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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 15 盲目鳥 第一五章盲目鳥〔一〇二七〕 五月雨の空低うして、四辺の山は雲に包まれ、杜鵑の鳴く声遠近に聞える、穴太宮内垣の賤が伏家も、今は犬の手も人の手と称する田植の最中、片時を争ふ農家の激戦場裡で、遠近の人々は植付、麦刈などに忙殺されて、教の門を潜る人々の足も杜絶えた折柄、身なり賤しい一人の婦人、両眼のあたりを白き布にて繃帯し乍ら、杖を力に、 婦人(小末)『先生はお在宅ですか?』 と尋ねて来た。婆アサンが案内とみえて、一人付いて居る。此頃は参拝者がないので、神殿に於て心ゆく迄、幽斎の修行にひたつて居た喜楽は、此声を聞いて、 喜楽『マアマア』 と狭い座敷へ通し、来意を問へば、眼病を治して欲しいので、はるばる参拝したとの事であつた。どことなく何時かは見たことのある様な女と、訝かり乍ら住所姓名や、来歴を問うて見た。女は恥かしげに顔を赤らめ、稍俯むき気味になつて語る。 婦人(小末)『私は西別院村の小末と申す者で御座います。見るかげもなき貧乏人で、屋根はもり、壁はおち、明日の糧を貯ふるの余裕もなき貧しい暮しの中に、私の夫は長の病になやまされ、私は産婦の重き身の上、働きすることさへも叶はねば、朝夕の糊口に差支へ、銭となるべき物は売り払ひ、質におき尽くして、今は最早何もなき極貧の身の上、医薬の手だてさへなく、夫は無残にも死を待つより仕方のない身の上となりました。草根木皮を食ひ、一時の命をつないで居りましたが、何の因果か、夫婦の体は水腫れを起し、夫は遂に幽界の人となつて了ひました。取りのこされた私は、まだ出産後僅に一週日、血の若い身で、赤児をかかへて、形許りの弔ひをすませ、さむしい日をおくる内にも、村の人達の無情さ、米屋は米代を払へとせめてくる、醤油屋は醤油代を渡せときびしい催促に、如何することも出来ませず、一層の事私も夫の後を逐ふて此世の暇乞ひをせうかと思案に沈み乍ら、五つになつた先妻の子や、一人の赤子の愛にひかれて、死ぬことも出来ず、心弱いは女の常とて、何の考へもなきまま、大阪に嫁入つて居る姉を便つて一時の急場をのがれやうと、去る日の夜中頃、赤子を背に五つの子の手を曳いて、吾家を後に山路を辿り、出て行きました、其途中、亡夫を葬つた墓が御座いますので、暇乞の為に立寄り水を供へ、幸ひ傍に人影もなければ、心の行く丈愚痴の繰言をくり返し、心を残して墓場を立去る、時しも夫の墓の畔から現はれ出でたる怪しき物かげに、思はず知らず母子は声を揃へて泣き叫びました。不思議にも其怪しの人影は、夫の亡霊であつたか、何だか分らぬことを大声に叫び乍ら、吾家の方へ走せ行きました。そこで私の思ひますには、墳土まだ乾かず、五十日もすまぬのに夫の墓の土地を離れむとしたのは誠にすまぬことであつた。夫の霊は私等の大阪へ行くのを嫌うて居るのであらうと心を取直し、力なげに再吾家へ帰つて来ました。其時の驚きが災禍となり、遂に斯の如く両眼を失ひ、其上昼夜疼痛に苦しむこと限りなく、一人の赤子も亦十日以前に、乳のとぼしい勢か身体が痩衰へて、亡き人の数に入りました。先妻の子は私が盲になつたので親類が預つてくれました。私は最早夫や子に別れ、此世に生きて何の望みもありませぬから、せめては夫や吾子の霊を弔うて、善根を尽くすより途は御座りませぬが、何をいうても盲目の不自由な身の上、どうぞお助け下さいませ』 と涙を流して泣き叫ぶ。此物語の始終を聞いた喜楽の心は、一節一節胸に釘鎹を打たるる如くであつた。あゝ心に当るは過ぎにし春の月の夜半の出来事、大阪より帰りの途次、眠けにたへずして、とある墓場に石枕、計らず会せし妖怪変化と疑うた影は、正しく此婦人であつたか、逐一事情をきくにつけ、気の毒にも此女が眼病にかかつた原因は、自分が突然墓から逃出した其姿を見て、亡き夫の幽霊と誤解し、驚愕の余り、若血の身の上とて逆上して目にあがつて、こんな不具者となつたのであるか、吁気の毒だ。何とかして生命に代へても此眼病を直してやらなくては、神さまに対して済まない。又自分の責任がすまぬと、直に荒菰を大地に布き、井戸端に端坐して、頭からザブザブと水ごりを取り、拍手再拝祈願の祝詞を奏上し、一心不乱に勤行した。其至誠に畏くも神明感じさせ玉ひけむ、今まで苦痛に悩みし両眼の痛みは忘れた様に鎮静し、あたりをじつと見まはし乍ら、思ひがけなき此世の光明に飛び立つ許り打喜び、 小末『先生お蔭で目があきました。アヽ勿体ない辱ない!』 と伏し拝む。此場の奇瑞に祈願者の喜楽も打驚き、即時の霊験と、又不思議の邂逅に、神界の深甚微妙なる御経綸に敬服したのである。 此女は石田小末といふ。これより幽斎を日夜に修業し、神術大いに発達し、遂に小松林、松岡などの高等眷族の神霊懸らせ玉ひて、いろいろ幽界の有様を表示し、其後百余日の後再び大阪の姉の家に行かむと、喜楽に別れを告げて出て行つた儘である。 大本の神の教を伝へむと 山路遥に越ゆる津の国。 浪速江のよしも悪きも神術と 知らずに下る淀の流れを。 千早ぶる神の教を畏みて 駒立て直し元の丹波へ。 足曳の山路を夜半に辿る身は 御空の月ぞ力なりけり。 ゆくりなく巡り会ひたる嬉しさに 誠の神の恵悟りぬ。 惟神神の御霊の幸はひて 此物語世にてらしませ。 (大正一一・一〇・一〇旧八・二〇松村真澄録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 21 参綾 第二一章参綾〔一〇三三〕 旧六月の暑い最中であつた。老祖母や修業者に無理に別れを告げて、只一人穴太を離れ北へ北へと進み行く。道程殆ど二里ばかり来た処に、南桑田、船井郡の境界の標が立つて居る。其処には大井川の清流をひいた、有名なる虎天関と云ふのがある。虎天関の傍に枝振りよき並木を眺めて小さき茶店が建つて居た。喜楽は何気なく其茶店に立寄つて休息をして居た。 三十あまりのボツテリと肥えた妻君が現はれて渋茶を汲んで呉れた。さうして喜楽の異様な姿を眺めて、 女『貴方は神様の御用をなさる方ぢや御座いませぬか』 と云ふ。喜楽は即座に、 喜楽『私は神様の審神をする者で御座います。随分其処ら中の教会を調べて見ましたが、狐や狸のお台サンばつかりでした。アハヽヽヽ』 と手もなく笑つて居る。此女は畳みかけた様に、 女『モシ先生、私が一つ頼み度い事があります。私の母は今綾部に居りますが、元は金光様を信神して居ましたが、俄に艮の金神さまがお憑りなさつて沢山の人が御神徳を頂き、金光教会の先生が世話をして居られますが、母に憑つた神様の仰有るには、私の身上を分けて呉れる者は東から出て来る。其御方さへ見えたならば出口直の身上は判つてくると仰有いましたので、私等夫婦は態と此道端に茶店を開いて往来の人さまに休んで貰ひ、母の言つたお方を探して居りました。大方貴方の事かと思はれてなりませぬ。何卒一度母の身上を調べてやつて下さらぬか。これが母の神様がお書になつたお筆先で御座います』 と出して来たのが、バラバラの一枚書きの筆先であつた。 喜楽は此筆先を見て、高熊山の修業の中に於て霊眼にて見聞したる事の或部分に符合せるに驚き、婦人の依頼を受けて近々に上綾する事を約し、園部の広田屋と云ふ旅館に落着き、あちらこちらと知己を訪問して霊学の宣伝に従事しつつあつた。 旧八月二十三日[※明治31年(1898年)旧8月23日は新10月8日]、初めて綾部裏町の教祖の宅を訪問し、二三日滞在して居た。然るに金光教の教会の受持教師なる足立正信を始め、世話係の中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第37巻の諸本相違点」を見よ]、村上清次郎、西村文右衛門等に、極力反対運動をされ、時機未だ至らずとして教祖に暇を告げ、綾部の地を去つて園部村の字黒田、西田卯之助の座敷を借つて神の道を宣伝しつつあつた。種々の神憑りに関する面白き話は此地方に於ても沢山目撃したり遭遇したる事あれども、岐路に入る虞ある故此処には省略して置く。園部の上本町に奥村徳次郎と云ふ熱心な信者があつた。あまり沢山な信者が喜楽を訪ねて来るので、園部町の有志は信仰は兎も角土地繁栄の一策として園部の公園内に立派なる布教所を建設し、喜楽を、此処に永住せしめむと、土地の有志が東西に奔走し、話も大方纏まつて居る所へ、綾部から出口教祖のお使として、四方平蔵氏が遥々訪ねて来た。 其時喜楽は園部川の大橋の下流で漁遊びをして居た。其処へ平蔵氏がやつて来て、河の堤から、 平蔵『モシモシ、上田さまは此辺に居られませぬか、只今黒田のお宅へ参りましたら、園部の河原へ魚取りに行かれたとの話故、此川縁を伝うて此処迄来ました』 と云つて居る。喜楽は川の中から、 喜楽『ハイ、上田は私です。貴方は先頃手紙を呉れた綾部の四方サンですか。綾部はもう懲々しましたから行くのは止めますわ。今面白い最中だから、モチツと魚をとつて帰りますから、日の暮に来て下さい』 と云へば四方氏は堤の上から、 平蔵『そんなら仕方がありませぬ。私は園部の扇屋で今晩泊りますから、又お訪ね致します』 と云ひ乍ら、四方氏は大橋を渡つて扇屋をさして行つて了つた。喜楽は漁を終り、黒田の宅へ帰り着物を着換へ、園部の扇屋に四方氏を訪ねて見た。さうして今度は足立、中村其他の役員には極内々で、教祖と自分とが相談の上、喜楽を迎へに来た事が分つた。斯うなると自分も敵の中へ飛込む様なものである。余程の覚悟をせなくてはならぬと思ひ乍ら、早速綾部へ行く事を承諾し、往復八里の夜の道を穴太へ帰り、老祖母や母に愈綾部に行く事を云ひ、産土の大神に祈願をこらし、夜の明くる前漸く園部の扇屋へ帰つて来た。されど四方氏は喜楽が穴太へ帰つて来た事はチツとも分らなかつた。 それより四方氏と共に黒田の宅へ帰り、種々と支度をなし、五時頃から黒田を立ち出で、漸くにして檜山迄着いた。日はズツポリと暮れて来た。少し目の悪い四方氏は最早歩く事が出来なくなつて来た。止むを得ず樽屋と云ふ宿屋へ投宿した。忽ち大雨降り来り、雷鳴さへも轟いて実に物凄き天地となつて来た。樽屋の裏の離座敷を与へられ、喜楽と四方氏は四方山の話に耽り乍ら、夜の一時頃になつて漸く寝に就いた。朝の四時頃に四方氏は目を覚まし早くも天津祝詞を奏上して居た。喜楽は其声に目を覚まし、慌て起き出で見れば、相変らず車軸を流す様な大雨である。四方氏は、 四方『先生、お目覚めですか。早うから八釜しく申しましてお目を覚まして済みませぬ。昨夜は何とはなしに気が欣々しまして一睡も出来ませなんだ。神様が大変にお勇みだと見えます。併し乍ら昨夜から引き続いて偉い大雨です。これでも止みませうかな』 と心配相に尋ねる。喜楽は一寸目を塞ぎ伺つて見て、 喜楽『九時になればカラリと晴れます。それまで、マアゆつくり話を承りませう。貴方は綾部から来たといはれましたが、お宅は大変な山家の様に思ひますが違ひますか。家の裏に綺麗な水が湧いた溜池があり、前は一尺ばかりまはつた枝振りの面白き松の樹がある。さうして少し右前の方の街道に沿うて小屋の様なものがあり、其処に菓子なんかの店が出してあり、六十位のお婆アサンが見えますが違ひますか』 と尋ねて見た。四方氏は吃驚して、 四方『ハイ、其通りです。そんな事までよく見えますか。あんたは、さうすると稲荷でも使ふて居られるのですか』 と不思議相に顔を覗く。喜楽は首を振り、 喜楽『イエイエ、そんな事はありませぬ。霊学の一部、天眼通で見たのです。誰でも真心にさへなれば、天眼通位は直に判る様になりますよ』 四方『アヽそれで安心しました。私は金光教の古い信者で御座いましたが、こんな処から五里も六里もある処が見える様なものは、狐か狸だと金光教の先生が云ひました。モシ先生が綾部へ行つて、そんな事でもなさらうものならサツパリ狐使ひだと云つて、ボツ帰されて了ひますから、綾部へ御いでになつたら、其魔法だけは暫くやらぬ様にして下さい。疑を受けては貴方の御迷惑ですからなア』 喜楽『そんな分らぬ奴ばかり居る所なら、もう私は御免蒙つてこれから帰りますワ』 四方『そんな短気を出さずに兎も角教祖様の御内命で来たのですから、一度綾部を見ると思ふて来て下さい。此頃は和知川の鮎が沢山にとれますから、鮎食ひに行くと思うて、マアマア兎も角一遍来て下さい。私も今此処で先生に帰られては教祖様に対し申訳が御座いませぬ』 喜楽『第一貴方に霊学を諒解して貰ふておかなくてはなりませぬから、狐を使ふか、使はぬかと云ふ事を一遍此処で実地を見せませう。さうして貴方に承知が行つたら行く事にしませう。そんな処まで鮎食ひに行かなくても園部で沢山ですから……』 四方『私の様な素人にでも、そんな天眼通が行へますだらうか』 喜楽『マア其処に坐つて目を塞ぎ、両手を組んで見なさい』 四方『そんなら頼みます』 と四方氏は素直に座敷の真中に正座し、手を組み目を塞いだ。喜楽は、 喜楽『サアこれから四方サン、天眼通を授けます。今私が……ソレ見い……と云つたが最後、何かの姿が映りますから、それを話して御覧……』 四方『ハイ……』 と云ひ乍ら、一生懸命に目を塞ぎ早くも霊感者になつて、少し鼻息を荒くし体をピリピリと慄はせて居る。喜楽は、 『それ見い!』 と大喝一声した。 四方『ハイ、見えました。小さい古き藁葺の家が一軒、前横の方に又一つ汚い家があつて、其処に美しい水の湧いた池があります。さうして裏の方には榧の木や、椋の大木が見えます。細い綺麗な河が道の下を流れて居ます』 喜楽『アヽそれで愈天眼通が開けました。それは私の生れた家ですよ。もう宜しい』 と云へば、四方氏は組んだ手を離し目を開き、 四方『何とマア、結構な神様ですな。イヤもう感心致しました。流石教祖様も偉いわい。多勢の役員や信者に隠れてお迎へして来いと仰有つた丈けの価値があります。こんな事が分れば、三千世界一度に見え透くと仰有る神様の御用が充分に勤まりませう』 と無性矢鱈に喜んで居る。それから病気の伺ひや天眼通の試験を色々として、四方氏に先づ霊学の尊い事を悟つて貰ひ、朝飯を食ひ愈これから出立しようとする時、さしもの大雨もピタリと止まり、ガンガンと日本晴れの空に太陽が照り輝き出した。四方氏は、 四方『ヤア、仰有つた通り九時になつたらカラリと霽れました。ほんに霊学と云ふものは結構なものですな。これから綾部へ帰りましたら、金光教の先生や役員どもが愚図々々云ふと面倒で御座いますから、ソツと裏町の教祖さまの宅へ参りませう』 と云ひ乍ら六里の山坂を越えて其日の午後四時頃、漸くにして裏町の教祖の宅へ安着した。 誰が喋つたのか早くも信者の四方与平、黒田清子、四方すみ子、塩見じゆん子を始め七八人の信者が集まつて来て、 『平蔵サン、結構な御神徳を頂きなさつた。よい先生を迎へて来て下さいました』 などと喜び勇み、金光教の旧信者へ通知に各自廻つて了つた。此勢に足立正信氏は吃驚して中村竹造を裏町へ遣はし、色々と水をさし妨害を加へた。されど出口教祖を始め、四方平蔵氏の勢があんまり猛烈なので、到頭中村竹造も我を折り教祖の命に服従して了つた。 四方源之助、西岡弥吉、西村文右衛門、村上清次郎、西村庄太郎、四方伊左衛門等と云ふ世話係は裏町の宅へ集まり来たり、平蔵氏と教祖の説明によつて非常に共鳴し、艮金神様の金の字をとり、日の大神様、月の大神様の月日を合せて金明会と云ふ団体を組織し、信者は日に夜に遠近より集まり来り、裏町の狭い倉の中では身動きもならぬやうになつたので、本町の中村竹造の本宅へ金明会を移して了つた。四方氏は得意の天眼通を振りまはし神占をしたり、病気平癒を祈つたりして非常な人気である。只の一回位、霊学を教へて貰ふて、四方平蔵サンはあれ丈け御神徳を貰ふたのだから、修行さへしたら誰でも神徳が頂けるだらうと、幽斎修行の希望者が瞬く内に二十人あまりも出来て来た。喜楽は向側の西村庄兵衛と云ふ信者の裏の離家を借つて其処に寝泊りをしたり、世話方に色々と神の話を聞かして居た。金光教会の足立正信氏は最早策の施すべき所なく、村上清次郎、中村竹造、四方すみ、塩見じゆん、黒田清などの宅を訪問して、いろいろの反対運動を試みたけれども、到底効を奏する事が出来なくなつて来た。 教祖は足立氏の境遇を気の毒に思ひ、小遣銭や米等を贈つて金光教を脱退し、教祖の教に従へと信者を交る交る遣はして勧められた。けれども足立氏は頑固として応ぜず、陰に陽に反対の気勢を挙げ、 足立『上田と云ふ狐使ひをこんな処へ引張つて来て、山子を始め出したから騙されない様にせよ』 と中村竹造や村上房之助等を遠近の信者の宅に遣はし、色々と非難攻撃を始めた。中村は自分の家を金明会へ貸しておき乍ら、足立の命令に従つて反対運動を昼夜の区別なくやつて居た。併し乍ら時の勢には抗すべくもあらず、一人も信者が行かなくなり、手も足もまはらぬ破目に足立氏は陥つて了つた。そこで止むを得ず足立氏は我を折つて、 足立『何卒改心するから金明会へ使つて下さい』 と頼みに来た。金明会の役員連は速に協議会を開いた結果、 『足立正信氏は信者の受けも悪し、○○や○○と醜関係をつけ、神の名を汚して居るから、此際絶対に金明会へ這入る事は謝絶するがよい』 と云ふ事に協議が纏まつて了つた。足立氏が尾を振つて来たのは、心の裡から金明会へ心従して居るのではない。老母や子供が忽ち糊口に窮する処から、一時の窮策として表面心従したと見せかけ時機を見て金明会を転覆させ、喜楽先生を放り出す計略なる事は、今迄の足立氏の行動に徴して明白だから、今度の好い機会を幸ひに一切の関係を絶つ方が上分別だと、今まで同氏の熱心な教養をうけたものさへ、極力排斥を主張する様になつて来た。喜楽は足立氏の境遇を憐れみ、且又今迄金光教を信じて居た役員や信者の人情の浮薄冷酷なるに呆れ果て、 『今日は人の身の上、明日は吾が身の上と云ふ事がある。こんな薄情な人間の処へ居つては到底駄目だ。自分さへ此処を立ち去つたならば足立氏親子の困難は除かれるだらう。世人の困難を救ふべき神の取次が人を困らせてはならない』 と思つたから、四方氏を始め重なる役員に向ひ、 上田『私が此処へ来たために、足立氏親子が困難を来すべき結果を生じたのだから、私は同氏に対して済まないから今日から帰ります。何卒足立氏と仲良うして神様の御用をして下さい』 と申し込んだ。そこで数多の役員は大に狼狽し、鳩首謀議の結果、 役員たち『足立氏の処置に就いては上田先生に一任しますから、是非とも教祖様の側に居て、大本の宣伝に力を尽して下され』 と異口同音に頼み込む。 そこで喜楽は足立氏を金明会の副会長に任じ、金明会の名の許に仲良く神務に奉仕する事となつた。出口教祖も足立氏の身の上につき心密かに非常な心痛をして居られたが、喜楽の同情ある処置に対し、非常に安心をしたと云つて感謝せられた。足立氏は大変に喜び、役員信者も喜楽の赤誠に感じ、直に今迄の態度を改め、教祖に次いで喜楽を師匠と尊敬し出した。一時は大争乱が勃発しさうの模様のあつた金光教対金明会も、茲に円満な解決が出来て、双方とも心持克く勇んで和合の裡に神様の御用に尽す事を得たのである。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二北村隆光録)
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霊界物語 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 25 妖魅来 第二五章妖魅来〔一〇三七〕 篠村から徒歩となつて、帰途を幸ひ八木の福島寅之助方へ立寄つて見た。所が主人の寅之助氏は綾部へ修業に行つた不在中で、妻君の久子サンと子供が居つたので、四方氏から綾部の様子や福島氏の神懸り[※校定版では「神憑り」]の次第まで逐一話して聞かした。されど久子は金光教の信者である所から、霊学の話などは半信半疑で、何を云ふても鼻の先であしらひ、腑におちぬやうな按配で面白くない。二人はソコソコにして、此家を立出で八木の大橋を渡つて、刑部といふ所に土田雄弘氏の寓居を訪ね、神の道の御話など互に語らふ所へ、京都から一本の急電が届いた。土田氏は何事ならむと早速開いて見れば、京都に居る従弟の南部孫三郎といふ人が、病気危篤であるからすぐ来てくれといふ電信であつた。土田氏は余り豊な生活でないから京都へ行く旅費もない。大に困つて喜楽に向ひ言ふよう、 土田『只今の電報は私の従弟の南部といふ者が、今まで金光教会の布教師をつとめて居ましたが、身の修まらぬ人物で、今迄京都から尾州、遠州、駿州あたり迄十三ケ所も金光教会所を開いては、婦女に関係をつけては失敗し、又土地をかへては教会を開き、同じく婦人に関係しては追出され、遂には金光教会の杉田政次郎氏から破門されて、今の所では妹の家に厄介になつて居りますが、二三年前より肺結核にかかりブラブラ致して居りました。とうとう神罰が当つたのでせうから、到底全快は覚束なからうと信じて居りますけれど、なる事なら今一度神様の御助けに預りたいものです。先生の御祈念で、ま一度助けてやつて下さる事は出来ますまいか』 と心配相に頼み込む。喜楽は気の毒がり、直に神界に伺うて見た。其神占によると、今後一週間目の日が此病人に取つて大峠である、九分九厘までは到底助かるまい……と云つた。そこで土田氏は…… 土田『モシ南部の命をお救ひ下さるなれば、私から彼を説いてあなたの弟子と致し、お道の為に誓つて尽力をさせませう』 と云ふ。喜楽は笑ひ乍ら、 喜楽『又金光教会の布教師時代の行方をくり返されますと困りますなア。併しここ三年の間、神様に願つて命を伸ばして貰ふやうに致します。神様は三年間の行状を見届けた上で、又々寿命をのばして下さりませう。此事を手紙に書いて南部サンへ知らしておやりなさい。さうすれば京都へ旅費を使うて行く必要はありませぬ』 土田氏は喜んでこまごまと手紙を書き京都行きも見合した。果して南部氏は七日目に一旦息が絶え、暫くして再び息を吹き返し、それから日に日に快方に向つた。土田氏は南部全快の砌に京都へ行つて会見した際、 土田『貴兄の今度の大病が全快したのは、全く綾部に現はれた艮の金神さまの御神徳と、上田といふ人の熱誠なる御祈念の賜物である』 と云つて喜楽に約束したこと及綾部に於ける神懸修行の実験談などを詳細に話して聞かせた。されど南部は、 南部『必しも綾部の艮の金神様の御神徳ではない。平素信ずる天地金の神さまと、金光教祖の御守護にて、吾大病を綾部の神や上田といふ男を使役してお助け下さつたのである。故に此御恩の九分九厘はヤツパリ金光さまにある』 と云つて、直に京都の島原の金光教会へ御礼参りをなし、綾部の方へは手もロクに合はさなんだのである。 それから後は『今まで金光教の布教師を拝命し乍らいろいろの醜行を敢てし、神様の御怒りにふれて一命すでに危ふき所を、お慈悲深き天地金の神や金光教祖の御威徳でおかげを被つた』とて、朝晩、母親や妹や自分が代る代る島原の教会所へ参拝して居つた。そした所が、一二ケ月たつと今度は又腹が烈しくいたみ出し、日を追うて重体に陥り、日参所か室内の運動も出来なくなつて了つた。それから母や妹が一生懸命に金光教会へお百度をふんでみたが少しも霊験が現はれぬ。大学病院へかつぎこんで診察して貰うと、非常に重い盲腸炎だから、切開手術を施さねばならぬが、病人の体の衰弱が甚しいから、生命は受合へぬとの医者の言であつた。そこで已むを得ず施術して貰ふのを見合せ、吾家へつれ帰り、成行に任せて、死期の至るを待つ外手段がなかつたのである。 益々重態に陥り、如何ともすることも出来なくなり命旦夕に迫つた。又もや従弟なる土田氏へ……病気危篤すぐ来れ……の電報をうつた。土田氏は例の刑部の寓居にありて、之を披見し「綾部に向つて手を合せ」の返電を打つておいて上京せなかつた。京都の南部氏の母と妹とは其電報を見て、叶はぬ時の神頼み、命さへ助けて下さらば何神様でもよい……と綾部の方に向つて「艮の金神様、今迄の取違と御無礼の段を御赦し下さいませ。孫三郎の一命を今一度お助け下さらば、彼の体も精神も差上げまして、艮の金神さまの御用をさして頂きます」 と一心不乱に祈願をこめた。ふしぎや忽ち感応あつて、南部氏の病床に一寸許りもあらうと思ふ大きな虻が、寒中にも抱はらずブンと音を立ててどこからともなく飛来り、病人の頭の上を三回舞ひ了るや、南部氏の腹部は岩でも砕けるやうな音がして、二三升許りも汚いものが肛門から排出すると共に、それより腹部の激痛も止まり、日を追うて快方に向つた。此れが南部氏が金光教を断念して綾部の大本へ入信した動機であつた。 それから二人は綾部へ帰つて見ると、上谷の修行場に邪神が襲来して、福島寅之助、村上房之助、野崎篤三郎其外一二名の神主は大乱脈となり、あらぬ事許り口走つて騒ぎまはつて居た。村上は近郷近在を昼夜の区別なくかけまはり、いろいろの事をふれまはつて、大本の名を悪くせむと一生懸命に妖魅がついて狂ひまはつて居る。福島寅之助は上谷の村中に響きわたるやうな大音声で、 福島『丑の年に生れた寅之助は、福島只一人であるぞよ。それぢやによつて此方が誠の艮の大金神であるぞよ。上田は未の年の生れ、出口直は申の年生れであるぞよ。漸く二人合はして坤の金神ぢやぞよ。二つ一つぢやぞよ。とても此福島寅之助には叶はぬぞよ。サア皆の者共、これから今までの取違をスツパリ改心致して、此方にお詫致せば今までの罪を許してやるぞよ。出口と上田は裏鬼門の金神ぢや、誠の丑寅の金神は出口直ではなかりたぞよ。これが分らぬ奴はきびしきいましめ致して、谷底へ放るぞよ。これからは福島寅之助を神が使うて、三千世界の立替立直しを致して、神も仏事も人民も餓鬼虫けらに至る迄勇んでくらさすぞよ。これが違うたら神は此世にをらぬぞよ。大の字逆様になりて居るぞよ。今に天地がでんぐり覆るぞよ。用意をなされよ。今に足許から鳥が立つぞよ。艮の金神は今まで悪神祟り神とけなされたが誠に結構な神でありたぞよ。神が表に現はれて善と悪とを立分けて世界の人民を改心さして松の神世にいたすぞよ。神は決してウソは申さぬぞよ。疑へば神の気障りになるぞよ。之から上田が帰つても相手になる事はならぬぞよ。誠の艮金神が気をつけるぞよ』 などと赤裸となり妖魅がうつつて、教祖の筆先の真似計りを、のべつ幕なしに呶鳴りちらして始末に了へない。喜楽は直に神界に祈願をこめ鎮魂を修した。其為一旦邪神の暴動が鎮定したが、又外の神懸にも沢山の妖魅の同類がうつつて福島の神に加勢をする。遂には神懸一同が口を揃へて、 一同『皆の者よ。シツカリ致さぬと、上田の曲津にごまかされて、ヒドイ目にあはされるぞよ。誠の艮の金神は福島大先生に違ひはないぞよ』 と叫ぶのを聞いた福島は、再び邪神におそはれて、黒い濃い眉毛を上げたり下げたり、目を剥いたり、腕をふり上げたり、飛んだりはねたり、尻をまくつてはねまはつたり、畳は穴があき床はおつる、ドンドンドンと響きわれるやうな音をさして、非常に大騒ぎを再演し出したので、田舎人が珍しがつて、四方八方から毎日々々弁当持で見物に来る。喜楽は一生懸命に鎮圧に力を尽しても、二十有余人の神憑の大部分に、不在の間に妖魅が憑つたのであるから、中々容易にしづまらない、こちらを押へばあちらが上る、丁度城の馬場で合羽屋が合羽を干してゐた所へ俄に天狗風が吹き合羽が舞ひ上り、一度に押へることが出来なくなつて、爺があわてて堀へはまつたやうな具合になつて来た。そして日一日と狂態が烈しくなつて来る。つひには修行者の親兄弟が怒つて来て、 『吾家の大事な伜を気違にしたから承知せない、吾妹を狐つきにしよつた……おれの子を巫子に仕立よとしよつた……狸をつけたのだろ、其筋に告訴してやる』 などと一斉にせめかくる。四方藤太郎は其中でも稍常識を持つてゐたから、陰に陽に気を配り、忠実に審神者の手伝ひをしてくれたので、喜楽も非常に力を得、千難万苦を排して一斉の反抗も妨害も頓着なく、あく迄審神者の職権をふりまはして漸く邪神を帰順せしむることを得た。 一方では金光教師たりし足立正信氏等は心機一転して、金明会を破滅せしむるは此好機を措いて他にある可らずとなし、数多の信徒をひそかに、以前の田中新之助といふ信者の内に集めて、鎮魂帰神の霊術の不成績なることを強調し、且つ喜楽を放逐すべく密議をこらしてゐた。折角固まりかけてゐた金明会の信徒は五里霧中に彷徨し、去就に迷ひ、四分五裂の状態になつて来た。えたり賢しと、中村竹造、四方春三の野心家等が、諸方へかけまはつて喜楽の神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]は有害にして無益だとか、狐使だとか、魔法師だとか力限り根限り下らぬことをふれ歩く。遂には教祖のことまで悪口するやうになつて来た。其時の有様は全く万妖悉く起るてふ古事記の天の岩戸がくれ式であつた。 幸にして四方平蔵、同藤太郎等の熱心と誠実なる調停で、一時は喜楽に対する猛烈な反抗も稍小康を得ることとなつた。そしてイの一番に叛旗をかかげたのは福島寅之助氏であつた。元来福島は正直の評判をとつてゐる、人間としては申分のない心掛のよい人である。妖魅といふ奴は中々食へぬ奴で、世界から…彼は悪人ぢや、不正直だと見なされてゐるやうな人間にはメツタに憑るものでない。たとへ憑つて見た所で其人物に信用がなければ、世人が信用せないことを知つてゐるからである。そこで悪魔は必ず善良なる人間を選んで憑りたがるものであるから、神憑[※初版・愛世版では「神憑」、校定版では「神がかり」。]の修行する者は余程胆力のある智慧の働く人でないと、とんだ失敗を招くものである。良き実を結ぶ木には害虫がわき易いものである。菊一本にても、大きい美しい花の咲くものには虫が却てよけいにわくやうなもので、正直だから善人だから、悪神がつく筈がないと思ふのは、大変な考へ違である。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一二旧八・二二松村真澄録) (昭和一〇・六・一〇王仁校正)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 06 曲の猛 第六章曲の猛〔一〇四三〕 四方源之助、西村文右衛門の両氏は、喜楽のすすむる茶を飲み乍ら、又話を続けられた。 『金明会の御広間では、先日から世に落ちて御座つた、沢山の金神様や竜神様が、今度勿体なくも艮の金神さまが、此世へおでましなさるに就て、今度の際に、今迄おちてゐた神を此世へ上げて、其霊魂を救ふてやらねば、モウ此先万劫末代あがることが出来ぬから、今上田の審神者が綾部へ帰つて来たら、邪神界の神ぢやといふて封じ込めたり、追つ払つたり、霊縛をかけたり、いろいろと神界の邪魔許り致すに依つて、気の毒乍ら、暫くの間上田を綾部へ帰らぬ様にしてやると仰有つた。教祖様の御言葉の通り、俄に大雨が降つて来て、和知川は一升二合の水が出て、綾部の大橋が流れて了ひました故、上田サンが綾部へ帰れぬやうになつたのも、これも全く出口の神の広大無辺の御神徳だと思ひます。神さまは大変に先生を嫌うて居られますから、今度綾部へお帰りになつても、今までみたやうに我を出さぬ様にして、何事に依らず、出口の神様と神懸りサンの言に従うて下さらぬと、いつもゴテゴテ致しまして、先生には綾部に居つて貰ふことが出来ぬやうになりますから、私たちは先生を大事に思ふ余り、ソツと御意見に来たのであります。兎角出る杭は打たれると云ひますから、何神さまにでも敵対なさらぬが天下泰平ぢや、先生の御身の得ぢや』 と忠告をする。喜楽は相当教育あり、村でも町村会議員まで勤めてゐる様な人が、こんな事を云ふと思へば余りのことで呆れて答へる言も知らなんだ。二人はいろいろと喜楽に意見をした後帰つて行く。 それと行違に、喜楽が上谷まで帰つたと聞いて、出口澄子が密かに走つて来て、 澄子『先生、あなたの御不在中に、四方春三サンやら村上サン、黒田サン、塩見サン等が御広間へ帰つて来て、無茶苦茶な神懸をしたり、他愛もないこというたり、飛んだり、跳たり、しまひには裸になつた儘屋外を走つたり、上田は神界の大敵役だから、今度帰つて来ても金明会へ入れることはならぬ、皆の者がよつてたかつて放り出して了へ、三人世の元、これ丈居つたら結構々々、上田は悪神の守護神ぢや、鬼の霊だから、鬼退治をすると云つて、春三サンが先生の顔に角の生えた絵を書いて、釘を打つたり叩いたり、唾を吐きかけたりして、大変に煙たがつて、悪い口許り言ひますので、皆の信者がそれを真に受け、そんな先生なら帰んで貰へと、口々に言ふので仕方がないので、教祖さまにチツと云うて聞かして貰はうと思うて申し上げますと、教祖ハンは平気な顔で、何事も神界へ任すがよいと云うて黙つて居られますなり、一体何が何やら訳が分りませぬ故、一時も早う帰つて貰うて、皆の人等の目を醒ましたいと思ひ、役員信者に隠れて、知らせに一人で走つて来ました』 と気色ばんで報告するのであつた。そこで喜楽は、後の修業者を四方藤太郎氏に任しておき、一先づ綾部へ立帰らうとしてゐる所へ、又々例の祐助爺サンが走つて来て、大地へ手をついて泣声を出し乍ら、 祐助『一寸先生に申上げます。昨日の夕方からお昼までが余り騒がしいので、町中の人が芝居でも見るやうに面白がつて集まり来り、門口も道も山の如うに、大勢が冷笑に来ますので、大変に困りましたけれ共、何にも知らぬ盲人間だと思うて、相手にせずに役員も信者も、一生懸命に幽斎を修行して居ました所、夕方に西八田の小万といふ俥ひきが、横の細路を空車をひき乍ら……金神々々阿呆金神、気違金神、夢金神、乞食金神、根つからましな人間が来ん神ぢや……と大きい声でいろいろ悪いことを並べ立て、沢山の見物人を笑はして通りつつ、俥を泥田の中へ転覆さしました所が、丁度そこを通りかかつた人が、それを見て……お前は余り金神さまの悪口を言うたので、神罰が当つたのぢやと言ひましたら、人力曳の小万が怒つて、其人を殴りかけましたので、ビツクリして西の方へ一目散に逃出しました。サアさうすると小万が……金神の信者たるものが、人が泥まぶれになつて困つて居るに罰とは何ぢや、そんなことを吐した奴を、今ここへ引ずり出せ……と呶鳴つて広間へあばれ込み、西原の善太郎サンが参つて居りましたら、白い浴衣を着てゐた餓鬼ぢや、此奴に違ひないと云つて、土足のままで御神前へあがり、あばれ狂ひ、神さまの御道具を片つ端からメチヤメチヤに叩き壊して了ひ、沢山の町の人が面白がつて、……ヤレ金神征伐ぢや、ヤレヤレ……とケシをかけたり嘲笑つたりして、一人も仲裁する者はなし、散々に神さまの悪口を言うた揚句ヤツとのことで其晩の十二時頃に帰つて行きました。皆の信者はチクチクと怖がつてゐますなり、警察は側にあつても、常から足立サンの行状が悪いとか云つて、保護もして下さらぬなり、此爺イも誠に残念で残念で堪りませぬ』 とソロソロ声を放つて泣き出した。 凩や犬の吠えつく壁の蓑 涙をふいて又祐助爺サンがソロソロと悔み出した。 祐助『モシ先生さま、よう聞いて下さいませ。出口の神さまが、日清戦争で台湾で亡くなられた清吉サンの恩給とか年金とかを、これは生命と釣換の金ぢやからと云うて、一文も使はずに貯ておかれたお金を、銀行からひつぱり出して、勿体ない白米を二石も買うて下さりましたが、毎日日日皆の者が出て来て食ふので、最早一升もないやうになりましたから、又出口の神様が銀行から金を出して来て、白米や油を買うて下さいましたが、種油丈でも五六升も一日に此頃は要ります。それでもまだ邪神界が暗いから、マツと灯明をつけてくれと、お三人サンの神懸の口をかつて仰有るので、百目蝋燭を二三十本づつ立てますので、大変な物要りで御座いますが、金の一銭も上げやうとせず、どれもこれも皆よいことにして、出口の神さまの手足許りかぢつて、心配り気配りする誠の信者は一人もなし、誠にお気の毒千万で、此爺イも神さまに申し訳がない、四方平蔵サンは天眼通とかが上手だというて、お三人サンと一つになつて、望遠鏡でも覗くやうに妙な格好して、……平蔵どのあれを見やいのう……と三人サンが仰有ると、平蔵サンが目をふさいでハイハイ拝めました拝めました、大きな竜神さまが現はれましたとか云つて、一心不乱になつて御座るもんだから、会計のことは一寸も構うて下さらず、中村の竹サンは、お筆先を一心不乱に朝から晩まで、晩から夜中まで、阿呆のやうになつて、節を附けては、浮かれ節の様に、読んで読んでよみ倒して、アハヽヽヽ、オホヽヽヽと笑うて許り、何にも役には立たず、出口の神さまはお筆先の御用計りして、こんな大騒ぎをして居るのに、そしらぬ顔をして居られますなり、私もコラ何うなることかと、余り心配致しますので、元から沢山ない禿頭が一入禿て、其上竈の煙で黒光になつて了ひまして、皆の役員サンが……御苦労の黒うの祐助とひやかします、アタ阿呆らしい、神さまの事でなかつたら、隠居の身分で安楽に暮せるものを、誰がこんなことを致しませうか』 と涙交りの黒い顔を黒い手で撫で廻し、歯糞の溜つた口から一口々々唾を飛ばして、喜楽の顔へ吹きかけ乍ら、一生懸命になつて喋り立ててゐる。そこで喜楽は側にあつた半紙に筆を走らせ、 禿頭鳥居もかみもなきままに クロウクロウと愚痴を祐助 と書いて与へたら、 祐助『アハヽヽヽ此奴ア有難い』 と喜んで押頂き、懐に捻込んで一目散に又もや綾部へ帰つて行く。 それから三日目に又此爺イさんがスタスタとやつて来て、何か大切相に風呂敷包から手紙の様な物を出し、 祐助『先生、これは畏くも、牛人の金神様から、上田先生に対しお気付けのお筆先で御座いますから、叮重にして御覧下さいませ』 と差し出す。喜楽は直に披いて見ると、不規律な乱雑な書方で、 『牛人の金神が上田に一寸気をつけるぞよ。神の都合があるから、修業者一統引つれて帰るべし、此神の命令を叛いたら怖いぞよ云々……』 と記してある。喜楽は祐助爺イサンの迷ひを醒ます為に、其手紙を目の前でバリバリと引さいて見せた。爺サン吃驚して、 祐助『アヽ先生勿体ない、そんな事をなさると神罰が忽ち当りますぞ』 と躍気となる。喜楽は祐助サンに向つて、 喜楽『ナアに心配が要るものか、お前が牛人の金神に貰うたとかいふ其扇子を一つ引裂いてみるがよい。決して罰など当るものでない』 と励ましてみると、どつちやへでも人の言ふことにつく、阿呆正直者の祐助サンは、其場でベリベリと破つて了ひ、別に手も足も歪み相にないので、祐助さんはソロソロ地団駄を踏み出し、 祐助『此頭の禿げた爺イが、まだ十八やそこらの村上に騙されたか、エヽ残念至極口惜しやなア』 と其扇子を大地に投げつけ、踏むやら蹴るやら、其様子の可笑しさ、気の毒さ、何とも云ひやうがなかつた。 それから祐助サンと同行して、金明会の広間へ帰つてみると、御広前には信者が溢れて居り、屋外には見物人が山をなして、邪神の面白い神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神憑り」。]をひやかして居る。喜楽はすぐに内へ這入ると、村上房之助に何者かが憑依して、沢山の信者をたぶらかし、あつちやへ行け、こつちやへ行けと嬲り者にし乍ら荒れまはつてゐる。何にも訳を知らぬ信者が、神様だと思うて怖がり、ヘイヘイハイハイと言ふが儘になつてゐた。村上は自分の顔を見るなり、 村上『オヽ上田か、よく帰つた。此方は小松林命だ。その方は牛人の金神の命令をよく聞いた、偉い奴だ、其褒美として之を其方に使はす間、大切に保存するがよからうぞよ』 と大きな骨の扇に、何かクシヤクシヤと書いて勿体振つて差出すのを、手に取るより早く、数多の役員信者の目をさますにはよい機会だと思つて、其大扇で村上の頭を三つ四つ叩いてみせた。信者は各自不思議な顔をして、喜楽の顔許りながめて居る。奥の間の方から例の三人程の声として、 『上田殿が今帰りよつた。大神さま早く神罰を当てて下さいよ』 と細い声で、叫んで居た。 心なき世人の誹何かせむ 神に任かせし吾身なりせば (大正一一・一〇・一四旧八・二四松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 07 火事蚊 第七章火事蚊〔一〇四四〕 人盛なれば天に勝ち、天定まつて人を制すとかや、喜楽は一身一家を抛つて、審神者の奉仕に全力を尽すと雖も、何を云つても廿余名の、元より常識の欠けた人物の修行者が発動したこととて、どうにも斯うにも鎮定の方法がつかない。正邪理非の分別もなく、金光教会の旧信者計りで、迷信と盲信との凝結であるから、到底審神者の云ふ事は聞入れないのである。又神懸といふ者は妙なもので、金光教の信者が修行すれば金光教の神が憑つて来る。どれもこれも皆金神と称へる。天理教の信者が修行すれば、十柱の神の名を名告つて現はれる。妙霊教会の信者が修行すれば、又妙霊教会の奉斎神の名を名告つて現はれて来る。其外宗旨々々で奉斎主神の神や仏の名を名告つて、いろいろの霊が現はれ来るものである。上谷の修行場では金光教の信者計りであつたから、牛人の金神だとか、巽の金神、天地の金神、土戸の金神、射析の金神などと、何れも金神の名を名告るのであつた。又竜宮の乙姫だとか、其他の竜神の名を以て現はれる副守護神も沢山なものであつた。 今日の大本へ修行に来る人間は、大部分中等や高等の教育を受けた人が多いから、此時のやうな余り脱線的低級な霊は憑つて来ない。が大本の最初、即ち明治卅二年頃の神懸といつたら、実に乱雑極まつたもので、丸で癲狂院其儘の状態であつた。其上邪神の奸計で、審神者たる者は屡危険の地位に陥る事があつて、到底筆や口で尽せるやうな事ではなかつた。幽界の事情を少しも知らない人々が此物語を読んでも、到底信じられない様な事許りであるが、それでも事実は事実として現はして置かねば、今後の斯道研究者の参考にならぬから、有りし儘を包まず隠さず、何人にも遠慮会釈なく、口述する事にしました。 頃は明治卅二年、秋色漸く濃やかな時、金明会の広間では、例の福島、村上、四方春三、塩見、黒田を先頭に、日夜間断なき邪神界の襲来で、教祖のいろいろの御諭しも、喜楽の審神者も少しも聞き入れぬのみか、却て教祖や喜楽を忌避して、福島氏の如きは別派となり、広前の奥の間を占領し、四方、塩見、黒田三人の修行者と共に、奇妙な神懸を続行して居る。 『お父サン、久しぶりでお目にかかりました』 『ヤア吾子であつたか、会いたかつた……見たかつた……ヤア其方は吾妻か……』 『吾夫で御座んすか、艮の金神さまが世にお落ち遊ばした時に、私も一所に落されて、親子兄弟がチリヂリバラバラ、時節参りて、艮の金神さまのおかげで、久し振りで夫婦親子兄弟の対面を許して貰ひました。あゝ有難い勿体ない、オーイオーイオーイアンアンアン』 と愁歎場を演出してゐる。余りの狂態に、平素から忍耐の強い教祖も、已むを得ず箒を以て、福島の神懸を掃出し、 教祖『お前は金光教を守護する霊であらう。此大本をかき紊す為に、福島の肉体を借つて居る事は、初発から能う知つて居る。モウ斯うなつては許す事は出来ぬから、一時も早く退散せい』 と厳しく叱りつけられ、半分肉体の交つた神懸の福島は、大いに立腹し、 福島『此誠の艮の大金神さまのお憑り遊ばした福島寅之助を、能う見分けぬやうな教祖が何になる。勿体なくも艮の金神の生宮を、箒で掃出したぞよ。又上田も小松林のやうなガラクタ神が憑つてゐるから、此結構な大神を能う見分けぬとは困つたものであるぞよ。何の為の審神者ぢや、分らぬといふても程があるぞよ。サアサア皆の神懸共、これから丑の年に生れた寅之助の、艮大金神が神力が強いか、出口と上田の神力が強いか、白い黒いを分けて見せてやるぞよ。此方の御伴致して上谷へ来いよ。もし寅之助が負たら従うてやるが、此方が勝ちたら出口直も上田も、誠の艮の金神に従はして、家来に使うてやるぞよ。今日が天晴れ勝負の瀬戸際であるぞよ。皆の神懸よ、一時も早く上谷へ行けよ。出口と上田の改心が出来ぬから、今目をさまし改心の為に、神が出口の家を灰にして了うぞよ。それから町中も其通りぢやぞよ。噫誠に気の毒なものぢやぞよ。人民が家一軒建てるのにも、中々並大抵の事ではないが、神も気の毒でたまらぬぞよ。これも出口直が我が強うて、上田の改心が出来ぬからぢやぞよ』 と四辺に響く大音声にて呶鳴り散らす。喜楽は何程福島に神懸の正邪を説明しても、聞かばこそ……、自分は誠の艮の金神ぢや、上田の審神者が何を知るものか……と、肩を怒らし、肘をはり、威丈高になつて、神懸や役員一統を引連れ、韋駄天走りに一里余りの道を、上谷の修行場さして行つて了つた。 出口教祖と喜楽と澄子の三人を広前に残して、役員も神懸も悉皆、福島にうつつた邪神の妄言を固く信じて、上谷へ行つて了つた。喜楽は教祖の命に依りて、二三時間程経つてから、中村竹造[※霊界物語における中村竹造の名前に「竹造」と表記している場合と「竹蔵」と表記している場合があるが、霊界物語ネットでは「竹造」に統一した。詳しくはオニペディアの「霊界物語第38巻の諸本相違点」を見よ]の妻の中村菊子と只二人で、上谷の四方伊左衛門といふ人の家の修行場へ出張して見ると、役員も神懸も村の人達も、老若男女の分ちなく、悉皆福島について、高い不動山の上へ上つて了ひ、あとには黒田清子と野崎篤三郎とが修行場の留守をしてゐた。そして黒田には悪狐の霊が憑つて、喜楽の行つたのも知らずに、何事か一人でベラベラと喋り立てつつあつた。野崎は其傍に両手をついて、おとなしく高麗狗然として畏まつてゐた。喜楽の顔を見るなり、野崎は驚いて、黒田清子に耳打をすると、黒田は忽ちに仰向けになつて、 黒田『上田来たか、よく聞けよ。此方は勿体なくも素盞嗚尊であるぞよ。お前が改心出来ぬ為めに、気の毒乍ら綾部の金明会は灰にして了うぞよ。お前は何しに来たのぢや、一時も早う綾部へ帰つて、火事の消防にかからぬか。グヅグヅして居る時ではないぞよ、千騎一騎の此場合でないか』 とベラベラと際限もなく喋り立てる。喜楽はいきなり、 喜楽『コラ野狐、何を吐すか。そんな事があつてたまらうか。コリヤ野狐、正体をあらはせ!』 と後から手を組んで『ウン』と霊をかけると、清子は忽ち四つ這になつて、 『コーンコン』 と鳴き乍ら、家の裏山へ一目散に駆け出した。野崎はビツクリして、後追つかけ、漸く三町許りの谷間で引捉へ連れて帰つて見ると、清子は正気になつたやうに見せて、 黒田『あゝ上田先生、誠にすまぬ事を致しました。モウこれからは、福島大先生の事は聞きませぬ。私は余り慢心をしてゐましたので、不動山の狐がついてゐました。あゝ恥かしい残念な』 と顔を袂で押しかくす。喜楽は、 喜楽『そんな事にたばかられるものか、詐りを云ふな、其場逃れの言ひ訳だ。審神者の眼で睨んだら間違ひはあるまい。四つ堂の古狐奴!』 とにらみつくれば、又もや、 『コンコン』 と鳴き乍ら、一目散に不動山を指して逃げて行く。暫くすると、例の祐助爺イサンが、喜楽の前に走せ来り、 祐助『上田先生、あんたは又しても神懸サンを叱りなさつたさうだ。今黒田サンに素盞嗚尊さまがおうつりになつて、山へ登つて来て大変に怒つてゐやはりますで。大広前が御神罰で焼けるのも、つまり先生の我が強いからで御座います。爺イも一生懸命になつて、大難を小難にまつり代へて下さいと、お詫を致して、艮の金神さまや神懸さまに御願申して居りますのに、先生とした事が、お三体の大神さまのお懸り遊ばした結構な神懸サンを、野狐だなんて仰有るから、大神さまが以ての外の御立腹、どうしても今度は許しは致さぬと仰有ります。先生、爺イが一生の頼みで御座りますから、黒田サンの神さまにお詫を、今直にして下さりませ。綾部の御広前や町中の大難になつてはたまりませぬから……』 とブルブル震ひ乍ら、泣き声で拝んで居る。喜楽は、 喜楽『祐助サン、心配するな、決してそんな馬鹿な事があるものか。誠の神さまなら、そんな無茶な事はなさる筈がない。皆曲津神が出鱈目を言ふて居るのだ。万一綾部にそんな大変事があるものなら、自分が上谷へ来る筈がないぢやないか。ジツクリと物を考へて見よ』 と諭せば、爺イサンは少しは安心したと見え、始めて笑顔を見せた。喜楽は直に不動山へ登り、数多の神懸の狂態を演じて居るのを鎮定せむと、修行場を立出でた。爺イサン驚いて、喜楽の袖を控え、 祐助『先生、どうぞ山へ行くのはやめにして、これから直綾部へ帰つて下さい、案じられてなりませぬ。今先生が山へ登られたら、又々福島の神さまが、御立腹なさると大変で厶ります』 と無理に引止めようとする。喜楽は懇々と祐助をさとし、漸くの事で納得させ、中村菊子と同道にて、綾部へ立帰らしめ、喜楽は只一人雑木茂る叢をかきわけて不動山に登り、松の木蔭に隠れて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]連中の様子を覗つてゐた。 福島寅之助、四方平蔵、足立正信、其外一統の連中は、喜楽の間近に来てゐる事は夢にも知らず、一心不乱になつて、 『福島大先生さま、艮の大金神さま、一時も早く教祖さまの我が折れまして、上田が往生致しまして……綾部の戒めをお許し下さいませ、仮令私の命はなくなりましても、教祖さまが助かりなさりますように』 と一同が涙交りに頼んでゐる。四方春三の声で、 春三『皆の者よ、よく聞け。出口直は金光大神の反対役であるぞよ。上田のやうな悪い奴を引張り込んで、金光教会を潰したぞよ。あの御広間は元は金光の広間ぢやぞよ。それに出口と上田とがワヤに致したぞよ。誠の艮の金神が、今度は勘忍袋の緒が切れたから、上田の審神者を放り出さねば、何遍でも大広間は焼いて了ふぞよ。四方平蔵も又同類ぢや、出口直と相談を致して、上田をかくれて迎へに行きよつたぞよ。出口と上田と平蔵と三人が心を合して、金光の広間をつぶしたぞよ。今度は改心して、上田を穴太へ追ひかへせばよし、何時までも其儘に致してをるやうな事なら、此神が許さぬぞよ』 などと、もと金光教の信者計りが集まつて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の口で攻撃をやる。黒田きよ子が又口を切つて、 黒田『足立正信どの、其方は何と心得て居るのぞえ。金光教会の取次ではないか、今まで出口の神の側に二三年もついて居り乍ら、上田のやうなガラクタ審神者に、広間を占領しられて、金光どのへ何と申訳致すのか。上田の行状を見たかい。彼奴は、毎日々々朝寝は致す、昼前に起て来て、手水もつかはぬ、猫より劣つた奴ぢやぞよ。寝所の中から首丈出して飯を食つたり、茶を呑んだり、風呂へ這入つても顔一つ洗ふ事も知らず、あんな道楽な奴を、因縁の身魂ぢやから大切にしてやれ、と教祖が申すのは、チツと物が分らぬぞよ。教祖の目をさますのは、一番に上田を放り出すに限るぞよ。あとは金光教で足立正信殿が御用致せば立派に教が立つぞよ。あれあれ見やれよ、今綾部の金明会が焼けるぞよ。皆の者よ、あれを見やいのう』 と邪神が憑つて妄言を吐いてゐる。一同は目を遠く見はつて、綾部の方を覗く可笑しさ。折ふし綾部の上野に瓦屋があつて、窯に火を入れて居るのが、夕ぐれの暗を照して、チヨロチヨロと見え出した。さうすると、 黒田『サア大変ぢや大変ぢや、出口の神さまは誠に以てお気の毒ぢやぞよ。御心配をして御座るぞよ。今頃は上田の審神者が一生懸命になつて火傷をし乍ら火を消しにかかつて居るぞよ。大分にエライ火傷を致して居るから、今度こそは神罰で命を取られるぞよ。今出口の神が一生懸命に祈つてゐるぞよ、ぢやと申して此火は中々消えは致さぬぞよ。綾部の大火事となるぞよ。神の申す事は一分一厘違は致さぬぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。慢心は大怪我の元だぞよ。慢心致すと足許へ火がもえて来て……熱うなるまで気がつかぬぞよ。行けば行く程茨むろ、行きも戻りもならぬよになるぞよ。それそれあの火を見やいのう』 と三人の神懸[※校定版では「神がかり」]が口を切る。数多の村人も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も泣き声になり、 『福島大先生様、中村大先生様、四方大先生さま、足立大先生さま、どうぞお詫をして下さいませ』 と手を合して拝んでゐる。時正に一の暗み、瓦屋の火も見えなくなつた。 四方平蔵『火事にしては火が小さ過る。余り消えるのが早かつた。これは福島大先生さま、どういふ訳で御座いませうか……』 と尋ねて居るのは四方平蔵氏であつた。福島は横柄にかまへ乍ら、 福島『ウン、神の御仕組で広前を一軒丈犠牲に焼いたぞよ。皆の者よ綾部へ帰つて、出口の我を折らして、上田を放り出して了へよ。其後へ誠生粋の艮の金神が、福島寅之助大明神と現はれて、三千世界の立替を致すから、天下太平に世が治まりて、大難を小難にまつり代へて許してやるぞよ。何程人民がエライと申しても神には勝てぬぞよ。疑を晴らせよ。誠の丑寅の金神の申す事は、毛筋の横巾程も間違ひはないぞよ。改心致さぬと足許から鳥が立ちて、ビツクリ致して目まひがくるぞよ。改心するのは今ぢやぞよ』 と呶鳴り散らしてゐる。暗の帳はますます深く下りて来た。鼻をつままれても分らぬやうに暗い。提灯もなければ、上谷まで帰る事も出来ぬ真の暗になつた。村中の者が家を空にして、残らず此処へ登つて了つて居つたが、山を下りるにも下りられず、途方に暮れて『惟神霊幸倍坐世』と合掌してゐる。其処へ暗がりの中から、喜楽の声として、 喜楽『汝等一統の者、余り慢心強き故に邪神にたぶらかされ、上田の審神者の言も用ひず、極力反対せし結果は、今汝等の云ふ如く、足許から鳥が立つても分るまい。喜楽は数時間以前から、此松の木蔭に休息して、汝等の暴言暴動を残らず目撃してゐた。汝等に憑つた邪神は、現在此処に居る喜楽を見とめる事も出来ない盲神だ。又綾部の広前は決して焼けてはゐないぞ。最前見えた火の光は、稍大にして火事の卵に似たれども、あれは火事ではない、上野の瓦屋が窯に火を入れたのだ。汝等は今此処で目を醒まし、悔ゐ改めねば、神罰忽ち下るであらう。現に此山上にさまようて、帰路暗黒、一寸も進む能はざるは神の懲戒である。汝等一同の者、よく冷静に考へ見よ。万一広前が焼けるものと思へば、何故大神の御霊の鎮座ある、広前につめきつて保護せないのか。なぜ面白さうに火事見物をし、村中が弁当や茶などを携帯して、安閑と見下ろそうとしてゐるその有様は何の事か、これでも誠の神の行ひか、チツとは胸に手を当て考へてみよ』 と呶鳴りつけた。サアさうすると……上田は綾部に居ると固く信じてゐた一同の者は、藪から棒をつき出したやうに、喜楽が現はれたのと、其説諭に面食つて、泣く者、詫びる者、頼む者が出来て来た。暗き山路を下りつつ、躓き倒れてカスリ傷をするやら、茨に引つかかつて泣き叫ぶやら、ヤツとの事で不動山から、命カラガラ上谷の伊左衛門方の修行場へ帰つたのはその夜の十二時前であつた。 何れの人を見ても、顔や手足に茨がきの負傷せぬ者は一人もなかつた。四方平蔵は、喜楽に手を引かれて下山したので、目の悪いにも拘はらず、かき傷一つして居なかつた。喜楽は一同の者が邪神の神告の全然虚言であつたので、各自に迷ふてゐた事を悟つたであらうと思ひ、急ぎ綾部へ只一人帰つて来た。其あとで又々相変らず邪神の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]を続行し、其結果一同鳩首会議を開き、其全権大使として足立氏と四方春三、中村竹造の三人が選まれた訳である。要するに甘く喜楽を追放するといふが大問題であつた。 審神者の役といふものは仲々骨の折れるもので、正神界の神は大変に審神者を愛されるが、之に反して邪神界の神は恐れて非常に忌み嫌ひ、陰に陽に審神者を排斥するものである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・一五旧八・二五松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 08 三ツ巴 第八章三ツ巴〔一〇四五〕 明治三十二年十月十五日の事であつた。足立、四方、中村の三人は、上谷の修行場にて、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑り」。]一統鳩首謀議の結果、喜楽に対し、綾部退却の勧告をなさむと、全権公使格で何喰はぬ顔して、金明会へ帰り来り、言巧みに本宮山上に誘ひ出し、第一番に四方春三は口を開いて云ふ。 四方『上田先生に申上げますが、夜前上谷の私の宅で、金明会の役員一同が集会いたし、相談の結果、先生に一日も早う綾部を立のいて貰ふ事になりました。私等三人に対し、皆の役員サンから、先生に対し談判をしてくれと頼まれ、止むを得ず三人が出て来ましたのですから、どうぞシツカリ聞いて下され。永らく霊学を教へて貰うた先生に対して、すげなう帰つて下さいと云ふ事は、弟子の私としては誠に心苦くて気の毒でたまりませぬけれど、先生が綾部に厶ると、第一教祖さまの教の邪魔になり、お仕組が成就しませぬので、役員信者の心がハダハダになつて、如何しても一致しませぬから、どうぞ一年程穴太へ帰つて下され。其上で又御縁がありましたら、皆が相談の上、こちらの方からお迎へに参ります。実際の事を言へば、先生が綾部へお出でるのが一二年許り早すぎました』 と立退き勧告を臆面もなくやつて居る。喜楽は黙然として何の答もなく、春三の顔を穴のあく程見つめて少しく笑うてゐると、春三は気味悪相に真青な顔をして俯むいて首を頻りに振つてゐる。さうすると足立正信が全権委員顔をして曰ふ。 足立『足立が今日先生にお話に参つたのは、一個人の考へではありませぬ。先づ第一に艮の金神さまを始め、役員信者一同の代表者として、参つたのですから、あなたも其お考へで聞いて頂かねばなりませぬぞ。抑も綾部には、天地金の神さまのお道を開く、結構な金光教会所があつたのを、出口お直さまが気をいらつて、四方平蔵サンとひそかに相談して、吾々始め役員信者には一言の相談もなく、派の違ふ霊学の先生を呼よせて、とうとう金光教会を丸潰しにしられたのは、お前サンも御存じの通りですが、金光教は立派な公認の神道本局の直轄教会で、天下に憚らず布教伝道に従事してゐるお道です。かう申すと済みませぬが、上田サンの立てた金明霊学会は、其筋の認可もうけずに、偉相に布教してゐられても、到底、駄目です。出口お直さまや四方平蔵サン、お前サンの三人位が何程骨を折つても、瞬く内に其筋から叩き潰されて了ひますよ。さうなつてはお前サンも皆サンに合はす顔がないから、足許の明かい内に一時も早くお帰りなされ。今こそ教祖だとか、会長だとか云うてゐられますが元を糺せば紙屑買の無学の婆アサンや、牛乳屋位が、どれ丈気張つて見ても、到底お話にならぬから、花のある内にここを引上げなされ。又お直さまの方は金光教会の方で大切に世話をしますから、今の内に決心をきめて確かな御返答を願ひます。お前サン、これ丈皆の者に嫌はれて居つても綾部を帰るのがおいやですか。よくよくお前サンも行く所のない困つた人足と見えますな。腹が立ちますかなア。腹が立つならこれ見たかで、一つこんな田舎ではなく、立派な大都会の中央で、一奮発して教会でも立てて御覧。イヤ併し人間と云ふ者は末を見な分らぬから何ぼ訳の分らぬお前サンでも、又犬も歩けや棒に当ると云ふ事があるよつて、どんな偉い者に、此先に於てなれぬとも限りませぬワイ』 と嘲弄的に責かける。喜楽は余りの侮辱と暴言に何の答もなく、黙然として俯いてゐた。足立は心地よげに微笑をうかべ、喜楽を尻目にかけて腕をふり乍ら、コツコツと細い坂路を降つて行く。中村竹造はニタニタ笑ひ乍ら、 中村『上田サン、お前サンは元を糺せば百姓の蛙切り、少し出世して牛乳屋になつてゐたのぢやありませぬか。それに何ぞや、霊学だとか審神者ぢやとか云つて、草深い田舎へ人をだましに来ても、何時迄も尻尾が見えずには居りませぬぞ。なんぼ綾部が山家だと云うても、中には目のあいた者が居りますでな。百姓の伜が大それた神道家になるなんて、そんな謀反を起してもだめですよ。ヤツパリ蚯蚓切りの蛙飛ばしは、どこともなく土臭い所がある。なんぼ綾部の小都会でも、お前サン位に自由自在にしられて、喜んでゐるやうな馬鹿者はありませぬぞや。そんな性に合はぬ事するより、一日も早く穴太へ帰つて元のお百姓をしなさい。蛙の子のお玉杓子は、何程鯰の子によく似て居つても、チツと大きうなりかけると、手が生えたり、足がはえたり、いつのまにやら尻尾が切れて、ヤツパリ先祖譲りの糞蛙によりなれませぬぞや。どうしても鯰になれぬのは天地の道理ぢや。私も今年で九年振、天地金の大神さまのお道を学び、八年の間は艮の金神さまのお筆先を朝から晩まで拝読いて居つても、まだ満足に人に布教することが出来ぬ位むつかしいものだのに、お前サンは去年の春まで、蛙飛ばしや牛乳搾りをして居り乍ら、今から審神者になるの、神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]を人に教へるといふのはチツと時節が早すぎます。一日も早うどつかへ行つて、モツトモツト神さまのお道の勉強をして来なさい。お前サンの修行が出来て、立派な人になりなさつたら、又お世話になるかも知れませぬ。綾部には四方春三サンのやうな日本一の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神がかり」。]が出来てゐる上に、福島大先生のやうな生神さまが、時節参りて現はれました。お前サンも御存じだらうが、二三日前にも穴太のお母アさまから、一日も早う帰つて百姓の手伝ひをしてくれ、いつまでもウロウロしてをる年ぢやないというて、手紙が来たぢやありませぬか。今お前サンが快う帰つて下されば、天地の大神さまへもお詫が叶ひませうし、大勢の役員や神懸り[※初版・愛世版では「神懸り」、校定版では「神がかり」。]サンも大喜び、第一穴太のお母アさまに孝行ぢや。何程教祖さまが引ぱりなさつても、大勢の者にこれ程厭がられても、ヤツパリ綾部に居りたいのですか。見かけにもよらぬ卑怯未練な御方ぢやなア。よつ程よい腰抜だと皆が蔭で云うて居りますで』 と口を極めて嘲罵をきわめ、立腹させて喜楽を追ひ帰すべく手段をめぐらしてゐる。喜楽の胸はわき返る計りになつた。最早勘忍袋の緒が切れやうとする一刹那、出口澄子がエチエチと本宮山へ登つて来て、 澄子『先生、最前から教祖さまが、先生のお姿が見えぬと云うて、大変に心配をして居られますので、平蔵サンや祐助サンがそこら中を捜して居られます。私は本宮山へ上られたに違ないと思うて、お迎へに来ました。サア早う帰つて、教祖さまがお待兼ですから、一所に御飯をおあがりなされ』 と促すのをよい機会に、喜楽は四方、中村を後に残して本宮山を下つて行く。二人は後姿を見送つて、手を切に打叩き、 『ワハイワハイ、能う似合ますで、御夫婦万歳!』 などと冷かしてゐる。まだ澄子とは其時は夫婦でも何でもない、無関係の仲であつた。然るに両人は妙な所へ気をまはして笑うて居る。一時間程経つてから、以前の三人は落つかぬ顔して広間へ帰つて来た。 喜楽は一室に端坐し、首を傾けて一先づここを退去せむか、と思案にくれてゐた。が直日の霊に省みて……イヤイヤ目下の金明会の役員や、神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]の状態を見捨てて帰る訳にも行かぬ、自分が今帰つたならば、何も彼もメチヤメチヤになつて了うだらう、どこ迄も忍耐に忍耐を重ね、今一度無念を怺へて、彼等の精神を鎮定した上、進退を決しやうかと思うてゐる折しも、教祖は平蔵氏と共に、静かに襖を押あけ入り来り、自分の前に座を占めて、教祖は先づ第一に言をかけ、 教祖『先生、あなたは穴太へ帰る積で思案をしてゐられるやうだが、それはなりませぬ。神さまの御都合で引よせられたお方ぢやから、どんなことがあつても綾部を立退くことは出来ませぬぞや。御苦労さまで厶いますけれど、神さまの為にどこまでも辛抱して貰はねば、肝腎の御仕組が成就しませぬから、役員や信者が反対して、一人も寄りつかぬやうになつても、出口直と先生と二人さへ此広間に居れば、神さまのお仕組は立派に成就すると、艮の金神が仰有いますから、どんな難儀なことが出て来ても、何ほど反対があつても此処を離れてはいけませぬ。平蔵サン、チとしつかりして下され。今先生に申した通り、神さまは如何しても御放しなさらぬから、平蔵サン、チとシヤンとして先生の教を聞き、外の神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]や役員の言ふ事に迷うては可けませぬ。金光さまの教が開きたい人は勝手に開いたが宜しい。私等三人はどこまでも動かぬ決心をせねばなりませぬから、其お積でゐて下され。先生くれぐれも頼みますぜ』 と云ひ棄てて自分の居間へ引取られた。それから四方平蔵の態度が一変して、陰に陽に上田を庇護する事となり、漸く大本の基礎が固まりかけたのである。 元金光教会の教師であつた土田雄弘は、喜楽の霊学の力に感じ京都に上り、旧友などを集めて金明会の支部を、塩小路七条下ル谷口房次郎の宅で開設し、一同協議の上に谷口熊吉なる者を、綾部へ修行の為に差向けた。喜楽の熱心なる教に、二三週間の後は、一通り霊術を覚え、第一に天眼通が利くやうになつて来た。そこで当人は非常に慢心を起し、自分位霊術に到達したものはない、四方春三位は物の数でもない、過去現在未来に通ずるやうになつたのは、自分の天賦の霊能が然らしむる所であらうと、得々として教祖の前に出で、厚顔にも、 谷口『此谷口が神から選まれた因縁の身魂で、将来大本の教主になるべきものでせう。然らざれば、僅二三週間の修行でこんなに上達する事は出来ますまい。必ず昔からの因縁と神助の然らしむる所に違有りますまい。今日以後は及ばず乍ら、私が御用をつとめ、天晴れ艮の金神さまを表へあらはし、教主のつとめを致す考へでありますから、上田サンには今まで御世話になつた御礼に、相当の金を与へて、穴太へ御帰しなさつた方がよろしからう』 と教祖の前で恐気もなく述べ立てた。教祖は余りの事に呆れて言もなく、谷口の顔をジツと見つめてゐられた。谷口はモドかし相に、言せわしく、 谷口『教祖様、どちらになされますか。私にも御返答次第で一つ考へがあります。谷口熊吉が金明会をかまへば、艮の金神さまの御教は一年たたぬ内に日本国中に拡まり、金光教会の全部はキツと綾部の艮の金神さまに帰順いたさせます。かう申すと慢心のやうで厶いますが、上田サンの様に、役員信者一般に受けが悪いやうな人が居つては大本が潰れるより外はありませぬ。とかく斯ういふ事は人気が肝腎であります。役員も信者も神懸[※初版・愛世版では「神懸」、校定版では「神憑」。]も、上田サンが何時までも綾部に居すわつてるやうなら一人もよりつかぬと云つて、昨夜も上谷の四方春三サンとこで相談がきまりました。私は大本の大事を思ひ、教祖さまのお身の上を思ふ余り、何も彼も隠さず申上げます。一体教祖さまは、上田サンを買被つてゐられますと皆の者が云うてゐます』 と野心を包蔵する谷口は、教祖がどういはれるかと、其御返答を待かね顔であつた。 教祖は直に答へて、 教祖『谷口サン、それは誠に結構な思召しで厶いますな、皆さまの御志は神さまもさぞ御喜びで厶いませう。乍併誠といふ者はそんなものぢやありませぬ。お前サンも上田サンに、仮令三日でも教へて貰うたら先生に違なからう。其先生を追出して自分が後にすわるといふやうな御精神の御方は私は嫌です。誠といふものはそんな易いものとは違ひますで、私はどこ迄も上田サンと手を曳いて、神さまの御用をする覚悟であります。そんな事を言ふお方は、どうぞ一日も早う帰つて下され』 とあべこべに退却を請求され、目算がガラリと外れた谷口は青い顔して、首尾悪相に教祖の前を下り、すぐさま上谷へかけつけ、第二の作戦計画について大運動を始めて居た。 教祖の筆先に、 『御用継は末子の澄子と定まりたぞよ』 と繰返し繰返し現はれてゐるので、第一に出口の養子たらむとの野心を起してゐたのは、金光教会の足立正信氏であつた。彼は艮の金神さまの教が将来発達するに違ない、さうすれば第一出口の娘の婿となつておけば、将来の権利を握る事が出来るといふので、陰に陽に教祖に近付きつつあつたのである。此男は元は淀の藩士で、小学校の教員を勤めてゐたが、そこに金光教会所が設けられてあつた、其教会へ暇ある毎に通うて受持教師に理屈をふきかけ、いろいろと妨害をなし、とうとう其教会をメチヤメチヤに叩きつぶして了うた男である。それを上級教会の、京都島原支所長杉田政次郎が甘く自分の手元へ引入れ、相当の俸給をやつて事務員に使うてゐた。 出口教祖が始めて神懸になられた時、四方平蔵氏が妻君と共に、南桑田の土田村といふ所へ行つて居つた。其時亀岡の金光教会の大橋亀次郎といふ教師について、金光教の教を聞いてゐた関係上から、教祖の事を亀岡の大橋に話をしてみた。さうすると大橋は、艮の金神というて信者が沢山によつて来る相だから、何とかして、其出口お直サンを金光教会の教師となし、亀岡の教会の部下として、綾部に一つ教会を立てたいものだといふのが手蔓となり西原の西村文右衛門といふ男が教祖に難病を助けて貰うた関係上、亀岡の教会へ行つて大橋亀次郎から、金光教の剣先を下げて頂き、西村文右衛門氏が背中に負うて、大島景僕といふ人の離れの六畳を借つて、始めて金光サンを祭つたのである。其六畳のはなれは今大本に保存されてある。大橋亀次郎は、自分の弟子の奥村定次郎といふ男を遣はし、教師として道を開かせ、出口直子をお給仕役の様にして道を開いて居つた。乍併出口教祖はそんな事で満足しては居られず、 教祖『自分は金光教をひらくのではない、艮の金神さまを世に出さねばならぬ役だから……』 と云つて、奥村定次郎に、幾度となくお筆先を出して警告されたけれど、上級教会を憚つて、如何しても艮の金神さまを表にせうとはせず、とうとういろいろと官へ手続きをして、福知山金光教会支所長青木松之助の出張所といふ名で、東四辻の古い家を借つて、そこに道場を開き、奥村定次郎が受持教師となつて、金光教を開いて居つた。 出口教祖は神さまの命令によつて、奥村に別れ、裏町の土蔵を借つて、そこで神さまを祀つて、筆先をかいてゐられた。金光教会はだんだん淋しくなり、火が消えたやうになつて了ひ奥村氏は止むを得ず夜逃げをして了うた。これも出口教祖が……艮の金神の言ふ事をきかねば、夜の間に泣きもつて逃げて帰らねばならぬぞよ……と注意しておかれた通りになつたのである。其後へ島原の杉田氏から、足立正信を受持教師として綾部の教会へよこしたのであつた。 次に中村竹造といふ男は、本町の播磨屋というて、古物商をやつてゐたが、始めから教祖さまに従ひ、難病を助けて貰ふてから熱心な信者となり、筆先の大熱心者であつた。これも何時の間にか慢心が出て来て、自分の女房を離縁し、出口の娘を嫁に貰はうと考へてゐたのである。 次に四方春三は、上谷で相当な財産家の総領息子で、邪神が憑つた結果、弟に後をゆづり、相当の財産を持つて出口家へ養子に入り込まうと、幾度となく申込んで居たのである。斯くの如く三人の養子候補者が、手をかへ品を替へ暗中飛躍を試みて居た有様は、恰も古事記にある八十神が八上姫を娶らむとして争奪に余日なきと同じことであつた。足立正信は塩見、四方の二女を参謀として、教祖に取入り、それとはなしに二ケ年間も根気よく運動してゐたといふ事である。又中村氏は四方源之助、村上清次郎を参謀として、これも二三年間不断の活動をつづけてゐた。四方春三は自ら少々の財富力を楯に単独運動をやつて、自分は十中の九まで最早成功したものと信じ、互に三人が三巴となつて隙を伺うてゐる。そこへ突然喜楽を神さまから、大本の御用つぎと致すぞよと示されたので三人の不平は言はず語らず一時に爆発して、喜楽に対しいろいろの圧迫を加へ、悪罵を試み、百方妨害に着手する事となつたのである。 又もや谷口熊吉が出て来て、野心を抱きいろいろの運動を開始する。喜楽も澄子もそんな事は夢にも知らず、何事も頓着なく、一意専心に霊学の発達と筆先の研究とに、心意を傾注してゐたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 15 怒濤 第一五章怒濤〔一〇五二〕 教祖や会長に反対の連中がヒソビソと首を集めて、冠島丈けは幸ひに教祖の一行五人が無事に参つて来よつたが、到底沓島へは教祖のやうな婆アさまが行けるものでない、キツと神の怒にふれて、舟が転覆し、海の藻屑になつて了ふか、但は不成功に了つて中途から引返して帰るに相違ないとタカをくくつて嘲笑を逞しうしてゐた所が、見事今回又もや沓島開きが出来たといふ成功談を聞き、負ぬ気になり、『ナニ教祖のやうな婆アさまや娘が行く所へ行けないといふ事があるものか』と、二十人の頑固連中が沓島参拝を企て、大暴風雨に遭ふて命カラガラ、冠島に辛うじて避難し、一命を拾うた物語を述べておく。 対岸の清国では団匪の騒乱で、各国の政府が居留民保護の為に聯合軍を組織して北京城へ進軍中であつた。茲に出口の教祖は東洋の前途を気づかひ、神命のまにまに、二度までも無人島へ渡り、冒険的の企図をこらして、艱難辛苦を嘗め玉ふにも拘はらず、足立其他の役員に誑惑された信徒等は、利己一片に傾き、おのれが卑劣心より口々に、今回の教祖一行の冒険的渡海を非難し、好奇心にかられたり、一方には信者集めの手段を講じたものだなどと、盛に熱罵を逞しうしてゐる者のみである。判事ハリバートンの言に曰く『権威のある所には自然に不従順の傾向あり』と。宜なる哉、近来教祖及上田の名声の漸く大ならむとするを嫉妬し、いろいろと排斥防害運動に余念なき連中が二度までも孤島に参拝の成功に益々嫉視反抗の気勢を高め、今度は是非共会長を案内者として沓島へつれ行き、鐘岩の断岩へ登り、いろいろとよからぬ望みを遂げむと、某々等数名は鳩首謀議の結果、今一度勝手を知つた会長に同行参拝せむ事を強請して止まなかつた。万一にも否まうものなら、卑怯者と誹るであらう、今まで、屡彼等が奸計に乗せられ、九死一生の難に遭遇したる記憶の新なる一身上に取つては、恰も狼虎の道づれも同様である。何時間隙があつたら、咬殺されるやら計り知られぬ危険極まる島詣でであつた。然し乍ら敵を恐れて旗を捲くのも、神の道を宣伝する者の本意でないと、確く決心し、日夜沐浴斎戒心身を清め、神の加護と教祖の御神徳に倚信して、彼等と共に出舟参拝する事を承諾した。 万一を慮つて平素熱心なる信者、竹原房太郎、木下慶太郎、森津由松、福林安之助、時田、四方安蔵、甚之丞等の面々を引つれ、心の合はない敵味方合せて廿一名は明治三十三年七月二十日を卜し、いよいよ決行することとなつた。 二十一日の未明、四隻の漁舟は罪重き一行を乗せて、舞鶴港を漕ぎ出し、海上七里許り、冠島は手に取るやうに近く見えて来た。モウ一息といふ所で俄に東の空が変な色になつて来た。四人の船人はあわてふためき、口を揃へて、 『サア皆サン、覚悟をなされ大変なことになつて来た。あの雲の様子では大颶風だ』 と叫んでゐる。見る間に東北の空に真黒の妖雲がムラムラと湧きだした。追々風が荒くなつたと思ふ間もなく、颶風襲来、潮を蹴り飛ばし、波濤怒り狂ひ、勃乎たる海風の声は轟々と、南に北に東に西に猛び廻る。騒然たる声裡、山岳のやうな波、堅乎たる巌のやうな波浪が来る、其物凄きこと筆舌の尽す限りではなかつた。小舟を木の葉の如くに中天にまき上げるかと見れば、直に千仭の波の谷間につき落し、無遠慮に舟玉の神の目も恐れず、勝手気儘に奔弄し出した。波と波との間にかくれた一行の舟は、どうなつて了つたか、其影さへも見ることが出来ぬので、互に胸を轟かしつつあつた。恰も地獄の旅行をしてゐるやうで、何れも青息吐息の為体、蛭に塩、猫に出合ふた鼠の如く、舟底にかぢりついて縮かんでゐる。誰もかれもウンともスンとも得言はぬ弱り方、中にも松井元利といふ京都の信者は、因果を定めたか、生死の外に超然として動ぜざること岩石の如く、頭から潮を浴び乍ら、泰然自若として只天の一方のみを眺めて居る。時田金太郎が小便のタンクが破裂し相なと云つて、激浪目がけてコワゴワ乍ら放尿する。舟人が……そんな大男が立つては危険だ……と喧しく叱りつけるやうに叫ぶ。それに引替へ、臆病風に襲はれた中村は震ひ戦き、始めて口を開き、 中村『会長さん、一体どうなりますぢやいなア、今あんたの頭の上の所に大きな海坊主がいやらしい顔で、長い舌を出して、私をつかんで海へ投込むやうな手つきをし乍ら……それ今其処に睨んで居りますわいな、どうぞ坊主をいなして下され、あゝ小便がしたくて堪らぬ、どうしたらよからうか』 と周章狼狽のさま実に見るも気の毒であつた。小便がこらへきれなくなつたので、とうとう自分の飯碗の中へ放尿して、それを海へコワゴワ投げ込んでゐる。中村は驚愕の余り弱腰が抜けたと見えて、チツとも身動きが出来なくなつてゐたのである。 烈然たる颶風はよく千里の境域に達し、猛然たる旋風は万里の高きに依つて廻るかと怪しまれ、竜ならずして竜吟じ、虎ならずして虎嘯く如き光景である。一波忽ち来りて漁舟に咬つく、其度毎に潮水を沢山において行く、又次の一波のお見舞迄にと、一同が力限り命が惜さに、平常にはこけた箒もロクに起さぬやうな不精男が桶や茶碗や杓などで、一生懸命に潮水をかへ出してゐる、又一波来つて、潮水を頭といはず、背中といはず、無遠慮に浴びせて通る、忙しさ恐ろしさ、到底口で言ふやうな事ではない。 会長は一生懸命に天津祝詞を奏上し始めた。天の助けか地の救ひか、少し許り風がやわらいで来た。従つて波も稍低くなつた。此一刹那に、舟人は手早く四隻の舟を二ケ所へ漕ぎ寄せて、二隻づつからくんでみた、かうすれば舟の覆没を免れるからである。……サア是で一安心だと思ふ間もなく、今度は一層激烈な大颶風の襲来となつた。 雨は沛然として盆を覆すが如く、車軸を流すが如く、手きびしく頭の上から叩きつけるやうに降つて来る。漂渺として際限なき海原も今は咫尺弁ぜざる迄に暗黒に包まれた。怒れる浪は揉つもまれつ、荒磯の岩をも粉砕せずんばやまぬ猛勢である。白き鬣を振ふて立てる浪は真一文字に舟に組みつく、其度毎に小舟がグラつき転覆せむとする危さ、かくある以上は、平素から教祖を非難してゐた連中も、会長を嫉視してゐた小人もチウの声一つ得上げず、震ひ戦き、今は只神に依り、教祖に従ひ、会長に依頼して、命の安全を計るより外途なきに至つたのである。 人間といふものは斯うなつては実に弱い者である。神のおいましめを蒙つたと各自が思ふたのか、腹の中に企んでゐたごもくたを悉皆吐き出して前非を悔悟する、誰も彼も叶はぬ時の神頼みといふ調子で、一心頂礼口々に神文を唱へ、神にお詫を申してゐる。村上清次郎といふ男は天から四十三本の御幣が吾舟にお下りになつて、吾等を保護して下さるのが拝めますから、私は有難い事だと思ふて安心してゐます……と嬉し相に感謝してゐる。これは信仰の力に依つて、目ざめ、神のお守りあることを天眼通で見せて貰ふたものである。森津歌吉は何ともかとも得言はず、目をむき口を閉ぢて、波許り恐ろし相にながめ、時々扇子を以て波を片方へ押のけるやうな気取で、妙な手附をして拝んでゐる。舟に酔ひ、泡をば福林安之助が八百屋店をたぐり上げ苦しんでゐる。会長は聖地を出立の際、教祖より、 教祖『今度は余程神さまを頼んで気をつけて参らぬと、先日の参拝のやうに楽には行きませぬぞや、罪の塊計りだから、万々一危急の場合、命に関するやうなことのあつた時には、之を開いて見るがよい……』 と密封した筆先をお授けになつたのを、大切に肌の守りとしてつけてゐたが、披見するは今此時だと、懐中より取出し、押しいただいて披いて見れば、中には平仮名計りで、何事かが記されてある。其筆先の大要は、 『艮の金神が出口の手をかつて気をつけるぞよ、慢心は大怪我の元ぢやぞよと毎度筆先で知らしてあるが、今の人民は知恵と学計りにこり固まり、途中の鼻高になりて、神の教を聞く精神の者がなきやうになりて、天地の御恩といふことを知らぬ故、世の中に悪魔がはびこり、世が紊れる計りで、此地の上がむさ苦くて、神の住居いたす所がないやうになりたので、誠の元の活神は此沓島冠島に集まりて御座るぞよ、それ故に余程身魂の研けた者でないと、此島へは寄せつけぬぞよ、此曇りた世を水晶にすまして、元の神国に立直さねばならぬ大望がある故に明治廿五年から、神は出口の手をかり、口をかりて、いろいろと苦労をさして、世間へ知らせてゐるなれど、余り世におちぶれて居る出口直に御用をさす事であるから、今の人民は誠に致す者がないぞよ、人民は此結構なお土の上に家倉を建て青畳の上で、安心に月日を送らして貰ひ乍ら、天地の御恩を知らぬ計りか、神は此世になきものぢやと思ふて居るものがちであるから、神の守護がうすかりたなれど、人間は神がかまはねば、一息の間も生て居る事は出けぬぞよ、人間の此世を渡るのは、丁度今此小舟に乗り、荒い海を、風と波にもまれて渡るよなものである、誠に人の身の上ほど危いはかないものはない、もし此舟に一人の舟人と艪櫂がなかりたならば、直に行きも戻りもならぬよになり、舟を砕くか、ひつくり返るか、人も舟も海の藻屑とならねばなるまい、人民も神の御守護なき時は少時も此世に居ることは出来ぬ、此世の中は、人を渡す舟のようなもので、神の教は艪櫂である、出口直は此舟を操る舟人のよな者である。今の困難を腹わたにしみ込ませて、いつ迄も忘るる事なく、神さまの恵を悟つて信心を怠るなよ、何事も皆信心の力によつて、成就するのであるから、神の御子と生れ出でたる人民は、チツとの間も神を離れるな、道をかへるな、欲に惑うな、誠一つで神の教に従へ、災多き暗がりの世は誠の活神より外にたよりとなり力となる者はないぞよ云々』 といふ懇切なる神示であつた。あゝ神は吾等一行の我慢を戒め、邪念を払ひて、誠の道に導き至幸至福ならしめむが為に、此荒き海原へ連れ出し、かくも懇切なる教訓を垂れさせ玉ひしかと、悪鬼邪神の如き連中も、ここに始めて神の厚恩を悟り、教祖の非凡なる神人たるに舌をまくのみであつた。 又其筆先の終りの所に一段と細い字を以て、 『上田の持ちて居る巻物は、此際披き見よ』 と示されてあつた。此巻物は本田親徳先生より、長沢豊子の手を通じて授けられたる無二の宝典である。片時も肌を離さず、危急存亡の場合、神のお許しあるまで、決して開くなとの教を確守し、今迄大切に肌の守りにしてゐたのであるが、今や一行の精霊を救はねばならぬ場合に当り、始めて開く玉手箱、何が記してあるかと、恐る恐る押頂き伏し拝み、披き見れば…… 尊きかも、畏きかも、救世の神法、霊学の大本と数十百に亘る神業、其大要は喜楽が高熊山の霊山にて見聞したる事実と符合し、神秘に属し、他言を許されぬもののみであつた。会長は此一巻に納めたる、神法を実行する時機正に到来したりと、天にも昇るが如く勇み立ち、心鏡正に玲瓏たり、百折撓まず屈せず、暴風強雨何者ぞ、水火何者ぞ、満腔の精神は益々颶風と戦ひ、言霊の神力を以て、どこまでも之に打克たむとの勢頓に加はり来る、欲を離れ、利をはなれ、家を離れ、自己を離れ、社会を離れて只神あるのみ、全く神の御懐に抱かれゐる身は、如何なる事も恐るるに及ばず、大丈夫大安心なり、怒れよ狂瀾、躍れよ波濤、吹けよ強風、荒べよ暴風、汝の怒りは雄大なり、壮烈なり、我は今汝の怒りに依つて生ける誠の神の教を受けたり、今の会長は以前の会長に非ず、今は全く神の生宮となれり。暴風強雨来れと、十曜の紋の記されし、神官扇を差上げて、天の御柱の神、国の御柱の神、天の水分神、国の水分神、大和田津見神静まり玉へ……と宣る言霊に、不思議や風やみ雨やみ波従つて静まりぬ。舟人はおどろいて、 『先生は神さまで御座いませう』 と舌をまいて感嘆してゐる。抑も我国は神の御国なれば、惟神の道と称し、幽玄微妙の神教あり、神力無限の言霊あり、実に尊き天国浄土である。舟は漸くにして冠島へ避難する事を得た。第一着に老人島神社に供物を献じ救命謝恩の祝詞を奏上し、次いで綾部本宮を遥拝し、一行の罪重き者の沓島参拝は到底神慮に叶はざるべしと再び帰路の安全を祈りつつ厚き神の守りの下に漸く舞鶴に帰着し一同茲に一泊することとなつた。 大丹生屋の二階の一間に横臥して所労を休めてゐる、会長の枕許へ杉浦万吉といふ男出で来り、手をつかへ、面に改悛の色を現はし、涙をハラハラと流し乍ら、 杉浦『先生にお詫を致さねばならぬ事があります。申上ぐるのも畏きことなれど、実の所は吾々数名は相談の上、先生の懐にある巻物を預り、其上○○せむと○○をなし、本会の為に雲霧を払ひ清め、其後釜には四方春三サンを据ゑて、吾々が思惑を貫徹せむと欲し、其手段として先生に対し、沓島参拝を無理に御願したので御座います、乍併神様の厳しきおさばきにより、命辛々の目に会ふたのは、全く神さまより吾々に改心せよとの御戒めで御座いませう、何うぞ自分等の罪を赦して下さいませ』 と平身低頭して聞くも恐ろしい物語をするのであつた。会長は前日より略探知してゐたので、今更余り驚きもなさず、笑うてこれを許した。暫くあつて綾部の本部より教祖の命令によつて四方平蔵が四方春三を伴ひ、沓島行きの一行を迎ひに来り、一同の無事を祝し、冥土の旅から帰つたやうに小をどりして喜んだ。四方春三も杉浦の改悟を聞いて包むに包みきれず、陰謀を逐一自白し、 四方『あゝ私の心には悪神が潜んでゐたのでせう、これからキツと改心致します』 と真心から涙を流して有体に謝罪するのを見ると、却つて可哀相になつて来た。雨降つて地固まるとやら、今度の遭難にて誰も彼れも一時に悔ゐ改め、道の曙光を認めるやうになつたのも、全く神の深遠なる思召によることと、会長は益々其信念を鞏固ならしめた。 二十二日の夕方無事に館に帰り、神前に一同拝礼し各々家に帰つた。 (大正一一・一〇・一七旧八・二七松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 17 旅装 第一七章旅装〔一〇五四〕 明治三十三年八月一日、喜楽は郷里なる穴太より義弟危篤の電報に接し、急ぎ故郷へ帰つた。案の如く大病で義弟なる西田元吉は重態である。早速神界へ祈願の上、全快すべきことを告げ、其翌々三日綾部へ帰つた。大本の布教者西田元教は此時始めて神の尊き事を知つて信仰に入つた。其動機には実に面白い次第あれど稿を改めて口述することとする。 さて綾部へ帰つて見ると、門口に喜楽の荷物一切が荒縄や古新聞で包んで、放り出してある。不思議に思つて四方春三を呼んで、誰が斯んな事をしたのかと尋ねると、彼は顔色を変へて奥の間に逃げ込んだ。益々不思議だと思つて四方祐助を呼んで委細を聞くと斯うである。 祐助『先生の御不在中に役員会議がありました。其時に四方春三サンが発起人で、あんな上田サンの様な訳の分らぬ先生は、一日も早く追ひ返すがよい。天眼通も天耳通も何もかも、皆上田サンの知つて居る事は、四方春三が皆覚えたから、今故郷へ帰つて居られるのを幸ひ、一時も早く荷物を穴太へ送つて、断りに四方平蔵サンが役員総代で行かれる処でありました。あなたの御帰りが一日遅かつたら、皆の役員サンの思惑が立つのに惜い事ぢや』 と頭を掻いて苦笑ひをして居る。そこで、 喜楽『此事は教祖さまは御承知か』 と尋ねると、 祐助『イエイエあんたを先へ送つて了ふた上で教祖様に申上げるのです。前に教祖様に申上げたら、キツと止められるは必定ぢや。あんな権太郎先生に永らく居つて貰つては、皆の役員が困るから、善は急げといふ事があると昨日から皆の者が位田の村上新之助サンの家で集会してます』 との事である。誠に油断も隙もあつたものでない。又一方の四方春三は陰謀露顕に及んだので、何とか善後策を講ぜねばなるまいと、位田の村上宅へ自ら走つて報告した。反対者は驚愕の余り施すべき手段がないので、とうとう山家村鷹栖の四方平蔵方へ、謝罪して貰ひたいと歎願に出かけた。平蔵氏の取持で双方共に一先づ無事に治まるは治まつたが、機会さへあらば、上田を追出してやらうといふ考へは少しも放れなかつたのである。何れも皆金光教会の教師や役員や信者になつて居つた人々計りだから、金光教の守護神が憑つて、上田を排斥せむとするので其肉体は実に気の毒なものである。 喜楽が斯道の為に満腔の熱誠をこめ、寝食を忘れて活動せる結果は大に功を奏し、日に月に隆盛に赴き、教祖も是非神勅なれば上田をして事務を総理せしめむとされたので、例の足立氏は憤怨措く所を知らず、身は京都に在り乍ら、従来の部下を使嗾して百方排斥を試み、野心満々たりし四方春三を旗頭となし、今回の横暴を繰返したるなるに、斯る重大事件を傍観し居られし教祖の心事面白からずと、稍捨鉢気分に成り居れる際、四方祐助の使を以て、教祖は上田を招かれたれば、心中に積み重なれる疑団を晴らすには好機逸す可からずと、直に広前に参じ教祖に故郷の様子などをお話し、互に義弟の病気の快方に向へることを喜び合つて居たが、中村竹造は奥の一間より御神諭を奉じて出で来り、さもおごそかに喜楽に向ひ、 中村『今回教祖殿は此寒空に、何国へか神命を奉じて御修行に御出ましになり、御老体の身として御苦労遊ばすこと、吾々は何とも申様がありませぬ。是も全く上田サンの改心が出来ぬからであります。謹んでお筆先を拝読きなされ。神様や御国の為に尽さなならぬ人が、病人位で郷里へ帰るなんて、実に神様を軽しめて居られるのぢや。人の一人や半分死んだつて、大切の御用に代へられますか、此筆先は今度教祖さまが御修行に御出ましなさる御神勅でありますぞ、改心の出来ぬ者は教祖の御伴叶ひませぬ。上田を伴れて行くとありますが、あなたのやうなお方のお出でになるべき所ぢやない。何程神勅でも、役員として御道の為に、拙者が今回の御供は、生命に代へてもさせませぬ。其代りに拙者が及ばず乍ら御供仕る。上田サン如何で御座る。只今教祖の前で御返答なされ。トコトン改心するから、御供をさして下さいと契約書を御書きなさい』 云々と中村氏は胸に一物ある事とて、口角泡を飛ばして上田に毒付いて居る。喜楽は聞かぬ顔して、横を向いて庭の面を眺めて居ると、教祖は中村氏に向ひ、 教祖『御神諭は上田さまの事ぢやと思ふたら違ひますぜ、中村サンチと胸に手をおいて、先日からの皆サンの行ひを考へて、取違ひを成さらぬやうに……』 と一言柔かな針を入れられて、中村は首尾悪さうに教祖の前を下がり、御神諭を元の所へ納めて了つた限、物も言はず面ふくらしつつ、足音高く畳ざわり荒々しく、自分の居間へ下つて了つた。 教祖は自ら座を立ち、神前の三宝の上に置かれたお筆先を手づから喜楽に渡された。恭しく押戴いて直に其場で拝読すると、御神文の中に、 『今度は普通の人間では行かれぬ処ぢや。実地の神の住居いたして居る、結構な所の怖い処である。皆の改心の為に上田海潮、出口澄子、四方春三を連れ参るぞよ』 と記されてあるので、早速教祖に向つて厳しく談判を吹きかけた。其理由は四方春三の御供に加はつて居ることである。彼は当年の夏頃より上田排斥の主謀者とも云ふべき人物で、西原と上谷の間の峻坂にて上田を○○せむとなしたる如き侫人である。それでも寛仁大度の吾々は、神直日大直日に見直し聞直し宣直して赦して置いたにも係はらず、又々今回吾帰郷中に大排斥運動の原動力となつて駆廻つて居る。然るに世界の善悪正邪を透見し玉ふ艮の金神様が彼をお供に加へられるとは如何しても合点が出来ぬ、艮金神さまは良い加減な神さまだ。彼の如き者と同行するは恰も送り狼と道づれになるやうなものだ。それを知つて同行させると神から言はれるのは、要するに上田を排斥されたのであらう。表面は体裁を良くし、裏面には上田を同行させない御神意であらうから、今度の御伴は御免蒙りたい……と稍憤怒の情を以て教祖に肉迫した。さうすると教祖は、 教祖『イエイエ決して其様な主意ではありませぬ。最早此通り旅立の用意も出来て居りますから、今度は是非同行して貰はねばなりませぬ』 と蓑笠に杖草履など準備の出来上つたのを、見せられたので、漸く得心して御供することにした。其日は八月の七日であつた。教祖は尚も上田に向ひ、 教祖『海潮さん、一寸裏口を開けて御覧なさい、恐ろしい事がありますからよく見ておいて下されや。皆戒めの為ぢやと神様が仰有りますぜ』 との言である。何となく気味が悪いので側に居た四方祐助と四方春三とを誘うて、裏口の障子を開放して見たが、教祖の言はれたやうな恐ろしいものは一つも見当らぬ。何の事か合点が行かぬので、三人がそこらをキヨロキヨロ見廻して居ると、裏口の柿の木の下に蚯蚓が一筋這うて居る斗り、暫時経つと一疋の殿蛙が勢よく飛んで来たかと思ふと、矢庭に其蚯蚓を呑んで了うた。其後へ又黒い可なり太い蛇が出て来て、其蛙を一呑みにして了うた。併し別に是位の事が何恐ろしいものかと思つて三人が熟視してゐると、平素上田が寵愛して居るお長といふ雌猫が走つて来て其蛇を噛み殺して了うたと見る間に、何処から来たか、黒色の大猫がお長を噛殺さむとする。お長は驚いて直に柿の木へ逃げ登つた。黒猫も亦続いてお長の跡を追うて柿の木へ登つた。上田はお長を助けたさに柿の木へ続いて攀登つたが、一の枝まで上つた頃、お長は黒猫に噛まれて、悲しい声を出して、高い枝の上から地上に墜落しふンのびて鳴いてゐる。上田はお長の仇敵と一生懸命になつて黒猫をゆり落さうとしたが、何うしても落ちぬので、止むを得ず下へおりて見ると、上田の新しい浴衣の白いのが、猫の糞まぶれになつて居た。三人は始めて……あゝ上に上のあるものぢや、如何にも恐ろしい事ぢや……と肌に粟粒を生ずる程に驚いた。其時教祖はニコニコし乍ら三人の前に現はれ、 教祖『これで何事も分りませう』 と言はれたが、其時には余り深く教祖の御言葉も心にとめなかつたけれど、後に至つて其理由が判明したのである。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八松村真澄録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 18 鞍馬山(一) 第一八章鞍馬山(一)〔一〇五五〕 世は浮薄に流れ、人は狡猾に陥り剛毅昂直の気淪滅し、勇壮快濶の風軟化して因循姑息となり、野鄙惰弱と変じ、虚誕百出詐偽自在に行はれ、或は囁嚅笑談他の意に投合するを勉め、巧言令色頭を垂れ腰を曲げ、以て其欲を満たさむとするの卑劣と無節操は、社会の全体に瀰漫し、我神洲神民たるの高尚優美の気骨雅量を存せず、国民の基礎たるべき青年は概ね糸竹管絃の響きに心耳を蕩かし、婀娜嬋妍たる花顔柳腰に眩惑せられ、奢侈淫逸の欲を逞ふして空しく有為の歳月を経過する者のみ。国家の前途如何を思ふの志士仁人無く、世は将に常暗ならむとするを深く憂慮し、神示のまにまに大本の教祖は抜山蓋世の勇を振ひ、百折不撓の胆を発揮し、世道人心を振起せむと、上田海潮、出口澄子、四方春三の三名を従へ菅の小笠に茣蓙蓑、手には芳しき白梅の枝にて作りたる杖をつき草鞋脚絆に身を固め、明治卅三年閏八月八日の午前の一時、正に広前の門口を立出でむとする時、前夜より集まり来りし数多の役員信者等は各教祖の袖に縋り異口同音に『何卒途中までなりと見送らせ下さい』と泣きつつ頼む者ばかりであつた。教祖も役員等が、しほらしき真心はよく推知し居られたけれど、只管神様の命令を畏みて一人も許されなかつた。生別離苦の悲しさに何れも袖を絞りつつ、教祖が平素に於ける温言厚諭の情は、人を動かし、人を感ぜしめたのである。別れに臨んで、今更の如く其温容を慕ひ和気に懐き恰も小児の慈母に別るる如く焦れ慕ふたのである。さて教祖は梅の杖、海潮は雄松、澄子は雌松、春三は青竹の杖をつき乍ら、何処を当ともなく従ひ行く。秋すでに深く木葉は色を変じて四尾の神山は漸く紅に黄雲十里粛然たるさまである。和知の清流は淙々として脚下に白布を曝し一行の前途を清むる如くに思はれた。須知山峠の峻坂を苦もなく登り、狭き山道を辿りつつ行けば川合の大原神社、一行恭しく社前に跪坐し、前途の幸運を祈願しつつ、枯木峠も漸く踏み越えて、今や榎木峠の絶頂に差しかからむとする時、前途にあたつて怪しき火光のチラチラと燃ゆるを見とめた。海潮は盗賊どもの焚火をなして旅客の荷物を掠めむとして待ち構へ居るには非ずやと心も心ならず、不安の念に包まれ乍ら近づき見れば、豈図らむや、会員の一人なる福林安之助が数多の役員信者を出し抜いてソツと旅装を整へ、梅の杖まで用意して先へ廻つて待つてゐたのである。教祖一行の姿を見るや忽ち大地に慴伏し、 福林『何卒今度のお伴をさして下さい。私は猿田彦となつて此処にお待申して居りました。願はくば異例なれども猿田彦と思召、特別を以てお伴をお許し下さい』 と頻りに懇願して居る。教祖は、 教祖『何事も神様の御命令なれば此三人の外には如何なる事情があるとも随行して貰ふ訳には行きませぬ』 と固辞して動き玉ふ気色だになかつた。福林は詮方なくなく腹の底から湧き出す涙と共に嘆願し、 福林『今此処で仮令死ぬとも此まま家へは帰らぬ』 と容易に初心を変ずべくも見えなかつた。海潮は其真心を推し量りて気の毒に堪へ兼ね、教祖にいろいろと頼んだ上、 海潮『今度に限つて破格を以て随行と云はず荷物持ち人足として連れて行つて上げたら如何でせうか』 と頼んで見た。教祖も其の誠意と熱心に感じられ漸く随行を許された。福林は天にも登るが如く喜び勇み、雀躍し乍ら四人の荷物を棒もて肩に担ぎ、一行の後に跟いて行く事となつた。老の御足も健かに早くも、質志、三の宮に到れば東天明く旭日燦々たる処なれども、音に名高き丹波船井の霧の海に天地万有包まれて、天の原射照り透らす日の大神の御影を拝する能はず、前途朦々として何と無く物悲しき心地がした。行程六里、檜山に達し会員坂原氏宅に暫時息を休め、須知、蒲生野や水戸峠を上りつ下りつ、観音坂の頂上に辿り着き見れば、丹波名物の霧の海原何時しか拭ふが如く晴れ渡り、船井郡の一都会、花の園部や小向山、天神山は一眸の下に横たはり、佐保姫の錦織りなす麗しさは、筆舌の克く尽す所にあらず、上村、浅田氏等の同居する木崎の川原町に達した。偶一行の出修を知りて急ぎ出迎へ是非一夜泊りて旅の御疲労を休められよと請ふ事最と懇なりし為め彼の家に入る。間もなく中田、辻村の両会員入り来り、教祖の居らるる前をも憚らず、何の挨拶も会釈も碌々せず、開口一番上村氏が平生の処置甚だ不公平なり、依つて吾々は退会せむなどと不平を訴ふるので、座上の上村氏は大に怒り、これ又口を極めて彼が不謹慎にして予てより深き野心を蔵し、現在今お供の列に加はる四方春三等と気脈を通じ、本会の瓦解を企てつつありなど、双方意外の事のみ言ひ争ひ、はては四方、中田を速かに除名せられ度し、然らざれば小子より退会すべし等、得手勝手の難問題を提出する。中田、辻村の両人は一層憤激し、 『否、上村こそ今回の瓦解の謀主にして、生等は只相談を受けたる迄にて始めより斯る反逆には賛成し難し、と一言の許に跳つけた。それ故今日其真相の暴露せむ事を怖れ、先んずれば克く人を制すとの兵法を以て、反対に彼より生等を誣告するのである』 と逆捻に一本参る。互に負ず劣らず、争論の何時果つべしとも見えざれば、海潮は苦々しき事に思ひ、種々と理非を噛分けて諭せども、固より敬神愛民の思想を有せざる頑迷不霊の製糞器、只神を估りて糊口の資に供するより外、他に一片の希望なきもの共なれば、済度するには此上なく骨を折らざるべからざる、最も困つた厄介極まる代物であつた。 折柄庭前に嬉々として四頭の犬遊び、其状誠に親睦にして羨ましい程である。何と思はれしか教祖は懐中より一片の食物を取出し、犬に投げ与へられしに、犬は忽ち争奪搏噬を初め、恰も不倶戴天の親の仇に出会せしが如くである。教祖はこれを見て、人心の奥底は大抵斯くの如しと微笑みし乍ら、匆々に此家を立出でむとせらるる時、上村は大に恐縮して曰く、生等の心は実に此犬のやうだと稍反省の意を表はしたが中田、辻村は却々承知せず、益々暴言を逞しふし、是非々々教祖の御入来を幸ひ、正邪黒白を判別されむ事を強請して止まなかつた。これには海潮もほとほと持て余し、本会の主義精神は一身一家の栄達名聞を企図するに止まらず、国家的観念を養ふにあるのに、汝等会員たるの本旨を忘れ、教祖折角の苦行の首途を擁して、非違の裁断を請はむとするは、実に時を誤りたる非礼の行為なり、教祖多年の艱苦は実に汝等の如き会員を覚醒し正道に導かむが為めのみ、今又六十有五歳の教祖が梅ケ枝の一杖に身を托し、凛烈肌を劈かむとする寒天をめがけ何地を当ともなく神命の随々、孤雁声悲しく、暮雲に彷徨するが如く将に遠く出修されむとす、宜しく本然の私に還り教祖のお心を推察せば、斯くの如く見苦しき事をお耳に入れ申すべき場合に非ざるべし、と事を釈け、理を解きて諭せども、元来彼等は金光教の教師にして、自ら企て自ら為すの勇なく、徒に他の覆轍に做ひ、其糟粕を舐りて以て得たりと為し、信者の争奪にのみ余念なかりし癖は容易に改まらず教祖の諭示も海潮の説得も寸効なく、中田、辻村の両人は梟の夜食を取り外せし如く頬を膨らせ席を蹴立てて帰り、四方、福林もこれに従いて行つた。 教祖は上村氏等に慇懃なる謝詞を述べ、海潮、澄子を具して立ち出でられし故、上村氏も大橋までお見送りの為めとて従ひ来つた。さて四方春三は中田方に至り頻りに何事か善からぬ事のみ囁きつつ不興の顔色物凄く、口を極めて海潮を罵り是非排斥せずむば止まずと息捲く。福林氏は草臥たりとて中田が家に入るや、直に昇り口に打倒れ、熟睡を装ひつつ狸の空寝入り、素知らぬ振にて彼等の密談を残らず聞き取つた。少時ありて欠伸と共に起き上り、態と空惚けたる面を擦り乍ら教祖は何処にありやと問へば、 中田『あの気違ひ婆か、否狂長殿か、只今然も偉相に上村氏を随行させて出て行つたから大方大橋の詰辺りに今頃は迂路ついて御座らう』 と会員にあるまじき言葉を弄するも、一味の四方は咎めもせず厭さうに福林を伴ひて教祖の跡を追つかけた。夕陽は已に西山に没し、黄昏の霧は一行を包まむとする。四方春三は、 四方『夜の旅は危険ですし、さりとて旅費も豊ならず、むしろ中田氏に一泊しませう』 と云へば教祖は少しく怒つて、 教祖『仮令野宿をしても彼等の家に泊るのは厭ぢや』 とて気色悪ければ、一行は不承々々に従ひ行く。小山、松原乗り越えて一里半行けば鳥羽の里、広瀬も後に八木の町、月は照れども深更に入りて漸く八木の会合所福島氏方へ着いた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 19 鞍馬山(二) 第一九章鞍馬山(二)〔一〇五六〕 折節当夜は八木会合所の祭神及び会場移転式挙行日にて数多の会員参集し居たるに、不意に教祖一行の御立寄りと聞きて驚喜し俄に色めき立ちて上を下への大騒動、見るに見かねて教祖は之を制し慇懃に挨拶あり。畏くも大神の奉斎所を遷座する大切な御式を軽率に執行して神霊に非礼の罪を重ね、前以て詳細の報告も出願にも及ばざりし会員一同の不注意は今眼前に報うて来て気の毒であつた。幸ひにも教祖に祭主を懇願して移転式を完了し、次に教祖及び海潮の講話あり、午後十一時には各十二分の神徳を忝なみ会員一同退散した。印度坊主は経が大切、自分等は明日が大事、夜更しは身の障りと狭い座敷に雑魚寝をなし、翌九日、旭日東山の端に円顔を現はし給ふの頃、霧の流るる小川に手水を使ひ口嗽ぎ、恭しく神前に祈願を凝らし、行途の如何を占なひ奉る。時に皇神海潮の手を通じて教へ諭し給ふ様、 『世の中の人の心のくらま山 神の霊火に開くこの道』 と、此神詠によりて行途の城州鞍馬山なる事を窺ひ知り得たれば、心は五条橋の牛若丸の如く飛び立つばかり勇み立ち、午後一時福島氏に送られて八木停車場へと歩を運ぶ。折柄園部の上り列車、幸宜しと飛乗れば二分停車の忙しく渡る鉄橋寅天の、音轟々と大堰川、八木の城山跡に見て、二条の軌道を疾駆して、早くも亀岡に接近す。海潮が故郷なる曽我部の連山は殊の外眼に立ち、高熊山の霊峰は彼方ならむと思へば不知不識に拍手せられる。愛宕の神峰は群山重畳の其中央に巍然として聳え、教祖一行の出修を眺めて山霊行途の安全成功を暗祈黙祷せらるるの思ひがある。車中偶曽我部の里人某を見る。言葉を掛けむとすれば態と素知らぬ振りに背面し、時々横目に此方の身辺を覗ふ様、あまり心地良きものに非ず。彼は曾て海潮が故郷にありて国家の大勢に鑑み、憂国の至情を以て一身一家を抛ち、惟神の大道たる皇道霊学の教旗を翻したる時、陰に陽に極力妨害を加へたる枉津神なれば、今更面目なくて其鉄面皮も稍良心に呵責され、思はず背面せしならむかと思ひしに、豈図らむや、然は無くて彼は余等一行の旅装を注視し、乞食巡礼に零落せしものと誤認し、帰郷するや嗤笑して告げて曰く。 『上田は怪しき教に沈溺せし為め終に乞食に堕落したり。神道に熱中するもの宜しくこれを以て殷鑑とし、決して祖先伝来遵奉し来りし仏道を捨て神道に迷ふが如き愚挙を演ずる勿れ。彼れ上田は親族には絶交せられ、朋友には疎まれ、弟妹には見離され、吾住み馴れし恋しき故郷を捨てて是非もなくなく他所へ流浪し、今又養家の老母や妻を携へ、浮雲流水の身となり居れり』 などと、御苦労にも悪言醜語を遠近に触れまはし、余が郷里の一族も少からぬ迷惑を感じたと云ふことである。 日本神国に生を享け、神国の粟を喰み、神恩に浴し乍ら、報本反始の本義を忘れて、邪教に魅せられたる印度霊の小人の言葉程、迂愚頑迷にして斯道に害毒を流すものはない。 汽車は容赦なく山本、請田と進み行き、第一隧道を潜り抜け第二、三、四と貫く程に、流れも清き保津川の激潭、急流に散在する奇石怪岩面白く、読み尽されぬ書物岩、数へ尽せぬ算盤岩、激潭飛瀑の中に立ち並ぶ屏風岩、仏者の随喜渇仰する蓮華岩を川底に見降しつつ、渓間の鉄橋矢を射る如く、早くも嵐峡館の温泉場、感賞間もなく君が代を万代祝ふ亀山隧道、脱け出れば花より団子の嵯峨の駅、五分停車の其内に、右手の方を眺むれば、月雪花と楓の嵐山、秋季に花は無けれども、松の木の間を彩る錦、神の随々萠出でて、月照り渡る渡月橋、筏流るる桂川、お半長右衛門浮名を流す涙川、流れも清き天竜の巨刹は松年画伯の筆になる天竜と共に高く甍を雲表に現はし、峨山の禅風薫るあり。十三詣りの虚空蔵の祠、千歳栄ゆる松尾大社、神徳薫る梅の宮の森、千葉の葛野を眺むれば、百千足屋庭も見え、国の秀見ゆる勇ましさ。左手は撰歌に名高き定家卿の小倉山、花と紅葉の二尊院、仏祖を祀つた釈迦の堂、北は御室の仁和寺、五重の塔は雲を突く、此処に昇降する客の大半はこれに詣づる信徒なるべし。汽笛の声に動き出す。汽車は間もなく花園駅、車掌が明くる戸を待ち兼ねて一行は飛降り、禅宗の本山妙心寺を横手に眺めつつ、教祖は老の御足に似もやらず一行の先に立ちて進まれ、徒歩にて北野の鳥居前にと衝立つ梅松竹の杖。今日は陽暦廿五日当社の祭典にて神輿渡御の真最中、騎馬の神職は冠装束厳めしく劉喨たる音楽に連れて、神輿の前後を練り出る有様、最殊勝に見ゆる。数万の賽者は一時に容を改め襟を正して拍手するあり。社頭には千年の老松梅林、楓雑木も苔蒸して神さび立てる神々しさ。教祖は此処に歩を停め拍手再拝の後、余等一行に向ひ、 教祖『抑も当社の祭神は今より一千余年の昔、左大臣藤原時平が讒言に由つて時の帝王の逆鱗に触れ、無実の罪に問はせられ親子共に四方へ流謫の身となり、御無念やる方なく、 天の下乾ける程のなければや 着てし濡衣ひる由もなき と歎き給ひし菅原道真公の真心終に天地に貫徹し、鳴神とまで化けて神異霊徳を顕はし一陽来復の時至つて北野天神と祭られ後世までも斯くも手厚き官祭に与り給ふは、実に聖明の世の賜と云ふべし。然し乍らここに思ひ出されて忍び難きは吾等の奉仕する艮の大神国常立尊の御上である。大神は天地開闢の太初にあたり、海月なす漂へる国土を修理固成して豊葦原の瑞穂の国を建設し、以て神人安住の基礎を立て厳格なる神政を励行し給ふや、剛直峻正にして柔弱なる万神の忌憚する所となり、衆議の結果悪鬼邪神と貶せられ、千座の置戸を負ひて神域の外に神退ひに退はれて其尊身を隠し、千万の御無念、克く忍び克く堪へ天地の諸霊を守護し給へども、盲千人目明一人の現社会に誰ありて神名を称へ奉る者なく、神饌一回献ずる人無く、暗黒裡に血涙を呑み落武者の悲境に在せ給ひしに、時節到来、大神の至誠は天地に通じ、煎豆に花の咲き出でしが如く月日並びて治まれる、二十五年の正月元朝寅の刻、天津神の任しのまにまに、 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。須弥仙山に腰を掛け丑寅の金神守るぞよ」 と大歓喜と大抱負とを以て目出度く産声を挙げ、再び現在の主宰とならせ給へり。あゝ斯くも至尊至貴至仁至愛なる大神の御心を察し奉りて一日も早く片時も速に、大神の仮宮なりとも造営し奉り我神洲神民として敬神愛民の至誠を養ひ神恩の忝けなきを覚悟せしめ、日本魂を錬磨修養せしめねば、邦家の前途は実に寒心に堪へず。瞬時も速かに大慈大悲の大神の御洪徳を宣伝し、悪鬼邪神との冤罪を雪ぎ奉るは吾等の大責任にして又畢生必ず決行せざるべからざる大願なり。今や北野の神の官祭を拝して大神の御上を追懐し、悲歎遣る瀬なし』 とて冴えたる御声は愈曇り光眼瞬く事切りと見受られ……草枕旅には厭ふ村時雨はらはらかかるを袖にうけつつ語り出でらるる其真情に絆されて、海潮も澄子も声をのみ、貰ひ泣きせし其顔を、菅の小笠に隠して同行五人杖を曳いて鞍馬を指して急ぎ行く。 鞍馬へ愈到着してより其夜は御宮の前にて御通夜する事とした。四方春三は寺前に備へありし御籤を頂きしに余程悪かりしと見え、思はず、 春三『オウ失敗つた』 などと口外する。其夜福林は旅の疲労にて前後不覚の体に寝入りしが、不図夜中の一時頃目を覚まし見れば、傍にありし四方春三の姿の見えざるに驚き、探し見るに外の方に当つて『起きて下さい』と頻りに呼はる声の聞ゆるままに耳をすませば確に四方の声である。福林は急ぎ外へ出て見れば、大いなる火の玉、お宮の前を行きつ戻りつ駆けめぐり、而も其火の玉の尾には正しく尋ねる四方春三の姿あるを認め、今の声の所在も始めてわかつた。薄気味悪く見守る内、火の玉は次第に先方へ行きし故恐る恐るも其方角へ行きて見れば四方は大きな焚火をして居た。福林は近づいて、 福林『一体如何したのか』 と聞けば四方は青い顔して震へ乍ら、 四方『オヽ恐い恐い、こんなに恐い事はない、今のを見て呉れたら何も云ふ事は無い』 と云ふのみにて打ち明けもせず泣いて居る。それから連れ立ちて御宮へ戻り再び寝に就き、夜明けてから更めて四方に夜半の出来事を尋ねたけれど、四方は何も知らぬと云ふ。念の為め昨夜焚火せる処へ行つて見たが其跡さへ無き不思議に福林は只驚くばかりであつた。海潮は教祖に向ひ今度鞍馬参りの神慮を伺ひしに、教祖は只、 教祖『先に行つたら分りませう』 と云はれしのみであつた。 帰途は京都より亀岡へ出で八木にて一泊せしが四方は終日蒼白な顔して悄気込み居たりし様見るも憐れであつた。同人は其夜園部まで二里の行程を走つて友人に会ひ、 四方『今度は死ぬやも知れぬ』 とて暇乞ひを成して帰れる由、教祖は此事を聞きて叱つてゐられた。 翌日綾部の役員信者は途中迄出迎ひに出て無事大広前に帰り着く。四方春三は始終太息を洩らし居たが上谷の宅より迎ひに来り、帰宅して後一ケ月ほど煩ひて帰幽して了つた。其より前、 四方『生前是非先生に一度来て貰はねば死ぬにも死なれぬ』 とて使ひが来たから海潮は見舞に行き、 海潮『許してやる』 と言へば安心して帰幽した。春三時に十八才、実に霊学に達したる男であつたが慢心取違ひの末、神罰を蒙りて一命を終はつたのは遺憾の事であつた。 或夜俄に大風吹きて広前の杉の樹、ゴウゴウと唸りし事がある。後教祖に伺ひしに、鞍馬山の大僧正来りて本宮山へ鎮まり又其眷族は馬場の大杉へ行つたが其後大杉には蜂の如く沢山の眷族が見えたと教祖は物語られた。 (大正一一・一〇・一八旧八・二八北村隆光録)
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霊界物語 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 27 仇箒 第二七章仇箒〔一〇六四〕 明治卅八年二月の事であつた。大本の四方平蔵、中村竹造其外十人の幹部は本年中に世の立替立直しが完成し、五六七の世が出現すると、脱線だらけの法螺を吹き廻り、日露戦争の最中なので、お筆先の神示が実現すると、大変なメートルをあげて逆上せあがり、中村竹造の如きは筆先の文句の中に、道の正中をまつすぐに歩けといふ語句のあるのを楯にとり、暗やみの世の中といふ文句を読み覚えて、昼の真最中に十曜の紋のついた提灯に蝋燭をとぼし、大道の正中をすました顔して、牛車が出て来うが、何が来うが、少しもよけず、左の手に提灯を持ち、右の手に扇子をすぼめて握り、肱を振つて歩くので、牛車の方からよけると、神さまの御威勢といふものはエライものだ、誠の道の正中さへ歩いて居れば、どんな者でも此通よける……とますます図に乗つて、往来の迷惑も構はず、筆先の文句を高らかに読み上げ乍ら、大道を濶歩するといふ逆上方であつた。或時農具を車に満載して売りに歩き乍ら、元伊勢の方面まで宣伝に往つて居つたが、陰暦二日の月が見えたといふので、サア大変だ、三日月さまは昔から拝んだ事があるが、二日のお月さまが拝めたのは全く世の変るのが近よつた印だ、グヅグヅしては居れぬと、金の財布も荷物も車も、由良川へ放り込み、一生懸命に綾部へ走せ帰り、大変大変と連呼し乍ら、二階に斎つた神壇の前へ行つて、一生懸命に祈願を込め、フツと顔をあげると、そこに大きな水鉢に清水が汲んで供へてあつた。二階の窓があけてあつたので、雀が飛込み、水鉢の上に糞を一片たれたのが面白く水に浮いてるのを、フト眺めて、……ヤア愈立替が始まつた。水の中に優曇華の花が咲いてゐる……とさわぎまはるので、四方平蔵始め幹部連中が、神前へ進んで之を眺め、ますます有難がつて、涙声になり、祝詞を幾回となく奏上し、六畳の離に居つた喜楽の前へ出て来て、中村竹造は肱を張り、さも鷹揚に、 中村『コレ会長サン、よい加減に改心をして、小松林サンに去んで貰ひ、早く坤の金神さまになつて、女房役をつとめて貰はぬと、時機が切迫致しましたぞ、昨日も昨日とて、元伊勢から帰つて来る際二日月が拝めるなり、今日は又お供への水の中に優曇華の花が咲きました、グヅグヅしては居られますまい、早く改心なされ』 と声高に叱り附けるやうに云ふ。そこで喜楽は、 喜楽『二日月さまを拝めたのは別に珍し事はない、自分達は穴太に居つて、チヨコチヨコ拝んだ事がある、お前達はこんな山に包まれた狭い所に暮らしてるから、二日月さまが拝めたというて騒ぐのだらうが、そんな馬鹿な事を人に言うと気違にしられるから、どうぞそれ丈は言はぬやうにしてくれ』 といはせも果てず、中村は口を尖らし、 中村『コラ小松林、昔から三日月といふ事はあるが、二日月といふ事があるかい、穴太で二日月をみたなんて、そんな出放題な事をいうて、水晶の霊を曇らさうとかかつてもだめだ。世の立替が近よつたといふ事を、艮金神変性男子の御霊が大出口神とあらはれて、日出神と竜宮さまの御手伝で立替立直をなさる時節が来たのだ。早く小松林が改心を致して、会長の肉体を去り、園部の内藤へ鎮まりて、坤の金神さまの肉のお宮とならぬ事には、世界の神仏事人民が何ほど苦むかしれぬぞよ、コラ小松林、それが嘘言と思ふなら、一寸二階の御神前へ来てみい、水晶のお水に優曇華の花が咲いてる、それを見たら如何な小松林でも往生せずには居られまい』 と得意になつて喋り立てるので、不思議な事をいふワイ、又ロクな事ではあらうまいと、早速二階へ上つて見ると、雀の糞がパツと水にういて、白く垂れ下り、丁度優曇華の花のやうに見えて居る。喜楽は一寸木の箸の先で其れをすくうて、中村の鼻のそばへつきつけて、 喜楽『オイ之は優曇華ぢやない、雀の糞だ』 といつた所、中村は妙な顔をしてだまり込んで了うた。さうすると外の役員が約らぬ顔をして、 『どうぞ会長サン、こんな事を人にいはぬやうにして下され、笑はれますから』 と頼み込む可笑しさ。 これより先中村の女房であつた菊子といふのは、中村が毎日日日商売もせず、脱線だらけの事をいひ歩くので、幾度となく意見をしたが、とうとう中村は怒つて、『お菊に小松林の悪霊がついた』……といひ出し、放り出して了つた。そして教祖の身内から女房を貰はうと考へてゐたが、福島久子を八木から引戻して自分の女房にしやうと企んでゐたのを、喜楽に妨げられて目的を達せず、それより中村と久子とは大変に喜楽のする事成す事に一々妨害を一層猛烈に加へるやうになつて来た。 四五年たつた明治卅八年の頃には愈中村に教祖から妻帯をせよと、命令されたので、役員がよつてかかつて、いろいろ信者の娘を中村に紹介したが、如何しても首をふつて応ぜなかつた。中村は澄子の姉の竜子を女房に貰はうと、暗中飛躍を絶えずやつてゐたからである。竜子も心の中にて中村の女房になり、改心をさして、会長の云ふ事を聞かすやうにせうかと迄考へてゐた。併し中村は竜子を自分の妻となし、喜楽や澄子を退隠さして威張つてみやうという野心があつたのである。教祖から竜子の夫は中村竹造、竹原房太郎、木下慶太郎の三人の内から選めとの命令が下つたので四方平蔵其他の幹部連が、とうとう中村の妻にすることにきめて了つた。今でさへ喜楽や澄子はこれ丈圧迫や妨害をうけてゐるのに、中村が姉の婿となつて、噪やぎ出しては堪らぬと思ひ、教祖に向つて、 喜楽『どうぞ今日限り澄子と離縁して下さい、帰ります』 といつた所、教祖も大変に当惑し、四方平蔵を呼んで、 教祖『どうぞ会長サンの、此事は、意見に任してくれ』 といはれたので、幹部の中でも少しく喜楽の言ふ事を耳に入れる木下慶太郎を養子にしたがよいと言つたので、竜子を別家させ木下を養子に入れる事とした。そして八木の福島久子の股肱となつて喜楽の布教先を古物屋に化け込んで、軒別に邪魔しに歩かしてゐた中村小松といふ女を中村の女房にした。それから中村はスツカリ失望落胆の結果、発狂気味になり、遂には自分の昔からの陰謀を、あたりかまはず自白する様になつて来た。 余り中村は神さまに反対するので、神罰を受けて糞壺へはまつて死んで了ふといふ事を明治卅七年の四月三日の夜、神さまから夢に見せられ、道の栞に書きとめておいたが、とうとう明治卅九年に其夢の如くになつて狂ひ死にをして了つたのである。 中村と八木の久子とは始終往復し、内外相応じて、会長の排斥運動を続行してゐた。久子は最近に至るまで、ヤハリ喜楽を敵視して廿四年間不断の反対運動を継続してゐたのである。 かういふ具合で、如何しても迷信家連が会長の説く所を一つも用ひず、そんな書物や学にあるやうな教は悪の教だからと云つて、一人も聞いてくれぬので、澄子と相談の結果、再宣伝に飛出し、村上房之助が漸く目が醒めかけたので、村上を従へ、八木まで行つて見ると、角文字は一切使ふ事はならぬ、外国の行り方ぢやと、盛んに攻撃、喜楽の書いた神号迄も焼きすてさしたくせに、八木の神前には角文字で、艮金神国常立尊と太く記した提灯が一対ブラ下り、其外の神具にも残らず、角文字が記してあつた。そこで喜楽は、 喜楽『福島サン、此字は外国の文字で、神さまにお気障りにはなりませぬか』 と尋ねてみると、福島はビリビリと眉毛を上げ下げし、 福島『此角文字はお前に懸つた小松林が書いたのとは違うから差支はない。信者が真心であげたのだから、喧しくいふな、仮令外国の字でも日本人の手で書いたのだ』 と勝手な理屈をまくし立てる。そこで喜楽は村上と二人、八木を立出で、北桑田方面へ布教に行つた。それから二三ケ月経つて八木へ立よつて見ると、福島は痩衰へ、骨と皮とになり、夫婦が涙ぐんで控えて居る。様子を聞いてみると、艮金神さまの命令で、三十日の間一日に一食の修行をなし、あと三十日は生の芋をかぢり、あと三十日は水許りを飲み、あと十日は水一滴も飲まずに修行をした。今日が丁度百日の上りで、福島寅之助は、これから天へ昇つて、紊れた世の中を水晶に致すお役になつたから、今女房と別れの水盃をした所だ、何だか体がフイフイとして、独りで空へあがりそになつて来たといつてゐる。喜楽はそれとはなしに丸山教会の或教師が名古屋で屋上三丈三尺の高台を作り、これから天上するというて、二百人許りの信者は三丈三尺の高台の下から、天明海天天明海天と祈つてゐた。教師はいつ迄たつても黒雲が迎ひに来ぬので、気をいらつて宙に向つて飛上つた途端に、高台から転落し、大腿骨をうつて負傷をしたといふ事が其頃の新聞に出てゐたので、それを話して聞かし注意をすると、妙な顔して次の間へ入つて了ひ、力のない声で、 福島『今日の十二時に天上をさす所であつたけれど、小松林の悪神が来たによつて、一時間仕組をのばしたぞよ。早く家内の久どの小松林を去なせよ』 と呶鳴つてゐる。喜楽は福島久子に余り気の毒でたまらぬので、曲津がだましてるのだといふ事も出来ず、大方霊が天へ上るのだらうから、肉体に気をつけて、松の木へでも登りそうだつたら止めなされ……と忠告をして帰つたものの心配でたまらぬので、八木の或茶店に休んで、福島の様子を遠くから考へて居た。もし松の木へでも上りそうになつたら止めに行かうと思うたからである。 そしたら福島の守護神は……都合に依つて仕組を延ばした、明日の朝まで延ばした、明後日まで延ばした、と一週間程延ばした。出鱈目な託宣をしたので、福島も気がつき、久子を八木の町へ買物にやつた不在の間に、四五年もかかつて昼夜せつせと書いた自分のお筆先を一所によせ、石油をかけて一冊も残らず焼いて了ひ、 福島『コラおれを騙しやがつた悪神奴が』 といきなり御神前をひつくりかへし、神さまの祠を残らず外へ叩き出して了うたといふ面白い物語もあつた。 それから又綾部より役員が出張して、神さまを斎り直し、盛んに会長の攻撃を続行してゐた。会長は澄子と相談の上、嵯峨京都伏見の支部などへ気をつけてやらうと浦上を伴れて、綾部を立出で、園部に一泊してそれから八木へ立寄ると、福島寅之助が矢庭に奥から飛んで来て、 福島『ヤア四足が来よつたシーツシーツ』 と追ひまくり、ピユーピユーと痰を吐きかけ、 福島『サア早う去ね去ね、汚らはしい』 と箒ではき立てる。モウ斯うなつては、何程事を解けて諭してもダメだと思ひ、匆々にここを出立して、嵯峨の信者の友川弥一郎といふ家に出張した。ここには支部が拵へてあつて、喜楽の教を遵奉してゐた熱心な信者である。然るに友川の態度がいつとはなしに、極めて冷淡になつて居るので妻君に聞いて見ると……、今朝大本から畑中伝吉サンが出て来て、今上田の貧乏神がお前の所へ来るだらうから、敷居一つまたげさしても汚れる、キツと貧乏するか、大病になるによつて、艮金神様や教祖の御命令で気をつけに来たのだといつて、帰らはりました、そしてこれから京都や伏見の方へ知らしに行くといつて出られました……と包まず隠さず述べ立てた。そこで海潮は浦上と共に京都の三ケ所の支部を尋ねて見たが、どこもかしこも箒で掃き出したり、敷居を跨げさしてくれぬ、仕方がないので、明治座の少し東の横町に畑中の親類で、高町といふ信者があるので、そこを訪問して見ると家内中二階へ上つて了ひ、首のゆがんだ、少し間のぬけたやうな女が一人、坐つて居る。それは畑中の妹でお鯛といふ女であつた。喜楽は、 喜楽『お鯛サン、高町サンは何処へ行つたかな』 と尋ねると、 お鯛『何処へ行つたか知りませぬ、ここ三日や十日は帰らぬというて、他所へ行かはりました』 と云ふ。 喜楽『そんならお藤サンは何処へ行つたか』 と聞いて見ると、 お鯛『一寸よそへ行かはりました』 といふ。 喜楽『晩には帰つて来るだらうな』 と聞いて見ると、 お鯛『イエ晩になつても帰らはりしまへん、高町サンもお藤サンも晩にも帰らはりしまへん』 と垣をする。晩に帰ると云へば又夕方に来られては困ると、予防線をはつて居たのである。それから外の人の宿所を尋ねて見たけれど、何を言うても、知らぬ知らぬの一点張で仕方がないので『女が夜さり内に居らぬ様な事では、どうで碌な事をして居るのではなからう……』と腹立紛れに二階へワザと聞える様に言ひ放つてそこを立ち、七条通まで下つて来ると、浦上は三牧次三郎や西村栄次郎といふ信者の家を訪問すると云うて別れ、西田が伏見方面からやつて来たのに出会し、一所に伏見や宇治の方面へ宣伝に行く事とした。 高瀬川に添うて勧進橋の傍まで下り乍ら、 西田『畑中の奴、どこからどこ迄も自分等の邪魔をしやがる、大方伏見の方へも行つてるに違ない。彼奴がもしもここへやつて来やがつた位なら、此高瀬川へ放り込んでやるのだけれど』 などと西田が憤慨し乍らフト顔をあげて見ると、畑中伝吉が風呂敷包を負うて真赤な顔をして出て来るのにベツタリ出会した。京都伏見間の電鉄がそこへ来て停車した。呶鳴る訳に行かず、 喜楽『オイ畑中又邪魔しにまはつたな』 といふと畑中は『ホイホイホイ』といつて走り出し二三丁許り行つて振り返り、ヤレまあ安心だといふ様な風をして居る。会長は大声で……『馬鹿ツ』と二口三口呶鳴ると西田が、 西田『こんな所で大声で呶鳴る者が馬鹿です』 と気をつけたので、 喜楽『ホンに呶鳴る方が馬鹿だなア』 と言ひ乍ら、伏見の信者を二三尋ねて見ると、又箒で掃き出し、閾を跨がさぬ。 『貧乏神サン、小松林サン去んで下され』 と連呼し冷遇するので這入る訳にも行かずはるばる宇治まで行つて、御室の支部を訪問すると、ここも又畑中の注進によつて冷淡至極な態度を示して居る。 そこで西田と別れ、喜楽は只一人京都まで帰り、三牧の宅で浦上と会し、たつた一銭五厘より二人の中に金子がないので、徒歩で愛宕山を越え、保津へ出で、八木へ立寄り、又もや放り出され、雨のビシヨビシヨ降る中を震ひ震ひ園部の浅井まで帰つて、麦飯でも喰はして貰はうと思ひ、立寄つて見ると、ここも又冷淡な態度で茶も呑まさず去んでくれと云ふ。仕方なしに又もや檜山まで帰り、坂原へ立寄ると坂原は折ふし不在で、妻君が一人残つて居り、 『今綾部から畑中サンが出て来て、茶一杯呑ましてはならぬ、艮金神さまのお気障りになると言ははりましたから、どうぞこれぎり、あんたにはすみませぬけれど、小松林サンが改心しやはるまでよつて下さるな』 といふ。二人は破草鞋を拾つて足につけ、坂路を上り下り、漸く須知山の峠まで出て来た。そこに蒟蒻を売つてるので、蒟蒻を一銭五厘で三枚買ひ、宇治から二十四里の道を空腹を抱えて帰つて来たこととて何とも知れぬ甘さであつた。それから綾部へ帰り、浦上はこりごりして餅屋を始め出し、喜楽が神様を祭つてやつて非常に繁昌をし出した。さうするとソロソロ浦上が慢心し出し、神様の悪口や喜楽の行方までも非難し、頻りに反対を始めて居たが、とうとう養鶏場を開設して大損失を招き、折角儲けた金も一文も残らずなくした上、沢山の借金を拵へ、親族や其外の人々に損害をかけて綾部にも居られず位田へ逃げ帰り、細々と豆腐屋を営んで居る。 (大正一一・一〇・一九旧八・二九松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 04 河鹿越 第四章河鹿越〔一〇六九〕 満目蕭条として何処となくおちついた秋の空、四方の山辺は佐保姫の錦織りなす金色の山野を黄金姫、清照姫の二人は巡礼姿甲斐々々しく、河鹿峠の峻坂を、二本の杖にて叩き乍らエチエチ登り行く。 黄金姫と云ふは神素盞嗚尊より新に名を賜はりたる蜈蚣姫のことである。又清照姫といふのは黄竜姫のことである。二人は岩に腰打かけ、息を休め、所々に圭角を現はした、まだらに禿げた山の谷間を流るる激流を打眺め、斑鳩のここかしこ飛びまはる姿を眺めて旅情を慰めて居た。 清照姫『お母アさま、何と佳い景色で御座いますな。此処は言依別命様が馬に乗りて烈風に吹かれ、従者の玉彦、楠彦、厳彦と共に此谷間に転落し、人事不省となつて御座る間に、五十万年未来の天国を探検せられたといふ有名な処で御座います。春夏になると河鹿の名所で、随分いい声が谷水の流れを圧して、此山上まで聞えて来るさうです。急いで急がぬ旅ですから、ここでゆつくりと息を休めて参りませうか』 黄金姫『何を言うてもバラモン教やらウラル教の間者が、斎苑の館近傍へ沢山に出没してるといふことだから、余り油断はなりますまい。ゆつくりとして居ては、予定の所までに日が暮れると大変だから、ボツボツと行きませう。何程足が遅くても根に任せて行けば早いもの、何程急いで歩いても、休息が長いと却て道がはかどらぬもの、サア行きませう』 と先に立つ。清照姫も母の言に否む由なく、杖を力に峻坂を登りつ下りつ、谷を幾つとなく渉りてフサの国の都を指して急ぎ行く。 一方は嶮しき禿山、一方は淙々たる激流ほとばしる谷川を眺めて、山の腰に鉢巻をしたやうに通じてゐる細い路の傍の岩に腰打掛け四五人の男が此風景を眺めて雑談に耽つてゐる。此五人は鬼熊別の部下の者で、ハム(半六)イール(伊造)ヨセフ(芳二)レーブ(麗二)タール(太郎)の五人であつた。 ハム『吾々は今年で足かけ三年、斯うして此附近を捜しまはつてゐるのだが、何を言うても広い世界、蜈蚣姫の所在が分る筈はないぢやないか。人相書を何程持つてゐても、十年前の姿と今とは余程違つてゐるに相違ない。又一度でも、今迄に会うて居ればどこかに覚えがあるのだけれど、少しく顔が四角いの、目が大きいの、背が通常だのと此位のことでは到底見当がつかない。兎も角婆アさんと見たら、小口から引とらまへて面の検査を、これからはすることにしようかい。蜈蚣姫様を発見しさへすれば、それこそ大したものだから…………』 イール『蜈蚣姫様は三五教へ沈没したといふぢやないか。一層のこと三五教の霊場々々へ化け込んで考へて見たら、それが一番早道かも知れぬぞ』 ハム『何程早道だつて、さう敵の中へ易々と這入れるものか。三五教には天眼通とかいつて、すぐに吾々の行動を前知する法があるから、迂濶り近寄れない。ここは斎苑館の近くだから、三五教の宣伝使が比較的沢山通る。時節を待つてをれば、蜈蚣姫様がお通りになるかも知れないからな。まづ慌てず急がず、かうして手当を貰つて日を暮してさへ居れば安全ぢやないか』 イール『それだと云つて、足掛け三年も何の手掛りも得ず、手当ばかり貰つて居るのは、何とはなしに気の毒のやうな気になつて来る。つひには無能呼ばはりをされて免職の憂目に会ふかも知れないぞ。さうなつたら俺達ばかりの難儀ぢやない。妻子眷族迄が忽ち路頭に迷はねばならぬ破目に陥るから、第一それが恐ろしいぢやないか。大黒主の大教主に次いでの鬼熊別様が、あの勢ひであり乍ら、肝腎の奥様や娘が行きは[※「行きは」は「行き端」(行方、行く先の意)のことか?]が知れず、と云うてあゝ云ふ気の固いお方だから、大黒主の様に大切な奥様を放り出して、綺麗な女を本妻にしたり、妾を沢山置いて、ひそかに戯れるといふやうな不始末なことはなさらぬのだから、実際聞いても気の毒なものだ。吾々は信者で居乍ら、結構な手当を鬼熊別様から頂いて居るのだから、早くお尋ね致して、夫婦和合して御神業に参加なさるやうにして上げねばなろまいぞ』 ハム『鬼熊別様は信仰の強い神様だから、何事も一切を惟神にお任せ遊ばし、妻子のことなどはチツとも気にかけてゐられない。只神様にお任せしておけば良いのだと日夜品行を慎むで、信仰三昧に入り、吾々に誠の手本をお見せ下さる救世主のやうな方だが、此頃は大将の大黒主様の嫌疑がかかつて大変な御迷惑、ハルナの城へは御出仕も欠勤勝だといふことだ』 イール『大きな声では言はれぬが、俺達は大黒主のやうな放埒不羈の方を教主と仰ぐよりも、鬼熊別様の吾主人を教主と仰ぐ方が余程心持が良いワ。お二人の人気といふものは大変な相違ぢや。なぜあれ程に人気の悪い大黒主が羽振を利かしてゐるのだらうかなア』 ハム『何と云つても、勢力に圧倒さるる世の中だから、仕方がない。誠一つの教を伝ふるバラモン教の本城でさへも、勢力といふ奴には如何しても勝つことが出来ないと見える。鬼熊別の奥様やお一人のお娘子の小糸姫様が三五教へ降服されたといふことが、大黒主の大将の耳に入り、それから大黒主が鬼熊別に対して猜疑の眼を光らし、妻子の行方を捜し出して、それをバラモン教に心の底から帰順せしめなければならぬ。さうでなければ二心に定つてゐると、気の毒にも無理難題を仰せられるのだから、俺達の大将様も本当に御迷惑千万な事だ。云ふに云はれぬ御苦みだらう』 レーブ『オイあすこに何だか人影が見えるぢやないか。ソロソロ此方へ近寄つて来るやうだ。暫く沈黙して此林の中に隠れる事としようかい。彼奴は三五教の奴かも知れぬぞ』 タール『あのスタイルから見ると、巡礼のやうだが、どうやら女らしい』 ハム『若しもあれが女であつたら、イヤ婆アであつたら、誰でも構はぬからフン縛つて印度の国まで連れ帰り、吾々が安閑として手当を頂いて遊んでゐるのぢやないといふことを見せようぢやないか。さうなとせなくては申訳がないからな』 イール『はるばると偽物を連れ帰つたところで、肝腎の鬼熊別様が一目御覧になつたらすぐに分るぢやないか。「貴様は余程バカな奴だ」とお目玉を頂戴するだけのことだ、そんな偽者を伴れて帰つた所で、骨折損の疲労れまうけだ、分らぬ代物は相手にならぬ方が安全でいいぞ』 ハム『素より吾々は身分の賤しき者で、蜈蚣姫様や小糸姫様のお顔を知らないのだから婆アや娘を見つけたら、これに違ないと思ひましたと云つて伴れ帰りさへすれば、仮令違つた所で温厚篤実な鬼熊別様は、ソラさうだらう、見違へるも無理はない。こんな簡単な人相書だから……そして大変に年が老つて人相も変つてるだらうからと仰有つて、見直し聞直し、反対にお褒めの言葉を頂いて、又此役を永らく任じて貰ふやうになるかも知れないぞ。兎も角熱心振をあらはさねば吾々の役がすむまい。イヤ責任が果せないからなア』 レーブ『オイオイ其処へ近付いて来たぞ。サア隠れた隠れた』 と云ひ乍ら、道端の灌木の茂みに姿を隠して了つた。 親子二人の巡礼は、五人が此処に潜むとは知らず、風景の佳き谷川を眺め乍ら、ツト立止まり、 清照姫『お母アさま、河鹿峠は天下の絶景だと聞きましたが、本当に勇壮な谷川の流、錦の様な山の色、秋は殊更美しく、丸でお母アさまの名の様な黄金色で、天国を旅行してゐるやうな気になりましたなア。斎苑の御館も随分結構な所ですが、此風景に比ぶれば側へもよれませぬよ』 黄金姫『本当に美しい景色だ。春は花が咲き、鳥は歌ひ青芽はふき、そこら中が何とはなしにみづみづしうて、一層眺めが宜しからうが、秋の眺めも亦格別なものだ。併し乍らかうして秋の錦を見てゐる内に、又もや冷い凩が吹いて、何の木も此木も常磐木を除く外は、羽衣を脱いだ枯木のやうになつて了ふのだから、人生といふものは実に果敢ないものだ。私も追々と年が老つて、どうやら羽衣を脱いだ木の様に、何ともなしに心淋しくなりました。お前はまだ鶯の花の蕾、早く良い夫を持たせて私も早う安心したいものだが、まだ神様の御許しがないと見えます。今度の使命を果して、早くよい夫を持たせ、楽しい家庭を作り、私も亦夫に巡り合うて、夫婦同じ道で暮したいものだ。何んとした私も因果な者だらう。現在夫はありながら、信仰が違ふために、今は夫の所在は分つて居つても名乗つて行く訳にもゆかず、若い時は何とも思はなかつたが、斯う年が老ると、夫のことが思ひ出さるる』 と声を曇らせ、涙ぐんで語る。清照姫は、 清照姫『お母アさま、御心配なされますな。私はまだまだ年が若い身の上、さう慌てて夫を持つにも及びますまい。併し乍ら広大無辺の神様の御恵に依つて、キツと御両親様が御面会遊ばし、同じ三五の道にお仕へ遊ばすやうになりませう』 斯く話す折しも、ガサガサガサと木を揺つて、現はれ出でた五人の男、細き山腹の路に立はだかり、 ハム『お前は今聞いて居れば、何でも神の道を開きに歩いてゐる者らしいが、一体何処の者だ。そして姓名は何といふか』 と居丈高に肱をはつて、頭押さへに問ひかける。 黄金姫『私は……お前も最前性の悪い、ここで隠れて聞いただろが、此世を黄金世界に立直す黄金姫といふ者だ。何だかエライ権幕で私の姓名を尋ねるに付いては仔細があらう』 ハム『あらいでか、貴様は黄金姫と吐すからは、聖地エルサレムの奴だらう、黄金山の下にあつて三五教を開いて居つた、埴安姫だな。オイ皆の者、最前もいふ通り、俺達も御大将に土産がないから、此奴を一つふん縛つて、はるばるとフサの海迄かつぎ出し、御館へ伴れ帰ることにしようぢやないか』 一同『ヨシ、併しモ少し様子を探つてからにしたら如何だ。もしもレコだつたら大変だぞ』 と稍躊躇して居る。黄金姫は、 黄金姫『ホヽヽヽヽお前は山賊ぢやないか。大方此辺に岩窟があるのだらう。同じ人間に生れ乍ら、往来の旅人をおどかして渡世をするとは実に憐れな者だ。私は三五教の信者だが、一つ話をしてあげるから、トツクリとそこで聞きなさい』 ハム『オイ皆の奴、此奴ア中々手ごわい奴だ、レコではないと云ふことは今の言葉で判然した。サアかかれ、一イ二ウ三ツ』 と号令をする。清照姫は笠を被つたまま、 清照姫『コレ耄碌サン、女ばかりと侮つて、いらぬチヨツカイを出すと、キツイ目に会はされますよ。此物騒な山坂を僅かに二人の女で通る位だから、腕に覚がなくては叶はぬこと、美事相手になるなら、なつて見たがよからう』 ハム『コリヤ失敬千万な、俺達を泥棒とは何だ。汝こそ太え奴だ、泥棒の親方だらう。何程親分でも駄目だぞ。こちらは屈強盛りの男が五人、そちらは老耄婆アに小娘、そんな負惜みを吐すより、神妙に俺達の言ふやうにしたらどうだ。騒ぎさへせねば別にひつ括りもせず、よい所へ連れて行つてやる、返答はどうだ』 と睨めつける。黄金姫は泰然自若として、 黄金姫『オツホヽヽヽ蚊トンボのやうな腕を振まはして何寝言をいつてるのだ。斑鳩が笑つてゐるぞや。サア清照姫、こんな胡麻の蠅みたやうな奴に相手になつてる暇がない、度し難き代物だ。それよりも早く、霊に飢ゑ渇いた神の御子を一人でも救ひつつ目的地へ参りませう』 と娘を促し、通り過ぎようとするのを、ハムは、 ハム『サアかかれツ』 と命令をする。両方から両人目がけて、武者振りつくのを『エー面倒』とハム、イールの両人を黄金姫は苦もなく谷底へ投げ込んで了つた。ヨセフは清照姫の細腕に首筋をグツと握られ、これ又眼下の青淵へ目がけて、空中を三四回、回転し乍らザンブとばかりに落込んだ。 之を眺めたレーブ、タールの両人は一目散にかけ出し、三人が投げ込まれた谷川に辿りつき、三人を救はむと焦れ共、板を立てたる如き大岩壁、近よることも出来ず、十町ばかり下手へ逃げ行き、漸くにして蔓などにつかまつて谷川に下り、流れを伝うて、三人が落込んだ青淵を尋ねて上つて行く。 黄金姫、清照姫は委細構はず、宣伝歌を歌ひ乍ら、倉皇として峠を東南へ下り行く。 (大正一一・一〇・二二旧九・三松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 06 妖霧 第六章妖霧〔一〇七一〕 谷路の傍のコンモリとした森に古ぼけた一つの祠がある。其後にヒソビソ話をしてゐる二人の男があつた。 タール『オイ、レーブ、今日位怖い目に会うた事はないぢやないか、イヤ怪体な日はあるまい。バラかパンヂーか芍薬かと云ふやうな美しいクヰン様が婆アと二人連れで河鹿峠を天降り遊ばしたので、俺は一目其お姿を拝むなり、魂が宙に飛び、仮令敵でも構はぬ、一ぺんあの綺麗な手で、三人の奴のやうにさわつて貰ひたかつたが、併し乍らあんな目に会うても約らないし、一体あれは何神さまだらう。俺はそれからこつちといふものは、あの女神の姿が目にちらついて、何うにも斯うにも仕方がないワ。怖いやうな何とも言へぬ気分になつて来たよ』 レーブ『貴様も余程良いデレ助だな。そんなこつて大切な使命が勤まるか。もし貴様、あれが例のレコであつたら、如何する積だ』 タール『そんな事は先にならな分らぬワイ。兎も角粋の利かぬ奴計りがゴロついてるものだから、施すべき手段がない。併し三人の奴は仮令命はなくなつても光栄だと思うて、成仏するだらう。あんな高い所からウンと一思ひに天国へ行けるのならば、おれもあの女神に放つて貰うて、天国へ行つた方が何程結構だか知れない。実際此世の中に居つたつて面白くも何ともないからなア』 レーブ『それ程死にたいのなら、なぜハムが追ひかけた時に殺して貰はなんだのだ。ヤツパリ貴様は命が惜いのだらう』 タール『馬鹿言ふな。貴様が逃げるものだから朋友の義務を重んじて、附合に逃げてやつたのだ。何程天国がよいと云つても、ハムのやうな奴に殺されてはたまらぬからな。たつた一ぺんより死ぬ事の出来ぬ命を、アテーナの女神の様なクヰン様の御手に掛つて死ぬのならば死んでも冥するが、ゲヂゲヂのやうに世間から厭がられてる鬼面のハムの手にかかるこたア、何程死に好の俺だつて真平御免蒙りたいワイ。アーアま一度女神の御顔が拝みたくなつて来たワイ』 レーブ『婆アサンの御顔は如何だ。万々一あのクヰンさまがお前の女房になつてやると仰有つたら、婆アサンもキツとお添物に出て来るに違ないが、其時にや貴様如何する積だ』 タール『婆アサンだつて女だよ、あんな娘を生んだ位だから、若い時は非常なナイスに違ない、昔のナイスだと思へば余り気分も悪いこたアない事はないワイ。ウツフヽヽヽ』 レーブ『コリヤ静にせい。ハムの奴、声を聞きつけてやつて来やがつたら、それこそ大変だぞ。俺の命を今度は取るに違ない、余り両人が云ひすぎたからなア、大変に怒つてけつかるに違ないから、マア暫く沈黙の幕をおろして、潜航艇のやうに祠の床下にでも伏艇して居らうぢやないか』 かかる所へ足音高くスースーと息をはずませやつて来たのはハムである。ハムは祠の前の置石に腰を打かけて独言をいつてゐる。 ハム『アーア、何といふ今日は怪体な日だらう。天女のやうなナイスがやつて来やがつて、無限の力をあらはし、おれたち三人を猫が蛙を銜へたやうに、ポイと谷底へ投げこみ、サツサと行つて了ひやがつた。空中を七八回も廻転したと思へば、真綿のやうな砂の上へドスンと落され、暫くは気が遠くなつてゐたが、漸くにして気がつき起上らうとすれ共、腰の骨が如何なりよつたか、チーツとも動けないので自然療治を待つてゐると、そこへレーブ、タールの無情漢奴がやつて来て、俺を水葬するの、二人を助けてやるのと、吐いてゐやがる。怪しからぬ事を吐す奴と腹が立つて堪らず、腰の痛みも打忘れて起き上るや否や、二人の奴ア、雲を霞と逃げて了ひよつた。モウ大分に行きよつただらう。イール、ヨセフの両人をまだ温みがあるので生き返らしてやらうと思ひ、いろいろ介抱してると、何とも知れぬ腹を抉るやうな声で、宣伝歌を歌うて来る奴がある。此奴ア、キツと最前の母娘の者の身内に違ない、グヅグヅしてると大変と漸う此処までやつて来たが又もや腰が痛み一歩も歩けぬやうになつて了つた。ヤレ嬉しやと気がゆるんだが口計り達者で身体がサツパリ動かぬ。アヽ如何したら良からうかな。もしや最前の宣伝使がやつて来よつたら、又候谷底へ放られて今度こそ命の終末だ、アーア、バラモン教の大神様、私はお道の為にやつた事で厶いますから、仮令少々不調法が厶いましても広き心に見直して此足腰を早く立てて下さいませ、お願致します』 と涙声になつて祈り出した。レーブ、タールの二人は祠の床下から此独言をスツカリ聞いて了ひ、互に舌を出してニタツと笑ひ、何か肯き合うてゐる。 俄に河鹿川の谷底から濛々として灰色の霧が立昇り、あたりを包んで了つた。最早一足先も見えなくなつた。二人はこれ幸ひと祠の床下から這ひ出した。 ハムは苦痛益々烈しくなつたと見え、ウンウンと唸り出し、終には、 ハム『アヽ苦しい苦しい』 と身をもがく様子が、霧を通してボンヤリと見えて来た。ハムは二人のここに居ることは夢にも知らなかつた。只宣伝使の一行が追ひかけて来はせまいかと、それのみが恐ろしくて震ふてゐたのである。 レーブは婆アの作り声になつて、 レーブ『此祠の前に卑怯未練にも、八尺の男が吠え面をかわき、何をグヅグヅといつてゐるのだ。わしは河鹿峠でお前を谷底へ放り込んだ黄金姫だよ。モウ今頃は十万億土の旅をしてゐるかと思うたに、またこんな所へ迷うて来たのか、ヨモヤ幽霊ではあるまい。蛇の生殺しにしておいても、ハムも可哀想だから、スツパリと殺してやらねばなるまい。ここに尖つた岩がある。コレ清照姫、お前と二人で彼奴の徳利を叩きわつてやりませうか。酒の代りに赤い血が出るだらうから、それを酒の代りに呑んでみたら随分甘からう、大分永らく人間の血を吸はなかつたが、大変良い獲物ぢや、かうして黄金姫と化けてゐるのも随分辛いものぢや。アヽ神さまは結構な飲食を与へて下さる、臀部あたりは随分ポツテリと肉がついて居るから、スキ焼にして食へば大変に味が良いのだけれど、何を云うても道中の事だから、此刀で一片々々ゑぐつて生で食うた方が味がよからうぞや。オツホヽヽヽ』 タールは若い女子の声で、 タール『お母アさま、本当にお腹が空いて、此鬼娘も困つて居りました。これも全く鬼雲彦さまの大黒主が与へて下さつたのでせう。今日で三年も蜈蚣姫さま、小糸姫さまの所在を尋ねると云つて、手当ばかりをボツタくり、チツとも目ざましい仕事を致さぬので罰が当り、鬼雲彦さまがキツと吾々母娘に久しぶりで与へて下さつたのでせう。どうもグリグリした厭らしい目玉だから、あの目から先にゑぐり出してやりませうか、ホツホヽヽヽ。なんと甘さうな匂ひが致しますこと、鬼も時々こんな事が無ければやり切れませぬワ。イツヒヽヽヽ』 靄に包まれて声のみより聞えぬので、ハムは以前の母娘はヤツパリ鬼であつたか、コリヤたまらぬ……と逃げ出さうとすれ共、腰は痛み、足は萎え、ビクとも動かれない。とうとうハムは泣声を出して、 ハム『モシモシ鬼の母娘様、どうぞ今日計りは惜い命をお助け下さいませ。私は鬼雲彦さまの家来で厶います。私のやうな者をおあがりになつては、却てあなたの罪になり鬼雲彦さまからお咎めの程も恐ろしう厶いませう。味方が味方を食ふといふ事はあり得可らざる所、どうぞ今日の所は御無礼をお赦し下さいまして、命計りはお助けを願ひます』 タール『ホツホヽヽヽあのハムの白々しい言葉、コレ鬼婆アさま、何事も耳をふたして食つてやりませうか。鬼雲彦さまだつて、こんな所までお目が届く道理もなし、頭からスツカリ食つて雪隠で饅頭食つたやうな顔さへして居ればメツタに分りはしませぬ。幸ひ山中の事とて誰一人見て居る鬼もなし、こんな機会はありませぬ。あゝモウたまらぬたまらぬ、何ともいへぬ甘さうな人の匂ひだ。ナア鬼婆アさま、グヅグヅしてゐると三五教の宣伝使が来たら大変です』 ハムはあわてて、 ハム『モシモシ鬼婆アさまに鬼娘さま、そりや余りお胴欲ぢや。味方が味方を殺すといふ事がどこにありますか。私をバラモン教同士のよしみで助けて下さいな』 タール『ホツホヽヽヽ鬼婆アさまあれをお聞きなさいませ。あんな勝手な事を言ひます、味方の中にも敵があるといふぢやありませぬか。此ハムといふ奴、味方の中の敵ですから、何の容捨もいりますまい、分つた所で御褒美こそ頂け、鬼雲彦さまからお叱言を頂く気遣はありませぬ。此奴の同類にレーブ、タールと云ふ奴があつて、最前婆アさまと私と二人して谷底へ放り込んでやつたイール、ヨセフ等三人の命を助けにはるばる谷底へ尋ね行き、同じ味方であり乍ら此ハムだけは悪人だから助けてやらぬ方がよからう、憎まれ子世にはばると云つて、どうにもかうにも仕方のない奴だと、現に此奴の部下でさへも言つてゐた位だから、喰つた所でメツタに罰は当りませぬ、のうレーブよ……オツトドツコイ鬼婆アさま』 レーブ『コリヤ心得てものを云はぬかい、ハム公の奴、悟つたら折角の狂言が水の泡になるぢやないか』 タール『ナーニ悟つたつて構ふものか、ハムは足腰が立たぬのだから、鬼婆でなくても鬼娘でなくても、あの一升徳利をカチわつて、生血を絞り出し、臀肉でも食うてやれば良いのだ。サアサア、早いがお得だ、グヅグヅしてると、三五教の宣伝使にでも見つかつたら大変だぞ』 ハム『モシモシ鬼婆アさま、鬼娘さま、そんなレーブやタールに化けたつて駄目です。私はそんな事に騙されるやうな善人では厶いませぬ、悪人でも厶いませぬワイ。どうぞ今日丈は気よう見のがして下さいな、これ丈脛腰の立たぬやうな者を自由にするのなら、三つ子でも致しますぞや。弱味につけ込んでそんな事をなさると、鬼婆アさま沽券が下ります、モツト負惜みの強い代物の、レーブ、タールが今此先逃げましたから、彼奴は私と違つて肉付もよし血も沢山厶います。どうぞ今日は彼奴をきこしめし、私は親の命日だから許して下さい。冥土に御座る父母がどれ丈歎く事か知れませぬ。アンアンアンオンオンオン』 と狼のやうに泣き出した。 レーブ『其レーブ、タールといふ奴は、貴様より善人か悪人か、それを聞かして呉れ』 ハム『ハイハイ聞かせます共、私は只職務忠実に部下を厳しく使ひますものだから、悪人にしられて居るのです。そして地位が高いものですから、猜疑心を起して、何とかかんとか悪評を立てられてるので、決して世間に言うてるやうな悪人ぢや厶いませぬ。あなたも鬼さまなら、よく私の腹の底が分りませう。善人面をして歩いてる奴にロクな奴ア、今の時節にや厶いませぬ。レーブ、タールの如きは、実に現代思潮の悪方面を遺憾なく具備した奴ですから、まだ遠くも行きますまい。此先あたりにマゴついてるに違ないから、彼奴を一カブリカブつてやつて下さい、然すりや鬼さまのお役目もつとまり、此世の中から悪の断片が取除かれるといふもの、私のやうな腰抜の萎びた善人は駄目ですよ。どうぞなる事ならば、レーブ、タールを追つかけて下さい』 レーブ『此の鬼婆アは悪人は骨がこわいから嫌だ、お前のやうな善人が喰ひたくて捜してゐたのだよ。人間を取つて食はうと思へば世界に浜の真砂ほどあるが、食て味のよい善人がないから、かうして母子の鬼がひもじい腹を抱へてそこら中をウロついてゐるのだ。善人と聞けばどうしても喰はずに居られぬ。コレ鬼娘今日は何といふ吉日だらう』 タール『本当に鬼婆アさまの仰有る通り、こんな嬉しい事は厶いませぬワ。善人の少い世の中にハムのやうな善人が見つかつたのは、掃溜を捜してダイヤモンドを拾つたやうなものだ。これを喰はいで何を喰ひませう』 ハム『モシモシ私の言ひ違で厶います。ハムは天下一品の大悪人で厶います。本当の善人といつたら、タール、レーブの両人で厶います。最前お前さまが、ハム、イール、ヨセフの三人を谷底へ投げ込みなさつた時、三人の者はすでに縡切れむとする所、危険を冒してあの谷川を渡り、御親切に三人を助けてやらうとした大善人で厶いますから、キツと血の味もよく、たべ具合が宜しいに違はありませぬ。善人が味がよければ彼等両人に限ります。私のやうな者をおあがりになつても砂をかむやうなものですから、どうぞこんなガラクタに目をくれず、天下一品の彼等善人を早く追つかけなさいませ。グヅグヅしてるとどつかへ沈没して了ひます』 レーブ『此鬼婆アは時々虫が変つて刹那々々に気の持方が違つて来る。最前は善人が喰ひたいと思うたが、余り歯ごたへがないから、一つ天下一品の大悪人たるお前が喰つてみたいのだ。サア覚悟をしたがよからう、お念仏でも申さいのう。オツホヽヽヽウツフヽヽヽ足腰も立たずに口計り達者なハムも気の毒なものだ。此通り霧が四方を立ちこめ、日輪さまの御光も無くなれば、鬼の得意時代だ。此世の名残りにモ一度日輪様の御光を見せてやりたいは山々なれど、そしては此方の働きが出来ぬ。サア、タール、オツトドツコイ鬼娘、一層の事喰つてやらうかい』 かく云ふ内、サツと吹来る山嵐に灰色の霧はガラリと晴れて、三人の姿はハツキリと分つて来た。 レーブ『アツハヽヽヽ、とうとう化けが現はれた。オイ、ハム、貴様も随分よい腰抜だなア。サア二人の後を追ひかけて見よ。腰抜の分際としてメツタに追つかける訳には行くまい』 ハム『何だ、いらぬ心配をさせやがつて、覚えてけつかれ、今に仇を打つてやるから』 と安心と腹立が一緒になつてハムは腰の痛みも足の悩みも忘れ、スツクと立上つた。二人は肝を潰し『此奴アたまらぬ』と細谷道をバラバラと命限りに何処となく駆出し逃げて行く。 (大正一一・一〇・二二旧九・三松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 11 鼻摘 第一一章鼻摘〔一〇七六〕 バラモン国の天地を塞ぎて暗き妖雲を 吹き払ひつつ三五の神の教を敷ひろめ 心も暗き大黒主を言向和し日月の 光をてらす月の国照国別の宣伝使 照国梅の三人を従へ坂路下り来る 国公は路々宣伝歌歌ひ乍らに進むなり。 ○ 国公『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 河鹿峠は其昔言依別の宣伝使 栗毛の馬に打乗りて渡らせ玉ふ時もあれ レコード破りの烈風に吹きまくられて谷底に 陥り玉ひ天国を探検したる旧蹟地 あゝ惟神々々神の御霊の幸はひて 今吹来る烈風を止めて吾等の一行を 月の都へ易々と進ませ玉へ惟神 神の使の宣伝使御供に仕ふる国公が 真心こめて願ぎまつる秋も漸く深くして 千黄万紅綾錦機を織りなす佐保姫の 姿もいとど美はしく常世の春の「ドツコイシヨ」 秋の紅葉の如くなり今吹く風は曲風か 但は尊き神風か誠に危ない風の玉 ドンと計りにつき当りもろくも空中滑走して 此谷底に陥らば天国浄土の旅立が 出来るに定つてあるならばチツとも恐れはせぬけれど 吾等の如き罪重き身魂が如何して「ウントコシヨ ドツコイドツコイドツコイシヨ」ホンに危い坂路ぢや 根底の国に転落し八寒地獄に陥りて 万劫末代苦みの門を開くは知れた事 暫し此世に永らへて神に対して功績を 少しは立てし後ならば決して悔ゆる事はない さはさり乍ら今の内さやうな事があつたなら どうして神の御前に進み行く事出来やうか あゝ惟神々々此風とめて下さんせ 私は危うてたまらない先に進みし黄金姫 清照姫は今頃は何地を進み玉ふやら 定めて母娘お二人は此難風になやまされ 尻をまくられスタスタと赤い顔して居るだらう 今見るやうに思はれてそいつが第一気にかかる 黄金姫は兎も角も清照姫のあの姿 案じすごさでおかれようかホンに毒性な風ぢやなア 「ウントコドツコイ梅公よ」「ヤツトコドツコイ照さまよ」 互に気をつけ足元に風ばつかりぢやない程に これ程キツイ坂路に尖つた石がムクムクと 頭を抬げてゐよるぞよ虎狼や獅子熊も 此烈風にあふられて谷間を這ひ出で行く路に 必ずしやがむで居るだらうウツカリ相手に「ドツコイシヨ」 なつてはならぬぞ照梅よモーシモーシ宣伝使 あなたも元は梅彦と世に謳はれし神司 四方八方の国々をおまはりなさつたお方なら 烈風豪雨に遭遇した其経験はありませう 何卒話して下さんせ月の国にて臍の緒を 切つて此方こんな目に会うたる例しは荒男 強そに言つても腹の中胸はドキドキ早鐘を つくよな思ひになりましたこれこれモーシ宣伝使 これ程私が頼むのに沈黙するとは胴欲な 何ほど沈黙したとても此烈風は易々と 容易に沈黙致すまい「ウントコドツコイアイタヽヽ」 エーエー怪体の悪い事ぢやどうやら足許「ドツコイシヨ」 危うなつて来たわいな路の片方の古祠 此烈風に煽られてバラバラバラバラメチヤメチヤに 姿もとめず散り失せぬ神を祀つた祠さへ これ程ムゴク散るものを梵天王の鎮まれる 国公さまの肉の宮これが散らずに居りませうか ホンに思へば気にかかる「ウントコドツコイドツコイシヨ」 アレアレ向うに人の影此奴も風にあふられて 斃りよつてかメソメソと泣いたか泣かぬかおれや知らぬ 八の字形にふんのびて黒いお尻をむき出し ウンウン呻いてゐるやうだ彼処は何でも風玉の 当る難所に違ない照国別の神司 一寸一服しませうか鉢植みたよな木ぢやけれど ヤツパリ此奴にや根が厶る此根をシツカリ捉まへて 四人が互に手をつなぎ科戸の風の災を しばしのがれて休まうかあゝ惟神々々 御霊幸はひましまして照国別の宣伝使 何卒一言国公に休んで行けよと「ドツコイシヨ」 言霊宣らして下さんせ唖の旅行ぢやあるまいし 沈黙するにも程がある照国別の宣伝使 レコード破りの烈風に肝をつぶして胸をつめ 俄に唖となつたのか「ウントコドツコイドツコイシヨ」 如何しても斯しても吾足は膝がキヨクキヨク笑ひ出し 腰まで怪しくなつて来て最早一歩も進めない 「アイタヽタツタアイタヽヽ」蜈蚣が足をかんだよな キツイ痛みにふりかへり眺むる途端に尖り石 あつかましくも足の血を甘そな顔して吸うてゐる 「ウントコドツコイドツコイシヨ」同じ旅路をするならば モウこれからは山路をよけて平らな大野原 草ふみ分けて進む方が何程楽か分らない 急がばまはれと言ふ事を子供の時から聞いてゐた 照国別も気が利かぬコレコレもうし宣伝使 何が不足でそんな顔コレ程私が頼むのに 聞かぬふりしてスタスタと坂路行くとは曲がない こんな無慈悲な神司照国別に導かれ はるばる月の御国までどうしてお供が出来やうか 私は前途が案じられ悲しう苦しうなつて来た あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひ、烈風に煽られつつ下り行く。 さしもに烈しかりし山颪はピタリとやんで、木々の騒ぎもおとなしく鎮まり返つた天地の光景、空は紺青に彩られ、地は一面の錦の野辺、天つ日の神は山の端にうすづき玉ひ、黄昏の気、追々に迫り来る。どこともなしに響き来る鐘の声、諸行無常と告げわたる。鳥は塒を求めて早くも棲処をさして帰るものの如く羽使ひ忙がしさうに西山の峰をさして、十羽二十羽三十羽と列を作つて翔り行く。照国別は初めて口を開き、 照国別『アヽ国公さま、お前もこれで安心だらう。風も随分騒いだが、お前も中々負けず劣らず騒いだねい。余程怖かつたと見える、肝の小さい男だなア。人の心はすべて言行に現はれるものだ。モウ少し沈着の態度をとらないと、天下の宣伝使は到底駄目だらうよ』 国公『滅相もない、私はあの風が自分等の前途を祝するかのやうで、勇ましき気分が漂ひ愉快でたまらなかつたのです。死んだか生きたか知れぬやうな閑寂な秋の天地を、亡者然とトボトボと歩くのは余り男らしくありませぬ。私の騒いだのは所謂沈着の表徴です。静中動ありといふ筆法だから、それに付いても照公、梅公の御両人真青な顔をして、チウの声一つヨウあげず、本当に気の毒でたまらなかつたので、二人の恐怖心を代表して一寸あんな洒落を言つてみたのです。心から卑怯者と思はれてはたまりませぬからなア。アツハヽヽヽ』 と肩をゆすつて豪傑笑ひをしてみせる。 照国別は、 照国別『マア何でもいい、元気でさへあれば大丈夫だ。決して悲観はせぬがよい。随分国公さまを初め二人は恐怖心にかられてゐましたなア』 照公『ハイ仰せの通り随分荒肝をとられました』 梅公『私も一寸おつな風が吹きやがるなア……と思ひながら、震つてゐました。併し怖うて震ふのではありませぬ。薄着の肌に吹きつける風が寒いので、一寸景物に震動してみたのです』 国公『アハヽヽヽ何と負惜みの強い奴だなア。名が梅公丈あつて、ウメイ事を吐きやがる。モシモシ照国別さま、あこに二人、梅さまの様な豪傑が昼寝をしてゐるぢやありませぬか。一つ起してやりませうか』 照国別『あれはどうやら怪我をしてゐるやうだ。オイ国公さま、お前に一任するから、鎮魂を施して助けてやりなさい。これが首途の功名手柄だ。そして照公、梅公の両人は吾に従いて早く此山坂を下るのだ。此谷口に一寸した岩屋がある、そこで今宵を明かす事にする。国さま早く両人を助けて、あとから来て下さい、吾々はお先へ失礼するから』 国公『モシ、そりやチと御了見が違はしませぬか、天下の宣伝使が道に倒れてゐる旅人を見すてて、冷淡至極にも私一人に介抱させようとは無慈悲にも程がある。ヘン馬鹿らしい、そんな事で宣伝使がつとまりますかい。ナア照公、梅公、さうぢやないか』 照公『ウンさうぢやない』 梅公『動中静ありといふお前の役目だよ。それで日出別さまがお前もお供をして、道中せい(動中静)と仰有つたのだ。ナア照公さま、大分に日も暗くなつて来たし、グヅグヅしてゐるとそこら中が暗くなつて来ちや、何程くらく(苦楽)不二でもやり切れないワ。何とマア蛙をブツけたやうによく斃ばつてゐる事わいのう』 国公『モシ、宣伝使様、一層のこと吾々四人が鎮魂を彼等に与へて、手早くここを切上げたら如何でせう』 照国別『宣伝使の言に二言はない。お前はあとに残つて旅人の介抱を命ずる。サア照、梅の両人早く行かう』 と二人をつれて、ドシドシと坂路を下りゆく。あとに国公は呆然自失、為す所を知らず、だんだんそこらが暗くなつて来る。二人の旅人は、半死半生の体で苦しむ声が、ウンウンと聞えて来た。 国公はタールの側に立より、 国公『オイ旅人、ウンウンと何をきばつてゐるのだ。赤ん坊か何ぞのやうに寝乍らウンコをたれる奴がどこにあるか』 と体を一寸撫でて見て、 国公『何とマア長い男だなア、ハハー此奴あモウ駄目だ、九死一生だ。こんな男の命を助けて、娑婆で辛い苦労をさすよりも一層の事一思ひにやつつけてやつた方が、俺も手間がいらず、当人もさぞ満足だらう。ウフヽヽヽ』 タール『モシモシ旅のお方、どうぞ私の命を助けて下さい』 国公『ヤアお前はヤツパリ人間かなア』 タール『殺生な、人間でなくて何としませう』 国公『おれや又野狸が化けてゐやがるのかと早合点したから、殺してやろと言つたのだ。人間さまと聞くからは助けにやおかれまい。(芝居口調)最前照国別殿に別れて帰る暗まぎれ、山越す獅子に出会ひ、二つ玉にて撃とめ、近より見れば、狸にはあらで旅の人、薬はないかと懐中を探りみれば、財布に入つたる此金、道ならぬ事とは思へども、天の与へと押頂き、亡君の石塔料に使つてくれむ。コリヤ旅人の幽霊、金の所在をハツキリ申さぬか』 タール『モシモシ泥坊様、お金はここに幾らでも持つて居ります。命計りはお助け下さいませ。此通り膝頭を打くじき、身動きならぬ弱味をつけ込んで、金も命も取らうとは、余り虫がよすぎます』 国公『オイ旅人、泥坊ではないぞ。世界を助けまはる宣伝使……ではない、其お供だ。言はば宣伝使の卵だ。どうかして助けてやりたいは山々なれど、生憎此山は禿山で薬草はなし、谷水を呑ましてやりたいけれど、谷は深く、かう暗の帳がおりては、人を助ける所か、自分の命が危うなつて来た。どうぞ私を助けると思うて、そんな無理をいはずに早く去なしてくれ、此通り手を合はして、泥坊オツトドツコイ、こなさまが拝みます』 タール『アハヽヽヽ何とマア面白いお方ですこと、私も最前の烈風に肝を潰した一刹那、一寸膝頭から血は出たけれど、俄に病気が治り、こんな坂路位は屁でもないのだが、寝た序に日の暮にも近いから、此儘夜明かししようと思うてゐたのだ。さうした所がお前さま等の一行が、面白相に歌を歌つて出て来るので、一寸なぶつてやらうと、半死半生人の真似をしてゐた。半鐘泥棒だよ。ウツフヽヽヽ』 国公頭をかき乍ら、 国公『エーいまいましい、一杯くはされたか、今日に限つて照国別さまが、なぜあんな無慈悲な事を吐かすのだろと、聊か憤慨してゐたが、流石照国別さまは偉いワイ、ヤツパリおれの先生だ。チヤツと此奴の狂言を見ぬかれた其天眼力は天晴なものだ。イヤもう感じ入りました』 タール『お前は三五教の宣伝使のお供をいたす三人の中でも一番よりぬきの、はね代物だなア』 国公『コラ失礼な事をぬかすか。おれには親があるぞよ』 タール『アハヽヽヽ広い世界に親のない者があらうか、たわけた事を言ふない』 国公『ヘン、チとすまぬが、俺の親はチツと違ふのだ。国治立大神といふ親神があるのだ。それだから国公さまと言ふのだよ。オイ貴様の名は何といふか』 タール『俺の名かい。俺はタールさまだ』 国公『失礼な寝もつて挨拶をする奴があるかい、何でも酒くらひのやうなスタイルだと思うてゐたら、ヤツパリ名詮自称タールとぬかす代物か、それでは親のないのも尤もだ。お前はバラモン教のケレ又だらう。タールといふやうな神さまはどこにあるか。大黒主の神を祖神にもつならば、黒といふ名がつき相なものだのに、タールなどとは、チツと物ターランぢやないか、足がタールなつて、大方ここで平太ばつてゐやがるのだらう』 タール『コリヤ国とやら、そんな劫託をほざくと罰があタールぞよ』 国公『エー此位ウソ気味悪いのに化物然と洒落やがるない、チツと起きたら如何だい』 タール『ザワザワ騒いで立くらすのも一日なら、安楽に寝てくらすのも一日だ。俺は俺の主義がある。道に平タール主義と申すのだよ』 国公『オイ俺もそこで一寸添寝をさしてくれないか。モウ斯うなつちや、一寸も歩けないぢやないか』 タール『ヨーシ、一緒に寝んねをさしてやろ……ネンネンねんこの穴に蟹が這ひ込んだ──いたかゆかゆかゆ取つて呉れ──ヤツトの事で引ずり出したら、又這ひ込んだ──いたかゆかゆかゆとつて呉れ。……坊ヤのもりはどこへいた、山をこえて里へいた、里の土産に何貰うた、ハルナの饅頭に笙の笛、ねんねんようねんねんよう、ねんねんコロリねんコロリ、年中コロリとねて居れば、これ程楽な事はない』 国公『コリヤ洒落ない、おれや赤ン坊ぢやないぞ』 タール『お前は赤ン坊所かい、まだ卵ぢやないか、それだからコロリコロリと歌つたのぢやい、大人なら大人らしうお前に一つ註文がある。何と聞いてはくれまいかなア』 国公『斎苑の館に其人ありと聞えたる国治立命の名を賜はつた国公さまだ。何事なりと天地の間の事ならば叶へてつかはす。サア遠慮はいらぬ、ドシドシと申上げよ』 タール『ハヽヽヽヽ、何をぬかしやがるのだ。けたいな法螺吹だなア』 国公『風でさへも大変に吹いたぢやないか。ホラ吹くの神様とはおれの事だ。何でも叶ふ事なら聞いてやろ。併し乍ら今おれに金を一万両くれと云つても、ソリヤ一寸聞く事は出来ぬ。女房の代りになれといつても、それも叶はぬ。其外の事ならば、一切万事叶へてつかはす程に、其代りに一生火物断ちを致せよ』 タール『エー何でも良いワ。実の所は俺の仇が、ソレそこにウンウン唸つてゐやがるのだ。彼奴を殺さねば、俺が殺されるのだから、今の内に殺しておきたいのだが、折角横になつたのだから動くのが面倒臭いので、一時延ばしに延ばしてゐた所だ。オイそこな岩でも一つグツと抱へて、彼奴のドタマへドスンと当ててくれ。そしたらそれで此タールさまは至極安全、天下泰平、五穀成就だ』 国公『アハヽヽヽ何と気楽な奴だなア、最前から所在が見えたけれど、モウ斯う暗くなつちや、足元もロクに見えないワ。夜が明けてから、ゆつくり俺が自ら神占をやつて、タールを殺すか、ハムを殺すか、どちらを殺さうかといふ事を伺つてみて、其上の事にしようかい。若しタールを殺せといふおみくじが出たら、気の毒乍ら観念してくれねば、なるまいぞ。アーア今晩はかう言うて噪いでゐるが、明日の朝になつたらヒヨツとしたら俺の手にかかつて死ぬかと思へば、いささか以て気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』 タール『コラ馬鹿にすない。よい加減にからかつておけ』 国公『唐が勝つても印度が勝ても、そんな事にお構ひがあるかい』 二人は何時の間にか抱ついた儘、道の真ん中でグツと寝て了つた。雷のやうな鼾声が競争的に聞えて来た。ハムはニツコと笑つて起き上り四這ひになつて探り寄り、二人の髪の毛を固く結び合せ、息使ひを考へて、タールの鼻をむしれる程捻ぢた。タールは痛さに目をさまし、 タール『イヽヽイツタイワイ、コラ国公、しやれた事をすな、人の鼻を咬みやがつて、何ぞ蛸でも喰うてる夢を見やがつたのかな』 国公はウニヤウニヤウニヤと何事か口の内にて言ひ乍ら、又もやグーグーと大鼾をかく。 タール『ハハー此奴夢をみやがつて、おれの鼻を摘みやがつたのだな、エー仕方がない、夢で為た事を咎める訳にも行こまい。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲むさへも深い縁と聞くからは、よくよくの因縁だらう。見ず知らずの旅人同士が、雲天井に石枕、夫婦か何ぞのやうに、抱ついて寝るのも、何かの因縁がなくてはなろまい。あゝモウ寝よう』 と独言をいひ乍ら、早くもグーグーと鼾をかき出した。ハムは又もや手探りに国公の鼻をむしる程捻ぢた。 国公『イヽイターい、ハナハナハナ放せ放せ、放さぬか放さぬか』 ハムはあわてて手を放す。 国公『コラ、タール、俺を計略にかけやがつて、寝とる間に、鼻をねぢて殺さうとしよつたなア。待て待て鼻ねぢなら、俺も負はせぬぞ。アイタタ、メツタ矢鱈に人の髪の毛を引張りやがる。ヤイ、タール一寸髪の毛を放せ』 ハム『コリヤ国公、此タールを何と心得てゐるか、甘く計略にかけてやつたのだ。此髪の毛をグツと握り、鼻を捻ぢて殺してやろとの計略を知らないのか、余程良い頓馬だなア。ウツフヽヽヽ』 『何糞ツ』と国公は力一杯鼻と言はず、目といはず、爪立ててグツとかきむしつた。よく寝込んでゐたタールはビツクリして目をさまし、 タール『アイタヽヽコリヤ猿奴、おれの顔をかきやがつたな、オイ国公貴様も起きぬかい、猿が出やがつたぞ。ヤア俺の髪の毛を引張つてゐやがる』 国公『コラ、タール俺が知らぬかと思つて、頭の毛を引張つたり、鼻をやたらに捻ぢやがつて、おまけに俺を殺さうと企みやがつたなア、サアもう斯うなつた上は了見ならぬ』 と手を伸ばして、又タールの顔をかく。 タール『オイ国公、マア待て、此奴あチト可怪しいぞ』 ハム『オイ、タール、国さまの頭を無性矢鱈に引張りやがつて如何する積だ。コリヤ睾丸を握りしめてやろか』 国公『ヤア、おれの代理をする奴が出来て来よつたぞ。いつの間にか副守護神奴が飛び出しやがつて、此方さまの意思に反した事を囀りやがるものだから、サツパリ事が面倒だ』 ハム『コリヤ国公、トボケない、そんな事を食ふタールぢやないぞ。タールの腕には肉があるぞ』 国公『コリヤ、タール、貴様の肉よりも俺の骨の方がチツと固いぞ。大人なぶりの骨なぶり、サア是からは睾丸の掴み合だ。一イ二ウ三ツ、アイタツタ、コラ髪の毛を放さぬかい』 ハム『アツハヽヽヽ、阿呆奴が、オホヽヽヽ臆病者奴、ウツフヽヽヽうろたへ者、エツヘヽヽヽエタイの知れぬ化者にいらはれてゐるうつけ者、イツヒヽヽヽ意地くね悪いハムさまの御出現、サアもう斯うなる上はタールを殺そか、国公をやつつけようか、明日の朝手製の神籤で伺つて見よう。モシ、タールさま、お前を殺せと御みくじが出たら気の毒乍ら、お前の命を取らねばならぬ。それを思へば、おれやモウ可哀相で、気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』 国公『コリヤ俺の受売をしやがる奴は、ダダ誰奴だい』 ハム『最前からここに寝てゐたバラモン教のハムさまだ。これからタールをやつつけるのだから、国さま一つ加勢をしてくれないか』 国公『折角斯うして抱き付いて親しうなつたタールぢやもの、如何して之を殺すことが出来ようかい、おれやそんな事を聞くと、貴様が憎らしくなつて来て、腹が一寸も立たないワ。オツホヽヽヽ』 斯かる所へ山の尾を登り来る満月の光、ハムは手早く両人の髪をほどき、 ハム『ヤア、タール、モウ許してやらう。以後はキツと慎んであの様な悪戯を致すでないぞ、そしてあのやうな水臭い事を思ふと、今度はモウ了見せぬからさう思へ。今日はこれきり忘れて遣はす』 タール『俺もお前がさう出れば、万更憎いとは思はない、只今限り忘れタールから、マア安心致すがよからう。ナア国さま、余り物をクニクニと苦にすると、病気になつて、しまひにや国替をせなくてはなりませぬからなア』 国公『国替なぞと縁起の悪い事をいつてくれるない』 ハム『アツハヽヽヽ』 タール『イツヒヽヽヽ』 国公『ウツフヽヽヽ、サアもう夜があけた。行かうぢやないか』 と三人は兄弟の如く親しくなつて、無駄口を叩き乍ら坂路さして降り行く。 (大正一一・一〇・二七旧九・八松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 17 テームス峠 第一七章テームス峠〔一〇八二〕 黄金姫、清照姫の母娘は巡礼姿に身をやつし、金剛杖にて地を叩きつつ、霧こむ野辺を西南指して宣伝歌を歌ひながら浮木ケ原をさして進み行く。道につき当つた可なり高き山がある。此山を何うしても越えねば道がない。日は已に山の端に没して四面暗黒に包まれた。此山の名はテームス山といふ。登りが三里下りが三里、可なり大きな峠でフサの国より月の国へ渉る境域である。母娘二人は山麓の路傍の岩の上に腰打掛け息を休めてゐた。そこへ二人の馬方駻馬を引つれ、ハイハイと言ひ乍ら、現はれ来り、 馬方『モシモシ旅のお方、此テームス山はアフガニスタンで有名な峻坂で厶います。女の足では到底跋渉する事は出来ますまい。私はこれから此峠を渉りて月の国へ帰る者、どうぞ此馬に乗つて下さい。帰りがけだから何時もとは半分の賃金に致しておきます』 黄金姫『折角なれど吾々は達者な足を持つてゐるから馬の世話になるのは止めておきませう』 馬方『エヽ馬鹿にすない。足があるなんて、分り切つた事をいやがつて、足のない奴が旅する筈があるかい。いやなら厭でいいワ。乗らぬと吐しやがるが、此方の方から乗せてやらぬワイ』 黄金姫『オホヽヽこれ馬方さま、お前さまは本当の馬方ぢやあるまいがな。お前のひいてゐる馬はそこらに居つた野馬を臨時引つかんで来た証拠には轡も無し、馬の爪が大変に伸びてゐる、そしてお前の言葉は馬方言葉ぢやない。バラモン教の宣伝使の供でもしてゐた代物だろ。そんな事をして吾々母娘を馬に乗せ、急坂になつた所で、馬の足を叩き、馬を転倒させて、吾々母娘を○○しようといふ悪い了見だろ、お前の顔にチヤンと書いてある。そんなウソツパチを喰ふやうな婆アぢやありませぬぞ。又河鹿峠のやうに谷底へつまんで放つて上げようか、お前は五人の中の一人、運よく助かつて逃げた男だらう、どこともなしに面に見覚えがあるから騙したつて駄目だよ』 馬方『イヤもうそこ迄看破されては仕方がありませぬ。実の所はあの時五人の中に加はつてゐたレーブといふ、余りよくない代物です。お前さまが大変な神力を現はして自分の同僚を三人迄谷底へ投込んだ時の恐ろしさ。何とかしてお前さま母娘を亡き者に致さねば、吾々の思惑は何時になつても立たない。又可哀さうに俺達の友達二人まで、冥途の旅をしたのだから、友の仇敵を討つてやらねばならぬ、何れ此峠を越すに違ないと思うて、野馬を引捉へ、道に会うた一人の友達と、一目散にここ迄走つて来て、待つてゐました。併しながらお前さまが私の計略を看破した上は、手も足も出すことは出来ない。そんなら馬に乗るのは止めて貰ひませう。油断をせない旅人を乗せて行つたところで、思惑は立ちませぬからな』 と怖さうに逃げ腰になつて喋つて居る。 黄金姫『コレ、レーブとやら、お前は鬼熊別さまの部下ではないか。但は臨時雇で働いてゐるのか』 レーブ『ハイ、三年ばかり前から結構なお手当を頂戴して、鬼熊別様の奥様の蜈蚣姫や小糸姫さまの所在が分らないので、鬼熊別様も今は立派な身の上にお成り遊ばし、大黒主様と肩を並べられ、世間の信用は大黒主様よりもズツと宜しい。それ故鬼熊別様に従ふ者が日に月に増えて来まして、私も御恩顧を蒙つてゐる者、奥様や娘子の所在を尋ねむ為に、ハムを初め吾々四人が一隊となつて、其所在を尋ねてゐました。併し乍らいくら尋ねても此広い世の中自転倒島へはそれぞれ手分けをして捜しに行つて居りますが、今にお行方は分りませぬ。噂に聞けば三五教に入信られたとの事、ウブスナ山の斎苑館には三五教の宣伝使が集まつてゐられるといふ話なので、河鹿峠を越えて参る途中、あなた様に出会し、仮令蜈蚣姫でなくても小糸姫でなくても、丁度都合のよい婆アさまと娘、有無をいはせず伴れ帰り、鬼熊別様にお目にかけたならば、コリヤ人違だ、併し乍らそれも無理はない、人相書位では分るものではないから、併しよくマアここ迄骨を折つたと、お賞めの言を頂かねば、三年も手当を貰うて居つた印がないと思ひ、一寸失礼をも省みず、一狂言をやつて見ました。右様の次第で厶いますから、決して泥棒でも何でも厶いませぬ。只お手当に対する義務上、あなた様を犠牲にしようとズルイ考へを起したので厶います。併し乍ら私はホンの端くれ役人、これにはハムといふ発頭人が厶います。到底あなた母娘に睨まれては堪りませぬから、どうぞ三五教ならば神直日大直日に見直し聞直し、これも神の御都合だと宣り直して助けて下さいませ。心の底から改心して此通り手を合してお詫致します。コリヤ、テク、貴様もお詫の加勢をしてくれぬか。御立腹がひどいと見えて、容易にお気色が直らぬぢやないか』 黄金姫『お前のいふ事は寸分間違はないか』 レーブ『ヘーヘー、どうして嘘を申しませう』 清照姫『コレ、レーブとやら、鬼熊別様は本当に御壮健でゐらせられますかなア。綺麗な奥様を迎へてゐられる様な事はないかな』 レーブ『どうしてどうして、品行方正な慈悲深いそれはそれは、ハルナの都でも名の高い、聖人君子と、バラモン国一体に仰がれて厶るお方で厶います』 清照姫『大黒主様は壮健でゐらせられますか』 レーブ『ヘーヘー、壮健も壮健、先の奥様が古くなつたというて、小つぽけな家を建てて隠居をさせ、其後へ天人のやうな若い女房を据ゑ、沢山な妾を囲つて、朝から晩まで酒池肉林の乱痴気騒ぎ、誰も彼も眉を顰めて居りますけれど、何を云うても沢山の軍隊を抱へてゐる英雄豪傑、そして梵天王の御子孫といふので、何事をなさつても御意見申上げる者も無し、鬼熊別様に比ぶれば、其信用の点に於ても、品行の点に於ても天地黒白の相違で厶います。大黒主様は余り鬼熊別様の御信用が高うなつたので、少しく猜疑心が起り、何かにつけて御主人様のなさる事を、ゴテゴテとケチをつけ、無理難題を吹かけ、種々雑多の圧迫を加へられますが、御忍耐の強い私の御主人は、大黒主様が何と仰有つても、平気な顔で唯々諾々として従うていらつしやいます。家来の私でさへも気の毒でなりませぬ』 と差俯むいて涙をハラハラと流す、其涙に真実が現はれてゐた。 黄金姫『それを聞いて私も安心した。実は鬼熊別様の女房蜈蚣姫は私だよ』 レーブは此言に驚いて大地に平伏し、 レーブ『コレハコレハ奥様で御座いましたか。存ぜぬこととて重々の御無礼、何卒お赦し下さいませ。そんなら此娘様は小糸姫様で厶いますか』 と又サメザメと嬉し泣きに泣く。 清照姫『私は鬼熊別様の娘小糸姫だ。十五の時に心の曇りから家を飛出し、両親に御心配をかけた者だ。お前は私の来歴を聞いて居るだらうな』 レーブ『ハイ詳しい事は存じませぬが、チヨイチヨイ、同僚間の話頭に上りますので、ウスウス承はつて居りました。それを聞きます上は奥様お娘子に違は厶いませぬ。どうぞ御安心の上此馬に乗つて、私にハルナの都まで送らせて下さいませ。さうしますれば御主人様に対しても忠義が立つといふもの、お願で厶います』 黄金姫『アヽ何と神様は水も洩らさぬ深いお仕組、到底凡人の窺ひ知る所でない。併し乍ら吾夫鬼熊別様は其様な立派な御方になつてゐられるか、ホンに嬉しいことだ。それ丈御忍耐の深い神司とお成り遊ばした以上は、キツと三五教の教をお説き申したならば、三五教になつて下さるだらう。アヽ有難い有難い……。コレ清照姫、モウ大丈夫だ御安心なさい』 清照姫『お母アさま、本当に嬉しう厶いますなア』 レーブ『モシモシ奥様、私の前だから、そんなことを仰有つても宜しいが、モウこれきり三五教の事は仰有らぬが宜しい、鬼熊別様の御迷惑になります。それでなくても奥様や娘様が、三五教の宣伝使に成つてゐられるといふ噂が、大黒主様の耳に入つてからといふものは、大変な、旦那様に対し、圧迫が加はつて来てゐます。旦那様は聖人君子、兵馬の権は少しもお握り遊ばさず、大黒主に睨まれたが最後御身の破滅、それ故一切を神様に任して御隠忍遊ばして厶る其矢先、旦那様が三五教のお話をお聞きになつたといふことが大黒主に聞かれたが最後、亡ぼされて了ひます。どうぞ今日限り言はない様にして下さる方が、旦那様初め御両人様のお為で厶いませう』 黄金姫は心の裡に………ナーニ、大黒主何者ぞ、何程兵馬の権を握るとはいへ、仁慈無限の三五の言霊の伊吹に依つて言向和すは朝飯前だ。併し乍らこんな奴にそんな事を云つて気を揉ますも可哀相だ………と胸を定めて、 黄金姫『お前のいふ通り、旦那様の御難儀になることだから、モウ三五教のことは云ひますまい………ナア清照姫、お前もこれきり言はない様にして下さいや』 レーブ『アヽそれを聞いて此奴も安心致しました。併し乍らここに一つの大心配が厶います。都の入口に大黒主の軍隊が警護し、一々人物検めを致し、信仰の試験をして居りますから、其時にどうぞ三五教の教じみたことは一つも言はないやうにして下さらぬと、九分九厘で失敗してはなりませぬから……』 黄金姫『あゝヨシヨシ、安心しておくれ、私も元はバラモン教の宣伝使だから、そこは如才なうやつてのけるから………』 レーブ『誠に済まないことで厶いますが、旦那様にお会ひなさる迄、蜈蚣姫であつたとか、小糸姫であつたとか云ふやうなことを仰有つてはなりませぬぞや。旦那様は旦那様で、あなた方を恋慕うて私かに呼び寄せたいと思召し、吾々を四方の国にお遣はしになり、御行方を探させてゐられますなり、又一方の大黒主の方では……鬼熊別様の奥様娘子が三五教の宣伝使になつてゐるさうだから、何時かは帰つて来るだらう、其時に鬼熊別が三五教に帰順しようものなら、バラモン教は根底から覆つて了ふ。鬼熊別に親子の対面致させては大変だ、それ以前に取つ捉まへて命を取り、鬼熊別様にソツと内証で居らうといふ大将のズルイお考へ、かういふ具合で、大黒主様と鬼熊別様とは始終暗闘が続けられて居りますから、中々都の関門をくぐることは容易なことでは厶いませぬ。甚だ申にくいこと乍ら、あなた様母娘を科人として縛り上げ、馬の背に括りつけて関門をくぐりお館まで送るより手段はないので厶います』 黄金姫はニタリと笑ひ、心の中にて………ナニそれ程驚くことがあるものか、吾々にはキツと神様が守護して厶る、そんなことは心配すな……と口まで出さうとしたが、俄に呑み込み、ワザと心配さうに、 黄金姫『何から何まで気をつけて呉れるお前の親切、黄金姫も有難う思ふぞや』 レーブ『ハイ、勿体ない其お言葉、左様ならば今夜はここで寝むことに致しませう。実は此テームス峠は剣呑で厶います。大黒主の一派の奴が関所を構へて往来の人を査べて居りますから、夜分は尚更剣呑なれば、夜の明けるのを待ち、姿を変へて此峠を越えることと致しませう』 清照姫『お母アさま、昼よりもそんな危険な処なら、夜分の方が面白いぢやありませぬか。大黒主の部下が仮令何万押寄せ来る共、言霊の神力や、生れつきの吾武勇にて、一人も残らず谷底へ投げやり、懲しめてやつたら、眠気さましになつて面白いぢやありませぬか。そんなことを聞くと、如何してこんな所に、夜明かしが出来ませう。どうも肉が躍つて腕が鳴り堪へられなくなつて来ました』 黄金姫『コレコレ清照姫、大事の前の小事だ。小童武者に相手になり、ハルナの都へ入城の妨害になつては、それこそ大変だから、レーブの云ふ通り、都へ着く迄は柔順しうして行きませう。まして無抵抗主義の三五教の宣伝使がそんな事をしてはなりませぬぞや、賢いやうでもまだ年が若いから、……アヽ困りますワイ、かうなると老人も矢張必要だなア。オホヽヽヽヽ』 清照姫『何事も神様とお母ア様にお任せ致しませう』 黄金姫『アヽそれが良いそれが良い。神様も嘸お前の其お言を御満足に思召すであらう。そんならレーブ、今夜はここで夜を明かすことにしよう』 レーブ『ハイ、さうなされませ。私もこれで安心を致しました』 と主従四人は岩の上に蓑を布き、一夜を明すこととなつた。四辺に聞ゆる狼の唸り声、凩の声と共に物凄く聞え来たる。 (大正一一・一〇・二九旧九・一〇松村真澄録)
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霊界物語 39_寅_大黒主調伏相談会/言霊隊の出発 18 関所守 第一八章関所守〔一〇八三〕 テームス峠の山上にはバラモン教の関所が設けられ四五人の人が往来の人の信仰調べをやつて居る。と云ふのは表面の理由で其実は大黒主の命によつて蜈蚣姫、黄竜姫の所在を捜索し、見付け次第フン縛つて大黒主の館へソツと連れ帰れよとの命令を下して日夜見張りをさして居たのである。此関守は春公、清公、道公、紅葉、雪公と云ふ五人であつた。五人は朝から晩まで、日によると一人も道通りがない此関所で大きな口をあけ、両手を逆八の字に天井へグツと伸ばし『アヽヽ』と欠伸の共進会を仕事にして居た。仕方がなしにそこら中の果物をむしつて来て果物の酒を造り朝から晩まで飲んで飲んで飲み暮しズブ六になつてゐる。こんな関守が仮令千人あつたとて屁の突張りにもならぬのは、もとよりである。春公はソロソロ酔がまはり出し、 春公『オイ、雪公、貴様は冷い白い名だが、矢張り酒を喰うと体が熱くなり顔まで赤くなるのが、俺や不思議で堪らぬワイ。それだから、化物の多い世の中と云ふのだよ。ゲーガラガラガラ』 雪公『何が化物だい。世の中は凡てこんなものだよ。善悪一如、正邪不二、表裏一体だ。「一羽の鳥も鶏と言ひ、葵の花も赤に咲く、雪と云ふ字を墨で書く」と云ふ歌を貴様は知つてるか。貴様の名は春ぢやないか、春公の癖に此秋になつて行くのに鼻を高うし鼻唄を唄ひ、はなはなしう朝から晩まで浮かれきつて居るのが一体全体訳が分らぬ。貴様こそネツトプライスの正札の化物だ。否馬鹿者だよ。あんまり他人の事を誹ると自分の事におちて来るのを知らぬか。丁度空を向いて天に唾を吐いた様なものだよ。アーア、酔うた酔うた、ヨタンボばかりの中に混入してゐると俺迄ヨタンボ病が伝染して、嫌でもない酒を飲まされて喉の虫がグイグイ喜びよつて、腹が立つて仕方がないワ。本当にこんな関守を大黒主の大将だつて飼うておくのは大抵ぢやない。俺だつたら斯んな者は遠の昔に免職するけどな、流石大黒主だけあつて大舞台だワイ』 春公『何、大黒主の神様だつて、こんな現状を見付けたら一遍に免職さすのは請合だ。何分遠い所だから分らないので俺達も、かうして毎日睾丸の皺のばしを安閑とやつて居られるのだ。(都々逸)「他処で妻もちや遠山林、誰がかるやら盗むやら」とか何とか云つて遠距離に居所を構へて居りさへすれば、少々の脱線も矛盾も無事通過するものだ。それだから俺はお膝元のハルナの大都会に居るよりも、かう云ふ山奥の関守となつて田園生活オツト簡易生活をやつて自然を楽しむのだ。人間は自然の風光に接せなくちや嘘だよ。紅塵万丈雑閙を極めた大都市に煙突の煙を吸入して虚空如来の様に燻つてブラブラしてゐるよりも何程愉快だか知れやしない。三百年の寿命が斯う云ふ所に居ると、嘘八百年も延びるやうだ。うまいうまいうまいのは此酒だ。「酒屋へ三里豆腐屋へ一里」と十八世紀の人間は吐きよるが、至治至楽の神代生活は自ら田を耕して喰ひ、自ら井を穿つて飲み、そこらあたり枝もたわわに実つてゐる果物を手づからむしり、手づから酒を造つて賞翫する程結構なものはない。仁ぢやとか義ぢやとか、礼ぢやとか、そんな詐偽的言辞を並べて暗黒世界に住むよりも山青く水清く、空高き此山頂に四方を見晴らし、王者気どりになつて簡易生活を続けて居る位安楽なものはない。何せよ霊主体従だとか、慈悲ぢやとか、情とか、道徳とか、下らぬ屁理屈を囀つて居るよりも、善悪を超越し、道理を通過して、惟神的風光を楽しみ、安逸に一生を送る位、利口なものはないワイ。何といつても一寸先や暗ぢや、此瞬間が吾々の自由意志を遂行する黄金時代だ。(唄)「飲めよ喰へよ一寸先や暗よ、酒を飲むなら土瓶で沸かせ」土瓶で沸かした酒を飲んで薬鑵頭を沸らすのもいいコントラストだ。俺やもうハルナの都のハムにしてやらうと云つても、斯んな自由生活を覚えた以上は煩雑な都会へ行つて追従タラダラ虚偽ばかりの生活をするよりも俺は此関守ばかりは何時になつても思ひきる事は出来ないワ。 「山に伐る木は沢山あれど 思ひきる気はないわいな」 とけつかるワイ。アハヽヽヽ』 紅葉『オイ春公、毎日日日職務を忘れて酒ばかり喰ひ酔うて居ると冥加が危いぞ。バラモン教の大黒主は神様だと云つても、人間のサツクを被つてゐるから誤魔化しはチトはきくが、梵天王大自在天バラモン大神、大国彦命様の御目を晦ます事は出来ぬぞよ。いい加減に心得ぬと、習ひ性となり、放埒不羈の人間になつて世の中の爪弾きものにしられてしまふが、それでも構はぬか。困つた奴だな』 春公『放埒不羈の極点に達した春公さまは、実際の事云へば世間から爪弾きされてハルナの都に居る所がないので、大黒主様が持て余し、適材適所といつて、あんなヤンチヤはテームス峠の関守にするのが匹適だと、あつぱれの御眼力で御任命なさつたのは、貴様等小人輩の了解すべき限りではないワ、紅葉は紅葉らしうして地に這うて沈黙せぬかい。今は何時だと思うてゐる、秋の末で紅葉の葉の風に叩かれ、地に落ちるシーズンだ。こんな時に浮き出さずにジツとして酒でも喰つて、秋の時雨の様な涙の雨でも降らしてシーズンで居る方が余程ましだよ』 紅葉『貴様にそんな忠告を受けなくとも、俺は故郷の女房の事を思ひ出してシーズンで居るのだ。(都々逸)「花と月とに間違ふやうな女房もつ身の気はもみぢ」と云つて貴様のやうな唐変木とはチツと選を異にして居るのだ。一ぺんも女に接した事のない酒喰ひの貴様に、浮世の味が分るものかい、浮いては沈み沈んでは浮み、浮沈み七度の世の中だ。お前等のやうな連中さまは酒より外に慰安してくれるものが無いのだからな』 春公『時に大黒主の神様に対し俺達もチツとは義務と云ふ事を尽さねばならぬが、こんな人通りの無い関守をさされては丸で島流しに遭うたやうなものだから、ツイ焼糞になつて酒をあふるやうになるのだが、鬼熊別の女房蜈蚣姫小糸姫の両人は何時になつたら此処を、通るだらうかな。ナア雪公、貴様一つ天眼通で考へて見てくれないか』 雪公『俺は雪の様に、神の様に身魂の清い執着心のない、白紙主義の男だから、腹の中迄水晶だ。それが違ふと思ふなら人込みの中ででも、ステーシヨンででも構はぬ、一つ貴様の短刀で俺の血を調べて見い………どこを切つても出る血は紅い、俺の心もその通り………だよ』 春公『コリヤ貴様はいつとても身魂の自慢ばかりしやがつて、肝腎の天眼通は如何するつもりだい。早く天眼通で調べてくれないか。貴様のやうな腰抜でも、ここへ連れて来たのは望遠鏡の代用にするつもりだから、早く親子の所在を透視せぬかい。貴様は都を出る時に屹度、テームス峠を近い内に蜈蚣姫と小糸姫が通るに違ひないと大黒主様に申上げよつたものだから、こんな処に関所を拵へて毎日日日待たされて居るのぢやないか』 雪公『あの時は天眼通の持合せが大分にあつたが、ここへ来てから貴様等の悪身魂が感染して、サツパリ天眼通が利かぬやうになつて了つたのよ。俺の考へでは此広い世の中、峠も沢山あるし、二人の母娘が此峠を一代の中に通るとも通らぬとも、見当がつかぬ様になつたワイ』 春公『貴様はさうすると大黒主様を誑つたのだなア。本当に太い奴だ。早く本当の事を吐かぬか』 雪公『ヨシ、こかぬ事はない、太い奴だな』 と真黒の尻をまくり上げ春公の前に左巻を捻り出した。 春公『エー糞奴め、糞の間にもあはぬ代物だな』 雪公『ひどい奴だ。こけと吐したぢやないか。これでも俺は一生懸命だぞ』 春公『エー仕方のない、穀潰しの製糞器だな』 とぼやいてゐる。そこへ黄金姫、清照姫は駻馬に跨り、二人の男は馬の口をとり、『ハイハイハイ』と勇ましく登つて来た。 春公と雪公は目を怒らし、 春公『オイ、一寸待つた。其馬をここへ止めエ』 レーブ『ヨシ、止めなら止めもしよう。然し乍ら吠面かわかぬやうにせえよ。此方は貴様等の朝晩探ねて居る鬼熊別の奥様蜈蚣姫様と一人娘の小糸姫様だ。よく拝んでおけ、目が潰れるぞよ。光芒陸離たる懐剣を呑んで厶る八岐の大蛇のやうな御方だから生命が惜くなければ調べたがよからう』 春公『これやレーブ、そんな嘘を吐しても承知せないぞ。人を盲にするにも程がある。そいつア化物ぢやないか。目の玉が五つも六つもあり口が又四つも五つもある化物を馬に乗せよつて、蜈蚣姫も小糸姫もあつたものかい。早く通れ、貴様が出て来ると此関小屋までが頻りに廻転を始め出した。此坂道迄が上になり、下になり地異天変の大騒ぎだ。早うここを通過せぬかい。気味が悪いワイ。俺の探して居るのは、そんな化物の婆アや娘ぢやない。正真正銘の蜈蚣姫、小糸姫だ』 レーブ『化物だからここに下してやらうと云ふのだ。随分神変不思議の芸当をやりよるぞ。まあ一つ首筋でも掴んで此谷底へでも「プリンプリンドスン、キヤーツ」とやつて貰へよ。イヒヽヽヽ』 春公『コラ、レーブ、可笑しさうに何だ。妙な笑ひ声を出しよつて、俺の頼みぢやからトツトと此処を通過してくれ、俺は暫く目を塞いでゐるから……』 レーブ『さう吐しや仕方がない、俺も同じ信者の厚誼で貴様の要求を無下に拒絶する訳にも行かないから、特別を以て貴様の嘆願を許容してやる。モシモシ蜈蚣姫様、小糸姫様、関守があのやうにいつて嘆願しますから、貴女も手荒いことをせずに許してやつて下さい。小糸姫様の武勇を発揮されやうものなら此奴等五人の笠の台は飛んで了ふのみならず、四肢五体メチヤメチヤになりますから。人を助けるのは宣伝使の御役、今日ばかりは見逃し、聞逃しを彼等五人に代つて、レーブがお願ひ致します』 黄金姫『許し難き関守なれどもお前の願ひによつて苛める事だけは止めてやらう。其代りにレーブ、お前も一杯関守の酒を頂戴して元気をつけて行つたらよからうぞ』 レーブ『何と気の利いたお客さまだこと。オイ春公、賄賂だ。見逃し賃に其徳利を一本貸せ、グヅグヅ吐すと此馬は一寸も動かないぞ』 春公『徳利一本で宜しいか。二人の馬方ならば二つ要りませう』 レーブ『何とまあ、気の利いたもの同志の寄合だ。お客さまもお客さまなら関守も関守だな。そんなら気の毒なれど二本頂戴して行かう。道々トツクリと飲んでお供をしようかい』 と云ひ乍ら春公の突き出す二本の徳利を受取り『ハーイハイハイハイ』『ブーブーブー』 レーブ『エーこん畜生、屁ばかり垂れよつて、臭いワイ。オイ皆の関守、これでヤツト安心しただらう。何事も羽織の紐だ、皆胸にある。以心伝心教外別伝、云はぬは云ふにいやまさる。俺の雅量も分つただらうな』 春公『オイ、レーブ、春公さまの雅量も買つてくれるだらうな』 レーブ『恐怖心に駆られ仕様ことなしの雅量だ。チツとお粗末ぢやけど、こんな処で荒仕事するのも面倒だから、粗製濫造品の雅量を酒二升の熨斗をつけて買つてやらう。ハイハイハイ』 と馬をいましめ乍ら坂道を下り行く。 春公はヤツと胸を撫で下ろし、 春公『アーア、ドテライ奴が、やつて来よつて、ビツクリ虫が飛出し、肝玉が洋行する処だつた。睾玉の奴、俺にこたへもなしに何処かへ消滅して了ひよつたな』 雪公『俺も睾丸の所在が分らなくなつて了つた。一方の睾丸は婆なり、一方は娘だ。何処へ取り逃がしたか残念な事をしたワイ。折角テームス峠でピツタリ出会ひ乍ら、日頃の元気は何処へやら睾丸の奴三十六計の奥の手を出して、何処かへ姿をかくすものだから、此雪公さまも手の出しやうが無く、殆どゆき詰りだ。オイ紅葉、貴様の睾丸は大丈夫かな』 紅葉『大丈夫だ。よつぽど俺とは利口なと見えるワイ。俺の金助は矢張り君子だなア。危きに近よらずと云つて逸早く飛行船へ乗つて天国へ避難しよつたらしいワイ。アハヽヽヽ』 雪公『あれこそ、本当の蜈蚣姫、小糸姫に違ひないのう。然し乍らどこともなしに威厳が備はり面を向ける事も出来ないやうな神力が輝いて居るので、一目見るなりギヨツとしたよ。到底俺等の手にあふ代物ぢやないワ。然し乍ら俺の天眼通はヤツパリ的中しただらう』 春公『コラコラ、これ限り何も云うてはならないぞ。肝腎の目的物を見す見す取逃したのだから、こんな事が見付かつたら忽ち罷の字と免の字だ。只今限り沈黙を厳命する』 雪公『アハヽヽヽ、日頃の業託に似ず、何奴も此奴も猫に出会うた鼠の様なスタイルで其態つたら見られたものぢやないわ。大黒主様もこんな厄介な代物を抱へて居ちや本当にお気の毒だ。前途が思ひやられるワイ。ウフヽヽヽ』 今迄空を包んで居た淡雲はカラリと晴れて小春の太陽は手厳しく酒に酔うた五人の頭を金槌で叩く様にガンガンと照らさせ給うた。五人は頭を抱へ、ウンウンと呻き乍ら其場に蹲んで了つた。 (大正一一・一〇・二九旧九・一〇北村隆光録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 02 出陣 第二章出陣〔一〇八六〕 バラモン教の神司鬼春別は大教主 大黒主や石生能姫二人の旨を奉戴し 片彦、ランチ二将軍左右の翼となしながら 三千余騎に将としてハルナの都を出発し 陣鐘太鼓を打ちながら法螺貝ブウブウ吹きたてて 旗鼓堂々と三五教イソの館へ進み行く 其勢ひの勇ましさ鬼神も肝を挫がれて 絶え入るばかり思はれぬ軍の司と仕へたる 大足別も同様に釘彦、エールの二将軍 三千余騎に将として旗鼓堂々とウラル教 立籠りたるカルマタの根城をさして攻めて行く 何れ劣らぬ勇士と勇士山野の草木も自ら 靡き伏しつつ虎熊や獅子狼もおしなべて 戦き逃ぐる思ひなり実に勇ましき進軍の 駒の嘶き轡の音蹄の音も戞々と 鬨を作つて攻めて行く実に勇ましき次第なり。 出陣の用意は急速に整うた。大黒主、石生能姫、鬼熊別、雲依別其他の幹部は出陣を見送り成功を祝し、終つてハルナの本城の奥殿に進み入り此処に簡単なる酒宴を催し、鬼熊別は一先づ吾館へ立帰る事となつた。雲依別も亦其日は己が館に帰り、神前に戦勝祈願の祝詞を奏し寝に就いた。 夜は深々と更け渡り、咫尺暗澹として閑寂な気に包まれ、夜嵐吹き荒ぶ丑満の頃迄、大黒主は石生能姫と共に来し方行末の事等語らひ夜を更かしつつあつた。 大黒『あゝあ、吾こそはバラモン教の大教主となつて以来、世の為、道の為にあらゆる艱難辛苦を嘗め尽し、漸くにして月の国に根城を定め、稍安心と思ふ間もなく好事魔多しとやら、三五教、ウラル教の奴輩吾教の隆盛を妬み、今や双方より此本城を攻撃し吾等を亡ぼさむと致す憎くき奴、余りの事に神経過敏となり、夜も碌々に此頃は寝た事もない。せめて石生能姫の優しき言葉を心の頼みとして日夜を送る苦しさ。あゝあ世の中は如何してこれほど災の多きものだらうか。思へば思へば浮世が嫌になつて来たわい。早く大教主の役を伜に継承さして其方と共に山林に隠れ、光風霽月を楽しみ余生を送りたいと思ふ心は山々なれど、伜はあの通り文弱に流れ世間知らずの坊んちやん育ち、実に前途は心細いものだ。何とか致して此苦艱を免るる道はあるまいかな』 とハアハアと吐息をつき悄げ返る。石生能姫は打笑ひ、 石生能姫『ホヽヽヽ旦那様の其お言葉、何とした弱音をお吹き遊ばすのでせう。そんな弱い事で如何して此月の国を背負つて立つ事が出来ませうか。神様は此チツポケな月の国ばかりか、豊葦原の瑞穂国全体をバラモンの教に帰順せしめ、恵みの露をば万民に霑し与へむとの御神慮では御座りませぬか。左様な意志の薄弱な事では月の国さへも保つ事は出来ますまい。チト心を取り直して元気を出して下さいませ。一国の王者たる身を以て妾の如き卑しき女に心魂を蕩かし、偕老同穴を契り給ひし鬼雲姫様、特に内助の功多き奥様をあの通り退隠させ、日夜涙の生活を続けて御座るのを他所にして、旦那様は妾の様な女を弄び給ふは御神慮に叶はぬ事ではありますまいか。それを思へば妾も安き心は厶りませぬ。何卒一日も早く奥様を本城に招き入れ、夫婦睦まじく神業に参加して下さいませ。そして妾の位置を下して婢女となし下されば、御夫婦に対し力限りの忠勤を励む石生能姫の覚悟、何卒許して下さいませ。これが妾の一生の願ひで御座います』 大黒主『ハヽヽヽヽ其方は此大黒主を気が小さいと申すが、あまり其方も気が小さ過ぎるぢやないか。其方が始めて吾と褥を一つにした時、其方は云つたぢやないか。旦那様が妾のやうな不躾なものを斯うして可愛がつて下さるのは実に有難涙にくれますが、然し乍ら奥様の事が気になつて心も心ならず、そればかりが心配だと申したではないか。それ故、永らく連れ添うて共に苦労を致した鬼雲姫を別家させ、其方の希望通りにしてやつたではないか。今となつて左様な事を云つてくれては大黒主も困つてしまふ。俺が許した女房、誰に遠慮は要らぬ。大きな顔をして本城の花となり女王となつて、吾神業を陰に陽に極力助けてくれなくては困つてしまふよ』 石生能姫『旦那様、妾は奥様の事が気にかかると云つたのは勿体ない、奥様を放り出して欲しいと願つたのぢや御座りませぬ。奥様のある旦那様に可愛がられては誠に済まない。奥様に会はす顔がないと云つたまでで御座ります』 大黒主『さうだから其方の心配の種を除くために鬼雲姫を遠ざけたのではないか』 石生能姫『それはチト了簡が違ひませう。何程奥様が遠ざかつて居らつしやいましても妾の心は如何しても済みませぬ。今までよりも一層お気の毒で堪りませぬ。数多の部下や国民には妖女ぢや、鬼女ぢや、謀叛人だと口々に罵られ、如何して之で妾の胸が安まりませう。御推量なさつて下さりませ。貴方は如何しても、口先で私を愛して下さるが、本当の妾の心を汲みとつて下さらぬ故、つまり妾を苦しめ憎み給ふ事となるので厶ります』 と袖を顔にあてサメザメと泣き沈む。 大黒主『其方の云ふ事ならば何一つ背いた事はないぢやないか。今日も今日とて鬼熊別の如き教の道の妨害になる、蟄居を命じてある男を俺に相談もせず代理権を執行すると申して、人もあらうにあれほど俺の嫌ひの鬼熊別を左守に任じ城内の権を一任したではないか。俺にとつては天下の一大事、承諾致す限りではなけれども、其方の言ひ分をたて、其方の機嫌を損じまいと憤りを抑へて辛抱をしてるではないか。万一此国が外教の手におちる様の事あらば、俺は到底此処に安心して居ることは出来ない。吾等にとつての一大事を忍んで居るのも其方が可愛いばつかりだ』 石生能姫『あの鬼熊別は貴方の目からは、それ程悪い人と見えますか。貴方はお人がよいから悪人輩の讒言を一々御採用遊ばし智者賢者の言を用ひ給はず。あれほどバラモン教を思つて厶る神司は何処に厶りませう。それは貴方の一大事、又私の一大事に関する事、さう易々と少しの感情や気まぐれ位に、そんな大事がきめられますか。何卒心の雲を取り払ひ、正しく鬼熊別の心を汲みとつてやつて下さいませ』 大黒主『さう聞けばさうかも知れないが、鬼熊別の女房は到頭三五教に寝返りをうち、娘の小糸姫も矢張り三五の道の立派な宣伝使となつてバラモン教の畑を蚕食し、色々雑多と道の妨害を致す奴、ハルナの都の内幕は何も彼も三五教に知れ渡つて居るのも、側近く仕ふる者の中に内通するものがなくてはならぬ。若し内通するものありとすれば、鬼春別の言葉の如く鬼熊別の外にはない道理、石生能姫、其方は之でも鬼熊別を信用致すか』 石生能姫『そりや貴方お考へ違ひでせう。あの方に限つて左様な卑しい根性をお有ち遊ばす道理は厶りませぬ。人を疑へば何処までも限りのないもの、人の善悪正邪は神様が直接にお審き遊ばしませう。仮令貴方は神の代表者としても矢張り人間の肉体を有つた神様、如何して人の心の善悪正邪が判りませう。一切の心の雲霧を払拭し惟神の心に立ち帰り、胸に手をあててお考へ遊ばしたらチツと御合点が参りませう。もしも鬼熊別さまに左様な野心がありとすれば、あれだけ国民の信用を一身に担うたお方、どんな事でも出来ませう。貴方は兵馬の権を握つておいで遊ばす故、国王とも大教主とも仰いでゐるものの、人心は既に離れて居りますよ。髭の塵を払ふものばかりお側に近寄つて貴方を益々深い淵に陥れるものばかり、本当に貴方の力になる誠の者は此沢山な御家来の内、妾の公平なる目より見れば鬼熊別様より外に只の一人もありませぬ。何卒一時も早く鬼熊別と胸襟を開いてお道の為、国の為、最善の力をお尽し遊ばす様に石生能姫が真心をこめてお願ひ致します』 大黒主は石生能姫の云ふ事ならば一旦は拒んで見ても、徹底的に排除する事は恋の弱味で出来なかつた。大黒主は遂に我を折つて、 大黒主『それなら鬼熊別の身の上は其方に任す。随分気を付けて彼に謀られぬ様、此方のために力を尽すやうに云ひ聞かしてくれ』 石生能姫『早速の御承知、石生能姫満足致します。左様ならば明日早朝妾より彼が館を訪ね充分に其意中を探り果して善人ならば日々登場を命じ旦那様の相談柱と致しますなり、もしも心に針を包む様な形跡が鵜の毛の露程でもありますなら、それこそ断乎たる処置を執らねばなりますまい。それなら明日の早朝鬼熊別の館に参りますから御承知を願つておきます』 大黒主『其方が態々行かないでも此処へ呼び寄せて調べたら如何だ。女と云ふものはさう易々と門を跨げるものではない』 石生能姫『オホヽヽヽ旦那様の今のお言葉、今日の女は、社交界の花と謳はれねば女ではありませぬ。夫の成功は凡て女の社交の上手下手にあるもので厶います。妾が鬼熊別の屋敷へ参つたとて、決して旦那様のお顔にかかはる様な汚れた事は致しませぬから、そこは御安心下さいまして、鬼熊別の真の精神をトコトン探らして下さいませ』 大黒主『それなら何事も其方に一任する。明日は早朝よりソツと余り人に判らぬやうに彼の館に訪ね行き篤と心中を見届けてくれ。サア夜も大分に更けたやうだ。就寝致さうか』 石生能姫『はい』 と答へて石生能姫は寝具をのべ、夫婦は茲に漸く久し振りで心を落着け、安々と寝に就いた。 (大正一一・一一・一旧九・一三北村隆光録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 11 三途館 第一一章三途館〔一〇九五〕 四面寂寥として虫の声もなく際限もなき枯野原を 形容し難き魔の風に吹かれながらに進み行く。 道の片方の真赤な血の流れたやうな方形の岩に腰打掛け、息を休めてゐる一人の男がある。そこへ『ホーイホーイ』と怪しき声を張上げながら、杖を力にトボトボと足許覚束なげにやつて来る七八人の男、何れの顔を見ても、皆土の如く青白く、頭に三角の霊衣を戴いてゐる。之は言はずと知れた幽界の旅をしてゐる亡者の一団であつた。先に腰打掛けて休んでゐたのは、玉山峠の谷底から、春造に投込まれて気絶したレーブである。後から来るのが、カルを始め七八人のバラモン教の家来であつた。カルは黄金姫に投込まれて気絶し[※第10章でカルは黄金姫ではなくレーブに投げ飛ばされたと記されている。]、其他の亡者は残らずレーブの為にやられた連中ばかりである。 カルはレーブの姿を見て、 カル『ヨー、お早う、お前も矢張こんな所へやつて来たのかなア、附合のいい男だな。死なば諸共死出三途、血の池地獄、針の山、八寒地獄も手を曳いて、十万億土へ参りませう。モウ斯うなつちや現界と違つて、幽界では名誉心も要らねば、財産の必要もない。従つて争ひも怨恨も不必要だ。只恨むらくは、生前にバラモン神様を信じてゐたお神徳で、至幸至楽の天国へやつて貰へるだらうと期待してゐたのが、ガラリと外れて、こんな淋しい枯野ケ原を渉つて行くだけが残念だが、これも仕方がない。サア、レーブさま、一緒に参りませう』 レーブ『ヤア皆さま、お揃ひだなア。カルさまは根つから俺に覚えがないが、はたの御連中は残らず俺が冥途の旅をさしてやつたやうなものだ。併し俺はまだ死んではゐないのだから、亡者扱ひは御免だ。千引の岩の上に於て激戦苦闘をつづけた英雄豪傑のレーブさまが、年の若いのに今頃死んで堪るかい。此レーブさまには生きたる神の御守護があるから、メツタに死んでる気遣はないのだ。お前達は甘いことをいつて、俺を冥途へ引張りに来よつたのだな。扨ても扨ても肚の悪い男だ、モウいいかげんに娑婆の妄執を晴らさないか。斯様な所へふみ迷うて来ると結構な天国へ行かれないぞ。南無カル頓生菩提、願はくば天国へ救はせ給へ。惟神霊幸倍坐世』 と手を合す。 カル『オイ、レーブ、貴様何呆けてゐるのだ。ここは娑婆ぢやないぞ。幽冥界の門口、枯野ケ原の真中だ。サア之から前進しよう。何れいろいろの鬼が出て来て、何とか彼とか難題を吹つかけるかも知れないが、それも自業自得だ、各自に心に覚えがあることだから何が出ても仕方がない。皆俺たちが心の中に造つた御親類筋の鬼に責められるのだから、諦めるより道はなからうぞ』 レーブ『ハヽヽヽヽ亡者の癖に、何を吐すのだ。気楽さうに、青、赤、黒の鬼が鉄棒を持つてやつて来たら、貴様それこそ肝玉を潰して、目を眩かし、二度目の幽界旅行をやらねばならなくなるぞ。此レーブさまは何と云つても死んだ覚えはない』 カル『マアどうでも可いワ。行くとこ迄行つてみれば、死んでゐるか生きてるか、能く分るのだからなア』 斯く話す折しも、枯草の中から忽然として現はれた、仁王の荒削りみたやうな、真赤の角を生した裸鬼、虎の皮の褌をグツと締め、蒼白い牡牛のやうな角、額から二本突き出しながら、 鬼『オイ亡者共』 と大喝一声した。レーブは初めて、自分が冥途へ来てゐるのだなア……と合点した。されど自分は誠の神様のお道を伝ふる真最中に死んだのだから、決して斯様な鬼に迫害されたり虐げらるるものではない。善言美詞の言霊さへ使へば即座に消滅するものだと固く信じて、外の亡者のやうに左程に驚きもせず、平然として鬼共の顔を打眺めてゐた。鬼はレーブ、カルの二人に一寸会釈して、比較的優しい顔で、 鬼『エー御両人様、貴方等は之から私が御案内しますから、三途の川の岸まで来て下さい。外の奴等は……オイ黒赤両鬼に従つて、此処を右に取つて行くがよからう。サア行けツ』 と疣々だらけの鉄棒を持つて追つかける様にする、八人の亡者はシホシホと赤黒の鬼に引かれて茫々たる枯野ケ原の彼方に消え去つた。 青鬼はレーブ、カルを送つて、漸くに水音淙々と鳴り響いてゐる広き川辺に到着した。川辺には何とも知れぬ綺麗な黄金造りの小ざつぱりとした一軒家が立つてゐる。青鬼は鉄門をガラリとあけ、中に這入つて、 青鬼『只今、娑婆の亡者を二人送つて来ました。どうぞ受取り下さいませ』 と叮嚀に挨拶してゐる。レーブ、カルは互に顔を見合せ、小声で、 レーブ『オイ、コリヤ怪体な事になつて来たぢやないか。此大川を渡れといはれたら、それこそ大変だぞ。今鬼が……二人の亡者を送つて来ました、受取つて下さい………なんて言つてるぢやないか。一寸見ても強さうな小面憎い鬼が、あれ丈叮嚀に挨拶してるのだから、余程強い大鬼が此処に居るに違ひないぞ。今の間に元の道へ逃げ出さうかなア』 カル『逃げ出すと云つたつて、地理も分らず、何一つ障碍物がない此枯野原、直に見つかつて了ふワ。それよりも神妙にして甘く交渉を遂げ、よい所へやつて貰ふ方が何程得かも知れないぞ』 かく話す時しも、青鬼は二人に向ひ、叮嚀に頭をピヨコピヨコ下げて、 青鬼『私は之からお暇を申します。館の主人さまに何も彼も一伍一什申上げておきましたから、どうぞ御勝手に入つて、悠くりお話をなさいませ』 と云ひながら大股にまたげて、鉄棒を軽さうに打振り打振り元来た道へ引返すのであつた。 後に二人は怪訝な顔しながら、 レーブ『オイ、如何やら此処は三途の川らしいぞ、何と妙な川ぢやないか。三段に波が別れて流れてゐる。まるで縦に流れてゐるのか、横に流れてゐるのか見当が取れぬやうな川だのう』 カル『オイ、そんな川所かい、此館はキツと三途川原の鬼婆の番所かも分らぬぞ。ここで俺達はサツパリ着物を剥がれて了ふのだ。さうすればこれから前途は追々冬空に向くのに赤裸になつて、八寒地獄に旅立といふ悲劇の幕がおりるかも知れぬぞ。困つたことが出来たものだなア』 かく話す所へ館の戸を押開いて現はれて来たのは十二三才の美しい娘であつた。 レーブ『ヤア偉い見当違をしてゐたワイ。三途の川の脱衣婆アといへば、エグつたらしい顔をした、人でも喰ひさうな餓鬼が控へてゐるかと思へば、まだ十二三才の肩揚の取れぬ少女が而も二人、優しい顔して出て来るぢやないか。矢張現界とは凡てのことが逆様だといふから、現界の所謂小娘が幽界の婆アかも知れぬぞ。娘と云つたら幽界では婆アのことだらう。婆アと云つたら幽界では少女のことだらう。娘と云つたら……』 カル『コリヤコリヤ同んなじことばかり、何をグヅグヅ言つてるのだい。娘が聞いたら態が悪いぞ』 レーブ『余りの不思議で、ツイあんな事が言へたのだ』 二人の少女は叮嚀に手をつかへ、 少女『あなたはレーブさまにカルさまで厶いますか。サアどうぞお姫さまが最前からお待兼で厶います。お弁当の用意もして厶いますから、どうぞトツクリとお休みの上お食り下さいませ』 レーブ『イヤア、洒落てけつかるワイ、さうすると矢張ここは現界だな。此風景のよい川端でどこの奴か知らねども沢山のおチヨボをおきやがつて、茶代をねだつたり御馳走を拵へて高く代価を請求し、剥取りをしやがるのだな。オイ気を付けぬと着物位ならいいが、魂まで女に抜取られて了ふかも知れぬぞ。鬼婆よりも何よりも恐ろしいのは美しい女だからなア』 少女『モシモシお客さま、そんな心配は要りませぬ、どうぞ早くお入り下さいませ』 カル『ヤツパリ夢だつたかいな。ネツからとんと合点がゆかぬやうになつて来たワイ。どこともなしに娑婆臭くなつて来たぞ』 レーブ『それだから、貴様が亡者気分になつてゐやがつた時から、俺はキツト死んでゐるのぢやないと言つただらう。兎も角警戒して女に魂を抜かれぬやうに入つて見ようかい。併し此家を見るだけでも大変値打があるぞ。屋根も瓦も壁もどこも黄金造りぢやないか。こんな所に居るナイスはキツト世間離れのした高尚な優美な頗る……に違ひない』 といひながら少女に引かれて二人は閾を跨げた。外から見れば金光燦爛たる此館、中へ入つてみれば、荒壁が落ちて骨を剥きだし、まるで乞食小屋のやうである。そして其むさ苦しいこと、異様の臭気がすること、お話にならぬ。二人は案に相違し、思はず知らず、 カル、レーブ『ヤア此奴ア堪らぬ、エライ化家だなア。こんな所にゐやがる奴ア、どうで碌なものぢやあるまいぞ。オイ気を付けぬと虱が足へ這上るぞ、エーエ気分の悪いことだ』 と口々に咳いてゐる。破れた襖障子をパツとあけて奥からやつて来たのは、こはそもいかに、汚い座敷に似合はぬ、立派な衣裳を着した妙齢の美人、襠姿の儘、破れた畳の上を惜気もなく引きずりながら、現はれ来り、 女『あゝ、これはこれはお二人様、待つて居りました。大変早うお越しで厶いましたなア。奥に御馳走が拵へてありますから、一つ召上つて下さい』 と打解けた言ひぶりである。レーブは合点ゆかず、家の中をキヨロキヨロ見上げ見下し、隅々迄も見廻しながら、 レーブ『何と隅から隅迄完全無欠なムサ苦しい家だなア、何程山海の珍味でも、此光景を眺めては、喉へは通りませぬワイ。コレコレお女中、一体此処は何といふ所ですか』 女『ここは冥途の三途の川といふ所で厶いますよ』 レーブ『さうすると矢張私は亡者になつたのかいなア』 女『ホヽヽヽヽ亡者といへば亡者、生きてゐるといへば少し息が通うてゐる。三十万年後の二十世紀の人間の様な者だ。半死半せう泥棒とはお前さまのことですよ。私は三途川の有名な鬼婆で、辞職の出来ぬ終身官だよ。ホツホヽヽ』 レーブ『オイオイ馬鹿にすない、そんな鬼婆があつてたまるかい、年は二八か二九からぬ、花の顔容月の眉、珂雪の白歯、玲瓏玉の如き其肌の具合、如何して之が鬼婆と思へるものか、あんまり揶揄ふものではありませぬぞ、お前さまは丁度二十一世紀のハイカラ女の様なことを言ふぢやないか。こんな娘が婆アとはどこで算用が違うたのだらうなア』 女『ホヽヽ訳の分らぬ男だこと、百年目に二三年づつ人の寿命が縮まつてゆくのだから、二十一世紀の末になると、十七八才になれば大変な古婆だよ。モ三歳になると夫婦の道を悟るやうになるのだから……お前さまも余程頭が古いね』 カル『さうすると、ここは二十一世紀の幽界の三途の川だな』 女『三途の川は何万年経つても、決して変るものではない。此婆アだつて、何時迄も年も老らず、いはば三途の川のコゲつきだ。サア早く奥へ来て、饂飩でも喰べたがよからうぞや。大分に玉山峠で活動して腹がすいてゐるだらう』 レーブ『それなら兎も角も奥へ通して貰はう。オイ、カル、俺一人では何だか気分が悪い、貴様もついて来い』 カル『ヨシヨシ従いて行かう、此女はバの字とケの字に違ひないから油断をすな。そして一歩々々探り探りにゆかぬと、陥穽でも拵へてあつたら大変だぞ。亡者でも矢張命が惜しいからなア』 と云ひながら美人の後に従いて行く。奥の間かと思へば草莽々と生えきつた川の堤であつた。其向方を三途の川が滔々とウネリを立てて白い泡を所々に吐きながら悠々と流れてゐる。 レーブ『コレコレ婆アさまとやら、お前の所の奥の間といふのは、こんな野つ原か。矢張冥途といふ所は娑婆とは趣が違ふものだなア。娘を婆と云つたり、野原を奥と言つたり、サツパリ裏表だ。なア、カル公、ますます怪しくなつたぢやないか』 女『ここはお前さまの仰有る通り野ツ原だ、奥の間といふのは次の家だ。此向方に立派な奥の間が建つてゐるから、そこへ案内を致しませう』 レーブ『又外から見れば、金殿玉楼、中へ入つて見れば乞食小屋といふやうなお館へ御案内下さるのですかなア。イヤもうこれで結構で厶います』 カル『何で又これ丈外に金をかけて、立派な家を建てながら、中はこんなにムサ苦しいのだらう。なアお婆アさま、コラ一体何か意味があるだらうな』 女『ここは三途の川の現界部だから、こんな家が建ててあるのだ。現界の奴は表面計り立派にして、人の目に見えぬ所は皆こんなものだ。口先は立派なことを言ふが、心の中は丁度此家の中見るやうなものですよ。私だつて斯んなナイスに粉飾してるが、此家と同様で肝腎要の腹の中は本当に汚いものだよ。お前さまもバラモン教だとか、三五教だとかのレツテルを被つて、宣伝だとか万伝だとか言つて歩いてゐただらう、腐つた肉に宣伝使服を着けて糞や小便をそこら中持ち歩いて、神様をだしに、物の分らぬ婆嬶に随喜渇仰の涙をこぼさしてゐたのだらう。私も此着物を一つ剥いたら、二目と見られぬ鬼婆アだよ。白粉を塗り口紅をさし白髪に黒ンボを塗り、身体中に蝋の油をすり込んで、こんなよい肉付にみせてゐるが、一遍少し熱い湯の中へでも這入らうものなら見られた態ぢやない。サア是から本当の家の中へ伴れて行つてあげよう。イヤ奥の間へつれて行きませう』 レーブ『何と合点のいかぬことをいふ娘婆アさまぢやなア。何だか気味が悪くなつて来た。斯う言はれると自分等の腹の中を浄玻璃の鏡で照らされたやうな気分になつて来たワイ。のうカル公』 カル『さうだな、丸切り現代の貴勝族の生活の様だなア。外から見れば刹帝利か浄行か何か貴い方が住んでゐるお館のやうだが、中へ這入つてみると、毘舎よりも首陀よりも幾層倍劣つた旃陀羅の住家の様だのう』 女『せんだら万だら言はずと早く此方アへ来なされよ。サア此処が神界の人の住む館だ、かういふ家に住居をするやうにならぬとあきませぬぞや』 レーブ『どこに家があるのだい、野原計りぢやないか。向ふには川が滔々と流れてる計りで、家らしいものは一つもないぢやないか』 カル『オイ、レーブ、貴様余程悟りの悪い奴ぢやなア。神界の家といつたら娑婆のやうな木や石や竹で畳んだ家ぢやない、際限もなき此宇宙間を称して神界の家と云ふのだ』 レーブ『こんな家に住んで居つたら、それでも雨露を凌ぐ事が出来ぬぢやないか。神界の家といふのは所謂乞食の家だな。何がそんな家が結構だい。貴様こそ訳の分らぬことを言ふぢやないか』 女『コレコレお二人さま、何をグヅグヅいつてらつしやるのだ、此家が見えませぬか。水晶の屋根、水晶の柱、何もかも一切万事、器具の端に至る迄水晶で拵へてあるのだから、お前さまの曇つた眼力では見えませうまい。私の体だつて神界へ這入れば、これ此通り、見えますまいがな』 と俄に透き通つて了つた。 レーブ『目は開いてゐるが家の所在が一寸も分らぬ、これでは盲も同然だ。何程結構でも家の分らぬやうな所へやつて来て、水晶の柱へでもブツカツたら、大変だから、ヤツパリ俺は、最前の現界の家の方が何程よいか分らぬわ。コレコレ娘婆アさま、どこへ行つたのだい。お前の姿丈なつと見せてくれないか』 耳のはたに女の声、 女『ホヽヽ何とまア不自由な明盲だこと、モ少し霊を水晶に研きなさい。そしたら此立派な水晶の館が明瞭と見えます』 レーブ『どうしても見えないから、一つ手を引いて案内して下さいな』 女『それなら案内して上げませう』 と言ひながら、水晶の表戸をガラガラガラと音をさせて開けた。 カル、レーブ『ヤア顔は見えぬが、確に戸のあいた音だ』 といひながら二人は手をつなぎ、レーブは女に手を引かれて、水晶の館に這入つて了つた。 レーブ『何だ家の内か家の外か、ヤツパリ見当が取れぬぢやないか。アイタタ、とうとう頭をうつた、ヤツパリ家の内と見えるワイ、コレコレ娘婆アさま、こんな所に居るのはモウ嫌だ。モ一遍手を引張つて出して下さいな』 女『お前さま等二人勝手に出なさい。這入つたものが出られぬといふ筈がない』 カル『何とマア意地の悪い女だなア。そんなことを言はずに一寸の手間ぢやないか、出口を教へて下さいな』 女『お前さまの身魂さへ研けたら、出口は明瞭分りますよ。自然に霊の研ける迄、千年でも万年でもここに坐つてゐなさい、こんな綺麗な所はありませぬからなア』 レーブ『余り汚い霊が水晶の館へ入つたものだから、とうとう神徳敗けをしてしまつて、出口が分らなくなつて了つた。エヽ構ふこたない、盲でさへ一人道中をする世の中だ。頭を打たぬ様に手で空をかきながら、出られる所へ出ようぢやないか』 カル『さうだな、なんぼ広い家だつて、さう大きうはあるまい。小口から撫で廻したら出口はあるだらう。本当に盲よりひどいぢやないか。外が見えて居りながら出られぬとは、何うした因果なことだらう。コラ大方あの娘婆アの計略にかかつてこんな所へ入れられたのかも知れぬぞ……ヤア同じ女が沢山に映り出した。ハハア此奴ア鏡で作つた家だ、一つの影が彼方へ反射し、此方へ反射し、沢山に見え出しよつたのだ。ヨーヨー俺達の姿も四方八方に映つてるぢやないか、此奴ア閉口だ。コレ娘婆アさま、そんな意地の悪いことを言はずに出して下さいな』 女『ホヽヽ娑婆亡者とはお前のことだ。それならモウ好い加減に出して上げませう、折角の水晶の館が汚れて曇つて了ふと、あとの掃除に此婆アも困るから』 と云ひながら、二人の手をつないで、外へ出した手を引張つてくれた感覚はするが、声が聞えるばかりで、少しも姿は見えなかつた。 女『サア此処が外だ。モウ安心しなさい』 レーブ『ヤア有難う、おかげで助かりました。ヤアお婆アさま、そこに居つたのか』 女『サア之から幽界の館を案内しませう、私について来るのだよ』 レーブ『神界現界の立派なお家を拝見したのだから、幽界も矢張序に見せて貰はうか。のうカル公』 カル『定つた事だ。ここ迄やつて来て幽界丈見なくては帰んで嬶アに土産がないワイ』 女『ホヽヽお前さま達、帰なうと云つても、モウ斯う冥途へ来た上は、メツタに帰ることが出来ませぬぞや、ここは三途の川の渡場だ。それ、ここに汚い藁小屋がある、これが幽界のお館だ』 と言ひながら俄に白髪の婆アになつて了つた。 レーブ『ヤア、カル公、あの娘は本当の婆アになりよつたぞ。いやらしい顔をしてゐるぢやねえか』 婆『いやらしいのは当然だ。亡者の皮を剥ぐ脱衣婆アだから、サアこれからお前さまの衣をはがすのだ』 カル『エヽ洒落ない、なんだ此小つぽけな雪隠小屋のやうな家を見つけやがつて、モウ俺は止めた。矢張現界の家の方へ行つて休まう』 と踵を返さうとすれば、婆アはグツと両の手で二人の首筋を掴んだ。二人はゾツとして、 カル、レーブ『オイ婆アさま、離した離した、こらへてくれ、こらへてくれ』 婆『何と云つても離さない。ここは幽界の関所だから、お前を赤裸にして、地獄へ追ひやらねばならぬのだ。此三途の川には神界へ行く途と、現界へ行く途と、幽界へ行く途と三筋あるから、それで三途の川といふのだよ。伊弉諾尊様が黄泉国からお帰りなさつた時御禊をなさつたのも此川だよ。上つ瀬は瀬強し、下つ瀬は瀬弱し、中つ瀬に下り立ちて、水底に打ちかづきて御禊し給ひし時に生りませる神の名は大事忍男神といふことがある。それあの通り、川の瀬が三段になつてるだろ。真中を渡る霊は神界へ行くなり、あの下の緩い瀬を渡る代物は幽界へ行くなり、上の烈しい瀬を渡る者は現界に行くのだ。三途の川とも天の安河とも称へるのだから、お前の霊の善悪を検める関所だ。サアお前はどこを通る心算だ。真中の瀬はあゝ見えてゐても余程深いぞ。グヅグヅしてると、沈没して了ふなり、下の瀬の緩い瀬を渡れば渡りよいが其代りに幽界へ行かねばならず、どちらへ行くかな。モ一度娑婆へ行きたくば上つ瀬を渡つたがよからうぞや』 レーブ『何程瀬が緩いと云つても幽界の地獄へ行くのは御免だ。折角ここまでやつて来て現界へ後戻りするのも気が利かない。三五教に退却の二字はないのだから……併しカルの奴、マ一度現界へ帰りたくば婆アさまの言ふ通り、あの瀬をバサンバサンと渡つてみい。俺はどうしても神界行だ、虎穴に入らずんば虎児を得ずといふから、一つ運を天に任し、俺は神界旅行に決めた。時に途中で別れた連中はどこへ行つたのだらうか、婆アさま、お前知つてるだらうな』 婆『あいつかい、あいつは一途の川を渡つて、八万地獄へ真逆様に落ちよつたのだよ』 カル『一途の川とは今聞き始めだ。どうしてマア彼奴等はそんな所へ連れて行かれよつたのだらう』 婆『一途の川といふのは、善一途を立てたものか、悪一途を立てた者の通る川だ。善一途の者はすぐに都率天まで上るなり、悪一途の奴は渡しを渡るが最後八万地獄に落ちる代物だ、本当に可哀相なものだよ。カルの部下となつてゐたあの八人は今頃はエライ制敗を受けてるだらう。それを思へば此婆アも可哀相でも気の毒でも何でもないわい。オホヽヽヽ』 カル『コリヤ鬼婆、俺の部下がそんな所へ行つているのに、何だ気味がよささうに、其笑ひ態は…貴様こそよい悪垂婆だ。何故一途の川をこんな婆が渡らぬのだらうかな、のうレーブ』 婆『何れ幽界の関所を守るやうな婆に慈悲ぢやの情ぢやの同情などあつて堪るかい、悪人だから三途の川の渡守をしてゐるのだ。善人が来れば直に最前のやうな娘になり、現界の奴が来れば上皮だけ綺麗な中面の汚い娘に化ける。悪人が来ればこんな恐ろしい婆になるのだ。約りここへ来る奴の心次第に化ける婆アだよ』 レーブ『それなら俺はまだ一途の川へ鬼が引張つて行きよらなんだ丈、どつかに見込があるのだな。ヨシヨシそれなら一つ奮発して神界旅行と出かけよう。オイ、カル、貴様も俺について中つ瀬を渡れ』 カル『ヨシ、どこ迄もお前とならば道伴れにならう』 両人『イヤお婆アさま、大変なお邪魔を致しました。御縁があつたら又お目にかかりませう、左様なら、まめで、御無事で、御達者で……ないやうに、早くくたばりなされ、オホヽヽヽ』 婆『コリヤ貴様は霊界へ来てまで不心得な、悪垂口を叩くか、神界へ行くと云つても、やらしはせぬぞ』 と茨の杖を振り上げて追つかけ来る其凄じさ。二人はザンブと計り中つ瀬に飛込み、一生懸命抜手を切つて、あなたの岸に漸く泳ぎついた。 (大正一一・一一・二旧九・一四松村真澄録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 13 試の果実 第一三章試の果実〔一〇九七〕 芳香薫じ花匂ひ蝶舞ひ小鳥は謳ひ 地は一面に花毛氈空地もなしに敷きつめし 極楽浄土の光景を眺めて通る頼もしさ 紺碧の雲ただよへる空に日月相並び 其光彩は七色に輝き渡り暑からず 又寒からず其気候中和を得たる真中を カルとレーブの両人は足に任せて進み行く 浄土の旅と云ひながら少しく足は疲れ来て 腹は空虚を訴へつ五体の勇気は何時しかに 衰へ来りて道の辺にドツカと坐して息休め 天国浄土の旅路にも娑婆の世界と異ならず 饑渇のなやみあるものか神の御諭に説かれたる 楽中苦あり苦中亦楽しみありとの御教は 今目のあたり実現しとても天地は苦と楽の 互に往き交ふものなるか至喜と至楽の境遇は 神と云へども得られないこれが天地の真相か あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 苦楽の道をほどほどにまくばり与へ吾々を 安く守らせ給へよと心に深く念じつつ 道の傍に座を占めて大空仰ぎ地に伏して 悔悟の涙にくれにける。 かかる処へ五色の薄絹をしとやかに着流したる妙齢の美人、忽然として現はれ、両手に二個の美はしき名の知れぬ果物を携へ二人に向ひ声も静かに、 女『貴方はレーブ、カルの御両人様で厶いませう。貴方は三途の川を渡つてから早已に一万里の道程を徒歩して、お出でになりましたのだから、嘸お腹が空いたでせう。妾は都率天より月照彦神様の命を奉じ、ここに現はれたもので、生魂姫命と申します。此果実は、貴方の飲食に授けたいと存じまして態々ここ迄持ち参りました。何卒食つて下さい』 レーブは、 レーブ『ハツ』 と頭を下げ、 レーブ『宏大無辺の神様のお慈悲、美はしき花は道の両側に咲き匂うて居りますれど果実は一つもなく、飢に迫つて両人が苦しみ悶え、もはや一歩も行かれませぬので、ここで休んで居りました。天道は人を殺さずとやら、実に有難う存じます』 カル『お礼の申様もなき有難き、その仰せ、慎んで頂戴致します』 と両手を拡げて早くも体を前へつき出す。 女神『此果物は都率天より下されしもの、二つに割つて食ふわけには行きませぬ。一つの方は、足魂と云ふ果物、一つは玉都売魂と云ふ果物で厶います。かう見た処では色も香も容積も同じやうに見えて居りますが、此足魂の実は得も云はれぬ甘い汁を含み、五臓六腑を爽かに致し、此実を食へば五年や十年は腹の空かぬ重宝なもので厶ります。又玉都売魂の果物の方は僅かに飢を凌ぐ事は出来ますが、石瓦の如く固く味も悪く苦い汁が出て参ります。然し乍ら空腹を凌ぐ丈は、どうなと出来ますから、何れか一個づつ進ぜたう厶います。レーブ、カルの両人様、お心に叶うたのをお食り下さいませ』 レーブ『ハイ、有難う厶います。それなら私は玉都売魂の果実を頂きます。足魂の果実は何卒カルに与へて下さいませ』 カル『もし女神様、私が玉都売魂の果物を頂きますから、何卒レーブに足魂の果実を授けてやつて下さいませ』 女神『オホヽヽヽ何方も揃ひも揃うて此苦いまづい固い果実がお好きで厶いますなア』 レーブ『ハイ、嫌ひと云ふ訳は厶いませぬが、甘いと云つても喉三寸を通る間だけ、味ないと云つても其通り、なるべくは己れの欲する処を人に施し、欲せざる処は人に施すなとのお諭を守つて居ります吾々、どうしてカルに味ないものを廻す事が出来ませうか』 カル『私も実はレーブと同様の意見で厶います』 女神『オホヽヽヽ、何とまア、偉い偽善者ですこと。貴方は神のお諭によつて、そんな善い心になれたのですな。それでは、まだ駄目です。天然自然惟神の心から起つた誠でないと駄目ですよ。自分は味ないものを辛抱して食ひ、人に甘いものを与へ、大変な善を行つたと云ふやうなお心のある間は、矢張真の善心ではありますまい。左様な虚偽的善事を行ひ、其酬いによつて天国浄土に行かうと云ふ矢張野心があるのでせう。何故本能を発揮して赤裸々に自分の好みを請求なさらぬのか。まだまだ貴方は表面を飾る心が盛に発動して居ますよ』 レーブ『ヤア、恐れ入りました。腹の底までエツキス光線で見透かれて了ひました。ほんにまだ私には虚偽の精神が、どつかに伏在して居ます。よく御注意を下さいました』 カル『私もレーブと同様の心で厶いました』 女神『それなら今ここで此果実を貴方はどちらをとりますか』 レーブは頭を掻きながら、 レーブ『ハイ、どうも決しかねまする。仰せの通り分ける訳には行かぬのですから、一層のこと、どちらも私は頂きますまい』 女神『天の与ふるを取らざれば災其身に及ぶと云ふ事を貴方は覚えて居りますか』 レーブ『ハイ、それも確に存じて居ります』 女神『それなら何故此果物をお受けなさらぬか』 レーブ『エー、何ともはや善悪邪正の道に踏み迷ひ、どう致してよいか私には合点が参りませぬ』 女神『これカルさま、貴方は如何思ひますか』 カル『ハイ、私は正直に味の良い足魂の方を頂戴致します。レーブさまには気の毒だけど吾々個体たる一人前の魂として持身の責任が厶います。今飢渇に迫る此際、自分の本心の欲求する足魂を頂戴致しませう』 女神『オホヽヽヽ、それならカルさまの欲せざる玉都売魂の果実をレーブさまに与へても宜しいかな。それで貴方は満足しますか』 カル『愈むつかしくなつて来ました。もう斯うなつては何とも申上げやうが厶りませぬ。人間の判断では駄目です。此上は、神様にお任せ致します。貴方が下さるのを頂戴致しませう。決して私の方から好きだの、嫌ひだの、彼是と請求は致しませぬ』 女神『あゝそれでお前さまも初めて神界旅行の資格が出来た。何事も人間の道徳や倫理説では解決がつきますまい。神にお任せなさるが第一だ。サア、カルさま、神様に代つて足魂の果物を貴方に進ぜませう』 カル『天の御恵、有難く頂戴致します』 と女神の手より受取り嬉しげに飛びつくやうにしてガブリガブリと食い始め、 カル『あゝうまい、味が良い、何とした結構な果物だらう』 と頻りに褒めちぎつて瞬く間に平げて了つた。 女神は玉都売魂の果実を忽ち地上に投げ打てば五色の火光発射し、数多の美はしき女神となつて天上に帰り行く。二人は此光景を眺めて思はず知らず手を合せ、伏し拝んでゐる。女神は懐中より又もや足魂の果物をとり出し、 女神『さあ、レーブさま、不公平のないやうに神に代つて生魂姫の此果物を上げませう、直様お食りなさい』 とつき出すを両手を合せて押戴き、 レーブ『あい、有難う』 と嬉し涙をこぼしながら、これも飛びつくやうにして瞬く間に平げて了つた。 今生魂姫の神が大地に投げつけたる玉都売魂の果物より現はれ出でたる数多の女神は一旦天上にかけ上り、再び盛装を凝らし此場に降り来つて生魂姫の四方を囲み、お手車に乗せたまま嚠喨たる音楽の響と共に中空に舞ひ上り、天の羽衣軟風に翻へりつつ虹の如き道を開いて天上に上り行く。後見送つて両人は互に顔を見合はせながら、此解決に又もや心を揉むのであつた。 レーブ『これ、カルさま、大変良い心持になつてきたぢやないか。九死一生の場合に当り斯様な結構な果物を下さつて、これで吾々も生返つたやうな心持になつたぢやないか。九分九厘になつたら神が助けてやらうと仰有るのはここの事だな。それにつけても玉都売魂の果実から、あの様な数多の女神が現はれた処を見ると、あの玉都売魂の果実を頂いたら、どんな結構な事になつたか知れないよ。然し天から与へられないのだから、之も仕方がないわ。神様も皮肉ぢやないか。石、瓦の様な味で苦い汁が出ると仰有つた、あの果実から、あんな美はしい女神が出るとは思はなんだ。これは何かのお諭かも知れないぞ』 カル『何程天国と云つても、やはり苦い目、苦しい目を致さねば、都率天へは上れないと云ふお示しだらうよ。一つの功もたてずに天国だと思つて、よい気になつて、ブラついて居つては本当の栄えと喜びは出て来ない。一時の幸福を充すだけの御神徳ではつまらぬぢやないか。これから一つ心を取直して天国で一働きをやらうぢやないか』 レーブ『あゝさうだなア』 と話しながら又ボツボツと歩み出した。右側の二三十間ばかり下の大道から阿鼻叫喚の声が聞えて来た。二人は期せずしてこれを見下せば、馬車、自動車、人力車、其外種々雑多の人々が往来してゐる。これは現界の人間の生活の有様であつた。よくよく見れば自動車の中には角の生えた鬼や口の耳まで裂けた夜叉の様な女がシガレツトを薫らしながら、意気揚々として大道を吾物顔に走つてゐる。憐れな正直な人間が自動車、馬車に轢き倒されたり或は肉を削がれたり、血を絞られたり、餓鬼となつて重い荷を負ひ、生命からがら往復してゐる。 其惨状は目もあてられぬ許りであつた。さうしてゐると又二三十間右側の大道から阿鼻叫喚の声が聞えて来る。二人は又もや此声の方に身を寄せ走り寄り、足下を見下せばバラモン教のランチ将軍が黄金姫、清照姫に出会し、弓矢を射かけ槍を打振り血刀を揮つて十重二十重に取囲み、二人の命をとらむと息まいて居る。母娘二人は一生懸命に言霊を奏上するや数限りなき狼現はれ来つて、ランチ将軍の率ゐる軍隊に向ひ縦横無尽に荒れ狂ひ噛み倒し、互に血潮を流して争ひ狂ふ光景が歴然と見えて来た。これは幽界の地獄道の真中であつて戦慄すべき惨劇が繰返されて居たのである。 かかる処へ以前の女神何処ともなく現はれ来り、 女神『レーブさま、カルさま、貴方は何か今御覧になりましたか。いや何か高見から御見物をなさいましたか』 レーブ『ハイ、いろいろ雑多の惨劇が目に映りました。吾々は幸ひ斯様な天国へ救はれ神のお諭の如く「高見から見物致さうよりも仕方がないぞ」と云ふ境遇におかれました。これを思へば人間は決して悪い事は出来ませぬなア、何事も神のまにまに任すより、人間としては採るべき手段も厶りませぬ』 女神『カルさま、貴方は此惨状を目撃してどう御考へですか』 カル『ハイ、何とも申上げやうのない可憐想の事と存じます』 女神『国治立大神様は斯くの如き現界幽界の亡者を救はむために三五教をお開き遊ばしたので厶いますな。一掬同情の涙があれば、如何してもこれを看過する事は出来ますまい。貴方の御感想否今後の御採りなさる手段をお伺ひ致し度いもので厶いますなア』 カル『ハイ、私は何事も惟神に任すより道は厶りませぬ。人間がどれほど焦慮つた処で如何する事も出来ませぬから……』 女神『二十世紀の三五教の信者のやうに貴方も余程惟神中毒をして居られますなア。尽すべき手段も尽さず、難を避け易きにつき、吾身の安全を守り、世界人類の苦難を傍観して……到底人力の及ぶ限りでない、何事も惟神に任すより仕方がない……とは実に無責任と云はうか、無能と云はうか、卑怯と云はうか、人畜と申さうか、呆れはてたる其魂、左様な事で如何して衆生済度が出来ませう。お前さま達両人は神の恵によつて高天原の門口へ臨みながら、そんな利己主義の心では局面忽ち一変して八万地獄の底の国へ、たつた今落ちますぞや。今日は他人の事、明日は貴方の事、因果は巡る小車の罪の重荷の置き所、どうして貴方は何時までも、悠々楽々と天国の旅行が続けられませうか。実にお可憐想なお方だなア。少しは貴方の良心に御相談して見なさい。左様な事で、能うまあバラモン教だの、三五教だのと云つて世界を歩けたものですなア。貴方のやうな無慈悲な方には最早これきりお目にはかかりますまい。左様ならば足許に御注意遊ばして御機嫌ようお越しなさいませ』 と云ふかと見れば後は白煙、女神の行衛は見えずなりぬ。 (大正一一・一一・三旧九・一五北村隆光録)
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霊界物語 40_卯_照国別と黄金姫&清照姫母子 15 氷嚢 第一五章氷嚢〔一〇九九〕 照国別の宣伝使仁慈無限の大神の 教を四方に伝へつつ月の都にバラモンの 教を開き世を乱す大黒主の神司を 三五教の御教に言向和し照国の 尊き御代と立直し一切衆生の身魂をば 救はむものと勇み立ち険しき山を打渉り 荒野ケ原を踏み越えて岩彦、照公、梅公の 三人と共にクルスの森進み来りて疲れをば 休むる折しも向ふよりイソの館に攻め上る 鬼春別の一部隊片彦、久米彦両将が 先頭に立ちて進み来る此は一大事と一行は 森の茂みに身をかくし敵の様子を窺へば 大胆不敵の命令を采配振つて号令する それの態度の忌々しさに照国別は木影より 声張りあげて宣伝歌涼しく清く宣りつれば 敵は驚き照国の別の命に四方より 攻めかけ来る猪口才さ無抵抗主義の三五の 教を伝ふる神司善言美詞の言霊に 成るべくならば言向けて悔悟させむと思へども 暴逆無道の敵軍は何の容赦も荒風の 吹きまくる如迫り来る正当防衛と云ひながら 清春山より現はれし岩彦司は杖を振り 縦横無尽に敵軍に阿修羅の如く打込めば 負傷者を残し馬を棄て皆散々に逃げて行く 照国別は敵軍の手傷を負ひて倒れたる 二人の男を介抱し信書を認め清春の 醜の岩窟を守り居るポーロ司を戒めつ イソの館に三五の教の道を学ぶべく 遣はしやりて照、梅の二人と共に駒に乗り 轡を並べてシトシトとテームス山にさしかかる 折から吹き来る凩の風に面を吹かれつつ これぞ尊き神風と勇気日頃に百倍し 蹄の音も戞々と険しき坂を登り行く あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ。 照国別は岩彦の所在を失ひ、彼が行衛を求めて、森の小蔭や薄原隈なく探り、一行は漸くにしてテームス山を登りつめ、頂上の関所に着いた。ここには大黒主の命を奉じて春公、雪公、紅葉他二人が小さな庵を構へて名ばかりの関守をやつてゐる。大酒を煽つては大地に倒れ、風に吹かれ酔醒めの風を引いては熱を出し、手拭で鉢巻をしながら狐の泣き声の様な百日咳に悩んで居る。何奴も此奴もコンコンカンカンの言霊の競争をやつて居た。風の神を追ひ出すのは、磐若湯に限ると云ふので捻鉢巻をしながら、酒の勢で昼夜風の神と競争をやり、薬鑵から熱を出し汗をタラタラと流しながら格闘してゐる真最中であつた。 春公『ウンウン、痛い痛い、風の神の奴、暴威を逞しうしやがつて、此春さまの頭蓋骨を鉄鎚でカンカンと殴りやがるやうな痛さだ。腹の中へは狐でも這入りやがつたと見えて、コンコンと吐すなり、テームス山の関守も中から斯う咳が出ては副守の奴、関守に早変りしやがつたと見える。本当に咳がチツとやソツとぢやない、痰と出やがつた。アハヽヽヽイヒヽヽヽ、痛い痛い、こりや雪公、一つ天眼通で風の神の正体を透視してくれないか』 雪公『あまり酒を喰つて寒風にあたると凍死するものだ。何卒凍死してくれと云つても、俺は凍死ばかりは御免だ。それよりも万劫末代生とほしになりたいからなア』 春公『こりや、貴様も余程訳の分らぬ唐変木だな。俺の云ふ透視と云ふのは、そんな怪体の悪い凍死ぢやないわい。腹の底まで何が憑いて居るか透視してくれと云ふのだ。アイタヽヽヽオイ早く透視せぬかい』 雪公『おれは雪さまだから、あまり雪さまばかりに溺れて居ると凍死する虞があるぞ。貴様の腹の中を一寸見ると大変な腹通しだ。上げる下す、まるで此テームス峠の頂上の関守には持つて来いだ。貴様も生命の大峠が来たのだから、これ迄の因縁と諦めて潔く成仏せい。風声鶴唳にもド肝を冷し微躯付いて居る様な関守では到底生存の価値がない。よい加減に娑婆塞ぎは冥土参りした方が社会の為だからなア』 春公『こりや雪、貴様は何と云ふ冷酷な事を云ふのだ。ド頭をポカンとハル公にしてやるぞ』 雪公『雪と云ふものは火のやうに温かいものでも、熱いものでもない。冷酷なのが当り前だ。冷然として人の病躯を冷笑するのが雪さまの特性だ。然しそれだけ熱があつては貴様も堪るまい。氷嚢の代りに此雪公さまの冷たい尻を貴様の薬鑵頭に載せてやらうか。さうすれば、少しは熱が減退するかも知れないぞ』 春公『斯う熱が高うては仕方がない。貴様の尻で俺の熱が下る事なら臭うても幸抱せうかい』 雪公『よし、時々風が吹くかも知れぬが、前以てお断りを云うておく』 と云ひながら冷たい尻をまくつて春公の頭の上にドツカと載せた。 雪公『おい、随分冷い尻だらう。血も涙もない冷ケツ動物だから……熱病の対症療法には持つて来いだ。実にケツ構な療治法だ、アハヽヽヽ』 春公『こりや、俺の鼻の上に何だか袋を載せたぢやないか。冷いやりするが、怪体な香がするぞ』 雪公『これは豚の氷嚢代理に睾嚢を張り込んでやつたのだ。イヒヽヽヽ』 春公『あゝ苦しい、重たいわい。チツと重量を軽減する様に中腰になつてくれないか』 雪公『雪隠のまたげ穴をふん張つたやうな調子で中心を保つて居るのだから重たい筈はない。熱病と云ふものは頭の重いものだ。おもひおもひにお神徳をとつたが宜からうぞ。(義太夫)あゝ思へば思へば前の世で如何なる事の罪悪を、やつて来たのか知らねども、そりや人間の知らぬ事、現在テームス山の関守を仰せ付けられながら、其職責を完うせず、肝腎要の蜈蚣姫、小糸姫を知つて見逃した其天罰が報い来つて、今ここに臆病風の神様に襲はれたるか、いぢらしやア……悪い事とはしりながら、しりのつぼめが合はぬよな、しり滅裂の報告が、如何してハルナの神館に、鎮まりゐます大黒主に、致されうか……許して下されバラモン天王様、お願ひ申すと計りにて、コンコンコンとせき上げて、苦し涙にくれにける。シヤシヤシヤンシヤンシヤン』 春公『ウンウンウン、こら雪公、そんな気楽な事どこかい。俺や、もう生命のゆきつまりだ。もちとシツカリ尻をあててくれぬかい』 雪公『(義太夫)「ゆきつ、戻りつ、とつおいつ、又もや咳の声すれば、これがお声の聞きをさめと……思へば弱る後が……み……寂滅為楽も近づきて、無情の風は非時に、吹き荒ぶこそ哀れなり、トテチントテチントツトツチン、テンテン」いやもう瀕死の病人に対し応急療法も最早駄目だ。お前の一生も最早けつ末がついた。けつして決して娑婆に執着心を残し、踏み迷うて来てはならぬぞ。大黒主様の御目が届かぬと思うて慢心を致し、神を尻敷きにした天罰で、此清明無垢の雪のやうな身魂の雪さまに尻敷きにしられるのだ。因果応報、罰は覿面、憐れなりける次第なり。エヘヽヽヽ』 紅葉『こりや雪、貴様は俺が最前から聞いて居れば、春公さまに対し親切にして居るのか、不親切にして居るのか、或は介抱するのか、虐待するのか、テンと訳が分らぬぢやないか』 雪公『かうゆきつまつた世の中、訳が分らぬのはあたり前だ。俺はゆきつまつた社会の反映だから、これで普通だよ。親切さうに見せて不親切の奴もあり、善の仮面を被つて悪を行ふ奴もあり、人を助けてやらうと云つて甘くチヨロまかし、其実人は死なうが倒れやうが吾不関焉だ。自分さへ甘い汁を鱈腹吸うて自分が助からうとする奴ばかりだ。こんな悪魔横行の世の中に如何して真面目な事が出来ようか。俺の天眼通だつてその通りだ。当る時もあれば外れる事もある。社会の利益になる事もあれば社会の害毒になる事もある。それだから善悪不二、正邪一如と云ふのだわい。オツホン』 紅葉『人の難儀を見て貴様は平気で居やがるが、本当に怪しからぬ奴ぢやないか』 雪公『貴様何だい、袖手傍観してるぢやないか。貴様こそ本当に友人に対し冷酷な代物だ。大方触らぬ神に祟なしと云ふ猾い考へを持つて俺ばつかりに介抱させ、さうして善だの悪だの親切だの不親切だのと小言を垂れやがるのだな。尻でも喰つたがよいわい。屁なつと吸へ』 紅葉『俺は貴様等の二人の手が塞がつてゐるなり、あと二匹の奴はズブ六に酔ひやがつて役に立たぬなり、仕方がないから貴様の代りに関守を勤めて居るのだ。もしも斯んな処へ三五教の宣伝使が堂々とやつて来よつたら如何するのだ』 雪公『そりや、その時のまた風が吹くわい。春公の風邪ぢやないがコンコンと懇談して関守としてのベストを尽すだけのものだ。これだけ熱が多いと此春公も黒死病になりやせぬか知らぬて、困つたものだ。俺の尻がソロソロ焼けて来だしたぞ。大変な熱だ』 紅葉『おい、あんまり貴様が大きな尻で志士仁人たる春公を圧迫するものだから、如何やら息が絶れたと見え、呼吸が止まつたぢやないか』 雪公『俺は智慧の文珠師利菩薩だ。今朝も文珠師利菩薩が獅子に乗つて、此処を大変な勢で通つたぢやないか。それだから俺も春公の頭に腰掛け、尻からプン珠利菩薩となつて、あらゆる最善の知識を傾けて治療に従事してるのだ。此辛い時節に薬礼も貰はず、これだけ親切に介抱するものが何処にあるかい』 かく話す処へ関所の押戸をポンポンと叩くものがある。紅葉は慌てて戸外に飛び出し仰ぎ見れば照国別一行であつた。 照国『此処はテームス山の大黒主の関所だと聞いて居るが、関守の頭に一寸お目にかかりたい』 紅葉『ハイ、関守の大将は、……実は……今年の今月の始めから……今日今夜に至るまで臆病風を引きましてコンコンとせきをやつて居ますので、生憎こん回はお目にかかる事は出来ますまい』 照国別『それは気の毒な事だ。斯様な峠の吹きはなしでは風も引きませう。吾々が一つ神様にお願ひ致して鎮魂をやつて上げませうかな』 紅葉『エー滅相もない。貴方は三五教の宣伝使、左様なお方に鎮魂とやらをやられましては、サツパリコンと駄目になつて了ひます。何卒こん度に限つてお断わりを申します。サアお通りなさい』 照国別『決して吾々は貴方等がバラモン教の関守だからと云つて、悪くするのではない。よくして上げたいと思ふからだ』 紅葉『何程御こん切に仰有つて下さつても、三五教のお方にお世話になるのは一寸こん難で厶います』 照国別『お前は同僚が九死一生の場合を助けたい事はないのか』 紅葉『晨の紅顔、夕べの白骨、どうで一度は死なねばならぬ人生の行路、夢の浮世で厶いますから、春公も一層の事ここで死んだ方が、彼の為めには好都合かも知れませぬ。親切が却つて無になりますから、何卒鎮魂ばかりは平に御容赦を願ひます』 照国別『何とバラモン教は友人に対してさへも随分冷淡なやり方ですなア。一切衆生に対しては尚更冷酷なと云ふ事は此一事にても看取される、かう云ふ事を聞くと如何してもバラモン教を改造してやらねばなるまい』 紅葉『実は此通り五人の関守が四人まで手抜きが出来ませぬので、困つて居る所で厶います。何卒御存じの通り取り込んで居りますから、御用があれば又明日来て下され』 照国別『アハヽヽヽ、まるで吾々を乞食扱ひにして居よるわい。然し乍ら仮令バラモン教にもせよ、人の困難を見て之を救はずに素通りする事は出来ない。照公さま、梅公さま、お前は奥へ這入つて此処に屁垂つてゐる病人を鎮魂してやつて下さい』 紅葉『メヽヽ滅相な、病人は春公一人で厶います。外の奴は風を引いたといつてもホンの鼻腔加答児をやつただけ、風の神をおつ払ふとてスヤスヤと寝んで居るのですから、何卒お構ひ下さるな』 照公、梅公は委細構はず奥に入り、両方より天の数歌を歌ひあげた。雪公は驚いて春公の頭の上にのせて居た尻をあげ、番小屋の小隅に蹲んで震うて居る。天の数歌を二三回唱へた時、春公はカツカツと大きな咳を二つした。その途端に小さい百足虫が二匹飛んで出た。見る間に五六尺の大百足虫となり一目散にテームス峠を矢の如くに逃げ下り行く。春公は初めて熱もさめ、身体元の如くなり汗を拭きながら、 春公『何れのお方か知りませぬが九死一生の場合、よくまあ助けて下さいまして、誠に有難う厶いました』 と感謝の声と共に不図見あぐれば、三五教の宣伝使照国別一行の三人であつた。春公は生命の親の宣伝使様と喜び勇み、これより四人を後に残し照国別に従つて心の底より悔い改め、案内役として月の御国へ従ひ行く事となつた。 (大正一一・一一・四旧九・一六北村隆光録)