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霊界物語 66_巳_オーラ山の山賊 07 女白浪 第七章女白浪〔一六八九〕 デカタン高原中の、最高地、而も地味最も肥たるトルマン国の西北端に、雲に聳えた大高山がある。樹木密生して昼猶暗く、猛獣毒蛇の棲息するもの最も多しと伝へられてゐる。之がオーラ山である。オーラ山と云ふのは沢山の山が同じ形に並んでゐる意味であつて、数百里に延長し、此区域をオーラ山脈地帯と称してゐる。谷々より流れ出づる水は何れもオーラ河に注ぎ、印度を縦断して印度洋に注ぐ有名な大河である。 元バラモン教の修験者たりしシーゴー坊は、片腕と頼む玄真坊と共に此山脈の中心地、即ちオーラ山に根拠を構へ、時の到るを待つて、先づバルガン城を占領し、勢を集めてハルナの都に押寄せ、大黒主を征伐し、印度一国の覇権を握らむと、三千の部下を引連れて山寨を造り、オーラ河を利用し、一切の挙兵準備に着手してゐた。先づ第一に必要なのは軍資金である。彼は所在方法手段を講じて金品穀類並に武器を蒐集する事に腐心してゐた。オーラ山の中腹には稍広き平地があつて、数里を隔てた遠方から、幾抱えとも知れぬ大杉のコンモリとした枝が目立つて見えてゐる。シーゴー、玄真坊の二人は首を鳩め、秘密会を開いた。 シーゴー『オイ玄真、計画もおひおひ緒につき、三千の部下は集まつたが、併し乍ら食料の欠乏と云ひ、武器の不足といひ、到底此儘に経過すれば、折角の計画も画餅に帰するより途はない。又豺狼の如き部下を統一せむとすれば、食糧が豊富でなくては、吾々の命令も聞かなくなつて了ふ。何ぞ可い工夫はあるまいかなア』 玄真『左様で厶いますなア。私もいろいろと思案を致して居りますが、何と云つてもバラモンの信仰を以て固まつた此国、一つの奇瑞を現はし、人心を収攬し、信仰の力に仍つて、金銭物品其他の武器を献上させては如何で厶いませう。私は之より外に可い方法はなからうかと存じます』 シーゴー『成程、可い所へ気がついた。俺も永らくバラモンの修験者をやつてゐ乍ら、宗教的信仰を以て人心を収攬し、大望を達せむとする最善の方法手段は気がつかなかつた。併し乍ら斯かる山奥に在つて、人を集むるは容易の事ではあるまい』 玄真『サア其事に付いて、私も頭を悩めて居ります。里近く出づれば人の寄りは宜しいが、秘密の漏洩する虞がある。此山奥に居れば安全ではありますが、人を集める事は容易ではありますまい。余程の離れ業をして見せむ事には、此山奥へ愚夫愚婦をおびきよせる事は難しいでせう』 シーゴー『俺もいろいろ雑多と考へてはみたが、第一食糧の窮乏を告げるやうな事では此大望は成就せない。三千の部下に泥棒許りさせてゐても、結局統一が出来なくなり、終には国民の嫌悪を買ひ怨府となり、大業の妨害を来すであらう。何とか可い方法手段を捻り出せないものかなア』 両人は首を傾け思案に暮れてゐる。そこへ岩窟の戸を開けて次の岩窟から這入つて来たのは玄真坊の妻ヨリコ姫であつた。 ヨリコ『あゝこれはこれは親方様、旦那様、何か可いお話が出来てゐるやうですなア。どうか私にも御招伴さして下さいませ』 シーゴー『ウーン、イヤ、何でもない。余り大原野の風景が佳いので、玄真殿と眺望を恣にしてゐた所だ』 ヨリコ『ホヽヽヽ妙な事を仰有いますな。岩窟の戸を閉めきつておき乍ら、大原野をみはらすの、眺望が佳いのと、子供を騙すやうな御言葉、何程お隠しなさつても、貴方等の心の奥迄看破して居りますよ』 玄真『ナアニ、本当に見てゐたのだよ。今お前が来る一寸前に戸を閉めた所だ』 ヨリコ『ホヽヽヽ嘘許り、そんな白々しい事が仰有られますわい。貴方等は妾を女と侮りいつもコソコソとよからぬ御相談許りしてゐられますが、小さい悪をするよりも一層男らしう大悪をなさつたら何うですか。大悪は大善に似たり……といふ事があるぢやありませぬか』 玄真『女神のやうな優しいお前にも似ず、今日は又太い事を云ふぢやないか。人間も変れば変るものだなア』 ヨリコ『そらさうです共、朱に交はれば赤くなり、麻につれる蓬、門前の小僧習はずに経を読み、勧学院の雀は蒙求を囀るとやら、日日毎日悪党哲学の実習を受けてゐるのですもの、悪にかけたら、出藍の誉ともいふべき妾ですよ。最早妾はタライの村時代のヨリコ嬢ではありませぬ。比較的大悪党の玄真坊様が宿の妻、ホヽヽヽ随分発達したものでせう』 シーゴー『何とマア感心だなア。オイ玄真、お前も最早安心だよ。こんな有力な後援者が出来たのだから、鬼に鉄棒だ。就いては俺も百万の後楯を得た如うだ。あゝ愉快々々、オツホヽヽヽ』 と肩をゆすつて笑ふ。 玄真『成程、親方の仰の通り、随分悪化したものですわい。オイ、ヨリコ、実の所は親方や自分達の大望をお前に打明けて、後援して貰ひたいと喉元迄出てゐたが、何と云つても名人の画から抜出たやうな、嬋娟窈窕たる其方、霊体一致の関係から見ても、優美な高尚な正直なお前の心、こんな悪党な企らみを、うつかりお前に聞かせて、愛想をつかされ、三年の恋は一度に醒め、俺を振りすてて逃げ帰るか、但は自害でもしてくれちや大変だと、今日の日迄秘密を心に包んでゐたのだが、お前にそれ丈の悪度胸があるとすれば、俺も最早大安心だ。天下は吾意の如く軈てなるだらう。テもさても愉快な事だわい、アツハヽヽヽ』 ヨリコ『夫に連添ふ女房ぢや厶いませぬか。タライの村の吾家へお泊り下さつた時、どつかに一癖のある御目なざし、此方は何れは善か悪かは知らね共、大業を企てる快男子だと直覚しましたので、大恩ある母を捨て、可愛い妹に放れて、貴方に心中立をしたので厶います。ここ迄打明けた以上は決して御心配なく、一切万事私も相談に乗せて下さいませ』 玄真『何とマア、女といふ者は分らぬものだなア。否恐ろしい者だなア、丸切り化物だ。能くマア、こんな極悪美人を抱いて寝て、寝首をかかれなかつた事だワイ、アツハヽヽヽ』 シーゴー『ウツフヽヽヽヽヽ、ますます面白くなつて来た。鬼の夫に蛇の女房……とは能く言つたものだ、エツヘヽヽヽ』 ヨリコ『もし親方様、珍らし相に何で厶いますか、女は魔物と昔からいふぢやありませぬか。私も玄真坊様と三年が間暮してゐる間に、時々気の弱い事を云つたり、世をはかなんだりなさる度毎に、…エーエ腰抜野郎だな、一層の事、寝首をかいてやらうか。イヤ待て待て現代の男といふ奴、何奴も此奴も腰抜許りだ。善を徹底的に行ふでもなければ、悪を徹底的に遂行する快男児もない。世間の男から比べて見れば、此玄真坊様は幾分か偽善と悪辣との手腕が、チツと許り優つてゐるやうに思つたので自分の意には充たないけれど、将来何か使つてやる時もあらうと、今迄辛抱してゐたのですよ、オツホヽヽヽ。玄真様、誠に済みませぬが、決して悪く思つて下さいますな。妾だつて時々愛は注いでゐるでせう。何と云つても人体自然の理に依つて月に一度や二度は、発情期が出て来ますからねえ。ひだるい時のまづい物なし、喉の渇いた時は、泥田の水も呑めば甘露の味がするとやら、本当に貴郎は、妾が唯一の慰安者でしたよ、小なる救世主でしたよ。ホツホヽヽヽ』 玄真『チエツー、馬鹿にしてゐる。さうするとお前は俺の威力に恐れて、心ならずも服従してゐたのだな。そして時々情欲の炎を消すポンプに使つてゐたのだらう』 ヨリコ『貴方のポンプは人並勝れて馬並でしたよ。併し乍ら其お蔭でウツトコの孔口が拡大し、東経百度、北緯二百度といふ大竜門洞が形作られたのですもの、ホツホヽヽヽ』 玄真『エー、お前は男子を嘲弄するのか』 ヨリコ『ホヽヽヽさうです共、聖人の言葉にも、長老を敬へといふぢやありませぬか。所謂、貴方に対して嘲弄するのは結局敬意を表してゐたのですワ。それに時々女の腐つたやうな、チヨロ臭い泣言を仰有るのを聞く度毎に、胸がムカムカ致しましたよ。和尚の屁は長老臭いといひますからね。時々丸で水の中で屁をひつたやうな、掴まへ所のない計画をしては失敗をなさるのだもの、カラツキシ信用がおけないぢやありませぬか』 玄真『あーあ、大変な女帝様を女房に持つたものだなア』 ヨリコ『コリヤ面白い、妾を女帝様と云ひましたね。敬ひ過ぐれば礼を失するとか申まして、貴方は妾に対し、軽侮嘲笑の的として厶るのでせう。併し乍ら愚弄的にもせよ、軽侮的にもせよ、女帝といはれた其言霊は、妾に取つては身魂相応、実に感謝致します、ホツホヽヽヽ』 シーゴー『コレコレ女帝さま、大変な馬力ぢやありませぬか』 ヨリコ『ハイ、馬力所か、象力ですよ。大象も女の黒髪一筋にて曳かれると云ふぢやありませぬか。男子は馬力、之を詳説すれば馬鹿力と云ひ、女は所謂象力です。象は憎に通じ飽く迄男子を憎悪して居つても女子の精神を知らず、俺に惚てゐるに違ないと大変な馬鹿力を出し象憎悪しくも、主人面をさげて納まり返つてゐるのが世間一般の男子の病患ですワ。本当に男子といふ者は憐れな代物ですよ。ホツホヽヽ』 シーゴー『これは怪しからぬ、天下無双の勇士二人を手玉に取つて罵詈嘲弄を擅にし、絶対無限な侮辱を与へるとは言語道断な代物だ。キツト敵を取つて上げますから、其覚悟をなさるが可からう』 ヨリコ『ホヽヽヽヽお気に障ましたら、御免下さいませ。此女帝は世間普通一般のガラクタ男子に対し、万丈の気焔を吐いた迄です。貴方のやうな男の中の男、天晴偉丈夫に対しては例外ですワ。私、実の所はシーゴー様が本当に好きなのよ、ねー、シーゴー様、頭に純白の雪を頂き乍ら、其艶々しいお面、之が世の所謂白髪童顔とでも申しませうか。丸つ切り劫を経た狒々公のやうですワ。ヒヽヽヽ』 シーゴー『これはしたり、怪しからぬ女帝のお言葉、益々以て八尺の男子を、讒誣嘲笑なさるか』 ヨリコ『滅相もない、ここに玄真坊様がゐらつしやるぢやありませぬか』 シーゴー『エヘヽヽヽヽヽ、褒めたり、くさしたり、上げたり下ろしたり、何が何だかチツトも訳が分らない。瞹昧模糊として竜の如く霞の如く、吾々の馬力では到底其首尾を捕捉することは出来ぬワイ、エツヘヽヽヽヽヽ』 ヨリコ『妾は其白髪童顔が大変に気に入つてますのよ。大政党を率つれ、平民大臣として時めきわたり遊ばす大資格が備はつてゐるのですもの。併し乍ら用心なさいませよ。停車場や人ごみの中を、何時中岡艮一が現はれるか知れませぬからね、オツホヽヽヽ』 シーゴー『未来における自転倒島の総理大臣とは縁起が可い。併し乍ら刺客に会ふ事丈は真平だ』 ヨリコ『そらさうです共、古今無双のナイスに惚れられて、其上権力は天下に並びなく、酔ふては眠る窈窕美人の膝、醒めては握る堂々天下の権……と酒の機嫌で唄つてゐると、そこへキツト刺客が現はれやうまいものでもありませぬよ。恋の仇とやらいふ曲神が現はれましてね』 シーゴー『其刺客といふのは、一体どんな奴だ』 ヨリコ『ホヽヽヽヽヽ、此処では一寸差支ますが、ゲのつく色男さまですよ。御用心なさいませ』 玄真『コリヤ、女帝何といふ暴言を吐くのだ。亭主を馬鹿にするのか。モウ今日限り、貴様のやうな気の多い不卓腐れには暇を遣はさぬワイ』 ヨリコ『ホヽヽヽ、あのマア妙な面ワイの、丸つ切り古狸の化け損つたやうだワ』 シーゴー『何時迄も女帝さまに嘲弄れて居つても事務が進捗せない。サア、之は之で切上げて、本問題の討議にかからうぢやないか。なア玄真坊』 玄真『左様で厶います。女帝は女帝として、雲深く祭り上げておき、親分さまと私と肝胆相照らし、唇歯輔車的関係を益々密接にし、空前の大業につき最善の方法を協議致さうぢやありませぬか』 シーゴー『よからう。併しヨリコさまに居つて貰つちや聊か憚るやうだ。失礼ながら御退席を願ひませうか』 ヨリコ『ホヽヽ頓馬野郎許りが首を鳩めて、何程メートルを上げたつて、馬力をかけたつて、到底碌な相談は纒まりますまい。今日迄の貴方等の御手腕は念入りに拝見さして頂いて居りますワ。……女賢しうして牛売り損ふとやら、或は女子と小人は養ひ難しとやら、七人の子はなす共、女に大事をあかすなとやら、女は嫉妬の権化だとか、悪魔の化身だとか、婦女子の言信ず可らず……とか今時の男子は自分の馬鹿を棚に上げて、交際場裡の花ともいふべき婦人に対し冷笑軽侮を以て迎へてをりますが、女だつて、さう捨てたものではありませぬよ。本当の英雄は女にあるのですからなア。よく考へて御覧なさい、釈迦も孔子もキリストも皆女の玉門から吐き出されたものぢやありませぬか。妾がここに居りまして、お邪魔になるとは聞えませぬよ。実の所を云へば、表面貴方等に親方様……とか、御主人様とかいつて面従して居りますが、うしろ向いては舌を出し、……取るに足らない、腑甲斐ない、ケチな野郎だなア……と、何時も子供扱にして居るのですよ。どうですか、貴方等、妾を智慧の宝庫として尊重し、此大望を成就する考へは厶いませぬか。馬鹿野郎や、下司の智慧で到底天下は取れませぬよホヽヽヽ。雑言無礼の段御勘弁を願ひます』 と傍若無人なヨリコ姫の言葉に、さしも兇悪なる二人は呆れ果て、少時言葉も出なかつた。 ヨリコ『ホヽヽヽヽヽ大胆不敵の女と思召すでせうが、此位な事で驚くやうな貴方等なれば最早取るには足らない、目なつと噛んで死んだ方が、余程男らしいですよ』 シーゴー『イヤ、女帝様、今日から貴女の部下にして下さい。キツト御命令に服従致します』 ヨリコ『決して間違はありますまいな』 シーゴー『バラモン男子の一言は岩石の如く動きませぬ』 ヨリコ『宜しい、そんなら今日から女帝の部下ですよ。今迄は親方々々と尊敬してゐましたが、今日からはシーゴーと呼びつけを致しますから、其お覚悟をなさいませ』 シーゴー『ハイ、一切万事、徹頭徹尾、絶対服従を誓ひます』 ヨリコ『ホヽヽヽ、善哉々々。コレコレ玄真さま、お前は何うする考へだい』 玄真『お前が大親分になつて、シーゴーさまを乾児とした以上は、俺はお前の夫だ。お前の地位が高まると共に俺の地位も高まるのが当然の帰結ぢやないか。馬鹿な質問をするものぢやないワ、アツハヽヽヽヽ』 ヨリコ『ホヽヽヽヽ何時迄も虫のよい、唐変木だこと、物が分らぬと云つても、余りぢやないか。最前からの女帝の言葉にチヨコチヨコと現はれてゐるのが、お前さまは気がつかないのかい。最早今日となつては、ヨリコ女帝の部下ですよ』 玄真『コリヤコリヤ女帝、まだ三行半を渡した事もなし、さうお前の方できめて貰つても此方の方に承諾はしてゐないぢやないか』 ヨリコ『三行半も四行半も要りますか、承諾も妾宅もあつたものですか。お前もモチツと勉強して此女帝をへこます丈の実力が具備したならば、再び夫婦になつて上げませう。それ迄は夫婦たる権利は撤回しますよ』 玄真『コレ、シーゴーさま、あんな事を言ひますワ、チツと可い挨拶をして下さいな』 シーゴー『エー、君、断念し玉へ、君の夫婦は提灯に釣鐘だ。到底智慧と云ひ、力といひ、不相応な夫婦の関係は永続は難かしいよ。それよりも一層の事、此女帝を謀師とし、日頃の大望を成就させようぢやないか。女帝の承諾もなしに形式的の夫婦だなんて愛のない夫婦関係は険難だよ。最前も女帝が言つただらう、……幾度も幾度もこの頓馬野郎、寝首をかいてやらうと思つたか知れぬ……との御託宣、あれを聞いた時や、俺も体内地震が勃発したよ。本当に腕の凄い、豪胆な女帝様だ、モウ諦めて了へ。それよりも沢山な乾児に命じ、世界の美人を誘拐して来て、選り取り見取り、不義の快楽に耽つた方が何程男らしいか知れないよ。ヨリコ女帝許りが女ぢやあるまいし、男子はモウ少し心を広く持たないと駄目だよ』 玄真『エー、仕方がない、思ひ切つて、夫の権利を放棄します。どうか女帝様、今日只今よりシーゴーの親分同様に可愛がつて使つて下さい』 ヨリコ『ヨシヨシ、シーゴーは左守、玄真は右守、三位一体となつて、天下の経綸を行ひませう』 茲に二人はヨリコ姫に絶対的権利を賦与し、いよいよ大陰謀の計画にかかる事となつた。密議の次第は次章に於て明かになるであらう。 オーラ山の醜の嵐の強くして 四方の草木は悩み伏しなむ。 女てふものの強きを今ぞ知る 醜の曲霊のまつらふみれば。 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 66_巳_オーラ山の山賊 08 神乎魔乎 第八章神乎魔乎〔一六九〇〕 美の化身、愛の権化、善の極致、真情の発露にして平和の女神と渇仰憧憬さるる天成の美人も、一度霜雪を踏み激浪怒濤の中に漂ひ、あらゆる危険と罪悪との渦に巻かれて、其精神内に急激なる変調を来した時は、忽ち鬼女となり悪魔となり、竜蛇となり国を傾け城を覆へし、あらゆる男子の心胆をとろかし、男子の稜々たる気骨も、肉離れのする所まで魔の手を伸ばすものである。実にも女は外道の骨頂、鬼畜の親玉、悪魔の集合場、暗黒無明の張本となつて天下を混乱し、あらゆる害毒を流布するに至る。彼ヨリコ姫は梅花の唇、柳の眉、鈴をはつたやうな眼、白い顔の中央に、こんもりとした恰好のよい鼻、白珊瑚の歯の色、背は高からず低からず、地蔵の肩、ふつくりとして恰好のよい乳房、滑らかな玉の肌、髪は漆の如く瑠璃の如く黒き艶を腮辺に放ち、象牙細工のやうな手首、指の先、瑪瑙のやうな爪の色、歩行する姿は春の花の微風に揺れるが如く、縦から見ても横から見てもどこに点の打ち所のない嬋娟窈窕たる傾国の美人であつた。彼はタライの村の吾家にある頃より、その美貌が災して、あらゆる男子に恋の矢玉を集中されたが、彼ヨリコ姫の意思に合つた賢明にして勇壮なる男子の本領を具備した恋人が見付からなかつた。さうして彼は蜥蜴面、蛙面、閻面、南瓜面、瓢箪面、瓜実顔、茄子のやうな黒い顔等の悪性男に包囲攻撃され、日夜男子たるものの弱点を知り、嘔吐を催す思ひに十六の春より三年の光陰を味気なく情けなく感じつつ暮してゐた。世の中の男子と云ふ男子は一人として碌なものはない、一寸見ては才子と見え勇者と見え、或は人情深き有徳者と見え、間然する所なき男の中の男だと世の誉を専らにする男子に接して見ても、その魂を包んだ肉体と云ふ表皮を破羅剔抉して精神のドン底を洞察すると、何れも悪臭蝟集して恰も塵捨場の如く、糞尿の堆積せるが如くに感じ、恋てふものの到底、完全に味はふべからざる事を知つた。彼ヨリコ姫は比較的他の女に比べて理智に富んでゐた。凡てが男性的であつた。それ故なまめかしい香油の香や白粉の香で、ごまかして居るハイカラ男子を見ては蛇蝎の如くに忌み嫌うた。さうして男子てふものの卑怯さ、腑甲斐なさ、女に対して無力なる真理を悟つた。彼は如何にもして自分に勝る逞しい、雄々しい男子と結婚して見たいとの念慮を離さなかつた。 時しもあれ、バラモン教の修験者玄真坊なるもの、荒風吹き捲くる或日の夕、門口に立つて一夜の宿を乞うた。彼ヨリコ姫は戸の節穴より修験者を垣間見れば帽子を深く被つて居るためその面体は確と分らねど、どこともなしに逞しい、男らしい男だと直覚した。そこで彼は心よく戸を開いて修験者を呼び入れ、いろいろと世の有様を徹宵して語り合ひ玄真坊の普通人とは異なり、どこともなく山気のあるに心を傾け、不満足乍らも……普通の男子に比ぶればチツトは男らしい処もある、盈つれば虧くる世の習、到底明暗行交ふ世の中には、円満とか具足とか完全とか云ふ事は望まれなからう、エーままよ、此男と、母と妹にはすまないが共に手を携へ、吾家を抜け出し、一つ天下を驚かすやうな大賭博が打つて見たい。のるか、そるかだ、事の成功不成功は問ふ所でない。一度死んだら二度とは死なぬ。何事も死を決して断行すれば鬼神も避くるとかや、あゝ断行々々……と首肯き乍ら自分の方から玄真坊を口説き落し、あくる日の真夜中頃、両人手に手を執つて、十八年住みなれし故郷を後に、彼方此方と漂浪ひ乍ら、遂に十八才の暮、此オーラ山に立て籠り大陰謀実行の第一歩を進めんとしたのである。 彼女は時期の至るまで表面に柔順と貞淑を粧ひ豺狼の心を深く胸に包み、おひおひ月日が経つに従つて、鼻持のならぬ香を感じて来た玄真坊に、表面あらゆる媚を呈し、夫婦となつて時の至るを待ちつつあつた。彼は、もはや、躊躇すべき時に非ず、シーゴー坊や玄真坊の部下に集まる三千人の悪党輩を利用してトルマン国を吾手に入れ、バルガン城を根拠として月の国七千余国の大女帝となり、驍名を天下に輝かさむ事を日夜神に祈つてゐたのである。それ故彼は今迄塗つて居た金箔を剥がし生地を表はして、シーゴー、玄真の二巨頭に向ひ思ひきつた言動に出たのである。果して二巨頭は彼の大胆不敵なる言と、其度胸に心胆を奪はれ、旭に霜の当つて消ゆるが如く、もろくも彼が前に甲を脱ぎ、彼を女帝と仰ぎ謀主となし、遂に幕下となる事を甘諾したのである。 シーゴー『女帝様、吾々が日頃の望みを遂行する為には、如何なる方法手段をとれば、いいでせうか。御指導を仰ぎ度いもので厶います』 ヨリコ『お前達両人は妾の言に背きはせないか。まづ、それから定めておかう』 シーゴー『今となつて何しにお言葉に背きませう』 ヨリコ『よしよし、玄真坊は如何だ』 玄真『私もシーゴーと同意見で厶います』 ヨリコ『そんなら、妾が空前絶後の大計画、神算鬼謀の奥の手を教へてやらう。先づ当山に古くより祀られある天王の社を策源地と定め、玄真坊は表面天より降りし救世主となり、シーゴーは三千の部下を統率し、妾は天より降りし棚機姫の化神となつて天下の万民を誑惑し、まづ第一に挙兵準備のため金品、糧食、軍器を徴集する事に着手せねばならぬ』 シーゴー『成る程、先立つものは金銭と糧食と武器で厶います。それを無事に蒐集する方法は如何致したら宜しう厶いますか』 ヨリコ『先づ玄真坊は天来の救世主と揚言し、当山の有名なる大杉の上に、日夜天の星下つて救世主の教を聞くと遠近に触れ廻はり、ギャマンの中に油を注ぎ、之に火を点じ、昼の中より杉の木の梢に十五六ケ計り火を点じ遠近の民を驚かせ、天王の社を信仰の中心と定めるのだ。一方シーゴーは数多の部下を使役し、あらゆる富豪の家に忍び入り、美人を奪ひ帰り、当山の天然岩窟に幽閉し置き、而して後、シーゴーは救世主玄真坊の高弟と称し、娘を奪はれし家々に修験者となつて立ち現はれ頻りに宣伝をなし、幸に之を信じて来るものには天地八百万の神を招待し、神助を願ふため、信者の財産の高に応じ一戸につき金子五十両乃至五百両、之に加ふるに穀物は一俵乃至百俵を神に献らしめ、夜の間に、オーラ川の谷間に鉄線を通じ、滑車を以て谷底に輸送し、数多の部下は沢山の運送船を造り、米麦は船にて八里の下流ホーロの谷間迄輸送しバルガン城攻撃の時の糧食に宛て妾は天王の社に身を潜め、迷信深き愚夫愚婦に神託を伝へ、出師の準備を致さうではないか。これに勝したる巧妙な手段はあるまいと思ふ。両人、吾神策には恐れ入つたであらう』 シーゴー『成程、水も洩らさぬ御計画、いや、もう感心仕りました。オイ玄真坊、知識の源泉たる天来の女傑、到底吾々の及ぶ所ではない。どうだ、お前も感心しただらうのう』 玄真『イヤ、もうズツト感心した。それでは一つ大芝居にとりかからう』 之よりシーゴーは谷間の大木を伐り倒し、沢山な舟を造り、兵糧運搬の用に供すべく数多の部下を使役して、昼夜兼行して舟の建造に着手し、玄真坊は大杉の木に縄梯子をかけ、ギヤマンのランプを樹上高く輝かすことに苦心した。 附近の村民はオーラ山の大杉の木に、夜な夜な燦爛たる光のとどまり輝くのを見て何れも不審の眉をひそめ、日の暮るるを待つて村人が花火を見る如くワイワイと囃し立て、種々雑多の批評を下してゐた。シーゴーは三千の部下の中より力の強い気の利いた奴を百人斗り選み、遠近の村落に放ち、あわよくば直接金品を奪ひ、或は富豪の娘を掻攫ひ、密にオーラ山に連れ帰り数多の天然岩窟に押込めおく事にとりかかつた。遠近の村民は盗賊横行し、娘や妻を奪はれると云ふ噂が、それから、それへと伝はり、何れも夜分になると戸を鎖し、遂には樹上の梢の光を見物するものもなくなつた。シーゴーは修験者に化け済まし、遠近の村落を、 シーゴー『諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽、本来無東西、何所有南北、迷故三界城、悟故十方空、生者必滅、会者定離、南無波羅門帝釈自在天、帰命頂礼謹上再拝』 と錫杖を振り乍ら村々の目星しき門戸に立つて順礼した。この宣伝は大に効を奏し、何れも戦々恟々として悲歎の淵に沈む人は、オーラ山の救世主を頼り一切の災厄を免れむ事を希求するに至つた。シーゴーは部下を修験者に仕立て遠近を巡錫せしめ、 『オーラ山には天来の大救世主出現し玉ひ、山河草木、禽獣虫魚は云ふも更なり、万有愛護の教を垂れさせ玉ひ、遂には天地の神明もその徳に感じ、夜な夜な救世主のまします珍の聖場の傍に立てる大杉の梢に天降り、燦爛たる光明を放ち救世主の教を聞かせ玉ふ。前古未曽有の瑞祥なり』 と言葉巧に宣伝をしたので娘を失ひしもの、妻を失ひしもの、病に苦めるものは、吾も吾もと先を争ひオーラ山の救世主に面会せむと、蟻の甘きに集ふが如く参詣する事となつた。 今迄人跡さへ絶えたるオーラ山は救世主出現ありとの評判に、老若男女の嫌ひなく金銭、物品、穀物は云ふも更なり、家の重宝として保存しありし、槍薙刀等の武器迄も神器と称して奉納する事となり瞬く間に穀物の山、矛の林が築かれた。玄真坊は処狭き迄集まり来る人々に向ひ、大杉の大木を小楯にとり、さも鷹揚なる口調にて、 玄真『汝等一切の衆生、善男善女、吾教ふる言を聞け。吾は父なく母なく天を以て父となし地を以て母となす宇宙唯一の天帝の再来なるぞ。先づ吾を信ずるものは躄は立ち、盲は明りを見、聾は聞き、癩病は清まり、身体壮健にして無限の長寿を保ち、富貴繁昌し、死しては天国に上り、百花爛漫芳香馥郁たる天国の楽園に無限無極に歓喜の生涯を送り、求めずして百味の飲食を給せられ、不老不死なるべし。汝等かかる美はしき天国に至らむ事を望まば吾救世主の言を聞け。汝等が花婿をとり、花嫁をとるにも、相当の結納が要るだらう、金銭なり、物品なり、箪笥、長持、旗、指物、武器等は嫁入りに要する肝腎要の結納なるべし。汝等天国の楽園に至り天人と結婚をなし、平和の生涯を永遠に送らむとせば、先づ神の御前に結納金を献上すべし。金銀珠玉米穀その他あらゆる武器を天帝の化神たる吾前に奉り、永遠無窮の幸福を得よ。汝等の知る如く、吾を天帝の化身として久方の天津空より天の星下らせ玉ひ、吾徳を慕ひ、吾説法を聴聞し玉ふ。その証拠には毎夜この神木に星光燦爛たるを見るならむ。決して疑ふ事勿れ。怪しむ事勿れ。疑は信仰の門を破り、疑は地獄を造り、暗黒を作り、滅亡を招くものぞ。愛善なる神に対するには愛と善を以てせよ。信真なる神に対するには信と真とを以てせよ。神は相応の理に住し玉ひ、内面外面共に汝等の行為を調査し玉ふ。神の愛するは即ち吾身を愛し吾家を愛し、国土を愛するの謂ひなり。疑ふ事勿れ。善男善女よ、一切の衆生よ、帰命頂礼神道加持、謹上再拝々々々々』 日々集ひくる愚夫愚婦に対し、右の言葉を繰返し、鼻をすすらせ嬉し涙をこぼさせ軍資の蒐集に心力を注いでゐた。さうして大切な娘や妻を紛失したるものに対しては特別の祈祷と称し、沢山の金品を献納せしめ、ヨリコ姫の贋棚機姫が忍び居る天王の社に伴ひ行き、神勅を受けしめつつあつた。何れも深山の事とて朝は夜明け頃より参来集ふものあれども、玄真坊の託宣により、七つ下れば一人も残らず此山を下らせた。その理由は、 『七つ時以後は天神地祇八百万の神、毎夜下り玉ひて、天下救済の為に玄真坊の説法を聞かせ玉ふ。それ故智慧証覚の劣れる凡人は遠慮すべし。万一強ひて止まらむとするものは神罰忽ちに至るべし』 と脅威し、信徒の帰り去つた後は、あらゆる美味を食ひ、酒を飲み、ヨリコ姫を真中にシーゴー、玄真坊は三つ巴となり、その他の頭分は傍に侍して暴飲暴食に舌鼓を打つて居たのである。 ヨリコ『シーゴー殿、随分お骨折と見えて、非常な効果が上りましたよ。世界の愚夫愚婦共は蟻の如くに集まり来り、沢山な金銭物品を此きつい山も顧みず送つて来るやうになつたのは全くお前のお骨折だ。此調子で六ケ月も続いたならば、最早兵糧は心配は要らぬ。仮へ十万の部下と雖も、容易に養ふ事が出来るだらう。汝の天晴な働きはまさに勲一等功一級だよ』 シーゴーは得意な顔してさも嬉しさうに、 シーゴー『不束な吾々の微弱なる働き、女帝様のお褒めに預りまして身に余る光栄で厶います。尚此上は粉骨砕身、犬馬の労を厭ひませぬ。どうか大望成就の上は宜しくお引立をお願致します』 ヨリコ『そんな事は、言はいでも分つてゐるよ。お前は妾の右の腕だ、腕なしには働きは、どんな英雄だつて豪傑だつて出来はせないよ。乾児あつての親分、親分あつての乾児だ』 シーゴー『エヘヽヽヽ有難う厶います、鹿猪尽きて猟犬煮らる……と云ふ様な惨めな目に合はしちや、いけませぬよ』 ヨリコ『ホヽヽヽヽ何れ悪党と悪党との結合だもの、それも保証の限りではなからうよ、ホヽヽヽ』 玄真『女帝様、私の働きはどうで厶いますか』 ヨリコ『お前の働きは又格別だ。何と云つても天帝の化身だからね』 玄真『どちらの功績が大きう厶いますか。それを聞かして頂かないと、ネツカラ励みがつきませぬがな。そして競争心が一向起りませぬがな。凡て物事は競争によつて進歩し発達するのですからな』 ヨリコ『お前は左の手だよ。右の手も必要なれば左の手も必要だ。お前等両人は何れも兄たり難く弟たり難しと云ふ間柄だ。決して手柄に甲乙はない。妾の手柄はお前等二人の手柄、否部下一同の手柄、お前等初め部下一般の手柄は妾の手柄、上下一致不離不即の鞏固の関係が結ばれてゐるのだ。何れも協心戮力して印度統一の為に活動して下さい。今日は部下一般にも祝の酒を与へたがよからうぞよ』 シーゴー『ハイ、承知致しました。部下も喜ぶで厶いませう』 かかる所へ小頭のパンクと云ふ男、恐々現はれ来り、三人の前に両手を突き、 パンク『お頭様に申上ます。大変な事が起りました。どうかシーゴー様にでも来て貰つて取押へて貰はなくては、到底パンクの腕では解決がつきませぬ』 ヨリコ『パンク、どんな事が起つたのか』 パンク『ハイ申上兼ねますが部下共が食糧の事について叱事を申し、もうお暇を貰つて国に帰り正業につくとか申しまして二百人斗り同盟軍を組織しました。成るべく、こんな内輪揉めはお頭に聞かし度はありませぬが、もう駄目で厶います。彼等の主張する所によれば、お頭や頭株は百味の飲食に舌鼓を打ち、俺たちは高梁や炒米の味ないものに甘んじ菜葉斗り食はして、骨から肉離れがして、到底動けないから帰らう帰らうと云つてゐるのです』 ヨリコ『成る程、それも尤もだらう。これシーゴーさま、一時も早く今、妾の云つた通り酒を一般にふれまひ、かう沢山集まつた御馳走に舌鼓を打たしてやつて下さい。獅子、狼、虎、山犬等も腹さへよけりや人に噛みつかぬものだから、ホヽヽヽヽ』 シーゴーはパンクと共に谷底の部下の集団を目がけてヨリコの命を伝ふべく縄梯子に乗つて下り行く。 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣北村隆光録)
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霊界物語 66_巳_オーラ山の山賊 09 谷底の宴 第九章谷底の宴〔一六九一〕 オーラ山の谷間には蒼味だつた水が、可なり広い流れをなして静に流れて居る。これより七八丁上に登ると非常に嶮しい滝の如き水流であるが、最早此地点は水の流れも緩やかにして底も深く、深い池水のやうな調子である。この河には新旧数多の船が無数に浮かべられ運搬用に供されて居た。日々四方より持ち運び来る物品を鉄線と滑車との作用によりて、天王の森の祠の床下から逆落しに谷間へ落し、之を船に満載してホールの隠れ家に送るのを乾児共の仕事として居た。沢山の乾児共は奔命に疲れ稍倦怠の気分を生じ、そろそろ食料の粗悪なるを憤り、二百名計り同盟脱退を謀つてゐた。三千の部下の七分通は各地へいろいろのよからぬ用務を帯て散らばつて居たのである。そこへシーゴーの親分株がパンクと共に、沢山の珍味佳肴や、豊醇の酒をつり下した。ニコニコしながらシーゴーは一同に向つて云ふ。 シーゴー『皆の乾児共、お前達には大変な骨を折らした。実に、女帝様を初め吾々幹部は感謝をして居るのだ。今日は幸い沢山のお供へ物があつたから、腹一杯美味佳肴を喰ひ、酒でも呑んで元気をつけ大活動をやつて貰ひたい。女帝様からも皆の者に宜しく伝へて呉れと仰有たぞ』 此声に一同は今迄の不平面は何処へやら、酒肴と聞いて恵比須のやうな顔になり、拍手の声は谷の木魂を響かせ、雷の落つる如き勢であつた。 パンク『オイ、皆の奴、お前達やアブツブツと不平を漏らして居たが、女帝さまだつて親分さまだつて、お前達の苦労はよく御存じだ。今日は女帝様の思召で、見た事もないやうな御馳走を頂くのだから、感謝したらよからうぞ』 甲『オイ、パンクさま、お前の骨折で久し振で結構な飲食にありつくのだ。毎日日日粟や黍で口腹を満たして居ても、骨離れがしさうで思ふやうな活動が出来なんだが、かう結構な油をさして貰へば、機関が円滑に運転するだらう。女帝さまに宜しく申して呉れ。一同を代表してお礼を申しておく』 パンク『ヨシヨシ、キツト伝へて置かう、女帝様もお前達の機嫌の好い顔を御覧になつたら屹度満足なさるだらう。シーゴー、玄真坊様の親分も御満足なり、俺達も満足だ。貴様達も大いに満足だらうアハヽヽヽ』 と笑ひつつ女帝の居室を指して急阪を登り行く。鯨飲馬食の宴は無雑作に開かれた。酒がなければ悄気返り、青い顔をしてブツブツ不平を漏らし、酒に飲ひ酔ひ腹が充つれば又もや怒つたり、泣いたり叫喚いたり擲り合をしたり、何うにもかうにも始末におへぬガラクタ計りが集まつて居るのだから、容易な事で統御は出来ない。泥棒の親分になるのも嗟又難い哉である。そろそろ酔ひが廻り出すと彼処にも此処にも濁りきつた言霊戦が開始された。 甲『オイ皆の奴、好い加減に喰うとかぬか、何だ、アタ嫌らしい、チヨンチヨンと舌打ちをしやがつて、おまけに皿を嘗めたり箸を舐ぶつたり、まるきり乞食の所作ぢやないか、エーン、卑しいものだなア。オーラ川の杭ぢやないが、大食の長食とは貴様等の事だ。褌の河流れで、食ひにかかつたら離れぬと云ふ代物だからなア。餓鬼みたやうな奴と行動を共にするのは、本当に情ないわ。チヨツ嫌になつて了ふ』 乙『ナヽヽ何だ、何が卑しいのだい。苟くもオーラ山の山寨に割拠するヨリコ女帝様の吾々は輩下だ。まるで塵埃を箒で掃くやうな事を吐すと此方にも了見があるぞ』 甲『アハヽヽヽ、その了見を聞かして貰はうかい』 丙『(浄瑠璃)計略と云ひ義心と云ひ、かほどの臣を持ち乍ら、了見もあるべきに、浅き企みの塩谷殿、今の忠義を戦場の、御馬前にて尽さばやと、思へば無念に閉ぢふさがる、胸は七重の門の戸も、漏るるは涙計りなり、ジヤン、ジヤンジヤン、アハヽヽ。オイ甲、乙、歌でも謡つて機嫌を直したらどうだ。結構な酒を頂いて小言を云ふと云ふ事があるものか、冥加知らずの奴だなア。女帝様のお志を何と心得て居るんだ』 甲『エー、何を吐しやがるのだ。女帝の志が聞いて呆れるわ。自分が計略をもつて愚夫愚婦の懐中を捲あげ、そして俺達に振舞つてやるのなんのとはおとましいわい。自分が汗膏を流して造つた飲食でもあるまいし、譬て言へば此川の中に入つてお前と俺とが水を浴びて居る時、其手許から水を掬つて俺の口へ入れて呉れたやうなものだ』 丙『そんな水臭い事を云ふない。女帝様に聞えたらどうするのだ』 甲『聞えたらどうだい。何奴も此奴もそつと物した物を、俺達にものして呉れる丈の事ぢやないか。いつも俺達に働かして其上前をとり、大将然と構へて居るのだから、地部下の俺達は耐らないわ。たまに酒の一杯や二杯呑まして呉れたつて恩に着る理由もなし、又恩に着せる理由も無いのだ。つまり、要するに、結局俺達が物して、来た物を俺達が喰うやうなものぢや。部下に命掛けの仕事をさして置いて、自分は高い所にとまり、吾々を頤で使ひ、女帝だの何のとほんとに忌々しいぢやないか。鰌か何ぞのやうに俺達の不平の虫を酒で殺さうと思つたつて、そんな奸策に乗る奴があるか。俺や酒を呑めと吐しやがつた時にや、腹の中の癇癪の虫がグルグルと喉元で鳴りやがつて、手を出しよつたのだ。アタ味なくも無い酒を滅多矢鱈に強られて、俺だつて耐つたものぢやない。其辺の山も木も岩も草も、天手古舞をさらすなり、俺の体は宙に捲き上げらるるなり、本当にひどい目に合はすぢやないか。エヽ怪体の悪い、もう之から酒などは一杯も呑んでやらぬわい、とは云はぬわい』 乙『エヘヽヽヽ、何だか知らぬが、俺は結構な酒に酔ひ、脂肪濃い御馳走に預かつて何とも云へぬ気分だ。併し乍ら脂肪気の多い食物は些ひつこいな』 丙『さうだ一寸ひつこいはひつこいが、併しひつこう甘いぢやないか、俺はもうグンドサが破裂しさうだ。どうれパサパーナでもやつてこうかな』 と言ひ乍ら立ち上らうとして目が眩み、又もやドスンと其場に腰を下ろした。 甲『何だ其態ア、腰も何も脱けて居るぢやないか』 丙『何、今御輿を下ろした所だ。併し乍ら、かう足の立たぬ所迄結構な酒肴を頂いて、精神正に恍惚とし、天国に遊ぶやうな気分になつたのも、皆女帝様のお蔭だよ。よく考へて見よ、シーゴーの奴が大親分として威張つてけつかつた時は自分計り喰つて、手下の奴には酒一杯も飲めとは吐しやがらなかつたぢやないか。ヨリコ姫様が大親分に取つて代られてから、直様かふいふ結構な御馳走を下さつたのだ。それを思へば今度の女帝様は、吾々に対する慈母だ。拝み奉らぬと罰が当るぞよ、バヽ罰が……』 甲『何、さう有難がるには及ばないわ。あいつ等は鮟鱇に海月に鰐の集合団隊だから、終の果には吾々をよい食物にしやがるのだ。それだから俺が最初に、もう脱退しようと云つたぢやないか』 乙『三人の親分が、鮟鱇だとか、鰐だとか海月だとか貴様は云ふが、一体鮟鱇と云ふのは誰だい』 甲『ヘン、分らぬ奴だなア、女帝が鮟鱇で、玄真坊が鰐でシーゴーの奴が海月だ。鮟鱇と云ふ奴はな、沼の底や海の底にじつと潜伏しやがつて、頭から細い細い糸の様な物を水面にニユツと泛かべ、其先に花とも虫とも分らぬやうな肉塊をつけ、いろいろの魚が好い餌があると思つて其肉塊を喰ひに往くと、チクチクと綱を手繰、自分の口に来た時にガブリとやるのだ。今の世の中にはこの鮟鱇に似たやうな奴が、女帝のみならず沢山居るよ。さういふ代物を称して鮟鱇主義の生活と云ふのだ』 乙『ハヽヽヽヽ、そいつは面白い。そして玄真坊の鰐の理由を聞かして呉れい』 甲『ヨシ、聞かしてやらう、何でも世の中に分らない事があつたら、俺に聞くのだな。抑鰐と云ふ奴は、体にも似合はぬ大きな口をしやがつて其口の中に木の片や枯枝なんかを一ぱい詰め、小魚どもがよい隠れ家があると思つて悠々と這入つて来る奴をソツと舌を出してグイグイと腹の中へ引つ張り込み、自分の腹を肥す奴だ。あの大杉の木の下に陣を構て、寄つて来る有象無象や、小雑魚などを引張り込むやり方と云ふものは、まるで鰐そつくりぢやないか』 乙『ウン成程、こいつは面白い、序に、シーゴー親分が海月だと云ふ因縁を聞かして貰はうかい』 甲『海月と云ふ奴は骨も無ければ、ロクに顔も無い奴だ。そして長たらしい尾を幾条も幾条も引きづりやがつて浪のまにまに漂ひ乍ら、俺達のやうな小雑魚を沢山に丸い笠の下に隠し、親分気取で保護して居やがるのだ。さうすると些計り大きな魚が、その小魚を取らうと思つて海月に近づいてくるのだ。さうすると海月の奴ぬるぬるとした紐でクルクルとしめつけ、頭から食うと云ふ代物だ。そこで小雑魚は海月の奴に守られ、些し大きな魚は海月の奴に喰はれるのだ。吾々だつて今は小雑魚の身分だから親分の傘下に保護されて居るのだが、些し大きくなつて頭を擡げて見い、屹度唯では置かない。親分だつて、これを思ふと前途闇黒になつて、嫌になつて仕舞ふわ。今の世の中は形式こそ変れ、こんな奴ばかりだ。海月生活、鰐生活、鮟鱇生活と人の云つて居るのは、大略右様のやり方をやる人間の事だ。エヽ怪体の悪い、折角呑んだ酒迄醒めて了つた。オイ乙、一杯俺につがないか』 乙『サアサア呑んだり呑んだり』 甲『オツトツトツトツ、こぼれるこぼれる。矢張酒の香は有難いものだなア。イヒヽヽヽヽ』 と肩を揺する。一方の方には泣いたり笑つたり怒つたり、廻らぬ舌の面白い歌が初まつて居る。 『オーラの山に鬼が出た出た出た出た出た鬼が出た このまた鬼の素性をば調べて見れば月の国 ハルナの都に蟠る妖幻坊の片腕と 羽振利かした曲津神玄真坊やシーゴーの 両親分に取りついてバルガン城をば占領し 天下を乱し人種を絶やして曲津の世の中に 転覆せむとの企み事さはさりながら俺も亦 今は曲津の御厄介百姓するにも道具なし 商売するにも資本なし肝腎要の妻も子も 親さへもなき吾々は一層気楽な泥棒業 元から悪とは知り乍ら食はず呑まぬが悲しさに 善の心を立直し悪魔の乾児となり下り 一寸先は暗の夜で其日々々を送るのだ バラモン教の教には人の物をば盗んだり 人を痛めておいたなら未来は地獄に落ちるぞと 聞いて居れども如何にせむ背に腹は替へられぬ ウントコドツコイドツコイシヨヨイトサノサ、ヨーイヤサだ』 甲『ダヽヽ誰だい、そんな大きな声で不穏な事を申すと、鮟鱇さまに申上げるぞ』 丁『ナヽ何だ。喧しう云ふない。俺や今日限り脱退するのだから、もはや女帝の権力も俺にや及ぶまい。云ひ度い事を云うて酒を呑まなけりや、日頃の欝憤が晴れないぢやないか、貴様は何時迄も鮟鱇に盲従する積りか、よい馬鹿ぢやなア、エヘヽヽヽ』 数多の部下は思ひ思ひの小言をつきながら、日の暮るる迄此谷間に酒に浸り、思はぬ睾丸の皺のばしをやつて居た。 (大正一三・一二・一六旧一一・二〇於祥雲閣加藤明子録)
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霊界物語 66_巳_オーラ山の山賊 20 真鬼姉妹 第二〇章真鬼姉妹〔一七〇二〕 サンダー、スガコの二人は玄真坊の強圧的恋の請求に手古摺つて居た処へ、又もや二人の男女が投込まれて来たのを見て、サンダーは思はず知らず『アツ』と叫んだ。女も亦サンダーやスガコの面を見て、『マアマア』と言つたきり、口を噤んだ。 梅公は洒蛙々々然として平気に笑ひ乍ら、 梅公『たうとう猿も木から落ちるの喩、オーラ山の大天狗も芝居のやり損ひをやつて、舞台から墜落し、名もない奴にふん縛られ、かやうな女護の島へ落込んで来た。何とマア不思議な事もあればあるものだ。人間万事塞翁の馬の糞とはよく云つたものだ。揃ひも揃うて絶世の美人、而し吾妻君は例外として……お二人の姫御前、貴方は何の理由あつて、かやうな所へ鎮座ましますのですかなア』 サンダー『ハイ私はコマの村のサンダーと申す者で厶います。この方は、タライの村のジャンクさまの娘でスガコ姫様で厶います。悪者に拐かされ、日々苦しい目に会はされてゐるのです。貴方は又何うしてこんな所へお越しになりましたか』 梅公はタライの村のサンヨに話を聞いて、花香を救はむとの決心を起した事や、ジャンクの家に泊つて、スガコ姫の行方不明になつた事、サンダーの失踪した事などを聞き、義勇軍に従ひ乍ら、どうしても此三人を救ひ出したいといふ真心から、師匠に別れて、私かにオーラ山へ向つて駒に鞭ち駆込む途中、花香の危難を救ひ、相伴うて当山に登り、大杉に攀ぢ、彼等が魔術の奥の手たる灯火を吹消し、天狗の声色を使ひ、化が現はれて、取つ捉へられた事などを、逐一話し聞かせた。サンダー、スガコの両人は此話を聞いて、感謝の涙に袖を搾り乍ら、 サンダー『見ず知らずの貴方様が、それ程まで吾々を助けようと思召し、御苦労下さいました事は、何とも御礼の申上げやうが厶いませぬ。実は私は、お聞及びでも厶いませうが、女に化けてゐますが、男で厶います。之なるスガコと夫婦となるべく、両親の許嫁で厶いますが、スガコの行方を尋ねむ為に当山へ参拝致し、今日迄玄真坊の為に閉ぢ込められて居つたので厶います。何卒御推量下さいませ』 と力なげに云ふ。 梅公『ヤ、それで何もかも判りました。ナアニ心配いりませぬ。こんな岩窟位、叩きわるかつて、朝飯前ですワ。モシモシスガコさまとやら、必ず心配なされますな。キツと私が救ひ出して上げますよ』 スガコ『ハイ有難う厶います。不運な身の上で厶いますから、貴方のお助けを頂かねば到底遁れる道は厶いませぬ』 花香『モシ、お嬢様、私はサンヨの娘花香で厶います。お嬢様が何者にか攫はれ、御行方が分らぬと云うて、村中の大騒動で厶いましたが、少時すると、バラモンの軍人が参りまして、私を掻つ攫へ、母に手疵を負はせ、ホラが丘の森林へ連れ込み、其所辺中を引きまはし、操を破らむと致しましたなれど、神様のお蔭によつて、漸く其難を免れ、最後に至つて今や辱られむとする所へ、此お方がお出下されましてお助け下さつたので厶います。因縁と申すものは妙なもので厶いますなア。私には一人の姉が厶いましたが、或夜のこと修験者と手に手を取つて、家を脱出し、最早三年にもなりますが、どうしてゐる事やら、皆目行方が分らぬのです。それに不思議な事には、あの玄真坊といふ男、何処かに見覚えがあるやうに思へてなりませぬ。暗がりでハツキリ分りませぬが、身体の格好といひ声といひ、どうも彼奴ぢやないかと思ふので厶います』 梅公『あーあ、話が理におちて気が欝いで仕方がない。どうです皆さま、二男二女がよつて此岩窟が割れるやうな声で歌でも唄つてやりませうか。私が……何なら歌ひますから手を拍つて囃して下さい』 サンダー『どうか御願ひ致します』 梅公はヤケクソになり、大声を出して唄ひ出した。 梅公『歌へよ歌へよく唄へ岩戸の唐戸の割れる迄 玄真坊は云ふも更シーゴーとかいふ親玉も 之に従ふ三千の泥棒の頭が割れる迄 歌へよ唄へよく唄へ歌うて器量は下りやせぬ 美人のまします岩の中ここは竜宮か天国か 丹花の唇月の眉月日に等しき目の光 こんなナイスと一夜さの宴をするのも面白い 酒はなけれど美人さへ前にゐませば満足だ 玄真坊奴が涎くり何だかんだと朝夕に 口説き立てたがザマを見よ肱鉄砲や後足の 砂の礫を浴びせられ口アングリと悄気返り 又もや天狗に肝潰し弱腰抜かした可笑しさよ ここの大将といふ奴は確にヨリコと云ひよつた もしや姉ではあるまいか花香の姉も又ヨリコ 同じ名前は世の中に沢山あれ共どこやらに 彼奴の声がよく似てるあゝ面白い面白い 神の仕組で此岩窟やつて来たのは天地の 神々様の御心だ早く此戸を開けてくれ 玄真坊よシーゴーよ一つの秘密を云うてやろ 何程心を砕きつつ天下を狙つて見たとこで お前の智慧では及ばない肝心要の救世主 此処に厶るを知らないか玄真坊やシーゴーの 腰抜身魂ぢや駄目だぞよ俺のいふ事分らねば 女帝のヨリコを招んで来い女帝であらうが何だろが 吾言霊の一節に言向和して見せてやろ 神は吾等と倶にあり吾等は神の子神の宮 いかなる曲の健びさへおめず恐れぬ神司 見違へするな早あけよスガコの姫や吾ワイフ 女に化けたサンダーさま揃ひも揃うて美しい 月雪花が待つてゐる俺は梅公宣伝使 どんな事でも聞いてやろ安全無事の神の教 こんな悪事が何時迄も続くと思つちや間違だ 早く改心するがよい女帝のヨリコを始めとし 何奴も此奴もやつて来て吾御前にひれ伏せよ 吾は救ひの神なるぞ天教山にあれませる 木花姫のみことのり神素盞嗚大神の 教を畏み月の国ハルナの都に出向ふ 尊き神の珍柱早くも迎へ奉れ 開けよ開けよ早開けよ開けるが厭ならブチ割ろか 吾言霊の神力にオーラの山も野つ原も 忽ちガタガタビシヤビシヤと顛覆させるは夢の間だ 俺の力が解つたら一時も早く開けに来い 最早夜明に近づいたあけて嬉しい玉手箱 竜宮海の乙姫が三人ここにまつて居る お面が拝みたうないのかい唐変木にも程がある あゝ惟神々々叶はぬからあけてくれ アツハヽヽヽヽオツホヽヽヽ』 と魔神の岩窟に閉ぢ込められたのを知らず面に笑つてゐる。 玄真坊は戸口にソツと耳を当て、様子を考へてゐたが……、 『梅公の歌の中に、どうやら今やつて来た女は女帝の妹らしい。コリヤうつかりしては居れない。又二人の女は女帝の妹が眤懇な奴と見える。あの天狗のマネをして失敗つた男は、妹の婿らしいぞ。何とかして大切に扱はねば、姉妹の対面が事実になつたならば、其時は俺もサツパリ、ワヤ苦茶だ。忠義を尽すは今の時だ。旗色のよい方へつく方が当世だ。シーゴーとは俺の方が、どうやら旗色が悪くなつたやうだ。今の内に勢力のある方へ加担するのが最善の行方だ……』 と独語乍ら吾居間へ帰り、酒や煙草や珍らしき果物などを持ち出し来り、面色を和らげて、 玄真『ハア、これはこれはお客様方、山奥の茅屋へ能くも御入来下さいました。何か差上げたいので厶いますけれど、御存じの通り不便の土地。これが私の力一杯の御馳走です。どうか精一杯おあがり下さいませ。私もヨリコ女帝様の御厄介になつてるツマらぬ男ですから、どうか、末永く可愛がつて頂きたう厶います』 梅公『ハイ有難う。思召しは受けますが、今はお肚が膨れて居りますから頂戴致しませぬ』 玄真『何かお腹立でも厶いませうかなれど、御機嫌を直して、私の心をおあがり下さいませ。メツタに天然の果物に毒などは入つて居りませぬから……』 梅公『それでも余り、気の毒だから、御遠慮致しませう』 玄真『滅相もない。気が毒になりましたら、箸で飯はくへませぬ。どうか、キの毒とか灰の毒だとか云はず、キ能うおあがり下さいませ。貴方方は水入らずの間柄と思ひますから』 梅公『水入らず…ではなくて、猫入らずかも知れませぬぞ、アハヽヽヽ。沢山な鼠賊が横行して居りますから。チツタ猫入らずも当家には買込んで厶いませうね』 花香『ア、お前さまは、三年前に吾家に泊り、姐さまを拐かしていんだ修験者ぢやありませぬか。マアマアマアマアよく似てる事……』 玄真『ハヽヽヽ、ヤ、実の所は其時にお前の内に泊つたのは私だ。何とマア大きくなつたね。どこともなくヨリコさまに似てるワイ。お母アさまも随分面立のよい人だつたが、お前さまも姉さまに劣らぬ美人だ。之も何かの因縁だらう。マア能う来て下さつた。お前さまが御姉妹と分つた以上、女帝さまに黙つてる訳にも行かぬ。之から一つ女帝様に申上げて来る。又何か御馳走をして下さるだらうから』 花香『一寸、玄真坊さまにお断へ致しておきますが、此凛々しい男らしい方は三五教の梅公別さまと云つて宣伝使ですよ。そして私の大事の大事の夫で厶いますから、大切に扱つて下さいや。私が姉さまの姉妹とあれば、ここの女帝さまの弟ですから、粗略な扱は出来ますまい、ホヽヽヽヽ』 と稍顔を赤くし、袖に隠す。 玄真坊は倉皇として女帝の居間に駆けつけ、声まであわただしく、 玄真『女帝様に申上げます。タヽ大変なお悦びが出来ました』 ヨリコ『大変なお悦びとは、どんな事が出来たのだえ』 玄真『ハイ、貴女のお妹御の花香さまが、お婿さまを連れてお出になつたのですよ。あの大杉の上から落ちて来た二人の男女が其方です。何と驚くぢやありませぬか』 ヨリコ『オホヽヽ、あのマア玄真坊殿の慌て方ワイの。妾は杉の木から落ちた時、已に妹だと看破してゐたのだ。仕様もない者がやつて来て、折角の仕組が破れはせぬかと心配してるのだ。而し妹と分つては手にかける訳にもいかず、同じ母の体内から出た、同じ血筋だから、何とかしてやらねばなるまい。そしてあの男は妹の婿らしいが、中々あれはシーゴーやお前のやうな弱虫ではない。グヅグヅしてゐると岩窟退治をやられるか知れませぬよ。併し打やつておく訳にも行くまいから、女帝自ら出馬して、姉妹の名乗をしてやりませう、ホヽヽヽヽ』 玄真『サ、お伴致しませう。エ、シーゴーの奴どこへ行きやがつたのだらう。右守司許り居つても、左守が居らなくちや、女帝様の権式が上らない。どつかへ潜伏してゐるだらう』 と呟いてゐる。シーゴーは次の間からヌーツと面を出し、 シーゴー『アハヽヽ、オイ玄真、何を慌てて居るのだ。もう斯うなりや、毒を以て毒を制する法を講じなくちや仕方がないよ。巧く宣伝使を抱込んで吾々の味方となし、女帝様の謀師と仰ぎ、俺達や一段下へさがつて、日頃の大望を成就することに努めねばなるまいぞ。女帝様に余り口を叩かしちや権威がおちるから、そこは能く心得てをるのだ。併し貴様は肝心の時になると、慌てるから、すぐに内兜を見透かされる。此談判の衝にはシーゴーが当るから、寧お前は沈黙を守つてる方が奥床しくてよからう。そしてサンダーといふお前の恋してゐた女は、コマの村の里庄の息子だ、一人は彼の許嫁のスガコ姫だ。主ある花を手折らうと思つたつて到底駄目だから今の中にスツパリ思ひ切つておくがよからう。妙な目遣ひをして貰うと俺達の面にかかる。第一女帝様の権威に係はる。エヽか、心得たか』 玄真坊はスツカリ恋の夢も醒め、豆狸が小便壺におちたやうな面をして膨れてゐる。此時一天を包みし黒雲は、折柄吹き来る山嵐に晴れ、大空は梨地色に星光燦爛として輝き初めて来た。吁惟神霊幸倍坐世。 (大正一三・一二・一七旧一一・二一松村真澄録) (昭和一〇・六・一七王仁校正)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 序文 序文 年の瀬も早近づいて町行く人の足許も、何となく忙しき大正十三年十二月二十九日、どんよりと曇つた天の下に、和知の流れを見おろし乍ら、崧然として一廓をなせる祥雲閣の離れの間に於て、北枕の西向、夜具の船に身を横たへ乍ら、昔の神代の物語、緑紅こき交ぜて織出す機の玉の糸、手繰り手繰りて述べて行く。筆執る者は、空前絶後の放れ業、高麗国を建設せむと、蒙古の原野に三軍を叱咤し右手に兵を率ゐ、左手にコーランを読誦し乍ら、英雄的大活動を演じたる調子外れの男、松村真澄を始め、日支親善の連鎖となつて、神戸道院に其敏腕を振るふ北村隆光、蒙古入に参加せむとして、資金の募集に東奔西走し、東京に出て乗馬の稽古をなし、遥に奉天迄出かけて種々の障害に会ひ、脾肉の歎を残して、心なくも帰国したる女豪傑加藤明子の三人である。本巻は何れも蒙古気分の漂つてゐる口述者や筆者の物したものだから、どこ共なしに英雄的気分を含んだ物語となつてゐるのは、止むを得ない道理である。 大正十三年十二月廿九日於祥雲閣
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 01 梅の花香 第一章梅の花香〔一七〇三〕 オーラ山の曲の企みも大杉の怪しき夜這星は神の伊吹に吹消され、一旦包みし木下暗、晴れては清き三千世界の梅の花香、峰の尾上を包みし黒雲もサラリと散りて、宇宙晴の大広原、真夜中の空には、宝石を鏤めた様な一面の星光瞬き、鬼の囁き、猛獣の健び、狐狸の鳴き声も虫の音も、ピタリと止まつて天地静寂、恰もふくらむだ庭の砂に、程々に水を打つたるが如く、一点の風塵もなく、雲霧もなし。微風徐に人の面を吹き、五臓六腑に静涼の気浸み渡る。諸行無常の鐘の声、是生滅法の杜鵑の啼く音、生滅々已の梟の叫び、何れも寂滅為楽の清浄界となり果てぬ。丹花の唇、木蓮の莟の如き鼻の格好、黒豆に露を帯びたやうな優しく床しく光る二つの眼、地蔵の眉、所在美の極、善の極、愛嬌を満面にしたたらして、心に豺狼の爪牙を蔵し、天下を掌握せむと、昼夜肝胆を砕いて、外面如菩薩内心如夜叉、羅刹悪鬼の権化とも譬ふべき山賊の大頭目、ヨリコ姫女帝は、梅公が口より迸る天性の神気に打たれて、忽ち心内に天変地妖を起し、胸には革新軍の喇叭の音響き、五臓六腑一度に更生的活動を起して、専制と強圧と尊貴を願ふ欲念と、自己愛の兇党連は俄に影を潜め、惟神の本性、生れ赤児の真心に立帰り、一身の利欲を忘れ、神に従ひ神を愛し、人を愛し万有一切を愛するの宇宙的大恋愛心に往生したのである。 斯くヨリコ姫が心に悔悟の花開き、愛善の果実みのり、信真の光輝と、慈味に浴したる刹那に於て、其真心は天地に感応し、天は高く清く澄み亘り、一点の雲もなく、七宝を鏤めたるが如き星の大空をボカして、見渡す東の原野より千草を分けて昇り来る上弦の月光、恰も切れ味のよい庖丁を以て、円満具足せる西瓜を真中より二つに手際能く切りわけし如き、輪廓の判然とした白銀の半玉、忽ち天地を照り輝かし、地上に往来する蟻の姿さへも明瞭に見えて来た。 白髪童顔の山賊の巨頭、修験者と化けすまし、三千の部下を使役し、豺狼の欲を逞しうし、ヨリコ姫を謀師と仰ぎ、大親分と崇め、大胆不敵にもハルナの都の大黒主を征伐し、印度七千余国の覇権を握らむと、霜の晨雨の夕、夢寐にも忘れぬ胸裡の秘密深く包んで、雲に聳えたオーラ山に立籠り、霧を帯にし、靄を被衣となし、木の葉のそよぎを扇の風と見做し、青空を天井と定め、草を褥となし、髑髏を仮睡の枕となし、虎狼獅子熊の肉を嗜み、阿修羅王の如く魔王の如く、時あつては彗星の如く、妖邪の気を四方に吐散らし、一本の錫杖に四海を征服し、心に秘めた魔法の剣に、諸天諸善を悩ませ苦しめ、吾儘を振舞ひ、天地を自由に攪乱せむものと、夢の如き、虹の如き蜃気楼の如き空中楼閣的妄念を抱いて、得々として、其無謀なる目的に心身を傾注したる、彼れシーゴーは、三五教の神司梅公が言霊に其心胆を奪はれ、五臓六腑の汚濁を払拭され、彼が神気に打たれ、心気忽ち一転して、夜嵐にそよぐ枯尾花の手振にも驚き慄ふ、いとも弱き落武者とならむとする一刹那、力と頼みしヨリコ姫の打つて変つた言行に、今は尚更反抗の勇気もなく、今迄包みし心天の黒雲はオーラ山の荒風に吹散らされて、心も清き上弦の月、忽ち大地に鰭伏して、其慈愛と温雅と清楚なる月神の美影に渇仰憧憬し、本然の性に立返り、悪魔は忽ち煙と消え、胸の奥深き所に神の囁きを聞き、其霊光に触れ、信真なる愛の情味に接し、全く別人の如く成り、白き長き彼れの髪は白金の色、益々艶やかに、其顔色は天上の女神かと疑はるる許り、純化遷善し、罪もなく穢もなく、一点の憎悪心もなく、欲望の雲霧もなし。只此上は天地神明の加護に依り、誠の道を踏み、誠の業を行ひ、戦々恟々として神を畏れ神を愛し、日夜心力を神に捧げむ事を希求するに至つた。 次に天来の救世主、天帝の化身、オーラ山の活神と揚言し、毒舌を揮つて天下万民を誑惑し、悪事の限を尽さむとしたる、奸侫邪智の曲者、玄真坊、天下唯一の色餓鬼、情欲の焔に苦められ、煩悶苦悩の結果、恥を忘れて獣畜の行為に及ばむとせし、偽救世主、偽予言者なる、彼れ売僧は、三五教の神光に打たれ、正義心の神卒に攻め立てられ、遂に悔悟して、大頭目のヨリコ姫及シーゴーと行動を共にせむ事を誓ふに至つた。オーラ河の水は緩に流れ、深く青くして底さへ見えぬ河の面にきらめく星の大空を映し、そよと吹く小波に月光如来の千々に砕くる慈愛の御影を宿して、天地燦爛光明界の現象を泛ばせたり。東の大空は紅の雲、紫の霞棚引き初め、木々の百鳥は千代々々と永遠無窮の前途を寿ぎ、せせらぎの音は何事か宇宙の神秘を語るが如く、風の響にさへも神の御声の宿るかと疑はる。ヨリコ姫を始め、其他の兇党が心の天地忽然として蓮の花の開くが如く、薫り初めたる一刹那、五色の雲を押し分けて、忽ち昇らせ給ふ黄金鴉、旗雲の中にまん丸き日の丸を印し、愈日の出の神代の祥兆を天地万有に示し給ふ。瑞祥開く聖の御代の魁とぞ、神も人も、此山に集まれる曲人も禽獣虫魚も、一斉に五六七の御世を寿ぎまつる思ひあり。あゝ惟神霊幸倍坐世。 ○ 現幽神の三界を浄め、天地開闢の昔の祥代に立替立直し、神人万有を黄金世界の恩恵に浴せしめ、宇宙最初の大意志を実行せむと天より降りて厳の御霊と現じ、大国常立尊と現はれて神業を開始し給ひし、宇宙唯一の生神、朝な夕なに諄々として神人万有を導き給ふ。愛善と信真の大神教を天下に布衍し、五六七神政出現の実行に着手せむと、ウブスナ山に聖蹟を垂れ、瑞の御霊と現じて三界の不浄を払拭し、清浄無垢の新天地を樹立せむと、神素盞嗚の大神は、世界各山各地の霊場に御霊を止め、数多の宣伝使を教養し、之を天下四方に派遣し給ひぬ。派遣されたる神柱の一人、照国別の宣伝使の従者となり、ハルナの都の魔神の言向戦に従軍したる梅公司は、勇気凛々たる壮者にして、其心鏡は惶々として照り亘り、能く神に通じ、万民が心の奥底迄、玻璃を通して伺ふが如く、通観して過らず、且心は清浄潔白にして神律を弁へ、道理に通じ、挙措常に軽快にして且つ軽からず重からず、中庸を得たる好漢なり。彼れの行く所、百花爛漫として咲き満ち、地獄は忽ち天国と化し、猛獣の猛る原野は鳥唄ひ蝶舞ふ百花爛漫の天国と化するの慨あり。精神剛直にして富貴に阿らず威武に屈せず、常に其職に甘んじ、何事も神意と解して、如何なる境遇に在るも不平を洩らさず、悲しまず、如何なる悲境に沈淪するも悲観せず、悠々閑々として自ら楽み、自ら喜び、災の来る時は、之れ天の恩恵の鞭となし、喜びの来る時は天の誡と警戒し、寸毫も油断なく、且つ楽天主義を以て世に処す。実に神人の典型、宣伝使の模範、言心行何れの方面より見るも、一点の批評をさしはさむの間隙だになし。彼れは照国別に従つて、能く師弟の情誼を守り、自分の師に優れる数多の美点を隠して、其徳を長上に譲り、同情に富み、僚友を能く愛し、目にふるる者、耳に入る物、何れも彼が感化の徳に浴せざるはなし。元来梅公は大神より特に選まれたる神柱にして、無限の秘密を蔵し、神妙秘門の鍵を授かり、宇宙間一の怖るる者なき大神人なり。夫れ故彼は平然として悪魔の巣窟に単騎出入し、豺狼の群に入つて、機に臨み変に処し、一男二女の危難を救ひ、且つ他の宣伝使の如く、千言万語を費すの要なく、さしも兇悪なる悪神の巨頭、ヨリコ姫等の一派を翻然として悔悟せしめたる英雄なり。彼が師の照国別宣伝使も彼が神格の一部分を窺知する事さへ出来なかつた。併し乍ら彼は和光同塵的態度を以て、愛善の徳と信真の光の劣れる照国別を神の経綸として、吾師の君と尊敬し、照公其他の同僚に対しても、常に後輩者として行動せむ事を望んでゐた。果して梅公司は魔か神か真人か、但しは大神の化身か、今後の物語に依つて読者の自ら判知されむ事を望む。 之よりヨリコ姫は梅公花香の勧めにより、タライの村に立帰り、母のサンヨに面会し、今迄の不孝不始末の罪を謝し、今後は悔い改めて、老後の母の心を安んじ、且つ神の御為世の為に、愛善の道に生涯を投ぜむ事を誓つた。母のサンヨは二人の姉妹が梅公司の艱難辛苦の結果と慈愛心の発露に仍つて、無事母子の対面が出来た事を涙片手に感謝し、梅公を真の生神として尊敬して止まなかつた。次にシーゴー坊や玄真坊の両人はサンダーの家に至り、彼が両親に向つて、今日迄の悪業を謝し、且悔改めて天下万民の為に神業の一部に奉仕せむ事を誓つた。サンダーの両親は夢かと許り喜んで、梅公其他に対し、百味の飲食を調理して之を饗応し、且つシーゴーには数多の所有地を与へ開拓の事業に従事せしむる事となつた。彼れシーゴーはサンダー、スガコ姫に従ひ、両人を主人と仰ぎ、スガコ姫が父のジャンクが所有せる無限の山林田畑を開墾し、三千の部下をして之に従事せしめ、大都会を造つて………………新しき村を経営し、タライの村の真人と謳はれて生涯を送つた。父のジャンクは遥にサンダー、スガコの無事に帰宅せし事、梅公司に救はれし事、及シーゴーを一の番頭となし、数千の部下を使役して開墾の業に従事せしめ、日々事業の発展しつつある事を聞知し、大に喜んで、全く神の恩恵となし、一生を神に捧げ、神業に参加し、屍をさらす迄、吾郷里に帰らなかつた。そしてジャンクは義勇軍の勇士としてバルガン城下に驍名を走せた。 一旦悔い改めたる玄真坊は再び悪化して、シーゴーと論争し、三千の部下の中、不平組三百余名を引率し、オーラの峰を渉つて民家を掠奪し乍ら、地教山方面指して姿を隠したのである。 惟神神の心は白梅の 旭に匂ふ姿なりけり。 梅の花香ひ初めたる如月の 空に瞬く珍の星影。 何事も神の教にヨリコ姫 世の神柱となりし雄々しさ。 現世の罪をば恐れシーゴー(死後)を 思ひて神に帰るつはもの。 サンダーやスガコは生れし己のが村に 帰りて新村永久に開きぬ。 光暗行きかふ曲の玄真は 心変りて鬼となりぬる。 村肝の心曇りし曲人と 山野に迷ふ玄真の果。 (大正一三・一一・二三新一二・一九於教主殿松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 02 思想の波 第二章思想の波〔一七〇四〕 梅公はヨリコ姫、花香姫を伴ひ駒に跨り轡を並べて照国別の隊に合すべく、間道を選んでオーラ山の谷間を川に添ひ昼夜の区別なく猛獣の声や猿の健びに驚かされつつ、草を褥とし、立木を屋根となして幾夜を重ねオーラ山脈の東南麓に無遠慮に展開せるハルの湖の岸辺に着いた。 此湖水は高原地帯の有名なる大湖水にして東西二百里、南北三百里と称へられて居る。湖中には無数の大小島が星の如くに配置され、各島嶼何れもパインの木が密生して世界一の風景と称へられて居る。 梅公は数日間オーラ山の事件や、その他について日を費したので、此湖水を渡り近道を選んで師の軍に追付かむが為であつた。 岸辺には七八艘の渡湖船が浮んでゐる。一行三人は最も新しき『波切丸』と云ふ巨船に乗移つた。波切丸には数百人の乗客があつた。折から吹き来る北風に真帆を孕ませ乍ら、男波女波をかき別けて船足静かに音もなく、進み行く。 漸くにして船は岸の見えぬ地点まで滑つて来た。印象深きオーラの山脈は此湖水を境界として東西に長く延長し、中腹に霞の帯を〆め、その頂は雲の帽子を被つて、梅公一行の勇者を見送るの慨があつた。船中の無聊を慰むるために、数多の乗客は大部分甲板に出で、四方の風光を打眺めて、歌を詠んだり、詩を吟じたり、三々伍々首を鳩めて時事談に他愛もなく耽つてゐる。 梅公外二人は興味を以て、素知らぬ顔して乗客各自が思ひ思ひの出鱈目話や脱線だらけの噂等をニコニコし乍ら聞いてゐた。乗客の一人は、 甲『もしもしお前さまは大変に元気さうな人だが、今度の戦には召集されなかつたのですかい』 乙『エー、私は二十五才の男盛りですが、悲しいことにや不具者だから徴兵を免除され、宅に燻つてゐましたが、どうも大抵のものは皆従軍し、あとに残つてゐるものは子供や爺嬶、それも綺麗な女房や娘はバラモン軍が掻ツさらへて行つた後だから、後に残された人間は婆か、お多福か、不具の男子、独眼に跛、腰抜、睾丸潰し、いやもう埒もない屑物許りで糞面白くもないので、バルガンの都へ行けば、私の姉の家があつて立派な商売して暮してゐるとの事、一遍遊びに来い遊びに来いと云つて来たが行く暇がなかつたが、聞けば大足別の軍隊が都に攻入つたとか云ふ事、何れ戦場となれば住民の困難狼狽、名状すべからざるものが厶いませう。ついては姉の身の上も案じられますし、見舞がてら、避難がてら、遊びがてら、行つて見ようと思つて、痩馬に跨り、オーラ山の間道を通つて、ヤツトの事で此船に間にあつたのです』 甲『ア、さうですか、そりや大変な事ですな。見舞がてら遊びに行くと仰有つたが、さうすると、お前さまの考へでは、姉さまは先づ無事だと云ふ予想がついてると見えますな』 乙『何、他家(予想)も宅もありませぬが、私の姉と云ふ奴ア、仲々こすい奴で此十年前に大戦のあつた時もチヤンと一日前に嗅知り、オーラ山へ逃げて難を免れた事も厶います。それはそれは抜目のない姉ですよ。私の兄弟は五人ありましたが一人は早く死に、二人の妹は今度のバラモン軍に掻ツさらはれて了つたのです。何とかして大足別の陣中を窺ひ、妹の所在も一つは探し度いと思つて跛乍らも痩馬に跨がり、ヤツトここ迄出て来た次第です。本当に世の中は、こんな事思ふと、厭になつて了ひますよ』 甲『かう云ふ時に天地の間に神様があつたなら救世主を世に降し、人民塗炭の苦を助けて下さるだらうに、救世主の再臨を旱天の雲霓を望む如く、待つて居つても、こんな大国難の場合に現はれ給はぬ以上は、神はないものだと認めるより仕方はありませぬな』 乙『世は末法に近づき、悪魔は益々横行濶歩し、良民は日に月に虐げられ、まるつきり阿鼻叫喚地獄のやうなものです。偽救ひ主、偽弥勒、偽キリスト等は所々に現はれますが、彼等は要するに善の仮面を被つた悪魔ですからな。バラモン軍よりも山賊よりも一層恐ろしい代物だから、うつかり相手になれませぬ』 丙『然し、貴方等、私はヒルナの都の傍に住むものですが、途々承はれば、あのオーラ山には天来の救世主、天帝の御化身、玄真坊とか云ふ活神様が出現遊ばし、お星様までが、有がたい御説教を毎晩聴聞のため、有名な大杉にお降り遊ばし、燦爛たる光明を放つてゐると云ふ事ぢやありませぬか。貴方等はオーラのお方と聞きましたが、御参詣なさつたのぢやありませぬか。随分ヒルナの辺まで偉い評判ですよ』 乙『何、あいつは偽救主で、売僧坊主が山子をやつてるに違ひないです。大方バラモン軍の間諜かも知れないと云ふ噂です。私の村の者は一時は誰も彼も信じて詣りましたが、あまり御利益がないので誰も詣らなくなりました。却て遠国の方が信仰心が強く、何十里、何百里と云ふ所から、馬や牛に沢山の穀物を積んでゾロゾロやつて参りますが、妙なものですわ。皆遠くから詣つて来るものはお神徳を頂くと云ふ事です』 丙『「燈台下暗し」と云つて、どうも近くの人は本当の信仰に入らないものです。大体人間が神の教をする人に偽救ひ主とか売主だとか、廃品ものだとか云つて批評するのは、信仰そのものの生命が已に已に失はれてゐるのですから御神徳のありさうな事はありませぬよ。鰯の頭も信心からと云ふ譬の通り、仮令オーラ山の救ひ主が偽であらうが、泥棒の化けたものであらうが、信仰するものは、つまり、その神柱を通じて誠の神に縋つてゐるのですから、仮令取次は曲神であらうと信仰そのものが生きて居る限り、キツト其誠は天に通じ御利益のあるものと存じます。取次の善悪正邪を批評してる間は、まだ研究的態度、批判的、調査的態度ですから、信仰の規範に一歩も入つてゐないのです。それで私は売主が現はれて天帝の化身と名のらうとも、「天帝の化身」と云ふ、その名を信じさへすれば良いのです。さうでなくちや、絶対的帰依心は起らないものです。何程偉い神様でも、不完全な人間を使つて宇宙全体の意志を伝達遊ばし、又神徳の幾部分を仲介者を通じて下さるのです。吾々は橋なき川は渡れぬ道理、どこ迄も信仰は信仰ですから信じなくては駄目です。絶対服従と云ふ名に於て初めて神の神徳を授かり、暖かき神の懐に抱かれ得るのだと考へます』 甲『成程、さう承はれば、いかにもと合点が参りました。今の世の中は物質主義の学説や主義が盛に流行しますので、仮令神様だつて現に吾々凡夫の目の前に姿を現はし、或は奇蹟を現じ、即座に霊験を見せて下さらねば信じないと云ふ極悪の世の中になつてゐるのですからな。然しながら此頃は学者の鼻高連も、少し眼が醒めかけたと見えて、太霊道とか霊学研究会だとか、或は神霊科学研究会だとか、いろいろの幽霊研究が起りかけましたが、之も時勢の力でせう。ここ十年前迄は如何なる大新聞にも大雑誌にも単行本にも霊とか、神とか云ふ字は一字も現はれてゐなかつたのですが、斎苑の館とかの生神様が此世に現はれ、御神徳が世間に輝き亘るにつれ、霊とか神とか云ふ文字がチヨコチヨコ現はれて来ました。それがダンダンと日を追ふて濃厚の度を増、流石の物質学者もソロソロ我を折つて神霊科学研究会と云ふやうになつたのでせう。然し乍ら科学と神霊学とは出発点が違ひ、且つ畑が違ふのですから、茄子畑で南瓜や西瓜を得ようとしても駄目ですわ。ダンダン人間や学者の目が醒めて、霊とか神とかを云々するやうになりましたが、要するに学問の行き詰り飯の食ひ詰となつて、しやう事なしに有名の学者の一二人が霊学とか神霊とかを唱道し出すと、訳の分らぬくせに先を争ふて、自分も霊を説き神を語らねば世に遅れた古い頭と云はれるだらう、社会の嗜好に投じないだらうと曲学阿世の徒が、極力アセツた結果だらうと思ひますわ』 丙『御説の通りです。本当に現代の学者位、没分暁漢はありませぬな。三百年前に外国で流行した学説を翻訳して、それを新しい学者のやうに思つて憶面もなく堂々と発表するのですから堪りませぬわ』 乙『そら、貴方等のお説も尤もだが、何と云つても、今は証拠がなければ一切人民が承知せない世の中です。さうして、証拠や物体を無視して、無声無形の霊とか神とかに精神を集中する位、此世の中に危険の大なるものはなからうかと思ひます。現に、オーラ山の救世主と云つて居つた玄真坊と云ふ奴ア、私の村の後家婆アさまの娘、ヨリコ姫を拐はかし、それを女帝として、自分は生神さまと成りすまし、沢山な山賊を連れて、悪い事ばかり仕出かし、一方は神さまとなつて人の懐を睨つて居た所、三五教の宣伝使とかに看破され、手品をあばかれ、到頭何処かへ逃げ散つたと云ふ事です。こんな代物が世の中に沢山現はれて、神仏の名をかり、人民をごまかすのだから、神ならぬ身の吾々人間は確なる証拠を掴まぬ事にや安心して信仰が出来ませぬからな。それで稍常識に富んだ人間共が、今迄の宗教では慊らず、それだと云つて新しい信憑すべき宗教も現はれず、やむを得ずして、どこかに慰安の道を求めむとし、科学に立脚したる神霊の研究をなさむと焦慮るのも、強ち無理ではありませぬよ』 丙『今の世の中の人間は昔の人とは違つて、外面は非常に開けてゐるやうですが、肝腎要の霊界の知識と云ふものは、からつきし駄目ですから、真の救世主が現はれてゐるのですけど自分の暗愚の心や邪曲なる思ひに比べて誠の神を誠とせないですからな。それ故、チヨコチヨコと偽神に欺かれ、大変な災に会ひ終ひの果にや神のカの字を聞いても恐怖戦慄するやうに、いぢけて了ふのです。「羮にこりて膾を吹く」の譬、真の救世主が目の前に出現して厶つても、「又偽神ではなからうか、騙すのではあるまいか、触らぬ神に祟りなし、近寄つては大変だ」と云つて誠の神様を悪魔扱ひになし、一生懸命に反抗を試みるやうになるものです。然し乍ら私は真の生神様のもはや此世に降臨された事を認めてゐます。今度の戦ひ等も十年も前から神様から覚らして貰つて居ましたよ。「国乱れて忠臣現はれ、家貧しうして孝子出で、天下道なくして真人現はる」と申しますが、暗黒無道の此世の中を大慈大悲の神様は決してお見捨て遊ばす筈はありませぬ。今日の学者共は誠の三五の大神様に対し、邪神だとか、大国賊だとか、大色魔だとか、詐偽師だとか、いろいろの悪罵嘲笑を逞しふし、訳の分らぬ凡夫共は学者の説や大新聞の説に誑惑され、附和雷同して誠の真人を圧迫し恐怖し、悪魔の如く嫌つて近寄らないのです。実に憐れむべき世態ぢやありませぬか。その癖、大真人の首唱された世の立替立直し、改造、霊主体従、体主霊従、建主造従、陽主陰従等の熟語を使ひ、得々として自分が発明したやうに云つてるのです。つまり大真人を誹謗し乍ら、大真人の説を応用してゐるのだから、ツマリ渇仰憧憬してゐるのぢやありませぬか。本当に、これ程な矛盾が世の中にありませうかな』 甲『貴方のお話を聞いて見ると、どうやら三五教の信者のやうですが、違ひますかな』 丙『お察しの通り、私は三五教信者のチヤキチヤキです。燈火を点じて床下に隠すものはありませぬ。卑怯な三五の信者は世間の圧迫や非難や軽侮を苦にして、人に尋ねられると自分は三五教ぢやないと云ふものが九分九厘です。心で神を信じ口に詐るものは所謂神を殺すものです。こんな信仰は到底実を結びませぬ。又自分の位置や名誉を毀損されるかと思つて信者たる事を隠す卑怯者が多いのです。私は、そんな曖昧な信仰は致しませぬ。天下に誤解される程の神の教ならばキツト好いに違ひありませぬ。盲千人の世の中、盲が象を評する如き人々の噂や、誹や批評なんかに躊躇してるやうな事では、いつ迄経つても神様を世に現はす事は出来ませぬ。又天下を救ふ事も出来ないでせう。私は、さう云ふ信仰のもとに三五教の神柱、瑞の御霊は天地の大先祖たる国常立尊様の御神教を伝達遊ばす世界唯一の神柱と堅く信じてゐるのです』 乙『お前さまの信仰も、そこ迄行けば徹底してるやうだが、然し乍ら用心しなさいや、あの蛙と云ふ奴、背中に目がついてるから現在自分を呑まむとする蛇の背に、安然として鼾をかいて居る。さうして、終ひの果てにや、その蛇に尻尾でまかれ、ガブリと呑まれて命を捨てるのです。鮟鱇主義、海月主義の偽救ひ主が彼方、此方に現はれる世の中ですから、信仰も結構ではありますが、そこは十分気をつけて、あんまり固くならぬやうに、片寄らないやう、迷信に陥らぬやう御注意なさるが結構でせう』 丙『御注意は有がとう厶います。迷信に陥らないやうにと仰有いましたが、今日の世の中に迷信に陥らないものが一人も厶いませうか。政治万能主義に迷信し、黄金万能主義に迷信し、共産主義に迷信し、社会主義に迷信し、過激主義に迷信し、医者に迷信し、弁護士に迷信し、哲学に迷信し、一切の科学に迷信し、宇宙学に迷信してゐるもの許りです。各自に猿の尻笑ひで、自分の思つてる事は正信だ、他人のやつてる事は迷信だと考へるは、ヤツパリ迷信です。私が三五教を信仰してるのも、ヤツパリ迷信かも知れませぬ。大神様の地位に立つてこそ、初めて真信とか正信とか云へるでせうが、紙一枚隔てて向ふの見えない人間の智力や眼力で、どうして正信者となる事が出来ませう。それだから、吾々は飽迄も迷信して神様と云ふその名に絶対服従するのみです。之が吾々にとつて唯一の慰安者となり、天国開設の基礎となり、生命の源泉となり、無事長久の基となり、天下太平の大本となり、家内和合産業発達の大根源となるものだと迷信するより仕方ありませぬわ、ハヽヽヽヽ』 梅公はヨリコ姫に向ひ小声にて、 『人々の言葉の端に知られけり 常暗の世の枉の心を』 ヨリコ『光り暗行き交ふ現世の中に 裏と表の規を聞くかな』 花香『花薫る人の心に三五の 神の恵みの露は宿れり』 (大正一三・一一・二三新一二・一九於教主殿北村隆光録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 04 笑の座 第四章笑の座〔一七〇六〕 湖神白馬の鬣を揮つて、激浪怒濤を起し、殆ど天をも呑まむとする勢なりし湖上の荒びも、癲癇が治まつたやうに、まるつきり嘘をついた様にケロリと静まつて、水面は恰も畳の目の如く、縮緬皺をよせてゐる。島影を漕出した波切丸は、欵乃豊かに舳を南方に向けていざり出した。 此地方の風習として、人々何れも閑散な時には無聊を慰むる為に、笑ひの座といふものが催される事がある。笑ひの座に参加する者は、何れも黒い布で面部を包み、何人か分らぬやうにしておいて、上は王公より下は下女下男の噂や国家の現状や人情の機微などを話し、面白く可笑しく、罵詈嘲笑を逞しうして、笑ひこけ、互に修身斉家の羅針盤とするのである。流石権力旺盛なる大黒主と雖も、此笑ひの座のみには一指を染むる事も出来なかつた。笑ひの座は庶民が国政に参与する事のない代りに、其不平や鬱憤を洩らし、或は政治の善悪正邪や、国家の利害得失迄も、怯めず臆せず何人の前にても喋々喃々と吐露することを、不文律的に許されてゐたのである。 日は麗かに、風暖かく、波は静に、舟の歩みもはかばかしからず、遥の湖面には陽炎が日光に瞬いてゐる。其有様は恰も湖面の縮緬皺が空中に反映したかのやうに思はれた。さも恐ろしかりし海賊の難や暴風怒濤の悩み、殆ど難破に瀕したる波切丸の暗礁の難を免れたる嬉しさに、何れも天地の神を礼拝し、感謝の辞を捧ぐる事半時許り、其あとは三々伍々デッキの上に円を描いて、笑ひの座が開かれた。 甲『諸君、何うです、此穏かな湖面を眺めて、旅情を慰むる為に、天下御免の笑ひの座を催したら何うでせう』 乙『イヤそりや面白いでせう。チツト許り、言論機関たる天の瓊矛を運用させても宜しからうかと考へてゐた所です。何か面白い話を聞きたいものですなア』 甲『皆さま、黒布をお被りなさい。之も此国の神世から定まつた不文律ですから。其代りに目の前にゐる貴方方の悪口雑言を云ふかも知れませぬが……笑ひの座の規則として御立腹のなき様に予め願つておきますよ、アハヽヽヽ』 乙『サアサア自分の顔のしみは見えないものだから、俺は偉い偉い、世間の奴は馬鹿だとか、間抜だとか、腰抜だとか思つてゐるものです。自分が自分を理解する様になれば、人間も一人前の人格者ですが、燈台下暗しとか云つて、自分の事は解らないものですからな。どうか忌憚なく、お気付になつた事は批評して下さい。それが私に取つて処世上の唯一の力となりますから』 甲『宜しい、倒徳利の詰が取れた以上は、味の悪い濁酒を吐出して、諸君を酔生夢死せしむる様な迷論濁説が際限もなく迸出するかも知れませぬよ』 乙『サアサア是非願ひませう。自分の頭や顔面が見え、又自分の首や背中が見える様な人間ならば、自己の欠点が判然と解るでせうが、不完全に造られた吾々人間は、到底暗黒面のあるのは、止むを得ないです。其暗黒面を親しき友から、破羅剔抉して注意を与へて貰ふ事は、無上の幸福でせう。併しお前さまの暗黒面も素破抜きますが、御承知でせうな』 甲『それは相身互です。そんなら私から発火しませう。……エー、貴方此頃大黒主様から大変な偉い職名を与へられたといふ事だが一体どんな御気分がしますか、竹寺官と云へば腰弁とは違つて、役所へ通ふのにも馬とか車とか相当な準備も要るでせう。随分愉快でせうな』 乙『実は某役所の執事に栄進したのです。然し乍ら赤門を出てから官海に遊泳すること殆んど十五年、どうやらかうやら執事まで昇つたのです。吾々の学友は大抵小名から大名、納言級に昇つた連中もありますが、私は阿諛諂佞とか追従とか低頭平身などの行為が嫌いなので、相当の実力を持ち乍ら漸く某役所の執事になつた位なものです。本当に十五年間も孜々兀々として役所の門を潜り、今に借家住居をして色々の雅号を頂いた所で一銭の金が月給の外に湧いて来るでもなし、一握の米が生れるでもなし、丸つきり高等ルンペンの様なものです。それでも公式の場所へは他の連中が嬉しさうに雅号のついたレツテルをぶらさげて行きよるものだから、私も心に染まないけれど、何だかひけを取るやうな気分がするので、嫌々乍らレツテルをはつて行くのですよ。アハヽヽヽヽ』 甲『嫌なものを張つて行くとは云はれましたが、然し貴方の本心としてはまつたく嫌で叶はないのぢやありますまい。嫌な嫌な毛虫が胸にくつついてゐたら誰しも之を払ひ落すでせう。そこが貴方の闇黒面で、所謂偽善と云ふものです。爵位何物ぞ、権勢何物ぞ、富貴何ものぞ、只吾々は天下の志士だと人に思はせたい為の飾り言葉でせう。虚礼虚飾を以つて唯一の処生法と為し、交際上の武器と信じてゐられるのでせう。さういふお方が上流に浮游してゐる間は、神様の神政成就も到底駄目でせう。私は米搗ばつたといふものを見る度に、何となく嫌忌の情が胸に湧いて来るのです。併し過言は御免を蒙つておきませう。何と云つても笑ひの座の席での言葉で厶いますからな』 乙『ヤ、貴方も中々の批評家ですね。実は私も米搗ばつたにはなり度くないのです。これを辞めれば忽ち妻子が路頭に迷ひ、生存難におびやかされるから長者に膝を屈し腰を曲げ、ばつたや蓄音機の悲境に沈淪しながらも陰忍自重して、あたら月日を送つてゐるのです。今日の米搗ぐらゐ卑劣な、暗愚な狭量な、そして高慢心の強い代物はありませぬわ。何か可い商売でもあつたら、男らしく辞職をしてみたいのです。そして辞表を長官の面前へ投げつけてやりたいと、切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれることは幾度だか知れませぬよ。卑劣な、暗愚な、おべつか主義の小人物はドシドシ執事にもなり、小名にもなり、大名にもなつて、時めき渡ることが出来ますが、私のやうな硬骨漢になると、上流の奴、彼奴ア頑迷だとか、剛腹だとか、融通が利かないとか、野心家だとか、過激主義だとか、反抗主義だとか、生意気だとか、猪口才だとか、何とかかんとか、種々の称号をつけて、頭を抑へるのみならず、グヅグヅしてゐると寒海から放り出されて了ふのですから、人生、米搗虫位惨めな者はありませぬよ。実に悲哀極まる者は官吏生活ですよ。ハヽヽヽ』 甲『全体、月の国の人間は、国は大きうても、小人物許りで、到底世界強国の班に列するの光栄を永続することは不可能でせう。外交はカラツキシなつてゐないし、強国の鼻息を伺ふこと計りに汲々乎とし、内政は人民の自由意志を圧迫し、少しく骨のある人間は、何とかカンとかいつては、牢獄へブチ込み、天人若斗りを登用して顕要の地位に就かしめ、己れに諛び諂らふ者のみ抜擢して、愚者、卑劣漢のみが高いところに蠢動してゐるのだから、到底国家の存立も覚束ないではありませぬか。今の時に当つて、本当に国家を思ふ英雄豪傑、又は愛善の徳にみちた大真人が現はれなくちや駄目でせうよ』 乙『さうですなア、私の考へでは、茲二三年の間には、月の国の大国難が襲来するだらうと思ひます。大番頭も、其他の納言も、どうも怪しい怪しいと何時も芝生に頭を鳩めて、青息吐息で相談をやつてゐますが、何れも策の施しやうがないと云つて居ります。何といつても今の世情は、宗教を邪魔物扱ひし、物質本能主義を極端に発揮し、何事も世の中は黄金さへあれば解決がつく様に誤解してゐたものですから、従つて国民教育も全部物質主義に傾き、国民信仰の基礎がぐらついて、殆ど精神的破産に瀕してゐるのですから、到底此頽勢を挽回する望みはありますまい。今に世界は七大強国となり、十数年の後には、世界は二大強国に分れると云ふ趨勢ですが、どうかして印度の国も、二大強国の一に入りたいものですが、今日の頭株の施政方針では、亡国より道はありませぬ。物価は高く、官吏は多く、比較的人民も多くして、生存難は日に日に至り、強盗殺人騒擾なども、無道的行為は到る処に瀕発し、仁義道徳地に堕ち、人心は虎狼の如く相荒び、親子兄弟の間も利害のためには仇敵も只ならざる人情、教育の力も宗教の力も、サツパリ零です。否宗教は益々悪人を養成し、経済学は国家民人を貧窮に陥れ、法律は善人を疎外し、智者を採用し、医学は人の生命を縮め、道徳は悪人が虚偽的生活の要具となり、商業は公然の詐偽師となり、一として国家を維持し国力を進展せしむるものは見当りませぬ。それだから私も一つ奮発して、国家の滅亡を未然に防ぎ度いと焦慮して居りますが、何分衣食住に追はれてゐるものですから手の出し様がありませぬ。米搗虫の地位を利用して賄賂でもどしどし取れば、又寒海を辞した時、社会に活動するの余祐も出来るでせうが、それは私には到底出来ない芸当です。とやせむかくやせむと国家の前途を思ひ、日夜肺肝を砕いてをりますが、心許り焦つて、其実行の緒につく事が出来ないのは遺憾千万で厶います』 甲『今貴方は、官を辞したら、衣食住に忽ち困るから、国家の大事を前途に控へ乍ら、活動することが出来ないといはれましたが、それは貴方の薄志弱行といふものです。徒らに切歯扼腕慷慨悲憤の涙にくれてゐた所で、社会に対して寸効も上らないでせう。納言になる丈の腕を持つた貴方なれば、民間に下つて何事業をせられても屹度相当の収益もあり、又成功もするでせう。人は断の一字が肝腎ですよ。空中を翔る鳥でさへも、何の貯へもして居りませぬが、天地の神は、彼等を安全に養つてゐるだありませぬか。窮屈な不快な寒吏生活を罷めて、正々堂々と自由自在に、何か事業をおやりなさつたら何うです。活動は屹度衣食住を生み出すものです。何を苦しんで官費に可惜貴重な生命を固持する必要がありますか』 乙『お説は一応御尤もですが、吾々は悲しいことには父母の膝をかぢつて、小学、中学、大学と一通りの学問の経路を越え、学窓生活のみに日を送り社会一般の事情に通ぜず、又苦労をしたこともなし、今となつては乗馬おろしの様なもので、寒海を離れたならば、何一つ社会に立つて働く仕事がありませぬ。新聞記者にでもなるか、或は三百代言の毛の生えた如うな者になるより行り場のない厄介者ですからな』 甲『凡て人民の風上に立つ役人たる者は、何から何迄、之が一つ出来ないといふ事のない所迄、経験を積まねばならず、又人情にも通じてゐなくてはならない筈だのに、今日の官吏なる者は、凡て社会と没交渉で、何一つの芸能もなく、無味乾燥な法律学のみに頭を固めてゐるのだから、風流とか温雅とか、思いやりとかの美徳が備つてゐない。そんな連中が世話の衝に当つてゐるのだから、民衆が号泣の声も塗炭の苦しみも目に入らず耳に聞えず、世は益々悪化する許り、之では一つ天地の神の大活動を待たねば、到底暗黒社会の黎明を期待することは難しいでせう。あゝ困つた世態になつたものだなア』 乙『仮に私が官を辞し、民間に降るとすれば、どうでせう、何職業を選むべきでせうか。どうか一つ智恵を貸して頂きたいものですな』 甲『貴方到底駄目でせう。人に智恵を借つてやるよなことでは、何事業だつて、成功するものだありませぬよ。自分が自分を了解してゐられないのだから、……先づ……斯ういふと失礼だが……貴方の適業と云へば山賊でせう』 乙『これは怪しからぬ。私がそれ程悪人に見えますか。私も印度男子です。腐つても鯛、苟も納言の地位に登つた紳士の身であり乍ら、山賊が適任とは、余り御過言ではありますまいか』 甲『ハヽヽ、納言となれば何れ数百人の小泥棒を監督してゐられたでせう。さうすれば貴方は今日迄、立派な役人と表面上見えて居つても、寒賊の親分だ、寒賊が山賊になるのは、適材を適所に用ふるといふものです。あのオーラ山のヨリコ姫、シーゴー、玄真坊などを御覧なさい。堂々と山寨に立籠り、三千の部下を指揮し、王者然と控へてゐたではありませぬか。表面納言などと、こけ威しの看板を掲げ、レツテルを吊らくつて人民の膏血を絞り、賄賂をとり、弱者を苦しめ、強者の鼻息を窺ひ、且つ上長の機嫌を取り、女性的卑劣極まる偽善的泥棒を行つて居るよりも、シーゴーの様に堂々と泥棒の看板を掲げてやつてる方が、余程男らしいだありませぬか。今日の世の中は上から下迄泥棒斗りです。況して泥棒をせない官吏は一人もないでせう。人権蹂躙の張本、圧迫の権化、鬼の再来、幽霊の再生、骸骨の躍動、女房の機嫌取り、寒商の番頭などをやつてゐるよりも、幾数倍か山賊の方が男性的でせう、ハヽヽヽヽ。イヤ失礼、天性の皮肉屋、悪口屋ですから、何うぞ大目にみて下さい……イヤ大耳に聞いて下さい』 シーゴーは二人の話を、背をそむけ乍ら、耳をすまして聞いてゐた。そして時々微笑したり、溜息をついたり、或時は肩をそびやかしたり、平手で額口を打つたり、両方の手で顔を拭ふたり、頭を掻いたりしてゐた。そして彼シーゴーは自分が今迄、オーラ山でヨリコ姫を謀師とし、山賊の大頭目として豺狼の如き悪人輩を使役してゐたのは、余り良心に恥づる行動でもなかつた、印度男子の典型は俺だ、如何にも寒狸といふ奴、卑怯未練な小泥棒だ、到底俺の敵ではない。ヤツパリ俺は偉いワイ、三五教の梅公さまの威徳に打れて、神の道に改悛帰順を表したものの、今となつて考へてみれば実に惜しいことをした。最早六日の菖蒲十日の菊だ。併乍ら俺が偉いのではない、ヨリコ姫女帝の縦横の智略、権謀術数的妙案奇策が与つて力あつたのだ。ヨリコさま女帝も此話は耳に入つただろ、どうか自分と同様に心を翻へして呉れないか知らん。大黒主だつて大泥棒だ、勝てば善神、負くれば悪神だ。善悪正邪は要するに優勝劣敗の称号だ。なまじひ、菩提心を起し、宗教なんかに溺没したのは一生の不覚だつた。今の話で聞くと、宗教家だつてヤツパリ一種の泥棒だ。世の中に顔だとか、恥だとかいつて気にかけてるよな小人物では、生存競争の激烈なる現代に立つて、生存するこた出来ない。あゝ何うしたら可からうかな。一旦男の口から神仏に誓つて悔い改めますと云つた以上、此宣誓を撤回する訳にもいかない。それでは男子たるの資格はゼロになつて了ふ……と吐息をついてゐる。ヨリコ姫は微笑を泛べ乍ら、シーゴーの前に進み来り、 『村肝の心の空に雲立ちて 月日は暗に包まれにける。 右やせむ左やせむとシーゴーが 動く心の浅ましきかな。 男子てふものの心の弱きをば 今目のあたり見るぞうたてき。 惟神神のまにまに進みゆけ 救ひの舟に乗りし身なれば』 シーゴー『煩悩の犬に追はれて吾は今 あはや地獄に堕ちなむとせり。 うるはしき汝が言霊聞くにつけ 胸の雲霧晴れわたりける』 ヨリコ『み救ひの神船に乗りし吾々は 神のまにまに世を渡りなむ』 ヨリコ姫はシーゴーの手を執り、船舷に立ち、東方に向つて折柄昇る旭を拝し、梅公に導かれて宣伝の旅に着きたる事を感謝し、且天地に向つて次の如き誓ひを立てた。 『一、愛善の徳と信真の光に充ち智慧証覚の源泉に坐す天地の太祖大国常立大神の御神格に帰依し奉り、天下の蒼生と共に無上惟神の大道を歩まむことを祈願し奉る。 二、大祖神の宣示し給ひし惟神の大道を遵奉し、愛善信真の諸光徳に住し、大海の如き智慧証覚の内流を拝し、天下の蒼生と共に斯の大道を遵奉し、三界を通じて神子たるの本分を完全に保持し、神の任さしの神業に奉仕せむ事を祈願し奉る。 三、天下の蒼生を愛撫し、神業を完成し、厳瑞二霊の大神格を一身に蒐め、神世復古万有愛の実行に就かせ給ふ伊都能売神柱の神格に帰依し、絶対的服従の至誠を以て神業に参加し、大神の聖慮に叶ひ奉り、一切無碍の神教を普く四海に宣伝し、斯道の大本を以て暗黒無明の現代を照暉し、神の御子たるの本分を竭し奉らむ事を誓ひ奉り、罪悪の身を清め免るし給ひて、神業の一端に使役されむことを祈願し奉る』 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 05 浪の皷 第五章浪の皷〔一七〇七〕 波切丸の甲板の上にて笑の座が開かれ甲乙二人の問答を聞いて、今迄の悪業を改め三五の道に翻然として帰順したるシーゴーは又もや御霊の土台がグラつき出し、再びもとの山賊に立帰り、飽迄大胆不敵に山賊万能主義を発揮せむかと決心の臍を極め、良心忽ち邪鬼となり、悪魔となり大蛇とならむとせし危機一髪の刹那ヨリコ姫が誡の歌に悔悟し、地獄陥落の危険を免れた。ヨリコ姫はタライの村に開墾事業に従事して居ると思つて居たシーゴーが、いつの間にか波切丸に乗り込み吾傍に在りしを見て怪訝の念に打たれ乍ら言葉静に丹花の唇を開いて稍微笑を泛べながら、 ヨリコ『其方はシーゴーさまぢやないか。タライの村に堅気となつて、開墾事業に従事して居らるるだらうと思つて居たのに、いつの間に其方は吾船に乗り込んで居たのだい』 シーゴー『ハイ、宣伝使一行が、ハルの湖を渡つてバルガン城へお出になると聞き、どうかしてスガの港迄お送りしたいと存じ、先へ廻つて波切丸の船底に身を潜め、蔭ながら御保護の任に当つて居たのです。この湖は沢山の海賊が居ますので、もし途中に御難があつてはと存じ、改心と報恩の為に窃に御同船を願つたので厶います』 ヨリコ『これシーゴーさま、御親切は有難いが、何と云つても猪喰つた犬のヨリコが乗り込んで居る以上大丈夫です。其お心遣ひは御無用にして、一日も早く民衆幸福の為めに開墾事業にかかつて下さい。さうして其方は今二人の船客の話を聞いて、折角黎明に向つた霊を暗黒界へ投げ入れやうとして居たではないか。万一妾が傍に居なかつたなら、其方は再び天地容れざる大悪魔となつて身を滅ぼし来世の地獄を作る所だつたよ。男子は一旦決心した事を翻すものではありませぬよ。些と考へて下さい。私は其方の為に大変に気を揉んで居るのだから』 シーゴー『ハイ有難う厶います。動もすれば押へ付けておいた心の鬼が頭を擡げ出し、「此世の中に神も仏もあるものか。善だとか愛だとか、信仰だとか、誠だとか云ふものは偽善者どもが世の中を誑かる道具に過ぎないのだ。女々しい事を思ふな。今の世の中は弱肉強食、優勝劣敗だ。勝てば官軍負れば賊、強者はいつも善人と呼ばれ弱者は悪人視せらるるのが現代の趨勢だ。何を苦しんで男らしくもない改心などをするのだ。なぜ徹底的に悪を遂行しないか。畢竟善と云ひ悪と云ふのも世の中の一種の標語だ。善も悪も有つたものか」と囁きますので開墾事業などはまどろしくなつて、「矢張り遊んで大親分となつて暮す山賊事業が壮快でもあり、男性的でもあり英雄的でもある」と、時々良心の奴がグラついて来るのです。併し乍ら女帝の御訓戒に依つて漸く危険区域を脱出したやうです。何分悪に慣れた私の事ですからスガの港迄どうぞお伴をさして下さい。さうして其間に宣伝使や貴女の御薫陶を受け快濶に善の為めに活動したいもので厶います』 ヨリコ『アヽそれは善い所へ気がついた。妾も一安心をしましたよ。宣伝使の梅公様がこんな事をお聞になつたならばきつと笑はれるでせう。妾もさう心のグラつくお前さまを今迄使つて居たかと思はれては赤面の至りですからなア』 シーゴーは嬉し涙を腮辺に垂らしながら黙々としてヨリコ姫に向ひ合掌して居る。海の静寂を破つて梅公の口より音吐朗々と独唱する神仏無量寿経が甲板上に響渡つた。 神仏無量寿経 第一神王伊都能売の大神の大威徳と大光明は最尊最貴にして諸神の光明の及ぶ所にあらず。或は神光の百神の世界、或は万神の世界を照明するあり。要するに東方日出の神域を照らし、南西北、四維上下も亦復斯の如し。嗚呼盛なる哉伊都能売と顕現し玉ふ厳瑞二霊の大霊光、是の故に天之御中主大神、大国常立大神、天照皇大御神、伊都能売の大神、弥勒大聖御稜威の神、大本大御神、阿弥陀仏、無礙光如来、超日月光仏と尊称し奉る。 それ蒼生にして斯の神光に遭ふものは、三垢消滅し身意柔軟に歓喜踊躍して、愛善の至心を生ず。三途勤苦の処にありて、斯神の大光明を拝し奉らば、孰も安息を得て、又一つの苦悩無く、生前死後を超越し、坐し乍ら安楽境に身を置き、天国の生涯を送ることを得べし。 斯神の大光明は顕赫にして、宇内諸神諸仏の国土を照明したまひて聞えざることなし。只吾が今其の神光霊明を称へ奉る而己ならず、一切の諸神諸仏、清徒声聞求道者縁覚諸々の宣伝使、諸々の菩薩衆、咸く共に歎称悦服帰順し玉ふこと亦復是の如し。若し蒼生ありて其光明の稜威と洪徳を聞きて日夜称説し信奉して、至心にして断えざれば、心意の願ふ所に随ひて、天国の楽土に復活する事を得べし。諸々の宣伝使、菩薩、清徒声聞の大衆の為に、共に歎誉せられて其の洪徳を称へられ、其然る後に成道内覚を得る時に至り、普く三界十方の諸神諸仏、宣伝使、菩薩の為めに、其の光明を歎称せられむこと亦今の如くなるべし。嗚呼吾伊都能売の大神の神光霊明の巍々として殊妙なることを説かむに昼夜一劫すとも尚未だ尽すこと能はず。爾今の諸天人及び後世の人々、神明仏陀の神教経語を得て当さに熟ら之を思惟し、能く其中に於て心魂を端し、行為を正しうせよ。瑞主聖王、愛善の徳を修して、其下万民を率ひ、転た相神令して、各自ら正しく守り、聖者を尊び、善徳者を敬ひ、仁慈博愛にして、聖語神教を遵奉し、敢て虧負すること無く、当さに度世を求めて、生死衆悪の根源を抜断すべし。当さに天の八衢、三途無限の憂畏苦痛の逆道を離脱すべし。 爾等、是に於て広く愛善の徳本を植え、慈恩を布き、仁恵を施こして、神禁道制を犯すこと無く、忍辱精進にして心魂を帰一し、智慧証覚を以て衆生を教化し、徳を治め、善を行ひ、心魂を浄め、意志を正しうして、斎戒清浄なること一日一夜なれば、則ち無量寿の天国に在りて、愛善の徳を治むること百年なるに勝れり。如何となれば彼の神仏の国土には、無為自然に、皆衆善大徳を積みて毫末の不善不徳だも無ければなり。此に於て善徳を修め信真に住すること十日十夜なれば、天国浄土に於て愛善の徳に住し、信真の光明に浴すること、千年の日月に勝れり。其故如何となれば、天国浄土には善者多く、不善者少なく、智慧証覚に充たされ、造悪の余地存せざればなり。唯自然界、即ち現界のみ悪業多くして、惟神の大道に背反し、勤苦して求欲し、転た相欺き心魂疲れ、形体困み、苦水を呑み、毒泉を汲み、害食を喰ひ、是の如く怱務して、未だ嘗て寧息すること無し。 吾爾等蒼生の悲境苦涯を哀れみ、苦心惨澹誨諭して教へて善道を修めしめ、器に応じて開導し、神教経語を授与するに承用せざることなく、意志の願ふ所に在りて悉皆得道せしむ。聖神仏陀の遊履する所、国邑丘聚化を蒙らざることなし。天下和順し、日月清明、五風十雨、時に順ひ、十愁八歎無く、国土豊にして、民衆安穏なり。兵戈用無く、善徳を崇び、仁恵を興し、努めて礼譲を修む。 吾爾等諸天、及び地上蒼生を哀愍すること父母の如く、愛念旺盛にして無限なり。今吾此の世間に於て、伊都能売の神となり、仏陀と現じ基督と化り、メシヤと成りて、五悪を降下し、五痛を消除し、五焼を絶滅し、善徳を以て、悪逆を改めしめ、生死の苦患を抜除し、五徳を獲せしめ、無為の安息に昇らしめむとす。瑞霊世を去りて後、聖道漸く滅せば、蒼生諂偽にして、復衆悪を為し、五痛五焼還りて前の法の如く久しきを経て、後転た劇烈なる可し。悉く説く可からず。吾は唯衆生一切の為に略して之を言ふのみ。 爾等各善く之を思ひ、転た相教誨し聖神教語を遵奉して敢て犯すこと勿れ。あゝ惟神霊幸倍坐世。 伊都能売の大神謹請再拝 ○ ヨリコ姫もシーゴーも花香も船客一同も襟を正し甲板上に坐り直して、合掌しながら感涙にむせびつつ、梅公宣伝使の読経を恭しく聴聞した。梅公は一同に目礼しながら階段を下り、吾居間に入つて休息した。ヨリコ姫、花香、シーゴーも各自分の船室に入り、ドアーを固く鎖して瞑想に耽つて居る。ヨリコ姫は吾居間にあつて神恩の高きを思ひ、暗黒の淵より黎明の天地に救はれたる歓喜の思ひに満ち乍ら、声も静かに神徳を讃美して居る。其歌、 子 伊都の御霊の大御神出現ませし其日より 早三十年を経たまへり法身光明きはもなく 暗黒世界を照らし給ふ。 丑 愛と信との光明は無明の暗を照らしつつ 一念歓喜し信頼しまつらふ人を天国の 真楽園に生ぜしめ給ふ。 寅 皇大神の霊暉より無碍光威徳洪大の 信と愛とを摂受して瑞の御霊と向上し 菩提の清水を汲ませ給ふ。 卯 愛と善との神徳と虚偽と悪との逆業は 水と氷の如くにて氷多きに水多し 障多きに徳多し。 辰 五濁悪世の万衆の選択神に在しますと 信じまつれば不可称辞不可説不可思議もろもろの 御徳は爾の身に充たむ。 巳 愛と善との大徳と信と真との大慈光 蒙ぶる神の道の子は法悦道に進み入り 安養世界に帰命せむ。 午 生死の苦海は極み無し久永に沈める蒼生は 伊都能売主神の御船のみ吾等を乗せて永遠の 天津御苑へ渡すなり。 未 五六七如来の大作願苦悩の有情を捨ずして 万有愛護の御誓ひ信真光をば主となして 愛善心をば成就せり。 申 五六七如来の神号とそれの光徳智証とは 無明長夜の暗を破し所在一切万衆の 志願を充たせ給ふなり。 酉 吾罪業を信知して瑞霊の教に乗ずれば すなはち汚穢の身は清く全天界に昇往し 法性常楽証せしめ給ふ。 戌 厳瑞慈悲の大海は智愚正邪の波も無し 神の誓ひの御船に乗りて苦界を渉り行く その身は愛風に任せたり。 亥 多生曠劫斯の世まで愛護を受けし此の身なり 厳瑞二霊に真心を捧げ奉りて神徳の 高きを称へ奉るべし。 花香姫は梅公宣伝使の広大無辺なる神格や艶麗にして犯すべからざる神格の備はれる其の容貌の尊さを胸に浮かべながら、神の化身ならずやと憧憬のあまり大神の神徳を讃美した。其歌、 子 暗黒無明の現界を憐れみ玉ひて伊都能売の 神の慈光の極みなく無碍光如来と現はれて 安養世界を建て玉ふ。 丑 伊都能売霊魂の光には歓喜清浄愛と信 充満なして其智証顕神幽に貫徹し 天人地人を息ましむ。 寅 顕神幽の三界の天人及び蒼生は 厳瑞二霊伊都能売の御名に依りて信真の 大光明に喜悦せむ。 卯 金剛不壊的信仰の定まる時を待ち得てぞ 伊都能売御魂の聖霊光普く照護し永遠に 生死を超越させたまふ。 辰 悪と虚偽との逆徳に遮断せられて摂取の 大光明は見えねども愛の全徳幸はひて 常に吾身を照らすなり。 巳 東西両洋の聖師等哀愍摂受を怠らず 愛と信とを世に拡め天下の蒼生隔てなく 信楽境に入らしめよ。 午 救世の聖主に遇ひ難く瑞霊の教聞きがたし 神使の勝法聞くことも稀なりと云ふ暗の世に 聴くは嬉しき伊都能法。 未 三千世界一同に輝く光明畏みて 神の御名とおん教聴き得る人は常永に 不退転位に進むなり。 申 聖名不思議の海水は悪逆無道法謗の 屍体も止めず衆悪の万河一つに帰しぬれば 功徳の潮水に道味あり。 酉 伊都能売御魂の御神徳尽十方無礙なれば 愛と信との海水に煩悩不脱の衆流も 遂に無限の道味あり。 戌 悪と虚偽とに充されし吾等は神にまつろひて 愛と善との徳に居り信と真との光明に 浴して御国に昇り得む。 亥 聖教権仮の方便に万衆久しく止まりて 三界流転の身とぞなる神に信従する身魂は 一乗帰命す天津国。 ○ 俄に湖面は北風徐に起つて白帆を膨らませ、波上をほどほどに辷りだした。舷を打つ浪の音は、御世太平を謡ふ皷の如く、穏かに聞えて来る。恰も救世の御船に乗つて天国浄土の楽園に進むの思ひがあつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣加藤明子録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 06 浮島の怪猫 第六章浮島の怪猫〔一七〇八〕 波切丸は万波洋々たる湖面を、西南を指して、船舷に皷を打ち乍ら、いともゆるやかに進んでゐる。天気清朗にして春の陽気漂ひ、或は白く或は黒く或は赤き翼を拡げた海鳥が、或は百羽、千羽と群をなし、怪しげな声を絞つて中空を翔めぐり、或は波間に悠然として、浮きつ沈みつ、魚を漁つてゐる。アンボイナは七八尺の大翼を拡げて一文字に空中滑走をやつてゐる。其長閑さは天国の楽園に遊ぶの思ひがあつた。前方につき当つたハルの湖水第一の、岩のみを以て築かれた高山がある。国人は此島山を称して浮島の峰と称へてゐる。一名夜光の岩山ともいふ。船は容赦もなく此岩山の一浬許り手前迄進んで来た。船客は何れも此岩島に向つて、一斉に視線を投げ、此島に関する古来の伝説や由緒について、口々に批評を試みてゐる。 甲『皆さま、御覧なさい。前方に雲を凌いで屹立してゐる、あの岩島は、ハルの湖第一の高山で、いろいろの神秘を蔵してゐる霊山ですよ。昔は夜光の岩山と云つて、岩の頂辺に日月の如き光が輝き、月のない夜の航海には燈明台として尊重されたものです。あのスツクと雲を抜出た山容の具合といひ、全山岩を以て固められた金剛不壊の容姿といひ、万古不動の霊山です。此湖水を渡る者は此山を見なくつちや、湖水を渡つたといふ事は出来ないのです』 乙『成程、見れば見る程立派な山ですな。併し乍ら、今でも夜になると、昔と同じやうに光明を放つてゐるのですか』 甲『此湖水をハルの湖といふ位ですもの、暗がなかつたのです。併し乍らだんだん世の中が曇つた勢か、年と共に光がうすらぎ、今では殆んど光らなくなつたのです。そして湖水の中心に聳え立つてゐたのですが、いつの間にやら、其中心から東へ移つて了つたといふ事です。万古不動の岩山も根がないと見えて浮島らしく、余り西風が烈しかつたと見えて、チクチクと中心から東へ寄つたといふ事です』 乙『成程文化は東漸するとかいひますから、文化風が吹いたのでせう。併し日月星辰何れも皆西へ西へと移つて行くのに、あの岩山に限つて、東へ移るとは少し天地の道理に反してゐるぢやありませぬか。浮草のやうに風に従つて浮動する様な島ならば、何程岩で固めてあつても、何時沈没するか知れませぬから、うつかり近寄るこた出来ますまい』 甲『あの山の頂きを御覧なさい。殆んど枯死せむとする様なひねくれた、ちつぽけな樹木が岩の空隙に僅かに命脈を保つてゐるでせう。山高きが故に尊からず、樹木あるを以て尊しとす……とかいつて、何程高い山でも役に立たぬガラクタ岩で固められ、肝心の樹木がなくては、山の山たる資格はありますまい。せめて燈明台にでもなりや、山としての価値も保てるでせうが、大きな面積を占領して、何一つ芸能のない岩山ではサツパリ話になりますまい。それも昔の様に暗夜を照し往来の船を守つて安全に彼岸に達せしむる働きがあるのなれば、岩山も結構ですが、今日となつては最早無用の長物ですな。昔はあの山の頂きに特に目立つて、仁王の如く直立してゐる大岩石を、アケハルの岩と称へ、国の守り神様として、国民が尊敬してゐたのです。それが今日となつては、少しも光がなく、おまけに其岩に、縦に大きなヒビが入つて、何時破壊するか分らないやうになり、今は大黒岩と人が呼んで居ります。世の中は之を見ても、此ままでは続くものではありますまい。天の神様は地に不思議を現はして世の推移をお示しになると云ひますから、之から推考すれば、大黒主の天下も余り長くはありますまいな』 乙『あの岩山には何か猛獣でも棲んでゐるでせうか』 甲『妙な怪物が沢山棲息してゐるといふ事です。そして其動物は足に水かきがあり、水上を自由自在に游泳したり、山を駆け登る事の速さといつたら、丸切り、風船を飛翔したやうなものだ……との事です。昔は日の神月の神二柱が、天上より御降臨になり八百万神を集ひて、日月の如き光明を放ち、此湖水は素より、印度の国一体を照臨し、妖邪の気を払ひ、天下万民を安息せしめ、神様の御神体として、国人があの岩山を尊敬してゐたのですが、追々と世は澆季末法となり、何時しか其光明も光を失ひ、今や全く虎とも狼とも金毛九尾とも大蛇とも形容し難い怪獣が棲息所となつてゐるさうです。それだから吾々人間が、其島に一歩でも踏み入れやうものなら、忽ち狂悪なる怪獣の爪牙にかかつて、血は吸はれ、肉は喰はれ骨は焼かれて亡びると云つて恐がり、誰も寄りつかないのです。風波が悪くつて、もしも船があの岩島にブツかからうものなら、それこそ寂滅為楽、再び生きて還る事は出来ないので、此頃では、秘々とあの島を悪魔島と云つてゐます。併し大きな声でそんな事言はうものなら、怪物が其声を聞付けて、どんなわざをするか分らぬといふ事ですから、誰も彼も憚つて、大黒岩に関する話を口を閉じて安全無事を祈つてゐるのです。あの島がある為に、少し暴風の時は大変な大波を起し、小さい舟は何時も覆没の難に会ふのですからなア。何とかして、天の大きな工匠がやつて来て大鉄槌を振ひ、打砕いて、吾々の安全を守つてくれる、大神将が現はれ相なものですな』 乙『何と、権威のある岩山ぢやありませぬか。つまり此湖面に傲然と突つ立つて、所在島々を睥睨し、こわ持てに持ててゐるのですな』 甲『あの岩山は時々大鳴動を起し、噴煙を吐き散らし、湖面を暗に包んで了ふ事があるのですよ。其噴煙には一種の毒瓦斯が含有してゐますから、其煙に襲はれた者は忽ち禿頭病になり、或は眼病を煩ひ、耳は聞えなくなり、舌は動かなくなるといふ事です。そして肚のすく事、咽喉の渇く事、一通りぢやないさうです。そんな魔風に、折あしく出会した者は可い災難ですよ』 乙『丸つ切り蚰蜒か、蛇蝎の様な恐ろしい厭らしい岩山ですな。なぜ天地の神さまは人民を愛する心より、湖上の大害物を除けて下さらぬのでせうか。あつて益なく、なければ大変、自由自在の航海が出来て便利だのに、世の中は、神様と雖、或程度迄は自由にならないと見えますな』 甲『何事も時節の力ですよ。金輪奈落の地底からつき出てをつたといふ、あの大高の岩山が、僅かの風位に動揺して、東へ東へと流れ移る様になつたのですから、最早其根底はグラついてゐるのでせう。一つレコード破りの大地震でも勃発したら、手もなく、湖底に沈んで了ふでせう。オ、アレアレ御覧なさい。頂上の夫婦岩が、何だか怪しく動き出したぢやありませぬか』 乙『風も吹かないのに、千引の岩が自動するといふ道理もありますまい。舟が動くので岩が動くやうに見えるのでせう』 甲『ナニ、さうではありますまい。舟が動いて岩が動くやうに見えるのなれば、浮島全部が動かねばなりますまい。他に散在してゐる大小無数の島々も、同じ様に動かねばなりますまい。岩山の頂上に限つて動き出すのは、ヤツパリ船の動揺の作用でもなければ、変視幻視の作用でもありますまい。キツと之は何かの前兆でせうよ』 乙『そう承はれば、いかにも動いて居ります。あれあれ、そろそろ夫婦岩が頂きの方から下の方へ向つて歩き初めたぢやありませぬか』 甲『成程妙だ。段々下つて来るぢやありませぬか。岩かと思へば虎が這うてゐる様に見え出して来たぢやありませぬか』 乙『いかにも大虎です哩。アレアレ全山が動揺し出しました。此奴ア沈没でもせうものなら、それ丈水量がまさり、大波が起つて、吾々の船も大変な影響をうけるでせう。危ない事になつて来たものですワイ』 かく話す内、波切丸は浮島の岩山の間近に進んだ。島の周囲は何となく波が高い。虎と見えた岩の変化は磯端に下つて来た。よくよく見れば牛の様な虎猫である。虎猫は波切丸を目をいからして、睨み乍ら、逃げるが如く湖面を渡つて夫婦連れ、西方指して浮きつ沈みつ逃げて行く。俄に浮島は鳴動を始め、前後左右に、全山は揺れて来た。チクリチクリと山の量は小さくなり低くなり、半時許りの内に水面に其影を没して了つた。余り沈没の仕方が漸進的であつたので、恐ろしき荒波も立たず、波切丸を前後左右に動揺する位ですんだ。一同の船客は此光景を眺めて、何れも顔色青ざめ、不思議々々と連呼するのみであつた。此時船底に横臥してゐた梅公宣伝使は船の少しく動揺せしに目を醒まし、ヒヨロリヒヨロリと甲板に上つて来た。さしもに有名な大高の岩山は跡形もなく水泡と消えてゐた。そして船客が口々に陥没の記念所を話してゐる。梅公は船客の一人に向つて、 『風もないのに、大変な波ですな。どつかの島が沈没したのぢやありませぬか』 甲『ハイ、貴方、あの大変事を御覧にならなかつたのですか。随分見物でしたよ。昔から日月の如く光つてゐた頂上の夫婦岩は俄に揺るぎ出し、終いの果には大きな虎となり、磯端へ下つて来た時分には猫となり、波の間を浮きつ沈みつ、西の方へ逃げて行つたと思へば、チクリチクリと島が沈み出し、たうとう無くなつて了ひました。こんな事は昔から見た事はありませぬ。コリヤ何かの天のお知らせでせうかな』 梅『どうも不思議ですな。併し乍ら人間から見れば大変な事のやうですが、宇宙万有を創造し玉うた神様の御目から見れば、吾々が頬に吸ひついた蚊を一匹叩き殺す様なものでせう。併し乍ら吾々は之を見て、自ら戒め、悟らねばなりませぬ』 乙『貴方は何教かの宣伝使様のやうですが、一体全体此世の中は何うなるでせうか。吾々は不安で堪らないのです。つい一時前迄泰然として湖中に聳えてゐた、あの岩山が脆くも湖底に沈没するといふよな不祥な世の中ですからなア』 梅『今日は妖邪の気、国の上下に充ちあふれ、仁義だの、道徳だのと云ふ美風は地を払ひ、悪と虚偽との悪風吹き荒び、世は益々暗黒の淵に沈淪し、聖者は野に隠れ、愚者は高きに上つて国政を私し、善は虐げられ悪は栄えるといふ無道の社会ですから、天地も之に感応して、色々の不思議が勃発するのでせう。今日の人間は何れも堕落の淵に沈み、卑劣心のみ頭を擡げ、有為の人材は生れ来らず、末法常暗の世となり果てゐるのですから、吾々は斎苑の館の神柱、主の神の救世的御神業に奉仕し、天下の暗雲を払ひ、悲哀の淵に沈める蒼生を平安無事なる楽郷に救はむが為に所在艱難辛苦をなめ、天下を遍歴して、神教を伝達してゐるのです。未だ未だ世の中は、之れ位な不思議では治まりませぬよ。茲十年以内には、世界的、又々大戦争が勃発するでせう。今日ウラル教とバラモン教との戦争が始まらむとして居りますが、斯んなことはホンの児戯に等しきもので、世界の将来は、実に戦慄すべき大禍が横たはつて居ります。夫故、吾々は愛善の徳と信真の光に満ち玉ふ大神様の御神諭を拝し、普く天下の万民を救はむが為に、草のしとね、星の夜具、木の根を枕として、天下公共の為に塵身を捧げてゐるのです』 甲『成程承はれば承はる程、今日の世の中は不安の空気が漂うてゐるやうです。今の人間は神仏の洪大無辺なる御威徳を無視し、暴力と圧制とを以つて唯一の武器とする大黒主の前に拝跪渇仰し、世の中に尊き者はハルナの都の大黒主より外にないものだと誤解してゐるのだから、天地の怒に触れて、世の中は一旦破壊さるるのは当然でせう。私はウラル教の信者で厶いますが、第一、教主様からして、……神を信ずるのは科学的でなくては可かない。神秘だとか奇蹟だとかを以て信仰を維持してゐたのは、太古未開の時代の事だ。日進月歩、開明の今日は、そんなゴマカシは世人が受入れない……と言つてゐらつしやるのですもの、丸切り神様を科学扱ひにし、御神体を分析解剖して、色々の批評を下すといふ極悪世界ですもの。斯んな世の中が出て来るのは寧ろ当然でせう。貴方は何教の宣伝使で厶いますか。神様に対する御感想を承はりたいもので厶いますな』 梅『最前も申上げた通り、斎苑の館の大神様は三五教を御開きになつたのです。そして私は同教の宣伝使照国別様といふ御方の従者となつて、宣伝の旅に立つたもので厶います。それ故貴方等のお尋ねに対し、立派な答は到底出来ませぬ。併し乍ら神様は昔の人のいつた様に、超然として人間を離れた者ではありませぬ。神人合一の境に入つて始めて、神の神たり、人の人たる働きが出来得るのです。故に三五教にては、人は神の子神の宮と称へ、舎身的大活動を、天下万民の為にやつてゐるのです』 甲『何か御教示について、極簡単明瞭に、神と人との関係を解らして頂く事は出来ますまいか』 梅『ハイ、私にもまだ修業が未熟なので、判然した事は申上げ兼ますが、吾宣伝使の君から教はつた一つの格言が厶いますから、之を貴方にお聞かせ致しませう。 神力と人力 一、宇宙の本源は活動力にして即ち神なり。 一、万物は活動力の発現にして神の断片なり。 一、人は活動力の主体、天地経綸の司宰者なり。活動力は洪大無辺にして宗教、政治、哲学、倫理、教育、科学、法律等の源泉なり。 一、人は神の子神の生宮なり。而して又神と成り得るものなり。 一、人は神にしあれば神に習ひて能く活動し、自己を信じ、他人を信じ、依頼心を起す可らず。 一、世界人類の平和と幸福の為に苦難を意とせず、真理の為に活躍し実行するものは神なり。 一、神は万物普遍の活霊にして、人は神業経綸の主体なり。霊体一致して茲に無限無極の権威を発揮し、万世の基本を樹立す』 甲『イヤ有難う。御教示を聞いて地獄から極楽浄土へ転住したやうな法悦に咽びました。成程人間は神様の分派で、いはば小なる神で厶いますなア。今迄ウラル教で称へてをりました教理に比ぶれば、其内容に於て、其尊さに於て、真理の徹底したる点に於て、天地霄壌の差が厶います。私はスガの港の小さい商人で厶いますが、宅にはウラル彦の神様を奉斎してをります。併し乍ら之は祖先以来伝統的に祀つてゐるので、言はば葬式などの便利上、ウラル教徒となつてゐるのに過ぎませぬ。既成宗教は已に命脈を失ひ、只其残骸を止むるのみ。吾々人民は信仰に飢渇き、精神の道に放浪し、一日として、此世を安心に送る事が出来なかつたのです。旧道徳は既に已に世にすたれて、新道徳も起らず、又偉大なる新宗教も勃起せないと云つて、日夜悔んで居りましたが、かやうな崇高な偉大な真宗教が起つてゐるとは、夢にも知らなかつたのです。計らずも波切丸の船中に於て、かかる尊き神様のお使に巡り会ひ、起死回生の御神教を聞かして頂くとは、何たる、私は幸福で厶いませう。私の宅は、誠に手狭で厶いますが、スガの港のイルクと云つて、多少遠近に名を知られた小商人で厶います。どうか、私の宅へも蓮歩を枉げ下さいまして、家族一同に、尊き教をお授け下さいます様にお願ひ致します。そして私は此結構な御神徳を独占せず、力のあらむ限り、万民に神徳を宣伝さして頂く考へで厶いますから、何卒宜しくお願ひ申上げます』 梅公『実に結構なる貴方の御心掛、之も大慈大悲の大神様の御引合せで厶いませう。之を御縁に、私もスガの港へ船がつきましたら、貴方のお宅へ立よらして頂きませう。 思ひきや神の仕組の真人は 御船の中にもくばりあるとは。 此船は神の救ひの船ぞかし 世の荒波を分けつつ進めり』 (大正一三・一二・二新一二・二七於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 14 獣念気 第一四章獣念気〔一七一六〕 タラハン城市を去る正北十里の地点に、タニグク山といふ高山が聳えてゐる。南西北の三方は嶮峻なる高山に包まれ、僅に東の一方に細い入口があつて、淙々たる谷水は此東口より流出するやうになつてゐる。タニグク山の山麓には天然の大岩窟が穿たれてゐる。カラピン王を諫めて吾妻を殺され、自分も亦刃の錆とならむとせし危機一髪の難を遁れ、太子スダルマンの妃と迄内定してゐた当時六才の娘スバール姫を背に負ひ、都を後に此岩窟に潜んで、遠近の無頼漢を集め、自ら山賊の張本となり、右守の司たりしガンヂー並に彼が部下のサクレンスの奸者を払ひ、君側を清めむと、日夜肺肝を砕いてゐた彼はカラピン王に仕へてゐた左守のシャカンナであつた。古より獅子の棲処と称へられ、誰一人此山奥に足を入るる者がなかつた。シャカンナは年と共に沢山の部下が殖えて来た。そして其部下を夜私かにタラハンの城下を始め各地に派遣し、富者の家を狙つて財物を奪ひ、ガンヂー討伐の準備を整へてゐた。六才の時伴ふて来た娘のスバールは今年漸く十五才の春を迎へた。シャカンナは岩窟の奥の間に大胡坐をかき脇息にもたれ乍ら、数多の乾児共の報告を聞いてゐた。 シャカンナ『オイ、バルギー、此頃は根つからお前の組は働きが足らぬぢやないか。チツと確りしてくれないと、折角蓄へた軍需品迄が無くなつて了ひ、何時になつたら目的を達するやら殆んど見当がつかぬぢやないか』 バルギー『ハイ、仰では厶いますが、此頃はバラモン軍が横行濶歩致しますので、思はしい仕事が出来ませず、チツと物のあり相な家は皆バラモン軍にしてやられ、僅に二十や三十の手下を連れて、あの大軍隊を向ふにまはし戦ふ訳にも行きませず、残念乍ら軍隊の退却する迄時機を考へてゐるので厶います。少し許り、此頃は食ひ込みになるやうで厶いますが、少しお待ち下さいますれば、屹度大きな活動をしてお目にかけます。私も精々部下を督励して居りますなれど、何と云つても夜許りの仕事で、思ふ様に捗りませぬ。此十里の山路を忍び変装して、バルガン市に出で、又夜の間に帰つて来なくちやならないので厶いますから、肝腎の働く間は、ホンの半時か四半時許りで厶いますから、乾児共も大変に困つて居ります』 シャ『エー仕方がないなア。マア兎も角、精々働くやうにいつてくれ。そしてガンヂーの屋敷の様子は何うぢや、判然分つたか』 バル『ハイ、此頃はバラモン軍が襲来するとか云つて、塀を高くし、不寝番の兵士が七八十人許り、裏表の門を警護して居りますので、近よる事は出来ませぬ』 シャ『さうか、それも仕方がない。もう暫く計画を延ばさうかな』 バル『どうか、さう願へますれば結構で厶います』 シャ『今日は吾女房が城中に於て、大王の手にかかり、命をすてた命日だから、コルトンに言ひ付け、いい修験者を、どつかで求めて来て、回向をして貰ひたいと思ひ、二三日前から派遣したのだが、今日帰つて来ぬやうな事では、到底間に合はない。困つた事だワイ。併し乍らコルトンは義の固い奴だから、屹度どつかで修験者を探して来るだらう。それについては、馴走の用意をしておけ。それから今日は二百の乾児に腹一杯馳走を食はせ酒を鱈腹振舞つてやるが可からうぞ』 バル『ハイ、今朝来部下を督励し、馳走の準備やお祭の用意はチヤンと整つてをります。どうぞ其点丈は御安心下さいませ。さり乍らコルトンが帰つて来ないとすれば、折角の馳走も無駄になる道理で厶います。若し帰つて来なかつたら、どう致しませうか』 シャ『そんな心配は要らぬ。若し彼が帰つて来なかつたならば、止むを得ず俺が霊前に於て経文を唱へ、十年忌を済ます考へだ。売僧坊主の読経よりも、夫の俺が直接の読経が却て故人の為には可いかも知れぬ。日の内は彼も帰るのを憚るだらう。何れ夜の事だらう』 バル『今晩の四つ時迄待つ事に致しませう。それで帰らねば、最早断念遊ばして、御大自ら比丘のお勤めをなさいませ。及ばず乍ら此バルギーも子供の時はウラル教の小僧を勤めて居りました経験が厶いますから、経文の素知り走り位は覚えてをりますから……』 シャ『俺は今日は何だか体が疲れたやうだ。コルトンが帰つて来る迄、休息するからお前は部下の奴によく気をつけ、監督を怠らない様にしてくれ』 と言ひのこし、吾寝室なる岩窟を指して身を隠した。 黄昏過ぐる頃コルトンは威風堂々たる一人の修験者や彼の妻か娘か知らね共、天女の如うな十七八の美人を伴ひ、二三の部下と共に、肩をそびやかし、凱旋将軍のやうな意気込みで、悠々と帰つて来た。バルギーはコルトンの姿を見るより、あわてて出迎ひ、 バル『ヤ、兄弟、お手柄お手柄。何とマア立派な比丘をつれて来たものだなア。親分さまが大変なお待兼だ。用意万端チンと整つてゐるのだ。亡き奥様も嘸お喜び遊ばすだらう。かういふ事はお前に限る哩』 コルトン『ヤア、サウ褒めて呉れちや、物が言へなくなる。併し乍ら彼方此方とかけまはり、名僧知識を尋ね廻つた所、此頃はバラモン軍の襲来で、比丘も修験者もどつかへ影をかくし、容易に見当らなかつたのだ。そして寺を有つてゐる坊主を頼んぢや、此かくれ家が世の中へ発覚する虞があるものだから、風来者の神力の強い、徳の高い比丘をと思つたものだから、今日で三日捜索にかかり、漸く今朝、こんな立派な修験者否天帝の化身様に出会し、事情を申上げた所、快く承諾して下さつたものだから、お伴して来たのだよ』 バルギー『あ、それは好都合だつた。マ、奥へ行つて休んでくれ。……これはこれは天帝の化身様、始めてお目にかかります。私は当館の番頭を致す者でバルギーと申します。何分斯様な山中で厶いますから、充分の御待遇も出来ませず、不都合許で厶いますけれど、そこは何とぞ寛大なるお心に見直し、聞直し下さいまして、亡き奥様の御回向を願ひたう厶います。失礼乍ら御姓名は何と申されますか。主人へ報告の都合も厶いますから承はりたいもので厶います』 修験者はさも鷹揚にそり身になり、 修験者(玄真坊)『ヤ、其方は当家の番頭バルギー殿で厶つたかのう。コルトン殿に其方の才子たる事は能く聞いてゐる。併し乍ら当家は普通の家ではあるまい。コルトン殿の巧き口に乗せられ、此山奥へ連れ込まれ、四辺の様子を見れば、どうやら山賊の住家と見える。其方は親玉に仕へてゐる小頭であらうがな』 バル『ハイ、恐れ入ります。いかにも貴方の御明察には感服仕りました。最早今となつては隠しても駄目で厶います。吾々は山賊の小頭を致して居ります。大親分はシャカンナと申し、大変な豪傑で厶います。失礼乍ら、重ねて御名をお聞申したう厶いますが……』 修(玄真坊)『アハヽヽヽ、吾名を聞いて何と致すか。人間ならば名もある、苗字もある。拙僧こそは天を父となし地を母と致し、天帝の精気凝つて、茲に人体を現はし、衆生済度を致す者、たつて吾名を言はば天帝の化身とでも名づけておかうかい、アツハヽヽヽ』 バル『いかにも、縦から見ても横から見ても、威厳の備はつた御神格、天帝の御化身様で厶いませう。あゝ、奥様は何たる幸福な方だらう。そして其処にゐらつしやる御婦人は奥様で厶いますか、或はお娘子で厶いますか』 修(玄真坊)『アハヽヽヽ、妻もなければ娘もない、此御方は天極紫微宮より、万民済度の為、此度御降臨遊ばした棚機姫様で厶るぞや』 バルギー『いかにも、さう承はりますれば、地の上に臍の緒切つた御人とは見えませぬ。いふに云はれぬ御気品の高い、御綺麗なお姿、私は一目拝んで目がくらむやうで厶います。サア、どうか、主人が待兼ねて居りますから、奥へお通り下さいませ』 修(玄真坊)『然らば案内めされ。主人に会うて、とくと天地の道理を聞かしてやらう』 バルギーは……天地の道理を泥棒の親分に聞かされちや大変だ。愛善を以て旨とする神様の化身と、人を脅かし、金銭物品を捕る大親分とはそりが合ふまい。コルトンも気の利かねい、何故こんな神様の化身などを引ぱつて来やがつたらう……と口の中で呟き乍ら、シャカンナの巣ごもつてゐる立派な岩窟の中へ案内した。 バル『旦那様、只今コルトンが修験者否モツトモツトモツト、尊い尊い偉い御方様をお伴致して帰つて参りました。此方は人間ぢやない相です。天帝の御化身、又モ一人の御方は棚機姫様ぢやといふ事で厶います。どうぞ不都合のないやう、御無礼のない様、御注意を下さいませ』 シャ『何、コルトンが、神の化身をつれて来たといふのか、ヤ、それは重畳々々。先づ其神の化身とやらに会ふてみやう』 バル『只今此処へお伴して参りました。どうか起きて下さい。失礼で厶いますぞ』 シャカンナはガハとはね起き、居ずまいを直し天帝の化身と称する男の顔を熟視し乍ら、ニヤリと打笑ひ、 シャ『イヨー、能く化けたものだなア。売僧もそれ丈立派な衣服をつけ、尊大ぶつて居れば、天帝の化身とも、素人の目には見えるだらう。併し俺の目では山子坊主とより見えないワ、アハヽヽヽ。オイ、狸坊主、汝は一体何処の者だい』 修(玄真坊)『これは怪しからぬ。天来の救世主、天帝の化身たる拙僧に向つて、狸坊主とは余りの暴言ではないか。左様な挨拶を承はるべく、はるばるかやうな山奥へは参り申さぬ。お気に入らぬとあれば、拙僧は此儘帰るで厶らう』 シャ『アハヽヽヽ、オイ坊主、さう怒るものぢやないよ。糞尿の身を錦に包み、夜叉の心を菩薩の仮衣に装うて、天下万民を困惑せしめむとする大野心を有する者が、此方の一言に恐れ、早逃仕度を致すとは、何の事だ。オイ坊主、汝は虚勢を張つて強相に偉相に構へてゐるが、心の中はビクビクものだらう。甘い鳥が見つかつたと思つて、コルトンの野郎にマンマと騙し込まれ、来てみれば意外な硬骨爺、さぞ驚いたであらう』 修(玄真坊)『益々以て怪しからぬお言葉、拙者は愛善の徳に住し、信真の光に充ち、智慧証覚の輝き亘る天帝の化身に間違厶らぬぞや。年をとられて、其方は眼力がうすくなり、拙僧の神格容貌並に威光が分らぬので厶らう。チツと許り手洗を使つて来なさい。寝とぼけ眼で神人を見ようとは、身分不相応で厶らうぞ』 シャ『アハヽヽヽ、ても偖も面白い狸坊主だ。オイ売僧、其格好は何だ、肩を四角にしよつて、チツと削りおとしてやらうか。棚機姫様の天降りだとか何とか申して、良家の娘をチヨロまかして来たのだらう。どうだ、俺の眼力が、これでも衰へて居ると申すか。可いかげんに我を折り、正体を現はせ』 修(玄真坊)『アハヽヽヽ、そこ迄看破されちや、モウ仕方がない。オイ爺、しつかり聞け、俺こそはトルマン国の有名なオーラ山に立こもり、天帝の化身、天来の救世主と名乗つてゐた玄真坊の成れの果だ。悪い事にかけては、決して人後に落ちない積りだ。悪鬼も羅刹も、大蛇も狼も俺の声を聞いたら、跣で逃出すといふ、天下無双の英雄豪傑だぞ。オイ爺、汝は山賊の張本とはいひ乍ら、何か善からぬ目的を抱へて此の山砦に立籠もり、天下を狙つてゐる曲者であらうがな。否国盗人であらうがな。爺の計画は実に天下の壮図だ。併し乍ら惜しい事には、爺には棟梁の真価がない。否立派な参謀がない。痩山の蕨のやうな代物許り、幾ら集めた所で、何の役にも立つものか。こんなヒヨロヒヨロ部下を集めて、そんな大望が成就すると思うてゐるのか、てもさても迂愚の骨頂だな、アハヽヽヽ。爺の心根がおいとしいワイ、イツヒヽヽヽ』 シャ『ヤア、此奴ア面白い糞坊主だ、話せるワイ。オイ狸、腕まくりでもして、胡坐をかけ。そんな業々しいコケおどしの法服を纒うてゐると、何だか俺も心から打とけられない気がするワ。鬼と蛇との会合だ。今夜はゆつくり語り明かし、幸ひに肝胆相照らすを得ば、どうだ一つ、天下取りの大バクチを打つてみようぢやないか』 玄真『ヤア、其奴アしやれてる。ワリとは気の利いた爺だ。併し俺を狸坊主といつたが、狸の称号丈は正に返上する、受取つてくれ。序に売僧坊主の尊称も返上しておかう、糞坊主など云はれるのは沙汰の限りだ、無礼の極だ。コラ爺、之からきめておかないと本当の話が出来ないワ。そして爺の女房の十年忌だと云つて、俺をコルトンが引張つて来よつたのだが、お経なんか邪魔臭いからやめたら何うだい。心に豺狼の欲を逞しうし、鬼の剣を含んで毒気を吐いた所で仏は喜ぶまいぞ』 シャ『ウン、汝の云ふ通だ。女房の回向をしてやつた所で、有難いとも嬉しいともいふぢやないし、又汝の様な売僧坊主の読経を聞いた所で何の役にも立つまい。英雄と英雄が、女房の十年忌の命日に会合したのは、女房の霊が残つて居れば嘸喜ぶだらう。これが何よりの回向だ。幸ひ今日は沢山の馳走が拵へてある。坊主鉢巻でもして、大に鯨飲馬食でもやつたらどうだ』 玄『そら面白からう、大に吾意を得てゐる。併し乍ら今俺を売僧坊主といつたね、どうか其れ丈は御免を蒙りたいものだよ』 シャ『狸坊主糞坊主の称号は返還を受けたが、まだ売僧坊主の返上はなかつたやうだね。売僧坊主が厭なら山子坊主といはうか、一層蛸坊主は何うだ、アツハヽヽヽヽヽ』 玄『エー、どこ迄も俺を馬鹿にするのか、天帝の化身様を何と心得てゐるのだい』 シャ『鼬の化身か貂の化身か猿の化身か知らぬけれど、随分偉い馬力だな。メートルもそこ迄上げたら天下無敵だらうよ、ウツフヽヽヽ』 玄『オイ爺、お前と俺との仲だから、狸といはうが、汝と言はうが差支ないやうなものだが、ここで一つ大芝居を打たうと思へば、俺をヤツパリ天帝の化身にしておかねば、甘く大望が成功しないよ。其称号から一つ定めておかうぢやないか』 シャ『実にシャカンナ勢だのう。よしよし、それでは汝は天帝の化身、玄真坊だから頭字と尻の字を取つて、天真坊様と云つたら何うだ、余り天真爛漫な身魂でもないけれどな。世の中を欺くには格好の名称だらう』 玄『ヤ、流石は山賊の親分丈あつて、可い所へ気がつくワイ。天真なる哉天真なる哉、只今から天真坊さまだぞ、可いか』 シャ『そんなら、天真坊様、何卒々々天下経綸の為にやつがれが謀師となり、機略縦横の神策を教へて下さい。そして現界は云ふも更なり、死後の世界迄も吾身の幸福ならむ事を御守護下さいませ。偏に懇願し奉ります。帰命頂礼、謹請再拝』 玄『コリヤコリヤ爺、さう俄に改まつちや、俺も何だか、ウーン……馬鹿にされてるやうな気がしてならないワ。併し丁寧な言葉を使はれると、からかはれてるとは知り乍ら、余り気分の悪くないものだ。言霊は神也とは実に能く云つたものだな、アハヽヽヽ』 シャ『天真坊様、御意に召しましたかな。ヤ、やつがれも無上の光栄で厶います。壮健なる御尊顔を拝し、やつがれ身にとり欣喜雀躍の至りに堪へませぬ、アツハヽヽヽ』 玄『オイ、其アツハヽヽヽ丈をのけてくれないか』 シャ『ハイ承知致しました。アツハヽヽヽ、ヤ、此アツハヽヽヽは撤回致します、アツハヽヽ。エー、どこ迄もアツハヽヽの奴追撃しやがる。コリヤ決して、此シャカンナが云つたのぢやない。悪からず御勘弁を願ひたい。イツヒヽヽ、エー、又イツヒヽヽヽの奴尾行し出したな、イツヒヽヽヽ』 (大正一三・一二・三新一二・二八於祥雲閣松村真澄録)
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(3002)
霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 19 絵姿 第一九章絵姿〔一七二一〕 十八年のお慈悲の牢を漸く脱出し、寵臣のアリナと共に、心ゆく迄山野の清遊を試み、其嬉しさと愉快さに帰路を忘れ、一切を忘却し、心の駒に打ち任せて、思はぬ深山の奥へ迷ひ込んだタラハン城の太子も、又太子の意を迎へて山野に案内し、方向に迷ひ、帰路を尋ねて連山重畳たる谷川を瞰下す山腹に月光を浴び乍ら、ライオンの声に心胆を奪はれ、忽ち恐怖心にかられ、顔色青ざめ、生きたる心地もなく、体内の地震を勃発したる左守の倅アリナも、山麓に漸く一炷の火光を認めて死線に立つて救ひの神に出会したるが如く、俄に勇気百倍し、太子を導いて、小柴を分け、漸く一つの隠れ家に辿りつき、主人の情に仍つて、形許りの萱葺の掘込建に一夜の宿泊を許され、いろいろと物語の末、十年以前カラピン王に仕へたる重臣なりし事を悟り、或は喜び或は驚きつつも、ヤツと心が落着き、綿の如く労れ切つたる身を横たへて、茲に露の滴る如き美青年は前後も知らず露の宿りについた。あゝ此主従二青年は其夜は如何なる夢路を辿つたであらうか。数奇な運命に見舞はれて、喜怒哀楽の風に翻弄され、天人忽ち地に降り、土中に潜む地虫は羽翼を生じて、喬木の枝に春を歌ふ。人生の七変化、口述者も筆者も読者も興味を以て、主従二人が夢の成行を聞かむと欲する所である。 雲上高く翼をうつ鳳凰も、霞の天海を浮游する丹頂の鶴も、土中に潜む虫けらも、恋には何の区別もなく、情の淵に七度八度、浮沈するは世の倣ひ、花にも月にも譬へ難きタラハン城内の太子と、背は少しく低く、色は少しく赤みを帯たれど、其容貌は見まがふ許り酷似せる左守の悴アリナが死力を尽しての珍しきローマンス。大正甲子の霜月の空に祥雲閣に例の如く横臥し乍ら、能く語り、能く写し、山色雲に連なる黎明の空を眺めつつ、言霊車に万年筆の機関銃を備へつけ乍ら、出口、松村、北村、加藤の四魂揃うて丹波名物の霧の海原分けてゆく。 シャカンナは珍しき客、只空の月日を友となし、松籟を世の音づれとして、最愛の娘と共に、一切の計画を放擲し、年来の志望を断念して、娘を力に深山の奥に打ちはてむものと覚悟の折柄、三代相恩の主君の寵子が、吾身に辛く当りし左守の悴と共に夢の庵を訪はれ、且つ喜び且驚き、太子に会うた嬉しさに、十年以前の左守ガンヂーが吾身に対せし冷酷なる振舞に出でしを酬ゐむとせし敵愾心も忠義の為にスラリと忘れ、思ひもよらぬ珍客と、夜の目も碌に眠り得ず、朝まだき篝火を要する刻限より、スバール姫と共に、まめまめしく朝餉の用意に取かかり、せめては旧恩の万分一に報ゐむと、貧弱なる材料を以て力限りの馳走を、僕のコルトンにも云ひつけず、自ら調理して献らむものと、心の限りを尽し、朝餉の調理に全力を尽してゐた。コルトンは今朝に限つて、炊事の業を免ぜられ、木の枝で作つた箒で以て、茅屋のまはりや庭先を掃き清め、恰も氏神の祭礼の前日か、大晦日の田舎の庭先の様に、掃目正しく、破れ草鞋の如くに隅から隅迄掃きちぎつてゐる。 コルトン『あーあ、何といふ不思議な事が出来たのだらう。一ケ月以前に玄真坊とか天真坊とかいふ糞蛸坊主が、女神様の様な女と共に、タニグク山の岩窟に乗込んで来て、大酒を喰ひ、酔つぶれた其隙に、俺に優しい言葉をかけ、チツと許り秋波を送つてくれた美人のナイスのシャンに、イヌだの、サルだの、カヘルだの、ネンネコだのと、仕様もない悪戯をされ、すつぱぬきを喰はされた時の三人の面付が、今も俺の目にや有り有りと残つてゐる。あの桃色縮緬を白い薄絹を通して眺める様な美人の顔色、白玉で拵へた様な細い麗しい肌理のこまかい美人の手から、鹿の巻筆ではないが、棕梠の毛で造つた手製の筆に、墨をすらせ、俺の額にサル、カヘルと記念の文字を残して帰りよつた。俺はいつ迄も此記念は吾額に止まれかし、一層の事肉に食ひ入つて、美人が情の筆の跡、仮令サルといはれやうが、カヘルと言はれやうが、そんな事に頓着はない。どうぞ何時迄も消えずにあれと祈つた甲斐もなく、いつの間にやら、スツカリと足がはへて、サル、カヘルといふつれなき羽目に会はされ、有情男子の俺も聊か罪を造つたが、日を重ぬると共に、煩悩の犬はどつかへ逃失せ、本心に立カヘル様になつた所だ。それに又々同じ十五夜に、天女にも擬ふ様なる白面郎が、二人も揃ふて此門口へ降つて来た時の驚きといつたら、未だ生れてから経験をつんだ事がない。余りの吃驚で、天狗の孫ではあるまいかと、いろいろ言葉を構へ、帰らしめむと、死力を尽して拒んでみた。それが何ぞや、親分御大の旧主人だとか、タラハン城の太子様だとか、左守の悴だとか、聞くに及んで二度吃驚、三度吃驚、五臓六腑はデングリ返り、何とはなく恐ろしさ勿体なさに、昨夜は床の上に休むのも勿体なくなり、土間に四這となつて、イヌ、カヘルの境遇に甘んじ、ヤツと一夜を明かし、御大に小言を頂戴するかと案じてゐたが、世の中は杏よりも桃が安いとか云つて、幸に御大の光る目玉の一睨みも、秋霜烈日の如き言霊も、何うやら斯うやら赦されたらしい。併し乍ら内のお嬢さまも、子供とはいひ、モウ十五の春を迎へてゐらつしやるのだ。そして夕の話に依れば、御大は十年以前迄、カラピン王の左守の司だつた様だ。流石お嬢さまも由緒ある家の生れとて、見れば見る程気品の高い、そして絶世の美人だ。太子と嬢さまとの中に、何だか妙な経緯が出来はせまいかな、どうも怪しく思はれる。法界恪気ぢやなけれ共、何だか腹立たしいやうな、可怪しい気分がして来出した哩。俺も今迄、御大の気に入り、何とかして養子にならうと、お嬢さまの成人を待つて居たのだが、最早今日となつては、どうやら怪しくなつて来た。俺の日頃の忠勤振りも、嬢さまに対する親切も、サツパリ峰の薄雲と消え去り相だ。百日の説法屁一つの効果も上らないのか、エー残念至極だ。雨の晨風の夕、お嬢さまお嬢さまと云つて、其成人を待ち、タニグク山の名花を手折らむものと楽み暮した事もサツパリ夢となつたか。あゝ残念や腹立たしや、何程俺が悧巧でも、一方は王の太子、而も旧御主人、其上玉の如うな美青年と来てるから、到底俺の敵ではない。地位名望から云つても、最早駄目だ。エー、テレ臭い、こんな所に何を苦んで、不便な生活を続ける必要があるか。手に持つ箒さへも自然に手がだるくなつて放れ相だ。エー、小鳥の声迄が、俺を馬鹿にしてる様に、今朝は聞えて来る。微風をうけて騒いでゐる木の葉も今朝は俺の失恋を嘲笑つてゐるやうにみえる。潺湲たる谷川の流れの音も、昨日迄は天女の音楽の如く楽しく聞えたが、今朝は何だか亡国の哀音に聞えて来た。希望にみちた俺の平生に比べて、失望落胆の淵におち込んだ今日の俺は、最早天も地も、大親分も、可憐なお嬢さまも、俺を見すてたやうな気がする。エー馬鹿らしい。今の間に密林に姿を隠し、どつかの空へ随徳寺をきめ込んでやらう。オヽさうぢやさうぢや、エヽけつたいの悪い』 と呟き乍ら、満腔の不平を箒に転じ、『エーこん畜生ツ』といひ乍ら、谷川めがけて力をこめて投げやり、黒い尻をひきまくり、二つ三つ打叩き乍ら、体をくの字に曲げ、腮を前の方に突出し、田螺のやうな歯を出して、二三回インインインとしやくり乍ら、早くも此場より姿を隠した。 太陽の高く頭上に輝く頃、太子、アリナの主従は漸く目を醒ました。 太子『あゝ爺、お蔭で昨夜は気楽に寝まして貰つた。どうやら之で元気が回復し、人間心地になつた様だ。白湯を一杯くれないか』 シャ『若君様、最早お目醒で厶いますか。どうぞゆつくりとお寝み下さいませ』 太『や、もう之で充分だ』 アリナ『昨夜はお蔭で、太子様のお招伴を致し、気楽に寝まして頂きました。此御恩はどこ迄も忘れませぬ』 シャ『オイ、コルトン、お客様にお湯を汲んで来い。コルトンは何をしてゐる』 幾度呼んでもコルトンの返詞がせぬ。干瓢頭も見せない。そこへスバール姫が稍小綺麗な衣服を着替へ、髪の紊れを解き上げ、花のやうな麗しい顔に笑を含んで、 スバール『若君様、お早う厶います。御家来のお方様、夜前は寝まれましたか。御存じの通りの茅屋で厶いますから、嘸々お二人様共、お寝み憎からうかと、案じ参らせて居りました。サアどうか渋茶をあがつて下さいませ』 と云ひ乍ら、手元をふるはせ、稍顔をそむけ気味に、恭しく太子に茶を汲んでささげた。太子は……床しき者よ、麗しいものよ……と思ひ乍ら、静に手を伸べて、スバールが差出す茶を受け取り、二三回フーフーと吹き乍ら、静かに呑み干した。 スバ『若君様、モ一つ何うで厶いますか』 太子『ヤ、構うてくれな、余が勝手に頂くから』 シャ『コラコラ、コルトン、何処へ行つたのだ。早く太子様に御挨拶を申上げぬか』 スバ『お父さま、コルトンは一時ばかし前に飛び出しましたよ。最早帰つて来る気遣は厶いませぬ』 シャ『ナニ、コルトンが逃げたといふのか、なぜお前は其時とめないのだ』 スバ『お父さま、妾、可い蚰蜒が逃たと思つて、とめなかつたのですよ。いつも妙な事をいつたり、厭らしい目付をして妾を見るのですもの。何だか其度毎に悪魔に襲はれるやうな気が致しまして、何時も胸が戦いてゐたのです。之でモウ親と子との水入らずで、こんな気楽な事は厶いませぬ。お父さま、コルトンがゐなくても妾が炊事万端を致しますから安心して下さい』 シャ『アハヽヽヽ、到頭、コルトンも山中生活に飽いて逃亡したかなア、無理もない。若い奴が何楽みもなく、こんな髭武者爺と辛抱してゐたのは、実に感心な者だつた。逃たとあらば追跡の必要もない。彼の自由に任しておいてやらう。アハヽヽヽ』 スバ『お父さま、コルトンは何時も、こんな事を云つてゐましたよ、……こんな山奥に不自由な生活をしてゐるのは、若い男として本当に約らないのだけれど、私が帰れば忽ちお父さまが困らつしやるだらう。併し乍ら一日も、こんな山住居はしたくないのだけれど、スバールさまの其美しい顔を、朝夕見るのが、唯一の慰安だ、命の種だ。それだから淋しい山奥も、淋しいと思はず喜んで親方さまの御用をしてゐるのだ……と、何時も申しましたよ』 シャ『アハヽヽヽ、女の子といふ者は油断のならぬものだな。美しい花には害虫がつき易い習ひ、娘を有つた親は中々油断は出来ぬ哩』 スバ『お父さま、そんな御心配は要りませぬ。何程初心こい娘だつて、子供上りだつて、あんな男の云ふ事を諾く者が厶いますか。太子様の……』 シャ『アハヽヽヽ、蔭裏の豆も時節が来れば花が咲くとやら、不思議なものだなア』 アリ『モシ、前左守様、斯うして太子様のお伴をして、一夜の雨宿りをさして頂いたのも、深い縁の結ばれた事で厶いませう。タラハン国の窮状を救ふ為、太子様のお伴をして、今一度都へ出で、国家の為に一肌ぬいで下さる訳には参りますまいか。嬢様も都見物を遊ばしたら、又お目が新しくなつて嘸お喜びで厶いませうから』 シャ『イヤ御親切は有難いが、仮令太子様のお慈悲の言葉に甘え、都へ出た所で、最早一切の権利は其方の父が掌握してゐる。十年も山住居をして、世の開明の風に後れた骨董品、到底国政の衝に当るなどとは、思ひもよらぬ事だ。却て大王様のお心を揉ませる様なものだから、御親切は有難いが、私はモウ此山奥で、娘と共に朽ちはてる積りだ。断じて都入は致しませぬ』 アリ『それはさうと、斯かる名花を山奥に老いさせるのは実に勿体ないぢやありませぬか。貴方も娘の出世は望まれるでせう。何時迄も此山奥に厶つては、貴方は老後を楽んで花鳥風月を友とし此山奥に簡易生活を楽み暮されるとした所で、莟の花のスバールさまを、此儘此処で一生を終らせるのは、何う思うても勿体ない。そんな事を仰せられずに、太子様を蔭乍ら守る為に都へ出て下さい。そして政治がお厭なれば、どつかの家に身を忍び、お嬢さまを守立て、立派な花になさつたら何うですか』 シャ『何と仰せられても、元来頑固な生れ付、一度厭と申せば何処迄も厭で厶る』 太『左守、余の頼みだから、余と共にタラハン城へ帰つてくれる気はないか』 シャ『ハイ、何と仰せられましても、之許りは平に御免を被りたう厶ります』 太『ウン、さうか、それ程厭がる者を、無理に伴れ帰るのは、却て無慈悲かも知れない。そんなら其方の意志に任す。帰つたら此アリナに珍らしい物でも持たして、御礼に参らすから……永らくお世話になつた。惜いけれども、帰らねばなるまい。併しシャカンナ、其方に一つの頼みがある。聞いては呉れまいかなア』 シャ『ハイ、如何なる事でも、最前お断り申した外の事ならば、力の及ぶ限り、御恩報じの為に承はりませう』 太『ヤ、早速の承引、満足々々、外でもないが、スバール嬢の姿が絵に写したい』 シャ『ナニ、スバールの姿を撮ると仰せられるのですか、金枝玉葉の御身を以て卑しき私共の娘の姿をお描き遊ばすとは、余り勿体ないお言葉。之許りは平にお断り申し上げませう。冥加に尽きますから』 太『何、さう遠慮するには及ばぬ。どうか余の頼みぢや、絵姿を描かしてくれ』 スバ『お父さま、若君様のお言葉、お否みなさるのは却て御無礼で厶いませう。妾は若君様の御筆に描かれたう厶いますワ』 アリ『ヤ、お嬢さま、天晴々々、出かされました。御本人の承諾ある限りは、モウこつちの物だ。サア若君様、日頃の妙筆をお揮ひ遊ばせ。私が墨をすりませう』 シャ『アハヽヽ、到頭娘も太子様のお眼鏡に叶ひ、絵姿を取つて頂くのか。ても偖も幸福な奴だなア』 スバールはいそいそとして、一張羅の美服に着替へ、門に出で、面白い形をした岩の傍に靠れ凭つて、太子の描写に任せた。太子はせつせと筆を運ばせ、殆んど一時許りにして、実物と見まがふ様な立派な絵姿を描き上げた。 太『ヤア、之で国許への土産が出来た。之を床の間にかけて、朝夕楽まう。ヤ、爺、一寸見てくれ、スバールに似てゐるかな』 シャカンナは『ハイ』と答へて、屋内から駆け出し、 シャ『ヤ、若君様、最早お描き上げになりましたか。……何とマア立派な御腕前、感じ入りまして厶います』 太『ハヽヽヽ、スバールに似てゐるかな』 シャ『どちらが実物だか、親の私でさへ見分けがつかない位、よく描けて居ります。太子様は大変な美術家で厶いますなア』 太『ハヽヽヽヽ』 アリ『学問と云ひ、芸術と云ひ、文才と云ひ、博愛慈善の御心といひ、勇壮活溌な御気象といひ、又と一人天下に肩を並ぶる者はありませぬよ。何から何迄完全無欠な御人格を備へてゐられます』 シャカンナは首を傾けて、絵画とスバールとを見比べ乍ら、感歎久しうして舌を巻いてゐる。主従は午後八つ時、パンを用意し、惜き別れを告げて、一先づ此庵を去る事となつた。太子は後振返り振返り、名残惜気に父娘の姿を眺めてゐる。シャカンナの父娘は又太子、アリナの後姿を首を伸ばして見送つてゐた。シャカンナは思はず知らず十間許り後を逐うてゐた。二人の姿は山裾の突出た小丘に隔てられ、遂に互の視線は全く離れて了つた。 主従は元気よく坂路を東へ東へと谷川の流れに沿ひ下つて行くと、途中に日はズツポリと暮れた。止むを得ず、路端の突出た石に腰打かけ、息を休めてゐると、何者共知れず、突然後方より現はれて太子の頭上を目当に、堅い沙羅双樹の幹で作つた杖を以て、骨も砕けと打ち下す。太子は惟神的に体をかわした。其途端に的が外れて、曲者は二人の前に杖を握つたまま地を叩いて、ひつくり返り、頭を打つて悲鳴をあげた。能く能く見れば豈計らむや、シャカンナの僕コルトンであつた。主従はコルトンを労はり起し、いろいろと道を説き諭し、将来を戒めて、又夜の路をトボトボと帰途に就いた。 (大正一三・一二・四新一二・二九於祥雲閣松村真澄録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 20 曲津の陋呵 第二〇章曲津の陋呵〔一七二二〕 タラハン城内カラピン王の御前に左守右守を初めとし、数多の重臣が薬鑵頭に湯気を立て太子が知らぬ間に殿内より姿を隠し、踪跡をくらました大椿事につき、いろいろと干からびた頭から下らぬ智慧を絞り出して小田原評定が初まつて居る。 カラピン王『時に左守殿、日頃憂鬱に沈んだ吾太子は今日で三日になつても、まだ帰つて来ないのは、どうしたものだらう。何か、いい考へはつかないかのう』 左守(ガンヂー)『ハイ、誠に恐れ入つた次第で厶ります。殿中監督の任にあり乍ら、此老臣、大王に対し奉り、死を以て謝するより外に道は厶いませぬ』 王『其方の悴も、まだ帰つて来ぬか。余は思ふに、日頃太子の気に入り、其方が悴とどつかの山奥へ踏み迷ふてゐるのではあるまいかのう』 左『不束な悴奴、太子様のお言葉に甘へ、いつも恐れ多くも友人気取りになつて振れ舞ひます。その不遜な行為を、臣は常に憂ひ、いろいろと折檻も致し警告も与へて居りますが、二つ目には薬鑵頭だの、骨董品だの、床の置物だのと、罵詈嘲笑を逞しふし、太子様の御寵愛を傘に着て親の云ふ事を聞きませぬ。誠に困つた不忠不義の痴者で厶います。もし今度幸ひに悴が帰りますれば密室に監禁し、よく物の道理を説き聞かせ、それでも聞き入れねば只一人の悴なれども王家のため、国家のため、臣が手にかけて、悴が命を絶ち、国の災を除く覚悟で厶います。どうか暫く御猶予を願ひます。何れ其中には無事御帰城遊ばすで厶いませうから』 王『ヤ、そちの悴も新教育とやらを受け、余程性質が悪くなつて来たやうだ。然し、吾太子も太子だ。平民主義だとか、平等主義だとか、国体に合ない囈言を申し、貴族生活が気に入らぬ等と駄々をこね、日夜不足さうな面貌を現はし、吾注意を馬耳東風と聞き流し、手におへない人物となつて了つた。之も全く余が一時悪霊に魂を魅せられ天地に容れざる残虐の罪を犯したその報いで、老後の身を以て、あるにあられぬ心の苦労をさせられてゐるのだらう。アヽどうなり行くも宿世の因縁だ。もう左守殿、あまり頭を痛めて呉れな。余も太子の事は只今限り断念する』 左『恐れ多き殿下のお言葉、臣下の吾々、何と申してお詫をすれば宜いやら、実に恐懼の至りで厶います』 王『右守殿、太子が帰らぬとすれば、何とか善後策を講じなくてはなるまい。其方の意見を聞き度いものだ。かかる一大事の場合、少しも遠慮は要らないから、其方が心の底を忌憚なく打明けて呉れよ』 右守(サクレンス)『ハイ恐れ入りまして厶います。太子様の御出奔以来、家中の面々を四方八方に派し、殿下の御行衛を捜索致させましたが、今に何の吉報も得ませぬ。今日で三日三夜、此右守も心を痛め、胸をなやまし、食事も碌にとれませぬ。翻つて国内の事情を顧みれば、到る所に民衆不平の声、いつ大事が勃発するかも知れない形勢になつて居ります。加ふるにバラモン軍が襲来するとの噂喧すしく、人心恟々として山川草木色を失ひ、将に阿鼻叫喚地獄を現出せむとするの形勢で厶います。斯くの如く国家多事多難の際に太子の君が御出奔遊ばされた事は我国家にとつては、痩児に蓮根と申さうか、泣面に蜂と申さうか、実に恐れ多き次第で厶います。風前の燈火にも等しきタラハン国の形勢、国家を未倒に救ひ、大廈の崩れむとするを支ふるのは、倒底一木一柱のよくすべき所では厶いませぬ。何分にも此際には上下一致、億兆一心、あらむ限りの誠心を捧げて国難に殉ずる覚悟が吾々初め、なくては叶ひませぬ。かかる危急存亡の際に、太子の君を唆かし奉り、殿内より誘き出したる左守殿の悴アリナこそは天地も赦さぬ大逆無道の悪臣で厶る。まづ国家民心を治むるには親疎の情を去り、上下の区別を撤廃し、真を真とし、偽を偽とし、悪を悪とし、公平無私的態度を以て賞罰を明かにし、天下に善政の模範を示さなくてはなりますまい。恐れ乍ら、臣は先づ第一着手として、左守の悴アリナの処分をなさねばならないだらうと考へます。ついてはその父たる左守殿は此際責任を感知し、闕下に罪を謝し、下は国民に対する言ひ訳の為め、進んで骸骨をお乞ひなさるが時宜に適したる最善の処為と考へます。否、国法の教ふる所と確信致します。殿下、何卒賢明なる御英断を以て、官規を振粛し頑迷無恥の官吏を退け、以て国民に殿下の名君たる事を周知せしめ度く存じまする』 王『イヤ、右守の言も一応尤もだが今日は未だ太子の行衛も分らず、又アリナの所在も分らぬ混沌の際だから、左守の処分は、さう急ぐには及ぶまい』 右『殿下の仰せでは厶いまするが、国家危急存亡の際、さやうな緩慢の御処置は却て国家を危くするものと考へます。何卒御英断を以て疾風迅雷的に解決し、快刀乱麻を断つの快挙に出られむ事を右守、謹んで言上仕ります』 王『汝右守のサクレンス、汝は王家を思ひ国家を思ふ、その熱誠は実に余は嘉賞する。併し乍ら我国家は余に及んで十五代、王統連綿として何の瑕瑾もなく、国民尊敬の中心となり、仮令小なりと雖タラハンの国家を維持して来たものだ。然るに今太子が貴族生活を嫌ひ、殿内を飛び出すやうになつては、最早王政も専制政治も到底永続する事は出来ない。仮令太子が帰城するにしても、彼は余が後をついでタラハン国に君臨する事は好まないだらう。一層の事、王女のバンナを後継者となし、適当なる養子を入れて、王家を継承させ度いと思ふが、左守、右守その他の重臣共は、どう考へるかな』 左『殿下の宸襟を悩ませ奉り、臣として、ノメノメ生命を長らへ殿下の御心配を坐視し奉るに忍びませぬ。右守の云はるる通り、実に臣と云ひ悴と云ひ、王家の仇国家の潰滅者で厶いますれば申訳のため、今御前に於て皺ツ腹をかき切り、万死の罪を謝し奉ります。右守殿、何卒国家の為忠勤を励んで下さい。殿下、左様ならば』 と云ふより早く用意の短刀、鞘を払つて左の脇腹につき立てむとする一刹那、王女バンナ姫は慌ただしく、簾の中より走り出で、 王女『左守ガンヂー早まるな。今死ぬる命を永らへ、王家のため国家のために何故誠を尽さないのか。死んで忠義になると思ふか。言ひ訳が立つと思ふか。血迷ふにも程があるぞや』 と鶴の一声、左守はハツト許りに両手をつき、白髪頭を床にすりつけ乍ら声を振はせ涙を絞り、述ぶる言葉もきれぎれに、 左『ハイ、誠に無作法な狼狽へた様をお目にかけまして申訳が厶いませぬ。何卒、御宥恕を願ひ奉ります』 右『アハヽヽヽ、左守殿、御卑怯では厶らぬか。一旦男子が決死の覚悟、仮令王女様の御言葉なればとて卑怯末練にも死を惜み、生の執着に憧れ給ふか。左様な女々しき魂を以て、よくも今迄左守の職が勤まりましたな。チツトは恥を知りなされ』 と悪逆無道の右守のサクレンスは左守の自殺を慫慂してゐる。彼は十年以前迄は左守のガンヂーが右守として仕へてゐた頃、家令に抜擢され、右守が左守に栄進すると共に自分も抜擢されて右守の重職に就いたのである。今日の地位を得たのは、全く現左守の斡旋によるものであつた。然るに心汚き右守は大恩あるガンヂーを邪魔物扱になし、今度の失敗につけ込み左守に詰腹を切らせ、自分がとつて左守に代り国政を自由自在に攪き乱し、時節を待つて王女バンナ姫に自分の弟エールを娶はせ吾一族を以て国家を左右し、自分は外戚となつて権勢を天下に輝かし、日頃の非望を達せむと企てたのである。 カラピン王は右守のサクレンスに右の如き野心あるとは夢にも知らず、危機一髪の際、国家を救ふは数多の重臣の中、此右守の外なしと、益々信任の度を厚うした。 されども流石に吾弟のエールを王位に上せ、バンナ姫と相並んで王家を継がせ、万機の政治を総統させる事は口には出し得なかつた。そこで彼は、ワザとに次のやうな事を御前会議の席で喋々喃々と喋りたて、王を初め重臣共の腹を探らうとした。 右『殿下に申上げます。「今日は国家のため遠慮会釈もなく言上せよ」との御令旨、参考のために、殿下を初め一同の重役達に吾意見を吐露致します。御採用下さらうと、下さるまいと、それは少しも臣の意に介する所では厶いませぬ。倩々天下の情勢を考へまするのに、世界の王国は次第々々に倒れ、何れも民衆政治、共和政体と代り行く現代の趨勢で厶います。加ふるに肝腎要の太子の君は平民主義がお好きでもあり、常に共産主義を唱道されてゐるやうで厶います。開国以来、十五代継続遊ばした此王家をして万代不易の基礎を固め王家の繁栄は日月と共に永遠無窮に、月の国の一角に光り輝くべく日夜祈願をこらしてゐましたが、最早今日となつては、どうも覚束ないやうな気分が致します。殿下を初め奉り、諸君の御意見は如何で厶いませうかな』 此意外なる言葉に王を初め左守、その他の重臣は水を打つたる如く黙然として大きな息さへせなかつた。暫くあつてカラピン王は顔面筋肉を緊張させ乍ら、 王『意外千万なる右守が言葉、天の命を受けて君臨したる我王室を廃し、共和政治を布かう等とは不臣不忠の至りだ。右守、汝も時代の悪風潮に感染し、良心の基礎がぐらつき出したと見える。左様な精神で、どうして我国家を支へる事が出来るか。よく考へて見よ』 此言葉に並ゐる老臣等は稍愁眉を開き、一斉に口を揃へて王の宣言に賛意を表した。左守は憤然として立上り両眼に涙を浮べ乍ら、右守の側近くニジリ寄り短刀の柄に手をかけ、声を慄はせ乍ら、 左『汝右守のサクレンス、徒に侫弁を揮ひ、表に忠臣義士を粧ひ、心に豺狼の爪牙を蔵する悪逆無道不忠不義の曲者奴、万代不易の王政を撤回し共和政体に変革せむとは何の囈言、不臣不忠の至り、もう此上は左守が死物狂ひ、汝が一命を断つて国家の禍根を絶滅せむ、覚悟致せ』 と云ふより早く右守に向つて飛びつかむとする。王女のバンナは又もや声をかけ、 王女『左守、暫らく待て、王様の御前であらうぞ。殿中の刃物三昧は国法の厳禁する所、血迷ふたか、狼狽へたか。左守、冷静に善悪理非を弁へよ』 左守は声を励まして、 左『王女様の厳命なれども、もとより不忠不義なる此左守、死して万死の罪を謝し奉る。ついては御法度を破る恐れは厶いませうが、此右守を残しておかば王家を亡ぼし国家を亡ぼす大逆者で厶れば、右守の命を絶つ考へで厶います。何卒此儀はお許し下さいませ』 と又もや斬つてかかる。右守は打驚き松の廊下の師直よろしく、 右守『左守殿、殿中で厶る殿中で厶る』 と連呼し乍ら彼方此方へ逃げまはる。重臣のハルチンは加古川本蔵よろしく、左守の後よりグツと強力に任せて抱きかかへ羽抱絞めにして了つた。左守は、 左『エー、放せ、邪魔召さるな。王家の一大事だ。国家の禍根を払ふのは此時で厶る』 とあせれど藻掻けど、強力のハルチンに抱きつかれ無念の歯噛みし乍らバタリと短刀を床上に落した。右守は此隙に乗じて雲を霞と卑怯未練にも逃げ出して了つた。 かく騒ぎの最中へ太子の君はアリナと共に悠然として城門を潜つた。今や生命からがら髪振り乱し、逃げ出して来た右守のサクレンスは狼狽の余り門口にてアリナの胸にドンと許りつきあたり、二人は共に門前の階段から、二三間許り下の街道へ転げ落ちた。幸ひにアリナは何の負傷もせなかつたが、右守のサクレンスは脛を折りノタノタと四這ひとなり生命カラガラ吾家を指して猫に追はれた鼠よろしく逃帰り行く。 (大正一三・一二・四新一二・二九於祥雲閣北村隆光録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 21 針灸思想 第二一章針灸思想〔一七二三〕 左守の悴アリナは、評議の結果一ケ月の謹慎を命ぜられ、父の館に閉ぢ籠められて居た。左守司のガンヂーも別に王からの咎めはなけれども、殿中を騒し右守と刃傷した其責任を負ひ、自ら門を閉ぢ謹慎を守つて居た。 ガンヂー『オイ悴、貴様は何と云ふ不埒な事を致したのだ。貴様がいつも太子の君を煽て上げ、共産主義だとか、人類愛善だとか、ハイカラ的の新思想を吹き込むものだから、あんな御精神におなり遊ばされ、万代不易の王統を継ぐ事をお嫌いなされ、殿内を飛び出し、上は大王殿下を始め奉り、此父や老臣共に心配をかけ上下を騒がした其罪は仲々浅くはないぞ。是から心を改むればよし、今迄の量見で居るならば太子のお側付は許されない。さうして吾家にも置く事は出来ない。些とは親の心にもなつて見て呉れ。王様の宸襟を悩まし奉り、老臣共に心配をさせ、殿内を騒がしたぢやないか』 アリナ『ハイ、如何にも父上のお言葉の通り、大王様に御心配をかけ、老臣を驚かせ殿内を騒がしましたのは事実で厶います。併し私は同じ殿内を騒がしても父上のやうな、刃傷などの乱暴は致しませぬ。お父さま、私に御意見下さるのならば、先づ貴方のお尻を拭ひ、自分の顔に留まつた蜂を払ひ、真面目になつて御教訓を願ひます。此親にして此子あり、親子が一致して、大王殿下の宸襟を悩まし奉り殿内を騒がしたのも、何かの因縁で厶いませうよ』 ガン『エヽ、ツベコベと訳も知らずに屁理窟を云ふな。お前と俺とは同じ殿内を騒がしたにしても訳が違ふのだ。天地霄壤、黒白、月鼈の差違が有るのだ。彼れ右守のサクレンス奴、王家の専制政治を廃し、共和政治を立てようなどと、大それた国賊的機略を弄し、殿下の宸襟を悩ませ奉つたによつて、俺は命を的に奸賊を誅伐せむと彼右守に斬りつけたのだ。貴様のやうに、大切な太子に種々のハイカラ的思想を注入し、太子の精神を惑乱し、遂には国家の一大事を惹起せむとするやうな悪逆無道の行為とは比べものにならぬのだ。確りと性念を据ゑて父の言葉を聞いたらよからうぞ。大王様は金枝玉葉の御身をもつて、汝一人の為に有るにあられぬ御苦心遊ばして厶るのだ。その悴の父たるこのガンヂーが、どうしてノメノメと生て居られやうか。お前がどうしても悔い改めて、太子の御心を翻さぬに於ては、もはや此父は自害して申し訳を立てねばならぬ羽目となつて居るのだ。不忠不義の極悪人とは貴様の事だ。どうしてまアこんな極悪人が俺の胤から生れたものだらうなア』 アリ『アハヽヽヽ。お父さま好く自分の今迄の行動を顧みて御覧なさい。さう、堂々と私に向つて、御意見は出来ますまい。お父さまは私が幼年の時迄は、右守の司と仕へてゐらつしやつたのでせう。其時に忠誠無比のシャカンナと云ふ左守の司様が国政を料理して厶つたでせう。亡くなられた王妃様は悪魔に魅られ、日に夜に残虐性が募り、遂には無辜の民を虐げ、憐れなる妊婦の腹を割いて胎児を剔ぐり出し、丸煮にして食膳に上ぼせ舌皷を打つて厶つたにも拘らず、死を決して直諫し奉る事も知らず、却つて王妃に媚び諂ひ、残忍性をしてますます増長せしめられたぢや厶いませぬか。国民の怨嗟の白羽の矢が王妃の狩の遊びの砌、天の一方より飛び来つて王妃の額を射ぬき其場で絶命し、国民は是を聞いて却つて喜んで密かに祝賀会を開いた事があるぢや厶いませぬか。それ程国民の怨嗟の的となつて居る王妃を嗾かした上、大王様に迄いろいろの悪い智慧を吹き込み……天誅の白羽の矢を左守の部下が射放つたものだ……などと無実の罪を着せ、大王の手をかつて左守の妻ハリスタ姫を斬り殺し、なほ飽き足らず左守の命を取らむとして果さず、遂に自分が取つて代つて洒々然として左守の職につかれたぢやありませぬか。夫さへあるに左守家の巨万の財産を全部没収し、自分が国民に信用を繋がんが為に頭の揉めない、腹の痛まない、彼の財産を国民に与へ、善の仮面を被り、悪行を遂行した極重悪人ぢや厶いませぬか。お父さまの為にシャカンナは可憐な娘と共に天下漂浪の旅に出で、今に其行方さへ知れないと云ふぢやありませぬか。貴方の前にては誰も彼も阿諛諂侫追従の有らむ限りを尽し、お髯の塵を払はむとする役人許りで厶いますが、彼等は面従腹背、蔭では、いづれも後向いては舌を出し言葉を極めてお父さまの悪逆無道を罵り、且つ憎んで居りますよ。タラハン国が今日の如く乱れかかつて来たのも皆、お父さまの責任ですよ。圧制と強圧と専制に便利な時代不相応の法律を作り、軍隊や警察や監獄の力で、今迄お父さまは国民の頭を抑へつけ、思想を圧迫し、あらむ限りの吾儘勝手を振舞つて来たぢやありませぬか。お父さまの悪徳が子供に報いて遂に累を王家に及ぼし、今日の悲惨の有様になつたのぢや厶いませぬか。お父さまこそ私の意見を聞いて翻然と悔い、忠誠の赤心と愛善の行ひに立ちかへつて貰ひたいものです。私はお父さまの口から御意見を聞くのは、恰度地獄の鬼が擦鉦を叩いて念仏を唱へて居るやうで滑稽で耐りませぬわ。いや寧ろ抱腹絶倒の至りで厶います、アハヽヽヽ』 ガン『これや悴、何と云ふ口巾の広い事を申すか。苟にも子として父の行為を云々し、くだらぬ意見口を叩くと云ふ事は、天地転倒も甚だしいではないか。「親と主人は無理を云ふものと思へ」との格言を何と心得て居るか。何と云ふても親父ぢやないか。善悪正邪に拘らず、親に反抗する奴は天下の不孝者だ。貴様も最早十八、些とは孝行と云ふ事を知れ。否忠義の道を弁へねばなるまいぞ』 アリ『お父さま、貴方は親と云ふ名の下に私を圧迫するのですか。吾子になればどんな無理難題を吹きかけても、それで道理が立つと思ひますか。そんな古い道徳主義は三百年も過去の事ですよ。こんな流儀で国政に当られては、数多の役人や国民共の迷惑が思ひやられます。私はお父さまの所謂、不孝者、不忠者になり度う厶います。……大孝は不孝に似たり。大忠は大逆に似たり。……と古の聖人も云つたぢや厶いませぬか。大義親を滅するとか云ふ諺も厶います。私は大義明分の為には親を捨てます。何時迄も其精神をお変へ下さらぬ以上は、親でも無ければ子でもありませぬ。私の方から貴方に向つて勘当を致しますよ』 ガン『これ悴、云はしておけば何処迄もつけ上り親を親とも思はぬ其暴言、手打ちに致して呉れるぞ』 アリ『お父さま、よいかげんに血迷つておきなさいませ。何を狼狽して居られるのです。アリナの身体は最早貴方の自由にはなりませぬ。私の身体は太子様の杖柱とお頼み遊ばす、タラハン城に無くてはならない国宝ですよ。もしお手打に遊ばす御所存ならば、大王殿下及び太子殿下のお許しを得た上になさいませ。太子殿下の寵臣を、何程左守だつて自由にする事は出来ますまい。それこそ貴方は不忠不義の大逆賊となるでせう』 ガン『不忠不義とは何たる暴言ぞ。貴様こそ万代不易の王家を覆へさむとする悪逆無道の曲者だ。不忠不義の逆賊だ。共産主義や平民主義を太子殿下に日夜吹き込んだ売国奴め、黙言おろう』 アリ『お父さま、天帝より賦与された私の言論機関を行使するのは私の自由の権利で厶います。今日の不完全極まる貴方の作つた法律でさへも言論集会の自由を認めて居るぢや厶いませぬか。左様な解らぬ事を仰有いましては耄碌爺と云はれても弁解の辞はありますまい。矛盾混沌、自家撞着も茲に至つて極まれりと云ふべしです。貴方は一体個人の人格を無視せむとして居られますが、国民としても、個人としても其個性を十分発達させ、天地の分霊としての働きを十二分に発揮させ、其自由の権を十分行使させねばならぬぢやありませぬか。夫れだのに、貴方は圧迫や威喝をもつて之を妨げむとするのは時代に疎い癲狂痴呆者と云はねばなりますまい』 ガン『お前は年が若いから政治の枢機に参加した事が無いから、左様な小理窟をこねるのだ。併し乍ら理論と実際とは大に違ふものだ。今頃の政治家を見よ、野にある時は時の政府の施設に対し、どうのかうのと極力反対を試み、民衆を煽て上げ遂に政府を乗つ取り、扨て国政を執つて見ると俄然と調子が変つて来て、野にあつて咆哮した主義主張もケロリと捨て、否放擲せなくてはならぬやうになるものだ。それだから世の中は議論と実際とは大に径庭のあるものだ。其間の消息も知らずに、青二才の分際として小田の蛙の鳴くやうにゴタゴタ云ふても納まらないぞ。総て政治の秘訣は圧迫に限るのだ』 アリ『どこ迄もお父さまは解らないのですな。理窟はどんなにでもつくものですよ。専制と圧迫を唯一の武器として治めて居たスラブはどうです。チヤイナはどうですか。既に已に滅亡したではありませぬか。世界各国競ふて共和主義をもつて治国の主義となし、次から次へと王政が亡びてゆく趨勢を見ても、時代の潮流は共和主義に向つて、急速力を以つて進んで居るぢやありませぬか、個人、個人を無視するやうで、どうして国家を治める事が出来ませうか。賢明なる太子殿下は早くも此点に気付かれ、王位を去つて庶民となり、個人として人間らしい生活をやつて見度いと望んでゐらつしやるのですよ。もうお父さま、貴方も好い加減に骸骨をお乞ひなさい。貴方が一日国政を料理さるればさるるだけ、それだけ国家は滅亡に向ふのです。国民の多くは……頑迷固陋の左守が一日も早く、此世を去れば一日丈国家の利益だ……と云ふて居りますよ』 ガン『お前は個人々々と云ふて盛に個人主義をまくし立てるが、個人主義が発達すればする程専制政治が必要ぢやないか。完全なる個人主義が発達し、生活し得る力が出来た所で、ほんの小つぽけな砂のやうなものだ。二十万の国民が、二十万粒の砂になつたやうなものだ。個々別々になつた砂は何程堅固でも団結力は有るまい。個人としてはよからうが、国家及団体としては実につまらぬものぢや。そこで、カラピン王家と云ふ大きな革袋が必要なのだ。この革袋に二十万粒の砂を入れ袋の口を固く縛り横槌などで強く叩きつけてこそ初めて一つの国家団体が固まるのぢやないか。革包の破れた袋は所謂支離滅裂何の力もない。それを貴様は破らうとする極重悪人だ。賢明なる殿下のそれ位の道理のお解りにならない筈は無いのだが、貴様が常に悪い思想を吹き込むものだから、あのやうな悪い精神におなりなされたのだ。云はば貴様はタラハン国を覆へす悪魔の張本だ。あゝもう仕方がない。死ぬにも死なれず、悴は何程説き聞かしても頑迷不霊にして時代を解せず、政治を知らず、何とした苦しい立場であらう』 アリ『お父様、煩悶苦悩の今日の境遇、私も同情致しますが、併し乍ら心の持ちやう一つで厶いますよ。些と郊外の散歩でもして、天地の芸術を御覧なさいませ、さうすれば些とは胸も開けて新しい思想が生れて来るでせう』 左守は青息吐息しながら、 『あゝあゝ兎やせむ角や線香の煙となつて、タラハンの国家は滅ぶのかなア』 (大正一三・一二・四新一二・二九於祥雲閣加藤明子録)
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霊界物語 67_午_ハルの湖/タラハン国の国政改革1 余白歌 余白歌 天国に吾籍ありとほこりつつ地獄にあるを知らぬ人あり〈序文(初版)〉 吾みたま地獄にありと悲める心は既に天国にあり〈総説(初版)〉 恋すてふことの天地の罪ならば世は曲津みの棲家とならむ〈総説(初版)〉 世の中に恋てふもののなかりせば平和の風は永遠に吹かまじ〈総説(初版)〉 恋愛を口にするさへ嫌ふといふ人は偽善の権化なりけり〈総説(初版)〉 誰も彼も竝べて愛する吾心をあやしと譏る人ぞいやしき〈第1章(初版)〉 村肝の心の底に光あらばすべての人を神と見るなり〈第1章(初版)〉 村肝の心くもれば世の中の人をことごと悪魔とぞ見る〈第3章(初版)〉 吾為せる太しき神業も現世の智慧に長けたる醜業と見る〈第4章(初版)〉 いかめしき掟をつくり世の人をおどせし宗教の終りはきにけり〈第5章(初版)〉 天地の神の功績は世の人を裁くにあらず救ふのみなる〈第5章(初版)〉 閉ざされし天の岩戸を開かむと伊都能売の神天降りましけり〈第5章(初版)〉 厳御魂瑞の御魂の開きたる大道にさやる醜の曲鬼〈第5章(初版)〉 祥き事の重なり来るか白鳥の空をかすめてわがやかた守る〈第6章(初版)〉 神に生き又恋に生き花に生き希望に生きて百年生きむ〈第7章(初版)〉 心なき人に語るな神秘なる貴の教の片端だにも〈第9章(初版)〉 何事も神のみむねに任すより人の践むべき良き道はなし〈第9章(初版)〉 世のために心を尽すわが身をば色眼鏡にて見る人ぞ憂き〈第11章(初版)〉 三五の月をながめて思ふかな生れたる日の夜の光を〈第11章(初版)〉 三五の月の光を友として辿り行かなむ道の奥処へ〈第12章(初版)〉 天地の神の恵みの雨降りぬ世に汚されし吾洗ふために〈第15章(初版)〉 黄金の玉を守れる五男神早く来よかし天恩郷へ〈第17章(初版)〉 苅薦の乱れし世をば正さむと伊都能売の神現れましにけり〈第17章(初版)〉 天国の柱は半ば立ちにけり後の六柱立つ日待たるる〈第18章(初版)〉 天国もまた霊国も神柱やうやく半ば立ち初めにけり〈第18章(初版)〉 天国を恐れて去りし醜人の今八衢に迷ふ魂あり〈第19章(初版)〉 天国の大神人を知らずして醜の曲霊に罪人迷ふ〈第19章(初版)〉 霊国の大御柱の一日も早く建てかし遷り行く世に〈第21章(初版)〉 只一人唯吾れ一人世のために独り立ちつつ一人を思ふ〈第21章(初版)〉 天国の十二の柱立たむまで霊山会場は淋しかるらむ〈第21章(初版)〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました]
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霊界物語 68_未_タラハン国の国政改革2 16 戦伝歌 第一六章戦伝歌〔一七四〇〕 『高天原に宮柱千木高知りて永久に 鎮まりゐます伊都能売の神の命を畏みて 山野河海を打渡り照国別に従ひて 河鹿峠や懐の谷間を越えて漸くに 祠の森に辿りつき山口浮木の森を越え ライオン川を打渡り葵の沼に照り渡る 月に心を清めつつ彼方此方の山々に 立籠りつつ国人を苦しめなやむ曲神を 言向和し梓弓引きて帰らぬハルの湖 玉の御舟に身を任せ数多の人を救ひつつ スガの港に上陸し神の教を伝へつつ[※第67巻第10章「スガの長者」参照] 又もや山野を打渡り照国別の師の君の 神の軍と合せむと夜を日についで進む折 巽の方に鬨の声炎々天を焦しつつ タラハン城市の大火災救はにやならぬと雄健びし 歩みを運ぶ折もあれ曲神共に遮られ 五日六日と徒にあらぬ月日を過しつつ 標渺千里の荒野原進み来るこそ勇ましき 天に日月冴え渡り下界を照らし玉はむと 心をなやませ玉へども中津御空に黒雲は 十重や二十重に塞がりて天津日影を隠しつつ 初夏の頃とは云ひ乍らまだ肌寒き秋心地 田の面に植し稲の苗発達あしく赤らみて 飢饉の凶兆を現はせりあゝ惟神々々 御霊幸ひましまして下万民の罪科を 許させ玉へ又上に立ちて覇張れる曲人の 心を清め罪をとり誠の人となさしめて 天の下には仇もなく暗も汚れもなき迄に 照らさせ玉へ惟神梅公別の宣伝使 厳の霊や瑞霊合せ玉ひてなりませる 伊都能売霊の大神の御前に慴伏し願ぎ奉る 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は割るるとも誠一つの三五の 神の教に従へばこの世の中に一として 怯ぢ恐るべきものはなし神が表に現はれて 神と鬼とを立別ける此世を造りし神直日 心も清き大直日只何事も人の世は 只惟神々々広き心に宣り直し 罪を見直し聞直し許して通る神の道 行手に曲の現はれて吾身に如何なる仇なすも 神の恵に包まれし誠の身魂何かあらむ 襲ひ来れよ曲津神戦ひ挑めよ大蛇共 吾には厳の備へあり生言霊の武器をもて 幾億万の魔軍も瞬く中にいと安く 言向和し進むべし三千世界の梅の花 一度に開く神の教開いて散りて実を結ぶ 月日と土の恩を知れ此世を救ふ生神は 高天原に現れませりあゝ勇しや勇しや 神の任しの宣伝使月の御国に降り来て いろいろ雑多の災や百の苦み甘受しつ 無人の境を行く如く春野を風の亘るごと 神の大道を開き行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 水車小屋の立番に雇はれてゐたカーク、サーマンの二人は宣伝歌の声を聞いて、少時耳を傾けてゐた。 カーク『オイ、サーマン、どうやらあの声は三五教の宣伝歌の声のやうだぞ。何とはなしに心持が悪くなつて来たぢやないか。もしもあんな奴が此処へでも、やつて来よつたら忽ち地下室の太子の遭難を看破し、俺等を霊縛とやらをかけ倒しておき、肝心の玉を掻攫へて、帰るかも知れないぞ。幸にして外の道を通ればいいが、どうやら馬に乗つて此方に来るやうな塩梅式だ。此奴ア何とか考へねばなるまいぞ』 サーマン『ウン、いかにも、身体がビクビク慄ひ出して来た。金玉寺の和尚が上京しさうになつて来たよ』 カ『向ふも宣伝使だ。宣伝使を追払ふには、此方も宣伝使の真似をせなくちやなるまい。霊を以て霊に対し、体を以て体に対し、力を以て力に対するのが神軍の兵法だからのう』 サ『宣伝歌を歌へと云つたつて、俺は不断から無信心だからウラル教の宣伝歌なんかチツとも知らぬわ。「飲めよ騒げよ一寸先や暗よ」位は知つてるが、それから先はネツカラ記憶に存してゐないからな』 カ『ナーニ、そこはいい加減に出鱈目を喋るのだ。声さへさしておけばいいのだ。余り明瞭した事を云ふとアラが見えて却て威厳のないものだ。チツタ訳の分らぬ事を囀る方が、余程奥があるやうに見えて、敵を退散させるのに最善の方法だ。マア貴様から一つやつて見よ。肝心要の正念場になりや、このカークさまが堂々と言霊を発射するから、先づ先陣として貴様が出鱈目の宣伝歌をやつて見い。まだ距離が遠いから何をやつてもいい、只歌らしく聞へたらよい。此方の歌が明瞭解るやうになつたら、俺が本陣を承はるのだ。いいか一つやつて見い』 サ『俺や貴様の知る通り牝鶏だから到底歌へないよ。どうか歌はお前の専門にしておいてくれ。一生の頼みだから』 カ『よし、歌へなら俺一人で引受けるが、その代り、此間取つた百円の中二十円は此方へ、歌賃として渡すだらうな』 サ『エー、二十円も出さにやならぬなら俺が歌つて見せる。その代り貴様も歌ふのだぞ。貴様が歌はねば此方へ二十円貰ふのだ』 カ『ヨシヨシもし俺がよう唄はなんだら百円でもやるわ。サア歌つたり歌つたり、敵は間近く押寄せたりだ、早く早く』 サ『エー、喧しい男だな。何分腹に貯蓄がないのだから、さう着々と出るものかい。嬶が子を産り出すのは、随分苦しいと云ふけど、何程難産と云つても腹の中にあるものを出すのだから易いものだ。俺等は腹にないものを出すのだから苦しいものだよ。アーア二十円の金儲けは辛いものだな』 カ『エー、グヅグヅ言はずに早く歌つたり歌つたり』 サ『飲めよ騒げよ一寸先や暗よ暗の後には月が出る つきはつきぢやが酒づきぢや俺のお嬶のサカヅキは 何処にあるかと尋ねたら草野ケ原の谷の底 お舟のやうな形した池の真中に島がある』 カ『馬鹿そんな宣伝歌が何有難い。もつとしつかり言はぬかい』 サ『生れてから初めての歌だもの、さううまく行くものかい。さう茶々を入れない。サア之からやり直しだ。しつかり聞け、 大宮山の神の森千木高知りて永久に をさまり玉ふ神さまは盤古神王と云ふ事だ 此神様はカラピンの大王様の氏神だ 扨て此頃は何としてあれ丈け力が無いのだらう 大切の大切の氏子さまカラピン王のお城まで 飛火が致して大切なお宝物が焼けたのは 神の守護のない証今は洋行が流行るので 神王様も沢山な旅費を拵へ船に乗り 常世の国へ渡つたかお宮の眷族八咫烏 一月前から一匹も森でカアカア鳴きよらぬ 只悲しげに杜鵑ホヽヽヽヽ亡ぶと鳴いてゐる 右守の司に頼まれてカラピン王の太子をば 懸賞付で縛り上げ地底の牢獄に繋いだは 皆俺等の功名だもし神さまが厶るなら 氏子と生れます太子をばこんな酷い目に会はしたら 必ず罰をあてるだらうチツとも祟のないのんは 神がお不在の証ぞやそれそれそれそれ宣伝歌 だんだんだんだん近うなつたオイオイカーク用意せよ 交代時間が迫つたぞ俺の宣伝歌は種ぎれだ もう此上は逆様に振つた処で虱さへ こぼれる気遣ひない程にどうやら鼻血が落ちさうだ 胸と腹とはガラガラと大騒擾が勃発し 地震雷火の車臍の辺りが熱うなつた お臍が茶でも沸かすのか暑くて苦しうて堪らない これこの通り汗が出るこらこらこらこらカーク奴 早く代つて歌はぬか白馬の姿が見え出した どうやら立派な宣伝使此方に向つて来るやうだ 盤古神王塩長彦の不在の神さまシツかりと 私の願を聞きなされいよいよ歌の種ぎれだ あゝ叶はぬ叶はない目玉が飛び出て来るやうだ オイ、カーク之で二十円の価値はあるだらう。サア早く貴様もやらぬかい。敵は間近に押寄せたぢやないか』 カ『よーし、俺の武者振を見て居れ、立派な歌だぞ、ヘン、 右守の司に仕へたる俺は誠のカークさま 頭をカーク恥をカーク終ひの果には疥癬カク 人に礼儀をカク奴は俺ではないぞや今ここに 吠面かわいて慄うてゐる小童野郎のサーマンだ カークの如き腰抜を俺の相棒にした奴は サツパリ向ふの見えぬ奴右守の司も気がきかぬ どことはなしに気がおくれ向ふ猪には矢が立たず 近く聞ゆる宣伝歌胸に響いてせつろしい いやいやまてまて之からだ捻鉢巻をリンとしめ 二つの腕に撚をかけドンドンドンと四股をふみ 三十六俵の真中を俺が陣屋と定めつつ いかなる強き敵軍が押よせ来るも追散らし 殴り倒して吼面をかわかせやるは目のあたり 盤古神王塩長彦の貴の大神守りませ あゝあ益々近よつたこんな処へ宣伝使 やつて来たならなんとせうどうか彼方の方角へ 迷うて行くやうにして欲しい誠の神があるならば 俺の願を聞くだらうこりやこりやサーマン地下室に 心を配れよ油断すな大切の玉を奪られては 後で言訳ない程にあゝ惟神々々 かうなる上は地下室に隠れて厶る太子こそ 却つて俺より幸福だほんとに怪体な声がする 彼奴の歌を聞く度に腹はグレグレグレついて 胸元苦く嘔げさうだ俄に頭が痛み出す 胸はつかへる腹痛む足の付根がガクガクと 遠慮もなしに慄ひ出すあゝ惟神々々 僅か百両の金貰うてこんな辛い目をさせられちや ほんとに誠につまらないあの百両は玉の緒の 命一つと掛替だ思へば思へば俺等の 命はお安いものだなあゝ惟神々々 叶はぬ叶はぬ、到底俺等の挺にも棒にも会ふ代物ではないわ。一層地下室に潜り込まうか。却つてこんな処におると宣伝使の目につき、首つ玉でも引抜かれちや大変だ。三十六計逃ぐるが奥の手、サーマンだつて地下室に潜り込んで土竜の真似をしてゐやがる。ナーニ俺一人頑張る必要があらうか』 と云ひ乍ら水車小屋の中に慌しく走り込みドンドンドンと地下室さして降り行く。 (大正一四・一・七新一・三〇於月光閣北村隆光録)
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霊界物語 69_申_南米ウヅの国の国政改革 01 大評定 第一章大評定〔一七四六〕 太平大西両洋に跨り、常世の波をせきとめて、割つた屠牛の片脚の如うにブラ下つてゐる南米大陸は、春夏はあつても秋冬の気候を知らぬ理想的の天国である。太洋より絶えず吹き来る清風は、塩分を含んで土地を益々豊饒ならしめ、人頭大の果実は随所に豊熟し、吾人が坐して尚余りある如き数多の花は四方に咲きみだれ、数万種の薬草は至る所の山野に芳香を放つて繁茂し、アマゾン河におち込む数千の支流には数十万種の魚族が棲息し、山には金銀銅鉄石炭等の鉱物を豊富に包蔵し、特に石炭の産額は全世界に其比を見ざる所である。乍併現今は未だ充分に採掘の方法が備はつてゐないので、可惜宝庫を地に委してゐる次第である。 アンデス山脈は高く雲表に聳え、海抜一万四五千尺より三万尺の高地がある。そして山の頂きには狭くて十里、広きは数十里に亘る高原が展開してゐる。樹木の数も我国より見れば仲々多い。又ブラジル国を流るるアマゾン河の川幅は、日本全国を縦に河中に放り込んでも、まだ余る様な世界一の大河である。特にペルウ、ブラジル、アルゼンチン等の原野には、日本の柿の木の如うな綿の木が所々に天然に繁茂し、青、黄、赤、紫、白等自然の色を保つた綿が年中梢にブラ下つてゐる。又竹の如きも日本内地のすすき株の様にかたまつて生え、太さは横に切つて、棺桶や手桶が造れる位である。蕗の如きは一枚の葉の下に十人位集まつて雨を凌ぐことが出来るやうなのがある。牛馬羊豚などは際限もなき原野に飼放しにされてゐるが、それでも持主はめいめい定まつてゐる。味の良き苺やバナナ、無花果などは少し低地になると厭になる程沢山に出来てゐる。そして猿に鹿、野猪などは白昼公然と人家近くよつて来て平気で遊んでゐる。鷹のやうな蝶や蝙蝠、又蜂のやうな蟆子、雀のやうな蜂、拳のやうな蠅が風のまにまに群をなしてやつて来ることもある。すべてが大陸的で日本人の目から見れば実に肝を冷すやうなこと計りである。乍併瑞月は伊予の国道後温泉のホテルの三階に横臥したまま目に映じたことを述べたに過ぎないから、或は間違つてゐるかも知れない。南米の事情に詳しき人が此物語を読んだならば、始めて其虚実が分るであらう。只霊眼に映じた儘を述べたに過ぎない。 三五教の宣伝使国依別命が、神素盞嗚大神、言依別命の命に依り、瑞の御霊の大神が八人乙女の末女末子姫に娶ひて、アルゼンチンの珍の都の国司となりしより、天下泰平国土成就して四民和楽し、珍の天国を永久に築き上げ、国民は国司の仁徳を慕ふて、天来の主師親と仰ぎ仕へまつることとなつてゐた。然るに常世の国よりウラル教の思想何時とはなく、交通の発達と共に輸入し来り、日を追ひ月を重ねて、漸く国内には妖蔽の兆を呈して来た。到る所に清家無用論や、乗馬階級撤廃論が勃発し、互に党を作り派を争ひ、さしもに平和なりしアルゼンチンは、漸く乱麻の如き世態を醸成するに至つたのである。国依別は漸く年老ひ、城内の歩行にも杖を用ゐるに至り頭に霜を戴き、前頭部は殆んど電燈の如くに光り出した。末子姫も漸く年老ひ、中婆さまとなつて了つた。国依別末子姫二人の中に国照別、春乃姫といふ一男一女があつた。国照別は父国依別の洒脱にして豪放な気分を受け、幼少より仁侠を以て処世の方針としてゐた。そして清家生活を非常に忌み嫌ひ、隙間があれば、城内をぬけ出し簡易なる平民生活をなさむと考へてゐたのである。 国司を補佐して忠実につとめてゐた松若彦、捨子姫も漸く年老ひ、松依別、常盤姫の二子をあげてゐた。そして松若彦の部下に伊佐彦、岩治別の左右の重職があつて、松若彦の政務を補佐しつつあつた。 神素盞嗚の大神が皇大神の経綸を 遂行せむと斎苑館後に眺めてはるばると 天の岩樟船に乗りアルゼンチンの珍の国 珍の都に天降りまし八人乙女の末子姫 国の司と定めつつ国依別の神司 夫と定めて合衾の式を挙げさせ勇み立ち 再びフサの産土の厳の館に帰りしゆ 三十三年の星霜を経にける今日の都路は 薨も高く立並び数十倍の人の家 建てひろがりて南米に並ぶ者無き大都会 交通機関は完成し数多の役所は立並び 大商店は櫛比して昔のおもかげ何処へやら うつて変りし繁栄に驚かざるはなかりけり 国依別と末子姫二人の中に生れたる 国照別や春乃姫容色衆にぬきんでて 珍の都の月花と南米諸国に鳴りわたり 若き男女の情緒をばそそりて血をばわかせたる 遠き神代の物語褥の上に横たはり 言霊車ころぶまに面白可笑しく述べて行く あゝ惟神々々御霊幸ひましませよ。 珍の都の高砂城内評定所の別室には、大老松若彦を始め、伊佐彦、岩治別の老中株が首を鳩めて秘密会議を開いてゐた。空はドンヨリとして何となく蒸暑く、一種異様の不快な零囲気が室内を包んでゐる。松若彦は二人の老中株に打向ひ、水ばなをすすり乍ら、骨と皮との赤黒い腕を前へニユツと出し、招猫宜しくの体で歯のぬけた口から、慄ひ慄ひ先づ火葢を切つた。 『御両所殿、今日は御多忙の処早朝より能く御来城下さつた。今日御招き申したのは、折入つて御両所に相談したきことがあつて、自分の決心を忌憚なく吐露し、御両所の御援助を得たいと思ふのだ』 と云ひ乍ら、コーヒーを一口グツと飲んで、顎鬚にしたたる露を、分の厚いタオルでクリクリと二三遍拭ふた。 伊佐『御老体の身を以て、何時も国家の重職に身命を捧げ下さる段、誠に感謝に堪へませぬ。そして今日吾々をお招きになつた御用件は如何なる事か存じませぬが、吾々の力の及ぶ事ならば、国司の為、珍の国の為、あらむ限りの努力を払ふで厶いませう』 松若『イヤ、それを聞いて松若彦安心を致した。岩治別殿、貴殿も亦伊佐彦殿と御同感で厶らうなア』 岩治『いかにも、左様、吾々は元より身命を君国の為に捧ぐる者、閣下の御言葉に対し一言半句たり共、違背致す道理は厶いませぬ。乍併今日の世は大に改まつて居ります。革新の気分が漲つて参りました。それ故慨世憂国の吾々、閣下の御言葉に依つては或は国家の将来を慮るについて背かねばならないかも分りませぬ。そこは予め御承知を願つておきます』 松若『成程貴殿の云はるる通り、今日の社会は昔日の社会ではない。日進月歩殆んど止まる所を知らない世の中の情勢で厶る。就ては松若彦が御両所に御相談と申すのは、御承知の通り老齢職に堪へず、大老の職を辞し、新進気鋭の御両所に吾が職を譲り、退隠の身となり、光風霽月を楽しみ、閑地につきたいと欲するからで厶る。何と御両所に於て吾が希望を容れ、後任者たる事を承諾しては下さるまいか』 伊佐『これは怪しからぬ閣下の仰せかな。閣下は珍一国の柱石では厶らぬか。上下の一致を欠き、清家と衆生との争闘烈しき今日、国家の重鎮たる閣下が今日の場合、万々一退隠さるる様の事あつては、それこそ乱れに紊れし国家はいやが上にも争乱を勃発し、社稷を危うするの端を開くのは最も明かなる道理で厶る。何卒此儀許りは思ひ止まつて頂きたう存じます』 松若『貴殿の勧告は一応尤も乍ら、老齢職に堪へざる身を以て国家重要の職に居り、後進者の進路を壅塞し、国内の零囲気をして益々腐乱せしむるは、拙者に於て忍びざる所、何卒々々吾希望を容れ、御両所の中に於て大老の職を預かつて貰ひたい』 岩治『成程、松若彦様のお言葉の通り、齢幾何もなき老人が国政を執るは国家の進運を妨ぐること最も甚しく、且惟神の大道に違反するものならば、お望みの通り御退隠なさいませ。拙者は実の所は数年前より只今のお言葉を期待して居りました。実に賢明なる閣下の御心事、イヤ早感激の至りに堪へませぬ』 伊佐彦は憤然として言葉をあららげ、 『コレハコレハ御両所共、以ての外のお言葉、左様な意志薄弱なる事では民を治むる事は出来ますまい。飽く迄も国家の為に犠牲的精神を発揮遊ばすのが大老の御聖職では厶らぬか。岩治別殿は松若彦様に対し、御諌言申上ぐることを忘れ、自ら其後釜に坐り、畏れ多くも、国司様の代理権を執行せむとする其心底野望の程、歴然と現はれて居りますぞ。左様な野心を有する役人が上にあつては、下益々乱れ遂には収拾す可らざる乱世となるでせう。拙者はあく迄も松若彦様の御留任を希望して止みませぬ』 岩治『これは怪しからぬ伊佐彦の言葉、拙者は決して野心なんか毛頭持つてゐませぬ。よく考へて御覧なさい。松若彦様は已に御頽齢、かやうな時には、新進気鋭の若者でなくては国家を支持し、民心をつなぐ事は出来ますまい。さすが賢明なる松若彦様、此間の消息を御推知遊ばされ、進んで自決の途に出でられたのは天晴国家の柱石と称讃申上ぐる外はありますまい。及ばずながら御心配下さるな。みごと拙者が松若彦の後任者となつて、上は国司に対し、下国民に対して、至真至粋至美至愛の善政を布き、珍の天地を神素盞嗚大神が降らせ玉ひし、昔の天国浄土に立直して御覧に入れませう』 伊佐『おだまりなされ。貴殿は老中の地位に在りと雖、無能無策、到底国家の重任に堪へざるは、上下一般の認むる所で厶る。常に大言壮語を吐き、私立大学を創立して不良青年を収容し、国家顛覆の根源を培ふ悪魔の張本、到底城中の政治を左右する人格者では厶らぬ。それだと云つて外に適任者はなし、御苦労乍ら松若彦様に今一度の御奮発を願はなくては、忽ち貴殿の如き非国家主義者が政権を掌握さるる事となつて了ふ。之れ国家の為に最も恐るべき大事変で厶る。貴殿にして一片報国の至誠あらば体よく老中の地位を去り、爵位を奉還し、野に下つて、民情をトクと視察し其上更めて意見を進言なされ。此伊佐彦のある限り、どこ迄も貴殿の欲望は遂げさせませぬぞ』 松若彦は心の中にて……到底今日の世の中、今迄通りではやつて行けないことは、百も千も承知してゐた。されど投槍思想を帯びた岩治別に政権を渡せば、忽ち国家の根底を覆すであらうし、真に国家を思ふ伊佐彦に政権を渡せば、時勢おくれの保守主義を振りまはし、益々民心離反の端を開くであらう、ハテ困つた事だなア、退くには退かれず進むにも進まれず、国内一般の民情を見れば、上げもおろしも、自分の力ではならなくなつて来た。到底清家政治や閥族政治のいつ迄も続くべき道理がない…否斯の如く乗馬階級の政治的権力は最早最後に瀕してゐる。何とかして国内の空気を一新し、人心の倦怠を救ひ、思想の悪化を緩和し、上下一致の新政を布きたいものだ。あゝ何うしたら可からうかな、……と水ばなをすすり、腕をくみて両眼よりは涙さへ滴らしてゐる。三人は何れも口を噤んで互に顔を見守つてゐる。 そこへ浴衣の上へ無雑作に三尺帯をグルグル巻にして鼻唄を唄ひながらやつて来たのは国照別であつた。 国照『ヨー、デクさまの御集会かな、到底、干からびた古い頭では、碌な相談もまとまりはしまい、…ヤアー松若彦、お前は泣いてゐるのか、お前もヤツパリ年が老つた加減か、余程涙つぽくなつただないか、……ヤア保守老中の伊佐彦に投槍老中の岩治別だな、…ヤ面白からう、一つ大議論をやつて退屈ざましに僕に聞かしてくれないか。僕も実の所は清家生活がイヤになつて、どつかへ飛出さうと思つてゐるのだが、何をいつても籠の鳥同様、近侍だとか、衛士だとか旧時代の遺物が僕の身辺にぶらついてゐるものだから、何うすることも出来やしない。之も要するに頭の古い大老の指図だらう。僕の親爺は、決してこんな窮屈なことは、好まない筈だ。オイ酒でも呑んで、いさぎようせぬかい。高砂城内で涙は禁物だからのう』 松若彦は手持無沙汰に涙をかくし乍ら二三間許り座をしざり、畳に頭をすりつけ乍ら、 『コレハコレハ、若君様で厶いますか、エライ御無礼を致しました。何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、無作法をお赦し下さいませ』 国照『オイ、爺、ソリヤ何をするのだ。左様な虚礼虚式的な事は、僕は大嫌ひだ。モウちつと活溌に直立不動の姿勢を執つて、簡単に挙手の礼をやつたら何うだ、余りまどろしいぢやないか』 松若『恐れ入りました。併し乍ら城内には城内の規則が厶いますから、有職故実を破る訳には参りませぬ。礼なくんば治まらずと申しまして、国家を治むるには礼儀が第一で厶いますから、之計りは何程お気に入らなくても許して頂かねばなりませぬ。之は珍の国の国粋とも申すべき重要なる政治の大本で厶います。礼儀なければ国家は直にみだれ、長幼の序は破れ、君臣父子夫婦の道は亡びて了ひます』 国照『ウンさうか、それも結構だが、お前が若しも国替をして、居らなくなつても、有職故実は保存されると思うてゐるのか、今日の人間の心はそんなまどろしい事は好まないよ。何事も手つ取早く埒をつける事が流行する世の中だ。昔の様に歌をよんだり、長袖を着てブラブラと遊んで居つた時代とは世の中が変つてゐる。昔の百倍も千倍も事務が煩雑になつてゐるのだから、そんな辛気臭い事は到底、永続すまいよ』 岩治『実に痛み入つたる若君様のお言葉、岩治別、実に感激に堪へませぬ。斯の如き若君様を得てこそ、珍の国家は万代不易、国家の隆昌を期する事が出来るでせう。親君様は最早御老齢、何時御上天遊ばすかも知れぬ此場合、賢明なる若君様の御心を承はり、岩治別、イヤもう、大変な喜びに打たれ、勇気が勃々として湧いて参りました。此若君にして此臣あり、老中の仲間に加へられたる吾々なれど、未だ心まで老耄はして居りませぬ。何卒若君様、微臣を御心にかけさせられ、重要事務は微臣に直接御命令下さいませ。松若彦殿は老齢職に堪へずとして、只今吾々の前に辞意をもらされました』 国照『ウンさうか、松若彦もモウ退いても可いだらう。伊佐彦も随分古い頭だから、此奴も駄目だし、岩治別は少し許り今日の時代に進みすぎてるやうでもあり、又遅れてるやうな所もあり、到底完全な政治はお前たちの腕では出来相もない。僕が親爺に勧告して退職をさせ、簡易なる平民生活に入れてやり、安楽な余生を送らせたいと思つてゐるのだから、一層のこと、お前たちも大老や老中なんか廃して、安逸な田園生活でもやつたら何うだ。僕も大に覚悟してゐるのだからな』 三人は国照別の顔を無言のまま、盗む様にして打守つてゐる。国照別は無雑作に、 『高砂城の床の置物、無神経質の骨董品殿、三人よれば文珠の智慧だ。トツクリと衆生の平和と幸福とを擁護し、人民の思想を善導すべく神算鬼謀を巡らしたが可からう。あゝ六かしい皺苦茶面を見て肩が凝つて来た。ドーラ、馬にでも乗つて馬場でもかけ廻つて来うかな』 と云ひすて、足音高く奥殿さして進み入る。後見送つて松若彦は又も涙を垂らし乍ら、 『肝心要の後継者たる若君様が、あのやうなお考へでは最早珍の国家は滅亡するより仕方ない。あゝ困つた事になつたものだ、なア伊佐彦殿』 伊佐彦は真青な顔して、唇をビリビリふるはせ乍ら禿げた頭をツルリと撫で、 『閣下の云はるる通り、困つた事で厶る。どうして珍の衆生を安穏ならしめ、お家を永遠に栄ゆべき方法を講じたら宜しう厶いませうか。深夜枕を擡げて国家の前途を思ひみれば、実に不安の情に堪へませぬ』 岩治『アツハヽヽ、此行詰つた現代を流通させ、衆生が皷腹撃壤の天国的歓楽に酔ひ、各業を楽む善政を布くは何でもない事で厶る。御両所等は斯う申すと憚り多いが、頑迷固陋にして時代を解し玉はざる為で厶いませう。時代の潮流を善導してさへ行けば、珍の衆生は国司の徳を慕ひ、忽ち天国の社会が展開されるは明かな事実で厶いますぞ。兎も角退隠遊ばすが国家の進展上第一の手段だと考へます。徒に旧套を墨守して衆生の心を抑へ、社会の進歩を妨ぐるに於ては何時如何なる大事が脚下から勃発するかも知れませぬぞ。拙者は決して自己の権利を得むが為、又は政権を壟断せむが為に論議するのではありませぬ。国家を救ふのは拙者の考ふる所を以て最善の方法と思ふからです。御両所に於かせられても、速に色眼鏡を撤回して拙者の真心を御透察下さらば、自らお疑が解けるでせう』 松若『侫弁を以て己が野心を遂行せむとする貴殿の内心、いつかないつかな、其手に乗る松若彦では厶らぬ。及ばず乍ら拙者は珍の国の柱石、かくなる上は最早御心配下さるな。拙者は命のあらむ限り、君国の為に、老齢乍ら奮闘努力致して見よう。就いては伊佐彦殿、今日只今より岩治別に対し、老中の職を解くから、貴殿もさう考へなされ。そして今後は何事も拙者と御相談な仕らう』 伊佐彦は喜色満面に泛べ乍ら、「ヤレ邪魔者が排斥された」……と云はぬ許りの態度にて、 『閣下の仰、御尤も千万、国家の為、謹んで祝し奉ります。岩治別殿、大老よりのお言葉、ヨモヤ違背は厶るまい。サア速に此場を退出召され』 と居丈高になつて罵つた。 岩治『これは怪しからぬ両所のお言葉、拙者は貴殿等より任命された者では厶らぬ。永年国務に鞅掌致した功労を思召され、国司より老中の列に加へられたる者、然るを大老の身を以て吾々に免職を言ひつくるとは、実に不届き千万では厶らぬか。貴殿等は神権を無視し、国政を私するものと言はれても遁るる言葉は厶りますまい。乱臣賊子とは貴殿等のことで厶る』 と居丈高になり声荒らげて睨めつけた。 松若彦、伊佐彦は目配せし乍ら、ソツと此場を立つて国依別国司の御殿に進み入る。 後に岩治別は双手を組み、越方行末のことなど思ひ浮かべて、慨世憂国の涙にくれてゐた。そこへ若君の国照別はあわただしく只一人入来り、 『オイ、岩治別殿、一時も早く裏門より逃れ出でよ。汝を捉へて獄に投ぜむと、二人の老耄爺が大目付を呼び出し手配りさしてゐる。サア、時遅れては取返しがつかぬ、早く早く』 とせき立てた。岩治別は挙手の礼を施し乍ら『ダンコン』と只一言を残し、夕暗を幸ひ、姿を変じて裏門より何処ともなく消えて了つた。 三五の月は東の山の端を照して、高砂城内の騒ぎを知らぬ顔にニコニコと眺めてゐる。 (大正一三・一・二二旧一二・一七於伊予山口氏邸、松村真澄録)
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霊界物語 69_申_南米ウヅの国の国政改革 02 老断 第二章老断〔一七四七〕 松若彦、伊佐彦の大老、老中株は数多の目付を指揮し、急進派の老中岩治別を捉へしめむとしたが、何時の間にやら耳ざとくも城内を脱け出し姿をかくして了つたので、心配は益々深くなり、煩悶苦悩の吐息をもらし、両人は再び評定所に卓子を囲んで、コーヒーをすすり乍ら善後策を協議してゐる。 松若彦は悲痛な声で、 『伊佐彦殿、国家は真に暴風の前の灯火に等しき危機に瀕したでは厶らぬか。少し許進歩した頭だ位に思つて、彼れ岩治別を老中に推薦し、国務の枢機に参加せしめむとし、彼を招いて吾退職を口実に意見を叩いてみれば、天地容れざる国家の逆賊、大野望を包蔵してゐる岩治別、如何にせば此珍の国家を泰山の安きにおく事が出来るであらうかな』 と早くも両眼より紅涙滂沱と滴らしてゐる。伊佐彦は深い吐息をつき乍ら、 『如何にも閣下のお言葉の通り、実に深憂に堪へませぬ。乍併最早かくなる上は閣下と拙者とあらむ限りの努力を以て国家を未倒に救ひ、国司の御心を慰め奉り、国民安堵の途を開かねばなりませぬ。乍併彼れ岩治別、敏捷にも罪の其身に及ばむことを前知し、鳩の如く鼠の如く、暗に紛れて姿を隠しました以上は、何れどつかの国の涯にひそみ、三平社や労働者、対命舎等を駆り集め、国家顛覆を企図し、己が欲望を達せむとして、時を俟ち捲土重来せむは案の内、何とか予防の方法…否彼を討滅の手段を講究しなくてはなりますまい。かかる天地容れざる逆賊を国内に放養しおくは、猛虎を野に放つよりは危険なことで厶りませう。閣下に於ては、定めて妙案奇策のおはしますことと存じますが…』 と心配気に松若彦の顔を眼鏡越に覗きあげ、光つた頭を右の手でツルリツルリと二三べん撫でまはし、薬鑵の尻を手巾で拭うた。 松若『本当に困つた事だ。最早斯うなる上は手ぬるい手段では駄目であらう。此城下に保安令を布き、目付やサグリを増員し貧民窟の隅々迄も、疑はしき者は否応言はさず拘引し、大老の権威を見せなくては、到底此人心を収攬することは望まれないであらう。現代の如き人心悪化の頂点に達した社会には、最早、煎薬や水薬の治療では駄目で厶る。外科的大手術を施し、彼等醜類を根底より剿滅し、国難を未然に防ぐより方法は厶るまい。幸ひ吾々は目付の権を手に握り、且有事の日には大名、士を使役するの特権を有し居れば、吾々の今日の立場として、最早懐柔も善政も駄目で厶らう』 伊佐『成程仰せ御尤も乍ら…私は考へます、先づ衆生の喜ぶ相談権を与へ、徳政案とか其外衆生の人気に投ずる政策を標榜し、以て今や破裂せむとする噴火口を防ぎ曠日瀰久、以て一時登りつめたる人心を倦ましめ、骨を抜き、血を絞り、元気を消耗せしめて、併して後絶対無限の権威を示しなば、さしもに熾烈なる衆生運動も、投槍思想も其の他の悪思想も首を擡ぐるに由なく自滅するで厶らう。閣下の御意見は如何で厶いまするか』 松若『拙者とても妄りに国家の干城を動員し、或は衆生を目付やサグリを以て鎮圧するは拙の拙なるものたる事は承知し居れ共、焦頭爛額の急に迫つた今日の場合、之より方法はあるまいと存ずるからだ。直相談案の餌に、民心を籠絡するも一策だらう、徳政案も一時の緩和剤となるだらう。今日は最早正直では執れない。某々の如き政治家は正直過ぎるから、何時も内甲を見すかされ、失敗を繰返し、遂には党の分裂を来したではないか。非常の時には非常の手段が必要だらう。伊佐彦殿、如何で厶らうかな』 伊佐『成程、今日の時局に対しては清廉潔白とか正直とか云ふ事は、害あつて益ないことで厶いませう。仰せの如く権謀術数、或は妥協政治を以て現代に処するのが最も賢明なる行方で厶いませう』 と次第に声が高くなり、両人は拳を握り、卓を叩いて花瓶にさした山吹の花弁を一面に散らしてゐる。そこへ軽装をして又もや国照別が現はれ来り、 国照『ハヽヽ御両所共、国家の為心慮を悩ませられ、国照別身に取り恐懼措く所を知らざる次第で厶います。何と云つても珍の国第一流の大政治家の巨頭の会合、定めて神案妙策がひねり出された事でせう』 と揶揄ひ始めた。二人は若君に茶化されて怒る訳にもゆかず、「チエー」と秘かに舌打し乍ら、ワザと謹厳な態度で椅子を離れ、直立して両手を帯の下あたりまで垂直に下げ、立礼を施し乍ら、 松若『若君様、能くこそ入らせられました。微臣等には国政上の問題に就き、秘密の相談も厶いますれば、どうか暫く、恐れ乍ら奥殿へ御帰り下さいませ』 伊佐『大老の仰せの如く、只今国務上の件に就き、大至急相談を要する場合で厶いますれば、恐れ乍らどうぞ少時お引取を願ひまする』 国照『ハヽヽ岩治別の投槍老中が消滅したので、定めて、円満な熟議が凝らされるだらう。ヤ、国家の為拙者は大慶至極に存ずる。併し乍ら両老に尋ねたい事がある』 松若『ハイ恐れ入りました。何事なり共御尋ね下さいませ』 国照『お前は今廊下で聞いて居れば、某々は正直すぎるから、党の内紛を醸し失敗したと云ふたぢやないか。正直すぎるとは、ソラ一体何の事か。要するに正直もよいが、チツとは詐欺もやれ、権謀術数を用ひなくては今日の政局は保てないといふのであらう。某の如く正直過ぎる為失敗したのならば、本望ではないか。上下一般の人間を詐つてまで、政権を掌握する必要がどこにあるか。正直過るといふ其意味を聞かして貰ひたいものだ』 とつめかけられ、両人は返答に詰まり、顔赤らめて、『ハイ』と云つたきり俯向いてゐる。 国照『ハヽヽ、ヨモヤ返答は出来ようまい。正直過ぎる政治家が用ひられない世の中だから、お前達の羽振が利くのだらう。そしてモ一つ問ひたい事がある……国家枢要の事務を協議してゐる最中だから、奥へ引取つてくれといつたでないか。なぜ政治の枢機に俺が参加することが出来ないのだ。若輩者と見くびつての故か、但しは俺を信用しないのか、言葉の上に於て若君々々と尊敬し乍ら、汝等の心中に於ては、已に俺を認めてゐないのか、サア其返答を聞かして貰はう』 と二の矢をさされて二人はグウの音も出ず、俯むいて慄うてゐる。 国照『アツハヽヽヽ、オイ、両人、薬鑵が漏つてゐるぢやないか、みつともないぞ。一層の事、両人共国家の為に老職を廃業して、市井の巷に下り、饂飩屋でもやつたらどうだ。それの方が余程国家の利益になるかも知れないぞ。岩治別のやうにトツトと尻をからげて退却した方が、何程衆生の気受がよいか分つたものぢやない。腐り鰯が火箸にひつついたやうに、いつ迄もコビリついてゐると、誰も見返る者がなくなつて了ふぞ。一にも権力、二にも暴力を唯一の武器として国政を維持するやうな事で、何うして王道仁政が布かれると思ふか。お前達の行る政治は所謂権道だ、覇道だ、強きを扶け、弱きを圧倒せむとする悪魔の政治だ。僕はお前達の陰謀を前知し岩治別に内報して裏門より遁走させ、お前達の計略の裏をかかしてやつたのだ。それが分らぬやうな事で、どうして一国の大老がつとまるか。沐猴の冠するといふは所謂デモ大老の状態を遺憾なく云ひ現はした言葉であらうよ、アツハヽヽ。テモ扨もつまらな相な……心配相な面付だのう。到底其顔は二年や三年では復興せうまいよ。自転倒島の震災の様に復興するのは容易だあるまい、アツハヽヽ』 松若彦は容を正し、 『コレハコレハ若君様の御諚とはいひ、余りに理不尽なお言葉、此老臣を見るに牛馬を以て遇せらるるは怪しからぬ事では厶らぬか。拙者は正鹿山津見神様の御代より祖先代々国政を預り、御母上末子姫様に此国土を奉還致し、御父上を迎へて国司と仰ぎ仕へまつり来りし者、外の臣下とは少しく違ひますぞ。如何に珍の国司の若君なればとて、拙者をさしおき、自由に施政方針をおきめ遊ばす事は事実に於て出来ないといふ不文律が定つて居りますぞ』 と祖先を引張出して気色ばみ乍ら一矢を酬うた。 国照別は平然として、 『ハツハヽヽヽ、昔の歴史を引張出して、何某の国司累代の後胤などといふ様なバラモン的言草は数十年過去の時代に用ゐられた言葉だ、さやうな古い脳味噌だから国家が治まらないのだ。今日珍の国の人心の荒んでゐるのは、要するに国司の罪でもない。此国は神様のお守りある以上、決して亡ぶるものではない。併し乍ら汝の如き没常識漢が上にある間は世はいつ迄も平安なることは望まれない。珍の国を今日の状態に導いたのは汝等の大責任であるぞ。能く両人共胸に手を当て、自ら省み、自ら悔い、其無能を恥ぢ、無智を覚り、時代に目を醒まし、天命を畏れ、以て最善の処決をしたが可からう。俺も何時迄も若君様では居られないのだから………』 松若『そらさうで厶いませう共、国司様は御老齢、何時も御病気勝、何時御上天遊ばすかも知れませぬ。さうなれば若君が一国の柱石、いつ迄も嬢や坊でも居られますまい。それだから少しは爺の云ふこともお耳に止めて頂かねばなりませぬ』 と顔の居ずまひを直し、仔細らしく述べ立てる。併し今国照別が………何時迄も若君様ではをられない……と云つたのは、近い内清家生活から放れ、民間に下つて徹底的に社会を改造せむと考へてゐた事をフツと漏らしたのである。併し乍ら両人は若君にそんな考へがあるとは神ならぬ身の夢にも知らなかつたので、此場は無難に済んだのである。 国照別は冷笑を泛べ乍ら、足音高く吾居間に帰つてゆく。後に二人は首を鳩め、声を低うして、 松若『伊佐彦殿、若君様があゝいふ御精神では吾々も到底職に止まることが出来ぬでは厶らぬか。一層のこと潔く辞職を致し、閑地については如何で厶らうかな』 伊佐『貴方のお言葉とも覚えませぬ。貴方は国司を補佐すべき御家柄の生れ、吾々の如き氏素性の卑しき者と同日に考へることは出来ますまい。仮令御退隠遊ばしても、内局組織の時には国司からもキツとお尋ねもあるだらうし、又腰抜の政治家共がお百度参りをしてお指図を仰ぎに行くでせうから、到底貴方は珍の国の政治圏外を脱することは出来ますまい。それが貴方の珍の国に対する忠誠で厶いますからな』 松若『なる程、それも思はぬではないが、余りのことで実は心が迷ふのだ。あゝ人生政治家となる勿れ……とはよく言つたものだなア』 と青い吐息をつく。 伊佐『御苦心御察し申します。併し乍ら国司様の前で、貴方は仮りにも辞意をお洩らしになつてはいけませぬぞ。御老齢の国司に御心配をかけては、臣子たる者の役がすみませぬからなア。それ丈は伊佐彦が命に替へても御注意を申上げておきます』 松若『いかにも貴殿の言はるる通りだ。併し乍ら進みもならず退きもならず、実に困つた世態になつたものだなア。アヽ何うしたら可からうかなア』 次の間から若い声で 『展開の道は只辞職の一途あるのみだ』 と叫ぶ声が聞えて来る。二人はハツと驚き耳欹てて考へ込んでゐる。少時すると、隔の襖を無雑作に押開き、浴衣の儘現はれ来たのは春乃姫であつた。 春乃『二人の老爺さま、お兄さまのあれ丈の御注意が未だ分らないのかい。本当に古い頭だね』 二人は春乃姫の顔を見るより、俄に威儀を正し、頭を下げ乍ら、 松若『恐れ入ります。何分任重くして徳足らず、実に国司様の御心慮を悩まし奉り、申し訳が厶いませぬ』 春乃『ホヽヽヽ嘘許り爺達は云ふぢやないか。任重くして徳足らぬといふ事の自覚がついてゐるのなら、なぜ早く挂冠をせないのか。今妾に云つた事は表面を飾る辞令にすぎないのだらう。任は重し、徳あり智あれ共時代の進展上此上施すべき手段なし、吾にして斯の如しとすれば、其他の末輩共が幾度出でて其任に当るとも、到底吾以上の政治はなし能はざるべし。忽ち国家を滅亡の淵に投入るるならむ。乃公出でずむば、此国家と蒼生を如何にせむ底の自負心にかられてゐるのだらう。それに違ひはあるまいがな、ホヽヽヽ。若い女の分際として経験深きお爺さま達に失礼なことを申しました。神直日大直日に見直し聞直し、速に許して頂戴ね。大きに失礼さま、ホヽヽヽヽ』 と笑ひ乍らスタスタと廊下を伝うて奥殿に進み入る。二人は少時熟議を凝した上、相携へて国司の居間に、何事か進言せむと進み行く。俄に聞ゆる警鐘乱打の声、フト廊下の高欄から城下を瞰下せば、遠方の方に黒煙天を焦し、可なり大きい火災が起つてゐる。 (大正一三・一・二二旧一二・一二・一七伊予於山口氏邸松村真澄録)
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霊界物語 69_申_南米ウヅの国の国政改革 12 悪原眠衆 第一二章悪原眠衆〔一七五七〕 松若彦は吾館の奥の間に捨子姫と共に、七むつかしい面をさらしてブツブツ小言を云ひ乍ら、愚痴つて居る。 『コレ捨子姫、お前の教育があまり放縦だから、悴の松依別は日日毎日変装して、悪原遊廓へ通ふなり、妹の常盤姫はお転婆になり、姫様の御用だとか云つて、家を外なる此頃の行状、之では清家の権威も保たれまい。チとしつかりして呉れぬと困るぢやないか。俺は政務が忙しいので子供の教育などにはかかつて居られない。子供の悪化するのは皆母親の教育が悪いからだ』 捨子『仰迄もなく、妾は充分の教育を施して居りますが、別に清家の悴、娘として恥しい様な育て方はして無いと考へて居ります』 松若彦は声を尖らし、 『悪原遊廓へ夜な夜な通ふ様な育て方をしておいて、それでも其方は良いと申すのか。非常識にも程があるぞよ』 捨子『悴も年頃の身分、最早妻帯をさせねばならぬ年頃で厶いますのに、貴方が何時も家庭が何うだの、資格が何うだのと、古めかしい事を仰有りますので、悴も失恋の結果自棄気味になつてるので厶います。悴の愛してる女は、貴方も御存じの饂飩屋の娘お福と云ふ者、其福の神を貴方は地位が釣合はぬとか云つて、家来を廻し圧迫的に縁をお切りになつたぢやありませぬか。それ故悴は失恋の結果、如何なる事を仕出かすかと、心配で夜の目も寝られ無かつたので厶います。世間にある慣ひ、失恋の結果淵川へ身を投げて無理心中をしたり、鉄道往生、或は鉄砲腹、首吊りなど失恋者の最後は色々厶います。それ故悴は如何するであらうかと心配致し三五の大神様に祈願をして居ました所、悴も神直日大直日に見直し聞直しが出来たと見えて、いきりぬきに悪原遊廓に通ふ様になつたのでせう。失恋者の行くべき結果としては最善の方法を選んだものだと感心を致して居ります』 松若『コレ捨子、イヤ婆ア殿、お前そんなこと正気で云つてるのか。家名を毀損する悴、手討に致しても飽き足らぬ奴、それに其方は賛成と見えるな、怪しからぬぢやないか。吾家は正鹿山津見様の御時代より珍一国の代理権を任され、権門勢家として今日迄伝はつて来た立派な家筋だ。其家筋に汚点を印する者ならば、何程大切な悴でも許すことは出来ないではないか』 捨子『それは数十年前の道徳律で厶いませう。道徳も政治も宗教も人情風俗も日進月歩の世の中、さういふカビの生えた思想は、今日では通用致しますまい。貴方は一国の宰相であり乍ら、さういふ古い頭で、良く衆生が納得する事だと、何時も不思議がつて居るので厶いますワ。幸に悴なり娘が時代相応の魂に生れてくれたので、まだしもそれを老後の楽みと致しまして、不平でならぬ月日を送つて居ります』 と何と思つたか、捨子姫も今日は捨鉢気味となつて、怯めず臆せずやつて退けた。松若彦は数十年添うて来た柔順な女房が、こんな思ひ切つた事を云はうとは夢にも知らず、始めての事なので、若や狂気したのではあるまいかと案じ出し、先づ何よりも逆らはぬが第一だ、先づ少し許り熱の冷める迄、彼の云ふ様にしてやらうかと心を定め、猫撫で声を出して、背を撫で乍ら、 松若『コレ捨子姫殿、お前の云ふ通りだ。テモ扨も明敏な頭脳だな。お前はチト激して居る様だから、今日はモウ何も云はない。ゆつくりと奥へ行つて静かに休んだが良からう』 捨子姫は松若彦の心を早くも読んで了つた。自分を逆上して居ると信じて居るのを幸ひ、日頃鬱積して居る自分の意見を全部此所で喋り立てて松若彦の決心を促さむと覚悟をきはめ、ワザと空とぼけて、 『ホヽヽヽ、あのマア御前様のむつかしいお顔わいの。妾は之から淵川へ身を投げて永のお別れを致しますから、どうぞ暇を下さいませ。暇をやらぬと仰有つても、妾が覚悟を定めた以上は舌を噛んでも死んで見せませう。マア死にたいワ、ホヽヽヽ。霊肉脱離の境を越え、一刻も早く天国に上り、清く楽しく第二の生活に入り度う厶います。アレアレ、エンゼル様が、黄金の扇を披いて妾に来れ来れと招いて居らつしやる。あゝ早く行き度いものだなア』 松若彦は益々驚いて、……あゝ此奴ア丸気違ひだ。仕方が無い、先づ機嫌を損じ無い様にせなくちやなるまい……と、 『アイヤ捨子姫殿、其方の云ふ通り、此松若彦はどんな事でも聞いて上げるから、天国なんか行かぬやうにして呉れ。年が老つてから女房に先立たれちや、淋しいからなア』 捨子『妾の云ふ事を、ハイハイと云つて、一言も反かず聞いて下さいますか』 松若『ウン、何でも聞いてやらう。遠慮なしに云つて見たが良からう』 捨子『そんなら申上げます。先づ第一に大老職を返上し、どうぞ妾と一緒に民間に下つて、衆生の怨府を遁れて下さいませ。そして衆生に政権をお渡し下さいますれば、衆生はキツト国司家を中心として立派な政治が行はれるで厶いませう』 松若彦は迷惑の体で面を顰めたが、エー併し乍ら逆らうて発動されちや堪らない。何でもいい、気違ひの云ふ事だから、ウンウンと云ふて置けば良い……とズルイ考へを起し、 松若『ウン、ヨシヨシ、何時でも返上する積りだ』 捨子『あゝ嬉しい事、流石は松若彦様、それでこそ妾の夫で厶いますワ。どうぞ御意の変らぬ内、大老職の辞表を認め、実印を捺して下さいませ。さうでなければ、妾は死んで天国へ参ります』 松若『チエ困つた気違ひだなア。先書いてやらねば治まらない。書いた所で出さなければ良いのだ』 と文机から料紙を取出し墨をすつて筆に墨し、大老の辞表をスラスラと書き認め、捨子姫の前で実印を押捺し、 松若『サア捨子姫、之で得心だらうなア』 捨子『ハイ得心で厶います。どうぞ其辞表を、妾に御渡し下さいませ』 松若『イヤイヤ斯うしておけば何時でも出せるのだ。若しお前に持たしておいて、そこらへ落とされては大変だから、先づ渡すこと丈は止めておかう』 捨子『それでは貴方は妾を詐つて居らつしやるのでせう。政権や顕職に恋々として居らつしやるのでせうがな』 松若彦は癪にさへて、 『エ、やかましい、きまつた事だ。今日の地位は決して此松若彦が得たのでない。言はば祖先の名代も同じ事だ。軽々しく俺一了見では左様な事が出来るものか。御先祖様を地下から呼び起し、お許しを受けずばなるまい。其方には八岐の大蛇が魅入つて居るのであらう。汚らはしい、そちらへ行けツ』 と焼糞になつて呶鳴りつけた。捨子姫は……老人を余り腹立てさすのも気の毒だ、ここらで幕の切所だ……と従順に沈黙に入つて了つた。松若彦は杖をつき乍ら、憂さ晴らしの為庭先の花を見むとて、二足三足外へ出た所へ家僕の新公が慌しく帰り来り、 『御前様へ申上げます』 松若彦は驚いて、 『ヤ、お前は新ぢやないか。其慌てた様子は何事ぞ。又プロ運動でもおつ始まつたのか』 此親爺、プロ運動が気に懸かると見えて、二つ目にはプロ運動が突発したのではないかと尋ねるのが此頃の習慣となつて居た。 新公『仰の如く、たつた今、赤切公園に於て、プロ階級演説会が始まり、大変な取締と衆生との衝突で、血まぶれ騒ぎが勃発致しました』 松若『ナアニ、プロ階級演説会?、そして血まぶれ騒ぎ、其後は何うなつた』 と云ひ乍ら、驚いて庭の敷石の上にドスンと尻餅をつき……『アイタタツタ』と面顰めて居る。 新公『お蔭で、其騒も鎮静致しましたが、不思議な事には、エンゼルだと云つて、白馬に跨り、妙齢の美人が現はれ……松若彦も悪いが、衆生も悪い……テな事を歌ひましたら、不思議な者でげすな、ピタリと争闘が止まりました。然しながら其エンゼルの顔が当家のお嬢様にソツクリでした。お乗り遊ばした馬も、お邸のに寸分違はぬ白馬で厶ります。若しも、お嬢様も宅に居られず白馬も居ないとすれば、テツキリ常磐姫様に間違ひ厶いますまい』 松若『今朝から姫も居らず、馬も居ないから、あのお転婆娘どつかの公園に散歩に行つたと思つて居たが、プロ運動に加はり居つたか。そして衆生の前に松若彦が悪いなどと云へば、火の中へ薪に油をかけて飛込む様なものだ。益々プロ運動を熾烈ならしめ、国家の基礎を危くする事になる。新公、若しも姫が帰つて来ても松若彦が許さぬ限り、一歩も入れてはならぬぞ。あーあ、子が無くて心配する親は無いが、子の為に親は心配せねばならぬか』 新公『御前様、子が有る為に御心配になりますか。さうすればお金のある為、爵位のある為には一入御心配で厶いませうな』 松若『爵位が有る為、黄金が有る為の心配は心配にはならぬ。此老体もそれある為に息をして居るのだ。アツハヽヽヽ』 と冷やかに笑ひ乍ら、杖を力にエチエチと奥の間さして進み入る。 新公は箒を手にし乍ら、独り呟いて居る。 『よい年をして執着心の深い老耄爺だな。国司様から貰つたお菓子も葡萄酒も、又沢山な政治家連や出入の者や乾児共から病気見舞だと云つて持つて来るサイダーにビール、林檎や菓子、一つも自分も喰はず人にも能う呉れやがらず、皆金にして郵便局に預け、金のたまるのを唯一の楽みとして居る欲惚け爺だから、サツパリ駄目だワイ。俺達にビールの一本も振舞つてよかりさうなものだのに、毎日日日車力に積んで売りにやりあがる。本当に吝な爺だ。それだから良うしたものだ、親辛労子楽、孫乞食と云つて、三代目になれば、此財産もスツカリ飛んで了ふのは今から見えて居る。松依別さまの此頃の悪原通ひと云つたら、本当に痛快だ。印形を盗み出しては銀行から金を出し、金銭を湯水の如くに使ひ、大尽遊びをやつて居らつしやるのに、欲に目が眩んで、何も知らずに居るとは可哀相なものだな。金を拵へて番する身魂と、金を使ふ身魂とがあると見えるワイ。アツハヽヽヽ』 と独り笑つて居る。其処へ馬に跨つて、悠々と帰つて来たのは盛装を凝らした常磐姫であつた。 新公『ヤ、お嬢さま、お帰りなさいませ。貴方はオレオン星座からお降りになつた、エンゼルの松代姫さまぢや厶りませぬかな』 常磐『ホヽヽヽ新さま、お前見て居たのかえ』 新公『ヘーヘー貴女のお芝居は此新公、目敏くも看破して居りましたが、然しながら衆生があれ丈不思議がつて居るのに、素破抜いちや面白うないと思つて、黙つて帰つて来ました。そして御前様に一寸話ました所、大変な御立腹で、……清家の娘がプロ運動の煽動をする様なことでは、此内へは入れられぬ、門前払を喰はせ……とそれはそれはえらい勢で厶いましたよ。マア一寸此門潜るのは見合はして頂きませう。御前様の代理権を持つて居りますから断じて入れませぬ』 常磐『ホヽヽヽ、大分面白うなつて来たね。さうすると父上は今日限り、お暇を下さるのだらうか。さうなれば、妾も願望成就だワ。そんなら、父上に、之つきり、お目にかかりませぬから、……随分御身を大切になさいませ……と云つたと伝へて呉れ、左様なら』 と駒の頭を立直し、出行かむとするを、新公は驚いて、 『あゝ、若し若しお嬢様、少時お待ち下さいませ。何程厳しく仰有つても、子の可愛ゆう無い親は厶いませぬ。貴方が御改心下さらば、キツトお許し下さいますから、御前様に伺つて来る迄、マアマア一寸御待ち下さいませ』 常磐『オイ新さま、折角解放された妾を、再び苦める様な事はして下さるな。父上の其伝言を聞く上は、妾も世界晴のしたやうな心持がして来た……左様なら、父上母上に宜しう云つてお呉れ』 と言ひ残し手綱かいくり、館の門前の階段を、『ハイハイ』と馬をいましめ乍ら降つて行く。其処へヅブ六に酔ふて、兄の松依別が懐手をし乍ら、三尺帯を尻のあたりに締め、自堕落な風をして、頬冠りを七分三分に被り、 『失恋したとて短気を出すな 悪原廓に花が咲く……と。 日々毎日悪原通ひ 早く親爺に死んで欲しい……と。 家の親爺は雪隠のそばの柿よ 渋うて汚うて細こてくはれない……と』 と千鳥足になつて、階段を昇つて来ると、妹の馬とベタリ出会し、 松依『こんな狭い所を馬に乗りやがつて、ドヽ何奴だい。見た所、一寸渋皮の剥けたナイスと見えるが、一寸馬から下りて来い。握手の一つもやつてやらア。エー、ゲー、アツプー、エー苦しい苦しい。なんぼ苦しいても美人の顔見りや気分が悪くないものだ』 常磐姫馬上より、 『あゝ見つともない、兄さまぢや厶いませぬか。妾は常磐姫で厶いますよ』 松依『時は今、親爺の亡ぶ間際哉……とか何とか仰有いましてね、……あゝ面白い面白い、これから帰んで、薬鑵頭のお小言を頂戴するのかな』 常磐『コレ兄さま、しつかりなさいませ。妹で厶いますよ』 松依『妹でも何でも構ふものか、……妹と背の中を隔つる吉野川……(唄)悪原通でいきりぬく』 常磐姫は止むを得ず、馬からヒラリと飛下り松依別の背を叩き乍ら、 『兄さま、しつかりして下さいませ、妾は之から父の怒に触れ、家出を致します。貴方はどうぞ両親に心を直して、良く仕へて下さいませ。之が此世の別れにならうも知れませぬから……』 と流石気丈の常磐姫も、涙に湿つた声を絞つて居る。松依別は始めて妹と悟り、俄に気がついた様に、 『ヤア妹か、一体何処へ行くのだ』 常磐『ハイ、父に勘当されましたので、之から誰憚らず、プロ運動にでも出かける積りで厶いますワ』 松依『ナアニ、プロ運動?結構々々、それも結構だが、悪原通ひも結構だらう。親爺の奴衆生の膏血を絞り、沢山の金を蓄て置きやがつたものだから、死ぬにも死ねず、行く所へも行けず苦んで居るから、チツと其金を浪費し、深い罪をチツトでも軽うしてやらうと思つて、今頻りに孝行運動の最中だ。お前も之からプロ運動をやり、親爺の内閣を倒し、チツと罪を取つてやれ。お前も之から親孝行を励むがよいぞ、左様なら……』 と又もや門をくぐり、 松依別『兄は悪原妹の奴は プロ運動で孝行する……と』 新公は箒を持つた儘、庭園の隅つこから走つて来て、 『若様、御前様が大変な御立腹で厶います。どうぞ着物を着替へて、お這入り下さいませぬと、其ザマでお這入りになつては、大な雷が落ちます。すると吾々迄が迷惑致しますから、チツと低い声でものを仰有つて下さいませ』 松依『エツヘヽヽヽ、面白いな、胸がスイとする様な雷に一遍落ちて貰ひたいものだ。……地震雷火事親爺、親爺が恐くて大神楽が見られぬ……と、アーア碌でもない酒を無茶苦茶に、お里の女奴強ひるものだから、内へ帰つても未だ酒の気が残つてけつかる。あ然し愉快だ、……オイ親爺、妹を放り出して、どうする積りだ。妹を放り出すのなら、何故兄から放り出さぬのぢやい。よう放り出さぬのか、俺の方から放り出てやらうか』 とダミ声を振上げて呶鳴つて居る。松若彦は何だか妙な声が屋外に聞えるので、杖をついて現はれ来り、窓からソツと覗いて、松依別の姿に肝を潰し、『アツ』と云つた儘其場に倒れ、したたか腰を打つて、ウンウンと唸つて居る。館の中は上を下への大騒動、水よ薬よ医者よと、家令や家扶家従の面々が自動車や自用俥を飛ばして大活動を始め出した。松依別は懐手をし乍ら、ブラリブラリと又もや門口指して出て行く。 (大正一三・一・二三旧一二・一二・一八伊予於山口氏邸、松村真澄録)
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霊界物語 70_酉_トルマン国の国政改革 01 信人権 第一章信人権〔一七六八〕 往古文化の中心、仏祖の出現地なる七千余ケ国をかためて一団となしたる印度は浄行、刹帝利、首陀、毘舎其他各種の階級が設けられて居た。殊に印度はバラモン教の根元地とも云ふべき国である。さうしてウラル教はデカタン高原の一角に、相当に勢力を保ち、バラモン教の本城ハルナの都に向つて、ややもすれば教線を拡張し、大黒主の根底を覆へさむとするの慨があつた。茲に大黒主は宣伝将軍を四方に遣し、殊にこの方面は大足別将軍に数千の兵を与へて討伐のみを主たる目的にて出発せしめたのである。扨てデカタン高原内の最も土地肥たるトルマン国は余り大なる区域ではないが、相当に沢山な人が住んで居る。さうして地理上の関係からウラル教を奉じて居た。トルマン国の王の名はガーデンと云ふ。ガーデンはウラル教を信ずるでもなく、又排斥するでもなく、祖先伝来の宗教として、弔ひの儀式にのみ用ふる位の観念を持つて居た。然るに国民の過半数はウラル教を奉じ、一部分はバラモン教に入り、二三分通りはスコブツエン宗に新に入信する事となり、其勢ひは燎原を焼く火の如くであつた。ハルナの都の大黒主はバラモン教の宣伝使を遣はして、トルマン国を全部バラモンの勢力範囲になさむものと、いろいろ苦心の結果、到底バラモンの名にてはこの国の人心に投じない事を悟り、狡猾にして万事抜目のない大黒主は、日頃手慣けおいた、寵臣のキユーバーに命じ、バラモン教の名を避けて、スコブツエン宗と云ふ、変名同主義の宗教を築かせ、先づ第一にトルマン王を帰順せしめむと百方尽力して居たのである。トルマン王のガーデンには千草姫と云ふ王妃があり、太子はチウイン、王女はチンレイと云つた。左守の司をフーランと云ひ、妻モクレンとの中にテイラと云ふ一人娘があつた。右守の司はスマンヂーと云ひ妻は已に此世を去り、ハリスと云ふ一人の娘をもつて居た。然るに王を初め、左守右守はバラモン教はもとより、スコブツエン宗には何程勧められても入信せず、体的方面の政治のみに没頭して居たのである。茲にバラモン軍の大足別が、俄にトルマン城の攻撃を開始した経緯について、其大略を述べて見ようと思ふ。 トルマン城を去る十数里を隔てた、或小さき山里の古ぼけた祠の前で、二人の首陀が何事か頻に囁き合つて居た。春の初とは云へど、未だ風は寒く青草の芽は去年の記念物たる長い枯草の間から細長く空を覗いて居る。 レール『信仰的に自覚した吾々の擡頭を見て、バラモン階級の鬼畜どもは周章狼狽し、尠からず戦慄し恐怖を感じたものと見える。彼奴等は自分等の占有せる支配の地位たる宗教上、経済上より顛覆しつつある己れ自身を解し、哀れ至極にも泣き面をかわき、勃興せる三五運動の大征伐に向つて今や死物狂ひになつて居る。溺れむとするものは毒蛇の尻尾でも生命限りに掴まむとするものである、諺通りの彼奴等の狂態は、噴飯の価値以外には全くゼロだ』 マーク『さうだねー、浪速節語の屁放爺……………に奏任待遇を与へたり、若衆に僧服を纒はせたり、老衆に民風作興を卸売りしたり、糞造機の似而非宗教家に思想善導の元売捌きを許したのを見ても、愈彼奴等が境遇を暴露せるもので、思へば実に哀れな次第ではないか。是を見ても今迄に虐げられた吾々三五教徒に取つては溜飲が下がる様だ、痛快千万だアハヽヽヽ。併し乍ら今日の場合吾々は毫も油断は出来ない。尚ほ層一層この運動に大努力を要する天下別目の時期だ。バラモン教徒の滅亡は自業自得の結果として拱手傍観すべきでは無い。自業自得の必然性を認むればこそ、且つ鼬の最期屁の害毒の甚大なるを悟ればこそ、吾々は最善の戦法を選んで一刻も早く宗教戦の勝利を得るやうに、奮闘努力せなければならぬ。彼奴等のこの自業自得の収獲こそ人類史上、最大罪悪の裁判の結果で、一点の恕すべき所はないのだ。只吾々は彼奴らの滅亡を一日も早く断行し、促進することが寧ろ彼奴等に対してせめてもの優遇だ、弔ひだ、ハナムケともなるべき慈善だ。アハヽヽヽ』 レ『俺等仲間の第一癪に障る事は暴利の権化とも云ふべきブル的宗教家の今日のやり方だ。好景気時代に、己れ先づシコタマ信徒の油を搾り懐中をふくらせやがつて、最後にお義理的に申訳的に、渋々吾々三五教信者へホンの鼻糞ほどのお守り札を呉れよつて、恩情主義だの何のと臆面もなく誤託を吐き、俺等の汗や油を搾つて妾宅を造り、栄華の夢に酔ひ潰れ、一朝不景気風が吹き初めると、何は扨て置きイの一番にお札の値下げだの、お払ひ箱だのと大鉈を振り上げ、人間の生命を制し、ミイラを製造しておき乍ら、己れは依然として甘い汁をシコタマ吸収し、そして吐すことを聞けば………宗教界に不景気風が吹き荒み、真価は日を追ふて暴落として来た。こんな悪現象を招来した原因は信仰律低下と、教義の余りに高尚に過ぐるからだ………と吐きやがるのだ。そして洒々として澄まし込んで居やがる。ブル宗教家連中も矢張り吾々同様に白い米を喰つて黄色い糞を垂れる人間の片割れだ。こんな奴が覇張つて居る宗教界は何時になつても駄目だないか』 マ『そりや其の通りだ、俺も同感だ。併し今日の僧侶共は実に怪しからぬ代物ではないか。俺等の仲間に対して吐すことには、「お前等の如うな悪信仰の没分暁漢連が八釜敷云つて飛び廻るものだから、宗教は日に月に悪化し混乱状態に陥るのだ」と吐きやがる。こんな僧侶の盲目共は、梵鐘を鳴らしたから火事が起つたと吐かす没分暁漢だ。更に又「人間社会に貧乏と云ふ怪物が現はれるのは、食物の生産力に比して人口の加増率が一層多き為だから、是を救済する唯一の良法は貧乏人等が節制して、余り沢山な子を産まない様にするのが、社会救治策の最善なる方法手段だ」と主張する馬鹿な学者も現はれて来た。さて何れも理窟は抜きにして、斯の如き坊主が社会に公然として生存し得るのも、畢竟宗教家第一主義の社会なればこそだ、思へば涙の溢れる程有難きお目出度き次第だ。 バラモン主義の現代の社会に於て横綱たる、ブル宗教家力士の土俵入りに従ふ雑僧の太刀持や、露払ひを勤むる御用学者の出場なぞは、実に見物人の吾々に取つては立派で見事である。此土俵入りを拝見する為には、随分種々の美はしい名目で、過重な見料を否応なしに徴集されるのだから、吾々の貧弱な骨と皮との痩肉には錦上更に花を飾ると云ふお目出度い状態だ。アヽ吾々信徒はこのお目出度に対して祝福の言を述べねばならぬ。一層声を大きくして、横綱力士の今に土俵の外に転げ出て、手足を挫き吠面を曝らす幕切りを見たいものだ、アハヽヽヽ』 レ『一日も早くその土俵入りの盛観と幕切りを拝見したいものだ。腕を撫し固唾を呑み拳骨でも固めて………』 マ『それはさうとして、僕の友人なる首陀のバリー君に大喇嘛が「貴様は首陀の分際であり乍ら、浄行の言語を使用し、頭髪を長くしやがつて怪しからぬ奴だ」と云ふ罵詈雑言の末、如意棒をブラ下げた髯のある立派な番僧に散々つぱら毒付かれたのだ、「首陀のくせに浄行の語を使ひくさる」とは、首陀と浄行とは別国人だ。印度人では無いと云ふ以上に軽蔑の意味が充分に含まれて居るのだ。此番僧が大喇嘛から「浄行語を使ふ首陀は用捨なく蹴り倒せ、擲り付けよ」との命令を受けて居たか否かは別問題として、首陀向上運動の煽動者であることだけは君も知つて居るだらう。故に吾々は不逞首陀団と目されて居る憐れな運動者よりも、先づ所謂番僧連を、信徒安定の上から見て厳粛に取締らねば成るまいと思ふのだ。実に思ふても馬鹿々々しい問題だが、番僧連は片手で浄首融和会と云ふ魔酔薬を突出し、片手では「浄行語をエラソウに使ひくさるから」とて拳骨を突出して居るのだ。併し首陀向上団の連中から聞いて見ると、幸か不幸か魔酔薬も拳骨も余り好感を以て迎へられて居ないさうだ』 レ『僕はそれだから、近頃途上では成るべく浄行の番僧には会はない様にと注意してゐるのだ。「貴様は首陀階級の癖に俺の顔を見るとは生意気千万な奴だ」と直ぐに擲られるのが嫌だからだ。ホントに馬鹿々々しいぢや無いか』 マ『馬鹿らしい事と云つたら、一夕俺の亡妻の追悼会を催した事があつたが、数日の後に婆羅門総本山から、番僧が御出張遊ばされて「お宅の追悼会を少しも知らなかつた所、今日本山から散々に小言を云はれ、大に目玉の飛び出る程叱られた。それでお宅様の追悼会には誰々が集まつたか、どんな弔辞があつたか聞かして呉れろ」との仰せだ。僕は葬婚の礼儀さへ弁へ知らぬ番僧連にはホトホト呆れ返つて、開いた口が早速に閉まらなかつた。そこで余り業腹が立つので「幾ら番僧だつて葬式や婚儀にまで干渉する権利はありますまい。宗権を蹂躙するものだから、そんな事は答弁の限りでは御座らぬ」とキツパリ温順に云つて退けてやつた。さうすると斯の頓馬番僧、其翌朝から毎日六ケ敷御面相を遊ばして宅の表に如意棒をブラ下げ乍ら頑張つて御座るが、何れの目的がお在り遊ばすのか俺には合点が行かない。又その番僧の非常識なやり方を遊ばすのは、何の理由だか知る由もないが、大喇嘛から叱られた時は尚ほ「一層酷しく首陀向上会をヤツつけろ」と云ふ約束が番僧間の金科玉条とされて居るのか、兎にも角にも不都合な話だ。実に吾々には迷惑の至りだ。ウラナイバラニズムの好い見本だ。キヽヽヽだ』 レ『兎も角一日も早く吾々の向上運動を進めて、根本的に大運動、否荒料理のメスを振はなくては駄目だ。吾々首陀信徒は自滅するより外に進むべき道は無いのだ。何と云つても黴菌を怖れ、難病を避ける医学博士、毒蛇や毒草を避けて通る博物学者、テンデ貧乏人には接近しない活仏や、弱い者を虐める牧師の公々然として頭を擡げる暗黒世界だもの、況んや俗の俗たる婆羅門僧侶に於てをやだ。吾々は飽くまでも婆羅門どもの根城を根本の土台から転覆させん事には、信仰独立権を保持することさへ六ケしからうよ』 二人の三五信者なる首陀が盛に森蔭に腰を下ろして談じて居る所へ、錫杖をガチヤつかせて悠然と現はれたのは、婆羅門教の宣伝使キユーバーであつた。二人は宣伝使の姿を見るより又もやバラスパイが来よつたなーと、俄に話頭を転じて、 レール『この間死んだ俺の倅から幽冥通信があつたが、その音信に「地獄界は僧侶や牧師ばかりで満員だ。普通の人間では殺人、放火ぐらいなもので、余り罪が軽すぎて滅多に地獄に入れては呉れない。併し坊主や牧師なら其名称だけでも幾人でも割り込む事が出来る」とのことだつたよ』 キユーバー『君たちは今何を話して居ましたか、穏かならぬ事を喋つて居た様だなア。お前の姓名は何と云ふか、聞かして貰ひたいものだ』 レール『俺の名は俺だ、友人の名は友人だ。坊主は何処までも坊主だ。オイ兄弟、サア行かう』 と尻に帆かけて一目散に逃げ出した。キユーバー(急場)に迫つた時は三十六計の奥の手だと、頭を抱へてトントントンと畔路を倒けつ転びつ走り行く。 彼れ婆羅門教の宣伝使はスコブツエンと云ふ一派の宗旨を開いた新婆羅門の教祖であつて、婆羅門の大棟梁大黒主が意を承け、私に第二の準備に取りかかつたのである。大黒主は万々一婆羅門教が、ウラル教又は三五教に潰された時は、スコブツエン教に身を托すべく、彼れキユーバーに数多の機密費を与へ、且つ特殊の権利と地位を与へて、隠密の役目を申付けて居たのである。故に彼れキユーバーは何の不自由も感ぜず、傲然として高く止まり、官民を睥睨しつつ天下を横行濶歩して居たのである。大足別将軍も、彼れが特殊の地位に居ることと、絶大なる権威を大黒主に授与されて居る事を知つて居るので、抜目の無き大足別はキユーバーに対しては色々と媚びを呈し、且つ彼の前に出でては、殆ど従僕の如き態度を以て望み、維れ命維れ従ふのみであつた。 扨てキユーバーが東地の都の大黒主の内命を受けて開いて居る婆羅門教の別派、スコブツエン宗は由来難行苦行を以て神に奉仕の誠を捧ぐるものと為し、聞くだに恐ろしき苦行の教団である。百千の苦行を信徒に向つて強る点は、婆羅門教と少しも異りはないが、殊に甚だしき苦行は婦人がヱマスキユレート即ち男性化の修業で、変性男子の願を立てて女性たることを脱せむとする事が、最も重要とされて居る。其方法には卵巣除去法と乳房除却法とがあつて、卵巣除去法の修業になると、百人の中九十九人迄生命を殞すに至る、実に惨酷なる修業であり、乳房除却法に至つては、白熱せる火箸を以て婦人の乳房を焼き切るのである。斯くした者に対して教主及び重役人が婆羅門大神へ奉仕を標章するため焼印を押す。之を熱火の洗礼と称へて居る。斯くして切り落された乳房は聖壇に供へられ、之を捧げたる犠牲者は聖座に安置されて、神の如くに崇敬されるのである。そして聖晩餐の食物中には、乳房の断片が混ぜられ、会衆一同之を喫し終るや、犠牲者の周囲に熱狂せる舞踏が演ぜられるのである。その光景は実に凄惨極まるもので、正しき神々の所為でないことは之を見ても判るのである。抑も乳房は女性のシンボルであり、美のシンボルであり、又婦人生殖器の一部とさへ考へられて居た。畢竟、婦人を代表さるものは乳房だと云ふ観念の下に立てられた邪教なのである。印度に興つた宗教の説は概して、自我の世界は纒綿の世界であるとか、出纒の行と述ひ、無我と道ひ、空と謂ひ、解脱と曰ひ、涅槃と説つて所謂転迷開悟に専らなる諸々の宗教が発生するだけあつて、土地と気温の関係の然らしむる為か、印度と曰ふ国は恐ろしく美しい、且つ物凄く壮大な自然に包まれた、何百種かの人間が幾百種の階級を作り、幾百種の言語を使つて居る国だけあつて、樹上に三年、石の上に十年も立つたり坐つたりして居たり、穴の中の逆立を三ケ月間も続けて修行するとか、水ばかり呑んで生きるだけ生きるとか、木乃伊となるために氷雪の裡、岩角の上に飲食物を絶つて坐つて修行すると云ふやうな迷信、妄信、愚信、悪邪信の醗酵地であり、持戒、精進、禅定、忍辱などと八釜敷く叫び乍らも、淫靡、不浄、惰弱で始末に了へない国民性である。それ故に自然の結果としてスコブツエン宗の如きものが発生し得たのである。 彼れ教祖のキユーバーは凄い眼をギヨロつかしながら、レール、マークの二人の談話を耳敏くも聴き取つて、大黒主の国家を覆へすものと憂慮し、二人の逃げ行く姿を追跡せむと金剛杖を力に、一生懸命に焦慮出したのである。然るに彼の二人は逸早くも山林に姿を隠し、谷川の水を掬つて咽喉を潤しながら、 レール『オイ、マーク大変な奴に出会したものだないか。彼奴は大黒主の邸内に数年前まで出入して、大黒主の御覚え目出度かつたと云ふスコブツエン宗の親玉ぢやないか、下手に魔誤付いて居たら大黒主より重罰に処せられる危ない処だつた。彼んな坊主が何故あれほど威張り散らしよるのだらう。何故あんな不完全極まる宗教が亡びないのだらうか』 マーク『印度七千余国には幾百の小さい宗教があるが、何れの宗教も完全なものは一つも無いにきまつて居るよ。殊に彼の宗教は殊更不完全極まる未成品宗だから、命脈を保つて居るのだ。凡て不完全なものには将来発達すべき余地があり、未来があるのだ。完全は行詰りを意味し、結局滅亡の代名詞に外ならないのだ、アハヽヽヽ』 レ『さうすると吾々の運動も成功せない未完成の間が、花もあり、香もあり、実もあり、世人からも注目されるのだな。アハヽヽヽ』 マ『ナアニ俺達はブルジョア宗教やラマ階級に圧迫され苦しめられ、明敏な頭脳が滅茶苦茶になつたので、チツト許り小理窟を覚えて居るのを利用して、実は滅茶苦茶な革正運動をやるやうに成つたのだ。然し斯う曰ふ頭悩でなければ、創意創見は生れて来ないのだ。復古を叫ぶ人間は必ず覚明家だ。石火坊子団は即ち石下坊主団だ。日露協約の結果は白雪までも赤化したぢやないか、アハヽヽヽ。それだから吾々は天の表示を確信して驀地に進まむとするのだ。アヽ一日も早く吾々の目的を達成せなくては、到底吾々三五信者兼首陀向上会員は身の置き所がなくなつて了ふわ。「白雪も日露協約で赤く化し」』 かくて両人は又もやキユーバーの悪口に花を咲かせ、不平の焔を燃やす折しも、執念深いキユーバーの窺ひ寄る姿が木の間を透かしてチラチラと見え出したのに肝を潰し、尻はし折つて山林深く逃げ出して了つた。 (大正一四・二・一三旧一・二一加藤明子録)