🏠 トップページへ

📖 キーワード検索

番号
(No.)
書籍 内容
121

(1154)
霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 47 夫婦の大道 第四七章夫婦の大道〔一四七〕 真心彦は職を辞し、固く門戸を閉ざして他人との接見を断ち、謹慎の意を表しつつありしが、つひにはその精神に異状を呈し、一間に入りて、ひそかに短刀を抜きはなち、 『惟神霊幸倍坐世』 と神語を唱へ自刃して帰幽したりける。妻事足姫をはじめ、長子広宗彦、次子行成彦の悲歎と驚きはたとふるにものなく、七日七夜は蚊の泣くごとくなりけり。八百万の神人も涙の雨に袖をしぼらぬはなく、同情の念はことごとく清廉潔白なる真心彦の御魂に集まりぬ。八百万の神人は命の生前の勲功を賞揚し、長子広宗彦をして、父の後を襲ぐべく神司らは一致して、国治立命に願ひ出でたり。 ここに広宗彦は仁慈をもつて下万民に臨みければ、神界現界は実に無事泰平に治まり、したがつて国治立命の神世を謳歌する声は六合に轟きわたりたり。国治立命をはじめ、地の高天原の神人の威勢は旭日昇天のごとく隆々として四海を圧するにいたり、開闢以来かくのごとくよく治まりし神世は空前絶後の聖代と称せられける。要するに、清廉にして無欲、かつ仁慈深き真心彦の血を享け継ぎたる広宗彦の経綸よろしきを得たる結果なるべし。 ここに真心彦の未亡人なる事足姫は、夫の心を察せず、数年を経てつひに夫の恩徳を忘れ、春永彦といふ後の夫をもち、夫婦のあひだに桃上彦といふ一柱の男子を生みけり。桃上彦はまた仁慈ふかく下の神人をあはれみ、かつ上にたいして忠実至誠の実をあげ、衆の評判も非常に好かりけるより、兄の広宗彦はおほいに歓び、自分の副役として神務を輔佐せしめたり。 然るに星移り月を閲するにしたがひ、最初きはめて善良なる性質の桃上彦も、つひに常世国の魔神にその心魂を誑惑せられ、漸次悪化邪遷して体主霊従の行動をなし、上位の命を奉ぜず、他神人の迷惑も心頭におかず、自己本位を旨とし、驕慢心日々に増長して、つひには兄の地位を奪ひ、みづから天使の位置に昇り、神政の全権を掌握せむと計り、ひたすら下万民の望みを一身に集中することのみに砕心焦慮したりけり。それゆゑ下万民の桃上彦にたいする勢望は一時は非常なるものにてありき。つひに桃上彦は兄を排斥し、みづからその地位につき仁政を世界に布き、大いに神政のために心身を傾注しける。下々の神人も最初はその仁政を口をきはめて謳歌しつつありしが、つひにはその恩になれて余りに有りがたく思はざるにいたり、放縦安逸の生活をのみ企て、天地の律法をもつて無用の長物と貶するにいたり、聖地の重なる神司も侍者も漸次聖地を離れて四方に各自思ひおもひの方面に散乱したり。而して桃上彦にむかいて忠告を与ふる神人あらば怒つてこれを排除し、かつ罪におとしいれ、乱暴狼藉いたらざるなく、瞬くうちに聖地は冬の木草のごとき荒涼たる状況となり了りける。これぞ常世彦、常世姫があまたの邪神を使役して、神政を紊乱せしめ、国治立命を漸次排除する前提として、大樹を伐らむとせば先づその枝を伐るの戦法を用ゐたるゆゑなり。国治立命は枝葉をきられた大樹のごとく、手足をもぎとられし蟹のごとく、二進も三進もならざるやうに仕むけられたまひて、神の権威はまつたく地に落ちにける。これぞ体主霊従の大原因となり、天地の律法は根底より破壊さるるの状態を馴致したるなりき。 事足姫は、空閨の淋しさに忍びきれず、婦女のもつとも大切なる貞節を破り、後の夫をもちて夫の霊にたいし無礼を加へたるごとき、体主霊従の精神より生れいでたる桃上彦なりければ、最初の間はきはめて身、魂ともに円満清朗にして、申分なき至誠の神人なりしかども、母の天則を破りたる、不貞の水火の凝結したる胎内を借りて出生したる結果、つひにはその本性あらはれ、放縦驕慢の精神萠芽せむとする、その間隙に乗じて邪神の容器と不知不識のあひだに化りかはり、つひには分外の大野心をおこし、あたら大神の苦辛して修理固成されたる天地の大経綸を、根底より破滅顛覆せしむるにいたりける。神諭に、 『世の乱れる原因は、夫婦の道からであるぞよ』 と示されあるごとく、夫婦の道ほど大切なもの又と外になかるべし。国家を亡ぼすも、一家を破るも、一身を害ふも、みな天地の律法に定められたる夫婦の大道を踏みあやまるよりきたるところの災なり。神界の神々は申すもさらなり、地上の人類は神に次ぐところの結構なる身魂なるを知りて、第一に夫婦の関係に注意すべきものなり。 かくのごとく事足姫の脱線的不倫の行為より、ひいてはその児の精神に大なる影響をおよぼし、つひには神界も混乱紛糾の極に達し、現界の人類にいたるまで、この罪悪に感染し、現代のごとく邪悪無道の社会を現出するに立いたりたるなり。 これを思へば神人ともに、体主霊従の心行を改め、根本より身魂の立替立直しに全力をささげ、霊主体従の天授の大精神に立かへり、神の御子たるの天職を奉仕し、毫末といへども体主霊従に堕するがごときことなきやう、たがひに慎み、天地の律法を堅く守らざるべからざるを強く深く感ずる次第なり。 天地の律法を破りて、自由行動を取りたる二神人の子と生れたる桃上彦が、大なる野心を起しその目的を達せむため、下の神人にたいして人望を買はむとし、八方美人主義を発揮したるために、かへつて下々の神人より軽侮せられ、愚弄され、綱紀は弛緩し、上の命ずるところ下これを用ゐざる不規則きはまる社会を現出せしめたるなり。神界にては桃上彦を大曲津神と呼ばるるにいたりける。神諭に、 『慢神と誤解と夫婦の道と欲ほど恐いものは無い』 と示されたるとほり、桃上彦の失敗を処世上の手本として、神人ともに日々の行動を慎み、天授の精魂を汚さざるやう努力せざるべからず。また桃上彦は八十猛彦、百猛彦を殊のほか寵愛し、両人を頤使してますます野心をたくましうし、神政をもち荒したる結果は、現界にもその影響波及し、持ちも降しもならぬ澆季の世を招来したりしなり。 (大正一〇・一二・九旧一一・一一谷村真友録) (第四四章~第四七章昭和一〇・一・一八於宮崎市神田橋旅館王仁校正)
122

(1155)
霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 48 常夜の闇 第四八章常夜の闇〔一四八〕 真心彦の帰幽されし後は、その従者たる国比古の行動一変し、広宗彦の命を奉ぜず、利己的に何事も振舞ひ、いたづらに権力をふるひ、事足姫を軽蔑し、自由行動をとりて神人を籠絡し、つひに神界の混乱を来たさしめたるも、国比古の行為の不正なるに基因するもの多大なりけり。 この国比古と国比女夫婦のあひだに真道知彦、大森雪成彦、梅ケ香彦の三柱の男子生れたり。この三人は、両親に似合ぬきはめて厳正にして、智仁勇兼備至誠の神人なりける。三人は、父母の不忠不義の行動を改めしめむと、交るがはる涙をふるいて道法礼節を説き、幾度となく諫言したれど、父母は吾が子の諫言には少しも耳を傾けむとはなさざりける。 三人は是非なく、父母の発菩提心を待つのやむを得ざるを覚り、五六七神政の時まで善道を修め、天則を遵守し、二度目の岩戸開きの神業に奉仕し、抜群の功名手柄を顕はし、国治立命の大神業を輔翼し、もつて父母の罪を償はむと、古き神代の昔より現今にいたるまで、その神魂は生きかはり死にかはり、神界において神政成就のため一生懸命の大活動を今につづけゐるといふ。 広宗彦は桃上彦の傍若無人の行動に妨げられて、非常に困難の地位にたち、筆紙口舌のつくしがたき艱難辛苦を嘗めたりにけるが、父の真心彦は、清廉潔白の心より悪評を世間にたてられ憤慨の結果職を退き、つひには帰幽したるより、父の光を現はさむため善道をおこなひ律法を守り、至誠の結晶力をもつて天地神明の稜威を宇内に輝かし、森羅万象をしておのおのその安住の所を得せしめ、父母の失敗と罪科をつぐなひ、その神霊を助けむとして、現代にいたるまで地上の各所に放浪し、神政成就の暁に処するため、犠牲的艱苦をなめつつありといふ。 広宗彦は至善至愛の神人なりけるが、元来温柔なる身魂の性質として、弟の桃上彦の行動にたいして厳戒することを躊躇したり。そのゆゑは、桃上彦の行動を一言にても批評し訓戒するときは、継父たる春永彦の気色を損することを恐れたるが故なり。ゆゑに桃上彦の悪行を戒め、暴政を改めしむること能はざりしは、命にとつて末代の不覚にして、終生の大失敗なりける。神の道に奉仕する神人は、右の次第をよく了解し、天則を遵守し、情義にからまれて末代の悔をのこさざるやう注意すべきなり。 桃上彦の体主霊従天則違反の行動の結果は、上は下に押へつけられ、下はまた世とともに悪化し、慢神の空気は天地にみなぎり溢れ、下はおひおひ自己本位の波たち騒ぎ、神人の階級までも根元より破壊せしめたり。至誠一貫的に奉仕せる善良なる神人も、つひには忍びかねておひおひに退職し、神界の神務は如何ともすること能はざる惨憺たる形勢とはなりぬ。 広宗彦は、弟の行成彦と力をあはせ心を一にして、天則を厳守し、善一筋の模範を世界に示し、回天的神業をおこして、地上の神界を根本より改造せむと焦慮したれども、放縦と怠慢と逸楽のみを希求するにいたりたる神人は、一柱としてその神業に参加するものなく、神界はますます混乱紛糾の度を加へ、万妖億邪一度に突発して収拾すべからず、常夜の暗黒世界とたちまち変ずるにいたりける。 大将軍天使長沢田彦命の妻沢田姫命は、出雲姫とともに、神政の紛乱と律法の破壊とをおほいに煩慮し、心身を傾注しつつ神界幽界大改造の神業の一端にも奉仕せむと、雄々しくも女神の身魂をもつて、神代より今にいたるまで久遠の歳月を一日のごとく、筆紙口舌につくしがたき大艱苦をなめ、必死の活動をつづけたまふという。 三千世界一度に開き、艮の金神ふたたび表に現はれて、五六七の神業を開始したまふ時運の到来したる今日なり。ゆゑに今度こそは、苦労の結晶の花の咲き匂ひ、うるはしき実を結ぶ神政の世に近づけるものにして、世界は神界現界に論なく、神人ともに必死の活動をなし、末代しほれぬ生き花を咲かし、神国のために十分の努力を励まねばならぬ時期に迫りきたれるなり。 (大正一〇・一二・一〇旧一一・一二桜井重雄録)
123

(1158)
霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 岩井温泉紀行歌 附録岩井温泉紀行歌 瑞月作 岩井温泉紀行歌 瑞の御魂に縁由ある壬戌の一月の 雪降りつもる銀世界黄金閣をあとにして 八日午前の巳の刻に身魂の垢を清めむと 岩井温泉さして行く湯浅篠原植芝や 松の大本の竹下氏恵みの風も福島の 近藤の湯治を送らむと信仰かたき石の宮 家並は古く朽ちぬれど名は新町の正中を 足並速き自動車に揺られて綾部の駅につく 汽笛一声汽車の窓記者の外山氏加藤女史 西村徳治を伴ひて心も勇む石原の駅 煙をあとに初瀬の橋飛びたつばかり進み行く 科戸の風の福知山聞くも恐ろし鬼ケ城 見捨てて走る山間の上川口や下夜久野 降り来る雪を突破して安全守る上夜久野 梁瀬を渡りゴウゴウと輪音も高き和田山や 篠竹しげる養父の駅八鹿江原を打ち過ぎて 外山に包みし豊岡の昇降客のいと多く 但馬名所の玄武洞右手にながめて城ノ崎の 温泉場を振り返へり竹野や佐津の駅も過ぎ 日本海をながむれば雪雲とほく香住駅 山腹包む鎧田の雪つむ景色面白久 谷を埋むる白雪は山陰寒気の表徴と ながめて走る汽車の窓煙草正宗菓子饅頭 お茶お茶弁当の売声に空しき腹を満たすとは ま坂思はぬまうけもの車のすみに居組つつ いよいよ汽車も申の刻岩美の駅に降りけり 雪より白きお梅さま雲井の上の雪の空 緩高梅の田舎道ホロの破れし自動車に 一行六人ぶるぶると自身神也屁の車 廻る駒屋の温泉宿湯治々々と月代の 一同夕餉も相済みて腹もポンポコ湯冠りの ヤレヤレヤレの拍子歌いと面白き雪の庭 なが夜を茲に明しける大正十年十二月 十の二日の未明新暦一月九日に 激しき吹雪降りすさみ寒さに凍えた瑞月は 炬燵の中の侘住居横に立ちつつ千早振 神世の奇しき物語外山加藤井上氏 筆を揃へてかくの通り ○  来訪者名読込歌 温泉の神と現れませる出雲に坐す大己貴(出口王仁三郎) 岩井の湯口細くとも薬の王と聞えたる 神の仁慈の三ツ御魂心地も日々に朗かに 病の根まで断り払ふ効験は岩美に名西負ふ(西村徳治) 田舎の村の湯の御徳療治を加ねて藤くより(加藤明子) 明々つどひ遊び来る男子と女子の宿りたる これの駒屋の温泉は外に又なき客の山(外山豊二) 豊二暮す玉の井のこの上もなき御神徳(井上留五郎) 留る三階に五郎々々とねころびながら霊界の ありし昔の物語石より堅き信仰の(石渡馨) 丹波に馨る神の道常磐堅磐の岩よりも(岩淵久男) かたき誠の教の淵汲取るものは久方の 天より降る変性男子この世の峠や嵯峨の根に(嵯峨根民蔵) さまよふ民蔵救はむと誓ひ出ます神の世に 生れ大野は只ならじ深き因縁の著次郎く(大野只次郎) 田づね来て見よ神の村天地を兼太郎大神の(田村兼太郎) 黄色の色や白梅の佐和に佐木たる神の苑(佐々木清蔵) 清き蔵昔のそのままの紙より白くすがすがし(紙本鉄蔵) 世の大本の金鉄の身魂蔵めし万代の 亀のよはひの本宮山二代教主にかかりたる(亀山金太郎) 金勝要の太み神肌への色は山吹の 清郎比ぶるものもなき景色も藤や田子の浦(藤田武寿) よはひも今は武寿の古き昔を田どる時(古田時治) 治まる波路を加露ケ浜船にて越え来し三保の関(船越英一) 英米須の神を祭りたる山陰一の神霊地 稜威も高嶋あとに見て浪路を進むゆかしさよ(高嶋ゆか) 神の御魂を迎遠藤綾部に居ます牛虎の(遠藤虎吉) 神の吉詞をかしこみてやうやう平田にたどりつき 田植の中の道芝を神のま盛りに踏みて行く(植芝盛隆) 降々昇る旭影竹はなけれど松梅の(竹下斯芸琉) 御杖を下げて道草の斯芸琉野路を勇ぎよく 東の空の色良しと俊老いたまふ大教祖(東良俊) 桑原田原の道別けて喜び一行幽世を(桑原道善) 知食します大社栄ゆる松や神の田の(松田政治) 尊き政治を偲びつつ苔むす藤のいと高く(藤松良寛) からむ社の千代の松心持良く胸寛く 進む小林神の森秀づる尾の上の弥仙山(小林秀尾) 鶴山亀山右左神威を保つ一の鳥居(小林保一) 稲田の姫の命をば救ふて得たる村雲の(稲村寿美) 劔の光寿美渡り須賀の宮居を建了へて 横暴無道の悪神の山田の大蛇を斬放り(横山辰次郎) ひの川上に辰雲の光も殊にいち次郎く 神の功ぞ尊とけれ諸木の下を潜りたる(木下泉三) 谷の泉も素鵞の川三山の奥村芳りつつ(奥村芳夫) 夫婦はここに八雲立出雲八重垣つまごめに 八重垣作る八重垣の誉れは今にコン近藤(近藤繁敏) 栄えて繁る長の敏我日の本のあななひの 道を教へし大己貴浦安国の田のもしく(安田武平) 武力絶倫国平の鉾を皇孫に奉り 君の御尾前仕へなむこれの誓ひは万代も 田賀へじものと手を拍つて青紫垣にかくれたる(田賀鉄蔵) 事代主の金鉄の堅き御言蔵尊とけれ すぎ西むかしの物語神有村の老人に(西村菊蔵) 詳しく菊蔵ありがたき地の高天原にあれませる(原祐蔵) 神の祐蔵うれしみて詣でし一行十五人 神徳岡さぬ皇神の重き御命を拝しつつ(徳岡重光) 神の光を照さむと藤き山路や原野越え(藤原勇造) 勇み来る造艮の神の生宮直子刀自 社の前に田知よりて祈る誠の美千香る(前田美千香) この音づれを久方の雲井の空や土の上に(井上敏弘) いと敏やかに弘めかし神の真毛利は八洲国(毛利八弥) 弥常永に伝はりて栄え目出度瑞穂国 秋の足穂の御田代は太田の神に神習ひ(田代習) 教の苗を植付ける国常立大神の 高木勲を寿ぎて三柱神の神の教(高木寿三郎) 田中も山も佐嘉栄吉し五六七の御代に住山の(田中嘉栄吉) 人の心は泰平蔵雲井の上も葦原も(住山泰蔵) 熊蔵なき迄住渡る清けき富士の高山に(上原熊蔵) 金銀竜の二柱世人を真森田すけむと(住山竜二) 御心くまらせ玉ひつつ大矢嶋国栄えゆく(森田くま) 祥たき御代を松の世の浦安国の磯輪垣の(矢嶋ゆく) 秀妻の国蔵尊とけれ元気も吉田の一行は(松浦秀蔵) 身魂勝れて美はしく聖地を西にあとに見て(吉田勝美) 町や山村伝ひつつ又蔵降り来る五月雨を(西村伝蔵) おかして伊佐み田庭路の福知へ帰り喜一郎(伊佐田喜一郎) 途上つはりの心地して二代スミ子は澄渡る 石原の小泉すくひ上げ教祖手づから清泉を(小泉熊彦) 口に富熊せ玉ひつつ国武彦の真森田る(森田勘太郎) 綾の勘部の太元に雨の中尾ば六月の(中尾豊弘) 四日に豊かに弘前に神徳高く山の如(山本惣吉) 頭にいただき帰ります大本役員惣一同 今日の生日の吉き日をば祝ひ納むる吉祥の(同納吉) 宴を平木て大神の御稜威かしこ美山川の(平木稜威美) 供物を献じ石の上古き太初の皇神の(山川石太郎) 直なる武の田ぐひなき誉れを今に伝へける(武田なを) 大正三年の春の頃十三才の直霊嬢 瑞月柳月の三人が出雲大社へ礼参り 其往きがけに岩美駅馬車にゆられて晃陽の やかたに再び逗留しいよいよ三度の入浴に 身魂の垢を洗ひつつ五ツと六との霊界の 昔語りを新らしく天地宇宙の外に立ち 言葉も清くいさぎよくまはる駒屋の温泉場 心の垢をあらひつつあらあらかくは識しけり 皇道発祥の霊地日向国宮崎市の公会堂に於て昭和神聖会支部の発会式を盛大に挙行したる翌朝七時四十分、同市神田橋旅館の二階の間大淀河の名橋や清流を眺めつつ誌し置く。いよいよ霊主体従寅の巻の校正を終る。 (昭和一〇、一、一九早朝) 附言 明治三十四年旧五月十五日、教祖様神勅を受けて、八雲立出雲の国の天日隅の宮に御参拝の節、山陰道を徒歩し一行十五人、岩井温泉駒屋に一泊せられ、帰路ふたたび同家に宿泊されたる、大本にとつて由縁浅からざる温泉なり。瑞月は大正三年の春、三代直霊、梅田信之氏とともに一泊したることあり。今回にて三度目の入浴なり。静養かたがた霊界物語の口述をなすも、神の御仁恵と歓びのあまり、筆記者および信者の訪問して色々と御世話下されし其の厚意を感謝するため、諸氏の芳名を読込み、長歌を作りて第三巻の巻尾に附する事となしぬ。
124

(1159)
霊界物語 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 余白歌 余白歌 愛善の花咲き充つる神の代は人の心も華やかなるらむ〈序〉 我国は徳主法従神国なれば理屈ばかりで治まらぬ国〈序〉 大日本の国は更なり地の上の凡てに道を明かす斯道〈序〉 善きにつけ悪しきにつけてうれしきは神に任せし心なりけり〈総説(初版)〉 天も地も清め澄して大本の神の教を布かむとぞ思ふ〈総説(初版)〉 我魂汚なき物と思ふかな研けば光ることを忘れて〈総説(初版)〉 今日の日は暮果てたれど今更に業怠りし事をしぞくゆ〈総説(初版)〉 量り無き教の玉と成なんと朝夕心研きこそすれ〈総説(初版)〉 真寸鏡見むと思へば外国の醜の教の塵をはらへよ〈第1章〉 何事も神の御教に任すこそ罪を清むる便りなりけれ〈第2章〉 ヒマラヤの山より高き神教は高天原に昇るかけはし〈第2章〉 刈ごもの乱れたる世を治めむと本つ教を説きひろめたり〈第3章〉 親々の立てたる教をひと筋に守るはおのが願ひなりけり〈第3章〉 日も月も天津御神の造られし物と思へばわが物は無し〈第4章〉 親しきは常のことなり皇神の直なる御法曲ぐるべしやは〈第6章〉 世の人の口の車に乗せられな悪魔は人の口を借るなり〈第6章〉 踏て行く神の正道広けれど心せざればつまづきぞする〈第6章〉 五十鈴川澄み渡りたるひと筋の清き流れは世を洗ふなり〈第7章〉 神といへば皆かしこくや思ふらむ鬼をろちあり曲津霊もあり〈第8章〉 我こそは神の教の御柱と誇りたかぶる醜のとりつぎ〈第8章〉 勇ましく事はなすとも恥づること知らずば遂に争とならむ〈第9章〉 真心をこめて御教をとく舌の剣に亡ぶ曲津霊の神〈第9章〉 選まれて教の柱と生れたるひとの言霊世を活かすなり〈第12章〉 大方の世人の眠りさましたる人は現世の木鐸なりけり〈第12章〉 神つ代の神の御典を明めて本津大道に世人を導け〈第13章〉 二世契る夫婦の間も踏みて行く道し違へば憎み争ふ〈第14章〉 博愛の神の教を聞かずして身を亡ぼすは己が為す罪〈第14章〉 神言を正しく説きたるひとつ火の光は闇世の灯台なりけり〈第14章〉 君のため御国のために尽したる人をなやむる暗世忌々しき〈第14章〉 奇魂曽富戸の神と生れたる人は現世の導師なりけり〈第14章〉 蹴落され踏みにじられて世のためにつくせしひとは真の神なる〈第16章〉 斯の道の蘊奥を深く究めたる人のひらきし三五の教〈第17章〉 逆しまの世に悩みたる人草を生かさむとして天降りし神子はも〈第17章〉 天津空ゆ地上のために降りたるひとの子独り世を偲び泣く〈第17章〉 神殿に神は在ねど人々の斎かむたびに天降ますかも〈第18章〉 皇神の恩頼に報いむと直心かけて拝む斎庭〈第18章〉 国々の神の政を知食す生国魂の御勲功著きも〈第19章〉 敷島の道開きたるひとの声は天地四方に鳴り渡るなり〈第21章〉 皇国のために誠を尽したる人の子攻むる世こそ歎てき〈第21章〉 背に腹を替へて斯の世に降りたる人の子攻むる世こそ歎てき〈第22章〉 形ある宝に眼くらみなば罪に汚れし身となりぬべし〈第22章〉 人を愛で慈しむとも天地におそるるなくば道にさからふ〈第22章〉 味気なき舌の剣や大砲は万のあだを招き集むる〈第22章〉 久方の天津御神の御心は人の魂の基なりけり〈第23章〉 肝向ふ人の心は天地の神のまにまに動きこそすれ〈第23章〉 軒ゆがみ壁の落ちたる人の家に産声あげし瑞御魂かも〈第24章〉 反きたる人も吾が子の如くして神は恵みに活かせたまはむ〈第26章〉 高天原紫微の宮より降りたるひとつの魂ぞ世の光なれ〈第27章〉 千早振神の任さしに天降りたる人の御魂は顕幽に照る〈第27章〉 苦しみて数多の人に使はれて始めて人を使ふの道知る〈第29章〉 命まで道に捧ぐる心あらば如何なる事も叶はざらめや〈第29章〉 天津神依さし給ひし真心も省みせずば曲津霊とならむ〈第31章〉 年若き時より神と呼ばれたる人の世に立つ五六七の神代かな〈第32章〉 何もかも知りつくしたる人の子の出づる五六七の御代ぞ待たるる〈第32章〉 和妙の綾の聖地に召されたる人は伊都能売みたまなりけり〈第33章〉 奴婆玉の闇に御魂を汚したるひとを清むと伊都能売の神〈第33章〉 根底までおちたる人を救はむとミカエルとなり現れし伊都能売〈第34章〉 腹借りて賎ケ伏家に産声をあげたるひとの神の子珍らし〈第36章〉 王仁といふ韓の物識皇国にそぐはぬ教を伝へけるかな〈第37章〉 同じ名の出口の王仁は日の本の本つ教を開き初めけり〈第37章〉 足曳の山路を夜半にたどる身は月の神こそ力なりけり〈第39章〉 石の上古事記は神つ代の神のいさをのしるべなりけり〈第39章〉 素盞嗚の神の命の作らしし三十一文字は言霊の本よ〈第39章〉 敷島の歌の調べは知らねども世人のために作りそめけり〈第39章〉 知らずして知り顔なすは曲霊の神に魅れし人にぞありける〈第40章〉 吾こそは神の霊の宮居ぞと世人を欺く曲津霊の神〈第40章〉 越国の雪より清き大道も世は白妙のとく人もなし〈第41章〉 千早振神の教をかしこみて駒立てなほす元の住処へ〈第42章〉 言霊の幸ふ国に生れきて神の御声を聞かぬ人あり〈第43章〉 千早振神ぞあらはれきたのそらの綾の高天に教伝へますも〈第43章〉 烏羽玉の世を晴さむとあらがねの地の御祖は現れましにけり〈第43章〉 言霊の天照る国の尊とさは神の御声を居ながらに聞く〈第45章〉 恥かしく無きまで心洗へかし身魂の審判はじめかくれば〈第46章〉 何事がありとも世びと心せよ罪ある限り祓ひ清むる〈第46章〉 久方の天津空より降りたるひとつの御魂は神の楯なる〈第48章〉 不思議なる赤縄の糸のからみたる人の子つひに世に勝てるなり〈第48章〉 現し世の総ての人に幽世の様教へむと神現れましぬ〈第49章〉 隔たりし天と地との結びより生れ出でたる人の子神の子〈第49章〉 幽世の事はなほ更現し世の事さへ知らぬ神の子うたてき〈第49章〉 如何にして知らさむ由もなきじやくり神の心は山時鳥〈第49章〉 霊交活力体因出燃地成弥疑足諸血夜出の神の功績〈第50章〉 隠身而形も見えず声もなきまことの神は御中主なり〈第50章〉 元の神人の初まりつばらかに知りたる者は神の外無し〈第50章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
125

(1176)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 14 大怪物 第一四章大怪物〔一六四〕 ここに大島別の従臣たる玉純彦は、八王大神の許しを得て威勢よく登壇し、笑顔を湛へながら満座の神司の首を一々実検におよび、両肩をわざと聳やかしながら、 『アヽ満座の神司よ、耳の穴の清潔法を執行し、風通しを良くして以て、吾が述ぶるところの高論卓説を謹聴せられよ。我こそは、南高山に隠れなき雷名天地に轟き渡る八王神大島別の第一の重臣のその従臣、又その従臣なる玉純彦とは我がことなり。日は照るとも曇るとも、常世の城は焼けるとも、南高山の名城さへ無事ならば毫も痛痒を感ぜず、笑つてこれを看過するといふ鷹揚至極の大英傑大胆者の玉純彦なるぞ。諺にも勇将の下に弱卒無し、臍の下に乳房なし、口の下に眼なし、ただ眼と口の間には、かくのごとき高き鼻あるのみ』 と言ひつつ右手の指を固めて拳となし、その拳を吾鼻の上におき、左の手の指を固めて前の如く拳骨を造り、右手の上に重ねて、またもや右の手を抜いては左の手の上に重ね又左手を抜いては右手の拳の上に重ね、交る交る手を抜きては重ね腕を上前方に伸長して、 『我はかくの如き鼻の高き英雄なれば、南高山の鼻形役者と持てはやさるる、花も実もある尊きものなるぞ。花の都の花と謳はれしは、智仁勇兼備の誉を恣にする吾玉純彦のことなり。吾素性を聞いて胆を潰し、壇上より転落し、肱を折り挫かざる様、登壇さるる諸神人にたいし忠告を与ふ』 と、広依別もどきにさも横柄にかまへ、またもや以前のごとく両手の拳を交る交る鼻の先に高く重ねながら、手を振り足踏みとどろかし、品よく面白く踊りながら、即座に口から出まかせの歌を作りける。その歌、 『狐ン狐ン痴奇珍狐ン痴奇珍抑狐ン度の大怪議 常世の国の常世彦常世の姫の狐ン胆で ヤツト開けた狐ン怪の真怪屁和のそのために 八百八十八柱の寄りに寄つたる痴甚幽 惨得犬尾の誤醜怪恐れ入谷の鬼子母神 鬼や悪蛇の御念仏アカンアカンと鳴る鐘は 弥勒三会の鐘鳴らで地獄の門を押し開く 合図とかねてきく耳の耳と舌とは極楽へ 上る壇上は針の山足並痛く揃はぬは 妙痴奇珍の珍怪議泥田や野天で法螺を吹く 尾も白狸の腹つづみ神の面には泥をぬり どこもかしこも泥田ン坊泥つくどんどん泥まぶれ 泥に酔ふたる鮒のごと泥吐かされて笑はれる 狐ンな馬鹿げた失態は常世の何処を探しても またと有るまい赤愧とあたまを掻いて仰天し 見れば天には天の川数千万の星の影 ほしいほしいは神界の総統権と咽鳴らす 猫を被つた常世彦常夜の暗の常世姫 さぞや心は細引の褌のやうに右左 外れた目算桁違ひ春日の森の古狐 喰へて振られたモスコーの道貫彦の面の皮 かはいかはいの春日姫長い尻尾に尻の毛を 抜かれて八王の聖職を捨てるといつた腰抜けの 尻からはげて泥の中なかぬ斗りの顔つきで あつもの食つて懲りこりし鱠を吹いた可笑しさよ 南高山は名にし負ふ難攻不落の鉄城と 天下にほこりし八王の大島別の尻の毛は 八島の狐につままれて一本も残らず抜き取られ 城よりか己れ真先にあばずれ姫の春日女の 愛におぼれて無残にも自ら八王の聖職を 落す盲目の常夜城野天の泥田に落されて からしが利いたか双の眼に涙落した可笑しさよ 禿げたあたまは光れども心の魂は光りなし 早く身魂を研きあげ玉純彦の神となり 聖地の神に謝罪せよそれが厭なら我前に 三度も四度も尻まくりワンワンワンと声高く ほえて廻れよ禿八王時世時節と云ひながら 斎代の彦の鼻神は鼻をこすつて眼をこすり 寝とぼけ顔の寝言をば百万陀羅尼と蝶舌り立て 口先ばかりの大神楽獅子の舞ならよからうが 奇想天外天山の八王の神の唐威張 心の底はドキドキと轟き震ふた斎代彦 何を柚やら蜜柑やらキンカン桝で量るやら はかり知られぬ底ぬけの池の鮒とぞならにやよい 生血を搾り吸ひに来る蚊取別神壇上に 現はれ出でて灰猫の手水を使ふその恰好 ツルリと撫でた黒い顔ピシヤリとたたいて鼻柱 吾と吾手で打ち懲らし眼から火を出し肱を折り 痛つたいいたいと男泣き気の毒なりける次第なり 八十枉彦の腰まがり心も鼻も首筋も 能く能く揃ふた曲津神機織バツタの化物か 稀代の珍姿怪体をもれなく高座に曝したり 広依別のウロウロと前後左右に壇上に 大法螺吹いて舞ひ狂ひ蚊取の別の二の舞を 演じてまたもや赤耻をかいてかかれて場外へ 投げ出だされし愚さは余所の見る目も憐なり 余所の見る目も憐なり狐ン狐ン痴奇珍狐ン痴奇珍』 満場の諸神司は玉純彦の面白き節にて謳ふその美声に酔はされ、神聖なる議席にあるを忘れて、ただ口のみ、あんぐりとし耳を澄まし、目を見張りゐたりける。 ふと面を上ぐれば、今まで玉純彦と見えしは謬りにて、仁王にまがふ骨格たくましき荒神は、鏡のごとき両眼をカツと見開き、太き鉄棒をひつさげ壇上に衝立ちながら、八王大神の方を見つめて火焔のごとき舌を吐き出しヂリヂリと攻めよるにぞ、さすがの常世彦も満座の諸神司もこの光景に荒胆をくじかれ、顔色土のごとくに変じ、わなわなと地震の孫の火事見舞のやうに震ひ出しける。この荒神は次第々々に煙のごとく成りて消えたまひける。日は常世の西山に舂きて、早くも黄昏つぐる長鳴鶏の声とともに、第三日目の大会議はまたもや有耶無耶に閉ぢられたりにけり。玉純彦は依然として此の間自席に眠りを貪りゐたるなり。そのため、この光景を夢にも知らざりける。はたして何神の化身なりしぞ。この怪物の正体はいつの日か氷解さるるならむ。神諭に示されたる三千世界の大化者とは如何なる神にましますか、たいてい推知し得べきなり。 (大正一〇・一二・一八旧一一・二〇出口瑞月)
126

(1179)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 17 殺風景 第一七章殺風景〔一六七〕 さすがは稚桜姫の娘にして、智勇兼備の常世彦の妻だけありて、かかる紛糾混乱せる議場の猛烈なる反対派の神たちの反駁も、攻撃も、突喊もほとんど鎧袖一触の感じも抱かざるごとき悠然たる態度をもつて、よく胸中の野心と不満とその希望を、優雅なる歌もて遺憾なく表白し、諸神人の心胆を柔げ、且つその大度量に敬服せしめ、反対側をして一言一句を挟むの余地無からしめたる手腕は実に天晴なり。あたかも清風爽々として巷塵をおもむろに吹き散らして一片の埃影をも止めざるの概ありき。 満座の神人は常世姫の堂々として動かず、悠々として騒がず焦慮らず、小児にたいする大人のごとく、綽々として余裕ある長者の態度に心胆を呑まれ、一柱といへども立つて之を反駁する神人なかりたり。 この時、モスコーの従臣森鷹彦は瓢然として自席より身を起し、八王大神に向つて発言権を請求し、骨格衆に秀でたる仁王のごとき巨躯を提げ、足早に一歩一歩場内をヤツコスの六方踏みしごとき調子にて、節くれ立つた両腕に拳を固く握り、腕を広く左右に張りつつ威勢よく登壇したり。森鷹彦はモスコーの爆裂弾と称へられ居る強力にして、無鉄砲なる英傑なりける。 常世姫の言霊の威力に呑まれて堂々たる八王、八頭をはじめ、その他の神人らの一柱として反駁を試むるものなき腑甲斐なさを見て心中深く憤懣し、終に耐へかねて登壇を試みたるなり。森鷹彦は壇下に居並ぶ諸神人に赭顔を曝し睨みつけ、つぎに身体をクルリと常世姫の方にむけ、嬋娟たる美容を頭上より脚下まで熟視し、口唇をへの字形にかたく結び、巨眼をむき出し、忌々しげに太き息を猛虎の嘯くごとく吹き立てたる。その形相の凄じきこと、悪鬼羅刹の怒りたる時の如くなりけり。 森鷹彦は舌端火を吐きながら満座に向つて声を励まし、 『そもそも今回の大会議については、八王大神の世界を永遠に平和ならしめむとする、大慈大悲の至誠より発起されたるものと聞きおよぶ。しかし表面的理由は如何とも名づく可けれども、その落着く心の真の精神の如何については、十分考量を要すべきことと思ふ。本会議に臨みたまふ八王、八頭は申すにおよばず、その他の神人はいづれも神定の聖地ヱルサレムの地上高天原において、国祖国治立命の神定によりてその身魂々々に匹敵する神界の天職を命ぜられたる、至厳至重の聖職に奉仕すべき天賦的大使命を負はせらるる方々ならずや。しかるに何ンぞや、大神の天使たる八王をはじめ、その他の神司の今日の行動は、天地神明の聖慮を無視したる反逆的悪事にあらざるか。かれ八王大神なるもの果して何の特権あるか。かれは国祖の神任によりて八王大神と成りしに非ず。ただただ時の力を利用し、体主霊従的行為を続行して数多の邪神を蒐集し、自らその頭目となりしものにして、一言にして論ずれば彼のごときは、天則違反自由行動の反道者たるのみ。素性賤しき野蕃神の成り上りにして真正の天使にあらず、天下を掠奪せむとする一大盗賊の徒なり。吾々は彼が如き大盗賊をして心底より悔い改めしめ、善道に導き、大神の慈徳の洪大無辺なるを悟らせ、身魂ともに天国に救ひ与へむとの真情より、はるばると本会議に参列したる次第である。然るに諸神司はかかる天則を破る大盗賊の配下となり、神より任命されたる各自の聖職を捨てむとするや。八王以下の聖職は神の職を任けられたる貴き天職にして、決して個人の自由に左右すべきものにあらず、諸神司はよろしく我が天職を反省し、軽々しくかかる暴論暴挙に耳を藉し、参加して国祖の神慮を怒らしむる勿れ。吾々は八王大神にして心底より省み、前非を悔い改め、天地の真理を覚り大神の律法に背戻するの罪を畏こみ、また八王大神らの奸策にのりて野天泥田に陥りたるその無智を恥ぢ、断然として今回の会議を脱退し、天賦の聖職を尊重し、聖地ヱルサレムにおいて神慮に叶へる至善至真の会議を開催されむことを望む』 と大声疾呼しつつ降壇せむとし、たちまち巨躯をクルリと返へし、ふたたび演説を始めたり。 『諸神司はくれぐれも真の神の恩徳を忘れたまふことなく、至誠の真心を発揮し今日の失敗を大神に泣謝し、蕃神八王大神大自在天の陰謀を根底より破壊し、以て神の前に清き、赤き、直き、正しきを顕彰されよ。我は微賤の者なりといへども、世界平和のため、律法保護のためには、決して諸神司の後に落ちざるものである。アヽ八王大神よ、常世姫よ、寸時も早く至誠にかへれ。アヽ満場の諸神人も、片時も速かに迷夢を醒ませ。悪魔は善の仮面を以て善なる神人を誑惑す。正邪理非曲直の判断に迷ふなかれ』 と現在名声を世界にとどろかし、勢力巨大なる八王大神の前をも憚らず、洒々然として猛烈に攻撃の矢を放ちたるその大胆不敵さに驚かざるはなかりける。要するに森鷹彦は一意専心に大神の神威を畏れ、神徳の洪大無辺なるを確信するより、かくのごとき強敵の前をも憚らず、諄々として大胆に、率直に所信と抱負を無遠慮に叶露することを得たるなり。アヽ信仰の力は山をも動かすとかや、千祈万祷至誠一貫して以て山動かざる時は、吾より往きて山に登らむてふ確固不抜の信仰あらば、天下何ものか之に敵し得むや。森鷹彦の熱心なる大々的攻撃も悪罵も流石の八王大神において、如何ともすること能はざりしは、全く信念の力の致す所といふべし。 (大正一〇・一二・二〇旧一一・二二出口瑞月)
127

(1180)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 18 隠忍自重 第一八章隠忍自重〔一六八〕 森鷹彦の壇上における大獅子吼はその実、地の高天原より神命を奉じて、この反逆的会議を根底より改めしむべく、神使として鬼武彦なる白狐出の猛神の変化なりける。森鷹彦はモスコーの八王道貫彦の従臣にして、あくまで強力の男子なるが、いま壇上にその雄姿を表はしたるは、実に鬼武彦の化身なりける。鬼武彦は大江山の守神にして悪魔征服の強神なりけり。 八王大神以下常世国の神人らは、何れも悪鬼、邪神、悪狐、毒蛇の天足と胞場の裔霊常に彼らの身魂を左右し、日夜悪逆無道、天則破壊の行為を続行せしめつつありける。ゆゑに今回の常世会議は、すべて背後にこれらの邪神操縦して居りて、大々的野望を達せむと企てゐたりけるに、地の高天原より大神の命により派遣されたる大江山の猛神鬼武彦のために、さすがの邪神もその魔力を発揮する機会を全く失ひけるぞ心地よき。 すべて天地の間は宇宙の大元神たる大神の御許容なき時は、九分九厘にて打ち覆さるるものなれば、さしもに名望勢力一世に冠絶せる八王大神と大自在天の威力をもつてするも、到底その目的を達し得ざるは、神明の儼乎として動かすべからざるの證拠なり。神は自ら創造したる世界を修理固成せむと、ここに千辛万苦の結果、無限の霊徳をもつて神人を生み出したまひ、天地経綸の大司宰として大神に代りて、世界を至善、至美、至安、至楽の神境となしたまふが大主願なり。併しこの時代は前述せるごとく、世界一体にして地上の主宰者は只一柱と限定されゐたりしなり。しかるに世はおひおひと開け、神人は神人を生み地上に充満するに至つて、各自の欲望発生し、神人みなその天職を忘れて、利己的精神を発生し、つひには自由行動をとり、優勝劣敗の悪風吹き荒み、八王大神のごとき自主的強力の神現はれ、天下を掌握せむとするに立到りたるなり。 ちなみに神人とは現代にいふ人格の優れたる人をいふにあらず、人の形に造られたる神にしてある時は竜蛇となり、猛虎となり、獅子となりて神変不思議の行動を為し得る神の謂なり。ゆゑに神として元形のままに活動する時は、天地をかけり、宇宙を自由自在に遠近明暗の区別なく活動し得るの便宜あり。宇宙の大元神はここにおいてその自由行動を抑圧し、地上の神界を修理せむとして神通力をのぞき、神人なるものに生み代へ変らしめたまひける。 ゆゑに神人なるものは危急存亡の時に到るや、元の姿のままの竜となり、白蛇となり、その他種々の形に還元することあり。されど還元するは神の生成化育、進歩発達の大精神に違反するものにして、一度元形に復し神変不可思議の神力を顕はすや、たちまち天則違反の大罪となりて、根底の国に駆逐さるるのみならず、神格たちまち下降して畜生道に陥るの恐れあり。ゆゑに神人たる名誉の地位を守るためには、いかなる悔しさ、残念さをも隠忍してその神格を保持することに努力さるるものなり。自暴自棄の神人はつひに神格を捨て悪竜と変じ、つひに万劫末代亡びの基を開くなり。現代のごとき体主霊従の物質主義者は、すべてこの自暴自棄してふたたび畜生道に堕落したる邪神と同様なり。これを思へば人間たるものは、あくまでも忍耐の心を持ち大道を厳守して、神の御裔たる品格を永遠に保つべきなり。 人間の中には短慮なるもの在りて危急の場合とか、一大事の場合に際し、身命を擲ちてその主張を急速に達成せむとし、知らず識らずの間に自暴自棄的行動を敢行し、瓦全よりも玉砕主義を選ぶと言ひて誇るものあり。玉砕は自己の滅亡にして、自ら人格を無視するものとなり、神界の大神の眼よりは自暴自棄、薄志弱行の徒として指弾され霊魂の人格までも失墜するに致るものなり。すべて瓦全と玉砕は、人間として易々たる業なり。天地経綸の大司宰として、生れ出でしめられたる人間はあくまでも隠忍自重して、人格を尊重し、いかなる圧迫も、困窮も、災禍も、忍耐力、荒魂の勇を揮つて玉全を計るべきは当然の道なり。アヽ現代の人間にしてこの忍耐を守り、人格を傷害せざるもの幾人かある。人は残らず禽獣の域を脱すること能はずして、神の造りし世界は日に月に餓鬼、修羅、畜生の暗黒界と化しつつあるは、実に遺憾の極みなりけり。 国祖の神諭にも、 『三千年の永き月日を悔し残念、艱難辛苦を耐へ耐へて、ここまできた艮の金神であるぞよ』 と示されたるも、右の理由に基くものなり。天地万有をみづから創造したまひ、絶対無限無始無終の神徳を完全に具有したまふ宇宙の大元神たる大国治立命にして、固有の神力を発揚し、太古の初発時代の神姿に還元して活動したまふにおいては、如何なる大神業といへども朝飯前の御事業なるべし。されど大神は一旦定めおかれたる天則をみづから破り、その無限の神力を発揮したまふは、みづから天則を造りて自ら之を破るの矛盾を来すものなれば、大神は軽々しくこれを断行したまはざるは、もつともなる次第なりけり。 神諭にいふ、 『艮の金神が、太古の元の姿に還りて活らき出したら、世界は如何様にでも致すなれど、元の姿のままに現はれたら、一旦この世を泥海に致さねばならぬから、神は成るだけ静まりて、世の立替を致そうと思ふて神代一代世に落ちて、世界の神、仏、人民、畜類、鳥類、昆虫までも助けてやらうと思ふて苦労を致して居るぞよ』 と示されたる神示は、我々は十分に味はひおかざるべからず。万々一国祖の神にして憤りを発し、太初の神姿に復帰したまひし時は、折角ここまで物質的に完成したるこの世界を破壊し終らざれば成らぬものなれば、大神はあくまでも最初の規則を遵守して忍耐に忍耐を重ねたまひしなり。アヽ有難き大神の御神慮よ。 常世彦をはじめ、さすがの暴悪無道の神人といへども太古のままの元形に還り、神変不可思議の活動をなすことは知りをり、かつ又その実力は慥に保有してをれども、その神人たるの神格を失ひ、根底の国において永遠無窮に身魂の苦しまむことを恐れて、容易にその魔力を揮はざりしなり。この真理を悟りし神人はたとへ肉体は滅亡するとも、決して根本的に脱線的還元の道は選ばざりしなり。アヽ犯し難きは天則の大根元なるかな。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月)
128

(1181)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 19 猿女の舞 第一九章猿女の舞〔一六九〕 聖地ヱルサレムの神都より行成彦に随伴して入城せる猿田姫は、妹出雲姫の登壇して皮肉なる歌を作り、諸神人を感歎せしめたるも、やや神格を傷つけたるの点ありと煩慮し、その欠を補ひ、聖地の神使たる神格を保持せむと平素物静なる姫も断然意を決し発言の権を愧かしげに請求し、静かに壇上に現はれたりける。猿田姫は、出雲姫の容色艶麗なるには到底及ばざりけり。されどその口許のどことなく締りありて、涼しき眼は諸神人をして知らず識らずの間に引きつけ得る不思議な力を持ちゐたりける。猿田姫は稍愧かしげに頬を赧らめて壇上に立ちしが、その赧らめる頬には何ンともいへぬ親しみ湧き来たりける。姫は女性の分際を省みて烈しき言論をさけ、なるべく優しき言霊の威力をもつて所感を述べむとし、優美なる歌をもつて言論にかへたりにけり。 『もろこしの常世の国は遠けれどモロコスヨトコヨヨクシホトホケレド 神代をおもふまごころはカムヨヨオモフマコモトホ からも、あきつも常永にカロモアキツモトコスヱイ 変らぬものぞ天地のコホロヌモヨゾアメツツヨ 神の御魂のさちはひてカムヨミタマヨソチホイテ 生れ出たる神人のウモレウデトルカムフトヨ 心は直く正しくてモモトホノヲクトドスクテ 誠の道にすすみつつマコトヨミツイススイツツ 開くるままにいつとなくフロクルモモイウツトノク 世は常暗の雲おこりヨホトコヨイヨクモオコイ 浪たかまりし四つの海ノミトカモリスヨツヨイミ 吹きくるあらし静めむとフキコルコセイスズメムト 国治立の大神はクシホルトチヨオオカムホ こころを砕き身をくだきコモトヨクドキミヨクドキ 朝の深霧夕霧をアストヨミキリユウキリヨ 科戸の風に吹きはらひスノドヨコゼイフキホロイ はらひたまへど空蝉のホロイトモヘトウツセミヨ 世は烏羽玉の暗くしてヨホウボトモヨクロクステ 高山の末短山のタコヨモヨスエホコヨモヨ 山の尾の上の神人もヨモヨヨヨエヨカムフトヨ 旭日の光月の影アソホヨフカリツクヨカゲ 星の輝き不知火のホスヨカカヨキスロヌホヨ 千々に心をつくし潟ツツイコモトヨツクスゴト 海にも野にも曲神のイムイヨノイヨマゴカムヨ 伊猛り狂ふ有様をウトコイクロフアイソモヨ 和めすかしていにしへのノゴメスコステウイスエヨ 元津御神のうまし世にモトツミカムヨウモスヨイ 持ち直さむと御心をモチノヨソムヨミコモトヨ 砕かせたまひて畏くもクドコセトモイテカスコクヨ 高天原に八百万タコモヨホライヨホヨロヅ 神を集へてまつりごとカムヨツドエテマツリコト はじめたまへど海川やホジメトモヘボイミコハヨ 山野の果てに立つ雲のヨモヨヨホテイトツクモヨ 晴るる暇なき常暗のホルルホミノキトコヨミヨ 神のおとなひ草や木のカムヨオトノイクサヨコヨ かきはときはに言問ひてカキホトコホイコトトイテ 万のわざはひ五月蠅如すヨロヅヨウズウイソボヘノス 群がりおこり天地のムラゴイオコイアメツツヨ 国の真秀良場高天のクシヨモホロボタコアモヨ 原に現はれ村肝のホライアラホレムラキモヨ 心も広き広宗彦のコモトヨフロキフロムネホコヨ 貴の命の知らす世はウツヨミコトヨスラスヨホ 山河草木みな靡きヨモコホクソコムノノイキ 浦安国となりひびくイラヨスクシヨノリフブク かかる芽出度き神の世のカカムメデトキカムヨヨヨ 礎かたく搗きかためウスツエコトクツキコトメ 建て初めたる真木柱タテホシメテルモコボスロ 千代に八千代に動きなきツヨイヨツヨイウコギノク 清き神代のまつりごとイヨキカムヨヨマツイコト 立てはじめたるこのみぎりタテホシメトルコヨミキリ 世は平けく安らけくヨホトフロケクヨスロケク 治まるべしと思ひきやオソモルベスヨオモイコヨ 四方の山野や海川のヨモヨヨモヨヨイミコホヨ 神はかたみに村肝のカムホコトミイムロキモヨ こころの侭にさやぎつつコモトヨモモヨソヨギツツ 日に夜に曇る天地のフイヨイクモルアメツツヨ 万の曲を払はむとヨロヅヨモコヨホロホムヨ 神世を思ふまごころのカムヨヨオモフモコモトヨ 常世の国に名もたかくトコヨヨクシイノモタコク 御心きよき常世彦ミコモトキヨキトコヨホコ 大国彦の二柱オオクシホコヨフトホシロ 心のたけを打ち明けてコモトヨタケヨウツアケテ 天と地とのおだやかをアメヨツツヨヨオトヨコヨ 来たさむためのこの度のキトソムトメヨコヨトイヨ 常世の城の神集ひトコヨヨスロヨカムツトイ 集ひたまひし神人はツトヒトモイスカムフトホ 清けく直く正しくてキヨケクノヲクタドスクテ 万のものに安らけきヨロヅヨモヨヨヨスロケク いける生命をあたへむとウケルイヨツヨアトエムヨ 心を砕くこの集ひコモトヨクドキコヨツドイ 国治立の大神はクシホルトツヨオオカムヨ かならず諾ひたまふらむカノロズイベノイトモフロム されど物には順序ありサレドモヨイホツユデアリ これの順序を誤りてコレヨツユデヨアヨモリテ 本と末とを一つにしモトヨスヱヨヨフトツニス 内と外との差別をばウツヨソトヨヨケズメヨホ 過つことのあらざらめアヨモツコトヨアロゾロメ これの集ひを開きたるコレヨツドヒヨフロクトロ 神の御心いと清くカムヨミコモトウトクヨク 尊く坐せど天地のタフトクモセドアメツツヨ 元津御神の定めたるモトツミカムヨサドメトロ 聖き神庭のヱルサレムクヨキミニホヨヱルソレム 神の都に神集ひカムヨミヨコイカムツドイ たがひに心を打開きカトミニコモトヨウチヒロキ 常夜の暗の戸押分けてトコヨヨヨミヨトオスフロキ 言問ひ議り赤誠をコトトイホコリモコモトヨ 神の御前に捧げつつカムヨミモヘニサソゲツツ 尽すは天地惟神ツクスホアメツツカムナガラ 神の大道に叶ふべしカムヨオオヂニカノウベス 常世も同じ大神のトコヨヨオノシオオカムヨ 造りたまひし国なればツクリタモイスクシノレボ 神の定めしヱルサレムカムヨサドメスヱルソレム 神の都も変らじとカムヨミヨコヨカホロズト 言挙げたまふ神人もコトアゲタモフカムガムヨ 沢に居まさむさりながらサホイイモソムソリノゴロ 元津御神の御心はモトツミカムヨミコモトホ 荒浪狂ふもろこしのアロノミクルフモロコスヨ 常世の国と定めてしトコヨヨクシヨサトメトロ 神の御言ぞなかりけりカムヨミコトヨノコイケリ 神の御許しなき国のカムヨミユルスノキクシヨ 常世の城の神つどひトコヨヨスロヨカムツドイ 集ひにつどふ諸の神ツトイニツドフモモヨカム 皇大神の御心とスメオオカムヨミコモトヨ おきての則は如何にぞとオキテヨヨロホイコノロム 深く省みたまふべしフコクカヘリミタモフベス 常世の国は広くともトコヨヨクシホフロクトモ 常世の神は強くともトコヨヨカムホツヨクトモ 神の許さぬから神のカムヨユルソヌカロカムヨ 許に交こり口合ひてモトニモロコリクツオイテ 舌の剣を振りかざしストヨツルギヨフリコゾス 火花を散らし鎬をばホホノヲツロススノキオボ たがひに削る浅間しさカトミニケヅルアソモスソ 八王の神は皇神のヤツコスヨカムホスメカムヨ よさしたまひしつかさぞやヨソストモイスツコソゾヨ 清くたふとくおごそかにキヨコタフトコオコソコニ 守るは八王国魂のマモルホヤツコスクシタモヨ 身魂につける特権なりムタマニツクルチコロノリ そのちからさへ軽しみてソノチコロソヱカロソミテ 破れし沓を捨つるごとヤブレスクツヨスツルゴト すてて惜まぬ神の胸ステテオスモヌカムヨロロ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ アヽ常暗となりにけりアオトコヨミトノリニケリ 荒ぶる神の身に持てるアロブルカムヨミニモトロ 猛きつはもの速かにタケキツホモヨスムヨコニ 捨てこの世のあらそひをステテコノヨヨアロソイヨ 科戸の風に吹き払ふシノドヨコセニフキホロフ その語らひは猿田姫もソノカトロイホサドフメモ 左り右りの手を挙げてヒドリミギリヨテヲアゲテ あななひ奉り功績をアノノイマツリイソホスヨ 皇大神も嘉すらむスメオオカムヨヨモスロム ただ八王の神柱タドヤツコスヨカムボスロ 一つ欠くとも空蝉のフトツコクトモイツソミヨ 御代も曲代とたちまちにミヨモマモヨヨトチモチニ かたむき乱れ潰ゆべしカトムキミドレツイユベス 神の許せし八王神カムヨユルセスヤツコスカム 八頭神諸の神ヤツコシロカムモモヨカム 高天原の御使とタコモヨホロヨミツコイヨ 天降りたる猿田姫のアメクドリテルサドホメノ 言葉の花を常暗のコトボヨホノヨトコヨミヨ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 夜半の嵐に散らさざれヨホヨアロスニチロソゾレ 大虎彦や常世彦オオトロホコヨトコヨホコ 常世の姫の類ひなきトコヨヨホメヨタクイノキ 直き正しき真心をノヲキタドスキモコモトヨ 尊み敬ひ歓びてタフトミウヨモイヨロコビテ 心きたなき醜草のコモトキトノキスコクソヨ 片葉を風に任せつつカキホヨコセニマコセツツ 清き会場を汚したるキヨキツトイヨケゴストロ 我が身の深きつみとがをワゴミヨフコキツムトゴヨ 咎めたまはず姫神のトゴメタモホズホメカムヨ 足はぬすさびと平けくタロホヌスソブヨタヒロケク 心安らけく神直日ウロヨスロケクカムノヲヒ 大直日にと詔り直しオオノヲヒニヨノルノヲス また聞直し見直しつマトキクノヲスミノヲスツ 道ある道に手を曳きてミツアルミツニテヲヒイテ 常世の暗を輝かしトコヨヨヨミヨカゴヨロス 天の岩戸を押し開きアメヨイホトヨオスヒロキ 天津御神や地の上のアメツミカムヨツツヨエヨ 元津御神の大前にモトツミカムヨオオモヘニ かへりまをしの太祝詞カヘリモヲスノフトノリト 声もさやかに唱へかしコエモサヨコニトノヘコス 目出度し目出度しお芽出度しメデトスメデトスオメデトス』 (下段は神代言葉) 猿田姫は春風面を吹くごとく、平穏なる言霊に一種の強味と、大抱負を歌ひつ舞ひつ、双方の神人をしてやや反省せしめたるは、実に聖地の使者としてその名を愧かしめざるものと云ふべきなり。 (大正一〇・一二・二一旧一一・二三出口瑞月) (第一五章~第一九章昭和一〇・一・二〇於日奈久泉屋旅館王仁校正)
129

(1190)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 28 武器制限 第二八章武器制限〔一七八〕 神代における神人らの武装撤回は、現代の某会議のごとき、軍艦や潜航艇の噸数を制限する如き不徹底なるものではなく、神人らの肉体上に附着せる天授の武装を一部分、または全部除去することとなりける。太古の竜は厳めしき太刀肌を備へ、かつ鋭利なる利刃のごとき角を、幾本ともなく頭に戴き、敵にたいしてその暴威を揮ふとともに、一方にはこれを護身の要器となし、互ひに争闘を続けゐたりしなり。ゆゑに今回の常世会議に於て八王大神の提議したる、神人各自の武器の廃止は、神界のためにはもつとも尊重すべき大事業なりける。すなはち竜神はその鋭角を二本に定められ、他は残らず抜き取られ、その厳めしき太刀肌は容赦なく剥ぎ取られて、柔軟なる鱗皮と化せしめられたり。中には角まで全部抜き取られて、今日の蛇のごとく少しも防禦力の無きものになりたるもあり。 また猛虎や、獅子や、巨狼や、大熊のごときは鋭利なる爪牙を持てる上に、空中飛行自在の羽翼を有し、かつその毛は針のごとく固くして鋭く、実に攻撃防禦ともに極めて完全なりけるが、それをいよいよ一部分の撤回となりて、これらの猛獣の神卒はその針毛を抜かれ、空中飛行にもつとも便なる羽翼を無残にも断たれける。 また金毛九尾白面の悪狐、その他銀毛や、鉄毛の狐神などは、その鋭利なる固き針毛を全部脱却させられ、そのあとに軟弱なる毛を生ずるのみに止め、その代償として智慧の力を神人に勝劣なきほどまで与へられ、神界の眷属として、忠実に奉仕する役目と定められたり。しかし狐神にも善悪正邪の別ありて、善良なる狐神は白狐として神界の御用を勤め居るは、太古の世より今にいたるも変らざるなり。世には狐神を稲荷の大神と称へて居るもの沢山あれども、稲荷は飯成の意義にして、人間の衣食の元を司りたまふ神の御名なり。 豊受姫神、登由気神、御饌津神、宇迦之御魂神、保食神、大気津姫神は皆同神に坐しまして、天祖の神業を第一に輔佐したまひたる、もつとも尊き神にして、天の下の蒼生は一人として、この大神の御仁徳に浴せざるもの無し。 要するに狐神はこの大神の御使にして、五穀の種を口に銜へ世界に持ち運び、諸国の平野に蒔き拡げたる殊勲ある使者なり。世はおひおひに開けて、五穀の種も世界くまなく行きわたりたる以上は、狐神の職務も用なきにいたりければ、大神はこの狐に勝れたる智慧の力を与へて、白狐と命名され、すべての神人に世界の出来事を、精細に調査し進白せしめられにける。ゆゑに白狐とは、神人に世界一切の出来事を白し上げる狐の意味にして、決して毛色の白きゆゑにあらずと知るべし。野狐、悪狐等の風来狐でも、年さへ寄ればその毛色は漸次に白色に変ずるものにして、あたかも人間が貴賤の区別なく、老年になりて頭髪の白くなると同様なり。ゆゑに毛色は、たとへ茶でも、黒でも構はぬ、神界に仕へをる狐を白狐とはいふなり。 また空中を飛翔する猛鳥にして、立派なる羽翼を有するうへに咽喉の下に大なる毒嚢を持ちゐたるものありしが、これも今回の会議の結果取り除かれたりければ、地上の神人その他の動物は実に安心して日を送り得るに至りたるなり。また海中に棲める魚族や海蛇はいづれも鋭利なる針毛を鯱のごとくに、または針鼠のごとく全身に具備し攻防の用に供しゐたりしを、その針毛をまた除去され、鰭、鱗、牙のみ残されたるなりといふ。 かくして武装を除去されたる竜族は、漸次に進化して人間と生れ、あるひは神と生るるにいたるものなり。また獅子、虎、豹、熊、狼なぞは、世とともに進化して、人間と変じ、牛馬と生れ、犬猫などと生れ変りたるなり。その中に百獣の王たりし、獅子や虎豹なぞはその身魂の善進したるものは人間と変化したり。ゆゑに人間、ことに或る人種のごときはその容貌いまに獅子や虎、豹などの痕跡を止め居るなり。かかる人種の性質は、いまに太古の精神までも多少遺伝して、人情冷やかく、色食の欲にのみ耽り、体主霊従の行動を取り居るもの多し。 王仁がかくのごとき説をなす時は、人間を馬鹿にしたといつて怒る人士もあるべし。しかし王仁は元来無学で、人類学なぞ研究したることも無く、ただただ高熊山の神山に使神に導かれて、鎮魂帰神の修業の際、霊感者となり、神界探険の折、霊界にて見聞したる談なれば、その虚実の点については、如何とも答ふる由なきものなり。 (大正一〇・一二・二四旧一一・二六出口瑞月)
130

(1195)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 33 至仁至愛 第三三章至仁至愛〔一八三〕 聖地ヱルサレムの大宮殿には、天使長桃上彦新任の披露と、広宗彦命、行成彦以下の神司らの退職の披露を兼ねたる大宴会が開かれたるが、常世彦、常世姫、大鷹別その他各山各地の八王八頭およびその他の神人は、この芽出たく、芽出たからぬ宴席に綺羅星のごとく列席したり。 桃上彦は立つて新任の挨拶をなし、 『今後は国祖の大御心を奉体し、天地の律法を厳守し、諸神人とともに世界経綸の大業に、協力一致奉仕せむことを望む』 と簡単に述べ終り、悠然として中央の正座に着きぬ。広宗彦命は自席より立上り、諸神人にむかひ、 『永年諸神司は愚昧なる小生を輔けて、今日まで天使長の職を保たしめ給ひしその好意を感謝す』 と沈痛なる語調をもつて、今回退職の已むを得ざるに立到りしことを簡単に述べ終り、今後は身を雲水にまかせ、天下を遍歴し、身魂の修養につくし、蔭ながら神業に奉仕せむことを誓ひ、元の座に悄然として復したり。 このとき八王大神はじめ常世姫、大鷹別の面上には、得もいはれぬ爽快の色浮びゐたりき。行成彦は立上り沈痛なる語気にて、 『吾が心の暗冥愚直よりつひに常世会議における、天則違反の行動を不知不識のあひだに執りたることを悔悟し、みづから責任をおびて職を辞し、兄と均しく聖地を離れて天下を遍歴し修養を積み、ふたたび諸神司らの驥尾に附して神業に奉仕するの時機あらむ』 と述べ、 『今後の吾が犠牲的行動については、諸神司の懇篤なる御教示を給はらむことを希望す』 と陳べ終り、力なげに元の座に復しける。 このとき奥殿より玉の襖を押開き、数多の侍神司をしたがへて、国祖国治立命はこの場に現はれたまひ、言葉しづかに宣りたまふやう。 『この度の広宗彦命以下の退職については、余の胸は熱鉄を呑むがごとく、千万無量の想ひに満つ。されど天地の律法は犯しがたし。今となつては如何ともするの余地なく遺憾ながら至仁至愛にして、至誠天地に貫徹するの忠良なる神司を捨つる、余が心中を推察せよ』 と、その御声は曇り、御涙さへ腮辺に伝ふるを窺ひたてまつりたる。 一座の神人らは、国祖のこの宣示に一柱も顔を得上ぐるものはなく、感慨胸に迫つて、熱涙ほとばしり、鼻をすする声四辺より聞へ来りぬ。国祖は、なほも御言葉をつがせられ、涙の袖をしぼりながら、 『神は洽く宇宙万有一切をして美はしき神国に安住せしめ、勇みて神界経綸の大業に奉仕せしめむとし、昼夜の別ちなく苦心焦慮す。汝神人ら、神の心を心とし万有一切にたいし、至仁至愛の真心をもつてこれに臨み、かつ忍耐に忍耐を重ね、克く神人たるの資格を保全せよ』 と、説き示し給ひ更に重ねて宣りたまはく、 『神の慈愛は敵味方の区別なく、正邪理非を問はず広く愛護す。汝ら桃上彦をはじめ諸神人一同、これを見よ』 と上座の帳を、手づから捲り上げたまへば、六合も照りわたる真澄の大鏡懸りあり。 諸神人は国祖大神の宣示にしたがひ、真澄の大鏡の安置されたる正座に、一斉に面をむけ思はず低頭平身、得も言はれぬ威厳に打たれ、落涙しつつ頭を恐るおそるもたげ、鏡面を拝すれば、こはそも如何に、シナイ山の渓間に天の鳥船より落下して身魂ともに粉砕したる魔子彦をはじめ、竹熊、鬼熊、木常姫、鬼姫、磐長姫、口子姫、鬼雲彦、佐賀姫、真心彦、玉の湖に沈められたる三柱の白狐および八尋殿にて玉を差出したる五柱の竜宮の神人および醜原彦、胸長彦、鶴若、亀若、八十枉彦その他前述の神罰を受けて滅亡したる諸々の悪人は、いづれも生々としてその肉体を保ち、国祖の身辺にまめまめしく、楽し気に仕へ居ることを明瞭に覚り得たりける。 国祖は満座にむかひ、 『汝らは神の真の愛を、これにて覚りしならむ』 と言ひ終りて、背部を諸神の前にむけ、 『わが後頭部を熟視せよ』 と仰せられたれば、諸神人はハツト驚き見上ぐれば国祖の後頭部は、その毛髪は全部抜き取られ、血は流れて見るも無残に爛れ果て、御痛はしく拝されにけり。神司らは一度にその慈愛に感激し、この御有様をながめて、涙の両袖を湿し、空に知られぬ村時雨、心も赤き紅葉を朽ちも果てよと吹く風に、大地を染めなす如き光景なり。神人のうち一柱も面を得上ぐるものなく畳に頭を摺りつけて、各自の今まで大神の御心の慈愛深きを知らざりし罪を感謝したり。 大神の神諭に、 『この神はたれ一人つつぼに致さぬ。敵でも、悪魔でも、鬼でも、蛇でも、虫けらまでも、救ける神であるぞよ』 と示されたる神諭を思ひ出すたびごとに、王仁は何時も落涙を禁じ得ざる次第なり。 悪神の天則違反により厳罰に処せられ、その身魂の滅びむとするや、国祖はその贖ひとして、我生毛を一本づつ抜きとりたまひしなり。この国祖の慈愛無限の御所業を覚りたまひし教祖は、常に罪深き信者にたいし、自ら頭髪を引き抜き、一本あるひは二本三本または数十本を抜き取り、 『守りにせよ』 と与へられたるも、この大御心を奉体されたるが故なり。 (大正一〇・一二・二五旧一一・二七外山豊二録)
131

(1198)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 36 天地開明 第三六章天地開明〔一八六〕 桃上彦命は、国祖大神の峻厳骨を刺すてふ厳格なる御一言にいよいよ退職の決心をなし、その由をただちに竜宮城の主宰常世姫に伝へたり。常世姫はただ一言留任の勧告をも与へず、内心欣喜雀躍しながら、さあらぬ体にて同情の色をうかべ、無言のまま命の辞表を受けとり、ただちに聖地ヱルサレムの大宮殿に参向し、桃上彦命の責任を自覚し、骸骨を乞ふ旨を恭しく進言したりける。 ここに聖地高天原はあたかも扇子の要を除したるがごとく、四分五裂の惨状を呈するの止むなきに立ち到り、各山各地の八王八頭をはじめ国魂その他の諸神司らは高山の末低山の末より集まり来り、また竜神は五つの海より聖地をさして暴風を捲き起し、海面を躍らせながら黒雲に乗じて残らず聖地に集まりける。聖地に集まりし神人の数はほとんど粟粒三石の数に達したり。さしも剛直にかまへ常世会議の出席を峻拒したりし万寿山の八王も、聖地の変乱を聞き一切の情実を排して集まり来たり、霊鷲山に退隠したる大八洲彦命、言霊別命、神国別命、大足彦をはじめ、エデンの野に蟄居を命ぜられたる高照姫命、真澄姫、言霊姫、竜世姫の諸神人も禁を破り、あまたの従臣を引き連れ聖地の一大事とかけ集まり来たりける。 今まで大八洲彦命一派ならびに高照姫命一派にたいし、極力反抗の態度を持しゐたる大自在天大国彦も常世彦も、この度の聖地の殆ンど滅亡に瀕したる惨状をながめ、何れも憂愁の念にかられ、敵味方の感情を心底より除却し、たがひに聖地回復の誠意を復起したり。ことに大自在天のごときは、大八洲彦命、高照姫命一派の神人の隠忍蟄伏の心情を察して同情の涙に暮れゐたりける。元来は全部国治立命を元祖といただく神人なれば、いよいよ危急存亡の場合に立ちいたりては、区々たる感情はいづこにか雲散霧消して各自神司は互に謙譲の徳を発揮し、相親しみ相愛し、毫末も心中に障壁を築かざりけり。諺に、 『親は泣き寄り、他人は食ひ寄り』 といふ。元来正しき神の直系を受け又は直系より分派して生れ出たる神人は、この時こそ惟神の本心に立ち復り至誠を発揮し大神に対し報本反始の実を挙げむとの誠意を顕はしける。 『落ぶれて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるる』 遉に神世の神人だけありて、その天性に立復り本守護神の発動に復帰したる時はすべて敵もなく味方もなく、怨恨、嫉妬、不平不満の悪心も発生する余地無かりしなり。かくのごとき至善、至美、至直の神心を天賦的に保有する神人といへども、天地間の邪気の凝結して現はれ出たる六面八臂の鬼や、金毛九尾の悪狐や、八頭八尾の大蛇の霊にその身魂を誑惑され、かつ憑依さるる時は、大神の分霊なる至純至粋の身魂もたちまち掌をかへすごとく変化するにいたる。その速かなること恰も影の形に随ふが如くなり。 序に述べおきたきことあり、そは三種の邪神の名義についてなり。六面八臂の邪鬼といふは一つの身体に六個の頭や顔の付属せるにあらず。ある時は老人と化し、ある時は幼者と変じ、美人となり醜人と化し、正神をよそほひ、ある時は純然たる邪神と容貌を変じ、もつて神変不思議の魔術をおこなふ者の謂にして、また八臂とは一つの身体に八つの臂あるにあらず。これを今日の人間に譬ふれば、一つの手をもつて精巧なる機械を作るに妙を得てをり、書に妙を得てをり、絵画に堪能してをり、音楽に妙を得てゐるとか、一切の技術、技能を他に勝れて持ち居たる手腕の意なり。強ち八種のことに妙を得たりといふ意味ではなく、一切百種の技能に熟達し居るの意義なり。 また金毛九尾白面の悪狐といふは、金色はもつとも色の中においても尊く、金属としても最上位を占てをる。狐としては黄金色の光沢ある硬き針毛を有して居るが、化現するときに美しき女人の体を現はし優美にして高貴なる服装を身に纏ひ、すべての神人を驚かしめ、その威厳に打たれしめむとするをいふなり。また九尾といふは一匹の狐に九本の尾の生えてゐる意味にあらず、九とは数の終極、尽すといふ意味にして、語をかへていへば、完全無欠といふことなり。 いま筑紫の島を九州といふのも、九は尽しの意味から出たるなり。尾といふは総てのものを支配する力をいふ。後世にいたり三軍の将が采配を振つて軍卒を指揮し、あるひは祭典にさいし祓戸主の役が大幣を左右左に振つて悪魔を退け、かつ正しき神を召集し、邪気を払拭するが如し。真澄姫が黄金の幣を打ち振りて魔軍を亡ぼしたまひしも、悪くたとへていへば金毛九尾の尾を振りたると同意味なり。されど正しき神の使用するときは金幣を左右左に振るといひ、邪神の使用する時は九尾を振ると称へたるなり。この物語のなかの所々に金毛八尾、銀毛八尾とあるは、九尾にやや劣りし働きをなす邪神といふ意味なり。 また八頭八尾の大蛇といふも、決して一つの蛇体に八つの頭があり、また尾が八ツあるにあらず。蛸や烏賊や、蟹には足が八つもあるが、蛇体には偶に尾の先二つに裂けて固まれるがありても、決して八つの岐になり居るものはなし。仏書に九頭竜などといひ、九つの頭のある竜のことが示しあれど、これも全く象徴的の語にして、神変不可思議の働きをなす竜神といふ意味なり。昔から「長いものには捲かれよ」といふ譬あり。大蛇は他の動物に比して身の丈もつとも長く、かつ蚯蚓のやうに軟弱ならず相当に堅き鱗をもちて身体を保護し、沢山の代用足を腹部に備へゐるなり。腹部の鱗と見ゆるは、みな蛇の足の代用をするものなり。足は下を意味す。ゆゑに上に立ちて下を指揮するものを長といひ、また長者ともいふなり。この大蛇の霊は世界の各地にその分霊を配り、千変万化の活動をなし、神人の身体を容器として邪悪を起さしむる悪霊の意なり。十二柱の八王八頭を十二王、十二頭と称へず、八王、八頭と称へらるるごとく、この八頭八尾の大蛇の働きも決して八種に限るにあらず。千変万化反道的行為を敢行する悪力の働きの意なり。 王仁は聖地の混乱の状況を述ぶる心算なりしが、つい談が蛇のごとくぬるぬると長く滑りて、知らず識らず山の奥に這ひ込み、深き谷間に陥りけり。これがいはゆる蛇足を添へるとでもいふならむか。 (大正一〇・一二・二六旧一一・二八加藤明子録)
132

(1200)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 38 隙行く駒 第三八章隙行く駒〔一八八〕 地上の神界は、国祖国治立命の公明正大なる英断的聖慮に依つて、総ての神人の罪は赦され、大八洲彦命、神国別命、言霊別命、大足彦、高照姫命、真澄姫、竜世姫、言霊姫らは、国祖大神の侍者として奥殿に奉仕し、神政に向つては、少しも容喙を許されざりける。 一たん神政の職を離れ、単に国祖の帷幕に参じ、神務のみに奉仕するにいたりては、容易に神政管理者となることの出来ざるは、神界の厳格なる不文律なりき。ゆゑに是らの諸神人は、国祖御隠退とともに表面隠退されしものの、千差万様に身魂を変じ、五六七神政の暁の来るを待ちつつ神界に隠れて活動されつつありしなり。このことは後篇に判明するに至るべし。 ここにいよいよ常世彦命は、神界の執権者となり、天使長の職に就きぬ。天地開闢以来未曾有の盛典にして、かつ神人らの精神の一致したるは、空前絶後といふべき有様なりける。天上よりは天津神八百万の神人を率ゐて、天の八重雲を伊都の千別に千別て天降りたまひ、国津神は高山の伊保理、低山の伊保理を掻き別けてこの聖地に集まり来り、大海原の神は浪を開いて聖地に集まり、諸神人一斉にウローウローと祝する声は、実に清く、勇ましく、壮絶快絶たとふるにものなき状況なりける。 八王八頭をはじめ、諸神人は追々と聖地を離れて、各自所管の地に帰りける。一時神人の神集ひにより、隆盛殷賑の精気に充ちたる聖地ヱルサレムも、漸次静粛に復り、あたかも洪水の退しごとくなりぬ。神人らの合同して至誠を顕彰するときは、いかなる兇暴なる邪神といへども、これに向つて一指を染むるの余地なきものなり。 されど聖地は、自然に静粛閑寂となり、邪神界にたいしての制圧力は、手薄になり来たりけり。ここに八頭八尾の大蛇の霊は、潜心万難を排し、黄金橋下を泳ぎわたり、潜かに竜宮海を占領し、竜宮海の竜王となりて海底に潜み、時のいたるを待ちつつありける。されど流石の八頭八尾の大蛇も、天使長の身魂を犯すこと容易ならず、常世姫は依然として竜宮城の主宰となりゐたり。常世姫の身体には、一大異状を来し、俄に庭園の青梅を侍女にもぎとらせ、好みてこれを食するにいたりける。 この梅を沢山食するとともに、腹部は日に月に膨張し、十二ケ月を経て玉のごとき男子を産み落したれば、父母二神司はおほいに悦び、掌中の玉と愛で、蝶よ花よと慈しみ、その成長を引伸ばすやうに待ち居たり。ややありてふたたび常世姫は、梅の実を好むに至り、以前のごとく腹部は日に月に膨張し、十六ケ月を経て玉のごとき女子を生みける。ここにおいて男子には高月彦と命名し、女子には初花姫と命名し右と左に月花を飾つたるごとく、楽しみつつ二児の成長を待ちける。高月彦が長ずるにおよんて智、仁、勇の三徳を完全に発揮し、初花姫は親愛兼備の徳を称へられける。 あるとき常世彦命は、竜宮海に舟を泛べ、諸神人とともに酒宴を催し居たるに、たちまち暴風吹起るよと見るまに、海水は左右にパツと分れ、海底に潜む魚介の姿まで明瞭に見えにける。このとき海底より八頭八尾の大蛇の姿現はれて、見る間に高月彦となりける。常世彦命は、この怪物を一刀の下に寸断せむと思ひしが、あまり我児に酷似せるを想ひ浮べて躊躇したり。偽の高月彦は、ただちに命の居館に向つて歩を急ぎけるに、常世彦命は驚いて舟遊びを中止し、館に帰り見れば奥の間に二人の高月彦、色沢といひ、背格好といひ、縦から見るも横から見るも、少しの差異もなかりける。命はいづれを真の愛児と弁別すること能はざりける。しかして一人の高月彦が東すれば、また一人は影の形に随ふごとく東へ進み、また西へ進めば西へ進むといふ調子にて、分時といへども二人は離れざりける。 あるとき常世姫は、侍女を随へて橄欖山に遊び、無花果を取つて楽しみゐたりしが、その中に優れて色美はしく、大なる無花果の実がただ一個、時を得顔に熟しゐたり。常世姫は一目見るより、その無花果を頻りに食ひたくなりければ、侍女に命じてその無花果をむしり取らしめ、その場に端坐し、四方の景色を眺めながら、美味さうに食ひ終りぬ。 俄に常世姫は腹痛を発して苦悶し始めたるに、侍女は驚いてこれを助け起し、竜宮城内に救け帰りしが、陣痛はなはだしく、玉のごとき女子を生み落したり。女児の顔は初花姫に似るも似たり、瓜二つなりければ、父母二神司は五月姫と命名し、これを愛育したり。追々成長してこれまた姉の初花姫と背丈、容色すべてが瓜二つとなりける。 現在の親の眼より、その姉妹を弁別するに苦しみける。果してこの姉妹は何神の化身なりしか。 (大正一〇・一二・二六旧一一・二八外山豊二録)
133

(1201)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 39 常世の暗 第三九章常世の暗〔一八九〕 聖地ヱルサレムの天使長常世彦命には、高月彦誕生して追々と成長し、父を輔けて、その勲功もつとも多く、かつ天使長の声望天下に雷のごとく轟き、その善政を謳歌せざるもの無く、一時は実に天下泰平の祥代となりける。 しかるに油断は大敵すこしにても間隙あらむか、宇宙に充満せる邪神の霊はたちまち襲ひきたりて、或は心魂に或は身体にたいして禍害を加へ、またはその良心を汚し曇らせ、つひにはそのものの身体および霊魂を容器として、悪心をおこし悪行を遂行せしめむと付け狙ふに至るものなり。 大本神諭にも、 『悪魔は絶えず人の身魂を付け狙ひ居るものなれば、抜刀の中に居る心持にて居らざる時は、いつ悪魔にその身魂を自由自在に玩弄物にせらるるや知れず。ゆゑに人は神の心に立帰りて神を信仰し、すこしも油断あるべからず』 常世彦命は神界の太平にやや安心して、あまたの侍臣とともに竜宮海に舟遊びの宴をもよほすとき、竜宮海の底深く潜みて時を待ちつつありし八頭八尾の大蛇の邪霊は、この時こそと言はむばかりに、その本体を諸神人の前に顕はし、態と神人らの前にて高月彦と変化し、常世彦命の居館に入りこみ神人らを悩めたるなり。 常世彦命はじめ聖地の神人らは、二人の高月彦のうち一人は邪神の変化なることを何れも知悉すれども、その何れを真否と認むること能はざりしために、止むを得ず、同じ姿の二人を居館に住まはせたりける。真の高月彦は、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と證明せむとすれば、邪神の高月彦もまた同じく、 『我こそは真の高月彦なり、彼は邪神の変化なり』 と主張し、その真偽判明せず、やむを得ず二人を立てゐたりける。 この怪しき事実は誰いふともなく神界一般に拡まり伝はり、八王八頭の耳に入り、神人らは聖地の神政に対して、不安と疑念を抱くに至りける。 常世彦命はこのことのみ日夜煩悶し、つひには発病するに立ちいたりぬ。命は妻を枕頭に招き、苦しき病の息をつきながら、 『吾は少しの心の欲望より終に邪神に魅せられて常世国に城塞を構へ、畏くも国祖大神をはじめ歴代の天使長以下の神人らを苦しめ悩ませたるにも拘はらず、仁慈深き国祖は吾らの改心を賞でたまひて、もつたいなき聖地の執権者に任じたまひたれば、吾らは再生の大恩に報いたてまつらむと誠心誠意律法を厳守し、神政に励みて国祖の大神に奉仕せしに、心の何時となく緩みしためか、竜宮海に船を浮べて遊楽せし折しも、海底より邪神現はれて愛児の姿となり、堂々として我館に住み込み、その真偽を判別する能はず、それより吾は如何にもしてその真偽を知らむと、日夜天津大神および国祖大神に祈願を凝らせども、一たん犯せる罪の報いきたりて、心魂暗み天眼通力を失ひ、かつ、それより我身体の各所に痛みを覚え、今やかくのごとく重態に陥りたるも深き罪障の報いなれば、汝らは吾が身の悲惨なる果を見て一日も早く悔い改め、寸毫といへども悪心非行を発起すべからず』 と遺言して眠るがごとく帰幽したりける。鳥の将に死なむとするや其の声悲し、人の将に死せむとする時その言や善しと。宜なるかな、さしも一旦暴威をふるひたる常世彦命も本心より省み、その邪心を恥ぢ、非行を悔い神憲の儼として犯すべからざるを畏れ、天地の大道たる死生、往来、因果の理法を覚りて身魂まつたく清まり、神助のもとに安々と眠るがごとく帰幽したりける。アヽ畏るべきは心の持ちかた一つなりける。 常世彦命の昇天せしより、聖地の神人らは急使を四方に派して、各山各地の八王をはじめ一般の守護職にたいして報告を発したれば、万寿山をはじめ八百万の神人は、この凶報に驚き我一と先を争ひて聖地に蝟集しその昇天を悲しみつつ、後任者の一日も早く確定せむことを熱望し、ここにヱルサレム城の大広間に会したり。常世彦命の長子高月彦を天使長に選定し、国祖大神の認許を奏請せむとするや、天下に喧伝されしごとく、二人の高月彦あらはれ来たりぬ。 諸神司はその真偽について判別に苦しみ、七日七夜大広間に会議をつづけたれど、いかにしても前後と正邪の区別つかざるところまで克く変化しゐたるにぞ、真偽二人の天使長を戴くことを得ず、神人らは五里霧中に彷徨しつつ、その怪事実に悩まされけり。 高月彦は大広間に現はれ竜宮海に潜める邪神大蛇の変より、父の昇天までの種々聖地の怪を述べ且つ、 『吾身に蔭のごとく附随せるは、かの大蛇の変化なることを證明すべきことあり。諸神人はこれにて真偽を悟られたし。吾には父より賜はりし守袋あり、これを見られよ』 と満座の前に差出し、偽高月彦の邪神にむかひ、 『汝が果して真なれば、父より守袋を授けられし筈なり、今ここにその守袋を取出して、その偽神にあらざることを證明せられよ』 と詰め寄れば、邪神はたちまち色を変じ、何の返答もなく物をもいはず、真の高月彦に噛付かむとする一刹那、たちまち「惟神霊幸倍坐世」の神言が自然に口より迸出したるにぞ、偽神はたちまちその神言の威徳に正体を現はし、 『アヽ残念至極口惜さよ。我は永年この聖地を根底より顛覆せむと、海底に沈みて時を待ち、つひに高月彦と変化し、聖地の攪乱に全力を尽したりしに、高月彦の神言によりてその化けの皮を脱がれたれば、いまは是非なし、ふたたび時節を待つてこの怨みを報ぜむ』 と言ふよと見るまに、見るも恐ろしき八頭八尾の大蛇と現はれ叢雲をよびおこし天空をかけりて、遠くその怪姿を西天に没したりけり。高月彦は忽然として立ちあがり、 『諸神司はただいまの邪神の様子を実見して、その真偽を悟りたまひしならむ、吾こそは天使長常世彦命の長子高月彦なり。今後聖地の神政については、諸神司の協力一致して御輔翼あらむことを希望す』 と慇懃に挨拶を述べ終るや否や、たちまち悪寒震慄、顔色急に青ざめ、腹をかかへて苦悶の声を放ちければ、諸神司は驚きて命を扶けその居館に送り、侍者をして叮嚀に看護せしめたり。 この守袋は妹五月姫の計らひにて、俄に思ひつきたるカラクリにして、邪神の正体を現はすための窮策に出たるものなりける。かくのごとき権謀術数を弄するは、神人としてもつとも慎まざるべからざることなり。 また高月彦の急病を発したるは、真正の病気ではなく、命の安心とややその神徳にほこる心の隙に乗じて、西天に姿を隠したる八頭八尾の大蛇の邪霊が、間髪を容るるの暇なきまで速く、その肉体に憑依したる結果なりける。 (大正一〇・一二・二七旧一一・二九外山豊二録)
134

(1202)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 40 照魔鏡 第四〇章照魔鏡〔一九〇〕 高月彦が父母二神司をはじめ、八百万の神人の眼力をもつて看破し得ざりし八頭八尾の大蛇の化身を、諸神人満座の中に善言美詞の神言を奏し、その正体を暴露せしめた天眼通力は、あたかも真澄の鏡の六合を照徹するがごとしと、讃嘆せしめたりける。いかに善言美詞の神言なりといへども、これを奏上する神人にして、心中一片の暗雲あり、執着ある時はたちまちその言霊は曇り、かつ、かへつて天地の邪気を発生するものなることは、第一篇に述べたるところなり。 ここに高月彦は神人らの絶対の信望を負ひて父の後を襲ひ天使長となり、天使長親任の祝宴は聖地城内の大広前において行はれ、まづ荘厳なる祭壇は新に設けられ、山野河海の種々の美味物を八足の机代に横山のごとく置き足らはし、御酒は甕戸高知り、甕腹充てならべて賑々しく供進されたりける。神人らは一斉に天地の神明にむかつて天津祝詞を奏上し終り、ただちに直会の宴に移りたり。 このとき竜宮城の主宰者として常世姫は、春日姫、八島姫を従へ礼装を凝らして臨席し、この目出度き盛宴を祝しける。 常世姫は夫と別れ、涙のいまだ乾かざるに、吾が長子は天使長の顕職につきたるを喜び、神明に謝し感涙に咽びつつ、悲喜こもごもいたり夏冬の一度に来りしがごとき面色なりけり。ここに長女初花姫、五月姫も常世姫の左右に座を占めにける。常世姫は夫の昇天されしのちは、みづから竜宮城の主宰たることを辞し、夫の冥福を祈らむと決心し、その後任を初花姫に譲らむとし、さいはひ諸神司集合の式場にその意見をもちだし、諸神人の賛否を求めたるに、諸神人はその心情を察し、一柱も拒止するものなく異口同音に初花姫をして、竜宮城の主宰者たらしむることを協賛決定したりけり。善は急げの諺のごとく、ここに常世姫の後任者として初花姫就任の披露をなし、ふたたび厳粛なる祭典を執行されたれば、聖地は凶事と吉事の弔祝の集合にて非常なる雑踏を極めけり。祭典は無事にすみ、初花姫は就任の挨拶をなさむとし中央の小高き壇上に現はれたるに、同じく五月姫も登壇したり。しかしてその容貌といひ、背格好といひ、分厘の差もなく瓜を二つに割りたる如くなりき。初花姫が一言諸神人に向つて挨拶すれば、五月姫も同時に口を開いて同じことをいふ。初花姫が右手を挙ぐれば五月姫も右手を挙げ、くさめをすれば同時にくさめをなし、あたかも影の形に従ふがごとく、あまたの神人らはこの不思議なる場面に二度びつくりしたり。さきに二柱の高月彦の怪に驚き、漸くその正邪を判別し、ほつと一息吐きしまもなく、またもや姉妹二人の判別に苦しまさるる不思議の現象を見せつけられ、いづれも目と目を見合せ、またもや常世城における野天泥田会議の二の舞にあらずやと眉に唾し、頬を抓めりなどして煩悶しゐたりける。二女性は互に姉妹を争ひぬ。されど現在生み落したる母の常世姫さへ、盛装を凝らしたる姉妹を判別することを得ざりける。 ここに高月彦はふたたび「惟神霊幸倍坐世」の神言を奏上したれど何の効果もなく、依然として二女は互ひに姉の位置を争ふのみ。ここに宮比彦は座をたち諸神人にむかつて、 『我はこれより国祖大神の宮殿に参向し、大神の審判を乞ひ奉らむと思ふ。諸神人の御意見如何』 と満座に問ひけるに、諸神司は一斉に賛成し、宮比彦をして大神の神慮をうかがひ正邪の審判を乞ひ奉らしめけり。 大宮殿には大八洲彦命、高照姫命一派の神人がまめまめしく国祖大神に奉侍し、神務に奉仕し居たり。宮比彦はただちに奥殿に入り、神務長大八洲彦命にむかひ、国祖大神に伝奏されむことを願ふにぞ、大八洲彦命は大いに笑ひ、 『汝は常に神明に奉仕する聖職にありながら、かくのごとき妖怪変化をも看破し能はざるや。我はかかる小さきことを国祖に進言するは畏れおほければ謝絶す』 と断乎として撥ねつけたれば、宮比彦は大いに恥ぢ、神務長の言に顧み直ちに天の真名井に走りゆき、真裸体となりて御禊を修し、祈祷を凝らしけるに、果然宮比彦は国祖大神の奇魂の懸らせたまふこととなりぬ。ここに宮比彦は急ぎ大広間に現はれ、壇上に立ち両手を組み姉妹の女性にむかつて鎮魂の神業を修したるに、命の組みたる左右の人指指より光明赫灼たる霊気発射して二女の面を照らしければ、たちまち五月姫はその霊威光明に照らされて、金毛九尾白面の悪狐の正体を現はし、城内を黒雲にて包み、雲に隠れて何処ともなく逃げ去りにける。宮比彦は中空に向つて鎮魂をはじめ、 『一二三四五六七八九十百千万』 の天の数歌を再び繰返し奏上し終るとともに、大広間の黒雲は後形もなく消え去せ、神人らの面色はいづれも驚異と感激の色ただよひにける。 常世姫は現在我が生みの子五月姫の悪狐の我が胎内を借りて生れ出たりしものなるかと、驚きあきれ茫然として怪しみの雲につつまれけり。これより常世姫は病を得、つひに夫の後を追ひて昇天したりしより、いよいよ竜宮城は初花姫代りて主宰者となりぬ。金毛九尾白面の悪狐の邪霊現はるるとともに、初花姫は精神容貌俄に一変し、さしも温和なりしその面色は次第に険峻の色を現はしけるに、満座の神人らは初花姫の面貌の俄に険峻となりしは、今までの気楽なる生活に引き替へ、竜宮城の主宰者たるの重職を負ひしより、心魂緊張をきたしたる結果ならむと誤信し居たりける。ああ初花姫の身魂は、何者ならむか。 (大正一〇・一二・二八旧一一・三〇加藤明子録)
135

(1213)
霊界物語 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 附録 第二回高熊山参拝紀行歌 附録第二回高熊山参拝紀行歌 王仁作 高熊山参拝者名簿 (大正十一年二月五日) (一) 大き正しき壬の戌の節分祭すみて 神の出口の道王く仁慈の三代の開け口(出口王仁三郎) 直く正しく澄渡る心も清き大空二(出口直澄) 大本瑞祥会々長湯川貫一始めとし(出口大二) 神徳高木高熊の四十余り八ツの宝座をば(湯川貫一) 拝して神慮を息めむと金鉄溶かす信仰の(高木鉄男) 心も固き益良男が御国に尽す真心は 天地の神もうべなひて雲井の上に留五郎(井上留五郎) 神と君とに捧げむと孕む誠は世の人の 夢にも知らぬ岩田帯二十五年の久しきを(岩田久太郎) 耐り詰めたる太元の前の教主の王仁三郎 教の花も桜井の一視同仁神界の(桜井同仁) 経綸に開く白梅の四方に薫るを松心(松村仙造) 村雲四方に掻別けて須弥仙山にこしを掛け 天地を造りし大本の神の稜威は内外の(外山豊二) 国々嶋々山川に豊二あらはれ北の空(原あさ) 光もつよき天の原あさぢケ原もいやひろこ(原ひろこ) 遠き近きの別ちなく世はあし引の山ふかみ(遠山一仁) 神人一致仁愛の祥たき御代となりぬらむ 東は小雲西四ツ尾川を隔つる吉美の里(東尾吉雄) 中に雄々しき竜やかた節分祭も相すみて 同じ心の信徒がさきを争ひステーション(同さき) 汽車に揺られて勇ましく東尾さして進み行く(東尾万寿) 名さえ芽出度万寿苑瑞祥会の大本部(森良仁) 神の真森も良仁の和知の高橋打ち渡り(高橋常祥) 常磐の松の心もて瑞祥閣に入りにけり 大井の河も名をかへて保津の谷間降り行く(河津雄) 水勢益々雄大に鳴り響くなる高熊の 小竹小柴の中分けて玖仁武彦や小和田姫(小竹玖仁彦) 神の聖跡を慕ひつつ常磐の松の色も吉く(小沢常吉) 茂りて高井神の山いこう間もなく登り行く(高井こう) 田二と谷とに包まれし巌に繁る一ツ葉の(田二谷繁) 色青々と威勢よく栄え三谷の眺め良し(三谷良一郎) 一行二百五十人祝詞の声も清郎に 藤蔓生ふる坂道を津たいて暹む神の子が(藤津暹) 同じ心の神の道ひさを没する草原を(同ひさ) 射る矢の如く走り岸役員信者が金鉄の(矢岸金吉) 誠の心ぞ雄々しけれ色吉く重れる松の山(重松健義) 健固の足の進み義く浜端ならぬ池の端(浜端善一) 善男美女の一隊は森の下路永々と(森永熊太) 熊もつつまず太どりゆく (二) 甲子四月江頭がしら右も左も知らぬ身の(江頭右門) 門口あけて上り行く大原山や経塚を(上原芳登志) 上るを芳登志神風や福井の空を笠に着て(福井又次郎) 又もや進む神の山次第に倉き馬の瀬の(倉瀬吉稚) ながめ吉ろしく稚雄が奥山さして夜の道 いなむ由なき稲川のいと泰らけく渡り行く(稲川泰造) 神の造りし蛙岩右手にながめて薄原 山口近くなりければ恒に似合ぬ山彦の(山口恒彦) とどろく声をしるべにて一視同仁博愛の(同安子) 神のふところ安々と足を早めて長谷川や(長谷川八重子) 八重津草村藤の蔓ふみ分け進む太間子原(津村藤太郎) 拓く道芝茂り行く神の教えぞたふとけれ (三) 吾故郷に勝たれる神の御山哉世を渡す(吾郷勝哉) 小幡の橋の本清く流るる瑞の水勢は(橋本瑞孝尼) 忠孝々と響くなり由緒も深き宮垣内(垣口長太郎) 神の出口の長として世の太元の大神の 珍の言霊神賀の亀の瑞祥も充ち太郎(大賀亀太郎) 五六七の御代を松浦の教の道もいち治郎し(松浦治郎助) 人力車に助けられ気は針弓の遠き道(針谷又一郎) 谷又谷を一越えに円満清郎太祝詞 古き記憶を田どりつつ初めて九郎の味を知り(古田初九郎) 名さへ目出度亀岡の森良仁氏東尾氏(岡森常松) 常磐の松の心もて久方ぶりに勇ましく(久勇蔵) 登りて行く蔵楽しけれ梅花の薫る神の村(梅村隆保) 隆々昇る朝日影天保爺の阿房面(房前市三) お前はよつぽど市助と三くびられたる皮堤(堤嘉吉) 安本丹の嘉すてらと吉くも言はれぬ吉松野(吉野光俊) 伜の力光る俊曽我部穴太の宮垣内(宮内喜助) 上田喜三郎の野呂助も青鼻垂らした幼年野(青野郁秀) 小さき心に馥郁と包みし神力現はれて 人に秀れた神の術ねがい金井のえみ深く(金井のえ) 神の教にしたがひて佐伯ませうと山路を(佐伯史夫) 史わけ進む大丈夫の宇城も見ずに信仰の(宇城信五郎) 日五郎の力試めさむと土ン百姓の小伜が しけこき居宅を立て出でて重い身体夫運びつつ(土居重夫) 岩石ふみ別けまつ崎によこ米もふらず上り行く(石崎米吉) 心持吉き高倉の山に成りなる神の徳(倉成徳郎) ワンパク野郎が関々と谷川渉るも世の為二(関川為二郎) つくさむものと三ツ栗の中執臣のそのみすえ(中安元務) 安閑坊の喜楽人世の太元の神務をば 清く尽さにやおか内藤いち目散に神の道(内藤いち) 心も身をも投げ島田とくに解かれぬ神の文(島田文) どうかこう加藤案じつつ神の光に照されて(加藤明子) 心の空も明けにけり (四) 吉野の花の開く時時子そよけれ神徳を(吉野時子) 重ぬる春と村肝の心も敏く雄々しくも(徳重敏雄) 長井夜道の露亨けて二つなき身を山の中(長井亨二) 谷川こえて松の木の繁り栄ゆる高蔵の(中川繁蔵) 神山目当てに只一人神谷仏を頼りとし(神谷千鶴) 千年の松に鶴巣ぐふ神世に早く渡辺の(渡辺淳一) 至粋至淳の善の道只一と筋に立て通し その功績も大久保の世界一と蔵響くなり(大久保一蔵) (五) 浦安国の神徳を顕はす道は敬神と(安徳敬次) 次に尊皇愛国心松岡神使の世の中を(松岡均) 治めて桝掛ひき均す教の花の道開き(開徳蔵) 神の御徳蔵たふとけれ山川野辺に崎匂ふ(野崎信行) 信の花のまつりごと行ひま森東の(森山登) 山の尾ノ上に旭影登るが如き祥瑞の 五六七の御代は昔より例しも内藤歓びつ(内藤正照) 斯の世を渡る正人の頭に神の光り照る 春の緑の若林家支しげき神の国(若林家支) 万世の亀玉の井に遊ぶ目出度き巌の御代(亀井巌義) 仁義の君の知召す豊葦原の中津国(中森篤正) 神のま森のいや篤く世人の行ひ正しくて 人跡絶えし山中もきくの薫りの芳ばしく(山中きく) 下万民も上窪も純み渡り行く雄々しさよ(上窪純雄) 多田何事も百の玖仁麿く治まり開けつつ(多田玖仁麿) 一視同仁神の道正義に強き益良雄の(同義雄) 胸も鈴し木源之瑞の御魂の助け神(鈴木源之助) 古木神代の有様を物語りつつ民草の(古木民三郎) 迷を開く三ツ葉彦綾の高天にあらはれて 音吐郎々述べ立つる宇宙のほ加納空に立ち(加納森市) 神のま森の市の森忠義一途の人生は(森義一) 一度は参れ皇神の教の元の修行場(生一正雄) 道は正しく雄大に天下に伝はる麻柱の(同つね) 教の花はつねならず和光同塵今の世の 世の持方を根本より同じ心の道の友(同清子) 力協はせて清め行く災ひ多き世の中の 村雲四方に掻分けて誠つくしの神のみよ(中村みよ) 古きを捨てて新しく心の海に日月の(新海留吉) 影を留めて住吉の神の稜威も有が田く(有田九皐) 千年の鶴は九皐に翼を並べ神の代を 謳ふときはの松の国四方の国土を玉の井の(土井靖都) 水に清めて靖都と治むる御代も北の空(北村隆光) 村雲ひらく星の影隆く光る世ぞ来るときく(同きく) アヽ有が田き加美代ぞ登天津神たち八百万(有田美登) 国津神たち八百万民草けもの虫けらも 同じ恵の露を浴み義夫あしきを超越し(同義夫) 仁慈の雨の森きたる月日を松の大本の(雨森松吉) 神の館ぞ楽もし吉坂え目出度木日の本は(坂木義一) 仁義一途の神の国湯津桂木の浅からぬ(湯浅寛康) 神の御陰は寛康聖の御代のいま近藤(近藤国広) まつ国民の胸の内広く清けく田のもしく(清田西友) 西洋国人も友々に雲井ノ上に坐す神の(井上頼次) 力を頼り次々に集り来る神の前 亀の齢の田のもしく斯世の親とあれませる(亀田親光) 神の光を道の辻山の奥までいと安く(辻安英) 照らす梅花の英の中井しずまるこの教(中井しず) 一同順次に味ひつ大原山や西山の(同順次郎) 谷を佐して六合治の皇大神の御教を(大西佐六) 谷具久渡る国の端神を敬ひ世の人を(大谷敬祐) 祐け渡して六道の辻にさまよふ正人を(辻正一) 誠一つの善の道神の宮なる人の身を(宮田光由) 田すけ光らすことの由四方の国々伝遠藤(遠藤鋭郎) 精新気鋭の神司鳴る言霊も朗かに 天地に響く勇ましさ (六) 松樹茂れる神の森岩窟の前に端坐して(森礼子) 神に御礼の祝詞子と浅桐山に立ち籠めて(桐山綾子) 綾に畏子き久方の高天原と田々へつつ(原田益市) 天の益人市なして東や西や北南(西村寿一) 四方の国人村寿々目一度に開く言霊の 花咲き匂ふ千引岩この堅城に信徒達(岩城達禅) 座禅の姿勢を取り乍ら怪し木心の村雲を(木村敬子) 伊吹払ひて天地の神を敬ひ真心を 煉りて仕ふる神の子の同じ思ひは八百よね子(同よね子) 杵築の宮に神集ひ世の悉々を神議り 議らせ玉ふ神の徳重き使命もい佐三つつ(徳重佐三郎) 三郎九の神の御使ひ武内宿禰の代へ御魂(武内なか) なかき月日を送りまし小松林と現はれて(同久米代) この一同の信徒に久米ども尽きぬ神の代の その有様をた上倉あきらめ諭し玉はんと(上倉あきこ) 天地兼ぬる常磐木の松の大道を教ゑつつ(兼松ゑつ) 伊賀しき稜威もうしとらの隅にかくれて世を衛る(伊賀とら) 藤き昔の襄と姥神代一代耐へ忍び(衛藤襄一郎) 現はれ出でし沢田姫豊栄昇りに記し行く(沢田豊記) 奇しき神代の物語り聞くも嬉しき十四夜の 空に輝やく月の影西山の尾に舂きて(西尾愛蔵) 明くれば二月十五日仁愛の教を胎蔵し 上田の家に帰りたる中の五日のおしまれぬ(田中しま) 上田野家に生まれたる年も二八の喜三郎(上野豊) 豊国姫の教受け吾家に帰り北の里(北里利義) 利益を捨てて義に勇む心とこそは成にけり 皇大神の御教はいよいよ深く浩くして(大深浩三) 普く天地に三ツの魂過ぎ西罪の除け島い(西嶋新一) 心新らしく一つ道柴り附い田る元の垢(柴田元輔) 神の輔けに拭はれて漸やく佐藤りし神心(佐藤六合雄) 御六合雄思ふ村肝の心の中島恒也の(中島恒也) 塵も消え失せ心地吉し浜の真砂の数々を(吉浜芳之助) 花芳ばしき大神之助けに生れ変りつつ 神と同じく暉りにけり(同暉) (七) 佐藤りの道を貞やかに吉く諾なひし信徒は(佐藤貞吉) 神の御徳を慕ひつつ大島小島に出修し(小島修吾) 心も垢も荒波の吾の身魂を清めむと 嶋の中なる神の嶋卯の花匂ふ大三空(中島卯三郎) 朝日受けつつ五里の路つ田井て進む正男(日田井正男) 女も共にまひ鶴の狼の面高き中塚見(高塚忠俊) 暗礁危ふく避け乍ら忠勇義烈の俊才や 小児も交り漕ぎ渡るよろこび泉の涌く如く(小泉清治) 清く治まる小島沖義侠の心富永の(富永熊次郎) 波路熊なく次々に島へ島へと行く船も 波と浪との谷あ井を又もや潜る面四郎さ(谷井又四郎) 舞鶴丸を忠心に教祖の神の一隊は(鶴丸忠一) 心も清く進みけり (八) 斎きまつれる藤津代の神の吉言を次々に(斎藤吉次) 異口同音に唱へつつ神のまさ道ふみて行く(同まさ) 堅き心の信徒は百のなやみも伊東ひなく(伊東きくよ) 神声きくよの嬉しさに世の大本野金の神(大野金一) 善一と筋を田て通ほすその真心ぞ神の村(田村慶之助) 至慶至祥之限りなり助けも著るき金神の 錦織りなすいさをしは日に夜に月に益太郎(金織益太郎) 上中下なる三段の神の御魂ぞ崎はひて(三段崎みち) 円く治まる神のみち世人救はにや岡崎の(岡崎よしの) 花もよしのの芳ばしくながめ吉田の十曜の紋(吉田紋助) 助けよま森田まへかし誠の道も富太郎(森田富太郎) 千倉の置戸を負ひながら世人に心掛巻も(倉掛徳義) 畏こき神の御威徳仰ぐもき義上の園(上園権太郎) 無限の権威並びなく充ち太郎なり三ツの魂 宝も沢に人清く親しみ睦ぶ至治太平(三沢治平) 国の中村おだやかに進む神徳著治郎し(中村徳治郎) (九) 高天原は取わけて太宮柱たかみ蔵(高取太蔵) 斎ひ奉る藤みゆき空ふるき千年の松ケ枝に(斎藤みゆき) 鶴も巣を組み治まれる国の稜威も高橋や(同鶴治) 栄え二栄えます鏡福知田辺の外がこひ(高橋栄二) 筆の林の茂り合ふ三柱神の崎はひて(田辺林三郎) 国を保つ之助け船命の親の千田五百田(神崎保之助) 前田に満つる稲の波有りあり見ゆる働きの(前田満稲) 続く限りの真心は黄金の色の秋の野辺(有働続) 心持ち良き正人の教に魂を奥村の(真金良人) 誠一つに晋むなり難波ン鉄次のいやかたき(奥村晋) 日本心は万代の亀鑑とこそは知られけり(難波鉄次) 遠き山道太どりつつそ郎そろ開く神の教(亀山道太郎) 藤の神山を田子の浦武蔵甲斐より眺むれば(藤田武寿) 寿ぎ祝ふ白扇の末広々と白雲や 吉田の時雨治まりて金字の山姿いと気善し(吉田時治) 国の誉れもいち次郎く根占かなめや忠孝の(金山善次郎) 道明らけき大本の教の園は天の原(根占忠明) かきわけ来る神の筆固く信次て疑はず(園原信次) よしも芦きも沢々に世はひさ方のいつまでも(芦沢ひさ) 曽加部の里に鳴瀰る神を斎ける藤原氏(加部瀰) 栄華の夢は一朝に消えた家系の上田姓(斎藤栄一) 沖野かもめのいと長く行き交ふごとく造作なき(神野長造) 筆の運びの信司つは神人ならば分かるべし(同信司・同かる) (十) いかに手荒井兵もの之勢ひたけく攻め来とも(荒井兵之助) 神の守に助けます親の心も暖かに 小川いがりいたはりて人の愛にもいや政り(小川政男) 国に心を男木村の大御めぐみぞ尊とけれ(木村伴太郎) 教の伴の充ち満てる太元神の開きたる 誠の道の牧ばしら慎み仕へ平けく(牧慎平) 村雲払ふ上林治まる御代もいと長井(村上林治) 吉事は日五郎次々に大き小さきまがつ神(長井吉五郎) 原ひ清むる竹箒三つの御魂の現はれて(小原竹三郎) 高熊山の神の教彼岸に波も平けく(高岸平八) 渡す八百重の游藤田か亀神のみいづぞ雄々しけれ(藤田亀雄) 黒白も分かぬ暗の世の田からとあがめ歓こひて(黒田ひで) 天津祝詞に曲の霊かたく藤岡世は澄ぬ(藤岡澄) 大山小山かきわけて昇る朝日の影清く(小山昇) 桧木杉生ふ山かげに光も当る一と筋の(杉山当一) 神の御綱につながれて道安々藤唯一人(安藤唯夫) 日本大丈夫進み行く神の恵も浅からず(浅田正英) 上田正英九日の月に照らされ青木原(青木久二) 久二も病まず小杉原たか熊さして登りゆく(杉原たか) 神の林二生ひたてる諸の木草に時じくの(林二郎) 木の実も沢に成岡のその味はひもうるはしく(成岡銀一郎) 銀月一天すみ切りて西へ西へと渡辺の(渡辺泰次) 珍の姿の泰然と追次に山にかくれ行く(同常吉) 同じ常磐の松の露吉く味はひし木下暗(木下愛隣) 至仁至愛の心もて遠隣救ふ神の教 世の根本を保々と夫れ夫れ御魂にさとし行く(根本保夫) 縦横山谷英二のぼり神の定めし金神の(横山英二) 道伝へ行く神兵が衛りに勇み堂々と(定金伝兵衛) 前む正しき益良雄が花も盛りの岩城に(堂前正盛) 繁々通ふ太郎次郎同じ身魂のよしあしを(岩城繁太郎) さばく審神者の修行場小野が御田麻も安々と(同よし) 男子と女子の跡たづねうさも忘るる神の道(小野田安男) 小野が御田麻の定め蔵と田がひに進む皇神の(同うさ) 恵みの淵に浮びつつ神の政の男々しくも(小野田定蔵) 仕へ奉るぞ楽しけれ(田淵政男) (十一) 佐かえ目出度き神の道大みたからも沢々に(佐沢広臣) 広まり茂る瑞穂国君と臣との中きよく 能く治まれる矢嶋国常世の端に伊太郎まで(矢嶋伊太郎) 山跡国なる日の本の神の大道に納め行く(山本納吉) 日嗣の君の大前に吉くも仕ふる山川の(山川石太郎) 草木や石にい太郎まで固く守らす岩の松(岩淵久男) 淵瀬と変る世の中に天の久方雲わけて 男神女神の二柱山の上原熊もなく(上原熊蔵) 下も蔵まる西東青垣山をめぐらせる(西垣岩太郎) 下津岩根に宮柱太しき建てて浦安の(安田武平) 国の田からは農と武士世は泰平に進みつつ 神の御前にたなつもの横山の如たてまつり(横山辰次郎) 豊の烟も辰次郎木の下潜る清泉も(木下泉三) 神の恵と三谷口千代の基蔵肇めたる(谷口千代蔵) 瑞穂の魂のその流れ長く清けき吉川の(同肇) 世界改良の神策地氏や素性や家柄を(吉川良策) ほこらず只に道の為力雄つくせ須臾も(氏家力雄) 田釜の原のいや広き神之助けをあななひて(須釜広之助) 神の司と成田身は常磐かきはに世を衛る(成田常衛) 田すけの神の其中にわけて尊き国竹の(田中竹次郎) 彦の命の神徳は外に勝れていち次郎し 黄泉津の坂の坂本に善と悪とを立別ける(坂本善兵衛) 神兵堅く衛りつつ大神津実の崎みたま(神崎保之助) 浦保国之助け神醜の曲津も在原の(在原丑太郎) 言向和はす丑寅の神の御息のいや太く 清郎無垢の神守天津神国の日の神の(神守) その分霊幸ひて忠義一途の神司(国分義一) 八嶋の国は掛巻も畏こき神の御教を(八巻市三郎) まづ第市とたつと三て神を君とに竭す身は その名も倉も清く吉く中津御国野醜の名は(名倉清吉) 必ず寅次とこしへに神の誠の道守れ(中野寅次) 中津御国野皇神の作り玉ひし言霊の(中野作朗) 円満清朗淀みなく言向け北る出口王仁(北口新平) 心新しく平けく小幡の川の水清き(川村喜助) 曽我部の村に生れたる幼名上田の喜三郎 神の助の命毛の筆を揮ひて高熊の 山の因縁あらあらと頭を掻いて恥をかき 下らぬ歌をかき残す。
136

(1215)
霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 序文 序文 この霊界物語は、全部五巻にて述べ終る予定でありました。しかしなるべく細かくやつてくれとの筆録者の希望でありますから、第四巻あたりからややその方針をかへて、なるべく詳細に物語ることとしました。 それがため予定の第五巻にて、神界、幽界の物語を終ることは、到底出来なくなつてきました。本巻の最初にあたつて、一旦海月なす漂へるこの国を修理固成すべく諾、冊二神の、天の浮橋に御降臨遊ばすところまで述べるやうに考へてをりましたが、またもやガラリと外れまして、第六巻になつてやうやく天の浮橋に二神が立ちて滄溟を探りたまふ段に届くこととなります。[※校正本では「なします」] この物語は、去る明治三十二年七月より、三十三年の八月にかけて、一度筆を執り、これを秘蔵しておき、ただ二三の熱心なる信者にのみ閲覧を許してゐました。しかるにこれを読了したる某々らは、つひにいろいろのよからぬ考へをおこし、妖魅の容器となつて帰幽したり、また寄つて集つて五百有余巻の物語を焼き棄てて了つたのであります。 それから再び稿を起さうと考へましたが、どうしても神界から御許しがないので、昨年旧九月十八日まで、口述をはじめることが出来なかつたのであります。そのときの二三の役員に憑依してゐた悪神の霊は、全然この霊界物語を覚えてしまつて、いまは開祖の系統の人の肉体に潜入し、現世の根本を説き諭すとの筆先の真理を真解するものは、某より外にないとか、日の出神の生魂だとか、常世姫の身魂だとかいつて、またもや邪神が支離滅裂なる物語を書き、この教を攪乱せむと考へてゐるのであります。私は某より一度その筆先を読んでおけと、幾度も勧められました。 されど如何いふものか、腹の中の虫がグウグウいつて拒み、これを読ましてくれないのであります。これも神界の深き御注意のあることと考へます。世の中には否新しい信者の中には、開祖の書かれたお筆先でさへも、瑞月が作つておいて、開祖に書かしたものだらう、さうでなくては、アンナ田舎の老婆さまが、コンナ深いことを書く道理がないと言つて、筆先を半信半疑の眼で見る人が沢山あるくらゐですから、万一邪神の産物たる某の筆先を、一冊でも私が読んだとすれば、またもや原料を某の筆先から取つたなどと誤解する信者ができるかも知れないのであります。 実際を言へば、某に憑依してをる守護神は、私の書いた霊界の物語を、ある肉体を通じてあちらこちらを読み覚え、さうして何もかも自分が知つてゐるやうに言つて、某の肉体までも誑惑してゐるのであります。またそれに随喜渇仰して金言玉辞となし、憧憬してをる立派な人たちのあるのには、呆れざるを得ないのであります。それゆゑ某の憑神の筆先にも、常世姫とか八王大神とか、その他いろいろの似たやうな神名が現はれてをるのも道理であります。しかし天授の奇魂を活用して御覧になれば、その正邪と確不確と理義の合はざる点において、天地霄壤の差あることが解るであらうと思ひます。 アヽ私はコンナことを序文に一言も述べたくはありませぬ。されど霊界の消息を知らぬ正しき人々のためには、どうしても注意のために申しおかねばならぬのであります。 開祖の神諭にも、 『神の道は誠一つであるから、親子、兄弟、親類、他人の差別は致されぬぞよ』 と示されてありますから、筆先の教示に従つて、一言注意をしておきます。またこの霊界物語について、立派な学者先生の種々の批評があるさうですが、それはその人の自由の研究に任しておきます。 ただ私は神示の儘、工作して口述するばかりであります。 大正十一年一月十四日旧十年十二月十七日 於因幡岩井温泉晃陽館王仁識 王仁 醜の魔神の現はれて善の仮面を被りつつ 誠の道を汚しゆく言葉巧みな口車 うつかり乗るな信徒よ外面如菩薩内心如夜叉 神の真似する悪魔の世界うまい話にのせられな
137

(1216)
霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 凡例 凡例 一、本巻は神界、幽界を網羅せる霊界物語の最終巻と期待してをりましたところ、瑞月大先生の霊界に関する蘊蓄は、全く想像以上に豊富でありまして、つひに全体の半にも達せぬやうな次第であります。しかのみならず、未だ諾冊二神の御降臨前のことで、全く日本国といふ名称の附せられない前の物語であります。 一、ゆゑに日本国に天孫が御降臨遊ばして国土経営を遊ばすのは、ズツト後巻に出ることと思ひます。 一、神界、幽界、現界は共通であると云ふのは、善悪正邪が共通であるといふことで、神界における事象そのままが直ちに現界に実現するのであると考へるのは誤解であるさうです。 一、ただ吾人は、神界の神々の御心も、現界の人間の心も同じことであるから、霊界物語において得たる教訓を、自己の心に較べ、身魂磨きの材料にすれば結構であるさうです。 大正十一年一月十四日 於因幡岩井温泉晃陽館編者識
138

(1217)
霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 総説嵐の跡 総説嵐の跡 畏くも国祖国治立命は、逆神常世彦以下の不従を征するにも、天地の律法を厳守し、仁慈の矛を振ひて奇策神謀を用ひたまはず、後世湯王の桀を放ち、武王の紂を征誅するごとき殺伐の兵法をもつて、乱虐を鎮定することを好みたまはなかつた。 これに反し常世彦命らは、邪神に使役され、後世いはゆる八門遁甲の陣を張り、国祖をして弁疏するの余地なからしめ、つひに御隠退の止むなきに至らしめた。 狼獺の不仁なるも、また時としては神恩を感謝して獣魚を供へ、天神を祀り、雛鴉の悪食なるも猶ほ反哺の孝あり、しかるに永年国祖大神の仁慈に浴し、殊恩を蒙りたる諸神の神恩を捨て、邪神の六韜三略の奸計に乗せられ、旗色の可なる方にむかつて怒濤のごとく流れ従ひ、国祖をして所謂『独神而隠身也』の悲境に陥らしめた。 常世城の会議における森鷹彦に変装せる大江山の鬼武彦をはじめ、大道別、行成彦および高倉、旭の奇策を弄し、邪神の奸策を根底より覆へしたるごとき変現出没自在の活動は、決して国祖の関知したまふところに非ずして、聖地の神人の敵にたいする臨機応変的妙案奇策にして、よくその功を奏したりといへども、天地の律法には『欺く勿れ』の厳戒あり、神聖至厳なる神人の用ふべからざる行為なれば、その責はひいて国祖大神の御位置と神格を傷つけた。現に大道別、森鷹彦、鬼武彦らの神策鬼謀は、国祖の直命にあらず、国祖は至仁至直の言霊をもつて邪神らを悔い改めしめ、言向和さむとの御聖意より外なかつた。しかるに血気に逸り、忠義に厚き聖地の神々は、律法の如何を顧みるに遑なく、暴に対するに暴を以てし、逆に対するに逆を以てし、不知不識のあひだに各自の神格を損ひ、国祖の大御心を忖度し得なかつたためである。アヽされど国祖の仁愛無限にして責任観念の強大なる、部下諸神の罪悪を一身に引受け、一言半句の弁解がましきことをなし給はず、雄々しくも自ら顕要の地位を捨て、隠退せられたるは、実に尊さのかぎりである。吾人は国祖の大御心を平素奉戴して、ある人々の言行の不穏と誤解の結果、吾身の災厄に遭遇することしばしばである。されど、心は常に洋々として海のごとく、毅然として山のごとく、動かず騒がず、すべての罪責を一身に引受け、もつて本懐としてゐるのである。すべて人に将たるものは、よく人を知り、人を信じ、人に任じ、その正邪と賢愚を推知して各自その処を得せしめねばならぬのである。しかるに部下の選任を余儀なくして、誤らしめられたるは、自己の無知識と薄志弱行の欠点たるを省み、一言もつぶやかず、大神の仁慈の鞭として感謝する次第である。 アヽ尊きかな、千座の置戸を負ひ、十字架の贖罪的犠牲の行動に於てをや。吾人は常に惟神霊幸倍坐世を口唱す。無明暗黒の現代を救ふの愉快なる神業に於てをやである。天下に二難事あり、その一は天に昇ること、その二は人を求むることである。アヽ国祖大神の天国を地上に建設したまはむとして艱難辛苦をつくされ、神人を得むとして、その棟梁に最適任の神を得たまはざりしごとく、吾人またその例に洩れないのである。国祖大神は、聖地に清き高き美はしき宮殿を造り、至治太平の神政を樹立し、天下八百万の神人の安住する祥代をながめて、歓喜に充せたまうたのも僅に数百年、つひに善神も年と共に悪化して邪神の容器となり、国祖が最初の大目的を破滅せしめたるは、たとへば小高き山上に美はしき家をたて、その座敷から四方の風景を眺めて、その雄大にして雅趣に富めるを歓びつつありしを、家屋の周辺に樹木の尠く、風あたりの激しきを防がむために、種々の必要なる木を植付けたるに、一時は木も短くして、風景の眺望に少しも障害なかりしもの、年を経るにしたがひ、追々と成長して枝葉繁茂し、何時しか遠景の目に入らぬやうになつたのみならず、つひにはその大木に風をふくんで、その木は屋上に倒れ、家を壊し、主人までも傷つけたやうなものである。世の成功者といはるる人々にも、これに酷似した事実は沢山にあらうと思ふ。現に吾人は、家の周囲に植付けられた種々の樹木のために、遠望を妨げられ、暗黒につつまれ、つひにはその家もろともに倒されて重傷を負うたやうな夢を見たのである。されどふたたび悪夢は醒めて、さらに立派な家屋を平地に建て直す機会の到来することを確信するものである。国祖大神の時節を待つて再臨されしごとく、たとへ三度や五度失敗を重ぬるとも、機会を逸するとも、七転八起は、神または人たるものの通常わたるべき道程であるから、幾たび失敗したつて決して機会を逸したとは思はない。至誠神明に祈願し、天下国家のために最善の努力をつくすまでである。現代の人々は、吾身の失敗をことごとく棚の上に祭りこみ、惟神だとか、社会組織の欠陥そのものの然らしむる、自然の結果なりと思ふなぞの詭弁に依帰してしまつて、自己の責任については、少しも反省し自覚するものがない。宗教家の中には『御国を来らせたまへ」とか「神国成就五六七神政』とかいふことを、地上に立派な形体完備せる天国を立てることだとのみ考へてゐるものが多い。そして地上の天国は、各人がまづ自己の霊魂を研き、水晶の魂に建替るといふことを知らぬものが沢山にある。各自の霊魂中に天国を建て、[※御校正本・愛世版では「天国を建てるのは」だが、それでは前後の文脈がおかしくなる。霊界物語ネットでは校定版・八幡版と同様に「るのは」を外して「天国を建て」に直した。]天国の住民として愧かしからぬ清き、正しき、雄々しき人間ばかりとならねば、地上に立派な霊体一致の完全な天国は樹立せないのである。 アヽされど一方より考ふれば、これまた神界の御経綸の一端とも考へられる。暗黒もまた清明光輝に向ふの径路である。雛鳥に歌を教へるには、暗き箱の中に入れておき、外面より声の美はしき親鳥の歌ふ声を聞かしめると同様に、一時大本の経綸も、雛鳥を暗き箱に入れて、外より親鳥のうるはしき声を聞かしむる大神の御仕組かとも思はれぬこともないのである。ゆゑに吾人は大逆境に陥つて暗黒の中にある思ひをするとき、かならず前途の光明を認め得るのは、まつたく神の尊き御仁慈であると思ふ。いかなる苦痛も、困窮も、勇んで神明の聖慮仁恵の鞭として甘受するときは、神霊ここに活気凛々として吾にきたり、苦痛も困窮も、却て神の恩寵となつてしまふ。たとへば籠の中に入れられてゐる鳥でも、平気で歌つてゐる鳥は、最早とらはれてゐるのではない。暢気に天国楽園に春を迎へたやうなものである。これに反して、天地を自由に翺翔する百鳥も、日々の餌食に苦しみ、かつ敵の襲来にたいして寸時も油断することができないのは、籠の鳥の、人に飼はれて食を求むるの心労なく、敵の襲来に備ふる苦心なきは、苦中楽あり楽中苦ありてふ苦楽不二の真理である。牢獄の囚人の苦痛に比して、自由人の却て是に数倍せる苦痛あるも、みな執着心の強きに因るのである。名誉に、財産に、地位情欲等に執着して、修羅の争闘に日夜鎬をけづる人間の境遇も、神の公平なる眼より視たまへば、実に憐れなものである。 神諭にも、 『人は心の持ちやう一つで、その日からどんな苦しいことでも、喜び勇んで暮される』 と示されたのは、じつに至言であると思ふ。一点の心燈暗ければ、天地万有一切暗く、心天明けく真如の日月輝く時は、宇宙万有一切清明である。吾人は平素心天の光明に照らされ、行くとして歌あらざるはない。吾人の心魂神恩を謳ふとき、万物みな謳ひ、あたかも天国浄土の思ひに楽しむ。アヽ『天国は近づけり、悔い改めよ』の聖者の教示、今さらのごとく、さながら基督の肉身に接侍するがごとく、崇敬畏愛の念に堪へない。 アヽ末世澆季の今日、オレゴン星座より現はれきたるキリストは、今や何処に出現せむとするか。その再誕再臨の聖地は、はたして何処に定められしぞ。左右の掌指の節々に、釘の跡を印し、背部にオレゴン星座の移写的印点を有して降誕したる救世主の出現して、衆生に安息を与ふる日は、はたして何れの日ぞ。金剛石も汚穢の身体を有する蟇蛙の頭部より出づることあり、金銀いかに尊貴なりとて、糞尿の植物を肥すに及ばむや。高山の頂かならずしも良材なく、渓間低く暗きところ、かへつて良材を産するものである。平地軟土に成長したる大樹、またいかに合抱長直なりと雖も、少しの風に撓みやすく、折れやすし。宇宙間の万物一として苦闘に依らずして、尊貴の位置に進むものはない。しかるに、天地経綸の大司宰たる天職を天地に負へる人間にして、決して例外たることを得ない。アヽ人生における、すべての美はしきもの、尊きものは、千辛万苦、至善のために苦闘して得なくてはならぬと思ふ。 神諭に曰ふ、 『苦労の塊の花の咲く大本であるぞよ、苦労なしには真正の花は咲かぬから、苦労いたす程、尊いことはないぞよ云々』 吾人はこの神諭を拝する毎に、国祖が永年の御艱苦に省み、慙愧の情に堪へないのである。 ここに八王大神常世彦命は、多年の宿望成就して、天津神の命を受け、盤古大神塩長彦を奉じて、地上神界の総統神と仰ぎ、自らは八王大神として、地上の神人を指揮することになつた。しかるに聖地ヱルサレムは、新に自己の神政を布くについては、種々の困難なる事情あるを慮り、常世姫をして竜宮城の主管者として守らしめ、聖地を捨て、アーメニヤに神都を遷し、天下の諸神人を率ゐて世を治めむとした。一方常世城を守れる大鷹別は、大自在天大国彦を奉じて総統神となし、アーメニヤの神都にたいして反抗を試み、またもや地上の神界は混乱に混乱をかさね、邪神の横行はなはだしく、已むを得ず、諾冊二神の自転倒嶋に降りたまひて、海月如す漂へる国を修理固成せむとして、国生み、嶋生み、神生みの神業を始めたまひし神代の物語は、本巻によつて明らかになることと思ふ。 神ながら宇宙の外に身をおきて 日に夜に月ぬ物語する 王仁は、第一巻において天地剖判の章に致り、金や銀の棒が表現して云々と述べたるにたいし、人を馬鹿にすると言つて、コンナ馬鹿な説は聞くだけの価値なきものだと、一笑に附して顧みないのみならず、他人の研究までも中止せしめむとしてゐる立派な学者があるさうだ。 神諭にも、 『図抜けた学者でないと、途中の鼻高には、神の申す事はお気に入らぬぞよ云々』 と示されてある。宇宙間の森羅万象、一として形体を具ふるもの、金、銀、銅、鉄等の鉱物を包含せないものはない。人間を初め、動植物と雖ども、剛体すなはち玉留魂の守護によらぬはない。金銀等の金気の大徳によつて現出したる宇宙間の森羅万象は、悉皆、鉱物玉留魂の神力を保持してゐるのであるから、金の棒や銀の棒から天地万物が発生し凝固したと言つたとて、別に非科学的でも何でもない。神の言には俗人のごとき七面倒くさきことは仰せられぬ。すべて抽象的、表徴的で、一二言にて宇宙の真理を漏らされるものである。 それで神諭にも、 『一を聞いて十百を悟る身魂でないと、誠の神の御用は勤まらぬぞよ』 と示されてある。半可通的学者の鈍才浅智をもつて、無限絶対無始無終の神界の事柄にたいして喃々するは、竿を以て蒼空の星をがらち落さむとする様なものである。洪大無限の神の力に比べては、虱の眉毛に巣くふ虫、その虫のまた眉毛に巣くふ虫、そのまた虫の眉毛に巣くふ虫の放つた糞に生いた虫が、またその放つた糞に生いた虫の、またその虫の放つた糞に生いた虫の糞の中の虫よりも、小さいものである。 ソンナ比較にもならぬ虫の分際として、洪大無辺の神界の大経綸が判つて耐るものでない。それでも人間は万物の長であつて、天地経綸の司宰者だとは、どこで勘定が合ふであらうか。されど、神の容器たるべき活動力を有する万物の長たる人間が、宇宙間に絶無とは神は仰せられぬのは、いはゆる神界にては無形に視、無声に聴き、無算に数へたまふてふ、道の大原の聖句に由るのであらうと思ふ。 蚤虱蚊にもひとしき人の身の 神の為すわざ争ひ得めや 大正十一年一月三日旧十年十二月六日
139

(1231)
霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 14 審神者 第一四章審神者〔二一四〕 このとき竜山別はたちまち神憑りして、小高き丘陵に飛び上り、眼下に神人らを梟鳥の円き目玉に睨めつけながら、 『吾こそは日の大神、月の大神、国治立の大神なるぞ。ただいま常世姫に神憑りしたる玉津姫命の託宣を馬耳東風と聞きながし、剰つさへ雑言無礼を恣にしたる盤古大神塩長彦ははたして何者ぞ。汝は六面八臂の鬼神の魔軍に襲撃され、危急存亡の場合を八頭八尾の大蛇の神に救はれしに非ずや。神力無辺なる八頭八尾の大蛇の神の憑りきつたる常世彦の妻神常世姫の生宮にたいして、今の雑言聞き捨てならず。神界の規則に照らし盤古大神はこの場かぎり神界総統者の職を去り、その後任に八王大神を据ゑたてまつりなば、万古不易の神政は完全無欠に樹立さるべし。満座の神人ども、大神の言葉を信ずるや否や、返答聞かむ』 と呶鳴りつつ物凄き目をむき出し、口を右上方につり上げ、水ばなを長く大地に垂れながら、さも厳かに宣言した。あまたの神人は審神の術を知らず、日の大神はじめ尊き神の一度に懸らせたまひしものと信じ、頭を得上ぐるものも、一言の答弁をなすものもなかつた。盤古大神は空嘯きて満面に冷笑を湛へ、常世姫の面体を凝視し、鎮魂の姿勢を取つてゐた。 盤古大神の眼光に睨みつけられたる常世姫の神憑りは、左右の袖に顔をかくし、泣き声をふりしぼり、 『八王大神常世彦よ。いま盤古大神には、常世の国に年古く棲める古狸の霊、憑依してこの尊き神の生宮を無礼千万にも睨めつけをれり。神力をもつて速やかに彼を退去せしめ、貴下は盤古大神の地位に就かるべし。神勅は至正至直にして寸毫も犯すべからず、満座の神人異存あるや、返答聞かむ。かくも大神の言葉をもつて神人に宣示すれども、一言の応へなきは、汝ら諸神人は神の言葉を信ぜざるか、ただしは神を軽蔑するか。かよわき常世姫の生宮として、歯牙にかけざるごとき態度をなすは無礼のいたりなり。アーラ残念や、口惜しやな』 と云ひつつ丘陵上を前後左右に飛んだり、跳ねたり、転んだり、その醜態は目もあてられぬ有様であつた。常世彦は、やにはに常世姫の倒れたる前に進みいで、襟首を無雑作に猫でも提げたやうに引掴みて、右の片腕に高くさしあげ、大地に向つて骨も砕けよとばかり投げつけた。常世姫はキヤツと一声叫ぶと見る間に、邪神の神憑りはにはかに止んで、又もや、もとの優美にして温和なる常世姫と変つてしまつた。 かくのごとく種々の悪神たち、大神の御名を騙つて神人らに一度にどつと憑依せしは、数十日の断水断食のため身体霊魂ともに疲労衰耄の極に達し、肉体としては殆ど蚤一匹の力さへなくなつた。その隙をねらつて霊力弱き邪神が憑依したのである。すべて邪神の憑依せむとするや、天授の四魂を弱らせ、肉体を衰へさするをもつて憑依の第一方便とするものである。ゆゑに神道または仏道の修業者などが深山幽谷に分け入り、滝水にうたれ火食を断ち、あるひは断水の行をなし、または百日の断食などをなすは、その最初よりすでに妖魅邪鬼にその精神を蠱惑されて了つてゐるのである。ゆゑに神がかりの修養をなさむとせば、まづ第一に正食を励み、身体を強壮にし、身魂ともに爽快となりしとき、初めて至真、至美、至明、至直の神霊にたいし帰神の修業をなし、憑依または降臨を乞はねばならないのである。 総て神界には正神界と邪神界との二大別あるは、この物語を一ぺん読みたる人はすでに諒解されしことならむ。されど正邪の区別は人間として如何に賢明なりといへども、これを正確に審判することは容易でない。邪神は善の仮面を被り、善言美辞を連ね、あるひは一時幸福を与へ、あるひは予言をなし、もつて審神者の心胆を蕩かし、しかして奥の手の悪事を遂行せむとするものである。また善神は概ね神格容貌優秀にして、何処ともなく権威に打たるるものである。されど中には悪神の姿と変じ、あるひは悪言暴語を連発し、一時的災害を下し、かつ予言の不適中なること屡なるものがある。これらは神界の深き御経綸の然らしむる処であつて、人心小智の窺知し得べき範囲ではないのである。ゆゑに審神者たらむものは、相当の知識と経験と胆力とがもつとも必要である。かつ幾分か霊界の消息に通じてゐなければ、たうてい正確な審神者は勤まらないのである。世間の審神者先生の神術にたいしては、ほとんど合格者はないといつても過言に非ずと思ふのである。 却説、盤古大神の注意周到なる審神はよくその効を奏し、邪神はここに化の皮をむかれ、一目散にウラルの山上目蒐けて雲霞のごとく逃げ帰つた。されど一度憑依せし悪霊は全部脱却することは至難の業である。ちやうど新しき徳利に酒を盛り、その酒を残らず飲み干し空にしたその後も、なほ幾分酒の香が残存してゐるごとく、悪霊の幾部分はその体内に浸潤してゐるのである。この神憑りありしより、常世彦、常世姫、竜山別も、日を追ひ月を重ねて、ますます悪神の本性を現はし、つひには全部八頭八尾の大蛇の容器となり、神界を大混乱の暗黒界と化してしまつたのである。あゝ慎むべきは審神の研究と神憑りの修業である。 (大正一一・一・七旧大正一〇・一二・一〇加藤明子録)
140

(1235)
霊界物語 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 18 宣伝使 第一八章宣伝使〔二一八〕 ここに天教山(一名須弥仙山ともいふ)に鎮まり坐す木花姫命の招きにより、集つた神人は、 大八洲彦命(一名月照彦神)、大足彦(一名足真彦)、言霊別命(一名少彦名神)、神国別命(一名弘子彦神)、国直姫命(一名国照姫神)、大道別(一名日の出神)、磐樟彦(一名磐戸別神)、斎代彦(一名祝部神)、大島別(一名太田神)、鬼武彦(一名大江神)、高倉、旭の二神合体して月日明神 その他の神人なりける。 それらの神人は、天教山の中腹青木ケ原の聖場に会し、野立彦命の神勅を奉じ、天下の神人を覚醒すべく、予言者となりて世界の各地に派遣せられた。その予言の言葉にいふ。 『三千世界一度に開く梅の花、月日と土の恩を知れ、心一つの救ひの神ぞ、天教山に現はれる』 以上の諸神人はこの神言を唱へつつ、あるひは童謡に、あるひは演芸に、あるひは音楽にことよせ、千辛万苦して窃に国祖の予言警告を宣伝した。 されど、大蛇や金狐の邪霊に心底より誑惑され切つたる神人らは、ほとんどこの予言を軽視し、酒宴の席における流行歌とのみ聞きながし、事に触れ物に接してただちに口吟みながら、その警告の真意を研究し、日月の神恩を感謝し、身魂を錬磨せむとする者は、ほとんど千中の一にも当らぬくらゐであつた。 常世神王は、門前に節面白く「三千世界一度に開く梅の花云々」と歌ひくる月日明神の童謡を聞いて首をかたむけ、大鷹別をして月日明神をともなひ殿中に招き、諸神満座の中にてこの歌を謡はしめた。 月日明神は、面白く手拍子足拍子を揃へ、かつ優美に歌ひ舞ひはじめた。いづれもその妙技に感嘆して見とれゐたり。 神人らは、嬉々として天女の音楽を聴くごとく勇みたち、中には自ら起ちてその歌をうたひ、月日明神と相並んで品よく踊り狂ふものあり。殿内は神人らの歓喜の声に充されて春のやうであつた。独り常世神王は、神人らの喜び勇み踊り狂うて他愛なきに引きかへ、両手に頭を抑へながら苦悶に堪へざる面持にて、始終俯きがちにその両眼よりは涙を垂らし、かつ恐怖戦慄の色をあらはし、何となく落着かぬ様子であつた。 この様子を窺ひ知つたる大鷹別は、常世神王の御前に恭しく拝礼し、かついふ、 『神王は、何故かかる面白き歌舞をみそなはしながら、憂鬱煩慮の体にましますや、一応合点ゆかず、御真意を承はりたし、小子の力に及ぶことならば、いかなる難事といへども、神王のためには一身を惜しまず仕へまつらむ』 と至誠面にあらはれて進言した。 されど、常世神王はただ俯向いて一言も発せず、溜息吐息を吐くばかりであつた。大鷹別は重ねてその真意を言葉しづかに伺つた。常世神王はただ一言、 『月日明神を大切に饗応し、本城の主賓として優待せよ』 といひ残し、奥殿に逸早く姿をかくした。 月日明神は衆神にむかひ、 『世の終りは近づけり、天地の神明に身魂の罪を心底より謝罪せよ』 といひつつ、姿は烟のごとく消えてしまつた。 しばらくあつて常世神王は大鷹別にむかひ、 『旭明神とやらの唱ふる童謡は、普通一般の神人の作りし歌にあらず、天上にまします尊き神の予言警告なれば、吾らは一時も早く前非を悔い、月日と土の大恩を感謝し、天地の神霊を奉斎せざるべからず。是については吾々も一大決心を要す。すみやかに盤古神王の娘塩治姫およびウラル彦の娘玉春姫をアーメニヤの神都に礼を厚くしてこれを送還し、時を移さずロッキー山上に仮殿を建て、すみやかに転居の準備に着手せよ』 と厳命した。大鷹別は神王の真意を解しかね、心中に馬鹿らしく感じつつも、命のごとく数多の神人をして二女性をアーメニヤに送還せしめ、ロッキー山の頂上に土引き均し、形ばかりの仮殿を建設することとなつた。 アーメニヤの神都にては、盤古神王をはじめウラル彦は、常世神王の俄に前非を悔い、心底より帰順したる表徴として安堵し、かつ軽侮の念を高めつつ意気衝天の勢ひであつた。 頃しも仮宮殿の傍近く、 『三千世界一度に開く梅の花』 と謡うて通る言触神(宣伝使)があつた。盤古神王はこの声に耳をそばだて胸を抑へてその場に平伏した。この声の耳に入るとともに頭は割るるがごとく、胸は引き裂くるごとくに感じたからである。 ウラル彦夫妻は、神王のこの様子を見て不審に堪へず、あわただしく駆けよつて介抱せむとした。神王は右の手を挙げて左右に振り、苦しき息を吐きながら、 『ただ今の言触神の声を聴け』 といつた。二神は答へて、 『彼は神人らに食を求めて天下を遍歴する流浪人なり、かくのごとき神人の言を信じて心身を悩ませたまふは、平素英邁にして豪胆なる神王の御言葉とも覚えず、貴下は神経を悩ましたまふにあらざるか』 とやや冷笑を浮べて問ひかけた。 神王は二人の言葉の耳にも入らざるごとき様子にて、両手を合せ、或は天を拝し或は地を拝し、 『月日と土の恩を知れ、月日と土の恩を知れ、世界の神人の罪を赦し、吾ら一族をこの大難より救はせたまへ』 と流汗淋漓、無我夢中に祈願をこらす。 ウラル彦夫妻は、この体を見て可笑しさに堪へかね噴出さむばかりになつたが、神王の御前をはばかつて、両眼より可笑し涙を垂らしてこの場を退きさがつてしまつた。そしてこの場に現はれた言触神は日の出神であつた。 (大正一一・一・九旧大正一〇・一二・一二井上留五郎録)