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霊界物語 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 15 団子理屈 第一五章団子理屈〔四〇八〕 三五の月は昇れども、山と山との谷間は、黒白も分かぬ真の暗、空せまく地狭き谷底に、三人の宣伝使は端坐し、首ばかり動かし居る折柄、何処ともなく虎狼の唸るやうな声、木霊を響かせ聞え来る。 声『ウーオー』 駒山彦『イヤー虎か狼か、どえらい声が聞えて来た。淤縢山津見さま、神言でも上げませうか』 淤縢山津見『ヤー、仕方がない、神言を奏上しませう』 照彦『カヽヽ神を松魚節に致す宣伝使、かなはぬ時の神頼み、「神言でも」とは何だ。それでも宣伝使か、でも宣伝使。稜威輝くてるの国、珍はてるてるはる山曇る、オツトドツコイ淤縢山くもる、駒山彦は雨降らす、雨は雨だが涙の雨だ。かなしさうな其面つき、仮令からだは八つ裂になつても、神のためなら、チツトもかまはないと言ふ覚悟がなくて、誠の道が開けるか、カラ魂のさかしら魂、神の心も推量して呉れても宜からう。少しの艱難辛苦に遭うても、尻を捲つて雲をかすみと逃げ行く宣伝使、からすのやうな黒い魂で誠の神をかついで、勝手なねつを吹き歩くがとう虫奴が。かてて加へて蟹が行く横さの道を歩みながら、吾程誠の者はない、誠一つが世の宝、誠をつくせ、真心になれと、かたる計りの宣伝使。 からすのやうに喧ましい蚊々虎さまの素性も知らず、軽い男と侮つて、汗かき、耻かき、頭かき、かばちの高い、カラ威張りの上手な神の使ひ、カラと日本の戦があるとは、汝らが御魂の立替へ立直し、今までのカラ魂を、オツ放り出して、水晶の生粋の日本魂に立替へいと申すことだ。喧しいばかりが宣伝使でないぞ。改心いたせばよし、どこまでも分らねば、神はモウ一限りに致すぞよ。何程気の長い神でも、愛想が尽きて、欠伸が出るぞよ』 駒山彦『カヽヽ叶はぬ叶はぬ、勘忍して下さいな。是から改心致しますから、モウ吾々の事に構ひ立てはして下さるなよ。かいて走るやうな掴まへ処のない意見を聞かされて、アヽ好い面の皮だ』 照彦『キヽヽ貴様は余程しぶとい奴、此方の申すことが気に入らぬか。奇怪千万な駄法螺を吹き廻つて、良い気になつて気楽さうに、宣伝歌を歌ひ、気まぐれ半分に、天下を廻る狼狽者、気抜け面して、気が利かぬも程がある。鬼門の金神現はれて善と悪とを立別る。鬼畜のやうな、気違ひ魂の宣伝使は、世の切り替にキツパリと取払ひ、根から葉から切つて了ふぞよ。貴様の気に入らぬは尤もだ。ひどい気強い鬼神のやうな言葉と思ふであらうが、よく気を付けて味はうて見よ。きくらげのやうな耳では神の誠の言葉は聞き取れまい。気が気でならぬ神の胸、いつまでも諾かねば諾くやうに致して諾かして見せうぞよ。汚ない心をさつぱり放かして、誠の神心になり、万事に対して機転を利かし、心配り、気配りの出来ぬやうな事では、気の利いた御用は到底勤まらぬぞよ。きなきな思はず気に入らいでも、歯に衣を着せぬ神の言葉、是から気張つて気分を改め、気不性な心を立直し、気随気儘をさらりと放かし、神と君とに誠を尽し、気六ツかしさうな面をやはらげ、心を決めて荒胆を練り、キヤキヤ思はずキユウキユウ苦しまず、心を清め身を浄め、誠の神に従へば気楽に道が拡まるぞよ。キチリキチリと箱さした様に行くぞよ。神を笠に着るなよ。抜刀や刃物の中に立つて居る様な心持になつて、油断を致すな。窮まりもなき神の恩、万の罪咎も神の光りに消え失せて、身魂は穏かに改まり、さうした上で始めて三五教の宣伝使だ。どうだ、分つたか』 駒山彦『キヽヽ気が付きました。気張つて気張つて是から早く改心を致します。此気味の悪い谷底で、奇妙奇天烈な目に逢うて気を揉まされて、何たるマア気の利かぬ事だらう。神の気勘に叶うた積で、気張つて気張つて心配り気配りして、此処まで勤めて来たのに、思ひがけなき気遣ひをさされた。サア、もうキリキリと決りをつけて、来た道へ帰らうかい。淤縢山津見さまも何だ、一体気の小さい、おどおどとして顫うて居るぢやないか。ナント膽玉の弱い男だな。こんな所に長居をすると、猿の小便ぢやないが、先のことが気にかかるワ』 淤縢山津見『きまりの悪い、不気味な態でキツウ膏を搾られました。際どいとこまで素破抜かれて、アー俺も気が気ぢやないワ。ドウデ吾々は神様の気に入るやうな宣伝はできては居らぬからなア』 照彦『クヽヽ苦労なしの、心の暗い暗雲の宣伝使』 駒山彦『モシモシ、クヽ暗がりにそんな下らぬ事を、モヽモウ是位で止めて下さい』 照彦『苦しいか、苦面が悪いか、臭い物に蓋をしたやうに隠し立てしても、何程クスネようと思うても、四十八癖のあらむ限りは改めてやるぞ。下らぬ理屈を口から出放題、グヅグヅグデグデとクドイ理屈を捏並べ、一つ違へばクナクナ腰になつて、一寸した事でも苦にするなり、委しき事も知らずに、喰ひ違つた御託を並べ立て、九分九厘で覆るの覆らぬの、一厘の仕組をくまなく悟つたの、汲み取つたのと、そりや何の囈語、汲めども尽きぬ神の教、大空の雲を掴むやうな掴まへ所のない、駄法螺を吹いたその酬い、悔し残念をコバリコバリ、今までの取違ひを悔ひ改め、クヨクヨ思はずに神の光を顕はし、闇黒の世を照し、また来る春の梅の花、開く時を呉々も待つがよいぞよ。クレンと返る神の仕組、苦労の花の開く神の道、委しいことが知りたくば、悔い改めて神心になれ。噛んでくくめるやうに知らして置くぞよ』 駒山彦『クヽヽクドクドしいお説教、モヽ分りました分りました、結構で御座います。決して決してモウ此上は取違ひは致しませぬ。何卒これで止めて下さいませ、さうして吾々三人の身体を自由になるやうにして下さい』 照彦『ケヽヽ結構々々とは何が結構だ。毛筋の横巾も違はぬ神の教だ。決心が第一だ。道を汚してはならぬから、神が気もない中から気を付けるのだ。怪体な心を取直し、ケチケチ致さず、神心になつて居らぬと、獣の身魂に欺されて、尻の毛まで一本もないやうにしられるぞよ。嶮しき山を上り下りしながら、毛を吹いて疵を求めるやうな其行り方、従者を連れたり、女を伴れたり、そんな事で神の教が拡まるか、毛虫よりも劣つた宣伝使』 駒山彦『ケヽヽ怪体なことを言ふ神だな。淤縢山さま、如何しよう。耳が痛くつて、面白くもない、コンナ目に遇はされやうと思うたら、宣伝に廻つて来るぢやなかつたに、アヽ何と宣伝使は辛いものぢやなア。毛色の変つた照彦のやうな男が来るものだから、コンな怪体な谷底で、眉毛を読れ、鼻毛を抜かれ、尻の毛まで抜かれるやうな、怪しからぬ目に遇うて、谷底へ蹴落されて、けがしたよりも余程つまらぬ目に遇ふのか。お前さまは頭が坊主だから、けがなくてよからうが、駒山彦は二進も三進もならぬ目に遇うて、困り切つてゐるワイ』 照彦『コヽヽ駒山彦、何を言ふか、乞食芝居のやうに、男女七人連にてゴテゴテと、此処彼処ゴロツキ廻る宣伝使、神は勘忍袋が破れるぞよ。此世の鬼を往生さして、神、仏事、人民を悦ばす神の心、耐へ忍びのない心の定まらぬ、破れ宣伝使が何になるか。梢に来て鳴く鶯でも、春夏秋冬はよく知つて居るに、応へたか、此方の云ふ事が分つたか。コツコツと角張つたもの言ひをしたり、ゴテゴテと小理屈を捏ねたり、事に触れ物に接し、下らぬ理屈を捏ね廻し、人の好まぬ事を無理に勧め、怖がられて強い物には媚び諂ひ、後先真暗の神を困らす駒山彦の宣伝使、米喰ふ虫の製糞器、菰を被つた乞食のやうに、一寸の苦労に弱音を吹き、泣き声をしぼり、モウこいつあ叶はぬ、宣伝はコリコリだと弱気を出したり、怖い顔して威張つて歩く狼狽者の得手勝手なねつを吹くお取次ぎとは、おどましいぞよ。鬼も大蛇も狼も恐れて、尾を振つて跣足で逃げる、イヤ逃げぬ、心の小こい腰の弱い困り者の駒山彦の宣伝使』 駒山彦『サヽヽ囀るない、サツパリ分らぬ事を喋り散らしよつて、態が悪いワイ。逆捻に俺の方からちつと囀つてやらうか、余り喋ると逆トンボリを打たねばならぬぞよ。先にある事を世界に知らす、三五教の悟りのよい流石は宣伝使だ』 照彦『サヽヽ騒がしいワイ』 駒山彦『アヽヽ五月蝿いなア、サツパリ油を搾つて了ひよつた。さてもさても残念なことぢや』 照彦『サアサアサア是からだ。賽の河原で石を積む、積んでは崩す積んでは崩す気の毒な尻の結べぬ宣伝使。月は御空に冴え渡れども、心は暗き谷の底、足許は真暗がりで谷底へ逆トンボリを打たねばならぬぞよ。神の申すことを逆様に取るとはソリヤ何の事、先へ先へと知らす神の教、先の知れぬ宣伝使が、神を審神するといふ探女のやうな、御魂の暗い奴、酒と女に魂を腐らし、やうやう改心致して俄宣伝使になつたとて、サヽそれが何豪い。差添の種ぢやと威張つて居るが、何も彼も差出の神か、イヤ狸だ。流石の其方も神の申す今の言葉、指一本指す事は出来まい。早速開いた口は閉まろまいぞよ、沙汰の限りぢや。サタン悪魔の虜となつても、サツチもない事を触れ歩き、偖も偖も悟りの悪い二人の宣伝使、蚕のサナギのやうに、一寸の事にもプリンプリン尾を振り頭を振り、盲目滅法の審神を致し、本守護神だ、正副守護神だと騒ぎ廻り、日本御魂の両刃の剣はサツパリ錆刀。探り審神者の向ふ見ず、様々の曲津に欺かれ、えらい目にあはされながら、まだ目が醒めぬか。之でも未だ未だ我を張るか。偖もさもしい心だのう。塞ります黄泉彦神の曲の使を信じ、よくもよくも呆けたものだ。今からさらりと我を折りて、慢心心を洗ひ去り、各自に吾身を省みて、猿の尻笑ひを致すでないぞ。耻を曝されて頭を掻くより、褌でもしつかりとかけ。騒ぐな、囀るな、冴えた心の望の月、サアサア淤縢山津見、駒山彦、神の申す事がチツトは腹に入つたか』 駒山彦『シヽヽヽしぶいワイ。うかうか聞いてをれば面白くもない、こんな谷底でアイウエオ、カキクケコの言霊の練習をしよつて、余り馬鹿にするない。言霊なら俺も天下の宣伝使ぢや、負けはせぬぞ。言ふ事はどんな立派な事を言つても、行ひは照彦ぢやで、さう註文通りには行くものぢやない。スカ屁を放つた様な事を吐しよつて、せんぐりせんぐりと、ソヽヽそろそろと棚おろしをしやがつて、チヽちつとも応へぬのぢや。ツヽ詰らぬ事を、テヽヽ手柄さうに、トヽヽ呆けやがつて、ナヽヽ何を吐しやがるのだ。ニヽヽ憎つたらしい、ヌヽヽ抜けたやうな声で、ネヽヽ根も葉もないやうな事を、ノヽヽ述べ立て、ハヽヽ腹が承知せぬワイ。ヒヽヽ昼ならよいがコンナ暗の夜に、フヽヽ悪戯た事を、ヘヽヽ屁のやうに、ホヽヽ吐きよつて、マヽヽ曲津神奴が、ミヽヽみみず奴が、ムヽヽ虫ケラ奴が、メヽヽ盲目奴が、モヽヽ百舌の親方奴が、ヤヽヽ八ケ間しい、ややこしい、イヽヽ嫌な事をユヽヽ云ひよつて、エヽヽ得体の知れぬ、ヨヽヽ黄泉神奴が、ラヽヽ埒もない、リヽヽ理屈を捏ねよつて、ルヽヽ類を以て曲津を集めよつて、レヽヽ連発する、ロヽヽ碌でなしの世迷言、ワヽヽ分りもせぬ、イヽヽいやらしい、イケ好かない事を、ウヽヽ呻り立て、エヽヽエー、モー恐ろしい処か、をかしいワイ。お化の大蛇の神憑奴が』 照彦『シヽヽ』 駒山彦『またシーやつてけつかる。縛つてやらうか、虱の守護神奴が』 照彦『シヽヽ思案して見よ、虱の親方、人の血を吸ふ毛虫の駒山彦、執念深い宣伝使、修羅の巷に踏み迷ひ、後先見ずの困つた駒山彦。叱られる事が苦しいか、叱る神も随分苦しいぞ。シカと正念を据ゑてシツカリ聞け。敷島の大和の国の神の教に、シヽヽ如くものはないぞ。醜の曲津に誑らかされ、汝が仕態は何事ぞ。獅子、狼の様な心をもつて、世界の人間が助けられるか、至粋至純の水晶の心になれ。下の者を大切に致せよ。しち難かしい説教を致すな。シツカリと胸に手をあて考へて見よ。一度は死なねばならぬ人の身、死んでも生き通しの霊魂を研けよ。屡々神は諭せども、あまり分らぬから神も痺をきらして居るぞよ。しぶといと言うてもあんまりだ。終ひには往生致さねばならぬぞよ。シミジミと神の教を考へて見よ。腹帯をシツカリ締めて掛れよ。霜を踏み雪を分けて世人を救ふ宣伝使、知らぬ事を知つた顔して、白々しい嘘言を吐くな。尻から剥げるやうな法螺を吹くな。知ると言ふ事は神より外にないぞよ。天地の事は如何な事でも説き明すとは、何のシレ言、困つた代物ぢや。嗄れ声を振り立てて神言を奏上したとて、天地の神は感動致さぬぞよ。身魂を研けよ、身魂さへ研けたなら、円満清朗な声音が湧いて来るぞよ。強ひて嫌なものに勧めるな。因縁なきものは時節が来ねば耳へ入らぬ。修身斉家、治国平天下の大道だと偉さうに申して居れど、吾身一つが治まらぬ、仕様もない宣伝使、何が苦しうてシホシホと憔悴れて居るか。荒魂の勇みを振り起して、モツト勇気を出さぬかい』 駒山彦『シヽヽシツカリ致します。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の、声聞く時は哀れなりけり、だ。えらい鹿に出会してしかられたものだい』 淤縢山津見『ヤア、拙者は脚が起つた、身体が自由になつた、大分に魂が研けたと見えるワイ。いやもう何れの神様か存じませぬが、よくもまあ結構な教訓を垂れさせられました。屹度之から心を入れ替へて、御神慮のある処を謹しんで遵奉致します』 駒山彦『ヤア淤縢山さま、脚が起ちましたか、アヽそれは結構だ。吾々はまだビクとも致しませぬ、胴が据つたものですな』 淤縢山津見『貴方は最前から聞いて居れば一々神様に口答へをなさる、貴方は発根からまだ改心は出来て居ない。改心さへ出来たならば吾々の様に、神様は脚を起たして下さいませう。何卒早く屁理屈を止めて改心して下さい』 駒山彦『カヽヽ改心と言つたて、照彦の様な奴さまに憑つて来る様な守護神の言ふ事が、如何して聞かれるものか、神霊は正邪賢愚に応じて憑依されるものだ。大抵此肉体を標準としたら、神の高下は分るでせう』 照彦『スヽヽ直様、淤縢山津見は脚が起つたをきりとして、カルの国に進んで行け。道伴れは決してならぬ』 淤縢山津見『仰せに従ひ改心の上、直様参ります。今まではえらい考へ違ひを致して居りました』 照彦『一時も早く、片時も速に此場を立去れ』 駒山彦『アヽ淤縢山さま、それはあまり得手勝手だ。自分は脚が起つてよからうが、吾々の様な脚の起たぬ者を見捨てて行つても、神の道に叶ひませうか。朋友の難儀を見捨てて何処へ行くのです。神の道は、親切が一等だと聞きました。それでは道が違ひませう』 照彦『駒山彦の小理屈は聞くに及ばぬ、早く起つて行け。駒山彦の改心が出来るまで、此方が膏を搾つてやらうかい』 淤縢山津見は徐々と此場を立ち去らむとする時、三五の明月は山頂に昇り、細き谷間を皎々と照せり。淤縢山津見は此月光に力を得、宣伝歌を歌ひながら谷道を伝ひて、もと来し道を下り行く。 (大正一一・二・一四旧一・一八森良仁録)
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(1479)
霊界物語 10_酉_黄泉比良坂の戦い 09 尻藍 第九章尻藍〔四三九〕 一時千金花の春、金勝要大神の御分霊言霊姫命の鎮まり給ふ常世国、山野は青く春姫の、百機千機織成して、緑紅白黄色、花咲き乱れ百鳥は、木々の梢に歌ひ舞ひ、天津日かげも麗かに、陽炎の野辺に立つ有様は、大海原の凪ぎたる波の如くなり。竜宮城に救はれて、日の出神と諸共に、琴平別の亀に乗り、智利の海辺にうかび上りし淤縢山津見は、朝日も智利や秘露の国、宇都山峠を踏み越えて、歩みもカルの国境、御稜威も著く高照の山を下りて、神のめぐみも高砂や、常世の国をつなぎつけ、東と西に波猛る、大海原に浮びたる、『間』の国に一人旅、心も軽き簑笠の、盲目もひらく『目』の国の、荒野ケ原を治めむと、草鞋脚絆の扮装に、夜と昼との別ちなく、恵みの露に濡れながら、草の衾に石枕、星のついたる蒲団着て、山河あれし国原を、心も清き宣伝歌、歌ひて進む雄々しさよ。三五教の宣伝使、五六七の神代を松代姫、心直ぐなる竹野姫、梅ケ香姫の夜昼を、露に濡れつつ進み来る。人足繁き十字街、川田の町の真中に、ピタリと合す顔と顔、 淤縢山津見『ヤア、貴女は珍の都の城主、正鹿山津見の御娘子におはさずや。風に香へる梅ケ香の、床しき後を尋ねつつ、此の町の入口まで、スタスタ進み来る折しも、町人の噂によれば、年は二八か二九からぬ、十九や二十の美しき女の宣伝使通過ありとの女童の囁き、まさしく御姉妹にめぐり会ふ時こそ来れりと、心の駒に鞭つて、思はず駆出す膝栗毛、イヤ去年の夏、アタルの港に上陸し、玉山の山麓にてお別れ申してより[※淤縢山津見と松竹梅の宣伝使は照山峠の麓で別れた(第9巻第14章「闇の谷底」)のであって、玉山の山麓で松竹梅の宣伝使で別れたのは虎公(志芸山津見)・熊公である(第9巻第22章「晩夏の風」)。このセリフは意味不明。]、何の便りも夏虫の、秋も追々近づきて、哀れを添ふる心の淋しさ。鬼をも挫ぐ淤縢山津見の大丈夫さへも、かくも淋しき秋の旅、紅葉は散りて啼く鹿の、しかとお行方も探すによしなく、心の色の紅葉散る、智利の山路を踏み越えて、『間』の国に来る折しも、心驕れる鷹取別が目付の者に捕へられ、常世の国に送られ給ひしと聞きたる時のわが思ひ、隙間の風にもあてられぬ花の蕾の女宣伝使、秋野にすだく虫の音の、いとど哀れを催して、男泣きにぞ泣きゐたる、折から囁く人の口、聞き耳立つる時の駒、花の姿の宣伝使、艶麗まばゆきばかりのやさ姿と、道説きあかす『目』の国の、今目のあたり御目にかかり、嬉しさ、悲しさ、御いたはしや、その御姿のやつれさせ給ふことよ。神の御為め道のためとは言ひながら、聖地ヱルサレムに於て神政を掌握し給ひし天使長、桃上彦命の御娘子の雄々しき御志、男子としての吾等、実に汗顔の至りに堪へませぬ』 と、三人の娘が応答するの暇さへ与へず、心のたけをくだくだと、賤の小田巻繰返すのみ。 松代姫『どなたかと思へば淤縢山津見の宣伝使様、珍しい所で御目にかかりました。妾姉妹三人は『間』の国の酋長春山彦に助けられ、照彦の戸山津見、駒山彦の宣伝使にめぐり会ひ、月、雪、花の三人の春山彦が娘と共に、この『目』の国に進み入り、メキシコ峠の山麓にて、あちらへ一人こちらへ三人と袂を別ち、宣伝歌を歌ひつつロッキー山に進み行かむとする所でございます。マアマア御壮健でゐらせられます。貴下に妾は異郷の空で巡り会ふことの嬉しさ、天にも上る心地がいたします。ここは路の上、彼方の森に行つて休息の上ゆるゆるお話をいたしませうか』 淤縢山津見『それも宜しからう。然らば、あの森を目当に一足参りませう』 ここに一男三女の宣伝使は、宣伝歌を歌ひながら東北指して進み行く。永き春日も早西に傾きて、四辺は霧の如き靄に包まれ、闇の帳は下されて四辺は暗く、千羽烏は空を包んでカハイカハイと啼きわたる。夕暮告ぐる鐘の音は、四人の胸を打ちて秋の夕の寂寥身に迫る。 花の姿を『目』の国の、野辺にさらすも糸桜、心も細き糸柳の、並木を縫うて進み行く。俄に前方にあたり、騒々しき物音聞ゆるにぞ、四人は思はず立ちどまり耳を傾くれば、宵闇の空を通して細き篝火瞬き出し、忽ち宣伝歌が手にとる如く聞え来る。一同は声する方に引きつけらるる如く近より見れば、数百人に取り囲まれ、何か頻りに述べ立つるものあり。 四人は窃に足音忍ばせつつ、闇に紛れて群集の中に紛れ込み、よくよく見れば一人の男、小高き巌の上に立ちて、頻りに群集に向ひ何事か説き諭しゐる。 群集の中より、眼のクルリとした鼻の左に曲つた、色黒の大男は宣伝使に向ひ、 牛雲別『ヤイ、貴様は三五教の宣伝使であらう。ここは常世神王の御領分なるぞ。ウラル教を奉じて、民心を統一する神国なるに、汝等が如き悪宣伝使、魔術を使つて常世の城を攪乱し、鷹取別の司の高き鼻をめしやげさせたる悪神を奉ずる宣伝使であらう。この方は牛雲別と申す者、汝を召し捕らむがために、常世神王の大命を奉じて、三五教の宣伝使を捜索に来たのだ。この『目』の国は、その名の如く鷹取別の幕下の鵜の目、鷹の目、目を光らす国だ。サア、その巌を下つて尋常に縛に就け。もはや叶はぬ。ヂタバタしたとても、かくの如く数十人の手下をもつて取り囲みたる以上は、汝が運命ももはや百年目、素直に降伏いたせ』 と雷の如き声を張り上げて呶鳴りゐる。巌上の宣伝使は、殆ど耳に入れざる如き鷹揚なる態度にて、 蚊々虎『アイヤ、牛雲別とやら、よつく聞けよ。吾こそは汝の言ふ如く三五教の宣伝使だ。如何に多勢を恃み吾を取り囲むとも、吾には深き神護あり。一時も早く此の世を乱すウラル教を捨てて、治国平天下の惟神の大道なるわが教を聞け。常世神王かれ何者ぞ。鷹取別かれ何者ぞ。積悪の報い、神罰立所に下つて鼻挫かれしその哀れさ。斯くの如き神の戒めを受けながら、なほ悔い改めずば、鷹取別が臣下たる汝等が鼻柱、一人も残らず粉砕し呉れむぞ。サア、わが一言は神の言葉だ。救ひの声だ。きくか、きかぬか、善悪邪正、天国地獄の分水嶺、この巌の如き堅き信仰を以てわが教に従ふか。否むに於ては吾は千変万化の神術によつて、汝等が頭上に懲戒を加へむ。汝等の中、わが言葉の身に沁みし者は名乗つて出よ』 と牛雲別の雷声に数倍せる銅鑼声して、獅子の咆ゆるが如く唸りゐる。数十人の手下は、この強き言霊に胆を挫がれ、耳を塞ぎ、思はず地上に縮み踞むぞをかしけれ。 牛雲別は、 牛雲別『エヽ面倒なり、思ひ知れよ』 と言ふより早く、巌上に羅刹の如き相好にて駆け上り、鉄拳を固め、宣伝使の面部を目がけて、骨も砕けよとばかり力を籠めて殴りつけむとする。 この時遅く、かの時早く、宣伝使は飛鳥の如くヒラリと体をかはし、牛雲別の足に手をかくるや否や、牛雲別はモンドリうつて、さしもに高き巌上より、大地にドツと許り顛落する途端に、体の重みにて柔かき土の中に頭部をグサリと刺し、臀部を天にむけ、花立の如き調子にて手足を藻掻き居る。 又もや群集の中より、 蟹雲別『吾は蟹雲別なり、わが鉄拳を喰へ』 と云ふより早く、拳骨を固めて打つてかかるを、宣伝使は、 蚊々虎『エヽ面倒なり』 と首筋掴んで、猫を提げし如く片手に撮んで、牛雲別の上に向つて吊り下したり。牛雲別の両足と、蟹雲別の両足はピタツと合うて、ここに面白き軽業が演ぜられたり。頭と頭とは天と地に、尻と尻は向ひ合して、シリ合ひとなりぬ。流石両人の乱暴なる計画も、シリ滅裂となりにける。 『神の誠の道を取違いたすと、頭を土に突込んで足を仰向けにして、のたくらねばならぬぞよ』 との神諭そのままである。 牛と蟹との両雲別は、頭を下に牛のしりの、手四つ足四つ、ドタリと倒けて四つ這ひとなり、蟹雲別の八つ足となつて大地を這ひ廻る可笑しさ、外の見る目も哀れなりける次第なり。 (大正一一・二・二一旧一・二五桜井重雄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 01 天橋立 第一章天橋立〔五九一〕 葦原の瑞穂の国に名にしおふメソポタミヤの顕恩郷 ノアの子孫と生れたるハムの一族鬼雲彦は バラモン教を楯となし霊主体従を標榜し 現の世をば軽んじて魂の行方の幽界を 堅磐常磐の住所ぞと教へ諭すはよけれども 名実共に叶はねば醜の曲事日に月に 潮の如く拡がりて天の下なる神人は 苦み悶え村肝の心ねぢけて日に月に 世は常暗と曇り行く八岐大蛇や醜狐 醜神率ゐる曲鬼を言向和し豊なる 神の御国を樹てむとて恵も広き瑞霊 神素盞嗚の大神は教を開く八乙女の 珍の御子をば遣はして鬼雲彦が身辺を 見守り給ひ曲神の醜の健びを鎮めむと 三五教の宣伝使肝太玉の命をば 遣はし給ひ八乙女と心を併せ力をば 一つになして顕恩郷治め給ひし折柄に 雲を霞と逃げ去りしバラモン教の大棟梁 鬼雲彦の一類はフサの国をば打渡り あちらこちらに教線を布きつつ進む魔の力 斯かる時しも天教山の高天原に大御神は 天の岩戸に隠ろひて暗さは暗し烏羽玉の 闇に徨ふ世の中の人の憂ひに附け入りて 時を得顔の曲神は益々荒び初めにけり 神素盞嗚の大神は千座の置戸を負はせつつ 何処を当と長の旅姿隠して千万の 悩みに遭はせ給ひつつ八千八声の時鳥 血を吐く思ひの旅の空遠き近きの隔てなく 八洲の国を漂浪の御身の果ぞ憐なる 勢猛き竜神も時を得ざれば身を潜め 蠑螈蚯蚓と成り果てて塵や芥に潜むごと 高天原に名も高き皇大神の弟と 生れ出でたる大神もいと浅猿しき罪神の 怪しき御名に包まれて心も曇る五月空 空行く雲の果しなく親に離れし雛鳥の 愛しき五人の姫御子は心汚き曲神の 捕虜となりて痛はしく塩の八百路の八潮路の 大海原に捨小船波のまにまに漂ひつ 海路も遠き竜宮の魔神の猛ぶ一つ島 自転倒島や錫蘭の島常世の国や智利の国 波のまにまに流されてここに姉妹五柱 詮術さへも浪の上涙の雨にうるほひつ 雨風霜に打たれつつ漂泊ひ給ふぞ苛しき 神素盞嗚の大神の霊に生れます八柱の 乙女の中にも秀でたる姿優しき英子姫 容も貌も悦子姫の待女を引つれ朽ち果てし 危き生命の捨小船何時の間にやら日数を重ね 年も二八の若狭湾身の行先はどうなりと 成生の岬を後にして昨日や経ケ岬をば 右手に眺めて宮津湾神伊弉諾の大神の いねます間に倒れしと言ひ伝へたる波の上 長く浮かべる橋立の切り戸を越えて成相の 山の嵐に吹かれつつ漸く心地も与謝の海 波も柔ぐ竜灯の松の根元に着きにける。 二人は舟を棄てて、竜灯松の根元に漸く上陸したり。折柄の烈風海面を撫で、峰吹き渡る松風の音は、一層寂寥の感を与へたり。寒さ身に沁む夕暮の空、ねぐら求めて立帰る烏の群幾千羽、カワイカワイと啼き立て乍ら、大江山の方面指して翔り行く。雲の衣は破れて、処々より天書の光瞬き始めける。二人は路傍に腰を下し、来し方行末の身を案じ煩ひつつ、ヒソビソ物語る。 悦子姫『英子姫様、メソポタミヤの顕恩郷を立出でましてより、情無き魔神の為に、朽ち果てたる舟に乗せられ、押流された時の事を思へば、夢の様で御座いますなア。それにしても、君子姫様始め、四人の姫様は、どふやも計り難しうなられましたでせう、……貴女の御無事に此処へお着きになつたに就いて、四柱の姫君様の御身の上、心にかかる冬の空、情無き凩に吹き捲くられ、冷たき人のさいなみに、心を砕かせ給ふやも計り難し、併し乍ら此処もやつぱり鬼雲彦が縄張の内、ウカウカすれば、又もや如何なる憂目にあはされむも計られませぬ。一時も早く森林に身を忍び、一夜を明かし、山越に聖地を指して参りませうか』 英子姫『アさうだな、長居は恐れ、何とかせなくてはなりますまい。それに就ても姉妹四人の身の上、今頃は何処の果に悩み煩ふならむか』 と首を傾け、暫し涙に沈む。暫しあつて英子姫は頭をあげ、 英子姫『アヽ思ふまい思ふまい、何事も刹那心、惟神に任すより途はない、サア悦子姫、急ぎませう』 と立上らむとする所へ、近付き来る四五人の男の声、ハツと驚き逃げむとする時しも如何はしけむ、英子姫は其場にピタリと倒れたり。悦子姫は探り探りて磯端の水を手に掬ひ口に含み、英子姫の面部を目蒐けて伊吹の狭霧を吹きかけたるに、英子姫は漸くにして顔をあげ、 英子姫『アヽ悦子姫どの、又もや吾身を襲ふ持病の癪、モウ斯うなつては一足も歩かれませぬ、敵に捉はれては一大事、そなたは妾に構はず疾く此場を落ち延びなさい。サア早く早く』 と苦しき息の下より急き立つるを、悦子姫は涙を揮ひ乍ら、 悦子姫『姫君様、何と仰せられます。大切な主人の危難を見棄てて、どうして是れが逃げられませうか、仮令如何なる運命に陥る共、主従死生を共にし、未来は必ず一蓮托生と詔らせ給ひしお詞は、妾が胸に深く刻み込まれ、一日片時も忘れた暇とては御座いませぬ。どうぞ妾に介抱させて下さいませ』 と泣き伏しにければ、英子姫は、 英子姫『エヽ聞分けのない悦子姫、妾は病身の体、仮令此場を無事に遁るればとて、再び繊弱き女の身の、何時病に犯され、悪神の為に捉はるるやも計り難し、汝は一刻も早く此場を立去り、聖地をさして進み行かれよ』 悦子姫は首を振り、 悦子姫『イエイエ、何と仰せられても、此場を去ることは忍ばれませぬ』 英子姫『エヽ聞分けのない、主人の言葉を汝は背くか。妾は今より主従の縁を切るぞゑ』 悦子姫『姫君様、縁を切るとはお情無い其お言葉……』 と云ふより早く、暗に閃く両刃の短刀、英子姫は、病に苦む身を打忘れ、手早く悦子姫の腕を、力限りに握り締め、涙声、 英子姫『逸まるな悦子姫、其方は壮健なる身の上、一日も永く生き長らへて、吾父に巡り会ひ、妾姉妹が消息を伝へて呉れねばならぬ。サアどうぞ気を取直し、一刻も早く此場を立つて下さい、………アレあの通り間近く聞える人々の声、見付けられては一大事、早く早く……』 と急き立て玉へば、 悦子姫『ぢやと申して此れが、どうして見逃せませう。仮令主従の縁は切られても、是れが見棄てて行けませうか』 英子姫『主人が一生の頼みぢや、どうぞ此場を立去つて下さい。斯う云ふ間にも人の足音サア早く早く』 と小声に急き立てる。悦子姫は後髪引かるる心地して、此場を見棄てかね、心二つに身は一つ、胸を砕く時こそあれ、四五人の荒男進み来り、稍酒気を帯びたる銅羅声にて、 男(鬼虎)『ナナ何だ、早く此場を立去れとは、それや誰に吐かすのだい、立去るも、立去らぬ、もあつたものかい、俺は今大江山の御大将の命令を受けて、此処へ漂着して来る筈の、二人の女つちよを捉まへようと思つて、立現はれた所だ。立去れも糞も有つたものかい、………ヘン、人を馬鹿にするない、石熊の野郎め、貴様は何時も暗がりになると怪つ体の悪い、女の泣声を出しよつて………チツト男らしうせないかい』 と云ひつつ拳骨を固めて、一人の男の横つ面をポカンと打つたり。 石熊は、 石熊『アイタタ、コラ鬼虎の奴、馬鹿にしやがるない』 と又もや、石熊は、 石熊『サア返礼だ』 と云ふより早く、鬼虎の横つ面を続け打に、腕の折れるほど擲り付ける。其機に鬼虎はヨロヨロとヨロめいて、二人の娘の上にドサンと倒れ、鬼虎は、 鬼虎『ワアー、恐ろしい、……ヤイヤイ出やがつた、毛の長い……色の青い、冷い奴ぢや。コラ皆の奴、俺を伴れて逃げぬかい』 石熊は、暗がりより、 石熊『アハヽヽヽ、態ア見やがれ、臆病者奴が……オイオイ皆の連中、彼奴ア、酒に喰ひ酔つて、あんな夢を見やがつたのだ、ウツカリ傍へ行かうものなら、暗がりに握拳を振り廻されて、目玉が飛んで出るような目に遇はされるぞ。……行くな行くな、まあジツと酔ひの醒める迄、容子を見て居らうぢやないか……アーア俺も大分に酔がまはつた、どうやら足が隠居した様だワイ』 一人の男大声で、 男(熊鷹)『一体汝等、何の為に沢山の手当を貰つて偵察に歩いて居るのだい……其足は何だ、肝腎要の正念場になつて、足を取られると云ふ事があるものかい、チツと確りせないか』 石熊『有るとも有るとも、俺やアル中だ』 男(熊鷹)『アルチウと云つても、歩いて居らぬぢやないか』 石熊『アルコール中毒だ、邪魔臭いから、アル中と云つたのだい、………アーア、もう一足もアル中事が出来ぬ様になつたワイ………。コラ熊鷹の野郎、貴様は何だ、他人にばつかり偉相に云ひよつて……貴様も足が変テコぢやないか』 熊鷹『チチチツと、なんだ、何して……居るものだから、いまこそは、千鳥にあらめノチハ、ナトリニアラムヲ、イノチハ、ナシセタマヘソ、イシトウヤ、アマハセヅカイ、アマノハシダテ、二人の女を見失ひ、鬼雲彦様に、コトノカタリゴトモコウバだ、アハヽヽヽ。アヲヤマニ、ヒガカクラバ、ヌバタマノヨハイデナン、アサヒノ、エミサカヘキテ、タクヅヌノ、シロキタダムキ、アワユキノ、ワカヤルムネヲ、ソダタキ、タタキマナガリ、マタマデタマデ、サシマキ、モモナガニ、イヲシナセ、トヨミキタテマツラセ……てな事を宅の山の神様奴が仰有りまして、ついトヨミキをアカニノホに飲し召したのだ。神酒は甕瓶高しり、甕のはら満て並べて、海河山野種々の珍物を横山の如く、うまらに、つばらに飲食し、大海原に船充ち続けて、陸より行く路を、荷の緒結かため、駒の蹄の至り止まる限り、………熊鷹の爪は、随分長いぞ。愚図々々吐かすと、石熊の菊石面を抓つてやらう、イヤサ掻きむしらうかい、ウーンウンアハヽヽヽ』 石熊『何を吐すのだい、お役目大切に致さぬかい、コンナ処へ、暗まぎれに、二人の娘が遣つて来よつたら、貴様どうする積りだ。彼奴ア、中々女に似合はぬ腕利きと云ふ事だ、経ケ岬の虎彦が急報に依つて、鬼雲彦より火急の御命令、しつかり致さぬと、反対にやられて了ふぞ。アーツ、エーツ、ガ、ガアー、ガラガラガラガラ』 熊鷹は、 熊鷹『アア臭いワイ、酒や飯の混合した滝を、人の顔の上へ流しよつて、……胸の悪い……エエ、アどうやら俺もへへへへ、へどが出さうな。オイコラ、おとら……ヲヲ桶を持て来い、………背を叩け、ガアヽヽヽガラガラガラガラ』 鬼虎は震ひ声で、 鬼虎『オオオイ、貴様は何を愚図々々して居るのだ、早く来ぬかい、俺をかたげて逃げてくれ、何だか怪体な、ババ化州が出やがつたゾ』 石熊は、 石熊『エー喧し吐すない、……俺の口から大洪水が出て、人家殆ど流失、死傷算なしと云ふ惨状だ、貴様を助ける所かい、非常組でも繰出して救援に向はぬかい、ガラガラガラガラ』 熊鷹『エー怪つ体の悪い、合点の往かぬ夜さだナア、此処まで来たと思へば、俄にピタリと足が止まり、まるで地から生えた木の様になつて了つた。……ヤイ何とかして俺の足を動く様にせぬかい』 暗がりより、 高(?)『動く様にせいと云つたつて、俄に、鋸の持合せがないから、根から伐つてやる訳にも行かず、マア冬が来て、木の葉が散り、枯木になる迄辛抱したが宜からう。さうすりや又、三五教ぢやないが、枯木に冷たい花が咲かうも知れぬぞ、ワハヽヽヽ』 熊鷹『エ、エ、どいつも此奴も、腰の弱い奴許りだナア』 鬼虎『ヤーイ、皆の奴、どうやら此奴ア、目的の二人の奴らしいぞ、しつかりして生捕にせうぢやないか』 石熊『ナ、ナ、何ぢやア、貴様、最前から腰が抜けたと吐かしよつて、綺麗な女の二人の上に、ムツクリと寝て居よつたのか、抜目のない奴だのう』 鬼虎『まだ目は抜けぬが、サツパリ腰が抜けたのだ。……誰か腰の抜けぬ奴、出て来て此奴を縛らないか。どうやら癪を起こして居るらしい、今フン縛るのなら、容易なものだ……コラ石熊、熊鷹、早く来て捕縛せよ』 熊鷹『何だか今日は日和が悪いので、キヽヽ気に喰はぬので……ヲヽヽ叔母の命日だから殺生は廃めとこかい、……コラ、ヤイヤイ石熊、今日は貴様の番だ、貴様に手柄を譲つてやらう』 石熊『俺も何だか今日は気が進まぬワイ、女房の命日だから、殺生はやめとこかい』 熊鷹『アハヽヽヽ、貴様、女房も持つた事のないのに、命日が何処にあるか、馬鹿にするない』 石熊『俺の女房は貴様知らぬのか、ザツと十八人だ、其中に一番大事のお春が今日死ンだ日ぢや、彼女が俺の霊の女房だ。アーア思へば可哀相な事をしたワイ、オンオンだ』 鬼虎『何を吐かしやがる、ソラ隣の八兵衛の女房だらう、間違へると云つても、嬶を取違へる奴がどこにあるかい』 石熊『俺は勝手に俺の心で女房にして居つたのだ。アンアンアン、思へば可憐らしい事をしたワイの、オンオンだい』 英子姫は、 英子姫『ヤア悦子姫殿、妾も其方の親切なる介抱で快くなりました。サアサア二人揃うて行きませう』 悦子姫『ハア夫れは夫れは嬉しい事で御座います、是れと申すも全く御父神素盞嗚の……』 英子姫は小声で、 英子姫『シツ』 と制しながら、口に手を当てたまへば、悦子姫は早速の頓智、 悦子姫『是れと申すも全くお酒の爛が荒びましたので、皆様があの通り、妾達に余興をして見せて下さいますのですなア。ここへお月様でも上つて下さいましたら、さぞ面白い事でせうに、………お声許りで見栄が御座いませぬ、耳で見て、目で聞けとの神様の御教、ホヽヽヽ』 熊鷹『ヤイヤイヤイ、貴様は素盞嗚尊の娘であらう、何を吐すのだい、耳で見るの目で聞くのと、まるでババ化物の様な事を吐す奴だ。コリヤ女、そこ動くなツ』 悦子姫は、 悦子姫『オホヽヽヽ皆さま、動くなと仰有つても、何だか体が独り自由自在に動いて仕方がありませぬワ、皆さまは動きたいと思つても動けますまい、妾が一寸霊縛をかけて置きましたからネー、マアマア御寛りと管でも巻いて夜徹かしをなさいませ、……左様ならば皆さま、お気の毒様乍ら、お先失礼を致します………あの、もし姫君様、サア斯うお出でなさいませ』 英子姫は、 英子姫『ホヽヽヽ皆様、御寛りと、何も御座いませぬが、ヘドなつと掻き集めて、ネーおあがり遊ばせ。あなたのお身の内から出た物、あなたの又お身の内へお入れ遊ばすのだ。人を呪はば穴二つ、おのれに出でて己れに帰るとかや、あな有難や神様のお守り』 と行かむとするを、鬼虎は一生懸命に英子姫の裾を握つた儘放さぬ。 英子姫『ヤア厭なこと、此男、妾の裾を握つてチツとも放して呉れないワ』 悦子姫『どうしませう………アヽさうさう、此男が姫君様のお裾を握つた儘霊縛をかけられたものですから、其儘凝つて了つたのでせう。ホヽヽヽ、是れは偉い不調法致しました。……コリヤコリヤ此鬼の様な片腕、霊縛を解いて遣る、サア放せ』 『ウン』と一声、鬼虎の握り拳はパラリと解けたりける。 英子姫『アヽ有難う、是れで放れました』 石熊『ヤイヤイ鬼虎の奴、案に違はず、女の裾をひつぱつて居やがつたな、ナマクラな奴だ。よしよし貴様の嬶に、明朝早々告発だ、さう覚悟致せ』 熊鷹『ナニ心配するな、俺が特別弁護人になつて喋々と弁論をまくし立ててやるから、キツト石熊の敗訴だ、無罪放免になつた上、損害賠償を此方から提起してやらうか、アハヽヽヽ』 英子姫、悦子姫は暗に紛れてスタスタと、何処ともなく姿を没したりける。後には海面を吹く風の音、天鼓の如くドドンドドンと鳴り響きぬ。五人の男は暗がりより、破れ太鼓の様な声を張上げて、 五人『オーイオーイ、二人の女、暫く待てい。オーイオーイ、かやせ、戻せい……』 と熊谷もどきに叫び居たりけり。 (大正一一・四・五旧三・九松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 11 顕幽交通 第一一章顕幽交通〔六二二〕 空ドンヨリと、灰色の雲に包まれ、血腥さき風吹き荒む萱野ケ原を、痩た女の一人旅、三五教の宣伝歌を幽かに歌ひ乍ら、心ほそぼそ進み来る。凩すさぶ辻堂の側に立寄り眺むれば、堂の後の戸を開き、現はれ出でたる雲突く許りの裸体の男、歯をガチガチ言はせ乍ら、 男『オーお節か、能う出て来やがつた。比治山峠で赤裸になつた俺達を附け込み、四足扱をしやがつた事を覚えて居るだらう。俺は其時に癪に障り……エー谷底へ老爺も婆アも貴様も一緒に放り込みてやらうと思うては見たが、又思ひ直し、神様が怖ろしうなつて、忍耐へてやつた。間もなく肉体は寒さに凍え、血は動かなくなつて、已むを得ず、厭な冥土へ出て来たのだ。貴様の為に死ンだのではないが、あまり貴様たち親子が業託を言やがるので、むかついた、其時の妄念が今に遺つて此通り、貴様等親子三人の生命を取つてやらうと思ひ、五人の霊が四辻に待ち伏せて、お前達親子の者を地獄へ落してやらうと待つて居るのだ。サア此処へ来たのは運の尽き、首をひき千切つて恨みを晴らしてやらう』 お節『これはこれは皆さま、お腹が立つたでせう。併し乍ら頑固な爺の申した事、決して、妾があなた方を虐待したのではありませぬ。妾は櫟サンが負はして呉れいと仰有つたので負うて貰つた丈の事、どうか勘弁して下さいませ』 岩公『エーソンナ勘弁が出来る様な霊なら、コンナ地獄の八丁目にブラついてるものかい、此処はどこぢやと思うて居る、善悪の標準も無ければ、慈悲も情も無い、怨みと嫉みの荒野ケ原ぢや。エーグヅグヅ吐すな。オイオイ皆の者、此奴を叩き延ばせ、手足を引きむしれツ』 お節は進退惟谷まり、声を限りに、 お節『どなたか来て下さいなア。どうぞ繊弱き妾をお助け下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に念じ居る。此場に忽然と現はれた一人の色の青白い優男、いきなり五人の裸男に向ひ、大麻を左右左に打振れば、裸男は、 男『ヤア、飛ンでも無い奴が出て来やがつた。オイ勘公、櫟公、岩公、鬼虎、……鬼彦に続けツ』 と一生懸命に逃げ行かむとする。一人の男五人に向ひ『ウン』と霊縛を加へたるに、五人は足を踏ン張つた儘、化石の様になつて了ひ、目を剥き、舌をニヨロニヨロと出し、涙を滝の如く流してふるえ居る。 男『ホーあなたは丹波村のお節さまぢや有りませぬか。どうしてコンナ所へ踏ン迷うてお出でなさいました。私は三五教の青彦と申す宣伝使で御座います。大神様の命に依り、鬼ケ城の魔神に対し、言霊戦に出かけて居る最中で御座いますが、あなたが、惟神霊幸倍坐世と仰有つた声に曳かされ、体が引きつけられる様に、此処へ飛ンで来ました。サアサ、コンナ所に居つては大変です。早く現界へお帰りなさい』 お節『あなたは噂に聞いた三五教の青彦さまで御座いますか。あなたも亦幽界へ何時お越し遊ばしたの……』 青彦『イエイエ私の肉体は唯今、悦子姫様、加米彦、音彦等と共に大活動をやつて居ります。一寸肉体の休息の隙間に、和魂がやつて来たのですよ』 お節『アア左様で御座いますか。危ない所をお助け下さいまして有難う御座います。併しあの五人の裸さまを助けて上げて下さいナ』 青彦『アアお節さま、感心だ、あれ丈酷い目に会ひかけて居つた亡者を、助けてやつて呉れいと仰有るのか。その心なればこそ、再び現界へ帰る事が出来ますよ』 お節『あの五人の方も現界へ返して上げる訳にゆけませぬか』 青彦『あれは駄目ですよ。五人の男の本守護神は、既に立派な天人となつて昇天し、天の羽衣を身に着けて、真名井ケ原の豊国姫様のお側にご用をして居りますよ。彼奴はああ見えても、副守護神の鬼の霊だから、幽界でモウちつと業を曝し、瞋恚の心を消滅させねば、浮かぶ事は出来ない。併し乍ら霊縛は解いてやりませう』 青彦は五人に向ひ、声も涼しく、 青彦『一二三四五六七八九十百千万』 と数歌を二回繰返せば、五人の裸男は身体元の如くになり、青彦が前に犬突這となり、 五人『コレはコレは青彦様、能う助けて下さいました。結構な神歌をお聞かせ下さいまして是れで私の修羅の妄執もサラリと解けました。此後は決して決してお節さまの肉体に祟りは致しませぬ。私も是れから結構な神となりて、神界に救はれます』 と涙を垂らして泣き入るにぞ、青彦は、 青彦『アヽ結構だ。お前達は私と一緒に祝詞を奏上しなさい』 鬼『有難う御座います。オイオイ皆の連中、青彦の宣伝使について、祝詞をあげませうかい』 茲に青彦は神言を奏上し始めた。お節を始め五人の裸男は、両手を合せ、青彦と共に神言を奏上し終るや、五人の姿は見る見る麗しき牡丹の様な花と変じ、暖かき風に吹かれて、フワリフワリと、天上高く姿を隠したりける。 青彦『サアお節どの、あなたもお帰りなさい。又現界でお目にかかりませう』 と言葉を残し、青彦は麗しき光玉となりて、南方の天に姿を隠した。お節は今まで苦しかりし身体俄に爽快を覚え、えも言はれぬ音楽の響聞ゆると見る間に正気づき、四辺を見れば、婆アのお楢が枕許に坐つて、お節の手をシツカと握り締め、泣き居たりける。 お節『お婆アさまでは御座いませぬか』 お楢『ヤアお節、気が付いたか、嬉しい嬉しい。これと云ふも、全く神様のお蔭、ウラナイ教の黒姫といふ婆アが遣つて来て、筆先とやらを読みて聞かし、宣伝歌とやらを唄ふが最後、お前の病気は漸々と悪くなり、到頭縡切れて了ひ、妾も気が気でならず、又気を取り直し、真名井ケ原の豊国姫の神様、素盞嗚神様を一生懸命に念じて居ました。さうすると、段々冷たうなつて居たお前の体に温みが出来て来、青白い顔は追々に赤味を増し、細い息をしだすかと見れば、お蔭で物を言ふ様になつて呉れた。アヽ有難い有難い、真名井ケ原に現はれませる大神様……』 と婆アは嬉し泣きに泣き入りぬ。お節は日一日と快方に向い、四五日過ぎて、炊事万端の手伝ひを健々しく立働かるる迄になり、モウ二三日経てば、婆アさまと共に、真名井ケ原の宝座にお礼参詣をなさむと、親子相談の最中、門の戸を押開けて、中を覗き込む二三人の人影有り、よく見れば黒姫、夏彦、常彦の三人なりける。 黒姫『ヤアお婆アさま、何故、娘が全快したら、御礼参詣に出て来ぬのだい』 お楢『お前は黒姫ぢやないか。お節の病気を癒してやるなぞと、偉相な頬桁を叩きよつて、どうぢやつたい。長たらしい訳の分らぬ筆先とやら云ふものを勿体振つて読み、其上に若い娘の口から千遍歌とか、万遍歌とかいふものを耳が痛い程囀つて、娘は見る見る様子が悪うなるばつかり、虫の息になつて、何時死ぬか知れぬと云ふ所を見済まし、神界に御用が有るの何のと言つてコソコソと逃げたぢやないか、あまり偉相な事を言ふものぢやないワイ。矢張り、ウラナイ教の神は、ガラクタ神の、貧乏神の、死神の、腰抜け神ぢや。モウモウ死ンだつて、ウラナイ教を信仰するものかい。……エーエ汚らはしい、病神、早う、帰りて呉れ帰りて呉れ。折角快うなつたお節が又悪なると困る。サア早う早う、帰りたり帰りたり』 黒姫『コレコレ婆アさま、お前ソレヤ大変な取違ぢや。妾が御祈念をしてやつたお蔭で助かつたのぢやないか。其時にはチツと悪うても……悪うなるのが、快うなる兆ぢや。峠を一つ越えるのにも、苦しい目をして、登り詰めたら、後は降り坂ぢや。何時までも、蛇の生殺の様に、お節ドンを苦しめて置くのは可哀相ぢやから、此黒姫が神力で峠まで送つてやつたから、其お蔭でお節さまが危ない生命を助かつたのぢやないか。生命を助けて貰うて小言を云ふと、又罰が当らうぞい』 お楢『巧い事言ふない、ソンナ瞞しを喰ふ様な婆アぢやないぞ。あンまり甘う見て貰うまいかイ。若い時は鬼娘のお楢とまで言はれた、酢いも甘いも、人の心の奥底まで、一目見たら知つて居る此お楢ぢやぞえ』 黒姫『婆アさま、お前チツと逆上せて居るのぢやないかいナ。マア能う気を落ち着けて、妾の言ふ事を一通り聞いて下されや』 お楢『アア五月蠅いツ、聞かぬ聞かぬ。トツトと帰りて下され。…お節ウ、箒を貸し………あの婆アを掃き出してやるのだ。黒いとも、白いとも分らぬ様な面をしやがつて、力も無い癖に、口先で誤魔化さうと思うても、ソンナ事に誤魔化されるお楢婆アぢやないぞや』 黒姫『お楢さま、能う聞いて下さいや。時計が一つ潰れても、根本から直さうと思へば、一旦中の機械をスツパリ解体して了ひ、それから修繕をせねば、完全に直るものぢやない。恰度大病になると其通りぢや。お節さまの体の中の機械を、神様が一遍引き抜いて、更に組立てて下さつたのぢや。訳を知らぬ素人は、時計の機械を解体するとバラバラになるものだから、其時計が以前より悪うなつた様に思うて怒るものぢやが、一旦バラバラに為なくては完全な修繕は出来ぬ様なもので、大病になるとスツカリ機械の入れ替を、神様がなさるのぢや。其時はチツト容態が悪うなるのは当然ぢや。そこをお前さまが眺めて、却て悪うなつた様に思つて居るのが根本の間違ぢや。悪うなつたお蔭で、今の様なピンピンした体になつたのぢや。罰の当つた………何を叱言を云ふのぢやい。ウラナイ教の神様に、お節さまも一緒に御礼を申しなされ』 お節『黒姫さまとやら、御親切に仰有つて下さいますが、妾はどう考へても、ウラナイ教は虫が好きませぬ。ウの字を聞いても、頭が痛うなります。それよりも三五教の青彦さまと云ふ宣伝使に、半日なりと御説教が聴かして欲しいワイナ』 黒姫『三五教の青彦と云ふ奴は、妾の弟子ぢや。彼奴は妾の片腕ぢやが、此頃三五教へ間者となつて妾が入れておいたのぢや。青彦が偉いなら其大将の妾は尚の事、神徳が沢山有る筈ぢや。サアサアま一遍拝みてあげよう』 お楢、お節、一時に、 お楢、お節『イヤイヤ一時も早う帰つて下さい』 黒姫『ハヽヽヽ、盲と云ふ者は仕方の無いものぢや。何程現当利益を神様がお見せなさつても、お神徳をお神徳と思はぬ盲聾にかけたら、取り付く島も有つたものぢやない。……コレコレ夏彦、常彦、お前チツと言はぬかいなア。唖か何ぞの様に、此黒姫ばつかりに骨を折らして、知らぬ顔の半兵衛をきめ込むとは、何の態ぢや。チト確りしなさらぬか』 夏彦『誰に説教をして宜いか、サツパリ見当が取れませぬワイ』 黒姫『見当が取れぬとは、ソラ何を言ふのぢや。折角お神徳を貰うた此家の娘のお節や、お楢婆アさまを捉まへて、言向和せと云ふのぢやないか。何をグヅグヅして居なさる』 常彦『私は最前から、両方の話を、中立地帯に身を置いて、観望して居れば、どうやら黒姫さまの方が、道理が間違つとる様な気が致しますので、お気の毒で、あなたに恥をかかす訳にもゆかず、沈黙を守つて居る方が、双方の安全だと思つて扣へて居りました』 黒姫『エー二人共訳の分らぬ代物ぢやなア』 夏彦『神の裏には裏があり、奥には奥が有る位ならば、耳が蛸になる程聞いて居りますワイ。今までは何でも彼でも、あなたの仰有る通り盲従して来ましたが、今日の様に民衆運動が盛ンになつて来ては、今迄の様な厳格な階級制度は駄目ですよ。今日のウラナイ教で、あなたの言ふ事を本当に信じ、本当に実行する者は、高山彦さまタツタ一人、又高山彦さまの命令に服従する者は、黒姫さまタツタ一人と云ふ今日のウラナイ教の形勢、何でも彼でも盲従して居ると、同僚の奴に馬鹿にしられますワイ。私も今日限りお暇を頂きます。……お前さまと手を切つた上は、師匠でもなければ弟子でもない。アカの他人も同様ぢや。吾々二人は、今のお言葉で、心の底から愛想が尽きました。どうぞ御免下さいませ』 黒姫『ソレヤ、夏彦、常彦、藪から棒を突出した様に、何を言ふのだい。暇を呉れなら、やらぬ事もないが、今迄の黒姫とは違ひますぞゑ。勿体なくも高山彦の命の奥方、女と思ひ侮つての雑言無礼、容赦は致さぬぞや』 斯く争ふ所へ、宣伝歌を謡ひ乍ら入り来たるは、青彦なりける。黒姫は青彦を見るなり、胸倉をグツと取り、 黒姫『コレヤお前は青彦ぢやないか。何の事ぢや。結構なウラナイ教を棄てて、嘘で固めた三五教の宣伝使になりよつて、わし達の邪魔ばつかりして居るぢやないか。サア改心すれば良いし、グヅグヅ言ひなさると、女乍らも、鍛へあげたる此腕が承知をしませぬぞや』 青彦『アハヽヽヽ、アヽお前は黒姫さまか。老い年して居つて、良い加減に我を折りなさつたらどうぢや。棺桶へ片足突つ込みて居り乍ら、千年も万年も活る様に、何時まではしやぐのぢや。チツと年と相談をして見たらよからうに』 夏、常二人は拍手して、 夏彦、常彦『ヒヤヒヤ、青彦の宣伝使、シツカリやり給へ』 黒姫『コラ夏彦、常彦、何の事ぢや。悪人の青彦に加担すると云ふ事があるものか、お前は気が狂うたか、血迷うたのか』 常彦『只今迄はウラナイ教の身内の者、只今縁を断つた以上は、三五教にならうと、バラモン教にならうと、常彦の勝手ぢや。ナア夏彦、さうぢやないか』 夏彦『オウさうともさうとも、……モシモシ青彦さま、あなたも元はウラナイ教のお方ぢやつたさうですなア。私は矢張りウラナイ教ぢや。併し乍らあまり此婆アの言心行が一致せないので、誰も彼れも愛想を尽かし、晨に一人、夕に三人と、各自に後足で砂をかけて、脱退する者ばつかり、私も疾うから、ウラナイ教は面白くないから、三五教になりたいと思つて、朝夕念じて居りましたが、一旦黒姫や高姫に瞞されて、一生懸命に三五教の神様の悪口を広告れて歩いたものだから、今更閾が高うて、三五教に兜を脱ぐ訳にも行かないし、宙ブラリで困つて居りました。どうぞ青彦さま私等二人の境遇を御推察の上、どうぞ宜しく御執り成しをお願申します』 青彦『ハア宜しい承知致しました。御安心なされ。……オイ黒姫、人の胸倉を取りよつて何の態ぢや。放さぬかい』 黒姫『寝ても起きても、お前の事ばつかり思うて居るのぢや。大事のお前を三五教に取られたと思へば、残念で残念で堪らぬワイ。常彦や夏彦のガラクタとは違うて、お前はチツト見込があると思うて居つた。今はウラナイ教も追々改良して、三五教以上の結構な教が立ち、御神力も赫灼だから、どうぢや一つ、元の巣へ返つて、黒姫と一緒に活動する気はないか』 夏彦『モシモシ青彦さま、嘘だ嘘だ。改良所か、日に日に改悪するばつかりだ。此間もフサの国から、ゲホウの様な頭をした高山彦と云ふ男が出て来て、黒姫の婿になり、天下を吾物顔に振れ舞ふものだから、誰れもかれも愛想をつかし、毎日日日脱退者は踵を接すると云ふ有様、四天王の一人と呼ばれた吾々でさへも、愛想が尽きたのだ。黒姫の口車に乗らぬ様にして下さい』 黒姫『コラ夏、常、要らぬ事を言ふない。貴様ア厭なら厭で、勝手に退いたら宜い。人の事まで構ふ権利があるか。……サア青彦、返答はどうぢやな。返答聞くまで、仮令死ンでも、此腕がむしれても放しやせぬぞ』 青彦『エー執念深い婆アだナア。放さな放さぬで良いワ』 と云ふより早く、赤裸になつた。黒姫は着物ばかりを握つて、 黒姫『誰が何と言うても放すものかい。……ヤア何時の間にやら、スブ抜けを喰はしよつたナ、エーコンナ皮ばつかり掴みて居つても、なにもならぬ。忌ま忌ましい』 と言ひつつ着物を大地に投げつけるを夏彦は手早く拾ひあげ、常彦、青彦諸共にお節の家に飛び込み、中からピシヤリと戸を閉め、錠をおろしたり。黒姫は唯一人門口に取り残され、ブツブツつぶやき乍ら、比治山の方を指してスゴスゴと帰り行く。 お楢『ヤアヤアお前さまは、青彦さまか。能う来て下さつた。こないだの晩に泊つて貰はうと思つて居つたのに、泊つて欲しい人は泊つて呉れず、厭な奴ばつかりノソノソと泊り、執念深い……死ンでからも爺ドンの生命を取りに来、又聞けば、お節の生命まで亡霊となつて狙ひよつたさうぢや。お前さまが夢に現はれて、悪魔を改心させ娘を助けて下さつた夢を見たら、其日から不思議にも、お節が段々と快くなり、婆アも、お節も、毎日日日、青彦さま青彦さまと真名井の神様よりも尊敬して居りました。能う来て下さつた。サアサアむさくるしいが、ズーツと奥へお通り下され。……そこの二人は黒姫の弟子ではないか、エーエー黒姫の身内ぢやと思へば何だか気持が悪い。二人のお方は折角乍ら、トツトと帰りて下され』 青彦『お婆アさま、私も元は黒姫の弟子になつて居りましたが、あまりの身勝手な奴だから、愛想が尽きて三五教に籍を変へ、御神徳を戴いて今は御覧の通り、宣伝使になりました。此二人は、今日只今迄、常彦、夏彦と云うて、黒姫の四天王とまで謂はれて居つた豪者だが、此二人も私の様に、愛想をつかし、今此家の門口で師弟の縁を断り私の友達になつたのだから、さう気強い事を言はずに、大事にしてあげて下さい』 お楢『アアさうかいナさうかいナ。それとは知らずに偉い失礼な事を申しました。……コレコレお節、何恥かしさうにして居るのぢや。早うお客さまにお茶でも汲まぬかいナ』 お節は袖に顔を包み、稍俯むき気味になつて、 お節『これはこれは青彦様、能う来て下さいました』 と言つた限、俯伏になり震ひ居る。 お楢『アーア若い者と云ふ者は、仕方の無いものぢや。……モシモシ青彦さま、婆アの頼みぢやが、不束な娘で、お気には入りますまいが、どうぞお節の婿になつて下され。これが婆アの一生の頼みぢや。……コレコレお節、お前も頼まぬかいナ』 お節『………』 常彦『ナアーンと偉いローマンスを見せて頂きました。ナア夏彦、此の間は高山彦と黒姫のお安うない所を拝観さして貰ひ、今日は又一層濃厚なローマンスを目の前にブラ下げられて、……イヤもうお芽出たい事ぢや。……青彦さま、一杯奢りなされや』 青彦『お婆アさま、私の様な破れ宣伝使に大事の娘様の婿になつてくれいと仰有るのは、有難う御座いますが、私は今悦子姫様の御命令によりて、鬼ケ城の言霊戦に出陣せねばなりませぬ。又私一量見ではゆきませぬから、悦子姫様や、音彦さまのお許しを得て、ご返辞を致します。それ迄何卒待つて下さいませ。……かういふ内にも心が急けます。悦子姫様が、青彦はどこへ行つただらうと、お尋ね遊ばして御座るに違ひない。肝腎要の場合、女の愛にひかされてコンナ所へ舞ひ戻つて来たと思はれてはなりませぬから、兎も角御返辞は後に致しませう。左様なれば……御機嫌よう……お婆アさま、お節どの』 と言ひすてて門口へ急ぎ出でむとするをお楢は、 お楢『どうぞ、お節の事を忘れて下さるなや』 常彦『モシモシ青彦さま、どうぞ私も鬼ケ城へ連れて行つて下さい』 夏彦『私も、どうぞ、お伴をさして下さい』 青彦『悦子姫様の意見を聞かねば、何ともお答は出来かねますが、御都合が好ければ、私と一緒に参りませう』 二人『どうぞ宜しうお頼み申す。……婆アさま、お節さま、偉いお邪魔を致しました。御縁が有れば又お目にかかりませう』 お楢『左様なら……』 お節『御機嫌よう……』 と青彦は此家を後に、心いそいそ南を指して二人を伴ひ、韋駄天走りに走り行く。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録)
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(1705)
霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 17 有終の美 第一七章有終の美〔六二八〕 常彦『世は常暗と成り果てて鬼や大蛇や曲津神 天が下をば横行し吹き来る風は腥く 歎き悲しむ人の声鬼の棲むてふ大江山 憂を三嶽の岩窟に鬼熊別の片腕と 誇り顔なる鬼鷹や情容赦も荒鷹の 爪研ぎすまし世の人を見付け次第に引攫み 岩窟の中へと連れ帰り人を悩ます曲津神 それさへあるに鬼ケ城の数多の部下を従へて 天が下をば吾儘に振る舞ひ暮す曲霊 鬼熊別を始めとしそれに連れ添ふ蜈蚣姫 数多の魔神と諸共にバラモン教の教理をば 世人欺く種となし男、女の嫌ひなく 暇さへあれば引捕へ己が棲処へ連れ帰り 無理往生に部下となし日に日にまさる頭数 烏合の衆を駆り集め世を驚かす空威張り 山砦は立派に見ゆれどもその内実は反比例 風が吹いてもガタガタと障子は踊る戸は叫ぶ 柱はグキグキ泣き出す一寸の風にも屋根の皮 剥けて忽ち雨が漏るコンナ山砦を偉相に 難攻不落の鉄城と誇る奴等の気が知れぬ 鼻の糞にて的貼つた様な要害何になる 三五教の言霊に忽ち城は滅茶々々に 砕けて逃げ出す曲津共蜘蛛の子ちらす其の如く 四方八方に散乱し這うて逃行く可笑しさは 他所の見る目も哀れなりドツコイ待つたそれや先ぢや 今は鬼鷹荒鷹が死力を竭して防戦の 真最中のお気苦労遥に察し奉る もう良い加減に我を折つて運の尽きたる此城を 綺麗薩張引き渡せ花も実もある其間に 渡すが利巧なやり方ぞ人を助ける宣伝使 相互の為にならぬ様な下手な事をば申さない サアサア如何ぢや、さア如何ぢや返答聞かせ早う聞かせ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令千年かかるとも三五教の言霊の 続く限りは攻めかける水攻め火攻めはまだ愚 地震雷火の車大洪水は宵の口 それより怖ひ俺の口口惜しからうが我を折つて 素直に降参するが良い宵に企みた梟鳥 夜食に外れてつまらない顔を見るのが気の毒ぢや 此世を造りし神直日心も広き大直日 只何事も三五の神の教の吾々は 直日に見直し聞直す深き恵に省みて 鬼熊別の家来ども胸の戸開いてさらさらと 醜の岩窟を明け渡せ渡る浮世に鬼は無い 泣いて暮すも一生ぢや怒つて暮すも一生ぢや 笑うて暮せ鬼ケ城笑ふ門には福が来る 鬼は仏と早変り仏は神と出世する 神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世の立替立別の出て来る迄に逸早く 神の御子と生れたる鬼熊別の家来共 叶はぬ時の神頼みもう斯うなつては百年目 早く山砦を明け渡せ此常彦が気をつける アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 夏彦『何だ、常彦、俺の言霊を随分冷かしたが貴様の言霊は何だ、長い長い大蛇の様なぬるぬるとした、蜒りさがした骨無し歌ぢやないか』 常彦『きまつた事だ、先方が大蛇の身魂だから此方もぬるぬると長く攻かけたのだよ』 加米彦『何だか根つから能う分る言霊だつた、之には流石の鬼熊別も胆を潰して腹を抱へて笑ひ転けるであらう、アハヽヽヽ』 馬公は岩窟の高欄の上に立ち、怪しき身振りをし乍ら謡ひ初めた。 馬公『花の都を立ち出でて馬と鹿との二人連れ 紫姫のお伴して比沼の真名井に詣でむと 遥々やつて来た折にバラモン教の神の子と 現はれ出でたる鬼鷹や心の荒き荒鷹の 二人の奴にうまうまと口の車に乗せられて 馬と鹿との両人は馬鹿にしられて三嶽山 岩窟の中に放りこまれ泣いて怒つて暮す中 折も悦子のお姫さま音彦さまや加米彦の 二人の取次従へて岩窟の中に御入来 折よく私は助けられ忽ち変る三五の 神の教の信徒となつて嬉しき今日の日は 鬼の棲まへる鬼ケ城言霊戦に加はりて 鬼熊別の土手つ腹突いて突いて突き捲り オツトドツコイこら違うた心の裡は兎も角も 表は矢張鬼ケ城鬼の味方になり居れと 悦子の姫が仰有つたかねて定めた八百長の 此言霊の戦ひに敵と味方の区別なく 言向け和し三五の神の教を敷島の 大和島根はまだ愚豊葦原の瑞穂国 国の八十国八十の島一度に開く梅の花 開いてちりて実を結ぶ結ぶ誠の神の縁 鬼熊別の大頭お色の黒い蜈蚣姫 一時も早く村肝の心の鬼を追ひ出し 神に貰うた真心に早く復つて下されや 馬公が一生のお頼みぢや荒鷹改心するならば 敵も味方もありはせぬ天下泰平無事安穏 千秋万歳万々歳散らぬ萎れぬ花が咲く 誠一つの神の道朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神のお道は変らない誠の道は二つない 誠一つに立ち復り神の光に照されて 恵の露に潤へよ鬼熊別や蜈蚣姫 三五教の宣伝使音彦加米彦青彦よ お前も一寸我が強い序に言霊放し置く アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 鹿公『アハヽヽヽ、オイ馬、貴様は何方に向つて言霊戦をやつたのだ、貴様余程筒井式だな』 馬公『きまつた事だ、味方をつついたり、敵をつついたりするからつつい式だよ、旗色の良い方へつくのが当世の処世法だ、オツトドツコイ戦略だよ、ハヽヽヽ』 攻撃軍の青彦は敵城に向ひ、又もや立つて言霊の発射を開始する。 青彦『三五教の宣伝使誠の道を宣べ伝ふ 神の御子たる青彦が之の山砦の司神 鬼熊別や蜈蚣姫二人の君に物申す 天と地との其中に生とし生ける者皆は 皇大神の珍の御子青人草と称へられ 神の御業をそれぞれに御仕へまつる者ぞかし 汝が命も天地の神の霊魂を受け給ひ 此世に生れし者なれば人の憫れを顧みて 善と悪とを推し量り世人を救ふ其為めに 誠の道に立ち復れそれに従ふ人々よ バラモン教の神の教心一つに励しみて 仕へ給ふは良けれども神の心を取違へ 知らず識らずの其中に曲津の神の容器と 成らせ給ひて天地の神の御前に許々多久の 罪をば重ね世を穢し根底の国の苦みを 受けさせ給ふ事あらば吾等はいかでか忍びむや 天を父とし地を母と仰ぎ生れし人の子は 皆兄弟よ姉妹よ一日も早く神直日 心も広き大直日神の真道に立復り 誠の道にのりかへて今迄尽せし曲業を 神の御前に悔い給へ三五教は世を救ふ 神の誠の言の葉を四方に伝ふる天使 心の耳に安らかに吾言霊を聞し召せ アヽ惟神々々霊幸倍坐世よ』 と声淑やかに謡ひ終つた。荒鷹は又もや立ち上り青彦に向つて、言霊の砲弾を発射し始めた。 荒鷹『神の恵のあら尊心の荒き荒鷹も 心新に立直し世の荒浪に掉して 神の助けの船に乗り心改め行ひを 改め直し世を広く神の教を服ひて 誠の道を立て徹しバラモン教やウラナイの 神の教の長を採り短をば捨てて新玉の 春立ち返る初よりあな有難や三五の 神の教に身を任せ心の花も一時に 開いて薫る梅の花日の出神や木の花姫の 神の命に神習ひ野立の彦や野立姫 埴安彦や埴安姫の神の命の御心を うまらにつばらに推量りて神素盞嗚大神の 此世を洗ふ瑞霊厳の霊の御教 身もたなしらに励しみて仕へ守るぞ嬉しけれ 鬼熊別や蜈蚣姫今迄仕へし荒鷹が 今改めて願ぎ申す汝が尽せし許々多久の 邪悪の道を今よりは改めまして天地の 神の御言を謹みて朝な夕なに村肝の 心にかけて守りませ汝が命に真心を 尽しまつるは荒鷹が清き心の表現ぞ 必ず怒らせ給ふまじ回顧すれば荒鷹が バラモン教に仕へてゆ早や二十年になりたれど 天と地との神々や世の人々の身に対し 一つの功績立てしことまだ荒鷹の身の因果 赦し給はれ天津神国津神等百の神 偏に願ひ奉るアヽ惟神々々 霊幸倍坐世よ』 荒鷹は斯く謡ひ涙をはらはらと降らし鬼熊別、蜈蚣姫の端坐せる高楼の前に向つて合掌したり。三五教の宣伝使音彦はすつくと立ち敵城に向ひ、又もや言霊の速射砲を差し向けたり。その歌、 音彦『日本の国は松の国松吹く風の音彦が 音に名高き鬼ケ城司の神と現れませる 鬼熊別の御前に稜威の言霊宣り上げて 清き言の葉宣り伝ふ豊葦原の中津国 メソポタミヤの楽園に教開きしバラモンの 鬼雲彦が言の葉は霊主体従の御教 三五教も其通り之亦霊主体従を 珍の御旗と押し立てて四方の草木を靡かしつ 天が下をば吹き払ふ科戸の風の神司 松に声あり立つ波の音彦此処に現はれて 誠の道を宣べ伝ふ霊主体従と称へたる その名目は一なれど内容は変る雪と墨 白き黒きも弁へて汝が命は逸早く お伴の者と諸共に誠の神の開きたる 三五教の御教に一日も早く片時も 疾く速けくかへりませ元は天地の分霊 天が下には敵も無し相互に扶け助けられ 睦び親しみ世の中に茂り栄ゆる人の道 省み給へ蜈蚣姫鬼熊別の司神 三五教の音彦が真心籠めて宣り申す 吾言霊の一つだに汝が命の御耳に 響き渡りて行ひを直させ給へば我として 之に越えたる喜びは又と世界にあらざらめ アヽ惟神々々霊の復しを待ち奉る』 と謡ひ終つて岩石の上に腰を下ろしたり。鬼熊別の片腕と聞えたる鬼鷹は白扇を開いて衝つ立ち上り、攻撃軍に向ひ言霊の応戦を開始したりけり。 鬼鷹『神の身魂と生れ乍ら誠の道を踏み外し 心汚き鬼神の醜の曲津の群に入り 日に夜に募る許々多久の罪や穢に包まれて 此世からなる生地獄心に鬼が棲むのみか 鬼雲彦の曲津神鬼熊別や蜈蚣姫 醜の従僕となり果てて名も恐ろしき鬼鷹と 天地の御子と生れきて万の長と名を負ひつ 鬼畜生や鳥翼虫にも劣る醜魂の 此世を乱す曲業に心砕きし浅猿しさ かかる汚なき吾身にも慈愛の深き皇神は 恵の鞭を鞭たせつつ今日は嬉しき三五の 神の教に照されて心も広く蓮花 薫り床しき木の花の咲耶の姫の御仰せ 日の出神の御神力千座の置戸を負ひ給ひ 普く世人を救ひます神素盞嗚大神の 瑞の御霊と現はれて身魂も清き神の御子 神も仏もなき世かと日に夜に胸を痛めしが 時節待ちつる甲斐ありて悪を斥け善道に 忽ち復る今日の空霽れゆく雪の跡見れば 三五の月は皎々と己が頭を照らしつつ 恵の露をたれ給ふアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ仮令大地は沈むとも 月日西より昇るとも神に誓ひし吾心 幾世経ぬとも変らまじ変る浮世と云ひ乍ら 遠き神代の昔より誠の道に変りなし アヽ尊しや有難や三五教の神の教 喜び仰ぎ奉る曲津の集まる鬼ケ城 八岐大蛇の醜魂八握の剣抜き持たせ 五百美須麻琉の玉の緒に神の御水火を結びつつ 心の鏡照り渡る月照彦の大神や 足真の彦の大神の伝へ給ひし御教 埴安彦や埴安姫の神の命の現はれて 織り出でませる経緯の綾と錦の神機を 天津御風に飜し山の尾の上や河の瀬に 荒ぶる百の神等を草木の風に靡く如 言向け和し皇神の御水火も清く九十 十曜の神紋中空に靡かせ奉り皇神の 御稜威を四方に輝かし醜の山砦に進撃し 太き功績を永久に立てて心の真木柱 高天原に千木高く仕へまつらむ吾心 アヽ惟神々々御霊幸倍坐世よ』 と謡ひ終り、天地に向つて合掌し嬉し涙に咽びつつ地上にドツと打ち倒れたり。鬼熊別が幕下の者共、感激の涙にうたれ、ものをも言はず大地に平伏し、落つる涙に大地を潤しける。紫姫は立ち上り声淑やかに宣伝歌を謡ひ初めたり。 紫姫『救ひの神と現れませる厳の御霊や瑞御霊 天教山や地教山名さへ目出度き万寿山 霊鷲山の三葉彦神の命の御教は 天地四方に拡ごりて世は永久に開け行く アヽ惟神々々御霊幸はひ坐しまして 醜の魔風も凪ぎ渡り荒き波風鎮まりて 御代は平らに安らかに常磐堅磐の松の世と 治め給ふぞ尊けれ妾は都に現はれて 紫姫と名乗りつつ恋しき父に生き別れ 悲しき月日を送る内心の色も悦子姫 嬉しき便りの音彦や名さへ目出度き加米彦の 教の御子に助けられ三五教の御柱と 仕へまつりし今日こそは千代も八千代も忘られぬ 生日足日と祝ひつつ心に住める曲津見を 禊ぎ祓ひて真澄空三五の月のいと円く 神の大道を力とし円く治めむ神の国 アヽ有りがたや尊しや三五教の神の恩 千代に八千代に永久に仕へまつりて忘れまじ アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし アヽ惟神々々御霊の幸を賜へかし』 と謡ひ終り天地に向つて恭しく拝礼したり。三五教の宣伝使長悦子姫は立上り、鬼熊別の館に向つて声を張上げ宣伝歌を送りたり。 悦子姫『天の八重雲掻き別けて天降りましたる皇神の 珍の御子と現はれし神素盞嗚の瑞霊 木花姫の生御霊日の出神の厳霊 三五の月の御教を四方の国々隈もなく 月照彦の大神や金勝要の大御神 従ひ給ふ八百万神の使の宣伝使 教を開く八洲国誠の道にさやりたる 八岐大蛇や醜の鬼醜の狐や曲神の 曇りし御魂を照さむと心を千々に配りつつ 霜の剣や雪の空雨の襖に包まれて 尾羽打ち枯らしシトシトとあてども無しに進み行く 教伝ふる宣伝使夜な夜な変る石枕 草の褥に雪の夜着世人の為に身も窶れ 心も疲れ山河を数限りなく渡り来て 曲津の神にさいなまれ寒さを凌ぎ飢、渇 心を千々に尽しつつ救ひの綱に操られ 愈此処に鬼城山司の神と現はれし 鬼熊別や蜈蚣姫永久の棲処と聞えたる 魔窟の山に登り来て宣り足らはれし言霊の 稜威の力に許々多久の罪や穢を吹き払ひ 祓ひ清むる神の道世は紫陽花の変るとも 色香褪せざる兄の花の一度に開く神の教 宣り伝へ行く楽しさよアヽ惟神々々 御霊幸倍坐世よ』 と言葉短に謡ひ終れる折しも高殿より、火煙濛々と立ち昇り阿鼻叫喚の声、耳朶を打つ。一同はハツと驚き見上ぐる途端に鬼熊別、蜈蚣姫の二人は高閣に納めたりし天の岩船にひらりと飛び乗り、プロペラの音轟々と中空を轟かせ乍ら東方の天を目蒐けて一目散に翔り行く。敵も味方も一度に声張上げて、 一同『三五教の宣伝使、万歳々々』 と三唱したりける。此声に驚き目覚むれば瑞月の身は宮垣内の賤の伏屋に横たわり、枕許には里鬼と綽名を取つた丸松が、真赤な顔をして二三人の隣人と共に酒をグビリグビリと傾け居たりける。 (大正一一・四・二三旧三・二七北村隆光録)
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霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 10 赤面黒面 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 08 大悟徹底 第八章大悟徹底〔六五三〕 紫姫、若彦、お玉は元伊勢の神殿に祈願を籠め終り、玉照姫を介抱しつつ、馬、鹿両人の復命如何にと待つて居た。 黄昏過ぐる頃神殿に向つて急ぎ来る二つの影。 馬公、鹿公『モシモシ紫姫さま、若彦さまは居られますか、馬、鹿の両人で御座います』 若彦『ヤア馬公に鹿公、御苦労だつたナア。様子は如何ぢや』 馬公『ハイまアまア上いきでした。黒姫はフサの国へ帰つて不在中だとかで、残りの十四五人の連中、酒に喰ひ酔つて大騒ぎの真最中、到頭吾々両人も引張り込まれ、酒に酔ひ潰され、敵味方の区別も無く互に歓を尽して居る最中へ、やつて来たのはフサの国の本山より高姫、黒姫の使として鶴公、亀公の両人、そこで吾々両人は貴女方の御意見を伝へますると、鶴公、亀公は一も二も無く承諾をしました。併し乍ら一寸フサの国まで伺つて来るから、確たる返答は後程するとの事でございました』 紫姫『アヽそれは御苦労でしたナ。左様ならば御返事のあるまで、一旦聖地へ引返しませうか』 若彦『それが御よろしうございませう。玉照姫様が元伊勢へ御参拝の御供を致したと思へば無駄にはなりませぬ。サアサア急ぎ帰りませう』 と一行五人は、玉照姫を恭しく捧持しつつ再び世継王山麓の館に立帰りける。峰の嵐に吹き散らされて満天の雲は何処ともなく姿を消し、上弦の月は東天に輝き初めた。夜明けに間もなき時なりける。 四五日過ぐる夜半頃、世継王山麓の玉照姫が庵を訪ねる数名の男女が現はれた。凩吹き荒ぶ真夜中頃、紫姫以下の家族は残らず寝に就て居た。門の戸を敲く男の声、 鶴公『モシモシ夜中に参りまして済みませぬが、私は御存知のフサの国のウラナイ教の本山から参りました鶴公でございます。先日馬公さま、鹿公さまに御聞き申したことを、直様高姫、黒姫様に御伝へ致しました所、殊の外御悦び遊ばして、唯今此所へ大勢伴れて御出でになりました』 馬公は此の声を聞き、家の中より、 馬公『ヤア擬ふ方なき鶴公さまの声、一寸待つて下さい。今直に紫姫様に申上げますから、オイ鹿公、起きぬか、大変だ大変だ』 鹿公はむつくと起き、 鹿公『ナヽヽ何が大変だ。大方フサの国から黒姫さま、高姫さまが殊の外御悦びで御出でになつたのだらう』 馬公『なまくらな奴だ、聞いてゐやがつたのだな』 鹿公『アハヽヽヽ、モシモシ紫姫さま、若彦さま、高姫、黒姫の御両人が御出でになりましたよ』 紫姫『アーそれは御遠方の所、よう来て下さつた。馬公や、早く表を開けて下さい。さうして受付で一寸御茶でも差上げて、此方の奥の片付くまで待つて居て貰うて下さい』 と欣々として寝床を片付け、掃除にかかる。若彦は寝巻を着替へ、慌て表に飛び出し、 若彦『ヤー黒姫さま、高姫さま、よう御出で下さいました。サアほんの仮小屋で貴方の御在遊ばす本山に比ぶれば、全で柴小屋の様なものでございますが、どうぞ御入り下さいませ』 高姫『青彦さま、何事も神界の御都合だから今迄の事は、全然水に流して仲好うするのだよ』 若彦『ハイハイ仰せの通り仲好うする程、結構なことはございませぬ』 黒姫『お前は矢張り私の眼識に違はず、屹度こんな好結果を齎すであらうと思つて居つた。私の眼は矢張り黒いワ。高姫さま如何でございます、間違ひはありますまい』 高姫『イヤどうも恐れ入りました。サアサア御免蒙りませう』 と一同はぞろぞろと閾を跨げて奥に進み入る。 紫姫『これはこれは皆様よくおはせられました。毎日日日首を伸ばして御返事如何にと御待ち申してゐました。こちらの方から御返事の有り次第伺ふつもりでしたのに、自ら御出張下さいますとは、実に有難いことでございます。どうぞ今迄の御無礼は御赦し下さいませ』 黒姫『モー斯うなれば親子も同然だ。決して御気遣ひ下さるな』 と奥の間の正座に一行七人ずらりと棚の布袋然として座を占る。 紫姫は心底より嬉々として、丁寧に遠来の客をもてなしてゐる。若彦、馬、鹿の三人は俄に襷掛けとなり、御馳走の献立に全力を尽してゐる。お玉は玉照姫の側を離れず大切に保護して居る。 黒姫『これ紫姫さま、貴女は本当に見上げた御方だ。この黒姫でさへも深遠霊妙なる貴女の秘策には気が付かなかつた。大事を遂行するものは、さうなくてはならぬものだ。現在上役の私さへも知らぬやうに、うまく芝居を仕組まれた其の腕前は、実に感服致しました。モシ高姫さま、それだから私が貴女に御目にかけた時、掘り出し物が手に入つたと言うたぢやありませぬか。黒姫の眼力も、あまり捨てたものぢやありますまい。エヘヽヽヽ』 と肩を揺る。 紫姫『イエイエもとより智慧の足らはぬ妾のことでございますから、実の処は若彦、元の名の青彦と二人、悦子姫さまの御指図に従つて、済まぬとは知り乍ら黒姫様を誑かつたのです。つまり貴女に揚げ壺を喰はし、玉照姫様を此方へ捧持して帰つた時は、それはそれは何とも知れぬ心持でございました。嬉しいやら又何ともなしに気持が悪いやら、貴女に対して御気の毒やら、何か心の奥の奥に一つの黒い影があるやうな心持でした、今日となつては実に一点の曇りも無き様になりまして、こんな嬉しいことはございませぬ』 黒姫は眼を丸うし、口を尖らし、 黒姫『さうすると矢張りお前等二人諜し合はして、私を抱き落しにかけたのだな。ほんにほんに油断ならぬ途方も無い腹の黒いお姫様だ。オホヽヽヽ』 高姫『これ黒姫さま、もう好いぢやありませぬか。改心さへなさつたら何も言ふことはありませぬワ。過ぎ去つたことを言うて互に気分を悪うするよりも、勇んで御用をするのが神様に対して孝行ぢや。もうそんな事は打切りに致して、打解けて是から神業に参加しようではありませぬか』 紫姫『有難うございます。これに就きましては種々と深い理由がございますが、軈て御膳の支度も出来ませうから、ゆつくりと召上つて其の後に、妾等の懺悔話を聞いて貰ひませう』 斯る処へ若彦は現はれ来り、 若彦『皆さま、御飯の用意が出来ました。もう夜も明けかけましたから、どうぞ御手水を使つて御飯を召上つて下さいませ』 黒姫『サア皆さま、身体を潔めて神様に御礼を申上げ、御飯を頂戴して、ゆるゆると御話を承はることにしませう』 此の言葉に一同は裏の谷川の清泉に口を嗽ぎ、手水を使ひ神前に祝詞を奏上し、終つて朝餉の膳に就いた。 黒姫『何から何まで心を籠めた結構な御馳走を頂戴致しました。青彦さまの真心が染み込んで、何となく美味く頂戴致しました。時に青彦さまに否紫姫さまに改めて御訊ね致しますが、それだけ仕組んで此の年寄をちよろまかし、茲まで成功して置き乍ら、何の為に今となつて玉照姫様を、私の方へ渡さうと言ふのだい。大方玉照姫様の御意に叶はずして何か恐ろしい夢でも毎晩二人の方が見せられ、責られるのが辛さに切羽詰つての今度の降参ぢやないか。素盞嗚尊の悪神の御用をするお前として、どうも不思議で堪らぬぢやないか。サアすつぱりと打明けて言ひなされ。事によつたら玉照姫様を受取つて上げぬこともない』 若彦『イエイエ滅相もない。玉照姫様は何時も大変な御機嫌でゐらせられ、御神徳は日々輝きまして、此の御方あるため三五教は大変な勢力になつて来ました』 黒姫『そんな結構な玉照姫様を何故又あれだけ秘術を尽して手に入れ乍ら、ウラナイ教へ受取つて下されと頼みに来たのだい』 若彦『実は剣尖山の麓の谷川で、貴女に御眼にかかつた時、紫姫様と吾々以心伝心的に詐つて、ウラナイ教に帰順と見せかけ、貴女の計略をすつかり探知し、うまく取り入つて重任を仰せ付けらるるところまで漕ぎつけ、これ幸ひと豊彦の家へ綾彦夫婦を引伴れ、玉照姫様、お玉さまを受取り、黒姫さまは今頃は欠伸をして待つてゐらつしやるだらう。エー好いことをした、痛快だと心欣々帰つて参り、日に夜に侍き仕へ奉り、その御かげで旭日昇天の三五教の勢ひとなり、素盞嗚大神様も嘸御悦びの事と思つて居りましたところ、或夜のこと大神様の御娘英子姫様に、大神様より非常な御意見を遊ばされた上、権謀術数的偽策を弄して貴き神様を手に入れるとは不都合千万だ、三五教に於て最も必要なる玉照姫なれば、ウラナイ教にも必要であらう。黒姫が全力を尽して手に入れようとしてゐるものを、無慈悲にも何故そんな掠奪的行動を執つたのだ。己の欲する所は他人に施せと云ふ神の心を知らぬか、一時も早く黒姫に玉照姫を御渡し申し、御詫を致せ。さうして其方等は三五教の宣伝使を止めよとの意外なる御不興、厳しき御命令でございました。それが為に紫姫様も、私も嗚呼縮尻つた。三五教の精神はそんなものぢやない。また素盞嗚大神様の大御心は、吾々のやうな半清半濁の魂ではない。誠一つの水晶の御魂と感じ入り、恐れ入つて気が気でならず、貴女が依然として魔窟ケ原の巌窟に御座ることと思ひ、玉照姫様が元伊勢様へ御参拝の御供を幸ひ、馬、鹿の両人を遣はして御詫にやつたところ、生憎本山へ御引上げの御留守中、幸ひにも本山より、鶴、亀の御両人が御出でになつたさうで、そこで馬、鹿の両人が吾々の意志を伝へて、貴女に御願ひしたやうな次第でございます。決して決して吾々両人が心からの改心で御渡し申さうと言ふのではございませぬ。全く大神様の御命令に拠つたのでございます』 紫姫『唯今若彦の申された通り、寸分の相違もございませぬ。どうぞ吾々の今迄の悪心を御赦し下さいまして、玉照姫様をウラナイ教へ御受取下さいませ。吾々一同がフサの国迄御供を致します。さうして吾々最早三五教を除名されたものでございますれば、どうぞ貴女の幕下に御使ひ下さいますように御願ひ申します』 黒姫『よしよし私の否ウラナイ教の立派な宣伝使にして上げませうよ。御心配なさるな。又玉照姫様もお玉さまも確に御受取り致しませう』 高姫『アヽ一寸黒姫さま、御待ち下さいませ。こりや吾々も一つ考へねばなりますまい。何程玉照姫様が結構な御方だと言つて、ハイ左様かと頂いて帰る訳には行きますまい』 黒姫『そりや又何故に、折角ここ迄に漕ぎつけたのに、神様の御神徳を受取らぬと仰有るのですか』 高姫『私は実に心の中のさもしさが今更の如く恥かしくなつて来ました。素盞嗚尊様は変性女子だ、悪役だと今の今まで思ひ詰め、こんな神の建てた教は絶対に根底から粉砕して了はねば世界は何時迄も闇黒だから、仮令私の生命は如何なつても、素盞嗚尊の悪神を打滅し、三五教を根底より替へて誠一つのウラナイの教で世界を水晶に致し、二度目の岩戸開きをせなならぬと、今の今迄一生懸命に活動して来ましたが、素盞嗚尊様は矢張り善であつた。大善は大悪に似たり、真の孝は不孝に似たり、誠の教は偽りの教に似たりと言ふ神様の御教示が、私の胸に釘さすやうに響いて来ました。アヽ瑞の御霊様、今迄の私の取違ひ、御無礼を何卒赦して下さいませ』 と両手を合せ、涙をハラハラと流し、身体を畳に打突けるやうに藻掻いて詫入るのであつた。 黒姫は狐につままれたやうな顔をして、一言も発せず、眼ばかりギヨロつかせて一同を眺めて居る。梟鳥の夜食に外れたと言はうか、鳩が豆鉄砲を喰つたと言はうか、何とも形容の出来ぬスタイルを遺憾なく暴露してゐる。紫姫は高姫に取縋り、涙乍らに、 紫姫『モシモシ高姫様、どうぞ許して下さいませ。貴女は其様な綺麗な御心とは知らず、今の今迄陰険な御方と疑つて居りました。何も彼も是にてすつかり御心中が氷解致しました。アー私は何としたさもしい根性でありましただらう。どうぞ私達を助けると思つて、玉照姫様を御受取り下さいませ』 高姫は漸々顔を上げ、涙を袖にて拭ひ乍ら鼻を啜つて、 高姫『イヤもう前世よりの深い罪業で、今が今迄瞋恚の雲に包まれ、執着心の悪魔に囚はれて、思はぬ恥を神様の前に晒しました。国治立の大神様、豊国姫の大神様、素盞嗚大神様も嘸端ない奴だと御笑ひでございませう。それに就けても茲迄素盞嗚大神様を敵として、有らむ限りの悪口を申上げ、神業の御邪魔を何彼につけて致して来ました。此の深い罪をも御咎めなく、大切な玉照姫様を私達に御遣はし下された上、大切な宣伝使まで懲戒のため除名をするとの御言葉、何たる公平無私な神様でございませう。アヽ勿体ない、どうぞ神様赦して下さいませ』 と又もや泣き伏しける。黒姫も何となく悲しさうに俯向いて、肩で息をして居る。 馬公『オイ鹿公、どうしても世継王山の麓はフモトぢや。全で狐を馬に乗せたやうな天変地変が勃発したぢやないか』 鹿公『そうだから一寸先は暗の世よ。何事も惟神に任せ、人間の分際で神の経綸は判らぬと仰有るのだ』 馬公『そうだと言つて、変ると言つても、あまりぢやないか。彼れ程両方から一生懸命になつて、狙つて居つた玉照姫様を貰つて呉れ、イヤ勿体ないなんて肝腎の玉照姫様を馬鹿にして居るぢやないか。此方で振られ、彼方で振られ、玉照姫さまだつて立つ所が無いぢやらう。俺はウラナイ教が伴れて帰らねば、お玉さまと一緒に手を携へて、玉照姫様を捧持し、何処かの山奥に行つて、一旗挙げて見ようと思ふが如何だらうな』 鹿公『何を吐すのだ。貴様等に玉照姫さまやお玉さまが随いて往かつしやると思ふか』 馬公『一寸先は暗の世だ。人間の知識の範囲でわかるものかい。何事も神様の御意思の儘だ。併しよく考へてみよ、高姫さまや、黒姫さまが泣いて受取らず、紫姫さまや、若彦が受取つて呉れと言ふ。何方にもゆき場がなくなつて、宙にブラリの玉照姫さまだ。白羽の矢は屹度俺にささらねば、ささるものがないぢやないか』 鹿公『アハヽヽヽ、取らぬ狸の皮算用だ、拾はぬ金子の分配話見たやうな惚けたことを言ふない。余程貴様もお目出度い奴だ。アハヽヽヽ』 若彦『こりや馬、鹿の両人、沈黙せぬか』 馬公、鹿公『ハイ沈黙致します。併しお前さま等のやうに涙をこぼしての沈黙とは違ひますから、玉石混淆されては困りますで』 若彦『要らぬ口をたたくものぢやない』 馬、鹿は目を細うし、舌をベロツと出し、腮をしやくつて蹲踞んで見せた。 高姫は涙を払ひ、 高姫『アヽ兎も角一旦フサの国の本山へ帰りまして、トツクリと思案を致しまして其上に御返事をさして貰ひませう。サア黒姫さま、御暇乞ひをしようではございませぬか』 黒姫『玉照姫さまの御身の上はどうなさる。序に鄭重に御迎ひ申して帰つたら如何でせう』 紫姫『どうぞさうなさつて下さいませ。ナアお玉さま、貴方行つて下さいますか』 お玉『ハイ何事も惟神に任した妾、どうぞ宜敷きやうに御願ひ致します』 高姫『なんと仰有つて下さいましても、心が恥かしくつて玉照姫様を御世話さして戴くだけの資格がないやうに、守護神が申します。どうぞ此場は、これ限りにして下さいませ』 若彦『どうしても御受取下さらぬのですか。又吾々の願ひを諾いてやらぬとの御了簡ですか。それはあまりぢやありませぬか』 高姫『なんと仰有つても暫らくの御猶予を頂きます。どうぞ大切に玉照姫様を御世話して上げて下さいませ。万々一素盞嗚大神様が此事に就て、貴方方をお咎めになるやうなことがあれば、此の高姫がどんな責任でも負して頂きます。アヽ玉照姫様どうぞ御機嫌よう三五教を御守り下さいませ。罪深き高姫、御言葉をおかけ申すも畏れ多うございますが、広き厚き大御心に見直し、聞直し下さいまして罪深き吾々どもを御許し下さいませ。左様ならば御暇致しますよ』 黒姫『もうお帰りですか』 高姫『サア貴方も帰りませう。玉照姫様にお暇乞ひをなさいませ。紫姫様、青彦様、其外御一同様、突然参りまして、エライ御造作をかけました。一先づ本山まで帰つて参ります。何分宜しうお願ひ申します』 紫姫『アヽ強つてさう仰有れば是非はございませぬ。これも全く妾等の行届かないからのこと、どうぞ悪からず思召し下さいまして、将来何分宜敷く御願ひ申します』 馬公『是非ともよろしう』 鹿公『私も同じく是非ともよろしう』 高姫『サア金公、八公、飛行船の用意だ』 高姫一行は二隻の飛行船に搭乗するや否や、円を描いて空中に駆け昇り、西天高く姿を隠したり。 アヽ高姫、黒姫は今後如何なる行動に出づるならむか。 (大正一一・五・七旧四・一一外山豊二録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 09 身魂の浄化 第九章身魂の浄化〔六五四〕 心の暗の空晴れて、世界に鬼は梨の木の、峠の巌に腰打掛け、雪雲の空を眺めて、雑談に耽る二人の男あり。 荒鷹『アヽ思ひまはせば今年の春の初、鬼熊別の部下となつて、三岳山の岩窟に数多の手下を引連れ、善からぬ事計りを得意になつて、自己保存は人生の本領だと思ひ詰め、利己主義の行動を以て金科玉条として居たが、まだ天道様は吾々を捨て給はざりしか、音彦、加米彦、悦子姫様の一行に救はれ、飜然と悟り、三五教に入信さして頂き、鬼熊別の本城に逆襲し、言向和さむと心力を尽して見たが、まだ鬼熊別の大将は、神の救ひのお綱が掛つて居なかつたと見え、吾々の熱誠なる言霊の忠告を馬耳東風と聞き流し、終には鬼雲彦の後を追うて何処ともなく遁走して了つた。仮令三日でも同じ鍋はだの飯を食つた間柄だから、我々としては何処までも、誠の道に救はねばならないのだが、何処へお出でになつたか行衛は知れず、三五教へ這入つてから、此れと云ふ様な神様に御奉仕も出来ず、困つたものだ。竹生島へ行つて見れば、英子姫様は神業を完成遊ばして、素盞嗚大神様と共に、フサの国斎苑の御住居へお帰り遊ばした後なり、三五教の方々には、散り散りバラになつて別れて了ひ、殆ど方向に迷ふ今日の有様、せめては高城山の松姫でも言向和して、一つ功を立てねばなるまい………ナア鬼鷹』 鬼鷹『オーそうだ。此処も所は違ふが、ヤツパリ大枝山だ。あの向うに見えるは確かに高城山だ。何時も悪神の邪気に依つて黒雲が山の頂を包んで居たが、今日は又どうしたものだ。何時にない立派な雲が棚引いて居るではないか。何でも三五教の誰かが征服して、結構な神様を祀り、神徳が現はれて居るのではなからうかな。万一さうであるとすれば、結構は結構だが、吾々はモウ此自転倒島に於いて活動する所が無くなつた様なものだ。兎も角高城山を一度踏査して実否を探り、万々一三五教に帰順して居たとすれば、モウ仕方がない。どつと張り込んで此海を渡り、竜宮の一つ島へでも往つて、一働きしようぢやないか』 荒鷹『オウそれが上分別だ。併し第一着手として、高城山の探険と出かけやうぢやないか』 鬼鷹『高城山に立派な雲が棚引いて居るが、あれ見よ、真西に当つて又もや弥仙山の麓の様に紫の雲が靉靆いて居るぢやないか。玉照姫様に匹敵した男神様が御出現遊ばしたのではあるまいかなア。併し何は兎も角高城山へ打向ひ、其次に紫の雲の出処を調べる事としようかい。サアサア行かう』 と板を立てた様な坂道を下り、西へ西へと駆出した。満目蕭然として地は一面の薄雪の白布を被つて居る。仁王の様な足型を印し乍ら、高城山の山麓、千代川の郷、鳴石の傍までやつて来た。 荒鷹『一方は樹木鬱蒼とした箱庭式の小山に、卯の花の咲いた様に、白雪が梢に止まり、時ならぬ花を咲かせ、前は何とも知れぬ綺麓な水の流れた大堰川、こんな佳い景色は大枝の坂を越えてこのかた、見た事も無い。一つ此辺で休息した上、ボツボツと高城山に向ふ事にしようかい』 鬼鷹『何だか妙な声がし出したぢやないか。別に人間らしい者も居らず、獣とても居ないやうだ。狐や狸の足型は薄雪の上に残つて居るが、併し狐の声でもなし、人間の声でもなし、合点のいかぬ響きがするぢやないか。兎も角此処に大きな岩がある。どこもかも薄雪だらけだが、此岩に限つて一片の雪もたまつて居ない、さうして又カラカラに乾いて居る。幸ひ此岩の上で、楊柳観音ぢやないが、一つ瞑目静坐し心胆を錬つて見たらどうだ』 荒鷹は打首肯き乍ら、平坦な巌の上にドツカと坐つた。 荒鷹『オイ兄弟、大変此岩は温かいぞ。お前も一寸此処に坐つて見よ』 鬼鷹『ヤア本当に温かい岩だなア。地上一面冷たい雪が降り、冷酷な世界の人情は此通りと、天地から鑑を出して、俺達に示して御座るのに、こりや又どうしたものだ。僅か一坪ばかりの此岩の上許りは、冷酷な雪もたまらず、春の様な暖かみを帯びて居る。是れを見ても、どつかに暖かい人間も、チツとは残つて居ると云ふ神様の暗示だらうよ』 忽ち膝下の平面岩は鳴動を始め、刻々に音響強大猛烈の度を加へて来た。二人は驚いて足早に飛び下り、七八間此方に引き返し、岩石を見詰めて居た。忽ち岩石は白煙を吐き出した。続いて紫の雲細く長く、白煙の中に棹を立てた様に天に冲し、蕨が握り拳を固めたやうな恰好になつては、二三十間中空に消え、又同じく現はれては消え、幾回となく紫の円柱が立昇り、生々滅々して居る。二人は『ヤアヤア』と声を張り上げ驚くばかりであつた。猛烈なる大爆音は次第々々に低声となり、遂にピタリと止まつた。白煙は依然として盛に立昇つて居る。此時金の冠を戴き、種々の宝玉を以て造られたる瓔珞を身体一面に着飾り、白き薄衣を着したる、白面豊頬の女神、眉目の位置と謂ひ、鼻の附具合と云ひ、唇の色紅を呈し、雪の如き歯を少しく見せ、ニヤリと笑ひ乍ら現はれ給うた。 荒鷹『ヤア音に名高い川堰の鳴石であつたか。それとは知らずに御無礼千万にも、吾々の汚れた体で踏みにじり、誠に申訳のない事を致したワイ。キツと鳴石の霊が現はれて、何か吾々に対して厳しい御託宣を下されるのであらう。何はともあれお詫をするより仕方がない』 と荒鷹は薄雪の積もる大地にペタリと平太張つて、謝罪の意を表した。鬼鷹も同じく大地に鰭伏し慄うて居る。忽ち虚空に音楽聞え、蓮の葉の様な大花弁がパラパラと降つて来た。四辺はえも云はれぬ芳香に包まれた。荒鷹は頭を地に附け乍ら、少しく首を曲げ、一方の目にて恐る恐る岩上の女神を眺めた。女神は二人の美しき稚児を左右に侍らせ、例の白烟の中に莞爾として立現はれ、白に稍桃色を帯びたる繊手を差し延べて、此方の両人に向ひ手招きして居る。 荒鷹『オイ鬼鷹、ソウツと頭を上げてあの女神を拝んで見よ。何だか吾々両人に対して御用が有りそうだぞ』 此声に鬼鷹はコワゴワ乍ら、女神の方に眼を注いだ刹那、鬼鷹は『アツ』と叫んで、又もや大地に頭を摺付けた。何時の間にやら両人の体は何者にか引きずらるる様な心地し、以前の平岩の前に安着して居た。女神は淑やかに、 女神『荒鷹どの、鬼鷹どの、しばらくで御座つたなア』 此声に両人は一度に頭を擡げ、熟々と女神の姿を打眺め、腑に落ちぬ面色にて頭を掻いて居る。女神は二人の稚児に、懐より麗しき玉を持たせ、何事か目配せした。二人の稚児は両人の前に進みより、小さき紫の玉を両人の額に当て、コンコンと打ち込んだ。二人は『アイタタ』と云ふ間もなく、痛みは止まつた。二人の稚児は忽ち女神の両脇に復帰し、さも愉快げに笑つて居る。此時より荒鷹、鬼鷹の二人は何となく心穏かに春の様な気分が漂うた。 女神は静に、 女神『唯今より荒鷹、鬼鷹では有りませぬ。隆靖彦、隆光彦と名を与へます。どうぞ今後は誠の神人となつて、神業に参加して下さい。妾の顔を覚えて居ますか』 荒鷹はやつと安堵の態、 荒鷹『隆靖彦の名を賜はり、有難き、身に取つての光栄で御座います』 隆光彦『私の如き曇り切つた身魂に対し、隆光彦と御名を下さいましたのは、何ともお礼の申様が御座いませぬ。失礼乍ら貴神様は吾々と共に三岳山の岩窟にお住居遊ばした丹州様では御座いませぬか』 女神は莞爾として首肯く。 隆靖彦『アヽ是れで世界晴れが致しました。モウ此上は高城山の松姫を言向け和し、瑞の御霊の大神様の御神業に奉仕し、天地に蟠まる八岐の大蛇を言向け和す御神力は、十分に与へられた様な心持になりました。有難う御座います』 隆光彦も無言の儘、頭を下げ感謝の意を表示する。 隆靖彦『あなた様は今まで丹州と身を変じ、吾々の身魂を研く為に、種々雑多と御苦労を遊ばした神様、どうぞ御名を現はし下さいませ』 女神『今は我名を現はすべき時にあらず。自然に貴方等の身魂に感得し得る所まで磨いて下さい。妾の素性が明瞭お分りになつた其時は、貴方等の身魂は天晴れの神人となられた時です。それまでは、あなた方の為に懸案として暫く留保して置きませう』 と云ふかと見れば、三柱の姿は煙となつて消えて了つた。鳴石は依然として小さき唸りを立てて居る。 隆靖彦『なんと不思議な事が有つたもんですなア。吾々に不思議な女神さまが現はれて、隆靖彦だとか、隆光彦だとか、身分不相応の神名を下さつたが、実際に於て責任を尽す事が出来るであらうかと、又一つ心配が殖えて来たやうだ』 隆光彦『そうだ、私も同感だ。併しあの女神様は何処となく丹州さまにソツくりだつた。お前もさう思つただらう』 隆靖彦『ヤア私はあまり勿体なくて、とつくりと顔を、ヨウ拝まなんだよ。何とはなしに目がマクマクして、面を向ける事が出来なかつた。そうして何だか心の底から恥しくつて、自分の今迄の罪悪を照される様な気がして、随分苦しかつた。是れはヒヨツとしたら夢ぢや有るまいかなア』 隆光彦『ナニ、夢所か本当に顕はれ給うたのだ。斯うなつた以上は、層一層言行を慎んで立派な宣伝使にならなくちや、今の女神様に対して申訳が無からう。併し乍ら此の鳴石は依然として唸つて居るぢやないか。又々どんな神様が出現遊ばすか分らないよ。モウ暫く此処に祝詞を奏上して待つて居たらどうだらう』 隆靖彦『ヤア此上立派な神様に出られてたまるものかい。モウ此れで結構だ。恥かしくつて仕方がない。サアサア早く高城山へ行かう』 二人は鳴石に恭しく礼拝し、足早に大川の堤を伝つて上り行く。忽ちドンと突き当つた二人の男、驚いて、 二人『ヤアこれはこれは誠に無調法致しました。あまり俯むいて道を急いで居ましたので、女神様の御通りとも知らず、衝突を致しまして、申訳が御座いませぬ。どうぞお許し下さいませ』 隆靖彦『ヤアお前は、馬公に鹿公ぢやないか。エライ勢ひで何処へ行く積りぢや』 馬公『ハイ吾々の大将、紫姫、青彦の両人さま、大失敗を演じ、聖地にも居れないと云ふ立場になつて苦んで居られます。私等両人はあまりお気の毒で、見て居る訳にも行かず、そつと館を飛び出し、江州の竹生島へ参つて、英子姫様にお目にかかり、お情を以て、素盞嗚大神様に両人のお詫をして頂かうと思ひ、取る物も取敢ず参りました。どうぞ丹州さま、何とか、あなたもお力添をして下さいませぬか、お頼み申します』 隆靖彦『私は丹州さまぢやない。お前さんと一緒に、鬼ケ城の言霊戦に向つた大悪人たりし、荒鷹で御座いますよ』 馬公『モシモシ丹州さま、ソラ何を仰有います。眉目清秀、厳として冒す可らざるあなたの御容貌、女神の姿に化けて居らつしやるが、適切りあなたは擬ふ方なき丹州様、そんな意地の悪い事を仰有らずに、気を許して、打解けて下さいな』 鹿公『ヤア不思議だ。此処にも丹州さまそつくりの方が又現はれた。一目見た時から変つたお方ぢやと思つて居たが、ヤツパリ神様の化身で御座いましたか。どうぞ唯今申した通りの始末ですから、宜しく御神力を以てお助け下さいませ』 隆光彦『イエイエ決して決して、私は丹州さまでは御座いませぬ。荒鷹の兄弟分鬼鷹と云ふ、三岳山の岩窟に於て、悪ばかり働いて居つた男で御座いますよ』 馬、鹿『なんと仰有つても、鬼鷹、荒鷹の様な粗雑な容貌ぢや有りませぬワ。彼奴ア、一旦改心はしよつたが、又地金を出して、どつかへ迂路つき、此頃は鬼雲彦や鬼熊別の後を追うて、悪の道へ逆転旅行をやつて居るだらうと、吾々仲間の評定に上つて居る位な男です。そんな善悪不可解の筒井式の男の名を騙つたりなさらずに、本当の事を言つて下さい。私達は千騎一騎の場合で御座います』 隆靖彦『世間の眼識は違はぬものだなア。何程改心してもヤツパリどつかに、副守が割拠して居つたと見えて、三五教の御連中からは、今、馬公、鹿公の言つた様に見られて居つたのだなア。アーア仕方のないものだ。どうぞしてあの時の姿になつて、此両人の疑を晴らしたいものだ。斯うなると、麗しき容貌になつたのが、却て有難迷惑だ。ナア鬼鷹否々、隆光彦さま…』 隆光彦『アヽさうですなア。併し、馬公さま、鹿公さまにまで疑はれる程、霊魂が向上し、体の相貌までが変つて来たと云ふ事は、実に尊いものだ。ヤツパリ人間は霊魂が第一だ。……モシモシ馬さま鹿さま、決して嘘は申しませぬ。たつた今、何とも知れぬ立派な女神様から、玉を頂いたが最後、斯んなに変化して了つたのだ。名も隆靖彦、隆光彦と頂いたのだが、つい今の先まで依然として、荒鷹、鬼鷹の姿で居つたのだ。どうぞ疑を晴らして下さい』 馬、鹿の二人は疑団の雲に包まれ、両人の姿を頭の上から足の爪先まで、念入りに見詰めて居る。 隆靖彦(荒鷹)・隆光彦(鬼鷹)『バラモン教の総大将鬼雲彦の部下となり 三岳の山の岩窟に心も荒き荒鷹や 生血を絞る鬼鷹と現はれ出でて四方八方の 老若男女を拐はかし無慈悲の限りを尽したる 鬼熊別と諸共に大江の山や鬼ケ城 三岳の山に山砦を構へて住まへる折もあれ 天津御空の雲別けて降りましたか地を掘りて 現はれましたか知らねども何とはなしに威厳ある 丹州さまがやつて来て俺の乾児にして呉れと 頭を下げて頼まれる二人は素より神ならぬ 身の悲しさに丹州を奴隷の如く酷き使ひ 紫姫の主従をウマウマ岩窟に騙し込み 馬公、鹿公二人をば地獄に等しき岩穴へ 情容赦も荒縄に縛つてヤツと放り込みし 天地容れざる大悪の罪をも憎まず三五の 神の教の宣伝使音彦、加米彦現はれて 悦子の姫を守りつつ深き罪をば差し赦し 神の教に導きて忽ち変る神心 人を悩める鬼ケ城悪魔の砦に立向ひ 聞くも芽出たき言霊の清き戦に参加して 神の尊き事を知り三五教の神の道 四方の国々弘めむと心を配る折柄に 弥仙の山の山麓に神の知らせか紫の 雲立昇る麗しさ吾々二人は何となく 雲に引かるる心地して木の花姫の斎りたる 御山の麓に来て見れば豈計らむや丹州の 威厳備はる御姿に再び驚き畏みて 踵を返し須知山の峠の上に来て見れば 常彦さまや滝、板の二人の姿に驚きつ 一言二言云ひかはし丹州さまの仰せをば 畏み仕へ東路を指して山坂打渉り 荒波猛る琵琶の湖英子の姫の隠れます 竹生の島に往て見れば藻抜けの殻の果敢なさに 駒の首を立て直し彼方此方と彷徨ひつ 吾信仰も堅木原足並揃へて沓掛の 郷を踏み越え懺悔坂漸く登り梨の木の 峠に立ちて眺むれば遥に見ゆる西の空 高城山の頂きに五色の雲の棚引きし 其光景に憧憬れつ薄雪踏み締め来て見れば 風の音高く鳴石の上より昇る白煙 また立昇る紫の雲に心を奪はれつ 両手を合せ拝む内煙の中より現はれし 荘厳無比の女神さま二人の稚児を伴ひて 吾れにうつしき宝玉を授け給うと見る間に 鬼をも欺く醜体の二人は忽ち此通り 白衣の袖に包まれて容貌忽ち一変し 隆靖彦や隆光彦の教の司と名付けられ やうやう此処に来て見れば顔見覚えた馬公や 鹿公二人に巡り会ひ俄に変る吾姿 如何程言葉を尽すとも諾なひまさぬは道理なれ アヽ然り乍ら然り乍ら吾れはヤツパリ荒鷹に 鬼鷹二人の向上身どうぞ疑晴らしませ 人は心が第一よ霊魂研けば忽ちに 鬼も変じて神となり心一つの持方で 神も忽ち鬼となるさは然り乍ら人の身の 如何に霊魂を研くとも神の力に依らざれば 徹底的に魂は清まるものに有らざらむ 自力信仰もよけれども唯何事も人の世は 他力の神に身を任せ心を任せ皇神の 救ひを得るより途はない人の賢しき利巧もて 誠の道を究めむと思うた事の誤りを 今漸くに悟りけり吁馬公よ鹿公よ 人間心を振棄てて唯何事も惟神 神の他力に打任せ誠の信仰積むがよい 吾れは是れより高城の山の麓に現はれし ウラナイ教の宣伝使松姫さまを言向けて 誠の道に救はむと思ひ定めて進み行く 紫姫や若彦の二人の心は察すれど 人間心の如何にして救ふ手段がありませうか 魂を研いて今は唯花咲く春を待てばよい 神素盞嗚大神の無量無限のお慈悲心 如何でか見捨て給はむやアヽ惟神々々 御霊幸はひましまして紫姫や若彦に 如何なる罪の有りとても心平らに安らかに 直日に見直し聞直し宣り直しませ素盞嗚の 大神様に祈ぎ奉る朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの麻柱の道を貫く吾々は 神の救ひは目の前必ずともに二人共 心を痛め給ふまじ女神の姿と現はれし 吾々二人は先頭に高城山に向ひ行く 馬公、鹿公両人よ執着心を振り棄てて 吾等と共に言霊の清き戦に加はりて 太しき功績を立て給へいざいざさらば、いざさらば 一時も早く片時も疾く速けく参りませう 神は汝と倶にあり神の恵は海よりも 深しと聞けば高城の山は如何程嶮しとも 悪魔の勢強くとも神の光を身に受けて 常世の暗を照し行く三五教の吾々が 身の上こそは楽しけれアヽ惟神々々 御霊幸はひ坐しませよ』 と宣伝歌を歌ひつつ、一行四人は一歩々々、ウラナイ教の松姫が館を指して近付きぬ。 馬公『モシモシ最前のお歌に依つて、私達もスツカリと信仰の妙味と効果が、心底から諒解出来ました。併し乍ら吾々両人は、紫姫様のお供を致し、比沼の真奈井の貴の宝座へ参拝の途中、あなた方に拐はかされ、其お蔭にて尊き三五教の信者となり、御主人の紫姫様は、世にも尊き宣伝使とまでお成り遊ばし、吾々両人は昼夜感涙に咽び……アーア吾々主従は何とした果報者だ……と喜んで居りましたが、計らずも紫姫様は若彦さまと共に、大神様の御不興を蒙り、少しの取違より、今は三五教を除名され、神様に対しては申訳なく、其罪万死に値すると言つて、日夜紫姫様のお歎き、家来の吾々両人、これがどうして見て居られませう。そこで吾々は紫姫様にお暇を願ひ、一つの功名を立て、大神様に誠を現はし、其功に依りて御主人の罪を赦して戴かうと思ひ、それとはなしにお願致しましたが、どうしても紫姫様は吾々に暇を下さらないので、血を吐くやうな思ひをして、心にも有らぬ主人に対し罵詈雑言を逞しうし、ヤツと勘当されて此処までやつて来ました。モウ斯うなる上は、仮令失敗を致さうとも、御主人の御身には何の関係も及ぼさないなり、万々一吾々が功名手柄を現はした時には御主人様に帰参をお願致し、さうして紫姫様の名誉を回復したいばつかりで、両人申合せ、何とか良い御用をして見たいと思つて、此処まで参りました。併し乍らあなたは既に高城山を言向け和さむと御決心なされた以上は、吾々はお供の身の上、仮令成功を致しましても、それが御主人様のお詫の材料にはなりませぬ。あなたは既に其れだけの御神徳をお頂きになつたのだから、此言霊戦はどうぞ、私に譲つて下さいますまいか』 鹿公『いま馬公の申した通りの事情で御座います。どうぞ、吾々の切なる胸中をお察し下さいまして、今回は吾々にお任せ下さいませ。万々一失敗を致しました時は、第二軍として、あなた方御両人が、弔戦をやつて下さいませぬか』 と涙をハラハラと流し、真心を面に現はして頼みゐる。 隆靖彦『吾々も入信以来、一つの功労もなく、せめては頑強なる松姫を言向け和し、神様にお目にかけたいと思つてやつて来たが、武士は相身互だ。それだけの事情を聞いた以上は、強つて断る訳にも行かぬ。ナア隆光彦さま、此言霊戦は馬公、鹿公に手柄を譲りませうか。己の欲する所は人に施せとの御神勅を思ひ出せば、無情に撥ねつける訳にもゆきますまい』 隆光彦『あなたの仰有る通りです。馬公、鹿公、御苦労乍ら華々しくやつて見て下さい。私は彼の川縁の景色の佳い所で、あなたの武者振を拝見致します』 馬、鹿『それは早速の御承諾、有難う御座います。何分身魂の磨けぬ吾々の言霊戦、蔭乍ら御保護を御願ひ致します』 隆靖彦『天晴れ功名手柄を現はして下さい』 隆光彦『大勝利を祈ります』 馬、鹿の両人は『有難う』と感謝の意を表し、二人に別れ、松姫の館を指してイソイソ進み行く。 (大正一一・五・八旧四・一二松村真澄録)
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霊界物語 19_午_丹波物語4 玉照姫と玉照彦 15 山神の滝 第一五章山神の滝〔六六〇〕 松姫は来勿止神に導かれ、門の傍の細やけき二間造りの室に案内された。 来勿止神『此の暗夜に女の身として此の神山へ御参拝なされますに就ては、何か深い理由がございませう。私は此の関所を守る役目として一応御尋ねして置く必要がございますから、どうぞ包まず隠さず事情を述べて下さい』 松姫『御恥かしいことで御座いますが、私は今まで大変な取違ひを致して居りましたものでございます。ウラナイ教の分社高城山の麓の館に於て、三五教に対抗し、素盞嗚大神様の御邪魔ばかり致して来ました罪の深い女でございます。私の師匠の高姫、黒姫と云ふ方が大変に素盞嗚尊様に反対の教をなさつたので、私はそれを真に受け、何処までも天下国家のためにウラナイ教を拡張し、素盞嗚尊の一派言依別、八島主神様の主管せらるる三五教を根底から打ち壊す決心を以て、昼夜の活動を続けて来たものでございますが、素盞嗚尊様は吾々凡人の考へて居るやうな方ではなく、大慈大悲の世界の贖主であるといふ事を、第一に高姫様が合点遊ばし、立つても坐ても居られないので、黒姫様と御相談の上私の方へも詳細な手紙が参りました。就ては高姫、黒姫御二方の今迄の罪を許して頂かねばなりませぬので、弟子としての私も立つても坐ても居られませず、何か一つの荒修行を致しまして、功名手柄を顕はし、それを御土産に三五教へ参り、師匠や自分の罪を赦して頂き度いばつかりに、高城山の館を振り捨てて一人とぼとぼと此の霊山に修行がてら、玉照彦様を如何かして御迎へ申し、これを土産に三五教へ帰るつもりで参つたのでございます』 来勿止神『アヽさうでせう。私もうすうす言照姫様より承はつて居りました。併し乍ら貴女は余程御改心が出来て居るやうだが、未だお腹の中に副守護神が沢山に潜伏して居りますから、此儘御出でになつても玉照彦様が御承知下さいますまい。此先に山の神の滝がございますから、其処で七日七夜荒行をなさつて副守護神を追ひ出し、至粋至純の本心に復帰り水晶玉に磨き上げた上、御出でにならなくては駄目ですよ』 松姫『如何にも左様でございませう。どうか如何なる荒行でも厭ひませぬ、どうぞ御命じ下さいませ』 来勿止神『此処の修行は大変に辛いですが、貴女それが忍り切れますか』 松姫『何程辛くても構ひませぬ。仮令生命が亡くなつても、御師匠様の罪が消えさへすれば、それで満足致します』 来勿止神『アヽそれは感心な御心がけだ。それなら是から時を移さず、山の神の滝に於いて修行をなされ、神の道に断飲断食は無けれども、貴女は自分の罪及び、御師匠様の罪、其他部下一般の罪の贖ひのために、七日七夜断飲断食をなし、その上に荒行をせなくては本当に罪は消えませぬぞ』 松姫『何分よろしく御願ひ致します』 来勿止神『勝、竹の両人、一寸此処へ出ておいで』 言下に二人は此場に現はれ、 勝公『何用でございます』 来勿止神『別に外の事ではないが、この松姫様が山の神の滝で、七日七夜の荒行をなさるのだから、お前は十分世話を代る代るして上げて呉れ。荒行の間は決して此の方に同情したり、憫みをかけてはいけませぬぞ。能う限りの虐待をするのだ。さうでなければ神様へ対し重ね重ね御無礼御気障り、到底何時までかかつても罪は消滅するものではないから、松姫様を助けたいと思ふなら、十分厳しき行をさしてあげて呉れなくてはなりませぬ』 勝公『ハイ畏まりました。何分門番も勤めねばなりませぬから、竹さんと私とが代る代る世話をします』 来勿止神『アヽそうだ。若いものをよく監督して、落度の無い様に十分の荒行をさせ、立派な人間に研いて上げて呉れ』 二人は一礼し、 勝公、竹公『サア松姫様、早速ながら是から滝壺へ参りませう。何れ大きな灸を据ゑられると随分熱うて辛いものだが、そのために大病が全快した時の愉快といふものは、口で言ふやうなことでないと同様に、お前さまも是から私が大きな灸を据ゑます。併し乍ら決して憎んでするのぢやないから、悪く思うて下さらぬ様に頼みますぜ』 松姫『罪重き妾、どんな辛い行でも甘んじて致します。何卒よろしう御願ひ申します』 勝公『よしよし、サア斯う来るんだぞ、松姫の女つちよ。愚図々々してゐやがると頭をかち割らうか』 と俄に言葉や行ひに大変動を現はした。 松姫『ハイ』 と答へて随いて行く。 勝は先に立ち、竹は松姫の後より棒千切を以て背を打ち、臀を突き、 竹公『ヤイ松姫、何を愚図々々してゐやがるのだ。早く歩かぬか、あた面倒臭い。日が暮てからやつて来やがつて、俺達が楽に寝ようと思つて居るのに、滝まで送つてやつて貴様を大切に虐待せねばならぬ。今まで慢神をして大神様に敵対うた其のみせしめだ』 と言ひつつ棒千切れを以て、松姫の後頭部をカツンと撲つた。松姫は痛さを堪へ乍ら、 松姫『どうも有難うございます。これでちつとは妾の罪も軽くなりませうか』 竹公『ナニ百や二百撲つたつて、頭をかち割つたつて、貴様の罪は容易に浄まるものか』 勝公『オイ竹公、あまりぢやぞ』 竹公『何があまりぢや。貴様は来勿止神様の御言葉をなんと聞いたか。松姫に親切があるのなら、十分に虐待をしてやれと仰有つたぢやないか』 勝公『ウーそれはさうだが、あまり役たいもないことをするものぢやないぞ。虐待も十分にするが好が、其処は又、それ其処ぢや、人情を呑み込まずにな。好いか』 竹公『貴様は偉さうに先頭に立ちやがつて、来勿止神様の御言葉を無視し、且又松姫の修行を妨げ、重い罪を更に重うしようとするのか』 松姫『モシモシ御二方、妾のことに就て、どうぞ口論はないやうにして下さいませ。神様に済みませぬから』 竹公『エー松姫の奴、何をゴテゴテと干渉するのだ。ふざけた事を吐すとモー一つ御見舞だぞ。イヤ此の棍棒で力一パイ首が飛ぶ程、可愛がつてやらうか』 松姫『重々の御親切有難う存じます。併し乍ら御苦労をかけて済みませぬ。どうぞ貴方もお疲れでせうから、今日はこれ位でお休み下さいませ』 竹公『なにうまい事を言ふな。矢張り頭を撲られるのが苦いと見えるな。俺は此間から何とはなしに、むかついてむかついて其処の岩でも木でも、見つけ次第撲り度うて撲り度うて、腕が唸つて居つたのだ。今日は幸ひ来勿止神様の御命令を遵奉して心地よい程、貴様の頭を可愛がつてやるのだ。有難く思へ。荒行と云ふものは辛いものだらう。ウラナイ教で朝から晩まで、蛙かなんぞのやうにザブザブと水をかぶつとるのとはちつと段が違ふぞ。何程辛くても生命の瀬戸際になつても、僅か七日七夜の辛抱だ。此処で修行をやり損ねたならば、今まで大神様の御道を邪魔した、自らの罪で万劫末代根底の国に落され、無限の苦しみを受けねばならぬぞ。此の位なことはホンの宵の口だ。九牛の一毛にも如かざる苦みだから、勇んで修行をするのだぞ』 松姫『ハイ』 と答へた儘、頭部より流るる血潮の眼に滲み込むを、袖にそつと拭ひつつ、しよぼしよぼと滝の方へ向つて随いて行く。 勝公『サア、これが名題の山神の滝だ。ちつと寒うても真裸体になつて、頭から水をかぶるのだ。此処は猿が沢山居る処だから、顔を引つ掻かれぬやうに用心なさい。昼は大丈夫だが、夜分になると千疋猿がやつて来て悪戯をするから』 松姫『ハイ、有難うございます』 竹公『勝公、御苦労だつた。お前は門の方を守つて呉れ。俺はこれから一つ此の行者を十分に可愛がつてやらにやならぬからな。それから六と初とに棍棒を持つて、至急やつて来るやうに言うて呉れ』 勝公『さう沢山棍棒を持つて来て如何するのだい』 竹公『きまつたことだ。一本位の棍棒では徹底的に可愛がつてやる訳にはいかぬ。助太刀のためだ』 勝公『併しなア、竹公、わが身を抓つて他の痛さを知れと言ふことがあるなア。世界に鬼は無いといふことも、誰やらに聞いたことがあるやうに思ふ』 と、それとは無しに余り虐待をせぬようにと、口には言はねど、其意をほのめかしてゐる。 竹公『なに謎のやうなことを言ひやがつて、貴様は松姫を大切にせいと言ふのぢやらう、否結局憎めといふのだらう。何事も竹の胸中に有るのだ、心配せずに早く帰れ。さうして来勿止神さまに俺が力一パイ虐待して可愛がつて居る実状を、より以上に報告するのだぞ』 勝公『竹の奴が松姫の頭を七八分割り、腕を折り、胴腹に風穴をあけよつたと言つて置かうか』 竹公『そうだ、其処は貴様の都合にして呉れ。マア可成く神様は小さいことはお嫌ひだから、言ふのなら十分大きく言ふのだな。オイ勝、一寸待つて呉れ。二人の奴に棍棒を持つて来るように言つて呉れと云うたが、こんな女一人を虐待するのに応援を頼んだと思はれては残念だ。俺が徹底的にやつて置くから、来勿止神に詳細に報告するのだぞ』 勝公『そんなら松姫さま、暫くの辛抱だ。どうぞ立派な身魂になつて下さいや』 松姫『ハイ有難うございます』 竹公『エー又女にベシヤベシヤと正月言葉を使ひやがつて、早く帰れ』 勝公『帰れと云はなくても誰が斯んな怖ろしい処に居る奴があるか』 とトントンと帰つてゆく。 肌を裂く如き寒風は木々の梢に唸りを立てて見舞うて来る。月は皎々として東の山の頂きから滝壺をのぞいた。 竹公『松姫さま、御気の毒ですが、どうぞ暫らく辛抱して下さい。来勿止神は中々厳格な神で寸分も仮借をしませぬから、私も実は満腔の涙を隠して、失礼なことを致しました。併し乍ら到底貴女の身体では、此の荒行は続きますまい。世は呪と言うて神様は、大難を小難に祭り替へて下さるのだから、私もこれからスツパリと素裸体になつて、貴女の行を助けて上げよう。さうすれば七日のものは三日半で済むといふ道理だ。お前さま、頭を割られて血が出たと思つてゐるだらうが、ありや血ぢやありませぬから安心なさい。私が紅殻の汁を棒の先の革袋に括りつけて撲つたのですよ。血と見えたのは袋の紅殻だ。撲られた割には痛くはありますまいがな』 松姫『ハイ、さうでございました。別に何処も痛んで居りませぬ。斯んなことで神様の御意に召すやうな荒行が出来ませうかな』 竹公『出来ますとも。神様は形だけをすれば赦して下さいます。可愛い世界の氏子に何を好んで辛い目をさせなさいませう。貴女が生命がけの荒行をして、御詫をしようと決心なさつた其の心が、既に貴方の罪を赦して居ります。唯今の貴女は最早ちつとも罪は無いのですよ。本当の生れ赤児の心ですワ。併し乍ら余り気分のよい滝ですから、清めた上に浄めてお出でになつたら宜敷からう。併し来勿止神は、あゝ見えても実際は閻魔さまの化身ですから、中々賞罰を厳重になさるのです。今帰つた勝公だつて本当に優しい、慈悲深い人間です。併し乍ら彼奴は馬鹿正直ですから私が本当に貴女を虐待したのだと思つて心配をして居るのです』 松姫『アヽさうでございますか。なんとも御礼の申しやうは御座いませぬ。何分よろしう御指導を願ひます』 斯くして二三日経つて、四日目の朝になつた。 松姫『なんと荘厳な景色ですな。日輪様が此の滝に輝き遊ばして七色の虹を御描き遊ばし、得も言はれぬ微妙な鳥の声、常磐木の色、まるで天国の様ぢやありませぬか』 竹公『さうですとも、貴女の心が清まつたので宇宙一切が荘厳雄大に見え、環境すべて楽園と化したのですよ』 松姫『高城山も随分景色に富んだ処ですが、到底比べものにはなりませぬワ』 竹公『それは貴女のお心が曇つてゐたからですよ。今度見直して御覧、此の景色よりも層一層立派です』 斯く話す時しも勝公は莞爾々々として馳せ来り、 勝公『アヽ松姫さん、竹さん、御苦労だつた。来勿止神様から今日は行の中途だけれど、モウ修行が済んだから直様御山へ参詣つて宜しいとの御命令が下りました。お悦びなさいませ』 松姫『それは何より有り難うございます』 と滝壺に向ひ、感謝の祝詞を奏上し終つて三人打ち連れ立つて、来勿止神の庵に向つて帰りゆく。 竹公『神様、おかげで無事に松姫様の御修行が終りました』 松姫『来勿止神様、いろいろと厚き広き思召に依りまして、汚い身魂を洗つて頂きました』 来勿止神『アヽそうだつたか、結構々々、モウそれで何処へ出しても立派なものだ。お前さんの修行のおかげで玉照彦様のお迎へも出来ませう。お師匠様の罪も全然赦されませう、よう辛い行をなさいました。アヽ竹公、お前も大変な心配り、気遣ひであつたな。私の心を知つて居るのはお前ばつかりだ』 と嬉し涙を袖にそつと拭ふ。暫くは沈黙の幕が下りた。此時門前に慌しく駆来る四人の男、 男『モシモシ此の門開けて下さいませ』 勝は立上り大石門をギーと左右に開けた。四人の姿を見て勝は驚き、 勝公『ヤアお前は此の間やつて来た不届者、バラモン教の谷丸、鬼丸の両人、又二人も味方を殖やして来居つたのだな。玉照彦様だと思つて大きな岩石を大事さうに抱へて帰り、途中で気がついて又もや二度目のお迎ひに来居つたのだらう。モウモウ余人は知らず貴様に限つて、此門を通過さすことは出来ないと来勿止神様の厳命だ』 谷丸、鬼丸は大地にペタツと坐り、涙を流し乍ら、 谷、鬼『モーシ門番様、今日の谷丸、鬼丸は先日の両人とは違ひます。どうぞ御安心下さいませ』 勝公『違うと云つたつてお前の容貌と云ひ、姿と云ひ、何処に一つ変つたとこがないぢやないか』 谷、鬼『ハイ形の上はちつとも変つて居りませぬが、私の心は天地の相違に変りました』 勝公『いよいよ以て怪しからぬ奴だ。皮は何時でも変るぞよ。霊魂は中々変らぬぞよと神様が教へてござる。それに何ぞや、心が変りましたとは益々合点のゆかぬ奴だ』 谷、鬼『そのお疑ひは御尤もでございますが、今までの取違ひ、慢神の雲霧が晴れまして、すつぱりと青天白日の様な魂に生れ変りました。何程人間が利巧や智慧をだして焦慮つて見た所で駄目だ。神様のお許しない事は九分九厘で掌が覆ると云ふことをつくづくと悟らして頂きました。アーア心程怖ろしいものは御座いませぬ。今迄私は三五教や、ウラル教、ウラナイ教が敵ぢやと思つて、一生懸命に其の敵を征服したいと憂身を窶し、大活動を続けて居ました。然るに豈図らむや、その大悪魔の敵は私等の心の中にみんな潜んで居りました。斯うおかげを頂いた以上は、天ケ下に敵も無ければ、他人も無い、鬼も大蛇も何もありませぬ。吾々は松姫と云ふウラナイ教の宣伝使に対し、非常な暴虐を加へ、大方半死になるとこ迄打擲を致しましたことを、今更乍ら悔いまして、立つても坐ても居堪まらず、四人のものが、どうぞして松姫様の所在を尋ね御詫をせなくてはならないと思うて、そこらを探す内、道で会うた杣人に聞いて見れば、三四日以前の暮れ方に霊山の方に向つて、一人の女が上つたと云ふことを聞き、之は正しく松姫様に間違ひあるまいと、飛び立つ許り悦んで四人が打揃ひ御目にかかつて御詫をしようと出て来たのです。どうぞ此処を通して下さいませ。又先達は貴方等に御無礼を致しました其罪も御詫せなくてはなりませぬ。何事も過去のことは水に流して、吾々の過ちをお赦し下さいますやうに』 勝公『さてもさても妙なことが出来たものだ哩。変り易いは秋冬の空と聞いてゐるが、こりや又大変の地異天変が起つたものだ。一寸皆さま待つて下さい。松姫様もまだ此処にゐられますから、伺つた上で会はせませう』 と門内に影を隠しける。 (大正一一・五・九旧四・一三外山豊二録)
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(1763)
霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 08 心の鬼 第八章心の鬼〔六七〇〕 宗彦は親兄妹に別れを告げ一旦聖地に参ゐのぼり、言依別命より天晴れ宣伝使の役を命ぜられ、心いそいそとして再び宇都山の里に立ち帰り、武志の宮の前に報告祭を行ひ里人に別れを告げて、山奥深く三国ケ岳に割拠する魔神を征服せむと、旅装を整へ宣伝の初旅に就いた。留公、田吾作の二人は村の外れに先廻りして待つて居た。 宗彦『お前は義弟の田吾作ぢやないか、おゝ留さまも其処に居るなア、何処へ行くのだ』 田吾作『何卒私を二三日、宣伝使のお伴に連れて行つて下さいな、留さまと相談の上此処に待伏して居りました』 宗彦『それは折角だが宣伝使は一人のものだと言依別命様より承はつて居る。外の事なら一緒に行かうが、今日は宣伝の初陣だから、御親切は有難いが是非なくお断り申す』 田吾作『私は宣伝使でない以上は、信者としてお伴しても差支ありますまい』 留公『何卒二三日で宜敷いから連れて行つて下さい』 宗彦『お前の足でお前が勝手に行くのなら差支無からう、同じ一条の道を通るのだから……然し宣伝使として宗彦は徹頭徹尾一人旅だ』 留公『貴方は何処を指してお出でになるのですか』 宗彦『そうだなア、言依別命様は明石峠を越え、それから山国を経て三国ケ岳の悪魔を征服して来いとの事だつた。随分高い山だらうなア』 留公『近江の国と若狭、田庭三国に跨る高山です、大変な猛獣や猿が棲み大蛇が居ると云ふ事です』 田吾作『さう聞くと私は貴方一人をやる訳にはゆきませぬ、是非お伴をさして下さいな』 宗彦『絶対になりませぬ』 と首を振り振り先に立つて行く。 折しも秋の初め、田庭名物の深霧に六尺先は少しも見えない。宗彦は足を速めて明石峠をさして進み行く。二人の男は霧に隠れて足を速め、先廻りして明石峠の麓に落つる大瀑布に真裸となり、身禊し乍ら宗彦の進み来るを待つて居た。宗彦は二人の滝にうたれて居るのを霧にさへぎられて気がつかず、 宗彦『何だか大変な水音がして居るなア』 と小声に囁き乍ら坂を登り行く。二人の男は宗彦が我二三間前の道を通過して居るのに少しも気がつかなかつた。宗彦は明石峠の頂上に登り着いた。霧は谷間を埋めて処々に高山の頂きのみ画の様に浮いて居る。 宗彦『アヽ何と霧の海の景色と云ふものは綺麗なものだなア、到底紀の国では見られぬ図だ。此景色を眺めて居る心持は全で第一天国へ遊楽して居る様な気分だ』 と独語して居る。 時しも窶れ果てた四十位の一人の女、見すぼらしき風姿をしてスタスタと霧の中から浮いた様に現はれて来た。 宗彦『イヨー、妙な女がやつて来よつたぞ、大変に忙し相に歩いて居る、何か之には様子があり相だ、一つ此処へ近づいたら訊ねて見よう』 と心に思つて居る。女は宗彦の姿に気がつきキツト立ち止り、怪しの目をぎよろつかせ此方を見詰めて居る。 宗彦『貴女は此高い峠を越えて女の身の只一人、何処へ行くのだ』 女は怖相に、 女『ハイ、私は此下の熊田と云ふ小村の者で御座います。明石の滝へ是から打たれに参ります』 宗彦『明石の滝と云ふのは何処にあるのだ』 女『此山を七八丁許り下つた処に御座います』 宗彦『私も今此坂を登つて来たのだが余りの深霧で気がつかなかつた。道理で水音のした箇所があつた様に思つた。して又滝に打たれに行くと云ふのは何か深い理由があるであらう、それを言つて見なさい』 女『ハイ、私の夫は原彦と申すもの、二三年前からフラフラと患ひつき此頃では大変な大病で御座います。それで明石の滝の神様へお願ひ申して夫の病気を助けたさに、滝に身を浸しに参る者で御座います』 宗彦『何んな病気だな、都合に依つたら神様に願つて助けて上げようと思ふのだが…』 女『ハイ、有難う御座います、夜分になると色々のものが出て参ります、さうして苦めるのです、その度毎に冷汗をグツスリかき日に日に痩衰へ、今は最早骨と皮ばかりに見すぼらしくなつて居ります』 宗彦『そりや何か物の怪の病気であらう。サア一遍調べて見るから案内をしてお呉れ』 女『それは有難う御座います。之から此山坂を下り、四五丁許り行つた所の小さき村で、山の麓に私の茅屋が建つて居ります。御苦労乍らお頼み申します』 と先に立つて案内する。漸く女の家に着いた。大樹の森の下に冠木門をあしらつた一棟の相当に広い家がある、それが此女の邸宅。 女『見すぼらしき茅屋で御座いますが、何卒お這入り下さいませ』 と会釈して内に入る。夫原彦の何物にか魘されて苦しむ声は戸外に迄洩れて来た。女は『又来よつたなア』と小声でつぶやき乍ら、慌てて屋内に飛び込み、病人の枕許に駆け寄つた。宗彦は少し遅れて閾を跨げ、床上に上り天津祝詞を奏上するや、病人は益々苦悶の声を放ち狂ひ廻る。四五人の村人は次の間に控へて何事か話し合つて居た。祝詞の声を聞くより二三人の男其場に現はれ、 男『何処の方かは知りませぬが、定めてお露さまがお連れ申して帰つた方でせう、サア何卒此方へ来て御休息下さいませ』 宗彦は『御免』と云ひつつ招かれて一間に踏込み座に着いた。何事か確とは聞きとれないが、非常に病人はお露を相手に呶鳴つて居る。此声を聞いて宗彦は村人に向ひ、 宗彦『何時も病気はあの通りですか』 甲『此四五日前から一層烈しく成つて来ました「田吾が来る田吾が来る」と云ひ出しまして……それはそれは随分苦しむのです。さうして又ケロリと嘘を吐いた様に癒る事もあるのです。理由の分らぬ病気……何でも死霊の祟りだと云ふ事です』 宗彦『死霊の祟りとは、……そりや又何か心当りがあるのですか』 甲『吾々村人も初めはちつとも病気の原因が分りませなんだが、此頃そろそろ死霊だと云ふ事が分り出したのです。何でも茲二三日の間に生命を取らねば措かぬと口走り、それはそれは大変な藻掻き様です』 乙『何でも此処の主人の原彦は上方の者らしいが、お露さんの婿になつてから早十三年にもなりますのに素姓を明かさないので、何処の人だか、何をして居つたのか分らなかつたのだが、病人の囈言を云ふのを聞いて見れば、大きな声では言はれませぬが、此男は泥棒をして人を殺した奴らしいですよ。そして殺された男の死霊が祟つて居るのだと云ふ事、病人自ら現になつて喋ります。天罰と云ふものは恐ろしいものですなア』 宗彦『人間と云ふものは随分不知不識の間に罪を作つて居るものだ、人を殺し火を放ち、或は強盗、詐偽等の罪悪を犯す者は実に天下の為に憎むべき者であります。然し乍ら其罪を憎んで人を憎まずと云ふ事がある、公平無私な神様は肉体を罰し給ふ様な事はありますまい、屹度其罪の為めに苦しめられて居るのでせう。罪さへとれれば原彦さまも間も無く本復するでせう。世の中には人間の目に見えぬ罪人が沢山ある、中でも一番罪の重いのは学者と宗教家だ。神様から頂いた結構な霊魂を曇らせ、腐らせ、殺すのは、誤つた学説を流布したり、神様の御心を取違へて誠しやかに宣伝したり、或は神様の真似をするデモ宗教家、デモ学者が最も重罪を神の国に犯して居るものですよ』 甲『ヘイ、そんなものですかなア、心に犯した罪や、学者や宗教家の罪は何処で善悪を調べるのですか』 宗彦『到底不完全な人間が善悪ぢやとか、功罪だとか云ふ事は判断のつくものぢやありませぬ。それだから神が表に現はれて善と悪とを立別け遊ばすので、人間は只何事でも善意に解釈し、直霊の神にお願し、神直日大直日に罪を見直し聞直し詔直して貰ふより仕方がありませぬよ。我々は日々一生懸命に国家の為め、お道の為め、社会の為めと思つてやつてる事に大変な罪悪を包含して居ることが不知不識に出来て居るものです。それだと云つて善だと信じた事は何処迄も敢行せねば、天地経綸の司宰者としての天職が務まらず、罪悪になつてはならぬと云つてジツとして居れば、怠惰者の大罪を犯すものですから、最善と信じた事は飽迄も決行し、朝夕に祝詞を奏上し神様に見直し聞直しを願ふより仕方はありませぬ』 乙『今の法律は行為の上の罪許りを罰して、精神上の罪を罰する事はせないのですが、万一霊魂が罪を犯し、肉体が道具に使はれても矢張其肉体が罪人になると云ふのは、神界の上から見れば実に矛盾の甚しいものではありますまいか』 宗彦『そこが人間ですよ、兎も角法律と云ふものは人間相互の生活上、都合の悪い事は皆罪とするのですから……仮令法律上の罪人になつても神界に於ては結構な御用として褒めらるる事もあり、法律上立派な行ひだと認められて居る事が、神界に於て大罪悪と認められる事もあるのです。それだから何事も神様が現はれてお裁き下さらぬ事には善と悪との立別けは人間の分際として、絶対に公平に出来るものではありませぬ。又人間の法律や国家の制裁力と云ふものは、有限的のものであつて、絶対的のものでは無い、浅間山が噴火して山林田畑を荒し、人家を倒し、桜島が爆発して数多の人命を毀損し、地震の鯰が躍動して山を海にし、海に山を拵へ家を焼き人を殺し、財産を全然掠奪して仕舞つても、人間の作つた法律で浅間山や地震や桜島を被告として訴へる処もなし、放り込む刑務所も無し、裁判する事も出来ぬ様なもので到底駄目です。只何事も神様の大御心に任すより仕方がありませぬなア』 斯く話す折しも次の間の病人、いやらしい声を出して、 原彦『ヤア田吾作田吾作、赦して呉れ、俺が悪かつた、お前は大井川から俺に落されて死んで悔しからうが、今となつて如何する事も出来ない、之も何かの因縁ぢやと諦めて何卒俺の生命丈けは助けて呉れ、アヽ悪かつた悪かつた、赦して赦して』 と叫び出した。 宗彦『ハテナ、此辺に田吾作と云ふ人があつたのですか』 乙『田吾作と云つたら皆我々の雅名です。田吾作は田畑を耕し、杢兵衛は山林にわけ入つて樵夫をやつたり薪物を刈つて来る人間の代名詞見た様なものですから、あまり沢山の田吾作で誰が殺されたのやら訳が分りませぬ』 宗彦『それは分りましたが、然し一人に特定の名の付いた田吾作と云ふ男はありますまいかな』 甲、乙一時に、 甲、乙『サア余り聞きませぬなア、何でも宇都山の里に大変な周章者があつて、その男を田吾作と云ふさうですが、それも実際の名か、一般的の百姓の名か、そいつア判然致しませぬ。少し慌ててやり損ひをする男を、此辺では宇都山の田吾作みた様な奴だと云つて居ます、仄に話に聞いて居る許りで実際そんな方が有るのか無いのかそれも分りませぬ』 隣の室より病人の叫び声、 原彦『田吾作の幽霊どの、悪かつた悪かつた、何卒助けて呉れ……何、貴様の様な悪人を助けて堪らうかい、俺の生命をとつた奴だ、貴様の肉体に宿り腸を喰ひ、肺臓を抉り、胃袋を捻切り、苦しめて苦しめて嬲殺しにしてやるのだ。此怨みを晴らさな措かうか』 と原彦は自問自答的に呶鳴つて居る。 甲『不思議な病人でせうがな、何でも腹の中に死霊が這入つたり出たりすると見えます。今は屹度腹へ這入つて居ると見えて本人と変つた声で云つて居ます…あれが殺された田吾作の怨霊に違ひありませぬなア、何卒一つ祈祷をしてやつて下さいますまいか、私達も村中が代る代る五人づつ斯うして不寝の番をして居るのですから、お露さんも気の毒ぢやが、吾々村中の者も大変に手間が取れて困つて居るのです』 宗彦は打ち頷き裏の谷川にて口を嗽ぎ手を洗ひ、天津祝詞を奏上し、徐々と病人の居間に入り来り枕頭に端坐し、両手を組み三五教の奉斎守神[※御校正本でも「主神」ではなく「守神」になっている。]の御名を唱へ、天の数歌を二三回繰返すや否や、病人はムクムクと起き上り、目を剥き鼻を左右に馬の様にムケムケと廻転させ、舌を出し、 原彦『アーラ怨めしやなア、俺は田吾作の怨霊だ、此肉体を何処迄も苦しめ生命をとらいで措くものかア』 と妙な手付をなし衰弱しきつて動けない病人が俄に立つて騒ぎ出す。宗彦は一生懸命に天の数歌を奏上し、 宗彦『これこれ原彦さま、決して田吾作の怨霊が殃をして居るのではない、お前の心の鬼が身を責るのだ。神様にお詫をしてやるから、お前の罪は神素盞嗚尊様の千座の置戸の贖ひの御徳に依つて最早救はれた、安心なされ』 原彦は形相凄じく、 原彦『アラ怨めしやなア、何程救はれたと云つても、生命をとられた田吾作は何処までも祟らにやおかぬ。親を殺し、本人は申すに及ばず、女房の生命をとり、一家親類村中までも祟つてやるぞよ……』 宗彦『お前は田吾作と云ふがその田吾作は今何処に居るのだ』 原彦『田吾作は大井川の大橋の下で肉体は亡びたが、精霊は此処に悪魔となつて憑いて居るのぢや哩のう、怨めしやア怨めしやア』 宗彦『田吾作の顔には何か特徴があるか』 原彦『特徴と云ふのは外でもない、眉間の真ん中に大きな黒子があるばつかりだ、俺の顔を見て呉れ、之が証拠だ』 と原彦は宗彦の前に額を突き出す。 宗彦『別に黒子も何もないぢやないか』 原彦『お前は霊眼が開けて居ないから大方原彦の肉体を見て居るのだらう、私の正体を目を光らして見て呉れたら眉間の黒子が分るだらう。あゝ怨めしい、キヤツキヤツ』 と云ひ乍ら嫌らしい相好を遺憾なく曝して、又元の寝間へクスクス這込み『ウンウン』と苦しさうに呻りを続けて居る。 お露『もうし、宣伝使様、此病人は癒るでせうか』 宗彦『癒りますとも、眉間に黒子のある田吾作は死んでは居ませぬよ、確にピンピンして生きて居ます、今に此処へやつて来るでせう、要するに神経病だ、心に犯した罪悪の鬼に責られて居るのです。今に当人がやつて来て「許す」と一言云つたら全快は請合です』 お露『何と仰有います、あの田吾作さんが生きて居られますか、そりや又如何した訳でせう』 宗彦『どうでも有りませぬ、実際生きて居るのですから今に実物をお目に掛けませう、田吾作が此処へ参る迄、次の室で休息して待つ事に致しませう』 お露『御苦労様で御座いました、何卒奥でお茶なりと召し上り緩々御休息下さいませ』 宗彦は『有難う』と一礼し奥の間に行つて休息した。 甲『何と宣伝使様、妙な病人で御座いますなア、マア千人に一人位な者でせうか、さうして承はれば田吾作さまは生きて御座るとは、そりや又何と云ふ不思議でせう』 宗彦『凡て天地の間は不思議ばかりで満たされて居るのです、菜の葉一枚だつて考へてみれば実に不思議なものです。今の人間は石地蔵を祈つて疣がとれたとか、脚気が癒つたとか云つて不思議がつて居るが、そんな事は不思議とするに足りませぬ。第一人間は、ものを云ふのが不思議ではありますまいか、何程立派な解剖学や生理学の上から調べてみても、声の袋もなし、それに色々の言霊が七十五声際限もなく出て来るのですから、是位不思議な事はありませぬよ』 乙『さう聞けばさうですな、森羅万象一として不思議ならざるは無しですなア』 斯く話す折しも田吾作、留公の両人は門の戸を敲き、 田、留『モシモシ、一寸お尋ね致します、宗彦と云ふ三五教の立派な宣伝使は若しや此家にお立寄りでは御座いませぬか』 此声にお露は慌てて門口に走り出で、田吾作の顔を見るより、 お露『アツ、貴方の眉間に黒子がある、田吾作さまでは御座いませぬか、エライ私の夫が貴方に対し御無礼を致したさうです、何卒堪忍してやつて下さい』 田吾作は何が何やら合点ゆかず、留公と共にお露の後に引添ひ、宗彦の憩へる居間に入つた。 宗彦『アヽ能う来てくれた、さはさり乍ら一寸此方へ来ておくれ』 と原彦の病室に伴ひ原彦を揺すり起した。原彦は病に疲れた身体を漸く起き上り、目を開き田吾作の姿を見るなり『アツ』と一声、又もや寝具の上に打倒れ藻掻き苦しむ。田吾作は原彦の窶れたとは言へ何処とはなしに目付、鼻の恰好、口許の具合の十数年前大井川の橋の上に於て、河中に突き落した泥棒によく似て居るなアと半信半疑の態で打ち見まもつて居る。 宗彦『コレ原彦さま、お前に橋から突き落されて死んだ筈の田吾作は此通りピンピンして居る、お前の迷ひだから気を取り直したが宜からうぜ』 田吾作『オイ、病人さま、久し振りだつたなア、十三年前の月夜の晩だつた、お前は狭い橋の上で俺の懐中の玉を強奪しようとする、俺はとられてはならんと争ひ、遂には組みつ組まれつ戦うた末、足踏外し濁流漲る大井川に真逆様に顛落し、それより心は疎くなり、現世と幽界の境界の山の口迄歩いて行くと、後から大勢の俺を呼ぶ声、振り返る途端に気がついて見れば、高城山の麓の芝生の上に横たはり、大勢の人が火を焚いて介抱をして居てくれた、お蔭で私は生命が助かつた。それから宇都山村の住人となつて此通りピンピンと跳廻つて居るのだ、決して決して露程も怨んでは居らぬ。其時に私が執着心を離しさへすれば斯んな目に遇ふのでは無かつたのだ。エヽ済まぬ事をした、あの人に渡せばよかつたと始終懐中離さず其橋の辺を通り、その方に会うたら心好う進ぜようと思つてゐたのだ、それ……この玉だらう』 と懐中から出して、病人の手に渡した。原彦は初めてヤツと安心した刹那に病気は軽快に向ひ、日を追うて恢復し、漸々肉もつき、十日程の後には全く元の壮健体となつて仕舞つた。 原彦夫婦を初め村人一同は執着心より恐るべき罪の発生し、其罪は忽ち邪気となつて我身を責むると云ふ真理を心の底より悟り、熊田の小村は挙つて宗彦の教を信じ、遂に三五教の信者となつて仕舞つた。 (大正一一・五・一三旧四・一七北村隆光録)
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霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 09 童子教 第九章童子教〔六七一〕 九重の花の都の山背畏き神代に近江路や 色も若狭に丹波の三国に跨る三国ケ嶽 木立の茂みは大空の月日を封じて物凄く 昼さへ暗き大高峰鬼か大蛇か魔か人か 見るさへ凄き婆一人聳えて高き岩の根に 仮の庵を結びつつ蛇や蛙を捕喰ひ 其日を送る物凄さ此山麓に立並ぶ 形ばかりの破れ家の小さき棟も三四十 浮世離れし別世界老若男女は谷川の 蟹や蛙を漁りつつ餌食となして日を送る 鬼婆一人を棟梁と仰いで遠く夜に紛れ 山城丹波近江路や若狭能登まで手を延ばし 赤児の声を探しつつ隙さへあらば引捉へ 山の尾伝ひに逃げ帰り婆の餌食に奉る 此曲津見は何者か言向け和し世の中の 悩みを払ひ救はむと神素盞嗚大神の 御言畏み高天の原に現れます言依別は 聖地に上り来りたる心も清き宗彦に 依さし玉へば喜びて一も二もなく承諾し これぞ布教の初陣と親兄妹に暇乞 明石峠を乗越えて道の熊田の一つ家 病に悩む原彦が心の迷ひ吹き払ひ 奇しき御稜威を現はして里の老若男女をば 三五教の大道に一人も残らず帰順させ 少時足をば休めつつ原彦、田吾作、留公の 三人の信者を伴ひて青垣山を繞らせる 平野の里や山国の一本橋を打渡り 宮村、花瀬を後にして三国ケ嶽の山麓に 四人は漸く着きにける。 さしも三国に渡る大高山、杉の木立は鬱蒼として風を孕み、咆哮する声、数百千の獅子狼が一度に雄猛びする如く聞えて来る。夏とは言ひ乍ら何となく底冷たき空気漂ひ、谷川の音も何処となく物凄く、悪魔の囁くが如く耳を打つ。猿の群は梢を伝ひて、キヤツキヤツと鳴き叫ぶ。四人は山麓を流るる深谷川の畔にドツカと坐し、旅の疲れを休め乍ら、ヒソビソ話に耽つて居る。 留公『随分薄気味の悪い谷間だないか。山国の丸木橋を越えてからと云ふものは、人の子一人出会つた事もなし、時々左右の密林から怪しの声、どうしても此処は大江山以上の魔窟らしい。オイ田吾作、此処までは喜び勇んでやつて来たものの、首筋がゾウゾウとして、何んとも言へぬ気分になつて了つたぢやないか』 田吾作『宇都山村で、魚を漁つたり、麦畠に鍬杖ついて、雲雀の糞を頭から浴びせられて居るのとは、そりやチツとは骨が有るワイ。こんな山奥へ悪魔退治に来たのだもの、どうせ満足に生命を持つて帰れないのは、出発の際から定りきつた話だ。貴様宅を出る時の勢はどうだつた。鬼でも大蛇でも虎でも、狼でも、何でも来い。此留公の腕には骨が有ると、力味返つた時の事を考へて見よ。こんな所でそんな弱音を吹いて宣伝使のお伴が出来ると思ふか』 留公『そらそうだ。併し乍らモウ少し暖かい山ぢやと思うて居たに、夏の最中に斯う寒くつては耐れないぢやないか。斯んな事と知つたなら、袷の一枚も持つて来るのだつたが、薄い単衣一枚では堪へられない。俺は一つ、宇都山村まで引返して、着物を着替て出直して来るから、お前御苦労だが、宣伝使の御伴をしてボツボツ登りかけて呉れ』 田吾作『ハヽヽヽ、隣近所か何ぞの様に、さう着々と着替に帰ねるものか。巧い辞令を作つて、態よく遁走するつもりだらう。口程にもない代物だなア。ヨー今からビリビリ慄うて居よるなア』 留公『何程留めようと思つても、ガチガチと歯が拍子木を打つものだから仕方がないワ。モシモシ宣伝使様、私を此処から……実際の事言へば、帰らして貰ひたいのです』 宗彦『それだから伴れて行かぬと言ふのに、お前が無理に来たのぢやないか。宣伝使は一人旅、決して同伴はならぬのだ。私に相談は要らぬ、自由行動を取つたがよからう』 留公『ハイ有難う御座います。お蔭で命が助かりました。あなた方も、どうぞ無事で帰つて下さいませ。キツと、私は此処でお別れしても、あなたの事は忘れませぬ。お茶湯でも献げて冥福を祈ります』 田吾作『オイ留公、冥福を祈るとは何だ。死ぬに定つた様な事を言ひやがつて、吾々の首途を祝する事を措いて、貴様は弔ふのだな』 留公『弔ふのか、呪ふのか、祝ふのか、どつちか一つの内だ。エー長居は恐れ、こんな生臭い風が吹くからには、太い長い奴がノロノロと今にやつて来るだらう。宣伝使は一人と仰有つた。遠慮は要らぬ、原彦、お前は先へ行け。さうして田吾作は俺の尻に従いて帰るのだ。サアサア帰つたり帰つたり』 原彦『私は生命を助けて貰つた御恩返しに、御案内役となつて来たのですから、宣伝使の為に生命を棄てた所で、別に欠損にもなりませぬ。元々です。此場に及んで男らしくもない、帰れますものか』 留公『生命の安い奴は行つたが宜からう。……オイ田吾作、貴様は生命が大事だらう。お勝の事もチツとは思うてやれ』 田吾作『お勝がなんだ。神様の御用のお伴をするのに、そんなことを気に掛けて居つて勤まるものかい。貴様勝手にしたがよからう』 留公は、 留公『蛙の行列向う見ず、生命知らずの馬鹿者』 と口ぎたなく罵り乍ら、坂路指して韋駄天走りに、霧の中に姿を没した。 田吾作『ハヽヽヽ、宣伝使様、随分妙な活劇否悲劇が演ぜられましたなア。何れ彼奴は今言つた様な臆病者ぢやないから、先駆けの功名手柄をやらかさうと思つて、キツト単騎登山と道を変へて出かけやがつたのでせう。途中でアツと言はせる様な芸当を演ずるのかも知れませぬから、怪しき者が出たら油断をなさいますなや。キツト留公の化者に定つてゐます。彼奴は何時でもああ云ふ事をして喜ぶ癖があるのです。それで私も勝手に帰んだがよからうと、あなたの御言葉を幸ひに帰なしてやりました』 宗彦『面白い男ですな。何れ岩窟の附近まで往つたら、鬼婆の真似でもして現はれるのでせう。原彦さん、サア案内を頼みませう』 原彦『私も御案内とは申しましたが、実は初めての事で一向不案内です。併し私の通る所は貴方も通れるでせう。露払や蜘蛛の巣払に、先へ行きますから、従いて来て下さい』 と不案内の路を谷に沿うて、トントンと登り行く。二人は後を追ふ。前途に激潭飛沫の谷川が横たはつて居る。四五人の男女が熊の皮を洗ひ晒らして木の梢に架け渡し風を当てて乾かして居る。さうして何れも此れも皆、黒い熊の皮や、赤い猪の皮を身に纏うて立働いて居た。 原彦『オーイ、オイ、其処に居る五六人の御連中さま、三国ケ嶽の婆アの岩窟は、どつちやへ行つたら良いのかな』 川向ひの男、無言の儘、指先で……此谷川を渡り、東へ指して行け……と手真似で知して居る。 原彦『アヽ此奴ア唖と見えるワイ。併し乍ら此谷川を渡つて東の方へ行けと云うたのだらう。……モシモシ宣伝使様、私が一寸瀬踏みをして見ませう。大変流れも急なり、水量も多いから、万一私が死ぬ様な事があつたら、キツト渡らない様にして下さい。先づお毒見……否お水見を勤めませう』 と尻を捲つて早くも谷川を渡らうとする。 田吾作『オイ原彦、死ぬのはチツと惜しいぢやないか。お水試なんかせなくとも分つてる。どれ程水の達者な河童の兄弟分でも、此急流がどうして渡れるものか。マア危きに近寄らんがよからうぞ』 原彦『私は命を既に宣伝使様に差上げてあるのだから、運を天に任して渡つて見る』 と無理無体に川瀬を横ぎり、漸く辛うじて対岸に着いた。五人の男女は之を見て驚き、『ア、ア、アー』と声を立て、一目散に歩み慣れし山の細路を伝うて、霧の林に姿を没した。 原彦『ヤア有難い。沢山な熊の皮が並べてある。乾いた奴も相当に有るワイ。サア此奴を一つ身に纏うて登つてやらう。……オイオイ田吾作、早う渡つた渡つた。割とは浅かつた。大丈夫だよ』 田吾作『サア宗彦さま、お渡りなさいませ。私が後から従いて行きます。もしも誤つて水の藻屑にならしやつた所が、義理の兄弟の私が、決して棄てては置きませぬ。キツト死骸は拾つてあげます。サアあなたからお先へお渡りお渡り』 宗彦『そこまで徹底的に受合つて貰へば、私も安心だ』 と戯談半分に喋舌り乍ら、尻を捲つて漸く対岸に着いた。田吾作は手を拍つて、 田吾作『アハヽヽヽ、本当の登り路は此方にあるのだ。そんな方へ行かうものなら、近江の国へ往つて了ふぞ』 原彦は川の向うから大きな声を出して、 原彦『コレ田吾作、そんな事が分つて居るのなら何故早くに知らして下さらぬのだ』 田吾作『知らしてなるものか。俺のお土産に其猪の皮を全部ひつ抱へて此方へ渡るのだ。宣伝使様も四五枚掻攫へてお帰りなさい。其為に此田吾作が計略で、向ふへ渡らしたのだ』 宗彦『ハヽハア、一杯喰はされましたな。併し失敗が幸ひになるとは茲の事だ。何れ他人にも要るだらうし、原彦さま、お前と二人、持てる丈持つて向ふへ渡らうかな』 と大きな熊の皮をひん抱き谷川に足を入れる。原彦も体一面に熊の皮をくくりつけ、漸くにして再び谷川を渡り、田吾作の前に引返して来た。 田吾作『皆さま大い御苦労で御座いました。お土産に一番飛切の上等を頂戴致しませう』 原彦『イエイエ是れは私の分丈だ。生命も危ない此谷川を、どうして二人前も背負うて渡れるものか、お前の分はチヤンと向ふに、屑ばつかり残してある。人の苦労で徳を取るといふ事は、神様の大変に戒め玉ふ所だ。サアサア自分の物は自分で処置をつけるのだよ』 田吾作『そんな事は、遠の昔から御存じの田吾作だ。釈迦に経を説く様な事を言うて貰ふまいかい』 早くもザブザブと対岸へ渡り、洗ひ立ての選り残りのヅクヅクばつかり引抱へ、 田吾作『ヤア重い奴ばつかり除けて置きやがつた。併し己れの欲する所能く人に施せ。欲せざる所は人に施す勿れと云ふ事が有るなア』 とワザと大音声に呼はり乍ら、藤蔓に残らず縛りつけ、自分の腰に結ひ、ザアザアと引ずり乍ら帰つて来た。 田吾作『宣伝使さま、私の智慧は大したものでせう。神智神策、水も洩らさぬ所まで水を利用し、此通り沢山の獲物を占領して来ました。ヤツパリ役者が七八枚も上だ。千両役者だからなア』 と独り悦に入つて居る。 原彦『チツと絞つてあげませうか。こりや干さねば重たくて持つて往けますまい』 田吾作『不言実行だよ』 原彦『不言実行とは初めて聞きますが、どう云ふ意味ですか。言つて下さいな』 田吾作『言はないのに気がついて実行するのが不言実行だ。言つてやるとよいが、天機を洩らすと雨が降る。不言の教無為の化だ。マアマア考へて社会奉仕を励むが、御神徳の入口だな、アハヽヽヽ』 原彦『宣伝使様、不言実行の訳を聞かして下さいませぬか』 宗彦は黙々として、濡れた皮を取り上げ、一生懸命に絞つては木の枝に引つかける。原彦も黙つて見て居る訳にも行かず、同じく皮を絞つては懸け、絞つては懸けて風に乾かさうと、車輪の活動を行つて居る。田吾作は、 田吾作『アヽそれが不言実行だよ。分つたか』 原彦『まだ分りませぬ』 田吾作『分らなくても、実地さへ出来ればよいのだ。現今の奴は宣伝だけは立派だが少しも実行が伴はない。併しマアマア漸く及第点に達した。宗彦様は率先して不言実行をやられたから六十五点、お前は漸く四十五点だ。五点の事で落第点になる所だよ』 原彦『ますます分りませぬ』 田吾作『原の腹が暗くつて、胸が開けぬから、実地の事が目が有つても見えず、田吾作の立派な生きた教が耳へ這入らず、嗅出す事も出来ず、舌は有つても味はふ事が出来ないのだ。斯う思へば何にも知らずに実行する者位幸福な者はないワイ』 宗彦『有難う御座いました。お蔭で田吾作の宣伝使より六十五点頂戴しました。サア是れでモウ三十五点頂戴致しませうか』 と一番立派な熊の皮を選り出して、田吾作の背中に着せる。 田吾作『ヨシヨシ、モウ試験済だ。希望通り三十五点を与へる。これで満点だ。満天下に神教を宣伝しても恥ぢることなき大宣伝使だ。お芽出たう。銀のセコンドでも賞与に与りたいのだが、生憎持つて居ないから、親譲りのヘソンドで辛抱するのだなア、これでも十二時が来るとよく知つて居る』 原彦『私にも、せめて二十点下さいな』 と自分の攫へて来た中より、最も優れたる毛皮を取り出し、田吾作の背中に乗せる。 田吾作『ヨシヨシ、物品一点俺に呉れたから、一点を増してやらう。総計四十六点だ、アハヽヽヽ』 田吾作は原彦の顔を眺め乍ら、又もや、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 と節をつけて謡ふ様に繰返して居る。原彦は狼狽へて、彼方の皮をかやして見、此方の皮を嬲つて見、田吾作の背中を撫でて見るやら、宣伝使の足許の草鞋が切れて居るのではなからうかと、キリキリ舞ひをして居る。田吾作は一層大きな声で、節をつけて、 田吾作『不言実行不言実行不言実行』 を又もや繰返して居る。原彦はハツと膝を叩いて、片方に落ちてゐた棒の様な木切を拾ひ、毛皮を両端に括りつけ、肩に担いで、 原彦『サア私が不言実行のお伴を致します。不言菩薩に実行菩薩様、サアお出でなさいませ』 田吾作『普賢菩薩は聞いた事があるが、実行菩薩は聞き始めだ』 原彦『実行菩薩といへば、ミロク様の事だよ。瑞の御霊の大神さまだ。本当に月光(結構)な神さまと云ふ事だよ』 田吾作『アハー月光菩薩の洒落だな。洒落所かい、是から先は不言実行で勝つのだ。最前の五人の男女を見い。一口も言はず、不言実行の標本を示して、手早く逃げやがつたぢやないか。あれ位慈悲深い奴は有つたものぢやない。其お蔭で吾々は月光な恩恵に浴したのだ、アハヽヽヽ、ドレ田吾作も不言実行菩薩と出かけようかい』 と先に立ちて羊腸の小径を辿り辿り進んで行く。田吾作は歩み減らした細い路を、曲々と舞ひ乍ら、先に立ちて稍平坦な地点に着いた。 田吾作『アヽ不言実行組は何をして居るのか。足の遅い事だなア』 と呟いて居る。そこへ横合から三人の五六才と覚しき男の子、一人は赤裸となり顔に手を当てて泣いて居る。一人は裸の儘で面ふくらして怒つて居る。一人はニヤニヤと笑ふ。 田吾作『ヤア此奴ア三国ケ嶽の化物だな。こんな所で三人上戸が出て来やがつて、酒でも有つたら不言実行してやるのだが。生憎酒もなし……ハヽハ赤裸だ。ヨシヨシ考へがある。早く原彦の奴、毛皮を持つて来やがると良いのだけれどなア』 と云ふ折しもハアハアと息を喘ませ、両人は登つて来た。田吾作は物をも言はず、原彦の担いで居る荷をボツタクり、手早くほどいて、其中の小ささうな皮を選り別け出した。原彦は、 原彦『不言実行だつて、泥棒まで実行して良いのか』 と脹れる。田吾作は三人の童子を指し示した。宗彦、原彦は見るより『ヤア』と倒れむばかりに驚いた。よくよく見れば三人の童子の背後から五色の光明が輝き、麗しき霊衣に包まれて居る。田吾作は少しも気が付かず、慌てまはして、適当の毛皮を取り出し、三人に一々着せて廻つた。三人は黙つて毛皮を取り外し、大地にパツと敷いて、各自其上に行儀よくキチンと坐つた。 宗彦『これはこれは何神様かは知りませぬが、よくマア現はれて下さいました。私は是れより山頂の岩窟に割拠する鬼婆を言向け和す為に参ります。どうぞ御守護を御願ひ致します』 笑童子『アハヽヽヽ、七尺の男子が……而も宣伝使の肩書を持ち、岩窟の鬼婆を退治せむと、此処まで勇み進んで登り来乍ら、人の助けを借らうとするのか。ハツハツハ可笑しい可笑しい、依頼心の強い男だなア』 宗彦『恐れ入りました。モウ決して依頼は致しませぬ。何れの神様か知りませぬが、ついお頼み申すとか、御守護を願ひますとか云ふ事が、吾々の常套語になつて居ますので心にもなき卑怯な事を申したので御座います。どうぞ見直し聞直して下さいませ』 泣童子『アンアンアン、情無い宣伝使ぢやなア。三人も荒男が、たつた一人の婆アを当に出て来よつて、何の態ぢや。斯んな事でどうして三五教の神徳が現はれようぞ。思へば思へば厭になつて来た。これでは国治立大神様、素盞嗚尊様が何程骨を折り、心を砕かしやつても、こんなガラクタ宣伝使ばつかりでは、神政成就も覚束無いわいの、……オンオンオン』 宗彦『どうぞモウ見直し聞直し下さいませ。是からキツと勇猛心を発揮し、婆アの千匹や万匹は、善言美詞の言霊の神力に依つて吹き散らしますから、どうぞ泣いて下さいますな』 泣童子『捕らぬ狸の皮算用をしよつて、当もない事に威張つて居る……其心根が可憐らしい。一寸先は暗の世ぢや。なんにも知らぬ人民は、足許に火が燃えて来る迄分らないのか。アヽア可哀相なものぢや。どうして人間は是れ丈、物が分らぬのだらうな……オンオンオン』 宗彦『誠に汗顔の至りで御座います。さう仰しやれば……さうですが、何事も神様にお任せ致して進むので御座います』 怒つた顔の童子、面ふくらし目を剥き、 童子『惟神、惟神と口癖の様に言ひやがつて、難を避け易きに就き、自分の責任を神様に転嫁し、惟神中毒病を起し、大きな面をして天下を股にかけ、濁つた言霊の宣伝歌を謡ひ、折角の結構な世の中を濁す奴は貴様の様な代物だ。チツとも足元に目が付かず、尻が結べぬ馬鹿者だ。それでも誠の道の宣伝使かい。貴様の様な穀潰しが沢山に世の中に、ウヨウヨと発生やがるものだから、世界の人民が苦むのだ、エーエー腹立たしい。神を笠に着たり、杖に突いたり、尻敷にしたり、汚らはしい、盗んで来た熊の皮を俺達の背中に乗せよつて、ケツケツけがらはしいワイ。尻敷にしてやつてもまだ虫が承知せないのだ。コラ斯う小さい子供の様に見えても、至大無外、至小無内、千変万化の結構な神様のお使ひだぞ。貴様の量見次第で、閻魔ともなれば、鬼ともなり、大蛇ともなつて喰て了うてやらうか。イヤ背筋を立ち割り鉛の熱湯を流し込んで、制敗をしてやらうか。三国ケ岳に大蛇が居るの、鬼婆が居るのと吐して、言向け和すの、征服するのとは何の事だい。鬼婆も大蛇も、鬼も悪魔も、貴様の胸に割拠して居るのを知らぬのか。鬼婆を言向け和さうと思へば、貴様達の腹の中の鬼婆から先へ改心さして出て行きやがれ。大馬鹿者奴。ウーン』 と目を剥き出し、大きな口を開け、咬り付く様な勢で、突つ立ち上り、三人の顔をギヨロギヨロと睨めまはす。三人は一度に大地に頭を下げ、 三人『誠に取違ひを致して居りました。イヤもう結構な御神徳を戴きました。モウこれから改心を致します』 笑童子『アハヽヽヽ、一寸よいと得意がつて無暗に噪やぎ、一寸叱言を聞いては直に悄気返るカメリヲンの様な男だな。大きな図体をして、こんなチツポケな子供に叱られて、それが怖いのかい。神界にはそんな妙な弱い弱い人足は一人も居りはせぬぞや。神界の喜劇よりも、よつぽど面白い面白い。アハヽヽヽアハヽヽヽ』 と臍を抱へて笑ひ転ける。 泣童子『アーア情無い事を見せられたものだ。これでも現界では選りに選つて選まれた特別選手ぢやさうなが、其他は推して知るべしだ。瑞の御霊の祖神様も嘸御骨の折れる事だらう。オイオイオイ。あまり悲しうて涙も出やせぬわいなア。宣伝使と云ふ者は、何とした腑甲斐ないものだらう。蛸の様に骨も何も有りやせぬワ。こんな事で、どうして八岐の大蛇が退治が出来るものか、世の中は益々悪鬼羅刹の横行濶歩を擅にさせるのみだ。どうして現界には誠らしい者が無いのだらうか、アンアンアン』 田吾作『モシモシ子供の神さま、さうお歎きなさいますな。広い世界には一人や二人は立派な者が無いとも言へませぬ。現に此処に唯一人有るぢやありませぬか。さう取越し苦労をして、泣くものぢやありませぬ。世の中は何事も善言美詞に宣り直すのが天地の御規則だ。泣いて暮すも一生なら、笑つて暮すも一生だ。結構な此世の中に、何が不足でメソメソと泣くのだ。わしは「悔み事と泣き事は大の嫌ひであるぞよ。勇んで暮して下されよ」と云ふ神様の教を守つて、世の中を大楽観して活動して居るのだ。お前さまもチツとは思ひ直して改心なさつたらどうだ。「悔めば悔む事が出来て来るぞよ」……と云ふ事を知つとりますか。ヤ、まだ子供だから分らぬのも無理はない』 泣童子『わしも朝から晩まで泣いて暮した事はない。今日初めて泣かねばならぬ事が出来たのだわいのう…アンアンアンアン…折角骨折つて、生命懸けで熊を捕り、皮を綺麗に洗ひ、爺さま婆アさまの着物にしようと思つて、楽しんで居つた人間の物品を、横奪した泥棒根性の宣伝使に説教を聞かされるかと思へば、残念で残念で、是が泣かずに居られようか。モウどうぞ今日限り泥棒根性はやめて下さい……アンアンアン…それに付けても言依別神様から、大切な御命令を受た宗彦のデモ宣伝使、二人の奴が盗人をするのに、なぜ黙つて居つたか、…イヤ自分から率先して泥棒の手本を見せよつたぢやないか。斯んな事でどうして誠の道が開けると思ふか。アーア日暮れて道遠しの感益々深しだ。どうしたら人間らしい人間が、一人でも出来るだらう。泥棒に聖山を汚されて取返しのならぬ事をした哩……アンアンアンアン』 宗彦『イヤ決して決して泥棒をすると云ふ様な考へはチツとも有りませぬ。あの様な所に棄てておいては、又泥棒が攫へて行つちやならない………それよりも吾々が暫く拝借して、又帰りがけにや、旧の所へ御返しをして帰る積りだつた。世の中は相身互だからと思つて、一寸借つたのですよ。心の底から泥棒する根性は有りませぬ』 怒童子『エーつべこべと此期に及んで卑怯未練な言ひ訳をするのが気に喰はぬワイ。貴様は女殺しの後家倒し、其上嬶泣かせの家潰し、沢山な人を泣かして来た揚句、不知不識とは云ひながら、平気の平三でお勝と〇〇になつて居た汚れた人足だ。何程言依別神様から大任を仰せ付けられたと言つて、一も二もなく御受けして来ると云ふ事が有るものか。貴様はそれでも清浄潔白な人間だと思うて居るのか。此の岩窟の鬼婆よりも、モ一つ悪い奴だ。心の底から改心すればよし、マゴマゴして居ると、天狗風を吹かして吹き飛ばしてやるぞ。天下の娑婆塞ぎ奴。ここを何処だと心得てゐる。貴様の目には悪神の巣窟と見えるであらうが、誠の神の目から見れば、どこもかしこも皆天国浄土だ。貴様の心に地獄が築かれ、鉄条網が張られ、鬼が巣を組んで居るのが分らぬか』 三人は頭を鉄槌にて打砕かるる様な心地し、一言も発し得ず、大地にピタリと鰭伏し、暫くは頭を得上げず、慄ひ戦いて居た。半時ばかり経ちしと思ふ頃、得も謂はれぬ美はしき天然の音楽耳を澄まして響きわたる。三人はフト頭を擡げ四辺を見れば、童子の影もなく又一枚の獣皮も無くなつて居る。 田吾作『神様から大変なお目玉を頂戴したものだ。原彦の奴率先して不言窃盗をやるものだから、斯んな目に遭つたのだよ。併し乍らマアマア結構な教訓を受けたものだ。先づ自分の心の中の鬼婆を征服して掛らねば、何程努力しても駄目だワイ』 原彦『三人の愁笑怒の神様が現はれて、噛んで呑む様に、詳細に堂々と教へて下さるのに、お前が口答へをするものだから、到頭怒鳴りつけられ、縮みあがつて、大きな七尺の男が斯んな馬鹿な態を見たのだ。チツト是れから言霊を控へて貰はねば、此先はどんな事が突発するか分つたものぢやありませぬワイ。ナア宗彦の宣伝使様』 宗彦『何事も神様のなさる事。惟神に我々は任すより仕方が有りませぬ』 田吾作『それ又覚えの悪い、今惟神と云つて怒られたぢやありませぬか。惟神中毒をすると、怒り神さんが又現はれますぞや。貴方こそ慎んで貰はねばなりませぬ』 宗彦『さうだと云つて、我々は惟神の道に仕へて居る者だ。惟神を言はなければ、宣伝も何も出来ぬぢやないか。鶏にコケコーと鳴くな、烏にカアカア囀るな、釣鐘になんぼ敲かれてもゴンゴンと鳴らずに沈黙せよと云ふ様な註文だないか。そんな天地不自然な事がどうして実行出来るものかい』 田吾作『惟神、不言実行さへすれば良のですよ。何事も心と行ひを惟神にして、口だけは暫く言はない方が宜しかろ。材木でもカンナがらをかけて見なさい、一遍々々細くなるぢやないか。あまり執拗うカンナがらを使つて居ると、結局にや糸の様になつて、結構な宣伝使神柱の資格が消滅して了ひますワ』 宗彦『ハヽヽヽ、余程怒り神様の御言が感応へたと見えるワイ。ありや一体どこから来た神様だと思つて居るのだ』 田吾作『神界の事は我々に分るものぢや有りませぬが、マア天から天降られたと云ふより仕方が有りますまい』 宗彦『馬鹿言ふな、あの怒り神さまは宗彦さまの本守護神だ。泣神さまが貴様の本守護神、笑ひ神さまが留公の守護神だ。チツト貴様改心せぬとあの通り守護神がベソを掻いて居るぢやないか』 田吾作『そりやチト違ひませう。笑つて居るのが私の守護神、怒つて居るのがあなたの守護神、泣いとる奴が留公の守護神に違ひありませぬワイ。結構な御用を仰せ付かり乍ら、お前さまはまだ腹の底に曇りがあると見えて、本守護神が怒つて居るのだ。良い加減に改心をしなさらぬと、どんな地異天変がおこつておこつて、おこりさがすか知れませぬぞ。お前さまの大将面して威張つて歩くのがあまり可笑しうて、田吾さんの本守護神が笑つて居るのだ』 宗彦『どうでも良いぢやないか。怒る神もあれば笑ひ神もあり、泣き神もある。実際のこたア、三柱の神共共通的に守護して御座るのだ』 原彦『モシモシ私丈は本守護神がどうなりました』 田吾作『お前の本守護神はまだ現はれる幕ぢやない、地平線下の身魂だから、土の上へ出る所へは往かぬ。併し乍ら孟宗竹でさへも土を割つてニユーと首を突出すのだから、どつか其辺に頭をあげかけてゐるかも分らぬぞ。チツト探して見たらどうだ』 原彦『アハヽヽヽ、身魂と筍と一つに見られちや、原彦も迷惑だ。丸でドクトルの身魂の様に、田吾さんが仰しやいますワイ。疑ふのぢやありませぬけれど、随分道理に違うた事を言ふお方ですな。 「竹の子の番人見れば藪にらみ」 アハヽヽヽ、オイ藪にらみの田吾竹さま』 田吾作『議論は後にせい。筍の身魂と云ふ事は、モウつい、日日薬で竹々と分つて来る。チクと身魂を練薬して、俺の言ふ事を膏薬(後学)の為に聞いて置くのだな。……エー何を薬々と笑ふのだい。薬価い(厄介)者奴、それよりも身魂の煎薬(洗濯)が一等だぞ』 原彦『これはこれはイカい(医界)お世話になりました。漸く医師(意思)が疎通しました。モウ此上決して、医(異)議は申しませぬ』 田吾作『キツト医薬(違約)をするでないぞ。俺の云ふ事を守れば、キツト薬九層倍の報いが出て来る。力一杯薬(約)を守つて、此上は口答へをしてはならぬぞ。俺の云ふ事はチツトは苦い事もある。併し良薬は口に苦しだ。薬(厄)雑魂を下痢させて、神霊の注射を為し、身体一面何の医(異)状もないとこまで清めて、是れから悪魔征伐に向ふのだ。心に煩ひのある時は病が起ると云ふ、其病の問屋が山の神を置去りにして、斯んな深い山い(病)あがつて来るものだから、到頭逆上して不健窃盗病が勃発するのだ、アハヽヽヽ』 宗彦『サアもう行こう。グヅグヅして居ると、中途で日が暮れて薬鑵が風を引いて了ふぞ』 二人は黙つて座を立ち、宗彦の後よりエチエチと小柴を分け、這ふ様にして胸突坂を掻きあがる。忽ち右方の谷間に当つて女の悲鳴が聞えて来た。 田吾作『イヨー怪しい声がするぞ。婆アの声にしては少し若い様だ。併し婆ア許りぢやない、沢山な女も居るであらうから、一つ声を当に実地検分と出かけたらどうでせう。ナア宗彦さま』 宗彦『追々と叫び声が高くなつて来るやうです。何か此には秘密が伏蔵されて居るでせう。私は此処に原彦さまと待つて居るから、一寸偵察して来て貰へませぬかなア』 田吾作『ハイ診察して参ります。探険家のオーソリチーの田吾作ですよ』 と早くも小柴の中に姿を隠した。宗彦は、 宗彦『アハヽヽヽ、口も達者な男だが、随分足も達者だ…ヨウヨウ、一人の声かと思へば大勢らしいぞ。こりや安閑としては居られない。私も行つて調べて見ようかな』 と首を傾げて居る。原彦は、 原彦『マア少時御待ちなさいませ。今に田吾さまが帰へつて来れば、様子が分りませうから、大方最前出た泣きの守護神が極端に泣きの本性を発揮してるのかも知れませぬぜ。最前の様なお叱言を頂戴すると困りますから、マアゆつくりと此処に待ちませうかい』 宗彦『そうだな。待つてもよいが、併し何だか気がイライラして来た。田吾作一人遣つて置くのも心許ない。………そんなら此処に待つて居るから、原さま、お前往つて来て呉れないか』 原彦『ハイ、そりやモウさうです。あまり何ですから、何となく気分が何しませぬ。ならう事なら、何々様と御一緒に願ひたいものですなア』 宗彦『分つたやうな分らぬやうな事を云ふぢやないか。ハツキリと言つたらどうだ』 原彦『現在私の心が、あなたには分りませぬか。天眼通、天耳通、漏尽通、宿命通、自他神通、感通に天言通、七神通の阿羅耶識を得たと云ふ宣伝使ぢやありませぬか、「一を聞いて十を知る身魂でないと、誠の御用は出来ぬぞよ」……と神様が仰有いませう。さうすれば貴方は最前の百点を返上なさらねばならぬ破目に陥りますよ』 宗彦『俺は天言通はお神徳を戴いて居るが、どうもまだ人語通は得て居ないのだ。況して曇つた身魂の囁きは尚更判別がつきかねる。何程近くに居つても、御神諭の通り「灯台下は真暗がり、遠国からわかりて来るぞよ」……と云ふのが本当だからなア』 原彦『左様か、左様ならばあなたも何々の割とは何々ですな。私は今迄チツト許り八丁笠を買ひ被つて居りました』 宗彦『さうだらう、御互様だ。お前もモウチツト勇気が有るかと思へば、実に脆いものだ、田吾作でさへも、一人で探険にいつたのに、わしの側にくつついて、慄うて居るとは実に見上げたものだ。生命を宣伝使に差上げると云つた癖に、ヤツパリ生命が惜いと見えるワイ。きつく俺も買ひ被つたものだワイ』 原彦『初めに言つたのは、アラ見本ですよ。見本通の物品を製造して輸出でもしようものなら、海関税を沢山取られて、今日の烈しい商業戦争に零敗を取りますワ』 宗彦『アハヽヽヽ、お前は口ばつかりの男だなア』 原彦『さうですとも、ハラから出口の神が表に現はれて、此世を悪に立直し、善の身魂を改心させるお役ですもの……』 宗彦『悪に立直し、善の身魂を改心さすとは、そら何を言ふのだ』 原彦『イヤ一寸違ひました。「ニ」と「ヲ」との配置を誤つたのです。悪を立直し、善の身魂に改心させるのです。上に付くか、下に付くか、「に」……にか、「を」にか、どつちやにせよ、チツト許りの間違ひだ。さう一字や二字配置が違つたと言つて、気の小さい事を言ふものぢやありませぬワ。アハヽヽヽ』 俄に傍の小柴の中よりガサガサと音を立て、現はれて来たのは田吾作であつた。 宗彦『ヤア田吾作か、様子はどうだなア』 田吾作『最早讐敵は攻め寄せて候へば、あなたに代つて一戦、御身は早く此場を遁れて下さりませ……と口には言へど御名残……チヽヽヽヽヽヽチンチンだ』 宗彦『ハヽヽヽヽ、そんな冗談言つてる所ぢやなからう。どんな事が起つて居つたか、早く聞かして呉れい』 田吾作『ハイ申上げます。一方の大将は大岩石を楯に取り、一丈有余の大木の小枝に甲冑を鎧ひ、一生懸命に阿修羅王の如く荒れ狂ひ、采配採つて号令をなすあり、此方の谷間よりは、又古今無双の豪傑樹上に陣取り、負ず劣らず声を限りにキヤツキヤツキヤツキヤツの言霊戦、勇ましかりける次第なり、ハアハアハアハアだ。ウツフツフツウツフツフツフウ』 宗彦『なアンだ、ちツとも分らぬぢやないか』 田吾作『ソラさうでせうとも。実地目撃した私でさへも、テンと了解の出来ない、猿芝居、否猿合戦ですもの……』 宗彦『ハヽヽヽヽ、千匹猿の喧嘩だつたのか。なアーンだ、しやうもない。……サアサア愚図々々しては居られまいぞ。此前途で又々大蛇の芝居か、熊のダンスでも開演されて居るだらう、面白い無料観覧と出かけよう』 (大正一一・五・一四旧四・一八松村真澄録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 04 玉探志 第四章玉探志〔六九六〕 言依別命に従ひて黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスの五人は錦の宮に参拝し、言依別命は宮殿深く神務の為めに進み入り、五人は各家路に帰らむとする時しも、高姫、紫姫、若彦の三人と十字街頭にピタリと出会した。 高姫『これはこれは黒姫さま、鷹依姫さま、その他御一同、一寸高姫の宅まで来て下さい。折入つてお訊ねしたい事が御座います』 意味あり気な此の言葉に黒姫はハツと胸を刺される心地がした。されど、さあらぬ態にて、 黒姫『ハイ、何用か存じませぬが、妾は今参拝の帰り路で御座います。何時参りましたら宜しいでせうか』 高姫『皆さま、妾等三人は参拝して来ますから、先へ妾の宅まで帰つて居て下さい。直に帰りますから。鷹依姫さまも、竜国別さまも、テーさまも、カーさまも御一緒に待つて居て下さい』 と撥ねた様な言葉尻を残して忙しさうに参拝道に進み行く。黒姫は胸に一物、思案に暮れながら高姫の宅に立寄り、帰宅を五人一同打揃ひ待つて居た。 テーリスタン『モシ黒姫さま、高姫さまの顔色が変つて居ましたな。悪事千里と云つて、今朝の騒ぎが高姫さまの耳へ這入つたのぢやありますまいか』 黒姫『サア、何だか何時もに変る気色だつた、困つた事になりましたな。お前、仕様もない事をするものだから各々に心配をするのだよ』 テー、カーは首を傾け、 テーリスタン、カーリンス『ハイ、私が悪う御座いました。併し教主様がお赦し下さつたのだから、もう彼の話は言はぬやうに致しませうかい。折角教主の言葉を無にしてガヤガヤ騒ぐと、世間へ洩れてはなりませぬから』 黒姫『ヘン、貴方には都合が宜しからうが、責任者たる妾は大変に面目玉を潰しました。本当に油断のならぬお方ぢやなア。テーリスタン、これから口の物を喰ひ合ふ様な仲でも油断は出来ませぬぜ、本当に困つた人だ。もう是きり改心をするでせうな』 カーリンス『玉から事件が方角違ひに外れて居るのだから仕方がない。まあまあ兎も角、吾々両人が盗んだ事に成つて居るのだから、何と言はれても仕方がないさ』 黒姫『ヘン、なつて居るから仕方がないとは能う言へたものだよ。オホヽヽヽヽ』 斯く言ふ処へ高姫は身体をプリンプリンと振りながら、チヨコチヨコ走りに慌しく帰り来り、 高姫『サア若彦さま、紫姫さま、お這入りなさいませ』 と先に立つ。 若彦、紫姫『ハイ』 と答へて両人は奥へ通つた。 黒姫『高姫様、えらう早う御座いましたな』 高姫『いつもの様に、ゆつくりと御礼も出来ませぬわ。能うマアお前さま、ヌツケリと落着いて居られますなア。黄金の玉の行方は分りましたかい』 黒姫『エー、未だに………分り…………ませぬ。然し貴女は誰にお聞きなさいましたか』 高姫『貴女は誰も知らぬかと思つて居らつしやるが、夜前から貴女等の喧嘩を誰も知らない者は一人もありませぬよ。みんな聞いて居ましたよ』 黒姫『寔に申訳なき事で御座います』 高姫『申訳がないと言つて肝腎要の御神宝を紛失し、能う安閑として居れますなア』 テーリスタン『もし高姫様、黒姫様が悪いのぢや御座いませぬ。私とカーリンスと二人が何々したのですワ』 高姫『エー聞きますまい、あた穢はしい。そんな事あ、ちやんと妾の耳に入つて居る。併し乍ら肝腎の責任は黒姫様にあるのだ。黒姫様何となさいます。一つ御了簡を承はり度い』 黒姫『何事も言依別命様が御引受け下さいましたから申しますまい』 高姫『それで貴女、責任が済むと思ひますか、言依別命様に何も彼も塗りつけて、能うお前さま、平気の平左で済まして居られますな。無神経にも程があるぢやありませぬか』 黒姫『さうだと言つて如何も仕方がないぢやありませぬか。八岐の大蛇の執念深き企みに依つて、バラモンの手に疾の昔、手に這入つて了つたものを、如何してこれが元へ帰りませう。妾がテー、カーの様な者を使つたのが過失です』 高姫『これ、テーにカー、お前如何する積りだい』 テーリスタン『ハイ、申訳がありませぬ』 カーリンス『仕方がありませぬ』 高姫『能う、そんな事が言へますワイ。これ黒姫さま、この責任を果す為めにお前さまは生命のあらむ限り草を分けても探ね出し、再び手に入れて神政成就のお宝を御返し申さねば済みますまい。何をキヨロキヨロして居なさる』 と坐つた膝を畳が凹む程打つけて雄猛びした。 黒姫『妾も決心して居りますよ』 高姫『二言目には刃物三昧の決心は廃めて貰ひませう。そんな無責任な事がありますか。サアサアとつとと出なさい。さうして其玉が手に入らぬ事には再びお目には懸りませぬよ。鷹依姫さま、お前さまも嫌疑が掛つた身体ぢや、黙としては居られますまい。竜国別さまは、親の疑を晴らす為に是も黙としては居られまい。テー、カーの両人も本当に盗つたか盗らぬか、そりや知らぬが、もう一苦労して世界に踏み出し、五人が五大洲に別れて探して来ねばなりますまい。さうぢやありませぬか。若彦さま、紫姫さま、黄金の玉を盗られた玉無しの宮を、ヌツケリと番して居る訳にはゆきますまい。紫姫さま、若彦さま、返答を聞かせなさい』 と無関係の両人にまで腹立ち紛れに八つ当りに当る。 若彦『あゝあ、何処へ飛沫が来るか分つたものぢやない。併し私は言依別さまの御意見を伺つて其上に致しませう。紫姫さまも今では重要な位置に居られるのだから、之も自分の自由にはなりますまい』 高姫『お前さまに直接責任がないと言つて、そんな平気な事を言つて居られますかいなア。言依別命様は柔弱な奴灰殻ぢやから、斯んな黒姫さまの失態を何とも処置をつけないのだ。然し教主として誰を悪いと云ふ訳にもゆかず、瑞の御魂の本性を現はし、表面は何喰はぬ顔して平気に見せて御座るが、心の裡は矢張り御心配して御座るに間違ひない。一を聞いて十を悟る身魂でないと、肝腎の御用は勤まりますまい。サア黒姫さま、如何なさいます、言依別の教主が赦されても、此高姫が承知致しませぬぞや。妾も一度はウラナイ教を樹て、お前さま等と共に変性女子に背いて見たが、それも素盞嗚尊様のお心を取違ひして居つたからだ。変性女子の身魂からお生れ遊ばした言依別命様も自分が其罪を一身に御引受け遊ばして御座るのぢや、それを思へば妾はお気の毒で堪らない。地の高天原は此高姫が是から玉照彦さま、玉照姫さまを守り立てて立派に御用を勤めて見せます。サア早く何とか準備を為さらぬか』 黒姫『妾も三五教の宣伝使、屹度何とか働いてお目に掛けます』 竜国別『吾々も母上様の嫌疑を解く為め、お暇を頂いて世界漫遊に出かけます。さうして玉の在処を探ねて来ます』 鷹依姫『いや妾も年寄と云つても元気がある。何処迄も此玉を探し当てる迄世界中を巡歴して来ます』 高姫『それは大に宜しからう、さうなくてはならぬ筈だ。これ、テー、カー、お前等は如何する心算だい』 テーリスタン『仮令八岐の大蛇の腹の中を潜つてでも、玉の在処を探さねば措きませぬ』 カーリンス『私も其通りだ。然し高姫さま、言うて置くが、何卒如意宝珠の玉と紫の玉を紛失せない様に、言依別の神様を助けて保管を願ひますよ』 高姫『ハイハイ、そんな事は言つて貰はいでも、気を付けた上にも気を付けて居ます。心配をせずに一日も早く玉の在処を探ねにお出でなさい。さうして在処が分つたら、無言霊話を早速掛けて下さい。皆さまも其のお積りで…………宜しいか』 と叩きつける様に言ひ放つた。 五人(黒姫、鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンス)『ハイ承知致しました。然らば之より言依別の教主様に一寸お暇乞ひを致して来ませう』 と五人が立ち上らむとするを、高姫は押し止め、 高姫『まあお待ちなさい。貴女方が神様の為に尽くすのなら、此儘言依別の教主に分らない様にするのが誠だ。教主は涙脆いから、又甘い事を仰有ると、忽ちお前さま達の腰が弱つて了ふから、妾が善き様に申し上げて置く。サア早くお出ましなさいませ』 竜国別『あゝあ、偉い災難で、高姫さまに高天原を追ひ出されるのかなア』 高姫『嫌なら行かいでも宜しい』 と高姫は睨め付ける。五人は是非なく高姫の宅をスゴスゴと立ち出で錦の宮を遥に拝し、各旅装を整へ世界の各地に向つて玉の捜索に出かけた。 (大正一一・五・二四旧四・二八北村隆光録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 09 清泉 第九章清泉〔七〇一〕 天津御神の賜ひてし生言霊の一二三 四尾の峰の山麓に厳の御霊と現はれて 五六七の神世を造らむと神素盞嗚の大神が 生の御子と現れませる八人乙女の其中に 秀でて貴き英子姫悦子の姫と諸共に 錦の宮の九十百千万の神策を 幾億年の末までも堅磐常磐に固めむと 天津御神の神言もて金剛不壊の如意宝珠 黄金の玉や紫の貴の宝を永久に 秘め隠したる桶伏の山の岩戸を何時しかに 開きて茲に黒姫や胸の動悸も高姫が 玉失ひし苦しさに天地の神に言解の 言葉もなくなく高姫は千々に心を砕きつつ 夜に紛れて四尾の山の麓を出立し 六甲山の峰続き蜈蚣の姫の一族が 立籠りたる魔谷ケ岳玉の行方は分らねど 執念深き曲神の八岐大蛇の計画と 早合点の高姫は鷹鳥山に小やけき 庵を結び夜も昼も鷹鳥ならぬ隼や 鵜の目に隙を窺ひつ水も洩らさぬ三五の 教をここに経となし緯さしならぬ身の破目を 押開かむと村肝の心に包み岩が根に 二三の信徒伴ひて時を待つこそ忌々しけれ。 春の陽気も漂うて、山桜の此処彼処、お多福面ではなけれども、花より葉が前に出る、谷路伝うてスタスタと登り来る二人の男、山桜の古木の根元に腰打ち掛け、竹の子笠を大地に投げ棄てヒソビソ話に耽る。 甲『此通り四方の山々新装をこらし、春の英気を含んで、木々の木の芽は時々刻々に際限もなく新芽を吹き出し、常世の春を寿ぎ、花は笑ひ、鳥は歌ひ、実に何とも云へぬ気分になつて来た。併し乍ら吾々の奉ずるバラモン教も、一時は大江山の鬼雲彦さまが鬼ケ城山の鬼熊別と南北相呼応して、遠近を風靡さした隆盛に引き替へ、今日のバラモン教は恰度冬が来たやうなものだなア。吾々は三国ケ岳の砦を三五教の為に取り毀たれてより、一旦本国へ帰り、時を待つて捲土重来せむものと、蜈蚣姫様に幾度諫言を試みたか知れなかつたが、どうしてもお聞きなさらず、又もやアルプス教の鷹依姫と共に、大自在天様の御威徳を発揮せむと主張し、此魔谷ケ岳にお越しになつてから早三月も経つた。併し乍ら高春山の没落以来影響を受け、折角集まつて来た信者も、日向の氷の如く、日に日に消滅の運命を繰返し、吾々の知つた事か何ぞの様に蜈蚣姫の御大将の不機嫌、日夜の八当り、実に困つたものぢやないか。今日は何とか一つお土産を持つて帰らねば、あの難かしい顔が元の鞘に納まらない、何とか良い名案はあるまいかなア』 乙『名案と云つて、吾々の智嚢の底を搾り切つた上の事だから、モウ此上逆様に振つても虱一匹産出……否落ちて来る気遣ひがない。要するに非常手段を用ゐるより方法はあるまいよ。鷹鳥山の鷹鳥姫は相当な年増で、蜈蚣姫と同じ様な年輩だが、まだ此方へ現はれてから幾らにもならぬのに大変な勢だ。何時も四つ時からかけて鷹鳥山の岩の根に道を説く鷹鳥姫の庵に通ふ老若男女は非常なものだ。何でも鷹鳥姫は紫の玉、金剛不壊の宝珠を腹に呑み込んで居ると云ふ事だから、一つ彼奴を直接行動で何々して了へば、後はバラモン教の天下だ。それに就て、彼が股肱と頼む玉能姫と云ふ頗る美人が居る。先づ其女から巧妙く説きつけて、此方のものにしさへすれば、鷹鳥姫に接近の機会を得ると云ふものだ。大樹を伐る者は先ず其枝を伐る……』 甲『将を射むとする者は先づ其馬を射ると云ふ筆法だな。併しさうウマく計画通りに行くだらうか。当事と牛のおもがひは向ふから外れると云つて、実に不安心なものだ』 乙『その玉能姫は何時も谷川に水を汲みにやつて来るさうだ。表口へ廻れば沢山の参詣者だから、到底目的は達し得なからうが、玉能姫は裏坂の椿谷の清泉に何時も下り立ち、霊泉を汲みに来ると云ふ事を探知して居るのだ。あの水は何でも非常な薬品を含んで居る。それを御神水だと云つて、鷹鳥姫が数多の者に与へるので、凡ての病気は奇妙に全快するさうだ。之を鷹鳥姫の奴、御神力だと称し、股肱の臣たる玉能姫にソツと汲ませ、神前に供へさせて置くさうだ。第一玉能姫を巧妙く此方の手に入れて、其上で本城へ駆け向へば、成功疑なしだよ。サア清泉まで僅か二三丁だ。早く行かう』 とカナンボール、スマートボールの両人は、崎嶇たる谷道を笠を手にしながら、チクチクと登り行く。 カナン、スマートの両人は鷹鳥山の清泉に漸く辿り着いた。急坂を太き竹製の手桶を両手に提げ、背恰好、容貌、寸分違はぬ三人の女、ニコニコしながら二人の前に現はれ来り、 甲女『あなたは、バラモン教のカナンさまでせう』 カナン『御察しの通りカナンです。此奴ア、スマートと云つて、私の乾児です。どうぞ此面を能くお目に止められまして、お忘れなき様に……』 甲女『ホツホヽヽヽ、忘れようと云つたつて、其お顔が如何して忘れられませう』 スマート『オイ、カナン、一目見てさへ、斯う云ふ美人が忘れられぬと云ふのだから、大した者だらう』 甲女『ホヽヽヽヽ』 と腹を抱へて女は蹲む。 スマ『コレコレお女中さま、何をお笑ひなさる。どつか私の顔に特徴がありますか……どつかお気に入つた所が御座いますかなア』 カナン『オイ、スマート、貴様は余程良い馬鹿だなア。一寸水鏡に照らして見よ。随分立派な顔だぞ』 三人の女は、一度に臍を抱へて笑ひ倒ける。 スマート『ハテナ』 と不審そうにスマートは清泉に顔を照らし眺めようとする。見られては大変と言はぬ許りに、カナンは手頃の石を拾ふより早く泉の中へ投げ込んだ。忽ち波立ち、スマートの顔は細く長く横に平たく、前後左右に随意活動、伸縮自在、真黒けの姿が映る。 スマート『何だかチツとも見えないワ。此泉には黒ん坊の霊が浮いて居るぢやないか』 カナン『アハヽヽヽ、俺も可笑しうてカナンワイ、のうスマート』 と又笑ふ。三人の女は益々笑ひ倒ける。スマートは合点行かず、波の静まつたのを見定め、又もや覗きかける。カナンは石を投げ込む。スマートは、 スマート『馬鹿にするない。何故水鏡を見ようと思ふのに、邪魔をするのだ』 カナン『貴様の顔を貴様が見ると、俺も一寸カナン事があるのだよ。アハヽヽヽ、随分黒う人だなア』 スマート『何だか俺の顔は今朝から鬱陶敷て仕方がない。スマートな気がせないよ。実際は如何なつたのか』 カナン『お目出度い奴だ。蜈蚣姫さまが何方へ向いとるか分らぬ様にと、墨を塗つて置かしやつたのだ。貴様の顔一面墨だらけだよ。俺は面黒くてカナンボールだ』 スマート『そりや大変だ。スマートも一つ此処で手水を使はうかなア』 カナン『イヤイヤそんな事しようものなら大変だぞ。貴様は注意が足らぬので、三国ケ岳で玉の在処をお玉の方に知らした奴だと蜈蚣姫さまに睨まれて居るのだ。大変な恥辱を与へよつた……蜈蚣姫の顔に墨を塗りやがつたから、あの玉を奪り返す迄はスマートの顔に墨を塗つて置くのだから……と云つてな、貴様が酒に喰ひ酔うて寝てる間に、ペツタリコと左官屋を遊ばしたのだ』 スマート『そりや余り殺生ぢやないか。斯う云ふナイスにそんな面を見られては堪らない。スマートはあんな黒い奴だと、三人女の印象に何時までも残つちや堪らない。一つ墨を洗ひ落して、好男子振りを認めて置いて貰はぬと詮らぬからなア』 と無理矢理に水を掬ひ、顔の垢を落す。如何したものか、さしもに清冽なる泉は墨を流した如く真黒になつて了つた。三人の女は、 三人『あれ、マア何うしませう』 と顔をかくす。スマートはスツカリと墨を落した。生れ付きの好男子である。 スマート『オイ、カナン、俺の顔を塗りよつたのは、蜈蚣姫さまぢやなからう。貴様は怪体な御面相だから、俺と一緒に歩くと目立つと思つて悪戯をしたのだらう』 カナン『マア何うでも好いワ。すべて神の道に在る者は、犠牲的精神が肝腎だから、誰がしたにもせよ、俺がした事にして置けば良いのだよ』 スマート『兎も角、三人のお方、貴女は玉能姫さまとか云ふ方ぢやありませぬか。どうぞスマートを鷹鳥山へ連れて往つて下さいますまいかな』 甲女『ホヽヽヽヽ、あなたの様な瓜実顔を連れて帰らうものなら、青物屋と間違へられますわ。カナンさまの南瓜顔、どうぞそれ計りは勘忍へて頂戴な』 カナン『オイ女、南瓜とは何だ。瓜実顔とは何ぢや。馬鹿にするない。八百屋ぢやあるまいし、サアもう斯うなつた以上は、否でも応でも、魔谷ケ岳へ担げて帰る。覚悟をせい』 乙女『誰が汚らはしい。お前の様なヒヨツトコに担がれて行く者がありますかい』 スマート『ますます貴様は七尺の男子を、馬鹿にするのだな。こりや、俺を誰様と心得て居る。バラモン教の蜈蚣姫が左守の神と聞えたる、スマートさまぢやぞ。斯う見えても何から何まで、知らぬ事のないチヤアチヤアだ。玉能姫、覚悟をせい』 甲女『本当の玉能姫が……それ丈能く分るお前さまなら……何れだか当てて御覧……』 スマート『一人は玉能姫、二人はお化けだよ』 甲女『どれがお化けで、どれが本物ですか』 スマート『オイ、カナン、此奴三人共引括つて伴れて帰らう。何れがどうだか余り能う化けて居よつて、見当が取れぬぢやないか』 カナン『さうだなア。併し斯う云ふ美人を担いで帰ぬと、途中で又魔がさし、中途でボツたくられると困るから、幸ひ此泉の水を塗り付け、真黒けにして帰らうかい。宅へ帰つて軽石や曹達で擦れば、現在の様な綺麗な面になるのだからのう……オイ女、此処へ来い。一つお黒いを塗つてやらう』 三人の女一度に、 三人『ホツホヽヽヽ』 と笑ひこける途端に、シユウシユウと立ち昇る白煙、忽ち四辺を包んで了つた。二人は息も詰るやうな苦しさに其場にパタリと倒れた。三人の女は真黒の水を手桶に掬ひ、二人の顔から手足一面に注いだ。両人は焼木杭の様な色になつて、其側に倒れた儘気絶して居る。三人の女は、 三人『旭さま……月日さま……ヤア高倉さま……さア帰りませう』 と互に白狐と還元し、魔谷ケ岳の蜈蚣姫が館を指して進み行く。 此処へ上つて来たバラモン教の部下四五人、 甲『オイ、スマートにカナンの大将は、此鷹鳥山の庵へ進むべく、教主の命を奉じて登つた筈だが、どうなつただらう。最早日も暮れかかつて居る。何とか便りがありさうなものだなア』 乙『折角働いて、是から休まして貰はうと思つて居るのに、大将が帰りが遅いものだから、こんな危険区域へ派遣されて、堪つたものぢやない。此山は随分恐ろしい化物の出る所ぢやから、迂濶して居ると、又此間の様に真黒黒助の怪物が出て、目玉を剔り抜かれるか知れやしないぞ。転公は目玉を抜かれたきり、たうとうあの通り不自由な盲目となつて了つた』 甲『なアに、あれは黒ン坊の化もんぢやない。此森林を暗がり紛れに歩きやがつて、松の枯枝に目玉を突当て飛び出たのだ。目を突くが最後其辺が見えなくなつたものだから、黒ン坊の化物が目を剔つたなどと云つてるのだ。用心せないと、どんな目に遇ふかも知れないぞ』 乙『イヤイヤ、松の木ぢやない。本当に黒ン坊が出たさうだ。用心せよ。そろそろ暮れかかつたからなア』 と云ひながら登つて来る。カナンはフト気が付き見れば、赤裸にしられた真黒の男が傍に横たはつて居る。 カナン『オイ、スマート、何処へ往つた。早く来て呉れ。此間転公の目を抜きよつた黒ン坊の化物が、茲に一匹横たはつて居よるワイ。オーイ、早よ来ぬかい』 スマートは此声にムクムクと動き出した。 スマート『ヤア、お前の声はカナンぢやないか』 カナン『オウさうだ。貴様は化物だらう。又目をとらうと思つて出よつたのだらう。其手は喰はぬぞ』 スマート『貴様こそカナンに化けた黒ン坊だ。俺が了簡せぬのだ。覚悟せい』 と足許のガラガラした石を拾つて投げつける。カナンも亦石を拾つて投げつける。双方より石合戦の真最中、 『アイタヽヽ』 『アイタヽヽ』 と云ひながら大格闘を始め、真黒けに濁つた清泉の中へ組んづ組まれつ、ドブンと落込んだ。薄暗がりに上つて来た五人の男、 甲『オイ、何だか妙な音がしたぢやないか』 乙『さうだなア。一つ調べて見ようか。何でも此辺には鷹鳥姫の庵に仕へて居る、玉能姫と云ふ美人が、チヨコチヨコ現はれるさうだから、ヒヨツとしたら、水汲みに来やがつて薄暗がりに過つて、ドンブリコとやつたのかも知れないぞ。蜈蚣姫さまが彼奴さへ手に入れば、後はどうでもなると仰有つて、カナン、スマートの大将に言ひつけて御座る位だから、俺達が手柄をして彼奴等の上役にならうぢやないか。此清泉へ今頃に水汲みに来る奴は、玉能姫より外にありやせぬぞ』 丙『オイ、愚図々々云つて居ると、水を呑んで死んで了つたら何にもならぬぢやないか。サア早く助けてやらう』 と清泉の傍に五人は探り探り立ち寄つた。余り深くない泉の中、二人の黒ン坊は組んづ組まれつ無言の儘掴み合うて居る。黒さは益々黒く、腸まで浸み込んで了つた。 甲『コレコレ、玉能姫さま、お危ないこつて御座いました。サア私が助けてあげませう。余り暗くつて一寸も分らぬ。それにお前さま黒い着物を着て居るものだからサツパリ見当が付かぬ。私の声のする方へお出でなさい』 横幅三間縦五六間の泉の中で、バサバサと一生懸命に格闘して居る。黒い水は両人の耳の穴に吸収され、知らぬ間に聾になつて居る。目玉まで真黒け、一寸先も見えなくなつて了つた。 乙『オイ、玉能姫にしてはチツと様子が違ふぢやないか』 甲『何、何時も三人同じ様な別嬪が此泉へ現はれると云ふ事だ。大方一人陥つたので二人が助ける積りで飛び込んで居るのだらう。同じ人を助けるのにも、あゝ云ふ美人を助けるのは気分が良い。……「どこのお方か知りませぬが、大切な生命をお拾ひ下さいまして、此御恩は忘れませぬ」……とかなんとか言つて、俺達に秋波を送るのは請合だ。三人の女を三人寄つて助ける事にしよう。皆同じ別嬪だから、甲乙がなくて後の争論も起らず、大変都合が好い。……オイ、熊、蜂、貴様は其処に番ついて居れ。吾々三人が功名手柄をするのだから……』 と囁いて居る。黒い影はビシヤン、バシヤンと相変らず向ふの方で水煙を立てながら格闘を続けて居る。清泉の真黒けになつた事は、薄暗がりで少しも五人には気が付かなかつた。甲は真裸となつて救い出さむと飛び込んだ。乙丙も吾劣らじと飛び込み、 乙、丙『コレコレお女中、玉能姫さま、私が助けてあげませう』 と進み行く。此奴も真黒けになり、三人共盲聾の真黒けの体に変じ、五人は互に同志打を始めて居る。夜は追々と暗の帳が深く下りて来た。熊公は、 熊『オイ蜂、コラ一体どうなるのだらうなア。オイ、金公、銀公、鉄、何してるのだ。玉能姫は如何なつたのだ。良い加減に上つて来ぬか。温泉か何ぞへ這入つたやうに気楽さうに泉の中で意茶付いとるのだな。……オイ早くあがらぬかい』 と呼べど叫べど、盲聾の真黒黒助には少しも分らず、遂には甲乙丙の区別を取違へ、一生懸命に格闘して居る。此時以前の女神又もやパツと此場に現はれた。さうしてアークライトの様な光は頭上に輝いて来た。五人の目は、始めてボーツと明りが見えて来出した。 カナン『ヤア此奴あ失策つた。何時の間にか美人が又やつて来よつた。オイ、スマート、斯んな所で喧嘩をして居る時ぢやない。何だ、貴様の姿は真黒けぢやないか。矢張りスマートぢやなからう。化衆ぢやなア』 スマート『貴様はカナンの声を使つて、馬鹿にするな。……コリヤ女、俺達をこんな所へ落しよつて、高所で見物すると云ふ事があるかい』 金、銀、鉄の三人も女神の姿に驚いて俄に這ひあがつた。 甲女『危い所をお助け下さいまして、お蔭で助かりました。此御恩は決して忘れませぬ』 金『ハイハイ、滅相もない。併し何時お上りになりました。私は貴女をお助けしたいと思うて、此通り飛び込み大活動を致して居りました。……それはまア結構でした。併し御礼を言はれるのはチツと不思議だ。救ひ上げた覚えがないのだから』 乙女『銀さまとやら、あなたは妾を救うて下さつた御恩人ですよ』 丙女『鉄さま、能う助けて下さつた』 鉄『へー、有難う……ナニ、滅相な、何方を言つて良いか訳が分らぬやうになつて来たワイ、助けてあげたやうにも思ふし、助けてあげない様にも思ふし、……こりやマア、如何なつたのだらう』 甲女『金さま、お前さまは、何とした黒い姿にならしやつたのだ。妾、残念で御座います』 金公始めて気が付き体を見れば、空地なきまで墨の化物の様になつて居る。銀、鉄はと見れば、これも真黒黒助。 金『ヤア、此光に照らし見れば、誰も彼も何故斯う黒くなつたのだらう』 甲女『妾の生命の御恩人、金さま、銀さま、鉄さま、どうぞ此方へ来て下さい。妾が拭き取つてあげませう』 と雪の様な手を延べ、四辺の草をむしつて牛馬の行水でもさせる様に、カサカサと擦り始めた。金、銀、鉄の三人は、元の黒ン坊が黄疸を病んだ様な肌、忽ち純白色となつて了つた。 乙女『ホツホヽヽヽ、綺麗だこと。三人さま、一寸御覧なさいませ。玉子の様な綺麗な肌付におなりなさいました』 三人はフト自分の体を見て、純白色に変じて居るのに且驚き且喜び、天にも昇る心地して、思はず手を拍ち飛び上つた。三人の女は美はしき衣を各々取り出し、金、銀、鉄の三人に着せた。何とも云へぬ立派な好男子になつて了つた。カナン、スマートは真黒けに染つた儘恨めしさうに眺めて居る。 甲女『スマートさま、カナンさま、随分お黒うおなりやしたネー。妾は斯うして三人の美しき殿御を持ちました。羨りい事は御座いませぬか』 と嬉しさうに手を取つて、 甲女『サア、金さま、銀さま、鉄さま、斯う舞ふのだよ。妾とダンスを致しませう』 と三男三女は手を握つてキリキリと舞うて見せる。二人は這ひあがり、指を啣へて、 カナン『アーア、夢かいな。夢なれば結構だが、斯んな真黒けになつて了つては、宅へ帰つて嬶アにだつて追払はれて了ふワ』 熊、蜂『オイ金、銀、鉄、貴様等は三人の美人を助けて、そんな陽気な事をしやがつて俺達を馬鹿にするのか。チツと俺にも分配したらどうだ』 金『生憎三人の美人だから、パンか何かの様に割つて与へる訳にも行かず、まあ時節を待つのだなア。カナンにスマートの御大将でさへも、あの通り黒ン坊になつて了つたのだから、其事を思へば貴様はまだ元の生地の儘保留されて居るのだから、せめてもの喜悦として、グヅグヅ言はぬが得だらう。俺はこれから此ナイスと共に鷹鳥山に立向ひ、鷹鳥姫様にお目にかかつて、御馳走に預かつて来る。まアゆつくり黒い水でも飲んで、俺達の凱旋祝の準備でもして居て呉れ。カナン、スマートの御大将、アリヨース。サアサア三人の御姫さま、こんな所で黒ン坊を眺めてゐても殺風景です。どつかへ転地療養と出かけませうか』 甲女『新婚旅行と洒落て、これから鷹鳥山、再度山、魔谷ケ岳、六甲山と、天然都会を漫遊致しませう』 カナン『オイ、金公、待たぬかい』 と呶鳴つて居る。忽ちアーク灯の様な光はブスツと消えた。六つの白い姿は闇に浮いた様に山上目蒐けて薄れ行く。 (大正一一・五・二六旧四・三〇松村真澄録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 13 寂光土 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 14 初稚姫 第一四章初稚姫〔七〇六〕 杢助『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の宣伝使 誠の道を踏み外し心鷹ぶる高姫が 小さき意地に囚はれて錦の宮を守ります 玉照彦や玉照の姫の命や言依の 別の命の御心を空吹く風のいと軽く 聞き流したる身の報い鷹鳥山の頂きに 現はれ給ひし黄金の神の化身が誡めの 礫に谷間へ顛落し苦しみ悶ゆる娑婆世界 心一つの持ちやうで神の造りし此国は 天国浄土地獄道自由自在に開けゆく 吾身の作りし修羅畜生心の中の枉鬼に 虐げられて高姫は清泉忽ち濁り水 湧きかへりたる胸の中聞くも無残な今日の春 花咲き匂ひ風薫り小鳥は歌ひ蝶は舞ふ 花と花とに包まれし常世の春も目のあたり 神の大道を白煙深く包まれ目も鼻も 口さへ利かぬ浅ましさそれに続いて若彦が 血気にはやる雄健びのたけび外して久方の 天津空より降り来る神の礫に身を打たれ 忽ち地上に倒れ伏し息絶え絶えの瞬間に 心の開く梅の花天国浄土の楽園を 初めて覚る胸の中今迄犯せし身の罪や 心の汚れ忽ちに悟りの風に吹き払ひ 初めて此処に麻柱の真の司となりにけり あゝ高姫よ若彦よ娑婆即寂光浄土ぞや 神も仏も枉鬼も大蛇醜女も狼も 心を焦つ針の山身を苦しむる火の車 忽ち消ゆる水の霊神素盞嗚大神の 千座置戸の勲に心の空の雲霧を 払はせたまふ神言を朝な夕なに嬉しみて 尊き恵を忘れなよ神は汝と倶にあり とは云ふものの拗けたる身魂の主に何として 正しき神の坐まさむやあゝ惟神々々 恩頼を蒙りて心の岩戸を押し開き 誠明石の浦風に真帆をあげつつ往く船の 浪のまにまに消ゆるごと一日も早く八千尋の 海より深き罪咎を祓戸四柱大御神 祓はせ給へ神の子と生れ出でたる高姫や 若彦つづいて玉能姫金助、銀公其他の バラモン教に仕へたるスマートボールを始めとし カナンボールや鉄、熊や其他数多の教子よ 早く身魂を立て直せ神が表に現はれて 善と悪とを立て別ける朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 誠一つの神の道幾千代迄も変らまじ 変らぬ誠の一道に向ひまつりて松の世の 光ともなり花となり塩ともなりて世の中の 汚れを清め味をつけ神の柱とうたはれて 恥らふことのなき迄に磨き悟れよ神の子よ 神に仕へし杢助が赤き心を立て通し 初稚姫の命もて玉能の姫の神魂を 此処に伴ひ来りたり汝高姫、若彦よ 神の御声に目を醒ませ心にかかる村雲も 忽ち晴れて日月の光照らすは目のあたり あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と歌ひつつ時置師神の杢助は、初稚姫を背に負ひ、玉能姫と諸共に此場を指して現はれた。 此宣伝歌の声に鷹鳥姫、若彦、金、銀の四人は身体元の如く自由となりて立ち上り、杢助の前に嬉し涙に咽びながら両手を合せ、感謝の意を表し、恭しく首を垂れて居る。 杢助『皆さま、大変なおかげを頂きましたなア』 鷹鳥姫『ハイ、有難う御座います。余り吾々の偉い取違ひで、今迄開いた口のすぼめやうが御座いませぬ』 若彦『御神諭の通りアフンと致しました』 杢助『随分沢山な警護の役人が、竹槍を持つて御守護遊ばして居られますな。此方々は何時お出になつたのですか』 鷹鳥姫『ハイ、吾々の心に潜む悪魔を追出しに来て下さつた御恩の深いお方計りです』 若彦『此方々はバラモン教の蜈蚣姫さまの部下の方ださうです。厚いお世話になりました。何卒貴方から宜敷くお礼を云うて下さいませ』 体は棒のやうになつて強直したバラモン教の連中も、首から上は自由が利くので互に首を掉り、顔を見合せ、小声になつて、 スマート『オイ、カナン、嫌らしい事を云ふぢやないか。散々悪口をつかれ、危ない目に遇はされた俺達に向ひ、礼を云つて呉れと吐しやがる。この御礼は中々骨があるぞ。確りして居らぬと、中空より飛行機墜落惨死の幕が切つて落されるかも知れない。困つたものだなア』 カナン『何と云うても、この通り不動の金縛りを食うたのだから謝罪るより仕方がない。抵抗しようと云うた所で、こんな木像では何うする事も出来ぬぢやないか』 と囁いて居る。杢助の背から下された初稚姫は一同の前に立ち、忽ち神憑り[※三版・愛世版では「神憑り」、校定版では「神懸り」。]状態になつて仕舞つた。一同は期せずして初稚姫に視線を向けた。初稚姫は言静に、 初稚姫『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦其他一同の人々よ、八岐大蛇の猛り狂ふ世の中、暗黒無道の娑婆世界とは云ひながら、汝等が心の岩戸開けし上は暗黒無明の此世も、もはや娑婆世界ではない、天国浄土である。娑婆即寂光浄土の、至歓至楽のパラダイスだ。汝等は八岐大蛇を言向け和し、ミロク神政の神業に参加せむと欲せば、先づ汝が心の娑婆世界をして天国浄土たらしめよ。この世界は汝が心によりて天国ともなり又地獄ともなるものぞ。風は清く山は青く、河悠久に流れ、木々の梢は緑の芽を吹き出し、花は笑ひ小鳥は歌ひ、蝶は舞ひ、自然の音楽は不断に聞え、森羅万象心地よげに舞踏し、吾等の目を楽しましめ、耳を喜ばせ、馨しき匂ひは鼻を養ふ。木の実は実り五穀は熟し、魚は跳ね、野菜は笑を含みて吾等が食ふを待つ。大道耽々として開け、鉄橋、石橋、木橋は架渡され、道往く旅人も夕になれば旅宿ありて叮寧に宿泊せしめ、湯を与へ食を与へ暖かき寝具を提供し、往くとして天国の状況ならざるはない。遠きに往かむとすれば汽車あり、電車あり、郵便電信の便あり、斯くの如き完全無欠の神国に生を託しながら、是をしも娑婆世界と観じ、暗黒無明の世と見るは何故ぞ、汝の心が暗きが故なり、身魂の汚れたる為なり。宣伝歌に云はずや「此世を造りし神直日、心もひろき大直日」と、あゝ斯の如き直日の神の神恩天の高くして百鳥の飛ぶに任すが如く、海の深く広くして魚鼈の踊るに任すが如き、直日の心を以て一切衆生に臨めば、何れも皆神の光ならざるはなく恵ならざるはなし。鬼もなければ仇もなし、暗もなければ汚れもなし。一日も早く真心に省み、一切に対して心静に見直せ聞き直せ、以前の誤解は速かに宣り直せよ。これ惟神なるミロクの万有に与へ給ふ大御恵なるぞよ。あゝ惟神霊幸倍坐世』 と云ひ終つて初稚姫は元に復し、再び杢助の背に愛らしき幼き姿を托した。 鷹鳥姫、若彦は一言も発し得ず地に噛りつき、感謝の涙止め度なく身を慄はして居た。今迄玉能姫と見えしは幽体にて、かき消す如く消え失せた。杢助父子の姿も、如何なりしか目にも止まらず、スマートボール以下の人々も何時しか消えて、白雲の漂ふ天津日は煌々として此光景を見下したまひつつあつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一一・五・二七旧五・一加藤明子録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 15 情の鞭 第一五章情の鞭〔七〇七〕 時置師神、初稚姫、玉能姫は、忽然として此の場に姿を隠した。何時の間にか押寄せ来りしバラモン教のスマートボール以下数拾人の人影も、煙の如く消えて了つた。鷹鳥姫、若彦は互に顔を見合せ、不審の念に駆られながら、 鷹鳥姫『これ若彦さま、なんと不思議ぢやありませぬか。私は貴方に御留守を頼み、此山の頂に玉能姫さまと登つて見れば、黄金の立像四辺眩ゆき許りに輝き給ひ、荘厳無比にして近づくべからざるやうでしたが、勇気を出して御側近く立寄つたと思へば、左右の御手を伸ばして吾等二人を中空に投り上げ給ひ、後は夢心地、覚めて見れば吾庵の庭先に倒れてゐました。さうして天より神さまの声聞え、いろいろの教訓を賜はりし時は、実に畏れ入つて自分の今までの罪が山の如く前に現はれ来り、何とも云へぬ心の苦しさ。今迄の取違ひを全く覚り、神さまに罪を赦されたと思へば、バラモン教の人は竹槍を以て、妾等二人を突き滅ぼさむと攻め寄せ来る危機一髪の際、杢助さまは初稚姫様を背に負ひ、玉能姫さまを伴ひ、宣伝歌を歌ひながら此場に現はれ、初稚姫様を背より下し給うたと思へば、初稚姫様は神懸状態に御成り遊ばし、娑婆即寂光浄土の因縁を細々と御説き下され、ヤレ有難やと伏し拝むと見れば、三人の御姿は煙と消えて了はれた。不思議な事があればあるものだなア』 若彦『私も其の通りで御座います。天から女神の声聞え、いろいろの尊き教訓を賜はり、杢助様一行は現に此処に御出でになつたのは、決して夢でも現でもありますまい。又蜈蚣姫の部下の人々が攻め寄せて来たのも事実です。吾々両人は杢助様親子に救はれたも同様ですから、黙つて居る訳には行きますまい。是から杢助様の御宿を訪ね、御礼に参らねばなりますまい』 鷹鳥姫(高姫)『さうですかなア、貴方御苦労だが妾は此処に神様の御給仕をしながら、留守をしてゐます。一度御礼に行つて来て下さい。金さま、銀さま、貴方も共に助けて頂いたのだ。若彦さまと一緒に杢助さまの宅迄、御礼に行つてお出でなさい』 金、銀一度に、 金助、銀公『ハイ、有難う、御伴致します』 と感謝の涙に咽ぶ。茲に若彦は口を嗽ぎ手を洗ひ、高姫、金、銀二人と共に、神前に向ひ恭しく天津祝詞を奏上し、神言を宣り、庵を後に崎嶇たる山坂を伝ひ伝ひて下り行く。 山麓の稍平坦なる大木の茂みに差掛る時しも、午睡をしてゐた拾数人の男、三人の姿を見るよりスツクと立ち上り、前途に大手を拡げ、 男たち『ヤー、其方は三五教の若彦であらう。汝は玉能姫と云ふ魔神を使つて、俺達を清泉に投げ込んだ悪神の張本、手足も顔も傷だらけに致しやがつた。サア、これからは返報がやしして呉れむ、覚悟をせよ』 と四方八方より棍棒打振り攻め来る。 若彦は飽く迄無抵抗主義を支持すれども、敵の勢余り猛烈にして危くなりければ、四辺の枝振りよき松を目蒐けて猿の如く駆け上つた。金助、銀公の二人は松の小株を楯に取り、 金助『オイ、スマートボール、カナンボールの阿兄、その腹立は最もだが、此の宣伝使の知つたことぢやない。貴様等が作つた心の穽に落ち込んだのだ。敵は汝の心に潜んでゐるぞ。マア気を落着けよ。貴様は今杢助の娘初稚姫に危急を救はれて、雲を霞と遁げ去りながら、其の御恩を忘れ、未だ三五教に敵意を含むのか。貴様冷静に考へて見よ』 スマート『考へるも考へぬもあつたものかい。俺が何時杢助の娘に救けられたか。莫迦を云ふない、テンで鷹鳥姫の庵に行つたこともない。なア、カナン、妙なことを金助の奴吐すぢやないか』 金助『吐すも吐さぬもあつたものかい、白々しい。僅か一人や二人の宣伝使に向つて、竹槍隊を引率し、芋刺しにして呉れむと、大人気なくも襲撃して来よつたぢやないか。余り空惚けない』 スマートボール『貴様はちつと逆上せてゐよるなア。これから俺が谷水でも掬つて飲ましてやらう』 金助『逆上せて居るのは貴様等ぢや。皆神様が貴様等のやうな分らん屋には相手になるなと云つて、若彦さまを此の松の木の頂上まで上らせてござるのだ。ちつと上せ様が違ふぞ。水を飲ましてやると云ひよつたが、俺の欲する水は、飲めば直様、汗や小便になるやうな水ではない。乾くことなく、尽くることなき身魂を洗ふ生命の水だ。瑞の身魂の救ひの清水だ。サア、これから俺が飲ましてやらう。確り聞けよ』 カナン『金助の奴、貴様は筒井順慶式だな。腹の黒い裏返り者、サア、一つ目を覚ましてやらう。覚悟を致せ』 と迫り来る。 金助『アハヽヽヽ、俺の腹が黒いと吐すが、貴様が大将と仰ぐ蜈蚣姫は何うだい。身体一面真黒ぢやないか。其の股肱と仕へてゐる貴様の顔は野山の炭焼きか、炭団玉か、但は屋根葺爺か、アフリカの黒ン坊か、烏のお化けか、紺屋の丁稚か、岩戸を閉めた曲神か、得体の分らぬ真黒黒助。アハヽヽヽ』 と肩を大きく揺り、二三度足で大地に餅搗きながら笑つて見せた。スマート、カナンは烈火の如く憤り、 スマートボール、カナンボール『腹黒の二枚舌、腰抜け野郎奴、云はして置けば際限もなき雑言無礼、最早勘忍相成らぬ、覚悟致せ』 と武者振りつく。金、銀二人は拾数人を相手にコロンツ、コロンツと格闘を始めた。 松の大木の上より若彦は声を張り上げて歌ひ出した。 若彦『神の造りし神の国恵みの露に潤ひて 大神宝と生れたる世界の人は神の御子 人のみならず鳥獣魚貝の端に至るまで 神の造りし貴の御子互に憎み争ふは 吾等を造りし祖神の深き心に背くなり スマートボール其他のバラモン教の人々よ 吾等も同じ天地の神のみ息に生れたる 断つても断れぬ同胞よ愛し愛され助け合ひ 聖き尊き此の世をば一日も長く存らへて 皇大神の降らします恵の雨に浴し合ひ 互に心打ち解けて四海同胞の標本を 世界に示し神の子と生れし実をめいめいに 挙げよぢやないか人々よ三五教やバラモンと 名は変れども世を救ふ誠と心は皆一つ 一つ心に睦び合ひ下らぬ争ひ打切りて 手を引合うて神の道花咲く春をやすやすと 心楽しきパラダイス進み行く世を松の上 松の緑の若彦が皇大神に照らされし 心の魂を打開けて神より出でし同胞に 真心籠めて説き諭すあゝ諸人よ諸人よ 三五教やバラモンと小さき隔てを打破り 尊き神の御子として清き此世を永遠に 千代も八千代も暮さうか返答聞かせ早聞かせ 汝が心の仇波は汝が心に立ち騒ぐ 波の鎮まる其の間この若彦は何時迄も 松の梢に安坐して改心するを待ち暮す あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも神は吾等の御親ぞや 人は残らず神の御子人と人とは同胞よ 親子兄弟睦び合ひ五六七の神代を永遠に 手を引合うて楽まむ神が表に現れまして 善と悪とを別け給ふ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も吾々は 互に胸を明かし合ひ過ちあらば御互に 諫め交して天地の神の心に叶ひつつ 二つの教を解け合せ誠一つの神界の 道に復ろぢやないかいな道に進もぢやないかいな これ若彦が一生のバラモン教の人々に 対して願ふ真心ぞあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と歌ひ終つた。 俄に吹き来る春風に、松葉の戦ぎそよそよと、梢を伝ひ下り来る。此の言霊に辟易し、スマートボールを始めとし、数多の人々一散に、雲を霞と走り行く。金、銀一度に、 金助、銀公『若彦さま、貴方の宣伝歌に依つて一同の者は、頭を抱へ尻引からげ、初めの勢にも似ず、雲を霞と遁げ散つて了ひました。併し乍ら彼等とても良心の閃きはありませうが、さうぢやと云つて決して油断はなりませぬ。気をつけて参りませうか』 若彦『マア急ぐに及ばぬ。バラモン教の人々に対し、私の宣伝歌が功を奏したか、奏しなかつたかは知りませぬが、兎も角吾々の進路を開いて呉れただけでも結構だ。此の松の木の麓に於て大神さまに感謝の祝詞を献げませう』 と言ひ終り早くも拍手再拝、鷹鳥山の絶頂を目標に祝詞を奏上し始めた。若彦外二人が汗を流して奏上する英気に充ちた顔を、遠慮えしやくもなく山の春風が吹いて通る。 再度山の山麓、生田の森の中に庵を結ぶ杢助の仮住居、形ばかりの門戸を開いて入り来る三人の男があつた。その中の一人は若彦である。若彦は、 若彦『頼みます頼みます』 と門の戸を叩いて訪へば、 (杢助)『オー』 と答へて出で来る以前の杢助、素知らぬ顔にて、 杢助『ヤーお前さまは若彦の宣伝使さま、鷹鳥山の庵に於て身魂を研き、旁御教を鷹鳥姫と共に四方に宣伝して御座ると聞いて居たが、今日は又如何なる風の吹き廻しか、此の杢助が隠家を訪ねて御越し遊ばしたのは、如何なる御用でございますか』 若彦『最前は鷹鳥姫様始め吾々一同、いかい御世話になりました。御礼を申さむかと思ふ間もなく、貴方は初稚姫さま、玉能姫と共に御帰り遊ばしたので、鷹鳥姫さまも一つ、言葉の御礼に行つて来ねば済まないから「若彦、お前御礼に行つて来い」との仰せ、遅れながら只今参りました』 杢助『此の日の暮紛れに三人連れで、此処へやつて来るとは合点が行かぬ。此の杢助は二三日前から閾一つ跨げた事はござらぬ。随つて貴方を最前とやら御助け申した覚えはござらねば、何うぞ此儘御帰り下さいませ』 と膠も杓子もなく、榎で鼻を擦つたやうな挨拶振り、稍面を膨らし、目を凝視めて不機嫌顔、若彦は合点行かず、暫し答ふる言葉も知らなかつたが、思ひ切つたやうに、 若彦『玉能姫は貴方の宅に御世話になつて居りませぬか』 杢助『それを訊ねて何となさる。三五教の宣伝使たるものは、一切を神様に任せ、総ての執着を去り、師匠を杖につかず、人を相手とせず、親子女房血類を力にすなとの教ではござらぬか。何を血迷うて鷹鳥山の霊場に玉能姫を伴れ込み、穢らはしくも此の杢助の宅に玉能姫は居ないかなぞと以ての外の御心得違ひ、左様な腐つた魂の宣伝使には今日限り絶縁致します。此の閾、一歩でも跨げるなら、サア、跨げて見なさい』 奥には玉能姫の咳払ひ、若彦の耳には殊更刺激を与へた。玉能姫は杢助に救はれ、此処に病気の身を横へながら、若彦との問答を心痛めて聞いて居る。飛び立つばかり会ひたさ見たさに、玉能姫は心は矢竹に焦れども、人目の関や、抜きさしならぬ杢助の堅き言葉に遮られ、何と返答もないじやくり、夜具に食ひつきハラハラと涙を袂に拭ひつつあつた。 杢助は二人の心を察し得ない程の木石漢にはあらねども、二人を思ふ慈悲心の波にせかれて涙を隠し、態と呶鳴声、 杢助『ヤイ、黄昏のこととて顔は慥かに分らねど、其の声は若彦によく似たり。恐らくは若彦に間違ひなからうかも知れぬ。併し乍ら三五教には不惜身命的宣伝使の数多綺羅星の如く、心の玉を輝かし神の教の道を猛進し、世人を導く身分として女房に心を奪はれ、教の館を捨てて遥々訪ね来る如き腰抜けは一人も御座らぬ。汝は神の名否宣伝使の雅号をサツクとなし、此世を誑かる泥坊の類ならむ。汝の如き偽物、諸方を徘徊致すに依つて、第一三五教の面汚し、獅子身中否志士集団の団体をして腰抜教と天下に誤解せしめ、神の神聖を冒涜するもの、汝は是より己が住家へ帰り、一意専念身魂を研き、名実相合する神人となつて、然る後宣伝使が希望ならば宣伝使となれ。それが嫌なら只今の儘流浪人となつて人の門戸を叩き、乞食の恥を曝すがよからう。斯く申す杢助の心は千万無量、推量致して名誉泥坊の二人と共に疾く此場を立去れ。又玉能姫とやらの宣伝使は、神界のため夫に暫く離れて素盞嗚大神の御楯となり、華々しき功名を致す迄、夫に面会は致すまいぞ』 と声張り上げて夫婦に聞かす杢助が情の言葉、若彦は胸に鎹打たるる心地、両手を合せ杢助の庵を伏し拝み、名残惜しげに振返り振返り、二人の男と共に、闇の帳に包まれてしまつた。 後に杢助は声を湿らせながら独言、 杢助『大神のため、世人のためとは云ひながら、生木を裂くやうな杢助が仕打ち、若彦必ず恨んで呉れな。それに就ても玉能姫、せめて一目なりと会はして呉れたら良ささうなものだのに、気強い杢助であると嘸恨んで居るであらう。最前初稚姫様の御知らせに依つて鷹鳥山へ救援に向ふ折りしも玉能姫は御伴をしようと云つた。其時無下に叱りつけ初稚姫様を背に負ひ、後に心を残しつつ宣伝歌を歌ひながら鷹鳥姫が館に行つて見れば、神の御告に寸分違はず、悲惨の幕が下りて居た。玉能姫の幽体は又見えつ隠れつ来て居つたやうだ。嗚呼無理もない。併し乍ら今会はせるは易けれど、言依別命様の御内命もあり、且又至仁至愛の大神様の厳しき御示し、何程玉能姫の心情を察すればとて、神さまの仰には背かれず、神の教と人情の締木にかかつた此の杢助の胸の苦しさよ。アヽ両人、今の辛き別れは勝利の都に達する首途、杢助が心の中も些は推量して下され』 と流石剛毅の杢助も情に絡まれ、潜々と落涙に咽んでゐる。奥には初稚姫、玉能姫が奏づる一絃琴の音、しとやかに鼓膜をそそる。 (大正一一・五・二七旧五・一外山豊二録)
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(1822)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 04 長高説 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 05 蘇鉄の森 第五章蘇鉄の森〔七三五〕 生命の綱と頼みてし三つの神宝の所在をば 執念深く何処までも探さにや置かぬと高姫が 夜叉の如くに狂ひ立ち積る思ひの明石潟 浪の淡路の島影に船打ち当てて沈没し 九死一生の大難を玉能の姫に助けられ 感謝するかと思ひきや心の奥に潜むなる 自尊の悪魔に遮られ生命の親をさまざまに 罵り嘲り東助が操る船に身を任せ 玉の所在は家島ぞと心を焦ちて到着し イロイロ雑多と身を尽し心砕きし其揚句 絶望の淵に身を沈め如何はせむととつおいつ 思案に暮るる折柄に浜辺に繋げる新調の 小舟に身をば任せつつ貫州従へ玉の緒の 生命の瀬戸の海面を力限りに漕ぎ出し 小豆ケ島へ漂着し又もや玉の所在をば 探らんものと国城の山を目蒐けて駆登り 岩窟の中にてバラモンの神の司の蜈蚣姫 館に思はず迷ひ込み早速の頓智高姫は 蜈蚣の姫が心汲み表面ばかり親善の 姿装ひ漸うに敵の毒手を逃れつつ 蜈蚣の姫を利用して玉の所在を探らむと 再び船に身を任せ一行数人波の上 馬関海峡打過ぎり西へ南へ進み行く 蜈蚣の姫は第一に玉の所在を索めつつ 恋しき娘の所在をば探らむ為の二つ玉 愛と欲とに搦まれてスマートボール其外の 供を従へ高姫が船に棹さし進み行く 心そぐはぬ敵味方さしもに広き海原の 波は凪げども村肝の心の海に立つ波は 穏かならぬ風情なり。 焦つく様な暑い日光を浴びた一行は、汗を滝の如くに搾り出し、渇を感じ水を需めむと、やうやうにして海中に泛べる大島の磯端に船を横たへ、彼方此方と淡水を求めつつ草木を別けて互に『オーイオイ』と声を掛け、連絡を保ち乍ら、島内深く進み入つた。渇き切つたる喉よりは最早皺嗄れ声も出なくなりにけり。 高姫は漸くにして蘇鉄の森に着きぬ。一丈許りの蘇鉄の幹は大蛇の突立つて雨傘を拡げた如く、所狭き迄立並ぶ。蘇鉄のマラを眺めて矢庭に貫州に命じ、むしり取らしめてしがみ始めたるに、何とも知れぬ甘露の如き甘き汁、噛むに従つて滲み出で、漸く蘇生の思ひをなせり。………蜈蚣姫一行も漸くにして此場に現はれ、高姫がむしり取つたるマラに目を注ぎ渇を医する為に、餓鬼の如く喰ひ付かんとする一刹那、マラの実は忽ち延長し一丈許りの大蜈蚣となつてノロノロと這ひ出し、其儘蘇鉄の幹にのぼり、次から次へと条虫の如く延長して蘇鉄の幹を残らず巻き、一指をも添へざらしめむとせり。蜈蚣は長さと太さを時々刻々に増し、一時程の間に此大島全体を巻き尽したりける。 高姫、蜈蚣姫其他の一行は、樹木と共に蜈蚣に包まれ、息も絶え絶えに天津祝詞を奏上し、バラモン教の経文を唱へ、只管身の安全を祈る事のみに余念なかりけり。 マラの変化より成出でたる蜈蚣は、大島を十重二十重に巻き、四面暗澹として暗く、得も言はれぬ不快の空気に、呼吸器の働きも停止せむ許りとなりき。九死一生の破目に陥りたる高姫は、最早是までなりと総ての執着心に離れ、運命を惟神に任せ、観念の眼を閉ぢ死を待ちつつありける。 忽ち頭上より熱湯を浴びせかけた如き焦頭爛額の苦みを感ずると共に、紫磨黄金の肌を露はしたる巨大の神人、忽然として此場に現はれ来り、 神人『汝日の出神の生宮と称する高姫、今茲に悔い改めずば汝は永遠に今の苦みを味はひ、根底の国の消えぬ火に焼るべし』 と云つた儘姿は消へたり。一方蜈蚣姫は、頭上より氷の刃を以て突き刺されし如き大苦痛を感じ、七転八倒身を踠く折しも、墨の如き黒き巨顔を現はし、眼球は紅の如く輝きたる異様の怪物、首から上許りを暗黒の中にも殊更黒き輪廓を現はし乍ら、長き舌を出して蜈蚣姫の頭部面部を舐めた其恐ろしさ、流石気丈の蜈蚣姫も其厭らしさに身の毛もよだち、何の応答も泣く許り、怪物の舌の先よりは無数の小さき蜈蚣、雨の如くに現はれ来り、蜈蚣姫の身体を空地もなく包み、所構はず無数の鋭き舌剣を以て咬みつける其苦しさ『キヤツ』と叫んで其場に倒れ、右に左に転げ廻る。此時高姫は漸く正気に復し四辺を見れば、酷熱の太陽は晃々と輝き亘り、数多の樹木青々として、吹き来る海風に無心の舞踏をなし居たり。高姫は、 高姫『アヽ夢であつたかイナア。それにしても此怪しき蘇鉄、斯かる怪異の続出する島に長居は恐れ、一時も早く此島を離れ、宝の所在を探らむ。貫州来れツ』 と四辺を見れば、貫州はドツカと坐し、瞑目した儘腕を組み、石像の如くに固まり居る。高姫は一生懸命に祝詞を奏上し、頬を抓り、鼻を摘み、イロイロ介抱をすること半時ばかりを費したり。されど貫州は血の気の通はざる石像の様に、何処を撫でても少しの温か味も無くなり居る。高姫は何となく寂しさに襲はれ、泣き声まぜりになつて、 高姫『コレ貫州、今お前に斯んな所で死なれて、どうなるものか、……チツト確かりしてお呉れ』 と泣き口説く。貫州は漸くにして左の目をパツチリ開けた。されど黒球はどこへか隠れ、白眼計り剥き出し、木の根の様な筋に赤き血を漲らし、赤き珊瑚樹の枝の様に顔面が見えて居る。 高姫は一生懸命に祈願を凝らす。此時今迄大地に打つ倒れて居た蜈蚣姫は無言の儘ムクムクと立上り、高姫の前にヌツと現はれ、怒りの形相凄じく、拳を固め、平家蟹の様な面をさらして睨付け出した。又もやスマートボールむくむくと立上り、白玉計りの両眼を剥き出し、口を尖らせ、蟷螂の様な手付をし乍ら、鶴嘴を以て土方が大地を掘る様に、高姫の頭上目蒐けてコツンコツンと機械的に打ち始めた。其手は鉄の如く固くなつて居る。高姫は此鋭鋩を避くる為、身をかはさむと焦れども、土中より生えたる木の如く、一寸も身動きならず、止むを得ず同じ箇所を幾回となく、拳の鶴嘴につつかれて居るより仕方なかりけり。 此時天上の雲を押し開き、天馬に跨り此方に向つて下り来る勇壮なる神人あり。数百人の騎馬の従卒を伴ひ、鈴の音シヤンシヤンと一歩々々空中を下り来り大音声にて、 神人『汝は高姫ならずや。日の出神と自称する汝が守護神は、常世の国のロツキー山に発生したる銀毛八尾の悪狐なるぞ。只今汝が霊縛を解かむ。今日限り悔い改め、仮りにも日の出神などと名乗る可らず。我こそは真正の日の出神なり。一先づ此場は神直日大直日に見直し開き直し、汝が罪を赦すべし。是れより汝は蜈蚣姫の一行と共に南洋に渡り、竜宮の一つ島に到りて、黒姫を救へ。ゆめゆめ疑ふな』 と云ひ棄てて馬首を転じ、数多の従神と共に、轡を並べて天上高く昇らせ玉ひぬ。此時何処ともなく空中より大なる光玉現はれ来り、高姫が面前に轟然たる響と共に落下し、火は四辺に爆発飛散し、高姫一行の身は粉砕せしかと思ふ途端に目を醒せば、大蘇鉄の下にマラをしがみながら倒れて居た。蜈蚣姫其他一同は、炎天の草の上に頭の巨大なる虻蠅などに、或は刺され、或は舐められ乍ら、息も絶え絶えに倒れ居たり。貫州はと見れば、そこらに影もない。高姫は力限りに、 高姫『オイ、オーイ、貫州々々』 と叫び始めたるに、あたりの森林の雑草を踏み分けて、大なる瓢箪に水を盛り、ニコニコとして此処に現はれ来る男の姿を見れば、擬ふ方なき貫州なり。 貫州『高姫様、お気が付きましたか。サア此水をおあがり下さいませ』 と自ら手に掬うて高姫に啣ませた。高姫は初めて心神爽快を覚え、 高姫『アヽ持つべき者は家来なりけり、お前がなかつたら妾は如何なつたか分らない。就ては幸ひ蜈蚣姫其他の連中は此通り昏倒つて居れば、今の間にお前と二人、あの船に乗つて竜宮島へ渡り、玉の所在を探さうぢやないか』 と云ひ乍ら稍首を傾げ笑みを湛へて貫州の顔を覗き込み、貫州の返辞をもどかしげに待ちわび居る。貫州は高姫にむかい、 貫州『それだから貴女は不可ないのです。仮令敵でも味方でも助くるのが神の道、此島へ斯の如く弱り切つた人々を残し、我々両人が船を操り逃げ帰るなどと、左様な残酷な事がどうして出来ませうか。貴女はまだ改心が出来て居ないのですなア』 高姫『大功は細瑾を顧みず、天下国家の為には少々の犠牲を払はなければならぬぢやないか。お前はそれだから困るのだよ。まるで女の腐つた様な気の弱い男だから……サア貫州、妾に従いておいで、是れから二人が出世の仕放題、こんな奴を連れて行かうものなら足手纏ひになるばかりか、大変な邪魔者だ。サア行かう』 と元気恢復したのを幸ひに、夢の裡の日の出神の訓戒を忘れ、功名心に駆られスタスタと先に立ちて磯辺に進まうとする。貫州は高姫の顔を心無げに見遣り乍ら、耳に入らざるものの如く装ひ、瓢箪の清水を蜈蚣姫の口に啣ませた。蜈蚣姫は初めて生きたる心地し乍ら起きあがり、両手を合せて貫州に感謝の意を表する。貫州は是れに力を得てスマートボールを初め、其他一同に水を与へたり。高姫は此態を見て目を釣り上げ、面をふくらせ眺めて居る。蜈蚣姫は立あがり、 蜈蚣姫『高姫様の御指図に依つて、貫州様は厭々乍ら、主人の命だと思ひ、私達に結構な水をドツサリ与へて元気を恢復させて下さいました。お陰で私の身内の者も皆助かりました。主人の心下僕知らずとやら、仁慈無限の高姫様の大御心に反抗する貫州さまは、余程可愛い人です。貴女等主従の御争論を、妾は一伍一什聞かして頂きました。……高姫様、御親切有難う御座います。此御恩はキツトお返し申します。オホヽヽヽ』 と肩を揺り、厭らしさうに笑ふ。スマートボールは立あがり、 スマートボール『コリヤ貫州、……貴様は余程腹の悪い奴ぢや……無いワイ。よう俺を助けて呉れやがつた。キツト御礼を申すから、さう思うて居れ。……モシ高姫さま、貴女は三五教に反旗を掲げて、ウラナイ教を創立なさつた様な日の出神の偽宮だから、流石は仁慈に富み、申分の無い善人ぢや……無い。よう我々を助けてやらうと思ひくさらなんだ。アツクアツク御礼申しますぞ』 高姫『オツホヽヽヽ、皆さまの態のよい当てこすりワイの。こりや決して高姫の精神から言つたのぢやない。蜈蚣姫様やお前達の守護神が高姫の体内を藉つて言つたのだ。高姫の守護神は臨時貫州に憑つたのだよ。それだから昔の根本の身魂の因縁が分らぬと、善が悪に見えたり、悪が善に見えたり致しますぞや。神様のイロイロとして心をお引き遊ばす引つかけ戻しのお仕組だから、人が悪に見えたら、自分の心を省みて改心なされ。人の悪いのは皆我が悪いのだ。此高姫は水晶玉の世界の鑑、皆の心の姿が映るのだから、キツト取違ひをしては可けませぬぞや。アーア蜈蚣姫様も余程身魂の研けたお方ぢやと思うたが、日の出神の生宮の前に出て来ると、まだまだ完全な所へは往けませぬワイ』 蜈蚣姫は吹き出し、 蜈蚣姫『オホヽヽヽ』 一同は、 一同『アハヽヽヽ』 と共笑する。貫州は、 貫州『アー何が何だか、サツパリ見当が取れなくなつて来たワイ』 高姫は腮をシヤクリ、 高姫『きまつた事だよ。見当の取れぬお仕組と、変性男子が仰有つたぢやないか。此事分りて居る者は世界に一人よりない……とお筆に現はされて居るだらう。お前達に誠の仕組が分りたら、途中に邪魔が這入りて、物事成就致さぬぞよ。オホヽヽヽ』 と大きう肩を揺つて雄叫びする。蜈蚣姫は眉毛にそつと唾をつけて素知らぬ顔…… 蜈蚣姫『モシ高姫さま、貴女は大自在天様の御眷族の生宮だと仰有るかと思へば、日の出神の生宮とも仰有る様だし、実際の事は何方の守護神がお懸りなのですか』 高姫『変幻出没千変万化、自由自在の活動を遊ばす大自在天様の御守護神だから、時あつて日の出神と現はれ、又大国別命の眷族……実際の所は大黒主命の御守護が主なるものです』 蜈蚣姫『日の出と大クロと………大変な懸隔ですなア。蜈蚣姫には、善悪の区別が全く裏表の様に思へますワ』 高姫『お前さまにも似合はぬ愚問を発する方ですなア。顕幽一致、善悪不二、裏があれば表があり、表があれば裏がある。表裏反覆常なき微妙の大活動を遊ばすのが真の神様ぢや。馬車馬的の行動を取る神は、畢竟人を指揮する資格の無いもの、妾等は大黒主命の生宮たる以上は、すべての神人を、大自在天様に代つて、指揮命令する特権を惟神に具備して居る。所謂日の出神の岩戸開きの生宮で御座る。神はイロイロとして心を曳くから引掛戻しに懸らぬ様に御用心をなされませ』 蜈蚣姫『何時の間にやら、貴女も顕恩城の信者に化け込んで居られた時とは、口車が余程運転する様になりましたなア。蜈蚣姫も感心致しましたよ』 高姫『化け込んだとはソラ何を仰有る。誠正直生粋の日本魂で大自在天様を信仰して居りました。ウラナイ教と謂つても、三五教と言つてもバラモンでもジアンナイ教でも、元は一株、天地根本の大神様に変りはない。併し乍ら今日の所ではお前さまの奉ずるバラモン教の行方が一番峻酷で、不言実行で、荒行をなさるのが御神慮に叶ふと思つたから、国城山でお目に掛つてより、層一層バラモンが好になつたのですよ。サアサア斯うなれば姉妹も同様、一時も早く所在を探しに参りませう』 蜈蚣姫『私は最早玉なんかに執着心はありませぬ。それよりも心の玉を研くのが肝腎だと気がつきました』 高姫『ホヽヽヽヽ、重宝なお口だこと。天にも地にも唯一人の小糸姫様の所在が分りかけたものだから、玉所の騒ぎではない。一刻も早く小糸姫さんに遇ひたいと云ふのが貴女の一念らしい。それは無理もありませぬ。何と云つても目の中へ這入つても痛くない一人娘の事だから、国家興亡よりも自分の娘が大切なのは、そりや人情ですワ』 と嘲る様に云ふ。蜈蚣姫は高姫の言葉にムツとしたが、何を云うても唯一艘の船、高姫の機嫌を取らねば目的地へ達する事が出来ないと思つて、ワザと機嫌よげに、 蜈蚣姫『ホヽヽヽヽ、これはこれは高姫さまの御教訓、感じ入りました。つい吾子の愛に溺れ、大事を誤りました私の不覚、はしたない女とお笑ひ下さいますな。そんなら此れより神第一、吾子第二と致しませう』 高姫『第三に玉ですか、あなたのお説の通り、そこまで研けた以上は、有形的の玉よりも、貴女は小糸姫様に会ひさへすれば結構なのでせう。モウ玉なんかに執着心を持たぬ様になされませ。其代りに妾は其玉を発見次第御預り致し、妾の手より大自在天様に御渡し申しませう。宜しいか。一旦貴女のお口から出たこと、吐いた唾液を呑み込む訳にもいきますまい』 と目を据ゑて蜈蚣姫の顔を一寸見る。蜈蚣姫はワザとに顔を背け、何喰はぬ顔にて、 蜈蚣姫『何事も貴女に任せませう』 スマートボール『モシモシ蜈蚣姫様、そりや目的が違ひませう。貴女も魔谷ケ岳に永らく御苦労なさつたのも、玉の所在を探さむ為でせう。何と云ふ気の弱い事を仰有るのだ。仮令高姫さまが何と仰有つても、スマートが承知しませぬぞ』 蜈蚣姫『何事も私の胸に有るのだから黙つて居なさい』 高姫『胸に有るとは、蜈蚣姫さま、何があるのですか。余程陰険な事を仰有るぢやありませぬか。さうすると今妾に仰有つた事は詐りでせう』 蜈蚣姫『仮にも神様に仕へる妾、鬼熊別の女房、どうして嘘偽りを言ひませう。あまり軽蔑なさると、此蜈蚣姫だつて此儘には置きませぬぞ』 と肩を怒らし口をへの字に結んで歯ぎりし乍ら、形相凄じく高姫の顔を睨みつけたり。 高姫『ホヽヽヽヽ、平家蟹が陀羅助を喰つた様なお顔をなされますな。貴女もヤツパリ腹が立ちますか。忍耐と云ふ宝を如何なさいました』 蜈蚣姫『それは貴女のお見違ひ、妾は腹が俄に痛くなつて苦しみ悶えた結果、顔付が怖くなつたのです。アヽお陰様で大分に緩んで来ました。サアサア皆さま、仲ようして一つの船でこの荒波を渡りませう。十分お水の用意をして………』 と各自に器の有り丈を引抱へ、檳榔樹の生え茂る林の中を潜り、貫州に導かれて、谷間の水溜りを求め、辛うじて水を充たせ、漸く船に積み込み、月明の夜を幸ひ、折からの順風に帆を上げ西南に舵を取り、海上に起伏する小島を縫うて進み行く。 (大正一一・七・二旧閏五・八松村真澄録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 09 神助の船 第九章神助の船〔七三九〕 神が表に現れて善と悪とを立別ける 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高姫生命を棄つるとも 島の八十島八十の国山の尾の上や川の末 海の底まで村肝の心到らぬ隈もなく 探さにや措かぬと雄猛びし矢竹心の矢も楯も 堪りかねたる玉詮議左右の目玉を白黒と 忙しさうに転廻し善と悪との瀬戸の海 牛に曳かれて馬の関狭き喉首乗り越えて 数多の島々右左眺めて越ゆる太平の 波を辷つてアンボイナ南洋諸島の其中で 珍の竜宮と聞えたる芽出度き島に漕ぎつけて 玉の所在を探す内綾の高天の聖地より 玉照彦の神言もて初稚姫や玉能姫 玉治別の三人は再度山の山麓に 生田の森にて足揃ひ船を準備へ高姫が 危難を救ひ助けむと潮の八百路を打渡り 漕ぎ来る折しも霧の中仄かに聞ゆる叫び声 唯事ならじと船を寄せよくよく見れば此は如何に バラモン教の宣伝使友彦初め清鶴や 武の四人が船を破り生命の綱と岩壁に 力限りにかぢりつき救けを叫ぶ声なりし 玉治別は快く四人の男を救ひ上げ 率ゐ来りし伴舟に友彦其他を救ひつつ 男波女波を打渡り雄滝雌滝の懸りたる 雄島雌島の合せ島アンボイナ島の竜宮へ 船を漕ぎつけをちこちと青葉茂れる山路を 濃霧に包まれ千丈の瀑布の音を知るべとし 近より見れば滝津瀬の漲り落つる音ばかり 一行七人滝の前に佇み此れの絶景を 驚異の眼をみはりつつ其壮烈を歎賞し 涼味に浴する折柄に濃霧を透して婆の声 常事ならじと近寄りて窺ひ見れば高姫の 腕は血潮に染りつつ団栗眼を怒らして 面をふくらせ何事か囁く側に蜈蚣姫 妖怪変化に擬ふなる化物面を曝しつつ 滝の麓に倒れ居る玉治別は驚いて 手負に向つて鎮魂の神法修し一二三四 五六七八九十百千万と言霊の 霊歌を頭上に放射せば幾許ならず蜈蚣姫 元の姿に全快し地獄で仏に遭ひし如 心の底より感謝しつ嬉し涙に暮れにけり 玉治別の一行は探ね来りし高姫の 所在を知つた嬉しさに真心こめていろいろと 言依別の命令を完全に委曲に宣りつれど 心ねぢけし高姫は情を仇に宣り直し 相も変らず減らず口叩いてそこらに八当り 憎々しげに罵れば流石無邪気の一行も 呆れて言葉なかりけりヤツサモツサの押問答 やうやう治まり一同は二隻の船に分乗し 玉治別の操れる船には初稚玉能姫 鶴武清の六人連波を乗り切り竜宮を 後に眺めて離れ行く残りの船は友彦が 艪を操りつ蜈蚣姫高姫貫州久助や スマートボールやお民等の一行を乗せてやうやうと 波ののた打つ和田の原西南指して進み行く 前後左右に駆けまはる海蛇の姿眺めつつ 轟く胸を押隠し心にも無き空元気 船歌うたひ友彦が力限りに炎天の 大海原に搾る汗ニユージランドの手前まで 進む折しも暴風に吹きまくられて浪高く 危険刻々迫り来る左手に立てる岩山の 影を目標に漕ぎ寄せて難を避けむと進み寄る 鬼か獣か魔か人か得体の知れぬ影二つ 猿の如く岩山を駆けめぐり居る訝かしさ 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直し聞直し 身の過ちは宣り直す神の救ひの船に乗り 大海原に漂へる此岩島を一同が 生命の親と伏拝みここに小船を止めつつ アヽ惟神々々御霊幸はひましませと 祈る言霊勇ましく雷の如くに鳴り渡る 此神言を聞きしより二つの影は嬉しげに 此方に向つて下り来る神の仕組ぞ不思議なる。 友彦は怪しき二つの影を見て、 友彦『ヤア高姫さま、蜈蚣姫さま、愈願望成就の時節到来、お喜びなさいませ。貴女のお探ねになる代物は漸く此島に在ると云ふ事が、的確に分つて来ましたよ』 高姫吃驚した様な声で、 高姫『エヽ何と仰有る。あの玉が此島に隠してあると云ふのかい』 友彦『御覧の通り、真黒黒助の、ア…タマが二つ、如意宝珠の様にギラギラした目のタマが四つ、貴女方を歓迎し、上下左右に駆けめぐつて居るぢやありませぬか。ありや屹度玉の妄念ですよ。黄金の隠してある所には何時も化物が出ると云ふ事だ。彼奴はキツト如意宝珠の精が現はれ、人に盗まれない様に保護をして居た所、焦れ焦れた……言はば……玉の親のお前さまがやつて来たものだから、再び腹の中へ呑み込んで帰つて貰はうと思ひ、妄念が現はれて玉の所在を知らして居るのに違ひない。コンナ所に……さうでなければ黒ン坊が住居して居る筈はない。キツトさうですよ。女の一心岩でも突き貫くとやら、あの通り岩を突き貫いて玉の精が現はれたのでせうよ』 高姫は目をクルクルさせ乍ら、二つの影を凝視め、 高姫『如何にも不思議な影だ。どう考へてもコンナ離れ島に船も無し、人の寄りつく道理がない……サア蜈蚣姫さま、あなたはモウ玉に執着心は無いと仰有つたのだから、微塵も未練はありますまいな』 蜈蚣姫『妾はアンナ黒ン坊にチツトも執着心は有りませぬ』 高姫『さうでせう。それ聞いたら大丈夫、サア是れから貫州と二人此岩山を駆け登り、玉の所在を探して来う……イヤイヤ待て待て、腹の悪い連中、岩山の上へあがつて居る後の間に、蜈蚣姫さまに船でも盗られたら、それこそ大変だ。……サア貫州、お前は此船の纜をキユツと握つて放す事はならぬぞえ。……モシ蜈蚣姫さま、お付合に従いて来て下さいな』 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、さう御心配なさらいでも、滅多に船を持つて逃げる様な事はしませぬ……とは請合はれませぬワイ』 高姫『サアそれだから険難だと云ふのだ。わしの天眼通は、お前さまの腹のドン底までチヤーンと見抜いてある。それが分らぬ様な事で、どうして日の出神の生宮が勤まるものか……アヽ仕方がない。貫州、お前御苦労だが、玉の所在を、あの黒ン坊に従いて探して来て呉れ。わしは蜈蚣姫さまの監督をして居るから……アーア油断も隙も有つたものぢやないワイ』 蜈蚣姫『オツホヽヽヽ、よう悪気の廻るお方ですな。お前さまは宝を見ると直にそれだから面白い。恰度、犬コロが三つ四つ一所に集まり、顔を舐めたり、尾を嘗めたりして互に睦まじう平和に遊んで居る、其処へ腐つた肉の一片を投げて与ると、忽ち争闘を始め、親の讐敵に出会うた様に喧嘩をするのと同じ事、お前さまは宝が……まだ本当に有るか無いか知れもせぬ前から、目の色まで変へて騒ぐのだから、本当に見上げた御精神だ。いつかな悪党な蜈蚣姫も腹の底から感服致しました。………スマートボール、お前は貫州さまと一緒に黒ン坊の側へ行つて、万々一玉が有ると云ふ事が分つたら、外の二つの玉は如何でも良いから、金剛不壊の如意宝珠を、非が邪でもひつたくつて来るのだよ。此蜈蚣姫ぢやとて、性来から善人でもないのだから宝の山へ入り乍ら手振りで帰る様な馬鹿ぢやない。今迄の苦労を水の泡にはしともないから、わしも犬コロになつて、力一杯争うて見ませうかい。オツホヽヽヽ』 高姫『一旦お前さまは小糸姫にさへ会へばよい、玉なぞに執着心は無いと、立派に仰有つたぢやないか。それに何ぞや、今となつて子と玉の変換をなさるのかイ』 蜈蚣姫『変説改論の持囃される世の中だから当然さ。……コレ、スマートボール、高姫さまが何程鯱になつても、味方と云へば貫州さま唯一人、あとは残らず蜈蚣姫の幕下計りだ。寡を以て衆に敵する事は到底不可能だ。何程多数党が横暴だと国民が叫んでも、何程少数党が正義だと云つても、矢張多数党が勝利を得る世の中だもの、泰然自若、チツトも騒ぐに及びませぬ。他人の苦労で徳とると云ふ事は恰度此事だ。高姫さま、御苦労乍ら貴女、玉の所在を査べて来て下さいな。同じ大自在天に献上するのだもの、誰が取つても同じ事、それに貴女は私に玉を取らそまいとする其心の底が分らぬ。大自在天様を看板に、ヤツパリ三五教の大神に献上する考へだらう。何程布留那の弁の高姫さまでも、心の中の曲者を隠す事は出来ますまい……あのマア迷惑相なお顔付、オツホヽヽヽ』 とワザと肩を揺り、高姫流の嘲笑振りをして見せる。斯かる所へ二人の黒ン坊、断崖絶壁に手をかけ足をかけ、大勢の前に下り来り、 チャンキー『わしはチヤンキー、も一人はモンキーと云ふシロの島の住人だが、三年前に鬼熊別の御娘小糸姫様を御送り申して、竜宮の一つ島へ渡る途中暴風に出会ひ、船を打割り、辛うじて此島に駆けあがり、生命を助かり、蟹やら貝などを漁つてみじめな生活を続けて来た者ですがどうぞお前さま、吾々二人を船に乗せて連れて帰つて下さいませ』 と手を合して頼み入る。毛は生え放題、髭は延び次第、手も足も垢だらけ、目のみ光らせて居る。二人の姿を間近く眺めた一同は、此言葉を半信半疑の念にかられ乍ら聞いて居る。蜈蚣姫は胸を躍らせ、 蜈蚣姫『ナニ、お前は小糸姫を送つて来て難船したと云ふのか。さうして小糸姫は何処に居りますか』 チャンキー『サア何処に居られますかな。私たちは男の事でもあり、漸く此島にかぢりついたのだが、あまりの驚きで如何なつた事やらトツクリとは覚えて居りませぬ。大方竜宮へでも旅立たれたのでせう』 蜈蚣姫『竜宮と云ふのはオーストラリヤの一つ島の事かい』 モンキー『サア其一つ島へ行く途中に難破したのだから、竜宮違に、乙米姫様の鎮まり玉ふ海底の竜宮へお出でになつたのでせう。本当に綺麗な女王の様な方で、今思ひ出しても自然に目が細くなり、涎が流れますワイ。アヽ惜しい事をしたものだ』 と憮然として語る。蜈蚣姫は今迄張詰めた心もガツタリと、其場に倒れ身震ひし乍ら船底にかぶりつき、忍び泣きに泣き居る。高姫は蜈蚣姫の此悲歎に頓着なく、チヤンキー、モンキー二人の胸倉をグツと取り、 高姫『これ、チヤン、モンとやら、お前は誰に頼まれて玉を隠したのだ。玉能姫か、言依別か、但は此処に居る連中の誰かに頼まれて隠したのだらう。よう考へたものだ。コンナ遠い岩山に埋没して置けば如何にも知れぬ筈ぢや。私も今迄立派な立派なアンボイナ島や、大島や、小豆島を探さうとしたのが感違ひ、アヽ時節は待たねばならぬものだ。サアもう斯うなつた以上は、お前が何と云つて弁解しても白状させねば置かぬ。何程隠しても、斯んな小つぽけな島、小口から岩を叩き割つても、発見するのは容易の業だ。隠しても知れる、隠さいでも知れるのだから、エライ目に遇はされぬうちにトツトと白状したがお前の得だよ』 チヤンキー、モンキーの二人は寝耳に水の此詰問に、何が何やら合点ゆかず頭を掻き乍ら、 チャンキー『今貴女は玉を隠したとか、どうとか仰有いますが、一体何の玉で御座いますか』 高姫『オホヽヽヽ、よう白ばくれたものだなア。それ、お前が玉能姫に頼まれた如意宝珠の玉だよ。それを何処に隠したか、キツパリと白状しなさい』 チャンキー『ソンナ事は一切存じませぬ』 モンキー『玉ナンテ名も聞いたこたアありませぬワイ』 高姫『ヨシヨシ強太い者だ。腹を断ち割つても、今度こそは白状させねば置かぬ。アヽ面倒臭い事だ。妾が自ら査べに行けば後が案じられる。蜈蚣姫さまは……ヘン……吃驚したよな顔をして船底にかぢりつき油断をさせて、此高姫が山へ往つたならば矢庭に船を出し、此島に放つとく積りだらうし、アヽ体が二つ三つ欲しくなつて来たワイ』 蜈蚣姫は漸くにして顔を上げ、 蜈蚣姫『わしも今迄恋しい一人の娘に会ふのを楽みに、心の合はぬ高姫と表面だけは調子を合して来たが、天にも地にも唯一人の娘が此世に居らぬと聞けば、モウ破れかぶれだ。……サア友彦、お前も憎い奴なれど、仮令一年でも私の娘の夫となつた以上は、切つても切れぬ親子の仲、キツト私に加勢をして呉れるだらうな』 友彦『ハイお母さま、よう仰有つて下さいました。貴女の命令なら、高姫の生首を引抜けと仰有つても、引抜いてお目にかけます』 蜈蚣姫『ヤア頼もしや頼もしや、親なればこそ、子なればこそ。何処にドンナ味方が拵へてあるか分つたものぢやない。「ほのぼのと出て行けど、心淋しく思ふなよ。力になる人用意がしてあるぞよ」……と三五教の神様が仰有つたと云ふ事だ。……(声に力入れ)サア高姫、モウ斯うなる以上は化の皮を引ん剥いて婆と婆との力比べだ、尋常に勝負をなされ』 高姫『ヘン、蜈蚣姫さまの、あの噪やぎ様……イヤ狂ひやう。誰だつて一人の娘が死んだと聞けば、自暴自棄も起るであらう。気が狂ふまいものでもない。併し乍ら其処をビクとも致さぬのが神心だ……女丈夫の大精神だ。小糸姫様が海へ沈んで竜宮行をしたと聞いて腰を抜かし、其愁歎振は何ですか。見つともない。此高姫は元来気丈の性質、流石は生宮丈あつて、小糸姫が海の底へ旅立をしたと聞いて、落胆どころか却て愉快な気分に充されました。ナント身魂の研けた者と、研けぬ者との心の持様は違うたものだナ。オホヽヽヽ』 と自暴自棄になつて減らず口を叩く。 蜈蚣姫『人情知らずの悪垂婆の高姫。……サア友彦、親の言ひ付けだ。櫂を持つて来て頭から擲りつけて下さい。一人よりない大事な娘が死んだのを、却て愉快だと言ひよつた。……サア早くスマートボール、久助、高姫を打ちのめし、海の竜宮へやつて下され。チヤンキー、モンキーさま、お前さまも無理難題をかけられて、嘸腹が立たうのう。一寸の虫にも五分の魂だ。チツトは敵討ちをしなさらぬかいな。敵は貫州と唯二人、モウ斯うなれば蜈蚣姫のしたい儘だ。……サア高姫、返答はどうだ』 と追々言葉尻が荒くなる。貫州は両手を拡げ、 貫州『蜈蚣姫さま、御一同さま、マア待つて下さい』 蜈蚣姫『此期に及んで卑怯未練な、待つて呉れも有るものか。お前も讐敵の片割れ、覚悟をしたが宜からう』 貫州『わしだつてコンナ没分暁漢の高姫に殉死するのは真平御免だ。お前さまの方に、貫州も一層の事応援するから、……どうだ、聞き届けて呉れるかな』 蜈蚣姫『お前はメラの滝でチラリと喋つた言葉に考へ合はすと、あまり高姫を信用しとりさうにもないから、赦してやらう。サアどうぢや高姫、舌噛み切つて死ぬるか、此場で海へ身を投げるか、それが厭なら皆の者が寄つて懸つてふん縛り、海へ放り込まうか。最早是までと諦めて、宣伝歌の一つも此世の名残に唱へたがよからうぞ。オツホヽヽヽ』 高姫は悪胴を据ゑ、腕を組み、涙をボロリボロリと零して俯向き沈む。 蜈蚣姫『オホヽヽヽ、高姫さま、嘘ですよ。あまりお前さまが我が強いから、一つ我を折つて上げようと思うて狂言をしたのだから、安心なされませ。天が下に敵もなければ他人もない。私も今迄の蜈蚣姫とは違ひます。玉能姫さまや初稚姫さまを、あれ丈ボロ糞に言つてもチツトも怒らず、親切計りで立て通しなさつた其心に感じ、善一つの真心に立帰つた此蜈蚣姫、どうしてお前さまを苦しめませう、安心して下さい。其代りお前さまも、玉能姫さまや初稚姫其他の方々を鵜の毛の露程でも恨む様な事があつては冥加に尽きまするぞ』 高姫『ヤアそれで高姫もヤツと安心を致しました。併し乍ら初稚姫や玉能姫の悪人計りは、如何しても思ひ切る事が出来ませぬワイ。人我れに辛ければ我れ又人に辛しとやら言つて、年をとつて是れだけ苦労艱難をするのも、みんな初稚姫や玉能姫のなす業、如何に天下の大馬鹿者、無神経者と云つても、此残念が如何して忘れられませうか』 蜈蚣姫『玉能姫様や初稚姫様は、神様の命令を受けて御用遊ばした丈ぢやありませぬか。元からお前さまを困らさうなどと、ソンナ悪い心はなかつたのでせう』 高姫『ソンナ小理屈は言うて下さいますな。例へば主人が下僕に対し藪の竹を一本伐つて来いと命令したと見なさい。竹を伐る時の竹の露は誰にかかりますか。ヤツパリ下僕にかかるぢやありませぬか。竹伐つた奴は玉能姫、初稚姫の両阿魔女だ。怨みが懸らいで何としようぞいの。アヽ口惜しい、残念や、オーンオーンオーン』 と前後を忘れ狼泣きに泣き始めける。 折しも海鳴の音、俄に万雷の一時に轟く如く聞え来り、波は刻々に高まる。一同はチヤンキー、モンキーの後に従ひ、最も高き岩上に避難した。船は纜を千切られ、何処ともなく、浪のまにまに流れて了つた。水量は追々まさり、最早足許まで浸して来る。山岳の様な浪は遠慮会釈もなく、頭の上を掠めて通る。殆ど水中に没したと思へば又現はれ、息も絶え絶えになり、各自覚悟の臍を極めて神言を奏上し、心の隔てはスツカリ除れて、唯生命を如何にして保たむやと是れのみに焦慮し、宣伝歌を泣声まぜりに声を嗄らして唱へ居る。 斯かる所へ波に漂ひつつ艪を操り、甲斐々々しく進み来る一隻の稍大なる船ありき。日は漸く暮れ果て、誰彼の顔も碌に見えなくなり来たり。一隻の船には二三人の神人が乗り居たり。船の中より、 神人『ノアの方舟現はれたり、サア早く乗らせ給へ』 と呼ばはり乍ら足許へ漕ぎ寄せ来る。一同は天にも昇る心地し乍ら、一人も残らず此船目蒐けて、天の祐けと飛び込めば、船は波を押分け悠々として西南指して進み行く。 斯く俄に鳴動し、水量まさり来りしは、南洋のテンカオ島と云ふ巨大なる島が、地辷りの為に海中に沈没した為、一時の現象として斯の如くなりしなりき。水量は追々常態に復しぬ。船は月に照され乍ら海上静かに走り居る。船の中の神人の爽かな声、 玉能姫『妾は玉能姫で御座います。高姫様、蜈蚣姫様、其他御一同様、危ない所で御座いましたが、神様のお蔭で先づ先づ御無事で、コンナ御芽出たい事は御座いませぬ。妾達は神様の御命令に依つて、貴女方が海神島にお着き遊ばす迄御保護申せとの言依別命の御命令で、見えつ隠れつお後を慕つて参りました。アヽ有難い、これで妾の使命も完全に勤まつたと申すもの、マアよう無事で居て下さいました。玉治別も居られます。初稚姫様もここに乗つて居られます』 高姫『是れと云ふのも全く日の出神様の御神徳ぢや。お前さまも其お蔭で言依別命に対して言ひ訳も立ち、完全に御用も勤まつたと云ふもの、コンナ事がなければお前さまが遥々此処まで出て来たのも無意義に終るとこだつた。アヽ神様は誰もつつぼに致さぬと仰有るが偉いものだなア。大神様は平等愛を以て心となし給ふ。お前さまもこれでチツトは我が折れただらう。手柄を横取して自分一人が猫糞をきめこみ、結構な神宝を隠して素知らぬ顔をして御座つたが、是れで神様の大御心が分つたでせう。サア玉の所在を綺麗サツパリと皆の前にさらけ出し、功名手柄を独占しようなぞと云ふ執着心を、此際放かしなさるのが御身の得だぞへ、オホヽヽヽ』 玉能姫、初稚姫は呆れて何の言葉もなく、黙然として俯むき居たり。玉治別は一生懸命に艪を操り乍ら高姫の言葉を聞いて少しくむかついたが、神直日大直日の宣伝歌を思ひ出し、吾と吾心を戒め、さあらぬ態に船唄を唄ひ、汗をタラタラ流し乍ら船を操り居たり。 高姫『コレお節さま、お初さま、お前さまもいい加減にハンナリとしたらどうだい。助けに来るのも、助けられるのも皆神様に使はれて居るのだよ。必ず必ず高姫其他を助けてやつたと慢神心を出してはなりませぬ。ハヤそれが大変な取違だ。九分九厘になつたれば神が助けるぞよと、チヤンと仰有つてる。家島で船を取られた時も、神がお節さまを御用に使ひ、船を持つて来さしました。アンボイナ島でも其通り、今又日の出神のおはからひで結構な御用を指して貰ひなさつた。此処で結構な御用をさして貰ひなさつたのも、ヤツパリ高姫があつたればこそ……一遍々々お前さまは手柄が重なつて結構だが、ウツカリ慢神すると谷底へ落されますぞや。大分に鼻が高うなり出した。チツト捻ぢて上げようか』 と二人の鼻を掴みかからうとする。貫州は其手をグツと握り、 貫州『コレ高姫さま、我が強いと云つても余りぢやないか。側に聞いて居る私でさへも憎らしうて、お前さまを殴りつけたうなつて来た。ようもようも慢神したものだなア、チツト胸に手を当てて考へて見なさい。生命を助けて貰ひ乍ら、又しても又しても減らず口を叩いて、よう口が腫れぬ事だナア』 高姫『貫州、神界の事はお前達の容喙すべき事ぢやない。どんなお仕組がしてあるか分りもせぬのに、出しやばつて囀るものぢやありませぬぞ。バラモン教の蜈蚣姫さまでさへも高姫の言葉に感心して、何とも仰有らぬのに、没分暁漢のお前が何を吐くのだい。お前も大分に鼻が高くなつた。一つ捻つてやらうか』 と稍高い鼻を掴みかかるのを、貫州は力をこめて撥ね飛ばした途端に、高姫はザンブと計り海中に落込みぬ。玉治別は驚いて、矢庭に棹を突き出す。高姫は一生懸命になつて棹に喰ひつき、漸くにして救ひ上げられけり。 高姫『コレ貫州、何と云ふ乱暴な事を致すのだい』 貫州『是れも神界の御都合でせう。肱出神様が肱ではぢかはりましたら、貴女が曲芸を演じてカイツムリとなり、皆の者一同に観覧さして下さいました。本当に抜目のない愛想のよい仁慈無限の高姫さまだと、云はず語らず、皆の者が舌を出して喜び居りましたワイな』 蜈蚣姫『高姫さま、お怪我は御座いませなんだか。お前さまも余りお口がよろしいからナア』 高姫『放つといて下され、口がよからうが悪からうが、妾の口は妾が自由に使用するのだ。お前さま等の改心が足らぬから、此高姫が千座の置戸を負うて此海へ飛び込み鹹い塩水を呑んで罪を贖ひ、助けて上げたのだ。何故一言の御礼を申しなさらぬ。……コレコレ、ムカデにお節、お初殿、分りましたかなア』 玉能姫『ハイ、どうもお元気な事には心の底から感心致しました。その勢なれば強いものです。大丈夫ですワ』 高姫『さうだらう。お前も大分に高姫の心の底が見えかけたよ、大分に身魂が研けたやうだ。モ一つ打解けて玉の所在さへ白状すれば、それこそ立派な者だ。高姫の片腕になれるべき素質は充分にある。モウそろそろ言はねばなるまい。言はねば云ふ様にして言はすぞよと大神様が仰有つた事を覚えて居ますか。誰が何と云つても艮の金神、坤の金神、金勝要神、一番地になるのが日の出神、四魂揃うて、誠の花が咲くお仕組、何程言依別が瑞の御霊でも、玉照姫が木花咲耶姫の分霊でも、玉照彦が三葉彦の再来でも、到底四魂の神には肩を並べる事は出来ますまい。お前さま達は今迄何でも彼んでも、言依別や其他の枝の神の申す事を聞いて居つたから、思ふ様にチツトも往きやせまいがな。四魂の中でも根本の土台の地になる日の出神をさし措いて、何結構な御用が出来るものか、此れを機会に改心が一等で御座るぞや』 と口角泡を飛ばし、誰も返辞もせないのに、独り噪やいで居る。 船中の人々は高姫を気違扱ひして相手にならず、言ひたい儘に放任し置きたりける。 蜈蚣姫は丁寧な言葉にて、 蜈蚣姫『玉能姫様、初稚姫様、玉治別様、アンボイナ島では大変な失礼な事を申上げましたが、どうぞ御赦し下さいませ。就きましては妾の娘小糸姫は魔島の麓で船を破り可哀や溺死を遂げました。夫は今は波斯の国に居りますなり。年老つた妾、夫婦別れ別れになり、一人の娘には先立たれ、最早此世に何の望みも御座いませぬ。どうぞ今迄の御無礼を海へ流して、どうぞ妾を貴方のお供になりと御使ひ下さいますまいか。実に立派な御心掛け、如何な悪に強い妾も感心致しました』 と袖に涙を拭ひ泣き伏す。玉能姫は合掌しながら、 玉能姫『如何致しまして、老練な蜈蚣姫様、どうぞ宜しく、足らはぬ妾の御指導をお願ひ致します。今承はれば小糸姫様は海の藻屑となつたと仰せられましたが、それは御心配なされますな。屹度オーストラリヤの一つ島に立派な女王となつて、羽振りを利かして居られます。妾は素盞嗚尊様の御娘、五十子姫様より小糸姫様の消息を聞きました。今は三五教の教を樹て黄竜姫と名乗つて立派に暮して居られます。やがて芽出たく親子の対面が出来ませう。どうぞ御心配をなさらぬ様、勇んで下さいませ』 蜈蚣姫『アヽ有難い、左様で御座いましたか。是れと云ふのも皆大神様の御神徳……』 と手を合せ、直に天津祝詞を奏上し、感謝の辞に時を移しけり。高姫は投げ出したやうな言葉付きで、 高姫『蜈蚣姫さま、どうでお節の云ふ事、当にやなりますまいが、仮令話にせよ、娘さまに会へると云ふ事をお聞きになつたら嘸嬉しいでせう。妾も虚実は兎も角、言霊の幸はふ国、刹那心でも芽出たいと思はぬこたアありませぬ。併しマア物は当つてみねば分りませぬ。どうも日の出神の観察では怪しいものだが、折角そこまでお前さまが喜びて居るのだから、妾も一緒にお付合に喜びて置きませう』 玉治別は立ち上り、 玉治別『サア向方に見えるのがニユージランドの沓島だ。皆さま少々波が荒くなるから、其覚悟して下さい』 (大正一一・七・三旧閏五・九松村真澄録) 此日午前六時二代様三代様も白山、月山に御登山の途に就かるとの電来たる。
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 10 土人の歓迎 第一〇章土人の歓迎〔七四〇〕 南洋一の竜宮島アンボイナをば後に見て 救ひの船に身を任せ進み来れる高姫や 蜈蚣の姫の一行は夜を日に継いでオセアニヤ 一つ島根に渡らむと心勇みて漕ぎ来る 時しもあれや海中にすつくと立てる岩島を 左手に眺めて進み行く俄に海風吹き荒び 浪高まりて船体を操る術も無きままに 浪を避けむと岩島の蔭に漕ぎつけ眺むれば 怪しき影の唯二つ何者ならむと立ち寄つて 素性を聞けば錫蘭島のチヤンキーモンキー両人が 顕恩城の小糸姫竜宮城[※校定版・八幡版では「竜宮洲」に修正されている。]へ送る折 俄の時化に船を破り茲に非難し居たりしを 漸く悟り高姫は日頃探ぬる神宝の 匿せし場所は此島と疑惑の眼光らせつ 二人の男を引つ捉へためつ賺しつ尋ぬれど 元より訳は白浪の中に漂ふ二人連れ 取つく島も泣き寝入り蜈蚣の姫は両人が 話を聞いて仰天し小糸の姫は世の中に もはや命は無きものと悲歎の涙に暮れながら 船底深くかぢりつくころしもあれや南洋に 其名も高き一巨島テンカオ島は海中に 大音響と諸共に苦もなく沈みし勢に 海水俄に立ち騒ぎ水量まさりて魔の島を 早一呑みに呑まむとす高姫其他の一同は 九死一生の苦しみに生きたる心地も荒浪の 肝を潰せる折柄に黄昏時の海原を 声を目当に進み来る救ひの船に助けられ やつと安心胸を撫で進む折しも玉能姫 初稚姫や田吾作の助けの船と悟りてゆ 高姫持病は再発し竹篦返しの減らず口 頤を叩くぞ憎らしきあゝ惟神々々 神の恵は何処までも悪の身魂も懇に 誠の教に導きて救ひ給ふぞ有難き 玉治別の漕ぐ船は夜に日を重ねてやうやうに ニユージランドの沓島の磯端近く着きにけり 浪打ち際に近づけば思ひもよらぬ高潮の 寄せては返す物凄さ船の操縦に悩みつつ スマートボールや貫州やチヤンキーモンキー諸共に 汗を流して櫂を漕ぎ漸く上陸したりける あゝ惟神々々御霊の幸ぞ尊けれ 神の恵ぞ畏けれ。 物珍らしげに島の土人は小山の如く現はれ来り、口々に手を打ち「ウツポー、クツタークツター」と叫びゐたり。これは「珍しき尊き神人来り給へり」と云ふ意味なり。一同は「ウツポー、クツタークツター」の諸声に送られ、禿計りの島に似合はず、樹木鬱蒼たる大森林の樹下に導かれ、珍しき果物を饗応され、神の如くに尊敬されたりける。 友彦は得意満面に溢れ、言語の通ぜざるを幸ひ、猿の如く大樹の枝にかけ登り、懐より麻を取り出し左右左に打ち振りながら、 友彦『ウツポツポーウツポツポー、テンツルトウテンツルトウ、チンプクリンノチンプクリン、プクプクリンノプクプクリン、ペンコペンコ、チヤツクチヤツク、ジヤンコジヤンコ、テンツルテンノテンツルトウ、トコトンポーリートコトンポーリー、カンカラカンノケンケラケン、高姫さまのガンガラガンノコンコロコン、蜈蚣姫のパーパーサン、コンコンチキチン、コンチキチン、小糸の姫の婿様は、トントコトンの友彦が、ウツパツパーウツパツパー、シヤンツクテンテンツクテンテン、キンプクリンノフクリンリン』 と囀り初めたり。数多の土人は一行中の最も貴き神と早合点し、随喜の涙を零し合掌しゐたり。スマートボールは又もや駆け登り、矢庭に木の枝を手折り、左右左に打ち振り、 スマートボール『ウツポツポーウツポツポー、キンライライノクタクタライ、キンプクリンノキンライライ、ウツポツポーウツポツポー』 と囀り出したり。スマートボールは自分の云うた事を自分ながら些とも解して居ない。されど土人の胸には、先に上つた友彦よりも最上位の神たる事を悟りたり。友彦は又もや、 友彦『ウツポツポー、ペンペコペン、ウツポツポ、パーパーサン、エツポツポー、エツポツポー』 と囀り出したり。是は土人の言葉に対照すると、 『二人の女は真の平和の女神だ。さうして若い方の婆アは悪党だ。色の黒い婆アは一つ島の女王の母上だ』 と云ふ意味になる。数多の土人は蜈蚣姫の前に跪き、手を拍ち嬉し涙に暮れながら恭敬の意を表し、踊り狂ひ、其次に玉能姫、初稚姫を胴上げにし「エイヤエイヤ」と声を揃へて森の木蔭を舁ぎ廻り、踊り狂ふ其可笑しさ。玉能姫、初稚姫は様子分らねど、兎も角も自分等を尊敬せしものたる事は、其態度に依つて悟る事を得たりける。 森林の最も高き所に七八丈許りの方形の岩が、地の底から湧き出たやうに現はれ居たり。其上に玉能姫、蜈蚣姫、初稚姫の三人を舁ぎ往き、種々の果物を各自に持ち来り、所狭き迄並べ立て、此岩を中心に踊り狂ひ廻つた。残りの一隊は大樹の下に移り往き、何事か一生懸命に祈願し初めたり。 玉治別は一向構つて呉れないのに稍悄気気味となり、又もや樹上に駆け登り木の枝を手折つて、前後左右に無精に打ち振り、 玉治別『ウツパツパーウツパツパー、キンライライノクタクタライ、ラーテンドウラーテンドウ』 と幾度も繰返しける。此意味は、 『吾は海底の竜神、今此島を平安無事ならしめむために現はれ来り』 と云ふ事になる。又もや土人は玉治別を一生懸命に拝み初めたり。スマートボールは、 スマートボール『パーパーチンチン、パーチンチン』 と囀りぬ。数多の群集は各尻をまくり、高姫の身辺近く取り巻き「我臀肉を喰へ」と云ふ意味にて、 土人『パーパーキントウ、キントウ、パーパーキントウ、キントウ、パースパース』 と云ひながら御丁寧に一人も残らず尻をまくりて、三間許り四つ這になり、各此場を捨てて、初稚姫等が坐せる石の宝座の方に、先を争うて進み行く。 樹下に蹲踞み、感涙に咽んで居る数十人の、残つた土人の敬虔の態度を眺めた高姫は、そろそろむかづき初め、 高姫『これこれ此処の土人さま、お前は何と思つて居るか。あの先に登つた奴は友彦と云ふ、それはそれは恐ろしい、人を騙して金を奪り、嬶盗人をやつた悪い悪い男だよ。そして後から上つた細長い猿の様な男はスマートボールと云ふ、最前行つた蜈蚣姫の乾児の中でも一番意地くねの悪い代物だ。三番目に登つた奴は神でも何でもない。自転倒島の宇都山の里に、蚯蚓切りの蛙飛ばしを商売にする、田吾作と云ふ男だ。如何に盲千人の世の中だと云うても、取違ひするにも程がある。此中で一番尊い御方は日の出神の生宮たる此高姫だよ、取り違ひをするな』 と癇癪声を張り上げながら、自分の鼻先をチヨンと押へて見せたれど土人には何の事か一つも通ぜず、歯脱け婆が気を焦つて、尻をかまされた腹立紛れに怒鳴つて居るのだ位に解され居たり。一同の土人は高姫に向ひ、両手の食指を突き出し、左右の指を交る交る鼻の前に突出し、しやくつて見せたり。高姫も何事か訳が分らず、同じやうに今度は指を外向けにして、水田の中を熊手で掘るやうに空中を掻いて見せる。其スタイルは蟷螂の怒つた時の様子に似たりける。数十人の土人は何故か一度に頭を大地につけたり。高姫は調子に乗つて幾回となく空中を掻く。樹上の友彦は又もや、 友彦『エツポツポーエツポツポー、パーパーチクリン、パーチクリン、ポコポコペンノポコポコペン、ペンポコペンポコ、チンタイタイ』 と叫べば、一同はムクムクと頭を上げ、日に焦けた真黒な腕をニウと前に出し、一斉に高姫に向つて突きかかり来る。此時玉治別は樹上より、 玉治別『エイムツエイムツ、ツウツウター』 と叫ぶ。一同は俄に腕をすくめ、力無げに又元の座に平伏し、樹上の三人に向つて合掌し、何事か声低に祈り居る。 暫くありて玉能姫は、蜈蚣姫と共に初稚姫を中に置き、後前を警固しながら数多の土人に送られて、大樹の下に引き返し来りぬ。玉治別は調子に乗つて口から出任せに、 玉治別『ダールダール、ネースネース、ツツーテクテクテレリントン、ニウジイランドテテーポーポー、ツツーポーポ、タターポーポー、エーポーポー、エーツクエーツク、エーポーポー、エーツクエーツク、エーテイテイ』 と叫ぶや否や、土人の大多数は蜘蛛の子を散らすが如く此場を立ち去りにける。玉能姫は樹上を見上げながら、 玉能姫『玉治別さま、スマートボールさま、早く下りて下さい、玉能姫は一つ島に往かねばなりますまい。サア早く早く』 と手招きするにぞ、三人は此声に応じて、ずるずると樹下に苦もなく下り来たりぬ。暫くありて土人は満艦飾を施したる立派な船を一艘と、其他に堅固なる船十数艘を率ゐ来り、中には至つて見苦しき泥船一艘を交ぜて居た。最も麗しき船に玉能姫、初稚姫、蜈蚣姫を丁寧に寄つて集つて舁ぎながら、恭しく乗せた。玉治別は我乗り来りし船に、スマートボール、友彦と三人分乗した。久助、お民は土人と共に麗しき船に乗せられた。チヤンキー、モンキー及び高姫は泥船に無理に捻込まれ、艫を漕ぎながら、数百人の土人は大船に満乗して、一つ島目蒐けて送つて行く。高姫は不平で堪らず、種々と言葉を尽して……日の出神の生宮を最も立派な船に乗せるのが至当だ、玉能姫ナンカは普通の船でよい……と身を踠いて喋り立てたが、土人には一向言葉も通じないと見えて、 土人『エツポツポーエツポツポー、パーパーチツク、パーチツク』 と云ひながら、一つ島目蒐けて進み行く。玉治別は船中にて宣伝歌を歌ひ初めたり。 玉治別『コーツーコーツーオーリンスセイセイオウオウオウセンス チーサーオーサーツウツクリンコモトヨコモト、カンツクリン ターツーテーツーテーリンスノウミスノウミスヨーリンス メースヤーツノーブクリン』 と歌ひ出しぬ。土人は此声に随喜の涙を澪し、手を拍つて合掌したり。この意味は、 『神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける、此世を造りし神直日、心も広き大直日、唯何事も人の世は、直日に見直せ聞き直せ、身の過ちは宣り直せ』 と云ふ宣伝歌の直訳なり。玉治別は此島の神霊に感じ、俄に南洋の語を感得したるなりき。其他の一同も、残らず此島に上陸して神霊に感じ用語を悟りぬ。されど我慢にして猜疑心深き高姫には、一語も神より言葉を与へ給はざりしなり。船中は残らず南洋語で持ち切り、恰も燕の巣の如く「チーチーパーパー、キウキウ」の声に満たされ、漸くにして一つ島のタカ(テーク)の港に無事上陸したりける。 土人の中にても最も羽振の利いた酋長のカーチヤンは、二三人の供人と共に辛うじて港に上陸するや否や、黄竜姫の鎮まる王城の都を指して、蜈蚣姫一行の到着を報告すべく、一目散に島内深く姿を隠しけり。 初稚姫、玉能姫、蜈蚣姫は土人の手車に乗せられて、之を舁ぐやうな体裁で、「エツサアサアエツサアサア」と云ひながら都をさして送られて行く。玉治別は驢馬に跨がり、友彦其他を従へ悠々として土人の一隊に守られ進み行く。高姫は非常の侮辱と虐待を受けながら意気銷沈の体にて、恨めしげにとぼとぼと、どん後から随従て往く。往く事数十丁、前方より麗しき輿を舁ぎ、騎馬の兵士数十人、前後につき添ひ、威風堂々として来る真先に立てる勝れて背の高い男、馬上より、 ブランジー『我こそは黄竜姫の宰相、ブランジーと申すもの、今日は女王の御母上蜈蚣姫様御来臨と承はり、これ迄お迎ひのため罷り越したり。……サア蜈蚣姫様、この輿にお乗り下さいませ』 とすすむるにぞ、蜈蚣姫は意外の待遇に嬉しさ余つて言葉も得出さず差俯むき居る。群衆は何の容赦もなく手車の儘輿の傍に近づき、御輿の戸を開けて、蜈蚣姫を乗らしめたり。初稚姫、玉能姫は土人の手車に乗りしまま輿の後に従ひ行く。 行く事数十丁、忽ち黄竜姫の城内に一同迎へ入れられ、御輿は玄関の前に据ゑられける。此時黄竜姫はクロンバーを従へ玄関に立ち現はれ、輿より出づる蜈蚣姫の手を取り、嬉し涙を湛へながら奥深く姿を匿しけり。クロンバーは玄関に佇み、一行の姿を見やりながら、 クロンバー『ヤアお前はお節ぢやないか。お初、何ぢや偉さうに手車に乗つて……慢神するにも程がある。ヤア田吾作、スマートボールに鼻の先の赤い男、ヤア何とした今日は怪態な日だらう。高山さまも高山さまだ、なぜコンナ代物を迎へ入れたのだらう……それにつけても高姫さま、酷い事を仰有つて私を追ひ出しなさつたが、嘸や今頃は心細く思うて居なさるだらう、アヽお哀憫しい。コンナ連中に遭ふのも嫌だが、高姫さまに何うかして一目遭ひたいものだ』 と独り呟き居る。玉能姫、初稚姫はクロンバーに向ひ、 初稚姫『ヤア貴女は三五教の黒姫さまでは御座いませぬか、妾は初稚で厶います』 黒姫『ハイ、左様で御座います。世間は広いもの、自転倒島に居つて、皆さまに笑はれ譏られ、邪魔計りしられて居りましては真実の神力が出ませぬが、此広い島に渡つて来て自由自在に神力を発揮し、今では此通り立派な一国の宰相の北の方となりました。お前さまは矢張言依別命について自転倒島を宣伝に廻り、失敗の結果、又ボロイ事があらうかと思つて、南洋三界迄彷徨うて来なさつたのだな。ウンよしよし、世界に鬼は無い。改心さへ出来れば黒姫が助けて上げよう。窮鳥懐に入れば猟師も之を取らずと云ふ事がある。もうかうなつては今迄のやうに我を張らずに、お節……ハイ、……お初……ハイ……と云うて黒姫に絶対服従をなさるのが身の為めぢやぞエ。……お前は田吾作ぢやないか。矢張周章者は周章者ぢや。自転倒島ではもう相手が無くなつたかや。オホヽヽヽ、気の毒な事いのう』 玉治別は余りの侮辱にむツとしたが、堪忍袋を押へて素知らぬ顔にて笑ひ居る。ブランジーの高山彦は馬に跨がり乍ら、 高山彦『ヤアヤア数多の人々、遥々御苦労なりしよ。城の馬場に沢山の酒肴の用意もしてあらば、自由自在に飲み食ひしてお帰り下さい』 群衆はウローウローと云ひながら、雪崩を打つて城門を駆出し、広き馬場に列べられたる酒肴に舌鼓をうち、酔が廻るに連れて唄ひ舞ひ、踊り狂ひ、歓喜の声は天地も揺ぐ許りなり。 高姫は悄々として、漸く玄関に現れ来り、黒姫の姿を見るより、矢庭に飛び込み獅噛みつき、 高姫『アヽ貴女は黒姫様、お久しう御座います』 また黒姫は、 黒姫『アヽ貴女は高姫様、会ひたかつた、懐かしや』 と他所の見る目も憚らず、互に抱きつき嬉し涙に掻き曇る。 高山彦は馬を乗り捨て其場に現はれ、 高山彦『高姫さまですか、私は高山彦ですよ。ようまア来て下さいました』 と涙含み乍ら、二人の手を取り奥深く進み入る。玉治別、初稚姫、玉能姫其他の一同は裏門より密に逃れ出で、裏山の森林に姿を隠し息を休め居たりける。 (大正一一・七・三旧閏五・九加藤明子録)