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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 20 心の鬼 第二〇章心の鬼〔一二七四〕 テルンスは、エム、ワクの両人を秘密の暴露せむ事を恐れて無残にも切り捨て、心地よげに打ち笑ひ独言、 テルンス『此奴等両人はランチ、片彦両将軍の間者だと云ふ事は予て承知し居つた。吾々が軍隊の指揮権を握る時節がいよいよ到来致したと云ふものだ。両将軍はいよいよ三五教の宣伝使にチヨロまかされ、骨のない蛸か蒟蒻の化物の様になつて了つた。いつ迄も上に大将があると、吾々の向上の道を硬塞し、金槌の川流れ、出世する道がない、然るに都合よく両将軍初め両副官エキス迄がすつかり軍職を止めて了ひよつた。かうなる上は、階級順によつて全軍の指揮官となるのはトランス、バルクの両人だ。俺達は折角栄進の道が開けても矢張り人の頤使に甘んぜなくてはならぬ。此時こそは時刻を移さずハルナの都に急使を馳せ、大黒主様に「治国別のため、ランチ、片彦両将軍及びガリヤ、ケース両人は、バラモン教を捨てて却て職権を利用し、反対にハルナの都に攻め寄せむとす。故にテルンス、コーの両人は此計略を知り注進仕る。何卒臨時にても差支へなくば、全軍指揮官をテルンス、コーの両人にお任せ下さい」と云はうものなら、いよいよ願望成就だ。然るに此等二人が居ては秘密が洩れると思うて、コーに喋し合せ、酒によせて泥を吐かせ置いたのだ』 かかる所へコーは剣を杖につきながらヒヨロリヒヨロリとやつて来た。 テルンス『ヤア、其方はコーではないか』 コー『ハイ左様で厶います。此奴等両人を切つて捨てむと追ひまくる中、少々酩酊致して居りましたせいか、庭石に躓き一時気も遠くなりましたが、やうやう起き直り、剣を杖に痛い膝を押へながら此処迄参りました。何と心地よく斃つたものですなア』 テルンス『アハヽヽヽ、拙者の深謀奇策はマア、ざつと此通りだ。斯うなる上は一刻も早く手紙を認め、早馬使を部下より選抜してハルナの都に遣はさう。さうすれば、このテルンスはランチ将軍の後釜、其方は片彦将軍の後釜だ。グヅグヅして居て他の奴に先を越されては詰らない、サア早く、コー、用意をせよ』 コー『ハイ、直様用意を致しますが、何だか首筋がゾクゾク致しまして、思ふやうに身体が動きませぬわ。手足の筋も骨も固くなつて仕舞ふやうです。あれ御覧なさいませ。二人の死骸から青い火がボヤボヤボヤと燃え出したぢやありませぬか』 テルンスの目には何も見えなかつたが、コーには二人の死骸から青い光が頻りと燃え出した。そして青い火から青い人の顔が見え出した。よく見ればエム、ワクの両人であつた。コーは手足をブルブルさせながら、 コー『コヽヽヽコレ、ワヽヽワク、ソヽヽヽそんな怖い顔をして俺を睨んだつて、俺が殺したのぢやない、恨があるなら、テルンス様に云ふがよい。私は酒の上で只剣を抜いただけだ。コリヤ、ソヽそんな怖い顔をするな、ユヽヽ幽霊め、もしもしテルンス様、どうかして下さいな。火の中から怖い顔をして、今にも噛みつきさうにして居ります』 テルンス『オイ、コー、確りせぬか。火が出るの幽霊が出るのと、そりや貴様の神経だ。二人の死骸は前に首と胴とになつて斃つて居るが、そんな青い火だの幽霊だのと、そんなものがあつて耐るか』 コー『アヽヽヽ此奴は耐らぬ。オイ、ワク、エム、見当違しちや困る、俺ぢやない、下手人はテルンスさまだ。恨みるのならテルンスさまを恨みて呉れ。コヽヽコレヤ、そんな怖い顔をすな』 青い火は段々と大きくなり、遂にはテルンスの目にも入るやうになつて来た。テルンスは初めて驚き、ちりげもとがザクザクし出した。されど気が弱くては叶はじと戦く胸をじつと抑へ空気焔を吐いて居る。されど手も足もワクワクと地震の孫のやうに慄うて居る。今、斬り捨てられたワク、エムの両人は厭らしき形相となり、口より火焔を吐き、真青の頬となり、血走つた眼を剥き出しながら、両手を前に垂れ、身体一面慄はせながら、細き蚊の鳴くやうな声で、 ワク『恨めしやな、残念至極、口惜しやな、汝テルンスの悪人輩、仮令此肉体は汝の手にかかつて果つとも、魂魄此世に留まつて、汝が素首を引きぬき、地獄のどん底に連れ行き、無念を晴らさねば置かぬぞ。ヤア恨めしや』 と死体に足をくつつけながら、前によつたり後に引いたりして居る。 一方エムの体よりは、又もや怪しき幽霊立ち出で、青い火に包まれながら、 エム『ヤア恨めしや、テルンスの悪人奴。よくも某を無残にも手にかけたな、此恨み晴らさで置かうか』 と二人の幽霊は交る交るにテルンスの左右より進んだり退いたりして睨め付けて居る。テルンスは恐怖心にかられ、手足は慄ひ戦き逃げる事も得せず、遂にはキヤツキヤツと声張り上げて救ひを叫び出した。其声は何とも云へぬ、凄味を帯びた嫌らしいものであつた。コーは此体を見て雪の上を転げながら、十間ばかり此方に逃げ来り、肝を潰してパタリとふん伸びて了つた。 折から進み来る夜警の二人は此有様を見て、腰を抜かさむばかりに打ち驚き、片彦将軍の居間をさして韋駄天走りに駆けつけ、 夜警の一『モシモシ将軍様、タヽ大変で厶います。ユヽ幽霊が二体も現はれました。そしてテルンスが両方から幽霊に責悩まされ困つて居ります。如何致してよろしきや、余りの怖ろしさに一寸御報告申します』 片彦『何、幽霊が出たと、そいつは妙な事を聞くものだ。拙者も幽界旅行より帰つてまだ間もなきに、幽霊が出たとは不思議千万だ。ドレ、是から治国別様に夜中ながら申上げ、実地検分に往つて見よう』 夜警の二『将軍様、どうぞ貴方来て下さいませ、私は恐ろしくて体が縮みます』 片彦『アハヽヽヽ、何と気のチヨロイ男だな。俺も何だか首元が、ゾクゾクと致しはせぬでもないワイ』 かかる所へ、お寅は小便に出で、人声がするので不思議と思ひ門口を覗けば、片彦将軍と二人の夜警が幽霊の出た話をして居る。お寅はこれを聞くより気丈な女とて、夜警を促し其場に到り見れば、果して夜警の云つた通り、テルンスは門口に立ち、怪しき幽霊が両方より蟷螂のやうな手つきで互交に苦しめて居る。お寅は傍に走り寄り、泰然自若として天津祝詞を奏上した上に、天の数歌を声緩やかに歌ひ終つた。不思議や二人の幽霊は、数歌を歌ひ終ると共に煙の如く消えて仕舞つた。 よくよく見れば、エム、ワクの両人は雪の上に酒に酔つて打つ倒れ、怪我一つして居なかつた。テルンスは大に驚き、自分の悪しき企みを、包まず隠さず、ランチ、片彦両将軍の前に自白して其罪を謝した。併しながら此陣営には二千人ばかりの軍卒が、ランチ将軍指揮の下に駐屯して居たが、将軍が三五教に帰順せし事を発表すると共に、武器を捨てて各地に自由に出で往くもあり、中には鬼春別将軍に早馬に乗つて報告するものもあり、遥々とハルナの都へ忠義だてに駆け往くものもあつた。 そして浮木の森の陣営は支離滅裂に解体され、殺風景のこの地も、軍人の片影をも認めない以前の平和なる村落となつた。 治国別、ランチ将軍、其他一同の今後の行動は後日述ぶる事とする。嗚呼惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 序文 序文 霊界物語も漸く累計四十九冊に達しました。本巻も着手日数三日間にて完成することを得ました。この時東京の某新聞紙上に天城山麓の八丁池に悪竜六百年以前より潜伏して○○に祟りを成すを以て法華宗の僧が退治せむと其筋へ出願したりとの記事があつたので、直に国家の一大事と考へ霊眼にて洞察するに悪竜どころか魚族一尾も居ない。只腹部に髭題目を赤斑にあらはした蠑螈がウヨウヨして居るのみであつた。実に世の中と云ふものは妙なものである。こんな事を大本の人間の口からでも云はうものなら、それこそ大変なことになつたかも知れない。法華経の狂勢には感ずるの外はない。綾部の井上会長より左記の花句が届きましたから御紹介しておきます。 やみにひそむ枉津の神もまつろはむ 言霊の幸月の光に 天城山畔八丁池聞説千年潜怪螭 何日了縁出崖口月光澄徹水逶迤[※これは漢文で、底本では返り点が付いている。「天城山畔八丁池聞説千年潜(㆓)怪螭(㆒)何日了(㆑)縁出(㆓)崖口(㆒)月光澄徹水逶迤」。読み下すと次のようになるか?「天城山の畔の八丁池に、聞くならく(聞くところによれば)千年、怪螭(かいち。竜の一種)が潜む。何れの日か縁を了して、崖の口に出でん。月の光は澄み徹り、水は逶迤(いい。うねうねと曲っている意)たり」。] いよいよ本巻より初稚姫の大活動に入りました。迂余曲折波瀾重畳の物語。現幽神三界に於ける宇宙の真相は本輯十二巻の上に展開さるる事となります。信者未信者の区別なく、愛読あつて洪大なる神徳に浴し玉はむことを希望する次第であります。アヽ惟神霊幸倍坐世。 大正十二年一月十六日於伊豆湯ケ島温泉湯本館王仁識
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 02 大神人 第二章大神人〔一二七六〕 前節に述べたる如く、霊国や天国の諸団体に籍をおいたる天人及地上の天人即ち神を能く理解せし人間の精霊は、即ち地上の天人なるを以て、人間肉体の行為に留意することなく、其肉体を動作せしむる所の意思如何を観察するものである。故に人間の吾長上たると吾下僕たるとを問はず、其行為に就て善悪の批判を試むるが如き愚なことは、決してせない。天人の位地に進んだものは、其人格を以て意思に存し、決して行為其物にあらざる事を洞察するが故である。其智性も亦人格の一部分なれ共、意思と一致して活動する時に限つて人格と見なすのである。意思は愛の情動より起り、智性は信の真より発生するものである。故に愛のなき信仰は決して人格と見なすことは出来ない。愛は即ち第一に神を愛し、次に隣人を愛する正しき意思である。只神を信ずるのみにては到底神の愛に触れ、霊魂の幸福を得ることは不可能である。愛は愛と和合し、智は智と和合す。神に心限りの浄き宝を奉り、或は物品を奉納するは所謂愛の発露である。神は其愛に仍つて人間に必要なるものを常に与へ玉ふ。人間は其与へられたるものに仍つて生命を保ち、且人格を向上しつつあるのである。神は無形だとか、気体だとか、無形又は気体にましますが故に決して現界人の如き物質を要求し玉はず、金銭物品を神に献つて神の歓心を得むとするは迷妄の極なり、只神は信仰さへすればそれで可い、其信仰も科学的知識に仍つて認め得ない限りは、泡沫に等しきものだ。故に神を信ずるに先だち科学的原則の上に立脚して、而して後信ずべきものだ……などと唱ふる者は、すべて八衢人間にして、其大部分は神を背にし光明を恐れ、地獄に向つて内底の開けゐる妖怪である。 霊国天国の天人が天界を見て一個の形式となすのは、其全般に行わたつてのことではない。如何なる証覚の開けた天人の眼界と雖も、高天原の全般を測り知ることは出来ない。されど天人は数百又は数千の天人より成れる団体を遠隔の位地より見て、人間的形式をなせる一団と感ずる事がある位なものである。故に未だ中有界に迷へる八衢人間の分際としては到底、天人の善徳や信真や証覚に及ばないことは無論である。 斯の如く如何なる天人と雖も、高天原の全体を見極め、神の経綸を熟知し、且他の諸団体を詳しく見聞し能はざる位のものであるに、自然界の我利我欲にひたり、自愛と世間愛のみを以て最善の道徳律となし、善人面をさげ、漸く神の方向を認めたる位の八衢人間が到底神の意思の測知し得らるべき道理はないのである。天国の全般を総称して大神人と神界にては称へらるる理由は、天界の形式は凡て一個人として統御さるるからである。故に地の高天原は一個の大神人であり、其高天原を代表して愛善の徳と信真の光を照らし、暗に迷へる人間に智慧と証覚を与へむとする霊界の担当者は、即ち大神人である。神人の大本か大本の神人か……と云ふべき程のものである。之は現幽相応の理より見れば、決して架空の言でもない。又一般の信徒は所謂一個の大神人の体に有する心臓、肺臓、頭部、腰部、其他四肢の末端に至る迄の各個体である。 天界を大神は斯の如く一個人として、即ち単元として之を統御し玉ふのである。故に人間は宇宙の縮図といひ、小天地と云ひ、天地経綸の司宰者と云ふ。人間の身体は、其全分にあつても、其個体に在つても、千態万様の事物より組織されたるは、人の能く知る所である。即ち全分より見れば、肢節あり、気管あり、臓腑あり、個体の上より観れば、繊維あり、神経あり、血管あり、かくて肢体の内に肢体あり、部分の中に部分あれ共、一個人として活動する時は、単元として活動するものである。故に個体たる各信者は一個の単元体たる大神人の心を以て心となし、地上に天国を建設し、地獄界の片影をも留めざらしむる様、努力すべきものである。大神が高天原を統御し玉ふも亦之と同様である。故に地上の高天原たる綾の聖地には、大神の神格にみたされたる聖霊が予言者に来つて、神の神格に仍る愛善の徳を示し、信真の光を照らし、智慧証覚を与へて、地上の蒼生をして地的天人たらしめ、且又地上一切をして天国ならしめ、霊界に入りては、凡ての人を天国の歓喜と悦楽に永住せしめむが為に努力せしめ玉ふたのである。其単元なる神人を一個人の全般と見做し、各宣伝使信者は個体となつて、上下和合し、賢愚一致して此大神業に参加すべき使命を有つてゐるのである。 斯の如くして円満なる団体の形式を造り得る時は即ち全般は部分の如く、部分は全般の如くにて其両者の相違点は、只其分量の上にのみ存するばかりである。今日の聖地に於ける状態は、すべて個々分立して活躍し、全体は分体と和合せむとしてなす能はず、分体たる個人は各自の自然的観察を基点として、思ひ思ひに光に反き愛に遠ざかり、最も秀れたる者は中有界に迷ひ、劣れる者は地獄の団体に向つて秋波を送る者のみである。故に此等の人間は大神の聖場、地の高天原を汚す所の悪魔の影像であり、且個人としては偽善者である。偽善者なる者は時としては善を語り、又善を教へ、善を行へども、何事につけても自己の愛を先にするものである。大神の御神格及高天原の状態、愛の徳及信の道理並に高天原の将来などに付いて、人に語り伝ふること、最深く、天人の如く、聖人君子の如く、偶には見ゆるものあり、又其口にする所を心言行一致と云つて、行為に示さむとし、能く其行ひを飾つて、人の模範とならむとする者あれ共、其人間が実際に思惟する所のものは必ずや人に知られむ為、或は褒められむ為にする者が多い。此等は未だ偽善者の中でも今日の処では、余程上等の部分にして、俗眼より見れば真に神を理解し、言心行の一致の清き信者と見得る者である。次に今綾の聖地に於ける最上等の部分に属する人の心性を霊眼によつて即ち内的観察に仍つて見る時は、未だ天界の消息にも詳ならず、其自愛及世間愛と雖も、未だ徹底せず、天人の存在を半信半疑の態度を以て批判し、或は死後の生涯などに就て語る共、只真理に明き哲人と人に見られむが為に、真実に吾心に摂受せざる所を、能く知れるが如くに語り伝ふる位が上等の部分である。而して口には極めて立派なことを言つても、其手足を動かし、額に汗し、以て神に対する真心を実行せない者が大多数である。斯の如き人は神の教を伝へ、又は神に奉仕する祭官などは、俗事に鞅掌し或は田園を耕し、肥料などの汚穢物を手にするは、所謂神を汚すものと誤解してゐる八衢人間や、或は怠惰の為、筋肉労働を厭うて、宣伝使又は祭官の美名にかくるる横着者である。此等は何れも神の前にあつて、天人の一人をも霊的に認むることなく、又体的にも感ずる能はず、遂には神仏を種にして、自利を貪る地獄道の餓鬼となつてゐる者である。かくの如き心性を以て神の教を説き、神に近く奉仕するは、全く神を冒涜する罪人である。 斯くの如き人間は神の言葉を売薬の能書位に心得、何事をも信ぜず、又自己を外にして徳を行ふの念なく、人の見ざる所に於て善をなすことを忌み、悪を人の前に秘し、善は如何なる小さきことと雖も、必ず人の前に現はさむことを願ふ。故に彼等がもし万一善なる行ひをなしたりとせば、それは皆自己の為になす所あるによる。又他人の為に善を行ふことあれば、それは他人及世間より聖人或は仁者と見られむことを願ふに過ぎない。斯の如き人のなすことはすべて自愛の為である。自愛は所謂地獄の愛である。 心ならずも五六七殿に此物語を聞きに来てゐる偽善者も偶にはあるやうだ。それは折角昼夜艱苦して口述編纂した『霊界物語』を毎夜捧読して、霊界の消息を、迷へる人々に説き示さむとする口述者の意思を無視したと思はれてはならないから……といふ位な考へで、厭々聞きに来る人もあるのである。決して左様な御気遣は無用である。何程内底の天に向つて閉塞したる人々の身魂に流入し或は伝達せむとするも、到底駄目である。故にどうしても此物語の気にくはぬ人は、かかる偽善的行為を止めて、所主の愛に仍り、身魂相応の研究を自由にされむことを希望する。決して物語の聴聞や購読を強るものではない。 経の神諭は拝聴すると、涙が出る様だが、緯の物語を聞くと少しも真味な所がなく、可笑しくなつてドン・キホーテ式の物語か又は寄席気分のやうだと云つてゐる立派な人格者があるさうだ。之れも身魂相応の理に仍るものだから、如何ともすることは出来ない。併し乍ら悲しみの極は喜びであり、喜びの極は悲しみであることは自然界学者もよく称ふる所である。而して悲しみは天国を閉ぢ歓びは天国を開くものである。人間が他愛もなく笑ふ時は決して悲しみの時ではない、面白可笑しく歓喜に充ちた時である。神は歓喜を以て生命となし、愛の中に存在し玉ふものである。赤子が泣いた時は其母親が慌てて乳を呑ませ、其子の笑顔を見て喜ぶのは即ち愛である。吾子を泣かせ、又は悲しましめて快しと思ふ親はない。神の心はすべて一瞬の間も、人間を歓喜にみたしすべての事業を楽しんで営ましめむとし玉ふものである。此物語が真面目を欠いて笑はせるのが不快に感ずる人あらば、それは所謂精神上に欠陥のある人であつて、癲狂者か或は偽善者である。先代萩の千松の言つたやうに……お腹がすいてもひもじうない……といふ虚偽虚飾の態度である。かくの如き考へを捨てざる限り、人は何程神の前に礼拝し、神を讃美し、愛を説くと雖も、到底天国に入ることは出来ない。努めて地獄の門に押入らむとする痴呆者である。 凡て綾の聖地に、神の恵に仍つて引つけられたる人、及此教に信従する各地の信者は、すべて大神の神格の中にあるものである。然るに灯台下暗しとか云つて、之を認め得ざるものは天人(人間と同様の形態)の人格を保つことは出来ないものである。富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……と云ふ様に、富士山の中へ入つて了へば、他に秀れて尊き霊山たることを知らず、普通の山と見ゆるものである。併し遠くへだてて之を望む時は、実に其清き姿は雲表に屹立し、鮮岳清山を圧して立てる其崇高と偉大さを見ることを得る様に、却て遠く道をはなれ、教に入らざりし者が、色眼鏡を外して見る時は、其概要を知り全般を伺ふことが出来る様に、却て未だ一言も教を聞かず、一歩も圏内に足をふみ入れざる人の方が其真相を知る者である。又大神は時によつて一個の天人と天国にては現じ玉ひ、現界即ち地の高天原にては一個の神人と現じ玉ふ。されど斯の如く内分の塞がつた人間は神人に直接面接し且其教を聴き乍ら、之を普通の凡夫とみなし、或は自分に相当の人格者又は少しく秀れたる者となし、或は自分より劣りし者となして、之を遇するものである。かくの如き人間は八衢所か、已に地獄の大門に向つて、爪先を向けてゐるものである。真の智慧と証覚とを欠いた者は、総て地獄に没入するより道はない。故にかかる人間は天人又は神人の目より見る時は、何程形態は立派に飾り立て、何程人品骨格はよく見えても、殆ど其内分は人間の相好が備はつてゐないのである。彼等は罪悪と虚偽とに居るを以て、従つて神の智慧と証覚に反いてゐる。恰も妖怪の如く餓鬼の如く、其醜状目も当てられぬばかりである。斯の如き肉体の人間を称して、神界にては生命といはず、之を霊的死者と称ふるのである。又は娑婆亡者或は我利我利亡者ともいふ。 斯の如き大神の愛の徳に離れたる者は生命なるものはない。而して大神の愛又は神格に離れた時は、何事もなし能はざるものである。故に大本神諭にも……神の守護と許しがなければ、何事も成就せぬぞよ。九分九厘いつた所でクレンとかへるぞよ。人間がこれ程善はないと思ふて致して居ることが、神の許しなきものは皆悪になるぞよ。九分九厘で手の掌がかへり、アフンと致すぞよ……と示されてあるのを伺ひ奉つても、此間の消息が分るであらう。人間は自然界の自愛に仍つて、或程度までは妖怪的に、惰性的に出来得るものだが、決して有終の美をなすことは出来ない、今日自愛と世間愛より成れる、すべての銀行会社及其他の諸団体の実状を見れば、何れも最初の所期に反し、其内部には、魑魅魍魎の徘徊跳梁して、妖怪変化の巣窟となり、目もあてられぬ醜状を包蔵してゐる。そして強食弱肉優勝劣敗の地獄道が、遺憾なく現実してゐるではないか。 現代に於ても心の直なる者の胸中に見る所の神は、太古の人の形なれ共、自得提の智慧及罪悪の生涯に在つて天界よりの内流を裁断したる者は斯の如き本然の所証を滅却し了せるものである。斯かる盲目者は見る可らざる神を見むとし、又罪悪の生涯にて所証を滅却せし者は、神を決して求めない者である。故に現代の人間は神にすがる者と雖も、すべて天界よりの内流を裁断したる者多き故に、見る可らざる神を見むとし、又物質欲のみに齷齪して、本然の所証を滅却した地獄的人間は、神の存在を認めず、又神を大に嫌ふものである。すべて天界よりして先づ人間に流入する所の神格其者は実に此本来の所証である。何となれば、人の生れたるは、現界の為にあらず、其目的は天国の団体を円満ならしむる為である。故に何人も神格の概念なくしては天界に入ることは出来ないのである。 高天原及天国霊国の団体を成す所の神格の何者たるを知らざる者は、高天原の第一関門にさへも上ることを得ない。かくの如き外分のみ開けたる人間がもし誤つて天国の関門に近付かむとすれば、一種の反抗力と強き嫌悪の情を感ずるものである。そは天界を摂受すべき彼の内分が未だ高天原の形式中に入らざるを以て、すべての関門が閉鎖さるるに仍るからである。もし強て此関門を突破し、高天原に進み入らむとすれば、其内分はますます固く閉ざされて如何ともす可らざるに至るものである。信者の中には無理に地の高天原に近付き来り、神に近く仕へ親しく教を聞いてからますます其内分が固く閉ざされて、心身混惑し、信仰以前に劣りし精神状態となり、且又其行ひの上に非常な地獄的活動の現はるるものがあるのは此理に基くのである。大神を否み、大神の神格に充されたる神人を信ぜざる者は、凡てかくの如き運命に陥るものである。人間の中にある天界の生涯とは即ち神の真に従ひて、棲息せるものなることを知悉せる精神状態をいふのである。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 04 人情 第四章人情〔一二七八〕 石搗は漸く無事に済んで地鎮祭も終り、直会の宴に移つた。今日は玉国別の許しを得てさしも酒豪のイル、イク、サール、テル、ハル、ヨルのバラモン組は天にも昇るやうな心地で歌を唄ひ、石などをケンケンと叩きならし、堤を切らして踊り狂ふた。何人も酒に酔ひ潰れた時は小供のやうになるものである。又平素から心にもつて居た不平は残らず喋るものである。 イル『おい、イク、サール何うだ。清春山に居つた時は、朝から晩迄甘い酒を鱈腹呑んで、新来のお客さま伊太公さま迄敵味方の障壁をとつて優遇したぢやないか。それに馬鹿らしい三五教に帰順してから今日迄一滴も呑ましちや貰筈、本当に淋しくて、矢張元のバラモン教の方が余程よいと思つたよ。貴様等が何時迄もこんな所に引いてけつかるものだから、俺も仕方なしにひつ付いて居たのだ。本当にここの大将はケチン坊だからな。なんだい道公なンて偉さうに監督面を提げやがつて、俺はあのしやつ面を見てもむかつくのだ。エーン』 と副守が発動して本音を吐き出した。 イクはイルが大きな声で不平を云ふて管をまくので道公の監督に聞かれては大変と、一生懸命に左右の手で自分の耳を押へて居る。そしてイルの耳許に口を寄せ、 イク『オイ兄弟、そんな大きな声で不平を云ふものぢやない。勿体ないぞ。道公の耳へ入つたらどうするのぢや』 イル『ナヽ何だ、何が勿体ないのだい。道公の耳へ入るのが、それ程われや恐ろしいのか。何だその手は耳を押へやがつて』 イク『それだつて、余り貴様が大きな声で悪口を吐すものだから、監督の耳に入らないやうにつめをして居るのだ』 イル『何さらしやがるのだ。馬鹿だな、耳を押へて鈴を盗むやうな事をしたつて何になる。このイルの仰有る事は、何程金挺聾でも直ぐ耳にイルやうに云つて居るのだ。骨と皮との痩馬を河鹿峠を引いて通るやうに、ヘエヘエハイハイと盲従する奴は、それこそ気骨のない章魚人間だ。このイルはそんな卑怯な事はなさらぬぞ。も少し大きな声で不平を云ふのぢや。否大に怨言非辞を連発するのだ。のうサール、貴様もサール者だから、きつと俺と同感だらう』 サール『馬鹿云ふな、この目出度い地鎮祭に結構な酒を頂きやがつて何をグヅグヅ云ふのだ。ちと心得ぬかい』 イル『ナヽ何が目出度いのだ。何がそれ程結構なのだ。よく考へて見い、清春山は破壊され、浮木の森の陣営はメチヤ、クチヤにされ、何うして吾々バラモン勇士の顔が立つか、それに何ぞや三五教の神を祭るお宮のお手伝ひをさして貰ひ、嬉しさうに嫌でもない酒を強られて何が有難いのだ。勿体ないのだ。フゲタが悪いぢやないか、敵に兜をぬいで敵の馳走を頂き、感謝の涙をこぼすやうな者は人間ぢやないぞ。俺もかうして表面帰順して居るものの、心の底から貴様のやうに帰順して居るのぢやない。かうして大勢の中に紛れ込み、様子を探つた上、大に手柄をせうと思ふて居たのだ。白夷、叔斉は首陽の蕨を食つて周の粟を喰はず生きて居たぢやないか。夫れだけの気骨が無くてバラモンの武士と云はれるか。エーン』 サール『アハヽヽヽ、それ程三五教の飲食が気に入らぬのなら、なぜ前後も分らぬ所迄酒に喰ひ酔ふたのだ。貴様はいつも悪酒だから困つたものだ。ちと躾まぬと、俺達迄が痛くない腹をさぐられては詰らない。俺達は、貴様のやうな二股武士ぢやない、帰順したと云ふたら心の底から帰順して居るのだ』 イル『俺だつて、松彦や治国別には心の底から帰順したのだ。玉国別や道公て、あんな宣伝使に帰順したのぢやない。第一それが俺は気に喰はないのだ。よく考えて見よ、天下の宣伝使ともあらうものが、四つ手に目玉を引つかかれるやうで何処に神徳があるか、俺はあの玉国別の面を見るとムツとするのだ。治国別さまのやうな宣伝使なら何程バラモン教の俺だつて帰順するのだけれどな』 道公は、三人が隅の方に片寄り大きな声で囀つて居るので、喧嘩ぢやないか、もし喧嘩なら仲裁して目出度う納めねばならぬ、肝腎の地鎮祭にケチを付けられては耐らないと、三人の前にホロ酔機嫌でヒヨロヒヨロと進み寄り、 道公『おいイル、イク、サール、何を夫程喧しう云つて居るのだ。何ぞ面白い話でもあるのか』 イク『ハイ、面白い事があるのですよ。このイルの奴たうとう本音を吹きやがつて仕様もない事を云ふのです』 イル『コレヤコレヤイク、幾何酒に酔ふても大事の事を云ふてはいけないよ。俺が玉国別が嫌になつた事や、この普請の気に入らぬ事や、矢張バラモン教の方が結構だと云つた事を決して道公の監督に云つてはならないぞ。そこが友達の交誼だからな』 道公『アハヽヽヽ、やイルさま、たつて聞かうとは云ひませぬよ。併し皆分りましたからな』 イク『それ見ろ、イルの奴矢張りお神酒の神徳により、腹の中のゴモクを薩張り吐き出されよつたな。もし道公さま、どうぞイルが何を云つても、あいつは副守が云つて居るのですから聞き流してやつて下さいませ』 サール『道公の監督さま、イルはこんな奴です。併し比較的正直者ですから、玉国別様にはどうぞ仰有らないやうにして許してやつて下さいませ。本当に仕方のない奴で厶います。ウンウンガー、アヽ酔ふた酔ふた、ほんとに結構なお神酒を頂戴致しまして本守護神は申すに及ばず、正、副守護神迄恐悦至極に存じます』 道公『ヤア三人共心配するな。酒酔の云ふ事を取りあげるやうな俺も馬鹿ぢやないからな』 イル『成程、それ聞いて俺も道公さまが好きになつた。こんな気の利いた家来をもつて居る玉国別さまも好きになつた。其盃を一つ僕にさして下さい。今日はお神酒に酔つてすつかり腹の中のごもくを吐き出しました。決してイルの肉体であんな事を云つたのぢやありませぬ。腹の中に居つた大黒主の眷族が囁いたのですから、私は本当に迷惑ですよ』 道公『それやさうだらう。まあ心配したまふな。サア一杯いかう』 と道公は心よく、イル、イク、サールに盃を与へ、自らついでやり、自分も其処に安坐をかいて歌を歌ひながら面白をかしく酒を引つかけて居る。 イルは『兄貴まア一杯』と道公に盃をさし唄ひ出した。 イル『三五教の道公さまが朝から晩迄ポンポンと 拍手うつのはよけれどもヨイトサヽヨイトサヽ このイルさまを捉まへてポンポン云ふのにや困ります ヨイトサヨイトサぢや アハヽヽヽ、まア一杯僕についでくれたまへ、なア道公さま、酒酔本性違はずと云つて、よく覚えて居るだらう』 道公は歌ふ、 道公『道公司がポンポンとお前に云ふたのは訳がある 朝から晩迄酒をのむお前を瓢箪と思た故 そして又お前は面の皮太鼓のやうに厚うして サツパリ腹が空故に太鼓と思うてポンポンと 叩いて見たのだイルさまよ俺に怒つちや見当違ひ 俺は役目でポンポンと石搗しなくちやならないで 合図をしたのだと思ふて呉れヨイトセヨイトセ ヤツトコセ、ヨウイヤナアレワイセ、コレワイセ サアサ、ヨーイトセ』 イク、サールは手を拍ち、 イク『ヤアポンポンだ、甘い甘い、ポンポンながらカンカン乍ら、このイクさまが一つ唄つて見ませう。エヘン、オイ、イルちつと手を拍つて囃して呉れ、囃がまづいと歌が全くいかぬからな』 イル『ヨシ囃してやらう、サア云ふたり云ふたり』 イク『祠の森の神さまは梵天帝釈自在天 大国彦と思ふたらサツパリ当が外れよつて 大国治立神様だ今迄俺はバラモンの 神程偉い奴は無いと思ふて居たのにこれや何だ アテが外れて三五教のいやな神様を喜んで 拝まにやならない羽目となり不性無精に朝夕に 信者らしく見せかけて今迄来たのが偽善者の 其行ひと知つた故胸に手を当て考へた 揚句の果は三五教の教は誠と知つた故 心の悩みも晴れ渡り今は全く三五の 神を信ずる身となつたほんとに心の持ちやうで どうでもなるのが人の身だ人は神の子神の宮 天地経綸の主宰者と教へられたる其時は 何だか怪体の事を云ふ慢心じみた教だと 心に蔑み居つたれど矢張神は嘘つかぬ バラモン教では吾々を塵や芥の固りの より損ひのよに云ふけれど矢張人は神の子だ これを思へば飲む酒も一入味がよいやうだ 今日の石搗お祝にどつさりお酒を頂戴し 魂は浮れて天国の御園に遊ぶ思ひなり あゝ惟神々々御霊の恩頼を慎みて 茲に感謝し奉るサア一盃いきませう』 斯く四人は一団となりて酒汲み交して居る。一方には又バラモン組のヨル、ハル、テルの三人三巴となつて趺坐をかき、管を捲いて居る。 ヨル『オイ、あのイルを見よ、彼奴は最前から結構な酒に喰ひ酔、しようもない腹の中のごもくたをさらけ出したぢやないか、彼奴はいつも酒くらひやがると何も彼もさらけ出しやがるのだ。何か怪体なものが憑いて居るのだよ』 テル『さうだな、可哀さうなものだ。彼は村でも怠惰者で仕事が嫌ひなのだから仕方がない。いつも襤褸を下げやがつて、人の門口に立ち酒でも呑んで居やうものなら、汚い風をして坐り込むのだから誰しも迷惑して、酒を呑ましてやり、少しばかり金をやつて帰してやるのだ。其が今度の戦争で安い金で雇はれた雇兵だ。元来がノラクラ者の成上りだから、一度憐れみをかけると云ふと好い気になり、メダレを見て仕方が無いものだ。道公さまがよい気であんな奴と盃の取り交しをするなんて余りぢやないか、俺にだつて盃の一杯位さして呉れたつて損はあるまいに、あんな奴より下に見られちや約まらないぢやないか』 ハル『オイ、テル、貴様は気をつけないと額際に曇りがかかつてゐるぞ。そこが曇つて居るのは貴様の未来に取り不祥なる事が来るのを教へて居るのだ。つまり死ぬと云ふ事を教へて居るのだ。深酒を呑まぬやうにせぬと危ないものだ。たとへ身体がピンピンして居ても人の悪口ばかり云ふて居ると、憎まれてどんな災難を買ふやら分らないぞ。些と慎むがよい』 テル『そんな事を聞くと折角の酔がさめて仕舞ふぢやないか。俺は平常から顔色が悪いのだ、気にかけて呉れるな。そんな事を聞くと何だか俺迄気分が悪くなるからな』 斯く話す所へ片手に燗徳利を下げ、片手に盃を持ち進んで来たのは晴公であつた。 晴公『ヨルさま、ハルさま、テルさま、石搗は大分大層でしたが、先づ貴方方のおかげで無事終了し、斯んな目出度い事はありませぬね。お祝ひに一杯つがして下さい』 と盃をさし出した。ヨルはさも嬉し気に晴公につがせながら、一口のんで額をポンと叩き、 ヨル『遉は晴公さまだ。治国別さまのお仕込みだけあつて道公さまとは大分気が利いてゐるわい。晴公さま、宜敷く頼みますよ。吾々はバラモン教から帰化した所謂異邦人だから何かにつけて疎外せられるやうに思はれてなりませぬワ。これも心のひがみでせうか。人間といふものは妙なもので貴方のやうにして下さると本当に心の底から打ち解けたやうで、働くのも何だか勢が出るやうですわ。ナア、ハル、テルさうぢやないか』 テル『さうだなア、人の上に立つ人は余程気をつけて下さらぬと下の者はやり切れないからなア』 ハル『同じハルのついた晴公さまだから、同名異人と云ふだけで、やつぱり身魂が合ふて居るのだよ。それだから晴公さまが俺達の所へ来て下さつたのだ。ヨル、テル、晴公様に感謝すると共にこのハルさまにも感謝するのだぞ』 ヨル、テル『ヘーン、何を吐しやがるのだえ、鼻を捻折るぞ』 晴公『常暗のヨルははれけり大空に 月は照るなり星は輝く。 空晴る月テルヨルの星影は いとも疎に見え渡るかな』 ヨル『オイ、テル、ハル両人喜べ、俺はヨルさま、お前はテル、ハルの両人、それに晴公さまだから、あのやうに目出度い歌を詠んで下さつた。親切と慈愛の徳は曇つた空も晴るるなり、曇つた心の月も照るものだなア』 晴公は両手を合せ、惟神霊幸倍坐世と何を思ふてか、感謝の声に涙を帯びながら神文を奏上した。三人も手を打つて『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』と連呼した。斯くして直会の宴は全く閉ぢ、一同は十二分に歓を尽して寝についた。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 07 剛胆娘 第七章剛胆娘〔一二八一〕 初稚姫『此世の中に人となり神の恵に救はれて 父の命と諸共に産土山の聖場に 朝な夕なに仕へたる吾身の上こそ嬉しけれ 神素盞嗚の大神は高天原に登りまし 姉大神に疑はれ高天原の安河で 誓約の業をなしたまひ清明無垢の瑞御霊 現はれ給ひし尊さよさはさりながら八十猛 神の命は猛り立ち吾大神の御心は かくも尊き瑞御霊しかるを何故大神は 汚き心ありますと宣らせたまひし怪しさよ 事理聞かむと伊猛りて遂には畔放ち溝埋め頻蒔や 串さしなどの曲業を始めたまひし悲しさよ 我素盞嗚の大神は百千万の神人の 深き罪をば身一つに負はせたまひて畏くも 高天原を下りまし島の八十島八十の国 雪に埋もれ雨にぬれはげしき風に曝されて 世人のために御心を尽させたまひ産土の 伊曽の館にしのばせて茲に天国建設し 千座の置戸を負はせつつ五六七の御代を来さむと いそしみ玉ふ有難さ妾も尊き御神の 御許に近く仕へつつ天国浄土の真諦を 悟り得たりし嬉しさよ父の命に暇乞ひ 踏みも習はぬ旅の空出で往く身こそ楽しけれ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも誠一つの三五の 愛と信との御教は幾万劫の末までも 天地と共に変るまじかくも尊き御教に 吾精霊を充しつつ尊き神の御使と 茲に旅装を調へてハルナを指して出でて往く あゝ惟神々々神の恵の深くして 往く手にさやる曲もなく身も健に此使命 果させたまへ大御神石の枕に雲の夜着 野山の露に身を伏せて仮令幾夜を明すとも 神の御守り有る上は何か恐れむ宣伝使 かよわき女の身ながらも絶対無限の神力を 保たせ給ふ大神の吾は尊き御使 必ず神の御名をば汚さず穢さず道のため 世人のためにあくまでも神の御旨を発揚し 八岐大蛇も醜神も剰さず残さず神の道 救はにややまぬ吾覚悟立てさせたまへ惟神 神の御前に赤心を捧げて祈り奉る 神が表に現れまして善神邪神を立てわける 五六七の御代も近づきて常世の春の花開き 小鳥も歌ふ神の園此世は曲の住家ぞと 世人は云へど吾身には皆天国の影像ぞ あゝ勇ましや勇ましや悪魔の征討に上り行く 吾身の上ぞ楽しけれ』 と声淑やかに歌ひつつ、産土山を下り、荒野ケ原を渡り、漸く黄昏時深谷川の丸木橋の辺についた。此谷川は川底迄殆ど百間許りもある、高き丸木橋である。総ての宣伝使は皆この一本橋を渡らねばならない。併し一本橋とは云へ、谷川の辺の大木を切り倒し、向岸へ渡せし自然橋なれば、比較的丈夫にして騎馬のまま通過し得る巨木の一本橋であつた。初稚姫はこの丸木橋の中央に立ち、目も届かぬ許りの眼下の谷水が飛沫をとばして囂々と流れ往く其絶景を打ち眺めて居た。 初稚姫『大神の恵は清き谷水の 流れて広き海に入るかな。 闇の夜を明きに渡す丸木橋 妾は今や中に立ちぬる。 眺むれば底ひも知れぬ谷川に 伊猛り狂ふ清き真清水。 谷底を流るる水はいと清し 空渡り往く人は如何にぞ。 黄昏れて闇の帳はおろされぬ されど水泡は白く光れる。 伊曽館、咲き匂ひたる白梅に 暇を告げて別れ来しかな。 月もなく星さへ雲に包まれて 暗さは暗し夜の一人旅。 かくばかり淋しき野路を渡り来て 黒白もわかぬ闇に遇ふかな。 さりながら神の光に照らされし 吾が御霊こそは暗きを知らず。 唯一人橋のなかばに佇みて 思ひに悩む父の身の上。 いざさらば此谷川に名残りをば 惜みていゆかむ河鹿峠へ』 かく歌ひながら暗の小路を足探りしつつ進み往く、遉の初稚姫も暗さと寒さに襲はれ止むを得ず路傍に蓑をしき、一夜を此処に待ち明さむと、天津祝詞を奏上し、うとうと眠る時しも一本橋の彼方より現はれ出でたる黒い影、のそりのそりと大股に踏張り乍ら、初稚姫の傍近く進みより、 甲(赤六)『オイ、臭いぞ臭いぞ』 乙(黒八)『何が臭いのだ。ちつとも臭くは無いぢやないか。昨夕も失敗し、今晩こそは人の子を見つけて腹を膨らさなくちや、最早やり切れない。何とかして人肉の温かいやつを食ひたいものだなア』 甲(赤六)『さうだから臭いと云つて居るのだ。何でも此辺に杢助の娘、初稚姫と云ふ奴が来た筈ぢや。昼は到底俺達の世界ぢやないが、都合のよい事には女一人の旅、肉はムツチリと肥て甘さうだ。何とかして捜索出して御馳走に預かり度いものだ。……オイますます臭がして来たよ。何でもこの辺の横つちよの方に休息して居るに相違ない。オイ黒、貴様はそつちから探して呉れい。この赤サンは足許から探しに着手する』 黒(八)『オイ赤、貴様は鬼の癖に目が悪いのか』 赤(六)『何、ちつとも悪くは無いが、此間から人間を食はないので些しうすくなつたのだ。オイ黒、貴様は見えるかい』 黒(八)『見えいでかい。イヤ、其処に金剛杖や笠が見えかけたぞ。ヤ旨い旨い今晩はエヘヽヽヽ久し振りで、どつさりと御馳走を頂かうなア』 初稚姫は不思議の奴が来たものだと、息を凝らして考へて居た。さうして心の中に思ふやう、 初稚『妾は天下の宣伝使だ、此位な鬼が怖ろしくて、此先数千里の旅行が続けられやうか。一つ腕試しに此方の方から先をこして相手になつて見よう、否威かしてやらう』 と胆力を据ゑ、 初稚『こりやこりやそこな赤黒とやら申す鬼共、貴様は最前から聞いて居れば、大変に腹を減して居るさうだなア。人肉の温かいのが喰ひたいと云ふて居たが、茲で温かい肉と云へば妾一人しかいない筈ぢや。年は二八の若盛り、肉もポツテリと肥て大変味がよいぞや。所望とならば喰はしてやらう。サア手からなりと、足からなりと、勝手に喰つたがよからう。妾は天下の万物を救ふべき宣伝使だ。吾の御霊は神の聖霊に満されて居る。汝は哀れにも悪霊に取りつかれ、肉体迄が鬼になつたと見える。妾は今日は宣伝使の門出、初めて聞いた其方の悔み事、之を救うてやらねば妾の役がすまぬ。サア遠慮はいらぬ、吾肉体を髪の毛一条残さず食ふて呉れ。神の神格に満された初稚姫の肉体を喰はば、汝赤、黒の鬼どもはきつと神の救ひに預かり、清き尊き人間になるであらう。妾は繊弱き身なれども、汝の如き荒男に喰はれ、汝を吾生宮として使ひなば、初稚姫の身体は荒男二人となつて神のために尽す非常の便宜がある。サア、早く喰つてもよからうぞ』 赤黒二人は初稚姫の此宣言に肝を潰したか、ビリビリと慄ひ出した。 赤(六)『オイ、ク、黒、駄目だ駄目だ。サヽ遉は杢助さまの娘だけあつて偉い事を云ふぢやないか。俺はもう嚇し文句が何処へかすつ込んで仕舞つた。貴様何とか云つて呉れないか。帰宅で話が出来ぬぢやないか』 と慄ひ慄ひ囁いて居る。 黒(八)『オイ赤、彼奴はバヽヽ化物だよ。決して初稚姫さまぢやなからう。あんな柔しい女がどうしてあんな大胆の事が云へるものか。彼奴はキツト化物に違ひない。グヅグヅして居ると反対に喰はれて仕舞ふぞ。サア、逃げろ逃げろ』 赤(六)『俺だつて足がワナワナして逃げるにも逃げられぬぢやないか。ほんとに貴様の云ふ通り彼奴は、バヽ化物だ。それだから杢助さまに耐へて下されと云ふのに、ちつとも聞いて下さらぬからこんな目に遇ふのだ』 と二三間此方の萱の中に首を突つ込んで慄ひ慄ひ囁いて居る。初稚姫は、 初稚『ホヽヽヽヽ、何とまア腰抜けの鬼だこと、そんな鬼みそに喰つて貰ふのは御免だよ。お前の身体に入つて見た所で、そんなみそ鬼は仕様がないから今の宣言は取り消しますよ。オイ鬼共一寸茲へ来なさい、少し神様のお話を聞かしてあげる。お前も可愛さうに人間の身体を持ちながら、何と云ふ弱い事だ。妾は初稚姫に違ひありませぬよ。決して化物ぢやありませぬ。最前からお前の囁き声を聞いて居れば、何うやら下僕の六と八のやうだが、夫に違ひはあるまいがな。妾も初めはほんとの鬼かと思ふて身体を喰はしてやらうと云つたが、幽かに囁く話声を聞けば六と八とに相違あるまい。お父さまに頼まれて私を試しに来たのだらう。サアここに来なさい、決して化物でもありませぬ』 赤と名乗つて居た六は小声になり、 六『オイ黒八、どうだらう、本当に姫様だらうか?どうも怪しいぞ。うつかり傍へ往かうものなら、頭から噛りつかれるかも知れやしないぞ』 八『さうだなア、赤六の云ふ通り、どうも此奴は怪体だぞ。それだから今晩の御用は根つから気に喰はぬと云つて居たのだ。あゝ逃げるにも逃げられぬ、どうも仕方がない。鬼さま、いや化さまの所へ行つて断りを云はうぢやないか。喰はれぬ先にお詫をして九死に一生を得る方が余程賢いやり方だ』 赤(六)『ウンさうだな、もしもし初稚姫様にお化けなされたお方、実は私は八、六と云ふ伊曽館の役員杢助と云ふ方の下僕です。実は姫様のお身の上を案じ、且つ試す積りで主人の命令をうけ此処迄来たもので厶います。決して悪い者ぢやありませぬ。何うぞ命許りはお助け下さいませ』 初稚『ホヽヽヽヽ、やつぱり六に八であらう。そんな肝のチヨロイ事で何うして此初稚姫が試されませう。お父さまもそんな腰抜男を沢山の給料を出してお抱へ遊ばすかと思へばお気の毒だよ。六でもない八助だなア』 六『もしお化様どうぞ勘忍なして下さいませ。そしてお嬢様は此処をお通りになつた筈ですがお前さま喰つたのでせう。喰はれたお嬢さまは仕方がありませぬが、併し吾々二人の命だけはどうぞお助けを願ひます』 初稚『これ六に八、妾は初稚姫に間違ひないぞや。些と確りなさらないかい。お前、睾丸をどうしたのだい』 八『オイ六、やつぱり化州だ。彼奴は睾丸狙ひだよ。俺の睾丸まで狙つてけつかる、此奴は堪らぬぢやないか』 六『睾丸狙ひだつて、俺の金助は余程気が利いとると見えて、どこかへ往つて仕舞つた。貴様は八と云つて八畳敷の大睾丸だから些つと困るだらう』 八『イヤ、俺の睾丸も何処かへ往つて仕舞つたやうだ。吃驚してどこかへ落したのではあるまいかな』 六『ハヽヽヽヽ、馬鹿云へ、睾丸を落す奴があるか、大方転宅したのだらう』 八『何だか腹が膨れたと思ふたら腹中にグレングレンやつて居ると見える。オイ一つこんな時には御主人の云つて居られた惟神霊幸倍坐世を唱へようでないか。さうすればきつと曲津神が消えると云ふ事だよ』 六『そりやよい所へ気がついた。サア一所に惟神だ。カーンナガアラ、タヽマチ、ハヘ、マセ』 八『カンナンガラ、タマチハヘマセ。……何だか自分の声迄怖ろしくなつて来た。アンアンアン』 初稚『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世、吾家の下僕六、八の二人の御霊に力を与へさせたまへ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 初稚姫はうとうとと眠りについた。六、八の両人は初稚姫の鼾を聞いて益々怖ろしくなり、一目も眠らず夜中頃まで互に体を抱き合ひ、怖ろしさに慄へて居た。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 13 胸の轟 第一三章胸の轟〔一二八七〕 高姫は思ひもよらぬ立派な夫を持ち、ますます鼻息荒く、翌朝よりは義理天上日の出神を又もや矢鱈にふり廻し出した。時置師神は朝の間早うから、神殿に参拝すると云つて出て行つた。跡に高姫は火鉢を前におき、キチンと坐り乍ら長い煙管で煙草をポカポカふかしてゐる、そして鈴をチンチンと叩いた。ヨルはコワゴワ乍ら頭を掻きもつて、襖をソツとひらき、 ヨル『へ、御免なさいませ』 と身体を半分つき出し、早くも逃げ腰になつてゐる。 高姫『コレ、ヨル公、何と云ふ恰好だいな。其腰は何だい、みつともない、サツサとお這入りなさい』 ヨル『ヘー、何分夜通し、使つたものですから、とうとこんな腰になりました。本当に世界中一所によつた様な心持で厶いましたよ、エヘヽヽヽ』 高姫『お前は、私たちのヒソヒソ話を聞いてゐたのだな』 ヨル『ハイ、エヽヽ、世界中、よつた様だと、貴女が仰有つたものだから、私も気が気でなく、もしもこんな所へ世界中押寄せて来うものなら、貴女の前の夫が交つてゐるに違ひない。さうすりや大喧嘩が始まるだらうと、捻鉢巻でチヤンと夜通し控えてゐました、先づ先づ無事で岩戸開きも相すみ、お目出度う厶います、エツヘヽヽヽ、何分ヨルの守護で厶いますから、此ヨル公は夜分は寝られませぬので……』 高姫『外の連中は何うして居つたのだい』 ヨル『ハイ、次の間で六人乍ら、並列致しまして、御招伴に、ラマ教の修業を致して居りました。随分勢のよいものでしたよ』 高姫『エーエ、困つた連中だなア、サ早く御膳の拵へをしておくれ』 ヨル『ハイ畏まりました。併しお膳は一つですか、二つにしませうか』 高姫『そんなこた言はいでも、大抵気を利かしたら何うだいなア』 ヨル『そんならお二人さまですから、二つに致しませうか』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だなア、二つは即ち一つ、一といへば二を悟る男でないと誠の御用には立ちませぬぞや』 ヨル『どうぞハツキリ云つて下さいませ。二つか一つかと云ふ事を……』 高姫『エーエ、よいかげんに考へておきなさい。大抵分つて居るだらう』 ヨル『なる程、ヤ分りました。昨夕は二つでしたな、そんなら二つに致しませう。据膳くはぬは男の中でないと云ひますから、イツヒヽヽヽ』 と云ひ乍ら、舌をチヨツとかみ出し、腮を二つ三つしやくり出でて行く。 高姫は煙管で火鉢をポンと叩き乍ら、 高姫『あゝ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。何卒々々時さまと末永く添はれまして、神界の為に結構な御用が出来ます様に……』 と祈つてゐる。そこへ時置師の神は神殿の礼拝を了り、ニコニコし乍ら帰り来り、 時置『ヤア高ちやん、えらう待たせました。さぞお淋しいこつて厶りませう』 高姫『コレ時置師の神さま、誰が聞いてるか分りませぬよ。高ちやんなんて言つて貰ふと、サツパリ威信が地におちます。義理天上日出神と云つて貰はにやなりませぬぞや』 時置『ヤツパリ日出神で立て通す積りですかな。成程そいつあ妙だ。宜しい、そんならこれから日出神様と申上げませう』 高姫『何ですか、改まつた物の云ひやうをして、本当に白々しい』 時置『そんなら、山の神様、何と申したらいいのですか』 高姫『義理天上日出神といふのだよ』 時置『よしよし、そんなら、これから、さう申しませうかな』 高姫はツーンとすねて、肩をプリツとふり、背中を向け、 高姫『勝手になさいませ。どうでこんなお多福はお気に召しますまいからなア、ヘン』 時置『アツハヽヽヽ、芋虫の様に、能うプリンプリンと遊ばすお方だなア』 高姫『あゝ貴方、耳が動くぢやありませぬか、あらマア不思議なこと』 時置『私の耳の時々動くのは、生れつきだよ。それだから時と云ふのだ。お前だつて、歩く拍子に尻をふるだらう。夫れ位な大きな尻でさへもプリンプリンふるのだから小さい耳が動く位、何が可怪しいのだ。お前たちの耳は不随意筋と云つて、思ふやうに動かないのだらう。祝詞の文句にもあるだないか、天の斑駒の耳ふりたてて聞こしめせとか、小男鹿の八つの耳ふり立てて……とか書いてあるだらう。すべて神格に満たされた大神人は耳が動くのだよ。国治立の大神様でさへも、大変によく耳が動いたのだ。それだから、あれ丈の大神業が出来たのだ。暫く其御神力を隠させ玉ふたのを、耳をかくし玉ふと祝詞に書いてあるのだ。耳の動くのは大神人の生れ代りたる証拠だよ。義理天上さま、此時置師の耳が動くのが厭なら、これきり私は、お前さまのお気にいらぬに違ひないから、別れませうよ』 高姫『さう怒つて貰つちや困るぢやありませぬか。互に打解けた夫婦の仲、耳が動くと云つて褒めた位に、さう怒るといふ事がありますか』 時置『アハヽヽヽ、お前が余りプリンプリンするので、何か一つ返報がへしをせうと思つてた所だ。それで一寸すねて見たのだよ。アハヽヽヽ』 高姫『おきやんせいなア[※「おきやん」は「おきゃん(御侠)」か?「おてんば、軽はずみ」の意。]、よい年をしてゐて、みつともない』 時置『エツヘツヘツヘ』 かかる所へ楓は襖をソツとあけ、 楓『もし日出神の小母様、御膳が出来ました』 と膳部を持ち運んで来た。 高姫『あゝ御苦労さま、どうぞ其処においといておくれ、そして御膳はたつた一つだなア、早くもう一膳持つて来て下さい』 楓『あの、小母さま、御膳はこれきりのよ、ヨルさまが一膳持つて行けばよいと云ひましたの』 高姫『エヽ、気の利かぬ男だなア。コレ楓さま、ヨルを一寸此処へお出でといつて下さい』 楓『ハイ』 と云ひ乍ら此場を立つて行く。 時置『オイ日出神さま、僕はモウお暇する。これ丈虐待されちや、居りたくても居られないからな。俺だつて木像ではなし、なんぼ杢助だと云つてもヤツパリ食物は必要だ。朝飯もよんで貰へぬやうな所に居つても約まらないから……』 と憤然として立上るを、高姫は慌てて取すがり、金切声を出して、 高姫『コレ、時さま、さう短気を出すものぢや厶んせぬわいな、昨夕のことを覚えてますか、気の利かない奴許りだからこんな不都合致しましたのですよ。私がトツクリと言ひ聞かせますから、御機嫌を直して、此お膳を召上つて下さいな』 時置『一人前の男を化物扱ひ致して、耳が動くの何のと侮辱を加へた上、何だ。貴様の膳部許り持て来て、俺をてらしよつた。馬鹿らしい、そんな所にのめのめと居る時さまぢやないぞ』 高姫『お前さまは此高姫の心が分りませぬのかい、……コレコレ、ヨル、一寸お出で』 此声にヨルは、ソツと襖をあけ、 ヨル『ハイ、何ぞ御用で厶いますか』 高姫『お前なぜ、お膳を二つして来ないのだい』 ヨル『ハイ、夜前ソツと聞いて居りましたら、二つにせうか、イヤイヤ今度は始めてだから、一つにしておかうと仰有つたぢや厶いませぬか、それ故仰有つた通り致しました』 高姫『何と、気の利かぬ男だなア。コレからキツと二人居つたら、二人前持つて来るのだよ』 ヨル『ハイ、今後は心得ます。実の所は貴女は何時も断食断食と仰有るものですから、今朝から断食をお始めなさつたかと思ひ、お客様の丈持つて来たので厶います。楓さまが何と云つたか知りませぬが、此お膳は貴女のぢや厶いませぬ。トさまので厶います』 高姫は機嫌を直し、 高姫『あゝさうかな、さうだらうさうだらう、そんな気の利かぬ男は此処には居らない筈だ。併し今朝は私も頂くのだから、どうぞモウ一膳拵へして来て下さい……コレ時置師様、今お聞の通りで厶います、これで御合点が参りましただらう』 時置『ヤア、済まなかつた。あ、それを聞いて、私も満足した。高姫、エライ心配をかけてすまなかつた。コレ此通り杢助が両手を合せて、お詫を致します。惟神霊幸倍坐世』 高姫『オツホヽヽヽ、おきやんせいなア、人を困らせようと思ふて、本当に仕方のない人だ。私に気許り揉まして、憎らしいワ』 時置『ワハツハヽヽ、マア能いワイ。犬も食はぬ喧嘩をして居つても、はづまぬからなア』 ヨルは膳部の用意をなすべく、急いで此場を立去つた。漸くにして二人は機嫌よく朝餉をすまし、時置師は祠の森の境内を一々巡視すると云つて、只一人瓢然と出て行つた。高姫はソロソロ寄つて来る参詣者に対し、教を伝ふべく装束をキチンと着替へて、日出神と成りすまし、簾を吊つて、鉛の天神さま然と脇息に凭れ乍ら、客待ち顔である。 ヨルは例の如く朝餉をすまし、受付にすました顔で、賓頭盧尊者宜しくといふ態で控えてゐる。そこへスタスタやつて来たのはお寅、魔我彦の両人であつた。 お寅『何でも此処に御普請が出来てると聞いて居りましたが、立派な御普請だなア、十曜の紋の旗が閃いてゐる。イソの館へ参るには此処を通りぬけにする訳にも行くまい。心が急くけれど、一つ参拝して参りませうか』 魔我『同じ三五教の神さまぢやありませぬか、是非共参拝致しませう』 と受付にツカツカと進みより、 魔我『モシ、私は元は小北山のウラナイ教の副教主で厶いましたが、三五教の松彦様に教を承はり、両人連れでイソの館へ参る途中、一寸お邪魔を致しました。どうぞ参拝をさして頂きたいもので厶います』 ヨル『それは能う御参りで厶います。私も斯うして受付を致して居りますが、元はバラモン教の信者で厶いました。そしてイソの館へ宮潰しにゆく軍の中に加はり乍ら其神様の御家来となつて、御用をするとは、本当に人間の運命といふものは不思議なものですよ。お前さまもウラナイ教では立派なお方だと承はりますが、さぞ神様はお喜びでせう。ここには義理天上日出神様の生宮様が御降臨遊ばしそれはそれはエライ御威勢で厶いますよ』 魔我『エ、何と仰せられます、日出神の生宮様とは……それは何方で厶いますか』 ヨル『ハイ、楓姫といふ若い娘に御神懸り遊ばしてゐられましたが、それはホンの四五日の間で、本当の日出神の生宮、三五教の宣伝使高姫様がお出でになつて居られます、それはそれはエライ御神力で厶りますわ』 魔我『ヤア、其奴ア不思議だ。こんな所で高姫様にお目にかかるとは夢にも知らなかつた。あゝあ蠑螈別さまが居つたら、さぞ喜ぶことだらうに……コレお寅さま、蠑螈別さまのレコですよ。腹を立てちや可けませぬよ』 お寅『オツホヽヽヽ、コレ魔我ヤン、いつ迄も何を言ふのだい。此お寅は最早そんな恋着心は露程も有りませぬぞや。それより早く、高姫様とやらに会はして頂きたいものだ』 魔我『早く高姫様に魔我彦が来たと伝へて下さい。さういへば高姫様は御存じですから』 ヨル『ハイハイ、承知致しました。何と高姫さまはお顔の広い人だなア。昨日も高姫さまを尋ねてトさまとやらがお出でになるなり、今日も亦マさまとやらがお越し遊ばす、此奴もヤツパリ、レコだなア』 と呟きつつ、二人を受付に待たせおき、高姫の居間に慌ただしく駆け込んだ。 ヨル『もしもし高姫さま、マヽヽマヽヽガヽヽヒヽヽコとかいふお方が見えました』 高姫『ナニ、魔我彦が来たといふのかい』 ヨル『ハイ、魔我彦さまと、そして何でも蠑螈別とか……云つてゐらつしやいました、訪問者はお二人で厶います』 高姫『コレ、ヨルや、魔我彦さま丈、一寸此方へ来て貰つておくれ、そして一人の方は私が会ひに行く迄、都合があるから待つて下さるやうにいつておくれ、余り急いで行つちや可けないよ、此長廊下の椽板を一枚一枚間違はぬやうに、読みもつて行くのだよ』 ヨル『椽板は百八十枚キチンと有ります。今更よまなくつても分つて居りますがな』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな、ボツボツ行きなと云ふのだ』 ヨル『エヘヽヽヽヽ、又其間におやつし[※「おやつし」は「お+やつし」か?「やつす(俏す・窶す)」は「化粧する」の意。]の時間が入りますからな、随分貴女も凄い腕前ですな、イツヒヽヽヽ』 高姫『エーツ、此心配なのに、そんな気楽な事どこかいな。サ、彼方へ往つて下さい』 ヨルは『ヘーエ』と云ひ乍ら、舌をニユツと出し、頭をかき、腰を蝦に屈め、スゴスゴと出て行く。高姫は窓の外を見まはし、時置師神の姿の見えぬのにヤツと胸撫でおろし独言、 高姫『あゝあ、蠑螈別さまも、気の利かぬ方だなア。モチツと早く来て下されば可いのに、折角こがれ慕ふて来て下さつても、高姫にはモウ時さまと云ふ夫が出来たのだから、大きな顔でお目にかかる訳にもゆかず、あゝ何うしたらよからうかな。歯抜婆でも、ヤツパリどこかによい所があるとみえる……とはいふものの困つた事だワイ』 かかる所へ、ヨルは魔我彦の手をひいてやつて来た。 魔我『これはこれは高姫さま、久し振でお目にかかります。私もたうとう三五教になりました。貴女は偉う御出世をなさいましたなア。イヤお目出度う厶います』 高姫『ヤア魔我彦さま、御機嫌宜しう、久しくお目にかからなかつたが、一体お前はどこに居つたのだえ、どれ丈捜してゐたか知れやしないワ』 魔我『ハイ、有難う厶います。実の所は貴女が三五教へお入信りになつてから、蠑螈別様が北山村を立退き、坂照山に貴女のお筆先を元として、ユラリ彦様や、ヘグレ神社様、種物神社、其外の神々を祭り、小北山の神殿と称して、蠑螈別様が教主となり、私が副教主として活動してゐました。そこへ三五教の宣伝使がみえまして結構な教を聞かして頂きまして、たうとう帰順致しました。貴女にここでお目にかからうとは思ひませなんだ』 高姫『さすが蠑螈別さまだ。エライものだ、お前も頑固な男だが、高姫の教を仮令ゆがみなりにせよ、よう立てて下さつた、マア三五教に帰順すれば之に越した事はない。そして蠑螈別はヤハリ三五教に帰順されたのかな』 魔我『ハイ、サツパリ、心の底から改心されまして、今では治国別さまに従ひ、宣伝に歩いてゐられます』 高姫『今ここへお前さまのつらつて来た、モ一人の方は蠑螈別さまぢやありませぬか』 魔我『ハイ違ひます、蠑螈別さまの……実は御敷蒲団で厶います。今にお目にかけませう』 高姫『定めて若い奇麗な御方でせうなア、本当に蠑螈別さまは、何と云つても色男だ、私のやうな者は見限り遊ばすのは無理はない、併し乍ら今となつては却て結構だ』 魔我『イエイエ滅相もない、六十許りのお寅といふお婆アさまですよ、元は浮木の村の女侠客、白波の艮婆さまといふ剛の者ですよ。それがスツカリ改心して、治国別様の添書を戴き、これからイソの館へ参拝して、宣伝使にならうといふとこです。此魔我彦もお寅さまのお伴してウブスナ山の聖場へ修行に参る積りです』 高姫『それは誠に結構だ。併し乍らお寅さまとやらにも、お前にも、トツクリと義理天上日出神から云つておかねばならぬ事があるから、其お寅さまを此処へよんで来て下さい……コレコレヨルや、お前其お寅さまとやらを、ここ迄御案内申しや』 『ハイ』と答へてヨルは受付を指して、長廊下をドシドシ威喝させ乍ら走り行く。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 18 毒酸 第一八章毒酸〔一二九二〕 高姫は杢助と二人、酒を汲み交しながら、ひそびそ話に耽つて居る。 高姫『杢助さま大変な事が出来たのよ。私心配でならないわ』 杢助『ハヽヽヽ、ヨルやお寅、魔我彦が本当に珍の館へ行つたのが苦になるのであらう、そんな事は心配はいらないぢやないか。幾何でも方法手段はあるのぢや』 高姫『それだと云つて杢助さまの魔術も一寸も当にならぬぢやありませぬか。三人の奴が甘く帰つて来たと思へば、何奴も此奴も、猿や熊や古狸のやうなものだし、テルやハル公の魔法使もサツパリ幻影だつたし、此儘で居たなら、此義理天上もここ五日と居れぬぢやありませぬか。彼奴等三人がイソの館に往きよつたら、きつと、一伍一什を云ふに違ひない。さうすればキツト立退き命令を喰はされる事は知れた事、何うかして、此処に居坐りたいがお前さまどうかして、とつときの智慧を出して考へて下さるまいかな』 杢助『アハヽヽヽ、日の出神様の考へでも往きませぬかな。矢張り何程神力のある神でも悪い事は駄目だと見えるのう』 高姫『善悪不二、正邪一如だから義理天上は悪に見せて善を働くのだから、キツト神様も許して下さるだらう。イル、イク、サール、ハル、テルの五人の奴が云ふのには、「吾々五人は厳の御霊だ。玉国別さまに命令を受けた祠の森の常置品だから、お前達に左右される者ぢやない。グヅグヅ云ふのなら出て往つて呉れ」などと、最前も酒に喰ひ酔つて責めて来るのだから困つたものだ。私はこの先どうなるかと思ふて、心配でなりませぬわ』 杢助『此館は珍彦夫婦が全権をもつて居るのだから、珍彦の命令なら、彼奴等五人を放逐するのは何でもない事だ』 高姫『それはよい所へお気が着きました。成る程珍彦さまが全権を握つて厶るのだから、珍彦さへ此方の薬籠中のものとして置けば大丈夫ですな。併し珍彦が此方の云ふ事を聞かなかつたらどうしませうかなア』 杢助『そんな心配が入るか。変身の術を使つて杢助は珍彦に化け、お前は静子に化けたらよいのだ』 高姫『夫だと云つて、顔形迄がさう甘く往きませうかなア』 杢助『いかいでか、チツトも違はないやうに化けて見せる。お前も化けさせてやる』 高姫『同じ館に二人も珍彦、静子姫があつては露顕のもとぢや厶いませぬか』 杢助『何さ、甘く両人をたらし込んで酒や飯の中に毒を入れ、そつと○○して了ひ、さうして高姫杢助の体に二人を変じ、甘く葬式を営み、後に吾々両人が、珍彦静子と化け変るのだ、さうすれば安心だらう』 高姫『杢助さま、お前は正直の方だと思つて居たが、随分悪い智慧が出ますなア』 杢助『極つた事だよ。今の世の中は善の仮面を被つて悪事をするもの程、立派な人間と云はれるのだ。お前も杢助の女房となつた以上は、も一段改悪せなくては駄目だよ。鬼の夫に蛇の女房と云ふぢやないか』 高姫『それだと云つて余り非道いぢやありませぬか。お前はまるで悪魔のやうな事を云ひますな』 杢助『アハヽヽヽ、悪をやるならばお前のやうな中途半は駄目だ。徹底的に悪をやるのだ。中途半の善悪混交的悪なら、止めた方が余程気が利いて居るよ。此杢助は到底お前のやうな善人とは意志が合はないから、今の中に別れようぢやないか。お前では到底私について来る事は出来ない。改悪が足らぬからなア』 高姫『杢助さま、もう斯うなつた以上はどこ迄もついて行きます。どうぞ私を末長う可愛がつて下さいませ』 杢助『ヨシヨシそんなら私の云ふ通りにするなア』 高姫『ハイ、どんな事でも厭とは云ひませぬ』 杢助『それなら今之をお前にやるから、酒の中や御飯の中へこの粉を振り撒くのだ。これは毒酸と云つて印度の群魔山に出来た果物の実をもつて製造した毒だから、サア是をお前に与へて置く、うまく両人を此処へ引つ張り出し、御馳走して○○するのだなア』 高姫『ハイ承知致しました。きつとやつて見せませう、併し二人は○○した所であの楓はどうしたらよいのでせう』 杢助『あの楓か、あれや放つて置いたらよいのだ。珍彦は杢助の肉体に変形して死に、静子はお前の肉体と変形し、さうして死体を土中に埋めて了へば、後は立派な珍彦、静子となつて納まり返つて居られると云ふものだ。さうすれば斎苑の館から何程立退命令が来ても大丈夫ぢやないか』 高姫『成る程、これは妙案奇策、日の出神の義理天上の生宮も感心致しましたよ。オホヽヽヽヽヽ、何と魔法と云ふものは都合のよいものですなア』 杢助『サア早く御馳走の用意にかかつて呉れ。グヅグヅして居ると露顕の恐れがある。謀は早いがよいからなア』 高姫『アヽ忙しい事だ。御飯もたかねばならず、煮〆もせなならず、杢助さま、お前さまお酒の燗だけ手伝つて下さいな。是で珍彦、静子両人を甘く片付けて仕舞へば天下泰平だ。お前と私が祠の宮に永久に鎮まつて、三五教の向ふを張り、表向は三五教とし、実はウラナイ教を開かうではありませぬか』 杢助『アハヽヽヽ、お前も俺に大分感化されたと見えて、余程改心が出来たわい』 高姫『誰かに珍彦夫婦を呼びにやらせませうかなア』 杢助『珍彦夫婦は何と云つても此処の主人だ。お前は準備をちやんと整へたら、辞を低うし、ちやんと叮嚀にお前が迎へに往て来ねば、もしも嫌だなんて云はれては大変だよ』 高姫『アヽそれやさうです。そんなら早く御飯の準備へをして置いて私が参りませうかなア、願望成就時節到来これが甘く往けば大丈夫です。惟神霊幸倍坐世、義理天上日の出の神様、何卒この計略が甘く往きますやうに』 とポンポンポンポンと四拍手して、暗祈黙祷を始めた。 杢助『アハヽヽヽ、よく聞いて下さるだらうよ』 高姫『さうです。悪の事は悪神に頼めばいいぢやありませぬか』 杢助『それやさうだ。餅は餅屋だからな、甘く悟られない様にやつて呉れよ』 此時襖の前の廊下に小さい足音がして表の方へ消えて仕舞つた。高姫は其足音を耳に挿み、 高姫『アヽ杢助さま、足音がしたぢやありませぬか。此秘密を誰かに聞かれたのでは厶いますまいかなア』 杢助『何あに、あれは猫か狆の足音だよ』 高姫『狆も猫も此処には居ないぢやありませぬか』 杢助『山中の事だから山猫や山狆が沢山居るから、余り御馳走の香がするので嗅ぎつけて来よつたのだ。そんな事は心配するに及ばない』 高姫『それでもねえ、何だか気掛りですわ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 20 山彦 第二〇章山彦〔一二九四〕 初稚姫はスマートを伴ひ、河鹿峠を宣伝歌を歌ひ乍ら降つて来る。途中に於てお寅、魔我彦、ヨルの一行に出会ひ祠の森に高姫や杢助の居る事を聞き、訝かしさの限りよと心に思ひ乍らも、さあらぬ態を装ひ、三人に別れを告げて、祠の森をさして急ぎ下り行く。 話変つて、高姫、杢助両人は又もやヒソビソ話に耽つて居る。 高姫『杢助さま、世の中に智慧位偉大なものはありませぬな』 杢助『うん、さうだ。何といつても智慧だな。もう斯うなる上は珍彦夫婦も、やがて倒死だらう。さうすれば彼が息をひきとると共に、変身の術を以て、お前と私は珍彦夫婦にならねばならぬ。何時知れるか分らぬから今から、用意にかからねばなるまい』 高姫『其用意とは如何すれば宜いのですか』 杢助『ア、さうだ。すこし嫌の事だけど、私は珍彦の放いだ糞を飯粒一つ位舐ねばならぬ。お前は静子の糞を一掴み位舐るのだ。さうすれば直に変身の術が行はれる』 高姫『何ぼ何だつて糞が舐られますか。外に何か方法がありさうなものですな』 杢助『何と云つても此奴あやらなくては駄目だ。やがて毒がまはつて倒れるに間もあるまいから、早く身代りを拵らへて置かなくてはならぬ。高姫、実の処は此処に両人の糞を或方法を以て取寄せて置いたのだ』 と竹の皮包みを懐から取り出した。 高姫『アーア、嫌だわ。まるで犬見た様な事をせなくてはならないのかな』 杢助『犬でさへも糞を食へば目が見えると云ふぢやないか。糞からはアンモニヤと云ふ薬をとり、之等で種々の薬を造り、パンだつて饅頭だつて之で膨れるのだ。変身には之程利くものは無いのだ』 高姫『アー、仕方がありませぬわ。之もヤツパリ義理天上日の出神様のためだと思へば、辛抱して頂きませうかな』 杢助『実の所は嘘だよ。お前の気を引いてみたのだ。もつと外にいい薬があるのだよ』 高姫『アーア、やつと安心しました。本当に腹の悪い人だな。腹の虫が食はぬ前から、厭がつてグレングレンしてゐましたよ』 杢助『これが……さア妙薬だ……之さへ飲めば、変身の術は即座に行はれるのだ』 と懐から又もや皮包を出す。 高姫『杢助さま、そりや何ですかい』 杢助『之は猿の肝だ。猿胆と云ふものだ。チツとは苦いけど、之を飲めば直に変身術が出来る』 高姫『お前さまは、さうして何を飲むの』 杢助『此杢助は懐に持つてゐるが、此秘密を女に覚られたら、出来ぬのだから暫く発表を見合して置かう。さア早く之を飲みなさい。いざと云ふ時に私が文言を唱へるから、之を合図にパツと化身するのだ』 高姫『如何も有難う厶ります。そんなら頂きませうか』 杢助『さあ早う飲んだり飲んだり』 高姫は目を塞ぎ苦さを耐へて猿胆をグツと飲んで了つた。その六かしい苦相な顔は殆ど形容が出来ぬ様だつた。 杢助『ハヽヽヽ如何も六かしい顔だつた。三年の恋も、あれを見ちや一度に冷める様だ。まるつきり猿の様な顔をしたよ』 高姫『そら、さうでせうとも、猿の肝を飲んだのだもの。然しお前さま、三年の恋が一度に冷めるなんて、そんな薄情な事を思ふてゐなさるのかい』 杢助『ハヽヽヽヽ如何も恐れ入りました。山の神様の逆鱗には智勇兼備の杢助も降服仕る。南無山の神大明神、義理天上日の出神許させ玉へ、惟神霊幸倍坐世』 高姫『これ、杢助さま、私が斯んな苦い目をして苦しんでゐるのに、陽気な事を云つてゐらつしやるのだな。女房の意思は夫の意思、夫の智性は女房の智性、双方相和合してこそ、夫婦の和合ぢやありませぬか。それ程私が苦しんでるのが面白いのですか』 杢助『ハヽヽヽ世の中に何一つ恐い事のない此杢助も義理天上さまには恐れ入りますわい。南無お嬶大明神、許させ玉へ、見直し玉へ、アツハヽヽヽヽヽ』 高姫『杢助さま、よい加減にチヨクツて置きなさい。千騎一騎の場合ぢやありませぬか。貴方は世の中に怖いものはないけど、私が怖いと云ひましたね。それ程怖い顔なら何故女房になさつたのですか』 杢助『ハヽヽヽさう短兵急に攻めかけられては聊か迷惑だ。拙者の怖いものは犬位なものだよ』 高姫『エー、お前さまは耳が動くと思へばヤツパリ犬が怖いのかな、ハテナー』 杢助『アツハヽヽヽ犬と云ふのはスパイの事だ。も一つ怖い犬はワンワンワンと囀りまはすタの字とカの字のつく犬だ、ハツハヽヽヽヽ』 高姫『私を犬と云ひましたな』 杢助『さうだ。二つ目には悋気してイヌイヌと云ふのだから仕方がないわ。イヌの、走るの、暇くれのと、高ちやんの常套語だからな』 高姫『何なと仰有いませ。ヘン、又晩に敵討をして上げますわ』 杢助『アツハヽヽヽヽ』 斯く笑ふ所へ慌ただしくやつて来たのは受付けのイルであつた。 イル『もし、御両人様、只今イソの館から初稚姫様がスマートとか云ふ犬を連れてお立寄りになり「吾父の杢助がゐるさうだから一目会はして呉れえ」と仰有いますが如何致しませうかな』 杢助『ヤー、初稚姫の奴、親の斯んな処に居るのを悟りよつたのかな。おい、高姫、何ぼ俺だつて年が寄つてから親だてら夫婦然として居るのは子に対し恥しい様だ。俺は暫く森へ姿をかくすからお前行つて、うまく初稚姫を帰なしてくれないか。おい、イル、初稚姫に杢助さまはお留守だと云つてくれ』 イル『ハイ、承知致しました。然し乍ら折角娘さまがお訪ねなさつたのだから、会つてやつて下さつたら如何ですかな』 杢助『いや、却つて甘やかしちや娘のためにならぬから、此処は会ふてやらぬ方がよいだらう。それが親の情だ。高姫、オイお前も表に出て初稚姫に得心さしてくれ』 高姫『はい、承知致しました』 と大きな尻をプリンプリン振り乍らイルを伴ひ、玄関口へ駆け出した。其間に杢助は化物の正体を現はし、スマートが怖さに巨大なる唐獅子となつて裏の森林へ飛び出し、山越に何処ともなく姿を隠しける。初稚姫が伴ひ来れるスマートは、俄に『ウーウー』と呻り出し、足掻きをし乍ら一目散に森林をさして駆け入りぬ。初稚姫は不審の眉をひそめてスマートの行衛は如何と案じ煩ふ折もあれ、スマートは前足に少しく傷を受け乍ら足をチガチガさせ初稚姫の前に帰り来たり、「キヤーキヤー」と二声三声泣き乍ら、一生懸命に足の傷を舐て居る。初稚姫は高姫のとどむるも聞かず、無理に奥へ進み行つた。スマートは足をチガチガさせ乍ら、廊下を伝ふて初稚姫の後に従ひ行く。高姫は吾居間に帰つて見れば杢助の姿が見えないので声を限りに『杢助サーン杢助サーン初稚姫さまが見えましたぞや』と怒鳴り立ててゐる。向ふの谷間から木魂の反響で、山彦が『杢助サーン杢助サーン初稚姫さまが見えましたぞや』と答へて居る。 雪の混つた初春の寒い風が遠慮会釈もなく屋外を渡つて行く。 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三北村隆光録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 01 至善至悪 第一章至善至悪〔一二九五〕 本巻物語の主人公たる初稚姫及び高姫の霊魂上の位置及び其情態を略舒して参考に供することとする。 初稚姫は清浄無垢の若き妙齢の娘である。而して別に現代の如く学校教育を受けたのではない。只幼少より母を失ひ、父と共に各地の霊山霊場に参拝し、或は神霊に感じて、三五教の宣伝使と共に種々雑多の神的苦行を経たるため、純粋無垢なる霊魂の光は益々其光輝を増し、玲瓏玉の如く、黒鉄時代に生れながら、其本体即ち内分的生涯は、黄金時代の天的天人と向上して居た。故に宣伝使としても又地上の天人としても、実に優秀な神格者であつた。大神の神善と神真とを能く体得し、無限の力を与へられ、神の直接内流を其精霊及び肉身に充せ、其容貌並に皮膚の光沢、柔軟さなどは殆どエンゼルの如くであつた。故に初稚姫は大神の許しある時は、一声天地を震撼し、一音風雨雷霆を叱咤し、地震雷海嘯その外風水火の災をも自由に鎮定し得る神力を備へてゐた。されど初稚姫は愛善の徳全く身に備はり、謙譲なるを以て処世上の第一となしゐたれば、容易に神力を現はす事を好まなかつた。而して姫の精霊は大神の直接神格の内流に充され、霊肉共に一見して凡人ならざるを悟り得らるるのであつた。姫は能く天人と語り、或は大神の御声を聞き、真の善よりする智慧証覚を具備したる点は、三五教きつての出藍のほまれを恣にしてゐた。それ故八岐大蛇の跋扈する月の御国へ神軍として出征するにも、只一人の従者もつれず、真に神を親とし主人とし、師匠とし、愛善の徳と信真の徳を杖となし或は糧となし、天上天下に恐るるものなく、猛獣毒蛇の荒れ狂ふ深山幽谷曠野をも、天国の花園を過ぐるが如き心地し、目に触るるもの、身に接近するもの、悉く之を親しき友となし、且此等の同士となつて和合帰順悦服等の神力を発揮しつつ進むことを得たのである。故に如何なる現界的智者学者に会ひて談話を交ふる時も、一度として相手方に嫌悪の情を起さしめたる事なく、其説く所は何れも霊的神的にして、愛と信とに充されざるはなく、草野を風の行過ぎるが如く風靡し、帰順し、和合せしめねばおかなかつた。天稟の美貌と智慧証覚は何れも愛善の徳と真善の光なる大神より来るが故に、姫が面前に来る者は、何れも歓喜悦服せざるはなかつたのである。且又理性的にしてものに偏せず、中庸、中和、大中などの真理を超越してゐた。 抑も此理性は神愛と神真の和合より来る所の円満なる情動によつて獲得し、此情動よりして真理に透徹するものである。さて真理には三つの階級がある。而して人間は此三階級の真理にをらなければ、到底神人合一の境に入る事は不可能である。法律、政治の大本を過たず能く現界に処し、最善を尽し得るを称して、低級の真理に居るものと言ひ、又君臣夫婦父子兄弟朋友並に社会に対し、五倫五常の完全なる実を挙げ得る時は、これを中程の真理に居る者といふのである。併しながら如何に法律を解し政治を説き、或は五倫五常を詳細に説示し了得すると雖も、之を実践躬行し得ざる者は所謂偽善者にして、無智の賤人にも劣るものと霊界に於て定めらるるのである。又愛の善と信の真に居り、大神の直接内流を受け、神と和合し、外的観念を去り、万事内的に住し得るものを称して最高の真理に居る者と云ふのである。故に現代に於て聖人君子と称へられ或は智者識者と称せられ、高位高官と崇めらるる人物と雖も、最高の真理に居らざる者は、霊界に於ては実に賤しく醜く、且中有界又は地獄界に群居せざるを得ざる者である。霊界に行つて現界に時めく智者学者又は有力者といはるる者の精霊に出会し、其情況を見れば、何れも魯鈍痴呆の相を現はし、身体の動作全く不正にして四肢戦き慄ひ、少しの風にも吹き散りさうになつてゐるものである。是凡てが理性的ならざるが故である。現代の人間が理性的とか理智的とか、物知り顔に云つてゐる其言説や又は博士学士等の著書を見るも、一として理性的なるものはない。何れも自然界を基礎とせる不完全なる先賢先哲と言はれたる学者の所説や教義を基礎とし、古今東西の書籍をあさり、之を記憶に存し、其記憶を基として種々の自然的知識を発育せしめたるものである。故に只記憶のみにして、決して理性的知識ではない。現代の総ての学者は主神大神の直接又は間接の内流を受入るる事能はず、何れも地獄界より来る自愛及び世間愛に基く詐りの知識に依つて薫陶されたるものなれば、彼等は霊体分離の関門を経て精霊界に至る時は、生前に於る虚偽的知識や学問の記憶は全部剥奪され、残るは只恐怖と悲哀と暗黒とのみである。凡て自愛より出づる学識智能は何れも暗黒面に向つてゐるが故に、神のまします天界の光明に日に夜に遠ざかりゐたれば、精霊界に入りし時は霊的及び神的生涯の準備一もなく、否却つて魯鈍無智の人間に劣ること数等である。魯鈍無智なる者は、常に朧気ながらも霊界を信じ且つ恐るるが故に、驕慢の心なく、心中常に従順の徳に居りしが故に、霊界に入りし後は神の光明に浴し、神の愛を受くるものである。 又現界に在りては、到底人間の其真相は分らないものである。されど初稚姫の如く肉体其儘にて天人の列に加はりたる神人は、よく其人の面貌及び言語動作に一度触るれば、其生涯を知り、其人格の如何をも洞破し得るのである。如何に現代人が法律をよく守り、或は大政治家と賞められ、智者仁者と云はるる事あるとも、肉体の表衣に包まれ居るを以て、暗冥なる人間はこれが真相を悟り得ることは出来ない。肉体人は其交際に際し、心に思はざる所を言ふことあり、或は思はざる所、欲せざる所を為さねばならぬことがある。怒るべき時に怒らず、或は少々無理なことでも、何とかして表面を装ひ、世人をして却つて之を聖者仁者と思はしめてゐる事が多い。又肉体人は如何なる偽善者も虚飾も判別するの力なければ、賢者と看做し、聖人と看做して、大いに賞揚することは沢山な例がある。故に瑞の御霊の神諭にも……人の見て善となす所、必ずしも善ならず、人の見て悪となす所、必ずしも悪ならず、善人と云ひ悪人と云ふも、只頑迷無智なる盲目世間の目に映じたる幻像に外ならない……と示してあるのは此理由である。瑞月嘗つて高熊山に修業の折、神の許しを受けて霊界を見聞したる時、わが記憶に残れる古人又は現代に肉体を有せる英雄豪傑、智者賢者といはるる人々の精霊に会ひ、其状態を見聞して意外の感にうたれたことが屡々あつた。彼等の総ては自愛と世間愛に在世中惑溺し、自尊心強く且神の存在を認めざりし者のみなれば、霊界に在りては実に弱き者、貧しき者、賤しき者として遇せられつつあつたのである。之を思へば現代に於ける政治家又は智者学者などの身の上を思ふにつけ、実に憐愍の情に堪へない思ひがするのである。如何にもして大神の愛善の徳と信真の光に、彼等迷へる憐れな地獄の住人を、せめて精霊界にまで救ひ上げ、無限の永苦を免れしめむと焦慮すれども、彼等の霊性は其内分に於て神に向つて閉され、脚底の地獄に向つて開かれあれば、之を光明に導くは容易の業でない。又如何なる神人の愛と智に充てる大声叱呼の福音も、霊的盲目者、聾者となり果てたるを以て、如何なる雷鳴の轟きも警鐘乱打の響も、恬として鼓膜に感じないのである。吁憐れむべき哉、虚偽と罪悪に充てる地獄道の蒼生よ。ここに初稚姫の神霊は再び大神の意思を奉戴し、地上に降臨し、大予言者となつて綾の聖地に現はれ、其純朴無垢なる記憶と想念を通じて、天来の福音を或は筆に或は口に伝達し、地上の地獄を化して五六七の天国に順化せしめむと計らせ給ふこと、殆ど三十年に及んだ。されど頑迷不霊の有苗的人間は之を恐れ忌むこと甚だしく、恰も仇敵の如くに嫉視し、憎悪するに至つたのである。ああ斯くも尊き大神の遣はし給ふ聖霊又は予言者の言を無視し、軽侮し、益々虚偽罪悪を改めざるに於ては、百の天人は大神の命を奉じ、如何なる快挙に出で給ふやも計り難いのである。 次に高姫の霊界上の地位に就いて少しく述ぶる必要がある。宇宙には天界、精霊界、地獄界の三界あることは屡々述べた所である。而して精霊界は霊界現界の又中間に介在せりと云つてもいい位なものである。故に精霊界には自然的即ち肉体的精霊なるものが団体を作つて、現界人を邪道に導かむとするものある事を知らねばならぬ。肉体的精霊とは、色々の種類あれども、其形は人間に似て人間にあらざるあり、或は天狗あり、狐狸あり、大蛇あり、一種の妖魅ありて、暗黒なる現界に跋扈跳梁しつつあり。此等は地獄界にも非ず、一種の妖魅界又は兇党界と称し、人間に譬ふれば、所謂不浪の徒である。彼等は人間の山窩の群の如く、山の入口や川の堤や池の畔、墓場の附近等に群居し、暗冥にして頑固なる妄想家の虚を窺ひ、其人間が抱持せる欲望に附け入つて虚隙を索めて入り来るものである。此肉体的精霊も亦人間の想念と和合せずして其体中に侵入し来り、其諸感官を占有し、其口舌を用ひて語り、其手足を以て動作するものである。而して此等の精霊は其憑依せる人間の物を以てすべて吾物とのみ思ふてゐる。或時は人間の記憶と想念に入つて大神と自称し、或は予言者をまね、遂に自ら真の予言者と信ずるに至るものである。されど此等の精霊は少しも先見の明なく、一息先の事は探知し得ないものである。何故なれば其心性は無明暗黒の境域に居るが故である。憑依された人間が、例へば開祖の神諭を読み耽り、之を記憶に止め想念中に蓄へおく時は、侵入し来りし悪霊即ち妖魅は、之を基礎として種々の予言的言辞を弄し、且又筆先などと称して、似たり八合なことを書き示し、頑迷無智なる世人を籠絡し、遂に邪道に引き入れむとするものである。開祖の神諭に……先の見えぬ神は誠の神でないぞよ……と示されたるは此間の消息を洩らされたものである。又熱狂なる人間は吾記憶を基礎として、其想念を働かせて入り来りし精霊の吾記憶に反けることを口走り、或は書き示す時は、忽ち審神的態度となり……汝は大神の真似を致す邪神にはあらざるか、サ早く吾肉体を去れ……などと反抗的態度に出づるものもある。併し乍ら遂には其悪霊の為に説伏せられ、或はいろいろの肉体上に苦痛を与へられ、遂にその妖魅の言に感服するに至るものである。サア斯うなつた時は、最早上げも下しも出来なくなつて、如何なる神の光明も説示も承認するの力なく、只単に……われは天下唯一の予言者なり、無上の神人なり、吾なくば此蒼生は如何せむ……と狂的態度に出づるものである。此物語の主人公たる高姫は即ち此好適例である。故に彼れ高姫は自己の記憶と想念と、憑霊の言葉の外には一切を否定し、且熱狂的に数多の人間を吾説に悦服せしめむと焦慮するのである。其熱誠は火の如く暴風の如く又洪水の如し。如何なる神人も有徳者も之を説得し帰順せしめ、善霊に帰正せしむることは天下の難事である。故に高姫は一旦改心の境に入りし如く見えたれども、再びつきまとへる兇霊は彼が肉体の虚隙を見すまし、又もや潮の如く体内に侵入し来り、大狂態を演ずるに至つたのである。 斯かる狂的憑霊者の弁舌と行為は最も執拗にして、昼夜間断なくつき纏ひ、吾所説に帰服せしめねば止まない底の勇猛心を抱持してゐる。斯かる兇霊の憑依せる偽予言者に魅入られたる人間は、如何なる善人と雖も、稍常識ありと称へられてゐる紳士でも、又奸智に長けたる人間でも、思索力を相当に有する人物でも、遂には其術中に巻込まれて了ふものである。かかる例は三十五万年前の神代のみではない、現に大本の中に於ても斯かる標本が示されてある。これも大本の神示に依れば、神の御心にして、善と悪との立別けを示し、信仰の試金石と現はし給ふものたることを感謝せなくてはならぬ。一旦迷はされたる精霊や人間は、容易に目の醒めるものでない。併しながら斯の如き渦中に陥る人間は、霊相応の理によつて、已むを得ずここに没入するのである。されど神は飽くまでも至仁至愛にましますが故に、弥勒胎蔵の神鍵を以て宝庫を開き、天国の光明なる智慧証覚を授け、愛善の徳に包んで、之をせめて中有界までなりと救ひ上げ、ここに霊的教育を施し、一人にても多く天国の生涯を送らしめむとなし給ひ、仁愛に富める聖霊を充して、予言者に来り、口舌を以て天国の福音を宣り伝へ給ふこととなつたのである。吁されど頑迷不霊の妖怪、人獣合一の境域に墜落せる精霊及び人間は、天国に救ふこと恰も針の穴へ駱駝を通すよりも難きを熟々感ずる次第である。大本の神諭にも……神と人民とに気をつけるぞよ……とあるは即ち精霊と肉体人とに対しての御言葉である。吁如何にせむ、迷へる精霊よ、人間よ、殊に肉体的兇霊に其身魂を占領されたる妖怪的偽予言者の身魂をや。 序に祠の森に於て杢助と現はれたる妖怪は、兇悪なる自然的精霊即ち形体的兇霊にして高姫の心性に相似し、接近しやすき便宜ありしを以て、互に相慕ひ相求め、風車の如く、廻り灯籠の如く、終生逐ひまはりなどして狂態を演出し、現界は云ふに及ばず霊界の悪魔となりて神業の妨害をなし、遂には神律に照され、神怒に触れ、根底の国の最底に投下さるるまで其狂的暴動を止めないものである。吁憐れむべきかな、肉体的兇霊よ、其機関となりし人間の肉体よ、精霊よ。思うても肌に粟を生ずるやうである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 06 玉茸 第六章玉茸〔一三〇〇〕 高姫は祠の森を隈なく探ね廻つた。漸く草むらの中にウンウンと呻きながら眠つてゐる杢助の姿を眺め、 高姫『これ、杢助さま、サア帰りませう。こんな処に横たはつてゐてお風邪を召したら大変ですよ。サア私と一緒に帰らうぢやありませぬか』 杢助『さう八釜しう云つてくれな。俺はチツとばかり頭が痛いのだから、自然のお土に親しんで暫らく此処で休んで帰るから、お前は彼方へ行つて休んだが宜からうぞ』 高姫『これ杢助さま、何と云ふ水臭い事を仰有るのだい。二世を契つた夫婦の仲ぢやありませぬか。夫の難儀は妻の難儀、妻の喜びは夫の喜び、何処までも苦楽を共にしようと契つた仲ぢやありませぬか。そんな遠慮はチツとも要りませぬ。さア何卒、私が介抱して上げませう』 杢助『いや何卒構うてくれな、私の体に何卒触らない様にして呉れ、頼みだから……』 高姫『これ此方の人、お前さまは私が嫌になつたのだな。女房が夫の体に触れない道理が何処にありますか。夫の病気を素知らぬ顔して、女房の身として之が放任して居れますか。此高姫は一旦お前さまと夫婦の約束をした上は、仮令此肉体が粉にならうと、何処までも貞節を尽さねばなりませぬ。そんな水臭い事を仰有るものぢや厶りませぬぞや』 杢助『ヤー、決して俺が斯う云つたとて、気を悪うしておくれな。又お前が決して嫌だと云ふのでも何でもない。さア何卒早く館へ帰つて、万事万端気を付けてくれ』 高姫『それだと云つて、之を見捨てて何ぼ気強い私でも帰られませうか。何なら罹重身倒でも探して来ませうか』 杢助『いや、何にも要らない。そんな結構な物を頂くと、却つて神罰が当るかも知れない。私がかうして怪我をしたのも、全く神様の見せしめだ。神様がお許し下さらば、屹度直して下さるだらう。何程人間が藻掻いた処で仕方がないからのう』 高姫『それなら天津祝詞を奏上して上げませうか』 杢助『いや、それには及ばぬ。斯うなり行くのも神様の御都合だ。祝詞なんか奏上ては、却つて畏れ多い。何卒頼みだから、館へ帰つてお前は御用をしてくれ。それが何よりの功徳だ。さうすれば、私の怪我もすぐ癒るだらう』 高姫『それなら、鎮魂をして上げませうか。……一二三四……』 と云ひかけると、杢助は慌てて押止め、苦しさうな声を出して、 杢助『高姫、それに及ばぬ。そんな勿体ない事は云はぬやうにして呉れ。却つて私は苦しいから』 高姫『それなら、初稚姫さまを呼んで来ませうか。そして介抱をさせたら貴方の気に入るでせう。到底私の様な婆アの介抱では、病気がますます重くなりませうからな』 と稍嫉み気味になつて言葉を尖らし始めた。 此杢助は、その実ハルナの都の大雲山に蟠居せる八岐大蛇の片腕と聞えたる肉体を有する兇霊で、獅子虎両性の妖怪であり、其名を妖幻坊と云ふ大怪物である。妖幻坊はスマートに眉間を噛みつかれ、ここに大苦悶を続けてゐたのである。されど高姫に其正体を看破られむことを恐れて、一時も早く高姫の此処を立去らむ事をのみ望んでゐた。されど高姫は何処までも大切の夫の介抱をせなくてはならぬと思ひつめ、少しも其処を動かうとはせない。妖幻坊の杢助は、人間の形体を負傷の身を以て保持してゐるのは非常な苦痛である。ウツカリすると其正体が現はれさうになつて来たので、声を励まし稍尖り声で、 杢助『これ、高姫、何故そなたは夫の申す事を聞いてくれないのか。お前も高姫と云つて随分剛の者ぢやないか。夫の病気に心をひかれて、肝腎の神様の御用を次ぎに致さうとするのか。そんな不心得のお前なら、もう是非がない。縁を切るから、其方へ行つてくれ』 高姫『杢助さま、お前さまは頭を打つてチツと逆上せてゐるのだらう。さうでなければ、そんな水臭いことを仰有る筈がない。ああ気の毒な事だな。ああ惟神霊幸倍坐世』 杢助『こりや高姫、私は最前も云うた通り神様の戒めにあつて居るのだから、そんな事は何卒云つてくれなと云つたぢやないか。何故夫の言葉をお前は用ひないのか』 高姫『よう、そんな事を仰有いますな。初稚姫があれだけ大切にしてゐたスマートを私がお父さまの命令だからと云つて千言万語を費し説きつけた処、初稚は到頭私の言ひ条についてスマートに大きな石を五つもかちつけ、頭蓋骨を割り、大変な血を出したので、スマートは、あた気味のよい、キヤンキヤンと悲鳴をあげて逃げて了ひましたよ。大方今頃は河鹿峠の懐谷近辺で倒れて死んで了つてゐるに違ひありませぬ』 杢助『何、スマートに石をかちつけて初稚姫が帰なしたと云ふのか。ヤー、それは結構だ。持つべきものは子なりけりだな』 高姫『そら、さうでせう。お前さまの目の中へ這入つても痛くないお嬢さまですからな。持つべからざるは女房なりけりと云ふお前さまは水臭い了簡でせうがな』 杢助『もう頭の痛いのにクドクドとそんな事は云つてくれな。又痛みが止まつてから不足なり、何なりと承はらう。それよりも早く宅へ帰つて初稚姫を呼んで来てくれ。そしてお前は人知れず受付の前にある大杉の木へ上つて玉茸と云ふ茸があるから、それをむしつて来てくれないか。それさへあれば私の病気は一遍に治るのだ』 高姫『それなら、ハルかイルに梯子でもかけて取らせませうかな』 杢助『いやいや、これは秘密にせなくては効能が現はれぬのだ。仮令娘の初稚姫にだつて覚られちや無効だぞ。兎に角、初稚姫を呼んで来るよりも、お前が早く其玉茸をソツと取つて来てくれないか。夫が女房に手を合して頼むのだから……』 と涙を両眼に垂らして高姫を拝み倒した。高姫はオロオロしながら両眼に涙を浮べ、 高姫『これ、杢助さま、夫が女房に手を合して頼む人が何処の世界にありますかいな。それなら之から玉茸をとつて参ります。何卒暫く此処に待つて居て下さい。苦しいでせうけれどな』 杢助『それは御苦労だ。何卒怪我をせない様に、そして人に見付からぬ様に採つて来て下さい。それ迄は初稚姫にも何人にも云つてはいけませぬぞ』 高姫『ハイ、何も彼も呑込んで居ります。それなら之から取つて来て上げませう。暫く此処に……ネー杢助さま、貴方も摩利支天様の御身魂だから、之位の傷にはメツタに往生なさる事はありますまいからな』 杢助『うん、さうだ、大丈夫だよ。お前も夫に対する初めての貞節だから、何卒怪我をせない様にして玉茸の採取を頼むよ』 高姫『ハイ、承知致しました』 と大きな尻をプリンプリンと振りながら、杢助の倒れて居る姿を見返り見返り、チヨコチヨコ走りに受付の前の大杉の木の蔭にソツと身を寄せた。杢助に変化してゐた妖幻坊はヤツと一安心して元の怪物と還元し、一先づ此処を立去らねば、又も人に見付けられては堪へ難き苦痛だと、谷の流れを伝うてガサリガサリと山の尾の上を渡り、向ふ側の日当りのよき窪んだ処に横たはり、四辺に人なきを幸ひ、ウーンウーンと呻き苦しんでゐたのである。 扨て一方の高姫は、森の木蔭に身を忍び、受付の様子を考へてゐると、イルとハルとが火鉢を真中に囲み、何事か「アツハツハハハハアツハツハハハハ」と笑ひながら雪駄直しが大仕事を受取つた様な態度で、何時動かうともしない。高姫は気が気でならず、 高姫『早く両人何処かへ行つてくれたらよいがな。気の利かぬ奴ばつかりだ。早く玉茸を取つて杢助さまに上げなくちや、あの塩梅では大変傷が深いから本復せぬかも知れない。でも彼奴等に見られちや薬が利かぬのだし、エーぢれつたいことだなア』 と森蔭に地団駄を踏んでゐる。ハル、イルはそんな事も知らず何事か笑ひ興じてゐる。高姫も耳をすまして此話を聞くより外に取る術はなかつた。大杉の一方に姿の見えない様に身をかくして聞いて見れば、イルは、 イル『如何も怪しいものぢやないか。エー、杢助さまだつて耳がペラペラと動くなり、又今度来た初稚姫さまは何うも一通りの人ぢやない様だし、楓姫さまが素敵な美人だと思つてゐたのに、これは又幾層倍とも知れないナイスぢやないか』 ハルは、 ハル『ウン、さうだな、俺達も男と生れた以上は、あんなナイスと仮令一夜でもいいから添うて見たいものだな。然し初稚姫さまだつて楓姫さまだつて、何れ養子を貰はねばならぬのだから、満更目的の外れる事もあるまい。あんな人になると却つて器量を好まぬものだ。口許のしまつた色の浅黒い男らしい男を好むものだよ。貴様だつて、俺だつて軍人教育を受けとるのだから、何処ともなしに軍人気質が残つて凛々しい処があるなり、一つ体を動かすにも廻れ右、一二三式なり、本当に女の好きさうな男だからな』 イル『うん、そらさうだ。貴様だつてあまり捨てた男前でもなし、俺だつてさう掃溜に捨てた様な男前でもなし、婿の候補者には最も適当だ。さうして宗教の変つたものと結婚すれば互に其信仰を異にするが故に、如何しても家庭の円満を欠くと云ふ点から、三五教の信者は三五教の信者と結婚する事になつてゐる。死んでからでも同じ団体の天国へ行かうと思へば、同じ思想、信仰を持つて居なくちや駄目だからな。それ位の事はあんな人になればよく承知してゐるよ』 ハル『エツヘヘヘヘヘ中々以て前途有望だ。これだから三五教は結構だと云ふのだ。何と云つても斎苑の館の素盞嗚尊はイドムの神といつて縁結びの神様だからな。そして金勝要神と云ふ頗る融通の利く粋な神様があつて「添ひたい縁なら添はしてやらう、切りたい縁なら切つてもやるぞよ」と、それはそれは中々話せる神さまだから、俺等には持つて来いだよ』 イル『それはさうと、イク、サール、テル等が競争場裡に立つて中原の鹿を追ふ様な事はあるまいかな』 ハル『そりや大丈夫だよ。あんなシヤツ面した気の利かない頓馬が、如何して二人のナイスのお気に入るものかね。そんな事ア到底駄目だよ。マア安心したがよからう』 イル『さうお前の様に楽観して自惚れてゐる訳にも行くまいぞ』 ハル『何さ、そんな心配は要らぬ。チヤーンと運命が決つてゐるのだ。初稚姫様があの凛々しい犬をつれて厶つた時、僕の面をチラツと見てニタツと笑つて居られた。その時は情味津々として溢るる許りだつたよ。そしてあの涼しい目からピカピカツと電波を送られた時の美しさと云つたら、まるでエンゼルの様だつたよ。あの目付から考へても、屹度俺に思召があると云ふ事は動かぬ事実だ。アーア、併しながら気の揉める事だわい』 イル『こりや、貴様、そんな甘い事があるかい。俺は初稚姫さまぢやなけりや、どんな女房だつて持たないのだ。貴様は楓姫さまが合うたり叶うたりだ。楓姫さまは何時もお前の事を「何と男らしい方だね」と云つて厶つたぞ。それに決めておけ』 ハル『馬鹿を云ふない。先取権は俺にあるのだ。そんな虫のいい事は云つてくれなよ』 イル『馬鹿にするない。屹度俺が初稚姫さまを此方へ靡かして見せようぞ』 ハル『何、俺が見ん事、靡かしてお目にかけよう』 などと何時迄も限りなしに、こんな空想談に耽つてゐる。高姫は気も狂乱せむばかり苛だてども、何時迄待つても動く気遣ひはなし、二人の話は益々佳境に入り、日が暮れても夜通ししても容易に動かぬ様子である。高姫は是非なく裏口にまはり、普請に使つた梯子を引張り出し来り、大杉の受付から見えない方面に立てかけ、太い体をシワシワと梯子を弓の如くしわませながら漸く一の枝へとりつき、蜘蛛の巣にひつかかりながら、杢助の云つた玉茸は何処にあるかと探しまはつた。されど茸らしいものは少しも見当らない。杢助さまが確に此杉だと云つたのだから、何処かにあるだらうと可成く音のせぬやう、枝から枝へ伝ひ上つて行くと、昼目の見えない梟鳥が丸い目を剥いてとまつてゐた。高姫は余り慌ててゐるので、視覚に変調を来して居たと見え、梟の両眼を見て、 高姫『ほんに玉の様に丸い茸だ。成程玉茸とはよく云つたものだ』 と小さい声で囁き乍ら梟の目を一寸撫でた。梟は驚いて無性矢鱈に高姫の光つた目を敵と見做し、尖つた嘴でこついたから堪らない、高姫はズズズズドスン、「キヤツ、イイイイ痛い」と小声に叫んだ。されどイル、ハルの両人は勝手な話に現を抜かし、女房の選択談に火花を散らしてゐたから、杉の大木の根元に落ちて苦しんでゐる高姫の体が目につかなかつたのである。祠の森の村烏[※御校正本・愛世版では「村烏」だが、校定版・八幡版では「群烏」に修正されている。]は俄に何物に驚いたか、ガアガアと縁起の悪さうな声をして中空を鳴きながら翺翔してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四北村隆光録)
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(2506)
霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 07 負傷負傷 第七章負傷負傷〔一三〇一〕 初稚姫は静に歩を運びながら珍彦の館を訪ひ、門口の戸をそつと開き、 初稚姫『御免なさいまし、私は初稚姫で厶います。ハルナの都へ宣伝使として参ります途中、大神様に参拝を致し、高姫様のお世話になりまして、此処に暫く足を留めて居るもので厶いますれば、何卒御入魂に願ひます』 と云つた。此声に驚いて楓姫は襖をそつと開いて現はれ来り、叮嚀に辞儀をしながら桐の火鉢を据ゑ、座蒲団を敷いて、 楓『貴女様が驍名高き初稚姫の宣伝使さまで厶いましたか。それはそれはようまアお訪ね下さいました。実の所は貴女様がお越し遊ばしたと云ふ事を、承はりまして、一度拝顔を得たいと願つて居りましたが、私の両親が申しますには「お前のやうな教育のない不作法者が、エンゼルのやうな方の前に出るものぢやない、御無礼になるから控へて居れ」と申しますので、つひ失礼を致して居りました。ようまア尊き御身をもつてお訪ね下さいましたねえ。サアどうぞ、此処へお上り下さいませ。お茶なりと汲まして頂きます』 初稚姫『ハイ、御親切に有難う厶ります。何彼とお世話に預かりましてなア。時に珍彦様、静子様はどちらにお出でになりましたか、お顔が見えないやうで厶いますなア』 楓『ハイ、一寸両親は神様へお礼参りと云つて出て往きました。大方御神前に参つて居られませう』 初稚姫『神丹のお礼を申しにお出でになつたのでせう』 楓姫は此言葉に吃驚して、初稚姫の顔を見上げながら、少しく手を慄はせ、 楓『貴女はまア、どうしてそんな詳しい事を御存じで厶いますか』 初稚姫『ハイ、御夫婦の危難を見るに見兼ねて、妾が言霊別命様のお告により、神丹と云ふ霊薬を造り、スマートに持たせて貴女のお手に渡した筈で厶いますから』 楓『ああ左様で厶いましたか。さうすると貴女様は、文珠菩薩様で厶いますか、ああ尊や有難やなア』 と感謝の涙に咽ぶ。いつの間にやらスマートは床の下を潜り、尾をふりながら此処に現はれて来た。 初稚姫『これスマートや、うつかり出歩いちやいけませぬよ。何うして此処へお出でたの。お前は本当に霊獣だねえ、私の云ふ事をよく聞いて、御夫婦の危難をよく救うて下さつた。ほんとにスマートの名に背かぬ敏捷なものだねえ』 と讃美へて居る。スマートは嬉しさうに体や尾をふつて居る。楓は漸うに顔を上げ、スマートの姿を見て二度吃驚し、 楓『アー、昨夜文珠菩薩様がお連れ遊ばした犬は、これで厶いますわ、この犬の口から私の手へ神丹を三粒渡して呉れました。さうして文珠菩薩様は私に神丹を授けて直様犬を引き連れ、どこかへお帰りになつたと思へば夢は醒め、堅く握つて居た手を開いて見れば、あの神丹が厶いました。貴女は全く生神様、私がかうしてお側へおいて頂くのも恐れ多い事で厶います。さうして私が何うしても合点が参りませぬ事が一つ厶います、貴女は何故高姫さまのやうな余りよくないお方のお子さまになられましたのか』 初稚姫はニツコと笑ひ、 初稚姫『ハイ、いづれお分りになる事が厶いませう』 と云つたきり答へなかつた。楓は畳みかけて又問うた。 楓『貴女様は承はれば、杢助様のお娘子様で厶いますさうですねえ』 初稚姫『ハイ左様で厶います。併し此処の杢助さまは……』 と云つたきり、口をつぐんで仕舞つた。楓は鋭敏の頭脳の持主であるから、早くも意中を悟つた。さうして小声になり、 楓『本当に何ですねえ、何も云はない方が無難でよろしいわね』 と以心伝心的に、目と目で話の交換を簡単に済まして了つた。 かかる所へ珍彦夫婦は藜の杖をつきながら拝礼を終り、裏口から帰つて来た。其足音を早くも悟つて楓は裏口の戸をあけ、嬉しさうな声で、 楓『お父さま、お母さま、お帰りなさいませ。夜前の神様がお越し遊ばしたのよ。あの神丹を下さつた文珠菩薩様が』 と小声に囁いた。 珍彦『何、文珠菩薩様が此処へお出で遊ばしたの。それは直様お礼を申上げねばなるまい』 静子『余り悪魔が蔓るので、この聖場に居ながらも、夜の目も碌に眠られなかつた。ああ有難い、文珠菩薩様がお越し下さつたか』 と早くも涙声になつて居る。楓の後に従いて夫婦は座敷に上り、初稚姫の前に頭を下げ、歔欷泣きしながら、一言も発し得ず感謝の涙に暮れて居る。 初稚姫『もし珍彦様、静子様、日々御神務御苦労さまで厶いますなア。妾は初稚姫の宣伝使で厶います。突然参りましてお邪魔を致して居ります。楓様が親切に仰有つて下さるので、つひ長居を致しました』 と、鈴のやうな柔しい声で挨拶をした。珍彦はハツと頭を上げ、初稚姫の霊気に満てる其容貌に感じ入り、 珍彦『貴女は文珠菩薩の御化身様、よくまアお助けに来て下さいました。これ静子、早く御礼を申さないか』 静子『初稚姫様、文珠菩薩様の御化身様、よくまアお助け下さいました。この御恩は決して忘れは致しませぬ』 とハンケチに霑んだ目を拭ふ。 初稚姫は迷惑な顔をして細い手を左右に振りながら、 初稚姫『イエイエお礼を云はれては済みませぬ。妾の立場が厶いませぬ。実は言霊別の神様が妾に御命令遊ばしたので厶いますよ。どうぞ大神様にお礼を申して下さい。妾は決して貴方等をお助けするやうな力は厶いませぬ』 珍彦『なんと御謙遜な貴女様、実に感じ入りました。時に初稚姫様は、昨日見えました杢助様の御令嬢と承はりましたが、左様で厶いますかなア』 初稚姫『イエ……ハイ』 と煮え切らぬ返事をして居る。 楓は両親に向ひ、 楓『お父さま、お母さま、そんな失礼な事を仰有つてはいけませぬよ。何、あんな方が姫様のお父さまであつて耐りませう。これには深い訳がおありなさるので厶いますよ。併しながら、これきりで何も仰有らないやうにして下さい。姫様の御迷惑になつては済みませぬからなア』 珍彦夫婦は楓の言葉に打ち首肯き、 珍彦『ウンウン、成程々々、いや解りました。御苦労さまで厶います。どうぞ貴女の御神力で悪魔をお取り払ひ下さるやうにお願ひ申します』 と夫婦は手を合せ、又もや伏し拝むのであつた。 楓『余り斯様なお話は、誰が聞くか分りませぬから、ちつとハンナリと歌でも歌ひませうかねえ』 初稚姫『さうですね、楓さま、一つ歌つて下さいな』 楓は初稚姫の言葉をいなみ兼ね……お恥かしながら……と前置きして、 楓『人の心の底深く 千尋の浪を分け往けば 見る目たなびく岩蔭に 醜き鰐の住めるかな』 初稚姫は幾度も諾きながら、にやりと笑ひ、 初稚姫『成程ねえ。よく出来ましたよ。妾も腰折を読まして頂きませうかねえ。ホホホ』 と笑ひながら、 初稚姫『木の花一度に咲き満つる 天津御国へ誘ひて 常住不断の法楽を 与へたまはる瑞御霊 誠にお恥かしい事で厶います。ホホホホ』 と梅花の露に綻ぶ如き小さい唇から笑を漏らして居る。 此時、門口に男の声として、 (男の声)『○○恋しや春の夜の 闇に立ちたる面影は 消えてあとなく吾声の 只木霊する淋しさよ』 と歌つて通るものがあつた。又かはつた男の声で、 (男の声)『楽しからずや恋の夢 唯力なく君が手に 抱かるる時吾涙 ほほ笑む眼をぬらすかな ○ 神の光に包まるる 尊き君を偲びつつ 吾等の恋に幸あれと 涙流して祈るかな ○ 悲しき夢のさめし時 涙にしめる目をあげて 独り寝る夜の淋しさを 神の御前にかきくどく』 と歌ひながら珍彦館の門口を通り、神殿の方へ足音が消えて往く。楓は、 楓『何とまア誰か知りませぬが、調のよい歌ですこと、ねえ、初稚姫さま』 初稚姫『ほんにさうですねえ。私なんかの歌から見れば、比べものになりませぬわ。このお館には風雅人が沢山居られるとみえますなア』 と斯く話す時、又もや聞ゆる歌の声、 (男の声)『桜の花咲く春の野に 君とまみゆる嬉しさよ ○ 祠の森にます神の 守らせ給ふ恋の幸 ○ 恋しき人を待ち暮らす 男心の淋しさを 知るや知らずや東雲の 光はさしぬほのぼのと』 初稚『何とまア情緒の深い風流な歌ですなア』 珍彦『姫様は申すに及ばず、楓其方も気をつけなくてはなりますまい。きつと貴女方二人に心を寄せて居る男があるのでせうよ。何と云つても花の莟の姫様又楓姫、美しい花には害虫のつき纒ふものですからなア』 初稚姫『仰の通りで厶います。妾もあの歌によつて、吾身辺に容易ならざる恋の魔の付纏うて居る事を悟りました。併しながら決して御心配下さいますな。左様な事に心を動かすやうな私では厶いませぬ。楓さま、貴女も大丈夫でせう』 楓『姫様のお言葉の通り、妾は何処までも注意を致して居ります。何分お父さまやお母さまが、若い娘をもつて居ると云うて非常に心配をして下さるのですもの、有難迷惑を感じます、ホホホホホ』 珍彦『それはさうだらうが、あの高姫さまだつて、あれだけ歳が寄つてから、コテコテと白粉をつけたり白髪を染めたり、日に何度も着物を着かへた揚句、杢助さまとやらを喰へこんで、夫婦気取で浮かれてゐらつしやるのですもの。若い娘をもつた親はどれだけ気が揉めるか知れたものぢやありませぬ。これ楓、姫様の様なお方なれば大磐石だが、お前はまだ神様の事がよく分らないのだから、両親が心配するのも無理ではありませぬよ、アハハハハハ』 楓『あのまアお父さまとしたことわいのう。それ程私に信用が置けませぬか。私だつて道晴別の妹、祠の森の神司珍彦の娘で厶います。必ず必ずお心を悩ませ下さいますな。きつと神様のお名を汚したり、親兄弟の御面を汚すやうなことは致しませぬ。ねえ姫様、貴女私の心をよく御存じでせう』 初稚姫『御夫婦様、必ず御心配なさいますな。楓様は、本当に見上げたお方で厶いますよ。きつと妾が保証致します。如何なる魔がさしましても神様がお守り下さる上は、楓様のお心が極めて堅実に居られますから、何程仇し男が云ひ寄りましても、楓さまに取つては鎧袖一触の感もありませぬ。どうぞお心を悩めないやうにして御神務にお尽し下さいませ』 珍彦『ハイ有難う、ようまア云つて下さいました』 静子『そのお言葉を承はり、私も安心を致しました。ああ惟神霊幸倍坐世』 と合掌する。 斯く話す折しも、又もや門口に恋の擒となりし人の歌ふ声、隔ての戸をすかして聞え来る。 (男の声)『ひそびそと銀の雨 絶間もなしに降りそそぐ うらぶれし叢のなげかひ ああかかる日は 一入痛みも出づれ 毒の爪をもて 永久に癒え難く 刻りつけられし 胸の痛手よ』 と哀れな声調で聞えて来る。又続いて、 (男の声)『静に静に瞳をつぶつて 目にも見えない或物を 見るとき吾は銀色の 夢の中にぞ浸り入る 素裸体の人間は 温かい暖かい 桃色の雰囲気に包まれながら 歌ひつつ踊る 心を蕩かすやうな メロデイーが流れ 総てのものが やすらかに息づく 吾は夢の為に働き 夢によつて働く そして又 夢によつて、はぐくまれてゆく』 斯る所へ慌しくやつて来たのは、受付のイル、ハルの両人であつた。遠慮会釈もなく門口の戸を押し開き、 イル『もし珍彦様、大変な事が出来ました。どうぞ来て下さい、タタ大変で厶います』 珍彦『慌しき其言葉、大変とは何で厶るかな』 ハル『ハイ、タタタ高姫様が大変な事で厶います。どうぞ来て下さい。到底私等の挺には合ひませぬから』 静子『何か高姫様が御機嫌でも損ねて御立腹して厶るのかな』 初稚姫は、 初稚姫『イエイエさうぢや厶いませぬ。玉茸を取らむとして梟鳥に目をこつかれ、大杉の梢から顛落遊ばし、腰の骨を些し挫かれたのでせう。決して御心配なさいますな、直に癒りませうから』 イル『もしもし初稚姫様、貴女そんな平気な顔してよう居られますなあ。義理あるお母さまぢやありませぬか、サア早くお出でなさいませ。お父さまはお怪我をなさるなり、お母さまは木から落ちて苦しんで厶るなり、何どころぢやありますまい』 初稚姫『ハイ直に参りますから、お母さまにさう仰有つて下さい。これスマートや、早く何処かへお隠れ』 と云ひながら、初稚姫は倉皇として高姫の危難を救ふべく館を立ち出で、大杉の許へと歩を急いだ。高姫は苦しげな息をつきながら、 高姫『アア、其方は初稚だつたか、よう来て下さつた。お母さまは、つひお父さまの病気を直したいばかりに玉茸を取りに登つてこんな目に遇つたのだよ。お父さまは誰にも知れないやうにして取つて呉れと仰有つたのだが、こんな不調法をして人に見つけられたから、もう利かう筈がない。どうぞ私には構はず、あの森の木の下にゐらつしやるのだから、早く行つて介抱して上げて下さい。私は日出神の御守護があるから心配は要りませぬ。サア早く往つて上げて下さい、気が気ぢやありませぬから』 初稚姫『さうだと云つてお母さまの危難を見捨てて、これがどうして往けませうか。一旦親子の縁を結んだ上からは、そんな水臭い事を仰有らずに、どうぞ介抱さして下さい、これが貴女に対する孝行のし初めですから』 と、高姫が妖幻坊に云つた言葉其儘を応用して居る。 高姫『エイ、お前は親の云ふ事を聞かないのかい、さうであらう。お腹を痛めた子でないから恩も義理もありませぬわい。聞いて下さらないのも仕方がありませぬ。もう諦めます』 初稚姫『お母さま、それでは済みませぬが、お父さまの介抱に参ります。不孝の奴とお卑みなきやうにお願ひ申します。これ、ハルさま、イルさま、どうぞお母さまの介抱を頼みますよ。お母さま左様なら』 と云ひながら此場を立ち去つた。高姫は相変らず苦悶の息を漏らして居る。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四加藤明子録)
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(2508)
霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 09 真理方便 第九章真理方便〔一三〇三〕 高姫は初稚姫の帰り来る足音を聞き付け、待ち遠しげに、 高姫『初稚さま……ではないかな』 初稚姫は、 初稚姫『ハイ』 と答へ、スツと障子をあけ、見れば高姫は顔面全部、干瓢の様にふくれ上り、どこが目だか鼻だか判別し難き迄に相好変じ、丸つきり妖怪の如くであつた。而して腫れた目は額の方に転宅し、鼻は無遠慮に霊衣の外に突出し、恰も雲を帯にした山容の正しからざる高山のやうに見えてゐる。唇は夜着の裾のやうに厚くふくれ上り、半ば爛熟した熟柿の様に薄つぺらい皮膚が厭らしう、赤く且紫を帯びて幽かに光つてゐる。初稚姫はハツと驚き、早速に言葉も出なかつた。而して心に思ふ様……ああ何とした恐ろしい顔だらう、丸で地獄に棲んでゐる怪物の様だ。高姫さまの内的生涯の発露かも分らない。否々これが事実だ、ホンに不愍なものだなア。何とかして早く助けて上げねばならないが、何と云つても罪業の深い方だから……と心に囁きながら、キチンと足駄を上り口に向ふむけに揃へて、ハンケチにてポンポンと塵うち払ひ、静に高姫の側に寄り添ひながら、さも同情ある声にて、 初稚姫『お母さま、大変なお怪我をなさいましたね。私が力一杯介抱をさして頂きますから、何卒御安心して下さいませ』 と云ひつつ、何時の間に来たのかと訝かりながら、スマートの頭を撫でてゐる。スマートは嬉しげに、尾を打振り、座敷をキリキリと廻り始めた。 高姫は歪んだ口の横の方から、半ば破損した鞴のやうな鼻声交りの声で、 高姫『ハイ御親切に有難う厶います。そして杢助さまはまだ帰つて厶らぬかな。御病気の具合はチツと宜しいかな。折も折とて二人の親が、一時に此通り大怪我をしたのだから、お前もさぞ心配だらう。偉いお骨を折らします』 初稚姫は、杢助が居なかつたと言へば、高姫が大変に失望落胆するだらう、目が見えないのを幸ひ、ここは何とか気休めを言つておかねばなるまいと決心し、 初稚姫『ハイ、お父さまは谷川の側に休んでゐられましたが、私がそこへ参りまして……お父さまお父さま……と声をかけようとすれば、ムツクと起上り、さも愉快相な顔をして、……ああお前は初稚姫か、ようマア来てくれた。わしは思はぬ怪我をして、こんな不細工な顔をお前に見らるるのは、親として本当に恥かしい。顔は瓢のやうにふくれ上り、目鼻口の位置も、俄の地異転変で生れてから行つた事もない地方へ転宅し、口も鼻も殆ど塞がつてかやうな鼻声より出はせぬが、併しながらようマア来て下さつた……と親が子に手を合して拝むのですよ』 高姫『ああさうだつたかな、それは何よりも結構なことだ。杢助さまも余り我が強いので、見せしめの為に神界から怪我をさせなさつたのだろ。これでチツとは優しうお成りなさるだらうから、夫婦が病気全快の上は層一層御神業に、家内和合して尽すことが出来るでせう、ああ惟神霊幸倍坐世』 初稚姫『お母さま、お塩梅はどうで厶いますか、御気分に障るでせうな』 高姫『ナアニこれしきの怪我に気分が悪いの、何うのと云ふやうなことではないが、チツと許り目が見えにくいので、不便を感ずること一通りで厶いませぬ。併しながら神様のお蔭でホンノリとそこらが見えるやうだ。此塩梅なれば、やがて全快するでせう』 初稚姫『どうぞ、何でも早く癒つて頂きたいもので厶いますな、何といふ私は運の悪いものでせう。お父さまといひ、折角仁慈深きお母さまが出来て、ヤレ嬉しやと喜ぶ間もなく、かやうなキツイお怪我を遊ばし、これが何うして忍ばれませうか。身も世もあられぬ思ひが致します』 高姫『どうもお前さまの御親切、仮令死んでも忘れませぬぞや。併しながら私はかうして結構な畳の上に坐り、暖かい火鉢の前に手をあぶりもつて養生をさして戴いてゐるが、杢助さまは草の上に横たはつて厶るのだから、何うしても私の心が治まりませぬ。何卒初稚さま、珍彦さまに言ひつけて杢助さまをここへ担いで来て下さいな』 初稚姫『左様で厶いますな。私が何程お勧め致しましても、中々容易に帰らうとは致しませぬ。ヤツパリ、スマートが怖いとみえます』 高姫『杢助さまは決して犬が怖いのではない、犬がお嫌ひなのだよ』 初稚姫『怖いものは、つひ嫌ひになるものですからなア、併しお母さまの仰せに従ひ、これから珍彦さまに頼んで来ませう』 高姫『ああ何卒さうして下さい。夫婦枕を並べて養生をさして頂けば、こんな結構な事はありませぬわ』 初稚姫『それなら、頑固な父で厶いますけれど、娘の私が行つても聞きませぬから、珍彦さまに御願申して、此処へ帰つて来るやうにして貰ひませう。さうすれば私が御両親の真中にすわつて、御介抱を申上げますわねえ。夜分に寝る時は、お二人さまの中に挟まつて川と云ふ字に寝ませうね。併しお母アさま、私が此処を出て行きますとお一人になりますが、どう致しませうか』 高姫『さうだなア、誰か呼んで貰ひたいものだ』 イル『ヘー、何ぞ御用で厶いますか』 とイルは初稚姫の顔がみたさに、呼びもせぬ先に、慌てて襖をスツと開き、次の間からニユツと首をつき出した。 初稚姫『アレまア、イルさま、私、余り突然なので、ビツクリしたのよ』 イル『ハイ、別にビツクリ遊ばすには及ばぬぢや厶いませぬか。目元涼しく鼻筋通り、口元の締つた軍人上りの此イルですもの。高姫さまのやうな、そんなボテ南瓜みたやうな、化物じみたお顔を御覧になるよりも、イルの顔を御覧になつた方が余程御愉快でせう、エヘヘヘヘヘ』 初稚姫『陀羅尼助を嘗めた後で三盆白をなめると、いいかげんに調和の取れるものですからね』 高姫『コレ、お前はイルぢやないか。わしの顔を化物と言うたな、そして大事の大事の娘に、此親の許しも受けずに、若い者が言葉をかはすといふ事があるものかいなア。未来の聖人が言はしやつただろ……男女七歳にして席を同じうせず……とかや、然るに何ぞや、呼びもせないのに、ヌツケリと若い者の居間へやつて来るとは、何か之には訳がなくてはならぬ。お前は大方初稚にスヰートハートしてゐるのだろ。杢助さまや私が病気だと思つて、娘に無体な事でも言はうものなら、承知しませぬぞや』 イル『メツソーな、誰が左様な事考へて居りますものか。そんな下劣な人格者だと思つて貰ひましては、エヘヘヘヘ聊か此イルも迷惑千万で厶いますよ。実の所は、イク、サール、ハル、テルの奴、余り剛情な婆アさまだから構うてやるな、放つとけ放つとけと云つて、廊下を走つて表へ行つて了ひました。それにも拘らず、拙者は貴女のお目が不自由なと存じ次の間に控へて、御用があらば早速の間に合ふやうと、此処に行儀よく控へて居つたのです。お目が見えぬのでお疑ひも無理とは申しませぬが、さう安い人間と見られちや、イルの男前が下りますからなア』 高姫『どないでも理屈はつくものだ。口といふものは調法なものだから、鷺を烏と、烏を鷺と言ひくるめるのは現代人の特色だ。お前さまのいふ事を強ち否定するのではないけれど、マア十分の一位認めておきませうかな』 イル『認めると仰有つても、そんな目で分りますかな』 初稚姫『イルさま、お母アさまは御病気なのだから、何卒揶揄つて、お気を揉ませないやうにして下さいねえ』 イル『ハイ、承知致しました。外ならぬ貴女のお言葉でございますから、一も二もなく服従致します。併しながら初稚姫様、貴女本当に此高姫さまを、お母アさまと思つて厶るのですか』 初稚姫『さうですとも、父の世話をして下さる高姫さまだもの、お母アさまに間違ひありませぬワ』 イル『ヘーエツ、何とマア気のよいお方ですな。ヤツパリ、姿のいい人は心まで美しいかな。ヤもう実に感心致しました。私もこれから貴女の真心に倣ひまして、どつかで親を捜して、孝行してみたいものでございます。そして天下一の孝行者と名を揚げたいものでございます』 初稚姫『貴方は孝行を世間に知られたいと思ひますか、それでは真の孝ぢやありますまい。自己を広告するための手段でせう。要するに自己愛で、偽善者の好んで行ふべき手段で厶いますよ。真の孝行は決して人に知らるる事を望むものぢやありませぬ。本当に心の底からこもつた情愛でなければ、到底行へるものぢや厶いませぬ』 イル『成程、イヤもうズンと合点が参りました。併し初稚姫様、貴女は杢助様に対する場合と、高姫様に対する場合とは、愛の情動に於て幾分かの相違があるでせうなア』 初稚姫『さうで厶います。何程高姫様を本当のお母ア様だと思つても、ヤツパリ肉身の父に対する時の方が、何とはなしに愛情が深い様な心持が致します』 イル『成程、貴女は正直なお方だ。世間の奴は自分の親より義理の親が大切だと、心にもない詐りをいひ、又世間の継母は、義理の子だから吾子よりも大切にしなくてはならぬ、何だか知らぬが此子は自分の生んだ子よりも可愛て仕方がないなどと、人前で言ひながら、蔭へまはつて、抓つたり叩いたり虐待するものですが、貴女は実に天真爛漫虚偽もなく一点の陰影もなき水晶玉の大聖人で厶います。私も今日まで随分沢山の人につき合つて来ましたが、貴女のやうな方は、未だ一度も会つたことは厶いませぬ。本当に神様で厶いますなア』 と切りに感歎の声を漏らしてゐる。 初稚姫『イルさま、お母さまが大変お急きになつてゐるのだから、御心の休まるやうに、早くお父さまを呼んで来て下さいませ。珍彦さまにお頼み申せば、キツと其様に取計らつて下さるでせう』 イルは、 イル『ハイ、承知致しました』 と表へ駆け出した。 高姫『コレ初稚さまや、何だかガサガサと騒がしい音がするぢやありませぬか、誰か又貴女の美貌に心をとろかし、悪性男がガサガサと、昼這にでも来てゐるのぢやあるまいかな。偉う不思議な音が致しますぞや』 初稚姫『別に何も居りませぬが、大方お母さまのお頭が痛むので、さうお感じ遊ばすのでせう』 高姫『ああさう聞けばさうかも知れませぬ。何分頭を金槌でこつかれる程痛く感ずるのだからなア』 初稚姫『お母さま、少し按摩をさして戴きませうか』 高姫『イヤどうぞお構ひ下さいますな。何と云つても、血肉を分けた親の方が、愛情の程度が違ふさうですからなア』 と意地悪いことを姑流にほざき出した。 初稚姫『余り正直な事を申しまして、お気を揉ませましたねえ。併し此初稚は、決して薄情な女で厶いませぬから、さう仰有らずに按摩をさして下さいませな』 高姫は一寸すねたやうな口吻で、体の自由も利かぬ癖に、ろくに舌もまはらない口から、 高姫『ハイ、有難う、何れ又お頼み申します。まだお前さまに撫でて貰ふ所まで耄碌はしてゐないのだから、御縁があつたら頼みますワ。イ、ヒ、ヒ、ヒ』 初稚姫『お母アさま、どうぞ立腹して下さいますなや。何分年が行かないものですから、お気にさはる事を申しまして……どうぞ神直日大直日に見直し聞直し下さいませ』 高姫『かくしても隠されぬのは心の色、言霊にチヤンと現はれて居りますぞや。ああああ、ヤツパリ自分の腹を痛めた子でなうては気が術無うて、お世話になる訳には行かないワ、虚偽と阿諛諂侫の流行する世の中だから、何程キレイなシヤツ面をして居つても、心は豺狼に等しき人物ばかりだ』 と妙に当てこすり、焼糞になり、悪垂口を叩き始めた。初稚姫は真心より高姫の境遇を憐れみ、何とかして霊肉共に完全に助けてやりたいものと思ふより外に何もなかつたのである。そして病気中は成るべく気を揉ませないやう、腹を立てさせないやう、能ふ限りの慰安を与へたいものと真心に念じてゐたのである。されど根性のひがみ切つた高姫は、初稚姫の親切を汲み取る事は出来なかつた。初稚姫はイルに質問された時、高姫の喜ぶ様に言葉を飾つて、一時なりとも、安心させたいと、瞬間に心に閃いたけれども、見えすいた嘘を云ふことは到底初稚姫には出来なかつた。苟くも宣伝使たるものが、心にもなき飾り言葉を用ふる事は出来ない。それ故正直に愛の程度に関し、少しばかり差等のある事を言つて聞かしたのが、無理解な高姫に恨まるる種となつたのは是非もない事である。それだと云つて、初稚姫も高姫を改心させる為には其時相応の方便を使つて居たことは前記の物語によつても散見する所である。併し教義を説く時に於ては、初稚姫は儼然として一歩も仮借せないのである。すべて真理といふものは磐石の如く鉄棒の如く、屈曲自在ならしむるを得ざるが故である。もし宣伝使にして真理迄も曲げて方便を乱用せむか、忽ち霊界及び現界の秩序は茲に紊乱し、神の神格を破壊する事を恐るるが故である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 14 蛟の盃 第一四章虬の盃〔一三〇八〕 高姫は、それより初稚姫、楓姫、珍彦、静子を憎むこと甚だしく、如何ともして彼等を亡ぼさむと夜着を被つて怖ろしき鬼心を辿つて居る。されど何う考へても普通ではいかない。又まさかの時になれば、怖ろしいスマートが飛び出して来る。これが高姫の第一の頭痛である。もうかうなつたら、如何程スマートを帰せと云つても初稚姫は帰すまい。又母としての権利を振ひ、彼女を強圧し吾意に従はしむる事も到底駄目だと考へた。そこで高姫は一計を腹中の悪狐と相談の上ねり出した。外でもない、それは一種の妖術である。虬の血を絞つて百虫を壺に封じ込み、当の四人を調伏の為に血染の絹を拵へ、護摩の火にかけてこれを焼き尽し、壺の中に秘めて置き、和合の酒宴と称し、ソツと四人の盃に人知れず塗りつけて置き、甘く其酒を飲ます時は、之を飲んだものは自ら神徳を失ひ、又人の心に逆らうて恨みを受け、遂には其身を亡ぼすに至るものだ……と云ふ事を教へられた。それより高姫は森の中に表面散歩の如く見せかけ、虬を探し百虫を漁つてこの怖ろしい計画に全力を尽した。さうして漸く註文通りの品が揃うたので自分の床下に隠し置き、時の到るを待ちつつあつた。 高姫は斯くして、何時とはなしに四人を亡ぼさむと思ひ、ほくそ笑みつつ、表面柔順と親切を装ひ、あまり小言も云はず、憎まれ口もたたかず、可成四人が自分を信任し且心を許すやうにと勤めて居たのである。実に女の悪霊に迷はされ、狂熱の極点に達した時位怖るべきものはない。女は最も心弱きものの又最も強きものである。一旦決心した上は、俗にいふ女の一心岩でも突き貫くと云つて中々容易に動くものではない。高姫はかくも怖ろしき悪計を敢行すべく決心の臍を固めてしまつた。 斯る企みのありと云ふ事は、初稚姫を除く外は誰一人として悟り得るものはなかつたのである。 一切の計略の準備が調うたので、高姫は自ら珍彦館に立ち出で、叮嚀に笑顔を作り辞儀をしながら、態とに優しき声を絞り、 高姫『ハイ御免なさいませ。此間は病気上りの事とて頭が変な工合になりまして、つひ皆さまに御無礼の事を申し上げましたさうで厶います。何分逆上致して居りましたので、如何なる不都合の事を致しましたやら皆目存じませぬ。今日義理天上日出神様が、こんこんと夢中でした事をお話し下さいましたので私も吃驚致しまして、真に済まない事を致したと悔やんで見ても後の祭り、初稚さまにも楓さまにも御夫婦様にもえらい失礼を致したさうで厶います。私はそれを天上様から承はり、立つても居ても居られなくなりましたので、お詫のため恥を忍んで参りました。何卒私の罪をお許し下さるやうお願ひ致します』 と泣き声になつて空涙をこぼして詫び入るのであつた。初稚姫は高姫の腹のどん底までよく知つて居た。さうしてその魔術は唯兇霊の妄言にして何の寸効なき事を看破して居たのである。故に高姫の悪計を自分一人の心の中に包んで置きさへすれば、天下泰平である。併し高姫さまが悪魔に嗾されて斯様な心を起されるのは真に御気の毒だ。何とかして此際に改心して貰はねばならないと、堅く決心して居たのである。 珍彦『これはこれは高姫様とした事が、何と仰有います。貴女にお詫を云はれて何うして私が耐りませう。尻こそばゆくてなりませぬ。何事も吾々がいたらぬから起つた事で厶います。何卒今後はよろしくお叱り下さいますやうに』 高姫『イエイエ私が悪いので厶います。つひ私には神経病が厶いまして、時々脱線を致しますので、何時も人様に御迷惑をかけますので、神様に対しても貴方等に対しても済みませぬ。のめのめ来られる筋では厶いませぬが、面を被つて怖る怖る参りました。それに就いては詫びの印及び貴方等と入魂に願ふ喜びとして、手製の御飯とお酒を上げたいので厶いますが、どうぞ余り遠い所では厶いませぬから、来ては下さいませぬかなア。何を申しても貴方等は御親切なお方ですから、私の居間まで位は来て下さることと固く信じて参りました』 珍彦『ヘイどう致しまして、貴女に御馳走頂いては済みませぬ。私の方から実は差上げたいので厶います。』 高姫『さう仰有らずに私の願を聞いて下さいませねえ。私がどうしてもお気に召さないので厶いますか、さうすれば是非は厶いませぬ。私は喉でも突いて死なうより道は厶いませぬ』 と又もや巧妙に空涙を絞る。 静子『これ珍彦さま、あれだけ親切に仰有つて下さるのだもの、お世話になつたらどうでせう』 珍彦『ウンさうだな。折角の思召、無にするのも却て畏れ多いから、お言葉に甘へて伺ひませうかなア』 楓『お父さま、お母さま、貴方高姫さまの所へいつてお酒や御飯を頂くのなら、神丹をもつてお出でなさいませよ。又此間二度目に文珠菩薩様が下さいましたのねえ。あれさへ頂けば、どんな毒が入つて居てもすつかり消えますからねえ。高姫さま、毒散などは今度は入れてはありますまいな、仮令入れてあつても、私等は神丹を持つて居るから些も構ひませぬけれどねえ』 と態とにあどけなき小児の態を装ひ、高姫の荒肝を挫がうとした。 珍彦『これ、お前は何と云ふ失礼な事を云ふのだい。高姫さまが何そんな事をなさる理由があらうか、お前は夢を見たのだよ』 楓『何でも夢にして置けばよいのですなア、初稚姫さま、貴女もさう仰有つたで厶いませう。併し私は義理天上さまの所へ往つて、お茶一杯でもよばれるのは否ですわ』 静子『これ楓、お前はそれだから困ると云ふのだ。ほんにほんに仕方がないなア、ちつと初稚姫さまの爪の垢でも煎じて頂かして貰ひなさい』 高姫は態とニコニコしながら、何気なき態にて心の驚きを隠しながら俄かに作り笑ひ、 高姫『ホホホホホ、やつぱりお若い方は夢を御覧になつても現実だと思つてゐらつしやるのですねえ。ほんとに可愛い正直な楓さまだこと、これ楓さま、何卒皆さまと一緒に来て下さいな』 楓『それなら叔母さま、往きませう。初稚姫の姉さまも御一緒でせうねえ』 高姫『お前さまの好きな初稚さまも一緒だから、何卒一緒にお膳を並べて、仲ようこの婆が心を召し上つて下さい。そして私も一緒に頂きますから』 初稚姫『皆さま、お母さまがあすこ迄親切に仰有つて下さるのだから、サア参りませう』 と勧める。親子三人は初稚姫の言葉に確証を与へられたる如く、安心して高姫の居間に列する事となつた。 高姫は追従たらだら、あらゆる媚を呈しながら、心の裡に、 (高姫)『いよいよ願望成就の時が来た、この時を逸しては、またとよい機会はあるまい』 と思ひながら他人に膳部を扱はせず、今日は高姫の赤心を現はすのだからと云つて、いそいそと唯一人台所を立ち廻つて居るのが怪しい。 高姫は漸く膳部を五人前揃へ、酒の燗迄ちやんとして虬の血を塗つた盃を四人の膳に一つづつ配り置き、 高姫『サア皆さま、お待たせ致しました。どうぞ何も厶いませぬけれど、どつさりお食り下さいませや、今日は初稚、お前もお客さまだよ』 初稚姫『お母さま、本当に済みませぬねえ。子が親にお給仕をして貰つたり、御飯をたいて頂いたりするとは、ほんに世が転倒ですわ。勿体なくて冥加に尽きるかも知れませぬが、お母さまのお言葉に従ひ、今日だけはお客さまにならして頂きます』 高姫『アアさうさう、さう打解けて下されば、この母もどれだけ嬉しいぢや分りませぬ』 珍彦『どうもお手間の入りました御馳走をして下さいまして、実に有難う厶います』 静子『大勢がおよばれに参りまして、真に済みませぬ』 高姫『サア初稚姫さま、お前さまから毒試をするのだよ』 と燗徳利を差出した。初稚姫は、 初稚姫『皆さま、お先に失礼致します』 と会釈し、盃を両手の掌にきちんとのせ、 初稚姫『お母さま、虬の血の色のしたお盃は、ほんに気分が宜しう厶いますね。百虫を壺に封じたやうなお酒の味がするでせう』 と云ひながら高姫の顔を一寸覗いた。高姫は初稚姫の言葉に驚いて燗徳利をパタリと其場に落した。瀬戸物の燗徳利は忽ち切腹の刑を仰せつけられ、腹一杯呑んでゐた酒を残らず吐き出して了つた。 初稚姫『お母さまとした事が、えらい事をして見せて下さいますなア。これは何の法式で厶いますか』 高姫『これはなア、高姫の腹には何もない、この通り清い清い混りのないお酒のやうなものだと云ふ赤心を示すための、昔から伝はつた一つの法式ですよ』 初稚姫は態と空惚けて、感心さうな顔をしながら、 初稚姫『何とお母さまは故実に通達したお方ですねえ。何卒、このお盃に一杯注いで下さいませ』 とわざとに突き出す。高姫はヤツと初稚姫の何気なき言葉に安心の胸を撫で下し、笑顔を作つて、 高姫『アアよしよし、初ちやまから注いで上げませう。サア盃をお出しよ』 初稚姫は嬉しさうに盃に酒を注いで貰ひ、グウグウと飲んで見せた。それから来客一同に盃を廻し、又毒の禁厭のしてある御馳走を遠慮会釈もなく、心地よく平げてしまつた。さうして珍彦は妻子を引き連れ、厚く礼を述べて館へ帰つた。初稚姫も高姫が「ゆつくり楓さまと遊んで来い」と云ふので、これ幸と珍彦館に至り、素知らぬ顔をしていろいろのお道の話をして居た。 高姫は、四人の出て往つた後を篤りと見送り、再び障子襖をたて切り独り言、 高姫『ああ、たうとう願望成就の曙光を認めた。やつぱり常世姫の御魂は偉いものだなア、ああしておけば自然弱りに智慧は鈍り体は潰え、人望は落ちるのは目のあたりだ。ああ気味のよい事だなア。ああ今日より此常世姫は枕を高うして寝る事が出来る。ああ惟神霊幸倍坐世。神様、あなたの御神力によつて邪魔者が亡びますれば、此高姫は千騎一騎の活動を致しまして、天晴手柄を致して御目にかけませう。ああ何だか今日位心地のよい日は厶いませぬわい』 とほくほく喜び、嫌らしき笑を漏らして居る。腹中より、 高姫の腹中より『オイ高姫の肉体、どうだ。此方の智略縦横のやり方には降参しただらうなア』 高姫『シツ、又しても出しやばるのか。秘密は何処迄も秘密ぢやないか。肝腎の時になつて仕様もない事を口走つて見よ、この肉体が承知を致さぬから』 高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、オイ黒、八、テク、蟇、大蛇、猿の連中、どうだ、この金毛九尾のやり方は実に偉いものだらう。水も漏らさぬ此方の仕組、サアこれから瑞の御霊の教を片端から打ち砕き、俺達の世界にするのだ。何と心地よき事ではあるまいかなア、エヘヘヘヘヘ』 又腹中より種々の声が出て、 高姫の腹中より『有難う存じます有難う存じます、金毛九尾様、畏れ入つて厶ります。これから何事も九尾様の御命令に従ひます。此蟇公も一切万事今後は御指揮に従ひまアす』 と一句々々声のいろが変つて聞えて来る。 高姫『こりや、腹の中の我羅苦多共、何をつべこべと大事の事を吐くのか。沈黙致さぬか』 高姫の腹中より『アハハハハハ、どうもはや常世姫の肉体には、此方も畏れ入つたぞや。ほんに確りした肉体ぢや。この肉体さへあれば五六七神政を妨害し、忽ち悪魔の世と立替へるのは火を睹るよりも明かな事実だ。思へば思へば心地よやなア、エヘヘヘヘヘ』 高姫『こりや、皆の守護神共、静にせいと申せばなぜ静に致さぬのか。困つた奴だなア。さうして其方は今の五六七の世を妨害して闇の世界にすると申したな、何と云ふ不心得の事を申す……サアもう常世姫の肉体は貴様等には借さぬから、エー出て呉れ、シツシツシツ』 高姫の腹中より『イヒヒヒヒヒ、何と云つても此肉宮を帰ぬ事は嫌だよ』 高姫『それなら早く改心を致して、五六七神政の御神業に参加致すと申すか。サア早く返答を聞かせ』 腹の中より、七八種の声、一時に起り、 高姫の腹中より『アハハハ、イヒヒヒ、ウフフフ、エヘヘヘ、オホホホ、カカカカ、キキキキ、クククク、ケケケケ、ココココ、パパパパ、チチチチ、キヒヒヒヒヒ』 戸の外にはウウーウーウーワウワウワウと、怖ろしきスマートの吠える声、高姫は頭をかかへて慄ひ上る。腹の中の沢山の声は水を打つた様に一時にピタリと止まつてしまつた。スマートは益々戸外にウウウーと唸り立てて居る。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五加藤明子録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 21 犬嘩 第二一章犬嘩〔一三一五〕 イク、サールの両人は、高姫の逃ぐるを追うて、河鹿峠の急坂を下りながら歌ひゆく。 イク『大雲山に蟠まる八岐大蛇のドツコイシヨ 其眷属と現はれし妖幻坊の曲津神 ウントコドツコイきつい坂オイオイサール気をつけよ 義理天上の肉宮と佯る高姫婆の奴 彼方此方の木の株に蔓を引つかけ吾々を すつてんころりとドツコイシヨひつくりかへそと企らみて ウントコドツコイ往きやがつたアイタタタツタ、アイタタタ 矢張此奴は石だつた何程高姫司でも そんな事する間がなかろさうぢやと云つてドツコイシヨ サールの司油断すな敵は名に負ふ妖幻坊 金毛九尾の肉の宮一すぢ縄ではゆかぬ奴 又もや此処を飛び出してどつかの聖場に巣を構へ 鉄面皮にもしやあしやあと日出神を振りまはし 納まりかへつて居るだらうかうなる上は何処迄も 後追つかけて彼奴等をば面ひん剥いてやらなけりや 世界の害は何れ程か分つたものぢやない程に アイタタタツタ躓いた余り先に気を取られ 足許お留守になつたのか尊い神の祀りたる 祠の森へぬつけりと神さま面を提げよつて やつて来るとは太い奴挺でも棒でも動かない 強か者をスマートが厳の雄健び踏み健び ウウウウワンと吠え猛る其猛声に肝つぶし 駆け出すやうな弱い奴何程口が達者でも 直接行動にや叶ふまいサアサア急げ早急げ グヅグヅしとると日が暮れるもしも夜分になつたなら 彼奴等二人を見失ひ残念至極口惜しと 臍を噛むとも及ぶまい急げよ急げ、いざ急げ 神の御為道のため仮令吾等は曲神に 命を取らるる事あるも何かは惜しまむドツコイシヨ ウントコドツコイアイタタツタほんとに危ない坂道だ 女の癖に高姫は大きな尻を振りながら 中々足の早い奴これも矢張り杢助を 思ひつめたる一心が恋の矢玉となり果てて 宙をば飛んで往くのだろ何程俺が走つても 向ふも矢張り走る故ドツコイドツコイコンパスに よつぽど撚をかけなくちや追ひつく事は難しい こりやこりやサール何しとるもちつと早う走らぬか ウントコドツコイドツコイシヨ谷の流れが囂々と 伊猛り狂ふ其音に紛れて俺の云ふ事が お前の耳に入らぬのか思へば思へばジレツたい いざいざ来れいざ来れ敵は早くも逃げ失せた こいつ遁しちや一大事又もや小北の神殿で 主人面をば晒しつつ何を致すか分らない 俺等は早く追つ付いて途中で二人を引掴み 河鹿の流れに打ち込んで三五教の妨害を 根絶しなくちや済むまいぞお前も俺もバラモンの 神の教に仕へつつ悪い事をば遺憾なく 今迄やつて来たものだウントコドツコイ其深き 罪を贖ひ天国の死後の生涯送るべく 改心したる其上は何か一つの功名を 神の御前に立てなくちや斎苑の館の神様に 一つも土産がなからうぞ後ふり返り眺むれば サールの奴は何うしてる来れば来る程後れよる ほんにお前はヤツトコシヨドツコイドツコイ辛気臭い なぜ又足が遅いのかアイタタタツタパツタリコ とうとう向脛打ちましたこれを思へば神様が 後を追ふなと云ふ事かいやいやさうではあるまいぞ 一旦思ひ立つた上はどこどこ迄も後を追ひ 彼が先途を見届けて喉首グツとひん握り もう是からは高姫は改心致して自転倒の 生田の森に帰りますと云はさにやおかぬ俺の胸 心は千々にはやれども肝腎要の向脛 強か打つた其為に心ばかりは急げども 何だか体が動かないアイタタタツタアイタタツタ サールの奴は何してるもうそろそろと追付いて 現はれ来さうなものぢやなアああ惟神々々 肝腎要の正念場何卒足の痛みをば 止めさせ給へ逸早く両手を合せ此イクが 偏に願ひ奉る』 斯く坂道に倒れながら、尚も歌を続けて居る。此処へトントントンと足許覚束なげにやつて来たのはサールであつた。サールはイクの足から血を出して倒れて居るのに吃驚し、頓狂な声を出して、 サール『ヤア、お前はイクぢやないか。どうしたどうした』 イク『何うも斯うもあつたものかい。あまり貴様がグヅグヅして居るものだから、早う来ぬか早う来ぬかと、後を見もつて走つたものだから、大きな石に躓いて倒れたのだ。オイ、サール、俺には構はずに早く走つて呉れ。グヅグヅして居ると二人の奴、日が暮れたら分らぬやうになつて仕舞ふぞ。俺は後から足が直り次第追駆けて往くからなア』 サール『さうだといつて、お前がこんな怪我をして居るのに、これが何うして見捨てて行かりようか。此処は狼が沢山出る所だから、日が暮れるのに間がないから、剣呑で耐らないわ。そんな事云はずに俺に介抱さして呉れ。何とまアえらい怪我だのう』 イク『俺は何うでもよいから、早く往かないと取り逃すぢやないか。俺が大事か、お道が大事か、よく考へて見よ。俺の足が一本位なくなつたつて構ふものか、なくなつたら義足でもつけたらいいぢやないか。さア早く往つて呉れ往つて呉れ』 サール『何ぼなんでも友人として俺は此処を見捨てて去るには忍びない。どうも貴様の顔色が悪いぞ』 イク『ああ貴様も臆病だなア。そんな事云つて彼奴等両人が怖ろしいのぢやないか』 サール『そりやさうだ。貴様と二人行くのなら力強いが、あんな化物や婆アの後を追つ駆けて行つても、一人ぢや反対にやられて仕舞ふからな。実の所は貴様を先へやつて俺が応援にいく積だつた。肝心のイクが倒れて俺だけ行つてみても、完全なイクサールは出来ぬからのう。負けるのは定つて居るから、そんな敗戦なら、行かない方が余程利口だぞ』 イク『貴様は人を当にするからいかぬのだ。人間の五人や十人居つたつて何にならう。神力無辺の神様に頼んで行けば、きつと彼奴等の鼻柱を挫き、きつと御用が出来るのだ。さア、行つて呉れ行つて呉れ。アイタタタタ、どうも俺は息が切れさうだ。到底回復は覚束ないかも知れないぞ』 サール『気の弱い奴だなア、貴様こそ、なぜ神様を祈らぬのだ』 イクは細い声で、 イク『ああ惟神霊幸倍坐世。誠に無調法致しました。併し私はどんなになつても構ひませぬ。何卒サールに神力を与へて下さいまして、臆病風を追ひ払ひ、勇気を出して猪突猛進するやうにお願ひ致します。ああ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と祈る折しも、間近の木の茂みから破鐘のやうな声で、 妖幻坊の杢助『アハハハハ、態を見よ。杢助の計略にかかり其有様は何の事、ても扨ても心地よやなア、アハハハハ』 イク『ヤ、居よつた居よつた。オイ、サール、取掴まへて呉れ、俺は此通り足が痛いのだから動けないわ』 サール『俺も何だか体が鯱こ張つて動けないのだ。アアアアどうしようかなア、アイタタタタタ何だか腰までが変になつて来たぞ』 林の中から、 妖幻坊の杢助『ウアハハハハ、こりやイク、サールの両人、今杢助が其方両人を荒料理して喰つてやらう。てもさても不愍なものだなア。オイ高姫、彼奴等両人を此樫の棒をもつて、頭をまつ二つに割つて参れ』 この声の下よりヌツと現はれた高姫は二人の前に立ち現はれ、樫の棒を打ち振りながら、 高姫『こりや両人、此高姫は其方を決して打ち叩きたくも、殺したくもなけれども、わが夫杢助殿のお言葉には背かれぬから、これまでの命と諦めて観念致したがよからうぞ。ても扨ても飛んで火に入る夏の虫、いらざる殺生をしなくてはならないやうになつたわいなア』 イク『こりや高姫、俺が足を傷付いたのを付け込んで殺さうと致すのか。ようし、面白い。殺されてやらう。オイ、サール、貴様も一つ殺して貰へ、吾々は尊き大神様の御守護があるから、滅多に悪魔のために命を捨てるやうな馬鹿ではないぞよ。さア高姫、イヤ妖幻坊、どうなつと致せ』 高姫『それ程殺して欲しければ殺してやらう。併し、イク、サールの両人、一つ改心致して此方の御供致す気はないか。魚心あれば水心ありだ。別に義理天上日出神の生宮は、貴様たちの様な蠅虫を二人位殺したつて仕方がないのだから、何うだ、改心してお供致す気はないか。此神は敵でも助ける神だぞや』 イク『ゴテゴテ云はずに早く殺さぬかい。オイ、サール、貴様は卑怯者だから、妖幻坊や金毛九尾に降参して命だけ助けて貰へ、困つた奴だなア』 サール『イヤ俺も男だ。こりや高姫、妖幻坊の杢助、どうなりと致せ。貴様の喉首にでも齧りついて反対に命を取つてやらう。覚悟を致せ』 高姫『どうも、阿呆になつたら仕方がないものぢや。さう殺して欲しけりや、無益の殺生だが仕方がない。どうだ、覚悟はよいかな』 と樫の棒を振り上げる。 イク『そりや何さらしてけつかるのぢや。蟷螂が藁すべを担いだやうなスタイルをしよつて、さア早くすつぽりとやつて見い』 斯かる所へガサガサガサと大きな音をさせながら、妖幻坊の杢助は巨岩を両手に頭上高く差し上げ、今や二人に向つて投げつけむとする勢である。如何に勇猛な二人も、この岩石をくらつては、忽ち身体は木端微塵になるより仕方がなかつた。二人は進退これ谷まり、観念の眼をつぶつて、一生懸命に大神を念じて居た。忽ち足許から『ウウーウウー、ウーウー、ワウワウワウ』とスマートの声、妖幻坊並に高姫は石を振り上げたまま、棒を振り翳したまま、強直して一生懸命に駆け出し、岩石に躓いて妖幻坊はバタリと転けた。高姫は又もや躓いて棍棒を振り上げた儘、ウンと転げた拍子に、棍棒で妖幻坊の後頭部をパチンと打つた。妖幻坊は『キヤンキヤン』と怪しき声を立てて二声ないた。何うしても人間の声とは聞えなかつた。四辺に暗の幕はおりて咫尺暗澹、唯谷川の水の音のみ淙々と聞えて居る。 因にイクの瘡傷はスマートの声と共に一時に全快した。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七加藤明子録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 04 乞食劇 第四章乞食劇〔一三一九〕 松姫は静に封を押切り押戴いて読み行く。おひおひと顔色変り両手は慄ひ、容易ならざる文面の如く思はれた。そして松姫は手紙を読み了りホツと溜息をついた。 千代『お母さま、私の云つた事違やしますまいがな。高姫は斎苑の館からの命令ぢやありますまい。そしてあの杢助と云つてるのは化物でせうがな。此犬は初稚姫様の愛犬でスマートと書いてありませう』 松姫『あああ、油断のならぬ魔の世界だな。こりや斯うしては居られますまい。併しながら初稚姫様の仰せ、何処までも善一つで高姫様を改心させにやならぬ。然し初稚姫様のお言葉に……お前は小北山の神司だから、何処までも此処を動いてはいかぬ……と書いてある。もしも高姫さまが何処までも此処の教主と頑張つたら、何うしようかな。せめて魔我彦さまでも居つてくれたら、何とかいい相談が出来るだらうに、困つた事だ』 お千代『お母さま、決して心配要りませぬ。どうせ一度はお宮さまを巡拝するでせうから、上のお宮のお扉を開いたら、屹度ビツクリして逃げるでせうよ。エンゼルさまが私にさう仰有いました』 松姫『ああさうかな。何卒まア都合よくやりたいものだ。然しお前も此スマートさまを連れて高姫さまの目にかからぬ処へ暫く遊びに行つて来て下さい。お前が居ると都合が悪いからな』 お千代『それならお母さま、確りなさいませや。何卒巻き込まれぬ様になさいませ。これ、スマートさま、お前は可愛い犬ね』 と云ひながら首たまに抱付いた。スマートは薄い平たい舌でお千代の頬をペラツと舐めた。お千代はビツクリしてスマートを庭に押し倒した。スマートは仰向に転けたまま呑気な風で足で空をかいて居る。 お千代『ア、此犬は牝だわ。さアおスマちやま、お千代と春先でもあり、陽気がいいから、林の中へ行つて遊んで来ませう。兎でも居つたら脅してやりませうね』 と云ひながら頭を撫でる。スマートはムツクと起き上り、お千代の後について山林の中へ遊びに行く。後に松姫は只一人手を組んで思案にくれてゐた。 松姫『あああ、高姫さまは困つた方だな。どうしたら本当の御改心が出来るのだらう。初稚姫様の御手紙によれば、此頃はスツカリ精神乱れ、金毛九尾の悪狐や蟇や蛇や狸、鼬などの無料合宿所になつてゐられるとの事、それに又杢助と名告つてるのは、初稚姫様のお父さまでなくて大雲山の妖幻坊だとか、ほんとにいやらしい化物をつれて、夫婦気取りで、こんな処に出て来て松姫を追ひ出し、自分が教主にならうとは、どうした事だらう。私は別に此処の神司に執着心はないのだけれど、悪神にみすみす此処を開け渡して出る訳にも行かない。そんな事しては神様にも済まない。ここは何処までも孤軍奮闘の覚悟でなければならない。ああ国治立大神様、豊国姫大神様、木花姫大神様、金勝要大神様、守り給へ幸へ給へ、惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に祈つてゐる。 そこへバラバラとやつて来たのは初、徳の両人であつた。足許もヨロヨロしながら両人は、 初、徳『松姫さま、エー、一寸御報告に来ましたが、三五教の宣伝使、ウラナイ教の元の教祖高姫さまがお越しになつて居ります。そして松姫は何故私が来てゐるのが分つてゐるのに挨拶に来ないのか。御用が済んだら出て来ると云つておきながら、まだ出て来ないと云つて、大変な立腹で厶ります。そして此館は今日から高姫が教主だ。杢助様が監督に来たのだと、それはそれはえらい御権幕で厶りますよ。早く御挨拶においで下さいませぬと、貴女のお身の上に関した一大事が出来致しますから、ソツと御注意に参りました』 松姫『仮令高姫さまが此処の教主になられようが、事務を引継がぬ間は此処は松姫の管轄権内にあるのだから、折角伺ふと云つたけど、私の方からよう伺はないから、高姫さまと杢助さまに、此方へ出て来て貰つて下さい。それが至当だからな』 初『松姫さま、何とえらい勢ですな。泣く子と地頭とには勝たれないと云つて、そこは貴女の方から折れてかかりなさるがお得かも知れませぬよ。きつと悪い事は申しませぬ。貴女も足掛け首掛け四年振此処に厶つたのだから、今日俄に立退き命令を下されては面白う厶りますまい。それは私もお察し申して居ります。併しながら、これも因縁だと諦めて、素直に高姫さまや杢助さまに御面会をなさるが宜しい。そしたら又何とか貴女の都合のいいやう取計らつて下さるでせうからな』 松姫『何と云つても、そんな理由はありませぬから、高姫さまに私交上としては私の師匠だから済まないが、公の道から行けば私は此処の神司、何の遠慮もありませぬから、何卒私の職務として調べたい事がある、よつて直様御両人に此方へ来て下さる様に伝達して下さい』 初『それでも大変な権幕で、動きさうにや厶りませぬ。そんな事をお伝へしようものなら、私は折角杢助さまの片腕になつた職務まで剥奪されて了ひます。のう徳よ、さうぢやないか』 徳『ウン』 松姫『これ、初さま、お前さまは杢助さまの片腕になつたと今云ひましたね』 初『ハイ、確に申しました。新教主高姫殿の夫杢助、又の御名は時置師の神、斎苑の館の総務を遊ばす杢助様の両腕と両人がなつたのだから、凡ての宣伝使を頤で使ふ初さま、徳さまですよ。如何に松姫さまだつて、もう斯うなつた上は此初さま、徳さまの命令を聞かずには居られますまい。如何で厶る。返答承はりませう』 松姫『ホホホホホ愈三助人形か痩バツタの様なスタイルをして、よくも威張つたものだね。お前さまは杢助さまの両腕になつたか知らないが、此処に居る間は此松姫の命令を聞かなくちやなりますまい。魔我彦からお役目解除の辞令でも受けた上、杢助さまの推薦によつて、八島主さまから立派な辞令を頂いて来なくちや駄目ですよ。そんな夢なんか、いい加減にお覚ましなさるが宜からうぞや』 初『何と云つても駄目ですよ。現に杢助様の口から仰有つたのですもの。そして高姫さまが証拠人ですもの。ヘン、之が違ひつこはありませぬわい、のう徳公』 と初公は、 初『ウンウンウン』 と拳を握り反身となり、稍酒気を帯びし事とて、高慢面をして得意気に雄猛びして見せた。松姫はあまりの可笑しさに吹き出し、 松姫『ホホホホホ』 と笑ひ転けた。初公は大いに怒り、 初『こりや、松姫、無礼千万な、勿体なくも総務の片腕と聞えたる、斎苑の館の二の番頭さまだ。某の面体を見て笑ふと云ふ事があるものか、いや軽蔑致すと云ふ事があるか。公私本末、自他の区別を知らねば決して神司たる事は出来ませぬぞ。実の所は杢助さまが、お酒の上ではあるが、私等に全権を任すから松姫をボツ払へとの仰せ、さア初公の言葉は杢助の言葉だ。さア尻を紮げてトツトと出て行け。猶予に及ばば了簡致さぬぞや』 松姫『ウツフフフフあのまア、乞食芝居が上手なこと。さア一文あげるから帰んで下さい。もう沢山拝見致しました』 初『愈以て怪しからぬ事を申す。松姫の阿女奴、さア只今限り事務を引渡しトツトと出て失せう。最早其方は小北山には何一つ用もなければ権利もない。おい徳公、貴様は高姫さまの代理ぢやないか。何故黙つてゐるか』 徳公は高姫気分になり、肩を揺り首をふり婆声を出して、 徳『これ松姫さま、私は高姫の代理ぢやぞえ。長らく御苦労で厶りました。併しながら今日迄お前さまは神様の御都合で御用をさせてあつたのだ。然し上義姫はもう此処に用事はない。之から義理天上日の出神が此処を構ふによつて、お前はトツトと出て行つて下さい。それとも十分改悪して、杢助や高姫の云ふ事を聞くなら、炊事場のおサンどんに使つて上げぬ事もない。然しお前も此処に住み慣れて来たのだから、此処を追ひ出されるのは残念だらう。それは高姫もよく分つてる。それでお前さまは、どんと、かばちを下げて炊事の御用か雪隠の掃除をなさいませ。そこまで苦労をなさらぬと、今から偉さうに教主だなんて威張つて居ると、猿も木からバツサリ落ちる例もありますぞや。サアサア、返答々々、如何で厶る。高姫の代理が此処でキツパリと承りませう。さてもさても残念さうなお顔だな。他人の俺でさへ涙が零れませぬわい。アーン、アーンアーンアーンアーンアハハハハハ、泣くのか笑ふのか、いやもう訳がわかりませぬ。松姫さまの事を思へば泣きたくなり、高姫さまの事は思へば笑ひたくなる。悲しい事と嬉しい事と一度になつて来た。親の死んだ処へ花嫁が出て来た様な心持だ。悲喜交々相混り苦楽一度に到来す。上る人と下る人、ほんに浮世は儘ならぬものだな。アツハハハハ「アーンアーンアーンオーンオーンオーン如何しようぞいなー如何しようぞいなー。此行先はお千代を連れて袖乞ひ、物貰ひに歩かにやならぬと思や、俺は胸が引裂けるやうに思ふワイのー……(義太夫)之と云ふのも前の世で、如何なる事の罪せしか、悲しさ辛さ、身も世もあられぬ憂き思ひ、エエヘヘヘヘンエーーーー、如何しようぞいなー」エーエ、到頭俺の体に松姫さまの副守護神がのり憑りやがつて、泣いたり笑つたり、いやもううつり易い水晶魂は斯んなに苦しいものかなア。のう初公、俺等もヤツパリ春が来たぢやないか。此好機を逸して、何時の日か、出世の時を得むやだ。おい、有力なる後援者が出来たのだから、チツとは無理でも気の毒でも、奴隷的道徳は廃めにして権利義務を主張し、自分の位地を高めるのが一等だぞ。のう初公、確りやつてくれ。俺も今度は大車輪だから、イツヒヒヒヒヒ』 松姫『ホホホホホ、あのまアお二人さま、揃ひも揃うて、何時の間に、そんな芝居を覚えて来たの。犬が笑ひますよ』 初『こりや、松姫、何処までも教主面をさげやがつて、俺達二人を何と心得てる。無礼ぢやないか。左様な失礼なことを申すと、此儘には差許さぬぞ』 徳『こーりや松姫、何と心得てる。今迄の徳さまや初さまとはチツと値段が違ふのだ。エー、俄仕入れのバチ者とは違つて上等舶来品だ。あまり見違へを致して貰はうまいかい』 松姫『ホホホホホ、虎の威をかる糞喰ひ狐とはお前達の事だよ。もう斯うなつちや松姫も了簡なりませぬ。さア今日只今から暇をつかはすによつてお帰りなさい。一分間も此聖場にはお前の様な薄情者置く事は出来ませぬ』 初『ヘン、馬鹿にすない。もう此小北山は貴様の権利ぢやないぞ。勿体なくも杢助さまの御監督の許に高姫さまの御管轄区域だ。お前の方から暇を貰ふよりも、こつちの方から暇をくれてやるのだ。有難く思へ。さアさア出て行かう出て行かう。グヅグヅして居ると邪魔になるわい』 徳『おい、こんな分らぬ女に何時まで掛合つた所が駄目だ。杢助さまがやつつけて了へと仰有つたぢやないか。おい、やつつけろやつつけろ』 初『よし来た』 と二人は仁王立となり、松姫を中に置いて、今や拳骨を固めて飛鳥の如く飛びかからむとしてゐる。松姫は泰然自若として少しも騒がず、二人の目を見つめてゐる。両人は打掛らうとすれども、何故か、松姫の身体から光が出る様に思はれて、目が眩み飛びつく事が出来ない。松姫は心静かに歌を歌つてゐる。 松姫『虎の威をかる古狐小北の山に現はれて 松姫館に侵入し無道の難題吹きかけて 卑怯未練に両人が嚇し文句を並べ立て 木偶坊の様なその姿で握り拳を固めつつ 慄ひゐるこそ可笑しけれ初公、徳公よく聞けよ 杢助司と名告りゐる彼は誠の人でない 大雲山に蟠まる八岐大蛇の片腕と 兇党界にて幅利かす妖幻坊の曲津ぞや 高姫司は恋淵に知らず知らずに陥りて 妖怪変化と知らずして杢助司と思ひつめ 得意になつて今此処に夫婦気取りで来たなれど 決して誠の三五の八島の主のお言葉に 従ひ来りしものでないこれの館を奪はむと 曲津の神に唆られて悪逆無道の企みをば 敢行せむとするものぞ汝等二人は曲神に 魂をぬかれて目が眩み名利の欲に迷ひつつ 見るに堪へざる狂態を演ずるものぞ、いと惜しや 早く心を改めて此松姫が言の葉を 完全に委曲に聞くがよい早目を覚ませ目を覚ませ 神は汝と倶にあり汝も神の子神の宮 恵みの光に照されて正しき神の御子となり 吾に犯せし罪科を此場で直に悔悟せば 許してやらむ惟神神に誓ひて両人に 完全に委曲に宣り伝ふああ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終るや、両人は両眼より涙をハラハラと流した。そして少しく首を動かし改心の意を表した。松姫は忽ち霊縛を解いた。二人は身体もとの如くになり、パタパタと表へ駆け出した。果して彼等両人は改心したであらうか。但は再び悪意を起して、松姫に対し如何なる危害を与へむとするであらうか。後節に於て審らかになるであらう。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九北村隆光録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 05 教唆 第五章教唆〔一三二〇〕 妖幻坊、高姫は、イチヤイチヤ云ひながら酒を汲み交はし、ヘベレケになつた妖幻坊の無理をなだめながら、初公、徳公の両人が返答如何にと心待ちに待つて居た。そこへスタスタと青い顔して帰つて来たのは、初公、徳公の両人であつた。高姫は目敏く之を見て、 高姫『オイ両人、えらい暇が要つたぢやないか、どうだつたな。松姫はウンと云つただらう』 初『へい、イヤもう何で厶いました。それはそれは偉いものですなア、本当に一寸手に合ひませぬわ』 高姫『手に合はぬとは、松姫が義理天上の申す事を聞かないと云ふのかえ』 初『オイ徳、貴様は高姫さまの代理ぢやないか、お前代つて報告して呉れ』 徳『エエ高姫さま、貴女の御命令によつて種々と申しました所、松姫の奴、金毛九尾がのり憑つて居るのか、それはそれは偉い勢で、到底吾々の云つた位ではかてつけませぬがな』 高姫『かてつかぬとはどうしたと云ふのだえ。つまり高姫の云ふ事は聞かないと云ふのかえ』 徳『ハイ、聞かないとも申しませぬが、お前さまにはいろいろのものが雑居してゐるさうですよ。さうして杢助さまは大雲山の妖幻坊と云ふ妖怪だといつて居ましたよ。何とかして追つぽり出す積りだと意気込んで居りましたよ』 高姫『何と、杢助さまを妖幻坊だと、いよいよもつて怪しからぬ。松姫の奴、グヅグヅして居るとどんな事を申すか分つたものぢやない。これ杢助さま、起きなさらぬかいな。お前さまを本当の杢助ぢやない、化州だと云つて居るさうですよ』 妖幻『ハハハハハ、化物と云つたか、さうであらう。変性女子の瑞の御霊でさへも大化物と云はれて居るのだから、俺も化物と云はれるやうになれば光栄だ。高姫喜べ、これでもつて俺の人物の偉大崇高なる事が分るだらう、アハハハハ』 初『それでも化物と松姫の云つたのは、そんな意味ではありますまいぜ、貴方は何でも大雲山の妖幻坊だとか云つて居ましたよ』 妖幻坊の杢助『怪しからぬ奴だ、さう云ふ事を云はして置いては、吾々の目的の邪魔になる。こりや何とか致さねばなるまい。俺が行つて取り挫いでやるのは容易い事だが、それでは余り大人気ない。オイ初、徳、俺の最前言つたやうに思ひ切つてやつつけろ。お前達も俺の両腕となつた以上は、今が手柄の仕所だ』 初『ヘエ、エエやつつけますが、それがそれ中々の強かものでげして、実はその、エー何でげす』 と頭をガシガシ掻いて居る。 高姫『コレみつともない。松姫にやられて来たのだな。時に杢助さま、やつつけろと仰有つたが、滅多に手荒い事をなさるのぢやありますまいな。松姫は私の弟子ですよ。何程反対致しても、私は彼奴を構うてやらねばなりませぬ』 妖幻『何と高姫さま、貴女は慈善家ぢやなア。ヤ、感心々々、それなら何故、珍彦に毒酸を盛つたり、虬の血を盛つた盃を与へたのだ。やつぱり奥には奥があるのかなア、アハハハハ』 高姫『これ初さま、徳さま、きつと手荒い事をしてはなりませぬよ。併し正当防衛は此限りにあらずだから、どうか杢助さまのお言葉に従つて一働きして下さいな』 初『ヘエ私は何でも致しますが、この徳の奴が臆病ですから、気を取られて思ふやうに働けませぬわ』 妖幻『それならお前一人行つてやつて来たらどうだ。多寡が女の一匹ぢやないか。それ位の事が出来なくて、大望な御用が出来るか』 初『私一人では、どうも都合が悪いぢやありませぬか、よう考へて御覧なさい。貴方の両腕ぢやありませぬか、片腕では飯喰ふ事も、針仕事一つする事も出来ませぬだらう。それだから、どうしても徳を邪魔になつても連れて行かなくちや都合が悪いですな』 徳『馬鹿を云ふな、貴様が一番がけに霊縛にかかつてふん伸びたぢやないか』 初『ふん伸びたのは貴様も同然だ、偉さうに云ふない』 徳『それでも第一着に貴様がふん伸びたのだ。俺はおつき合にふん伸びて居たのだ。余程松姫が怖ろしいと見えるのう。そんな事で俺の上役にはなれぬぞ。サアどうだ、茲で彼奴を倒した方が上役にして頂くと云ふ事を御両人様の前で願はうぢやないか』 妖幻『アハハハハ、そりやさうだ、手柄があつた方が上役になるのは当然だよ、ちやんと草鞋でもはいて足装束をし、身動きのし易いやうにして行くのだ』 初、徳『ハイ畏まりました』 と両人は、慌しく納屋に入り、喧嘩装束に身を固め、樫の棍棒を携へて松姫館に進むべく準備に取り掛つた。妖幻坊、高姫は以前の如く、ひそひそ何事か囁きながら飲酒に耽つて居る。 お千代はスマートと共に躑躅の花などをちぎり戯れながら、向ふの谷の森林に何時とはなしに進み入つた。スマートは何とはなしに俄に体を慄はせ、遂にはお千代の袖を銜へて引つ張り出した。お千代は驚いて、 お千代『これスマートや、何をするのだい。ちつと温順しうおしんか』 とぴしやつと横面をはる。其処へ慌しく走つて来たのはお菊であつた。お菊はハアハアと息を喘ませ、お千代の此処に居るのを見てやつと安心したらしく、 お菊『お千代さま、貴女此処に居たの、私此処まで逃げて来たのよ。あの杢助と云ふ奴化物だわ。さうして此館を横領しようと考へて居る太い奴だから、すつかり素破抜いてやつて、此処まで逃げて来たの。きつと怒つて追駆けて来るに違ひないと思つたからねえ、本当に困つた奴が来たものだわ。そしてその犬は何処から来たの』 お千代『これはスマートと云つて、初稚姫さまの愛犬だと云ふ事よ。どこともなしに賢い犬よ』 お菊『こりやスマートさま、よう来て下さつたねえ。何さうお前は騒ぐの、些と静にしなさらぬか』 と頭を撫でる。スマートは益々落付かぬ風情をする。 千代『どうも不思議だわ、大方お母さまの身の上に何か変つた事が出来たのぢやあるまいか。俄に胸騒ぎがして来ましたわよ』 お菊『あの化物奴、お母さまを噛ひに行きよつたのか知れませぬ。それでスマートが、こんなに騒ぐのでせう、お千代さま、其綱を解いておやり』 お千代は、 お千代『さうねえ』 と云ひながら松の株に繋いだ綱を解いた。スマートは一目散に、細くなつて谷を越え姿を隠した。 千代『何とまア早い犬だ事、もう姿が見えなくなつて仕舞つたわ。お菊さま、私気に掛るから一寸帰つて見ますわ。お前さまもそこまで来て下さいな』 お菊『ハイお供致しませう。若しも化物が暴れて居つたら何うしませうかねえ』 お千代『サア、神様をお願ひして助けて貰ふより仕方がありませぬわ』 とこんな事を話し合ひながら、覚束ない足許で小柴を分け、松姫館をさして帰り行く。 さて松姫は唯一人戸を閉め切つて神殿に向ひ、いろいろと取るべき目下の方針について神示を伺つて居た。其処へ裏と表の戸を一度に押し破り入つて来たのは初、徳の両人であつた。松姫は驚いて、 松姫『ヤアお前は初公、徳公、血相変へて何しに来たのだ』 初『そんな事問ふだけ野暮だ。吾々は杢助さまの命令によつて、頑固なお前をやつつけに来たのだ。最前は馬鹿な事をしやがつて大きに憚りさま。今度は杢助さまから神変不思議の魔法を授かり出直して来たのだから、ジタバタしても駄目だ、覚悟せい』 と両人は樫の棍棒をもつて打つてかかる。松姫は已むを得ず、其処にあつた机を取るより早く二人の打ち込む棒を右へ左へうけ流し、暫く防戦につとめて居た。そして心の中に厳の御霊大神、瑞の御霊大神、守らせ給へ、救はせ給へと念じつつ、命限りに二人の荒男の激しき棒先を受けて居る。 松姫は数十合戦つて見たが、最早体力尽き、二人の鋭き棒に打ち殺されむとする一刹那、宙を飛んで駆け来りたる猛犬スマートは、矢庭に初公の足を銜へて引き倒した。続いて徳公の足を又もや銜へて其場に引き倒し、ウウーウウーと眼を怒らし睨みつけて居る。されど霊犬スマートは二人の体に些しも傷を負はせなかつた。二人は起き上り這々の体にて杢助、高姫の酒宴の席へ、バラバラツと命辛々かけ込んだ。二人の逃げ行く姿をお千代、お菊の両人は、十間許り間隔をおいた地点より打ち眺め、手を拍つてワアワアと心地よげに嘲笑ひして居る。妖幻坊、高姫は二人の様子に不審を起し、 妖幻『こりや両人、其態は何だ、些と確りせぬかい』 初『イヤもう大変で厶います。命辛々逃げて参りました』 妖幻坊の杢助『何が出たと云ふのだ。松姫にとつて放られたのか。エー、何と弱味噌だな』 初『ヘエ松姫も中々の豪傑ですが、松姫所か、どてらい奴が出て来て、イヤもう散々の目に遇つて来ました』 高姫『エエ間に合はぬ奴だな、これ徳、一体何が出たと云ふのだえ』 徳は慄へながら、 徳『ハイ、松姫と渡り合つて居りました所へ、俄に小北山の狼が飛び出し、吾等二人を銜へて倒しました。それ故俄に怖ろしくて、髪の毛が縮み上り手足が慄ひ戦き、たうとう此処まで命辛々逃げ延びました。何程出世さして貰つても、こんな怖い事は孫子に伝へてお断りです。出世などはもうしたくはありませぬ』 妖幻『何とまア弱虫だな、狼位が何怖ろしいのだ。狼なんかは友人だ……おつとどつこい、友人も同様だ、アハハハハハ』 初『もし杢助さま、貴方は狼が怖くないのですか』 妖幻坊の杢助『狼が怖くて此世の中に居られるか。今の人間は、何奴も此奴も美しい顔をして人間の仮面を被つて居るが皆狼だ。ちつと下れば狐、狸、蛇、鼬、蟇のやうな代物だ。貴様も矢張四つ足の霊と見えて、たうとう尻尾を出しやがつたな。口程にもない代物だ、アハハハハ』 高姫『どうも口ばかりで、間に合ふ霊はないものだ。これ杢助さま、中途半にして置く訳には参りますまい。お前さまがこれから行つて始末をつけて下さい。若し松姫が此処を逃げ出し斎苑の館にでも行かうものなら、忽ち露顕して困るぢやありませぬか。何れは分る事ですが、仕組をするまでは、やつぱり三五教に化けて居なくちや、完全に目的が達せられないぢやありませぬか。ウラナイ教の再興を企てるのだから、今が肝腎要の時ですよ』 妖幻坊の杢助『俺が行けば何でもないのだが、併し茲は一つ工夫をして、下から出て松姫を懐柔し、樽爼折衝の間に都合よく談判を済ませる方が無難でよからう。其代りに初公、徳公は乱暴を働いた奴だから、松姫の前に連れて行つて尻を引きめくり、三百の笞を加へてやれば、それで松姫も安心して此方の云ふ事を聞くだらう』 高姫『成程、刃に血塗らずして敵を降すと云ふ御方針、遉は杢助さまだワイ。私もそれなら賛成致します』 初『アアもしもし杢助さま、高姫さま、吾々両人は貴方の御命令で荒仕事に行つたのです。それに何ぞや、松姫さまの前で尻を捲つて、三百も笞打たれて耐りますか、なア徳、本当につまらぬぢやないか』 徳『こんな事なら、云ふ事を聞くぢやなかつたになア。杢助さまは、さうすりや矢張悪神かも知れぬぞ』 妖幻『もう斯うなつた以上は、貴様等両人、逃げようと思つたつて逃がすものか。曲輪の魔法によつて其方等両人を巻いてあるから逃げられるものか、カナリヤが鳥籠に入れられたやうなものだ』 初『のう徳、余りぢやないか、命がけの仕事をさされて、其上尻の三百も叩かれて耐るものかなア』 徳『アンアンアン、えらい事になつて来たわい、これと云ふのも余り欲に呆けたから罰が当つたのだ。アンアンアン、三五の大神様、えらい取違ひを致しました。何卒お許し下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 と涙ながらに手を合す。 高姫『ホホホホ、正直の男だな、態と芝居をするのだから、お前の尻を叩くやうに見せて地べたを叩くのだから、些とも痛い事はない。そして甘く松姫を得心させ、無事事務の引継をさして了ふのだ。さうすればお前も立派なお役人になれるのだからなア』 徳『ヤアそれでやつと安心しました。オイ初、矢張高姫さまや杢助さまの智慧は偉いものだ。もう安心だ、尻を叩いて貰はうか』 初『ウン、そんな尻の叩きやうなら、百でも千でも、ビクとも致さぬ豪傑だ。何卒、高姫さま、杢助様、尻の千切れる所までお叩き下さりませ。之位の御用は屁のお茶で厶います』 妖幻『アハハハハ、それなら是から愈第二の作戦計画にかからうかなア』 高姫『オホホホホ、何とまア、腰抜の英雄、有名無実の豪傑だこと』 両人『ウエエエエー、ウエーハハハハハ』 (大正一二・一・二五旧一一・一二・九加藤明子録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 12 初花姫 第一二章初花姫〔一三二七〕 片彦は三人の乙女に向つて言葉優しく、 片彦『もし、それなる嬢様達、一寸お尋ね致しますが、向ふに見えるあの立派な城廓は、何時頃に出来上つたのですか』 三人の女は些しも聞えぬやうなふりをして、頻りに花を摘んで居る。片彦は益々傍に寄つて、一層声高く、 片彦『お嬢さま、一寸物を伺ひます』 此声に三人は驚いたやうな顔で、片彦、ランチ両人の顔を打ち守つた。さうして高姫は、 高姫『アヽ吃驚したよ。貴方どこのお方ですか』 片彦『拙者は四ケ月以前に此浮木の森にバラモン軍を引率し、滞陣して居た片彦将軍の成れの果で厶る。此処に居られるのは吾々の上官ランチ将軍で厶る。此方も拙者と同じく軍服を脱ぎ捨て、今は三五教の宣伝使で厶る』 高姫は、花の唇をパツと開き、媚びを呈し艶かしい声で、 高姫『アヽ、左様で厶いますか、それは尊い貴方はお役柄、妾は如意王の娘、初花姫と申します』 片彦『ハテ不思議な事も厶るものだ。如意王様とは月の国コーラン国の刹帝利様では厶りませぬか』 高姫『ハイ、左様で厶います。此頃は父と共に数多の家来を引連れ、此方に国替を致しまして、昼夜兼行で漸く城廓が建ち上つた所で厶ります』 片彦『ハテ、何と不思議な事だなア。何程富貴なお方でも、斯様な短日月間にかかる城廓が建ち上るとは、ランチ殿、何と不思議では厶らぬか』 ランチ『如何にも不思議千万で厶る』 高姫『オホホホホホ、あのまア、あのお二人様の不思議さうなお顔……吾父如意王はコーラン国より四ケ月以前に参りまして、数万の部下に命じ、漸くこの通り完成致した処で厶ります。吾父は如意宝珠を所持して居りますれば、如何なる事でも出来ます。さうして貴方は今三五教の宣伝使と仰せになりましたが、私の父も俄に三五教に入信致しまして、斎苑の館からお出での初稚姫様を御招待申し、今奥に御逗留で厶います。何うかお立寄を願ひますれば父も喜ぶ事で厶いませう』 片彦『何と仰せられますか、初稚姫様が此御城内に御逗留とは、そりや何時からの事で厶います』 高姫『ハイ、二三日以前斎苑の館から祠の森とやらに御出張になり、それから此曲輪城をお訪ねになり、吾両親は尊きお話を承はり、今は全く三五教の信者になりました。初稚姫様のお言葉には、やがて片彦、ランチと云ふ三五教の宣伝使がお通りになるであらうとのお言葉に、かうして二人の侍女をつれ、花を摘みながら、もしお二人様がお出でになれば、お迎へ申したいと最前から此処に待つて居ました。何卒一寸お立寄をお願ひ申す訳には参りますまいかなア』 片彦は少しく首を傾げながら、ランチに向ひ、 片彦『ランチ殿、貴殿のお考へは如何で厶りますか。初稚姫様が御逗留と云ひ、斯かる麗しき乙女と云ひ、いやもう吾々は一向合点が参りませぬ』 ランチ『成程、拙者も何うも不思議で厶る。斯くも立派な普請が出来る以上は、少しは噂位はありさうなもので厶るのに、忽然としてかかる蜃気楼的城廓が出来るとは、察する所魔神の仕様では厶いますまいかな』 高子はランチの傍に寄り、 高子『モシ小父さま、魔神とは如何なるもので厶りますか、どうぞ教へて下さいな』 ランチ『ハハハハハ、教へて上げませう、魔神と申せば悪魔の事です』 高子『貴方は此立派なお屋敷を、さうすると悪魔の住家と思うておいでになりますか。それなら妾は悪魔の虜になつて、斯様な所へ連れて来られたのでせうかなア』 宮子『姉さま、それなら私も魔神とやらに矢張使はれて居るのだわ。もし初花姫様、吾等姉妹に何卒お暇を下さいませ』 と怖さうな風をして慄へながら泣く。 高姫『これこれ高子、宮子、畏れ多くも如意王様の妾は娘、左様な事を申すと承知致しませぬぞや。コーラン国の刹帝利様のお館をさして、魔神の城とは以ての外の事、も一度そんな事を云うて御覧、決して許しはしませぬぞや』 高子『それでも嬢様、あの小父さまが魔神の仕業と仰有いました。妾姉妹はそれを聞くと、何だか怖ろしくなりました。何卒此処でお暇を下さいませ。さうして妾のお友達がまだ十人ばかり御厄介になつて居ますが、皆許してやつて下さい、お願ひ致します』 宮子は又涙を袖にぬぐひながら、 宮子『もしお嬢様、お願ひで厶います、妾は仮令殺されても厭ひませぬが、十人の友達を何卒助けて下さいませ。其代り妾は此処で喉をついて死にます。ああ惟神霊幸倍坐世』 と云ふより早く、懐の懐剣を抜いて喉に突き立てむとす。高姫は慌てて飛びつき懐剣をもぎ取り、腹立たしげに、 高姫『これ宮子、何と云ふ不心得の事をなさるのだ。もし旅の方、貴方等が何でもない事を仰有るものですから、初花姫の迷惑、どうか二人の侍女を諭して下さいませ』 ランチ『イヤ、お子供衆の前で不謹慎な事を申しまして、実に申訳が厶いませぬ。これこれ侍女殿、決して私の云うた事を真に受けて貰つては困ります。あまり立派なから、曲神の仕業ぢやあるまいかと云つただけです。決して曲神の仕業であるとは申しませぬ、さう早合点しては困ります』 宮子『いやいや何と仰有つても貴方の仰有つた事は真実で厶います。そんな気休めを云はずと、何卒死なして下さいませ。繊弱き女の身をもつて曲神の擒で居らうより、死んだ方が増で厶ります』 と泣き倒れる。片彦は気の毒で堪らず、傍へ寄つて宮子をなだめるやうに、 片彦『もしお嬢さま、どうも済みませなんだ。皆嘘ですから、何卒気にかけて下さいますな』 宮子『イエイエ何と仰有つても貴方の気休めと思ひます。よう云うて下さつた、曲神の業に違ひありませぬ、サア高子さま、早く逃げませう』 と早駆け出しさうにする。 高姫『これ高子、宮子、なんぼ逃げてもお父さまが馬で追つかけさせるから、駄目ですよ。そんな小父さまの云ふ事など聞かずに、妾と一緒に帰りませう。お前は主人の云ふ事を聞きませぬか』 と極めつける。高子は涙を袖に拭ひながら、 高子『初稚姫様のお言葉に……宣伝使は決して嘘や偽りは云はぬものだ……と仰有いました。このお方は宣伝使様、どうして嘘など仰有りませう、妾はどうしても初のお言葉を信じます』 片彦『ああ困つたことだなア、どうしたらよからうか』 高子『何卒小父さま、一遍来て下さい。そして果して魔神の館なら、何卒妾を連れて逃げて下さい。妾のお友達も十人許り来て居ますから』 高姫『貴方は元は将軍で、今は立派な三五教の宣伝使と仰有つたぢやありませぬか。それに妾の迷惑になるやうな事を仰有つて、それで貴方の勤めがすみますか』 片彦、ランチ両人は芝生の上に手をついて、 片彦、ランチ『イヤ姫様、誠に失礼を致しました。何卒見直し聞直しを願ひます』 高姫『妾は初花姫と申すもの、初稚姫様とよく似た名で厶ります。承はれば霊の姉妹だと仰有いました。サア何卒城内に一度宣伝の為お出で下さいますまいかなア』 片彦『ランチ殿、如何致しませうか、初稚姫様が御逗留とあれば、お目にかかつて置くも結構ぢやありませぬか』 ランチ『何と云うても、治国別様が道寄をしてはならぬと仰有つた以上、何事があつても道寄はなりますまい』 高姫『モシ、ランチ様とやら、侍女二人がこの通り逃げると云ひます。妾は何うして一人で城内に帰れませう。何卒お二人で送つて下さいますまいか。これと申すも、皆貴方等から起つた事、宣伝使の職責を重んじて、邪が非でもお願ひ申します』 片彦『ランチ殿、年にも似合はぬ偉い理窟をかますぢやないか、驚いたなア』 ランチ『驚いたなア、こりやうつかりしては居られますまい。併し本当の初稚姫様、如意王か、但は曲か、調査するのも強ち無駄ではありますまい。一層此初花姫の言葉に従ひ、城内を探つて見ませうか』 片彦『サア、さう致しませう』 と二人は茲に決心し、口を揃へて両人は、 ランチ、片彦『イヤお供致しませう、お世話に預りませう』 高姫『それは早速のお聞きずみ、有難う厶います。初稚姫は申すに及ばず、父母も嘸喜びますで厶いませう。サア高子、宮子、もう心配には及びませぬ。宣伝使様が来て下さいますから』 高子、宮子はやつと機嫌を直し、二男三女は連れ立つて、金銀珠玉を鏤めたる楼門を潜り奥へ奥へと進み入る。高姫は道々歌ふ。 高姫『七千余国の月の国中にも別けてコーランの 国の王とあれませる妾は如意王の子と生れ 恋しき国を立出でてはるばる此処に引き移り 十二の侍女を従へて何の不自由もなけれども 山河風土の変りたるこれの都は何となく 物淋しくぞ思はれぬウラルの教を守りたる 父と母とはバラモンの神の軍に降服し コーラン国を打ち捨てて漸く此処に逃れまし 安全地帯に都をば造りて永久の住処ぞと 定め玉ひし尊さよ城の普請も漸くに 夜に日をついで竣工しいづれの神を祀らむと 考へ居ます折もあれ瑞の御霊の御教を 四方に伝ふる宣伝使初稚姫が現はれて 父と母とを初めとし吾等一同を神国の 花咲く園に誘ひて天国浄土の楽みを 諭したまひし有難さ父と母とは勇み立ち 名さへ目出度き三五の教の道に帰順して 朝な夕なに太祝詞上げさせ給ふ健気さよ 妾は未だ十八の蕾の花の初心娘 二人の侍女を引き連れて春野の蝶に憧憬れつ 菫タンポポ摘まむとていつとはなしに門外に 歩みを運び湯津蔓椿の下に遊ぶ折 遥に聞ゆる宣伝歌よくよく耳を澄ますうち 初稚姫の宣りたまふ御歌の心によく似たり これぞ全く三五の教司にますならむ なぞと心を動かしつ花を頻に摘み居れば 忽ち聞ゆる太い声頭を上げて眺むれば 見るも凛々しき宣伝使妾が乞ひを容れたまひ 父の命に面会し初稚姫の御前を 訪ねやらむと宣りたまふ其御言葉を聞くにつけ 天にも昇る心地して手は舞ひ足は自ら 踊るが如く進むなり春野に遊ぶ蝶の舞 花に寄りくる蜜蜂の剣を捨てたる宣伝使 吾等三人を慇懃に送らせ給ふ嬉しさよ ああ惟神々々尊き神の御恵 謹み感謝し奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 三五教は世を救ふ救ひの神と現れませる 神素盞嗚の大御神従ひませる神司 わけて初稚姫司ランチ、片彦宣伝使 揃ひも揃うて吾館訪れ給ふ嬉しさよ 嘸や父上、母君も喜び迎へ給ふらむ ああ惟神々々神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら、麗しき門を幾つとなく潜り玄関口に辿りついた。 (大正一二・一・二六旧一一・一二・一〇加藤明子録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 19 偽強心 第一九章偽強心〔一三三四〕 ガリヤはケースに、 ガリヤ『どこで着物を脱いだか』 と尋ねて見た。ケースは、 ケース『あまり相撲に呆けてゐたので、脱ぎ場所を忘れた。大方狸の野郎くはへて去んだのだらう』 と答へた。 ガリヤ『それでも何処かにあるだらう』 と一生懸命探して見たが、杖が一本あるばかりで着物らしいものはない。 ケース『此奴狸の奴、敷物にしようと思つて、狸穴へくはへて行きよつたのだなア。えー残念だ』 と歯ぎしりしながら北へ北へと進んで行つた。丁度一間巾ばかりの青藻を被つた川流れがある。そして深さは四寸位平均になつてゐる。三人は交代に川に横たはり、水を淀めて川端の草を千切り、手拭に代用して体中を擦り、臭気を漸くにして洗ひ落した。 ケース『さア、之で裸百貫だ。人間はここ迄落ちぶれなくちや力が分らない。之から一日々々暖かくなるのだから裸でも結構だ。おい初公別、徳公別、急いで斎苑の館へ参る事にしよう』 初『おい徳、小北山へ寄れば、古着の一枚位は何とか云つて貰へるだらうけれど、一寸義理の悪い事がしてあるので、こんな時には立寄る訳にも行かぬわ。ああ困つたな』 と手を組んで思案をしてゐる。何処ともなくフワリフワリと笠に蓑、衣類などが三人前降つて来た。三人は手早く拾ひとり、よくよく見れば自分の着物だ。そして何時の間にか、カラカラに乾き、何程嗅いで見ても臭気は除いてゐる。そして強い糊をしたものかパチパチに固くなつてゐる。 初『ハハア、狸の奴、神様に叱られよつて到頭洗濯をやりよつたのだな。のう徳、これだから信仰はやめられぬのだ』 徳は嬉し涙を零し両手を合せて、 徳『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と感謝してゐる。然し其実は菰の半腐つたのが立派な衣服に見えてゐたのである。三人は嬉しさうにチヤンと着替へ、 (ガリヤ?)『さア、之で大丈夫だ。愈斎苑の館へ行かう』[※このセリフは誰のセリフか不明。ガリヤか?前行の「三人」とはケース、初、徳の三人のこと。このセリフの話者を初、徳が引き止めたのだから、ケースかガリヤになる。初のセリフの後でガリヤが話しているので、このセリフもガリヤか?] 初、徳両人は慌てて引き留め、 初『もしもし、貴方、一寸待つて下さい。三五教の強敵がこの近辺に隠れてゐるに違ひありませぬから、一遍其奴を平げておいでになつたら如何です。貴方等もよい土産になりますよ』 ガリヤ『三五教の強敵とは誰の事ですか』 初『斎苑の館の総務をやつて居つた時置師神の杢助と宣伝使の高姫と云ふ奴です。彼奴、此頃大変な謀叛を起して居りますよ』 ガリヤ『治国別の先生から承はれば、高姫さまは何うも怪しいが、杢助さまは三五教の柱石だと聞いてゐたのに、それは又妙な事を承はるものだな』 初『それが猫を被つてるのですよ。祠の森の聖場を占領せむとして尻尾を出し、高姫と夫婦となつて小北山へ逃げ来り、小北山の聖場で又もや謀叛を企み、神力にうたれて逃げ出し斎苑の館の御宝物、金剛不壊の如意宝珠を奪ひ取つて逃げて来よつたのです。何うしてもあの宝を取返さなくては、三五教も玉ぬけですからな』 ケース『何、そんな事があつたのか。何うも人間と云ふものは分らぬものだな。ガリヤさま、こいつは一つ聞き棄てにはなりませぬぞ。此両人を案内者として、何処に居らうとも彼奴の在処を索め、その宝を奪ひ返して行かなくては吾々の役が済みますまい』 ガリヤ『そりや、さうです。おい御両君、その杢助、高姫は何方へ行つたかな』 徳『怪志の森から此方へスタスタと二三日前に走つて来よつたのです。此処は一筋街道だから、貴方怪しいものに出会ひませぬか。五十位な女と同年輩の大男と二人ですよ』 ケース『ガリヤさま、根つから、そんなものに出会ひませぬな。さうすると此浮木の森の奥の方の小山にでも隠れてゐるのかも知れませぬぜ。兎も角吾々は一生懸命に探さうぢやありませぬか』 ガリヤ『承知しました。初さま、徳さま、さア之から此萱野ケ原を探して見ませう。吾々の声を聞いて恐れをなし、潜伏してるかも知れませぬよ。然し之だけ広い原野なり、萱も伸びてゐるから、互に連絡を図つて、五間以上離れない様にして探しませう』 (初、徳?)『ハイ、宜しからう』 と評議一決し、萱草の生え茂つたのを小口おしに探しつつ、奥へ奥へと進み入つた。 後の方から、 (お千代、お菊)『オーイオーイ』 と甲声を出して招くものがある。四人は後振返り見れば、一人は十二三、一人は十六七の綺麗な娘が一生懸命に道傍の高い石の上から差招いてゐる。初公は耳を傾け、 初『やアあの声はお千代さまにお菊さまだ。こりや何か変つた事が出来たに違ひない。おい徳、一先づ後へ帰らう。もし御両人、御苦労だが暫く後へ引返して下さるまいか』 (ケース、ガリヤ)『何は兎もあれ引返しませう』 とケース、ガリヤは二人の後について、少女の立つてる岩の前まで漸く帰つて来た。 初『お前はお千代さまに、お菊さまぢやないか。俺を呼び止めたのは何か急用でも出来たのか』 千代『別に急用でもありませぬが、高姫、杢助の両人が此浮木の森にあの通り立派な陣屋を構へ、魔法を使うて俄に城廓を造り、町まで拵へて三五教の信者を小口から引張り込みますので、松姫さまが高姫、杢助を説き諭さうと云つてお出になりました。私も跟いて行つたのだが、忽ち松姫様を牢の中へぶち込んで了ひました。私は裏口から脱け出して此処まで逃げて来たのですよ。初さま、徳さま、何卒松姫さまを助けに行つて貰ふ訳には行きませぬだらうかな』 初『オイ、徳、如何しよう』 徳『さうだなア、松姫がさうなれば、一層の事俺達は後へ帰つて小北山で頑張らうぢやないか』 初『そんな無茶な事が出来るかい。何とかして松姫さまをお助け申し、今までの御無礼をお詫して、もとの通り使つて貰はうぢやないか。これがお詫のよい仕時だ』 ガリヤ『これこれ娘さま、松姫さまと云ふのはお前の先生かな』 お菊『ハイ、小北山の教主で松彦さまと云ふ立派な夫があるのよ』 ガリヤ『ヤア、そりや如何してもお助け申さなくちやなるまい。松彦さまには大変なお世話になつたのだからな。さア行かう、ケース』 ケース『やア面白い面白い、浮木の森は私は勝手を知つてるのだ。牢の在処も何も彼も手にとる如くだから、さア一働きやらう』 千代『何卒お母さまを助けて下さいませ。妾が案内を致します』 ケース『ハ、宜しい宜しい、心配しなさるな。お前は泣いてゐるぢやないか。ヤ、無理もない、お母さまがそんな目に遇つたのだからな。然し吾々が駆け込む上は大丈夫だから、心配なさるな。さア初さま、徳さま、行かうぢやないか』 (初、徳)『賛成々々』 とここに四人の男と二人の女は、浮木の森の曲輪城の表門をさして足を早めて進み行く。大門口に進めば、向ふより綾錦を纒うた妙齢の美人が七八人、手に籠を持ちながら、菫を摘み蒲公英をむしりつつ、何事か嬉しげに囁きながらやつて来た。其華やかさ、淑やかさに四人の男は魂を宙に飛ばして見惚れて居る。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一北村隆光録)
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霊界物語 51_寅_浮木の森の曲輪城 21 夢物語 第二一章夢物語〔一三三六〕 四人の坐つて居つた椅子は、何時の間にやら膨張して角を生やし、次で毛が生え、牛の如き動物と化し、四人共其背に跨つて居た。 ガリヤ『ヤア此椅子、化けやがつたな。ヤ此奴は牛とも馬とも分らぬ奴だ。オイ三人、確りせないと揺り落されるぞ。カアアアンナナガラララアアアさつぱり駄目だ。こりや怪物、ぢつと致さぬか』 怪獣は四匹とも声をそろへて、空砲のやうな調子で、 怪獣『ホホホホホ、ホホホホホ』 と笑ひ出した。それから一生懸命四人を背中に乗せ、廊下をドスドスドスと威喝させ広場に駆け出した。初稚姫も同じく怪獣に跨り、 初稚姫『オーイオーイ』 と呼ばはりながら追つかけ来る。怪獣は益々狂ひ出し、初めは一二間の所を上下してゐたが、終ひには人間が燕のやうに見える所まで上り、空の上で前後左右に荒れ狂ふ。四人は背中にくらひつき、 ガリヤ『エエ怪物奴、落すなら落して見よ。貴様に噛ぶりついて離れはせぬぞ。オイ、徳、初、ケース、確り掴まへて居よ。落ちるのなら此奴と一緒だ。あれ見よ、初稚姫様も空中に跳ね上つて居られるではないか。天馬空を行くと云ふ事があるが、これは馬でなくて牛だ、これ畜生、もうよい加減に往生致さぬか』 怪獣『こりや、唐変木、俺は天の魔だ。椅子になつて化けて居れば、腰を掛けやがつて、もう了簡せぬのだ。マダマダマダ空に上つて、そこで貴様を揺り落してやるのだ。楽しんで居れ。ウホホホホ、ウフフフフ』 と五匹の牛は一斉に笑ふ。初稚姫は怪獣の尻を鞭をもつて打ち叩き、空中を滑走するやうに浮木の森をさして下り行く。四人は益々高く、雲を押し分けて怪獣に跨り上り行く。 ケース『オイ、ガリヤ、初公、徳公、もうやけだ、飛び下りようぢやないか。何処まで行くか分りやしないぞ。サア一イ二ウ三ツだ』 三人は、 三人『ようし、一イ二ウ三ツ』 ぽいと飛んだ……と思へば元の所にテーブルの脚をつかまいて、汗をズクズクにかいて気張つて居た。 初稚姫『ホホホ皆さま、机の脚を握つて何をしていらつしやいますの』 四人は初めて気がつき、ポカンとして恨めし気にテーブルを眺めて居る。さうして椅子は依然として四脚あいてゐる。初稚姫は以前の儘椅子に腰打ちかけニタニタ笑つてゐる。 ガリヤ『イヤどうも怖ろしい夢を見たものだ、殆ど天上する所だつた。やつぱり此処は化物屋敷だな』 ケース『如何にも合点の往かぬ魔窟だ。初稚姫様、貴女は如何で厶いましたか、私達は天上まで上げられ、地上に顛落したと思へば、幻覚を感じて居ました』 初『イヤもう話にならぬわい、徳、貴様は随分怖さうな顔をして居つたな』 徳『生れてからこれだけ肝を潰した事はないわ。ヤツパリ狸の奴、魅みやがつたと見えるな。こりやうつかりしては居られないぞ。もし初稚姫さま、こんな怖ろしい所によう貴女は居ますな』 初稚姫『ホホホ、義理天上さまが見えて居ますから、魔法を使ひ遊ばして貴方等を天上にお上げ遊ばしたのでせうよ。時々怪物が出ますので、妾も些とも安心がなりませぬの』 徳『さうですな、実に奇怪千万な事です』 斯く話して居ると、円いテーブルがヌツと狸のやうな顔を出し、みるみる中に荒い毛を生やし、長い足をノタノタとドアの外へ這うて行く。 初『ヤア益々もつて奇怪千万、はて、訝かしやなア』 と芝居がかりになる。初稚姫は、みるみる中に厭らしき鬼女と変じ、耳まで裂けた口を無雑作に開き、牛のやうな舌を出し四人に向つて噛みつきに来る。四人は肝を潰し、一生懸命に駆け出すと、向ふより初花姫が七人の美女を連れてやつて来る。何でも彼処まで行かねばならぬと焦慮れど藻掻けど追付かず、四人は同じ処に足をバタバタとやつて居る。初稚姫の妖怪は後より熱い火のやうな息を吹きかくる。 四人『アアアアツアツアツ』 と云ひながら、一足にても逃れむと藻掻いて居る。初花姫他七人の美女は又もや怪しき化物と変じ噛みつきに来る。四人は声を限りに呼べど叫べど、少しも声は人の耳に達しなかつた。 忽ち家は前後左右に廻転し、上になつたり下になつたり、自分の身体が転回したり、苦しくて息もつげなかつた。見れば傍に蒼味だつた泉水がある。四人は一イ二ウ三ツで曲玉型の泉水に身を躍らせて飛び込んだ。石をなげ込んだ如く、四人の身体はズボズボズボと幾百間ともなき深き底に陥り、漸くにして岩窟についた。此処へ来ると蒼味立つた水はもはやなくなつてゐた。四人は一生懸命に悲鳴を上げて、 四人『オーイ助けて呉れい助けて呉れい』 と喚き立てて居る。どこともなしに桃の花の二片三片、四人の顔に落ちかかるのであつた。 よくよく見れば、四人は浮木の森の火の見櫓の傍にある曲玉型の泉水の傍に咲満ちて居る桃の木の根下に、阿呆のやうな顔をして眠つて居たのである。東の空は漸く茜さし、古狸が茶色の尾を垂らして唯一匹、頭に桃の花片を附着させながら、ノソリノソリと這うてゐる。四人一度に、 四人『アア畜生、誑しやがつたな』 浮木の森の烏が、阿呆々々と四人を見下して鳴いて居る声が、呆け顔を嘲つて居るやうに聞えて来た。 ガリヤ『アア惟神霊幸倍坐世、油断と慢心の罪、何卒許させたまへ』 ケース、初、徳、 ケース、初、徳『アアしようもない、第五十一巻の瑞月霊界物語、狸に誑された奇妙奇天烈な八畳敷の大風呂敷に読者を包んだ夢物語は、安閑坊喜楽の嘘八百万の大神の神示』 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一加藤明子録)
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霊界物語 52_卯_小北山の文助の改心物語 01 真と偽 第一章真と偽〔一三三七〕 人間の内底に潜在せる霊魂を、本守護神又は正副守護神と云ふ。そして本守護神とは、神の神格の内流を直接に受けたる精霊の謂であり、正守護神とは一方は内底神の善に向ひ、真に対し、外部は自愛及び世間愛に対し、之をよく按配調和して広く人類愛に及ぶ所の精霊である。又副守護神とは其内底神に反き、只物質的躯殻即ち肉体に関する欲望のみに向つて蠢動する精霊である。優勝劣敗、弱肉強食を以て最大の真理となし、人生の避く可からざる径路とし、生存競争を以て唯一の真理と看做す精霊である。而して人間の霊魂には、我神典の示す所に依れば荒魂、和魂、奇魂、幸魂の四性に区分されてゐる。四魂の解説は已に既に述べたれば茲には省略する。荒魂は勇、奇魂は智、幸魂は愛、和魂は親であり、而して此勇智愛親を完全に活躍せしむるものは神の真愛と真智とである。今述べた幸魂の愛なるものは人類愛にして、自愛及び世間愛等に住する普通愛である。神の愛は万物発生の根源力であつて、又人生に於ける最大深刻の活気力となるものである。此神愛は大神と天人とを和合せしめ、又天人各自の間をも親和せしむる神力である。斯の如き最高なる神愛は、如何なる人間も其真の生命をなせる所の実在である。此神愛あるが故に、天人も人間も皆能く其生命を保持する事を得るのである。又大神より出で来る所の御神格そのものを神真と云ふ。此神真は大神の神愛に依つて、高天原へ流れ入る所の神機である。神の愛と之より来る神真とは、現実世界に於ける太陽の熱と其熱より出づる所の光とに譬ふべきものである。而して神愛なるものは太陽の熱に相似し、神真は太陽の光に相似してゐる。又火は神愛そのものを表し、光は神愛より来る神真を表はしてゐる。大神の神愛より出で来る神真とは、其実性に於て神善の神真と相和合したものである。斯の如き和合あるが故に、高天原に於ける一切の万物を通じて生命あらしむるのである。 愛には二種の区別があつて、其一は神に対する愛であり、一は隣人に対する愛である。又最高第一の天国には大神に対する愛あり、第二即ち中間天国には隣人に対する愛がある。隣人に対する愛とは仁そのものである。此愛と仁とは、何れも大神の神格より出で来つて天国の全体を成就するものである。高天原に在つて大神を愛し奉るといふ事は、人格の上から見て大神を愛するの謂ではない、大神より来る所の善そのものを愛するの意義である。又善を愛するといふ事は、其善に志し、其善を行ふや、皆愛に依つてなすの意味である。故に愛を離れたる善は、決して如何なる美事と雖も、善行と雖も、皆地獄の善にして所謂悪である。地獄界に於て善となす所のものは、高天原に於ては大抵悪となる。高天原に於て悪となす所のものは、すべて地獄界には之を善とさるるのである。それ故に神の直接内流によつて、天国の福音を現界の人類に伝達するとも、地獄界に籍をおける人間の心には、最も悪しく映じ且感ずるものである。故に何れの世にも、至善至愛の教を伝へ、至真至智の道を唱ふる者は、必ず之を異端邪説となし、或は敵視され、所在迫害を蒙るものである。併し斯の如き神人にして、地獄界の如何なる迫害を受け、或は身肉を亡ぼさるる事ありとも、其人格は依然として死後の生涯に入りし時、最も聖きもの、尊きものとして、天国に尊敬され且愛さるるものである。次に隣人を愛する仁そのものは、人格より見て其朋友知己等を愛するの謂ではない。要するに大神の聖言即ち神諭より来る所の神真を愛するの意義である。又神真を愛するといふ事は、其真に志し、真を行ふの意義である。以上両種の愛は善と真との如くに分立し、善と真との如くに和合する。 此物語の主人公なる初稚姫は、即ち二種の愛、善と真との完全に具足したる天人にして、言はば大神の化身でもあり又分身でもあり、或時は代表者として其神格を肉体を通して発揮し給ふが故に、能く善に処し、真に居り、如何なる妖魅に出会するとも、少しも汚されず犯されずして、己が天職を自由自在に発揮し得らるるのである。之に反して高姫は総て愛善と信真とを口にすれども、其内底は神に向つて閉塞され、地獄に向つて開放されてゐるが故に、其称ふる所の善は残らず偽善である。偽善とは表面より見て、即ち神を知らざる人の目に至善至徳のものと見ゆる事がある。又至真至誠の言語と見ゆるも、それは総て地獄界に向つてゐる精霊の迷ひより来るものなるが故に、一切虚偽であり狂妄である。例へば雪隠の虫は糞尿の中を至上の天国となし、楽園となし、吾肉体の安住所とし、且此上なき清きもの美はしきものとなすが如く、地獄界に向つて内底の開けたる者は、至醜至穢なる泥濘塵芥及び屍の累々たる所、臭気紛々たる所を以て、此上なき結構な所と看做すものである。併しながら高姫の肉体としては、矢張肉の目を以て善悪美醜を判別する能力は欠いでゐない。それ故に或時は殆ど善に近き行ひをなし、又真に相似せる言語を用ふることがある。けれども肝心の内底が地獄界に向つてゐるのと、外部より来る自愛心と肉体的兇霊界の襲来とによつて、常に其良心を誑惑さるるを以て一定の善と真とに居る事は出来ない。又純然たる悪に居る事も出来得ないのである。併し高姫の善と信ずる所、真と思ふ所は、以上述べた如く、皆偽善なる事は言ふまでもない。 初稚姫は、愛より来る所の大神の神格より帰来する天人の薫陶を、其至粋至純なる霊性に摂受してゐたのである。総て高天原を成就する者は、何れも愛と仁とによらぬ者はない。故に初稚姫の人格そのものは所謂高天原の移写であり、大神の縮図である。故に其美はしき事は到底言語に絶し、形容す可からざる底のものである。其面貌言語乃至一挙手一投足の中にも、悉く愛善の徳を表はし、信真の光を現じ給ふのである。故に初稚姫の如き地上の天人より溢れ出づる円満具足の相は、愛そのものによつて充されてあるが故に、何人と雖も、姫の前に来り、姫の教を受け、其善言美詞に接し、席を交へ交際する時は、衷心よりして自然に動かさるるに至るのである。されども悲しいかな、高姫は普通の人間と異なり、天国、地獄の両界の中に介在する所の中有界に身をおきながら、尚も肉体的精霊即ち兇党界、妖魅界に和合せるが為に、初稚姫の前に出づる時は、忽ち癲狂となり痴呆となり、其美貌を見る時は、何処ともなく直に恐怖心を起し、且嫉妬し、善言美詞に接すれば、忽ち頭痛み、胸つかへ、嫌忌の情を起すに至るを以て、如何に初稚姫が神力を尽し、愛と善と真を以て是に対し、あく迄も和合せむとすれども、之を畏れて受入れないのみならず、陰に陽に排斥し、且滅尽せしめむことを望むのである。而して或時は初稚姫を非常に尊敬する時もあるのである。実に名状す可からざる不可思議なる状態に身を置いてゐるものといふべきである。 斯くの如く時々刻々に其思想感情の、姫に対してのみならず、一般の人に対して変転するは、彼れが自ら称ふるヘグレのヘグレのヘグレ武者たる珍思怪想を遺憾なく暴露してゐるのである。而して高姫はヘグレのヘグレのヘグレ武者を以て唯一の善となし、徳となし、愛の極致となし、信の真と確信してゐるのである。高姫の思想は神出鬼没、動揺常なく、機に臨み変に応じて神業に参加する事を以て、最第一の良法と確信してゐるのだから、如何なる愛を以てするも、信を以て説くも、之を感化する事が出来ない、精神的の不治の難病者である。 総て人間各自の生命に属する所の霊的円相なるものがあつて、此円相は一切の天人や一切の精霊より発し来り、人間各自の身体を囲繞してゐるものである。各人の情動的生涯、従つて思索的生涯の中より溢れ出づるものである。情動的生涯とは愛的生涯の事であり、思索的生涯とは信仰的生涯の事である。総て天人なるものは愛によつて其生命を保つが故に、愛そのものは天人の全体であり、且天人は善徳の全部であると云つても可いのである。愛の善と信の真との権化たるべき初稚姫は、其霊的円相は益々円満具足して、智慧証覚の目より見る時は、其全身の周囲より五色の霊光が常住不断に放射しつつあるのである。之に反して、高姫はすべて虚偽と世間愛的悪に居るを以て、霊的円相即ち霊衣は殆ど絶滅し、灰色の雲の如き三角形の霊衣が僅かに其肉身を囲繞してゐるに過ぎない。之を神界にては霊的死者と名付けてゐる。霊的円相の具足せる神人には、如何なる兇霊も罪悪も近寄ることは出来ない。若し強ひて接近せむとすれば、其光に打たれ眼眩み、四肢五体戦慄し、殆ど瀕死の状態に陥るものである。之に反して円相の欠除せる高姫の身辺には、一切の兇霊が臭きものに蠅が群がる如く、容易に且喜んで集合するものである。現界の愚眛なる人間は、斯の如き悪霊の旅宿否駐屯所たる人間を見て、信仰強き真人と看做し、或は其妖言に誑惑されて、虚偽を真となし、悪を善と認め、随喜渇仰しておかざるものである。実にかかる人間は、神の目より見ては精神上の不具者であり、且地獄の門戸を競うて開かむとする妖怪変化と見得るものである。 人間は其愛の善悪の如何によつて、其面を向ける所を各異にしてゐる。初稚姫の如き天人は、大神及隣人に対して、真の愛を持つてゐるが故に常に其面は大神に向つてゐる。故に何となく威厳備はり、且形容し難き美貌を保つ事を得たのである。又高姫は自愛の心即ち愛の悪強きが故に、其面を常に神に背け、暗黒の中に呻吟しながら思ふやう……かくの如き暗黒無明の世界を、吾々は看過するに忍びない。故に自分は此暗黒時代に処し、天下万民救済の為に、いろいろ雑多に身を変じ、ヘグレ武者となつて、天の岩戸を開き、真の光明に世界を照らし、万民を助けねばならない。天国も浄土もなく、すべて三界は暗黒界と化し去れり。故に吾は神の命を受けて、常暗の世を日の出の御代に捻ぢ戻さねばおかないと、兇霊の言に誤られて蠢動してゐるのである。それ故常に心中に安心する事なく、如何にして自己の向上をなさむか、三界の万霊を救はむかと、狂熱的に蠢動するのである。何ぞ知らむ、開闢の始めより天界の光明は赫灼として輝き給ひ、数多の天人は各団体に住して、其光輝ある生涯を送りつつある事を。併し茲に一言注意すべき事は、大本開祖の神諭に……此世は暗雲になつてゐるから、日の出の守護に致すが為に因縁の身魂が表はれて、五六七成就の御用に尽す……とあるのは、これは決して高姫の言ふ如く三界皆暗しといふ意義ではない。大神より地獄道に陥れる此現界をして、天国浄土の楽土となし、一人も地獄界に堕さざらしめむが為である。要するに霊界現界を問はず、地獄なるものを一切亡ぼし、その痕跡をも留めざらしめむと計らせ給ふ仁慈の大御心より出でさせ給うたのである。然らば人或は云はむ、三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ……とあるではないか、三千世界とは天界、現界、地獄界のことである。天界は已に光明赫々として無限に開け居るにも拘らず、何をもつて三千世界と言はるるか、果してこの言を信ずるならば、天界もまた暗黒界と堕落せるものなりと断定せざるを得ないではないかといはねばならぬ……と。かくの如きは其一を知つて其二を知らざる迂愚者の論旨である。三千世界一度に開くといふは、現界も地獄界も天界も一度に……即ち同様に光明赫々たる至喜至楽の楽園となし、中有界だの、地獄界だの、天界だの、或は兇霊界だのいふ、いまはしき区別を取除き、打つて一丸となし、一個の人体に於けるが如く、単元として統治し給はむが為の御神策を示されたるものたることを悟るべきである。一度に開く梅の花とか、須弥仙山に腰をかけとか云ふ聖言は、要するに神に向はしむるといふ意義である。如何なる無風流な人間でも、梅の花の咲きみち、馥郁たる香気を放つを見れば、喜んで之に接吻せむとするは、人間に特有の情である。また須弥仙山とは宇宙唯一の至聖至美にして崇高雄大なる山の意味である。何人と雖も、雲表に屹立せる富士の姿を見る時は、其雄姿にうたれ、荘厳に憧がれ、之を仰がないものはない。又俯いては決して富士を見る事は出来ない。故に神は所在人間及精霊をして其雄大崇高なる姿を仰がしめ、以て神格に向上せしめ、神の善に向はしめむが為である。併し神に向ひ、或は須弥仙山を仰ぐといふは、現界に於ける富士山そのものを望む時の如く、身体の動作によつて向背をなすものでない。何となれば空間の位地は其人間の内分の情態如何によつて定まるが故に、方位の如きも現界とは相違してゐるのは勿論である。人間の内底の現はれなる面貌の如何によつて其方位が定まるのである。故に霊界にては吾面の向ふ所即ち太陽の現はるる所である。現界にては太陽は東に昇りつつある時と雖も、西を向けば其太陽は背に負うてゐるが、霊界にては総て想念の世界なるが故に、身体の動作如何に関せず、神に向つて内底の開けた者は、いつも太陽に向つてゐるのである。併しながら斯くの如き天人の境遇にある人格者は霊界に在つて、自分より大神即ち太陽と現じ給ふ光熱に向ふにあらず、大神より来る所の一切の事物を喜んで実践躬行するが故に、神より自ら向はしめ給ふ事となるのである。平和と智慧と証覚と幸福とを容るるものは高天原の器である。之を称して神宮壺の内といふ。此壺は愛であつて、大小となく神と相和する所のものを容るる器である。現界に於て、智慧証覚の劣りし者、又は愛善の徳薄く、信真の光暗かりし者が、天界の天人又は地上の天人やエンゼルと相伍して遂に聖き信仰に入り、愛善の徳を養ひ、信真の光を現はし、遂に智慧証覚を得、高天原の景福を得るに至らしむべく、ここに神は精霊に其神格を充して予言者に来らしめ、地上の高天原即ちエルサレムの宮屋敷に於て、天国の福音を宣べ伝へさせ給うたのは、実に至仁至愛の大御心に出でさせ給うたからである。善の為に善を愛し、真の為に真を愛し、之を一生涯深く心に植ゑ付け、実践躬行したるにより、終に罪悪に充ちたる人間も天国に救はれて、其不可説なる微妙の想を悉く摂受し得べき聖場を開かせ給うた。之を神界にては地の高天原と称へられたのである。 かくも尊き神界の御経綸をも弁へず、且つ信ずること能はずして、自己と世間とのみを愛する者は、仮令膝元に居つても之を摂受することは到底出来ない。自己を愛し、世間のみを愛する者は、却て此等の御経綸地を否定し、或は之を避け、之を拒み、甚しきは神界の経綸場を破壊せむとするに至るものである。されども神は飽く迄も天人の養成器たる人間を愛し給ふが故に、可成く彼等に接近し、彼等の心の中に流入せむとし給へども、彼等は却て之を恐れ、雲霞と逃去つて、忽ち地獄界に飛び入り、又彼等と相似たる自愛を有する者と相交はらむとするものである。……灯台下暗し、足許から鳥が立つても分らぬ盲聾ばかりであるぞよ。神は一人なりとも助けたさに、いろいろと諭せども、こはがりて皆逃げて帰ぬ者ばかりで、助けやうはないぞよ。神は可哀相なれども、余り人民が欲に呆けて、霊を悪神に曇らされてゐるから、真の事が耳へ入らぬぞよ。神も助けやうがないぞよ……と歎声をもらされてあるは、かかる人間に対して愛憐の涙を注ぎ給うた聖言である。 初稚姫の御再誕なる大本開祖は、神命を奉じて地の高天原に降り、万民を救はむと焦慮し給ふに引替へ、其肉身より生れ出でたる肉体に正反対のものあるは、実に不可説の深遠微妙なる御神策のおはします事であつて、大本神諭に……吾児に約まらぬ御用がさして善悪の鏡が見せてあるぞよ云々と。信者たる者は此善悪両方面の実地を観察して、其信仰を誤らない様にせなくてはならぬのである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二九旧一一・一二・一三松村真澄録)