| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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321 (1750) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 17 言霊車 | 第一七章言霊車〔六六二〕 仰げば遠し其昔広大無辺の大宇宙 天地未だ定まらず陰陽未分の其時に 葦芽の如萠えあがり黄芽を含む一物は 忽ち化して神となるこれぞ天地の太元の 大国常立尊なり其御霊より別れたる 天地の祖と現れませる国治立の大神は 豊国主の姫神と力を協せ御心を 一つになして美はしき世界を造り玉ひつつ 七十五声の言霊をうみ出でまして千万の 身魂を造り国を生み青人草や山河を 𪫧怜に委曲に生み終へて神伊邪諾の大神や 神伊邪冊の大神に天の瓊矛を賜ひつつ 修理固成の大神業依さし給へる折柄に 現はれませる素盞嗚の神の尊は畏くも 大海原を治しめし国治立の大神や 豊国主の姫神の大御心を心とし 千々に御胸を砕かせつ千座の置戸を負ひ給ひ 八洲の国を治めむと心を配らせ給へども 天足の彦や胞場姫の醜の身魂に成り出でし 怪しき霊伊凝り居て八岐大蛇や醜狐 醜女探女や曲鬼の荒ぶる御代と成り果てて 体主霊従の雲蔽ひ世は常暗となり果てぬ 日の神国を治食しめす天照します大神は 此状態を畏みて岩屋戸深く差しこもり 戦き隠れ玉ひしゆ百の神たち驚きて 安の河原に神集ひ議り玉ひし其結果 神素盞嗚の大神を天地四方の神人の 百千万の罪科の贖罪主と定めまし 高天原を神追ひ追ひ玉へば素盞嗚の 神は是非なく久方の尊き位を振り棄てて 大海原に漂へる島の八十島百国の 山の尾の上の曲神を言向け和し麗しき 五六七の神代を始めむと百の悩みを忍びつつ 八洲の国を遠近と漂浪ひ給ふぞ尊けれ ○ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は転倒るとも天津神達国津神 百の神々百人を誠一つの言霊の 稜威の剣を抜き持ちて天地にさやる曲津神 八岐大蛇を言向けて此世の災禍払はむと 大和心の雄心を振起しつつ進み行く 神素盞嗚の大神はすべての罪を差し赦す 三五教を守りつつ心も広き神直日 大直日にと見直しつ肉の宮より現れませる 八の柱の姫御子に苦しき神命を下しつつ 斎苑の館に身を忍び日の出神や木の花の 姫の命と諸共に恵の露を天が下 四方の国々隈もなく注がせ玉ふ有難さ 埴安彦や埴安姫の神の命と現はれし 国治立や豊国の姫の命の分霊 黄金山下に現はれて暗き此世を照さむと 八千八声の時鳥血を吐く思ひの苦みを 永の年月重ねつつ五六七神政の礎を 常磐堅磐に固めまし豊葦原の瑞穂国 秋津の洲や筑紫島常世の国や高砂の 島にそれぞれ神司国魂神を定めつつ 天の岩戸もやうやうに開き初めて英子姫 教の花も悦子姫空に棚引く紫の 姫の命の現はれて自転倒島の中心地 錦の御機織りなせる四尾の峰の山麓に 幽玄微妙の神界の経と緯との経綸を うまらに委曲に固めつつ薫りゆかしき梅が香の 一度に開く御経綸松は千歳の色深く 心の色も丹波の綾の聖地に玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の二柱 時節を待ちて厳御霊瑞の御霊のいと清く 濁り果てたる天地の汚れを流す和知の川 並木の松の立並ぶ川辺に建てる松雲閣 奥の一間に横臥して五六七神政の神界の 尊き経緯を物語るアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 見渡す限り紺青のみ空に清く玉照彦の 神の命や玉照姫の神の命の現はれて 弥勒の御代に伊都能売の神の御霊の神業を 開始し玉ふ物語三五教を守ります 神素盞嗚の大神の仁慈無限の真心に 流石の曲霊も感銘し心の底より悔悟して ウラナイ教の神司本つ教に帰順せし 聞くも芽出度き高姫や高山彦や黒姫の 罪や穢れを贖ひし松の心の松姫が 高熊山の山麓に心の岩戸を開きつつ 最早悪魔も来勿止の神に魂をば鍛へられ 御稜威も高き高熊の岩窟の中に駆入りて 貴の御子をば奉迎し天が下をば平らけく いと安らけく治め行く神の仕組に参加せし 誠心は三千歳の花咲きいでて今茲に 五六七の神代の開け口松竹梅の宣伝使 月雪花を始めとし教を開く八島主 言依別の言霊に敵と味方の差別なく 誠一つの大本を世界に照す糸口を 手繰りて述ぶる物語筆執る人は松村氏松村 無尽意菩薩の山上氏頭も照す身も照す山上 月照彦の肉の宮言霊開く観自在 三十三相また四相妙音菩薩の神力を 愈現はす十九の巻永き春日に照されて 物語るこそ楽しけれ。 ○ 四方に塞がる雲霧を神の御水火に吹き払ひ 心も清く身も清く青き御空を五六七殿 本宮山の新緑は大本教の隆盛を 衣の色に現はして行手を祝ぐ如くなり 眼下に漂ふ金銀の波に浮べる大八洲 天の岩戸の其上に大宮柱太しりて 千木勝男木も弥高く朝日に輝く金光は 神の御稜威の十曜の紋冠島沓島や六合大の 常磐木茂る浮島は擬ふ方なき五大洲 言霊閣は雲表に黄金の冠戴きつ 聳えて下界を打まもる教御祖を斎りたる 甍輝く教祖殿金竜殿や教主殿 木々の梢も青々と春風そよぐ神の苑 水に浮べる錦水亭地水に輝く瑞月が 尽くる事なく物語る瑞の御霊の開け口 神の力も厳御霊五十鈴の滝の鼕々と 際涯も知らぬ神の代の奇しき尊き物語 高天原と鳴り亘る言霊閣のいや高に 声も涼しき神の風常磐堅磐に吹き送り 醜の草木を靡かせて世人の胸に塞がれる 雲を晴らして永久の花咲く春の神国に 導き救ふぞ雄々しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 ○ 月日並びて治まれる聖の御代の二十余り 五つの年の睦の月寒風荒ぶ真夜中に 本宮新宮坪の内遠き神代の昔より 貴の聖地と聞えたる竜門館の神屋敷に 現はれ給ひし艮の皇大神は三千歳の こらへ忍びの松の花手折る人なき賤の家に 住まはせ玉ふ未亡人出口直子の肉宮に 電の如懸りまし宣らせ給へる言霊は 三千世界の梅の花一度に開く時来り 須弥仙山に腰をかけ曲津の猛ぶ世の中を 神の御水火に言向けてミロクの御代を開かむと 厳の雄健び踏みたけび厳のころびを起しつつ 神の出口の口開き大本教の礎を 固め給ひし雄々しさよ賤が伏家の賤の女は 神の御声に目をさまし黒白も分ぬ暗の夜を 光眩き旭子の日の出の神代に還さむと 朝な夕なに命毛の御筆を執りて神言を 心一つに記しつつ二十七年が其間 唯一日の如くにて仕へ玉ひし言の葉は 国常立の大神の貴の御声と尊みて 集まり来る諸人は遠き近きの隔てなく 貴賤老幼おしなべて聖地をさして寄り来る 神の御稜威の赫灼に日々に栄えて大本は 朝日の豊栄昇るごと四方の国々照らし行く 変性男子と現れて錦の機の経糸を 仕組みて茲に七年の月日を重ねて待ち給ふ 時しもあれや三十余り一つの年の秋の頃 変性女子の生御魂神の教を蒙りて 穴太の郷を後にして変性男子の住所をば 訪ねし事の縁となり愈茲に緯糸の 機織姫と現はれて襷十字に掛巻も 畏き神の御教を稜威の仕組の新聞紙に 写して開く神霊界金言玉詞の神勅を 心も狭き智慧浅きパリサイ人が誤解して あらぬ言挙げなしければ清けき神の御教も 漸く雲に包まれて高天原の空暗く 黒白も分かぬ人心瑞の御霊は悲しみて 此雲霧を払はむと心痛むる折柄に 忽ち轟く雷の雲の上より落ち来り 身動きならぬ籠の鳥忠と囀る群雀 漸く声をひそめける瑞の御霊の神言もて パリサイ人や世の人を尊き神の御教に 眼を覚まさせ助けむと心を定めて病労の 身もたなしらに述べ立つる尊き神の御心 筆に写して松の世の栄えの本の物語 臥竜如来と現はれて松雲閣に横たはり 落葉を探す佐賀伊佐男(佐賀伊佐男)垢を清むる温泉の 湯浅清高両人を(湯浅清高)金剛童子や勢多迦の 二人の役になぞらへて倒れかかりし神柱 立直さむと真心の限りを尽し身を尽し 世人の覚醒を松村や外山豊二氏加藤明子(外山豊二) 藤津久子の筆の補助神代の巻の前宇城(加藤明子) 口に任せて信五郎なみなみならぬ並松の(藤津久子) 流れも深き物語空吹く風の颯々と(宇城信五郎) 心いそいそ言霊の車に乗りて勇み行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ (大正一一・五・一〇旧四・一四松村真澄録) |
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322 (1752) |
霊界物語 | 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 | 余白歌 | 余白歌 目的の善良なれば方法もいたつて軽く遂げ易からむ〈総説(三版)〉 人間に区別なけれど心魂の清濁により浮き沈みあり〈総説(三版)〉 村肝の心は動きやすければ神の御綱によりて繋げよ〈総説(三版)〉 世の中の他人は残らず吾が友の友とし知りて清く交はれ〈第2章(三版)〉 釈迦如来八万四千の経巻も煎じつむれば断念の二字〈第2章(三版)〉 八島国浪風荒く立つ時も静かなりけり神の御国は〈第4章〉 久方の天津日嗣の大稜威顕はれ出でて世を照らしませ〈第4章〉 曇りなき大御心の真寸鏡は四方の国々照り渡るなり〈第4章〉 畏るべきものは身魂の汚れなり根底の国へ自から行く〈第6章〉 遠津御祖の神に汚れはなけれども己が心で身を汚すなり〈第6章〉 村肝の心治めて道のためにつくせば神の恩頼を益す〈第6章〉 仏教は恰も百合根の如くなりむけばむくほど何もなくなる〈第7章(三版)〉 古への祖先の罪が報とは訳のわからぬ教なるかな〈第7章(三版)〉 面白き日々の生活する時は遂に溺没するものと知れ〈第7章(三版)〉 白曇の外には生きぬ惟神誠の道は日の本にあり〈第8章〉 如何ほどの賢き人も凡人も心の色は包みきられず〈第8章〉 同人に二度三度欺さるる人は天性の馬鹿者なるべし〈第8章(三版)〉 何事も予定なければ順序あり順序は神のものなればなり〈第11章(三版)〉 過失は皆怠慢の罪ぞかし手足をまめに道に仕へよ〈第11章(三版)〉 天地に愧づる疚しき心あらばその精霊に始終攻めらる〈第11章(三版)〉 世の人を罵るものは必ずやわが身の悪を晒すものなり〈第13章(三版)〉 物事はその原因を調ぶれば結果は自然と分かるものなり〈第14章(三版)〉 盗人は必ず盗児を養はず己れの悪を蔽へばなりけり〈第17章(三版)〉 何事も悪例並べて比較する人はまことの曲者なりけり〈第17章(三版)〉 安楽にのみ耽りなば末遂に暗黒界に堕落するなり〈第17章(三版)〉 得意なる地位に坐しなば其の上の栄誉望まず沈勇なる可し〈巻末(三版)〉 吾年を指折り数へ老い行くを悔む心は既に死したり〈巻末(三版)〉 人の世に用し無ければ生命の無きと等しく寂しきものなる〈巻末(三版)〉 覇者は皆天下に無理を為すものと覚れば斯の世に争ひも無し〈巻末(三版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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323 (1755) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 総説歌 | 総説歌 待ちに待ちたる三月三日弥生の春も夢と過ぎ 若葉の色も濃厚に彩る初夏の風清き 松雲閣や教祖殿奥の一間に王仁始め 三男一女の筆将は共に神助を蒙りつ 五つの身魂睦まじく五六七の神の永久に 尽せぬ長き物語西と東に立別れ 錦の機のおりおりに瑞雲たなびく大御空 八千代の君が瑞光を心の空に輝かし 現はれ出口の瑞月が卯月の中の六日より 数へて三日の光陰を呑んで吐き出す言糸の 粗製濫造の譏り走りも元より覚悟の夢物語 神のまにまに伝へ侍りぬ。 大正十一年旧四月十八日於錦水亭王仁 |
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324 (1756) |
霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 01 武志の宮 | 第一章武志の宮〔六六三〕 常世の暗を晴らさむと神の御稜威も高熊の 静の岩窟の奥深き恵の露の雨となり 雪ともなりて空蝉の醜世を洗ひ照さむと 空に輝く旭子の光も強き玉照彦の 伊豆の命を奉按し言照姫の神霊や 数多の神に送られて五六七の神代を松姫が 心イソイソ山坂を渉りて来る玉鉾の 道も広らに世継王山東表面の峰続き 紅葉の色も照山の麓に立てる仮の殿 神の御言を畏みて悦子の姫が守りたる 珍の宮居に木の花の姫の命の御水火より 出でし玉照彦の神勇み進んで送り来る 天火水地と結びたる紫姫や若彦は 喜び勇み彦神を迎へ奉りて玉照の 姫の命の夫神と称へまつらむ真心の 限りを尽し仕へ居る神素盞嗚の大神は 英子の姫を遣はして五六七の神代の礎の 百の仕組に仕へしめ国治立の大神が 国武彦と現はれて曇り果てたる末の世を 照し清むる先駆と姿隠して桶伏山 黄金の玉と諸共に御稜威は四方に輝きぬ 言依別の宣伝使斎苑の館を立出でて 雲路押分け遥々と綾の聖地に着き玉ひ 心の空に玉照彦の神の命や姫命 経と緯との皇神の分の御霊と嬉しみて 三五教を弥固にいや遠永に宣り伝ふ。 言依別命は、神素盞嗚大神の命を奉じ、照山と桶伏山の山間に、国治立の大神、豊国姫の大神の、貴の御舎を仕へまつりて、其威霊を鎮祭し、玉照彦、玉照姫をして宮仕へとなし、世界経綸の神業の基礎を樹立せむとしたまひ、遠近の山野の木を伐り、瑞の御舎を仕へまつつた。神人等の道を思ひ、世を思ふ真心凝結して、荘厳無比の瑞の御舎は瞬く中に建造された。称して錦の宮と云ふ。玉照彦、玉照姫は幼時より数多の神人に秀で、神徳高く、神格勝れ、神代に於ける救世主として、天下万民の尊敬を集めたまふに到りけり。 言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島に於ける三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張し給ふ事となつた。三五教の宣伝使は云ふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞之御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたる如く心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島を始め、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。茲に元照彦の御霊の再来、天の真浦は、大台ケ原の山麓に生れ、木樵を業となし其日を送り居たるが、綾の高天に錦の宮の建造され、神徳四方に光り輝くと聞きて、樵夫の業を廃し、遥々聖地に訪ね来り、言依別命に謁し、新に宣伝使となることを得た。天の真浦は大に喜び、昼夜の区引なく宣伝歌を謡ひ乍ら、先づ自転倒島に向つて、神徳宣布の神業を試みむとし、聖地を後に唯一人、霧の海原押分けて風のまにまに、人の尾峠の西麓に着いた。道行く人も見えぬ許りの粉雪、滝の如くに降り来り、見る見る一尺許りも地上に積もり、日は黄昏れて、道いよいよ遠く、真浦は行手に迷ひ、進みもならず、退きもならず、蓑笠を着けたる儘、路上に佇立して、声低に天津祝詞を幾度となく繰返しつつあつた。怪しき獣の影幾十となく隊をなして、山上より降り来る。されど真浦は滝と降り来る雪に眼を遮られ、足許に進み来るまで知らざりき。唯何となく雪踏み砕く何者かの足音、追々近づく声のみ耳に入る。真浦は独言、 真浦『今迄暖かい国に育ち、此様な深雪は見た事がなかつた。始めて神様のお道に入り、百日百夜の修行を積み、漸く許されて今茲に宣伝使補となり、足に任せて進みて来たが……アヽゆき詰つたものだ。言依別命様より「汝は是れより人の尾峠を越え、河水清き宇都の郷に初宣伝を試みよ」と仰せられた。併し乍ら、斯う降り積る大雪、況して樹木茂れる此谷間、日は暮かかる……アーア宣伝使も辛いものだ。追々積る雪の量、罷り違へば我身は雪に埋まつて、冷たくなつて了うであらう。進退惟谷まるとは此事だなア』 と心細げに呟く折しも、最前の足音追々近づき来る。見れば数十頭の熊の群、真浦が足許を勢込んで走り行く。真浦は驚いて雪の中に路を避けた。熊の群は何の遠慮もなくスタスタと列を組んで、西方さして走り行く。 真浦はホツと息をつき、 真浦『アヽ、有難い、沢山の熊が現はれて雪路を踏み分けて、立派な通路を開いて呉れた。是れも全く神様の御神徳であらう…………有難し有難し』 と感謝しながら、熊の足跡を踏み分け上り行く。道の傍に一軒の茅屋が有ることが目に付いた。屋内には幽かな火影が瞬いて居る。風が持て来る雪しばき益々烈しく、熊の折角開いて呉れた雪の新道も、瞬く間に閉塞して了つた。屋内には気楽さうに笑ひさざめく声。真浦は此愉快気に笑ふ声を聞き、 真浦『ホンに羨ましい事だなア。我れは神命とは言ひ乍ら、此雪路に悩み、玉の緒さへも切れなむとする極寒の苦しみ、血管を流るる血潮も凝結せむとする辛さに引替へ、此家の内の面白さうな笑ひ声、…………実に人の境遇位運否のあるものはない。併し乍ら我れも神の道を伝ふる宣伝使の初陣、斯の如き雪に恐れ、人の家に這入つて、一夜の宿を請はんとするも、何となくウラ恥かしい、アヽ如何にせむか』 と躊躇ふ折しも、屋内より男の声、 男『オイ、どこの乞食だか知らぬが、此雪の降るのに、何を愚図々々して居るのだ。チツと俺の宅へでも這入つて休んだらどうだ。あつたかい湯も沸いてある。沢山な火も焚いてあるぞ』 真浦『ハイ有難う御座います。併し乍ら私はどうしても此峠を越さねばなりませぬ。御志は有難う御座いますが……』 男『ナニ、俺の宅で休むのは厭だと云ふのか、馬鹿な奴だなア。俺は此辺の杣人だ。少しの雪はチツとも苦にならない男だが、流石山猿の俺でさへも、一歩も今日の雪には歩む事は出来ない。どうして此坂が登れると思ふのか。マアそんな馬鹿な事を言はずに旅は道連れ世は情だ。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲む人も、深い縁の有るものだ。サア遠慮は要らぬ、這入つて休息したがいい』 真浦は其言葉に稍心動き、 真浦『どなたか知りませぬが、御親切に有難う御座います。左様ならば暫く休息をさせて頂きませう』 男『アヽそれが良い。サアサアお這入りなさい』 と真浦の手を取り引き入れ、斜に歪んだ雨戸をピシヤツと閉めた。 男『大変な大雪で、倒けかかつた家が益々怪しくなつて来た。愚図々々して居ると雪の重みで、此家も平太つて了ふかも知れないぞ。………オイ駒公、お客さまだ。どつさりと薪木を燻べて御馳走するのだぞ。寒い時には火が一番御馳走だ』 駒公『馬鹿言ふな。どこの馬の骨か、鹿の骨か分りもせぬ代物を、物好きにも駒さんの承諾も得ず、引き摺り込みやがつて、火を焚けも有つたものかい。貴様は何でも取込む事ばつかり考へて居やがる。チツと執着心を脱却せぬかい。取り込むことなら犬の葬式でも喜んで引張り込むと云ふ代物だから困つて了ふ。そんな事で此の立派な家が、どうして立つて行くと思ふのか、秋公の不経済家には俺も本当にアキが来た。寒い時に俄に体を火に近づけると、却て凍傷を起すものだ。どこの奴か知らぬが、赤裸にして頭から冷水でも、ドツサリ御馳走してやるのだなア。貴様と二人斯うして雪に閉されて居つても、チツとも面白味がない。此奴の衣服万端を奪ひ取り、其上赤裸にして水をかけ、それを肴に一杯やつたら面白からう』 真浦『なんだ、其方らは甘言を以て此方をひつぱり込み、泥棒を致すのか』 秋彦『アハヽヽヽ、好い頓馬だなア。そんな事を尋ねるのが馬鹿だ。俺も今日が泥棒の初陣だ。此家は実は吾々の物ではない。老爺と婆アとが居つたのだが、凄い文句を並べてやつた所、昨日の日の暮頃、どつかへ逃げて行きよつた。彼奴は雪爺に雪婆だつたと見えて俄にこんな大雪が降つて来た。サア皮を剥いてやらう』 と真浦の身に着けたる衣服を剥奪せむとする。 真浦『それは、あまりぢや。一寸待つて呉れ』 秋彦『松も檜も有つたものか。袋の鼠、どうしたつて剥かねば置かぬ』 真浦『此家を立去る時に脱ぎませう。それまで此衣服を私に貸して下さいませぬか』 駒彦『オイ秋公、仕方がない、貸してやれ。……オイ何程借賃を出す?それから約束して置かねば喰逃げされては、泥棒商売も棒が折れるからなア。ワハヽヽヽ』 真浦『自分の着物に利息をつけて貸して貰ふとは、又妙な規則の出来たものですなア』 駒彦『愚図々々言ふない。郷に入つては郷に従へだ。是れが泥棒社会の規則だ』 真浦『貴様達は丸でバラモン教みたやうな奴だなア』 駒彦『きまつた事だ。鬼雲彦様の乾児だよ。秋、駒と云つたら、それは本当に翔つ鳥も落すやうなバラモン教の有名な宣伝使だぞ。貴様は三五教の宣伝使、無抵抗主義を標榜して居る腰抜教の奴だから、指一本俺に触へても、抗言一つ致しても、抵抗した事になる。頭をカチ割られようが、黙つて辛抱するのだぞ』 真浦『アーア困つた事になつたもんだワイ。三五教には噂に聞けば、もとは馬、鹿と云ふ紫姫様の家来があつて、それが高城山の松姫さまを帰順させ、駒彦、秋彦と云ふ名を貰つたさうだが、お前の名は秋と云ひ、駒と云ひ、能く似て居る。何か因縁の糸が結ばれて居る様だ。もしや三五教の駒彦、秋彦ではなからうかなア』 秋彦『そんな腰抜の秋彦や、駒彦とはチト相場が違ふのだぞ。俺は三五教の宣伝使真浦と云ふ新米者が宇都山の郷へ初陣に往くので、言依別の神様から……』 駒彦『オイ秋公、何を言ふのだ。ウツカリした事を言ふものでないぞ』 真浦『アハヽヽヽ、大方そんな事だと思つた。言依別の神様が俺の信仰力を試す為に、貴様を此処へ廻しおき、そうして此道を通れと仰有つたのだなア……オイ秋彦、駒彦、モウ駄目だぞ。泥棒でも、バラモンでも、ベラボウでもない、貴様の襟の印は何だ』 駒、秋『アハヽヽヽ、到頭陰謀発覚したか。エヽ仕方がない。そんなら事実をスツカリ白状致して遣はす』 真浦『イヤもう沢山だ。何も承はる必要は有りませぬワイ』 駒公『先づ宣伝使の点数六十五点だ。速に言依別の神様に成績表を書留郵便で送つて置かう。夜が明ける迄三人鼎坐してお神酒を戴いて御日待をしようではないか』 真浦『またそんな事言つて、点数を減らすのではないか』 秋彦『心配するな。一旦認めた以上は減点は決してしない。其代り俺の事もよく報告するのだぞ』 真浦『能く報告してやらう。コンミツシヨンとしてモウ四十五点あげて呉れ』 秋彦『六十五点に四十五点を加へると満点以上になつて了ふ。それでは試験官として報告の仕方がないワ』 真浦『俺の改心は百点以上だ。其代り貴様は百八十点に俺から報告してやらう。併し二人合計してだから……』 と他愛なき雑談に一夜を明かしたりける。 天の真浦の宣伝使秋彦駒彦諸共に 神の教を伝へむと人の尾峠の急坂を 雪かき分けて登り行く地は一面の銀世界 金烏の光りキラキラとまたたき初めて大空は 拭ふが如く晴れ渡り茲に三人は勇ましく 谷の流れに沿ひ乍ら足踏みなづみ進み行く 旭輝く雪は照る神の恵も白妙の 雪に包まる宇都の郷武志の宮を祀りたる 浮木の里に辿り着く又もや降り来る雪しばき 茲に三人は大宮の脇に建ちたる社務所に 雪を凌いで車座になつて暖をば採り乍ら 携へ持てる握り飯ムシヤリムシヤリと平げて 四方の話に耽る折雪かき分けて登り来る 怪しの翁唯一人覚束無げに杖を突き 宮の階段登り来る真浦秋彦駒彦は 眼を据ゑて眺むれば怪しの翁は神前に やうやう近づき拍手の音も涼しく太祝詞 称ふる声の麗しく三人の耳に透きとほる 神の使か真人か但は悪魔の化身かと 怪しみ乍ら秋彦は此場を立ちてザクザクと 雪踏み鳴らし神前に額づく翁に打向ひ 汝は何処の何人ぞ人里離れし此森に 雪を冒して参来たり祈願するは何故ぞ 聞かまほしやと尋ぬれば翁は漸く顔を上げ 胸に垂れたる白鬚を二つの手にて撫で乍ら 四辺キヨロキヨロ見廻して武志の宮の神司 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉る 吾れは松鷹彦の司汝は何処の何人ぞ 訝かしさよと問ひ返す其容貌のどことなく 得も言はれざる気高さに秋彦思はず手を突いて 三五教の宣伝使心の色も紅葉の 錦の宮に仕へたる秋彦駒彦二人連れ 天の真浦も諸共に宇都山郷に現はれし バラモン教の曲神を言向け和す鹿島立ち 雪を冒してやうやうに此処まで進み来りしぞ 雪に埋まる山里の家並も見えぬ淋しさに 武志の宮の社務所を借りて休らひ居たりけり 綾の高天に現はれし玉照彦や玉照姫の 宇豆の命の仕へます三五教の司神 言依別の御言もてあもり来りし三人連れ 汝松鷹彦の司吾等三人を宇都山の バラモン館に伴なひて太しき功績を建てませよ 応答如何と詰め寄れば松鷹彦は畏みて 老の歩みもトボトボと雪の階段降りつつ 天の真浦や駒彦が前に現はれ会釈なし 先頭に立たむと誘へば三人は勇み喜びつ 翁の後に従ひて武志の宮に一礼し 東を指して進み行く。 松鷹彦は雪路を杖を突き乍ら先頭に立ちて、バラモン教の宣伝使と聞えたる友彦館に案内すべく進み行く。真浦は翁の後に七八尺遅れて、一歩々々深雪の中の足跡を目標に進む折しも、秋彦、駒彦は物をも云はず、真浦を引抱へ、数丈の崖下に突落した。突落された真浦は何の負傷もせず、高く積もれる雪の上にニコニコと安坐して三人の姿を仰ぎ見て居る。 秋彦『モシ真浦さま、どうだ、御気分は宜しいかな。どこもお怪我は御座いませぬか』 真浦『ハイ有難う、無事着陸致しました』 駒彦『サア六十五点に三十五点を加へて百点だ。肉体は高所から落第したが、御霊はいよいよ立派な宣伝使に及第したのだから喜び給へ』 松鷹彦、目を円くし、 松鷹彦『コレコレお前達は何と云ふ乱暴な事をするのだい。世界の人民を助けて天国へ救ふ役であり乍ら、地獄のやうな断崖から突落すと云ふ事が有るものか、グヅグヅして居ると此老人まで、どんな事をするか分つたものぢやない』 秋彦『お爺さま御心配下さいますな。身魂調べの為に、吾々両人は言依別様の御命令に依りて、あの男の修業をさせに来たのです。ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がないのだから、謂はば我々は宣伝使の試験委員だ。是れであの男も立派な宣伝使になりました』 松鷹彦『こんな絶壁から落されては、どうする事も出来ない。何とか工夫をして此処まで救ひ上げて来なさらねばなりますまい』 秋彦『何も御心配は要りませぬよ。獅子は児を産んで三日目に谷底へ棄て、上つて来た奴を又突落し、三遍目に上がつた奴を、始めて自分の子にすると云ふ事だ。こんな所から一遍や二遍突落されて屁古垂れる様な者なら、到底駄目だ。悪魔の栄ゆる世の中の宣伝使にはなれませぬ。上つて来よつたら、又突き落す積りです』 松鷹彦『それだと言つて、それはあまり残酷ぢやないか。早く助けてお上げなさい』 秋彦『そんな宋襄の仁は却つてあの男を憎む様なものだ。可愛いから此断崕から突き落してやつたのです』 松鷹彦『なんと妙な可愛がり様も有つたものだなア。私も此年をして居るが、そんな愛は聞いた事が無い』 と不思議さうに覗き込んで居る。 駒彦『お爺さま、お前も一つ可愛がつてあげようか』 松鷹彦『イヤもう結構々々、お前等に可愛がられようものなら、生命も何も無くなつて了ふ。若い者は兎も角も、此老人がどうなるものか。恐ろしい人達だなア』 と蒼惶として走り去る。 駒彦『アハヽヽヽ、到頭老爺さま肝を潰して逃げて了ひよつた。サア秋彦、モウ用が済んだ。是れから各自手分けをして、命ぜられた方面へ行く事にしよう。…コレコレ真浦さま、マアゆつくりと雪の上でお鎮魂でもなさいませ。これでお暇致します。其代りに百点だよ』 と両手を拡げて見せ、雪路を一生懸命に何処ともなく左右に別れて走り行く。真浦は苦心惨憺の結果、漸く廻り路を見出して、元の所に駆上り、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 真浦『アヽ誰も彼も皆どつかへ埋没して了つた。エヽ仕方がない、足型を便りに後追つかけよう』 と独語しつつ雪に印した草鞋の跡を、犬が鋭利な嗅覚で猪の後を逐ふ様な調子で進んで行く。雪は鵞毛と降り頻り、足跡の窪みは殆ど埋没して了つた。見渡す限りの白雪の野を、一歩々々探る様にして、遂には大川の畔に辿り着いた。河の堤に細い烟の破風口より立昇る小さき茅屋が淋しげに立つて居る。真浦は『御免』と押戸を開けて入り見れば以前の老爺が、婆アと二人茶を啜つて居る。 松鷹彦『ヤアお前は最前の宣伝使だつたなア。能う来て下さつた。随分乱暴な男も有つたものだ。あれは大方バラモンの残党であらう。お前気を付けないと、どんな目に遭はされるか知れませぬぞや』 真浦『ハイ有難う御座います。実は人の尾峠の西麓に於て、盗賊に出会ひました。それから其盗賊さまに武志の宮まで送つて頂いたのです』 松鷹彦『何か盗られましたかなア』 真浦『イエ別に……盗られる処か結構な物を沢山頂戴致しました。盗難品は唯の一点も無く、貰つたものは前後二回で百点ばかりです。実に結構な御神徳を頂きました。最前もアノ絶壁から突き落され、其時にも三十五点呉れましたよ』 松鷹彦『ハテ合点のゆかぬ事を仰有る。その代物はどこに御所持なさるかなア』 真浦『ハイ残らず私の腹の中にしまつてあります。要するに無形の宝ですよ』 松鷹彦、両手を拍ち、打諾づき乍ら、 松鷹彦『ハヽヽヽ、年を老つて、わしも余程耄碌したと見えるワイ、ホンにそうだ。わしもお前さまから宝を四五十点頂戴した。実に忍耐と云ふ宝は結構なものだ。さうでなくては誠の道は拡まりますまい。バラモン教は随分荒行を致しますが……私も元は三五教を奉じて居りました。それから三五教の宣伝使の行方があまり脱線だらけで、愛想が尽き、同じ事なら大勢の者の信ずるバラモン教の方が処世上の便利だと思ひ、一旦は入信しましたが、これ亦どうしても私の腑に落ちない点が沢山ある。そうかうして居る間にバラモン教の一部を採り、ウラル教の或点を加味し、三五教を加へて、新に起つたウラナイ教と云ふ新しき教が出て来たので、又もやウラナイ教に間男をしました。そうして神様を武志の宮にお祀りした処が、その夕から夫婦の者が俄に病気付き大変な発熱で、幾度も死ぬ様な目に遭ひ……コリヤやつぱり元の神様にすがらねばなるまい……と夫婦の者が三五教の大神に謝罪をした処、不思議にも其時より熱が段々に降り、婆アは二三日の後ケロリと嘘を吐いた様に全快して了つた。私は此れから一里許りある下の村の者から選まれて、武志の宮の神主をして居る者だが、村人にさう幾度も幾度も神様を出したり入れたりすると思はれては、信用がないから、ソツとウラナイ教の高姫さまが祀つて呉れた御神号を河に流し、今では三五教の神様をお祀りしたいのだが、一旦御神号を流して了つたので、戴く訳にもゆかず、空の宮を……今日も今日とて謝罪旁拝みに行きました。今日で此雪路を三七廿一日、毎日通ひましたが、不思議な事には、あなた方に宮様の前でお目にかかつたのは、全く神様の御引き合せで御座いませう。併し詳しい教理は存じませぬが、三五教の宣伝使はみな貴方の様に忍耐が強い方ばかりですか』 真浦『昔の三五教は随分乱暴な宣伝使もあり脱線者も沢山出たさうです。併し此頃は玉照彦、玉照姫と云ふ立派な神様の生れ替はりが、聖地に現はれ玉うてより、誰も彼も、緊張気分になり、忍耐を第一として天下に宣伝を始めて居ります。恥かし乍ら私は大台ケ原山麓の暖かい所に生れ、楽に育つて来た報いで、此雪国へ始めて宣伝に参り、余程苦みました。さうして今日が宣伝の初陣です。僅かの時日、神様の教を聞かして頂き、言依別の教主様から許されて、宣伝に参つた者ですから、詳細しい事はまだ存じませぬ』 松鷹彦『さうすると、あなたは今日が始めてですか。それはそれは本当に結構です。宣伝使は分らぬ間こそ却て神徳もあり、人徳も備はるものだ。少し物が分ると知らず識らずに慢心が出て、終には信仰に苔が生え、又元の邪道に逆転するものだ。私もさう云ふ初心な宣伝使に一度会ひたいと思うて居つた。どうぞ貴方はこれから私の茅屋に逗留し、武志の宮の御神体を斎つて下さい。さうして村の者にも教を伝へ、バラモン教を改めさせたいものです』 真浦『神様を祀ると云つても、私の様なものでは、到底それだけの資格が有りませぬ。時を得て聖地にあなたも参拝し、言依別命様に面会して、御神体を奉迎してお帰りなさいませ。それが何より結構でせう。我々は宣伝をするばかりの役、神様の御神体を扱ふ事は出来ませぬ』 松鷹彦『如何にも、さう聞けばさうです。物品か何かの様に軽々しう扱ふ事は出来ますまい。時機をみて御願ひする事に致しませう。さうして三五教の教の樹て方は、大体どう云ふ事が眼目になつて居りますか』 真浦『あなたは最前も、三五教に入信て居たと仰有つた。私よりは、謂はば古参者、能くお分りでせう』 松鷹彦『唯々世界統一の神様だと信じ、此曇つた世の中を早う安楽な、潔白な世にしたい許りに信仰を続けて居たのみで、言はば徹底せない信仰で有りました。それ故あちら此方と迂路付いて見たのだが、どうしても三五教が斎る神様に御神力がある様だ。何とはなしに恋しくなつて来ました』 真浦『私が知つて居る事の大体だけを簡単に申しますれば、……世界を神の慈愛の教に依りて、道義的に統一し、世の立替立直しを断行する事。能ふ限り神様の道を宣揚し、体主霊従の物質的教に心酔せざる様教ふる事。如何なる事も神様にお任せ申し、自分の我を出さずに能ふ限り道に依りて力を尽す事。天地神明の鴻恩を悟り、造次にも顛沛にも、感謝祈願の道を忘れざる事。常に謙譲の徳を養ふ事。如何なる難儀に遇うとも、誠の道の為ならば少しも恐れず、誠を以て切り抜ける事。社会の為に全力を尽し、天下救済の神業に奉仕する事なぞを以て、吾々は宣伝使の尽すべき職務と確信して居ります。併し乍ら、中々思つた様に行ひが出来ないので、神様に対して何時も恥入つて居る次第で御座います』 松鷹彦『オウ、それで大体の御主意が分りました。今までの三五教の宣伝使は、三五教には退却の二字は無いと云つて、随分乱暴な喧嘩もしたものです。然るに今日あなたの御説の通り、三五教自身に立替が出来た以上は、最早天下何者をか恐れむやである。其実行さへ出来れば、此宇都山の里人も残らず帰順するでせう。どうぞ武志の宮の社務所にお止まり下さつて、不言実行の手本を見せて下さい。それが第一の宣伝です』 真浦『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します。私の初陣として、あなたの御病気の全快を神様に祈らして下さいませぬか』 松鷹彦『それは是非共頼まねばならぬ。併し乍ら不言実行だ。お前さまが私の宅へ来て間もなく、私の病気が知らぬ間に癒る様になさらぬか。願はして呉れ……なぞと仰有るのが間違つて居る。まだお前さまはチツと許り名誉欲の魔が憑いて居ますな』 真浦『ハイ恐れ入りました。それならモウ決して祈りませぬ。あなたの病気には無関係ですから、さう思つて下さい』 松鷹彦『ハイハイ分つた分つた。御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ』 真浦『あなたは何も彼も能く知つて居て、私を実地教育して下さるのだなア。有難う御座います。アヽ神様は人の口を藉つて、イロイロと修業をさして下さるか、思へば思へば有難い、勿体ない』 と涙を袖に拭ふ。 松鷹彦『わしは何にも知らない。唯お前さまと話をして居る際、俄に体が変になつて、あんな失礼な事を言ひました。どうぞ気に止めて下さるな……アヽ有難い、今迄ヅキヅキとウヅいて居つた私の足が、何時の間にかスツカリ癒つて了つた』 と拍手再拝、真浦を神の如くに手を合して拝み立てる。 雪に閉され四五日真浦は、老夫婦の親切にほだされて、教話を説き乍ら冬の日を消した。 松鷹彦『此処は御存じの通り、山と山とに囲まれて不便の土地、御馳走も一度上げたいと思へども、斯う雪に閉されては、どうする事も出来ぬ。幸ひ此川の淵には、沢山な小魚が居つて、つい其処の淵には、冬の寒さで一所に籠つて居る。これを掬うて来て、お前さまの御馳走にして上げませう』 真浦『ア、それは有難う』 と言ひつつ、後は小声で、 真浦『不言実行が肝腎だなかつたかなア』 と幽かに呟いた。老爺さまは玉網を担げ、雪掻き分けて川縁に行つた。そうして玉網を淵に突つ込み、荐りに骨を折つて居る。此家の座敷から能く見える距離である。婆アさまと真浦は、爺さんの川漁を面白げに眺めて居た。松鷹彦はどうした動機か、誤つてドブンと川に落込み、チツとも浮いて来ない。婆アさまは素知らぬ顔して眺めて居る。真浦は驚いて、 真浦『ヤアお爺さまが川へ落ち込んだ。助けてあげねばなるまい』 と立ちあがる。婆アさまは初めて口を開き、 婆(お竹)『不言実行だ』 真浦『恐れ入りました。これから私もお前さまに代つてあの青淵目蒐けて、バサンと飛び込み、ヂイさまを救はう』 婆(お竹)『お手並拝見の後御礼を申しませう。何は兎も有れ不言実行ですからなあ』 真浦は尻ひつからげ雪の中を倒けつ転びつ飛んで行く。爺イは此時柳の木に取り付き、ムクムクと上つて来た。 真浦『お爺さま、結構でした。能う助かつて下さつた。実は私もビツクリして助けに来たのだ』 松鷹彦『あなたは有言不実行だ、アハヽヽヽ』 真浦は黙つて老爺さまの着物を搾りかけた。 松鷹彦『自分の着物は自分が絞る。モツと忘れたものがあるだらう』 真浦は黙つて引返し、矢庭に座敷の中をキヨロキヨロ見乍ら、おやぢさまの着替を見付け、小脇に抱へて飛出した。婆アは、 婆(お竹)『コレコレお前さま、それはおやぢの着物だ。老爺の陥つたのを幸ひ、大切な着替を不言実行して、どこへ浚へて行くのだ。……ホンにホンに油断のならぬ人だなア、オホヽヽヽ』 真浦『エー夫の危難を前に見乍ら、一言も頼みもせず、不言実行だなんテ、謎をかけやがつて、おまけに俺を盗人扱ひにして洒落て居やがる。此奴ア普通の狐……オツトドツコイ女ぢやあるまい。……早く行かぬと、爺が凍てて了ふ』 と裏口を跨げかける。婆アは、 婆(お竹)『真浦さま、早く早く、不言実行だ』 真浦は物をも言はず、爺の所に走り着いた。老爺は赤裸となりて真浦の持つて来た着物を、手早く身に着け『大きに』とも、『御苦労』とも言はず、黙つてスゴスゴと吾家に帰る。真浦は濡れた着物や網を引抱へ、 真浦『アヽ本当に不言実行歩と出よつたな。油断のならぬ化物爺だ。モウこれからは暫時唖の修業だ』 と独ごちつつ、爺の家に帰つて来た。 婆(お竹)『流石三五教の宣伝使ぢや。能う気が付いた。これでお前も又一点程点数が増えましたデ、ホヽヽヽヽ』 松鷹彦『アイタヽヽ、又しても痛くなつた。此奴ア病気が撥ね返るのではあるまいか。非常な激痛だ』 と顔を顰め、 松鷹彦『不言実行不言実行』 と呶鳴つて居る。婆アは、 婆(お竹)『折角御神徳を戴き乍ら……爺さま、お前は二口目には不言実行と仰有るが、取らぬ狸の皮算用をする様に、棚の牡丹餅をおろして喰ふ様に、慢心して、真浦さんに御馳走をしてあげようかなんテ、仰有るものだから、忽ち神様の御戒めを食つて、有言不実行になり、そんな土産を頂戴して苦むのだよ。チツと神様に謝罪をなさらぬか』 松鷹彦『俺は神様に対して不言実行、暗祈黙祷を行つて居るのだ。どつか其辺らに不言実行者が、モウ出さうなものだ。アイタヽヽ』 真浦は赤裸となり、裏の川にザンブと飛び込み、御禊をなし、一生懸命で何事か祈願し始めた。爺イの足の痛みは不思議にもピタリと止まつた。 松鷹彦『真浦様、有難う。御神徳を頂きました。サアどうぞ此方へ来て下さい。火を焚いてあたらしてあげませう』 真浦は川より這ひ上り、身体の露を拭ひ乍ら、 真浦『お老爺さま、火を焚くのもヤツパリ不言実行だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・五・一二旧四・一六松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 02 赤児の誤 | 第二章赤児の誤〔六六四〕 雪に埋まる川端の賤の伏家も春が来て 冷たき雪も何時しかに溶けて嬉しき老夫婦 宇都山川の水温み枯木も青芽を萌き出して 軒端の梅も匂ひ初め谷の戸開けて鶯の 訪る季節となりにける山と山とに包まれし 此処は世界の秘密郷人の心も質朴に 宛然神代の如くなり時しもあれや婆羅門の 神の教の宣伝使鬼雲彦の残党と 世に聞えたる友彦が二十戸許りの里人に 霊主体従を標榜し剣を渡り火を渡り 水底潜り浮き沈み鳥さへとまらぬ茨室に 郷の男女を裸体とし言葉巧に説きつけて 身体を破る曲の行足駄の表に釘を打ち 穿ちて歩む村人は神に仕ふる第一の 清き御業と迷信し心を痛め身を痛め 無理往生の嬉し泣きこの惨状を救はむと 天の真浦の宣伝使松鷹彦が賤の家に 長らく足を留めつつ朝な夕なに神の道 うまらに委曲に説きつれど迷ひ切つたる里人の 肯ふ事とならずして迷ひに迷ふ憫れさよ。 春は漸く深く、菜種の花もすげなく散りて青い莢の針をいただき、大根の花遅れ馳せ乍ら白く咲いてゐる。一方は大川、一方は田圃で挟まれた川堤の松鷹彦の茅屋さして入り来る四五人の男女、 甲『ハイ御免なさいませ』 松鷹彦『ヤアお前は留公か。大勢伴れで血相変へて何処へ行くのだ』 留公『イヤ何処へも行かぬ。当家へ村人の代表者として、吾々五人がやつて来たのだ。今日は確りと聞いて貰ひませう。お前等夫婦の身の上に関する大問題だから』 松鷹彦『大問題とはソラ何だ。又水の中で河童が屁を放つたやうな事を針小棒大に言つて来たのだらう』 留公は肩を張り、腕を捲り捩鉢巻をし乍ら、半分許り逃げ腰になつて、 留公『オイお前達、道をサツと開けて置けよ。まさかの時に邪魔になると困るから』 松鷹彦『なんだ貴様は肩をいからし、腕をまくり、よう気張つたものだなア。今からそれだけ力一杯出して気張つて居ると、力の原料が欠乏するぞ。先づじつくりせぬかい』 留公は少し肩の角を削り、手持無沙汰にそつと捲つた腕を隠す。 松鷹彦『なんだ其の鉢巻は。他人の家へ出て来るのに、あまり無作法ぢやないか。親の仇敵にでも出会つたやうな勢だなア』 留公『親の仇敵どころかい。大自在天大国彦の神様の、最も大切な仇敵をお前の家に匿まうて居るでないか。其奴を一つふん縛つて帰り、友彦の宣伝使の御前に曳き据ゑて、相当の処置をつけるのだ。サア爺、もう斯うなつた以上は隠しても駄目だ、キリキリと宣伝使をおつ放り出して吾々に渡すのだよ。ゴテゴテ吐すと村中が貴様の信用を買はないぞ。ボイコツトを始めるが、それでもいいか。さうすれば、武志の宮の宮司は、足袋屋の看板足上り、鼻の下の大旱魃、大恐慌だ。悪いことは言はないからさつさと渡して呉れ。老爺の身に取つて実に大切な場合ぢやぞ。焦頭爛額の急場と言ふのは今のことだ。サア早く神妙に宣伝使を吾々に渡したがよからう。里人の代表者留公の言葉に二言はないぞ。覚悟を定めて返答しろ』 松鷹彦『何事かと思へばそんな事かい。ベラボウ教のドモ彦だな。矢張り彼奴は何時迄も頑張つて居るのかい。遠の昔に宇都山の里から消滅した筈だが、オイ留公、此方には用が無いが訊ねたい事があれば、宣伝使は奥にチヤンと祭りこみてあるから、友彦と云ふ御大将を此処へ連れて来い。及ばず乍ら松鷹彦が天地の道理を説き諭し、友彦の身魂を浄めて三五教の宣伝使真浦様のお伴彦として使つてやるから早く帰つて注進致せ』 留公『中々老耄の癖に俄に強くなりやがつたな。オイお春、お弓、樽公、捨公、貴様等何を愚図々々してゐるのだ。俺と一緒に奥へ踏んごみ、宣伝使をふん縛つて帰らうぢやないか。こんな奴が此の結構な里に来やがつて、三五教とかを説きやがるものだから、この御天道様の色を見よ。御機嫌が悪うて黒い雲が出て居るぢやないか。御天道さまのお気に入らぬ奴が此の里へ来ると、何時も黒い雲が出ると云ふことだ。二三日前から人の尾峠の頂きに、真黒けの鍋墨のやうな雲が現はれたのも、全くお前達が仕様も無い奴を宿めて居るからだ。バラモン教の宣伝使友彦さまの御示しだぞ』 奥の間より真浦の声として、涼しき宣伝歌の声聞え来たる。 真浦『天教山に現はれし木花姫の分霊 玉照彦や玉照姫の神の命の朝夕に 心を清め身を浄め仕へ給へる丹波の 国の真秀良場ただなはる青垣山を繞らせる 真中に立てる世継王山御稜威も高く照山の 袂にひらく神の苑錦の宮の最聖き 心の花も咲耶姫彦火々出見の二柱 国治立の大神や豊国姫の大神の 厳の御言を畏みて天地にさやる曲津神 八岐大蛇や醜狐バラモン教に立籠る 醜の曲鬼言向けて此世を清め澄さむと 七十五声の言霊を朝な夕なに宣り出でて 教司を招び集へ言依別を三五の 神の柱とつき立てて錦の機の御経綸 開かせ給ふ常磐木のわれは小さき者なれど 神の恵を蒙りし三五教の宣伝使 天の真浦の命ぞや高天原を立ち出でて 雲霧分けて降り来る人の尾山は高くとも 宇都山川は深くとも如何で及ばむ神の徳 バラモン教の友彦が舌の剣に操られ 神よりうけし生血をば滝の如くに流し居る 哀れ果敢なき里人を諭して誠の大道に 救はむための鹿島立武志の宮に立寄りて しばし憩らふ折柄に宮の司の松鷹彦 現はれ来り吾々をこれの伏家に伴ひて 朝夕唱ふる太祝詞神の恵みもいやちこに 五風十雨の順序よく花は梢に咲き乱れ 梅の蕾はさわさわに枝もたわわに重なり合ひ 見渡す限り野も山も色蒼々と栄え行く 神の恵みを目の当り眺め乍らに汝等は 何を狼狽へ騒ぐぞよ一時も早く立帰り 汝が親と頼み居るバラモン教の友彦を わが目の前に伴れ来り天と地とを守ります 誠の神の御心をうまらに委曲に説き諭し 汝等里人悉が眠れる眼を醒まさなむ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも我宗門の神力は 如何に強しと誇るとも誠一つの言霊の 幸ひ助くる三五の神の教に比ぶれば 月に鼈雲に泥天地の差別あることを 洩らさず落さず細やかに教へて呉れむ里人よ 神代ながらの里人よ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直し聞直し世の過ちを宣り直す 神の教に省みて天地の道を誤りし 深き罪をも差赦し高天原の神国の 教の御子と何時迄も心に安きを与ふべし 栄えの花は永久に咲く高天原の神の子と 生れ変りし其上は此世に恐るるものは無し アヽ惟神々々御霊幸はひましまして 留公其他の里人を安きに救ひ給へかし アヽ留公よ里人よ友彦伴ひ早来れ 天の真浦の神司襟を正して待暮す アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と屋外に響く竜声に留公始め四人の男女は、 四人『ヤア大変だ。頭が痛い、胸が苦しい。一先づ此家を立去り、友彦の宣伝使に注進せむ』 と大麦、小麦、豌豆、蚕豆畑を踏躙り、周章狼狽き帰り往く。 松鷹彦『此の村は質朴な代りに理解力が無いので困る。信仰も結構だが無理解な信仰にああ堅くなつては、何うにも斯うにも手の付け方が無い。まるで鉄を以て固めた城壁に向つて、無手で子供が襲撃するやうなものだ。アヽ何うしたら彼等の目を醒す事が出来ようかなア。斯う云ふ時に不言実行の教理を徹底的に発揮して欲しいものだ。広い世界には何処かに、一人や半分位天から溢れて来て居り相なものだなア』 と、わざと奥の間に聞えよがしに、 松鷹彦『ナアお竹』 と婆アに向つて話しかけたればお竹はウナヅイて、 お竹『さうですな、随分いろいろの神様の教もあり、宣伝使も沢山ありますが、どれもこれも言葉の花の山吹ばつかりで、実ののつた例は無い。あれだけ近くにバラモンが跋扈して居るのだから、何とかして彼の様な惨酷な教を根底より転覆させ、せめて此の村だけなりと助けて呉れる真人が現はれ相なものだなア』 とお竹も亦爺の言葉尻について、奥の間に聞けよがしに言つてゐる。真浦は之を聞くや否や、奥の間の戸を、音させじとソツと開き、スタスタと宇都山の里を目ざして走り行く。 留公の離れ座敷に陣取つて日夜怪気焔を吐き里人を煙に捲いてゐるバラモン教の友彦は、松鷹彦の茅屋に遣はしたる使の帰り来るを、今や遅しと首を長くして日当りのよい角窓から覗いてゐる。倒けつ転びつ、ハーハー、スースーと息を喘ませ帰り来る留公一行の姿を見るより、友彦は、 友彦『ヤア待ち兼ねた。様子は如何だ。早く返答聞かして呉れ』 留公『イヤもう暗雲低迷、前途暗黒、収拾すべからざる形勢で御座いました。この留公が深遠微妙の言霊に依つて、漸く騒乱鎮静の曙光を認めました』 友彦『アヽさうか、それは大儀であつたのう』 お春『モシモシ宣伝使様、全くですよ。全くは全くだが零敗の大当違ひ、夜食に外れた梟鳥の憫れ儚なき列を乱した頓狂振り、実に目も当てられぬ惨状でしたワ』 留公『コラコラ女の差出るところでない。黙つて物言へ。それだから女に大事は明かされぬと昔の聖人が云つたのだ』 友彦『一体何方が本当だ。吉か凶か、天か地か、月か鼈か、雪か炭か』 お春『鼈に炭の様なものです。爺さま、中々の剛情者で村中の協議の結果を一も二もなく退け、青瓢箪のやうなヘボ宣伝使の加勢ばつかりやつて居ます。さうして奥の間から何百人とも知れぬ大きな声を揃へて、照るとか曇るとか歌ひ居つた。其の声に私達の結構な笠の台は忽ち地異天変、目は暈ふ、鼻はうづく、口は自然に弛んで下顎が乳の辺まで垂下する、胸は早鐘をつく消防夫は駆出す、纏はガサガサチヤンチヤン』 友彦『オイオイ貴様何を言つてゐるのだ。何処へ行つて来たのだ』 留公『ハイ一寸小火があつたものですから』 お春『留さま、何をボヤボヤして居るのだ。火事つたら何処にあつたのだい』 留公『エー貴様の見えない、遠い遠い神霊界に無形の火事があつたのだよ。霊眼の開けないデモ信者の窺知し得る限りでないワイ。女だてらブカブカと此の場面に浮き出して水をさすよりも女らしう暫らく沈艇をしてゐて呉れ』 友彦『アハアお前たちはフの字だな』 お春『フの字ですとも、それはそれは麩のやうな腑抜け魂ですよ。戦況を詳細に報告致しませうか』 留公『オイ敗軍の将は兵を語らずだ。弱虫は弱虫らしう控へて居らう』 斯く争ふ所へ、スタスタと現はれて来た一人の男、鍬をかたげ頬被りをし乍ら、 男(田吾作)『留さん、一寸外へ出て下さい。俺ん所の大事な赤子を踏み殺しやがつて、如何して呉れるのだい』 留公『貴様の家に赤子があるのか。何時の間に子を産んだのだ。嬶も無い癖に如何して赤子を踏まれる道理があるか』 男(田吾作)『有らいでか、有りやこそ言うて来たのだ。嘘と思ふなら俺ん所の畑までやつて来い。さうしたら一目瞭然貴様も成程と合点がいくだらう』 留公『赤子の三つや五つ踏み殺したつて、なんだい。此の村は今や地異天変の最中だ。ちつと位辛抱して作戦の用意にかからねばならぬだないか。悠々と野良へ出て仕事をして居る場合ぢやない。挙国一致で敵に当らねばならぬ危急存亡の場合だぞ』 男(田吾作)『それでも貴重な赤子を捨ててまで馬鹿らしい、斯んな戦争が出来るかい。婦人国有論が起つて赤子を一人でも殖やさにやならぬ時に、二十も三十も踏み殺されてたまるものかい』 留公『貴様鼠のやうな奴だな。沢山な赤子を如何して産んだのだい。あまり仕様も無い種子を蒔くと、米が騰貴して国家的破産を来さねばならぬやうになるぞ。産児制限の問題が喧しい時だ。俺が踏み殺したのも国家の為めだよ』 男(田吾作)『天地の大神様の御恵みで、やうやうと芽をふき、葉も出来、花も一寸咲きかけたとこだ。それを貴様が三五教の宣伝歌に驚き慌てて、広い道路があるのに俺ん所の芋畑を通りやがつて、三度芋[※三度芋はジャガイモの別称。]の赤子をすつかり踏割つて了ひやがつた』 留公『何を吐しやがるのだい。俺は又人間の赤子だと早合点して、聊か同情の涙にくれて居つたのだ。貴様の芋畑を通つたものは俺ばかりぢやないぞ、五人も居るのだから、そりや大方人違だらう』 男(田吾作)『馬鹿言ふな、足型でよく分つて居る。六本も指のある奴は、此村には貴様一人より無いのだ。指の型が証拠だ。モシモシバラモン教の先生、あんなことをしても神様は許されますか。私は何時も貴方の御話を聞いてゐますが、畔放ちの罪と云ふことは大変な重い罪だ。そんなことを致したものは直にバラモン教を破門すると仰有いましたなア』 友彦『それは何時も言うて居る通りだ。オイ留公、お前は今日限り破門する。併し乍ら明日は又明日のことだ。兎も角教が許さぬから此場を立去つたがよからう』 留公『エー置きやがれ、今まで先生々々と崇めてやれば、好い気になりやがつて、なんだい芋種子の二十や三十踏み躙つたと言つて、それがそれ程悪いのか。芋と人間と何方が貴い、芋よりも安く見られるのなら、俺も此方から破門だ。其の代りにタツタ今頭の痛い、胸の苦い宣伝歌を謡つて、天の真浦とか云ふ偉い生神様がやつて来るから、その時に犬突這ひになつて、ベソをかかぬやうに用心せい。これが俺の別れのお土産だ。オイお春、貴様も好い加減に目を醒せ。俺はこれから三五教の宣伝使に御味方するのだ』 と言ひ捨て、一目散に駆出した。 (大正一一・五・一二旧四・一六外山豊二録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 03 山河不尽 | 第三章山河不尽〔六六五〕 留公はドンドンと地響きさせ乍ら性凝りもなく芋畑の赤子を御丁寧に再び蹂躙り、 留公『エイ、此芋の野郎、俺に影響を及ぼしやがつた、芋だつて油断のならぬものだ、エヽもう斯うなる上は善いも、悪いも、恐いも、可愛いも、難かしいも、嬉しいも、悲しいもあつたものかい、三度芋の野郎、何処までも六本の指で蹂躙してやらう。アタいもいもしい』 と足に力を入れて心ゆく許り踏み砕いて居る。そこへ走つて来たのは真浦の宣伝使、此態を見て、 真浦『留さん、何をして居なさる』 留公『之はしたり、大変な所を発見されました。然し何卒もう宣伝歌丈けは許して下さい、頭の数が幾つにも分家する様な心持がしますから……』 真浦『よしよし嫌とあれば沈黙しませう、然し今お前の踏んで居るのは芋ではないか』 留公『ハイ、物価騰貴の今日、斯う沢山に赤子が殖えては、第一国民が食糧に困ります。三度芋と云つて年に三度も子を生む奴ぢや、産児制限の為めにサンガー夫人がやつて来て、今此処に大活動を開始した所ですよ。何卒大目に見て上陸を拒否せない様に願ひます、アハヽヽヽ』 真浦『そんな事しては困るぢやないか、天津御空の星の数程人を殖やし、浜の真砂の数程赤子を生まねばならぬ神様のお道ぢや、生成化育の大道を無視してその様な乱暴な事をして良いものか』 留公『私は之が国家の経済上から見ても、人類共存上の学理から考へても最も神の意志に適した良法だと確信して居ます。何卒私の演説を一つ聞いて見なさい、能く徹底して居ますよ』 真浦『演説は中止、否絶対に解散を命じます』 斯る処へ以前の男、鍬を担げ乍ら怒髪天を衝いて走り来り、 男(田吾作)『こらこら又しても大切の大切の赤子を殺すのか』 留公『オヽ、バラモン教と取換へこして迄、赤子を征伐する覚悟をきめたのだから、何と云つても中止はせない。マア之も前世の因縁だと諦めて鄭重に弔ひでもしてやるが良からう』 男は怒り心頭に達し鍬を真向に翳し留公の頭を目蒐けて打ち下ろした。留公はヒラリと体を躱した機に、鍬は外れて真浦の足の小指を斬り落した。真浦は顔を顰め落ちた指を手早く拾つて傷口にあてた。指は其儘に密着した。余り慌てたと見えて小指の先は裏表に付けて仕舞つた。之迄は真浦に対し守彦と云ふ名が付いて居たが茲に初めて真浦と云ふ名が出来たのである。 男(田吾作)『之は之は失礼な事を致しました、何卒赦して下さいませ。勿体ない、宣伝使の指を斬るなんて……私は如何して此罪を贖うたら宜しいでせう、神界に対して取返しのならん不調法を致しました』 と泣き沈む。 留公『世界を救ける生神の宣伝使様だ。指の一本や手の半本位取れたとて、そんな事で弱へる様では宣伝使ぢやない。それよりも貴様の所の赤子の生命、随分無残な事になつたものだのう』 男(田吾作)『之だけ丹精を凝らして作つた芋種を台なしにして置き乍ら、まだ業託を吐きやがるか。エーもう堪忍袋の緒がきれた、覚悟をせよ』 と又もや鍬を振り翳し留公に迫る。宣伝使は此鍬の柄を確と受止め、 真浦『マアマアお待ちなさい、短気は損気だ。芋も大切だが人の生命も大切だ』 男(田吾作)『朝から晩まで自分の産んだ子も同然に肥料を掛けたり、草を引いたり、色々と世話をして来た可愛い芋の子、それをムザムザ踏み潰されて……育ての親が如何して黙つて居れませう。芋は芋だけの精霊が宿つて居る。屹度苦しんで居るでせう。可哀相に……此赤子は誰に此無念を訴へる事が出来ませう、私が怒つてやらねば此赤子は能う浮びますまい……アヽ芋の子よ、可憐相な者だが、もう斯うなつては仕方が無い、俺が之からお前の冥福を祈つてやるから心残さずに幽冥界に旅立して安楽に暮してくれ、アンアン』 と態と男泣きに泣き立てる。 留公『アハヽヽヽ、それだから田吾作、貴様は馬鹿だと云ふのだよ、それ程可愛い芋なら大きうなつた奴を何故釜煎にしたり庖丁にかけて喰ふのだ。そんな矛盾な事を云ふからキ印だと云はれるのだ。モシ宣伝使さま、ちつと理屈が合はぬぢやありませぬか』 としたり顔に云ふ。 田吾作『それはそうだけれど……何だか可憐相で仕方が無い哩、西も東も知らぬ弱い赤子を無残にも斯んなに虐殺すると云ふ事があるものか、芋は芋としての寿命がある筈だ。秋が来て蔓が枯れた時は寿命の尽きた時だ、そこで喰ふのなら芋も得心するであらう、折角お前も生れて来て不運な奴だのう』 と又も涙含む。 留公『オイ田吾作、貴様は人の命が大切か、芋の子が大切か、何方を主とするのだ』 田吾作『きまつた事よ、貴様は芋で譬たら良い喰ひ頃だ。此世に最早用の無い代物だから別に惜しくも無ければ、国家の損失でも無い。却つて社会の塵埃掃除が出来た様なものだい』 真浦『アハヽヽヽ、随分面白い芋論を聞かして貰ひました、併し乍ら万物一切皆神様の霊が宿つてゐるのだから、貴賤老幼草木器具の区別なくそれ相当の霊魂がある。万有一切は総て神様の大切なる御霊が宿つてるから、木の葉一枚だつて粗末にしてはなりませぬぞや』 田吾作『そら見たか、留州、キ印の阿呆の云つた事でも矢張天地の真理に適つて居るのが、ちと妙ではないか』 留公は首を傾け手を組んで青芝の上に端坐し何事か頻りに考へて居る。漸くにして顔を上げ、 留公『ヤ、何事も氷解しました。田吾作どの、どうぞ怺へて呉れ、之からは決してもう斯んな事はせないから……』 田吾作『何と云つても斯うなつた以上は仕方は無い、今後は気をつけて呉れ。芋ばつかりぢやないよ、豆だつて麦だつて皆其通りだからなア』 留公『ハイ承知致しました、ちつと心得ます』 と以前に変つて丁寧に挨拶する。 真浦『アヽ之で凡ての解決がついた、芋の死骸で最早平和克復だ。サア之からバラモン教の友彦さんにお目に掛つてお話を承はりませうか』 と行かむとするを留公は引き留め、 留公『モシ、宣伝使様、一寸待つて下さい、貴方只一人でお出でになつては大変です、私等は勝手を能く覚えて居ますが、私の離座敷に宣伝使が置いてある、そこに神様も祀つてあります。然し乍ら家の周囲に広い深い溝が掘つてあつて迂濶跨げようものなら……それこそ大変……生命が無くなりますぜ』 真浦『それは本当の話か』 留公『本当ですとも、現在私の家ですもの、何間違つた事を云ひませう。軒下を貸して母屋を取られると云ふ譬の通り、初め乞食の様な態をしてやつて来た友彦の宣伝使が、今では大変な勢で私の座敷や本宅を我物顔に振舞ひ、私は丁稚役、主客顛倒も之位甚しい事はありませぬ。私は初めの頃は実に立派な宣伝使だと思つて現を抜かし、云ふが儘にして居りましたが、此頃の宣伝使の言行の一致せない事、実にお話になりませぬ。けれども私が率先して村中の者に勧め廻つたと云ふ廉があるので、今更責任上此宣伝使は喰はせ者だつたと云つて告白する訳にもゆかず、本当に困り抜いて居つた所ですが、最前松鷹彦の宅へ使に行つた時、奥の間に何百人とも知れぬ人声で宣伝歌が聞えて来た。その声の恐ろしさ、実に無限の威力が備はつて居ました。私はバラモン教は愛想がつき三五教へ入信したいので御座いますが、あの様な頭の割れる宣伝歌を謡はれては困るなり、如何したら良いでせうかなア』 真浦『宣伝歌は聞けば聞く程気分が良くなつて来るものだ。お前に憑依して居る副守護神が嫌ふのだ、それさへ体内より放逐して仕舞へば何でも無いのだ。さうしてあの小さい家に百人も居る筈がない、其実は私一人より居らなかつたのだ』 留公『イエイエそれでも沢山なお声でした。年寄の声、若い者の声、鈴の様な綺麗な女の声も聞えましたがなア』 真浦『そら、そうだらう、沢山な神様が集まつて宣伝歌を合唱遊ばす事が始終あるからだ。そりやお前の神徳の頂け口だ、天耳通の開けかけだから安心して吾々の唱ふるお道へ這入るが宜からう』 留公『そんなら私を入信させて下さいますか』 真浦『アヽ宜しい宜しい、何卒入信して下さい』 留公『之は有難い、もう斯うなる上は百人力だ。オイ田吾作、お前も仲直りをした以上は、俺と同様に此方に従つて三五教を信仰しようぢやないか』 田吾作『ウンそうだ、さうなれば此村も天下泰平だ。毎日日にち血を見る残酷な行を強圧的にさせられる心配も要らず、定めて女子供が喜ぶ事だらう』 真浦『然し私がお前の宅へ出張すれば、友彦の宣伝使が随分妙な顔をするだらうなア』 留公『そりや致しませうとも、今迄は無鳥郷の蝙蝠気取りで随分威張つて居ましたが、上には上があるから何時迄も世は持ちきりにはなりますまい、之が良い切り替へ時でせう。サアサア世の立替立直しは之からだ、天の岩戸の開け口だ』 と雀躍し乍ら先に立ち二人を伴ひ吾家を指して帰り行く。 留公は矢庭に友彦の割拠せる離座敷に躍り入り、 留公『サア友彦、今日から一寸都合があるので此家を開けて貰ひ度いのだ。俺も今迄はバラモン教のお世話係をやつて来たが、お前さんから除名されてからは何時迄も此家を貸す訳にはゆかない。之から三五教の宣伝をしようとするのだから、未練残さずトツトと帰つてお呉れ』 友彦は怪訝な顔して、 友彦『オイ留公、そりや何を云ふのだ。貴様、初めに何と云つた、……私の家はお粗末乍ら一切神様にお供へします。……と大勢の前に立派に誓つたぢやないか』 留公『そりや誓ひました、否違ひました。然し神様に上げるも上げぬもない、世界中皆神様のものだ。仮令上げると云つた所でお前に上げたのぢやない、天地の元の大神様に奉つたものだから、何卒出て呉れやがれ』 友彦『左様な不都合な事を申すと神罰は立所に当るぞ、それでも宜いか、此友彦だつて天地の大神様、殊に大国別の神様の生宮だ、神様の生宮が神様の家に居るのだ、貴様の様な四足の容器とは違ふぞ、エヽ穢らはしい、トツト出てゆけ。左様な無体な事を申すと神様は兎も角として村中の信者が承知致すまいぞ』 と信者をバツクに落日の孤城を固守せむとする。 留公『何といつても、もう駄目だよ。零落ぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるると云つてな、除名された俺は村中の除外者になり、何処へ頼る所もなし、自暴自棄となつて田吾作の芋畑に駆込み、事の起りは此奴ぢやと芋の赤子を片端から踏み殺す最中に、一人で百人の声を出すと云ふ立派な三五教の宣伝使が其処に忽然として現はれ給ひ、此留公の頭を、膝に上つた猫でも撫でる様な調子で可愛がり、一の乾児にして下さつたのだ。サアサア早く出立致さぬと表に三五教の御大将が見張つて御座るぞ』 友彦『何、三五教の宣伝使が見張つて居るとな、大方武志の宮の神主の宅に去年の冬から潜伏して居た守彦と云ふ弱腰宣伝使だらう。バラモン教の友彦が威勢に恐れて今まで蟄伏して居た蛙の様な代物だ、そんな者が仮令千匹万匹やつて来たとて驚くものかい。万々一此場へ進んで来ようものなら、それこそ神界の御仕組の陥穽に真逆様に顛倒し生命を捨つるは目の当りだ。心配致すな、貴様も今日限り除名処分を取消すから安心せい』 留公『何を吐きやがるのだ、取消も何もあつたものかい、三五教の宣伝使は俺の詳細なる報告に依つて陥穽の箇所は全部承知して御座るのだ。さうして俺は案内役だから滅多に別条は無い、吾身の一大事が迫つて来て居るのにお前、人の疝気を頭痛に病む様な馬鹿な真似はなさいますなや。大きに御心配……有難う』 と長い舌を出し、両手を鳶が羽翼を拡げた様な風にして二三遍虚空を掻き、尻をニユツと突出して舞うて見せる。 友彦は祭壇の前に額き祈願の詞を奏上し、言霊戦を以て真浦の宣伝を撃退せむと、声張り上げて謡ひ初めたり。 友彦『常世の国を守ります大国彦の大神の 珍の御裔と現れませる大国別の大神は 仁慈無限の救世主常世の国より遥々と イホの国迄渡りまし霊主体従の御教を 開かむ為に霊幸ふ神に等しき鬼雲の 彦の命や鬼熊別や其他数多の神々を 豊葦原の中津国メソポタミヤの顕恩郷 果実豊な楽園に本拠を定めフサの国 ツキの国まで教線を拡め給ひて自転倒の 島に又もや下りまし大江の山を中心に 神の光を三岳山鬼をも拉ぐ鬼ケ城 伊吹の山まで開きまし世人を救ひ助けむと 心を尽し魂を錬り此世を乱す悪神の 神素盞嗚の枉津見が下に仕ふる悦子姫 鬼武彦や高倉や旭、月日の白狐等が 悪逆無道の振舞に時を得ずして本国へ 一先づ退却し給へど必ず捲土重来の 時こそ今に近づきてコーカス山やウブスナの 山に建つたる斎苑館黄金山はまだ愚 自転倒島の中心地世継王の山の辺傍 錦の宮を忽ちに手の掌翻す其如く 土崩瓦解は目の当り先の見えたる三五の 神の教は風前の灯火の如く日に月に 危険益々迫り行く実に憐れな其教義 それをも知らぬ守彦が天の使と名乗りつつ 図々しくもバラモンの神の使の友彦が 館を指して来るとは飛んで火に入る夏の虫 それに従ふ留公や田吾作野郎の蚯蚓きり 蛙もきれぬ分際で神徳高き友彦に 刃向ひ来るとは何事ぞ身の程知らぬも程がある 天が地となり地が天と変る此の世が来るとても 三五教に迷ふなよ霊主体従の此教義 誠一つの神界の深き経綸は三五の 浅き教ぢや分らない飯守彦の宣伝使 留公田吾作諸共に今から心を立直し バラモン教の神徳を受けて身魂を研き上げ 神世を来す神業に心を尽し身を尽し 天地に代る功績を千代万代に樹てよかし これ友彦が詐らぬ誠一つの言葉ぞや 言霊幸はふ世の中に善ぢや悪ぢやと何の事 朝日が照るとか曇るとか月が盈つとか虧くるとか 大地が泥に沈むとか世人欺くコケ嚇し そんな馬鹿げた言霊を之だけ開けた世の中の 人が如何して聞くものか馬鹿を尽すも程がある 一時も早く目を覚せ神の心は皆一つ 世界の氏子を助けむと大国別の御言もて 憂瀬に沈む民草を救はせ給ふ有難さ 一度は喰つて味はへよ喰はず嫌ひは仕様がない 苦けりや吐き出せ甘ければ遠慮は要らぬドシドシと 心ゆく迄喰ふがよい善の中にも悪がある 悪の中にも善がある三五教は表向 善と雖も内実は悪鬼悪魔の囈言ぞ バラモン教は表から眺めて見ても善である 裏から見ても亦善ぢや其内実は殊更に 善一筋で固めたる昔の元の神の道 斯んな結構な御教を調べもせずに一口に 悪の雅号で葬りて此世を潰さうと企む奴 憎さも憎い三五教一時も早く留公よ 飯守彦と云ふ奴の甘い言葉にのせられて お尻の毛迄抜かれなよ憐れみ深い友彦が 真心籠めて気をつける大国別の神様よ 彼等が心に生命を与えて再びバラモンの 神の教に救ひませあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐ませよ』 と口から出任せに汗をブルブル流し乍ら呶鳴り立てて居る。留公は此歌を聞いて躍起となり、 留公『オイ、バラモン教の御大将、随分立派な言霊だのう。雲烟模糊として捕捉すべからず、支離滅裂、聞くに堪へざる亡国の悲歌、そんな事を囀ると天地が暗くなつて仕舞ふ哩。サア之から此留公が十一七番の宣伝歌を謡つてやらう、耳を浚へて謹聴せい』 と長々と前置してエヘンと一つ咳払ひ、鷹が翼を拡げた様な手付で腰を屈め足を踏ん張り、右や左へ身体を揺ぶり乍ら奇声怪音を放つて揺ひ出した。 留公『此処は名に負ふ秘密郷四面深山に包まれて 中を流るる宇都の川流れも清く澄み渡る 武志の宮の御住家大江の山を破壊されて 逃げて出て来たバラモンの言霊濁るども彦が 鳥なき里の蝙蝠か蛇なき里の青蛙 威張散らして村人を何ぢやかんぢやとチヨロまかし 霊主体従を標榜し利己一片の強欲心 最極端に発揮して宇都山村の婆、嬶を 有難涙に咽ばせつ遂に進んで吾々も 慣用手段の口の先一寸うまうま乗つて見た さはさり乍らつくづくと胸に手を当て真夜中に 臥せりもやらず窺へば表面を包む金鍍金 愈色は剥げかけた時しもあれや三五の 誠一つの宣伝使天の使の守彦が 雲路を分けて下りまし武志の宮の御前に 現はれました雪の道雪より清い神心 松鷹彦の住む家に去年の冬から出でまして 世界の立替立直し天地百の神等を 宇都の川辺に呼び集め神徳茲に備はつて バラモン教の枉神を言向け和し如何しても 往生致さな是非はない神の定めの根の国や も一つ違うたら底の国万劫末代上れない 根底の底のまだ底の真黒暗のドン底へ 落してやらうかこりや如何ぢや此世でさへも限りがある 早く心をきり替へて瓦落多教に暇呉れて 誠の神の開きたる三五教に帰順せよ 俺も長らく友彦を師匠と仰いで来た誼 別れに際して親切に誠心で気をつける 気をつけられた其中に聞かねば後は知らぬぞよ 神の心を取り違へ留公さまの真心を 無にするならばするがよい皆お前の身の上に かかつて来ること許り俺はもう早や三五の 神の教に帰順したバラモン教に用は無い とは言ふものの人は皆同じ御神の分霊 世界同胞の誼もて一度は忠告仕る 早く改心して呉れよ決して俺に損得の 一つも関はる事ぢやないみんなお前が可愛から お前が改心するなれば宇都山村の神村も 天下泰平無事安穏五穀成就目のあたり 改心せなけりや是非も無い留の腕には骨がある 天地の神になり代り貴様の雁首引き抜こか 眼玉を抜こか舌抜こか地獄の鬼ぢやなけれども 止むに止まれぬ大和魂とめてとまらぬ留公が 思ひ詰めたる善の道道に迷うた里人を 助けにやならぬ此場合先づ第一に友彦が 改心すれば三五の神の司と手を引いて 元は一つの神の道腹を合して仲好くし お道を開く気はないか早く薫しい返事せよ 返事がなければ是非が無い芋の赤子を潰す様に 片つ端から踏みにじり鬼の餌食にしてやろか サアサア早うサア早うお返事なされよ三五の 誠一つの宣伝使言霊戦を開いたら とても敵はぬ尻に帆を掛けて走らにやなるまいぞ そんな見つとも無い事をするより早く我を折つて 改心なされ改心をすれば忽ち其日から 喜び勇んで神界の御用が屹度出来ますぞ 三五教が善なるか又悪なるか俺や知らぬ 俺の感じた動機こそ不言実行の誠のみ バラモン教は善の道善ぢや善ぢやと謡へども 言心行が一致せぬ一致を欠いだ御教は 半善半悪雑種教斯んな教が世の中に 若しも拡まるものならば世界の人は悉く みんな不具者になつて仕舞ふ生血に飢ゑたる枉神の 醜の企みと知らないかお前も天地の御徳にて 生れ出でたる神の宮悪魔の巣ふ破れ屋と なつて天地の神々に如何して言訳立つものか 早く改心してお呉れ留公さまが一生の 誠尽しのお願ぢや之程誠で頼むのに 首を左右に振るならばもう是非なしと諦めて 直接行動にとりかかる返答聞かせ友彦よ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともお前一人は如何しても 改心させねば措かないぞあゝ惟神々々 御霊幸はひ坐しまして頑固一途の友彦が 心を照させ給へかし身魂を光らせ給へかし』 と敵やら味方やら訳の分らぬ歌を謡ひ首をすくめ、糞垂れ腰になつて、左右の手を胸の四辺にかまきりがすくんだ様な手付し、ピリピリ慄ひ乍ら左右の足を一所にキチンと合せ待つて居る。その可笑しさに友彦も、跟いて来た田吾作も、思はず声を上げて笑ひ転けたり。 (大正一一・五・一二旧四・一六北村隆光録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 04 六六六 | 第四章六六六〔六六六〕 鬼も十八、番茶も出花、蛇も廿なる巻物語、六六六の節に当つて少しく季節は早けれど、蚊蜻蛉然たる細長き、加藤如来に筆執らせ、横に臥しつつ瑞月が、古今を混同したる夢物語、ハートに浪もウツ山の、里に割拠せし、バラモン教の宣伝使、言霊濁るども彦が、天の真浦の言霊に、当りて逃出す一条、天井の棧を読みながら、布団を尻に敷島の煙と共に雲煙朦朧、捉まへ所のなき泣き述ぶるドモ彦物語、嗚呼惟神々々、辷る言霊口車、いやいやながら乗つて行く。 田吾作は鍬を杖につき、煮染めたやうな垢ついた手拭で頬被りをし乍ら、留公の側にツと寄り添ひ、石原を石油の空缶でも引ずり廻したやうなガラガラ声を振り上げて、お交際的に支離滅裂なる友彦征服歌を謡ひ始めたり。 田吾作『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 宇都山村の里人は朝な夕なに鍬担げ 婆も娘も野良仕事いそしみ励む其中へ どこから降つて出て来たか規律を乱すバラモンの 偽善一途の神柱おん友彦がやつて来て イの一番に留公を言向け和し次ぎにお春の若後家が 現を抜かした其日より二十余軒の里人は 野良の仕事も打忘れ朝から晩までバラモンの 訳も分らぬ経を読み随喜の涙流しつつ 今年で恰度満三年田畑は毎年荒れて行く こんな事ではどうなろと道に迷うた里人に ド偏屈よと笑はれつ麦を蒔つけ豆を植ゑ 芋の赤子を朝夕に肥料を与へて育みつ 其成人を楽みに朝から晩まで汗をかき 作る畑へ留公が三五教の守彦の 生言霊に怖ぢ恐れ野路を外して我畑に 踏み込み赤子を無残にも躙り殺してしもた故 俺もチツとは腹が立ち留公が宅へやつて来て 強談判と出て見れば留公の奴の言ひ草が どしても俺の腑に落ちぬ女国有の説もある 此世の中に芋にせよ赤子を踏まれて堪らうか 旧の通りにしてかやせバラモン教の御教は 天の恵を無残にも損ひ破つて良いものか 返答聞かむと詰め寄れば此留公は面をあげ 頻りに冷笑浮かべつつサンガー夫人がやつて来て 産児の制限までもする八釜し説を吐く時に 芋の赤子の二十三十潰してやるのは国の為 世人の為ぢやと逆理屈流石の俺も堪り兼ね 携へ持つた鍬の先留公の頭を的として 骨も砕けと打下ろす忽ち留公身をかはし 逃げる機みに三五の神の教の宣伝使 守彦さまが足の指思ひがけなく切り落し ビツクリ仰天地に這うて無礼を謝すれば守彦の 仁慈無限の真人は顔に笑をば湛へつつ 罪を赦して下さつたあゝ有難し有難し バラモン教の友彦が指であつたら何とせう 摺つた揉んだと苛められ忽ち衣を剥ぎ取られ 鳥もとまらぬ茨畔剣の橋や火渡りや 水底潜り荒行を五日十日と強ひられて 生命の程も計られぬ之を思へば三五の 神の教の尊さが心の底に浸み込んで 喜び勇んで入信の手続き終へた田吾作は 最早バラモン教でないサア友彦よ友彦よ 最早汝が運の尽き一日も早く改心の 実を示すかさもなくば大江の山の鬼雲彦が 館を指して帰り行けお前の様な悪神が 鳥なき里の蝙蝠と羽振りを利かしたシーズンは 昔の夢となつたぞよ田吾作ぢやとて馬鹿にすな 俺も天地の分霊仮令養子の身なりとて 家を嗣いだら主人ぢやぞ貴様は口に蜜含み 尻に剣持つ土蜂の女房子供に至るまで うまく騙してくれた故村中の内輪ゴテゴテと 宗旨争ひ絶間なくイカイ迷惑かけよつた さはさり乍ら今となり理屈を言ふは野暮なれど 腹の虫奴がをさまらぬ一日も早く兜脱ぎ 鉾逆様に旗捲いて降参するなら田吾作が 日頃の恨み解けようが何時まで渋とう威張るなら 堪忍袋の緒を切つて蛙飛ばしの蚯蚓切り どん百姓と云はれたる此田吾作が承知せぬ 返答聞かせ早聞かせ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞き直せ宣り直せよと皇神の 尊き教は聞きつれど何うしてこれが忘られよか 俺等一人の難儀でない宇都山村は云ふも更 ひいて世界の大難儀今の間に悪神の 根を断ち切つて葉を枯らし昔の元の秘密郷 宇都山村を立直し武志の宮の御前に お礼参りをせにやならぬさあ友彦よ友彦よ 早く改心致さぬか朝な夕なに清新の 同じ空気を吸うた俺お前の難儀を目のあたり 見逃す訳にも行きませぬ三五教の宣伝使 天の真浦が言霊を発射なさらぬ其間に 早く去就を決せよやお前の行末案じての 我忠告を馬鹿にして聞いてくれねば止むを得ず 神の御心に任すよりもはや仕方がない程に あゝ惟神々々御霊幸倍ましまして 道に迷ひし友彦が心を照らさせ給へかし 御魂を研かせ給へかしあゝ惟神々々 御霊幸倍ましませよ』 と揺ひ終つて、頬被をはづし、顔の汗を拭ひ鍬を担げて表へ飛び出した。友彦は閻魔大王が年末の会計検査をするやうな面構へで、口をへの字に結び、ビリビリと地震の神の神憑りをやつて居る。 真浦『天地を造り固めたる国治立の大神の 大御神命を畏みて豊国姫の分霊 ミロクの御代に大八洲彦神の命や大足彦の 教を開く宣伝使開くる御代も弘子彦の 神の命の生御霊宇宙万有統べ守る 七十五声の神の教言霊別の伊都能売の 神は尊き神界の大経綸を果さむと 天教山に現れませる木花姫や烏羽玉の 闇世を晴らす日の神の霊より現れし日の出神 神素盞嗚大神の瑞の御霊と諸共に 珍の聖地のヱルサレムコーカス山やウブスナの 御山続きの斎苑の山エデンの園を始めとし 自転倒島の中心地桶伏山の山麓に 大宮柱太しりて仕へ奉りし神の宮 伊都の仕組も三千歳の花咲く春に相生の 玉照彦や玉照姫の珍の命と現はれて 埴安彦の開きたる三五教を立直し 瑞の御霊に反抗ひしウラナイ教の神司 高姫黒姫松姫が心の底より悔悟して 神の御伴に馳参じ教を四方に伝へ行く 言霊天地に鳴り渡り太平洋を控へたる 大台ケ原の山麓に産声揚げし守彦が 霊夢に感じて杣人の業務棄てて照妙の 綾の高天に馳登り百日百夜の行を終へ 言依別の大神に差許されし宣伝使 雪踏み分けて人の尾の山の麓に来て見れば 忽ち雪の槍ぶすま進みもならず退くも 心に任せぬ雪の宵忽ち聞ゆる足音に 何物ならむと佇めば限り知られぬ黒影は 人か獣か曲神か但しは敵の襲来かと 雪に埋もり窺へば幽かに瞬く火の光 力の綱と近寄れば半ば破れし門の戸を サツと開いて出来る雲突く許りの荒男 お這入りなされと親切に顔に似気なき御挨拶 薄き氷を踏む心地進退ここに谷まりて 神のまにまに入り見れば又もや一人の荒男 囲炉裏の側に安坐かき厭らし眼付で睨めまはす あゝ山賊の棲み家かと怪しむ折しも向ふより 名乗り出でたる三五の神の教の宣伝使 秋彦駒彦両人と判つた時の嬉しさは 常世の春に会ふ心地明くるを待ちて三人は 人の尾峠の雪をふみこけつ転びつ浮木の里 武志の宮の御前に到りて祝詞を奏上し 暫し休らふ時もあれ杖を力に登り来る 白髪異様の老人は武志の宮の神司 松鷹彦の神参詣翁の後に従ひて 五尺有余も積りたる雪に半身没しつつ 見上ぐる許りの断崖にかかる折しも秋彦や 心のはやる駒彦が油断を見すまし我体 力限りに突きつれば空中滑走の離れ業 雪積む崖下に着陸し神の試錬と喜びて 感謝祈願をこらす折秋彦駒彦両人は 口を揃へて語るやう人の尾峠の山麓で 六十五点与へたり又もや此処に我々が 検定委員と現はれて汝が身魂試験せり いよいよ立派な宣伝使三十五点を与ふれば 天下晴れての神使御祝ひ申すと言ひ乍ら 姿は消えて白雪の足音さへもかくれ行く 鵞毛と降り来る白雪を冒して川辺の一つ家に 辿りて見ればこは如何に松鷹彦の老夫婦 囲炉裏の前に端坐して渋茶を啜る真最中 居ること此処に三四日翁は川に網を持ち 小魚を掬ひ守彦に饗応せむと出でて行く 忽ちバサンと水煙り驚き駆け付け救はむと 到りて見れば老人は川辺の柳に取り付いて ニコニコ笑ひ上り来る我れは忽ち駆せ帰り 不言実行の着替へ持ち再び川辺に駆せ付けて 翁に渡し濡れ衣絞りて伏屋に立帰る 老人夫婦は喜びて朝な夕なに神の教 問ひつ問はれつ語り合ひ雪積む春を明けの春 梅さへ散りて麦の穂の筆を含みし弥生空 バラモン教の友彦が使と称して入り来る 留公始め五人連れ門の戸口に顔を出し 爺さん婆さんに打ち向ひ何かヒソビソ語り合ふ 様子怪しと戸の破れ垣間見れば五人連 形勢不穏と見えしより始めて開く言霊の 車を押せば忽ちに踵を返して逃げて行く あゝ惟神々々御霊の幸を目のあたり 眺めて神の大御稜威うまらに委曲に讃へつつ そつと此家を脱け出でて豆麦茂る田圃路 進み来れる折柄に先に来りし留公が 一人の男と何事か芋の畑にいがみ合ふ おつとり鍬を振あげて芋の畑の赤ん坊を 踏んだ踏まぬと心まで捩鉢巻の大喧嘩 仲裁せむと立ち寄りて折を伺ふ一刹那 力限りに田吾作が打下したる鍬の尖 留公ヒラリと身をかはし勢余つて吾足に 力限りにかぶりつき小指を一本喰ひちぎる 周章ふためき手を延ばし親と頼みし小指をば ついで直せば裏表それより忽ち田吾作は 留公さんと手を握り平和談判締結し 目出度く進み来て見れば神の教の友彦が 悠々然と構へつつ天地に響く宣伝歌 耳をすまして聞くからにどことはなしに善悪の 差別も分かぬ言霊戦善悪正邪の判断に 苦み佇む時もあれ留公さんが進み出で 俺の腕には骨がある早返答と詰めかくる 其スタイルの可笑しさに済まぬ事とは知り乍ら 思はず知らず噴き出だす続いて進む田吾作が 心をこめた宣伝歌何れ劣らぬ花紅葉 実りはせねど紅葉の上に閃くプロペラの 右と左に別れたる支離滅裂の大虚空 空翔つ様な宣り言にバラモン教の宣伝使 神の教の友彦が不意を喰つた怪訝顔 館をめぐる陥穽これぞ金城鉄壁と 頼みし甲斐も荒男の子二人の男と友彦の 仲には深い陥穽の近寄り難い深溝が 忽ち茲に穿たれたあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして皇大神の御恵みの 深き尊き事の由友彦司の胸の奥 早く照らさせ玉へかし月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも天の真浦が真心は 救ひまつらにや置くべきか元は天地の分霊 三五教もバラモンも仕ふる人は神の御子 一日も早く御心を直させ玉へ神司 天の真浦が真心を茲に披陳し奉る あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや友彦は此声に驚いてか、忽ち裏門より韋駄天走りに駆出し、川にザンブと飛び込み、対岸指して流れ渡りに打渡り老木の茂みに姿を没したり。桜を散らす山嵐、川の面を撫でて、魚鱗の波を描いて居る。茲に真浦は留公、田吾作を始め、数多の里人に歓迎され、武志の宮に寄り集ひて、一同感謝祈願を奏上し、次いで暫く松鷹彦が茅屋に足を留むる事となりける。 ○ 四方の山辺は新緑の衣着飾る初夏の風 釈迦の生れた卯の月の空晴れ渡る後の夜の 寒さに震ふ月の下窓引あけて眺むれば 新井すました如衣宝珠頂き照らす山の上新井如衣 郁太の山の高し郎に光も強く照り渡る山上郁太郎 和知の流れは淙々と波音高く自から 天津祝詞を奏上し山川草木一時に 天地自然のダンスをば春の名残と舞ひ暮す 山と山との谷村に真の友の寄り合ひて谷村真友 二十の巻の物語六六六の節までやうやうに 述べつ記して北村の筆の剣も隆光る北村隆光 出口の王仁が口車横に押すのを松村氏出口王仁三郎 心も真澄の大御空外山の頂き晴れ渡る松村真澄 豊かな春二教子が六六夜も寝ねもせで外山豊二 六六六の物語加藤結んだ松の心加藤明子 一度に開く梅が香の香りゆかしく説き明かす 時しもあれや汽車の音本宮山の麓をば 矢を射る如く辷り行く一潟千里の勢に 火車の車は走れども余り日永に草臥れて 辷りあぐみし口車いよいよここに留めおく あゝ惟神々々御霊幸はひ玉へかし。 (大正一一・五・一二旧四・一六加藤明子録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 06 梅花の痣 | 第六章梅花の痣〔六六八〕 松鷹彦は今迄飯よりも好きであつた漁を断念し、武志の宮の社務所に居を転じ、宗彦、お勝の両人と共に朝夕神に仕へ、且三五教の教理を細々乍ら伝へてゐた。田吾作、お春の両人は御宮の参拝を兼ね、爺さんの話を聴く可く立寄つた。 田吾作『お爺さま、お前さまも此頃は大分に村中の評判が善くなつたぞい。朝は早うから御祝詞の声が聞えるお蔭で、村中が無病息災で全く松鷹彦様のお蔭だと言うてゐますぞや。尚宗彦さま、お勝さまの評判も仲々よろしい。併し村の者の話には、お前さまが此処へ来て神主になられてから、随分年も経つたが、お竹さまは亡くなり、後には女房子の無い一人のやもを暮し、本当に御気の毒だ。一層の事宗彦さまとお勝さまを子に貰つて、後を継がしたら如何だらうかとチヨイチヨイ村人の話頭に上りかけましたよ』 松鷹彦『私は最早三五教へ這入つてから、今迄の執着心をすつかりと除つて了ひ、幽界の結構なことも悟つたのだから、後継を貰つて心配をするよりも一層一人で余生を送る方が何程気楽だか知れやしない。此やうな老耄れた爺の子になつて呉れる者は恐らく広い世界にありますまい。私が亡くなつた時は滅多に捨てて置きはせまい。村人の情で何処かへ葬つてくれるだらう。それよりも幽界に行つて姿と一緒に暮す方が、現世に執着心が残らなくてよい』 お春『お爺さま、そりやそうだがお前さまがもしも病気になつた時には、矢張り世話をして呉れるものがないぢやないか。何程村のものだつてさうお前さまの病気に付添うて看病する訳にも行くまい。野良の暇の時ならば兎も角も、田植の最中や、稲刈りの最中に患ひでもなさつたら、それこそ仕方がありますまい。なんとか後継をこしらへて置きなさい』 松鷹彦『イヤもう藁の上から育てた子供なれば、なんとか無理を言つて介抱もして貰へるだらうが、俄に貰つた息子に対して、さうヅケヅケと言へるものでもなしに、却て遠慮をせなくちやならない様なものだから、もう何卒それだけは勧めて下さるな』 田吾作『お前さま、子は無かつたのかい』 松鷹彦『私は元は紀の国で生れたものだが、素盞嗚尊様が高天原を神追ひに追はれて遠い国へ御出ましになつた其時に、世の中は一旦は常暗の夜になつた事がある。其の時だつた、悪魔が横行して男二人、女一人の三人の子供を何者にか攫はれて了ひ、女房と二人が泣きの涙で、十五六年前に此処へ出て来て村人の情に依つて、此の宮守をさして貰ひ余生を送つて居るのだ。アーア我が子は如何なつたであらう。今迄は女房や子の事は好きな漁に心を紛らして忘れてゐたが、こんな話が出ると又思ひ出す』 と涙含む。宗彦は、 宗彦『モシお爺さま、貴方は今紀の国のものだと仰有いましたな。一体何の辺でございます』 松鷹彦『私は熊野の生れだ』 宗彦『ハテ不思議なことを承はります。私も実の所両親がわからず、他人から熊野辺の生れだと子供の時分に聞いたことがあります。私は大台ケ原の山奥の巌窟に悪神に攫へられて、長らく閉ぢこめられて居りました。其処へ立派な神様が現はれて、「お前はこれから浪速の里へ往て苦労せよ。一人前になつたら世界を順礼せい」と仰有いました。それを未だに夢のやうに覚えて居ります。さうして私も兄弟が三人あつたさうです。何処へ行つても親もなければ兄弟もない者は、誰も可愛がつては呉れず、漸く成人して牛馬にも踏まれないやうになつた頃から、徐々酒を呑み、そこら辺りへ養子にも幾度か行つて見、又家も持つて見ましたが、何分子供の時分から乞食のやうに、其処中を彷徨うて育つて来たものですから、家を持つの、養子に往くのと云ふことは窮屈でツイ飛び出し、自棄酒を呑んで女房に心配をかけ、沢山の女房を先立たしました。或人に聞けば私は丙午の年に生れたとかで、女に祟る身魂ぢやさうです。私も今は斯うして若いが、子が出来ないのでお爺さまのことを思ふにつけ、先が案じられてなりませぬ』 松鷹彦『お前さま、腋の下に梅の花のやうな痣がありはせぬかなア』 宗彦『そりや又貴老は何うして御存じですか』 松鷹彦『イヤ私の子供は男の方は二人とも梅の花の痣が付いて居る。兄は左の腋の下、弟の方は右の腋の下にハツキリと出てゐた筈ぢや。それを頼りに夫婦連れ、四五年が間探して見たが、人を捉まへて一々裸体になつて腋を見せて呉れと言ふ訳にも行かず、夏になると海水浴場へ往つて、わが子の年輩位な人の腋の下を一々調べて見たが、何を言つても見え難いところ、温泉へ行つても見当らず、これ位心配したことは無い』 と又俯向く。 宗彦『お爺さま、私の右の腋の下に何だか花のやうな型がありますが、一寸見て下さらぬか』 松鷹彦はビクリツと身を自然的にしやくり乍ら、 松鷹彦『ドレドレ一寸見せて下さい。アーアほんにほんに擬ふ方なき梅の花の痣、五弁の梅が上の方は少し欠けて居つたが、矢張り欠けて居る。さうするとお前は竹と云ふ男ぢやなかつたか』 宗彦『ハイ子供の時は竹と云ひました。バラモン教から宗彦といふ名を貰つたのです』 田吾作は二人の顔を見較べて見て、 田吾作『お爺さま、頭の恰好と云ひ、小鼻のつんもりとした辺から耳の塩梅、よく似てをるぢやないか。ヒヨツとしたらお前さまの子ぢやあるまいかな』 松鷹彦『擬ふ方ない私の息子だ。アーこれ宗彦、ようマア無事で居つて呉れた。これと云ふのも矢張り神様の御神徳だなア』 と泣き伏す。 宗彦『お父さまでございましたか、存ぜぬこととて御無礼を申しました。どうぞ許して下さいませ』 と宗彦は、カツパと伏して嬉し泣きに声を上げて泣く。お勝は手を組み思案に暮れ乍ら、松鷹彦を抱き起し、 お勝『モシモシお爺さま、貴老、一人の息女があつたと仰有いましたなア、其の息女さまには何か特徴は有りませぬか』 松鷹彦は声をかすめて、 松鷹彦『息女の特徴と云ふのは、臍の上に三角形なりに黒子が行儀よく出来て居たやうに覚えて居る。アーア一人の伜に廻り合つて嬉しいが、兄の松や、お梅は何処の何処に暮して居るであらうか。一つ叶へば又一つ、折角除れた執着心が再発して来た、ほんに苦しい浮世だなア』 と打沈む。お勝の胸にグツとこたへたのは臍の上の三角形の黒子、宗彦と夫婦になつて暮して来た関係上、名乗りもならず、一人胸を痛めてゐる。 松鷹彦『妙なことを訊ねるが私の心のせいか、何となくお前が恋しいやうな気がしてならぬのだ。竹に何処ともなしに似たやうな所もあり、女房のお竹にも何処か似て居るやうだが、若しや私の息女ではあるまいか』 お勝は口ごもり乍ら、 お勝『私も親も兄弟もあつたさうですが、行方は今にわかりませぬ。併し乍ら今貴老の仰有る黒子はありませぬ』 松鷹彦『アーさうかな、それは幸ひだつた。万一娘だとすれば血族結婚になり、天則違反で神様に罪せられるから、可愛さうだがマア兄妹でなくて結構だつた』 お勝『兄妹の結婚はそれ程罪が重いのですか。併し乍ら万一知らずに結婚をしたら、それは如何なります?』 松鷹彦『サア、それは何とも私にはわからない。余り例の無い事だから、この年になつても聞いたこともなし、三五教の真浦さまにも教へて貰つたこともないのだから』 宗彦『知らぬ神に祟りなしと云ふぢやありませんか。万一世間にそんな夫婦があるとしても、慈悲深い神様は屹度赦して下さいませう』 お勝は両の袂を顔に当て、身を悶えて泣いて居る。 田吾作『コレコレお勝殿、結構な父子の対面にお前さまが泣くと云ふことがあるものか、ハー羨りいのだなア。宗彦さまは焦れて居つたお父さまに会うて嬉しからうが、私は何時になつたら会へるだらうと思ひ出して泣くのだな。マヽヽ何事も神様に任して時節を待ちなさい。屹度信心の徳に依つてお父さまや、お母さまが現世にござつたら、会はして下さるでせう』 お勝『ハイ有難うございます。よう云つて下さいました。折角親子の……イエイエ親と子と御対面なさつて喜んでゐられるのを御喜びもせず涙を零して見せました。誠に済まぬことでございます。何卒お父様否宗彦さまのお父様、どうぞ私も子の様に思うて可愛がつて下さいませ。これからは打つて変つて親のやうに思つて孝行致します』 松鷹彦『アヽよう言うて下さつた。私も他人のやうには、どうしても思へない。親子も同然互に親切を尽し合うて神様の御用を致しませう』 三人は嬉し涙に暮れて、暫時無言の儘沈黙の幕が下りた。春の日は晃々として武志の森の千年杉の梢にかかつてゐる。烏は卵を孵化し、雌雄互に飛び交ひ、餌を漁つて子烏に与へてゐる。子烏は黄色い口を裂ける程開けてゐる。 田吾作は性来の慌者、 田吾作『ヤア爺さま、宗さま、親子の対面御芽出度う。ドーレこれから帰つて御祝ひでも持つて来ませう。オイお春さま、お前も何か祝はにやなるまい。さア帰らう』 松鷹彦『モシモシ田吾作さま、お春さま、どうぞ暫らく村の人に言うて下さるな。又騒がせると気の毒だから』 田吾作『何を爺さま仰有るのだ。地異天変、手の舞ひ脚の踏む所を知らざる大観喜天様の御来迎、これが黙つて居られますか。サアお春さま、早く早く』 と促し、爺の呼び留るのも聞かばこそ、捻鉢巻をグツと締め、尻ひん捲り、我家を指して馳帰る。 松鷹彦『アーア親切な男だ。ようちよかつく人だが、併し彼れ位心のキレイな方はない、アー見えても心は確りして居る。村中の賞めものだ。どうぞ好い嫁さまをお世話して上げたいものだ』 一方田吾作は何よりも早く留公が離家に居る真浦の宣伝使に報告せむとし、 田吾作『大変大変』 と道々呼ばはり乍ら、近所に火事でも起つた様な周章方で走つて来た。留公は鍬を担げて門口へ出ようとするところであつた。 田吾作は、 田吾作『オイ留公、貴様は鍬を担げて何処へゆくのだ。大変だ、地異天変だ、欣喜雀躍手の舞ひ、脚の踏む所を知らぬ大事件が突発した。サアサア早く貴様も用意をせぬかい、何をグツグツしてゐるのだ、野良仕事位は休んでも好い。天変だ天変だ』 と地団太ふんで踊り廻る。 留公『貴様さう云つたつて理由も言はずに解らぬぢやないか。一体なんだい』 田吾作『なんだつて解つとるぢやないか。芽出度いことだ。タヽヽ大変だ。早く宣伝使の真浦さまに取次で呉れ』 留公『そら取次がぬ事は無いが、ちつと落ちつかぬかい。詳細に報告せなくては事件の真相どころか、端緒も探れぬぢやないか』 田吾作『エー邪魔臭い、愚図々々して居ると喜びが何処かへ消滅して了ふと大変だ。邪魔ひろぐな』 と無理矢理に真浦の居間に走り込んだ。 真浦『田吾作さま、大変な勢ひで何事が起つたのだ』 田吾作『何事が起つたもあるものか。梅ぢや梅ぢや、梅の花ぢや』 真浦『梅だと云つたつて解らぬぢやないか。梅が必要なら裏に沢山なつてゐる。トツトとむしつてゆかつしやれ』 田吾作『そんな事どころか。梅と云つたら梅ぢやな。合点の行かぬ宣伝使だな。親子の対面だ』 斯かる処へ留公は跡を追つて走り来り、 留公『オイ田吾作、貴様は気が違ひ居つたのか。チト確りせぬかい』 と背中を握り拳で二つ三つ叩いた。 田吾作『アイタヽヽ、腕が抜けるやうな目に会はせやがつた。オーそれそれかひなぢや、かひなぢやかひなぢや』 と腋を左の食指で頻りに指し示す。 真浦『腕が何うしたと云ふのだい』 田吾作『腕に梅の花が咲いたのだ。五弁の上の奴がちよつと欠けて居る。それで親子の対面だ。武志の森の社務所で腕に咲いた梅の花、三千世界一度に開く梅の花のやうな喜悦だ』 真浦『とんと合点が行かぬ哩。田吾さま、もうチツト落ちついて云つて下さい』 田吾作『他人の乃公まで、あまり嬉しうて、これが何うして落ちつけよう。梅ぢや梅ぢや。武志の森まで往つて見りや解る』 真浦『益々解らぬことを云ふぢやないか』 と訝かし相に首を傾ける。其処へお春が遅れ馳せにやつて来た。 お春『モシモシ大変な喜びが出来ました。田吾作さまに大体のことは、御聴きでせうから私が申上げるものも二重ですが、本当に結構でございますよ。松鷹彦のお爺さまも到頭親子の対面をなさいました』 真浦『何ツ、お爺さまが親子の対面、して其子と云ふのは誰のことだな』 お春『彼の此間行者になつて出て来た宗彦さまが、お爺さまの子だつた相です。右の腋の下に梅の花の痣があつたので、それで親子と云ふことに気が付いたのです。彼の方は紀の国の生れで、名前は竹さまとか云つたさうです。さうしてまだ松さまといふ兄があり、お梅さまといふ妹があるさうです。それは未だ分りませぬ。併し乍らお爺さまは竹さまに会つたので大変な御喜び、どうぞ貴方も早く武志の森迄いつて神様に御礼を申して下さい。村中明日は総休みをして御祝ひをせなくてはなりませぬから』 真浦『何ツ、三人兄妹、さうして竹と云ふのが彼の男か』 田吾作『オーさうぢやさうぢや、なにを愚図々々して居るのだ。早くいきなさらぬか。お春さま女だてら構はひでも好いワ。早く帰つて御馳走の用意をせないか』 お春は『ハイ』と答へて足早に立ち去つた。真浦は手を組み、 真浦『ハテナ』 と云つたきり、深き思案に沈むものの如くである。 田吾作『ハテナもあつたものかい。サアサア御輿を上げたり上げたり。お前さまは斯んな芽出度いことが何とも無いのか。何を愚図々々してゐるのだ。それだから私に鍬の尖で指を斬られるやうな事が出来るのだ。サア早う早ういつてお呉れなさい』 真浦は何故か太き息を吐き、無言の儘うつむいて頻りに考へてゐる。 田吾作『オー今思ひ出した。此間お前さまが禊身の時に私がチラと見ておいた、お前さまの腋の下に梅の痣がありましたなア。それならひよつとしたら爺さまの子で松と云ふ男かも知れはしない。何うだい、違ひはありますまいがな』 真浦『コレコレ田吾作さま、滅多な事を云つて下さるな。梅の紋の痣のあるものは、広い世界には沢山あるだらう。さう軽率に云つて貰つては困るからなア』 田吾作『なに化物のやうに人間の身体に、梅の花の咲いた奴が、さう沢山あつてたまりますかい。うめい言ひ訳をしなさるな。ドーレ一つこれから爺さまの所へトツ走つて注進だ。ヤア天変だ、天変だ』 と駆出す。 真浦『コレコレ留さま、一寸田吾作さまを捉まへて下さいな』 留公は、 留公『合点だ』 と田吾作の後を追ひ駆る。田吾作は一生懸命走り出す。踏み外して崖下の麦畑へ顛落し、 田吾作『アーアやつぱり地異天変だ。麦一升な目に会つたものだ。オイ留公、この報告は俺が承はつたのだ、先へいつて喜ばしやがると承知せぬぞ』 留公『貴様の言ふことは何が何だか、薩張解らせんワ。俺ん所の麦畑をワヤにしやがつて何うして呉れるのだい』 田吾作『何うも斯うもあつたものかい。麦の一升や二升ワヤになつたつて、此の喜びに替へられるものか。親子の人に寄附したと思へば済むのだ。此の場合になつて吝嗇くさいことを言ふな』 留公は又もや両手を組んで、 留公『ハテナ』 と思案に暮れてゐる。松鷹彦は二人に留守を命じ置き、あかざの杖をつき田吾作の後を追うてヒヨロヒヨロと此処までやつて来た。 留公『ヤア貴方は宮のお爺さま』 松鷹彦『お前は留さまぢやないか。斯んな路傍に何心配さうにして立つてござるのだ』 留公『別に心配も何もありませぬが、田吾作の奴俄に発狂し居つて、これ此通り此の高土手から顛落し、訳のわからぬ事を言つてます』 爺さんは恐相に崖下をソツと覗いた。高所から落ちて腰を痛め、脚の蝶番を破損した田吾作は、爺の顔を見るより、 田吾作『ヨーお爺さま、大変大変、左の腋下にモ一つの梅の花が咲いた』 松鷹彦『それは何処に咲いたのだな』 田吾作『何処にも彼処にも咲いて咲いて咲き乱れて居る。真浦ぢや真浦ぢや、真浦の左の腋下に梅の花の痣があるのだよ。的切りお前の伜の松さまに間違ひなからう。いつて来なさい。私はお前に報告のため、駄賃取らずの飛脚さまで今日一日は、お前のために社会奉仕をするのだよ』 松鷹彦『それはマア妙なことを聞くが実際そんなことがあるのかい。嘘ぢやあるまいなア』 田吾作『嘘を云つた所で一文の徳にもなりはせぬ。早く帰つて親子対面の用意をしなさい。オイ留公、真浦さまを宮の社務所まで引張つて来るのだよ』 と身体の痛みも忘れて、一生懸命に叫んでゐる。松鷹彦は半信半疑乍らも、何か心に期する所あるものの如く、覚束なき足も欣々と軽げに元来し道へ踵を返した。 留公は田吾作を助けむと、少しく迂回して側に近付き、 留公『オイ田吾作、しつかりせぬか、口ばつかり噪やぎ居つて、腰がチツとも立たぬぢやないか』 田吾作『あまり嬉しくて嬉し腰が抜け居つたのだい』 留公『サア、俺が負うてやるから俺の背中に喰ひつくのだ』 田吾作『俺を負ふ人があるのだ。それ迄待つてゐるのだよ。大きに憚りさま』 留公『負惜みの強い奴だな。俺が親切に負うてやらうと言ふのに、何故負はれぬのか』 田吾作『かうして此処に平太つて居れば、屹度通る人があるのだよ。カヽヽエー矢張構うてくれな。何事も惟神に任すのだ』 留公『ハハア、カヽヽと云ひやがつて、大方お勝さまに負うて貰はうと思つてゐるのだらう、サアサ俺がお勝さまの所へ負つて連れて行つてやらう。背中に喰ひつくのだよ』 田吾作はソーと腰を上げてみて、 田吾作『アー妙だ、何時の間にか自然療法で全快し居つた。マア生命に別条はない。安心してくれ』 留公『こんな奴に相手になつて居ると狐につままれたやうなものだ。エヽ怪体の悪い』 とボヤキボヤキ上つて行く。田吾作はシヤンシヤンとして後を追ふ。漸く顛落した箇所までやつて来た。 田吾作『アヽ此処だ、俺の一生一代の放れ業の遺跡だ。臨時に目標でも建てて記念にして置かうかな』 其処へ慌しくやつて来たのは真浦である。 真浦『留さま、田吾作さま、何をしてゐるのだ』 留公『今田吾作が空中滑走の曲芸を演じ、此の留さまに御覧に供した所です』 田吾作『ヤア左の腋の下の梅の花か、サア早く来た。もう爺さんに注進済みだ。屹度四頭立ての黒塗りの馬車か、自動車を以て迎ひに来ますぜ。マア、ゆつくり此の田圃路に待つて居なさい』 真浦はニタリと笑ひ乍ら、足早に武志の森をさして急ぎ行く。二人も捻鉢巻し乍ら大股に宙を飛んで、宮の社務所目蒐けて駆け出した。 (大正一一・五・一三旧四・一七外山豊二録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 09 童子教 | 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 10 山中の怪 | 第一〇章山中の怪〔六七二〕 田吾作『朝日は光る月は照る武志の森の小夜砧 宇都山郷を立出でて三五教の宣伝使 神のまにまに宗彦が後に随ひ来て見れば 誠明石の山道は忽ち霧に塞がりて 不動の滝も雲隠れ一歩二歩探り寄り 水音合図に留公が留るも聞かず真裸体 蛙の面に水行をザワザワザワと浴び乍ら 手早く衣類を肩にかけ霧押わけて山頂に 上つて四方を眺むれば丹波名物霧の海 彼方此方にポコポコと山の頂き浮き出でて 宛然絵を見る如くなる景色に名残りを惜みつつ 歩みの下手な留公を抱へるやうに可愛りつ 明石の里も乗り越えて道の傍の一つ家に 病に悩む原彦が身の禍をとり除けて 此処にいよいよ四人連れ宗彦司の後を追ひ 山国川の一つ橋渡る折しも川下に ザンブと立ちし水煙唯事ならじと田吾作が 脚を速めて川の辺に駆せつけ見ればこは如何に 雪を欺く白い顔優しき細き手を上げて 流れの中に立岩の蔭に潜みて声限り 救けを叫ぶ真最中見るに見かねて田吾作が 仁慈の心を発揮してわが身を忘れ飛び込めば 川に落ちたる妙齢の美人と見えしは大江山 鬼の身魂の再来か青い角をば額上に ニユツと生して目を剥いて鰐口開きカラカラと 笑うてけつかる厭らしさ波に揉まれた田吾作も 進退茲に谷まりて溺死をするかと思ふほど 息も苦しくなつた時何だか知らぬが妙な声 聞え来るとみるうちに裸体になつた俺の身は 巌の上に衝つ立ちぬ人三化七鬼娘 悪魔の奴が睨み居るコリヤ堪らぬと気を焦ち 宗彦さまや留公を声を限りに招けども 臆病風に襲はれたいの一番に宣伝使 宗彦さまを始めとし留公、原彦両人は 青い顔して慄へゐるエーもう駄目だもう駄目だ 斯んな卑怯な腰抜けを力にするのが間違ひよ モー此上は是非もない地獄の釜のド天井 一足飛びに飛ぶ心地川へザンブと踊り入り 鬼の娘の肩をとり心中しようか待て暫し たつた一つの此生命死ぬのはチツト早かろと 日頃手練の游泳術悠々騒がず急流を 渡つて岸に駆け上り後振り返り眺むれば 鬼の娘にあらずして見るも怖ろし大蛇の姿 アヽ欺された欺された俺は夢でも見て居たか 頬を抓つて調ぶればやつぱり頬はピリピリと 微に苦痛を訴へる水は何うだと手に掬ひ 嘗めて見たれば矢張り水瑞の身魂の御守護は 清く涼しく此通り俺は結構な修業した 筑紫の日向の立花の小戸の青木ケ原に降り 上の流れは瀬が速い下の流れは瀬が弱い 瑞の身魂や三栗の中瀬に下りて心地好く 禊ぎ祓ひの神業を首尾克く了へて三人が 茫然自失の為体アフンとして居る其前に ニユツと現はれオイ留公原彦何をして居るか ちつとは確りしてくれと癪に障つて横面を ポカリとやつて見た所神力こもる鉄腕に 一堪りもなく顛倒し風に木の葉の散るやうに さしもに広い大川を毬を中空に投げし如 二人の奴は飛び散つたそれより宗彦宣伝使 田吾作さまの神力に肝を潰して今迄の 態度は忽ち一変し心の底から我を折つて 田吾作さまを様付けに言霊変へた可笑しさよ 丸木の橋を後にして旗鼓堂々と来て見れば 錦の衣を纏ひたる山姫さまが左右より 化粧を凝らして田吾作をちよつと待つてと呼び止める 三国ケ嶽の曲神を征伐道中の此身体 お門が広いサア放せ花瀬の里を後にして 谷を飛び越え岩伝ひやうやう三国の山麓に 辿りついたる折もあれ留公の態度は一変し 徐々弱音を吹きかけるコリヤ面白い面白い 屹度彼奴のことならば奇抜な芝居を打つであろ 勝手にせよと突きやれば留公の奴は喜んで 尻ひつからげスタスタと今来し道を下り行く 後に残つた三人は激湍飛沫轟々と 音喧しき谷川の辺りを伝ひわけ登る 川を隔てて四五人の得体の知れぬ老若が 熊の皮やら猪の皮襷十字にあやどつて 木々の梢に干し乍ら残つた熊の生皮を 谷の流れに浸しつつ物をも言はず洗ひ居る 一行の中の周章者腹の腐つた原彦が 欲に恍けてザブザブと生命を的の谷渡り 見るより五人の老若はこの勢ひに辟易し 物をも言はず手真似して雲を霞と遁げて行く 続いて宗彦宣伝使又もや谷を打渡り 欲に限り無き熊鷹の面の皮剥ぎヌースー式 遺るくまなく発揮して矛も交へぬ戦利品 鼻高々とうごめかし不言実行と洒落乍ら 田吾作さんが捕獲した濡れた皮をば汗かいて 絞つてくれた殊勝さよ迷うた路を踏み直し 小柴をわけてテクテクと胸つき坂を這ひ上る 忽ち茲に三人の童子の姿現はれて 泣き出す笑ふ又怒る七尺有余の荒男 三尺足らずの幼児に叱り飛ばされ散々に 油の汗を搾られて謝り入つた不甲斐なさ 童子の姿は忽ちに煙と消えた其後に 耳の鼓膜を破りつつ伝はり来る怪声に 三国ケ嶽の大秘密探る手段とならうかと 怖気づいたる両人を後に残して田吾作が 小柴押わけ怪声を辿り辿りて千仭の 谷の傍に来て見れば木伝ふ猿の叫び声 案に相違の自棄腹スゴスゴ帰つて両人を わが言霊に脅かし面白可笑しく上り行く 軈ては名高き鬼婆の岩窟の棲処も見えるだろ 神の賜ひし言霊の伊吹の狭霧を極端に 神力強い田吾作がイの一番に発射して 高天原の蓮華台錦の宮の御前に 功を建つるは目の当りアヽ勇ましや勇ましや これから乃公が司令官宗彦さまよ原彦よ 互に胸を打ち開けて腹を合して田吾作が 指揮命令を遵奉し蜈蚣の姫の成れの果て 人を取り喰ふ鬼婆やそれに随ふ曲神を 一泡吹かせ三五の教の道に救はむは 今目の当り見る様だアヽ面白い面白い 神が表に現はれて善と悪とを立別ける 田吾作ここに現はれて神と鬼とを立別けて 此世を造りし皇神の貴の御前に復命 申すも余り遠からず来れよ来れいざ来れ 敵は幾万ありとても怖るる勿れ怖るるな 神は汝と倶に在り神は我身に宿ります アヽ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と呂律も廻らぬ口から出任せの歌を謡ひ、田吾作は勢鋭く、山上目蒐けて進み行く。幼なき赤児に乳をふくませ乍ら下り来る妙齢の美人唯一人、稍面部に憂愁の色を浮べ乍ら、灌木の茂みより浮いたやうに現はれた。 田吾作『ヤア山姫の奴、俺の円満清朗なる言霊に感動し居つて、感謝の意を表するために現はれたのだな。コレハコレハ山上の御婦人、山の神様、出迎ひ大儀でござる』 女『オホヽヽヽ』 田吾作『コリヤ山女、俺を誰だと心得て居る。七尺の男子が物申して居るのに、無礼千万にも吾々を冷笑いたすとは怪しからぬ代物だ。汝は何といふ魔神であるか。あり体に申上げろ。愚図々々致せば此の鉄腕が承知を致さぬぞ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『宗彦さま、原彦さま、チツト加勢して下さらぬか。随分怪しい代物ですがなア』 宗彦『最前からお前の歌を聞いて居れば、随分豪勢なものだつた。何事も自分でなければ出来ないやうな業託を列べたぢやないか』 田吾作『業託は業託として此際一臂の補助を願はねば、言霊会社も経営難に陥り、破産の運命に瀕するかも分りませぬ。どうぞ嘘八百株ほど持つて下さらぬか。さうして原彦さまには代言三百株ほど御願ひします』 宗彦『アハヽヽヽ』 原彦『ウフヽヽヽ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『エー貴様等は泣いたり、笑うたり人を馬鹿にするのか。貴様が泣笑ひで責めるなら俺は怒りの言霊だ。おこりといふものは間歇性の病気で、隔日に来るものだが、俺は毎日毎晩確実に責めてやるから、左様思へ』 女『オホヽヽヽ』 赤児『フギアフギアフギア』 田吾作『エー又泣いたり笑つたり、此の結構な神国に生れて、泣いたり笑つたりする奴があるか。謹み畏み真面目になつて御神恩を感謝せぬかい』 宗彦『モシモシ御女中、斯様な処に赤ん坊を抱いて現はれ給うたのは、何れの神様でございますか。どうぞ御名を名告り下さいませ』 田吾作『エー宗彦の宣伝使、何を恍けてござるのだ。此奴は三国ケ嶽の古狐だ。古狐に御丁寧な敬ひ言葉を使ふといふ事がありますか。大方眉毛を読まれて了つたのでせう。アア御用心御用心』 と言ひつつ頻りに眉に唾を指尖で発送してゐる。 田吾作『アー留公は予ての計画を忘れ居つたか。なんぼ待つて居つても現はれてはくれず、力に思ふ宣伝使は狐につままれる。何程智謀絶倫の俺でも、マア二人の気違ひを看病し乍ら敵地に進むことは出来ない。誰か出て来て此足手纏ひの気違ひを引留めてくれるものがあるまいかなア。近くに癲狂院があれば入院させたいものだが、深山の事とて、仰天院ばかりで精神病院らしいものも無し、何うしたらよからう。無線電話をかけて言依別様の応援を願ふ訳にも行かず、アヽ困つた破目になつたものだ。イヤア待て待て、これから無言霊話をかけて留公を呼んでやらう』 女は大きな臀をクレツと捲つて見せた。熊のやうな真黒の毛を一面に生し、見る見る間に上半身は純白となり、後半身は純黒の獣となつてガサリガサリと歩み出し、三間程行つてはギヨロツと後を向き、又三間程行つてはギロリツと振向き、幾十回とも無く繰返し乍ら山上目蒐けて登り行く。 田吾作『どうですか、宗彦さま、原彦さま、天眼通も此処まで応用出来れば結構なものでせう。無言霊話を高天原へかけたところ、忽ち数万の神軍此処に現はれ給ひしその御威勢に怖れ、さしもに兇暴なる曲神も、目も身体も白黒させて正体を露はし遁げて行つたでせう。これでも田吾作が命令を聞きませぬか』 宗彦『それは、まぐれ当りだよ。お前は未だ宣伝使の肩書がないのだから、何と云つても表面に通らない。腐つても鯛だ、名は実の主だから矢張り宣伝使と云ふ名に怖れて、悪魔が正体を露はしたのだ。如何に悪魔だつて名も無き奴等に降伏するものか、無名の人物に降伏するやうなことでは、悪魔の体面に関するからなア』 田吾作『アハヽヽヽ、よう仰有いますワイ、宣伝使のレツテル一枚位を金城鉄壁と頼んで、何事もそれでやつて行かうと云ふのは実に無謀だ、無恥だ、依頼心を極端に発揮したものだなア。宣伝使なんかは地の高天原から紙一枚下つて来たが最後、直に首落ちになるのだからなア。 宗彦 一、此度の三国ケ嶽の言向戦に不都合の廉有之を以て、評議の上其職を免ずべきもの也。 言依別命 とこれだけだ。あんまり肩書を力にして貰ふまいかい。それよりも腹の中の第一鬼を征服し、本守護神即ち天人の御発動を御祈願するのが一等だ』 宗彦『よう小理屈を囀る男だなア。私も妹の婿に百舌鳥や燕を持つたかと思へば残念だワイ、アハヽヽヽ』 原彦『モシモシ貴方等は義理の兄弟ぢやありませぬか、見つともない、喧嘩はお止しなさいませ。兄弟墻に鬩ぐとも外其侮りを防ぐと云ふことぢやありませぬか。喧嘩したければ家へ帰つて、いくらでも御やりなさい。此処は敵前否敵の領地へ這入つて来て居るのですからなア』 田吾作『敵地は敵地、喧嘩は喧嘩、兄弟は兄弟と区別を立てねば、国政整理上都合が悪い。何も彼もゴモク飯のやうに混同されては、社会の秩序が紊れて了ふ。総て分業的になつて来た文明の世の中だ。兄弟は他人の始まりと云ふ事があるが、私の兄弟は一種特別だ、他人は兄弟の始まりとなつたのだからなア、アハヽヽヽ』 宗彦『もう好い加減に猫じやれの様な喧嘩は止めようかい。花ばつかり咲かして居る山吹では仕方がない。サアこれからが戦場だ』 原彦は心配相な顔をして、 原彦『田吾作さま、あの通り宣伝使が仰有るのだから、お前も今暫く沈黙して下さい。最前から矢釜敷う仰有つた彼の不言実行とやらを、何処へ落しなさつたのか』 田吾作『目下熟考中だ。さう八釜敷う云つてくれない。何程、普賢菩薩の俺でも、俄にさう奇智名案が湧くものではない。今心の畑に智慧の種子を蒔いたところだから、せめて十日や二十日待つてくれないと、蕪とも菜種とも見当がつかぬ哩。アハヽヽヽ』 と他愛も無く笑ひ乍ら、大木の根に腰をかけて横臥する。四辺暗澹として天日を没し、闇の帳は固く閉された。深山の常として猛獣の吼り狂ふ声、天狗の木を捻折るが如き怪しの物音、間断無く聞えて来る。原彦は此の物凄き声に肝を奪はれ、声をも立て得ずビリビリと慄ひ上り、田吾作の袖を確と握り小声にて、 原彦『オイ田吾作、コリヤ何うなるのだらう。随分気分が悪い事はエーないぢやないか』 田吾作『そうだ、あまり気分がよくない事はない哩。併し吾々の小宇宙に変動を来し、震災の厄に見舞はれて居る所だなア』 原彦『さう高い声で言つてくれな。宣伝使が目を開けて聞かれたら態が悪いワ』 田吾作『態が悪いなんて、よう吐すなア。貴様の旧悪はみんな宣伝使の前で、うつつになつて喋つたのだから、今になつてそんなテレ隠しをしたつて駄目だよ。随分昔は悪人だつたなア。俺が愛宕山を越えて結構な黄色の宝玉を懐に持ち、保津の里迄やつて来ると、森蔭から頬被りをしてヌーと現はれた奴は誰だつたいのー。随分彼処も此処も劣らぬ凄い所だつたねー。さうして何々とか云ふ腹の悪い男が俺の玉を嗅つけ、腹をペコペコ、鼻をピコピコ、ハラハラヒコヒコさせ乍ら現はれて来やがつて「モーシモーシ旅の御方、私は此辺の猟人でございます。最前からの雨に火縄も湿り、困難を致して居りますれば、どうぞ提灯の火を御貸し下さいませ」と出て来居つたのだ。さうすると田吾作と云ふ旅人が「ハテ心得ぬ、此の淋しき山道の、しかも森林の中より狩人が現はれるとは合点が行かぬ。昼ならば兎も角、夜分に猪が目につく筈はない。こんな不合理なことを言ふ奴は、確かに猪の猟夫ではなからう。懐の我が玉を猟する曲者か、但は追剥か」と流石の奇智神謀に富んだ旅人は稍躊躇の態であつた』 原彦『オイオイそんなことを言ふものぢやない。もう好い加減に止めてくれ』 田吾作『マア好いぢやないか。此の夜の長いのに、ちつと言はしてくれ、口に虫が湧く哩。エー一寸五分間休息を致しました。お客様方御待たせをして済みませぬ。これから前段の引続きを一席講演致しまして御高聞に達します』 原彦『さう昔の事を思ひ出し、心気昂奮させた所が仕方がないぢやないか。もう好い加減に止めて欲しいものだなア』 田吾作『俺のは天下の公憤だよ。決してお前に対して私憤を洩らすのぢやない。又お前と俺との話でも何でも無い。過ぎし昔の夢物語で、決して俺の腹も原彦も悪いのぢやない。お前はこんな事を聞くと、むかついて宗彦が悪くなるだらうが、これも時の廻り合せだ。忍耐は幸福の基だから、忍耐をして面白い話を聞くのだよ。……時しもあれや怪しき何者かの足音がする。よくよく見れば一頭の手負ひ猪だ。猟夫と名乗つた男は忽ち肝を潰し、キヤツと声を立て旅人の身体にしがみついた。旅人は心の中に思ふやう。四足の一匹位に胆を潰すやうな奴だから、まさか悪人ではあるまいと哀憐の情が勃然として、心中に萠芽し……』 原彦『そんなむづかしい事を云つて、解るものかい』 田吾作『解らぬのは有難いのだぞ。坊主のお経だつて、ダダブダダダブダと拍子の抜けた声でずるずるべつたりに棒読みにするから、人間に解らぬから有難いやうなものだ。お経といふものは不可解なのが調法なのだ。俺のも少し和讃じみて居るが、これでも新奇流行のアホダラ経を聞くと思うて聞いて見よ。随分利益があるぞ。第一怖ろしいと云ふ観念を忘れ、夜が長いと云ふ苦しみを其間だけなつと救はれるのだ。此位現当利益の御蔭はありませぬ。併し此内に一人位は耳に応へる優婆塞があるかも知れぬ。それも修行だと思つて聞いて居れば遂に習慣性となり、初めには耳についた汽車の音が、終ひには何ともないやうになるのと同じことだ。マア辛抱してお日待ちの説教を聞くと思つて聞くがよいワ』 宗彦『アーア喧しいなア。何をヒソビソとお前達は言つて居るのだ。黙つて寝ないか。最前から聞いて居れば猟夫がどうしたの、斯うしたのと仕様も無い昔話しを持ち出して、乞食坊主のホイト節のやうなことを云つてゐたぢやないか。好い加減に寝え寝え。又明日大活動をやらねばならぬから肉体の休養が肝腎だ』 原彦『宣伝使さま、何と云つても田吾さまが、耳の痛いことを喋るのですもの、チツト叱つて下さいな』 宗彦は早くも眠りに就たと見えて何の応答も無い。 田吾作『そーれから、そーれから、 鱏、鱧、鰈、矢柄(エーはばかり乍ら)無精山道楽寺ナマ臭厄介坊主の 自堕落上人御招待に預りました抑も愚僧が万国修行の根元 戒行、難行、苦行、故郷の住めば都を後に愛宕の山を乗り越えて 闇を冒してスタスタと保津の里までやつて来ました 時しもあれや森蔭に七尺有余の荒男 現はれ出でて皺嗄れた声を張り上げコレコレモーシ旅の人 提灯の明かり貸して下さんせ聞いて旅人立止まり 此の闇黒に提灯の火が欲しい奴は何者ぞ 夏の夕べの火取虫か飛んで火に入り身を焼いて 死んで了ふのを知らないかそんな馬鹿な事止せ止せと 後をも見ずに進み行く性凝りも無く怪しの男 オツトどつこい一寸違うた折から猪奴が飛んで来た 怪しの男は驚いて猿のやうな声を上げ キヤツキヤと言うてしがみつく此奴はよつぽど弱虫と 心を許して道伴れになつてやつたがわが不覚 大井の川の袂まで来る折しも其奴めが コレコレモーシ旅の人お前の懐中に光るもの 一寸私に貸してくれ貸さな斯うぢやと高飛車に 拳固をかためて攻め寄せる此方も痴者ひつぱづし 腕首掴んで中天に力を籠めて投げやれば 空中の舞を舞ひ納め遥向方の川中へ はまつて死んだと思ひきや蛙のやうな態をして 草の中からガサガサとやつて来居つて旅人が 胸倉グツト引掴み川へザンブと投り込んだ 怪しの男は肝腎の玉が無いので力抜け 青い顔してノソノソと疵持つ足の何処となく 帰つて行たが其の跡は何処かの松の並木原 根元に埋められ肥料となりくたばりしかと思ふうち 明石峠の麓なる小さい村の離れ家の 首をおつるが婿となりハラハラし乍ら十五年 胸もヒコヒコ十五年終には病を惹き起し 明日をも知れぬ難儀の場三五教の宗彦が 留公、田吾作両人の立派な家来を引伴れて お出でましたるその御かげケロリと癒つた人足が 今は三国の山登り猛獣毒蛇の唸り声 聞いてブルブル慄て居るアヽ面白い面白い エー無精山道楽寺なまぐさ厄介坊主の自堕落上人が 此の所に現はれまして諸行無常や是生滅法 やがて寂滅為楽の愁歎場ブツブツ唱へ奉る チヤカポコチヤカポコポコポコポコ』 此時一寸先も見えぬ闇黒の中より聞き慣れぬ妙な鼻声交りの婆の声が聞えて来た。 婆『ハテ訝かしやな、俺は三国ケ嶽の鬼婆である。今日三五教の身魂の研けた立派な宣伝使が、当山へわれを退治せむと企て、上り来ると聞き、これこそ天の時節の到来と喉を鳴らして待つてゐた。蛙やくちなははモウ喰ひ飽いた。赤児も最早飽いて来た。宗彦と云ふ奴、魂の綺麗な奴と聞いた故、噛ぶつて喰うたら甘からうと、此間から楽しんで待つてゐた。どうやらこれが宗彦らしい。さうして二人の奴は、どれもこれも口ばつかり大きい奴で、ちよつとも実のない奴だ。三匹が三匹とも、よう斯んなガラクタが揃うたものだ。アーあてが違うた。この年寄が足許の見えぬやうな闇黒をうまい餌食があると思つて出て来たのに、薩張り梟鳥の宵企み、夜食に外れたやうなものだ。それでも尻の傍には、少し甘さうな肉が付いて居るだらうから、これなつと喰てやらうかな』 田吾作『コリヤ婆のやうな声を出しやがつて、何を吐すのだ。尻なつと喰へ、貴様がそんな作り声をしたつて、田吾作さんはよく知つて居るのだ。まだ貴様の出る幕ぢやないぞ。気の利いた化物はモウ足を洗つて寝る時分だ。言依別命さまに願つた事を早く往つて計画せぬかい。馬鹿だなア、陰謀発覚の虞があるぞ。化るならモツと仮声を上手に使へ。留……イヤウーン留度も無く馬鹿ばつかり垂れやがつて、何処の呆け曲津だ。愚図々々致すと承知せぬぞ』 原彦は又小声で、 原彦『オイ田吾作さま、相手になるな。あんな化物に此の闇黒で相手になつたとこで、どうすることも出来ぬぢやないか』 田吾作『八釜敷う云ふない。俺の言霊を留公……オツトどつこい留めようとしたつて、斯う馬力がかかつてからは、容易に止まるものぢやないワ』 留公『田吾作、原彦、宗彦様、又明日御目にかからう。頭から岩窟の婆が塩つけて噛ぶつてやらう。それを楽しんで居つたがよからう』 宗彦『あの声は婆の声のやうでもあり、鼻声だが何処ともなしに留公に似たとこがあるぢやないか、ナア田吾作さま』 田吾作『マア何でもよろしい哩。何れ明日になつたら解りませう。サアサアモー一寝入り』 と横になり、喋り草臥れて他愛もなく寝込んで了つた。 宗彦も亦寝に就く。原彦は時々怪しき声の響き来るに脅かされ、二人の中に挟まつて一睡も得せず、一夜を明かしける。 (大正一一・五・一四旧四・一八外山豊二録) |
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霊界物語 | 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 | 12 如意宝珠 | 第一二章如意宝珠〔六七四〕 心の色も照山の麓に建てる高殿は 錦の宮の社務所と世に鳴り渡る秋の風 紅葉の錦散り敷きて寒さ身に沁む時もあれ 頭に霜を戴きし三五教の宣伝使 黒姫、高姫、青彦や紫姫は終夜 眠りもやらずヒソヒソと秘密の話に耽り居る。 高姫『皆さま、高い声では云はれませぬが、玉照彦様、玉照姫様御両人も大切だが、それよりも、もつともつと肝腎要の根本の生粋の神政成就のお宝が紛失したのを皆さま知つて居ますか』 青彦は『エヽツ』と頓狂な声を出し、驚いて仰向きに倒れようとしてやつと身を支へた。 高姫『コレコレ、青彦さま……お前の名は若彦ぢやが……つい口癖になつて云うたのだから怺へて下されや。若葉の色は青いから若彦でも青彦でもよう通ひますからな……然し、ちつと気を沈めて聞いて下さい。外の人に斯んな話が聞えたら高天原は大騒動ぢや、何とか工夫せねばなるまい。こんな事はまだ誰にも言うては無いのぢやが本当に心配の事が出来て居るのだよ』 黒姫『心配な事とは何事が起りました、妾の力に及ぶことなら生命を捨ててでも御用を聞かして貰ひませう』 高姫『実はお玉の方がバラモン教の悪神に攫はれて仕舞ひ、今に行方が分らぬので言依別命様にも申上げ、心配をして居るのぢや』 是を聞いて黒姫、紫姫、若彦は真蒼白な顔をし『ヘエ』と言つたきり呆れて、互に目と目を見合すのみで途方に暮れて居る。 高姫『お前さま、お玉の方が攫はれたと言つてそれだけ吃驚する様な事では仕方がないぢやないか、ちつと胴を据ゑなさい。「身魂が研けて居らぬと真逆の時にびく付くぞよ。身魂さへ研いて置けば如何な心配が起つても胴が据つて楽に凌げるぞよ」とお筆先に有りませうがな、まだまだ吃驚の親玉がモ一つありますぞや』 紫姫『高姫さま、吃驚の親玉とは如何な事です、何卒聞かして下さい。妾も力一杯出来る事なら勤めさして頂きますから』 高姫『親玉と言つたら玉を盗られたのぢやがなア』 紫姫『あのお玉の方をですか』 高姫『お玉もお玉ぢやが、そんな玉とは玉で玉が違ふのぢや。天地がデングリ覆る様な大騒動ぢや。皆さまに言うて上げ度いけれど、あまり胴が据つて居らぬので如何する事も出来やしない。アヽア、神様の、もつと確りしたお道具に成る人が欲しいものだなア』 黒姫『玉とは何で御座います』 高姫『金の玉ぢや、それを盗られたのぢや』 黒姫『それは言依別様ですか、高山彦さまですか、そんな処を……また誰が如何して……穢しい……取つたのでせう』 高姫『エー、合点の悪い人ぢや、睾丸と違ひますよ。桶伏山に埴安彦神様が匿して置かれた、青雲山から持つて来られた神政成就の元津御霊の黄金の玉、如意宝珠の宝物を……皆が気をつけぬものだから、到頭盗られて仕舞うた。こりや屹度バラモン教が攫へて去んだのに違ひない、大変だらうがな』 黒姫『大変です、如何したら宜しからう、言依別命様に伺ひませうか』 若彦『困つた事になりましたなア、そつと伺つて来ませうか』 高姫『そんな事は此間から幾度も幾度も、妾がそつと言依別の教主に相談に行つて居るのぢやけれども、何んとか、かんとか言つて、「マア黙つて居つて下さい、何とか神様がして下さるでせう」なんて、キヨロリ、カンと大山が崩れて来ても動かぬと言ふやうな態度をして御座るものだから、妾は、もう気が揉めて揉めて、立つても居ても居られぬから、今日はお前さま達に寄つて貰つて、何とかせねばならぬと思ひ、相談をするのぢや』 黒姫『これは又、どえらい失敗をしたものですな、夜警にも廻る者が無かつたのかいな』 高姫『その夜警ぢやて、三五教の信者らしう見せて這入つて来よつて、其奴が手引して黄金の玉を盗み、何処かへ逃げて行きよつたのぢや。それだから神様が各自に気をつけて置けと仰有るのぢや。若い者の眠たい盛りに夜警をさして、寝つきの悪い年寄が、無理に寝ようとして無精をかわくものだから、神様が改心の為めに罰をあてなさつたのぢや。之から年寄は夜寝ぬ事にして下さい。その代り昼は何程なりと寝て、夜は気を付けて貰はねば、之から先に如何な事が起るか分つたものぢやない。若い者を昼遊ばし夜夜警をさすと、屹度碌な事は出来はしない。夜分は宵から寝させ、昼働けば宜いのぢやに、第一幹部のやり方が御神慮に叶はぬものだから、斯んな心配事が起るのぢや。黒姫さま、ちつと気をつけなされや』 黒姫『ハイハイ、気をつけます。何と言つても身魂の因縁性来だから仕方がありませぬワ。悪の御用をさされる身魂と善の御用をさされる身魂と、神様が立別けて見せて下さるのぢやから、最前も高姫さまが「神さまの罰が当つた」と仰有つたが、そりやチツトお考へ違ひぢやありませぬか。神様自らがお仕組遊ばす肝腎の宝を敵に盗られて迄、妾達に罰を当てるなんて…可怪しいぢやありませぬか。妾等が盗られたのぢやない、畢竟神様が神業の宝を盗られなさつたのぢや、謂はば神様に罰が当つたのぢや。さうぢやから素盞嗚尊様は善い所もあるけど、変性女子だから間に大縮尻をなさるのぢや。緯は梭が落ちたり糸が切れると言ふのは、ここの事でせう。経は一条を立て通してさへ居れば斯んな事は無いのだけれどなア。アーア然し時世時節には神様も叶はぬのだから、妾等は一旦改心した以上は、時の天下に従ふより外に道は有りませぬ、大将がしつかりしてくれぬと下の者迄が難儀をする。一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふとやら言うて、良い大将の神様が欲しいものだ。如何しても変性女子の身魂が我を張つた時は斯んな懲戒が出て来るのぢや。神さんだつて矢張失敗はあるのだからなア』 若彦『これ、黒姫さま、そりやちつと量見が違ひはせぬか、言へばお前さま達の取締が悪いから斯んな事になつたのぢや。自分の責任を棚へ上げて二つ目には瑞の御霊さんへ責任を持つて行くのぢやな、何程千座の置戸を負うて下さる神さまぢやと言うても……そいつア余りぢや、お前さまの論法は脱線だらけぢやないか』 黒姫『ちつとは脱線もしようかい、天変地異の大騒動が起つとるのだから……一つや二つ汽車電車の脱線はありさうなものぢや』 高姫『何時まで斯んな事を言うて居つた所で、黄金の玉は帰つて来る気遣ひも無し、お玉の方が戻つて御座る筈もない。ここは一つ我々が千騎一騎の活動をして、生命を的に黄金の玉を取返し、お玉の方を探して帰つて来ねば、第一我々初め貴女等の責任が済みますまい』 此時ガラガラと表の戸を開けて這入つて来た二人の男、若彦は目早く見て、 若彦『ヤア、お前はテルヂーにコロンボぢやないか、しつかり夜警をして居るかな』 テルヂー『夜警も神妙にやつて居ますが、黄金の玉を、前に来て居つた徳の野郎奴、バラモン教の蜈蚣姫の間者と共謀になりやがつて、ソツと玉を盗んで行きやがつてからと言ふものは、何の為めに夜警をするのやら有名無実、馬鹿らしうて夜警もやけ気味になつて来ます哩』 高姫『なに、あの徳奴が此間から姿を見せぬと思へば、彼奴が手引をして居つたのか。何と悪い奴ぢやな、それで人に心を許すでないぞよと神様が仰有るのだ、皆さまよう聞いて下さいや、うまい事言うて来ても神に伺はねば相手になつては往かぬとのお筆先を余り軽く見て居つたから、斯んな事になつて仕舞ふのぢや』 黒姫『モシ高姫様、貴方は何時も徳さんは偉い、誠の人ぢや、あんな人ばつかり信者になつて居つたら、三五教は一遍に世界の掌を翻す事が出来ると云うて褒めそやし、お前も徳さまを見習うて手本にしなさいと仰有いましたな。貴方の仰有る事を聞いて手本にでもして居つたものなら、今頃は如何な騒動がオツ始まつて居るやら分りやしませぬぞえ。鼈に尻の穴を吸はれた様な惨目な目に成つて仕舞ふのだ』 高姫『黒姫さま、お前は何を言ふのぢやぞえ、誰がそんな事を言うたのぢや。一寸一遍手洗でも使うて来なさい』 言依別命は何となく心いそいそして寝られぬままに、月の光を浴び、杖をついてブラブラと此高殿の前にやつて来た。屋内の争ひ声に耳をとめ、自ら雨戸を引き開けて進み入り、 言依別『ヤア皆さま、遅う迄エライ勉強ですな、何ぞ結構なお話でもありますかな』 高姫『貴方は高天原の大将ぢやありませぬか、能うそんな気楽な事を言うて居られますな、肝腎要の根本のお宝を紛失し、お玉の方の肉の宮は行方不明となつて、妾達が夜も碌によう寝ず、此通り目を赤うして心配をして居ますのに、貴方は何ともありませぬか。貴方が余り平気な顔して御座るものですから、幹部の連中さまが誰も彼も、いや惟神とか、御都合だとか言つて、尽すべき事も尽さず、懐中に手を束ね、握り麻羅でポカンとみて居るのぢや、ちつと確りして下さい』 言依別『ハヽヽヽヽ、エライ御心配を掛けて済みませぬな、神様は抜目が有りませぬから、さう心配はなさいますな』 高姫『抜目の無い神様なら、なんで其んな大切な玉を盗られなさつたのぢや。神さまだつて此方から気をつけて上げなければ如何なるものか、こんな不調法ばかりなさる、筆先にも「何卒誠の者は神に気をつけて下されよ」と現はれて居るぢやないか、能うマア、ほんにほんにそんな陽気浮気で如何して此高天原の城が保てますか、大勢の者の統一が出来ますかい』 言依別『黄金の玉も、お玉の方も、何れ明日の朝か昼頃には此処へ帰つて見えますよ。神さまがちやんと仕組んで居られるから……貴方等が何程鯱になつても駄目ですよ』 此時門の戸を慌しく叩き、 鬼丸(又は谷丸)『モシモシ、言依別神様はお見えになつて居りませぬか』 黒姫『誰だいなア、無作法な……戸を割れる程ポンポン叩いて……ヤアお前は谷丸ぢやな、身体維れ谷丸処ぢや、早う彼方へ行つて夜警をして来なさい』 鬼丸『エー、滅相な夜警どころですかい、大変な事が起りました。何卒早う言依別神様に帰つて貰ひ度いのです。実の処は此間盗まれた黄金の玉とお玉の方が今表門まで無事に帰られました』 言依別『宗彦も一緒に帰つたかな』 鬼丸『ハイ、宗彦さまも、その外三人のお伴もついてお帰りになりました』 言依別命は莞爾し乍ら鬼丸を伴ひ表門へ進み行く。 高姫『サア黒姫さま、青さま、若さま、紫さま、如何しよう如何しよう、大変ぢや大変ぢや』 若彦、紫姫、黒姫、高姫は嬉しさの余り室内を狼狽へ廻つて居る。お玉の方に抱かれて黄金の玉の御神体は一とまづ錦の宮の殿内深く納まり給うた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 言依別命は祝意を表し立つて宣伝歌を歌ひ始めたり。 言依別命『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 三五教の神宝黄金の玉の如意宝珠 バラモン教の曲神にそつと盗まれ言依の 別の命は驚いて錦の宮に馳せ参じ 玉照彦や玉照の姫の命に伺へば 宝珠の玉は三国岳バラモン教の副棟梁 心の鬼ケ城山に砦構へし鬼熊別の 醜の魔神の宿の妻蜈蚣の姫の鬼婆さま 岩窟の中に立て籠り貴の宝を奪ひ取り お玉の方と諸共に占奪せりと聞きしより 我は神勅畏みて人に知らさず三五の 道の司の新参者天の真浦が弟なる 心の清き宗彦に旨を含めて霧の海 渡りて三国の山奥に遣はしければ宗彦は 使命を果し漸うにお玉の方と諸共に いそいそ此処に帰りけり玉照彦や玉照姫の 神の命の神司お玉の方の三つ霊 黄金の玉の五つ霊三つと五つとの睦み合ひ 此処に愈三五の神の教は輝り渡る 三五の月照彦の神思ひも此処に足真彦 教は四方に弘子彦の神の命と現はれて 悪しき病も少名彦愈神の御光も 高照姫や純世姫真澄の姫の鑑なす 尊き教も竜世姫御代も豊に国治立の 神の命や豊国姫の瑞の御魂のお喜悦 埴安彦や埴安姫の清き御魂も勇み立ち 天津神等八百万国津神等八百万 是の聖地に神集ひ今日の生日の喜悦を 祝ぎ給ふ嬉しさよあゝ惟神々々 御霊幸倍坐しまして世は久方の空高く 天津日嗣の永久に動かぬ御代と守りませ 円山姫の守られし黄金の玉は恙なく 再び此処に復りまし五六七神政の神業の 光と現はれ給ふらむ勇めよ勇め諸人よ 人が勇めば神勇む吾は言依別命 コーカス山や斎苑館珍の都のヱルサレム エデンの園に現れませる御神も共に喜びて 堅磐常磐に何時までも栄えませよと祈りつつ 日の出神や日の出別木の花姫の御活動 天地の神も三五の教の司も信徒も 歓ぎ喜び舞ひ遊ぶ鶴の齢の末長く 亀万歳の永久に守らせ給ふ此教 あゝ惟神々々御霊幸倍坐しませよ』 (大正一一・五・一四旧四・一八北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 01 高春山 | 第一章高春山〔六七五〕 雲を圧して聳り立つ高春山の山頂に バラモン教を開きたる大国別に憑依せる 八岐大蛇の分霊醜の曲霊が割拠して 山野河海を睥睨し大江の山と三国岳 六甲山と相俟つて冷たき魔風を吹き送り 蜈蚣の姫の手下なる鷹依姫が朝夕に 心を砕く鳩胸や仕組の奥は割れ岩の 胆を煎るこそ恐ろしき。 南に瀬戸の海を控へ、東南に浪速の里を見下ろし、西北東に重畳たる連山を瞰下する高春山の絶頂に岩窟を作り、バラモン教の一派を建て、アルプス教と称し、自転倒島を飽く迄も、八岐大蛇の勢力圏内に握らむと、昼夜心を悩まして居た。山麓には細長き津田の湖が横たはつてゐる。此湖水には大蛇の分身たる数多の蛇神潜伏して、日夜邪気を吐き出し、地上の空気を腐爛せしめつつあつた。高姫、黒姫は波斯の国北山村の本山を捨て蠑螈別、魔我彦をして後を守らしめおき、三五教に帰順したる改心の証拠として、アルプス教の鷹依姫を言向け和さむと、波斯の国より乗り来れる飛行船に乗じ、高春山の山麓に着いた。これより二人は巡礼姿に身を変じ、高春山の鷹依姫が岩窟に進まむと、壁を立てたる如き高山を登り行く。 高春山の五合目許りの処に、天の森と云ふ巨岩が立並び、中央の樹木鬱蒼たる間に、小さき祠がある。之を竜神の宮と云ふ。此竜神は雨風を自由になす神と称へられ、鷹依姫が唯一の守護神として尊敬して居た。それが為に何人も、此境域に近づく事を厳禁して居た。テーリスタン、カーリンスと云ふ二人の荒男は、此竜神の宮を固く警護して居た。二人は巌の上に高鼾をかいて寝んで居る。高姫、黒姫は漸く此処に登り来り、 高姫『なんと立派な岩が並んで居るぢやありませぬか。一つ此景色の佳い所で休息して行きませう。まだ頂上までは余程道程がありますから……』 黒姫『宜しう御座いませう』 と碁盤形の門の戸を押し開け奥に進み入る。 高姫『アヽ此処には妙な祠がある。是れが噂に名高い鷹依姫の、雨を降らせ風を起す唯一の武器でせう。一つ改心さしてやりませうか。将を射むとする者は先づ其馬を射よと云ふ事だから、此雨風を起す悪神の眷属を改心させる方が、近路かも知れませぬなア』 黒姫『マア一寸お待ちなさいませ。拙劣に間誤付くと、大風大雨で攻められては困りますから、充分に様子を探つた上、ゆつくりとやらうぢやありませぬか』 高姫『そりや黒姫さま、何を仰有る。冠島の金剛不壊の玉を腹に呑み込んだ此高姫、言はば妾の体は如意宝珠も同然、多寡の知れた雨や風を起す竜神位に、何躊躇する事がありますかい。お前さまは三五教に帰順してから、チツと変になつたぢやありませぬか……イヤ三五教に帰順する以前から高山彦さまに対し、余程御親切が過ぎたやうですよ。神第一主義をどつかへ遺失し、高山第一、神第二と云ふ様なあなたの態度だから、そんな弱音を吐く様になるのだ。モウ此処へ来たら生命を的に、悪神を改心させて大神様にお目にかけ、我々の今迄の御無礼、お気障りの謝罪をせなくてはならぬ。謂はば千騎一騎の性念場だ。チツとしつかりしなさらぬかい』 黒姫『ハイハイ、そんな事に呆けて居る様な黒姫と見えますかな。チト残酷ぢやありませぬか。それ程妾に信用がないのなれば、却て貴女の御邪魔になつては可けませぬから、あなたユツクリ如意宝珠の力を発揮して手柄をなさいませ。妾は飛行船を借用して、自分の性の合うた所へ活動に参ります』 高姫『益々変な事を仰有るぢやないか。すべて戦ひは結束を固くせねば勝利は得らるるものでない。味方の方から裏切りをする様な弱音を吹いて何うなりますか。飛行船は既に既に鷹依姫の部下が占領して了つて居ますよ。飛行船なんかモウ必要はない。是れから頂上の割れ岩の醜の岩窟を言向け和し、進んで六甲山へ行かねばならぬ。チト確りしなさい。あまり高山さまに精神を取られて居れるものだから、曲津が憑依したのだらう。サア妾が鎮魂をして審べてあげよう。婆アの癖に髪を染めたり、薄化粧をしたり、まるで化物見たやうなそんな柔弱な事でどうして神界の御用が出来ますか。お前さまは二つ目に、言依別命様を柔弱だとか、ハイカラだとか非難をしなさるが、それはお前さまの心が映つて見えるのだよ』 黒姫『何と仰有つても、鎮魂は御無用です。さうしてお暇を頂きませう』 高姫『御勝手になさいませ。モウ今日限り師弟の縁を絶りますから』 黒姫『其お言葉を待つて居ました。サアサアどうぞ絶つて貰ひませう』 高姫『アヽ絶つてあげよう。黒姫の肉体を此処に置いて、サツサと帰りなさい。黒姫はソンナ馬鹿な事を云ふ身霊ぢやなからう』 黒姫『決して決して守護神(精霊)が言ふのぢやありませぬよ。黒姫の本人が申すのです。何程神直日大直日に見直し聞直して、妾の肉体に瑕瑾をつけぬ様に宣り直して下さつても、それは気休めです。どうしてもお暇を頂戴致します。本当に好かんたらしい、驕慢な高姫さま。どうぞ此れ限り、何と云つても御暇を頂き、醜の岩窟の鷹依姫様の御家来となつて活動致します。ウラナイ教の時には大変に重く用ひて下さつたが、三五教になつてからは、あなたを始め、誰も彼も妾を馬鹿にして……態ア見たか、偉相に威張つて居つたが、今の態は何ぢや。白米に籾が混つた様な顔して、隈くたに小さくなつて居らねばならぬぞよ……と神様が仰有つたぢやないか、その実地が来たのだ……なんて言依別命の左右に侍る幹部連が、妙な顔をして妾を冷笑して居る。それが第一気に喰はないのだ。モウ妾は三五教は駄目だと思ふ。しかし神様は結構だ。取次が間違つて居るのだから、三五教に離れても、あなたに暇を貰つても、一寸も痛痒は感じない。神様だけは妾の真心を知つて居て下さる。お前さまも将来になつたら……ア黒姫はそんな心であつたか、流石玄人だけあつて偉い者だつたと、アフンとしなさる事が出来て来ませうぞい』 高姫『随分猛烈な気焔ですなア。どうなつと勝手になされ。人を杖に突くなと云ふ事がある。妾もこれから独舞台で活動するのだ』 黒姫『師匠を依頼にするなと神様が仰有つた。こんな猫の目の様に心のクレクレ変る高姫のお師匠さまは、真平御免だ。好い腐れ縁の絶り時だ。お前さまは今日限り妾の宗旨敵だからさう思ひなさい。天晴戦場で、堂々とお目にかかりませうかい』 岩の上に寝て居つた、最前の二人の男、ムツクリ立ちあがり、 男(テーリスタン)『コリヤ女、此処を何と心得て居る、天の森の竜神様の御守護遊ばす聖地だ。汚らはしい女の分際として、断りもなく、此聖地を蹂躙しやがつた。サアもう量見がならぬ。当山の規則に照らして制敗してやらう。……オイ、カーリンス、綱を持つて来い。フン縛つて鷹依姫様の御前に引ずり据ゑてやるのだから……』 黒姫『モシモシお二人のお方、此処へ参りましたのは、決して蹂躙したのではありませぬ、竜宮の乙姫様の肉の宮、黒姫に用があるから、一寸来て呉れいと、天の森の竜神様が仰有つたので、飛行船に乗つて遥々参つたのですよ』 男(テーリスタン)『ナニ、お前さんが、竜宮の乙姫さまの御命令で来たと云ふのか』 黒姫『ハイハイ、妾は乙姫様の肉の宮ですもの』 男(テーリスタン)『妙な事を言ひますな。我々の御大将鷹依姫さまも、此頃は大変に、竜宮の乙姫さまがお出でになると云つて、一生懸命祈念を凝らして居られますよ』 黒姫『それ見なさい、高姫さま』 高姫『竜宮の乙姫さまは、遠の昔にお前さまの肉体を出て、後には曲津神が巣を組んで居るのですよ』 男(テーリスタン)『最前から我々が寝真似をして、二人の話を聞いて居れば、三五教の宣伝使と見えるが、なんだか愚図々々と喧嘩をしてゐたぢやないか』 黒姫『没分暁漢の高姫が、如意宝珠の玉を腹に呑み込んで居ると言つて、あんまり威張るものですから、今妾の方から絶縁を申込んだ所です』 男(テーリスタン)『そりや結構だ。お前さまは全く我々の同志だ。よしよし鷹依姫様に申上げて、都合好くとりなしを致しませう』 黒姫『どうぞ宜しうお頼み申します。………コラ高姫、態を見い、何程如意宝珠でも、大勢と一人では叶ふまいぞや』 と捨台詞を残し、テーリスタンと云ふ大の男に手を曳かれ乍ら急坂を登り行く。 高姫『アヽ仕方がない。到頭悪魔の容器になつて了つた。黒姫も今迄長らくの苦労を、一朝にして水の泡にして了つたか。アヽ可哀相なものだなア。コレコレそこのカーリンスと云ふお方、お前さまは何処から来たのだ、生れは何処だえ』 カーリンス『自分の国や生れが分る様な者が、斯んな所へ来て、宮番をするものかい。馬鹿な事を言ふない』 高姫『お前さまは如意宝珠の玉の肉体を知つて居るか。日の出神の生宮は誰だと云ふ事が分つて居るかい』 カーリンス『知つて居らいでか。お前の事ぢやないか。真偽の程は確でないが、最前から二人の話を聞いて居た。お前が所謂日の出神の生宮だらう』 高姫『敵の中にも味方あり、味方の中にも敵があるとは、よう言つたものだ。お前は妾の知己だ。中々身魂がよく磨けて居る。三五教へでも入信つたら、こんな小つぽけな宮番をせなくとも、立派な宣伝使になれるがなア』 カーリンス『私は宣伝使は嫌ひだ。朝から晩まで酒を飲んでグウグウと寝るのが好だ。彼方や此方へ乞食の様な真似をして、戸別訪問をして、犬の様に杓で水をかけられたり、箒で掃出されたり、引合はぬからなア。爺の痰を飲まされ、薯汁と痰の混汁に辷り転けて、揚句の果てには真裸で茨の池に落ち込み、着物を敵から貰ふ様な事[※第15巻第9章「薯蕷汁」のエピソード。]が出来するから止めとかうかい』 高姫『お前は妙なことを言ふ。薯汁や痰に辷り転けたのは何時の事だ。そして又誰の事だいなア』 カーリンス『そりやあお前さまよく御存じの筈だ』 高姫『ハテなア。海洋万里の波斯の国の出来事の譏り走りを聞いて居るとは、世間は広いやうなものの狭いものだ。これだから人間は慎まねばならぬ。悪事千里と云つて何処迄もよく行きわたるものだなア』 カーリンス『お前さまビツクリしただらう』 高姫『そりやまた、誰に聞いたのだい』 カーリンス『今頃そんな事を知らぬ者が一人でもあるものか。随分名高い話だぜ。鷹依姫さまは……おつつけ、心の明き盲、高姫と云ふ者が此山に出て来るから、一つ泡を吹かして改心させてやらねばならぬ。彼奴を改心させたならば、アルプス教の為には大変に間に合ふ……と云つて居られました。お前は高姫さまだらうがな』 高姫『ヘン、見違ひをして下さるな。黒姫の様な猫の目とは、チツと違ひますよ。サアこれから高姫が獅子奮迅の勢を以て、鷹依姫其他の部下を悉く言向け和すのだ。万々一、高姫の失敗になる様な事であれば、再び三五教へは帰らぬ積りだ。喉でも突いて死んで了うのだから、何と云つても、バラモン教の焼直しのアルプス教に対し、徹頭徹尾、頭を下げぬから、其積りで居なさい』 カーリンス『大変な固い決心だなア』 高姫『定つた事だよ』 高姫は谷間から滲み出る清水を手に掬んで、渇いた喉を潤して居る。其隙を窺ひ、カーリンスは高姫の首に細紐を手早くひつ掛け、グツと首を締め、 カーリンス『サアもう大丈夫だ。これで一つ、私の出世が出来る』 と高姫を背に負ひ乍ら、急坂をエチエチ登つて行く。 岩窟の中には、アルプス教の開山鷹依姫と云ふ中婆ア、木の株で作つた天然の火鉢を前に、長煙管を喞へ、二三の部下を前に据ゑて、 鷹依姫『今日は高姫、黒姫と云ふ二人の婆アが、此処へ出て来る筈だ。キツと神の魔力に依りて、天の森の竜神の宮に立ち寄る筈だから、テーリスタン、カーリンスの二人に、待伏せをさせて置いたのだが、やがてやつて来る時刻だらう』 甲『そんな事は、どうして分るのですか』 鷹依姫『そんな事に抜目のある妾かいな。チヤンと三五教の聖地へ指して密偵が這入り込ましてあるから、それが知らして来たのだよ。モウつい二人共、此処へやつて来る筈だから、お前達も充分に気を付けて、妾が此煙管で「クワン」と此磬盤を叩いたが最後飛んで出るのだ。それまでは次の間で、横になり考へて居るのだよ。併し寝て了つては可かぬから、目を開けて居るのだぜ』 三人は『ハイ』と答へて、次の間に身を隠した。そこへテーリスタンに伴なはれて黒姫が這入つて来た。 テーリスタン『只今帰りました。あなたの眼識には、実に敬服致しました。此通り黒姫を巧く引張り込みましたから、御安心下さいませ』 鷹依姫『これこれテーリスタン、何と云ふ失礼な事を言ふのだい。鬼の岩窟か何ぞの様に、引つぱり込みましたなんて、チツト言霊を慎みなさい。結構なお方を御迎へして帰りましたと、何故言はないのだい。……これはこれは黒姫様、遥々とよう来て下さいました。空中は余程風が烈しうてお困りでしたらう。後程ユルユルとお話を承はりますから、少時奥で御休息を願ひます』 黒姫『初めてお目にかかります。御神徳の高い御山と見えまして、雲までが皆謙遜り、谷底へ遠慮を致してゐますなア』 鷹依姫『雲に突き出た高春山、誠の御神徳は俗塵を離れて中空に聳えた聖地でなければ本当の神力は現はれませぬ。炮烙を伏せた様な低い山を背景にして神業を開始するなぞと、てんで物に成りませぬワ。四尾山と高春山とは気分が違ひませうがなア』 黒姫『大きに違ひます。妾も此処へ登つてから何だか気分が面白くなつて来ました。三五教のアの字を聞いても厭になりましたよ。それに言依別命と云ふハイカラな教主になつて居るのだから、内幕の腐爛状態と云つたら御話になりませぬ。又高姫と云ふ……もとは妾のお師匠で御座いますが、カンカラカンのカン太郎が、頑固一途を立て通すものですから、妾も此処までやつて来て、天の森の竜神さまの前で、暇を呉れてやりました』 鷹依姫『それは何より結構です。此世でさへも切り替へがあるのだから、良い加減に思ひ切つて、新しい世界へ出た方が貴女の身の為ですよ』 黒姫『ハイ有難う御座います。黒姫の思うて居ることをスツカリ仰有つて下さいまして、唯一の共鳴者を得た様な心持が致します。生れてからこれ位愉快な事はありませぬワ』 鷹依姫『サアどうぞ奥へ行つて御休息下さいませ』 とテーリスタンに目配せした。 テーリスタン『サア黒姫さま、奥へ御案内致しませう』 と手を取つて岩室の中に案内した。そして外よりガタリと蝦錠をおろし、 テーリスタン『モウ斯うなつては、何程藻掻いても駄目ですから、充分に御考へ置きを願ひます。左様ならば』 と云ひ捨て、鷹依姫の側に立帰り、 テーリスタン『首尾よう岩室の中に籠城を命じて置きました。併し乍ら、あの黒姫に限つて、決して御心配は要りませぬ。平岩の上に於てスツカリ、高姫と黒姫の心中を探りました。モウ大丈夫ですよ』 鷹依姫『さう軽々しく楽観は出来ない。油断は大敵だ。罷り違へば爆裂弾を抱いて寝るやうなものだからなア』 テーリスタン『竜神の祠の前へ来るまでは、両人はどうしても、貴女を三五教へ帰順させると云ふ目算らしう御座いましたが、竜神の祠の中から神様の御神霊が現はれ、黒姫にのり憑られたと見えて、俄に……妾は竜宮の乙姫の生宮だと威張り出し、二人が喧嘩をおつ始め、到頭黒姫は貴女の部下になると云つて、ここを目蒐けて走り出しました。それで私もコレコソ渡りに船だと心勇み、手を曳いて此処まで連れて帰つたのです。モウ大丈夫ですから御安心下さいませ』 鷹依姫『それは結構だが、モウ一人の高姫はどうなつたのだえ』 テーリスタン『高姫ですか。あれは何事にも抜目のないカーリンスに一任して来ました。屹度フン縛つて、やがて登つて来るでせう』 鷹依姫『あの高姫は腹に如意宝珠の玉を呑んで居るのだから、どうしても腹断ち割つて抉り出さねばならないのだ。併しうまくカーリンスが連れて帰つて来るだらうかなア。黒姫は玉無しだから、どうでも良い様なものの、肝腎要なは高姫だ。カーリンスが大変に困つて居るだらう。お前御苦労だが、モウ一度加勢に行つて呉れまいか』 テーリスタン『行けと仰有れば、行かぬ事はありませぬが、大変に、彼奴の顔を見ると目がマクマクするのですよ』 鷹依姫『何、目がマクマクするか、正しく如意宝珠の玉を呑んで居る証拠だ。目を塞いで、早くどうでもいいからフン縛つてなつと、二人して連れてお出で』 テーリスタン『承知致しました』 とテーリスタンは、山を一散走りに駆下る。後に鷹依姫は独言、 鷹依姫『アヽ時節は待たねばならぬものだなア。鬼雲彦や鬼熊別の大将株は、三五教の言霊とやらに討たれて、見つともない、男の癖に雲を霞と本国へ逃帰り、いい恥曝しをなされたが、女の一心岩でも徹すと云つて、夫に似ぬ健気な女房蜈蚣姫は三国ケ岳に立籠り、到頭黄金の玉を手に入れた。ヤレ嬉しやと思ふ間もなく、又しても其玉を三五教にウマウマと取返され、喜んだのは束の間、サツパリ糠喜びとなつて了つた。併し何程蜈蚣姫が智慧があつても、神徳が備はつて居ると云つても、此鷹依姫には足元へも寄れない。チツと爪の垢でも煎じて呑まして上げたいものだ。如意宝珠の玉の容器は、声なくして呼びつける。黒姫は玉無しだが彼奴は黄金の玉の在処を一番よく知つて居ると云ふ事だ。此間帰つて来た虎公の報告では黒姫さへ手に入れてうまく白状させたならば、黄金の玉も手に入ると云ふ事だから、云はば玉を手に入れたも同然だ。アヽなんとした結構な事が出来て来たものだらう』 とカンカン磬盤を長煙管で打つた。ウツウツと眠つて居た三人の耳には、早鐘の様に強く響いた。三人はビツクリ仰天起あがり、周章狼狽き、鷹依姫の居間に走り行き、 三人『火事だ火事だ』 と擂鉢を抱へて走る奴、火鉢を抱へて飛び出さうとする者、座敷の真中でキリキリ舞をする奴、右往左往に狼狽へ廻る。鷹依姫は長煙管の先で三人の頭をピシヤピシヤと叩き、元の座に悠然として腰をおろし、 鷹依姫『コラコラ貴様達は、何を狼狽へて居るのだい』 と大きな尖つた声で喚き立てる。 甲『ハイハイ何で御座いますか』 鷹依姫『何でもない。気を落ち着けなさい。今タカが一羽此家へ来るのだから、料理をせにやならぬ。其用意に出刃でも磨いで置きなされ』 乙『誰か鷹の様なものを捕つたのですか。彼奴は肉食鳥だから味が悪うて、臭くつて喰べられませぬ。大きな図体の割りとは羽根ばつかりで、食ふ所はチヨビンとよりないものですよ』 鷹依姫『エーそんな講釈は後にしなさい。羽根の無いタカが来たのだ』 斯く話す折しも、カーリンス、テーリスタンの両人は、高姫の首を締めた儘、担いで這入つて来た。 鷹依姫『アヽ御苦労々々々、マア庭の隅へでも片付けておいて、ユツクリ休んでお呉れ。随分骨が折れただらうなア』 テーリスタン『イエ骨は折りませぬが、首だけ締めて置きました』 鷹依姫『早く解いてやらないと息が絶れるぢやないか。息が絶れて了へば、折角の玉が死んで了ふ。生きた間に取らねば間に合はぬのだ。早う早う…』 と急き立てる。カーリンス、テーリスタンの両人は『ハイ』と答へて、徳利結びにした首の紐を解いた。最早高姫は縡切れたか、ビクとも動かぬ。 テーリスタン『ヤア此奴ア、到頭寂滅しやがつたなア。どうしたら宜からうか』 カーリンス『人工呼吸法だ』 と両人は一生懸命に高姫の体を捉へ、手や足を無暗矢鱈に動かして居る。暫くあつて、高姫は「ウーン」と息を吹き返す。 テーリスタン『アヽもう此方のものだ。鷹依姫さま、此先はどうするのですか』 鷹依姫『マア茶でも飲んでユツクリするのだ。其間に妾から命令を下すから……』 暫くあつて鷹依姫は、 鷹依姫『黒姫さまを招んで来なさい』 テーリスタン『ハイ』 と答へてテーリスタンは、黒姫を押込めた岩窟の前に走り行く。黒姫は忍び忍びに何か歌つて居る。 黒姫『高天原を立出でて三五教の宣伝使 高姫さまと諸共に御空を翔ける磐船に 乗りてやうやう高春の山の麓に着陸し 黄金の草をより分けて霧の海原探りつつ 一歩々々急坂を登つて来たのが天の森 巨岩怪石立並び風光絶佳の霊地ぞと 二人は此処に息休め竜神さまの祠をば 眺めて休らふ折柄に何んとは無しにビリビリと 震ひ出したる我身体高姫さまは知らねども 確かに尊き神懸りさはさり乍ら黒姫が 夢にも思はぬ囈語をベラベラ喋つて高姫に 力の限り毒ついた吾師の君よ高姫よ 猫の目玉のくれくれと心の変る黒姫と 必ず思うて下さるな此れには何か神界の 深い仕組のあるならむ曲津の軍いと多く アルプス教を開きたる鷹依姫が右左 司と仕へしカーリンステーリスタンの両人が 巌の上に横臥して狐狸の空寝入り 様子を窺ひ居ることに黒姫早くも気が付いて ワザと師匠の高姫に心に在らぬ事ばかり 申上げたは済まないがこれも何かの御経綸 妾の心はさうぢやないどうぞ赦して下さんせ 生命捧げた宣伝使悪魔のはびこる此岩窟 如何なる憂を見るとても言向和さで置くべきか 暫く待てよ高姫の吾師の君の宣伝使 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも黒姫如何になるとても 三五教の神教を天下に拡げにや置くものか 巌をも射貫く黒姫が固き心の梓弓 矢竹心は高姫の心の的に命中し やがては疑雲隅も無く天津日の如晴れるだろ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と歌つて居る。カーリンスは外より岩の戸を、鍵を以て押開け、 カーリンス『黒姫さま、教主様がお召びになりました。大変な所へお入れ申して、さぞ御腹が立つたでせうが、ここはどんな立派なお方でも、初めて這入つて来た方は、早くて三日、遅いのは十日二十日と、此岩窟で修行をさすのが規則ですから、決して押籠めたなどと思つては可けませぬぞや。三五教でさへも、岩窟の修行場が拵へてあるでせう』 黒姫『イエイエ決して悪くは思うて居ませぬ。斯様な結構な所で修行をさして頂くなら仮令一月が二月、三年五年要つた所で、別に苦痛とは思ひませぬよ』 カーリンス『それはまた大変な馬力ですな』 黒姫は微笑み乍ら、イソイソとして鷹依姫の前に現はれ、 黒姫『これはこれは教主様、結構な修行をさして頂きまして有難う御座います。成程あの岩窟は心が静まつて、結構で御座いますな』 鷹依姫『結構でせうがな。あなたは身魂の洗錬が出来て居りますから、僅一時位で卒業が出来たのですよ。開教以来あなたの様に早く出た方は御座いませぬ。お芽出度う御座います』 黒姫は、 黒姫『イヤ有難う御座いました』 と振り向く途端に、高姫の横たはる姿を見て打驚き、 黒姫『ヤア高姫さまが縡切れて居らつしやる』 と顔の色をサツと変へた。鷹依姫は、 鷹依姫『オツホツホツホヽ、あんまりカーリンスと格闘をなさつたものだから、御疲労なさつたものと見えます。お前さまは今見て居れば蒼白の顔をしてビツクリなさつたが、矢張り未練がありますかい。斃つた人を座敷へも上げず、土間に寝かして置いたのは無残の様に貴女は思つたでせうが、これは一つの医療法ですよ。お土のお蔭で血液の循環が旧へ復り、息吹き返す様にしてあるのだ。やがて蘇生されるでせう』 黒姫『ナニ妾は高姫なんかに未練がありますものか。こんな傲慢不遜な頑固者、今天の森で弟子の方から暇を与れてやつた所です。それを証拠に、妾は貴女の弟子になりたいのですが、使つて下さいますか』 鷹依姫『お前さまの云ふ事に間違ひなくば、喜んで手を引合うて行きませう』 黒姫『有難う御座います』 と云ひつつ黒姫は庭に下り、高姫の尻を力限りに握り拳を固めて、七つ八つ打ち、 黒姫『コリヤ高姫、思ひ知つたか』 高姫は『ウーン』と息を吹く。 黒姫『オホヽヽヽ、能う斃つたものだ。この儘棄てておけば死んで了ふのだが、併し此奴は貴方の御存じの通り如意宝珠の玉を呑んで居りますから、吐出さしてアルプス教の神宝にせなくてはなりますまい。何とかして大事に……イヤイヤ大事にせなくてもよい。生き返らして生玉を取らねばなりませぬから、暫く助けてやつたらどうです』 鷹依姫『黒姫さまの仰有る通り、一先づ生かして、玉を吐き出させねば、折角苦労した効能が無い。玉さへ取れば後は煮て食はうと、焼いて食はうと、若い奴に呉れてやる。併し生き返らうかな』 黒姫『これは容易に恢復しますまい。何卒黒姫に任して下さるまいか。さうすればキツト体を旧の通りにして、さうして折を考へ、生玉を引抜いて見せませう』 鷹依姫『アヽそんならお前様にお任せするから、宜しく頼みます』 黒姫『何と云つても玉を呑んで居るのだから、玉の納めてある室へ高姫の死骸を寝さし妾が介抱をしてやりますから、極秘密に、誰にも分らぬ様にして下さい。黒姫がキツト取つてお目に掛けます』 鷹依姫『アヽそんなら御頼み申します。誰も這入つた事のない玉の居間、彼処には紫の夜光の玉が納まつて居る。是れはアルプス教の生玉だから、誰にも見せないのだが、お前さまの精神を見届けたから、其居間を一任しませう』 黒姫『それはそれは実に望外の仕合せ、此上は粉骨砕身、アルプス教の為に、犬馬の労を惜みませぬ』 鷹依姫『妾も実は相談しようにも相手がなくて困つて居つたのだ。御前さまが此処へ来て呉れたは天の与へ、肉身の妹が来たも同然だから、互にこれから諒解し合うて秘密の相談を致しませう。サア妾が案内をしますから……』 と先に立つ。 黒姫『高姫の死骸を持つて行かねばなりますまい』 鷹依姫『アヽさうでしたな。併し乍ら秘密室に誰も入れる事が出来ないのだから……』 黒姫『妾が担いで参りませう。………ヤイ高姫、お前は幸福者だ。一旦縁を絶つた妾に又世話になるのかいやい』 と口汚く罵り乍ら、脇にエチエチ引抱へ、足を引摺りもつて、鷹依姫の後に従つて秘密室に這入つて行く。 鷹依姫『ここが大切な所だから、お前さま、高姫の息吹き返す様に、鎮魂をしてやつて下さい。さうして時節を待つて生玉を抜いて下さいや』 黒姫『何事も呑み込んで居ます。其代りに十日許り、二人前の食料を入れて下さい』 鷹依姫はニコニコし乍ら、我居間に帰り、珍味佳肴を、ソツト秘密室へ持運び、素知らぬ顔をして居る。 高姫はムクムクと起上り、四辺をキヨロキヨロ見廻して、 高姫『アヽ妾は夢を見て居たのかいな。アヽ黒姫さま、お前さまと天の森の竜神の祠で従来に無い大喧嘩をして、それより悪い奴に喉を締められたと思つて居たが……ヤツパリ夢だつたかなア』 黒姫、あたりを憚る小声にて、 黒姫『高姫さま、決して夢ぢやありませぬ。ここは高春山の割れ岩の岩窟……』 と耳に口を当て、何事かヒソヒソと囁いて居る。高姫は紫の玉を眺め、 高姫『マア立派な玉がありますな』 黒姫『これがアルプス教の性念玉です。此れさへ手に入れば、アルプス教は最早寂滅、何とかして帰順させる方法はありますまいかなア』 高姫『ナニ、ありますとも、この高姫が呑んで持つて帰れば好いのだ』 黒姫『何でもあなたは呑み込みが良いから便利ですなア』 高姫『練つて練つて練つて練り倒し、仕組の奥の生玉を呑み込んだ此妾、此玉の一つや二つ呑むのに何の手間暇が要りますものか』 と云ふより早く、玉を手に取り、クネクネクネと撫で廻し、餅の様に軟かくして、グツと呑み込んで了つた。此時秘密室の外に、慌ただしく駆出す足音が聞えた。此れはテーリスタン、カーリンスの二人であつた。嗚呼、高姫、黒姫の運命は如何なるであらうか。 (大正一一・五・一六旧四・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 02 夢の懸橋 | 第二章夢の懸橋〔六七六〕 高春山に割拠するバラモン教の一派アルプス教の教主鷹依姫を言向け和すべく、言依別命の旨を奉じて天の磐樟船に乗り、勢よく聖地を出発した高姫、黒姫は殆ど三ケ月を経るも何の消息もない。言依別命は密かに竜国別、玉治別、国依別の三人の宣伝使を招き、聖地の何人にも明さず、高春山に二人の消息を探査すべく出張を命じた。竜国別はもと高城山の松姫館に仕へたる竜若の改名である。玉治別は田吾作、国依別は宗彦の改名である。 教の花も香ばしく咲き匂ひたる桶伏の 山の麓にそそり立つ錦の宮を伏し拝み 言依別の命令を密かに奉じて三人は 月の光を浴びながら勇み進んで石原の駅 長田野、土師を夜の間に栗毛の駒に跨りて 蹄の音も勇ましく晨の風の福知山 尻に帆かけてブウブウと痩せ馬の屁を放りながら 青野ケ原を右左眺めて走る黒井村 心いそいそ石生の駅御教畏み柏原の 田圃を越えて進み行く。 此処は神智地山の入口、アルプス教の鷹依姫の勢力範囲として居る十里四方の入口である。鬼の懸橋と云つて、谷から谷へ天然に架け渡された一本の岩の橋がある。此処を通らねば何うしても高春山へ進む事が出来ない嶮要の地である。 幾百丈とも知れぬ山の頂きに天然に架け渡された石橋、眼下を流るる谷川の水は淙々として四辺に響き、自ら凄惨の気に打たるる許りである。玉治別はこの橋の前に着くや否や、頓狂な声を出して、 玉治別『ヨー要害堅固の絶所だ。アルプス教の奴、中々良い地点を撰んで関所にしやがつたものだなア。我恋は深谷川の鬼かけ橋、渡るは怖し、渡らねば、恋しと思ふ鷹依姫の鬼婆アさんに会はれない』 と無駄口を叩きながら半分許り進んで行つた。どうした機か、さしもに長い石橋は、中程より脆くも折れて、橋と共に玉治別は深き谷間に顛落し、泡立つ淵にドブンと、落ち込んで仕舞つた。 竜国別、国依別は此変事に胆を潰し、 竜国別『ヤア、国さん、何うしよう何うしよう』 と顔を見合して驚きの浪に打たれて居る。 国依別『今日は何となしに気分の悪い日だと思つて、石生の里から馬を放ちやり、三人が斯うしてテクついて来たが、まアまア結構だつた。馬にでも乗つて居らうものなら玉治別と一緒に馬も死んで仕舞ふところだつた』 竜国別『何を云つて居るのだ。馬位死んだつて諦めがつくが、肝腎の玉治別を谷底へ落して仕舞つて詮らぬぢやないか。何とか考へねばなるまい。馬と同じやうに取扱はれては玉治別も可憐さうだ』 国依別『アヽさうだつた。余り吃驚して狼狽へたのだ。サア川下へいつて、何処かの岩石に宿泊して居るだらうから、肉体なと探してやらねばなるまい』 と早くも引返す。竜国別も後についてトントンと四五丁ばかり引返し、谷川を彼方此方と眼配り、捜索し始めた。 いくら探しても影も形もない。二人は途方に暮れて施すべき手段もなく、悔し涙に暮れて居る。二三丁下手の方より、 『オーイオーイ』 と呼ぶ者がある。二人は、 竜国別、国依別『ハテなア、聞き覚えのある言霊だ』 と声する方に向つて駆出した。 見れば玉治別は、谷川の中に立つ大岩石ホテルの露台の上にて、着物を一生懸命にしぼつて居る。 竜国別『オー、お前は玉治別ぢやないか。何か変つた事はなかつたかなア』 玉治別『変つた事が大ありだ。堂々たる天下の宣伝使がお通り遊ばしたものだから、あれだけの大きい石の橋が脆くも折れよつて、忽ち玉治別のプロパガンデイストは、数千丈の空中滑走を旨く演じ、無事御着水、直ぐ谷川の水に送られて殆ど下流十丁許り、忽ち変る男の洗濯婆アさま、今濡れ衣を圧搾して居る最中だ、アハヽヽヽ』 と平気で笑つて居る。 国依別『オイ、貴様は真実の玉治別ではあるまい。あれだけ高い石橋から顛倒し、谷底の深淵へ墜落しながら、そんな平気な顔して居れる筈がない。大方貴様は化州だらう。オイ竜国別、ちつと合点が行かぬぢやないか』 竜国別『アヽさうだ。彼奴は何かの変化であらうよ』 と矢庭に眉毛に唾をつけて居る。 玉治別『実際は玉治別は死んだのだ。大岩石と共に墜落し、五体は木つ端微塵、流血淋漓として谷水を紅に染め、忽ち変るインフエルノの血の河となつたと思ひきや、まアざつと此の通り御壮健体だ。オイ竜、国の両人、お前も橋は無いが、あの橋詰から一辺飛び込んで見よ、随分愉快だよ』 竜国別『益々怪しからん事を云ふ奴だ。オイ国依別、も少し下を探して死骸でも拾うて帰らうぢやないか』 玉治別『お前の探す肝腎の玉は、この岩上に洗濯爺となつて鎮座坐しますのを知らぬのか。お前の考へはタマで間違つて居る。玉治別の宣伝使が二人もあつてたまるものかい。死骸を探すと云うても、死なぬ者の死骸が何処にあるか。そんな至難の業はよしにせよ。苦労の仕甲斐がないぞよ、アハヽヽヽ』 竜国別『本当に玉治別に間違ひは無からうかのう、国依別』 玉治別『間違ひがあつて耐らうかい。俺はお勝の婿の元の田吾作だ。これでもまだ疑ふのか。今の人民は薩張悪の心になりて仕舞うて居るから、疑がきつうて何を云うても誠に致さず、神も迷惑致すぞよ。改心なされよ。改心致せば盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ。灯台下は真闇がり、目の前に居る友達の真偽が分らぬとは良くも此処まで曇つたものだぞよ。玉治別の神も、今の人民さまには往生致すぞよ。余り鼻を高う致すと、鼻が邪魔して上も見えず、向ふも見えず、足許は尚見えぬやうになつて仕舞ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、煎豆に花の咲いたやうな結構な御神徳が、目の前にぶらついて居りながら、灯台下は真闇がり、ほんに可憐さうなものであるぞよ。改心なされよ。改心致せば其日から目も見えるぞよ。身魂も光り出すぞよ。二人のお方疑ひ晴らして下されよ。玉治別の幽宣伝使に間違ひはないぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。余り慢心致して宣伝使が馬に乗つたり致すから、神罰を蒙つて、結構な神のかけた橋を折られ、谷川に落されてアフンと致さなならぬと云ふ実地正真を見せてやつたのであるぞよ。高姫や黒姫を見て改心なされよ。結構な二本の足を神界から頂きながら、偉さうに飛行船に乗つて、悪魔の征服なぞと云つて出かけるものだから、今に行衛が知れぬではないか。其方等は神の御用を致す宣伝使だ。鑑は何程でも出してあるから、鑑を見て改心致されよ。この玉治別は誠に結構な神が守護して御座るぞよ。明神の高倉、旭を眷属と致して、身代りに立てたぞよ。人民の知らぬ事であるぞよ、アハヽヽヽ』 国依別『オイオイ田吾作、馬鹿にするない。貴様は稲荷ぢやないか。稲荷なら稲荷ではつきりと云へ、俺はこれから貴様の審神をしてやるから、早く素直に往生致さぬと取り返しのつかぬ事が出来致すぞよ。ジリジリ悶え致しても後の祭り、苦しむのを見るのが国依別は可憐さうなから、気もない中から気をつけるぞよ。お前は俺の妹のお勝の婿に化けて居るが、早く往生致して改心致せばよし、余り我を張通すと、神界の規則に照らして帳を切るぞよ、外国行きに致すぞよ』 竜国別『こらこら何を云ふのだ。彼方にも此方にも、しようもない神懸をやりよつて、俺を馬鹿にするのか』 玉治別『神は直き直きにものは云はれぬから田吾作の肉体を借りて気をつけるぞよ。実地正真の手本を見せてあるぞよ。大本の大橋越えてまだ先へ、行方分らぬ後戻り、慢心すると其通り谷底へ落されて仕舞ふぞよ』 竜国別『エヽ怪体な、早く真正ものなら此方へ出て来い』 玉治別『真正者でも贋者でも、何時迄もこんな所に立つて居れるかい。早く改心して呉れ、改心さへ出来たなら、神はいつでも谷を渡つて、其方へ行つてやるぞよ』 国依別『竜公の改心の出来ぬのは、度渋太い豆狸の守護神であるから、玉治別神様が御降臨、イヤ御降来遊ばさぬのは無理もないぞよ。早く豆狸や、野天狗の守護神を放り出して、神様に貰うた生粋の水晶魂に磨いて下されよ。神は嘘は申さぬぞよ』 竜国別『エヽ兄と弟と寄りよつて、此谷底で竜国別を馬鹿にするのか』 玉治別『馬鹿にし度いは山々なれども、頂上に達した完全な馬鹿だから、此上もう馬鹿にしようがないので、玉もたまらぬから神も胸を痛めて居るぞよ』 竜国別、自暴自棄になつて、 竜国別『余り此世が上りつめて、悪魔計りの世になりて、神は三千年の苦労艱難致して此世に現はれて見たなれど、余り其処辺中が穢しうて、足突つこむ所も、指一本押へる処もありは致さぬぞよ。余り此豆狸の身魂が世界を曇らしたによつて、神が仕組を致して、玉治別の身魂を懲戒のために、折れる筈のない石橋をポキンと折つて、神力を現はし、身魂の洗濯をして見せたぞよ。曇つた世の中にも、一人や二人は誠の者があらうかと思うて、鉄の草鞋が破れる処迄探して見たが、唯た一人誠の者が現はれたぞよ。之を地に致して三千世界の立替立直しを致すのであるぞよ。竜国別の身魂は誠に結構な因縁の身魂であるから、神が懸りて何彼の事を知らさねばならぬから、長らく御苦労になりて居るぞよ。糞糟に落ちて居りて下されと神が申したら、一言も背かずに竜国別が聞いて下されたおかげによつて、神の大望成就致したぞよ。それについても因縁の悪い身魂は玉治別、国依別のガラクタであるぞよ。此身魂さへ改心致せば世界は一度に改心致すぞよ。此御方は誠に結構な清く尊い偉い立派な、世界にもう一人とない生粋の根本の元の分霊であるから、神が懸りて大望な御用が仰せつけてあるぞよ。世界の者よ、竜国別の行ひを見て改心致されよ』 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も皆神懸の真似ばかりしよるわい。サアサアこんな人足に相手になつて居れば日が暮れる。一遍出直して、再び出陣しようかい』 と、濡れた着物を脇に拘へ、真裸のまますたすたと谷の流れを此方に渡り、坂道を谷沿ひに下り行く。二人は、 竜国別、国依別『オーイ待て』 と後を追ふ。 折から俄に黒雲塞がり、咫尺も弁ぜざるに至つた。玉治別は、 玉治別『オーイオーイ二人の奴、俺の声を目当について来い』 と力一杯呶鳴り立てる。 竜国別『アヽ吃驚した。何だい、夜中に夢を見やがつて、大きな声を出しよつて、寝られぬぢやないか』 国依別『アヽ俺もエライ夢を見て居つた。玉公の奴、鬼の懸橋から谷川に顛落し、軈て仕様もない事を口走りよつたと思つたら、何だ、夢だつたか。錦の宮の高殿に七五三の太鼓が鳴りかけた。サア早くお礼をして、言依別様の夜前俺達に云ひつけられた高春山征伐に向はうぢやないか』 折からの風に小雲川の水瀬の音は手に取る如く耳に入る。 言依別の御言もて聖地を後に竜国別の 神の命の宣伝使心の玉治別司 国依別を伴ひて小雲の流れを溯り 高春山の鬼神を征服せむと出で行きし 高姫黒姫両人を助けにや山家の肥後の橋 膝の栗毛に鞭打ちて草鞋脚絆に身を固め 菅の小笠の草や蓑巡礼姿に身を窶し 谷を伝ひてテクテクと須知蒲生野ケ原を過ぎ 観音峠も乗り越えて教の花の咲き匂ふ 珍の園部や小山郷翼なけれど鳥羽の里 道も広瀬の川伝ひ高城山を右手に見て 名さへ目出度き亀山の珍の館に着きにける。 此処には梅照彦、梅照姫の二人、言依別命の命を奉じ、小やかな館を建て、教を遠近に伝へて居た。三人の姿に驚いて梅照姫は奥に駆入り、 梅照姫『モシモシ御主人様、妙な男が三人やつて来ました。さうして門口に立つて動きませぬ。どう致しませうか』 梅照彦『誰人か知らぬが、服装が悪くつても、如何なる神様が化けて御座るか知れないから、鄭重にお迎へ申したらよからう』 梅照姫は召使の春公を招き、 梅照姫『何人か門に来て居られる筈だから、鄭重にお迎へ申して来なさい』 春公『承知致しました』 と門口に走つて出た。春公は其処をきよろきよろ見廻しながら独言。 春公『庭長にせよと仰有るから迎ひに出たが、誰も居やせぬぢやないか。乞食が三人居る計りで、大切なお客さまは見えはせぬ。ハヽア、もう、つい御座るのであらう。オイ其処な乞食共、其処退いて呉れ。唯今庭長さまがお越しになるのだから、お前のやうな乞食が門口に立つて居ると、見つとも好くない。サアサア何処かへ往つたり往つたり』 竜国別『貴方は当家の召使ですか。梅照彦は居られますかな』 春公『エヽ何をごてごて云ふのだ。人を見下げて召使かなんて、其様なものとはちつと違ふのだ』 竜国別『然らば貴方は当家の御主人ですか』 春公『マアマア何うでもよいわい。どつちかの中ぢや』 竜国別『御主人とあれば、一寸承はり度い事があつて参りました』 春公『そんな者に当家の主人は用が無いわい。早く何処かへ退散せぬか。今庭長さまがお越しになるのだ。邪魔を致すと此箒で撲りつけるぞ』 玉治別『これや、お前は此処の召使だらう。下男だらう。門前に三人の宣伝使が見えて居るのに主人にも取り次がず、追ひ出すと云ふ事があるものか。早く取り次いで呉れ』 春公『取り次がぬ事もないが、今日は俄にお取込みが出来たのだ。庭長さまがお出になるのだから、何れ御馳走をせなくてはならぬ、さうすれば又ちつとは余るから、明日除けて置いてやるから、更めて出て来い。それ迄其辺うちを迂路ついて、今日はまア他家で貰ふが好からう』 玉治別『お前は我々を乞食と見て居るのだなア。それや余りぢやないか』 春公『余りも糞もあつたものかい。縦から見ても、横から見ても乞食に間違ひはない。余りぢやと云うたが、今日は御馳走が余るとも余らぬとも見当がつかぬ。明日出て来い。屹度握り飯のあんまりを一つ位は俺がそつと除けて置いてやる。貴様も腹が空つとるだらうが、まア辛抱をして居れ。俺だつて生れつきの悪人ぢやない。つい十日程前まで、乞食に歩いて、道の端で飢に迫り倒れて居つたところ、此家の主人が拾ひ上げて下さつたのだから何処迄も大切に此門を守らねばならぬのだ。何卒頼みだから暫く他家へ行つて居て呉れ。今庭長さまがお見えになるのだ。若しその庭長さまが、此家の主人にでも何かの端に、此方の門口には乞食が三人立つて居ましたと云はつしやらうものなら、それこそ俺は此家を放り出されて又元の乞食になり、お前等の仲間に逆転せなくてはならぬから、何うぞここは俺を助けると思つて、暫く退却して呉れ。乞食の味は俺もよく知つて居る。辛いものだ。本当に同情するよ。訳の分らぬ無慈悲の奴だと恨めて呉れな』 国依別は大声を発し、 国依別『梅照彦々々々』 と呶鳴つた。春は吃驚して、 春公『コラコラ、そんな非道い事を云ふものぢやない。俺が叱られるぢやないか。乞食が云うたと思はずに、俺が主人を呼び捨てにしたやうにとられては耐らぬぢやないか。些とは俺の身にもなつて呉れ』 竜、玉、国の三人の宣伝使は一時に声を揃へて、 三人『梅照彦々々々』 と呶鳴り付ける。春は、 春公『やアこいつは耐らぬ、ぢやと云うて人の口に戸を立てる訳にも行かないわ。一つ奥へ行つて言ひ訳をして来う』 とバタバタと奥に駆込む。梅照彦は人待顔にて、 梅照彦『お客さまはどうなつたか。早くこちらへ御案内せぬか』 春公『イヤ、未だ見えませぬ。何うしてこんなに遅いのでせうなア』 梅照彦『今何だか大勢の声がしたではないか』 春公『あれは乞食が歌を歌つて御門前を通つたのですよ』 梅照彦『お前の声ではなかつたかな』 春公『イエイエ滅相もない、誰人が御主人様を梅照彦なんて呼びつけに致しますものか。何でも貴方のお名を知つて居る乞食が云つたのでせう』 梅照彦『ハテナ、それでも今妻が、門口に三人のお方が門を開けて呉れと云つてお待ちになつて居ると云うて居た。今御飯の仕度をすると云つて炊事場の方にいきよつたが、もうお客さまは帰つて仕舞はれたのかなア』 春公『イヽエ、まだお客さまは見えませぬ。唯三人の見すぼらしい乞食が、蓑笠を着て、門の傍に立つて居ります』 梅照彦『何、まだ立つて居られるか』 春公『御主人様、貴方はあんな乞食に丁寧な言葉をお使ひになるのですなア』 梅照彦『乞食だつて誰人だつて、同じ神様から生れた人間だ。丁寧に致さねばならぬではないか』 春公『それでも私に対しては余り丁寧ぢやありませぬな。いつも春、春と呼びつけになさるでせう』 梅照彦『そんならこれから、春さまと云つたらお気に入りますかなア』 春公『御尤もでございますなア』 斯く話す折しも、門口から宣伝歌が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 四方に伝ふる亀山の珍の館を守り居る 梅照彦の門の前遥々訪ね来て見れば 佇み居たる山の神我等の姿を見るよりも 踵を返し奥に入る嗚呼訝かしや訝かしや 主人の妻か下婢か不思議と門に立ち止まり 門の開くを待つうちに躍り出たる下男 我等の前に竹箒掃出すやうな捨言葉 庭長さまが来るまで帰つて呉れいと頑張つて 又もや門をピシヤと締め蒼惶姿を隠しけり 汝梅照彦司三五教の御教を 何と思ふか世の人を貴賤老幼別ちなく 救ひ助けて皇神の教の徳に靡かせつ 世人を守る神司世にも尊き天職を もはや汝は忘れしか神の教を笠に着て 体主霊従利己主義を発揮し居るは三五の 神の教に非ずしてバラモン教の行り方ぞ 我は御国を救はむと晨の風や夕の雨 そぼち濡れつつ高春の山に向うてアルプスの 神の教の司なる鷹依姫を言向けて 世人を救ふ神柱言依別の御言もて 漸う此処に来りしぞ汝が日頃のやり方は 今現はれた下男言葉の端によく見える 貴き衣を身に纏ひ表面を飾る曲人を 喜び迎へ入れながら服装卑しき我々を 唯一言に膠もなく追ひ帰さむと努むるは 全く汝が指金か但は下男の誤りか 詳細に御答へ致されよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし身の上は如何なる卑しき姿をも 如何なる見悪き服装せる乞食の端に至るまで 救ひ助けにやおかれまい汝は易きに狎れ過ぎて 救ひの道を忘れしか神は我等と倶にあり 神の勅を畏みて曲津の征途に上り行く 我等一行三人連れ竜国別や玉治別 国依別の宣伝使此処に暇を告げまつる あゝ惟神々々恩頼を蒙りて 早や暮れかかる冬の日を御稜威も高き高熊の 御山を指して進むべし梅照彦よ妻神よ 随分お健でお達者で神のお道に尽くされよ 私はこれにて暇乞ひ三人の司が凱旋を 指をり数へて待つがよいさアさア往かうさア往かう 門前払ひを喰はされて余り嬉しうは無けれども これも何かのお仕組か行けるとこ迄行つて見よう 決して世界に鬼は無い三五教の身の内に 梅照彦の鬼が坐すもしや我等の云ふ事が お気に障れば赦してよあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 と玉治別は大声にて心の丈を歌ひ終つた。 梅照彦は此歌を聞くや、驚いて表門に駆けつけ砂上に頭を下げ、 梅照彦『これはこれは宣伝使様で御座いましたか。まことに下男が粗忽を致しまして、申訳が御座いませぬ。さアさアどうぞお這入り下さいませ』 玉治別『イヤ有難う。かういふ立派なお館へ乞食が這入りましては、お館の名誉にかかはりますから、今日はまアこれで御免を蒙りませう』 梅照彦『お腹立御尤もで御座いますが、つい失礼致しまして……全く下男の業で御座いますから、どうぞ許して下さいませ。さアさア御機嫌直して、トツトとお這入り下さいませ。コレ梅照姫、春公、お詫を申上げないか』 と呶鳴つて居る。二人は此声に驚いて様子は分らねど、梅照彦が土下座をして居るのを見て、自分も同じく大地に平伏して頭を下げた。 玉治別『今貴方は下男が悪いのだと云はれましたな。決して下男ぢやありませぬよ。責任は矢張主人にある。さう云ふ気のつかない馬鹿な男を、門番にするのが第一過りだ』 梅照彦『ハイ、何と仰せられましても弁解の辞がありませぬ』 竜国別『サア、事が分れば好いぢやないか。玉治別、国依別、お世話になりませうかい』 と先に立つて進み入る。二人もニコニコしながら、 玉治別、国依別『アヽ、エライお気を揉ませました。もうこれで一切の経緯は帳消だ。さア梅照彦御夫婦さま、春さま、何うぞ安心して下さいませ』 梅照彦『有難う御座います』 と安心の胸を撫で下し、妻諸共三人の後に従いて奥に入る。春公は門の傍に佇立し、 春公『アヽ庭長さまの御挨拶だつた。お蔭で免職もどうやら免れたやうだ』 (大正一一・五・一六旧四・二〇加藤明子録) |
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334 (1776) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 03 月休殿 | 第三章月休殿〔六七七〕 竜国別、玉治別、国依別の三人は珍の館の奥の室に打通り、梅照姫が調理せし晩餐に舌鼓を打ち、主客打ち解けて四方八方の話に耽る。 梅照彦『最前の玉治別様のお歌に依つて、津の国の高春山へお出でになる事を承知致しました。然し乍ら此方から御出でになるのは、少し迂回ではありませぬか』 玉治別『少しは迂回ですが是には理由があるのです。実は福知山の方面から柏原を通り鬼の懸橋を渡つて参る積りでしたが、出発の前夜に大変な夢を見まして……それで此方へ途を変へたのです。さうして玉照彦様のお出ましになつた高熊山の岩窟を拝して行くのが順当だと気がついたのです。悪魔に対し言霊戦を開始するのですから、余程修業をして参らねばなりませぬ。高姫、黒姫の宣伝使は、不覚にも飛行船に乗つて只一息に苦労も無しに高い所から敵を威喝しようと思つて出たものですから、三ケ月有余も経つた今日何の消息も無し、それが為めに言依別命が我々を密かにお遣はしになるのです。聖地の人々は我々三人以外、誰一人知つて居ないのです。バラモン教やアルプス教の間者が沢山に信者となつて化込んで居りますから、うつかりした事は言はれないのです。又仮令異教の間者が居らないにしても幹部の連中や信者に知らせますと、直に如何な大切の事でも喋つて仕舞ひますから困つたものですよ。何故あれだけ秘密が守れないのかと不思議な位です。三人の外に誰にも言ふなと仰有つたのですから、秘密は何処迄も守らねばなりませぬからなア』 国依別『オイ、玉治別、お前は幹部が喋舌ると今言つたが、我々両人が何も言はないのに、お前は斯んな秘密を門前で大きな声で歌つたぢやないか。猿の尻笑ひと言ふのはお前の事だよ』 竜国別『ハヽヽヽヽ、到頭秘密が曝れて仕舞つたぢやないか。「これは秘密だからお前さまより外には言はないから、誰にも言つて下さるな」と口止めする。聞いた人は「諾々決して言はぬ」と言ひ乍ら、又次の人に「此奴ア秘密だから誰にも言はれぬ。お前だけに言つたのだから、屹度他言はして呉れるな」と口止めする。又次から次へと其通り繰返されるものだ。そして一人より言はないと言つた者が、会ふ人毎に尋ねもせぬのに「お前一人だけだ」と言つて、終には秘密の方が拡がるものだ。表向広告的に言つたのは誰も耳に止めないから却て拡まらないものだよ。「お前一人と定めて置いて、浮気や其日の出来心」式だから困つたものだ。なア国依別』 国依別『そうだなア、此筆法を宣伝に応用したら如何でせう。不言講とか言つて「お前丈けに結構な事を聞かしてやるのだから、主人にでも……仮令我子にでも女房にでも言ふ事はならぬ」と口止めをして置くと、其男は「俺は身魂が立派だから、誰も知らぬ事を神様から彼の口を通して言つて下さつたのだ」「俺の身魂は立派だから、神慮に叶つて居るから、斯う言ふ大切な事を知らして貰へるのだ」と思つて自慢相に人々に秘密々々と言つては喋り散らす、それが却て能く拡まる様なものだ。三五教の宣伝使も、その筆法を応用したら、却て良いかも知れないぞ、アハヽヽヽ』 玉治別『然しそれは……さうとして、梅照彦さまはそんな軽薄な御方ぢや無いから、屹度秘密を守られるでせう』 梅照彦『私は守る積りですが、女房や下男が……余り大きな声で仰有つたものだから……全部聞いて居りませう。そいつア何うも請負ふ事は出来ませぬなア』 玉治別『困つた事だ。何卒成就するまで他へ洩れない様に……喋舌られては困るから……どうか暫時奥さまと下男とは座敷牢にでも入れて、人に会はさない様にして下さいますまいかなア』 梅照姫『オホヽヽヽ、妾は滅多に言ひませぬが、貴方言はぬ様になされませ。屹度道々秘密を開け放しにして、何も彼もみんな仰有るでせう』 玉治別『イヤイヤ決して決して、余りむかついたものですから、つい門口で脱線したのですよ』 梅照姫『余程言霊鉄道の敷設工事が請負と見えて、粗末な事がしてあると見えてますなア、ホヽヽヽヽ』 竜国別『何分宇都山村の田吾作時代には、随分狼狽者の大将だといふ評判でしたから、矢張三才児の癖は百歳迄とか言つて、仕方の無いものですワイ』 玉治別『そんな昔の事をさらけ出して、人の前で言ふものぢやない。竜国別、私が出立の際に「何卒誰にも玉治別は宇都山村の田吾作だと云つて下さるな、秘密にして下さい」と頼んだ時「俺も男だ、ヨシ、言はぬと云つたら首が千切れても言はない」と言明し乍ら、三日も経たぬ間に秘密を明すとは何の事だい。余り人の事を云ふものぢやありませぬぞ。自分の過失は分らぬものと見えますわい』 竜国別『ヤア此奴ア縮尻つた。然し乍らお前が田吾作だつたと言つた所で、今回の作戦計画に齟齬を来す様な大問題ぢや無いから……マア大目に見るのだなア』 玉治別『小さい事だと云つて秘密を洩らしても良いのですか。小さい事を洩らすやうな人は、矢張大事を洩らすものですよ。蟻穴堤防を崩すとか言つて、極微細な事から大失敗を演ずるものだ。如何ですか』 竜国別『ヤア大変な速射砲を向けられて……イヤもう恐れ入りました。只今限り屹度慎みませう』 梅照彦『皆さま、お疲労でせうから、もうお寝みなさいませ』 玉治別『何時迄も攻撃計り受けて居つても詮らない。ア、お迎ひが出て来た様だ。アーアツ』 と口の引裂ける様な欠伸をなし、目を擦つて居る。 梅照姫『サア、お寝みなさいませ。奥の室に寝床が敷いて御座いますから』 玉治別は、 玉治別『皆さま、お先へ』 と奥の室に入るや否や、雷の如き鼾をかいて他愛もなく寝入つて了ふ。二人は続いて、 竜国別、国依別『左様なれば寝ませて頂きませう』 と奥の室に入る。玉治別の粥を煮る大きな鼾が耳に這入つて二人とも寝つかれず、そつと裏口を開けて、月を賞め乍ら庭園を逍遥してゐる。 竜国別『アヽ佳い月だな。秋の月も佳いが、冬の月も又格別綺麗な様だ。あの月の中に猿と兎が餅を搗いて居ると云ふ事だが、一つ我々に搗落して呉れさうなものだなア』 国依別『アハヽヽヽ、八日日が来たら落して呉れますワイ』 竜国別『卯月八日、花より団子と言つて、あれや餅ぢやない、団子ぢや』 国依別『団子でも餅でも、矢張搗かねばならぬよ』 竜国別『団子は月が落すのぢや無い。此方から搗いて上げるのだよ。竹の先に躑躅の花と一緒に括つてな……』 国依別『その上げた団子を揺すつて落して喰つて呉れるのだ。十五の月は望月(餅搗)と云ふから、屹度十五日になれば餅搗するに違ひない』 竜国別『良い加減に洒落て置かぬか。お月さまに恥かしいぞよ』 国依別『三五の月の御教を開く我々宣伝使は、何……月に遠慮する事があらうかい。子がお母アさまになんぞお呉れと言つて、駄々と団子をこねるやうな心餅で居るのだよ、アハヽヽヽ』 竜国別『あのお月さまの顔には痘痕が出来て居るぢやないか。円満清朗、月の如しと言ふけれど、余りあの痘痕面では立派でも無い様だ。月は玉兎と云ふからには、ドコか玉治別の円い御面相に似た所がある様ぢや無いか』 国依別『玉治別の面の様に見えてるのは、矢張あれは地球の影が映つて居るのだ。白い所は水、黒い所は陸地だ。天体学の事なら、何でも俺に尋ねたら聞かしてやらう、オホン』 竜国別『アハヽヽヽ、瑞月霊界物語の第四巻を読んだのだらう』 国依別『そんな本が何処にあるのだ』 竜国別『三十五万年の未来に活版刷で天声社から発行せられた単行本だ。それに出て居るぢやないか。貴様はまだ見た事が無いのだなア。あれだけ名高い名著を知らないとは余程時代遅れだ。それでも宣伝使だからなア』 国依別『未来の著述は見ても見ぬ顔をして居るものだ。世の中が開けて来ると種々の学者とやら、役者とやらが出て来て、屁理屈を言つて飯食ふ種にする奴があるから、……それを思うと俺も愛想が月さまだよ。まア現在の事でさへも分らないのに、未来の事までも研究は廃めて置かうかい。三五教の其時代の宣伝使でさへも、読んで居ないものがある位だからなア』 竜国別『未来の宣伝使は無謀なものだなア。しかし大分に夜露を浴びた様だが、もう徐々帰つて寝床に横はらうぢやないか』 国依別『俺はもう少時散歩する。却て一人の方が都合が好いから……お前は先へ寝たが宜からう。又肝腎の時になつて眠むたがると困るからなア』 竜国別『そんならお先へ御免を蒙る。お前は、ゆつくりお月さまとオツキ合ひ話でもするが良いわい。近い所に御座るからよく聞えるだらう』 国依別『きまつた事だ。お月様の分霊が……これ見い、此通り……草の上にも玉の如く輝いて御座る。貴様の鬚にも沢山に天降つて御座るぢやないか。神様の御威徳は斯んなものだ。貴様はお月様は只御一体で大空ばつかりに居られると思つて居るやうだが、仁慈無限の弥勒様だから、草の片葉に至る迄此通り恵みの露を降して、輝き給ふではないか』 竜国別『成る程、さう言へば……そうだ。是だけは国さまの嘘月でも間誤月でもない、併し雨露月だなア』 国依別『分つたか、「月二つ担うて帰る水貰ひ」と云つて、一荷の桶水の中にも御丁寧に一ツづつお月様は御守護して下さるのだ』 竜国別『よく分りました。モウ之位で御中止を願ひます』 国依別『馬鹿云ふな。此処は月の名所、月宮殿の御境内だ。これ丈け結構な月の光を拝んで此儘寝ると云ふ事があるものか。サア今の間に月宮殿へ参拝して、その上で寝まうぢやないか』 竜国別『ウン、それもそうだ。そんなら一つ是からお参詣して来うか。天には寒月、地には迂露月の影ふるふだ、アハヽヽヽ』 両人『サア行かう』 と両人は鬱蒼とした森影に建てられたお宮の前にすたすたと進み行く。 二人は月の森の月宮殿の階段を登りながら、 竜国別『結構な月だが、斯う鬱蒼と樹木が茂つて居ると、肝腎の月宮殿は、暗も同様ぢやないか。此月宮殿は暗宮殿だ。これ程綺麗なお月様が祀つてあるのに、何故此森が明くないのだらう』 国依別『馬鹿言ふな。之は晦の月宮殿といつて、お月様のお休み遊ばす御殿だ。宮と云ふ字は休と云ふ字に改めさへすれば、名実相適ふのだ、イヤ明月相反すと言ふのだ。アハヽヽヽ』 神殿の何処ともなく、 『ガサガサグヽヽヽ』 と怪しき物音が聞えて来る。 竜国別『ヤア此宮は余程古いと思へば、貂か鼬が巣をしてると見えて、大変に暴れて居るぢやないか。「月は天に澄み渡る」と詩人が言つて居るが、貂は月の宮に棲み渡り頭から糞、小便を垂れ流すぢやないか。之を思へば月宮殿も薩張愛想が月の宮ぢや。此宮も貂や鼬の棲処となつては最早運の月だなア』 国依別『人間の運命にも栄枯盛衰がある。潮にも満干がある。此宮さまは今は干潮時ぢや。それだからかう見窄らしく荒廃して居るのだ。之でも五六七の世に成れば、此お宮は金光燦然として闇を照し、高天原の霊国にある月宮殿の様になるのだが、何程結構な弥勒さまのお宮でも時を得ざればこんなものだ。信真の徳の失せたる世の中の姿が遺憾なく此お宮に写されてあるのだ。嗚呼如何にせんやだ』 竜国別『そうだなア、社会の時代的反映かも知れないなア。神様が頭から四足に糞や小便をかけられ、四足と同居して御座る様では御神徳も何もあつたものぢやない。御神徳さへあれば、こんな失敬な……神様の頭の上へ上つて糞や小便を垂れる奴に、罰を当てて動けない様に霊縛なさりさうなものぢやないか』 社の中より、 (玉治別)『此方は月の大神であるぞよ。汝三五教の宣伝使、竜国別、国依別の盲目ども、否魔誤月、嘘月、キヨロ月人足、神の申すことを耳を浚へてよつく聞け。神は人間の信真の頭に宿る、決して畜生等には神の聖霊は宿らないぞ。畜生には人間の副霊が宿つて居るのだ。それだから神殿に鼬や貂等が小便を垂れ様が、糞を垂れ様が、放任してあるのだ。元来が畜生の因縁を以て生れて来て居るからだ。神は人間らしき人間が無礼を致した時は即座に神罰を与ふるぞ。只今の世の中は獣が人間の皮を被り白日天下を横行濶歩する暗の世だ。今、此処へ人一化九の妖怪が二匹も現はれて来よつたが、之も人間で無いから神罰は当てないで差赦してやらう。サア如何ぢや、人間なれば人間と判然申せ。四足の容器なれば容器で御座いますと白状致せ。神の方にも考へがあるぞよ』 国依別は小声で竜国別に向ひ、 国依別『オイ、何だらうな。えらい事を言ふぢやないか』 竜国別『あんまり神様の悪いことを言つたものだから、神さまが怒つて御座るのかも知れないよ』 国依別『罰が当る様なことは出来はしまいかな』 竜国別『サア、其処ぢやて。俺も一つ如何言はうか知らんと思つて心配をして居るのだ。結構な神の生宮たる万物の霊長、大和魂の人間で御座いますと言へば、直に神罰を当てられて如何な目に逢はされるか知れないし、四足の容器と言へば、お咎めは無いけれど本守護神に対して申訳が立たぬなり、自分も何だか阿呆らしくて、卑怯未練にもそんな事は断然、アヽもう良う言はんワ』 宮の御殿より、 (玉治別)『人間か、四足か、早く返答致せ。四足と有体に白状すれば今日は断然赦して遣はす。人間と申せば此儘汝の生命を取つて、根の国、底の国へ追ひやつてやらう。サア早く返答を致さぬか』 竜国別『ハイ、一寸待つて下さいませ。今鳩首謀議の最中で御座います。相談が纏まつた上御返事を申上げます』 宮の中より、 (玉治別)『エー、これしきの問題に凝議も何もあつたものか、一目瞭然だ、早く返答致せ。四足に間違ひあるまいがな』 両人『へ……そ……それは……あんまり……殺生で御座います……』 宮の中より、 (玉治別)『それなら誠の人間と申すのか』 国依別『ハイ……まア人間が半分……畜生が半分で人獣合一の身魂で御座います』 宮の中より、 (玉治別)『然らば獣の分だけは赦して遣はす。半分の人間を之から成敗致す。耳一つ、眼玉一つ、鼻一つ、下腮を取り、手一本、足一本引き抜いてやらう。有難う思へ』 竜国別『ヤア、もう何卒今度に限り大目に見て下さいませ』 宮の中より、 (玉治別)『何、大目に見て呉れと申すか、蛇の目の唐傘の様な大きな目で睨んでやらうか』 国依別『イエイエ滅相な、そんな目で睨まれては此方も……めゝゝゝゝ迷惑を致します』 宮の中より、 (玉治別)『此方も時節の力で斯の如く屋根は雨漏り、鼬、貂の棲処となり、些か迷惑をいたして居る。どうか此方の片腕が欲しいと思つて居た矢先だ。いやでも応でも其方達の片腕を取つてやらう』 竜国別『滅相もない、片腕どころか、弥勒様の為なら、両腕を差上げて粉骨砕身して尽しますから、お頼み申します』 と泣き入る。宮の中より、 (玉治別)『よしよし、粉骨砕身は註文通り赦してやらう。サア脇立、眷族共、両人の骨を粉にし身を砕いて参れ。粉骨砕身して尽さして呉れえと願ひよつたぞよ』 竜国別『モシモシ、その粉骨砕身の意味が断然違ひます。さう早取りをしてもらつては困ります』 宮の中より、 (玉治別)『粉骨砕身とは読んで字の如しだ。神は正直だから誤魔化しは、些も聞かぬぞよ』 国依別『オイ竜、此奴アちつと怪しいぞ』 竜国別『そうだなア、田吾作の声に似ては居やせぬかなア』 宮の中より、 (玉治別)『コラコラ両人、其方はまだ疑ふのか。此方は空に輝く月の玉治別命、又の御名は田吾作彦の大神であつたぞよ。ワツハヽヽヽ』 竜国別『あんまり馬鹿にすない。俺の胆玉を大方潰して仕舞ひやがつた』 国依別『こら、悪戯けた真似をしやがると承知をせぬぞ』 玉治別『胆玉ばかりぢや無からう。睾丸が潰れかけただらう、アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、ドシンドシンと朽ちはてた階段を降つて来る。三人は笑ひ乍ら梅照彦の館を指して、月を仰ぎつつ門前に着いた。梅照彦、梅照姫は、 梅照彦、梅照姫『モシ貴方等、何処へ行つて居られました。俄に三人様のお姿が見えぬので、何かお気に障つてお帰りになつたかと思ひ、大変に胆を潰しましたよ』 玉治別『睾丸は大丈夫ですかな、アハヽヽヽ』 竜国別『実は我々両人はあんまり月が佳いので、つい浮かれて散歩をし……月宮殿に参拝して……』 玉治別『胆玉を潰しました』 竜国別『お前、黙つて居れ。人の話の尻を取るものぢやない』 玉治別『何、尻は取りたくないが睾丸が取り度いのだ、アハヽヽヽ』 国依別『月宮殿と云ふ所は妙な処ですな。貂がものを言ひましたよ。而も神さまの声色を使つて……てんと合点のゆかぬ事ですわい』 梅照彦『エ、貂がものを言ひましたか、それや聞き始めだ。何と云ふ貂でせう』 国依別『何でも田吾作とか言ふ貂で、鼬の成上りださうです。随分気転の利かぬ馬鹿貂の水転でしたよ、アハヽヽヽ』 一同腹を抱へて『アハヽヽヽ』と笑ひ転ける。 (大正一一・五・一六旧四・二〇北村隆光録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 04 砂利喰 | 第四章砂利喰〔六七八〕 梅照彦が朝夕に神の教を宣り伝ふ 珍の館を後にしてここに三人の宣伝使 玉照彦の生れませる高熊山の巌窟に 心を洗ひ魂清め神国守に送られて 来勿止館の門前に暇を告げてスタスタと 足に任せて進み行く天狗の岩にて名も高き 境峠を打渡り小幡の川の上流を 尻を捲つて対岸青野ケ原を右左 眺めて進む法貴谷戸隠岩の前に着く。 三人は激湍飛沫の音高き谷川に沿へる、樹木鬱蒼たる谷道をエチエチ登つて、漸く戸隠岩の麓に着き路傍の岩に腰打掛け、息を休めてゐる。其処より一丁許り離れた坂道に五六人の怪しき男の影、何か頻りに囁いてゐる。 玉治別『竜国別、国依別の兄貴、何だ、向ふの方に怪体な奴が囁いてゐるぢやないか。此の山道に何をして居るのだらうかな』 国依別『あれは泥棒の群だ。往来の人の衣類持物を、すつかり脱がせる追剥商売が現はれたのだよ。最前も真裸体になつて女が泣きもつて通つただらう。あれは屹度的さんにやられたのに違ひないぞ。俺達も斯うして蓑笠を着て歩いて居るものだから、彼の女も吾々を同類と見よつたか、恐さうにキヤーと云つて一目散に遁げたぢやないか』 竜国別『それに間違ひは無い。吾々も屹度脱がされるのだな。一つ此処で何とか考へねばなるまいぞ』 玉治別『なアに、往くとこ迄行つて見な分るものか、刹那心だ。取越苦労をするに及ばないぞ、万々一先方が泥棒だつたら、此方が率先して泥棒の仮声を使ひ、泥棒仲間に交つて、彼奴等をうまく改心させるのだな。木花姫命様は三十三相に身を現じ盗人を改心させようと思へば自分から盗人になつて、一緒に働いて見て「オイ、盗人と云ふものは随分世間の狭いものの怖ろしいものだ。斯んな詮らない事は止めて天下晴れての正業に就かうぢやないか」と云つて、盗人を改心させなさると云ふことだ。酒飲みを改心させるには、自分も一緒に酒を飲み、賭博打を改心させるには自分も賭博打ちになつて、さうして改心させるのが神様の御経綸だ。吾々も一つ先方が盗人だつたら、此方も盗人に化けて、手を曳合うて仲間入りをなし、さうして改心させれば良いのだ』 国依別『なんぼ何うでも、盗人だけは断然止めたいなア』 玉治別『ナニ、心から盗人になれと云ふのぢやない。盗人を止めさせるための手段だから構はぬぢやないか。それが観自在天の身魂の働きだ。万一先方が盗人であつたら、此の玉治別が俺は盗賊の親方だと云つて威喝するのだから、お前達は俺の乾児に化けて居るのだぞ。さうして竜国別とか、国依別とか、斯んな道名を唱へては先方に悟られるから、此処で名を暫く改へて竜公、国公、玉公親分で行くことにしよう。先方から「オイ旅人一寸待つた、持物一切渡して行かつせエ」なんて言はれてからは面白くない。先んずれば人を制すだ。泥棒と見込みがついたら、一つ俺の方から口火をつけるのだ。オイ竜公、国公、玉公親分さんに従いて来い』 竜国別『到頭宣伝使を泥棒の乾児にして了ひやがつたなア』 国依別『エーこれも仕方がない。観自在天の御化身になると思へば、辛抱も出来ぬことはない、サア玉公親分、先へ行つて下さい』 玉治別は先に立ち大手を振り乍ら、五六人の男の車座になつて道を塞いで居る前に近づき見れば、今剥ぎ取つたらしい女の衣服が傍に在るに気が付いた。的切り此奴は泥棒と、玉治別はわざと大きな声で、 玉治別『オイ竜、国、早く来んかい。彼処に五六人の男が居る。彼奴の着物をフン奪つて真裸にしてやるのだ』 と進んで行く。五六人の泥棒は此声を聞いて何れも呆気にとられてゐる。 玉治別『コレヤ木端泥棒、俺を誰だと思つて居るか。三国ケ岳の鬼婆の片腕と聞えたる大泥棒の玉公親分さんぢやぞ。サア持物一切此方にすつぱりと渡さばよし、愚図々々吐すと何奴も此奴も一蓮托生、素首を引抜いて了ふぞ』 甲『喧しう云ふない。俺だつて同じことだ。商売の好みで、俺達の着物だけは堪へて呉れ』 玉治別『堪へて呉れとぬかしやア話の次第によつては堪へぬ事も無いが、何うだ、一枚だけ俺に渡さないか。大難を小難にして赦してやるのだから』 乙『モシ親方、一寸待つて下さい。今吾々が集会を致しまして、ヌースー会社の創立委員となり、株式募集の協議の最中でございます。貴方もどうぞ沢山株を持つて下さい、品に依つたら社長さまに推薦するかも知れませぬから』 玉治別『俺は株は持つてはやらうが、一番の親方だから株代は払はないぞ。優先株を八百万株ばかり俺に献上致せ。さうすれば徹胴敷設でも何でも、うまく認可してやらう』 甲『そんな認可をして貰つたつて、此の泥棒会社に用は無い。徹胴の刃過(鉄道の認可)や無銭出ン話(無線電話)や田紳(電信)の御かげで、吾々の商売の大変邪魔になつて居るのだから、そんなものは要らないわ』 玉治別『貴様は矢張狐鼠盗人だな。通行人の着物位脱がして虐めて何になるかい。モツト羽織袴を着たり、洋服をつけて立派に万年筆の先で、一遍に難渋万、難迫万、難船万と云ふ泥棒をせぬのかい。徹胴敷設をすればレールをかぢり、道路を開鑿すれば砂利をかぢり、軍艦を拵へては鋼鉄をかぢり、缶詰を請負うては石を詰込み、斯う云ふ立派な智慧を出してヌースー式をやるのだ。さうすれば別に斯んな山奥に隠れて、慄うて居らないでも好いのだ、白昼に堂々と大都会のまん中を自動車を飛ばし、白首を乗せて天下の馬鹿者どもを睥睨しつつ、葉巻を燻らして大きな面をしていけるのだぞ。モウ斯んな仕様もない小盗人は廃めて、世界一の宝を手に入れる商売に乗り替へたら何うだい。軍艦かぢりよりも、レール喰ひよりも、砂利喰ひよりも何万倍とも知れぬ結構な商売があるのだぞ』 甲『エヽそんな商売が、親方何処にありますか』 玉治別『あらいでかい。俺にまア二三日ついて歩いて見よ。斯うして俺は乞食のやうな風に化けて居るが、其実は立派なものだぞ。今の世の中は家を飾り、衣服を飾り、身体中金ピカに扮して居る奴は、却て内実が苦しいものだ。家の中は火の雨が降つて居る。俺達は斯うして表面は汚い風をして居る代りに、かかりものが沢山はかからず、大変気楽で、世界の者の知らぬ結構な宝を手に入れて、毎日日日嬉し嬉しの花を咲かして楽しんで居るのだ。一つ貴様も俺の乾児になつたらどうだ。随分小盗人も苦しいものだらうが』 甲『お察しの通り随分苦しいものです。併し、しようことなしに、斯んな商売をやつて居るのです』 乙『三国ケ嶽の鬼婆アさまは、何でも蜈蚣姫とか云うたさうですな。蜈蚣の精から生れたのぢやありませぬか』 玉治別『なアに、そんなことがあるものか、随分あの婆アさまは俺の親方で自慢するぢやないが偉いものだよ。世界中の金銭を自由にして居るのだ。それだからお銭(足)が、たんと有るので蜈蚣姫と言ふのだよ』 丙『アーそれで蜈蚣姫と云ふのですか。何を云つても金銭の世の中ですから、せめて蜈蚣姫の乾児になりとして欲しいものですな』 玉治別『俺が蜈蚣姫の代理を勤めて居る玉公と云ふものだ。此処に二人、怪体な面をして来て居る奴は、竜公、国公と云つて、随分貴様の様に奴甲斐性の無い、小さい小盗人をチヨコチヨコやつて居つた奴だが、到頭往生しよつて俺の乾児になつたのだ。金銭よりも何よりも、モツトモツト立派な宝が発見されたのだ。それを俺達は二人の乾児を伴れて取りにゆくのだ、それは立派なものだぞ。紫の玉に黄金の玉だ』 乙『へーい、それは立派なものでせうなア』 玉治別『その玉さへあれば、三千世界の事は何でも彼でも、自分の心の儘になるのだ。貴様も俺の乾児にしてやるから、御供をしたらどうだい。さうして名は何と云ふか』 甲『ハイ私は遠州と申します、それから此奴が駿州、此奴が甲州、武州に三州と云ふものです。モー一人の奴は雲助上がりだから雲州と云ふ名がつけてあるのです』 玉治別『さうか、よし、それでは小盗人は今日限り廃めるか、何うだ』 遠州始め一同は、 一同『ヘイヘイ誰が斯んな小さい商売を、アタ恐い、致しますものか。貴方の御供を致しまして、これから其玉を取りに参りませう』 玉治別『オイ此処に居る竜州と国州は、貴様等の兄貴分だから、よく言ふ事を聞かねばならぬぞ。それも承知か』 遠州『私は承知致しました。一同の奴も異議はありますまい』 玉治別『さうか、それならよし。今日からこの玉州さんの新乾児だ、オイ竜州、国州、俺は今俄に腹を痛めずに、これだけ大きな子を生んだのだから、貴様達は子守役になつて世話をしてやつて呉れよ』 竜国別『エー仕方が無い。国、何うするつもりだい』 国依別『どうすると云つたところで、行きつきばつたりだ。まア行くとこ迄行つて玉を掠奪した上のことだ。オイオイ貴様等は俺の弟分だ。俺達二人の言ふ事を神妙に聞くのだぞ。どんな用があつても直接に、お頭領の玉州さんに口を利いちやならない。この国州や竜州に相談をかけ、指揮を仰ぐのだぞ』 遠州『ハイ委細承知致しました。併し乍ら私の大親分に天州と云ふ奴があります。此の天州は今三五教の本山へ、何か結構な玉があるに違ひないといつて、信者に化込んで這入つて居ります。それは徳公と云ふ智慧も力も立派に備はつた大親分です』 玉治別『ナニ、あの徳公が貴様の親分と云ふのか。彼奴は聖地で門掃をして居つた奴ぢや。あんな奴を親分に仰ぐ貴様だから知れたものだ。実の所は俺は泥棒でも何でもない、三五教の誠一つの教を宣伝する玉治別のプロパガンデイストだ。さうしてこの御二方は竜国別、国依別と云ふ立派な宣伝使だ。サアこれから其方等が、すつぱりと改心をして、誠の道に復帰るか、さうでなければ、其方達に言霊を発射して、ビリツとも出来ないやうに、五年でも十年でも固めて置くがそれでもよいか』 一同『エー貴方は、さうすると三国ケ嶽の鬼婆の乾児ではないのですか』 玉治別『定つた事だよ。誰が泥棒商売のやうな、世間の狭い引合はぬことをするものかい。俺達は人を相手にせず、天を相手にすると云ふ、実に武勇絶倫なる不世出の英雄豪傑だ』 甲『泥棒の親分でさへ結構だと思つてゐるのに、三五教の宣伝使とは思ひもよりませなんだ。併し泥棒より幾千倍、イヤ天と地との差異ある神様の御道、どうぞ吾々を可愛がつて救うて下さいませぬか』 玉治別『ヨシヨシ救うてやる。その代りに吾々の指揮命令に盲従を続けるのだよ』 此時空中に涼しき宣伝歌と思はるる曲が聞えて来た。 三千世界の梅の花一度に開く時来り 本霊を曇らせし憐れな世人を悉く 誠の神の御教に救ふ時とは成りにけり この谷道に現はれし遠州、武州を始めとし 甲州三州其他の曲津をことごと言向けて 神の誠の教を説きいよいよ吾等が睦び合ひ 力を協せて高春の山の尾の上に巣を造る アルプス教の司神鷹依姫が本城に どつと乗り込み如意宝珠黄金の玉や紫の 玉をマンマと手に入れて三千世界を神の世に 立直さむは目の当り遠州駿州甲州武州 雲州三州諸共に来れや来れいざ来れ 敵は幾万あるとても何の懼るることやある 直日の剣抜きつれて群がる奴輩悉く 神の誠の言霊に縦横無尽に攻めなやめ 勝鬨上げて神界の堅磐常磐の御使と 千代万代に名を揚げて尽きぬ生命を何時迄も 生かして通る神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも鷹依姫の手に持てる 宝珠の玉を取り還し此世を救ひの神として 吾等と倶に抜群の功名手柄をしよぢやないか アヽ惟神々々御霊幸はひましませと ○ さしもに嶮しき山坂を先に立つてぞ進み行く 瑞の御霊の三柱に五つの身魂を加へつつ 三五の月照る夜半ごろ別院村を乗り越えて 大槻並や能勢の里乗せて馳行く口車 摂津の国の多田の里波を湛へし津田の湖 畔にこそは着きにける ○ 此の物語長けれど眠りの神に誘はれて 横に寝乍ら根の国や華胥の国に進み行く アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 後振り返り眺むれば外山の霞晴渡り 高春山の頂きに豊二照らす朝日影 上るを待つて此の続きいと細やかに伝ふべし。 (大正一一・五・一六旧四・二〇外山豊二録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 06 小杉の森 | 第六章小杉の森〔六八〇〕 高春山の岩窟に巣を構へたる曲神の 鷹依姫を言向けて誠の神の御教に 靡かせ見むと三五の道の教の宣伝使 鼻も高姫黒姫が天の岩樟船に乗り 意気昇天の勢で高天原を後にして 天空高く飛んで行く三月経ちたる冬の空 何の便りも無き儘に言依別の神司 竜国別や国依別玉治別の三柱に 密かに旨を含ませつ高春山に向はしむ ここに三人の宣伝使草鞋脚袢に蓑笠や 軽き姿の扮装に万代寿ぐ亀山の 梅照彦が神館一夜を明かし高熊の 稜威の岩窟に参拝し神の御言を拝聴し 来勿止神に送られて善悪正邪の大峠 越えて漸う法貴谷戸隠岩の傍に 登りて見ればこは如何に行手に当りて四五人の 怪しき影は山賊の群と玉治別司 俄に変る三国岳蜈蚣の姫の片腕と 早速の頓智に山賊は一時は兜を脱ぎたれど 元来ねぢけた曲霊湯谷が峠の谷底の 木挽小屋なる杢助が家に立寄り金銀の 包みの光に目が眩み又もや元の曲津神 心の鬼に遮られ悪魔の道に逆転し 心秘かに六人は目と目を互に見合せつ 竜国別に従ひて津田の湖水の畔まで 素知らぬ顔を装ひつ三人の司と諸共に やうやう湖辺に着きにける。 三州『モシ玉治別さま、あなたは三五教の宣伝使と云つて居るが、実際は蜈蚣姫の乾児の玉公に間違ひはあるめい』 玉治別『馬鹿を言つては困るよ。汝はどうして、俺がそんな悪神に見えるのだ』 三州『論より証拠、泥棒の乾児を使つて、杢助の宅へ忍び入らせ、沢山の金銀を強奪しお前は赤児岩に待伏せして、乾児から受取つたのだらう。直接に盗らないと言つてもやはり人を使つて盗ませたのだから、要するに今回の強盗事件の張本人だよ』 玉治別『汝は今になつて、まだそんな事を言ふのか。俺の無実は既に杢助始め、大勢の者が氷解してゐるぢやないか』 三州『それでも戸隠岩の麓で、蜈蚣姫の片腕だと自白したぢやないか。ナア甲州、雲州汝が証拠人だ』 甲州『そらそうだ。蛙は口から、吾れと吾手に白状すると云ふ事がある。……オイ玉州モウ駄目だぞ。何と言つても自分の口から言つたのだから、竜州に国州、俺の観察は誤謬はあるまい。斯う大地に打おろす此杖は外れても、俺の言葉は外れよまいぞよ』 玉治別『アヽこれは聊か迷惑の至りだ。あの時は汝等を改心させる為に、三十三相の観自在天の真似をして方便を使つたのだ。これから高春山の曲神の征伐に向ふと云ふ真最中、内訌を起しては味方の不利益だから、そんな事は後に詳しく、合点の行く様に説明してやらう。今日は先づ沈黙を守るがよい』 三州『仮にも欺く勿れと云ふ宣伝使が、方便を使つたり、嘘を言つて良いものか。嘘から出た真でなくて、真から出た嘘を云ふお前は大泥棒だ』 遠州『コラ三州の野郎、尊き宣伝使に向つて、何と云ふ雑言無礼を吐くのだ。愚図々々吐すと此遠州が承知致さぬぞ』 三州『今迄は遠州の哥兄と尊敬して来たが、汝の様な泥棒心の俄に消滅する様な、腰抜は今日限り俺の方から縁を絶つてやらう。泥棒ならば徹底的になぜ泥棒で通さぬのだ、又改心するならば、本当の宣伝使に従つて誠の道へ這入るのなれば、俺だとてチツトも不服は称へないが、此玉に竜、国と云ふ代物は、どこまでもヅウヅウしく宣伝使だなぞと、仮面を被つて居やがるからムカツクのだよ』 遠州『オイ駿州、武州、汝はどう思ふ?俺はどうしても立派な宣伝使と観測して居るのだ』 駿州『俺もそうだ』 武州『定つた事だ。グヅグヅ吐すと、三甲雲の木端盗人、雁首を引抜いてやらうか』 三州『ナニ猪口才な』 と三州は俄作りの有合せの杖を以て、武州の向脛を擲りつけた。武州は『アイタヽ』と其場に顔を顰めて倒れた。続いて甲州、雲州の二人、遠州、駿州を目蒐け、向脛を厭と云ふ程擲りつける。脆くも三人は其場に踞んで顔を顰め、笑つたり、泣いたり、怒つたりして居る。 遠州『蟻も這はすなと云ふ大切な向脛を叩きやがつて、……覚えて居れ』 三州『杢助爺ぢやないが、肝腎のおアシをとられて苦しからう。おアシの沢山な蜈蚣姫さまの乾児共に修繕して貰へ。俺は最早汝等三人とは縁絶れだ。勿論玉、竜、国の奴盗人とも同様だ。こんな所に居るのは胸が悪い。これから先は善になるか悪になるか、我々三人の都合にする。汝等は鷹依姫に散々脂を搾られ、高姫、黒姫の様に岩窟の中へ閉ぢ込められて、木乃伊になるのが性に合うて居るワ……アバヨ』 と歯を剥き出し、腮をしやくり、尻を叩いて、あらゆる嘲笑を加へ、此場を棄て、湯谷ケ岳の方面指して駆けて行く。 三州、甲州、雲州の三人は津田の湖辺を後に、湯谷ケ岳の山麓に着いた。此処には少彦名神を祀りたる形ばかりの小さき祠がある。樫の大木は半ば枯れながら、皮ばかりになつて、若き枝より稠密な葉を出し、空を封じて居る。猿の声はキヤツキヤツと祠の背後の木の茂みに聞えて居る。 三州『オイ、ここまで漸く来るは来たが、玉治別以下の宣伝使はどうだらう。我々を此儘にして放任して置くだらうかな。彼奴は馬鹿正直者だから、「折角神の綱の懸つた三人、再び邪道へ逆転させては、大神様に申訳がない」とかなんとか云つて、俺達の後を追つかけて来はせまいかと、そればつかりが気にかかるよ』 甲州『向うにも現に三人の足を折られた連中が居るのだから、去る者は追はず、来る者は拒まずとか、何とか御都合の好い理屈を付けて、此アタ辛い山坂を、行方も知れぬ我々の後を追つかけて来さうな筈がない。マア安心したが宜からうぞ』 雲州『そんな心配は要らないよ。三人残してあるのだから、三人が三人の足にでも喰ひ付いて、何とか此方へ来ない様に工夫をするだらう。そんな取越苦労は止めたが良いワイ。彼奴等三人は足が痛いと云つて、キツと津田の湖を、玉治別と一緒に船に乗つて高春山の山麓に渡る手段をとり、湖水のまん中程で、俄に足痛が癒り、彼奴の懐の秘密書類を取り返し、ウマク目的を達するに定まつて居る。それよりも俺達は軍用金の調達が肝腎だから、自分の……これから作戦計画を進める事にしようぢやないか』 三州『何を言つても、百人力と云ふ豪傑の杢助だから、到底正面攻撃では目的を達する事は出来ない。幸ひに女房の葬式の手伝ひや、穴掘までしてやつたのだから、先方は気を許して俺達を歓迎するにきまつて居る。さうしてまだ女房の一七日は経たないのだから、彼奴も菩提心を出して、手荒い事はせないに定つて居るよ』 甲州『併し高春山に行くと云つて出たのだから、今更何と云つて、杢助をチヨロ魔化さうか、ウツカリ拙劣な事を云ふと、計略の裏をかかれて、取返しのならぬ大失敗に陥るかも知れない。爰は余程智慧袋を圧搾して、違算なき様に仕組んでいかねばなるまい。一つ此処で練習をやつて行かうではないか』 三州『オヽそれが宜からう』 甲州『三州、お前は杢助になるのだ。さうして俺と雲州がウマク化け込んで這入るのだ。其時の問答を、今から研究して置かねばならぬからのう』 三州『杢助の腹の中が分らぬぢやないか。それから観測せぬ事には此練習も駄目だぞ。……雲州、汝が一層の事、杢助になつたらどうだ。体も大きいなり、どこともなしにスタイルが似て居るからなア』 雲州『俺も俄に百人力の勇士になつたのかな。ヨシヨシ芝居をするにも、憎まれ役は引合はぬ。汝は小盗人役、此雲州が杢助だ。サア何なとウマく瞞して来い……雲州否杢助は智勇兼備の豪傑だから、借つて来た智慧や、一夜作りの考へではチヨロ魔化す事は到底駄目だぞ。此祠を杢助の館と仮定して、貴様等両人が金銀の小玉を、ウマく手に入れるべく言葉を尽して来るのだよ』 三州『定つた事だ。シツカリして肝腎の宝を、……杢助……どうして俺が盗るか、妙案奇策を出して来るから、今後の参考資料にするがよからう。泥棒学の及第点を貰ふか、貰へぬか、ここが成功不成功の分界線だ。サア甲州、二三丁出直して、改めて杢助館へ乗り込むとしようかい』 と二人は此場より姿を消した。 雲州『暫く此祠を拝借して、杢助館と仮定し、泥棒の襲来に備へねばなるまい。併し盗人は何時来るか分らないから、常に戸締りを厳重にして置くのだが、今度の盗人は予告して来るのだから、充分の用意が出来さうなものだが、さて差当つて防禦の方法が無い。本当の杢助なれば小盗人の五十や百は手玉に取つて振るのだが、此杢助はそう云ふ訳にも行かず、何とか工夫をせねばなるまい……オウさうだ。今持つて帰ると云ふ所へ、コラツと大喝一声腰を抜いてやるに限る。玉治別の宣伝使が何事も言霊で解決がつくと云ひよつた。一つ力一杯呶鳴つてやらう。併し此処に金銀の代りに砂利でも拾つて、褌に包んで、分らぬ様に置いとくのだなア』 と真黒の褌の包を祠の下にソツと隠した。 三州『オイ甲州、本当の杢助だないから、盗るのは容易だが、併しそれでは本当の練習にならぬ。何とか本真者と見做してゆかねば、本場になつてから当が外れ、首つ玉でも抜かれたら大変だからのう』 甲州『到底強盗は駄目だ。マア住込み泥棒の方法が安全第一だらう。彼奴は嬶アに死なれて困つて居る所、我々が親切に隠坊の役まで勤めてやつたのだから、巧妙く行つたら杢助も気を許して、俺達を泊めて呉れるに違ひはない……サア其覚悟で行くのだよ』 「ヨシヨシ」と三州は勢込んで行かうとする。甲州は袖をグツと握り、 甲州『オイオイそんな戦に行く様な調子で行つては駄目だ。涙でもドツサリと目に溜めて、如何にも同情に堪へないと云ふ態度を示して行かねば先方が気を許さぬぢやないか』 三州『まだ一二丁もあるから、ここで目に唾をつけても、到着までには風がスツカリ拭き取つて了ひよる。先方へ行つてから、ソツと唾を付けるのだ。忘れちや可かぬよ』 甲州『忘れるものかい』 とコソコソと足音を忍ばせ乍ら、 甲州『モシモシ杢助様、私は此間御宅で御世話になつたり、あんまり人の喜ばぬ隠坊までさして戴きました三州、甲州……モ一人は半鐘泥棒の雲州で御座います。併し雲州は其名の如く、どつかへウンでもやりに行つたと見えて遅れましたが、やがて後から来るでせう。あんな奴はどうでも良いのだ。折角盗つた宝を分配するのにも配当が少なくなるから、同じ事なら二人が成功すれば、それの方が余程結構だ』 三州『コラコラそんな腹の中を先へ言つて了ふとスツカリ落第だ。不成功疑なし。ここは杢助館ぢやないか』 甲州『杢助なれば又其考へも出るのだが、現在雲州が此処に居ると思へば、本気になつて泥棒の練習も出来ぬぢやないか』 三州『幸ひ、雲州の杢助がどつかへ行つて居ると見えて、不在だから良いものの、そんな事が聞えたら、サツパリ駄目だぞ』 甲州『さうだと云つて、我良心の詐らざる告白だもの』 三州『良心が聞いて呆れるワ。貴様の両親もエライ放蕩の子を持つたものぢや……と云つて泣きの涙で暮して居るだらう』 甲州『ヤア其涙で思ひ出した。早く唾を付けぬかい』 三州『そんな大きな声で言うと、発覚て了ふぞ。此方は何程目に唾を付けても、先方が音に聞えたツバ者だから、グヅグヅしてると、一も取らず二も取らず、アフンとせねばなるまいぞ。……モシモシ杢助さま、其後、よう御訪ねを致しませなんだが、御機嫌は宜しいかな、お嬢さまも御変りはありませぬか』 雲州『此真夜中にお前達は何しに来たのだ。折角改心し乍ら、俺の持つて居る金銀に眼が眩んで、魔道へ逆転して来たのだらう。モウ良い加減に改心をしたらどうだ。悪をする程世の中に馬鹿な奴はありませぬぞ。仮令人間は知らずとも、天知る地知る、自分の精霊たる本守護神も、副守護神も皆知つて居る。天網恢々疎にして漏らさず。良い加減に小盗人を廃めて、結構な無形の宝を手に入れる事を、何故心がけぬか。俺は女房がなくなつて非常に無情を感じて居るのだ。 白銀も黄金も玉も何かせん女房にます宝世にあらめやも 併し乍ら肉体のある限り、衣食住の必要がある。汝に慈善的に盗らしてやりたいのは山々であるが、さうウマくは問屋が卸さぬ。それよりも善心に立帰つたらどうだい』 三州『オイ雲州、しようも無い事を言ひよると、張合が抜けて泥棒が出来ないぢやないか。アーアーもう廃業したくなつた。併し乍ら遠州、駿州、武州に対しても、足まで叩き懲して仕組んだ狂言だから、不成功に終れば彼奴等に合はす顔がない。モウちつと変つた事を言つてくれ』 雲州『ヨシ、御註文通り変つた事を言つてやらう……其方はアルプス教の鬼婆の乾児であらうがな。改心したと見せかけ、目に唾を付け、俺の心に油断をさせ、金銀の小玉をウマくシテやらうと思つて来たのだらう。そんな事は俺の天眼通でチヤンと前に承知して居るのだ。此閾一足でも跨げるなら跨げて見よ。百人力の杢助だ。手足を引き千切つて、亡き女房の御供へにしてやらうか。狐鼠盗人奴』 三州『オイオイ雲州、さう出られては俺の施すべき手段がないぢやないか。女郎屋の二階で孔子の教を説く様な事を言ひよるものだから、拍子が抜けたワイ。強く出いと云へばそんな縁起の悪い事を言ひよつて、どうする積りだ。チツとは俺の立場になつて見よ』 雲州『サア勝手に持つて帰れ。貴様の執着心の懸つたこの金銀、長い浮世を短う太う暮さうと汝は思つて居るが、幽界へ行つて鬼に金の蔓で首を絞められ、逆様に吊られるのを覚悟して持つて帰れ』 甲州『コレヤ雲州の奴、しようも無い事を云ふない。そんな事を聞くと泥棒も出来ぬぢやないか』 雲州『さうだと云つて真理は依然真理だ。取りたい物は幾らでも取らしてやらう。其代りに俺も取つてやらう。汝の一つより無い生命を……金が大事か生命が大事か、事の大小軽重をよく考へて見い』 甲州『そんな事を考へて居つて、泥棒商売が出来るものかい』 雲州『泥棒商売が辛けれや働け。働くのが厭なら睾丸なつと銜へて死ぬるか、首でも吊つた方が良いワイ』 三州『ヤア此奴ア駄目だ。モウ練習も打切りにしようかい』 雲州『さうすると汝は最早断念したのか。腰抜野郎だなア。それだから天州の乾児になつて、ヘイヘイハイハイと箱根の坂を痩馬を追ふ様に言つて、いつ迄も頭が上がらないのだ。鉄槌の川流れとは汝の事だよ。何なつと持つて行かぬかい』 三州『持つて帰ねと言つた所で、何も無いぢやないか』 雲州『其処辺を探して見い。金銀の妄念が褌に包んであるかも知れぬ』 甲州『オイ三州、どうしよう。何でも好いから手に入れた摸擬をせぬ事には、練習にならぬぢやないか』 三州『さうだと云つて、プンプン臭気のする、斯んな褌が、どうして懐へ入れられるものか。屋根葺の褌を三年三月、鰯の糞壺の中へ突込んで置いた様な臭気がして居るワ……汝御苦労だが、懐へ入れてくれ。之でもヤツパリ金包だ、黄金色の新しい奴がそこらに付着して居るぞ。褌は古うても尻糞は新しい。早く処置を付けて、此奴の化物ぢやないが、カイた物がものを言ふ時節だ。併し書いた物と言へば、玉治別の懐にある一件書類を巧妙く遠州の奴、取返しよつたか知らぬて』 雲州『そんな外の話をする所ぢやない。一意専心、さしせまつた大問題を研究しなくてはなるまいが』 三州『杢助さま、私は真実改心致しました。玉治別の宣伝使の仰有るには……多寡が知れた高春山の鬼婆位に、お前達大勢をゴテゴテ連れて行くと見つともない。三人居れば大丈夫だ。それよりも早く杢助さまの宅へ行つて、亡くなられた奥さまの御霊前で祝詞を奏げて来い。何れ帰路には杢助さまのお宅へ寄るから、それまで毎日神妙にお前達三人は、故人の霊を慰めるのだ。又杢助さまも寂しいだらうから、話相手になつてあげるが良い。嬶アに死なれた時は何となく、世の中が寂寥になり、憂愁の涙に暮れるものだから、面白い話でもして、一呼吸の間でも、心を慰めてあげるが宜い。それが一番に亡者の精霊に対しても、杢助さまに対しても、最善の道だ……と斯う仰有つた。それで暫くの間お宅へ御厄介に参りました。決して金銀などを盗らうと思うて三人が相談して来たのぢやありませぬから、留守は私等三人が立派にしてあげます。サア暫く都会へでも出て遊んで来なさるか、友達の宅へでも行つて、酒でも飲んで来なさい。あなたの奥さまの霊が玉治別さまに姿を現はして、涙を零して頼まれたさうです。さうして金を見えぬ所へ隠して置くのは、金に対して殺生だ。妾の死骸を埋葬たも同然だから、よく分る所へ出し、さうして妾にも一遍見せる為に、霊前へ三四日供へて置いて下さい。さうすれば妾は天晴れ成仏致します…………と斯う仰有つたさうで、玉治別さまが……エー此亡者は執着心が強いと見えて、死んでからまでも金銀に目をくれるのか、身魂の因縁と云ふものは仕方のないものだ…………と仰有いました。どうぞ霊前へお供へになつても、我々三人が盗るのぢやありませぬ。万一無くなつたら、それはインヘルノの立派な旅館で宿泊る旅費に、奥さまが持つて行かれたのでせうから、惜気なく執着心を棄てて御出しなさる方が宜しからう……なア杢助さま』 雲州『此杢助は金なんかに執着はない。併し乍ら人間と云ふ者は宝を見るとつい悪心が起るものだから、折角改心したお前達に又罪を作らすは可哀相だによつて、マア金の在処は知らさぬがよい。強つて、それでも知りたければ知らしてやらぬ事は無い。嬶アの死骸の懐に持たして帰なしてあるのだから、玉治別の神さまの前へ現はれてそんな事を女房が言ふ筈がない。大方お前達が仕組んで来たのだらう。これから墓へいつて土を掘り起し、逆様に首を突込んで、懐の金を盗るなら取つて見い。女房は金に執着心の強い奴だから、キツト冷たい手で、お前達の素首にギユツと抱付き、頭を下にしられて、汝の尻の穴を花立に代用するかも知れやしないぞ。それでも承知なら墓へいつて掘つて行かつしやい』 三州『オイ雲州、モウ汝の杢助は駄目だ。臨機応変、兎も角杢助の住家へいつてから、当意即妙の知識を発揮する事にしよう。何事も俺の云ふ通りにするのだぞ。衆口金を溶かす……と云つて、大勢が喋舌ると、目的の金銀が溶けて無くなつて了うと困るから、総て俺に一任せいよ』 雲州『何だか雲でも無い様な気になつて了つた。杢助気分が漂うて、汝等が泥棒に見えて仕方が無いワ』 三州『汝も泥棒ぢやないかい』 雲州『モウ此計画は中止したらどうだ。何とはなしに大変な罪悪を犯す様な気がしてならないのだよ』 甲州『何れ善ではない。併し我々泥棒としては、巧妙く手に入れるのが最善の方法だ。善とか悪とか、そんな事に心を奪はれて、どうして此商売が発展するか。サア大分に夜も更けた、これからボツボツ行かう』 と十丁許り前方の杢助が館に、体を胴震ひさせ乍ら、萱の穂のそよぎにも胸を轟かせつつ心細々脚もワナワナガタガタ震ひで進んで行く。 (大正一一・五・一九旧四・二三松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 07 誠の宝 | 第七章誠の宝〔六八一〕 湯谷ケ岳の山麓なる杢助が住家へ、面白からぬ目的を達成せむがために、高天原の神国より根底の国へ急転落下したる心の鬼の雲州、三州、甲州は、疵持つ足のきよろきよろと木挽の小屋に近づいた。 雲州『サア兄弟、是れからが正念場だぞ。善と云ふ名詞は此処ですつかり抹殺して、飽迄悪で遣り通すのだ。併し乍ら悪を為さむとする者は、悪相を現はしては出来ない。善の仮面を被らねば敵に内兜を見透かされて仕舞ふから、三州、汝は一つ殊勝らしいお経を唱へるのだぞ』 三州『お経を唱へと云つても、何にもてんで知らぬのだから仕方がないワ』 雲州『何でも好い。其処らの物を出鱈目放題に並べるのだ。一つ俺が云うて見ようかな。アヽ何から何迄教育をしてやらねばならぬのか、低能児を捉まへたテイーチヤーさんも大抵ぢやないワイ。そこらの器具万端を逆様に云ふのだ。先づ屏風に襖、鍋に釜、徳利、杉に松、門口其他我々の名だ。門口に立つて、ブベウ、マフス、ベナーマカ、チバヒ、シバヒ、ツマ、ギス、ドカー、シウウン、シウサン、シウコウ、ケワルハー、マーター、ケーワー、ニーク、ツター、ケワー、リヨーニクー、スケモクノボウニヨーノー、ギスーオーサン、ダーシン、ダーシン、ワイカワイカ、ワカイマツー、カハノー、カナーデー、クタベツナツテ、ルオーデー、ローアー、ハンニヤハラミタシンギヨウ、ウン、アボキヤ、スギコーノリーモーデ、ボードロノ、シウレン、オリーヤーマーシータ、アサ、アサ、レコラカハレカノ、ラカダヲ、ラモイ、シヨマ、ハンニヤハラミタシンギヨー、と斯う云ふのだ』 三州『そんな事云つたつて分りやしない。もつと分るやうに云はないか』 雲州『分らないのがお経の価値だ。今時の蛸坊主や、宣伝使に満足なお経の読める奴があるかい』 三州『オイ甲州、汝がよく似合ふだらう。一つ臨時坊主が嫌なら、三五教の宣伝使になつて、宣伝歌をうまく歌つたらどうだい』 甲州『それの方が近道だ。彼我共に意志が疎通して面白からう。サアこれから俺が宣伝歌をやる。さうすればきつと杢助の奴、頭を下げ、尾を掉つて飛びつくかも知れないぞ、汝達は甲さまの後から小声でついて来い』 と甲州は入口に立つて、 甲州『三五教の宣伝使玉治別の神司 それに従ふ竜国別のプロパガンデイストに従ひて 湯屋が峠を打ち渡り津田の湖水の辺まで やつと進んで来た折に玉治別の宣伝使 俄に手をふり首をふり顔色変へて神懸 これや大変な神様が懸つて何か仰有ると お供をして居た六人は息を殺して畏まり 其託宣を待ち居れば玉治別のお言葉に 妾はお杉の亡霊だ杢助さまや幼児を 後に残して霊界に旅立したが残念ぢや 土の底へと埋められて頭の上から冷水を 蛙のやうに浴びせられ妾は困つて居りまする 行きたい所へもよう行かず六道の辻をウロウロと 彼方此方と彷徨ひつ淋しき枯野ケ原の中 言問ふ人も無き折に実に有難い三五の 神の教の宣伝使霊魂の磨けた玉治別の 珍の使の御肉体一寸拝借致します 可愛い女房に先立たれまだ東西も知らぬ児を 抱へて此世を淋しげに暮して御座る我夫の 心は如何にと朝夕に案じ過ごして結構な 高天原へもええ行かず中有に迷うて居りまする どうぞ憐れと思ぼ召しお杉の願を聞いてたべ 如何に気強い我夫も二世を契つた女房の 涙を流して頼む事よもや厭とは申すまい せめて十日や三十日三五教に帰順した 三甲雲の三州を我霊前に額づかせ 輪廻に迷うた我魂を安心さして下さんせ もしも主人がゴテゴテと疑うて聞かぬ事あれば 高春山を言向けて帰つてござる其時に 玉治別の体を借り一々細々ハズバンドに 心の底からサツパリと氷解するよに申しませう 小盗人ばかりを働いた此三人も元からの 決して悪い奴でない神の光に照らされて 身魂の洗濯した上は尊き神の分霊 一時も早く杢助の住居に駆けつけ幽界で お杉の霊魂が苦んで迷うて居ると逐一に 話して聞かして下されと玉治別の口を借り 涙ドツサリ流しつつしみじみ頼んで居らしやつた 袖振り合ふも多生の縁躓く石も縁の端 高春山の征伐に行かねばならぬ我なれど 顕幽共に助け行く誠の道のピユリタンと なつた我々三人は是を見捨ててなるものか 杢助さまがどのやうに頑張り散らして怒るとも 寄る辺渚の捨小舟浪に取られた沖の舟 憐れ至極のお杉さま助けて上げたいばつかりに 岩石起伏の細道を足を痛めてようように 此処まで訪ねて来ましたぞ杢助さまは在宅か 早う此戸を開けなされお前の大事な女房の 私は頼みで親切に誠尽しにやつて来た よもや厭とは言はりよまいお杉さまの精霊に頼まれて お前に代つて霊前にお給仕さして貰ひます サアサア開けたサア開けた開けて嬉しい玉手箱 これも全く三五の神の御蔭と感謝して お前が今迄貯へた金と銀との小玉まで 皆霊前に置き並べお杉の霊を慰めよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして お杉の精霊の憑つたる玉治別の宣伝使 それに従ふ雲、甲、三三人さまのお目にかけ 修羅の妄執を晴らさして極楽参りをさすがよい 女房となるも前世の深い因縁あればこそ 貞操深いお杉さまお前が体主霊従の 欲に捉はれ金銀に眼眩みて女房を 根底の国に突落し可愛い子供に苦労させ 自分も死んで根の国や底の国へと突込まれ 無限の苦をば嘗めて泣く事にてつきり定つたと 貞操深いお杉さまが大変心配遊ばして 我等に伝言なさつたぞそれは兎も角一時も 此門開けて下されやゴテゴテ言うて開けぬなら 開けでもよいがお前さま未来の程が恐ろしと やがて気が付く時が来る神が表に現はれて 善と悪とを立別けてお前の身魂の行先を キツと守つて下さらうアヽ金が欲しい金が欲し 欲しいと云ふのは俺ぢやない冥途にござるお杉さまだ』 と口から出任せに、憐れつぽい声を出して歌つて居る。杢助フト目を覚し、 杢助『なんだ。門口に乞食が来よつて、蚊の泣く様な声で何だか言つて居るやうだ。腹が空つとるのだらう。死人に供へた飯の余りがある。此れなつと戴かして、早くボツ払うてやらう。……エヽこれだけ気が沈淪むで居るのに、憐れつぽい声を出して、益々淋しくなるワ』 と云ひつつ、門口をサラリと開けた杢助、 杢助『何処の物貰ひか知らぬが、此山中の一つ家へ踏み迷うて来たのか。腹が空つたらしい、力のない声だが、生憎此頃は女房に死なれ、俄に飯炊く事を知らず、骨だらけの飯が炊いてある。さうして女房の亡霊に供へた奴も沢山に蓄積つて居る。恰度好い所へ来て呉れた。勿体なくて放棄す事も出来ないので困つて居た所だ。サア遠慮は要らぬ。這入つてドツサリと喰つて呉れい』 雲州『夜中にお休眠になつて居る所を、お目を醒ましまして申訳が御座いませぬ。私は先般お世話になつた雲州、この二人は甲州、三州で御座います。宣伝使のお伴をして津田の湖辺まで参りますと、お杉さまの精霊が現はれ遊ばして、是非共杢助さまに一度会つて来て呉れと仰有つたものですから、高春山の征服の結構なお伴を棒に振つて漸く此処までスタスタやつて来ました』 杢助『アヽさうでしたか。それは御親切に、女房の精霊も定めて喜ぶ事でせう。此処は小杉の森の祠とはチツト広う御座いますから、ユツクリとお這入り下さいませ』 雲州『何と仰有います。小杉の森の祠の前とは、それや貴方御存じですか』 杢助『御存じも御存じだ、此家から僅か四五丁より無い。俺の日々信仰するお宮さまだ。其神さまは国治立大神様で、何でもかでも信神の徳に依つて知らして下さるのだ。お三人様、随分作戦計画は手落なく整ひましたかなア。イヤ成功する見込がありますかな。玉治別の持つて居る秘密書類を、遠州、駿州、武州が、今頃はウマク手に入れて御座るでせう。お前等も負けない様に計略を廻らして、金銀の小玉を手に入れたが良からうぞ』 三人は互に顔を見合せ、小声で、 三人『オイ怪体な事を言ふぢやないか。どうしてあんな事が判つたのだらうか。俺達の盗賊演習を、ソツと側で観戦して居たのぢやなからうか。これやモウ駄目だぞ』 杢助『アハヽヽヽ、俺が小杉の森の祠に参拝して居ると、二三人の小盗人奴が、何処からともなくやつて来やがつて、虫のよい妙な相談をやつて居よつた。盗らぬ先から取つた様な気になつて、涸き切つた智慧を絞り出し、終局には、人名や器具などの名詞を逆唱してお経に見せたり、哀れつぽい宣伝歌を歌つて、寒いのにビリビリ慄へて立つて居やがつた奴は誰れだあい』 と雷の落ちたやうな声で終の一句を高く呶鳴りつけた。 雲州は慄ひながら、 雲州『ワヽ私は貴方の御高名を一寸拝借致しまして、洒落に芝居をしたのです』 杢助『芝居なら芝居でよい。さうすれば金銀の小玉は必要がないのだなア』 雲州『ハイ、ヒヽ必要はないことはありませぬ。併し猿猴が水の月を探るやうなもので到底貴方のお手にある以上は私の自由になりますまい。オイ甲州、三州、汝の意見は何うだ。何と云うても遠州に申訳が無いぢやないか』 杢助『汝の執着心が、俺所の宝に付着して居るから、俺も今日では、最早金銀の恐ろしいと云ふ事を悟つたのだ。恰度、蜈蚣か蝮か鬼のやうな心持がする。夜前も金銀の小玉奴が赤鬼や黒鬼に化けて、鉄の棒をもつて俺を突刺しに来よつた。今後此金を手に入れた奴は皆此通りにしてやると吐しよつたぞ。本当に金が敵の世の中とは好く云うたものだよ。汝等もそれ程金が欲しければ持つて行つたがよい。併し鬼が出て即座に汝の命を取つても承知かい』 雲州『ソヽその鬼は何時でも出ますか』 杢助『ウン、何時でも出て来る。汝の現に腹の中にも鉄棒を突いて現はれて居るぢやないか。そして現実的に現はれた鬼は、百人力の杢助と云ふ手に合はぬやもをの鬼だ。第一その鬼が最も手に合はぬのだよ、アハヽヽヽ』 雲州『そんなら私はもう是で泥棒は廃業しますから堪へて下さい』 杢助『馬鹿云ふな、地獄の沙汰も金次第だ。金さへあれば何んな恐い鬼でも俄に地蔵様のやうになつて仕舞ふのだ。サアサア遠慮は要らぬ、御註文通り女房の御霊前に供へてある、トツトと持つて帰れ』 三州『そんなら御遠慮なう頂いて帰りませうか』 杢助『薪に油をかけ、それを抱いて火中に飛び込むやうな剣呑な芸当だぞ。旨く汝でそれが遂行出来るか』 甲州『背中に腹は代へられぬ。一寸で宜敷いから、長らく拝借しようとは申しませぬ、触らしてさへ下さればよろしい』 杢助『俺も男だ。持つて去ねと云つたら、綺麗薩張持つて帰れツ』 三州『差支へはありませぬか』 杢助『汝が最前小杉の森で云つて居た、玉治別の宣伝使に従いて行つた三人の計略を、逐一此処で白状せい。さうすれば其白状賃として、あるだけ皆汝に渡してやらう。さうすれば汝も泥棒したのでない、俺から報酬として貰つたのだから』 雲州喉をゴロゴロ云はせながら、 雲州『それは杢助さま、真ですかな。併し乍ら三人の計略を此処で薩張云つて了つては、遠州の親方に縁を絶られて仕舞ふかも知れませぬ』 杢助『泥棒に縁を絶られても好いぢやないか。汝はそれほど泥棒を結構な商売と思うて居るのか』 雲州『金は欲しいし、遠州の親分に縁を絶られるのは辛いし、オイ三州、甲州、秘密を明かして金を貰つて帰らうか………エヽ秘密を云つて金を貰へば我々の估券が下がるなり、何程此奴が強いと云つても知れたものだ。サア三人寄つて此奴をフン縛り持つて帰らう』 と云ふより早く、杢助に三方から武者振りついた。杢助はまるで蝶々でも押へたやうに、 杢助『何を小癪な、蠅虫奴等』 と三人を一緒に倒し、グツと股に支へ、蠑螺のやうな拳骨を固めて、 杢助『是程事を分けて俺が柔順しく出ればのし上り、何と云ふ事を致すか。最早汝は改心の望みがない。サア此拳骨が一つ触るや否や、汝の命はそれきりだ。俺の女房のお伴をさしてやらう』 と今や打たむとする時、六才になつた娘のお初は其場に駆け出で、 お初『お父さま、まア待つておやりなさい。さうして此お金は此人に遣つて下さい』 杢助『お前が成人してから、好い婿を貰ひ、楽に暮せる様にと思つて、夜昼働いて貯めて置いたお金だ。此金は詮り俺のものぢやない、心の中で既にお前にやつてあるのだ』 お初『お父さま、そんなら今私に下さいな』 杢助『オヽ何時でもやる。今か、今やつて置かう』 お初『そんなら貰ひました。これこれ三人のお方、私が此金を皆にあげるから持つて帰りなさい。その代りにこれで何なりと商売をして、もう此先はこんな恐い商売は廃めなさい。お父さま、何卒この三人を助けて上げて下さい』 杢助『よしよし、ヤア命冥加な三人の奴、娘の云ふ事をよく聞いて、此金をもつて何とか商売をして、今後は悪い事をすな。サア早く持つて帰れ』 三人一度に頭を下げ、 三人『誠に済まぬ事で御座いました。そんなら暫く拝借して帰ります。きつと是はお返し致します』 お初『貸したのでは無い、進上たのだから返しては要りませぬ。こんな恐いものがあると私の将来のためになりませぬ。アヽお父さま、これで気楽になりました。よう私を助けて下さいました。このお金があるばつかりで、毎日日日恐くつて寝るのも寝られませなんだ。お母さまも此お金のために心配して、あんな病気になつたのです』 三人はお初の渡す金包を取るより早く、雲を霞と此場を逃げ去る。杢助はお初を抱き、涙に暮れながら、 杢助『アヽお初、有り難い、金銀よりも何よりも貴い宝が手に入つた。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し、嬉し涙に暮れて居る。 折から吹き来る夜嵐の声、雨戸をガタガタガタと揺つて通る。 (大正一一・五・一九旧四・二三加藤明子録) |
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338 (1781) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 08 津田の湖 | 第八章津田の湖〔六八二〕 津田の湖辺に現はれたる三人の宣伝使を始め、遠、駿、武、三、甲、雲の六人は高春山を遥に眺めて、今や三方より進撃せんとする計画を定むる折しも、六人の泥棒は内輪喧嘩を始め出し、武州、駿州、遠州は向脛を打たれて其場に倒れたるを見すまし、三、甲、雲の三人は此場を見捨てて、元来し道に逃げ去つた。 茲に竜国別は道を北に採り、迂回して大谷山より攻め上る事とした。又国依別は鼓の滝を越え六甲山に登り、魔神を言向けつつ高春山に向ふ計画を定めた。玉治別は湖辺に繋ぎある舟に身を托し、津田の湖を渡つて驀地に高春山に押寄すべく、足を痛めた三人を舟に乗せて自ら艪を操り乍ら、寒風荒む月の夜を西方の山麓目蒐けて漕ぎ出だす。湖水の殆ど中央まで進みし時、三人は俄に立上り、 遠州『オイ貴様は三五教の宣伝使、誠の道を立て通す神聖な役目であり乍ら、秘密書類を手に入れたを幸に、敵の備へを覚り、三方より攻め寄せむとするは実に見下げ果てたるやり方だ。何故誠一つで進まぬのかい』 駿州『実の処はその手帳は吾々の仲間に取つて大切な品物だ。それを貴様に奪られて堪るものか。杢助の宅に於いて、この大切な書類を貴様が手に入れたのを覚つた故、吾々六人は道々符牒を以て諜し合はせ、態と喧嘩をして見せ、脚が痛いと詐つてこの舟に乗込んだのだぞ』 武州『サア、最早ジタバタしても叶はぬぞ。綺麗薩張と俺達に返納致せ。愚図々々吐すと、此の湖中へ投り込んで了ふぞ』 玉治別『アハヽヽヽ、貴様達何を吐すのだ。三五教の神力無双の宣伝使に向つて、刃向うとは、生命知らずも程がある。蟷螂の斧を揮つて竜車に向ふも同然、速かに改心致せば赦してやるが、何処までも悪心を立て通すなら、最早是非に及ばぬ、言霊を以て汝が身体を縛り上げ、此の湖水へ投げ込んでやらうか』 遠州『貴様に言霊の武器があれば、此方にも言霊の武器がある。おまけにこの鉄腕が唸りを立てて待つて居るぞよ。サア早く此方に渡さないか』 玉治別『渡せと云つても俺一人の物では無い。竜国別や、国依別に協議をした上、渡してもよければ渡してやらう』 遠州『馬鹿を云ふな。竜国別や、国依別は吾々の同類が途中に待伏せて、平らげて了ふ手筈がチヤンと整うて居るのだ。この湖を向方へ渡るが最後、味方のものが待ちうけて、貴様を嬲殺しにする手筈が定つて居る。驚いたか、何と吾々の計略は偉いものだらう』 玉治別『たとへ小童どもの三人や五人、百人攻め来るとも、恟とも致すやうな玉治別では無い、あんまり見損ひを致すな。鷹依姫は表面にアルプス教を標榜しながら、山賊の大親分になつて居るのだな』 駿州『馬鹿を云ふない。アルプス教には泥棒は一人も居ない。唯俺達は駄賃を貰つて此仕事をするだけだ。実は俺達はアルプス教ではない。盗人の団体だからトツクリ見て見よ。その手帳に俺達の名は記してない筈だ。聖地へ忍び込んだ奴の名前が沢山あるといふことだが、最早貴様にそれが判つたところで、アルプス教は痛痒を感じない。其代り貴様等三人の宣伝使を亡き者に致せばよいのだ。……オイ何うだい、此奴を真裸体にして秘密書類をフン奪り、高春山へ持参せば結構な御褒美が頂戴出来る。サアぬかるな』 と三方より櫂を以て打つてかかる。 無抵抗主義の三五教の宣伝使も、已むを得ず正当防禦の積りで、両手を組み天の数歌を謳つた。されど神慮に反きし敵の秘密書類を懐中したる穢れのためか、今日に限つて天の数歌も、鎮魂も、何の効果も現はれなかつた。三人は三方より滅多打ちに打ちかかる。 玉治別は已むを得ず、又もや櫂を握るより早く三人の中に交つて飛鳥の如く防ぎ戦うた。如何がはしけむ、遠州はバサリと湖中に落ちた。二人に追ひ詰められて玉治別は又もやザンブとばかり湖中に真逆様に落込んだ。舟に掻き着き上らうとすれば、二人は上より櫂を以て頭を撲りつけやうとする。遠州は其間に舟に駆上り、 遠州『サア玉の奴、神妙に渡せばよし、渡さねば貴様の生命はモーないぞ』 玉治別は一生懸命抜き手を切つて逃出す。三人は櫂を操り乍ら玉治別を追ひかける。玉治別は浮きつ沈みつ逃げ廻る。秘密書類は懐中より脱出して水面に浮き上つた。三人は手早く之を拾ひ上げて、大切に濡れた儘そつと舟の中に匿し、尚も玉治別の浮きつ沈みつ逃ぐるを追ひかけ、頭を目蒐けて撲りつけようとする。撲られては一大事と、苦しき息を凝らし乍ら水底を潜り、一方に頭を上げて息をつぎ見れば、又もや三人は舟にて追ひかけて来る。 玉治別は進退谷まり、九死一生のところへ矢を射る如く、一人の子供を乗せて漕ぎつけた一隻の舟。玉治別は盲亀の浮木と喜び勇んで舟に取ついた。舟人は玉治別を助けて舟に乗せた。玉治別は息も絶え絶えになつてゐる。此の時三人の盗人は、 三人『エー邪魔ひろぐな』 と此の舟目蒐けて攻めかけ来る。 船人『貴様は遠州、駿州、武州の小盗人だらう。サア、モウ俺が此処に来た上は、汝も最早観念せねばなるまい。片つ端から叩き潰してやらう』 此声に三人は驚いて一生懸命に櫂を操り、矢を射る如くに西へ西へと逃げ出した。湖中に突出せる大岩石に舟の先端を衝突させ、船体は木つ端微塵になつて、ゴブゴブゴブと沈没した。三人は思ひ思ひに抜き手を切つて逃げようとする。 船頭は三人の浮いた頭を目当に舟を差向けた。玉治別は漸く気がついた。見れば杢助親子が舟に乗つて、三人の泥棒の影を目当に走つてゐる。 玉治別『アー貴方は杢助さま。危い所をよう助けに来て下さいました』 杢助『話は後でゆつくり聞きませう。愚図々々して居れば三人の泥棒の生命が失くなつて了ふ。サア貴方も此櫂を漕いで下さい』 玉治別は直ちに櫂を漕ぎ始めた。漸くにして三人の泥棒を救ひ上げた。さうして以前の湖中の岩の上に三人を送り、舟を此方に引返し、十数間許り距離を保つて、三人に向ひ宣伝歌を聞かさむと、声も涼しく歌ひ始めた。 玉治別『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠の力は世を救ふ 誠一つの世の中に誠の道を踏み外し 天地に罪を重ねつつ終には根の国底の国 地獄の底のどん底の焦熱地獄に落されて 苦しみ悶える幽界の掟を知らずに智慧浅き 体主霊従の人々が小さき欲に目が眩み 結構な身魂を持ち乍ら他の宝を奪ひ取り 飲めよ騒げの大騒ぎ遊んで暮す悪企み 地獄の釜の道作りそれも知らずに曲道を 通る身魂ぞいぢらしき仮令大地は沈むとも 誠の道に叶ひなば大慈大悲の大神は 必ず救け給ふべし遠州武州駿州よ 汝も元は神の御子聖き身魂を受継ぎし 貴き神の生宮ぞ小さき欲にからまれて 此世からなる地獄道餓鬼畜生や修羅道の 責苦に自ら遭ひ乍ら未だ覚らずに日に夜に 道に背いた事ばかりわれは此世を平けく 治め鎮むる大神の教を宣ぶる宣伝使 決して憎しと思はない汝に潜む曲神を 一日も早く取り除けて誠の道に救はむと 願ふばかりの我心さはさり乍ら三五の 道を教ふる神司其の身を忘れてアルプスの 神の教に立て籠る鷹依姫が計略を 事も細かに記したる秘密の鍵を懐に 収めて曲を倒さむと思うたことは玉治別の これ一生の誤りぞ汝等は之を携へて 高春山に持参り鷹依姫に手渡して 手柄を現はし御褒美の金を沢山貰て来い さすれば汝が懐はふとつて親子が安々と 楽しき月日を送るだらうさは云ふものの三人よ 此世は仮の世の中ぞ万劫末代生き通す 霊魂の生命は限りなしなることならば三五の 神の教に身を任せ天晴れ世界の塩となり 花ともなりて香ばしき実のりを残せ後の世に あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 悪魔の為に魂を曇らされたる三人を 直日に見直し聞直し其の過ちを宣り直し 神の大道にすくすくと歩ませ給へ大御神 珍の御前に玉治別が畏み畏み願ぎ奉る』 と歌ひ終つた。 三人は此歌に感じてか、但は離れ島に捨てられた悲しさに此場を免れむとしてか、一度に玉治別に向つて両手を合せ、涙を流して改心の意を表する。杢助は舟を岩の前に近づけ乍ら、 杢助『オイ三人の男、汝の片割れ三州、甲州、雲州の三人は俺の館に乗り込んで金銀の小玉を全部貰つて帰りよつた。汝は玉治別の懐中せるアルプス教の書類を狙つてゐるさうだ。併しそれを鷹依姫に届けてやつたところで、余り大した礼物もくれはしよまい。生命を的にそんな欲の無い小さいことを致すな。改心するなら今だ。何と云つても此の離れ島に捨てられては汝も浮ぶ瀬はあるまい。サア改心を誓ふか何うだ、改心致せば此舟に乗せて助けてやるが』 三人は口を揃へて、 三人『改心します。何うぞ赦して下さいませ』 杢助『玉治別さま、貴方のお考へは何うでせうか』 玉治別『改心さへしてくれたならば四海兄弟だ、何処までも助けたいものですな』 杢助『そんなら助けてやらうか』 お初は首を左右に振り、 お初『お父さん、斯んな人を助けたつて直に又悪いことを致しますよ。暫くこの離れ島に預けて置いたがよろしいでせう』 遠州『モシモシ小さいお方、お前さまは年にも似合はぬ、きつい人だな。そんな事を云はずに何うぞ助けて下さいな。屹度改心しますから』 お初『イエイエ貴方は未だ未だ改心が出来ませぬよ。サア、お父さま、早く艪を操つて下さい。小父さま、櫂を漕いで下さい。私も手伝ひませう』 玉治別『アヽさうだ。子供は正直だ。此奴等可愛いと思へば、暫らく岩の上に預けて置いた方が将来のためだらう。サア、杢助さま、彼方へ進みませう』 と湖中の岩島を後に、高春山の東麓を指して矢を射る如く進み行く。 不思議や湖水の水は見る見る水量増り、さしもに高き湖中の巌も次第々々に水中に没し、早くも足許まで波が押寄せて来た。刻々に増る水量に三人は、最早首の辺りまで浸つて了つた。 (大正一一・五・一九旧四・二三外山豊二録) |
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339 (1783) |
霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 10 女権拡張 | 第一〇章女権拡張〔六八四〕 吹雪烈しき山の奥竜国別の宣伝使は 高春山に向はむと猿の声に耳打たれ 心イソイソ進み行く人煙稀なる谷の道 雪に埋もれゆき暮れて路傍に立てる岩蔭に 少時息をば休めける。 谷の片方の突出た岩の蔭に身を寄せ、一夜を明かす事となりぬ。竜国別はウツラウツラと眠りに就きけるが、フト耳に入りしはなまめかしき女の声、驚いて目を醒ませば妙齢の美人、鬢のほつれ毛を頬の辺に七八本垂れ乍ら、稍憂ひを含み、一人の赤児を抱き前方に立てり。 竜国別『此真夜中の雪路に女の一人、而も乳呑児を抱いて、何処へ御出でなされますか』 女『ハイ妾は浪速の者で御座います。高春山の鬼婆に拐かされ、日夜責苦に遇ひ難渋を致して居りましたが、情あるカーリンスと云ふ婆アの部下に想ひをかけられ、ソツと救はれて此処迄逃げ帰りました。併し乍ら何時追手がかからうやら知れませぬ。どうぞ助けて下さいませ。妾としても此寒さに凍え、身体強直して一歩も進む事が出来ないので御座います。どうぞ火が御座りますれば暖取らして下さいませぬか』 竜国別『それは御難儀な事でせう。此処へ木の葉を集めて焚く訳にもゆかず、困つたものですなア』 女『どうぞ貴方の暖かいお体の温みを分けて頂くことは出来ますまいか。最早斯うなつては、恥も何も構うて居れませぬ。全身の血液が凝固しさうに御座いますワ』 竜国別『アー困つた事だなア。今高春山の魔神の征服に向ふ途中、女の肉体に触れると云ふ事は絶対に出来ない。何か良い考へは出ぬものかなア』 と四辺を見廻せば、雪明りに目に付いたのは一束の枯柴、突出た岩に蔽はれて乾いた儘に残つて居る。 竜国別『アー此処に結構な薪がある。何人が刈つて置いたか知らないが、これも神様の御蔭だ、これを焚いて暖を取つたら如何でせう』 女『それは好都合で御座います。どうぞ燃やして下さいませ。しかし余り大きな火を焚くと追手の目標になつては困りますから……』 竜国別『宜しい宜しい、小さく燃やしませう。しかし雪の足形を索ねて追手が来るかも知れますまい』 女『お蔭で足跡は降る雪が次々に埋めてくれましたから、大丈夫で御座います』 竜国別は燧を打ち火を出し、薪に点けて暖をとり、女も嬉しげに手を炙つて居る。 竜国別『いまのあなたの御話に依れば、高春山へ囚はれて居られたとの事、然らばアルプス教の内幕はよく御存じでせうな』 女『ハイよく承知致して居ります。到底あなた方が三人や五人お出でになつた所で、飛んで火に入る夏の虫ですよ、お止めになつた方が却てお身の為だと思ひます』 竜国別は不機嫌な顔で、 竜国別『仮令幾万の強敵があらうとも、一旦我々は言依別の教主より任命された以上は、一つの生命が無くなつても、此使命を果さねばならないのだから、行く所迄行く積りです』 女『それは大変な御決心で結構で御座います。妾もあなたの様な気の強い御方と手を曳いて、今迄鬼婆が妾に加へた惨虐の恨みを晴らしたいのですから、どうぞ伴れて行つて下さいませぬか』 竜国別『イヤ滅相も無い。女の方と道伴れなんか出来ますものか。又あなたに助けられて、魔神の征服に行つたと云はれては、末代の恥辱ですから、それだけは平に御断り致します』 女『随分お堅い方ですなア。さう云ふ堅固な精神の夫が、妾も持つて見たう御座いますワ』 竜国別『コレコレ女中、戯談も良い加減になさいませ。貴女は赤ん坊を懐に抱いて居るぢやないか。立派な夫があるに相違はありますまい』 女『イエイエ、夫はまだ持つた事は御座いませぬ』 竜国別『夫が無いのに児があるとは、一つの不思議ではありませぬか』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の宣伝使にも似合はない事を仰有いますこと。玉照姫様の御生母のお玉さまは、夫なしに妊娠なさつたぢやありませぬか』 竜国別『それはさうだが、ああ云ふことはまた例外だ。普通の女にさう云ふことがある道理がない』 女『妾を普通一般の女と御覧になりましたか』 竜国別『サア別に斯う見た所では、何の変つた点もなし、判別がつきませぬワイ』 女『妾の素性が分らない様な事では審神者も駄目ですよ。どうして高春山の魔神を帰順させる事が出来ませうか』 竜国別『これは又妙な女に会つたものだ。お前は要するに化物だらう』 女『何れ化物には違ひありませぬ。併し化物にも善と悪とがあります。其審神者をして下さいな』 竜国別『此雪の降るのに、一人で山路を赤児を抱へて歩くところを見れば、先づ立派な者だなかりそうだ。鷹依姫の悪神に苦しめられて逃げて帰つたところを見れば、どうせ碌なものぢやなからうて』 女『鷹依姫に苦しめられた様な女だから、碌な者で無いと仰有りますが、現在玉照姫様をお生み遊ばしたお玉の方は、三国ケ岳で蜈蚣姫に苦しめられたぢやありませぬか。あなたの判断は正鵠を欠いで居ますよ。お玉さまは立派だが、妾は雪路を夜中に歩いて居るから怪しいと云ふ事が先入主になつて、お目が眩んだのぢやありますまいかなア』 竜国別は両手を胸のあたりに組んで太い息をつき考へ込む。女は薪を先繰り燻べる。二人の顔は益々明かになつて来た。竜国別はフト女の顔を見ると、二つの耳が馬の様にビリビリと動いて居るに気が付いた。 竜国別『あなたの耳はどうしましたか。人間なれば耳は動かないのが通例だ。お前さまの耳は不随意筋が発達して居ると見えて、畜生の様に自由自在に動く。コレヤ屹度魔性の女に相違あるまい』 女『オホヽヽヽ、耳が動くのがそれ丈気になりますか。あなたは耳所か肝腎の霊魂まで頻りに動揺し、ハートには激浪怒濤が立ち騒いで居るぢやありませぬか。それの方がよつ程可笑しいワ、ホヽヽヽヽ』 竜国別『ハーテナ。ますます分らなくなつて来たワイ』 女『本当に妾だつて、あなたの様な分らぬ宣伝使に出会うた事はありませぬワ。神様はイロイロ姿をお変じ遊ばすぢやありませぬか。木の花姫様を御覧なさい。竜体にもなれば、獣にもなり、立派な神の姿にも現じ、乞食にまで身を窶して衆生済度を遊ばすのに、妾の耳が動いたと云つて軽率にも獣扱ひなさるのは、チツト聞えないぢやありませぬか』 竜国別は、 竜国別『ハーテナー』 と云つた限り、又俯向く。 女『ハテナハテナと何程仰有つても、あなたの身魂が磨けねば、此談判は何時までも果てませぬ。ハテ悟りの悪い宣伝使だこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『兎も角今日は本守護神が不在だから、番頭の副守護神が発動して居るので、根つからお前さまの審神も出来ない。本守護神が帰つてから、ユツクリと御答を致しませう』 女『ホヽヽヽヽ、うまい事仰有いますこと。一時遁れの言ひ訳でせう。そんな痩我慢を出して我を張らずに、男らしくスツパリと、身魂が曇つて居るので分らないから……と仰有つたらどうです。妾の素性を明かす為に、今此処で羽衣の舞を舞うて見せますから、どうぞ此赤ん坊を一寸抱いて下さらぬか』 竜国別『何は兎もあれ、旅の慰めだ。審神を兼ねて其舞を拝見致さうかなア』 女『どこまでも徹底的に、我の強いお方ですこと、ホヽヽヽヽ』 竜国別『我が無ければならず、我があつてはならず、我は腹の中へキユツと締め込みて落ちついて居る身魂でないと、誠の御用は出来ませぬワイ』 女『ホヽヽヽヽ、三五教の御神諭を其儘拝借して、巧妙い事仰有りますこと』 竜国別『日進月歩の世の中、知識を世界に求めると云つて、善い事は直に取つて我物とするのが、豁達自在の文明人としての本領だ。お前さまは浪速の土地に生れたものだと云つたが、文化生活と云ふものはどんなものだか知つて居るかい』 女『ホヽヽヽヽ、文化生活が聞いて呆れますよ。そんなことは疾の昔に御存じの妾、文と云ふのは蚊の活動する羽翼の声……一秒時間に何万回とも知れぬ羽翼の廻転から起る声音ですよ。化と云ふのは人の褌で相撲をとつたり顔を舐めたりして、生血を絞り自分一人うまい汁を吸ふと云ふ生活でせう。体主霊従、我利々々亡者の充満した世の中を矯直す為に、国治立大神が変性男子の生宮を借つて教を垂れさせられ、其御心を世界に宣伝するお前さま達が、悪逆非道の利己主義の文化生活を主張するとは、逆様の世の中とは云ひ乍ら、実に矛盾したものですなア。それだから神様がこれ丈沢山の宣伝使があつても、誠の解つた者は一柱も無いと云つて、御悔み遊ばすのですよ。三五教を破る者は依然三五教にあるとは千古不磨の金言ですワ。妾は此第一言に対し無量の感に打たれて居ます。サア妾がこれから羽衣の舞を舞うて、尊き天の神様を御招待申上げ、貴方の心の岩戸を開いて見せませう。どうぞ此赤ん坊を抱へて下さいませ』 竜国別『随分愛らしいお子だ。併し男ですか、女ですか』 女『三十三相揃うた女です。女の赤ん坊です』 竜国別『ヤアそれならば御免蒙りたい。女を……仮令子供にもせよ、魔神の征討に上る我々、抱く訳には行きますまい』 女『何を仰有いますか。女位世の中に潔白なものはありますまい。あなた方は二つ目には婦人に対し、軽侮の目を以て臨まれるのが怪しからぬ。我々は新しい婦人となつてどこまでも女権拡張をやらねばならない。婦人の代議士さへ選出される世の中に何と云ふ頭脳の古い事を仰有るのでせう』 竜国別『何と云つても、男は陽、女は陰だ。おまけに月に七日の汚れがある。そんな汚れた女に男が触つてどうなるものか。清きが上にも清くせなくては、神業が勤まりますまい』 女『男位不潔苦しい肉体はありますまい。十三元素とか、十五元素にて固め上げた肉体の、半ば腐敗せる燐火の燃える、臭気の激しい醜体を持ち乍ら、月に一週間づつ汚れを排除し、清められた女の肉体が汚れるとは、ソラまア何とした分らぬ事を仰有るのでせう。開闢の初より、女ならでは夜の明けぬ国と云ふぢやありませぬか。太陽界を治しめす大神様は男でしたか。木花咲耶姫様はどうでせう。変性男子の身魂、国治立命様の肉の宮は男ですか、よく考へて御覧なさい』 竜国別『短兵急にさう攻撃されては、二の矢が継げませぬ。併し牝鶏暁を告ぐる時は其家亡ぶ、と云ふ事がある。何と云つても牝鶏は牝鶏だ。何程女が男の真似をしようと思つても、第一体格が劣つて居る。鼻下に髭もなければ、腮髯もない。それから見ても男尊女卑と云ふ事は証明されるぢやないか』 女『よく掃清められた庭には、雑草は一本も生えて居りますまい。鼻の下を長くして女に洟をたらす天罰の酬いとして、雑草がムシヤクシヤと生えて居るのだ。お前さまは髯を大変自慢にして居るが、其髯は男の卑劣な根性を隠す為の道具だ。つまり世間に卑下をせなくてはならぬ所を、神様のお恵で包む様にして貰つて居るのだから、ヒゲと云ふのですよ、オホヽヽヽ』 竜国別『どこまでも男子を馬鹿にするぢやないか。俺は天下の男子に代つて、大いに男尊女卑の至当なる道理を徹底させなくてはならない。お転婆女の跋扈する世の中だから……』 女『ホヽヽヽヽ、男位得手勝手な者がありませうか。女房に口の先でウマい事ばつかり言つて、社交の為だとか、外交手段だとか、甘い辞令を編み出して女房の手前を繕ろひ、狐鼠々々と家を飛び出し、スベタ女に酌をさせ、涎をたらして、間がな隙がなズボリ込み、スゴスゴと家へ帰つては、山の神に如何してウマク弁解しようかと、そんな事ばかりに心を悩ましてゐる、腑甲斐ない男は、世界に九分九厘と云つても差支ありますまい。ヤツパリ女は家庭の女王ですよ。女がそれ程卑しいものなら、なぜ亭主になつた男はそれ丈女房に遠慮をしたり、弁解をするのだらう。何と云つても男は下劣ですよ。天下の事は一切女でなければ解決はつきますまい』 竜国別『お前さまは浪速の土地に生れた丈に、新刊雑誌でも沢山に噛つて居ると見え、随分口先は巧妙いものだなア』 女『日進月歩の世の中、一日新聞紙を見なくても雑誌を繙かなくても、社会に遅れて了ふのですから、女は十分に時勢に遅れない様に注意を払つて居りますよ。男の様にスベタ女の機嫌を取つたり女房の顔色を見て弁解ばかりに心力を費消する野呂作とは、大に趣が違ふのです。グヅグヅして居ると、今に女尊男卑の実が現はれ、亭主は赤ん坊を背にひつ括り、鍋の下から、走り元から、何から何まで、女房の頤使に従つて、御用を承はらねばならぬ様になつて来ますよ。現に今でもチヨコチヨコ、さういふ事が実現して居ます。女は長煙管を銜へながら、腮で指図をして居る例は沢山あるのです。これも時代の趨勢だから、坂に車を押す事は出来ませぬ。男子は須らく沈黙を守り、従順の態度を執るのが、今後の男子の立場として安全第一の良法と考へますワ、オホヽヽヽ』 竜国別『イヤもう是れ位で、女権拡張論の演説は中止を命じませう』 女『そんなら此赤ん坊を抱いて呉れますか』 竜国別『エー仕方がない。そんなら今日に限りて女尊男卑の実を示しませう。併し明日からは捲土重来、男子の為に大気焔を吐いて、現代のハイカラ婦人の心胆を寒からしめる覚悟だから、其積りで応戦準備をなさるが良からう』 斯かる所へ何処ともなく「ブーブー」と法螺貝を吹く声、谺に響き出した。女はあたりをキヨロキヨロ見廻し、心落つかぬ様子である。ザクザクと雪踏み鳴らし、此場に現はれた大の男、此態を見て、 男(鬼武彦)『汝魔性の女、そこを動くなツ』 と大喝した。女は乳呑児を火中に投じ、忽ち金毛九尾白面の悪狐となつて、宙空をかけり姿を隠したり。竜国別はこれを見て肝を潰し、夢心地に入つて了つた。又もや大空に美妙の音楽が聞えて来た。ややあつて又もや降る天女の姿、巨人の前に現はれて、 女神(言依姫)『アヽ其方は鬼武彦様。よく竜国別を助けて下さりました。妾は聖地に於て竜国別が危急を悟り、取る物も取敢へず救援に向うた言依別の本守護神言依姫で御座ります』 鬼武彦『何、これしきの事に御褒めの詞を頂戴致しまして、実に汗顔の至りで御座ります。併し竜国別、玉治別、国依別の三人では、余りに高春山の征服は、荷が重すぎる様ですから、私に加勢を命じて頂けませぬか』 言依姫『彼等三人の、今度は卒業試験も同様ですから、どうぞ構へ立てをしてやつて下さりますな。併し乍ら危急の場合は、御助勢を願ひおきます。サアこれから聖地を指して帰りませう』 と二人は雲に乗り、中空に姿を隠したり。又もや降り来る雪しばき、嵐の音に目を醒せば岩窟の前に火を焚き、其正中に巨岩が放り込まれてあつた。赤児と見えたのは、此の岩石である。竜国別は夢の醒めたる心地して、夜明けに間もなき雪空を、宣伝歌を歌ひ乍ら前進する。 アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二〇旧四・二四松村真澄録) |
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霊界物語 | 21_申_高春山のアルプス教 | 11 鬼娘 | 第一一章鬼娘〔六八五〕 白雪皚々として四面の山野、白布の褥を被つた如く満目蕭然として一点の塵を留めず、道問ふ人もあら風に向つて進む竜国別の宣伝使は、刻々に降り積る雪を踏み分け、漸く谷と谷との細き十字路頭に出でたり。 太陽は雪雲にしきられて光を中空に包み、東西南北の方向さへも判らなくなつて来た。日は漸く雪雲の西天に没したと見えて、何とはなしに薄暗く寂し。されど雪の光に四面は月夜の如く朦朧と光つてゐる。竜国別は五尺有余の雪に鎖され進退谷まつて、最早凍死せむばかりに困しみつつ、言霊の続く限り天津祝詞を奏上し、夜の明くるを待つの止むなき破目とはなりぬ。 僅か一里許りの山路に一日を費やしたるを見れば、如何に通路の困難なりしかを察するに余りあり。真白の雪の中より白き影、むくむくと膨れ出し、一塊の白き立姿となつて竜国別が佇む前に現はれ来り、物をも言はず冷たき手を伸ばして、竜国別の手を執り進んで行く。 竜国別は心の中に怪しみ乍ら、最早如何ともすること能はず、怪物に手を引かれたる儘に不安の念に駆られて進み行く。怪物は小山の麓の荒屋の中に、竜国別を誘うた。 竜国別『如何なる方か存じませぬが、雪に鎖され身動きもならず、困難の処へお出で下さいまして、斯様な安全地帯へ御案内下さいましたのは、誠に有難う存じます』 怪物『汝は蜈蚣姫の部下か、但は言依別命の部下なるか、返答次第で吾々にも一つの考へがあるから、敵か、味方か聞かして欲しい』 竜国別『さう云ふ貴方は、何と云ふ御婦人でございますか』 怪物『貴方の返答を聞くまで申すまい。吾々の敵ならば今此処で、汝を征伐せなければならず、もし味方ならば何処迄も助ける覚悟だよ。サア、バラモン教か三五教か、二つに一つの返答を聞きませう』 竜国別『仮令バラモン教でも、三五教でも誠の道に変りはありませぬ。私は誠の道の宣伝使です。三五教、バラモン教、又アルプス教と云ふやうな区分した名称に、余り重きを置いては居りませぬ』 怪物『それは誰しも同じこと。併し今汝の属して居る教派は、何教だと尋ねてゐるのだ』 竜国別『何教でも好いぢやありませぬか。兎角天下国家の為に最善を尽くすのが、宣伝使の天職だと心得てゐます』 怪物『アハヽヽヽ、どうも卑怯千万な男だこと。三五教なら三五教だと、キツパリ云つたら如何ですか』 と最後の一言に力を籠め雷の如く呶鳴り立てた。見ればその怪物は拳のやうな目玉をクルクルと廻転させてゐる。 竜国別『先程より妙なことを尋ねる怪物だと思つて居たら、いよいよ怪しき奴だ。其方は古狸であらうがなア。雪に鎖され食料に苦しみ、吾々が腰の弁当が欲しさにやつて来たのだらう。貴様に与へるのは易いこと乍ら、聊か此方が迷惑を致す。マア気の毒乍ら、此処を早く立去つたがよからうぞ。そんな請求は駄目だから』 怪物『お前は人を救ふ宣伝使ぢやないか。わが身を捨てて人を救はねばならぬ職務にあり乍ら、現在飢ゑたる吾々を見殺しに致し、自分さへ腹が膨れたら、それで好いのか、それでも人を救ふ宣伝使と思うて居るか。此世を誑る偽物奴、吾々を化物と申すが、汝こそ真の化物だ。人間の皮を被つては居るものの、汝が身魂は四足同然ぢや』 竜国別『オイ狐か、狸か知らないが、人に食物をねだるのに、そんな驕慢な言葉があるかい』 怪物『誰が貴様のやうな穢れた人間の所持する食物をくれいと云つたか。吾々は失礼乍ら乞食の真似は致さぬ。唯一つ欲しいものがある。それを頂戴すれば好いのだ』 竜国別『お前の欲しいと云ふのは一体何だ』 怪物『外でも無い。其の高い鼻の先を削つて貰ひたいのだ』 竜国別『此鼻は親から預かつた一つの貴重品だ。こればかりは遣ることは出来ない』 怪物『そんなら一つ交換して欲しいものがある。大きな物と、小さい物と交換するのだから、どちらかと云へば俺の方が余程損がゆくやうなものだが、申込んだ方から実物の二倍三倍を提供すると云ふことは、現代人間の不文律だから、俺の物は大きいが交換をして貰ひたい』 竜国別『八畳敷と交換して堪るものかい。歩くのに妨害になつて仕方が無いワ』 怪物『アハヽヽヽ、人間と云ふものは汚いものだな。直にそんなとこへ気を廻しよる。俺の要望するのは、そんなものぢやない。貴様は余り目が小さいから、向ふ先が見えぬ盲目同様の化物だ。それで俺の目と貴様の目と交換して呉れと云ふのだ』 竜国別『その様な大きな目を俺の面に当てやうものなら、一つで一杯になつて了ふワ』 怪物『一つ目小僧と云ふ化物があるそうだ。お前は恰度それに魂が適合して居る。霊肉一致だから交換してくれ』 竜国別『一つの目は余るぢやないか』 怪物『残り一つは後頭部へ付けたらよからう。さうすれば前も後ろも、よくわかつて調法だぞ。サア強圧的に眼玉を抜いて付け替へてやらうか』 竜国別『俺は人間様だ。此目で十分に用を足して居るのだ。此の交換は御免蒙る』 怪物『一旦言ひ出した事は後へ退かぬ某だ。そんなら仕方がない。お前の腐つた魂を受取らう』 竜国別『馬鹿云ふな。俺の魂は水晶玉だ。何処が腐つて居るか。大きな目を剥きよつて、それが見えぬのか』 怪物『貴様は高城山の山麓、松姫の館に於て四足になつた代物ぢやないか。俺の素性が判らぬ筈はあるまい』 竜国別『ハテナー、一体貴様は何者だ。俺の事をよく知つてるぢやないか』 怪物『アハヽヽヽ』 と笑ひ乍ら、被物をツツと脱げばこは如何に、擬ふ方なき松姫であつた。 竜国別『ヤア貴女は松姫さま、随分悪戯をなさいますな。本当に肝玉が転宅しかけましたよ』 怪物『オホヽヽヽ、私が松姫に見えますかな。それだから其の眼の玉を交換しようと云つたのだよ』 竜国別『そんならお前は何者だ』 怪物『雪の精から現はれた雪姫と云ふものだよ』 竜国別『雪にでも霊があるのかなア』 雪姫(怪物)『お前の心の空に真如の太陽が輝き渡らぬ限り、此の雪姫の謎は解けないよ。曇り切つた今日の空のやうな身魂では、可愛相に目も碌に見えまい』 竜国別『毬のやうな目を剥いて現はれて来るものだから、的切り狸のお化と思つたのだ。雪姫はそんなに種々に変化出来るものかなア』 雪姫『ゆき詰つて、行くに行かれぬ橡麺棒を振つた時は、お前でも大きな目を剥き出して困るだらうがなア。さうだからデカイきつい目に遇うたと言ふのだ。モー一つ御望みなら大きな目を剥いて、御覧に入れようか』 竜国別『いやモー沢山だ。めい惑千万、これで御遠慮申して置かう』 雪姫は、 雪姫『これでもかア』 と言ひ乍ら、蛇の目の傘のやうな、大きな目を剥いて見せる。竜国別は驚いて後に倒れる途端に、雪姫は忽ち白狐となつて一目散に山道を駆出し逃げて行く。 竜国別『アヽ偉いビツクリさせよつた。奴狐の野郎、彼奴の正体がモウ斯う判つた以上は別に怖れることもない。跡追つかけて往生させねば宣伝使の役が勤まらぬ。併しこの大雪の中、四足は歩きよからうが、人間は一寸困るワイ』 と独語し乍ら四辺を見れば六尺有余もタマつたと思ふ雪は、僅か一寸許り、狐の足形がついて居る。 竜国別は手を組んでドツカと坐り、 竜国別『アヽ何の事だ、狐の奴、俺を魅み居つたなア。一日骨を折つて深い雪路を進んだ積りだつたが、矢張元の岩蔭だつたワイ。俺はどうかして居ると見える。サアこれから一つ天津祝詞を奏上し、大神の御神力を頂戴して前進することにしよう。思はぬ所で思はぬ夢を見たものだ。どうやら夜が明けたらしい。此の狐の足跡を踏むで行けば、道路が分るだらう』 と薄雪に印した足跡を頼りにドシドシ進み行く。 七八丁許り前進したと思ふ時、一頭の猪が現はれ前を横ぎる。 竜国別『ハテ不思議だ。狐の足跡があると思へば又猪だ。今度目は本当の狸の野郎に出会すのかも知れないぞ』 と佇む折しも、何処ともなく空を切つてヒユウと唸り乍ら、頭上を掠めて一本の流れ矢が猪の面部に発止と突立つ。 猪は狼狽へ騒いで転げ廻り、終に一つの禿山を越えて、向ふの谷に姿を隠したり。 竜国別『アヽ可愛相なことだ。鳥、獣でも助けるのが吾々の役だ。これや神様が吾々の気を惹いて御座るのかも知れない。之を見捨てて行つては大変だ。幸ひ薄雪に残つた足跡を索ねて、猪のお宿を探し、鎮魂を施して助けてやらねばならぬ。又彼の矢を抜いてやらねば到底助かるまい。何は兎もあれこれを救ふが第一だ』 と禿山をトントン登り進み行く。 此処は大谷山の山麓、岩ケ谷といふ芒の生ひ茂つた、人の行つたことのないやうな草原である。彼方此方に落ちたる血糊を索ねて進んで行くと、其処に一つの岩穴があり、以前の猪は既に縡切れてゐる。 竜国別『ハヽア此処が猪の棲処だつたなア。それでも途中で死なずに、自分の棲処まで帰つて倒れたのはまだしも、猪に取つては幸福だ。何処ぞ此処に厚く葬つてやらう』 と手頃の石を拾つて、土をカチカチ掘り初める。 岩穴の中より二十五六の女、角を生やして莞爾々々し乍ら出で来り、矢庭に猪の屍骸に取つき血を吸ひ初める。竜国別は黙つて此様子を眺めて居ると鬼娘は、美味さうにチウチウと音をさせて全身の血をスツカリと吸つて了ひ、腹を両手で撫で乍ら竜国別の立つて居るのに気がついたと見え、目を丸くし、口を尖らし、 女(お光)『ヤアお前は竜若ぢやないか』 と睨めつける物すごさに、竜国別は、 竜国別『オイ、お前はお光ぢやないか。お前の両親は行方が知れぬので毎日日日心配して居つたよ。ウラナイ教の高城山の館へも幾度か参拝して来たが、如何しても知れないので、出た日を命日と定めて立派な葬式を営まれたが、其の時に俺も祭官に列したことがある。サアサアお前は早く親の家へ帰れ。こんな処で鬼娘になつては堪らないぞ。高春山に俺は征伐に行くものだが、これから伴れて行つてやるのは易いけれど、女と同道は許されないから、これから早く家へ帰つたら如何だ』 お光『コレ竜若さん、私は祖母さんの眉毛を剃つて居ました時、誤つて顔を斬り、沢山の血が出たので、驚いて嘗めて見たところ、それから生血の味をおぼえて、人間や獣の血が吸ひたくなり、到頭こんなに頭に角が生えて鬼娘になつて了つたのだ。斯んな態して如何して我家へ帰れませう。お前さんも私の所在を知つた以上は、村に帰つて喋るであらう。さうすれば私は最早身の終りだから、自分の肉体保護の上から、気の毒乍らお前の生命を貰ふのだ。覚悟を為され』 竜国別『そんな無茶な事を云ふない。チツとはお前も恩義と云ふことを知つて居るだらう。此の小父さんが貴様の子供の時には、負うたり、抱いたり、小便をさしてやつたり、うんこの掃除まで世話をやいてやつたのを覚えて居るだらう。ちつとは其の義理ででも、俺を喰ふなんて云ふことが出来るものか。恩を知らぬものは、人間ぢやないぞ。烏に反哺の孝あり、犬は三日飼うて貰つた主人を、一生忘れぬと云ふぢやないか』 お光『そんな事が解つて居つて、如何して鬼娘になれますか。世の中の義理や、人情を構つて居つたら、鬼の修行は出来るものぢやない。サア小父さん、此処で逢うたがお前の運の尽きだ。アヽ美味さうな血の香がして居る。済まないけれどよばれませう』 竜国別『コラコラ俺は今迄の竜若とは違ふぞ。神力無限の三五教の宣伝使、言依別命様の御覚え芽出度き竜国別命ぢや。馬鹿な事を致すと地獄のどん底へ落されて、鬼の成敗に遇はねばならぬぞ。未来を怖れぬか』 お光『ホヽヽヽヽ、鬼娘が地獄の鬼が恐くて、如何なりませう。これでも地獄へ行つたら、立派な鬼娘が来たと云つて、持囃されるのだ。私は鬼になるのが願望だ。お前の生血を吸へば、もう一層立派な鬼娘になれる。猪の生血は最早呑み飽いたから』 竜国別『如何しても俺を喰ふと云ふのか。イヤ血を吸はうと申すのか』 お光『如何しても吸はねば私の身体が燃えて来る。私も苦しいから、義理、人情を省みる遑がない。併しあんまり御世話になつたのだから、何処とはなしに気の毒なやうな感じがする。ちつとばかり吸うてこらへて上げませう』 と手頃の石を以て、竜国別の額をカツカツと打つた。竜国別は気が遠くなり、其の場に倒れた。 お光『アヽ気の毒な小父さんだ。沢山呑むと生命が危いから、一二升許り呑んでこらへて上げよう』 と傷口に口を当て、チウチウと呑み始めた。 お光『アヽ如何したものか、此の血はエグイ。なかなか苦味がある。矢張身魂が曇つて居ると見えて、流れる血まで味が悪いのかなア。サアサア小父さん、モーこらへて上げよう。起きなさい』 と揺り起されて竜国別は吾に帰り、 竜国別『アヽなんだか気分がスイツとした。俄に身体が軽くなり、目までハツキリして来たやうだ』 お光『お前の血管を通つて居る悪霊を薩張吸うて上げたのだから、モーお前さんは結構な赤い誠の血計りになつて了つたのだよ。此上は最早私の手に合はぬ。お前さんは愈大和魂の生粋になつて了つた。併し此事を誰にも話してはなりませぬぞや。話すが最後千里向かふからでも私の耳は聞えるから、宙を駆つて行き、お前の素首を引抜くから、其の覚悟でゐて下さいや。此処で殺すのは易いけれど、お前に助けられたと云ふ弱味があるので、如何に悪党な鬼娘でも如何する事も出来ない。併し私と今約束して、それを破れば、初めてお前さんに破約の罪が出来たのだから、其時は堂々と生命を取りに行くから、其の覚悟で帰つて下さい。これで高春山の征伐も立派に出来るだらう。人間万事塞翁の馬だ。私に酷い目に遇はされて、其結果誠の手柄を現はす様になるので、謂はば私はお前さんの守護神のやうなものだ。感謝しなさい』 竜国別『妙な理屈もあるものだなア。頭をこつかれ、血を吸はれて感謝するとは、開闢以来聞いたことがない。何処で斯うも勘定が違つたのだらう』 お光『定つた事だ。処変れば品変る、お家が変れば風変る、郷に入つては郷に随へだ。世界には賭博のアラを取つて国の会計を助け、国民が安楽に暮して居る国さへもあるぢやないか。また一方の国では賭博を罪悪としてゐるやうなもので、社会が違へば善悪の標準も違ふのだ。併し何処へ行つても約束を破ると云ふ事は罪悪だぞえ。天照大神様と素盞嗚尊様が、天の安の河原を中に置いて誓約を遊ばしたではないか。世の中には現界、幽界、神界の区別なく、約束を守ると云ふことが最も大切なことだ。之を破るのは罪悪の骨頂だ。お前も私の所在を誰にも言はないと云ふことを誓約なされ。さうでなければ、今此処でお前の生命を奪つて了ふ』 竜国別『なに、お前達に生命を奪られるやうな俺では無いが、お前の生命を奪つた所で仕方がない。つまり俺が罪人になるだけだから、此処はうまく妥協して互に言はないと云ふ約束をしよう』 お光『そんなら助けて上げよう。トツトとお帰りなさい。屹度言ひませぬな』 竜国別『ウン、俺も男だ。屹度約束を守るから安心して呉れ』 お光『左様なら』 と云つた限り、岩窟の中深く影を没したり。 竜国別は額の傷を撫で乍ら、元来し路へ引返し、それより左に取つて枯草茂る小径を悄々と上り行く。 (大正一一・五・二〇旧四・二四外山豊二録) |