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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 05 鞘当 第五章鞘当〔一二五九〕 ランチ将軍は慌しく奥の吾居間に帰つて見ると、清照姫、初稚姫及び片彦将軍がニコニコとして、火鉢を真中に三つ巴形となつて喋々喃々と笑ひ声を洩らして居る。ランチ将軍は之を見てやけて耐らず、忽ち一刀を引き抜き、片彦将軍をめがけて梨割にする所だが、遉二人の女にはしたない男と思はれてはとの考へから、腹立をグツと圧へ、態と素知らぬ顔して其場に進み入つた。されど其唇と云ひ手と云ひ足の先迄激しき震動を感じて居た。怒りの頂上に達した時は全身が激しく動くものである。片彦はランチ将軍の入り来りしを見て、眥を下げ、 片彦『ヤア是は是は将軍殿、何処におはせられた。いやもう二人のナイスに手を引かれ、甘酒にもりつぶされ、いかい酩酊を致して厶る、御無礼の段は平にお赦し下さいませ』 ランチ『別に尖めも致さぬが、苟くも将軍の身をもつて、即ち三軍を指揮する尊き職権を有しながら、作法を弁へず、拙者の不在中に女に現をぬかし、何の態で厶る。些とおたしなみなさい』 片彦『ヤアお説一応御尤も、拙者も部下に対して模範を示さねばならない重要の地位に立てるもの、女なんかに心を蕩かすやうな柔弱なものでは厶らぬ。併し此等両人、某に熱烈なる恋愛を注ぎ申すにより、無下に捨つるも男の情ならじと、迷惑ながら女に導かれ此処に参つた処で厶る。イヤ如何に固造のかた彦も、女の魔力には敵し得ず、骨も節もゆるみ、さつぱりガタ彦となつて了ひました。先程迄は此ナイス、貴方に熱烈なる愛を捧げて居たやうですが、もはや此通り、屋外に冷たき雪が降つて居りますれば、貴下に対する両人の恋情も冷やかになつたと見えますわい。どうかして此中の一人を貴方の御用をさせたいと思ひますが、どうしたものか、両人共首を左右に振り、ランチキ将軍のお世話にならうとも又お世話をしようとも申しませぬ、イヤもう此片彦もかたがたもつて迷惑でも何でも厶らぬ。アハヽヽヽ』 清照『モシ、ランチ将軍様、どこへ往つてゐやしたの、妾、どんなに探ねて居たか知れませぬよ』 ランチは此声に生返つたやうな心持になり、顔の色まで勇ましく、頓に元気づき、 ランチ『ヤア清照姫殿、誠に済みませなんだ、実は軍務上の件につき調査すべき事があり、暫く席を外して居りました』 清照姫『将軍様、そりや嘘でせう。妾がイヤになつたものだから、何処かへ隠れて居やしやつたのでせう、妾残念ですわ、アンアンアン、オンオンオン』 ランチ『エヘヽヽヽ、オイ片彦殿、如何で厶る、可愛いもので厶らうがな』 片彦『コレコレ清照姫殿、貴女は又変心をしましたか』 清照姫『ランチ将軍さまが、あの大きな目をむいて私に電波、イヤ電信を送つて下さつたから、どうしても返信(変心)をすべき義務があるぢやありませぬか、ホヽヽヽヽ』 片彦『アヽどうも仕方がない。どうせ片彦が二人の美女を左右に侍らせ、ナイスを一人で独占して居ても仕方がない。清照姫が変心したのも天の配剤だらう、イヤ清照姫、拙者は寛大なる勇猛心を発揮して、ランチ将軍にお任せ申す。唯今限り片彦の事は思ひ切り、ランチ将軍に貞節を尽したがよからう』 清照姫『オホヽヽヽ、あの片彦さまの虫のよい事、自惚もよい加減にして置かんせいなア。思ひもかけぬものに思ひ切れとは、マア何と云ふ自惚者だらう。好かぬたらしい。男と云ふものは、ほんとに自惚の強いものだよ』 片彦『ランチ殿、嘸御満足で厶らうのう、エーン、エーン、拙者は大に譲歩致して、年の若い初稚姫で満足致す、どうか拙者の雅量を認めて下さい』 ランチ『何なりと勝手に仰有い、両人共拙者の女で厶るぞ。ヘン馬鹿々々しい、拙者が黙言つて居るかと思つてよい気になり、図々しいにも程がある』 片彦『仰せられなランチ殿、拙者が何う致したのでもない、女の方から秋波を送り、女に頼まれて約束致せし迄の事、其女を拙者が貴下にお任せしようと云ふのだから、吾々は感謝をこそ受くべけれ、そのやうな、榎で鼻をこすつたやうな御挨拶は承はりたくない、コレ初稚姫殿、こんな分らない将軍の所に居らうよりも、私の居間に参りませう、貴女は永久に愛します』 初稚姫『エヽすかぬたらしい、私がいつ貴方を好きました。私は姉さまが好きな人が好きなのです、御免下さいませ』 片彦『何だか外の陽気が変つたと思へば、初稚姫様の鼻息までが変つて来たわい、ハヽ、ウン、分つた、恥かしいのだな、人前を作つて居るのだな。ウンウンヨシヨシ可愛いものだな』 と口の奥で呟いて居る。初稚姫は鋭敏な耳に此声を聞き知り、 初稚姫『モシ、片彦さま、「可愛いものだ」などと云うて下さいますな、妾、胸が悪くなりました』 ランチ『アハヽヽヽ、片彦殿、如何で厶る、色は年増が艮刺すと云ふ事を御存じかな。アハヽヽヽ』 片彦『チヨツ、エーエイ』 ランチ『片彦殿、チヨツ、エーエイとは御無礼では厶らぬか、上官の命令だ、この場を退却めされ』 片彦は鶴の一声、已むを得ず、 片彦『ヘーエ』 と嫌さうな返事をしながら二人の女に心を残し、次の間に飛び出し、襖の外から上下の歯を喰ひ締めたまま唇をパツと開き、 片彦『イーン』 と云ひながら、拳骨で二つ三つ空を打ち、 片彦『チヨツ、上官の命令だなんて、チヨツ、馬鹿にして居る、併し仕方がない、俺も上燗で一杯やる事にしよう、お民でも相手にして』 と云ひながら、すごすごと帰り往く。 ランチは片彦を室外に突き出し、二人の美人の中央に色男気取りで胡床をかき、目を細くしながら、 ランチ『これは清照姫殿、其方は此ランチの眼をよけて、いつの間にか片彦と以心伝心とやらをやつて居たのぢやないか』 清照姫『ハイ別に左様な事はありませぬ。併しながら貴方も好きですが、片彦さまの抱持さるる思想が気に入りましたから、それで私は片彦さまは何うでも宜敷いが、新しい思想だと思つて、其思想に惚れ込んで居ます。貴方が、私の思想と同じ思想をもつて下さらば、此位嬉しい事はありませぬ。実は貴方に対しては肉体美を愛し、片彦さまに対しては其思想を愛して居るのですよ』 ランチ『片彦の新思想とはどんな思想だ、俺だつて思想については、先繰り新しい書物をあさつて居るから、片彦には負けない積りだ、一体どんな事を云うて居るのだな』 清照姫『ハイ、片彦さまの思想はどうかと存じまして探つて見ました所、本当に惚れ惚れするやうな思想で厶いますよ。かいつまんで申せば、軍備不必要論者です、武備撤廃論者ですよ、そして平和な耽美生活を送りたいと云ふ、ほんとに新しい思想ですよ』 ランチ『片彦身軍籍にありながら左様な事を申したかな、それは中々もつて不都合千万……ぢやない、吾意を得たる、マヽヽヽ思想だ。ウン、さうして武術の事については、何う云うて居たな』 清照姫『武術家は臆病者だと云つて居られました。臆病者なるが故に世の中が恐ろしくなり、疑心暗鬼を生じ、敵なきに敵を作り、何人か自分を害するものはなきかと、心中戦々兢々として安らかならず、常に自己保護の迷夢に襲はれ、武術を練り、柔術などを稽古するのだと云うて居られました。ほんとに世の中に愛善の徳さへあれば、虎狼でも悦服して、決して其人に敵するものではありませぬ。況して人間に於てをやです、私はこの思想が大に気に入りました。心に邪悪分子を含んで居るものは、徒に人を怖がり人を恐るるものです。かかる人間が身を護るために剣術柔術を学ぶものです。地獄界に籍を有し、八衢に彷徨うて居るものが武術を志すものです、低脳児や殺人狂の徒が喜んで人命を奪ひ財産を奪ひ、或は人の国土を奪ひ或は人の子女を辱かしめ、悪逆無道の限を尽して英雄豪傑と誇り、其驕慢券とも云ふべき窘笑を、胸にブラブラ下げて居るのは、本当に時代後れだと片彦さまが仰有いましたよ』 ランチ『それだと云うて、世界に国家として存在する以上は軍備は必要だ。仮令ミロクの世となつても軍備の撤廃は出来ない、さう新思想にかぶれて仕舞つては駄目だ。一方に偏せず片寄らず、其中庸を往くのが最も安全の道だらうよ』 初稚姫『姉さま、ランチ将軍さまのお言葉は、本当に間然する所ありませぬが、併しながら三五教の治国別さまとやらを、深い陥穽へ突つ込み遊ばしたと云ふ事をチラリと聞きましたが、それを聞くと、本当にゾツと致しますね』 清照姫『さう、さうなの、アヽいやらしい、何とランチさまも甚い事をなさいます、私それを聞いて俄にこの人がどことはなしに嫌になつて来ましたよ。矢張片彦さまがお優しくて、仰有る事が新しうて、胸の琴線に触れるやうですわ』 ランチは慌てて、 ランチ『イヤイヤ決して私がしたのではない、片彦の計らひで致したのだ。彼奴は偽善者だから、其方達の前でそんな事を云うて居るのだ。彼奴は武断派の隊長、軍国主義の張本だ。併しながらあの治国別及び竜公と云ふ奴は、どうしても許す事の出来ない奴だ。これを許さうものなら、バラモン軍は根底より破壊せられなくてはならない、大黒主の大棟梁様に申訳ない、又竜公とやら、吾軍の秘書役を勤めながら敵に裏返つたのだから、陥穽に陥つて斃るのも自業自得だ、仮令愛する汝のためなればとて、是ばかりは赦す事は出来ない』 清照姫『妾この館に左様の人が九死一生の苦みをしてゐらしやるかと思へば、恐ろしくて仕方が厶いませぬ。どうか何処かへ雪見にでも連れて往つて下さいな』 ランチ『アハヽヽヽ、遉は女だな。気の弱い事を云ふものだ。併し其弱いのが女の特色だ、女の可愛い所なのだ。さらば、これより早速雪見の宴を催すため、入口の風景の佳き物見へ往つて、酒汲み交しながら楽しむ事と致さう』 清照姫『ハイ、早速の御承知、有難う厶ります。サア初稚姫さま、将軍の後について、少し遠うは厶いますが、物見櫓までお供を致しませう』 ランチ『この積雪に、女の足では行歩になやむだらう。幸ひ駕籠があるから、従卒に舁がしてやる』 初稚姫『姉さま、さう願ひませうかな』 清照姫『此丈の雪の中、どうせ駕籠で送つて貰はねば、とても歩けませぬわ』 ランチはポンポンと手を拍つた。次の間に控へて居た二人の副官は慌しく出で来り、 二人の副官『将軍様、何か御用で厶いますか』 ランチ『ウン、今日は稀なる大雪だ。四方は一面の銀世界、雪見の宴を催すから、お前達も供をせい。そして駕籠を五六挺持つて来いと云うて呉れ』 二人の副官は、 二人の副官『ハイ』 と云つたきり早々に此場を立つて出でて往く。 ランチは、アーク、タール、エキス、蠑螈別等の所在を従卒に命じ探さしめ、雪見に伴ひ往かむとしたが、折柄の積雪に埋もつて居たため発見する事が出来なかつた。此時お民は片彦将軍の居間に招かれて、いろいろと片彦の意味ありげな話に、膝をモヂモヂさせながら苦しさうに時を移して居た。ランチ将軍は四人の姿の見えざるに、どこか雪見でもする積りで郊外に往つたのだらうと思ひ、二人の副官と二人の美人を伴ひ、五人連れ駕籠に揺られながら物見櫓をさして進み往く。地上二尺許りの積雪に、駕籠舁の足音はザク、ザク、ザクと馬丁が押切りにて馬糧を切るやうな音をさせ、綺麗な雪道にスバル星を数多印しながら、漸くにして物見櫓に安着した。此処に炭火を拵へ、酒の燗をなし、雪見の酒宴を催す事となつた。 一方片彦はランチ将軍が二人の女を伴ひ、物見櫓に雪見の宴を張つて居ると云ふ事を、従卒の内報によつて聞き知り、大方蠑螈別其他も同伴せしならむと、二挺の駕籠を命じ、お民と共に宙を飛んで物見櫓をさして進み往く。 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六加藤明子録)
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(2460)
霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 07 六道の辻 第七章六道の辻〔一二六一〕 精霊界は善霊悪霊の集合する天界地獄の中間的境域にして、之を天の八衢といふ事は既に述べた所である。さて八衢は仏教者の云ふ六道の辻の様なものである。又人の死後此八衢の中心なる関所に来るには、いろいろの道を辿るものである。東西南北乾坤巽艮と、各精霊は八方より此関所を中間として集まり来るものである。東から来る者は大抵は精霊の中でも良い方の部分であり、さうして三途の川が流れてゐる。どうしても此関所を通らなければならないのである。又西から来る者は稍魂の曇つたものが出て来る所であつて、針を立てたやうな、所謂剣の山を渉つて来る者である。ここを渉るのは僅に足を容るるだけの細い道がまばらに足型丈残つて居つて、一寸油断をすればすぐに足を破り、躓いてこけでもしようものなら、体一面に、針に刺されて苦しむのである。又北から来る者は冷たい氷の橋を渡つて来る。少しく油断をすれば幾千丈とも知れぬ深い泥水の流れへ落ち込み、そして其橋の下には何とも云へぬ厭らしい怪物が、鰐の様な口をあけて、落ちくる人を呑まむと待つてゐる。そして其上骨を刻む如き寒い風が吹きまくり、手足が凍えて、殆ど生死の程も分らぬやうな苦しい思ひに充されるのである。又南の方から来る精霊は、山一面に火の燃えてゐる中を、焔と煙をくぐつて来なくてはならない。之も少しく油断をすれば煙にまかれ、衣類を焼かれ、大火傷をなして苦しまなくてはならぬ。併しながら十分に注意をすれば、火傷の難を免れて八衢の中心地へ来る事を得るのである。又東北方より来る者は寒氷道と云つて、雪は身を没するばかり寒い冷たい所を、野分に吹かれながら、こけつまろびつ、死物狂ひになつて数十里の長い道を渉り、漸くにして八衢の中心地へつくのである。又東南より来る精霊は、満目蕭然たる枯野ケ原を只一人トボトボとやつて来る。そして泥田やシクシク原や怪しき虫の居る中を、辛うじて中心地へ向ふのである。又西南より来る精霊は、崎嶇たる山坂や岩の上をあちらへ飛び此方へ飛び、種々の怪物に時々襲はれながら、手足を傷つけ、飛んだり転げたりしながらに、漸く八衢の中心地に出て来るものである。又西北より来る精霊は、赤跣足になり、尖つた小石の路を足を痛めながら、漸くにして命カラガラ八衢へ来るものである。併しながら斯の如き苦しみを経て各方面より之に集まり来る精霊は、何れも地獄へ行くべき暗黒なる副守護神の精霊ばかりである。而して各方面が違ひ苦痛の度が違ふのは、其精霊の悪と虚偽との度合の如何に依るものである。又善霊即ち正守護神の精霊は、何れの方面より来るも、余り苦しからず、恰も春秋の野を心地よげに旅行する様なものである。これは生前に尽した愛善の徳と信真の徳によつて、精霊界を易々と跋渉する事を得るのである。善の精霊が八衢へ指して行く時は、殆ど風景よき現世界の原野を行く如く、或は美はしき川を渡り、海辺を伝ひ、若くは美はしき花咲く山を越え、或は大河を舟にて易々と渡り、又は風景よき谷道を登りなどして漸く八衢に着くものである。正守護神の通過する此八衢街道は、殆ど最下層天国の状態に相似してゐるのである。而して八衢の関所は正守護神も副守護神も、凡てのものの会合する所であつて、此処にて善悪真偽を査べられ、且修練をさせられ、いよいよ悪の改善をする見込のなきものは、或一定の期間を経て地獄界に落ち、善霊は其徳の度に応じて、各段の天国へそれぞれ昇り得るものである。 針の山を越えて漸く此処に息も絶え絶えにやつて来たのは、バラモン教の先鋒隊片彦将軍であつた。片彦は赤門の前に意気揚々と、ヤレ楽だといふやうな気になつてやつて来ると、赤白の守衛は、 赤白の守衛『暫く待てツ』 と呼びとめた。片彦は物見櫓の上から谷底へ真逆様に投げ込まれ、肉体の死んだことは少しも気がつかず、依然として現界に居るものの如く信じてゐた。それ故守衛の一喝に会ひ、少しも騒がず、 片彦『拙者は大自在天大国彦神の教を奉じ、且つ数多の軍勢を率ゐて斎苑の館へ進軍の途中、浮木ケ原へ陣営をかまへて、戦備をととのへゐる、宣伝使兼征討将軍片彦で厶る。某は酩酊の余り、道にふみ迷ひ、実に烈しき針の如き草木の茂れる霜の山を通り、漸く此処までやつて来たもので厶る。此処は何といふ所で厶るか、少時休息を致すによつて、腹も余程減つたなり、体も疲れたから、酒でもふれまつてくれまいか、あつい茶があれば、一杯戴きたいものだ』 赤の守衛は目をギロリと剥き、 赤の守衛『当関所は霊界の八衢にて、伊吹戸主神の御関所だ。其方は浮木の森の陣営に於て、ランチ将軍の副官に後手に縛られ、谷川へほり込まれ、絶命致して此処へ迷うて来た精霊だ。精霊の中でも最も憎むべき、汝は悪霊だ。サア此処に於て、其方の罪の軽重を査べてやらう』 片彦『ヘヽー、何を吐しよるのだ。馬鹿にするな。俺は酒にこそチツとばかり酔うたが、死んだ覚はない。一体ここは何処だ。本当の事を申さぬと、此儘にはすまさないぞ。大方其方は往来の路人をかすめる泥棒だらう』 赤の守衛『馬鹿だなア、確り致さぬか、そこらの光景を見よ。これでも気がつかないか』 片彦『別にどこも変つた所がないぢやないか、世間並に樹木もあれば、道路もある。小さい池もあれば川も流れてゐる。人間も道々沢山に出会つて来た。左様な事を申して、吾々を脅迫しようと致しても、いつかないつかな誑されるやうな片彦将軍ではないぞ。左様な不都合な事を申すと、ふん縛つて陣営につれ帰り、火炙りの刑に処してやらうか、エエーン』 赤は片彦の手をグツと後へ廻し、鉄の紐にてクルクルとまきつけ、伊吹戸主の審判廷へ引き立てた。 片彦『ヤア此処は何だか妙な処だ。俺をかやうな所へ、縛つてつれて来るとは何事だ』 赤の守衛『先づ待つてゐろ、これから地獄行の言渡しがあるから……』 と云ひすて、青色の守衛に片彦を任せおき、慌しく表へ駆け出した。少時あつて、青赤の衣類をつけたる、いかめしき守衛や獄卒の如き者ドカドカと入り来り、片彦の身辺を取巻き、どこへもやらじと厳重に警戒してゐる。片彦は金剛力を出して、鉄の綱を引きちぎり、片方の腰掛をグツと手に取るより早く、前後左右にふりまはし、館の戸を無理に押開け、八衢の赤門前へ驀地に走り来り、門の敷居に躓きパタリと倒れ、暫しは人事不省に陥つて了つた。 暫くするとランチ将軍及びガリヤ、ケースの三人は、東の方からスタスタと足早に走り来り、 ランチ『オイ両人、此処はどこだ、そこに門番が居る。一寸尋ねて来い』 ガリヤ『ハイ、承知しました。何だか、四辺の情況が怪しう厶います。どうぞ、貴方はケースと共に少時ここにお待ちを願ひます』 と云ひ棄て、門口近く進み寄つた。見れば一人の男が倒れてゐる。何人ならむと近寄つて顔をのぞき見れば、豈計らむや片彦将軍であつた。ガリヤは驚いて、ツカツカと元来し道へ引返し、 ガリヤ『モシ、将軍様、不思議な事があるものです。物見台から谷底へ投込んで殺してやつた片彦将軍が、あの門の中べらに倒れて居ります。片彦将軍はいつの間にこんな所へ逃げて来たのでせうか』 ランチ『成程、ここから見ても、よく似てゐる様だ。ハヽー、誰かに助けられ、此処まで逃げて来よつたのだなア。大方酒にでも酔うてゐるのだらう。何はともあれ、近づいて査べてみよう』 といひながらランチは進みよつた。そしてよくよく見れば、疑もなき片彦将軍である。ランチは肩を切りにゆすり、 ランチ『オイオイ片彦、貴様は命冥加のある奴だ。早く起きぬかい、かやうな所でイビキをかいて寝て居るといふ事があるか』 片彦は此声にハツと気がつき、ムクムクと起き上り、 片彦『ヤア、其方はランチ将軍、ガリヤ、ケースの三人だなア。ヤア良い所で会うた。此方を高殿から突落しよつたのを覚えて居るか。斯くなる上は最早了簡相成らぬ。サア尋常に勝負致せ』 ランチ『アハヽヽヽヽ、蟷螂の斧をふるつて竜車に向ふとは其方の事だ。こちらは武勇絶倫の勇士三人、如何に汝鬼神をひしぐ勇ありとも、到底汝一人の力に及ばむや、左様な無謀な戦ひを挑むよりも、体よく吾軍門に降つたら何うだ』 片彦『馬鹿を申せ、此方を谷底へ投込んだのみならず、最愛の清照姫、初稚姫まで横奪した恋の仇、モウ斯うなる上は片彦が死物狂、命をすてた此方、サア、かかるならかかつてみよ』 ランチ『ヤ、片彦、あの美人は妖怪で厶つたぞや。拙者もあの美人が虎とも狐とも狼とも譬方ない形相をして、拙者を睨みつけた時は、本当に肝をつぶし、ヨロヨロとヨロめいた途端に、高殿の欄干に三人一時にぶつ倒れ、其はづみに高欄はメキメキとこはれ、泡立つ淵に向つて三人は急転落下の厄に遇ひ、已に溺死せんとする所、命冥加があつたと見え、吾々三人は岸に泳ぎつき、無我無夢になつて此処まで走り来て見れば、門の傍に一人の行倒れ、救ひやらむと、ガリヤを遣はし調べて見れば片彦将軍と聞き、取るものも取敢ず救助に向つたのだ。最早彼の女が妖怪であり、又拙者が貴殿と同様、高殿より水中におち、双方無事に命を保ち得たのは、全く大自在天様の御守護の致す所だ。モウ斯うなる上は、今迄の恨をスツパリと水に流し、旧交を温めようぢやないか』 片彦『さうだ、拙者も斯うして命の繋げた限りは、貴殿と別に赤目つり合うて争ふにも及ぶまい。何分宜しく御頼み申す。併しランチ殿、此処は不思議な所で厶る。この門内に高大なる館があり、数多の番卒共が立籠り、拙者を軍法会議に附せむと致しよつた。そこで拙者は後手に縛られた鉄の綱を剛力に任せて切断し、門の戸を押破り逃来る途中、門の閾に躓き顛倒して、暫く目をまはしてゐたのでござる。そこを貴殿がお助け下さつたのだから、命の御恩人、最早怨みは少しも御座らぬ、サ是より浮木の森の方角を尋ね、一時も早く陣営へ帰らうでは厶らぬか、さぞ軍卒共が心配を致して居りませう』 斯かる所へ、ヒヨロリヒヨロリとやつて来たのはお民であつた。 片彦『ヤア其方はお民どのぢや厶らぬか、ようマア拙者の後を尋ねて来て下さつた。ヤア感謝致す』 お民『ハイ、ここは何処で厶いますか』 片彦『サア地名がサツパリ分らないのだ。最前も赤い面した奴が一人やつて来よつて、八衢だとか関所だとか威かしよつたが、俺の勢に辟易して、何処ともなく消え失せて了ひよつた。アツハヽヽヽヽ、併しお民、俺を慕ふ心が何処までも離れぬと見えて、こんな名も知れない所まで、よくついて来てくれた。イヤ本当に優しい女だ』 お民『あの片彦様の自惚様わいのう。私には蠑螈別さまといふ立派な夫が厶いますよ。あなたは人の上に立つ将軍の身でゐながら、主ある女に恋慕するとは余りぢやありませぬか、チツと心得なされませ』 片彦『言はしておけば、女の分際として、聞くに堪へざる雑言無礼、いよいよ軍法会議にまはし、其方を重き刑罰に処してやるから、覚悟を致したがよからう』 お民『ホヽヽヽヽ、あなたも余程常識のない方ですね。軍人でもないもの、而も軍隊に何一つ関係のない此女一人をつかまへて、軍法会議にまはすなんて、余り常識がなさ過ぎるぢやありませぬか、ねえランチ将軍様、まるで片彦将軍は八衢人足みたやうな方ですねえ。ホツホヽヽヽ』 ランチ『サア、どうかなア』 片彦『コリヤお民、何といふ無礼な事を申すか、八衢人足とは何だ。畏くも大自在天様の御恩寵を受けた、万民を天国に救ひ、且つ世界の動乱をしづめる宣伝将軍様だぞ。八衢にさまよふ奴は、其方や蠑螈別の如き人足だ』 お民『ホツホヽヽヽヽ、私が八衢人足なら、あなた方皆さうですワ。現に八衢の関所へ迷つて来てゐるぢや厶いませぬか。あれ御覧なさい、あすこに館が厶いませう。あこが閻魔さまのお館で厶いますよ。何れここで、私もあなた方も取調べられるにきまつてゐます。其時になれば私が天国へ行くか、あなた方が地獄へお落ち遊ばすか、ハツキリと分りませうから、マア楽んでお待ちなさいませ』 片彦『コリヤお民、其方は狂気致したか、死んでるのぢやないぞ。今から亡者気取りになつて何とする。コレコレランチ殿、お民に気つけを呑ましたいと思ひますが、生憎途中にて肝腎の薬を遺失致しました。少しばかり貴方の分を与へてやつて下さい』 ランチ『拙者も川へ落込んだ刹那、肝腎の霊薬を川へ落したと見えます、仕方がありませぬワ』 お民『ホヽヽヽヽ、私の方から気付を上げたい位だが、私も生憎持合せがないので、仕方がありませぬ。併しながら今赤鬼さまがお調べ下さるでせうから、其時になつてビツクリなさいますなや、本当にお気の毒さまですワ。あなたの霊衣は浮木の森の陣営に厶つた時とは大変に薄くなつてゐますよ。気の毒な運命が、あなた方の頭上にふりかかつて来てるやうに思へてなりませぬワ』 片彦『気の違つた女といふものは、どうも仕方がないものだなア』 斯く話す所へ、今度は十人ばかりの赤面の守衛が突棒、刺股などを携へ、いかめしき装束をして、バラバラと五人の周囲を取巻いた。 ランチ『拙者はバラモンの先鋒軍、ランチ将軍で厶る。其方は何者なるや知らねども、其いかめしき形相は何事ぞ。それがしを護衛の為か、但は召捕る考へか、直様返答を致せ』 守衛の一『ここは霊界の八衢だ、其方等は已に肉体を離れ、ここに生前の業の酬いによつて、今や審判を受けねばならぬ身の上となつてゐるのだ。サア神妙に冥土の御規則に従ひ、此衡の上に一人々々乗つたがよからう、罪の軽重大小によつて、其方の行くべき所を定めねばならぬ。サ、キリキリと此衡にかかれ』 ランチは双手を組み、 ランチ『ハーテナア』 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 08 亡者苦雑 第八章亡者苦雑〔一二六二〕 精霊が肉体を脱離して、精霊界の関所に来つた時、其初の間の容貌は、彼が尚現界に居た時同様の面貌を有し、其音声や動作及背の長短など少しも違はない。此時は尚外分の情態に居つて、其内分が未だ開くるに暇なき故である。稍あつて其面貌、言語などは追々と転化して、遂には全く以前の姿と相異するに至る。何故斯かる変化があるかと云ふなれば、彼精霊が現界に在つた時、其心の内分に於て、最も主となりたる愛即ち情動の如何によつて、其面貌は転化し、其情動に相応するが故である。蓋し彼の精霊は尚其肉体中に在つた時、此愛即ち情動を以て唯一の生命としてゐたからである。又人間の精霊の面貌は其肉体の面貌と決して同一のものではない。肉体の面貌は父母より遺伝さるる所なるを以て、何となく両親の面貌や声調に似て居る所あれども、精霊の面貌は愛の情動の如何に依つて定まる故に、其面貌は情動の証像といつても可いのである。 精霊が肉体を脱離した後、即ち現界人の見て死と云ふ関門を越えた時、精霊が現ずる所の面貌其ものは即ち愛の情動の証像である。此時は既に外分は除き去られて内分のみ現はれ出づる時である。併し死して未だ時を経ざる精霊に於ては、其面貌や音声にて、知己たり兄弟たり親たり親族たるを一目にて認識し得れども、時を経るに従つて互に相知り能はざる迄に変化するものである。 愛善の情動を有するものは其面貌美はしく且何処ともなく気品あり、光明に輝けども、悪しき情動に居るものの面貌は実に醜穢にして一見して妖怪ならむかと疑はるるばかりである。凡て人間の精霊は其自性上より見れば、情動其ものに外ならない。そして此面貌は情動なるものが外面に現はれたものである。斯の如く面貌の転化するのは、霊界に在つては吾に非ざる所の悪しき情動を詐り装ふ事を得ない。従つてわが有する所の愛と相反したる面貌を装ふ事も得ないのである。霊界に在る精霊は、皆其思想の儘に現出し、其意思のままを面に現はし、又身体の各部に現はるべき情態に居るが故に、一切の精霊の面貌は、要するに其情動の形態であり又証像である。故に現界に於て互に相知り合うた者は、精霊界に於て之を知るを得るのである。但高天原と根底の国に於ては最早斯の如き事はない。故に其知己なりしや、兄弟なりしや、親子なりしやを自ら知る事は甚だ難いのである、否絶無と云つても可い位である。 精霊は死後漸次に其面貌及音声の変化を来すと雖も、偽善者の精霊の面貌は他よりも遅れて変化するものである。彼等の内分即ち心は常に善き情動を模する事に慣れて居るからである。故に之等の精霊は久しく本来の醜悪を暴露せないものである。されど其虚偽の鍍金は次第に逐うて取除かれ、又自ら剥げるが故に、その所成の内分は其情動本来の形態に従つて変容せなくては止まないのである。かくなつた時には偽善者は其本値を暴露され、醜陋を極め、実に悲惨なものである。又偽善者は現界に在つても神の如く天人の如く、智者真人を装ひ、霊界の事を極めて詳細に言説する様であれども、其内分には只々自然界のみ是認して、実際に神格を認めず、従つて高天原の状態や或は神の御教などを否定してゐるものである。故に之を霊界にては偽善者として取扱はれるのである。これに反し、情動益々内的にして、高天原に順適する事益々大ならば、其面貌は実に美を極めたものである。何故ならば、彼等は実に天界の愛其ものを以て吾心となし吾容貌となすが故である。又其情動外的にして、真理を覚らず、神を愛せず且聖言を信ぜざる者は所謂高天原の情態に反くが故に、其面貌は暗く醜く、現界に在りし時よりも益々劣つて陋劣醜悪になるものである。大本神諭に……神代になれば顔容の綺麗な者よりも心の綺麗な者が、神の目には立派に見えるぞよ、何程美しき顔をして居りても、偉さうに致して居りても、神の前に参りたら忽ち相好が変るぞよ、身魂相応の肉体が授けてあるぞよ云々……と示されたるは、即ち精霊に対する戒めであつて、霊界に於ける精霊の情態に対して適確な御教示と云ふべきである。故に霊界に在る者は、其内分の度の如何に依つて、円満となり善美となり、外分に向ふに従つて欠損し行くものである。故に最高第一の天国及霊国の天人の面貌や姿の美しさは、如何なる画伯があつて其技術を尽し、霊筆を揮ふとも、其美貌や光明なり活気凛々たる姿の万分の一をも描き出す事は出来ない。されども最下層の天国霊国に在る者は、最も熟練せる有名なる画伯が丹精をこらし、其技神に入り妙に達した時初めて、多少其面貌を描き得て、其真相の一部を現はし得る位なものである。 ランチ将軍、片彦将軍、ガリヤ、ケースの両副官は関所の門口にて赤面の守衛に一々身許調べを執り行はれた。先づ第一に調べられたのは到着順として片彦将軍であつた。片彦将軍は生前より最も頑強にして偽善強く、且バラモン教の宣伝使を兼ねながら、其内分に於て少しも神を認めず、只現代の宗教家の如く、神を利己の為の手段とするに過ぎなかつた。而して数多の人間を、一方には天界地獄の道を説いて、愚昧な者を或は喜ばせ或は驚かせ、自分の善徳者にして且賢者なる事、又神の代表者なる事を思惟せしめ、一方には武力を以て其言説を信ぜざる者は、或は打殺し、或は苦め、漸くにして其威信を保ち、無理槍に秩序を維持してゐたのである。それ故死後直に面貌転化すべき精霊界に来りながら、容易に其転化を来さなかつた。 赤の守衛『其方は何年何月何日、何れの所に於て、何々の処女を姦淫致したであらうがな。そして又何年何月何日何時何十分、何処に於て人の妻女を私かに姦し、其女を誑かし、沢山の金をむしつたであらうがな』 と掌を指す如く指示されて、流石の片彦も返答につまり、 片彦『ハイ』 と言つたきり、俯いて了つた。 赤の守衛『間違はないか、間違があるなら、あると申せ』 片彦『ハイ、余り永い事になりますので、スツカリ忘れて居りましたが、さう承はりますと間違は厶いませぬ』 赤の守衛『姦淫に関する事は之ばかりか、まだ外にあるであらう、一々有体に申上げツ』 片彦『ハイ、余り件数が多いので俄に返答に困ります』 赤の守衛『其方が言はずとも、此帳簿にスツカリつけてある。コレ此通り、随分厚いものだらう、第一号より第九百九十五号まで、姦淫に関する事件ばかりだ。一々読み聞かさうか』 片彦『ハイ、決して嘘とは申しませぬ、読んで頂きましては実に苦しう厶います。どうぞ御省略を願ひます』 赤の守衛『馬鹿を申せ、自分が勝手な事を致しておいて、此処で大勢の前に曝されるのが辛いと云つて、省略せよとは、以ての外の奴だ、片彦、顔をあげて見よ、此通り汝の審判に就いて、諸天人が縦覧に来てゐるぞ』 片彦『ハイ、是非には及びませぬ、何卒御規則通り願ひます』 赤は一々大声を発して、第九百九十五号まで一言も洩らさず読み上げた。其詳細なること実に驚くばかりで、片彦が記憶を去つてゐた事を数多、場所刻限相手方の年齢及び自分の女に対して云つた事、又女が答へた事、其他手足の動かし方までテツキリと読み上げられ、暗がりの恥を明るみにさらされ、頭を抱へて冷汗をタラタラと流し、真赤な顔して慄うてゐる。 赤の守衛『これに間違はないか、間違がなければ爪印を致せ』 片彦『ハイ』 と云ひながら、怖る怖る其帳面に「拙者の生前の行状、此記録に寸分相違御座なく候、片彦将軍」と記し、拇印を捺した。 赤の守衛『ウン、之でよし、それから其方は生前に於て詐欺を致したであらう。又チヨイチヨイ窃盗も致したであらう。強盗も致したであらう。賄賂も取つたらうがなア。それから殺人傷人は申すに及ばず、神の道を誹り、人を誹謗し、他人の事業を妨害し、体主霊従の有丈を尽したであらう。サア一々自白を致せ』 片彦『ハイ、モウ何卒こらへて下さいませ。余りで厶います』 赤の守衛『馬鹿を申せ、一分一厘間違のない様に取調べるのが、八衢の関所だ。何程手間がいつても、左様な簡略な事が出来ようか』 片彦『何とマア細かしい事まで御存じで厶いますな。仰せの通り悪といふ悪は残らず、大なり小なり皆普遍的にやつて参りました。併しながら此お関所は吾々の悪事ばかりを摘発なさつて、善は少しもお認めにならないのですか。随分私も悪い事も致しましたが、又此悪事を償ふ丈の善事をやつて来た積で厶います』 赤の守衛『其方は饑餓凍餒の民を助けた事もある。又水中に陥り溺死せむとする人間も少しばかりは助けて居る。荒野を開き耕作を奨め、米麦の収入を社会に殖やし、公益を計つた事もある。併しながら此善はすべて汝の声名を遠近に現はさむ為の善にして、所謂自利心より出でたるものである。自愛の為の善は凡て偽善である。最初から悪人を標榜して悪を働いた人間に比すれば、却て其方の心と行ひは、それより以上悪きものである。汝は生前に於て愛の為の愛を励み、善の為に善を行ひ、信の為の真を尽した事は、只の一回もない。徹頭徹尾一生の間、悪事ばかりを致して来たぞよツ。之に対して弁解の辞あるか』 と呶鳴りつけた。 片彦『左様に厳しく仰せられましては、現界の人間は此関所で及第する者は一人もないぢやありませぬか。神様は何事も至仁至愛の徳を以て、許々太久の罪穢を神直日大直日に見直し聞直して下さると聞きましたが、私よりもモツトモツト悪い人間は、現界には沢山居りまする。現に此ランチ将軍だつて、拙者を高殿の上から、計略を以て谷川へ投込んだ悪人で厶います。大黒主の大棟梁だつて、最前私をお調べになつた諸々の条件以上の悪事が厶います。一体それは何うなるので厶いますか』 赤の守衛『左様な事を申して、人の事迄斯様な所で暴露せむと致す其想念が所謂大悪だ。益々以て許す事罷ならぬ。汝聊かにても良心があれば、仮令大黒主、ランチ将軍に悪事ありとも、汝は長上の身の上を思ひ、凡ての悪事を吾身一身に引受けるといふ忠義の心がないか。益々以て極重悪人奴、高天原の全権を掌握し給ふ厳の御霊、瑞の御霊の大神の御教を極力誹謗し、尚も進んで畏くも瑞の御霊の現はれ給ふ地上の高天原斎苑の館へ攻めよせ、仮の宮を毀ち、大神を亡ぼさむと迄考へたであらう。否現に数多の軍勢を引率れて河鹿峠まで進み、治国別の言霊に打ち砕かれて遁走し、卑怯未練にも浮木ケ原に陣営を構へ、陣中の規則を破り、若き女に目尻を下げ、涎を垂らかし、肝腎の軍職を忘れむと致したであらうがなア』 片彦『ハイ、それは現に此処に居りまするランチ将軍の方が余程キツウ厶いました』 赤の守衛『又、他人の事を誹謗致すか、不届至極の曲者奴、これより先づ予審が済みたによつて、其方は本調べに着手する。部下の番卒共、片彦を館の中へ拘引めされ』 (番卒たち)『オウ』 と答へて四五人の番卒は片彦を引立てて、館の中に伴れて行く。 赤の守衛『サア是からランチの番だ。其方は姦淫に関する罪の件数も、片彦に比しては随分多い様だ。併しながら其方は詐欺窃盗強盗及誹謗等の罪は、感心な事には少しも厶らぬ。併しながら、主命とは云ひながら、斎苑の館に進軍せむと致した其罪は問はねばならぬ。それよりも最近に於て犯した、片彦を計略にかけて之なる両人と共に物見櫓より谷川に投げ込み恋の仇を亡ぼさむと致した此罪は容易でない。併しながら悪人が悪人を虐待致したのだから、之は相見互と云つてもいい位なものだ。併し其心の罪は問はなくてはならぬ。何うぢや、間違はなからうがなア』 ランチ『ハイ、決して間違は厶いませぬ、ヤ、もう恐れ入りました』 赤の守衛『其方はハルナの都の大黒主を善人と思ひ、或は神の代表者として尊敬致すか。但しは神素盞嗚尊を悪神と信じ、極力排斥せむと思つたか、其返答を聞かう』 ランチ『ハイ、素盞嗚尊を悪神だと思へばこそ勢込んで征伐に向ひました。そして又大黒主様は此世の救主否霊界までも救ひ下さる大神様と信じたればこそ、今日まで忠実に仕へて参りました』 赤の守衛『成程、比較的正直な奴だ、さうなくては叶はぬ。併し一つ尋ねるが、汝の恋の仇たる片彦将軍を許さむとすれば、其方が上官の責任を以て代りに地獄へ落ちねばならぬ。汝は精霊界に十年許り修業を致し、其上第三天国へ進ましてやりたいのだ、又進むべき素質はある。併しながら部下の片彦を救ふ真心あれば、片彦と位置を変じ、彼を精霊界に上げてやらねばならぬ、其方の意見を承はりたい』 ランチ『これは六かしい問題で厶いますなア、早速に返答は申上げかねます』 赤の守衛『これ程分り切つた問題が、それ程六ケしいか。矢張其方はまだ偽善者の境域を脱し得ないとみえる。なぜ片彦の罪によつて御処分下され、拙者は拙者の生前の善悪に準じて御処分下されと、なぜ申さぬか。其方の心は今某の申した通りであらうがな。チヤンと其方の面体に文字によつて現はれてゐるぞ。其方は精霊界へ許すべき所なりしが、只今再び心に罪を作つたによつて、ヤツパリ地獄行だ。番卒共、伊吹戸主のお館へ引立てツ』 ランチ『ハイ、モウ改心を致します、同じ地獄へ行くのなれば、二人行つても一人行つても同じ事で厶います、何卒片彦を助けてやつて下さいませ、私が身代りになります』 赤の守衛『馬鹿を申せ、俄の改心は間に合はぬぞよ。其方の改心は怖さ故の改心だから、到底情状酌量の余地がない。サ早く番卒共、引立てられよ』 番卒は又もやランチを館へ引立てて行く。 赤の守衛『サア是からガリヤ、ケースの番だ。其方はバラモン教の大神を信じ、随分熱心に教をやつて来たものだ。そして若い時から比較的善もなさなんだが悪もなさなかつた。只惜しい事には主人に諛ひ、身の出世を致さむとして、片彦将軍を川中へ投落し、生命を奪はむとした、此罪は中々軽くない、併しながら彼等も悪人である、片彦が斯くなるは、自業自得、天運の尽きたる者なれば、之に対しては罪とすべきものではないが、その心はヤツパリ善いとは言はれぬ、地獄へ行く価値は充分にある。併しながらランチ将軍の命令で致したのだから、幾分か罪は軽い傾きがある。どうぢや、地獄へ之から即決によつて落してやらう、有難く思へ』 二人は口を揃へて、 ガリヤ、ケース『ハイ、どうぞ許して下さいませ。天国へやつて貰ふのは到底其資格は厶りませぬが、せめて精霊界に置いて下さいませ。其間に心を改めて善に立ち帰ります。どうぞ少時の御猶予を願ひます』 赤の守衛『然らば今天国の門を開くによつて一寸覗いて見よ、天国がよければ天国へやつてやろ、併し其方は最高天国へ行く事は出来ない、最下層の天国だ』 ガリヤ『ハイ、有難う厶います』 ケース『思ひもよらぬ御恩情を蒙りまして有難う厶います。死んでも忘れは致しませぬ、此高恩は……』 赤の守衛『アハヽヽヽヽ、其方は死んでゐるのを知らぬのか』 ケース『何時死んだか、テンと記憶が厶いませぬ。浮木の森から十里許り来た所に、此お関所があつて、天国地獄行の審判をなさる様に考へてをります』 赤の守衛『さうだろ、そりや其筈だ。人間は仮令肉体は腐朽するとも其情動と想念は儼然として永続するものだ。霊界は想念の世界だ、而して情動の変化によつて善悪正邪の分るる所だ』 ケース『ハイ、御教訓有難う厶います』 赤の守衛『サア、此岩の門を開くによつて、其方は直様に第三天国に進み行け、グヅグヅ致して居ると、天国の門がしまるぞ』 と云ひながら、パツと岩の戸を開いた。二人は矢の様に門内に進み入り、顔をあげて向方を見れば、何ものも見えず、烈しき光明に照され、目は眩み、胸はつまる如くに苦しく、頭はガンガンと痛み出し、手足は力脱け、恐怖心に駆られて、一歩も進む能はず、矢庭に踵を返し、再び八衢に転げ出た。 赤の守衛『どうだ、天国は結構だらう』 ガリヤ『ヤもう、天国の様な恐ろしい所は厶いませぬ、あの様な苦しい所なれば、最早行きたくはありませぬ』 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、汝の善徳未だ足らざる故、神徳に浴する丈の神力が備はつてゐないのだ。何程某が同情心を持つて、天国に助けてやらむとすれども、其方の内分が塞がつて悪に充ちてゐるから、如何とも助けやうがないわい。それだから常平生から神を信じ、神を理解し、善の徳を積んでおかねば、まさかの時になつて、こんな目に遇ふのだ。ヤツパリ雪隠虫は糞臭の中が極楽だ。汝は中有界におく訳にもゆかず、止むを得ないから、地獄界へおとしてやらう、地獄界の方が汝の身魂に相応してゐるから、結局楽なかも知れぬ』 ガリヤ『イエ滅相な、天国も叶ひませぬが、地獄は尚更叶ひませぬ、どうぞ何時までも中有界において下さいませ、ここが一番マシで厶います、なア、ケース、お前も天国には往生しただらう』 ケース『モシ、どうぞ、私も中有界において下さいませ。そして身魂に神徳がつみましたら、どうぞ天国へやつて下さいますやうに御願ひ致します』 赤の守衛『其方は、ランチ将軍の副官とまでなつたでないか、生死を共にすると誓言致したであらう』 ガリヤ『ハイ、私は副官で厶いましたが、片彦将軍の後任者に任命してやらうと仰有いましたので、余り嬉しさに、あゝこんな明君に仕へるならば、仮令どこまでもお供をしたいと思ひましたので、つひ申しました。併しながら、まだ実印は捺したのでも厶いませぬし、誓約書を出したのでも厶いませぬ、又将軍の辞令も頂戴致して居りませぬから、言はば立消え同様で厶います』 赤の守衛『其方はガーター勲章を頂戴する事になつてゐたであらうがな』 ガリヤ『ハイ、其話も厶いましたが、これもまだ未遂行で厶います』 赤の守衛『ケース、其方は久米彦将軍の後任者にして貰ふ約束であつたであらう。そして同じく勲章を頂く事になつて居つたであらう。それに間違はないか』 ケース『ハイ、仰せの通りで厶います、併しながらガリヤの申した通り、私も亦未遂で厶いますから、霊界へ来てまで、ランチ将軍さまのお供を致す義務は厶いますまい』 赤の守衛『汝両人は利己一片の代物だ。仮令三日でも主人と仰いだならば主人に間違はなかろ。其主人が地獄に落ちて艱難辛苦を致すのを、蚤にかまれた程にも感ぜず、自分のみ助からうと致す、其水臭いズルイ、ド性念、中々以て容易な代物でない。其方もヤツパリ地獄行だ、ランチ将軍と共に吊釣地獄へ行つて、無限の苦みを受けるがよからう』 ケース『それは余り胴欲で厶います。何卒今回に限り大目に見て下さいませ』 ガリヤ『ランチ将軍様、片彦将軍様は実にお気の毒でたまりませぬ、私も何処までもお供を致したいが山々で厶います、併し最早地獄へ墜ちられた両将軍、吾々が参りました所で何のお助けにもなりませぬから、どうぞ私を中有界にお救ひ下さいませ。御願ひ申します』 赤の守衛『番卒共、此等の両人をお館へ引立てよ』 (番卒たち)『アイ』 と答へて、又四五の番卒は両人を無理無体に門内深く引立てて行く。 赤の守衛『アーア、大変な悪い奴が来やがつて、随分骨の折れた事だ。ここに一人女が居るが、マア休息してゆつくりして査べることにしよう、白殿、拙者が休息の間、ここに代つて、此帳面を守つてゐて下さい』 といひすてて、暫く姿を隠した。 お民はツカツカと白の側に馴々しく進み寄り、 お民『モシお役人様、ここはヤツパリ霊界の八衢の関所で厶いますか。何だか最前からウトリウトリと致して居りましたが、ランチ将軍さまや、其他の三人のお方は、何処へ行かれました』 白の守衛『彼等四人は今や白洲に於て審判の最中です。私の考へではどうやら地獄落と見えます』 お民『それはマア気の毒な事で厶いますなア、何とか助けて上げる法は厶いますまいか』 白の守衛『到底冥土の法律を曲げるわけには行きませぬ。彼等は生前より地獄に籍をおいてゐるのですから、仮令天国へ何程吾々が上げてやらうと思つても、智慧証覚が開けてゐないから、仮令天国へ送つてやつても、苦しくなつて帰つて来ますよ。ヤハリ地獄代物です、それだから人は平素からの心掛と行ひが肝腎ですよ』 お民『私は随分悪い事をして来ましたが、ヤツパリ地獄へ行かねばなりますまいかなア』 白は帳面を繰りながら、 白の守衛『お前さまはお民さまと言つたね』 お民『ハイ、左様で厶います』 白の守衛『お前さまには蠑螈別と云ふ情夫がありますなア』 お民はパツと顔を赤らめながら細い声で、 お民『ハイ、お恥かしう厶います』 白の守衛『お前さまは、あの蠑螈別と一生添ふ積ですか』 お民『ハイ、先方さまさへ捨てて下さらねば、初めての男で厶いますから、どこまでも従つて参る積りで厶います』 白の守衛『モシ、蠑螈別が中途にお前さまを捨てて、外の女を拵へたら、其時は何うする考へですか』 お民『サア、其時になつてみないと分りませぬ、又蠑螈別さまの方から厭になつて捨てられるか、或は私の方から蠑螈別さまに愛想をつかして捨てて逃出しますか、其点は自分にも分つて居りませぬ』 白の守衛『成程、そこは正直な所だ、併しながら、蠑螈別に暇を貰ふか、或はお前さまの方から暇をくれた其後は、独身生活をやる考へですか、但は二度目の夫を持ちますか』 お民『理想の夫があれば、キツト持ちます、それでなくては狐独生活は苦しう厶いますからなア、折角人間に生れて来て、人間の交はりも出来ずに一生を了るやうな不幸な事は厶いませぬから………』 白の守衛『成程、イヤ感心だ、其心が所謂無垢だ、随分お寅婆アさまに気を揉ましたり、魔我彦に恋の焔を燃やさしたりして来ましたねえ、チヤンとここの帳面についてゐますよ』 お民『ハイ何分天稟の美貌に生れたものですから、一人の女に二人の男、本当に迷惑致しましたよ。私の方から惚れさしたのぢやありませぬ。蠑螈別さまだつて魔我彦さまだつて、勝手に先方の方から秋波を送られたのです。そして私は蠑螈別さまの方が余程理想的だと思つて心をよせたのです。お寅さまが怒るのはチツト無理解でせう、お寅さまは六十の尻を作つて、元より愛のない虚偽的の恋に翻弄され、自ら修羅をもやして、私を大変にお憎み遊ばすのですが、私はお寅さまの方が無理だと思ひますワ、どうでせう、私もヤツパリ地獄行の資格は具備して居るでせうか』 白の守衛『サア、私でもハツキリ分りませぬが、どうせ現界の人間は、悪のない者は一人もありませぬ、微罪を取上げて居らうものなら、サツパリ天国の団体が成立しませぬから、可成くは中有界において修業をさせ、一人でも多く天国へ上げたいといふ冥府の方針ですから、先づあなたは早速に天国へは行けずとも、中有界で修業の結果、早晩天国へ行けるでせう。併しながら、不思議なる事には、ランチ将軍始め、お前さままでが、まだ生死簿には生命が残つてゐる。斯様な所へまだ来る時でないが、五人が五人共不思議な事だ、コリヤ何か、霊界の思召のある事でせう』 お民『又現界へ帰られませうかなア』 白の守衛『何とも分りませぬな』 と話して居る所へ、ブラリブラリとやつて来たのは蠑螈別とエキスの両人であつた。遥向ふの方から、お寅婆アさまが白髪を振り乱し、 お寅『オーイオーイ』 と嗄声を張り上げながらやつて来る。蠑螈別はお民の姿を見て、驚いたやうな声で、 蠑螈別『お前はお民ぢやないか、どこへ行つてゐたのだ、エヽー、俺に酒を呑まして置きやがつて、片彦将軍に細目をつかひ、馬鹿にしたぢやないか。それからこんな処まで、蠑螈別を馬鹿にして、片彦将軍と駆落をして逃げて来よつたのだなア』 お民『ソラ何を言はんすのだい、蠑螈別さま、妾は浮木の森の陣営に於て、お前さまの脱線振をどれ程気遣ひに思つたか知れないよ。それだから片彦将軍に取入つて、お前さまの身の上を保護しようと思へばこそ、嫌で嫌でならぬ男をうまくあしらつてゐたのよ。私の心も知らずに余りだワ、ホンに憎らしい男だワ。冥土の八衢まで、女の尻を追つかけ来り、男らしくもない………サヽ早く帰りなさい、私もまだ生死簿には、ここへ来るのは早いと出て居るさうだ』 蠑螈別『コリヤお民、其方は気が違うたのか、ここを何処と心得て居る、浮木の森の少し隣村ぢやないか。貴様は最早冥土気分になつてゐるのか。余り片彦将軍に現を吐すものだから、精神までがトボケたのだろ。何だ、こんな所まで来て、気の多い、俺が知らぬかと思うて、色の白い男と何を云つてゐた。サヽ有体に申さぬと、此蠑螈別、タダではおかぬぞ』 と、まだ酒の酔の醒めぬ縺れた舌を無理にふりまはして、駄々をこねかけた。 お民『コレ蠑螈別さま、確りなさい、ここは冥土ですよ、此色の白いお方は伊吹戸主の神様の門を守衛なさるお役人様で、お前さま等の罪をお調べなさるお役だよ』 蠑螈別『オイ白、ナヽ何だ、俺の女房を誘拐しやがつて、こんな所まで伴れて来よつて、俺が酒に酔うてるかと思つて、冥土だの関所だのと威かしたつて、駄目だぞ。サ、どんなことを約束を致した、キツパリと申せ』 白の守衛『蠑螈別さま、確りしなさい、此処は冥府の関所ですよ、余り大きな声でグヅグヅ仰有ると、今に赤さまが見えたら、大変に叱られますよ』 蠑螈別『ナヽ何だ、赤さまが見えたら叱られるツ………貴様白い顔してゐて、女にズルイ赤さまだろ。蛙は口からと云つて、吾と吾手に白状をしたでねえか、エヽーン、糞面白くもねえ、そんな事ぬかすと、バラモン軍のランチ将軍殿に告発を致さうか。なアエキス、本当に馬鹿にしてるぢやねえか』 白『大分に酒がまはつてゐると見える、マ暫く酔が醒るまで、氷室へでも押込んでおかうかな』 お民『モシモシ白さま、そればかりはどうぞ赦してやつて下さいませ、決して乱暴はさせませぬから………酔が醒めましたら、トツクリと言ひきかしますから………』 白の守衛『それなら、お民さま、お前此帳面の番をしてゐて下さい、拙者は暫く奥で、蠑螈別の酔が醒めるまで休息して来るから………モシも他の精霊がやつて来たら、此取つ手をグツと押して下さい、さうすりや、スグに出て参りますから………』 と云ひすて、門内に走り入つた。お民は守衛の代理権を暫く執行する事となつた。お民以上の善徳の者及智慧証覚のある者の来る時は到底勤まらないが、自分以下の者に対しては訊問するだけの能力が備はつて来るのも亦不思議である。お民はスツカリ白の守衛の霊に充され、何時の間にやら自分が女たる事を忘れ、自分が白の気取りで守衛を忠実に勤める事になつた。 そこへスタスタやつて来たのは、小北山に居つたお寅婆アさまである。之はお寅婆アさまの副守護神が本人の改心によつて遁走し、お寅の容貌を其儘備へて此処へ迷うて来たのである。改心したお寅は其面貌と言ひ、肉付といひ、生々してゐるが、此処へやつて来たお寅は嫉妬と憤怒の真最中に、神の光に照らされて追ひ出された精霊が、八衢界を彼方此方と踏み迷ひ、艱難苦労して、やつと此処まで出て来たのであるから、随分厭らしい形相であつた。お寅はお民のそこに居るのには少しも気がつかず、蠑螈別とエキスがグタグタになつて倒れてゐるのを打眺め、蠑螈別を無理にゆすり起した。蠑螈別は物に魘はれたやうな声を出して漸く起ち上り、大地に胡坐をかき、 蠑螈別『アヽお民に会うた夢を見てゐたのに、誰だい、俺を揺り起しやがつて………』 と云ひながら目を開いた。さうするとお寅は、化物のやうな顔をして、蠑螈別をグツと睨み、 お寅『コレ、蠑螈別さま、お前さまは九千両の金をソツと盗み出し、私が目をまかしたのを幸として、金剛杖で頭を二つも叩き、お民の女と一緒に小北山を逐電し、此お寅を馬鹿にしたぢやないか。サヽかうなる上は最早百年目だ、鼻を捻ぢて上げようか』 と云ひながら、グツと力に任して、少し左に曲つた鼻を捻ぢあげた。 蠑螈別『アイタヽヽヽヽ、コラお寅、ホンナに乱暴な事をすない、又しても又しても鼻を捻ぢやがつて、エヽーン、いい年して、いい加減にたしなまぬか。こんな大道の中央で、意茶つき喧嘩をして居ると、誰が見てをるか知らせぬぞ』 お寅『コリヤ蠑螈別、九千両の金を早く返せ、そしてお民の女を何処へやつたのだ』 蠑螈別『九千両の金は、今ここに居るエキスやコー、ワク、エム等のバラモン教の番卒にくれてやつたのだ。そしてお民は今ここに居つた筈だが………俺はモウお前は厭になつた。お民の奴、片彦将軍と駆落したり、又こんな所へ来て色の白い男と意茶ついてやがるのだ。モウ女は厭になつた。俺の趣味はヤツパリ酒だ。アーア、色男に生れると辛いものだなア』 お寅『ナニツ、お民を思ひ切つたと、ソリヤまだしも偉い、よう目が醒めた。併しこのお寅は、そんな事云つても思ひ切るこた出来よまい。そして其九千両の金を、ここにゐるエキス其他の奴にやつたと言ふのだな、お民にやつたよりはマシだ。こら、エキス、其金此方へ返せ、お寅の金だ。蠑螈別が此婆アの目を忍んで持逃した大金だ。サツサと素直に返さぬと、貴様も鼻をねぢようか』 エキス『どこの婆アさまか知らぬが、俺は蠑螈別さまから貰つたのだ。そして其金は軍用金としてランチ将軍様に提出したのだから、返してほしけりや、浮木の森の陣営に行つて直接返して貰ふがよからう…………』 お寅『エヽ、ツベコベと何を言ふのだ。又鼻を捻ぢるぞ』 と云ひながら、エキスの鼻をグツと捻ぢる。 エキス『アイタヽヽヽヽ、許せ許せ息が切れるわい、あゝ死ぬ死ぬ死ぬ』 お寅『アハヽヽ、痛いか、苦しいか、之も自業自得だ、三途川の鬼婆だぞ』 お民『コリヤコリヤ、其方はお寅の副守護神でないか、逐一其方の罪状を読み上げるから、聞いたがよからう』 お寅『ナーニ、此お寅はこんな所へ来て、罪を数へられるやうな悪い事はせぬワ、現に此処に居るエキスが、私の金を取りやがつたのだ。なぜ之を査べぬのか』 お民『蠑螈別が其方の金を取つたのでないか』 お寅『蠑螈別は取つたにした所で、私の最愛の男だ、お寅の物は蠑螈別の物、蠑螈別の物は即ちお寅の物だ、それをうまくチヨロまかして、まき上げた此エキスこそ大悪人だ』 と云ひながら、フと顔を上ぐればお民であつた。お寅はお民を見るよりクワツと怒り、 お寅『コリヤお民、貴様こそ大悪人だ、蠑螈別をくはへて金を盗ませ、こんな所まで連れて来よつたぢやないか。サ、いい所で会うた、生首を引抜いてやらう、サア覚悟致せ』 と狼のやうな声ふりあげてお民に武者ぶりつく。お民は一生懸命にお寅と組んず組まれつ、もみ合うてゐる。蠑螈別、エキスはヒヨロヒヨロしながら立ち上り、 エキス『マアマア待つた、待たんせ、コリヤどうぢや』 と二人の中に割つて入り、顔を引つ掻かれたり、抓られたり、蠑螈別も焼糞になつて撲る、蹴る、誰彼なしに金切声をふり上げ、犬の咬み合のやうに喚き立ててゐる。此声を聞きつけて赤、白の守衛は宙を飛んで此場に現はれ来り、赤は大きな鉄棒を振上げ、 赤の守衛『コラツ』 と一喝した。此声に驚いて、お民も、お寅も、蠑螈別、エキスも命カラガラ散り散りバラバラに何処ともなく逃去つて了つた。 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、娑婆亡者奴、たうとう逃げよつた。彼奴アまだ此処へ来る奴ぢやないから、少時木蔭にたたずんで考へてゐたが、随分面白いことをやりよつたものだ、アハヽヽヽヽ』 白『本当に面白いものですなア、あゝして娑婆へ追ひ返せば、何れ改心をして、又来るでせう』 赤の守衛『あのお寅と云ふ奴、彼奴ア現界で已に改心してゐるのだが、二重人格者で、副守の方がやつて来よつたのだ。彼奴だけは何うしても番卒を派遣して引捉へ、地獄へ落さねばなるまい』 白の守衛『然らば番卒に命じ、捕縛させませう』 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 09 罪人橋 第九章罪人橋〔一二六三〕 高天原の霊国及び天国は光明の世界である。其光明は実性に於て神真である、即ち霊的神的証覚である。此神真なる光明は諸天人の内視と外視とを同時に照破するものである。さうして内視とは天人自身の心の内にあり、外視とは其目にあるを云ふ。又諸天人は高天原の愛の熱に包まれてゐる。即ち此熱は実性に於て神善即ち神愛にして、吾々が益々証覚に入らむとする情動及び願望を有するものは此熱より来るものである。要するに高天原の霊国、天国は万善の集合所である。天人の証覚の程度は現界人の口舌のよく尽し得る所でない。人間が一千言を費しても尚尽す能はざる所をも、天人は数言にて之を弁ずる事を能くするのである。其他天人の一言一句の中にも無辺無量の密意の含まれてある事は、到底人間の言語に属する文字にて表はす事は出来ない。天人は其言語に用ふる所謂語字を以て十分に表はし得ざる所は、幽玄微妙なる音調を以て之を補ふ。そして其音調によつて情動を表はし、情動よりする想念中の諸概念は語字によつて之を表はすのである。大本開祖の神諭も亦其密意の存する所は到底現代人の智慧証覚にては容易に解し難きものである。されども智慧証覚ある天人が之を読む時は、直に無辺無量の密意の含まれてある事を諒得し得るものである。そして此語字については霊界物語第二輯第三巻(第十五巻)第一天国と云ふ所に其状況を示しあれば参照されたい。故に人間は其精霊を善と真とに鍛へ上げ、生きながら高天原の団体に籍を有するに非ざれば、大本の神諭は容易に解釈し得るものでない事を悟らねばならぬ。大本の神諭は、国祖大国常立尊、厳霊と顕現し、稚姫君命、国武彦命等の精霊に其神格を充し、さうして天人の団体に籍を有する予言者なる出口開祖の肉体に来し、大神の直々の御教を伝達されたものである以上は、余程善徳と智慧証覚の全きものでなければ之を悟る事は出来ない。併しながら神は至仁至愛にましますが故に、此神諭の密意を自然界の外分的人間に容易く悟らしめむが為に瑞霊の神格を精霊に充し、変性女子の肉体に来らしめ、其手を通し口を通して霊界の真相を悟らしめ給はむとの御経綸を遊ばしたのである。 大本神諭の各言句の中に、人をして内的証覚に進むべき事項を含蓄せしめある所以は、神格に充されたる天人即ち本守護神の言語は情動と相一致し、一々其言語は概念と一致するものである。又天人の語字は其想念中に包含する事物の直接如何によつて無窮に転変するものである。尚又内辺の天人は言者の音声及び云ふ所の僅少なる語字によつて其人の一生を洞察し知悉し得るのである。何となれば、天人は其語字の中に含蓄する諸概念に依つて、音声の各種各様に変化する状態を察し、これに依つて、其人の主とする所の愛と信及び智慧証覚の如何なるものなるかを知るものである。現界の人間でも少しく智慧あり証覚あり公平無私なる者に至つては、其籍を生きながら天人の団体においてゐるものであるから、対者の一言一句の中に包める意義によつて其人の一生の運命を識別し得るものである。人間の想念及び情動は其声音に現はれ、皮膚に現はれ、如何にしても霊的智者賢者の前には之を秘する事が出来ないものである。此一言は愛を含むとか、此一句は親なりとか、彼の一句は勇とか、此一句は智とか、凡て一言一句の際にも顕現出没して、如何なる聖者といへども賢人といへども、心中の思ひを智慧証覚者の前には隠す事は出来ない、之即ち神権の如何にしても掩ふべからざる所以である。心に悪なく欲なく、善の徳に充されたものは従つて智性も発達し情動の変化も非常に活溌なるが故に、対者の腹のドン底まで透見し知悉し得るは容易なれども、若し心に欲あり、悪を包み利己心ある時は其情動は鈍り智性は衰へ、意思は狂ひ、容易に対者の心中を透見する事は出来ない。故に人に欺かるるものは皆其心に悪と欲と自利心が充満してゐる故である。決して愛善の徳に充され信真の光に充ちた聖人君子は、自然界の体欲に迷ひ悪人に欺かるるものでない。要するに欲深き吾よしの人間が相応の理によつて貪欲な悪人に欺瞞され、取返しのならぬ失敗を招くものである。 さうして自分の迂愚不明から悪人に欺かれ自ら窮地に陥り、遂には其人間を仇敵の如く怨み且罵り、遂には自分の悪欲心より出でたる事を平然として口角に束ねながら、其竹篦は遂に神の御上にまで及ぼすものである。彼等は茲に至つて天道は是か非か、神は果して此世にあるものか、果して神が此世に儼存するものならば、何故斯の如き悪人に苦しめられ居るのも憐れみ給はず傍観的態度を執らるるや、吾々は斯の如き悪事災難を免れ家運長久を朝夕祈り立派にお給仕をして信仰を励んで居つたのに何の事だ。神には目がないのか、耳がないのか等と云つて、恨言を百万陀羅並べ立て、遂には信仰より離れ自暴自棄に陥り、益々深く地獄の底に陥落するものである。凡て此宇宙は至善至真至愛の神が目的のために万物を造り、相応の順序によつて人間を神の形体に作り、神業を完全に遂行せしめ給はむとして、万物の霊長として人間を世に下し給うたものなる以上は、人間は神界の秩序整然たる順序を守り、善の為に善をなし真の為に真を尽さねばならぬのである。然るに現代は遠き神代の黄金時代は何時しか去り、白銀時代、赤銅時代、黒鉄時代と漸次堕落して、今や混沌たる泥海世界となつて了つたのである。之も人間に神より自由を与へて、十二分の神的活動を来さしめ給はむとし給うたのを、人間が次第々々に神に背き八岐大蛇や曲神等の捕虜となり、遂に自ら神に反き神の存在をも無視するに至つた為に、かかる暗黒無明の世界が現出したのである。併しながら物窮すれば達すると云つて至仁至愛にして無限絶対の権力を具備し給ふ大神は何時迄も之を看過し給ふべき。ここに大神は現幽神三界の大革正を遂行せむが為に予言者を地上に降し、或一定の猶予期間を与へて愚昧兇悪なる人間に対し神の愛を悟らしめ、勝手気儘の行動を改めしめむと劃策し給うたのである。之を思へば吾々人間は大慈大悲の大神の神慮を奉戴し、造次にも顛沛にも精霊を磨き改過遷善の道を挙ぐるに力めねばならぬのである。 扨て偽善者たるランチ、片彦両人の宣伝将軍は伊吹戸主の神の計らひによつて地獄へ追ひ込めらるる事となつた。ガリヤ、ケースも亦其後につき従ふ。大きな岩の虚隙から無理に番卒に押込まれ真暗の穴へ落ち込んだ。斜に下方に向つた隧道が屈曲甚しく通つてゐる。両手で探らなければ何時岩壁に頭を打ちつけ、又足許に注意せなくては何時躓くか分らない暗黒道を、四人は腰を屈めながら後から何物にか押さるる様な心地して次第々々に下つて行く。少し腰を伸ばさうとすれば頭の上の岩壁に遮られる。丁度海老腰の様になつて、何とも云はれぬ臭い香のする道を際限もなく探り探り深く深く落ち込んで行つた。少しく薄明い処へ四人は漸く着いた。そこには円い人間の潜るだけの穴が六つばかり覗き眼鏡の様に並んでゐる。さうして青、赤の顔面をさらした守衛が一々立つて居て、ものをも云はず四人を同じ穴へ無理やりに突込んで了つた。臭気紛々として嘔吐を催すが如き其辺一面の不愉快さ、彼等四人は却て愉快になり腐肉の臭気や堆糞の香を鼻蠢かし、嬉しさうに嗅ぎながらヤツと安心したものの如く息をつき又もやドンドンと以前より稍薄明き隧道を右や左に折れながら下りゆくのであつた。四人は漸くにして少しく広い所に着いた。見れば其処に大きな川が横たはつてゐる。さうして細い長い橋が架けられてある。ここには厳しい顔をした冥官が武装をして二十人ばかり控へて居た。冥官の一人はツと前に進み寄り、 冥官『其方はランチ将軍、片彦将軍と申して、現界に於て非常に体主霊従の行ひを致し、人獣合一の悪業を盛んにやつた人足だから、此橋を渡つて向ふへ行け。此橋が無事に渡られたならば再び娑婆に帰してやらう。然し之が渡られぬ時は、此橋下に住んでゐる数多の怪物の為に其方は苛まれ、最も苦しき地獄に落ちるのだ。さあ早く行け』 とせき立て睨みつける。四人は四肢五体の力何時しかスツカリ抜けて了ひ、手足がブルブルと震ひ戦き、満足に歩く事も出来なくなつてゐた。さうして此橋には罪人橋と橋詰に立札が立つてゐる。其長さは目の届かぬばかり殆ど数百町に及んでゐる。さうして橋の幅が僅かに一尺ばかり、一寸体の平均を失つたが最後、真逆様に百尺以上の川に落ち込まねばならぬ。さうして其水の深さは地球の中心に達して居ると伝へられ、幾千万丈の深さとも分らない。此橋には欄もなく、加ふるにヒヨヒヨとして上下左右に揺り動く、実に危険な橋である。さうして橋の下には激流が飛沫をとばし赤黒い汚穢の水が流れてゐる。さうして何とも形容の出来ぬ怪物が沢山に棲み、橋の上を通行するものが過つて落ちて来るのを、大口を開けて待つて居るその恐ろしさ。一目見ても身慄ひする様である。さうして橋の上には膚を劈く如き寒風吹き、何とも云へぬ厭らしき声、八方より聞えて来るのであつた。 ランチは余りの恐ろしさに身体すくみ、ビリビリ慄うて居ると冥官の一人は、 冥官『サア、ランチ将軍、其方は現界に於ては立派なるバラモンの宣伝将軍ではなかつたか。沢山の敵味方の命をとつたる英雄豪傑でありながら、何故これしきの橋が恐ろしいのか。サア早く向ふへ渡れ』 と厳命した。ランチは震ひ声を出して、 ランチ『イヤ、モシ冥官様、斯様な恐ろしい処は到底渡る事は出来ませぬ。何卒改心しますから、元の処へお帰し下さい。お願で厶います』 冥官『ならぬならぬ、決して霊界に於ては汝等に斯かる責苦を与へ、之を以て快楽としてゐるのではない。大神様を初め、すべてのエンゼルも冥官も、一人なりとも天国へ上り得る身魂の来り得る事を待つてゐるのだ。否唯一の歓喜としてゐるのだ。汝自らの罪業によつて汝自ら此罪人橋を渡るべく準備致し、又汝永久の住家を向ふの地獄に作りおいた以上は、汝の身魂は、其処まで行かねばならぬ。可愛さうなれど吾々は救ふ事が出来ぬ。汝は神の愛を信じて自ら天国を開くべき処を、自然界の欲に精霊を汚し、斯くも浅猿しき身の上となつたのだから、自縄自縛と諦めて行つてくれ』 と流石の冥官も憐愍の情に堪へかねてか、両眼より涙をポロポロと流してゐる。 片彦『モシ冥官様、もはや斯うなる上は自ら生んだ鬼が自らを責めるのですから、如何とも致し方が厶いませぬ。然しながら其地獄は随分辛い処で厶いませうな』 冥官『地獄にも色々あるが先づ大別して十八地獄と分つてゐる。さうして其地獄にも其罪業によつて大小軽重の区別がある。地獄の団体も今日の処にては幾万を以て数へられるであらう。其中重なる地獄は、吊釣地獄、幽枉地獄、火孔地獄、郭都地獄、抜舌地獄、剥皮地獄、磨摧地獄、碓搗地獄、車崩地獄、寒氷地獄、脱壳地獄、抽腸地獄、油鍋地獄、暗黒地獄、刀山地獄、血池地獄、阿鼻地獄、秤杆地獄と云つて、之が大体の地獄であり、其中で罪業の大小軽重によつてそれぞれの階段が出来てゐる。お前達も確りして、地獄に行つたら随分悪の強い奴だから地獄の統治者となるかも知れない。それを楽みに行つたがよからう』 片彦『如何しても吾々は地獄へ参らねばなりませぬか』 冥官『お前達四人の霊衣を見れば尚多少朧気に円相が残つてゐる。未だ冥土へ来るべき命数でないが、併しながら伊吹戸主の神様より御命令があつたによつて、如何しても此処を通さにやならぬ。四人が四人ながら、まだ娑婆臭い亡者が来るとは不思議千万だ』 と首を傾け思案顔をしてゐる。 かかる所へ骨と皮とになつた我利々々亡者の一隊、雑魚の骨を打ち開けた様にウヨウヨウヨと幾百千とも数知れず現はれ来り、ランチ、片彦両将軍に向ひ、得も云はれぬ厭らしき声を振り搾り、前後左右より武者振りつく其厭らしさ。ガリヤ、ケースも亦相当に厭らしき怪物にとりまかれ、悲鳴をあげて泣き叫んでゐる。 此時何処ともなく天の数歌が幽かに聞えて来た。見る見るうちに我利々々亡者は煙の如く消えて了つた。さうして数多の厳しき冥官の姿は一人減り二人減り、おひおひと其数を減ずるのであつた。宣伝歌の声おひおひ近づいたと見えて、だんだん高く聞えて来た。非常に薄暗かつた四辺は、薄紙を剥いだ様に次第々々と明るくなつて来た。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 10 天国の富 第一〇章天国の富〔一二六四〕 現界即ち自然界の万物と霊界の万物との間には、惟神の順序によりて相応なるものがある。又人間の万事と天界の万物との間に動かすべからざる理法があり、又其連結によつて相応なるものがある。そして人間は又天人の有する所を総て有すると共に、其有せざる所をも亦有するものである。人間はその内分より見て霊界に居るものであるが、それと同時に、外分より見て、人間は自然界に居るのである。人の自然的即ち外的記憶に属するものを外分と称し、想念と、これよりする想像とに関する一切の事物を云ふのである。約言すれば、人間の知識や学問等より来る悦楽及び快感の総て世間的趣味を帯ぶるもの、又肉体の感官に属する諸々の快感及び感覚、言語、動作を合せて之を人間の外分となすのである。是等の外分は何れも大神より来る神的即ち霊的内流が止まる所の終極点に於ける事物である。何故なれば、神的内流なるものは決して中途に止まるものでなく、必ずや其窮極の所まで進行するからである。この神的順序の窮極する所は所謂万物の霊長、神の生宮、天地経綸の主宰者、天人の養成所たるべき人間なのである。故に人間は総て神様の根底となり、基礎となるべき事を知るべきである。又神格の内流が通過する中間は高天原にして、其窮極する所は即ち人間に存する。故に、又この連結中に入らないものは何物も存在する事を得ないのである。故に天界と人類と和合し連結するや、両々相倚りて継続存在するものなる事を明め得るのである。故に天界を離れたる人間は鍵のなき鎖の如く、又人類を離れたる天界は基礎なき家の如くにして、双方相和合せなくてはならないものである。 斯の如き尊き人間が、其内分を神に背けて、高天原との連絡を断絶し、却て之を自然界と自己とに向けて、自己を愛し、世間を愛し、其外分のみに向ひたるにより、従つて人間は其身を退けて再び高天原の根底となり、基礎となるを得ざらしめたるによつて、大神は是非なく、茲に予言者なる媒介天人を設けて之を地上に下し、其神人をもつて天界の根底及び基礎となし、又之によつて天界と人間とを和合せしめ、地上をして天国同様の国土となさしめ給ふべく、甚深なる経綸を行はせたまうたのである。この御経綸が完成した暁を称して、松の代、ミロクの世、又は天国の世と云ふのである。そして厳の御霊、瑞の御霊の経緯の予言者の手を通じ口を通じて聖言を伝達し、完全なる天地合体の国土を完成せしめむとしたまうたのである。大本開祖の神諭に『天も地も一つに丸めて、神国の世に致すぞよ。三千世界一度に開く梅の花、須弥仙山に腰を掛け艮の金神守るぞよ。この大本は天地の大橋、世界の人民は此橋を渡りて来ねば、誠のお蔭は分らぬぞよ』と平易簡明に示されて居るのである。されど現代の人間は却てかかる平易簡明なる聖言には耳を藉さず、不可解なる難書を漁り、是を半可通的に誤解して其知識を誇らむとするのは実に浅ましいものである。 治国別は竜公と共に言霊別命の化相身なる五三公に案内され、珍彦の館を後にして中間天国の各団体を訪問する事となつた。五三公は得も云はれぬ麗しき樹木の秩序よく間隔を隔てて点綴せる、金砂銀砂の布きつめたる如き平坦路をいそいそとして進んで往く。道の両方には、天国の狭田、長田、高田、窪田が展開し、得も云はれぬ涼風にそよぐ稲葉の音はサヤサヤと心地よく耳に響いて来る。天人の男女は得も云はれぬ麗しき面貌をしながら、瑪瑙の如く透き通つた脛を現はし、水田に入つて草取をしながら勇ましき声に草取歌を歌つて居る。太陽は余り高からず頭上に輝きたれども、自然界の如く焦げつくやうな暑さもなく、実に入り心地のよい温泉に入つたやうな陽気である。さうして此天国には決して冬がない、永久に草木繁茂し、落葉樹の如きは少しも見当らない。田面は金銀色の水にて満たされ、稲葉は青く風に翻る度毎に金銀の波を打たせ、何とも筆舌の尽し難き光景である。五三公は途中に立ち止まり、二人を顧みて微笑みながら、得も云はれぬ喜びの色を湛へて、 五三公『治国別様、御覧なさいませ、天国にも矢張り農工商の事業が営まれて居ます。さうしてあの通り各人は一団となつて其業を楽しみ、歓喜の生活を送つて居ります。実に見るも愉快な光景ぢやありませぬか』 治国別『成程、実に各人己を忘れ一斉に業を楽しむ光景は、到底現界に於て夢想だも出来ない有様で厶いますな。さうして矢張彼の天人共は各自に土地を所有して居るので厶いますか』 五三公『イエイエ、土地は全部団体の公有です。地上の世界の如く大地主、自作農又は小作農などの忌はしき制度は厶いませぬ、皆一切平等に何事も御神業と喜んで額に汗をし、神様のために活動して居るのです。さうして事業に趣味が出来て、誰一人不服を称ふる者もなく、甲の心は乙の心、乙の心は甲の心、各人皆心を合せ、何事も皆御神業と信じ、あの通り愉快に立ち働いて居るのです』 治国別『さうすれば天国に於ては貧富の区別はなく、所謂社会主義的制度が行はれて居るのですか』 五三公『天国にも貧富の区別があります。同じ団体の中にも富者も貧者もあります。併しながら、貧富と事業とは別個のものです』 治国別『働きによつて其報酬を得るに非ざれば、貧富の区別がつく筈がないぢやありませぬか。同じやうに働き、同じ物を分配して生活を続ける天人に、どうして又貧富の区別がつくのでせうか』 五三公『現界に於ては、総て体主霊従が法則のやうになつて居ます。それ故優れたもの、よく働くものが多く報酬を得るのは自然界のやり方です。天国に於ては総てが神様のものであり、総ての事業は神様にさして頂くと云ふ考へを何れの天人も持つて居ります。それ故天国に於ては貧富の区別があつても、貧者は決して富者を恨みませぬ。何人も神様のお蔭によつて働かして頂くのだ、神様の御神格によつて生かして頂くのだと、日々感謝の生活を送らして頂くのですから、貧富などを天人は念頭に置きませぬ。そして、貧富は皆神様の賜ふ所で、天人が各自の努力によつて獲得したものではありませぬ。何れも現実界にある時に尽した善徳の如何によりて、天国へ来ても矢張り貧富が惟神的につくのです。貧者は富者を見て之を模範とし、善徳を積む事のみを考へて居ります。天国に於ける貧富は一厘一毛の錯誤もなく、不公平もありませぬ。其徳相応に神から授けらるるものです』 治国別『天国の富者とは、現界に於て如何なる事を致したもので厶いませうか』 五三公『天国団体の最も富めるものは、現界にある中によく神を理解し、愛のために愛をなし、善のために善をなし、真の為に真を行ひ、自利心を捨て、さうして神の国の建設の為に心を尽し身を尽し、忠実なる神の下僕となり、且又現界に於て充分に活動をし、其余財を教会の為に捧げ、神の栄と道の拡張にのみ心身を傾注したる善徳者が所謂天国の富者であります。約り現界に於て宝を天国の庫に積んで置いた人達であります。さうして中位の富者は、自分の知己や朋友の危難を救ひ、又社会公共の救済の為に財を散じ、隠徳を積んだ人間が、天国に来つて大神様より相応の財産を賜はり安楽に生活を続けて居るのです。そして天国で頂いた財産は総て神様から賜はつたものですから、地上の世界の如く自由に之を他の天人に施す事は出来ませぬ。ただ其財産を以て神様の祭典の費用に当てたり、公休日に天人の団体を吾家に招き、自費を投じて馳走を拵へ大勢と共に楽しむので厶います、それ故に天国の富者は衆人尊敬の的となつて居ります』 治国別『成程、実に平和なものですな、本当に理想的に社会が造られてありますなア』 竜公はしやしやり出で、 竜公『モシ五三公さま、もしも私が天国へ霊肉脱離の後、上る事を得ましたならば、定めて貧乏人でせうな』 五三公『アヽさうでせう、唯今直に天国の住民となられるやうな事があれば、貴方はやはり第三天国の極貧者でせう。併し再び現界に帰り、無形の宝と云ふ善の宝を十分お積みになれば、天国の宝となり、名誉と光栄の生涯を永遠に送る事が出来ませう』 竜公『それでは聖言に、貧しきものは幸なるかな、富めるものの天国に到るは針の穴を駱駝の通ふよりも難し、と云ふぢやありませぬか』 五三公『貧しきものは常に心驕らず、神の教に頼り、神の救ひを求め、尊き聖言が比較的耳に入り易う厶いますが、地上に於て何不自由なく財産のあるものは、知らず知らずに神の恩寵を忘れ、自己愛に流れ易いものですから、其財産が汚穢となり暗黒となり或は鬼となつて地獄へ落し行くものです。若しも富者にして神の為に尽し、又社会のために隠徳を積むならば、天国に上り得るの便利は貧者よりも多いかも知れませぬが、世の中はようしたもので富者の天国に来るものは、聖言に示されたる如く稀なものです。其財産を悪用して人の利益を壟断し、或は邪悪を遂行し、淫欲に耽り、身心を汚し損ひ、遂に霊的不具者となつて大抵地獄に落つるものです。仮令天国に上り得るにしても、天国に於ける極貧者です』 竜公『治国別さまが、今天国の住民となられましたら何んなものでせう、相当の富者になられませうかなア』 五三『ハヽヽヽヽ』 と笑つて答へず。 竜公『ヤア先生も怪しいぞ、矢張これから天国の宝をお積にならねばなりますまい』 五三『サア是から霊陽山の名所に御案内致しませう』 と早くも歩を起した。二人は後に従ひ、麗しき原野を縫うて、樹木点綴せる天国街道を歓喜に満たされながら進んで往く。五三公は霊陽山の麓に辿りついた。 五三公『此処が第二天国の有名なる公園地で厶います。今日は公休日で厶いませぬから、余り天人の姿も見えませぬが、これ御覧なさいませ、あの山の景色と云ひ、岩石の配置、樹木の色、花の香、到底地上の世界では見られない景色で厶いませう』 治国『ハイ、何だかぼんやりとして、私の目には入りませぬ』 五三公『被面布をお被りなさい、さうすればハツキリと分るでせう』 治国別『ハイ』 と答へて治国別は直に被面布を被つた。竜公も同じく被面布に面を包んだ。 治国『何故、吾々の目には被面布がなくては、此麗しき景色が目に入らないのでせうか』 五三公『失礼ながら、天国の智慧に疎きものは此樹木花卉が目に入らないのです。総て神の智慧に居るものの前には、各種各様の樹木花卉にて満ちたる楽園の現はれるものです。是等の樹木は最も麗しき配列をなし、枝々交叉して得も云はれぬ装ひをなし、薫香を送るものです。総て天国は想念の国土でありますから、貴方に神的智慧が満つれば、直ちに天国の花園が眼前に展開致します。園亭あり、行門あり、行径あり、行く道の美麗なる事、言語の尽す所ではありませぬ。故に神の智慧に居るものは、斯の如き楽園の中を漫歩しながら、思ひ思ひに花を摘み花鬘を作りなどして、楽しく嬉しく暮し得るものです』 治国別『成程、此楽園には被面布を透して眺めますれば、種々雑多の樹木、花卉の吾々地上に嘗て見ざるものが沢山ございますな』 五三公『是等の麗しき樹木は正しき神の知識に居るものの愛の徳如何によりて花を開き実を結ぶものです。厳の御霊の神諭にも「一度に開く梅の花、開いて散りて実を結び、スの種を養ふ」とあるでせう。開く梅の花とは、智慧と証覚とに相応する情態の謂であります。斯くなる時は、天国の園亭や楽園に実を結ぶ樹木及び花卉は神の供へ物として、又天人各自の歓喜の種として各自の徳によつて現前するものです。高天原には斯の如き楽園のある事は聞いては居りますが、唯是を実際に知る者は、唯神よりする愛善の徳に居る者及び自然界の光と其偽りとによつて自己の胸中にある所の天界の光を亡ぼさなかつた者に限つて居ります。故に高天原に対して目未だ見えざるもの、耳未だ聞えざるものは、現に其場に近づき居ると雖も、此光景を見る事も亦斯の如き麗しき音楽の声を聞く事も出来ませぬ』 治国別『種々の御教諭、いや有難う厶いました。これで吾々も大変に神様の御恵を頂き、どうやら被面布を取つてもこの花園の光景が見えるやうになつて参りました。嗚呼神様、言霊別命様の御化身なる五三公様の口を通して、天国の福音をお示し下さつた其御恵を有難く感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七加藤明子録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 11 霊陽山 第一一章霊陽山〔一二六五〕 高天原に発生せる樹木は、仏説にある如く金、銀、瑪瑙、硨磲、瑠璃、玻璃、水晶等の七宝を以て飾られたるが如く其幹、枝、葉、花、果実に至るまで、実に美はしきこと口舌の能く尽し得る所ではない。神社や殿堂や其他の住宅に於ても、内部に入つて見れば、愛善の徳と信真の光明に相応するによつて、これ亦驚く許りの壮観であり美麗である。大神のしろしめす天国団体を組織せる天人は大抵高い所に住居を占めてゐる。其場所は自然界の地上を抜く山岳の頂上に相似して居る。又大神の霊国団体を造れる天人は、少し低い所に住居を定めて居る。恰も丘陵の様である。されど高天原の最も低き所に住居する天人は、岩石に似たる絶景の場所に住居を構へてゐる。而して之等の事物は凡て愛と信との相応の理によつて存在するものである。 大神の天国は、凡て想念の国土なるを以て、内辺の事は高き所に、外辺の事はすべて低い所に相応するものである。故に高い所を以て天国的の愛善を表明し、低い所を以て霊国的の愛善を現はし、岩石を以て信真を現はすのである。岩石なるものは万世不易の性質を有し、信真に相応するが故である。併しながら霊国の団体は低き所に在りとはいへ、矢張地上を抜く丘陵の上に設けられてある。丁度綾の聖地に於ける本宮山の如きはその好適例である。霊国は何故天国の団体よりも稍低き所に居住するかと云へば、凡て霊国の天人は信の徳を主とし、愛の徳を従として居る。所謂信主愛従の情態なるが故に、此国土の天人は智慧と証覚を研き、宇宙の真理を悟り、次で神の愛を能く其身に体し、天国の宣伝使として各団体に派遣さるるもの多きを以て、最高ならず最低ならず、殆ど中間の場所に其位置を占むる事になつてゐるのである。故に世界の大先祖たる大国常立尊は海抜二百フイート内外の綾の聖地に現はれ給ふにも拘はらず、木花咲耶姫命は海抜一万三千尺の天教山に其天国的中枢を定め給ふも、此理によるのである。併しながら木花姫命は霊国の命を受け、天国は云ふに及ばず、中有界、現実界及び地獄界まで神の愛を均霑せしむべき其聖職につかはせ給ひ、且神人和合の御役目に当らせ給ふを以て、仮令天国の団体にましますと雖も時々化相を以て精霊を充たし、或は直接化相して万民を教へ導き給ふのである。 又天人の中には団体的に生活を営まないのがある。即ち家々別々に住居を構へてゐるのは、丁度前に述べた珍彦館の如きは其例である。而して此等の天人は其団体の中心地点及大なるものに至つては高天原の中央を卜して住居を構へてゐる。何故なれば彼等は天人中に於ても、最も愛と信とによる智慧証覚の他に優れて、光明赫灼として輝き渡り、惟神的に中心人物たるが故に、大神の摂理によりて、其徳の厚きと相応の度の高きによるが故である。而して高天原は想念の世界なるが故に、其延長は善の情態を表はし、其広さは真の情態を表はし、其高さは善と真との両方面を度合の上より見て区別することを表はすものである。又霊界に於ては先に述べた通り、時間空間などの観念は少しもない、只情動の変化あるのみである。而して其想念は、時間空間を超越し、無限に其相応の度によつて延長し拡大し且高まるものである。 治国別、竜公二人が浮木の陣営に於て片彦将軍等の奸計に陥り、暗黒なる深き陥穽に墜落し、茲に人事不省となり、其間中有界及最下層の天国より最高の天国、霊国を巡覧したる期間は余程長い旅行の様であるが、現界の時間にすれば、殆ど二時間以内の間失神状態に居つたのである。されど想念の延長によりて、現界人の一ケ月以上もかかつて巡歴した様な長時間の巡覧をなしたのである。而して情動の変化が多ければ多い程、天国に於ては延長さるるものである。 治国別、竜公は言霊別命の化相神なる五三公に導かれ、天国の消息を詳細に教へられながら、霊陽山の殆ど中央まで登りつめた。此時五三公は目も呟き許りの小さき光団となつて、驀地に東を指して、空中に線光を描きながら、何処ともなく姿を隠して了つた。二人は霊陽山の頂上に立つて、四方の景色を瞰下しながら、天国の荘厳をうつつになつて褒め称へてゐた。さうして五三公の此場に姿を隠したことは少しも気がつかず、 竜公『モシ先生、此処は霊陽山とか聞きましたが、実にいい所ですなア、最早此処は最高天国ではありますまいか。四辺の樹木と云ひ、山容と云ひ、如何なる画伯の手にも到底描くことは出来ますまい。どうかして早く現界の御用を了へ、斯様な所に楽しき生涯を送りたいものですなア』 治国別『いかにも結構な所だ。現界人が美術だとか、耽美生活だとか、文化生活だとか、いろいろと騒いでゐるが、此光景に比ぶれば、其質に於て、其量に於て、其美に於て、到底比較にならないやうだ。そして何とも言へぬ吾心霊の爽快さ、ホンに斯様な結構な所があるとは、夢想だにもしえなかつた所だ。此治国別は第一天国ともいふべき斎苑の館に永らく仕へながら、未だ愛信の全からざりし為、瑞の御霊の大神のまします地上の天国が、さまで立派だとは思はなかつた。矢張如何なる荘厳麗美と雖も、心の眼開けざる時は到底駄目だ。恰も豚に真珠を与へられたやうなものだ。これを思へば吾々はあく迄も神に賦与されたる吾精霊を研き浄め、大神の神格に和合帰一せなくてはならない。アヽ実に五三公様の口を通して、かやうな至喜と至楽の境遇に吾々を導き、無限の歓喜に浴せしめ給ひしことを、有難く大神様の御前に感謝致します。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と云ひながら拍手をうち、天津祝詞を奏上し了つて、天の数歌を歌ひ、あたりを見れば、豈計らむや、五三公の姿は眼界の届く所には其片影だにも認め得なかつた。治国別は驚いて、 治国別『ヤア竜公さま、五三公さまは何処へ行かれたのだらう、今迄月の如く輝いてゐられたあの霊姿を拝めなくなつたぢやないか』 竜公『成程、コリヤ大変だ、何う致しませう』 治国別『どうしようと云つても、仕方がない、之も神様の御試しだらうよ。四辺の光景に憧憬の余り、五三公様の御親切な案内振を念頭より取除いてゐた。凡て天国は相応と和合の国土だ。愛と信とによつて和合し、結合するものである。即ち想念によつて尊き神人と共にゐることを得たのだ。吾々が情動の変転によつて、吾心の中より五三公様を逃がして了つたのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世』 と又もや合掌する。 竜公『成程、さうで厶いましたなア、私も余り嬉しいので、五三公様の御導きによつて未だ中有界に彷徨ふべき身が、かかる尊き天国まで導かれながら、うつかりと自分が勝手に上つて来たやうな気分になつて、無性矢鱈に天国を吾物のやうに思ひましたのが誤りで厶います。先生、何と厳の御霊の神諭にあります通り、高天原は結構な所の恐ろしい所で厶いますな。油断をすれば忽ち天国が変じて地獄となり、明は変じて暗となり、神は化して鬼となるとお示しの通り、実に戒慎すべきは心の持方で厶いますなア』 治国別『ハイ左様、吾々は最早斯うなる以上は、再び中有界へ帰り、現界へ復帰すべき道も分らない、又どこをどう歩いたらいいか、方角さへも判然せない、天国の迷児になつたやうなものだ。アヽ心の油断ほど恐ろしいものはない。只大神様にお詫をなし、救ひをお願ひするより道はなからう』 と話す折しも、足下の土をムクムクムクと土鼠のやうに膨らせながら、ポカンと頭をつき出したのは、片彦将軍であつた。二人は驚いて、無言の儘よくよく見れば、擬ふ方なき将軍は泥酔になつて、全身を山上に現はし、 片彦『ワハツハヽヽ』 と山も崩るるばかり高笑ひした。 治国『ヤア其方は河鹿峠にてお目にかかつた片彦将軍では厶らぬか』 片彦『ワハツハヽヽヽ、其方は盲宣伝使の治国別であらう。そしてマ一匹の小童武者は某が奴、暫く秘書を命じておいた竜公であらう。悪虐無道の素盞嗚尊に諛びへつらひ、大自在天大国彦命の宣伝使兼征討将軍の片彦に向つて刃向ひを致した極重悪人奴、能くもマア悪魔にたばかられ、斯様な処へ彷徨つて来よつたなア。天下一品の大馬鹿者奴、某が計略によつて、八岐大蛇や金毛九尾の悪狐を使ひ、汝を、天国とみせかけ、此処まで連れて来たのは此方の計略だ、どうだ、大自在天の神力には恐れ入つたか、アハツハヽヽヽハア、何とマア不思議さうな顔を致してをるワイ、イヒヽヽヽ、オイ竜公、其方も其方だ。主人に反いた大逆無道の痴者、どうだ、此霊陽山と見せかけたのはバラモン教の霊場、大雲山の頂辺で厶るぞ。あれ、あの声を聞け、雲霞の如き大軍を以て、当山を十重二十重に取巻きあれば、いかに抜山蓋世の智勇あるとも、到底逃るることは出来まい、治国別、返答はどうだ』 治国別は、 治国別『ハテ心得ぬ』 と云つたきり、双手を組んで暫し想念をたぐつてゐる。竜公も亦無言の儘、俯いてゐる。 片彦『アツハヽヽヽ、エツヘヽヽヽ、如何に治国別、モウ斯うなる以上は何程考へても後へは引かぬ。サアどうだ。キツパリと素盞嗚尊の悪神を棄てて、大自在天様に帰順致すか』 治国別『サアそれは……』 片彦『早く返答致せ。返答なきは不承知と申すのか。アイヤ家来の者共、治国別、竜公の両人をふん縛り、嬲り殺しに致せ』 竜公『将軍様、暫くお待ち下さいませ』 片彦『アハヽヽヽ、往生致したか。ヨシ、然らば此処に此通り黄金を以て作りたる素盞嗚尊の像がある。治国別、竜公共に命が助かりたくば、此像に向つて小便をひつかけ、其上此岩石を以て木端御塵に打砕き、大自在天様に帰順の誠を表はせ。否むに於ては、其方が身体は木端微塵、地獄に突き墜し、無限の責苦を加へるが、どうだ』 治国別は初めて顔をあげ、大口あけて高笑ひ、 治国別『アハヽヽヽ、拙者は厳の御霊、瑞の御霊の大神を信仰致す誠の宣伝使だ、仮令汝如き悪神に脅迫され、或は責め殺さるることありとも、吾心霊は万劫末代、大神に信従するのみだ。治国別はこれ以外に汝に答ふることはない、どうなりと勝手に致したがよからう』 片彦『勝手に致せと申さいでも、此方が制敗を致してくれる。併しながら竜公、其方は憎くき奴なれど、一旦某が部下となつたよしみによつて制敗は許して遣はす。其代りに治国別をこの金剛杖を以て打ちのめせ、さうすれば汝の誠が分るであらう。何うぢや、治国別を打ちのめす勇気はないか。矢張其方は二心を持つてゐるのか。返答致せツ』 と呶鳴りつけた。其声に不思議にも、あたりの山岳はガタガタガタと震動し始めた。竜公は少時双手を組み思案にくれてゐたが、忽ち威丈高になり、 竜公『コリヤ、悪神の張本片彦奴、汝は拙者の一時主人に間違ひはない。其主人に離れたるのは汝が行動天に背き、善に離れたるが故だ。仮令拙者が汝の為に一寸刻みか五分だめしに遇はされようとも、恩情深き治国別様の御身に、何うして一指をそむることが出来ようか。ここを何と心得て居る、第二天国の神聖な場所だ、大雲山などとは思ひもよらぬ、詐りを申すな。天国には虚偽と迫害と悪はない筈、其方は要するに天国の魔であらう』 と云ひながら………「厳の御霊、瑞の御霊、守り給へ幸はへ給へ」と拍手し、音吐朗々と怖めず臆せず神言を奏上し始めた。治国別も竜公と共に神言をいと落着いた調子で奏上し始めた。片彦は何時の間にやら数多の部下を集め、金棒をふり上げ、只一打に両人を粉砕せんず勢を示してゐる。治国別、竜公両人は胆力を据ゑ、声調ゆるやかに騒がず焦らず、神言を奏上し終り、「惟神霊幸倍坐世」と唱ふるや否や、今迄ここに立つてゐた片彦他一同の姿は煙の如く消え失せ、四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽さへ頻りに聞え来るのであつた。 竜公『アハヽヽヽ、猪口才千万な、バラモン教を守護致す八岐大蛇奴、畏くもかかる天国迄化けて来やがつて、尊き神言に面喰ひ、屁のやうに消え散るとは、さてもさても神様の御神力は尊いものだ。アヽ有難う厶います。惟神霊幸倍坐世』 治国別『竜公さま、ここは第二天国、しかも霊陽山の頂だ。八岐大蛇の来るべき道理がない、大方これは神様の御試しだつたらう。私も一度は悪魔の襲来かと考へてみたが、よくよく思ひ直せば、かかる天国に悪魔の来るべき理由がない。若しも彼果して悪魔なりとせば、吾等は天国と思ひ、慢心して地獄に墜ちてゐたのであらう……と考へてみたが、忽ち心中の天海開けて神様の御神格の内流に浴し、矢張第二天国なることを悟り、且片彦と見えしは尊きエンゼルの、吾等が心を試させ給ふ御所為と信ずるより外に途はない、必ず必ず悪魔などと、夢にも思つてはなりませぬぞや』 竜公『仰せ御尤もで厶います。サア先生、どうでせう、これから霊陽山を下つて、又天国の団体を修業さして頂きませうか』 かくいふ所へ、忽然として現はれ給うたのは、三十恰好の美はしき容貌をもてる一柱の神人であつた。神人は治国別の側近く寄り、其手を固く握り、 神人『治国別さま、第二天国の団体は無数無辺にありますが、貴方は第二天国の試験に合格致しました。又竜公さまも其通り、余程証覚を得られたやうです。之から拙者が最奥第一の天国及び霊国を御案内致しませう。併しながら此第二天国に比ぶれば、最高天国の光明は殆ど万倍に匹敵するものです。而して其天国に住む諸天人は、善と真とより来る智慧証覚に充ち、容易に面を向くることが出来ませぬ。其団体の天人に会ふ時は忽ち眼くらみ、言句渋り、頭は痛み、胸は塞がり、四肢五体萎縮して非常な苦痛で厶いますが、貴方等両人は天国の試験に合格されましたから、其被面布を以て最奥天国の巡覧的修業をなさいませ。拙者が案内を致しませう』 と先に立ち、雲を踏み分けてのぼり行く。二人は一生懸命に神言や天津祝詞を交る交る奏上しながら、フワリフワリと雲の橋を渡つてのぼり行く。此神人は言霊別命であつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 12 西王母 第一二章西王母〔一二六六〕 高天原の総統神即ち大主宰神は大国常立尊である。又の御名は天之御中主大神と称へ奉り、其霊徳の完全に発揮し給ふ御状態を称して天照皇大神と称へ奉るのである。そして此大神様は厳霊と申し奉る。厳と云ふ意義は至厳至貴至尊にして過去、現在、未来に一貫し、無限絶対無始無終に坐ます神の意義である。さうして愛と信との源泉と現れます至聖至高の御神格である。さうして或時には瑞霊と現はれ現界、幽界、神界の三方面に出没して一切万有に永遠の生命を与へ歓喜悦楽を下し給ふ神様である。瑞と云ふ意義は水々しと云ふ事であつて至善至美至愛至真に坐まし且円満具足の大光明と云ふ事になる。又霊力体の三大元に関聯して守護し給ふ故に三の御魂と称へ奉り、或は現界、幽界(地獄界)、神界の三界を守り給ふが故に三の御魂とも称へ奉るのである。要するに神は宇宙に只一柱坐ますのみなれども、其御神格の情動によつて万神と化現し給ふものである。さうして厳霊は経の御霊と申し上げ神格の本体とならせ給ひ、瑞霊は実地の活動力に在しまして御神格の目的即ち用を為し給ふべく現はれ給うたのである。故に言霊学上之を豊国主尊と申し奉り又神素盞嗚尊とも称へ奉るのである。さうして厳霊は高天原の太陽と現はれ給ひ、瑞霊は高天原の月と現はれ給ふ。故にミロクの大神を月の大神と申上ぐるのである。ミロクと云ふ意味は至仁至愛の意である。さうして其仁愛と信真によつて、宇宙の改造に直接当らせ給ふ故に、弥勒と漢字に書いて弥々革むる力とあるのを見ても、此神の御神業の如何なるかを知る事を得らるるのである。善悪不二、正邪一如と云ふ如きも、自然界の法則を基礎としては到底其真相は分るものでない。善悪不二、正邪一如の言葉は自然界の人間が云ふべき資格はない、只神の大慈大悲の御目より見給ひて仰せられる言葉であつて、神は善悪正邪の区別に依つて其大愛に厚き薄きの区別なき意味を善悪不二、正邪一如と仰せらるるのである。併しながら自然界の事物に就ても亦善悪混淆し美醜互に交はつて一切の万物が成育し、一切の順序が成立つのである。故に人は霊主体従と云つて自然界に身を置くとも、凡て何事も神を先にし、愛の善と信の智を主として世に立たねばならないのである。然るに霊的事物の何たるを見る事の出来ない様になつた現代人は、如何しても不可見の霊界を徹底的に信じ得ず、稍霊的観念を有するものと雖も、要するに暗中模索の域を脱する事が出来ない。それ故に人は何うしても体を重んじ、霊を軽んじ物質的欲念に駆られ易く地獄に落ち易きものである。かかる現界の不備欠点を補はむが為に大神は自ら地に降り其神格に依つて精霊を充し、予言者に向つて地上の蒼生に天界の福音を宣伝し給ふに至つたのである。凡て人間が現実界に生れて来たのは、云はば天人の胞衣の如きものである。さうして又天人の養成器となり苗代となり又霊子の温鳥となり、天人の苗を育つる農夫ともなり得ると共に、人間は天人其ものであり又在天国の天人は人間が善徳の発達したものである。さうして天人は愛善と信真に依つて永遠の生命を保持し得るものである。故に人間は現界の生を終へ天国に復活し、現界人と相似せる生涯を永遠に送り、天国の円満をして益々円満ならしむべく活動せしむる為に、大神の目的に依つて造りなされたものである。故に高天原に於ける天国及び霊国の天人は一人として人間より来らないものはない。大神様を除く外、一個の天人たりとも天国に於て生れたものはないのである。必ず神格の内流は終極点たる人間の肉体に来り、此処に留まつて其霊性を発達せしめ、而して後天国へ復活し、茲に初めて天国各団体を構成するに至るものである。故に人は天地経綸の司宰者と云ひ、又天地の花と云ひ、神の生宮と称ふる所以である。愚昧なる古今の宗教家や伝教者は概ね此理を弁へず、天人と云へば、元より天国に在つて特別の神の恩恵に依つて天国に生れたるものの如く考へ、又地獄にある悪鬼どもは元より地獄に発生せしものの如く考へ、其地獄の邪鬼が人間の堕落したる霊魂を制御し或は苦しむるものとのみ考へてゐたのである。之は大なる誤解であつて、数多の人間を迷はす事、実に大なりと云ふべしである。茲に於て神は時機を考へ、弥勒を世に降し、全天界の一切を其腹中に胎蔵せしめ、之を地上の万民に諭し、天国の福音を完全に詳細に示させ給ふ仁慈の御代が到来したのである。されど大神は予言者の想念中に入り給ひ、其記憶を基礎として伝へ給ふが故に、日本人の肉体に降り給ふ時は即ち日本の言葉を以て現はし給ふものである。科学的頭脳に魅せられたる現代の学者又は小賢しき人間は「神は全智全能なるべきものだ。然るに何故に各国の民に分り易く、地上到る所の言語を用ひて示し給はざるや」と云つて批判を試み、神の遣はしたる予言者の言を以て怪乱狂妄と罵り、或は無学者の言とか或は不徹底の言説とか何とかケチをつけたがる盲が多いのは、神の予言者も大に迷惑を感ずる所である。 高天原と天界は至大なる一形式を備へたる一個人である。さうして高天原に構成されたる天国の各団体は之に次げる所の大なる形式を備へたる一個人の様なものである。さうして天人は又其至小なる一個人である。人間も亦天界の模型であり、小天地である事は屡述べた所である。神は此一個人なる高天原の頭脳となつて其中に住し給ひ、万有一切を統御し給ふ故に、又地獄界も統御し給ふは自然の道理である。人間も亦其形体中に天国の小団体たる諸官能を備へ種々の機関を蔵し、而して天国地獄を包含してゐるものである。 扨て高天原の如き極めて円満具足せる形式を有するものには、各分体に全般の面影があり又全般に各分体の面影がある。其理由は高天原は一個の結社の様なものであつて、其一切の所有を衆と共に相分ち、衆は又一切の其所有を結社より受領して生涯を送る故である。かくの如く天界の天人は一切の天的事物の受領者なるによつて、彼は又一個の天界の極めて小なるものとなすのである。現界の人間と雖も、其身の中に高天原の善を摂受する限り、天人の如き受領者ともなり、一個の天界ともなり、又一個の天人ともなるのである。 治国別、竜公両人は言霊別命の案内によつて第一天国の或個所に漸く着いた。此処には得も云はれぬ荘厳を極めた宮殿が立つてゐる。これは日の大神の永久に鎮まります都率天の天国紫微宮であつて、神道家の所謂日の若宮である。智慧と証覚と愛の善と信の真に充されたる数多の天人は此宮殿の前の広庭に列をなし、言霊別一行の上り来るを歓喜の情を以て迎へて居たのである。言霊別命は遥か此方より此光景を指さし、 言霊別『治国別様、あの前に金色燦然として輝いてゐるのは、エルサレムで厶ります。さうしてあの通り巨大なる石垣を以て造り固められ、数百キユーピツトの城壁を囲らしてあるのを御覧なさいませ』 治国別『ハイ、有難う厶ります、如何したものか吾々は円満の度が欠けて居りまするために、エルサレムは何処だか、石垣は何処にあるか、城壁の高さも分りませぬ。只私の目に映ずるのは赫灼たる光と天人の姿が幽かに見ゆるばかりです。さうしてエルサレムとか仰有りましたが、それは小亜細亜の土耳古にある聖地では厶りませぬか』 言霊別『エルサレムの宮とは大神様の御教を伝ふる聖場の意味であります。又高き処の意味であつて即ち最高天界の中心を云ふのです。石垣と申すのは即ち虚偽と罪悪との襲来を防ぐ為の神真其ものであります。度と申すのは性相其ものであつて、聖言に云ふ、人とは凡ての真と善徳とを悉く具有するものの謂であります。即ち人間の内分に天界を有するものを人と云ひ、天界を有せないものを人獣と云ふのです。ここには決して人なる天人はあつても現界の如き人獣は居りませぬ。然し私が今人獣と云つたのは霊的方面から云つたのです。凡て神の坐します聖場及び其御教を伝ふる聖場を指して貴の都と云ひ、或はエルサレムの宮と云ふのです』 治国別『さう致しますと、現界に於けるウブスナ山の斎苑館を始め、黄金山、霊鷲山、綾の聖地及び天教山、地教山、万寿山其他の聖地は凡て天国であり、エルサレムの宮と云ふのですか』 言霊別『さうです、実に神格によつて円満なる団体の作られたものは凡てエルサレムとも云ひ、地上に於ては地の高天原と称ふべきものです。地上の世界は要するに高天原の移写ですから、地上にある中に高天原の団体に籍をおいておかなくては、霊相応の道理順序に背いては、死後天国の生涯を送る事は出来ませぬ。サア之より最奥天国の中心点、大神の御舎に御案内致しませう』 と先に立つて歩み出した。二人は足の裏がこそばゆい様な気分に打たれ、いと恥かし気に従ひ行く。路傍に堵列せる数多の天人は『ウオーウオー』と手を拍つて叫び、愛善の意の表示をなしてゐる。二人は言霊別命の背後に従ひ、被面布を冠りながら心落ち着き、静々と日の若宮の表門を潜り入る。 言霊別命は二人を門内に待たせ置き悠々として奥深く入り給うた。二人は門内に佇み園内に繁茂せる果樹の美しきを眺めやり、舌うちしながら頭を傾け『アーア』と驚きに打たれ吐息を洩らしてゐる。暫くすると庭園の一方より目も眩むばかりの光を放ち悠々と入り来り給ふ妙齢の天女があつた。二人は思はずハツと大地に踞み敬礼を表した。此女神は西王母と云つて伊邪那美尊の御分身、坤の金神であつた。西王母と云ふも同身異名である。女神は二人の手をとりながら言霊別命の奥殿より帰り来る間、庭園を巡覧させむと桃畑に導き給うた。二人は恐る恐る手を曳かれながら芳しき桃樹の園に導かれ行く。此処には三千株の桃の樹が行儀よく繁茂してゐる。さうして前園、中園、後園と区劃され、前園には一千株の桃樹があつて美はしき花が咲き且一方には美はしき実を結んだのも尠なくはない。此前園の桃園は花も小さく又其実も小さい。さうして三千年に一度花咲き熟して、之を食ふものは最高天国の天人の列に加へらるるものである。さうして此桃の実は余程神の御心に叶つたものでなければ与へられないものである。西王母は二人に一々此桃の実の説明をしながら中園に足を踏み入れた。ここにも亦一千株の桃の樹があり、美はしき八重の花が咲き充ち又甘さうな実がなつて居る。之は六千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地と共に長生し、如何なる場合にも不老不死の生命を続けると云ふ美はしき果物である。西王母は又もや詳細に桃畑の因縁を説き諭し、終つて後園に足を入れ給うた。此処にも亦一千株の桃樹が行儀よく立ち並び、大いなる花が咲き匂ひ、実も非常に大きなのが枝も折れむばかりに実つてゐる。此桃の樹は九千年に一度花咲き実り、之を食ふものは天地日月と共に生命を等しうすると云ふ重宝至極な神果である。西王母は此因縁を最も詳細に治国別に諭し給うた。然し此桃の密意については容易に発表を許されない、然しながら桃は三月三日に地上に於ては花咲き、五月五日に完全に熟するものなる事は、此物語に於て示されたる所である。之によつて此桃に如何なる御経綸のあるかは略推知し得らるるであらう。西王母は一度地上に降臨して黄錦の御衣を着し、数多のエンゼルと共に之を地上の神権者に献げ給ふ時機ある事は、現在流行する謡曲によつても略推知さるるであらう。 却説、西王母は桃園の案内を終り、二人の手を引きながら元の門口に送り来り、 西王母『治国別殿、竜公殿、之にてお別れ申す』 と云ふより早く桃園内に神姿を隠し給うた。二人は其後姿を伏し拝み、王母が説明によつて神界経綸の深遠微妙なる密意を悟り、思はず合掌して感涙に咽びつつあつた。 かかる所へ紫微宮の黄金の中門を開いて現はれ来る美はしき天女、五色の光輝に充ちた羽衣を着しながら出で来る其荘厳さ、天国の天人は何れも美はしく円満の相を具備すれども、未だ嘗て斯の如き円満なる妙相を備へたる神人を見るのは二人とも天国巡覧以来初めてであつた。 因に羽衣とは決して謡曲にある如き中空を翔ける空想的のものでない。最も美はしき袖は手より数尺長く、裾は一二丈も後に垂れてゐる神衣の事である。 扨て十二人の天女は、無言の儘二人を指し招き、前に六人、後に六人、二人を守りながら黄金の中門を潜つて迎へ入れるのであつた。此時今まで聞いた事もない様な微妙な音楽四方より起り、芳香馥郁として薫じ、二人は吾身の何処にあるやも忘るるばかり歓喜に充されながら、微の声にて天津祝詞を奏上しつつ欣々として進み入る。 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七北村隆光録)
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霊界物語 48_亥_治国別の天国巡覧2 17 甦生 第一七章甦生〔一二七一〕 ランチ将軍、片彦、ガリヤ、ケースの四人は罪人橋の傍に佇み、肌を断る許りの寒風に曝されながら、幽かに聞ゆる宣伝歌の声をせめてもの力として、慄ひながら待つて居た。四方を見れば、今まで吾身辺を包みたる冥官は一人も居らず、又我利我利亡者の姿は残らず消え失せたれども、再び潜り来りし小孔は塞がりて分らず、此橋を向ふへ渡らむか、実に危険にして百中の百まで顛落しさうな光景である。宣伝歌の声は追々高くなつた。それに次いで、ワイワイと喚く数百人の声、前後左右より響き来る。四人は心も心ならず、如何なり往くならむと、絶望の淵に沈んで居た。かかる所へ忽然として現はれ給うたのは容貌端麗なる一人の女神、二人の侍女を伴ひながら、四人の前に鳩の如く下り給ひ、女神は優しき声にて、 女神『貴方は大自在天様の教を奉ずるランチ将軍の一行ぢや厶いませぬか』 四人は蘇生の思ひをしながら、俄に嬉し気に声まで元気よく、 四人『ハイ、仰せの如く、ランチ将軍主従で厶います。誠に罪悪のため斯様な所へ落され、二進も三進もなりませぬ。今日迄の罪悪はすつかり悔い改めまして、生れ赤児の心に立ち帰りますれば、どうぞ此の急場をお救ひ下さいませ』 女神『それは嘸お困りでせう。貴方が誓つて体主霊従の行ひを改むるとならばお助け申しませう。妾は都率天に坐ます日の大神のお傍に仕ふるもの、妾が申す事御合点が参りましたらキツと救うて上げませう、実の所は貴方等の危難を大神様が御照覧遊ばし「一時も早く彼が前に往き、誠を説き明し救ひやれ、時後れなば一大事」との仰せに、取るものも取り敢ず、都率天を下り此処に来ました。あれお聞きなさいませ。あの宣伝歌は、貴方等を救ふための宣伝歌の声で厶います』 片彦『ハイ、有難う厶います。歌は聞えますが、其歌がボンヤリとして少しも意味が分りませぬ』 女神『あの歌は、三五教の宣伝使が、貴方等を救ふべく神への祈り歌で厶います、サア篤りとお聞きなされ』 と懐中より大幣を取り出し左右左に打ち振れば、不思議や四人の耳はパツと開けて、歌の意味は益々明瞭になつて来た。四人は両手を合せ、大地に跪いて其歌を一語も洩らさじと聞き入つた。其歌、 (紫姫)『高天原の最奥の日の若宮に現れませる 至仁至愛の大神は八岐大蛇や醜狐 曲鬼共に取りつかれ善の道をば取り違へ 智慧証覚をくらまして体主霊従の小欲に 浮身を窶すバラモンの大黒主の部下となり ミロクの神の化身たる神素盞嗚の大神の 常磐堅磐に現れませる産土山の霊国の 貴の館を屠らむと大黒主の命をうけ ランチ将軍、片彦が数多の部下を引率れて 浮木の森に陣営を構へて作戦計画の 真最中に入り来る治国別の宣伝使 忽ち悪心勃発し神の尊き御使を 千尋の暗き穴の底落し入れたる曲業は 忽ち其身に報い来て眼はくらみ変化神 此上なき美人と過りて互に修羅を燃やしつつ 反間苦肉の策を立て互に命を奪ひ合ひ 忽ち精霊肉体を離れて地獄に踏み迷ひ 進退茲に谷まれる其窮状を臠はし 妾に向つて詔らすやう汝紫姫の神 二人の天女と諸共に根底の国に降臨し 彼等四人が心底を調べたる上真心の 聊かなりと照るあらば誠の道を説き聞かせ 再び娑婆に追ひかへし遷善改過の其実を あげさせよやと厳かに詔らせたまひし神勅を 慎み畏み今茲に降り来りしものなるぞ 軍の君よ汝は今吾言霊を聞き分けて 尊き神の愛に触れ再び現世に立ち帰り 大神業に奉仕する赤心あらば吾は今 汝を安きに救ふべしあゝ惟神々々 尊き神の勅もて汝等四人に詔り伝ふ』 と言葉淑かに聞え来る。よくよく見れば宣伝歌の声は外には非ず、女神の口から歌はれて居たのである。されど神格に満ちたる天人は、現代人の如く口を用ひたまはず、一種の語字を用ひ四辺より語を発し、其意を述べ給ふにより、四人の亡者の気づかなかつたのも道理である。 ランチ将軍は漸くにして力を得、歌をもつてエンゼルに答へた。 ランチ『高天原の最奥の日の若宮に現れませる 尊き神の勅もて天降りましたる紫の 姫の命の御前に慎み敬ひ願ぎ申す 吾はバラモン大御神大国彦を祭りたる 大雲山の聖場に朝な夕なに身を清め 難行苦行の功をへて漸く道の奥処をば 悟りて茲に神柱大黒主に選まれて 教司となり居たり時しもあれやウラル教 三五教の神柱数多の軍を引率れて 空照り渡る月の国ハルナの都に攻め来る 噂は強く聞えけり茲に大黒主の神 大に怒らせ給ひつつ善か悪かは知らねども 軍を起し産土の館を指して進むべく 鬼春別に依さしまし数多の兵士任けたまふ 鬼春別の部下なりし吾等は命に従ひて 浮木の森に来る折怪しき女に村肝の 心を汚し同僚を恋の敵と恨みつつ 悪逆無道の行動を敢てなしたる悔しさよ 斯くなる上は吾とても如何でか悪を尽さむや 唯今限り悪を悔い誠の道に立ち帰り 皇大神の御教に厚く服ひ仕ふべし 尊き神の御使よ此有様を憫れみて 何卒救はせたまへかしもし許されて現界に 再び帰り得るなれば神素盞嗚の大神に 刃向ひまつりし罪咎を償ふ為に一身を 捧げて誠の大道に進み奉らむ吾心 尊き神の御使の御前に心固めつつ 委曲に願ひ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 一旦誓ひし吾魂は皇大神の御為に 仮令命は捨つるとものどには捨てじ一歩も 顧みせざる誠心を清くみすかし給ひつつ 愍み給へ紫の姫の命の御前に 慎み敬ひ願ぎ申す』 と細き声にて詔り上げた。片彦も亦歌をもつて罪を謝した。 片彦『ここたくの罪や汚れになづみたる わが身魂をば清めて救へ。 惟神誠の道に踏み迷ひ 根底の国に落ちにけるかな。 何事も神の御為世のためと 知らず知らずに曲になりぬる。 ここたくの罪を許して現世に 救はせ給へと乞ひのみ奉る』 ガリヤ『吾も亦汚き欲に包まれて 黒白も分ぬ暗に落ちぬる。 いと深き神の恵に包まれて 根底の国を去るぞ嬉しき。 皇神の此御恵を如何にして 報はぬものと危ぶまれぬる。 さりながら元は尊き大神の 身魂なりせば清く帰らむ』 ケース『身の欲に心曇りて根の国の 川辺に迷ふ吾ぞ果敢なき。 如何にして此苦しみを逃れむと 千々に心を痛めたりしよ。 有難き神の恵の霑ひて 紫姫は降りましけり』 ランチ『有難し勿体なしと申すより 外に言の葉なかりけるかも。 大神の恵の露は根の国や 底の国まで霑ひにけり』 紫姫『村肝の心の闇の晴れし身は 安く帰らむ顕御国へ。 さりながら再び現世に帰りなば 曲の仕業は夢にな思ひそ。 皆さま、結構で厶いました。どうやら現世へお帰り遊ばす道が開けたやうです。妾も大慶に存じます。併しながら此国の守護神様は金勝要大神様、一度お許しを蒙らねばなりませぬ。お願ひを致して参ります』 と云ふより早く、麗しき雲を起し、罪人橋の上を北へ北へと其神姿を隠し給うた。四人は互に顔を見合せ、ホツと息をつきながら、 ランチ『あゝ片彦殿、真に済まない事を致しました。悪魔に取りつかれ、俄にあのやうな悪心を起し、こんな所へ閉ぢ込まれるとは、どうも恥かしい事で厶る。どうか現界へ帰るとも、今迄の恨は川へ流し、層一層御親交を願ひます』 と心の底より片彦に詫びた。片彦は之に答へて、さも嬉し気に云ふやう、 片彦『将軍様、勿体ない事を仰せられますな。皆私が悪いので厶います。数多の軍勢を指揮する身分で居ながら、陣中の規律を紊し、女に心を奪はれ、遂には思はぬ葛藤を起しました其罪は、私が大部分負担すべきものです。何卒今までの罪をお許し下さいまして、従前よりも層一層の御親交を願ひます』 と心の底より打ち解けて云つた。 ガリヤ、ケースの両人は両将軍の物語を聞き、身を縮め、感歎の息を洩らして居る。斯かる所へ治国別、松彦、竜公、万公、アク、タク、テクの一行、宙を飛んで走り来り、四人の前に整列し、 治国『片彦さま、貴方の改心が国魂の神、金勝要大神様に通じました。拙者は要の神の命により、貴方を現界に救ふべくお迎へに参りました』 片彦『ハイ、有難う厶います』 と落涙に及ぶ。松彦はランチ将軍に向ひ、 松彦『将軍殿、貴方の悔悟のお願が大地の金神金勝要神様の御前に達しました。拙者は神命に依り、貴方を現界へお送り申しませう、次にガリヤ、ケースの両人も同様現界へお帰りなさい』 三人は、 三人『ハイ有難う』 と頭を下げる途端、ザワザワと聞ゆる人声に目を醒ませば、浮木の森の物見櫓の下座敷に四人は横たはり、数多の人々に介抱されて居た。さうしてお民はお寅に救はれて居た。ランチ将軍、片彦は枕許をよく見れば、豈図らむや、今夢ともなしに罪人橋の麓にて救はれたる治国別、松彦を初め、竜公、万公、アク、タク、テクの面々であつた。彼等四人は治国別、松彦の一隊に死体を河中より救ひ上げられ、宣伝歌を聞かされ、且つ天津祝詞と天の数歌の功力に救はれ蘇へつたのであつた。又お民は蠑螈別の声にハツと気がつき四辺を見れば、其枕許には蠑螈別、エキス、アーク、タール、お寅婆アさまの面々が親切に介抱をして居た。是よりランチ将軍を初め幽冥旅行の面々は心の底より前非を悔い、初めて神素盞嗚大神の御前に両手を合せ、反逆の罪を陳謝し、遂に三五の道に帰順する事となつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八加藤明子録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 01 地上天国 第一章地上天国〔一二七五〕 天地万有一切を愛の善と信の真に基いて、創造し玉ひし皇大神を奉斎したる宮殿の御舎を、地上の天国と云ふ。而して大神の仁慈と智慧の教を宣べ伝ふる聖場を霊国といふ。故に大本神諭にも、綾の聖地を地の高天原と名付けられたのである。 天国とは決して人間の想像する如き、宙空の世界ではない。大空に照り輝く日月星辰も皆地球を中心とし、根拠として創造されたものである以上は、所謂吾人の住居する大地は霊国天国でなければならぬ。人間は其肉体を地上において発育せしめ、且其精霊をも馴化し、薫陶し、発育せしむべきものである。而して高天原の真の密意を究むるならば最奥第一の天国も亦中間天国、下層天国も、霊国もすべて地上に実在する事は勿論である。只形体を脱出したる人の本体即ち精霊の住居する世界を霊界と云ひ、物質的形体を有する人間の住む所を現界といふに過ぎない。故に人間は一方に高天原を蔵すると共に一方に地獄を包有してゐるのである。而して霊界、現界即ち自然界の間に介在して、其精霊は善にもあらず、悪にもあらず、所謂中有界に居を定めてゐるものである。 すべての人間は、高天原に向上して霊的又は天的天人とならむが為に、神の造り玉ひしもので、大神よりする善の徳を具有する者は、即ち人間であつて、又天人なるべきものである。要するに天人とは、人間の至粋至純なる霊身にして、人間とは、天界地獄両方面に介在する一種の機関である。人間の天人と同様に有してゐるものは、其内分の斉しく天界の影像なることと、愛と信の徳に在る限り、人間は所謂高天原の小天国である。而して人間は天人の有せざる外分なるものを持つてゐる。其外分とは世間的影像である。人は神の善徳に住する限り、世間即ち自然的外分をして、天界の内分に隷属せしめ、天界の制役するままならしむる時は、大神は御自身が高天原にいます如くに其人間の内分に臨ませ玉ふ。故に大神は人間が天界的生涯の内にも、世間的生涯の中にも、現在し玉ふのである。故に神的順序ある所には必ず大神の御霊ましまさぬことはない。凡て神は順序にましますからである。此神的順序に逆らふ者は決して生き乍ら天人たることを得ないのである。 教祖の神諭に……十里四方は宮の内……と示されてあるのは、神界に於ける里数にして、至善至美至信至愛の大神のまします、最奥第一の天国たる神の御舎は殆ど想念の世界よりは、人間界の一百方里位に広いといふ意味である。吾々人間の目にて僅かに一坪か二坪位な神社の内陣や外陣も、神界即ち想念界の徳の延長に依つて、十里四方或は数百里数千里の天国となるのである。福知舞鶴外囲ひと云うてあるのは、所謂綾の聖地に接近せる地名を仮つて、現界人に分り易く示されたものであつて、決して現界的地名に特別の関係がある訳ではない。只小さき宮殿(人間の目より見て)の中でも……即ち宮の内でも神の愛と神の信に触れ、智慧証覚の全き者は、右の如く想念の延長に仍つて、際限もなく、聖く麗しく、且広く高く見得るものである。すべて自然界の事物を基礎として考ふる時は斯の如き説は実に空想に等しきものの如く見ゆるは当然である。併し乍ら霊的事物の目より考ふれば、決して不思議でも、不合理でもない。霊的事象の如何なるものなるかを、能く究め得るならば、遂に其真相を掴むことが出来るのである。併し自然界の法則に従つて肉体を保ち、且肉の目を以て見ることを得ざる霊界の消息は到底大神の直接内流を受入るるに非ざれば、容易に思考し得可らざるは、已むを得ない次第である。 故に、神界の密意は霊主体従的の真人にあらざれば、中魂下魂の人間に対し、いかに之を説明するも、容易に受け入るる能はざるは当然である。只人間は己が体内に存する内分に仍つて、自己の何者たるかを能く究めたる者に非ざれば、如何なる書籍をあさる共、如何なる智者の言を聞く共、如何に徹底したる微細なる学理に依る共、自然界を離れ得ざる以上は、容易に霊界の消息を窺ふことは出来ないものである。太古の黄金時代の人間は何事も、皆内的にして、自然界の諸事物は其結果に依つて現はれし事を悟つてゐた。夫れ故直様に大神の内流を受け、能く宇宙の真相を弁へ、一切を神に帰し、神のまにまに生涯を楽み送つたのである。然るに今日は最早白銀、赤銅、黒鉄時代を通過して、世は益々外的となり、今や善もなく真もなき暗黒無明の泥海世界となり、神に背くこと最遠く、何れも人の内分は外部に向ひ、神に反いて、地獄に臨んでゐる。それ故足許の暗黒なる地獄は直に目に付くが、空に輝く光明は之を背に負ふてゐるから、到底神の教を信ずることは出来ないのである。茲に天地の造主なる皇大神は、厳の御霊、瑞の御霊と顕現し玉ひ、地下のみに眼を注ぎ、少しも頭上の光明を悟り得ざりし、人間の眼を転じて、神の光明に向はしめむとして、予言者を通じ、救ひの道を宣べ伝へたまうたのである。 斯の如く地獄に向つて内分の開けてゐる人間を高天原に向はしめたる状態を、天地が覆ると宣らせ玉ふたのである。 要するに忌憚なく言へば、高天原とは大神や天人共の住所なる霊界を指し、霊国とは神の教を伝ふる宣伝使の集まる所を言ひ、又其教を聞く所を天国又は霊国といふのである。而して天国の天人団体に入りし者は、祭祀をのみ事とし、霊国の天人は神の教を伝ふるを以て神聖なる業務となすのである。故に最勝最貴の智慧証覚に仍つて、神教を伝ふる所を第一霊国と云ひ、又最高最妙の愛善と智慧証覚を得たる者の集まる霊場を最高天国といふのである。故に現幽一致と称へるのである。 人間の胸中に高天原を有する時は、其天界は人間が行為の至大なるもの、即ち全般的なるものに現はれるのみならず、其小なるもの即ち個々の行為にも現はるべきものなるを記憶すべきである。故に『道の大原』にも、大精神の体たるや至大無外至小無内とある所以である。抑も人間の人間たる所以は、自己に具有する愛其者にある。自然の主とする所の愛は即ち其人格なりといふ事に基因するものである。何故なれば、各人主とする所の愛は、其想念及行為の最も微細なる所にも流れ入つて之を按配し、至る所に於て、自分と相似せるものを誘出するからである。而して諸々の天界に於ては、大神に対する愛を以て第一の愛とするのである。高天原にては如何なる者も大神の如く愛せらるるものなき故である。故に高天原にては、大神を以て一切中の一切として之を愛し之を尊敬するのである。 大神は全般の上にも、個々の上にも流れ入り玉ひて、之を按配し之を導いて、大神自身の影像を其上に止めさせ玉ふを以て、大神の行きます所には悉く高天原が築かれるのである。故に天人は極めて小さき形式に於ける一個の天界であつて、其団体は之よりも大なる形式を有する天界である。而して諸団体を打つて一丸となせるものは高天原の最大形式をなすものである。 綾の聖地に於ける神の大本は大なる形式を有する高天原であつて、其教を宣伝する聖く正しき愛信の徹底したる各分所支部は、聖地に次ぐ一個の天界の団体であり又、自己の内分に天国を開きたる信徒は、小なる形式の高天原であることは勿論である。故に霊界に於けるすべての団体は、愛善の徳と信真の光と、智慧証覚の度の如何によつて、同気相求むる相応の理に仍り、各宗教に於ける一個の天国団体が形成され、又中有界地獄界が形成されてゐるのも、天界と同様、決して一定のものではない。され共大神は天界中有界地獄界をして一個人と見做し、之を単元として統一し玉ふ故に如何なる団体と雖も、厳の御霊瑞の御霊の神格の中より脱出することは出来ない、又之を他所にして自由の行動を取ることは許されないのである。 高天原の全体を統一して見る時は、一個人に類するものである。故に諸々の天人は其一切を挙げて、一個の人に類する事を知るが故に彼等は高天原を呼んで、大神人といふのである。綾の聖地を以て天地創造の大神の永久に鎮まります最奥天国の中心と覚り得る者は、死後必ず天国の住民となり得る身魂である。故に斯かる天的人間は聖地の安危と盛否を以て、吾身体と見做し、能く神界の為に、愛と信とを捧ぐるものである。 高天原の全体を一の大神人なる単元と悟りし上は、すべての信者は其神人の個体又は肢体の一部なることを知るが故である。霊的及天的事物に関して、右の如き正当なる観念を有せざる者は、右の事物が一個人の形式と影像とに従つて配列せられ和合せらるることを知らない。故に彼等は思ふやう、人間の外分をなせる世間的、自然的事物即ち是人格にして、人は之なくんば人の人たる実を失ふであらうと。故に大神人の一部分たる神の信者たる者が斯の如き自愛心に捉はれて、孤立的生涯を送るに至らば、外面神に従ふ如く見ゆると雖も、其内分は全く神を愛せず、神に反き、自愛の為の信仰にして、所謂虚偽と悪との捕虜となつたものである。斯の如き信仰の情態に在る者は決して神と和合し、天界と和合することは出来ない。恰も中有界の人間が、第一天国に上つて、其方向に迷ひ、一個の天人をも見ることを得ず、胸を苦め、目を眩して喜んで地獄界へ逃行く様なものである。 人間の人間たるは決して世間的物質的事物より成れる人格にあらずして、其能く真を知り、能く善に志す力量あるに仍ることを知るべきである。此等の霊的及び天的事物は即ち人格をなす所以のものである。而して人格の上下は、其人の智性と意思との如何に仍るものである。 大本神諭に……灯台下は真暗がり、結構な地の高天原に引寄せられ乍ら、肉体の欲に霊を曇らせ、折角宝の山に入り乍ら、裸跣足で怪我を致して帰る者が出来るぞよ。これは心に欲と慢心とがあるからであるぞよ。云々……と示されあるを考ふる時は、折角神の救ひの綱に引かれ乍ら、其偽善の度が余り深きため、心の眼開けず、光明赫灼たる大神人のゐます方向さへも、霊的に見ることを得ず、何事もすべて外部的観察を下し、おのが邪悪に充ちたる心より神人の言説や行為を批判せむとする偽善者や盲聾の多いのには大神も非常に迷惑さるる所である。凡て人間は、暗冥無智なる者なることを悟り、至善至美至仁至愛至智至正なる神の力に信従し、維れ命維れ従ふの善徳を積むに非ざれば、到底吾心内に天界を開き、神の光明を認むることは不可能である。吾身内に天国を啓き得ざる者は到底顕界幽界共に安楽なる生涯を送ることは出来ないのは当然である。故に現界にて同じ殿堂に集まり、神を讃美し、神を拝礼し、神の教を聴聞する、其状態を見れば、同じ五六七殿の内に行儀よく整列して居る様に見えてゐる、又物質界より見れば確実に整列してゐるのは、事実である。併し其想念界に入つて能く観察する時は、其霊身は霊国にあるもあり、又天国の団体にあつて聴聞せるもあり拝礼せるもあり、或は中有界に座を占めて聞き居るもあり、又全く神を背にし地獄に向つてゐるのもある。故に此物語を拝聴する人々に仍つて、或は天来の福音とも聞え、神の救ひの言葉とも聞え、或は寄席の落語とも聞え、或は拙劣な浪花節とも感じ、又中有界に彷徨ひたる偽善者の耳には不謹慎なる物語にして、決して神の言葉にあらず、瑞月王仁の滑稽洒脱の思想が映写して、物語となりしものの如く感じ、冷笑侮蔑の念を起し、之に対する者もあり、或は筆録者の放逸不覊の守護神に感じて、口述者の霊が神の言葉と自ら信じ、編纂せしものの如く感ずる者もあり、或は其言を怪乱狂妄悉皆汚穢に充ちたる醜言暴語となして耳を塞ぎ逸早く逃げ帰るものもある。之は霊界に身をおいて、各人が有する団体の位地より神を拝し、且物語を聴く人の状態である。故に此物語は上魂の人には実に救世の福音なれ共、途中の鼻高や下劣なる人間の耳には最も入り難きものである。又無垢なる小児と社会の物質欲に超越したる老人の耳には能く沁み渡り、且理解され易きものである。こは小児と老人は其心無垢の境涯に在つて、最奥の霊国及天国と和合し相応し居るが故である。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 02 大神人 第二章大神人〔一二七六〕 前節に述べたる如く、霊国や天国の諸団体に籍をおいたる天人及地上の天人即ち神を能く理解せし人間の精霊は、即ち地上の天人なるを以て、人間肉体の行為に留意することなく、其肉体を動作せしむる所の意思如何を観察するものである。故に人間の吾長上たると吾下僕たるとを問はず、其行為に就て善悪の批判を試むるが如き愚なことは、決してせない。天人の位地に進んだものは、其人格を以て意思に存し、決して行為其物にあらざる事を洞察するが故である。其智性も亦人格の一部分なれ共、意思と一致して活動する時に限つて人格と見なすのである。意思は愛の情動より起り、智性は信の真より発生するものである。故に愛のなき信仰は決して人格と見なすことは出来ない。愛は即ち第一に神を愛し、次に隣人を愛する正しき意思である。只神を信ずるのみにては到底神の愛に触れ、霊魂の幸福を得ることは不可能である。愛は愛と和合し、智は智と和合す。神に心限りの浄き宝を奉り、或は物品を奉納するは所謂愛の発露である。神は其愛に仍つて人間に必要なるものを常に与へ玉ふ。人間は其与へられたるものに仍つて生命を保ち、且人格を向上しつつあるのである。神は無形だとか、気体だとか、無形又は気体にましますが故に決して現界人の如き物質を要求し玉はず、金銭物品を神に献つて神の歓心を得むとするは迷妄の極なり、只神は信仰さへすればそれで可い、其信仰も科学的知識に仍つて認め得ない限りは、泡沫に等しきものだ。故に神を信ずるに先だち科学的原則の上に立脚して、而して後信ずべきものだ……などと唱ふる者は、すべて八衢人間にして、其大部分は神を背にし光明を恐れ、地獄に向つて内底の開けゐる妖怪である。 霊国天国の天人が天界を見て一個の形式となすのは、其全般に行わたつてのことではない。如何なる証覚の開けた天人の眼界と雖も、高天原の全般を測り知ることは出来ない。されど天人は数百又は数千の天人より成れる団体を遠隔の位地より見て、人間的形式をなせる一団と感ずる事がある位なものである。故に未だ中有界に迷へる八衢人間の分際としては到底、天人の善徳や信真や証覚に及ばないことは無論である。 斯の如く如何なる天人と雖も、高天原の全体を見極め、神の経綸を熟知し、且他の諸団体を詳しく見聞し能はざる位のものであるに、自然界の我利我欲にひたり、自愛と世間愛のみを以て最善の道徳律となし、善人面をさげ、漸く神の方向を認めたる位の八衢人間が到底神の意思の測知し得らるべき道理はないのである。天国の全般を総称して大神人と神界にては称へらるる理由は、天界の形式は凡て一個人として統御さるるからである。故に地の高天原は一個の大神人であり、其高天原を代表して愛善の徳と信真の光を照らし、暗に迷へる人間に智慧と証覚を与へむとする霊界の担当者は、即ち大神人である。神人の大本か大本の神人か……と云ふべき程のものである。之は現幽相応の理より見れば、決して架空の言でもない。又一般の信徒は所謂一個の大神人の体に有する心臓、肺臓、頭部、腰部、其他四肢の末端に至る迄の各個体である。 天界を大神は斯の如く一個人として、即ち単元として之を統御し玉ふのである。故に人間は宇宙の縮図といひ、小天地と云ひ、天地経綸の司宰者と云ふ。人間の身体は、其全分にあつても、其個体に在つても、千態万様の事物より組織されたるは、人の能く知る所である。即ち全分より見れば、肢節あり、気管あり、臓腑あり、個体の上より観れば、繊維あり、神経あり、血管あり、かくて肢体の内に肢体あり、部分の中に部分あれ共、一個人として活動する時は、単元として活動するものである。故に個体たる各信者は一個の単元体たる大神人の心を以て心となし、地上に天国を建設し、地獄界の片影をも留めざらしむる様、努力すべきものである。大神が高天原を統御し玉ふも亦之と同様である。故に地上の高天原たる綾の聖地には、大神の神格にみたされたる聖霊が予言者に来つて、神の神格に仍る愛善の徳を示し、信真の光を照らし、智慧証覚を与へて、地上の蒼生をして地的天人たらしめ、且又地上一切をして天国ならしめ、霊界に入りては、凡ての人を天国の歓喜と悦楽に永住せしめむが為に努力せしめ玉ふたのである。其単元なる神人を一個人の全般と見做し、各宣伝使信者は個体となつて、上下和合し、賢愚一致して此大神業に参加すべき使命を有つてゐるのである。 斯の如くして円満なる団体の形式を造り得る時は即ち全般は部分の如く、部分は全般の如くにて其両者の相違点は、只其分量の上にのみ存するばかりである。今日の聖地に於ける状態は、すべて個々分立して活躍し、全体は分体と和合せむとしてなす能はず、分体たる個人は各自の自然的観察を基点として、思ひ思ひに光に反き愛に遠ざかり、最も秀れたる者は中有界に迷ひ、劣れる者は地獄の団体に向つて秋波を送る者のみである。故に此等の人間は大神の聖場、地の高天原を汚す所の悪魔の影像であり、且個人としては偽善者である。偽善者なる者は時としては善を語り、又善を教へ、善を行へども、何事につけても自己の愛を先にするものである。大神の御神格及高天原の状態、愛の徳及信の道理並に高天原の将来などに付いて、人に語り伝ふること、最深く、天人の如く、聖人君子の如く、偶には見ゆるものあり、又其口にする所を心言行一致と云つて、行為に示さむとし、能く其行ひを飾つて、人の模範とならむとする者あれ共、其人間が実際に思惟する所のものは必ずや人に知られむ為、或は褒められむ為にする者が多い。此等は未だ偽善者の中でも今日の処では、余程上等の部分にして、俗眼より見れば真に神を理解し、言心行の一致の清き信者と見得る者である。次に今綾の聖地に於ける最上等の部分に属する人の心性を霊眼によつて即ち内的観察に仍つて見る時は、未だ天界の消息にも詳ならず、其自愛及世間愛と雖も、未だ徹底せず、天人の存在を半信半疑の態度を以て批判し、或は死後の生涯などに就て語る共、只真理に明き哲人と人に見られむが為に、真実に吾心に摂受せざる所を、能く知れるが如くに語り伝ふる位が上等の部分である。而して口には極めて立派なことを言つても、其手足を動かし、額に汗し、以て神に対する真心を実行せない者が大多数である。斯の如き人は神の教を伝へ、又は神に奉仕する祭官などは、俗事に鞅掌し或は田園を耕し、肥料などの汚穢物を手にするは、所謂神を汚すものと誤解してゐる八衢人間や、或は怠惰の為、筋肉労働を厭うて、宣伝使又は祭官の美名にかくるる横着者である。此等は何れも神の前にあつて、天人の一人をも霊的に認むることなく、又体的にも感ずる能はず、遂には神仏を種にして、自利を貪る地獄道の餓鬼となつてゐる者である。かくの如き心性を以て神の教を説き、神に近く奉仕するは、全く神を冒涜する罪人である。 斯くの如き人間は神の言葉を売薬の能書位に心得、何事をも信ぜず、又自己を外にして徳を行ふの念なく、人の見ざる所に於て善をなすことを忌み、悪を人の前に秘し、善は如何なる小さきことと雖も、必ず人の前に現はさむことを願ふ。故に彼等がもし万一善なる行ひをなしたりとせば、それは皆自己の為になす所あるによる。又他人の為に善を行ふことあれば、それは他人及世間より聖人或は仁者と見られむことを願ふに過ぎない。斯の如き人のなすことはすべて自愛の為である。自愛は所謂地獄の愛である。 心ならずも五六七殿に此物語を聞きに来てゐる偽善者も偶にはあるやうだ。それは折角昼夜艱苦して口述編纂した『霊界物語』を毎夜捧読して、霊界の消息を、迷へる人々に説き示さむとする口述者の意思を無視したと思はれてはならないから……といふ位な考へで、厭々聞きに来る人もあるのである。決して左様な御気遣は無用である。何程内底の天に向つて閉塞したる人々の身魂に流入し或は伝達せむとするも、到底駄目である。故にどうしても此物語の気にくはぬ人は、かかる偽善的行為を止めて、所主の愛に仍り、身魂相応の研究を自由にされむことを希望する。決して物語の聴聞や購読を強るものではない。 経の神諭は拝聴すると、涙が出る様だが、緯の物語を聞くと少しも真味な所がなく、可笑しくなつてドン・キホーテ式の物語か又は寄席気分のやうだと云つてゐる立派な人格者があるさうだ。之れも身魂相応の理に仍るものだから、如何ともすることは出来ない。併し乍ら悲しみの極は喜びであり、喜びの極は悲しみであることは自然界学者もよく称ふる所である。而して悲しみは天国を閉ぢ歓びは天国を開くものである。人間が他愛もなく笑ふ時は決して悲しみの時ではない、面白可笑しく歓喜に充ちた時である。神は歓喜を以て生命となし、愛の中に存在し玉ふものである。赤子が泣いた時は其母親が慌てて乳を呑ませ、其子の笑顔を見て喜ぶのは即ち愛である。吾子を泣かせ、又は悲しましめて快しと思ふ親はない。神の心はすべて一瞬の間も、人間を歓喜にみたしすべての事業を楽しんで営ましめむとし玉ふものである。此物語が真面目を欠いて笑はせるのが不快に感ずる人あらば、それは所謂精神上に欠陥のある人であつて、癲狂者か或は偽善者である。先代萩の千松の言つたやうに……お腹がすいてもひもじうない……といふ虚偽虚飾の態度である。かくの如き考へを捨てざる限り、人は何程神の前に礼拝し、神を讃美し、愛を説くと雖も、到底天国に入ることは出来ない。努めて地獄の門に押入らむとする痴呆者である。 凡て綾の聖地に、神の恵に仍つて引つけられたる人、及此教に信従する各地の信者は、すべて大神の神格の中にあるものである。然るに灯台下暗しとか云つて、之を認め得ざるものは天人(人間と同様の形態)の人格を保つことは出来ないものである。富士へ来て富士を尋ねつ富士詣で……と云ふ様に、富士山の中へ入つて了へば、他に秀れて尊き霊山たることを知らず、普通の山と見ゆるものである。併し遠くへだてて之を望む時は、実に其清き姿は雲表に屹立し、鮮岳清山を圧して立てる其崇高と偉大さを見ることを得る様に、却て遠く道をはなれ、教に入らざりし者が、色眼鏡を外して見る時は、其概要を知り全般を伺ふことが出来る様に、却て未だ一言も教を聞かず、一歩も圏内に足をふみ入れざる人の方が其真相を知る者である。又大神は時によつて一個の天人と天国にては現じ玉ひ、現界即ち地の高天原にては一個の神人と現じ玉ふ。されど斯の如く内分の塞がつた人間は神人に直接面接し且其教を聴き乍ら、之を普通の凡夫とみなし、或は自分に相当の人格者又は少しく秀れたる者となし、或は自分より劣りし者となして、之を遇するものである。かくの如き人間は八衢所か、已に地獄の大門に向つて、爪先を向けてゐるものである。真の智慧と証覚とを欠いた者は、総て地獄に没入するより道はない。故にかかる人間は天人又は神人の目より見る時は、何程形態は立派に飾り立て、何程人品骨格はよく見えても、殆ど其内分は人間の相好が備はつてゐないのである。彼等は罪悪と虚偽とに居るを以て、従つて神の智慧と証覚に反いてゐる。恰も妖怪の如く餓鬼の如く、其醜状目も当てられぬばかりである。斯の如き肉体の人間を称して、神界にては生命といはず、之を霊的死者と称ふるのである。又は娑婆亡者或は我利我利亡者ともいふ。 斯の如き大神の愛の徳に離れたる者は生命なるものはない。而して大神の愛又は神格に離れた時は、何事もなし能はざるものである。故に大本神諭にも……神の守護と許しがなければ、何事も成就せぬぞよ。九分九厘いつた所でクレンとかへるぞよ。人間がこれ程善はないと思ふて致して居ることが、神の許しなきものは皆悪になるぞよ。九分九厘で手の掌がかへり、アフンと致すぞよ……と示されてあるのを伺ひ奉つても、此間の消息が分るであらう。人間は自然界の自愛に仍つて、或程度までは妖怪的に、惰性的に出来得るものだが、決して有終の美をなすことは出来ない、今日自愛と世間愛より成れる、すべての銀行会社及其他の諸団体の実状を見れば、何れも最初の所期に反し、其内部には、魑魅魍魎の徘徊跳梁して、妖怪変化の巣窟となり、目もあてられぬ醜状を包蔵してゐる。そして強食弱肉優勝劣敗の地獄道が、遺憾なく現実してゐるではないか。 現代に於ても心の直なる者の胸中に見る所の神は、太古の人の形なれ共、自得提の智慧及罪悪の生涯に在つて天界よりの内流を裁断したる者は斯の如き本然の所証を滅却し了せるものである。斯かる盲目者は見る可らざる神を見むとし、又罪悪の生涯にて所証を滅却せし者は、神を決して求めない者である。故に現代の人間は神にすがる者と雖も、すべて天界よりの内流を裁断したる者多き故に、見る可らざる神を見むとし、又物質欲のみに齷齪して、本然の所証を滅却した地獄的人間は、神の存在を認めず、又神を大に嫌ふものである。すべて天界よりして先づ人間に流入する所の神格其者は実に此本来の所証である。何となれば、人の生れたるは、現界の為にあらず、其目的は天国の団体を円満ならしむる為である。故に何人も神格の概念なくしては天界に入ることは出来ないのである。 高天原及天国霊国の団体を成す所の神格の何者たるを知らざる者は、高天原の第一関門にさへも上ることを得ない。かくの如き外分のみ開けたる人間がもし誤つて天国の関門に近付かむとすれば、一種の反抗力と強き嫌悪の情を感ずるものである。そは天界を摂受すべき彼の内分が未だ高天原の形式中に入らざるを以て、すべての関門が閉鎖さるるに仍るからである。もし強て此関門を突破し、高天原に進み入らむとすれば、其内分はますます固く閉ざされて如何ともす可らざるに至るものである。信者の中には無理に地の高天原に近付き来り、神に近く仕へ親しく教を聞いてからますます其内分が固く閉ざされて、心身混惑し、信仰以前に劣りし精神状態となり、且又其行ひの上に非常な地獄的活動の現はるるものがあるのは此理に基くのである。大神を否み、大神の神格に充されたる神人を信ぜざる者は、凡てかくの如き運命に陥るものである。人間の中にある天界の生涯とは即ち神の真に従ひて、棲息せるものなることを知悉せる精神状態をいふのである。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 03 地鎮祭 第三章地鎮祭〔一二七七〕 今を去る事三十五万年の昔、波斯の国ウブスナ山脈の頂上に地上の天国を建設し、神素盞嗚大神はここに神臨し玉ひて、三五教を開かせ玉ひ、数多の宣伝使を養成して地上の国土に群棲する数多の人間に愛善の徳と信真の光を与へ、地上に天国を建設し玉はむとし、八岐大蛇や醜狐、邪鬼の身魂を清め天地の間には一点の虚偽もなく、罪悪もなきミロクの世を開かむと尊き御身を地上に降し、肉体的活動を続け玉ひしこそ、実に尊さの限りである。此時印度の国ハルナの都に八岐大蛇の悪霊に其身魂を占領されたるバラモン教の神司大黒主は数多の宣伝使を従へ、右手に剣を持ち左手にコーランを携へて、大自在天大国彦命の教を普く天下に宣伝し無理無体に剣を以て其道に帰順せしめむとなしつつあつた。さうしてバラモン教の信条は生を軽んじ、死を重んじ、現肉体を苦しめ損ひ破り出血なさしめて之を修行の蘊奥となす所の暗迷非道の邪教である。数多の人間は此教に苦しめられ、阿鼻叫喚の声、山野に満ち其惨状聞くに堪へざれば、至仁至愛の大神は其神格の一部を地上に降し神素盞嗚尊と現はれて中有界や地獄界に迷へる精霊及び人間を救ふべく、此処に地上の霊国、天国を築かせ玉ふたのである。之に加ふるにコーカス山を始め土耳古のエルサレム、及び自転倒島の綾の聖地や天教山や其外各地の霊山に霊国を開き、宣伝使を降して之が任に当らしめ給うた。玉国別は大神の命を奉じ宣伝使として道公、伊太公、純公の三人の従者を従へ、ウブスナ山の聖場を後にして河鹿峠の峻坂を越え、懐谷に暴風を防ぐ折しも山猿の群に襲はれて目を傷つけ漸く祠の森に辿り着き、ここに治国別の宣伝使一行と出会し、眼病の平癒するまで特別の使命によつて大神の御舎を建設する事となつた。祠の森には杉、桧、松其他立派の用材が惟神的に立並んでゐた。此河鹿峠は常に風烈しく、且つ山一面の岩石にて大木は育たず、僅に二三尺ばかりの痩せこけた古木が岩石の間を点綴するに過ぎない。然るに此河鹿山の一部なる祠の森は谷と谷との懐に当り、あまり烈風の害もなく地味亦比較的肥たれば、斯くも樹木の繁茂して相当に広き森林をなしてゐたのである。 国照姫の神勅により、愈大神の神殿を建設する事となり、玉国別総監督の許に五十子姫、今子姫、道公、純公、伊太公及びバラモンの軍人なりしイル、イク、サール、ヨル、テル、ハル及び晴公、珍彦、静子、楓等昼夜の別なく忌鋤忌斧を以て木を伐り倒し、土ひき均し、地盤を固めて愈神殿建築の準備に着手する事となつた。此時浮木の森の陣営にありしランチ将軍、片彦将軍以下は何れも三五教に帰順し、数多の軍卒は四方八方に散乱し此辺りは漸く平和に帰したれば、其国人は是全く三五の神の恵みと打喜び其神恩に報ずるためとて祠の森の神殿建設に対し金額を献じ、或は献労をなすもの四方より集まり来り、実に淋しき此谷間は鍬の音、忌鋤、忌斧の音、並びに石搗歌や人の歓び声にて充され、猪、猿等の獣は遠く逃げ去りて影をも留めなくなつた。 道公は土木の主任者となり工事監督の任に当つた。然し玉国別が総監督たる事は前述の通りである。石搗の歌は盛に木精に響き来る。その歌、 (石搗歌)『高天原に現れませる皇大神の御言もて 神素盞嗚の大神はウブスナ山の聖場に 斎苑の館を建て玉ひ普く世人を救はむと 珍の教を遠近に開かせ玉ふぞ有難き 玉国別の宣伝使神の御言を蒙りて 寒けき冬の初空を沐雨櫛風厭ひなく 河鹿峠に来て見れば聞きしにまさる荒い風 一歩さへも進み得ず懐谷に身を寄せて 風の過ぐるを待つ間に思ひもかけぬ山猿に 右の眼を破られて苦しみ玉ふ悲しさよ 尊き神の御使が斯かる艱みに会ひますは 全く神の戒めか但は何かのお仕組か 互に顔を見合せて神の心を量りかね 中有に迷ふ折もあれ治国別の宣伝使 現はれまして宣らすやう玉国別の宣伝使 貴方は神のお仕組で艱みに遭はせ玉ひなむ 心を安けく平らけく思召されと宣りつつも 慰め玉ふ時もあれ五十子の姫や今子姫 遥々ここに来りまし国照姫の神懸 伝へ玉ひし言の葉は祠の森に皇神の 瑞の御舎仕へまし高天原に宮柱 太しく建てて世の人を普く救ひ曲神の 進路を防ぎまつれよと其神言を畏みて 上津岩根に搗固め下津岩根に搗こらし 石切り開き土均し信徒どもが寄り合ひて 暑さ寒さも打忘れ身もたなしらに仕へ行く 此有様は天国の天人どもも歓ぎつつ 業を喜ぶ如くなり神世の元に還りなば 天は高しと云ふけれど天は極めて近くなる 天地和合のミロクの世神人共に楽しみて 常世の春を迎へなむ早く身魂を研けよと 宣らせ玉ひし三五の厳の霊の御神勅 今目のあたりに現はれて実にも尊き限りなり アヽ諸人よ諸人よ此世に人と生れ来て 尊き神の神業に汗をたらして仕ふるは これに過ぎたる功徳なし生きては地上の神となり 死しては清き天界の珍の団体に加はりて 至喜と至楽の生涯を楽しむ身魂となりぬべし 思へば思へば有難や此地の上に住むものは 数限りなくあるとても神の形に作られて 神に代りて神業を勤むる人と生れたる 吾等は実にも万物の霊長なりと喜びて 誠の神をよく愛し善の徳をば蓄積し 皇大神の神格を充して下りましませる 神素盞嗚大神を救ひの神と慕ひつつ 誠一つを尽すべし打てよ打て打てよく打てよ 下津岩根の底までも竜宮の釜の割れる迄 地獄の橋の落ちるまで喜び勇む鬨の声 高天原の天国の各団体によく響き 百の天人喜びて此石搗を完全に 仕へまつらむ其為めに処狭きまで降りまし 天地神人和合して此神業に仕へつつ 神の心に叶はなむあゝ惟神々々 御魂幸ひましませよ』 と音頭をとり、ドンドンと広き敷地を四方より搗き始めたり。 (石搗歌)『河鹿山から祠の森を見ればヨイトシヨヨイトシヨ 皇大神の御舎をドツコイシヨドツコイシヨ ヨイトサヨイトサ誠の人が集まつて 汗を流して御用するヨイトセヨイトセ ハーア、ヨーイトセーヨーイヤナー 大黒主の神さまはヨイトセヨイトセ 印度の都に坐しましてバラモン教の大棟梁 ヨイトサ、ヨイトセヨイトサ、ヨイトシヨ 鬼雲姫の奥さまを愛憎もなしに追ひ出して ドツコイシヨドツコイシヨ天女の様な石生能姫 其外数多のナイスをばヨイトシヨ、ヨイトセ 朝から晩まで侍らせて飲めよ歌へと散財し ウントコシヨ、ドツコイシヨ人の難儀は、うわの空 七千余国の月の国ヨイトセヨイトセ 阿鼻叫喚の声に充ち修羅の巷となつて来た ヨイトセヨイトセ此様な事が十年も 続いたならば世の中はヤツトコセーヤツトコセー サツパリ暗になるだらう如何したらよからうかと思ふたら ア、ウントコシヨ、ドツコイシヨ天道さまは吾々を 決して見捨て玉はないドツコイシヨドツコイシヨ イソの館に天国の姿を写して神柱 ウントコシヨ、ドツコイシヨ救ひの神と現れませる 神素盞嗚の大神のヤツトコセ、ドツコイセ 仁慈無限の神心に遣はし玉ふ宣伝使 ヨイトサ、ヨイトサ天地に塞がる村雲も 之にてサツパリ晴れるだろドツコイシヨドツコイシヨ バラモン教に仕へたる吾等は神の恵みにて ドツコイシヨドツコイシヨ三五教に助けられ 祠の森の御普請にヤツトコセーヤツトコセー 使うて頂く嬉しさよ使うて貰ふた楽しさよ ア、ドツコイシヨドツコイシヨヨイトセーヨイトセー ヨイヤサーヨイヤサー打てよ打て打てドンドン打てよ 地獄の釜の割れるまで竜宮の城が揺ぐまで ドツコイシヨドツコイシヨヨイトセーヨイトセー』 と一生懸命にバラモン派の連中が躍起となつて骨身を惜しまず石搗に活動した。漸くにして三日三夜を経て基礎工事は全く完結を告げた。 之より一同は石搗の祝として、四方の人々より神恩の感謝を兼ね、祝として奉りたる酒やパン其外珍しき果物を処狭き迄敷き並べ祝宴を開き神恩を感謝したりける。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 06 梅の初花 第六章梅の初花〔一二八〇〕 初稚姫はハルナの都に蟠る大黒主の身魂を救ひ、天下の害を除かむため神素盞嗚大神の命を奉じ、供をもつれず只一人征途に上らむとし、百日有余を杢助の宅に奥深く潜みて神の教をよく調べ聖言を耽読し愈父に別れを告げ征途に上るべくイソの館の八島主に暇乞ひのため面会を乞ふた。此初稚姫は照国別、玉国別、治国別及び黄金姫、清照姫等と同時に出征の途に上る筈であつたが、神素盞嗚大神の命令黙し難く、ここに一百有余日自宅に於て修業を命ぜらるる事となつたのである。 初稚姫は、イソの館の奥の神殿に進み、神素盞嗚尊の大前に伺候し、八島主神に挨拶すべく訪問した。八島主は喜んで出で迎へ初稚姫を居間に招じて悪魔征討に対し初稚姫が採らむとする其大略を聞きとり莞爾として打喜び且つ云ふやう、 八島『初稚姫様、貴女は愈数千里を隔てたるハルナの都にお出遊ばすに就いては、最早年頃、独身者では何かの都合が悪いでせう。どうか今の間に夫たるべき人をきめておかなくては、途中に困る事が出来るでせう』 初稚『妾は年が若う厶りますれば夫なぞは持つ気はありませぬ、又理想の夫が見当りませぬから』 八島『人間が地上の世界にある間は如何しても独身生活は出来ませぬ。又理想の夫を得様等と何程思つても、さううまく貴女の気に入りさうな事はありませぬ。夫たり妻たるものは各其欠点を辛抱し合ふてここに初めて円満な家庭を作り、大神の神業に参加し得るのです。理想の夫を求めむとし又理想の妻を得むとする欲望は到底現界では望み得られませぬ。何事も神様の命に従つて夫婦睦じく暮すより道はありませぬ。理想の夫又は妻等は到底天国でなければ自然界に左右せらるる肉体人は到底駄目です。然し乍ら、三五教の御教がスツパリと天下に行き渡り人間の心が理想的に改良さるる様になつた暁は地上にも亦天国の型が其儘に映り人間は理想の婚姻をする事が出来るでせう』 初稚『然ば妾は地上にミロクの世が来る迄待つ事に致しませう。高天原の天人と天人との間に於ける神聖なる婚姻の状態は如何なもので厶りませうか』 八島『ここ五年や十年に到底理想の世界の出現は難かしいでせう。八岐大蛇の亡ぶ迄は到底地上に天国は完全に来ませぬ。高天原の婚姻に就て一言お話しすれば、天人と天女との婚姻あるは猶地上の世界に男女両性の婚姻が行はれてゐるやうなものであります。そして高天原に於けると地上の世界に於けるとはその婚姻に相違の点もあり一致の点もあります。そもそも、 一、高天原の婚姻なるものは智性と意志との二つのものを和合して一心となすの謂であり、智性と意志の二つのものが合一して、動作するものを一心といひます。夫は智性妻は意志と呼ばるる部分を代表するものであります。 一、此和合は元より内分的に起るものであつて、之が霊身に属する時、之を知覚し感覚して愛なるものを生ずる。この愛を婚姻の愛といふのであります。智性と意志両者の和合して一心となる所に婚姻の愛なるものが発生するのである。故に天人は男女一体にして一双の夫婦は二個の天人でなく一個の天人となすのであります』 初稚『夫婦の間に以上御話の如き親和のあるのは男子女子創造の真因より来たるものでせうか』 八島『男子の生るるや自ら智的であるから凡ての思索は智性よりするものです。之に反して女子の生るるや自ら情的であるから、其思索も又意志より来るものであります。男女の性行より見るも形体より見るも明かな事実です。性情から見る時は男子の行動は凡て理性的で女子は情動的であります。その形態の上から見ても男子の面は女子の如く優美で柔軟でない。男子は身体剛健なれども女子は柔嫩なものであります。故に男女間に於ける智性と意志や情動と想念との間にも亦これに似たる区別があります。真と善、信と愛との間にも区別がある。如何とならば信と真とは智性に属し、善と愛とは意志に属するからであります』 初稚『天国に於て青年、成人、処女、婦人の区別がありますか』 八島『霊的意義より言ふ時は、真を全得すべき智を表はして青年成人となし、善に対する情動を表はして処女、婦人といふのである。又この善と真とに対する情動より見て聖場、又は教場を婦人と呼んだり、処女と呼び、変性女子の身魂と呼ぶこともあるのです』 初稚『男子は智性のみ活動し、女子は意志のみ活動するものとの御説は、妾には少しも合点が行きませぬ。女子だつて智性をも有つてゐる様に思はれますが……』 八島『男女の区別なく智性も意志も保有してゐるのです。唯々男子は智性を主とし女子は意志を主とするのみです。人の性格を定むるは、其主とする所如何に由らなければ成らない。併し高天原に於ける婚姻には偏重する所がない。即ち妻の意志は夫の意志であり、夫の智性は妻の智性である。男女互に他の思ふ所を思ひ、志す所を志すが故に、両者の想念と意志とは互に感応し相和合して一体となるのです。この和合は実際上の和合だから夫の智性は妻の意志に入り、妻の意志は夫の智性に入るものです。そしてこの和合は殊に相互間に於てその面を見る時に於て生ずるものである。高天原には、想念と情動の交通あるが上に殊に夫婦の間には相愛深き故、この交通は更に濃厚密接の度が強いからであります。是を見ても高天原の天人等の婚姻状態は如何にして成立するか。この愛を喚起する所の男女両心の和合とは如何なるものかが明かになつたでありませう。天国のこの愛なるものは相互に自己の有する一切を挙げて他に与へむと願ふ心なることは明かであります』 初稚『男子の智性と女子の意志との和合して一心一体となり、天国の婚姻が神聖に行はれる状態は明瞭に覚る事を得ました。併し智性は何物を摂受し、意志は何ものを天国に於て摂受し得るものなるか今一度御明示を願ひます』 八島『神聖なる婚姻をなせる男女の間に此の如き和合一致のある限り彼等天人男女は婚姻の愛に居り又之と同時に智慧と証覚と幸福と歓喜とに居るものであります。一切の智慧と証覚と幸福と歓喜の来るべき源泉なる神善の神真とは主として婚姻の愛の中に流入するものなるが故であります。故に婚姻の愛なるものは神格が流入する所の平面そのものである。蓋し同時に真と善との婚姻だからであります。真と善との和合は智性と意志との和合の如くであつて、智は神真を摂受し、これに由つて其智性を成就し、意は神善を摂受し之に由つて其意性を成就するのであります』 初稚『智性と意志との和合と、真と善との和合に如何なる区別がありますか』 八島『畢竟同一であります。真と善との和合は天人を成就し、又智慧と証覚と幸福と歓喜とを成就するものです。如何となれば天人の天人たるは如何なる程度まで彼の善は真と和合し、彼の真は善と和合したかに在るのです。要するに彼の愛は信と和合し彼の信は愛と和合した程度の如何に由つて婚姻の行はるるものであります』 初稚『善と真との和合の原因は何れより来たるものですか』 八島『太元神が高天原及び地の世界にある万物に対して有し給へる神愛より発するのです。この神愛より神善を出し、そして此神善は天人と神的諸真に居る人々とが享くるものである。善を享くる唯一無二の器は、真より外に無いのだから、真に居らないものは何事も太元神及び高天原より享くることは出来ないのです。故に人間にある所の諸々の真にして善と和合した限り、太元神及び天界と和合するのです。婚姻の愛の原頭なるものは茲にあります。故にこの愛なるものは神格の流るる平面そのものです。又高天原に於て善と真との和合せし状態を、天的婚姻と云ふのであります』 初稚『高天原の夫婦は二個一体即ち一天人の形式の様に承はりましたが、尚今一度詳細な説明を願ひます』 八島『天人または地上の人間の中に和合した善と真とは一にして二にあらず。何故なれば善は真よりし真は善よりするからである。この和合は人その志す所を思ひ、その思ふ所を志す時に成り立つ所の和合の如くにして、この時彼の想念と意志とは一となつて即ち一心を成すに至る。何んとなれば想念は意志の欲する所に従つて象づくり之を形式の上に現はし、而して意志は之に歓喜の情を附与するからであります。高天原に於て男女両者の婚姻せるを一個の天人と呼びなし、両個の天人とせないのは之が為であります』 初稚『元始に人を造り給ひしものは之を男女に造れり。此故に人父母を離れて其妻に合ふ。二人のもの一体となるなり。されば二つにはあらず一体なり。神の合せ給へるものは人之を離すべからず。此言は人皆受け納るること能はず、唯賦けられたるもののみ之を為し得べし……と聖言[※この「聖言」とは新約聖書の言葉のようである。マタイによる福音書第19章第4節から第11節を要約したものか?次は口語訳聖書からの引用。「『創造者は初めから人を男と女とに造られ、そして言われた、それゆえに、人は父母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである』彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」(第4~6節)、「その言葉を受けいれることができるのはすべての人ではなく、ただそれを授けられている人々だけである」(第11章)]に記されたるは天人の居る天界の婚姻ですか』 八島『天界に於ける天人の婚姻であつて是れ善と真との婚姻、神の結び給ふた婚姻は人が離すことは出来ない。要するに善を真から離すことは出来ぬといふ意義であります。是に由つて真の婚姻は何れの処から創まるかを見ることが出来るのです。即ち先づ婚姻を結ぶものの心裡が成り立ち之から伝はつて肉体に下り、此処に知覚ありて之を感じて愛となるのです。凡て肉体の感ずる所、知覚する所は、皆其源泉を人の霊的原力に汲むものなるが故であります』 初稚『いろいろと御理解を仰ぎまして有難う厶います。然し乍ら、それを承はらば尚々私は地上に於て婚姻をする事が気が向かない様です。併し乍ら父にも申して置きましたものですが、ハルナの都の御用が済んでから貴方様方の御世話に預つて、それ相当の夫と婚姻する事を誓つておきます。決して妾は独身主義でやり通さうとは申しませぬ。何と云つても年も若く前途も長いのですから、独立独歩の活動が致し度う厶ります』 八島『さう仰有れば強つて申しませぬ。実の所白状致しますが素盞嗚大神より貴女の御精神を試して見よとの仰せで厶りました故、斯様の事を申上げました。其御決心ならばキツとハルナの都の邪神を言向和す事が出来るでせう。夫がお在りになるとすれば実際の活動は出来ませぬからな。八人乙女の方々でも夫を持たれた方は家庭の主婦として自由自在の活動が出来ない様なものです。まだ独身でゐらつしやる英子姫様悦子姫様等はあの通りの大活動を試みられて居られますからな。それもやはり独身のお蔭ですよ。時に初稚姫さま、杢助さまは貴女の出立を何故お送りにならないのですか』 初稚『父は左様な女々しいものでは御座りませぬ。妾が「父上さま、之より御用のため遥々ハルナの都へ参りますから何卒御壮健で」と申しましたら父は直ちに声を荒らげ「決して杢助の事は気にかけちやならない。お前はお前の御用があるのだ」と云つたきり門口へ見送りもして呉れませなんだのです。実に親の愛と云ふものは深いもので厶ります。妾も父の雄々しき心根に対しても飽迄大神様のため、世人のために、活動を致さねばなりませぬ』 八島『成程、此親にして此子あり、イヤもう感じ入りました。素盞嗚大神様が貴女親子の御精神をお聞きになりましたら嘸御満足に思召すで御座りませう。何卒仕合せよく征途にお上り下さいませ』 初稚姫『惟神神の恵みに助けられ ハルナの都に進む嬉しさ。 八島主神の命よ吾父を 守らせ玉へ朝な夕なに』 八島主『親思ひ子思ふ心ぞ世にも尊けれ 神に任せし心ぞ尚も尊き。 初稚姫イソの館を出でませば 神は汝をば守りますらむ』 初稚姫『八十曲津如何に伊猛り狂ふとも 誠の剣に斬り屠らなむ。 大神の依さし玉ひし言霊を 力と頼み行くぞ嬉しき』 八島主『いざさらば之にてお別れ申すべし 初稚……………八島主君安くましませ』 と歌ひ終り此処に両神人は袂を分つ事となりぬ。初稚姫は春とは云へどまだ寒き風に衣の袖を煽られ乍ら、ウブスナ山の咲き初めし梅の花の薫りに名残を惜しみつつ、此聖場を只一人草鞋脚絆に身を固め扮装も軽き蓑笠、金剛杖を突き乍ら踏みもならはぬ長途の旅に上るべく勇み進み行く。 (大正一二・一・一六旧一一・一一・三〇北村隆光録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 09 善幻非志 第九章善幻非志〔一二八三〕 祠の森の神殿は珍彦、静子の夫婦が神司となり、朝な夕なに奉仕する事となつた。而して二日目の夜中頃から娘の楓に神懸が始まり、数多の信者は生神が現はれたりと打喜び、八尋殿に集まり来りて、神勅を請ふもの絡繹として絶間なく、今迄森閑としてゐた此谷間は実に人の山を築き、俄に山中の都会の如くになつて来た。楓の神懸は余り高等なものではなかつた。されど神理に暗き人々は、神が憑つて直接に一切を教ふると聞いて、救世主の出現の如くに尊敬し、嬉し涙をたらし乍ら、老若男女の嫌ひなく、ここに集まり来り、楓姫の若き娘の口よりいろいろの指図を受けて、随喜渇仰するのであつた。 バラモン組のイル、イク、サール、ヨル、テル、ハルの六人は何事も此楓姫の神懸のまにまに盲従して、総ての神務に忠実に奉仕してゐた。ここへ現はれて来たのは、中婆アさまの宣伝使であつた。彼の宣伝使は態と素人らしく装ひ、玄関口に立つて、 婆『一寸伺ひます、此祠の森は三五教の御神殿と聞きましたが、大変に御神徳が立つて結構さまで厶います。どうか私も一つ伺つて頂きたいので厶いますが、お世話になれるでせうか』 受付に控へてゐたヨルは気も軽々しく、 ヨル『ハイ、何なとお伺ひなされませ、それはそれは偉い神さまですよ。つい此間から神懸になられまして、いろいろの御託宣を遊ばし、何を伺つても百発百中、それ故此通り大勢の参拝者が朝から晩まで引つづき、此険阻な山奥を物ともせずに参られます。何と神力と云ふものは偉いものでせう。お前さまも余程苦労人と見えますが、サアズツと奥へ通つて、大神様に直接伺ひなさいませ』 婆『ハイ有難う、而して大神様とは何方で厶います』 ヨル『ハイ、楓姫様に日出神様がお憑り遊ばし、それはそれは偉い御神徳で厶います』 婆『ナアニ、日出神様?あ、それは耳よりのお話だ。それぢや一つ伺つて戴きませう』 ヨル『オイ、イク、奥の審神室迄案内して下さい』 イク『サア、貴方、大神様の居間迄御案内致しませう』 と一人の婆を楓姫の居間に案内した。楓姫は白衣に緋の袴を穿ち、今や神霊降臨の真最中であつた。而して二三人の信徒が神勅を乞ひ、指図を受け、有難がつて鼻をすすつてゐる。各自に伺ひがすみ、席を退くと、あとにはイクと婆の二人、婆は叮嚀に両手をつき、 婆『一寸日出神様にお伺ひ致しますが、私は何と云ふ者か御存じで厶いませうなア』 神主『其方は神を試むるのか、無礼千万な、下りをらう……』 婆『コリヤ面白い、此婆を何と心得て厶る。大それた日出神などと申して、盲聾を詐つても、此婆は詐る事は出来ませぬぞや』 神主『然らば汝の疑を解く為に言つてやらう。汝は三五教の宣伝使生田の森の神司高姫であらうがなア』 婆『成程、高姫に間違ひはない。そんならお前さま、それ程よく分るなら、妾の伺ふ事一々答へて下さるであらうなア』 神主『其方はイソ館にまします、教主代理東野別の後を慕ふて来た、不心得者であらうがな。何程其方が一生懸命になつても、東野別は見向も致さぬぞや。左様な腐つた神柱ではない程に、チツと改心を致したがよからうぞ』 高姫『コレ、楓姫さまお前は、つい此間まで何にも知らずに居つて、俄にそんな神懸を致しても駄目ですよ。此高姫が現はれた以上は、ドコドコまでも査べ上げねばおかぬのだ。義理天上日出神の生宮は、ヘン、すまぬが、此高姫で厶んすぞえ。お前なんぞに、決して日出神は憑つた覚はありませぬ、そんな山子を致すと、誠の日出神が大勢の前で面を曝しますぞや。お前は山口の森の大蛇の霊だらう。悪神にのり憑られ、丑の時参りなんどして、人を呪ひ殺さうとした悪霊が、お前の体に残つて居つて、日出神の名を使ひ、一旗上げようと致して居るのだらう。サア、何うだ、高姫の審神者に対し返答をなさるか。メツタに返答は出来よまい』 楓姫は高姫に厳しく審神され、呶鳴りつけられたので、まだ年もゆかぬ乙女の事とて吃驚して了ひ、憑霊は逸早く脱出して了つた。楓姫は高姫の顔を見て、打慄ひ、 楓姫『あゝ恐い小母さま』 と泣きゐるのであつた。イクは此有様を見て、ズツと感心して了ひ、 イク『コレハコレハ、高姫様、御神徳には感じ入りました。上には上のあるもので厶いますな』 と頻りに首をかたげて賞讃してゐる。高姫はイソ館に至り、東助にヤツと面会し、手厳しく叱り飛ばされ、馬鹿らしくてたまらず、されど何とかして、東助を往生づくめにしてでも、マ一度旧交を温めねば承知せぬ、それに就いては、東助が羽振を利かしてゐるイソ館を何とかして困らせ、自分の腕前を見せて、東助に兜をぬがせ、吾目的を達せねばおかぬと、折角改心してゐた、霊の基礎が又もやグラつき出し、祠の森の神殿に素人許りが仕へてゐると聞いたを幸ひ、信者に化け込み、一同を往生させ、茲に自分が一旗挙げむと企みつつ、やつて来たのである。高姫は又もや日出神と自称する病気が再発し、頻りに弁舌をふりまはして、珍彦、静子其外一同を吾掌中にうまく丸めて了つた。而して朝から晩迄脱線だらけの神憑を始め、再び筆先をかき始めた。実に厄介至極の代物である。 折角治まつてゐた自問自答の神憑りは再発して、頻りに首を振り、精霊と談話を始め、それを金釘流の文字で荐りに書き始めた。すべて精霊と人間との談話は危険至極なれば神界にては之を許し玉はぬ事になつてゐる。併し乍ら此高姫は一種の神経病者であつて、時々精霊が耳元に囁き、或は口をかつて下らぬ神勅を伝ふる厄介者である。 凡て人間は精霊の容器であつて、此精霊は善悪両方面の人格を備へてゐるものである。而して精霊が憑り切つた時は、其人間の肉体を自己の肉体と信じ、又其記憶や想念言語迄も、精霊自身の物と信じてゐるのである。併し乍ら鋭敏なる精霊は肉体と自問自答する時に、精霊自身に於て、自分は或肉体の中に這入つてゐるものなる事を悟るのである。而して精霊には正守護神と副守護神とがあり、副守護神なる者は人間を憎悪する事最も劇甚にして、其霊魂と肉体とを併せて之を亡び尽さむ事を願ふものである。而してかかる事は甚しく妄想に耽る者の間に行はるる所以は其妄信者をして、自然的人間に、本来所属せる歓楽より自ら遠ざからしめむ為である。此高姫は自ら精霊に左右され、而して精霊を神徳無辺の日出神と固く信じ、其頤使に甘んじ、其言を一々信従し、且筆先を精霊のなすが儘に書き表はすが故に、精霊は決して高姫の肉体を憎悪し又は滅尽せむとせないのである。寧ろ其肉体を使つて、精霊の思惑を遂行し、大神の神業を妨げ、地獄の団体を益々発達せしめむと願ふてゐるのである。併し高姫自身は吾れに憑依せる精霊を至粋至純なる日出神と信じ切り、一廉大神の神業に仕へてゐる積りで居るから堪らないのである。併し大神は時々精霊を人間より取りはなし玉ふ事がある。これは彼れ精霊をして、人間と同伴せるを知らざらしめむが為である。何となれば、精霊なる者は、自己以外に世界あることを知らず、即ち人間なる者が、彼等以外に存在する事を知らないのである。故に高姫の肉体に憑つてゐる精霊は日の出神と自らも信じ、又高姫の肉体とは知らず、尊き或種の神と言葉を交へてゐる様に思つて居つたのである。又肉体に這入つてゐる事を漸くにして悟ると雖も、高姫の方に於て其精霊を悪神と知らず、真正の日出神と尊信してゐる以上は、精霊は、決して高姫の霊魂肉体に害を加へないのは前に述べた通りである。すべて精霊は霊界の事は自分の霊相応の範囲内に於て見ることを得れ共、自然界は少しも見ることが出来ないのである。之れは現実界の人間が霊界を見ることが出来ないのと同様である。 此理に仍つて人間が若し精霊に物を言ひ返すを神が許し玉ふ時は、精霊は自己以外に人間あるを知るが故に、実に危険である。中には深く宗教上の事を考へ、専ら心を之れにのみ注ぐ時は、其心の中に自分が思惟する所を現実的に見る事がある。斯の如き人間は精霊の話を聞き始むるものである。 すべて宗教の事は何たるを問はず、人間の心の中より考へて、世間に於ける諸々の事物の用に仍つて、之を修正せざる時は、其事其人の内分に入り込んで、精霊そこに居を定め、霊魂を全く占領し、斯くして此処に在住する幾多の精霊を頤使し、或は圧迫し、或は放逐するに至るものである。高姫の如きは、実に其好適例である。 空想に富み、熱情に盛なる高姫は常に其聞く所の精霊の何たるを問はず、悉く之を以て聖き霊なりと信じ、精霊の言ふが儘に盲従して、ヘグレ神社だとか、末代日の王天の大神だとか、ユラリ彦だとか、旭の豊栄昇り姫だとか、出鱈目の名を並べられ、宇宙唯一の尊き神を表はした如く、得意満面になつて、之を尊敬し、礼拝し、且其妄言を信じて、普く広く世に伝へむとしてゐるのである。斯の如き諸精霊は其実、僅に熱狂なる副守護神に過ぎない事を知らず、又斯の如き副守は虚偽を以て真理と固く信ずるものである。故に高姫も亦副守に幾度となく虚偽を教へられ、或は見当外れの嘘許りを書かされて、万一其筆先の相違した時は、神が気をひいたのだとか、御都合だとか、自分の改心が足らぬ故に混線したのだとか、いろいろの理窟をつけて少しも疑はず、益々有難く信じてゐるのである。悪霊に魅せられた人間はこんな具合になるものである。又予て自分が教へ導き、其説を流入する所の人間を、言葉巧に説きすすめ、益々固く信ぜしめむとするものである。而して遂には精霊が肉体を全部占領し、且つ数多の人を誑惑した上、遂にいろいろと理窟をつけて、悪事を教へ、何事も神の都合だから、只吾言に従へ、いひおきにも書きおきにもない、根本の根本の歴史以前の事だから、智者学者が何程きばつても分るものでない、只人間は誠の神の申す事、日出神の調べた事を聞くより誠が分らぬものだ。故に此筆先をトコトン信用せよ……と勧めるのである。日の出の神と称してゐる副守は普通の精霊とは変つてゐる点は、自分は八岐大蛇の悪霊であり、金毛九尾の悪狐であつた、が併し、五六七の世が出て来るに付いて、何時迄も悪を立て通す訳には行かぬから、心の底から改心をし、昔から世を紊して来た自分の悪を悔い改め、而して誠の神の片腕となつて働くのであるから、悪にも強かつたものは又善にも強い、故に自分の云ふ事は、一切が霊的であり神的であり、且善の究極である……と信じてゐるのである。故にかくの如き精霊は人間たる高姫と同伴し往来するも、其肉体を害する事はない。 高姫は其精霊を義理天上日出神及悪神の改心して誠に立返つた尊い神と信じて、之を崇拝し、其頤使に甘んずるが故に、精霊も又人間の体に這入つてゐる事を感知し乍ら、却て之を自分の便宜となし、愛するのである。斯の如き精霊に迷はさるる者は、愚直な者か或は貪欲な者か、精神に欠陥のある人間であることを記憶せねばならぬ。 現今の大本内部にも高姫類似の狂態が演ぜられ、癲狂者や痴呆者や強欲人間が蝟集して、随喜の涙をこぼし、地獄の門戸を開かむと努めて居る者のあるのは実に仁慈の神の目より見て忍び難き所である。併し乍ら、悪霊に其全肉体と霊魂を占有された者は、容易に神の聖言を受け入るる事の出来ないものである。神の道を信仰する者は、此間の消息を充分翫味して、邪神に欺かれざる様注意を望む次第である。又悪の精霊は決して悪相を以て現はれず、表面最もらしき善を言ひ、且吾膝下に集まり来る人間に対し、或は威どし或は賞揚し、……汝は何々の霊の因縁があるとか、大先祖が何うだとか、中先祖が悪を尽して来たから、其子孫たる汝が、祖先の為に此神の命を奉じ、充分の努力をせなくてはならぬ……なぞと言つて、誤魔化し、人を邪道に、知らず知らずの間に導かむとするものである。 (大正一二・一・一八旧一一・一二・二松村真澄録)
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霊界物語 49_子_祠の森の物語1(高姫と妖幻坊) 18 毒酸 第一八章毒酸〔一二九二〕 高姫は杢助と二人、酒を汲み交しながら、ひそびそ話に耽つて居る。 高姫『杢助さま大変な事が出来たのよ。私心配でならないわ』 杢助『ハヽヽヽ、ヨルやお寅、魔我彦が本当に珍の館へ行つたのが苦になるのであらう、そんな事は心配はいらないぢやないか。幾何でも方法手段はあるのぢや』 高姫『それだと云つて杢助さまの魔術も一寸も当にならぬぢやありませぬか。三人の奴が甘く帰つて来たと思へば、何奴も此奴も、猿や熊や古狸のやうなものだし、テルやハル公の魔法使もサツパリ幻影だつたし、此儘で居たなら、此義理天上もここ五日と居れぬぢやありませぬか。彼奴等三人がイソの館に往きよつたら、きつと、一伍一什を云ふに違ひない。さうすればキツト立退き命令を喰はされる事は知れた事、何うかして、此処に居坐りたいがお前さまどうかして、とつときの智慧を出して考へて下さるまいかな』 杢助『アハヽヽヽ、日の出神様の考へでも往きませぬかな。矢張り何程神力のある神でも悪い事は駄目だと見えるのう』 高姫『善悪不二、正邪一如だから義理天上は悪に見せて善を働くのだから、キツト神様も許して下さるだらう。イル、イク、サール、ハル、テルの五人の奴が云ふのには、「吾々五人は厳の御霊だ。玉国別さまに命令を受けた祠の森の常置品だから、お前達に左右される者ぢやない。グヅグヅ云ふのなら出て往つて呉れ」などと、最前も酒に喰ひ酔つて責めて来るのだから困つたものだ。私はこの先どうなるかと思ふて、心配でなりませぬわ』 杢助『此館は珍彦夫婦が全権をもつて居るのだから、珍彦の命令なら、彼奴等五人を放逐するのは何でもない事だ』 高姫『それはよい所へお気が着きました。成る程珍彦さまが全権を握つて厶るのだから、珍彦さへ此方の薬籠中のものとして置けば大丈夫ですな。併し珍彦が此方の云ふ事を聞かなかつたらどうしませうかなア』 杢助『そんな心配が入るか。変身の術を使つて杢助は珍彦に化け、お前は静子に化けたらよいのだ』 高姫『夫だと云つて、顔形迄がさう甘く往きませうかなア』 杢助『いかいでか、チツトも違はないやうに化けて見せる。お前も化けさせてやる』 高姫『同じ館に二人も珍彦、静子姫があつては露顕のもとぢや厶いませぬか』 杢助『何さ、甘く両人をたらし込んで酒や飯の中に毒を入れ、そつと○○して了ひ、さうして高姫杢助の体に二人を変じ、甘く葬式を営み、後に吾々両人が、珍彦静子と化け変るのだ、さうすれば安心だらう』 高姫『杢助さま、お前は正直の方だと思つて居たが、随分悪い智慧が出ますなア』 杢助『極つた事だよ。今の世の中は善の仮面を被つて悪事をするもの程、立派な人間と云はれるのだ。お前も杢助の女房となつた以上は、も一段改悪せなくては駄目だよ。鬼の夫に蛇の女房と云ふぢやないか』 高姫『それだと云つて余り非道いぢやありませぬか。お前はまるで悪魔のやうな事を云ひますな』 杢助『アハヽヽヽ、悪をやるならばお前のやうな中途半は駄目だ。徹底的に悪をやるのだ。中途半の善悪混交的悪なら、止めた方が余程気が利いて居るよ。此杢助は到底お前のやうな善人とは意志が合はないから、今の中に別れようぢやないか。お前では到底私について来る事は出来ない。改悪が足らぬからなア』 高姫『杢助さま、もう斯うなつた以上はどこ迄もついて行きます。どうぞ私を末長う可愛がつて下さいませ』 杢助『ヨシヨシそんなら私の云ふ通りにするなア』 高姫『ハイ、どんな事でも厭とは云ひませぬ』 杢助『それなら今之をお前にやるから、酒の中や御飯の中へこの粉を振り撒くのだ。これは毒酸と云つて印度の群魔山に出来た果物の実をもつて製造した毒だから、サア是をお前に与へて置く、うまく両人を此処へ引つ張り出し、御馳走して○○するのだなア』 高姫『ハイ承知致しました。きつとやつて見せませう、併し二人は○○した所であの楓はどうしたらよいのでせう』 杢助『あの楓か、あれや放つて置いたらよいのだ。珍彦は杢助の肉体に変形して死に、静子はお前の肉体と変形し、さうして死体を土中に埋めて了へば、後は立派な珍彦、静子となつて納まり返つて居られると云ふものだ。さうすれば斎苑の館から何程立退命令が来ても大丈夫ぢやないか』 高姫『成る程、これは妙案奇策、日の出神の義理天上の生宮も感心致しましたよ。オホヽヽヽヽヽ、何と魔法と云ふものは都合のよいものですなア』 杢助『サア早く御馳走の用意にかかつて呉れ。グヅグヅして居ると露顕の恐れがある。謀は早いがよいからなア』 高姫『アヽ忙しい事だ。御飯もたかねばならず、煮〆もせなならず、杢助さま、お前さまお酒の燗だけ手伝つて下さいな。是で珍彦、静子両人を甘く片付けて仕舞へば天下泰平だ。お前と私が祠の宮に永久に鎮まつて、三五教の向ふを張り、表向は三五教とし、実はウラナイ教を開かうではありませぬか』 杢助『アハヽヽヽ、お前も俺に大分感化されたと見えて、余程改心が出来たわい』 高姫『誰かに珍彦夫婦を呼びにやらせませうかなア』 杢助『珍彦夫婦は何と云つても此処の主人だ。お前は準備をちやんと整へたら、辞を低うし、ちやんと叮嚀にお前が迎へに往て来ねば、もしも嫌だなんて云はれては大変だよ』 高姫『アヽそれやさうです。そんなら早く御飯の準備へをして置いて私が参りませうかなア、願望成就時節到来これが甘く往けば大丈夫です。惟神霊幸倍坐世、義理天上日の出の神様、何卒この計略が甘く往きますやうに』 とポンポンポンポンと四拍手して、暗祈黙祷を始めた。 杢助『アハヽヽヽ、よく聞いて下さるだらうよ』 高姫『さうです。悪の事は悪神に頼めばいいぢやありませぬか』 杢助『それやさうだ。餅は餅屋だからな、甘く悟られない様にやつて呉れよ』 此時襖の前の廊下に小さい足音がして表の方へ消えて仕舞つた。高姫は其足音を耳に挿み、 高姫『アヽ杢助さま、足音がしたぢやありませぬか。此秘密を誰かに聞かれたのでは厶いますまいかなア』 杢助『何あに、あれは猫か狆の足音だよ』 高姫『狆も猫も此処には居ないぢやありませぬか』 杢助『山中の事だから山猫や山狆が沢山居るから、余り御馳走の香がするので嗅ぎつけて来よつたのだ。そんな事は心配するに及ばない』 高姫『それでもねえ、何だか気掛りですわ』 (大正一二・一・一九旧一一・一二・三加藤明子録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 総説 総説 本巻は祠の森の聖場に妖幻坊なる妖怪現はれ来り、三五教の杢助時置師神と名乗り、恋と欲とに余念なき高姫の義理天上自称日出神の生宮が、両々相対して聖場を占有し、館主珍彦その他の真人を排除し、且大神の大神業を破壊せむと、獅子奮迅の暴逆的活動を開始し、初稚姫の愛善の徳と信真の光に照らされ、又猛犬スマートに脅嚇され聖場を遁走し、河鹿峠の谷道にて、イク、サールの追手に会し、妖幻坊、高姫対イク、サールの活劇の真最中、又もやスマートが猛虎の勢にて現はれ来り、イクとサールの危難を救ひ、敵は自ら躓いて途上に顛倒し、悲鳴をあぐる場面まで口述してあります。愛善の徳と信真の光に充されたる天国の天人界に籍を有したる初稚姫と、狂妄熱烈なる高姫と、肉体的精霊妖幻坊との三巴となつての活躍は、憑霊現象の如何なるものなるかを知るに最も便利なるものと信じます。読者意を潜めて充分御研究あらむことを希望致します。口述者の瑞月も、また或る精霊の神格を充されたるものの媒介的活動によつて、この大部の書籍を編する事を得たのであります。今後益々御神助を以て完結の域に達せむことを天地の神明に願求する次第であります。 大正十二年一月廿三日旧十一年十二月七日於豆州湯ケ島湯本館 王仁識
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 01 至善至悪 第一章至善至悪〔一二九五〕 本巻物語の主人公たる初稚姫及び高姫の霊魂上の位置及び其情態を略舒して参考に供することとする。 初稚姫は清浄無垢の若き妙齢の娘である。而して別に現代の如く学校教育を受けたのではない。只幼少より母を失ひ、父と共に各地の霊山霊場に参拝し、或は神霊に感じて、三五教の宣伝使と共に種々雑多の神的苦行を経たるため、純粋無垢なる霊魂の光は益々其光輝を増し、玲瓏玉の如く、黒鉄時代に生れながら、其本体即ち内分的生涯は、黄金時代の天的天人と向上して居た。故に宣伝使としても又地上の天人としても、実に優秀な神格者であつた。大神の神善と神真とを能く体得し、無限の力を与へられ、神の直接内流を其精霊及び肉身に充せ、其容貌並に皮膚の光沢、柔軟さなどは殆どエンゼルの如くであつた。故に初稚姫は大神の許しある時は、一声天地を震撼し、一音風雨雷霆を叱咤し、地震雷海嘯その外風水火の災をも自由に鎮定し得る神力を備へてゐた。されど初稚姫は愛善の徳全く身に備はり、謙譲なるを以て処世上の第一となしゐたれば、容易に神力を現はす事を好まなかつた。而して姫の精霊は大神の直接神格の内流に充され、霊肉共に一見して凡人ならざるを悟り得らるるのであつた。姫は能く天人と語り、或は大神の御声を聞き、真の善よりする智慧証覚を具備したる点は、三五教きつての出藍のほまれを恣にしてゐた。それ故八岐大蛇の跋扈する月の御国へ神軍として出征するにも、只一人の従者もつれず、真に神を親とし主人とし、師匠とし、愛善の徳と信真の徳を杖となし或は糧となし、天上天下に恐るるものなく、猛獣毒蛇の荒れ狂ふ深山幽谷曠野をも、天国の花園を過ぐるが如き心地し、目に触るるもの、身に接近するもの、悉く之を親しき友となし、且此等の同士となつて和合帰順悦服等の神力を発揮しつつ進むことを得たのである。故に如何なる現界的智者学者に会ひて談話を交ふる時も、一度として相手方に嫌悪の情を起さしめたる事なく、其説く所は何れも霊的神的にして、愛と信とに充されざるはなく、草野を風の行過ぎるが如く風靡し、帰順し、和合せしめねばおかなかつた。天稟の美貌と智慧証覚は何れも愛善の徳と真善の光なる大神より来るが故に、姫が面前に来る者は、何れも歓喜悦服せざるはなかつたのである。且又理性的にしてものに偏せず、中庸、中和、大中などの真理を超越してゐた。 抑も此理性は神愛と神真の和合より来る所の円満なる情動によつて獲得し、此情動よりして真理に透徹するものである。さて真理には三つの階級がある。而して人間は此三階級の真理にをらなければ、到底神人合一の境に入る事は不可能である。法律、政治の大本を過たず能く現界に処し、最善を尽し得るを称して、低級の真理に居るものと言ひ、又君臣夫婦父子兄弟朋友並に社会に対し、五倫五常の完全なる実を挙げ得る時は、これを中程の真理に居る者といふのである。併しながら如何に法律を解し政治を説き、或は五倫五常を詳細に説示し了得すると雖も、之を実践躬行し得ざる者は所謂偽善者にして、無智の賤人にも劣るものと霊界に於て定めらるるのである。又愛の善と信の真に居り、大神の直接内流を受け、神と和合し、外的観念を去り、万事内的に住し得るものを称して最高の真理に居る者と云ふのである。故に現代に於て聖人君子と称へられ或は智者識者と称せられ、高位高官と崇めらるる人物と雖も、最高の真理に居らざる者は、霊界に於ては実に賤しく醜く、且中有界又は地獄界に群居せざるを得ざる者である。霊界に行つて現界に時めく智者学者又は有力者といはるる者の精霊に出会し、其情況を見れば、何れも魯鈍痴呆の相を現はし、身体の動作全く不正にして四肢戦き慄ひ、少しの風にも吹き散りさうになつてゐるものである。是凡てが理性的ならざるが故である。現代の人間が理性的とか理智的とか、物知り顔に云つてゐる其言説や又は博士学士等の著書を見るも、一として理性的なるものはない。何れも自然界を基礎とせる不完全なる先賢先哲と言はれたる学者の所説や教義を基礎とし、古今東西の書籍をあさり、之を記憶に存し、其記憶を基として種々の自然的知識を発育せしめたるものである。故に只記憶のみにして、決して理性的知識ではない。現代の総ての学者は主神大神の直接又は間接の内流を受入るる事能はず、何れも地獄界より来る自愛及び世間愛に基く詐りの知識に依つて薫陶されたるものなれば、彼等は霊体分離の関門を経て精霊界に至る時は、生前に於る虚偽的知識や学問の記憶は全部剥奪され、残るは只恐怖と悲哀と暗黒とのみである。凡て自愛より出づる学識智能は何れも暗黒面に向つてゐるが故に、神のまします天界の光明に日に夜に遠ざかりゐたれば、精霊界に入りし時は霊的及び神的生涯の準備一もなく、否却つて魯鈍無智の人間に劣ること数等である。魯鈍無智なる者は、常に朧気ながらも霊界を信じ且つ恐るるが故に、驕慢の心なく、心中常に従順の徳に居りしが故に、霊界に入りし後は神の光明に浴し、神の愛を受くるものである。 又現界に在りては、到底人間の其真相は分らないものである。されど初稚姫の如く肉体其儘にて天人の列に加はりたる神人は、よく其人の面貌及び言語動作に一度触るれば、其生涯を知り、其人格の如何をも洞破し得るのである。如何に現代人が法律をよく守り、或は大政治家と賞められ、智者仁者と云はるる事あるとも、肉体の表衣に包まれ居るを以て、暗冥なる人間はこれが真相を悟り得ることは出来ない。肉体人は其交際に際し、心に思はざる所を言ふことあり、或は思はざる所、欲せざる所を為さねばならぬことがある。怒るべき時に怒らず、或は少々無理なことでも、何とかして表面を装ひ、世人をして却つて之を聖者仁者と思はしめてゐる事が多い。又肉体人は如何なる偽善者も虚飾も判別するの力なければ、賢者と看做し、聖人と看做して、大いに賞揚することは沢山な例がある。故に瑞の御霊の神諭にも……人の見て善となす所、必ずしも善ならず、人の見て悪となす所、必ずしも悪ならず、善人と云ひ悪人と云ふも、只頑迷無智なる盲目世間の目に映じたる幻像に外ならない……と示してあるのは此理由である。瑞月嘗つて高熊山に修業の折、神の許しを受けて霊界を見聞したる時、わが記憶に残れる古人又は現代に肉体を有せる英雄豪傑、智者賢者といはるる人々の精霊に会ひ、其状態を見聞して意外の感にうたれたことが屡々あつた。彼等の総ては自愛と世間愛に在世中惑溺し、自尊心強く且神の存在を認めざりし者のみなれば、霊界に在りては実に弱き者、貧しき者、賤しき者として遇せられつつあつたのである。之を思へば現代に於ける政治家又は智者学者などの身の上を思ふにつけ、実に憐愍の情に堪へない思ひがするのである。如何にもして大神の愛善の徳と信真の光に、彼等迷へる憐れな地獄の住人を、せめて精霊界にまで救ひ上げ、無限の永苦を免れしめむと焦慮すれども、彼等の霊性は其内分に於て神に向つて閉され、脚底の地獄に向つて開かれあれば、之を光明に導くは容易の業でない。又如何なる神人の愛と智に充てる大声叱呼の福音も、霊的盲目者、聾者となり果てたるを以て、如何なる雷鳴の轟きも警鐘乱打の響も、恬として鼓膜に感じないのである。吁憐れむべき哉、虚偽と罪悪に充てる地獄道の蒼生よ。ここに初稚姫の神霊は再び大神の意思を奉戴し、地上に降臨し、大予言者となつて綾の聖地に現はれ、其純朴無垢なる記憶と想念を通じて、天来の福音を或は筆に或は口に伝達し、地上の地獄を化して五六七の天国に順化せしめむと計らせ給ふこと、殆ど三十年に及んだ。されど頑迷不霊の有苗的人間は之を恐れ忌むこと甚だしく、恰も仇敵の如くに嫉視し、憎悪するに至つたのである。ああ斯くも尊き大神の遣はし給ふ聖霊又は予言者の言を無視し、軽侮し、益々虚偽罪悪を改めざるに於ては、百の天人は大神の命を奉じ、如何なる快挙に出で給ふやも計り難いのである。 次に高姫の霊界上の地位に就いて少しく述ぶる必要がある。宇宙には天界、精霊界、地獄界の三界あることは屡々述べた所である。而して精霊界は霊界現界の又中間に介在せりと云つてもいい位なものである。故に精霊界には自然的即ち肉体的精霊なるものが団体を作つて、現界人を邪道に導かむとするものある事を知らねばならぬ。肉体的精霊とは、色々の種類あれども、其形は人間に似て人間にあらざるあり、或は天狗あり、狐狸あり、大蛇あり、一種の妖魅ありて、暗黒なる現界に跋扈跳梁しつつあり。此等は地獄界にも非ず、一種の妖魅界又は兇党界と称し、人間に譬ふれば、所謂不浪の徒である。彼等は人間の山窩の群の如く、山の入口や川の堤や池の畔、墓場の附近等に群居し、暗冥にして頑固なる妄想家の虚を窺ひ、其人間が抱持せる欲望に附け入つて虚隙を索めて入り来るものである。此肉体的精霊も亦人間の想念と和合せずして其体中に侵入し来り、其諸感官を占有し、其口舌を用ひて語り、其手足を以て動作するものである。而して此等の精霊は其憑依せる人間の物を以てすべて吾物とのみ思ふてゐる。或時は人間の記憶と想念に入つて大神と自称し、或は予言者をまね、遂に自ら真の予言者と信ずるに至るものである。されど此等の精霊は少しも先見の明なく、一息先の事は探知し得ないものである。何故なれば其心性は無明暗黒の境域に居るが故である。憑依された人間が、例へば開祖の神諭を読み耽り、之を記憶に止め想念中に蓄へおく時は、侵入し来りし悪霊即ち妖魅は、之を基礎として種々の予言的言辞を弄し、且又筆先などと称して、似たり八合なことを書き示し、頑迷無智なる世人を籠絡し、遂に邪道に引き入れむとするものである。開祖の神諭に……先の見えぬ神は誠の神でないぞよ……と示されたるは此間の消息を洩らされたものである。又熱狂なる人間は吾記憶を基礎として、其想念を働かせて入り来りし精霊の吾記憶に反けることを口走り、或は書き示す時は、忽ち審神的態度となり……汝は大神の真似を致す邪神にはあらざるか、サ早く吾肉体を去れ……などと反抗的態度に出づるものもある。併し乍ら遂には其悪霊の為に説伏せられ、或はいろいろの肉体上に苦痛を与へられ、遂にその妖魅の言に感服するに至るものである。サア斯うなつた時は、最早上げも下しも出来なくなつて、如何なる神の光明も説示も承認するの力なく、只単に……われは天下唯一の予言者なり、無上の神人なり、吾なくば此蒼生は如何せむ……と狂的態度に出づるものである。此物語の主人公たる高姫は即ち此好適例である。故に彼れ高姫は自己の記憶と想念と、憑霊の言葉の外には一切を否定し、且熱狂的に数多の人間を吾説に悦服せしめむと焦慮するのである。其熱誠は火の如く暴風の如く又洪水の如し。如何なる神人も有徳者も之を説得し帰順せしめ、善霊に帰正せしむることは天下の難事である。故に高姫は一旦改心の境に入りし如く見えたれども、再びつきまとへる兇霊は彼が肉体の虚隙を見すまし、又もや潮の如く体内に侵入し来り、大狂態を演ずるに至つたのである。 斯かる狂的憑霊者の弁舌と行為は最も執拗にして、昼夜間断なくつき纏ひ、吾所説に帰服せしめねば止まない底の勇猛心を抱持してゐる。斯かる兇霊の憑依せる偽予言者に魅入られたる人間は、如何なる善人と雖も、稍常識ありと称へられてゐる紳士でも、又奸智に長けたる人間でも、思索力を相当に有する人物でも、遂には其術中に巻込まれて了ふものである。かかる例は三十五万年前の神代のみではない、現に大本の中に於ても斯かる標本が示されてある。これも大本の神示に依れば、神の御心にして、善と悪との立別けを示し、信仰の試金石と現はし給ふものたることを感謝せなくてはならぬ。一旦迷はされたる精霊や人間は、容易に目の醒めるものでない。併しながら斯の如き渦中に陥る人間は、霊相応の理によつて、已むを得ずここに没入するのである。されど神は飽くまでも至仁至愛にましますが故に、弥勒胎蔵の神鍵を以て宝庫を開き、天国の光明なる智慧証覚を授け、愛善の徳に包んで、之をせめて中有界までなりと救ひ上げ、ここに霊的教育を施し、一人にても多く天国の生涯を送らしめむとなし給ひ、仁愛に富める聖霊を充して、予言者に来り、口舌を以て天国の福音を宣り伝へ給ふこととなつたのである。吁されど頑迷不霊の妖怪、人獣合一の境域に墜落せる精霊及び人間は、天国に救ふこと恰も針の穴へ駱駝を通すよりも難きを熟々感ずる次第である。大本の神諭にも……神と人民とに気をつけるぞよ……とあるは即ち精霊と肉体人とに対しての御言葉である。吁如何にせむ、迷へる精霊よ、人間よ、殊に肉体的兇霊に其身魂を占領されたる妖怪的偽予言者の身魂をや。 序に祠の森に於て杢助と現はれたる妖怪は、兇悪なる自然的精霊即ち形体的兇霊にして高姫の心性に相似し、接近しやすき便宜ありしを以て、互に相慕ひ相求め、風車の如く、廻り灯籠の如く、終生逐ひまはりなどして狂態を演出し、現界は云ふに及ばず霊界の悪魔となりて神業の妨害をなし、遂には神律に照され、神怒に触れ、根底の国の最底に投下さるるまで其狂的暴動を止めないものである。吁憐れむべきかな、肉体的兇霊よ、其機関となりし人間の肉体よ、精霊よ。思うても肌に粟を生ずるやうである。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 02 照魔燈 第二章照魔灯〔一二九六〕 高天原の最奥に於ける霊国及び天国の天人は、すべて愛の善徳を完備し、信の真善を成就し、智慧証覚に充ち居るを以て、中間天国以下の天人の如く、決して信を説かず、又信の何たるかも知らないのである。又神の真に就いて論究せないのである。何故ならば、斯かる霊的及び天的最高天人は、大神の神格に充たされ、愛善信真これ天人の本体なるが故である。故に他界の天人の如く、これは果して善なりや、悪なりや、などと言つて真理を争はない。只争ふものは中間及び下層天界の天人の内分の度の低いものの所為である。又最奥の天人は視覚によらず、必ず其聴覚によつて、即ち宇宙に瀰漫せるアオウエイの五大父音の音響如何によつて、其証覚をして益々円満ならしむるものである。大本神諭に『生れ赤子の心にならねば、神の真は分りは致さぬぞよ……』とお示しになつてゐるが、すべて赤子の心は清浄無垢にして水晶の如きものであるから、仮令智慧証覚は劣ると雖も、直ちに其清浄と無垢とは、最奥天界に和合し得るからである。又社会的覊絆を脱し、すべての物欲を棄て、悠々として老後を楽しみ、罪悪に遠ざかり、天命を楽しむ所の老人を以て、証覚ありて無垢なる者たることを現はし給ふのである。大本開祖が世間的生涯を終り、夫を見送り、無垢の生涯に入り給うた時、始めて神は予言者として、これに神格の充されたる精霊を降し給ひ、天国の福音を普く地上に宣伝し給うたのは、実に清浄無垢の身魂に復活し、精霊をして天国の籍におかせ給うたからである。故に開祖の如きは、生前に於て已に霊的復活をせられたのである。此復活を称して霊的人格の再生といふのである。大神は人間をして其齢進むに従ひ、之に対して善と真とを流入し給ふものである。先づ人間を導いて善と真との知識に入らしめ、これより進んで不動不滅の智慧に入り、最後に其智慧より仏者の所謂阿羅耶識(八識)即ち証覚に進ませ給ふものである。之を仏教にては、阿耨多羅、三藐三菩提心(無上証覚)といふのである。併しながら現代の人間は、其齢進むに従つて、益々奸智に長け、表面は楽隠居の如く世捨人の如く、或は聖人君子の如く装ふと雖も、その実益々不良老年の域に進むものが大多数である。優勝劣敗、弱肉強食を以て社会の真理と看做してゐる現代に立ち、多数の党与を率ゐて政治界又は実業界に跋扈跳梁し、益々権謀術数を逞しうし、僅に其地位を保ち、世間的権勢を掌握して無上の功名と看做してゐる人物の如きは、実に霊界より之を見る時は憐れむべき盲者である。斯の如き現界に於ける権力者よりも、無智にして其日の労働に勤しみ、現代人の無道の権力に圧倒され、孜々として之に盲従し、不遇の生活を生涯送りし人間が、霊界に至つて神の恩寵に浴し、其霊魂は智慧相応の光を放ち、善と真との徳に包まれて、生前の位地を転倒してゐる者が沢山にあるのである。故に霊的観察よりすれば、権勢ある者、富める者、智者学者といはるる者よりも、貧しき者、卑しき者、力弱き者、現界に於ていと小さき者として、世人の脚下に踏み躙られたる人間が、却つて愛善の徳に住し、信真の光に輝いて、天国の団体に円満なる生涯を送るものである。故に神には一片の依怙もなく偏頗もない事を信じ、只管神を愛し神に従ひ、正しき予言者の教に信従せば、生前に於ても、仮令物質上の満足は得られずとも、其内分に受くる歓喜と悦楽とは、到底現界の富者や権力者や智者学者の窺知し得る所ではないのである。此物語の主人公たる初稚姫は再び天の命を受け、地上に降誕して大本開祖となり、世間的務めを完成し、八人の子女を生み夫々神界の内的事業に奉仕せしむべく、知らず知らずの間に其任を果し、微賤に下りて、溢るる許りの仁愛と透徹したる信の智を発揮して、暗黒無道の地獄界を照破する神業に奉仕し、其任務を了へて、後事を瑞霊に充されたる予言者に托し、茲に目出度く昇天復活されたのである。故に開祖は生前より其容貌恰も少女の如く、其声音は優雅美妙にして、又少女の如く、玲瓏玉の如き顔容を抱持し給ひ、開祖に接近する者は、何時とはなしに其円満なる霊容に感化され、霊光に照され、善人は之を信従し尊敬し、悪人は之を嫌忌し恐怖したのである。開祖の前身たる初稚姫も亦神代に於ける神格者にして、大予言者であつた。その容貌及び全身より金色の光明を放射し、悪魔をして容易に近づき得ざらしめたのである。されど初稚姫は、其霊徳と霊光を深く秘し給ひ、和光同塵の態度を以て普く万民を教化し天国に救はむため、ワザと其神相を隠し給ひて、霊的及び自然的活動を続け給うたのである。開祖は常に云はれた……出口直が正体を現はしたなれば、人民は眼くらみ、到底側へは寄りつくことは出来ない、故にワザとに世におちぶらし、今まで衆生済度の為に化してあつたのだ……と物語られた事は屡々である。此時側に親しく侍してゐた役員共は、開祖の平素の人格には敬服してゐたが、併し其お言葉の余りに高調的なるに対し、開祖が慢心をされたものとのみ思うてゐた者も沢山にあつたのである。神は必ず順序を守らせ給ひ、相応の理に依りて和合の徳を表はし給ふが故に、其対者に向つて余り懸隔なき様に現はれ給ふのである。故に対者の徳と智慧の如何によつて、神又は開祖を見る所の目に非常の差等があるのは、已むを得ないのである。神は瑞月を呼んで大化物と予言者を通じて宣らせ給うた。現代人は大化物の名を聞いて、大悪人の代名詞の如く或は権謀術数家の別称の如く、又巧言令色、表に善を飾り虚偽を行ひ、世人を誑惑する悪人と認むる者も少くないのである。併し神格に充されたる者を、頑迷不霊の地獄界に籍を於ける人間の目より見るときは、忽ち眼眩み頭痛み、息苦しくなり、癲狂痴呆と忽ち変じて、恐怖心に駆られ、その真相を看取することは出来ないものである。故にかかる人間の地位に立ちて予言者を仰ぎ見る時は、大怪物とより見ることが出来ないのである。吁斯の如き頑迷の徒をして、神の光明に浴せしめ、愛善の徳に住せしめて、永遠無窮の天国の生涯を生きながらに送らしめむとするは、実に最大難事である。大正五年の事であつた。口述者は役員室に在つて神諭を繙く折しも、慌しく入り来りしは開祖の娘なる高島久子であつた。彼は前節に述べたる如き肉体的兇霊に心身を占領されて、吾居間に走り入りて、恭敬礼拝し言ふ。『瑞の御霊様、一大事が突発致しました。一厘の秘密をお知らせ申します』と言ふより早く、吾耳の側に口をよせ、歯のぬけた口から、臭い息と唾を、吾顔面にふきかけながら、下らぬ不合理に充ちたことを喋々と弁じ立てた。そこで瑞月は儼然として、『誠の道に秘密のあるべき道理なし、秘密の秘は必ず示すといふことである。決して隠蔽すべきものでない。耳もとに囁く如きは神人のなすべき所でない。これは体主霊従的人獣の敢へてする行為である』と云ふや否や、高島久子の精霊は大いに怒つて、わが耳たぶを左の手にて引張り、右の手を以てわが頬をピシヤピシヤと叩きつけ『義理天上日出神の秘密の忠告を聞かねば、地の高天原は大騒動が起りますぞ。何うなつても日出神は知らぬぞよ』とわめき立て、狂ひまはつた。そこで瑞月は兇霊の憑依せるものなることを本人に懇々と諭してみたが、もはや兇霊に霊肉全く占領された彼女には何の効能もなかつた、のみならず大いに怒つて、吾喉元に飛びかかり、咬みつかむとした。そこで瑞月は已むを得ず、右の人指を前に向けて『ウン』と一声、神に祈つて、其面体を霊光に照すや否や、忽ちパタリと倒れて了つた。そこで瑞月は直に神に彼が為に謝罪をなし、お許しを請うた。彼女はムクムクと立上り、口を極めて『変性女子の糞奴、糞先生の奴先生、小松林の悪魔奴』と喚き立てながら、長い廊下を韋駄天走りに開祖の居間に侵入した。 忽ち久子に憑依せる兇霊は、開祖の容貌を拝するや、アツと仰向けに倒れ、キヤアキヤアと喚きながら、長廊下を毬の如くころげて、再びわが居間に逃げ帰り来り『奴開祖の糞開祖奴、これから俺が誠の艮の金神ぢや、変性男子も女子も此処を出て行け、これから地の高天原は、高島久子が艮の金神変性男子と現はれて、日出神を地に致し、大広木正宗殿の霊を御用に使うて、神政成就の神業に奉仕するから、此方の申す事が耳に入らぬ奴は、一人も残らず出てゆけ。金勝要神の身魂は我が強いぞよ。木花咲耶姫の生宮も訳が分らぬぞよ。これから此高島久子の体を借つて、誠の事を知らすぞよ』などと狂態を演じ、身体を頻りに震動させて、猛悪の相を現はし、座敷の中央に仁王立ちとなつて睨めつけてゐた。そこへ開祖は梅の杖をつきながら、障子をあけて一寸覗かれると、又もやキヤツと叫んで其場に顛倒し、毬のやうになつて表へ駆け出して了つた。後に至つて高島久子に聞けば、彼は云ふ……開祖の居間の障子を開くや否や、開祖の全肉体は金色燦爛たる光明にみち、そのお姿を熟視する能はず、忽ち恐ろしくなつて、妾の守護神が一生懸命に駆け出しました……と答へたのである。又彼女が自筆の筆先にも此事を明記してゐる。それから久子は表へまはり、金竜殿に侵入した。そこには数多の役員や修業者が幽斎の最中であつた。久子は矢庭に暴れ出していふ……汝等盲役員、幽斎の修業などとは以ての外だ、この生宮の申す事を聞け……と呶鳴りながら、修業に来てゐた河井芳男といふ青年を引捉へ、殿中に於て馬乗となり、其青年の首にジヤウジヤウジヤウとぬくい小便をたれかけ……汝の如き者は之にて結構だ……と喚き立て、狂態を演じてゐた。この事も高島久子の精霊が書いた筆先に自慢さうに記してある。すべて兇党界の悪霊は順序を弁へず又善悪美醜の区別がつかないから、神聖なる金竜殿内に於て、人の首に小便をかけ、得意となつてゐるのである。而して彼女はいふ……わが守護神は実に偉大なものだ、あの様な聖き御殿に於て、外の者が小便をこかうものなら、忽ち守護神も肉体も神罰が当るのであるが、何をいつても神格が高いから、あの通りチツとも罰が当らなかつたのだ……と誇つてゐるのは実に済度し難き難物である。丁度猫や鼠が大神の鎮座まします神聖なる扉の中に巣をくみ、或は糞尿をたれても、神は畜生として看過し給ひ、之を懲め給はざると同様の理である事を知らない癲狂痴呆者である。自愛心強く世間愛のみを以て唯一の善事と思惟しゐたる人間は、却つて斯かる奇矯なる行為を以て、神秘の行為となし、之を随喜渇仰していふ……全くあの行ひは人間ではない、人間心で、何うして殿内に於て、而も人間の首に跨がり、小便がかけられようか、全く神様の証拠である……と、斯う云つて感心するのである。彼等の云ふ如く決して人間ではない。併しながら神だと思つたら大変な間違である。スツカリ肉体的兇霊、悪魔が彼女の全身を支配して行うた所の狂態であるのである。 其後かれ悪霊は久子の肉体に対し、いろいろと幻覚を示し、益々誑惑の淵に陥れ、或は一ケ月間の断食を与へ、地獄の有様を眼前に髣髴せしめ……汝わが言を用ゐざる時は、斯の如き無間地獄に陥落すべし。又わが言を信従し、わが頤使に従つて活動する時は、汝をして将来斯の如き結構なる位地につかしむべし……と、或はたらし或は威し、漸くにして開祖の身内たる肉体を、わが自由に駆使する事を得たのである。彼等が悪業を遂行せむとすれば、現界人の浅薄なる識見より見て、開祖の血統と生れし人間なれば、大丈夫、決して悪神の憑依すべきものでないと信用させ得るの便宜があるからである。かれ兇霊は無智なる久子の霊肉を完全に占領した上、地の高天原の霊光にゐたたまらず、二三の迷へる信者を引連れ、一目散に八木へさして逃げ帰り、ここに久子の記憶と信仰を基礎として、其想念中に深く入り込み、兇党界の団体をして益々大ならしめ、大神の神業を極力妨害せむと企みつつあるのである。さりながら久子其人は元来開祖を思ふ事最も深く且無智にして比較的其心も清ければ、遉の兇霊も開祖の神諭を非難することを得ず、且又厳の御霊、瑞の御霊を極力排斥し、誹謗しては其目的を完成し得ざるを知るが故に、表面に厳瑞二霊を尊敬し信従する如く装ひ、先づ久子を誑惑し其口と手を以て世人を魔道に引入れむと企みつつあるのである。之は決して瑞月が卑しき心より述ぶるのではない。大神の御子たる可憐なる精霊や人間をして、一人なりとも邪道に陥らざらしめむが為の慈愛心に外ならぬのである。かれ精霊は久子の肉体を綾部の停車場に仰向けに倒し、陰部を曝して大呼して云ふ……われは地の高天原の変性男子出口直の肉体をかりて生れた日出神の生宮であるぞよ。皆の者、これを見て、大本の教を悟れよ……と呶鳴り立てた。精霊が久子に斯かる衆人環視の前にて狂態を演ぜしめた其底意は、要するに神の名を冒涜し、世人をして大本を信用せしめざらむが為の悪計であつた。されど暗愚なる信者は、そんな所に少しも注意せずしていふ……ああ吾々が改心が足らぬ故に神様が変性男子の系統の肉宮をかつて、お戒め下さつたのであらう、お前達の心は此通り醜いのだ、お前達が神界より罰せられ、地獄の釜のドン底へ落されるのだが、高島久子に千座の置戸を負はして助けてやつて居るぞよ、との深き思召であらう……などと妙な所へ曲解して益々随喜渇仰し、精霊の誑惑に乗せられて、遠近の神社を調査するといつて、或は其費用を献じ、或は随伴してゐる者も沢山現はれて来たのは、実に神界の為悲しむべきことである。されど神は決して斯の如き兇霊に汚され給ふものでもなく、又如何に妨害せむとするも聊かの痛痒も感じ給はないのである。只々可憐なる神の御子が彼等兇霊に心身を誑惑され邪神界に引入れられ、無間地獄に陥落しゆくを悲しみ給ふのみである。かかる仁慈無限の大神の御心も知らず、男子が何うだとか、女子の言行がなんだとか云つて、その光明に反き、醜穢極まる地獄に転移するは、実に仁慈の目より見て忍び難き所である。かれ精霊は久子を又もや八木の停車場に連れ行き、大声叱呼して云ふ……此女は元を糺せば、丹波国何鹿の郡綾部町、本宮新宮坪の内、変性男子の身魂出口直の体をかり、出口政五郎といふ父を持ち、若い時から男女と呼ばれたる、ヤンチヤ娘の出口久子、今は神の因縁に依つて、八木の高島寅之助が妻となり、あの山の、山のほでらのあばらや住居、今はおちぶれて居れども、結構な身魂が世におとしてあるぞよ。侮りて居りたものは、アフンと致してあいた口がすぼまらぬぞよ。今に天地がかへるぞよ。欲を致して沢山の金をためて居りても、其宝は持切には出来ぬ宝であるぞよ。此神の申した事には一分一厘間違ひはないぞよ。先をみてゐて下されよ、と前をまくつて大音声……と自ら呼ばはり、停車場に集まる人々を驚かせ、之を鎮定せむと入り来りし長左といふ男の腕にかぶりつき、狂態を演じ、大本の教を破壊せむと企んだ事もあつたのである。兇霊は此筆法を以て、或時は変性男子を極力賞讃し、また対者の心の中に男子女子を否むと認むる時は、声を秘そめて切りに誹謗し、吾薬籠中のものとなさむと企むものである。 さて、初稚姫と高姫との今後の活動は之に類するもの多ければ、巻頭に引証することとしたのである。 追伸=霊界物語の読者の中には凡て、斯様であります……とか、斯う考へます……とかいふ謙譲の言葉がなく、かうである……どうである……などと断定的に、且高圧的に口述してあるのは、所謂口述者が慢心した結果、かかる不遜の言辞を弄するのだと非難する人が間々あるさうです。併しながら『あります』と云へば活字を四字用ひなくてはなりませぬ。『ある』といへば二字で事がすみます。それ故にかかる洪瀚な物語には一字なりとも冗言を省き、可成数多の意味を読者に知らさむが為の忠実なる意思より出でたのであります。而して口述者自身は只神格にみたされたる聖霊に霊と体を任せきつてゐるのでありますから、口述者が之を改めようと致しましても、肝腎の局に当る聖霊が聞かなければ是非ない事であります。一寸茲に一言断つておく次第であります。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 03 高魔腹 第三章高魔腹〔一二九七〕 初稚姫は祠の森の神殿に参拝し、長途の遠征を守らせ給へと祈願をこらし、再び高姫の居間へ引返した。高姫は遠く従うて神殿近く進み、初稚姫の後姿を打眺め、何処ともなしに其神格の完備せるに打驚き舌をまいた。そして高姫は其神格に感じ、心の底より初稚姫を神の如く尊敬した。併し乍ら何処ともなく恐怖心に駆られ、且其神格の偉大なるに稍嫉妬の念を兆したのである。今まで初稚姫の大神格に圧倒され、暫し高姫の身体内に潜みて沈黙を守つて居た金毛九尾の悪狐は、高姫が少しく嫉妬心の兆したのを幸ひ、其虚に入り忽ち囁いて云ふ。 悪狐『吾は汝の略知る如く、神代に於て常世姫命に憑依し罪悪の限りを尽した金毛九尾白面の悪狐である。併しながら時節来りてミロクの大神、地上に降臨し給ひし上は、吾等は何時迄も悪を続ける訳には行かぬ。吾は悪の張本人なれば世の中一切の悪神の企みは皆知つてゐる。悪に強ければ善にも強い。吾は金毛九尾白面の悪狐だ。そして汝は常世姫命の身魂の再来だ。もう斯うなる上は一切万事を打ち明けて、悪の企みを瑞の御霊の大神にお知らせ申さねばならぬ。就いてはあの初稚姫は稚桜姫命の再来なれば、到底汝等の匹敵すべき神人ではない。寧ろ吾よりトコトン改心を致すべければ、汝も彼の初稚姫を師と仰ぎ、共に神業に参加すべし』 と甘く高姫を誑惑してしまつた。高姫は兇霊の言を深く信じて初稚姫に対する態度を一変した。初稚姫は神殿の拝礼を終り、階段を下りながら心私かに思ふやう、 初稚姫『彼高姫には金毛九尾の悪狐の霊憑依せり。而して彼悪霊は形体を有するものなれば、吾真相を現はさば忽ち彼が肉体を亡ぼすか、但は遁走して又もや相応の肉体に住居を構へ世を惑乱するに至らむ。如かず吾は和光同塵の態度を極力維持し、彼の悪霊を高姫の肉体に長く残留せしめ、彼が根本より改心すれば重畳なれども、万一改心せずとも高姫の肉体中に秘め置かば、彼精霊は外に出づる虞なし。要するに高姫の肉体は天下を乱す悪霊をつなぐ処の牢獄と見ればいい。もとより徹底的兇霊なれば、神の光明に照されなば、兇霊は忽ち自暴自棄となり、益々神業の妨害をなすべし。如かず、神慮に背くかは知らざれども、暫く吾は猫を被つて彼と交際し、何時とはなしに高姫と精霊とを天国に救ひやらむ』 と決心し、大神に念じながら素知らぬ顔にて高姫の居間に帰つて来た。精霊は高姫の口舌を使用して、いとやさしげに言葉を飾つて云ふやう、 高姫(悪狐)『変性男子の御身魂初稚姫様、よくも御降臨下さいました。私は三五教の宣伝使、御存じの高姫で厶ります。大神様の御都合により悪神の張本金毛九尾の悪狐が私の肉体に潜み入り、私の真心に感化されて漸く改心を致しまして、今迄の悪をスツクリ白状致しました。就いては凡ての悪神の企みは何も彼も存じて居ると申して居りますから、私が守護神と共に此祠の森に大門を造り、凡ての人民の因縁をよく調べ改心をさせた上、斎苑の館へ送る考へで厶ります。何卒此事をお許し下さいます様に、変性男子の御霊様、お願ひ申します。そして一方には変性男子の系統なる義理天上日出神が、厳の御霊の御命令によりまして世界中を調べに歩き、世の初まりの根本の根本の成り立ちから、人民の大先祖の因縁、大黒主の身魂は如何なる因縁があるか、竜宮の乙姫のお働きは如何なるものかと云ふ事を知らしたいので厶ります。今の三五教には宣伝使は沢山厶りますが、皆智慧、学で神界の事を考へようと致すので厶りますから何も分りませぬ。貴女は変性男子の生粋の大和魂の善の神様で厶りますから、何も彼も三千世界の事は御存じで厶りますが、外の守護神や宣伝使や信者はサツパリ駄目で厶ります。それ故此処に大門を拵へ、私が一々因縁をあらため、斎苑の館へ参拝さす御役にして下さいませぬか』 と兇霊はうまく高姫に化けて虫のよい事を頼みかけた。初稚姫は彼が奸計を残らず看破した。されど前述の如く初稚姫は此悪霊を審判する事を避けられたのである。 初稚姫『貴女は信心堅固にして霊界によくお通じ遊ばした方と見えますな。妾は賤しき杢助の娘と生れ、まだ年も若く、社会的の経験さへも積んでゐない愚者で厶りますから、到底霊界の消息等は分りませぬ。就いては貴女に対し左様の事をお許し申すなどとは以ての外の事で厶ります。何れ神様が貴女の御神力をお認め遊ばしたならば、屹度瑞の御霊の大神様からお許しが厶りませう。妾には左様な権限は少しも厶りませぬから、左様な事を仰有らない様にお願ひ致します。何卒至らぬ妾、神徳高き貴女様より御教授を御願ひ致したいもので厶ります』 と一切の光明を包み、普通人の如くなつて了つた。高姫はニタリと打笑ひ、 高姫『アー、さうだらうさうだらう、それが正直の処だ。まだ年も若い癖に宣伝使に歩かすとは、瑞の御霊様も余程物好きな珍らし物喰ひだな。どれどれ此高姫がここで根本の根本の因縁を説いて聞かしますから十分修行をなさいませ。それでなければ、訳も分らずに宣伝に歩いたり、大黒主を言向和すなどとは、以ての外の無謀のやり方で厶りますからな』 初稚姫『何分、至らぬ妾、老練な貴女様の御薫陶をお願ひしたいもので厶ります』 高姫『ハイ、よしよし、お前は水晶魂だ。本当に素直な可愛い娘だな。これから此小母さまの云ふ事を聞くのだよ。否小母さまではない、絶つてもきれぬ母子だから、そのつもりでつき合つて下さいねー』 初稚姫は心に打笑ひながら故意と空惚けて、 初稚姫『小母様、今貴女は妾ときつてもきれぬ母子だと仰有いましたが、それは身魂の母子で厶りますか。チツとも愚鈍の妾には合点が参りませぬワ』 高姫『身魂の母子は申すに及ばぬ、お前さまは杢助さまの大切の娘だらう。其杢助さまは此度神様の因縁によつて常世姫命の改心した善の折の生粋の肉宮の此高姫の夫とおなり遊ばしたのだよ。杢助様だつて、此高姫だつて、よい年をしてから若いものか何ぞの様に夫婦になつたり、そんな見つともない事はしたくはない。胸に焼鉄をあてる様に思うてゐるのだが、これも神様のため、万民を救ふため、千座の置戸を負うて御神業に参加してるのだよ。訳の分らぬ人民がいろいろと申すであらうなれど、人民の申す事に心を悩まして居りたらミロク神政の御用が勤まりませぬ。訳知らぬ人民は、杢助、高姫の結婚を何となつと申して笑へば笑へ、誹らば誹れ、神のお仕組一厘の秘密が如何して一寸先も見えない人民に分るものか、と云ふ磐石の如き決心を以てここに夫婦の約束を結んだのだから、初稚さま、貴女もそのお積りで、私を母と思つて下さいや。私も貴女を大切の大切の御子と致して敬ひますから、母となり子となるのも昔の昔のさる昔、も一つ昔のまだ昔の天地開闢の初めから大神様より定められた因縁ぢやによつて、何卒その覚悟でゐて下され。何事にも素直なお賢いお前さまだから、此高姫の生宮の申す事、よく呑込めたでせうなア』 初稚姫は杢助の本物でなく、獅子と虎との中間動物なる兇霊に騙されてゐる事はよく看破して居た。されど故意と空惚けて、 初稚姫『高姫さま、私の父が何時そんな事を貴女と約束致しましたのですか、私今が初耳ですわ。まアまアまア不思議な御縁で厶りますこと。さうしてお父さまは何処へ行かれましたの』 高姫『一寸此森の中へ散歩にお出でになつたと見えます。杢助様は森の散歩が大変にお好きだと見えましてね。お前さまが此処へ訪ねて来られた事をお聞きになつたら、嘸喜ばれるでせう』 初稚姫『はて、妙な事だわ。妾のお父さまは斎苑の館の総務を勤めて居らつしやるのだから、ここへお越し遊ばす道理はありませぬがな』 高姫『これ初ちやま、お前の、さう疑ふのも尤もだ。実の処は杢助さまは、あの我の強い東野別の東助さまと云ふ副教主との間に事務上の衝突が起り、それがために斎苑の館を追ひ出されなさつたのですよ。東助の野郎、正直一途の英雄豪傑、三羽烏の御一人なる杢助さまを追ひ出すとは以ての外の悪人ぢやありませぬか。あの東助はやがて今迄目の上の瘤の様に困つてゐた杢助さまを首尾よく追ひ出し、斎苑の館の全権を掌握し、終には八島主の教主さまをおつ放り出し、自分が其後釜にすわると云ふ野心を抱いてをるのですよ。それでお前と私が此処で一肌脱いで、斎苑の館へ参る信者を小口から虱殺しに調べ、斎苑の館へやらぬ様にせねばなりませぬ。私がここで杢助さまと大門開きをしたのは、杢助さまや八島主の教主がお困りになつた時、お助け申すやうにチヤンと仕組をしてゐるのだから、お前さまも何処へも行かず、此処に居つて親子三人御用を致さうぢやありませぬか』 初稚姫『それは又不思議な事を承はります。東助様はそんなお方ぢやない様に思ひますがな』 高姫『それが善の仮面を被つてゐる悪魔ですよ。屹度悪人は悪相を以て現はれるものぢやありませぬ。所在虚偽と偽善を以て人民を詐り、虚栄的権威に甘んじてゐるものですよ。これ初稚さま、油断してはなりませぬぞや。此高姫は海千川千山千の修業をした善にも強い、悪にも強い、そして悪の企みは何も彼も看破してゐるのだから、一分一厘間違ひはありませぬよ』 初稚姫『あの東助さまは小母さまの若い時のお馴染だつたさうですな。そんなに悪口を云ふものぢやありませぬよ。父の杢助に比ぶれば、幾層倍人格が上だか知れぬぢやありませぬか』 高姫『ヤツパリ子供だな。然し子供は正直ぢや。何と云つても水晶魂だから心に罪がないので、表面から良く見える人を信用なさるのだ。そこが本当に尊い処だよ。然し高姫の云ふ事はチツとも違ひませぬぞや』 初稚姫『さうで厶りますかな。一遍父に会つてみたいものですがな。もし小母さま、長上をお使ひ申して真に済みませぬが、一度お父さまに会ひたう厶りますから、探して来て下さいませ』 高姫『アアさうだろさうだろ、無理もない。親子の情と云ふものは本当に尊いものだな。吾身を捨てる藪はあつても吾子を捨てる藪はないと云ふ事だが、杢助さまも何も彼も天眼通で知つて居りながら、こんな可愛い娘が来て居るのに、そしらぬ顔して森に散歩してゐなさるとは本当に水臭い方だな。子の心、親知らずだ。然し初稚さま、此高姫は斯う見えても本当にやさしいものですよ。杢助さまに比べて幾百倍も可愛がつてやりますから、何卒私を本当の母だと思つて下さいや』 初稚姫『ハイ、御親切有難う厶ります』 と俯向いて見せた。 高姫『これ初稚さま、一寸待つてゐて下さい。お父さまのあとを探して今直に屹度連れて参りますから』 と云ひながら羽ばたきしつつ欣々として森林の方に行く。高姫は森の茂みに隠れて後ふり返り舌をニユツと出し、いやらしい笑みを漏しながら独言、 高姫『何と云つてもヤツパリ子供だな。然しながらあの娘は何処ともなしに気高い処もあり、中々シヤンとした事を云ふ。あれをうまくチヨロまかし自分の子として置けば、三五教は吾手に握つた様なものだ。何と都合のいい事になつたものだな。これから一つでも、うまい物があつたら、あの娘に呉れてやり、そして十分懐かして置かねばならぬ。然し都合のいい事には杢助さまが私の夫だから、切つても切れぬ仲だ。ああ有難う厶ります、八岐の大蛇様、金毛九尾の大神様』 と口の中から囁いた。高姫は此声に驚いて目を怒らし、臍の辺を握り拳でトントンと打ちながら、 高姫『こりや、金毛九尾の悪狐奴、何と云ふ事を申すのだ。左様な事を申すと、もう此高姫は肉体を借さぬぞや。杢助さまや初稚姫の傍で、そんな事でも云うて見よれ。此高姫は立場がないぢやないか。改心致したと云うたぢやないか』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『ここは誰も居ないから一寸云つて見たのだから、さう怒るものぢやない。メツタに人の居る処で正体は現はさぬから安心しておくれ』 高姫『よし、屹度守るか、うつかりした事を申すと常世姫の生宮が承知しませぬぞや。これから八岐大蛇や金毛九尾はスツカリ改心致して、あとへ日出神の義理天上が這入つてゐると何処までも主張するのだよ。よいか、分つたか。馬鹿な守護神だな』 腹の中から、 (高姫に憑依している悪狐)『何とまア、我の強い、向ふ息のきつい肉体だな、アハハハハ』 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四北村隆光録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 05 霊肉問答 第五章霊肉問答〔一二九九〕 高姫は初稚姫のスマートを送つて出た後に只一人、腹中の兇霊に打向ひ、握り拳を固めながら、懐をパツと開き、布袋つ腹を現はし、両方の手で臍のあたりを掴んだり擲つたりしながら、稍声低になつて、 高姫『コリヤ、其方はあれ丈注意を与へておくのに、なぜ初稚姫の前で、あんな不用意な事をいふのだ。サア、高姫が承知致さぬ。一時も早く、トツトと出てくれ。エー何と云つてもモウ許さぬのだ。汚らはしい、コリヤ、痰唾をはつかけてやらうか』 と云ひながら、自分の臍のあたりに向つて、青洟をツンとかんでこれをかけ、又々唾をピユーピユーと頻りに吐きかけてゐる。 (腹の中から)『アハハハハ、どれだけお前が痰唾を吐きかけようが、腹を捻ぢようが、チツともおれは痛くはない。つまりお前の腹をお前が痛め、お前の唾をお前の腹にかけるだけのものだ。そんな他愛もない馬鹿を尽すよりも、日出神義理天上の申すことを神妙に服従するがお前の身の為だぞ。グヅグヅ申すと腹の中で暴れさがし、盲腸を破つてやらうか、コラどうぢや』 高姫『アイタタタタ、コリヤコリヤそんな無茶な事を致すものでないぞ。結構な結構な常世姫の御肉体だ。左様な不都合を致すと、大神様に御届け致すが、それでも苦しうないか』 (腹の中から)『や、そいつア一寸困る、何を云うても我の強い肉体だから、思ふやうに使へないので神も聊か迷惑を致して居るぞよ。チツと柔順くなつて御用を聞いて下されよ』 高姫『何を吐しやがるのだ。又しても又してもしようもない事を吐して、人に悟られたら何とするのだ。本当に馬鹿だな。これから此方が厳しく審神を致すから、一言でも変なことを申したら、此生宮が承知致さぬぞや』 (腹の中から)『イヤ、肉体の言ふのも尤もだ、キツト心得るから、どうぞ仲ようしてくれ。何と云つても密着不離の関係になつてゐるのだから、お前の肉体のある間は、離れようといつたつて離れる訳にも行かず、お前も亦俺を追ひ出さうとすれば、命をすてる覚悟でなくちや駄目だぞ。すぐに盲腸でも十二指腸でも、空腸、回腸、直腸、結腸の嫌ひなく、捻ぢて捻ぢて捩ぢ廻し、肉体の命を取るのだから、つまりお前は俺を大事にし、俺はお前の肉体を唯一の機関とせなくちや、悪の目的が成就せぬのだからなア』 高姫『コリヤ、又左様なことを申す。この高姫は稚桜姫命の身魂の系統、常世姫命の再来だ。悪といふ事は微塵でもしたくない、大嫌ひなのだ。其方は悪を改めて善に立復つたと申したでないか。どうしても此方の肉体を使うて悪を致し、変性男子様の御神業を妨げ致すのなれば、此高姫は仮令其方に腸をむしられて国替をしても、チツとも構はぬのだ。サアどうだ、返答致せ』 と審神者気分になつて呶鳴つてゐる。 (腹の中から)『ヤア高姫様、真に申し違ひを致しました。つひ悪を憎むの余り善と悪とを取違へまして、あんな不都合なことを申しました。今後はキツと心得ますから、どうぞ霊肉和合して下さいませ』 高姫『ウンよしツ、それに間違ひなくば許してやらう。此上一言でも金毛九尾だの大蛇だのと申したら了簡致さぬぞや』 (腹の中から)『それなら、何といひませうかな、義理天上日出神と名乗りませうか』 高姫『畏い事を申すな。義理天上様は変性男子様の系統の御身魂ぢや。其方はヤツパリ、ユラリ彦命と申したがよからうぞ』 (腹の中から)『コレ高姫さま、さうイロイロと沢山の名を言つちや、娑婆の亡者が本当に致しませぬぞや』 高姫『コリヤ、何と云ふことを申す。人間は結構な神の生宮だ。天が下に神様のお守りを受けないものは一人もないぞや。言はば結構な天の神様の直々の、人間は御子だ。何を以て娑婆亡者などと申すのか、なぜ善言美詞の言霊を使はぬ。ヤツパリ其方はまだ本当の改心が出来て居らぬと見えるなア。改心致さな致すやうにして改心を致さして見せうぞや』 (腹の中から)『高姫さま、一旦入の入つた瀬戸物は何程甘く焼つぎをしても、其疵は元の通りになほらないと同様に、元来が身魂にヒビが入つてゐるのだから、本当の善に還る事は辛うて出来ませぬぞや。お前さまの肉体だつて、ヤツパリさうぢやないか。入が入つて居ればこそ、此方が這入れたのだ。お前さまは立派な大和魂の生粋だと思つてゐるだらうが、此金毛九尾から見れば、大和魂どころか山子だましの身魂だよ。相応の理によつて、破鍋にトヂ蓋式に自然に結ばれた因縁だから、何程もがいても何うしても、此悪縁は切ることは出来ませぬぞや、お前さまも是非なき事と断念して、吾身の因縁を怨めるより仕方がないぢやありませぬか。霊肉不二の関係を持つてゐる肉体と此方とが、何時もこれだけ衝突をして居つては互の迷惑……否大損害ですよ。チツとはお前さまも大目に見て貰はなくちや、わしだつて、さう苛められてばかり居つても、立つ瀬がないぢやないか』 高姫『今迄なれば少々のことは大目にみておくが、お前も知つて居るだらう、斎苑館に厶つた三五教の三羽烏杢助様がお出でになり、此肉体の夫となられ、又立派な娘の初稚姫が此処へ私の子となつて来たのだから、余程心得て貰はなくては、今迄とは違ひますぞや。今迄は此高姫も殆ど独身同様であつた。大将軍様の肉宮はあの通りお人よしだから、どうでもよい様なものだつたが、今度は摩利支天様の肉宮が、此肉体の夫とお成り遊ばしたのだから、お前さまの自由ばかりになつてゐる訳には行かぬから、其積りで居つて下されや』 (腹の中から)『それは肉体のすることだから敢へて干渉はしないが、併しながら、初稚姫といふ女は何だか虫の好かぬ女だ。お前も物好な、他人の子を吾子にせなくてもよいぢやないか』 高姫『馬鹿だなア、あの初稚姫は本当に掘出し物だよ。柔順で賢明で而して人には信用があるなり、あんな娘を使はずに、どうして神業が完全に出来るのだ。お前も改心して五六七神政成就の為に活動するならば、これ程大慶の事はないぢやないか。変性男子様が永らくの間御苦労御艱難遊ばして、此処まで麻柱の道をお開き遊ばし、又都合によつてウラナイ教も御開き遊ばしたのだから、悪が微塵でもあつたら、此事は成就致しませぬぞや』 (腹の中から)『それでも、お前、三五教をやめてウラナイ教を立てようと、昨日もいつたぢやないか。どちらを立てて行くのだ。それからきめて貰はなくちや、此方も困るぢやないか』 高姫『変性男子のお筆には……三五教ばかりでないぞよ。此神はまだ外にも仕組が致してあるぞよ。ウツカリ致して居ると、結構な神徳を外へ取られて了ふぞよ……とお示しになつて居るだろ、此頃の斎苑館の役員共の行り方と云つたら、サツパリ変性女子の教ばかり致して、男子様の御苦労を水の泡に致さうとするによつて、お筆に書いてある通り、系統の身魂の此方が、已むを得ずしてウラナイ教を立てるのだ、併しながら秘密は何処までも秘密だから、表はヤツパリ三五教を標榜し、其内実はウラナイ教を立てるのだよ。よいか、合点がいただらうなア』 (腹の中から)『コレ肉体さま、ソリヤ二股膏薬といふものではないかなア。いつも悪は嫌だ嫌だと云ふ癖に、なぜ其様な謀反を起すのだい。善一つを立てぬくのなれば、お前が舎身的活動をして三五教の過つてゐる行方を改良さして、一つの道でやつて行つたらいいぢやないか。さうするとヤツパリ肉体も善を表に標榜し、自我を立て通す為に結局悪を企んでゐるのだなア。サウすりや何も、わしのすることや言ふことをゴテゴテいふには及ばぬぢやないか。同じ穴の狼だ。怪狼同狐の間柄ぢやないか。お前が善か、俺が悪か、衡にかけたら何方が上るやら、僅かに五十歩と五十一歩との違ひだらう。どうぢや肉体、これでも返答が厶るかな、ウツフツフ』 高姫『コリヤ、喧しいワイ。そこは、それ、神の奥には奥があり、其又奥には奥があるのだ。切れてバラバラ扇の要……といふ謎を、お前は知らぬのか……十五夜に片われ月があるものか、雲にかくれてここに半分……だ』 (腹の中から)『ハツハハ、イヤ、チツとばかり了解した。……此腹の黒き尉殿が一旦改心の坂を通り越し、又もや慢心と申す元の屋敷にお直り候……だな、イツヒツヒ。それならさうと、なぜ初めから云つてくれないのだ。コツチにも方針があるのだから……俺も昔から金毛九尾といつて、随分悪は尽して来たのだが、腹の黒い人間の腹中は、自分が現在這入つて居りながら、分らぬものだ。いかにも人間といふものは重宝なものだなア。偽善を徹底的に遂行するには、本当に重宝な唯一無二のカラクリだ、イツヒヒヒ。それを聞いて此金毛九尾もスツカリと安心を致したぞや。サア始めてお前が打ち解けてくれたのだから、今日位心地よいことはないワ、のう大蛇よ、猿よ、狸よ、蟇よ、豆よ、本当に岩戸が開けたやうな気分がするぢやないか』 腹の中から違うた声で、 (腹の中から違う声で)『ウンウンウンウン、さうさう、これでこそ、私たちも安心だ。流石は金毛九尾さまだけあつて、よくマア肉体と、其処まで談判して下さつた。ああ有難い有難い』 腹中より又もや以前の声で、 (腹の中から)『さうだから、此金毛九尾さまに従へと云ふのだ。これから高姫の肉体をかつて、三千世界を自由自在に致すのだ。それに就いては先づ第一に三五教を崩壊し、ウラナイ教を立てて善の仮面を被り、現界の人間を片つ端から兇党界に引張り込んで了ふのだ。最早肉体が心を打ち開けた以上は、何と云つても宣り直しはささない。若しも最前の言葉に肉体が反きよつたら、お前たちはおれの命令一下と共に、そこら中を引張りまはし苦めてやるのだよ』 高姫『コラ、そんな無茶な相談を致すといふことがあるか、表は表、裏は裏だ。さうお前のやうに露骨に云つちや、肝腎の大望が成就せぬぢやないか』 (腹の中から)『何、お前の耳に内部から伝はるだけのもので、決して外部へは洩れる気遣ひはない。お前さへ喋らなかつたら、それでいいのだ』 高姫『ソリヤさうだな、それならマア、十分にお前も千騎一騎の活動を致すがよいぞや。この高姫も乗りかけた舟だ、何処までも初心を貫徹せなくちやおかないのだからな。ドレドレ、モウ初稚が帰つて来る時分だ。思はず守護神と談判をして居つたものだから、つひ時の経つのも忘れてゐた。併し初稚姫が聞いてゐやせなんだか知らぬて、何だか気掛りでならないワ』 といひながら、サツと障子をあけて長廊下を眺めた。初稚姫は芒の枯れた穂を一つかみ握りながら、他愛もなく遊び戯れ、廊下に一本一本さして遊んでゐる。その無邪気な光景を眺めて、高姫はホツと一息し、 高姫『何とマア無邪気な娘だこと、枯尾花を板の間の隙間に立て並べて遊んでゐるのだもの。大きな図体をしながら、そして十七にもなりながら、未通こい娘だなア。本当に水晶魂だ。この高姫がうまく仕込んでやれば、完全に改悪して立派なウラナイ教の宣伝使になるだらう。何と云つても杢助さまと云ふ父親を掌中に握つてゐるのだから大丈夫だ。東助さまに肱鉄をかまされ、大勢の前で恥をかかされて、悔し残念さをこばつて、此処まで来て見れば、こんな都合の好いことが出来て来た。あああ、人間万事塞翁の馬の糞とやら、苦しい後には楽しみがあり、楽しみの後には苦しみが来るぞよ、改心なされよ……と男子様のお筆先にチヤンと出て居る。高姫もまだ天運が尽きないと……あ……見えるワイ、エツヘヘヘ、変性男子様、大国治立命様、守り給へ幸へ給へ』 (腹の中から)『オツホツホホホ、オイ肉体、大変な元気だなア、甘く行きさうだのう。吾々一団体の兇霊連中も満足してゐる。どうだ、チツと歌でもうたつたら面白からうに……のう』 高姫『コリヤ、何と云ふ不心得なことをいふか。世界は暗雲になり、殆ど泥海のやうになつてゐるのに、そんな陽気なことで、どうして誠が貫けるか。変性男子様のお筆先を何と心得てゐる、チツと改心したがよからうぞ』 (腹の中から)『アハハハハ、善悪不二、正邪一如といふ甘い筆法だなア。一枚の紙にも裏表のあるものだから……』 高姫『シーツ、今そこへ初稚姫が出て来るぢやないか、チツと心得ないか』 (腹の中から)『声がせないと、チツとも姿が見えぬものだから、これはエライ不調法を致しました。オオ怖はオオ怖は、肉体の権幕には俺も往生致したワイ』 初稚姫は何気なき態を装ひ、ニコニコしながら出で来り、 初稚姫『お母アさま、とうとうスマートをぼつ帰して来ましたよ。妙な犬でしてね、何程追つかけても後へ帰つて来て仕方がありませぬので、私も困りましたよ』 高姫『ああさうだろさうだろ、あれ丈お前につき纒うて居つたのだから、離れともなかつただらう。何と云つても畜生だから人間の云ふこた分らず、嘸お骨折だつたろ。併しマアよう帰にましたなア』 初稚姫『ハイ、仕方がないので、石を拾つて五つ六つ頭にかちつけてやりましたの。そしたら頭が二つにポカンと割れて大変な血を出し、厭らしい声を出して逃げて帰りましたの』 高姫『それは本当に、気味のよいこと……ウン、オツトドツコイ、気味の悪いことだつたね。大変にお前を恨んで居つただらうなア』 初稚姫『何程ウラナイ教だとて、怨みも致しますまい、ホホホ』 高姫『や、初稚さま、お前は今ウラナイ教と言ひましたね、誰にそんなことをお聞きになつたのだえ』 初稚姫『お母アさま、表はね、三五教で、其内実は、お母アさまのお開き遊ばしたウラナイ教の方が良いぢやありませぬか。私、ウラナイ教が大好きなのよ』 高姫『オホホホホ、ヤツパリお前は私の大事の子だ、何と賢い者だなア。これでこそ三五教崩壊の……ウン……トコドツコイ、法界の危急を完全に救済することが出来ませうぞや』 初稚姫『さうですなア。誠さへ立てば、名は何うでもいいぢやありませぬか』 高姫は首を頻りにシヤクリながら、笑を満面に湛へて、 高姫『コレ初稚さま、お母アさまは、これからお父さまをお迎へ申してくるから、お前さまは暫く事務所へでも行つて遊んで来て下さい。こんな所に一人置いとくのも気の毒だからなア』 初稚姫『お母アさま、そんなに永く時間がかかるのですか』 高姫『さう永くもかからない積だが、何と云つてもあの通り、云ひかけたら後へ引かぬ杢助さまだから、犬を帰なしたことから、其外お前さまの腹の底を、トツクリと御得心なさるやうに申上げねばならぬから、チツとばかり暇が要るかも知れませぬからなア』 初稚姫『お母アさま、私もお供致しませうか』 高姫『イヤイヤそれには及びませぬ。又杢助様に、どんな御意見があるか知れませぬから、却つてお前さまが側にゐない方が、双方の為に都合がいいかも知れませぬ。一寸其処まで行つて参ります』 とイソイソとして出でて行く。後見送つて初稚姫はニツコと笑ひ、イソイソとして珍彦の居間を訪ね、同年輩の楓姫とあどけなき話を交換しながら時を移してゐる。 (大正一二・一・二〇旧一一・一二・四松村真澄録)
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霊界物語 50_丑_祠の森の物語2 08 常世闇 第八章常世闇〔一三〇二〕 大抵の人間は、高天原に向つて其内分が完全に開けてゐない。それ故に大神は精霊を経て人間を統制し給ふのが普通である。何となれば、人間は自然愛と地獄愛とより生み出す所の地獄界の諸々の罪悪の間に生れ出でて、惟神即ち神的順序に背反せる情態に居るが故である。されど一旦人間と生れた者は、何うしても惟神の順序の内に復活帰正すべき必要がある。而して此復活帰正の道は、間接に精霊を通さなくては到底成就し難いものである。併しながら此物語の主人公たる初稚姫の如き神人ならば、最初より高天原の神的順序に依る所の諸々の善徳の中に生れ出でたるが故に、決して精霊を経て復活帰正するの必要はない。神人和合の妙境に達したる場合の人間は、精霊なるものを経て大神の統制し給ふ所とならず、順序即ち惟神の摂理により、大神の直接内流に統制さるるのである。 大神より来る直接内流は、神の神的人格より発して人間の意性中に入り、之より其智性に入り、斯くて其善に入り又其善を経て真に入る。真に入るとは要するに愛に入るといふ事である。此愛を経て後聖き信に入る。故にこの内流の愛なき信に入り、又善のなき真に入り、又意思よりせざる所の智性に入ることはないものである。故に初稚姫の如きは清浄無垢の神的人格者とも云ふべき者なれば、その思ふ所、云ふ所、行ふ所は、一として神の大御心に合一せないものはないのである。斯かる神人を称して真の生神と云ふのである。 天人及び精霊は何故に人間と和合する事斯の如く密接にして、人間に所属せる一切のものを、彼等自身の物の如く思ふ理由は、人間なるものは霊界と現界との和合機関にして頗る密着の間に居り、殆ど両者を一つの物と看做し得べきが故である。されど現代の人間は高天原より物欲の為に自然に其内分を閉し、大神のまします高天原と遠く離るるに至つたが故に、大神は茲に一つの経綸を行はせ給ひ、天人と精霊とをして各個の人間と共に居らしめ給ひ、天人即ち本守護神及び精霊正守護神を経て人間を統制する方法を執らせ給ふ事となつたのである。 高姫の身体に侵入したる精霊、中にも最も兇悪なる彼兇霊は、常に高姫と言語を交換してゐるものの、その実高姫が人間なる事を実際に信じてゐないのである。高姫の身体は即ち自分の肉体と固く信じてゐるのである。故に高姫が精霊に対して色々と談判をすると雖も、其実精霊の意思では他に目には見えないけれども、高姫なる精霊があつて、外部より自分に向つて談話の交換をしてゐる様に思つて居るのである。又精霊の方に於ては、高姫の肉体は決して何も知つて居ない、知つてゐるのは只精霊自身の知識によるものと思ひ、従つて高姫が知つてゐる所の一切の事物は、皆自分の所為と信じ居るものである。併しながら高姫が余りに……俺の肉体にお前は巣喰つて居るのだ……と、精霊に向つて屡告ぐるによつて、彼に憑依せる精霊即ち兇霊は、うすうすながら自分以外に高姫といふ一種異様の動物の肉体に這入つて居るのではあるまいか……位に感じだしたのである。高姫は又精霊の言ふ所、知る所を、自分の言ふ所、知る所と思惟し、而して精霊が、自分の肉体は神界経綸の因縁のある機関として特別に造られたのだから、正守護神や副守護神が宿を借りに来て居るものと信じて居るのである。而して面白い事には、高姫の体内に居る精霊は、高姫の記憶と想念を基としていろいろと支離滅裂な予言をしたり、筆先を書いたりしながら、其不合理にして虚偽に充てる事を自覚せず、凡てを善と信じ、真理と固く信じてゐるのだから、自分が悪神だと云つたり、或は悪を企まうなどと言つてゐながらも、決して真の悪ではない、実は自分が或自己以外の何物かと揶揄つて居るやうな気でゐるのだから不思議である。又高姫自身も、少し許り悪の行り方ではあるまいかと思うて見たり、或時は……イヤイヤ決して自分の思ふ事、行ふ所は微塵も悪がない、只訳の分らぬ人間の目から、神格に充されたる吾々の言行を観察するのだから悪に見えるだらう。真の神は必ず自分が神の為道の為に千騎一騎の活動してゐる事をキツトお褒め遊ばすだらう。神に叶へるものとして、神柱とお使ひ遊ばしてゐられるのであらう。訳の分らぬ現界の人間が、仮令悪魔と言はうとも、そんな事は構つてゐられない、吾がなす業は神のみぞ知り給ふ……といふ様な冷静な態度を構へ、如何なる真の教示も、真理も、自己以外に説くものはない、又行ふ真の人間もないのだから、至善至愛の標本を天下に示し、千座の置戸を負うて万民の罪悪を救うてやらねばならぬ。自分は神の遣はし給ふ犠牲者、救世主だと信じて居るのだから始末に了へぬのである。高姫のみならず、世の中に雨後の筍の如く、ムクムクと簇生する自称予言者、自称救世主なども、すべては高姫に類したものなることは言ふ迄もない事である。 又動物は、精霊界よりする所の一般の内流の統制する所となるものである、蓋し彼等動物の生涯は宇宙本来の順序中に住する者なるが故に、動物はすべて理性を有せないものである。理性なきが故に神的順序に背戻し、又之を破壊することをなし得ないのである。人間と動物の異なる処は此処にあるのである。併しスマートの如き鋭敏なる霊獣は其精霊が殆ど人間の如く、且本来の純朴なる精神に人間と同様に理性をも有するが故に、よく神人の意思を洞察し、忠僕の如くに仕ふる事を得たのである。動物はすべて人間の有する精霊の内流を受けて活動することがある。されども普通の動物は其霊魂に理性を欠くが故に、初稚姫の如き地上の天人の内流を受くることは出来得ないものである。併し此スマートは肉体は動物なれども、神より特別の方法に依つて、即ち化相の法によつて、初稚姫の身辺を守るに必要なるべく現じ給うたからである。初稚姫も此消息をよく感知してゐるから、決して普通の犬として遇せないのである。只神が化相に仍つて、其神格の一部を現はし給ひしものなることを知るが故に、姉妹の如く下僕の如く、或時は朋友の如くに和睦親愛し得るのである。普通の人間が動物と和合した時は、全く畜生道に堕落した場合である。又人間が霊肉脱離の後、地獄界及び精霊界に在る時、現世に在る吾敵人に対し、危害を加へむとするの念慮強き時は、動物の精霊に和合して其怨恨を晴さむとするものである。故に生霊又は死霊に憑依された人間には、必ず動物の霊が相伴うてゐるものである。是は或大病に苦しんでゐる人間を鎮魂し、又は神言を奏上して之を調べる時、必ず人間の生霊又は死霊の姓名を名乗るものである。而して熟練したる審神者が之を厳しく責立つる時は、遂に人霊と動物霊と和合して其人霊の先駆者となつたことを自白するものである。狐狸や蛇、蟇、犬、猫其他の動物の霊が人間に来る時は、人間の記憶及び想念中に入つて其肉体の口舌を使用し、或は自分が駆使され合一されてゐる人霊の想念をかつて、人間の如く言語を発するに至るものである。霊界の消息に暗き学者は、狐狸其他の動物が人間に憑つて、人語を用ふるなどはあり得べからざる事である、斯の如き事を信ずる者は太古未開の野蛮人である、斯の如く人文の発達したる現代に於て尚動物が人間に憑依して人語を発するなどの不合理を信ずるは実に癲狂痴呆の極みであると嘲笑するは、現代の半可通的学者の言説である。何ぞ知らむ、彼等こそ霊界より見て実に憐れむべき頑愚者にして、且癲狂者となつてゐるのである。自分の眼が自分で見られ又自分の頭部や頸部、背部などが自身に於て見ることを得ない人間が、何うして霊界の幽玄微妙なる真理真相が分るべき道理があらう。須らく人間は神の前に拝跪し、其迂愚と不明と驕慢とを鳴謝すべきものである。 ○ 動物例へば犬、猫、鹿、牛、馬などは、惟神即ち神的順序に従つて交尾期なども一定し、決して人間の如く、何時なしに発情をするなどの自堕落な事はないものである。又植物なども霊界と自然界の順序に順応して、惟神的に時を定めて花開き実を結び、嫩芽を生じ落葉するものであつて、実に其順序を誤らない事は吾々人間の到底足許へもよれない程、秩序整然たるものである。而して犬は犬、猫は猫、馬は馬と各天稟の特性を発揮し、よく其境遇に適応せる本性を発揮するものである。又植物などは各其特性を備へ、自己特有の甘さ、辛さ、酸さ、苦さ等の本能を発揮し、幾万年の昔より其味を変へないのである。要するに芋は茄子の味に代る事を得ない、又唐辛は蜜柑の味に決してなるものでない。又同じ畑に植付けられ、同じ地味を吸収しながらも、依然として西瓜は西瓜の味、唐辛は唐辛の味、栗は栗、柿は柿の特有の形体及び味を有つて居るものである。而して、此特有性はすべて霊的より来り、其成長繁茂の度合は自然界の光熱や土地の肥痩等に依るものである。然るに人間は理性なるものを有するが故に少々土地が変つた時又は気候の激変したる土地に移住する時は、忽ち其意思を変移し、十年も外国へ行つて来た者は、其思想全く外人と同様になつて了ふものである。これが人間と動物又は植物と異なる点である。斯の如く人間は理性によつて自由に思想並に身体の色迄も多少変ずる便宜あると共に、又悪に移り易く堕落し易きものである。故に動物植物に対しては大神は決して教を垂れ給ふ面倒もなく、極めて安心遊ばし給へども、人間は到底動植物の如く神的順序を守らない悪の性を帯びてゐるが故に、特に予言者を下し、天的順序に従ふ事を教へ給うたのである。併しながら人間に善悪両方面の世界が開かれてあるが故に、又一方から言へば神の機関たる事を得るのである。願はくは吾々人間は神を愛し神を信じ、而して神に愛せられ、神の生宮として大神の天地創造の御用に立ちたいものである。 却説高姫が玉茸を採らむとしてソツと大杉の枝に登り、梟にクワンクワンと鋭き嘴にて両眼をコツかれ、アツと叫んで地上に盲猿の如く顛落し、腰骨を打つて堪へ難き苦痛に呻吟しながら、イル、イク、サールなどに介抱され、漸くにして其居間に運ばれた。されど高姫は元来剛の者なれば少々腰骨の歪んだ位は苦にする様な女ではなかつた。そして容易に痛いとか苦しいとか云ふ様な事は、其性質上絶対に口外せない。併しながら両眼をこつかれ、眼瞼忽ち充血して腫れ塞がり、光明を見る事を得ざるに至りしには、流石の高姫も余程迷惑をしたのである。 イルは、 イル『サア、高姫さま、此処が貴女のお居間ですよ。マアゆつくり本復するまでお休みなさいませ。イル、イク、サール、ハル、テルのやうな屈強な男も居りますから、どこ迄もお世話を致します、どうぞ安心して使つて下さいや』 高姫『お前はイルかな、イヤ御親切に有難う。モウ斯うなつては目が腫上つて、一寸も見えないのだから、お前達のお世話になるより仕方がない。やがて此腫が引いたら目も見えるだらうから、どうぞすまないが二三日介抱して下さい。あああ何とした不仕合せな事だらうなア。折も折とて杢助さまは躓いて倒れ、眉間を破つて苦しむで厶るなり、其痛みを直したさに、玉茸を採りに上つて、又もや私は大杉に棲んで居つた天狗の奴に両眼をコツかれ、木からおちた猿のやうなみじめな目に遇ふとは……ああ神様も何うして厶つたのだらうかな、義理天上さまも余りだ……』 と慨然として悲痛の涙をこぼしてゐる。 サール『高姫さま、本当に不思議な事ですな。玉国別さまも此河鹿峠で猿の奴に両眼を破られて、永らく御難儀を遊ばしましたが、到頭御神徳を頂いて全快遊ばし、機嫌よく宣伝の旅に出られた後へ貴女がお出でになり、又もや天狗に目をこつかれて同じ眼病に悩むとは、何といふ不思議な事で厶いませう。何か神様にお気障でもあるのぢや厶いますまいかな』 高姫『ああさうだなア。玉国別さまと云ひ、高姫と云ひ、頭にタの字のつく者は能く目に祟られるとみえる。これから神様にお詫を申して、一日も早く此目を直して頂かぬ事には、かう世の中が真暗闇では仕方がない。一時も早く天の岩戸開きをして、元の如く明るい光明世界に捻ぢ直したいものだなア、ああ惟神霊幸はへませ』 イクは、 イク『高姫さま、あなた今、暗い世界と云ひましたね、ソラ貴女の目が塞がつてるからですよ。日天様が嚇々として輝いてゐらつしやるのですから、決して御心配にや及びませぬ。のうハルよ、さうぢやないか』 高姫『ホホホホ、お前も分らぬ男だなア。此世の中が暗がりだと言つたのは人間の心が真暗がりだと云つたのだよ。決して肉体で見る世界が暗くなつたと云ふのぢやない』 イク『それでも、何ですよ、肉体で見る世界でも、時々真暗になりますからなア』 高姫『きまつた事だよ。夜になれば真暗になるのは当前だ、お前も割とは馬鹿だなア』 イク『何とマア目も見えぬ態をして居つて、剛情な婆アさまだな。まだ悪口をついてゐる。コレ高姫さま、私は夜もある代り、又新しい日天様を毎日拝んで光明世界もありますよ。お前さまはモウ斯うなつちや、常夜行く暗の世界に彷徨うてゐるやうなものだ。夜ばかりだなア』 サールはしたり顔に、 サール『ソラさうだとも、ヨルの受付を邪魔物扱ひにして厶つたのぢやもの、其報いが忽ち到来して、自分が、ヨルの世界へお這入りなさつたのだ。どうも自業自得だから仕方がないワ。何程お気の毒でも、吾々が如何ともする訳には行かないワ』 テルは、 テル『高姫さま、貴女は日出神の義理天上さまが御守護して厶るのだから、夜でも決して暗いこたアありますまい。何と云つても義理天上日出神様の生宮だ、つまりいへば日出神御自身だから、見えるでせうなア。今日は殊更に、トコギリ、天上の日出神さまは御機嫌よく嚇々の光明を輝かしてゐられますからなア』 高姫『ソラさうだとも、肉の目が何程塞がつて居つたとて、日出神の生宮だもの……なん……にもかもよく見えすいてゐるのだ。本当に神様の御神力といふものは偉いものだらう』 テルは、 テル『高姫さま、そんなら吾々は心配する必要はありませぬな。私は又お目が見えないと思つて、何くれとお世話をして上げねばなるまいと思うてゐたが、お目が見えるとあらば殊更に気をつけて、お世話をして上げる心要も厶いますまい。おい、イク、イル、ハル、サール、お前等も安心せい。流石は高姫さまだ、目をふさいで居つても、よく見えるといのう、イツヒヒヒヒヒ』 と小さく笑ひ、腮をしやくり、肩をゆすつて見せる。四人は一度にふき出し、 (イク、イル、ハル、サール)『プツプツプツクワツハハハハハ』 高姫『これ、お前等は私がこれ程負傷をして困つてゐるのに、それ程面白いのかなア。不人情者奴が。待つてゐなさい、今に初稚姫が帰つて来たら、告げて上げるから……』 テル『オイ、形勢不穏になつて来たぞ。地震雷火の雨の勃発せない間に退却々々、全体進め、一二三』 と云ひながら、ドヤドヤと長廊下を伝ひ、受付の方面を指して走り行く。 イルは只一人次の間に身をかくし、高姫の容子を考へて居た。これは決して悪意ではない。もしも高姫が一人で困つた時には助けてやらうといふ親切な考へからであつた。忽ちウーといふ唸り声が聞えて来た。イルは何物ならむとソツと襖を開けて高姫の居間を覗き込んだ。どこから来たか締め切つてある座敷へ、スマートがヌツと現はれ、高姫の前三尺許り隔てて、チヨコナンと坐つてゐる。カラコロと下駄の足音が近づいて来る。これは云ふ迄もなく初稚姫が森林内を暫く逍遥して帰つて来たのである。初稚姫は元より杢助の妖幻坊なることを知つてゐたから、高姫の依頼によつて、正直に杢助を探しに行くやうな馬鹿ではない。されど高姫の気休めの為に暫くの間、森林内を逍遥して帰つて来たのである。 (大正一二・一・二一旧一一・一二・五松村真澄録)