神には肩を並べる事は出来ますまい。お前さま達は今迄何でも彼んでも、言依別や其他の枝の神の申す事を聞いて居つたから、思ふ様にチツトも往きやせまいがな。四魂の中でも根本の土台の地になる日の出神をさし措いて、何結構な御用が出来るものか、此れを機会に改心が一等で御座るぞや』 と口角泡を飛ばし、誰も返辞もせないのに、独り噪やいで居る。 船中の人々は高姫を気違扱ひして相手にならず、言ひたい儘に放任し置きたりける。 蜈蚣姫は丁寧な言葉にて、 蜈蚣姫『玉能姫様、初稚姫様、玉治別様、アンボイナ島では大変な失礼な事を申上げましたが、どうぞ御赦し下さいませ。就きましては妾の娘小糸姫は魔島の麓で船を破り可哀や溺死を遂げました。夫は今は波斯の国に居りますなり。年老つた妾、夫婦別れ別れになり、一人の娘には先立たれ、最早此世に何の望みも御座いませぬ。どうぞ今迄の御無礼を海へ流して、どうぞ妾を貴方のお供になりと御使ひ下さいますまいか。実に立派な御心掛け、如何な悪に強い妾も感心致しました』 と袖に涙を拭ひ泣き伏す。玉能姫は合掌しながら、 玉能姫『如何致しまして、老練な蜈蚣姫様、どうぞ宜しく、足らはぬ妾の御指導をお願ひ致します。今承はれば小糸姫様は海の藻屑となつたと仰せられましたが、それは御心配なされますな。屹度オーストラリヤの一つ島に立派な女王となつて、羽振りを利かして居られます。妾は素盞嗚尊様の御娘、五十子姫様より小糸姫様の消息を聞きました。今は三五教の教を樹て黄竜姫と名乗つて立派に暮して居られます。やがて芽出たく親子の対面が出来ませう。どうぞ御心配をなさらぬ様、勇んで下さいませ』 蜈蚣姫『アヽ有難い、左様で御座いましたか。是れと云ふのも皆大神様の御神徳……』 と手を合せ、直に天津祝詞を奏上し、感謝の辞に時を移しけり。高姫は投げ出したやうな言葉付きで、 高姫『蜈蚣姫さま、どうでお節の云ふ事、当にやなりますまいが、仮令話にせよ、娘さまに会へると云ふ事をお聞きになつたら嘸嬉しいでせう。妾も虚実は兎も角、言霊の幸はふ国、刹那心でも芽出たいと思はぬこたアありませぬ。併しマア物は当つてみねば分りませぬ。どうも日の出神の観察では怪しいものだが、折角そこまでお前さまが喜びて居るのだから、妾も一緒にお付合に喜びて置きませう』 玉治別は立ち上り、 玉治別『サア向方に見えるのがニユージランドの沓島だ。皆さま少々波が荒くなるから、其覚悟して下さい』 (大正一一・七・三旧閏五・九松村真澄録) 此日午前六時二代様三代様も白山、月山に御登山の途に就かるとの電来たる。
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 10 土人の歓迎 第一〇章土人の歓迎〔七四〇〕 南洋一の竜宮島アンボイナをば後に見て 救ひの船に身を任せ進み来れる高姫や 蜈蚣の姫の一行は夜を日に継いでオセアニヤ 一つ島根に渡らむと心勇みて漕ぎ来る 時しもあれや海中にすつくと立てる岩島を 左手に眺めて進み行く俄に海風吹き荒び 浪高まりて船体を操る術も無きままに 浪を避けむと岩島の蔭に漕ぎつけ眺むれば 怪しき影の唯二つ何者ならむと立ち寄つて 素性を聞けば錫蘭島のチヤンキーモンキー両人が 顕恩城の小糸姫竜宮城[※校定版・八幡版では「竜宮洲」に修正されている。]へ送る折 俄の時化に船を破り茲に非難し居たりしを 漸く悟り高姫は日頃探ぬる神宝の 匿せし場所は此島と疑惑の眼光らせつ 二人の男を引つ捉へためつ賺しつ尋ぬれど 元より訳は白浪の中に漂ふ二人連れ 取つく島も泣き寝入り蜈蚣の姫は両人が 話を聞いて仰天し小糸の姫は世の中に もはや命は無きものと悲歎の涙に暮れながら 船底深くかぢりつくころしもあれや南洋に 其名も高き一巨島テンカオ島は海中に 大音響と諸共に苦もなく沈みし勢に 海水俄に立ち騒ぎ水量まさりて魔の島を 早一呑みに呑まむとす高姫其他の一同は 九死一生の苦しみに生きたる心地も荒浪の 肝を潰せる折柄に黄昏時の海原を 声を目当に進み来る救ひの船に助けられ やつと安心胸を撫で進む折しも玉能姫 初稚姫や田吾作の助けの船と悟りてゆ 高姫持病は再発し竹篦返しの減らず口 頤を叩くぞ憎らしきあゝ惟神々々 神の恵は何処までも悪の身魂も懇に 誠の教に導きて救ひ給ふぞ有難き 玉治別の漕ぐ船は夜に日を重ねてやうやうに ニユージランドの沓島の磯端近く着きにけり 浪打ち際に近づけば思ひもよらぬ高潮の 寄せては返す物凄さ船の操縦に悩みつつ スマートボールや貫州やチヤンキーモンキー諸共に 汗を流して櫂を漕ぎ漸く上陸したりける あゝ惟神々々御霊の幸ぞ尊けれ 神の恵ぞ畏けれ。 物珍らしげに島の土人は小山の如く現はれ来り、口々に手を打ち「ウツポー、クツタークツター」と叫びゐたり。これは「珍しき尊き神人来り給へり」と云ふ意味なり。一同は「ウツポー、クツタークツター」の諸声に送られ、禿計りの島に似合はず、樹木鬱蒼たる大森林の樹下に導かれ、珍しき果物を饗応され、神の如くに尊敬されたりける。 友彦は得意満面に溢れ、言語の通ぜざるを幸ひ、猿の如く大樹の枝にかけ登り、懐より麻を取り出し左右左に打ち振りながら、 友彦『ウツポツポーウツポツポー、テンツルトウテンツルトウ、チンプクリンノチンプクリン、プクプクリンノプクプクリン、ペンコペンコ、チヤツクチヤツク、ジヤンコジヤンコ、テンツルテンノテンツルトウ、トコトンポーリートコトンポーリー、カンカラカンノケンケラケン、高姫さまのガンガラガンノコンコロコン、蜈蚣姫のパーパーサン、コンコンチキチン、コンチキチン、小糸の姫の婿様は、トントコトンの友彦が、ウツパツパーウツパツパー、シヤンツクテンテンツクテンテン、キンプクリンノフクリンリン』 と囀り初めたり。数多の土人は一行中の最も貴き神と早合点し、随喜の涙を零し合掌しゐたり。スマートボールは又もや駆け登り、矢庭に木の枝を手折り、左右左に打ち振り、 スマートボール『ウツポツポーウツポツポー、キンライライノクタクタライ、キンプクリンノキンライライ、ウツポツポーウツポツポー』 と囀り出したり。スマートボールは自分の云うた事を自分ながら些とも解して居ない。されど土人の胸には、先に上つた友彦よりも最上位の神たる事を悟りたり。友彦は又もや、 友彦『ウツポツポー、ペンペコペン、ウツポツポ、パーパーサン、エツポツポー、エツポツポー』 と囀り出したり。是は土人の言葉に対照すると、 『二人の女は真の平和の女神だ。さうして若い方の婆アは悪党だ。色の黒い婆アは一つ島の女王の母上だ』 と云ふ意味になる。数多の土人は蜈蚣姫の前に跪き、手を拍ち嬉し涙に暮れながら恭敬の意を表し、踊り狂ひ、其次に玉能姫、初稚姫を胴上げにし「エイヤエイヤ」と声を揃へて森の木蔭を舁ぎ廻り、踊り狂ふ其可笑しさ。玉能姫、初稚姫は様子分らねど、兎も角も自分等を尊敬せしものたる事は、其態度に依つて悟る事を得たりける。 森林の最も高き所に七八丈許りの方形の岩が、地の底から湧き出たやうに現はれ居たり。其上に玉能姫、蜈蚣姫、初稚姫の三人を舁ぎ往き、種々の果物を各自に持ち来り、所狭き迄並べ立て、此岩を中心に踊り狂ひ廻つた。残りの一隊は大樹の下に移り往き、何事か一生懸命に祈願し初めたり。 玉治別は一向構つて呉れないのに稍悄気気味となり、又もや樹上に駆け登り木の枝を手折つて、前後左右に無精に打ち振り、 玉治別『ウツパツパーウツパツパー、キンライライノクタクタライ、ラーテンドウラーテンドウ』 と幾度も繰返しける。此意味は、 『吾は海底の竜神、今此島を平安無事ならしめむために現はれ来り』 と云ふ事になる。又もや土人は玉治別を一生懸命に拝み初めたり。スマートボールは、 スマートボール『パーパーチンチン、パーチンチン』 と囀りぬ。数多の群集は各尻をまくり、高姫の身辺近く取り巻き「我臀肉を喰へ」と云ふ意味にて、 土人『パーパーキントウ、キントウ、パーパーキントウ、キントウ、パースパース』 と云ひながら御丁寧に一人も残らず尻をまくりて、三間許り四つ這になり、各此場を捨てて、初稚姫等が坐せる石の宝座の方に、先を争うて進み行く。 樹下に蹲踞み、感涙に咽んで居る数十人の、残つた土人の敬虔の態度を眺めた高姫は、そろそろむかづき初め、 高姫『これこれ此処の土人さま、お前は何と思つて居るか。あの先に登つた奴は友彦と云ふ、それはそれは恐ろしい、人を騙して金を奪り、嬶盗人をやつた悪い悪い男だよ。そして後から上つた細長い猿の様な男はスマートボールと云ふ、最前行つた蜈蚣姫の乾児の中でも一番意地くねの悪い代物だ。三番目に登つた奴は神でも何でもない。自転倒島の宇都山の里に、蚯蚓切りの蛙飛ばしを商売にする、田吾作と云ふ男だ。如何に盲千人の世の中だと云うても、取違ひするにも程がある。此中で一番尊い御方は日の出神の生宮たる此高姫だよ、取り違ひをするな』 と癇癪声を張り上げながら、自分の鼻先をチヨンと押へて見せたれど土人には何の事か一つも通ぜず、歯脱け婆が気を焦つて、尻をかまされた腹立紛れに怒鳴つて居るのだ位に解され居たり。一同の土人は高姫に向ひ、両手の食指を突き出し、左右の指を交る交る鼻の前に突出し、しやくつて見せたり。高姫も何事か訳が分らず、同じやうに今度は指を外向けにして、水田の中を熊手で掘るやうに空中を掻いて見せる。其スタイルは蟷螂の怒つた時の様子に似たりける。数十人の土人は何故か一度に頭を大地につけたり。高姫は調子に乗つて幾回となく空中を掻く。樹上の友彦は又もや、 友彦『エツポツポーエツポツポー、パーパーチクリン、パーチクリン、ポコポコペンノポコポコペン、ペンポコペンポコ、チンタイタイ』 と叫べば、一同はムクムクと頭を上げ、日に焦けた真黒な腕をニウと前に出し、一斉に高姫に向つて突きかかり来る。此時玉治別は樹上より、 玉治別『エイムツエイムツ、ツウツウター』 と叫ぶ。一同は俄に腕をすくめ、力無げに又元の座に平伏し、樹上の三人に向つて合掌し、何事か声低に祈り居る。 暫くありて玉能姫は、蜈蚣姫と共に初稚姫を中に置き、後前を警固しながら数多の土人に送られて、大樹の下に引き返し来りぬ。玉治別は調子に乗つて口から出任せに、 玉治別『ダールダール、ネースネース、ツツーテクテクテレリントン、ニウジイランドテテーポーポー、ツツーポーポ、タターポーポー、エーポーポー、エーツクエーツク、エーポーポー、エーツクエーツク、エーテイテイ』 と叫ぶや否や、土人の大多数は蜘蛛の子を散らすが如く此場を立ち去りにける。玉能姫は樹上を見上げながら、 玉能姫『玉治別さま、スマートボールさま、早く下りて下さい、玉能姫は一つ島に往かねばなりますまい。サア早く早く』 と手招きするにぞ、三人は此声に応じて、ずるずると樹下に苦もなく下り来たりぬ。暫くありて土人は満艦飾を施したる立派な船を一艘と、其他に堅固なる船十数艘を率ゐ来り、中には至つて見苦しき泥船一艘を交ぜて居た。最も麗しき船に玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫を丁寧に寄つて集つて舁ぎながら、恭しく乗せた。玉治別は我乗り来りし船に、スマートボール、友彦と三人分乗した。久助、お民は土人と共に麗しき船に乗せられた。チヤンキー、モンキー及び高姫は泥船に無理に捻込まれ、艫を漕ぎながら、数百人の土人は大船に満乗して、一つ島目蒐けて送つて行く。高姫は不平で堪らず、種々と言葉を尽して……日の出神の生宮を最も立派な船に乗せるのが至当だ、玉能姫ナンカは普通の船でよい……と身を踠いて喋り立てたが、土人には一向言葉も通じないと見えて、 土人『エツポツポーエツポツポー、パーパーチツク、パーチツク』 と云ひながら、一つ島目蒐けて進み行く。玉治別は船中にて宣伝歌を歌ひ初めたり。 玉治別『コーツーコーツーオーリンスセイセイオウオウオウセンス チーサーオーサーツウツクリンコモトヨコモト、カンツクリン ターツーテーツーテーリンスノウミスノウミスヨーリンス メースヤーツノーブクリン』 と歌ひ出しぬ。土人は此声に随喜の涙を澪し、手を拍つて合掌したり。この意味は、 『神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける、此世を造りし神直日、心も広き大直日、唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過ちは宣り直せ』 と云ふ宣伝歌の直訳なり。玉治別は此島の神霊に感じ、俄に南洋の語を感得したるなりき。其他の一同も、残らず此島に上陸して神霊に感じ用語を悟りぬ。されど我慢にして猜疑心深き高姫には、一語も神より言葉を与へ給はざりしなり。船中は残らず南洋語で持ち切り、恰も燕の巣の如く「チーチーパーパー、キウキウ」の声に満たされ、漸くにして一つ島のタカ(テーク)の港に無事上陸したりける。 土人の中にても最も羽振の利いた酋長のカーチヤンは、二三人の供人と共に辛うじて港に上陸するや否や、黄竜姫の鎮まる王城の都を指して、蜈蚣姫一行の到着を報告すべく、一目散に島内深く姿を隠しけり。 初稚姫、玉能姫、蜈蚣姫は土人の手車に乗せられて、之を舁ぐやうな体裁で、「エツサアサアエツサアサア」と云ひながら都をさして送られて行く。玉治別は驢馬に跨がり、友彦其他を従へ悠々として土人の一隊に守られ進み行く。高姫は非常の侮辱と虐待を受けながら意気銷沈の体にて、恨めしげにとぼとぼと、どん後から随従て往く。往く事数十丁、前方より麗しき輿を舁ぎ、騎馬の兵士数十人、前後につき添ひ、威風堂々として来る真先に立てる勝れて背の高い男、馬上より、 ブランジー『我こそは黄竜姫の宰相、ブランジーと申すもの、今日は女王の御母上蜈蚣姫様御来臨と承はり、これ迄お迎ひのため罷り越したり。……サア蜈蚣姫様、この輿にお乗り下さいませ』 とすすむるにぞ、蜈蚣姫は意外の待遇に嬉しさ余つて言葉も得出さず差俯むき居る。群衆は何の容赦もなく手車の儘輿の傍に近づき、御輿の戸を開けて、蜈蚣姫を乗らしめたり。初稚姫、玉能姫は土人の手車に乗りしまま輿の後に従ひ行く。 行く事数十丁、忽ち黄竜姫の城内に一同迎へ入れられ、御輿は玄関の前に据ゑられける。此時黄竜姫はクロンバーを従へ玄関に立ち現はれ、輿より出づる蜈蚣姫の手を取り、嬉し涙を湛へながら奥深く姿を匿しけり。クロンバーは玄関に佇み、一行の姿を見やりながら、 クロンバー『ヤアお前はお節ぢやないか。お初、何ぢや偉さうに手車に乗つて……慢神するにも程がある。ヤア田吾作、スマートボールに鼻の先の赤い男、ヤア何とした今日は怪態な日だらう。高山さまも高山さまだ、なぜコンナ代物を迎へ入れたのだらう……それにつけても高姫さま、酷い事を仰有つて私を追ひ出しなさつたが、嘸や今頃は心細く思うて居なさるだらう、アヽお哀憫しい。コンナ連中に遭ふのも嫌だが、高姫さまに何うかして一目遭ひたいものだ』 と独り呟き居る。玉能姫、初稚姫はクロンバーに向ひ、 初稚姫『ヤア貴女は三五教の黒姫さまでは御座いませぬか、妾は初稚で厶います』 黒姫『ハイ、左様で御座います。世間は広いもの、自転倒島に居つて、皆さまに笑はれ譏られ、邪魔計りしられて居りましては真実の神力が出ませぬが、此広い島に渡つて来て自由自在に神力を発揮し、今では此通り立派な一国の宰相の北の方となりました。お前さまは矢張言依別命について自転倒島を宣伝に廻り、失敗の結果、又ボロイ事があらうかと思つて、南洋三界迄彷徨うて来なさつたのだな。ウンよしよし、世界に鬼は無い。改心さへ出来れば黒姫が助けて上げよう。窮鳥懐に入れば猟師も之を取らずと云ふ事がある。もうかうなつては今迄のやうに我を張らずに、お節……ハイ、……お初……ハイ……と云うて黒姫に絶対服従をなさるのが身の為めぢやぞエ。……お前は田吾作ぢやないか。矢張周章者は周章者ぢや。自転倒島ではもう相手が無くなつたかや。オホヽヽヽ、気の毒な事いのう』 玉治別は余りの侮辱にむツとしたが、堪忍袋を押へて素知らぬ顔にて笑ひ居る。ブランジーの高山彦は馬に跨がり乍ら、 高山彦『ヤアヤア数多の人々、遥々御苦労なりしよ。城の馬場に沢山の酒肴の用意もしてあらば、自由自在に飲み食ひしてお帰り下さい』 群衆はウローウローと云ひながら、雪崩を打つて城門を駆出し、広き馬場に列べられたる酒肴に舌鼓をうち、酔が廻るに連れて唄ひ舞ひ、踊り狂ひ、歓喜の声は天地も揺ぐ許りなり。 高姫は悄々として、漸く玄関に現れ来り、黒姫の姿を見るより、矢庭に飛び込み獅噛みつき、 高姫『アヽ貴女は黒姫様、お久しう御座います』 また黒姫は、 黒姫『アヽ貴女は高姫様、会ひたかつた、懐かしや』 と他所の見る目も憚らず、互に抱きつき嬉し涙に掻き曇る。 高山彦は馬を乗り捨て其場に現はれ、 高山彦『高姫さまですか、私は高山彦ですよ。ようまア来て下さいました』 と涙含み乍ら、二人の手を取り奥深く進み入る。玉治別、初稚姫、玉能姫其他の一同は裏門より密に逃れ出で、裏山の森林に姿を隠し息を休め居たりける。 (大正一一・七・三旧閏五・九加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 12 暴風一過 第一二章暴風一過〔七四二〕 高姫は高山彦、黒姫に誘はれ、広大なる宰相室に導かれ、懐旧談に時を移しける。 黒姫『高姫様、ようまア、はるばると訪ねて来て下さいました。黄金の玉の所在は分りましたか。妾も此島に渡つて宰相の妻となつたのを幸ひに、国人を使役し、此広大なる島の隅々まで探させましたなれど、玉らしいものは一つもありませぬ。定めて貴女が是へお越し遊ばしたのは、妾に安心させてやらうと思召して、お出で下さつたらうと信じます』 高姫『誠に申し訳がありませぬ。あの玉の隠し人は、正しく言依別命らしう御座います。黄金の玉ばかりか、妾の保管して居つた如意宝珠の玉を始め、紫の玉まですつかり抜き取られ、妾はそれが為め種々雑多の艱難苦労を嘗め、玉の所在を探す内、言依別の教主は我々を出し抜き、貴女の御存じの丹波村のお節や、杢助の娘のお初に、玉を何処かへ隠させて仕舞つたのですよ。それが為めにお節、お初を厳しく訊問すれども、三十万年の未来でなければ申し上げぬと我を張り、大方此島に隠して置いたのではあるまいかと、荒波を渡つて此処まで参りました。未だ一つも玉の所在は妾は分らないのです』 黒姫は眉を逆立て、 黒姫『不届き至極の言依別にお節にお初、此恨みを晴らさいで措きませうや』 と拳を握り、思はず卓を三つ四つ叩いて雄健びをする。高山彦は傍より、 高山彦『何時までも玉々と云ふには及ばぬぢやないか。言依別命がどうなさらうと、神界のお経綸に違ひあるまい。モウ玉の事は断念して貰ひたい。黒姫の玉詮索には私もモウウンザリしたよ。間がな隙がな寝言の端にまで、玉の事ばかり、タマつたものぢやない。それに又高姫さままでが、玉を盗られたとか、イヤもう、うるさい事でコリコリしますワイ』 黒姫『コレコレ高山さま、お前さまは何んと云ふ冷淡な事を仰有るのだい。三千世界の御宝、それを日の出神の生宮として、又竜宮の乙姫の生宮として手に入れずして、ドウして天下万民が救へませうか。お前さま、時々利己主義を発揮するから困る。誰が何と云つても此玉の所在を白状させねば措くものか。……時に高姫さま、其お節にお初は今何処に居りますか』 高姫『ハイ、たつた今……偉さうにニユージランドの土人のお手車に乗せられ、此玄関先までやつて来ましたが、大方蜈蚣姫と一緒に奥殿に進み入り、黄竜姫様の前で自慢話でもやつて居りませうよ、本当に劫腹の立つ……ニユージランドの玉の森で、大変な、妾に侮辱を加へました。元の小糸姫様を誘拐した友彦や、スマートボールに田吾作の玉治別、それにお節にお初、いやモウサンザンの目に会はしよつた。如何に……神様の道ぢや、見直し聞直せ……と思つても、口惜し残念をこばりつめようと思つても、是がどうして耐らせませうかい。大勢の人の中に面を晒され、生れてからコンナ残念な目に会はされた事は御座いませぬワイなア』 と耐へ耐へし溜涙、一度に堤防の崩れし如く声を放つて泣き立てける。 黒姫『お節にお初、田吾作の奴、屹度当城内の何処かに居るに違ひない。サア是れから探し出して、締木に架けても白状させねば措くものか。……ヤア家来共、最前参りし男女の一同召捕つて此場へ連れ来れよ』 との黒姫の下知に隣室に控へ居たる七八人の下男は、 『ハイ』 と答へて捻鉢巻、襷十字に綾取り、突棒、刺股、手槍なぞを提げて、城内隈なく捜索し始めたり。されど裏山の森林に手早く姿を隠したる玉能姫其他一同は山又山を越えて、遥か向ふの山頂に避難し時の移るを待ち居たりける。 かかる所へ侍女の一人出で来り、 侍女『宰相様、其他の御客様に、女王様がお目にかかりたいと仰せられます。どうぞ直様お越し下されませ、御案内致しませう』 と先に立つ。ブランジー、クロンバーの後に従いて高姫は、首を頻りに振りながら、半神懸[※三版・御校正本・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]の態にて奥深く進みつつ、やうやう黄竜姫の居間に通されける。 高山彦は黄竜姫に向ひ両手をつき、 高山彦『今日は御母上に御対面遊ばされ、吾々も共に大慶至極に存じまする。……蜈蚣姫様、ようこそ、御入来下さいました。私は当国の宰相を承はる高山彦と申す者、ブランジーとは仮の名、又此クロンバーと申すは私の妻、本名は黒姫と申すもの、何卒御見知り置かれまして御引立の段、偏に願ひ奉りまする』 蜈蚣姫『コレハコレハ高山彦様、黒姫様とやら、予て高姫さまより承はつて居りました、何分宜しう御願ひ致します。……コレ高姫さま、貴女も随分意地悪いお方で御座いましたなア、ニユージランドの玉の森にては貴女も随分お困りでしたやうですワ』 高姫『蜈蚣姫さま、お前さまの娘御が、此国の女王になつたと思つて俄に偉い御見識、何程偉い女王様でも、世界統一の太柱、三千世界の御宝、日の出神の生宮に比ぶれば、竜宮の一つ島位手に握つたとて、アンマリ立派なお手柄でも御座いますまい。三千世界に二人とない世の立替立直しの基礎の身魂は、……ヘン此高姫で御座いますワイ。盲千人の世の中、誠の者は一寸やそつとに分りますまい。此黒姫さまだとて、黄竜姫の幕下に神妙に仕へて御座るが、実の素性を申せば、驚く勿れ……竜宮の乙姫様の生宮で御座るぞや。高山彦は夫顔をして偉さうにして御座るが、実際の身魂を云へば、青雲山に棲ひを致す大天狗の身魂、何と云つても高姫、黒姫の二人が居らねば、神国成就は……ヘン致しませぬワイ。人民に対して一つ島の女王さまでも、天地根本の神の生宮、神界では是位立派な権威のある身魂はありますまい。……黄竜姫殿、暫く日の出神に席をお譲りめされ』 とツンツンし乍ら、上座にドンと坐り見せたり。 蜈蚣姫『何とマア我の強い執拗い身魂だらう。仮令日の出神でも竜宮の乙姫でも、此城内は黄竜姫の権利、上座に坐るのが御気に召さねば、トツトと帰つて貰ひませう』 高姫『別に妾は女王にならうと云ふのではない。女王さまの坐つて御座る尻の下が一遍調べて見たいのだ』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、疑ひの深いお方だ事、女王さまの坐つて御座る床下に、三つの玉でも隠してある様に疑うていらつしやるのだな』 高姫『疑ふも疑はぬもありますかい。日の出神がチヤンと天眼通で調べてあるのだ、お前さまが意地張れば意地張るほど、此方は疑はざるを得ませぬ。黒姫さまも好い頓馬だなア。何の為めに暫く宰相神に化けて御座つたのだな。サヽ女王さま、一寸立つて下さい』 黄竜姫『苟くも一国の女王たるもの、仮令日の出神の生宮の言葉と雖も、吾意に反して一分も動く事は出来ませぬぞ』 高姫は横手を拍ちニヤリと笑ひ、 高姫『ソレソレ矢張隠し終ふせますまいがな。此方が現さぬ内に素直に白状なされ。さうすれば永遠無窮に一つ島の女王として、驍名を天下に輝かす事が出来る。成る事なら此儘にして蓋を開けずに助けて遣りたいのが、高姫の胸一杯だ。此大慈悲心を無にして、何処迄も隠すのなら隠してよからう。蜈蚣姫と親子心を合せ、聖地の宝を隠さうと思うても、隠し終ふせるものでは御座いませぬぞや』 黄竜姫は稍不機嫌の態にて無言の儘此場をツツと立ち、風景よき次の間に蜈蚣姫を伴ひ進み入りけり。 高姫『オホヽヽヽ、トウトウ尻こそばゆなつて座を立つて、お脱け遊ばしたワイ。……高山彦さま、黒姫さま、高姫の御威勢には敵ひますまい。サアサ尻の下の板をめくつて調べて御覧、お前さまの目では実物を見なければ分るまい。妾はチヤンと天眼通で床板を透して知つて居るのだ。……ヤレヤレ愈大願成就の時到れりだ。アーア惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と双手を合せ、まだ見ぬ先から手に入つたやうな心持に、感謝の祝詞を頻りに奏上する。 高山彦『高姫さま、此床下には決してソンナ物はありませぬよ。此葢を開けるが最後、蜿蜒たる黄竜が潜んで居りますから、毒気に当てられては大変な目に逢はねばなりますまい。開けるのなら、お前さま手づから開けて下さい』 高姫は………「甘い事を云ふ、高山彦さまもお人がよいから、黄竜姫に誤魔化されて居るワイ」……と云ふ様な顔付をし乍ら、床板を一枚グツとめくり、床下の深い穴を覗き込み「アツ」と云つたきり、蟹の様な泡を吹き目をまはし打ち倒れけり。 黒姫、高山彦の両人は高姫の身体を引抱へ、吾居間に担ぎ込み水よ薬よと介抱し、一生懸命に祝詞を奏上したるに、漸くにして高姫は息を吹き返し、 高姫『アーア、日の出神も全く疑ひが晴れました。かうなる以上は黄竜姫に対し恥かしくて、半時の間も居られはしない。高山彦御夫婦の御所存は如何に、妾と一緒にお節の所在を探し、今度は千騎一騎に調べて見ようぢやないか』 高山彦は気のりのせぬ風にて、 高山彦『アマリ急ぐに及びませぬワイ』 黒姫『コレ高山彦さま、何といふ冷淡な事を仰有る。天下国家の為にどうしても彼の玉を手に入れねばなりますまい』 高姫『黒姫さま、一つ覚悟を遊ばさねばなりませぬぞ。日の出神が今申し付ける』 黒姫『竜宮の乙姫の生宮、確に承知仕りました』 かかる所へ七八人の男ドヤドヤと入り来り、 男『宰相様に申し上げます。城内隈なく探しましたが、宣伝使らしき者は一人も居りませぬから、屹度裏門から逃げ去つたに相違ありますまい。一足なりと逃げ延びぬ内に、サア皆さま捜索に参りませう』 と促す。三人はツト此の城を立出で、傍の山より峰伝ひに、玉能姫、初稚姫、玉治別一行の捜索に立向ひける。 高山彦も終に顕要の地位を棄てて高姫、黒姫と共に「タカ」の港に現はれ、一隻の船に身を委せ、浪のまにまに玉能姫一行の後を追はむと漕ぎ出したり。 玉能姫、初稚姫、玉治別其他の一行は、遥かの山上より霊眼を以て三人が此島を後に帰り行くのを眺め、ヤツト胸撫で下ろし、再び城内に悠々として帰り来たりぬ。初稚姫一行は、蜈蚣姫のアンボイナ島に於ける危難を救ふ可く船を与へたる其好意を黄竜姫より感謝され、山海の珍味を饗応され、愈茲に三五教を確立し、黄竜姫を女王兼全島の教主と定め、各自に手分けをなし、梅子姫、宇豆姫諸共に、全島隈なくあらゆる生霊に三五の大道を宣伝し、自転倒島の聖地に向つて凱旋する事となりにける。 (大正一一・七・三旧閏五・九谷村真友録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 15 諏訪湖 第一五章諏訪湖〔七四五〕 玉治別は初稚姫、玉能姫と共にアンナヒエールのタールス郷を三五教の霊場と定め、黒ン坊を残らず帰順せしめ、チルテル以下数十人の者に送られて、イルナの郷の入口に袂を別ち『ウワーウワー』の声と共に東西に姿を消したりける。 三人は谷を幾つとなく越え、森林の中の広き平岩の上に腰打ち掛け、休息し乍ら回顧談に耽つた。玉治別は、ジヤンナの谷底にジヤンナイ教の教主テールス姫と面会せし事や、友彦との挑戯などを面白可笑しく物語り、次で此処を立ち出でアンナヒエールの里に到る折しも、両女の祝詞の声を聞きつけ、谷間に下りて其辺一面に二人の後を探ね廻る折しも大蛇に出会し、猩々の群に救はれて遂にアンナヒエールのタールス教の本山に担ぎ込まれ、意外の待遇を受け居る際、初稚姫、玉能姫に面会せし奇遇談を、大略物語りけり。 玉能姫は静に、 玉能姫『妾は或谷間に御禊をなし祝詞を上げて居ました処、傍の岩穴より鬼武彦は白狐の月日、旭と共に現はれ給ひ、二人の袖を銜へて穴の底に引込んで下さいました。はて不思議と思ひながら曳かるる儘に穴の中に身を没し、小声に宣伝歌を唱へて居ますと、妾の潜んで居る穴の前の谷川の向岸に当つて蜿蜒たる大蛇が現はれ、三四尺もあらうと思ふ長い舌を出して穴を目蒐けて睨んで居たが、鬼武彦以下の御威徳に畏れ、近よりも得せず暫く睨むで居りました。其とき貴方の声として妾共の名を呼んで下さいました。何うしたことか一言も声が出ず、ええヂレツタイ事だと踠いて居りますうち、山岳も崩るる許りの音を立てて、胴の周囲三四丈もあらうかと思はるる長さ数十間の太刀膚の大蛇、尾の先に鋭利な剣を光らせ乍ら、夫婦と見えて二体、谷川を一杯になつて通り過ぎた時の恐ろしさ、今思つても、身の毛がよだつやうに御座います。白狐の姿は忽ち消えて四辺は森閑としたのを幸ひ、貴方に遇はんと岩窟を這ひ出で其辺を探ねましたが、些ともお姿は見えず、あゝ彼の大蛇に何うかされなさつたのだらうかと気が気でならず、もしや其辺に身を潜めて居られるのではあるまいかと思ひ、態と宣伝歌を声高く歌つて通る折しも、タールス教のチルテル初め数多の人々、我々両人を矢庭に担いであの岩窟に連れ参り、貴方に不思議の対面をなし、漸く危険を免がれ、其上神様のお道の宣伝をなし、残らず帰順させる事の出来ましたのも、全く三五教の大神の御守護と今更ながら有難涙に暮れまする……アヽ惟神霊幸倍坐世』 と合掌すれば初稚姫も小さき手を合せ感謝の涙に暮れ居たり。 斯く話す折しもキヤツと息の切れるやうな悲鳴が聞えて来た。三人は此声に思はず腰を上げ耳を澄まして聞き居れば、谷底に当つて蜿蜒たる大蛇、二人の男女をキリキリと捲きながら今や大口を開けて呑まんとする真最中であつた。玉治別是を見るより一目散に夏草の生茂る灌木の中を駆け潜り、近づき見れば此有様、直に天津祝詞を口早に奏上し、天の数歌を謡ひあげ、ウンと一声指頭を突き出し、五色の霊光を発射して大蛇に放射した。大蛇は忽ちパラパラと解けて其場に材木を倒したやうにフン伸びて仕舞つた。二人は最早正気を失ひ、虫の息にて胸の辺りをペコペコと僅かに動悸を打たせて居つた。此間に玉能姫、初稚姫は後追ひ来り、三人力を合せ谷水を汲み来りて面部に吹きかけ、口に喞ませ、いろいろと介抱をなし、天の数歌を謡ひ上げて魂返しの神業を修するや、忽ち息吹き返し二人は両手を合せ、 両人『何れの方かは存じませぬが、危ふき所をよくも助けて下さいました。此御恩は死んでも忘れは致しませぬ』 と涙と共に感謝しける。玉治別は、 玉治別『ヤア、貴方は……久助さま、お民さまぢや御座いませぬか、危い事で御座いました』 と頓狂な声を出して呼びかけたり。夫婦はハツと顔を上げ、久助は、 久助『ヤア、貴方は玉治別様、玉能姫様、初稚姫様、よう来て下さいました。ネルソン山の山頂より烈風に吹き散らされ、各自四方に散乱し、貴方方は何うなつた事かと、今の今まで心配致して居りました。此広い竜宮嶋、仮令三年や五年探しても一旦別れたが最後、面会する事は到底出来ない筈だのに、折好くも斯んな所でお目に懸るとは全く神様のお引合せ、アヽ有難や勿体なや』 と又もや天津祝詞を五人一緒に声も涼しく奏上した。二匹の大蛇も、そろそろ尾の方よりビクリビクリと動き出し、次第々々に元気を増し鎌首を上げ、五人に向つて謝罪するものの如く、両眼より涙を流し居たり。玉治別は大蛇に向ひ、 玉治別『オイオイ大蛇先生、何の因果でソンナ姿に生れて来たのだ。可憐さうなものだ、早く人間に生れ代るやうに神言を奏上してやらう』 大蛇の雌雄は首を揃へて幾度となく首を下げ、感謝の意を表した。五人は幾回となく祝詞を奏上した。大蛇は忽ち白煙となり、大空目蒐けて細長く蜿蜒として雲となり中空に消えて仕舞つた。これ全く誠心誠意、玉治別一行が天津祝詞を奏上したる功徳によつて、大蛇は天上に救はれたるなり。 一行五人はイルナの山中を宣伝歌を歌ひ乍ら、土人の住家を宣伝せむと崎嶇たる山道を足を痛めながら、草鞋を破り跣となつて進み往く。久助は初稚姫を労り背に負ひ最後より随ひ往く。 向ふの方より数十人の一群の荒くれ男、顔一面に嫌らしき文身をしながら此場に現れ来り、眼を怒らせ五人をバラバラと取巻いた。左は断崖絶壁、千仭の谷間には青々とした激流泡を飛ばして流れ居たり。進退維谷まりし五人は如何はせむと案じ煩ふ折しも、久助の背に負はれたる初稚姫は、 初稚姫『玉治別殿、先に立たれよ』 と云ふ。玉治別は先に立ち、荒男の前につかつかと進み寄る。荒男の名はタマルと云ふ。タマルは玉治別の赤き鼻を見て大いに驚き俄に態度を一変し、凶器を大地に抛げ捨て、両手を合せ跪き、 タマル『オーレンス、サーチライス、ウツポツポウツポツポ、アツタツターアツタツター』 と尊敬の意を表した。更たまつたる此態度に一同は柄物を投げ捨て大地に跪き、異口同音に「オーレンス、サーチライス」と繰返し、尊敬の意を表したりけり。玉治別は、 玉治別『アーメーアーメー、自転倒嶋に現はれ給ふ三五教の教主言依別の命を奉じ、此一つ島に神の福音を宣べ伝へむが為めに、遥々渡り来れるものぞ。汝等今より我道を信じ、神の愛児となり、霊肉共に永遠無窮に栄えよ。天国の門は開かれたり、神政成就の時は到れり、悔い改めよ』 と宣示したり。此言葉はタマル以下一同には言語の通ぜざるため何の意味かは分らざりしが、何分尊き救世主の御降臨と信じ切つたる彼等は嬉しげに後に随ひ、険峻なる道を大男の背に五人を負ひながら、大地一面に金砂の散乱せる大原野に導きぬ。此処はアンデオと云ふ広大なる原野にして、又人家らしきもの数多建ち並び、小都会を形成せり。土人の祀つて居る竜神の祠の前に五人を下し、手を拍つて喜び、何事か一同は祈願を籠めたりけり。 社の後には目も届かぬ許りの湖水が蓮の形に現はれ、紺碧の浪を湛へて居る。水鳥は浮きつ沈みつ愉快気に右往左往に游泳し、時々羽ばたきしながら、水面に立ち歩み駆け狂うて居る面白さ。一同は天津祝詞を奏上し終り、此湖水の景色に見惚れ、やや暫し息を休めて居た。玉治別は祠の前に停立し、 玉治別『自転倒島を立ち出でて神の教を伝へむと 南洋諸島を駆け廻り愈ここに竜宮の 一つの島へと到着し厳の都の城下まで 進み来れる折柄に蜈蚣の姫や黄竜の 姫の心を量り兼ね神の経綸か白雲の かかる山辺を十柱の教の御子は攀登り 山の尾上を踏み越えてネルソン山の絶頂に 佇み四方を眺めつつ雄渾の気に打たれ居る 時しもあれや山腹より昇り来れる黒雲に 一行十人包まれて咫尺も弁ぜず当惑し 天津祝詞を声限り奏上なせる折りもあれ 空前絶後の強風に吹き捲くられて各自は 木の葉の如く中天に捲き上げられて名も知らぬ 深き谷間に墜落し息も絶えむとしたりしに 三五教の大神の恵の露に霑ひて 漸く息を吹き返し彼方此方に蟠まる 大蛇の群を悉く天津祝詞の太祝詞 天の数歌謡ひつつ言向け和せ漸うに 数多の人に送られて初めて此処に来て見れば 瞳も届かぬ諏訪の湖千尋の底の弥深き 神の恵の現はれて魚鱗の波は金銀の 花咲く如き眺めなりあゝ惟神々々 御霊の幸を蒙ぶりて我等一行五つ身魂 これの聖地に導かれ心の空も爽かに 天国浄土に上る如嬉し楽しの今日の日は 神の恵の尊さを一層深く知られけり 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 宣り伝へ行く楽しさは三千世界の世の中に 是に増したる業はなし三千世界の梅の花 一度に開く木の花の開いて散りて実を結ぶ 時は来にけり時は来ぬ五弁の梅の厳御霊 厳の教を経となし瑞の教を緯として 錦の宮に現れませる国治立大神や 埴安彦や埴安姫の神の御言を畏みて 此世を開く宣伝使暗夜を晴らす朝日子の 日の出神の御守り天教山に現れませる 神伊弉諾大神や地教の山に永久に 鎮まりまして現世を堅磐常磐に守ります 神伊弉冊大神や高照姫の御前に 慎み敬ひ鹿児自物膝折り伏せて願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 初稚姫や玉能姫玉治別の宣伝使 久助お民の信徒が堅磐常磐の後の世も 神の経綸に漏れ落ちず太しき功績を建てしめよ 神は我等を守ります神に任せし此身魂 天地の間に生けるもの他人もなければ仇もなし 父子兄弟睦じく世界桝かけ引きならし 貴賤揃うて神の世の楽しき月日を送るまで 神に受けたる玉の緒の命を長く守りませ 三五教の御光を三千世界に隈もなく 照らさせ給へ諏訪の湖千尋の底に永久に 鎮まりゐます竜姫の皇大神よ平けく いと安らけく聞し召せ神の教の道にある 厳の御霊の五つ柱慎み敬ひ願ぎまつる あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ あゝ惟神々々御霊の幸を給へかし』 と歌ひ終るや、初稚姫は又もや立ち上り、諏訪の湖面に向つて優しき蕾の唇を開き祝歌を歌ふ。 初稚姫『私の父は三五の神の教の宣伝使 天と地とは一時に開き初むる時置師 神の命の杢助ぞ言依別の神言もて 自転倒島の中心地高天原に千木高く 鎮まりゐます綾の里錦の宮の神司 玉照彦や玉照姫の貴の命の御仰せ 畏み仕へまつりつつ我は幼き身なれども 神と神との御教をうなじに固く蒙ぶりて 玉治別や玉能姫教司と諸共に 浪風猛る海原を神の恵に渡りつつ 黄金花咲く竜宮の一つの島に着きにけり 厳の都を後にして山野を渡りネルソンの 高山越えて谷の底アンナヒエールの里を越え 山々谷々数越えて漸う此処に皇神の 社の前に着きにけり思へば深し諏訪の湖 千尋の底に永久に鎮まりゐます竜姫よ 心平に安らかに我が願ぎ事を聞し召せ 天火水地と結びたる言霊まつる五種の 珍の御玉を賜へかし三五の月の御教は いよいよ茲に完成し三千世界の梅の花 一度に開く常磐木の松の神世と謳はれて 海の内外の民草は老も若きも隔てなく うつしき御代を楽しまむあゝ惟神々々 御霊幸倍ましまして十歳にも足らぬ初稚が 万里の波濤を乗り越えて世人を救ふ赤心に 曳かれて此処迄出で来る思ひの露を汲めよかし 神は我等の身辺を夜と昼との別ちなく 守らせ給ふと聞くからは神政成就の御宝 厳の御霊のいち早く我等に授け給へかし 謹み敬ひ願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠は神に通ふべし誠一つの三五の 神の教の宣伝使宣る言霊を悉く 完全に委曲に聞し召せ仮令大地は沈むとも 神に誓ひし我魂は如何なる艱難来るとも ミロクの世迄も変らまじミロクの世迄もうつらまじ』 と歌ひ終り拍手して傍の芝生の上に腰打ち下ろし息をやすめた。玉能姫は又もや立上り湖面に向つて歌ふ。 玉能姫『皇大神の勅もて言依別命より 金剛不壊の如意宝珠また紫の神宝を 堅磐常磐の経綸地隠し納むる神業を 仕へまつりし玉能姫初稚姫の両人が 神の教を伝へむと島の八十島八十の国 大海原を打ち渡り暑さ寒さの厭ひなく 虎伏す野辺も狼の狂へる深山も何のその すこしも厭はず三五の神の教の御為に 身も魂も奉げつつ玉治別に従ひて 漸う此処に詣でけり此湖に遠津代の 神代の古き昔より鎮まりゐます竜姫よ 御国を思ふ一筋の妾が心を汲み取らせ 三五教の神の道岩より堅く搗き固め 神界幽界現界の救ひの為に海底に 隠し給ひし五つみたま天火水地と結びたる 大空擬ふ青き玉紅葉色なす赤玉や 月の顔水の玉黄金色なす黄色玉 四魂を結びし紫の五つの御玉を我々に 授けたまへよ矗々に我は疾く疾く立帰り 国治立大神が神政成就の神業の 大御宝と奉り汝が御霊の功績を 千代に八千代に永久に照しまつらむ惟神 御霊の幸を賜はりて我等の願ひをつばらかに 聞し召さへと詔り奉るあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて拍手し、傍の芝生の上に息を休めけり。久助は又もや湖面に向つて、 久助『自転倒島の瀬戸の海誠明石の磯の辺に 生れ出でたる久助は三五教に入信し 玉治別の宣伝使其他二人の神司 導き給ふ其儘に御跡を慕ひ神徳を 蒙りまつり世の為に力の限り尽さむと 大海原を遥々と越えて漸う一つ島 大蛇に体を捲かれつつ九死一生の苦みを 神の御稜威に助けられ漸う此処に来りけり 我は信徒三五の神の司に非ざれど 御国を思ひ大神に仕ふる道に隔てなし 諏訪の湖底に永久に鎮まりゐます皇神よ 我等夫婦が真心を憐み給へ何なりと 一つの御用を仰せられ神の教の御子として 恥かしからぬ働きを尽させ給へ惟神 神の御前に村肝の赤き心を奉り 慎み敬ひ願ぎまつる畏み畏み願ぎ申す あゝ惟神々々御霊幸倍ましませよ』 と歌ひ終つて同じく芝生の上に息をやすめたり。お民は又もや立上り諏訪の湖面に向つて拍手し、声淑やかに、 お民『尊き国の礎や百姓の名に負ひし 君と神とに真心を麻柱ひ奉る民子姫 神の御前に平伏して国治立大神の ミロク神政の神業に仕へまつらむ事のよし 完全に委曲に聞し召し誠の足らぬ我なれど 神の大道は片時も忘れたる事更になし 守らざる事片時も無きを切めての取得とし この湖底に昔より鎮まりゐます竜宮の 皇大神よ惟神大御心も平けく いと安らけく思召し足らはぬ我等が願言を 見棄て玉はず諾ひて其程々の功績を 立てさせ玉へ諏訪の湖鎮まりゐます御神の 御前に畏み願ぎまつるあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 紺碧の湖面は忽ち十字形に波割れて、湖底は判然と現はれたり。殆ど黄金の板を敷き詰めたる如く、一塊の砂礫もなければ、塵芥もなく、藻草もない。恰も黄金の鍋に水を盛りたる如き、清潔にして燦爛たる光輝を放ち、目も眩む許りの荘厳麗媚さなりき。波の割れ間より幽かに見ゆる金殿玉楼の棟実に床しく、胸躍り魂飛び魄散るが如く、赤珊瑚樹は林の如くにして立並み居る。珊瑚樹の大木の下を潜つて、静々と現はれ来る玉の顔容月の眉、梅の花か海棠か、但は牡丹の咲き初めし婀娜な姿に擬ふべらなる数多の女神、黄金色の衣を身に纒ひ、黄金造りの竜の冠を戴き乍ら、長柄の唐団扇を笏杖の代りに左手に突きつつ、右手に玉盃を抱え、天火水地結の五色の玉を各五人の殊更崇高なる女神に抱かせ乍ら、玉依姫命は徐々と湖を上り五人が前に現はれ玉ひて、言葉静かに宣り玉ふ。 玉依姫命『汝は初稚姫、玉能姫、玉治別、信徒の久助、お民の五柱、よくも艱難を凌ぎ辛苦に堪へ、神国成就の為に遥々此処に来りしこと感賞するに余りあり。併し乍ら汝初稚姫は大神よりの特別の思召しを以て、金剛不壊の如意宝珠の神業に参加せしめられ、又玉能姫は紫の宝玉の御用を仰せ付けられ、今や三五教挙つて羨望の的となり居れり。玉治別外二人は未だ斯の如き重大なる神業には奉仕せざれども、汝等が至誠至実の行ひに賞で、竜宮の神宝たる五種の宝を汝等五人に授くれば、汝等尚も此上に心身を清らかにし、錦の宮に捧持し帰り、教主言依別命にお渡し申すべし。今汝に授くるは易けれど、未だ一つ島の宣伝を終へざれば、暫く我等が手に預りおかむ。華々しき功名手柄を現はし、重大なる神業を神より命ぜらるるは尤もなりと、一般人より承認さるる迄誠を尽せ。此一つ島はネルソン山を区域として東西に別れ、東部は三五教の宣伝使黄竜姫守護し居れども、未だ西部に宣伝する身魂なし。汝等五人は此処に七日七夜の御禊を修し、此島を宣伝して普く世人を救ひ、大蛇の霊を善道に蘇へらせ、且黄竜姫、梅子姫、蜈蚣姫其他一同の者を心の底より汝の誠に帰順せしめたる上にて改めて汝の手に渡さむ。初稚姫には紫の玉、玉治別には青色の玉、玉能姫には紅色の玉、久助には水色、お民には黄色の玉を相渡すべし。されど此神業を仕損じなば、今の妾の誓ひは取消すべければ、忍耐に忍耐を重ねて、人群万類愛善を命の綱と頼み、苟且にも妬み、そねみ、怒りの心を発するな。妾はこれにて暫く竜の宮居に帰り時を待たむ。いざさらば……』 と言ひ残し、数多の侍女神を随へ、忽ち巨大なる竜体となりて、一度にドツと飛び込み玉へば、十字形に割れたる湖面は元の如くに治まり、山岳の如き浪は立ち狂ひ、巨大の水柱は天に沖するかと許り思はれた。五人は感謝の涙に暮れつつも、恭しく拍手をなし、天津祝詞や神言を奏上し、天の数歌を十度唱へ、宣伝歌を声張り上げて歌ひ終り、再び拍手し、それより七日七夜湖水に御禊を修し、諏訪の湖面に向つて合掌し、皇神に暇を請ひ、宣伝歌を歌ひ乍ら、荊棘茂れる森林の、大蛇猛獣の群居る中を物ともせず、神を力に誠を杖に進み行くこそ雄々しけれ。あゝ惟神霊幸倍坐世。 玉依姫は空色の衣服にて、玉を持てる五人の女神の後に付添ひ玉ひしと聞く。 (大正一一・七・五旧閏五・一一加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 16 慈愛の涙 第一六章慈愛の涙〔七四六〕 七十五声の言霊に因みて澄める諏訪の湖 皇大神が三千歳の遠き神代の昔より ミロク神政の暁に厳の御霊と現はして 神の御国を固めむと諏訪の湖底深く 秘め給ひたる珍宝竜の宮居の司神 玉依姫に言依さし三千世界の梅の花 五弁の身魂一時に開く常磐の松の代を 待たせ給ひし畏さよ浪立ち分けて現れませる 玉を欺く姫神は五ツの玉を手に持たし 教の御子の五柱前に実物現はせて 往後を戒め神業の完成したる暁に 手渡しせむと厳かに誓ひ給ひし言の葉を 五人の御子は畏みて夢寐にも忘れず千早振る 神の誠を心とし羊の如くおとなしく 如何なる敵にも刃向はず善一筋の三五の 至誠の道を立て通し人に譲るの徳性を 培ひ育てし健気さよ玉治別や玉能姫 一層賢しき初稚姫の神の命の瑞御霊 久助、お民の五人連諏訪の湖伏し拝み 七日七夜の禊して身も魂も浄めつつ 大野ケ原をエチエチと金砂銀砂を敷詰めし 道芝イソイソ進み行く。向ふの方より馳せ来る 大の男が十五人出会がしらに一行を 目蒐けて拳を固めつつ所かまはず打据ゑて 一同息も絶え絶えに無念の涙くひしばり 笑顔を作り言ひけらく『心きたなき我々は 金砂銀砂の敷詰めし清き大地を進みつつ 心に恥らふ折柄に何処の方か知らねども 吾等が身魂を清めむと心も厚き皇神の 恵の拳を隈もなく汚き身体に加へまし 有難涙に咽びます嗚呼諸人よ諸人よ 汝は吾等の身魂をば研かせ給ふ御恵の 深くまします真人よあゝ有難し有難し 是れより心を改めて足はぬ吾等の行ひを 補ひ奉り三五の神の教の司とし 天地の神や諸人に恥らふ事の無きまでに 身魂を研き奉るべし嗚呼惟神々々 恵の鞭を嬉しみて皇大神の御教を 四方の国々宣べ伝へ世人の為めに真心を 尽さむ栞に致します山より高き父の恩 海より深き母の恩恵は尽きぬ父母の 我子を愛はる真心に優りて尊き御恵み 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 我等の命は失するとも神の恵の此鞭の 其有難さ何時迄も忘るる事はあらざらめ 汝は普通の人ならじ諏訪の湖水に現れませる 皇大神の御心を持ちて現れます神ならむ 謹み感謝し奉る嗚呼惟神々々 御霊幸倍ましませよ此世を造りし神直日 心も広き大直日只何事も人の世は 直日に見直し聞直し身の過ちは宣り直す 三五教の吾々は如何なる事も惟神 凡て善意に解釈し只一言も恨まずに 情の鞭を嬉しみて厚く感謝し奉る 水も洩らさぬ皇神の尊き仕組の今の鞭 受けたる此身今日よりは心の駒に鞭ちて 時々兆す悪念を山の尾の上に追ひ散らし 河の瀬毎に追払ひ大慈大悲の大神の 大御心に報ふべし進めよ進めよいざ進め 忍の山に逸早く剣の山も何のその 仮令火の中水の底神の大道の為ならば などか厭はむ敷島の大和心を振おこし 国治立の御前に奇しき功績を立て奉り 目出度神代にかへり言申さむ吉き日を楽しまむ 嗚呼惟神々々御霊幸はひましませよ』 と小声に玉治別は歌ひ終り、打擲された十五人の男に向ひ、一同手を合せて、嬉し涙に咽びける。さしも猛悪なる悪漢も、五人の態度に呆れ返り、感涙に咽び乍ら両手を合はせて大地に平伏し、陳謝の辞を断たざりけり。玉治別は大いに喜び茲に一場の宣伝をなしながら、悠々として此場を立ち去りにけり。 後振り返り見れば障害なき大野原に十五人の荒男は、何れへ消えしか、影も形も見えずなり居たりける。初稚姫は、 初稚姫『皆さま、今の方は誰方と思ひますか』 玉治別『玉治別には、どうも合点が参りませぬ。何処へ行かれたのでせう』 初稚姫『イエイエ、あの方は天教山に現はれ給ひし、木花咲耶姫の御化身で御座いましたよ』 玉能姫はこれを聞くより「ワツ」と計りに声を上げ嬉し泣きしながら、 玉能姫『アヽ神様、有難う御座いました。何処迄も吾々の魂を御守り下さいまして、今度の御神業につきましては不断、御礼の申上げやうなき御心付けを下さいまして、有難う御座います。何とも御礼の申上げ様も御座いませぬ。御蔭を以て漸く忍耐の坂を越える丈けの御神力を戴きました』 と鼻を啜り嬉し涙を絞る。玉治別は啜り泣き一言も発し得ず嗚咽し乍ら、自転倒島に向ひ両手を合せ涙をタラタラと流し、是亦感謝に余念なく、久助、お民も只両手を合せシヤクリ泣きするのみ。初稚姫は、 初稚姫『皆様、大神様の真の御慈愛が解りましたか』 一同は、 一同『ハイ』 と云つたきり涙滂沱として腮辺に滝の如く滴たらし居たり。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 一行は感謝の祝詞を奏上し終つて、又もや炎熱焼くが如き原野を汗に着物を浸し乍ら足を早めて宣伝歌を歌ひ進み行く。 折しも小さき祠の前に醜き一人の男、何事か祈願し居るにぞ、玉治別はツカツカと進み寄り、 玉治別『モシモシ貴方は何処の方で御座るか、見れば御病気の体躯と見えまする。何れへお出で遊ばすか』 と尋ぬるに男は玉治別の言葉にフト顔を上げたり。見れば顔面は天刑病にて潰れ、体躯一面得も言はれぬ臭気芬々として膿汁が流れて居る。玉治別は案に相違し突立つた儘、目を白黒して其男を黙視してゐる。 男『私は此向ふの谷間に住む者だが、コンナ醜るしい病を患ひ、誰一人相手になつて呉れるものもなし、若い時より体主霊従のあらん限りを尽し、神に叛いた天罰で、モシ……コレ此通り、世間のみせしめに逢うて居るのだ。最早一足も歩む事は出来ぬ………お前さま、人を助ける宣伝使なれば、此病気を癒して下さいませ。モシ女の唇を以て此膿汁を吸へば、病気は全快すると聞きました。何卒お情に助けて下さるまいか』 初稚姫はニコニコし乍ら、 初稚姫『おぢさま、吸うて癒る事なら吸はして下さい』 と云ふより早く足許の膿汁を「チユウチユウ」と吸うては吐き、吸うては吐き始めたり。玉能姫は頭の方より顔面、肩先き手と云ふ順序に、「チユウチユウ」と膿を吸うては吐き出す。玉治別、久助は余りの事に顔も得上げず、心の中にて一時も早く病気平癒をなさしめ給へと、祈願を凝らして居る。お民は又もや立寄つて腹部を目蒐けて、膿汁を「チユウチユウ」と吸ひ始めたり。暫くの間に全身隈なく膿汁を吸ひ出し了りぬ。男は喜び乍ら両手を合せ、路上に蹲踞んで熱き涙に暮れ居たり。五人は一度に其男を中に置き、傍の流れ水に口を嗽ぎ手を洗ひ天津祝詞を奏上する。男は忽ち嬉しさうな顔をし乍ら、 男『アヽ有難う御座いました。誰がコンナ汚い物を、吾子だとて吸うて呉れませう。お礼は言葉に尽されませぬ』 と一礼し乍ら直に立ちて常人の如く足も健かに歩み出し、終に遠く姿も見えずなりにけり。玉治別は感激の面色にて、 玉治別『三人の御方、ヨウマア助けてやつて下さいました。私も女ならば貴方方の如うに御用が致したいので御座いますが、彼の男が女でなければ不可ぬと申しましたのでつい扣へて居ました。イヤもう恐れ入つた御仁慈、国治立大神、神素盞嗚大神の御心に等しき御志、感激に堪へませぬ』 と又もや熱涙に咽ぶ。三人は愉快気に神徳を忝なみ、 三人『あゝ神様、今日は結構な御神徳を頂きました』 と両手を合せ感謝の祝詞を奏上し、一行五人西へ西へと、金砂銀砂の敷詰めたる如き麗しき野路を、宣伝歌を歌ひ進み行く。 因に云ふ。初稚姫の霊魂は三十万年の後に大本教祖出口直子と顕はれ給ふ神誓にして、是れより五人は西部一帯を宣伝し、種々の試練に遭ひ、終にオーストラリヤの全島を三五教の教に導き、神業を成就したる種々の感ず可き行為の物語は、紙数の都合に依りて後日に詳述する事となしたり。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・七・五旧閏五・一一谷村真友録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 霊の礎(一〇) 霊の礎(一〇) 一、高天原の天界には、地上の世界と同様に住所や家屋があつて、天人が生活して居ることは地上の世界に於ける人間の生活と相似て居るのである。斯くいふ時は現界人は一つの空想として一笑に付し顧みないであらう。それも強ち無理ではないと思ふ。一度も見たことも無く、又天人なるものは人間だと云ふことを知らぬ故である。又天人の住所なるものは、地球現界人の見る天空だと思ふから信じないのである。打見る所天空なるものは冲虚なるが上に、其天人といふものも亦一種の気体的形体に過ぎないものと思ふからである。故に地の世界の人間は、霊界の事物にも亦自然界同様であるといふ事を会得することが出来ぬからである。現実界即ち自然界の人間は、霊的の何者たるかを知らないから疑ふのである。地上の現界を霊界の移写だといふことを自覚せないから、天人と云へば天の羽衣を着て、空中を自由自在に飛翔するものと思つてゐるのは人間の不覚である。天人は之等の人間を癲狂者と云つて笑ふのである。 一、天人の生活状態にも各不同があつて、威厳の高きものの住所は崇高なものである。又それに次ぐものはそれ相応の住所がある。故に天人にも現界人の如く名位寿福の願ひを持つて居て進歩もあり向上もあるので、決して一定不変の境遇に居るものでは無い。愛と信との善徳の進むに従つて倍々荘厳の天国に到り、又は立派なる地所や家屋に住み、立派なる光輝ある衣服を着し得るものである。何れも霊的生活であるから、その徳に応じて主神より与えへらるるものである。凡ての疑惑を捨てて天国の生活を信じ死後の状態を会得する時は自然に崇高偉大なる事物を見るべく、大歓喜を摂受し得るものである。 一、天人の住宅は地上の世界の家屋と何等の変りも無い。只その美しさが遥に優つてゐるのみである。その家屋には地上の家屋の如く奥の間もあり、寝室もあり、部屋もあり、門もあり、中庭もあり、築山もあり、花園もあり、樹木もあり、山林田畑もあり、泉水もあり、井戸もあつて、住家櫛比し都会の如くに列んで居る。亦坦々たる大道もあり、細道もあり、四辻もあること地上の市街と同一である。 一、天界にも又士農工商の区別あり。されど現界人の如く私利私欲に溺れず、只その天職を歓喜して天国の為に各自の能力を発揮して公共的に尽すのみである。天国に於ける士は決して軍人にあらず、誠の道即ち善と愛と信とを天人に対して教ふる宣伝使のことである。地上に於て立派なる宣伝使となり其本分を尽し得たる善徳者は、天国に住みても依然として宣伝使の職にあるものである。人間は何処までも意志や感情や又は所主の事業を死後の世界迄継承するものである。又天国霊国にも、貧富高下の区別がある。天国にて富めるものは地上の世界に於てその富を善用し、神を信じ神を愛するために金銀財宝を活用したるものは天国に於ては最も勝れたる富者であり、公共のため世人を救ふために財を善用したるものは中位の富者となつて居る。又現界に於てその富を悪用し、私心私欲の為に費し又は蓄積して飽くことを知らなかつた者は、其の富忽ち変じて臭穢となり、窮乏となり、暗雲となりて霊界の極貧者と成り下り、大抵は地獄に堕するものである。又死後の世界に於て歓喜の生涯を営まむと思ふ者は、現世に於て神を理解し、神を愛し神を信じ、歓喜の生涯を生前より営みてゐなければ成らぬのである。死後天国に上り地獄の苦を免がれむとして、現世的事業を捨てて山林に隠遁して世事を避け、霊的生活を続けむとしたる者の天国に在るものは、矢張生前と同様に孤独不遇の生涯を送るものである。故に人は天国に安全なる生活を営まんと望まば、生前に於て各自の業を励み、最善の努力を尽さねば死後の安逸な生活は到底為し得ることは出来ないのである。士は士としての業務を正しく竭し、農工商共に正しき最善を尽して、神を理解し知悉し之を愛し之を信じ善徳を積みておかねばならぬ。又宣伝使は宣伝使としての本分を尽せばそれで良いのである。世間心を起して、農工商に従事する如きは宣伝使の聖職を冒涜し、一も取らず、二も取らず、死後中有界に彷徨する如き失態を招くものである。故に神の宣伝使たるものは何処までも神の道を舎身的に宣伝し、天下の万民を愛と信とに導き、天国、霊国の状態を知悉せしめ、理解せしめ、世人に歓喜の光明を与ふることに努力せなくては成らぬのである。天界に坐ます主の神は仁愛の天使を世に降し、地上の民を教化せしむべく月の光を地上に投じ給うた。宣伝使たるものは、この月光を力として自己の霊魂と心性を研き、神を理解し知悉し、愛と信とを感受し、是を万民に伝ふべきものである。主一無適の信仰は、宣伝使たるものの第一要素であることを忘れてはならぬ。天界地上の区別なく神の道に仕ふる身魂ほど歓喜を味はふ幸福者は無いのである。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十一年十二月王仁
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 神諭 神諭 大正五年旧十一月八日 大本の神の教の通りの誠の修業のでけてをる身魂は、安全に神界の御用が勤まるなれど、修業の出来て居らぬ身魂は辛くなるから、誠の神の道は修業した丈けの事より出来は致さぬぞよ。世に落ちて居りた身魂は、ドンナ辛い修業も致して居るから、サア爰といふ処では、ビクともせずに安心に御用が勤まるぞよ。世に出て居りて、今迄結構に暮して来た上流の守護神よ、一時も早く改心なされよ。モウ世が迫りて来たから、横向く間も無いぞよ。是からは悪の霊の利かぬ時節が廻りてきたから、今迄のやうな強いもの勝の世の持方は神が赦さぬぞよ。今迄は加美はドンナ忍耐も致して、此世の来るを待ちて居りたぞよ。日本は欲な人民の多い国、外国は学の世であるから、ドンナ事でも致すぞよ。日本の人民は神の国に生れ乍ら、神をおよそに思て、吾よしの強欲計りを考へて、金の事になりたら、一家親類は愚、親兄弟とでも公事をいたす、惨たらしい身魂に化り切りて居るぞよ。是では神国の人民とは申されぬぞよ。 神の初発に修理へた元の祖国は、世界中を守護する役目であるぞよ。世界の難儀を助けてやらねば、神国の役目が済まぬから、世界の国の人民を一番先に神心に捻直して一人も残らず、神心に復へてやらねば神の役が済まぬので、天の大神様へ、日々艮の金神が御詫をいたして、世の立替を延ばして貰うて、其間に一人でも多く、神国魂に致したさに、神は昼夜の気苦労を致して居るから、神国の人民なら、チトは神の心も推量致して身魂を磨いて、世界の御用に立ちて下されよ。モウ世が迫りて来て、絶対絶命であるから、何うする間も無いぞよ。神は急けるぞよ。人民が早く改心をいたして下さらぬと、世界中の難渋が激しくなりて、何も彼も総損害となるぞよ。神が経綸た世界の誠を、何も知らずに、吾物に致さうとして、エライ企みは奥が浅うて狭いから、ここまで九分九厘までは面白い程、トントン拍子に来たなれど天の時節が参りて、悪神の世の年の明きとなりて、悪の輪止りで、向ふの国には死物狂を致して居るなれど、何処からも仲裁に這入る事も出来ず、見殺しで神なら助けねばならぬなれど、余り我が強過ぎて何う仕様も無いぞよ。此方艮の金神も我が強くて、神々の手に合はいで押籠められて変化る事の無い所まで、ドンナ事にも変化て、ここへ成りたのであるから、モウ一種変化たいと思うたなれど、モウ変化る事が無い様に成りたぞよ。(終)
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霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 01 水禽の音 第一章水禽の音〔七四七〕 時間空間超越し現幽神の三界を 過去と未来と現在に通観したる物語 伊都の教祖が艮の神の御言を蒙りて 現はれ給ひし瑞祥の明治は二十五の年 それに因みし巻の数須弥仙山に腰を掛け 三千世界を守ります神に習ひて掛巻くも 畏き神の現れませる高天原の大宇宙 その外側に身を置きてここに六合隈もなく 見渡し給ひし瑞御霊神素盞嗚の御心を 汲み取り給ふ大八洲彦神の命は月照の 瑞の御霊と現はれて綾の聖地に身を潜め 五十路の阪を二つまで越えた赤子の口を借り 大海原に漂へる名さへ芽出度き竜宮の 一つ島なるオセアニヤ黄金の砂を敷き詰めし 地恩の郷に三五の神の教を開きたる 五十子の姫や梅子姫鬼熊別の珍の子と 生れ出でたる小糸姫仁慈無限の天地の 元津御神の御心を覚りて道に尽したる 古き神代の語り草松竹梅の大本の 竜宮館を立出でて流れも清き小雲川 並木の老松ふくの神風に誘はれ吹き立てる 法螺貝喇叭にあらねども夢か現か誠か嘘か 嘘ぢやあるまい誠ぢやなかろさても解らぬ物語 心真澄の松村が口と鉛筆尖らして 吾が口述を書きとめる松雲閣の中の間に 無尽意菩薩を始めとし五六七太夫や加藤女史 やがては急ぎ北村の隆々光る神界の 御稜威を畏み村肝の心清めて書きとむる 所謂三界物語辷り出でたる蓄音器 取手を握りクルクルと螺旋仕掛のレコードが 茲に廻転始めけるあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 地恩城の役員控室には、スマートボール(敏郎司)、チヤンキー(英吉)、モンキー(米吉)其他二三人、赤裸の儘、芭蕉の実を喰ひ乍ら雑談に耽つて居る。 スマートボール『皆の御連中、人間も良い加減なものだなア。俺達も蜈蚣姫様に朝夕真心を尽し、随分忠勤を擢でて、危険区域に往来出没し、種々雑多の艱難辛苦を嘗めて来た者だが、海洋万里の竜宮島までお供をして来乍ら、吾々は平役人の一部に加へられ、清公さまの頤使に甘んじて居らねばならぬのだから、暗君に仕へるのは実に不利益此上なしだ。此頃は蜈蚣姫さまも女王様に会うた嬉しさに、俺達の殊勲を念頭から遺失して了ひ、今迄は寝ても起きても「スマート、スマート」とお声がかかつたが、此頃は何処のスマートに居るかとも言つて下さらぬ。本当に良い加減なものだよ。俺ア……モウ同伴者が有つたら波斯の国へでも帰りたくなつて来たワイ』 チヤンキー『お前が蜈蚣姫さまに夫丈尽したにも関はらず、抜擢されないのは、みんな身魂の因縁だ。前生からの罪の借金済しを指して下さるのだから、それで大変な御恵に預つて居るのだよ。俺だとて肝腎の黄竜姫様を、シロの島から生命からがら送つて来て、中途で難船をした殊勲者だから、何とか御言葉が懸りさうなものだけれど、ヤツパリ平役人の仲間だ。モンキーだとて其通り、そこが神様の依怙贔屓のない処だ……なア、モンキー、貴様もさうだらう』 モンキー『吾々小身者の分際として、チヤンキーモンキー言つて見た所で、歯節は立たぬよ。マアどうなりと生命さへ助けて貰へば、結構だなア』 スマートボール『それだと云つて、清公の奴、高山彦の後釜に坐り、宰相面をして俺達に何事も指揮命令する特権を与へられたのは、チツと合点がゆかぬぢやないか。何程身魂の因縁性来かは知らぬが、吾々の見る所では、何一つ是れと云ふ手柄をした様にもなし、半泥的の友彦宣伝使のお供をして来た平信者の分際として、出世すると云つてもあんまりぢやないか。レコード破りと言はうか、破天荒と言はうか、譬方の無い黄竜姫のやり口、人も有らうに、清公の様な若輩に、あれ丈の重任を御負はし遊ばしたのは、如何考へても合点の虫が承認して呉れないよ。それ程賢い人間でもなし、どつちかと云へば、チツと許り落して来た様な代物ぢやないか』 チヤンキー『さうだからお筆先に……阿呆になりて居りて下されよ。神の道は悧巧を出すと失敗るぞよ。他人が出世を致したと云うて嫉むでないぞよ。身魂の因縁丈の御用がさせてあるのだから……とお示しになつてるぢやないか』 スマートボール『それに……まだまだ業の沸く事がある……と云ふのは噂にチラツと聞けば、天下無双のネース宇豆姫さまを女房に貰ひ、ブランジー(国主)、クロンバー(国妃)の夫婦が後釜になると云ふ事だが、それが実際とすれば、俺達ア馬鹿らしくて、ジツとして居る事が出来なくなつて了ふ。其時にや貴様達は如何考へるか』 チヤンキー『アハヽヽヽ、又人の疝気を頭痛に病んで居よるな。実際の事を言へば、貴様宇豆姫に大変な執着心を懸けて居るのだらう。チツと妬けとると見えて、酢につけ味噌につけ因縁を附けるのだなア。……何時やらの月の輝く夜の事、宇豆姫さまが庭園を天女の様なお姿で、スラリスラリと木蔭を逍遥ひ遊ばした時、貴様は差足、抜足後の方から近寄つて、電話姫の様に……モシモシと吐した処、宇豆姫様にエツパツパを喰はされ……サーチライス、ユーリンスユーリンスと謝罪つて逃げ出したと云ふ専らの評判だよ。其時のエツパツパの肱鉄を根に持つて居るのだらう』 スマートボールは顔赭らめ、俯むいて黙つて居る。 モンキー『アハヽヽヽ、ヤツパリ……さうすると、火の無い所に煙は立たぬ。何時も……女なんか汚らはしい……と云ふ様な面付をして、スマーして御座るスマートボールさんも、ヤツパり気があるのかなア。恋に上下の隔てないとはよく言つたものだ』 スマートボール『馬鹿を云ふな。それや俺の事ぢやない。鶴公の事だ。……鶴公がなア、性懲りもなく宇豆姫さまのお臀を嗅ぎ廻り、幾回となくエツパツパエツパツパを喰ひ、悲観の極、失恋病に罹り、柿の木で人知れず首をツル公とやりかけた処、此様子を物蔭より見すまして居たスマートボール……ヘン此方が矢庭に其場に駆出で、プリンプリンの最中をギユツと下から抱きあげ、……如何に鶴さまだとて、首をツルと云ふ事が有るかい、マア待て、死は一旦にして易く、生は難しだ。キツと俺がお前の願望を叶へ指してやるから……と云つて慰め、漸くボールス(自殺)を中止させたのだ。其責任上俺は如何しても清公の縁談に水を注し、鶴公の女房に宇豆姫さまをせなくては、一旦男の口から吐いた唾を呑み込む訳にはゆかぬ。それ故昼夜肺肝を砕き、何とかして鶴公の恋を叶へさせてやりたいと、宇豆姫さまの間近く寄つて、機会ある毎に掻き口説いて居るのだ。それを心なき没分暁漢の連中が、俺が姫さんにスヰートハートして居る様に誤解して、下らぬ根無し草の噂の花を咲かして居るのだ。諺にも……人の口に戸は閉てられない……と云つて、一々俺がそんな弁解に廻る訳にもゆかず、千万無量の俺の心中を、チツとは察してくれの鐘だ。烏はカアカアと啼いて塒を定め、夫婦睦まじく暮して居るに、鶴公のやもを鳥、宇豆姫の事を思つて心をウヅウヅさせ乍ら……アーア夏の夜も蚤はせせり、蚊が喰つて寝られないワイ……と歎息して居るのを思ひ出すと、俺だとてそれが袖手傍観出来るものか。早く鶴公さまの恋をかなへさせて、夫婦睦じく卵子を生み、川と云ふ字に寝さしたいのだがそれや将来の事として、一時も早くリの字にさしてやりたい俺の一念。……アーア待つ間の長き鶴公の首、千歳の松の末永く、梢に巣籠る尉と姥との、高砂の謡曲が早く聞きたいので尽力して居るのだよ』 と心配さうに俯むく其様子、冗談とも思はれなかつた。斯かる所へ貫州、武公の両人現れ来り、 貫州『ヤア御連中、何か面白いお話でも有りますかなア』 チヤンキー『今チヤンキーモンキーと、スマートボールのローマンスを遺憾なく聞かして頂き指を銜へて居た処なのだ。……貫州さま、お前此頃の清公の横柄振を何と考へて居るか』 貫州、稍仰向き気味になり『フ、フーン』と云つた限り、力無げに笑ふ。 武公『イヤもう此頃の清公の態度と云つたら、さつぱり、ブランジー気分になり、クロンバーを得むとして、種々と暗中飛躍を試みて居ると云ふ事だ。併し乍ら到底物にはなるまいよ。アハヽヽヽ』 貫州『そんな問題は如何でもよい。国家興亡に関する大問題が今別に突発して居るのだが、お前達分つて居るか』 スマートボール『分つて居らいでかい。鶴公を黄竜姫の夫に推薦すると云ふ大問題だらう。……併し其奴は駄目だから、せめて宇豆姫さまの婿にしてやりたいと思つて、昼夜肝胆を砕いて居るのだ。併し清公の奴、どうやら予約済の札を掛けて居る様だから、此奴もならず、実に世の中は意の如くならないものだ。何か良い智慧を貸して呉れないかネー』 貫州『そんな事が国家興亡の問題かい。あゝ貴様も知つて居る通り、鼻赤の友彦の奴、ネルソン山を西へ渉り、ジヤンナイ(治安内)教のテールス(照子)姫の夫となり、大変な勢でオーストラリヤの西部一帯を勢力範囲となし、今に軍備を整へて此地恩城へ鬼の様な荒武者を引率し、やつて来ると云ふ噂があるのだ。お前達も聞いて居る通り、黄竜姫様は元は友彦の女房だつたが、地恩郷の奴等に打ちのめされ、城外に担ぎ出された其無念を晴らすべく、一挙に当城へ攻め寄せ、否応言はさず、黄竜姫様に兜を脱がせ改めて友彦の第二夫人になるか如何だと、大変な威喝的態度で蹂躙すると云ふ計画オサオサ怠りなしとのこと。吾々は斯うしてジツとして居る訳には行かぬ。婦人問題などの気楽な話に没頭して居る時ぢやない。何を云つても内輪を固めなくては、外敵に当る事は不可能だ。地恩城には清公派と鶴公派が互に鎬を削り、内争絶間なく、如何して此城が持てるものか。兄弟垣に鬩ぐとも、外其侮りを防ぐと云ふ事があるから。サア皆一致和合して、今迄の態度をスツカリ改めて貰ひたいものだよ』 スマートボール『それが又神界の御都合だよ。よく考へて見よ、夜中夫婦喧嘩許りして居る家には泥棒も這入らない。互に軋轢して力比べをし、今の今迄演習をして置くのだ。力士だつてさうぢやないか。一生懸命に稽古と云つて挑み闘ひ、其間に天晴れと力が付いて晴れの場所で格闘すると云ふ段取りになるのだ。友彦が門前まで押寄せ来るを待ちて、協力一致すれば良いのだよ。サアサアモツトモツト内乱を奨励せなくちや本当の勇士は造れないワ。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。此処へ蜈蚣姫は稍腰を屈め、ヒヨコヒヨコやつて来て、 蜈蚣姫『お前はスマートボールに貫州、武公、チヤンキー、モンキーの頭株ぢやないか。今……金、銀、鉄等三人の注進に依れば、鼻曲りの意地クネの悪い友彦が、ジヤンナイ教の荒くれ男を率ゐ、当城へ攻めて来るとの急報……サア早く防戦の用意をせなくてはなりますまい』 スマートボール『蜈蚣姫様、無抵抗主義の三五教の本城に防戦とは心得ませぬ。武器と云つては寸鉄もなく、如何したら良いのですか』 蜈蚣姫『サア其防戦は善戦善闘だ。本城へ押寄せ来らぬ間に、ネルソン山の山麓に、威儀を正して友彦の軍隊を待受け、所在款待をするのだ。さうして飽く迄忍耐振と親切振を発揮する。これが第一の味方の神法鬼策、六韜三略の奥の手だ。さうだと云つて、決して権謀術数を弄するのではない。誠一つの実弾をこめて、誠を以て戦ふのだよ。分つたか』 スマートボール『ハイ、根つから……よく分りました』 蜈蚣姫『何だか歯切れのせぬ返答ぢやないか』 スマートボール『返答だか、弁当だか、テントウ様だか、テンと訳が分りませぬワイ。先方は吾々を殺しに来ると云ふ、此方は御馳走の弁当を拵へて歓迎せよと仰有る。ベントウとか天道とかは、人を殺さぬとか…殺すとか云ふぢやありませぬか』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、何でも良い。お前ではチツと事が分り兼ねるに依つて、貫州、武公、チヤンキー、モンキー等の大将株と相談して、最善の方法を講じて下さい。妾は是れから神殿へ参つて御祈念を致すから、周章てず騒がず、静に急いで準備をするがよからうぞや』 スマートボール『徐かに急げとは尚々以て不得要領だ。寝て走れ、目噛んで死ね、睾丸銜へて背伸びせいと云つた様な御註文ですなア』 チヤンキー『御チウモンも表門もあつたものかい。……モシモシ蜈蚣姫様、チヤンとチヤンキーが胸に御座いますれば、どうぞ御心配なくお帰り下さいませ』 蜈蚣姫『そんなら是れでお別れする。よきに取計らひなされ』 と握り拳を固め、蝦の様になつた腰を三つ四つ打ち乍ら、 蜈蚣姫『エーエ、人を使へば苦を使ふ』 と呟きつつ奥の間に姿を隠した。 スマートボール『訳も知らずにチヤンキーモンキーと雀の親方見たいに、チヤアチヤア吐すな。鶏は跣足だ。モンキー、馬は大きくてもフリマラだよ。アハヽヽヽ』 斯かる所へ威風堂々として四辺を払ひ、二三の従者を伴ひ、現れて来た清公、 清公『ヨー、スマートボール其他の役員さま、大変な事が出来致しました。蜈蚣姫様から一応お聞きでせうが、あなた方は其準備を早くして貰はねばなりませぬ』 スマートボール『ハイ先づ内を固めて外に向ふのが順当でせう。外部の敵は、駆逐する事は何でもありませぬが、先づ内部の敵から言向け和せ、其上の事に致しませうかい』 清公『コレだけよく治まつた地恩城に内紊のあらう道理がない。それや又如何した訳でそんな事を言ふのですか』 スマートボール『只今地恩城の俄宰相清公のブランジーに対し、挙国一致的強敵が現はれ居ますぞ』 清公『其敵と云ふのは誰ですか』 スマートボール『其敵は本能寺にあり。汝の敵は汝の心に潜む。先づ清公さまのブランジー気分を撤廃し、自由自在に開放なさらなくては、内部の敵も外部の魔軍も、如何ともする事が出来ますまい。先づ第一に私の方から条件を提出致しますから、御採用になるかならぬか知りませぬが、其上で吾々は決心を定めませう。……貫州、武公さま、サア是から君が特命全権公使だ。早く談判の口火をお切りなさい』 貫州『清公のブランジーさまに質問があります。お前さまは謙遜と云ふ事を知つて居ますか。三五教の教理は如何御解釈になつて居りますか。言心行一致の実をお示し下さらなくては、吾々は去就を決する事が出来ませぬ。斯う言へば表だつて議案を提出せなくても、一を聞いたら十を覚る鋭敏な頭脳の持主と、黄竜姫様が御信任遊ばした貴方だから、一伍一什お分りでせう』 清公『さう突然訳の分らぬ事を言はれても返答の仕方がありませぬ。吾々の施政方針にあなた方の御意に召さぬ欠点が有ると云ふのですか』 チヤンキー『有る有る、大有りだ。大あり大根で胴体ばつかり大きくても味もシヤシヤリも…ないじやくりだ。それだから誰も彼も清公さまには、キヨう交際は出けぬと此処に居る御連中が不平して居ましたぞや。チツと重しをかけて、糠味噌の中へ突込んでやらねば、良い味は出なからうと言つて居ました。重りが重い程圧迫が強くて漬物の味がよくなると云ふ事だから、吾々が尾張大根の重り石にならうと相談をして居つた最中だ。……ナア、モンキー、間違あるまい』 モンキー『何だか知らぬが、エライ人気だ。あつちにも、こつちにも、チヤンキーモンキーと清公さまの不信任問題が喧伝されて居る。先づ是から先へ解決を付けて貰ひませうかい。解決と云つても、股にキネ糞を挟んで立派な礼服を着し、座敷の正中に坐り込み、立ちもならず動きもならぬ様な、蛇の生殺しの様な解決では、此危急存亡の場合、駄目ですよ。流れ川に尻を洗つた様に、綺麗サツパリと、川の流れの宇豆姫さまを思ひ切つて、鶴公さまの女房となし、お前さまは鶴さまに代つて、裏の柿の木でブランジーとぶら下らうと、それや御自由だ。兎も角鶴公さまが宇豆姫にエツパツパを喰はされ、柿の木でブランコをやりかけた位だから、友人を思ふ真心があるならば、自分の愛を犠牲として、信任深き鶴さまにラバーを譲つてやりなさい。是が先決問題だ。グヅグヅして居ると、鶴さまの恋は九寸五分式だから、センケツ、リンリ問題が突発するかも知れない。……アーアあちら立てれば此方が立たず、両方立てれば宇豆姫さまが立たず、世の中は思ふ様に行かぬものだ。併し乍ら清公さま、大勇猛心を発揮し、一皮剥いたら、誰しも髑髏のみつともない肉体計りだから、宇豆姫さまの事をスツカリ思ひ切つて、国家の為にそれ丈の決断力を、今此場で発揮して貰ひませう』 清公、俯むいて『ムニヤムニヤムニヤ』 スマートボールは、 スマートボール『危急存亡の此場合、唯一言の御返答もなきは、不承諾と見えます。それならば其れで宜しい。吾々も共同一致的に不承諾だ。……コレ清公さま、大勢と一人には換へられませぬから、どうぞ早く城を明け渡し、陣引きをなされませ。其後は鶴公さまがブランジーとなつて、地恩城を総轄し、宇豆姫をクロンバーの位置に据ゑ、神業に参加すれば、万代不易の基礎が建つ。サア御返答を承はりませう』 清公『宇豆姫さまは承諾せられますかなア』 と確信あるものの如く冷笑を向ける。 スマートボール『皆さま、暫く此処に待つて居て下さい。これより宇豆姫さまの居間に参り、直接談判をやつて来ますから』 チヤンキー『そんなにグヅグヅして居つたら、友彦が軍勢を引連れやつて来ますぞ。蜈蚣姫様の仰せの如く此方より無抵抗主義の先鞭を付け、友彦の進軍をネルソン山麓に待受け、互に諒解を得なくてはなりますまい。宇豆姫さまより、清公さまの返答さへ聞けば解決の付く話だ。左様な廻りくどい事をして居る場合ではありますまい。……サア清公さま、あなたも立派な堂々たる七尺の男子だ。直に御返事を承はりませう。色男気分になつて、独断的に、私はブランジーだから、きつとクロンバーになるのは宇豆姫に定まつたりと、自惚心を起して威張つて居つても、先方の精神はまだ明瞭と分つては居りますまい。万一最後の一段になつて、宇豆姫さまにエツパツパを喰はされ、アフンとして男を下げるよりも、今の間に綺麗サツパリと断念なさつた方が、何程立派だか知れますまい。是れチヤンキーが心よりの貴方に対する真実なる忠告ですから、空吹く風と聞き流してはなりませぬぞ。男は断の一字が最も必要だ。サーチライス、ユーリンスユーリンスと頭を抱へて恥を掻き、蚤の様に頭ばかり突込んで尻を盛立て、恥を掻くよりも、今の間に思ひ切つたが、貴方に取つて最も賢明な行方だ。さうすれば永遠無窮に地恩城の右守神となりて、尊敬の的となり、神業に参加することが出来ませう。何程井モリの神ぢやと云つても、黒焼になる所まで妬いちや可けませぬよ』 と揶揄ひ半分に忠告する。ここへ何気なうやつて来た右守神鶴公、 鶴公『ヤア皆さま、大変な事が起こつた様ですなア。……モシ左守神の清公殿、如何なさいますか。御所存を承はりたい』 スマートボール初め一同は拍手し乍ら、 一同『鶴公さま、万歳、ウローウロー』 と叫ぶ。 鶴公『兎も角、友彦の寄せ手に向ひ、最善の方法を講ぜねばなりますまいが、清公殿、如何の御所存で御座いますか』 清公『先づ右守神の御意見を承はりませう』 鶴公『吾々は左守神の次の位置に位する者、何事も貴方の指揮命令に従ふのが本意で御座いますから、どうぞ御腹蔵なく仰せ付け下さいませ』 貫州『左守神は最前より吾々一同種々と申上げましたが、何の返答もなされませぬ。察する所、自ら総統権を棄却された事と察しまする。さうでなければ精神錯乱か、或は本城の危急存亡を対岸の火災視し、利己主義を立て通す体主霊従の御方と断定するより道はありませぬ。宇豆姫様さへ手に入らば、地恩城も三五教も、清公さまの眼中には無いと云ふ事を赤裸々に表白されて居ります。吾々は如何しても斯様な御人格の方の風下に立つて活動する事は到底出来ませぬ。さうだと云つて三五教の神の教は大切なり、其教の全権をお握り遊ばす黄竜姫様を御見棄て申す訳には参りませぬ。徹頭徹尾辞職などは出来ませぬから、先づ第一に吾々の代表的犠牲となつて、左守神様から処決して頂きませう』 清公は一同に向ひ、 清公『これより奥殿に入りて、黄竜姫様の御意見を伺ひ、其上に処決する事に致しませう。何は兎もあれ、出陣の用意急がせられよ』 と言ひ棄て、此場を逃ぐるが如く姿を隠した。 チヤンキー『猫に追はれた鼠の如く、左守神も到頭尾を捲いて奥の間へスゴスゴと隠れて了つた。何時まで待つて居たつて、出て来る気遣ひはあるまい。吾々は鶴公様に身も魂も捧げて、如何なる指揮命令にも服従する考へであります。皆さまの御精神は如何で御座いますか』 と一同の顔を看守つた。スマートボールを初め並居る面々口を揃へて、 一同『大賛成大賛成』 と叫ぶ。 鶴公『皆さまはそこまで不束な私に対し、同情を寄せて下され、実に感謝に堪へませぬ。が、併し乍ら清公さまは私の上役、左守神を差し措いて如何する事も出来ませぬ。左様な僣越の行動は神の赦し玉はざる処、先づ第一に清公様のお身の上の解決が付いた上、皆さまの思召に応じ、御用を承はりませう』 スマートボール『モシモシ右守神さま、貴方は吾々の上に立つ御方、下の者に対し御用を承はらうとは、チツと矛盾ぢやありませぬか』 鶴公『イエイエ、上に立つ者は決して下を使ふ役ではありませぬ。あなた方が吾々をお使ひなさらねばならぬのです。吾々の命令を聞いて活動をする様な事では、木偶も同然だ。何時までかかつても神業は発達致しませぬ。先繰り吾々の仕事を拵へて、斯うして呉れ、ああして呉れと御註文下さらねばならぬのです。今の世の中の人は上に立てば下の者を弟子か奴隷の様に使ふべきものだと誤解して居る。上に立つ者は要するに下から使はれるのだ。広大無辺の国祖大神でさへも、吾々の願事を聞いて下さるではありませぬか。所謂吾々は………斯く申せば少しく語弊が有りますけれども……神様は要するに御使ひ申して居る様なものだ。何卒御見捨てなく御用を仰せ付け下さいませ』 と道理を分けて説き諭す。スマートボールは黙然として、時々頭を上下に振り『ウンウン』と頷いて居たが、忽ち鶴公の前に両手をつき、 スマートボール『イヤ何事も諒解致しました。然らば是れから貴方を充分に酷使致しますから、其お積りで御願申しませう』 鶴公『何分宜しく御注意下さいまして、末永くお使ひの程をお願ひ申します』 一同感歎の声を洩らして居る。此処へ金、銀、鉄の三人現はれ来り、 金州『ヤア貴方は鶴公様、只今戸外にて承はればハツキリ訳は分りませぬが、危急存亡の今日の場合、清公様に対しストライキをなさると云ふ御相談らしい。宜しい、これから奥殿に参り、此由黄竜姫の御前に奏上致しますから、其お積りで御決心をなさるがよからう』 と捨台詞を残し、三人は足早に奥を目蒐けて進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三松村真澄録)
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(1864)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 02 与太理縮 第二章与太理縮〔七四八〕 地恩城の奥殿には黄竜姫と蜈蚣姫の二人、侍女を遠ざけ、頭を垂れ物憂し気に、何事か首を鳩めてヒソビソ話に耽つて居る。 蜈蚣姫『黄竜姫様、大変な事が出来ました。あの意地くねの悪い鼻曲りの友彦が、ネルソン山を西に渉り、獰猛なる土人をチヨロ魔化し、テールス姫と言ふ妖女を抱き込み、表面三五教を標榜し、衆を集めて此地恩郷に攻め寄せ来り、お前さまを否応なしに又元の女房にしようとの企み、今に本城へ攻め寄せ来るとの、金、銀、鉄の注進、万一左様な事が実現して、友彦此場に攻め来る事あらば、お前さまは如何なさる考へですか、御意中を承はりたい』 黄竜姫『母様、左様な御心配に及びませぬ。柔よく剛を制すと言つて、如何なる頑強不霊の友彦なりとて、妾が三寸の舌剣を以て腸まで抉り出し、見事改心させて見せませう。友彦如きは物の数でもありませぬ。あの様な者が恐ろしくて、此野蛮未開の一つ島が如何して拓けませう。取越苦労はなさいますな、ホヽヽヽヽ』 とオチヨボ口に袖を当て、手もなく笑ふ。蜈蚣姫は真面目な心配相な顔付にて、 蜈蚣姫『何程悧巧だと言つても未だお前は年が若いから、さう楽観をして居られますが、恋の意地と言ふものは又格別なもので、なかなか油断はなりませぬ。寝ても醒ても小糸姫に馬鹿にしられたと怨んで居る友彦の事だから、一時は時到らずとして尾を捲き目を塞ぎ爪を隠して、猫の様になつて居たものの、今やジヤンナの郷に於て、飛つ鳥も落す様な勢になつたのを幸ひ、日頃の鬱憤を晴すは今此時と戦備を整へ捲土重来する以上は到底なかなか一筋や二筋では納まりますまい。年寄の冷水、老婆心の繰言とお笑ひなさるか知りませぬが、年寄は家の宝、経験がつんで居るからチツとは母の言ふ事もお聞きなされ。後の後悔は間にあひませぬ』 黄竜姫『あの、マア母様にも似合はぬ御心配相なお顔付、母上も顕恩郷では随分剛胆な事をなさいましたではありませぬか。それのみならず、自転倒島の鬼ケ城山に敗れ三国ケ嶽に砦を構へ、次で魔谷ケ嶽、国城山と大活動をなされた時は、夜叉の様なお勢で御座つたぢやありませぬか。それに今日、母上の口からそんな弱い音色が出るとは思ひも掛けませぬ。此黄竜姫、仮令百の友彦、万の友彦来るとも、三五教の神様の神力、吾言霊の威力に拠つて言向け和し、前非を悔いしめ、至善至美の身魂に研き上げて助けてやる妾の所存、決して決して御心配遊ばしますな』 と脇息に肱を乗せ忍冬の茶を一口グツと飲んで、 黄竜姫『母様、何卒お寝み遊ばしませ。最早夜も更けかけました。いづれネルソン山へは数百里の道程、友彦が攻めて来ると言つても、まだ十日や半月は大丈夫です。あまり周章てるには及びませぬ』 蜈蚣姫『油断大敵、一時も猶予はなりませぬ。妾は先程一同の者に、防戦と出陣の用意を命じて置きました。やがて出陣するでせう』 黄竜姫『それは誰の吩咐で出陣をお命じになりましたか』 蜈蚣姫『ハイ、妾の計らひで……』 黄竜姫『それは又、不都合千万、私人としては貴女は妾の母、されど神様のお道から言へば妾が教主も同然、妾の命令をも聞かずに、公私混淆、自他本末を混乱して左様な命令を出されては困るぢやありませぬか。何卒早く取消しをして下さい』 蜈蚣姫『何程お前様が教主だと言つて威張つた処で、矢張り親は親だ。親の言ふ事を聞かぬ様では鬼も同様です。それでは神様のお道を守る人とは申されますまい。此蜈蚣姫も猪食た犬丈あつて、何んな経験も持つて居る。今こそ可愛い娘の光を出したいばかりに、目を塞ぎ爪を隠し、灰猫婆アになつて居るものの、まさかと言ふ時になれば忽ち虎猫になりますよ。虎も目を塞ぎ爪を隠して柔和しく見せて居れば、何時までも厄介者だと蔑み、年寄つたの、耄碌したのと思つて居ようが、いつかないつかな此蜈蚣姫、国家興亡の此際、何時迄も爪を隠す訳にはゆかない。虎猫の本性を現はし、之から大活動を演ずる覚悟ですよ。平和の時はお前さまを大将にして置いてもかなり勤まるが、斯んな非常の場合は生温い事で如何なりませう。アタ小面憎い友彦の首を引き抜いて、思ひ知らしてやらねばなりませぬ。エー、煩い事だ。又年寄に一苦労さすのかいな』 黄竜姫『母様、貴方はそれだから困ります。三五教の御教をお忘れになりましたか』 蜈蚣姫『エー、融通の利かぬ娘だな。三五教の教は天下太平の御代には実に重宝な教だが、危機一髪の此際、あの様な柔弱な無抵抗主義の教理は、マドロしうて聞いてゐられますものか。神様が無抵抗主義を採れと仰有るのは……為な、せい……と言ふ謎ぢや。お前さまは何と言つても未だ年が若いから正直に聞くので困る。口の端に乳が附いて居る様な事言つて……如何して此地恩城が維持出来ますか』 と最後の言葉に力を入れて、畳を握り拳でポンと叩いて見せた。 黄竜姫『アヽ情ない母様の御精神、如何したら本当の改心をして下さるであらう。……何卒神様、一時も早く真の道が、私の一人よりない大切な母に解ります様に、何卒心の鏡に光明を与へ、心の暗黒を照らして下さいませ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し涙含む。 蜈蚣姫『何程人間が改心したと言つても、元から悪の素質を持つて居る吾々の身魂、譬へて言へば、大きな鉢の中へ泥水を盛り、それが時節の力で泥は鉢の底に沈り、表面は清水に澄み渡つて居つても、何か一つ揺ぶるものがあると、折角底に沈つて居た泥が又もや浮き上り、元の泥水となるのは自然の道理だ。之が惟神のお道です。体を以て体に対し、霊を以て霊に対し、力を以て力に対するは天地の道理ぢやありませぬか。アインスタインの相対性原理の説明だつて、さうぢやないか。お前さまの様な其んな時代遅れの事を言つて居ると、蟹の手足をもぎ取り、鳥の翼を剥ぎ取つた様な目に遭はされますぞ。三千世界に子を思はぬ親がありませうか。お前が可愛いばつかりに、妾はお気に召さぬ事を言ふのだが、親の意見と茄子の花は、千に一つも仇花はありませぬぞ。良薬口に苦し、甘いものは蛔虫の源、何卒母が一生のお願ひだから、出陣を見合す事は思ひ止まつて下さい。妾も之から清公の左守神を引率れ、年寄の花を咲かし、冥途の土産に一戦やつて見よう程に、必ず必ず柔弱な精神を発揮して、折角張り詰めた母の勇猛心を挫いて下さるな。親が子に手を合して頼みます。海往かば水漬く屍、山往かば草生す屍、大神の辺にこそ死なめ、閑には死なじ顧はせじと、弥進みに進み、弥逼りに逼り、友彦が軍勢を山の尾毎に追ひ伏せ、河の瀬毎に薙散らして服へ和し、一泡吹かして懲らしめ呉れむは案の中、必ず邪魔召さるな』 と血相を変へて長押の薙刀を取るより早く、 蜈蚣姫『黄竜姫、さらば……』 と此場を立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩城の女王、三五教の神司、今改めて蜈蚣姫に対し、三五教を除名する。有難くお受け召され』 蜈蚣姫は二足三足引返し、黄竜姫をハツタと睨み、 蜈蚣姫『久離絶つても、親子ぢやないか。親子の情は何処迄も変るものぢやない。仮令蜈蚣姫、天地の神の怒りに触れ、水火の責苦に会うとても、吾子の為めには厭ひはせぬ。三五教を除名された上は、最早其方に制縛は受けぬ、自由自在の活動を致すは之からだ。愈清公以下の勇士を引率れ、華々しき功名手柄を現はし呉れむ。小糸姫、さらばで御座る』 と又立ち出でむとするを、黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『最早三五教を除名せし蜈蚣姫、左守神たる清公を初め、其他一同を指揮する権利はあるまい。御勝手に只一人お出で遊ばせ。飛んで火に入る夏の虫、子の愛に溺れて真の神の愛を忘れ給ひし不届者、天に代つて懲戒致す。……ヤアヤア金州は在らざるか、早く来つて蜈蚣姫を縛せよ』 と呼はつた。 折から金、銀、鉄の三人、スタスタと此場に現はれ来り、親子が此体を見て不審の眉を顰め乍ら、 金州『コレハコレハ、お二人様の御様子、何か深い仔細が御座いませうが、先づ先づお静まり下さいませ』 黄竜姫『仔細は申すに及ばず、地恩郷の女王黄竜姫が命令だ。蜈蚣姫を縛り上げよ』 金州『コレハコレハ、案に相違の女王様のお言葉、一向合点が参り申さぬ。如何なる事情の在しますとも、子の分際として、天にも地にも掛替へなき、山海の恩ある御母上を縛せよとは何たる不孝のお言葉、女王様は狂気召されたか』 と涙を拭ふ。 蜈蚣姫『コレハコレハ金州、お前の言ふ通りだ。父と母とは天地に譬へてある。父の恩は天より高く、母の恩は地より重しと聞く。地の恩に因みたる此地恩郷の女王となり乍ら、母の恩、所謂地恩を忘れた小糸姫、サア、もう此上は親の権利を以て小糸姫を放逐する。汝……金、銀、鉄の三人、此蜈蚣姫が命令を聞き、友彦の軍勢に向つて応戦の用意を致せ。さはさり乍ら身に寸鉄を帯びよと言ふのではない。善言美辞の言霊と親切の行為を以て、敵を悦服致さすのだ。必ず必ず誤解を致すでないぞ』 金州『理義明白なる貴女のお言葉、金州確に承知仕りました。併し乍ら今貴女がお手に持たせ給ふ薙刀は、何の為めにお持ちで御座いますか』 蜈蚣姫『之は敵を薙ぎ払ふ武器では無い。味方の軍勢を励ます為めの武器だ。愚図々々致して居ると、此蜈蚣姫がお前達を片端から薙ぎ払ふも知れぬぞ。サア汝等は蜈蚣姫に続けツ。小糸姫に用は無い』 と又もや此場を慌しく立ち出でむとする。 黄竜姫『地恩郷の女王黄竜姫、蜈蚣姫を除名したる以上は、金、銀、鉄の三人の者共、彼が命を奉ずるには及ばぬぞ。心を鎮めて妾が言葉を篤と聞けよ』 此言葉に三人は平伏し、 銀州『之は又異なる事を承はるものかな。何の咎あつて蜈蚣姫様に対し除名の処分をなされましたか。一応理由を承はり度う御座います』 鉄州『此頃の暑熱の為に精神を逆上させ、非理非道なる悪言暴語をお吐き遊ばす黄竜姫様のお言葉、天地の道理に反したる貴女の御命令には、吾々は絶対に服従する事は出来ませぬ』 黄竜姫『今更めて銀、鉄の両人を除名する』 銀、鉄『コレハコレハ心得ぬ貴女の御言葉、何の咎あつて除名遊ばすのか。無道の除名処分には決して服従仕らぬ。また仮令除名されても蜈蚣姫様を奉じ、此の地恩城を守護致す考へで御座れば、少しも痛痒は感じませぬ。何卒々々、今一度お考へ直しを願ひ度う存じまする』 金州『女王様に申上げます。御立腹は御尤もなれども、何を言つても、絶つても絶れぬ御親子の間柄、斯様な事が城外に洩れましては、第一、大神様のお道の汚れ、余り褒めた話では御座いませぬ。何卒親子仲よく遊ばして下さいませ』 黄竜姫『今改めて母上様に申上げます。万々一敵軍襲来致す様な事あらば、此黄竜姫が陣頭に立ち、華々しく神界の為めに活動してお目に懸けませう。今迄の無礼の言葉お赦し下さいませ。除名の事は今改めて取消しませう。又……銀、鉄の両人に対する除名の言霊も只今宣り直しませう』 蜈蚣姫『アヽ流石は妾が血を分けた娘だけあつて偉いものだなア。さうなれば、さうと……何故早く言つて下さらぬのだ。年寄に要らぬ気を揉まして、親に余り孝行……な仕打ぢやなからうに』 と笑ひ泣きに泣く。 黄竜姫『最初より此精神で妾は申上げて居ましたけれども、母様は余り血気に逸り、其儘城外へ御出になれば、それこそ吾々親子を初め、地恩城一同の大恥辱になると思ひ、無礼な事を申上げました。何卒お赦し下さいませ』 蜈蚣姫『心安い親子の仲、さう更まつて御挨拶には及びますまい』 と機嫌を直し薙刀を長押に掛け、忍冬茶をグツと飲んで脇息に凭れる。 斯かる処へ足音高く入り来る鶴公は、恭しく両手をつき、 鶴公『黄竜姫様に申上げます。只今承はりますれば、蜈蚣姫様より出陣の用意を致せ……とのお言葉、敵無きに出陣とは心得申さぬ。之には何か深い御経綸の在する事ならむ。一応其真相を、私に差支へ無くばお洩らし下さいませ』 蜈蚣姫は黄竜姫の言葉も待たず、二足三足膝を摺り寄せ、 蜈蚣姫『お前はそれだから間抜者と言ふのだ。友彦が獰猛なる蕃人隊を引き率れ、本城へ復讐の為め攻め寄せ来ると言ふ事が分らぬのか』 鶴公『はて、心得ぬ貴女のお言葉、天が下に善に敵する仇はありますまい。何を苦んで防戦の用意とか、出陣とかを御命令になつたのですか。さうして又友彦が果して攻め寄せ来ると言ふ、的確なる調査がついて居りますか』 蜈蚣姫『現在此処に居る金、銀、鉄の三人が、注進に来て居るのだよ』 鶴公『はて心得ぬ。金、銀、鉄の三人は一ケ月許り此門内を出た事は御座らぬ。如何して其んな急報が耳に入つたのだらう。……コレコレ金、銀、鉄の三人共、其方は何人に左様な事を聞いたのか』 金州『ハイ……あの……それ……今の……何で御座います。エー、さうして……先方が……何ですから此方も何々して置かねば……何々の間に何だと……思ひまして一寸申上げました。これと言ふも全く清公様……オツトドツコイ……きよや昨日の事では御座いませぬ。誠に恐惶(清公)頓首の次第で御座います』 鶴公『其方の申す事は少しも分らない。も少し、はつきりと申さないか』 金州『オイ、銀州、貴様チツと応援して呉れ。俺ばつかりに言はすとは余りぢやないか、貴様が発頭人だよ。アーア発頭人に此答弁を譲つて、私はホーツと息をつき乍ら金公……オツトドツコイ……キン聴する事にしようかい』 銀州『ハイ、黄竜姫様、其他の方々の御前を憚り乍ら、謹み敬ひ言上仕りまする。抑々地恩城は四面山に囲まれ、メソポタミヤの顕恩郷にも勝る楽園地で御座いますれば、黄竜姫様の御威勢も日に日に旭日昇天の勢、それに日頃慕はせ給ふ母様に無事に会はせ給うて、其御顔色恐悦至極、左守の清公様、右守の鶴公様の誠心籠めての日夜のお活動、其為め地恩郷は益々隆盛に向ひ、斯んな喜ばしい事は又と世界にありませうか。然るに味良き果物には害虫多く、美しき花には風雨の害甚しとやら、治に居て乱を忘れず、乱に居て治を忘れず、治乱興敗は天下の常と存じますれば、吾々は先見の明なくとも斯くの如きは能く御合点の某、御忠告までに申上げ奉りまする』 鶴公『益々不分明なる汝の言葉、左様な問題を尋ねたものでは無い。友彦一件は何人より聞いたのかと尋ねて居るのだ』 銀州『オイ、鉄、何とかテツボをあはして呉れぬと、俺はスンデの事でテツ棒を喰はされる処だ。初から約束の通り、第一線危き時は第二線が防ぎ戦ひ、第二線敗るる時は第三線が力戦苦闘するは、締盟当時の吾等の決心、サア手坪をあはして巧く弁解をするのだよ。此言霊戦に敗をとれば吾々は、もう駄目だよ』 と耳の側に囁く。 鉄州『ハイ、……何で御座いますか。最前から金、銀の答弁を聞いて居れば徹頭徹尾、此鉄も意味貫徹しませぬ。鉄瓶の口から湯気を立てて居る様な二人の陳弁の有様、側の見る目も気の毒なりける次第なりです。斯かる事は夢の中の状態で、五里霧中に葬り去るが安穏で御座いませう。夢は袋に、刀は鞘に、秘密は腹に包んで置くが最も悧巧なやり方、吾々は此以上申上げる事は徹頭徹尾ありませぬ。此問題は只今限り撤廃を願ひませう』 鶴公『三人が三人共、実に瞹昧模糊として不徹底極まる答弁、……コリヤ金州、左様な瓢鯰式の言葉を用ゐず、友彦が襲来に関し、何人より聞きしか明かに申上げよ』 金州『ハイ是非に及ばず申上げまする、実は……その……何で御座います。実に清公さまの……エー……兎も角、マア……一つの計略ですな』 鶴公『コリヤコリヤ金州、畏くも女王様、蜈蚣姫様の御前なるぞ。真面目に謹んで答弁致さぬか』 金州『ハイ、おい第二線だ……吟味が斯う厳しうては逃げ道がない。貴様の雄弁を以て其処はそれ……何々してやつて呉れぬかい』 と耳に口を寄せ囁く。銀州は迷惑相な顔をし乍ら頭を掻き、一寸鶴公の顔を見上げ、 銀州『エー、何分……金州の申した通り、私が発起人で御座います。然し乍ら神の奥には奥があると同様に、発起人の奥にも奥が御座いまして……如何もハツキリと申上げ憎う御座います。奥を申上げるのは何だか臆劫な様で、奥歯に物が挟まつた様な感が致します。怯めず臆せず、記憶に存する事は臆面も無く申上ぐるが順当では御座いまするが、矢張り、エー何で御座いまする。本当の事は清公さまと宇豆姫さまの関係から起つた問題ですから、何卒神直日大直日に見直し聞直し、宣り直して下さいませ。人の非を人の前に曝す事は、神様のお戒めに背くと申すもの、之ばかりはお道の精神を守つて沈黙を致しませう』 鶴公『汝等三人は何事か申し合せ、吾々を嘲弄致すのだなア』 銀州『滅相もない。嘲弄と言へば左守神様は長老臭い。貴方が地恩城の長老に成られるが最後、吾々はお払ひ箱になるのは定つた事、長老の斧を以て竜車に向ふ如く一たまりも御座いますまい。それだから実の処は、友彦襲来の兆候ありと仮想敵を作りスマートボール其他のヤンチヤ連中は城内より追放り出し、後に清公さまを純然たる唯一の長老、即ち宰相たるの実権を握らせ、言ふと済まぬが、エー右守神の何々さまを排斥しようと言ふ吾々の計略で……はありませぬ。畢竟夢の浮世の夢を見たばかりの事、吾々が悪を企んだのだとは夢々疑うて下さいますな』 鶴公『イヤ、もう何も聞く必要は無い、人の非を穿鑿する吾々は考へも無いから、直日に見直し聞直し宣り直して置きませう。……モーシ、黄竜姫様、蜈蚣姫様、実に水禽の羽撃きに恐れたる平家の軍勢の如き馬鹿らしき此騒ぎ、いやもう油断のならぬ世の中で御座いますワイ』 蜈蚣姫『金、銀、鉄の言ふ事を綜合すれば、どうやら左守神の清公が張本人と見える。……清公を之へ呼んで来なさい。金州、サア早く』 金州『ハイ、お言葉で御座いまするが、叔母の死んだも直休み、漸く内乱鎮定の曙光を認めた処ですから、少し休養を願つてお使ひを致しませう』 鉄州『実際の事を申しますれば、清公さまは御存じの通り、実に立派なお方で御座います。ブランジーとして実に申分なきお方、然し乍らクロンバーが無ければ陰陽合致致さず、それが為に宇豆姫さまをクロンバーの位置に据ゑ度いと、吾々仲間の者は内々運動を開始して居ました。処が肝腎の宇豆姫さまは察する処、鶴公さまに秋波を送り、ブランジーの清公さまに、エツパツパを喰はさむとする形勢ほの見えたれば、何とか事を構へ、右守神鶴公さまを先頭に、スマートボール、貫州、武公、チヤンキー、モンキー、其他の連中を城外に放り出し、城門を固く鎖し、時を移さず無理往生にしてでも宇豆姫さまをクロンバーの役に就かせ、夫婦合衾の式を挙げさせ度いと鳩首凝議の結果、一寸狂言を致したに過ぎませぬ。此暑いのに何百里もあるネルソン山の彼方迄、誰が偵察に参る者がありませうぞ。全く以て真赤な嘘言で御座いました。身の過ちは宣り直せと言ふ神様の御教を奉体遊ばす黄竜姫さま、人をお赦し遊ばす慈愛の権化、滅多にお叱り遊ばす様な、天則違反的な行為には出られますまいから、安心して実状を申上げました』 と流石鉄面皮の鉄州も、稍羞恥の念に駆られてか、俯向いて真赤な顔をして居る。 蜈蚣姫『エーエー、しようもない悪企みをして此妾まで心配させ、親子喧嘩までオツ始めさせた太い奴だ。……ナア鶴公さま、油断も隙もあつたものぢや御座いませぬなア』 鶴公『お言葉の通り実に寒心致しました。然し乍ら之全く神様の吾々に対するお気付けでせう。之に鑑み今後は、人の言ふ事を軽々しくまる聞きしてはなりますまい』 蜈蚣姫『斯く事実の判明した上は何をか言はむ。今日は之にて忘れて遣はす。サア妾と共に神殿に於て、感謝祈願の祝詞を奏上致しませう』 と先に立ち、一同と共に神殿に足音静に進み入る。 (大正一一・七・七旧閏五・一三北村隆光録) (昭和一〇・六・四王仁校正)
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(1866)
霊界物語 25_子_豪州物語2(地恩城の黄竜姫) 04 望の縁 第四章望の縁〔七五〇〕 天と地との貴の子と生れ出でたる宇豆姫は 地恩の城の女王なる三五教の神司 黄竜姫の言霊に拘束されて村肝の 胸を躍らせ忍び泣き義理と恋との恩愛の 締木に攻められ手も足もかかる隙さへなくばかり 身を震はして倒れ居る幸か不幸か三五の 右守神と仕へたる恋しき男の鶴公が 声を聞き付け駆来り情をこめし介抱に ホツト胸をば撫で下ろし蘇生りたる心地して 喜ぶ間もなく室外の廊下に聞ゆる足音に 気を取直し両人は容を改め襟正し 素知らぬ態を装ひて互に顔を見合はせつ 胸に荒浪打たせ居る。 隔てのドアを荒々しく押開けて入り来れる左守の清公は、二人の姿を見て、忽ち顔色を変じ、眼を釣り上げ、鼻息強く畳ざはりも荒々しく、ドツカと二人の中に座を占め、 清公『アハヽヽヽ、お二人様、シツポリとお楽しみの最中に、邪魔者が罷り出て実に済まない事を致しました。月に村雲、花に嵐とやら、無粋な男の左守神、かやうに御親密なるローマンスの、遺憾なく発揮されつつあるとは、神ならぬ身の知るよしもなく、恐惶至極に……イヤハヤ……存じ奉りまする。右に妹山左に背山、妹背の仲を割つて流るる、時も時とて悪野川、一目千本の花にも擬ふ、珍の姿の宇豆姫様、誠に失礼を致しました。どうぞシツポリと互に手に手を取り交し、随分お楽しみなさるがよからう。さても…さても、いやな男が降つて来たもので御座るワイ。アハヽヽヽ』 と大口を開き肩を揺り、畳に小地震を揺らせる。鶴公はキツとなり、 鶴公『是はしたり、存じも寄らぬ左守神のお疑ひ、吾々両人の間は水晶の如く極めて潔白、何卒公明なる御判断を願ひます』 清公『アハヽヽヽ、言うたりな言うたりな、巧妙なる辞令を以て、逃れ難き此場の有様を、厚顔無恥にも葬り去り、己が失態を被ひ隠さむとする、右守殿の巧妙なる御弁舌、イヤもう吾々共の及ぶ所では御座らぬ。此の如き懸河の弁舌を振ひ、巧言令色を以て、さしも道心堅固なりし宇豆姫を、掌中の玉となし、天下の色男を以て任ずる鶴公様の御腕前には、三舎を避けて感憤仕る』 と態と叮嚀に頭を畳につけ両手をつき、意地悪く平伏して見せる。鶴公は無念の歯を噛みしめながら、身を震はせ息をはづませ、肱を張り、唇をビリビリ動かせ、顔面筋肉を緊張させながら、固くなつて四角張つて居る。 清公『アハヽヽヽ、人の前に固き者は、人の居らざる女の前に最も柔かし、まつた、神の前に弱き者は人の前に最も強く、人の前に強き者は神の前に出でて最も弱しとかや、イヤもう実地教育を拝聴拝観致しました。此の如き権謀……イヤ智謀に富める右守神、我次席に扣へ居らるる地恩城は万々歳、イヤハヤ目出度い目出度い。……是はしたり宇豆姫どの、日頃恋慕ふ男に逢ひ、且つ存分お楽しみを遊ばし、何が不足でお泣きめさる。イヤイヤ余り嬉しさの余り涙で御座つたか。唐変木の無血無情の某には、到底ローマンスを語る資格は絶無で御座る。有難い所を見せ付けられ、左守実に満足仕る。是より女王様に面会致し、両人が媒介を致し、宇豆姫は鶴公様が宿の妻、末長う幾久しく偕老同穴の契を結ばれたし。イヤもう人間と云ふものは美男子に生れて来たいものだ。実にお浦山吹の至り、花は咲けども実はのらず、実りの致さぬは仇の花、花は半開にして梢より散る例も、世の中にはままある習ひ、随分御両人、御用心が専一で御座らうぞ。これ清公が御両人に対する偽らざる真実の忠告で御座る。イヤもう怪体の悪くない、お目出度い事で御座るワイ。ワハヽヽヽ』 無暗に肩を揺り火鉢を態と蹴散らし、一目散に此場を駆出さむとする時、室外に数多の足音、 声『女王様の御入りで御座る。宇豆姫、お出迎ひ召され』 と呼ばはる声に清公は襟を正し行儀良く下座に坐る。鶴公は清公の蹴飛ばしたる火鉢を旧へ戻し、零れ散つた灰を手に掬ひ、周章て箒を取出し、灰を一方に掃寄せて居る。此時遅く彼の時早く、ドアを排して悠々と入り来る黄竜姫は、満面に笑を湛へながら高座の間に静かに坐し、三人の顔を見下ろして居る。 宇豆姫『これはこれは女王様、好くこそ御入来下さいました。早速御返事を申上げたいと存じ居りまする際、思はぬ来人が御座いまして、ツイ遅刻致し、再び御足を煩はしました不都合の段、御赦し下さいませ』 と慇懃に挨拶する。黄竜姫は此言葉を聞いて、軽く首を振つて居る。 清公『これはこれは黄竜姫様、よくも入らせられました。今御見懸の通り不都合千万にも右守の職掌を忘れ、女王様の御入来を歓迎する事を差措き、御覧の如く箒を以て掃出し、無限の蔑辱を加へたる不届千万なる行為、御咎めも無く御容赦なし下されしは、是れ全く上位に在る我等が行届かざるの御無礼……』 と円滑に恋の仇人を陥穽せんと述べ立つる。黄竜姫は淑やかに、 黄竜姫『イヤ決して御心にさへられな。案内もなく参りましたのでお気遣ひ遊ばし、鶴公様が妾に敬意を払うて、座敷の掃除をして下さつたのでありませう。もう暫く御待ち申して居ればよかつたでせう。何分急いで這入りましたので、大変に心配をかけ御心を悩ませましたは妾の誤り……』 と善意に解する黄竜姫の言葉に、鶴公はハツとばかりに有り難涙に咽返り『流石は地恩城の女王様』と心の中にて伏し拝む。宇豆姫は女王の情籠れる温かき言葉に、嬉し涙を浮かべ、有難さに胸も塞り俯向き居る。清公は、 清公『流石に御仁慈深き女王様。実を申せば我々常に尊敬の心を疎にし、大切なる女王様を軽んじて居りました。其罪が今現はれ我次席につかふる鶴公が(と大声に言つて)……斯様な無作法な侮辱を与へましたに拘らず、神直日、大直日に見直し聞直し下さる段、何共有難く、お礼の申し様が御座いませぬ。中の胴が洞になつた竹でさへ節が御座る。如何なる不調法を致しても、其儘に見遁し給ふ時は、城内の規律全く破れ、綱紀紊乱の端緒を開く虞れあれば、此責任を私一身に負ひ、只今より辞職仕りまする。何卒々々此儀御聞届け下さいますれば、有難う存じまする』 と態とに言葉を構へ、右守神を失墜せしめむとする心の中の穢さ。敏くも見て取つたる黄竜姫は、 黄竜姫『汝の至誠天に通じたれば、望みの如く左守の神職を今日只今より解除する。汝はこれより下屋敷に下り、わが命を待て』 と手もなく言ひ渡した。左守神の清公は案に相違し、夜食に外れし梟鳥のやうな面を下げ、嫌々乍ら、 清公『ハイ早速の御聞届け、あ…り…が…と…う…存じまする』 と震ひ声になつてお受けをする。鶴公は涙を払ひ両手をつかへ、 鶴公『女王様に申上げます。今日の御無礼は全く左守様の預り知らざる所で御座います。全く吾々の不調法、何卒私の役目を解除し、左守様を旧の通り御信任下さる様に、御願ひ申上げ奉りまする』 黄竜姫『至善至美、至真至実の汝の心感じ入る、然りながら、汝等は何事も大神の御心に任せ奉りし身の上ならば、自己の意思を以て此聖職を左右すべきものに非ず。汝は是よりわが命を奉じ、左守となりて神業に奉仕せよ。まつた宇豆姫は此黄竜姫が媒人となり、鶴公が妻となりて、永遠にわが神業を輔助されよ』 と厳として言ひ渡した。清公は此場を去り兼ね、犬突這となり乍ら、 清公『鶴公殿、嘸御満足で御座いませう。宇豆姫様に元の左守清公、心の底より御祝ひ申上げますぞ』 宇豆姫は恋と義理との締木にかかり、何と言葉もなく計り身を悶へて居る。 鶴公『有難き女王様のお言葉なれども、これ計りは御赦しを頂きたう御座います』 黄竜姫『それや又何故、わが命を御聞きなさらぬか』 鶴公『如何に主命なればとて、此計りは何卒々々お赦しの程を願ひ奉りまする』 黄竜姫『汝はわが命を背く考へなりや。如何に宇豆姫どの、和女はこれより鶴公の妻となり、ブランジー、クロンバーと相並びて神業に奉仕されよ。是れ黄竜姫の私言に非ず、三五教の皇大神の御心であるぞよ』 と厳として動かぬ気色、宇豆姫は耐り兼ね、 宇豆姫『何れも様、是が此世の御暇乞ひで御座います』 とドアを押開け、韋駄天走りに表に駆出し、後白雲の中に消えて仕舞つた。 黄竜姫は言葉厳かに、 黄竜姫『汝等両人、宇豆姫の行衛を探し求め、一時も早く我前に連れ来られよ』 と言ひ渡し、又もや奥殿に悠々として進み入る。清公、鶴公の両人は、 清公、鶴公『コリヤ大変、かうしては居られない』 と一生懸命韋駄天走りに、宇豆姫の後を追ひ城門脱け出し、トントントンと大地を威喝させながら、驀地に白雲の包む山腹を走り行く。 (因に、此地恩城は高山を四方に廻らす高原の霊地である) 一天俄に掻き曇り、流石の地恩郷も陰鬱の気に鎖されたる折柄に、俄に髪振り乱し一目散に城門を駆出し走り行く宇豆姫の姿を、チラと認めたスマートボール、チヤンキー、モンキーは『オーイオーイ』と呼ばはり乍ら、白雲籠めたる山腹を、見失つては一大事と一生懸命に追つ駆行く。千仭の断崖絶壁より、渓間の青淵目蒐けて、身を躍らし、飛び込まむとしたる宇豆姫は、 宇豆姫『惟神霊幸倍坐世』 と合唱し乍ら、ザンブと許り落ち込んだ。此処迄追つ駆来りしスマートボールもチヤンキー、モンキーもハタと行き詰まり稍当惑の態であつた。此時『オーイオーイ』と白雲分けて走り来る左守、右守の二柱、 清公、鶴公『宇豆姫を捕へよー』 と叫びつつ進み来る。スマートボールは最早是迄なりと決死の覚悟を以て、千仭の渓間の青淵目蒐けてザンブと許り飛び込んだ。チヤンキー、モンキーを始め、左守、右守の二柱は『アレヨアレヨ』と叫びながら、岩上に地団太踏んで居る。谷底へ飛込みたるスマートボールは、宇豆姫を小腋に掻い込み救ひ上げ、水を吐かせ人工呼吸を施し、種々雑多の介抱の上、漸々蘇生せしめた。 スマートボール『モシモシ宇豆姫様、貴女はどうしてこんな事をなさいましたか。此れには何か深い仔細が御座いませう。併し乍ら如何なる事が御座いませうとも、決して短気を出してはなりませぬぞや』 宇豆姫は息をはづませ乍ら、 宇豆姫『誰方かと思へば、貴方はスマートボール様。………私は死なねばならぬ事が御座います。どうぞお見遁し下さいませ』 スマートボール『如何なる事が御座いませうとも、能く耐へ忍び天寿を全うして、能ふ限りの神業に奉仕しなくてはなりますまい。自殺は罪悪中の罪悪で御座いまする。貴女の肉体は決して貴女の物ではない。身魂共に大切な神様の預かり物、左様な気儘な事をなさいますと、末代其罪は赦されませぬぞ。如何なる事が御座いませうとも、スマートボールが力限りお力になりませう程に、自殺丈は、思ひ止まつて下さい』 と両眼に涙を流し両手を合せて頼み入る、其真心の麗しさ。宇豆姫は感に打たれて、 宇豆姫『アヽ有り難う御座いました。女心の一時の感情にて義理と情に迫られて、思はぬ不覚を取りました。どうぞお許し下さいませ。もう今後は貴方の御教訓を肝に銘じ、決して斯様な無法な事は致しませぬ』 スマートボール『アヽ宇豆姫様、よう言つて下さいました』 と涙を拭ひ宇豆姫を背に負ひ、猿も通はぬ絶壁を、やうやうにして地恩郷の一隅に攀登り終つた。 スマートボールは宇豆姫の手を曳き乍ら、城門を潜り、宇豆姫の居間に送り届け、衣服を着替へさせ、色々と慰めの言葉を与へてゐる。宇豆姫は唯感謝の涙に暮れて一言も発し得ず、スマートボールを伏し拝む計りである。 此騒ぎに黄竜姫を始め、蜈蚣姫其他の一同此場に現はれ、宇豆姫の無事を祝し、且つスマートボールの善行を口を極めて賞讃した。今迄張り詰めし心のスマートボールは、青淵に飛び込みし際、腰をしたたかに打ちたれども、仁慈の心に引付けられ、其痛を少しも感じなかつたが、やつと胸撫で下し安心すると共に、俄に腰部の激痛を覚えたので、担架に乗りて我居間に送られ、発熱苦悶の床に伏す事となつた。黄竜姫は宇豆姫に向ひ、 黄竜姫『そなたは、命の恩人たるスマートボールの病気、全快致すまで枕頭に侍り、親切に介抱をなされよ。御神務は梅子姫様是れに当らせ給へば、神務に心を置かず、病人の介抱に全力を尽されたし』 と慈悲の籠つた言葉を残し、奥殿に又もや悠々と進み入る。 日は西天に没し、三五の明月は東山の峰を圧して皎々と輝き、スマートボールの至誠を感賞するものの如くである。是よりスマートボールは宇豆姫の手厚き昼夜の看護に依り一ケ月の後、やうやう旧の身体に復し、神殿に手を携へてお礼参りを目出度く済ませた。 是よりスマートボールの徳望は益々高く、城内は言ふも更なり、竜宮島一円に其徳喧伝され、名誉を一身に担ふ事となつた。 一旦辞任を申出でたる左守の清公は、チヤンキー、モンキーと共に平役人の列に加へられ、一から遣り直し、修行時代に還元して仕舞つた。今日は三五の明月、月は皎々と中天に輝き、下界の悪魔を隈なく照らし給ふ時、チヤンキー、モンキーを始め貫州、武公其他の連中は、城外の芝生の上に月を賞し乍ら、雑談に耽つて居る。 チヤンキー『恰度先月の今日だつた。宇豆姫さまが谷底へ身を投げられた時、俺達もどうかしてお助け申したいと心はいくら燥てども、何を云うても千仭の谷間、さうしてさつぱり何処もかも白雲に包まれ、如何する事も出来ない場合、スマートボールさまは雲の谷間を目蒐けて飛び込み、大切な命を拾つて助けられたその日だ。奥には御神殿に於て黄竜姫様、宇豆姫、スマートボール様も全快を兼ね、お礼の御祭典が始まつて居ると云ふ事だ。それに就いても左守の清公さまはどうだ。あれだけ一生懸命に宇豆姫さまに現を抜かしながら、危急の場合お助けもようせず、又鶴公さまとても同じく宇豆姫さまに魂を抜かし乍ら……あの態、実に人間の心程当にならぬものはないぢやないか』 貫州『それだから何時も俺は清公がヤモリになつたり、鶴公がイモリになつて威張つて居るのが気に食はぬと言ふのだ。あんな連中が上に頑張つて居つては、俺達は浮ぶ瀬がない。仁慈無限の黄竜姫様や生神の梅子姫様の仁徳、何程日月の如く輝き給ふとも、中途に黒雲が被さつて居つては、日月の光も我々の頭に照り渡らない道理だ。幸ひ清公が左守を辷つた以上は、どうぞ立派な後継者が欲しいものだなア』 武公『今日下馬評に上つて居るのは、スマートボールさまだ。あの方ならば我々は、双手を挙げて賛成をするよ。さうして宇豆姫様をクロンバーの位置に据ゑ、三五教の教理を竜宮島一帯に、万遍なく均霑せしむるのが我々の理想だよ』 モンキー『ヘン……一寸遣りくさるワイ。そんなら是から一つ吾々が連判状を作つて、スマートボール様を、左守に御任用下さる様、建白書を差出さうぢやないか』 一同『ソリヤ面白からう』 と話す処に、ニユツと現はれた清公は、 清公『ヤア、最前から結構なお話がはづんで居りましたな。私も皆さまのお心の中を窺ひ知らして頂いて、誠に結構で御座いました。貴方等の仰せの通り、実に私はツマラヌ者で御座いました。私が今日の境遇に陥つたのも、決して偶然では在りますまい。どうぞ今迄の心を根本より改良致しますから、今迄通り可愛がつて下さいませ。どんな事でも嫌とは申しませぬ。これから雪隠の掃除でも草取りでも、何でも致しますから』 チヤンキー『流石は清公だ。さうなくては叶はぬ事、そんならお前、これから連判状を作るから、連名に加はりますかな』 清公『私の如きものでも其末尾にお加へ下さるならば、有り難う御座います』 一同『ヨシヨシ』 と一同は言ひ乍ら、芭蕉の葉の乾きたるに緑青を以て建白書を認め、各自署名し、夜明けを待つて書類を作り上げ、貫州之を携へ黄竜姫並に梅子姫の御前に出願する事となつた。 地恩城の奥殿、黄竜姫の居間には、梅子姫、蜈蚣姫と額を鳩め、左守の後任に就て協議会が開かれてゐる。 黄竜姫『梅子姫様、貴女の御存じの通り、左守の清公が辞任致してより、最早一カ月を経過致しました。宰相なくしては円満に神務を奉仕することは最も不便利で御座います。就ては右守の鶴公をその後に任じたく存じ、色々と説き付けましたなれど、謙譲なる彼はどうしても承諾致しませぬ。私の職権を以て無理に申し付けると云ふ訳にも参りませず、如何致しませうかと心を悩めて居りました。然るに衆人の徳望を一身に集めたスマートボール、之を左守となし、これに嫁入らすに貴方の侍女宇豆姫を以てせば、如何で御座いませう。どうしてもブランジーにクロンバーの陰陽が揃はなくては円滑に神務は運べますまい。どうぞ腹蔵なく御高見を承はりたう御座います』 梅子姫『妾も貴女様のお考へ通り、至極結構な事と存じます。蜈蚣姫様の御意見は如何で御座いませうか。其上にて決定する事に致したう存じます』 と梅子姫は謙遜しながら蜈蚣姫を重んじ、挨拶を返した。 蜈蚣姫『何を云うても年寄の妾、どうぞ黄竜姫と御相談の上、宜しき様にお取計らひ遊ばしませ。妾は何事も意見は御座いませぬ』 黄竜姫『然らば愈スマートボール、宇豆姫を呼出し命を伝へ、神前に於て結婚の式を挙げさせませう。善は急げ、一時も早く梅子姫様、着手致すで御座いませう』 梅子姫『ハイ誠に結構な仰せ、妾は喜んで御賛成申し上げます』 愈三人の協議は纏まり貫州を招き、両人に其旨を伝へしめた。 両人は主命もだし難く終に其命に従ひ、目出度く結婚の式を挙げ、此処に地恩郷のブランジー、クロンバーとして神業に奉仕する事となりたり。 (大正一一・七・七旧閏五・一三谷村真友録)