| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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201 (2818) |
霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 02 神柱 | 第二章神柱〔一五七七〕 第二六二 一 わが為に千座を負ひし神柱を 知らぬ顔にて世にあるべきや。 二 御教に叶ひし御子の幸はひは 如何に楽しき生涯なるらむ。 三 悦びて千座を負ひつつ道の為 死に至るまで仕へまつらな。 四 御栄光の珍の冠は千座負ふ 人の頭に被せ玉はむ。 第二六三 一 世の栄誉空しき希望何かあらむ 神の栄光に比べて見れば。 二 わが命道の為には棄つるとも いかで惜しまむ神ゐます国よ。 三 現世の楽しみ栄え悉く 神に捧げて仕へ奉らな。 四 天津国のつきぬ楽しみを身に受けて 永久に栄ゆる魂となるべき。 五 恵より栄光に進み上り行く 天津御国は楽しかるらむ。 六 変り行く世に生れ来て皇神の 恵に浸るは嬉しからずや。 第二六四 一 わが魂を洗ひ清めて永久の 恵をたまへ瑞の大神。 二 わが月日わが所有物も悉く つかはせ玉へ瑞の大神。 三 わが歩み神の御後を慕ひつつ 夜なき国に進む嬉しさ。 四 皇神の珍の力に頼りつつ 悪魔の猛る道を別け行く。 五 皇神の恵を謳ふわが舌は 天の瓊矛の剣なりけり。 六 わが口に清き言葉の訪れを 溢るるばかり充たさせ玉へ。 七 世の宝皆皇神に奉り 魂をあづけて御世を送らむ。 八 わが心神の宝座と選みまして 弥永久に鎮まりませよ。 第二六五 一 雪よりも白く清けく研きませ 神の宮居のわが魂を。 二 諸々の仇を退ひてわが魂を 神の宮居となさしめ玉へ。 三 伏して願ぎ起きては祈る真心を 諾ひたまへ厳の大神。 四 許々多久の罪を清めてわが魂を 弥新しき宮となしませ。 第二六六 一 皇神は生命のもとにましませば 吾等は永久に生きて栄えむ。 二 皇神の御許離れて現世に 立働くも御心なるべき。 三 身も魂も捧げまつりて道のため 世人のために犠牲となれ。 第二六七 一 世の中の波は騒げど御恵の 声は静かに治まりて聞ゆ。 二 家族親族すべてを捨てて御後方に とく従ひぬ神のまにまに。 三 朝夕の起臥さへも御恵の 神の御声は豊に聞ゆる。 四 限りある果敢なき此世の富を棄てて 生命のもとの神に従へ。 五 瑞御魂宣らす言霊喜びて 声のまにまに進み行くなり。 第二六八 一 真心を籠めし祈言短くも 恵の神は聞召すらむ。 二 朝夕に御前に祈り業をなせば いと安らけく進み行くべし。 三 曲りたる人は何とも言はば言へ わが真心は神のみぞ知る。 第二六九 一 人の子の朝な夕なに守るべき 勤めは神に従ふにあり。 二 天地の道に叶ひて皇神の 厳の御楯となるが嬉しき。 三 世のために朝な夕なに勤みて 御旨伝ふる人は神なり。 四 何事も元津御神の御名によりて 祈る言葉に仇花はなし。 五 世の審判近づくとても恐れむや 神の大道を歩む身なれば。 第二七〇 一 わが身魂慰さめ照すものあらじ 只皇神の御声のみなり。 二 われは今瑞の御魂と倶にあり 如何なる枉も襲ふべきかは。 三 いと清き神の光に照らされて 輝きわたる人は聖止なり。 四 厳御霊瑞の御魂の御心に 叶ふ人こそ人の聖止なり。 第二七一 一 千万の仇は絶えせず襲ひ来む 厳しく守れ神の大道を。 二 世の中の戦ひ休む時もなし 神に祈りて安く栄えよ。 三 枉神の戦に勝てば弥益も こころ固めて夢な撓みそ。 四 天津国珍の宮居に進むまで 勇み戦へ言霊をもて。 (大正一二・五・九旧三・二四隆光録) |
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202 (2828) |
霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 12 神教 | 第一二章神教〔一五八七〕 第三六二 一 この年も神の御業の御為に 捧げまつらむ許させたまへ。 二 たとへ身に幸あらずとも世の為に 尽す身魂となさしめたまへ。 三 いとし子の身に幸のあれかしと 祈るは親の心なりけり。 四 明日の日は如何にならむと村肝の 心なやめず今日を楽しめ。 五 御恵の露はわが身におきそひて 神の大道にさきくあれかし。 六 御教の珍の言霊力にて 世に現さむ神の御稜威を。 七 村雲のよしやわが日常を包むとも 忽ち晴れむ神の光りに。 八 安河に誓約たまひしわが主を 偲びまつりて身をや尽さむ。 第三六三 一 世をしらす我皇神の珍の手に 縋れば世には恐るべきなし。 二 新しき春は長閑に廻り来ぬ 神の恵のとこしへにして。 三 旅枕草の褥にねむるとも 守らせたまひぬ瑞の大神。 四 わが往かむ道に塞がる深霧を 吹きはらひませ科戸辺の神。 五 夜昼の常に行き交ふ世の中は 神より外に頼るべきなし。 六 わが身魂栄ゆる時も衰ふる 折にも神は見捨て給はず。 第三六四 一 皇神の御前に寝ぬる安けさは 夢の浮世に知る人もなし。 二 死出の山過ぎ行く時も厳御霊 瑞の御霊の御名に安けき。 三 我神と倶にありせば幸深し 恐れ難みも逃げ失せゆくなり。 四 安らかに病の床に臥しながら 生命の国を望む楽しさ。 五 御教に眼さむるぞ嬉しけれ 甦り往くわが身思へば。 第三六五 一 世を去りし友の身の上悲しむな 死こそ神国に昇る架橋。 二 死の影の襲ひ来るも厭はまじ 永のやすみは神国にありせば。 三 先立ちし親子兄弟友垣に 廻りあふ日の死出の旅なり。 四 末の日の迫り来らば墓を蹴り 甦りつつ栄を受けむ。 五 死のねむり醒す御声を待ちわびて 埋むる友を涙に送る。 第三六六 一 世に下り世の憂き事をまつぶさに 嘗めさせたまふ瑞の大神。 二 かへり来ぬ人を慕ひて泣く時に 慰めたまふ神の御声。 三 千座をば身に負ひながら嘲罵や 虐げうけし瑞の大神。 四 わが罪を憂ひ悲しむ時こそは 瑞の御霊の助けありけり。 五 千座をば負はせたまひて許々多久の 苦をしのびてし尊き教主なり。 六 神の代の審判を受くる其時に 恵ませたまへ瑞の大神。 第三六七 一 今は早難みのあとも留めずに 御手に曳かれて御園へ進むも。 二 現世の荒き浪風切り抜けて 永久に長閑な岸に渡らむ。 三 死に行くも此世にありて働くも 神の恵に漏るることなし。 第三六八 一 世を去りし友垣跡を偲ぶれば 心淋しくなり勝りゆく。 二 身体は藻脱けのからとなるとても 霊は神国に生きて栄えむ。 三 皇神の清き大道を辿りつつ まめに仕へし人の幸なる。 四 世の中に残しおきたる善き事の 花咲き出でて実る神国。 五 浪風の荒く寄せ来る其日をも 吾等がために守らせたまふ。 六 神に寄りて難みに堪へし心こそ いや永久の実を結ぶなり。 七 現し世に学びし知恵は剥ぎ取られ 富は消えゆく元つ神国なり。 八 唯神の言葉によりて悟り得し 智慧と富とは永久に栄えむ。 第三六九 一 選まれし世人のために築かれし 神国の殿に入る日嬉しも。 二 輝ける神の御国の花園に 待つわが友と逢ふは嬉しき。 三 皇神の御許へ昇るわが霊を 引きな止めそ神のまにまに。 四 いろいろとかけし望みも散る花の 果敢なき此世と思へばうたてき。 五 永久の御栄に入る魂の 留まるべしやはここに暫しも。 六 涙なく苦しみもなく喜びの 尽きぬ神国に昇るは楽しも。 七 瑞御霊厳の功を天人と 謳ふよき日の待たれぬるかな。 第三七〇 一 雷を笛の音となし電を 剣となして天地しらす。 二 天地を豊にしらす皇神の 光は平和を下したまひぬ。 三 正しきを守り平和を守ります 神の懐いとどゆたけし。 四 神の法捨てて大道に逆らひし 吾にも神はやすきをたまへり。 五 御怒りを放ちたまはで親の如 恵ませたまひぬ元津御神は。 六 青雲の棚曳く極み白雲の むかふす限り御名を称へむ。 第三七一 一 天津神厳の御座に現れまして 葦原の国を守らせたまへり。 二 大前に御稜威畏み伏し拝む 其言の葉に喜びあふるる。 三 喜びを如何に包まむ術もなし 神のみやびの言の葉のかげ。 四 蝦夷千島高砂島の外までも わが大君の恵あまねし。 五 国民は君の御功をあがめつつ とこしへなれとひたに祈るも。 六 大空に聳ゆる富士の高山も 地に伏す谷も君の食す国。 七 瑞枝さす林も共に御言葉の 光に遇ひて実を結ぶなり。 八 鄙都へだてもあらにわが主の 御稜威を謡ふ声うるはしも。 (大正一二・五・一二旧三・二七於教主殿明子録) |
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霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 13 神祈 | 第一三章神祈〔一五八八〕 第三七二 一 天の下四方の国々安かれと 日毎に祈る外なかりけり。 二 わが愛づるうましき国を朝夕に 恵ませ玉ふ元津大神。 三 内は安く外より襲ふ仇もなく 御国穏に進ませ玉へ。 四 神に出でし誠の智慧に充ち溢れ 御国の花と匂はせ玉へ。 五 常永久に我神国の生命となりて 恵の露に潤し玉へ。 第三七三 一 国々の幸を祈らむとりわけて わが日本の行末の幸を。 二 四の海波風立たず浦安く 田畑は稔る珍の神国よ。 三 鄙都恵に隔てあらねども 民の心に差別あるかな。 四 神の子のこぞりて神に仕へつつ 御代を祝ぐ声聞かまほし。 五 願はくば元津御神の御教を 普く四方に知らせたきもの。 六 野も山も響き渡れり言霊の 珍の御声はいと爽かに。 七 岩よりも堅き神代に住みながら 何驚くか神国の民。 第三七四 一 磯輪垣の秀妻の国を朝夕に 守らせたまへ伊勢の大神。 二 打寄する荒ぶる波を凪ぎ払ひ 治めたまはれ大君の国を。 三 四海波いとも静かに治まれる 自転倒島は神の御舎殿。 四 日の下の稜威の光を四方の国に 輝し玉へり伊勢の大神。 五 四方の国皆同胞と睦び合ひ 神国の民となる日待たるる。 第三七五 一 雪をもて被ひかくしつ雨をそそぎ 育み玉ふ畑の種物。 二 天津日に暖め尽きぬ露下し 風を送りて恵ませ玉ふ。 三 朝夕に耕作勤むる狭田長田 稲穂の波は神の御恵。 四 よきものは皆御空より下り来ぬ 神の恵を讃めよ称へよ。 五 雨風をよき折々に起しつつ 種子物をら育み玉ふ。 六 花咲かせ鳥を養ひ種子物を 茂らせたまふ瑞の大神。 七 吾等をも御子と称へて朝夕に 与へたまひぬ生命の糧を。 八 永久の魂の生命も身の幸も 種子物皆神の賜物。 九 村肝の清けき赤き心もて 珍の御前に御饌奉れ。 第三七六 一 春は去り夏過ぎ秋の稔り見て 冬籠りせむ神の館に。 二 秋の田の稲は豊けし百姓の 野辺に謡へる声は澄みけり。 三 日の光月の露にて育みし 秋の田の面に黄金の波立つ。 四 御恵に山々躍り谷謡ひ 恵の露は玉とかがよふ。 五 生業を励しむ民を愛でたまひ 生命の種子を豊に賜へる。 六 皇神に初穂捧げて御恵の 千重の一重に酬いまつらな。 第三七七 一 いざ共に天津祝詞を奏へつつ 神の御稜威を祝ひ奉らな。 二 皇神の造り玉ひし天地は 栄光歓喜充ち溢れたり。 三 わが母の懐にありしその日より 踏みて来にけむ麻柱の道。 四 今の世も又後の世も災ひを 除きて神は守り玉はむ。 五 神の子と生れあひたる人草は 神を除きて如何で栄えむ。 六 村肝の心の迷ひ洗ひ去り 恵ませ玉ふ麻柱の神。 七 元津神厳と瑞との二柱に 御栄光あれと祈る神の子。 第三七八 一 万有は栄え輝き喜びに 充ちて美はし神の御国は。 二 御恵の光輝き四方の国 百の草木も生立ちて行く。 三 あぢきなき浮世の中に瑞御霊 希望かかへて下りましけり。 四 誘惑の暗の黒雲かかるとも 行く先明し神の大道は。 五 澄み渡る清き御空を仰ぎ見よ 瑞の御霊の貴の神姿と。 第三七九 一 雪霜の烈しき冬に先立ちて 秋の田の面に黄金の波打つ。 二 喜びて勇み収穫れ田人等が 珍の御前に初穂ささぐる。 三 顕し世は神の御国の田畑なれば 畏れ慎み日々に励めよ。 四 よき種子を神の畑に蒔くならば 豊に稔らむ千頴八千頴。 五 大本は神の教の田畑なり 獣来りて荒さむとせり。 六 種子蒔けば朝な夕なに気を配れ 鴉来りて実をや拾はむ。 七 よき種子を蒔けばよき花よき稔り 悪しき種子をな夢にも蒔きそ。 八 八束穂の瑞穂の稲を刈り入るる 秋こそ待ため御使と共に。 第三八〇 一 大前に今立ち祈る妹と背を 恵ませ玉へいや永久に。 二 妹と背の愛の衣の破れじと 守らせ玉へ弥永久に。 三 皇神の恵の露のなかりせば 安けからまじ妹と背の道。 四 八重葎囲める賤の伏屋にも 愛の光の楽しみは充つ。 五 妹と背が互に助け救ひ合ひ 渡らせ玉へ浮世の旅を。 六 相共に神の大道に手をとりて 進ませ玉へ清く正しく。 七 皇神の厳の御楯と選まれて 今日妹と背を契る嬉しさ。 第三八一 一 妹と背を契る伏屋の神床に 臨ませ玉ふ須勢理姫の神。 二 那岐那美の稜威の心になりませる 祝の席開く目出度さ。 三 大前に立並びつつ慎みて 結ぶ契は動かざらまし。 四 真心の限りを尽し妹と背が 神の大道に永久に仕へむ。 五 妹と背の愛の礎固く据ゑて 平和の柱永久に樹てむ。 六 何事も神に従ひ進みなば 妹背の道も久しかるらむ。 七 妹と背の清き正しき交はりは 弥永久に楽しみ尽きず。 八 苦しみを互ひに分ち担ひつつ 勇みて進め神の大道に。 (大正一二・五・一二旧三・二七於竜宮館隆光録) |
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霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 16 神息 | 第一六章神息〔一五九一〕 第四〇二 一 言霊の只一息に天地を 造り玉ひし元津大神。 二 肉にある人の造りし宮居なれど 心安けく鎮まり玉へ。 三 真心をこめて仕へし御民等の この宮殿を愛でさせ玉へ。 四 三五の神の教に従ひて 祈る心に宿らせ玉へ。 五 清き赤き心をこめて捧げたる この社殿を愛でさせ玉へ。 六 御栄光の雲棚引きて永久に たえぬ燈火となりぬべきかな。 七 厳御霊御名によりつつ固めたる 此礎は千代も動かじ。 八 許々多久の罪の荒波寄せ来とも 払はせ玉へ厳の大神。 九 邪悪の嵐は猛り狂ふとも 瑞の御霊によりて安けし。 第四〇三 一 天津神四方の民草憐みて 厳の清所を造り玉ひぬ。 二 昔より今も変らぬ御恵の 露は世人の命なりけり。 三 永久に恵の神の住み玉ふ 清き宮居を拝む嬉しさ。 四 幾千代も変らざれかし大前に 拝みまつる今日の歓喜。 五 天津国の珍の宮居を地の上に うつし奉りし御殿は尊し。 六 御舎を打壊されし古を 偲べばいとど口惜しかりけり。 七 われと倶に永久にまします聖霊こそ 闇きを照す光なりけり。 八 村肝の心の宮に此宮に 永久に鎮まり輝き玉へ。 第四〇四 一 大本の神の御稜威を畏みて 心尽して建てし宮はも。 二 幾年の祈と誠を重ね来し 末に建てたる円山の宮。 三 円山の宮をこはせし醜司の 今や根底の国に落ちたる。 四 皇神の尊き御名はふさはねど 心協して建てし此宮。 五 漸くに建て上りたる新宮を 取りこぼちたる枉の名失せじ。 第四〇五 一 神柱造り玉ひし元津神 聞し召しませ清き祈りを。 二 御名の為に言霊軍に出立ちて 枉の軍を退ふ楽しさ。 三 枉神の軍も神の御子ならば 如何で憎まむ神の心に。 四 朝夕に神の神業に習ひつつ わが身惜まぬ神柱とならむ。 五 宣伝使の教ふるままに正道を 歩む身なれば枉事もなし。 六 踏み迷ひ暗に陥る人の子は 神の御後をふまぬ故なり。 第四〇六 一 野も山も恵の露の玉照りて いと美はしき神の御代かな。 二 やはらぎの道を伝ふる宣伝使は 善言美詞を朝夕に宣れ。 三 乱れ覆ふ醜の村雲吹き払ひ 平和の光を照させ玉へ。 四 玉の緒の命の若草生立ちぬ 心を閉ぢし雪霜の解けて。 五 安河に天地諸の民草の 罪を清めし神の勲よ。 第四〇七 一 天津国の焔と輝く神霊 降らせ玉へ人の身魂に。 二 分霊光と輝き玉の緒の 永き生命と現はれ玉へ。 三 朝夕に涙に曇る眼をば 乾かせ玉へ厳の光に。 四 枉神の仇を退けわが身魂 進ませ玉へ神の御園に。 五 瑞御霊御稜威称ふる歌の声は 天と地とに永久に響く。 第四〇八 一 果てもなき大海原を知食す 神の御稜威に栄え行くなり。 二 吹き荒ぶ疾風を鎮め荒浪を 凪がせ玉ひし瑞の大神。 三 八潮路の浪路を遠く行く友を 安く彼方に渡らせ玉へ。 四 荒浪の立ち狂ふなる海原も 神の御稜威に安く渡らむ。 第四〇九 一 遠き神代の昔より変らせ玉はず天地を 統べ守ります大御神教の友の身の上を 安く守らせ玉ひつついとも嶮しき山路をも 荒風猛る海路をも厳の御霊の御光に 安く越えさせ玉へかし。 二 麓の霧をふみ砕き高嶺の雲を押分けて 昇る朝日の影清く厳の御霊の御光に 嶮しき道も平けく珍の力を与へまし 進ませ玉へと願ぎ奉る。 三 潮の八百路の八潮路を漕ぎ分け進むわが船は 逆捲く波に襲はれて危き事のありとても 厳の御霊の御光と瑞の御霊の御恵に 嵐を鎮め波を凪ぎ彼方の岸に心安く 進ませ玉へ惟神御霊の限り願ぎ奉る。 第四一〇 一 足曳の山路を越えて只一人 行く身も安し神としあれば。 二 松の嵐谷の流れも神使の 御歌も玉の琴の音と聞く。 三 澄み渡る心の空に雲もなし 清きは嶺の白雪と見む。 四 足曳の山路嶮しく前途遠し 何時かは着かむ珍の都に。 五 荒野行く淋しき一人旅なれど 神と大道はいとも安けし。 六 黄昏れて草の褥に石枕 仮寝の夢にも神は忘れじ。 第四一一 一 雷の轟き渡り海は鳴り 黒雲塞ぐ世は近づきぬ。 二 さり乍ら恵の神は何時までも 払はでおかむやこれの災難を。 三 待ち望む星は彼方の大空に きらめきにけり心清めよ。 四 大空を呑みつつ寄せ来る荒浪は 日毎夜毎に迫り来れり。 五 わが身魂照して救ふ平和の 星は御空にほほゑみ出でぬ。 六 荒浪に木の葉の如く揺られたる 御舟の上もわれは恐れじ。 七 わが身魂照さむとして大空に 輝き玉ふ瑞の三つ星。 (大正一二・五・一三旧三・二八隆光録) |
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205 (2834) |
霊界物語 | 62_丑_讃美歌2 | 18 神園 | 第一八章神園〔一五九三〕 第四二二 一 幼子の群がり集ふ神の園に いともやさしき母神の声。 二 美はしくいと懐かしき声すなり 瑞の御霊のあれし花園に。 三 御心に従ひまつりわが魂を 清めて御許に宮仕へせむ。 四 幼子の弱きを御手に抱きつつ 哺育み玉へ御心のままに。 第四二三 一 わが身魂育みまして楽もしき 珍の御園へ遊ばせ玉へ。 二 今日も亦神の恵に暮れにけり 恵ませ玉へまた来る日を。 三 住む家も食物着物も賜はりし 瑞の御霊の恵み尊き。 四 あやまちを宣り直しつつ吉き夢を 結ばせ玉へ世の悉に。 第四二四 一 日の下の珍の都に下ります 佳き日待ちつつ魂を研かむ。 二 大空の星と輝き我神の 冠の玉とつかはせ玉へ。 三 天津国の青人草と数へらるる 人の身魂に露汚れなし。 四 世の穢夢にも知らぬ幼児は 神の御国の花にぞありける。 第四二五 一 春の野にほほゑむ菫花の姿見れば 萎れし胸も潤ひにけり。 二 夏草の茂れる中に撫子の 姿やさしき花もありけり。 三 しづしづと平和の道を歩む稚児の 姿を見れば心和らぐ。 四 皇神の恵の綱にひかるとも 知らで高天原に上り来にけり。 五 咲き匂ふ春野の花もいつしかに 色香褪せ行く時は来ぬらむ。 六 人の世の災いかに多くとも 神と倶なる身こそ安けき。 七 皇神の御後踏み分け進む身は 醜の枉霊の襲ふことなし。 第四二六 一 千早振る神の御祖の御恵は いと豊かなり天と地とに。 二 皇神は厳の涙を湛へつつ 罪の御子等を導き玉ふ。 三 幼児の心は神に等しけれ その言霊の淀みなければ。 第四二七 一 神つ代の事つばらかに記したる 書よむ度に神を悟りぬ。 二 千早振る神を知らざる罪の子は 仇に暮しぬ珍の月日を。 三 神を知らぬ同胞の身を憐みて 朝夕祈れ神の御前に。 四 小羊を恵み育つる瑞御霊は 恵み普き坤の神。 五 夕べ毎五六七の殿に参集ひ 聖も知らぬ教を聞くかな。 六 憂き悩み身に忍びつつ人の為に 天降りましたる神を崇めよ。 第四二八 一 春夏の朝涼しく蒔く種子の 稔り豊けき秋は来りぬ。 二 空かすむ永き春日の眠たさを 忍びて述ぶるこれの霊界物語。 三 いそしみて朝な夕なに述べ伝ふ この物語永久に栄えむ。 四 身も魂も神の大道に捧げつつ 筆に任せて物語を記す。 第四二九 一 ささやけき葉末の露も流れ行けば はてしも知らぬ海となり行く。 二 こまやかな浜の真砂も年を経て 積れば遂に山となりぬる。 三 徒に空しく過す束の間も 己が生命の一節なりける。 四 塵程の罪過ちも重なれば 身を亡ぼすの種となるらむ。 五 かすかなる道に叶ひしよき業も 積り積りて神業となるも。 第四三〇 一 時は来ぬ神の御教の広庭に 急ぎ進めよ選まれし人。 二 美はしき主の御言葉目のあたり 聞かむ佳き日は迫り来にけり。 三 神の道学ぶ館をわれ一と 先を争ひ進みてぞ行け。 四 三柱の厳の称への御声の 聞ゆる中に急げ世の人。 五 矢の如く月日の駒の速ければ 空しく過すな惜しき此世を。 第四三一 一 問はまほし浜辺の真砂行く水の 落ち行く先は何れの海と。 二 川の辺にいさりつきたる真砂さへ 朝な夕なに神を称へつ。 三 美はしき千草の花に言問はむ 妙なる色香誰が為めに咲く。 四 皇神の恵の花の薫りをば 世に示さむと日毎咲くなり。 五 声清き野辺の小鳥に言問はむ 楽しき歌は何人のため。 六 皇神の恵の節を示さむと 朝な夕なに野山に謡ふ。 七 御栄光は永久に絶えせず御恵の 豊けき神の御稜威称へむ。 (大正一二・五・一三旧三・二八隆光録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 06 偶像都 | 第六章偶像都〔一六三五〕 ブラバーサ、マリヤの二人は又もやエルサレムの市街を巡覧し始め、市内で一番重要なモニユーメントになつて居る聖セバルクル寺院を見るべく寺門を潜りぬ。 マリヤ『聖師様、此お寺は聖キリスト様を磔刑に処した場所で、ゴルゴタの地の上に建てられてあるのだと伝へられて居りますが、併し聖書に由つて考へてみると、ゴルゴタは市の外部に存在して居なければ成らぬ筈です。若しも現在の城壁が当時のものよりも拡張して居るものとすれば、問題にも成り得るでせうが、同一の場所にありとすれば、ダマスカスの門の外にある一見頭骸骨状の目下墓地になつて居る岩丘を以て、ゴルゴタの地と認めなければ成らないと思ひますわ』 ブラバーサ『吾々人間としては到底真偽は判りませぬ。大聖主が御降臨の上御定めなさることでせう。時に、この寺院の由来を聞かして頂き度いものですな』 マリヤ『このお寺の由来を申せば、コンスタンチン帝の命令に由つて発掘された結果、キリスト様の埋葬され遊ばした洞窟が発見せられましたので、帝の母上なる聖ヘレナ様がエルサレムに巡礼して来られ、爰でキリストの十字架を発見しられたので、弥この地をゴルゴタの聖蹟と認めて、紀元三百三十六年初めてここに寺院を建立されたと云ふことですが、それを又六百十四年に波斯人のために焼亡ぼされた為、直に改築をされましたと云ふことです。その後に於ても幾度となく破壊改築修繕等相次ぎ今日に至つたのだと聞いて居ります。一度お寺の内部を拝観なさいませぬか。妾が御案内いたしますから』 ブラバーサ『ハイ有難う』 とマリヤの後より寺内へ深く進み入る。 寺院内へ這入つて見ると、迷宮の様な構造で随分複雑して居て、加ふるに太陽の光線が十分徹らない薄暗闇で、何んとなく寂しい感じがする。それぞれ手に蝋燭を携帯せなければ成らなくなつて居る。寺内の空気は重くしめり勝で余り気分の良い所ではない。敷石は全部湿気で濡れて居るため、ウカウカして居ると脚下が辷つて転倒せむとすること屡である。平和にして清潔なるものは寺院だと思つて居た高砂島の明るい生活に馴れたブラバーサの心に取つては意外の感じに襲はれ、危険がチクチクと身に迫る様に何となく不安の雲に包まれにける。 外のユダヤ人街から来るのか、内部から発したのか知らぬが、一種異様の厭な臭気が襲つて来る。そして内部は凡てキリストの磔刑に関するあらゆる由緒ある場所に由つて充されて居て、何となく物悲しい寂しい感じを与へる。精霊が八衢を越えて地獄の入口に達した時の様な気分になつて来る。 マリヤはブラバーサを顧みながら初めて口を開き、さも愁た気に、 マリヤ『聖師様、この長方形の石はニコデモがキリスト様の体に油の布を以て捲くために御身体をのせたと伝へられるもので御座います。これがヨセフの墓で此方がアリマヂエの墓で、その少し向ふにあるのはニコデモの墓で御座いますよ。そして彼所がキリストの復活された後母の眼に現はれたまふたといふ聖所ですよ』 キリストを刺した鎗、キリストを投入した牢獄、兵卒がキリストの衣をわかつた場所なぞ一々叮嚀に指し示すのであつた。 ブラバーサ『天下万民のために犠牲とお成り下さつた救世主の御遺跡を拝観いたしまして、何とも言ひ得ない程私は御神徳を頂きました。何時の世にも善人は俗悪世界の人間から迫害されると云ふ事は古今一徹ですな。ルート・バハーの大聖主も肉体こそ保存されて在りますが、精神的に牢獄に投げ込まれ銃剣にて突き刺され、あらゆる社会の侮辱と嘲罵とを浴びせられ、且つ大悪人の如く扱はれて居られますが、何うか一日も早く天晴れ世界の人類が真の救世主を認める様になつて欲しいもので御座いますよ。ツルク大聖主の墓は官憲の手に暴破れ聖壇は破壊され数多の聖教徒は圧迫に堪へ兼ねて四方に離散し、今は純信な神に生命を捧げたものばかりが殉教的精神を以てウヅンバラ・チヤンダー聖主夫妻を唯一の力と頼んで、天下万民のために熱烈なる信仰を続けて居るのです。アヽ惟神霊幸倍坐世』 マリヤは涙に暮れながら、聖師の先に立つてキリストの十字架を建てた正確な地点や、聖母のマリヤが十字架から降ろされたキリストの亡骸を受取つた場所を案内するのであつた。是等の地点には、それぞれそれに因んだ名を附したチヤペル(礼拝堂)が設けられありぬ。 マリヤ『是がアダムの墓で御座いますが、一番に聖地でも不思議と呼ばれて居ります。そしてキリストの聖き御血が岩の裂れ目からその頭に浸み込むや否や、この原人アダムは忽ち蘇生したと言ひ伝へられて居るのですよ』 と少しく怪し気に笑つて居る。 ブラバーサは感慨無量の思ひに充ちて一言も発せず、マリヤの後から心臓の動悸を高め乍ら従いて行く。寺院の東の端の方には聖ヘレナの礼拝堂が建つて居る。北の神壇はキリストと共に十字架に釘付けられた一人の悔改めたる盗人のために捧げられたものだと伝へて居る。主なる神壇は皇后聖ヘレナのために捧げられたものと伝へられて居る。その側面を地下へ十三段下つた処に、又十字架発見のチヤペルが建てられて居る。茲に聖ヘレナが夢の啓示に由つて三つの十字架を発見したと云ふ。 ブラバーサ『聖ヘレナ様が夢の啓示に由つて三つの十字架を発見されまして、爰にチヤペルをお建てになつたのですが、その発見された三つの内でも何れがキリストの架けられた十字架だか分らなかつたので、そこで一つ一つ大病人に触れさせて試みた所、その中の一つが病人を癒したのでそれをキリストのものとして保存されてあると云ふ事で御座います。そしてキリストの縛り付けられなさつた円柱が在るのですが、併しそれは神壇の壁の奥に深く隠れて居るので容易に拝することは出来ないのです。所がその壁には丸い穴があいて居て、信心の深い礼拝者はそこにおいてある摺子木様の棒をその穴に差し込み、その円柱にふれて棒に接吻するのです。サア是からキリスト様の御墓を御案内申し上げませう』 とマリアは前導に立ちて奥へ奥へと進み入る。 寺の中央に独立した長方形の大理石で造られたキリストの墓の前についた。両人は恭敬礼拝稍久しふして救世主を追慕する念に打たれ、思はず知らず落涙して居る。沢山な古風を帯た燭灯に由つて照され、十八本の柱から成つた円形の建築の中に置かれてある。そこに一人の番僧が居て、 マリヤ『良くこそ御参拝に成りました。どうかキリスト様の御墓へ御賽銭をお上げ成さいませ。後生のため現世の幸福のためで御座います』 と抜目なき言葉でお賽銭を強要して居る。 ブラバーサは心の内にて、 ブラバーサ『アヽ聖キリスト様もお気の毒だ。賤しき番僧等の糊口の種に使はれたまふか。世は実に澆季末法だなア』 と歎息しながら懐中を探つて少しばかりの賽銭を墓の前に捧げた。番僧は餓虎の如く其場で賽銭を拾ひ上げ、懐中へ隠して了つた。 マリヤ『この寺院内の各種のチヤペルや墓や、神壇や其他寺内の各部分、又は聖き墓を照して居るランプに至るまで、ギリシヤ・オルソドツクス及びローマ・カトリックや其他アルメニヤ派の間にそれぞれ所有がきまつて居るのです。それは此お寺ばかりでは無く、エルサレムの内外に散在して居る宗教上の由緒ある場所に付いても同様です。実に皮肉なアイロニーぢやありませぬか。そしてこのお寺が彼の有名な十字軍の戦争の目的物であつたのです。「聖墓を記憶せよ」との声は、第二回十字軍の出征に際して欧羅巴諸国の町々や村落を通じての叫びだつたので御座います』 ブラバーサ『欧州の国々が聖墓を慕つて十字軍まで起した時代は、その信仰も至つて熱烈なものだつた様ですが、今日では最早信仰も堕落して了つて物質的観念のみ盛んになつて来ました為に、斯る聖地の聖蹟も余り世人に顧みられない様ですなア。時節には神も叶はぬとルート・バハーの教にも示されて在りますが、一時も早く聖キリストの再臨されて聖地をして太古の隆盛に復活させ、世界万民を安養浄土の悦落に浴せしめ、キリストの恩恵を悟らせ度きものですなア』 マリヤ『左様で御座います。妾の加入して居ます聖団は只々キリスト・メシヤの再臨のみを待つて居るのです。一時も早く高砂島とやらに再誕されたメシヤの此地に再臨して下さる事が待ち遠しく成つて参りましたわ』 是より両人は寺門を出て市街を歩行し初めた。肉屋や野菜物店や、其他土地にふさはしい物を売つて居る雑貨店等が、みつしりと軒を並べて居る狭いオリエルタルな通りを過ぎて所謂「苦痛の路」へ出た。 マリヤ『聖師様、ここは苦痛の路と謂つてキリスト様がピラトの宮殿からゴルゴタの地即ち今の聖セバルクル迄歩ませられたと伝ふる旧蹟で御座います。そして此路の上には十四の地点が指定されてあります。サア是から一々御案内申しませう』 と前に立ちて進む。 ブラバーサは「成る程成る程」とうなづき、趣味深く味はひながらついて行く。 マリヤ『爰がキリスト様が磔刑の宣告を受けたまふた悲しい場所で御座います。その次が十字架を負はせ奉つた場所です。この東側のチヤペルを拝して御覧なさいませ。其時の光景がチヤンと浮彫で以て現はしてあります』 と話しながらズンズンと歩みを進め、 マリヤ『爰がキリスト様が母上様に会見遊ばした所で、熱烈な信徒の立止まつて動かない地点で御座います。彼所に「此人を見よ」のアーチが御座いませう。あれはピラトの訊問を受けた後にキリスト様がユダヤ人の群集の前に引出され種々の迫害と嘲罵とを受けたまふた所です』 と涙ぐまし気にそろそろと歩みながら、後ふり返つてはブラバーサの顔を見詰めて、 マリヤ『イエス荊の冕を被ぶり紫の袍を着て外に出づ。ピラト彼等に曰ひけるは「見よ是人の子也」と馬太伝に誌されてある事実で、キリスト様が二度目に倒れたまふた地点は爰だと云ふ事です。そしてキリスト様に従つて来たと話された地点は爰ですわ。このチヤペルにチヤンと彫込んであります』 と叮嚀親切に案内したりける。 ○ キリスト教の偶像を以て飾られたる聖地エルサレムは、異教徒の場合よりも勝つてブラバーサの心を痛めしめたのは、後世の僧侶輩が聖書に録されたる一々の場所や由緒なぞを捏造して、巡礼者の財布をねらつて居ることである。一寸見ると単純なる信仰の発露だらうと、神直日大直日に見直し聞直し宣り直すことも吾々に採つては出来得ない事も無いが、一般の信仰なき民衆やデモ基督教徒の眼には却つて不快に感ずるものたる事を恐れたのである。又後世の僧侶や信者がその内部的知識に空なるがため、外部に徴を求めむとして居る事の嘆ずべき一つの証拠では有るまいか。アヽ後世まで唯一の遺宝たる福音書の中に彼れ自身の姿を認め、それから霊泉を汲み得ることの出来ない信徒等の心の淋しさより、斯様な偶像を作り出してせめてもの慰安の料にして居るのでは有るまいか、なぞと又もや心の内にて長大嘆息をして居る。 マリヤ『聖師様、沢山の偶像的事物を御覧になつて非常に嘆息されて居る様で御座いますが、何時の世にも聖キリスト様は正しくは信仰され、又理解されなかつた様で御座います。キリスト様が迫害されなさつた当時と、今日とを問はず、世間から誤解されて居られます。そして普く世界から崇敬され玉ふ様になつた後の世は真のキリスト様では無くて人間が勝手にキリスト様に似せて作つた偶像を崇め、キリスト教そのものを信ずる代りに、それから流れ出づる美しい果実のみを夫と誤認して了ひ、終にキリスト教は肝心の精神を失ひ神の国の教である代りにそれは良き意味に於てではありますが、地上の幸福をもたらす手段と堕落して了つたので御座います。夫れゆゑ妾も此の聖地が偶像のみにて充たされ飾られ、真のキリスト様を認識し得ない事の矛盾を悲しむので御座います』 と悔やみながらマリヤは猶も市中を歩み続ける。 (大正一二・七・一一旧五・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 07 巡礼者 | 第七章巡礼者〔一六三六〕 マリヤは再び寺院を辞して、ユダヤ人クオーターの西端なる所謂ユダヤ人『慟哭の壁』を見に行かうでは有りますまいかとブラバーサを顧みた。ブラバーサは余り気乗りがせなかつたけれども、折角の案内でもあり又一度は参考のために是非調べて置きたいと思つたのでマリヤに一任して従いて行く。荒い大きい石で築き上げた壁の間を迷宮の様に廻つて行くと、『神殿の広場』のふもとの丈の高い壁に突き当つた。石畳になつた路は壁に引添ふて三十間ばかり走つて居て、其先はピタツと行詰りになつて居る。其周囲は何となく恐ろしい様な気味の悪い感じを与へる。茲でユダヤ人は滅亡したエルサレムの為に声を限りに号泣するのである。何時も幾何かのユダヤ人が爰に出て来て、頻りに祈祷を捧げたり聖書を拝誦してユダヤ民族の過去の光栄を思ひ浮かべて泣くのである。そして金曜日と土曜日との夕刻には、最も多人数が集まつて来るのである。又ベツスオーウー(渝越節)[※「ベッスオーウー」とは聖書に記されたユダヤ教の重要な祭典の一つである「過越祭(すぎこしさい)」のこと。ヘブライ語では「ペサハ」。英語でPassover(パスオーバー)と呼ぶが、それを日本語読みしたのが「ベッスオーウー」と思われる。]の様なユダヤ人の祭典日には、老若男女凡ての階級の人々が集まつてその中の長老らしきものが、 壊たれたる宮のために と歌ふと群集は異口同音に、 吾等はひとり坐して泣く と答へて歌ふ其有様は、実に物凄い感じを両人の心に与へた。また、 毀たれたる宮のために 潰えたる城壁のために 過ぎ去りし偉大のために われ等は死せる偉人のために 焼かれたる宝玉のために と云ふ風に謡ふと群衆は同じ様に、 われ等はひとり坐して泣く と答へて涙をしぼつて居る。 壁にはユダヤ時代、ローマ時代、アラブ時代に築き上げられた部分が明瞭に見分けられて、一番下層の大石はユダヤ時代の物だと伝へられて居る。それ等の年代と人々の触接との関係とに由つて非常に黒ずんで汚なくなり、その表面にヘブリユーの文字が無数に書き録されてある。またその大石には方々に沢山の釘が打込んであるが、是等は諸国に散在して居る信仰強きユダヤ人が祖先の地を訪れて遥々と爰に来た時に打込んだ釘で、それが石に確りと刺つて居れば居るほど、神様が彼等を捕へて居らるることが確だとの信仰に基づくものである。 両人は爰に停立して往時の追懐に耽つて居た。そこへ十二三人の人が集まつて来て、其壁に頭をつけて接吻し初め出した。ブラバーサは此態を見て一種名状すべからざる感じに襲はれた。それは勿論宗教的のものでも無く、また憐愍や同情に由来するものでも無く、また普通のキリスト教徒のユダヤ人に対して有つて居る反感から来る応報的感じでは勿論ない。それは気味悪い程根深いもので、たとへば執拗な運命に対する恐れとでも言つたら良ささうな本能的のものである。この光景を見た両人は、他の英米人のやうに微笑しながら平気で彼等の動作を見つづけたり、其光景を撮影したりする様な事は到底出来ない悲哀に閉ざされて了つた。一分間と雖もそこに立止まつて傍観するに堪へずなり、仔細に其有様や壁などの歴史的構造にも注目してゐる暇なく、顔を背けてマリヤと共にその場を逸早く立去つた。 爰は実にエルサレムに於ける最も深刻味の湧いて来る場所である。『永劫のユダヤ人』と云ふ声が何処からともなく耳に響いて来る。是等の干涸びた老人等は、何れもアブラハムの裔ダビデの裔である神より選ばれたるイスラエル民族の代表者である彼等の中から全人類の救ひ主イエス・キリストが生れたまうたのだ。彼等は二千六百年の間、祖先の光栄と正反対に人の世の中の一番擯斥せられ、軽蔑せらるるものとして、その落着くべき祖国を有たずして世界を漂浪して居たのである。欧洲大戦後このパレスチナの故国は漸くユダヤ人のものと成つたが、未だ世界に漂浪して居るものがその大部分を占めて居るといふ有様である。是もキリストを十字架に付けた彼等の祖先の罪業の報いとも言ふべきものだらうか。夫れにしては余り残酷過ぎると思ふ。キリストを釘付けにしたのは彼等ばかりで無く、人類全体なのである。キリストを救世主と仰がなかつたものは彼ユダヤ人ばかりで無く、世界人類の大多数である。聖書の予言にかなはせむが為とは云へ、余りに可哀相だ。彼等はキリストの懐に帰つて罪の赦しを乞ふこと無しに、何時までメシヤを待望して世界を放浪するのであらうか。それにしてもアメリカンコロニーの人達は、早くも目を醒ましてユダヤ人にも似ずキリストの再臨を神妙に生命、財産その他一切を捧げて待つて居る信念の力の強いのには、感激の至りだとブラバーサの心は忽ちコロニーへと走つて了つた。 マリヤに導かれて『汚物の門』を出で、シロアムの谷を見下ろしながら城壁に添ふて歩み出した。キリストが盲者の目を癒されたシロアムの池や、バアージンが水を汲んだ泉や、ユダがキリストを売つた金で買ひ求めた『血の畑』や、そのくびれた木なぞの所在を案内されつつダビデ王の墓の在る所からシオンの門を入り、ダビデ塔の下を通つて漸くマリヤと共に一先づカトリックの僧院ホテルに帰つて息を休め、夕餉を済ませることとした。 ホテルの食卓では英米人四五人と同席せなければ成らなかつた。紳士を装つて威厳を持した長い沈黙と、無意味なあたり障の無い会話とには流石のブラバーサも堪へ得られなくなり、今親切に二度までも案内して呉れたユダヤの婦人マリヤとの対照を思つて、宗教信者と非信者との温情の程度に雲泥の相違あることを感得したのである。 食堂の何十と云ふ顔の何れを見ても、本当の信仰に燃え立つた巡礼の心に駆られてこの聖地に参つて居ると思ふやうな人は一人も見る事が出来なかつた。彼等は何れも物見遊山的の心でやつて来て、万事に贅沢を尽し、六コースもある様な食事を一日に二度もしながら、それに自ら疑問を抱き謙遜な心持になる事なしに、満足し切つて盲滅法的に暮して居る酔生夢死の徒とよりは見えなかつた。 ブラバーサは曾て耽読した『二人の巡礼者』と云ふトルストイの童話を思ひ出して、なつかしまずには居られなかつた。二人の敬虔なロシアの百姓は、一生かかつて其目的のために働いて貯へた金で聖地の巡礼に出かけたが、其中の一人は途中で不図したことから一家全体が疫病になやんだ。他の一人は途すがら全家挙つて疫病にかかつて居た不幸な全員を介抱し初めた為に、友とはぐれて旅費に持つて来た金はその為に残らず使つて了ひ、結局目的の巡礼を為し遂げずして故郷に帰つた。第一の巡礼者は彼の友に逢つて巡礼をしなかつた彼の友の方が、自分よりも却つて本当の巡礼者であつたことを認めたと云ふ文句を心中に繰返しつつ、食卓を離れて吾居間に帰り、長椅子の上に横たはつた。マリヤは又もや例の帰神気分になり、ブラバーサに軽く挨拶を交はし、周章て再会を約し乍らアメリカンコロニーをさして帰り行く。 ブラバーサは大神の神号を唱へ天津祝詞を奏上し終り、窓外の家々の薄明かるい灯火を見下ろしながら、草臥れてソフアの上に白川夜舟を漕ぐこととなりぬ。 (大正一二・七・一一旧五・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 08 自動車 | 第八章自動車〔一六三七〕 マリヤはその翌早朝から又もやブラバーサを訪問して、聖地エルサレム市街附近の案内を為すべく、愴惶として僧院ホテルへやつて来た。ブラバーサも聖地附近の様子を一応調査しておく必要もあり、高砂島の故国へも報告せなくてはならないので、此婦人の親切な案内振を非常に感謝の誠意を以て迎へたのである。マリヤもブラバーサの人格には非常に尊敬の念を払つて居た。独身者のマリヤに取つては実にブラバーサこそ唯一の心の友であり力となりしなり。 ブラバーサは今日も早朝からマリヤに導かれて、聖地の巡覧にホテルを立ち出づる事となつた。ジヤツフア門外から出発する乗合自動車でベツレヘムに往復する事とした。自動車は土埃を立てながらゲヘンナの谷へと降つて行く。 元はエルサレムの市の西南にあつて、北はシオンの山、南は岡で以て区画された深い細長い谷である。此処は昔ユダヤとベニヤミン族の境になつて居て、ソロモン以後、ここで恐ろしい人の犠牲が行はれたが、その後は屍体や市の汚穢物を捨る場所となつて了つたのである。悪人の運命に付けて、『ゲヘンナに投げ入れらるべし』と云はれて居るのは即ち此処である。 急がしく馳走しつつ自動車は高みになつた豊饒な平野を横ぎる。古い橄欖樹の植わつた野や小丘である。道路は九十九折になつて、緩勾配の坂道を上つて行く。左手の遠方に前景ときはだつて違つた長い一列の山脈が見える。その麓の深き所に、竹熊の終焉所なる有名な死海が照つて居るのである。 自動車が小高い丘の上に来たので、窓から首を出して眺めると死海の面が強烈な太陽の光を受けてキラキラと輝いて居るのが見える。驢馬や駱駝に乗つた田舎人の群が幾組ともなく通つて居る。 自動車を丘の上に停めて、ブラバーサとマリヤの二人は四方の景色を瞰下しながら、沿道の色々の伝説や場所に就て問答を始め出した。 ブラバーサ『マリヤ様、聖地附近の色々の歴史や伝説を聞かして頂きたいものですなア』 マリヤ『この丘の上で四方を見晴らしながら、聖地案内の物語も又一興だと思ひます。妾が記憶の限り申上げませう。伝説や口碑と云ふものは随分間違つた事が多いものですから、万一間違つて居りましてもそれは妾の責任では御座いませぬ。伝説や口碑が悪いのですから』 ブラバーサ『ハイ承知致しました。何分宜敷くお願ひいたしませう』 マリヤ『有名なマヂの泉から発端として申上げます。マヂの泉は一名マリアの泉と云つて居ます。その前の名の由来は幼児キリストを拝すべく、星の導きを便りに遥々と尋ねて来た東方の博士等は爰まで来て其星を見失ひ、途方に暮れて居たところ、この井戸の水を汲み、疲労を癒やさむと立止まつた時に、案内に立つた星が泉の水に反映して居るのを見付け、歓喜に充たされて彼等は再びこれに従つて進んだのでマヂの泉と称へられたと云ひます。第二の名は聖なる家族がベツレヘムの道に爰に息つたと想像される処から、マリアの泉と称へられたと伝はつて居るので御座います。またこの丘を下る途中の右側の小石が無数に沢山ゴロ付いて居る小豆の原が御座いますが、伝説に拠るとキリストが或時この場所を御通りになると、一人の野良男が畑で働いて居たので、キリストがお前は今何を蒔いて居るかと問はれたら、彼の男は豆を蒔いて居ながら石を蒔いて居るのだと答へた、それから後収穫時になつて彼の男は豆の代りに石ばかりを収穫しなければ成らなかつたと云ふ事で御座います』 ブラバーサ『高砂島にも空海の事蹟に就て石芋なぞの伝説もあります。凡て伝説と云ふものは古今東西相似のものの多いのは不可思議と云ふより外はありませぬ。何かこの小豆ケ原にも神秘的の意味が含まれて在るのかも知れませぬから、伝説だと云つて余り馬鹿にも成りますまい、アハヽヽヽ。時にマリアの泉に映つた星は、高砂島に今日も現はれて玉の井の水に影をうつし、万民の罪穢を洗ひ清めて居られます。私はこのマリアの泉の御話を聞いて何となく崇高偉大なる瑞の御魂の聖主の俤が偲ばれてなりませぬわ。一度玉の井の水を汲み取るものは、直ちに天国の門に進み得る良い手蔓に取り付くことが出来るのです』 マリヤ『ウヅンバラチヤンダー聖主が一日も早くこの聖地に降臨されて、霊の清水にかわいた吾々に生命の露の恵みを与へ玉ふ日が待ち遠ほしく御座います』 ブラバーサ『マリヤ様、有名なラケルの墓は何れの方面に御座いますか』 マリヤ『ラケルの墓ですか。それはこの道端の小さい近代的の建築物でありますが、そこにヤコブが愛妻の亡骸を葬つたと伝へられて居ります。それよりも美しい物語ののこつて居るのはダビデの泉ですわ』 ブラバーサ『その美しい物語を拝聴いたしたいものですなア』 マリヤ『或る時ダビデが敵軍に取り囲まれ、疲れ果てて彼の故郷なるベツレヘムの門外にある此清泉の一杯の水を渇望して止まなかつた。所が忠実なる部下の一人がダビデのこの泉水を渇望して居る事を探知して、黙つて一人で出かけて非常なる危険を冒した後、漸く少しばかりの水を汲んで帰つて来たのです。ダビデは部下のものが自分に対する真心の愛から、種々の危険を賭してこの霊水を汲み得て帰つて来たその辛苦を思ふて、その水をば一介の人間の飲み物にするには余り勿体ないから神様の供物にせむと、恭しく神に感謝を捧げた上、大地にそそいで了つたと云ひ伝へて居ります。信仰も其処まで行かないと駄目ですなア』 ブラバーサ『信仰の力は山嶽をも移すとか申しまして、世の中に信仰心ほど強く清く且つ尊いものは有りませぬなア』 マリヤ『左様です、信仰の力ほど偉大なものは有りませぬわ。妾だつて三十の坂を越え乍ら未だセリバシー生活に甘んじて居りますのも、依然信仰心のためですもの。ベツレヘムの町が幾つもの丘の上に美しく位して居りますが、彼は世界に於ける最も小さきものとしられて居ります。併しながら妾は決して小さきものとは思ひませぬ。何故ならば信仰の対照物いな御本尊なるエスキリストを、イスラエル民族のみならず世界全人類救ひのために主を産み出しましたからです』 ブラバーサ『如何にも救世主を現はしたこのパレスチナの聖地は偉大です。いな荘厳味が津々として湧くやうです。再臨のキリストを出した綾の聖地も亦、偉大と云はねばなりませぬわ』 マリヤ『この聖地には近代的の教会やホスピースや僧院が諸所に沢山建つて居りまして、まだ古い古いユダヤ人街が彼方此方に残つて居りますので、妾はそこを通行する度毎にキリストの当時を偲ぶので御座います。アレ彼の通り、往来の真中に駱駝が呑気さうに寝そべつて噛みなほしをやつて居ます。サア是から車は止めにして、徐々テクル事に致しませうか。自動車で素通りばかり致しましても余り有益な見学にもなりませぬからなア』 ブラバーサは何事も一切マリヤに任して居たので、言ふが儘にマリヤの後から従いて行くのであつた。二人は後になり前になりしながら道を行くと、相貌の品の良いユダヤ人に幾人も出逢ふた。 ブラバーサは心の中にて、 ブラバーサ『成程イスラエルの流れを汲んだユダヤ人は何処ともなしに気品の高い、犯し難い処がある、是では神の選民だと言つても余り過言では無い。吾身は名に負ふ高砂の神の国から遥々出て来たものだが、神の選民と称するユダヤ人の気品の高い所を見て、何だか俄にユダヤ人崇敬の気分が頭を擡げて来さうだ。そして神の独子と称するキリストの聖跡を尋ねて居る自分は、層一層神様より重大なる使命を与へられて居るやうだ』 と心に種々の感想を抱いて居る。 マリヤ『聖師様、聖地に於て第一番に見るべきものが御座います。それは聖誕の場所に建てられたと称して居る「聖降誕の寺院」です。是から其寺院へ拝観に参りませう。現今にては、ローマ・カトリックやギリシヤ・オルソドツクスやアルメニヤ教会の分有になつて居ます。そして此寺院も昔にコンスタンチン帝が建立されたものだと云ふことです。その当時は金銀や大理石もモザイツクで贅沢に飾られて居たさうです。今ではモザイツクが少しばかり残つて居りますが、妙に冷やかな荒廃した厭な感じを与へます』 と云ひながら、漸くにして寺の門前に着いた。 背の低い、肩先までも届かぬ様な長方形の石の入口を潜ると、コリント式のカピタルを持つた十本づつ四列の円柱が寺院の内部を仕切つて居て、質素な様だが何となく荘厳な感じがする。このバシリクは実に現在に残つて居るキリスト教の建築物の中では最も古きものだらうと謂はれて居るのである。大神壇の下には聖誕の洞窟があつて、チヤペルに造られ三十二箇の小さいランプで薄暗く照らされてゐる。誕生の地点は神壇の下に大理石を据ゑ、其上を銀の浮彫でキリスト聖誕の地と云ふ事が録されてある。この地点は聖地における他の何れの場所よりもズツと古くして、最も信憑に足ると云ふことである。何故なればこの場所は紀元前四世紀の頃に生きて居た聖ジエロームよりも、二百年以上も前から既にキリスト教徒によつて非常に畏敬されて居たからである。 其他寺院の地下には色々な由緒を附したチヤペルが散在してゐる。馬槽のチヤペルもその一つである。その馬槽は大理石で立派なものが出来て居るが、幼児キリストがその中に置かれたマヂ礼拝の神壇──幼児のチヤペル──その場所へ母達が隠しておいた幼児をヘロデが殺さしめた聖ヨセフのチヤペル──その場所で彼がエヂプトに避難せよとの夢の啓示を受けた。その他聖ジエロームの住居であつた所に設けられたジエロームのチヤペル、及び岩の中に掘られたこの聖者の墓などが黙然として三千年の昔を物語り居るなり。 (大正一二・七・一一旧五・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 09 膝栗毛 | 第九章膝栗毛〔一六三八〕 この寺院の東南の方、少し隔たつて『乳の洞窟』と云ふのがある。これもチヤペルに成つて居て、入口の上に聖母が幼児キリストに乳を呑ませて居る立像が置かれてある。伝説に由れば、このチヤペルの洞穴に聖なる家族が隠れたと云ふ。聖母の乳の滴りが今でも洞穴の石灰石に印せられて居る。婦女がそれへ参詣をすれば乳が良く出る様になると信じられてゐる。 両人は寺院を辞して少しく先へ進んだ。さうすると、ヨルダンの谷に向つた方面の広い眺望が展開する橄欖の樹の植わつた平野……それは『羊飼の野』といふ名称が附せられてゐる。天界の天使が羊飼にあらはれて、 『われ万民に関はりたる大なるよろこびの音信を爾曹に告ぐべし』 とてキリストの降誕を告げ、多くの天軍が天の使と倶に、 『天上ところには栄光神にあれ。地には平安、人には恩沢あれ』 と神を讃美し、羊飼達がベツレヘムへと急いだのは、此の辺りだと云はれてゐるが、この話しに応はしい美しい気分の良い場所である。場所の真偽は問題となすに及ばぬ、仮令少々違つて居つても、此所であつた事にしておき度いものだとブラバーサは心の中に思ふのであつた。 両人は同じ道を歩んでエルサレム市街のホテルへ帰らうとする時、今まで清朗なりし大空は俄に墨を流した如く真黒になつた。両人は世の終りの近づいた様な気分に襲はれて居ると、ノアの大洪水を思ひ出させるやうな大雨が土砂降りに降つて来て容易に止みさうにもない。然し暫時の間に雨は小さく成つて稍安心する事を得た。斯んな事なら自動車を返さなかつたが宜かつたにと、今更の如く後悔しても後の祭りであつた。この大雨は恐らく半年の日照りの終りを画する祝福された最初の慈雨であつたに相違ない。雨が止むと紅塵万丈の往来は、スツカリ洗つた様に爽快な坦道と変つて了つた。丘の上にはエルサレムの市街が雨あがりの空に其美しい姿を現はしてゐる。天の一方の嵐の名残の雲には、エホバの御約束の証拠とも称ふべき虹が美はしく七色に映えて高く長くかかつて居る。ブラバーサは、 『われ聖域なる新しきエルサレム備へ整ひ、神の所を出で天より降るを見る。その状は新婦新郎を迎へむ為に飾りたるが如し』 とある黙示録の言を心の中に繰り返すのであつた。次で両人は雨の晴れたるを幸ひとして、勇気を鼓して又もやハラム・エク・ケリフの神殿を拝観せむと歩を運ぶのであつた。エルサレムの町の東南隅キドロンの谷を隔てて、橄欖山に面して居る長方形の場所に着いた。今この広場には回回教の二つのモスクが建てられてある。昔ダビデが神壇を設けたのもやはり此処である。 『彼はここに荘厳無比なる大神殿を建築する心算で、沢山な建築の材料まで蒐集したが、尊き清き神の宮殿を建てるのには平和仁愛の人でなくては神慮に叶はないのに、彼は戦ひの人として多くの血を流したので神様から其任でないとして差止められ、其子のソロモンが初めて父の準備しておいた豊富な材料を以て七ケ年の日子を費やして、神殿及び外囲ひや内庭並びに僧院を完成することとなつた。その他に彼は十三ケ年もかかつて附近の地を卜し、自分のために一つ、猶それに面して自分の妻フアラオの娘のためにもモ一つの宮殿を建てたのである。僧院はソロモン時代の神殿の広場を取り囲んで居た。外壁には東に黄金門あり、南に単門、二重門及び三重門が付いて居たと云ふ。其外に猶エルサレムの城壁が在つたのだが、今日の処では跡方も無き有様である。ダビデは主のために建てらるべき宮は比類なく荘麗にして、万国を通じての光栄で無ければ成らぬと言つて居たが、ソロモンの建てた神殿は実にダビデの言つた通りの荘麗な宮殿であつた。この神聖なる丘の上に純白な大理石で成り黄金で飾られ、要塞や宮殿で取囲まれ、其美観は世界に鳴り響いて居たのである。その後の神殿はユダヤ人の崇拝の中心となり、アツシリア王ネブカドネザルのために破壊され、ユダヤ人はバビロンに捕虜として連れ去られて了つた。それは紀元前五百八十五年頃のことであつた。ユダヤ人は捕虜から免れて帰り、種々と苦辛して建てた第二回目の神殿は第一回のものよりは遥に劣つたものであつた。その後キリスト降誕の少し以前に、ヘロデ王はソロモンの神殿に匹敵する様な第三回目の立派な宮殿を建てたのである。以上三ツの神殿は全く同じ場所に位置を占めて居た。キリストが幼児として参詣せられ、学者達の間に立つて問答し、兌銀者や商人を追ひ出し神の道を宣べ伝へたのも、此ヘロデの神殿に於てであつた。その後紀元七十年、ローマ皇帝チツスに由るエルサレムの破壊と共に神殿も「一つの石も石の上に圮されずしては遺らじ」との言葉通の運命を見るに至つたのである。百三十年にハドリアン帝がここに異端の神ジユピテルの大神殿を建てたが、それは六百八十八年に又回々教のモスクに変へられて了つたのである』 両人は先づ広場の南端にあるモスケ・エル・アクサの地下になつて居る宏大な基礎建築を見た。無数の四角な石柱が高く広々した空間を仕切つて居る。その角柱の上部は穹状を為してお互に連り合つて居る。明かりは南方の壁に小さい窓から少し漏れて来るばかりで、内部は物すごい程うす暗い。是は俗にソロモンの廐と云はれてゐる。マリヤはソロモンの神殿やヘロデの神殿の猶残つて居る石垣を示しながら、 マリヤ『この場所はローマとの戦ひにあたり、ユダヤ人が避難した所です。又十字軍の時にも廐となつたと云ふことで御座います』 と諄々として由緒を説き、ヱスの揺藍、二重門等の由来を細々と説明するのであつた。 ブラバーサ『モスケ・エル・アクサはマホメツト教に関して色々の由緒が在るやうですな』 マリヤ『ハイ、マホメツトが天使ガブリエルに導かれ、不思議な白馬にまたがつてメツカ市から一夜の間にエルサレムに来た所として、回教徒に取つて極めて神聖な場所の一つになつて居るので御座います』 と云ひながらマリヤは後振り返りつつ奥に入る。 広い本堂には円柱が無数に立つて在り、床は一面に贅沢な毛氈が敷詰められ、所々にムスルマンが坐つて祈祷を捧げてゐる。其後部に岩が有つて其岩の上にキリストの足跡が印せられて居ると云ふのも可笑しいものである。ムスルマンに取つてキリストはアブラハムやモーゼと共に予言者の一人に数へられて居るが故に、彼等はキリストに就ての由緒をも斯くの如く尊崇畏敬して止まないのである。 次に両人は広場の中央にある大きな、クボラをいただく八角堂のクーベツト・エスサクラ(亦は岩のクボラ)を見物した。この伽藍は大きい岩の土台の上に建てられて居て、その上部は内部に自然の儘露出して居る。この岩上に於てアブラハムが其子のイサクを神への犠牲にしやうとしたと伝へられて居る。回教徒は犠牲に成らうとしたのは、イサクで無くてその長子イスマエルだと主張してゐる。何となればイスマエルはアラブの種族の先祖になつてゐると云はれてゐるからだ。また回教徒の伝説に由ればマホメツトは彼の不思議の夜の旅行に於て、この場所から天へ昇つた。彼の昇天の際、この岩は予言者に従つて共に昇らうとしたが、併し神は世界がこの神聖な記念物を失ふことを欲しないで天使ガブリエルを残しその力強い手でその岩をおさへた故に今でもその両端に天使の指の跡が残つて居るとか唱えられてゐる。サラセン式にしつつこく飾られたステーンド・グラツスの窓のために内部は蝋燭を灯さなくては歩行ない程暗かつた。広場の東北端に大仕掛に発掘された場所がある。地の面から階段をいくつも下つて行くと、セメントや石で縁を取つた大きな貯水池様のものの一端に達する。ここはヨハネ伝に録してあるベチスダのプール(池)だと云ふことで、三十八年間病みたるものが爰で池水の動くのを待つて居て、キリストに由つて癒された所ですよと、マリヤはこの由緒は根拠がありますと強く言つて証明した。 終日雨が降つたり止んだりして居た。夕方の空は美はしく晴れて紺碧の雲の肌を露はして居る。神殿の広場の角にある燭台の様な形をした塔の上では、アラブがメツカの方角を向ひて頻りに手を挙げて日没前の祈祷をしてゐた。その長く響くオリエンタルなメロデイーはエルサレムには応はしく無いと感じながら、両人は急いでアメリカンコロニーを指して帰路に就きける。 (大正一二・七・一一旧五・二八北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 10 追懐念 | 第一〇章追懐念〔一六三九〕 その翌日も亦、スバツフオード及びマリヤと共にブラバーサは自動車を雇つて、死海、ヨルダン、エリコ等の地方見物に出かけたりける。 ジヤツフアの門からダマスカスの門、ヘロデの門の前を通つてキドロンの谷からエリコの道へと出た。自動車がしばらく走ると、橄欖山の東南ベタニヤの村を通る。ベタニヤはアラブの名ではエル・アザリエと云つて居る。この名はラザロから来たので、アラブはラザロのLを冠詞と認めて省略したのだといふことである。ラザロは回教徒の間に於ても聖者として尊敬されて居るのである。ベタニアの村はキリストに関する種々の美しい物語で充ちて居て、その名を聞いただけでも心が暖かく成つて来る。癩者シモンの家、そこで昔マグダラのマリヤがキリストの足を涙にて湿し、頭髪を以てぬぐひ香油をこれに塗つた。マルタ、マリヤの姉妹の家も爰にあつたと云ふ。ラザロが死後四日を経て蘇へらせられた所も亦ここで在つたといふ。今はミゼラブルな四五十の回教徒の家が、其処此処に散在して居るに過ぎないのである。 三人は下車してラザロの墓やシモン、マルタ、マリヤの家の廃趾と称せられて居るものを見物した。ラザロの墓と云はれて居るものは非常に大規模なもので、滑りさうな階段を地下へ向かつて二十二段も下つて行かねばならぬ。内部は穴蔵のやうに真つ暗で、持つて行つた蝋燭で照して見なければ成らなかつた。丁度桶伏山麓の神苑内の地下の修行室をブラバーサは思ひ出さずには居られ無かつた。村のアラブの子供等が「バクシツシユ」(小銭のこと)と叫びながら、車の周囲に群がつて来てブラバーサ一行の興を醒ますのであつた。 ベタニアの南でこれに対して居る丘の上にベツフアージエの村がある。ここで使徒たちがキリストの指示のままに木につながれた一頭の牡の驢馬を見付け、キリストはそれに乗つて都へのり込んだと伝ふる所である。 ベタニアを出て少しばかり歩むと、路傍に小さいチヤペルが建つて居る。馭者は主を迎へに来たマルタが爰で彼に逢つた所だと説明する。道は段々と谷に下つて行く。到る処岩の山ばかりで薄く覆はれた土は橄欖は勿論灌木や草類さへも生じない。自然は全く死んだ様でその光景は物すごい位である。所々に駱駝の群が飼放しにしてあるのは、今まで他所で見受けなかつた光景である。マリヤはよくエルサレムと聖者キリストとの関係を熟知せるものの如く、頻りに新約の文句を引出して説明して居る。 三人はエリコとエルサレムとの中間まで出て来た。道路は再び上り坂となる。自然は全く荒れ果てて居て、生物らしきものは何一つ見当らない。伝説によれば良きサマリア人の話は此あたりだとか、小山の頂にサマリア人の旅宿と名の付いた、小さい建物のルインが寂し気に立つて居る。 それより前は道路が山々の中腹を縫ふて死海の谷へと急転直下するばかりである。道で時々羊の群に逢つた。その群の中には、今生れたばかりの二三匹の羊の児を荒いメリケン粉の袋に入れて、背負はされた驢馬が交つて居るのは、何となく可憐な光景であつた。下の方に時々谷の木の間から死海の面が輝いて見えて来る。 三人は遂にヨルダンの谷に下つた。両側の山は削つた様に屹立して居るが、中は広々として居て、これが地中海面以下四百メートルの谷底にあるとは到底受けとれない位である。葦草が所々に生えて泥路と砂地の中を死海の浜へと向かつた。野生の鶴や放ち飼の駱駝に途々出会ふ。 浜に近く塩を採るための水溜りがあつて、端には真白の結晶が附着して居る。そして二三の見すぼらしいアラブの小屋が荒い砂の上に立つて居るばかりで、驢馬や駱駝の縛ぎ場になつて居るので恐ろしい程不潔で厭な臭気が鼻を突く。水面は全く波浪なく朝の麗かな日光にかがやいて居て、死海と云ふ恐ろしい名称は応はしく無いやうに思はれる。水には強度の混和物が在るために多少の濁りを帯びて居る。水を指頭につけて味はつて見ると強烈な苦みがかつた塩辛い鉱物質を含蓄して居る。鉱物質の割合は百分の二十四乃至二十六で塩分は百分の七だと云ふことである。水が重いので泳がうとしても、身体が全部水面に浮かみでて了つて泳ぐことが出来ぬのである。生卵子でも三分の一は水面に浮かみ出ると云ふ事である。死海の水は一種の滑かな膚ざはりを与へるが、容易に一旦人の身に触れた以上は塩気が離れないので気持が悪い。 三人はそれよりヨルダン河へと向かつて進んだ。広い平野は一面に黒ずんだ土で、一見した処非常に豊饒らしく思はれるが、土地は含まれて居る塩分のために全然不毛の地となつて耕作物は駄目なのである。 しばらくあつて三人は、身の丈以上もある葦の中をすれずれに通りながらヨルダンの河畔マハヂツト・ハヂレと云ふポプラや柳の生えて居る渡船場の様な場所に到着した。細い木の枝を組合せ葦で屋根をふき、湿気を防ぐため細い材木で一丈ばかりを床を高め、梯子様の階段でのぼつて行くやうにした南洋風の土人の原始的の小屋と木蔭に旅客の休憩のため二三のベンチとがある。イタリー語を話すスペイン人の二三のフランチエスカンの坊さまが、そこで休憩して居た。今日は日曜日の事とて、朝早くからここへ来て野天でメスをしましたと話して居た。 木立ちの下から河の水面が見える。平常から濁つて居る筈の水は昨日の大雨のために猶更黄色になつて居た、水量は多くして併も流れは急である。有名なのに似気なく小さいと聞いて居た通りで、河の幅は一百尺前後の程度である。ここは巡礼の人々の浴場になつて居てキリストが洗礼者のヨハネから洗礼を受けられた所と伝へられて居る。昔のキリスト教徒の間にはヨルダン河で洗礼を受ける事を非常に大切な事とし、多勢の巡礼者はアラブの案内者に引率されて羊の群の様にヨルダンの谷をここ迄下つて来たものである。それから当時この場所は河岸が大理石でおほはれて居たと云ふことだ。 馭者は特にロシアよりの巡礼者の敬虔な態度に就いて話した。彼等は所在窮乏を忍んで茶とパンとのみで旅行を続け、その持つて来た金を全部寺々に捧げて了ふのだと云ふ。ブラバーサはエルサレムの方々の寺でロシア人の奉献したと云ふ金銀や宝玉づくしの聖母の像を見受けた事を思ひ出して、高砂島の聖地に於ける信者の態度に比較し長大嘆息を禁じ得ないので在つた。三千世界の救世主厳の御魂瑞の御魂の神柱に現在に面会の便宜ある高砂島のルートバハーの信徒の態度は、このロシア人の信仰に比べては実に天地霄壤の差ある事を深く嘆じたのである。ヨルダン河及び死海から程遠からぬ所にエリコがある。現在のものは旧新約時代のエリコとは違つてゐる。是から多少ヨルダンの中央部の方へ離れて居る。見すぼらしい小さい村落で、土人の家屋と質素な教会やモスクが二三見えるばかりである。谷底に位して居るので気温は非常に高く、蒸し暑く植物は皆准熱帯的のものである。無花果や棗や芭蕉実の外、黄色の香りの良いミモザが咲き頻つて居る。 三人は新エリコの村落を通つて西方の山の近くの発掘された新約のエリコを見に行つた。爰にヘロデ王が其宮殿を建てたとの話がある。その一角は今より十余年前ドイツ人の手によつて発掘されて居た。旧約のエリコの所在は其処とは違つて、現在のエリコから東北の方徒歩二十五分ばかりの所にある。 エリコからエルサレムの方角の断崖になつて居る岩山の眺望は物すごい様である。中腹にギリシヤ正教の一僧院が建つて居る。その背後の山はそこでキリストが悪魔の誘惑を受けた所から「誘惑の山」と云ふ名が付いてゐる。四十日四十夜の断食の荒野もこの先の方にあると馭者の話しであつた。 三人は帰路についた途中、橄欖山の麓にあるゲツセマネの園と聖母の寺とを訪れて見た。ゲツセマネの園は三方が道で囲まれ不規則な四角形を為し、厚い石壁を以て囲らされて居てフランチエスカンの所有に成つてゐる。ここを新約のゲツセマネと定めたのは四世紀以前のことだと云ふ。門の外には自然の岩の頭が地上に現はれてゐてその上でペテロ、ヤコブ及びヨハネが眠つたのだと伝へられてゐる。園内には非常に古い数本の橄欖の老樹が植わつて居て、その時からの物だと云われてゐる。橄欖樹は人間が触れさへしなければ幹が枯れた後でも、其根から新しい芽生が出て斯して世紀から世紀へと生延びると云ふ事であるから、この伝説は或は事実に近いものかも知れない。其他ユダがキリストに接吻した地点まで明示されて居る。エルサレムや橄欖山の地位からしてゲツセマネの園が此辺りに在つたことは事実らしい。併し七十歩四方ばかりの狭い土地を重くるしい石垣で囲んで其中を墓地のやうに、また近代的の庭園のやうに飾つて是をゲツセマネの園と為すことは、無限の大きさと深さを持つたものを無残にも限り有るものの中に閉ぢ込めて置くことは実に残念である。ブラバーサは凡ての在来の法則を破つて霊のみで画かれた様なロンドンのナシヨナル・ガラリーにあるエル・グレコの筆を思ひ浮かべて、此の物足りない感じを補つて居た。 聖母の寺はゲツセマネの園に対して居る紀元五世紀以来存在してゐる古い寺院である。その主要部分は地下に成つて居て大理石の階段を四五十下つて行くとマリアの棺、その両親の棺、ヨセフの墓、キリストの血の汗を流された場所等がある。 ケドロンの谷をシロアムの村の方へ少しばかり下ると、山の麓に奇妙な三つの建築物が並んで居てアラブが住んでゐる。 ブラバーサは初めて此の地に来たり、親切なるアメリカンコロニーの人々に沢山の聖書上の由緒ある場所を案内され満足の態であつた。アヽ聖地エルサレムそれは学者とパリサイ人の都、死せる儀礼の中枢また死海及びヨルダン、それは荒野に叫ぶ洗礼者ヨハネの国すべてが単調で乾き切つて死んで居る国、ルナンをして世界に於て最も悲しき地方と云はしめたエルサレムの近郊よ。一時も早くキリストの再臨を得てこの聖地を太古の光栄の都に復活し、神政成就の神願を達成せしめ度きものであるとブラバーサは内心深く祈願を凝らしつつ一先づ三人はアメリカンコロニーへと帰り行く。 その翌日又もやブラバーサはマリヤに案内されて、湖の水清き山々に翠の影濃く美しく花咲き小鳥の声の絶えない自然全体が笑つて居る、さうして其湖のほとりでキリストが黙想し祈祷し且つ教を垂れられたガリラヤの地へと進んだ。エルサレムとガリラヤ、それはキリスト教の示す二元主義の象徴である。死を経験すること無しに生の恩恵は分らない、律法に依りて死し信仰によりて生ること、この転換こそ宗教そのものの奇蹟的力であるべきものなり。 (大正一二・七・一一旧五・二八加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 12 誘惑 | 第一二章誘惑〔一六四一〕 ブラバーサは蒼空の月を眺め乍ら只一人シヨンボリと立つてゐる。そこへスタスタやつて来た女は、一ケ月以前から真心をこめて聖地の案内をしてくれたマリヤであつた。 マリヤ『聖師様、あなたお一人で御座りますか。妾は又サロメ様と御一緒かと思つてゐました』 ブラバーサ『あゝ貴女はマリヤ様で御座りましたか。貴女もお一人で夜分によくお出になりましたな』 マリヤ『ハイ、あなたのお後を慕つて御迷惑とは存じ乍らコロニーをソツと脱け出して参りましたのですよ。折角サロメ様とシツポリ話さうと思つて御座る所へ、エライ邪魔者が参りまして、お気を揉ませます。月に村雲、花に嵐とやら、世の中は思ふ様に行かないもので御座いますよ。ホヽヽヽヽ』 ブラバーサ『これは又、妙なお言葉を承はります。サロメ様も時々当山へお参りになり、私も二三回此山上で偶然お目にかかりましたが、別にサロメ様と内密で話さねばならぬやうな訳もありませぬから、何卒気をもみて下さいますな。私は貴女の御親切な態度に満心の感謝を捧げて居ります』 マリヤ『聖師は嘘を仰有らぬもの、其お言葉に間違なくば妾も安心致しました。時に一つお願ひし度い事が御座いますが、聞いて貰ふ訳には行きませぬか。此間差上げました手紙はお読下さつたでせうな』 ブラバーサ『成る程二三日以前にアラブが貴女からの手紙だと云つてカトリックの僧院迄届けて呉れましたが、その儘、まだ開封もせずに懐に持つて居ります』 マリヤ『貴方は私の真心がお分りにならぬのでせう。いやお嫌ひ遊ばすのでせう。海洋万里を越えて遥々聖地にお越し遊ばし、清きお身体に黴菌が附着した様に思召して、穢い女の手紙なんか、読まないと云ふ御精神でせう。それならそれで宜しい、妾は一つ考へねばなりませぬから、読んで貰はない手紙なら、貴方に差上げても無駄ですから返して下さい』 ブラバーサ『マリヤさまさう立腹して貰つちや困りますよ。別にそんな考へがあつたのぢやありませぬ。あまり聖地の研究に没頭してゐましたので遂失念して居つたのです』 マリヤ『妾の手紙を忘れられる位なら妾等は念頭に無いのでせうな、アヽ悔しい!』 ブラバーサ『マリヤさま、どうして貴女を忘れませう。エルサレムの停車場へ着くと匆々、あの街道で貴女にお目にかかり、見知らぬ異郷の空で思はぬ貴女とお会ひした、あの時の印象は一生私は忘れませぬ。どうぞ悪くは思つて下さいますな』 マリヤ『貴方は聖地巡覧の折、どこ迄も妾を愛すると仰有つたぢやありませぬか。妾はその温かいお言葉が骨身に浸み渡り、もはや今日となつては恋の曲物に捕はれ、どうする事も出来ませぬ。妾の命は貴方の掌中に握られたも同様で御座ります。何卒その手紙を月影に照らし一度読んで下さいませ。そしてキツパリと御返事を承はり度いもので御座ります』 ブラバーサ『左様ならば折角の御思召、お言葉に従ふか、従はぬかは後の問題として、兎も角もここで拝見しませう』 と懐より信書を取り出し、封押し切つて、胸轟かせ乍ら読み初めた……………… 一、吾最も敬愛するルートバハーの聖師ブラバーサ様に一書を差上げ、切なる妾が心の丈を告白致します。聖師様、あなたは全世界の人類や凡てのものの為に朝な夕なにお苦しみ遊ばすのは実に尊く感謝に堪へませぬ。そこへ又妾のやうな大罪人がお近づきになりまして益々お苦しみを増なさる事を深く謝罪致します。妾は初めてお目にかかつてより云ふに云はれぬ愛の情動にからまれ、日夜苦悶を続けて居ります。此苦しみを免れむと朝夕神様に祈り、大勇猛心を発揮し自ら心を警め、幾度か鞭をうつてもうつても粉にして砕いても、此猛烈な情熱の煩悩火は弱い女の意志では消す事が出来ませぬ。妾は煩悶苦悩の淵に沈み、心の鬼に責られて居ります。あゝ此妾の霊肉共に救うて下さるものは誰人で御座りませうか。聖師様の尊い温かい愛より外には何物もありませぬ。妾はどこ迄も聖師様の愛情の籠もつた、寛かな御懐に抱かれ度いので御座ります。身も魂も全部を捧げ奉つて、さうして暫く無意識状態になつて眠つて見たう御座ります。聖師様は、はしたない賤しき女と思召さるるでせうが、貴方に抱かるるのは妾の生命を生かし、妾をして間もなく、美しい芽を吹き大活動をさして下さる準備となるのではありますまいか。妾の霊も体も恋の焔の為に疲れきつて居ります。もはや玉の緒の火の消えむばかりになりました。大慈大悲の神の教を伝ふる聖師様、妾と云ふものを、どうか、も一度甦らせて下さいませ。あまり人の来ない閑寂な処で、シンミリと聖師様の温かい愛の御手に抱きしめて復活せしめて下さいませ。万一それがために仮令幾万の敵を受けるとも、幾万人の罵詈嘲笑を受くるとも決して恐るるものではありませぬ。之も神様の何か一つの御旨だと信じます。そして妾を生かして働かしめて下さる事は聖師様が天下に活躍して下さる事になるのではありますまいか。聖師様の苦みは妾の苦みであると共に妾の苦みは聖師様の苦みであるに相違ありませぬ。可憐なる女の一人を生かさうと殺さうと、お心一つにあるので御座りますから。又妾の死は師の君の死でなくてはなりませぬ。エルサレムの停車場で海洋万里を隔てた男女がお目にかかつたのは実に不可思議な何者かが両人の間に結びついて、どうしても一体とならねばならぬやうな、前世からの約束だと信じます。妾は貴方と妾と息を合せて神業に奉仕する事を以て、全く神様の御経綸だと固く信じて居ります。弥勒の神政建設の為ならば神様の御旨とある以上、如何なる事にても従ひまつらねばなりますまい。妾が師の君を恋愛する事は決して決して罪悪だとは考へられませぬ。何卒絶対の愛を以て妾を愛して下さいませ。決して永久の愛を要求するのでは御座りませぬ。もはや妾の霊肉ともに一変すべき時機が近づいたのです。仮令一分間でも貴方の温かき懐に抱かれさへすれば善いので御座ります。妾は身命を神国成就のために師の君様へ差上げて居るので御座ります。何卒色よい返事を至急に願ひ度いもので御座ります。 あゝ惟神霊幸倍坐世マリヤより 師の君様へ ブラバーサは一巡読み了はり、ハツと吐息をつき無言のまま双手を組んで俯向いて居る。 マリヤ『師の君様、可憐な妾の心、妾の願をキツと聞いて下さるでせうな』 ブラバーサ『貴方の真心はよく諒解致しました。併し乍ら一夫一婦の制度のやかましいルートバハーの教を奉ずる宣伝使として、何程貴女が熱烈に愛して下さらうとも恋愛関係を結ぶ訳には参りませぬ、どうぞこればかりは見直し宣直し下さいませ』 マリヤ『さう仰有いますと、貴方は妾を見殺しにせうと仰有るのですか。一夫一婦の制度も亦人倫の大本もよく存じて居ります。併し乍ら、それは理性的の見解で御座りまして、愛の情動はそんな規則張つたものぢや御座りませぬ。恋にやつれ息もたえだえになつて居る此女をして悶死せしめ玉ふので御座りますか。貴方に会ひさへしなければ妾はこんな煩悶苦悩は起らないので御座ります。貴方は妾を日出島から亡ぼしにお越しなさつた悪魔だと思ひますわ。神様は吾々に恋愛と云ふ貴重なものを与へて下さつたのです。もし此恋愛を自由に働かす事が出来なければ、日夜神に仕へる妾にどうして此んな考へを起さしめられたでせうか。そんな事仰有らず一滴同情の涙あらば、妾の願を叶へさして下さいませ。決して乱倫乱行の罪にもなりますまい。貴方の奥さまにして頂きたいとは申しませぬ。今ここで貴方に素気なく刎ねられたが最後、妾はガリラヤの海を最後の場所と致します。さすれば貴方の名誉でもありますまい。それ故妾の死は貴方の死ではあるまいかと此手紙に記したので御座ります』 ブラバーサは双手を組み吐息をつき乍ら、 ブラバーサ『あゝ、誘惑の魔の手はどこ迄も廻つてゐるものだな。岩石に等しき固き男の心も僅か女一人の心に打砕かれむとするのか。寸善尺魔の世の中とはよく云つたものだ。あゝどうしたら、宜からうかな』 と小声に呟き乍ら深き思ひに沈む。マリヤは飛鳥の如くブラバーサに背後より喰ひつき満身の力をこめて抱きしめた。ブラバーサは驚き乍ら心の中に思ふやう、 ブラバーサ『あゝ仕方がない、此通り猛烈な恋におちた女を素気なく振り放せばキツと過ちがあるだらう。天則違反か知らねども暫く彼女の云ふ通り任せおき、徐に道理を説き目を覚ましてやらねばなるまい』 と心に頷づき乍ら言葉を改めて、 ブラバーサ『いや、マリヤ様、よくそこ迄思つて下さいます。実に感謝に堪へませぬ。併し乍ら私はここに参りましてから、一ケ月に足りませぬ。私はあと七十日の間身体を清潔にして或使命は果さねばなりませぬから百日の行を済ます迄、何卒御猶予を願ひます』 マリヤ『ソンナ気休めを云つて妾をお騙しなさるのぢやありませぬか。その場逃れの言ひ訳とより思へませぬ。どうか的確なお言葉を賜はりたいもので御座ります』 ブラバーサは吐息をつき乍ら永い沈黙に陥つた。マリヤも暫く無言の儘打慄ふてゐたが、思ひきつたやうに口を開いてブラバーサの手を固く握り、 マリヤ『妾は貴方に初めてお目にかかつてから今日で殆ど一ケ月、どうしたものかセリバシー生活をやつて来た身であり乍ら、その時から恋におち、此一月の間も殆ど千年のやうに長きを感じました。妾のあまり永い沈黙の恋は妾の頭脳を腐らし破つて了ひました。そして妾は今恋の煩悶苦悩を味はつてゐます。私は之を何時迄も秘密として葬り去る事が出来ないのです。何卒一人の女を救ふと思つて妾の恋を諒解して下さい。此猛烈な恋愛を笑ふなら笑つて下さい。又誹るなら誹つて下さい。もはや妾は恋に悩む狂人です。妾の目に浮かぶものは山川草木一切が恋しい師の君のお姿になつて見えるのですもの、狂つてるのかも知れませぬ。あゝ苦しい、こんな不思議な恋を誰がさせたので御座いませうか。エルサレムの町でお目にかかつてから妾はスツカリ恋の捕虜となつて了ひました。妾は神様から与へられた恋だと思つて居ります。恋を与へられた時は思ひきり恋を味はひつつ生るもので御座いませう。妾が師の君を恋ふる事は決して不合理でも不道徳でも御座いますまい。神様の御旨だと信ぜられてなりませぬ。厳粛な神聖な恋が変つて博愛となつた時は、尊さと偉大さと美しさとを知る事が出来ませう。ルートバハーの御教の人類愛は斯様な意味を云ふのではありますまいか。人類愛そのものを愛するの愛、それは神様の愛で、即ち自分を見出す為めの愛であり、自分自身を建設すべき天国に昇るべき愛の初めであり終りでありませう。師の君が妾を理解して下さらぬ事は実に絶大なる悲しみで御座います。妾もアメリカンコロニーに籍をおき、救世主の再臨を待ち、全世界救済の使命を持ち乍ら、どうして戯れの恋に浮かれて居れませうか。妾は師の君の手によつて新に生れなくてはならないのです。霊肉ともに復活せねばならぬのです。師の君と愛し愛され、貴方と結ぶ事によつて新に力を与へらるるので御座ります。もし此妾の恋愛が不合理だと仰有るのならば貴方の神力で取去つて下さいませ。とは云ふものの一度恋ひ慕ふた師の君の温い御顔とそのやさしいお言葉は妾の全身に流れて血となつて居ります』 ブラバーサ『私は厳粛なる神様の御命令を頂き神聖にして犯すべからざる此聖地に於て恋愛問題にぶつかるとは夢にも思ひませぬでした。然し愛の情動は何れの国の人も変らないものと見えますなア。貴女の御親切を決して葬り去るやうな勇気も厶いませぬ。然し乍ら怪しき関係を結ばなくても心と心と融け合ひさへすれば、それで恋愛は完全に保たれて行くぢやありませぬか。凡て霊主体従の教を奉ずる吾々……然らば霊的の恋仲となりませう。さあ何卒その手を放して下さいませ』 マリヤ『いえいえ妾はいつ迄も師の君様の愛の御手に昼も夜も抱いて慰めて欲しいので御座います。いつも尊い懐に抱かれ微笑つつ恋を歌つて見たいのです。……あゝ妾の恋しい慕はしい師の君の御上に幸多かれ……と』 ブラバーサ『御親切は有難う御座いますが、何卒百日の行が済む迄は触らないで下さい。怪しい考へが起つては修行の邪魔になりますからな』 マリヤ『貴方の御身辺に危い事が迫つて来た事がお分りになりませぬか。妾はそれが心配でならないのです。それ故アメリカンコロニーの牛耳を握る妾と締結して下さるのならば貴方の危難を逃れるのは当然ですよ。ユダヤ人は同化し難い人種ですからな』 ブラバーサ『何か私の身の上について危険が迫つて居るのですか。仮令如何なる敵が来ても神様にお任せした私、左様な事に驚く事はありませぬから、先づ安心して下さい』 マリヤ『貴方は、さう楽観して居られますが、貴方の周囲には沢山の悪魔が取囲んで居りますよ。今妾は師の君の言葉に従ひ恋愛を思ひきり路傍相逢ふ人の如き態度を採らうと思つても、それが出来ないのです。貴方のお身の上を思へば涙が出てたまりませぬ。それで貴方の側を離れたくはありませぬ』 ブラバーサ『マリヤさま、そんな事云つて強迫するのぢやありませぬか。随分悪辣な手段を廻らして恋の欲望を遂げむとなさるのではあるまいかと思はれてなりませぬわ』 マリヤ『いえいえどうしてどうして誠の神様の教を信ずるピユリタンの一人として嘘偽りが申されませうか。神様の冥罰が恐ろしう御座います。妾は師の君様の身辺を守るため仮令恋せなくても離れ度くはないのです。此エルサレムの町へ貴方がおいでになつてから、日の出島の聖師々々と云つて貴方に帰順する人が沢山出来ましたが、真に貴方を愛する人が果して幾人ありませうか。凡ての人が師の君に対して力一杯敬して居るやうですが、然し妾は案ぜられてならないのです。また此方へおいでになつてから間もなく、土地人情もお分りになつてゐないのですからな』 ブラバーサ『然らば貴女の御意見に任します。どうなつとして下さいませ。然し乍らここ七十日の間は特に猶予を願ひ度いので御座います。貴女の要求を容れました上は相対的に私の要求も容れて貰はねばなりませぬからな』 マリヤ『どうも仕方がありませぬ。然らば隠忍致します。どうぞ注意をして外の女に相手にならぬやうに願ひます。サロメさまにお会ひになつても言葉をお交しになつちやいけませぬよ。貴方のお身の上に危険が、そのため襲来してはなりませぬからな』 ブラバーサ『ハヽヽヽヽ最前からマリヤさまが私の身辺に悪魔が狙つてゐる、危険が襲ふてゐると仰有つたのは、分りました。いや随分抜け目のない……貴女も女ですな、アツハヽヽヽ』 マリヤ『エツヘヽヽヽ何なつと勝手に仰有いましな。然し呉々もお気をつけなさいませや。さあ之から妾と一緒に帰りませう』 ブラバーサ『ソンナラ私はお山を一まはりして帰りますから貴女は一足先にお帰り下さい。七十日さへ経てば夜も昼も駱駝のやうに二人連で歩かして頂きませう。アハヽヽヽ』 マリヤ『お気に入らないものはお先へ帰りませう。夜が明けるまでお待ちなさいませ。夜鷹でも参りませうから』 と捨台詞を残し橄欖山を下り行く。 後見送つてブラバーサは吐息をつき乍ら胸を撫で下ろし、 ブラバーサ『あゝ困つたものだな。どうして此難関を切り抜けやうか。これも大方神様のお試しだらう。あゝ惟神霊幸倍坐世、国治立大神様、何卒悪魔の誘惑に陥らぬやう御守護を願ひ奉ります。心の弱き私に対し絶対力をお授け下さいませ』 と両手を合せて天地に向かつて拝謝し乍ら橄欖山の頂を隈なく逍遥し初めた。古ぼけた小さい祠の前に一つの影が蠢いてゐる。月は薄雲の帳を被つて昼ともなく夜ともなく一種異様の光を地上に投げて居る。 (大正一二・七・一二旧五・二九北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 16 天消地滅 | 第一六章天消地滅〔一六四五〕 マリヤ『晴れもせず曇りも果てぬ橄欖山の 月の御空に無我の声する 行先は無我の声する所まで 無我の声あてに旅立つ法の道 父母の愛にも勝る無我の声 ○ ほんに可愛しいあの人の 恋しなつかし此手紙 涙で別れた其夜から どこにどうして御座るかと 寝た間も忘れず居つたのに なんぼなんでも余りな 今更切れとは何かいな 情ないやら悔しいやら 無情いお方になりました ほんにいとしい彼方と 思へば泣いても泣き切れず 諦められぬこの手紙 いとしいとしと思ふ程 憎い言葉のあの人が 妾はほんとに懐かしい』 と云ひ乍ら橄欖山の頂上をウロついて居る一人の女がある。これはアメリカンコロニーの牛耳を取つて居るマリヤであつた。ブラバーサはマリヤの女難を避けむ為、逸早くも僧院ホテルを立ち出てシオン山の渓谷に草庵を結び隠れて居たのである。マリヤは斯の如く歌つて恋に憔れ乍ら、ブラバーサの後を探して居るのである。かかる所へ橄欖山上の木の茂みから優しき女の歌ひ声が聞えて来た。 サロメ『緑の風に花は散り逝く春の宵歎きつつ 己が心に夏は来ぬ夕胡蝶の床に臥し 晨輝く花思ふ悩ましの夢今さめぬ 現実の月空高く青葉は光る橄欖の山に せめて憩はむ吾が心』 と歌ひつつ静々朧の月夜に浮いたやうに出て来たのはサロメであつた。折々両人は此山上で月下に出会すのである。されど互に余り心易くもせず、又沁々と話した事もない。双方とも期せずして同情の念にかられ、何物にか惹かるる如く二人は朧月夜にもハツキリ顔の分る所迄近づいた。 マリヤ『行水の帰らむよしもなし 散る花を止めむよしもなし』 サロメ『桜の花の盛りこそ 君と睦みし月日なり 月は幾度かはれども 日は幾日か重なれど 君に遇ふべきよしもない』 マリヤ『涙の中に夏は来ぬ 夜毎に飛び交ふ螢こそ こがるる吾身に似たるかな』 サロメ『今は悲しき思ひ出の 夜毎に飛び交ふ螢こそ 焦るる吾身に似たるかな』 かく両人は意気投合して何れも恋の敗者となりし述懐を打明け歌つた。是よりマリヤ、サロメの両人は姉妹の如く親しくなり、互に心胸を打ち明けて語り合ふ事となつた。 サロメ『マリヤ様、貴女の今のお歌によりまして妾の境遇とソツクリだと云ふ事を悟りました。ほんたうに世の中は思ふやうにならないもので御座いますなア』 マリヤ『ハイ、有難う御座います。もはや此世の中が嫌になつて参りました。思ひ込んだ男に捨てられ、もはや此世に何の楽しみも御座いませぬ。オリオン星座よりキリストが現はれたまふとも人間として恋に破れた以上は、もはや何の楽しみも御座いませぬ。キリストの再臨なんか物の数では御座いませぬわ』 と半狂乱の如くになつて居る。 サロメ『あなたは永らく独身生活を続けなさつたのも、キリスト再臨を待つ為では無かつたのですか』 マリヤ『妾の待望して居るキリストは左様な高遠な神様では御座いませぬ。妾の愛の欲望を満して下さる愛情の深い清らかな男子で御座います。妾の一身に取つてキリストと仰ぐのは日出の島からお出になつた、ブラバーサ様で御座います』 サロメ『妾だつてキリストの再臨を待つて居るのですよ。併し乍ら自分の心を満して呉れる愛情の深い方があれば、其方こそ妾に対して本当のキリストで御座いますわ。乾き切つたる魂に清泉の水を与へ、朽果てむとする心に生命を与へて下さる方が所謂キリストですわ。さうしてブラバーサ様は何処へお出になつたか分らないのですか』 マリヤ『ハイ百日の行をすると云つて聖地を巡覧遊ばして居られましたが、百日も立たない中にお姿が見えなくなつたのですよ。あの方は雲に乗つて来たと云つて居られましたから、竹取物語の香具耶姫様のやうにオリオン星座へでもお帰りになつたのではあるまいかと、毎晩々々空を仰いで其御降臨を待つて居るので御座いますよ。本当にあの方は普通の人ではありませぬ、きつと神様の化身ですわ』 サロメ『何程これと目星をつけた男でも、神様の化身では仕方無いではありませぬか。どれ程あなたがモウ一度下つてほしほしと毎日天を仰いで居たつて駄目で御座いませう。そんな遠い天の星を望むよりも間近にオリオン星座があるではありませぬか。この地も天に輝く星の一つでせう。ドンと四股を踏んでも直ぐと答へて呉れるのは地球と云ふこの星ぢやありませぬか。きつと此星の中に貴女の恋人は隠れて居ませう。どこ迄も探し出してユダヤ婦人の体面を保つて貰はねば、妾だつて世界へ合はす顔がありませぬわ。妾も一旦相思の恋人が御座いましたが、花はいつ迄も梢に留まらぬが如く、夜の嵐に吹かれ、たうとう生木を裂くやうな悲惨な目に会ひ、それからと云ふものは恋に狂ふて、この霊地にお参りするのをせめてもの心慰めとして居るので御座います。貴女の恋人と仰有るブラバーサ様は、三四回も此お山でお目にかかりましたが、ほんとに神様の様なお方でした。妾だつて貴女の恋人でなければキツト捕虜にして居るのですけれども、人の恋人を取つたと云はれてはユダヤ婦人の体面にかかると思ふて、どれだけ恋の悪魔と戦つたか知れはしませぬわ。自分の好く人、又人が好くと云ひまして、男らしい男は誰にも好かれるものですなア。さうかと云つて今後ブラバーサ様を発見しても、決して妾は指一本さえない事を誓つておきますから安心して下さいませ』 マリヤ『あなたの恋人と仰せらるるのはヤコブ様ぢや御座いませぬか。薄々噂に承はつて居りました』 サロメ『ヤコブ様と妾の中には何の障壁もなく、極めて円満に清い仲で御座いましたが無理解な両親が中に入つて引き分けてしまつたので御座います。かうなつて別れると妙なもので恋の意地が募り、どこ迄も添ひ遂げねばおかないと云ふ敵愾心が起つて来たのですよ。貴女もユダヤ婦人としてどこまでも奮闘なさいませ。妾も此儘泣き寝入るのでは御座いませぬからなア。かうして二人も失恋の女が、橄欖山上に出遇はすと云ふのも何かの因縁で御座いませうよ』 マリヤ『サロメ様、妾は夜も更けましたから、今晩はこれで帰らうと思ひます。コロニーのスバツフオード様が余り遅くなると大変矢釜しく仰有いますから、又明日ここで貴女と楽しくお目にかかりませう』 サロメ『左様ならば一歩先へ帰つて下さいませ。妾はもう暫く祈願してお山を下る事と致しませう』 と別れをつげ、サロメはシオン大学の基礎工事の施してある傍の作事場に行つて腰を下ろし、暫く身体をやすめ、再び祈願にかかつて居た。 シオンの谷に恋の鋭鋒をさけて隠れて居たブラバーサは、もはや夜も深更になつたればマリヤがよもや来て居る筈は無からうと高を括り橄欖山上に於てキリストの無事再臨を祈るべく登つて来た。作事場の中に優しい女の祈り声が聞えて居る。ブラバーサはもしやあの声はマリヤであるまいか、もしマリヤであつたら又とつつかまへられて五月蠅い事であらう、併しあれだけ慕ふて来る女をむげに捨てるのも残酷のやうであり、さればとて彼の意志に従へば罪悪を犯したやうな心持がするなり、大神様の御化身からは叱られ、吁どうしたらよからう、辛い事だな。マテマテ世界万民を救ふのも一人の女を救ふのも救ひに二つはない、一人の女を見殺しにして世界の人民を助けたつて最善の行方で無いかも知れない。吁、私は自己愛に陥ちて居たのかも知れない、仮令あの女を助けるために地獄に陥ちてもあの女を助けるが赤心だ。エーもうかうなれば善も悪もない、シオンの谷に身を隠し女に罪を作らせるよりも自分が罪人となつて、マリヤを助けてやらう、それが男子たるものの本分だ。自分が居なくても、又失敗つてもウヅンバラチヤンダーの再臨の邪魔にはなるまい。キリストは万民のために十字架に、おかかりなされたのだ。国に残した妻には済まないが、妻だつて宣伝使の妻だ。その位の犠牲は忍ぶだらう、エーもう構はぬ、これだけ熱烈の女を見殺しにするのも余り善ではあるまいと心の中に問ひつ答へつ思案を定め、作事小屋の中に進み入つた。 ブラバーサは斯く決心をきめた上は、もはや宇宙間に何者も無くなつて了つた。此広い世界にマリヤの姿が唯一つあるのみである。今迄聞えて居た山鳩の声も虫の音も無く、一切万事何処かへ消えて了ひ、天もなく地もなく心にうつるものはマリヤの姿のみとなつて了つた。それ故サロメの姿がすつかりマリヤと見えて了つて、どうしても他の人と考へ直す暇は微塵も無かつた。 一方サロメはヤコブの事を思ひ乍ら祈願をこらして居たが、心の中に思ふやう、 サロメ『たとへ両親が何と云はうとも、世間の人が堕落女と譏らうとも、そんな事に構ふものか。自分の恋を自分が味はふに何の構ふ事があるものか。あの人の為には天も無く地も無い。森羅万象をすべて葬り去つても吾心を生すものはヤコブさまより無いのだ、地位や、名誉が何になる、貴族の生が何だ。鳥や獣でも自由に恋を味はつて居る。万物の霊長たる人間が恋を味はふに何の不道理があらう筈がない。草を分けても捜し出し、ヤコブ様を見つけ出して、地位や名誉を投げ出して今迄のお詫をせう。妾の意志が弱かつた為ヤコブ様に思はぬ歎をかけた……。ヤコブ様許して下さいませ。仮令地獄に堕ちた所で貴方との約束を実行致しませう。それが女の本領で御座いますから……』 と傍に人無きを幸ひ、知らず知らず大きな声を出して了つた。 ブラバーサは、サロメがヤコブのことを云つて居るのを聞いてゐながら、やつぱりマリヤとしか思へなかつた。二人の男女は一所に集まつて互にかたく抱き締めた。そして天も地も、橄欖山も自分の体もどこかへ消滅したやうな無我の域に入つて了つた。暫くあつてサロメは、ホツト気がついたやうに、 サロメ『あゝヤコブ様、ヨウ来て下さいました。妾の一念が貴方の魂に通じたので御座りませう。もう此上は身も魂もあなたに捧げまして決して外へは心を散らしませぬから可愛がつて下さいませ』 ブラバーサはヤコブと云ふ声を聞いて大に怒り、 ブラバーサ『こりや不貞腐れのマリヤ奴、よう私を翻弄して呉れたなア。お前の熱愛して居るヤコブの代理に己を使ふとは、馬鹿にするのも程があるではないか。己はマリヤより外に愛する女は無いのだと思つて居たのにエヽ汚らはしい、勝手にどうなとしたがよからう。俺もこれで胸の迷ひが取れた。あゝ惟神霊幸倍坐世』 サロメはやつぱり現になつてブラバーサをヤコブと思ひつめて居た。マリヤより愛する女が無いと云ふのを聞いて、 サロメ『エヽ悪性男のヤコブ奴、ようもようも此サロメを馬鹿にしよつたなア。命を捨てた此体、もう此上は破れかぶれ思ひ知つたがよからう』 と護身用の短刀を抜いて切つてかかる。ブラバーサはマリヤ待つた待つたと作事小屋のぐるりを逃げ廻つて居る。かかる所へ疑ひ深いマリヤは、サロメがアンナ事をいつて、ブラバーサを隠して居るのでなからうかと、中途より引返し来り、此体を見て打驚き、 マリヤ『もしサロメ様、マア待つて下さいませ』 と腕に食ひつく。サロメは夜叉の如くに怒り狂ひ、 サロメ『エヽ恋の敵マリヤ奴、ヤコブを取りよつた恨だ、覚悟を致せ』 と猛り狂ふ。其処へ又現はれて来たのはサロメの後を追ふてやつて来た失恋男のヤコブであつた。ヤコブは大声をあげて、 ヤコブ『これこれサロメさまお気が狂ふたのか一寸待つて下さい。私はヤコブで御座います』 サロメは此声に勢抜け茫然として短刀を握つたまま衝立つて居る。月は皎々として山の端を照らし初めた。四人の顔は一度にハツキリして来た。マリヤは慄ふて居るブラバーサの手を固く握り、 マリヤ『聖師様何処へ行つてゐらしたの。妾どの位たづねて居たのか分りませぬのよ』 ブラバーサ『ウンお前がマリヤであつたか。夜中の事とて甚い人違ひをしたものだ。あの活劇を見て居つたであらうなア』 マリヤは、 マリヤ『ホヽヽヽヽ』 サロメも、 サロメ『ホヽヽヽヽ』 ヤコブ『何だ人違ひか、サア、サロメさま、ヤコブはどこ迄も貴女と離れませぬから覚悟して下さい、命がけですよ』 サロメ『妾だつて命がけですわ。ブラバーサ様があなたに見えたので甚い間違ひを致しました。マア無事で怪我が無くて何より結構で御座いました。皆様茲で神様に感謝を致しませう』 と男女四人は地上に端座し、恋の成功を感謝した。ヨルダン川の流れも峰吹く風の音も天も地も漸く四人の前に開展して来た。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・七・一二旧五・二九加藤明子録) |
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霊界物語 | 64_上_卯エルサレム物語1 | 18 新聞種 | 第一八章新聞種〔一六四七〕 ヨルダン河の河縁に新しく建つたバハイ教のチヤーチがある。そこには、バハーウラーが足を止めて、各国人に対し、バハイ教を宣伝してゐた。次から次へ聞き伝へて救世主の再臨の如く、聖地に集まる各国人はその教を聴かむと、昼となく夜となく可なりに集まつて来た。サロメもヤコブとの恋愛関係より両親と意見合はず、此チヤーチに隠れてバハイの教を研究してゐた。 ヨルダン河は朝霧立ち昇り、余り広からぬ向ふ岸の樹木さへも見えない迄に濃霧に包まれてゐる。川べりの窓をあけて水の流れを打見やりながら、バハーウラーと共に世間話に耽つてゐる。サロメは、 サロメ『聖師様、此世の中に最も幸福な人と云へば如何なる人で御座いませうか』 バハーウラー『一般の人は一国の主権者となり、或は貴族生活をして道を行くにも馬車自動車に乗り、何一つ不自由なく安楽に暮す者を最も幸福者として居りますが、私なんかは、世界人類を救済する聖き神の使となる位、世の中に幸福な者はないと思ひます。そして夫婦睦まじく、二三人の子を生んで其子も親も同じ神さまの道に、一身を捧げて信仰する人の家庭位幸福なものはなからうと考へます』 サロメ『成程、妾も御存じの通り、貴族の家に生れ、ウルサイ虚礼虚式に束縛され、少しも自由の行動は出来ず、殆ど慈悲の牢獄に投ぜられたやうなもので御座いました。其苦痛に堪へかねて、筆墨に親み、下らぬ小説を書いたり歌などをよんで、悶々の情を消さむと努めてゐましたが、小説を一つ書いても身の生れが貴族の為に、あちらにつかへ、此方につかへ、思ふやうに筆を走らすことも出来ないので、本当に人生貴族となる勿れといふ言を深く味はひました。それから無理解な親兄弟の圧迫によつて、素性卑しき毘舎の妻として追やられ、十年が間あるにあられぬ苦痛と不愉快を忍んで参りましたが、とうと居たたまらなくなつて、毘舎の家を飛び出し、自分に同情をしてくれる男の方へ走つたので御座いますが、之も又ウルサイこつて御座います。どうしたら天下晴れての夫婦になれるであらうかと、いろいろと心を痛めましたが、モウ此上は神様のお力を借りるより仕方がないと存じまして、バハイ教の教を信仰することになつたので御座います。本当に不運な生付で御座います』 バハーウラー『成程、貴女のお考へも強ち無理ではありますまい。併し乍ら今日の世の中は分らずやが多くて、誤解する者ばかりですから、余程心得なくちやなりますまい。あなたもシオンの女王として随分新聞紙に喧しく書き立てられましたなア』 サロメ『世界中へ醜名を拡めてくれました。ルートバハー教のウヅンバラチヤンダーさまと東西相並んで新聞種の巨壁となりましたよ。オホヽヽヽ』 バハーウラー『あなたが普通の平民の生れであつたならあれ位な事は、六号活字で人の気のつかないやうな所へ、ホンの二行か三行のせるのですけれど、何と云つても伯爵家のお嬢さまだから新聞屋の阿呆奴が、針小棒大に書き立てたのでせう。ウヅンバラチヤンダーさまだつて、やつぱり、ルートバハー教といふ背景がなければ、あれ程喧しくならなかつたでせう。本当に新聞記者位悪い奴はありませぬなア』 サロメ『新聞記者に狙はれたが最後、助かりつこはありませぬよ。丸で胡麻の縄の様なもので、何処へ隠れて居つても探し出して、おマンマの種を拵へやうとするのですからねえ』 バハーウラー『時にサロメさま、此頃日出島から、立派な宣伝使が聖地へ見えて居りますが、お聞及びで御座いますか』 サロメ『ハイ、存じて居ります。本当に立派な方で御座いますねエ』 バハーウラー『あなたは此処へお出になつてから殆ど二ケ月になりますさうですが、どこでお会ひになつたのですか。根つから貴女が其方にお会ひになる機会がなかつたやうに思ひますが……』 サロメ『ハイ、妾は橄欖山へ夜分にお参りする時、チヨコチヨコ山上や坂の途中に於て、お目にかかり、お話しもさして頂いて居ります。それ故あの方の人格も思想もよく存じて居ります』 バハーウラーは微笑を泛べ乍ら、 バハーウラー『ヤコブさまに比べては、あなたどちらが良いと思ひますか』 サロメ『お尋ねまでもありませぬワ、ホヽヽヽヽ』 かかる所へ『御免なさいませ』と言ひ乍ら受付に案内されて這入つて来たのは、ブラバーサであつた。ブラバーサは、 ブラバーサ『これはこれは聖師様、此間は御親切にお尋ね下さいまして、有難う御座います。今日は折入つて、サロメ様に御相談致したいことがあつて、お伺ひ致しました』 バハーウラー『ヤ、よう来て下さいました。呼ぶより誹れとか云つて、今も今とて貴方のことを話して居つた所です。サロメさまに御用とあれば私は席を外します。どうぞゆつくりお話し下さいませ、……モシ、サロメさま、ヤコブさまのことを忘れちや可けませぬよ』 とニツコリと笑ひ、気を利かして此場を立去りぬ。 サロメ『ブラバーサさま、能くマア訪ねて下さいました。一昨夜はエライ失礼を致しましたね。妾思ひ出しても恥しうなつて参りましたワ』 ブラバーサ『イヤもう失礼は御互で御座います。併しサロメさま、今日参りましたのは外のことだ御座りませぬ、吾々の身の上に関して大変なことが起つて居るので御座います』 サロメ『大変とはソリヤドンナことで御座いますか。どうぞ早く聞かして下さいませ。何だか妾も胸が騒いでなりませぬワ』 ブラバーサは眉をひそめ乍ら言ひ憎相にして、 ブラバーサ『実の所は一昨夜の山上の活劇を三人のアラブがスツカリ見て居つたと見えまして、私の草庵を訪ね、一万両の金を出さねば、新聞へ出すとか言つて、強請に参りました。私だつて遠国から参つた者で御座いますから、夫れ程の大金は持つてゐる筈もなし、已むを得ず百両包んでやつた所、忽ち大地にぶつつけて、之から新聞社へ行つて二三万両の金を貰つて来る、さうすりやお前達四人はユダヤ人の怨府となり磔刑に会ふだらうと捨台詞を残して帰りました。グヅグヅしてゐて新聞にでも出されちや大変ですから、何か貴女によいお考はなからうかと御相談に参りました』 聞くよりサロメは目を丸うし、面色迄変へて稍慄ひ声になり、 サロメ『ヤ、其奴ア大変です。何うしませうかなア』 ブラバーサ『何うも仕方がありませぬ。恥し乍ら、何れ分ることですから、バハーウラーさまに一伍一什打あけて、何かよい智慧を借らうぢやありませぬか』 サロメ『だつてマサカ、ソンナ恥しいことが言へぬぢやありませぬか。あゝ困つたことですねえ』 斯る所へ聖師バハーウラーは少しく苦々しい顔をし乍ら現はれ来り、 バハーウラー『モシお二人さま、都新聞の記者があなた方にお目にかかりたいと云つて参りましたが、何う致しませうかね』 サロメ『ハテ、困りましたねえ』 ブラバーサ『モウ斯うなつては隠れたつて駄目でせう。此方の方から面会して、何もかも事情を云つてやりませう。それの方が却て良いかも知れませぬよ。新聞記者に隠れると、憶測で針小棒大に何を書き立てるか知れませぬからな』 サロメは胴を据ゑて、 サロメ『ソンナラさう致しませう。聖師様、記者様をどうか此方へお出で下さる様に云つて下さいませぬか』 バハーウラーは『宜しい』と諾き乍ら表へ出で行く。 (大正一二・七・一三旧五・三〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 01 復活祭 | 第一章復活祭〔一八〇七〕 十二日は聖師ウズンバラ・チヤンダーの降誕日に相当するので、ブラバーサは草庵を立つて其吉辰を祝すべく、橄欖山の聖地に参詣して、熱烈なる祈祷を捧げ了り、今日は常よりも緊張した気分で、且つ敬虔な態度で山を下り、アメリカンコロニーにも立寄り、聖師に会つて神徳談を交換し、日没前袂を別ち、帰途カトリックの僧院ホテルに立寄つた。恰も当日は聖キリストの復活祭で全基督教会は之を大聖日として一斉になる祈祷が捧げらるるのである。旧教も新教も何れの教派を問はず、最も栄えある福音として此の聖日を迎へるのである。そして旧教の方面から見ると当年は聖年に当つて居るが、その聖年中の復活祭として乙丑の四月十二日を最も祝福する事に成つてゐる。大体カトリック教会では三月第三回目の水曜日から聖年は四旬節に入つてゐるのである。祈りと、断食と、苦行との節が初まるのである。即ち祈り、苦行、断食等の犠牲がこの四旬節に行はれる。そして四月に入ると五日から十二日の復活祭まで是を大週又は聖週として五日を聖き枝の主日、又は棕櫚の主日と云ふのである。 『弟子たち往きてイエスの命じ給ひし如くに為し、牝驢馬とその子とを引き来たり、己が衣服を其上に敷き、イエスをこれにのせたるに、群集夥しく己が衣服を道に敷き、ある人々は樹の枝を切りて道に敷きたり。先に立ち従へる群集呼ばはりて、ダヴイドの裔にホザンナ、主の名によりて来たるものは祝せられ給へ。いと高きところまでホザンナを言ひ居れり』 即ちイエスがエルサレムに入つた時、人々は道に着物や木の枝を敷いて歓迎した其日なのであるが、四五日を経てそれ等の人達は其のイエスを十字架にかけたのである。 九日は聖の木曜でイエスが死没の前夜、弟子を集めて最後の晩餐を催し聖体の秘蹟を定めた日である。この日司教座の在る聖堂では聖香油を造ることに成つてゐる。 十日は聖の金曜であつて、イエスが十字架に上り死刑に処せられた日である。米国あたりでは午後一時から三時まで、即ち其刑の執行時間を、皆店を閉ぢ商売を休む習慣の所もあると云ふことである。 十一日は聖の土曜で復活の光明が仄かに刺した日である。さうして、十二日の復活大祝日となるのである。 『おそるること勿れ。汝等は十字架につけられ給ひしナザレのイエスをたづぬれどもかれは復活し給ひて、ここにはましまさず』 そして此の聖週が終つても、十三日を復活第二の主日となし、 『汝指をここに入れて、我手を見よ。手を延べて我が脇に入れよ。不信者とならずして信者となれよ。トマス答へて、「主よ、わが神よ」と言ひしかば、イエスこれに言ひけるは、トマス汝はわれを見しによりて信じたるか。見ずして信ぜし人々こそ福なれ』 そして十四日をその第三の主日とするのである。 『我は又この檻に属せざる他の羊をもてり。かれ等をも引き来らざるべからず。さて彼等我声をきき、かくて一つの檻、一つの牧者とならむ』 これらの教を各教会に於て一斉に説かれて居るのである。 ブラバーサが立寄つた僧院ホテルの別室には数多のカトリック教徒が集まつて、此の聖日を祝すべく、復活祭第一の主日の祭典や祈祷を行つてゐた。 ブラバーサはルートバハーの聖師の生誕日に当つて、此の僧院に厳粛なる儀式が行はれてゐる事を何となく嬉しく、且つ神縁の絡まれたる不思議さに感歎しながら、式の終るを待ち、末座に敬虔な態度で祈祷を拝げ、感慨無量の面持であつた。 ホスビース・ノートルダム・フランスのこの加特力僧院ホテルを経営してゐる司教テルブソンは、先途に立つて神の御前に三拝し、一同の信者と異口同音に左の讃美歌を唄ふた。 一 御祖はあれまし道を説けり なやみに住む人求ぎて来たれ 智慧のみはしら世に降れり よはき人々よ来たりまなべ。 二 伊都の大神は世に降れり よろづの人々来たりたのめ 身魂をきよむる神の清水 汚されし人は来たりすすげ。 三 美都の大神世に出でます なやめる人々来たりたのめ 生命の御親は世に降れり つみにしみし人求ぎて生きよ。 四 美都の御柱は世に生れぬ うへした諸共来たり斎け 天地のはしら御世に降る すべてのものみな勇みうたへ。 一同美声を揃へて四辺の空気を清めたる讃美歌の奉唱も無事終了し、司教のテルブソンはさも荘重な声にて一場の演説を試みた。 テルブソン『御一同様、今日は吾々信者に採つて最も慶すべき吉辰で厶います。メシヤの復活あそばされて、天国の福音を世界の同胞に垂れさせ給ひました主の日で厶います。就ては主の御約束遊ばした聖地エルサレムへ御再臨の時期も追々と近づいた様に拝せられ、吾々は実に神様より選まれたるピュリタンとして、此上の光栄は在るまいと思ひます。皆様、主は「我が来るは平和を出さむ為では無い。刃を出さむ為に来れり」と仰せられてゐるでは在りませぬか。吾々は主再臨の好時期に生れたものですから、余程の覚悟を致さなくては成りますまい。現代人の多数は宗教の力に依つて、或は絶対的信仰の力に依つて、真善美の行為を現はし、家庭の円満を企画し、自己の人格を向上し、社会国家を益せむものと焦慮してゐる様で厶いますが然し私は思ふ、ソンナ怪智くさい考へを以て信仰が得られませうか。刃を出す覚悟が無くては再臨のキリストに救はる事は出来ますまい。信仰の為ならば、地位も、財産も、親兄弟も、知己も、朋友も一切捨てる覚悟が無くては駄目です。信仰を味はつて家庭を円満にしようとか、人格を向上させやうとか云ふやうな功利心や自己愛の精神では堂して宇宙大に開放された、真の生ける信仰を得る事が出来ませうか。自分は世の終りまで悪魔だ、地獄行きだ、一生涯世間の人間に歓ばれない。かうした悲痛な絶望的な決心が無くては、此の洪大無辺にして、有難い尊い大宇宙の真理、真の神様に触れる事が出来ませうか。某聖者が地獄一定と曰はれたのは此処にある。某聖者は世を終るまで悪人たる事を覚悟されてゐた。主イエス・キリストも神様の御命令とあれば何事も敢て辞さないと曰ふ覚悟を持つて居られたのであります。一切の囚はれより、一切の欲望より、一切の執着より、真に離れ去つた時、それは真に胸中無一物、空の空であり無の無である。その時の心境こそは鏡の如く晴れ渡り、澄み切り、総ての事象は如実にその心境に移り来る。その時こそは真に絶対の自由と平安と、幸福は立どころに与へられ、さうして過去の一切の経験は一つの偉大なる力となつて、現在の一点に躍動するものであります。即ちこの瞬間の一点を踏みしめ踏みしめ凝乎と足許を見極めて精進するやうになれば、そこに所愛の創造があり、進化があるのです。私は平素この精神を以て信仰生活を終始して居るのです。私はこの僧院の司教として斯る信仰を持し、聖キリストの再臨を待つて居るのですが、世間の一般からは外道悪魔の様に批評されてゐます。併し乍ら斯る暗黒の世の中にも私只一人三五教の宣伝使ブラバーサ様の知己あることを光栄と存じて居ります。兎に角キリスト再臨の間近く迫つた今日、総ての因習を捨て神様の愛に向つて猛進せなくては成りませぬ。善だとか悪だとか天国地獄などに囚はれて居ない私は皆さまに向つて何も申上げる原料も持説も厶いませぬ。故に今日は主の復活聖日を祝福し皆さまと共に神を讃美し奉ることに止めておきます。アーメン』 と合唱し降壇した。拍手の声は急霰の如く僧院ホテルの内外に響き渡つた。 次にスバツフオード聖師は立つて一場の演説を試みた。 スバッフォード『皆様今日は実に有難い主イエス・キリストの復活あそばされた聖年聖日で厶いまして、吾々は斯の立派な僧院におきまして、兄弟姉妹と共に主の日を讃美し祝福することの光栄を感謝せずには居られないので厶います。吾々兄弟姉妹は、この目出度き聖日をして意義あるものたらしめねば成りませぬ。そして伝統的ブルジョア的宗教や、伝説や口碑に因つて飾られたる既成宗教の殻を脱いで、時代を指導するに足る宗教の運動に生きなくては成りませぬ。吾々の団体は創設以来数十年の日子を経過いたしました。そして聖キリストの再臨を待望して参りました。やがて待ち焦れたるメシヤの御再臨も近い事と考へさして頂いて居ります。今度顕はれたまふ主エス・キリストは時代相応の理に依つて屹度英雄的色彩を濃厚に持つて御降りになる事と信じます。 熟々現代の世相を視れば一方には文学を恥ぢて武勇を好むもの、一方には文学に耽溺して武備撤回を主唱するもの、仁義の士を賤しみ且つ愚者扱ひを為し、権謀術数に長じたるものを紳士と崇め、治獄の吏を貴み、悪法を施行し、正言真語を唱ふるものを以て誹謗者と看做して獄に投じ、奸邪を重用して政事の枢機に列せしめ、過ちを防遏せむとするものは之を妖言者と貶し、流言浮説者として圧迫を加へ、先聖の法服世に用ひられず、忠良功言皆胸中に欝し、誉諛の声は日夜耳に満ち、虚栄と美食心を薫じ、実行なく、口説のみ盛んにして、社会の滅亡眼前に迫るの心地が致します。斯かる時代に際して一大英雄即ち救世主の降臨が無かつたならば、最早世は暗黒より道はないでせう。神的英雄なるものは国家又は社会の実体とも曰ふべきものであつて、国家も社会も要するに英雄理想の具現の形式であります。凡て英雄の無き国家社会は精霊の脱出した人間の屍体も同様であります。精神の脱出した人間の肉体が恣意なる五欲の乱起によつて自らの破滅に終るが如く之を大統する神雄聖者の欠如は、常に国運の衰弱、否死滅も同様であらうと思ひます。今日の世の中は文化の低下せしにもあらず、生産の減少にもあらず、僧侶宣伝使の尠きにもあらず、兵備の整はざるにもあらず、然るに昨日の隆盛も今日の沈衰、径庭かくの如く甚だしきものは何の理由ぞ。要するに国家社会本来の意義を体得した大統的偉材の欠乏せるが為で厶いませう。故に私は民衆的力をば信ずることは出来ませぬ。独り神雄的聖救世主の出現を待つのみで厶います。 主エス・キリストが山上に訓を垂れさせ玉ふや、群集は其の教に驚き、孔子の春秋を作つて発表するや、乱臣賊子をして悚懼せしめたでは厶いませぬか。そは主キリストや孔子は所謂学者等の如くならずして、権威あるものの如くであつたからでありませう。今や世界の民は自ら驚かむことを求めつつあります。今日の人民は既に自分等が不平の代弁者の饒舌に倦み果てて居ります。今日の人民が鶴首して待つて居るものは、金切声を搾つて彼等自身の窮状を説明するものでは無くて、神の如き威厳を以て其の進路を指すものの出現であります。神に於てはその言ふ所は即ち行ふ所となるのであります。徒に民と共に叫び、民と共に躍る如きは是れ雪上更に霜を加ふるの類であつて、吾々真に天下の重きを以て任ずる信者諸士の深く恥る所なのであります。何卒吾が敬愛なる神の御子たちよ、民衆の煽動に乗ずること無く隠忍自重して以て神雄偉人としての聖キリストの再臨を待たうぢや厶いませぬか。アーメン』 と結んで演壇を降る。急霰の如き拍手の声に満堂揺がむ許りの光景であつた。 ブラバーサは壇上に悠々と立上り、暗祈黙祷の後、聴衆一般に向つて敬意を表し、コツプの水を一杯グイと呑干し乍ら、咳一咳して曰く、 ブラバーサ『皆様、今日は実に目出度き主の復活日で厶いまして、地球上の人民は、老若男女の嫌ひなく、此聖日を欣仰せない者は厶いますまい。殊に吾々御互は神様の寵児として、親しく神様にお任へさして頂いて居りまする点からしても、特に讃仰せねばならないと存じます。思想界の悪潮流は世界に氾濫し、今や地上の神の国は破滅せむとするの勢ひで厶います。一時も早く此暗黒の帳を開いて、明晃々たる日出の御代を来すべく、吾々は努力せなくてはなりませぬ』 斯く論じ来る折、聴衆の中よりやをら身を起し、満面朱を濺ぎ乍ら、ツカツカと壇上に上つて来た婆アは、日出島からやつて来たお寅であつた。お寅はブラバーサに向ひ、 お寅『コレ、お前はブラバーサぢやないか。今聞いてをれば、一時も早く日出の御代になる様、吾々は努力せねばならぬと云つたぢやないか。日出の御代にするのは、日出国の天職ぢやぞえ。そして日出の島から現はれた此日出の神が本当の世界の救世主だ。日出の神の因縁が聞きたければ、此御本尊に聞いたが一番近道だ。ひつこみてゐなさい。ヘン、偉相に、宣伝使面をさげて、何のこつちやいなア。コレ皆さま、こんなバチ者に耳をかす必要はありませぬ。誠の救世主日出の神は此お寅で厶いますぞや。第一此ブラバーサなぞは、面からしてなつてゐないぢやありませぬか。梟鳥のやうな目玉をして、土左衛門のやうに青ぶくれた面して、此ザマつて、厶いますまい』 聴衆の中より、 『お寅婆ア、退却だ退却だ、引ずりおろせ』 と叫ぶ者がある。又一方よりは、 『ブラバーサ聖師、確り頼みます』 と叫ぶ者もあつた。お寅はクワツと怒り、聴衆を睨めつけ乍ら、 お寅『ヘン盲聾と云つても余りぢやないか。これでは神様も御苦労ぢやわい。警鐘乱打の声も雷霆叱咤の響きも、耳に這入らぬといふ御連中の多い世の中だから、三千世界の立替立直しを双肩に担うた此日の出の神も、本当に迷惑を致しますわい。此ブラバーサといふ立派な宣伝使は、お前さま方遠国の事で何も知らぬだらうが、今此お寅の救世主が素性をあかし、皆さまのお目をさましてあげませう。ウズンバラチヤンダーなどと申す偽変性女子の頤使に甘んじ、キリスト再臨の先駆だなどと自惚して、ぬつけりこと此聖地に参り、あらう事か、あるまい事か、神聖にして冒す可らざる、オリブ山の聖場に於て、夫れは夫れはいふに云はれぬ、とくに説かれぬ、話にも杭にもかからぬ、面白い怪体な乱痴気騒ぎを遊ばすといふ大紳士で厶いますから、ホヽヽヽヽ。余り可笑しうて臍が茶を沸しますぞや。ここ迄いふたら、大抵のお歴々方は略肯かれませう、アメリカンコロニーの牛耳をとつてゐるといふマリヤさまと、それはそれは、ヘン……もう後はいひますまい。同席するも汚らはしい。ブラバーサさま、良心があるならとつとと退却なされませ。ようマアぬつけりことこんな所へ、横柄な面をして上られたものだな。早くシオン山の隠処へでもひつ込んでゐなさい。日出の国人の可い面よごしだよ』 ブラバーサはやをら身を起し群衆に対ひ、 ブラバーサ『皆さま、私は折角の此聖日に当りまして、皆様と共に主の日を祝し奉り、尚将来の御相談を致したいと存じましたが、斯の如く邪魔が這入りましては、お話する訳にもゆかず、又皆様も喧嘩をお聞きにお出でなさつたのぢや厶いませぬから、私は一寸控えますから、どうかお寅さまの演説を聞いて上げて下さいませ。匹夫の言にも得る所ありといふ事もありますし、まして三千世界を統一し、且改良するといふ大責任を自覚して厶る御方ださうで厶いますから……』 お寅『そら、何アんーと仰有る、匹夫の言とは誰の事だ。大方蛙は口から自分の事を云つてるのだらうな。匹夫といへば男のこと。此お寅は、淑女否神女だ。神女と匹夫と混同するやうな事で、どうして宣伝使が勤まりますか』 ブラバーサは耳にもかけず、サツサと降壇し、聴衆の中に交つて、ハンケチで汗をふいてゐる。お寅は勝誇つた面持にて、稍反り身になり乍ら、コツプの水を二三杯つづけさまにグウグウとひつかけ、余りあわてて、水が気管支の中へ浸入し、コホンコホンと咳払止まず、目から一杯涙をこぼし、卓にもたれて、しやがんで了つた。そこへ守宮別はお寅の演説を補はむと、ヅブ六に酔ひ乍ら、ヒヨロリヒヨロリと登壇し、 守宮別『皆さま、お寅さまは、中途に負傷を致しましたので、拙者が代つて代理を勤めます。どうぞ不悪思召し下さいませ。私は自転倒島から案内役として、お寅さまに頼まれ参つて来た者で厶いますが、別にお寅さまの説を信じたのでもなければ、神格に感動したのでもありませぬ。付いてはブラバーサ君に対しても同様の考へを持つてをります。とに角世の中は偽救世主、偽キリスト、偽予言者の横行濶歩する最中ですから、どれがホン物か偽者か、一寸判断に苦まざるを得ませぬ。キリストといふ事は日の出の国の言葉でいへば、……油をそそぐ者……とかいひますが、油を注ぐ事に付いて最も堪能なのは此お寅さまですよ。喧嘩の火が燃え盛つてる所へ、薪を放り込み油を注ぐやうな事を得意で為います。それで火の勢が益々強くなるので、それで火の出神と自称して厶るのであります。ヤソといふ事はイエスともいひ、イエスは癒やすといふ事にもなり、要するに薬といふ事です。くすりはヤクとなる、ヤクは薬師如来です。ヤツコスです。それで薬の最秀れた物は酒です。これ位効験のある神は世界に厶いますまい。一口のみてもすぐに頬にホンノリと赤味が出て来る。二口三口と呑めばのむ程心が浮いて、世の中が面白くなつて参ります。つまり天国が忽ち出現するのです。それに何ぞや、禁酒禁煙だとかキリストの信者はいつてゐますが、これ位矛盾した事は世の中に厶いますまい』 などとヘベレケに酔ふて酒宣伝をやつてゐる。其間にお寅は喉の調子が直つたとみえ頭を擡げ、守宮別の側にゐるのを見て、百万の味方を得た如き気分になり、 お寅『皆さま此方は守宮別といひまして、日の出の島切つての聖人で厶います。併し乍ら少し許り今日は聖日を祝する為に、お神酒をあがつてゐられますから、チツト許り脱線の気味があるかも知れませぬが、脱線する様な人間でないと正当な事は分りませぬ。御覧なさい、汽車でさへ余り勢よく走ると、勢が余つて脱線するでせう。さうだから其積りで聞いて貰はんと、取違されると困りますから、一寸御注意を与へておきます』 聴衆は四方八方よりワイワイと騒ぎ立ち、「引きずりおとせ……放り出せ」と呶鳴り出したり。演説を聞に来てゐた、回々教の信者トンク、テク、ツーロの三人は矢庭に壇上に駆上り、トンクはお寅をかたげ、テク、ツーロは守宮別をかたげて、ヨイシヨヨイシヨと囃し立て乍ら、僧院ホテルの裏口より何処ともなく駆出して了ふた。之よりブラバーサは再壇上に立ち、救世主の再臨に関する演説や、世界共通語の必要なる所以を説き、次でマリヤの簡単なる演説あり、神前に拝礼を了り、茶菓の饗応あつて目出度く此聖日祭を閉づる事になつた。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於丹後由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 08 擬侠心 | 第八章擬侠心〔一八一四〕 四、五人の労働者『僕の人生はどこにある朝から晩までタラタラと 汗水しぼつて金儲けしようと思つて人並に 苦しみ悶え汗膏殆ど尽きた此体 膏のやうに絞られて身体頓に骨立し 悲鳴をあぐるその中に君と僕との人生は 深く潜んでゐるのだらう思へよ思へ友の君 資本主義なる世の中はキヤピタリズムを唱ふれば 大罪悪の酵母だよ殺人強盗強姦や 詐偽に窃盗脅喝やまだあるまだある沢山に これもヤツパリ吾々が人生に処する余儀なき手段であるだらう このやうな事になつたのもキヤピタリズムの賜だ 不労所得者の賜だガンヂガラミに縛つてる その方法は警察だ裁判所だ刑務所だ も一つひどいのは絞首台おまけに憲兵だ軍隊だ まだまだ無数に手段ある蜘蛛の巣よりも巧妙に 鋼鉄よりも頑強に無数の吸盤で吾々の 生血を吸ふたり膏をばねぶつて喰ふ資本主義 制度の此世にある限り君等も吾等も助からぬ 抑人生のおき所が悪かつた為に吾々は 膚は寒く腹は餓ゑ終にや縛られ殺される 何とかせねばならうまい悪逆無道の此制度 打てや、こらせやブル階級振へよ、起てやプロレタリヤ 立つべき時は今なるぞ政治宗教法律や 倫理や修身何になる吾等は命を的にかけ 子孫のために悪制度破壊せなくちや人生の 大本分が尽せない打てや懲せやブルジョアを』 と四五人の労働者が赤い旗を立てて橄欖山麓を歩んで来る。待ち構へて居た数名の警官は有無を云はせず一人も残らずフン縛つて了つた。 警官『コリヤ、その方は今何を歌つてゐた。不穏と認めるから捕縛したのだ。調べる事があるからエルサレム署迄キリキリ歩め』 その中の一人は盛に首を振り乍ら、 トロッキー『オイ、ポリス、馬鹿にすな、俺達はもとより主義の為めに生命を捨ててゐるものだから、拘引位は屁の茶とも思つてゐないが、然し乍ら、人民の声を聞いて省たがよからうぞ。貴様は何だ、僅かな目くされ金を貰ひやがつて人民の怨府になり、時代錯誤の張本人の部下となつて、その日を暮すとは実に憐れつぽいものだのう。俺は、かう見えても世界で有名なトロッキーだ。どうだ、今此際俺の云ふ事を聞いて一同の縛を解くか、それとも時代に目醒めずして俺等を拘引するか。忽ち汝が頭上に災の来るは電光石火よりも速かだぞ。此聖地には俺の部下が殆ど七八分ある筈だ。それだから何程法律を喧しく云つても、宗教を叫んでも駄目だ。覚醒するなら今だが、どうだ、返答を聞かう。それまでは一寸だつて吾々は動かないぞ』 警官は互に顔を見合せ、トロッキーと聞いて、稍恐怖心に懸られてゐる。警官は各耳に口を寄せ善後策について協議をやつてゐる。そこへ守宮別、お花の両人がホロ酔機嫌で現はれ来たり、 守宮『オ、これはこれは誰かと思へば警官、こなたで厶るか。さてもさても沢山な得物が厶つたものだな。エー、併し乍ら、御忠言で恐れ入りますが、一寸、私の言ふ事も聞いて下さい。永くお暇はとりません。何のために労働者をお縛りになつたのですか、労働者は抑も国家生産機関の基礎で厶いますよ』 トロッキー『イヤ、お前さまが噂に高い日出島の守宮別さまだな、そして、そこにゐるのは有名なお寅さまかい』 守宮『イヤ、お寅さまは、一寸様子があつて此頃霊城に神界のため立籠もつてゐられますよ。私はお寅さまのお弟子と、……エー……、神界の御用でお山に詣る途中ですが、貴方等が縛られとるのを見て、どうも、黙過する訳にも行かず、今警官とかけあつてゐる処ですよ。又何のために、こんな目にお会ひになつたのですか』 トロッキー『今日は全国の農民が労働を祝福すると共に、暴逆極まる資本主義の搾取と圧制に対し、一斉に抗議を投げつけるため、世界の無産階級のために友情を示し、又吾々団体の決意と団結の一層強固ならむ事を誓ふために、示威運動を全国一斉に行ふ日です。農民組合員は一人も洩れ落ちなく、婦人も少年も、これに加はつて吾々の無産階級団体を作るための運動最中、わからずやのポリスに引かかつたのですよ。警官が何と云ふか知りませぬが一同に農民歌を歌はせますから、それを聞いて農民の苦境をお覚り下さい』 『農民歌始め』と号令するや縛られた六人を初め、その附近に立つて居た人々も口を揃へて歌ひ出した。警官は呆気にとられて黙つて聞いてゐる。 一同『農に生れて農に生き土を耕し土に死す 痩たる土の香りにも汗と涙に生きむとす 吾生活の悲愴さはブルジョア階級の夢にだに 感知し得ざる悲惨さよアヽ吾生命に力あれ 吾運動に力あれ。 ○ 春幾度か廻れども富みおごれるは農民の 吾々老若男女等が汗と膏の賜物ぞ 汗とあぶらを盃に汲んでは花にたわむれつ 秋の月をば慰めに酒汲み交すブル階級 寒く餓ゑたる同胞を蔑み笑ひ鞭てり 鬼か大蛇か狼か悪魔のはばる此世界 立替せずにおくべきか吾等が生命に力あれ 吾等が運動に力あれ。 ○ たぎるが如き小山田の真夏真昼も孜々として 滝なす汗をしぼるのも来らむ秋の八百穂の 稲の実のりの肥料ぞと苦熱を凌ぎ草とれば 高楼絃歌にさんざめく吾等は命を的として 此悪風を根絶し吾等の未来を救ふべし 未来は吾等のものなるぞ吾活動に力あれ 吾生命に力あれ ○ 曙白く星寒く刃の如き秋の風 山野の草は枯れ尽し地上一面霜をおき 鎌を握れる此手先霜ふみしめし足の先 罅凍傷に血走れど憩はむ暇さへなかりしが その収穫は大部分地主の倉に収まりて 淋しく泣ける寒狐住む家さへも壁は落ち 見るも悲惨な光景ぞあゝ人生はかくの如 悲惨で一生を通すのか否々決してさうでない 天の与へし田種物働くものの所有ぞや 不労所得者の権力がどこに一点あるものか 吾等の運動に力あれ未来は吾等のものなるぞ。 ○ 汗と涙と血を捧げ地上に画がく芸術の 誇りも空しく夢と消え汗と涙に汚れたる 吾等が辛苦の結晶は奢侈逸楽の犠牲となり 飢と寒さに子等は泣くあゝこの惨状をいかにして いつ迄看過出来やうか吾等の命に力あれ 未来は吾等のものなるぞ。 ○ 咄何者の奸策ぞ正義の刃に血は煙 自由の剣をとりて立つ雄々しき勇士といたはしき 妻子の上に迫害の魔の手は下れり爪先を 敏鎌の如く研すまし吾等が大切の玉の緒を 斬らむと企むブル階級倒さにやならぬ吾々は この世この儘置いたなら彼等の為に亡ぼされ 子孫断絶するだらう吾等の生命に力あれ 吾等の運動に力あれ未来は吾等のものなるぞ。 ○ 壁落ち軒は傾けど五尺の体を休養する 為には自由の誇りあり吾等貧しく疲れしも 抱く真理に光あり永き搾取と圧制に 反逆すべく起てるなり未来は吾等のものなるぞ 打てよ懲せよブル階級。 ○ 君よ見ざるや農民を全土を覆ひし団結を 君聞かざるや農民を来れよ友よと呼ぶ声を あゝ今吾等起たずんば混沌の世を如何にせむ 起てよ振へよ怒れよ狂へ未来は吾等のものなるぞ』 トロッキー『先づ吾々の主義は此通りで厶います、永らくの間、農民は地主資本家のために生血を絞られ、痩衰へて参りました。その為国家の大本たるべき農民は身体骨立し満足な働きも出来ないのです。これに反して不労所得者たるブル階級は豚の如く、象の如く肥太つて居ります。これも皆貧民の生血を搾取した結果です。神の子と生まれたる吾々人間が、どうして此惨状を真面目に見てゐる事が出来ませうか。如何に宗教が倫理を説くとも、天国を説くとも、法律が八釜しく取締つても、パンなくして人は世に生活する事は出来ますまい。そのパンの大部分を搾取する鬼や大蛇の階級を蕩滅し、平等愛の世界に作り上げるのは、吾々志士たるものの天職ではありませぬか。無論宗教は精神的に人類を救ふでせうが、焦眉の急なる衣食住の問題を閑却しては、宗教の権威も有難味も厶いますまい。そんな手ぬるい手段では、今日の世を救ふ事は駄目だと思ひます』 守宮『成程尤も千万だ、僕は大賛成を致します。もし警官どの、どうか此憐れな労働者を解放して下さい。その代り拙者が代人となり括られませう』 お花『これ、守宮別さま、何と云ふ事を、お前さまは仰有るのだい。人の罪迄引受けると云ふ事が、何処にありますか。私をどうして下さるおつもりですか』 守宮『ナザレのイエス・キリストでさへも世界万民のため十字架にかかられたぢやないか。俺がいつも酒を飲んで浮世を三分五厘で暮してゐるのも、社会人類のため命を投げ出してゐるからだ。ブラバーサやお寅さまの様に口ばつかり云つて居つても誠が無けりや駄目だ。俺は之から無産階級者の代表となつて処刑を受けるつもりだ』 お花『それも、さうで厶いませうが、これ守宮別さま、お前さまが、そんな処へ行つた後は、妾はどうするのですか』 守宮『お前は、精出してお酒の差入をするのだ』 お花『酒なんか差入は出来ますまい』 守宮『出来いでかい。今の役人は皆飢る腹をかかへてブリキを佩つて威張つてゐるから、ソツと金さへやれや何でも、云ふ事を聞くよ』 かかる所へ俄かに四辺騒々しく数百人の、暴漢が現はれて警官を十重二十重にとりまき袋叩きにして了つた。トロッキーと名乗る男、及び縛されて居た連中は、この隙に各縄目をとき凱歌をあげ何処ともなく消えて了つた。守宮別お花は得意になり、鼻歌を歌ひ乍ら橄欖山上目がけて登り行くのであつた。 (大正一四・八・一九旧六・三〇於丹後由良北村隆光録) |
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霊界物語 | 64_下_卯エルサレム物語2 | 10 拘淫 | 第一〇章拘淫〔一八一六〕 橄欖山の坂道の木蔭に四五人のドルーズ人や、アラブや、猶太人が労働服を着た儘面白相に雑談に耽りゐる。その中の一人なるバルガンは、 バルガン『オイ、ガクシー、汝は此間の戦争に行つたといふ話だが、金鵄勲章でも貰つたのか。花々しき功名手柄をして帰るなぞと云ひよつて、近所合壁に送られ、大変な勢であつたが、凱旋祝も根つから聞いた事もなし、いつの間にか吾々労働者仲間に舞戻つて来よつたが、一体戦ひの状況は何うなつたのぢやい』 ガクシー『ドルーズ族のあの叛乱によつて仏軍から雇はれ、ジエーベル・ドルーズの都、ジエールに進軍した時、ドルーズ族の勢猖獗にして、仏軍は手もなく打破られ、みじめな態で四方八方へ、一時は散乱して了つたのだ。其時俺は軍夫として、実の所は後の方に輸送をやつてゐたが、大砲の弾が、間近にドンドン落ちて来るので、何奴も此奴も腰を抜かし、肝腎の軍夫が、兵隊に担架に乗せられて運ばれるといふ惨めな態だつたよ』 バルガン『あれ丈軍器の整うたフランスの精兵が、なぜ又暴民団体たるドルーズ族に脆くも打破られたのだ。チとバランスがとれぬぢやないか』 ガクシー『そこが所謂戦争は水物といふのだ。兵数の多い方が勝つ共、武器の整頓した方が勝つとも、又は武器の調はない兵数の少ない方が勝つとも、それは時の運だから分らないワ。何しろドルーズ族は一兵卒に至る迄地理には精通して居る上、人の和を得てる上、あれ丈の人気だつたから、其虚勢丈ででも勝たねばならぬ道理だ。僅か二万位の叛乱軍に五万のフランス兵が、飛行機も大砲も輜重車も、何もかも打ちやつて、命カラガラ敗北して了ひ、ドルーズは敵の武器を応用して、あく迄も頑強に戦ひを続けるものだから、仏軍はたうとうジェーダの首都を占領されて了つたのだい。本当に強い者の弱い、弱い者の強い時節になつたものだ』 バルガン『さうすると、俺達も社会の弱者として、地平線下に汗にひたつて蠢動してゐるのだが、何時か又頭をあげる時があるだらうかな』 ガクシー『あらいでかい、有為転変の世の中だ。いつ迄も世は持切にはさせぬと、どつかの神さまもいつてゐる相だから、未来は必ず吾々プロレタリヤの天下だ。まあまあクヨクヨ思はずに、暫く辛抱するのだな、今日も今日とて、エルサレムの町を温順う歩いてゐると、俺の風体が醜いとか怪しいとか云ひやがつて、スパイの奴、何処迄も尾行してうせるのだ。そして吐す事にや……君はどつから来た、そして何処へ行く。何の用だ。年は幾つだ。姓名は何といふ……などと三文にもならぬおせつかいを遊ばすのだから、道も安心して歩けやしないワ。丸で上に立つてゐる役人共は、子供につつかれた蜂の巣の番兵蜂の様な神経過敏になつてゐやがるのだからのう』 バルガン『本当に約らぬ世の中だの、何時迄も此儘にして置こうものなら、世界はメチヤメチヤになるだらうよ。どうしても此調子では十年たたぬ内に大革命が起るだらうと思つてゐるのだ』 ガクシー『そらさうだ、生活難や就職難の叫びがこれ丈喧しくなつて居るのだもの。ブル階級や役人共も可いかげんに目を醒ましやがらぬと、たつた今、俺達と地位転倒して彼奴等は惨めな態になるだらうよ。俺や其世が来る迄は死んでも死なれないのだ。先祖代々から彼奴等に虐げられて来たのだもの、祖先の恥を雪ぐのは、吾々子孫たる者の義務だからなア。最前も此山麓でトロッキーとかいふ男が、労働団や農民団を集めて過激な演説をやつて居つたが、聴いてみれば一から十迄御尤も至極だ。併し乍ら、あんな事を聞いて居らうものなら、蜘蛛の巣をはつた如き警察の網にかかつて、厭応なしに、暗い所へブチ込まれちや大変だと思ひ、君子は危きに近付かずといふ筆法で、ここ迄スタスタやつて来りや、君たち御連中の御集会、屹度今頃にや、何か乱痴気騒ぎが始まつてるかも知れないよ』 バルガン『誰でも可いから、確りした犠牲者が現はれると可いのだがなア。さうすりや俺達ア、漁夫の利を占て安楽に暮せるのだけれど、何奴も此奴も小ざかしい人間許りで、自分の身命を賭して矢面に立つといふ大馬鹿が出て来んで、サツパリ駄目だ。かういふ時にや、どうしても大馬鹿でなけりや、世界の改造が出来ないからのう』 ガクシー『そらさうだ。ドルーズ族の酋長カンバスでさへも、始めは大変な勢で矢面に立ち、二万の民衆に武器を携帯させ、フランス軍と勇敢に戦ひ、一時は大勝利を博しよつたが、いよいよ茲といふ所で、俄に怖気立ち、安全地帯に身を逃れよつたものだから、全軍の士気頓に阻喪し、折角取つた首都も再び仏軍の手に帰し、重立つた者は何れも縛につき、ドルーズ族へは莫大な賠償金を云ひ付けられ、ヤツトの事で、カンバスの哀願に仍つて、大赦令を布かれ、一件落着するはしたものの、ドルーズは酷い破目に陥つたものだ。徹底的にどこ迄も犠牲になるといふ奴さへあれば、あんな事は無いのだけれどな、何と云つても烏合の衆だから、バラモンには最後迄敵する事は出来やしないワ。之を思ふと吾々プロレタリヤの前途も暗澹たるものだないか。腹いせまぎれに、夜中密かに役所の門に小便を屁りかけたり、糞を垂れた位では何にも効はないし、大頭の一疋や二疋爆弾でやつてみた所で、飯の上の蠅を追ふやうなものだ。先ぐり先ぐり次から次へと、だんだん悪い奴が現はれて、益々吾々に対して厳しい法律を発布したり、三人寄つて話をしても拘引するといふ、石で手をつめたやうな目に会はすのだから、矢張、弱い者の弱い、強い者の強い時節だ……と云つても仕方がない。強い者の弱い、弱い者の強い時節は万年に一度位しか、廻つて来るものぢやない。何だか日出島からブラバーサとかいふ宣伝使がやつて来て、今に救世主が現はれるとか、神が表に現はれて善と悪とを立別けするとか、下が上になり、上が下になるとか、ほざいてゐるやうだが、これも一種の宗教拡めの広告に過ぎないだらう。何程宗教が愛を説いても、パンを与へてくれなくちや、吾々は生存権を保持する事が出来ないのだからなア。……ヤ、何だか山下に当つて、騒がしい声がし出したぞ。トロッキーの奴、どうやら警官隊と格闘を始めたらしいワイ。ソロソロ降りて壮快な戦闘振りを見物せうぢやないか。獅子の子か何ぞのやうに、かう木かげに潜伏して、世を呪ひ、悲鳴をあげて居つても、一文の所得もなし、愉快もないからのう』 バルガン『おけおけ、コンナ時に出るものぢやない。側杖をくつて打ち込まれちや大変だ、先づ嵐の後の静けさを見聞するのが、処世上悧巧なやり方だ。それよりも腹いせに何か面白い話をせうぢやないか』 ガクシー『俺達に面白い話があつて堪らうかい、朝から晩までブル階級に酷きつかはれ、僅な賃銭を恵まれて、孜々として僅に露命をつないでる悲惨な境遇にあつては、到底面白い味も分らず、苦しい事許りだ。俺が五六年前の事だつたが、仕方がないので、人力車夫をやつてゐると、家主の奴、人並よりも高い店賃を取り乍ら、従僕か何かのようにガクシーガクシーと口ぎたなく呼つけにしやがつて、雪隠の掃除までいひ付けくさる。劫腹でたまらないが、怒れば家を出て行けと云ひやがるし、裏店の隅々迄貧民でつまつてゐる此際、此処を放り出されたが最後、忽ち親子が野宿をせなくちやならず、仕方がないので辛抱して居ると、しまひの果にや、おれの嬶の名を呼捨にさらすのだ。けつたいの悪いの胸糞が悪いのつて、胸が張裂ける様だつた。そこで俺は道路の端に餓ゑて、死にかけてる野良犬を一疋拾つて来て、そいつに家主の名を付け、大きな声で、……コラ権州々々……と口汚なく喚き立て、其度毎に拳骨で頭を、大家の権州だと思ひ、撲りつけてやつた。其時や、チツと許り痛快だつたが、野良犬の奴、大変な大喰をしよるので女房子供の腮が干上り相になつた。此奴にや一つ俺も面くらはざるを得なかつたが、それでも人間は意地だ。こんな所で屁古たれちや、男が立たないと、要らぬ所へ力瘤をいれ、働いても働いても、皆犬にしてやられる。苦み果ててる矢先へ、大家の権州奴、大きな犬を俄かに三疋も飼ひやがつて、其奴に俺の名と女房の名と伜の名を付けやがつて、家内中が寄つて集つて呼びつけにしやがるので、俺もこんな所で屁古垂れちや仕方がない。もつと犬を集めて大家の家内中の名をつけて、呼つけにしてやらうと思つたが、能く能く考へてみれば、大きな家に三夫婦もけつかつて、子や孫総計二十八匹も居やがるものだから、たうとう根負して旗をまき、矛を収めて、一時ジェールの都迄逃出して了つたのだ。本当に仕方のないものだよ』 バルガン『ハヽヽヽヽ、そら失敗だつたね。さうだから、昔の賢人とか君子とかいふ阿呆者が、長い者にまかれよ……とか、衆寡敵せず……とか、ほざきよつたのだ。何程面白い話が無いといつても、失敗許りぢやあるまい。お前だつて、永い事人力屋をして居れば、些と位ボロい事もあつただらう』 ガクシー『いやもう失敗だらけだ。エー、コーツと、何時やらの夕まぐれだつた。ジェールの都の郊外を歩いてると、大きなデーツプリと太つた、布袋のやうな男がやつて来よつて、俺は万民に福を与へる福の神だから、一時間許り乗せて呉れないか、……と云ひよつたので、お金は幾ら下さるか……といへば、お前に金をやつては福が退ぬ。俺さへ乗せておけば、屹度汝の内は明日から繁昌すると云ひよつたので、此奴ア願うてもない事だ、一時間許り無料働しても構はぬ、八卦みて貰つても三十銭五十銭は取られるのだ……と思ひ、クソ重たい、太い福の神を乗せて、町中を右へ左へウロつきまはつた所、モウ之で可いと言ひよつたので梶棒下ろしよると、一寸便所へ行つて来ると吐しよつてなア。便所へ入ると姿が見えなくなつて了つたので、それから俺も便が催したので便所に入り、沢山の雪隠の戸を開けて、一々点検してみたが、影も形もない。此奴アいよいよ福の神だ、姿が消えたのだ。キツと明日から福があるに違ひないと、吾家へ帰り、車をしまはうとすると、そこへ財布が残つてゐる。下げてみると中々重い。ヤ此奴アしめた。いかにも福の神様だわイ。有難う頂戴致しますと五六遍頭の上へ捧げ、神棚へまつり、塩をふつて、其処辺中清め、開けて見た所、大枚百両の丸金が目を剥いてけつかる。コリヤ、祝をせにやなるまいと、俥引友達や近所合壁を集めて、其中の金を三十円許りはり込んだ積りで、百円の金を料理屋に見せつけて置き、仕出しをさして、一生懸命に福の神さまを讃美し、呑めや唄への大散財をやつて居ると、昨夜の福の神奴、ポリスと共にやつて来よつて、棚の上にある財布に目をつけ、……これは昨夜俥の上に忘れて置いた金だとぬかし、有難うとも御苦労とも吐さず、ポリスの奴おまけに、拾得物の隠匿罪ででもあるやうな面して、睨めつけて帰つて了ひやがつた。怪体が悪いの悪くないのつて、其時丈けは女房にも申訳立たず、穴でもあれば入りたい様な気がしたよ。それから料理屋の奴、三十円の催促に毎日日日やつて来やがる。どれ丈働いたつて、三十円はおろか三円の金も出来ないので、女房に因果を含め、又もや貧民窟の端つぱへ宿替をしてやつたのだ。ホンの一晩ヌカ喜びをした丈だつたよ。運の悪い者といふ奴ア、する事なす事悪いものだ。あゝあ、本当に世の中が厭になつて了つたワイ』 バルガン『ウツフヽヽ、其時の嬶の顔が見たかつたのう』 ガクシー『丸切り出来損ひの今戸焼のダルマみた様な顔をしてふくれた時にや、俺も聊か面目玉をつぶしたよ。エーエ、怪体の悪い、序にも一つ話してやろ。これも人力引いてゐた時の話だ。日輪様が西の山の端に半身を隠された時分、一人のお客がやつて来て、……オイ俥屋、俺はジェールの都を見物に来た者だが、人の顔の見えぬ様になる迄、十銭与るから乗せて呉れぬか、……と吐すので、此奴あボロい、三町か五町歩きや、ズツポリと日が暮れるだろ。其間に十銭の金まうけはボロいと、二つ返事でお客を乗せ、ゴロゴロと引張出した所、二時間たつても三時間たつても下りようとぬかさず、とうと、夜明け頃迄俥を引かされた。それでもまだ、人の顔が見えるぢやないか、とお客は吐す。可怪しいと空を仰いで見ると、何の事だ、十四日の月夜だつた』 バルガン『ハヽヽ可い馬鹿だな。どうで運の悪い奴のする事はそんなものだ。おまけに余程の頓馬だからな、フヽヽヽ』 四五人の労働者も共に声を揃へてゲラゲラと笑つてゐる。そこへ守宮別、お花の両人は何だか意茶つき乍ら坂路を上つて来た。 バルガン『オイオイ、彼奴が日出島からやつて来たといふ、フンゾ喰ひの泥酔の守宮別といふ奴だ。そしてあの婆は石灰ガマの鼬のやうにコテコテと白粉をぬつて若う見せてゐやがるが、お寅といふ気違婆に違ないよ。一つ腹いせに嬲つてやらうぢやないか』 ガクシー『なぶつたつて仕方がないぢやないか。何とか因縁をつけて、懐の金でも、おつぽり出さすよにせなけや、忽ち明日の生計が立たないからの』 バルガン『それもさうだ、一つ相手になつてみよう』 と云ひ乍ら、守宮別の前にツカツカと進み寄り、 バルガン『エ、一寸物をお尋ね申ますが、日出島からお越になつてゐる、守宮別さまといふ立派な宣伝使様は貴方ぢや厶いませぬか』 守宮別『ウン、俺は守宮別だ。何ぞ用かな』 バルガン『ハイ、別に用といふては厶いませぬが』 守宮別『何だい、用がなけりや、アタ邪魔臭い、尋ねるに及ばぬぢやないか』 バルガン『オイ、ガクシー、之から汝の番だ。何だか尋ねる様な事があるやうに云つてたぢやないか。ドンドンと、それ、物になる迄尋ねるのだぞ』 ガクシー『ヨシ来た。之からが俺の本舞台だ。モシモシ守宮別さま、此御婦人はお寅さまでせうね。最前も聞いて居れば、神聖にして犯す可らざる此霊山へ、お寅さまと意茶つきもつて、お登りになつたが、左様な事をやつて貰ふと、聖地が汚れますよ。エルサレムの市民がこんな事を聞かうものなら、お前さま、どんな事になるか知れませぬぜ』 守宮別『ハツハヽヽヽ、妬くない妬くない、アレは、あやめのお花といつて、日出島切つての別嬪だ。お寅なンか古めかしいワ。今日更めて結婚式をあげ、此霊山へ御礼参り傍、新婚旅行と洒落てゐるのだ。神さまだつて、聖場だつて、夫婦が参るのを咎める理由はあるまい。自由の権だ。放つといてくれ』 ガクシー『放つとけといつても、放つとけぬワイ』 守宮別『ソンナラ何うするといふのだ』 ガクシー『汝の生命を頂戴するのだ、覚悟せい』 守宮別『ハヽヽヽヽ、おあいにくさま。一つより無い大事な大事な生命は、新夫人の花子嬢にサーツパリ与へて了うたのだ。モウ此上やらうといつたつて、やる物がないワイ』 お花『ホヽヽヽ、もしもし皆様、守宮別さまの命は皆このお花が頂戴したのですよ』 ガクシー『エー、のろけよるない。ここを何と心得てゐやがる』 お花『ここはパレスチナの中心地、エルサレムの市街を下に見る、キリスト再臨に名も高き、橄欖山の中腹ですよ』 ガクシー『そらなーんぬかしてけつかる。誰がソンナ事を聞いてゐるかい。サ、汝の命と守宮別の命と、二つ乍ら一緒に貰はう、サ覚悟せい』 お花『お易い御用、何卒、生命をお取りやしたら、頼んでおきますが、守宮別さまと一緒に体を引括つて葬つて下さいや』 ガクシー『エー、此奴アたまらぬ、まだ惚けてゐやがる。箸にも棒にもかからぬ代物だな』 お花『ホヽヽヽ、どうで、お前さま方の手に合ふやうな女ぢや厶いませぬワイな。お前さまは其んな事いつてお金が欲しいのだろ。お金が欲しけらほしいと、なぜ男らしうスツパリ言はぬのだい』 ガクシー『斯うしてここに六人も待つてゐるのだから、少々の目くされ金位貰つたつて仕方がないワ。とつとと百両許しよこせ、さうすりや、無事に此関所を通過さしてやるワ。淫乱婆奴が……』 お花『ホヽヽ、妾は衆生済度の為、此世に現はれた真宗の開山いんらん上人ですよ。肉食妻帯、勝手たるべしといふ宗門を開いたのだから、別に守宮別さまと手をつないで聖地を歩いたつて、霊山の法則に反きも致しますまい。アタ甲斐性のない。大きな荒男が六人も寄つて、百両呉れなんて、よくも言へたものだな、せめて一万両出してくれと何故言はぬのだい』 ガクシー『一万両でも十万両でも、請求するこたア知つてるが、其面で大きな事いつたつて、持つて居相な事がない。それだから、汝の風体相応に百両と云つたのだ』 お花『ヘン、ソンナ貧乏と思つて下さるのかい。コレ御覧、此貯金帳にチヤンと一万両付いてるでせう。併し乍ら何程請求したつて、やるやらぬは此方の自由だ。そんなら仕方がないから、百円恵んで上げませう。今後は必ず必ず無心を云つちやなりませぬよ』 と云ひ乍ら、百円束を放り出せば、 ガクシー『ヤア、これはこれは有難う、三拝九拝、正に頂戴仕ります。どうか又宜しう御願申します』 お花『嫌だよ、もうこれつ切りだから、覚悟しなさい。サ、守宮別さま、早くお山の頂上迄参りませう』 斯かる所へ十四五人の武装した憲兵警官現はれ来り、バルガン、ガクシーを始め四人の労働者を有無をいはせず、ふん縛り、坂路を引立てて行く。お花は之を見るより又守宮別が下らぬ義侠心を出してくれては面倒だと、守宮別の手を無理無体に引張り急坂を登り行く。 (大正一四・八・二〇旧七・一於由良秋田別荘松村真澄録) |
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霊界物語 | 65_辰_虎熊山と仙聖郷の物語/七福神 | 22 均霑 | 第二二章均霑〔一六七八〕 虎熊山の俄の爆発に、仙聖山は云ふも更なり、此郷土の山川草木は激烈に震動し、三千彦を除く外、何れも顔色蒼白となり、慄ひ戦いてゐた。熔岩は七八里隔てた此地点まで遠慮会釈もなく降りくるその凄じさ。されど此大きな家にも拘はらず、只の一個も当らなかつたのは神様の御守護と、何れも感謝の念を催すのであつた。流石の猛悪なるテーラも、キングレスも、部下の小盗人も、俄に怖けつき、思はず知らず両手を合せ、一生懸命に祈願し初めた。その声は一時、裏山の谷々の木精を響かした。 スマナー姫『皆さま、恐ろしい事で厶いましたな。あの様な……一時は巨大な熔岩が雨の如くに降つて参りましたが、お神徳によりまして、吾家には只の一つも当らず、又あの地響で家も倒れず、皆さまも無事に命を拾はれしは、全く尊き神様の御守護で厶いませう』 と云ひ乍ら窓を開いて、村落の家々を眺めて見た。然し乍ら黒煙天に漲つて黒白も分らぬ真の暗となつて居た。実際今日は朝早くより何処ともなく薄暗く、何れも夜分と思つてゐたがその実、まだ昼の最中であつたのである。別に村の家々にも火災も起らず、阿鼻叫喚の声もなきに安心の胸を撫でおろし、 スマナー『皆さま、私の家は村中一度に見下ろせる所で厶いますが、村方はあの騒動に火災も起らず、叫びの声も聞えませぬから、一軒も残らず神様のお神徳を頂いたのでせう。サア之から神様に感謝の祭を致しまして、皆さまに直会を頂いて貰ひませう』 三千『いや、それは結構です。此様な大爆発、雨の如く降り来る熔岩が、此広い家に一箇も当らず、村中安全と云ふのは全く不思議です。此れも神様の御神徳でせう。サア青年隊の方々、御苦労乍らお祭の用意を願ひます』 タークは三千彦の言葉に従ひ、青年隊を率ゐ、いろいろ供物の用意をなし、祭典の準備に取りかかつた。漸く祭典の用意は出来た。ここに三千彦、スマナー姫は新しき祭服をつけ、恭しく神前に祝詞を奏上し、祭典も無事に終了した。それより村中の老若男女は此広き家に集まり来り、キングレスの部下も斎場に列し、直会を頂く事となつた。 スマナー姫は嬉しげに宴席の中央に立つて、自から歌ひ自ら舞ふ。 スマナー姫『此処は名に負ふ秘密郷北に仙聖山を控へ 東に虎熊の山聳え立ち白青黄色紫の 花は芳香薫じつつ胡蝶は高く舞ひ遊び 迦陵嚬伽は涼しき声を放ちて神世を謡ふ 実にも尊き仙聖郷の青人草の喜びは 外の国には例なき中国一の瑞祥ぞ 醜の曲津の時を得て一度は荒び狂ひしが 尊き神の御使人三千彦司があれまして 吾家を初め此里の醜の災除かせ玉ひ 今は全く古の神代に帰りし嬉しさよ 仙聖山の峰高く五色の雲の被衣して 雲をば起し雨降らし五日の風や十日の 雨も時をば違へずに降りしく厚き御恵は 仙聖郷の名に負ひし吾住む郷の喜びぞ 勇めよ勇め里人よ踊れよ踊れ皆の人 今日の生日の喜びは外へはやらじ幾千代も つづかせませと大前に祈る吾等が真心を 神は必ずみそなはし清く諾なひ玉ふべし あゝ惟神々々実にも嬉しき人の世の 誠の道を踏みしめて神の教を守るならば 此世に枉の恐れなし妾も尊き足乳根の 親兄弟や背の君に悲しき別れをなせしより 心は曇り胸痛み身も世もあらぬ思ひにて 一度は此世を去らむかと狭き女の心より 思ひ定めて仙聖の山に立ちたる白骨堂 それの御前に平伏して今や果てむとする時しもあれや 名さへ目出度き三千彦の神の司の御恵みに 果敢なき命を救はれて吾家に帰り窺へば 早くも魔の手は内外に拡げられたる恐ろしさ 闇を幸ひ裏口に立ちて様子を覗へば 従兄と名乗るテーラさま捕手と名乗る人々が 青年隊のタークさまインターさまと何事か 争論つつ妾が命死せしとや思ひ玉ひけむ 百千万の心配り感謝の涙にほだされて 三千彦司と諸共に奥の襖を引開けて 其場に立出で言霊をかすかに宣れば人々の 心の暗は晴れ渡り清く尊き惟神 珍の身魂に帰りたるその喜びや如何許り 感謝の言葉もなきまでに妾は喜び泣き入りぬ あゝ惟神々々神の恵みを何処までも 頂きまして直会の此酒宴を快よく 聞し召されと宣り奉る朝日は照るとも曇るとも 月落ち星は失するとも虎熊山は割るるとも 神に任せし人の身はいかで恐れむ今目の辺り 神の恵を蒙りて笑み栄えたる嬉しさよ あゝ惟神々々神の御前に慎みて 畏み感謝し奉る』 三千彦『諸々の罪や穢を払はむと 爆発しけむ虎熊の山。 虎熊の峰に潜みし枉神も 今は全く逃げ失せにけむ。 仙聖の清けき郷に来て見れば 思ひがけなき事のみぞ聞く。 スマナーの姫の命の真心を 愛玉ひなむ天地の神は。 インターやタークの君の真心に バータラの家は栄え行かなむ』 ターク『思ひきや魔神の猛る此郷に 神の使の来りますとは。 傾きし家の柱を立直す 君は誠の三千彦司よ』 インター『村肝の心の暗は晴れにけり バータラの家の雲を払ひて。 昼さへも暗くなりぬる今日の空 明かさむ為か爆発の声。 吾胸に潜む枉津も逃げ失せぬ かの爆発の強き響に。 獅子熊も虎狼も戦きて 鎮まりにけむ爆発の声に』 三千彦『何事も皆皇神の御心ぞ 仰ぎ敬へ神の御子達。 産土の山を立ち出し師の君の 御身如何にと思ひ煩ふ。 さり乍ら吾師の君は神人よ いと平らけく安くましまさむ』 スマナーは三千彦に盃をさし乍ら、 スマナー『もし宣伝使様、妾の今後の身の振り方に就いては、如何致したら宜しう厶いませうか。何卒お示しを願ひたう厶います』 三千『私が斯うなさいませ……とお指図は致しませぬが、貴女のお心にお感じなされた最善の方法を以ておやりなされたら如何でせう』 スマナー『はい、有難う厶います。左様ならば貴方のお蔭で命のない処を救はれ、又こうして沢山の方も誠の道へ立帰つて下さつたので厶いますから、妾はこれに越した喜びは厶いませぬ。山林も田畑も宝も何も要りませぬ。妾は此家に三五教の神様やウラルの神様をお祀り致し、祖先や、夫の菩提を弔ひ、比丘尼となつて、一生を送りたう厶いますが、如何で厶いませうな』 三千『成程、それは誠に殊勝なお考へです。三千彦、双手を挙げて賛成致します』 スマナー『早速の御承知、有難う存じます。就きましては妾の家は先祖代々の……此界隈での富豪で厶いまするが、もはや比丘尼となつて神様にお仕へする以上は、財産なんか、必要は認めませぬ。何卒バータラ家の財産全部を、社会公共の為に捧げ度いと存じますが、如何で厶いませうか』 三千『それは至極結構です。定めて村人もお喜びになるでせう』 スマナー『全財産を四つに分け、その一部をエルサレムの宮に献じ、一部を神館の維持費に当て、残りの二部を村人に寄贈致しましたら如何で厶いませうかな』 三千『それは至極よいお考へです。さうなさいませ。然し乍ら今ここに改心をせられたキングレス、外十数人の方々は、いま泥棒をお廃めになつた処で、百姓するにも田畑はなし、商売をするにも資本もないと云ふ場合ですから、此方々にも少しなりと山林なり田畑なりお与へになり、農業をおさせになつたら如何で厶いませうか』 スマナー『はい、どうも有難う厶います。キングレス様其外の方々が御承知さへ下されば此村に居つて貰つて正業に就いて貰ひませう』 三千『キングレス様、其他の方々、今スマナー様が貴方等に相当の財産を分配したいと仰有るがどうで厶いませう。改心なさつた以上は、此仙聖郷に於て農業を営み、安全なる生活を送られたら宜からうと思ひますが、貴方のお考へは如何で厶いますか』 キングレスは落涙し乍ら両手をつき、 キング『ハイ、重々の罪を赦された上、夢だにも見る事の出来ないやうな御恵み、あまりの事で、勿体なうて返す言葉も厶いませぬ。何分にも宜しく御願申します』 三千『あ、それは結構々々。これ、スマナー様、これで財産の処分が略落着しました。貴女もこれから重荷が下りたやうなものだから、此家を修繕して神様の御舎となして里人を善に導き善根をお積みなさいませ。私も貴女に会つて思はぬ御用をさして頂きました。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と天に向つて合掌し嬉し涙にくれてゐる。 三千『世の中に醜の枉津はなけれども 只心より湧き出づるかな。 身の内に枉さへなくば獅子熊も 虎狼も物の数かは。 誠ほど世に恐るべき物はなし 鬼も大蛇も逃げ失せて行く。 バラモンの神の教を振捨てて 今日は誠の三千彦となる』 スマナー姫『玉の緒の命危き折節に 待てよとかかる玉の御声。 三千彦の君の現はれ来まさずば 吾は霊界の人なりしならむ。 テーラの醜の言葉に怖ぢ恐れ 死なむとせしぞ愚なりけり。 さり乍らテーラの君のあらばこそ 此喜びの来りしならむ。 世の中に悪きものとて無かるべし 只吾心暗き故なり。 村肝の心の空に雲なくば 月日も清く身を照らすらむ』 ターク『仙聖の郷も今日より古の 花咲き匂ふ園となるらむ。 三千彦の神の司の御恵みに 吾里人は甦りつつ。 スマナーの比丘尼の君によく仕へ 朝な夕なに道を守らむ』 インター『吾とても比丘尼の君の真心の 雨にぬれつつ忍び音に泣きぬ。 嬉しさの涙は胸に充ち溢れ 身も浮く許り勇み立つかな』 キングレス『枉事のあらむ限りを尽したる 吾にも神の恵み賜ひぬ。 虎熊の山に悪事を企らみつ 今もありせば亡びしならむ。 此郷に現はれ来り爆発の なやみ逃れし事の嬉しき』 テーラはノソリノソリと足を痛めて此場に這ひ来り、庭の土間に犬突這となつて、 テーラ『枉神の醜の限りを尽したる 吾今よりは悔い改めなむ。 百人よ吾罪科を赦せかし 村の僕となりて仕へむ』 愈ここにバータラ家の遺産は、スマナーの意志に従ひそれぞれ分配されて、上下貧富の区別なく、郷民は互に業を楽しみ近隣相和し、和気靄々として世を送る事となつた。三千彦は宣伝の旅が急くので、永く留まる訳にも行かず、二三日逗留して里人に神の教を伝へ、タークを館の留守居と頼み置き、スマナーはエルサレムへ参拝せむと、三千彦の許しなければ、見え隠れに後を慕ふて進み行く事となつた。 (大正一二・七・一七旧六・四於祥雲閣北村隆光録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 05 愁雲退散 | 第五章愁雲退散〔一六八七〕 トルマン国バルガン城の国王トルカ王より勅使として、ジャンクの家に入り来りし二人の男はオール、コースと云ふ。オールは厳然として正座に直り、里庄のジャンクに国王の令を伝へた。 『我トルマン国は建国以来、上下一致、王と民との間は親子の如く兄弟の如く夫婦の如し。天恵豊にして地味は肥え、印度全国の宝庫楽園と称せられ、国民和楽し、太平の夢を結びたること茲に三千年なり。然るに図らざりき、今回ハルナの都に君臨し玉ふ大黒主の命の軍勢、ウラル教征伐の為、遙々軍卒を派遣し玉ふ。然るに全軍の将たる大足別は性質暴戻にして虎狼の如く、我国内の民を苦しめ、婦女を姦し財物を掠奪し、甚しきは民家を焼き、暴状至らざるなく、勢に乗じてトルマン国の首府バルガン城を攻略せむとす。汝等忠良の民、忠勇義烈の赤心を発揮し、前古未曽有の大国難を救ふべく、凡ての男子は十八才以上六十才以下は各武器を携帯し王城の救援に向ふべし。汝等が祖先の開きし国土を守るは此時なるべし。汝里庄、村民に吾意のある所を伝達し、時を移さず軍に従ふべし。トルマン国、バルガン城トルカ王の使者オール、コース、国王殿下の聖旨を伝達するもの也』 と読み聞かすや、里庄ジャンクは謹んで席を下り、 ジャンク『力なき吾々には候へど、御勅命に従ひ速に義勇軍を召集し、王城並に国家の危難に殉じ奉りませう』 勅使オール、コースの両人は「満足々々」と笑を洩らし挨拶し乍ら、ジャンクが勧むる茶も呑まず、急いで玄関口に立ち出て、待たせおいたる十数名の士卒と共にヒラリと駒に跨り、紅の手綱ゆたかに、蹄の音もカツカツカツと隣村さして進み行く。 ジャンクは照国別一行の居間に帰り来り、稍緊張したる面色にて、 ジャンク『御一同様、えらい失礼を致しました』 照国『いや、どう致しまして、勅使の趣、如何で厶いましたか。実は御心配申上げて居りました』 ジャンク『ハイ、有難う厶います。私も、もはや国家の為一家一命を棄てねばならぬ時が参りました』 と憂愁に沈み、意気銷沈しきつたる老人にも似合はず、どこともなく決心の色が現はれて居る。 照国『一身一家を棄てねばならぬとは何事で厶いますか』 ジャンク『只今バルガン城のトルカ王様よりの御勅使によれば、「印度の国を守るべき大黒主様の軍隊大足別将軍なるもの、トルマン国の城下の民を脅かし、民家を焼き婦女子を奪ひ人種を絶やし、尚飽き足らず王城を攻め落し、国王を放逐せむとする勢で厶いますれば、此際国民は男子は十八才より六十才以下のもの、一人も残らず国難に殉ずべし」との御厳命で厶いますれば、私も本年は五十八才、老耄たりとは云へ、まだ適齢がかかつてゐます。もはや娘の事は断念致しました。華々しく軍に従ひ、国家のために屍を山野に曝す覚悟で厶います』 照国『成程、承れば承る程、お気の毒で厶います。国王の御命令とあらば国民として、此際お起ちなさるのが義務で厶いませう。私も宣伝使として天下の害を除くべく遙々月の国へ神命を受けて参つたので厶いますから、どうか参加させて頂き度いもので厶いますな』 ジャンク『ハイ、有難う厶います。何分よろしく』 梅公『ア、先生、よくお考へなさいませ。善言美詞の言霊を以て、あらゆる万民を言向和す無抵抗主義の三五教では厶いませぬか。殺伐なる軍隊に参加し、砲煙弾雨の中に馳駆するのは決して宣伝使の本分ぢや厶いますまい。三五教は決して軍国主義では厶いませぬよ』 照国『ハヽヽヽヽ、吾々はお前の云ふ通り、決して敵を憎まない。又殺伐な人為的戦争はやり度くない。義勇軍に参加しようと云ふのは傷病者を救ひ、敵味方の区別なく誠の道を説き諭し、平和に解決し、このトルマン国は申すに及ばず、印度七千余国の国民を神の慈恩に浴せしむる為だ。其第一歩として従軍を願つて居るのだ』 梅公『ヤア、それなら分りました。別に文句もありませぬが、然しながら当家の娘スガコ嬢やサンダーさまはどうなさる考へですか。此方々も見捨てる訳には参りますまい』 照国『ア、それも気にかかるが、それはインカ親分にお願ひしたらどうだ』 梅公『それもさうですな。もしジャンク様、先生は、あゝ仰有いますから貴方と一緒に従軍を遊ばすなり、私共はサンヨの妹娘花香さまも救はねばならず、当家のスガコさまもサンダーさまも見殺にする訳にも行かないから、此捜策は拙者にお任せ下さいませぬか』 ジャンク『御親切は有難う厶いますが、もはや今日となつては、娘の事等云つてる場合ぢやありませぬ。国王様のため国家のために全身の力を尽さねばなりませぬ。どうか貴方も照国別の宣伝使と行動を一にして下さいませ。自分の娘のために宣伝使様を頼んだと云はれては末代の恥で厶います。ついてはインカの親分さま、貴方も国民の一部、義勇軍の将となり、私と一緒に出陣下さいませ。娘の事やサンダーの事は次の次で厶いますから』 インカ『成程、天晴見上げたお志、それでなくては里庄様とは申されますまい。私だつて弱きを扶け、強きを挫く侠客渡世、国王様のお達示を聞いて、之が安閑として居られませうか。お言葉に従ひ従軍致しませう』 タクソン『もし、ジャンク様、イヤ御主人様、私もお伴致しませうか』 ジャンク『イヤ、其方は、もはや承れば三五教の宣伝使のお伴になると云ふ約束をしたさうだ。トルマン国の男子の一言は金鉄も同様だ。照国別様のお弟子として参加して下さい』 エルソン『もし里庄様、私も照国別のお弟子となりましたが、国民の一部として里庄様と共に軍に従ひませうか』 ジャンク『イヤイヤ貴方も、もはや三五教の宣伝使の部下だ。タクソンと行動を一にするが宜からう』 エルソン『ハイ有難う厶います。然らば尊き宣伝使のお伴を致し、剣を持たず只コーランを手にして、天下万民の為に最善の努力を尽さして頂きませう』 ジャンク『ア、よしよし、それで私も安心した。もし照国別様、どうか両人の身の上を宜しくお願ひ申します』 照国『ヤ、感じ入つたる皆様のお志、委細承知致しました』 門番のバンコや受付のセールに命じ、村内一同に国王の令を伝へ、明朝を期して出陣すべく伝達せしめた。村内は俄に騒然として火事場の如く殺気漲つて来た。ジャンクは村の男子を軍隊に仕立て、自ら将として出陣する事となつた。 インカ『吾村にも必ずや同様の命令下りしならむ。お先へ御免』 と云ひ乍ら一同へ挨拶をなし、尻引まくり大地をドンドン響かせ乍ら、飛ぶが如くに帰り行く。 ここに一同は三五の大神、バラモンの大神に前途の勝利を得む為とて一大祈願を凝らし、首途の祝として夜の明くる迄、直会の宴を催した。何れも勇気頓に加はり山河を呑むの勢である。祭典も終り、愈直会の宴に移り、酒汲み交して室内は和気靄々恰も春の如き空気が漂うた。 ジャンクは、ホロ酔ひ機嫌になつて声も涼しく二絃琴を弾じつつ謡ひ初めた。 ジャンク『千早振る皇大神の造らししトルマン国の目出度さは 時じく花の香に匂ひ果物豊に実りつつ 五穀は栄え民は肥え牛馬駱駝羊豚 鷄までもよく肥り天の下四方の国々安らけく いと平けく治まりて神代の儘の人心 何れの家も押並べて怒り妬み悲しみの 声さへもなく日に夜に歓ぎ楽しむ天津国 常世の春を喜びしが天津御空の日の影は 漸く光褪せ給ひ月の面も薄曇り 星のみ独りキラキラと瞬き初めて何となく 此地の上は騒がしく鳥の声さへ悲しげに 謡ふ御代とはなりにける月日は進み星移り 天の下なる民草の心は漸く曇り果て 強きは強く弱きもの虐げられて秋の夜の 霜に悩める虫の如怨嗟の声は満ち満ちぬ 人の心は日に月に益々悪く曇り果て 山の尾の上や河の瀬に荒ぶる神の屯して 又もや民家を苦しめつ人の妻女を奪ひ取り 悪き災日に月に相重なりて国人は 薄き氷を踏む如く涙に咽ぶ折もあれ 大足別の率ゐたる醜の曲霊の軍人 弥益々に醜業の募り来りてトルマンの 国をば荒らし国主まで打滅して欲望を 遂げむとするぞ忌々しけれあゝ惟神々々 神の此世に在すならば我国民の災を 一日も早く除きませよバルガン城は永久に トルカの国主は幾千代も寿長く栄えまし トルマン国を包みたる醜の雲霧吹き払ひ 再び天土晴明の珍の世界に還しませ 吾は老木の行末のいとも短き身なれども 一つの生命を国の為め君の御為献り 万民安堵の道のため捧げ奉らむ吾が生命 諾なひ給へ三五の神素盞嗚の大御神 梵天帝釈自在天大国彦の大御神 偏に願ひ奉るあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ御霊幸はひましませよ』 照国別は又謡ふ。 照国別『蒼空一点雲もなく日月星辰明かに 輝き亘る世の中も天に風雨のなやみあり 地には地震洪水の百の災湧き来る 浪静かなる大海も只一塊の雨雲の 中より吹き来る荒風に波立ち騒ぎ島々を 呑まむ例もあるものを此地の上に住む人は 如何で悩みのなかるべき天変地妖ある毎に 世は晦冥に進み行くかかる汚れし世の中は 一度天地の大神の大活動を要すべし バラモン軍や醜神の醜の猛びは強くとも 誠一つの三五の神の光に敵すべき 心安けくましませよ大日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも天は地となり地は天に 上る激変あるとても只惟神々々 神に任せし身にしあればいかなる事も恐れむや 仰ぎ敬へ神の徳祝へよ祝へ神の恩 神は吾等と倶にあり神は汝等と倶に在す 人は神の子神の宮誠の神に敵すべき 曲霊の如何で来るべきあゝ勇ましし勇ましし 今神軍の首途にジャンクの君を初めとし 梅公、照公、タクソンやエルソン司と諸共に 神の御前に慴伏して前途の幸を祈るこそ 実に壮快の至りなりあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ御霊幸はひましませよ』 梅公『思ひきや軍の庭に立たむとは 今の今迄さとらざりけり。 さり乍ら吾は神軍言霊の 武器より外に持つものはなし』 照公『大空に日は照公の吾なれば あわてる事は一つも要らず。 照国の別の命に従ひて 道照公の吾は進まむ』 タクソン『照国別神の命の御威勢に 吾は全たくそん敬をぞする。 おめでたくそん厳無比の大神の 御前に幸を祈る嬉しさ』 エルソン『常暗の世を立替へて神の代に 開かむ人ぞ人の人なる。 沸きかえるそん内一同の騒ぎをば いかに静めむ由もなきかな』 ジャンク『天津日を隠さむとする村雲を 払はむ為の今日の神軍。 老いぬれど吾魂は若々と 甦りつつ出陣やせむ。 白髪を染めて軍に向ひたる 武士もあり吾も習はむ。 国難に殉ずる吾と白髪の 輝きを見て驚くならむ』 照国別『面白し神の任さしの神業の 一歩を進むる時は来にけり。 オーラ山嵐はいかに強くとも 神の御息に吹き払ふべし。 小夜更て武士共が語り合ふ 軍の庭の心地するかな。 明けぬれば百の軍人を率連れて バルガン城に駒を進めむ』 梅公『駒並めて大野ケ原を進み行く 勇士の姿吾目に躍るも』 照公『早已にバルガン城の敵軍を 討ち払ひたる心地しにけり』 タクソン『面白し吾師の君に従ひて 神の軍の功績立てむ』 エルソン『恋雲もいつしか晴れて国の為 世人のために尽さむとぞ思ふ』 漸くにしてコケコツコーとテイハ(鷄)の声、四隣より聞え来る。ジャンクは先づ立上り、 『もはや鷄鳴、皆様、御用意なされませ。いよいよ出陣の時近づきました』 と勇気凛々雄健びし乍ら、マサカの時の用意と蓄へおきたる具足をとり出し武装に着手した。 かかる所へ白髪異様の老翁現はれ来たり『頼まう頼まう』と玄関口より呶鳴つてゐる。果して此老翁は何者だらうか。 (大正一三・一二・一五旧一一・一九於祥雲閣北村隆光録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 10 八百長劇 | 第一〇章八百長劇〔一六九二〕 ヨリコ姫の大頭目を始め、シーゴー、玄真坊の三人は酒汲み交はし、いろいろと面白からぬ協議に耽つてゐた。そこへ慌ただしく手下の一人現はれ来り、 『親分に申上げます』 ヨリコ『慌ただしき其様子、何事が起つたのかなア、お前はコリぢやないか』 コリ『ハイ、左様で厶います。シーゴー親分様の御命令に依り、タライの村の里庄が家に十数人を率つれ、夜陰に乗込み、たうとう絶世の美人スガコ姫を引捉へて帰り、狼谷の入口に於て、吾々同僚が芝居をやつてゐる所で厶いますから、どうか救世主として、御一人現はれ下さいませ』 ヨリコ『ソリヤ可い事をした。あしこの娘ならば随分美人だらう。そして沢山の金も要求出来るだらう。ヤ、面白い面白い。オイ、コリ、あの娘をかつさらへるに付いての殊勲者は誰だ』 コリ『ハイ、兎も角私が引率して参つたのですから、誰がかつさらへても、ヤツパリ私の凡ての画策宜しきを得た結果で厶いますから、先づ月桂冠は此コリに帰すべきものと存じます』 ヨリコ『自分が生れた村の娘と聞けば、何だか恥しいやうだ。そして面を見られちや大変だから、妾は天王の社の床下なる地下室に住居を移さう。玄真坊、コリ、お前両人寄つて、よきに取計らうたが宜からう』 両人は『ハイ』と頭を下げ、能い椋鳥が捉まつた……と俯向いたまま、ホクソ笑んでゐる。 ヨリコ『コレ、シーゴー殿、吾居間に跟いて来て下さい。お前さまには又別の用があるから』 と云ひ乍ら、シーゴーを伴ひ、地下室に帰り行く。玄真坊は厳しき法服をつけ、錫杖をガチヤガチヤと響かせ乍ら、七つ下りの山路を法螺貝を吹立て吹立て降り行く。 狼谷の入口に十五六人の手下共が、一人の美人を中におき、 甲(ショール)『オイ、女、汝は今迄栄燿栄華に、何不自由なく、里庄の娘として暮して来た奴だが、最早汝の運命もツキの国だ。サア之から因果腰を定めて、此方の女房になるか、厭と吐さば、此方が刀の錆、性念をすゑてシツカリ返答を致すが可からうぞ』 女(スガコ)『お前さまは、此山に割拠してゐる小盗児サンだな。同じ人間に生れ乍ら、なぜ又こんな卑怯な商売をしてゐるのだい。自在天様の御冥罰が怖ろしくはありませぬか』 甲(ショール)『アツハヽヽヽ、大自在天がこはくつて、こんな商売が出来るか、馬鹿な事をいふな。どうだ一つ、改心して泥棒様の奥様になり、女盗賊の頭目として羽振を利かす気はないか』 女(スガコ)『エー、汚らはしい、小泥棒の分際として貴婦人に向つて何をいふのだ。さがりおらう!』 甲(ショール)『アツハヽヽヽ、チヨツクとやりよるワイ。流石は里庄の娘丈あつて、どこともなく魂が出来てゐる、ヤ、感心々々。其魂を見込んで、此方が惚たのだ。お前は俺を小盗児といふが、決して其様な者ではない。トルマン国のバルガン城下に生れたショールさまといふ立派な男だよ。男の中の男といはれた哥兄だ。俺が腮の振り方で、お前の命が助からうと助かるまいと、自由自在の権力をもつ男だ。どうだ、一つ考へ直して、俺の奥になる気はないか』 乙『ショールさま、エ、邪魔臭い、こんな尼ツチヨに相手になつてたら、日が暮れますよ。サ、たたんだりたたんだり。コリの親分が帰つて来たら、何と云つて小言をつかれるか分らぬ。こんな婦女の一疋や半疋に手古ずつたとあつちや男が立たねえ。オイ皆の奴やつつけろ』 『ヨーシ合点だ』と一同は柄物を取つて、一人の女に向ひ打つてかかる。女も強者、身構なし、柳眉を逆立て、 女(スガコ)『タカが小泥棒の十人や二十人、何の怖るる事あらむや。日頃覚えし柔術の妙技を現はすは此時だ。サア来い、来れ』 と大手を拡げて待つてゐる。 『何猪口才な』 と一同は、武者振ついて、手を取り足を取り忽ち地上に捻伏せて了つた。 ショール『コリヤ女、ジタバタしてもモウ駄目だ。サア俺の心に従ふか、何うだ、其方の一言に依つて、汝の生死が分るるのだ』 女(スガコ)『エー、汚らはしい、妾はタライの村の里庄が娘スガコ姫だ。汝が如き心汚れし小泥棒に靡く様な女ではないぞ。殺したくば殺したがよい。惜まれて散るのが花の値打だ。サア殺せ殺せ』 と呼ばはつてゐる。ショールも……早く玄真坊が来て呉れないかなア……と稍手持無沙汰の気味でまつてゐると、ブーブーと法螺を吹立て乍ら、ガチヤリガチヤリと急坂を下つて来る男がある。彼はコリの注進によりて、此芝居の処置をつけむ為、修験者の法服を纒うてやつて来た玄真坊である。玄真坊はあたりに響く大音声にて、 玄真『吾れこそは、天の命を受け、オーラ山に天降りたる玄真坊の大救世主だ。見ればかよわき女を拐かし、乱暴狼藉を働き居る、こわつぱの企みと見えたり。待てツ、今に神譴を加へくれむ、そこ動くなツ』 と呼ばはる声に、ショール初め部下の者共は、ヤレ幸と、蜘蛛の子を散らすが如く、バラバラバツと逃げ出し遠く姿をかくした。スガコ姫は余りの無念さ、残念さに白歯をくひしばり、嗚咽涕泣してゐる。玄真坊は側近くより来り、静に姫の頭や背中を撫で一入静なやさしみのある声で、 玄真『どこのお女中か知らぬが、えらい御災難で厶つたのう。最早拙僧の現はれた上は御安心なさい。テも偖も危い所で厶つたワイ』 スガコ『何れの方かは存じませぬが、妾の命の瀬戸際をお助け下さいまして有難う存じます。貴方は何れの神様で厶いますか、恐れながら御名を承りたう厶います』 玄真『拙僧は天を父となし、地を母となし、宇宙の主宰となり、トルマン国を救済の為、此オーラ山に聖蹟を止め、斯の如く修験者と変化して衆生済度を致す者、最早吾目にかかりし上は、如何なる曲神と雖、貴女が体に一指だもそへる事は出来ない。御安心なさい』 スガコ『どうも有難う厶います。貴方が噂に高きオーラ山の玄真坊様で厶いますか、これも全く神様の御引合せ、何かの御縁で厶いませう。妾はタライの村の里庄が娘、親一人子一人の憐な者で厶いますが、昨夜泥棒の団体に踏み込まれ、猿轡を篏められて広い原野を引廻され、今又この処に於て泥棒頭が無体の恋慕、彼が意に従はざる為、妾が命を取らむと致し、大勢寄つてかかつて捻伏せてをりました一刹那、尊き法螺貝の声が聞えたかと思へば、救世主様の御来臨、おかげで危い所を助けて頂きました、幾重にも御礼申上げます』 玄真『イヤ、御礼を言はれては困る。天が下の万民は皆吾子だ、吾弟子だ。親が子の危急を救ふのは当然だ、決して礼をいふにや及ばぬ。サア之から此方と共に、オーラ山の聖場へ行つて休まうぢやないか』 スガコ『ハイ御親切有難う厶いますが、吾家におきましては、父は申すに及ばず、家の子共が上を下へと、妾を探ねて心配をして居りませうから、何卒父の家迄送つて頂く訳には参りますまいか。そして十日も二十日も百日も御逗留下さいまして、里人に結構な恵みを御与へ下さいますまいか』 玄真『そなたの望み、聞いてやりたいは山々なれど、此玄真坊は七つ下ると、天地の神々と相談を致さねばならず、星は天より下り大杉の梢に止まつて、吾教説を聞きに来る……といふやうな次第であるから、今少時里方へ出る訳に行かぬ。さうだと云つて、お前を一人、此儘帰せば、又もや泥棒の難に会はぬとも保証し難い。それ故今少時、此方と共にオーラ山の聖場に詣でて、天王の社に感謝祈願の誠を捧げ、少時逗留致したが可からう。貴方の父上には、此方より人をつかはし、報告をしておくから軈て迎へにみえるだらう。救世主の言葉に二言はない。サアサア此方に従いてお出なされ』 スガコ『さう御親切に仰有つて下されば、否む訳には参りませぬ。左様なれば不束な妾、少時御厄介に預かりませう』 玄真『ウン、ヨシヨシ、流石は明察の淑女、否賢女だ』 とほめそやし乍ら、スガコの手を引いて、コツリコツリと急阪を登り、おのが住家へと帰り行く。早くも日は山の頂に没し、四辺は薄暗く、大杉の梢には燦爛なる妖星の光が輝いてゐた。玄真坊は頭上の光を指ざし、笑を満面に湛へ乍ら、 玄真『コレコレお女中、あの梢を御覧なさい、あの通り、日の暮れるが最後、天からお星様がお降りになり、救世主の教説を聞かんとお待ち兼だ』 スガコは頭上を打仰ぎ乍ら、目も眩き光の梢に散在せるを見て、且つ驚き且つ怪しみ乍ら、青い面して慄うてゐる。玄真坊は此態を見て高笑ひ、 玄真『アハヽヽヽ、流石は深窓に育つたお嬢さまだなア。天からお降りになつたお星様がこわいと見える。其青い顔……』 スガコ『玄真坊様、余りの御神徳の高さに、妾は肝をとられました。何と不思議な事があるもので厶いますなア。天地開闢以来お星様が降つて教を聞かれるといふ事は、言置にも書置にも厶いませぬ。思へば思へば貴方様は絶対無限の神権を備へて入らつしやる活神様の御化身で厶いませう、余り有難くつて御礼の申様も厶いませぬ』 玄真『お前は実に見上げた才媛だ、此方の魂の素性をよくもそこ迄看破したなア。お前は尋常の人間ではない。尊き或女神様の化身だよ』 スガコ『ホヽヽヽ、勿体ない、妾の如き賤しき女に向ひ女神の化身だなどとは、玄真坊さま、御冗談も程が厶いますよ、貴方も人が悪う厶いますな。さう揶揄て頂きますと、知らず知らずに慢心致しますからなア』 玄真『イヤ決して揶揄のではない、救世主の言葉には嘘詐りはない筈だ。拙僧の言葉は神の言葉だ。スガコ殿、安心をなされよ』 スガコ『ハイ有難う厶います、そんなら少時、魂の素性が分る迄、貴方のお側において頂きたいもので厶いますなア』 玄真『ヨシヨシ、それが可からう、お前は第一霊国の天人の天降りだ。八百万の神に云ひつけて、天国の身許調べをしてやらう。ここ一週間の中には、お前の素性が判然と分るだらう』 スガコ『ハイ、有難う御座います、何分宜しく御願ひ致します』 スガコは相当の教育もあり、凡人にすぐれた智慧も有つてゐた、そして天性の美人であつた。併し乍ら何程賢明な婦人でも思はぬ厄難に会ひ、九死一生の場合、思はぬ人に助けられ、其人から……お前は立派な女神さまだの、化身だの……と言はれては、如何なる明智の女でも迷はざるを得ないのである。スガコは到頭彼等悪人輩の待ち受けた穽に陥り、玄真坊を真の救世主と信じ、虎狼の窟に入るとは知らず、欣然として妖僧の後に従ひ、漸く大杉の下、玄真坊が居間に導かるる事となつた。あゝスガコの今後の身の上は何うなるであらうか。 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣松村真澄録) |
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霊界物語 | 66_巳_オーラ山の山賊 | 12 恋の暗路 | 第一二章恋の暗路〔一六九四〕 コマの村の里庄が二男サンダーは許嫁のジャンクの娘スガコの行衛不明となりしより怏々として楽しまず、日夜煩悶苦悩の結果、神経病を起して一室に閉ぢ籠り、人に会ふのを嫌ふやうになつた。両親はサンダーの憂欝に沈める状態を見ていろいろに心を苦め、医者よ、薬よ、修験者よと騒ぎまはれども、サンダーは一切の医薬を排し且修験者の祈祷を嫌ひ、一室に潜んで時々自分の髪の毛を毟つたり耳を掻いたり、体中を自分の爪で掻き拗り、半狂乱の如くになつて居た。さうして時々怪しげな声で述懐をのべて居る。 サンダー『ジャンクの家に生れたるトルマン国に名も高き 美人と聞えしスガコさま結ぶの神の引合せ いつかは合うて妹と背の赤き縁を結び昆布 苦労するめの夫婦ぞと楽しみ待つた甲斐もなく 世は味気なき諸行無常今に行衛も白雲の 何処の果にましますか柳の眉毛涼しき目許 つんもりしたる鼻貌紅の唇、花の口 耳にかけたる七宝や時々光る夜光石 髪は烏の濡羽色起居物腰しとやかに 棚機姫の大空ゆ天降りましたる風情にて 此世に人と生れまし吾恋妻となり玉ふ 間近き空に果敢なくも秋の木の葉と散り果てて 何処のいづこに在しますか但しは猛き獣の 餌食とならせ玉ひしか思へば思へば味気なき 憂世に残されいつ迄も長らふ事の恥しさ 吾等も男の子の端なれば恋しき妻を奪はれて いかで此儘泣き止まむ吾玉の緒のある限り 雲を分けても探し出し容貌美はしき姫の顔 再びまみえ村肝の心の奥を語り合ひ 互に手に手を取り交し此世を広く楽もしく 暮さむものと思ふより頭は痛み胸つかへ 日月空に輝けどいとも暗けき心地して 闇夜を渡る如くなりあゝ如何にせむ千秋の 怨はつきじトルマンの国に塞がる雲の空 空行く雁の心しあらば恋しき姫の在所をば 尋ね求めて吾恋ふる心を伝へ呉れよかし 儘ならぬ世と云ひ乍ら神や仏に見放され かかる憂目を味あふか親の罪とは誰が云ふ 誠の神は親々の重き罪をば生みの子の 身魂に迄も厳かに加へますべき道理なし あゝ惟神々々天地の間に神まさば 吾胸先の苦しさをいと速かに科戸辺の 風に払はせ玉へかし朝な夕なに姫の身の いと安かれと真心を捧げて祈り奉る 捧げて祈り奉る』 かく歌ひ了り、サンダーは力なげに気晴らしの為とて郊外に出で往来の人を眺めてゐた。サンダーは国内きつての美男子で白面の青年、常に女装を好み、何人も相会ふ人は之を男子と認むるものはなき程の美貌を備へてゐた。彼は門口に立つて空行く雲をポカンとして眺めて居ると、そこへ錫杖をガチヤンガチヤンと音させ乍ら現はれ来る白髪異様の修験者、彼が美貌を見て、その前に錫杖を止め、顔色を和げ乍ら、 修験者『これこれお嬢さま、貴女は顔色が悪いやうだが、何か心配事が厶るかな。若い娘に、よくあるラブと云ふ病ではなからうか。それならばオーラ山に現はれ玉ふ救世主の許に参拝し御祈願を籠めなされ。必ず霊験がありますよ。拙僧はオーラ山の活神玄真坊様の高弟でシーゴー坊と申すもの、人助けのために各地を遍歴致す修験者で厶る。いかなる煩悶苦悩も、オーラ山の玄真坊さまに伺へば忽ち煙散霧消し、平和と幸福の太陽が、貴方の心天に輝くであらう。帰妙頂礼神道加持謹上再拝』 と厳かに呪文を唱へる。サンダーは今迄修験者の祈祷を両親から勧められ、又出入の者からも勧められてゐたが、チツトも気が向かなかつた。然るに今目のあたり威儀厳然たる修験者に会ひ、どこともなく頼もしき言葉に釣り込まれ、少しく心が動き出した。 サンダー『もし、修験者様、私はあるにあられぬ煩悶苦悩の淵に沈んで居ります。もはや此世が嫌になり、一層天国の旅をなさむかと只今思案にくれてゐた所で厶りますが、いかなる煩悶苦悩も玄真坊と云ふ活神様に願へばお助け下さるでせうか』 シーゴー『貴方は、まだお聞きなさらぬか。御霊験の顕著なること日月の如く、オーラ山に向つて参拝する善男善女は蟻の甘きに集ふ如く、明六つより午後の七つ時までは引もきらぬ群集、各自神徳を頂いて帰りますよ。中には妻を失ひ、娘を失ひいろいろ心配して居られた方が、玄真坊の天眼力によつて、所在分り歓喜の涙に浴して居られる方も沢山厶ります。まづ一度お詣りなさいませ』 サンダー『あらたかな神様がオーラ山に現れたといふ事はチヨコチヨコ承つて居ますが、偽救主、偽キリストが雨後の筍の如く現れる時節ですから、又その種類と存じ、僕共の忠告をも聞かず今迄疎んじて居りましたが、貴方のお話を聞いてどうやら心が動き出して来ました。然らば近い中、気分のよい日を考へて参拝致すで厶りませう』 シーゴー『や、それは結構です、屹度後利益がありますよ。一日も早くお詣りなさいませ』 と云ひ乍ら、素知らぬ顔して又もや錫杖をガチヤつかせ乍ら遠く彼方へ進み行く。 サンダーは暗夜に一縷の光明を得たる如き心地して、その日の夕暮よりソツと吾家を抜け出でオーラ山の大杉の星の光を目あてとし、道々歌を歌ひ乍ら夜風に吹かれつつトボトボと進み行くのであつた。 サンダー『天津御空は澄み渡り草より出でし日の神は 又もや草に入りましてあとに輝く望の月 星の光は疎にて気は澄み渡る大野原 吹き来る風に百草のそよぎの音も騒がしく 犬の泣き声かしましく彼方此方の村々ゆ 聞え来るぞ恐ろしきスガコの姫の所在をば 探ねむものと足乳根の父と母との目を忍び 夜に紛れて一人旅淋しき野路も誰故ぞ 生命に代へて愛したるスガコの君があればこそ スガコの姫よスガコさまお前は何処の空にゐる 無言霊話があるならばここに居ますと一言の 音信吾に送りませ吾魂は夜な夜なに 汝が所在を探ねむと中有に迷へど限りなき 此地の上の弥広さ何の手掛りなく計り 涙に袖を搾りつつ夜は淋しき一人寝の 枕に通ふ虫の音も汝が命の囁きと 思ひ迷ふぞ果敢なけれ此世に神の在ますなら 恋し焦れし二人仲結ぶの神の引合せ 必ず会はせ給ふとは思ひ慰めゐるなれど 心も暗き吾思ひ汲ませ給へよスガコ姫 呼べど叫べど荒風の中を遮る悲しさに 吾真心も汝が耳に直に入らぬが口惜しや 夢になりとも会はま欲しと思ひ寝れば夢に入り 恋しき汝が訪ひの声かと見れば雨の音 風の野原を渡る声汝を松虫、鈴虫や 実にもはかなき蓑虫の日に日に細る霜の下 実にも淋しき吾心根を汲みとりませよスガコ姫 汝に会はむと朝夕に思ふ恋路の募り来て 今は全く病気のままならぬ身となりにけり さはさり乍ら汝思ふ恋の力の不思議なる 病躯を起して野路山路区別白露分けて行く オーラの山の生神の稜威を受けて妹と背の 汝に会はむが楽みに冷たき夜風を浴び乍ら 露の芝草踏みしめて心の空の明りをば 杖や力と頼みつつ吾はイソイソ上り行く 吾はイソイソ上り行く』 サンダーはトボトボと夜露滴る高原を、オーラ山目あてに進みしが、途中に於てガラリと夜を明して了つた。身体綿の如く疲れ果て路傍の方形の岩に腰をかけ、息を休め遂には眠についた。音に名高き美青年、色は飽迄白く、玉の肌、衣を通して光るが如く眉涼しうして鼻筋通り、歯は象牙細工の如く白くして光沢あり、黒目勝の露を帯びたる目、誰が目にも女とより見えなかつた。大画伯の精根を凝らして成れる絵の中より抜け出て来た如き美人、四辺に芳香薫じ、音楽聞ゆるが如き思ひに満たされる。かかる美男子が女装したまま、頬杖をついて路傍の岩に腰打かけ眠つて居る其の風情は海棠の雨に萎るる如く、梅花の旭に匂へるが如く、一見人をして恍惚たらしめ、心魂をして宙に飛ばしむる如き光景である。 そこへシーゴーの部下なる、ショール、コリ等は十七八名の手下を従へ、髯に露を浮かせ、尻切草鞋をパサつかせ乍ら此場に現はれ来り、サンダーの眠れる姿を見て夢か現か将又天女の降臨か。魔か女かとアツケにとられ、少時佇んでゐた。 ショールは頻りに首を振り乍ら、左右の部下を顧み、 ショール『何と、綺麗なものだなア。オイ、まともから拝むと、目がマクマクするぢやないか。あれは果して人間だらうか、もし人間とすれば此間のやうに、何とか一芝居をして玄真坊様の岩窟に引張込まうぢやないか。さうすりやキツト御褒美に、又甘い酒でもふれまつて貰うと、ままだよ。なあコリ、貴様どう考へるか』 コリ『ウン全くだ』 ショール『何が全くだい。全くでは意味が分らぬぢやないか』 コリ『ウンウン何しろ全くだ。全く御免を蒙り度いわい。彼奴ア、キツト化衆だ。此世の中にあんな美人があらう筈がない、相手になるな。此間の美人だつて神徳高き玄真坊様が何程口説いてもたらしても、お挺にあはないのだもの。俺達のやうな小盗児連は、まづ相手にならぬ方がましだよ。いらはぬ神に祟なしだ。何時、尻尾を出すか知れない、サア逃げろ逃げろ』 とがやがや立ち騒ぐ。此声にサンダーはフツト目を覚まし、四辺を見れば森の烏はカアカアと清く鳴き亘り、小鳥はチユンチユンジヤンジヤンと鼓膜を揺がせる。サンダーはショール、コリの一隊に向ひ徐に口を開いて、 サンダー『もし、そこに居らるる方々、物をお尋ね致しますがオーラ山の修験者、玄真坊のお住居は何処で厶いますか。遠方から大杉を見当に参りましたが、麓にかかつてより目標を見失なひ、行手に悩んで居ります。どうか御案内下さいますまいか』 ショールは此の声にやつと安心し、 ショール『ヤツパリ人間だ』 と小声に囁き乍ら、 ショール『ハイ、私は此辺をうろついてゐる泥棒で厶いますが、玄真坊様の処へ案内せよと仰有いますけど、私のやうな悪人は到底お側へも寄れませぬ。此間も玄真坊に鉄拳の雨にあひ、吾々一同はコリコリ致して居ります。のうコリ、痛かつたな。又もや、こんな処にうろついて居る所を玄真坊様に見付けられたならば、「これ貴様はあれほど戒めて居るのに、ショールコリもせず小盗児をやつてるか」と、いかいお目玉を頂いては睾丸が縮み上ります。此道をスツト一直線に三十町許りお上りになれば、そこが玄真坊様のお館です。分らな、暫く待つて下さい。もう半時もすれば沢山な参詣者がここを通りますよ。さうすれば一緒にお上りになれば御案内もいりますまい』 サンダー『泥棒が泥棒と名乗るのは今が聞初めだ。そんな正直な事で泥棒渡世が出来るのか』 ショール『ハイ、貴方に対してのみ、こんな正直な事を申したのです。隠したつて貴下のその眼孔には、直ぐ看破されますからな。大方お嬢さまはシーゴー様の修験者に聞いてお詣りになつたのでせう』 サンダー『あゝさうです。修験者が私の門前を通り、あらたかな神様があるから詣れと云つて下さつたので、とるものも取り敢へず夜の道を急いで、やつて来たのですよ』 ショール『男のやうな言葉扱もあり、女のやうな言葉扱もあり、私としては、お前さまの正体は分りませぬが、貴下はそんな事云つて吾々の行動を調べて居らつしやるのでせう。大親分のヨリコ姫女帝様でせうがな』 サンダーは……女装をしてゐる事なり、ヤツパリ彼奴等は女と見て居る、今ヨリコ姫女帝と云ふたのは何か山賊の親分の名かも知れない。あゝ云ふ木端盗人は親分の顔を見る事の出来ないものだ。キツト数千の団体を抱へてゐる大親分だらう。此奴を一つ計略にかけ、疲れた足を歩むのを助かるため舁がして上つて見ようかな……と俄に大胆な心を起しワザとおチヨボ口をし乍ら、 サンダー『オホヽヽヽ、お前は妾の乾児と見えるな、お前の察し通りヨリコ姫女帝だよ。玄真坊さまのお側へ案内して呉れや。妾の体を大切に、荒男がよつて此阪道を舁き上げるのだよ。サア御褒美に之を与げよう』 と懐より小判をとり出し、ばらばらと大地に投げつけた、小盗児連は先を争うて拾ひ懐に捻ぢ込み、サンダーを大親分と思ひ、お手車に乗せて、きついきつい赤土の滑る坂道を汗をタラタラ流し乍ら大杉の下、玄真坊が所在へと送り行く。 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣北村隆光録) |