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霊界物語 □_特別編-入蒙記 27 奉天の渦 第二七章奉天の渦 日出雄が大志を懐いて綾の聖地を出発して以来、満蒙の空を眺めては、日夜憧憬の思ひを抱きつつ、軍資金の調達に苦労してゐた加藤明子は、日出雄出発後三週間を経た頃、日出雄よりの密書を受取つた。それには旧三月三日迄に横尾敬義、西村輝雄、国分義一、藤田武寿、佐藤六合雄其他之れと思ふ人々の中、四五名同道して我滞在の場所迄来れとの命令が認めてあつた。加藤は天にも昇る心地し喜び勇んで右の人々に其旨を伝へた。此中佐藤は用務の為め、内地に残留し、西村は大庫倫へ一行到着迄待つと云ひ、横尾は他に要件があるので先んじて奉天へ向ひ、国分、藤田の両人は早速関係事業の整理に取掛つた。尚加藤の通告に依り是非此一行に加はらむと決心した広瀬義邦は、万難を排して渡満し、場合に依つては大連若しくは奉天に職を求めて時機の至るを待つ事とした。 加藤も蝟集し来る故障を凌いで出発準備を急いでゐる折柄、先に渡満した横尾が帰来し、 横尾敬義『日出雄先生は既に入蒙せしこと、唐国別の言に依れば後の連中は大庫倫到着後、来る様に』 との事などを伝へた。加藤は予期に反したので、取敢へず国分、藤田に其旨を通ずると、二人は既に準備全く成り、今更如何することも出来ぬといふ始末なので、已むなく其処置を大本二代教主に謀り、遂に国分、藤田、加藤の三人は一命を賭して日出雄一行の跡を逐ふ事に決定したのである。 四月十六日奉天なる唐国別より西王母の服装を携行せよとの来電があつたので、其の用務をも兼ね、右三人は四月十八日奉天に向つて出発し、門司よりは偶々満韓視察の途次にありし大谷恭平が加はつて一行四人となり、心は既に蒙古の大原野に馳せ、汽船や汽車も間ドロキ心地で二十日夕奉天駅に着した。予て打電してあつたので、萩原、西島並に折柄在奉中の唐国別夫人等が一行を出迎へ、其筋の警戒厳なればとて、四辺を憚り乍ら稲葉町の中野といふ宅に案内された。翌二十一日一行は水也商会に趣き、王天海なる唐国別と会見したところが、王は不機嫌な面色で、藤田に向ひ、 唐国別『君等は一体奥地へ入る積りで来られたのですか』 藤田『左様です、勿論』 唐国別『左様です……なんて……冗談ぢやないよ。君等はさう容易々々と奥地へ這入れると思はれるのか。そりや誰だつて先生の側へ行きたいのは当然だよ、君等だけぢやない。しかし張作霖との複雑な関係を知りもしないで、ヤレ吾もソレ私もとやつて来られて耐るものか、僕の苦心は並大抵ぢやないよ』 と前置して日出雄来奉以後の事情を縷々と弁じ、此際日本人の入蒙することは絶対に断ると云ふ、甚だ意外な言葉であつた。 加藤『妾達は決して自分勝手に先生のお側へ行かうと云ふのではありませぬ。先生の御命令で参りましたのです。貴方も御存じの筈ですが……』 とて日出雄より来た親展書と、二代教主よりの三人の入蒙依頼書を差出した。唐国別は、 唐国別『あゝさうですか、私は些つとも知らなかつた。さうすると又新に三人の大先生を引受けた様なものだ。中々の大任だ。先生の入蒙に就ては、どんな苦心をしたか分りやしない』 とてこれから入蒙苦心談に夜を更かし、更闌けてから一行は宿に引取つた。然るに其後第二回の会見に於ては唐国別の態度激変し、 唐国別『先生の現在の御在所は自分には分りませぬ。また仮令大先生、二代様のお言葉でも、自分の考へに反した事は聞き容れる訳には行きませぬ』 とて断乎として三人に入蒙を拒絶した。三人は其傍若無人の言辞に驚き呆れ、且憤慨したが、扨何と詮術もないので、スゴスゴと引取る外はなかつた。 四月廿六日に至り、大倉奥地より日出雄の消息を齎らし帰れりとの報告を唐国別より受けたので、一縷の望みもやと、三人は急いで唐国別の店舗を訪れ大倉に面会した。大倉は愛想よく口を開いて語る。 大倉『先生は非常に御元気ですから御安心なさい。併し現在入蒙は余程困難ですが、先生より来いとのお言葉なれば、万難を排して奥地へお送り申しませう。又先生のお言葉なく共、強ひて入蒙せられると云ふのなら、同胞の誼として捨ておく訳にも行きませぬでなア』 加藤等三人は大倉の此言葉に稍心勇み、先に唐国別夫人が『強いて入蒙する者は途中で殺つて了ふと某浪人が言つてますよ』との話の裏切られた嬉しさと、『先生のお言葉なら万難を排して云々』といふ信者ならでは聴く事の出来ぬ言葉を大倉の口から発せられた嬉しさに、此の機を外してはと思ふ矢先、唐国別は、 唐国別『当地に居て一切の事情に精通してゐる吾輩の言に従はず、まだ入蒙を主張するのは不都合だ』 と詰る。今迄口を噤んで一言も挟まなかつた国分は此時初めて口を開き、 国分『此先生からの御手紙が貴方の手を経て来たのなら貴方のお言葉に従ひもしませうが、之れはさうぢやないのですから、一応先生に御照会願ひたいものですな』 と言へば唐国別は頗る昂奮の態度であつたが、翌日自分を訪問した藤田を介し、左の如き意味の通告を三人に与へたのである。 唐国別『三人の入蒙は絶対に拒絶する。自分から手紙で先生の方へ……来奉者は追ひ返しますから御承知ありたし……と申遣はし、盧占魁には……軍の行動の邪魔になる事は先生の言と雖も聴従するな……と伝へ、尚使者に対しては……万一先生から自分の考へと違つた御返辞のある場合には途中で握り潰せ……と命じて置いた。それでも尚自由行動を取り入蒙せられるなら、途中の危険に対して吾々は責任を負はない』 此の通告を受けた三人は熟議の結果、唐国別の口吻に女子の従軍禁制の旨もあつた様だから、此際加藤は断念し、国分、藤田の二人だけ入蒙を取計つて貰ふ事にしようと一決し、加藤は大倉を訪問して之を語つた所が大倉は同情して『兎に角先生の御指図を仰ぐ迄、地方見物でもなさいませ』との事に一縷の望みを残し四月廿九日から五月二日まで、三人は撫順、大連、旅順などを巡覧した。此間に萩原は写真機を携帯して入蒙の途に就いたのである。 三人が再び奉天へ帰来した日、王敬義は唐国別の旨を含んで来訪し、 王敬義『唐国別に無断で何故大倉を訪問したか、それから旅順、大連などと出歩くのは不謹慎ぢやないですか』 と詰る。三人は王敬義を同情者と信じて居たので、 三人の中の一人(加藤?)『唐国別より最後の通牒を受けましたので已むを得ず大倉さんに縋つたのです、そして大倉さんのお勧めに依つて見物に行つて参りました』と答ふれば、 王敬義『唐国別の言は一つの試練とは考へないですか』 加藤『さう思ひませぬでした』 王敬義『唐国別の言は瑞霊の神懸と認めませぬか』 加藤は『ハイ、さうは思ひませぬ』とて今日迄の経過を精しく述べたので、王敬義も漸く心解けて、種々の便宜を計らふ事となつた。此時国分は憤然色をなして言ふ、 国分『唐国別の言を瑞霊の神懸とは何のこつた。王敬義の価値も茲に至つては零だね、共に語るに足る信仰ぢやないね。若しあの時加藤さんが……承認します……とでも云はうものなら、今後断然事を共にせない積りだつた』 と意気軒昂たるものがあつた。斯くして奥地よりの消息を待つ中に、日出雄より『此際女子の入蒙は困難なれば、日奉間を往復して連絡の用務を勤めよ』との伝達あり、国分、藤田に関しては何等の伝言なく、大倉の同情は全く一時の気安めであつた事判明し、藤田は『ナアニ、構ふものか、それでは飛行機を用意して来る』とて単身帰国して了つた。其後へ名田彦が使者として奥地より来奉し、種々消息を伝へたが、主として自身の苦心談や、愚痴のみにて要領を得ず、只僅に『暫く自由行動を採つて時機を待て』との伝言が含まれてゐるらしく思はれたので、加藤、国分の両人も遂に時機の到来せざるを察し、五月八日意を決して帰国の途に就いたのである。途々国分は微笑しながら、 国分『藤田君の飛行機入蒙計画もよからうが、今の世の中は黄金の弾丸に限るよ、金さへあれば浪人の鬼面も直ぐ恵比須顔に変るよ。さうすりや門番神を出しぬいて、道案内させる位は朝飯前の仕事だ』 と加藤を顧みて笑つた。帰来後三人は三様の活動方針を取つたが、其後加藤は米倉範治の紹介で嘗て満蒙の野に驍名を轟かせた劉武林事緑川貞司に師事し、馬術の稽古をはじめ、緑川を案内者として入蒙の意を果すべく湯浅清高、谷前清子、松村清香、東尾輝子等を招集すべく準備中、通遼[※パインタラのこと]の異変に接したのである。 唐国別等が加藤等の入蒙を拒んだのは、加藤等の入蒙は大庫倫着の後と、予て日出雄から聴いてゐた外、何等の命令を受けなかつたからであつた。 (大正一四、八、筆録)
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(3301)
霊界物語 76_卯_世界の神話/朝香比女の神の物語 余白歌 余白歌 山も海も人獣草木も昆虫も生言霊の度合に生れし〈総説〉 大方の物識人の夢にだに知らざる神世を言霊にて説く〈総説〉 言霊の清濁に因りて其人の善悪智愚の程度は判るも〈総説〉 主の神は生言霊の大原にいまして天地を産み出し玉へり〈総説〉 森羅万象悉く皆言霊の助けによりて生れたるなり〈総説〉 国学者なるもの沢にありながら学王学の言霊知らざり〈第3章〉 我国の皇道を説く物識りも言霊の原理夢にも知らなく〈第3章〉 天界は言霊の水火にもとづける意思想念の世界なりけり〈第3章〉 神の世の有りし事どもまつぶさに言霊学の権威に述ぶるも〈第5章〉 久方の天津神世の初発のありさま知れる学者世になし〈第5章〉 数万億年の昔の物語世人は想像だにもせざらむ〈第6章〉 堂々と誰憚らず神の世の成立つぶさに吾は述べおくも〈第6章〉 主の神の生言霊の大原理知らずば天地の成立解らず〈第8章〉 来るべき世の変遷も言霊の力によりて明白となるなり〈第8章〉 言霊の幸ひ助けなかりせば地上一切のものは育たじ〈第11章〉 時じくに鳴り鳴り鳴りて止め度なき主の言霊に地上は生くるも〈第13章〉 鳴り鳴りて鳴りの終りに高山は湧き出でにけり地上の栄えと〈第13章〉 神人は常住不断言霊の助けを受けて生き栄ゆなり〈第14章〉 天地は一切万事言霊の水火に即して生くるものなり〈第14章〉 言霊の水火の活用知らずしてわかるべしやは神世の物語〈第15章〉 海外の国々の天地開闢説は言霊知らざる無稽の言なり〈第15章〉 時にふれて 内外の国は日を追ひ月を重ね八十曲津日の言霊濁るも〈巻末〉 大空の奥より轟く雷鳴の音ものすごく静心なし (昭和九年三月三日)〈巻末〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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(3604)
大本神諭 神諭一覧 明治37年旧7月12日 明治三十七年旧七月十二日 今の大本の役員信者は、今度の戦争で世が根本から立替るやうに信じて、周章て居るなれど、世界中の修斎であるから、サウ着々とは行かんぞよ。今度の戦争は門口であるから、其覚悟で居らんと、後で小言を申したり、神に不足を申して、折角の神徳を取外す事が出来いたすぞよ。変生女子の筆先は信用せぬと申して、肝心の役員が反対いたして、書いたものを残らず一処へ寄せて灰に致したり、四ツ足の守護神じゃと申して、京、伏見、丹波、丹後などを言触に廻りて神の邪魔を致したり、露国の悪神じゃと申して力一杯反対いたして、四方から苦しめて居るが、全然自己の眼の玉が闇んで居るのであるから、自己の事を人の事と思ふて、耻とも知らずに狂人の真似を為たり、馬鹿の真似を致して一角改心が出来たと申して居るが、気の毒で在るから、何時も女子に気を付けさすと、外国の悪神奴が大本の中へ来て何を吐すのじゃ、我々は此の悪魔を平らげるのが第一の役じゃと申して、女子を獣類あつかいに致して、箒でたたいたり、塩を振りかけたり、痰唾を吐きかけたり、種々として無礼を致して居るぞよ。是でも神は何も知らぬ、盲目聾の人民を改心さして、助けたい一杯で在るから、温順しくいたして、誠を解いて聞してやるのを逆様に聞いて居れど、信者の者に言ひ聞かして邪魔を致すので、何時までも神の思はく成就いたさんから、是から皆の役員の目の醒る様に、変生女子の御魂の肉体を、神から大本を出して経綸を致すから、其覚悟で居るがよいぞよ。女子が此大本を出たら、後は火の消えた如く、一人も立寄る人民無くなるぞよ。サウして見せんと此の中は思ふ様に行かんぞよ。明治四十二年までは神が外へ連れ参りて、経綸の橋掛をいたすから、後で耻かしくないやうに、今一度気を附けて置くぞよ。この大本の中のものが残らず改心いたして、女子の身上が解りて来たら、物事は箱指したやうに進むなれど、今のやうな慢心や誤解ばかりいたして居るもの斗りでは、片輪車であるから一寸も動きが取れん、骨折損の草臥もうけに成るより仕様は無いから、皆の役員の往生いたすまでは神が連出して、外で経綸をいたして見せるから、其時には亦た出て御出成されよ、手を引き合ふて神界の御用をいたさすぞよ。今度の戦争で何も彼も埒が付いて、二三年の後には天下泰平に世が治まる様に申して、エライ力味やうであるが、ソンナ心易い事でこの世の立替は出来いたさんぞよ。今の大本の中に只の一人でも、神世に成りた折に間に合ふものが在るか、誤解するも己惚にも程が在るぞよ。まだまだ世界は是から段々と迫りて来て、一寸も動きの取れんやうな事が出来するのであるから、其覚悟で居らんと、後でアフンとする事が今から見え透いて居るぞよ。今一度変生女子の身魂を連れ出す土産に、前の事を大略書き残さしておくから、大切にいたして保存しておくが宜いぞよ。一分一厘違いは無いぞよ。明治五十年を真中として、前後十年の間が世の立替の正念場であるぞよ。それまでに神の経綸が急けるから、何と申しても今度は止ては下さるなよ。明治五十五年の三月三日、五月五日は誠に結構な日であるから、それ迄はこの大本の中は辛いぞよ。明治四十二年になりたら、変生女子がボツボツと因縁の身魂を大本へ引寄して、神の仕組を始めるから、気の小さい役員は吃驚いたして、迯げ出すものが出来て来るぞよ。そうなりたら世界の善悪の鏡が出る大本で在るから、色々の守護神が肉体を連れ参りて、目的を立やうといたして、亦た女子の身魂に反対いたすものが、現はれて来るなれど、悪の巧みは九分九厘で手の掌が覆りて、赤耻かいて帰るものも沢山有るぞよ。今の役員は皆抱込れて了ふて、亦た女子に反対をいたすやうになるなれど、到底叶はんから往生いたして改心いたしますから、御庭の掃除になりと使ふて下されと、泣いて頼むやうに成るぞよ。心腹の底に誠意が無いと慾に迷ふて、大きな取違いをいたして、ヂリヂリ悶へをいたさな成らんから、今の内に胸に手を当てて考へて見るが宜いぞよ。モウ是限り何も申さんから、此筆先も今度は焼捨ぬ様に後の証拠にするが宜いぞよ。何方が取違いで在ったか判るやうに書しておくぞよ。盲目が目が明いた積り、心の聾が耳が聞える積りで居るのであるから、全然始末が付かんぞよ。力一杯神界の御用をいたした積りで、力一杯邪魔をいたして居るのであるから、何うも彼うも手の出し様が無いから、止を得ず余所へ暫くは連参りて経綸をいたすぞよ。今の役員チリヂリバラバラに成るぞよ。
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(3707)
伊都能売神諭 神諭一覧 (年月日不明) (年月日不明) 艮の金神国常立尊が、天の御三体の大神様の御命令を戴きて、三千世界を立直し致すに就ては、ミロクの大神様の御加護を戴かねば物事成就いたさんから、因縁のある身魂変性女子を表はして、大正五年辰の年旧三月三日に、大和国畝火の山を踏〆さして、世界立直しの守護が致してあるぞよ。畝火の山は出口に因縁の深き神山であるから、昔から土米が竜神の守護で生出して在りたなれど、神界の都合に依りて変性女子に守護を命して、肝川の深山八大竜神に土米の御用を仰せ付けたので在るぞよ。沢山の土米が出来ると申して一粒でも粗末に致されぬぞよ。大本の許し無きことには、一粒でも勝手に拾ふ事は成らんから、我を張りて拾ふなら拾ふて見やれ、神界の仕組の土米であるから、是からは厳しき戒めを致すぞよ。昔から元伊勢、丹後の比沼真奈為の宮に生出してありたなれど、明治四十五年の三月八日に出口直が、伊勢の内宮、外宮、加良洲の宮へ御神霊を御迎い致してから、丹後には今迄のやうには生出ぬやうに成りたぞよ。チツト斗り種は遺してあれど、土米の神力はモウ無くなりて居るぞよ。是も深い神界の仕組であるから、人間界では解る事で無いぞよ。 大正五年の旧五月五日には、変性女子の身魂に、昔から永らく世に隠れて守護を致して居りた、坤の金神の住居を致した播州の神島が開かしてあるが、人民からは左程にも無い御用の如うにあれども、神界では大変な神業でありたぞよ。朝日の直刺す夕日の日照す高砂沖の一島一つ松、松の根本に三千世界の宝いけおくと、昔から言伝へさして在りたが、今度は瑞の御魂の肉体を使ふて、三千世界の宝を掘上げさしたぞよ。その宝と申すのは、斯世を水晶の松の代、神世として治め遊ばすミロクの大神様の事で在りたぞよ。その年の九月九日に艮の金神国常立尊が、変性男子の身魂出口直に懸りて、二代三代を引連れ艮めを刺して参りたのも、深い経綸のある事ぞよ。斯の因縁もモウ少し致したら分けて見せるぞよ。大正五年辰の年五月午の月の八日に、変性女子が全部と現はれて、女神の姿になりて、大本へ参りた折、出口直は変性男子国常立尊と表はれ、海潮は変性女子豊雲野尊と現はれて、昔の神代から沓島と神島へ別れて落ちて居りた夫婦の神が、竜宮館の高天原で再会の祝に盃がさして在らうがな。其日から変性女子の身魂には、坤の金神と豊雲野尊が守護致したから、段々と緯の御用が表はれて、ボツボツと神界の経綸が出来かけて来たので在るぞよ。此の大本は明治二十五年から申してある如うに、男子と女子の経緯が揃はねば何事も成就いたさぬのであるぞよ。坤の金神の身魂には、変性男子と女子との御用を勤めて貰はな成らんから、是からは今迄とは海潮は忙がしうなりて、苦労が段々殖へて来るから今迄の身魂では能う忍耐んから七十五日の神から修行をさしたのであるぞよ。この先きは変性女子の教祖と致して、男子の直系の二代三代の後見を致さすのであるから、坤の金神の女子は一代の役であるから、此の次第を取違ひ無きやうに気を付けておくぞよ。今が艮めの肝腎要めの大事の場合であるぞよ。艮の金神は誰にも憑ると云ふ事は出来ぬなれど、天から守護いたして海潮に筆先をかかして置くぞよ。同じ筆先の書き様であるから、今までの男子の筆先も矢張り変性女子が書いて、男子の筆先にいたして、居りたじやろと、疑ふ人民が沢山に出来るなれど、夫んな事に気を掛けて居りたら、物事が成就いたさんから、ドシドシと女子に筆先を書して、三千世界を開くぞよ。出口直の八人の御児と、今までの筆先に出して在るのは、八柱の金神大将軍の事でありたぞよ。この八人の御児が今度は二度目の天之岩戸開きの御用に手柄いたさして、末代名を残さして、結構な神に祀りて貰ふのであるぞよ。八人の御子の働きは是からボツボツと現はれて来るぞよ。人民の思ひとは大変な違いであるぞよ。此の世の立替には、艮の金神が九万九億の眷属を使ふて、天地を一度に開く梅の花の経綸が昔の神代から致してありての事であるぞよ。世に出て居れる神様にも、守護神にも、人民にも、見当の取れん仕組がいたしてあるから、今の今まで判りは致さんぞよ。人より早う手柄を致さうと思ふて、焦慮りて縮尻る守護神人民が是からは出来て来るから、大本の役員は余程しつかり筆先を腹へ入れておかんと、経綸の邪魔になりて立直しが遅くなるから、念に念を押して気を付けて置くぞよ。大本の経綸で神の宮を建てるのは、沓島と神島と嵯峨の奥と三ケ所より外には成らんぞよ。肝川は八大竜神の守護があるから、大本の分社と致してあるので在るから、肝川には奇しびな神業が見せてあろうがな。世の立直しが済みたら、国々所々に大本の御宮を立て、夫れ夫れの守護神を鎮めて御用を致さすから、それ迄には御宮形も建てられんぞよ。広間も大本の経綸が成就いたして、天下泰平に世が治まる迄は、新たらしう建てる事は出来ぬぞよ。今迄に鏡が出して在ろうがな。京都で新に広間を立て神から潰され、伏見に建てまたその通り、肝川に建てても役に立つまいがな。大本の根本の極まらぬ中に、守護神人民が勝手に致した事は、九分九厘で覆りて了ふぞよと、何時も筆先で気が付けてありたなれど、神の申す事を背いて致した事は、何遍でも跡戻り斗り致すぞよ。大本を次に致して、園部で広間を建ようと致して、材木を寄せてサア是から建前と言ふやうに成りた所で、俄の大雨で材木が影も形も無いやうに流れた事があらうがな。皆神界から善悪の鏡が出して、大本の中に実地が見せてあるぞよ。明治廿五年から、幹退けて末続くとは思ふなよ、幹ありての枝もあれば末もあるぞよ。幹退きたら末は枯れるぞよと申して、出口直の手で毎度気が付けてあるぞよ。 明治二十五年から申した事は、何時になりても毛筋の横巾も違はん事ばかりであるぞよ。