| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
61 (2184) |
霊界物語 | 37_子_出口王仁三郎自叙伝1 | 09 牛の糞 | 第九章牛の糞〔一〇二一〕 斎藤元市氏は大霜天狗の託宣のがらりと外れたのに愛想をつかし、修業場を貸すことを謝絶し、それきり自分の方へは見向きもせなくなつたのみならず、『大先生』と、暫く崇めてゐた喜楽に『泥狸、ド狸、野天狗、ド気違』と罵り始めた。そして自分の妻の妹のチンコの静子を、中村の修業場から引張帰り、園部の下司熊吉といふ博奕打の稲荷下げをする男の女房にやつて了つた。十三歳の高子の方は神懸りが面白いので、中村の多田亀の内で修業をして居た。宇一は爺の目を忍んで、そろそろ喜楽の宅へ出入りを始めた。そして神の道を覚束なげに研究してゐた。 奥山で失敗して帰つてから、五日目の夜さであつた。又もや大霜天狗サンが、五日間の沈黙を破つて、腹の中からグルグルと舞ひ上り、喉元へ来て呶なり始めた。喜楽はヤア又かと、迷惑してゐると、雷のやうな大きな声で、 大霜『此方は住吉の眷族大霜であるぞよ。男山の眷族小松林の命令に依つて、再びここに現はれ、其方に申渡すことがあるから、シツカリ聞くがよいぞ。宇一は暫く席を遠ざけたがよからう』 宇一は審神者気取りになり、 宇一『コレ大霜天狗サン、余り人を馬鹿にしなさるな。奥山に金が埋けてあるなんて、能うそんな出放題が言へましたなア、モウこれからお前の云ふことは一言も聞きませぬで……オイ喜楽、チとシツカリせぬと可かんぜ。お前の口から言ふのぢやないか、余程気を附けぬと気違になつて了うぞ。……オイ大霜、これでも神の申すことに二言がないといふか。八十万円なんて駄法螺を吹きやがつて、俺たち親子を馬鹿にしやがつたな』 大霜『八十万円でも八百万円でも其方の心次第で与へてやる。まだ改心が出来ぬから、誠のことが言うてやれぬのだ。金の欲が離れたら幾らでも金を与へてやる』 宇一『金の必要があるから欲しくなるのです。誰だつて必要のない物は欲しいことはありませぬ、欲しくない金なら要りませぬワイ。石瓦も同然だから、金を欲しがらぬ奴には金をやらう、欲しがる奴にはやらぬといふ意地の悪い神がどこにあるか、チツと考へなさい。審神者が気をつけます』 大霜『そんならこれから神も改心して、欲しがる奴にチツと計り与へてやらう』 宇一『ハイ、私は別に必要は厶いませぬが、内の爺は先祖からの財産を相場でスツクリ無くして了つたものですから、親類からはいろいろ攻撃せられ、あの養子はようしぢやない、わるうしだと人に言はれるのが残念ぢやと悔やんで居ります。余り欲な事は申しませぬから、元の身上になる所迄金を与へてやつて下さい。そしたら爺も喜んで信仰いたします。此頃は大霜サンが喜楽にうつつて騙しやがつたと云つて怒つてゐます。それ故私も爺に内証で、斯うして神さまの御用をさして貰はうと勉強して居るので厶います』 大霜『お前は親に似合はぬ殊勝な奴だ、それ丈の心掛があらば結構だ。そんならこれから金の所在を本当に知らしてやる、決して疑ふではないぞ。先に騙されたから今度も嘘だらうと、そんな疑を起さうものなら、又もや金銀の入つた財布が牛糞に化けるか知れぬぞ、よいか!』 宇一『決して神さまのお言を始めから疑うて居るのぢや厶いませぬが、此間の様に神様から間違はされると、又しても騙されるのぢやないかと、自然に心がひがみまして、一寸計り疑が起つて参ります』 大霜『それが大体悪いのだ。綺麗サツパリと改心をいたして、此方の申すことを一から十迄信ずるのだぞ』 宇一『ハイ、一点疑をさし挟みませぬから、お告げを願ひます』 大霜『そんなら言つてやらう、一万両でよいか』 宇一『ハイ、当分一万両あれば、さぞ爺が喜ぶこつて厶りませう』 大霜『其一万両を如何する積りだ。天狗の公園を先にするか、自分の目的の相場の方にかかるか、其先決問題からきめておかねば言うてやる事は出来ぬワイ』 宇一『ハイ、そこは神さまにお任せ致します。御命令通りになりますから……』 大霜『そんなら言つてやらう、よつく聞け!葦野山峠を二町許り西へ下りかけた所の道端の叢に、十万円這入つた大きな色の黒い財布がおちてゐる。それは鴻の池の番頭が京都の銀行から取出して、大阪へ帰る途中泥坊の用心にと、ワザと途を転じて葦野山峠を越えた所、泥坊の奴、チヤンと先廻りを致し、葦野山峠に待つてゐた。それとも知らず番頭は、百円札で一千枚都合十万円持つて、葦野山峠をスタスタと登り、夜の十二時頃通つた所を、泥棒が物をも云はず、後からグーイと引つたくり、持つて逃げ様と致すのを、此大天狗が大喝一声……曲者!……と樹の上から呶鳴りつけた所、泥棒は一生懸命に逃げ出す、番頭は生命カラガラ能勢の方面へ逃げて行く。アヽ大切な主人の金を泥棒に取られて、如何申訳があらう、一層池へ身を投げて申訳をせうと、今大きな池のふちにウロウロしてゐる所だ。それをどうぞして助けてやらうと、此方の眷族を間配つて守護致して居るから、先づ今晩は大丈夫だが、何れ彼奴は金が出ない以上は死ぬに違ひない、それ故其方が其金を拾ひ、其筋へ届けたなら規則として一割は貰へるのだ、一割でも一万円になる、サア早く行け!』 宇一『それは何時賊が出ましたので厶いますか?』 大霜『今晩の十二時頃に出たのだ』 宇一『一寸待つて下さい、まだ午後五時で御座います。日も暮れて居らぬのに、今晩の十二時に賊が出たとは、そら昨夜の間違ひと違ひますか?』 大霜『ナニ今晩に間違ない、神は過去、現在、未来一つに見え透くのだ。先に出て来る事を知らぬ様では神とは申さぬぞよ。サア早く行け、グヅグヅして居ると番頭の寿命がなくなるばかりか、十万円の金を又外の奴に拾はれて了へば、メツタに出て来る例しがない』 宇一『葦野山峠は僅に一里計りの所です。今から行きましたら六時には着きます。六時間も待つて居るのですか?』 大霜『オウそうぢや、お前は肉体を持つた現界の人間だ、神界と同じ調子には行かぬワイ、そんなら十二時に賊が出て金を取るのだから、余り早過ぎてもいかず、遅過ぎてもいかぬから、此処を十一時半に立つて行け、そうすれば丁度都合がよからう』 宇一『最前申した様に決して疑は致しませぬけれど、もし間違つたら如何して下さいますか?』 大霜『間違うと思ふなら行かぬがよかろ、後で不足を聞くのは面倒だから、一層の事喜楽一人行くがよい、一万円の謝金は其方の自由に使うたが宜からうぞ』 宇一『もし大霜さま、此間の様に喜楽丈が行きますと、不結果に了るかも知れませぬ。私も一緒に連らつて行つたら如何ですか?』 大霜『それも宜からう。それまでに水を三百三十三杯頭からかぶり神言を五十遍上げよ。そうすればこれから丁度十一時半迄時間がかかる、それから行つたがよからう。神は之から引取るぞよ』 ドスンと飛上り、畳を響かせ鎮まつて了つた。宇一は釣瓶に三百三十三杯の水をカブるのは苦痛で堪らず、小さい杓で、一杯の水を三しづく程酌んで『一つ二つ三つ……』と云つて三百三十三杯かぶる真似をしてゐた。祝詞も神言では長いと云つて、天津祝詞に代へて貰ひ、漸くにして五十遍早口に唱へて了ひ、 宇一『サア喜楽、ソロソロ行かうぢやないか。まだ九時過ぎだが、道々修行したりなんかしもつて行けば、丁度よい時間になるよ。遅いより早いがましだからな』 喜楽『モウおかうかい、おれは何だか本当のやうに思はぬワ。又此間の様な目に会はされると馬鹿らしいからな』 宇一『羹物にこりて膾を吹くとはお前の事だ、そう神さまだつて何遍も人を弄びになさる筈がない、疑ふのが一番悪い、何でも唯々諾々として是命維れ従ふと云ふのが、信仰の道だ。そんな事云はずに行かうぢやないか』 喜楽『余り人に分らぬよにしてをつてくれ。もし失策つたら又次郎松サンに村中触れ歩かれると困るからなア』 宇一は『ヨシヨシ』と諾き乍ら、早くも吾茅家を立出でる。喜楽も従いて、田圃路を辿り天川村を右に見て、出山を越え、上佐伯の御霊神社の森に辿りつき、森の杉の木の株に腰を打掛けて、夜のボヤボヤした春風を身に浴び乍ら、眠たいのを無理に辛抱して、時刻の到るのを待つてゐた。 愈十一時を社務所の時計が打出した。 宇一『アヽモウ十一時だ、早く行かう』 と宇一は先に立つ。喜楽は後からスタスタと険しき葦野山峠を、七八丁計り登つて行く。峠の茶屋に山田屋と云ふのがあつた。まだ時刻が早いので、一寸一服して行かうと、戸の隙から中を覗くと、此五六軒よりかない村の若い者が、まだ遊んでゐる。……コリヤ却て都合が悪い……と云ひ乍ら、峠の右側の松林に進み入り、暫く時刻の到るを待つてゐる間に、二人共グツスリ寝込んで了つた。 フツと先に目が開いたのは宇一であつた。 宇一『オイ喜楽、早う起きぬか、今一寸道の方を覗いて居りたら、神さまの云ふたやうに、一人の黒い男が、財布の様な者を担げて通りよつたぞ。又其後へ二人の男が一町ほど離れて行きよつた。ヤツパリ神様の仰しやる事は違はぬワ。丁度今財布をボツタクられてる所だ。余り早く行くと俺達が泥棒と間違へられて天狗さまに叱られては大変だから、ゆつくりして行かうだないか』 と小さい声で囁く。喜楽の心の中は、八分まで信ぜられない、如何してもウソの様な気がする。けれ共二分許り何とはなしに希望の糸につながれてるやうな気がした。 そこで両人は林の中から街道へ下り、峠を二町ばかり降つて見ると、一寸曲り途がある。ここに間違ひないとよく目を光らして見れば、財布の様なものが黒く落ちてゐる。二人は一イ二ウ三ツで其の黒い物に手をかけると、財布と思ふたのは牛の糞の段塚であつた。 二人は余り馬鹿らしいので、互に何とも云はず、まだ外に落ちてるに違ひないと、汚れた手をそこらの草にこすりつけ拭き取り乍らガザリガザリと草の中を捜して見た。ここは常から牛車の一服する場所で、路傍の草原に牛をつなぐ為、どこにもかしこにも牛糞だらけである。……コラ此処ではあるまい……と又一町許り降り、そこら中捜してみたが、何一つおちてゐない。念入りに葦野峠の西坂五六丁の間を捜してる間に、夜はガラリと明けて了つた。宇一は失望落胆の余り、 宇一『オイ喜楽、貴様の神懸りはサツパリ駄目だ。今度は糞を掴ましやがつただないか、クソ忌々しい、もうこんな事は誰にもいふなよ。お前は口が軽いから困る。そして今日限り神懸りは止めようぢやないか』 喜楽『グヅグヅして居ると金の財布が牛糞になると神さまが言ふたぢやないか。モウ仕方がない、これも修業ぢやと思うて諦めようかい』 宇一『サア早く帰なう、誰に出会うか知れやしない。余り見つともよくないから……』 と云ひ乍ら、力なげに両人は穴太へ帰つて来た。 斯の如くして神さまは天狗を使ひ、自分等の執着を根底より払拭し去り、真の神柱としてやらうと思召し、いろいろと工夫をおこらし下さつたのだと、二十年程経つて気がついた。それ迄は時々思ひ出して、馬鹿らしくつて堪らなかつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・一〇・九旧八・一九松村真澄録) |
|
62 (2214) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 10 思ひ出(一) | 第一〇章思ひ出(一)〔一〇四七〕 明治三十四年十月、大本の祭壇が、旧広前の二階にあつた頃の話である。警察署から毎日の様にやつて来て、宗教として認可を受けなければ布教を許さないと云つて頑張るのである。明治二十二年憲法の発布によつて信教の自由が許されてから、そんな筈はないと理窟を言つて見ても堂しても承知しない。仕舞には巡査を前に張番させると云つた様な訳で、信者までが嫌つて遣つて来ない様な始末だ。是では困るから思いきつて皇道会といふ法人組織に改めやうとして、静岡の長沢雄楯と云ふ人の処へ相談に行かうと考へたところが、教祖様は神様に伺はれて、仮令警察から何と云つて来ようと構はぬから、其儘に打捨てて置けと云ふお話であるが、警察の干渉は益々激しくなる一方なので、如何しても打捨てて置くといふ訳には行かなくなつて来た。そこで教祖様へは内密にして、木下(出口)慶太郎を連れて静岡へ出掛けたのである。 留守中に教祖様は此事を聞かれて、上田喜三郎(瑞月旧名)の所業は神勅に反く怪しからぬ所業だ、神代の須佐之男尊の御行跡と等しきものだと云つて、弥仙の中腹にある彦火々出見命のお社の内へ岩戸隠れをされて仕舞つた。 そんな事とは夢にも知らぬ両人は、静岡で相談をして帰り、京都府へよつて手続をしようとしたのであつたが、印形が一つ足らぬので手続が出来なくなり、止むを得ず木下に命じて印形を取りに綾部へ返し、自分は京都に滞在して布教に従事して居た。 其頃の大本の幹部は実に混沌たるものであつて、愚直な連中は迷信に陥つて仕舞ひ、野心家はそれを利用して、隙があつたら自分を排斥しやうといふ考へであつた。そして其野心家の間にも亦絶えず暗闘があつたのである。印形を取りに帰つた木下は梨の礫で一向消息がない。そして待つて居ない信者の連中がやつて来て、京都に沢山ある稲荷下げの様な交霊術者を一々訪問して、霊力を試して見やうと云ひ出した。仕方がないから片端から廻つてあるいて、沢山な稲荷下げを縛つて歩いた。 伏見の横内に青柴つゆといふ稲荷下げがゐて、伏見の人から崇拝されて居るといふ噂を聞いてやつて行つた。とても堂々とやつて行つては断られるに極つて居ると考へたから、百姓の様にして化込んだ。同行者は松井、松浦、田中徳、時田、三牧などと云ふ連中であつた。上田喜三郎といふ者が家出をして行衛が分らぬから、何処に居るか、神様に伺つて戴きたいと云ふと、勿体らしく咳払ひなどして、其人は百両の金子を持出して逐電したのであつて、巽の方角に行つたといふ。それなら一つ金縛りにして戴きたいと云ふと、縛るには七両金が要ると云ふ。それから自分が進み出で、実は病気で困つて居るのであるが、何の病気であるか伺つて頂きたいといふと、短い御幣をトントンと叩いて、是は腹中に大蛇がゐる、住宅の乾の方角に当る倉の処にゐた大蛇が腹中に這入つたのだといふ。住宅の乾には池はあるが倉はありませぬがといふと神に向つて無礼な事を言ふなと、とても御話にならぬ事を言ひ出すから、時田が化の皮を現はして、馬鹿な事を云へ、此人が上田喜三郎の本人だ、病気も何もしてゐない。吾々は新聞の種をとりに来たのであるから、今日の出来事を書面にして事実通り証明せよといつて苛め出した。横内の氏神の祭礼が十月の九日で、祭礼の翌日であつたものだから、御祭りの後の持越しか何かで、村の若者がゴロゴロ集まつて居つた。それが聞付けたからたまらない、お台様の処へ他国の奴がグズリに来て居る、やつ付けて了へ、淀川の水を飲ませてやれ……などと云つて、岡田良仙といふ坊主上りのゴロツキを呼んで来るやら、巡査が駆付けるやら、大騒ぎになつた。連れの五人は斯うなつて見ると、生命が惜しいと見えて、敵方へ付いて了つて小さくなつてゐる。今から考へると、同伴の五人が敵方へ従いたのが仕合せだつたので、群集は自分と岡田良仙とをスツカリ取り違へて了つて同伴の五人と良仙とを滅茶々々に殴り付けて、自分を良仙だと思うてどうか此方へ御出で下さいと云つて家の中へ連れて行つて了つた。自分は何時露顕するか分らず気持が悪いから、コツソリ逃げ出して巡査駐在所へ囲まつて貰つたのであつた。後になつて聞くと、此時大本では神前の大きな水壺や土器が突然破れたり神酒徳利が引繰返つたり、京都の信者の家でも神棚の上の物が落ちたり割れたりして、何事だらうと騒いだそうである。実母は天眼通で多人数で取巻かれ、真ん中に泰然と坐つて居る喜楽の姿を見たから、安心をして居つたそうだ。巡査駐在所を出る時人違の事が解つて、又騒ぎ出したが、巡査が伏見迄送つてくれるし、京都の信者は心配をして、伏見迄迎へに来てくれるし、無事に京都へ着いて西洞院西村栄次郎の家へ落付いた。是で安心と思ふと、今度は五人の連中が承知しない。自分等が敵方へ従いた事は棚へ上げて、散々殴打せられた恨を並べて、霊力があるなら何故数百人の暴行を差止めなかつたか、反対に五人の者をなぐらせたのは四つ足の悪の守護神に相違ない、早く化の皮を現はせ、なぐられた痛い所を治せ、癒されねば切腹をしろ……と云つて逼る。国家の為とあれば何時でも切腹するがここで切腹をする様な安い生命ぢやないと云ふと、腰抜め、貴様の行ひが悪いから、教祖様が岩戸隠れをされて了つた。モウ大本へ行く必要がないから、何処へでも行け……と云ふ。それなら仕方がないから他所へ行かうと云へば、他所へ行くなら謝罪せよ、三遍廻つてワンと云へ……などと理不尽な事を云ひ募る。ここは一つ辛抱をする所だと、韓信股くぐりの故事を想つて辛抱した。そして済まぬ事をした、堪へて呉れと云つて謝罪まつてやつた。丁度其時京都の侠客いろは幸太郎と云ふのが来合せて、乾児の山田重太郎を付けて送らせて呉れたので、無事に綾部へ帰る事が出来た。 帰つて見ると、荷物は引括つて片付けて了つてあつて、中村竹造や四方平蔵が、……此通り世を紊す四つ足の守護神は居る事はならぬ、出て行け……と云つて又苛める。さう斯うして居ると今度は警察署から教祖様に呼出しが来た、何事だらうと聞いて見ると、教祖様が弥仙山の神社の錠前をちぎつて籠られたのは規則違反だ、罰金を出せといふのであつた。教祖様は弥仙山の社に籠つて、静にお筆先を書いてお出でになつたのであるが、村の者が社前へ来た物音を聞いてヒヨイと顔を出して見られたのである。思ひがけぬ処から白髪の老婆が突然顔を出したのであるから、村人の驚いたのは無理もない事であつて、弥仙山の社内には狒々猿が居ると云ひふらして評判になつた。今でこそ樹木を伐つて明るくなつて居るものの、当時の弥仙山は老樹鬱蒼として昼尚暗き霊山であつた。狒々猿が居るといふ評判が高くなつて、仕舞には村中挙つて狒々退治をしやうといふ事になつた。竹槍を担ぎ出すやら、巡査が加はるやら、神主が来るやら大騒ぎになつた。一同弥仙山へ押寄せて見ると、丁度教祖様の処へ弁当を持つて行く後野市太郎が居合せたので、狒々猿ではないと云ふ事が分つた。皆が教祖様を取囲んで……なぜこんな処へ来て居るか……と云つて問ふと、教祖様は世の中が暗がりだから隠れたのだ……と云つて平然として居られる。皆が口を揃へて、綾部の天理教の馬鹿か、早く出て行けといふと、教祖様は今日はお籠もりしてから一週間目であるから、皆が出るなと云つたつて出る日ぢや、序に上杉迄送つてくれ……と云つて済まし込んで居られる。 自分が上杉へ行つて、駐在所に行くと、教祖様を訊問所へ入れやうとして居る所であつた。訊問所へは自分が這入るから、教祖様は御入れしないで置いてくれと云つて、それから訊問を受けた。何故女人禁制の場所へ女人が這入つたか……と問ふから、明治四年の布達によつて結界は解けて居るのに、女人禁制とは何事かと反対に突込んでやつたので、一言も出ない、さうすると今度は他人が管理して居る建造物内に錠を破つて這入るのは違法だと思はぬか……といふ問で、是には一寸困つたが、神社法令の中に信仰により立入るものは此限りにあらずとあるから、差支ない筈だと出鱈目を云つた。手許には神社法令がないから調べる事が出来ぬので、無事に帰らしてくれた。併し教祖は前以て神主に頼み、神主は内々で此処に籠らしてゐたのであつた。 教祖様の弥仙山籠りの騒ぎはこれで無事に済んだのであるが、済まぬのは幹部連中の腹の中だ。自分の所業は一々腑に落かねる所から、是は小松林といふ四足の悪の守護神の所業だといつて、頻りにその悪の守護神を罵るのである。それなら一層喜楽を追ひ出してくれればよいのであるが、喜楽の肉体は教祖様のお筆先に依つて、神業の為居らねばならぬ肉体になつて居るので追ひ出す事も出来ず、自分の一つの身体を二様に見て居るのであるから、たまつたものでない。とうとう六畳敷の一室に入れられて、一挙一動を監視される様になつた。自分の傍へ来る時は塩をふつてやつて来るから、お前等の肉体が汚れて居るから塩をふつて清めて近づくのかなどと云つて戯談を云つてやると真赤になつて怒つて居る。福島久子サンなどは、 久子『先生如何して改心が出来ませぬか、さういふ御心得だから、教祖様が岩戸隠れなどをされるのだ。早く改心をして下さい……』 などと熱心に云つて来る。教祖様の岩戸隠れなども、年寄の吾儘だから仕方がない……と答へて、何の斯のと面倒だから、腹が痛いと云ふと……それ見なさい、改心をしないから、腹が痛むのだといふ。 喜楽『よし腹の痛いのは改心をしない証拠か、それなら証拠を見せてやる』 と云つて鎮魂をすると、久子サンが俄かに腹痛を起して、痛い痛いといつて大苦しみに苦しむで、五日間も呻吟した。教祖さまが『早く先生に謝罪せよ』と云はれたものだから、四方平蔵が謝罪に来た。 喜楽『いや代人では無効だから本人をよこせ』 と云つてやつたので、とうとう久子サンが謝罪に来た事もあつた。さうすると幹部の連中が又やつて来て、 『先生は何といふ悪い事をする人であるか、是は如何しても悪魔だ、術を見せろ、裸になつて見せろ』 と云ふ。五月蠅いから近寄つて来る中村竹造をウンと睨んでやると、又腹痛を起して……痛い痛いと云つて苦み出した。斯う云つた様な次第で、……会長(瑞月)は悪魔だ、会長のいふ事を聞くな……と云つて、幹部の連中が切りに方々へ云ひふらして歩行いたものである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄録) |
|
63 (2216) |
霊界物語 | 38_丑_出口王仁三郎自叙伝2 | 12 思ひ出(三) | 第一二章思ひ出(三)〔一〇四九〕 京都の南部といふ男、是は自分が鎮魂を教へてやつた男であるが、一廉の活神様気取りになつて、金光先生などと称へ、高町の如きは夢中になつて信仰し出した。それを良い事にして、とうとう高町の細君と野合いて、一人は変性男子、一人は変性女子と云つて、一段高い処へ坐り込み、高町は一段下の結界の外に平伏して仕へて居る。高町に……一体如何したのかと尋ねると、神様(南部)が御入用と仰有るから家内を差上げたのだ……と云ふ。 喜楽『馬鹿な、そんなことがあるものか、お前はすつかり騙されて居るのだ』 と云つてやると、又其気になつて、一応は南部に向つて、嬶を返せと迫つては見るものの、家内から、 『禿ちやん老爺、決して丹波の四つ足の云ふ事なんか取上げて神罰に触れまいぞ』 とおどかされると、またグラグラと其気になつて畏まつて仕舞ふ。材料が面白い材料だから、京都大虎座の馬鹿八と云ふ男が、俄芝居に仕組み、業々しい絵看板まで拵へた。併し俄芝居などでこんな真似をされては叶はぬから、止めさす工夫はなからうかと云つて、高町から泣き込まれた。外には仕方がないから、是は侠客いろは幸太郎に頼んで、看板代を五十円出して、とうとう止めさせて了つた。 三十五年正月直霊が生れた時、教祖様はお筆先通り、此子は水晶の種だから、種痘は出来ぬと云はれた。自分が所用で大阪へ行つて居つた留守中、役場からも警察からも切りに種痘を迫つて来たが、其儘にうちやつてあつたのでとうとう六月に警察から呼出しがあつて、種痘をしなかつた罰で二十銭の科料に処せられた。間もなく規則が改正されて、二十銭の科料が一足飛びに二十円の罰金になつた。 当時の自分の手前では迚も二十円の支出は出来ぬ許りでなく、幹部の連中が罰金を出す事を如何しても承知しない、是が御筆先の時節到来で世を転覆すのだといふ。時節到来はこんな事ぢやないと云つて聞かしても、中々承知しない。仕方がないから、次回の種痘期には家内とも相談して、箪笥を空にして漸う罰金を支払つた。罰金は納まつたが、治まらぬのは幹部の連中で、自分が罰金を支払つたといふ事が分つたものだから、蜂の巣を崩した様に騒ぎ出した。そして一同蓑笠で警察署へ押掛けて、支払つた罰金を返して呉れといつて談判を始めた。 種痘をしなかつたと云つて罰金を出しては日本が外国に負けた形になるから、出した金を惜むのではないが返して貰ひたい、返して呉れねば此処一寸も動かぬ……と云つて、駄々をこね出した。警察では一旦取つた罰金を返さぬのは知れ切つた事で、如何しても相手になつてくれない。仕方がないから今度は役場へ行く。法律できまつて居る為に仕方がないと云ふのなら、法律を改正せよ、神の命令を聞かねば役所が潰れるが如何だ……などと無理な事を云つて、役所を苦めたが、相手にならないので、仕舞には検事局へ行つて、警察へ出した罰金を返せと云つて迫つた。検事局でも手古摺つて、国法を無視してそんな訳の分らぬ事を云へば、軍隊をさし向けて大本を叩き潰すが如何だ……といつておどかした。さうすると四方平蔵がムキになつて、……面白い、神様と軍隊と何方が強いか、力比べをせう、何万の軍隊でもさしむけろ……と云つて威張るといふ始末だ。併しどこでも取上げてくれぬので其儘泣寝入りになつて了つた。 こんな次第であるから、翌年からの予定の罰金納めは余程秘密にして、幹部の連中には知れない様に済ませて来た。そんな事とは夢にも知らぬので、幹部の連中は大得意だ。とうとう神様の方が勝つたから罰金を取りに来ないのだ……と云つて喜んで居た。よせばよかつたのに、幹部の連中が余り得意がるから、実は毎年自分が払つたのだと話しをしてやつた。さうすると又大騒ぎになつて四つ足呼ばはりをやり出した。 或日園部の青柴仙吉、田中仙吉、上仲儀太郎、辻フデなどがやつて来て、支部の発会式をするから来てくれと云ふ事であつた。同行して途中の観音様の池のそばで一服やつて居ると、突然池の中へ付き落とした、狼狽して這ひ上らうとすると、竹を持つて居て、又突込む。そして、 『小松林の悪の守護神去ね去ね。先生には済まぬが、小松林が不可ぬ。外国魂を除けねばならぬ』 と泣いて意見をする。愚直な迷信家にかかつては手の出し様がない。やうやう這ひ上つて園部へ行くと、支部の発会式なんて全然嘘なんだ。夜中に四人でおさへつけて、背中に大きな灸を据ゑて、 『コラ小松林の四つ足守護神、何と心得て居る。此御方は貴様等の容物になる様な御方ぢやない、早く去んだ去んだ』 と云つて大きな灸を据ゑ廻しにする。今度は仰向けにして、胸から脇のあたりをくすぐる。たまらなくなつて笑ふと、 『まだまだ居る居る』 と云つてくすぐり乍ら……去なぬか去なぬか……と責めつける。だんだん調べて見ると幹部の中村などが二三人出かけて来て居て、蔭から差図をして居るのであつた。 何時まで経つてもこんな風では、何も仕事が出来ぬから、他処へ行かうと思つても、行けば本気で切腹をするといふのだから、如何することも出来ぬ。西田が夜隠れて来て、打合せをして北桑田へ布教に行つた事もあつた。 三十七年に北桑田へ行つた。八木に氏神の祭礼と福島サンの内のお祭とがあつたので、四方平蔵、中村竹造、家内の姉のお竜サンなどと同行した。是を機会に夜逃げをしやうといふ考へであつた。予て西田と打合せがしてあつて、檜山の鍛冶屋に待たしてあつた。突然姿を隠しては母が心配するから、決して心配せぬ様に耳打をして置いてくれと云ひたいのであるが、皆が側に居るので、先に行く事が出来ない。仕方がないからお竜サンに腹痛を起さした。皆が鎮魂をして上げてくれと頼んだが、 喜楽『自分は四つ足だ、四つ足の鎮魂なんか利くものか』 と云つてドンドン先へ行つて、ゆつくりと西田と話をした。それからいくら待つて居ても皆やつて来ない。後から聞くと同じ道をクルクル廻つて居つたのださうな。仕舞には二手に分れてやつて来た。四方が新道からやつて来たから声をかけてやつた。 八木へ行つて氏神の祭礼をすませ、翌日一寸穴太へ寄つた。中村と四方の隙を見て、母に耳打をして又八木へ帰つた。福島サンの祭をすませて、其晩逃げやうと考へたのであるが、皆が見張つて居て逃げる事が出来ぬ。仕方がないから足を揉め、肩を揉めとヤンチヤを云つて夜更までもませたら、皆草臥れて寝て了つた。其間に手早く仕度して、即興の書置をかいた。 『たまたまの旅につかれてグツと寝る 素人按摩が肩ひねる ねるはねるはたわいもなしに 寝る間に抜けた目の玉は 尋ねる由も泣寝入り 夜具のトンネル穴許り 寝てる間に知れぬとそんな事 帰つて教祖に云ひかねる ネルの首巻ネルパツチ 空から雨がフランネル ヤキヤキと熱を福島会合所 跡の祭で四方中村』 自分乍ら可笑しくなつてクスクスと笑ふと、お竜サンが目を覚まして、黙つて行けと手真似で知らす。外へ出ると西田が来て待つて居る。それから園部迄一走りに走つた。そして港屋といふ宿屋の二階に隠れてゐた。自分が夜逃したといふことが分つて、皆で大騒ぎをして園部穴太をスツカリ捜し廻つたさうな。『霊界物語』霊主体従第二巻其儘を繰返した[※第2巻第21章「常世の国へ」、第22章「言霊別命の奇策」、第23章「竜世姫の奇智」のこと。]のである。 宮村の内田官吉の内に二日居つて宇津へ行き、山国へ行き、山国で二晩とまつて宇治まで行つた。それから汽車で亀岡に行き、王子へ行かうとすると、四方平蔵がやつて来た。 八木で心配をしてゐるからと云ふので八木へ寄つた。今夜は逃げぬから寝よといふけれど、警戒をしてマンヂリともせずに見張つて居る。こんな風で又綾部へ帰つて来た。そして更に半年程六畳の間に押込められた。代る代る張番をして暫時の間も自分の自由にはならぬのである。古事記を研究しやうとすると、そんな乞食の学問なんか、釈迦の真似などする事は要らぬと云つて取り上げて了ふ。それぢや日本書紀を読まうといふと、日本の書紀ならよからうといふ。読んで居ると其本を見て、日本の書紀などと云ふが、是は角文字ぢやないかと云つて取上げて焼いて了ふ。仕方がないから一部福林の神官から借りて、蒲団を被つて豆ランプの火で調べた。人の足音がすると、あわてて消すといふ様な次第で、骨が折れる事、一通りや二通りではなかつた。其後事情があつて四十一年迄某官幣社の神職を勤めた。 幹部の連中は立替立直しは三十七八年の日露戦争だと誤解して居たのだが、さうでなかつた為に、一人減り二人減り、野心家の中村竹造は死に、四十二年頃には教祖様の外には四方与平、田中善吉のみが残つて、後は皆ゐなくなつた。モウ大丈夫と考へたから自分も帰つて来て、熱心に布教に従事し、今日の大本の土台がだんだん出来て来る様になつたのである。 (大正一一・一〇・一六旧八・二六松村真澄再録[※初版・校定版・愛世版ともに「再録」になっている。なぜ「録」ではなく「再録」なのかは不明]) |
|
64 (2283) |
霊界物語 | 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 | 01 入那の野辺 | 第一章入那の野辺〔一一〇五〕 木枯すさぶ秋の空野辺の木草も黄金姫の 神の命の神司四方に清照姫命 レーブやカルを従へて天津日の神西山に 入那の国の小都会ヨルの都へ進み行く 暗の張はおろされて森の小烏がやがやと 鳴く音も寂しき田圃路脚下みたり四人が こころいそいそ進み行く忽ち森の木蔭より 現はれ出でし黒い影母娘二人を引抱へ 暗に紛れて何処となく足音忍ばせ矢の如く 忽ち姿を隠しけりレーブとカルの両人は 母娘の姿の消えしより打驚きて忍び足 声もひそかに彼方此方と宵暗の空すかしつつ 力泣く泣く探しゆく。 レーブ『オイ、カル、困つたなア、こんな処でお二人様を見失ひ、どうしてハルナの都の鬼熊別様に申訳が立つものか。われわれ両人は草を分けてもお後を慕ひ、その御在処を尋ねて、御主人様にお渡し申上げねばならぬぢやないか』 カル『そりや貴様の言ふ通りだ。吾々も斯うして依然として手を束ね惟神に任すと云ふ訳には行かないなア。神界旅行の際にも生魂姫命様から惟神中毒をしてはならないといふことを大変に戒められたのだからなア』 レーブ『オイ、カルよ、熟々考へて見ると黄金姫様、清照姫様は吾々から見れば幾十段とも知れない神格者でもあり、神様の直接の御神力を戴いて居られるのだから、余り心配は要るまいと思ふよ。併し乍ら此の儘放任して置く訳には行かないから、吾々としてのベストを竭して見ようぢやないか。あの黒い影は、どうやら狼か獅子の群のやうだつたが、それならば吾々は、決して心配は要らない。御両人様には狼が守護して居るのだから大丈夫だよ』(狼、獅子は皆比喩なり。蔭武者又は強者の意) カル『何は兎もあれ、神様に祝詞を奏上して、御両人様の御無事を祈ることに致さうぢやないか』 レーブ『アヽそれが善からう』 と茲に両人は森蔭の暗に跪坐して天地の神明に祈願を凝らし、夜の明くるを待つこととせり。何処ともなく空中に声あり、 声『レーブ、カルの両人、必ず心配致すに及ばぬ。黄金姫、清照姫は神の都合に依つて二三日の間神界から御用に使うて居るから、汝は明朝未明にここを出立いたして入那の都へ一足先へ参れ。母娘両人は後より追付くべければ、両人に心配なく今夜は此処で夜を明かしたが宜からうぞよ』 と雷の如き声聞え来る。両人はこの声こそは全く天声なり、神の御示しなりと、喜び勇み森の大木の根に腰打ちかけて、四方山の話に夜を更かし、取留もなき雑談の花を咲かしつつありけるが、レーブはそろそろカルに向ひ揶揄ひ始めたり。 レーブ『オイ、カル、貴様は大切な女房に肱鉄の乱射を浴せかけられた挙句の果は、近所のセムの背虫男に横奪りされたといふ評判を薄々聞かぬでもないが、其後どうしたのだい。あの儘に泣き寝入りらしいが、それではカルの男振も駄目ぢやないか。何故貞操蹂躙の訴訟を提起せないのか』 カル『ソンナ事が何ぼ何でも男として出来るものかい。貞操蹂躙の訴訟は女からするものぢやないか』 レーブ『女に限つて貞操蹂躙の訴へを起すことを得た時代は、今後三十余万年後の廿世紀の体主霊従の時代の事だ。今日は最早廿世紀より三十余万年の過去の神代だ。男子だつて貞操蹂躙の訴訟が提起出来ない道理があるかい。貴様は未来の法律のみに迷従して、現代の法律を忘れて居るのか、アーン』 カル『それでも婆羅門教では女子の貞操といふことはあるが、男子の貞操といふ事は聞かないからのう』 レーブ『婆羅門教では教主の大黒主さまから一夫多妻主義ぢやから、婦人は丸切り機械扱ひにされて居るやうなものだよ。婦人の立場として貞操蹂躙の訴へでもする権利がなくては堪らないからだよ。然し一夫一婦の道を奉ずる三五教では妻の方から貴様の女房のやうに夫を捨て他の男と情を通じたり、夫を盲目にしよつた時は、男だつて矢張貞操を蹂躙された事になるのだ。男の方からその不貞腐れの女房に対して、貞操蹂躙の訴訟を提起するのは当然だ。女ばかりに貞操蹂躙の訴訟権があるのは未来の廿世紀といふ世の中にて行はれる制度だ。併し婆羅門教は文明的進歩的宗教だと見えて、三十五万年も凡ての規則や行り方が進歩して居るわい。アハヽヽヽヽ』 カル『さうすると、鬼雲姫様は永らく夫の大黒主様と苦労艱難して、彼処までバラモンの基礎を築き上げ、ヤレもう楽ぢやといふ間際になつて、大黒主さまから追出され、其後へ立派な若い石生能姫さまを女房に入れられて、自分は年を老つてから、アンナ残酷な目に合されて居ながら、何故貞操蹂躙の訴訟を提起なさらないのだらうかなア』 レーブ『そこが強食弱肉の世の中だよ。大黒主さまより上のお役もなし、之を制御する法律もないのだから、是計りは致し方がない。司法、行政、立法の三大権力を握つて居るのが大黒主だから、これを制御し懲戒する権利ある者は大自在天様より外にはないのだ。思へば下の者はつまらぬものだよ。鬼雲姫様は随分お道の為には沐雨櫛風、東奔西走して、漸くあれだけの土台を築き上げ、今一息といふ所で放逐とは余り残酷ぢやないか。それだから婆羅門教は無道の教団だといふのだ。是が○○教であつたら大変ぢやないか。部下の宣伝使や信徒が承知せないからなア』 カル『それでも三五教の神柱神素盞嗚尊様は一夫多妻ぢやないか。八人同じやうな年配の女の子があつたぢやないか』 レーブ『神素盞嗚尊様は月の大神様ぢや。元より女房はない。八人乙女の出来たのは肉体の御子ではない。霊魂の美はしき乙女を八人も方々から拾ひ集めて、その乙女の霊魂に対し自ら厳の御息を吹きかけて我子と為したまうたのだ。吾々のやうに暗がりで夫婦が拵へたのとは違ふのだ』 カル『それならあの八人乙女を生んだ肉体の親はあるだらうな』 レーブ『ソリアあるとも、併し乍ら八人乙女とも皆捨児を拾つて自分の子に遊ばしたのだから、両親は尊様には御分りになつて居ても、八人乙女の方では矢張真の父上と思つて居られるやうだ。肝腎要の御精霊を分与されて居るのだから、仮令肉体の児でなくとも肉体以上の近い親しい御児になるのだ。おれ達も矢張神素盞嗚尊様の孫位なものだ。今迄は大黒主の孫だつたが俺も今度いよいよ尊様の孫になつたのだ。貴様も昨日あたりから尊様の曾孫位になつて居るかも知れないよ』 カル『さうか、有難いなア、アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 レーブ、カルの両人は森林に囀り始めた諸鳥の声に目を覚まし、あたりの明くなつたのに打驚いて、 レーブ『オヽ、カル、もう夜明けだ。よく草臥れてグツと一寝入りやつてしまつた。サア是から両人が力を合はして奥様等の所在の捜索しようぢやないか』 カル『さう慌るには及ばぬぢやないか。たつた今主人になつた所だ。言はば二日月さまのやうなものだよ………。現はれて間もなく隠るる二日月………そんな水臭い主人を捜した所で仕方がないぢやないか。来るものは拒まず、去る者は追はず式で此世を渡つて行かねば、何程石に根つぎをするやうな案じ方をしたつて、会ふ時が来な会はれるものぢやないワ。マアマア気を落付けて惟神に………オツトドツコイ、此奴は言はれぬワイ………お目にかかる時を待つことにしようかい』 レーブ『貴様最早変心しかけよつたな。怪しからぬ奴だ。さういふ冷やかな根性で居ると、又今度は八万地獄へ真逆様に落ちるぞ』 カル『冷やかなといふが、晩秋初冬の境目だ。冷やかなのは当然だ。人は天地に習ふのが惟神ぢやないか。男心と秋の空、曇るかと思へば直に照る、照るかと思へば曇る、天地を以て教となし、日月を以て経とするのだから、貴様のやうな偽善者とは此カルさまはチツと違ふのだ』 レーブ『貴様は森で転寝をして居る間に、又もや大黒主の眷族共に憑依されたのだな。何程秋の空だと云つても、余りキツイ変り様ぢやないか』 カル『代と云ふ字はかはると書くから、刻々に変るのが世の中だ。道端の岩のやうに常磐に堅磐に動かなくては、世界の進歩も天地の経綸も出来るものぢやない。世の中は三日見ぬ間に桜哉………と云ふだらう。それが天地の真理だ』 レーブ『さうするとカル、貴様は大黒主の孫に逆転したのだな』 カル『別に逆転したのでも何でもないよ。鞘を抜き出た刀がキチンと元の鞘へ納まつただけのものだ。矢張俺はかうなつて来ると大黒主の方が偉いやうな気がするワイ』 レーブ『ハハア、さうすると貴様は黄金姫様、清照姫様が側にゐられる間だけは、野良犬のやうに尾を振つて居よつて、表面帰順を装ひ、お二人が何者かに攫はれて見えなくなつたので、又もやそんなズルイ考へを起しよつたのだなア』 カル『面従腹背、長いものにまかれるのが当世だよ。ウツフヽヽヽ』 レーブ『ハハー、此奴ア、ヤツパリ大黒主の眷族が憑依しよつたと見えるワイ。どうやら俺も大黒主気分になつて来よつたぞ。吾ながら吾の心がテンと善か悪か分らなくなつて来たワイ。それなら俺もこれから大黒主様に服従し、黄金姫母娘の所在を注進して、入那の国のセーラン王様の御前に手柄を立てようかなア』 と両人は目と目を見合はしながらワザと大声に呶鳴つてゐる。道端の草の中からムクムクと近よつて来た七八人の男、其中の頭と覚しき目のクルツと光つた、どこともなしに威厳のある男は、セーラン王の左守の司と仕へてゐるクーリンスの家来で、テームスといふ男である。 テームス『今ここに於て様子を聞けば、其方等両人はバラモン教の大黒主様の御家来と見えるが、黄金姫、清照姫の所在を知つてゐるさうだが、吾々に言つてくれまいかなア。左守の司クーリンス様の命令に依つて、吾々は数多の家来を引連れ、黄金姫母娘がここを通過するとの或者の注進に依つて、土中の関所に待つてゐたのだ』 レーブ『ハイ、実の処は其黄金姫母娘に甘く取入り、入那の森まで何とか彼とか云つて連れて参り、セーラン王様に御手渡しして、王様の御手柄にしたいと存じ、イヤ王様の力を借り、共々に手柄をさして頂かうと思ひまして参りました処、狼の群が沢山やつて来て、二人を喰へてどつかへ参りました。併しながらこれには深い秘密があります。只今此処で申上げる訳には行きませぬ。クーリンス様の御前に於てハツキリと申上げますから、どうぞ案内して下さい』 テームス『秘密とあらば強つて聞かうとは申さぬ。それなら入那の都まで案内するから従いて来て下さい』 カル『オイ、レーブ、甘くやつたなア』 と言ひかけて、俄に自分の口を押へ、 カル『イヤ、レーブ、甘いことになつて来たなア。吾々両人の手柄の現はれ時、アヽ勇ましし勇ましし、宝の山は眼前に横はつて来た様なものだ。モシ、テームスさま、吾々両人を大切にせなくちや、黄金姫母娘の所在は口を噤んで申しませぬぞや。吾々の口を開くか開かぬかに依つて、お前さま達や左守の司様の成功不成功が分るるのだから、御機嫌を損ねない様に特別待遇を願ひますよ』 テームス『よくマア恩にきせる男だなア。エヽ仕方がない、余り威張られてもチツとは迷惑だけれど、クーリンス様の命令には代へられない』 レーブ『今は兎も角、何とでも云つて此奴等両人をたらかし、館へつれて帰るが最後、四方八方から槍襖の垣を造り、両人を否応なしに白状さしてやろといふお前さまの下心だらうがな。アハヽヽヽ』 テームス『何と悪気のまはる男だなア。マアどうでも良い。来る所まで来てみなくては分らぬぢやないか』 カル『何せよ、騙し合ひの狸ばかりの世の中だから、このレーブだつてカルだつて、何を吐してるか分りませぬぞや。ウツフヽヽヽ本当のこと言へば、レーブ、カルの両人は、お前さま等の為にドテライ目に会はされるのが怖さに、三五教で居ながら俄にワザと聞えよがしに、お前さまが岩窟にゐるのを前知して喋つたのだから当にはなりませぬぞや。イツヒヽヽヽ』 テームスは声を尖らし、 テームス『コリヤコリヤ両人、今からそんなことを申しても駄目だぞ。偽りを申すな、三五教だと云へば此テームスが驚くかと思うて、左様なことを申すのだろ。そんなことに一杯喰はされるやうな此方ぢやないワイ。自分の心の秘密を吾々に喋る奴があらう道理がない。貴様はヤツパリ、バラモン教の生粋だ。左様なことを申して此テームスやクーリンスに揚壺を喰はせ、直接セーラン王様の前に出て、自分等二人の手柄にしようと思ふのだろ。其手は喰はぬぞ』 と目を剥き出し呶鳴りつける。 レーブ『ハヽヽヽヽ、何が何だか、レーブもサツパリ混線してしまつた。それならマア黄金姫母娘の行方を知つてゐることにしておかうかい』 テームス『ナマクラなことを申すな、正直に申上げるのだぞ。クーリンス様の前で今の様な訳の分らぬことを申すと、お赦しはないぞ』 レーブ『お赦しがなければなくていいワ。肝腎要の三五教の秘密や黄金姫の所在を申し上げぬまでのことだ。アハヽヽヽ、それよりも俺達が直接に大黒主様へ注進致したら、すぐに一国の王位にはして貰へるのだからなア、イツヒヽヽヽ、ボロイボロイ、甘い物は小人数で食へだから、こんな所で博愛慈善主義を振りまいて居つても、あまり引き合ないワ、のう、カル公』 カル『オイ、レーブ、いい加減に意茶つかしておかぬか、テームス様は吾々とは違つて左守の司様の秘書役だから、御機嫌をとつておきさへすれば、どんな出世をさして下さるかも知れないぞ。ねえテームスさま、さうでげせう』 テームス『カルの申す通り、魚心あれば水心あり、水心あれば魚心ありだ。決して悪くは取計らはないから、安心して来てくれ』 レーブ『それなら一つ、どつと安心して、来て呉れてやらうかな。イヤ、テームスさま、何分宜しく御頼み致しやす』 テームス『それなら、左守の司様も大変にお急きだから、サア急いで都へ帰らう』 かく話してゐる所へ、テク、アルマ、テムの三人捻鉢巻をしめ、足腰の痛みも直つたと見え、大変な勢で、 三人『エーサツサエーサツサエーサツサエーサツサ』 と掛声しながら通り過ぎようとする。テームスは之を見て、 テームス『オイオイ、三人の奴共、暫く待てえ』 此声に驚いて三人は立ち止まり、 テク『あゝテームス様で厶いましたか。余り急いだので、ここのお関所も気がつかず通り越さうと致しました。あゝ余り走つたので息苦しい、目がまはるのか天地が廻転するのか知らないが、貴方のお声を聞くにつけ、ガタリと気が弛んで参りました。どうぞ一つ背中を打つて下さいな。ハアハアハア』 と三人はグタリとなつて深傷を負うた軍人のやうに道の上にベタリと平太つてしまつた。 テームス『大声で呶鳴りつけ、叱りつけてやらねば気が弛んでは駄目だ。ヤア家来の者共、三人の気をつけてやれ』 七八人の捕手はバラバラと三人の側に寄り、背中を打つやら、頭から水をぶつかけるやら、大変な大騒動をやつてゐる。漸くにして次々に正気づき、テクは息も苦しげに物語る。 テク『テームス様の仰せにより、吾々三人は猛獣荒ぶ荒野原を入那の森まで進み行く折しも、祠の中に怪しの物音、ハテ不思議と立寄り、様子を窺ひ見れば、当の目的物たる恐ろしき武勇の聞えある黄金姫、清照姫、それに従ふレーブ、カルの両人、吾等一行に打向ひ言霊戦を開始し、吾々三人は息ふさがり、足はなえ、腰を抜かして大地にドツと倒れ伏す、進退維れ谷まり居る折しも、雲押分けて現はれ来る大空の月の影、大自在天大国彦命、天馬に跨がり、悠々として入那の森近く下り給へば、流石の黄金姫、清照姫は其神徳に辟易し、雲を霞と南方指して逃げゆく可笑しさ。レーブ、カルの両人は、吾々三人が神徳に怖ぢ恐れ、ウンと一声其場に倒れ、敢なき最後を遂げにけり。かかる小童武者には目もかけず、黄金姫、清照姫の後を追ひかけ、ここまで来り候。母娘二人は既に既に此一筋道を通りしならむ、テームス様、キツと掴まへ遊ばしたで厶いませうなア。それさへ承はらば吾々三人は仮令此場で相果つるとも、決して恨とは存じませぬ』 と息もせきせき述べ立つる。 レーブ『オイ、テク、随分駄法螺を吹きよるなア。レーブさまもカルさまも貴様より一足お先に此処へ来て居るのだ。テームス様と万事交渉を遂げ、目出度く締盟の済んだ所だ、確かり致さぬか。其方は驚きの余り狂気致したなア』 テク『ヤア、貴様はレーブ、カルの両人か。何時の間に生返りよつたのだ』 カル『オイ、テク、何を言つてるのだ。ソリヤ俺の方から言ふべきことだよ。貴様こそ何時の間に生返つたのだ』 テク『あゝカルか、さうすると貴様はヤツパリ此方の味方だつたのかなア』 レーブ『見方に依つては味方でもあり、敵でもあるワイ。敵の中に味方あり、味方の中に敵のある世の中だ。自分の心の中でさへも敵味方の衝突が絶えず起つてゐるのだからなア。アハヽヽヽ』 テームスは立ち上り、 テームス『何は兎もあれ、左守の司様の館まで急ぐことに致さう』 茲に一行十三人膝栗毛に鞭ちながら入那の都を指して進み行く。 (大正一一・一一・一〇旧九・二二松村真澄録) |
|
65 (2286) |
霊界物語 | 41_辰_黄金姫&清照姫の入那の国の物語1 | 04 右守館 | 第四章右守館〔一一〇八〕 右守の司カールチンは妻のテーナと共に酒汲み交しながら、夜の更くる迄、ホロ酔機嫌になつて、セーラン王追放の奸策を謀つてゐる。 テーナ姫『旦那様、今度こそは大黒主様も御承知下さるでせうなア。セーラン王様は、大黒主様の最も御嫌な鬼熊別の一派だと云ふ事を、あれ丈何回も虚実交々取交ぜて内通しておいたのですから』 カールチン『今度こそは本望成就の時が来たのだ。いよいよ願望成就する上は、吾々夫婦は入那の刹帝利となるのだから、長生きはせにやならないものだ。今までサマリー姫を犠牲にして后に上げてゐたが、どうやら王は俺達の企みを悟つたらしく、サマリー姫に対して、大変にキツく当るので、姫は泣きもつて逃げて帰つて来よつた。グヅグヅしてゐると悪の企みの現はれ口だ。先んずれば人を制すと云ふから、姫が帰つたのをキツカケに早馬使をハルナの都へ遣はしたのだから、キツトこちらの使が、先に到着してるに違ひない。セーラン王が使をやつた所で、最早あとのまつり、何と俺のやり方は敏捷なものだらう。アハヽヽヽ』 テーナ姫『旦那様は何時とても機をみるに敏なる方ですから、私も貴郎のやうな夫に添うたのは何程幸福だか知れませぬワ。時に可哀相なのはサマリー姫ぢや厶いませぬか。娘にトツクリと言ひ含めて、セーラン王の后に上げたのだけれど、今ではどうやら親の意思は忘却し、王様に恋着心を持つてゐるやうな塩梅だ。実に罪な事をしたものですなア。あゝして帰つては来て居るものの、私が考へて居れば、寝言に迄王を慕うてゐるのだから困つたものです。さうだから如何に吾生んだ娘だと云つて、此計略を、今日となつては娘の前では云ふ訳には行かず、万一娘が聞かうものなら、王に内通をするかも知れませぬからなア』 カールチン『そんな不心得な事を致し、親に反くやうな奴は、埒よく手討ちに致せばいいぢやないか。こんな大望を抱いてる吾々夫婦が、子の一人二人犠牲にするのは前以て覚悟して居なくてはならぬではないか』 テーナ姫『それは又、余り胴欲ぢや厶りませぬか。何程吾々夫婦が出世をしたとて、肝腎の後を継ぐ子がなくては、何にもなりますまい。千年も万年も生きられるものではなし、子が可愛いばかりに、こんな心配をして居るのぢやありませぬか』 カールチン『さう云へばさうだが、諺にも言ふぢやないか、子を捨てる藪はあつても吾身を捨てる藪はないと。まさかになつたら子をすてて自分の命を全うするのが当世だ…………イヤ人情だ。俺だつて立派に目的を達し、吾子に後を継がしたいのは山々だが、その子のために陰謀露顕して、吾々夫婦の命をとられるやうなことが出来致したら、それこそ大変ぢやないか』 テーナ姫『あなたは吾子に対し、左様な水臭い御考へですか。私は自分の命は如何ならうとも、吾子さへ立派になつてくれれば、それで満足を致します』 カールチン『馬鹿だなア、それだから母親は甘いと云ふのだ。吾子だと云つても、体を分けた以上は他人ぢやないか。其証拠には吾子が何程大病で苦しんで居つても、親の体にチツとも痛痒を感じないではないか』 テーナ姫『何とマアあなたはどこ迄も無慈悲な方ですなア。私は娘が大病になつた時、自分の体が苦しくなつて寝られず、出来る事なら、娘に代つて患うてやりたいと迄思ひましたよ』 カールチン『俺だつてチツとばかりは娘の苦しんでるのを見た時は体にこたへたが、併し娘の苦痛に比ぶれば、二十分の一位な苦しさだつた。ヤツパリ自分が苦しむのは辛いから、如何しても秘密がばれるとあれば、娘を手討にしてでも、夫婦の命を助からねばならない。親の云ふ事をきかぬ奴は不孝者だから、親が手討にするのが、何それが悪い。アカの他人でさへも吾々の秘密をもらし、規則を破つたならば、大根を切るやうにヅボリヅボリと首を切り捨てるぢやないか。切られた奴だつて、ヤツパリ親も兄弟も子もあるのだから、苦しいのは同じ事だ。そんな事を言つてゐたら、到底此世に立派に暮して行くことは出来ない。自己を守るのが第一だよ』 テーナ姫『其筆法で参りますと、あなたは自分の命を助ける為に、私の命を取らねばならぬ時が来たら、私を殺しますか』 カールチン『きまつた事だ。夫の為に女房が代理となつて殺され、夫の命を救ふのは、名誉ぢやないか。後世迄貞女の鑑として謳はれるのだから、殺された女房の方が何程光栄だか知れないぞ』 テーナ姫『貴郎はハルナの都へお参りになつてから、大変に冷酷になられましたなア。大方八岐の大蛇が憑依してるのではありますまいか』 カールチン『上のなす所下之に倣ふと云ふ、川上の水はキツと川下へ流れて来るものだ。俺も大黒主様のお気に入るやうになつた位だから、大功は細瑾を顧みず、チツとばかりの犠牲位は春風が面を吹く位にも思つてゐないのだ』 テーナ姫『さうすると、貴郎は大黒主様が鬼雲姫様を追出し遊ばした様に、外に立派な女があつたら、追ひ出すのでせうなア』 カールチン『オイ、そこ迄追窮するな、水臭くなるからなア』 テーナ姫『ヘン、よう仰有いますワイ。親子は一世、夫婦は二世と云つて、切つても切れぬ親子をば、自己保全の為には殺しても差支ないと云ふ主義の貴郎が、何時でも取替へこの出来る女房に対し、離縁する位は朝飯前のことでせう。本当にここ迄思想も悪化すれば申分はありますまい』 カールチン『コリヤ、人のことだと思ふと、吾事だぞ。貴様もセーラン王を廃する事に就いて、俺と始終相談をした悪人ぢやないか。其発頭人は貴様だらうがな。貴様が何時も右守となつてクーリンスの下役になつてゐるのは腑甲斐ない男だと、口癖のやうに悔んだものだから、元から善人でもない俺が、つい貴様に感染してこんな善くもない、自分としては悪くもない企みを始めたのぢやないか』 テーナ姫『オホヽヽヽようマアそんな白々しいことを仰有りますワイ、流石は大黒主様のお気に入り丈あつて、エライ事を仰有りますなア』 カールチン『夫婦喧嘩はいい加減に切上げようぢやないか。サマリー姫の耳へ這入つたら大変だからのう』 テーナ姫『ナアニ、這入つたつて構ひますものか。貴郎はマサカ違へば一人よりない娘を殺し、私を鬼雲姫様の二の舞にするといふ残酷な御精神だから、そんなこと思ふと阿呆らしくて、こんな危ない芸当は出来ませぬワ。サマリー姫だつて貴郎一人の子ではなし、私の腹を痛めて出来た娘、そんな水臭いことを仰有ると、私が承知しませぬぞや』 と話す所へサマリー姫は目を腫しながら、恐さうに現はれ来り、 サマリー姫『お父さま、お母アさま、モウお寝みになつたら如何で厶いますか』 カールチンは打驚き、 カールチン『お前はサマリー姫、何故今頃にこんな所へ出て来るのだ。いい加減に寝間へ行つて寝まないか。大方二人の話を立聞したのだらう』 サマリー姫『ハイ、委細の様子残らず承はりました。どうぞ私を御存分に遊ばして下さいませ。鬼の親を持つたと思うて諦めますから………』 カールチン『コリヤ娘、何と云ふ事を申すか、鬼の親とは何だ』 サマリー姫『オホヽヽヽ此サマリー姫は王様と争論をしてカールチンの館へ帰つて来ては居るものの、実際を言へば王の后、サマリー姫だよ。親とは云ひながら、汝は臣下の身分だ。不届な事を申すと了簡は致さぬぞや。サア存分にして貰ひませう』 と身をすりよせ、カールチンの前に投出す。 カールチン『ヨシ、最早陰謀露はれた上は、到底許しておくべき汝でない。主従もクソもあつたものかい。サア覚悟を致せ』 と立上り、刀を掴み引抜かむとするを、テーナはグツと其手を握り、 テーナ姫『コレ、カールチン殿、滅多な事をしてはなりませぬぞや』 カールチン『今となつてはサマリー姫を殺し、陰謀の露顕を防ぐよりほかに途はない。サア覚悟を致せ』 と又もや柄に手をかけるを、テーナは後より力限りに抱き止め、声を限りに、 テーナ姫『サマリー姫殿、早く逃げさせられよ』 と促すを、サマリー姫は平然としてビクとも動かず、 サマリー姫『ホツホヽヽ、カールチン殿も随分耄碌しましたねえ。妾一人の命を取つて、それで此陰謀が現はれないと思つてゐますか。最早王様のお耳に入つた以上は駄目ですよ。何程大黒主様の御威勢が強くても、数百里を隔てたハルナの都から、さう早速に御加勢は出来ますまい。又王様には忠誠無比の家来も沢山に従いて居りますれば、貴郎が何程あせつても駄目でせう。妾はこれよりカールチンの首を取り、王様にお土産となし、疑を晴し、元の如く可愛がつて頂きますから、夫婦共、其処に、姫の命令だ、お坐り召され。入那の国王の后サマリー姫、キツと申付ける』 テーナ『コレコレ姫様、そんな没義道なことがありますか。海山の恩を受けたる両親を刃にかくるとは、人間にあるまじき仕業では厶らぬか』 サマリー姫『親の教育が祟つたのだから、仕方がありますまい。吾身の為には子の命でも取ると、只今仰有つたでせう。骨肉相食む、無道の教をなさつた貴方、已むを得ますまい。サア覚悟をなされ』 カールチン『イヤ姫様、暫くお待ち下さいませ。つい酒の上で女房を揶揄つてゐたまでで厶います。決して決して勿体ない。仮令吾子といひながら、王の后とおなり遊ばした貴方に対し如何して不義の刃が当てられませうか』 サマリー姫『貴方は既に王様に対し、無形の刃を当てがつて居るではありませぬか。大それた野心を起し、自分が王位に取つて代らうとは、人道にあるまじき悪業、大自在天様に畏れは厶いませぬか。貴方は、妾を陰謀の犠牲になさつたのでせう。これ位残酷なことは厶いますまい。妾の朝夕の心遣ひと云ふものは一通り二通りでは厶いませぬぞ。王様に対し、お気の毒でなりませぬから、何時とはなしに王様に同情をする様になり、今では恋ひしくなつて参りました。然るに王様は左守様のお娘ヤスダラ姫様に、寝ても起きても心を寄せ給ひ、妾に対しては極めて冷淡な御扱ひ、これといふのも両親の心が善くないから、何とはなしに王様の心に叶はないのでせう。どうか一日も早く御改心を願ひます。さうでなければサマリー姫、改めて両人を手討に致す、覚悟めされ』 と懐剣をスラリと引抜けば、カールチンは自棄糞になり、 カールチン『ナアニ、猪口才千万な、不孝娘』 と云ひながら、手早く懐剣を奪ひ取り、グツと後手に縛り上げ、地下室へ姫を閉ぢ込めて了つた。 姫は無念の歯を喰ひしばり、声を限りにカールチンの無道を罵りながら大自在天大国彦命守り給へ幸はひ給へ……と一生懸命に祈願を凝らして居る。 カールチンはヤツと胸を撫でおろし、 カールチン『あゝコレで一安心だ。世の中は思ふ様に行かぬものだなア。体は生みつけても、魂は生みつけられぬとは此処の事だ。オイ、テーナ、お前の腹から出た娘ながら、随分義の固い立派な者だなア。彼奴の言ふ事は真に道理に叶つてゐる。併しながら今となつては如何する事も出来ない。可哀相ながら暫く牢獄に放り込んで置くより途はない。陰謀露顕の虞があるからのう……』 テーナ姫『今サマリー姫の言葉に依れば、吾々の陰謀は最早王様や其他の人々に分つてゐるやうですから、サマリー姫只一人位暗室へ放り込んだ所で、何の効もありますまい。吾耳を抑へて鈴を盗むやうな話ぢやありませぬか』 カールチン『アハヽヽヽ、女童の分際として英雄の心事や智謀が分るものかい。女は女らしく神妙に夫の命令に服従すれば良いのだ。四の五の申すと、貴様も姫の如くに牢獄にブチ込んで了ふぞ』 と稍声を高めて睨めつけ叱り付くる。 テーナ姫『オホヽヽヽ怖い事怖い事、モウこれきり、何も申しますまい』 カールチン『女は沈黙が第一だ。牝鶏暁を告げる家には凶事多しといふ。今後は俺のする事に就いて一口でも容喙しようものなら、了簡は致さぬぞ。合点致したか』 と駄目を押してゐる。テーナは顔色青ざめて稍怒りを帯び、夫の顔を恨めしげに眺めてゐる。そこへ慌しくやつて来たのは、カールチンが股肱と頼むマンモスである。カールチン、テーナは素知らぬ風を装ひ、 カールチン『イヤ、マンモス、何か急用でも起つたのかな』 マンモス『ハイ、少しく申上げ度き事が厶いまして……』 (大正一一・一一・一〇旧九・二二松村真澄録) |
|
66 (2311) |
霊界物語 | 42_巳_黄金姫&清照姫の入那の国の物語2 | 05 恋の罠 | 第五章恋の罠〔一一三〇〕 イルナの都の神館の奥の間には、黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人鼎坐して、ヒソビソ話に耽つてゐる。 黄金姫『ユーフテスが甘く使命を果して帰るだらうかなア。カールチンの姿を見る迄は、何とはなしに心許ない感じが致します。清照姫、大丈夫だらうかなア』 清照姫『お母アさま、そんな御心配は要りませぬ、キツと右守司は宙を飛んでやつて来ますよ。前以て怪しき秋波を私に送つてゐましたもの、メツタに外れつこありませぬワ、オホヽヽ』 黄金姫『さうだらうかな、何時そんな微細な所迄看破しておいたのですか、まだ一度より御会ひになつてゐないぢやないか』 清照姫『一度会うても二度会うても、カールチンの顔には変化はありますまい。どうも怪しい目付でしたよ。余程いいデレ助ですわ、オツホヽヽ』 黄金姫『油断のならぬ娘だなア。そんなことを云つて本当にお前の方から何々してるのではあるまいかな。年頃の娘を持つと、親も気が揉めますワイ。オホヽヽヽ』 と吹き出して笑ふ。 清照姫『お母アさま、私だつて女ですワ、異性の匂ひを嗅いでみたい様な心もたまには……起りませぬワ、オホヽヽ』 セーリス姫『何とマア貴女等母子は気楽な方ですな、娘が母親を掴まへて惚気るといふ事がありますか、前代未聞ですワ。清照姫様はさうすると、貰ひ子と見えますなア』 黄金姫『ハイお察しの通り、竜宮の一つ島で拾うて来ましたお転婆娘で厶いますよ。今こそ斯うして宣伝使になつて真面目な顔をして居りますが、随分拾つた時分は、此育ての親を手古摺らしたものですよ。蛇が食ひたいの、蛙が食ひたいのと申しましてなア、丸で雉子の様な娘ですワ』 清照姫『雉子だの、友彦だのと、それ丈は言はぬやうにして下さい、顔が赤うなりますワ』 黄金姫『顔が赤うなる丈、まだどこか見込がありますなア。母もそれ聞いてチツとばかり安心しましたよ。カールチンも定めて、お前さまの口車にキツと乗るでせう。早うやつて来ると面白いのだがなア』 セーリス『ユーフテスを使にやつたのですから、キツと直に見えますよ。あの男も中々抜目のない人物ですからなア』 黄金『あなたもユーフテスさまに余程執着があると見えますな。どうぞ本当にならぬやうに願ひますよ。様子を考へてると、何だか怪くてたまりませぬワ』 セーリス姫『あなたの慧眼にさへ怪しく見える位でなければ、あの男が如何して擒になりませう。私も随分凄い腕を持つて居りませうがなア。神様に何だかすまないやうな気が致しますけれど、之も忠義の為だから、許して下さるでせう』 清照『セーリス姫様の上手な行方には、私も感服して居ります。到底私なんぞは足許へも寄れませぬ。爪の垢でも煎じて頂きたいものですな』 かく一生懸命になつて馬鹿話に耽つてゐる。そこへチガチガと跛をひきながらやつて来たのは右守司であつた。セーリス姫は何とも言へぬ優しみを面に浮べ、優しい声で、 セーリス姫『アヽ貴方は右守司様、よう来て下さいました。大変お待ち申して居りましたよ』 カールチン『承はれば、ヤスダラ姫様は少しく御気分が悪いとのこと、其後の経過は如何で厶います』 セーリス姫『ハイ有難う。御覧の通り、此様に元気にお成り遊ばしました。貴方がお越し下さるに相違ないと、覚束ながら独合点して、姉さまに申上げた所、不思議なことには大病はケロリと忘れた様な顔をして、ニコニコと何が嬉しいのか知りませぬが、勇んでゐらつしやるのですよ』 カールチン『それは何より結構でござる。イヤ、ヤスダラ姫様、先日は偉い御無礼を致しました。どうぞお心易う御願致します。少しくおかげんが悪かつたさうですな』 清照(ヤスダラ姫に化けている清照姫)『ハイ、有難う厶います。何だか知りませぬが、貴方のことを一寸思ふと一寸悪くなり、ヤツと思ふとヤツと悪くなり、或は一寸よくなつたり、又大変によくなつたり致しますのですよ。私の身魂はどうやら貴方の身魂と合つてる様な心持が致します。本当に妙な塩梅ですワ』 カールチン『ヒヨツとしたら、前世に於て身魂の夫婦だつたかも分りませぬな。私も何だか貴女のことを思ひ出すと、気が変になつて堪りませぬワ。エツヘヽヽヽ』 セーリス『モシ右守さま、ハンケチをお使ひなさいませ、何だかおチヨボ口の横の方から、瑠璃の玉のやうな物がしたたつてゐるぢやありませぬか』 カールチン『これは私に取つては非常な神聖にして且貴重な物ですよ。私のヤスダラ姫さまに対する隠しても隠しきれぬ喜びの露ですからなア。エヘヽヽヽ』 と目を細くし、現在其場に黄金姫が六ケしい顔をして控へてゐるのも気がつかず、清照姫にのみ視線を集注してゐた。黄金姫は右守司の視線を避けて漸く次の間に姿をかくし、ヤツと胸を撫でおろした。 セーリス姫『モシ姉さま、私がここに居つても御邪魔にはなりますまいかな』 清照姫『姉の処に妹が居るのに、何が邪魔になりませう。姉妹同士だから、他人に言へないことでも、気を許して話せるぢやありませぬか』 セーリス姫『さうですね。さう云つて下されば、私だつて嬉しいですワ。併し貴女、右守司様と何か秘密の話がおありでせう。一寸気を利かしませうか、あの粋を利かして別席致しませうかなア』 カールチン『決して決してお気遣ひ下さいますな。秘密のあらう道理はございませぬから、私も申上げたい事は赤裸々に申上げますから、ヤスダラ姫様もどうぞ遠慮なく御心中をお話し下さいませ』 清照姫はワザとツーンとして、 清照姫『私は別に右守さまに何も申上げる事は厶いませぬワ。女の身を以て奥さまのある御方に、内証話をしては済みませぬからなア』 セーリス姫は思ひ切りジラしてやらうと思ひ、 セーリス姫『さうだつて姉さま、あなた心と口と違つてゐるでせう。私がゐますと又大病が起ると互の迷惑ですから、暫らく御免を蒙ります』 清照姫『ホヽヽ甘いこと仰有いますこと、ユーフテスさまがあなたの居間に待つてゐられるものだから、気が気でないのでせう』 セーリス姫『あなただつて、私がここにゐると気が気ぢやありますまい。思へば同じ女気の、男恋しき秋の空、顔に紅葉の唐紅、とめてとまらぬ紅葉の、色……とか云ひましてなア、言ふに云はれぬ、誰だつて秘密はありますワ。それなら姉さま、一寸往つて来ます。どうぞシツポリとお楽しみ遊ばせ。なア右守さま、あまり御気分の悪なる話ぢや御座りますまい、オホヽヽヽ』 カールチンは鼻をビコつかせながら、 カールチン『左様々々、客と白鷺、立つが美事、暫くユーフテスさまと、郊外の散歩でもなさつたら面白いでせう』 セーリス姫『右守さまのイヤなこと、そんな粋を利かして貰はなくても宜しいワ。何と云つても自由結婚の流行する世の中ですもの、そんな事は如才のある私ぢや御座いませぬ。なア姉さま、古い道徳に捉はれてゐる連中の様に、吾身の一生一代に関する夫婦問題まで、無理解な親に干渉されちや堪りませぬからなア。それなら右守さま、ユーフテス……イエイエ自分の居間へ暫く下りますから、ゆつくりとお話を遊ばしませや。そしてよい結果を齎して、私にお目出度うといふ様にして下さいませ』 カールチン『兎も角、惟神ですからなア』 斯く云ふ所へユーフテスは舌を切り、鰓の辺りまで膨らせながら走り来り、 ユーフテス『あゝゝあなたは、う右守さまでせう、あゝ余りぢや厶いませぬか。人をふみこかして先へ出て来るとは。コヽコレ、セーリス姫……どの、こんな無情な人は、末が恐ろしいから、姉さまが何と仰有つても、あんたが水を注さねば……なりませぬぞや。清……オツトドツコイ、ヤスダラ姫様にお気の毒ですから』 セーリス『ユーフテス様、其お顔はどうなさいました。チツと変ぢやありませぬか』 ユーフテス『ミヽ道でぶつ倒れ、シヽ舌をかんで、コヽ此通り、ハヽ腫れました、イヽ痛くて堪りませぬ』 カールチン『コリヤ、ユーフテス、何と云ふ無礼なことを申すか。俺が、そして何時貴様を踏んだか』 ユーフテス『誠にスヽ済みませなんだ。セーリス姫は、私の予約済だから、滅多に秋波を送るやうなことはなさらぬでせうな。何だかチツと様子が変だから……ワヽ私もキヽ気が揉めますワイ』 カールチン『ワハヽヽヽ』 清照『オホヽヽヽ』 セーリス姫『マアいやなこと、ユーフテスさま、サア私の居間へおいでなさいませ。私が介抱して直して上げませう、嬉しいでせう』 とワザとに意茶ついて、右守の恋を沸きたてようとしてゐる。ユーフテスはいい気になり、姫の肩に凭れかかり、ヒヨロリヒヨロリとこの場を立つて、セーリス姫の居間へ伴はれ行つてしまつた。 後にカールチン、清照姫は互に顔を見合せ、手持無沙汰な様子で黙り込んで了つた。カールチンは姫の発言を何時迄待つても口切りがないので、とうとう劫を煮やし、矢庭に飛付く様にして、顔をそむけながら、清照姫の柔かい手を岩のやうな固い手でグツと握つた。清照姫は、 清照姫『エー』 と一声ふりはなす途端に、ヒヨロヒヨロヒヨロとカールチンは一間ばかり、後に尻餅をつき、 カールチン『あゝコレコレ、ヤスダラ姫殿、女の身のあられもない、そんな乱暴なことをするものぢやありませぬぞ』 清照姫は恥かしさうな風をして、 清照姫『それでも恥かしうてたまりませぬワ、モウこらへて下さいな、お頼みですから』 カールチン『ワハヽヽヽ、流石は女だなア、そこが尊い所だ。矢張ウブなものだワイ。生れが違ふとどこともなしに床しい所がおありなさる、ウフヽヽヽ』 と言ひながら、今度は姫の背後より両手をグツと肩にかけ、抱き締めようとするのを、清照姫は、カールチンの両腕をグツと取り、ウンと力を入れた拍子に体をすくめた。カールチンは負投を喰つて一間ばかり向ふへ飛び、床柱に後頭部をカチンと打ち、 カールチン『アイタヽヽヽ、コレコレ姫さま、何といふ手荒いことをなさるのだ。何時の間に柔術を覚えましたかな、天晴な御手際だ。ヤア感心々々』 清照姫『余り無礼な事をなさいますと、私は承知致しませぬぞや』 カールチン『何と偉いヒステリツクだなア。如何したら御機嫌がとれるかなア。まてまて、姫の心の奥底を測量もせずに無暗に相手になつて、はねるのは当然だ。惚切つた男にからかはれると、却て嬉し驚きに肱鉄砲をかまし、後から後悔する女が、間々あるものだ。姫もヤツパリ其伝だなア』 と思はず知らず小声で囁く。清照姫は可笑しさを怺へて、 清照姫『右守さま、何と仰有います。私は決してヒステリツクぢやありませぬよ。此通り、ビチビチ肥えとるぢやありませぬか。何だか知らないが、身魂が合はないと見えまして、守護神が怒つて仕様が厶いませぬワ。チツと此守護神に鎮魂でもして帰順するやうに言ひきかして下さいませな。本当に私困つちまひますワ』 カールチン『あゝそれでよく分りました。さうすると貴女の肉体はカールチンに対し、別に嫌忌の情をお持ちになつてるのぢやありませぬなア』 清照姫『ハイ』 カールチン『本人の肉体さへ承知なら、守護神位、何と言つた所で、物の数でもありませぬワイ』 と言ひながら、又もや姫の手をグツと握る。清照姫はワザと声を尖らし、 清照姫『妾はヤスダラ姫の副守護神、三五教の宣伝使清照姫で厶るぞよ。汝苟くも右守司となり、万民を導く身でゐながら其卑しき振舞は何事ぞや。容赦は致さぬぞ。今其方を投げつけたのは、此清照姫の霊がしたのぢや。決してヤスダラ姫の所為ではない程に、誤解をせぬやうにしたがよからう。清照姫は最早此肉体を立去る程に、後は其方の自由に致したが宜からうぞや。ウンウン』 ドスンと飛上り、清照姫はおこりのおちたやうなケロリとした顔をして、カールチンの顔を打眺め、 清照姫『ヤア貴方は恋しい慕はしい右守さまで御座いましたか、能うマア御多忙な職務をすてて、妾の願を叶へて御出で下さいました、あゝ嬉しう御座います。どうぞ不束な私、お見捨なく末永く可愛がつて下さいませ』 と右守の膝に頭をなげつけ、首を左右にふつて嬉し泣の真似をして見せる。カールチンは悦に入り、 カールチン『ウツフヽヽヽ、イヤ姫、心配なさるな。其方の事なら、如何なることでも吾力に叶ふことならば、叶へて進ぜませう。どうぞカールチンも今の心で何時迄も愛して下さいや』 となまめかしい声で、目を細くして喋り出した。どこともなく、桶の輪がゆるんだやうな言葉遣ひである。 清照姫『ハイ有難う厶います。それなら此ヤスダラ姫の願は何でも聞いて下さいますか』 カールチン『申すに及ばず、どんな事でも聞いて上げるから言つて見なさい』 清照姫『それなら申上げますが、決してお腹を立てて下さいますなや。貴方も御存じの通り、セーラン王様は茲一ケ月の後には万事の準備を整へて、貴方様に後をお譲り遊ばすことに内定して居りますのは確です。さうすれば貴方は右守司ではなくて、入那の都の刹帝利様、さう御出世を遊ばした時は、こんな卑しき女は体面に係はると仰有つて、キツと妾をお捨て遊ばすでせう。貴方が本当に私を愛して下さるのならば、ここで一つどこまでも捨てないと云ふ書付を書いて下さいませぬか』 カールチン『如何なる難問題かと思へば、そんな事か。ヨシヨシ、書いてやらう。何と書けばいいのだなア』 清照姫『私の要求は到底貴方には聞入れられますまい。いざと云ふ場合になれば、キツと拒絶なさるにきまつて居りますワ』 カールチン『武士の言葉に二言はない。女の一人位誑かつて何になるか。早く其要求の次第を細々と言つて見なさい』 清照姫『貴方が刹帝利にお成り遊ばした暁は、キツと妾を正妃にして下さるでせうなア』 カールチン『ウーン、そりや、せぬでもないが、私にはテーナ姫といふ女房があるぢやないか』 清照姫『其テーナさまは、貴方が右守司としての奥さまでせう。決して刹帝利の奥さまでは厶いますまい。刹帝利の奥さまには誰をお選みですか。ヤツパリ依然として古いのを御使用遊ばしますか。それでは折角貴方が一切の規則を革新しようとなさつても、城内の空気を新しくする事は出来ますまい。能う考へて御覧なさい。バラモン教の大教主大黒主の神柱は、永らく共に苦労を遊ばした糟糠の妻を放逐し、新規蒔き直しの若い美はしい石生能姫様を正妃と遊ばしたぢや厶いませぬか。大黒主様でさへも遊ばしたことを、貴方が出来ない道理はありますまい。サア何卒これからきめて下さい。おイヤですかな。おイヤならばお厭とキツパリ言つて下さい。私にも一つ覚悟がありますから』 カールチン『成程さう聞けばそれも尤もだ。それなら貴女を正妃とすることを固く約しませう』 清照姫『有難う厶います、それなら今日から私はあなた様の誠の妻ですなア』 となまめかしい声を出し、満面に笑を湛へて凭れかかつた。其しをらしさにカールチンは骨も魂も抜けた如くグニヤグニヤとなつて了ひ、顔の相好を崩して平素のさがり目を一入下げ、声の調子まで狂はしながら、 カールチン『ウンウンよしよし、お前の云ふことなら、命でもやらう。ホンに可愛い奴だなア、エヘヽヽヽ』 清照姫『それなら妾に一つの願が厶います。御存じの通り、最早刹帝利の授受は円満解決の曙光を認めてゐるのですから、大黒主様の軍隊を借用するのはお止めになつたら如何ですか、何程円満解決とは言ひながら、カールチンは刹帝利の位を奪はむ為に、大黒主様の軍隊を借用して脅迫したといはれては末代までの不名誉、又国民一般に対しても治政上大変な障害となるぢやありませぬか。どうぞ妾の御願ですから、一時も早く早馬使をハルナの都にさし向け、軍隊の派遣を断つて下さいませ。大黒主様だつて、近国に動乱が起つてゐるのですから、大変な御迷惑でせう。一層の事、貴方の軍隊を全部応援の為お差向けになつたならば、貴方の武勇は天下に轟き又大黒主様のお覚えはますます目出度く、遂にはハルナの都の後継にお成りなさる端緒を開くといふものです。これ位の決断がなくては到底駄目ですからなア』 カールチン『成程さう聞けばさうだなア。それなら一先づ吾館へ立帰り、早馬使を走らせて、軍隊の派遺を御辞退申上げ、味方の勇士をして、残らず大黒主様の為に応援させよう。ヤア、ヤスダラ姫、又ゆつくりとお目にかからう。キツと明日は早朝から登城するから、安心して待つてゐるがよい。左守殿へも其方から宜しく言つて下さい。私から云ふのは何だか都合が悪い様だから』 清照姫『父の左守は最早妾の切なる恋を看破し、夜前も厳しく膝詰談判を致しました故、命をかけて、いろいろと陳弁しました所、ヤツと得心して呉れまして……流石は俺の娘だ。よい所へ気がついた、お前がさうなつてくれれば、右守司との暗闘もこれでサツパリ解けるだらう……と喜び勇んで別れた位ですから、父の方は決して御心配くださいますなや』 カールチン『ヤスダラ姫殿、お名残惜しいが、明日又お目にかからう』 と云ひながら、滴る涎をソツとたぐり、イソイソとして己が館へ立帰るのであつた。後に清照姫は帰り行く姿を、首を伸ばして眺めてゐたが、何時の間にやら姫の首は三つ四つ縦に動き、赤い舌まではみ出して居た。 (大正一一・一一・一四旧九・二六松村真澄録) |
|
67 (2348) |
霊界物語 | 43_午_玉国別と治国別1(玉国別の失明) | 13 軍談 | 第一三章軍談〔一一六四〕 数十年の雨風に弄ばれて、屋根は飛散り柱は歪み、見るかげもなき古祠の前に、薄雲を被つてボンヤリ輪廓を不明瞭に現はした月の光を浴び乍ら、話に耽る七人の男があつた。これは勿論治国別、玉国別の一行である。 玉国別『治国別さま、昨日来の大風には随分お艱みでしたらうなア。それに又バラモン教の軍勢がやつて来たので、一段と御骨の折れたことでせう』 治国別『河鹿峠を此方へ下る折しも片彦、久米彦の軍勢と出会し、兎も角も屈竟の難所に陣を構へ、徐に言霊を打出した所、昨日の暴風に木々の木の葉が散る如く、隊伍を乱し、這々の体で逃げ散つて了ひましたよ。貴方は此森蔭に於て、キツと敵の潰走を待受け、言霊を打出しなさるだらう、両方より言霊の挟み打も面白からうと考へて居りました。そしてさぞ祠の森の前には沢山な帰順者が居るだらうと、イヤもう楽んで参りました。敵は此谷道を通らなかつたですか』 玉国別『ヤアもう残念なことを致しました。神様に神罰を蒙り、大怪我を致し、心気沮喪したと見え、雪崩の如く逃げくる敵を無念乍らも、皆取逃がして了ひました』 治国別『それは何とも仕方がありませぬ。何事も神界の御都合でせう。併し乍ら大怪我をなさつたとは……』 玉国別『ハイ猿の奴に両眼をかきむしられ、一旦は失明致しましたが、有難き御神徳によつて漸く片目を救はれ、此森蔭に休息して頭痛や目の痛みの癒るのを待つて居りました』 治国別『それは誠に気の毒千万、月夜とはいへ、余りボンヤリとしてゐて、お顔が見えませなんだが、ドレ一寸見せて下さい』 と云ひ乍ら、玉国別の顔を覗き込んだ。 治国別『ヤア大変だ。目のまはりがただれて居ります。余程きつく掻いたものと見えますなア』 玉国別『吾々が心の油断より自ら災を招いたのです。実に宣伝使として顔がありませぬ』 治国別『ここでは何だかきまりが悪いやうですが、どこぞ良い場所でゆつくり話さうぢやありませぬか』 玉国別『一町許り此森を登つて行きますると、恰好な休息所があります。実の所は今宵も其森蔭で養生がてら、敵軍の進むのを眺めて居りました』 治国別『そんなら、其森蔭の休息所までお供を致しませう』 玉国別『何れ又敵の残党が通過するやら、再び蒸し返しに来るやら分りませぬから、此処に二人程見張をさしておいて参りませうかなア』 治国別『オイ五三公、お前御苦労だが、此祠の前で暫く関所守をやつてくれないか』 五三公『ハイ承知致しました。玉国別さまの部下の方を一人拝借したいものですなア。なることならば私と能く馬の合ふ伊太公と関守を勤めませう』 玉国別『残念ながら伊太公は貴方にお渡しする訳には参りませぬ』 五三公『誰だつて同じことぢやありませぬか。私の先生も斯うして一人留守番をお命じになつたのだから、貴方だつて、伊太公の一人位ここにお残しになつても宜かりさうなものですなア』 道公『実の所は伊太公の奴、敵の捕虜となつて了つたのだ。これから吾々両人は伊太公を取返しに敵中へ飛込まふと思つてゐるのだが、何分先生が目を痛め、頭を痛めて厶るものだから行くことも出来ず、気が気でないのだ』 五三公『ヤアさうか、そりや大変だ。俺も先生の許しさへあれば伊太公の所在を尋ねに行きたいものだなア』 治国別『ヤア、玉国別さま、伊太公が敵の捕虜になつたのですか』 玉国別『残念ながら……』 治国別『ヤアそりや困つたことが出来たものだ。マアマアゆつくりと森蔭で御相談を致しませう。そんなら五三公、御苦労だが、お前一人ここに関守をやつてゐてくれ』 五三公『ハイやらぬことはありませぬが、何だか私一人捨てられた様な気分になりますワ。どうぞ晴公なりと残して下さいなア』 玉国別『イヤ宜しい、純公を此処に残して置きませう。オイ純公、お前御苦労なれど、五三公さまと臨時関守を頼む』 純公『承知致しました。どうしても私は雑兵だとみえて、将校会議に参列は許されないのですなア、敵を遠くに追ひちらし、稍小康を得たる此場合、仕方がありませぬから、私は五三公さまと又別働隊を造つて、将校会議を開設致しませう。サア、両先生初め道公、晴公、万公、ゆつくりと休んでおいでなさいませ』 玉国別『確り頼む。変つたことがあれば手を拍つて合図をしてくれ』 純公『万事呑込んで居ります』 玉国別『そんなら宜しう頼む』 と玉国別は先に立つて、以前の森蔭に登つて行く。 両宣伝使及び三人は木の葉の堆く積んだ上に蓑を敷き、言霊戦の状況や、懐谷の遭難の顛末などを包まず隠さず互に打明けて談じ合うてゐる。 此方は古祠の前、純公、五三公は近い西山に隠れた月を見送り乍ら、 純公『ヤア月様もとうとうアリヨースとお帰り遊ばした。どうも俄に山影が襲うて来たと云ふものか、暗黒界になつたぢやないか』 五三公『どうせお月さまだつて、同じとこに止まつていらつしやる道理がない。やがて又夜計りぢやない、夜明けも近付いたのだから、暫くグツとここで横はり、バラモン征伐の夢でも見ようぢやないか』 純公『お前寝たけら寝てくれ、関守がそんなことぢや勤まらないから、俺は此処に目をあけて職務忠実に勤めてゐる。ヤア言霊戦で随分お前も疲労れただらう、無理もない俺の蓑も貸してやるから、サア寝たり寝たり』 五三公『お前の寝られないのは、モ一つ原因があるのだらう。伊太公の行方が気にかかつてゐるのだらうがなア』 純公『それが第一の心配だ。一秒間だつて彼奴の事を忘れやうたつて、忘れられるものか。俺は斯うして安閑とここに関守を勤めてゐるものの、伊太公はエラい責苦に会はされてゐるかと思へば、如何して眠ることが出来ようぞ』 五三公『アハヽヽヽそれ程苦になるか。人の一人位如何なつてもいいぢやないか、貴様さへ安全にあつたら何よりも大慶だらう。たつた今迄ピチピチして居つた人間が死といふ魔風に吹かれて、ウンと一声冥土へ旅立ちする奴もあるのだ。何程貴様がハートに波を立ててもがいた所で如何する事も出来ぬぢやないか。そんな人の疝気を頭痛に病むやうな馬鹿な事は思はぬが良いぞ。終ひにや貴様の体まで毀して了ふぢやないか』 純公『貴様は余程良い冷血漢だなア。何程吾身が大事だといつて、友の危難を平気で見遁すことが出来ようかい。それが朋友の義務だ。否義務どころか情ぢやないか』 五三公『さう心配するな。伊太公は決して嬲殺になつたり、虐待されたりするやうな男ぢやない。彼奴はじゆん才な男だから、そこは甘く合槌を打ち、敵でさへも可愛がるやうな交際振を発揮してゐるよ。キツと敵に同情を受けてゐるに定つて居るワ』 純公『さうだらうかなア、それが本当ならば、俺もチツと許り安心だ』 五三公『伊太公はまた如何して捕虜になりよつたのだ。其顛末をチツと聞かして呉れないか』 純公『ウーン、俺達が先生とあの森蔭で休息してゐると、バラモン教の軍勢が此祠の前で休息し人員点呼までやつてゐやがるぢやないか。そして素盞嗚大神様を征伐すると云つて、ヒドイ進軍歌を歌つてゐやがるのだ。それを聞いて吾々三五教の信者が如何して堪へて居ることが出来ようか。……不意に飛んで出て、一人も残らず打懲してやらうと思つたが、何分先生の目が悪いものだから、一息も離れる訳に行かず、切歯扼腕悲憤の涙を流してゐると伊太公の奴堪りかねて、金剛杖を縦横無尽に打振り、命を的に敵中へ只一人飛び込んだきり、帰つて来ないのだ。実に残念なことをしたワイ。先生様のお止めなさるのも聞かずに行つたものだから、神様の罰で敵に捕はれよつたのだ。アヽ思へば思へば又悲しくなつて来たワイ』 五三公『何とした向意気の強い男だらうなア、後前も考へず、匹夫の勇を揮ふと、そんな目に会はねばならぬ。何事も先生の命令さへ、神妙に聞いて居れば良いのだのになア』 純公『久方の空に消えたる月みれば 友の身の上慕はるる哉。 吾友は今やいづくの何人に 救はれゐるか心許なし』 五三公『惟神尊き神に仕へたる 神の子ならば安くいまさむ』 純公『アーア、余りの心配で、歌を詠んでみようと思うたが、歌もハツキリ出ては来ないワ。先生はあの通り目をわづらひ、頭を痛め、伊太公は行方不明となり、何とした俺達の一行は、運の悪いものだらう、神様に見離されたのぢやあるまいかなア』 五三公『そんな事は吾々にや分らないワイ。善悪正邪を区別するのは神ばかりだ。それだから神が表に現はれて、善と悪とを立別けると、基本歌に出て居るのだ。兎も角も伊太公の為に、何神の祠か知らぬが、ここで祈ることにしようかい』 純公『ヤアそりや有難い、伊太公の為に祈つてやらうと云ふのか』 と涙声を出し乍ら、手を合せて暗祈黙祷をなすこと稍暫し、漸くにして夜はカラリと明けた。 慌てて谷間に落ちた二三頭の馬、主人の所在を索めてノソリノソリと急坂を下つて来た。 純公『ヤア敵の馬が逃げそそくれたと見えて、今頃にやつて来よつた。ヤア此奴ア、何奴も此奴も足を痛めてゐる塩梅だ。畜生といひ乍ら可哀相だなア。一つ神様に願つて馬の脚を直してやらうかなア』 五三公『俄に獣医でも開業する積りかなア、免状を持つてゐるか。今の時節は何程技能があつても免状がなければ駄目だぞ。どんな筍医者でも、開業試験といふ関門を何うなり斯うなり通過さへしておけば、立派なドクトルだ。何を云つても規則づくめの杓子定規の行方だからなア』 純公『アヽ馬の奴……皆さまお早うとも何とも吐さずに、俺達の好意を無にして通過して了ひやがつた、ヤツパリ畜生は畜生だなア』 五三公『純公、馬も助けてやるのは良いが、馬よりも大切な者があるだろ』 純公『いかにも、馬も助けねばなるまいが、第一先生の御病気を癒す様に鎮魂をせなくてはならなかつたなア。併し俺は畜生の鎮魂位が性に合うてゐるのだ。到底先生の御病気を鎮魂で癒すといふやうなこたア出来やしないワ』 五三公『誠心さへ天に通じたら、先生の病気だつてキツと癒るよ』 純公『さう聞けばさうかも知れぬなア、何だか知らぬが、気が落ちつかないワイ。斯う夜がカラツと明けては、此の坂路は稍安心だが、併し乍ら昨夜逃去つた敵の集団が、此谷路に吾々の前途を閉塞して、一人も残らず、虜にせむと、待構へてゐるやうな気がしてならないワ』 五三公『そりやキツトさうだらうよ。面白いぢやないか、エヽー。これからが吾々の真剣の舞台となるのだ、そんな弱々したこと言はずにチツと確りせぬかい』 斯く話す時しも、馬から転落し、足を傷つけた逃げ遅れのバラモン教の男、槍を杖につき、二人連でヒヨクリヒヨクリと跛をひき乍ら、此処へ現はれて来た。此二人は片彦将軍の秘書役ともいふべき、マツ、タツの両人であつた。二人は純公、五三公の祠の前に狛犬然と坐つてゐるのに気が着き、馴々しく、 マツ公『ヤア三五教の大先生、お早うさまで厶います。夜前は大変御苦労で厶いましたなア。随分御疲労になつたでせう。私も大変お疲労になりました。これ御覧なさいませ、一方のコンパスがチツと許り破損致しまして、此手槍をコンパス代用に、無理槍にここ迄下つて来た所です、此処でゆつくりと休んで行かうと思つて楽んで参りました。良い所でお目にかかりました。世の中は相身互だから、貴方も赤十字班の衛生隊と思召して吾々両人の看護をして下さいな。見れば貴方のお召物には丸に十がついてゐる。キツと白十字社の救護班と思ひますが、違ひますかな』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い吾党の士だ。オイ、コンパスの破損先生、ドクトルが一つ診察をしてやらう』 マツ公『イヤ其奴ア有難い、何分宜しう頼みます。敵と云ひ味方といふのも、人間が勝手につけた名称で、ヤツパリ神様の目から見れば皆兄弟だからなア』 純公『ヤアま一人負傷者があるぢやないか』 マツ公『ハイこれはタツと言ひまして、片彦将軍の秘書役ですよ。私も一寸新米ではあるが、夏でもないのに、ヒシヨ(避暑)をやつて居ります。アハヽヽヽ、まだまだ七八人の負傷者が谷底に呻吟してゐますから、一つ担架隊でも出して、此処まで持ち運び、此祠を臨時野戦病院として、治療を与へてやつて貰ひたいものですなア。三五教は敵でも助けるといふ教だと聞いたから、此マツ公もスツカリと気を許し、親の側へ帰つて来たやうな気分になりました』 何程憎い敵でも悪人でも、向ふの方から打解け、開けつ放しでやつて来られると人間といふものは妙なもので、何となく贔屓がつき、吾身を忘れて助けてやりたくなるものである。バラモン教のマツ公、タツ公は流石に片彦将軍の秘書を勤むる丈あつて、先んずれば人を制するといふ筆法を能く呑込んでゐた。其実は酢でも蒟蒻でもいかぬしれ者なのだ。五三公、純公もそんなことを知らぬ様な馬鹿ではないが、敵の方から斯う出られると、知らず識らずの間に受太刀にならざるを得ないのであつた。 五三公『三五教独特の鎮魂の妙術を施してやるから、先づそこで横になつて見よ』 マツ公『イヤ有難う、三五教の信者はさうなくてはならぬ。如何にも良い教だなア。博愛主義だ。あゝ敵乍ら霊幸倍坐世、カタキ乍ら霊幸倍坐世』 五三公『アハヽヽヽ此奴ア面白い奴だ。遺憾乍ら霊幸倍坐世。イヤイヤ乍ら霊幸倍坐世。仕方がない霊幸倍坐世』 マツ公『アハヽヽヽアイタヽヽヽ、余り笑ふと、骨に響いて痛くて仕方がないワ。オイ、タツ公、貴様も一つ治療を受けないか、何程大治療を受けても薬礼も要らず、入院料も要らぬのだから、嬶の湯巻まで六一銀行へ無期徒刑にやる必要もなし、極めて安全なものだぞ』 タツ公『俺の傷は余程深いのだから、さう直に治らうかなア』 五三公『さう心配をするな。俺の技術を信用してくれ。白十字病院長、死学博士だ、千人の患者を扱つたら、九百九十九人までは皆霊壇へ直し、墓場へ送るのだから、死学博士といふのだよ、随分偉い者だらう。そして天国へ復活さしてやるのだ。生かさうと殺さうと自由自在、耆婆扁鵲も跣足で逃げるといふ大博士だからなア。ウツフヽヽヽ』 マツ公『いい加減に洒落をやめて、早く俺の苦痛を助けて呉れないか。白十字病院の金看板を掲げ乍ら俺の苦痛を外にみて、仁術者の身分としてクツクツと笑ふ奴があるかい、エーン、余程此医者は筍と見えるなア』 純公『副院長の俺がタツ公の治療をするから、五三公さま否院長さま、貴方はマツ公を受持つて、完全無欠なコンパスにしてやつて下さい。どちらが早く癒るか一つ競走をやつて見ませうかなア。有名な死学博士計りがよつて居るのだからなア、アハヽヽヽ』 マツ、タツ一度に『ウツフヽヽヽ、アイタヽヽヽ、アハヽヽヽ、アイタヽヽヽ』 マツ公『コリヤ余り笑はして呉れない』 純公『笑ふのは病気の薬だ。笑ふ門には恢復来るといつてな、俺は笑はすのが得意だ。それが医術の奥の手だよ。イヒヽヽヽ』 マツ公『モシモシ院長さま、どうぞ早う治療にかかつて下さいな』 五三公『貴様の内には家もあるだろ。田地も倉も林もあるだらうなア』 マツ公『俺だつて片彦将軍の秘書役を勤める位だから、相当の地位も名望も財産も持つてゐるわい』 五三公『ウンさうか、其奴ア掘出し者だ。早速癒すと俺の商売が干上つて了うワイ。コーツと、いつやらの話だ……或所に医者があつた、大変ようはやる医者で、山井養仙さまといつて名高いものだつた、其奴に一人の山井養洲といふ弟子があつた。そこへ土地の富豪が病気に罹り養仙の薬を服用してゐた。少し快くなると又悪くなる、又快くなる又悪くなる。三年許りもブラブラして、養仙の薬を神のやうに思つて服薬してゐた。或時養仙が二三日急用が出来て、他行した不在の間に、書生の養洲奴其男を留守師団長気分で診察し、薬をもり与へた所、三日目にスツカリ全快してお礼にやつて来よつた。四五日たつと、養仙先生が帰宅したので、書生の養洲奴、したり顔で……先生あの松兵衛を、貴方の不在中私が診察して薬をもりましたら、三日目にスツカリ全快し、最早薬に親しむ必要がないから、お礼に来ましたと云つて、薬価を勘定し、チツと許り菓子料を置いて帰りました。これが菓子料で厶いますと差出し、褒められるかと思ひの外養仙は目に角を立て……大馬鹿者ツ、貴様は医者の資格はない……と呶鳴りつけた。そこで養洲がむきになり……医者は仁術といつて、人の病気を助けるのが商売ぢやありませぬか、何故お叱り遊ばすか……といへば、養仙は一寸ダラ助をねぶつたやうな顔して……貴様は馬鹿だなア。松兵衛の内にはまだ倉もある、家も山林田畑も残つて居るぢやないか、エーン、さう早く癒して何うなるか、彼奴の財産が全部俺の懐へ這入るまでは癒されぬのだ、バカツ……と言つたさうだ、実に偉い医者だ。其心得がなくては、如何しても院長にはなれないワ。さうだから俺も其養仙さまに做つて、貴様の負傷を如何ともヨウセンのだ、アハヽヽヽ、イヒヽヽヽ』 マツ公『エヘヽヽヽ、イヽイタイイタイイタイイタイ、ウツフヽヽアイタヽヽヽ』 タツ公『エヘヽヽヽアイタヽヽヽ』 純公『それ丈笑つたら、やがて本復するだらう。マア安心したがいいワ』 タツ公『オイ藪医先生、何時になつたら癒るだらうかなア』 純公『マアマア一寸予後不良だから、計算がつかぬワイ。すべて病には……エヘン……二大別がある。一を先天性疾病といひ、一を後天性疾病と云ふ。而して予後良あり不良あり、良不良を決し難きものありだ。治すべき病と、治すべからざる病と、治不治を決し難き病と、自然に放擲して置いて癒る病と四種類ある。それから内科外科産科と分れてゐる。又婦人科小児科といふのも此頃はふえて来た。そして薬には内服用外用と大別され、頓服剤も必要があり、食塩注射にモルヒネ注射、此頃は六〇六注射迄開けて来たのだ、エーン。随分医者になるのも学資が要るよ。(狂歌)千人を殺して医者になる奴は、己一人の口すぎもならず……といふのだから、俺だつて今まで九百九十九人まで殺してきたのだ。モ一人殺せば一人前の医者になるのだ。それだから丁度貴様を一人霊前に直す、有体にいへば殺すのだ。そこで始めて此純公も一人前のドクトルになるのだからなア。何とよい研究材料が出来たものだ。アハヽヽヽ』 マツ公『アハヽヽヽ何時の間にか俺の足痛は尻に帆かけて遁走したと見えるワイ。オイ、タツ公貴様もいい加減に癒つたら如何だ。イヒヽヽヽ』 五三公『コリヤなまくらな、足痛の真似をしてゐたのだな。仕方のない奴だ』 マツ公『さうだから、痛いか痛くないか診察してくれと云つたぢやないか。実の所は負傷者だといつて、お前達の同情を買ひ、ここを無事に通過する積りだつたが、余り貴様の言分が気にいつたから、何もかも白状するワ。実は全軍の逃走した後始末をつけて帰つて来たのだ。足はかうして繃帯で巻いてゐるが、チツとも怪我してゐないのだよ、のうタツ公、アハヽヽヽ』 五三公『アハヽヽこいつア誤診だつた』 マツ公『誤診か御親切か知らぬが、打診もないやうだつたね』 五三公『随分聴診にのつて大変な失敗をした。サア之から貴様も望診々々と行つたらどうだ。問診も道で片彦に会うたら、死学博士が宜しう言つて居たと言うて呉れ、アーン』 マツ公『オイオイ院長さま、なぜ鼻の下をさう撫でてゐるのだ。妙な恰好ぢやないか』 五三公『ウン之かい。髭はないけれど、気分だけは八の字髯を揉んでゐる積りだ。アハヽヽ』 純公『オイ、モウ病院遊びはやめにしようかい。そしてゆつくりと軍話でもしたらどうだ。随分面白いだらうよ』 マツ公『敗軍の将、兵を語る……かな。葬礼すんで医者話と同じ事だが、これも成行だ。ここで一つ物語をやつてみよう。随分潔いぞ、エツヘヽヽヽ』 五三公『何と気楽な奴が揃うたものだなア。丁度祠の前で四人打揃ひ、軍談を始めるのも面白からう。アヽ愉快だ愉快だ』 マツ公は講談師気取になつて長方形の岩の前に坐り、鉄扇にて岩をビシヤビシヤ叩き乍ら唸り出した。 マツ公『ハルナの都に名も高き、梵天帝釈自在天、大黒主といふ智勇兼備の勇将あり。それに従ふ英雄豪傑、綺羅星の如く立ち並び、中にもわけて大黒主の三羽烏と聞えたる鬼春別将軍、大足別将軍、マツ公将軍こそは英雄中の英雄なり。此度斎苑の館に天地に輝く神徳高き、酒の燗素盞嗚尊、数多の軍勢を引つれ、アブナイ教を組織して、大黒主の守らせ給ふ、天に輝く月の国、五天竺をば蹂躙し勢益々猖獗を極め天下は騒然として麻の如くに乱れ、人民塗炭の苦に陥りぬ。然る所へ、又もやデカタン高原の北方なるカルマタ国に、盤古神王塩長彦を奉じて現はれ出でたる、ウラル教の常暗彦が軍勢、雲霞の如く、地教山を背景とし、集まりゐる。今や天下は三分せむとするの勢なれば、何条以て大黒主の許し給ふべき、三羽烏を征夷大将軍に任じ、大足別はカルマタ国へ、鬼春別は斎苑館へ、テンデに部署を定め、進軍の真最中なり。秋は漸く深くして木々の梢はバラバラバラバラ、散りゆく無残の光景を心にもとめず、数多の軍勢率つれて、先鋒隊には片彦久米彦両将軍、あとから出て来る一部隊は、ランチ将軍、数千騎を率ゐ、最後の本隊は鬼春別将軍、全軍を指揮し、秋風に三つ葉葵の旗を林の如く翻し乍ら旗鼓堂々と攻め来る其物々しさ鬼神も驚く許り也。先陣に仕へし片彦将軍は今や河鹿峠の絶頂に、全軍を指揮し轡を並べ、蹄の音カツカツカツ、鈴の音シヤンコシヤンコと、威風堂々あたりを払ひ天地を圧して登り行く。百千万の阿修羅王が進軍も斯くやと思はれにける。然る所に豈計らむや、思ひがけなや、アタ恐や、三五教の宣伝使治国別、万公、晴公、五三公の木端武者を引つれ、一卒之を守れば万卒進む能はざる嶮路を扼し、神変不思議の言霊を速射砲の如く打かけ、向ひ来る其勢の凄じさ。不意を喰つて味方の軍卒、忽ち総体崩れ、狼狽へ騒いで、元来し道へと、馬を乗り棄て、風に木の葉の散る如く、バラバラバツと、群ゐる千鳥群千鳥、あはれ果敢なき次第也。無念の涙を押へ乍ら、バラモン軍の武運のつたなきを嘆き悲しみ、片彦将軍の秘書官、マツ公タツ公両人は、騒がず、焦らず悠々然として、戦場の後を片づけ、負傷者と詐つて、ここ迄やうやう帰りける。アハヽヽヽ、エー後は如何なりまするか、実地検分の上ボツーボツと講談仕りますれば、明晩は何卒十二分の御ヒイキを以て、賑々しく御来聴あらむことを希望いたします。チヨンチヨンチヨンだ』 五三公、純公、タツ公一度に大口をあけ、 五三公、純公、タツ公『アハヽヽヽ』 と腹を抱へ、転げて笑ふ。 (大正一一・一一・二八旧一〇・一〇松村真澄録) |
|
68 (2388) |
霊界物語 | 45_申_小北山の宗教改革1 | 08 小蝶 | 第八章小蝶〔一一九八〕 松彦松姫両人はいとし盛りの吾娘 千代子と共に歌垣にたちて心の誠をば 語らひ居たる折もあれ突然起る笑ひ声 瓦をぶちあけた其如くガラガラガラといやらしく 聞え来れる其音色嫉妬嘲笑交り来て いとも不穏に聞えけり娘のお千代は門口を 引開け外を眺むれば豈図らむや魔我彦が 両手で耳を抑へつつ腰をくの字に曲げ乍ら 差足抜足逃げて行くお千代は後を顧みて やさしき声をふり絞り紅葉の様な手をふつて ホヽヽヽヽと笑ひ出すお千代の声に驚いて 後振返る魔我彦は真赤な顔に団栗の はぢけた様な目を剥いて舌を噛み出し腮しやくり イヒヽヽヽヽ、イヒヽヽヽ勝手な熱を吹きよつて しつぽり泣いたがよからうぞ之から俺は蠑螈別 お寅婆さまの前に出て一伍一什を物語り 二人の恋を何処までも妨害せなくちやおかないぞ 覚えてゐよと云ひ乍らお千代を睨めつけスタスタと 館をさして帰り行くお千代は又もや打笑ひ お千代『ホヽヽヽヽ魔我彦が曲つた心の恋衣 今は敢なく破れけり破れかぶれの負惜み 立派な夫のある人を神の教にあり乍ら 女房にしようとは何の事横恋慕も程がある 枉の憑つた魔我彦は恋に眼を晦ませて 善悪邪正の大道を踏み外したる浅間しさ 父と母とは昔から天下晴れての夫婦仲 誰に憚る事あろか笑へば笑へ誹るなら 何程なりとも誹れかし私と云ふものある上は 仮令蠑螈別さまが何と云はうとも構やせぬ ウラナイ教のお道から云うても父はユラリ彦 末代日の王天の神母の命は上義姫 誠の道から云うたなら戯けた話であるけれど ウラナイ教の道として何とか彼とか神の名を つけて喜んで居る上は仮令松彦父上が ユラリの彦となりすまし母の命は上義姫 神と神との夫婦ぢやと云つた処で何悪い 蠑螈別もお寅さまもとつくに承知の上ぢやないか 何程魔我さまがゴテゴテと曲つて来やうが矢も楯も 二人の仲にたつものかホヽヽヽヽあた可笑しい 父と母との久方の睦言葉を外面から 立聞きなして妬け起し悋気の焔に包まれて 外聞の悪い門口でカヽヽヽカツと笑ひ出す 一丈二尺の褌をば締めた男のすることか 恥を知らぬも程があるこんなお方が副教主 蠑螈別の片腕となつて厶ると思うたら 仏壇の底めげぢやないけれど阿弥陀が零れて来るぢやないか オホヽヽヽヽオホヽヽヽ魔我彦さまのスタイルは 何と仮令て宜からうか溝に落ちたる痩鼠 雪隠に落ちた鶏が尾羽打枯らし腰曲げて 犬の遠吠え卑怯にも笑つて逃げ行く浅間しさ オツトドツコイ惟神神のお道にあり乍ら 腹立ち紛れに魔我彦の知らず知らずに悪口を 子供の身として述べ立てた此世を造りし神直日 心も広き大直日道理を知らぬ年若の 娘の云つた世迷言直日に見直し聞直し 悪言暴語の罪科を何卒お許し下さんせ 父と母との身の上を思ひにあまつて思はざる 脱線振りを発揮した乙女心を憐れみて 許させ給へ三五の皇大神の御前に 慎み敬ひ詫奉る』 松彦『千代子は外へ出たきり、何だか謡つてゐる様だな。うつかりした事を云つて魔我彦さまの機嫌を損つてはならないがな』 松姫『お千代は何分有名な侠客に育てられ、小さい時からスレツからしに育て上げられたものだから、肝玉も太く、年に似合はぬ早熟くさりで随分偉い事を云ひますよ。時々脱線振りをやつて蠑螈別さまや魔我彦さまをアフンとさせ、ヤンチヤ娘の名を擅にして居ります。それ故私も名乗つてやり度かつたなれど、故意とに隠して居りました』 松彦『お千代には如何云ふ機でお前は会うたのだ』 松姫『あのお寅さまが連れて来たのですよ。同じ侠客同志で心安かつたと見えて、親も兄弟もない娘だから、ここで立派に育て上げ度いと云つて親切に連れて来たのです。それから私が様子を考へて居れば全く私の娘と云ふ事が分り、矢も楯も堪らず嬉しうなつて来ましたが、今名乗つては、あの子の為めによくないと思ひ、今日が日までも隠して居りました。本当に子供と云ふものは教育が大切ですな。親のない子が泥棒になつたり、大悪人になるのは世間に沢山ある習ひですから、これから十分に気をつけて教育をしてやらねばなりますまい。十二や三で婆の云ふ様な事云ふのですから困つて了ひますわ』 松彦『さうだな。子供は教育が肝腎だ。子供と云ふものは模倣性を持つてゐるから見聞した事を自分が直に実行したがるものだ。子供は親の真似をして遊びたがるものなり、大人は亦白い石や黒い石を並べて子供の真似をしたがるものだ。これもヤツパリ因碁だらうよ。アハヽヽヽヽ』 松姫『私だつて、貴郎だつて今こそ神様のお道に仕へて人に崇められて先生顔をして居りますが、あの子の出来た時分は随分なつて居ませぬでしたな。あの時の魂で宿つた子だもの、碌な子が生れさうな事がありませぬわ。まだまア不具に生れて来なんだのが、神様のお恵みですよ』 松彦『然しお千代は何時迄も外に立つて魔我彦だとか、何とか謡つてるぢやないか。困つたものだな。どれお千代を呼んで来う』 と云ひ乍ら松彦は立つて門口の戸を開き外を覗き込んだ。お千代はイーンイーンをしたり、目を剥いたり拳骨を固めて何だか人の頭でも殴る様な真似して、空中を殴つてゐる。 松彦『これこれお千代、お前、そりや何をして居るのだい』 千代『はい、これはこれは末代日の王天の大神様、上義姫との御再会を祝するためきつく姫が岩戸の外で神楽を奏げて居りますのよ。何ぼ娘だつて御夫婦の久し振りの御対面に御邪魔になつては、ならないと気を利かして居りますのよ。今の中にお母アさまと、とつくり泣いたり笑うたり、力一杯お芝居を成さいませ。お父さまやお母さまのお楽しみのお邪魔になつてはなりませぬからな』 松彦『何と呆れたお転婆だなア。これ、千代サン、そんな斟酌は要らない、とつとと入つておいで』 千代『もう暫くここで遊ばして下さいな』 松彦『遊ぶのはいいが魔我彦が何うだの斯うだのと憎まれ口を叩いちやいけないよ』 千代『だつてお父さま魔我彦さまは仕方のない男だもの。チツと位恥をかかしてやらねば後の為めになりませぬわ。男の癖に間がな隙がな、お母アさまの居間へやつて来て、味噌ばつかり摺るのですもの、好かぬたらしい。あたい腹が立つて堪らぬのよ。今日まで辛抱して居つたのだけれど、お父さまとお母さまが分つたからは、もう大丈夫。魔我彦位が何ぼ束でやつて来ても大丈夫ですわ。親の光は七里光ると云ふぢやありませぬか。永い間親なしぢや親なしぢやと云つて軽蔑され、悔し残念を今まで耐つて居つたのですよ。其中でも魔我が一番私を軽蔑したの。さうだから日頃の鬱憤が破裂して一人口から悪罵が破裂するのですもの。チツとは云はして下さいな。まだこれ位云つた処で三番叟ですわ』 松彦『お前の心になれば無理も無からうが、そこを辛抱するのが神様の道だ。さうズケズケと云ひたい事を云つて人に憎まれるものではない。子供は子供の様にして居ればいいのだよ』 千代『魔我彦に憎まれたつて構はぬぢやありませぬか。お父さまとお母さまに可愛がつて貰ひさへすれば宜しいわ、ねえ』 松彦『兎も角お母さまが待つてゐるからお這入りなさい』 お千代はニコニコとして松彦の後に従ひ這入つて来た。 松彦『お千代は随分スレツからしになつたものだ。困つた事だな』 松姫『本当に困りますよ。これが私の娘だと大きな声では云はれないのですもの。本当に困つちまいます。こんな子が成人したら又博奕打ちの親方にでもなりやせまいかと思へば末が恐ろしう厶いますわ』 千代『お母さま、私侠客になるつもりなのよ。弱きを助け、強きを挫き、大きな荒男を頤で使ひ女王気取りになり、姐貴姐貴と称へられて名を遠近に轟かすのが人生第一の望ですわ。お寅婆アさまを見なさい。侠客だつたお蔭で蠑螈別さまのお気に入りになつて居らつしやるぢやありませぬか』 松姫『これお千代、お前はお寅婆アさまの様になりたいのかい』 千代『あたい、お寅婆アさまの様な中途半の女侠客は嫌ひよ。波斯の国、月の国きつての大親分にならうと思つてゐるの』 松彦『困つたな、偉いものを生んだものだ。やつぱり種子は争はれぬものかいな』 千代『ホヽヽヽヽ茄子の種子は茄子、瓜の種を蒔けば瓜の苗が生えます。私はお父さま、お母さまのヤンチヤ身魂から此世に生れ、其上侠客の手に育てられたものだもの、斯んな心になるのは当然ですわ』 松彦『お前は神様の宣伝使になるのが宜いか、侠客になるのが宜いか』 千代『神様の宣伝使なんて気が利かぬじやありませぬか。訳の分らぬ婆嬶や時代遅れの老爺さまや、剛欲の人間や、盲や唖に、不具に病身者、一人だつて満足のものが神様の処へ寄つて来ますか。たまたま体の丈夫な男女が来たと思へば精神上に欠陥のある人間ばつかり、そんな人に崇められたとて何が面白う厶りませう。理解の上に崇められたのなら愉快ですが、無理解者から持て囃されたつて何が光栄ですか。本当に馬鹿らしく消え度くなつて了ひますわ。それよりも侠客になつて御覧なさい。裸百貫の荒男、霊肉ともに欠陥のない、男の中の男が集まつて来て義に勇み、誠を立て、悪人を懲し、まるで神様の様な欲のない、宵越しの銭を使はぬ綺麗薩張りした人間ばかりに姐貴々々とたてられて、此世を送るほど愉快な事がありますか。あたいは何処迄も女侠客になるのが望みです』 松彦『ハヽヽヽヽ困つたな。親は宣伝使、子は女侠客、どうも反が合はぬ様だ』 千代『お父さま、大工の子は大工を営み、医者の子は何処迄も医者をやらねばならぬと云ふ規則はありますまい。各自に人間には、それ相応の天才があつて凡ての事業に適不適があるものです。自分の天才を十二分に発揮するのが教育の精神でせう。圧迫教育を施して児童の本能を傷つけ、桝できり揃へた様な団栗の背競べの様な人間ばかり作り上げる様な現在の教育では大人物は出来ませぬぜ。植物だつて、枝を曲げたり、切つたり、針金で括つたり、いろいろと干渉教育を施すと、床の間の置物よりなりますまい。山の谷で自由自在に成育した樹木は成人して立派な柱になりませう。さうだから人間は如何しても天才を完全に発揮させる様に教育させなくては駄目ですわ』 松彦『松姫、お前の云つた通り、何とまアこましやくれた娘だな。随分社会教育を受けたと見えるな』 松姫『到底私の手には合はない娘ですよ』 松彦『さうだな。いや却て干渉せない方がよいかも知れない。一六ものだ。大変な善人になるか、悪人になるか、先を見て居らねば分るまい。到底親の力では駄目だ。神様にお任せするが一等だ』 千代『それが所謂惟神教育ですよ。貴方だつて、いつも惟神々々と仰有るのですもの』 松彦『アハヽヽヽヽ』 松姫『オホヽヽヽヽ』 千代『惟神神に任せば自ら 松の緑は千代に栄ゑむ 相生の松の下露日を受けて 生え出でにけり味良き茸は』 (大正一一・一二・一二旧一〇・二四北村隆光録) |
|
69 (2436) |
霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 07 酔の八衢 | 第七章酔の八衢〔一二四〇〕 天に輝く日月も黒雲とざす時は 忽ち其光を没する如く智仁勇兼備の 三五教の宣伝使治国別も忽ち妖雲に霊眼を交錯されて 悪虐無道のランチ将軍が奸計に陥り 暗黒無明の地下の牢獄へ忽ち顛落し 気絶せしこそ是非なけれ。 肺臓の呼吸は漸く微弱となり、情動は全くとまると共に、心臓の鼓動休止し、治国別は竜公と共に、見なれぬ山野を彷徨することとなつた。行くともなしに、吾想念の向ふまま進んで行くと、一方は屹立せる山岳、一方は巨大なる岩石に挟まれた谷間の狭い所に迷ひ込んだ。ここは中有界の入口である。中有界は、善霊、悪霊の集合地点である。一名精霊界とも称へる。 竜公は四辺の不思議な光景に、治国別の袖をひき、 竜公『モシ先生、此処はどこでせうかな。ランチ将軍の奥座敷で酒を呑んで居つたと思へば、局面忽ち一変して、斯様な谷底、何時の間に来たのでせう』 治国別『どうも変だなア、幽かに記憶に残つてゐるが、何でも片彦の案内で、立派な座敷へ入つたと思へば、忽ち暗黒の穴へおち込んだやうな気がした。ヒヨツとしたら吾々は肉体を脱離して、吾精霊のみが迷つて来たのではあるまいかな』 竜公『何だかチツと空気が違ふ様ですな。併し斯様な所に居つても仕方がありませぬ。行ける所まで進みませうか』 治国別は少時双手を組み、幽かな記憶を辿りながら、二つ三つうなづいて、 治国別『ウンウンさうださうだ、ランチ、片彦将軍の計略にウマウマ乗ぜられ、生命をとられて了つたのだ。アヽ困つた事をしたものだな』 竜公『モシ先生、生命をとられた者が、かうして二人生きて居りますか、変な事を仰有いますなア』 治国別『人間界から言へば、所謂命をとられたのだ。併し乍ら人間は霊界に籍をおいてゐる。肉体はホンの精霊の養成所だ。霊界から言へば、死んだのではない、復活したのだ。サア之から吾々が生前に於て、現界にて尽して来た善悪正邪を検査する所があるに違ひない。そこで一つ検査を受けて天国へ昇るか地獄へおとされるかだ』 竜公『エヽそりや大変ですな、マ一度娑婆へ帰る工夫はありますまいかな』 治国別『何事も神素盞嗚の大神様の御心の儘だから、精霊界にふみ迷ふも、或は天国へ復活するも、現実界へ逆戻りするのも、吾々人間の左右し得べき所でない。最早かくなる上は、神様にお任せするより道はなからうよ』 竜公『私はあなたから、死後の世界があると云ふ事は聞いて居りましたが、斯うハツキリと死後の生涯を続けるとは思ひませなんだ。気体的の体を保ち、フワリフワリと中空をさまよふものだと考へて居りましたが、今となつては、吾々の触覚といひ、知覚といひ、想念といひ、情動といひ、愛の心といひ、生前よりも層一層的確になつたやうな心持が致します。実に不思議ぢやありませぬか。死後の世界はあると云ふ事は承はつて居りましたなれど、是程ハツキリした世界とは思ひませなんだ』 治国別『人間の肉体は所謂精霊の容物だ。精霊の中には天国へ昇つて天人となるのもあれば、地獄へおちて鬼となるのもある。天人になるべき霊を称して、肉体の方面から之を本守護神と云ひ、善良なる精霊を称して正守護神といひ、悪の精霊を称して副守護神と云ふのだ』 竜公『人間の体の中には、さう本正副と三色も人格が分つて居るのですか』 治国別『マアそんなものだ。吾々は天人たるべき素養を持つてゐるのだが、肉体のある中に天人になつて、高天原の団体に籍をおく者は極めて稀だ。今の人間は大抵皆地獄に籍をおいてゐる者ばかりだ、少しマシな者でも、漸くに精霊界に籍をおく位なものだよ。此精霊界に於て善悪正邪を審かれるのだから、最早過去の罪を償ふ術もない。あゝ之を思へば、人間は肉体のある中に、一つでも善い事をしておきたいものだなア』 かく話す所へどこともなく、一人の守衛が現はれて来た。 守衛は治国別に向ひ、 守衛『あなたは三五教の治国別様では厶いませぬか』 治国別『ハイ左様で厶います。エヽ一寸お尋ね致しますが、ここは天の八衢ではございませぬかな』 守衛『お察しの通り、ここは精霊界の八衢で厶います、サア是から関所へ案内を致しませう』 治国別『有難う厶います。オイ竜公、ヤハリ吾々は最早娑婆の人間ぢやないのだよ。覚悟せなくちや可けないよ』 竜公『仮令八衢へ来た所で、此通り意思想念共に健全なる以上は、決して死んだのぢやありませぬから、何とも思ひませぬワ』 守衛『竜公さまとやら、お気の毒ながら、あなたは八衢に於て少しく暇取るかも知れませぬ。そして治国別様とお別れにならなきやならないでせう』 竜公『エヽ何と仰有います、別れよと仰有つても私は治国別様の家来ですから、どこ迄も伴いて行きます。家来が主人の後へ従いて行かれぬと云ふ、何程霊界でもそんな道理はありますまい』 守衛『それは御尤もですが、併しながら貴方の善と信と智慧と証覚とが、治国別様と同程度になつて居れば、無論放さうと思つても放れるものぢやありませぬ。併しながら貴方の円相が余程治国別様に比べて見劣りが致しますから、私の考へでは、どうも御一緒は六かしいやうに感じられます。併しながら八衢の関所までお出でになつて、伊吹戸主の神様のお審きを受けねば、到底私では決定を与へる事は出来ませぬ。又決定を与へる丈の資格も権能もありませぬからなア』 治国『惟神霊幸倍坐世、三五教を守り給ふ国治立の大神、豊国主の大神、守り給へ幸はへ給へ』 竜公はしきりに、 竜公『惟神霊幸はへませ。一二三四五六七八九十百千万』 と数歌をうたふ。守衛は谷道に立止まり、 守衛『治国別様、此竜公さまをあなたにお任せ致しますから、どうぞ此処をズツと東へ取つてお出で下さいませ。少しくあの山をお廻りになると、稍平かな所が厶います。そこが天の八衢の関所で厶いますから、私は之から又次へ出て来る連中がありますから、それを案内して来ます。左様なら、之で失礼を……』 と言ひながら電光石火の如く、空中に一の字を画いて、光となつて西方指して飛んで行く。二人は崎嶇たる山道をドシドシと、三十丁ばかり登りつめた。見れば万公が首を傾け、口をポカンとあけ、憂鬱気分で此方を指して進んで来るのを、四五間ばかり手前で見つけた。竜公は、治国別の袖をひいて、 竜公『モシ先生、あこへ来るのは万公ぢやありませぬか。何だか心配らしい顔をして歩いて来るぢやありませぬか』 治国別『ウン確に万公だ、併しながら言葉をかけちやいかないよ。向ふがもの言ふまで黙つてゐるがいい。先方がもの言つても、こちらはもの言つちや可けないよ』 かく話す折しも、万公は行歩蹣跚として、二人の前に立ちふさがり不思議相な顔をして、二人を眺めてゐる。治国別は心の内にて、天の数歌を奏上してゐる。竜公はあわてて、治国別の戒めた事を打忘れ、 竜公『オイ万公ぢやないか、何だみつともない、其ザマは、シツカリせぬかい』 と背中をポンと叩きかけた拍子に、万公はプスツと煙の如くに消えて了つた。 竜公『アヽ万公かと思へば、何だ、化物だなア。ヤツパリ霊界は霊界だなア。万公に冥土の狐奴、化けてゐやがつたのだなア』 治国別『エヽ仕方のない男だなア、ありや万公に間違ひないのだ。肉体はまだ現界に居つて精霊のみが俺達の身の上を案じて、捜しに来てゐるのだ。肉体のある精霊に言葉をかけるものぢやない。肉体のある精霊は霊界にゐる者が言葉をかければ、すぐに消えるものだ。それだから俺が気をつけておいたのに、困つた男だな、これから伊吹戸主の神様の関所へ行くのだから、余程心得ないと可かないぞ』 竜公『ハイ、キツと心得ます。あなたがモシヤ天国へお出でになつたら、私をどこ迄も伴れて行つて下さりませうねエ』 治国別『どこへ俺が行つても従いて来るといふ真心があるのか、それなら俺は若も天国へ行く時には、八衢の神に願つて伴れてゆく。併しながら、俺も随分若い時にウラル教で悪事をやつて来た者だから、善悪のハカリにかけられたら、大抵は地獄行だ。地獄へ落ちてもついて来るかなア。万劫末代上れない悪臭紛々たる餓鬼道へおちても従いて来る考へか』 竜公『先生がメツタにそんな所へ落ちなさる気遣ひがありますものか。どこ迄もお供を致します』 治国別『地獄へでもついて来るなア』 竜公『ハイ、従いて行きます。其代りにモシモ私が地獄へ落ちた時には、先生もついて来てくれますだらうなア』 治国別『そりやキマつた事だ。お前を見すてて行く事が何うして出来よう。霊界も現界も凡て愛といふものが生命だ。愛を離れては天人だつて、精霊だつて、人間だつて存在は許されないのだ』 竜公『あゝそれを聞いて安心致しました。どうぞ、どこ迄も私を伴れて行つて下さい』 治国別『ヤア、あこに赤門が見える、どうやらアコが関所らしいぞ。サア急いで行かう』 治国別は先に立つて進んで行く。赤門の側へ近付いて見れば、二人の守衛が立つてゐる。一人は光明輝く優しい顔付の男とも女とも知れぬ者、一人は赤面の唐辛をかんだやうな顔した男、衡の前に儼然として控へてゐる。 治国別『ヤア皆さま、御苦労ですなア、ここで吾々の罪の軽重を査べて頂くのですかな』 優しき守衛は面色を和らげて、 優しき守衛『イヽヤ、あなたは査べるには及びませぬ、どうぞ奥へお通り下さいませ……一人のお方、一寸ここへ残つて下さい。査べますから……』 竜公『ヤア此奴ア大変だ。サ先生、断り云つて下さいな』 治国別『霊界の規則だから仕方がないワ。先づ地獄行か天国行か査べて貰ふがよからうぞ』 竜公『モシモシ、門番さま、現代の娑婆では何事も簡略を尊びますから、そんな看貫でかけるよな七面倒臭い事はおやめになつたら何うですか』 赤顔の守衛はグルリと目をむき、竜公を睨みつけながら、 赤顔の守衛『不届き者ツ、霊界の法則を蹂躙するかツ』 と呶鳴りつける。竜公はちぢみ上り、不承不承にカンカン[※「看貫秤(かんかんばかり)」(貫目を看る)のこと。台秤。]の上へ身を載せた。一方は地獄行、一方は天国行と金文字で記してある。 赤顔の守衛『地獄行の方が下つたら、気の毒ながら、之から苦しい暗い所へ落ちて貰はにやなりませぬ。又天国行の方が重かつたら、天国へ行つて貰ひませう。ここは一厘一毛も掛値のない、正直一方の裁判所だから、地獄へ仮令落ちても、決して無実の罪ぢやないから、満足だらう』 と云ひつつ、懐から帳面を出して、 赤顔の守衛『三五教の信者竜公竜公』 と、厚い緯に長い帳面を繰り広げてゐる。 赤顔の守衛『ハヽア、お前はアーメニヤの生れだな、そしてウラル教に這入つて居つたな。随分後家倒しや女殺をやつて来たとみえる。チヤンとここに記いてゐるぞ』 竜公『モシモシ善の方面を一つ査べて下さい』 赤顔の守衛『宜しい、ハヽア、善の方は丸がしてある』 竜公『ヤア有難い、満点ですかなア』 赤顔の守衛『なに、零点だ。零点以下廿七度といふ冷酷漢だと見えるわい。気の毒ながらマア地獄行かなア、併し未だお前は生死簿には死期が来てゐない。まだ五六十年は娑婆で活動すべき代物だ。娑婆へ帰つたならば、地獄へ落ちない様に、善を行ひ、神を信仰し、人の為に誠を尽すがよからうぞ。今此儘で肉体を離れようものなら、気の毒ながら地獄落だ』 竜公『エヽさうすると、マ一度娑婆へ帰れますかな』 赤顔の守衛『まだ心臓に微弱な鼓動が継続してゐる、そして肺の呼吸も微弱ながら存在してゐるから、キツト娑婆へ帰るだらう』 竜公『ヤア、それは有難い、併し宣伝使さまは何うですかな。一寸帳面を査べて下さいませぬか』 赤顔の守衛『宣伝使様は天国行の霊だから、此帳面には記してない。モシ白さま、あなた一寸査べて見て下さい』 白い顔の守衛は懐から帳面を取出し、 白顔の守衛『三五教三五教』 と云ひながら、見出しを読み中程をパツとめくつて、 白顔の守衛『ヤア此方もまだ、寿命がありますわい。現世に於てまだまだ数十年、活動して貰はなくちや、ハア、なりませぬよ。併しながら、伊吹戸主の神様の御意見を聞かなくちやシツカリしたこた言へませぬワ』 竜公『私の罪の測量は免除して下さいますだらうな』 赤顔の守衛『エヽ今すぐに地獄へやるべき精霊でもないから、査べた所で駄目だ。数十年の後に更めてハカる事にしませう』 竜公『ヤアそりや有難い、皆さま、エライお気をもませました』 赤顔の守衛『ハヽヽ、吾々は日々之が役目だから、別に気も揉ましないが、お前は随分気をもんだだらう』 竜公『モシ先生、今の白い守衛のお言葉をお聞になりましたか、あなたは今から天国行の資格がある相ですなア』 治国別『ヤア実に汗顔の至りだ。まだ寿命があるさうだから、モ一度現界へ往つて、大神様の為、世の中の為に、一働きをさして頂かうかなア』 斯く話す所へ、ヘベレケに酔うた一人の男、行歩蹣跚として八衢の赤門にドンと行当り、 男(権太)『ドヽドイツぢやい、バヽバカにすない、俺を誰だと考へてゐる?おれはヤケ酒の権と云つたら、誰知らぬ者のない哥兄さまだぞ、エヽーン、こんな所へ赤い門を立てやがつて、往来の妨げをするといふ事があるかい。叩きこはせ叩きこはせ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ヤケ酒の権太とやら、ここを何処ぢやと心得てゐる』 権太『ドコも、クソもあつたものけえ、ここは帝大の入口だ、赤門ぢやないか。俺が酒に酔うとると思うて余り馬鹿にするない、俺だつて足があるのだから、赤門位はくぐるのだからなア。永らく校番を勤めて居つたのだから、学士連中よりも赤門の勝手はよく知つてゐるのだい。何時の間に門番奴、代りやがつたのだ、エヽーン、何だ其面ア、真白けな面しやがつて、男だてら白粉をぬり、チツクをつけ、おれやそれが癪にさはつてたまらぬのだ。今の学士や青年に学生といふ奴ア、皆貴様のやうな代物ばかりだ。何でえ、そんなコハイシヤツ面しやがつて、睨んだつて、何が恐いか、江戸つ児の哥兄さまだぞ。鬼瓦みたやうな面しやがつて、門番が酒に酔つぱらつてそんな赤い顔するといふ事があるかい。今日から免職だ。サア、トツトと去ね……』 赤『コリヤコリヤ権太、ここは冥土の八衢だぞ。何と心得て居るか』 権太『ヤア、成程、道理でチツトそこらの様子が違ふと思うて居つたワ。どこぞ、ここらにコツプ酒でも売つてる所はないか、エヽー、チツト案内してくれたら何うだ』 赤顔の守衛『此奴ア、余り、酔うてゐるので手に合はぬ。コレ白さま、一寸伊吹戸主の大神様に、何う致しませうと云つて伺つて来て下さらぬか』 白はうなづきながら門内に姿を隠した。暫くすると、金冠を頂いた仏画でみる閻魔大王の如き厳しい容貌をした伊吹戸主の神、四辺を光明に照しながら、悠々と現はれ給うた。此光明に照らされて、竜公は目もくらむばかり、ヨロヨロと大地に倒れ、地上にかぶりついて慄うてゐる。治国別は莞爾として判神に向ひ、叮嚀に会釈してゐる。判神も亦治国別に向つて礼を返した。 赤『コリヤ権太、伊吹戸主様のお出ましだ。サア此処で其方の罪を査べるのだから、此衡にかかれ』 権太『こりや衡をようせよ、ハカリが悪いと地獄へ落ちるぞ。高い高い酒を売りやがつて、ハカリで誤魔化さうと思つても駄目だ。朝から晩まで汗水たらして働き、日の暮になつて、一日の疲れを休むべく大切の金を使つて、俺たち貧乏人は酒を買ひに行くのだ。それにハカリを悪うすると冥加が悪いぞ』 赤顔の守衛『チエツ、エヽまだ酔うてゐやがる。コリヤここは地獄の八丁目だぞ』 権太『地ゴク御尤もだ、八升でも九升でも、タダの酒なら何ぼでも持つて来いだ、メツタにあとへは引かぬのだからなア』 赤は劫をにやし、ピシヤツと横面を力に任せて擲りつけた。権太はビツクリして、ハツと気がつけば、光明輝く判神が儼然と吾前に立つてゐる。そして赤鬼が衡を持つて大きな目で睨みつけてゐる。 権太『モシ、ここは何といふ所で厶います』 赤顔の守衛『目が醒めたか、ここは八衢だ、今其方の娑婆に於ける行ひの善悪を査べて、之から地獄へやるか、天国へ救うてやるかといふ所だ。サア判神様の前だ、神妙にこの衡の上にのれ。そして正直に白状するのだぞ。其方の娑婆に於て尽した善悪は全部此処につけとめてあるから、正直に申上げよ』 権太『ハイ、申上げます、私は……エー……権太と申すのは仇名で厶いまして、……エー実は、酔どれの熊公と申しやす』 赤顔の守衛『成程、それに間違ひない、其方は余り酒に喰ひ酔うて、社会的勤めを致さないによつて、お寅といふ女房に逃げられた事があらうがな』 権太(熊公)『ハイ恐れ入りました。確に厶います』 赤顔の守衛『そして其後其方は焼糞になり、隣の屋敷迄抵当に入れて金を借り、皆呑んで了つただらう』 権太(熊公)『ハイ、夫れに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『それから浮木の村で其方の女房だつたお寅が侠客をして居つた時、幾度も酒に酔うてグヅを巻きに行つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それも其通りで厶います』 赤顔の守衛『併し何時とても袋叩きに遇ひ、無念をこらへて辛抱致した、それ丈は感心だ。此忍耐力に仍つて、今迄の悪事は棒引だ』 権太(熊公)『ハイ有難う厶います』 赤顔の守衛『それから其方は小北山のウラナイ教の本山に行つて、お寅と蠑螈別を脅迫し、一千両の金をフンだくり、皆呑んで了つたであらうがな』 権太(熊公)『ハイ、それに相違は厶いませぬ』 赤顔の守衛『なぜさういふ悪い事を致すのか』 と声を尖らして言ふ。 権太(熊公)『余りムカツパラが立つてたまりませぬので、ウヽヽヽヽついグヅつてやる気になりました。どうせお寅婆アの事だから、一文生中も出す気遣はひない……が……ダダでもこねて、無念晴しをしようと思ひやして、一寸試みにゴロついてみた処、悪党婆アに似合はず意外にも気が折れて、一千両くれましたので、これ幸ひと懐にたくし込み、それから呑んで呑んで呑み続けました。まだここに五百両ばかり残つてゐます、どうぞ、……地獄の沙汰も金次第と言ひますさうですから、此金をあなたに上げますから、……地獄行丈はこらへて下さいませ……』 赤顔の守衛『馬鹿を申せ、至正至直、寸毫も虚偽を許さぬ此八衢に於て、賄賂を提供するとは以ての外だ。其方がお寅から奪ひとつた一千両の罪は実に重いけれど、其為にお寅婆アと魔我彦とに改心の動機を与へた功徳に仍つて、其方の功罪を比較し、第三天国へ遣はすべき所であつたが、此神聖なる八衢に於て賄賂を使はむと致した罪に仍つて、ヤツパリ地獄落だ。有難う思へ』 権太(熊公)『それなら、モウ此五百両は提供しませぬから、どうぞ天国へやつて下さい。頼みます』 赤顔の守衛『モシ伊吹戸主の神様、如何取計らひませうか』 伊吹戸主『此権太事、酔どれの熊はまだ五百両の酒代を残してゐるから、此金がなくなる迄娑婆へ帰してやつたがよからう。冥土へかやうなムサ苦しい金などを持込まれては、大変だから……』 赤顔の守衛『コリヤ権太、其方はまだここへ来るのは早い、此五百両の金がとこ、酒を呑んで了ふ迄、娑婆へ帰つたがよからう。長生がしたくば、此金を使はずに、酒を辛抱して居つたがよからうぞ』 権太(熊公)『ハイ有難うございます、併しながら何程死ぬのが厭だと云つても、現在五百両の金を持ちながら呑みたい酒を呑まずに居れませうか。それならコレからマ一度娑婆へ出てお酒を頂戴して参ります』 赤は、 赤顔の守衛『サア早く帰れ』 と云ひさま、背中をポンと叩いた拍子に、権太は煙となつて消えて了つた。権太の熊公はお寅から奪ひ取つた金で酒を呑み歩き、衣笠村の酒屋の門口でブツ倒れ、一時は人事不省になつてゐたが、漸く目がさめ、 権太(熊公)『あゝあ、怖い夢を見た。モウ酒はコリコリだ』 と言ひながら、懐から金を取り出し、人通の多い街道に出で、乞食らしい者の通る前に一円二円とまきちらし、施しをなし、遂には善良なる三五教の信者となり、善人の評判を取つて一生を送る事となつた。此熊公の物語は後に述ぶる事があるであらうと思ふ。あゝ惟神霊幸はへませ。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二松村真澄録) |
|
70 (2437) |
霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 08 中有 | 第八章中有〔一二四一〕 人間が此世にギヤツと生るるや、其意思の方面から見た時は即ち其吾の儘なる時は悪き事ばかりである。人間は何程立派に博愛だ、善道だ、忠だ、孝だと云つて居つても、詮じつめれば、只自己のみ都合の好い事ばかりを考へて容易に他の事を顧みないものである。斯の如く己のみ良からむ事を願ふ利己心の強い人間は他人の不幸を見て、結句心地よく思ふものが多い様である。他人の不幸が却て自分等の利益となる場合には殊更に福でも降つて来た様に思つて北叟笑をするものである。何故なれば、かかる利己的の人間は総じて他人の利福や名誉たると財力たるとを問はず、何とかして自分の所有になさむ事をのみ願ふものである。かかる不善なる意思を根本的に改めて善に遷らしめむが為に、誠の神様より人間に対し諸々の真理を会得すべき直日の霊の力を賦与されてゐるものである。此真理を判別する所の直日の霊の光によつて、其意思より起る所の一切不善の情動を覆滅し断絶せしめむとし給ふのである。人間が天賦の智性中の真、未だ意思中の善と相和合せざる時は所謂中程の状態にあるものだ、現世の人間は大抵此状態に居る者が多い。彼等は真理の何たるを知り、又知識の上や理性の上にて真理を思惟する事は出来るけれども、其実地行ふ所の真理に至つては、或は多く或は少なく又絶無なるものがある。或は悪を愛する心即ち虚偽の信仰よりして真理に背反せる動作をなすものがある。故に人間は高天原と根底の国との何れか一方に適従する所あらしめむが為め、霊肉脱離後即ち死後先づ中有界一名精霊界に導き入れられるものである。高天原に上るべきものには此中有界に於て善と真との和合が行はれ、又根底の国へ投げ入れらるべき精霊には此八衢に於て悪と虚偽との和合が行はれるものである。何故なれば高天原に於ても根底の国に於ても善悪不決定の心を有する事を許されないからである。即ち智性上に此を思うて意思の上に彼を志すが如き事は許されない。必ずや其志す所を諒知し其知る所を志願せなくてはならない事になつてゐるからである。治国別、竜公両人が今や精霊界に進み、天界地獄の中間状態にその身を置いて伊吹戸主神に種々の霊界の消息を承はつた其大略を此処に述べる事とする。 先づ地獄界の入口は如何なるものなりやを示すならば、一切の地獄界は此精霊界の方面に対しては硬く塞がつてゐるものである。只僅かに岩間の虚隙に似たる穴があり裂け口があり、或は大なる門戸があつて暗い道が僅かに通じ紛々たる臭気を帯びた風が吹いてゐるのみである。地獄の入口には守衛が厳しく立つてゐて、猥りに人間の出入するを許さないことになつてゐる。故に地獄界を探険せむとせば、伊吹戸主神の許しを受けなくてはならない。之も容易には許されない事になつてゐる。 一旦現界へ帰つて現界の人間に霊界の事を説き諭す宣伝使か、或は緊急の必要ある場合に限つて許さるるものである。瑞月が高熊山の聖場に於て地獄界を探険したのも矢張り八衢の神の許可を受けて行く事を得たのである。高天原へ上る道も亦四方が塞がり高天原の諸団体に通ずべき道は、容易に見当らないのである。僅かに一条の小さい道が通つてあつて守衛が之を守つてゐる。然しながら高天原へ上るべき資格のないものの目には到底見る事は出来ないものである。又中有界は山岳と岩石との間にある険しい谷に似た所が多い。此処彼処に折れ曲りの所が沢山にあり、又非常に高い処や低く窪んだ処もある。或は大川が流れ或は深い谷があり、広野があり種々雑多の景色が展開してゐる。そして高天原の諸団体に通ずる諸々の入口は、高天原に上るべき準備を終へたる天人の資格を持つてゐる者でなくては見る事は出来ない。故に中有界に迷うてゐる精霊や地獄行の精霊の目には到底発見する事は出来得ないのである。精霊界から天国の各団体に通ずべき入口は只一筋の細い道があるばかりである。此道をダンダンと上り行くに従つて道は分れて数条となり、追々分れて幾十条とも分らなく各団体にそれぞれの道が通じてゐるのである。又根底の国に通ふ所の入口は、之に入るべき精霊の為めに開かるるものであるから、其外の者は其入口を見る事は出来ない。入口の開くのを見れば薄暗うて恰も煤けた蜂の巣の様に見えて居る。さうして斜に下向しておひおひと深い暗い穴へ這入つて行く事になつてゐる。此暗い入口を探り探りて下つて行くと、先になつて又数個の入口が開いてゐる。此入口の穴から悪臭紛々として鼻をつき出て来る其不快さ、自然に鼻が曲り息塞がり眉毛が枯れる様な感じがして来るものである。故に善霊即ち正守護神は甚だしく之を忌み嫌ふが故に此悪臭を嗅ぐやいなや恐れて一目散に走り逃げ去るものである。然し乍ら地獄の団体に籍をおいてゐる悪霊即ち副守護神は、此暗黒にして悪臭紛々たるを此上なく悦び楽しむが故に、喜んで之を求め勇んで地獄の入口に飛び込むものである。世間の大方の人間が己の自性に属する悪を喜ぶ如く、死後霊界に至れば其悪に相応せる悪臭を嗅ぐ事を喜ぶものである。此点に於ては彼等悪霊の人間は貪婪飽くなき鷲や鷹、狼、虎、獅子、豚の類に比ぶべきものである。彼等の精霊は腐つた屍骸や堆糞等の嘔吐を催さむとする至臭至穢物を此上なく喜び、其臭気を尋ねて糞蠅の如くに集まつて来るものである。是等の人間の霊身は高天原の天人の気息や芳香に合ふ時は、内心の苦しみに堪へず悲鳴をあげて泣き倒れ苦しみ悶えるものである。実に大本開祖の神示にある身魂相応の神の規則とは実に至言と云ふべしである。凡て人間には二箇の門が開かれてある。さうして其一つは高天原に向つて開き、一つは根底の国に向つて開いてゐる。高天原に向つて開く門口は愛の善と信の真とを入れむがために開かれ、一つは所在悪業と虚偽とに居るものの為めに地獄の門が開かれてあるのだ。さうして高天原より流れ来る所の神様の光明は上方の隙間から僅かに数条の線光が下つて居るに過ぎない。人間がよく思惟し究理し言説するは此光明によるものである。善に居り又従つて真に居るものは自ら高天原の門戸は開かれてゐるものである。 人間の理性心に達する道は内外二つに分れて居る。最も高き道即ち内分の道は愛の善と信の真とが大神より直接に入り来る道である、さうして一つは低い道、即ち外部の道である。此道は根底の国より所在罪悪と虚偽とが忍び入るの道である。此内部外部の道の中間に位して居るのが所謂理性心である。以上二つの道は之に向うてゐる故に高天原より大神の光明入り来る限り人間は理性的なる事を得れども、此光明を拒みて入れなかつたならば其人間は自分が何程理性的なりと思ふとも其実性に於ては已に已に滅びて居るものである。人間の理性心と云ふものは、其成立の最初に当つて必ず精霊界に相応するものである。故に其上にある所のものは高天原に相応し、其下にあるものは必ず根底の国へ相応するものである。高天原へ上り得る準備を成せるものにあつては、其上方の事物がよく開けて居るけれども、下方の事物は全く閉塞して、罪悪や虚偽の内流を受けないものである。之に反し根底の国へ陥るべき準備をなせるものにあつては、低き道即ち下方の事物は開けて居るが内部の道即ち上方の事物、霊的方面は全く閉鎖せるが故に愛善と信真の内流を受ける事が出来ない。之を以て前者は只頭上即ち高天原を仰ぎ望み得れども、後者は只脚下即ち根底の国を望み見るより外に途はないのである。さうして頭上を仰ぎ望むは即ち大神を拝し霊光に触れ無限の歓喜に浴し得れども、脚下即ち下方を望むものは誠の神に背いて居る身魂である。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二北村隆光録) |
|
71 (2438) |
霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 09 愛と信 | 第九章愛と信〔一二四二〕 大本開祖の聖言には愛の善と信の真とを骨子として説かれてある事は神諭を拝読した人のよく知る所なれば、今更口述者が改めて述ぶる迄もないから、其聖言は略する事とする。 善とは即ち此世の造り主なる大神の御神格より流入し来る神善である。此神善は即ち愛其ものである。真とは同じく大神の御神格より流入し来る所の神真である。此神真は即ち信である。さうして其愛にも善があり悪がある。愛の善とは即ち霊主体従、神より出でたる愛であり、愛悪とは体主霊従と云つて自然界に於ける自愛又は世間愛を云ふのである。今口述者が述ぶる世間愛とは決して世の中の所謂博愛や慈善的救済を云ふのではない。己が種族を愛し、或は郷里を愛し、国土を愛する為に他を虐げ、或は亡ぼして自己団体の安全を守る偏狭的愛を指したのである。それから又信仰には真と偽とがある。真の信仰とは心の底から神を理解し、神を愛し、神を信じ、且つ死後の生涯を固く信じて神の御子たる本分を尽し、何事も神第一とする所の信仰である。又偽りの信仰とは所謂偽善者共の其善行を飾る武器として内心に悪を包蔵しながら、表面宗教を信じ神を礼拝し、或は宮寺などに寄附金をなし、其金額を石又は立札に記さしめて、自分の器量を誇る所の信仰である。或は商業上の便利のために、或はわが処世上の都合のために表面信仰を装ふ横着者の所為を称して偽りの信仰と云ふのである。要するに神仏を松魚節として自愛の道を遂行せむとする悪魔の所為を云ふのである。斯くの如き信仰は神に罪を重ね自ら地獄の門扉を開く醜行である。真の神は愛善と信真の中にこそましませ自愛や偽信の中にまします筈はない、斯る自愛や偽信の中に潜入する神は所謂八岐大蛇、悪狐悪鬼餓鬼畜生の部類である。高天原の天国及び霊国にあつては人の言葉皆其心より出づるものであるから、其云ふ所は思ふ所であり、思ふ処は即ち云ふ所である。心の中に三を念じて口に一つを云ふ事は出来ない。是が高天原の規則である、今天国と云つたのは日の国の事であり、霊国と云つたのは月の国の事である。 真の神は月の国に於ては瑞の御霊の大神と現はれ給ひ、日の国に於ては厳の御霊の大神と現はれ給ふ。さうして厳の御霊の大神のみを認めて瑞の御霊の大神を否むが如き信条の上に安心立命を得むとするものは、残らず高天原の圏外に放り出されるものである。斯くの如き人間は高天原より嘗て何等の内流なき故に次第に思索力を失ひ、何事につけても正当なる思念を有し得ざるに立ち至り、遂には精神衰弱して唖の如くなり、或は其云ふ所は痴呆の如くになつて歩々進まず、其手は垂れて頻りに慄ひ戦き、四肢関節は全く力を失ひ、餓鬼幽霊の如くなつて仕舞ふものである。又瑞の御霊の神格を無視し、其人格のみを認むるものも同様である。天地の統御神たる日の国にまします厳の御霊に属する一切の事物は残らず瑞の御霊の大神の支配権に属して居るのである。故に瑞の御霊の大神は大国常立大神を初め日の大神、月の大神其外一切の神権を一身にあつめて宇宙に神臨したまふのである。此大神は天上を統御したまふと共に、中有界、現界、地獄をも統御したまふは当然の理である事を思はねばならぬ。さうして厳の御霊の大神は万物の父であり、瑞の御霊の大神は万物の母である。総て高天原は此神々の神格によつて形成せられて居るものである。故に瑞の御霊の聖言にも『我を信ずるものは無窮の生命を得、信ぜざるものは其生命を見ず』と示されて居る。又『我は復活なり、生命なり、愛なり、信なり、道なり』と示されてある。然るに不信仰の輩は高天原に於ける幸福とは、只自己の幸福と威力にありとのみ思ふものである。瑞の御霊の大神は、総ての神々の御神格を一身に集注したまふが故に、其の神より起り来る所の御神格によつて高天原の全体は成就し、又個々の分体が成就して居るのである。人間の霊体、肉体も此神の神格によつて成就して居るのは無論のことである。さうして瑞の御霊の大神より起り来る所の神格とは即ち愛の善と信の真とである。高天原に住める天人は、総て此神の善と真とを完全に摂受して生命を永遠に保存して居るのである。さうして高天原はこの神々によつて完全に円満に構成せらるるのである。 現界の人間自身の志す所、為す所の善なるもの又思ふ所、信ずる所の真なるものは、神の御目より御覧したまふ時は、其善も決して善でなく、其真も決して真でない、瑞の御霊の大神の御神格によりてのみ、善たり真たるを得るものである。人間自身より生ずる善又は真は、御神格より来る所の活力を欠いで居るからである。御神格の内流を見得し、感得し、摂受して茲に立派なる高天原の天人となる事を得るのである。さうして人間には一霊四魂と云ふものがある。一霊とは即ち真霊であり、神直日、大直日と称するのである。さうして神直日とは神様特有の直霊であり、大直日とは人間が神格の流入を摂受したる直霊を云ふのである。さうして四魂とは和魂、幸魂、奇魂、荒魂を云ふのである。この四魂は人間は云ふに及ばず、高天原にも現実の地球の上にも夫々の守護神として儼存しあるのである。そして荒魂は勇を司り、和魂は親を司り、奇魂は智を司り、幸魂は愛を司る。さうして信の真は四魂の本体となり愛の善は四魂の用となつて居る。さうして直霊は瑞の御霊の大神の御神格の御内流即ち直流入された神力である。故に瑞の御霊の御神格は総ての生命の原頭とならせたまふものである。此大神より人間に起来するものは神善と神真である。故に吾々人間の運命は此神より来る神善と神真を、如何に摂受するかによつて定まるものである。そこで信仰と生命とにあつて是を受くるものは其中に高天原を顕現し、又之を否むものは已むを得ずして地獄界を現出するのである。神善を悪となし、神真を偽りとなし、生を死となすものは又地獄を現出しなくては已まない。現代の学者は何れも自然界の法則や統計的の頭脳をもつて不可測、不可説なる霊界の事象をおほけなくも測量せむとなし、瑞の御霊の神示を否むものは暗愚迷妄の徒にして所謂盲目学者と云ふべき厄介ものである。到底霊界の事は現実界の規則をもつて窺知し得べからざる事を悟らないためである。神は斯の如き人間を見て癲狂者となし、或は痴呆となして救済の道なきを悲しみ給ふものである。斯かる人間は総て其精霊を地獄の団体に所属せしめて居るのである。斯かる盲学者は神の内流を受けて伝達したる霊界物語のある個所を摘発して吾知識の足らざるを顧みず、種々雑多と批評を加へ、甚だしきは不徹底なる自己の考察力をもつて之を葬り去らむとする罪悪者である。高天原の団体に其籍を置き、現代に於て既に天人の列に列したる人間の精霊は吾人の生命及び一切の生命は瑞の御霊の御神格より起来せる道理を証覚し、世にある一切のものは善と真とに相関する事を知覚して居るものである、斯かる人格者の精霊を称して地上の天人と云ふのである。 人間の意思的生涯は愛の生涯であつて善と相関し、知性的生涯は信仰の生涯にして真と相関するものである、さうして一切の善と真とは皆高天原より来るものであり、生命一切の事又高天原より来る事を悟り得るのが天人である。故に霊界の天人も、地上の天人も右の道理を堅く信ずるが故に、其善行に対して他人の感謝を受ける事を悦ばないものである、もし人あつて是等の諸善行を彼の天人等の所有に帰せむとする時は天人は大に怒つて引退するものである。人の知識や人の善行は皆其人自してしかるものと信ずる如きは悪霊の考へにして到底天人共の解し得ざる所である。故に自己のためになす所の善は決して善ではない、何となれば夫れは自己の所為なるが故である。されど自己のためにせず善のためになせる善は所謂神格の内流より来る所の善である。高天原は斯の如き善即ち神格によつて成立して居るものである。 人間在世の時に於て自らなせる善、自ら信ずる真をもつて、実に自らの胸中より来るものとなし、又は当然自分の所属と信じて居るものはどうしても高天原に上る事は出来ない、彼の善行の功徳を求めたり、又自ら義とするものは斯の如き信仰を有して居るものである。高天原及び地上の天人は斯の如きものをもつて痴呆となし、俗人となして、大に忌避的態度を取るものである。斯の如き人間は不断に自分にのみ求めて、大神の神格を観ないが故に、真理に暗き痴呆者と云ふのである。又彼等は元より大神の所属となすべきものを己に奪はむとするが故に神より天の賊と称へらるるのである。所謂人間は大神の御神格を天人が摂受するとの信仰に逆らうて居るものである。瑞の御霊の大神は高天原の天人と共に自家存在の中に住みたまふ、故に大神は高天原に於ける一切中の一切である事は云ふ迄もない事である。 (大正一二・一・八旧一一・一一・二二加藤明子録) |
|
72 (2439) |
霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 10 震士震商 | 第一〇章震士震商〔一二四三〕 治国別、竜公両人は伊吹戸主の神の関所に於て優待され茶果を饗応せられ、少時休息してゐると、其前をスタスタと勢よく通りかかつたデツプリ肥えた六十男がある。 赤顔の守衛はあわてて、其男を引きとめ、 赤顔の守衛『コラ待てツ』 と一喝した。男は後振返り、不機嫌な顔をして、 男(欲野深蔵)『何だ天下の大道を往来するのに、待てと云つて妨げる不道理な事があるか、エー、俺をどなたと心得て居る。傷死位窘死等死爵鬼族婬偽員欲野深蔵といふ紳士だ。邪魔を致すと、交番へ引渡さうか』 赤顔の守衛『オイ、其方はここをどこと心得て居る』 欲野深蔵『言はいでもきまつた事だ。野蛮未開の北海道ぢやないか』 赤顔の守衛『其方は何うして此処へ来たのだ』 欲野深蔵『空中視察の為、飛行機に乗つて居つた所、プロペラの加減が悪くて、風波でこんな方へやつて来たのだ。何うだ俺を本国へ案内してくれないか、さうすりや腐つた酒の一杯も呑ましてやらぬこともないワイ』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ欲野深蔵、ここは冥途だぞ、天の八衢を知らぬか』 欲野深蔵『鳴動も爆発もあつたものかい、そんなメードウな事を云ふない、俺こそはフサの国に於て遠近に名を知られた紳士だ……否紳士兼紳商だ。男のボーイに酒をつがす時には男酌閣下で、自分一人ついで呑む時には私酌閣下だ。エヽーン、そんなおどし文句を並べて、鳴動だの、破裂だのと云はずに、俺の案内でもしたらどうだ、貴様もこんな所で二銭銅貨の様な顔をして、しやちこ張つて居つても、気が利かぬぢやないか。銅銭ロクな奴ぢやあろまいが、俺も大度量をオツ放り出して、椀給で門番にでも救うてやらう』 赤顔の守衛『コリヤ深蔵、貴様はチツとばかり酒に喰ひ酔うてゐるな、今紳士紳商だと吐したが欲にかけたら親子の間でも公事を致したり、又人の悪口を針小棒大に吹聴致し、自己の名利栄達を計り、身上を拵へた真極道だらう、チヤンとここな帳面についてゐるのだ、何程娑婆で羽振がよくても霊界へ来ては最早駄目だ。サ、ここの衡にかかれ、貴様の罪を測量してやらう』 欲野深蔵『さうすると、此処はヤツパリ冥途でげすかなア』 赤顔の守衛『気がついたか、貴様は積悪の酬に仍りて、地震の為に震死した震死代物だらう』 欲野深蔵『成程、さう承はれば朧げに記憶に浮かむで来ますワイ。飛行機に乗つたと思つたのは……さうすると魂が宙に飛んだのかな』 赤面の守衛は帳面をくりながら、 赤顔の守衛『其方は欲野深蔵と云つたな、幼名は渋柿泥右衛門と申さうがな』 欲野深蔵『ハイ、ヨク、深い所まで御存じで厶いますなア、それに間違ひは厶いませぬ』 赤顔の守衛『其方は娑婆に於て、殺人鉄道嵐脈会社の社長兼取締役を致して居つたであらう』 欲野深蔵『ハイ其通りで厶います』 赤顔の守衛『優先株だとか、幽霊株だとか申して、沢山な蕪や大根を、金も出さずに吾物に致しただらう』 欲野深蔵『ハイそんな事もあつたでせう、併しそれを致さねば現界に於ては、鬼族院偽員になる事も出来ず、紳士紳商といはれる事も出来ませぬから、娑婆の規則に依つて止むを得ず優勝劣敗的行動を致しました、コリヤ決して私の罪ではありませぬ、社会の罪で厶います、何分社会の組織制度が、さうせなくちやならない様になつてゐるのですからなア』 赤顔の守衛『馬鹿申せ、そんな法律が何時発布されたか』 欲野深蔵『表面から見れば、左様な事はありませぬが、其内容及精神から考へれば、法文の裏をくぐるべく仕組まれてあるものですから、之をうまく切抜ける者が、娑婆の有力者と云ふ者です、総理大臣や或は小爵や柄杓や疳癪などの高位に昇らうと思へば、真面目臭く、法文などを守つて居つちや、娑婆では犬に小便をかけられ猫にふみつぶされて了ひますワ。郷に入つては郷に従へですから、娑婆ではこれでも立派な公民、紳士中でも錚々たる人物で厶います、ここへ来れば、凡ての行方が違ふでせうが、娑婆は娑婆の法律、霊界は霊界の法律があるでせう、まだ霊界へ来てから善もやつた事がない代りに、悪をやる暇もありませぬ、娑婆の事迄、死んだ子の年をくる様に、こんな所でゴテゴテ云はれちや、やり切れませぬからなア。エヽ、何だか気がせく、斯様な所でヒマ取つては、第一タイムの損害だ、娑婆で金貸しをして居つた時にや、寝とつても起きとつても、時計の針がケチケチと鳴る内に、金の利息が、十円札で一枚づつ、輪転機で新聞を印刷する様に、ポイポイと生れて来たものだが、最早ここへ来ては無一物だ、之から一つ冥途を開拓して、娑婆に居つた時よりもモ一つ勉強家となり、大地主となつて、冥途の一生を送りたい。どうぞ邪魔をして下さるな』 と云ひながら、大股にふん張つて、関所を突破せむとする。 此騒ぎに伊吹戸主の神は関所の窓をあけて、一寸覗かせ給うた。欲野深蔵は判神の霊光に打たれて、アツと其場に悶絶し、蟹の様な泡を吹いて苦み出した。忽ち館の一方より数人の番卒現はれ来り、欲野深蔵の体を荷車に乗せ、ガラガラガラガラと厭らしき音をさせながら、何処ともなく運び去つた。之は地獄道の大門口内へ放り込みに行つたのである。深蔵は暗き門内へ放り込まれ、ハツと気がつき、ブツブツ小言を小声で囁きながら、トボトボと欲界地獄を指して進み行くのであつた。 抑も此八衢の関所は天国へ上り行く人間と地獄へ落ちる人間とを査べる二つの役人があつて、天国へ行くべき人間に対しては、色の白き優しき守衛が之を査べ、地獄へ行くべき人間に対しては形相凄じい赤い顔した守衛が之を査べる事になつてゐる。 竜公は此光景を見て、何とも云へぬ怖れを抱き治国別の袂を固く握り、不安の顔付にて少しばかり慄へながら、息をこらして数多の精霊の取査べらるるのを冷々しながら眺めて居る。暫くすると錫杖をガチヤンガチヤンと言はせながらやつて来たのは、バラモン教の宣伝使であつた。宣伝使が此赤門をくぐらうとするや白、赤二人の守衛は門口に立塞がり、 二人の守衛『暫らくお待ちなさい、取調ぶる事がある』 と呼びかけた。宣伝使は後振返り怪訝な顔をして、 宣伝使(ハリス)『拙者は大自在天大国彦命の御仁慈と御神徳を天下に紹介致すバラモン教の宣伝使で厶る。拙者をお呼止めになつたのは何用で厶るかな』 赤『ここは霊界の八衢だ。其方が生前に於ける善悪の行為を査べた上でなくては、此門を通行させることはなりませぬ。ここに御待ちなされ』 宣伝使(ハリス)『ハテ心得ぬ、吾々は大黒主の命を奉じ、月の国を巡回致し、デカタン高原に向ふハリスと申す者、決して吾々は死んだ覚えは厶らぬ。いい加減に戯談を云つておきなさるがよからう。大黒主の御命令、片時も猶予してゐる訳には参らぬ』 と又もや行かむとする。赤は目を怒らし、大喝一声、 赤顔の守衛『偽宣伝使、暫く待てツ』 と呶鳴りつけた。ハリスは此声にハツと気が付き、あたりをキヨロキヨロ見廻しながら、 ハリス『ヤアどうやらこれは霊界の様で厶る、いつの間に斯様な所へ来たのかなア』 赤顔の守衛『其方は世界の人民に神の福音を宣べ伝へ天国へ案内すると申しながら、其実際に於て霊界の存在を信ぜず、神を認めず、半信半疑の状態に在つて、数多の人間を中有界又は地獄へ幾人落したか知れない偽善者だ。今ここで浄玻璃の鏡にかけて、其方が霊肉共に犯したる罪悪を査べてやらう』 ハリス『イヤもう恐れ入りました。仰せの通り社会の人民に対し、勧善懲悪の道を説き又は天国地獄の存在を朝から晩迄説き諭して参りましたが、実際に於て左様な所があるものか、人間は此肉体を去らば、後は煙の如く消え失せるものだ、コーランに示されたる天国地獄の状態は、要するに、社会の人心を調節する方便に過ぎないものだと信じて居りました。それ故何うしてもハツキリとした事は申されず、自分も半信半疑ながら天国地獄の消息を説諭して来たので厶います。今となつて考へてみれば、死後の世界が斯くも儼然として存在するとは、実に驚愕の至りで厶います』 赤顔の守衛『其方は宣伝使のレツテルをつけて世人を迷はした罪は大なりと雖も、又一方に於て朧げながら、神の存在を無信仰者に伝へた徳に依つて、地獄行丈は許して遣はす、少時此中有界にあつて心を研き神の善と真は何如なるものなるかを了解し得る迄、修業を致したがよからう。ここ三十日の間、中有界に止まることを許してやるから、其間に智慧と証覚を得、愛の善と信の真を了得し得るならば、霊相応の天国へ昇り得るであらう。此期限内に万々一改過遷善の実をあげ得ざるに於ては、気の毒ながら地獄へ落さねばならない、サア早く東を指して進んだがよからう』 ハリス『ハイ、特別の御憐愍を以て地獄落の猶予期間をお与へ下さいまして有難う厶います。左様なればこれから中有界を遍歴し、力一杯善の為に善を行ひ、迷ひ来る精霊に対し、十分の努力を以て、私の悟り得たる所を伝へるで厶いませう』 赤顔の守衛『コリヤコリヤ、ハリス、其方が覚り得たと思つたら大変な間違であるぞ、皆神さまの御神格の内流に依つて、知覚し、意識し、証覚を得るものだ。決して汝一力のものと思つたら、忽ち天の賊となつて地獄へ落ちねばならないぞ、ええか、分つたか』 ハリス『ハイ、分りまして厶います、然らば之より東を指して修業に参ります』 赤顔の守衛『期限内に必ずここへ帰つて来るのだぞ、其時改めて汝の改過遷善の度合を査べ、汝が所住を決定するであらう』 ハリス『どうも御手数をかけまして、真にすみませぬ、左様なれば御免下さいませ』 と云ひながら、始めの勢どこへやら、悄然として次第々々に其影はうすれつつ、靄の中に消えて了つた。 竜公は治国別の袖をひき、小声になつて、 竜公『モシ先生、宣伝使も霊界へ来ては、カラキーシ駄目ですなア、現界では丸で救の神様の様に言はれて居つても、茲へ来ると本当に見る影もないぢやありませぬか』 治国別『ウン、さうぢや、俺達もまだ天国へは行けず、中有界に迷うて居るのだからなア、それだから吾々は八衢人足と、信者以外の連中から云はれても仕方がないのだ』 竜公『何うしたら天国へ行けるでせうかな』 治国別『さうだ、心のドン底より、神さまの神格を理解し、神の真愛を会得し、愛の為に愛を行ひ、善の為に善を行ひ、真の為に真を行ふ真人間とならなくちや到底駄目だ。俺達も少しばかり言霊が利くやうになつて、自分が修行した結果神力が備はつたと思うて居つたが、大変な間違ひだつた、何れも皆瑞の御霊神素盞嗚尊様の御神格が吾精霊を充たし、吾肉体をお使ひになつて居つたのだつた。之を思へば人間はチツとも我を出すことは出来ない、何事も自分の智慧だ力だ器量だと思ふのは、所謂大神の御神徳を横領致す天の賊だ。斯様な考へで居つたならば、到底何時迄も中有界に迷ふか、遂には地獄道へ落ちねばならぬ、有難や尊や、神様の御恵に依つて、ハツキリと霊界の様子を見せて頂き、実に感謝の至りである。之から吾々は、今迄の心を入れ替へて、何事も神様に御任せするのだなア、自分の力だと思へば、そこに慢心の雲が湧いて来る。謹んだ上にも謹むべきは心の持方である。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と合掌し感涙に咽ぶのであつた。竜公も亦無言のまま手を合せ、感謝の涙にくれてゐる。伊吹戸主神は二人に会釈し、スーツと座を立つて、館の奥深く入らせ給うた。二人は後を眺むれば、伊吹戸主神の姿は丸き玉の如く光り輝き、其神姿は判然と見えず、月の如き光が七つ八つ或は九つ円球の周囲を取巻き、次第々々に奥の間に隠れ給ふのであつた。 凡て智慧と証覚のすぐれたる神人を、それより劣りし証覚者が拝する時は、光の如く見えて、目も眩くなるものである。神の神格は神善と神真であり、それより発する智慧証覚は即ち光なるが故である。二人は愕然としてものをも言はず、再び八衢の関所に目を放ちここに集まり来る精霊の様子を瞬きもせず窺つてゐた。 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録) |
|
73 (2440) |
霊界物語 | 47_戌_治国別の天国巡覧1 | 11 手苦駄女 | 第一一章手苦駄女〔一二四四〕 人間の肉体は所謂精霊の容器である。そして天人の養成所ともなり、或は邪鬼、悪鬼共の巣窟となるものである。斯の如く同じ人間にして種々の変化を来すのは、人間が主とする所の愛の情動如何に依つて、或は天人となり、或は精霊界に迷ひ、或は地獄の妖怪的人物となるのである。さうして、人間が現世に住んでゐる間は、すべての思索は自然的なるが故に、人間の本体たる精霊として、其精霊の団体中に加はることはない、併しながら其想念が迥然として肉体を離脱する時は、其間精霊の中にあるを以て或は各自所属の団体中に現はるることがある。此時或精霊が彼を見る者は容易に之を他の諸々の精霊と分別することが出来るのである。何とならば肉体を持つてゐる精霊は、前に述べた万公の精霊の如く、思ひに沈みつつ、黙然として前後左右に徘徊し、他を省みざること、恰も盲目者の如くに見ゆるからである。若しも精霊が之とものを言はむとすれば、彼の精霊は忽然として煙の如く消失するものである。人間は如何にして肉体を脱離し、精霊界に入るかと云ふに、此時の人間は睡眠にも居らず、覚醒にもあらざる一種異様の情態に居るものであつて、此情態に在る時は、其人間は、只自分は充分に覚醒して居るものとのみ思うて居るものである。而して此際に於ける諸々の感覚は醒々として、恰も肉体の最も覚醒せる時に少しも変りはないのである。五官の感覚も、四肢五体の触覚も特に精妙となることは肉体覚醒時の諸感覚や触覚の到底及ばざる所である。此情態にあつて、天人及び精霊を見る時は、其精気凛々として活躍するを認むべく、又彼等の言語をも明瞭に聞く事を得らるるのである。尚も不可思議とすべきは、彼等天人及び精霊に親しく接触し得ることである。此故は人間肉体に属するもの、少しも此間に混入し来らないからである。此情態を呼んで霊界にては肉体離脱の時と云ひ、現界より見ては之を死と称するのである。此時人間は其肉体の中に自分の居る事を覚えず、又其肉体の外に出て居ることをも覚えないものである。人間は其内分即ち霊的生涯に於て精霊なりといふ理由は、其想念及び意思に所属せる事物の上から見てしか云ふのである。何とならば此間の事物は人の内分にして即ち霊主体従の法則に依つて活動するから、人をして人たらしむる所以である。人は其内分以外に出づることを得ないものであるから、精霊即ち人間である。人の肉体は人間の家又は容器と云つても可いものである。人の肉体にして即ち精霊の活動機関にして、自己の本体たる精霊が有する所の諸々の想念と諸多の情動に相応じて、其自然界に於ける諸官能を全うし得ざるに立到つた時は、肉体上より見て之を死と呼ぶのである。精霊と呼吸及心臓の鼓動との間に内的交通なるものがある。そは精霊の想念とは呼吸と相通じ、其愛より来る情動は心臓と通ずる故である。夫だから肺臓心臓の活動が全く止む時こそ、霊と肉とが忽ち分離する時である。肺臓の呼吸と心臓の鼓動とは、人間の本体たる精霊其ものを繋ぐ所の命脈であつて、此二つの官能を破壊する時は精霊は忽ちおのれに帰り、独立し復活し得るのである。 斯くて肉体即ち精霊の躯殻は其精霊より分離されたが故に次第に冷却して、遂に腐敗糜爛するに至るものである。 人間の精霊が呼吸及心臓と内的交通をなす所以は、人間の生死に関する活動に就いては、全般的に、又個々肺臓心臓の両機関に拠る所である。而して人間の精霊即ち本体は肉体分離後と雖も、尚少時は其体内に残り、心臓の鼓動全く止むを待つて、全部脱出するのである。而して之は人間の死因如何に依つて生ずる所の現象である。或場合には心臓の鼓動が永く継続し、或場合は長からざることがある。此鼓動が全く止んだ時は、人間の本体たる精霊は直に霊界に復活し得るのである。併しながらこれは瑞の御霊の大神のなし給ふ所であつて、人間自己の能くする所ではない。 而して心臓の鼓動が全く休止する迄、精霊が其肉体より分離せない理由は、心臓なるものは、情動に相応するが故である。凡て情動なるものは愛に属し、愛は人間生命の本体である。人間は此愛に依るが故に、各生命の熱があり、而して此和合の継続する間は、相応の存在あるを以て、精霊の生命尚肉体中にあるのである。 人の精霊は肉体の脱離期即ち最後の死期に当つて其瞬間抱持した所の、最後の想念をば、死後暫くの間は保存するものであるが、時を経るに従つて、精霊は元世に在つた時、平素抱持したる諸々の想念の内に復帰するものである。さて此等の諸々の想念は、彼れ精霊が全般的情動即ち主とする所の愛の情動より来るものである。人の心の内分即ち精霊が、肉体より引かるるが如く、又殆ど抽出さるるが如きを知覚し、且つ感覚するものである。古人の諺に最後の一念は死後の生を引くと云つてゐるのは誤謬である。どうしても平素の愛の情動が之を左右するものたる以上は、人間は平素より其身魂を清め、善を云ひ善の為に善を行ひ、且つ智慧と証覚とを得ておかなくてはならないものである。 さて治国別、竜公は極めて謹慎の態度を以て、赤、白の守衛がここに進み来る精霊との問答を一言も洩らさじと、小男鹿の耳ふり立てて聞き入つた。そこへノコノコやつて来たのは男女二人の精霊であつた。赤面の守衛は両人に向ひ、 赤顔の守衛『ヤアヤアそれなる両人、暫く待て。ここは八衢の関所だ。汝生前の行動に就いて取査べる必要がある』 と呶鳴りつけた。二人はオヅオヅしながら、 二人『ハイ』 と云つたきり、路上にうづくまつて了つた。 赤顔の守衛『其方両人は何者だ』 男(徳)『ハイ、私は呉服屋の番頭で徳と申します』 女(叶枝)『私は叶枝と申す芸者で厶います』 赤顔の守衛『ウンさうだらう、其方両人は情死を致して、ここ迄気楽相に手に手を取つて意茶ついて来たのだらう。さてもさても暢気な代物だなア』 徳『ハイ、誠に面目次第も厶いませぬ。中々何うして何うして、気楽所か、今此先で、三途の川を渡り、お婆アさまに散々膏をとられた上、いろいろと恥をかかされ、ヤツとのことで此処まで逃げて参りました』 赤顔の守衛『其方徳とやら、暫く此方へ来て待つてをれ。女の方から査べてやる』 徳『ハイ、どうぞ一緒に、なることならば………査べて頂き度う厶います。二世も三世も、仮令野の末山の奥、どこへ行つても離れないといふ固い約束を結んで参つたので厶いますから、仮令一分間たりとも離れることは出来ませぬ』 赤顔の守衛『そんな勝手な事が、霊界では通ると思ふか。暫く控へて居らう………オイ白さま、暫く此徳を豚箱の中へ放り込んでおいて下さい』 白顔の守衛『コレ徳さま、辛からうが、少時の間だから、マアこちらへ来てゐなさい。三五教の宣伝使も一服してゐられるから………豚箱なんどに入れやしないから、霊界のお茶でも呑んで、叶枝さまの査べが済むまで、此方でお休みなさい』 徳は涙を流しながら……… 徳『ハイ有難う厶います。あなたの様に同情のあるお言葉でいつて下されば、半日や仮令一日位離れた所で別に苦しいことは厶いませぬ。頭から役人面して、怖い顔で呶鳴り立てられると一寸の虫にも五分の魂、チツとはムカツきますからなア』 赤は目を怒らし、 赤顔の守衛『黙れ!人間の分際として左様なことを申すと直様地獄へ落してやるぞ』 徳『ハイ………どうせ、私は男地獄、叶枝は女地獄と、娑婆でさへも仇名をとつてきた位で厶いますから、地獄落は覚悟して居ります。併しながら、どんな辛い所でも構ひませぬから、二人一緒にやつて下さい。そればつかりが一生の御願で厶います』 赤顔の守衛『エヽ喧しい、白さま、早く徳を隔離して下さい』 白顔の守衛『サア徳さま、こちらへお出でなさい』 徳『オイ、叶枝、おれのことを忘れちやならないよ。俺もお前のこた、一瞬間も忘れないからなア』 叶枝は何の応答もなく、うつむいてメソメソ泣いて居る。徳は色白き守衛に導かれ館の玄関指して行く。 赤は帳面をくりながら、 赤顔の守衛『オイ女、其方は随分悪い事を致して居るが、逐一此処で白状致すのだぞ』 叶枝『ハイ、別に悪い事を致した覚えは厶いませぬよ』 赤顔の守衛『バカを申せ、其方は芸者で在りながら、芸を売らずに肉を売つてゐるぢやないか』 叶枝『ハイ、芸を売つても肉を売つても、商売に二つは厶いませぬ。歌を唄つたり三味をひいたり、太鼓や鼓を拍つのは遊芸で厶います。そして肉をうるのは岩戸開きの神楽舞、曲芸をやつて、お客さまに喜ばせ楽します清き商売で厶います。それ故相場師か博奕打の様に片一方が喜び片一方が悔むといふよなことは、決してやつた覚えは厶いませぬ。どのお客さまも此お客さまも、皆、アハヽヽ、オホヽヽ、エヘヽヽと笑ひ興じ、まるで天国の春に逢うたやうだと仰有つて、喜んで下さる方ばかりで厶います。両方のよい商売といふのは、芸者と頬冠り位なものです。これ程人間を喜ばして来た芸者に罪が厶いますなら、政治家や宗教家、一番悪いのはお医者さま、其外娑婆に居る一般の人間は皆大悪人で厶います。私は一旦言ひ交した男に心中立てをして、命まですてて、ここ迄やつて来た貞節な女で厶います。どうぞ私の清い美しい心をお調べ下さいまして、どうぞ天国へやつて下さいませ。そしてあの徳さまだつて、決して悪い人ぢや厶いませぬ。どうぞ私と一緒に天国の旅をさして下さいます様に御願致します』 赤顔の守衛『馬鹿を申せ、徳のこと迄、貴様がゴテゴテ云ふ場所ぢやない。貴様のことばかり白状すればいいのだ。何だベラベラと自己弁護ばかしやりやがつて、おマケに情夫の事迄口出しするとは、中々以ての外の代物だ。斯うなると何うしても、貴様達両人は一緒におくことは出来ぬ』 叶枝『あ、左様で厶いますか、折角ここ迄ついて来ましたけれど、あなた様の御命令で引分けて下さるのならば、冥土の規則だと思うて、妾はチツとも異議は申しませぬ。実の所私は無理心中をさされましたのです。現界といふ所は思ふ様に行かぬ所で厶いまして、好きなお方は色々故障が出来て、常住会ふ訳には行かず、お金はなし、これに反して、嫌ひで嫌ひで仕方のない男は金を持つて、丸で大根畑へネチがついた程、うるさい位しがみつきに来ますなり、本当に浮世がイヤになつて了つたのですよ。…… 嫌なお客に笑うてみせて 好きの膝にて泣きくらす といふ憐れな生涯を続けて来ました。実際のこと申しますれば、あの徳といふ男、御存じの通り、頭迄がトク頭病で、そしてヅぬけたトク等の馬鹿で厶います。とくとお査べの上、どうぞ私と一所に居らない様に、特別の御取扱を御願致します』 赤顔の守衛『アハヽヽヽ、貴様は余程やり手だつたと見えるのう。およそ幾人ばかり地獄へおとしたか』 叶枝『ハイ、私が落したのぢや厶いませぬが、勝手にお客さまの方から落ちたのです』 赤顔の守衛『それでも貴様が原動力だ。直接におとさいでも、間接に落して居るのだ。現に今来た徳公でもさうぢやないか』 叶枝は稍言葉馴れ、娑婆で人間をあやつつて来た地金を出し、赤の肩先を平手で三つ四つポンポン叩き、おチヨボ口に袖をあてながら、 叶枝『ホヽヽヽヽ、あの六かしい顔わいな。わたえ、そんな赤い面した、目のクルリと大きい、口の大きい男らしい男、本当に好きだワ。なア赤さま、チツと可愛がつて頂戴ね』 赤顔の守衛『コリヤ怪しからぬ、何と心得てゐる。ここは言はば霊界の予審廷だぞ。審判官に向つて、何といふ失礼なことを申すか』 叶枝『ホヽヽヽヽ、あのマア、六かしい顔しやんすことえな。あたえ、ますます可愛くなつてよ』 赤顔の守衛『エヽ、馬鹿に致すな。何と心得て居る』 叶枝『お気に障りましたら御免なさいませ。併しながら霊界だつて、愛の情動に変りはありますまい。現界の役人だつて六かしい顔をして被告人を裁いてゐやはりますが、女の被告が行きますと、忽ち目を細うし、涎をくらはります。あんただつて、女に対する男やおまへんか、さう七六かしう、四角ばつてゐなしては、世の中が殺風景でたまりませぬワ。どこもかも行詰り、不景気風に吹捲られて、娑婆の人間は青息吐息の為体、憂鬱に沈んでゐる亡者共を、妙音菩薩にも比すべき芸者が、慰安を与へ、小口から天国に救うて上げて来たのですよ。お前さまだつて、何時迄もこんな所に、そんな六かしい顔をして、しやちこばつてゐるよりも、私と一緒に天国へでも新婚旅行と洒落たらどうだす………余り悪い心持やしませぬで。わたえの荷位は持たして上げますワ』 赤顔の守衛『エヽ仕方のない代物だなア。貴様余程娑婆で暴威を揮うて来たのだらう。中々弁舌はうまいものだ』 叶枝『ホヽヽヽヽ、その声で蜥蜴くらふか時鳥、外面如菩薩内心如夜叉、表裏反覆常なきは世の中の真相ですよ。お前さまもチツと世間を知つて来なさい。さうすりや、そんな偏狭な頭が改造されて、新しい男の仲間に這入れないものでもありませぬワ、大臣だつて国会議員だつて、元帥だつて、紳士紳商だつて、片つ端からこの靨の中へ、皆吸ひ込んで了ふ技能を持つてゐる、天然の美貌、千変万化の魔力を使ふ女ですもの、門番さまの一人や二人位、噛んだり吐いたりするのは、屁のお茶でもありませぬワ。お前さまも有名な芸者の叶枝にこれ丈言葉をかけて貰うたら、余程の光栄ですよ、本当に仕合せな御方ねえ』 竜公は思はず知らず、 竜公『ウツフヽヽ』 と吹き出した。 赤顔の守衛『貴様の調べは一朝一夕に行かない。人の庫を呑み、山を呑み、田畑を呑み、数多の亡者を製造したしたたか者だから、又追つて調べてやる。サア立てツ』 と云ひながら、松の木の荒皮の様な腕をグツと突出し、葦の芽の様な柔こい腕をグツと握り、岩の戸をパツとあけて、岩窟内へ放り込みおき、再び徳を此場に引ずり来り、鹿爪らしい顔をして査べ始めた。 赤顔の守衛『其方は生前に何商売を致して居つたか』 徳『ハイ、最前申した様に呉服屋の番頭に間違ひ厶いませぬ』 赤顔の守衛『其方は幾らの月給を貰つて居つたか』 徳『ハイ、月に親方の食事持で十円ばかり頂いて居りました』 赤顔の守衛『其方は月に十五六回も叶枝の側へ通うたであらう。チヤンと此帳面に記してあるぞ』 徳『ハイ仕方がありませぬ、仰有る通で厶います』 赤顔の守衛『一度遊びに行くと幾らの金が要るか』 徳『ハイ、少い時が七八円、多い時は五十円も要ります』 赤顔の守衛『僅か一ケ月十円の給料で、何うして其金が出来るのだ』 徳『ハイ、私の役徳によつて、それ丈生み出します』 赤顔の守衛『バカを申せ。帳面づらをゴマかしたのだらう』 徳『帳面づらをゴマかすのは悪う厶いますか。娑婆の人間は筆の先で一遍に五万両、十万両とゴマかして居りますよ。現に積善銀行を御覧なさい。二千万円も筆の先でゴマかしたぢや厶いませぬか。それでもヤツパリ紳士とか紳商とか、有力者とかの名を恣にして居ります。そして政府は余り之を厳しく詮議立て致しませぬ。之を思へば一つでもウマく帳面づらをゴマかした奴が、所謂社会の善人です。私の様な者をお責めなさるよりも、モツと大きな奴をお査べなさりませ。月に金の百両や二百両誤魔化した弱い人間や、米の一升や金の五十銭位盗んだ憐れな人間を査べるよりも、なぜモツと大きな悪人の巨頭をお査べなさらぬのですか。そんなことで何うして八衢審判所の権威が保たれませうか。現界に於ても微罪不検挙の内規が行はれて居りますよ』 赤顔の守衛『馬鹿を申せ、現界と違つて、霊界の審判所は、一厘一毛の相違も許さぬのだ。仮令塵切れ一本でも取つた奴は盗人だ』 徳『それなら何故冥土の法律を現界へ発布して下さらぬのか。私達は現界の最善を尽さうと思へば、霊界へ来て咎められる、本当に善悪の去就に困ります。それ程、今となつて小さいこと迄詮議立てなさるのなら、なぜ夢になりとも、冥土の法律は斯うだと知らしては下さらぬのだ。丸で人間を陥穽へおとすよな、そんな残酷な法律がどこにありますか。私は決して左様な不徹底な不完全な法律命令には絶対服従致しませぬ。それよりも、あなた、大切な私の女房をどこへ隠しましたか。あべこべに誘拐罪で、冥府の審判所へ告発致しますぞ』 赤顔の守衛『今の娑婆に居る奴は、ドイツも此奴も、皆弱肉強食、優勝劣敗を以て最善の生活法ときめてゐやがるからサツパリ始末に了へない。スツカリ良心が痳痺し、癲狂痴呆の境遇に陥落して居るのだから、罪の断じやうもない、癲狂者や痴呆に対し、法律の適用は出来ないから、貴様は放免する。其代り一生八衢の四辻に立つて、亡者の道案内なと致すがよからう』 徳『構うて下さるな、自由の権です。お前さま達が人間を審く権利がどこにあるか。人間を審く者は神様より外にない筈だ。ヘン余り偉相に言ふな、婦人誘拐者奴が、今度は俺の方から承知をしないのだ。サ早く叶枝をここへ出せばよし、出さぬに於ては死物狂ひだ。荒れて荒れて荒れまはしてやらうか』 赤顔の守衛『あゝあ、困つた気違の夫婦がやつて来たものだなア。現界の人間は何奴も此奴も皆こんなものだ。なア白さま、コリヤ一つ現界から根本改良やらねば駄目だなア』 白顔の守衛『あゝさうだから、大神様から厳の御霊、瑞の御霊の神柱を現界に送り、今や改造に着手されつつあるのですよ。やがて四五年も先にゆけばキツと効果が現はれ、癲狂者や痴呆や、盲聾の数が減るでせう。さうすれば吾々も御用が勤めよくなるでせう』 竜公『モシ先生、厳の御霊、瑞の御霊の神柱が現界へ出してあると言はれましたなア。大方変性男子、変性女子の事ぢやありますまいか』 治国別『ウンさうだ。俺達も余程シツカリ致さねばならないわい。お前も之から十分注意をして娑婆へ帰つたら、舎身的活動をやるのだなア』 (大正一二・一・九旧一一・一一・二三松村真澄録) |
|
74 (2460) |
霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 07 六道の辻 | 第七章六道の辻〔一二六一〕 精霊界は善霊悪霊の集合する天界地獄の中間的境域にして、之を天の八衢といふ事は既に述べた所である。さて八衢は仏教者の云ふ六道の辻の様なものである。又人の死後此八衢の中心なる関所に来るには、いろいろの道を辿るものである。東西南北乾坤巽艮と、各精霊は八方より此関所を中間として集まり来るものである。東から来る者は大抵は精霊の中でも良い方の部分であり、さうして三途の川が流れてゐる。どうしても此関所を通らなければならないのである。又西から来る者は稍魂の曇つたものが出て来る所であつて、針を立てたやうな、所謂剣の山を渉つて来る者である。ここを渉るのは僅に足を容るるだけの細い道がまばらに足型丈残つて居つて、一寸油断をすればすぐに足を破り、躓いてこけでもしようものなら、体一面に、針に刺されて苦しむのである。又北から来る者は冷たい氷の橋を渡つて来る。少しく油断をすれば幾千丈とも知れぬ深い泥水の流れへ落ち込み、そして其橋の下には何とも云へぬ厭らしい怪物が、鰐の様な口をあけて、落ちくる人を呑まむと待つてゐる。そして其上骨を刻む如き寒い風が吹きまくり、手足が凍えて、殆ど生死の程も分らぬやうな苦しい思ひに充されるのである。又南の方から来る精霊は、山一面に火の燃えてゐる中を、焔と煙をくぐつて来なくてはならない。之も少しく油断をすれば煙にまかれ、衣類を焼かれ、大火傷をなして苦しまなくてはならぬ。併しながら十分に注意をすれば、火傷の難を免れて八衢の中心地へ来る事を得るのである。又東北方より来る者は寒氷道と云つて、雪は身を没するばかり寒い冷たい所を、野分に吹かれながら、こけつまろびつ、死物狂ひになつて数十里の長い道を渉り、漸くにして八衢の中心地へつくのである。又東南より来る精霊は、満目蕭然たる枯野ケ原を只一人トボトボとやつて来る。そして泥田やシクシク原や怪しき虫の居る中を、辛うじて中心地へ向ふのである。又西南より来る精霊は、崎嶇たる山坂や岩の上をあちらへ飛び此方へ飛び、種々の怪物に時々襲はれながら、手足を傷つけ、飛んだり転げたりしながらに、漸く八衢の中心地に出て来るものである。又西北より来る精霊は、赤跣足になり、尖つた小石の路を足を痛めながら、漸くにして命カラガラ八衢へ来るものである。併しながら斯の如き苦しみを経て各方面より之に集まり来る精霊は、何れも地獄へ行くべき暗黒なる副守護神の精霊ばかりである。而して各方面が違ひ苦痛の度が違ふのは、其精霊の悪と虚偽との度合の如何に依るものである。又善霊即ち正守護神の精霊は、何れの方面より来るも、余り苦しからず、恰も春秋の野を心地よげに旅行する様なものである。これは生前に尽した愛善の徳と信真の徳によつて、精霊界を易々と跋渉する事を得るのである。善の精霊が八衢へ指して行く時は、殆ど風景よき現世界の原野を行く如く、或は美はしき川を渡り、海辺を伝ひ、若くは美はしき花咲く山を越え、或は大河を舟にて易々と渡り、又は風景よき谷道を登りなどして漸く八衢に着くものである。正守護神の通過する此八衢街道は、殆ど最下層天国の状態に相似してゐるのである。而して八衢の関所は正守護神も副守護神も、凡てのものの会合する所であつて、此処にて善悪真偽を査べられ、且修練をさせられ、いよいよ悪の改善をする見込のなきものは、或一定の期間を経て地獄界に落ち、善霊は其徳の度に応じて、各段の天国へそれぞれ昇り得るものである。 針の山を越えて漸く此処に息も絶え絶えにやつて来たのは、バラモン教の先鋒隊片彦将軍であつた。片彦は赤門の前に意気揚々と、ヤレ楽だといふやうな気になつてやつて来ると、赤白の守衛は、 赤白の守衛『暫く待てツ』 と呼びとめた。片彦は物見櫓の上から谷底へ真逆様に投げ込まれ、肉体の死んだことは少しも気がつかず、依然として現界に居るものの如く信じてゐた。それ故守衛の一喝に会ひ、少しも騒がず、 片彦『拙者は大自在天大国彦神の教を奉じ、且つ数多の軍勢を率ゐて斎苑の館へ進軍の途中、浮木ケ原へ陣営をかまへて、戦備をととのへゐる、宣伝使兼征討将軍片彦で厶る。某は酩酊の余り、道にふみ迷ひ、実に烈しき針の如き草木の茂れる霜の山を通り、漸く此処までやつて来たもので厶る。此処は何といふ所で厶るか、少時休息を致すによつて、腹も余程減つたなり、体も疲れたから、酒でもふれまつてくれまいか、あつい茶があれば、一杯戴きたいものだ』 赤の守衛は目をギロリと剥き、 赤の守衛『当関所は霊界の八衢にて、伊吹戸主神の御関所だ。其方は浮木の森の陣営に於て、ランチ将軍の副官に後手に縛られ、谷川へほり込まれ、絶命致して此処へ迷うて来た精霊だ。精霊の中でも最も憎むべき、汝は悪霊だ。サア此処に於て、其方の罪の軽重を査べてやらう』 片彦『ヘヽー、何を吐しよるのだ。馬鹿にするな。俺は酒にこそチツとばかり酔うたが、死んだ覚はない。一体ここは何処だ。本当の事を申さぬと、此儘にはすまさないぞ。大方其方は往来の路人をかすめる泥棒だらう』 赤の守衛『馬鹿だなア、確り致さぬか、そこらの光景を見よ。これでも気がつかないか』 片彦『別にどこも変つた所がないぢやないか、世間並に樹木もあれば、道路もある。小さい池もあれば川も流れてゐる。人間も道々沢山に出会つて来た。左様な事を申して、吾々を脅迫しようと致しても、いつかないつかな誑されるやうな片彦将軍ではないぞ。左様な不都合な事を申すと、ふん縛つて陣営につれ帰り、火炙りの刑に処してやらうか、エエーン』 赤は片彦の手をグツと後へ廻し、鉄の紐にてクルクルとまきつけ、伊吹戸主の審判廷へ引き立てた。 片彦『ヤア此処は何だか妙な処だ。俺をかやうな所へ、縛つてつれて来るとは何事だ』 赤の守衛『先づ待つてゐろ、これから地獄行の言渡しがあるから……』 と云ひすて、青色の守衛に片彦を任せおき、慌しく表へ駆け出した。少時あつて、青赤の衣類をつけたる、いかめしき守衛や獄卒の如き者ドカドカと入り来り、片彦の身辺を取巻き、どこへもやらじと厳重に警戒してゐる。片彦は金剛力を出して、鉄の綱を引きちぎり、片方の腰掛をグツと手に取るより早く、前後左右にふりまはし、館の戸を無理に押開け、八衢の赤門前へ驀地に走り来り、門の敷居に躓きパタリと倒れ、暫しは人事不省に陥つて了つた。 暫くするとランチ将軍及びガリヤ、ケースの三人は、東の方からスタスタと足早に走り来り、 ランチ『オイ両人、此処はどこだ、そこに門番が居る。一寸尋ねて来い』 ガリヤ『ハイ、承知しました。何だか、四辺の情況が怪しう厶います。どうぞ、貴方はケースと共に少時ここにお待ちを願ひます』 と云ひ棄て、門口近く進み寄つた。見れば一人の男が倒れてゐる。何人ならむと近寄つて顔をのぞき見れば、豈計らむや片彦将軍であつた。ガリヤは驚いて、ツカツカと元来し道へ引返し、 ガリヤ『モシ、将軍様、不思議な事があるものです。物見台から谷底へ投込んで殺してやつた片彦将軍が、あの門の中べらに倒れて居ります。片彦将軍はいつの間にこんな所へ逃げて来たのでせうか』 ランチ『成程、ここから見ても、よく似てゐる様だ。ハヽー、誰かに助けられ、此処まで逃げて来よつたのだなア。大方酒にでも酔うてゐるのだらう。何はともあれ、近づいて査べてみよう』 といひながらランチは進みよつた。そしてよくよく見れば、疑もなき片彦将軍である。ランチは肩を切りにゆすり、 ランチ『オイオイ片彦、貴様は命冥加のある奴だ。早く起きぬかい、かやうな所でイビキをかいて寝て居るといふ事があるか』 片彦は此声にハツと気がつき、ムクムクと起き上り、 片彦『ヤア、其方はランチ将軍、ガリヤ、ケースの三人だなア。ヤア良い所で会うた。此方を高殿から突落しよつたのを覚えて居るか。斯くなる上は最早了簡相成らぬ。サア尋常に勝負致せ』 ランチ『アハヽヽヽヽ、蟷螂の斧をふるつて竜車に向ふとは其方の事だ。こちらは武勇絶倫の勇士三人、如何に汝鬼神をひしぐ勇ありとも、到底汝一人の力に及ばむや、左様な無謀な戦ひを挑むよりも、体よく吾軍門に降つたら何うだ』 片彦『馬鹿を申せ、此方を谷底へ投込んだのみならず、最愛の清照姫、初稚姫まで横奪した恋の仇、モウ斯うなる上は片彦が死物狂、命をすてた此方、サア、かかるならかかつてみよ』 ランチ『ヤ、片彦、あの美人は妖怪で厶つたぞや。拙者もあの美人が虎とも狐とも狼とも譬方ない形相をして、拙者を睨みつけた時は、本当に肝をつぶし、ヨロヨロとヨロめいた途端に、高殿の欄干に三人一時にぶつ倒れ、其はづみに高欄はメキメキとこはれ、泡立つ淵に向つて三人は急転落下の厄に遇ひ、已に溺死せんとする所、命冥加があつたと見え、吾々三人は岸に泳ぎつき、無我無夢になつて此処まで走り来て見れば、門の傍に一人の行倒れ、救ひやらむと、ガリヤを遣はし調べて見れば片彦将軍と聞き、取るものも取敢ず救助に向つたのだ。最早彼の女が妖怪であり、又拙者が貴殿と同様、高殿より水中におち、双方無事に命を保ち得たのは、全く大自在天様の御守護の致す所だ。モウ斯うなる上は、今迄の恨をスツパリと水に流し、旧交を温めようぢやないか』 片彦『さうだ、拙者も斯うして命の繋げた限りは、貴殿と別に赤目つり合うて争ふにも及ぶまい。何分宜しく御頼み申す。併しランチ殿、此処は不思議な所で厶る。この門内に高大なる館があり、数多の番卒共が立籠り、拙者を軍法会議に附せむと致しよつた。そこで拙者は後手に縛られた鉄の綱を剛力に任せて切断し、門の戸を押破り逃来る途中、門の閾に躓き顛倒して、暫く目をまはしてゐたのでござる。そこを貴殿がお助け下さつたのだから、命の御恩人、最早怨みは少しも御座らぬ、サ是より浮木の森の方角を尋ね、一時も早く陣営へ帰らうでは厶らぬか、さぞ軍卒共が心配を致して居りませう』 斯かる所へ、ヒヨロリヒヨロリとやつて来たのはお民であつた。 片彦『ヤア其方はお民どのぢや厶らぬか、ようマア拙者の後を尋ねて来て下さつた。ヤア感謝致す』 お民『ハイ、ここは何処で厶いますか』 片彦『サア地名がサツパリ分らないのだ。最前も赤い面した奴が一人やつて来よつて、八衢だとか関所だとか威かしよつたが、俺の勢に辟易して、何処ともなく消え失せて了ひよつた。アツハヽヽヽヽ、併しお民、俺を慕ふ心が何処までも離れぬと見えて、こんな名も知れない所まで、よくついて来てくれた。イヤ本当に優しい女だ』 お民『あの片彦様の自惚様わいのう。私には蠑螈別さまといふ立派な夫が厶いますよ。あなたは人の上に立つ将軍の身でゐながら、主ある女に恋慕するとは余りぢやありませぬか、チツと心得なされませ』 片彦『言はしておけば、女の分際として、聞くに堪へざる雑言無礼、いよいよ軍法会議にまはし、其方を重き刑罰に処してやるから、覚悟を致したがよからう』 お民『ホヽヽヽヽ、あなたも余程常識のない方ですね。軍人でもないもの、而も軍隊に何一つ関係のない此女一人をつかまへて、軍法会議にまはすなんて、余り常識がなさ過ぎるぢやありませぬか、ねえランチ将軍様、まるで片彦将軍は八衢人足みたやうな方ですねえ。ホツホヽヽヽ』 ランチ『サア、どうかなア』 片彦『コリヤお民、何といふ無礼な事を申すか、八衢人足とは何だ。畏くも大自在天様の御恩寵を受けた、万民を天国に救ひ、且つ世界の動乱をしづめる宣伝将軍様だぞ。八衢にさまよふ奴は、其方や蠑螈別の如き人足だ』 お民『ホツホヽヽヽヽ、私が八衢人足なら、あなた方皆さうですワ。現に八衢の関所へ迷つて来てゐるぢや厶いませぬか。あれ御覧なさい、あすこに館が厶いませう。あこが閻魔さまのお館で厶いますよ。何れここで、私もあなた方も取調べられるにきまつてゐます。其時になれば私が天国へ行くか、あなた方が地獄へお落ち遊ばすか、ハツキリと分りませうから、マア楽んでお待ちなさいませ』 片彦『コリヤお民、其方は狂気致したか、死んでるのぢやないぞ。今から亡者気取りになつて何とする。コレコレランチ殿、お民に気つけを呑ましたいと思ひますが、生憎途中にて肝腎の薬を遺失致しました。少しばかり貴方の分を与へてやつて下さい』 ランチ『拙者も川へ落込んだ刹那、肝腎の霊薬を川へ落したと見えます、仕方がありませぬワ』 お民『ホヽヽヽヽ、私の方から気付を上げたい位だが、私も生憎持合せがないので、仕方がありませぬ。併しながら今赤鬼さまがお調べ下さるでせうから、其時になつてビツクリなさいますなや、本当にお気の毒さまですワ。あなたの霊衣は浮木の森の陣営に厶つた時とは大変に薄くなつてゐますよ。気の毒な運命が、あなた方の頭上にふりかかつて来てるやうに思へてなりませぬワ』 片彦『気の違つた女といふものは、どうも仕方がないものだなア』 斯く話す所へ、今度は十人ばかりの赤面の守衛が突棒、刺股などを携へ、いかめしき装束をして、バラバラと五人の周囲を取巻いた。 ランチ『拙者はバラモンの先鋒軍、ランチ将軍で厶る。其方は何者なるや知らねども、其いかめしき形相は何事ぞ。それがしを護衛の為か、但は召捕る考へか、直様返答を致せ』 守衛の一『ここは霊界の八衢だ、其方等は已に肉体を離れ、ここに生前の業の酬いによつて、今や審判を受けねばならぬ身の上となつてゐるのだ。サア神妙に冥土の御規則に従ひ、此衡の上に一人々々乗つたがよからう、罪の軽重大小によつて、其方の行くべき所を定めねばならぬ。サ、キリキリと此衡にかかれ』 ランチは双手を組み、 ランチ『ハーテナア』 (大正一二・一・一二旧一一・一一・二六松村真澄録) |
|
75 (2461) |
霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 08 亡者苦雑 | 第八章亡者苦雑〔一二六二〕 精霊が肉体を脱離して、精霊界の関所に来つた時、其初の間の容貌は、彼が尚現界に居た時同様の面貌を有し、其音声や動作及背の長短など少しも違はない。此時は尚外分の情態に居つて、其内分が未だ開くるに暇なき故である。稍あつて其面貌、言語などは追々と転化して、遂には全く以前の姿と相異するに至る。何故斯かる変化があるかと云ふなれば、彼精霊が現界に在つた時、其心の内分に於て、最も主となりたる愛即ち情動の如何によつて、其面貌は転化し、其情動に相応するが故である。蓋し彼の精霊は尚其肉体中に在つた時、此愛即ち情動を以て唯一の生命としてゐたからである。又人間の精霊の面貌は其肉体の面貌と決して同一のものではない。肉体の面貌は父母より遺伝さるる所なるを以て、何となく両親の面貌や声調に似て居る所あれども、精霊の面貌は愛の情動の如何に依つて定まる故に、其面貌は情動の証像といつても可いのである。 精霊が肉体を脱離した後、即ち現界人の見て死と云ふ関門を越えた時、精霊が現ずる所の面貌其ものは即ち愛の情動の証像である。此時は既に外分は除き去られて内分のみ現はれ出づる時である。併し死して未だ時を経ざる精霊に於ては、其面貌や音声にて、知己たり兄弟たり親たり親族たるを一目にて認識し得れども、時を経るに従つて互に相知り能はざる迄に変化するものである。 愛善の情動を有するものは其面貌美はしく且何処ともなく気品あり、光明に輝けども、悪しき情動に居るものの面貌は実に醜穢にして一見して妖怪ならむかと疑はるるばかりである。凡て人間の精霊は其自性上より見れば、情動其ものに外ならない。そして此面貌は情動なるものが外面に現はれたものである。斯の如く面貌の転化するのは、霊界に在つては吾に非ざる所の悪しき情動を詐り装ふ事を得ない。従つてわが有する所の愛と相反したる面貌を装ふ事も得ないのである。霊界に在る精霊は、皆其思想の儘に現出し、其意思のままを面に現はし、又身体の各部に現はるべき情態に居るが故に、一切の精霊の面貌は、要するに其情動の形態であり又証像である。故に現界に於て互に相知り合うた者は、精霊界に於て之を知るを得るのである。但高天原と根底の国に於ては最早斯の如き事はない。故に其知己なりしや、兄弟なりしや、親子なりしやを自ら知る事は甚だ難いのである、否絶無と云つても可い位である。 精霊は死後漸次に其面貌及音声の変化を来すと雖も、偽善者の精霊の面貌は他よりも遅れて変化するものである。彼等の内分即ち心は常に善き情動を模する事に慣れて居るからである。故に之等の精霊は久しく本来の醜悪を暴露せないものである。されど其虚偽の鍍金は次第に逐うて取除かれ、又自ら剥げるが故に、その所成の内分は其情動本来の形態に従つて変容せなくては止まないのである。かくなつた時には偽善者は其本値を暴露され、醜陋を極め、実に悲惨なものである。又偽善者は現界に在つても神の如く天人の如く、智者真人を装ひ、霊界の事を極めて詳細に言説する様であれども、其内分には只々自然界のみ是認して、実際に神格を認めず、従つて高天原の状態や或は神の御教などを否定してゐるものである。故に之を霊界にては偽善者として取扱はれるのである。これに反し、情動益々内的にして、高天原に順適する事益々大ならば、其面貌は実に美を極めたものである。何故ならば、彼等は実に天界の愛其ものを以て吾心となし吾容貌となすが故である。又其情動外的にして、真理を覚らず、神を愛せず且聖言を信ぜざる者は所謂高天原の情態に反くが故に、其面貌は暗く醜く、現界に在りし時よりも益々劣つて陋劣醜悪になるものである。大本神諭に……神代になれば顔容の綺麗な者よりも心の綺麗な者が、神の目には立派に見えるぞよ、何程美しき顔をして居りても、偉さうに致して居りても、神の前に参りたら忽ち相好が変るぞよ、身魂相応の肉体が授けてあるぞよ云々……と示されたるは、即ち精霊に対する戒めであつて、霊界に於ける精霊の情態に対して適確な御教示と云ふべきである。故に霊界に在る者は、其内分の度の如何に依つて、円満となり善美となり、外分に向ふに従つて欠損し行くものである。故に最高第一の天国及霊国の天人の面貌や姿の美しさは、如何なる画伯があつて其技術を尽し、霊筆を揮ふとも、其美貌や光明なり活気凛々たる姿の万分の一をも描き出す事は出来ない。されども最下層の天国霊国に在る者は、最も熟練せる有名なる画伯が丹精をこらし、其技神に入り妙に達した時初めて、多少其面貌を描き得て、其真相の一部を現はし得る位なものである。 ランチ将軍、片彦将軍、ガリヤ、ケースの両副官は関所の門口にて赤面の守衛に一々身許調べを執り行はれた。先づ第一に調べられたのは到着順として片彦将軍であつた。片彦将軍は生前より最も頑強にして偽善強く、且バラモン教の宣伝使を兼ねながら、其内分に於て少しも神を認めず、只現代の宗教家の如く、神を利己の為の手段とするに過ぎなかつた。而して数多の人間を、一方には天界地獄の道を説いて、愚昧な者を或は喜ばせ或は驚かせ、自分の善徳者にして且賢者なる事、又神の代表者なる事を思惟せしめ、一方には武力を以て其言説を信ぜざる者は、或は打殺し、或は苦め、漸くにして其威信を保ち、無理槍に秩序を維持してゐたのである。それ故死後直に面貌転化すべき精霊界に来りながら、容易に其転化を来さなかつた。 赤の守衛『其方は何年何月何日、何れの所に於て、何々の処女を姦淫致したであらうがな。そして又何年何月何日何時何十分、何処に於て人の妻女を私かに姦し、其女を誑かし、沢山の金をむしつたであらうがな』 と掌を指す如く指示されて、流石の片彦も返答につまり、 片彦『ハイ』 と言つたきり、俯いて了つた。 赤の守衛『間違はないか、間違があるなら、あると申せ』 片彦『ハイ、余り永い事になりますので、スツカリ忘れて居りましたが、さう承はりますと間違は厶いませぬ』 赤の守衛『姦淫に関する事は之ばかりか、まだ外にあるであらう、一々有体に申上げツ』 片彦『ハイ、余り件数が多いので俄に返答に困ります』 赤の守衛『其方が言はずとも、此帳簿にスツカリつけてある。コレ此通り、随分厚いものだらう、第一号より第九百九十五号まで、姦淫に関する事件ばかりだ。一々読み聞かさうか』 片彦『ハイ、決して嘘とは申しませぬ、読んで頂きましては実に苦しう厶います。どうぞ御省略を願ひます』 赤の守衛『馬鹿を申せ、自分が勝手な事を致しておいて、此処で大勢の前に曝されるのが辛いと云つて、省略せよとは、以ての外の奴だ、片彦、顔をあげて見よ、此通り汝の審判に就いて、諸天人が縦覧に来てゐるぞ』 片彦『ハイ、是非には及びませぬ、何卒御規則通り願ひます』 赤は一々大声を発して、第九百九十五号まで一言も洩らさず読み上げた。其詳細なること実に驚くばかりで、片彦が記憶を去つてゐた事を数多、場所刻限相手方の年齢及び自分の女に対して云つた事、又女が答へた事、其他手足の動かし方までテツキリと読み上げられ、暗がりの恥を明るみにさらされ、頭を抱へて冷汗をタラタラと流し、真赤な顔して慄うてゐる。 赤の守衛『これに間違はないか、間違がなければ爪印を致せ』 片彦『ハイ』 と云ひながら、怖る怖る其帳面に「拙者の生前の行状、此記録に寸分相違御座なく候、片彦将軍」と記し、拇印を捺した。 赤の守衛『ウン、之でよし、それから其方は生前に於て詐欺を致したであらう。又チヨイチヨイ窃盗も致したであらう。強盗も致したであらう。賄賂も取つたらうがなア。それから殺人傷人は申すに及ばず、神の道を誹り、人を誹謗し、他人の事業を妨害し、体主霊従の有丈を尽したであらう。サア一々自白を致せ』 片彦『ハイ、モウ何卒こらへて下さいませ。余りで厶います』 赤の守衛『馬鹿を申せ、一分一厘間違のない様に取調べるのが、八衢の関所だ。何程手間がいつても、左様な簡略な事が出来ようか』 片彦『何とマア細かしい事まで御存じで厶いますな。仰せの通り悪といふ悪は残らず、大なり小なり皆普遍的にやつて参りました。併しながら此お関所は吾々の悪事ばかりを摘発なさつて、善は少しもお認めにならないのですか。随分私も悪い事も致しましたが、又此悪事を償ふ丈の善事をやつて来た積で厶います』 赤の守衛『其方は饑餓凍餒の民を助けた事もある。又水中に陥り溺死せむとする人間も少しばかりは助けて居る。荒野を開き耕作を奨め、米麦の収入を社会に殖やし、公益を計つた事もある。併しながら此善はすべて汝の声名を遠近に現はさむ為の善にして、所謂自利心より出でたるものである。自愛の為の善は凡て偽善である。最初から悪人を標榜して悪を働いた人間に比すれば、却て其方の心と行ひは、それより以上悪きものである。汝は生前に於て愛の為の愛を励み、善の為に善を行ひ、信の為の真を尽した事は、只の一回もない。徹頭徹尾一生の間、悪事ばかりを致して来たぞよツ。之に対して弁解の辞あるか』 と呶鳴りつけた。 片彦『左様に厳しく仰せられましては、現界の人間は此関所で及第する者は一人もないぢやありませぬか。神様は何事も至仁至愛の徳を以て、許々太久の罪穢を神直日大直日に見直し聞直して下さると聞きましたが、私よりもモツトモツト悪い人間は、現界には沢山居りまする。現に此ランチ将軍だつて、拙者を高殿の上から、計略を以て谷川へ投込んだ悪人で厶います。大黒主の大棟梁だつて、最前私をお調べになつた諸々の条件以上の悪事が厶います。一体それは何うなるので厶いますか』 赤の守衛『左様な事を申して、人の事迄斯様な所で暴露せむと致す其想念が所謂大悪だ。益々以て許す事罷ならぬ。汝聊かにても良心があれば、仮令大黒主、ランチ将軍に悪事ありとも、汝は長上の身の上を思ひ、凡ての悪事を吾身一身に引受けるといふ忠義の心がないか。益々以て極重悪人奴、高天原の全権を掌握し給ふ厳の御霊、瑞の御霊の大神の御教を極力誹謗し、尚も進んで畏くも瑞の御霊の現はれ給ふ地上の高天原斎苑の館へ攻めよせ、仮の宮を毀ち、大神を亡ぼさむと迄考へたであらう。否現に数多の軍勢を引率れて河鹿峠まで進み、治国別の言霊に打ち砕かれて遁走し、卑怯未練にも浮木ケ原に陣営を構へ、陣中の規則を破り、若き女に目尻を下げ、涎を垂らかし、肝腎の軍職を忘れむと致したであらうがなア』 片彦『ハイ、それは現に此処に居りまするランチ将軍の方が余程キツウ厶いました』 赤の守衛『又、他人の事を誹謗致すか、不届至極の曲者奴、これより先づ予審が済みたによつて、其方は本調べに着手する。部下の番卒共、片彦を館の中へ拘引めされ』 (番卒たち)『オウ』 と答へて四五人の番卒は片彦を引立てて、館の中に伴れて行く。 赤の守衛『サア是からランチの番だ。其方は姦淫に関する罪の件数も、片彦に比しては随分多い様だ。併しながら其方は詐欺窃盗強盗及誹謗等の罪は、感心な事には少しも厶らぬ。併しながら、主命とは云ひながら、斎苑の館に進軍せむと致した其罪は問はねばならぬ。それよりも最近に於て犯した、片彦を計略にかけて之なる両人と共に物見櫓より谷川に投げ込み恋の仇を亡ぼさむと致した此罪は容易でない。併しながら悪人が悪人を虐待致したのだから、之は相見互と云つてもいい位なものだ。併し其心の罪は問はなくてはならぬ。何うぢや、間違はなからうがなア』 ランチ『ハイ、決して間違は厶いませぬ、ヤ、もう恐れ入りました』 赤の守衛『其方はハルナの都の大黒主を善人と思ひ、或は神の代表者として尊敬致すか。但しは神素盞嗚尊を悪神と信じ、極力排斥せむと思つたか、其返答を聞かう』 ランチ『ハイ、素盞嗚尊を悪神だと思へばこそ勢込んで征伐に向ひました。そして又大黒主様は此世の救主否霊界までも救ひ下さる大神様と信じたればこそ、今日まで忠実に仕へて参りました』 赤の守衛『成程、比較的正直な奴だ、さうなくては叶はぬ。併し一つ尋ねるが、汝の恋の仇たる片彦将軍を許さむとすれば、其方が上官の責任を以て代りに地獄へ落ちねばならぬ。汝は精霊界に十年許り修業を致し、其上第三天国へ進ましてやりたいのだ、又進むべき素質はある。併しながら部下の片彦を救ふ真心あれば、片彦と位置を変じ、彼を精霊界に上げてやらねばならぬ、其方の意見を承はりたい』 ランチ『これは六かしい問題で厶いますなア、早速に返答は申上げかねます』 赤の守衛『これ程分り切つた問題が、それ程六ケしいか。矢張其方はまだ偽善者の境域を脱し得ないとみえる。なぜ片彦の罪によつて御処分下され、拙者は拙者の生前の善悪に準じて御処分下されと、なぜ申さぬか。其方の心は今某の申した通りであらうがな。チヤンと其方の面体に文字によつて現はれてゐるぞ。其方は精霊界へ許すべき所なりしが、只今再び心に罪を作つたによつて、ヤツパリ地獄行だ。番卒共、伊吹戸主のお館へ引立てツ』 ランチ『ハイ、モウ改心を致します、同じ地獄へ行くのなれば、二人行つても一人行つても同じ事で厶います、何卒片彦を助けてやつて下さいませ、私が身代りになります』 赤の守衛『馬鹿を申せ、俄の改心は間に合はぬぞよ。其方の改心は怖さ故の改心だから、到底情状酌量の余地がない。サ早く番卒共、引立てられよ』 番卒は又もやランチを館へ引立てて行く。 赤の守衛『サア是からガリヤ、ケースの番だ。其方はバラモン教の大神を信じ、随分熱心に教をやつて来たものだ。そして若い時から比較的善もなさなんだが悪もなさなかつた。只惜しい事には主人に諛ひ、身の出世を致さむとして、片彦将軍を川中へ投落し、生命を奪はむとした、此罪は中々軽くない、併しながら彼等も悪人である、片彦が斯くなるは、自業自得、天運の尽きたる者なれば、之に対しては罪とすべきものではないが、その心はヤツパリ善いとは言はれぬ、地獄へ行く価値は充分にある。併しながらランチ将軍の命令で致したのだから、幾分か罪は軽い傾きがある。どうぢや、地獄へ之から即決によつて落してやらう、有難く思へ』 二人は口を揃へて、 ガリヤ、ケース『ハイ、どうぞ許して下さいませ。天国へやつて貰ふのは到底其資格は厶りませぬが、せめて精霊界に置いて下さいませ。其間に心を改めて善に立ち帰ります。どうぞ少時の御猶予を願ひます』 赤の守衛『然らば今天国の門を開くによつて一寸覗いて見よ、天国がよければ天国へやつてやろ、併し其方は最高天国へ行く事は出来ない、最下層の天国だ』 ガリヤ『ハイ、有難う厶います』 ケース『思ひもよらぬ御恩情を蒙りまして有難う厶います。死んでも忘れは致しませぬ、此高恩は……』 赤の守衛『アハヽヽヽヽ、其方は死んでゐるのを知らぬのか』 ケース『何時死んだか、テンと記憶が厶いませぬ。浮木の森から十里許り来た所に、此お関所があつて、天国地獄行の審判をなさる様に考へてをります』 赤の守衛『さうだろ、そりや其筈だ。人間は仮令肉体は腐朽するとも其情動と想念は儼然として永続するものだ。霊界は想念の世界だ、而して情動の変化によつて善悪正邪の分るる所だ』 ケース『ハイ、御教訓有難う厶います』 赤の守衛『サア、此岩の門を開くによつて、其方は直様に第三天国に進み行け、グヅグヅ致して居ると、天国の門がしまるぞ』 と云ひながら、パツと岩の戸を開いた。二人は矢の様に門内に進み入り、顔をあげて向方を見れば、何ものも見えず、烈しき光明に照され、目は眩み、胸はつまる如くに苦しく、頭はガンガンと痛み出し、手足は力脱け、恐怖心に駆られて、一歩も進む能はず、矢庭に踵を返し、再び八衢に転げ出た。 赤の守衛『どうだ、天国は結構だらう』 ガリヤ『ヤもう、天国の様な恐ろしい所は厶いませぬ、あの様な苦しい所なれば、最早行きたくはありませぬ』 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、汝の善徳未だ足らざる故、神徳に浴する丈の神力が備はつてゐないのだ。何程某が同情心を持つて、天国に助けてやらむとすれども、其方の内分が塞がつて悪に充ちてゐるから、如何とも助けやうがないわい。それだから常平生から神を信じ、神を理解し、善の徳を積んでおかねば、まさかの時になつて、こんな目に遇ふのだ。ヤツパリ雪隠虫は糞臭の中が極楽だ。汝は中有界におく訳にもゆかず、止むを得ないから、地獄界へおとしてやらう、地獄界の方が汝の身魂に相応してゐるから、結局楽なかも知れぬ』 ガリヤ『イエ滅相な、天国も叶ひませぬが、地獄は尚更叶ひませぬ、どうぞ何時までも中有界において下さいませ、ここが一番マシで厶います、なア、ケース、お前も天国には往生しただらう』 ケース『モシ、どうぞ、私も中有界において下さいませ。そして身魂に神徳がつみましたら、どうぞ天国へやつて下さいますやうに御願ひ致します』 赤の守衛『其方は、ランチ将軍の副官とまでなつたでないか、生死を共にすると誓言致したであらう』 ガリヤ『ハイ、私は副官で厶いましたが、片彦将軍の後任者に任命してやらうと仰有いましたので、余り嬉しさに、あゝこんな明君に仕へるならば、仮令どこまでもお供をしたいと思ひましたので、つひ申しました。併しながら、まだ実印は捺したのでも厶いませぬし、誓約書を出したのでも厶いませぬ、又将軍の辞令も頂戴致して居りませぬから、言はば立消え同様で厶います』 赤の守衛『其方はガーター勲章を頂戴する事になつてゐたであらうがな』 ガリヤ『ハイ、其話も厶いましたが、これもまだ未遂行で厶います』 赤の守衛『ケース、其方は久米彦将軍の後任者にして貰ふ約束であつたであらう。そして同じく勲章を頂く事になつて居つたであらう。それに間違はないか』 ケース『ハイ、仰せの通りで厶います、併しながらガリヤの申した通り、私も亦未遂で厶いますから、霊界へ来てまで、ランチ将軍さまのお供を致す義務は厶いますまい』 赤の守衛『汝両人は利己一片の代物だ。仮令三日でも主人と仰いだならば主人に間違はなかろ。其主人が地獄に落ちて艱難辛苦を致すのを、蚤にかまれた程にも感ぜず、自分のみ助からうと致す、其水臭いズルイ、ド性念、中々以て容易な代物でない。其方もヤツパリ地獄行だ、ランチ将軍と共に吊釣地獄へ行つて、無限の苦みを受けるがよからう』 ケース『それは余り胴欲で厶います。何卒今回に限り大目に見て下さいませ』 ガリヤ『ランチ将軍様、片彦将軍様は実にお気の毒でたまりませぬ、私も何処までもお供を致したいが山々で厶います、併し最早地獄へ墜ちられた両将軍、吾々が参りました所で何のお助けにもなりませぬから、どうぞ私を中有界にお救ひ下さいませ。御願ひ申します』 赤の守衛『番卒共、此等の両人をお館へ引立てよ』 (番卒たち)『アイ』 と答へて、又四五の番卒は両人を無理無体に門内深く引立てて行く。 赤の守衛『アーア、大変な悪い奴が来やがつて、随分骨の折れた事だ。ここに一人女が居るが、マア休息してゆつくりして査べることにしよう、白殿、拙者が休息の間、ここに代つて、此帳面を守つてゐて下さい』 といひすてて、暫く姿を隠した。 お民はツカツカと白の側に馴々しく進み寄り、 お民『モシお役人様、ここはヤツパリ霊界の八衢の関所で厶いますか。何だか最前からウトリウトリと致して居りましたが、ランチ将軍さまや、其他の三人のお方は、何処へ行かれました』 白の守衛『彼等四人は今や白洲に於て審判の最中です。私の考へではどうやら地獄落と見えます』 お民『それはマア気の毒な事で厶いますなア、何とか助けて上げる法は厶いますまいか』 白の守衛『到底冥土の法律を曲げるわけには行きませぬ。彼等は生前より地獄に籍をおいてゐるのですから、仮令天国へ何程吾々が上げてやらうと思つても、智慧証覚が開けてゐないから、仮令天国へ送つてやつても、苦しくなつて帰つて来ますよ。ヤハリ地獄代物です、それだから人は平素からの心掛と行ひが肝腎ですよ』 お民『私は随分悪い事をして来ましたが、ヤツパリ地獄へ行かねばなりますまいかなア』 白は帳面を繰りながら、 白の守衛『お前さまはお民さまと言つたね』 お民『ハイ、左様で厶います』 白の守衛『お前さまには蠑螈別と云ふ情夫がありますなア』 お民はパツと顔を赤らめながら細い声で、 お民『ハイ、お恥かしう厶います』 白の守衛『お前さまは、あの蠑螈別と一生添ふ積ですか』 お民『ハイ、先方さまさへ捨てて下さらねば、初めての男で厶いますから、どこまでも従つて参る積りで厶います』 白の守衛『モシ、蠑螈別が中途にお前さまを捨てて、外の女を拵へたら、其時は何うする考へですか』 お民『サア、其時になつてみないと分りませぬ、又蠑螈別さまの方から厭になつて捨てられるか、或は私の方から蠑螈別さまに愛想をつかして捨てて逃出しますか、其点は自分にも分つて居りませぬ』 白の守衛『成程、そこは正直な所だ、併しながら、蠑螈別に暇を貰ふか、或はお前さまの方から暇をくれた其後は、独身生活をやる考へですか、但は二度目の夫を持ちますか』 お民『理想の夫があれば、キツト持ちます、それでなくては狐独生活は苦しう厶いますからなア、折角人間に生れて来て、人間の交はりも出来ずに一生を了るやうな不幸な事は厶いませぬから………』 白の守衛『成程、イヤ感心だ、其心が所謂無垢だ、随分お寅婆アさまに気を揉ましたり、魔我彦に恋の焔を燃やさしたりして来ましたねえ、チヤンとここの帳面についてゐますよ』 お民『ハイ何分天稟の美貌に生れたものですから、一人の女に二人の男、本当に迷惑致しましたよ。私の方から惚れさしたのぢやありませぬ。蠑螈別さまだつて魔我彦さまだつて、勝手に先方の方から秋波を送られたのです。そして私は蠑螈別さまの方が余程理想的だと思つて心をよせたのです。お寅さまが怒るのはチツト無理解でせう、お寅さまは六十の尻を作つて、元より愛のない虚偽的の恋に翻弄され、自ら修羅をもやして、私を大変にお憎み遊ばすのですが、私はお寅さまの方が無理だと思ひますワ、どうでせう、私もヤツパリ地獄行の資格は具備して居るでせうか』 白の守衛『サア、私でもハツキリ分りませぬが、どうせ現界の人間は、悪のない者は一人もありませぬ、微罪を取上げて居らうものなら、サツパリ天国の団体が成立しませぬから、可成くは中有界において修業をさせ、一人でも多く天国へ上げたいといふ冥府の方針ですから、先づあなたは早速に天国へは行けずとも、中有界で修業の結果、早晩天国へ行けるでせう。併しながら、不思議なる事には、ランチ将軍始め、お前さままでが、まだ生死簿には生命が残つてゐる。斯様な所へまだ来る時でないが、五人が五人共不思議な事だ、コリヤ何か、霊界の思召のある事でせう』 お民『又現界へ帰られませうかなア』 白の守衛『何とも分りませぬな』 と話して居る所へ、ブラリブラリとやつて来たのは蠑螈別とエキスの両人であつた。遥向ふの方から、お寅婆アさまが白髪を振り乱し、 お寅『オーイオーイ』 と嗄声を張り上げながらやつて来る。蠑螈別はお民の姿を見て、驚いたやうな声で、 蠑螈別『お前はお民ぢやないか、どこへ行つてゐたのだ、エヽー、俺に酒を呑まして置きやがつて、片彦将軍に細目をつかひ、馬鹿にしたぢやないか。それからこんな処まで、蠑螈別を馬鹿にして、片彦将軍と駆落をして逃げて来よつたのだなア』 お民『ソラ何を言はんすのだい、蠑螈別さま、妾は浮木の森の陣営に於て、お前さまの脱線振をどれ程気遣ひに思つたか知れないよ。それだから片彦将軍に取入つて、お前さまの身の上を保護しようと思へばこそ、嫌で嫌でならぬ男をうまくあしらつてゐたのよ。私の心も知らずに余りだワ、ホンに憎らしい男だワ。冥土の八衢まで、女の尻を追つかけ来り、男らしくもない………サヽ早く帰りなさい、私もまだ生死簿には、ここへ来るのは早いと出て居るさうだ』 蠑螈別『コリヤお民、其方は気が違うたのか、ここを何処と心得て居る、浮木の森の少し隣村ぢやないか。貴様は最早冥土気分になつてゐるのか。余り片彦将軍に現を吐すものだから、精神までがトボケたのだろ。何だ、こんな所まで来て、気の多い、俺が知らぬかと思うて、色の白い男と何を云つてゐた。サヽ有体に申さぬと、此蠑螈別、タダではおかぬぞ』 と、まだ酒の酔の醒めぬ縺れた舌を無理にふりまはして、駄々をこねかけた。 お民『コレ蠑螈別さま、確りなさい、ここは冥土ですよ、此色の白いお方は伊吹戸主の神様の門を守衛なさるお役人様で、お前さま等の罪をお調べなさるお役だよ』 蠑螈別『オイ白、ナヽ何だ、俺の女房を誘拐しやがつて、こんな所まで伴れて来よつて、俺が酒に酔うてるかと思つて、冥土だの関所だのと威かしたつて、駄目だぞ。サ、どんなことを約束を致した、キツパリと申せ』 白の守衛『蠑螈別さま、確りしなさい、此処は冥府の関所ですよ、余り大きな声でグヅグヅ仰有ると、今に赤さまが見えたら、大変に叱られますよ』 蠑螈別『ナヽ何だ、赤さまが見えたら叱られるツ………貴様白い顔してゐて、女にズルイ赤さまだろ。蛙は口からと云つて、吾と吾手に白状をしたでねえか、エヽーン、糞面白くもねえ、そんな事ぬかすと、バラモン軍のランチ将軍殿に告発を致さうか。なアエキス、本当に馬鹿にしてるぢやねえか』 白『大分に酒がまはつてゐると見える、マ暫く酔が醒るまで、氷室へでも押込んでおかうかな』 お民『モシモシ白さま、そればかりはどうぞ赦してやつて下さいませ、決して乱暴はさせませぬから………酔が醒めましたら、トツクリと言ひきかしますから………』 白の守衛『それなら、お民さま、お前此帳面の番をしてゐて下さい、拙者は暫く奥で、蠑螈別の酔が醒めるまで休息して来るから………モシも他の精霊がやつて来たら、此取つ手をグツと押して下さい、さうすりや、スグに出て参りますから………』 と云ひすて、門内に走り入つた。お民は守衛の代理権を暫く執行する事となつた。お民以上の善徳の者及智慧証覚のある者の来る時は到底勤まらないが、自分以下の者に対しては訊問するだけの能力が備はつて来るのも亦不思議である。お民はスツカリ白の守衛の霊に充され、何時の間にやら自分が女たる事を忘れ、自分が白の気取りで守衛を忠実に勤める事になつた。 そこへスタスタやつて来たのは、小北山に居つたお寅婆アさまである。之はお寅婆アさまの副守護神が本人の改心によつて遁走し、お寅の容貌を其儘備へて此処へ迷うて来たのである。改心したお寅は其面貌と言ひ、肉付といひ、生々してゐるが、此処へやつて来たお寅は嫉妬と憤怒の真最中に、神の光に照らされて追ひ出された精霊が、八衢界を彼方此方と踏み迷ひ、艱難苦労して、やつと此処まで出て来たのであるから、随分厭らしい形相であつた。お寅はお民のそこに居るのには少しも気がつかず、蠑螈別とエキスがグタグタになつて倒れてゐるのを打眺め、蠑螈別を無理にゆすり起した。蠑螈別は物に魘はれたやうな声を出して漸く起ち上り、大地に胡坐をかき、 蠑螈別『アヽお民に会うた夢を見てゐたのに、誰だい、俺を揺り起しやがつて………』 と云ひながら目を開いた。さうするとお寅は、化物のやうな顔をして、蠑螈別をグツと睨み、 お寅『コレ、蠑螈別さま、お前さまは九千両の金をソツと盗み出し、私が目をまかしたのを幸として、金剛杖で頭を二つも叩き、お民の女と一緒に小北山を逐電し、此お寅を馬鹿にしたぢやないか。サヽかうなる上は最早百年目だ、鼻を捻ぢて上げようか』 と云ひながら、グツと力に任して、少し左に曲つた鼻を捻ぢあげた。 蠑螈別『アイタヽヽヽヽ、コラお寅、ホンナに乱暴な事をすない、又しても又しても鼻を捻ぢやがつて、エヽーン、いい年して、いい加減にたしなまぬか。こんな大道の中央で、意茶つき喧嘩をして居ると、誰が見てをるか知らせぬぞ』 お寅『コリヤ蠑螈別、九千両の金を早く返せ、そしてお民の女を何処へやつたのだ』 蠑螈別『九千両の金は、今ここに居るエキスやコー、ワク、エム等のバラモン教の番卒にくれてやつたのだ。そしてお民は今ここに居つた筈だが………俺はモウお前は厭になつた。お民の奴、片彦将軍と駆落したり、又こんな所へ来て色の白い男と意茶ついてやがるのだ。モウ女は厭になつた。俺の趣味はヤツパリ酒だ。アーア、色男に生れると辛いものだなア』 お寅『ナニツ、お民を思ひ切つたと、ソリヤまだしも偉い、よう目が醒めた。併しこのお寅は、そんな事云つても思ひ切るこた出来よまい。そして其九千両の金を、ここにゐるエキス其他の奴にやつたと言ふのだな、お民にやつたよりはマシだ。こら、エキス、其金此方へ返せ、お寅の金だ。蠑螈別が此婆アの目を忍んで持逃した大金だ。サツサと素直に返さぬと、貴様も鼻をねぢようか』 エキス『どこの婆アさまか知らぬが、俺は蠑螈別さまから貰つたのだ。そして其金は軍用金としてランチ将軍様に提出したのだから、返してほしけりや、浮木の森の陣営に行つて直接返して貰ふがよからう…………』 お寅『エヽ、ツベコベと何を言ふのだ。又鼻を捻ぢるぞ』 と云ひながら、エキスの鼻をグツと捻ぢる。 エキス『アイタヽヽヽヽ、許せ許せ息が切れるわい、あゝ死ぬ死ぬ死ぬ』 お寅『アハヽヽ、痛いか、苦しいか、之も自業自得だ、三途川の鬼婆だぞ』 お民『コリヤコリヤ、其方はお寅の副守護神でないか、逐一其方の罪状を読み上げるから、聞いたがよからう』 お寅『ナーニ、此お寅はこんな所へ来て、罪を数へられるやうな悪い事はせぬワ、現に此処に居るエキスが、私の金を取りやがつたのだ。なぜ之を査べぬのか』 お民『蠑螈別が其方の金を取つたのでないか』 お寅『蠑螈別は取つたにした所で、私の最愛の男だ、お寅の物は蠑螈別の物、蠑螈別の物は即ちお寅の物だ、それをうまくチヨロまかして、まき上げた此エキスこそ大悪人だ』 と云ひながら、フと顔を上ぐればお民であつた。お寅はお民を見るよりクワツと怒り、 お寅『コリヤお民、貴様こそ大悪人だ、蠑螈別をくはへて金を盗ませ、こんな所まで連れて来よつたぢやないか。サ、いい所で会うた、生首を引抜いてやらう、サア覚悟致せ』 と狼のやうな声ふりあげてお民に武者ぶりつく。お民は一生懸命にお寅と組んず組まれつ、もみ合うてゐる。蠑螈別、エキスはヒヨロヒヨロしながら立ち上り、 エキス『マアマア待つた、待たんせ、コリヤどうぢや』 と二人の中に割つて入り、顔を引つ掻かれたり、抓られたり、蠑螈別も焼糞になつて撲る、蹴る、誰彼なしに金切声をふり上げ、犬の咬み合のやうに喚き立ててゐる。此声を聞きつけて赤、白の守衛は宙を飛んで此場に現はれ来り、赤は大きな鉄棒を振上げ、 赤の守衛『コラツ』 と一喝した。此声に驚いて、お民も、お寅も、蠑螈別、エキスも命カラガラ散り散りバラバラに何処ともなく逃去つて了つた。 赤の守衛『ハヽヽヽヽ、娑婆亡者奴、たうとう逃げよつた。彼奴アまだ此処へ来る奴ぢやないから、少時木蔭にたたずんで考へてゐたが、随分面白いことをやりよつたものだ、アハヽヽヽヽ』 白『本当に面白いものですなア、あゝして娑婆へ追ひ返せば、何れ改心をして、又来るでせう』 赤の守衛『あのお寅と云ふ奴、彼奴ア現界で已に改心してゐるのだが、二重人格者で、副守の方がやつて来よつたのだ。彼奴だけは何うしても番卒を派遣して引捉へ、地獄へ落さねばなるまい』 白の守衛『然らば番卒に命じ、捕縛させませう』 (大正一二・一・一三旧一一・一一・二七松村真澄録) |
|
76 (2467) |
霊界物語 | 48_亥_治国別の天国巡覧2 | 14 至愛 | 第一四章至愛〔一二六八〕 治国別、玉依別は最高の霊国を後にして、帰途中間霊国を横断し、最下層の天国に降つて来た。往がけは其証覚、両人共今の如くならざりし故、非常にまばゆく感じたりしが、日の若宮に於て神徳を摂受したる二人は、最早第三天国の旅行は何の苦痛もなかつた。併しながら第一、第二、第三と下降し来るにつれて、吾ながら其神力の減退する如く思はれ、また明確なる想念も甚しく劣りし如く思はるるのは、実に不思議であつた。漸くにして二人は、八衢の関所に着いた。伊吹戸主の神は数多の守衛を率ゐて二人を歓迎した。二人は館の奥の間に導かれ、茶菓の饗応を受け、霊界に関する種々の談話を交換した。 伊吹『治国別様、首尾克く最奥天国、霊国がきはめられましてお目出度う厶います。さぞ面白きお話が厶いませうねえ』 治国別『何分徳が足らないものですから、何れの天国に於ても荷が重すぎて、非常に屁古たれました。併しながら諸エンゼルの導きによつて、辛うじて最奥天国まで導かれ、其団体の一部を巡拝し、漸く此処まで帰つて参りました。併しながら不思議な事には、下層天国より順を追うて最奥天国へ上る時の苦さは譬へられませぬ。丁度三才の童子に重き黄金の棒を負はせたやうなもので、余り結構過ぎて、それに相応する神力なき為、到る所で恥を掻いて参りました』 伊吹戸主神『お下りの時はお楽で厶いましたらうなア』 治国別『ハイ、帰りは帰りで又苦しう厶いました。何だかダンダンと神徳が脱ける様で厶いましたよ』 伊吹戸主神『すべて霊界は想念の世界で厶います、それ故情動の変移によつて、国土相応の証覚に住するのですから、先づそれで順序をお踏みになつたのです。高天原の規則は大変厳格なもので、互に其範囲を犯す事は出来ない様になつて居ります。最高天国、中間天国、下層天国及び三層の霊国は、厳粛な区別を立てられ、各天界の諸天人は互に往来する事さへも出来ないのです。下層天国の天人は中間天国へ上る事は出来ず、又上天国の者は以下の天国に下る事も出来ないのが規則です。もしも下の天国より上の天国に上り行く天人があれば必ず痛く其心を悩ませ、苦み悶え、自分の身辺に在る物さへ見えない様に、眼が眩むものです。ましてや上天国の天人と言語を交ゆる事などは到底出来ませぬ。又上天国から下天国へ下り来る天人は忽ち其証覚を失ひますから、言語を交へむとすれば、弁舌渋りて重く、其意気は全く沮喪するものです。故に下層天国の天人が中間天国に至るとも、亦中間天国の天人が最奥天国に至るとも、決して其身に対して幸福を味はふ事は出来ませぬ。吾居住の天国以上の天人は、其光明輝き、其威勢に打たるるが故に、目もくらみ、只一人の天人をも見る事が出来ませぬ。つまり内分なるもの、上天国天人の如く開けないが為であります。故に目の視覚力も明かならず、心中に非常な苦痛を覚え、自分の生命の有無さへも覚えない様な苦しみに遇ふものです。併しながら貴方等は大神様の特別のお許しを受け、媒介天人即ち霊国の宣伝使に伴はれて、お上りになりましたから、各段及び各団体に交通の道が開かれ、其為巡覧が首尾よく出来たのです。而して大神様は上天と下天の連絡を通じ給ふに、二種の内流によつて之を成就し給ふのです。而して二種の内流とは、一は直接内流、一は間接内流であります』 玉依『直接内流、間接内流とは如何なる方法を言ふので厶いますか』 伊吹戸主神『大神様は上中下三段の天界をして、打つて一丸となし、一切の事物をして、其元始より終局点に至るまで悉く連絡あらしめ、一物と雖も洩らさせ給ふ事はありませぬ。而して直接内流とは大神様から直に天界全般に御神格の流入するものであり、間接内流とは各天界と天界との間に、神格の流れ通ずるのを言ふのです』 治国『如何にも、それにて一切の疑問が氷解致しました。私は之よりお暇を申し、現界へ帰らねばなりませぬ。併しながらどちらへ帰つてよいか、サツパリ分らなくなりました。最高天国から下るに就いて、折角戴いた吾証覚が鈍り、今では元の杢阿弥、サツパリ現界の方角さへも見えなくなつて了ひました。之でも現界へ帰りましたら、神様に賜はつた神力が依然として保たれるでせうか』 伊吹戸主神『現界に於て最奥天国に於けるが如き智慧証覚は必要がありませぬ。只必要なるは愛と信のみです。其故は最高天国の天人の証覚は第二天国人の知覚に入らず、第二天国人の証覚は第三天国人の能く受け入るる所とならない様に、中有界なる現界に於て、余り最高至上の真理を説いた所で有害無益ですから、只貴方が大神様に授かりなさつた其神徳を、腹の中に納めておけば可いのです。大神様でさへも地上に降り、世界の万民を導かむとなし給ふ時は、或精霊に其神格を充し、化相の法によつて予言者に現はれ、予言者を通じて現界に伝へ給ふのであります。それ故神様は和光同塵の相を現じ、人見て法説け、郷に入つては郷に従へとの、国土相応の活動を遊ばすのです。貴方が今最高天国より、段々お下りになるにつけ、証覚が衰へたやうに感じられたのは、之は自然の摂理です。之から現界へ出て、訳の分らぬ人間へ最高天国の消息をお伝へになつた所で、恰も猫に小判を与ふると同様です。先づ貴方が現界へ御帰りになれば、中有界の消息を程度として万民を導きなさるが宜しい。其中に於て少しく身魂の研けた人間に対しては、第三天国の門口位の程度でお諭しになるが宜しい。それ以上御説きになれば、却て人を慢心させ害毒を流すやうなものです。人三化七の社会の人民に対して、余り高遠なる道理を聞かすのは、却て疑惑の種を蒔き、遂には霊界の存在を否認する様な不心得者が現はれるものです。故に現界に於て数多の学者共が首を集め頭を悩ませ、霊界の消息を探らむとして霊的研究会などを設立して居りますが、之も霊相応の道理により、中有界の一部分より外は一歩も踏み入るる事を霊界に於て許してありませぬ。それ故貴方は現界へ帰り学者にお会ひになつた時は、其説をよく聴き取り、対者の証覚の程度の上をホンの針の先程説けば可いのです。それ以上お説きになれば彼等は忽ち吾癲狂痴呆たるを忘れ、却て高遠なる真理を反対的に癲狂者の言となし、痴呆の語となし、精神病者扱をするのみで少しも受入れませぬ。故に現界の博士、学士連には、霊相応の理によつて肉体のある野天狗や狐狸、蛇などの動物霊に関する現象を説示し、卓子傾斜運動、空中拍手音、自動書記、幽霊写真、空中浮上り、物品引寄せ、超物質化、天眼通、天言通、精神印象鑑識、読心術、霊的療法等の地獄界及び精霊界の劣等なる霊的現象を示し、霊界の何ものたるをお説きになれば、それが現代人に対する身魂相応です。それでも神界と連絡の切れた人獣合一的人間は非常に頭を悩ませ、学界の大問題として騒ぎ立てますよ。アツハヽヽヽ』 玉依『モウシ、伊吹戸主神様、私は日の若宮に於て、王母様より玉依別といふ名を賜はりましたが、これは最高天国で名乗る名で厶いませうか、現界に於ても用ひて差支ありますまいか』 伊吹戸主神『現界へお帰りになれば、現界の法則があります。貴方は治国別様の徒弟たる以上は、現界へ帰ればヤハリ竜公さまでお働きなされ。治国別様がお許しになれば、如何なる名をおつけになつても宜しいが、貴方が現界の業務を了へ、霊界へ来られた時始めて名乗る称号です。霊界で賜はつた事は霊界にのみ用ふるものです。併しマア復活後は、結構な玉依別様と云ふ称号が既に既に頂けたのですから、お目出度う厶います。決して霊界の称号を用ひてはなりませぬぞや』 玉依別『ハイ、畏まりました、然らば只今より竜公と呼んで下さいませ』 伊吹戸主神『モウ暫く玉依別さまと申上げねばなりませぬ』 玉依別『アーア、玉依別さまもモウ少時の間かなア、折角最高天国まで上つて、結構な神力を頂いたが、現界へ帰れば又元の杢阿弥かなア。お蔭をサツパリ落して帰るのかと思へば、何だか心細くなりました』 伊吹戸主神『決してさうではありませぬ。貴方の精霊が頂いた神徳は、火にも焼けず、水にも溺れず、人も盗みませぬ。三五教の神諭にも……御魂に貰うた神徳は、何者も盗む事は能う致さぬぞよ……と現はれてありませう。貴方の天国に於て戴かれた神徳は、潜在意識となつて否潜在神格となつて、どこ迄も廃りませぬ。此神徳を内包しあれば、マサカの時にはそれ相当の神徳が現はれます。併しながら油断をしたり慢心をなさると、其神徳は何時の間にやら脱出し元の神の御手に帰りますから、御注意なさるが宜しい。而して仮りにも現界の人間に対し、最奥天国の神秘を洩らしてはなりませぬぞ。却て神の御神格を冒涜するやうになります。霊界の秘密は妄りに語るものではありませぬ。愚昧なる人間に向つて分不相応なる教を説くは、所謂豚に真珠を与ふるやうなものです。忽ち貴重なる真珠をかみ砕かれ、一旦其汚穢なる腹中を潜り、糞尿の中へおとされて了ふやうなものですよ』 玉依別『治国別さま、駄目ですよ、私は天国の消息を実見さして戴き、之から現界へ帰つて、先生と共に現界に於ける霊感者の双璧となり、大に敏腕を揮つてみようと、今の今まで楽しんで居りましたが、最早伊吹戸主様のお説を聞いてガツカリ致しました。さうするとヤツパリ身魂の因縁だけの事より出来ぬのですかなア。宝の持腐れになるやうな気がして聊か惜しう厶いますワ』 治国別『アツハヽヽヽヽ』 伊吹戸主神『私は伊邪那岐尊の御禊によつて生れました四人の兄弟です。されど其身魂の因縁性来によつて祓戸の神となり、最高天国より此八衢に下り、斯様なつまらぬ役を勤めて居りますが、之も神様の御心の儘によりならないのですから、喜んで日々此役目を感謝し忠実に勤めて居るのです。まだまだ私所か妹の瀬織津姫、速佐須良姫、速秋津姫などは実にみじめな役を勤めて居ります。言はば霊界の掃除番です。蛆のわいた塵芥や痰唾や膿、糞小便など所在汚き物を取除き浄める職掌ですから、貴方の神聖なる宣伝使の職掌に比ぶれば、実に吾々兄弟は日の大神の貴の子でありながら、つまらぬ役をさして頂いて居ります。併し之は決して吾々兄弟が此役目を不足だと思つて申したのではありませぬ、貴方等の御心得の為一例を挙げたまでで厶います』 玉依『ハイ、大神様の御仁慈、実に感じ入りました』 と感涙にむせぶ。治国別は憮然として、 治国別『アヽ実に大神様の御恵、感謝に堪へませぬ。厳の御霊の神諭にも……我子にはつまらぬ御用がさしてあるぞよ。人の子には傷はつけられぬから……とお示しになつてゐますが、実に大神様の御心は測り知られぬ有難きもので厶いますなア』 と云つたきり、吐息を洩らして差俯いてゐる。 伊吹戸主神『私ばかりぢやありませぬ、月照彦神様、弘子彦神様、少彦名神様、純世姫様、真澄姫様、竜世姫様、其他結構な神々様は皆、厳の御霊や瑞の御霊の大神の直々の御子でありながら、何れも他の神々の忌み嫌ふ地底の国へお廻りになつて、辛い御守護をしてゐられます。之を思へば貴方等は実に結構なものですよ。厳の御霊の御神諭にも……人民位結構な者はないぞよ……と示されてありませうがなア』 治国『成程、実に大神様の御心の程は、吾々人間の測り知る所ではありませぬ。あゝ惟神霊幸はへませ、五六七の大神様……』 と涙を滝の如く流し、神恩の甚深なるに感じ、竜公と共に合掌して其場に打伏した。伊吹戸主神は目をしばたたきながら、 伊吹戸主神『御両人様、其心で、どうぞ現界に於て神の為、道の為、世人の為に御活動を願ひます。左様ならば之にてお別れ致しませう』 と云ふより早く忙しげに奥の間に姿を隠した。二人は後姿を見送り、恭しく拝礼しながら館を立出で、赤門をくぐり、白赤の守衛に厚く礼を述べ、八衢街道を想念の向ふ所に任せて歩み出した。アヽ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・一四旧一一・一一・二八松村真澄録) |
|
77 (2514) |
霊界物語 | 50_丑_祠の森の物語2 | 15 妖幻坊 | 第一五章妖幻坊〔一三〇九〕 春雨の降りしきるシンミリとした窓の中、四辺の空気も和らいで、物に熱し易い高姫の頭はどことはなしにポカポカと助炭の上に坐つた様な心持がする。高姫は腹中に潜める沢山のお客さまと、徒然の余り、斎苑の館を占領すべき空想を描いて、独り笑壺に入つてゐる。腹の中から義理天上と称する兇霊は、何とはなしに此頃は元気がよい。それは初稚姫が高姫の命令によつて、珍彦館に籠居し、暫く神殿又は大広前に姿を現はす事を禁じられ、且スマートを追ひ返したと云ふ喜びからである。併しながらスマートは変現出没自由自在の霊獣なれば、決して何処へも行つては居ない。只初稚姫の身辺近く侍し、人の足音が聞えた時は、早くも悟つて床下に身を隠すことを努めてゐたのである。高姫は一絃琴を取出して歌ひ始めた。無論高姫は琴などを弾く様な芸は持つてゐない。憑依してゐる蟇先生が肉体を自由自在に使つて、琴を弾ずるのであつた。 (高姫)『チンチンシヤン、シヤツチンシヤツチン、シヤツチン、チンチン 春雨にしつぽり濡るる露の袖 こつちが恋ふれば杢助さまも 同じ思ひの恋心 チンチンチン、シヤン……シヤンシヤン、シヤツチン、チンチリチン、チンーチンー すれつ、もつれつ、袖と袖 会うて嬉しき此館 玉国別の身魂をば 此高姫を守護する 義理天上日出神 深い仕組に操られ やうやう此処に宮柱 太しき建てて神々を 斎きまつりて珍彦や 静子の方を後におき 宮の司と相定め 後白浪と道晴別 其他の家来を引連れて 何処をあてとも永の旅 出で行く後に入り来る 神力無双の杢助さま 身魂の合うた高姫が 昔の昔の大昔 神の結びし縁にて やうやう此処に巡り会ひ 其神徳を世の人に 鼻高姫とホコラの森 二世も三世も先の世かけて 自由自在の麻邇宝珠 厳の身魂の玉椿 八千代の春を楽しみに 二人の仲は岩と岩 堅き契を結び昆布 神楽舞をば鯣の夫婦 実にも楽しき吾身の上 杢助さまも嘸や嘸 嬉しい事で……あらう程に 思へば思へば惟神 日出神の引合せ 厳の御霊の御守り 瑞の御霊の悪神が 千々に心を配りつつ 妨げなせど神力の 充ちたらひたる夫婦が企み とても破れぬ悲しさに 今は火となり蛇となりて 心をいらち胸こがし 騒ぎまはるぞ……いぢらしき。 シヤツチンシヤツチン、シヤツチンチンシヤツチンチン、チーンリンチン、チンリンチンリンチンツ、シヤーンシヤーン』 と弾き終り、一絃琴を傍に直し、膝の上に両手をキチンとついて、床の間の自筆の掛軸を眺めながら、 高姫『ホホホホ』 と嬉しげに笑ひ興ずる。妖幻坊は廁から廊下をドシンドシンと、きつい足音させながら襖をあけて入り来り、 妖幻坊の杢助『高姫、お前は不思議な隠し芸を持つてゐるのだな。俺は又そんな陽気な事はチツとも知らない、信仰一途の熱狂女だと思うてゐたよ。イヤもう感心した』 高姫『ホホホホ、能ある鷹は爪かくすと云ひましてな。今迄此高ちやまも、爪をかくして居つたのだが、今日は此通り春雨で、何とはなしに心が淋しいやうでもあり、花やかなやうでもあり、お琴をひくには大変に天地と調和が取れるやうな気分になつたものですから、久し振で一寸爪弾きをやつてみましたのよ』 妖幻坊の杢助『情趣こまやかに四辺の空気を動揺させ、次いで此杢助の心臓迄が非常に動揺したよ。俺も今迄永らくの間、斎苑の館に御用をして居つたが、二絃琴の音はいつも聞いて居るけれど、一絃琴はまだ聞き始めだ。一筋の糸の方が余程雅味があるねえ。一筋縄ではいかぬお前だと思つてゐたが、到頭正体が現はれよつたなア。アツハハハハ』 高姫『コレ杢助さま、余り揶揄つて下さるなや』 妖幻坊の杢助『カラが勝たうが日本が勝たうが、そんなこたチツとも頓着ないのだ。兎角浮世は色と酒だからなア。オイ高ちやま、一杯注いでくれないか』 高姫『杢助さま、貴郎は酒ばかり呑んで居つて、一度も神様に拝礼をなさつた事はないぢやありませぬか。神様にお仕へする者が、それ程無性では、皆の者の信仰をつなぐ事が出来ぬぢやありませぬか。貴郎が模範を示さなくちや、役員や信者迄が神様の御拝礼をおろそかにして困るぢやありませぬか』 妖幻坊の杢助『俺は斎苑の館に居つても総務をやつて居つたのだ。総務といふものは一切の事務を総理するものだ。祭典や拝礼などは、又それ相当の役員にさせばいいのだ。ここには珍彦といふ神司が置いてあるのだから、俺はマア遠慮しておこかい。何だか神様の前へ行くと恐ろしい……イヤイヤ恐ろしく霊がかかるので、又大きな声でも出しちや皆の者がビツクリするからなア。それで実は拝みたくつて仕方がないのだが、辛抱して御遠慮して居るのだ。吾々の身魂は霊国の天人だから、神教宣伝の天職が備はつてをるのだ。祭典や拝礼は天国天人の身魂の御用だ。神界には、お前も知つてゐるだらうが、互に其範囲を犯す事は出来ない厳しい規則が惟神的に定められてあるからな』 高姫『成程、それでお前さまは拝礼をなさらぬのだな。さうすると私は霊国天人ですか、天国天人ですか、何方だと思ひますか』 妖幻坊の杢助『勿論お前だつて、ヤツパリ霊国の天人だよ。それならばこそ義理天上さまが、毎日守護神人民に教ふる為に、神諭をお書きなさるぢやないか。其生宮たるお前はヤツパリ相応の理によつて、肉体的霊国天人だからなア』 高姫『流石は杢助さま、偉いものだなア。何だか私も此間から拝礼が厭になつて仕方がないのよ。又曲津が腹の中へ這入つて来やがつて、大神様を恐れるので、こんな気になつたのかと心配して居りました。併し、貴郎の説明に依つて何も彼も身魂の因縁がハツキリと分りました。ヤツパリさうすると、此高姫は偉いものだなア』 妖幻坊の杢助『そりやさうとも、杢助さまの女房になる位な神格者だからなア、お前も亦これでチツと筆先の材料が出来ただらう』 高姫『ヘン、馬鹿にして下さいますなや。人に教へて貰うて、筆先なんか書きますものか』 妖幻坊の杢助『それでも見てゐよ。キツとお前の筆先に現はれて来るよ。俺がこれだけお前に聞かしておくと、義理天上さまが成程と合点して、キツと明日あたりから、霊国の天人といふお筆先を御書きなさるに違ないワ。何せよ、模倣するのに長じてゐる肉宮だからなア』 高姫『お前さまが今言つた言葉は、決してお前さまの力ぢやありませぬぞや。義理天上さまがお前さまの身魂を使うて此高姫に気をつけなさつたのだよ。これ位な道理が分らぬ様な杢助さまぢやありますまい。お前さまが、こんな事を仰有るやうになつたのもヤツパリ時節だ。高姫に筆先を書かす為に、義理天上様が、お前さまの口を借つて一寸言はせなさつたのだから、これからの筆先はよつぽど奇抜なものが現はれますで、マア見てゐなさい。お前さまだけにはソツと見せて上げますワ』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、また出来上りましたら拝読を願ひませうかい』 高姫『杢助さま、一寸俄に神界の御用が忙がしうなつたから、貴郎はお居間へ行つて、お酒でもあがつて休んでゐて下さい。お前さまが側にゐられると、思はし筆先が書けませぬからなア』 妖幻坊の杢助『ハツハハハ、お筆先の偽作を遊ばすのに、私が居るとお邪魔になりますかな。それなら謹んで罷りさがりませう。御用が厶いましたら、御遠慮なくお召し出し下さいますれば、鶴の一声、宙を飛んで御前に伺候致しまする。ハハハハ、高ちやま、アバヨ』 と腮をしやくり腰を振り、ピシヤツと襖を締めて、吾居間へ帰りゆく。そして中から突張りをかへ、怪物の正体を現はしてグウグウと鼾をかいて寝て了つた。 高姫は俄に墨をすり、先のちびれた筆をキシヤキシヤとしがみ、墨をダブツとつけて一生懸命に書き始めた。一時ばかりかかつて書き終り、キチンと机の上に載せ独言、 高姫『義理天上さまも追々御出世を遊ばし、お書きなさる事が大変に変つて来た。こんな結構な教は人に見せるのも惜しいやうだ。併し之をイル、イク、サール、ハル、テルの幹部に読ましておかぬと、高姫の肉宮を安く思つて仕方がない。又肝腎の事が分らいではお仕組の成就が遅くなつて、どもならぬから、惜しいけれど、一つ此処へ呼んで来て拝読させてやらうかな。初稚姫にも聞かしてやれば改心するであらうか……イヤイヤ待て待てモウ暫く隠しておかう、発根と改心が出来たら読むやうになるだらう。何だか初稚姫は、私の筆先を心の底から信用してゐない様な心持がするから、読めと云つたら読むではあらうが、身魂の性来が悪いから、充分に腹へは這入るまい。杢助さまの教だと云へば、聞くかも知れぬが、さうすると日出神の神力がないやうにあつて、都合が悪いなり……困つた事だなア。待て待て、一つこれは考へねばなろまい。ウーン成程々々、イルに大きな声で拝読さしてやらう。そして珍彦の館へ、あの受付からならば突き抜けるやうに聞えるのだから、此結構なお筆を耳に入れたならば、イツカな分らぬ初稚姫も、成程と耳をすませ改心するに違ひない、此筆先で押へつけるに限る』 とニコニコしながら、書いた筆先二十枚綴を三冊ばかり、三宝に載せ、目八分に捧げ、襖をスツと開け、ソロリソロリと勿体らしく受付指して進み行く。受付では担当者のイルを始め、ハル、テル、其他の連中が胡坐をかいて自慢話に耽つてゐる。 ハル『オイ、イルさま、お前一体此受付で偉さうにシヤチ張つて居るが、月給は幾ら貰つて居るのだい』 イル『まだ珍彦さまが、定めて下さらぬのだ。ナアニ別に神様の御用するのだから、何なつとヒダルないやうにして貰へさへすりや、月給なんかいらないよ。結構な神様の御用をするならば、献労の積で、無報酬で御用さして頂きたい。併しながら高姫なんかの指図を受けねばならぬとすれば、相当の給料を貰はないと厭だなア』 ハル『それなら幾ら欲しいと云ふのだい』 イル『マア一ケ月十円位で結構だ』 ハル『貴様、バラモン教ではモチと沢山に貰うてゐたぢやないか』 イル『さうだ、五十円に一円足らずで、四十九円の月給だ。アハハハハ、ハル……併しお前は幾ら頂戴して居つた』 ハル『俺かい、俺はザツと十八円だ』 イル『成程、それでは毎日九円々々の泣暮しだな、エヘヘヘヘ』 と他愛もなく話に耽つてゐる。そこへ高姫は三宝に今書いたばかりの、まだ墨も乾いてゐないボトボトした筆先を目八分に捧げて入り来り、 高姫『コレ、皆さま、何を云つて居るのだい。お前さま達は、神様の御精神がチツとも分らぬ八衢人間だから困つて了ふ。受付といふものは、一番大切なお役ぢやぞえ。奥に居る大将は仮令少々位天保銭でも、受付さへシツカリしてさへ居れば、立派な御神徳が現はれるのだ。ここへ立寄る人民が、受付の立派なのを見て……あああ、受付でさへもこんな立派な人間が居るのだから、ここの教主は偉い者だらう……と直覚する様になるのだ。をかしげな、訳の分らぬ人間が受付に居らうものなら、何程教主が立派な神徳があつてもサツパリ駄目だからな。今義理天上様から、結構な結構なお筆先が出たによつて、ここで之を拝読いて、ギユツと腹に締め込みておきなされ。そして立寄る人民に此お筆先を読んで聞かすのだよ。併しお直筆は勿体ないから、お前さまがここで写して控をとり、お直筆をすぐ返して下され。結構な事が書いてあるぞや』 イル『ハイ、それは何より有難う厶ります。早速写さして頂きまして、拝読さして貰ひます』 高姫『ヨシヨシ、併しながら読む時には、珍彦さまの館へ透き通るやうな声で、読んで下されや』 イル『此お筆先はまだズクズクに濡れて居りますな、只今お書きになつたのですか』 高姫『ああさうだよ。今書いたとこだ。結構なお蔭を、ぢきぢきにお前に授けるのだから、神様に御礼を申しなさいや』 イル『エエ一寸高姫さまにお伺ひしておきますが、此お筆先は今書いたと仰有いましたね。それに日附は去年の八月ぢやありませぬか。貴女は八月頃には此処に居られたやうに思ひませぬがなア』 高姫『そこは神界のお仕組があつて、日日が去年にしてあるのだよ』 イル『さうすると、貴女は杢助さまに教へて貰つたのですな。それを教へて貰うてから書いたと云はれちや、義理天上様の御神徳が落ちると思うて、杢助さまに聞くより先に知つて居つたといふお仕組ですな。成程流石は抜目のない高姫さまだワイ』 高姫『コレ、訳も知らずに何を言ふのだい。義理天上様が、去年からチヤンと神界で書いて置かれたのだ。肉体が忙しいものだから、肉体の方が遅れて居つたのだよ。お前達は霊界の事が分らぬからそんな理窟を言ふのだよ。何事も素直にいたすが結構だぞえ。それが改心と申すのだからな』 イル『エツヘヘヘヘ、さうでがすかなア、イヤもう恐れ入りました、感心致しました、驚きました、呆れました、愛想が……尽きませぬでした。有難う厶いました』 高姫『コレ、イルさま、ましたましたと、そら何を云つてるのだい』 イル『エーン、あの、何で厶います、ましだ……と云うたのです。つまり要するに、日出神様のお筆先は、厳の御霊のお筆先よりも幾層倍マシだと思ひまして、ヘヘヘヘ一寸口が辷りまして厶ります。余り立派な事が書いてあるので、呆れたので厶います』 高姫『コレ、まだ読みもせない癖に、どんな事が書いてある……分るかなア』 イル『ヘ、エ、そこがそれ、天眼通が利くものですから、眼光紙背に徹すと申しまして、チヤンと分つて居ります』 高姫『さう慢心するものぢやありませぬぞや。サ、早く写していただきなさい』 と少しく顔面に誇りを見せて、反身になつてゾロリゾロリと天下を握つた様な態度で、おのが居間へと帰り行くのであつた。 (大正一二・一・二三旧一一・一二・七松村真澄録) |
|
78 (2540) |
霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 17 狸相撲 | 第一七章狸相撲〔一三三二〕 お菊は夜明け間近くなつたので、余り遠くもない小北山へ、一度帰つて見ようと思ひ、暗がりに落ちてゐる石を二三十拾うて、ここらあたりと思ふ所へ、一つ二つ三つと数へながら投付けて、 お菊『ああこれで文助さまの仕返しもしてやつた。何れ暗に鉄砲のやうな石玉だけれど、一つでも当れば尚面白いがなア』 と独言を云ひながら、スバシこく帰つて了つた。二人は怪志の森でお菊の放つた礫に鼻を打たれ、額を打たれて、三日許りウンウン唸りつづけ、懐からパン片を出して飢を凌ぎ、漸く手足が動くやうになつたので、何処までも高姫、杢助の在処を探ね、敵を打たねばおかぬと、杖を力に進み行く。 浮木の森の槻や樅、松の大木がコンモリとして広く展開してゐるのが目につき出した。此辺一面は森の中も外も身を没する許りの萱がつまつてゐる。又篠竹や小竹の藪が彼方此方に散在してゐる。併しながらランチ将軍の軍隊が駐屯してゐただけあつて、可なり広い道だけはあいて居た。二人はチガチガ足をさせながらやつて来ると、椿の根元に高姫が泥まぶれになり、羽織を裏向けに着て、大きな狸が二匹つき添ひ、椿の花をおとしては、甘さうに吸うてゐる。高姫は、竹切れの腐つたやうな穴のあいたのへ、草をむしつては入れ、馬糞をつかんでは捻ぢ込み、一生懸命になつて、わき目もふらず、何かブツブツ言ひながら竹筒につめてゐる。 初『オイ、高姫が誑されてゐるぢやないか。あれみよ、大きな狸が二匹、椿の木をゆすつては花を吸うてゐるぢやないか。そこへ高姫の奴、着物を逆様に着やがつて、ありや大方騙されてゐるのかも知れぬぞ』 徳『ホンニホンニ大きな狸だなア。暗がりに俺達の頭をはつて逃げやがつた罰で、古狸にやられてるのだ。放つとけ放つとけ、いい見物だからなア』 二人は萱ン坊の中に身を隠し、高姫が、どんな事をするか、あの狸奴、どこへ行きやがるかと、目を放たず見てゐると、狸は椿の葉を口にくはへ、花を頭に被り、三つ四つ体を揺ると、十四五の何ともいへぬ美しい乙女になつて了つた。さうして高姫は二人の乙女に手を曳かれ、目をつぶつた儘、首を切りにふつて、或立派な火の見櫓の中に引張られて行くのであつた。之を見た両人は、狸の化けるのに上手なのを非常に感心して、 初『オイ徳、高姫の奴、あの立派な火の見櫓の中へ引張られて行きよつたぢやないか』 徳『ウン、確に行きよつた。併し狸の奴、甘く化けるものだな。大方高姫は一人は杢助、一人は蠑螈別位に思つてるか知れぬぞ。一つ後をつけて、高姫がどんな事をしられよるか、見てやらうぢやないか』 初『そら面白い、サア行かう』 徳『そつと、足音のせぬやうにして行かぬと、狸がカンづいたら駄目だぞ、静に静に』 と二人は差足抜足しながら、火の見櫓の側に立寄つて、戸の節穴から覗いてみた。見れば今まで美人に化けてゐた狸は、又もや正体を現はし、高姫に泥を掴んでかけたり、木の葉を引付けたり、いろいろとしてゐる。しまひには萱の刈つた奴をドツサリ抱へて来て、高姫の身体を包んで、一度にドツと火をつけた。高姫は火焔の中に包まれて、苦しさうな声を出し、 高姫『助けてくれい、助けてくれい』 と呶鳴つてゐる。かうなつて来ると、何程憎い高姫でも、人情として助けねばならぬ。高姫を救ひ出し、二匹のド狸を捕りくれむと、戸を蹴破り、矢庭に飛込んだと思へば、二人は糞壺の中におち込み、頭から黄金を浴びて、山吹色の活仏となつて了つた。 初『エー、クソいまいましい、狸の奴、こんな所へ落しやがつたぢやないか。オイ徳、ここらで清水が湧いてをつたら、トツクリと洗うて、眉毛に唾をつけ、此憎くき狸を平げようぢやないか』 徳『さうだ、馬鹿にしてけつかる、これでは何うも臭くて仕方がない。いい水が湧いとらぬものかなア。マア兎も角、あの椿の木の下あたり、行つて見ようぢやないか。キツと椿の木のある所にや溜池のあるものだ。 井底より上におち来る椿かな と云つてな、椿の花が上から落ちるのが、水に映つて、池の底から上へ落ちて来るやうに見えるものだ。俺も一つ井戸をみつけて、下か上へ、椿ぢやないが、ドブンと落ちこみ、肉体の洗濯をして、それから出かけよう。赤裸では困るから、暫く、乾くまで、此馬場で相撲でも取つて居らなくちや、寒くて辛抱が出来ぬぢやないか、ヤ、案の条泉水があるぞ』 と、今度は小便壺へ糞まぶれの着物ぐち飛込み、バサバサと振り落し、漸く這ひ上り、両人はクルクルと赤裸となつて、石の上に着物をおいて、捻ぢたり、踏んだり、圧搾したりして、漸く水気を落し、傍の木の枝に引懸け、それから四股をふんで、一生懸命に萱の中で相撲を取つてゐる。妖幻坊の眷族、幻相坊、幻魔坊を始めとし、沢山の古狸や豆狸が幾百千とも分らぬ程、四辺を取巻いて、二人の相撲見物をやつてゐる。そこへ宣伝歌を歌ひながらやつて来たのは、ランチ将軍に仕へてゐたケースであつた。ケースは……大変な大相撲が広い馬場に始まつてるなア、なんと沢山の見物だ、俺も余り急ぐ旅ぢやないから、一つ見物して行かうか、ロハの相撲なら安いものだ……と蓑笠を脱ぎすて、金剛杖にもたれて、沢山な見物の後の方から伸び上つて、口をあけ「ワハハハワハハハ」と笑ひ興じてゐた。立変り入変り、古狸が初公、徳公を相手に相撲を取つてゐる。けれども初、徳は言ふに及ばず、ケースの目にも人間とより見えなかつた。ケースは俄にどの力士も取口が下手なのに、劫が湧いて堪らず……俺も一つ飛入りでやつてやらう……と早くも着物をそこに脱ぎ棄て、褌をしめ直し、土俵の側に飛出し、ドンドンと四股を踏み鳴らしてゐる。数多の見物は手を叩いて「ワアワア」とぞめいてゐる。ケースは俺が今出たので、何といふ立派な体格だ、彼奴が出たら、此相撲も活気がつくだらうと思うて、田舎者の見物が騒いでゐやがるのだな、ヨーシ、日の下開山横綱のケースが力量をみせてやらう。東から出ようか、西から出ようか……待てよ、東は智慧証覚の優れた者の居る所だ。さうすると、ヤツパリ俺は東の大関と惟神的にきまつてゐる……と独言云ひながら、東の土俵にドスンと腰をおろし、横綱気取で狸の相撲を「アハハハアハハハ」と笑ひながら見てゐる。春とはいふものの、まだ何処ともなしに寒くて仕方がない。一つ相撲でも取組まなくては体温を保つ事が出来ぬ。ぢやと云つて、何うやら三番勝負になつたらしい。さうすると此大関も順が廻つて来るのは日の暮だらう。三役が今頃から裸になつて居つても詰らない。今の内に着物を着て、俺の番が来るまで待たうかな、併しながら一旦大勢の中で赤裸になつたのだから、後へ引返して着物を着て来るのも、力士の体面を恥しめるやうなものだ。ナアニ構ふものか、ここが辛抱だ……と我慢してみたが、体一面に寒疣が出てガタガタ慄うて来る。「此奴ア四股をふみ、体中に力を入れるに限る」と一生懸命に腕を固めドンドンと四股ばかり踏んでゐる。漸く汗がタラタラ流れ出した。併し今の中にこれだけ力を出して了つたら、肝腎の俺の番になつた時は、モウ力の品切れになるかも知れぬぞ。マア暫く休養しようかなア……とドスンと東の力士の席に坐り込んだ。さうすると行司が唐団扇を持つてやつて来た。 行司『モシ貴方は飛び入りで厶いますか』 ケース『ウン、飛込だ』 行司『何と云ふお力士さまで厶います』 ケース『俺は日の下開山、野見の宿禰の再来、摩利支天の兄弟分、谷風、小野川、稲川、雷電為右衛門、出羽の海事梅ケ谷、大錦の丈常陸山勝右衛門だ。体量はウソ八百八十八貫八百八十匁、如何なる者なりとも、此方の褌に手をかけた者は、ルーブル紙幣百円を褒美として遣はす』 行司『ヤア、それは随分偉い力士が来て下さつたものです。勧進元もさぞ満足致しませう。併しながら、それ程お強いお方にはお相手が厶いますまい。誰とお相撲をお取りなさいますか』 ケース『ハハハ誰でもよい。山門の仁王を呼出し、それに霊を吹きかけて、活躍させても苦しうない。それでゆかねば、ゴライヤス、五大力、まだ足らねば、当麻蹴速、それで行かねば、八岐の大蛇に金毛九尾、妖幻坊、誰でもよいから、強いと名のついた奴には相手になつて遣はす』 行司『前以て貴方のやうな力士がお出でになるといふ事が分れば、相手方を願つておくのでしたが、余り俄の事で、一寸困ります。エー此相撲は晴天十日続くので厶いますから、今日はお控へを願つて、明日か明後日あたり、堂々と土俵に上つて貰ふ訳には参りますまいかな』 ケース『折角裸になつたのだ。武士が刀を抜いたら、キツト血を見なくちやをさまらぬと同様に、力士が裸になつた以上は、せめて一番なりと組合はなくては、此儘に下る訳には参り申さぬ。孫悟空でも金角坊でも銀角坊でもよいから、一寸臨時傭うて来てくれないか』 行司『ハイ、それなら直様、飛行機を以て、金角坊さまを願つて参りませう』 ケース『エー、凡そ時間は幾ら程かかるかな。余り遅くなると、こつちも困るのだが』 行司『ハイ半時許りお待ちを願ひます。さうすれば仮令一万里あらうとも、魔法を以て呼寄せます』 ケース『ソリヤどうも有難い、早く頼むぞ。イヤア、腕がなる、此腕の持つて行きどころがないと思うて居つたに、マアこれで俺の男が立つといふものだ。如何に金角坊魔術を使ふとも神力があるとも、此ケース横綱の腕つ節を以て、只一突に土俵の外へ、蛙をブツけたやうに投出し、忽ち大の字を地上に描く大曲芸、此中には随分美人も沢山居る。キツト俺の力量を見たならば惚れるだらう……相撲取を男にもち、江戸長崎国々へ行かんしやんした其後で、夫に怪我のないやうと、妙見様へ精進を……なんて、ぬかすナイスが一ダースや二ダース飛び出すに違ひない。さうすりや俺もチツと困らぬでもないが、其中から互選をさして、最高点者を女房にするのだなア。其上堂々と祠の森を越え、斎苑の館へ、日の下開山の御参拝だ。まだ斎苑の館へは、沢山人は参詣するけれど、日の下開山横綱の力士が参るのは初めてだらう、エヘヘヘヘ、面白うなつて来たぞよ、オホホホホ』 とシクシク原に尻を下し、得意になつて、一人笑壺に入つてゐる。立ちかはり入りかはり、幾十組ともなく、痩せた力士や腹ばかり大きな不恰好な奴が土俵に現はれては、脆くも倒れる可笑しさ。初、徳の二人は尻を紫色に腫らかした儘、かはるがはる土俵へ上つては取組んでゐる。ケースは…… ケース『あの尻の黒い男、消しでもないのに、何遍でも出やがる。其癖余り強い力士ではない。此奴ア怪しからぬ、一つ行司に掛合つて見ようかなア……オイオイ行司、一寸尋ねたい事がある。あの尻の紫とも墨とも分らぬやうな力士、二人に限つて何遍でも取つ組み合せをするぢやないか、あら何うしたものだい。俺だとて彼奴が出られるならば、出られない筈がないぢやないか』 行司『ハイ、あの方は相撲気違ですから、特別に許してあるのですよ。年寄連中も、彼奴は此土地切つての顔役でもあり、力強でもあるから、言ふ通りしておかねば、後が面倒いといふので、相撲道の規則には反きますが、これも地方の状況によつて、止むを得ず取らして居ります。随分強い男でせうがな』 ケース『ウン、相当に強いな、併し外の奴が弱いから強く見えるのだ』 行司『貴方とはどんなものでせうな』 ケース『さうだ、到底相撲にならぬワイ。併しながら、俺も斯うチヨコナンと、見役ばかりしてゐるのも手持無沙汰だから、頼みとあれば、彼奴二人を向ふへ廻し、取つてみてもいい』 行司『ああ左様で厶いますか。それなら、一つ年寄と相談を致します。一寸待つてゐて下さいませ』 と行司は頭取の席に走り行き、何だかブシヤブシヤと話をし、又東の席へ飛んで来て、頭取や年寄と囁き、ケースの前に現はれ、 行司『ヤ、エー、頭取や年寄衆が賛成です。何卒一つ取組んでみて下さい。そして貴方のお名乗は余りお長いやうですが、何とか簡単なお名をつけて頂きませぬかな』 ケース『摩利支天でも仁王ケ岳、ゴライアスでもいいぢやないか』 行司『それなら貴方は浮木の森と云ふ名を付けたらどうでせう』 ケース『ウン、そら結構だ、どうぞ頼むよ』 行司『ハイ』 と行司は答へて、土俵に上り、唐団扇をふつて、 行司『東イ浮木の森、西イ負田山並に転田山ツ、二人一度に日の下開山、浮木の森に消しがかり』 見物は雨霰の如くピシヤピシヤピシヤと手を拍ち、各自に狸の腹鼓をうつて、ワアワアと喚き立てた。初、徳の両人は、 初、徳『ヤア面白い、新手が来よつた、俺達両人は彼奴を十六俵の土俵の外へ投出し、大喝采を受けねばなるまい。馬鹿らしい、二人も一緒にかかるのは、一人に限るよ』 と囁きながら、土俵に上る。先づ初公は西方に現はれ、四股踏みならし、砂を手に掬うて体にぬりつけ、両方から猫の狙ふやうな調子で呼吸をはかつてゐる。行司は「ヤツ」と団扇をひいた。ペタペタペタと四つに組んだが、何だか負田山の体がヌルヌルしてゐて臭くて堪らない。されど大法螺を吹いた手前、此奴を倒さねば男が立たぬと、ケースは一生懸命に押して行く。糞まぶれの一方の体はヌルヌルと鰌の如く鰻のやうに辷る所へ、スカシをくつて、土俵の中央へ、うつ向けに倒れ、口に砂を一杯頬張り、歯から血が滲み出した。行司は団扇を西の方へ上げた。見物は一度にワアイワアイと喚く。ケースはむかついて堪らず、死物狂となつて、四本柱を引抜き、縦横無尽に負田山、転田山の二人に向つて打ちかかる。二人も亦同じく柱を引抜き、前後左右に荒れ狂ひ、遂には力尽きて三人其場にドツと倒れて了つた。彼方にも此方にもポンポンポンと鼓の声、これは沢山の豆狸が腹鼓を打つて笑ひながら、各古巣へ帰り行く声であつた。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一松村真澄録) |
|
79 (2541) |
霊界物語 | 51_寅_浮木の森の曲輪城 | 18 糞奴使 | 第一八章糞奴使〔一三三三〕 ガリヤ『文明花発三千国 道術元通九万天。 時節花明三月雨 風流酒洗百年塵。 黙然坐通古今 天地人共進退。 片々霊碁一局 家々灯天下花。 北玄武従亥去 東青竜自子来。 去者去来者来 有限時万邦春』[※読み下し例:文明の花は三千国に発(ひら)く/道術の元は九万の天に通ず/時節の花は三月の雨に明らかなり/風流の酒は百年の塵に洗ふ/黙然と坐して古今に通じ/天地人共に進退す/片々の霊碁一局/家々の灯り天下の花/北の玄武亥より去り/東の青竜子より来たる/去る者は去り来たる者は来たる/有限の時万邦の春] と救世教主の詠んだ詩を吟じながら朧月夜の光を浴びて、草鞋脚絆に身を固め、蓑笠金剛杖の扮装にてやつて来たのは、ランチ将軍の副官たりしガリヤであつた。道の傍に新しき墓が沢山に並んでゐる。ガリヤは陣中に於て浮木の森のマリーと云ふ妙齢の美人に慕はれ、滞陣中は間がな隙がな密会を続けて居た。マリーとの関係がついたのは、ランチ将軍が命令を下して、四辺の女は老幼の区別なく残らず引捕へて陣中に連れ行き、炊事其外の軍務に就かしめむためであつた。此時ガリヤは其役目に当つて、マリーの家にふみ込み来り老人夫婦に、 ガリヤ『此村の女は残らず軍務に徴集さるべし。就いては炊事のみならず、数多の猛悪なる兵士に凌辱を受くる惧あれば、今宵の中に女は残らず逃げ去れ』 と親切に云つて呉れた。マリーの父は此村の里庄であつた。直ちに村に其由を内通し、勝手覚えし山道を辿り、或は小北山又は思ひ思ひにパンを負うて山林に身を隠したのである。マリーは、ガリヤの親切な計らひによつて、村中の女は危難を救はれたのだ、自分は、 (マリー)『村中の女を代表し人身御供に上つても構はぬ。況んやバラモンの軍人とは云へ、之位やさしき武士が何処にあらうか。自分も夫を持つならば斯様な武士と添ひ度いものだ……』 と妙な処へ同情を起し、早くバラモン軍が自分を捕縛に来てくれまいかと、両親の止めるのも諾かず只一人家に待つてゐたのである。そして幸ひに此マリーの家はガリヤの宿所と定められたのである。ガリヤは他の同僚が一人も女を連れてゐないのに、自分のみ女を侍らして居つては将軍の手前は如何と気遣ひ、倉の中に忍ばせて隙ある毎に密会を続けてゐたのである。然るにマリーは身体日に日に痩衰へ、遂には鬼籍に入つた。そこでガリヤは夜密かにマリーの死骸を此墓所に葬り、目標を建てて置いたのである。俄に適当な目標もないので外の墓の石を逆様に立て、何時か時を見て立派に祀つてやらうと思つてゐる矢先、治国別に帰順したのである。ガリヤはクルスの森で百日の薫陶を受け、それよりテームス峠に於て、又もや第二回の薫陶を授かり、治国別の添書を得て、ケースと共に斎苑の館へ修業に行く途中であつた。彼は一度マリーの墓に詣り弔つてやらねばならぬ、それにはケースと同道しては都合が悪いと思つたので、 ガリヤ『一寸其辺まで芋を埋けに行つて来る、君は一足先へ行つてくれ、何れ浮木の森で追付くから……』 とうまくケースをまいて自分は谷川に入り、水をいぢり或は蟹を追ひかけ等して日を暮し、東の空からボンヤリとした月の出たのを幸ひ、此処までやつて来たのである。ガリヤはマリーの墓に近づき、涙ながら述懐して云ふ。 ガリヤ『水色の月光は流れ 真青に墓は並び立つ ああされどマリーの君よ 君は情焔の人魚に非ず 死を願ひつつ墓を抱き 吾を見捨てて遠く行きましぬ 後に残りし吾身は 潛々と涙を濺ぐ 君の心の紅絹は ガリヤの心を巡り やがて桃色の雰囲気は あたりを包む されど青き墓は 地に影さへも動かさず 君の姿のみ幻の如く月にふるひぬ ああ花は半開にして散りぬ 惜しむべきかな桃色の頬 月の眉、雪の肌 一度見まく欲りすれど 一度君に会はまく欲りすれど 今は詮なし諸行無常 是生滅法生滅々已 寂滅為楽頓生菩提と 弔ふ吾を 仇には棄てな桃色の君よ』 と慨歎久しうし、形ばかりの墓場に涙を濺ぎ、残り惜しげに墓場を辞し、又もや宣伝歌を歌ひながら、風薫る朧夜の月を浴びて進み行く。 ガリヤ『四方の山々春めきて吹き来る風も暖かく 今を盛りと咲き匂ふマリーに似たる桃の花 三月三日の今日の宵瑞の御霊の御教を 頸に受けてトボトボと天津御空に照りもせず 曇りもやらぬ春の夜の朧月夜の風光に 如くものなしと誰が言うた吾は心もかき曇り 朧の月を眺むれば千々に物こそ思はるれ 嘆ち顔なる吾涙乾く暇なき夜の旅 定めなき世と云ひながら花を欺くマリー嬢 吾を見捨てて墓を越え幽冥界に旅立ちぬ 悔めど帰らぬ恋の仲神や仏は坐さぬかと 思はず知らず愚痴が出る汝をば慕ふ吾心 仇に聞くなよマリー嬢向ふに見ゆるは浮木の里か 印象益々深くして恋に逍ふ益良夫の 心の空は烏羽玉の暗夜とこそはなりにけり ああ惟神々々御霊幸はひましまして 惑ひ来りし恋雲を晴らさせ給へ三五の 皇大神の御前に謹み敬ひ祈ぎまつる 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 大地は仮令沈むとも星は空より落つるとも 神に任せし此体三五教の御為に 尽さにや置かぬ益良夫のひきて返らぬ桑の弓 弥猛心を何処までも貫き通す神の道 進ませ給へ惟神神の御前に願ぎまつる』 と歌ひながら椿の花咲く木蔭までスタスタやつて来た。 ガリヤは椿の下の天然の石のベンチに腰を打掛け、火打を取出し煙草を燻べながら、浮木の森の彼方を眺め感慨無量の息を洩らしてゐる。 ガリヤ『有為転変は世の習ひ、変れば変るものだな。僅か四ケ月以前にはバラツク式の陣営が沢山に建て並べられてあつたが、何時の間にやら、大なる城廓が建つてゐるやうだ。はて、何人の住宅であらうか。合点の行かぬ事だな』 と独語ちつつ目をつぶつて考へ込んでゐる。何だか間近の方から人声が聞えて来る。ガリヤはツと立つて人声を当に月に透かしながら探り寄つた。見れば三人の男が萱の茂つた中に真裸となつて四這となり、思ひ思ひの事を囀つてゐる。 ガリヤ『はて不思議だ。春とは云へど夜分はまだ寒い。それに何ぞや、斯様な萱草の中に荒男が而も三人、何をして居るのだらう。ハハア大方、浮木の森の豆狸につままれよつたのだらう。一つ気をつけてやらねばなるまい』 と思つたが、又思ひ直して、 ガリヤ『待て待て彼等三人の言ひ草を聞いてから、何者だと云ふ事の、凡その見当をつけてからでなくては、如何なる災難に遇ふかも知れない。まづ凡ての掛合は相手を知るが第一だ』 と思ひ直して杖にもたれて覗く様にして考へ込んでゐた。 裸の一(裸の男一)『おい、転田山、あの摩利支天と云ふ奴、口ほどにない弱味噌だな。俺の反にかかりやがつて、土俵のド中央にふん伸びた時の態と云つたらなかつたぢやないか』 裸の二(裸の男二)『貴様は負田山だと名乗つてゐるが妙に強かつたぢやないか。大方向ふが力負したのかも知れないのう』 裸の男一『馬鹿云へ。俺が強うて向ふが弱かつたのだ。弱いものが負けると云ふのは何万年経つたつてきまつた規則だ。然し、彼奴は吃驚しやがつて雲を霞と逃げたぢやないか』 裸の男二『ナーニ、そこに居るぢやないか。アー、臭い臭い貴様、屁を垂れやがつたな。俄に臭くなりやがつたぞ』 裸の男一『馬鹿云へ、貴様も臭いわ。最前から何だか臭いと思つたが、よう考へりや相撲に呆けて忘れて居たが、古狸に撮まれて糞壺へ貴様と俺とが落ち込み、椿の下の泉で衣服を洗ひ、木に掛けて乾かす間に、寒さ凌ぎに相撲を始めたぢやなかつたかね』 裸の男二『ウン、さう云ふと、そんな気も……する様だ。此体が臭いのは洗ひが足らなかつたのに違ひないぞ。何程雑兵だと云つても、こんなに臭い筈はないからな』 裸の三(裸の男三)『こりや、二人の奴、貴様は狸に騙されよつたのだな。馬鹿だな』 裸の一(裸の男一)『アハハハハハ、あれ程沢山の相撲取や見物が来て居つたのは皆狸だ。オイ何処の奴か知らぬが、弱相撲、貴様だつてヤツパリ騙されて居つたのだよ』 裸の三(裸の男三)『馬鹿云へ。俺は貴様と相撲とつたのだ。貴様こそ狸を相手に挑み合つてゐたのだよ。あれほど沢山居つたが、人間はただの三人より居なかつたと見える。本当に馬鹿の寄合ひだな。オイ、貴様の本名は何と云ふのか。負田山、転田山では、テーンと分らぬぢやないか』 裸の男一『俺の本名が聞きたくば、貴様から名告れ、そしたら云ひ聞かしてやらう』 裸の男三『俺の名を聞いて驚くな。バラモン軍のランチ将軍が副官ケースの君だぞ』 裸の男一『何だ、そんな肩書をふり廻したつて今時通用しないぞ。某こそは三五教の未来の宣伝使初公別命だ。もう一人は徳公別命だぞ』 ケース『お名を承はりまして初めて呆れ返りました。如何にも下賤愚劣のお方で厶るな』 初『きまつたことだ。神変不思議の力を有する、何うしても解せぬ男だらう。酒を飲めばグレツく事は天下の名人だ。小北山の初公と云ふより下賤愚劣と云つた方が、よく通つてるからな、アハハハハ』 ガリヤは、 ガリヤ『ハハア、ケースの奴、狸にチヨロまかされ相撲とりよつたのだな。そして糞壺へはまつた奴と取組みよつたと見える。何だか臭くなつて来たぞ。一つ大声を出して呶鳴り、眼を醒してやらなくちや駄目だ』 と云ひながら臍下丹田に息をつめ(大声)『ウー』と発声した。三人は猛獣の襲来かと早合点し、赤裸の儘ノタノタと這ひ出し、何れも云ひ合した様に椿の根元に集つて了つた。 ガリヤ『オイ、お前はケースぢやないか。拙者はガリヤだ。何だ、こんな処へ赤裸になりよつて……』 ケース『ウン、兄貴か、もう一足早く来ればよかつたにな。大変狸相撲がはづんでゐたよ、アハハハハ』 初『エヘヘヘヘ』 徳『臭い臭い臭い、ウツフフフフ、糞面白うもない。糞にされて了つた』 ケース『揃ひも揃つて臭い野郎だな』 ガリヤ『アハハハハ、ああもう夜が明けた』 三人は泥まぶれの顔をして其処等を見まはした。糞まぶれの着物は異様の臭気を放ち、傍の青木の枝に烏の死んだのを水に漬けた様な形になつてブラ下つて居る。椿の下の清泉は……と覗いて見れば臭気紛々たる肥壺であつた。金色の蠅がブンブンと四人の顔を目標に襲撃し、目をせせつたり鼻の穴へ潜伏したり、口の角などを頻りにいぢり出した。 『此奴ア堪らぬ』 とガリヤ及び三人の裸は一生懸命に北へ北へと逃げて行く。 (大正一二・一・二七旧一一・一二・一一北村隆光録) |
|
80 (2563) |
霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 16 水車 | 第一六章水車〔一三五二〕 文助は久し振に会うた二人の子供を引連れて、八衢の関所に進まむとしたが、何うしても二人の子供は其時に限つて体が磐石の如くになり、動く事が出来なかつた。之は産土の神の取計らひによつて、かくなつたのである。文助が一念悔悟の上は大神より直接に産土神に伝へられ、それより各霊の安住所に導かるる事になつてゐるが故である。文助も吾子の側に暫くなりと居りたかつた。されど何者にか後より押さるる様にあつて、次第々々に遠ざかり行く。僅に後ふりかへつて茲に親子三人は悲しき別れを告げた。 文助は只一人、トボトボ薄の穂にも怖ぢ恐れながら、西北をさして機械的に進み行くと、ドンと行当つたのは水車小屋であつた。俄に空腹を感じたので、水車小屋に立寄つて食物を乞はむと門口に訪へば豈図らむや、自分の生前に仕へて居た実父母が、粉まぶれになつて働いてゐた。文助は驚いてよくよく其顔をすかし見た。老夫婦も亦文助の顔を穴のあく程睨んでゐる。やや暫し互に首をかたげ沈黙の幕がおりた。此二人は冬助、おくみと云ふ文助の両親である。十年許り前に現界を去つてここに第二の新生涯に入り、水車小屋の主となつてゐたのである。 冬助『お前は伜の文助ぢやないか』 文助『はい、左様で厶ります。貴方はお父さま、お母さま、どうしてマア、こんな処で斯様な事をして居られますのか。チツとも合点が行きませぬ』 冬助『ここはお前の目では何う見えるか知らぬが、大変な処だよ。お前の為に吾々夫婦は天国の団体から下されて、賠償的労働に従事してるのだよ』 文助『ここは水車小屋では厶りませぬか。ヤツパリ霊界に於ても現界同様に水車小屋があるのですかな』 おくみ『お前は若い時から随分我の強いヤンチヤ男で神様の事は少しも耳に這入らず、其天罰で到頭目を病み、種々雑多と手を尽した揚句、しよう事なしに神様の道を信仰する様になつたのだ。併しながら三つ児のくせは百迄と云つて、持つて生れた我情我慢は容易に直らず、ウラナイ教や三五教の取次をして受付に頑張り、いろいろと脱線的教理を伝へたものだから、お前の為に地獄へ迷うて来るものは何程あるか知れぬ。そして不思議な事には、お前の導いた連中は皆此道を通るのだ。お前は沢山の人間を地獄に導いた科によつて、地獄の苦しみを受けねばならぬ処だ。それを親として如何して黙つて見て居る事が出来ようか。親となり子と生れるのも皆深い因縁があつての事だ。それ故自分は下層天国の天人の団体に加へられ夫婦が楽しい生活を送つて居つたが、お前が現界に於て神様のお道の邪魔を致して居るがために、大勢の者が地獄に堕ち行き、子や孫に至るまで中有界に迷うと云ふ事を、エンゼルから聞いたによつて、せめては子の罪を軽くしてやりたい、又世間の人間を一人でも助けて吾子孫の罪を軽くしたいと思うて、神様にお願ひ致し、此荒野ケ原の中央に水車小屋を建てて此通り艱難苦労をしてるのだ。ここを通る旅人は大抵偽宣伝使の教によつて迷うて来るものが多い。自分の息子も其一人だから、何卒吾々夫婦が犠牲になつて、皆様の罪を洗ひ清め、天国へ上らし度いと思ひ神様にお願ひすれば、沢山の亡者の罪穢れ垢等が吾等夫婦の体に堆高く集まり来り、どうしても落ちないので、夫婦が互に搗臼の中に体を沈め、地獄以上の苦みをして皆様のために霊を研いて居るのだ』 とばかりワツと泣き伏す。文助は父母の恩の何処迄も限りなきを感謝し、只両手を合して泣きじやくりするのみであつた。 文助は水車小屋の中へ這つて見れば大きな二つのつぼがあつて、そこには縦柱の杵が二本互に臼を搗いてゐる。ここは両親が替はる替はる臼の中へ這入つて此柱杵に体の垢を摺り落される修行場である。米や麦を搗く水車とは余程趣が変つてゐる。併しながら、トントンと臼搗きする毎に何処ともなしに白い粉が立つて二人の体は灰を被つた様になつて居た。文助は両親の手を曳き形ばかりの小さい居間に座を占め、両親に向つて心の底から天津祝詞を奏上し、神に謝罪した。そして、 文助『自分が両親に代り水車の苦業を致しますから、両親や吾子を助けて頂きたい』 と熱涙を流して祈願を凝らした。両親は又一生懸命に、 両親『吾々は仮令如何なる苦労を致しましても、少しも厭ひませぬ。何卒吾子の文助や孫が天国に救はれます様に……』 と一心不乱に涙と共に祈つてゐる。そこへ宙空を照して此場に下り来る大火団があつた。火団は忽ち五色の色と変じ、其中より容色端麗なる美人が現はれた。之は初稚姫の聖霊である。親子はハツと頭を下げ、 冬助『何れのエンゼルか存じませぬが、此穢るしい冬助の処へ御降臨下さいまして有難う厶ります。就いては如何なる御用で厶りますか、承はり度う厶ります』 初稚姫『妾は高天原の霊国よりの命によつて、只今此処に現はれたエンゼルで厶ります。冬助、おくみの両人が世人を思ひ吾子孫を思ふ真心が天に通じ、子孫の罪を許され愈もとの天国へ帰らるる事となりました。さア御夫婦殿、妾に跟いてお出でなさいませ、妾は三五教の初稚姫で厶りますよ』 おくみ『何とも申し上げやうのない有難い事で厶ります。併しながら吾々夫婦は如何なる苦労を致しましても少しも厭ひませぬ。何卒伜の文助を天国に救うて下されば、吾々が救はれたよりも何程有難いか知りませぬ。何卒其お取計らひを願ひ度う存じます』 初稚姫『其願は尤もなれども、神界の規則は動かす事は出来ませぬ。此文助殿はまだ現界に於て尽すべき仕事も残つて居りますれば、再び八衢の関所まで送り、それより現界に返さねばならぬ事となつてゐます。貴方等は先に行つて天国の生涯を送り、子孫の上り来るをお待ちなさるが宜しい』 冬助『然らば仰せに従ひ、冬助お供に仕へませう』 文助『有難う厶ります。何分両親を宜しくお願ひします。私は両親に倣ひ此水車小屋で修行をさして頂きませう』 初稚姫『神の言葉に二言は厶らぬ。貴方は八衢に向つてお進みなさい。冬助殿、おくみ殿、さア参りませう』 と云ふより早く紫の雲に包み、三個の火団となつて東南方をさして、宙空を掠めて立去り給うた。文助は此姿を見送つて両手を合せ、感謝の涙にうたれてゐる。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四北村隆光録) |