| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
121 (3340) |
霊界物語 | 78_巳_朝香比女の神の物語(葦原新国) | 12 月下の宿り | 第一二章月下の宿り〔一九六八〕 一行十二柱の神々は、黄昏の野路を駒に鞭うたせつつ、常磐樹茂る野中に珍しき広き森蔭に安着し給ひける。国土稚き島ケ根にも似ず、松の太幹は所狭きまで生ひ茂り、地一面の白砂は白銀を敷きつめし如く、処々に湧き出づる清水は、底の真砂も見ゆるまで、夕月の影をうつして鏡の如く輝けりけり。 この森の処々に空地ありて、居ながらに御空を仰ぎ見るを得たり。先づ二柱の御樋代神は、蜒蜿と竜蛇の如く梢を四方に張れる笠松の根株に、萱草を敷き足らはし、安らかに御息をつがせながら御歌詠ませ給ふ。 朝香比女の神の御歌。 『地稚きこの浮島にかくの如 老松の森ありとは知らざりき 海原の島かげ数多くぐりつつ 初めて見たり太幹の松を 常磐樹の生ひ茂りたる森かげに 月を浴びつつ休らはむかも 此処に来て心清しくなりにけり 十柱神の面輝けば 大空を渡らふ月の光清み 松を描けり真砂の上に 彼方此方に真清水湧けるこの森の 清しきかもよ月の照れれば 大空も水底も月の輝きて その夕暮の吾を生かせり 草枕旅の疲れも忘れけり 常磐の森に澄む月見つつ』 葦原比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『グロス島のこの浮島も今日よりは 公の神徳に蘇へりけり 久方の御空の雲も晴れゆきて さやけく照れる月舟のかげ 西へ行く月もあしなみとどめつつ 吾等が上に輝き給へり 天心に月はいつきて神々の 今宵の宿りを守らせ給へり 荒れ果てしこの島ケ根をまつぶさに 拓かせ給ひし光の神はや 何時までも公の恵みは忘れまじ 国土の艱みを逐ひそけ給へば 葦原の国土の宝と賜ひてし 貴の燧石は生ける神かも この燧石一つありせば曲神の 潜める山野も焼き払ふべし 常磐樹の松の梢に澄みきらふ 月の面は千々に砕けつ 常磐樹の松の梢ゆ透し見る 御空の月は一入ひろしも』 初頭比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『曲津見の朝夕べを荒びたる この国原も月にかがよふ 真清水にうつらふ月のかげ見れば 千々に砕けて風そよぐなり 大空の限りも知らぬ星光は 真砂の如く輝けるかも 大空の星を写して真清水の 底ひも深く空輝けり 仰ぎ見れば御空は蒼く俯して見れば 水底深し御空を浮べて』 真以比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『遥々と高地秀山より天降りましし 比女に伊添ひて月を見るかな 高地秀の神山を照らす月光を ここにうつして澄める公はも 今日までは醜の黒雲ふさがりて 澄みきらひたる月を見ざりき 夕されど梢の千鳥百鳥は 今日の御行を祝ひて寝ねずも 梢より梢に渡る百千鳥の かげもさやかに見ゆる月の夜 迦陵頻伽時じく鳴きて田鶴の舞ふ うましき国土となりにけるかも』 起立比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『グロノスやゴロスの潜む魔の沼に のぞみし思へばわが魂をどるも 真昼間の光冴えにつつ魔の沼の 戦を守らせ給ひし月はも 天津日は海原遠く沈みませど 白玉の月輝き給へり いや深き森かげながら冴え渡る 月の光に明らかなるも 蟻の這ふ庭さへ見ゆる明るさに 夜の旅寝と思はざりけり はろばろと焼野を渉り河を越え これの清しき森に休むも 天地の神の恵のしるければ わが行く道は曲津のかげなし』 成山比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『春の夜の月にはあれど空澄みて 星の光もまばらなりけり 仰ぎ見れば天の河原は東より 西にめぐりて夜はくだちたり 幾万の星の真砂のきらめける 天の河原を月舟渡らふ 東より西に流るる天の河の 中を漕ぎゆく月舟明るき 嬉しさに心勇みてこの夜半を 眠れぬままに歌詠みふけるも 梟の声も濁りて常磐樹の 梢に小夜は更け渡りつつ 新しく生れし国土の喜びを 御空の月も寿ぎ給ふか 葦原の比女の神言のしろしめす 葦原の国土は未だ稚しも 稚き国土に稚き月日のかげ添ひて 千代の栄の種を蒔かばや』 栄春比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『初夏ながらこの浮島は春めきて 白梅の花はほぐれ初めたり 常磐樹の森の下びに白々と 梅の蕾は綻び初めたり 小夜を吹く風に送られ白梅の 花の薫りの親しき夜半なり 神々は各も各もに御歌詠みて この短夜を生き栄えつつ 眠らむと思へど心わき立ちて 御空の月にいつきけるかも』 立世比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『海山をもろもろ越えて今宵はも 松にかかれる月舟を見し 駿馬の嘶き清く響くなり 月の下びに心をどるか 神も駒も梢の鳥も勇みたちて 春の一夜をうたひ明かすも』 八栄比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『神々の貴の御歌にかこまれて わが言の葉は出でずなりける 荒野吹く風の響きもさやさやに 常磐の森に隔てられつつ 明日されば貴の宮居に進まむと 思へば心勇みたつかも』 霊生比古の神は御歌詠ませ給ふ。 『目出度さの限りなりけり醜神は 雲と散りつつ月はかがよふ 御樋代の光の神の出でましに 御空の月はいよよさやけし 二十年をこの稚国土に住みながら かく澄みきりし月は見ざりし 顕津男の神の御霊と輝ける 常磐の森の月は新し』 天晴比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『天も地も晴れ渡りたる国原に 澄みきらひたる月はわかしも 曲津見の棲処を焼きしわが公の 真火の光りは天を焦せし 久方の天に昇りし焔にも 染まらで月は澄みきらひませり』 かく歌ひ給ふ折りしも、次第々々に夜は更け渡り、鵲の声、森の彼方より響かひ来る。 ここに十二柱の神等は、東雲の空を寿ぎつつ生言霊の神嘉言を宣り終り、白馬に跨り、鷹巣の山の麓なる貴の御館を指して急がせ給ひける。 (昭和八・一二・二一旧一一・五於大阪分院蒼雲閣林弥生謹録) |
|
122 (3379) |
霊界物語 | 79_午_葭原の国土の竜神族の物語 | 23 二名の島 | 第二三章二名の島〔二〇〇四〕 水上山方面の地は、数日の間天災地妖打ち続き、雷鳴轟き電光閃めき、暴風雨しきりに臻り、驟雨沛然として滝の如く、地鳴震動連続的に起り、大井ケ堰は濁水滔々と流れ落ち、囂々たる水勢は雷鳴に和して、耳も割るるばかりの大騒動とはなりぬ。 大井の淵には四頭の竜神互に眼を怒らし、一人の艶男を奪はむと、間断なく格闘を続け、竜体より流るる血汐は、濁水に和して朱の如く、さすがに広き玉耶の湖も紅の湖と変りけり。水量は日に日に増さり行きて、低地に住める国津神等は住家を流され、生命を奪はるる者多く附近の山にのぼりて難を避けつつありけるが、暴風雨と地鳴との為に振り落され、水中に没して生命を失するもの、その数を知らざりき。 山神彦、川神姫は岩ケ根、瀬音、水音と共に、幼き乳児を抱へ、頂上の神殿に参籠して、一時も早く天変地妖のをさまらむ事を祈願すれども、如何ともせむ術もなく、惨状は益々その度を加ふるのみ。 かかるところへ大空の黒雲を分け、四柱の侍神を従へ、嚠喨たる音楽と共に、水上山の頂さして降り給ひし神は、御樋代神の朝霧比女の神に坐しましける。侍神は大御照の神、朝空男の神、国生男の神、子心比女の神に坐しましける。 朝霧比女の神は、天変地妖をものともせず、儼然として宣らせ給ふ。 『われこそは主の大神の神言もて 御樋代神と降り来つるも 葭原の国土は獣に汚されて 天と地との怒りを招けり 竜ケ島の乙女を汚せし罪によりて 国魂神は怒らしにけり われは今葭原の国土を治さむと 降りて見れば浅ましき状よ 天津神生ませ給ひし食す国を わが物顔に振舞ひし罪なり 山神彦、川神姫が今日の日の 歎きにあふも神の心よ 今日よりはたかぶる心を振りすてて 正しく清く神に仕へよ 此国は汝が治むる国ならず 御樋代神の治す国なり 玉耶湖の中に浮べる竜ケ島は 今は全く備はらぬ国 人の面なしつる女神も身体の その大方は獣なるぞや 神の子の御魂を持ちて獣なす 姫を娶るは罪とこそ知れ 艶男は神の律に叛きたる 報いによりて亡せにけるかも 今日よりはいづれの神も村肝の 心清めて改めよかし。 一二三四五六七八九十 百千万八千万 風も早凪げ雨も降るな 雲よ退け地震振る止まれ これの神国は主の神の 依さし給へる御樋代神の 永久に鎮まる清所なり 雨はれ国はれ雲はれよ 葭の島根は今日よりは 黄金花咲く食す国と 宣り直しつつ開くべし ああ惟神々々 わが言霊に力あれ 生言霊に光あれ』 と宣らせ給ふや、さしも烈しかりし雷鳴は鎮まり、電光は影を没し、暴風雨は跡形もなく尾の上の雲と消え、地震はひたと止まりて、安静の昔にかへりしこそ畏けれ。 山神彦は濁流の次第々々に減じ行くを眺めながら、恐れ畏み歌ふ。 『御樋代の神の光の畏けれ 百のなやみも消え失せぬれば 大御祖神のみあとを継ぎて来し われは御国の仇なりしかも 治むべき神の治むる国なりしと 今更ながら悟らひにけり 御祖より重ね来りし罪科を 許させ給へ御樋代の神 わが伜水の藻屑と消え果てしも 御祖の罪のめぐり来つるか 畏しや貴の言霊幸はひて 国のなやみは消え失せにけり 今日よりは心清めて御樋代の 神の教にまつろひ奉らむ』 川神姫は恐る恐る御前にひれ伏して、述懐を歌ふ。 『はしけやし厳の御神天降りまして われらが悩みを救はせ給ひぬ 知らず知らず罪を犯せしわれなりし 許させ給へ天降ります神 御顔を仰ぐもまぶしくなりにけり 曇りきりたるわがまなかひは まなかひの眩むばかりに思はるる 神のよそほひ尊きろかも 今となりてわが子の生命は惜しむまじ ただ惟神神に任せむ よしやよしわれらの生命召さるとも 罪し消ゆれば悔ゆる事なし 昔より此丘の上に鎮まりて 国を守りしことのはづかし 主の神の御許しなくばよき事も 罪なりといふ事を悟りぬ』 御樋代神の朝霧比女の神はうなづきながら、 『汝が言葉澄みてありけり宜よ宜よ 国の司とありし身なれば 汝が罪をここに改め許すべし 水上の山に永久に鎮まれ』 山神彦は涙を袖に拭ひながら、 『再生の思ひするかな御樋代神の なさけの言葉かたじけなみつつ 天地の神は怒りて国原は 修羅の巷となりにけりしな 常闇の世を照しつつ天降りましし 神の御前に戦くわれなり』 岩ケ根は恐る恐る歌ふ。 『二柱神に仕へて今日までも 安く暮れにしわが身恥かし 御樋代の神の御前を伏し拝み わが身体はいすくみにける 主の神の御許しなくて仕へたる われは悲しも罪を重ねて 目路の限り国津神らの住む家は 跡形もなく失せにけるかも かくの如なげきの種を培ひし われは礼なき罪人なりける わが生命よしや死すとも厭はまじ なやめる神を許させ給へ 此館に古く仕へて年老いぬ 著きいさをのあともなくして』 水音は歌ふ。 『久方の雲井を分けて天降りませし 神の御前にわれ戦きぬ 常闇の醜の国原伊照らして 天降り給ひし尊き神はも 滝津瀬の水音とみにしづまりて 漲る水は低みたるかも つぎつぎに漂ふ水も流れ行きて 狭霧立ちたつこれの国原 如何して貴の恵に報いむと 思ふはわれらが真心なりけり』 瀬音は畏み歌ふ。 『常闇の歎きに泣きしわが魂も 神の光によみがへるける 幾千代の末の末まで忘れまじ 神の恵のいやちこなるを あはれあはれ水上山の聖場は 蘇りつつ朝日照らへり 草も木も歓ぎよろこぶ世となりぬ 光の神の天降りましてゆ』 大御照の神は御歌詠ませ給ふ。 『天津日も大御照らしの神なれば 御樋代神に添ひて降れる 今日よりは御空の雲霧吹き払ひ 葭原の国土を生かさむと思ふ 光闇行きかふ世なりわれあらば 夕さりくるも国原明るし 竜神の島の乙女に心せよ 彼等は全き神にあらねば 御樋代の神の渡らせ給ひなば 竜の島根は生く国とならむ 伊吹山尾根に集る曲津見は 百花千花と化りて匂へるよ』 岩ケ根は頭を地にすりつけながら、 『ありがたし天津御神の御宣示 心に刻みて忘れざらまし 歎かひの日を送りつつよろこびの 今日はよき日にあひにけらしな』 朝空男の神は御歌詠ませ給ふ。 『悩ましき水上の山のありさまを われあはれみて降り来つるも 御樋代の神のみあとに従ひて 天降りしわれは朝空男の神 朝津日は御空に昇り夕月は 尾の上にかかりて国土照しまさむ 主の神の貴の食す国を美し国と 治めて永久の礎固めむ 山神彦よ岩ケ根、瀬音、水音と 力協せて御子を育てよ 生ひ立ちし御子を此地の司とし 近き辺りを安く治めよ』 山神彦は嬉しさのあまり、落涙しながら地に伏して歌ふ。 『罪深きわれらが孫をかくまでも 恵ませ給ふと思へば悲しき 真心のあらむ限りを捧げつつ 御樋代神に永久に仕へむ』 川神姫は同じく伏して歌ふ。 『常闇の世は晴れにけり隈もなく 御樋代神の光によりて わが夫と共にかしこみ此国の 近き辺りを謹み治めむ』 国生男の神は御歌詠ませ給ふ。 『葭原の国土は涯なく広ければ われは力の限りを尽さむ はてしなき此国原に天降りまして 都つくると思へばいさまし』 御樋代の神は再び歌はせ給ふ。 『朝霧は四方に立ちたつ夕霞 棚引き初むるこれの国原 水上山これの清所は年老いし 二人を休ませ岩ケ根にあづけむ 此御子の生ひ立ちまさば岩ケ根は 国の政治を御子に返せよ 此御子は竜神の腹に生りませば 国津神らの手には育たじ 子心比女神に嬰児を守らせて 安く雄々ししく育てむと思ふ』 岩ケ根は地に伏して歌ふ。 『ありがたし老います君のあとうけて 水上の山に仕へ奉らむ 貴御子の生ひ立ちまさば吾は直に これの御国を返し奉らむ 貴の子の生ひ立ち頼みまゐらする 御樋代の神子心比女の神に』 子心比女の神は御歌詠ませ給ふ。 『御樋代の神の仰せをかしこみて 朝な夕なを恵み育てむ』 斯く歌ひ給ひて、竜彦の御子を御肌に抱へさせ給ひ、 『貴の子よ愛しき御子よ汝こそは 国の柱よすくすく育てよ。 神の恵はいや広し 汝の生命の永かれと 朝夕祈りて育まむ 山神彦よ川神姫よ 心安かれ岩ケ根も すくすく此子の生ひ立ちを 楽しみ待てよ惟神 われはこれより高光の 御山を指して御樋代の 神に従ひ出で行かむ ああ惟神々々 恩頼は永久にあれ 恩頼は永久にあれ』 と歌はせ給ひつつ、悠然として雲を起し、御樋代の神の他四柱は、高光山の方面指して出で給ひける。 因に言ふ、高光山を境として、東に御樋代神の貴の御舎は建てられ、土阿の宮殿を造り、改めて土阿の国と名付け給ひ、高光山以西を予讃の国と名付け給ひ、葭原の国土を総称して貴の二名島と称へ給ひけるぞ畏けれ。 (昭和九・七・二〇旧六・九於関東別院南風閣白石恵子謹録) |
|
123 (3613) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 明治41年旧6月8日 | 明治四十一年旧六月八日 艮之金神、国常立尊変性男子の身魂が現はれて守護致さな成らん時節が参りたから、皆揃ふて、吾が吾の心を日々査めて、身魂を磨いて居らんと、今慢心を致すやうな事ありたら、誰によらん依估贔負は致さんぞよ。物が大変更が致すから、余り思ふて居る事が大変更が致すと此方厭である。出口直もそれで平常心配を致すのであるから、余り心配を懸けると、其人が思ふやうには行きは致さんぞよ。誠の道に悪るい事は致さんなれど、吾の心が間違ふて居ると、誠の道でも悪く見えて御蔭を落して、元の御蔭は貰へんことに変はるから、初発から何時になりても変らん心で居りてくだされよ。これ丈日本の国が真暗闇に成りて居るのに、体主霊従の教を、これ程結構は無いやうに思ふて、この儘で末代も行けるやうに思ふてお出でるのが、根元の事を思はぬ苦労無しの守護神の行方、他人の事に気の附く守護神にも、人民は尚更、守護神が肉体を自由に致すぞよ。其事が綾部の大本でないと分りは致さんぞよ。他所で分らん身魂の性来が調査めてありて、今度の二度目の世の立替であるから、世の元の基礎を造へた活神の霊魂の性来から、皆露はす世界の大本であるから、途中に出来た枝の神では、天地動いて何れ丈の行致しても、元の大神様から造へてお出でます、直の分霊で無いことには、今度二度目の世の立替の根本の御用は出来は致さんから、理会りた御方から霊主体従の道へ立ちかへりて御手伝いを為されば、立替ありて立直しに成りた所では、国常立尊がお働きを見届けたその上では、御出世をさして御礼を申すのであるから、従来の神界の経綸、天地の相違、それを天地がひッくり返りて居りたと申すのであるぞよ。神も人民も、同一事であるぞよ。苦労十分に致して、苦労の凝塊が、時節参りて開けるのであるから、立替にも骨が折れるなれど、此世の来るのが世の元からよく知れて居りての大事業である。今度世に落されて居りた活神の守護となると、余り安楽してお出でた御方は余程辛いぞよ。 今度沓島へ落されて居りたといふ事を、世界へ発表はすのであるから、沓島は貴い所であるから、向後で沓島へ行に参りてから、綾部の大本の御筆先に成らんといふ事を犯したら、向後では大本の高天原へは上らせんから、何彼の事があらはれて、悄々として去な成らん事が出来るといふ事が筆先に書してある。 規則破りた稚比売岐美命の御霊の慚傀を、出口直に十分晒さして、めぐりを取らして、二度目の世の立替の御用を機嫌善く勤めさして貰ふて、規則破りた譴しめを宥して貰ふ、因縁の深い身魂であるよって、これ丈苦労がありたのであるぞよ。今度の地の規則を破りたら末代世に上られんから、今の今迄気を附けてやるから、此事に気の附かんやうな守護神は到底改心は出来は致さんが、底之国行が厭な事であるなれど、沢山あるが、日本の国の身魂の曇りやうは甚大い曇りやうであるぞよ。外国の方が余程良好であるぞよ。日本の人民は慾が深いから、外国の人民に騙されて、日本の国を自由自在、気随気儘に致して、日本の国はさッぱり汚して了ふて空地は無いぞよ。此曇りた日本の国は元の神代へ立帰りて、水晶の世に致すのは、日本の人民の心をさッぱり水晶の心に持ちかへて、元の神の心と同じ心に成りたら、それを神世と申すのであるから、此醜しき日本の国は、小さい国であるから、改心さして、世の立替を致し度いと思ふたなれど、選択ると、純良身魂は何程も無いが厭なことであるぞよ。 |
|
124 (3637) |
大本神諭 | 神諭一覧 | 大正3年旧9月17日 | 大正三年旧九月十七日 大国常立尊が変生男子の身魂と一つになりて、出口直の手で昔からの事、是までに解らなんだ事から、昔から此世に無りた事を書しておくぞよ。日本の国は根本の霊能元素の国で在るから、世界に一と申して二の無い神国であるぞよ。此日本の結構な神国は、何時に成りても外国の自由には成らん国であるのに、こんな見苦しき国に成りて了ふたのは、日本の守護神がサッパリ悪に覆りて居るからであるぞよ。斯ういふ事になるのは、世の元の大神様の附々の守護神の精神が悪るき故に、斯う言ふ事に成りたのであるぞよ。天の王の御先祖様と御成なさる尊い霊魂の附々の、一の番頭二の番頭の精神が元来悪き故に、世界一の霊の本の国を、斯様な見ぐるしき国に致して了ふて、今の日本の有様、神なき国同様であるぞよ。 昔から神が研きしもとの鏡も、九分九厘の処で曇りたら神の間には合はんから、今度の御用はチットも油断は出来んぞよ。天地の御先祖様の尊い御霊魂の光を出さねば成らぬ大神様の一の家来が、鏡が曇りて居りた故に、斯んな惨い世になりたのであるぞよ。今暫くは一の家来の名だけは、現はさずに在るなれど、トコトン改心をいたさねば、其守護神と肉体の名を現はして、世界中へ慚愧を晒さして、悪の加賀美にして罪を取らねば、重々の天地の咎人どころで無いぞよ。天地の大盗賊であるぞよ。変生男子より外には此筆先を書く身魂は、末代に無いのであるぞよ。外にも筆先書して知らして在れども、肝心の一厘の事は知らして無いぞよ。代りの有る事なら為宜いなれど、代りの無い変生男子の身魂と、変生女子の身魂であるから、此御用の勤まる身魂は外には一方も無いやうな事がさして在るから、大本へ立寄る人が何彼の事を誤解をして居るが、誠の善一つの道は普通の身魂では、此中の事は見当が取れんから、大本の誠の御用を致さうと思ふたら、人から見て違ふた人じゃなあと言はれて、ひっくるぶいて仕事を為もってでも、筆先の精神を考へて見て、夜分に寝ても寝られんやうな、一心の人で在りたなら。此方が天晴現はれて、是で宜いといふやうに成りたら、善の方へ廻して、神から直接の神力を授てをいて守護を致すから、何事も思ふやうに、箱さした様に行けるなれど、今の人民は思いが大元の神とは反対であるから、神力が渡されんのであるぞよ。神国の肝心の時の間に合はん学で、智慧の出来たハイカラ御魂の肉体の人民は、神が使ひ難いから、産の霊魂に立かへらんと、今度の神世の御用には使はんぞよ。一層何も彼も卓越た学のある守護神でありたら、解るのも早いなれど、今の途中の鼻高の学者は、世界が茲まで迫りて来て居るのに、未だ日本の国の天からの責任が解らん様な事であるから、何時まで延ばしても限が無いから、天地のビックリ箱を明けて、神力を見せてやるぞよ。天地のビックリ箱が開くと、天地が一度に鳴動出して、耳も目も鼻も飛んで了ふやうなエライ騒動になりて、如何な悪の強い身魂でも、学のある守護神でも、ヂリヂリ悶へいたして、一度に改心を致すなれど、そうなりてからの改心はモウ遅いぞよ。そう成りて来たら金銀でも、学でも、智慧でも屁の突張にも成らんと言ふ事が解るぞよ。そこに成る迄気の付かんのは、外国の訳の解らん悪神の霊魂に心の底から欺されて了ふて、日本魂が曇り切りて居るからであるぞよ。今年で二十三年の間、出口直の手と口とで十分に知らして気を付けたなれど、今の上の守護神も下の人民も渋たふて聞入れぬから、モウ知らせ様が無いから、何彼の事の実地を為て見せてやるから、ビックリ虫を出して又腰の抜けんやうに、此大本へ来て筆先を見たり聞いて居る人は、世界の大峠と成りた折には、チト異うた人に成りて居らんと、早うから此辛い処へ山坂を越えて、有難いと申して居りても、大本の中は大化者に、実地に世界の事が為して見せて、鏡が出してあるから、世界から何事が起りて来ても、胴を据えて、腹帯を確りと締て居ると、今度の世界の御用が能く勤まるぞよ。ビクビク致す様な事ではモ一つ信仰が足らんのであるぞよ。女でも確り腹帯を締て信仰が固まりたら、世界の大峠に成りた折に胴が据りて、ビクとも為ずに御用が出来るぞよ。筆先の読み様が足んと、其時に恐くなりて堪忍んから、日々に気を附けて知らしてあるぞよ。世界に在る事を気も無い中から、先に知らせる大本であるから、一旦筆先に出した事は、チト遅し速しは在りても皆出て来るから、何彼の事が延びた丈けは一度に成るぞよ。緩々と致して居りたら彼我の国も潰れて世が建ん事に成から、一期に致せば速く成るなれど、世界は一度は困難が来るぞよ。善一つの誠の御慮見の宜い天の御先祖様が、是程永い間の御艱難を為されたのは、元からの附々の守護神の精神が全然極悪で在りた故に、露国へ上りて居る極悪神と心腹が一つで、此世を混乱して了ふたのであるぞよ。表面からは善く見えても、腹の中が極悪であるから、其の事は斯世が泥海の折から、此目的の在る事を天の御先祖様が皆御存知でありたから、地の先祖の国常立尊の変生男子の霊魂と、変生女子の霊魂とが、初発から拵へて在りたのじゃぞよ。斯う言ふ悪物が在る故に、日本の霊能元の国にも、一輪の梅の花の経綸が秘密に為て在るから、到底悪神の自由には何時までも為しは致さんぞよ。日本の元の御血統を悪に致して、化して在りた事が判らなんだが、是までは我の世で無いから、蔭からの守護で何も申す事も致す事も出来なんだなれど、時節参りて世に現はれて、天地の吃驚箱(びっくり箱、ビックリ箱)を開けるから、何彼の事が明白に見え透き出すから、悪の守護神は恐怖なりて迯げ出すやうに成るぞよ。自己の腹の中が自己に見えるやうになりて、自己の腹腸が汚なくなりて、腸を引摺出して悶へ死をする肉体も沢山あるぞよ。世界の立替の大峠と成りたら、善き事も、悪き事も、恐い事も一度に出て来て、眼を開けて見られんやうな事が、罪穢の酷い処には罪の借銭済が在るから、海外の国は大分厳酷ぞよ。日本の中でも非道いめぐりを積で居る処ほど、ひどい事が在ると云ふ事は、明治二十五年から日々続いて知らしてあるが、何彼の時節が参りて、天の根本の大神様の御光を国常立尊から現はせて、昔から無りた事を致したり、此世が出来てから無い、天の王と地の王との大神の光を、三千世界へ現はす世になりたぞよ。 |