| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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ひふみ神示 | 34_竜音の巻 | 第10帖 | 人間の肉体に他の霊が入って自由にしてゐるのだと、多くの霊覚者やサニワが信じてゐるなれど、事実そう見へるなれど、それは誤りであるぞ。人間の肉体は原則として真理の宿り給ふ神の生宮であるから、下級霊は中々に入ることは出来ん。例外はあるなれど、肉体霊、外部霊、副守護霊等の想念は、時によって動物的、幽界的となるものであるから、それと同一波調の動物的霊が感応する、感応はするが肉体の内部迄は入り込めない、しかし感応の度が強ければ入ったと同様に見へる状態となるのである。先祖霊も大体同様であるぞ。 |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 岩井温泉紀行歌 | 附録岩井温泉紀行歌 瑞月作 岩井温泉紀行歌 瑞の御魂に縁由ある壬戌の一月の 雪降りつもる銀世界黄金閣をあとにして 八日午前の巳の刻に身魂の垢を清めむと 岩井温泉さして行く湯浅篠原植芝や 松の大本の竹下氏恵みの風も福島の 近藤の湯治を送らむと信仰かたき石の宮 家並は古く朽ちぬれど名は新町の正中を 足並速き自動車に揺られて綾部の駅につく 汽笛一声汽車の窓記者の外山氏加藤女史 西村徳治を伴ひて心も勇む石原の駅 煙をあとに初瀬の橋飛びたつばかり進み行く 科戸の風の福知山聞くも恐ろし鬼ケ城 見捨てて走る山間の上川口や下夜久野 降り来る雪を突破して安全守る上夜久野 梁瀬を渡りゴウゴウと輪音も高き和田山や 篠竹しげる養父の駅八鹿江原を打ち過ぎて 外山に包みし豊岡の昇降客のいと多く 但馬名所の玄武洞右手にながめて城ノ崎の 温泉場を振り返へり竹野や佐津の駅も過ぎ 日本海をながむれば雪雲とほく香住駅 山腹包む鎧田の雪つむ景色面白久 谷を埋むる白雪は山陰寒気の表徴と ながめて走る汽車の窓煙草正宗菓子饅頭 お茶お茶弁当の売声に空しき腹を満たすとは ま坂思はぬまうけもの車のすみに居組つつ いよいよ汽車も申の刻岩美の駅に降りけり 雪より白きお梅さま雲井の上の雪の空 緩高梅の田舎道ホロの破れし自動車に 一行六人ぶるぶると自身神也屁の車 廻る駒屋の温泉宿湯治々々と月代の 一同夕餉も相済みて腹もポンポコ湯冠りの ヤレヤレヤレの拍子歌いと面白き雪の庭 なが夜を茲に明しける大正十年十二月 十の二日の未明新暦一月九日に 激しき吹雪降りすさみ寒さに凍えた瑞月は 炬燵の中の侘住居横に立ちつつ千早振 神世の奇しき物語外山加藤井上氏 筆を揃へてかくの通り ○ 来訪者名読込歌 温泉の神と現れませる出雲に坐す大己貴(出口王仁三郎) 岩井の湯口細くとも薬の王と聞えたる 神の仁慈の三ツ御魂心地も日々に朗かに 病の根まで断り払ふ効験は岩美に名西負ふ(西村徳治) 田舎の村の湯の御徳療治を加ねて藤くより(加藤明子) 明々つどひ遊び来る男子と女子の宿りたる これの駒屋の温泉は外に又なき客の山(外山豊二) 豊二暮す玉の井のこの上もなき御神徳(井上留五郎) 留る三階に五郎々々とねころびながら霊界の ありし昔の物語石より堅き信仰の(石渡馨) 丹波に馨る神の道常磐堅磐の岩よりも(岩淵久男) かたき誠の教の淵汲取るものは久方の 天より降る変性男子この世の峠や嵯峨の根に(嵯峨根民蔵) さまよふ民蔵救はむと誓ひ出ます神の世に 生れ大野は只ならじ深き因縁の著次郎く(大野只次郎) 田づね来て見よ神の村天地を兼太郎大神の(田村兼太郎) 黄色の色や白梅の佐和に佐木たる神の苑(佐々木清蔵) 清き蔵昔のそのままの紙より白くすがすがし(紙本鉄蔵) 世の大本の金鉄の身魂蔵めし万代の 亀のよはひの本宮山二代教主にかかりたる(亀山金太郎) 金勝要の太み神肌への色は山吹の 清郎比ぶるものもなき景色も藤や田子の浦(藤田武寿) よはひも今は武寿の古き昔を田どる時(古田時治) 治まる波路を加露ケ浜船にて越え来し三保の関(船越英一) 英米須の神を祭りたる山陰一の神霊地 稜威も高嶋あとに見て浪路を進むゆかしさよ(高嶋ゆか) 神の御魂を迎遠藤綾部に居ます牛虎の(遠藤虎吉) 神の吉詞をかしこみてやうやう平田にたどりつき 田植の中の道芝を神のま盛りに踏みて行く(植芝盛隆) 降々昇る旭影竹はなけれど松梅の(竹下斯芸琉) 御杖を下げて道草の斯芸琉野路を勇ぎよく 東の空の色良しと俊老いたまふ大教祖(東良俊) 桑原田原の道別けて喜び一行幽世を(桑原道善) 知食します大社栄ゆる松や神の田の(松田政治) 尊き政治を偲びつつ苔むす藤のいと高く(藤松良寛) からむ社の千代の松心持良く胸寛く 進む小林神の森秀づる尾の上の弥仙山(小林秀尾) 鶴山亀山右左神威を保つ一の鳥居(小林保一) 稲田の姫の命をば救ふて得たる村雲の(稲村寿美) 劔の光寿美渡り須賀の宮居を建了へて 横暴無道の悪神の山田の大蛇を斬放り(横山辰次郎) ひの川上に辰雲の光も殊にいち次郎く 神の功ぞ尊とけれ諸木の下を潜りたる(木下泉三) 谷の泉も素鵞の川三山の奥村芳りつつ(奥村芳夫) 夫婦はここに八雲立出雲八重垣つまごめに 八重垣作る八重垣の誉れは今にコン近藤(近藤繁敏) 栄えて繁る長の敏我日の本のあななひの 道を教へし大己貴浦安国の田のもしく(安田武平) 武力絶倫国平の鉾を皇孫に奉り 君の御尾前仕へなむこれの誓ひは万代も 田賀へじものと手を拍つて青紫垣にかくれたる(田賀鉄蔵) 事代主の金鉄の堅き御言蔵尊とけれ すぎ西むかしの物語神有村の老人に(西村菊蔵) 詳しく菊蔵ありがたき地の高天原にあれませる(原祐蔵) 神の祐蔵うれしみて詣でし一行十五人 神徳岡さぬ皇神の重き御命を拝しつつ(徳岡重光) 神の光を照さむと藤き山路や原野越え(藤原勇造) 勇み来る造艮の神の生宮直子刀自 社の前に田知よりて祈る誠の美千香る(前田美千香) この音づれを久方の雲井の空や土の上に(井上敏弘) いと敏やかに弘めかし神の真毛利は八洲国(毛利八弥) 弥常永に伝はりて栄え目出度瑞穂国 秋の足穂の御田代は太田の神に神習ひ(田代習) 教の苗を植付ける国常立大神の 高木勲を寿ぎて三柱神の神の教(高木寿三郎) 田中も山も佐嘉栄吉し五六七の御代に住山の(田中嘉栄吉) 人の心は泰平蔵雲井の上も葦原も(住山泰蔵) 熊蔵なき迄住渡る清けき富士の高山に(上原熊蔵) 金銀竜の二柱世人を真森田すけむと(住山竜二) 御心くまらせ玉ひつつ大矢嶋国栄えゆく(森田くま) 祥たき御代を松の世の浦安国の磯輪垣の(矢嶋ゆく) 秀妻の国蔵尊とけれ元気も吉田の一行は(松浦秀蔵) 身魂勝れて美はしく聖地を西にあとに見て(吉田勝美) 町や山村伝ひつつ又蔵降り来る五月雨を(西村伝蔵) おかして伊佐み田庭路の福知へ帰り喜一郎(伊佐田喜一郎) 途上つはりの心地して二代スミ子は澄渡る 石原の小泉すくひ上げ教祖手づから清泉を(小泉熊彦) 口に富熊せ玉ひつつ国武彦の真森田る(森田勘太郎) 綾の勘部の太元に雨の中尾ば六月の(中尾豊弘) 四日に豊かに弘前に神徳高く山の如(山本惣吉) 頭にいただき帰ります大本役員惣一同 今日の生日の吉き日をば祝ひ納むる吉祥の(同納吉) 宴を平木て大神の御稜威かしこ美山川の(平木稜威美) 供物を献じ石の上古き太初の皇神の(山川石太郎) 直なる武の田ぐひなき誉れを今に伝へける(武田なを) 大正三年の春の頃十三才の直霊嬢 瑞月柳月の三人が出雲大社へ礼参り 其往きがけに岩美駅馬車にゆられて晃陽の やかたに再び逗留しいよいよ三度の入浴に 身魂の垢を洗ひつつ五ツと六との霊界の 昔語りを新らしく天地宇宙の外に立ち 言葉も清くいさぎよくまはる駒屋の温泉場 心の垢をあらひつつあらあらかくは識しけり 皇道発祥の霊地日向国宮崎市の公会堂に於て昭和神聖会支部の発会式を盛大に挙行したる翌朝七時四十分、同市神田橋旅館の二階の間大淀河の名橋や清流を眺めつつ誌し置く。いよいよ霊主体従寅の巻の校正を終る。 (昭和一〇、一、一九早朝) 附言 明治三十四年旧五月十五日、教祖様神勅を受けて、八雲立出雲の国の天日隅の宮に御参拝の節、山陰道を徒歩し一行十五人、岩井温泉駒屋に一泊せられ、帰路ふたたび同家に宿泊されたる、大本にとつて由縁浅からざる温泉なり。瑞月は大正三年の春、三代直霊、梅田信之氏とともに一泊したることあり。今回にて三度目の入浴なり。静養かたがた霊界物語の口述をなすも、神の御仁恵と歓びのあまり、筆記者および信者の訪問して色々と御世話下されし其の厚意を感謝するため、諸氏の芳名を読込み、長歌を作りて第三巻の巻尾に附する事となしぬ。 |
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霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 13 神憑の段 | 第一三章神憑の段〔二一三〕 東北の天より降りきたれる六面八臂の鬼神は、あまたの部下を引率し、盤古大神以下の飢餓に迫りて身体痩衰へ、あたかも葱を煮たやうにヘトヘトになつて、身動きも自由ならぬこの場に現はれ、鉄棒をもつて疲れ悩める神々を突くやら打つやら、無残にも乱暴狼藉のかぎりを盡し、連木で味噌でもするやうな目に遇はしてゐる。盤古大神以下の神人は、抵抗力も防禦力も絶無となつてしまつて、九死一生、危機一髪の悲境に陥る折しも、またもや忽然として暴風吹き起こり、岩石の雨は邪鬼の群にむかつて打ちつけた。あまたの鬼どもは周章狼狽しながら、雨と降りくる岩石に打たれて、頭を割り、腰骨を挫き、脚を折り、這々の態にて、負傷した鬼どもを各自小脇に抱へながら、東北の空さして雲を霞と逃げ失せた。しかるに不思議なことには、盤古大神部下の神人は一柱も負傷するものがなかつた。何れも顔を見合して、眼前の奇怪千万な光景に呆れるばかりであつた。 このとき、一陣の風サツと音して吹き来たるよと見るまに、大地に平臥して苦悶せし盤古大神も常世彦、常世姫も俄に顔色紅を呈し、元気は頓に回復し、立上つて両手を組みながら上下左右に身体を動揺させ、躍り上つて遠近を狂気のごとくに飛び廻つた。これは八頭八尾の大蛇と金毛九尾の悪狐の邪霊が、心身の弱り切つたところを見澄し、一度に憑依したからである。次々に他の神人も同様に元気を回復し、手を振り足を踏み轟かせ、遠近を縦横無尽に駈廻るその有様、実に雀の群に鷹の降りたる時のごとき周章かたである。彼方にも此方にも、ウンウン、ウーウーと呻るかと見れば、ヤヽヽヽヤツヤツヤツ、カヽヽヽヽシヽヽヽヽラヽヽヽヽヤツヤツカヽヽヽシヽラヽヽ、ヤツカシラヤツヲノ、ヲヽヽヽヽロヽヽヽヽチヽヽヽヽ、ヲロチヲロチと叫ぶのもあり、キヽヽヽヽキンキンキンキンモヽヽヽヽヽヽモウモウキユキユキユビヽヽヽヽキキキンモモモウキユキユキユウビヽヽヽキンモウキユウビのキヽヽヽヽツヽヽヽヽネヽヽヽヽキツネキツネキツネキツネと叫ぶ神人もできてきた。また一方にはクヽヽヽヽニヽヽヽヽトヽヽヽヽコヽヽヽヽタヽヽヽヽチヽヽヽヽノヽヽヽヽミヽヽヽヽコヽヽヽヽトヽヽヽヽ、クヽニヽノトヽコヽタヽチヽノヽミヽ、コヽトヽとどなる神人もあれば、ケヽヽヽヽケンゾクケンゾクケヽヽヽヽケンゾクケンゾクタヽツヽヤヽヽマワヽヽケヽヽ、ノヽヽミヽコトと口走つて、両手を組み、前後左右に跳ね廻り飛走るさま、百鬼の昼行ともいふべき状況である。常世姫は俄然立ちあがり、 『部下の神人たちよ、われこそは日の大神の分魂にして玉津姫大神なるぞ。このたび地の高天原をこのアーメニヤに移されしについては、世の初発より大神の経綸であつて、万古不易の聖地と神定められたり。盤古大神夫婦は、今日よりこの方の申すことに誠心誠意服従すべきものなり。只今より常世姫の肉体は玉津姫大神の生宮なるぞ。一日も早く立派なる宮殿を造営し、神定の地に神政を行へ、ウーン』 と呻つて天にむかひて打ち倒れた。 聖地ヱルサレムの天使言霊別の長子なる竜山別といふ腹黒き神人は、始終野心を包蔵してをつた。それゆゑ今回のヱルサレムにおける変乱にも、自己一派のみは巧みに免れ、邪神常世彦の帷幕に参じてゐた。彼は今また、このアーメニヤにきたり、神々とともにウラル山の中腹に登つて断食断水の仲間に加はつてゐた。たちまち身体震動し、顔色火のごとくなつて神憑りとなつた。彼には八頭八尾の大蛇の眷属、青竜魔が憑りうつり、 『アヽ有難いぞよ、勿体ないぞよ、この方こそは日の大神、月の大神であるぞよ。神人ども、頭が高い、頭が高い、大地に平伏いたせ、申し渡すべき仔細こそあれ。今日は実に天地開闢以来の目出度き日柄であるぞよ。眼を開いてこの方を拝んだならば、たちまち眼が潰れてしまふぞ。これからこの方の仰せを背いた神は、神罰立ちどころに致ると思へよ。この方は日の大神、月の大神に間違ひないぞよ』 と怒鳴つた。その声は百雷の一度に鳴り轟くごとくであつた。神人らは、一斉に、アヽヽヽヽリヽヽヽヽガヽヽヽヽタヽヽヽヽヤヽヽヽアリーガーターヤヽヽヤーと声を震はせながら涙を流して嬉しがつた。 中空に声あり、 『邪神に誑されなよ。今に尻の毛が一本もないやうに抜かれてしまふぞよ』 と聞えた。盤古大神は何思ひけむ、この場を逃げ去らむとするを、常世姫の神憑は、大手を拡げて、 『アヽ恋しき吾が夫よ、妾の申すことを一々聞かれよ』 と涙声になつて抱止めた。盤古大神は袖振払ひ、 『無礼もの』 と叱咤した。常世姫は柳眉を逆だて、 『畏くも日の大神の御分魂なるこの方にむかつて、無礼ものとは何事ぞ。汝こそは盤古大神とエラソウに申せども、この生宮のために今日神人らより崇敬さるるやうになりしを知らざるか、その方こそ無礼ものなり』 と毒づいた。ここに盤古、常世二神の格闘が始まつた。組んづ組まれつ互ひに挑み合ひ、互に上になり下になり、咆哮怒号した。あまたの神人は残らず邪神の容器となり、常世姫の肩を持ち、 『邪神の盤古盤古』 と一斉に叫びながら立上つた。アヽこの結果はどうなるであらうか。 (大正一一・一・七旧大正一〇・一二・一〇外山豊二録) |
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4 (1231) |
霊界物語 | 05_辰_顕恩郷/天の浮橋/言触神 | 14 審神者 | 第一四章審神者〔二一四〕 このとき竜山別はたちまち神憑りして、小高き丘陵に飛び上り、眼下に神人らを梟鳥の円き目玉に睨めつけながら、 『吾こそは日の大神、月の大神、国治立の大神なるぞ。ただいま常世姫に神憑りしたる玉津姫命の託宣を馬耳東風と聞きながし、剰つさへ雑言無礼を恣にしたる盤古大神塩長彦ははたして何者ぞ。汝は六面八臂の鬼神の魔軍に襲撃され、危急存亡の場合を八頭八尾の大蛇の神に救はれしに非ずや。神力無辺なる八頭八尾の大蛇の神の憑りきつたる常世彦の妻神常世姫の生宮にたいして、今の雑言聞き捨てならず。神界の規則に照らし盤古大神はこの場かぎり神界総統者の職を去り、その後任に八王大神を据ゑたてまつりなば、万古不易の神政は完全無欠に樹立さるべし。満座の神人ども、大神の言葉を信ずるや否や、返答聞かむ』 と呶鳴りつつ物凄き目をむき出し、口を右上方につり上げ、水ばなを長く大地に垂れながら、さも厳かに宣言した。あまたの神人は審神の術を知らず、日の大神はじめ尊き神の一度に懸らせたまひしものと信じ、頭を得上ぐるものも、一言の答弁をなすものもなかつた。盤古大神は空嘯きて満面に冷笑を湛へ、常世姫の面体を凝視し、鎮魂の姿勢を取つてゐた。 盤古大神の眼光に睨みつけられたる常世姫の神憑りは、左右の袖に顔をかくし、泣き声をふりしぼり、 『八王大神常世彦よ。いま盤古大神には、常世の国に年古く棲める古狸の霊、憑依してこの尊き神の生宮を無礼千万にも睨めつけをれり。神力をもつて速やかに彼を退去せしめ、貴下は盤古大神の地位に就かるべし。神勅は至正至直にして寸毫も犯すべからず、満座の神人異存あるや、返答聞かむ。かくも大神の言葉をもつて神人に宣示すれども、一言の応へなきは、汝ら諸神人は神の言葉を信ぜざるか、ただしは神を軽蔑するか。かよわき常世姫の生宮として、歯牙にかけざるごとき態度をなすは無礼のいたりなり。アーラ残念や、口惜しやな』 と云ひつつ丘陵上を前後左右に飛んだり、跳ねたり、転んだり、その醜態は目もあてられぬ有様であつた。常世彦は、やにはに常世姫の倒れたる前に進みいで、襟首を無雑作に猫でも提げたやうに引掴みて、右の片腕に高くさしあげ、大地に向つて骨も砕けよとばかり投げつけた。常世姫はキヤツと一声叫ぶと見る間に、邪神の神憑りはにはかに止んで、又もや、もとの優美にして温和なる常世姫と変つてしまつた。 かくのごとく種々の悪神たち、大神の御名を騙つて神人らに一度にどつと憑依せしは、数十日の断水断食のため身体霊魂ともに疲労衰耄の極に達し、肉体としては殆ど蚤一匹の力さへなくなつた。その隙をねらつて霊力弱き邪神が憑依したのである。すべて邪神の憑依せむとするや、天授の四魂を弱らせ、肉体を衰へさするをもつて憑依の第一方便とするものである。ゆゑに神道または仏道の修業者などが深山幽谷に分け入り、滝水にうたれ火食を断ち、あるひは断水の行をなし、または百日の断食などをなすは、その最初よりすでに妖魅邪鬼にその精神を蠱惑されて了つてゐるのである。ゆゑに神がかりの修養をなさむとせば、まづ第一に正食を励み、身体を強壮にし、身魂ともに爽快となりしとき、初めて至真、至美、至明、至直の神霊にたいし帰神の修業をなし、憑依または降臨を乞はねばならないのである。 総て神界には正神界と邪神界との二大別あるは、この物語を一ぺん読みたる人はすでに諒解されしことならむ。されど正邪の区別は人間として如何に賢明なりといへども、これを正確に審判することは容易でない。邪神は善の仮面を被り、善言美辞を連ね、あるひは一時幸福を与へ、あるひは予言をなし、もつて審神者の心胆を蕩かし、しかして奥の手の悪事を遂行せむとするものである。また善神は概ね神格容貌優秀にして、何処ともなく権威に打たるるものである。されど中には悪神の姿と変じ、あるひは悪言暴語を連発し、一時的災害を下し、かつ予言の不適中なること屡なるものがある。これらは神界の深き御経綸の然らしむる処であつて、人心小智の窺知し得べき範囲ではないのである。ゆゑに審神者たらむものは、相当の知識と経験と胆力とがもつとも必要である。かつ幾分か霊界の消息に通じてゐなければ、たうてい正確な審神者は勤まらないのである。世間の審神者先生の神術にたいしては、ほとんど合格者はないといつても過言に非ずと思ふのである。 却説、盤古大神の注意周到なる審神はよくその効を奏し、邪神はここに化の皮をむかれ、一目散にウラルの山上目蒐けて雲霞のごとく逃げ帰つた。されど一度憑依せし悪霊は全部脱却することは至難の業である。ちやうど新しき徳利に酒を盛り、その酒を残らず飲み干し空にしたその後も、なほ幾分酒の香が残存してゐるごとく、悪霊の幾部分はその体内に浸潤してゐるのである。この神憑りありしより、常世彦、常世姫、竜山別も、日を追ひ月を重ねて、ますます悪神の本性を現はし、つひには全部八頭八尾の大蛇の容器となり、神界を大混乱の暗黒界と化してしまつたのである。あゝ慎むべきは審神の研究と神憑りの修業である。 (大正一一・一・七旧大正一〇・一二・一〇加藤明子録) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 33 五大教 | 第三三章五大教〔二八三〕 『可飲の流れは止まるともとめて止まらぬ色の道 酒と博奕は猶やまぬ飲めよ騒げよ一寸先や暗と 旨いこといふ宣伝使俺らは裸体で蓑蟲の 雨に曝され荒風に吹かれて深山の霜を踏み 常夜の露に曝されて飲み渡き酒もヱー飲まず 食ひたいものもヨー食はず人の屑やら余りもの 貰うて其日をひよろひよろと渡る浮世の丸木橋 吾身に襤褸は纏へども肝腎要の魂は 錦を飾る大丈夫ぞウラルの彦の邪曲に 虐げられて吾々は昨日は山に今日は又 野辺の嵐に晒されて臭い狗めに嗅出され 捕へられて何時の日かウラルの山に連れ行かれ 舌を捩られ眼を抜かれ手足を菱に縛られて 飲めよ騒げよ暢気なる歌を聞かされ木兎の 身の行く果を偲ぶればこの世は鬼か大蛇か暗の夜か 旦の露と消ゆる身の実にも果敢なき身の宿世 救ひの神は何時の世か天より降り来るらむ 助けの船は何時の日か海の底より浮び出む 憂ひに沈む吾々は何時の世にかは浮ばれむ 嗚呼味気なの闇の世や嗚呼あぢきなの闇の夜や』 と謡ひながら、エデン川の岸を降る漂浪神の一群があつた。このとき前方より、 『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 魂を研けよ立替へよ身の行ひも立て直せ 誠の力は世を守る』 と節面白く謡ひ来る宣伝使ありけり。是は黄金山の麓に、この混乱紛糾の世を救ふべく、埴安彦といふ大神現はれて、五大教といふ教を立てられ、その宣伝使なる東彦と云ふ神人なりき。一行はこの声を聞いて耳を傾けゐる。宣伝使は猶も、宣伝歌を謡ひながら此方に向つて進み来たる。 宣伝使は、蓑笠を纏ひ、草鞋脚絆の、身軽な扮装にて宣伝歌を高唱しながら、一行と行き違ひ進み行く。一同は互に顔を見合せ、 甲『今の歌は何だか、吾々の耳にはいり易すい様な気がして、何処ともなく面白いぢやないか』 乙『ウン、さう云へばさうだ。神様の御声のやうにも響いた』 丙『兎もかく呼び止めて、詳しい話を聞いたらどうだ』 丁『呼び止めたつて、吾々のような人間に、振り向いては呉れはしないだらう。恥をかくよりは、止したらどうだ』 丙『馬鹿云へ、人を助けるのが宣伝使だ。そりや、屹度呼び止めたら、待つてくれるよ』 一同『それがよからう。オーイオーイ』 と一同は声を揃へ、右手をあげてさし招いた。宣伝使はあと振返りつつ、こなたを見詰めてゐた。そこへ一人のみすぼらしい男が、一行の中から抜擢されて走つて行つた。そして宣伝使の前に手を突き、 『貴神の御歌を、吾々は承はりまして、何とも知れぬ心に力が着いた様に思ひます。どうぞ御面倒でもありませうが、吾々一同を救ふ為に、詳しい御話を聞かして戴けませぬか』 と真心を面に現はして頼み込んだ。宣伝使は、 東彦天使『吾は天下の混乱窮乏を救はむために、黄金山麓に現はれ玉ふ埴安彦命の教を奉じて、天下に宣伝するものであります。吾々の宣伝を御聞き下さるならば、喜んでこれに応じます』 といつた。そのうちに、一同は宣伝使の傍に集まり来り、一々鄭重に会釈をした。宣伝使もまた慇懃に礼を返し、傍の美はしき平たき岩の上に座を占め、一同はその周囲に坐して、問答を始めける。 甲『只今の御歌の中に、「神が表に現はれて、善と悪とを立て別ける」といふ御言葉がありましたが、実際にこの世に、吾々を守つて下さる尊い神が在るのでせうか。善悪を公明正大に審判いて下さる誠の神が現はれますのでせうか。吾々はこの事のみが日夜気にかかつてなりませぬ』 宣伝使は答へていふ。 東彦天使『この世界は誠の神様が、御造り遊ばしたのである。さうして人間は、御用を努める様に、神が御造りになつたのである。神は人間を生宮として是に降り、立派な世を開かうと日夜焦慮して居られます。あなた方一同の肉体もまた、尊き神様の霊魂と肉とを分け与へられて造られた人間である。さうして神様の生宮となつて、働くべき結構な万物の霊長である。然るに人間の本分を忘れて、ただただ飲食や、色の道ばかりに耽溺するのは、神様に対して、最も深き罪悪である。世の中には善の神もあれば、悪の神もある。さうして善の神一人に対し、悪の神は九百九十九人の割合に、今の世はなつてしまつてゐる。そこで神様は、この世界を清め、神の生宮たる人間の身魂を清めて、立派な神国を建むと思召し、宣伝使を四方に派遣され居るなり』 と、大略を物語りける。 甲『吾々はどうしても、合点の行かぬことが沢山あります。それで貴神に御尋ねをしたいと思つて、呼び止めました。一体今日の人間は、広い山や野を独占し、さうして吾々の働く処もなく、また働かしてもくれない。何ほど働くに追ひ付く貧乏なしと云つても、働く種がなければ、吾々は乞食でもするより、仕方がないではありませぬか。勿論吾々は、遊んで楽に飲んだり食つたり、贅沢をしようとは思ひませぬ。唯働いて、親子夫婦が、その日をどうなりと、暮すことが出来ればそれで満足するのであります。然るに吾々は、この広い天が下に、脚踏み立てる場所も持つて居りませぬ。皆強い者、大きな者に、独占されて、働くに処なく、親子兄弟は、ちりぢりばらばらになり、天が下を苦しみながら、漂浪ひつつわづかにその日を暮してをります。こんな世の中を立替へて御日様の御照しの様に、万遍なく、吾々にも天地の恵が身に潤ふ事ができるならば、こんな有難いことはなからうと思ひます。さうしてその結構な神様は何時御現はれになりませうか』 と首を傾け、宣伝使の顔を覗き込む。宣伝使は両眼に涙を湛へながら、 東彦天使『空翔つ鳥も、野辺に咲く花も、みな神様の厚き恵をうけて、完全に生活を続けてをります。况んや万物の霊長たり、神の生宮たる人間に於ておや。神様の御守りがどうして無いといふ事がありませうか。ただ何事も神様の御心に任せ、今日只今を、有難い有難いで暮して行けば、神様は花咲く春に会はして下さいます。世の中は暗夜ばかりではない、暗夜があつても何時かは夜が明ける。冷たい雪の降る冬があれば、また長閑な花咲き鳥唄ふ春が出て来る様に、きつと苦みの後には楽しみがあります。あなた方も働く場所がないからといつて、そこら中を漂浪ひなさるのも、無理はありませぬが、この世界は皆神様のものである。人間のものは、足の裏に附いて居る土埃一つだもありませぬ。今の人間は広大な山野を独占して、自分のもののやうに思つてゐるが、命数尽きて、幽界に至るときは、いかなる巨万の財宝も、妻子も、眷属も一切を捨てて、ただ独トボトボと行かねばならぬのである。唯自分の連れとなるものは深い罪の重荷ばかりである。あなた方も、神を信じ、誠一つの心を持つて、この広い天地の間に活動なさい。きつと神様が幸を与へて下さいます。この地の上の形ある宝は、亡ぶる宝であります。水に流れ火に焼かれ、虫に蝕はれ、錆朽ちる、果敢ない宝である。それよりも人間は、永遠無窮に朽ちず、壊れず、焼けず、亡びぬ誠といふ一つの宝を神の御国に積む事を努めねばなりませぬ』 と諄々として五大教の教理を説き勧めたるに、一同は呼吸を凝らして、熱心に宣伝使の教示を聞き入りぬ。この時またもや、声張り揚げて、 北光天使『この世を創造りし神直日御魂も広き大直日 ただ何事も人は皆直日に見直せ聞直せ 身の過は宣り直せ』 と謡ひつつ、此方に向つて進み来る宣伝使ありけり。 (大正一一・一・二二旧大正一〇・一二・二五藤原勇造録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 20 心の鏡 | 第二〇章心の鏡〔四一三〕 六月十三夜の皎々たる月光に照されて、三人の松、竹、梅の娘、顔の皮膚滑らかに潤ひのある眦、柳の眉、紅の頬、雪の肌、殊更目立ちて麗しく、三五の明月か、冬の夜の月を宿した積雪か、桃か桜か白梅か、丹頂の鶴の掃溜に下りて遊ぶが如き、得も言はれぬ崇高な面容である。三柱の女神は舷頭に立ち、海面に向つて拍手しながら声しとやかに歌ふ。 松、竹、梅『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける この世を造りし神直日心も広き大直日 ただ何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直せこの世を造りし皇神の 厳の御息に生れたる青人草は神々の 鎮まりいます生宮ぞ人の霊魂は初めより 曇り穢れしものならず清き尊き天地の 御息を受けて神の子と生れ出でにしものなれば いとも広けき御心に万の罪を宣り直し 助け給へや天津神国津御神や百の神 琴平別の大神よ海より深き罪咎を 赦して神の船に乗せ花咲き匂ふ高砂の 島根に救ひ給へかし心の浪も治まりて 罪を悔いたる虎公の心の空は真寸鏡 光りも清き月照彦の神の心に見直して 身魂を救へ照彦の清き身魂に立て直し 海に落ちたる熊、虎の二人の御子を救ひませ 二人の御子を救ひませ三五教は現世の 穢れを清め人草の悩みを救ふ神の道 鳥獣はまだ愚虫族までも御恵みの 教の露に霑ひて天地四方の海原も 清めて澄ます神心大御心の幸はひに 助け給はれ貴の御子憂瀬に沈む人々の 身体の穢れと村肝の心の塵を吹き払ひ 朝日も清くテルの国夜なきヒルの国原に 月日の光隅もなくアタルの港へ救ひませ アタルの港へ救ひませ』 と歌ひ神言を奏上し、再びもとの座に帰りぬ。船中にはヒソビソと雑談がまた始まる。 甲『今の神懸りや歌の心を何と思ふか。実に恐ろしいやうな、有難いやうな、結構なことだのう。俺はモウあの神懸りの言葉を聞いて、一つ一つ身にこたへて、自分が叱られた様な気がしたよ』 乙『さうだな、俺らも同じ事だ。虎公とか言ふ悪人ばかりぢやない。胸に手を置いて考へて見ると、吾々の腹の中にも悪い奴が居つて、暗々裡に罪の方へ罪の方へと引張つて行かるる様な気がしてならぬワ』 丙『ヤ、誰しも蓋をあけたらチヨボチヨボだよ。虎公のやうに露骨に悪をやるか、やらぬかだけのものだ。善人らしい蚤一つ殺さぬやうな優しい顔した奴の中に却て悪い奴があるものだ。人間から悪人ぢや悪人ぢやと嫌はれる者に却て善人があつたり、聖人君子を気取つて、世の中の人に賢人ぢや、善人ぢやと持て囃される人間の中に却て悪人があるものだ。悪魔と言ふものは善人の身体を容器にして化けて悪い事をやるものだよ。之だけ悪の九分九厘まで栄えた世の中の人間に褒めらるる者はきつと悪人だ。彼奴は悪い奴だと世の中から攻撃される人間に真実の善人があるものだ。あの虎公と言ふ奴は随分名高い悪人だが、真実の彼奴の性来は善人だと見えて、悔悟の念に堪へ兼ね、大切の生命を捨てたぢやないか。人間は矢張り神の子だ、「鳥の将に死なむとするやその声悲し。人の将に死なむとするやその言良し」と言ふ。吾々も一時も早く心の雲を取り払つて、今夜の月の様な美しい心になつて世の中を渡りたいものだなア』 丁『然し、この頃は妙な事があるぢやないか、アリナの滝の水上に大きな巌窟があつて、そこには鏡の池とやら言ふ不思議な池が出来たと言ふ事だ。其処へ三五教の宣伝使狭依彦とか言ふ妙な面した男がやつて来て、数多の人間に洗礼を施してゐるさうなが、そこで洗礼を受けた者は、みな立派な人間になつて悪い事もせず、喧嘩もなし、盗人も這入らず、戸締りもせずとも夜は安楽に眠れるやうになつたと言ふ事だよ。吾々も一度洗礼を受けたいと思つて居るのだ。さうした処が今度、またヒルの国の玉川の滝に偉い宣伝使が現はれたと言ふ事だよ。その滝にも滝の傍に妙な洞穴があつて、神様がものを言つて何かの事を聞かして下さるさうだ。俺はそこへ一遍参らうと思つて来たのだが、お前らも何なら一緒に行かうではないか』 甲『さうか、そんな事があるのか。実は吾々は、その狭依彦と言ふ宣伝使に洗礼を受けたのだ。今までは随分大酒も飲み喧嘩もし、人を泣かした事も沢山あつたが、あの鏡の池の中から妙な神さまの声が聞えて、吾々の今までやつて来た事を素破抜かれた時の恐ろしさと言つたら、思ひ出しても身の毛がよだつやうだ。それから宣伝使の洗礼を受けて家内中睦じう暮し、村の人からも今は重宝がられる様になつたのも、全く神様の御蔭だよ』 乙『それは結構だが、あの虎公は如何なつたであらうか。今三人の綺麗な宣伝使がお祈りになつたから、神様は至仁至愛だから助けて下さるではあらうが、真実に可哀さうだなア』 丁『それは心配するには及ばぬよ、改心した者はきつと神様が助けて下さる。まあアタルの港へこの船が着く時分には、チヤンと竜神さまに助けられて波止場に「皆さま、お先に失礼しました」と言ふ様な調子で待つてゐるだらう』 丙『そんなうまい事があらうかなア。若しも二人が助かつて居る様な事だつたら、吾々は村中あの宣伝使の教に従つて仕舞はう』 甲乙丙丁はヒソビソと、神徳の話を語つてゐる。珍山彦は無言のまま、四人の話をニコニコとして聞いて居た。 アタル丸は漸うにして、翌日の五つ時にアタルの港へ安着した。波止場には虎公、熊公が立つてこの船を待ち迎へて居る。 (大正一一・二・一五旧一・一九北村隆光録) |
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霊界物語 | 09_申_松竹梅の宣伝使の南米・中米の旅 | 26 巴の舞 | 第二六章巴の舞〔四一九〕 折から高照山より吹き下す嵐の音も、岩戸の大音響も、次第々々に鎮まりて、後には千丈の琴滝の落つる音、淙々と聞ゆるのみ。巌窟の中より又もや竹筒を吹いた様な声がして、 大蛇彦『鹿公よ、この大蛇彦の申す事を確り聴けよ。俄の改心は間に合はぬ。盗人捕へて縄を綯ふやうな事ではまさかの時の間に合はぬぞ。この神の申すこととつくりと腹に容れて、誠の人間に生れ変り、神の教をよく聴いて、世の中の為に力をつくせ。悪の企みは仇花だ。何時までも色は保たぬ。花は栄えぬ、実は結ばぬぞ。短い此世に生れ来て、永い霊魂の命を失ふな。枝葉も茂る常磐木の、何時も青々松心、賢しき心を取直し、穏かな心になつて神に親しみ、人に交はれ。神の教に仇花はない。耳を傾けて心を落付け、聴けば聴くほど神徳がつく。世界の為に誠の為に、苦労を致すは結構だ。決して決して今までのやうな体主霊従の心を出すな。心の底から掃除して、神直日、大直日の神の恵に助けられ、栄え久しき松の世の鑑となれよ。死んでも生きても神の懐に抱かれた人間の身、只神に任せよ。誠心を籠めて祈れよ。素直に改心いたして涼やかな行ひを致せ。世間の人に、鬼よ悪魔よといはれたるその悪名を雪げよ、祓へよ。神の教の誠の風に、高照山の谷の底で、力一杯膏を抜かれ、腸を洗はれ、胆を練られて、始めてこの世の中の悪魔を滅ぼす強い人間となれ。天地の神の深き御心を悟り、遠き近きの隔てなく、暗き明きの分ちなく、世界一目に見渡す神の眼に止まる様の、清き正しき行ひをして呉れ。何事によらず、神の心を心として、世界の為に誠心をつくし、弱き者を助け、神の威勢を世に出して、この琴滝のやうに清き名を四方に轟かせ』 鹿公『いやもう、何から何まで抜目のない、御念の入つた有難き仰せ、骨身にこたへました。果しなき欲心に迷ひ、日々に心を曇らせ、不埒な不都合な事ばかり致して来ました。どうぞ神様の広き厚き御心に宣り直し聞き直して、吾々の深い罪をお宥し下さいませ。アヽもう是でお暇を頂戴いたします』 巌窟の中より、 大蛇彦『マダマダ、マダマダ、帰つてはならぬ』 熊公『オイ、鹿公、もちつと辛抱せ』 鹿公『マアマアマア、未だまだ、アヽ未だまだと仰有るのだ。マアどうどうしたら可からう。イイ加減に幕を切り上げて下さつたら可かりさうなものだがなあ。神様の退引ならぬ言葉に、尾を巻き、舌を巻き、ヘコを巻いた熊公のやうな男が居るものだから、この鹿公までが巻添にあはされたのだ。サアこれから捻鉢巻でもして、世界のために尽さねばならぬワイ』 熊公『鹿の巻添ではなうて、鹿の捩鉢巻に巻舌では余り尊くもなからうかい』 巌窟の中より、 大蛇彦『ミヽヽ身の程を考へて、身分相応の行ひを致し、人に未熟といはれな。醜悪ないことをして見下げられな、蔑視られな。ムヽヽ六ケ敷い事をいふな。今までの様に世間の人に無理難題を吹きかけて、無闇に金を奪るな。悪の報いは恐ろしいぞ。罪障を積むな。盲目滅法に、前後構はずに、無駄の事をしてはならぬぞ。大和魂に立ち帰り何時も動かぬ松心で、雪より清く、花より麗しく、世の中の光となれ、塩となれ。乱暴狼藉致らざるなき、今までの汝の所業や利己主義を捨て、陋劣な手段を止めて吾身を省み、何時までも変らぬ美しい梅の花の様な心を以て神の道を能く守れ。麗しい三五の教を夢寐にも忘れず、日夜怠らず清き祈りを捧げよ。大蛇彦の神が気を付けて置くぞよ。オーオー』 と又もや巌窟の中より、大音響が聞え来る。 熊公、鹿公は巌窟の前に立つて歌ふ。 熊公、鹿公『神の御稜威も高照の山より落つる言霊の 滝の響は淙々と遠く近くに鳴り渡る 堅磐常磐の巌窟に神の使の大蛇彦 木の花姫の分霊此処に現はれましまして 日に夜につきぬ御教を天地四方の神人に 具さに宣らせ給ひつつ流れも清き言霊の 滝に心を洗ひ去り瑞の御霊と現れまして 草の片葉にいたるまで世は平けく安らけく 言問ひやめて神の世を堅磐常磐に治めむと 心を千々に砕かせつ滝津涙を注ぎまし 吾らを救ひ給ふなり嗚呼皇神よ皇神よ 人は尊き神の御子尊き神の生宮ぞ 世は烏羽玉の暗くして塵や芥に穢れたる 霊魂をこれの琴滝に禊ぎ祓ひてすくすくと 直日の神の玉となり暗き谷間を伊都能売の 神の功や高照の山より高く照らすべし 東と西の巌窟に現はれ給ふ皇神の 心は清き琴滝のみづの霊魂の姿かな あゝ願はくばこの水の清きが如く世の人の 霊魂を洗ひ清めませ吾らは人の子神の御子 神と人とは睦び合ひ天と地とは秩序よく 千代万代に変りなく動かぬ御代や松茂る 神世も清き高砂の松の栄えの久しかれ 松の栄えの久しかれ』 と節面白く調子を合せて歌ふ。この歌の面白さに、志芸山津見は釣り出されて、巌窟の中より、手をふり足を躍らせ、竹筒を吹きながら巌窟の前に現はれ来り、吾を忘れて三人三つ巴となりて踊りくるふ。 ここに志芸山津見、熊公、鹿公の三人は琴滝の水に日夜禊を修し、各手分をなして、三五教の教を四方に伝ふることとなりぬ。熊公は石拆の神の活動をなし、鹿公は根拆の神の活動をなして、黄泉比良坂の神業に参加し大功を立てたるなり。 (大正一一・二・一六旧一・二〇土井靖都録) |
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霊界物語 | 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) | 13 山上幽斎 | 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 01 破羅門 | 第一章破羅門〔五六八〕 千早振る遠き神代の物語常夜の暗を晴らさむと ノアの子孫のハム族が中にも強き婆羅門の 神の御言は常世国大国彦の末の御子 大国別を神の王と迎へまつりて埃及の イホの都に宮柱太しく建てて宣伝ふ その言霊はかすかにもこの世の瀬戸の海越えて 希臘伊太利仏蘭西や遂に進みて小亜細亜 メソポタミヤの顕恩郷此処に根拠を築固め 次第々々に道を布き更に波斯を横断りて 印度を指して進み来るエデンの河を打渡り ハムの一族悉く顕恩郷を中心に 婆羅門教を開きけるセムの流裔と聞えたる コーカス山の神人は婆羅門教を言向けて 誠の道を開かむと広道別の宣伝使 太玉の命を遣はして顕恩郷に攻めて行く 奇しき神代の物語十五の巻の入口に 述べ始むるぞ面白き。 此メソポタミヤは一名秀穂国と称へ、地球上に於て最も豊饒なる安住地帯なり。羊は能く育ち、牛馬は蕃殖し、五穀果実は無類の豊作年々変る事無き地上の天国楽園なり。世界は暗雲に包まれ、日月の光も定かならざる時に於ても、この国土のみは相当に総ての物生育する事を得たりと云ふ。西にエデンの河長く流れ、東にイヅの河南流して、国の南端にて相合しフサの海に入る。八頭八尾の大蛇、悪狐の邪霊は、コーカス山の都を奪はれ、随つてウラル山、アーメニヤ危険に瀕したれば、ウラル彦、ウラル姫は、遠く常世国に逃れ、茲に大自在天大国彦の末裔大国別、醜国姫の夫婦をして、埃及のイホの都に現はれ、第二のウラル教たる婆羅門教を開設し、大国別を大自在天と奉称し、茲に極端なる難行苦行を以て、神の御心に叶うとなせる教理を樹立し、進んでメソポタミヤの秀穂の国に来り、エデンの園及び顕恩郷を根拠としたりける。それが為に聖地エルサレムの旧都に於ける黄金山の三五教は忽ち蚕食せられ、埴安彦、埴安姫の教理は殆ど破壊さるる悲境に陥りたるなり。 茲にコーカス山に坐ます素盞嗚神は、日の出神、日の出別神をして、ハム族の樹立せる婆羅門教の邪神を帰順せしめむとし給ひ、霊鷲山より現はれたる三葉彦命の又の御名広道別の宣伝使太玉命は、松代姫をコーカス山に残し、夜を日に継いでエデンの河上に現はれ、エデンの花園を回復して根拠とし、ハム族の侵入を防がしめむとし給ひ、太玉命は安彦、国彦、道彦の三柱と共に、エデンの園に宮殿を造り、ハム族の侵入に備へ居たり。されど河下の顕恩郷は遂に婆羅門教の占領する所となり了りぬ。ここに太玉命は、その娘照妙姫をエデンの花園に残し置き、安彦、国彦、道彦を引連れて、顕恩郷の宣伝に向ひたり。この安彦と云ふは弥次彦の改名、国彦は与太彦の改名、道彦は勝彦の改名せし者なり。 婆羅門の教は、一旦日の出神と偽称したる大国彦の子にして、大国別自ら大自在天と称し、難行苦行を以て神の心に叶ふものとなし、霊主体従の本義を誤解し、肉体を軽視し、霊魂を尊重する事最も甚しき教なり。此教を信ずる者は、茨の群に真裸となりて飛び込み、或は火を渡り、水中を潜り、寒中に真裸となり、崎嶇たる山路を跣足のまま往来し、修行の初門としては、足駄の表に釘を一面に打ち、之を足にかけて歩ましむるなり。故に此教を信ずる者は、身体一面に血爛れ、目も当てられぬ血達磨の如くなり、斯くして修行の苦業を誇る教なり。八頭八尾、及び金毛九尾、邪鬼の霊は、人の血を視ることを好む者なれば、霊主体従の美名の下に、斯の如き暴虐なる行為を、人々の身魂に憑りて慣用するを以て唯一の手段となし居るが故に、此教に魅せられたる信徒は、生を軽んじ、死を重んじ、無限絶対なる無始無終の歓楽を受くる天国に救はれむ事を、唯一の楽みとなし居るなり。如何に霊を重んじ体を軽んずればとて、霊肉一致の天則を忘れ、神の生宮たる肉体を塵埃の如く、鴻毛の如くに軽蔑するは、生成化育の神の大道に違反する事最も甚だしきものなれば、この教にして天下に拡充せられむか、地上の生物は残らず邪神の為に滅亡するの已むを得ざるに至るべく、また婆羅門教には上中下の三段の身魂の区別を厳格に立てられ、大自在天の大祖先たる大国彦の頭より生れたる者は、如何なる愚昧なる者と雖も庶民の上位に立ち、治者の地位に就き、又神の腹より生れたる者は、上下生民の中心に立ち、準治者の位地を受得して、少しの労苦もなさず、神の足より生れたりと云ふ多数の人民の膏血を絞り、安逸に生活をなさむとするの教理なり。多数の人民は種々の難行苦行を強ひられ、体は窶れ或は亡び、怨声私かに国内に漲り、流石の天国浄土に住み乍ら、多数の人民は地獄の如き生活を続くるの已むを得ざる次第となりける。邪神の勢は益々激しく、遂にはフサの国を渡り、印度の国迄もその勢力範囲を拡張しつつありしなり。 太玉命は、安彦、国彦、道彦を伴ひ、顕恩郷の東南を流るる渡場に着きぬ。此処には鳶彦、田加彦、百舌彦の三柱の魔神、捻鉢巻をし乍ら、他国人の侵入を防ぐため、河縁に関所を設けて堅く守り居る。 太玉命『ヤア三人の伴人よ、昔此河を渡つた時は、何とも言へぬ清らかな流れであつたが、ウラル山、アーメニヤの悪神は一旦常世の国に逃げ去り、再び顕恩郷に潜かに現はれ来つて、婆羅門教の邪教を開き始めてより、吹き来る風も腥く、山河草木色を変じ、河の流れも亦血泥の如くなつて了つた。吾々は素盞嗚尊の御神慮を奉じ、メソポタミヤの野をして再び秀穂国の楽園に復帰せしめねばならぬ重大なる使命を帯びて来れる以上は、仮令如何なる魔神の襲ひ来る共、一歩も退くことは出来ない、汝等もその覚悟を以て当られたし。彼の河縁に建てる宏大なる館は、正しく魔神の関所ならむ、汝等三人の内、偵察のため一足先に至つて関所の悪神と交渉を開始し、事急なるときは、合図の笛を吹け、それまで吾等は此森林に身を潜めて事の成行を窺はむ』 と、太玉命の言葉に、道彦は勇み立ち、 道彦『憚り乍ら、道彦に此御用を仰付けられたし』 と願ひければ太玉命は、 太玉命『御苦労だが、一足先に探険して呉れよ』 道彦『承知致しました』 と道彦は宣伝歌を歌ひつつ、河縁の関所を指して悠々と進み行く。ピタリと行当つた関所の大門、道彦は大音声、 道彦『ヤア、この顕恩郷は昔、日の出神が南天王と称して支配され、その後鬼武彦その他の神々南天王となつて永久に大神の命を受け守護せられたる聖地なり。然るに何者の邪神ぞ、顕恩郷を占領し且又この河縁に関所を造るか、一時も早く此門開け、吾は三五教の宣伝使道彦であるぞ』 と門戸を破れむばかりに打叩く。此時門の外の樹の茂みより現はれ出でたる三人の男、鋭利なる手槍をしごき、三方より道彦を取りかこみ、眼を怒らせ、身体をブルブルと震動させつつ、 三人『ヤア、汝は三五教の宣伝使なるか、飛んで火に入る夏の虫、吾槍の切尖を喰へよ』 と三人一度に突いてかかるを、道彦は、或は右に、或は左に、前後左右に、槍の切尖を避け、一人の槍をバタリと叩き落した。一人は驚いて矢庭に河に飛びこみ、対岸に遁れ去つた。ここに道彦は其槍を手早く拾ひあげ、 道彦『サア来い、蝿虫奴等』 と身構へするや、其勢に辟易してか、二人の男は槍をバタリと大地に投げ棄て、犬突這となつて、 甲、乙『ヤア、どうも恐れ入りました。重々の御無礼お許し下さいませ』 と泣声になつて謝罪る。 道彦『其方は婆羅門の眷属と見ゆるが、何故に斯かる邪神に信従するか、委細包まず白状せよ』 百舌彦『実の所、吾々は常世の国より大国別の部下なる玉取別に従ひて、荒海を渡り、埃及の地に現はれ、追々進んで此顕恩郷の門番となり、少しの過失より罰せられて遂には河の関所守となりました。決して旧よりの悪徒ではありませぬ』 道彦『然らば汝等は顕恩郷の様子を悉皆存じ居るであらう。これより三五教の吾々を顕恩郷の城砦に案内致せ』 百舌彦『そ、それは到底吾々の力には及びませぬ、グズグズして居れば吾々は申すに及ばず、あなた方の御生命も危からむ、此儀ばかりは御容赦下されたし』 道彦『ナニ心配をするな、神変不可思議の三五教の神力を以て如何なる曲津の敵も言向和し、この顕恩郷をして再び古の天国楽土となさしめむ、必ず必ず煩慮するに及ばぬぞ』 田加彦『オイ百舌彦、コンナ方を顕恩郷へでも連れて行つた位なら、それこそ大変だ、鬼雲彦の大神様に、「汝は顕恩郷の厳しき規則を蹂躙する大罪人だ」と云つて、又もや真裸にされて、針の雨の御制敗に逢はねばならぬ、ウカウカと物を言ふものではない。もうしもうし三五教の宣伝使様、ここは一つ御思案下さいまして、双方好い様に何とか良い解決を付けて戴きたいものです。今河に飛込んで対岸に渡つた男は、鬼雲彦の真のスパイを勤めて居る悪人ですから、数多の眷属や、スレーブを引きつれ、今に如何なる事をし出かすかも分りませぬ、さうして大変に力の強い奴、顕恩郷でも名代の豪の者です。今あなたに槍を持つて攻めかかり、ワザと敗けた振をして、槍を打棄てたのも、深き計略のあること、あなた方を顕恩郷に引き入れて、嬲り殺にしやうと云ふステージに外ならぬのです。私も彼奴の目玉の光つて居る間は逃げる事も、どうする事も出来なかつた。あなたがお出で下さつたのを幸ひ、顕恩郷を脱出して、どうぞフサの都へ連れて行つて下さい。常世の国にも三五教は沢山に弘まつて居りますが、今日の所はみな隠れての信仰、表面はウラル教の信者と見せかけ、吾々も無理やりに此処へ引き寄せられ、河番を致しては居りますが、その実は三五教の信者で御座います。ウラル教は極端な体主霊従主義で、常世神王や、その他の神々が、黄泉比良坂の戦ひに全部帰順し、夫々御守護に就かれてから後は、大国彦の子孫たる大国別が、何故か又もやバラモン教と云ふ怪体な宗教を開き、表面は三五教の信条の如く霊主体従を標榜し、数多の人民の肉体を傷つけ血を出させて、それが信仰の本義と、すべての者に強ひるのですから堪つたものではありませぬ。けれども何にも知らぬ人民は後の世が恐ろしいと云つて、肉体が如何なる惨虐な目に遭はされても辛抱して喜んで居ると云ふ有様、私等は一向トント合点が往きませぬ、鬼か大蛇か悪魔の様な神様じやないかと、何時も胸に手をあて考へては居るものの、一口これを口ヘ出さうものなら、それこそ大変な事になりますので腹の中に包み秘して、已むを得ずこの河番を致して居ります。幸ひ鳶彦が帰りました、この間に吾々二人を伴れて、どつかへ御逃げ下さい。大変なことがオツ始まりますから………』 道彦『ナアニ、吾々は神の御守護がある、又三人の神徳強き宣伝使を同行し居れば、大丈夫だ、心配致すな』 百舌彦『三人のお方は何処に居られますか、どうぞ一時も早くこれへお越しを願ひたう御座います。グズグズ致して居ると鳶彦の奴、今にドンナ事を為向けて来るか分りませぬから………』 道彦は合図の笛を吹いた。太玉命外二人は合図の笛にスワ一大事の突発と、急いで此場に現はれた。河の彼方には騒々しい人声次第々々に高まり来る。 (大正一一・三・三一旧三・四松村真澄録) 此日大先生御吹込の蓄音器円板到着、夕礼拝後五六七殿に於て参拝者一同に拝聴せしむ。 (昭和一〇・三・一八於台中市高橋邸王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 09 薯蕷汁 | 第九章薯蕷汁〔五七六〕 千早振る遠き神代のその始め、神の教に背きたる、天足彦や胞場姫の、醜の身魂の凝結し、八岐大蛇や、金毛九尾白面の悪狐となつて、天地の水火を曇らせつ、常世の国に現はれし、常世彦や常世姫、盤古大神の体に宿りて世を乱し、一度は神の御教に、服ひ奉り真心に、立帰りしも束の間の、いや次々に伝はりて、ウラル彦やウラル姫の、又もや体に宿りつつ、天地を乱す曲業の、力も失せて常世国、島の八十島八十国の深山の奥に立籠り、人の身魂を宿として、バラモン教やウラナイの、教を樹てて北山の、鳥も通はぬ山奥に、数多の魔神を呼び集へ、ウラナイ教と銘打つて、又もや国を乱し行く、其の曲業ぞ由々しけれ。 館の主高姫は、安彦、国彦、道彦の宣伝使に危難を救はれ、感謝の意を表はし館に迎へ入れて、鄭重に饗応せむと強て一行を迎へ入れた。 一行五人は美はしき一室に招ぜられ、手足を伸ばし悠々として寛いでゐる。高姫は此の場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三人の宣伝使様、能うマア危き所を御救け下さいました。これと云ふも全く妾が日頃信仰するウラナイ教の御本尊大自在天様の御引合せでございませう。神様は三五教の宣伝使に憑依つて、妾の危難を御救ひ下さつたのです。謂はば貴方等は神の御道具に御使はれなさつただけのもの、貴方の奥には大自在天様が御鎮まりでございます。誠に以て御道具御苦労でございました。何もございませぬが悠々と御あがり下さいませ』 と言ひ棄てて徐々と次の間に姿を隠した。 国彦『ナンダ、怪体な挨拶じやないか。われわれは三五教の教理に依つて、敵を敵と致さず生命を的に危険を冒して救つてやつたのだ。それに何ぞや、大自在天の御道具に使はれなさつたなぞと、減ず口を叩きよつて何うも宗旨根性と云ふものは、何処迄も抜けぬものとみえるワイ』 道彦『マアマア何うでも好いぢやないか。彼奴を片端から三五教に兜を脱がしさへすれば好いのだ。何でも好いから言はすだけ言はして置けば、腹の底が自然に解つて来る。さう言葉尻を捉へて、ゴテゴテ言ふものでは無い。洋々たる海の如き寛容心を以て衆生済度に掛らねば、彼れ位なことに目に角を立てて鼻息を喘ますやうなことでは、到底宣伝使どころか、信者たるの価値さへもないと云つても然りだよ』 斯く話す折しも以前の高姫は、縁の欠けたる丼鉢に麦飯を盛り、粘々したものをドロリとかけ、三人の小間使に持たせて入り来り、 高姫『コレハコレハ皆サン、ご苦労でございました。山家のこととて何か御構ひを致さねばなりませぬが、麦飯に薯蕷汁が出来ました。これなりとドツサリ御あがり下さい。俄の客来で沢山の鉢の中から探しましたが、縁の欠けたのは漸く三つよりございませぬ。二人の御供は最前ソツとあがれとも音はぬのに、喜三郎をなさいましたから、どうぞ辛抱して下さいませ。貴方等に出すやうな器は漸う三つ見つかりました。後は立派な完全無欠の器ばつかりでございます。この様に見えても痰なぞは滅多に混入してゐる気遣ひはございませぬ。どうぞタントタント御あがり下さいませ。オホヽヽヽヽ』 と厭らしき笑ひと共に、白い出歯をニユツと出し、のそりのそりと又もや元の居室に姿を隠しける。 国彦『われわれを飽く迄侮辱しよる怪しからぬ奴だ。恰で一途の川の二人婆のやうな面をしよつて、モー堪忍袋の緒が切れた』 と云ひ乍ら、丼鉢の麦飯とろろを座敷一面に投げつける。座敷はヌルヌルととろろの泥田のやうになつて了つた。 又もや二人分の丼鉢を次の室に投げ付け、次の室も亦とろろの泥田となつた。 国彦『さアこれで溜飲が下つた。婆の奴滑り倒けよると一層御愛嬌だがナア』 安彦『オイ国彦、貴様は乱暴な奴だナア。三五教の宣伝使が喧嘩を買うと云ふことがあるものか、如何なる強敵に向つても飽く迄無抵抗主義で、誠で勝つのだよ。ナント云ふ情無いことをして呉れるのだ。今日限り破門を致すから、さう心得ろ』 国彦『それだから三五教は腰抜け教だと云ふのだよ。貴様の方から破門する迄に、こちらの方から国交断絶だ』 と自暴糞になり、捻鉢巻となつてドンドンと四股を踏み鳴らし、荒れ狂ふ此の物音に驚いて、高姫を始め数人の男女此場に現はれ、 高姫『コレハコレハ三五教の宣伝使様、誠に御立派な御教理には感心致しました。口では立派なことを仰有るが、其の行ひは一層見上げたもの、人の座敷に泊り乍ら、吾々一同が心を籠めた御馳走を座敷一面に撒き散らし襖を蹴倒し、障子の骨を折り、イヤもう乱暴狼藉、実に立派な御教理には、ウラナイ教の吾々も、あまり感心の度が過ぎてアフンと致します。開いた口が閉まりませぬ。三五教の御教通り手も足も踏込む所がございませぬ。オホヽヽヽヽ。コレコレ皆の者ども、この宣伝使様の立派な御教をお前達は、能く腹へ入れて置くがよいぞや』 もう一人の婆は口を尖らし、 婆『コリヤお前達は三五教の宣伝使だと云つて偉さうに天下を股にかけて歩く代物だらう。大方三五教は斯んな行ひの悪い宗教だと思つて居つた。やつぱり人の風評は疑はれぬワイ。屹度変性女子の世の乱れたやり方を見倣うて、其処中をとろろドツコイ泥だらけに穢して歩く悪の御用だらう。素盞嗚命は天の岩戸を閉める役だと云ふことだが、悪も其処まで徹底すれば反つて面白い。このウラナイ教は斯う見えても立派なものだぞ。変性男子の生粋の教を守つとるのだぞ。三五教も初めは変性男子の教で立派なものだつたが、素盞嗚命の身魂の憑つた肉体が出て来て、人の苦労で徳を取らうとしよつて、変性男子を押込めて世の乱れた行り方の、女子の教が覇張るものだから三五教もコンナ悪の教になつて了つたのだ。三五教の奴は二つ目には、ウラル教が何うだのバラモン教が悪だのと、お題目のやうに仰有るけれど、今の宣伝使の行ひは何うぢやな。これでも善の立派な教と云ふのかい。この高姫も元は変性男子の御血筋の肉体だ、日の出神の生宮ぢや。竜宮の乙姫さまもチヨコチヨコ御出でになつて、体主霊従国の悪神の仕組を、すつかりと握つてござるのぢや。変性女子と云ふ奴は胴体無しの烏賊上り、三文の大神楽のやうに頤太ばつかり発達しよつて、鰐のやうな口を開けて、其方此方の有象無象を噛んだり、吐いたりする大化物だ。お前達は其の大化物を神様だと思つて戴いて居る小化物ならよいが、小馬鹿者の薄馬鹿者だよ。これからちつとウラナイ教の教を聴きなさい。身の行ひを換へて誠水晶のやり方に立替へねば何時まで経つても五六七の世は来はせぬぞえ』 国彦『エーエ、ツベコベと能う八釜敷く吐す婆だな。貴様は偉さうにツベコベと小理窟を並べよるが、人を招待するに欠けた穢い鉢を選んで出すと云ふことがあるかい。これが抑も貴様の方から俺を焚きつけにかかつてゐよるのだ。三五教だつて、いらはぬ蜂はささぬぞ、釣鐘も叩くものが無ければ音なしいものだ、春秋の筆法で言へば、貴様が丼鉢を投げたのだ。イヤ大自在天がやつたのだ。俺は大自在天の道具に使はれたのだ。此処の大将が最前さう云つたぢやないか。ナント大自在天と云ふ神は乱暴な神だなア。ウラナイ教はコンナ悪魔の乱暴な神を御本尊にして居るのか苟くも三五教の宣伝使は、至粋至純の身魂の持主だぞ』 高姫『オホヽヽヽ、至粋至純の身魂の持主の為さること哩のー。自分のした責任を、勿体無い、大自在天様に塗りつけて、それで自分は知らぬ顔の半兵衛をきめこんでゐるのか。都合の好い教理だなア』 国彦『われわれの魂は水晶魂だ。真澄の鏡も同様だ。それだからウラナイ教の悪がすつかり此方の鏡に映つて居るのだ。アーア水晶の身魂も辛いものだワイ。アハヽヽヽ』 黒姫『団子理窟をこねる日には際限が無い。兎も角行ひが一等だ。立派な御座敷の真ん中に主人の好意で出した麦飯とろろを打ち開けるとは沙汰の限り、やつぱり悪の性来は何うしても現はれるものぢや。ソンナ馬鹿な教の宣伝使になるよりも、一つ改心してウラナイ教になつたら如何だい。誠の変性男子の教は此の高姫さまと、黒姫がチヤント要を握つてゐるのだよ。昔の神代の根本の身魂の因縁から、人民の大先祖のことから又万劫末代のこと、根の国、底の国、なにも彼も知つて知つて知り抜いた世界で、たつた一人の日の出神の生宮ぢや。この黒姫は竜宮の乙姫の守護だぞ。艮の金神様も元は此処から現はれたのだ。本が大事ぢや。「本断れて末続くとは思ふなよ。本ありての枝もあれば、末もあるぞよ」と三五教は教へて居るぢやないか。その根本の本の本の大本は、此日の出神がグツト握つて居るのぢや。神の奥には奥があるぞ。三五教の宣伝使のやうに理窟ばかり言つてこの頃流行る学の力を以て、神の因縁を説かうと思つても、それは駄目ぢや。千年万年経つたとて誠の神の因縁が判つて堪るものか。誠の神の御用が致し度くば、ウラナイ教に改心して随うがよかろう』 国彦『婆アサン、大きに御心配かけました。この国彦は三五教でも無ければ、ウラル教でもない、ウラナイ教では尚更ないのだ。あまり三五教の悪いことばつかり仰有ると、ウラナイ教の化けの皮が現はれるぞえ。左様なら、モシモシ三五教の二人の宣伝使サン御悠くりと下らぬ説教でも聴かして貰つて、眉毛を読まれ、尻の毛が一本も無いとこ迄抜かれなさるがよろしからう。コラ二人の皺苦茶婆、用心せーよ。何処に何が破裂致さうやら判らぬぞよ』 と尻をクリツと捲つて裏門から、一発破裂させ乍ら何処とも無く姿を隠して了つた。 道彦『アハヽヽヽ』 安彦『アーア道彦サン、彼様乞食を伴れて来るものだから、薩張り三五教と混同されて偉い迷惑をした。これから迂濶と何でも無い者を連れて歩くものぢやない』 道彦『アヽ左様ですな、モシモシ高姫サン、黒姫サン、三五教には彼の様な宣伝使は、一人も居りませぬよ。彼の男は途中から道案内に伴れて来たのですから、好い気になつて宣伝使気取りでアンナことを言つたのですよ。アハヽヽヽ』 黒姫『神様の宣伝使は嘘は言はぬもの、誠一つの教を樹てるのは、此のウラナイ教。三五教は矢張り嘘をつきますなア。彼の男は元は与太彦と云うて、貴方等と一緒に宣伝に歩いて居つた人でせう。違ひますかな』 安彦、道彦『サア』 黒姫『サア返答は』 安彦、道彦『サアそれはマアマアマア彼奴は俄に気が違つたのですよ。それだからアンナ脱線した行ひをやるのですワ。アハヽヽヽ』 黒姫『能う嘘をつく人だナ。今お前サンは道案内に途中から雇うて来たと云つたぢやないか。それだから三五教は駄目、ウラナイ教が誠の教と云ふのだ』 安彦『一体此処の館には盲人ばつかり居りますな』 と話を態と横へ転じた。 黒姫『誠の教を聴かうと思へば、目が開いて居つては小理窟が多くつて仕様がないから、みな盲目や聾ばかり寄せてあるのだ。見ざる、聞かざると言うて、盲目聾程よいものは無い。此処へ来る奴は、みな此高姫サンと黒姫が耳の鼓膜を破り、眼の球を抜いて、世間の事がなにも解らぬやうに、神一筋になるやうにしてあるのだ。お前も怪体な目をウラナイ教に、すつくり御供へしなさい。さうしたら本当の安心が出来るぢやらう。昔竜宮城に仕へて居つた小島別は、盲目であつたお蔭で、結構な国魂の神となつて神の教を筑紫の島でやつて居るといふことだ。目の明いた奴に碌な奴が居るものかい。盲目千人に目明き一人の世の中に、十目の視る所十指の指さす所、大勢の盲目の方に附くのが誠だ。サア、これからウラナイ教に帰順さしてやらう』 と高姫、黒姫の二人は、出刃庖丁をひらめかし、安彦、道彦の眼球目蒐けて突いてかかる。二人は、 安彦、道彦『コリヤ大変』 と逃げ出す途端に、座敷一面のとろろ汁に足を、辷らして、スツテンドウと仰向けになつた。 二人の婆も、とろろに足を滑らし、仰向けにドツと倒れた。婆の持つた出刃庖丁は道彦の眼の四五寸側に光つてゐる。 道彦、安彦は一生懸命逃げ出さうとすれど、ヌルヌルと足が滑つて同じ所にジタバタやつてゐる。百舌彦、田加彦は一室から飛んで出て、 百舌彦、田加彦『コラコラ婆の癖に手荒いことを致すな。その出刃渡せ』 と矢庭に引捉へむとして、又もやズルリと滑り、二人は尻餅搗いた途端に、道彦の顔の上に臀をドツカと下ろした。その痛さに気が付けば王仁は、宮垣内の茅屋に法華坊主の数珠に頭をしばかれ居たりける。 (大正一一・四・二旧三・六外山豊二録) (昭和一〇・三・二〇於彰化支部王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 11 大蛇退治の段 | 第一一章大蛇退治の段〔五七八〕 『故、退はれて、出雲の国の肥河上なる鳥髪の地に降りましき』(古事記の大蛇退治の段) 出雲国は何処諸の国と云ふ意義で、地球上一切の国土である。肥河上は、万世一系の皇統を保ちて、幽顕一致、神徳無窮にして皇朝の光り晴れ渡り、弘り、極まり、気形透明にして天体地体を霊的に保有し、支障なく神人充満し、以て協心戮力し、完全無欠の神政を樹立する至聖至厳至美至清の日本国といふ事なり。 鳥髪の地とは、十の神の顕現地と云ふ事にして、厳の御魂、瑞の御魂が経と緯との神業に従事し、天地を修斎し玉ふ神聖の経綸地といふことなり。要するに世界を大改良せむ為めに素盞嗚尊は普く天下を経歴し、終に地質学上の中心なる日本国の地の高天原なる至聖地に降臨し玉ひたるなり。明治三十一年の秋八月に、瑞の御魂の神代として高座山より神退ひに退はれて綾部の聖地に降りたるは、即ち素盞嗚尊が、一人の選まれたる神主に憑依し給ひて、神世開祖の出現地に参上りて神の経綸地たることを感知されたるも同様の意味なり。古事記の予言は古今一貫、毫末も変異なく、且つ謬りなき事を実証し得るなり。 『此時しも箸其の河より流れ下りき』 ハシの霊返しはヒなり。ヒは大慈大悲の極みなり。ハシの霊返しのヒなるもの、ヒノカハカミより流れ来たると云ふ明文は実に深遠なる意義の包含されあるものなり。又箸は凡てを一方に渡す活用あるものにして、川に架する橋も、食物を口内へ渡す箸もハシの意味に於ては同一なり。悪を去り善に遷らしむる神の教のハシなり。暗黒社会をして光明社会に改善せしむる神教もハシなり。故に御神諭にも、綾部の大本は世界の大橋であるから、此大橋を渡らねば、何も分りは致さむぞよ云々とあるも、改過遷善、立替立直しの神教の意味なり。その箸は肥の河より流れ下りきとは、斯る立派な蒼生救済の神教も、邪神の為に情無くも流し捨てられ、日に日に神威を降しゆく事の意味なり。是を大本の出来事に徴して見るに、去る明治三十一年に瑞の御魂の神代として十神の聖地に降りたる神柱を、某教会や信者が中を遮り、以て厳の御魂、瑞の御魂の合致的神業を妨害し、瑞霊の神代を追返し、彼等の徒党が教祖を看板として至厳至重なる神教を潜め隠し、某教会を開設したる如き状態を指して『ハシ其の河より流れ下りき』といふなり。 『於是須佐之男命其の河上に人有りけりとおもほして尋ね上りて往まししかば老夫と老女と二人在りて童女を中に置きて泣くなり』 茲に顕幽両界の救世主たる須佐之男命は、肥の河上なる日本国の中心、地の高天原に神人現はれ、世界経綸の本源地有りと御考へになり尋ねて御上りありしが、変性男子の身魂現はれて、国家の騒乱状態を治めむと血涙を吐き乍ら昼夜の区別なく、世人を教戒しつつありしなり。二人といふ事は、艮の金神様の男子の御魂と、教祖出口直子刀自の女子の身魂とが一つに合体して神業に従事し玉へると同じ意義なり。ヒトとは霊の帰宿する意義で人の肉体に宇宙の神霊憑宿して天地の経綸を遂行し玉ふ、神の生宮の意なり。老夫と老女と二人とあるは女姿男霊の神人、出口教祖の如き神人を意味するなり。 『童女を中に置きて泣なり』とはオトメは男と女の意味にして、世界中の老若男女を云ふ。又老と若ともなり、現在の世界の人民を称して老若男女と云ふ。霊界にては国常立大神、顕界にては神世開祖出口直子刀自の老夫と老女とが、世界の人民の身魂の、日に月に邪神の為に汚され亡ぼされむとするを見るに忍びず、手を尽して足を運びて救助せむと艱難辛苦を嘗めさせられ、天地の中に立ちて号泣し給ふことを、童女を中に置きて泣くなりと云ふなり。 亦神の御眼より御覧ある時は世界の凡ての人間は、神の童子なり女子なり。故に世界の人民は皆神の童女なる故、人民の親がその生みし子を思ふ如くに、神は人民の為に昼夜血を吐く思ひを致して心配を致して居るぞよ、と御神諭に示させ給へる所以なり。亦オトメの言霊を略解する時は、 オは親の位であり、親子一如にして、大地球を包む活用であり。 トは十全治平にして、終始一貫の活用であり。 メは世を透見し、内に勢力を蓄へて外面に露はさざる意義なり。 之を約むる時は、日本固有の日本魂の本能にして、花も実もある神人の意なり。 『汝等は誰ぞと問ひ賜へば、其の老夫僕は国津神大山津見神の子なり、僕が名は足名椎、妻が名は手名椎、女が名は櫛名田比売と謂すと答す』 明治三十一年の秋瑞の御魂の神代に須佐之男神神懸したまひて綾部の地の高天原に降りまし、老夫と老女の合体神なる出口教祖に対面して汝等は誰ぞと問ひたまひし時に、厳の御魂の神代なる教祖の口を藉りて僕は国津神の中心神にして大山住の神也。神の中の神にして天津神の足名椎となり手名椎となりて、天の下のオトメを平かに安らかに守り助けむとして、七年の昔より肥の河上に御禊の神事を仕へ奉れり。又この肉体の女の名は櫛名田姫と申し、本守護神は禁闕要の大神なりと謂し玉ひしは、以上の御本文の実現なり。クシナダの クシは神智赫々として万事に抜目なく一切の盤根錯節を料理し、快刀乱麻を断つの意義なり。 ナは、万物を兼ね統べ、能く行届きたる思ひ兼の神の活用なり。 ダは、麻柱の極府にして大造化の器であり、対偶力であり、主従師弟夫妻等の縁を結ぶ神なり。 要するに、櫛名田姫の守護厚き天壌無窮の神国、大日本国土の国魂神にして、神諭の所謂大地の金神なり。 『亦、汝の哭由は何ぞと問ひたまへば、吾が女は八稚女在りき。是に高志の八岐遠呂智なも、年毎に来て喫ふなる。今その来ぬべき時なるが故に泣くと答白す』 以上の御本文を言霊学の上より解約すると、吾が守護する大地球上に生息する、息女即ち男子や女子は、八男と女と云つて、種々の沢山な神の御子たる人種民族が有るが、年と共に人民の霊性は、鬼蛇の精神に悪化し来り至粋至醇の神の分霊を喫ひ破られて了つた。高志の八岐の遠呂智と云ふ悪神の口や舌の剣に懸つて歳月と共に天を畏れず地の恩恵を忘れ、不正無業の行動を為すものばかり、人民の八分迄は、皆悪神の容器に為れて、身体も霊魂も、酔生夢死体主霊従に落下し、猶も変じて八岐の遠呂智の尾となり盲従を続けて、天下の騒乱、国家の滅亡を来しつつ、最後に残る神国の人民の身魂までも、喫ひ破り亡ぼさむとする時機が迫つて来たので如何にしてか此の世界の惨状を救ひ助け、天津大神に申上げむと、心を千々に砕き天下国家の前途を思ひはかりて、泣き悲しむなりと答へ玉うたと曰ふことなり。 高志といふ意義は、遠き海を越した遠方の国であつて、日本からいへば支那や欧米各国のことなり。海外より種々雑多の悪思想が渡来する。手を替へ品を替へて、宗教なり、政治なり、教育なりが盛んに各時代を通じて、侵入して来り敬神尊皇報国の至誠を惟神的に具有する、日本魂を混乱し、滅絶せしめつつある状態を称して、高志の八岐の遠呂智の喫ふなると云ふなり。亦外国の天地は、数千年来此悪神の計画に誑らかされて、上下無限の混乱を来し、国家を亡ぼし来たりしが、彼今猶其計画を盛んに続行しつつ、遂に日本神国の土地まで侵入し、天津神の直裔なる日本オトメの身魂まで、全部喫ひ殺さむとする、それが最近に迫つて居る、只一つ神国固有の日本魂なるオトメが後に遺つた許りである。之を悪神の大邪霊に滅ぼされては、折角天祖国祖の開き玉へる大地球を救ふ事は出来ない。どうかして之を助けたいと思つて艱難辛苦を嘗めて居るのである。実に泣くにも泣かれぬ、天下の状態であると云つて、之を根本的に救ふ事は出来ない。どうして良いかと途方に暮れ、天地に向つて号泣して居りますとの、変性男子の身魂の御答へなりしなり。 『其の形は如何さまにかと問ひたまへば、彼が目は赤加賀知なして、身一つに頭八つ尾八つあり。亦其の身に苔、及び桧、すぎ生ひ、其の長さ渓八谷、峡八尾を渡りて、其の腹を見れば、悉に常血爛れたりと答白す。(此に赤加賀知といへるは、今のほほづきなり)』 そこで其形は如何さまにかと、問ひたまへばと云ふ意義は、八岐の遠呂智なす悪思想の影響は如何なる状態に形はれ居るやとの須佐之男命の御尋ねなり。 そこで変性男子の身魂なる老夫と老女は、彼悪神の経綸の事実上に顕現したる大眼目は、赤加賀知なして身一つに、頭八つ尾八つありと云つて、悪神の本体は一つであるが、その真意を汲んで、世界覆滅の陰謀に参加して居るものは、八人の頭株であつて、此の八つの頭株は、全地球の何処にも大々的に計画を進めてをるのである。政治に、経済に、教育に、宗教に、実業に、思想上に、其他の社会的事業に対して陰密の間に、一切の破壊を企てて居るのである。就ては、尾の位地にある、悪神の無数の配下等が、各方面に盲動して知らず識らずに、一人の頭目と、八つの頭の世界的大陰謀に参加し、終には既往五年に亘つた世界の大戦争などを惹起せしめ、清露其他の主権者を亡ぼし、労働者を煽動して、所在世界の各方面に、大惑乱を起しつつあるのである。赤加賀知とは砲煙弾雨、血河死山の惨状や、赤化運動の実現である。実に現代は八岐の大蛇が、いよいよ赤加賀知の大眼玉をムキ出した所であり、既に世界中の七オトメを喫ひ殺し、今や最後に肥の河なる、日本までも現界幽界一時に喫はむとしつつある処である。要するに八つ頭とは、英とか、米とか、露とか、仏とか、独とか、伊とかの強国に潜伏せる、現代的大勢力の有る、巨魁の意味であり、八つ尾とは、頭に盲従せる数多の部下の意である。頭も尾も寸断せなくては成らぬ時機となりつつあるなり。 『亦其身に苔及び桧すぎ生ひ、其長さ、渓八谷、峡八尾を渡りて其の腹を見れば、悉に常も血爛れりと答白す』といふ意味は地球上の各国は皆この悪神蛇神の為に、山の奥も水の末も暴され、不穏の状態に陥り、終には尼港事件の如く、暉春事件の如く、染血虐殺の憂目に人類が遇つて、苦悶して居ることの形容である。また苔と云ふ事は、世界各国の下層民の事であり桧と云ふ事は上流社会の人民であり、すぎと云ふ事は国家の中堅たる中流社会である。要するに上中下の三流の人民が常に不安の念に駆られて居る事であつて、実に六親眷属相争ひ、郷閭相鬩ぎ戦ふ、悲惨なる世界の現状を明答されたといふ事である。御神諭に、『今の人民は外国の、悪神の頭と眷属とに、神から貰うた結構な肉体と御魂を自由自在に汚されて了うて、畜生餓鬼の性来になりて居るから、欲に掛けたら、親とでも兄弟とでも、公事を致すやうな悪魔の世になりて居るが、是では世は続いては行かぬから、天からは御三体の大神様がお降り遊ばすなり、地からは、国常立尊が変性男子と現はれて、新つの世に立替立直して、松の五六七の世に致して、世界の人民を歓ばし、万劫末代勇んで暮す神国の世に替へて了はねばならぬから、艮の金神は、三千年の間長い経綸を致して、時節を待ちて居りたぞよ。八つ尾八つ頭の守護神を、今度はさつぱり往生いたさすぞよ』云々と明示されてあるのも、要はこの御本文の大精神に合致して居る一大事実である。 『爾、速須佐之男命、其の老夫に是汝の女ならば、吾に奉らむやと詔たまふに、恐けれど御名を覚らずと答白せば、吾は天照大御神の同母男なり。故今天より降り坐つと答へたまひき。爾に足名椎、手名椎、然坐さば恐し立奉らむと白しき』 右御本文の老夫にとあるは艮の金神国常立尊神霊に対しての御言である。また足名椎手名椎神と並び称せるは、肉体は出口直子であつて手名椎の神であり霊魂は国常立尊の足名椎の意である。 茲に天より降り給へる須佐之男命は、老夫なる国常立尊の神霊に対し玉ひて、是は汝の守護し愛育する所の、至粋至醇の神の御子たる優しき人民であるなれば、吾に是の女の如き可憐なる万民の救済を一任せずやと、御尋ねになつた事である。そこで国常立尊は実に恐縮の至りではありますが、貴方は如何なる地位と、御職掌の在す神で居らせらるるや。御地位と御職名とを覚らない以上は御一任する事は出来ませぬと白し給ひければ、大神は至極尤もなる御尋ねである。然らば吾が名を申し上げむ、吾は天津高御座に鎮まり坐ます、掛巻も畏き天照大御神の同母弟であつて、大海原を知食すべき職掌である。されば今世界の目下の惨状を黙視するに忍びず、万類救護の為に、地上に降り来たのである。故に国津神たる汝の治むる万類万民を救はむが為に、吾に其の職掌を一任されよ然らば汝と共に八岐の大蛇の害を除いて天下を安国と平けく進め開かむと仰せになつたのである。茲に変性男子の身魂は、大変に畏み歓び玉うて、左様に至尊の神様に坐ますならば吾女なる可憐なる人民を貴神に御預け申すと、仰せられたのである。是は去る明治三十一年の秋に変性男子と変性女子との身魂が二柱揃うて神懸りがあつた時の御言であつて、実に重大なる意義が含まれて在るのである。然し乍ら是は神と神との問答でありまして、人間の肉体上に関する問題ではないから、読者に誤解の無いやうに御注意願つておく次第である。 『爾速須佐之男命、乃ち、其の童女を湯津爪櫛に取成して、御角髪に刺して、其の足名椎、手名椎神に告りたまはく、汝等、八塩折の酒を醸み、且、垣を造り迴し、その垣に八つの門を造り、門毎に八つの棧敷を結ひ、その棧敷毎に酒船を置きて船毎にその八塩折の酒を盛りて、待ちてよと、のりたまひき』 湯津爪櫛の言霊を略解すれば、 ユは、天地、神人、顕幽、上下一切を真釣合せ、国家を安寧に、民心を正直に立直す大努力の意であり、 ツは、日の大神の御稜威を信じ、大金剛の至誠心を振り起し、言心行一致の貫徹を期し、以て神霊の極力を発揮するの意である。 ツは、生成化育の大本合致し、大決断力を発揮し、実相真如の神民たりとの意である。 マは、人種中の第一位たる資格を保ち、胸中常に明かにして無為円満なる意である。 グは、暗愚を去つて賢明に帰し、万事神助を得て意の如く物事成功するの意である。 シは、信仰堅く、敬神尊皇報国の忠良なる臣民の基台なりとの意である。 以上の六言霊を総合する時は、霊主体従の真の日本魂を発揮せる神の御子と立直し玉ふ、神の経綸を進むると謂ふことである。 御角髪の言霊を略解すれば、 ミは、形体具足成就して、日本神国の神民たる位を各自に顕はし定めて真実を極め、以て瑞の御魂に合一する意である。 ミは、⦿の御威徳を明かに覚知し、惟神の大道を遵奉し実行し、以て玲瓏たる玉の如き身魂と成るの意である。 ツは、神の分身分霊として天壌無窮に真の生命を保全し、肉体としては君国を守り、霊体としては神と人民とを助け守るの意である。 ラは、言心行の三事完全に実現し、本末一貫、霊主体従の臣民と成りて、自由自在に本能を発揮するの意である。 以上の四言霊を総合する時は、愈日本魂の実言実行者となりて、其の霊魂は神の御列に加はるべき真の御子と成りたる意である。 要するに、瑞の霊魂なる速須佐之男命は、二霊一体なる神政開祖の神人より、男と女の守護と化育とを一任され一大金剛力を発揮して、本来の日本魂に立替へ立直し、更に進んで其の実行者とし賜ふた事を『其のオトメをユツツマグシに取成して御角髪に刺して』と言ふのである。 斯の如く、天下の万民の身魂の改良を遊ばして、足名椎、手名椎の御魂に御渡しになるに就ては、相当の歳月を要したのである。或は神徳を以てし、或は物質力を以てし、或は自然力を以てし、或は教戒を以てし、慈愛を以てし、種々の御苦辛を嘗めさせ玉ふ其神恩を忘れては成らぬのである。そこで速須佐之男命は、足名椎手名椎なる変性男子の霊魂に対つて告り給ふた御言葉は左の通りである。幸ひ残れるオトメは斯の如く、湯津爪櫛に取成し、御角髪に刺て立派に日本魂を造り上げたと云ふ事は、全く天津神の御霊徳と、吾御魂の活動と、汝命の至誠の賜であるから、第一に天地八百万の神に、精選した立派な美味なる、所謂八塩折の神酒を醸造し、且つ汚穢を防ぐ為に清らかな瑞垣を四方に作り廻して、其の垣毎に祭壇を設け(八つ門)て、祭壇毎に祝詞座を拵へ、酒を甕の戸高知り甕の腹満て並べて神々に報恩謝徳の本義を尽すべく、詔りたまふたのである。凡て酒と云ふものは、大神に献る時は、第一に御神慮を和げ勇ませ歓ばせ奉る結構な供へ物であるが、体主霊従的の人間が之を飲むと決して碌な事は出来ないのである。同じ種類の酒でも、人間は御魂相応に、種々の反応を来すものであつて、悪霊の憑つた人間が呑めば直ちに言語や、動作や精神が悪の性来を現はし、且つ酔ひ且つ狂ひ乱れ暴れるものである。或は泣くもの、笑ふもの、怒るもの、妙な処へ行きたくなるものなぞ、種々雑多に変化して、身魂の本性は現はし、吐たり倒れたり苦しみ悶えたりするものである。常に至誠至実の人にして、心魂の下津岩根に安定したものは、仮令酒を常に得呑まぬ人でも、少々位時に臨んで戴いた所が、決して前後不覚になつたり、倒れたり苦しんだり、動作や言舌や精神の変乱するもので無く、心中益々壮快を覚え、笑み栄え勇気を増し、神智を発揮するものである。故に酒は神様に献る所の清浄なる美酒と雖も、心の醜悪なるものが呑む時は、忽ち身魂を毒し弱らしむるものである。同じ酒を甲は一合呑んで酔ひ潰れて了ふかと思へば、乙は一升呑んでも酔はず、丙は三升位呑まなくては少しも酔うた如うな心持がしないと、云ふ区別の附くのは、乃ち身魂の性質に依りて反応に差異ある事の証である。甲は呑んで笑ひ、乙は怒り、丙は泣くと云ふ如うに、同じ味のある同じ種類の酒でも、区別の附くと云ふのは、実に不思議なもので、是はどうしても身と魂との性来関係に依るものである。 『故、告りたまへる随にして、如此設け備へて待つ時に、其の八岐大蛇、信に言ひしが如来つ。乃ち、船毎に、己々頭を垂入て、その酒を飲みき、於是、飲み酔ひてみな伏寝たり。爾ち速須佐之男命、その御佩せる十拳剣を抜きて、その大蛇を切散りたまひしかば肥の河、血に変りて流れき』 そこで変性男子の身魂は命の随々芳醇なる神酒を造りて、天地の神明を招待し、以て歓喜を表し賜ひ、神恩を感謝し給うたのである。八岐の大蛇の霊に憑依された数多の悪神の頭目や眷族共が大神酒を飲んで了つた。丁度今日の世の中の人間は、酒の為に腸までも腐らせ、血液の循環を悪くし、頭は重くなり、フラフラとして行歩も自由ならぬ、地上に転倒して前後も弁知せず、醜婦に戯れ家を破り、知識を曇らせ、不治の病を起して悶え苦しんで居るのは、所謂「飲み酔ひて皆伏寝たり」と云ふことである。爾に於て瑞の御霊の大神は、世界人民の不行跡を見るに忍びず、神軍を起して、此の悪鬼蛇神の憑依せる、身魂を切り散らし、亡ぼし給うたのである。十拳剣を抜きてと云ふ事は遠津神の勅定を奉戴して破邪顕正の本能を発揮し給うたと云ふことである。そこで肥の河なる世界の祖国日の本の上下一般の人民は、心から改心をして、血の如き赤き真心となり、同じ血族の如く世界と共に、永遠無窮に平和に安穏に天下が治まつたと云ふ事を「肥の河血に変りて流れき」と云ふのである。流れると云ふ意義は幾万世に伝はる事である。古事記の序文に、後葉に流へんと欲すとあるも、同義である。 『故其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刄毀けき。怪しと思ほして、御刀の端もて刺割きて見そなはししかば、都牟刈之太刀あり。故此太刀を取らして、怪異しき物ぞと思ほして天照大御神に白し上げたまひき。是は草薙太刀なり』 中の尾と云ふ事は、葦原の中津国の下層社会の臣民の事である。其臣民を裁断して、身魂を精細に解剖点検し玉ふ時に、実に立派な金剛力の神人を認められた状態を称して、御刀の刄毀けきと云ふのである。アヽ実に予想外の立派な救世主の身魂が、大蛇の中の尾なる社会の下層に隠れ居るわい。是は一つの掘り出しものだと謂つて、感激されたことを、怪しと思ほしてと云ふのである。御刀の端もてと云ふ事は、天祖の御遺訓の光に照し見てと云ふ事である。 『刺割きて見そなはししかば都牟刈之太刀あり』と云ふことは今迄の点検調査の方針を一変し、側面より仔細に御審査になると、四魂五情の活用全き大真人が、中の尾なる下層社会の一隅に、潜みつつあつたのを初めて発見されたと云ふことである。都牟刈之太刀とは言霊学上より解すれば三千世界の大救世主にして、伊都能売の身魂と云ふ事である。故、此太刀なる大救世主の霊魂を取り立て、異数の真人なりと驚歎され、直ちに天照大御神様、及びその表現神に大切なる御神器として、奉献されたのである。凡ての青人草を神風の吹きて靡かす如く、徳を以て万民を悦服せしむる一大真人、日本国の柱石にして世界治平の基たるべき、神器的真人を称して、草薙剣と云ふのである。八岐大蛇の暴狂ひて万民の身魂を絶滅せしめつつある今日、一日も早く草薙神剣の活用ある、真徳の大真人の出現せむことを、希望する次第である。 また草薙剣とは、我日本全国の別名である。この神国を背負つて立つ処の真人は、即ち草薙神剣の霊魂の活用者である。 (大正九・一・一六講演筆録谷村真友) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 17 窟の酒宴 | 第一七章窟の酒宴〔五八四〕 四面岩壁を以て包まれたる広き館の内には糸竹管絃の響爽かに、飲めよ、騒げの大乱舞が行はれて居る。ずつと見渡せば中央に黎牛の皮を幾枚とも無く積み重ね、其上に見るも憎さうなる面構への蠑螈別は数多の男女に酌をさせ乍ら、墨の様な黒き酒をグビリグビリと傾けて居る。数十人の男女は何れも一癖あるらしき面構へ、けいを敲く、笛を吹く、弓弦を弾ずる、石と石とを打ち乍ら真裸の儘踊り狂うて居る、恰も百鬼昼行の有様である。 蠑螈別『ヤア大変に酔がまわつた。如何だ、皆の者共、一つ何か面白い芸当をやつて呉れないか』 黒姫『さアさア皆サン、これから須佐之男尊征伐の芝居をやりませう。丁ン助サン、お前が須佐之男尊になるのだよ、黒姫がお前の髭をむしる役、高姫さまは手足の爪を脱く役だよ』 丁ン助『エーエ、滅相な、誰がソンナ役になりませうか、爪を抜かれる様な悪い事は根つからした覚えが御座いませぬ』 黒姫『吐すな吐すな、貴様は爪に火を点して吝な事許り考へ、人を苦しめる奴だ、鷹の様に爪の長い代物だ、喰ひつめ者だ、如何でも斯うでも此婆がつめかけて抜いてやらねば措くものかいヤイ』 丁ン助『爪の長いのは、それやお前サンの事だないか。一途の川辺で往来の旅人を嚇して肝腎の身魂を引きぬく欲婆アサンだ。お前サンから爪を抜きなさい』 黒姫『能うツベコベと理窟を言ふ丁ン助だナア、エーエ憎らしい、頬辺なと抓めつてやらうか』 と鷹の様な鋭利な爪で丁ン助の頬をグツト捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い哩痛い哩、放サンかい』 黒姫『放さぬ放さぬ、神が爪を掛たら、いつかないつかな放しはせぬぞ。話すのは庚申待ちの晩だ、人の難儀は見ざる、聞かざる、言はざるの苦労人の黒姫だ。尻なつと喰ふとけ、苦労知らずの真黒々助の丁ン助奴が』 丁ン助『ヤアヤア、婆アサン、ヒヽヽヽひどい哩、ソヽヽヽそれや余りぢや、頬辺がチヽヽヽちぎれる哩』 黒姫『チヽヽヽちつとは痛からう、血の出るとこ迄、いや頬がちぎれるとこ迄、いつかないつかな放しやせぬぞや。チンチクリンのチンピラ奴、ちつとは正念が行つたか、貴様は又してもウラナイ教の裏をかく奴ぢや。今にひよつとして三五教の奴が出て来よつたならば、直に黒い黒い燕の様に燕返しの早業をやる代物だ。この黒姫が黒い目でグツと睨んだら違ひはせぬぞや』 丁ン助『もしもし高姫さま、ちつと挨拶して下さいな』 高姫『マアマア十万億土の成敗の事思へば磯の様なものだ。お前の将来のためだよ、もつともつと黒姫さま、首の脱ける処まで捻つてやりなさい、アーア一人の男を悪の道に引き入れ様と思へば骨の折れる事だワイ。もしもし大広木正宗さま、何して御座る、酒ばつかりあふつて居らずに、ちつとお前さまも此丁ン助の成敗をなさつたが宜からうにナア』 丁ン助『もうもうもう、改心致します、之からは善のぜの字も申しませぬ、飽迄も悪を立て通します』 高姫『これこれ丁ン助、何を言ふのだ、善一筋のウラナイ教の教ぢやぞい』 丁ン助『ソヽヽヽそのウラナイ教だから裏を言つて居るのだ。悪と言へば善、善と言へば悪ぢやがなア』 黒姫『はて扨て合点の悪い男ぢや、底には底がある、奥には奥がある、裏には裏がある。エーエ、もうもう手が倦うなつて来た、モウこれで勘へてやらう。いやまだまだ膏をとらねばならぬが、婆の手が続かぬから一寸一服ぢや、エヘヽヽヽ』 丁ン助『何が何だか皆サンの仰有る事は一寸も訳が分りませぬワ。善をすればお気に入るのやら、悪がお気に入るのやら、薩張り訳が分らなくなつて来た。善なら善、悪なら悪と、はつきり言つて下さい、どちらへでも私はつきます』 高姫『善とも悪とも分らぬのが神の教ぢや。人間の分際として、さう善悪がはつきりと分つて堪るものかい。何事も高姫の仰有る通りに、ヘイヘイ、ハイハイと盲目滅法に盲従すれば良いのだよ』 丁ン助『アーア又しても又しても、人の顔を抓つたり殴つたり、爪を抜いたりせねば改心さす事が出来ぬのか、そこになるとアナヽ、アヽヽヽ、何ぢやつた、忘れた忘れた。あないでも、あなでもあつたら隠れ度い様な気がします哩。あな恐ろしや、あな有難や、あな苦しや、あな痛やなア』 黒姫『矢つ張貴様は三五教に未練があるな、よしよしこれから須佐之男尊ぢやないが、頭の毛も髭も爪も一本も無い様に抜いてやらう。これこれ久助、釘抜を持つて来い』 久助『釘抜は此館には一つも御座いませぬ、如何致しませう』 黒姫『アヽそうか、釘抜は無いか、それでは仕方がない。これこれ丁ン助、貴様は余つ程幸福者だ、之と言ふも神様の御慈悲ぢや、ウラナイ教の神様の御恩を夢にも忘れてはならぬぞよ』 蠑螈別はグタグタに酔ひ潰れ、 蠑螈別『オイオイ皆の奴、何か面白い芸当をして見せぬか、折角飲んだ酒が沈んで仕舞ふ、ちつと浮かして呉れ、瓢箪ばかりが浮物ぢやあるまい、偶には人間の心も浮かさねばならぬ、それだから此世を浮世と言ふのだ』 黒姫『アヽ其瓢箪で思ひ出した、水の中に浮かして置いた二人の女、誰か行つて浚へて来い、此処で一つ面白い芸当をさして楽しまう』 蠑螈別『アハヽヽヽ、妙案々々、面白い面白い、サアサ皆の者共、二人の奴を引摺上げて此場へ連れて来い』 黒姫『こら丁ン助、其方は爪抜きの成敗を許してやる、其代りに二人の女を引摺上げて此場へ連れて来い』 丁ン助『はい、畏まつて御座います、然し乍ら私一人では到底手にあひませぬ、誰か助太刀を貸して下さいませ、一人づつ担げて連れて参ります』 黒姫『久助、貴様は丁ン助の後から跟いて、サア早く引き上げて来い』 久助『畏まりました』 と二人は表の石門を開くや否や尻端折つて池の辺を指して一生懸命に走つて来た。見れば池の辺に三男六女の神人が立つてゐる。 丁ン助『オイオイ久公、貴様先へ行かぬかい』 久助『何、俺は貴様の助太刀だ、言はば代理ぢや。貴様が先へ行つて縮尻つたら其控へに俺が出るのだ、先陣は貴様だ、早う行かぬかい』 と、尻をトンと押す拍子に丁ン助はトンと尻餅を搗く、 丁ン助『アイタヽ、ナヽヽヽ何をしやがるのだい、アーア、もう腰が抜けた。貴様が弱腰を無理に突いたものだから、腰の蝶番が折れて仕舞つたよ、貴様が代理するのだ。サアサ行け行け』 久助『触り三百とは貴様の事だ、なまくらな、起んかい。一寸押した位で腰の枢が外れる奴が何処にあるか』 丁ン助『それでも抜けたら仕方が無い、嘘と思ふなら俺を歩かして見い、一寸も歩けやせぬぞ』 久助『エーエ、腰抜け野郎だな』 丁ン助『オヽヽヽ俺は腰抜け野郎だ、それだから貴様行けと言ふのだ』 久助『俺も何だか急に足が抜けた様だ、膝坊主奴が危ない危ないと吐しよる』 丁ン助『何だ、乞食の正月の様に「餅無い餅無い」ナンテ、団子理屈を垂れない、サアサ行け行け、俺は絶対に腰が抜けた。もう一足も歩けぬ、貴様胆玉を放り出してあの池を覗きなつとして来い、帰つて申訳が無いぞ』 亀彦は二人の姿を見てツカツカと間近に進み、 亀彦『ヤア其方は悪神の眷属、能くも三人の女を苦しめよつたナア、サア返報がへしだ。股から引裂き頭から塩をつけて齧つて喰つてやらうか』 と呶鳴りつけた。二人はキアツと声を立て腰の抜けたと言つた丁ン助は真先に韋駄天走りに、雲を霞と逃げ去つた。 話変つて蠑螈別は、 蠑螈別『アーア、何だか今日は心の沈む日だ。皆の奴共、何奴も此奴も芸無し猿の唐変木許りだな、一つ面白い事をやつて見せぬか、アーア頭痛がする』 高姫『これも何かの御都合で御座いませう、さう、おなげき遊ばすには及びませぬ、日の出の神の生宮が一つ踊つてお目に掛けませう』 と高姫はお多福面をニユツと出し、山車尻をプリツプリツと振り乍ら、怪しき腰付で踊り始めた。此時慌しく息せききつて丁ン助、久助は此場に走り来り、 丁ン助、久助『タヽヽヽ大変で御座います』 と言つたきり、丁久二人は息を喘ませて此場にドツと倒れたり。 黒姫『大変とは何事ぞ、二人の女は如何致した』 久助『ドヽヽヽ如何も斯うもありませぬ、タヽヽヽ大変々々、大変と言へば矢つ張り大変で御座います』 黒姫『こら、久助、丁ン助、しつかり致さぬか、何が大変だ』 丁ン助『いやもう、タヽヽヽ大変で御座います、大変と申すより申し上げる言葉も無かりけり、アーン、アンアンアン、オーン、オンオンオン』 黒姫『エー腑甲斐無い奴だ、又歩きもつて夢を見よつたのだらう、臆病な奴だ、しつかり致さぬか』 とキユーと鼻を捻る。 丁ン助『イヽヽヽ痛い、勘忍勘忍』 黒姫『サア、しつかりと申さぬか、様子は如何に』 丁ン助『ヨヽヽヽ様子も何にもあつたものか、ヨヽヽヽ用心なさいませ、酔つぱらつて居るどこの騒ぎぢやありませぬぞ、アヽヽヽ三五教の宣伝使、大きな男が三人とアルマの様な別嬪が而も六人、どうで、ロヽヽヽ碌な事は御座いませぬ哩』 黒姫『貴様の言ふ事は何が何だか、テンと分らぬ、こらこら久助、様子は如何だ。女は何処に居る。』 久助『女どころの騒ぎですかい、たつた今、貴方等の頸は胴を離れますよ、何卒しつかりと用意をして下さい』 高姫『お前達は何を狼狽へ騒ぐのだ、昔の昔のさる昔の根つ本の天地の始まりから、何も彼も調べて調べて調べ上げた此方ぢや、仮令百億万の敵押し寄せ来るとも、此高姫のあらむ限りは大丈夫だ、しつかり致さぬか。してして女は何と致した』 此時門前に勇壮なる宣伝歌の声、四辺を轟かし響き来たりぬ。 高姫、黒姫、蠑螈別を始め、一同は俄に頭痛み胸は引裂く許り苦しくなつて、其場にドツと倒れたり。アヽ此結末は如何なり行くならむか。 (大正一一・四・三旧三・七北村隆光録) (昭和一〇・三・二四於台湾蘇澳駅王仁校正) |
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霊界物語 | 15_寅_顕恩郷/スサノオの経綸/高姫登場 | 20 五十世紀 | 第二〇章五十世紀〔五八七〕 松彦の天使に伴はれた一行三人は、鏡の岩にピタリと行当り、如何にして此関所を突破せむかと首を傾けて、胸に問ひ心に掛け、首を上下左右に静かに振り乍ら、やや当惑の体にて幾何かの時間を費やしゐたり。 玉彦『吾々は現界に於ても、心の鏡が曇つてゐる為に、万事に付け往き当り勝ちだ、神界へ来ても矢張往き当る身魂の性来と見える哩。アヽ、どうしたら宜からうな。見す見す引返す訳にも往かず、何とか本守護神も好い智慧を出して呉れさうなものだなア』 松彦『貴方はそれだから不可ないのですよ。自分の垢を本守護神に塗付けるといふ事がありますか』 玉彦『吾々は常に聞いて居ります。本守護神が善であれば、肉体もそれに連れて感化され、霊肉共に清浄潔白になり天国に救はれると云ふ事を固く信じてゐました。斯う九分九厘で最上天国に行けぬと云ふことは吾々の本守護神もどうやら怪しいものだ。コラコラ本守護神、臍下丹田から出て来て、此の肉の宮を何故保護をせないのか、それでは本守護神の職責が尽せぬでは無いか。肉体天国へ行けば本守護神もが行ける道理だ。別に玉彦の徳許りでない、矢張本守護神の徳にもなるのだ。何をグヅグヅして居るのかい』 と握り拳を固めて臍の辺をポンポン叩く。 松彦『アハヽヽヽ、面白い面白い』 玉彦『之は怪しからぬ、千思万慮を尽し、如何にして此鉄壁を通過せむかと思案にくるるのを見て、可笑しさうに吾々を嘲笑なさるのか、貴方も余程吝な守護神が伏在して居ますな』 松彦『天国には恨みも無ければ悲しみも無い。亦嘲りもありませぬ。私の笑つたのは貴方の守護神が私の体を籍つて言はれたのですよ』 玉彦『さう聞けば、さうかも知れませぬな。これこれ厳彦サン、楠彦サン、貴方がたの本守護神は何と仰有いますかな』 楠、厳『アア未だに何とも御宣示がありませぬ。茲暫らく御沈黙の為体と見えます哩。斯うなると実に恥しいものだ。吾々の背後には立派な女神の守護神が鏡に写るのが見える、有難い、吾々は何と云つても矢張身魂が立派だから、守護神もあの通り立派なと思う刹那、パツと消えて了つて後には霊衣さへ見えなくなつて了つた。アヽ心の油断といふものは恐ろしいものだナア』 松彦『貴方がたは何か一つ落して来たものはありませぬか』 三人『最早娑婆の執着心を捨てた以上は、落すも落さぬもありませぬワ。強つて落したと云へば執着心位のものでせうよ』 松彦『イーエ、ソンナものぢやありませぬ。貴方がたに取つて、高天原の関門を通過すれば容易に通過が出来ます』 玉彦『コレコレ楠サン、厳サン、お前たち何か落した物が思ひ出せないか』 厳彦『オー思ひ出した。河鹿峠を下る時に、大切な馬一匹と自分の肉体を一つ落して来た様に記憶が浮んで来る。落したと云つたら、マアソンナ物だらう。もしもし松彦サン、馬の死骸や人間の死骸を拾つて来なくては此処が通過出来ないのですか』 松彦『さうです。馬の死骸と人間の死骸を拾つて来なさい。さうすれば容易に通過が出来ませう』 玉彦『一寸待つて下さい。貴方の仰有る事は少し脱線ぢやありますまいか。斯の如き四面玲瓏たる天国に左様な穢苦しい死骸を持つて来てどうして関門が通過出来ませうか。清きが上にも清き天国に、死んだ馬を引ずつて来た処で乗る訳にも往かず、一足も歩く訳にも往くまいし、ハテ訳の分らぬ事を仰有ります哩』 松彦『サア其落した馬と人間の死骸を生かしさへすれば、立派に通過が出来るのだ。マア一寸本守護神と篤り御相談をなさいませ。私はそれまで此処に待つて居ます』 玉彦『ヤア御忙しいのに済みませぬな』 厳彦(横手を打ち)『ヤア分つた分つた、本守護神の囁きに依つて、一切万事解決が着いた。馬を落したと云ふ事は、心の駒の手綱が緩んで何処かへ逸走して了つたと云ふ事だつた。死骸を落したと云ふ事は吾々の身魂が天国の美はしき光景に憧憬れ魂を宙に飛ばして了つたといふ謎であつた。さうして最も一つ大事なのは、神界旅行に必要なる天津祝詞の奏上や神言の合奏であつた。箕売が笠でひるとは此事だ。現界に居る時は一生懸命に、宣伝歌を称へ、天津祝詞の言霊を朝夕奏上したものだ。其言霊の奏上も、天国に自分も救はれ、数多の人を救はむが為であつた。然るに其の目的たる天国に舞ひ上り乍ら、肝腎の宣伝使の身魂を何時の間にやら遺失して了ひ、心の駒は有頂天となつて空中に飛散して了つて居た。アヽ天国と云ふ処は、油断のならぬ処だな、結構な処の気遣ひの処で怖い処だ。サアサア御一同様、天津祝詞を此鏡岩に向つて奏上致しませう』 と一同は夜の明けたる心地して、勇み立ち、天津祝詞を一心不乱になつて百度計り奏上した。鏡の岩は自然と左右に開かれ、坦々たる花を以て飾られたる、清き大道が現はれて来た。三人は声を揃へて、 三人『ヤア松彦様、有難う御座いました。御蔭様で難関も無事に通過致しました。何分に馴れぬ神界の旅行、勝手も存じませぬから、何とぞ宜しく御世話下さいませ』 松彦『否々、貴方の事は貴方がおやりなさい。現界に於て貴方がたは、常に、人を杖に突くな、師匠を便りにするなと云つて廻つて居られたでせう』 三人は、 三人『アハヽヽヽ、余り好い景色で気分が良くなつて何も彼も忘れて了つた。さうすると矢張り執着心も必要だ』 松彦『それは決して執着心ではありませぬ。貴方がたの身魂を守る生命の綱ですよ。ヤア急いで参りませう』 向ふの方より、身の丈二尺ばかりの男女五人連、手を繋ぎ乍ら、ヒヨロヒヨロと此方に向つて進み来るあり。 玉彦『ヤア小さいお方が御出でたぞ。此処は小人島の様だな。天国にはコンナ小さい人間が住まつて居るのですか。ナア松彦サン』 松彦『何、神界許りか、現界も此通りですよ。一番図抜けて大男と云はれるのが三尺内外一尺八寸もあれば一人前の人間だ。顕幽一致、現界に住まつてゐる人間の霊体が此高天原に遊びに来てゐるのだ。ああやつて手を繋いで歩かないと、鶴が出て来て、高い処へ持つて上るから、其難を防ぐ為、ああやつて手を繋いで歩いて居るのだ』 玉彦『ハテ益々合点が往かなくなつて来た。吾々三人は、常世の国を振出しに、世界各国を股にかけ、現界は大抵跋渉した積りだが、何程小さき人間だと云つても六尺より低い男女は無かつた。赤ん坊だつてあれ位の背丈は、現界の人間なれば持つてゐますよ。貴方、何かの間違ひではありますまいか』 松彦『六尺以上の人間の住まつて居つたのは、今より殆ど三十五万年の昔の事だ。貴方が河鹿峠で帰幽してからは、最早三十五万年を経過して居るのだ。現界は二十世紀といふ、魂の小さい人間が住まつて居た時代を超過し、既に三千年暮れてゐる。現界で云へば、キリストが現はれてから五十世紀の今日だ。世は漸次開けるに伴れて、地上の人間は労苦を厭ひ、歩くのにも電車だとか、自動車、汽車、風車、羽車等に乗つて天地間を往来し、少しも手足を使はないものだから、身体は追ひ追ひと虚弱になつて最早五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になつて了つたのだ。併し乍ら、十九世紀の終りから二十世紀にかけて芽を吹き出した、三五教の教を信じ不言実行に勉め、労苦を楽しみとしてゐる人間の系統に限つて、夫れと反対に六尺以上の体躯を保ち、現幽神界に於て、神の生宮として活動してゐるミロク人種もありますよ』 三人『吾々は昨夜、河鹿峠で落命したと思つて居るのに、最早三十五万年も暮れたのでせうか。如何に神界に時間が無いと云つても之は又余り早いぢやありませぬか』 松彦『サアお話は聖地に到着の上ゆつくりと致しませう。神様がお待兼ね、ぼつぼつ参りませう』 と先に立つて歩み出した。三人は松彦の後にいそいそと随ひ行く。忽ち眼前に展開せる湖水の岸に着いた。金波銀波洋々として魚鱗の如く日光に映じ、其壮観譬ふるに物なき程である。七宝珠玉を以て飾られたる目無堅間の御船は、幾十艘とも無く浮んでゐる。松彦は、其中最も美はしき、新しき船にヒラリと飛び乗り、三人に同乗を勧め、自ら櫓を操り乍ら、西南を指して波上豊に揺れ行く。湖面は日光七色の波を以て彩どられたる如き波紋を描きつつ、船唄勇ましく聖地の高天原を指して、勇み漕ぎ行く。波の彼方に、霞の上に浮いてゐる黄金の瓦、銀の柱、真珠、瑪瑙、珊瑚、瑠璃、琥珀、硨磲等の七宝を鏤めたる金殿玉楼は太陽の光に瞬きて、六合を照す許りの荘麗を示してゐる。漸くにして船は一つの島に着いた。地上一面に敷かれたる金銀真珠の清庭がある。東の門は巨大なる真珠を以て固められ、西には瑪瑙の神門、南は瑠璃の神門、北には硨磲の神門を以て囲まれ、東北には白金の門、西南には白銀の門、西北には黄金の門、東南には瑪瑙の門を造られ、其他に、八の潜り門は各珍らしき宝玉を鏤められ、其壮観美麗なる事、筆舌の能く尽す処ではない。松彦は先づ東門より三人を伴ひ、静々と進み入る。入口には眉目美はしき男女の天使、満面に笑を湛へて一行を歓迎しつつありき。松彦は是等の美はしき天使に目礼し乍ら、三人と共に奥へ奥へと進み行く。 (大正一一・四・四旧三・八藤津久子録) |
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14 (1668) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 08 衣懸松 | 第八章衣懸松〔五九八〕 大江山の本城に間近くなつた童子ケ淵の傍に現はれ出でたる二人の男女、又もや地中より這ひ出でて、岩戸の入口を打眺め、 青彦『ヤア高姫さま、何時の間にか、吾等が入口を、斯くの如き千引の岩を以て塞ぎよつたと見えます。幸ひ脱け穴より斯うして出て来たものの、万一此穴がなかつたならば吾々は三五教に魂を抜かれた鬼彦一派の奴と共に、徳利詰に遭つて滅びねばならない所であつたのです。何とかして、此岩を取り除けたいものですな』 高姫『オホヽヽ、是れ全くウラナイ教の神様の御守護で御座いませう。何れ又時節到来せば、此岩は春の日に氷の解けるが如く消滅するであらう。瑞の御魂の変性女子が悪戯を致しよつたに相違なからふ。必ず心配に及びますまい』 青彦『さうだと言つて、此巨大なる岩石が、どうして解けませうか。押したつて、曳いたつて、百人や千人の力では、ビクとも致しますまい』 高姫『あのマア青彦さまの青ざめた顔ワイなあ、これ位な事に心配致す様では、神政成就は出来ますまい。あなたも聖地ヱルサレムに現はれた行成彦命と化けた以上は、モウ少し肝玉を大きうして下さいや』 青彦『ぢやと申して、此岩を取り除けなくては、再び吾等は地底の巌窟に出入する事は出来申さぬ。出る事はヤツトの事で、胸の薄皮を摺剥き乍ら出て来ましたが、這入るのは到底困難です。早速の間に合ぢやありませぬか。鬼雲彦の大勢力を以て、今にも此場に現はれ来るとあらば、吾々は如何致すで御座らう、吁、心許ない今の有様』 と悄気返る。高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『ホヽヽヽ、マア阿呆正直な青彦さま、顔から首まで真青にして、慄うて居るのか、夫れだから、世間からお前は青首だと言はれても仕方があるまい。チト確乎なさらぬか、鬼雲彦が何恐ろしい』 青彦『それでも鬼雲彦はバラモン教の大棟梁、彼奴が恐さに、万一の時の用意と、此処に巌窟を掘つておいたのではなかつたのですか』 高姫『一旦はさう考へたが、最早今日となつては、何事も此高姫が胸中の策略を以て、鬼雲彦も大半此方の者、あまり心配するものでない。お前もチツトは改心を致して、鬼心になつたが宜からう』 青彦『イヤ、其様な悪魔に与するならば、吾々は真つ平御免だ、今日限りお暇を頂きませう』 高姫『オホヽヽヽモウ斯うなつては、逃げようと云つたつて、金輪奈落、逃がすものか、チヤンと、湯巻の紐でお前の知らぬ間に、体も魂も縛つて置いた。逃げようと云つたつて、どうも出来まい、逃げるなら、勝手に逃げて御覧うじ、妾の掛けた細紐は、鉄の鎖よりもまだ強い、女の髪の毛一筋で大象でも繋ぐと云ふではないか。夫れさへあるに下紐を以て結び付けた以上は、ジタバタしてもあきませぬ。ホヽヽヽ』 青彦『わたしは今迄、あなたの教は、三五教以上だ、変性女子の御霊をトコトン懲しめ、部下の奴等を一人も残らず、ウラナイ教の擒に致し、善に導き助けてやらうと思つて居たのに、これや又大変な当違ひ、善か悪か、あなたの本心が聞きたい』 高姫『善に見せて悪を働く神もあれば、悪に見せて善を働く神もある。善悪邪正の分らぬ様な事で、能う今迄妾に随いて来た、………愛想が尽きた身魂ぢやなア、ホヽヽホーホ』 青彦『さうすると、ウラナイ教は、善に見せて悪を働くのか、悪に見せて善を働くのか、どちらが本当で御座る』 高姫『エー、悟りの悪い、悪と言へば何事に係はらずキチリキチリと埒の明く人間の事だ。善と云へば、他人の苦労で得を取る、畢竟御膳を据ゑさして、苦労なしに箸を取ることだ』 青彦『益々合点が往かぬ、あなたの仰せ……』 高姫『善に強ければ悪にも強い、此方は仮令善であらうと、ソンナ事に頓着はない、盗人の群に捕手が来たら、其捕手は盗人からは大悪人ぢや、コツソリと博奕を打つて居る其場へポリスが踏み込んで来た時は、博奕打から見たら、其ポリスは大悪人だ。お前と妾と暗の夜に橋の袂でヒソヒソ話をして居る所へ、三五の月が雲の戸開けて覗いた時は、其月こそ吾等の為には大の悪魔だ。これ位の事が分らいで、ウラナイ教がどうして開けるか。全然是れから数十万年未来の十七八世紀の人間の様な事を思つて居らつしやる。せめて十九世紀末か、二十世紀初頭の、善悪不可解の人間に改善しなさい。エーエー悟りの悪い。……一人の神柱を拵へるのにも骨のをれた事だ。若い時から男性女と云はれたる此高姫が、心に潜む一厘の仕組、言うてやりたいは山々なれど、まだまだお前にや明かされぬ、エーエー困つた事になつたワイ』 青彦双手を組み、暫し思案にくれて居る。 高姫『アヽ仕方がない、コンナ分らぬ神柱を相手にして居ると、肩が凝る。エー仕方がない。サアサア衣懸松の麓の妾が隠れ家に引返して、酒でも飲みて機嫌を直し、ヒソヒソ話の序に、誠の事を知らして遣らう。さうしたら、チツとはお前も改悪して胸が落着くであらう。改心と云ふ事は、神素盞嗚尊の誠の教を、嘘だ嘘だと言つて、其教子を虱殺しに喰ひ殺し、そつと舌を出して、会心の笑を漏らすと云ふ謎だよ。お前もまだ悪が足らぬ、飽くまで改心……ドツコイ……慢心するが宜い。慢心の裏は改心だ、改心の裏は慢心だ、表教の裏はウラル教、表と裏と一つになつて、天地の経綸が行はれるのだよ』 青彦『エー益々訳が分らなくなつた。さうすると貴女は迷信教を開くのだな』 高姫『さうだ、迷信とは米の字に、辵をかけたのだ。米の字は大八洲の形だよ、大八洲彦の命の砦に侵入して、信者をボツタクるから、所謂迷信教だ。オホヽヽヽ、迷うたと云ふ言葉は、悪魔の魔を呼ぶと云ふ事だ。それに三五教の奴は馬鹿だから、迷うたと云ふのは、誠のマに酔ふのだなどと、訳の分らぬ事を言つてゐよる、嗚呼迷信なる哉、迷信なるかなだ』 青彦『ますます迷宮に入つて来た』 高姫『定まつた事だ。米の字に因縁のある所に建てたお宮に立てこもつた吾々は、迷宮に居るのは当然だ。三五教の素盞嗚尊は、よつぽど、馬鹿正直な奴だ、世界の為に千座の置戸を負ひよつて、善を尽し、美を尽し、世界から悪魔だ、外道だと言はれて、十字架を負ふのは自分の天職だと甘ンじて居る、コンナ馬鹿が世界に又と一人あるものか、世界の中で馬鹿の鑑と云へば、調子に乗つて木登りする奴と、自ら千座の置戸を負ふ奴と、広い街道を人の軒下を歩いて、看板で頭を打つて瘤を拵へて吠える奴位が大関だ。……鬼雲彦も余つ程馬鹿だ。初から悪を標榜して悪を働かうと思つたつて、ナニそれが成功するものか、智慧の無い奴のする事は、大抵皆頓珍漢ばつかりだよ。善悪不二、正邪同根と云ふ真理を知らぬ馬鹿者の世の中だ。青彦、お前も大分素盞嗚尊に被れたな、世の中は何事も裏表のあるものだよ、ゴンベレル丈権兵衛り、ボロレル丈ボロつて、其後は、白蓮るのが賢い行方だ。お前も余つ程能い青瓢箪だなア』 と、ビシヤリと額を叩く。 青彦『ヤアどうも意味深長なる御説明恐れ入つて御座います。モウ斯うなる上は、どうならうとも、あなたにお任せ致しますワ』 高姫『アヽさうぢやさうぢや、さうなくては信仰は出来ない。信仰は恋慕の心と同じ事だ、男女間の恋愛を極度に拡大し、宇宙大に拡めたのが信仰だ。恋に上下美醜善悪の隔ては無い、宜いか、分かりましたか』 青彦『ハイ、根つから……能く分りました』 高姫『エー怪体な、歯切れのせぬ、古綿を噛む様な、歯脱けが蛸でもシヤブル様な返辞だなア、オホヽヽヽ、何は兎もあれ、衣懸松の隠れ家へ行きませう』 と先に立つてスタスタとコンパスの廻転を初める。青彦は不性不性に随いて行く。 最前現はれた鬼雲彦の使の魔神、五人の男は先に立ち、数多の魔軍を引連れて、此方を指して進み来る。忽ち聞ゆる叫び声、右か左か後か前か、何方ならむと窺へど、姿は見えず声ばかり、足の下より響き来る。鬼雲彦は栗毛の馬にチリンチリンのチヨコチヨコ走り、馬を止めて大音声、 鬼雲彦『ヤアヤア者共、此岩石を取除け。…此地底には宏大なる岩窟がある、ウラナイ教の宣伝使高姫、青彦の二人、数多の人々と共に隠れ忍ぶと見えたり。早く此岩石を取除けよ』 と呶鳴り立つれば、数多の魔神は此巨岩に向つて、牡丹餅に蟻が集つた様に、四方八方より武者振り付く。然れども幾千万貫とも知れぬ、小山の如き岩石に対して、如何ともする事が出来ざりけり。鬼雲彦は気を焦ち、自ら駒を飛び下りて、人の頭髪を以て綯へる太き毛綱を持出し来り、巌に引つかけ、一度に声を揃へて、エーヤエーヤと曳きつける。曳けども、引けども、動かばこそ、蟻の飛脚が通る程も、岩は腰を上げぬ。中より聞ゆる数多の人声刻々に迫り来る。斯かる所へ天地も揺るぐ許りの大声を張上げ乍ら、宣伝歌を歌ひ、十曜の手旗を打振り打振り進み来る一男二女の宣伝使ありき。 亀彦『ヤアヤア鬼雲彦の一派の奴輩、最早汝が運の尽き、吾れこそは三五教の宣伝使、万代祝ふ亀彦、暗夜を照らす英子姫、悦子姫の三人なるぞ。一言天地を震動し、一声風雨雷霆を叱咤するてふ三五教独特の清き言霊を食つて見よ』 と云ふより早く、天の数歌を謡ひ上げつつ、三人一度に右手を差出し食指の先より五色の霊光を発射して、一同にサーチライトの如く射照せば、流石の鬼雲彦も馬を乗り棄て、転けつ、輾びつ一生懸命、大江山の本城指して雲を霞と逃げて行く。 亀彦『アハヽヽヽ』 二女『ホヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア面白い面白い、彼れが鬼雲彦の大将、我言霊に畏縮して逃散つたる時の可笑しさ、イヤもう話にも杭にも掛つたもので御座らぬ。是れと申すも全く、神素盞嗚大神の尊き御守り、国武彦の御守護の力の致す所、先づ先づ此処で一服仕り、天津祝詞を奏上し、神界に対し御礼を奏上し、ボツボツと参りませう。今日は九月九日菊の紋日、是が非でも、今日の内に悪神を言向け和さねばなりますまい。六日の菖蒲十日の菊となつては、最早手遅れ、後の祭り、ゆるゆると急ぎませう』 茲に三人は巨岩の傍に端坐し、天津祝詞を奏上したりしが、祝詞の声は九天に響き、百千の天人天女下り来つて、音楽を奏づるかと疑はるる許りなり。祝詞の声は山又山、谷と谷との木霊に響き、悪魔の影は刻々と煙となつて消ゆるが如き思に充たされける。 亀彦『サアサア御二方、ゆつくりと休息を致しませう』 英子姫『大変に足も疲労を感じました。休息も宜しからう』 悦子姫『ゆつくり英気を養つて、又もや華々しく言霊戦を開始しませう』 茲に三人は手足を延ばし、芝生の上に遠慮会釈もなく、ゴロリと横たはりぬ。後の方より震ひを帯びた疳声を張上げ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『オーイオーイ』 と呼ばはりつつ、此方を指してスタスタと息をはづませ遣つて来るのは男女の二人、 亀彦『ヤア何だか気分の悪い、亡国的悲調を帯びた声がする。あの言霊より観察すれば、どうで碌な神ではあるまい。ウラル教的声調を帯びて居る。……モシ英子姫様、一寸起きて御覧なさいませ』 英子姫はムツクと立上がり、後を振返り眺むれば、顔を真白に塗り立て、天上眉毛の角隠し、焦茶色の着物を着流した男女の二人、忽ち此場に現はれて、 女『これはこれは旅の御方様、斯様な所で御休息なされては、嘸やお背が痛う御座いませう、少し道寄りになりますが、妾の宅へお越し下さいますれば、渋茶なりと差上げませう。あの衣懸松の麓に出張致す者、どうぞ御遠慮なくお出で下さいませ。あなたのお姿を眺むれば、どうやら三五教の宣伝使とお見受け申す。妾等も三五教には切つても切れぬ、浅からぬ因縁を持つて居る、実地誠の事は、常世姫の霊の憑つた此肉体、日の出神の生宮にお聞きなさらねば、後で後悔して、地団駄踏みても戻らぬ事が出来まする。あなたは三五教の教をお開きなさるのは、天下国家の為、誠に結構で御座いまするが、併し乍ら三五教の教は国武彦命が表であつて、素盞嗚尊は緯役、邪さの道ばつかり教へる。天の岩戸を閉める、悪の鑑で御座いまする。根本のトコトンの一厘の仕組は、此高姫が扇の要を握つて居りますれば、マアマア一寸立寄つて下さい。本当の因縁聞かして上げませう。他人の苦労で徳を取らうと致す素盞嗚尊の教は駄目ですよ。三五教の教は国武彦の神がお開き遊ばしたのだ。本当の事は系統に聞かねば分りませぬ。サアサア永い暇は取りませぬ。どうぞお出で下さりませ』 亀彦『私はお察しの通り三五教の宣伝使、併し乍ら、あなたとは反対で、国武彦の教は嫌です、緯役の素盞嗚尊の教が飯より好、お生憎様乍ら、どうしても、あなたと私は意向が合はぬ。真つ平御免蒙りませう、ナア英子姫さま、悦子姫さま』 英子姫『ホヽヽヽ、亀彦さま、物は試しだ、一服がてらに聞いてやつたらどうでせう』 高姫眉を逆立て、口をへの字に結び、グツと睨み、暫くあつて歯の脱けた大口を開き、 高姫『サア夫れだから、瑞の御霊の教は不可ぬと云ふのだよ。女の分際として、今の言葉遣ひは何の態、……ホンニホンニ立派な三五教ぢや、ホヽヽヽ。コレコレ青彦さま、お前もチツト言はぬかいな、唖か人形の様に、知らぬ顔の半兵衛では、三五教崩壊の大望は…………ドツコイ………三五教改良の大望は成就致しませぬぞや』 青彦『何れの方かは存じませぬが、吾々も元は素盞嗚尊の教を信じ、三五教に迷うて居ました。併し乍らどうしても変性女子の言行が腑に落ちぬので、五里霧中に彷徨ふ折から、変性男子のお肉体より現はれ給うた日の出神の生宮、誠生粋の日本魂の高姫さまのお話を聞いて、スツクリと改心致しました。あなたも今は変性女子に一生懸命と見えますが、マア一寸聞いて見なさい、如何な金太郎のあなたでも、訳を聞いたら変性女子に愛想が尽きて、嘔吐でも吐き掛けたい様になりますぜ。物は試しだ、一つ行きなさつたら如何ですか』 亀彦『ソンナラ一つ聴いてやらうか』 高姫『聴いて要りませぬ、誠の道を教へて、助けて上げようと、親切に言つて居るのに、聴いてやらうとは、何たる暴言ぞや。どうぞお聴かせ下され………と何故手を合はしてお頼みなさらぬか』 亀彦『アハヽヽヽ、お前の方から聴いて呉れいと頼みたぢやないか、夫れだから、研究の為に聴いてやらうと言つたのが、何が誤りだ。エーもう煩雑くなつた。ご免蒙らうかい』 高姫『妾が是れと見込みた以上は、どうしても、斯うしても、ウラナイ教を、腹を破つてでも、叩き込まねば承知がならぬ、厭でも、応でも、改心させる。早く我を折りなされ、素直にするのが、各自のお得だ。あいた口が塞まらぬ、キリキリ舞を致さなならぬ様な事が出て来ては可哀相だから、……サアサア早う、日の出神の生宮の申す事を、耳を浚へて聴いたが能からう』 亀彦『アハヽヽヽ』 英子姫『オホヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 高姫『何ぢや、お前さま等は、此日の出神の生宮を馬鹿にするのかい』 亀彦『イエイエ、どうしてどうして、あまり勿体なくて、見当が取れなくなつて、面白笑ひに笑ひました。笑ふ門には福来る。副守護神か、伏魔か知らぬが、米々と能く囀つて人の虚に侵入せむとする、天晴の手腕、天の星をガラツ様な御説教、旅の憂さを散ずる為聴かして貰ひませう』 高姫『サアサア神政成就、日本魂の根本の一厘の仕組を聴かして上げよう………エヘン……オホン……』 と女に似合はぬ、肩を怒らし、拳を握り、大手を振り、外輪に歩いて、ヅシンヅシンと、衣懸松の麓を指して跨げて行く。三人は微笑を泛べ乍ら、青彦を後に従へ伴いて行く。 衣懸松の麓に近寄見れば、些やかなる草屋根の破風口より黒烟、猛炎々々と立ち昇る。高姫は此態を見てビツクリ仰天、 高姫『ヤア火事だ火事だ、サアサア皆さま、火を消して下さい』 亀彦『煙は猛炎々々と立上れ共、家はヤツパリ燃えると見える。お前さまの腹の中も此通り紅蓮の舌を吐いて燃えて居るであらう、霊肉一致、本当に眼から火の出神の生宮だ、アハヽヽヽ』 高姫『ソンナ事は後で聞いたら宜しい。危急存亡の場合、早く助けて下さい、水を掛けなされ』 亀彦『ヤア大分最前から問答もして来た。水掛論は良い加減に止めて貰はうかい、舌端火を吐いた報いに、家まで火を吐いた。人を烟に巻いた天罰で、家まで烟に巻かれよつた。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。マアゆつくり高姫さまの活動振を見せて貰ひませう。雪隠小屋の様な家が焼けた所で、別に騒ぐ必要もなからう。人の飛出した空の家が焼けるのだ。高姫さまは雪隠の火事で糞やけになつて居らうが、此方は高見の見物で、対岸の火災視するとは此事だ。一切の執着心を取る為には、火の洗礼が一番だ、是れで火の出神の神徳が完全に発揮されたのだ。ナア高姫さま、あなたの……此れで御守護神が証明されると云ふものだ。お喜びなさい』 高姫『エー喧しいワイ、何どこの騒ぎぢやない、グヅグヅして居ると、皆焼けて仕舞わア、中へ這入つて、燗徳利なと引つ張り出して呉れい。コレコレ青彦、何して居る、火事と云ふのは家が焼けるのだ、水が流れるのは川だ、目は鼻の上に在る』 と狼狽へ騒いで半気違になり、摺鉢抱へて右往左往に狂ひ廻る可笑しさ。瞬く間に火は棟を貫き、バサリと焼け落ちた。高姫、青彦は着衣の袖を猛火に嘗められ、頭髪をチリチリと燻べ乍ら、一生懸命に走りゆく。火は風に煽られて益々燃え拡がる。警鐘乱打の声、速大鼓の音頻りに聞え来る、二人は進退谷まり、丸木橋の上より青淵目蒐けて、井戸に西瓜を投げた様に、ドブンと落込みしが、此音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤の伏屋に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華のお睦婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。 (大正一一・四・一四旧三・一八松村真澄録) |
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15 (1671) |
霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 11 宝庫の鍵 | 第一一章宝庫の鍵〔六〇一〕 神素盞嗚の瑞霊国武彦の厳霊 三五教の宣伝使名さへ目出度き亀彦が 闇を照して英子姫悦子の姫と諸共に 鬼武彦の守護りにてさしもに猛き曲津神 鬼雲彦の一族を言向け和し服従はぬ 数多の鬼は四方八方に雲を霞と逃げ散りて 鬼雲彦は雲に乗り伊吹の山の方面に 逃げ失せたりと取り取りの高き噂を菊月の 空を照して昇り来る三五の月の夕間暮 秋山彦の門前に現はれ出でたる二人の男女 覆面頭巾の扮装に四辺を憚り声低に そつと門戸を叩きつつ頼も頼もと訪へば ハツと答へて出で来る加米公銀公の両人は 戸の隙間より垣間見て二人の姿を怪しみつ 何人なるかと訊ぬれば声淑やかに答へらく 我は日の出大神ぞ行成彦の神の宮 早く開けさせ給へかし秋山彦の神司に 申上ぐべき仔細あり早く早くと急き立てて 何とはなしに落ち付かぬ怪しき風情に加米公は 口を尖らし呶鳴り立て日の出神とは心得ぬ 三五の月の皎々と上り初めたる夕間暮 門戸を叩き訪ふは日暮の神に非ざるか 行成彦とは嘘の皮宿を失ひ行詰り彦の 醜の命の曲神か門は締めても秋山彦の 神の司の御館汝等二人の胸の内 未だ開かぬ曲津見の醜の容れもん砕け門 摺つた門だと申さずに早く帰るがよからうぞ 日暮に門を叩く奴碌な奴ではあるまいぞ 用事があれば明日来れ此の大門は吾々が 夜昼寝ずに守る門大門開きは日の出時 其日暮しの門番も日暮の門は開かない 帰れ帰れと急き立つる。 高姫『十里四方は宮の内、大門開きの日の出神、一時も早く秋山彦の御大将に、日の出神行成彦の神の御入来と申し伝へよ、門番の分際として門の開閉を拒む事はなるまい、愚図々々致して、後で後悔するな、今宵に迫る当家の大難、救ひの神と現はれた日の出神を何と心得る』 と慄ひを帯びた癇声を張上げ、形相凄じく突立ち居る。 加米公『オイ銀公、一寸覗いて見よ、顔に白粉をべたりとつけて何だか嫌らしい女が一人、青瓢箪のやうな面をした男が一人だ。何でも大変な事がお館にあるので知らしに来たとか、此門開けねば明日になつて後悔をするとか云つて居る、どうしたら好からうかな』 銀公『何と云うても御主人様の云ひつけ、暮六つ過ぎたなら、何人が来ても開ける事はならぬとの厳命だ。ほつとけほつとけ』 加米公『それでも普通の人間ではない、神だとか云つて居るやうだ』 銀公『神にも種々ある、人を喰ふ狼もあれば曲津神もあり、鼻紙、塵紙、尻拭き紙もあるワ、ようかみ分けて判断をせないと後になつて歯がみをなして悔しがらねばならぬ事が出来するぞ、どれどれ一つ俺が覗いて様子を調べてやらう』 銀公は門の隙間より片目を塞ぎ、片目を当てて覗きながら、 銀公『ハヽヽヽヽ、彼奴ア神に間違ひないが、薑だ、咳嗽や痰の薬なら持つてこいだ。よう何だか耳に口を当てて密々話をやつて居よるワ、あの顔色の青い男はあの女のハズバンドだな、気楽な奴もあればあるものだ、人の門前に立つて意茶ついて居やがる。お月さまに恥かしくは無いだらうかなア』 青彦『モシモシ、御館に対して今夜の中に大事が突発致します、一寸先は闇の夜だ、吾々は天下を助ける宣伝使だ、どうぞ開けて下さい』 銀公『ナヽヽ何を吐すのだ、今夜のやうな明月に、一寸先は闇の夜だとはそれや貴様の心の中の事だらう、用事があらば明日来い。仮令此館に如何なる変事が突発せうとも、貴様の容喙する所ぢやない、トツトと帰れ』 高姫『左様では御座いませうが日の出神様より強つての御神勅、何は兎もあれ秋山彦の御主人に此由お伝へ下さいませ』 銀公『アヽ仕方がないな、兎も角御主人様に申し上げて来るから、それまで、貴様は此処に待つてけつかりませ、オイオイ加米公、俺が出て来るまで邪が非でも開けてはならぬぞ』 と言ひ捨て奥を目蒐けて駆け出したり。 青彦『もしもし門番さま、早く開けないか、愚図々々して居るとお前の身の上が危ないぞ。根の国底の国へ真逆様に落されると可憐さうだから気をつけてやり度いと神様の御神勅で出て来たのだ』 加米公『神勅でも何でも主人の許しなきまでは開けられぬ、根の国底の国と云ふ地獄に落ちるか知らぬが、地獄の沙汰も金次第だ、もし此門あけて地獄にでも落ちては困るから、お前さまも何々を出しなさい、さうしたら開けて上げやう、金さへあれば地獄の釜の蓋でも開くと云ふ事、鬼に酒代をやつて地獄を逃れる分別をさせなくてはならぬからサア出したり出したり、惚薬外にないかと蠑螈に問へば指を輪にして見せたげな、蠑螈でさへもそれだもの、同じ水に住む加米公に円いものを出しなさい、そつと開けてやるから』 高姫『サアこれだから瑞の霊の教は悪のやり方だと云ふのだよ、門番までが金取主義ぢや。これこれ青彦さま、この一事を見ても如何に三五教が現金主義、利己主義、吾よしの遣方と云ふ事が分るぢやないか。お前さまもよい加減に目を醒まさぬと瑞の霊に尻の毛が一本も無いところ迄抜かれて仕舞ひますぞゑ』 青彦『さうですな、隅から隅まで抜け目のないお前さまと思つて居たのに、三五教はも一つ哥兄ですなア』 加米公『エヽ、愚図々々と出し惜みをする奴だなア、何処の宣伝使か知らぬが、三五教が銭払ひがよい、吾々のやうな門番のやくざものでも、此方から何も云はぬに小判の二枚や三枚はそつと懐中に入れて呉れる、此奴はウラナイ教と見えて此方から露骨に請求しても出しやがらぬ吝嗇坊だ、それだから三五教の信者を自分が苦労もせずに掻き落しに廻つてウラナイ教に入れる事許り考へて居やがるのだ。オイオイ二人の宣伝使、忘れものはないか、何かお前は忘れて居るだらう、渡し船に乗つてもはし銭が要るぢやないか、門を潜るのに何々で潜ると云ふ法があるか、エヽ気の利かぬ宣伝使ぢやな、銀公の奴が居らぬ間に一つ権兵る積りで居たのに、先方が気の利かぬドンベイだから成功覚束なしと云ふものだ』 斯かる所へ銀公は走り来り、 銀公『ヤア加米公、御主人の申つけだ、直に門を開いてお通し申せ』 加米公『アヽさうか』 と閂を外し左右に開いて声を変へ、 加米『アヽこれはこれは立派な立派な御神徳のありさうな二人の宣伝使様、私は奥に急用あつて居りませなかつたものだから家来の奴、摺つた門だと理屈を申し、吝嗇な事を申してお金を強請つたさうで御座います、決して、当家は三五教の信者ですから、上から下まで清浄潔白お金などは手に触れるのも汚がつて居るものばかりです、此頃傭うた門番が一人御座いまして、其奴が今迄バラモン教の信者であつたものですから、二つ目にはお金の事を申しまして恥かしう御座います、決して私が申たのでは御座いませぬ、悪しからず、御主人にお会ひになつても加米公が云つたのではないと弁解して置いて下さい、兎角誤解の多い世の中、清浄潔白の加米公迄が、門番の傍杖を喰つて痛くない腹を探られるのも余り心持の好い門ぢや御座いませぬ』 と初めの作り声をいつしか忘れて元の地声になつて仕舞ひける。 高姫『ホヽヽそれでも貴方のお声が好く似てますナア、初の方は違ふ方かと思ひましたが、矢張最前のお声の持主、ようマアお化け遊ばすなア、大化物の瑞霊の乾児だけあつて化ける事は奇妙なものだ。ホヽヽヽヽ』 加米公は又もや作り声になつて、 加米公『イエイエ決して決して、初の内は私の地声で御座いました、中途に新米門番の生霊が憑きやがつて云つたのです、夫れで新米門番其儘の声が出ました。アハヽヽヽ』 と笑ひに紛らさうとする。 銀公『アハヽヽヽ、地獄の沙汰も加米次第だな』 加米公『地獄の沙汰も加米と銀公とで埒が明く世の中だ。アハヽヽヽ、サアサアお二人のお方、トツトとお入り遊ばせ』 二人は定つた事だと云はぬ許りに大手を振り大股に意気揚々として、のそりのそりとのさばり行く。二人は玄関にヌツと立つて家の様子を覗き込むやうな、覗かぬやうな体に聞き耳立てて居る。玄関の障子をさつと開いて現はれ出でたる一人の男、 男『オー貴方は高姫さま、青彦さま、此間は豪いお気の毒な御災難が御座いまして、其後一度お見舞に参らうと思つては居ませぬが、随分お火傷なさいましたさうで、水責、火責、煙責、眼から火の出の神様、青息吐息の顔真青な青彦さま、ようマア態々、お尋ね下さりやがつた。マアマア御遠慮がありますれば、御用事無く、とつとと入りやがるな』 と云ふかと見ればプスリと姿は消えにける。二人は玄関に立ちながら、 高姫『これだから化物教だと云ふのだよ、青彦さま、これだから私に随いて実地教育を受けねば駄目だと云ふのだよ、日の出神の眼力は違やしよまいがな』 青彦『本当にさうです、いやもう恐れ入谷の鬼子母神ですワ』 高姫『ソンナ剽軽な事を云うてはなりませぬ。お前も何うやらすると瑞の霊の悪霊に憑依されたと見える、些と確りなさらぬかい』 此時奥の方より紅葉姫は淑やかに此場に現はれ、 紅葉姫『これはこれはお二人のお方、夜中にお越し下さいましたのは何か変はつた事が在すのでは御座いませぬか、兎も角お上り下さいまして御休息の上、御用の趣仰せ聞け下さいませ』 高姫『左様ならば遠慮なく御免蒙ります、サア青彦、貴方も随いて来なさい、随分気をつけて油断せぬやう眼を八方に配るのだよ』 紅葉姫『私方は三五教の信者、善の道を遵奉するもの、御心配下さるな、滅多に陥穽もありませぬ、又地の底に魔窟ケ原のやうな隠れ場所も造つては御座いませぬ、マア悠くりと、安心して胴を据ゑて下さいませ』 高姫『此間は御主人様はお気の毒な事で御座いましたなア、何うぞ霊様なりと拝まして下さい、三五教を信仰なさつても矢張悪魔には叶はぬと見えます、大江山の鬼雲彦の部下に捕へられ嬲殺しにお遭ひなさつたさうだが、私が聞いても涙が澪れる、况して女房の貴女、御愁傷の程お察し申します』 と、そつと目に唾をつけ、オンオンと空泣きに泣き立てる。青彦はポカンとして紅葉姫の顔を見詰めて居る。高姫は青彦の裾をそつと引き、泣き真似をせよと合図をする、青彦は些しも合点行かず、 青彦『エ何ですか、私の着物に何ぞ着いて居りますか、甚う引つ張りなさいますな』 紅葉姫『オホヽヽヽ、それは御親切有難う御座います、私の主人は無事帰つて参りました、これも全く三五教の御神徳で御座います、余り三五教の勢力が強いので嫉み猜みから、ウラナイ教とやらが出来て、其処ら中を掻き廻して歩くと云ふ事で御座います、よう人の真似の流行る世の中、人が成功したからと云うて自分が其真似をして向ふを張らうと思つても、身魂の因縁性来で到底思惑は立つものぢやありませぬ、貴女はウラナイ教の宣伝使とお見受致しますが、一体ウラナイ教はドンナ教で御座いますか』 高姫『三五教はあれは元は好かつたが、今は薩張り駄目です、三五教の誠生粋の根本は、日の出神の生宮、この高姫が何も彼もこの世の開けた根本の初りから、万劫末代の世の事、何一つ知らぬと云ふものはないウラナイ教です、それだから誰にも聞かずにお家の御主人秋山彦様の御遭難もチヤンと分つて居るのです、ナンとウラナイ教は立派なものでせうがナ』 紅葉姫『死ンでも居ない吾夫秋山彦を死人扱ひなさるのは、如何にも好く分つた偉い神様ですなア、秋山彦はピンピンして居りますよ』 高姫『それは貴女身魂の因縁をご存じないからソンナ理屈を仰有るが、三五教で一旦大江山に囚はれ死ンだ処を、此高姫が日の出神の水火を遠隔の地よりかけて、神霊の注射をやつたから生返つたのだよ、サアこれからは心を改めてウラナイ教に改宗なされ』 紅葉姫『朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、仮令大地は沈むとも、三五教は世を救ふ、誠の神の御教、ウラナイ教はどうしても虫が好きませぬ、合縁奇縁蓼喰ふ虫も好き好き、えぐい煙草の葉にも虫がつく、改宗するのは見合しませう、いや絶対に嫌ですワ、ホヽヽヽヽ』 奥の方より秋山彦の声がして、 秋山彦『紅葉姫紅葉姫』 と聞え来る。 『ハイ』と答へて紅葉姫は二人に軽く会釈して奥の間さして進み入る。 二人は紅葉姫の後姿を目送しながら眼を転じて額を見れば、額の裏に鍵の端が現はれて居る。高姫は立上り、手に取り見れば冠島沓島の宝庫の鍵と記されてある。高姫はニヤリと笑ひ、これさへあれば大願成就と手早く懐中に捻込み素知らぬ顔、青彦はがたがた慄ひ出し、 青彦『もしもし高姫さま、ソヽそれは何と云ふ事をなされます、当家の什物を貴女の懐中にお入れ遊ばすとは合点が参りませぬ』 高姫『シーツ、エヽ融通の利かぬ男だな、日の出神の御命令だ、此家に冠島沓島の鍵を持つて居る事は天眼通でチヤンと睨みてある、之をかぎ出す為にやつて来たのだよ、サアサア今の中に夜に紛れて此処を立ち去り船を拵へ冠島に渡りませう』 と先に立つて行かむとする。 青彦『一応当家の方々に御挨拶を申上げねばなりますまい、何だか心懸りでなりませぬわい』 高姫『エヽ合点の悪い、愚図々々して居る時ぢやない、時期切迫間髪を容れずと云ふこの場合だ。大功は細瑾を顧みず細君は夫を顧みず、神国成就の為に沐雨櫛風、獅子奮迅の大活動早く御座れ』 と裏門よりそつと此家を逃出したり。秋山彦邸内の者は一人として二人の者の逃走せし事に気が付かざりける。二人は由良の港に駆けつけ一艘の小船を○○し、青彦は艪を操り、高姫は櫂を漕ぎ一生懸命月照る海原を漕ぎ出したりける。 (大正一一・四・一五旧三・一九加藤明子録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 14 鵜呑鷹 | 第一四章鵜呑鷹〔六〇四〕 亀彦は艪を漕ぎ乍ら、海風に向つて、 亀彦『田辺見たさに松原越せば、田辺隠しの霧がこむ』 と船唄面白く、遂に竹島、博奕ケ岬、目の白黒岩を越え、松原を右手に眺め、蛇島、広島左手に眺めて、やうやう十七夜の黄昏過ぐる頃、田辺の湊に安着したり。咫尺を弁ぜぬ宵闇の空、高姫、青彦は、船の横着けになるを待ち兼ね、ヒラリと飛上り、暗に紛れて姿を隠しける。 亀彦『ヤア高姫は居らぬか、青彦は何処ぞ……鬼武彦様どう致しませう』 暗がりの中より、青彦、高姫の声、 高姫、青彦『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ、大きに憚りさま、此玉渡してなるものかい、……皆さま、アバヨ、アリヨース』 と冷嘲的怪声を漏らし、何処ともなく、闇に紛れて消え失せたり。鬼武彦、亀彦は直ちに船を飛びあがり、 鬼武彦、亀彦『アー失敗つた、由良の湊へ着けさへすれば、コンナ事も無かつたらうに、……高姫の言に従ひ、田辺へ着けたのが此方の不覚……エー仕方がない、後を追つかけようにも真の暗、一先づ秋山彦の館に立帰り、御相談を致しませう』 と力無げに物語りつつ、由良の湊を指して、テクの継続をなし、由良の湊の少し手前まで一行帰り来る折しも、東天を照して昇り来る十七夜の、楕円形の月松の木の間に姿を現はし、一同を冷笑し給ふ如く見えける。凩まがひの寒風は容赦なく向う面に突き当り、四辺の木々は時ならぬ笛を吹き立て、一行の失敗を囃すが如く聞え来たりぬ。 亀彦『アー怪体の悪い、丸で高姫のお伴をした様なものだ。仮令高姫天を翔り、地を潜るとも、彼女の所在を探ね、如意宝珠の玉を取返さで置くべきか』 と大道の正中に地団駄踏み、遂には胡坐をかいて動かなくなりぬ。鬼武彦は、 鬼武彦『ヤア亀彦殿、斯うなる上は、悔みても復らぬ事、草を分けても彼等が行衛を探し、玉を取返すより外に途は御座らぬ。併し乍ら吾れは秋山彦に会はす顔なし、是れよりお暇申す』 と云ふより早く、白煙となつて姿を隠しぬ。秋山彦が家の子十数人は当惑の態にて、如何はせむと、各自双手を組み、歎息の声暫しはやまざりにけり。 甲『もしもし亀彦さま、あなたが左様気投げして貰つては、吾々はどう致したら宜いのですか、館へ帰つて御主人に、何と言つてお詫を致しませうやら、報告の仕方がありませぬ』 亀彦『有態の通り報告すれば良いぢやないか。俺はモウ是れ限り、秋山彦の館へは帰らない。早く帰つて主人夫婦を始め、英子姫、悦子姫に此由伝へて呉れよ』 甲『夫れは又あまり、……ご主人様や、二人の女宣伝使が首を長うして待つて居られます。後は兎も角も、一度御帰り下さいませ』 亀彦『………』 乙『夫れだから、三五教の宣伝使は腰抜だと、俺は何時も言ふのだよ。ウラナイ教の宣伝使の敏捷い事を見たか、岩の中で、閉ぢこめられて居ても、あれ位な談判をしよる。喉元に刃を突き付けられて居乍ら、逆様に其刀で、押へた奴の首を切る様な妙案奇策をやつたぢやないか。亀彦なぞと、コンナ我羅苦多宣伝使に従いて行くものだから、生れてから無い様な赤恥を天地に曝させられたのだ。アーア、どうして是れが、主人に顔が会はされよう』 丙『ソンナ事を言つたつて仕方がない。死んだ子の年を数へる様なものだ。何事も諦めが肝腎だ。悪人の栄え善人の衰へる世の中だもの、善人が瞞されるのは無理もない。俺達は益々三五教の正しい事に感心した。サア亀彦様、ソンナ事を仰有らずに早く帰りませう』 亀彦『サア行かう、お前達が如何な意見を持つてるかと思つて、一寸探つて見たのだよ。ナアニ玉位奪られた所で、どつかに匿してある。滅多に地獄の底迄隠しても居るまい。ウラナイ教の本陣へ乗込みて、有無を言はせず、とつ返して呉れる。兎も角是れは時日の問題だ。皆の者、何事も亀彦に任せよ。心配致すな。サア行かう』 と先に立ちて勢よく、直日に見直し、聞直し、宣り直しつつ、由良の湊の秋山彦が館を指して、一行十五六人、スタスタと帰り着きける。亀彦は先に立ち、表門を力無げに潜り入らむとする時、門番の銀公は此場に現はれ、 銀公『ヤア亀彦の宣伝使様、お手柄お手柄、あなたのお蔭で、一旦敵に奪られたる如意宝珠の珠も、鍵も、首尾能く手に入りまして、さぞ御主人様も御喜びで御座いませう。主人も喜び、奥様もお喜び、第一あなたのお喜び、従いて往つた奴等の喜び、共に私もお喜びだ。流石は三五教の宣伝使、ヤアもう感じ入つて御座います。奥には貴方の成功を祝する為、海山河野種々の馳走を拵へ、旦那様が御機嫌麗しく、お待兼で御座います。吾々も御同慶に堪へませぬ』 とイソイソと、肩をゆすぶり、はしやいで居る。亀彦は軽く目礼し、トボトボと奥を指して進み入る。 銀公『オイ岩公、市公、どうぢやつた。随分面白かつたらうな』 岩公肩を聳やかし、 岩公『きまつた事だよ。天下無双の剛力男の岩公のお出だもの、高姫の一疋や二疋は、屁のお茶だ。併し乍ら三五教の宣伝使も良い加減なものだよ。とうと玉を奪られやがつてなア……』 銀公『ナニ?玉を奪られたとは、それや本当か』 岩公『ウン、奪られた……でもない、マア……奪つたのだ』 銀公『どちらが奪つたのだい』 岩公『マアマア奪つた奴が奪つたのだ。奪られた奴が、奪られた……と云ふ様なものかいナ』 銀公『高姫は、折角奪つた玉を、フンだくられやがつて、妙な顔しただらうな』 岩公『ウンさうだ。……何分一の暗みの事で、鼻摘まれても分らぬ位だから、ドンナ顔したか知らぬが、一方は意気揚々、一方は意気消沈、屠所に曳かるる羊の如しだ。お気の毒なりける次第なりけりだ』 銀公『マアマア結構だ。如意宝珠の玉及び鍵が戻つた以上は、今晩はお祝酒でもドツサリ戴けるかなア』 市公『あまり大きな声では言はれぬが、サツパリぢや』 銀公『何がサツパリぢや』 市公『兎も角サツパリコンと、蛸があげ壺喰つた様なものだよ、アフンと致して、梟鳥が夜食に外れた様なむつかしい顔を致すと云ふ……是れからが幕開きだよ』 一同は急いで、奥を指して進み入る。秋山彦夫婦を始め、英子姫、悦子姫は玄関に、亀彦を出で迎へ、 秋山彦『是れは是れは多大い御心配をかけました。様子は如何で御座いまするか』 亀彦『ハイ、左様、然らば逐一報告致しませう』 英子姫『一時も早く嬉しき便りを聞かして下さいナ。今か今かと時の経つのを、一日千秋の思ひで待つて居ました。何事にも抜け目の無い亀彦さまの事、鬼武彦の神様も伴いて居られる以上は、滅多な不調法はありますまい。……大勝利……大万歳……サア早く面白い顛末を仰有つて下さいませ』 亀彦『只今詳細に言上仕る』 と云ふより早く、両肌を脱ぎ、両刃の短刀抜く手も見せず、左の脇腹に、グサと突立て抉り始めたり。英子姫は驚いて其手に取りすがり、 英子姫『ヤア亀彦殿、早まり給ふな』 亀彦、苦しき息の下より、 亀彦『早まるなとはお情無い、神素盞嗚大神様の唯一の御宝をば、オメオメとウラナイ教の高姫の為に欺き奪られ、会はす顔が御座いませぬ。最早死を決した某、なまじひに止め立てして苦めて下さるな。委細は岩公、市公、磯公にお聞き下され。拙者は此失敗の申し訳に、腹掻き切つてお詫申す。何れもさらば』 と云ふより早く、力を籠めて一抉り、忽ち息は絶えにけり。英子姫、悦子姫は『ワアツ』と計り、亀彦が死骸に取つき、前後も知らず泣き伏しぬ。秋山彦夫婦も目をしばたき、黙然として、悲歎の涙に袖を絞る。此時表門より現はれ出でたる一人の男、此場を指して韋駄天走りに駆け来る。見れば鬼武彦は高姫、青彦の二人を左右の手に、猫を提げた様な体裁にて出で来り、 鬼武彦『ヤア何れも様、高姫、青彦の両人を引つ捉へ参りました。玉は確に高姫の懐中に御座れば是れより拙者が詮議致して取返し呉れむ。何れも様、御安心有れ……』 秋山彦夫婦は二度ビツクリ、 秋山彦夫婦『ヤア鬼武彦様か、能うマア来て下さいました。それは誠に有難い、さは然り乍ら、今の今迄元気能く居らせられた亀彦さまは、腹を切つてお果てなされました』 と泣き伏せば、鬼武彦はカラカラと打笑ひ、 鬼武彦『ヤア皆様御心配なされますな、亀彦の宣伝使は頓て此場に現はれませう』 一同『エーツ』 と驚く一同。亀彦の死骸はムクムクと起上り、見る見る尨犬の如き毛を全身に生じ、灰色の虎とも見えず、熊とも見えず、怪獣となつてノソリノソリと這ひ出し、表門指して帰りゆく。一同は夢に夢見る心地して、一言も発せず、暫しは互に顔を見合せ居るのみなりき。斯かる所へ現はれ来る正真の亀彦はニコニコし乍ら、 亀彦『ヤア鬼武彦様、偉い御心配を掛けました。暗夜の事と言ひ、何れに潜み隠れしやと一時は周章狼狽致しましたが、お蔭様で十七日の月は東天に輝き給うた、弥勒様のお蔭で、ヤツとの事、目的物が手に入り、コンナ有難い事は御座いませぬ。……アヽ秋山彦夫婦のお方、英子姫、悦子姫殿、御安心なさいませ』 秋山彦『ヤア何よりも結構な事で御座いました。誠に偉い骨折をさせました。サアサア奥に馳走の用意がして御座います。皆さまどうぞ奥へ入らつしやいませ』 鬼武彦は高姫、青彦を玄関にドサリと下したり。 高姫『アヽ鬼武彦殿、御苦労であつたのう、お蔭でお土も踏まず、宙を駆けつて楽に参りましたよ。ホヽヽヽ、玉は確に此処に一つ御座います。一つで足らねば、青彦が金色の玉を二つ持つて居ります。是れで三つ揃うた瑞の御霊……ホヽヽヽ』 亀彦『コレコレ高姫さま、お前さまも随分意地の悪い人だネ』 高姫『意地の悪いは、ソリヤお前の事だよ。折角二人が如意宝珠の玉を手に入れ、次に金剛不壊の玉を奪らうとする最中に、大きな岩で桶伏せに会はしたり……三五教の宣伝使として、人を助ける身であり乍ら、ソンナ意地の悪い事をして宜いものか。チツト反省みなされ。此高姫は決して鍵を盗みたのでも、玉を掠奪したのでもないワ、日の出神様の御命令に依つて、竜宮の乙姫さまから受取りに行つたのだ。それをお前達が、アタ意地の悪い、邪魔に来よつたのだ。素盞嗚尊も偉いが、日の出神さまは、ドンナ方だと思うて居る。竜宮の乙姫さまも、永らく海の底のお住居であつたが、此の高姫の生宮に、今度は残らず綺麗薩張とお渡し遊ばす世が参つたのだ。変性女子の下らぬ教を聞きかぢつて、神界の御経綸の邪魔をすると、頭を下にし、足を上にして歩かねばならぬ事が出来て来るぞよ。アンナ者がコンナ者になると云ふ神の教を、お前は一体、何と考へなさる……此高姫は詰らぬ女の様に見えても、系統だぞへ、変性男子の……切つても切れぬ御系統だ。亀彦なぞと、何処から来たか知らぬが、元は……偉相に言うても……ウラル教の宣伝使ぢやないか。竜宮洲へ渡つて、飯依彦の様な蛸爺に泡吹かされて逃げ帰り、途中で日の出別の神に助けて貰うたのだらう。ソンナ事は此腹の中で日の出神が、チヤンと仰有つて御座る。醜の岩窟の中で、井戸の中へ陥つたり、種々惨々な目に逢うて、ヤツとの事で宣伝使になり素盞嗚尊の阿婆摺れ娘を女房に持つたと思つて、余り威張らぬが宜からう。何処の馬の骨か牛の骨か、素性も分らぬ様な代物に、肝心の娘を呉れてやると云ふ様な紊れた行方の素盞嗚尊が、何が、夫れ程有難いのだい。日の出神の側へ出したら、素盞嗚尊は、猫の前の鼠の様なものだ。さうぢやから昔からの因縁を聞いて置かぬと、まさかの時にアフンとせねばならぬと、神様が仰有るのだよ』 亀彦『エーソンナ事は聞きたく有りませぬワイ。又庚申待の晩にでも、ゆつくり聴かして貰ひませうかい』 高姫『それは不可々々、どうでも斯うでも因縁を説いて聴かして、根本から改心させねば承知をせぬのぢや。此月は日の出神さまの教を、耳を浚へて菊の月ぢやぞへ。竜宮の乙姫と日の出神との尊い御守護のある此肉体だ。亀公位が百人千人束になつてきた所で何の効が有るものか、効と言つたら、堅い堅い、邪魔になる亀の甲位なものだよ。ゲツヘヽヽヽ』 秋山彦『お話は酒宴の席で承はりませう。サアサア奥へお越し下さいませ。玄関口でお話は見つとも良う御座いませぬから……』 高姫『お前が秋山彦ぢやな、道理で、一寸見ても飽きの来さうなお顔立だ。紅葉姫さまも、コンナ夫を持つてお仕合せだ、オツホヽヽヽ』 秋山彦、稍機嫌の悪さうな顔付し乍ら、 秋山彦『ハイハイ、どうで碌な者ぢや有りませぬワイ、三五教に現を抜かす代物ですから、善ばつかりに呆けまして、ウラナイ教の様な、他人の家の鍵を持出して、平気で業託を並べる様な、謙遜な善人は居りませぬ、アハヽヽヽ、サアサア奥へお出なさいませ』 高姫『三五教は、善に見せて悪、ウラナイ教は悪に見せても善、マアマア奥へ往つて、トツクリと妾の諭しをお聴きなさい』 と立ちあがる。秋山彦を先頭に、一同はドシドシと奥の間目がけて進み入る。鬼武彦は最後の殿を勤め乍ら、高姫、青彦の身体に目を配り、奥へ従いて行く。 八尋殿には、山野河海の珍肴、所狭きまで並べられありぬ。高姫は遠慮会釈もなく最上座に座を占め、紙雛の様に袖をキチンと前に畳み、手を臍の辺りにつくね、仔細らしく構へ込みたり。亀彦は高姫の傍に座を占めむとするや、高姫柳眉を逆立て、 高姫『ヤア亀彦、お前は身魂が低い。三段下がつてお坐りなされ。抑も霊は上中下の三段の区別が有る。上の中にも上中下が有り、中の中にも上中下の三段があり、下の中にも、亦上中下の三段が有る。お前は、下の中位な霊魂ぢや。上の上の生粋の大和魂の日の出神の生宮の前に坐ると云ふのは、身魂の位地を紊すと云ふものだ。それだから、身魂の因縁が分らぬ宣伝使は困ると云ふのだよ。如意宝珠の玉は、上の上の身魂が持つべきものだ。下の中身魂位では到底手も触れる事は出来ぬ……鬼武彦ナンテ、力は強いが、多寡が稲荷ぢやないか、四足の親玉ぢや、稲荷は下郎の役を勤めるものぢや、コンナ座席にすわると云ふ事が有るものか。天狗や、野狐や、狸、豆狸の霊は、ズツトズツト下の下の座にお直りなされ』 亀彦『神界には、正神界と邪神界が有つて、正神界にも上中下三段があり、邪神界にも亦上中下の三段が有る、さうして段毎に又三段がある。吾々は仮令下の中か知らぬが、正神界だ。お前は上の上でも、邪神界の上の上だから、是れ位悪党はないのだよ、月と鼈、雪と炭程違う。邪神界の身魂は、正神界と席を同じうする事は出来ない。お下りなされ』 高姫『仮令正神界でも、邪神界でも、上は上に違ない。下はヤツパリ下ぢや。上といふ字はカミと云ふ字ぢや。カミのカミが上の上ぢや。カミに坐るのは高姫の身魂の因縁性来……オホン誠に済みませぬナ、亀彦チヤン……』 亀彦『チヨツ、善悪の区別を知らぬ奴に掛つたら仕方がないワ………アーア折角の玉を邪神界の身魂に汚されて仕舞つて残念な事だワイ』 高姫『妾が邪神界なら、モウ此玉は用が無い筈……ソンナラ高姫が更めて頂戴する』 と懐より如意宝珠を取出し、手の掌に乗せて、手に唾液を附け、一生懸命に両の手の掌で、揉みて揉みて揉みさがし居る。此玉は拡大する時は宇宙に拡がり、縮小する時は鷄卵の如くになる特色のある神宝なり。堅くもなれば、軟らかくもなる、高姫は揉みて揉みて揉みさがし、鷄卵の如く縮小し、搗きたての餅の様に軟らげ、 高姫『亀彦さま、秋山彦さま、お狐さま、改めて頂戴致します。オツ』 と云ふより早く大口を開けて、目を白黒し乍ら、蛇が蛙を呑む様に、グツト一口に嚥み下したり。 亀彦『アヽ大変な事になつた。……ヤイ高姫、玉を返せ』 高姫『ホヽヽヽ、分らぬ身魂ぢやナア、呑みて了うた物が、どうして手に渡せるか、お前も、モチツと物の道理が分つた方ぢやと思うて居つたのに、子供よりも劣つた人ぢやナア』 亀彦『腹を裂いても、取戻して遣らねば置かぬぞツ、馬鹿に致すな』 高姫『宇宙の縮図たる如意宝珠の玉を、わが腹中に納めた以上は、高姫の体は即ち宇宙……宇宙には天神地祇、八百万の神が集まり給ふ。今までの肉体は、日の出神と竜宮の乙姫の生宮であつたが、最早唯今より、天の御三体の大神様を始め、天地八百万の神が高姫の身体に神詰り遊ばすのぢや、サア神に仕へる宣伝使の身を以て、此肉体に指一本触へるなら、さへて見よツ』 亀彦『どこまでも馬鹿にしやがる。モウ量見ならぬ、破れかぶれだ。……ヤイ高姫、貴様の生命は俺が貰つた、覚悟致せツ』 高姫『ホヽヽヽ、此方が馬鹿にしたのぢやない、生れ付の馬鹿が、馬鹿な事を仕たのぢや、誰に不足を言うて行く所もあるまい、自業自得だよ。覚悟致せとは……ソラ何の事、虫一疋殺す事のならぬ三五教の教ぢやないか。其教をする宣伝使が、勿体なくも天の大神様の御霊の現に納まり給ふ肉体を悩めやうとは、盲蛇に怖ぢず、馬鹿に附ける薬は無し、ハヽヽヽ、困つたものぢや、イヤ気の毒な者ぢや。親の在る間に直して置かぬと、不治難症ぢや。サア今から改心をして、亀彦は申すに及ばず、英子姫、悦子姫、秋山彦、紅葉姫、鬼武彦、其外の厄雑人足共、ウラナイ教の御趣旨を遵奉するか、サアどうぢや、返答聞かう……』 亀彦『モシモシ秋山彦さま、此奴ア、居すわり強盗ですナア、一層の事、踏ン縛つて、海へでも放り込みてやりませうか』 秋山彦『あまりの事で、私も腹が立ちます。併し乍ら如意宝珠の玉が納まりある以上はどうする事も出来ませぬ。困つた事になりました』 高姫『サアサア皆の神々共、只今より、天の御三体の大神の生宮の高姫へお給仕を致すが可からうぞ、又と再び、コンナ結構な生宮に、お目に掛る事も出来ねば、お給仕さして頂く事も出来ぬぞや。今日は特別を以て、祝意を表する為にお給仕を差許す』 亀彦『エーツ、何を吐しよるのだ、モウ斯うなつては天則違反も何も有つたものじやない、両刃の剣の御馳走だ』 と一刀スラリと引き抜き、斬り掛らむとするを高姫は、 高姫『ギヤツハヽヽヽ、ギヨツホヽヽヽ、短気は損気、マアマア静まれ、急いては事を仕損ずる。後で後悔せぬがよいぞ』 と澄してゐる。 亀彦『後悔も糞もあつたものかい、……貴様も讎敵の端くれ……』 と云ひ乍ら、青彦の頭を、足を上げてポンと蹴り倒し、又もや両刃の剣を閃かし、生命を的に突いて掛れば、流石の高姫も、 高姫『如何に立派な神でも、無茶には叶はぬ。……サアサア青彦、一先づ此場を逃げたり逃げたり』 と促す。青彦は狼狽へ騒いで、逃路を失ひ、同じ所をクルクルと廻転して居る。亀彦は益々激しく突つかかる。秋山彦は、 秋山彦『エー斯うなれば、破れかぶれだ。……紅葉姫、薙刀を執れツ』 と下知すれば、鶴の一声、紅葉姫は長押の薙刀執るより早く、 紅葉姫『悪逆無道の高姫、覚悟せよ』 と斬つてかかるを高姫は、右に左に身をかはし、暫くは扇を以てあしらひ居たるが、衆寡敵せず、忽ち白煙と化し、天井窓より一目散に、西北の天を目蒐けて、中空に雲の帯を曳き乍ら、逸早く姿を隠したりける。後に青彦は、青菜に塩した如く、ビリビリと慄ひ居たり。 亀彦『エー、コンナ弱虫を相手にしたつて仕方がない。助けてやらう。サアサア早くこの場を立去れツ』 折角の御馳走も、踏んで踏んで踏みにぢられ、台なしになつて了ひける。鬼武彦は忽ち白煙と化し、又もや天井の窓より、帯を曳きつつ、西北の天を目蒐け、高姫の後を逐ひて中天に姿を隠しける。 秋山彦夫婦を始め、亀彦、英子姫、悦子姫は、神前に恭しく天津祝詞を奏上し、宣伝歌を謡ひ終り、茲に別れを告げて、三人の宣伝使は由良川を遡り、聖地に向ふ事となりにけり。 (大正一一・四・一五旧三・一九松村真澄録) |
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霊界物語 | 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 | 19 文珠如来 | 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 07 枯尾花 | 第七章枯尾花〔六一八〕 味方の人数も大江山魔窟ケ原に穿ちたる 岩窟の中に黒姫は五十路の坂を越え乍ら 歯さへ落ちたる秋の野の梢淋しき返り咲き 此世にアキの霜の髪コテコテ塗つた黒漆 俄作りの夕鴉カワイカワイと皺枯れた 声張り上げてウラナイの道を伝ふる空元気 天狗の鼻の高山彦を三世の夫と定めてゆ 流石女の恥かしげに顔に紅葉を散らしつつ 黒地に白粉ペツタリと生地を秘した曲津面 口喧しき燕や朝な夕なにチユウチユウと 雀百まで牡鳥を忘れかねてか婿欲しと あこがれ居たる片相手星を頂月を踏み 日にち毎日山坂を駆け廻りつつ通ひ来る 男の数は限りなく蓼喰ふ虫も好き好きと 酷い婆アの皺面に惚けて出て来る浅間しさ 広い様でも狭いは世間色は真黒黒姫の 心に叶うた高山彦のタカか鳶か知らね共 烏の婿と選まれて怪しき名に負ふ大江山 魔窟ケ原の穴覗き奥へ奥へと進み入る 一コク二コクと迫り来る三国一の花婿を 取つた祝ひの黒姫が嬉しき便りを菊若や 心頑固な岩高や人の爺を寅若の 情容赦も夏彦や富彦、常彦諸共に 飲めよ騒げの大酒宴岩屋の中は蜂の巣の 一度に破れし如くなり。 黒姫は皺苦茶だらけの垢黒い顔に、白い物をコテコテに塗り、鉄倉の上塗みた様な、真白な厚化粧、白髪は烏の濡羽色に染め、梅の花を散らした派手な襠衣を羽織り、三国一の婿の来るを、今や遅しと、太い短い首筋を細長く延ばして、蜥蜴が天井を覗いた様なスタイルで、入口の岩窟を覗き込み、年の寄つた嗄れ声に色を附け、ワザと音曲に慣れた若い声を出し、 黒姫『コレコレ夏彦、常彦、まだお客さまは見えぬかな。お前は御苦労だが、一寸そこまで迎へに往つて来て下さらぬか。由良の湊までは、フサの国から、天の鳥船に乗つてお越しなのだから、轟々と音が聞えたら、それが高山彦さまの一行だ。空に気をつけ足許にも気を付けて往て来て下さい』 夏彦『ハイハイ承知致しました。遠方の事とは云ひ乍ら、随分暇の要る事ですなア。サア常彦、お迎へに行つて来うぢやないか』 常彦『黒姫さま、今日はお芽出度う。ソンナラ往て来ませうか』 黒姫『何ぢや常彦、改まつて、お芽出度うもあつたものか。あまり年寄りが婿を貰うと思うて冷やかすものぢやない。サアサアトツトと往て来なさい』 常彦『ソンナラ、何と言つて挨拶をしたら好いのですか。今日は芽出たいのぢやありませぬか』 黒姫『芽出たいと云へば芽出たいのぢやが、ナニもう妾は、五十の坂を越えて、誰が好みて婿を貰うたりするものか。これと云ふのも、神様の教を拡げる為に、此黒姫の体を犠牲にして、天下国家の為に尽すのだよ。お芽出たうと云ふ代りに御苦労様と言ひなされ』 常彦『これはこれは五苦労の四苦労、真黒々助の黒姫様、十苦労さまで御座います』 黒姫『エーエーお前は此黒姫を馬鹿にするのかい。十苦労と云ふ事があるものか。あまりヒヨトくりなさるな』 常彦『イエ滅相な、あなたも天下の為に犠牲に御成りなさるのは五苦労さまぢや。又此常彦が三国一の婿さまを、斯う日の暮になつてから、細い山路を迎ひに行くのも、ヤツパリ五苦労さまぢや。お前さまの五苦労と私の五苦労と、日韓併合して十苦労様と云うたのですよ。アハヽヽヽ』 夏彦『常彦、行かうかい』 と、岩穴をニユツと覗き、 夏彦『ヤア占た占た、モウ行かいでも可い』 常彦『行かでも良いとは、ソラ何だい、高山彦さまが見えたのかい』 夏彦『きまつた事だ。モシモシ黒姫さま、お喜びなさいませ。偉い勢で沢山な家来を伴れて見えましたよ』 黒姫『それはそれは御苦労な事ぢや。どうぞ穴の口まで迎ひに行て下され。あまり這入り口が小さいので、行過されてはお困りだからなア』 夏彦は肩から上をニユツと出し、高山彦の一行の近付き来るを待ち居たる。 高山彦『此処は黒姫の住家と聞えたる魔窟ケ原ぢやないか。モウ誰か迎ひに来て居さうなものだに、何をして居るのだらうな』 虎若『ヤア御大将様、此魔窟ケ原は随分広い所と聞きました。何れ先方から遣つて来られませうが、何分予定とは早く着いたものですから、先方も如才なく準備はやつて居られませうが、つい遅くなつたのでせう。御馳走一つ拵へるにも斯う云ふ不便な土地、何事も三五教ぢやないが、見直し聞直し、御機嫌を直してモウ一息お進み下さいませ』 高山彦『それはさうだが、如何に黒姫、部下が無いと云つても、二十人や三十人は有りさうなものだ。三人や五人迎ひに来したつて良いぢやないか。縁談は飯炊く間にも冷ると云ふ事が有る。あまり寒いので、冷たのぢやあるまいか、ナア虎若』 虎若『トラ、ワカりませぬ。何分此通り、あちらにも此方にも雪が溜つて居りますから随分冷る事でせう。私も何だか体が寒くなつて来た。フサの国を出た時は随分暖かであつたが、空中を航行した時の寒さ、それに又此自転倒島へ着いてからの寒さと云つたら、骨身に徹えますワ』 高山彦は苦虫を喰つた様な不機嫌な顔をし乍ら、爪先上りの雪路を進み来る。雪の一面に積つた地の中から、夏彦は首丈を出して、 夏彦『コレハコレハ高山彦のお出で、サアサアお這入り下さいませ。黒姫さまが大変にお待兼で御座います。あなたも遥々と国家の為に犠牲になつて下さいまして有難う御座います』 虎若『ヤア何だ、コンナ所に首が一つ落ちて、物言つて居やがる。……ハヽア此奴ア、大江山の化州だな……オイ化州、這入れと言つても、蚯蚓ぢやあるまいし、何処から這入るのぢやい。入口が無いぢやないか。貴様の体は如何したのぢや。松露か何ぞの様に頭ばつかりで活てる筈もあるまいし、怪体な代物ぢやなア』 夏彦『黒姫さまは高山彦さまに、お惚け遊ばして首つ丈陥つて御座るが、此夏彦は首は外へ出して、体丈はまつて御座るのだ。サアサア不都合な這入口の様だが、中は立派な御座敷、用心の為にワザと入口が細うしてある。高山彦さま、どうぞお這入り下さいませ。一人づつ這入つて貰へば、何程大きな男でも引つ掛らずに這入れます』 と言ふより早く夏彦は窟内に姿を隠しける。 虎若『ヤア妙だ。見た割とは大きな洞が開いて居る。ヤア階段もついて居る。サア高山彦さま、御案内致しませう』 虎若を先頭に、高山彦は数多の従者と共に、ゾロゾロと岩窟の中に潜り入る。黒姫は此時既に奥の間に忍び込み、鏡の前で口を開けたり、目を剥いたり、鼻を摘ンで見たり、顔の整理に余念なかりける。夏彦は此場に走り来り、 夏彦『モシモシ、高山彦の御大将が見えました。どうぞ早く此方へお越し下さいませ』 黒姫『エー気の利かぬ事ぢやなア。何とか云つて、お茶でも出して、口の間で休まして置くのだよ。それまでに化粧をチヤンと整へて、型ばかりの祝言をせなくてはならぬ。菊若、岩高は何をして居るのだ。料理の用意は出来たか。お茶でも献げて世間話でもして待つて貰ふのだよ』 夏彦『今日は芽出度い婚礼、それにお茶をあげては、茶々無茶苦になりやしませぬか。今日はお水を進げたらどうでせう』 黒姫『エー茶ア茶ア言ひなさるな。茶が良いのだ。水をあげると水臭くなると可かぬから……』 夏彦『ハヽア、茶ア茶アと茶ツつく積りで、茶を呑ませと仰有るのかなア……茶、承知致しました』 黒姫『エーグヅグヅ言はずに、あちらへ行つて、高山彦様御一同のお相手になるのだよ。こつちの準備が出来たら、祝言の盃にかかる様にして置きなさい。……アーア人を使へば苦を使ふとは、能う言つたものだ。男ばつかりで、女手の無いのも……ア困つたものだ。清サン、照サンと云ふ二人の若い女は有つたけれども、これは真名井ケ原の隠れ家に置いてあるなり、斯う云ふ時に女が居らぬと便利が悪い。お酒の酌一つするにも、男ばつかりでは角ばつて面白くない。併し乍ら清サン、照サンは十人並優れた美しい女、折角貰うた婿どのを横取しられちや大変だと思つて、伴れて来なかつたが、安心な代りには便利が悪いワイ。サアサアこれで若うなつて来た。化粧と云ふものは偉いものだナア。昔から女は化物だと云ふが……われと吾手に見惚れる様になつた。如何に色男の高山彦でも、此姿を見たら飛び付くであらう。現在女の自分でさへも、自分の姿に見惚れるのだもの……ヤツパリ霊魂が良いと見える。アーア惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世。………コレコレ常彦……オツトドツコイ、コンナ年の寄つた婆声を出しては愛想を尽かされてはならぬ。端唄や浄瑠璃で鍛へて置いた十七八の娘の声を使はねばなるまい、……コレコレ夏彦、用意が出来たよ。これ夏彦、一寸此方へお越し』 夏彦『エツ、何だ、妙な声がするぞ。黒姫さま、何時の間にか若い照サン、清サンを引ぱつて来たと見える。アンナ別嬪を連れて来たら、婿を横取りに仕られて了うがな……』 黒姫『コレコレ夏彦サン、早う来なさらぬかいな』 夏彦『婆アと違うて、娘の声は何処ともなしに気分が好いワイ。今晩黒姫と高山彦の婆組が婚礼をする。後は照サンと夏彦サンの婚礼だ。これ丈沢山に男も居るのに、あの優しい声で夏彦サンと言ひやがるのは、余つ程思召が有ると見えるワイ。どうれ、一つ、襟でも直して、お目に掛らうかい』 目を擦り、鼻をほぜくり、唇を舐め、襟の合せ目をキチンとし、帯から袴まで検め、 夏彦『ヤアこれで天晴れ色男だ……エツヘン』 足音を変へ乍ら、稍反り返りて、色男然と澄まし顔、一間の障子をガラリと開け、 夏彦『今お呼びとめになつたのは、照サンで御座いますか、何用で御座います……』 黒姫『お前は夏彦ぢやないか。何ぢや其済ました顔は……照サンぢやないかテ…夜も昼も照サンに……照の女に現を抜かしよつて、わしの云うた事が耳へ這入らぬのか』 夏彦『それでも若い女の声がしましたもの、若い女と言へば、今の所では照サン、清サンより無いぢやありませぬか』 黒姫『照や清は真名井ケ岳の隠れ家に置いてあるぢやないか。何をとぼけて居るのぢや。黒姫が呼びたのですよ』 夏彦『ヘエー、何と若い声が出るものですな』 黒姫『きまつた事ぢや。言霊の練習がしてあるから、老爺の声でも、婆の声でも、十七八の女の声でも、赤児の声でも、鳶でも、烏でも、猫でも、鼠でも、自由自在の言霊が使へるのですよ』 夏彦『ア、ハハー、さうですか、さうすると今晩は、鼠の鳴声を聞かして貰はうと儘ですな、アハヽヽヽ』 黒姫『エーエー喧しいワイ。早うお客さまのお相手をして、それからソレ……レイの用意をするのよ』 夏彦『レイの用意だつて……何の事だか分りませぬがなア』 黒姫『レイの上にコンが付くのぢや。アタ恥しい。良い加減に気を利かしたらどうぢや』 夏彦『霜降り頭に黒ン坊を着けて、鍋墨の様な顔に白粉を附けて、華美な着物を着ると、ヤツパリ浦若い娘の様な気になつて、恥かしうなるものかいなア。恥かしい事と言つたら知らぬ黒姫ぢやと思うて居つたのに、流石は女だ。恥かしいと仰有る、アツハヽヽヽ』 其処へ常彦現はれ来り、 常彦『黒姫様、万事万端用意が整ひました。サアどうぞお越し下さいませ』 黒姫はつと立ちあがり、姿見鏡の前に、腰を揺り、尻を叩き、羽ばたきし乍ら、稍空向気味になり、すまし込み、仕舞でも舞う様な足附で、ソロリソロリと婚礼の間に進み行く。 黒姫、高山彦の結婚式は無事に終結した。三々九度の盃、神前結婚の模様等は略しておきます。 黒姫は結婚を祝する為、長袖淑やかに、自ら歌ひ自ら舞ふ。日頃鍛へし腕前、声調と云ひ、身振りと云ひ、足の辷り方、手の操り方、実に巧妙を極め、出色のものなりける。 黒姫『色は匂へど散りぬるを吾が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日越えて浅き夢見しゑひもせず 昨日やきやう(京)の飛鳥川清く流れて行末は 善も悪きも浪速江の綿帽子隠したツノ国の 春の景色に紛ふなる花の容顔月の眉 年は幾つか白雲の二八の春の優姿 皺は寄つても村肝の心の色は稚桜姫 神の命の御教を朝な夕なに畏みて 仕へ奉りし甲斐ありて色香つつしむ一昔 花は紅、葉は緑手折り難きは高山彦の 空に咲きたる梅の花時節は待たにやならぬもの 天は変りて地となり地は上りて天となる さしもに高き高山彦の吾背の命の遅ざくら 手折る今日こそ芽出度けれ疳声高き高姫の 朝な夕なに口角を磨きすまして泡飛ばし 宣る言霊も水の泡アワぬ昔は兎も角も 会うた此世の嬉しさは仮令天地が変るとも 替へてはならぬ妹と背の嬉しき道の此旅出 旅は憂いもの辛いもの辛いと言つても夫婦連 凩荒ぶ山路も霜の剣を抜きかざす 浅茅ケ原も何のその夫婦手に手を取りかわし 互に睦ぶ二人仲二世の夫とは誰が言うた 五百世までも夫婦ぞと世の諺に言ふものを 坊ツチヤン育ちの緯役が世間をミヅの御霊とて 訳の分らぬ事を言ふ表は表、裏は裏 仮令雪隠の水つきと分らぬ奴が吐くとも 斯うなる上は是非もない雪隠千年万年も 浮世に浮いて瓢箪の胸の辺りに締めくくり 縁の糸をしつかりと呼吸を合して結び昆布 骨も砕けし蛸入道烏賊に世人は騒ぐとも 登り詰めたは吾恋路成就鯣の今日の宵 善いも悪いも門外漢の容喙すべき事でない 高山彦の吾夫よ千軍万馬の功を経し 苦労に苦労を重ねたるすべての道にクロトなる 此黒姫と末永く世帯駿河の富士の山 解けて嬉しき夏の雪白き肌を露はして 薫り初めたる兄の花の一度に開く楽しみは 神伊弉諾の大神が妹の命と諸共に 天の瓊矛をかき下しコヲロコヲロに掻き鳴して 山河草木百の神生み出でませし其如く 汝は左へ妾は右右と左の呼吸合せ 明かす誠に裏は無いウラナイ教の神の道 国治立の大神の開き給ひし三五の 神の教も今は早瑞の御霊の混ぜ返し 穴有り教となりにける愈是れから比治山の 峰の続きの比沼真名井豊国姫の現はれし 珍の宝座を蹂躙し誠一つのウラナイの 神の教を永久に夫婦の呼吸を合せつつ 立てねば置かぬ経の教稚桜姫の神さへも 花の色香に踏み迷ひ心を紊して散り給ふ 其古事に神習ひ此黒姫も慎みて 神の御跡を追ひまつる五十路の坂を越え乍ら 浮いた婆アと笑ふ奴世間知らずの間抜者 さはさり乍ら夏彦よ岩高彦よ常彦よ 色々話を菊若よ妾に習つて過つな 年を老つての夫持つ妾は深い因縁の 綱にからまれ是非もなく神の御為国の為 ウラナイ教の御為に心にもなき夫を持つ 陽気浮気で黒姫がコンナ騒ぎをするものか 直日に見直し聞直し善言美詞に宣り直し 必ず悪口言ふでない後になつたら皆判明る 神の奥には奥が有る其又奥には奥がある 昔の昔のさる昔マ一つ昔のまだ昔 まだも昔の大昔神の定めた因縁の 魂と魂との真釣り合ひ晴れて扇の末広く 仰げよ仰げ神心心一つの持ちやうで 此黒姫の言ふ事は善に見えたり又悪に 見えて居るかも知れないが身魂の曇つた人間が 心驕ぶりツベコベと構ひ立てをばするでない 総て細工は流々ぢや仕上げた所を見てお呉れ 身魂の因縁性来の大根本の根本を 知つたる神は外に無い日の出神の生宮と 定まりきつた高姫や永らく海の底の国 お住居なされた竜宮の乙姫さまの肉の宮 此黒姫と唯二人要らぬ屁理屈言はぬもの 心も清きモチヅキの音に耳をば澄ましつつ 三五の月の清らかな心の鏡をみがきあげ ウラナイ教の御仕組何も言はずに見て御座れ 今は言ふべき時でない言はぬは云ふに弥勝る 高山彦や黒姫の婚礼したのも理由がある 人間心で因縁がどうして分らう筈はない 朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも此因縁は人の身の 窺ひ知らるる事でない今に五六七の世が来れば 唯一厘の神界の仕組をあけて見せてやる それ迄喧しう言ふでない口を慎み、ギユツと締め 瑞の御霊にとぼけたる訳の分らぬ人民は 高山彦や黒姫の此結婚を彼此と 口を極めて誹るだらう譏らば誹れ、言はば言へ 妾の心は神ぞ知る神の御為国の為 お道の為に黒姫が尽す誠を逸早く 世界の者に知らせたい吁、惟神々々 御霊幸倍ましませよアヽ、惟神々々 そろうて酒をば飲むがヨイヨイヨイヨイトサア ヨイトサノサツサ』 黒姫は調子に乗つて踊り狂ひ、汗をタラタラ流し、白粉をはがし、顔一面縄暖簾を下げたる如くなりにける。高山彦は立ちあがり、祝歌を唄ふ。 高山彦『フサの都に生れ出で浮世の風に揉まれつつ 妻子を捨てて遥々とウラナイ教の大元の 北山村に来て見れば鼻高々と高姫が 天地の道理を説き聞かす支離滅裂の繰言を 厭な事ぢやと耳押へ三日四日と経つ内に 腹の虫奴が何時の間かグレツと変つてウラナイの 神の教が面白く聞けば聴く程味が出る 牛に牽かれて善光寺爺サン婆サンが参る様に 何時の間にやらウラナイの教の擒と成り果てて 朝な夕なの水垢離蛙の様な行をして 嬉し嬉しの日を送る盲聾の集まりし ウラナイ教の大元は目あき一人の高山彦が 天津空より降り来し天女の様に敬はれ 持て囃されて高姫の鋭き眼鏡に叶うたか 抜擢されて黒姫が夫となれとの御託宣 断りするも何とやら枯木に花も咲くためし 地獄の上を飛ぶ様に胆力据ゑて高姫に 承知の旨を答ふれば高姫さまも雀躍りし これで妾も安心と数多の家来を差しまわし み空を翔ける磐船を数多準備ひフサの国ゆ 唸りを立てて中空に思ひがけなき高上り 高山彦や低山の空を掠めて渡り来る 大海原の島々も数多越えつつ悠々と 風に揺られて下り来る由良の湊の広野原 イヨイヨ無事に着陸し虎若富彦伴ひて 大江の山を探りつつ魔窟ケ原に来て見れば 見渡す限り銀世界妻の住家は何処ぞと 眼白黒黒姫の岩戸を守る夏彦が 首から先を突出してヤア婿さまか婿さまか 黒姫さまのお待兼ね遠慮は要らぬサア早く お這入りなされと先に立ち頭を隠して段階 ヒヨコリヒヨコリと下り行く虎若、富彦先に立ち 高山彦を伴なひて内はホラホラ岩窟に 潜りて見れば此は如何に名は黒姫と聞きつれど 聞きしに違ふ白い顔夢に牡丹餅食た様な 嬉しき契の今日の宵年は二八か二九からぬ 姿優しき此ナイス幾久しくも末永く 鴛鴦の衾の睦び合ひ浮きつ沈みつ世を渡る 今日の結縁ぞ楽しけれ月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも高山彦と黒姫の 妹背の中は何時までもいや常永に変らざれ 八洲の国は広くとも女の数は多くとも 女房にするは唯一人神の結びし此縁 睦び親しむ玉椿八千代の春を迎へつつ ウラナイ教の神の憲四方の国々宣り伝へ 神政成就の神業に仕へ奉りて麗しき 尊き御代を弥勒の世弥勒三会の暁の 鐘は鳴るとも破れるとも二人の中は変らまじ あゝ惟神々々御霊幸はひましませよ』 と謡つて、大きな図体をドスンとおろした其機会に、盃も、徳利も、一二尺飛び上り、俄に舞踏を演じ、思はぬ余興を添へにける。夏彦は、くの字に曲つた腰を、三つ四つ握り拳にて打ち乍ら、土盃を右手に捧げ、オツチヨコチヨイのチヨイ腰になつて、自ら謡ひ、自ら踊り始めける。 夏彦『アヽ芽出たい芽出たいお芽出たい年は老つても色の道 忘れられぬと見えまする娘や孫のある中に 田舎の雪隠の水漬かババアが浮いてうき散らし 顔に白粉コテコテと雀のお宿のお婆アさま 高い山から雄ン鳥を言葉巧に誘て来て 言ふな言ふなと吾々の舌切雀のお芽出たさ 夜さりも昼もチヨンチヨンと皺のよつたる機を織る ハタの見る目は堪らない雀百までをンどりを 忘れぬ例は聞いて居る私も男のはしぢやもの 相手が欲しい欲しいわいナ恋路に迷うと云ふ事は 可愛い男に米辵かけた事ぢやげな 図蟹が泡を福の神恵比須大黒ニコニコと 腹を抱へて踊り出す弁天さまの真似をして 顔コテコテと撫塗り立て月が重なりや布袋腹 膨れて困るは目のあたりそれでも私は黙つてる 長い頭の寿老人さま高山彦を婿に持ち まるビシヤモンを叩き付け上を下への大戦 大洪水に流されて天変地妖の大騒動 黒白も分かぬ暗の夜に思はぬ地震が揺るであろ 地震雷火の車変れば変る世の中ぢや 娘や孫のある人が烏の婿に鷹を取り 目を光らして是からは天が下なる有象無象を 何の容赦も荒鷹の勢猛き山の神 苦労重なる黒姫の行末こそはお芽出たい あゝなつかしや夏彦の夢寐にも忘れぬ照さまは どうして御座るか比治山の黒姫さまの隠家に 肱を枕に寝て御座ろアヽなつかしやなつかしや 高山彦や黒姫の今日の慶事を見るにつけ 心にかかるは照さまの比治山峠の独寝ぢや コンナ所を見せられて羨なり涙がポロポロと 私は零れて来たわいナアヽ惟神々々 ホンに叶はぬ事ぢやわい叶はぬ時の神頼み 比沼の真名井の神さまに一つ願ひを掛けて見よう ウラナイ教に入つてより早十年になるけれど 神の教の信徒は女に眼呉れなよと 高姫さまや黒姫の何時も厳しきお警告 それに何ぞや今日は又黒姫さまが身を扮装し 天女の様に化けかはり返り咲きとは何の事 黒姫さまが口癖に裏と表がある教 奥の奥には奥があると言うて居たのは此事か 俺はあンまり神さまに呆けて居つて馬鹿を見た 馬鹿正直の夏彦もこれから心を改悪し 今まで堪へた恋の道土手を切らしてやつて見る サア常彦よ岩高よ何時も話を菊若の 若い奴等は俺の後を慕うて出て来ひ比治山の 照さま、清さま潜む家に肱鉄砲を覚悟して 訪ねて行かうサア行かう高山彦や黒姫の 今日の結婚済みたなら私はお暇を頂かう グヅグヅしてると年が老る若い盛りは二度とない 皺苦茶爺イになつてから如何に女房を探しても 適当な奴は有りはせぬ時遅れては一大事 花の盛りの吾々は今から心を取直し 女房持つて潔く体主霊従の有丈を 尽して暮すが一生の各自の得ぢやトツクリと 思案定めて行かうかいのサアサ往かうではないかいナ ドツコイシヨウドツコイシヨウウントコドツコイ黒姫さま ヤツトコドツコイ高山彦の長い頭のゲホウさま ドツコイシヨのドツコイシヨ』 と自暴自棄になつて、一生懸命に不平を漏らし躍り狂ふ。常彦、岩高、菊若も、夏彦の唄に同意を表し、杯を投げ、燗徳利を破り、什器を踏み砕き、酔にまぎらし乱痴気騒ぎに其夜を徹かしけるが、流石の黒姫も結婚の祝ひの夜とて一言もツブやかず、夏彦等が乱暴をなす儘に任せ居たりける。 明くれば正月二十七日、黒姫は、高山彦其他の面々を一間に招き、比沼の真名井の豊国姫が出現場なる、瑞の宝座を占領せむことを提議し、満場一致可決の結果、猫も杓子も脛腰の立つ者全部を引連れ、高山彦は駒に跨り、真名井ケ原指して驀地に進撃し、茲に正月二十八日の大攻撃を開始し、青彦、加米彦が言霊に、散々な目に会ひ散り散りバラバラに、再び魔窟ケ原の岩窟に引返し、第二の作戦計画に着手したりける。嗚呼、黒姫一派は如何なる手段を以て、真名井ケ原の聖場を占領せむとするにや。 (大正一一・四・二二旧三・二六松村真澄録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 08 蚯蚓の囁 | 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録) |
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霊界物語 | 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 | 10 四百種病 | 第一〇章四百種病〔六二一〕 真名井ケ原の珍の宝座に参拝せむと、息せき切つて進み行きたるお楢は、ゆくりなくもウラナイ教の鍵鑰を握れる女豪傑黒姫に説き伏せられ、くれりと心機一変し、手の掌足の裏を覆して、スタスタと黒姫一行を伴ひ、漸く丹波村の伏屋に着きにける。 お楢『モシモシ、ウラナイ教の大将様、此処が私の荒屋で御座います。サアサアどうぞお這入り下さいませ。嘸お疲労でせう』 黒姫『ナニ、これしきの雪道で疲労るやうな事で、三千世界の神界の御用が出来ますものか、ウラナイ教にはソンナ弱虫は居りませぬ、オホヽヽヽ』 お楢『どうぞ気をつけてお這入り下さい、大江山の鬼落しが掘つて御座いますから、ウカウカ這入ると大変な事が出来致します。サアサア私の通る処を足をきめて通つて下され、一足でも外を歩くと、陥穽へ落ち込みますから』 黒姫『ナント用心の良い事だナア、アヽ感心々々、何と云うても比沼の真名井に瑞の霊の悪神が現はれる世の中ぢやから、この位の注意はして置かななりますまい。サアサア、照さま、清さま、私の後を踏みて来るのだよ』 お楢『モウ大丈夫で御座います。サアサアどうぞお上り下さいませ』 黒姫『ハヽア、平助どのはこの井戸の水を汲みて倒けたのだな。ホンニホンニ危なさうな井戸ぢや。お婆アさま、お前も随分年をとつて居るから気を付けなされよ』 お楢『有難う御座います。娘も嘸喜ぶことで御座いませう』 お節は夢中になつて、 お節『青彦さま、青彦さま』 と呼ンで居る。 黒姫『ドレドレ、これから神さまへ御祈念をして上げよう。それについても一つ妾の話を篤りと聞いた上の事だ。お婆アさま、聞きますかな』 お楢『有難い神さまのお話、どうぞ聞かして下さいませ』 黒姫『この娘の病気は、全体けつたいな病ぢや。病気には四百種病というて沢山な病がある。其中でも百種の病は放つて置いても癒る。あとの百種は薬と医者とで全快する。又あとの百種は、神さまぢや無いと癒らぬのぢや。そして、あとの百種は神さまでも医者でも薬でも癒りはせぬ。これを四百種病と云ふのだ。この娘は第三番目に言うた神信心で無ければ到底癒らぬ。お医者さまでも有馬の湯でもと云ふ怪体な粋な病気ぢや、青彦々々と云ふのは、大方妾の使つて居るウラナイ教の宣伝使、今は三五教に呆けて、この間も音彦とやらの後についてウロついて居た男ぢや。この娘が快くなつたら青彦を養子に貰ひ、娘から青彦を説きつけて、又旧のウラナイ教に逆戻りさせる神様のお仕組の病気に違ひない。お婆アさま、これを良く承知して居て貰はぬと癒す事は出来ぬぞい』 お楢『ハイハイ、ドンナ事でも生命さへ助けて下されば承はります』 黒姫『サア、これから日の出神様のお筆先を頂くから聞きなされ、このお節の守護神にも読みて聞かして改心致させねば、三五教の悪守護神が憑いて居るから、追ひ出す為に結構な御筆先を聞かして上げよう。謹みて聞きなされや』 筆先『変性男子の系統の御身魂、日の出の神の生宮、常世姫命と現はれて、高姫の肉体を藉りて、三千世界の世の初まりの、根本の根本の、身魂の因縁性来から、大先祖がどう成つて居ると云ふ事を明白に説いて聞かす筆先であるぞよ。変性男子は経の御役、誠生粋の正真の大和魂、一分一厘違へられぬ御役であるぞよ。毛筋の横巾も変性男子の系統の肉体に憑つて書いた事は間違ひは無いぞよ。三千世界の大立替大立直しの根本の結構な御筆先であるぞよ。変性女子の身魂は緯の御用であるぞよ。緯はサトクが落ちたり、糸が切れたり、色々と致すから当にならぬ悪のやり方であるから、変性女子の書いた筆先も、申す事も、行状も真実に致すでないぞよ。一つ一つ審神を致さねば、ドエライ目に会はされるぞよ。女子の御役は悪役で、気の毒な御用であるぞよ。身魂の因縁性来で、善と思うて致す事が皆悪になるぞよ。善にも強い悪にも強い常世姫の筆先、耳を浚へて確り聞いて下されよ。毛筋も違はぬ誠一つの、生粋の大和魂の、日の出神の生宮の常世姫命の性来、金毛九尾の悪神を、一旦キユウと腹に締め込みて改心させる御役であるぞよ。それに就いても黒姫の御用、誠に結構な御役であるぞよ。竜宮の乙姫さまがお鎮まり遊ばして御座るぞよ。魔我彦には日の出神の分霊、柔道正宗が守護致すぞよ。蠑螈別には大広木正宗の守護であるぞよ。此神一度筆先に出したら、何時になりても違ひは致さぬぞよ。違ふ様にあるのはその人の心が違うからだぞよ。唐と日本の戦ひが始まるぞよ。日の出神の教は日本の教であるぞよ。変性女子の教はカラの教であるぞよ。変性男子の筆先と、日の出神の筆先とをよつく調べて見て下されよ。さうしたら変性女子の因縁がすつくり判りて来て、ドンナ者でも愛想をつかして逃げて去ぬぞよ。アフンと致さなならぬぞよ。常世姫の御魂の憑るこの肉体は、昔の昔のさる昔、またも昔のその昔、モ一つ昔の大昔から、此世の御用さす為に、天の大神が地の底に八百万の神に判らぬ様に隠して置かれた誠一つの結構な生身魂であるから、世界の人民が疑ふのは無理なき事であるぞよ。神の奥には奥があり、その又奥には奥があるぞよ。三千年の深い仕組であるから、人民の智慧や学では、ソウ着々と判る筈は無いぞよ。今迄の腹の中の塵埃をすつくりと吐き出して誠正真の生粋の大和魂に成りて下さらぬと、誠のお蔭を取り外すぞよ。アフンと致して眩暈が来るぞよ。何程変性女子が鯱になりて耐りても、誠の神には叶はぬぞよ。此の肉体は元を査せば、変性男子の生粋の身魂から生れて来た女豪傑、若い時分から男子女と綽名を取つた、天狗の鼻の高姫であるぞよ。今はフサの国の北山村のウラナイ教の太元の、神の誠の柱であるぞよ。此世を水晶に立直す為に、永い間隠してありた結構な身魂であるぞよ。世界の人民よ、改心致されよ。誠程結構は無いぞよ。苦労の花が咲くのであるぞよ。苦労無しにお蔭を取らうと致して、変性男子の系統を抱き込みて、我身の我で遣らうと致したらスコタンを喰うぞよ。開いた口がすぼまらぬ、牛の糞が天下を取るとは、今度の譬であるぞよ。神の申す事をきかずに遣つて見よれ、十万億土の地獄の釜のドン底へ落して了ふぞよ、神界、幽界、現界の誠の救ひ主は、変性男子と日の出神の生宮とであるぞよ。女子の身魂は此世の紊れた遣り方を見せるお役、天の岩戸を閉める御苦労なかけ替への無い身魂であるぞよ。これも身魂の因縁性来で、昔の因縁が廻つて来たのであるから、神を恨めて下さるなよ。吾身の因縁を恨みて置こうより仕方が無いぞよ。天にも地にもかけ替への無い日の出神の生宮が、三千世界の神、仏事、守護神、人民に気をつけて置くぞよ。改心さへ出来て、この常世姫の申す事が判りたら、如何な事でも叶へてやるぞよ。病位は屁でも無いぞよ。魂を磨いて改心なされ。常世姫が気をつけた上にも気を付けるぞよ。俄信心間に合はん。信心は正勝の時の杖に成るぞよ。一時も早く身魂の洗濯いたして、神に縋りて下されよ。昔は神はものは言はなかつたぞよ。時節来りて艮の金神世に現はれて、三千世界の立替へ立直しを遊ばすについて、第一番に、御改心なされたのが竜宮の乙姫様であるぞよ。この竜宮の乙姫様は、黒姫の肉体にお鎮まり遊ばして、日夜に神界の御苦労に成りて居るから、粗末に思うたら、神の気ざわりに成るぞよ。高姫の肉体は元の性来が勿体なくも天の大神様の直々の分霊であるから、日の出神が引つ添うて、世の立替の地となつて、千騎一騎の御活動を遊ばす御役となりたぞよ。金勝要の大神、坤金神も、一寸我が強いぞよ。早く改心なさらぬと、神界の御用が遅れるぞよ。神界の御用が遅れると、それ丈、神も人民も難儀を致すから、早く改心致して、変性男子と常世姫の御魂の宿りて居る日の出神の生宮の申す事を聞いて下されよ。きかな聞くやうに致して改心させるぞよ。三五教は神の気障りがあるから、神は仕組を変へて此の肉体に御用をさして居るぞよ。神力と智慧学との力比べ、常世姫の神力が強いか、変性女子の智慧学が強いか、神と学との力比べであるぞよ。神の道には旧道と新道と道が二筋拵へてありて、何の道へ行きよるかと思うて、神がジツと見て居れば、新道へ喜びて行きよるが仕舞にはバツタリ行当りて了うて、又もとの旧道へ復つて来ねば成らぬ様に成つて了うぞよ。大橋越えて未だ先へ、行方判らぬ後戻り、慢神すると其通り、早く改心致さぬと、青い顔してシヨゲ返り白米に籾が混つた様にして居るのを見るのが、此の常世姫が辛いから、腹が立つ程気を付けてやるが、変性女子が我が強うて、慢神致して居るから、神ももう助けやうが無いぞよ。もう勘忍袋がきれたぞよ。それにつけては皆の者、変性女子の申すこと、一々審神を致してかからぬと、アフンと致す事が出来致すぞよ。常世姫の憑る肉体を侮りて居ると、スコタン喰う事が出来るから、クドウ申して気をつけて置くぞよ』 と厳の御魂の筆先の抜萃した高姫の書いた神諭を、声高々と読み聞かして居る。 お楢は畳に頭を擦りつけ、ブルブルと慄ひ泣きに泣いて居る。お節は発熱甚しく、益々『青彦青彦』と夢中になつて叫びはじめたり。黒姫は清子、照子の二人に向ひ、 黒姫『サアサア妾が今お筆先を拝読いたから、今度はお前さまがウラナイ教の宣伝歌を謡ふのぢや、サアサア早う、言ひ損ひの無いやうに謡ひなされ』 二人はハイと答へて座を起ち、病に苦しむお節の枕辺に廻り、声張上げて、 清子、照子『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むともウラナイ教は世を救ふ 常世の国の常世姫昔の神代のそのままの 大和魂の生粋で日の出神の生宮と 現はれ出でたる高姫の身魂にかかりて筆をとり 三千世界の梅の花一度に開くことのよし 委曲に詳細に説き諭すたとへ大地は沈むとも 月日は西から昇るとも日の出神の生宮が 書いた筆先言うたこと毛筋の横巾ちがはぬぞ 違うと思ふは其人の心間違ひある故ぞ 昔の神代の折からに世界のために苦労した 高姫、黒姫、魔我彦や高山彦や蠑螈別 いづの身魂と現はれて竜宮さまの御守護で 此世の宝を掘り上げて北山村にウラナイの 神の教の射場を建て世界の人を教へ行く 実にも尊き神の代の其の根本の因縁を どこどこ迄も説き諭す常世の姫のお筆先 昔々の神代から隠しおいたる生身魂 日の出神の生魂で唐も日本も悉く 悪の仕組をとり調べ四方の国々島々に 漏れなく知らす神の道いづの身魂の御教 変性男子の御身魂善の身魂の生粋ぞ 変性女子の瑞身魂悪の鏡と定まりた 善は苦労が永けれど悪の苦労は短いぞ 悪の道行きや歩きよい善の道程険しいぞ 険しい道を喜びて歩いて行けば末遂に 誠も開く神の国広い道をば喜びて 進みて行けば末つひにハタと詰つて茨むら 針に身体をひつ掻いて逆転倒を皆うつて ヂリヂリ舞をしたとてもあとの祭ぢや十日菊 誠の神の申すうち聞かずに行るならやつて見よ 善と悪との立別けの千騎一騎の大峠 変性女子をふり捨てて常世の姫の生宮と 現はれ出でたる高姫の日の出神の御経綸 万劫末代芳ばしき名を残さうと思ふなら ウラナイ教の神の道一日も早く片時も 先を争ひ歩めかし畏き神のウラナイの 誠一つの根本の毛筋も違はぬこの教 神の奥には奥があるその又奥には奥がある 大国常立大神の三千年の御仕組 隅から隅まで悟つたるあの高姫の生宮は 三千世界の宝物広い世界の人民よ 今ぢや早ぢやと早鐘を撞いて知らする常世姫 暗に迷うた身魂をば日の出の守護に助けむと 朝な夕なに一筋に誠の教伝へ行く 常世の姫の真心は善の鑑ぢや世の鑑 誠の鑑はここにある身魂を清めて出て来たら 三千世界が見えすくぞ鎮魂帰神をせい出して 変性女子に倣ふより神から出したこの鏡 一つ覗いて見るがよい三千世界の有様は 一目に見えるこの教ウラナイ教は世を救ふ 誠の道の神ばしら日の出神の生宮が 三千世界の太柱グツと握つて居る程に 世界の事は何なりと常世でなけりや判りやせぬ 真名井の神が何偉い瑞の身魂が何怖い 怖いと云うたら吾心心一つのウラナイ教 心も身をも大神に捧げて祈れよく祈れ 祈る誠は神心あゝ惟神々々 身魂幸倍坐しませよ』 と謡ひ了れば、お節は益々苦しみ悶え、遂にはキヤアキヤアと怪しき声を振り絞り、冷汗は滝の如く流れ出で、容態は刻々に危険状態に入りける。 お楢『モシモシ皆さま、御親切に拝みて下さいまして有難う御座いますが、お前さまが此処へ御座つてから、お節の病気は楽になるかと思へば、一息々々、苦しさうに成つて来る、コラマア何うしたら宜しいのだ。オーンオーンオーン』 黒姫『コレコレお婆アさま、勿体ない事を言ひなさるな。これ程結構な日の出神の生宮の御筆先を読みて聞かし、結構な結構な宣伝歌まで唱へて、夫れで悪うなつて死ぬ様な事があつたら、神さまのお蔭やと思ひなされ。妾ぢやとて何うして一刻も早う楽に仕て上げたい、生命を助けて上げたいと思へばこそ、コンナ山路を雪踏み分けて遥々と来たのぢやないか。コンナ繊弱い妙齢の娘を二人まで連れて此処へ来たのも、神から言へば浅からぬ因縁ぢや。何うなるも斯うなるも神様の思召、仮令お節さまが国替なさつた処が、別に悔むにも及ばぬ、如才の無い神さまが、結構な処へ遣つて下さつて、神界の立派な御用をさして下さるのぢや。お前さまの達者を守り、この家を守護する守り神として下さるのぢや。勿体ない、何を不足さうに、吠面をかわくのぢやい、何うなつても諦めが肝腎ぢやぞへ』 お楢『ハイハイ、有難う御座います。然し乍ら妾の生命を取つて、どうぞお節を助けて下さいませ。それがお願ひで御座います』 黒姫『ハテサテ判らぬ方ぢやなア。何程偉い神さまぢやとて、お前の生命とお節さまの生命と交換が出来るものか。ソンナ無茶な事を言ひなさるな』 お節の容態は益々危篤に成つて来る。黒姫は何とは無しに落ち着かぬ様子にて、 黒姫『コレコレ照さま、清さま、今日は神界に大変な御用がある。サア帰りませう。コレコレお婆アさま心配なさるな。気を確り持つて居なさいよ。私は神界の御用が急くから、今日はこれでお暇致します』 お楢『モシモシお節は助かりませうか、助かりますまいか』 黒姫『いづれ楽になるわいナ。屹度癒る、安心なされ』 お楢『楽に成るとはあの世へ往く事ぢやありませぬか、癒ると仰有るのは、霊壇へ御魂に成つて直ると云ふ謎ではありますまいか』 黒姫『アヽ神界の御用が忙しい。照さま、清さま、サアサアお出で』 と雲を霞と比治山の彼方を指してバラバラと走せ帰り行く。あとにお楢はワツと許り泣き伏しぬ。 (大正一一・四・二二旧三・二六東尾吉雄録) |