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(1561)
霊界物語 12_亥_天の岩戸開き 15 宣直し 第一五章宣直し〔五一一〕 峰の嵐や松風の音高熊山の岩の前 霊より覚めし瑞月は神の使に十四夜の 御空を仰ぎ眺むれば星の瞬きやうやうに 霞みて月も弥仙山峰の後にかくろひて 鶏鳴間もなき朝嵐冷たき風に吹かれつつ 又もや霊は悠々と果しもあらぬ神界の 方へと息せき進み行く水音高きナイル河 春の初と言ひ乍ら名は秋月の大瀑布 八岐大蛇の片割なる醜の大蛇を言向けて 此世の曲を祝姫蚊取の別や三光の 神の使ひの宣伝使高熊ならぬ高光彦 神の霊の玉光彦御稜威も高き国光彦 風にちらつく行平別の茲に六人の神司 深雪の滝の曲神を善言美詞の神言に 吹き払はむと進み行く夢の中なる物語。 行平別『サア今度は深雪の滝だ。皆さま一緒に前後左右より言霊を以て攻め掛ませうか、また秋月の滝の様に私一人に一任されては困りますよ』 蚊取別『イヤ、深雪の滝は一人で結構だ。行平別の宣伝使に頼むでおかう。祝姫さま、あなたの弔ひ合戦も是で帳消だ。今後は夏山彦の奥さまだから、今迄の様に天下を自由自在に濶歩する事は出来ない。夫唱婦随の天則に従つて家庭を守らねばならぬ。人は一代名は末代、夏山彦の奥さまは、秋月の滝の悪魔を退治に往つて悪神の為に苦められ、大失敗を演じ、夏山彦に助けられ、その情に絆されて夫婦になつた、宣伝使を失敗つた、有終の美を全うする事が出来なかつたと、末代の語草になつては詰らないから結婚をされた後ではあれども、宣伝使の務めを全うさせたい為に、秋月の滝にあなたを連れて来たのだ。最早秋月の滝の征服も無事に片付いた以上は、宣伝使としての責任も、完全に果されたと云ふものだ。サア是から夏山彦の館に帰り、賢妻良母となつて、イホの都に善政を布く夫の神業を内助するのだ。最早宣伝使の役も神界より免除された。サアサア早く還りませう』 祝姫『折角秋月の滝迄来たのですから、モウ私も宣伝使の年の明、花々しく残りの滝の魔神を征伐する迄待つて下さいますまいか』 蚊取別『それはいけませぬ、何事も八分といふ所が良いのだ。十分手柄をしてやらうと思へば、却て失敗の基となる。たとへ失敗せずとも、白瀬川の悪魔は全部我々が征服したのだと云ふ慢心が起るから其慢心が貴女の婦徳を傷つける基となるから、これで打切にするが宜しい』 行平別『さうだなア、蚊取別の仰有る通りだ。祝姫さま、此方は斯う見えても、普通の宣伝使ではない、天教山より現はれたる尊い天使に間違ない、天使の命令だ。素直にお聞なさるが良からう』 祝姫『アヽ仕方がありませぬ、今迄は山野河海を跋渉し、種々の苦心惨怛たる辛い目も味はひ、また愉快な事にも会つて来ましたが、今日から最早宣伝使が出来ないかと思へば何だか心残りがある様です。矢張り妾は温き家庭に蟄居して安楽に暮すよりも、貴神方と共に命懸の苦労をする方が、何程愉快だか分りませぬ。アヽどうして男に生れて来なかつただらう』 蚊取別『執着心をサラリと抛つて、夏山彦の奥様となり、三五教の神を尊敬し、且その教を管轄下の人民に懇切に説き諭して神業を助けなさい。サア私が送つて上げませう。目を塞ぎなさい、途中に目を開けると大変ですから、蚊取別がサア目を開けなさいと云ふ迄開けてはなりませぬよ』 祝姫『ハイ』 と答へて従順に瞑目する。この時何処ともなく四辺を照す大火光が現はれ来たり、一行の頭上を四五回ブウブウと音を立てて循環し、轟然たる大音響と共に、白煙となつて消え失せた。見れば蚊取別、祝姫の姿は最早この場に見えずなりにける。 附言 夫婦となるべき霊、親子となるべき霊魂、主従師弟となるべき身魂は、固より一定不変のものである。併し乍ら世の中の義理とか、何とか種々の事情の為に已むを得ず、不相応の身魂と結婚をしたり、師弟の約を結んだりする事がある。但し霊と霊との因縁なき時は、中途にして破れるものである。蚊取別の天使は、祝姫の霊の夫婦に巡り会ふまで、他の異りたる霊と結婚をなし、天分使命を中途にして過たむ事を恐れ、種々と工夫を凝らし、一旦自分の妻神と名付け、時機の来るのを待たせつつあつたのは、神の大慈大悲の御守護であつた。故に人は結婚に先立ち、産土の神の認許を受け神示を蒙つた上にて結婚せざれば、地位財産名望義理人情恋愛等の体主霊従的境遇に支配されて、一生不愉快なる夫婦の生涯を送る様な事が出来てはならぬから、人倫の大本たる夫婦の道は、神の許しを受け、妄りに軽々しく結婚してはならないものである。中には二度目の妻、所謂二世の妻を持たねばならぬ様な場合があるが、これは第一世の妻と霊が合はなかつたり、或は合つてゐても肉体が霊に添はずして、夭死したりするものである。併し乍ら愛情と言ひ、家庭の切廻しと云ひ、どうしても第一世の妻に比ぶれば、第二世の妻は劣つて居るものである。要するに、二世の妻は、妻といふ名はあつても、大抵は一世の妻の代理たるべき者であるからである。また中には第一世の妻より二世の妻の方が、何かに付けて優つたのもある。それは第一世の妻は夫婦の霊が合うて居なかつたので、第二世の妻が本当の霊の合うた夫婦の場合である。二回とも霊の合はぬ夫婦となり、中途にしてどちらかが欠げ、第三回目に霊の合うた者が発見されても、最早三世の妻は持つ事が出来ないのが、神界の不文律である。 祝姫も斯る過失に陥らざる様と蚊取別の天使は、今日まで姫の身辺を保護すべく夫婦の名を附して居たのである。 蚊取別祝姫は、白煙となつて此場に姿を隠した跡に四人は茫然として白煙立上る雲の彼方を見て、感歎稍久しうし、 高光彦『ヤア今まで蚊取別の宣伝使は変つた人だと思つて居たが、神様と云ふものは実に何処までも行届いたものだナア。唯一人の祝姫の一生を守るべく、種々の手段を以て操縦された其御神業、小さい事にも大きい事にも気のつくものだ。我々も細心の注意を払つて世の中に立たねばならぬ。况して今日の如き常暗の世の中に、蚊取別の様な人は目薬にしたいと思つてもあるものでない。サア之から我々も知らず知らずの慢心を省みて本当の神心にならねば、五つの滝の曲神を征服どころか却て征服されて了はねばならぬ。アー何だか蚊取別さまの帰られた後は、鳥も通はぬ離島に唯一人棄てられた様な心持になつて来た』 玉光彦『さうですナ、各自に腹帯を締めて掛らねばなりませぬ。人は背水の陣を張らねば何事も成功しませぬ。勇断果決、獅子奮迅の勢を以て、先づ自分の霊に憑依せる悪魔を追出し、清浄潔白の霊になつた上悪魔を征服する資格が初て出来るのだ。大瀑布に悪魔が居ると思へば、豈図らむや、自分の心の奥に白瀬川の大瀑布が懸り、そこに大蛇の悪魔が巣ぐうて居るのだ。身外の敵は容易に征服出来るが心内の敵は退治が出来難い。先づ深雪の滝の悪魔に突撃するまでに、各自の悪魔を征服し、或は帰順せしめて後に掛りませうか』 高光彦『アーさうだ。悪魔に対ふのは、恰度的に向つて弓を射る様なものだ。弓を射る者は其身を正しうして、一分一厘の隙間もなく、阿吽の呼吸の合つた時始めて、弓を満月の如くに引絞り、私の心を加へず秋の木の葉の風もなきに、自然に落つるが如き無我無心の境に入りて、自然に矢が弦を離れる。さすれば其矢は的の中心に当る様なものだ。先づ己の霊を正しうするのが肝腎だ』 国光彦『敵は本能寺にあり、我身の敵は我心に潜む。心の敵を滅せば、如何に常暗の世の中とは云へ、我に取りては悪魔も大蛇もナイル河、尊き神代を深雪の滝、速河の瀬に失ひ流す、神司麻柱の宣伝使、深雪の滝に向ふに先立ちて先づ自己の霊の洗濯にかかりませう』 行平別『アヽ、万寿山の御兄弟の深刻なるお話に依りて、私の心の岩戸も、サラリと開けました。アレ御覧なさいませ、天津御空には喜悦の太陽晃々として輝き始めました。これ果して何の祥瑞でせうか』 高光彦『世の中に鬼も大蛇も悪魔も有るものでない、ある様に見えるのだ。各自の心に誠の日月が照り輝き、神の慈愛の心の鏡に映つたならば、天地清明安養浄土、サアサア皆さま、打揃うて天津祝詞を奏上致しませう』 四人は茲に端坐し、天津祝詞を奏上し終つて宣伝歌を高唱する。 三光、行平別『神が表に現はれて善と悪とを立別ける 善悪不二の神の道善を思へば善となり 悪を思へば悪となる舌の剣の切先に 鬼も悪魔も曲霊も先を争ひ出で来る この世曇るも舌の為争ひ起るも舌のため 敵に悩むも舌のためこの世を照すも舌の為 人を救ふも舌のため天国浄土も舌の為 地獄極楽舌のため世のことごとは押並べて 舌の毒より湧き出づる舌の奥には心あり 鬼が出づるも心から大蛇探女も心から 神も仏も心から心の持様唯一つ 心に花の開くとき天地四方に花開く 心に凩荒ぶとき世界に凩吹きまくる 人を殺すも村肝の心の呼吸の舌の先 人を救ふも舌の先神となるのも舌の先 鬼となるのも舌の先人は第一言霊の 天の瓊矛と称へたる舌の剣を慎みて 慈愛の鞘によく納め妄りに抜くな放つなよ 善言美詞の神嘉言使ふは舌の役目ぞや 善言美詞は天地の醜の悪魔を吹き払ふ 生言霊の剣ぞやアヽ惟神々々 霊幸倍坐世言霊の舌の剣を穏かに 使はせ給へ天津神国津神たち百の神 神代を開く言霊の清き御水火に曲津見の 醜の霊は消え失せむ此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世は 直日に見直せ聞直せ身の過ちは詔り直せ』 と歌ひ終るや、百日百夜暗黒に鎖されたる天地は、茲に豁然として夜の明けたる如く、日は晃々として天に輝き、今迄騒然たる瀑布の響はピタリと止まり、虎狼獅子大蛇鬼の叫びも瞬く間、若葉を渡る春風の響とこそはなりにける。 (大正一一・三・一〇旧二・一二松村真澄録)
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(1601)
霊界物語 13_子_フサの国・半ダース宣伝使 21 本霊 第二一章本霊〔五四七〕 巨大なる火弾爆発すると見る中に、忽然として以前の女神の姿が現はれた。五人は思はず平地に蹲んで最敬礼を表した。女神は声も淑かに、 女神『道の勲も鷹彦や、一度に開く白梅の、薫り床しき梅彦や、心の駒の勇み立ち、誠の道に矗々と、進む駒彦万代の、神の教の亀彦や、言霊清き音彦よ、汝等今より麻柱の、神の教を宣べ伝ふ、いつの御魂の宣伝使、あゝ勇ましし勇ましし、もはや汝が身魂の曇り、晴れ渡りたり真如の日月、心の海に隈なく照り渡り、胸の仇浪静まりたれば、一日も早く片時も、疾く速やけく、フサの都に出立せよ、それにしても岩彦が、固き心は嘉すれど、三五教の宣伝使として、今少し足らはぬ処あれば、汝等五の御魂は岩彦が、心をなごめ、誠に強き益良雄として、立ち働かしめよ。斯く申す妾は天教山の木花姫が和魂なるぞ、夢々疑ふ事なかれ』 と宣し終ると共に、女神の姿は火煙と消えにけり。五人は感謝の涙に咽びつつ、嗚呼有難し忝なし、天津祝詞を奏上せむと一同宣る言霊も円満清朗、その声はさしもに広き遠き巌窟の内を隈なく響き渡りける。この言霊の声に岩公はムクムク起き上り、 岩彦『アヽ大変だ。エライ目に出会した。俺のやうな肝玉の太い宣伝使でも吃驚して一時性念を失つた位であるから、鷹公、亀公、駒公、音、梅の連中は定めて肝を潰したらう。アヽ胆を潰すは俺位の程度の者だ。それ以下の程度の五人の奴は、大方木葉微塵となつたかも知れやしない。彼奴等にしても可愛い女房や子が国許に待つて居るのだから、エヽ道連になつた好誼に骨なと拾つて女房や子供に届けてやらねばなるまい。これがせめてものこの岩サンの親切だ。アヽ五人のもの情ない事になつて呉れたなア。何だか真闇がりで目も碌々見えやしないわ。エヽ仕方がない、鷹公の骨だか音公の肉だか区別はつくまいが、何でも女房や子の気休めの為に、これが鷹公の骨だ、これや髪だと云つて慰めてやるより仕方がないワイ。暗いと云つても、これくらゐ暗い事は開闢以来だ』 と云ひながら四つ這になり、 岩彦『オイ鷹公の骨ヤーイ、音公の腕ヤーイ、俺は岩公ぢや、死んでも魂魄この世に留まつて居るだらう、骨の所在地ぐらゐは俺に知らせやい。アヽコツクリ、コツクリと何処かへ散つて了つたと見える。あまり無残だ、焼けても灰なと残るのだが、髪の毛一本落ちて居らぬとは此奴はあんまり残酷だ。大方巌窟の化物が来よつて、余り弱音を吹くものだから、蟒の奴弱味につけ込んで一呑みに呑みよつたに違ひないワ。待て待て、一行六人の三五教の宣伝使、五人まで大蛇に呑まれて俺一人が何うしてオメオメと生て還られようか。待て待てこれから胆玉の太いこの岩サンが、大蛇を見付けたが最後、足でもグツと出して、オイ蟒の奴、尻から俺を呑めと言挙げしてやらう。さうすれば大蛇の奴、あの岩公は手強奴だ、彼奴だけは迚も呑む事は出来ぬと因果腰を極めて居つたのに、先方の方から呑めと云ひよる、五人呑むも六人呑むも一しよだ。ヤア美味々々と蛇が蛙を呑んだやうに、呑みにかかるだらう。さうしたら此方の勝利だ。神妙に呑まれてやつて、這入がけに、頤の片一方に、この十握の劔をグツと引つかけて両手で力一ぱい柄を握り、大蛇の奴がグツと呑めばグツと切れる。グウグツと呑めばグウグツと切れる。自業自得、大蛇は竹を割つたやうに二つにポカンと割れたが最後、呑まれてからまだ間もない五人の宣伝使、虫の息でウヨウヨとやつて居るだらうから、其処へこの岩サンが恭しく神言を奏上し、声も涼しく言霊の水火をもつてウンとやつたが最後息吹き返し、アヽ誰かと思へば岩公サンか、イヤ岩サンか、誠にもつて有難い、貴方のお蔭でこの弱い吾々も命が助かりましたと半泣きに泣きよつて、手の舞ひ足の踏む処を知らずと云ふ歓喜の幕が下りるのだ。可愛い子には旅をさせと云ふ事がある。神様も随分皮肉だな、大蛇の喉坂峠を旅行して痛い味を知り、危険な関所を越えて初めて勇壮活溌なる大丈夫の宣伝使とならせる経綸だらう。あまり弱音を吹くものだから屹度神様の試錬に遇うたのだらう、愚図々々して居れば息が止まるか知れない。ヤアヤア巌窟に棲む大蛇の奴、五人喰ふも六人喰ふも同じ事だ。五人の奴は麦飯だ。この岩サンは名は固いが歯当りのよい味のよい鮨米のやうな肉着きだよ。サア早く尻の方から呑んだり呑んだり』 暗がりより『アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 岩彦『ヤイ大蛇の奴、嬉しいか、嬉しさうな笑ひ声をしよつて、サア早く呑まぬかい』 音彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、それは誠に結構でございます』 岩彦『モシモシ岩サン、お気が付きましたか、結構だつて、ソンナ辞令は後にして遠慮は入らぬ。結構だらう。早く呑んだり呑んだり』 鷹彦『岩サン、結構は結構ですが、貴方はお考へ違ひでせう。吾々はお案じ下さいますな、助かつて居りますよ』 岩彦『何だ、尻も甲もあつたものかい、足から喰へ、食料に欠乏して餓死に迫つて居つた処、半ダースも人肉の温かいのが来たものだから、結構でございますの、吾々はお蔭で助かりましたのと、何を吐すのだい。愚図々々して居ると侶伴の奴の息が切れるワイ、遠慮は要らぬ早く呑まぬかい』 亀彦『モシモシ岩サン、私は亀でございます、何卒ご安心して下さいませ。種々のお心づくし、骨身にこたへて嬉しうございます』 岩彦『ヤア貴様は亀と云つたな、狼か、骨身にこたへるなンて何だい、グツと一口に呑まぬかい。バリバリと骨も身も一緒にパクつかれては此方もちつと都合が悪いワイ』 この時闇がりに、六個の光玉いづくともなく現はれ来り、たちまち五柱の女神と、一柱の鬼のやうな顔した男とが現はれた。岩公は驚いてこの姿を見守りゐる。 五人の女神には一々名札がついて居る。見れば鷹彦の本守護神、梅彦、音彦、亀彦、駒彦の本守護神の名札をぶら下げて居る。一方の鬼の名はと見れば、こは抑如何に、一層広く長き名札にグシヤグシヤと文字が現はれて居る。よくよく見れば、 『この鬼は岩彦の副守護神なり、本守護神は岩彦の驕慢不遜にして慢心強き為に、未だ顕現する事能はず。一時も早く改心の上、かかる醜き副守護神に退却を命ずべし。野立彦命の命に依り、木花姫これを記す』 と現はれて居る。 岩彦『ヤア大変だ。五人の宣伝使は何だ。俄に女見たやうな優しい事を云ひよると思つたら、何奴も此奴もアンナ綺麗な本守護神が現はれたからだな。しかしながら岩サンはどこまでも岩サンだ。アンナ女々しい本守護神よりも、仁王様の様な鬼面をした副守護神に守護して貰ふ方が悪魔征伐にはもつて来いだ。未だ未だ武装撤回は出来ない。ヤア副守護神、明日から九分九厘までお前が俺の肉体を守護するのだよ、一厘と云ふところになつてから本守護神の女神になればよいのだ。何だ五人の宣伝使奴、目的の半途にして最早一角の神業奉仕をしたやうに、泰然と澄まし切つて居よる。これからが肝腎要の正念場だぞ。エヽ仕方がない、副守護神確り頼む』 鬼『俺は、お前の買ひ被つて居るやうな鬼ぢやない。鬼みそだよ。一つの火の玉にも雷にも胆を潰す柔しい鬼だ。姿はかう強さうに怖さうに見えても、肝腎の魂は味噌のやうなものだよ。アンアンアン、オイオイオイ、ウンウンウン、エンエンエン、インインイン』 岩彦『何だ、不整頓な言霊の泣き声を出しよつて、俺はソンナ弱い守護神と違ふぞ。貴様大方偽神だらう』 鬼『それでも、お前の模型だから仕方がないわ。空威張りの上手な、胆玉の据わらぬ、見かけ倒しのガラクタ鬼だよ』 岩彦『さう云へば、何処かの端が些と似とるやうな、矢張さうかいなア。ヤア本当にこれから強くなる。貴様今日限り暇を遣はす程に、必ず必ず岩サンの肉体に踏み迷つて戻つて来るな。門火を焚いて送つてやるのが本当なれど、生憎焚物もなし、不本意だが今日限り帰つて仕舞へ』 鬼『ハイハイ、何しにマゴマゴとして居りませう。疾うの昔から帰り度くて帰り度くて仕方が無けれども、お前の執着心が私を今まで鉄の鎖で縛つて何うしても斯うしても解放してくれないのだ。左様ならこれでお暇を致しませう、アリヨウス』 岩彦『アーア、これでこの岩公も何だか其辺が明かるくなつたやうな心持が致しました。モシモシ五人の宣伝使様、ご苦労でございました。サアサアこれから貴方方のお伴して、タカオ山脈のコシの峠の麓を指して参りませう。イヤもう私の鬼を逐出す為にいかいご苦労をかけました』 一同『アハヽヽヽ岩サンお目出度う、あれをご覧なさいませ、鬼の帰りた後に、あのやうな立派な守護神が顕現されました』 岩彦『ヤア、本当にこれはこれは、マア何と云ふ立派な、お岩彦の御御守護神様だこと、マアマア、よくもよくも御御守護下さいました。お有難うございます』 守護神『岩サン分りましたか、ようマア鬼を去して下さいました。私も天の岩戸が開けたやうな心持が致します。サアサアこれから貴方と私と霊肉一致して膠の如く漆の如く密着不離の身魂となつて、岩戸開きの神業に参加さして頂きませう』 岩彦『これはこれは畏れ入つたるご挨拶、本守護神様のご迷惑になる事ばかり、我を張り詰て致して来ました。どうぞこれからは比翼連理偕老同穴の夫婦のやうになつて、二世も三世も、後の世かけてご提携を願ひます』 ここに六人の本守護神と、六人の宣伝使は巌窟の広場を指し、手を拍ち宣伝歌を高唱し、春の野の花に蝶の狂ふが如く、大地を踏み轟かし、 一同『開いた開いた菜の花が開いた蓮の花が開いた 心の花も開いた身魂のもつれも開いた 開いた開いた常夜の闇となり果てし 天の岩戸もサラリと開いた』 各自の本守護神はやがて、得も云はれぬ五色の玉となつて各自の頭上に留まつた。玉は頭脳に吸収さるる如く、追々その容積を減じ、遂には宣伝使の体内に残らず浸み込んで仕舞つた。 これより一行はこの巌窟を立ち出て、原野を渡り、コシの峠を指して勇ましく進み行く。 (大正一一・三・二一旧二・二三加藤明子録)
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(1612)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 02 銅木像 第二章銅木像〔五五二〕 音彦、弥次彦、与太彦、源五郎の一行四人は、三途川の脱衣婆に別れを告げて、際限もなき雑草の原野を西へ西へと進み行き、ピタツと行き当つた禿山、三方山に囲まれ進路を失ひ当惑の態、 音『サア、ピタツと行き詰つた、これで冥土の旅も行き詰りだ、何とか一つ考へねばなるまい』 弥『宣伝使さま、サア天津祝詞の言霊だ、斯う云ふ時に使用するのが言霊の活用ぢやありませぬか』 音彦『アヽさうだつたナア』 と手を拍ち、声厳かに天津祝詞を奏上する。忽ち行当つた禿山は雲の如く数十里の彼方に急速度を以て遁走した。 弥『アヽ言霊の威力と云ふものは偉いものだナア。信仰の力は山をも動かすと云ふことを聞いて居る、流石は宣伝使だ、貴方の信仰の威力は確かなものだ。もうかういふ経験を得た以上は、焦熱地獄であらうが、八寒地獄であらうが、何の恐るる所あらむやだ。地獄のドン底まで浸入して、吾々一行は幽政の大改革を断行するのだなア』 音『オイ余り油断をするな、油断すると知らず識らずに慢心が出て思はぬ失敗を演ぜないとも限らぬ。隅々までも気を付けて進まねばならぬぞ』 斯く云ふ中忽然として見上ぐる許りの銅木像が地中よりヌツと現はれて来た。 弥『イヨー出よつたなア、矢張り幽界は幽界だ。一つの特徴があるワイ。オイコラ幽界の化物、吾々の通路を遮る不届きもの、スツコメスツコメ。現界の化物とは違つて幽界の化物はよつぽど形式が違つて居るワイ。コラ化物返答せぬかい、銅木像奴が』 銅木像『グワツハヽヽヽー、グウツフヽヽヽー、ギエツヘヽヽヽー、ギヰツヒヽヽヽー』 弥次彦『ナンダ、ガヽヽ、ギヽヽと、濁音のみを使ひよつて、吾々を何と心得て居るのだい、三途川の脱衣婆でさへも、ヘコまして来た弥次彦さまだぞ』 銅木像『俺は銅と木とで造つた機械な化物だ。愚図々々吐すと頭から呑みてやらうか』 弥『アハヽヽヽ、貴様は大蛇の化物だな、呑ましてやりたいが、生憎何にもないワイ、田子の宿のお竹の家で飲まされた小便茶なと呑まして遣らうか』 銅『イヤ俺は茶は呑みたくない。裸の奴が呑みたいのだ』 弥『ウンさうか、よしよし御註文通り此処にウラル教の源五郎といふ奴が、真裸になつて来て居るワイ、これが呑みたいのだらう』 銅『ガーバー』 弥『ホンに、御機嫌の好いお顔だことわいのう。サア源チヤン、御苦労ながら一つ呑みて貰ひ給へ』 源五郎『裸はお前の事だよ、その着物は皆俺の着物だ。モシモシ銅木像さま、弥次彦、与太彦は小鹿峠の手前で、真裸になりました。裸の道中を続けて来た経験のある奴です。俺は三途の川の渡場で此奴等二人に泥棒されたのですから、之等二人をとつくりと呑みて遣つて下さいませ』 銅『ギヰツヒヽヽヽ、オーさうだらう、弥次彦、与太彦が味が好ささうだのう』 弥『コラ源公、貴様は真正の真裸だ、俺は脱衣婆の承認を得て着物を着て居るのだよ。モシモシ銅木像さま、それはお考へ違ひぢやありませぬか』 銅木像『俺は機械だ、モウこれ切りで物は言はぬ。お前たち勝手に俺の腹へ這入つて機械を使ふたが好からう。腹へ這入れば色々の機械の装置が完備して居るから、一々使用法が記してある。その綱をひくと此銅木像が大活動を演ずるのだ、ガハヽヽヽヽ』 弥『ヤア此奴面白いぞ、吾々が十万億土の旅をすると思つて、閻魔の奴退屈ざましにコンナ副産物を拵へて置いたのだらう。ヤアもう文明の空気と云ふものは何処までも行き渡つたものだワイ、一つ俺が這入つてこの機械を使つて見やうかなア』 源『お前等は俺の着物を追剥をしたのだから、罪が加重して居る、到底この機械を使用する権利はなからう。俺は裸だから着物の代りにこの銅木像の中へ潜入して、一つ使つて見るから、お前等は力一杯相手になつて見たらどうだ。ウラル教の大目付役と、三五教の宣伝使や信者との問答も面白いかも知れないぞ』 与『オイ弥次彦、源五郎の云ふ通りにさして見たらどうだ。ナア音彦さま、それが好いぢやありませぬか』 音『好からう、ソンナラ源チヤン、あなた這入つて下さいナ』 源『コレは有難い、一つ操つり人形の様に自由自在に動かして見ませうかい。ヤア入口は何処だ、アハア大きな鼻の孔を開けて居よる、此処から一つガサガサと這入つてやらうか』 と言つて銅木像の身体を杣人が山にでも登るやうに杖をつきながら登り行く。 弥『イヨー面白いな。まるで牛に蝿がたかつたやうに小さく見える。よつぽど大きな銅木像だワイ』 源五郎はとうとう鼻の孔から這入つて了つた。 与『ヤア、とうとう這入つて了ひよつた、これから面白いのだ、オイ早く芸当を始めぬかい』 銅『ウヽヽヽヽ、ウラル教の大目付役鷲掴の源五郎とは俺の事だ。サアサア三五教の豆宣伝使、モウかうなる以上は大丈夫だ、銅木像の合羽を被つた源五郎だ。ウーフヽヽヽ』 弥『ヤア怪体な銅木像だ、源五郎気取りになりよつて怪しからぬ。ヤイ銅木像、洒落た事をするない』 銅『洒落たも洒落ぬもあつたものかい』 とグルグルグルと蛇の目傘の如き目玉を急速度を以て廻転させる。 弥『ヤア乙な事をやりよるワ。多寡が機械だ、輪転機でも使ひよつて目玉を廻転させて居るのだらう。コラ余り目玉を剥くと目がモーターになつてへコ垂れるぞ』 銅『この目が恐いか、冥途の旅ぢや、お前たちの目を醒まして遣る為めに先づ俺から目を剥いて見せたのだ、序に鼻を剥いて遣らうか』 弥『剥いて見よ、俺は此処で緩りと春風に吹かれて花見見物をやつて遣らう。ヨウ小山のやうな鼻をピコツカせよるぞ、無恰好な鼻だなア。ヤア剥いた剥いた、何だベンチレーターのやうな鼻をしよつて、天井を嗅ぐやうな調子で鼻の孔を上向けて居やがる。天井が燻香したと思ひ違へよつたなア、オイ化像、チツト勘考して見い』 銅『俺の鼻息で吹き散らしてやろうか、このベンチレーターは猛烈に噴煙を吐くから用意を致せ』 与『アハヽヽヽ、変れば変るものだ、機械が物云ふ時節だから、これも形式の変つた蓄音器だなア。オイ蓄音器先生、レコードが破れぬ様に静かに廻して見よ、余り虐使すると使用期間を短縮するぞ』 化像は右の手をガタガタガタガタと動かし、機械的に指を以て一方の小鼻を押へ、左の直径一丈位の大鼻孔より黒煙を頻りに噴出し、四辺は真暗闇になつて了つた。 弥『コラコラ化像、程度を知らぬかい、治安妨害だぞ。モ少しソツと吹かぬか』 銅『吹かいでかい吹かいでかい、吹いて吹いて吹き捲つてやるのだ』 弥『此奴は思ひ違ひだ、意想外だ。モシモシ宣伝使さま、言霊だ言霊だ』 音『弥次彦さま、緩りなさいませ、吹く丈け吹いたら原料が無くなるから大丈夫だ、何ほど大きいと云つたつて、さう無尽蔵に続くものぢやないからナア』 化像は又もや左の腕をガタガタガタガタと音をさせ、機械的に左の小鼻を押へ、右の手を元の位置にチント直し、招き猫のやうな恰好にし、今度は右の孔から吹くわ吹くわ滅茶やたらに、二百十日の暴雨のやうにブウブウ粘つたミヅバナを四方八方に吹散らす。 弥『アーア、コリヤたまらぬ、涕だらけだ、何処もかもニチヤニチヤになつてしまつた。まるで紙雛を噛みて吐き出したやうな御面相になつたワイ、オイ化像、もう好い加減に中止せぬかい、しぶとい奴ぢやなア』 銅『俺はしぶとい、貴様の様な淡泊な人間とは違ふ、粘着性を持つて居るのだ、まだまだまだまだ粘つく奴を噴出するぞ。宿が無くてお竹の家に泊めて貰つて、結構な握飯を頂戴して婆の鼻汁が混つたの、混らぬのと小言をほざきよつたその報い、身体中を鼻啖でこね廻して遣るのだぞ』 弥『コレコレ音彦様、イヤ宣伝使さま、コンナ時こそ、それ科戸の風の天の八重雲を吹放つ事の如く、大津辺に居る大船を屁こき放ち糞こき放ちて、大和田の原に鼻垂れる事の如く、払ひ給へ清め給へをやつて下さいな、かう汚れてはどうにも、こうにも仕方がない』 音『マヽじつくりとするのだよ。芸者でさへも花が欲しいと云ふて眠ぶた目をこすりながら、ボンボラ三味線を弾きよる。何もせないで此丈け沢山のはなを頂戴すれば結構だ。お化さま又来て頂戴、はなの切れ目が縁の切れ目、おはなを沢山持つて又来て下さい………ナンテ云つて背中をポンと叩いた。さうすると弥次彦が蒟蒻の様になつてグニヤグニヤとなるまでには大分資本が要る、コンナに沢山はなを頂戴して、不足を言ふ所か』 弥『モシモシ宣伝使さま、貴方はどうかして居ますなア、芸者の花代と混線して居やしませぬか』 音『天混線を空うする勿れ、時に鼻汁の泣面に当るを、アハヽヽヽヽ』 弥『ドウモ、尾籠な事だワイ、鼻振、紙也、屁の雨だ、ヤアもう結構々々、花見だと思つて居つたに落花狼籍、開闢以来の粘ンばりとした花見遊山だ。オイ源公、イヽ加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『今度は小便の竜吐水だ、田子の宿に於て土瓶の中に小便を垂れたを覚えて居るだらう。折悪く土瓶の持ち合せがないから貴様の薬鑵頭を、土瓶代用として注入してやらう、チツト熱い小便茶だぞ』 与『是れはこれはめつそうな、沢山お花を頂戴いたしまして其上に、結構なお茶を頂戴しましては、却てお気の毒さまで御座います、私も迷惑いたします、どうぞお茶丈はまた外のお客に振れ舞つて下さい。生憎裸に一旦されたものだからお茶代も御座いませぬからお茶の出し損、それでは商売の資本が続きますまい。閻魔の庁から執達吏がやつて来て、破産申請をやられては却てお家の迷惑、後はさつぱり家計紊乱共に苦辛の為体、マアマアお茶丈はお引き下さつたが好ろしからう』 銅『この芸者は茶を引く事は大々々々の嫌ひで御座んす。お茶位はエヽ遠慮なしにあがつて下さい。本当の番茶なら宜いが小便茶で、あまり原料も要りませぬ。茶つとおあがりなさい。サ薬鑵の蓋を開けて下さい』 与『イヤもう沢山、此方の薬鑵も茶を沸して居りますから、この上頂いた所で塔の上に塔を積むやうなもの、倹約流行の世の中、無駄な費用を省いて、それを社会事業にでも投資した方が何ほど娑婆の人間が喜ぶ事か分りませぬぞ』 銅『ヤアそれでも、もうすでに準備が出来て居ます』 と大竜吐水の如く小便茶を虹のやうに吐き出した。 与『コリヤ、熱い熱い、何程厚い志と言つても、コー茶にされては有難くもないワ、然し一利あれば一害あり、鼻だらけの身体の洗濯には持つて来いぢや、腹も立つが茶腹も立つ、然し小便丈は閉口だ』 銅『それは見本だ、本物は之れから幾何でも大洪水が出たほど御馳走して上げませう』 弥『お香水なら結構だが、この見本ではねつから気に入らぬ、破約だ。もう此方からこの代物は小便しますワ』 銅『アハヽヽヽヽ』 弥『オイオイ源五郎のサツク奴が、好い加減に悪戯を止めたらどうだい』 銅『貴様は脱衣婆の上前をハネよつて、源五郎の着物を無理に掠奪した怪しからぬ奴だ、今此処で裸になれ。その着物をすつかりと源五郎さまに返上するのだ』 弥『エヽ穢苦しい、鼻汁だらけの小便茶の浸みたコンナ着物は、誰が着たいものかい。サア何時でも返してやるワ』 銅『洗濯をして元の通りに綺麗に乾かして返すのだぞ』 弥、与『洗濯せえと言つたつて河もなし婆ぢやあるまいし、ソンナ無理な註文はするものぢやないワ、返してやつたら結構だ』 とムクムクと裸になり、 二人『サアこれでスイとした生れ赤子だ』 銅『ウワハヽヽヽヽ、見事裸になりよつたなア、これから俺の口から万本針を吐いて遣らう、貴様の身体に皆ささつて毛がはへた様にしてやるワ、キツヒヽヽヽ』 弥『エヽ仕様もない針合のない事だ、愚図々々抜かすとハリ倒すぞ。モシモシ宣伝使さま何して御座る、吾々二人が之れほど苦しみて居るのに、貴方は傍観して居つて、それで人を助ける宣伝使と言へますか』 音『ヨー結構な花見だ。桜花爛漫として雲の如く、そこへ日光七色の映じた虹の麗しさ、後から針の様な霧雨ビシヨビシヨと降つて来るこの風情と言つたら、何とも譬へ様のない気候、与太彦、弥次彦の二人は花見踊をして見せるし、操り人形は色々の曲芸を演じて観覧に供すると云ふ体裁だから面白くて堪らぬワイ。霊界物語の第一巻にあつた通り、苦中楽あり、楽中苦ありだ。天国と云つても苦しみあり、地獄と云つても楽みがあると云ふは能く言つたものだ、心の持ちやう一つで地獄となり、極楽となる。嗚呼有難いものだ』 弥『アヽ薩張り駄目だ。力に思ふ宣伝使はこの通り知覚神経が麻痺しちまつて、コンナ苦しい場面が極楽浄土に見えるとは何とした事だらう』 銅『サア是からだ、右の足で俺が一つ四股を踏みたら小鹿峠がガタガタガタガタ、左の足をウンと踏みたら貴様等は天上目がけてプリンプリン、泥田の中へ真逆様にヅドンキューの一言冥土の旅路、アハヽヽヽ』 弥『何だ、小鹿峠の事まで並べよつて、オイ源五郎、好い加減に出て来ぬかい、今度ア俺の番だ』 銅木像はムクムクと立ち上り四股をドンドンと踏みながら、さしも高い禿山を一足に跨げ、のそりのそりと歩み出し、 銅木像『ヤアヤア太陽が余り低いものだから、頭に行き当りよつて仕方がないワ、あすこにも月がぶら下つて居る、腰でもしやがめて通つてやらうかい』 と雷のやうに咆え呶鳴りつつ西の方へと進み行く。 弥『ヤアヤア化像の奴、源五郎も一緒に腹の中に入れて何処へか往つてしまひよつた、アヽ仕方がない、真裸だ、誰か来ぬかいな、着物の用意をせなくちや閻魔の庁へ行く迄に、ポリスに出会つたらまた監禁だ』 与『オイオイ向ふを見よ、日の出別の宣伝使が先に立ち鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦の面々が遣つて来るぢやないか、祝詞の声が聞え出したぞ』 弥『ヤア来た来た、彼の宣伝使も何処へ往つたかと思へば、矢張り大蛇に飲まれて冥土の旅をやつてゐるのだなア、然しまア道連が出来て賑やかで好いワイ』 日の出別の一行は馬の蹄の音カツカツと此方に向つて進み来る。 弥『モシモシ、私の頭は小便だらけだ、水でも吹いて清めて下さいませぬか』 日『ヤア鷹彦サン、岩彦サン、貴方がた一同は谷川の水でも、汲みてかけてやつて下さい』 鷹、岩『畏まりました』 と谷に下りて口に水を含み三人の顔に向つて伊吹をした。ウヽーンと唸ると共にハツと気が付けば、小鹿峠の麓の河辺に三人は気絶して居たるなり。 日『ヤー結構々々、吾々の来るのが少し遅かつたら、とうとう冥土の旅をする所だつたなア、マア命があつて何より結構、サア是れからフサの都へ着いて、それからコーカス山に進む事にしよう』 (大正一一・三・二三旧二・二五谷村真友録)
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(1623)
霊界物語 14_丑_小鹿峠(弥次彦・与太彦) 13 山上幽斎 第一三章山上幽斎〔五六三〕 醜の魔風や様々の、世の誘惑に勝彦の、神の使の宣伝使は、弥次彦、与太彦、六公の三人を伴なひ、小山の郷を打過ぎて、二十の坂を三つ越えし、峠の頂きに漸く登り着いた。 この峠の頂きは今迄過来し各峠の頂上に引換へて大変に広い高原になつて居る。小鹿川の流れは眼下の山麓を、白布を晒した如く、岩と岩とにせかれて飛沫を飛ばして居る。山腹は殆んど岩を以て蔽はれ、灌木の其処彼処に青々として、岩と岩の配合を、優美に高尚に色彩つて居る。 弥『小鹿峠も漸く二十三坂を跋渉したが、この頂上くらゐ広い所は無かつた。東西南北の遠近の山、茫漠たる原野は一望の下に横たはり、風は清く、何となく春の気分が漂ふて来た。此処で吾々はゆつくりと休養して参る事に致しませうか』 勝『アヽそれは宜からう、この頂上より四方を眺めた時の気分は、実に雄渾快濶にして、宇宙を我手に握つたやうな按配式だ。ゆるゆると神界の話でもさして頂かうか、斯う云ふ清い所では、何程神界の秘密を話した所で、滅多に曲津神の襲来する虞もなからう』 と言ひ乍ら、青芝の上に腰を下した。三人も同じく、芝生の上に横たはつた。 与『アヽ良い気分だ。何時見ても、頂上を極めた時の心持はまた格別だが、今日は殊更に気分が良い。斯う云ふ時に一つ幽斎の修業を始めたら、キツト善い神様が感合して下さるでせう、………もし宣伝使様、一同此処で三五教の鎮魂帰神の神法を施して下さいませぬか』 勝『それは結構だが、生憎高地の事とて、水も無し、手を洗ひ口をすすぎ、水を被ると云ふ事が出来ないから……第一此れには閉口だ』 弥『神様の教にも、「身の垢は風呂の湯槽に洗へ共、洗ひ切れぬは魂の垢なり」と示されてある、たとへ水が無くとも、神様に一つ御免を蒙つて、身魂の洗濯をして貰ふ訳にはゆきますまいか。水は肉体の垢を洗ひ落す丈のもの、鎮魂は精神の垢を落すものですから、今日は肉体は已を得ずとして、霊丈の洗濯をして貰ひませうか……ナア与太彦、六公』 与『それも一つの真理だ……もしもし勝彦の宣伝使、あなたは古参者だ、吾々は新参者、どうぞ一つ鎮魂を願つて下さいな』 勝『霊肉一致、現幽一本だから、理屈を云へば、別に水行をせなくつても、霊さへ洗へば良いと云ふ様なものだが、矢張汚い肉体には美しい霊の神が憑る事は、到底不可能だらう。コンナ所で漫然と幽斎でもやらうものなら、ウラル教の守護を致して居る悪神が、何時憑依するかも知れたものでない。此頃は霊界に於て、往昔国治立の大神、その他の神々に対し、極力反抗を試み、遂には大神をして退隠の已むなきに至らしめたと云ふ大逆無道の常世姫や木常姫、口子姫、八十枉彦の邪霊連中が、少しでも名望のある肉体に憑依し、再び神界混乱の陰謀を企てて居るのだから、愚図々々して居ると、何時憑依されるか分つたものでない。宇宙一切は大国治立尊の御支配だから、到る所として正しき神の神霊は、充満し給ふとは云ふものの、また盤古系統、自在天系統の邪神も天地に充満して居るから、此方の霊をよほど清浄潔白にして掛らねば、神聖の神の降臨を受けるといふ事は、到底不可能なが原則だ。水が一滴もないのだから、肉体を清める訳にも行かないから、また滝壷の在る所か、清き流れの水に禊をするとかして、その上で幽斎の修業にかかつたが宜しからう』 弥『アヽ融通の利かぬものだな、全智全能の根本の神様でも、ソンナ窮屈な意見を以て居られるのだらうか。善悪相混じ、美醜互に交はつて、天地一切の万物は、茲に初めて力を生じ、各自の活動を開始するのでは有りませぬか。世の中には絶対の善もなければ、また絶対の悪もない。如何に水晶の身魂だと云つても、大半腐敗せる臭気に包まれた人間の体に宿らねばならぬのだから、何程表面を水位で洗つた所で、五臓六腑まで洗濯しきれるものでない、物を深く考へれば、手も足も出せなくなつて了ふ。何事も神直日大直日に見直し聞直し詔直して、ここで一つ神聖なる幽斎の修業を、是非々々開始して下さい。ナンダカ神経が興奮して、神懸の修業がしたくつて、仕方がなくなつて来た』 勝『幽斎の修業は心身を清浄にする為、第一の要件として、清潔なる衣服を纏ひ、身体を湯水に清めて掛らねばならぬのだが、さう言へば仕方がない、神様に御免を蒙つて幽斎の修業をさして頂く事にしやうかなア』 弥『イヤー有難いありがたい……ナア与太彦、六公、貴様は今迄まだ神懸の経験がないのだから、この弥次彦サンの神懸を、能つく拝め、心を清め、肝を錬れ、……サア勝彦の宣伝使様、早く審神をして下さい。ナンダカ気がイソイソとして堪まらなくなつて来ました、……ウンウンウンウン、ウーウー』 と忽ち惟神的に両手は組まれ、身体忽ち前後左右に動揺し始めた。 与『ヨー弥次彦の奴、独り芝居を始め出したナ、ナンダ、妙な恰好だな、目を塞ぎよつて両手を組み、坐つたなりに飛上がり、宙にまいまいの芸当を始め出した。大方松の大木から滑走しよつた時の亡霊が、まだ体のどつかに残留して居つたと見える……オイ六公、面白いぢやないか、……コレコレ勝彦サン、今日はモウ口上丈はやめて下さい、頼みますぜ』 勝『アハヽヽヽ』 弥次彦は夢中になつて、汗をブルブル垂らし乍ら、蚋が空中に餅搗した様に、地上一尺以上を離れ、五六尺の間を昇降運動を開始して居る。神懸に関しては素人の与太彦、六公の二人は、口アングリとして大地に倒れた儘、 与、六『アーアー、ヤルヤル、妙だ妙だ、オイ弥次彦、貴様はそれ丈の隠し芸を持つて居つたのか、重宝な奴だ、宙吊りの芸当は珍らしい。ワハヽヽヽ、モシモシ宣伝使さま、どうとかして、御神力で弥次彦の体を、猿廻しの様に使つて見せて下さいな』 勝彦は両手を組み、天津祝詞を声も緩やかに奏上し終り、一二三四五六七八九十百千万と、天の数歌を歌ひ終り、右の食指の指頭より五色の霊光を発射し、弥次彦の身体に向つて、空中に円を描いた。弥次彦の身体は勝彦の指の廻転に伴れて、空中に円を描き、指の向ふ方向に、彼が身体は回転する。勝彦は、今度は思ひ切つて腕を延べ、中天に向つてブンマワシの如くに円を描き、弥次彦の体は勝彦の指さす中空に向つて舞上り舞ひ下り、また舞ひ上り舞下り、空中遊行の大活劇を演ずる面白さ。 与『オイ六公、あれを見い、弥次彦の奴、漸々熱練しよつて、体が小さくなつて、見えぬやうな高い所まで、空中を滑走し、上つたり下りたり、上になつたり下になつたり、大変な大技能を発揮しよるぢやないか、……モシモシ宣伝使さま、あなたの指の動く通りに、弥次彦の奴、動きますなア。あれなら軽業師になつても大丈夫食へますナ』 勝『アハヽヽヽ、あれは霊線の力に操られて、体を自由に使はれて居るのだ。俺の指の通りになるであらうがな』 与『ハハア、さうすると弥次彦が偉いのじやなくて、あなたの指が偉い神力を具備して居るのだなア……あなたはヤツパリ魔法使だ、恐ろしい油断のならぬ宣伝使ぢや、私丈はアンナ曲芸は、どうぞ遣らさぬ様に願ひますで、喃六公、アンナ事をやられたら、息も何も切れて了うワ』 六『アヽ恐ろしい事だのう』 斯く云ふ中、弥次彦の身はスーと空気を分ける音と共に、三人の前に下つて来た。勝彦は又もや両手を組んで、『許す』と一声、弥次彦は常態に復し、目をギロつかせ乍ら、 弥『アヽやつぱり二十三峠の頂上だつた、ヤア怖い夢を見たよ、天へ上がるかと思へば地へ下つて、地へ下つたと思へば又天へ引上げられる、目はまわる、何ともかとも知れぬほど苦しかつた、アヽやつぱり夢だ夢だ』 与、六『エ、なアに、夢所か実地誠の正味正真だ。現に俺達は今ここで貴様の大発明の軽業を、無料観覧した所だ。貴様もよつぽど妙な病気があると見える、親のある間に治療をして置かないと、親が無くなつたら、到底一生病だ。不治の難症と筍医者に宣告されるが最後、芝を被つて来ない限り、迚も此世では駄目だぞ、……モシモシ勝彦さま、コラ一体何の業ですか』 勝『弥次彦には、悪逆無道の木常姫と云ふ奴が、タツタ今油断を見すまして、くつつきよつたのだ。そこで私が鎮魂の力を以て木常姫の悪霊を縛つたのだ。悪霊は私の指の指揮に従つて、あの通り容器と一所に、宙を舞ひ狂うたのだよ、モウ今の所では、木常姫の邪霊も往生致して逃げよつたから、弥次彦も旧の通り、常態になつたのだ、ウツカリして居ると、貴様等も亦何時邪霊の一派に襲はれるか知れやしないぞ。夫れだから、至貴至重至厳なる幽斎の修業は、肉体を浄めもせず、汗だらけの、垢の付いた衣服を纏ふて奉仕する事は出来ないと、私が説諭したのだ。それにも拘はらず、私の言葉を無にして聞かないものだから、修業も始めない中から、邪霊に誑惑され、忽ち木常姫の容器となりよつたのだ、……オイ弥次彦、しつかりせないと、又もや邪神が襲来するぞ』 弥『智覚精神を殆んど忘却して居ましたから、何が何だか私としては、明瞭を欠きますが、仮令邪神にもせよ、宙を駆けるナンテ、偉い力のあるものですなア』 勝『馬鹿を言ふな、胴体なしの凧といふ事がある。悪魔と云ふ者は、大体が表面ばかりで、実地の身がないから、恰度、言へば風の様なものだ。その邪霊が人間の肉体へ這入つたが最後、人間の体は風船玉が人間を宙にひつぱり上げる様な具合になつて、体が飛び上がるのだ。人間は大地を歩む者、鳥かなんぞの様に、宙を翔つ奴は、最早人間としての資格はゼロだ、貴様たちも中空が翔つて見たいのか』 与、六『ヘイヘイ邪神だらうが、何だらうが、人間として天空を翔ると云ふ様な事が出来るのなら、私は一寸一遍、ソンナ目に会ふて見たいですな。世界の人間は驚いて……「ヤア与太彦、六公の奴、偉い神力を貰ひよつた、生神さまになりよつた」と云つて、尊敬して呉れるでせう。そうなると、「ヤア彼奴は三五教の信者だ、三五教は神力の強い神だ、俺も三五教に帰依する」と云ふて、世界中の人間が一遍に改心するのは請合です。神様も吾々にアンナ神力を与へて、世界の奴をアツと言はして下さつたら一遍にお道が開けて、世界の有象無象が改心するのだけれどなア』 勝『正法に不思議なし、奇蹟を以て人を導かむとする者は、いはゆる悪魔の好んで執る所の手段だ。吾々は神様の貴重な生宮だ、充分に自重して、肉の宮に重みを付け、少々の風にまで飛あがり、宙をかける様な事になつては、最早天地経綸の司宰者たる資格はゼロになつたのだ。何処までも吾々はお土の上に足をピツタリと付け居るのが法則だ』 与『それでも、鷹彦の宣伝使は宙を翔つぢやありませぬか』 勝『鷹彦は半鳥半人の境遇に居るエンゼルだ。彼は時あつて空中を飛行し、神業に参加すべき使命を持つて居るのだから、羽翼が与へられてあるのだよ。羽翼は空中を飛翔するための道具だ。羽もない人間が、今弥次彦の様な事を行るのは変則だ、悪魔の翫弄物にせられて居るのだよ』 六『さうすると、悪魔の方がよつぽど偉い様ですな。誠の神様は土に親しみ、悪魔は天空を翔るとは、実に天地転倒の世の中とは言ひ乍ら、コラ又あまり矛盾ぢやありませぬか。仮令邪神でも何でも構はぬ、一遍アンナ離れ業を演じて見たいワ』 勝『コラコラ六公、言霊の幸はふ国だ、ソンナ事を言ふと、貴様には、竜宮城から鬼城山に使ひした、一旦大神に叛いた口子姫の霊が、貴様の身辺を狙つて居るぞ、シツカリ致せ』 六『ヤアそいつは一寸乙でげすな、何時も憑り通しにされては困るが、一遍位は憑つて呉れても御愛嬌だ、……ヤイ口子姫とやら、俺の肉体を貸して与るから、一遍アツサリと憑つて呉れぬかい』 弥次彦口をきつて 弥次彦『クヽヽヽチヽヽヽコヽヽヽヒヽヽヽメヽヽヽ口子…口子…ヒヒメメメメ口子姫命只今より六公の肉体を守護致すぞよ』 六『有難う御座います』 と云ふや否や、身体を上下左右に動揺し始めた。地上より四五尺許りの所を、上りつ下りつ、石搗の曲芸を演じ始めた。遂には足は地上を離れ、最低地上を距ること一尺余、最高二三丈の空中を上下し、廻転し始めた。 弥『ヤア六公の奴、偉い神力を貰ひよつたぞ、羨りい事だ、俺も一遍アンナ事が有つて見たい。俺にアヽ言ふ実地が現はれたら、それこそ一も二もなく神の存在を、心底から承認するのだが、どうしても俺には、霊が曇つて居ると見えて、神が憑つて呉れぬワイ』 与『オイ弥次公、貴様ア、アンナ事所かい、殆ど日天様の所へ行きよつたかと思ふほど高う、空中をクルクルクルと廻転しよつて、まるで鳥位小さく見える所まで……貴様は現に大曲芸を演じよつたのだよ、それを貴様は記憶して居らぬか』 弥『アヽさうか、ナンダかソンナ夢を見たやうな記憶が朧げに残つて居る様だ。ヤアヤア六公の奴、追々と熟練しよつて、ハア上るワ上るワ……殆ど体が小さく見える所まで上りよつたナ、……モシモシ勝彦さま、アラ一体全体どうなるのですか』 勝『あまり慢心をすると、体の重量がスツカリ無くなつて、邪神の容器となり、風船玉のやうに吹き散らされるのだ、幸に今は無風だから好いが、一昨日の様な風でも吹いた位なら、夫れこそ、どこへ散つて仕舞ふか分りやしないぞ。それだから俺が此処では幽斎の修業は行られぬと云ふたのだ、……吁、困つた病人が二人も出来よつた、愚図々々して居ると、与太公、貴様にも伝染の兆候が見えて居る、病菌の潜伏期だ。何とかして、免疫法を講じたいものだが、此附近には避病院もなし、消毒薬も無し、困つた事だワイ』 与『消毒薬とは何ですか』 勝『生粋の清浄なお水だ、お水で体を清めて、神様の霊光の火で、黴菌を焼き亡ぼすのだ。吁、困つた事だ、……オイ与太公、しつかりせぬか、貴様には八十枉彦が附け狙ふて居るぞ、……何だ其態度は……またガタガタと震ひ出したぢやないか』 与『強度の帰神状態で、……イヤもう神人感合の妙境に達するのも、余り遠くはありますまい、……南無八十枉彦大明神、何卒々々この与太彦が肉体にどこどこまでもお見捨てなく、神懸り下さいませ、惟神霊幸倍坐世』 勝『また伝染しよつた、病毒の伝播と云ふものは、実に迅速なものだ、アヽ仕方がない、此奴等は皆奇蹟を好んで神を認めやうとする偽信者だから、谷底へ落ちて目を覚ますまで打遣つて置かうかなア。大火事の中へ、一本や二本のポンプを向けた所で仕方がないワ。エ、ままよ、これ丈熱くなつて燃え来つた火柱の様な、周章魂は、最早救ふの余地はない、……吁、国治立の大神様、木花姫の神様、日の出神様、モウ此上は貴神の御心の儘になさつて下さいませ、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』 勝彦の祈り終るや、六公は上下動を休止し、芝生の上にキチンと双手を組んだ儘端坐し、真赤な顔をし乍ら、汗をタラタラと垂らして居る。与太公は又もや唸り出した。法外れの大声で、 与太彦『ヤヤヤヤヤア、ヤソ、ヤソヤソヤソ、ママママ、ガヽヽヽ、マガマガマガ、ヒヒ、ココ、ヒコヒコ、八十枉彦だア……腐り切つたる魂で、三五教の宣伝使とは能くも言ふたり、勝彦の奴、……俺の審神が出来るなら、サア、サアサアサア、美事行つて見よ……』 勝『ナニツ、此世を乱す悪神、退却致せ』 と双手を組んで霊線を発射した。 八『アハヽヽヽヽ、ワツハヽヽヽヽ、可笑しいワイ、イヤ面白いワイ、小鹿峠の二十三坂の上に於て、審神者面を致した其酬い、数多の魔神を引きつれて、貴様の肉体を八裂に致してやらう、覚悟を致せ、……ヤツ…ヤツ…』 と矢声を出し乍ら、勝彦が端坐せる頭上を、前後左右に飛びまわり出した。勝彦は全身の力と霊を籠めて、右の食指より霊光を、八十枉彦の憑れる与太彦の前額部目掛けて発射した。 八『ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、猪口才な腰抜審神者、吾々を審判するとは片腹痛い。サアこれよりは其方の素つ首を引き抜いてやらう、覚悟を致せ』 と猿臂を延ばして掴みかかる。勝彦は『ウン』と一声言霊の発射に、与太彦の身体は翻筋斗うつてクルクルと七八廻転し乍ら、傍の木の茂みに転げ込んだ。又もや弥次彦は容色変じ、目を怒らせ、歯をキリキリと轢る音、……暫くあつて大口を開き、 弥次彦『コヽヽヽツヽヽヽネヽヽヽヒヽヽヽヒメ、コツコツコツ、ネヽヽヽヒヒヒ、メメメメ、コツコツ、コツネヒメのミコト、……其方は三五教の宣伝使と申し、変性男子埴安彦の神、変性女子埴安姫の神の神政を楯に取り、吾々の天下を騒がす腰抜野郎、この二十三峠は、吾々が屈強の関所だ。二十三坂、二十四坂の間は、ウラル彦の神に守護いたす、八岐の大蛇や、金狐、悪鬼の縄張地点、此処へ来たは汝が運の尽き、これから其方の霊肉共に木葉微塵にうち亡ぼし呉れむ、カカ覚悟をせよ』 と弥次彦の肉体は、拳骨を固めて、勝彦目がけて迫つて来る。勝彦は又もや『ウン』と一声言霊の水火を発射した。弥次彦の肉体は二三間後に飛び下がり、大口を開けて、 弥次彦『オホヽヽヽヽ、汝盲宣伝使の分際と致して、この木常姫を言向和さむとは片腹痛し、思ひ知れよ。汝が身魂の生命は、最早風前の灯火だ。この谷底に蹶り落し、絶命させてやらうか、ホヽヽホウ、愉快千万な事が出来たワイ。貴様を首途の血祭りに、祭りあげ、夫れよりは尚も進んでコーカス山を蹂躙し、ウラルの神に刄向ふ変性女子の身魂を片つ端から喰ひ殺し、平げ呉れむは瞬く間、オツホヽヽホウ、嬉し嬉し喜ばし、大願成就の時節到来だ、………ヤアヤア部下の者共、一時も早く勝彦が身辺に群がり来つて、息の根を止めよ、ホーイホーイホーイ』 と云ふかと見れば、ゾツと身に沁む怪しの風、縦横無尽に吹き来り、四辺陰鬱の気に閉され、数十万の厭らしき泣き声、笑ひ声、叫び声、得も言はれぬ惨澹たる光景となつて来た。勝彦は最早これ迄と、一生懸命、両眼を閉ぢ、天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ始めた。与太彦の身体は前後左右に脱兎の如く、駆け廻り始めた。続いて弥次彦の身体は四つ這となつて猛虎の荒れ狂ふが如く、口より猛火を吐きつつ、勝彦の居所を中心に猛り狂ひ飛廻る。六公は忽ち頭上の中空に跳上がり、勝彦が頭上を前後左右に駆けめぐり、何とも譬難き悪臭を放ち始めた。四辺は刻々に暗黒の度を増した。最早勝彦の身辺は烏羽玉の闇に包まれて了つた。 (弥次彦)『八十枉彦、木常姫、口子姫の神の神力には恐れ入つたか、イヤ恐れ入らずに居られうまい、ワツハヽヽヽ、オツホヽヽヽ、ホツホヽヽヽ』 と暗がりより、怪体な声切りに響き渡る。虎嘯くか、獅子吼ゆるか、竜吟ずるか、但しは暴風怒濤の声か、響か、四辺暗澹、荒涼、魔神の諸声は五月蝿の如く響き渡る。怪また怪に包まれたる勝彦は、一生懸命、滝の如き汗を絞り乍ら、神言を生命の綱に、声の続く限り奏上しかけた。この時闇を照して、中空より、馬に跨り下り来る四五の生神があつた。見る見る此場に現はれ、金幣を打振り打振り、前後左右に馬を躍らせ、駆け巡れば、流石の邪神も度を失ひ、先を争ふて二十四坂の方面指して、ドツと許り動揺めき渡り、怪しき声と共に煙の如く逃げ散つた。与太彦、弥次彦、六公は忽ち元の覚醒状態に復帰した。 勝『アヽ有難し有難し、悪魔の襲来を払ひ清め給ひし、大神の御神徳有難く感謝仕ります』 と大地に頭をすりつけて、嬉し涙に咽ぶ。弥次彦、与太彦、六公の三人も、同じく芝生に頭を着け、何となく驚異の念に駆られ、一生懸命に神言を奏上して居る。四人の身体は虹の如き鮮麗なる霊衣に包まれた。芳香馥郁として四辺に薫り、嚠喨たる音楽の響は、四人の身魂に沁み込むが如く聞ゆるのであつた。四人は漸く首を挙げて眺むれば、こはそも如何に、日の出別の宣伝使は、鷹彦、岩彦、梅彦、亀彦、駒彦、音彦と共に、馬上豊に此場に立つて居る。 勝『ヤア是れは是れは日の出別の神様、能くも御加勢下さいました。思はぬ不調法を致しまして、重々の罪御宥し下さいませ。此上は決して決して、斯かる不規律なる幽斎の修業は断じて行ひませぬ。何事も、我々が不覚無智の致す所、知らず識らずに慢心仕り、お詫の申様も御座いませぬ』 日の出別の神は一言も発せず、首を二三回肯かせ乍ら、一行の宣伝使を引連れ、再び天馬空を駆つて、雲上高く姿を隠した。無数の光輝に冴えたる霊線は、虹の如く彗星の如く、一行の後に稍暫く姿を存しける。 峰の尾の上を吹き亘る春風の声は、淑やかに聞えて来た。百鳥の春を唄ふ声は長閑に四人が耳に音楽の如く聞え始めた。 弥『モシ勝彦の宣伝使さま、大変な大騒動がおつぱじまつて、天の岩戸隠れの幕が下りましたな、あの時の私の苦しさと云つたら、沢山な青面、赤面、黒面の兎や、虎や、狼、大蛇が一時に遣つて来て、足にかぶり付く、髪の毛を引つぱる、耳を引く、腕をひく、擲る、それはそれは随分苦しい目に逢はされました。イヤもう神懸は懲り懲りでした。咫尺暗澹として昼夜を弁ぜず、苦しいと云つても譬様のない、えぐい、痛い、辛い、臭いイヤもう惨々なきつい目に会ひました。その時に…アヽ宣伝使様がウンと一つ行つて下さると好いのだけれど、あなたは霊眼が疎いと見えて、敵の居ない方ばつかり、一生懸命に鎮魂をやるものだから、鼻糞で的貼つた程も効能は無く、聾ほども言霊の神力は利かず、イヤモウ迷惑千万な事でしたよ』 勝『アヽさうだつたか、そらさうだらう、何分曇り切つた肉体で、俄審神者を強ひられて無理に行つたものだから、審神者の肉体に神様が完全に宿つて下さらぬものだから失敗をやつたのだ。然しチツトは鎮魂も効能が現はれただらう』 弥『千遍に一度位まぐれ当りに、私を責めて居る悪霊の方に霊光が発射したのは確かです。イヤモウ脱線だらけで、必要な所へはチツトも霊の光線が発射せないものだから、悪魔の奴益々付け込んで、武者振りつき、えらい苦みをしました。アーア斯うなると立派な大将が欲しくなつて来たワイ』 勝『惟神霊幸倍坐世』 与『私もえらい目に遭はされた、人の首を真黒けの縄で、悪魔の奴、幾筋ともなく縛りよつて、古池の水を両方から、釣瓶の綱をつけて替揚げる様に、空中を自由自在に振り廻しよつた時の苦さと言つたら、何遍息が絶えたと思つたか分りませぬ、アヽコンナ苦い責苦に会ふのなら、一層の事、一思ひに殺して欲しいと思ひましたよ。熱いと思へば又冷たい谷底へ体を吊り下ろされ、今度は又焦つく様な熱い所へ吊り上げられ、夏と冬とが瞬間に交代をするのだから、体の健康は台なしになるなり、手足は散り散りバラバラになつて了つた様な苦みを感じた。その時に審神者の勝彦サンは、どうして御座るか、ここらでこそ助けて呉れさうなものだと思つて、あなたの方を眺めて見れば、あなたの背後には、常世姫の悪霊が、貧乏団扇をふつて、悪霊の指揮命令をやつて居る、お前さまは、その常世姫の手の動く通りに、操り人形の様に活動し………否蠢動して居るものだから、却てそれが此方の助け所か、邪魔になつて、益々苦しさを加へ、イヤモウ言語に絶する煩悶苦悩、目の球が一丁ほど先へ飛出すやうな悲惨な目に遇はされました』 勝『それだから、コンナ所で幽斎の修業は廃せと言ふのに、貴様が勝手に悪魔の方へ行きよつたのだ。仮令邪神でも、あの弥次彦の様に、空中滑走がしたいの曲芸が演じたいのと、熱望的気焔を吐くものだから、魔神の奴得たり賢し、御註文通り何でも御用を承はります、私の好物、手具脛引いて待つて居ました、何のこれしきの芸当に手間もへツチヤクレも要るものか、遠慮会釈にや及ばぬ、悪神の容器には持つて来いして来いぢや、ヤツトコドツコイして来いナ、権兵衛も来れ、太郎兵衝も来れ、黒も来い、赤も来い、大蛇も来い、序に狐も、狸も、野天狗も、幽霊も、あらゆる四つ足霊もやつて来いと、八十枉彦の号令の下に集まり来つた数万の魔軍、千変万化の魔術を尽して攻め来る仰々しさ、目ざましかりける次第なりけりだ。アツハヽヽヽ』 与『モシモシ勝彦の宣伝使さま、あまり法螺を吹いて貰ひますまいか、………イヤ法螺ぢやない業託を並べて嘲弄して貰ひますまいかい。この天地は言霊の幸はふ国ぢやありませぬか、ソンナ事を言つて居ると、又もや私の様に、軽業の標本に、魔神の奴から使役されますぜ。労銀値上の八釜しい今の世の中に、破天荒の………否廻転動天の軽業を生命からがら、無報酬で強制され、汗や脂を搾られて、墓原の骨左衛門か骨皮の痩右衝門の様な、我利々々亡者の痩餓鬼にならねばなりますまい、チツト改心なされ』 勝『惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 六『コレコレ立派な審神者の勝彦さま、あなたの御神力には往生致しましたよ、イヒヽヽヽ』 勝『みなが寄つて、さう俺を包囲攻撃しても困るぢやないか。俺だつて誠心誠意、有らむ限りのベストを尽したのだ。これ以上吾々に望むのは、予算超過と云ふものだ。国庫支弁の方法に差支へて了ふ。又復増税なんて、人の嫌がる事を言はねばならぬ。お前等はさう言つて、吾々当局の審神者を攻撃するが、当局者の身にもチツトはなりて見るが宜い。国家多事多難のこの際ぢや、金の要るのは底知れず、増税、徴募あらゆる手段を尽して膏血を絞り、有らむ限りの智慧味噌の臨時支出までして、ヤツトこの場を切抜けたのだ。さう八釜しく責め立ると、勝彦内閣も瓦解の已むを得ざる悲運に立到らねばならなくなる。さうなれば、貴様等も一蓮托生、連袂辞職と出かけねばなるまい。今度の責任を俺一人に負担させやうと云ふのは、あまり虫が好過ぎるワイ。共通的の責任を持つのが、いはゆる一蓮托生主義だよ、アハヽヽヽ』 弥『イヤ仰る通りだ、御尤もだ、モチだ。スツテの事で勝彦内閣も崩解するとこだつた。併し乍ら、人間は老少不定、何時冥土の鬼に迎へられて、欠員が出来るか知れたものぢやない、その時には、弥次彦が後釜に坐つて、この弥次喜多内閣でも組織し、お前サンの政綱を維持して行く、つまり連鎖内閣でも成立させて、居すわる積りだから、後に心を残さず、白紙の三角帽を頭に戴いて、未練残さず旅立なされ。何れ新顔の一人や二人は入れても構はぬ、居坐り内閣をやつて居る方が、党勢維持上都合が好いから、アハヽヽヽ。併しコンナ所に長居は恐れだ、グズグズしとると、冥土から角の生えた鬼族院がやつて来られちや、一寸閉口だ。これや一つ、研究会でも開いて、熟議をこらすが道だけれど、余り同じ処にくつついて居るのも気が利かない。二十四番峠も踏破し、二十五番の峠の上で、善後策をゆつくり講究致しませうか、アハヽヽヽ』 一同『ワハヽヽヽ』 勝『まだ笑ふ所へは行かないぞ、何時瓦解の虞があるかも知れやしない。常世姫命が、遠く海の彼方に逃げ去つて、盛に空中無線電信で合図をして居るから、一寸の隙も有つたものぢやない、気を付けツ、進めツおいち二三四ツ』 と道なき路をアルコールに酔ふた猩々の如く、無闇矢鱈に二十五番峠の上まで、漸く辿り着いた。 勝『アーア、ヤレヤレ危ない事だつた、中空に高き一本の丸木橋を渡つて来るやうな心持だつた』 弥『地獄の釜の一足飛といふ曲芸も、首尾能く成功致しました。皆様、お気に入りましたら、一同揃ふて拍手喝采を希望いたします』 勝『ヤア賛成者は少いなア、……、ヤア一つも拍手する奴がない、全然反対だと見えるワイ』 与『それでも勝彦さま、あなたの身の内に簇生して居る寄生虫は、ソツと拍手して居ましたよ。その声が……ブン……と云つて、裏門から放出しました。イヤもう鼻持のならぬ臭い事だつた、ワハヽヽヽ』 この時忽然として、東北の天より黒雲起り、暴風忽ち吹き来つて、峠の上に立てる四人の体は中空に舞ひ上り、底ひも知れぬ谷間目がけて天上より、岩をぶつつけた如く、一瀉千里の勢を以て、青み立つたる淵に向つて、真逆様にザンブと落込んだ。 その途端に夢は破られ附近を見れば瑞月が近隣の三四人の男、藪医者を招いて脈を執らせて居る。 藪医者は、一寸首を捻つて、 医者『アー此奴ア、強度の催眠状態に陥つて居る、自然に覚醒状態になるまで、放任して置くより途はなからう……非常な麻痺だ、痙攣だ……』 と宣告を下し居たりける。 (大正一一・三・二五旧二・二七松村真澄録)
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霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 08 衣懸松 第八章衣懸松〔五九八〕 大江山の本城に間近くなつた童子ケ淵の傍に現はれ出でたる二人の男女、又もや地中より這ひ出でて、岩戸の入口を打眺め、 青彦『ヤア高姫さま、何時の間にか、吾等が入口を、斯くの如き千引の岩を以て塞ぎよつたと見えます。幸ひ脱け穴より斯うして出て来たものの、万一此穴がなかつたならば吾々は三五教に魂を抜かれた鬼彦一派の奴と共に、徳利詰に遭つて滅びねばならない所であつたのです。何とかして、此岩を取り除けたいものですな』 高姫『オホヽヽ、是れ全くウラナイ教の神様の御守護で御座いませう。何れ又時節到来せば、此岩は春の日に氷の解けるが如く消滅するであらう。瑞の御魂の変性女子が悪戯を致しよつたに相違なからふ。必ず心配に及びますまい』 青彦『さうだと言つて、此巨大なる岩石が、どうして解けませうか。押したつて、曳いたつて、百人や千人の力では、ビクとも致しますまい』 高姫『あのマア青彦さまの青ざめた顔ワイなあ、これ位な事に心配致す様では、神政成就は出来ますまい。あなたも聖地ヱルサレムに現はれた行成彦命と化けた以上は、モウ少し肝玉を大きうして下さいや』 青彦『ぢやと申して、此岩を取り除けなくては、再び吾等は地底の巌窟に出入する事は出来申さぬ。出る事はヤツトの事で、胸の薄皮を摺剥き乍ら出て来ましたが、這入るのは到底困難です。早速の間に合ぢやありませぬか。鬼雲彦の大勢力を以て、今にも此場に現はれ来るとあらば、吾々は如何致すで御座らう、吁、心許ない今の有様』 と悄気返る。高姫はカラカラと打笑ひ、 高姫『ホヽヽヽ、マア阿呆正直な青彦さま、顔から首まで真青にして、慄うて居るのか、夫れだから、世間からお前は青首だと言はれても仕方があるまい。チト確乎なさらぬか、鬼雲彦が何恐ろしい』 青彦『それでも鬼雲彦はバラモン教の大棟梁、彼奴が恐さに、万一の時の用意と、此処に巌窟を掘つておいたのではなかつたのですか』 高姫『一旦はさう考へたが、最早今日となつては、何事も此高姫が胸中の策略を以て、鬼雲彦も大半此方の者、あまり心配するものでない。お前もチツトは改心を致して、鬼心になつたが宜からう』 青彦『イヤ、其様な悪魔に与するならば、吾々は真つ平御免だ、今日限りお暇を頂きませう』 高姫『オホヽヽヽモウ斯うなつては、逃げようと云つたつて、金輪奈落、逃がすものか、チヤンと、湯巻の紐でお前の知らぬ間に、体も魂も縛つて置いた。逃げようと云つたつて、どうも出来まい、逃げるなら、勝手に逃げて御覧うじ、妾の掛けた細紐は、鉄の鎖よりもまだ強い、女の髪の毛一筋で大象でも繋ぐと云ふではないか。夫れさへあるに下紐を以て結び付けた以上は、ジタバタしてもあきませぬ。ホヽヽヽ』 青彦『わたしは今迄、あなたの教は、三五教以上だ、変性女子の御霊をトコトン懲しめ、部下の奴等を一人も残らず、ウラナイ教の擒に致し、善に導き助けてやらうと思つて居たのに、これや又大変な当違ひ、善か悪か、あなたの本心が聞きたい』 高姫『善に見せて悪を働く神もあれば、悪に見せて善を働く神もある。善悪邪正の分らぬ様な事で、能う今迄妾に随いて来た、………愛想が尽きた身魂ぢやなア、ホヽヽホーホ』 青彦『さうすると、ウラナイ教は、善に見せて悪を働くのか、悪に見せて善を働くのか、どちらが本当で御座る』 高姫『エー、悟りの悪い、悪と言へば何事に係はらずキチリキチリと埒の明く人間の事だ。善と云へば、他人の苦労で得を取る、畢竟御膳を据ゑさして、苦労なしに箸を取ることだ』 青彦『益々合点が往かぬ、あなたの仰せ……』 高姫『善に強ければ悪にも強い、此方は仮令善であらうと、ソンナ事に頓着はない、盗人の群に捕手が来たら、其捕手は盗人からは大悪人ぢや、コツソリと博奕を打つて居る其場へポリスが踏み込んで来た時は、博奕打から見たら、其ポリスは大悪人だ。お前と妾と暗の夜に橋の袂でヒソヒソ話をして居る所へ、三五の月が雲の戸開けて覗いた時は、其月こそ吾等の為には大の悪魔だ。これ位の事が分らいで、ウラナイ教がどうして開けるか。全然是れから数十万年未来の十七八世紀の人間の様な事を思つて居らつしやる。せめて十九世紀末か、二十世紀初頭の、善悪不可解の人間に改善しなさい。エーエー悟りの悪い。……一人の神柱を拵へるのにも骨のをれた事だ。若い時から男性女と云はれたる此高姫が、心に潜む一厘の仕組、言うてやりたいは山々なれど、まだまだお前にや明かされぬ、エーエー困つた事になつたワイ』 青彦双手を組み、暫し思案にくれて居る。 高姫『アヽ仕方がない、コンナ分らぬ神柱を相手にして居ると、肩が凝る。エー仕方がない。サアサア衣懸松の麓の妾が隠れ家に引返して、酒でも飲みて機嫌を直し、ヒソヒソ話の序に、誠の事を知らして遣らう。さうしたら、チツとはお前も改悪して胸が落着くであらう。改心と云ふ事は、神素盞嗚尊の誠の教を、嘘だ嘘だと言つて、其教子を虱殺しに喰ひ殺し、そつと舌を出して、会心の笑を漏らすと云ふ謎だよ。お前もまだ悪が足らぬ、飽くまで改心……ドツコイ……慢心するが宜い。慢心の裏は改心だ、改心の裏は慢心だ、表教の裏はウラル教、表と裏と一つになつて、天地の経綸が行はれるのだよ』 青彦『エー益々訳が分らなくなつた。さうすると貴女は迷信教を開くのだな』 高姫『さうだ、迷信とは米の字に、辵をかけたのだ。米の字は大八洲の形だよ、大八洲彦の命の砦に侵入して、信者をボツタクるから、所謂迷信教だ。オホヽヽヽ、迷うたと云ふ言葉は、悪魔の魔を呼ぶと云ふ事だ。それに三五教の奴は馬鹿だから、迷うたと云ふのは、誠のマに酔ふのだなどと、訳の分らぬ事を言つてゐよる、嗚呼迷信なる哉、迷信なるかなだ』 青彦『ますます迷宮に入つて来た』 高姫『定まつた事だ。米の字に因縁のある所に建てたお宮に立てこもつた吾々は、迷宮に居るのは当然だ。三五教の素盞嗚尊は、よつぽど、馬鹿正直な奴だ、世界の為に千座の置戸を負ひよつて、善を尽し、美を尽し、世界から悪魔だ、外道だと言はれて、十字架を負ふのは自分の天職だと甘ンじて居る、コンナ馬鹿が世界に又と一人あるものか、世界の中で馬鹿の鑑と云へば、調子に乗つて木登りする奴と、自ら千座の置戸を負ふ奴と、広い街道を人の軒下を歩いて、看板で頭を打つて瘤を拵へて吠える奴位が大関だ。……鬼雲彦も余つ程馬鹿だ。初から悪を標榜して悪を働かうと思つたつて、ナニそれが成功するものか、智慧の無い奴のする事は、大抵皆頓珍漢ばつかりだよ。善悪不二、正邪同根と云ふ真理を知らぬ馬鹿者の世の中だ。青彦、お前も大分素盞嗚尊に被れたな、世の中は何事も裏表のあるものだよ、ゴンベレル丈権兵衛り、ボロレル丈ボロつて、其後は、白蓮るのが賢い行方だ。お前も余つ程能い青瓢箪だなア』 と、ビシヤリと額を叩く。 青彦『ヤアどうも意味深長なる御説明恐れ入つて御座います。モウ斯うなる上は、どうならうとも、あなたにお任せ致しますワ』 高姫『アヽさうぢやさうぢや、さうなくては信仰は出来ない。信仰は恋慕の心と同じ事だ、男女間の恋愛を極度に拡大し、宇宙大に拡めたのが信仰だ。恋に上下美醜善悪の隔ては無い、宜いか、分かりましたか』 青彦『ハイ、根つから……能く分りました』 高姫『エー怪体な、歯切れのせぬ、古綿を噛む様な、歯脱けが蛸でもシヤブル様な返辞だなア、オホヽヽヽ、何は兎もあれ、衣懸松の隠れ家へ行きませう』 と先に立つてスタスタとコンパスの廻転を初める。青彦は不性不性に随いて行く。 最前現はれた鬼雲彦の使の魔神、五人の男は先に立ち、数多の魔軍を引連れて、此方を指して進み来る。忽ち聞ゆる叫び声、右か左か後か前か、何方ならむと窺へど、姿は見えず声ばかり、足の下より響き来る。鬼雲彦は栗毛の馬にチリンチリンのチヨコチヨコ走り、馬を止めて大音声、 鬼雲彦『ヤアヤア者共、此岩石を取除け。…此地底には宏大なる岩窟がある、ウラナイ教の宣伝使高姫、青彦の二人、数多の人々と共に隠れ忍ぶと見えたり。早く此岩石を取除けよ』 と呶鳴り立つれば、数多の魔神は此巨岩に向つて、牡丹餅に蟻が集つた様に、四方八方より武者振り付く。然れども幾千万貫とも知れぬ、小山の如き岩石に対して、如何ともする事が出来ざりけり。鬼雲彦は気を焦ち、自ら駒を飛び下りて、人の頭髪を以て綯へる太き毛綱を持出し来り、巌に引つかけ、一度に声を揃へて、エーヤエーヤと曳きつける。曳けども、引けども、動かばこそ、蟻の飛脚が通る程も、岩は腰を上げぬ。中より聞ゆる数多の人声刻々に迫り来る。斯かる所へ天地も揺るぐ許りの大声を張上げ乍ら、宣伝歌を歌ひ、十曜の手旗を打振り打振り進み来る一男二女の宣伝使ありき。 亀彦『ヤアヤア鬼雲彦の一派の奴輩、最早汝が運の尽き、吾れこそは三五教の宣伝使、万代祝ふ亀彦、暗夜を照らす英子姫、悦子姫の三人なるぞ。一言天地を震動し、一声風雨雷霆を叱咤するてふ三五教独特の清き言霊を食つて見よ』 と云ふより早く、天の数歌を謡ひ上げつつ、三人一度に右手を差出し食指の先より五色の霊光を発射して、一同にサーチライトの如く射照せば、流石の鬼雲彦も馬を乗り棄て、転けつ、輾びつ一生懸命、大江山の本城指して雲を霞と逃げて行く。 亀彦『アハヽヽヽ』 二女『ホヽヽヽヽ』 亀彦『ヤア面白い面白い、彼れが鬼雲彦の大将、我言霊に畏縮して逃散つたる時の可笑しさ、イヤもう話にも杭にも掛つたもので御座らぬ。是れと申すも全く、神素盞嗚大神の尊き御守り、国武彦の御守護の力の致す所、先づ先づ此処で一服仕り、天津祝詞を奏上し、神界に対し御礼を奏上し、ボツボツと参りませう。今日は九月九日菊の紋日、是が非でも、今日の内に悪神を言向け和さねばなりますまい。六日の菖蒲十日の菊となつては、最早手遅れ、後の祭り、ゆるゆると急ぎませう』 茲に三人は巨岩の傍に端坐し、天津祝詞を奏上したりしが、祝詞の声は九天に響き、百千の天人天女下り来つて、音楽を奏づるかと疑はるる許りなり。祝詞の声は山又山、谷と谷との木霊に響き、悪魔の影は刻々と煙となつて消ゆるが如き思に充たされける。 亀彦『サアサア御二方、ゆつくりと休息を致しませう』 英子姫『大変に足も疲労を感じました。休息も宜しからう』 悦子姫『ゆつくり英気を養つて、又もや華々しく言霊戦を開始しませう』 茲に三人は手足を延ばし、芝生の上に遠慮会釈もなく、ゴロリと横たはりぬ。後の方より震ひを帯びた疳声を張上げ乍ら、 男女二人(高姫、青彦)『オーイオーイ』 と呼ばはりつつ、此方を指してスタスタと息をはづませ遣つて来るのは男女の二人、 亀彦『ヤア何だか気分の悪い、亡国的悲調を帯びた声がする。あの言霊より観察すれば、どうで碌な神ではあるまい。ウラル教的声調を帯びて居る。……モシ英子姫様、一寸起きて御覧なさいませ』 英子姫はムツクと立上がり、後を振返り眺むれば、顔を真白に塗り立て、天上眉毛の角隠し、焦茶色の着物を着流した男女の二人、忽ち此場に現はれて、 女『これはこれは旅の御方様、斯様な所で御休息なされては、嘸やお背が痛う御座いませう、少し道寄りになりますが、妾の宅へお越し下さいますれば、渋茶なりと差上げませう。あの衣懸松の麓に出張致す者、どうぞ御遠慮なくお出で下さいませ。あなたのお姿を眺むれば、どうやら三五教の宣伝使とお見受け申す。妾等も三五教には切つても切れぬ、浅からぬ因縁を持つて居る、実地誠の事は、常世姫の霊の憑つた此肉体、日の出神の生宮にお聞きなさらねば、後で後悔して、地団駄踏みても戻らぬ事が出来まする。あなたは三五教の教をお開きなさるのは、天下国家の為、誠に結構で御座いまするが、併し乍ら三五教の教は国武彦命が表であつて、素盞嗚尊は緯役、邪さの道ばつかり教へる。天の岩戸を閉める、悪の鑑で御座いまする。根本のトコトンの一厘の仕組は、此高姫が扇の要を握つて居りますれば、マアマア一寸立寄つて下さい。本当の因縁聞かして上げませう。他人の苦労で徳を取らうと致す素盞嗚尊の教は駄目ですよ。三五教の教は国武彦の神がお開き遊ばしたのだ。本当の事は系統に聞かねば分りませぬ。サアサア永い暇は取りませぬ。どうぞお出で下さりませ』 亀彦『私はお察しの通り三五教の宣伝使、併し乍ら、あなたとは反対で、国武彦の教は嫌です、緯役の素盞嗚尊の教が飯より好、お生憎様乍ら、どうしても、あなたと私は意向が合はぬ。真つ平御免蒙りませう、ナア英子姫さま、悦子姫さま』 英子姫『ホヽヽヽ、亀彦さま、物は試しだ、一服がてらに聞いてやつたらどうでせう』 高姫眉を逆立て、口をへの字に結び、グツと睨み、暫くあつて歯の脱けた大口を開き、 高姫『サア夫れだから、瑞の御霊の教は不可ぬと云ふのだよ。女の分際として、今の言葉遣ひは何の態、……ホンニホンニ立派な三五教ぢや、ホヽヽヽ。コレコレ青彦さま、お前もチツト言はぬかいな、唖か人形の様に、知らぬ顔の半兵衛では、三五教崩壊の大望は…………ドツコイ………三五教改良の大望は成就致しませぬぞや』 青彦『何れの方かは存じませぬが、吾々も元は素盞嗚尊の教を信じ、三五教に迷うて居ました。併し乍らどうしても変性女子の言行が腑に落ちぬので、五里霧中に彷徨ふ折から、変性男子のお肉体より現はれ給うた日の出神の生宮、誠生粋の日本魂の高姫さまのお話を聞いて、スツクリと改心致しました。あなたも今は変性女子に一生懸命と見えますが、マア一寸聞いて見なさい、如何な金太郎のあなたでも、訳を聞いたら変性女子に愛想が尽きて、嘔吐でも吐き掛けたい様になりますぜ。物は試しだ、一つ行きなさつたら如何ですか』 亀彦『ソンナラ一つ聴いてやらうか』 高姫『聴いて要りませぬ、誠の道を教へて、助けて上げようと、親切に言つて居るのに、聴いてやらうとは、何たる暴言ぞや。どうぞお聴かせ下され………と何故手を合はしてお頼みなさらぬか』 亀彦『アハヽヽヽ、お前の方から聴いて呉れいと頼みたぢやないか、夫れだから、研究の為に聴いてやらうと言つたのが、何が誤りだ。エーもう煩雑くなつた。ご免蒙らうかい』 高姫『妾が是れと見込みた以上は、どうしても、斯うしても、ウラナイ教を、腹を破つてでも、叩き込まねば承知がならぬ、厭でも、応でも、改心させる。早く我を折りなされ、素直にするのが、各自のお得だ。あいた口が塞まらぬ、キリキリ舞を致さなならぬ様な事が出て来ては可哀相だから、……サアサア早う、日の出神の生宮の申す事を、耳を浚へて聴いたが能からう』 亀彦『アハヽヽヽ』 英子姫『オホヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 高姫『何ぢや、お前さま等は、此日の出神の生宮を馬鹿にするのかい』 亀彦『イエイエ、どうしてどうして、あまり勿体なくて、見当が取れなくなつて、面白笑ひに笑ひました。笑ふ門には福来る。副守護神か、伏魔か知らぬが、米々と能く囀つて人の虚に侵入せむとする、天晴の手腕、天の星をガラツ様な御説教、旅の憂さを散ずる為聴かして貰ひませう』 高姫『サアサア神政成就、日本魂の根本の一厘の仕組を聴かして上げよう………エヘン……オホン……』 と女に似合はぬ、肩を怒らし、拳を握り、大手を振り、外輪に歩いて、ヅシンヅシンと、衣懸松の麓を指して跨げて行く。三人は微笑を泛べ乍ら、青彦を後に従へ伴いて行く。 衣懸松の麓に近寄見れば、些やかなる草屋根の破風口より黒烟、猛炎々々と立ち昇る。高姫は此態を見てビツクリ仰天、 高姫『ヤア火事だ火事だ、サアサア皆さま、火を消して下さい』 亀彦『煙は猛炎々々と立上れ共、家はヤツパリ燃えると見える。お前さまの腹の中も此通り紅蓮の舌を吐いて燃えて居るであらう、霊肉一致、本当に眼から火の出神の生宮だ、アハヽヽヽ』 高姫『ソンナ事は後で聞いたら宜しい。危急存亡の場合、早く助けて下さい、水を掛けなされ』 亀彦『ヤア大分最前から問答もして来た。水掛論は良い加減に止めて貰はうかい、舌端火を吐いた報いに、家まで火を吐いた。人を烟に巻いた天罰で、家まで烟に巻かれよつた。天罰と云ふものは恐ろしいものだ。マアゆつくり高姫さまの活動振を見せて貰ひませう。雪隠小屋の様な家が焼けた所で、別に騒ぐ必要もなからう。人の飛出した空の家が焼けるのだ。高姫さまは雪隠の火事で糞やけになつて居らうが、此方は高見の見物で、対岸の火災視するとは此事だ。一切の執着心を取る為には、火の洗礼が一番だ、是れで火の出神の神徳が完全に発揮されたのだ。ナア高姫さま、あなたの……此れで御守護神が証明されると云ふものだ。お喜びなさい』 高姫『エー喧しいワイ、何どこの騒ぎぢやない、グヅグヅして居ると、皆焼けて仕舞わア、中へ這入つて、燗徳利なと引つ張り出して呉れい。コレコレ青彦、何して居る、火事と云ふのは家が焼けるのだ、水が流れるのは川だ、目は鼻の上に在る』 と狼狽へ騒いで半気違になり、摺鉢抱へて右往左往に狂ひ廻る可笑しさ。瞬く間に火は棟を貫き、バサリと焼け落ちた。高姫、青彦は着衣の袖を猛火に嘗められ、頭髪をチリチリと燻べ乍ら、一生懸命に走りゆく。火は風に煽られて益々燃え拡がる。警鐘乱打の声、速大鼓の音頻りに聞え来る、二人は進退谷まり、丸木橋の上より青淵目蒐けて、井戸に西瓜を投げた様に、ドブンと落込みしが、此音に驚いて目を覚せば、宮垣内の賤の伏屋に、王仁の身は横たはり居たり。堅法華のお睦婆アが、豆太鼓を叩き鐘を鳴らして、法華経のお題目を唱へる音かしまし。 (大正一一・四・一四旧三・一八松村真澄録)
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(1679)
霊界物語 16_卯_丹波物語1 大江山/冠島沓島/丹波村 19 文珠如来 第一九章文珠如来〔六〇九〕 ヤンチヤ婆アの黒姫は、性来の聞かぬ気を極度に発揮し、青彦、音彦其他に向つて舌端黒煙を吐き、一人も残さず紅蓮の焔に焼き尽さむと凄じき勢なり。 黒姫『コレコレ、最前から其処に、男とも、女とも、訳の分らぬ風をして居る三五教の宣伝使、良い加減に此世に暇乞ひをしても悦子姫の阿婆擦れ女、沢山の荒男を引きつれて、女王気取りで、傲然と構へて御座るが、チト此婆アが天地の根本の道理を噛みて啣める様に言ひ聞かしてやるから、ソンナ蓑笠をスツパリと脱いで、此処へ御座れ、滅多にウラナイ教の為に悪い様な事は申さぬ。問ふは当座の恥、知らぬは末代の恥だ、此山の中で結構な神徳を戴いて、又都会へ出たら、自分が発明した様に、宣伝使面を提げて歩かうと儘ぢや。何でも聴いて置けば損は往かぬ。サアサア婆アの渋茶でも呑みて、トツクリと身魂の洗濯をしなされ。チツト此頃はお前も顔色が悪い。此黒姫が脈を執つて上げよう。……どうやら浮中沈、七五三の脈膊が混乱して居る様ぢや、今の間に療養せぬと、丸気違になつて了ふぜ。今でさへも半気違ぢや。神霊注射を行つてあげようか。それが利かなくば、モルヒネ注射でもしてやらうかい。サアサアトツトと前へ来なさい』 悦子姫『それはそれは、何から何まで御心を附けられまして、御親切有難う御座います』 黒姫『有難いか、ウラナイ教は親切なものだらう。頭の先から足の爪先、神経系統から運動機関は申すに及ばず、食道、消化機関から生殖器、何から何迄、チヤンと気をつけて、根本から説き明かし、病の根を断る重宝な教ぢや。お前も神経中枢に多少異状があると見えて、三五教の木花姫の生宮の様に、女だてら、男の風采をして、男を同伴つて、そこら中を歩きまはすのは、普通ではない。此儘放つとくと、巣鴨行をせなければならぬかも知れやしない。………サアサア此黒姫は耆婆扁鵲も跣足で逃げると云ふ義理堅い義婆ぢや。世間の奴は訳も知らずに、黒姫を何の彼のと申すけれども、燕雀何ンぞ大鵬の志を知らむやだ。三千世界の立替立直しの根本を探ると云ふ、大望なウラナイ教を、三五教の宣伝使位に分つて堪るものか。お前が此処へ来たのも、みなウラナイ教を守護し給ふ、尊き大神様の御引合せぢや。躓く石も縁の端と言つて、世界には道を歩いて居ると、沢山な石が転がつて居る。其幾十万とも知れぬ石の中に、躓く石と云つたら、僅に一つか二つ位なものだよ。これも因縁が無ければ蹴躓く事も出来なければ、蹴躓かれる事も出来やしない。同じ時代に生れ、同じお土の上に居つても、コンナ結構なウラナイ教を知らずに、三五教にとぼけて一生を送る様な事は本当に詰らぬぢやないか。何事も神様のお引合せ、惟神の御摂理、縁あればこそ、斯うしてお前は此山の奥に踏み迷ひ……イヤイヤ神様に引つ張られて来たのだ。決して決して黒姫の我で云うと思つたら量見が違ひますデ、竜宮の乙姫さまが仰有るのだ。今迄永らく海の底のお住居で、沢山の宝を海の底に蓄へて居られたのぢやが、今度艮の金神様が世にお上りなさるに就て、物質的の宝よりも、誠の宝が良いと云つて、五六七神政成就の為に、惜しげも無く綺麗サツパリと、艮の金神さまに御渡しなされると云ふ段取りぢや。併し人間は誠の宝も結構ぢやが、肉体の有る限り、家も建てねばならず、着物も着ねばならず、美味いものも食はねばならず、あいさには酒もチヨツピリ飲みたいと云ふ代物だから、形のある宝も必要ぢや。三五教の奴は「この世の宝は、錆、腐り、焼け、溺れ、朽果つる宝だ、無形の宝を神の国に積め」なぞと、水の中で屁を放いた様な屁理屈を言つて、世界の奴を誤魔化して居るが、お前等も大方其部類だらう……イヤ其通り宣伝して歩くのだらう。……能う考へて見なされ。お前だつて食はず飲まずに、内的生活ばかり主張して居つて、堂して神の道の宣伝に歩行けるか。これ程分り切つた現実の道理を無視すると云ふ教はヤツパリ邪教ぢや。瑞霊の吐す事は、概して皆コンナものだ。言ふ可くして行ふ可らざる教が何になるものか。体主霊従と霊主体従の正中を言ふのが当世ぢや。当世に合ぬ様な教をしたつて誰が聴くものか。神の清き御心に合むとすれば、暗黒なる世の人の心に合ず、俗悪世界の人の心に合むとすれば、神の心に叶はず……なぞと訳の分り切つた小理屈を、素盞嗚尊の馬鹿神が囀りよつて、易きを棄て難きに就かむとする、迂遠極まる盲信教だから、根つから、葉つから、羽が生えぬのぢや。ウラナイ教は斯う見えても、今は雌伏時代ぢや。軍備を充実した上で、捲土重来、回天動地の大活動を演じ、それこそ開いた口が塞がらぬ、牛の糞が天下を取る、アンナ者がコンナ者になると云ふ仕組の奥の手を現はして、天の御三体の大神様にお目にかける、艮の金神の仕組ぢや。三五教は艮の金神の教を樹てとる様な顔して居るが、本当は素盞嗚尊の教が九分九厘ぢや。黒姫はそれがズンとモウ気に喰はぬので、変性男子の系統の肉体の、日の出神の生宮を力と頼み、竜宮の乙姫さまの生宮となつて、外国の行方を、隅から隅迄調べあげて、今度の天の岩戸開に、千騎一騎の大活動をするのぢや。お前も、三五教の宣伝使と云ふ事ぢやが、名はどうでもよい、お三体の大神様と艮の金神様の御用を聴きさへすれば宜いのだらう。サアサア今日限り化物の様な奴の吐す事を、弊履の如く打棄てて、最勝最妙、至貴至尊、無限絶対、無始無終の神徳輝く、ウラナイ教に兜を脱いで、迷夢を醒まし、綺麗サツパリと改心して、ウラナイ教を迷信なされ、悪い事は申しませぬ、ギヤツハヽヽヽ』 悦子姫『ホヽヽヽ、アハヽヽヽ、あのマア黒姫さまの黒い口、……妾の様な口の端に乳の附いてる様な者では、到底あなたの舌鋒に向つて太刀打は出来ませぬ。あなたは何時宣伝使にお成りになりましたか、随分円転滑脱、自由自在に布留那の弁、懸河の論説滔々として瀑布の落ちるが如くですナ』 黒姫『定つた事だよ。入信してからまだ十年にはならぬ。夫れでも此通りの雄弁家だ、是れには素養がある。若い時から諸国を遍歴して、言霊を練習し、唄であらうが、浄瑠璃であらうが、浪花節であらうが、音曲と云ふ音曲は残らず上達して鍛へたのぢや。千変万化、自由自在の口車、十万馬力を掛けた輪転機の様に、廻転自由自在ぢや、オホヽヽヽ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、コンナ婆アに、何時までも相手になつとると、日が暮れますで、一時も早く真名井ケ原に向ひませうか』 悦子姫『アヽさうだ、折角の尊いお説教を聞かして貰うて、お名残惜しいが、先が急きますから此処らで御免蒙りませうか』 鬼虎『アーア、最前から黙つて聴いて居れば、随分能く囀つたものだ。一寸謂はれを聞けば、根つから葉つから有難い様だが、執拗う聞けば、向つ腹が立つ……お婆アさま、ゆつくり、膝とも談合、膝坊主でも抱へて、自然に言霊の停電するまで、馬力をかけ、メートルを上げなさい。アリヨース』 黒姫『待つた待つた、大いにアリヨースだ、様子あつて此婆アは、此魔窟ケ原に仮小屋を拵へ、お前達の来るのを待つて居たのだ。往くと云つたつて、一寸だつて、此婆が、是れと睨みたら動かすものか』 鬼虎『まるで蛇の様な奴ぢやナア。執念深い……何時の間にか、俺達に魅入れよつたのぢやナ』 黒姫『さうぢや、魅を入れたのぢや、お前もチツト身入れて聞いたが宜からう、蛇に狙はれた蛙の様なものぢや、此処をかへると云つたつて、帰る事の出来ぬ様に、チヤーンと霊縛が加へてある。悪霊注射も知らず識らずの間に、チヤアンと行つて了うた。サア動くなら動いて見よれ』 鬼虎『アハヽヽ、何を吐すのだ。動けぬと云つたつて、俺の体を動かすのは、俺の自由権利だ。……ソレ……どうだ。これでも動かぬのか』 黒姫『それでも動かぬぞ。お前が今晩真名井ケ原に着いて、草臥れて、前後も知らず、寝ンだ時は、ビクとも体を動かぬ様にしてやるワイ』 鬼虎『アハヽヽヽ、大方ソンナ事ぢやろと思うた。……ヤイヤイ黒姫、三五教は起きとる人間を、目の前で霊縛して動けぬ様にするのぢやぞ。一つやつてやらうか、……一二三四五六七八九十百千万……』 黒姫『一二三四五六七八心地よろづウ……ソラ何を言ふのぢや、それぢやから三五教は体主霊従と云ふのぢや。朝から晩まで、算盤はぢく様に数を数へて、一から十まで千から万まで……取り込む事につけては抜目のない教ぢや。神の道は無形に視、無算に数へ、無声に聞くと云ふのぢやないか、…何ンぢや、小学校の生徒の様に、一つ二つ三つと勿体らしさうに、……ソンナことは、三つ児でも知つてるワイ。……大きな声を出しよつて、アオウエイぢやの、カコクケキぢやのアタ阿呆らしい、何を吐すのぢやい……白髪を蓬々と生やしよつた大の男が見つともない、桶伏山の上へあがつて、イロハからの勉強ぢやと云ひよつてな、……小学校の生徒が笑うて居るのも知らぬのか、…良い腰抜だなア、それよりも天地根本の大先祖の因縁を知らずに神の教が樹つものか、三五教の様な阿呆ばつかりなら宜いが、世の中には三人や五人、目の開いた人間も無いとは謂はれぬ。其時に、昔の昔のサル昔からの因縁を知らずに、どうして教が出来るか、馬鹿も良い加減にしといたが宜からう。鎮魂ぢや、暗魂ぢやとか云ひよつて、糞詰りが雪隠へでも行つた様に、ウンウンと汗をかきよつて、何のザマぢやい、尻の穴が詰つて穴無い教と云ふのか、阿呆らしい、進むばつかりの行方で、尻の締りの出来ぬ素盞嗚尊の紊れた教、何が夫程有難いのぢや、勿体ないのぢや、サア鎮魂とやらをかけるのなら、懸けて見い、……ソンナ糞垂腰で鎮魂が掛つてたまるかイ。グヅグヅすると、妾の方から、暗魂をかけてやらうか』 加米彦『ヤア時刻が移る、婆アさま、又ゆつくりと、後日お目にかかりませう』 黒姫『後日お目にかからうと云つたつて、一寸先は闇の夜ぢや。逢うた時に笠脱げと云ふぢやないか、此笠松の下でスツクリと改心して、宣伝使の笠を脱ぎ、蓑を除り、ウラナイ教に改悪しなさい。一時も早う慢心をせぬと、大峠が出て来た時に助けて貰へぬぞや』 加米彦『アハヽヽヽ、オイ婆アさま、お前さま本気で言つてるのかい、お前の言ふ事は支離滅裂、雲煙模糊、捕捉す可らずだがナア』 黒姫『定つた事だイ、広大無辺の大神の生宮、竜宮の乙姫さまのお宿ぢや、捕捉す可らざるは竜神の本体ぢや、お前達の様な凡夫が、竜宮の乙姫の尻尾でも捉へようと思ふのが誤りぢや、ギヤツハヽヽヽ』 音彦『アヽ是れは是れは、加米彦さま、久し振ぢやつたナア』 加米彦『ヤア聞覚えのある声だが、……その顔はナンダ、真黒けぢやないか、炭焼の爺かと思つて居た、……一体お前は誰だ』 音彦『音彦だよ、北山村より此婆アの後に従いて、ドンナ事をしよるかと思つて、ウラナイ教に化け込み伴いて来たのだ。イヤモウ言語道断、表は立派で、中へ這入ると、シヤツチもないものだ、伏見人形の様に、表ばつかり飾り立てよつて、裏へ這入ればサツパリぢや。腹の中はガラガラぢや。ウラナイ教は侮る可らざる強敵と思つて今日迄細心の注意を怠らなかつたが、噂の様にない微弱なものぢや、何程高姫や、黒姫が車輪になつても、最早前途は見えて居る。吾々もモウ安心だ。到底歯牙に掛くるに足らない教理だから、わしもお前の後に伴いて、今より三五教の宣伝使と公然名乗つて行く事にしよう。此婆アさまは、如何しても駄目だ。改心の望みが付かぬ、縁なき衆生は済度し難し、……エー可憐相乍ら、見殺しかいなア』 黒姫『アーア音彦も可憐相なものだナア。如何ぞして誠の事を聞かしてやらうと思ふのに、魂が痺れ切つて居るから、食塩注射位では効験がない哩、アーア気の毒ぢや、いぢらしい者ぢや……それに付けても青彦の奴、可憐相で堪らぬ。……コラコラ青彦モ一遍、直日に見直し聞直し、胸に手を当てて能う省みて、ウラナイ教に救はれると云ふ気はないか。此婆はお前の行先が案じられてならぬワイ』 青彦『アーア、黒姫婆アさま、お前の御親切は有難い、併し乍ら、個人としては其親切を力一杯感謝する、が、主義主張に於ては、全然反対ぢや、人情を以て真理を曲げる事は出来ぬ、真理は鉄の棒の如きもの、曲げたり、ゆがめたり、折つたりは出来ない、公私の区別は明かにせなくては、信仰の真諦を誤るからナア、……左様なら…御ゆるりと御休みなされませ、私は是れから、悦子姫様のお後を慕ひ、一行花々しく、悪魔の征討に向ひます。ウラナイ教が何程、シヤチになつても、釣鐘に蚊が襲撃する様なものだ。三五教は穴が無いから大丈夫だ。水も洩らさぬ神の教、御縁が有つたら又お目に掛りませう』 黒姫『アーア、縁なき衆生は度し難しか、……エー仕方がないワイ………ウラナイ教大明神、叶はぬから霊幸倍坐世、叶はぬから霊幸倍坐世、……ポンポン』 魔窟ケ原の黒姫が伏屋の軒に暇乞ひ 日は西山に傾いて附近を陰に包めども 四方の景色は悦子姫松吹く風の音彦や 秋山彦の門番と身をやつしたる加米彦が 顔の色さへ青彦を伴なひ進む九十九折 鬼の棲処と聞えたる大江の本城左手に眺め 鬼彦、鬼虎、岩、市、勘公引連れてさしも嶮しき坂路を 喘ぎ喘ぎて登り行く地は一面の銀世界 脛を没する雪路を転けつ転びつ汗水を 垂らして進む岩戸口折柄吹き来る雪しばき 面を向くべき由もなく笠を翳して下り行く 夜の帳はおろされて遠音に響く波の音 松の響も成相の空吹き渡る天の原 天の橋立下に見て雪路渉る一行は 勇気日頃に百倍し気焔万丈止め度なく 文珠の切戸に着きにけり。 青彦『アーア、日も暮れたし、前途遼遠、足も良い程疲労れました。アヽ文珠堂の中へ這入つて一夜を凌ぎ、団子でも噛つて休息致しませうか』 悦子姫『何れもさま方、随分御疲労でせう。青彦さまの仰有る通り、あのお堂の中で、兎も角休息致しませうか』 一同此言葉に『オウ』と答へて、急ぎ文珠堂に向つて駆けり行く。 鬼虎『ヤア此処へ来ると、何時やらの事を連想するワイ、恰度今夜の様な晩ぢやつた。此様に雪は積つて居らぬので、あたりは真暗がり、鬼雲彦の大将の命令に依つて、あの竜灯松の麓へ、悦子姫さま達を召捕に行つた時の事を思へば、全然夢のやうだ。昨日の敵は今日の味方、天が下に敵と云ふ者は無きものぞと、三五教の御教、つくづくと偲ばれます。其時に悦子姫さまに霊縛をかけられた時は、どうせうかと思つた。本当に貴女も随分悪戯好の方でしたなア』 悦子姫『ホヽヽヽヽ』 鬼彦『オイオイ鬼虎、貴様はお二人の中央にドツカリ坐りよつて、良い気になつて居たのだらう』 鬼虎『馬鹿言へ、何が何だか、柔かいものの上に、ぶつ倒れて、気分が悪いの、悪くないのつて、何分正体が分らぬものだから、ホーズの化物が出たかと思つて気が気ぢやなかつたよ、それに就けても、生者必滅会者定離、栄枯盛衰、有為転変の世の中無常迅速の感愈深しだ。飛ぶ鳥も落す勢の鬼雲彦の御大将は、鬼武彦の為に伊吹山に遁走し、吾々は四天王と呼ばれ、随分羽振を利かした者だが、変れば替はる世の中だ。あの時の事を思へば、長者と乞食程の懸隔がある。三五教の宣伝使の卵になつて悦子姫さまのお供と迄、成り下つたのか、成上がつたのか知らぬが、モ一度、あの時の四天王振が発揮したい様な気もせぬ事はない。アーア誠の道は結構なものの、辛いものだ。 あひ見ての後の心に比ぶれば昔は物を思はざりけり だ。善悪正邪の区別も知らず、天下を吾物顔に、利己主義の自由行動を採つた時の方が、何程愉快だつたか知れやしない、吁、併し乍ら人間は天地の神を畏れねばならぬ、今の苦労は末の為だ。アーアコンナ世迷言はヨウマイヨウマイ。神直日大直日に……神様、見直し聞直して下さい。私は今日限り、今迄の繰言を宣り直します。アヽ、惟神霊幸倍坐世』 青彦『因縁と云ふものは妙なものですな、同じ此竜灯の松の下蔭に於て、捉へようとした宣伝使を師匠と仰いで、お伴をなさるのは、反対に悦子姫様の擒となつた様なものだ。アハヽヽヽ、吾々も全く三五教の捕虜になつて了つた。それに就けても、執拗なのは黒姫ぢや、何故あれ程頑固なか知らぬ、どうしても彼奴ア改心が出来ぬと見えますなア』 音彦『到底駄目でせう。私もフサの国の北山のウラナイ教の本山へ、信者となり化け込みて、内の様子を探つて見れば、何れも此れも盲と聾ばつかり、桶屋さまぢやないが、輪変吾善と思つてる奴ばつかり、中にも蠑螈別だの、魔我彦だのと云ふ奴は、素的に頑固な分らぬ屋だ。高姫黒姫と来たら、酢でも蒟蒻でもいく奴ぢやない。どうかして帰順さしたいと思ひ、千辛万苦の結果、黒姫の荷持役とまで漕ぎつけ、遥々と自転倒島まで従いて来て、折に触れ物に接し、チヨイチヨイと注意を与へたが、元来が精神上の盲聾だから、如何ともする事が出来ない。私も加米彦さまに会うたのを限として、此処迄来たのだが、随分ウラナイ教は頑固者の寄合ですよ』 加米彦『フサの国で、あなたが宣伝をして居られた時、酒を飲むな酒を飲むなと厳しい御説教、私はムカついて、お前サンの横面を、七つ八つ擲つた。其時にお前サンは、痛さを堪へて、ニコニコと笑ひ、禁酒の宣伝歌を謡うて御座つた、その熱心に感じ、三五教を信じて、村中に弘めて居つた処、バラモン教の捕手の奴等に嗅付けられ、可愛い妻子を捨てて、夜昼なしに、トントントンと東を指して駆出し、月の国まで来て見れば、此処にもバラモン教の勢力盛ンにして、居る事が出来ず、西蔵を越え、蒙古に渡り、天の真名井を横断つて暴風に遭ひ、船は沈み、底の藻屑となつたと思ひきや、気が附けば由良の湊に真裸の儘横たはり、火を焚いて焙られて居た。「アーア世界に鬼は無い、何処の何方か知りませぬが、生命を御助け下さいまして有難う」と御礼を申し見れば秋山彦の御大将、生命を拾つて貰うた恩返しに、門番となり、馬鹿に成りすまし勤めて来たが、人間の身は変れば替はるものぢや、世界は広い様なものの狭いものぢや。フサの国で、あなたを虐待した私が、又あの様な破れ小屋でお目にかからうとは神ならぬ身の計り知られぬ人の運命だ…………アヽ惟神霊幸倍坐世、三五教の大神様有難う御座います、川の流れと人の行末、何事も皆貴神の御自由で御座います。どうぞ前途幸福に、無事神業に参加出来まする様、特別の御恩寵を垂れさせ給はむ事を偏に希ひ上げ奉ります』 悦子姫『サアサア皆さま、天津祝詞を奏上致しませう』 一同は『オウ』と答へ、声も涼しく奏上し終る。 悦子姫『サア皆さま、坊主は経が大事、吾々は又明日が大切だ。ゆつくりとお休みなされませ。妾は皆さまの安眠を守る為、今晩は不寝番を勤めませう』 鬼虎『ヤア滅相な、あなたは吾々一同の為には御大将だ。不寝番は此鬼虎が仕りませう。どうぞお休み下さいませ』 悦子姫『さうかナ、鬼虎さまに今晩は御苦労にならうか』 と蓑を纒うた儘、静かに横たはる。一同は思ひ思ひに横になり、忽ち鼾声雷の如く四辺の空気を動揺させつつ、華胥の国に入る。鬼虎は不寝番の退屈紛れに雪路をノソノソと歩き出し、何時の間にやら、竜灯の松の根元に着き、ふつと気が付き、 鬼虎『あゝ此処だ此処だ、悦子姫に霊縛をかけられた古戦場だ。折から火光天を焦して竜灯の松を目蒐けて、ブーンブーンと唸りを立てて遣つて来た時の凄じさ、今思つても竦然とするワイ。あれは一体何の火だらう。人の能く言ふ鬼火では有るまいか。鬼虎が居ると思つて、鬼火の奴、握手でもせうと思ひよつたのかナア。霊魂もお肉体もあの時はビリビリのブルブルぢやつた。どうやら空の様子が可笑しいぞ、真黒けの鬼が東北の天に渦巻き始めた。今度こそ遣つて来よつた位なら、一つ奮戦激闘、正体を見届けてやらねばなるまい。是れが宣伝使の肝試しだ。オーイ、オイ、鬼火の奴、鬼虎さまの御出張だ、三五教の俄宣伝使鬼虎の命此処に在り、得体の知れぬ火玉となつて現はれ来る鬼火の命に対面せむ』 とお山の大将俺一人気取になつて、雪の中に呶鳴つて居る。忽ち一道の火光、天の一方に閃き始めた。 鬼虎『ヤア天晴々々、噂をすれば影とやら、呼ぶより譏れとは此事だ。鬼虎の言霊は、マアざつと斯くの通りぢや。一声風雲を捲き起し、一音天火を喚起す。斯うなつては天晴れ一人前のネツトプライス、チヤキチヤキの宣伝使ぢや、イザ来い来れ、天火命、此鬼虎が獅子奮迅の活動振り……イヤサ厳の雄猛び踏み健び御覧に入れむ』 言下に東北の天に現はれたる火光は、巨大なる火団となりて、中空を掠め、四辺を照し、竜灯の松目蒐けて下り来る。 鬼虎『ヨウ大分に張込みよつたな、此間の奴の事思へば、余程ネオ的だとみえる。容積に於て、光沢に於て天下一品だ……否天上一品だ。サア是れから腹帯でもシツカリ締て、捻鉢巻でも致さうかい、腹の帯が緩むとまさかの時に忍耐れぬぞよと、三五教の神様が仰有つた。サアサア鬼虎さまの肝玉が大きいか、天火の命の火の玉が大きいか、大きさ比べぢや』 火団は竜灯の松を中心に、円を描き、地上五六尺の所まで下り来り、ブーンブーンと唸りを立て、ジヤイロコンパスの様に、急速度を以てクルクルと回転し居たり。 鬼虎『ヤイヤイ火の玉、何時までも宙にぶら下がつて居るのは、チツト、ノンセンスだないか、良い加減に正体を現はし、此方さまと握手をしたらどうだい。お前は天の鬼火命、俺は地の鬼虎命だ、天地合体和合一致して、神業に参加せうではないか。是れからは火の出の守護になるのだから、貴様のやうな奴は時代に匹敵した代物だ……イヤ無くて叶はぬ人物だ。サアサア早く、天と地との障壁を打破して、開放的にならぬかい。お前と俺と互にハーモニーすれば、ドンナ事でも天下に成らざるなしだ』 火団は忽ち掻き消す如く、姿を隠しけるが、鬼虎の前に忽然として現はれた白面白衣のうら若き美女、紅の唇を開き、 女『ホヽヽヽヽ、お前は鬼虎さまか、ようマア無事で居て下さつたナア』 鬼虎『何ぢやア、見た事も無い、雪ン婆アの様な真白けの美人に化けよつて、雪に白鷺が下りた様に、白い処へ白い者、一寸見当の取れぬ代物だナア。俺を知つて居るとは一体どうした訳だ、俺は生れてから、お前の様な美人に会つた事は一度も無い、何時見て居つたのだ』 女『ホヽヽヽヽ、モウ忘れなさつたのかいなア、覚えの悪い此方の人、お前は今から五十六億七千万年のツイ昔、妾が文珠菩薩と現はれて、此切戸に些やかな家を作り、一人住居をして居つた所へ、年も二八の優姿、在原の業平朝臣の様な、綺麗な顔をして烏帽子直垂で、此処を御通り遊ばしただらう。其時に妾は物書きをして居つたが、何だか香ばしき匂ひがすると思つて、窓から覗けば、絵にある様な殿御のお姿、ホヽヽヽヽおお恥し……其一刹那に互に見合す顔と顔、お前の涼しい……彼の時の眼、何百年経つても忘られようか、妾が目の電波は直射的にお前の目に送られた。お前も亦「オウ」とも何とも言はずに、電波を返した……。あの時のローマンスをモウお前は忘れたのかいなア。エーエ変はり易きは殿御の心、桜の花ぢやないが、最早お前の心の枝から、花は嵐に打たれて散つたのかい……、アーア残念や、口惜しや、男心と秋の空、妾は神や仏に心願掛けて、やつと思ひの叶うた時は、時ならぬ顔に紅葉を散らした哩なア、オホヽヽヽ、恥しやなア』 鬼虎『さう言へば、ソンナ気もせぬでも無いやうだ。何分色男に生れたものだから、お門が広いので、スツカリ心の中からお前の記憶を磨滅して居たのだ。必ず必ず気強い男と恨めて呉れな。是れでも血も有り、涙も有る。物の哀れは百も承知、千も合点だ。サア是れから互に手に手を取かはし、死なば諸共、三途の川や死出の山、蓮の台に一蓮托生、弥勒の代までも楽みませう』 女『ホヽヽヽ、好かぬたらしいお方、誰がオ前の様な山葵卸の様な剽男野郎に心中立するものかいナ。妾は今其処に、天から下りて御座つた日の出神様にお話をしとるのだよ。良い気になつて、お前が話の横取りをして、色男気取りになつて……可笑しいワ、ホヽヽヽ』 鬼虎『エーツ何の事だ。人を馬鹿にしよるな、まるで夢のやうな話だワイ』 女『ホヽヽヽ、夢になりとも会ひたいと云ふぢやないか。妾の様な女神を掴まへて、スヰートハートせうとは、身分不相応ですよ。馬は馬連れ、牛は牛連れ、烏の女房はヤツパリ烏ぢや。此雪の降つた白い世界に烏の下りたよな黒い男を、誰がラブする物好があるものか。自惚も程々になさいませ。オツホヽヽヽ、おかしいワ……』 鬼虎『エー馬鹿にするな、俺を何と思つて居る。大江山の鬼雲彦が四天王と呼ばれたる、剛力無双のジヤンヂヤチツクのジヤンジヤ馬、鬼虎さまとは俺の事だよ。繊弱き女の分際として、暴言を吐くにも程が有る。サアもう量見ならぬ。この蠑螺の壺焼を喰つて斃ばれ』 と力限りに、ウンと斗り擲り付けたり。 悦子姫『アイタタタ…誰だイ、人が休眠みてるのに、……力一杯頭を擲ぐるとはあまりぢやありませぬか』 鬼虎『ヤア、済みませぬ。悦子姫さまで御座いましたか。ツイ別嬪に翫弄にしられた夢を見まして、力一杯擲つたと思へば、貴女で御座いましたか。ヤア誠に済まぬ事を致しました。真平御免下さいませ。決して決して、悪気でやつたのぢや御座いませぬ』 悦子姫『ホヽヽヽ、三五教に這入つても、ヤツパリ美人の事は忘れられませぬなア』 鬼虎『ヤアもう申訳も御座いませぬ。世の中に女がなくては、人間の種が絶えまする。日の出神も素盞嗚尊も、世界の英雄豪傑は、みな女から生れたのです。 故郷の穴太の少し上小口ただぼうぼうと生えし叢 とか申しまして、女位、夢に見ても気分の良い者は有りませぬワ、アハヽヽヽ』 鬼彦『ナヽ何ンぢや、夜の夜中に大きな声で笑ひよつて、良い加減に寝ぬかイ。明日が大事ぢやぞ。貴様は、……今晩私が不寝番を致します……なぞと、怪体な事をぬかすと思つて居たが、悦子姫さまの綺麗な顔を、穴の開く程覗いて居よつただらう。デレ助だなア』 鬼虎『馬鹿を言ふない。俺は職務忠実に勤める積りで居つたのに、何時の間にか、ウトウト睡魔に襲はれ、竜灯松の下へ行つて別嬪に逢うた夢を見て居つたのぢや。聖人君子でなくてはアンナ愉快な夢は見られないぞ。貴様のやうな身魂の曇つた人間は、到底アンナ夢は末代に一度だつて見られるものかい』 鬼彦『アツハヽヽヽ、その後を聞かして貰はうかい。他人の恋女に岡惚しよつて、色男気取りになつて、肱鉄を喰つた夢を見よつたのだらう。大抵ソンナものだよ、アハヽヽヽ。早く寝ぬかい、夜が明けたら又、テクつかねばならぬぞ』 此の時天の一方より、今度は真正の火団閃くよと見る間に、竜灯松を目蒐けて、唸りを立て矢を射る如く降り来り、一同の前にズドンと大音響を発し、爆発したり。火光はたちまち、花火の如く四方に散乱し、数百千の小さき火球となつて、地上二三丈許りの所を、青、赤、白、紫、各種の色に変じ、蚋の餅搗する如くに浮動飛散し始めたる。其壮観に一同魂を抜かして見惚れ居る。吁、此火光は何神の変化なりしか。 (大正一一・四・一六旧三・二〇松村真澄録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 08 蚯蚓の囁 第八章蚯蚓の囁〔六一九〕 黒姫、高山彦の発議により、愈真名井ケ原の瑞の宝座を蹂躙し、あはよくば占領せむとの計画は定まつた。黒姫夫婦は婚礼の後片付に忙殺を極めて居る。三軍の将と定つた夏彦、常彦、岩高、菊若の四人は入口の間に胡坐をかき、出発に先だち種々の不平談に花を咲かし居たりける。 常彦『人間と云ふものは身勝手のものぢやないか、石部金吉金兜押しても突いても此信仰は動かぬ、神政成就する迄は男のやうなものは傍へも寄せぬ、三十珊の大砲で男と云ふ男は片端から肱鉄砲を喰はすのだ、お前達も神政成就迄は若いと云うても決して女などに目を呉れてはならぬぞ、若い者が女に目を呉れるやうな事では神界の経綸が成就せぬと、明けても暮れても口癖のやうに、長い煙管をポンと叩いて皺苦茶面をして、厳しいお説教を始めて御座つたが、昨夜の態つたら見られたものぢやない、雪達磨がお天道様の光に解けたやうに、相好を崩しよつて、「モシ高山彦の吾夫様」ナンテ、団栗眼を細うしよつて何を吐しよつたやら、訳の分つたものぢやない、俺やもう嫌になつて仕舞つたワ』 岩高『定つた事ぢや、女に男はつきものだ。茶碗に箸、鑿に槌、杵に臼、何と云つたつて此世の中は男女が揃はねば物事成就せぬのだ、二本の手と二本の足とがあつて人間は自由自在に働けるやうなものだ、三十後家は立つても四十後家は立たぬと云ふ事があるぢやないか』 常彦『四十後家なら仕方が無いが彼奴は五十後家ぢやないか、コレコレ常さま、お前は因縁の身霊ぢやによつて、何うしても三十になるまで女房を持つてはいけませぬぞえ、人間は三十にして立つと云ふ事があるなぞと云よるが、此時節に三十にして立つ奴は碌なものぢやない、俺等は既に既に十六七から立つて居るのぢや、今思うと立つものは腹ばかりぢや』 夏彦『貴様等は何を下らぬ事を云うて居るのだ、高姫さまだつて余り大きな声では云はれぬが、何々と何々し、又○○と○○し、夫は夫は口でこそ立派に道心堅固のやうに云うて居るが、口と心と行ひの揃つた奴はウラナイ教には一匹もありやしないワ、俺も魔我彦や、蠑螈別や高姫に限つてソンナ事はあるまい、言行心一致だと初の程は信じて居たが、此の頃は何うやら怪しくなつて来たやうだ、本当に気張る精も無くなつて了つた。今迄は二つ目には黒姫の奴、夏彦何うせう、常彦何うせう、岩高、菊若、斯うしたら好からうかなアと吐しよつて、一から十迄、ピンからキリ迄相談をかけたものだが、昨日から天候激変、ケロリと吾々を念頭から磨滅しよつて、箸の倒けた事まで、ナアもし高山さま、これもしこちの人、何うしませう、斯うした方が宜敷くは御座いますまいかと、皺面にペツタリコと白いものをつけよつて、田螺のやうな歯を剥き出し、酒許り飲ひよつて、俺達には一つ飲めとも云ひよりやせむ、かう天候が激変すると何時俺達の頭の上に雷鳴が轟き、暴風が襲来するか分つたものぢやない、俺はホトホトウラナイ教の真相が分つて愛想が尽きたよ。今更三五教へ入信うと云つた所で、力一ぱい高姫や黒姫の言葉の尻について、素盞嗚尊の悪口雑言をふれ廻して来たものだから、どうせ三五教の連中の耳へ入つて居るに違ひない、さうすれば三五教へ入信る訳にも行かず、ウラナイ教に居ても面白くはなし、厄介者扱のやうな態度を見せられ、苦しい方へ許り廻されて本当に珠算盤があはぬぢやないか、何時迄もコンナ事をして居ると身魂の身代限をしなくてはならぬやうになつて了ふ、今の中に各自に身魂の土台を確り固めて置かうではないか。よい程扱き使はれて肝腎の時になつてから、お前は何うしても改心が出来ぬ、身魂の因縁が悪いナンテ勝手な理屈を云つてお払ひ箱にせられては約らぬぢやないか』 常彦『それやさうだ。高姫は変性男子の系統ぢやと聞いた許りに、変性女子の身魂より余程立派な宣伝使日の出神の生宮だと思うて今迄ついて来たのだ。併し日の出神もよい加減なものだ。各自ウラナイ教脱退の覚悟をしやうではないか』 菊若『オイ、ソンナ大きな声で云うと奥へ聞えるぞ、静にせぬかい』 夏彦『ナニ、今日は何程大きな声で云つたところで俺達の声は黒姫の耳に入るものか、耳へ入るものは高山彦の声許りだ、俺達の声が耳に入る程注意を払つて呉れる程親切があるなら、もとよりコンナ問題は提起しないのぢや、乞食の虱ぢやないが口の先で俺達を旨く殺しよつて、今迄旨く使つて居たのだ、随分気に入つたと見え、枯れて松葉の二人連、虱の卵ぢやないが彼奴ア死ンでも離れつこは無いぞ、アハヽヽヽ』 岩高『併し、そろそろ真名井ケ嶽に出発の時刻が近よつて来たが、お前達は出陣する考へか』 夏彦『否と云つたつて仕方が無いぢやないか、ウラナイ教に居る以上は否でも応でも出陣せねばなるまい、併しながら根つから葉つから気乗がしなくなつて来た、仕方が無いから形式的に出陣し、態と三五教に負けて逃げてやらうぢやないか、さうすれば黒姫は申すに及ばず、高姫もちつとは胸に手を当てて考へるだらう、高山彦だつて愛想をつかして黒姫を捨てて去ぬかも知れぬぞ。今こそ花婿が来たのだと思つて上品ぶつて、大きな鰐口を無理におちよぼ口をしやがつて、高尚らしく見せて居るが、暫くすると地金を出して、又女だてら大勢の中で、サイダーやビールの喇叭飲みをやらかすやうになるのは定つてゐる。鍍金した金属が何時迄も剥げぬ道理はない、俺達もウラナイ教の信者と云ふ鍍金を今迄塗つて居たが、もう耐らなくなつて、そろそろ剥げかけたぢやないか、アハヽヽヽ』 斯る所へ虎若と富彦の両人現はれ来り、 虎、富『ヤア四天王の大将方、高山彦、黒姫様の御命令で御座る、一時も早く真名井ケ原に向つて出陣の用意めされ』 と云ひ捨てて此場を急ぎ立ち去りにけり。 夏彦『エヽ何だ、馬鹿にしてゐる。昨日来た許りの虎若、富彦を使つて吾々に命令を伝へるナンテ、あまり吾々を軽蔑し過ぎて居るぢやないか、如何に気に入つた高山彦の連れて来た家来ぢやと云つて、古参者の吾々を放つて置き勝手に新参者に命令を下し、吾々を一段下に下しよつたな、これだから好い加減に見切らねばならぬと云ふのだよ』 常彦『アヽ、仕方がない、兎も角も形式なりと出陣する事にしやうかい』 黒姫は突然此場に現はれて、 黒姫『これこれ夏彦、常彦、お前今何を云つてゐらしたの』 常彦『ハイ、真名井ケ嶽に出陣の用意をしやうと申て居りました』 黒姫『それは御苦労ぢやつたが、其次を聞かして下さい、其次は何と仰つた』 常彦『ハイハイ、次は矢張其次で御座いますナ』 黒姫『天に口あり、壁に耳と云ふ事をお前達は知らぬか、最前から四人の話を初めから終迄、次の間に隠れて聞いて居りました。随分高山さまや黒姫の事を褒めて下さつたな』 四人一時に頭を掻いて、 四人『イヤ何滅相も御座いませぬ、つい酒に酔うて口が辷りました、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『お前酔うたと云ふが、何時酒を飲みたのだい』 夏彦『ハイ、酒を飲みたのは貴女と高山さまと祝言の杯をなされました時……ぢやから其為に酔が廻つてつい脱線致しました』 黒姫『馬鹿な事を云ひなさるな、酒も飲まぬに酔が廻り、管捲く奴が何処にあるものか、それやお前達、本真剣で云つたのだらう、サアサアウラナイ教はお前さま達のやうな没分暁漢に居て貰へば邪魔になる、サアサア今日限り何処へなりと行つて下さい。エイエイ、お前達のしやつ面を見るのも汚らはしい』 夏彦『そらさうでせう、好きな顔が目の前にちらついて来たものだから、吾々のしやつ面は見るのも嫌になりましただらう』 黒姫『エヽ入らぬ事を云ひなさるな、サアとつとと去んだり去んだり、ウラナイ教では暇を出され、三五教では肱鉄を食はされ、野良犬のやうに彼方にうろうろ、此方にうろうろ、終には棍棒で頭の一つも撲はされて、キヤンキヤンと云うて又元のウラナイ教に尾を振つて帰つて来ねばならぬやうにならねばならぬ事は見え透いて居るわ、ウラナイ教の太元の大橋越えてまだ先に行方分らず後戻り、慢心すると其通り、白米に籾の混つたやうに、謝罪つて帰つて来ても隅の方に小さくなつて居るのを見るのが気の毒ぢや、今の中に改心をしてこの黒姫の云ふ事を聞きなされ、黒姫は口でかう厳しく云つても、心の中は、花も実もある誠一途の情深い性来ぢや、誠生粋の水晶玉の選り抜きの日本魂の持主ぢやぞえ、サアどうぢや、確り返答しなさい、夏彦の昨夜の歌は何ぢや、目出度い時だと思うて辛抱して居れば好い気になつて悪口たらだら、大抵の者だつたらあの時に摘み出して仕舞ふのぢやけれど、神様のお道の誠の奥を悟つた此黒姫は、心が広いから松吹く風と聞き流して許して居たのだ、それに又もや四人の大将株が燕の親方のやうに知らぬ者の半分も知らぬ癖に何を云ふのだい。お前達に誠の神の大御心が分つて耐るものか、知らにや知らぬで黙言つて居なさい』 夏彦『ハイハイ、誠に申訳がありませぬ、何卒今度に限り見直し聞き直して下さいませ』 黒姫『此度に限つて許して置く、此後に於て、一口でも半口でも、高山さまや黒姫の事を云はうものなら、夫こそ叩き払にするからさう思ひなさい、サアサア常彦、菊若、岩高愈出陣の用意だ、高山彦の御大将はもはや出陣の準備が整うたぞへ』 四人一度に、 四人『ハイ確に承知仕りました』 茲に黒姫、高山彦は一族郎党を集め、旗鼓堂々と真名井ケ原に向つて進撃したが、加米彦、青彦の言霊に脆くも打ち破られ、蜘蛛の子を散らすが如く四方に散乱したりけり。 ウラナイ教の鍵鑰を握つて居た黒姫の部下四天王と頼みたる夏彦、岩高、菊若、常彦の閣僚は黒姫結婚以来上下の統一を欠ぎ、自然三五教に向つて其思想は暗遷黙移しつつありき。其の為め、折角の真名井ケ原の攻撃も味方の四天王より故意と崩解し、黒姫が神力を籠めたる神算鬼謀の作戦計画も殆ど画餅に帰し終りたるなりき。嗚呼人心を収攪せむとするの難き、到底巧言令色権謀術数等の虚偽行動をもつて左右すべからざるを知るに足る。之に反して三五教は一つの包蔵もなく手段もなく、唯々至誠至実をもつて神業に奉仕し、ミロクの精神を惟神的に発揮するのみ。されば人心は期せずして三五教に集まり、日に夜に其数を増加し、何時とはなしに天下の大勢力となりぬ。ウラナイ教は広い大八洲国に於て直接に信徒を集めたるもの唯一人もなく、唯々三五教に帰順したる未熟の信者に対し、巧言令色をもつて誘引し、且つ変性男子の系統より出でたる高姫を唯一の看板となし世を欺くのみにして、根底の弱き事、砂上に建てたる楼閣の如く、其剥脱し易き事炭団に着せたる金箔の如く、豆腐の如く、一つの要もなく唯弁に任し表面を糊塗するのみ、其説く所恰も売薬屋の効能書の如く、名のみあつて其実なく、有名無実、有害無益の贅物とは、所謂ウラナイ教の代名詞であらうと迄取沙汰されけり。されど執拗なる高姫、黒姫は少しも屈せず……女の一心岩でも突貫く、非が邪でも邪が非でも仮令太陽西天より昇る世ありとも、一旦思ひ詰めたる心の中の決心は、幾千万度生れ代り死代り生死往来の旅を重ぬるとも、いつかないつかな摧けてならうか……との大磐石心、固まりきつた女の片意地、張合もなき次第なり。 黒姫は力と頼む青彦の三五教に帰順せし事を日夜に惜み、如何にもして再びウラナイ教の謀主たらしめむと、千思万慮の結果、フサの国より高山彦に従ひ来れる虎若、富彦に命じ、青彦が日夜に念頭を離れざるお節を説きつけ、お節より青彦が信仰を落させむものと肝胆を砕きつつありける。 (大正一一・四・二二旧三・二六加藤明子録)
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霊界物語 17_辰_丹波物語2 丹波村/鬼ケ城山 15 敵味方 第一五章敵味方〔六二六〕 二月十五日の月光を浴びて、三嶽山の頂上の平地に、一蓮托生、蓑を敷き、肱を枕に華胥の国に入る。馬公鹿公は峰吹く嵐の音に夢を破られ、一度にムツクと起上り、 鹿公『アー恐ろしい事だつた。折角紫姫様のお情に依りて、岩窟の難を免れたと思へば荒鷹、鬼鷹の両人、鬼ケ城より帰り来り、俺達二人をフン縛つて、又もや岩窟に捻込みやがつたと思へば、夢だつた。アー恐ろしい恐ろしい、夢に見ても、アンナ悪人はゾツとする』 馬公『ヤアお前も夢を見たか。俺も同様の夢を見た。何だか此処は寝心が悪い。チツト月夜でもあり、そこらをブラついて見ようかい』 鹿公『さうだなア、是れ丈の同勢があれば、まさかの時には大丈夫だ。一丁や二丁離れたつて、気遣ひはあるまい。万一荒鷹や、鬼鷹が出て来やがつた所で「オイ助けて呉れい」と一言云へば、すぐ加米彦さまが、言霊の発射とやらで助けて下さるは請合ぢや。サア行かう行かう。皆さまはマア、よう寝ンで居らつしやること。吾々の様に罪が深い者は、恐怖心に駆られて、安眠も碌に出来ないワ。起きて居れば怖い目に遭はされる、寝れば眠るで怖い夢を見る、寝ても醒めても、責られ通しだ………結構なお月様の光をたよりに、チツと其処辺を、保養がてら、ウロつかうぢやないか』 馬公『宜からう』 と、フツと立ち、二人は手をつなぎ、ブラブラと山の頂きを逍遥して居る。 馬公、鹿公『アヽ何と、佳い景色だ。山の上で風は良い加減に冷たいが、木の葉に露が溜り一々月が宿つて居る、此光景はまるで、水晶の世界に居る様だ。アーア俺達の様な不仕合せ者でも、亦コンナ愉快な光景を見る事が出来る。人間は長生したいものだなア』 と鼻唄を唄ひ、あちらこちらとウロついて居る。 加米彦は中途に目を醒まし、 加米彦『アーア皆さま打揃うて、よく寝て居らつしやるワイ。悦子姫さまの白い顔、桃色の頬べた、紫姫さまの花のやうな麗しきお姿、一方は花の顔容、一方は雪の肌、空には三五の明月、お月さまも余程気に入つたと見えて、二人のナイスの顔を、特別待遇でお照しなさると見える、いやが上にも綺麗なお顔だ事。………アヽ音彦の顔か、随分力をオト彦テなスタイルだ。片腕をくの字に曲げ、無作法に口を開けて寝て御座るワイ。今頃は五十子姫の夢でも見て居るのだらう。可愛い女房をバラモン教の奴に攫はれ、今に行衛不明、思へば思へば心中を察してやる。それでも此永の間一緒に歩いて居るが、五十子姫のイの字も口に出しよらぬ所を見ると、余程確りして居るワイ……人間の寝顔を見れば、大抵其人の精神が分るものだ。どれどれ青瓢箪彦の首実検と出かけよう………ヤア此奴は嬉しさうにホヤホヤと笑うて居る。何でも丹波村とかのお節の夢でも見て居るのだらう。ヤア益々笑ひよるぞ。幽霊と仮称せられる様な奴だから、どうで笑ひにも何処ともなしに厭味たつぷりの所がある。コンナ所を一つお節に見せてやりたいものだなア、アハヽヽヽ。ヤア此奴は丹州かな、一寸好い顔をして居やがるぞ。何でも豊国姫の神様の御命令だと云つて居たが、何処ともなしに威厳が備はつて居る。ハヽア顔の真中に妙な光が現はれて居るぞ。木の花姫の化身か、妙音菩薩の再来か、此奴ア、ウツカリ軽蔑する訳には行かぬワイ。我々一行中での大人格者と見える。……ヤア良い審神をした。明日になつたら音彦の大将に一泡吹かしてやらう。……ウン此奴は黒姫仕込みの、腰曲りの夏彦と云ふ奴だ。なんと情ない鯱つ面だなア。ヤア此奴ア批評の価値がないワイ。此処に一寸こましい面の持主がある。此奴が、何でも狐とか狸とか云ふ奴だ。ウンさうさう常彦々々、今寝て居る間に、髪と髪とを括つといてやらうかなア』 加米彦は二人の長髪をソツと掴み、端と端とで地獄結に括つて了ひ、 加米彦『サア此奴が目が覚めたら、随分滑稽だらう。これからが、音彦さまと青彦の番だ。併しあまり距離が遠いので……髪と髪とが届かぬらしい。待て待て……エー此処に綱がある。此奴で括つて置かう』 と手早く括り合し、 加米彦『ハヽヽヽ、これで紛失の憂ひなしだ。此次が悦子姫さま、紫姫さまか………ヤア此奴ア、惜いぞ。紫姫と丹州とを継ぎ合せ、最後に悦子姫と加米彦の大神さまとの継ぎ合せだ。これで二四ケ八人、二八十六本の手と足。ヤア面白い、面白い』 と手探りに、紫姫の髪をソツと掴みかかつた。紫姫はムツクと起き上りさま、加米彦の腕首掴ンで、ドツカと投げたるその勢あまつて加米彦は、傍の谷を目がけてドスーン。 加米彦『アイタヽヽヽ』 と叫び居る。 紫姫『ヤア皆さま、起きて下さいませ。又もや鬼熊別の部下の者共が現はれました。サア御用意々々』 此声に驚いて一同は撥ね起き、常彦は、 常彦『アイタヽヽヽ』 夏彦『エヽヽエタイワイエタイワイ、誰だ誰だ、人の髪の毛を引つぱりよつて……放さぬかい』 常彦『オイ夏、貴様だらう』 夏彦『馬鹿云ふな、貴様が俺の髪を引つぱつとるのだ』 青彦『ヤア俺の頭を曳く奴がある。………ヤア何だ、寝て居る間に、髪と髪とを継ぎ合しよつたな、コンナ悪戯をする奴は、大方加米公だらう。……オイ加米彦、何処へ行つた。早く出て来て、ほどかないか』 加米彦『オーイ、オイ、俺はエライ所に、後手に括られて、困つて居るワイ。誰か出て来てほどいて呉れ』 青彦『ヤア加米彦も括られよつたのかな、是れだから、油断は大敵と云ふのだ。敵地に臨みて気を許し、寝てるのが此方の不覚だ、併し人間が紛失せなくてまだしもだ』 加米彦『オーイ、青彦、皆さま、御心配下さいますな、私のは自縄自縛、自縄自解、依然として元の通り』 青彦『ナアーンだ、人を脅嚇かしよつて……どこを括られて居つたのだ』 加米彦『マアどうでも良い、一体お前達はナアンだ。頭に長い尾を附けよつて……』 丹州『加米彦さま、あなた随分悪戯をしましたネー。私が知らぬ顔をして見て居りましたよ。紫姫さまに取つて放られなさつたときの面白さ、アツハヽヽヽ』 加米彦『ヤア失敗つた。皆さま、飛ンだ失礼を演じまして、……どうぞ神直日、大直日に見直し聞直して下さいませ』 音彦『戯談にも程がある。宣伝使の神聖を害する行動だ。今日限り、素盞嗚大神の代りとなつて、汝に対し、宣伝使の職を解く。有難う思へ』 加米彦『此奴ア一寸迷惑だ。モシモシ音彦さま、鬼ケ城の征伐が済む迄、執行猶予をして下さいな』 音彦『イヤなりませぬ』 加米彦『モシモシ悦子姫さま、どうぞ仲裁して下さいませ』 悦子姫『コレ音彦さま、今後、コンナ悪戯をなさらぬ様に、能く戒めて、今度は赦して上げて下さいナ』 音彦『赦し難き其方なれど、悦子姫様のお言葉に従ひ、今度は忘れて遣はす』 加米彦『アツハヽヽヽ、何に吐しよるのだい。遣はす………が聞いて呆れるワイ、アハヽヽヽ、あまり可笑しくて、腹が痛くなつた。真面目くさつた面構へをしよつて何だい。………チツと捌けぬかい。何程五十子姫の事を思つて心配したつて、竜宮の一つ島に漂着して居る女房に遇へるでもなし、刹那心を出して、モウちつと砕けぬかい。何だか、ソンナむつかしい顔した奴が混つて居ると、道中が面白くないワ』 音彦『ナニツ、五十子姫は竜宮の一つ島に漂着して居るのか、それやお前、何時、誰に聞いたのぢや』 加米彦『ソンナ事が分らぬ様な事で、宣伝使が勤まるかい。加米彦さまの天眼通で、チヤーンと調べてあるのだ。梅子姫さまと侍女の今子姫、宇豆姫の四人連れで、今竜宮島でバラモン教と激戦の最中だ。併し心配は致すな、神様が護いて御座る』 音彦『ヤアさうだつたか、五十子姫は、ウラナイ教に、若しや擒になつて居るのではなからうかと種々と工夫をして、黒姫の荷持となり、様子を考へて居たが、どうもウラナイ教には居りさうもないので、若しや大江山の鬼雲彦が為に捕はれの身となつて居るのではなからうかと思つて居たのだ。鬼ケ城へ是から行つて、モシや五十子姫が居つたら助けてやらねばなるまい、と、此処まで勇みて来たのだ。さうすれば鬼ケ城には、五十子姫は居ないかなア』 加米彦『ハヽヽヽ、お気の毒様、明日は鬼ケ城を征服し、可愛い女房の五十子姫さまに芽出度く対面遊ばす御心中であつたのに、エライ悪い事を申しました。……お力落しさま』 悦子姫、紫姫『ホヽヽヽヽ』 音彦『何事も運命だ。人間がどれ程煩悶したつて、成る様にほか成りはせぬ。今晩はゆつくりと此処でモウ一寝入りして、明日は花々しく言霊戦を開始する事にしやう。サア皆さま休みませう。加米彦、お前は御苦労だが、今夜は不寝番だ』 加米彦、ワザと叮嚀に、大地に頭を摺つけ、両手を突き乍ら、 加米彦『これはこれは音彦の君の御仰せ、確に承知仕つて御座いまする』 一同『アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』 又もや思ひ思ひに寝に就く。月の景色に浮かされて、鹿公、馬公の二人は思はず知らず、七八丁ばかり、一行の休息場より南に離れて了つた。此時四五人の荒男、突然木蔭より現はれ来り、バラバラと二人の周囲を取り巻き、棍棒を携へ、 男『ヤア其方は、紫姫の僕、鹿、馬の両人ではないか、どうして此処へ脱け出して来た』 鹿公『コレハコレハ荒鷹、鬼鷹の親分様、誠にお気の毒で御座いますが、岩窟を叩き破つてやうやう此処まで出て参りました』 荒鷹『貴様はどうして、あの堅固な岩窟を破つたのか』 鹿公『私は御存じの通り、身に寸鉄も持たない、どうする事も出来ませぬが、神変不思議の言霊に依りて、自然に岩戸は左右にパツと開き、平和の女神に誘はれて、此処までやつて来ましたよ』 鬼鷹『ナニ、平和の女神とは誰の事だ。紫姫の事ではないか』 馬公『紫姫も結構だが、見目も貌も悦子姫と云ふ絶世のナイスが、突然現はれ給ひ、馬さま、鹿さまの御手をとり、救ひ出させ給うたのだ。モウ斯うなる上は千人力だ、荒鷹、鬼鷹、其他の小童武者共、千疋、万疋一度に掛らうと、ビクとも致さぬ某だ、アハヽヽヽ』 荒鷹『オイ鬼鷹の大将、此奴アちつと変ぢやないか。毎日日日ベソベソと吠面かわいて慄うて居つた両人が、今日は心底から気楽さうに、大言を吐いて居る、どうしたものだらう』 鬼鷹『此奴ア、発狂したのだらう。さうでなくては、アンナ事が言へたものぢやない』 荒鷹『それにしても、肝腎の目的物たる紫姫は、どうなつただらう。鬼熊別の御大将に御約束をして来たのだ。若し紛失でもして居たら大変だがなア』 鹿公『アツハヽヽヽ、タヽヽ大変だ大変だ。大変が通り越して、天変地変だ、地震雷火の車、鬼の岩窟は忽ち明日をも待たず、木端微塵、憐れ果敢なき次第なり、ワツハヽヽヽ』 鬼鷹『ヤア益々怪しいぞ、………オイ鹿、馬の奴、紫姫の所在を有態に申せ』 鹿公『アハヽヽヽ、あの心配さうな面付、蟻か、蚯蚓か、鼬か知らぬが、貴様等の翫弄物にはお成り遊ばす紫姫ぢや御座らぬワイ。鬼熊別の大将に奉つて、御褒美に与らうと云ふ目的であらうが、細引の褌、あちらへ外れ、こちらへ外れ、お気の毒乍ら目的は成就致さぬワイ。あまり呆れて腮が外れぬ様に御注意なされませや』 鬼鷹『ヤア益々合点のゆかぬ事を申す奴だ。コラ馬、鹿、貴様は荒鷹、鬼鷹御両人様の御威勢を恐れぬか』 鹿公『コレヤ荒鷹、鬼鷹、貴様は鹿公さま馬公さま御両人の御威勢を何と思ふか、恐れ入らぬか、アツハヽヽヽ』 荒鷹『益々可怪しい奴だ。何でも此奴ア、強力な尻押しが出来たに違ない。オイ鹿、貴様の後に誰か尻を押す奴が出来たのだらう。逐一白状致せ』 鹿公『きまつた事だよ、此方には大江山の鬼雲彦を始めとし、其他数万の天下の豪傑、雲霞の如く吾々両人を救援に向ひ、三嶽の山の岩窟を滅茶苦茶に叩き潰し、五六人の留守番の奴等は谷底へ吹き散らし、是れより進みて鬼ケ城の敵に向つて攻撃の準備中だ。東方よりは又もや数多の軍勢、亀彦、英子姫のヒーロー豪傑を先頭に、数十万とも限りなく、日ならず攻め寄せる計画整うたり。モウ斯うなる上は、鬼ケ城もガタガタの滅茶々々、一時も早く引返し、此由を鬼熊別の腰抜大将に注進致すが宜からうぞ』 荒鷹『ナニツ、言はしておけば際限なき雑言無礼、首途の血祭、汝等二人の身体は、此棍棒の先に粉砕し呉れむ……ヤアヤア者共、二人に向つて打つて掛れ』 一同は二人を目あてに、棍棒打振り打つてかかるを、鹿、馬の両人は一生懸命、韋駄天走りに、悦子姫が休息場に向つて逃げ帰る。 荒鷹『ヤア卑怯未練な馬、鹿の両人、口程にもない代物、……ヤアヤア者共、汝ら四五人にて結構だ。早く追つかけ両人を生捕に致して来い』 男『畏まりました』 と五六人の男は、二人の後を追つて北へ北へと走り行く。 加米彦『ヤア騒々しき足音が聞えて来た。青彦、常彦、夏彦、起きたり起きたり』 斯く云ふ内、鹿公、馬公は此場に走り来り、 鹿公、馬公『宣伝使に申し上げます。只今荒鷹、鬼鷹の両人、四五人の乾児を引きつれ、棍棒を打振り、此場に進みて参ります。防戦の御用意なされませ』 加米彦『ヤア最早やつて来よつたか。序に鬼ケ城の鬼熊別全軍を率ゐて来て呉れれば、埒が明いて良いがなア。五人や十人邪魔臭い』 鹿公『もうし加米彦さま、随分力一杯、馬公と二人で吹いて吹いて吹き捲つてやりました。是であなたの二代目が勤まりませうなア』 加米彦『ヤア此場へ敵がやつて来ては、悦子姫さま其他の安眠妨害だ。それよりも此方から向つて、一つ奮戦だ。鹿公、馬公、サア来い来れ……』 と云ふより早く加米彦は、南を指して走り行く。忽ち南方より息せき切つて走り来る四五の物影、三人は傍の木の茂みに身を忍ばせ、様子を窺つて居る。 甲『オイ貴様さつきへ往かぬかい』 乙『先も後もあつたものかい。先へ行た者が険呑だとも、安全だとも分るものぢやない。何事も運命の儘に進めば良いのだ。ソンナ臆病風を出して、悪の御用が勤まるかい』 甲『ナニ誰が悪の御用だ。吾々は是位最善の道はないと思つて、一生懸命に活動して居るのだ。鬼熊別の大将は何時も仰有るぢやないか。世界は悪魔の世の中だ。優勝劣敗だ。さうだから世界の人間が可哀相だ、強い者を苛め、弱い者を助けてやるのが人間だ……と、何時も仰有るぢやないか。俺は鬼熊別の大将が毛筋程でも悪だと思つたら、コンナ夜夜中に山坂を駆巡り、辛い働きはせないよ。何でも、三五教とやらの、強い者勝の悪神が出て来よつて、世界の弱い人民を虐げると云ふ事だから、俺も天下の為悪人を滅亡すのが唯一の目的だ』 乙『アハヽヽヽ、貴様は割りとは馬鹿正直な奴だなア、鬼熊別はアヽ見えても、悪が七分に善が三分だ、それが貴様分らぬのか。……アーアもう一歩も前進する事が出来なくなつて了つた』 丙『さうだなア、此処まで来ると、足がピタリと止まつた。何でも最前逃げて行きよつた二人の奴、魔法を使つて俺達の足止めをしよつたのかも知れぬぞ』 木の茂みの中より、 (鹿公または馬公)『加米彦さま、世界に絶対の悪人はありませぬなア、今彼等の話を聞けば、鬼の乾児にもヤツパリ善人が混つて居るぢやありませぬか』 加米彦『そうだ、如何に悪人と云つても、元はみな神様の結構な霊が血管の中を流れて居るのだから、悪になるのは皆誤解からだ。併し悪と知りつつ悪を行る奴は滅多にないものだ。吾々も斯うして善を尽した積りでも、智徳円満豊美なる神様の御心から御覧になれば、知らず識らずの間に罪を重ねて居るか知れないよ。そうだから人間は何事も惟神に任し、己を責め、謙遜り省みなくてはならないのだ』 鹿公『ヘン……殊勝らしい事を仰有います事、あなたは随分謙遜る所か、高慢心の強いお方ぢや、法螺ばつかり吹いて吹いて吹き倒し、人を煙に巻いて、鼻を高うして得意がつてるお方ぢや有りませぬか。あなたも、よつぽど耄碌しましたなア』 加米彦『アハヽヽヽ、それだから困ると云ふのだ。お前達は表面ばつかり見て、吾々の魂を見て呉れないから困るナア』 甲『ヤア何だ、林の中から声が聞えるぢやないか』 乙『そうだ、最前から怪体な声がすると思うて居た。……オイオイ今の声の主人公は何処に居るのだ。敵でも味方でも良いワ、みな神様の目から見れば世界兄弟だ。ソンナ所に怖相に引込みて、ヒソビソ話をするよりも、公然と此場に現れて、一つ懇談会でもやつたらどうだい』 加米彦『此奴ア面白い、お前達は鬼ケ城に割拠する鬼熊別の部下の者だらう。俺は三五教の加米彦と云ふ立派な宣伝使だ。一つ宣伝歌を聞かしてやらうか』 甲『ハイハイ良い所で……ドツコイ不思議な所でお目にかかりました。どうぞ生命許りはお助け下さいませ』 乙『オイオイ何を謝罪るのだ。結構な歌を聴かしてやると仰有るのだよ』 甲『アヽさうか、おれや又、煎じて食てやらうと聞えたので、ビツクリしたのだよ』 乙『アハヽヽヽ、モシモシ宣伝使とやら云ふお方、あなたの言霊は、どうも明瞭して居ります。吾々に対し一寸も敵意を含みて居ない。ヤアもう安心致しました、どうぞ聞かして下さいませ』 鹿公『オイ鬼の部下共、俺達は鹿公ぢやぞ。あまり安心を早うすると、後で後悔をせにやならぬぞ』 乙『ナニ、お前は今逃げた鹿公ぢやなア、此処へ出て来ぬかい、一つ力比べをして、負たら従うてやる、勝つたら従はすぞよ』 鹿公『アハヽヽヽ、三五教のお筆先の様な事を云つて居やがる。勝つも負けるも時の運だ。併し乍ら勝負は最早ついて居るぢやないか。サツパリ加米彦の宣伝使の言霊に零敗して了つた。アツハヽヽヽ』 斯かる所へ荒鷹、鬼鷹の両人、ノソリノソリと現れ来り、 荒鷹、鬼鷹『オイ貴様達、コンナ所で何をして居るのだ、吾々の命令に服従せないのか』 甲『ハイ俄に強くなつて、腹の底から、何だかムクムクと動き出し、阿呆らしくなつて、あなた方の命令に服従する事が出来なくなつて来ました』 荒鷹『ソラ何を言ふのだ、貴様、臆病風に誘はれて腰を抜かし、逆上せやがつたな』 乙『モシモシ荒鷹、鬼鷹の両人さま、モウ駄目ですよ、あなたの威張るのも今日唯今限り、私もどうやら腹の底から、本守護神とやらがムクムクと頭を抬げ「ナーニ鬼鷹荒鷹の木端武者、今此場で改心致せば良し、致さぬに於ては、腕を捩折り、股から引裂いて喰つて了へ」と囁いて御座る、アツハヽヽヽ』 丙『ヤア鬼鷹、荒鷹、どうぢや、降参致したか』 丁『改心するか』 戊『往生致すか、三五教に従ふか、悪を改め善に立帰るか、返答はどうぢや。宣伝歌を聴かしてやらうか』 荒鷹『アイタヽヽヽ、此奴ア変だ、頭が鑿でカチ割られる様に痛くなつて来よつた、鬼鷹、お前はどうだ』 鬼鷹『アイタヽヽヽ、俺も何だか、痛くなつて来たやうだ。ハテ合点の行かぬ事だワイ』 林の中より、加米彦の声、 加米彦『朝日は照るとも曇るとも月は盈つとも虧くるとも 仮令大地は沈むとも曲津の神は多くとも 三五教の神の道善と悪とを立別けて 鬼も大蛇も曲津見も誠の道に皆救ふ 世の荒風に揉まれつつ神の御子なる諸人は 右や左や前後ろ彷徨ひ惑ふ其間に 善にも進み又悪に知らず識らずに陥りて 神より受けし生御魂或は汚し又破り 破れかぶれの其果は心の鬼に責められて あらぬ方へと傾きつ誠の道を踏み外し 邪の道に勇ましく知らず識らずに進み行く 元は天帝の分霊善も無ければ悪も無い 善と悪とは人の世の其折々の捨言葉 アテにはならぬ物ぞかしあゝ荒鷹よ鬼鷹よ 汝も神の子人の子よ尊き神の子と生れ 何苦しさに鬼ケ城鬼熊別の部下となり 世人を苦しめ虐ぐる身魂を直せ今直せ 三嶽の山の頂きで吾に逢うたは神々の 篤き恵の引合せ心一つの持方で 悪ともなれば善となる善悪正邪の分水嶺 覚悟は如何にサア如何に此世を造りし神直日 心も広き大直日唯何事も人の世を 直日に見直し宣り直す神の樹てたる三五教 復れよ帰れ真心に磨けよみがけ天地の 神より受けし生魂あゝ惟神々々 御霊幸はひましまして荒鷹鬼鷹其外の 魔神の身魂を清めませ偏に願ひ奉る 偏に祈願申します』 と声も涼しく歌ひ終るや、荒鷹、鬼鷹其他一同は大地に平伏し、涙をハラハラと流し唯、 一同『有難う有難う』 と僅に感謝の意を表して居る。 斯かる所へ、悦子姫の一行は現はれ来り、 音彦『ヤア加米彦、御手柄々々、荒鷹、鬼鷹の大将も、どうやら救はれた様な塩梅ですなア』 荒鷹、鬼鷹一度に、 荒鷹、鬼鷹『これはこれは三五教の宣伝使様、私は今日、只今、神の御霊に照されて、発根と心の岩戸が開けました。最早吾々は悪より救はれました。どうぞ今日限り、あなたのお道に入れて下さいまして、お伴に御使ひ下されば有難う御座います』 音彦『ホーそれは何より重畳だ。もうし悦子姫様、如何致しませう。斯う早く改心せられては鬼ケ城の言霊戦も、何だか張合が抜けた様です、何卒あなたの指揮を願ひます』 悦子姫、儼然として立上り、 悦子姫『イヤ荒鷹、鬼鷹の両人、そなたは一先づ鬼ケ城に立帰り、妾の一行と花々しく言霊の戦を開始し、其上にて双方より和睦をする事に致しませう』 荒鷹『ナント仰せられます、最早私共はあなた方に向つて戦ふ勇気はありませぬ。ナア鬼鷹、お前もさうだらう』 鬼鷹『吾々は絶対に三五教に帰順致しました。勿体ない、どうしてあなた方に刃向ふ事ができませうか』 悦子姫『分りました。併し乍ら鬼熊別の帰順する迄は、あなたは、三五教に入信の許可を保留して置きます。今迄首領と仰いだ鬼熊別に対し親切が通りませぬ。成る事ならばあなた方より鬼熊別を、改心さして頂きたい。併し乍ら俄にあなた方の仰有る事を、大将として聞けますまいから、茲に一つの神策を案じ、一旦あなた方と立別れて、花々しく言霊戦を開始し、其結果和睦開城と云ふ段取となるのが、穏健な行方でせう。就ては今迄三岳の岩窟に捕はれて居た紫姫さま、鹿さま、馬さまを始め、丹州さまは荒鷹さま、鬼鷹さまと共に、一先ず鬼ケ城へ御帰り下さい。さうして妾の神軍に向つて言霊戦を開始なされませ。あなたの方は防禦軍、妾の方は攻撃軍で御座います。攻撃軍には、悦子姫、音彦、加米彦、青彦、夏彦、常彦を以て之に当てます、………サアサア一時も早く鬼ケ城へ御帰り遊ばせ。時を移さず妾は神軍を引率し、大攻撃に着手致します』 丹州『ヤア六韜三略の姫様の御神策、心得ました。サアサア紫姫様、鹿公、馬公、是から鬼ケ城へ乗り込み、悦子姫さまの攻撃に向つて、極力防戦を致しませう。………悦子姫様、戦場にて、改めてお目に掛りませう。此丹州が言霊の威力をお目にかける、必ずオメオメと敗走なされますな。あゝ面白し面白し、吾等は是より鬼ケ城の本城に立帰り、鬼熊別を総大将と仰ぎ、寄せ来る三五教の神軍に向つて、あらゆる神変不思議の言霊の秘術を尽し、千変万化にかけ悩まし、木端微塵に平げ呉れむ、さらば悦子姫殿』 悦子姫『さらば丹州殿、改めて戦場にてお目に掛りませう』 (大正一一・四・二三旧三・二七松村真澄録)
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(1721)
霊界物語 18_巳_丹波物語3 玉照姫の誕生 10 赤面黒面 第一〇章赤面黒面〔六三八〕 谷川に禊を済まして、梅公一行は再び地底の館に帰り来たり、 梅公『高山彦様、黒姫様、お蔭で大江山の悪霊も、スツカリ退散致しました。そこら中が何ともなしに軽くなつた様で、明晰な頭脳が益々明晰になり、モウ是れで大宇宙の根本が、現界、神界、幽界の、万事万端手に取る如く明瞭に、梅が心鏡に映ずる様になつて来ました。随分御禊と云ふものは結構なものですなア』 黒姫『さうだろさうだろ、何時もそれぢやから、朝と晩と昼と、間さへあれば、お水を頂きなさいと云うとるのぢや。火と水とお土の御恩が第一ぢや。何時も水を被るのは、蛙の行ぢやと言つてブツブツ叱言を云つてらつしやるが、今日は合点がいつただらう』 梅公『ヤアもう徹底的に分りました。有難い事には、日の出神様と竜宮の乙姫さまが私の肉体にお懸り下さいまして、結構で御座いました』 黒姫『これこれ梅公、何と云ふ傲慢不遜な事を言ひなさる。日の出神様は、誠水晶の生粋の根本の元の身魂でなければお憑りなさらず、又竜宮の乙姫さまは、因縁の身魂でなければ、誰にも、彼れにもお憑りなさる筈がない。「昔から神はものを言はなンだぞよ。世の変り目に神が憑りて、世界の人に何かの事を知らせねばならぬから、因縁の身魂に神が憑りて、世界の初まりの事から、行末の事、身魂の因縁性来を細かう説いて聞かして、世界の人民を改心さすぞよ。稲荷位は誰にも憑るが、誠の大神は禰宜や巫子には憑らぬぞよ」と変性男子の身魂が仰有つて御座る。それに何ぞや、下司の身魂にソンナ結構な神様が憑りなさる筈があるものか。日の出神の生宮が、さう二つもあつたり、竜宮の乙姫さまの生宮が、さう彼方にも此方にも出来て堪るものか。お前は一寸良いと直によい気になつて、慢心をするなり、一寸叱られると、直に青くなつてビシヨビシヨとして了ふ。それと云ふのも、モ一つ腹帯が締つて居らぬからぢや。身魂相応の御用をさされるのぢやから、慢心をし、高上りをしてブチヤダレヌ様にしなされや、灯台下はまつ暗がり、自分の顔の墨は分るまい。空向いて世の中を歩かうと思へば、高い石に躓いて、逆トンボリを打たねばならぬぞよ。開いた口がすぼまらぬ様なことのない様に、各自に心得たが宜いぞ』 梅公『ヤア承知致しました。併し乍ら、臨時御降臨遊ばしたのだから仕方がありませぬ』 黒姫『そら何を云ひなさる。神憑には公憑、私憑と二つの種類がある。其中でも私憑と云ふのは、因縁の身魂丈によりお憑りなさらぬと云う事ぢや。国治立命は変性男子の肉体、日の出神は系統の肉体、竜宮の乙姫は又その系統の肉体と、チヤンと定つて居るのぢや。公憑と云うて、上の方の身魂にも、中の身魂にも、下の身魂にも臨機応変に憑ると云ふ様な、ソンナ自堕落な神さまとは違ひまつせ。竜宮の乙姫さまを、何と思うて居りなさる。チツトお筆先でも拝読きなさい。お筆さへ腹へ締め込みておきたら、目前の時に、ドンナ神力でも与へて下さる。兎角お前達は、字が悪いとか、読み難いとか、クドイとか、首尾一貫せぬとか、肉体が混つとるとか、ここは神諭ぢや、此点は人諭ぢやと、屁理屈ばつかり仰有るから、サツパリ訳が分らぬ様になつて了うのだ。日の出神の生宮のお書き遊ばしたお筆先を審神したり、しやうとするから間違ふのだ。是れから、絶対に有難いと思うていただきなさい』 梅公『私はお道を開く因縁の身魂ぢやありませぬか』 黒姫『きまつた事ぢや。因縁なくて、此結構なウラナイ教へ来られるものか』 梅公『因縁の身魂の中でも、私は最も因縁の深いものでせう。高姫さまは高天原に因縁のある名ぢやし、黒姫さまは、くろうの固まりの花が咲くとお筆先に因縁があるなり、私は三千世界一度に開く梅の花と云ふ、変性男子の初発のお筆先に出て居る因縁の名ぢやありませぬか。何と云つても梅は梅、一度に開く役は梅公の守護神のお役でせう』 黒姫『此広い世界に、梅の名のつくのは、お前ばつかりぢやないわいな』 梅公『それでも、今あなた、因縁の身魂ばつかり引き寄せて有ると仰有つたぢやありませぬか。ウラナイ教へ引寄せられた人間の中に、梅の名の付いた者が、一人でもありますか。松で治めると云ふ、松に因縁のある松姫さまは、高城山であの通り羽振りを利かし、なぜ此梅公は、さうあなたから軽蔑されるのでせう』 黒姫『もうチツと修業しなされ。さうしたら又、松姫と肩を並べる様にならうも知れぬ。併し今日は初めて綾彦、お民に、宣伝を、竜宮の乙姫の肉体が、直接にしてあげるから、お前もシツカリ聴きなされ。そして此肉体の宣伝振をよく腹へ締め込みて、世界を誠で開くのぢやぞえ』 梅公『それは有難う御座います。吾々も傍聴の栄を得まして……』 黒姫『コレコレあまり喋るものぢやない……男だてら……口は禍の門ぢや。黙つて謹聴しなさい』 と押へつけ乍ら、少し曲つた腰付をして底太い声を張上げ歌ひ始めたり。 黒姫『昔の昔その昔遠き神代の初めより 国治立の大神は千座の置戸を負ひ給ひ 世を艮に隠れまし三千年の其間 苦労艱難遊ばして此世を永久に開かむと 種々雑多と身をやつし蔭の守護を遊ばされ ミロクの御代を待ち給ふ時節参りて煎豆に 花咲く御代となりかはり変性男子の御身魂 道具に使ふて昔から末の末まで見通され 尊きお筆を出しまし世に落ちぶれた神々を 今度一緒に世にあげてそれぞれお名を賜ひつつ 神の御用に立て給ふ時節来たのを竜宮の 乙姫様は活溌な御察しの良い神故に 今まで生命と蓄へた金銀、珠玉、珊瑚珠も 残らず宝投げ出して大神様へ献つり 穢ない心をスツパリと海へ流して因縁の 身魂と現れし黒姫を神政成就の機関とし 現はれ給うた尊さよ今まで竜宮の乙姫の 醜しかつた御霊丈系統の身魂に憑られて 懺悔遊ばし一番に改心なされた利巧者 三千世界の世に落ちた神々さまは竜宮の 乙姫さまを手本とし力一杯身魂をば 磨いて今度の御大謨にお役に立つた其上で それぞれお名を頂いて結構な神と祀られる 三千世界の梅の花一度に開くと云ふ事は 永らく海の底の底お住居なされた竜宮さま 肉のお宮にをさまりて広い世界の民草に 誠一つのお仕組を現はしなさるお働き 日の出の神と引つ添うて今度の御用の地となり 神の大望成就させ天にまします三体の 大神様へ地の世界斯うなりましたとお目にかけ お手柄遊ばす仕組ぞや此お仕組は三五の 神の教を厳御霊変性男子の筆先に くまめる様に書いてある其筆先の読み様が 足らぬ盲のミヅ御霊変性女子が混ぜ返し 蛙の行列向ふミヅ瑞の御霊と偉相に 日の出神の筆先を何ぢや彼ンぢやとケチをつけ 黒姫までも馬鹿にするされ共此方はどこまでも 耐り耐りて出て来たが余り何時まで分らねば 是非に及ばず帳を切り悪の鑑と現はして 万劫末代書き残す変性男子は唯一人 変性女子も亦一人それに何ぞや三つ御霊 三つもあつてたまるかい此事からが間違ひぢや 変性男子は経の役変性女子は緯の役 経と緯とを和合させ錦の機を織る仕組 日の出神が地となりて竜宮様のお手伝ひ 今度一番御出世を遊ばす事を知らないか 必ず必ず三五の緯の教に迷ふなよ 経が七分に緯三分これでなければ立派なる 誠の機は織れないに三五教の大本は 次第々々に紊れ来て経が三分に緯七分 変性男子は先走り変性女子は弥勒さま 何ぢや彼ンぢやと身勝手な理屈を並べて煙に巻く 此儘棄てて置いたなら変性男子の永年の 艱難苦労も水の泡水の泡にはさせまいと 系統の身魂を選り抜いて日の出神が現はれて 誠の筆先書きしるし一度読めよと勧むれど 変性女子の頑固者どうして此れが読まれよかと 声を荒立て投げつけるそれ程厭なら読までよい 後で吠面かわくなと言うて聞かしてやつたれど 訳の分らぬ頑固者神の恵を仇に取り 何ほど親切尽してもモウこの上は助けやうが 無いと悔みて高姫が何時も涙をポロポロと 零して御座るお慈悲心それに続いて分らぬは 金勝要の大御神この肉体もド渋とい まだまだ渋とい奴がある仮令大地は沈むとも 生命の綱が切れるとも日の出神の筆先は 当にならぬと撥ねつける木の花姫の生宮と 嘘か本真か知らねども現はれ出でた男女郎 火が蛇になろがどうしようが改心させねば置くものか 縦から横から八方から探女醜女を遣はして いろいろ骨を折るけれど固より愚鈍な生れつき 石の地蔵に打向ひ説教するよな塩梅で どしても聞かうと致さない木の花姫の肉体を 改心させねば何時までも神の仕組は成就せぬ ウラナイ教も栄やせぬサア是れからは黒姫の 指図に従ひ身をやつし千変万化に活動し 一日も早く因縁の身魂を改心さす様に 祈つて呉れよ黒姫もこれから百日百夜は 剣尖山の谷川の産のお水で身を清め 一心不乱に祈念するアヽ惟神々々 御霊幸はひましませよ』 と汗をブルブルに掻き、身体一面ポーツポーツと湯気を立て、 黒姫『アーア苦しいこと。……世界の人民を助けようと思へば、並大抵ぢやない、変性男子や高姫さまの御苦労が身に浸みて、おいとしう御座るわいの、オンオンオン』 と泣き崩れる。 これより黒姫は、百日百夜、宮川の滝に水行をなし、高山彦の懇望もだし難く、一旦数多の信徒を宣伝使に仕立てて、自転倒島の東西南北に間配り置き、手に手を把つて、フサの国へ渡り、高姫の身許に着きける。高姫は三五教の勢力侮り難きを黒姫より聞き、黒姫を北山村の本山に残し置き、自らは二三の弟子と共に、自転倒島に渡り、再び魔窟ケ原に現はれ、衣懸松の下にて庵を結び、三五教覆滅の根拠地を作らむとして居たのである。又もやそれより由良の湊の人子の司、秋山彦が館に於て、冠島、沓島の宝庫の鍵を盗り、遂には如意宝珠の玉を呑み、空中に白煙となりて再び逃げ帰りしが、それと行違に黒姫は、又もや魔窟ケ原に現はれ、草庵の焼跡に新に庵を結び、前年高姫と共に築き置きたる地底の大岩窟に居を定め、極力宣伝に従事して居たりしなり。然るに黒姫の部下に仕ふる夏彦、常彦、其他の弟子共は、フサの国より扈従し来り乍ら、少しも黒姫に夫ある事を知らざりける。黒姫は独身主義を高唱し、盛ンに宣伝をして居た手前、今更夫ありとは打明け兼ね、私に高姫に通じて、神界の都合と称し、始めて夫を持つた如く装ひける。高山彦の表面入婿として来るや、以前の事情を知らざりし弟子達は、黒姫の此行動に慊らず、遂にウラナイ教を脱退するに至りたるなり。夏彦、常彦以下の主なる者は、此時高城山に立籠り、東南地方を宣伝し居たれば、梅、浅、幾などの計らひに依りて、新に入信したる綾彦の事は少しも知らざりける。また高城山の松姫が侍女として仕へ居るお民の素性も、気が付かず、唯普通の信者とのみ思ひて取扱ひ居たりしなり。黒姫は又もや剣尖山の麓を流るる宮川に、綾彦外一人を伴ひ、禊の最中、紫姫、青彦の一行に出会し、青彦が再びウラナイ教に復帰せしと聞き、喜び勇みて、この岩窟に意気揚々として帰り来たりしなり。 ○ 黒姫『サアサアこれが妾の仮の出張所だ。大江山の悪魔防ぎに地下室を拵へて有るのだから、這入つて下さいませ。……青彦、お前は勝手をよく知つてる筈ぢや。どうぞ皆さまを叮嚀に案内をしてあげて下さいな』 鹿公『ヤアこれは又奇妙なお住居ですな、三五教の反対で、穴有教だなア、ヤア結構結構、穴有難や穴たふとやだ』 と一人々々、ゾロゾロと辷り込む。 黒姫『モシモシ高山彦さま、極道息子が帰つて来ました。どうぞ勘当を赦してやつて下さい』 高山彦『ヤアお前の常々喧しう言つて居つた……これが青彦だらう』 青彦『ハイ始めてお目にかかります。どうぞ宜しう御願ひ致します』 高山彦『ハイハイ、もう是れからは、あまりグラつかぬ様にして下さい』 青彦『決して決して、御心配下さいますな』 高山彦『ヤアなンと綺麗な娘さまがお出になつたぢやないか』 青彦『此お方は由緒ある都の方で御座いますが、お伊勢様へ御参拝の折、黒姫様の言霊を聞いて、大変感心遊ばし、「どうぞ妾も入信が致したう御座いますから、青彦さま、頼みて下さいな」ナンテ、それはそれはお優しい口許でお頼みになりました。私もコンナ綺麗な方が、男ばつかりの所へお出になつては、嘸御迷惑だらうと思ひましたけれども、折角のお頼み、無下に断る訳にもゆかず、黒姫様に御取次致しました。黒姫さまは二つ返辞で承知して下さいました』 紫姫『ホヽヽヽヽ』 と袖に顔を隠す。 黒姫『コレ青彦、チツと違つては居らぬかな』 青彦『アーさうでしたかなア。あまり嬉しかつたので、精神錯乱致しました。どうぞ見直し聞直しを願ひます』 黒姫『青彦お前は久振で親の家へ帰つたのだから、気を許して奥でゆつくりと寝なされ、今は新顔ばつかりで、お前の知つて居る者は、みなフサの国の本山へ往つたり、高城山へ行つて居る、馴染がなくて寂しいだらうが、気の良い者ばつかりだから、気兼なしにユツクリと休まつしやい。馬公鹿公も、トツトとお休み、又明日になつたら結構な話を聞かしてあげる。……サテ紫姫さまとやら、あなたは三五教の宣伝使におなりになつたのは、何を感じてですかなア。何か一つの動機がなければ、あなたの様な賢明な淑女が、あの様な瑞の御霊の混ぜ返し教に入信なさる道理がない。みな奥へ行つて睡眼みて了つたから、誰も聞く者もないから、遠慮なしに話して下さいな』 紫姫『ハイ有難う御座います、別に是れと云ふ動機も御座いませぬ。国家の為社会の為に舎身的の活動をなさる瑞の御霊の大神さまに同情を表しまして、つい何とはなしに宣伝使になりました』 黒姫『それはそれは結構な事だ。身魂の因縁がなくては、到底尊い宣伝使にはなれませぬ。三五教もウラナイ教も、みな変性男子、変性女子と、経と緯との身魂が現はれて錦の機の仕組をなさるのぢやが、併し乍ら、素盞嗚尊は天の岩戸を閉めるお役で、大神様が、此世の乱れた行方がさしてあると仰有る。ナンボ神様の仰有る事でも……これ丈乱れた世の中を、治める事を措いて、乱れた方の御守護をしられて堪りますか。そこで吾々は元は三五教の熱心な取次だが、今では変性女子の行方に愛想をつかし、已むを得ず、ウラナイ教と名をつけて、神様の御用をして居りますのぢや。同じ事なら三五教の名が附けたいけれど、高姫や黒姫は、支部ぢやとか、隠居ぢやとか言はれるのが癪に障るので、已むを得ず結構な結構なウラル教の「ウラ」の二字を取り、アナナイ教の「ナイ」の二字をとつて、表ばつかり、裏鬼門金神の変性女子の教は一寸も無いと云ふ、生粋の日本魂のウラナイ教ぢや。お前も、同じ宣伝使になるのなら、喰はせものの三五教を廃めてウラナイ教になりなされ。あなたのお得ぢや。否々天下の為ぢや』 紫姫『素盞嗚尊さまは、それ程悪いお方で御座いますか。世界万民の為に千座の置戸を負うて、世界の悪を一身に引受け、人民の悪い事は、みな吾が悪いのぢやと言つて、犠牲になつて下さる神さまぢや有りませぬか』 黒姫『それはさうぢやけれども、モ一つ我が強うて改心が出来ぬものぢやから、神界のお仕組が成就しませぬ。何と言うても、高天原から、手足の爪まで抜かれて、おつ放り出される様な神ぢやから、大抵云はいでも分つとる。お前も能う胸に手を当てて御思案なさいませ』 紫姫『ウラナイ教には、ちツとも……仰有る通り裏がないので御座いますか』 黒姫『勿論の事、見えた向きの、正真正銘、併し乍ら、神様のお仕組は奥が深いからなア、一寸やそつとに、人間の理屈位では分りませぬ。マアマア暫く絶対服従で信神して見なさい。御神徳が段々分つて来るから』 斯く話す折しも、慌ただしく走り帰つた二人の男。 黒姫『ヤアお前は滝と板とぢやないか』 滝公、板公『ハイ左様で御座います』 黒姫『昨日から此処を飛び出した限り、どこをウロウロ迂路ついとつたのだい』 滝公『ハイ昨日遅がけに、一人の女が通りましただらう。それをあなたが捉まへて来いと仰有つたものだから、此奴ア又、梅公の故智に倣つて、一つ大手柄を現はし、あの女を入信させてやるか、あまり諾かねば、何れ三五教の奴だから、叩き潰してやらうかと思うて、あなたの御命令で追ひかけて行きました』 黒姫『誰が叩き潰せと言つたのか。丹波村のお節に違ひないから、捉まへて来いと言つたのだ、そして其お節を如何したのぢやい』 滝公『板公と二人、尻引き捲つて……お節は走る、二人は追ひかける、船岡山の手前までやつて来ると、日は暮れかける。お節は石に躓きパタリと倒れたので、其間に追ひつき、無理無体に手足を括り、暗の林に連れ往つて、グツと縛りつけ、猿轡を箝ませ、再び姿を改ため、……コレコレどこのお女中か知らぬが、コンナ所に悪者に括られて可愛想に……と云つて助けてやる。さうすれば如何なお節もウラナイ教の親切に感じて、三五教を思ひ切るだらう……と思ひまして、一寸智慧を出しました。さうした所が、お前さまがやつて来て、種々と仰有るものだから、暗がり乍ら御案内しました。……あなた覚えが御座いませう……忽ちお節は息が切れ、厭らしい声を出して、化けて出よつた、其途端に私は尻餅を搗いて、暗さは暗し、傍の谷川へサクナダリに落ち滝つ、腰イタツ磐根に打据ゑて、それはそれは酷い目に遭ひました。暫くは気を取り失うて、半死になつて了ひ、苦みて居るのに、あなたは側へ来て居り乍ら私を見殺しにして帰りなさつたぢやないか。何時も人を助ける助けると仰有るが、アンナ時に助けて貰はねば、常に御大将と仰いで居る甲斐がありませぬワ』 黒姫『そら何を云うのだ、妾が何故ソンナ所へ行く必要があるか、又何とした乱暴な事をするのだい。ソンナ事がウラナイ教の教にありますか。モウ今日限り、破門するツ、サア出て行け出て行け』 滝公『悪人は悪人とせず、鬼でも、蛇でも、餓鬼虫けらでも助けるのが、ウラナイ教ぢや有りませぬか。出て行けとはチツと聞えませぬワ』 黒姫『モシ紫姫さま、斯う云ふ取違する者がチヨコチヨコ出来ますので、誠に困ります。併し乍ら、コンナ者ばつかりぢや御座いませぬ。これは大勢の中でも、選りに選つて一番悪い奴で御座います。そして又入信してから、幾らもならぬものですから、つい脱線をしましてナ』 板公『モシモシ黒姫さま、余り甚いぢやありませぬか、私が悪人なら、モツとモツと大悪人が沢山居りますで……綾彦だつて、お民だつて、改心さしたのは、あなた知らぬか知らぬが、それはそれは大変な酷い事をやつて入信させたのだ。私も兄弟子の兵法を倣つて巧くやらうと思つたのが当が外れた丈のものですよ、あれ程喧しう下の者が噂をして居るのに、あなたの耳へ這入らぬ筈はない、一年からになるのに、世界が見え透くと云ふあなたが、知つとらぬとは言はれませぬ。腹の底を叩けば、「権謀術数的手段は用ゐるな。併し俺の知らぬ所では都合よく行れ、勝手たるべし」と云ふ、あなたの御精神でせう』 滝公『ソンナこたア、言はなくても定まつて居るワイ。あれ程、神の取次する者は、独身でなければ可かぬと仰有つた黒姫さまでさへも、ヤツパリ言うた事をケロリと忘れて因縁だとか、御都合だとか理屈を附けて、ハズバンドを持たつしやるのだもの、言ふ丈野暮だよ』 黒姫『何を言ふのだ。早う出て下さい』 滝公『都合が悪うおますかなア……初めての入信者の前ですから、成るべくは、コンナ内幕話は言ひたくはありませぬが、お前さまが今日から除名すると仰有つた以上は、今迄の師匠でもなければ、弟子でもない。力一杯奮戦して、どこまでも素破抜きませうか』 黒姫は唇を震はし、目を逆立て、クウクウ歯を喰ひしばつて、怒つて居る。 滝公『モシ黒姫さま、怒る勿れ……と云ふ事がありますなア。怒つて居るのぢやありませぬか。チツと笑ひなされ』 黒姫『ウームウーム』 と歯を喰ひしばり、目を剥いて居る。 紫姫『これはこれは滝さまとやら、板さまとやら、良い加減にお静まりなさいませ。夜前あなたがお節さまを悩めて御座る所を、妾外三人の者がよく見て居りました。黒姫さまは決してお出でぢやありませぬ。妾の連の鹿と云ふ男が黒姫さまの……暗を幸ひ……声色を使つたのですよ。それに黒姫さまがお出でになつたなぞと仰有つてはお気の毒ですワ、お節さまはこの奥へ来て、スヤスヤ寝みてゐらつしやいますよ』 滝公、板公『エー何と仰有る、お節さまが……そいちやア大変だ』 紫姫『さう御心配なされますな、青彦さまも見えて居ります』 滝公『ヤアうつかりして居ると、ドンナ目に合ふか分らぬぞ。仇討に……岩窟退治に来よつたのだなア。……オイ板公、黒姫さまはどうでも良い。生命あつての物種だ、見付からぬ間に、一刻も早く此場を退却だ』 と滝は駆出す。板も続いて、 板公『オイ合点だ』 と後を追ふ。黒姫は、 黒姫『オイこれこれ、滝公、板公、待つた待つた、言ひたい事がある』 滝板の両人は、岩穴の外から内を覗いて、 滝公、板公『黒姫さま、左様なら、ゆつくりと、青彦やお節に、脂を搾られなさつたが宜からう、アバヨ、アハヽヽヽ、ウフヽヽヽ』 と云つた限り、何処ともなく……それ限りウラナイ教には姿を見せなくなりにけり。 紫姫は気の毒がり、 紫姫『モシモシ黒姫さま、お腹が立ちませうが、若い人の仰有る事、どうぞ宥して上げて下さいませ、……イヤもう人を使へば苦を使ふと申しまして、御苦心の程、お察し申します』 黒姫『これはこれは、ご親切によう言うて下さいました。無茶ばつかり申しまして困ります。これと言ふのも、決して決して、滝や板が申すのぢや御座いませぬ。又さう云ふ様な悪い事をする男ぢや有りませぬが、素盞嗚尊の悪神の眷属が憑つて、吾々を苦めやうと思うて、アンナ事を言つたり、したりするのです。チツとも油断はなりませぬ。悪神に使はれた、滝公板公こそ不憫な者で御座います、オンオンオン』 と泣き真似をする。 紫姫『黒姫さま、モウお休みなさいましたらどうでせう。大分夜も更けた様です』 黒姫『ハイ有難う、ソンナラお先へ御免蒙りませう。明日又ゆつくりと、根本のお話を聴いて貰ひませう』 紫姫『ハイ有難う』 と互に寝に就きにける。 (大正一一・四・二六旧三・三〇松村真澄録)
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(1756)
霊界物語 20_未_丹波物語5 錦の宮の発足 01 武志の宮 第一章武志の宮〔六六三〕 常世の暗を晴らさむと神の御稜威も高熊の 静の岩窟の奥深き恵の露の雨となり 雪ともなりて空蝉の醜世を洗ひ照さむと 空に輝く旭子の光も強き玉照彦の 伊豆の命を奉按し言照姫の神霊や 数多の神に送られて五六七の神代を松姫が 心イソイソ山坂を渉りて来る玉鉾の 道も広らに世継王山東表面の峰続き 紅葉の色も照山の麓に立てる仮の殿 神の御言を畏みて悦子の姫が守りたる 珍の宮居に木の花の姫の命の御水火より 出でし玉照彦の神勇み進んで送り来る 天火水地と結びたる紫姫や若彦は 喜び勇み彦神を迎へ奉りて玉照の 姫の命の夫神と称へまつらむ真心の 限りを尽し仕へ居る神素盞嗚の大神は 英子の姫を遣はして五六七の神代の礎の 百の仕組に仕へしめ国治立の大神が 国武彦と現はれて曇り果てたる末の世を 照し清むる先駆と姿隠して桶伏山 黄金の玉と諸共に御稜威は四方に輝きぬ 言依別の宣伝使斎苑の館を立出でて 雲路押分け遥々と綾の聖地に着き玉ひ 心の空に玉照彦の神の命や姫命 経と緯との皇神の分の御霊と嬉しみて 三五教を弥固にいや遠永に宣り伝ふ。 言依別命は、神素盞嗚大神の命を奉じ、照山と桶伏山の山間に、国治立の大神、豊国姫の大神の、貴の御舎を仕へまつりて、其威霊を鎮祭し、玉照彦、玉照姫をして宮仕へとなし、世界経綸の神業の基礎を樹立せむとしたまひ、遠近の山野の木を伐り、瑞の御舎を仕へまつつた。神人等の道を思ひ、世を思ふ真心凝結して、荘厳無比の瑞の御舎は瞬く中に建造された。称して錦の宮と云ふ。玉照彦、玉照姫は幼時より数多の神人に秀で、神徳高く、神格勝れ、神代に於ける救世主として、天下万民の尊敬を集めたまふに到りけり。 言依別命は、素盞嗚大神の命を奉じ、錦の宮を背景として、自転倒島に於ける三五教の総統権を握り、コーカス山、斎苑の館と相俟つて、天下修斎の神業を宇内に拡張し給ふ事となつた。三五教の宣伝使は云ふも更なり、ウラナイ教を樹て、瑞之御霊に極力反抗したる高姫、黒姫、松姫は、夢の覚めたる如く心を翻し、身命を三五教に奉じ、自転倒島を始め、海外諸国を跋渉して、神徳を拡充することとなつた。茲に元照彦の御霊の再来、天の真浦は、大台ケ原の山麓に生れ、木樵を業となし其日を送り居たるが、綾の高天に錦の宮の建造され、神徳四方に光り輝くと聞きて、樵夫の業を廃し、遥々聖地に訪ね来り、言依別命に謁し、新に宣伝使となることを得た。天の真浦は大に喜び、昼夜の区引なく宣伝歌を謡ひ乍ら、先づ自転倒島に向つて、神徳宣布の神業を試みむとし、聖地を後に唯一人、霧の海原押分けて風のまにまに、人の尾峠の西麓に着いた。道行く人も見えぬ許りの粉雪、滝の如くに降り来り、見る見る一尺許りも地上に積もり、日は黄昏れて、道いよいよ遠く、真浦は行手に迷ひ、進みもならず、退きもならず、蓑笠を着けたる儘、路上に佇立して、声低に天津祝詞を幾度となく繰返しつつあつた。怪しき獣の影幾十となく隊をなして、山上より降り来る。されど真浦は滝と降り来る雪に眼を遮られ、足許に進み来るまで知らざりき。唯何となく雪踏み砕く何者かの足音、追々近づく声のみ耳に入る。真浦は独言、 真浦『今迄暖かい国に育ち、此様な深雪は見た事がなかつた。始めて神様のお道に入り、百日百夜の修行を積み、漸く許されて今茲に宣伝使補となり、足に任せて進みて来たが……アヽゆき詰つたものだ。言依別命様より「汝は是れより人の尾峠を越え、河水清き宇都の郷に初宣伝を試みよ」と仰せられた。併し乍ら、斯う降り積る大雪、況して樹木茂れる此谷間、日は暮かかる……アーア宣伝使も辛いものだ。追々積る雪の量、罷り違へば我身は雪に埋まつて、冷たくなつて了うであらう。進退惟谷まるとは此事だなア』 と心細げに呟く折しも、最前の足音追々近づき来る。見れば数十頭の熊の群、真浦が足許を勢込んで走り行く。真浦は驚いて雪の中に路を避けた。熊の群は何の遠慮もなくスタスタと列を組んで、西方さして走り行く。 真浦はホツと息をつき、 真浦『アヽ、有難い、沢山の熊が現はれて雪路を踏み分けて、立派な通路を開いて呉れた。是れも全く神様の御神徳であらう…………有難し有難し』 と感謝しながら、熊の足跡を踏み分け上り行く。道の傍に一軒の茅屋が有ることが目に付いた。屋内には幽かな火影が瞬いて居る。風が持て来る雪しばき益々烈しく、熊の折角開いて呉れた雪の新道も、瞬く間に閉塞して了つた。屋内には気楽さうに笑ひさざめく声。真浦は此愉快気に笑ふ声を聞き、 真浦『ホンに羨ましい事だなア。我れは神命とは言ひ乍ら、此雪路に悩み、玉の緒さへも切れなむとする極寒の苦しみ、血管を流るる血潮も凝結せむとする辛さに引替へ、此家の内の面白さうな笑ひ声、…………実に人の境遇位運否のあるものはない。併し乍ら我れも神の道を伝ふる宣伝使の初陣、斯の如き雪に恐れ、人の家に這入つて、一夜の宿を請はんとするも、何となくウラ恥かしい、アヽ如何にせむか』 と躊躇ふ折しも、屋内より男の声、 男『オイ、どこの乞食だか知らぬが、此雪の降るのに、何を愚図々々して居るのだ。チツと俺の宅へでも這入つて休んだらどうだ。あつたかい湯も沸いてある。沢山な火も焚いてあるぞ』 真浦『ハイ有難う御座います。併し乍ら私はどうしても此峠を越さねばなりませぬ。御志は有難う御座いますが……』 男『ナニ、俺の宅で休むのは厭だと云ふのか、馬鹿な奴だなア。俺は此辺の杣人だ。少しの雪はチツとも苦にならない男だが、流石山猿の俺でさへも、一歩も今日の雪には歩む事は出来ない。どうして此坂が登れると思ふのか。マアそんな馬鹿な事を言はずに旅は道連れ世は情だ。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲む人も、深い縁の有るものだ。サア遠慮は要らぬ、這入つて休息したがいい』 真浦は其言葉に稍心動き、 真浦『どなたか知りませぬが、御親切に有難う御座います。左様ならば暫く休息をさせて頂きませう』 男『アヽそれが良い。サアサアお這入りなさい』 と真浦の手を取り引き入れ、斜に歪んだ雨戸をピシヤツと閉めた。 男『大変な大雪で、倒けかかつた家が益々怪しくなつて来た。愚図々々して居ると雪の重みで、此家も平太つて了ふかも知れないぞ。………オイ駒公、お客さまだ。どつさりと薪木を燻べて御馳走するのだぞ。寒い時には火が一番御馳走だ』 駒公『馬鹿言ふな。どこの馬の骨か、鹿の骨か分りもせぬ代物を、物好きにも駒さんの承諾も得ず、引き摺り込みやがつて、火を焚けも有つたものかい。貴様は何でも取込む事ばつかり考へて居やがる。チツと執着心を脱却せぬかい。取り込むことなら犬の葬式でも喜んで引張り込むと云ふ代物だから困つて了ふ。そんな事で此の立派な家が、どうして立つて行くと思ふのか、秋公の不経済家には俺も本当にアキが来た。寒い時に俄に体を火に近づけると、却て凍傷を起すものだ。どこの奴か知らぬが、赤裸にして頭から冷水でも、ドツサリ御馳走してやるのだなア。貴様と二人斯うして雪に閉されて居つても、チツとも面白味がない。此奴の衣服万端を奪ひ取り、其上赤裸にして水をかけ、それを肴に一杯やつたら面白からう』 真浦『なんだ、其方らは甘言を以て此方をひつぱり込み、泥棒を致すのか』 秋彦『アハヽヽヽ、好い頓馬だなア。そんな事を尋ねるのが馬鹿だ。俺も今日が泥棒の初陣だ。此家は実は吾々の物ではない。老爺と婆アとが居つたのだが、凄い文句を並べてやつた所、昨日の日の暮頃、どつかへ逃げて行きよつた。彼奴は雪爺に雪婆だつたと見えて俄にこんな大雪が降つて来た。サア皮を剥いてやらう』 と真浦の身に着けたる衣服を剥奪せむとする。 真浦『それは、あまりぢや。一寸待つて呉れ』 秋彦『松も檜も有つたものか。袋の鼠、どうしたつて剥かねば置かぬ』 真浦『此家を立去る時に脱ぎませう。それまで此衣服を私に貸して下さいませぬか』 駒彦『オイ秋公、仕方がない、貸してやれ。……オイ何程借賃を出す?それから約束して置かねば喰逃げされては、泥棒商売も棒が折れるからなア。ワハヽヽヽ』 真浦『自分の着物に利息をつけて貸して貰ふとは、又妙な規則の出来たものですなア』 駒彦『愚図々々言ふない。郷に入つては郷に従へだ。是れが泥棒社会の規則だ』 真浦『貴様達は丸でバラモン教みたやうな奴だなア』 駒彦『きまつた事だ。鬼雲彦様の乾児だよ。秋、駒と云つたら、それは本当に翔つ鳥も落すやうなバラモン教の有名な宣伝使だぞ。貴様は三五教の宣伝使、無抵抗主義を標榜して居る腰抜教の奴だから、指一本俺に触へても、抗言一つ致しても、抵抗した事になる。頭をカチ割られようが、黙つて辛抱するのだぞ』 真浦『アーア困つた事になつたもんだワイ。三五教には噂に聞けば、もとは馬、鹿と云ふ紫姫様の家来があつて、それが高城山の松姫さまを帰順させ、駒彦、秋彦と云ふ名を貰つたさうだが、お前の名は秋と云ひ、駒と云ひ、能く似て居る。何か因縁の糸が結ばれて居る様だ。もしや三五教の駒彦、秋彦ではなからうかなア』 秋彦『そんな腰抜の秋彦や、駒彦とはチト相場が違ふのだぞ。俺は三五教の宣伝使真浦と云ふ新米者が宇都山の郷へ初陣に往くので、言依別の神様から……』 駒彦『オイ秋公、何を言ふのだ。ウツカリした事を言ふものでないぞ』 真浦『アハヽヽヽ、大方そんな事だと思つた。言依別の神様が俺の信仰力を試す為に、貴様を此処へ廻しおき、そうして此道を通れと仰有つたのだなア……オイ秋彦、駒彦、モウ駄目だぞ。泥棒でも、バラモンでも、ベラボウでもない、貴様の襟の印は何だ』 駒、秋『アハヽヽヽ、到頭陰謀発覚したか。エヽ仕方がない。そんなら事実をスツカリ白状致して遣はす』 真浦『イヤもう沢山だ。何も承はる必要は有りませぬワイ』 駒公『先づ宣伝使の点数六十五点だ。速に言依別の神様に成績表を書留郵便で送つて置かう。夜が明ける迄三人鼎坐してお神酒を戴いて御日待をしようではないか』 真浦『またそんな事言つて、点数を減らすのではないか』 秋彦『心配するな。一旦認めた以上は減点は決してしない。其代り俺の事もよく報告するのだぞ』 真浦『能く報告してやらう。コンミツシヨンとしてモウ四十五点あげて呉れ』 秋彦『六十五点に四十五点を加へると満点以上になつて了ふ。それでは試験官として報告の仕方がないワ』 真浦『俺の改心は百点以上だ。其代り貴様は百八十点に俺から報告してやらう。併し二人合計してだから……』 と他愛なき雑談に一夜を明かしたりける。 天の真浦の宣伝使秋彦駒彦諸共に 神の教を伝へむと人の尾峠の急坂を 雪かき分けて登り行く地は一面の銀世界 金烏の光りキラキラとまたたき初めて大空は 拭ふが如く晴れ渡り茲に三人は勇ましく 谷の流れに沿ひ乍ら足踏みなづみ進み行く 旭輝く雪は照る神の恵も白妙の 雪に包まる宇都の郷武志の宮を祀りたる 浮木の里に辿り着く又もや降り来る雪しばき 茲に三人は大宮の脇に建ちたる社務所に 雪を凌いで車座になつて暖をば採り乍ら 携へ持てる握り飯ムシヤリムシヤリと平げて 四方の話に耽る折雪かき分けて登り来る 怪しの翁唯一人覚束無げに杖を突き 宮の階段登り来る真浦秋彦駒彦は 眼を据ゑて眺むれば怪しの翁は神前に やうやう近づき拍手の音も涼しく太祝詞 称ふる声の麗しく三人の耳に透きとほる 神の使か真人か但は悪魔の化身かと 怪しみ乍ら秋彦は此場を立ちてザクザクと 雪踏み鳴らし神前に額づく翁に打向ひ 汝は何処の何人ぞ人里離れし此森に 雪を冒して参来たり祈願するは何故ぞ 聞かまほしやと尋ぬれば翁は漸く顔を上げ 胸に垂れたる白鬚を二つの手にて撫で乍ら 四辺キヨロキヨロ見廻して武志の宮の神司 朝な夕なに真心を尽して仕へ奉る 吾れは松鷹彦の司汝は何処の何人ぞ 訝かしさよと問ひ返す其容貌のどことなく 得も言はれざる気高さに秋彦思はず手を突いて 三五教の宣伝使心の色も紅葉の 錦の宮に仕へたる秋彦駒彦二人連れ 天の真浦も諸共に宇都山郷に現はれし バラモン教の曲神を言向け和す鹿島立ち 雪を冒してやうやうに此処まで進み来りしぞ 雪に埋まる山里の家並も見えぬ淋しさに 武志の宮の社務所を借りて休らひ居たりけり 綾の高天に現はれし玉照彦や玉照姫の 宇豆の命の仕へます三五教の司神 言依別の御言もてあもり来りし三人連れ 汝松鷹彦の司吾等三人を宇都山の バラモン館に伴なひて太しき功績を建てませよ 応答如何と詰め寄れば松鷹彦は畏みて 老の歩みもトボトボと雪の階段降りつつ 天の真浦や駒彦が前に現はれ会釈なし 先頭に立たむと誘へば三人は勇み喜びつ 翁の後に従ひて武志の宮に一礼し 東を指して進み行く。 松鷹彦は雪路を杖を突き乍ら先頭に立ちて、バラモン教の宣伝使と聞えたる友彦館に案内すべく進み行く。真浦は翁の後に七八尺遅れて、一歩々々深雪の中の足跡を目標に進む折しも、秋彦、駒彦は物をも云はず、真浦を引抱へ、数丈の崖下に突落した。突落された真浦は何の負傷もせず、高く積もれる雪の上にニコニコと安坐して三人の姿を仰ぎ見て居る。 秋彦『モシ真浦さま、どうだ、御気分は宜しいかな。どこもお怪我は御座いませぬか』 真浦『ハイ有難う、無事着陸致しました』 駒彦『サア六十五点に三十五点を加へて百点だ。肉体は高所から落第したが、御霊はいよいよ立派な宣伝使に及第したのだから喜び給へ』 松鷹彦、目を円くし、 松鷹彦『コレコレお前達は何と云ふ乱暴な事をするのだい。世界の人民を助けて天国へ救ふ役であり乍ら、地獄のやうな断崖から突落すと云ふ事が有るものか、グヅグヅして居ると此老人まで、どんな事をするか分つたものぢやない』 秋彦『お爺さま御心配下さいますな。身魂調べの為に、吾々両人は言依別様の御命令に依りて、あの男の修業をさせに来たのです。ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がないのだから、謂はば我々は宣伝使の試験委員だ。是れであの男も立派な宣伝使になりました』 松鷹彦『こんな絶壁から落されては、どうする事も出来ない。何とか工夫をして此処まで救ひ上げて来なさらねばなりますまい』 秋彦『何も御心配は要りませぬよ。獅子は児を産んで三日目に谷底へ棄て、上つて来た奴を又突落し、三遍目に上がつた奴を、始めて自分の子にすると云ふ事だ。こんな所から一遍や二遍突落されて屁古垂れる様な者なら、到底駄目だ。悪魔の栄ゆる世の中の宣伝使にはなれませぬ。上つて来よつたら、又突き落す積りです』 松鷹彦『それだと言つて、それはあまり残酷ぢやないか。早く助けてお上げなさい』 秋彦『そんな宋襄の仁は却つてあの男を憎む様なものだ。可愛いから此断崕から突き落してやつたのです』 松鷹彦『なんと妙な可愛がり様も有つたものだなア。私も此年をして居るが、そんな愛は聞いた事が無い』 と不思議さうに覗き込んで居る。 駒彦『お爺さま、お前も一つ可愛がつてあげようか』 松鷹彦『イヤもう結構々々、お前等に可愛がられようものなら、生命も何も無くなつて了ふ。若い者は兎も角も、此老人がどうなるものか。恐ろしい人達だなア』 と蒼惶として走り去る。 駒彦『アハヽヽヽ、到頭老爺さま肝を潰して逃げて了ひよつた。サア秋彦、モウ用が済んだ。是れから各自手分けをして、命ぜられた方面へ行く事にしよう。…コレコレ真浦さま、マアゆつくりと雪の上でお鎮魂でもなさいませ。これでお暇致します。其代りに百点だよ』 と両手を拡げて見せ、雪路を一生懸命に何処ともなく左右に別れて走り行く。真浦は苦心惨憺の結果、漸く廻り路を見出して、元の所に駆上り、四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 真浦『アヽ誰も彼も皆どつかへ埋没して了つた。エヽ仕方がない、足型を便りに後追つかけよう』 と独語しつつ雪に印した草鞋の跡を、犬が鋭利な嗅覚で猪の後を逐ふ様な調子で進んで行く。雪は鵞毛と降り頻り、足跡の窪みは殆ど埋没して了つた。見渡す限りの白雪の野を、一歩々々探る様にして、遂には大川の畔に辿り着いた。河の堤に細い烟の破風口より立昇る小さき茅屋が淋しげに立つて居る。真浦は『御免』と押戸を開けて入り見れば以前の老爺が、婆アと二人茶を啜つて居る。 松鷹彦『ヤアお前は最前の宣伝使だつたなア。能う来て下さつた。随分乱暴な男も有つたものだ。あれは大方バラモンの残党であらう。お前気を付けないと、どんな目に遭はされるか知れませぬぞや』 真浦『ハイ有難う御座います。実は人の尾峠の西麓に於て、盗賊に出会ひました。それから其盗賊さまに武志の宮まで送つて頂いたのです』 松鷹彦『何か盗られましたかなア』 真浦『イエ別に……盗られる処か結構な物を沢山頂戴致しました。盗難品は唯の一点も無く、貰つたものは前後二回で百点ばかりです。実に結構な御神徳を頂きました。最前もアノ絶壁から突き落され、其時にも三十五点呉れましたよ』 松鷹彦『ハテ合点のゆかぬ事を仰有る。その代物はどこに御所持なさるかなア』 真浦『ハイ残らず私の腹の中にしまつてあります。要するに無形の宝ですよ』 松鷹彦、両手を拍ち、打諾づき乍ら、 松鷹彦『ハヽヽヽ、年を老つて、わしも余程耄碌したと見えるワイ、ホンにそうだ。わしもお前さまから宝を四五十点頂戴した。実に忍耐と云ふ宝は結構なものだ。さうでなくては誠の道は拡まりますまい。バラモン教は随分荒行を致しますが……私も元は三五教を奉じて居りました。それから三五教の宣伝使の行方があまり脱線だらけで、愛想が尽き、同じ事なら大勢の者の信ずるバラモン教の方が処世上の便利だと思ひ、一旦は入信しましたが、これ亦どうしても私の腑に落ちない点が沢山ある。そうかうして居る間にバラモン教の一部を採り、ウラル教の或点を加味し、三五教を加へて、新に起つたウラナイ教と云ふ新しき教が出て来たので、又もやウラナイ教に間男をしました。そうして神様を武志の宮にお祀りした処が、その夕から夫婦の者が俄に病気付き大変な発熱で、幾度も死ぬ様な目に遭ひ……コリヤやつぱり元の神様にすがらねばなるまい……と夫婦の者が三五教の大神に謝罪をした処、不思議にも其時より熱が段々に降り、婆アは二三日の後ケロリと嘘を吐いた様に全快して了つた。私は此れから一里許りある下の村の者から選まれて、武志の宮の神主をして居る者だが、村人にさう幾度も幾度も神様を出したり入れたりすると思はれては、信用がないから、ソツとウラナイ教の高姫さまが祀つて呉れた御神号を河に流し、今では三五教の神様をお祀りしたいのだが、一旦御神号を流して了つたので、戴く訳にもゆかず、空の宮を……今日も今日とて謝罪旁拝みに行きました。今日で此雪路を三七廿一日、毎日通ひましたが、不思議な事には、あなた方に宮様の前でお目にかかつたのは、全く神様の御引き合せで御座いませう。併し詳しい教理は存じませぬが、三五教の宣伝使はみな貴方の様に忍耐が強い方ばかりですか』 真浦『昔の三五教は随分乱暴な宣伝使もあり脱線者も沢山出たさうです。併し此頃は玉照彦、玉照姫と云ふ立派な神様の生れ替はりが、聖地に現はれ玉うてより、誰も彼も、緊張気分になり、忍耐を第一として天下に宣伝を始めて居ります。恥かし乍ら私は大台ケ原山麓の暖かい所に生れ、楽に育つて来た報いで、此雪国へ始めて宣伝に参り、余程苦みました。さうして今日が宣伝の初陣です。僅かの時日、神様の教を聞かして頂き、言依別の教主様から許されて、宣伝に参つた者ですから、詳細しい事はまだ存じませぬ』 松鷹彦『さうすると、あなたは今日が始めてですか。それはそれは本当に結構です。宣伝使は分らぬ間こそ却て神徳もあり、人徳も備はるものだ。少し物が分ると知らず識らずに慢心が出て、終には信仰に苔が生え、又元の邪道に逆転するものだ。私もさう云ふ初心な宣伝使に一度会ひたいと思うて居つた。どうぞ貴方はこれから私の茅屋に逗留し、武志の宮の御神体を斎つて下さい。さうして村の者にも教を伝へ、バラモン教を改めさせたいものです』 真浦『神様を祀ると云つても、私の様なものでは、到底それだけの資格が有りませぬ。時を得て聖地にあなたも参拝し、言依別命様に面会して、御神体を奉迎してお帰りなさいませ。それが何より結構でせう。我々は宣伝をするばかりの役、神様の御神体を扱ふ事は出来ませぬ』 松鷹彦『如何にも、さう聞けばさうです。物品か何かの様に軽々しう扱ふ事は出来ますまい。時機をみて御願ひする事に致しませう。さうして三五教の教の樹て方は、大体どう云ふ事が眼目になつて居りますか』 真浦『あなたは最前も、三五教に入信て居たと仰有つた。私よりは、謂はば古参者、能くお分りでせう』 松鷹彦『唯々世界統一の神様だと信じ、此曇つた世の中を早う安楽な、潔白な世にしたい許りに信仰を続けて居たのみで、言はば徹底せない信仰で有りました。それ故あちら此方と迂路付いて見たのだが、どうしても三五教が斎る神様に御神力がある様だ。何とはなしに恋しくなつて来ました』 真浦『私が知つて居る事の大体だけを簡単に申しますれば、……世界を神の慈愛の教に依りて、道義的に統一し、世の立替立直しを断行する事。能ふ限り神様の道を宣揚し、体主霊従の物質的教に心酔せざる様教ふる事。如何なる事も神様にお任せ申し、自分の我を出さずに能ふ限り道に依りて力を尽す事。天地神明の鴻恩を悟り、造次にも顛沛にも、感謝祈願の道を忘れざる事。常に謙譲の徳を養ふ事。如何なる難儀に遇うとも、誠の道の為ならば少しも恐れず、誠を以て切り抜ける事。社会の為に全力を尽し、天下救済の神業に奉仕する事なぞを以て、吾々は宣伝使の尽すべき職務と確信して居ります。併し乍ら、中々思つた様に行ひが出来ないので、神様に対して何時も恥入つて居る次第で御座います』 松鷹彦『オウ、それで大体の御主意が分りました。今までの三五教の宣伝使は、三五教には退却の二字は無いと云つて、随分乱暴な喧嘩もしたものです。然るに今日あなたの御説の通り、三五教自身に立替が出来た以上は、最早天下何者をか恐れむやである。其実行さへ出来れば、此宇都山の里人も残らず帰順するでせう。どうぞ武志の宮の社務所にお止まり下さつて、不言実行の手本を見せて下さい。それが第一の宣伝です』 真浦『有難う御座います。何分宜しく御願ひ致します。私の初陣として、あなたの御病気の全快を神様に祈らして下さいませぬか』 松鷹彦『それは是非共頼まねばならぬ。併し乍ら不言実行だ。お前さまが私の宅へ来て間もなく、私の病気が知らぬ間に癒る様になさらぬか。願はして呉れ……なぞと仰有るのが間違つて居る。まだお前さまはチツと許り名誉欲の魔が憑いて居ますな』 真浦『ハイ恐れ入りました。それならモウ決して祈りませぬ。あなたの病気には無関係ですから、さう思つて下さい』 松鷹彦『ハイハイ分つた分つた。御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ』 真浦『あなたは何も彼も能く知つて居て、私を実地教育して下さるのだなア。有難う御座います。アヽ神様は人の口を藉つて、イロイロと修業をさして下さるか、思へば思へば有難い、勿体ない』 と涙を袖に拭ふ。 松鷹彦『わしは何にも知らない。唯お前さまと話をして居る際、俄に体が変になつて、あんな失礼な事を言ひました。どうぞ気に止めて下さるな……アヽ有難い、今迄ヅキヅキとウヅいて居つた私の足が、何時の間にかスツカリ癒つて了つた』 と拍手再拝、真浦を神の如くに手を合して拝み立てる。 雪に閉され四五日真浦は、老夫婦の親切にほだされて、教話を説き乍ら冬の日を消した。 松鷹彦『此処は御存じの通り、山と山とに囲まれて不便の土地、御馳走も一度上げたいと思へども、斯う雪に閉されては、どうする事も出来ぬ。幸ひ此川の淵には、沢山な小魚が居つて、つい其処の淵には、冬の寒さで一所に籠つて居る。これを掬うて来て、お前さまの御馳走にして上げませう』 真浦『ア、それは有難う』 と言ひつつ、後は小声で、 真浦『不言実行が肝腎だなかつたかなア』 と幽かに呟いた。老爺さまは玉網を担げ、雪掻き分けて川縁に行つた。そうして玉網を淵に突つ込み、荐りに骨を折つて居る。此家の座敷から能く見える距離である。婆アさまと真浦は、爺さんの川漁を面白げに眺めて居た。松鷹彦はどうした動機か、誤つてドブンと川に落込み、チツとも浮いて来ない。婆アさまは素知らぬ顔して眺めて居る。真浦は驚いて、 真浦『ヤアお爺さまが川へ落ち込んだ。助けてあげねばなるまい』 と立ちあがる。婆アさまは初めて口を開き、 婆(お竹)『不言実行だ』 真浦『恐れ入りました。これから私もお前さまに代つてあの青淵目蒐けて、バサンと飛び込み、ヂイさまを救はう』 婆(お竹)『お手並拝見の後御礼を申しませう。何は兎も有れ不言実行ですからなあ』 真浦は尻ひつからげ雪の中を倒けつ転びつ飛んで行く。爺イは此時柳の木に取り付き、ムクムクと上つて来た。 真浦『お爺さま、結構でした。能う助かつて下さつた。実は私もビツクリして助けに来たのだ』 松鷹彦『あなたは有言不実行だ、アハヽヽヽ』 真浦は黙つて老爺さまの着物を搾りかけた。 松鷹彦『自分の着物は自分が絞る。モツと忘れたものがあるだらう』 真浦は黙つて引返し、矢庭に座敷の中をキヨロキヨロ見乍ら、おやぢさまの着替を見付け、小脇に抱へて飛出した。婆アは、 婆(お竹)『コレコレお前さま、それはおやぢの着物だ。老爺の陥つたのを幸ひ、大切な着替を不言実行して、どこへ浚へて行くのだ。……ホンにホンに油断のならぬ人だなア、オホヽヽヽ』 真浦『エー夫の危難を前に見乍ら、一言も頼みもせず、不言実行だなんテ、謎をかけやがつて、おまけに俺を盗人扱ひにして洒落て居やがる。此奴ア普通の狐……オツトドツコイ女ぢやあるまい。……早く行かぬと、爺が凍てて了ふ』 と裏口を跨げかける。婆アは、 婆(お竹)『真浦さま、早く早く、不言実行だ』 真浦は物をも言はず、爺の所に走り着いた。老爺は赤裸となりて真浦の持つて来た着物を、手早く身に着け『大きに』とも、『御苦労』とも言はず、黙つてスゴスゴと吾家に帰る。真浦は濡れた着物や網を引抱へ、 真浦『アヽ本当に不言実行歩と出よつたな。油断のならぬ化物爺だ。モウこれからは暫時唖の修業だ』 と独ごちつつ、爺の家に帰つて来た。 婆(お竹)『流石三五教の宣伝使ぢや。能う気が付いた。これでお前も又一点程点数が増えましたデ、ホヽヽヽヽ』 松鷹彦『アイタヽヽ、又しても痛くなつた。此奴ア病気が撥ね返るのではあるまいか。非常な激痛だ』 と顔を顰め、 松鷹彦『不言実行不言実行』 と呶鳴つて居る。婆アは、 婆(お竹)『折角御神徳を戴き乍ら……爺さま、お前は二口目には不言実行と仰有るが、取らぬ狸の皮算用をする様に、棚の牡丹餅をおろして喰ふ様に、慢心して、真浦さんに御馳走をしてあげようかなんテ、仰有るものだから、忽ち神様の御戒めを食つて、有言不実行になり、そんな土産を頂戴して苦むのだよ。チツと神様に謝罪をなさらぬか』 松鷹彦『俺は神様に対して不言実行、暗祈黙祷を行つて居るのだ。どつか其辺らに不言実行者が、モウ出さうなものだ。アイタヽヽ』 真浦は赤裸となり、裏の川にザンブと飛び込み、御禊をなし、一生懸命で何事か祈願し始めた。爺イの足の痛みは不思議にもピタリと止まつた。 松鷹彦『真浦様、有難う。御神徳を頂きました。サアどうぞ此方へ来て下さい。火を焚いてあたらしてあげませう』 真浦は川より這ひ上り、身体の露を拭ひ乍ら、 真浦『お老爺さま、火を焚くのもヤツパリ不言実行だ、アハヽヽヽ』 (大正一一・五・一二旧四・一六松村真澄録)
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霊界物語 21_申_高春山のアルプス教 02 夢の懸橋 第二章夢の懸橋〔六七六〕 高春山に割拠するバラモン教の一派アルプス教の教主鷹依姫を言向け和すべく、言依別命の旨を奉じて天の磐樟船に乗り、勢よく聖地を出発した高姫、黒姫は殆ど三ケ月を経るも何の消息もない。言依別命は密かに竜国別、玉治別、国依別の三人の宣伝使を招き、聖地の何人にも明さず、高春山に二人の消息を探査すべく出張を命じた。竜国別はもと高城山の松姫館に仕へたる竜若の改名である。玉治別は田吾作、国依別は宗彦の改名である。 教の花も香ばしく咲き匂ひたる桶伏の 山の麓にそそり立つ錦の宮を伏し拝み 言依別の命令を密かに奉じて三人は 月の光を浴びながら勇み進んで石原の駅 長田野、土師を夜の間に栗毛の駒に跨りて 蹄の音も勇ましく晨の風の福知山 尻に帆かけてブウブウと痩せ馬の屁を放りながら 青野ケ原を右左眺めて走る黒井村 心いそいそ石生の駅御教畏み柏原の 田圃を越えて進み行く。 此処は神智地山の入口、アルプス教の鷹依姫の勢力範囲として居る十里四方の入口である。鬼の懸橋と云つて、谷から谷へ天然に架け渡された一本の岩の橋がある。此処を通らねば何うしても高春山へ進む事が出来ない嶮要の地である。 幾百丈とも知れぬ山の頂きに天然に架け渡された石橋、眼下を流るる谷川の水は淙々として四辺に響き、自ら凄惨の気に打たるる許りである。玉治別はこの橋の前に着くや否や、頓狂な声を出して、 玉治別『ヨー要害堅固の絶所だ。アルプス教の奴、中々良い地点を撰んで関所にしやがつたものだなア。我恋は深谷川の鬼かけ橋、渡るは怖し、渡らねば、恋しと思ふ鷹依姫の鬼婆アさんに会はれない』 と無駄口を叩きながら半分許り進んで行つた。どうした機か、さしもに長い石橋は、中程より脆くも折れて、橋と共に玉治別は深き谷間に顛落し、泡立つ淵にドブンと、落ち込んで仕舞つた。 竜国別、国依別は此変事に胆を潰し、 竜国別『ヤア、国さん、何うしよう何うしよう』 と顔を見合して驚きの浪に打たれて居る。 国依別『今日は何となしに気分の悪い日だと思つて、石生の里から馬を放ちやり、三人が斯うしてテクついて来たが、まアまア結構だつた。馬にでも乗つて居らうものなら玉治別と一緒に馬も死んで仕舞ふところだつた』 竜国別『何を云つて居るのだ。馬位死んだつて諦めがつくが、肝腎の玉治別を谷底へ落して仕舞つて詮らぬぢやないか。何とか考へねばなるまい。馬と同じやうに取扱はれては玉治別も可憐さうだ』 国依別『アヽさうだつた。余り吃驚して狼狽へたのだ。サア川下へいつて、何処かの岩石に宿泊して居るだらうから、肉体なと探してやらねばなるまい』 と早くも引返す。竜国別も後についてトントンと四五丁ばかり引返し、谷川を彼方此方と眼配り、捜索し始めた。 いくら探しても影も形もない。二人は途方に暮れて施すべき手段もなく、悔し涙に暮れて居る。二三丁下手の方より、 『オーイオーイ』 と呼ぶ者がある。二人は、 竜国別、国依別『ハテなア、聞き覚えのある言霊だ』 と声する方に向つて駆出した。 見れば玉治別は、谷川の中に立つ大岩石ホテルの露台の上にて、着物を一生懸命にしぼつて居る。 竜国別『オー、お前は玉治別ぢやないか。何か変つた事はなかつたかなア』 玉治別『変つた事が大ありだ。堂々たる天下の宣伝使がお通り遊ばしたものだから、あれだけの大きい石の橋が脆くも折れよつて、忽ち玉治別のプロパガンデイストは、数千丈の空中滑走を旨く演じ、無事御着水、直ぐ谷川の水に送られて殆ど下流十丁許り、忽ち変る男の洗濯婆アさま、今濡れ衣を圧搾して居る最中だ、アハヽヽヽ』 と平気で笑つて居る。 国依別『オイ、貴様は真実の玉治別ではあるまい。あれだけ高い石橋から顛倒し、谷底の深淵へ墜落しながら、そんな平気な顔して居れる筈がない。大方貴様は化州だらう。オイ竜国別、ちつと合点が行かぬぢやないか』 竜国別『アヽさうだ。彼奴は何かの変化であらうよ』 と矢庭に眉毛に唾をつけて居る。 玉治別『実際は玉治別は死んだのだ。大岩石と共に墜落し、五体は木つ端微塵、流血淋漓として谷水を紅に染め、忽ち変るインフエルノの血の河となつたと思ひきや、まアざつと此の通り御壮健体だ。オイ竜、国の両人、お前も橋は無いが、あの橋詰から一辺飛び込んで見よ、随分愉快だよ』 竜国別『益々怪しからん事を云ふ奴だ。オイ国依別、も少し下を探して死骸でも拾うて帰らうぢやないか』 玉治別『お前の探す肝腎の玉は、この岩上に洗濯爺となつて鎮座坐しますのを知らぬのか。お前の考へはタマで間違つて居る。玉治別の宣伝使が二人もあつてたまるものかい。死骸を探すと云うても、死なぬ者の死骸が何処にあるか。そんな至難の業はよしにせよ。苦労の仕甲斐がないぞよ、アハヽヽヽ』 竜国別『本当に玉治別に間違ひは無からうかのう、国依別』 玉治別『間違ひがあつて耐らうかい。俺はお勝の婿の元の田吾作だ。これでもまだ疑ふのか。今の人民は薩張悪の心になりて仕舞うて居るから、疑がきつうて何を云うても誠に致さず、神も迷惑致すぞよ。改心なされよ。改心致せば盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ。灯台下は真闇がり、目の前に居る友達の真偽が分らぬとは良くも此処まで曇つたものだぞよ。玉治別の神も、今の人民さまには往生致すぞよ。余り鼻を高う致すと、鼻が邪魔して上も見えず、向ふも見えず、足許は尚見えぬやうになつて仕舞ふぞよ。開いた口が塞がらぬ、煎豆に花の咲いたやうな結構な御神徳が、目の前にぶらついて居りながら、灯台下は真闇がり、ほんに可憐さうなものであるぞよ。改心なされよ。改心致せば其日から目も見えるぞよ。身魂も光り出すぞよ。二人のお方疑ひ晴らして下されよ。玉治別の幽宣伝使に間違ひはないぞよ。これが違うたら神は此世に居らぬぞよ。余り慢心致して宣伝使が馬に乗つたり致すから、神罰を蒙つて、結構な神のかけた橋を折られ、谷川に落されてアフンと致さなならぬと云ふ実地正真を見せてやつたのであるぞよ。高姫や黒姫を見て改心なされよ。結構な二本の足を神界から頂きながら、偉さうに飛行船に乗つて、悪魔の征服なぞと云つて出かけるものだから、今に行衛が知れぬではないか。其方等は神の御用を致す宣伝使だ。鑑は何程でも出してあるから、鑑を見て改心致されよ。この玉治別は誠に結構な神が守護して御座るぞよ。明神の高倉、旭を眷属と致して、身代りに立てたぞよ。人民の知らぬ事であるぞよ、アハヽヽヽ』 国依別『オイオイ田吾作、馬鹿にするない。貴様は稲荷ぢやないか。稲荷なら稲荷ではつきりと云へ、俺はこれから貴様の審神をしてやるから、早く素直に往生致さぬと取り返しのつかぬ事が出来致すぞよ。ジリジリ悶え致しても後の祭り、苦しむのを見るのが国依別は可憐さうなから、気もない中から気をつけるぞよ。お前は俺の妹のお勝の婿に化けて居るが、早く往生致して改心致せばよし、余り我を張通すと、神界の規則に照らして帳を切るぞよ、外国行きに致すぞよ』 竜国別『こらこら何を云ふのだ。彼方にも此方にも、しようもない神懸をやりよつて、俺を馬鹿にするのか』 玉治別『神は直き直きにものは云はれぬから田吾作の肉体を借りて気をつけるぞよ。実地正真の手本を見せてあるぞよ。大本の大橋越えてまだ先へ、行方分らぬ後戻り、慢心すると其通り谷底へ落されて仕舞ふぞよ』 竜国別『エヽ怪体な、早く真正ものなら此方へ出て来い』 玉治別『真正者でも贋者でも、何時迄もこんな所に立つて居れるかい。早く改心して呉れ、改心さへ出来たなら、神はいつでも谷を渡つて、其方へ行つてやるぞよ』 国依別『竜公の改心の出来ぬのは、度渋太い豆狸の守護神であるから、玉治別神様が御降臨、イヤ御降来遊ばさぬのは無理もないぞよ。早く豆狸や、野天狗の守護神を放り出して、神様に貰うた生粋の水晶魂に磨いて下されよ。神は嘘は申さぬぞよ』 竜国別『エヽ兄と弟と寄りよつて、此谷底で竜国別を馬鹿にするのか』 玉治別『馬鹿にし度いは山々なれども、頂上に達した完全な馬鹿だから、此上もう馬鹿にしようがないので、玉もたまらぬから神も胸を痛めて居るぞよ』 竜国別、自暴自棄になつて、 竜国別『余り此世が上りつめて、悪魔計りの世になりて、神は三千年の苦労艱難致して此世に現はれて見たなれど、余り其処辺中が穢しうて、足突つこむ所も、指一本押へる処もありは致さぬぞよ。余り此豆狸の身魂が世界を曇らしたによつて、神が仕組を致して、玉治別の身魂を懲戒のために、折れる筈のない石橋をポキンと折つて、神力を現はし、身魂の洗濯をして見せたぞよ。曇つた世の中にも、一人や二人は誠の者があらうかと思うて、鉄の草鞋が破れる処迄探して見たが、唯た一人誠の者が現はれたぞよ。之を地に致して三千世界の立替立直しを致すのであるぞよ。竜国別の身魂は誠に結構な因縁の身魂であるから、神が懸りて何彼の事を知らさねばならぬから、長らく御苦労になりて居るぞよ。糞糟に落ちて居りて下されと神が申したら、一言も背かずに竜国別が聞いて下されたおかげによつて、神の大望成就致したぞよ。それについても因縁の悪い身魂は玉治別、国依別のガラクタであるぞよ。此身魂さへ改心致せば世界は一度に改心致すぞよ。此御方は誠に結構な清く尊い偉い立派な、世界にもう一人とない生粋の根本の元の分霊であるから、神が懸りて大望な御用が仰せつけてあるぞよ。世界の者よ、竜国別の行ひを見て改心致されよ』 玉治別『アハヽヽヽ、何奴も此奴も皆神懸の真似ばかりしよるわい。サアサアこんな人足に相手になつて居れば日が暮れる。一遍出直して、再び出陣しようかい』 と、濡れた着物を脇に拘へ、真裸のまますたすたと谷の流れを此方に渡り、坂道を谷沿ひに下り行く。二人は、 竜国別、国依別『オーイ待て』 と後を追ふ。 折から俄に黒雲塞がり、咫尺も弁ぜざるに至つた。玉治別は、 玉治別『オーイオーイ二人の奴、俺の声を目当について来い』 と力一杯呶鳴り立てる。 竜国別『アヽ吃驚した。何だい、夜中に夢を見やがつて、大きな声を出しよつて、寝られぬぢやないか』 国依別『アヽ俺もエライ夢を見て居つた。玉公の奴、鬼の懸橋から谷川に顛落し、軈て仕様もない事を口走りよつたと思つたら、何だ、夢だつたか。錦の宮の高殿に七五三の太鼓が鳴りかけた。サア早くお礼をして、言依別様の夜前俺達に云ひつけられた高春山征伐に向はうぢやないか』 折からの風に小雲川の水瀬の音は手に取る如く耳に入る。 言依別の御言もて聖地を後に竜国別の 神の命の宣伝使心の玉治別司 国依別を伴ひて小雲の流れを溯り 高春山の鬼神を征服せむと出で行きし 高姫黒姫両人を助けにや山家の肥後の橋 膝の栗毛に鞭打ちて草鞋脚絆に身を固め 菅の小笠の草や蓑巡礼姿に身を窶し 谷を伝ひてテクテクと須知蒲生野ケ原を過ぎ 観音峠も乗り越えて教の花の咲き匂ふ 珍の園部や小山郷翼なけれど鳥羽の里 道も広瀬の川伝ひ高城山を右手に見て 名さへ目出度き亀山の珍の館に着きにける。 此処には梅照彦、梅照姫の二人、言依別命の命を奉じ、小やかな館を建て、教を遠近に伝へて居た。三人の姿に驚いて梅照姫は奥に駆入り、 梅照姫『モシモシ御主人様、妙な男が三人やつて来ました。さうして門口に立つて動きませぬ。どう致しませうか』 梅照彦『誰人か知らぬが、服装が悪くつても、如何なる神様が化けて御座るか知れないから、鄭重にお迎へ申したらよからう』 梅照姫は召使の春公を招き、 梅照姫『何人か門に来て居られる筈だから、鄭重にお迎へ申して来なさい』 春公『承知致しました』 と門口に走つて出た。春公は其処をきよろきよろ見廻しながら独言。 春公『庭長にせよと仰有るから迎ひに出たが、誰も居やせぬぢやないか。乞食が三人居る計りで、大切なお客さまは見えはせぬ。ハヽア、もう、つい御座るのであらう。オイ其処な乞食共、其処退いて呉れ。唯今庭長さまがお越しになるのだから、お前のやうな乞食が門口に立つて居ると、見つとも好くない。サアサア何処かへ往つたり往つたり』 竜国別『貴方は当家の召使ですか。梅照彦は居られますかな』 春公『エヽ何をごてごて云ふのだ。人を見下げて召使かなんて、其様なものとはちつと違ふのだ』 竜国別『然らば貴方は当家の御主人ですか』 春公『マアマア何うでもよいわい。どつちかの中ぢや』 竜国別『御主人とあれば、一寸承はり度い事があつて参りました』 春公『そんな者に当家の主人は用が無いわい。早く何処かへ退散せぬか。今庭長さまがお越しになるのだ。邪魔を致すと此箒で撲りつけるぞ』 玉治別『これや、お前は此処の召使だらう。下男だらう。門前に三人の宣伝使が見えて居るのに主人にも取り次がず、追ひ出すと云ふ事があるものか。早く取り次いで呉れ』 春公『取り次がぬ事もないが、今日は俄にお取込みが出来たのだ。庭長さまがお出になるのだから、何れ御馳走をせなくてはならぬ、さうすれば又ちつとは余るから、明日除けて置いてやるから、更めて出て来い。それ迄其辺うちを迂路ついて、今日はまア他家で貰ふが好からう』 玉治別『お前は我々を乞食と見て居るのだなア。それや余りぢやないか』 春公『余りも糞もあつたものかい。縦から見ても、横から見ても乞食に間違ひはない。余りぢやと云うたが、今日は御馳走が余るとも余らぬとも見当がつかぬ。明日出て来い。屹度握り飯のあんまりを一つ位は俺がそつと除けて置いてやる。貴様も腹が空つとるだらうが、まア辛抱をして居れ。俺だつて生れつきの悪人ぢやない。つい十日程前まで、乞食に歩いて、道の端で飢に迫り倒れて居つたところ、此家の主人が拾ひ上げて下さつたのだから何処迄も大切に此門を守らねばならぬのだ。何卒頼みだから暫く他家へ行つて居て呉れ。今庭長さまがお見えになるのだ。若しその庭長さまが、此家の主人にでも何かの端に、此方の門口には乞食が三人立つて居ましたと云はつしやらうものなら、それこそ俺は此家を放り出されて又元の乞食になり、お前等の仲間に逆転せなくてはならぬから、何うぞここは俺を助けると思つて、暫く退却して呉れ。乞食の味は俺もよく知つて居る。辛いものだ。本当に同情するよ。訳の分らぬ無慈悲の奴だと恨めて呉れな』 国依別は大声を発し、 国依別『梅照彦々々々』 と呶鳴つた。春は吃驚して、 春公『コラコラ、そんな非道い事を云ふものぢやない。俺が叱られるぢやないか。乞食が云うたと思はずに、俺が主人を呼び捨てにしたやうにとられては耐らぬぢやないか。些とは俺の身にもなつて呉れ』 竜、玉、国の三人の宣伝使は一時に声を揃へて、 三人『梅照彦々々々』 と呶鳴り付ける。春は、 春公『やアこいつは耐らぬ、ぢやと云うて人の口に戸を立てる訳にも行かないわ。一つ奥へ行つて言ひ訳をして来う』 とバタバタと奥に駆込む。梅照彦は人待顔にて、 梅照彦『お客さまはどうなつたか。早くこちらへ御案内せぬか』 春公『イヤ、未だ見えませぬ。何うしてこんなに遅いのでせうなア』 梅照彦『今何だか大勢の声がしたではないか』 春公『あれは乞食が歌を歌つて御門前を通つたのですよ』 梅照彦『お前の声ではなかつたかな』 春公『イエイエ滅相もない、誰人が御主人様を梅照彦なんて呼びつけに致しますものか。何でも貴方のお名を知つて居る乞食が云つたのでせう』 梅照彦『ハテナ、それでも今妻が、門口に三人のお方が門を開けて呉れと云つてお待ちになつて居ると云うて居た。今御飯の仕度をすると云つて炊事場の方にいきよつたが、もうお客さまは帰つて仕舞はれたのかなア』 春公『イヽエ、まだお客さまは見えませぬ。唯三人の見すぼらしい乞食が、蓑笠を着て、門の傍に立つて居ります』 梅照彦『何、まだ立つて居られるか』 春公『御主人様、貴方はあんな乞食に丁寧な言葉をお使ひになるのですなア』 梅照彦『乞食だつて誰人だつて、同じ神様から生れた人間だ。丁寧に致さねばならぬではないか』 春公『それでも私に対しては余り丁寧ぢやありませぬな。いつも春、春と呼びつけになさるでせう』 梅照彦『そんならこれから、春さまと云つたらお気に入りますかなア』 春公『御尤もでございますなア』 斯く話す折しも、門口から宣伝歌が聞え来る。 (玉治別)『神が表に現はれて善と悪とを立て別ける 此世を造りし神直日心も広き大直日 唯何事も人の世は直日に見直せ聞き直せ 身の過ちは宣り直す三五教の神の教 四方に伝ふる亀山の珍の館を守り居る 梅照彦の門の前遥々訪ね来て見れば 佇み居たる山の神我等の姿を見るよりも 踵を返し奥に入る嗚呼訝かしや訝かしや 主人の妻か下婢か不思議と門に立ち止まり 門の開くを待つうちに躍り出たる下男 我等の前に竹箒掃出すやうな捨言葉 庭長さまが来るまで帰つて呉れいと頑張つて 又もや門をピシヤと締め蒼惶姿を隠しけり 汝梅照彦司三五教の御教を 何と思ふか世の人を貴賤老幼別ちなく 救ひ助けて皇神の教の徳に靡かせつ 世人を守る神司世にも尊き天職を もはや汝は忘れしか神の教を笠に着て 体主霊従利己主義を発揮し居るは三五の 神の教に非ずしてバラモン教の行り方ぞ 我は御国を救はむと晨の風や夕の雨 そぼち濡れつつ高春の山に向うてアルプスの 神の教の司なる鷹依姫を言向けて 世人を救ふ神柱言依別の御言もて 漸う此処に来りしぞ汝が日頃のやり方は 今現はれた下男言葉の端によく見える 貴き衣を身に纏ひ表面を飾る曲人を 喜び迎へ入れながら服装卑しき我々を 唯一言に膠もなく追ひ帰さむと努むるは 全く汝が指金か但は下男の誤りか 詳細に御答へ致されよ朝日は照るとも曇るとも 月は盈つとも虧くるとも仮令大地は沈むとも 神に仕へし身の上は如何なる卑しき姿をも 如何なる見悪き服装せる乞食の端に至るまで 救ひ助けにやおかれまい汝は易きに狎れ過ぎて 救ひの道を忘れしか神は我等と倶にあり 神の勅を畏みて曲津の征途に上り行く 我等一行三人連れ竜国別や玉治別 国依別の宣伝使此処に暇を告げまつる あゝ惟神々々恩頼を蒙りて 早や暮れかかる冬の日を御稜威も高き高熊の 御山を指して進むべし梅照彦よ妻神よ 随分お健でお達者で神のお道に尽くされよ 私はこれにて暇乞ひ三人の司が凱旋を 指をり数へて待つがよいさアさア往かうさア往かう 門前払ひを喰はされて余り嬉しうは無けれども これも何かのお仕組か行けるとこ迄行つて見よう 決して世界に鬼は無い三五教の身の内に 梅照彦の鬼が坐すもしや我等の云ふ事が お気に障れば赦してよあゝ惟神々々 御霊の幸を賜へかし』 と玉治別は大声にて心の丈を歌ひ終つた。 梅照彦は此歌を聞くや、驚いて表門に駆けつけ砂上に頭を下げ、 梅照彦『これはこれは宣伝使様で御座いましたか。まことに下男が粗忽を致しまして、申訳が御座いませぬ。さアさアどうぞお這入り下さいませ』 玉治別『イヤ有難う。かういふ立派なお館へ乞食が這入りましては、お館の名誉にかかはりますから、今日はまアこれで御免を蒙りませう』 梅照彦『お腹立御尤もで御座いますが、つい失礼致しまして……全く下男の業で御座いますから、どうぞ許して下さいませ。さアさア御機嫌直して、トツトとお這入り下さいませ。コレ梅照姫、春公、お詫を申上げないか』 と呶鳴つて居る。二人は此声に驚いて様子は分らねど、梅照彦が土下座をして居るのを見て、自分も同じく大地に平伏して頭を下げた。 玉治別『今貴方は下男が悪いのだと云はれましたな。決して下男ぢやありませぬよ。責任は矢張主人にある。さう云ふ気のつかない馬鹿な男を、門番にするのが第一過りだ』 梅照彦『ハイ、何と仰せられましても弁解の辞がありませぬ』 竜国別『サア、事が分れば好いぢやないか。玉治別、国依別、お世話になりませうかい』 と先に立つて進み入る。二人もニコニコしながら、 玉治別、国依別『アヽ、エライお気を揉ませました。もうこれで一切の経緯は帳消だ。さア梅照彦御夫婦さま、春さま、何うぞ安心して下さいませ』 梅照彦『有難う御座います』 と安心の胸を撫で下し、妻諸共三人の後に従いて奥に入る。春公は門の傍に佇立し、 春公『アヽ庭長さまの御挨拶だつた。お蔭で免職もどうやら免れたやうだ』 (大正一一・五・一六旧四・二〇加藤明子録)
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霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 05 壇の浦 第五章壇の浦〔六九七〕 金剛不壊の如意宝珠を始め、紫の玉の改めて納まりたる錦の宮を背景とせる聖地は何となく活気加はり、神人喜悦の色に満ち、神徳日に日にあがりつつあつた。端なくも黒姫が保管せる黄金の玉の何者にか奪取され、黒姫は責任を帯びて、夜窃に鷹依姫、竜国別、テー、カーの五人、思ひ思ひに聖地を後に、玉の行方を捜索に出でたる事、忽ち神人の間に喧伝され、又もや不安の念に駆られ、何となく物淋しき感じが聖地の空に漂うた。三五教の幹部を始め、信徒は此処彼処に頭を鳩め、此話にて持切りであつた。高姫は錦の宮の傍なる高楼に付属せる八尋殿に宣伝使及び信者を集め、一場の注意を与へむと演説会を開いた。 能弁家の高姫が此突発事件に対し如何なる事を言ひ出すやと、先を争うて立錐の余地なき迄集まつた。高姫は忽ち壇上に立上り、稍怒気を含み目を釣り上げながら、諄々と語り始めた。 高姫は満座を睥睨しながら、 高姫『皆さま、今日は能くこそ御出場下さいました。三五教に取つて一大事が突発致しましたに就ては、今後の注意は申すまでもなく、此処置に就て如何致したら宜しいか。神様の為、国の為、世界人類の為に由々しき大問題で御座います。と云ふのは、御存じの通り、広大無辺な御神徳に依りまして、一旦妾が神界の経綸上、腹に呑み込んだ顕国の御玉の一つ玉、金剛不壊の宝玉は、木の花姫様の御霊の懸らせ給ふお初さまの執成しに依つて、再び御神宝として此お宮に納まる事となり、モ一つの紫の玉は鷹依姫の改心帰順と共に、是亦錦の宮の宝物と相成り、曩に青雲山より運び来りし黄金の如意宝珠と共に、霊力体相揃ひ、いよいよ神政成就の機運到来疑なしと喜ぶ折しも、不注意なる黒姫がために、大切なる黄金の玉を紛失致しました事は、返す返すも残念で御座います。斯の如き大事変が突発して居るのに、皆さまは何ともないのですか。此噂は最早あなた方の耳には幾度も這入つて居る筈です。然るに今日まで妾の許に膿んだ鼻が潰れたとも云つて来た人がないのは、何たる冷淡な事で御座いませう。さぞ神様も諸君の至誠を御満足に思ぼ召すで御座いませう』 と棄鉢口調で八つ当りに当つて見せた。国依別は高姫の立てる壇上に立現はれ、 国依別『高姫さまに御尋ね致します。吾々は此の件に就て、寄り寄り幹部と協議を凝らして居るのですが、何分肝腎の黒姫様の行方が分らないので、如何してよいのか調べる事も出来ない。承はれば貴方は専横にも、独断的に黒姫以下四人を放逐されたと云ふ事だが、そりや又誰の聴許を受けてなされましたか。一応吾々幹部に対し御相談がありさうなものです。これに就ては何か裏面に伏在するのではありますまいか。どうぞ此席上に於て、吾々の疑惑を晴らす為に、詳細なる御報告を願ひます』 高姫『国依別さま、お黙りなさい。神界の事は俄宣伝使の巡礼上りのお前さまに、何うして分りますか。何事も神界の御経綸ですから、出る杭は打たれるとやら、チツトつつしみなされ』 国依別『これは怪しからぬ。これが如何して黙つてをれますか。又あなたが黒姫以下を勝手に処置する権能は何処にあります。玉照彦、玉照姫様の御神慮も伺はず、又教主の御意見も無視して、勝手気儘にそんな事をしても良いのですか。左様な事が貴方に出来るのならば、お二人の宮司も、教主も、幹部も必要はないぢやありませぬか』 高姫『妾はそんな肉体の云ふ事は聞きませぬよ。日の出神の生宮の御指図に依つて申上げたのだ。知慧や学で神界の御経綸が分るものですかい』 国依別『貴方は二つ目に神界々々と仰せられますが、大変に都合のよい隠れ場所を御持ちで御座いますなア。吾々に相談する必要がなければ、何故御招きになりました?』 満座の中より、 (聴衆)『国依別さま頼んますぜ。確り確り』 などと野次る者がある。 高姫『黒姫さまを決して逐出したのではない。妾が道理を説いて聞かし責任のある所を明かに示したのだ。そこで黒姫さまは自発的に尻をからげて玉の探索に行かれたのです。お前さま達もさうキヨロキヨロとして居る時ではありますまい。此広い世の中三人や五人探しに出た所で大海へ落した真珠の玉を探す様なものだ。何時も御道の為には生命も何も捧げると誓つて居るあなた方、此高姫が言はなくとも何故不言実行が出来ませぬか。まさかの時になつたら逃げる奴ばかりぢやと神さまが何時も仰有る。本当に神さまの御言葉は毛筋も違ひませぬ。サア皆さま如何なさる。決して黒姫さま許りの責任ぢやありますまい。国依別さま、あなたはまだ神界の事がテンで分つて居らぬ。自分の席にトツトとお下りなされ』 国依別『貴方は金剛不壊の玉の保管役と承はつて居りますが、大丈夫ですかな。余り他の事を云ふものぢやありませぬぞ。今日の非は他人の事、明日の非は吾事と云ふ事をちツとは御考へなさい』 高姫『何をツベコベと云ふのだい。此高姫が保管する以上は、どんな偉い者が来ても、指一本触へさすものではありませぬ。万一其玉が損失する様な事があるとしたら、二度とお目に掛りませぬワ』 と肩を四角にし、少し腮を前へ突出し、憎々しげに言ひ放つた。満座の中より、 (聴衆)『まさか違うたら呑み込むのだから大丈夫だよ。大方黄金の玉も呑んだのかも知れないぞ。国依別さま、シツカリ頼む』 と野次る。高姫益々語気を荒らげ、 高姫『千騎一騎の此場合、芝居見物か二十世紀の議会の様に、野次ると云ふ不心得者は誰だ。顔を隠して作り声をして、卑怯未練な。何故堂々と、意見があるなら高姫の面前へ現はれて仰有れ。卑怯ぢやありませぬか。たかが女の一人、一人前の男が其態は何の事だい』 と呶鳴りつける。満座の一同は手を拍つて、 (聴衆)『ワアイワアイ』 と笑ひさざめく。 高姫『皆さまは此席を何と心得て御座る。斯かる神聖な八尋殿に集まりながら、不届千万ではありますまいか。此高姫の云ふ事が気に入らねば、トツトと出て貰ひませう。沢山に頭数はごまめの様にあつても、どれ一つ間に合ふ者はない。なんと人民と云ふ者は情ないものだなア』 国依別『皆さま、高姫さまのお言葉が気に入らぬ方は、御註文通り御退場を願ひます』 大勢の中より、 (聴衆)『国依別さまの仰せの通り、気に入らぬ者に退場せよなら、残る者は高姫一人よりないぞ、それでも良いか』 と怒鳴りたてる。高姫は躍気となり、 高姫『神界の帳を切られても好ければ、トツトと出たが宜しい』 大勢の中より、 (聴衆)『お前さまに帳を切られても、神界から切られなければ宜しい』 と叫ぶ者がある。場内は忽ち喧々囂々、鼎の沸く如く、雀蜂の巣を突き破つた如くであつた。 此時言依別命は若彦、紫姫、玉治別と共に壇上に悠然として現はれた。 一同は拍手して言依別命を迎へた。今や散乱せむとしつつあつた数多の信者は、再び腰を下し、花形役者の言依別命が高姫に対する論戦の矢は如何にと固唾を呑んで待つ事となつた。言依別命は満座に向ひ、声も淑かに、 言依別命『皆さま、今日は高姫さまの招きに依つて御集合になつたさうですが、何か纏まつた御話でも御座いましたか』 と極めて平静の態度で、微笑を浮べながら、満座に問うた。座中より一人の男がスツクと立上り、 男『不得要領、何が何だか訳が分りませぬ。何だか黒姫さまが玉を奪られたとか云つて、ブウブウと私達一同に熱を吹かれるのですから、堪りませぬ』 言依別命『如何なる事かと思へば、黄金の玉の紛失事件ですか。それは少しも御心配はいりませぬ。何事も神さまの御経綸ですから、誰一人として神さまに対し不都合は御座いませぬから、御安心下さいませ』 高姫は口を尖らし、 高姫『コレコレ教主さま、あなたは何と云ふ事を仰有るのですか。三千世界を水晶にする誠の生粋の御玉を紛失しながら、肝腎の御方からそんな気楽な無責任なことを云つて如何なりますか。それだからあなたは変性女子の野良久羅者だと人が云ふのですよ。チツとは責任観念をお持ちなされ』 言依別命『世界を自由に遊ばす大神様が御守護の錦の宮、加ふるに玉照彦、玉照姫の神人が御守護遊ばし、且つ地は自転倒島の中心点、地の高天原の宮屋敷ではありませぬか。何事も皆神界のご経綸です。御心配は要りますまい。余り黒姫さまを御責になると、あなたも亦お困りになる事が出来ますぞ』 高姫『エー奴灰殻の柔弱な言依別、モウ愛想が尽きました。これから妾が此高天原を背負うて立つ考へだ。お前さまにも一つの責任がある。黄金の玉が再び手に入るまで教主の席をお辷りなさい。日の出神が高姫の口を藉りて申し付けるツ』 言依別命『私は教主の地位に恋々として居る者ではありませぬ。併し乍ら此聖地は貴女が教主になつて治まる所ではありませぬ。やがて貴女は黒姫さま同様、玉を探しに行かねばなりますまい』 高姫『エー何を仰有る。妾が今聖地を出ようものなら、サツパリ暗雲だ。終局には金剛不壊の宝珠も、紫の玉も、亦紛失するかも知れませぬぞ』 言依別命『万一其玉が紛失して居たら、貴女は如何なさいますか』 高姫『そんな事仰有るまでもなく、此高姫が一つよりない首を十でも二十でも進上致しますワイな。そんな間抜と思つて御座るのですか。チツト黒姫とは品物が違ひます。あんまり見違ひして下さいますな。お前さまは教主と云つても、ホンの看板も同然、斯んな所へ出て来る場合ぢやありませぬ。スツ込んで居なさい、空気抜けさま』 言依別命『あなたの保管して居られる玉を一寸此処で皆さまに拝ましてあげて貰ひたい。斯う云ふ人心不安な時は噂は噂を生み、金剛不壊の玉も、紫の玉も紛失したげな……と大変な評判が立つて居ますから………』 高姫『エー人間と云ふ者は仕方のないものだナ。天眼通でチヤンと見えて居る、決して紛失なんかして居ませぬ。直にお目に掛けます。折角妾が保管して置いた秘密場所を見せた以上は又場所を替へねばならぬ。どんな奴が信者に化けて這入り込んで居るか分つたものぢやない。妾は黒姫の様に松の木の根元へ隠し、毎晩々々、降つても照つてもお百度参りをして終局に人に嗅ぎつけられる様な拙劣な事はやりませぬワイなア、ヘン』 と稍軽侮の色を大勢の前に曝しながら、 高姫『皆さま玉を拝ましてあげる。目が潰れぬ様にシツカリとしなされ』 と云ひながら、八尋殿の畳を一枚剥り、中より恭しく桐の箱を取り出し、 高姫『皆さま如何です。斯う云ふ近い所に隠してあつても分りますまいがな。それだから灯台下は真暗がりと云ふのですよ。チツト身魂を研きなされ。言依別様、お前さまの命令した所とは違ひませうがな。お前さまの命令通り行つて居らうものなら、黒姫の様にサツパリな目に遇うて居るのぢや。サア蓋を開けて検めて御覧』 言依別命『どうぞ貴女開けて下さい』 高姫『さうだらうさうだらう。此玉は実地誠の御神徳がないと、何程教主でも、身魂の曇りが現はれて、恥しうて、面を向ける事も出来ませぬワイ。サア皆さま、目のお正月を為してあげるから、心の饑饉を起してはなりませぬぞや』 と得意気に、 高姫『サア此処に金剛不壊の如意宝珠の御宝、一つは紫の御玉、身魂が研けて居らぬと、玉石混同と云つて、石塊に見える人もありますよ。千里の馬も伯楽を得ざれば駑馬で終るとやら、皆さま、シツカリ眼を据ゑ、身魂を光らして御覧……否拝観なされ』 と口を一の字に結び、横柄な面付しながら、二三回玉箱を頭上に捧げ、静かに被覆を外し唐櫃の蓋を開けるや否や、顔色サツと蒼白色に変じ、舌を捲き、目を梟の如く円くし、肩を細く高くこぢあげ、首を半分ばかり肩に埋め、無言の儘立つて居る。 言依別命『高姫さま、立派な霊光が輝き給ふでせうなア』 国依別はツカツカと進み寄り、玉箱の中を覗いて見て、 国依別『ヤアこりや何だ。皆さま、玉と思ひの外、何時の間にか石に変つて居りますよ。これは誰の責任でせう。一つよりない首を沢山に渡さねばならぬ手品が見られようかも知れませぬ。とは云ふものの大変な事が出来致しました』 一同はアフンとして呆れ返るばかりであつた。紫姫は、 紫姫『モシ高姫さま、こりや又何うした訳ですか』 高姫『何うでもありませぬ。斯うして石に見えてもヤツパリ正真正銘の如意宝珠、お前さま達一同の身魂が悪いから、宝珠様が石に化けちやつたのだ。神さまは鏡も同様だから、皆さまの心が石瓦同然だから、皆さまの意の如く変化遊ばすのだ。それで如意宝珠と申します。……コレコレ如意宝珠様、さぞあなたは御無念でせう。せめて二三日か一週間、皆さま水行をしてお出でなされ。さうしたら本当の宝珠の御神体が拝めますよ』 大勢の中より、 (聴衆)『オイ、高姫さま、何程研いても、見直しても、石はヤツパリ石ぢやないか。此中に一人や半分、魂の研けた者がないとはいへまい。それに誰も玉ぢやと言ふ者がないぢやないか。お前さまはあんまり慢心が強いから奪られたのだよ。さうでなくばウラナイ教を再設する積りで、黒姫と申合せ、黒姫に黄金の玉を持つてフサの都へ先へ帰らせ、自分は残りの二つの玉を何々して謀叛を企むのだらう』 高姫クワツとなり、 高姫『誠一つの大和魂の日の出神の生宮に向つて、何と云ふ事を仰有る。サア此処へ出て来なさい。黒白を分けてあげるから』 大勢一度に、 (聴衆)『ウラナイ教、ウラナイ教の再設。……悪の道へ逆転旅行の張本人……』 と口々に呶鳴り立てる。高姫は烈火の様になつて、 高姫『エー残念々々、此腹を切つて見せてやりたいやうだ』 と壇上に地団駄を踏む。 言依別命『高姫さま、何事も神界の御都合でせう。先づ御安心なさいませ。御一同さま、此れには何か神界の御都合のある事と私は確く信じます。どうぞ鎮まつて下さい。責任は私が負ひますから……』 と淑かに宥める。一同は教主の挨拶に是非なく、ブツブツ呟き乍ら錦の宮に拝礼し、各家路に帰つて行く。 高姫は面を膨らし、石の玉箱を小脇に抱へ、夜叉の如き相好を寒風に曝し乍ら、己が居宅へ一散走りに帰り行く。傍の榎の枝に烏が二三羽、寒風に揺れ乍ら、枝の先にタワタワと波を打ち、空中に浮つ沈みつ『阿呆々々』と鳴き立てて居る。 (大正一一・五・二五旧四・二九松村真澄録)
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(1808)
霊界物語 22_酉_鷹鳥山の鷹鳥姫 13 寂光土 第一三章寂光土〔七〇五〕 嵐のたけぶ魔谷ケ岳バラモン教に立籠る 蜈蚣の姫を教主とし朝な夕なに真心を 捧げて尽す金助も心の駒を立直し 神の御稜威も鷹鳥の山の谷間に湧き出づる 流れも清き清泉魂を洗ひて忽ちに 心の園に一輪の花の薫りを認めてゆ 直に開く大御空高天原に日月の 光隈なく照り渡り娑婆即寂光浄土の真諦を 悟るや忽ち黄金の衣に包まれ煌々と 輝き渡る神御霊紫磨黄金の膚清く 身の丈三丈三尺の三十三魂と成り変り 鷹鳥山の山頂に宇宙万有睥睨し 茲に弥勒の霊体を現じて四方を照しける 折しもあれや玉能姫鷹鳥姫は山上の 光を求めて岩ケ根の庵を後にエチエチと 近づき見れば金像は五丈六尺七寸の 巨体と変じ給ひつつ左右の御手に鷹鳥の 神の司や玉能姫物をも言はず鷲掴み 中天高く投げやれば翼なき身の鷹鳥の 姫の司は忽ちに元の庵に恙なく 投げ返されて胸をつき心鎮めて三五の 道の蘊奥を細々と奥の奥まで探り入る 玉能の姫は中天に玉の如くに廻転し 再度山の山麓に落ちて生田の森の中 木々の若芽も春風に薫る稚姫君の神 鎮まりいます聖場へ端なく下り着きにけり 遠き神代の昔より皇大神の定めてし 五六七神政の経綸地時節を待つて伊都能売の 貴の御霊の姫神と仕へて茲に時置師 此世を忍ぶ杢助が妻のお杉の腹を藉り 生れ出でませし初稚の姫の命と諸共に 清く仕ふる三つ御霊三五の月の皎々と 四海を照らす神徳を暫し隠して岩躑躅 花咲く春の先駆を仕組ませ給ふ尊さよ あゝ惟神々々御霊幸はひましまして 鷹鳥山の頂に示現し給ひし弥勒神 深き経綸の蓋開けて輝き給ふ時待ちし 堅磐常磐の松の世の栄え目出度き神の苑 花は紅葉は緑天と地とは紫に 彩る神代の祥瑞に天津神等国津神 百の神々百人は雄島雌島の隔てなく 老木若木の差別なく栄ゆる御代に大八洲 樹てる小松のすくすくと天津御光月の水 受けて日に夜に伸ぶる如進む神代の物語 黄金閣の頂上に輝き渡る日地月 貴の瓢の永久に開くる御代の魁を 語るも嬉し神館月の桂を手折りつつ 言葉の花を翳しゆく醜の魔風の吹き荒び 朽ちよ果てよと迫り来る曲の嵐も何のその 松の操のどこまでも神の御業に仕へずば 固き心は山桜大和心のどこまでも ひきて返さぬ桑の弓言葉のツルを手繰りつつ 五六七の代まで伝へ行くミロ九の神代を松村が 心真澄のいと清く山の尾の上に馥郁と 咲き匂ひたる教の花太折りて語郎善美世は 開き始めて北村氏隆き御稜威も光りわたり 海の内外の山川も草木もなべて皇神の 豊の恵二浴しつつ神代を祝ふ神人の 稜威の身魂を照らさむと雪に撓める糸柳の いと軟らかに長々と二十二巻の小田巻の 錦の糸を繰返し心も加藤説き明す 鷹鳥山の高姫が娑婆即寂光浄土をば 心の底より正覚し国治立の神業に 仕へ奉りて素盞嗚の神の尊の神力を 悟り初めたる物語言の葉車欣々と 風のまにまに辷り行くあゝ惟神々々 御霊幸はひましませよ。 鷹鳥姫は玉能姫を伴ひ、山上の光を目標に登り行つた後に、若彦は金助、銀公の両人に対し、三五教の教理を説き諭す折しも、如何はしけむ、金助、銀公の二人はキヤツと一声叫ぶと共に其の場に倒れ、人事不省に陥つて了つた。若彦は驚いて谷水を汲み来り、両人の面部に伊吹の狭霧を吹き掛け、甦らさむと焦る折しも、風を切つて頭上より降り来る鷹鳥姫の姿に二度ビツクリ、近寄り見れば、鷹鳥姫は庭前の青苔の上に仰向けとなり大の字になつて、 鷹鳥姫『ウン』 と云つたきり、ピリピリと手足を蠢動させて居る。若彦は周章狼狽為す所を知らず、右へ左へ水桶を提げた儘駆けまはる途端に、鷹鳥姫の足に躓き、スツテンドウと其の上に手桶と共に打倒れた。手桶の水は一滴も残らず大地に吸収されて了つた。若彦は如何したものか、挙措度を失ひし結果、立上る事が出来なくなつて了つた。庭前の苔の上にやうやう身を起し、坐禅の姿勢を取り、双手を組んで溜息吐息、思案に暮れて居る。 若彦『嗟、金、銀の両人と云ひ、力と頼む鷹鳥姫様は此の通り、介抱しようにも腰は立たず、加ふるに妻の玉能姫の消息はどうなつたであらう。神徳高き鷹鳥姫様でさへ斯の如き悲惨な目に遇ひ給うた位だから、吾妻も亦どつかの谷間に投げ棄てられ、木端微塵になつたかも知れない。あゝ、神も仏もないものか』 と稍信仰の箍が緩まうとした。時しもあれや、バラモン教のスマートボール、カナンボールを先頭に、鉄、熊、蜂其他数十人の荒男、竹槍を翳しながら此方を指して進み来り、此態を見て何と思つたか近寄りも得せず、垣を作つて佇み居る。神殿に参拝し居りし七八人の老若男女の信徒は、此惨状と寄せ来る敵の猛勢に肝を潰し、裏口よりコソコソと遁れ出で、這々の態にて山を駆登り、何処ともなく消散して了つた。 山桜は折柄吹き来る山嵐に打叩かれて、繽紛として散り乱れ、無常迅速の味気なき世の有様を遺憾なく暴露して居る。若彦は漸く吾に返り独語。 若彦『あゝ兵は強ければ亡び、木硬ければ折れ、革固ければ裂く。歯は舌よりも堅くして是れに先立ちて破るとかや。吾々はミロクの大神の大御心を誤解し、勝に乗じて猛進を続け、進むを知つて退き、直日に見直し聞直し、宣直す事を怠つて居た。日夜見直せ宣直せの聖言も、機械的無意識に口より出づる様になつては、モウ駄目だ。あゝ過つたり誤つたり。 積む雪に撓めど折れぬ柳こそやはらかき枝の力なりけり とは言依別命様の御宣示であつた。慈愛深き大神様は吾々に恵の鞭を加へさせ給うたのか、殆ど荒廃せむとする身魂を、再び練り直し給ひしか、あゝ有難し辱なし、神様、お赦し下さいませ。神や仏は無きものかと、今の今まで恨みの言葉を申し上げました。柔能く剛を制すの真理を、何故今迄悟らなかつたか。口には常に称へながら有言不実行の罪を重ねて来た吾々、実に天地に対し恥かしくなつて来ました。鷹鳥姫様が斯様な目にお遇ひなさつたのも、玉能姫の消息の分らないのも、吾脛腰の立たなくなつたのも此若彦が誤解の罪、実に神様は公平無私である。敵味方の区別を立つるは吾々人間の煩悩の鬼の為す業、慈愛深き神の御目より見給ふ時は、一視同仁、敵味方などの障壁はない。あゝ神様、あゝ、此世を造り給ひし大神様、心も広き厚き限りなき神直日大直日の神様、何卒々々、至らぬ愚者の吾々が罪、神直日大直日に見直し聞直し下さいませ。今迄の曲事は唯今限り宣り直します』 と声を曇らせ、バラモン教の一味の前に在る事も打忘れ、浩歎の声を洩らして居る。スマートボールは声も荒々しく、 スマートボール『ヤイ三五教の青瓢箪、若彦の宣伝使、態ア見やがれ。金助、銀公の二人を貴様の宅に捕虜にして居やがるのだらう。其天罰でバラモン教の御本尊大国別命様に睨み付けられ、鷹鳥姫は其態、貴様は又脛腰も立たず何をベソベソと吠面かわくのだ。俺達はバラモンの教の為に魔道を拡むる汝等一味を征伐せむが為に実行団を組織し此場に立向うたのだ。これから此スマートボールが汝等一味の奴輩を、芋刺し、串刺し、田楽刺し、山椒味噌を塗りつけて炙つて食つて了ふのだ。オイ泣き味噌、貴様も肝腎要の所で、大変な味噌を付けたものだなア。コリヤ鬼味噌、何を殊勝らしく祈つて居やがるのだ。天道様もテント御聞き遊ばす道理がないぞ。サアこれから顛覆だ』 と槍の穂先を揃へて前後左右よりバラバラと攻め掛る。悔悟の涙に暮れたる若彦は、最早心中豁然として梅花の咲き匂ふが如く、既に今迄の若彦ではなかつた。傲慢無礼のスマートボールが罵詈雑言も侮辱も、今は妙音菩薩の音楽か、弥勒如来の来迎かと響くばかりになつて居る。 若彦『アヽ有難い。われも北光の神様になるのかなア。どうぞ早く目を突いて欲しい。慗に肉眼を所有して居るために、宇宙の光を認むることが出来ないのだ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と一生懸命に心中に暗祈黙祷を続けて居る。スマートボールは、 スマートボール『オイ、カナン、どうだ。これ丈勢込んでやつて来たのに、一つの応答もせず、又反抗的態度も行らない奴に向つて、攻撃するも馬鹿らしいぢやないか。如何したらよからう』 カナンボール『今こそ三五教を顛覆させるには千載一遇の好機だ、何躊躇逡巡する事があるか。一思ひにやつて了へよ、スマートボール』 スマートボール『併し乍ら、お前は屋内に駆入り、金、銀の在処を探して呉れよ。俺は是から此奴等に引導をわたさねばならぬ。……鷹鳥姫の婆、並びに若彦のヘボ宣伝使、よつく聞け。此世は大自在天大国別命の治しめす世の中だ。然るに何ぞ、天則違反の罪を負ひて、永遠無窮の根底の国に、神退ひに退はれた国治立命や、現在漂浪の旅を続けて居る素盞嗚尊の悪神を頭に戴き、猫を被つて、天下を混乱させむとは憎き奴共。天はバラモン教の蜈蚣姫が部下スマートボールの手を借りて汝を誅戮すべく此処に向はせ給うたのだ。サア此世の置土産、遺言あらば武士の情だ、聞いてやらう。娑婆に心を残さず、一時も早く幽界に旅立到せ。覚悟はよいか』 と部下に目配せしながら、竹槍をすごいてアワヤ一突にせむとする折しも、中空より急速力を以て降り来れる一塊の火弾、忽ち庭の敷石に衝突して爆発し、大音響と共に四面白煙に包まれ、咫尺を弁ぜざるに立到つた。中よりコンコンと白狐の鳴き声、谷の彼方此方に警鐘を乱打せし如く、頻りに聞えて来た。レコード破りの大音響に、失心して居た鷹鳥姫はハツと気が付き、頭を上げて眺むれば、四辺白煙に包まれ、身は空中にあるか地底にあるか、判別に苦しみつつ、独り頭を傾けて記憶の糸を手繰つて居る。金助、銀公両人もハツと気が付き、咫尺も弁ぜぬ白煙の中を腹這ひながら表に出で、若彦、鷹鳥姫の傍に知らず識らずに寄つて来た。忽ち空中より優美にして流暢な女神の声にて、 女神『三五教の宣伝使鷹鳥姫、若彦の両人、よつく聞かれよ。取別けて鷹鳥姫は執着の念未だ去らず、教主言依別命の示諭を軽視し、執拗にも汝が意地を立てむとし、神業繁多の身を以て聖地を離れ、此鷹鳥山に居を構へ、大神を斎り、汝が失ひし二個の宝玉を如何にもして再び取返さむと、千々に心を砕く汝の熱心、嘉すべきには似たれども、未だ自負心の暗雲汝が心天を去らず、常に悶々として至善至美なる現天国を悪魔の世界と観じ、飽くまでも初心を貫徹せむと、迷ひに迷ふ其果敢なさよ。地上に天国を建設せむとせば、先づ汝の心に天国を建てよ。迷ひの雲に包まれて、今や汝は地獄、餓鬼、修羅、畜生の天地を生み出し、汝自ら苦む其憐れさ。片時も早く本心に立復り、自我心を滅却し、我情の雲を払拭し、明皓々たる真如の日月を心天心海に輝かし奉れ』 と厳かに神示を宣らせ給ひ、御姿は見えねども、空中を帰り給ふ其気配、目に見る如くに感じられた。鷹鳥姫は夢の覚めたる如く心に打諾き、 鷹鳥姫『アヽ謬れり謬れり、今迄吾々は神界の為、天下万民の為に最善の努力を尽し、不惜身命の大活動を継続し、五六七神政の御用に奉仕せしものと思ひしは、わが心の驕なりしか。アヽわれ如何に心力を尽すと雖も、無限絶対、無始無終の大神の大御心に比ぶれば、九牛の一毛だにも及び難し。慢心取違の………われは標本人なりしか、吁浅ましや浅ましや。慈愛深き誠の神様、何卒々々鷹鳥姫が不明を憐れみ給ひ、神業の一端に奉仕せしめられむことを懇願致します。唯今より心を悔い改め、誠の神の召使として微力の限りを尽させ下さいませ。神慮宏遠にして、吾等凡夫の如何でか窺知し奉るを得む。今まで犯せし天津罪国津罪は申すも更なり、知らず識らずに作りし許々多久の罪穢を恵の風に吹払ひ、助け給へ。アヽ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世』 と両手を合せ、感謝の涙に咽びながら一心不乱に天地の神霊に謝罪と祈願を籠めて居る。四辺を包みし白煙は忽ち晴れて、四辺を見れば此は如何に、鷹鳥姫が庵の前の苔蒸す花園であつた。何処よりともなく三柱の美人、上枝姫、中枝姫、下枝姫は、玉の如き顔貌に、梅花の笑ふが如き装ひにて現はれ来り、鷹鳥姫、若彦、金助、銀公の手を取りて引起し、懐より幣を取出して四人が塵を打払ひ、労はり助けて庵の内に進み入る。スマートボール、カナンボール以下一同は如何はしけむ、身体強直し、立はだかつた儘此光景を不審げに目送して居る。谷の木霊に響く宣伝歌の声、雷の如く聞えて来た。 (大正一一・五・二七旧五・一松村真澄録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 04 長高説 第四章長高説〔七一六〕 杢助は魔我彦、竹彦二人と共に窃に聖地に帰り、表戸を閉し暫らく外出せず、聖地の様子を窺つて居た。玉治別、若彦、国依別の三宣伝使も密に聖地に帰り、国依別が館に深く忍び、高姫一派の陰謀を偵察しつつあつた。神ならぬ身の高姫は此事は夢にも知らず、鬼の来ぬ間の洗濯するは今此時と、私かに聖地の役員信徒の宅に布令を廻し、緊急事件突発せりと触れ込んで、錦の宮の八尋殿に集めた。 此日は風烈しく急雨盆を覆へす如く、雷鳴さへも天の東西南北に巻舌を使つてゴロツキ出した。斯かる烈しき風雨雷電にも屈せず、緊急事件と聞いて爺も婆も猫も杓子も、脛腰の立つ者は満場立錐の余地なきまでに寄り集まつた。此時高姫は烏帽子、狩衣厳めしく神殿に進み、言依別の教主、尻でも喰へと言ふ鼻息にて斎主を勤め、型の如く祭典を済ませ、アトラスの様な曼陀羅の面を講座の上に曝し、満座の一同に向ひ、鬼の首を篦で掻き斬つた様に得意気に壇上に肩を揺り、腮を上下にしやくり乍ら、 高姫『皆さま、今日は斯くの如き結構なお日和にも拘らず、残らず御参集下さいまして、日の出神の生宮も満足に存じます。言依別の教主は先日より少しく病気の態にて引き籠られ、又杢助の総務殿は何れへかお出でになり、此三五教の本山は首の無い人間の様だ、二進も三進も動きが取れないと、大勢様の中には御心配遊ばしたお方があつた様ですが、日の出神の御神徳は偉いものです。教主が出勤せなくても、杢助其他の幹部宣伝使が居なくても、御神力に依つて、斯くの如く一人も残らず参集して下さつたと言ふのは、未だ天道様は此高姫を捨て給はざる証で御座いませう。杢助総務の召集でも言依別の教主の召集でも、此八尋殿の建設以来、是だけ立錐の余地なき迄お集まりになつた事は御座いませぬ。それだから神力が強いか、学力が強いか、神力と学力との力競べを致さうと神様が仰有るのです。論より証拠、実地を見て御改心なさるが一等です。時に緊急事件と申しまするのは外でも御座らぬ。我々日の出神の生宮、而も変性男子の系統の肉体、及び錚々たる幹部の御連中を差措き、たかの知れたお節の成り上りの玉能姫や、杢助の娘お初の如き者に、ハイカラの教主が大切なる御神業をソツと命令し、吾々始め幹部の御歴々にスツパヌケを喰はすと言ふ事は、如何に御神業とは言へ、吾々一同を侮辱したる仕打ちでは御座りますまいか。幹部役員は申すも更なり此処にお集まりの方々は何れも熱心なる三五教の信者様計りで御座りませう、神様のお仕組の御用を各々に致し度いばつかりで、地位財産を捨てて此処へ来乍ら、訳の分らぬ杢助一派の者に蹂躙されて、指を啣へてアフンとして見て居ると言ふ事がありませうか。斯う見渡す所、大分立派な男さまも居られますが、貴方等は睾丸を提げて居られますか。実に心外千万ではありますまいかな』 加米彦は満座の中よりヌツと立ち上り、 加米彦『高姫さまに質問があります、何事も神界の御経綸は我々人間の容喙すべき所ではありますまい。如何に日の出神の生宮ぢやと仰有つても、神様が高姫さまの命令に服従せよとは、何処の筆先にも書いてはありませぬ。日の出神呼ばはりは廃めて貰ひ度い。貴女こそ聖地及び神界の御経綸を混乱顛覆させる魔神の容器でせう』 高姫は講座より地団駄を踏み、目を釣りあげ、 高姫『誰かと思へば汝は秋山彦の門番加米彦ではないか。世界の大門開きを致す此高姫の申す事、たかが知れた一軒の家の門番が容喙すべき限りでない。すつ込つで居なされ』 と一口に叩きつけ様とする。加米彦は負ず気になり、高姫の立てる壇上に現はれて一同を見渡し、 加米彦『皆さま、私は今高姫さまの仰せられた如く、秋山彦の門番を致して居りました加米彦で御座いますが、然し乍ら高姫さまも大門の番人ぢやと只今自白されたではありませぬか。門番の分際として大奥の事が如何して分りませう。それに就いても私は秋山彦の館、即ち神素盞嗚大神、国武彦命様の御隠れ館の門番を致して居つた者、其時に冠島、沓島の鍵を応答なく盗んで行つて玉を呑み込んだ人があると言ふ事は、私が今申し上げずとも、皆さんは既に已に御承知の事と存じます。斯様なる権謀術数到らざるなき生宮さまの言葉が、如何して真剣に真面目に信ぜられませうか。皆様冷静によく御考へを願ひます』 座中より『尤も尤も』『賛成々々』『ヒヤヒヤ』『ノウノウ』の声交々起つて来る。 高姫は烈火の如く、 高姫『今「ノウノウ」と言つたお方は此日の出神の前に出て来て下さい。吾党の士と考へます。サア早く此処へお越しなされ』 加米彦『恐らく一人もありますまい、私の説に対し「ノウノウ」と言つたお方は賛成の意味を間違つて言はれたのでせう。皆さま、失礼な申し分で御座いますが、中には老人や子供衆も居られますから、一寸説明を致します。「ヒヤヒヤ」と言へば私の説に賛成したと言ふ事、「ノウノウ」と言へば賛成せないと言ふ事です。如何です。尚一度宣り直して貰ひませう。さうして不賛成のお方は「ノウノウ」と言つて下さい』 場の四隅よりは『ヒヤヒヤ』の声計りである。殊更大きな声で『ノウノウ、然し高姫の説にはノウノウだ』と付け加へた。高姫は口角泡を吹き乍ら、 高姫『皆さま、今となつて分らぬと言うても余りぢやありませぬか、大切なるお宝を隠されて、よう平気で居られますな。第一言依別のドハイカラの教主は、杢助の様な奴にチヨロまかされ、系統の生宮の高姫を疎外し、さうして其宝をば何処かへ隠して仕舞つた。皆さまはそんな章魚の揚壺を喰はされた様な目に遇ひ乍ら、平気で御座るとは無神経にも程があるぢやありませぬか。何程言依別の教主が偉くても、杢助の力が強くても、神界の事が学や智慧で分りますか。昔からの根本の因縁、大先祖は如何なる事を致して居つたか、如何なる因縁で此世へ生れて来たか、日の出神の誠のお活動は如何なものか、竜宮の乙姫様の御正体は如何かと言ふ明瞭な答へが出来ますか。モウ是からは錦の宮を始め此八尋殿は、及ばず乍ら此高姫が総監致します。玉能姫や初稚姫の女を選んで、大切な御用をさせると言ふ訳の分からぬ教主に、随喜渇仰して居る方々の気が知れませぬ。チツと皆さん、耳の穴を掃除して日の出神の託宣を聞き、活眼を開いて実地の行ひをよくお調べなされ。根本の要を掴んだ日の出神の生宮を差措いて、枝の神の憑つた肉体に何が分りますか。ここは一つ……誰の事でも無い、皆お前さん等の一身上に関する大問題、否国家の大問題です』 加米彦『只今高姫さまのお言葉に就いて異議のある方は起立を願ひます』 一同は残らず起立し『異議あり異議あり』と叫んだ。 加米彦『皆さまの御精神は分りました。私の申した事に御賛成のお方は何卒尚一度起立を願ひます』 高姫は隼の如き目を睜り、各人の行動を監視して居る。壇下の信者は高姫に顔を睨まれ、起立もせず坐りもせず、中腰で居るものも沢山あつた。 加米彦『皆さまに伺ひますが、教主が神界の御命令に拠つて、玉能姫さま、初稚姫さまに御用を仰せ付けられたのが悪いとすれば、まだまだ横暴極まる悪い事が此処に一つある様に思ひます』 聴衆の中より『有る有る、沢山にある』と呶鳴る者がある。 加米彦『その職に非ざる身を以て、神勅も伺はず、教主の承諾も得ず、部下の役員を任免黜陟すると言ふ事は、少しく横暴ではありますまいか。黒姫様、鷹依姫様、竜国別様、テーリスタン、カーリンスを聖地より追出したのは、果して何人の所為だと思ひますか』 此時高姫は肩を斜に聳やかし乍ら、 高姫『加米彦、そりや何を言ひなさる。系統の生宮、日の出神が命令をなさつて、黒姫以下を海外諸国へ玉探しにお遣り遊ばしたのだ。何程言依別や初稚姫が偉いと言つても、日の出神には叶ひますまい。学や智慧で定めた規則が何になるか。そんな屁理屈は神界には通りませぬぞや』 加米彦『これ高姫さま、お前さまは二つ目には日の出神だと仰有るが、そんな立派な神様なら何故宝玉を隠されて、それを知らずに居りましたか。それの分らぬ様な日の出神なら我々は信頼する丈けの価値がありませぬ』 一同は『ヒヤヒヤ』と叫ぶ。中には『加米彦さま、確り頼みます』と弥次る者もあつた。 高姫『誰が何と言つても日の出神に間違ひはない。そんな小さい事に齷齪して居る様な日の出神なれば、如何して此三千世界の御用が勤まりますか。物が分らぬにも程がある。仮令此高姫一人になつたとて此事仕遂げねば措きませぬぞ』 加米彦『高姫さま、一人になつてもと今言はれましたな。此通り沢山の方々が見えて居つても、只一人も貴女の説に賛成する者が無いのを見れば、既に已に一人になつて居るのではありませぬか』 場の四隅より『妙々』『賛成々々』『しつかり頼む』『孤城落日』等の弥次り声が聞えて来た。 高姫『盲目千人、目明一人の世の中とはよくも言つた者だ。神様の御心中をお察し申す。あゝあ、斯んな分らぬ身魂の曇つた人民計りを、根の国、底の国の苦しみから助けてやらうと思召す大神様や、日の出神様の広大無辺のお心がおいとしい』 と涙を拭ふ。 加米彦『高姫さま、貴女の誠心は我々も認めて居りますが、然し乍ら根本的に大誤解があるのを我々は遺憾に存じます。貴女の肉体は変性男子の系統だから曲津神が抱込んで、国治立大神のおでましを妨害し、再び悪魔の世界にしやうとして居るのですから、ちつとは省みなさつたが宜しからう、我々の様な肉体に憑つた処で悪魔の目的は達しない。断つても断れぬ系統の肉体を応用して日の出神だと誤魔化すのですから御用心なさらぬと、遂には貴女の身の破滅は言ふに及ばず、大神様の御経綸を妨害し天下に大害毒を流す様になりますから、此処は一つ冷静にお考へを願ひたい。寄ると触ると幹部を始め数多の信者は、此事計りに頭を悩めて居りますが、然し貴女が変性男子の系統でもあり、断つても断れぬお方ぢやと言ふので皆遠慮して居るのです。此加米彦なればこそ、職を賭して斯かる苦言を申し上げるのです。決して貴女を排斥しようとか、除け者にしようとの悪い心は少しもありませぬ。第一貴女のお身の上を案じ、大神様の御経綸を完全に成就して頂き、世界の人民もミロクの神政を謳歌し、一時も早く松の世をつくり上げ度いとの熱心から御忠告を申し上げるのです。何卒よくお考へを願ひます』 高姫『秋山彦の門番、加米彦、そりや何を言ふか。ヤツとの事で宣伝使の末席に加へられたと思つて、ようツベコベと其んな屁理屈が言へたものだ。系統を抱き込んで目的を立てると言ふ事は、それは言依別命の事だ。此高姫は正真正銘の変性男子よりも早い神様の御降臨、云はば変性男子よりも高姫の方が先輩と云つても異論はありますまい。打割つて言へば、変性男子よりも此日の出神の生宮が教祖とならねばならぬ者だ。変性男子の肉体は最早昇天されたのだから、後は高姫が教祖の御用をするのが神界の経綸上当然の帰結であります。然し乍ら一歩を譲つて変性女子の言依別を教主にしてやつて置いてあるのは、皆此高姫が黙つて居るからだ。然し最早斯うなつては勘忍袋の緒がきれて来た。日の出神が加米彦の宣伝使を今日限り免職させ、杢助の総務役を解き、言依別命を放逐し、玉治別、国依別の没分暁漢も今日限り免職させるから、今後ノソノソ帰つて来ても皆さまは相手になつてはなりませぬぞ』 加米彦『アハヽヽヽ、何程高姫さまが地団駄踏んで呶鳴らつしやつても、少しも我々に於ては痛痒を感じませぬ。お前に任命されたのではない。言依別神様に任ぜられたのだから、要らぬ御心配をして下さいますな』 高姫『お前等の知つた事ぢや無い。善一筋の誠正直を立て通す妾の仕込んだ魔我彦、竹彦両人こそ、本当に立派な宣伝使だ。是から誰が何と言つても魔我彦を総務にし、竹彦を副総務に神が致すから左様心得なされ。嫌なお方は退いて下され。此錦の宮は高姫が誰が何と言つても総監致すのだから』 此時佐田彦、波留彦の両人は壇上に駆上り、 佐田彦『吾々は言依別命様より或特別の使命を帯び、御神宝の御用を勤めた者であります。何と言つても高姫さまは其隠し場所が分らなくては駄目ですよ。大勢の者が如何しても貴女に畏服するのは、貴方が天眼力で玉の所在を言ひ当なくては日の出神も通りませぬ』 高姫は目を瞋らせ、 高姫『エヽ、又しても門掃の成上りがツベコベと何を言ふのだ。玉の所在が分らぬ様な事で、斯んな啖呵がきれますか。屹度時節が来たなれば現して見せて上げよう』 佐田彦『日の出神も時節には叶ひませぬかな』 波留彦『吾々の心の裡にチヤンと仕舞ひ込んであるのだが、常平生から人の心が見え透くと仰有る日の出神さまに、此胸の中を一寸透視して貰ひませうか』 と襟を両方に開け、胸板を出して稍反身になり、握り拳を固めてウンウンと殴つて見せた。 高姫『ツベコベと神に向つて理屈を言ふ間は駄目だ。誰が何と言つても魔我彦、竹彦位立派な者はありませぬワイ。妾の言ふことが気に喰はぬ人はトツトと尻からげて帰つて下さい。お筆先に此大本は大勢は要らぬ。誠の者が三人さへあれば立派に御用が勤めあがると、変性男子のお筆にチヤンと出て居る。今が立替立直しの時期ぢや、サアサア早う各自に覚悟を成さいませ。此処は大勢は要りませぬ。大勢あるとゴテついて、肝腎の御用の邪魔になる。日の出神の生宮が天晴れ神政成就さして見せるから、其時には又集まつて御座れ。神は我子、他人の子の隔ては致さぬから、其時になつたら、「高姫様始め魔我彦、竹彦の宣伝使、エライ取違ひを致して居りましたから、何卒御勘弁下さりませ」と逆トンボリになつてお詫に来なされ。気好う赦して上げるから、今は御神業の邪魔になるからトツトと帰つて下され。帰るのが嫌なら高姫の言ふ事を聞いて、改心をなさるが宜からう』 斯かる所へ杢助は魔我彦、竹彦両人を従へ、ノソリノソリと人を分けてやつて来た。群集は三人の姿を見て思はず雨霰と拍手した。杢助一行は一同に目礼し乍ら講座に上り、 杢助『アヽ是は是は高姫様、御演説御苦労で御座いました。嘸お疲れでせう。貴女の御信任厚き魔我彦、竹彦の立派な宣伝使が見えました。是から貴女に代つて演説なさるさうです。私も大変に両人さんのお説には感服致しました』 高姫は百万の援軍を得たる如き得意面を曝し、肩を聳やかし稍仰向き乍ら、 高姫『杢助殿、アヽそれは御苦労であつた。よう其処迄改心が出来て結構だ。是から何事も高姫の申す事を聞きなさるか、イヤ改心をなさるか』 杢助『改心の徹底迄いつたものは、最早改心する余地がありませぬ。貴女の様に改心から後戻りをして慢心が出来ると、又改心する機会がありまするが、吾々の如き者は、融通の利かぬ困つた者です。貴女の様に慢心しては改心し、改心しては慢心し、慢心改心、改心慢心と自由自在の芸当は、到底吾々の様な朴訥な人間では不可能事です、アツハヽヽヽ』 と豪傑笑ひをする。群集は手を拍つて笑ふ。 高姫『アヽ魔我彦、竹彦、好い処へ帰つて御座つた。皆さまに合点の往く様に此処で改心の話を聞かして下さい。さうすれば此高姫の日頃教育した力も現はるるなり、お前さまの善一筋の一分一厘歪はぬ日本魂の生粋が証明されるのだから、サア早うチヤツと皆さまに大々的訓戒を与へて下さい。これこれ加米彦、佐田彦、波留彦、余り沢山に講座に居ると窮屈でいかぬ。暫らく下へおりて、魔我彦や、竹彦の大宣伝使の御説教を聞くのだよ。さうすれば、チツトはお前さまの我も折れて宜からう』 と得意満面に溢れ肩を揺りイソイソといきつて居る。魔我彦は大勢に向ひ、 魔我彦『皆さま、私は高姫様の神様に御熱心なる御態度に心の底から感銘致しまして、如何かして高姫様の思惑を立てさし度いと思ひ、御心中を忖度致しまして紀伊の国に罷り出で、実の処は若彦を巧く誑かし聖地へ連れ帰り、杢助さま、言依別の教主を或難題を塗りつけ放逐しやうと企みつつ、大台ケ原の峰続き青山峠までスタスタやつて往つた所、玉治別、国依別の両宣伝使が谷の風景を眺めて、休息して居られました。そこで高姫様の一番お邪魔になるのは言依別命、それについで命の信任厚き玉治別、国依別の両人を、何とかして葬り去らうと思ひ進んで行つた所、折よくも日の暮前両人に出会し、二人の隙を覗ひ千仭の谷間へ突落し、高姫様の邪魔ものを除かむものと考へて居りました。万々一都合よく行けば、あとに残つた言依別命位は最早物の数でもないと、忽ち悪心を起し、思ひきつて谷底へ突き込みました。両人は五体が滅茶々々になつて斃死つただらうと思つて居ましたが、あに計らむや妹図らむや、若彦の館に於て杢助様始め玉、国両宣伝使に出会した時のその苦しさ怖さ、屹度復讎を討たれるに相違ないと思つて心配を致し、生きた心地も無くガタガタ慄へ乍ら、矢庭に庭先の松の樹に駆上り、神憑りの言を信じ雲に乗つて逃げ出さうと思ひ、過つて二人共樹上より大地に向つて真逆様に墜落し、人事不省に陥つて居る所を、玉、国の両宣伝使の手厚き御保護を受け、さうして鵜の毛の露ほども怨み給はず、却て神様から結構な教訓を受けたと喜んで下さつた時の吾々の心、到底高姫さまの教へられる事とは天地雲泥の違ひで御座いました。そこで私は何故此様な善のお方を悪く思つたか知らぬと、懺悔の念に堪へず考へ込んで居りましたが、矢張言依別の教主の教理を聞いて御座るお蔭で、斯んな立派な人格になられたのであらうと深く感じました。又私があの様な悪心を起したのも、矢張高姫さまの感化力がさせた事だとホトホト恐ろしくなりました。如何しても人間は師匠を選ばねばなりませぬ。水は方円の器に随ふとか申しまして、教はる師匠、交はる友によつて善にもなり、悪にもなるものと堅く信じます。私は皆さまに今日迄の取違を此処にお詫致します』 高姫『コレコレ魔我彦、誰がそんな乱暴な事をせいと言ひましたか、それは大方言依別の霊が憑つたのだらう』 竹彦『イヽエ、言依別さまの身魂は余り尊く清らかで、我々の様な小さい曇つた鏡にはおうつりに成りませぬ。全く高姫さまや、黒姫さまの生霊が憑りましてな』 聴衆は手を拍つてドヨメキ渡る。杢助は又もや口を開き、 杢助『皆さま、私は言依別の教主より内命を奉じ、十津川の谷間へ急行せよとの仰せにより行つて見れば、谷川に似合はぬ大滝の下に立派な青い淵がありました。そこで水行して居ると上から二人の男が突然降り来り、ザンブとばかり淵へ落ち込んだ。日の暮紛れに何人か分らねども見逃す訳にも行かぬ、直に淵へとび込んで救ひ上げ色々と介抱した所、二人の男は漸く息を吹き返しました。よくよく見れば、玉治別、国依別の宣伝使で御座いました。それより両人に向ひ如何して斯んな所へ落ち込んだのですかと尋ねて見ましたが、御両人は他人に瑕瑾をつけまいと言ふ誠心から、現在此魔我彦、竹彦につき落された事を一言も発せず隠して居られました。さうして二人に対して毛頭怨みを抱いて居られないのには私も感服致しました。是と言ふのも全く瑞の御霊の大精神を体得して居られるからだと、流石の杢助も感涙に咽び、それより三人は道を急いで若彦の館に行つて見れば、魔我彦、竹彦の両人が何事か善からぬ虚言を構へ若彦を唆かし大陰謀を企まむとして居る所でありました。然し乍ら流石の悪人も誠の心に感じ斯くの如く改心を致して、自分の罪状を逐一皆さまの前に曝け出し真心を示して居られます。之でも言依別様の教が悪と言はれませうか。高姫さまの教は果して完全なもので御座いませうか』 と釘をさされて高姫はグツとつまり、壇上を蹴散らす如き勢で肩を斜に首を左右に振り乍ら、己が館へ足早に帰り行く。 斯かる所へ言依別の教主は莞爾として現はれ、一場の演説を試みた。玉治別、国依別、若彦の三人は此場に悠然として現はれ来り、一同に会釈し、神殿に向ひ天津祝詞を奏上し終つて一同解散したり。今後の高姫は如何なる行動を執るならむか。 (大正一一・六・一〇旧五・一五北村隆光録)
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霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 10 家宅侵入 第一〇章家宅侵入〔七二二〕 晴れては曇る秋冬の空高姫は改心の 真如の月を曇らせて心の海に荒波の 立騒ぎては又曇る慢心改心行き交る 心の色も定めなき執着心のムラムラと 又もや頭を抬げつつ金輪奈落どこまでも 三つの神宝の所在をば探さにや置かぬと焦だちて 四人の従者を伴ひつ山の尾渉りやうやうと 南の果に紀の国の道の熊野も恙なく あてども那智の滝水に胸を打たれてシホシホと 若彦館に立向ひ胸の炎の燃ゆるまに 無理難題を吹きかけて若彦夫婦其他の 信徒達を悩ませつ常楠爺さまの腕力に 館の外に放り出され無念の歯切り噛み締めて 後振り返りふりかへり館を睨みスゴスゴと 四人の男と諸共に心さかしき山路を 登りつ降りつ浪速江のよしもあしきも白妙の 衣を纏ひ引返す再度山の山麓に 新に建ちし神館初稚姫の守りてし 生田の森に帰り行く。 高姫『アヽ此処が意地クネの悪い杢助の元の館だ。玉能姫は今迄聖地に羽振りをきかして、ピカピカと螢の様にチツと許り光つて居つたが、到頭慢心強く、欲心が深いものだから、杢助の奴にウマウマと計略にかけられ、結構な聖地を飛び出し……お前は如何しても生田の森に因縁があるから、御苦労だが再度山麓の神館の守護をして呉れ……なんて巧い辞令にチヨロまかされ、こんな所へ左遷せられて、有頂点になつて喜んで居る様なお目出度い奴だ。誑す狐が騙されたとは此事だ。実に気の毒なものだワイ。悪人には悪人が寄ると見えて、若彦館に集まつて来よつた連中のあの面と云つたら、泥坊でもしさうな奴ばかりぢやつた。……是れからお前達も充分に気を付けて、誰が何と云つても、日の出神の命令に反く事は出来ないぞえ。貫公、武公、しつかりなされや』 貫州『委細承知致しました。併し是れから日の出神様は聖地へ御帰り遊ばすので御座いますか、但は他の方面へ御出張になりますか、一寸伺つて下さいませな』 高姫『何と云ふお前は頭脳の悪い事だ。日の出神様に伺つて呉れとは、そりや何を言ふのだ。日の出神様と高姫と別々に考へて居るのだな。それがテンから間違だ。高姫は即ち日の出神、日の出神は即ち高姫だ。霊肉一致、誠生粋の大和魂の高姫だ』 貫州『それでも貴女、何時も日の出神の生宮と仰有るぢや御座いませぬか。宮と云ふものは物も言はず動きもせぬものだが、あなたの宮はどこへでもよく動きますな』 高姫『エー分らぬ男だなア。どこへでも思うた所へ行きよるから、イキ宮と云ふのだ。お前は、霊肉一致の此水火が分らぬから仕方がない。余程偉い男だと見込んで遥々紀の国まで連れて行つたのだが、此日の出神が若彦館からつまみ出されて腰を打ち、苦んで居るのに、一口の応対もようせず、蒸し返しも致さず、菎蒻の化物の様にビリビリ慄うて泣き声を出し……モシモシ高姫さま、一体如何なるので御座いませう……なぞと、アタ甲斐性のない、あまり阿呆らしうて、愛想が尽きました。アーア何奴も此奴もマサカの時になつたれば弱いものだ。ここへ来て居る四人連は高姫様の為になれば何時でも死にますの、生命を差上げますのと、よう言はれたものぢや。それ丈の勇気が有るのなら、なぜ生命を的に、若彦や其他の乱暴者を打懲さなんだのぢや。内覇張りの外すぼりとはお前の事ぢやぞえ。是れからチツと腹帯を締め、心を入れ直して貰はぬと、肝腎要の御神業に奉仕する事は出来ませぬぞえ。是れから心を入れ替へて何でも日の出神の云ふ事を聞きますか。サア返答を改めて聞かして下さい。今迄の様なヨタリスクはモウ喰ひませぬから、駄目ですよ』 貫州『ハイ今日限り心を改めて、どんな事でも貴女の言は絶対服従を致します』 高姫『仮令妾がお前に死ねいと云つても、死にますかな』 貫州『ハイ一旦約束をした上は、私も一丈二尺の褌を締めた男だ。決して間違は御座いませぬワイ』 高姫『アヽそれでヤツと安心をした。コレコレ武公、清公、鶴公、お前等は如何だな』 武公『ハイ私も略同意見で御座います。事と品に依れば生命でも差上げます』 高姫『略同意見とはソラ何事ぢや。優柔不断瓢鯰主義の言依別命の御霊にまだ感染されて居ると見えるワイ。そんな筒井式の連中は、今日限り絶縁しますから、トツトと帰つて下さい』 武公『さうだと云つて、一つよりない生命を、さう無暗に貴女に上げられますか。私は大神様に差上げた生命、さう貴女の自由にはなりませぬ。絶対服従と云つてもヤツパリ制限的絶対服従ですから………なア貫州、貴様の絶対服従は先づここらだらう』 貫州『………』 鶴公『オイ貫州、貴様は高姫さまに絶対服従し、源平の戦ひぢやないが、長門の壇の浦迄行く積りか知らぬが、俺等三人が高姫様に破門された時は如何する考へだ。我々四人は何処までも行動を共にすると誓つてある事を忘れはせまいなア』 貫州『そりや決して忘れては居らぬ。互に忘れてはならぬぞと云ふ約束はしたが、まだ細目は定つて居ないのだから、そこは自由意志に任して貰はなくちや可けないよ。其代りに忘れなと云ふ約束は、どこまでも守つて忘れないから、安心して呉れ』 鶴公『何を吐しやがるのだい。実行が肝腎だ。忘れる忘れぬは畢竟末の問題だ。俺達三人は是れから……高姫さまに暇を頂いたのだから、貴様と絶縁をする。其代りに月夜許りぢやないからな。暗の晩には用心なさりませ』 貫州『さう団子理屈を捏ね廻したり、脅喝されては堪らぬぢやないか。チツと淡泊な精神になつて、俺の言ふ事を善意に解して貰はぬと困るぢやないか』 武公『何と云つても我々は執着心の強い高姫さま仕込だから、淡泊になれよと云つたつてなれるものかい。鳶にカアカアと鳴け、鶴にコケコツコウと唄へと云ふ様な注文だ』 高姫『コレコレお前達は大変な御神業を前に扣へ乍ら、妾が一口云つたと云うて、其言葉尻を掴まへて何をゴテゴテ云ふのだ。お前達の心を鞭撻する為に酷い事を云うたのだ。此高姫だとてコレ丈味方が無くなり………オツト……ドツコイ無形の味方が沢山あるわいな。此場合に一人でも大切だ。誰が破門したい事があるものか。そこは推量せなくてはならぬぢやないか。なア鶴公、清公、皆さま、さうぢやないか』 と、たらす様に云ふ。 鶴公『貴女からさう砕けて出て下されば、我々も別に額口に癇筋を立て、糊付け物の様に鯱張りたい事は御座いませぬ。何でも承はりますから、どうぞ御用を仰せ付け下さいませ』 高姫『あゝそれでヤツと内乱も無事に鎮定しました。又してもお前達は革命気分を唆るやうな事を云ふから困つて了ふ。サア是から日の出神の生宮の云ふ事を聞きなされや』 鶴公『ハイハイ承はりませう。何事なりと御遠慮なく仰せ付け下さいますれば、有難う存じます』 と芝生の上に端坐し、両手をついてワザと丁寧に挨拶をする。 高姫『そんなら此館は今戸締りぢやが、錠を捩切つてでも中へ這入つて、調査て来て下され。玉能姫の奴、どんな事をして居るか知れやしない。箪笥の抽斗を一々点検して、秘密書類でもあつたら、抜目なく持出して来るのだよ』 鶴公『主人の不在宅に這入る事は、何となしに心持があまりよう御座いませぬがなア、そんな事すれば、家宅侵入罪とか無断家宅捜索とかになりはしませぬか。予審判事の令状が無ければ到底執行する事は出来ませぬだらう』 高姫『お前はそれだから可かぬのだ。舌の根の乾かぬ内に、直に反抗的態度を執るぢやないか。勿論不在宅へ這入ることは出来ないが、ここは三五教の支社ぢやないか、謂はば吾々の部下でもあり、居宅も同然だから、そんな遠慮は要らぬ。命令に服従しなされ』 鶴公『オイ貫州、武公、清公、如何しようかなア』 貫州『モシ高姫様、貴女先へお這入り下さいませ。大将より先に立つと云ふ事は御無礼で御座います。私は貴女のお出でになる所は、どこまでもお供を致す従者ですから……さうでないと天地の道理が合ひますまい』 高姫『エー間に合ぬ男だなア』 と無理に戸を捩あけようと焦つて居る。斯る所へ玉能姫は虻公、蜂公両人を伴ひ、スタスタ帰り来り、 玉能姫『貴女は高姫様、仮りにも妾の不在宅を、誰に断つてお開けなさるのだ。チツと乱暴では御座いませぬか』 高姫『イヤお節か、要らぬおセツ介ぢや。三五教の支社を自由自在に開けるのは、日の出神の特権ぢや。玉隠しの大罪人の分際として、何をゴテゴテ云ふ資格があるか。今日から此館は日の出神の仮の御住居、お前は是れから引返し、御苦労だがマ一遍紀の国へ行つて、恋しい男と末永う楽んで暮しなさい。さうすればお前さまも思惑が立ち、面白い月日が送れるだらう。此閾一歩たりとも跨げる事は許しませぬぞや』 玉能姫『何と仰有つても此館は妾の監督権内にあるもの、何程日の出神様でも、指一本触へる事は許しませぬぞ』 と優しき女に似ず、稍言葉に力を入れて極めつけた。 高姫『あのマアおむつかしい顔ワイナ。ホヽヽヽヽ、若彦に会うて、甘つたるい言葉を聞かされて居なさつた時の顔と、今の顔とはまるで地蔵と閻魔の様に変つて居る、あゝそりや無理もない。憎うて憎うてならぬ邪魔者の高姫と、可愛て可愛てならぬ若彦とだから、無理もありますまい。思ひ内に在れば色外に露はるとやら、結局お前は正直なからだ』 と肩を揺り腮をしやくる憎らしさ。 玉能姫『何と仰有つても、高姫様を此館へ入れてはならぬと厳命を受けて居りますから……』 高姫『何と言ひなさる。厳命を受けたとは、そりや誰から受けたのだ。そんな権利を持つて居る奴は三五教には一人もない筈だ。大方僣越至極な行動を敢てする言依別か杢助の指図だらう。サア此一言を聞いた上は、どこまでも白い黒いを別けねば置かぬ。……誰が言うたのだ。有態に白状を致されよ』 と威丈高になる。 玉能姫『オホヽヽヽ、高姫様の恐ろしいお顔、モ少し淑やかに低い声で仰有つて下さいましても、玉能姫の耳はよく通じますのに……妾は日の出神から厳命を受けました』 高姫『日の出神とは妾の事ぢや。妾が何時そんな命令を致しましたか』 玉能姫『ハイ何時も厳しく仰せられます。自分の守つて居る館は、仮令教主でも、如何なる長上の方でも、生神様でも、黙つて入れてはならぬ。絶対に其処を守り、他の者は寄せ付けるでないと、貴女は始終仰有つたぢやありませぬか。教主も妾の長上なれば貴女もヤツパリ長上の仲間です。又自分以下の役員様、信者と雖も、自分の守護神の許さぬ事は絶対にならないと、貴女の日の出神様の厳しきお警告でせう。妾は日の出神様に絶対服従ですから……』 高姫『それならば何故日の出神に服従せないのだ。お前は日の出神には服従しても、高姫の云ふ事は聞かぬと云ふ精神だなア。高姫が即ち日の出神、日の出神が即ち高姫、密着不離の関係を知らぬのか。それが分らぬ様な事で、如何して此結構な神館が守れますか』 玉能姫『………』 高姫『口が開きますまい。無理を通さうと云つても、屁理屈や無理は日の出神の前では三文の価値も有りますまいがなア。オツホヽヽヽ』 玉能姫『何と仰有つても、妾は這入つて貰ふ事は出来ませぬから………』 高姫『何と剛腹な女だなア。理屈は抜にして、同じ道に居る吾々、チツとは融通を利かしたらどうだな』 玉能姫『融通を利かす様な行方は、変性女子の言依別の行方だ、日の出神は一言云うたら、どこまでも間違へられぬのだと仰有つたでせう。それだから何処までも其御神勅を遵奉致しまして、お気の毒乍ら今回はお断り申しませう』 虻公『コレコレ高姫さまとやら、貴女は館の主人がこれ程事を解て仰有るのに、なぜ分りませぬか』 高姫『エー喧しいワイ。新米者の癖に………泥棒面をさげやがつて……玉能姫に従いて来る様な奴に碌な奴は一人も居りやせぬ。二人が二人乍ら、どつかで泥棒でも働いて居つた様な面付をして居る』 蜂公『是れは怪しからぬ。何時私がお前さまの物を窃盗しましたか。お前さまこそ、人の不在宅を窃盗しようと思つて予備行為をやつて居つた所、玉能姫様に見つけられたぢやないか。泥棒の上手な奴は、滅多に夜間這入るものぢやない。日天様のカンカンお照り遊ばした時、公然と不在宅へ大勢連れで、近所の人にワザと用がある様な顔して這入るのが奥の手だ。お前さまも随分鍛練したものだなア。実に感心致しますワイ。永らく泥棒をやつて居つた蜂……オツトドツコイお方と見えて、中々肝玉が据わつて居るワイ』 高姫『的切りお前は泥棒商売をやつて居つた奴に違ひない。さうでなければそんな秘訣が分る筈がない。玉隠しの玉能姫に従く様な奴だから、ようしたものだ。類は友を呼ぶと云つて玉盗人の家来だから、キツト泥棒しとつたに違なからう。日の出神の目で睨んだら間違はあるまいがな』 蜂公『ハイ、どうも若い時から何々を商売にやつて居つたものだから、何れそんな臭気がするかも知れぬが、今日は清浄潔白、水晶魂の真人間だから、あまり昔の事を言つて、過越苦労をせぬ様にして下さい』 高姫『ハヽヽヽ、ヤツパリ泥棒上りぢやな。泥棒と聞く以上は、折角の水晶魂が泥に汚されては大神様に申訳がない。サア貫州、武公、清公、鶴公、妾に従いて来なさい、グヅグヅして居ると、お前達も折角身魂の垢が除れかけた所、又逆転して泥まぶれになると険難だから……、サアサア早く妾に従いてお出でなさるが宜からう。コレコレお節、お前は良い家来が出来ました。後でゆつくりと、三人三つ眼になつて、此世を紊す御相談でもなさるが性に合うて居りませうぞい。オホヽヽヽ』 と嘲り笑ひ乍ら、早くも此場を見棄てて森の彼方へ姿を隠す。四人は心無げに従いて行く。高姫は生田の浜辺に着いた。四五艘の舟の中に玉能丸と書いた船を見つけ、 高姫『ハハア、此奴は何でも宝を隠しに行きよつた時に使用つた船らしい。他人の船に乗つて行けば泥棒になるが、此奴ア同じ三五教の所有の船だ。そして又隠しよつた船に乗つて探しに行くのは縁起がよい。コレコレ貫州外三人、早く船の用意をなさつたがよからう』 かかる所へ二三人の船頭現はれ来り、 船頭『コラコラ何処の奴か知らぬが、俺達の監督して居る船を、自由にどうするのだ』 高姫『コレはお前達の船かな』 船頭『俺の船ではないが、監督を頼まれて居るのだ。生田の森の玉能姫様の所有船だ。毎月一遍づつ此船に乗つて島へ行かつしやるのだよ』 高姫『大略何日程往復にかかつて、玉能姫様は帰つて来られるかな』 船頭『早い時は日帰りの事もあり、風波が悪いと三日もかかられる事がありますワイ』 高姫『さうするとお前さんの考へでは、どこらあたり迄往く様に思ふかな』 船頭『マアさうだな、家島辺りだらう。俺達も風波の良い日は家島へ往復するが、恰度一日のよい航程だから、何でも家島辺に結構な神様があつてそこへお参詣なさるのだらう』 高姫『同伴者は何時も何人位あるのかな』 船頭『あの人は綺麗な別嬪の癖に、自分一人で艪を漕いで、此荒波を渡つて行くのだから、吾々船頭仲間も偉い女だ、神様の様な人だと云つて呆れて居るのだ』 高姫は舌を巻いて、 高姫『なんと偉い奴だなア。併し宝の隠し場所は何でも其辺に違ない。あゝ好い事を聞いた。あゝこれで前途が明かるくなつた様な気がする。船頭さま、お前一つ御苦労だが家島までやつて呉れぬか。此船に乗つて……』 船頭『なんと仰有りましても行きませぬ。お前は三五教の宣伝使でせう。笠の印にチヤンと現はれて居る。三五教の宣伝使が来たら、何と言つても渡す事はならぬと、今聖地へ往つて偉い者になつて御座る杢助さまや、玉能姫さまから頼まれて居るのだから、何程金をくれても出す事は出来ませぬワイ』 高姫『何と云つても、行つて呉れませぬか』 船頭『船頭仲間にもヤツパリ一種の道徳律がありますから、そんな、約束を破らうものなら、竜神さまに如何な罰を被るか分つたものぢやない。船頭は誰も彼れも貧乏人ばつかりだが、併し乍ら金銭の為に動く奴は一人も無い。そんな事は何程頼んでも駄目だ。オイ源州、金州、早く取締の宅まで往かう。グヅグヅして居ると又叱責を言はれるからなア』 金州『オウさうだ。急いで行かう。……オイオイ女宣伝使、決して此船に指一本触へてはならぬぞ』 高姫『アヽ仕方がない。そんなら妾も帰らうかなア』 と四人に目配せし乍ら、生田の森の方面指して走り行く。三人の船頭はヤツと安心し乍ら此場を立去つた。 高姫『オツホヽヽヽ、どうやら船頭の奴、安心して帰つて行きよつたらしい、サアお前達、是れから玉能丸に乗込み、一生懸命に家島に向つて漕ぎ出すのだ』 とクレツと踵を返し、浜辺に駆けつけ手早く綱をほどき、艪を操り櫂を漕ぎ乍ら、黄昏の空を暗に紛れて力限り走り行く。暫くあつて、玉能姫は船頭の報告に依り、二人の男を引連れ浜辺に来て見れば、玉能丸は既に見えなくなつて居る。玉能姫は、 玉能姫『アヽ失敗つた。高姫一派の者、宝の所在を嗅つけ船に乗つて往つたのに違ひない。コラ斯うしては居られぬ。我船はなくとも後から断りを言へば良いのだ。サア虻公、蜂公、用意をして下さい。一刻も猶予はなりませぬ』 虻公『此暗いのに船を出した所で方角も分りませぬ。明日になさつたら如何ですか』 玉能姫『イヤ一刻も猶予はなりませぬ。サア早く用意をなされ。一刻遅れても一大事だから……』 虻公『私は船を操つた事は、生れてから有りませぬ。蜂公と云つても其通り、如何したらよからうかな』 玉能姫『そんならお前達は、又高姫一派が不在宅へやつて来ると困るから、早く帰つて留守番をして下さい。妾の帰るのが仮令一日や二日遅くなつても心配せずに、神妙に留守して居て下されや』 虻公『貴女は如何なされますの』 玉能姫『アヽどうでも宜しい。早く帰つて下さい』 蜂公『それでも貴女の御行方を承はつて置きませぬと困りますから……』 玉能姫『妾は家島へ行くのだ』 と云ふより早く艫綱を解き、櫓を操り、星のキラめく海面を、矢を射る如く辷り出した。二人は是非なく館へ帰り行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七松村真澄録)
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(1829)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 11 難破船 第一一章難破船〔七二三〕 心の空も高姫が四人の供を伴なひて 三つの宝の所在をば探らにや止まぬ闇の夜の 大海原を打ち渡り心の駒の狂ふまに 家島を指して進み行く其目的は玉能丸 玉の行方を探らむと操るすべも白浪の 上を辷つて進み往く四人の男は汗脂 滝の如くに搾りつつ浪のまにまに漂ひて 遂に進路を取り外し心も淡路の島影に かかる折しも暗礁に船の頭は衝突し 忽ち浪に落ち込みて九死一生の憂目をば 見ながら心は何処迄も執念深き高姫が 宝探しの物語褥の船に横たはり 心の海に日月の浮かぶまにまに述べ立つる 瑞月霊界物語底ひも知れぬ曲津神 神の仕組の荒浪をときわけかきわけ進み行く アヽ惟神々々御霊幸倍ましませよ。 高姫は首尾よく三人の船頭をまき散らし、一行五人意気揚々として闇の海原を漕ぎ出した。浜辺の明火は漸く遠ざかり眼に映らない迄になつて来た。高姫は鼻蠢かしながら、 高姫『アヽ皆の者、御苦労であつた。モウ斯うなれば大丈夫、滅多に後から追ひかけ来る気遣ひもあるまい。仮令来た所で宝の所在を探つた以上は、そつと此船に積み込み、廻り道をして帰つて来れば好いのだ。さうして其玉は、此高姫の腹の中に呑み込んで置けば、誰が来たとて取られる気遣ひはない。オホヽヽヽ、待てば海路の風が吹くとやら、時節は待たねばならぬものだ』 貫州『モシモシ高姫様、貴方は既に已にお宝が手に入つたやうな事を仰有いますな、取らぬ狸の皮算用では御座いますまいか』 高姫『何大丈夫だよ、何と云うても日の出神の生宮が睨んだら間違ひはない。言依別の教主や、杢助、玉能姫の連中が嘸や嘸アフンとする事であらう。其時の顔が今見るやうに思はれて可愍いやうな心持がして来た。お天道様の御守護ある証拠には、今夜に限つてお月様も現はれず、星ばかりの大空、いつもからあの玉が欲しい欲しいと思つて居た故か、今日の星の光はまた格別だ。何と云つてもあれ丈け天道様が星々と云つて、沢山に睨んで御座る天下の重宝だから、手に入れば大したものだ、誰が何と云うても玉を呑んだ以上は聖地へ帰り、高姫内閣を組織し、お前達を幕僚に任じてやる考へだから、勇んで船を漕いで下されや』 貫州『余り気張つたものですから、私のハンドルは知覚精神を喪失し、最早用をなさないやうになつて仕舞ひました』 高姫『エヽ、今頃に何と云ふ心細い事を云ふのだい。兎の糞で、長続きがしないものは、到底まさかの時に間に合ひませぬぞ。ここは一つ千騎一騎の場合、伸るか反るかの境目だから、些と腕に撚りでもかけて噪ぎなされ』 鶴公『オイ貫州、お前もさうか、俺も何うやら機関の油が切れたやうだ。腕も何もむしれさうになつて仕舞つた』 清公『俺もさうだ』 高姫『まだこれから長い海路だのに、明石海峡前でくたばつて仕舞つては仕方が無いぢやないか。ちと確りと性念を据ゑてモ一働きやつて貰はねば、三千世界の肝腎要の御用は勤め上りませぬぞえ。出世が仕度くば今気張らねば、後の後悔間に合ひませぬぞ。三千世界に又とない功名を現はさうと思へば、人のよう致さぬ事を致し、人のよう往かぬ所へ往つて来ねば真の御神徳は頂けませぬ。サア皆さま、先楽しみにもう一気張りだ』 貫州『斯う腕が抜けるやうに怠くなつて来ては損も得も構うて居れますか。欲にも得にもかへられませぬ今晩の苦しさ、こりや何うしても神様のお気に入らぬのかも知れませぬぜ。何とは無しに心の底から恐ろしくなり、大罪を犯すやうな気がしてなりませぬワイ。一つ暗礁にでも乗り上げやうものなら忽ち寂滅為楽、土左衛門と早替り、竜宮行きをせなならぬかも知れませぬ。何うでせう、風のまにまに、浪のまにまに任せ、皆の者が休まして貰つたら、又元気がついて働けるかも知れませぬ』 高姫『一刻の猶予もならぬのだから休む事は絶対になりませぬ』 貫州『アヽ、何程休まずに働かうと思つても、肝腎のハンドルが吾々の命令に服従しないのだから仕方が無い。高姫さま、貴女一つ漕いで御覧、さうしたら吾々の辛い事が味ははれませう。人を使はうと思へば、人に使はれて見なくては部下の苦痛が分りませぬからなア』 高姫『お前は何の為について来たのだ。生神様に船を漕げと云ふのか、そりや些と了見が違ひはせぬかの。高姫が船が使へるのなれば、誰がこんな秘密の御神業に、お前達を連れて来るものか。船を漕がすために連れて来たのだから、そんなに気なげをせずに一つ身魂に撚をかけて気張つて下さい。その代りこの事が成就致したら、立派にお礼を申しますから』 鶴公『お礼も何も入りませぬ。我々は手柄したいの、名が残したいの、人に誇りたいのと云ふやうな、そんな小さい心は持ちませぬ。何時も貴女は口癖のやうに、此事が成就致したら出世さすとか、お礼を申すとか、万劫末代名を残してやるとか、神に祀つてやらうとか仰有いますが、第一そのお言葉が気に喰ひませぬワイ。そんな名誉や欲望に駆られて神様の御用が出来ますものか。我々は手柄がしたさに貴女について来て居るやうに思はれては片腹痛い。何だか自分の良心を侮辱されたやうな気がしてなりませぬ。何卒これからそんな子供騙しのやうな事は云はぬやうにして下さい。たらだとか、けれどとかの語尾のつく間は駄目ですよ。そんな疑問詞は根つから葉つから腹の虫が承認致しませぬ』 高姫『お前はそんな立派な事を口で云うて居るが、心の底はさうぢやあるまい。名誉心のない奴はこの広い世界に一人だつて有らう筈がない。赤裸々に腹の底を叩けば、誰だつて手柄が仕度いと云ふ心の無い者は有るまい。日の出神の生宮だつて矢張名誉も欲しい、手柄もしたい、これが偽らざるネツトプライスの告白だ。皆の者共、それに間違ひはあるまいがな、オホヽヽヽ』 一同『エヽさうですかいな』 とのかず触らずのやうな、あぢな味噌を嘗めた時のやうに、せう事なしに冷淡な返事をして居る。一天俄に墨を流せし如く掻き曇り、星影さへ見えなくなつた。忽ち吹き来る颶風に山岳の如き浪立ち狂ひ、玉能丸を毬の如くに翻弄し始めた。何時の間にか船は淡路島の北岸近く進んで居たと見え、島の火影は幽かに瞬き始めた。高姫は其火光を目当に船を漕げよと厳命する。四人は最早両腕共萎へて艪櫂を操縦する事が出来なくなつて居た。船は忽ち暗礁に乗り上げたと見え、船底はバリバリバリ、パチパチパチ、メキメキメキと大音響を立てて木端微塵となり、高姫以下は荒波に呑まれて仕舞つた。 玉能姫は甲斐々々しく襷十文字に綾取り、艪を操りながら高姫が後を追ひ進み来る折しも、俄の颶風に遇ひ淡路島の火影の瞬きを目当に辛うじて磯端に安着し、夜明を待つ事とした。風は歇み雲は散り、忽ち紺碧の空に金覆輪の太陽は、山の端を覗いて海面に清鮮なる光を投げ、鴎の群は嬉々として東西南北に浪の上を翺翔して居る。漁夫の群と見えて四五の小さき帆掛船は遥の彼方に見えつ隠れつ太陽に照されて浮いて居る。 玉能姫は東天に向ひ祝詞を奏上する折しも、傍より呻吟の声が聞えて来る。怪しみながらよくよく見れば、波に打ち上げられた五人の体、人事不省の態にて『ウンウン』と唸り声のみ僅に発して居る。近より見れば、高姫一行であるに打驚き、色々と介抱をなし鎮魂を修し、魂寄せの神言を唱へ漸う五人を蘇生せしめた。玉能姫は高姫の背を擦り乍ら、 玉能姫『確りなさいませ。気が付きましたか』 と優しき声にて労はる。高姫は初めて気がつきたるが如く、 高姫『アヽ何れの方か存じませぬが、危い所をお助け下さいまして有難う御座います。是と云ふのも全く日の出神様が、貴女にお憑り遊ばして助けて下さつたのに違ひありませぬ。アヽ外の者は何うなつたか』 玉能姫『高姫様、御心配なされますな、皆妾が御介抱申し上げ、漸う気がつきました。大変なお疲れと見えて横になつて此処に居られます』 高姫『妾の名を知つて居る方は何れの御人だ』 とよくよく見れば玉能姫である。 高姫『ヤアお前は玉能姫かいナア、ようまア来られました。夜前の荒浪に唯一人船を操つて、この大海原を渡るなどとは偉い度胸の女だ。さうしてお前は妾を助けて、高姫の頭を押へる積りだらうが、さうはいけませぬぞえ』 玉能姫『イエイエ滅相な事、どうして左様な野心を持ちませう。どこ迄いても玉能姫は玉能姫、高姫は高姫で御座いますもの』 高姫『何と仰有る。玉能姫は玉能姫と云うたぢやないか。要するにお前はお前、私は私と云ふ傲慢不遜なお前の了見、弱味に付け込んで同等の権利を握つたやうな其口吻、どうしても日の出神は腑に落ちませぬ。お前に助けて貰うたと思へば結構なやうなものの、余り嬉しうも無いやうな気が致しますワイ。オヽさうぢやさうぢや、日の出神様が玉能姫の肉体を臨時道具にお使ひなさつたのだ。……アヽ日の出神様、よう助けて下さいました。玉能姫の如き曇り切つた身魂にお憑り遊ばすのは、並大抵の事では御座いますまい。御苦労様お察し申します。……コレコレ玉能姫、唯今限り日の出神様はこの生宮へ憑り替へ遊ばしたから、決して決して此後は私の真似をして日の出神の生宮だなんて、そんな野心を起してはなりませぬぞ。チツト嗜みなされ』 玉能姫『何は兎もあれ、日の出神様のお蔭で大切な生命をお助かり遊ばして、お目出度う御座います』 高姫『そりや貴女、嘘でせう。死ねば良いのに何時迄もガシヤ婆が頑張つて夫婦の仲を邪魔を致す奴、お目出度いと云ふのは口先許り、真実の心の底は大きにお目出度うありますまい、オホヽヽヽ』 玉能姫『それは何と云ふ事を仰有います。暴言にも程があるぢやありませぬか』 高姫『定つた事よ。言依別の教主や杢助等と腹を合せ、此生宮に蛸の揚壺を喰はせ、面目玉を潰させ、高姫を進退維れ谷まる窮地に陥れたお前、どこに私が助かつたのが目出度いと云ふ道理が御座んすかいな。阿諛諂佞、巧言令色至らざる無き貴女方には、高姫も心の底よりイヤもう感心仕りました。それだけの悪智慧が廻らねば大それたあんな大望は出来ますまい』 玉能姫『妾が此処へ来なかつたら、貴女は既に生命の無い処ぢやありませぬか。生命を助けられ乍ら、余りと云へば余りのお愛想尽かし、妾も実に感心致しました』 高姫『それはお前何と云ふ口びらたい事を云ふのかい。天道は人を殺さずと云つて、日の出神様の生宮、どんな事があつても神様が救ひ上げてお助けなさるのは必定だ。万々一此高姫が溺れて死ぬ様な事があつたら、それこそ三千年の変性男子のお仕組が薩張水の泡になつて仕舞ふぢやないか。此世の中を三角にしようと四角にしようと餅にしようと団子にしようと、自由自在に遊ばす大国治立大神様は、そんな不利益な事を遊ばす筈がない。仮令お前が来なくてもあれ御覧なさい。沢山の漁船が浪の上を往来して居るぢやないか。世界に鬼は無いと云ふ。見ず知らずの赤の他人でも人が困つて居れば助けたうなるものぢや。人を助けた時の愉快さと云うたら譬方の無いものだ。お前さまは赤の他人とは云ひ乍ら矢張り曲りなりにも同じ神様のお道の懐にくつついて居る虱のやうなものだ。虱の分際として、霊界物語第五巻の総説ぢやないが、広大無辺の大御心が分つて耐りますかい。暫しの間でも私を助けてやつたと夢見たときの愉快さは、何とも云はれぬ感がしただらう。仮令刹那の愉快でも此高姫があつたらこそ、そんな結構な目に遇うたのだ。サアサア早く日の出神の生宮に感謝なさいませ。アヽ神様はお恵が深いから、こんな玉隠しの身魂にさへも喜びを与へて下さるか。思へば尊い御神力の強い日の出神様。杢助や玉能姫に守護して居る神様は、此高姫に対し一度も束の間も嬉しいと云ふ感を与へて呉れた事はない。その筈だ、何を云うても素盞嗚尊の悪の一番醜い時の分霊が守護して居るのだから、注文するのが此方の不調法だ、オホヽヽヽ』 とそろそろ元気づいて来るに従ひ、再び意地くねの悪い事を捏ね出したり。 玉能姫『貴女、船はどうなりました』 高姫『オホヽヽヽ、船が残る位なら誰人が海へはまるものか。お前も思ひの外智慧の足らぬ事を云ひなさるな。あの船にはエラさうに玉能丸と印が入れてあつたが、決してお前の船ぢやありますまい。三五教の神様の御用船だ。それを僣越至極にも自分の船のやうに思ひ、玉能丸なんて記した所を見れば、心の中には既に既に船一艘窃盗して居つたのだ。お前併し乍らこれも神様の深いお仕組かも知れませぬ。玉能姫の名のついた船が暗礁に衝突かつて木つ端微塵になつたと思へばオホヽヽヽ、心地よい事だ。この船がお前の前途の箴をなして居るのだ。余り慢心をして我を張り通すと又此船のやうに暗礁に乗り上げ、破滅の厄に遇はねばなりますまい。大慈大悲の日の出神が気をつけて置くから云ふ中に改心をなさらぬと、トコトンのどん詰りになつて地団駄踏んでも後の祭、誰も構うては呉れませぬぞエ。……コレコレ貫州、皆々好い加減に起きて来ぬかいな、男の癖に何を弱つて居るのだ』 貫州『いやモウ余り感心致しまして立つ事が出来ませぬワ。ナア鶴公、お前も感心しただらう』 鶴公『さうともさうとも、四人共揃つて感心した。生命を助けて貰うて置きながら、竹篦返しの能弁には俺達も開いた口が塞がらぬワイ。ナア玉能姫様、貴女の御精神には心から感心致しました。ようマア生命を助けて下さいました。お腹が立ちませうが狂人の云ふ事だと思つて何卒勘弁してやつて下さいませ。海の向ふに須磨の精神病院が御座いますから、其処へお頼み申して監禁して貰ひますから、どうぞそれ迄御辛抱を願ひます。生命の親の玉能姫様、アヽ惟神々々』 高姫『コラコラ鶴、貫、何を云ふのだ。生神様に対して狂人とは何と云ふ不心得の事を云ふのだ。そんな事を申すと今日限り師匠でもないぞ、弟子でもない。破門するからさう思へ』 鶴公『捨てる神もあれば拾ふ神もある。世の中はようしたものだ。私は唯今限りお前さまに愛憎が尽きたから、玉能姫様のお弟子にして頂きます。否々生命の親様、孝行な子となりて尽します。高姫さま、長らく御心配をかけさして下さいました。私も是で四十二の厄祓ひ、家内中綺麗薩張煤払ひをしたやうな気分になりました』 高姫は面を膨らし目を剥いて睨み付けて居る。 玉能姫『四人のお方、貴方方は何処迄も高姫様の御教養をお受下さいませ。妾は他人様の弟子を横取りしたと云はれましては迷惑で御座います。断じて弟子でもなければ親子でもないと思うて下さい』 鶴公『そりや貴女御無理です。何と仰有つても私の心が高姫様を離れて、貴女に密着して仕舞つたのだから、何彼の因縁と諦めて下さいませ。お許しなくば貴女に助けて貰うた此生命、綺麗薩張り身を投げてお返し致しますから』 玉能姫『貴方方のお心はよく承知致しました。併し妾を助けると思うて断念して下さい。それよりも一時も早く妾の船に高姫様をお乗せ申して帰りませう』 一同『ハイさう致しませう』 と言葉を揃へて頷く。 高姫『お前等は御勝手に乗つて帰りなさい。私は玉能姫に助けられる因縁が無いのだから。あの通り沢山の船、此処に待つて居れば何処かの船が来う。それに沢山の賃銀を与へれば何処へでも乗せて往つて呉れるから、お節惚けのお前達はどうでも勝手にするがよいワイのう。私は一つの目的を達する迄帰らないから、お前達は玉能姫と一緒に帰りなさい』 鶴公『アヽ、こんな目に遇うても貴女は矢張り執着心が退かぬと見えますな。家島とか神島とかへ行つて宝を呑んで来る積りでせう』 と聞くより高姫は癇声を張り上げ、 高姫『構ふな、お前達の知つた事かい』 と呶鳴りつけた。 此時一艘の漁船矢を射る如くに此場に寄り来り、 船頭『夜前は大変な暴風雨だつたが、茲に一艘の船が毀れたと見えて板片が残つて居る。大方お前等は難船したのだらう。サア私の船に乗つて向ふへ帰らつしやい、賃銀は幾何でもよいから』 高姫『アヽ流石は神様だ。お前は偉いものだ。サア私を乗せて下さい。賃銀は幾何でも上げるから』 船頭『見れば此処に船が一艘着いて居るが、是は誰の船だな』 高姫『あれかいな、あれは此処に居る連中の船だ。最前から乗せて呉れと云つて頼んで居るのに、根つから乗せてやらうと云はぬのだ。エグイ奴があればあるもの。……よう来て下さつた。サア乗せて貰はう』 船頭『サアサア乗つて下さい。コレコレお前さま達、なぜこの婆アを乗せてやらぬのだ。腹の悪い男だなア』 鶴公『船頭さま、この婆アは一寸気が違うて居るから何云ふか分りませぬ。最前からこの船に乗りなさいと云ふのに、自分から乗らないと頑張つて、駄々をこね、あんな事を云ふのだから仕方が無い。お前さま、要心して須磨の精神病院へでも送つてやつて下さい。途中海へでも飛び込むと大変だから、綱かなんかで、がんじ搦めに縛つて船の中の荷物で押へて置かぬと耐りませぬぜ』 高姫『こりや鶴、恩知らず奴、何と云ふ事を云ふのだ』 と睨め付け、 高姫『サア船頭さま、早くやつて下さい。サア早く早く早く』 船頭『ハイ、左様なら何処へでもお供致しませう』 と、艪を取り、西に向つて漕いで行く。 玉能姫は四人の男を吾船に乗せ、自ら艪を操りながら高姫の船を目蒐けて追うて往く。 (大正一一・六・一二旧五・一七加藤明子録)
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(1831)
霊界物語 23_戌_木山の里/竜宮島へ出発 13 捨小舟 第一三章捨小舟〔七二五〕 高姫一行を包みたる濃霧は、暫くにして消散し、四辺は元の如く明るくなつて来た。玉能姫の行衛は如何にと、高姫以下血眼になつて探し廻せど、何の影もなく終には、船着場迄一行ゾロゾロやつて来た。見れば玉能姫の乗つて来た船も高姫の船もない。高姫は地団太踏んで口惜しがり、 高姫『アヽ残念、口惜しやな、お節の奴、濃霧を幸ひに三つの宝を掘出し、船に乗つて逃げ帰つたか。それにしても残念なは船迄どうやら持つて帰つたらしい。まるで島流しに遭はされた様なものだ。……コレコレ東助さま、第一お前が気がきかぬからだ。船頭は船にくつついて居れば好いのに、職責を忘れて宣伝使の様に山に登つて来るものだから、こんな目に逢うたのだ。サアどうして下さる』 東助『どうして下さるもあつたものかい。大切な商売道具を盗られて仕舞つて手も足も出し様が無い。帰る訳にも行かず、第一お前が此んな所へ謀反を起して遣つて来るものだから、神罰が当つたのだ。サア俺の船をどうして呉れる』 高姫『ヨウマアそんな事が言へたものだ、大切なお客を連れて来ながら、船を盗られてどうするのだ。大方お節の奴と腹を合はし、日の出神を斯んな所へ押込める計略をして居つたのだらう。油断も隙もあつたものだ無い』 東助は大いに怒り、 東助『女と思ひ柔かく申せば、無体の難題、此東助は貴様の如き悪人ではない。正直一方の名の通つた船頭だ。男の顔に泥を塗り居つたなア。モウ量見致さぬ覚悟をせい』 高姫頤をシヤクリ乍ら、 高姫『オホヽヽヽ、何程力が強くても、此方は五人、お前は一人、到底駄目だよ。それよりも綺麗薩張白状したらどうだ』 東助『白状せいと云つたつて知らぬ事が白状出来るかい。余り馬鹿にするない』 高姫『オホヽヽヽ、アノ白つぱくれようわいのう。知らぬかと思うてツベコベと其弁解、余人は知らぬが、人の心のドン底迄見透かす御神力の高い、日の出神を誤魔化さうとはチツト虫が好過ぎるぞ。お前は玉能姫にいくら金を貰うた。うまい事をやつたな』 東助は余りの腹立たしさに、物をも言はず唇をビリビリ振はせ、拳を握り無念の涙に暮れて居る。高姫は、 高姫『さうだらう、言ひ訳があるまい。何程弁解を巧に致しても、神の前では言霊は使へまいがな。お前も大勢の前で化けの皮をむかれ残念であらうが、それが自業自得だ。つまり己があざのうた縄で己が首を絞たも同然、ほんにほんに可愛相なものだ。悪の企みは到底成就せぬといふ事が分つただらう。淡路島で難船した時に時間を見計らひ、ノソノソ遣つて来て此高姫をだまし込み、甘くやらうと考へたのも水の泡、忽ち日の出神の眼力に看破され、其態は何んだ。大きな男の癖に、メソメソと吠面かわき見つともない。何れは玉能姫と同類だから、玉の隠し場所も知つて居る筈だ。どうだお前、玉能姫は玉を持つて帰つたであらうがな』 東助は口許を痙攣させ乍ら、 東助『シヽ知らぬワイ、バヽ馬鹿にするな』 と漸う奇数的に癇声を出して呶鳴つた。 高姫『シヽ知らぬぢや無からう。シヽしぶといワイ。バヽ馬鹿にするないと言つたが、お前の方から日の出神を馬鹿にしようとかかつて馬鹿を見たのだから仕方があるまい』 貫州『モシモシ高姫さま、肝腎の船が無くては、どうする事も出来ないぢやありませぬか。そんな話は次の次にして、先決問題として船の詮索から掛らなくては、我々安心が出来ないぢやありませぬか』 高姫『オホヽヽヽ、お前は年が若いから心配するのだが、玉能姫の同類東助の居る以上は屹度人を替へて、素知らぬ顔して船を持つて来るに違ひない。其時は手早く東助奴其船に飛び乗り、一目散に逃げ帰る計略、今度船が来たら必ず必ず東助を放してならぬぞ。此奴が乗つたら此方も一緒に帰るのだから、お前等四人は此奴の見張りをして居つて呉れ。そうして船が来たら此中から一人妾を迎ひに来るのだ。それ迄船も船頭も取つ捉まへて放す事ならぬぞや』 と云ひ捨て山上目蒐けて足早に登り行く。後に五人の男は磯端に座を占め、広き海面を眺めて呆気た様な顔をして居る。東助はやうやう心柔いだと見えて、そろそろ喋べり出した。 東助『オイお前達、俺を高姫とやらが言うた様な悪人だと思ふのか。俺は肝腎の商売道具を盗られて仕舞ひ、其上に思はぬ難題を吹き掛られ、こんな引合はぬ事はあつたものぢやない。本当に災難と云ふものは何時来るか分らぬものだワイ』 貫州『俺も別にお前を悪人の様には思はぬが、高姫の大将がアー言ひ出したら全然り気違ひだから、メツタに口答へは出来ないので黙つて辛抱して居たのだが、お前の様子といひ顔色と云ひ、全く玉能姫と腹を合はして居る様な男でないと思ふ』 東助『アヽ好う言うて呉れた。それで俺も一寸安心した。皆さまは如何いふ御感想を持つて居られますか、腹蔵なく言つて下さい』 三人一度に、 三人『貫州の云つた通り、どうもお前が悪いとは思はれないよ。本当にエライお災難だ、御同情申し上げる。何分あの大将はあの通りだから困つてしまふ。玉能姫が逃げて帰ぬ際に、船を何処かへ流し居つたのは憎らしいが、併し乍ら今高姫に捨てられては鼻の下は忽ちだからなア』 東助『皆さま、そんな心配は要らないよ。私は淡路島の者だが、お前方の三人や五人は幾日遊んで食つて居つても、滅多に俺の家は潰れはせぬ。斯うして俺は船頭が好きでやつて居るものの、淡路島で第一等の物持の主人公だ。様子あつて船頭はして居るが普通の駄賃取りの船頭とはチツと違ふのだ。お前の身の上は俺が引受けてやるから心配するな』 鶴公『それは有難い、然し本当か』 東助『本当でなうて何とせう。昔から正直者の名を取つた東助とは俺の事だ。男が仮りにも嘘を言へるものかい』 鶴公『さう聞けばさうかも知れぬな』 と話し居る所へ風の吹き廻しにて一旦沖へ流されて居た東助の持船は、ダンダンと此方に向つて近づいて来るのが目に付いた。東助は手を拍つて、 東助『アヽ嬉しい、風のお蔭で流れて居つた船が、ドウヤラ此方へ流れて来さうだ。皆さま、喜びなさい』 四人は立つて海面を眺めながら、風に吹かれて近より来る船を見て、思はず手を拍ち『ウローウロー』と叫び居る。 東助『最早此方のものだ。俊寛の島流しも、ドウヤラ赦免の船が来た様だ。サア兎も角帰らねばなるまい。此んな処に長居をして居れば、又最前の様に濃霧に包まれ神罰を蒙るか分つたものではない。……これ貫州さま、早く高姫さまを呼んで来て下さい、船の用意をするから』 貫州『オイ鶴公、清公、武公、確り船を捉まへて東助さまを気を付けよ。俺は急いで大将を呼んで来るから』 東助『アハヽヽヽ、滅多に逃げて帰りも致さぬ。安心して此山中を探して来なさい。待つて居るから……併し我家に帰つて……』 と小声にて後を付けた。貫州は一目散に勇んで高姫に報告す可く森林へ上り行く。船は磯端に漸く寄つて来た。東助は拍手しながら、 東助『アヽ、船神様、有り難う御座います。サアサ三人の方々乗つたり乗つたり』 鶴公『高姫さまと貫州はまだ見えませぬから、一寸待つてやつて下さいな』 東助『待つてはやるが家に帰つて待つ事にせう。サア乗つたり乗つたり』 鶴公『ハヽヽヽヽ、矢張両人は島流しだな。アーそれもよからう。何分にも日の出神が憑いて御座るから滅多な事はあるまい。マアとつくりと御修業が出来てよからう』 と云ひ乍ら四人はひらりと船へ飛乗り、艪をギクギクと漕出し始めた。猜疑心深き高姫は最前より、傍の森林に身を潜め、一同の話を窺ひ聞いて居たが、コリヤ大変と貫州を誘ひながら磯端に走り来り、 高姫『コレコレ東助さま、お前は何処へ行くのだ。妾をどうする積りだい』 東助『何処へも行きませぬ。淡路の洲本迄帰るのだ』 高姫『そら約束が違うぢやないか。チヨツと船を此方へ着けて下さい。妾も乗つて帰らねばならぬから、そんなことをなさると今迄の賃銀は払ひませぬぞ』 東助『賃銀を取つて生活して居る東助とはチツと違ふのだ。私はこう見えても淡路島第一の財産家だ。船頭は道楽でやつて居るのだから、賃銀なぞは此方から平にお断り申します。金が欲しけりや幾程でも此方からやるワ。マア緩くりと此島でお二人さま、修業なさいませ』 と又もや艪を漕ぎ出す。高姫は声限り、 高姫『コレコレそんな無茶な事がありますか。天罰が当りますぞ』 東助『天罰の当つたのはお前ら二人だ。余り精神が良くないから、修業の為めに残して置くのぢやから、有難く思ひなさい。……コレコレ鶴公、清公、武公、お前達は私の船に助けてやつたのだから、一挙一動、私の云ふ様にするのだよ』 三人は声を揃へて、 三人『承知しました、何分宜敷く御指導を願ひます』 貫州『オーイオーイ東助さま、そりや余りぢや、一遍船を此方へ着けて下さい』 東助は舌をペロツと出す、三人も顔を見合はして同じく舌をペロツと出す。 東助『折角だが今日は荷物が多いからお断り申しませうかい。此上罪の多い人間が乗ると沈没すると迷惑だからなア』 三人一度に口を揃へて、東助の言葉其儘を繰返す。東助は何の頓着もなく艪を漕ぎ、声も涼しく船歌を唄ひながら追々島に遠ざかり行く。高姫、貫州の二人は磯端に地団太踏んで『オーイオーイ』と呼んで居る。東助は、 (追分) 東助『家島立ち出で、神島越えて、向ふに見ゆるは淡路島』 (同上) 東助『誠明石の、海峡よぎり、洲本の我家へ帰ります』 (同上) 東助『後に残りしお二人の、高姫さまや貫州は、鬼界ケ島の俊寛か。どうして月日を送るやら』 と唄ふ声、海風に送られて両人の耳に入る。二人は狂気の如く猛び狂ひ騒ぎ廻れども、何んと船影泣く涙、トボトボと力なげに深林の中に薄き影を隠すのであつた。後に残された高姫は捨て鉢気味になり、芝生の上に身を投げる様に横たはりながら、足をピンピン動かし、 高姫『コレコレ貫州、お前は余程イヽ頓馬だな。アレ丈け噛んで呑む様に言うて置いたのに、人の言ふ事を尻で聞き居るから、天罰が当つて、こんな目に逢はされるのだよ。是れから妾の云ふ事を素直に聞くのだよ』 貫州『天罰は御同様だ。貴女も矢張り此んなに置いとけ放りを食はされたのは、何か深い罪があるからでせう。私は貴女の罪の巻添へに逢うたのです。誰を恨める所もない、只高姫さまを恨む計りだ』 高姫『誠水晶の日の出神に罪があつて堪りますか。つまりお前の罪の巻添へに遭うたのだ。それだから神様が何時も水晶の身魂は、汚れた者と一緒に置くと総損ひになると仰有るのだ。これを折にスツパリと改心をなされ。さうして日の出神様に絶体服従をするのだよ』 貫州『此んな人影もない島に捨てられる様な日の出神さまも、頼りない好い加減なものですなア』 高姫『お前は何ぞと云うと、直に日の出神のわざの様に云ひなさる。それが第一慢心といふものだよ』 貫州『貴女の御説教は何時も隔靴掻痒とか言つて徹底せず、恥を掻き、あたまを掻き、人には靴靴笑はれ、痛かゆい様な気がしていけませぬワ』 高姫『動中静あり、静中動あり、千変万化、自由自在の神様の御経綸、虱の放いた糞にわいた虫の様な人間が、苟くも天地の御先祖様の御事に対し、ゴテゴテ小言を云ふ資格がありますか。況んや広大無辺の御神徳の備はり給ふ日の出神の生宮に於てをやだ。モウ是限り日の出神様に対し、不足がましい事は言はぬが宜しいぞや』 と肩を斜めに揺りながら、四辺の雑草を蹴散らす様な足つきで、ピンピン尻振りつつ坂路を上つて行く。貫州も是非なく二三間遅れて不性無精に従いて行く。高姫は怒り心頭に達し、益々肩をくねりくねりと互ひ違ひに揺り乍ら、見向きもせず山上目蒐けて上つて行く。貫州は後より独語、 貫州『アヽ今年は何んとしてこんな年廻りが悪いだらうか。力に思ふ高姫さまは伊勢蝦の様にピンピンとはねなさる、船には見棄てられる。こらマア何うなるのであらうかなア。…アー此処に枝振の好い松の木がニユーツと出て居る。一つ一思ひに徳利結びをやつて、一はねプリンプリンと出掛けやうかな。アヽ何うなり行くも因縁だ』 と帯を解き徳利結を拵へ、松の木の枝よりプリンと下つた。此物音に高姫は後振返り見てびつくりし、周章しく七八間駆戻り、貫州の体躯に取付き、 高姫『コレコレ貫州、何といふ短気な事をして呉れた。此島に放り残され、力と頼むお前に死なれては、どうして此高姫がたまらうか。何といふ情ない事をするのだいなア……』 貫州はポイと飛んだ拍子に灌木の枝に足がツンと引つ掛かり、首も締らず少しの痛さも感じなかつた。されど心の内に『エー序だ、高姫の我を折つて遣らねばなるまい』と態と細いイヤらしい声を出し、 貫州『アーア恨めしや、私は高姫様の余り我が強いので、度々御意見をするのだけれどもチツトも聞いて下さらぬ。夫故死んで高姫さまに意見をするのだ。改心さへ出来たらばまだ死んで間が無いから、直に生き返り再び御用をするのだけれども、到底改心は出来ない。アヽ高姫様もたつた独で淋しからう。併し乍らたつた今迎ひに来て上げる程に、必ず心配しなさるなヤア』 高姫は驚いて、 高姫『コレコレ貫幽どの、私が悪かつた。これからもう我を張らぬから、今一遍娑婆に帰つてお呉れ。これこの通りだ』 と手を合せ俯向く途端に、貫州は灌木の枝に両足共チヨンと止り、首筋を見れば徳利結はチツトも締つて居ない。ハテ不思議やと首を傾けて居る其間に、貫州は緩やかな首縄をグイと放し、 貫州『アヽ高姫さまよう改心して下さつた。お蔭で肉体で貴女の御用がさして頂け升』 高姫『アタ阿呆らしい。お前は狂言をしたのだらう。本当かと思つて肝を潰しかけた。イヽ加減なてんごうして置きなされ』 貫州『てんごうでも何んでもありませぬ。本真剣でやつたのだが、折善くか折悪くか知らぬが、足の止まりが出来て遣り損うたのだ。そんなら今度は改めて本真剣にやりませうか』 高姫は又もやツンとして、 高姫『勝手にしなされ。お前の命をお前が失ふのだから』 貫州『ハイ有難う。お許しが出ましたら即座に決行します。其代り最前の様な泣き言は言うて貰ひませぬぜ、迷ひますと困りますからなア』 と手早く松の枝にくくり付けた帯をほどき、再徳利結を拵へ、適当な枝振を探して居る。高姫は、 高姫『エーしつかりせぬかいな』 と平手で横面を二つ三つピシヤピシヤとやつた。 貫州『アイタヽヽ、高姫さま、そんな無茶をしなさるな。何を腹が立ますか』 高姫『お前は今死神に憑かれて首を吊つて居つたぢやないか。それだから気を付けてやつたのだよ』 貫州『ヘー』 と生返事をしながら顔色をサツと替へ、両方の手で頸の辺りを、嫌らしさうに撫で廻して居る。 高姫『アヽ今日は何となく気分が悪い。ササ貫州、磯辺に行つて、広い海でも眺めて気を換へて来よう。又船の一艘も流れて来るかも知れない。ササしつかりしつかり』 と背を三ツ四ツ叩き、貫州の手を引き山坂を下つて、再元の磯端に帰つて来た。見れば艪櫂の付いた新しい船が一隻磯端に横付けになつて居る。好く好く見れば船の中側に『玉能姫より高姫様に此船進上仕ります』と記して在つた。高姫はこれを見て、 高姫『オホヽヽヽ、さすがの玉能姫も日の出神の御神力に恐れ、寝心地が悪くなつたと見えて、こんな新しい船を何処からか買求め、そつと此処へ置いといて遁げて帰んだのだな。意地くね悪い奴に似合はず、一寸気の利いた事を遣り居るワイ。サア此船さへあれば何日此島に居つたつて心配は無いが、余り長らく置いて置くと俄に心が変りあの船が惜くなつたと云うて、取返しに来られては、それこそ此方が取返しの付かぬ縮尻をやらねばならぬから、今日は兎も角此船に乗つて玉の所在を探して来う。どうも此島には在りさうにない。玉能姫の言葉に、竜神が持つて行き居つたと言うた事がある。大方南洋の竜宮島へでも納まつて居るだらう。此島の果物を沢山に積込み兵糧をドンと用意して、神の随意此船の続く限り、腕力のあらむ限り探しに行く。お前も結構な御用だから、御伴をさして上げるから喜びなさい』 貫州『成る可くなら此お伴ばかりは、除隊にして貰ひ度いものですなア』 高姫『オホヽヽヽ、お前も中々のしれ物だ。除隊のない事を仰有るわい』 と果物を数多積込み、高姫は下手ながらも艪を操り、貫州は櫂を使ひながら家島を後に瀬戸の海を西へ西へと進み行く。 (大正一一・六・一二旧五・一七谷村真友録)
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(1846)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 06 アンボイナ島 第六章アンボイナ島〔七三六〕 高姫、蜈蚣姫を乗せたる船は、波のまにまに大小無数の嶋嶼を右に左に潜りつつ進み行く。俄に包む濃霧に咫尺を弁ぜず、此儘航海を続けむか、何時船を岩石に衝き当て破壊沈没の厄に会ふも知れざる破目になつて来た。流石の両婆アも船中の一同もはたと当惑し、何となく寂寥の気に充たされ、臍の辺りより喉元さして舞ひ上る熱き凝固は、螺旋状を為して体内を掻き乱すが如く、頭部は警鐘乱打の声聞え、天変地妖身の置き処も知らぬ思ひに悩まされた。何ともなく嫌らしき物音、鬼哭啾々として肌に粟を生じ心胆糸の如く細り、此上少しの風にも、玉の緒の糸の断絶せむ許りになり来たり。何処ともなく嫌らしき声、頭上に響き渡りぬ。 声『アヽヽ飽迄我を立て徹す高姫、蜈蚣姫の両人、天の八衢彦命の言葉を耳を浚へてよつく聞け。汝は悪がまだ足らぬ。悪ならば悪でよいから徹底的の大悪になれ。大悪は即ち大善だ。汝の如き善悪混淆、反覆表裏常なき改慢心の大化物、是こそ真の悪であるぞよ。悪と云ふ事は万事万端、神界の為めに埒があく働きを言ふのだ。 イヽヽ嫌らしい声を聞かされて慄ひ上り、意気銷沈の意気地無し。今此処で慣用手段の日の出神を何故現さぬか。大黒主命は如何したのだ。因循姑息、悪魔の我言に唯々諾々として畏服致すイカサマ宣伝使。てもいげち無い可憐らしい者だなア』 高姫は直ちに、 高姫『何れの神様か存じませぬが、 アヽヽ悪をやるなら大悪をせいとはチツトと聞えませぬ。善一筋の日本魂の生粋を立て貫く此高姫。 イヽヽいつかないつかな、変性女子的貴女の言葉には賛成出来ませぬ。なア蜈蚣姫さま、お前さまもチツト、アフンとしていぢけて居らずに、アヽヽイヽヽアイ共に力を協せ、相槌を打つたら如何だい。斯んな時こそ誠の神の御神力を現はさいで何時現はすのだ、アヽヽ、イヽヽ意気地のない人だなア』 空中より怪しき声、 声『ウヽヽ、煩さい代物だ。何処までも粘着性の強い高姫の執着、有為転変の世の中、今に逆とんぼりを打たねばならぬぞよ。言依別の教主に反抗致した酬い、眼は眩み波にとられた沖の船、何処にとりつく島もなく、九死一生の此場合に立ち到つて、まだ改心が出来ぬか。 エヽヽ偉相に我程の者なき様に申して世界中を股にかけ法螺を吹き捲り、誠の人間を迷はす曲津神の張本人、鼻ばかりの高姫が今日は断末魔、扨ても扨ても可憐想な者だ。浮世に望みはないと口癖の様に申し乍ら、其実、浮世に執着心最も深く、偉相に肩臂怒らし大声で嚇す夏の雷鳴婆ア……。 オヽヽ鬼とも蛇とも悪魔とも知れぬ性来に成りきりて居りても未だ気がつかぬか。恐ろしい執着心の鬼が角を生やして其方の後を追つ掛け来り、今此処で往生させる大神の御経綸、尾を捲いて改心するのは今であらう。返答は如何だ』 高姫は負けず、又もや、 高姫『ウヽヽ煩さい事を仰有るな。 エヽヽえたいの知れぬ声を出して、 オヽヽ嚇さうと思つても日の出神の生宮はいつかないつかな、ソンナチヨツコイ事に往生は致しませぬぞ。一つ島の女王と聞えたる黄竜姫を、お産み遊ばした蜈蚣姫の姉妹分とも言はれたる此高姫、何れの神か曲津か知らねども、チツトは物の分別を弁へたが宜からうぞ』 空中より、 声『カヽヽ重ねて言ふな、聞く耳持たぬ。蛙の行列向ふ見ず、此先には山岳の如き巨大な蛙が現はれて、奸智に長けたる汝が身も魂も、只一口に噛み砕き亡ぼして呉れる仕組がしてあるぞ。叶はん時の神頼みと言つても、モウ斯うなつては駄目だ。神は聞きは致さぬから左様心得たが宜からう。 キヽヽ危機一髪、機略縦横の高姫も最早手の下し様もあるまい。気違ひじみた気焔を吐いた其酬い、気の毒なものだ。聞かねば聞く様にして聞かすと申すのは此事であるぞよ。 クヽヽ黒姫と腹を合せ、変性男子の系統を真向に振り翳し、神界の経綸を無茶苦茶に致した曲者、苦労の凝りの花が咲くと何時も申して居るが、神の道を砕く苦労の凝りの花は今愈咲きかけたぞよ。 ケヽヽ見当のとれぬ仕組だと申して遁辞を設け、誤魔化して来た其酬い。 コヽヽ堪へ袋の緒がきれかけたぞよ。聖地の神々を困らしぬいた狡猾至極の汝高姫、我と我心に問うて見よ。心一つの持ち様で善にも悪にもなるぞよ。 サヽヽ探女醜女の両人、よくも揃うたものだ。サア是からは蜈蚣姫の番だ。逆様事ばかりふれ廻り天下万民を苦しめた蜈蚣姫の一派。 シヽヽ思案をして見よ。神の申す言葉に少しの無理もないぞよ。皺苦茶婆アになつてから、娑婆に執着心を発揮し、死後の安住所を忘れ、獅子奮迅の勢を以て種々雑多の悪計を廻らし乍ら、至善至美至真の行動と誤解する痴者。 スヽヽ少しは胸に手を当てて見よ。素盞嗚大神の御精神を諒解せぬ間は、何程汝が焦慮るとも九分九厘で物事成就は致さぬぞよ。 セヽヽ背中に腹が代へられぬ様な此場の仕儀、それでも未だ改心が出来ぬか。雪隠虫の高上り、世間知らずの大馬鹿者。 ソヽヽ其方達二人が改心致さぬと、総ての者が総損ひになつて、まだまだ大騒動が起るぞよ。早々改心の実を示せ。そうでなければ今此処でソグり立ててやらうか』 蜈蚣姫『ソヽヽそれは、マア一寸待つて下さい。それ程妾の考へが違つて居ますか。此蜈蚣姫は明けても暮れても、神様の為め、世界の為め、人民を助ける為めに、苦労艱難を致して居る善の鑑と堅く信じて居ります。それが妾の生命だ。何れの神か悪魔か知らねども、我々の心が分らぬとは実に残念至極だ。粗忽しい、観察をせずに、もうチツト真面目に妾の腹の底を調べて下さい』 空中より、 声『タヽヽ叩くな叩くな、腹の中をタヽヽ断ち割つて調べてやらうか。高姫も同様だぞ、汝の腹の中は千里奥山古狸の棲処となつて居る。日の出神と名乗る奴は銀毛八尾の古狐の眷族だ。大黒主と名乗る奴は三千年の劫を経たる白毛の古狸だ。又蜈蚣姫の腹中に潜む魔神はアダム、エバの悪霊の裔なる大蛇の守護神だ。 チヽヽ違ふと思ふなら、今此処で正体を現はさうか。地の高天原を蹂躙せむと、汝等両人の体内を借つて仕組んで居るのだ。汝はそれも知らずに誠一つと思ひつめ、自分の身魂に自惚し、最善と感じつつ最悪の行動を敢へてする、天下の曲津神となつて居るのに気がつかぬか。 ツヽヽつまらぬ妨げを致すより、月の大神の心になり、心の底より悔悟して。 テヽヽ天地の神にお詫を致せ。 トヽヽトンボ返りを打たぬうち、トツクリと思案を致し、トコトン身魂の洗濯を励むが肝腎だぞよ。 ナヽヽ何と申しても其方等は曲津の容器。弥勒神政の太柱は地の高天原に、神世の昔より定められた身魂が儼然として現はれ給ふ。何程其の方が焦慮つても、もう駄目だ。 ニヽヽ二階から目薬をさす様な頼りのない法螺を吹き廻るより、生れ赤子の心になつて言依別の教主の仰せを守れ。 ヌヽヽヌーボー式の言依別だと何時も悪口を申すが、其方こそは言依別の神徳を横奪せむとする、ヌースー式の張本人だ。 ネヽヽ熱心な信者を誤魔化し、蛇が蛙を狙ふ様に熱烈なる破壊運動を致す侫人輩。 ノヽヽ野天狗、野狐、野狸の様な野太い代物。喉から血を吐きもつて、折角作り上げた誠の魂を攪乱致す野太い代物。下らぬ望みを起すよりも良い加減に往生致したら如何だ』 高姫は、 高姫『もうもう十分です。 ハヽヽハラハラします。腹が立つて歯がガチガチしだした。早くしようも無い事は、もうきりあげて下さい。 ヒヽヽ日の出神の生宮が堪忍袋の緒を切らしたら、何程偉い神でも堪りませぬぞ。 フヽヽ不都合千万な、此方の行動を非難するとは何れの神だ。 ヘヽヽ屁でもない理屈を並べて閉口さそうと思うても……ン……此高姫さまは一寸お手には合ひませぬワイ。 ホヽヽほんに訳の分らぬ廻しものだ。斯んな海の中へ我々を引張り出し、一寸先も見えぬ様な濃霧に包んで置いて、暗がりに鶏の頸を捻ぢる様な卑怯な計略、其手は喰はぬぞ。 マヽヽ曲津の張本。 ミヽヽ身の程知らずの盲目神。 ムヽヽ蜈蚣姫と高姫が。 メヽヽ各自に神力のあらむ限りを発揮して。 モヽヽ耄碌神の其方を脆くも退治して見せよう。 ヤヽヽ八岐大蛇だの、狐だの、狸だのとは何たる暴言ぞ。 イヽヽ意地気根の悪い。 ユヽヽ油断のならぬ胡散な痴呆もの。 エヽヽえー邪魔臭い。 ヨヽヽよくも、ヨタリスクを並べよつたな、ようも悪魔の変化奴。 ラヽヽ乱臣賊子、サア正体を現はせ、勇気凛々たる日の出神の生宮、大自在天の太柱、グヅグヅ吐すと貴様の素首を引き抜いてラリルレロとトンボリ返しを打たしてやらうか』 空中より一層大きな声で、 声『ワヽヽ笑はせやがるワイ。我身知らずの馬鹿者共、手のつけ様のない困つた代物だ。 ヰヽヽ何程言うても合点の往かぬ歪み根性の高姫、蜈蚣姫。 ウヽヽ煩さくなつて来たワイ。艮の金神国治立尊の御前に我は是より奏上せむ。 ヱヽヽ襟を正して謹聴して待つて居らう。やがて御沙汰が下るであらう。 ヲヽヽ臆病風に誘はれてヲドヲドし乍ら、まだ。 ガヽヽ我の強い。 ギヽヽぎりぎりになる迄。 グヽヽ愚図々々致して居ると。 ゲヽヽ現界は愚か。 ゴヽヽ後生の為めに成らないぞ。 ザヽヽ態さらされて。 ジヽヽジタバタするよりも。 ズヽヽ図々しい態度を改め。 ゼヽヽ前非を悔い改心致して。 ゾヽヽ造次にも顛沛にもお詫を致せ。 ダヽヽ騙し歩いた。 ヂヽヽ自身の罪を。 ヅヽヽ津々浦々まで白状致して廻り、玉に対する執着心を只今限り綺麗薩張此海に流して仕舞へ。さうして仕舞へば又神の道に使つてやるまいものでもない。 デヽヽデンデン虫の角突き合ひの様な小さな喧嘩を致し。 ドヽヽ如何してそんな事で神界の御用が勤まると思ふか。 バヽヽ婆の癖に馬鹿な真似を致すと終には糞垂れるぞよ。 ビヽヽ貧乏揺ぎもならぬ様になりてから。 ブヽヽブツブツと水の中に屁を放いた様な小言を申しても。 ベヽヽ弁舌を何程巧に致しても。 ボヽヽ木瓜の花だ、誰も相手になる者はないぞよ。 パヽヽパチクリと目を白黒致して。 ピヽヽピンピン跳ねても、キリキリ舞ひを致しても。 プヽヽプンと放いた屁ほどの効力も無いぞよ。 ペヽヽペンペン跳ねても。 ポヽヽポンポン言つても、もう日の出神も通用致さぬから覚悟をしたが宜からう。汝果たして日の出神ならば、此濃霧を霽らし、天日の光を自ら浴びて船の方向を定め、アンボイナの聖地に渡れ。其時又結構な教訓を授けてやらう』 高姫、蜈蚣姫は返す言葉も無く、船の中に両手を合せ、負けぬ気の鬼に妨げられて謝罪り言葉も出さず、俯向いて謝罪と片意地との中間的態度を執つて居た。何時しか濃霧は霽れた。よくよく見れば船は何時の間にやら南洋一の聖地、竜宮島と聞えたるアンボイナの港に横着けになり居たりける。 (大正一一・七・二旧閏五・八北村隆光録)
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(1847)
霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 07 メラの滝 第七章メラの滝〔七三七〕 瀬戸の海、小豆ケ島を船出してより、大島、琉球島、台湾、ヒリツピン群島をいつしか越えて、南洋一の竜宮島と聞えたる、アンボイナ島の一角に高姫の一行は漸く到着したり。 総て此方面には濁水漲り飲料水は唯天水を受けて使用するのみである。然るに此島計りは竜宮島と称するだけありて、島の到る所に清泉湧き出で、且つ島は二つに分かれ雄島、雌島と称へられて居る。雌島の方には釣岩の滝、一名雄滝、及びメラの滝、一名雌滝の二つの竜琴が懸つて居る。さうして雄滝の方は岩と岩との間より囂々として流れ落ち、雌滝の方は大木の根本より湧き出づる稍細き水を、人工をもつて筧を作り滝として居るのである。此島は世界の所在草木繁茂し、数多の屹然たる岩島の中に樹木蒼然として特に目だつた宝島である。酷熱の夏の日も此滝の辺に往けば樹葉天を封じ、瀑は淙々として清く落下し、万斛の涼味を湛へたる実に南洋第一の天国浄土とも称すべき聖地なりける。 高姫、蜈蚣姫は第一に此島に目をつけ、玉能姫が匿し置いたる三個の宝玉は、テツキリ此島に納まりあるならむと、既に既に宝玉を手に入れた如く喜び勇み、先を争うて上陸し、雄滝の方に向つて歩を進めた。余りの嬉しさに船を磯端に繋ぐ事を忘れた。折柄の稍強き風に、船は一瀉千里の勢で沖の彼方に流れ去つて仕舞つた。されど一行は船の流れたる事を夢にも悟らず、意気揚々として釣岩の滝の麓に進み、汗染んだ着衣を脱ぎ捨て、我一に涼味を味はむと滝壺に飛び込み、一生懸命に蘇生した気持で神言を奏上し始めたり。 三日三夜一同は水垢離をとり元気も恢復し、四辺の新鮮なる木の実を食ひ勢頓に加はり、弥全島残らず玉の捜索に係る事となつた。高姫は雌島を、蜈蚣姫は雄島と部署を定めて、些しにても怪しき石と見れば引き剥り、山の芋を掘るやうに、こぐちから掻き廻し、此島に毛氈の如く敷き詰めたる麗しき青苔を残らず引繰返したるに、苔の下よりは怪しき形したる蛇、蜈蚣、守宮、蜥蜴の類間断なく現はれ来り、高姫其他一同の体を目蒐けて飛びつき喰ひつく嫌らしさ、されど玉の行方に魂を抜かれた一行は何の頓着もなく『惟神霊幸倍坐世』を口々に唱へながら、時間を構はず疲れては休息し、喉が渇けば水を掬ひ、腹が空けば随所の果物をむしり喰ひながら、向上虫が梅の大木を一葉も残らず食ひ尽すやうな勢で、島山の頂きまで残らず土を引繰返し、苔を剥り捜索し終りたり。其間殆ど三ケ月を要したりける。 高姫、蜈蚣姫は執念深くも今度は磯辺に下り、大石小石をこぐちより一つも残さず引繰り返し調べ見たれど船虫や蟹計りで、玉らしきものは一つも見当らざりけり。流石の高姫、蜈蚣姫も根気尽き、又もや雄滝の麓に集まり来り、胴を据ゑて水垢離にかかる事となりぬ。磯辺を各自調べながら玉に心を取られて、乗り来りし船の影だに無き事に気の付く者は一人もなかりけり。 七日七夜ばかり滝壺を中心に水垢離を取つて居たスマートボールは、一人海辺に出でよくよく見れば船の姿なきに打ち驚き、島の廻りを何回となく廻つて調べ見たるが、一向見当らず、驚いて滝壺の前に現れ来り、 スマートボール『高姫様、蜈蚣姫様、大変で御座います』 と顔色を変へて云ふ。蜈蚣姫は口を尖らして、 蜈蚣姫『大変とは何だエ、玉の所在が分つたのか』 スマートボール『ソンナ気楽な事ですかいな。船が薩張逃げて仕舞ひましたよ』 蜈蚣姫『何、船が逃げた……なぜ追つかけて引張つて来ぬのだい』 スマートボール『逃げたか沈みたか、皆目行方が分らないのですもの』 蜈蚣姫『そりや大変だ、高姫さま、何うしませう』 高姫『さてもさても気の利かぬ者計りだな。……これ貫州さま、お前は船の責任者だ。一体何うして置いたのだい』 貫州『何うも斯うもありませぬワ。日の出神様が私に憑つて船をかやせと仰有つた。それ故高姫さまの本守護神の御命令によつて、何処なりと勝手に往けと放り出しました。あの船は竜宮の一つ島に着くのが目的だから、遊ばして置くのも勿体ないと思つて、独り活動さして置きましたよ。やがて目的を達するでせう』 高姫『お前は何と云ふ馬鹿なのだ、船計り行つた処で、我々の肉体が往かねば何にもならぬぢやないか。船が無ければ、何時迄も此島に蟄居して居らねばならぬぢやないかい』 貫州『それでも貴女は人間の肉の宮は神の容器と仰有つたでせう。日の出神様も、大黒主命も、蜈蚣姫様の本守護神も、今頃はあの船に乗つて、目的地に安着して居るでせう。此島に上つてから百日以上になりますから、何程遠くても最早一つ島に到着し、そろそろ帰つて来る時期ですから、さうやきもき云はずに待つて居なさるが宜しからう』 と態と平気な顔をして見せる。 蜈蚣姫『何と間の抜けた男だなア。……高姫さま、流石は貴女の御家来ぢや。抜け目のない理屈計りはよく捏ねますね。一体何うして下さる』 高姫『此処は南洋の竜宮島、澆季末法の世の中には諸善竜宮に入り給ふと云ふからには、妾等は善一筋の誠の神だから、この竜宮島を永遠の住家として、天寿を楽しまうぢやありませぬか』 蜈蚣姫『ようも……負惜しみの強い事が云へますぢやい。………三つの宝玉は何うなさる積りだ』 高姫『それは飽迄も探さねばなりませぬ。まア見とりなさい、おつつけ神様が妾等の神徳に感じ、船を持つて迎ひに来て下さるのは鏡にかけて見るやうなものだ。刹那心を楽しむで、取越し苦労をせないやうにして下さい』 スマートボール『何だか船が無いと来ては、何程結構な竜宮島でも気楽に暮す気にはなれぬぢやありませぬか。……アヽ俄に綺麗な山も嫌な色になつて来たワイ。美しい滝の景色も地獄のやうな気分がしだした。アヽ此結構な島が船のやうに動いて、俺達を何処かの大陸へ送つては呉れまいかなア。スマートも心配ぢやワイ』 高姫『まア愚図々々云はずに待つて居なさい。海賊船でも来たら、それでも占領して乗つて行けばよいぢやないか。何事もなるやうにしか成らぬ世の中だ』 と稍捨鉢気分になり、青草の上へ身を打つ付けるやうに、不行儀に高姫は寝転むで仕舞つた。 スマートボール『エヽ何処迄も徹底した自我の強い婆アだなア』 とスマートは小声に呟きながら密林の中に姿を匿したり。蜈蚣姫其他一同は、思ひ思ひにこの島山を捨鉢気分になつて駆廻り、適当な場所に身を横へて、因果腰を定める事となりぬ。雄滝の麓に高姫は唯独り横はつた儘遂に夢路に入りけり。……… 高姫は漸く目を醒し四辺を見れば、一人の人影も無きに驚き、 高姫『サア大変、誰も彼も腹を合せ此高姫を置去にして、流れて来た船にでも乗つて逃げたに相違あるまい。アヽ頼み難きは人心。……貫州の奴、此高姫に一言も答へず、逃げ帰るとは不親切極まる。併し乍ら余り口汚く叱りつけたものだから、根に持つて復讐をしようとしたのだらう。エヽ仕方がない』 と四辺を見廻せば、蓑笠などが其処に残つて居る。 高姫『ハア、矢張何処かへ行つたのだな。何処へ匿れても此島中には居るだらう。まアまア皆の者共が早く此処へ帰つて来るやう御祈念でも致しませう』 と独言ちつつ雌滝の傍に進み寄る。折柄の濃霧に包まれて、一尺の先も見えないやうになり来たりぬ。高姫は雌滝の傍に蹲踞みながら、両手を合せ祈願を始めたり。 高姫『第一番に力と頼む貫州の行方が分りますやう。蜈蚣姫其他の連中は神界の御都合に依つてお匿し遊ばすなら、たつてとは申しませぬ。兎も角も必要なは貫州一人、何卒彼だけなりと私の傍に引き寄せて下さいませ。何分小さい島と申しても、十里も周つた此浮島、容易に探し当てる事は出来ますまい。何卒御神力をもつて、一時も早くお引き寄せを願ひ奉ります』 メラの滝の上にチヨコナンとして、滝水を弄つて居つた貫州は、高姫の此祈り声を聞いて造り声をしながら、 貫州『此方は、誠の生粋の日本魂の日の出神であるぞよ。其方は日の出神と申せども、実は三千年の劫を経たる古狸の霊が宿つて居るのであるぞよ。よく胸に手を置いて思案を致せよ。汝の改心が出来たなら、いつ何時なりとも、其方の前に貫州一人現はして見せうぞ。何うぢや、もう今後は日の出神様呼ばはりは致さぬか』 高姫『貴方は日の出神様と今仰有つたが、そりや違ひませう。真の日の出神は此高姫の肉体にお憑り遊ばし、大黒主命と半分同志の霊魂が一つになつて高姫と現はれ、世界中の事を調べぬいて、神政成就の土台となる結構な身魂でありますぞ。いづれの神か知らねど、よく審神をして下さい。真の事を知つた神は、世界に一神よりか無いとお筆に出て居ますぞ。枝の神の分際として何が分つて堪らうぞい。改心なされ足許から鳥が立ちますぞえ』 貫州は余りの強情に愛想を尽かし、且つ可笑しさに吹き出さうとしたが、歯を喰ひしばり気張り居る。歯は『キーキー』、喉許で笑ふ声『キウキウ』と体中に波を打たせ蹲踞んで気張り居る。高姫は滝の下より、 高姫『エヽ油断のならぬ。何程諸善神の集まる竜宮島でも、寸善尺魔とか云ふ悪神が高姫の気を引きに来よつたな。併し乍ら高姫の弁舌、否言霊に、仕方なく四足の性来を現はし、……キーキー、キウキウ……と啼いてゐやがる。野良鼠か、栗鼠か、鼬か貂か、又も違つたら豆狸か、一時も早く此場を立ち去れ。日の出神の生宮の前も憚らず、四足の分際として高い所に上ると云ふ事は、天地顛倒も甚だしい。シイシイ』 と頻りに歯の脱けた口から唾を飛ばしながら叱つて居る。貫州は益々可笑しさに耐へ兼ね、脇の辺りで『キウキウ』と笑ひ出したり。此処へ濃霧の中を両手を前に突き出し、盲が杖無くして歩くやうに、探り足にやつて来たのは蜈蚣姫なりき。貫州は皺嗄れ声を出し、 貫州『如何に高姫、汝の願ひ叶へてやらう。其方は蜈蚣姫を此島に一人残し置き、貫州を連れて逃げだした方が都合がよいとの意志を表示したであらう。表面は蜈蚣姫とバツを合せて居るが、其方の心の中は決してバラモン教では無い事はよく分つて居る。唯三個の玉さへ手に入れば、蜈蚣姫は何うでもよいのだ。何うだ、神の申す事に間違ひあるまい』 高姫は聊か迷惑顔しながら、 高姫『モシモシ蜈蚣姫様、何処に居られましたの。私はどれだけ心配したか分りませぬワ。ようマア無事でゐて下さいました。此通り濃霧に包まれて一尺先は分らぬやうな事で御座いますから、種々の枉津が現はれて、今お聞きの通り貴女と私の仲を悪くし内輪喧嘩をさせ、内部から結束を破らせようとするのだから、用心なさいませや』 滝の上から貫州は、 貫州『蜈蚣姫とやら、高姫の口車に乗るなよ。真の日の出神此処にあり』 蜈蚣姫『ハイ、有難う御座います。貴神のお言葉は寸分間違ひはありますまい。私はこれから気をつけます。……モシモシ高姫さま、神様は正直ですな。国城山の岩窟で貴女が俄に豹変的態度を取つた時から、一癖ありと始終行動を監視して居りました私の案に違はず、今真の日の出神様が証明して下さいました。サア如何です。これ高姫さま、返答がありますか』 貫州は霧の中より、 貫州『蜈蚣姫も蜈蚣姫だ。高姫を巧く利用して玉を探させ、其上にて巧くボツタクリ、高姫に蛸の揚げ壺を喰はす所存であらうがな。神は汝の申す如く正直一方、嘘はチツトも申さぬぞよ』 高姫はしたり顔、 高姫『蜈蚣姫さま、それ御覧、貴方こそ腹が悪いぢやありませぬか』 蜈蚣姫『悪と悪との寄り合ひだもの、云ふだけ野暮ですよ。オホヽヽヽ』 と笑ひに紛らす。 此時この島の特産物たる五寸許りの熊蜂が、『ブーン』とうなりをたてて高姫の頭に礫の如く衝突し、勢あまつて蜈蚣姫の鼻柱に撥ね返され、蜂は一生懸命に鼻にしがみつき鼻の孔を鋭利なる剣にてグサリと突き立てた。蜈蚣姫は『アイタヽヽ』と云つたきり、両手に鼻を抑へて其場に倒れた。蜈蚣姫は高姫が鉄拳で鼻柱を目蒐けて喰はした事と思ひつめ、 蜈蚣姫『悪逆無道の高姫、不意打を喰はすとは卑怯千万。やア、スマートボール其他の者共、早く来つて高姫を縛り付けよ』 と呶鳴りゐる。見る見る顔は脹れ上り、鼻も目も口も腫れ塞がりにけり。高姫は驚いて、 高姫『モシモシ蜈蚣姫さま、妾ぢやありませぬ。熊蜂が噛むだのです。何卒悪く取つて下さいますな』 滝の上の霧の中より、 貫州『蜈蚣が蜂に刺されたぞよ。是を見て高姫改心を致されよ。雀ケ原に鷹が降りたやうな横柄振を今迄発揮して居たが、高姫の目を又熊蜂に刺さしてやらうか。此方は熊蜂の精霊であるぞよ。其方は余り慢心が強い故に、両人互に他人の頭の上に上らうと致して居るから、こんな戒めに遇うたのぢや。それ程偉い者になつて人の頭に上りたくば、天井裏の鼠になつと成つたがよからう。人が除けて通るやうな御神徳が欲しいと申して、南洋三界まで玉を探しに参り、それ程偉くなり度くば肥担ぎになれ。誰も彼も皆除けて通るぞよ。も一つよい事を教へてやらう。泥棒になれば人が恐れるぞよ。神徳を得て人を恐がらし度くば何の手間暇は入らぬ。鉄道を噛り砂利を喰ひ、鋼鉄艦を呑むやうな達者な歯になれ。さうすれば世界の奴は其方に対して歯節は立たぬぞよ。またも間違つたら癩病患者、疥癬患者になれ』 と『キウキウ』と喉の中で笑うて居る。突然涼風吹き起り、四辺を籠めた濃霧は俄に晴れて遠望千里の光景となつて来た。貫州は驚いて高姫に顔を見られじと袖に面部を被ひ乍ら走り行く途端に踏み外し、高姫の足許にドスンと落ちて来た。高姫は『キヤツ』と云うて二歩三歩後へ飛び退き、よくよく見れば貫州なりける。 高姫『ヤア、お前は貫州かイナア。何だか合点がゆかぬと思つてゐたら何と云ふ悪戯をするのだイ。罰は覿面、これこの通り逆とんぼりを打つて苦しまねばならうまいがなア』 貫州『ヤアもう誠に不都合千万で御座いました。何分守護神が現はれたものですから』 高姫『馬鹿を云ひなさるな。二つ目には守護神々々々と口癖のやうに……其手は喰ひませぬぞエ。それよりも今の中に船に乗つてサアサア玉探しにゆきませう』 貫州『蜈蚣姫様が蜂に刺されて此通り苦しみて御座るのに、何うするつもりですか。神様の道は敵でも助けるのが法ぢやありませぬか。さうして船に乗らうと云つた処で船が無いぢやありませぬか』 高姫『アヽさうだつたなア。ほんとにほんとにお気の毒な事になつたものだ。蜈蚣姫さま、何卒早く全快して下され』 と蜈蚣姫の背中を撫で、次に胸を撫でて慰めてやらうとする。目も鼻も口も腫れて化物のやうになつた蜈蚣姫は、鷲のやうになつた爪を立てて、高姫の手が体に触つたのを目当に力限り掻きむしる。高姫は顔を顰めながら血潮の滴る手を押へ、草をもつて血止めの用意とくるくる捲きつけゐる。 スマートボール、久助、お民其他の従者共は、濃霧の晴れたのを幸ひ此場に駆け来り、二人の態を見て驚き、口をポカンと開けた儘言をも云はず立ち居る。この時磯端に当つて、涼しき三五教の宣伝歌が聞え来たりぬ。果して何人の声ならむか。 (大正一一・七・二旧閏五・八加藤明子録)
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霊界物語 24_亥_豪州物語1(高姫と蜈蚣姫) 14 タールス教 第一四章タールス教〔七四四〕 玉治別は合点ゆかず、次の間に押出され天然の岩の鏡に向つて吾鼻を調べて見たるに、鼻は不細工に膨れ上り、熟した紫葡萄の様な色になり居たりける。 玉治別『ヤア、是で読めた。真黒ケの此鼻では、テールス姫さまも……エツパエツパ……と仰有つた筈だ。イーエスイーエス……と仰有るのも尤もだ。エヽ残念な……どうぞして此鼻が元の通りになれば、も一つ揶揄つて友彦の慢心せぬ様に戒めてやるのだが、神様も聞えませぬワイ。到頭残念乍ら大失敗かな。それは如何でも宜いが、数多の土人が折角尊敬して呉れて居たのに如何して此面が向けられよう……アヽ天教山に在します木花咲耶姫命様、何卒此花の黒いのをお癒し下さいませ。惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。はなは桜木、人は武士、名を後の世に穢さぬ様に、木花咲耶姫さま何卒々々神直日大直日に見直し聞直し、何卒此玉治別に暫時の間、赤いはなを持たせて下さいませ』 と一心に念じた。不思議や葡萄の様な鼻の色はサツと除れ、一層麗しき鮮紅色の鼻となつて仕舞つた。 玉治別『神様、早速お聞き届け下さいまして有難う御座います。併し乍ら、もう友彦の膏は取りませぬ。之から私は此処を立去つて西へ西へと進み、次の部落を宣伝します』 と言ひ乍ら、次の間へ悠々と下つて来た。チーチヤーボールは又もや此姿を見て打驚き、 チーチヤーボール『ボースボース、チユーチチユーチ、チーリスタン、ポーリンス、テークテーク、オツポツポオツポツポ』 と言ひ乍ら恐相に後退りする。此意味は、 『此人は神か悪魔か、訳の分らぬ大化物だ。迂濶して居ると如何な神罰が当るか知れぬ……皆の者、用心せい。さうして皆々、お詫をせい』 と言ふ事である。一同はチーチヤーボールの言葉に頭を大地につけ、 一同『プースープースー』 と声を揃へて謝つて居る。「プースー」と言ふ事は「お許し」と言ふ事である。玉治別は口から出放題に、 玉治別『トーリンボーストーリンボース』 と言つた。誰も彼も此声に頭を下に足を上にノタノタと歩き出した。中心を失つて何れも是もバタバタと前後左右に倒れて仕舞つた。 玉治別『クース、リヤー、ポール、ストン』 と出放題を言つて見た。此言葉は、 『皆さま許して上げますから御安心なさい』 と言ふ意味に惟神的になつて居たのである。一同は声を揃へて「ウワーウワー」と言ひ乍ら玉治別を胴上げし「エツサーエツサー」と声を揃へて一里ばかり山道を送り、谷一つ向ふへ風の神でも送る様にして送りつけ、一生懸命に鬨を作つて逃げ帰り行く。玉治別は後見送つて、 玉治別『何だ、薩張り訳が分らぬ。まるで疱瘡神でも送る様にしやがつた。余程俺が恐かつたと見えるワイ、アハヽヽヽ。……時に玉能姫様、初稚姫様は何方へお行きなされたらう。洒落どころの話ぢやない。一時も早く御所在を探さねば申訳が無い』 と思案に暮れて両手を組み俯向いて居る。其処へガサガサと足音をさせ乍ら近寄り来るものがある。見れば大なる白狐であつた。玉治別は白狐に向ひ、 玉治別『やア貴方は鬼武彦様の御眷属月日明神様、ようこそ御いで下さいました。初稚姫様、玉能姫様の所在をお知らせ下さいませ』 白狐は無言のまま、打頷き尾を二三遍左右に掉り、ノソノソと歩み出した。玉治別は白狐の後に従ひ、樹木茂れる山林の中を右に左に小柴を分け乍ら、大蛇の背を踏み越え或は跨げ、二三里ばかり西北指して随いて行く。谷の底に幽に聞ゆる天津祝詞の声、耳を澄まして聞いて見れば確に初稚姫、玉能姫の声の様であつた。念の為めと再び目を塞いで声の所在を確めた上、目を開けば白狐の姿は影も形もなくなり居たりけり。 玉治別は谷底の声をしるべに草を掻き分け下つて行く。不思議や今迄聞えた声はピタリと止まり、谷川の岩に打かかる水音のみ囂々と聞え、雪の如き飛沫を飛ばして居るのみで、人の影らしきもの少しも見当たらない。谷川の上流下流を声を限りに、 玉治別『玉能姫様、初稚姫様』 と呼ばはりつつ捜索すれども何の応答もなく、谷川の水音に加へて猛獣の唸り声、刻々に烈しく聞えて来る。谷川の彼方を見れば蜿蜒たる大蛇、鎌首を立て三四尺もあらむと思はるる舌をペロペロと出し、玉治別を睨みつけて居る。 玉治別『ヤア、大変な太い奴だ。確に此処にお二人の声がして居た筈だが、大方大蛇の奴、呑んで仕舞ひやがつたのだらう。アヽ残念な事をした。友彦等を面白半分揶揄つて居た天罰で遅くなつたか。も一歩早かりせば、お二人をヤミヤミと蛇腹に葬るのではなかつたのに、三五教の御教には……油断は大敵、一寸の間も油断を致すな、改心の上にも改心を致して、一呼吸の間も神を忘れな、慢心は大怪我の基だ……と戒められてある。我々も日々口癖の様に世人に向つて……慢心をすな、改心をせよ……と言つて宣伝に廻つたが、遂には無意識的に蓄音機の様に出る様になつて、言葉ばかり立派で魂が脱けて居つた。それだからコンナ失敗を演じたのだ。エヽ憎き大蛇の奴、……否々決して大蛇が悪いのではない。彼奴は所在生物を呑むのが商売だ、生物を呑んで天寿を保つ代物だから大蛇を怨めるのは我々の見当違ひ、玉能姫様、初稚姫様も矢張り注意が足らなかつたのだ。みすみす二人を呑んだ大蛇を前に見ながら敵を討たずに帰らねばならぬのか。最早大蛇を殺して、無念を晴らして見た処が、お二人の生命が助かると言ふ訳でもなし、要らざる殺生をするよりも此実地教訓を玉治別が胸に畳み込み、之から粉骨砕身、生命を的に三人分の活動をして見よう。さうすればお二人の心を慰むる事が出来るであらう』 と独語ちつつ谷の傍に立つて両手を合せ天津祝詞を奏上し、大蛇に向つて鎮魂を施し、 玉治別『一時も早く………大本皇大神様、大蛇の罪を御宥し下さいまして、早く人間界へ生れさしてやつて下さいませ』 と涙と共に祈願を凝らす。大蛇は両眼より涙をポロポロと流し、玉治別に向つて頭を下げ感謝の意を表し乍ら、悠々として嶮しき岩山を上り、遂に其長大なる姿を隠しけり。 俄に後の方に当つて数多の足音が聞えて来た。玉治別は不図振り返り見れば、猩々の群の数十匹、中には赤児を抱き乳を含ませ乍ら、玉治別の前に向つて進み来る。玉治別は一生懸命に天津祝詞を奏上した。猩々の群は各々跪き、両手を合せ「キヤアキヤア」と言ひ乍ら、感謝するものの如くであつた。猩々の中より最も勝れて大なるもの現はれ来り玉治別の前に手をつき乍ら頭を下げ、背に無理に負ひ乍ら、嶮しき道を矢を射る如くに登り行く。数多の猩々は玉治別の負はれたる後より従ひ来る。此時、山岳も崩るるばかりの大音響聞え、周囲三四丈ばかり、長さ五六十間もあらむと思ふ太刀肌の大蛇、尻尾に鋭利なる剣を光らせ乍ら、玉治別が端坐し居たりし谷川を一瀉千里の勢にて囂々と音させ乍ら、ネルソン山の方に向つて進み行く。若し猩々の助けなかりせば、玉治別の生命は如何なりしか殆ど計り知れざる破目に陥つたであらう。 猩々は玉治別を背に負ひ、谷を幾つとなく飛び越え、或高山の山腹の稍平坦なる地点に導きドツカと下した。玉治別は猩々に向ひ、 玉治別『アヽ何れの神様の化身か存じませぬが、危き処をよくもお助け下さいました。お礼には天津祝詞を奏上致しませう』 と猩々の群に向つて、宣伝歌を歌ひ祝詞を奏上し、指頭より霊光を発射した。さしも多数の猩々は忽ち霊光に照され、烟の如く消えて仕舞つた。一塊の白煙は其処より立昇るよと見る間に、美しき一人の女神、ニコニコし乍ら玉治別の前に近より来り、両手をつかへ、 女神『妾は猩々の精で御座います。折角人間の姿に生れ乍ら斯様な浅間しき言葉も通ぜぬ獣と生れ、身の不幸を嘆いて居りました。然るに有難き尊き天津祝詞の声を聞かして頂き、我々は之にて人間に生れ変り、天下国家の為めに大活動を致します。さうして貴方の御探ね遊ばす初稚姫様、玉能姫様は御無事でいらつしやいます、御心配なさいますな。軈てお会ひになる時があるでせう。此先如何なる事が厶いませうとも、必ず御心配下さいますな』 と言ふかと見れば、姿は消えて白煙も次第々々に薄れゆき、遂には影も形も見えなくなつた。 玉治別は一生懸命に祝詞を奏上して居た。後の方の森林より忽ち現はれ出でたる十四五人の文身した大の男、玉治別の姿を見るなり、 男『ウツポツポウツポツポ、ホーレンス、サーチライス』 と言ひ乍ら両手を合せて拝み倒す。玉治別は心の中にて、 玉治別『……ハヽア又……サーチライス………だな。俺の鼻が赤くなつたので、友彦の二代目にして呉れるのかな。然し如何な別嬪が居つても、俺には国依別の妹のお勝と言ふ立派な女房が国許に待つて居るのだから、そんな巫山戯た真似は出来ないし、有難迷惑だ。然し大将は女ばかりに限らない。ひよつとしたら此棟梁は男かも知れない、さうすれば大変に都合が好いがな………』 と呟き乍ら、 玉治別『我こそは天教山に在します、神伊弉諾大神の珍の御子木花姫命であるぞ』 と赤い鼻を指で抑へて見せた。一同は「ウワーウワー」と言ひ乍ら、玉治別を手に乗せる様に大切にし乍ら、土も踏まさず丁寧に身体を持ち上げ、傍の岩の戸をパツと開いて蟻が蚯蚓を引込む様な調子で奥深く連れて行く。二三丁ばかり隧道を担がれ、パツと俄に明るくなつたと思へば、大きなあかり採りが出来て居る。それより奥に担がれ、又もや四五丁ばかり進んだと思うた処へ一同は声を揃へて、 一同『ウツポツポ、ジヤンジヤヒエール、ウツパツパ』 と言ひ乍ら恭しく稍広き場所に玉治別を下し、チルテルと言ふ其中での大将らしき男、玉治別の手を握り、傍の岩の戸を押し奥に連れ込んだ。思ひの外広い岩窟であり、芭蕉の葉の七八倍もある様な大きな葉が、鱗形に厚く敷き詰めてあつた。木の葉の青く枯れた香りは何とも言へぬ気分が漂うて居る。 斯かる処へ、髪の毛を漆の如く黒く塗つた三十恰好の大の男、文身もせず男振りの良い比較的色の白い、何とはなしに高尚な風姿にて、ニコニコし乍ら玉治別の前に出で来り、丁寧に両手をつき、 男『ホーレンス、サーチライス、ウツタツタウツタツタ、カーリスカーリス』 と言ひ乍ら、忽ち玉治別の手を握り頻りに揺つた。玉治別はニコニコしながら、右の拳を握り、人差指をツンと立て、天井の方をチユウチユウと二三回指さして見せた。さうして、 玉治別『アーマアーマ、タラリータラリー、トータラリトータラリ、リートリート、ジヤンジヤヒエール、オノコロジマ、玉治別、神司』 と言つた、其男はタールス教の教主であつて、名をタールスと言ふ。タールスは、 タールス『ホーレンス、タールス、チツクチツク、アツパツパ、テーリステーリス』 と挨拶する。此意味は、 『吾等の救世主、よくまア、お越し下さいました。只今より貴方を救世主と仰ぎ、誠を捧げてお仕へ致します。何卒長らく此処にお鎮まり下さいませ』 といふ事であつた。玉治別は、 玉治別『テーリステーリス』 と半ば歪みなりの此処の語を使つた。その意味は、 『何事も惟神に任してお世話になります』 といふ事なり。タールスは尊敬至らざるなく、玉治別を最も奥深き最上等の室に導き、珍らしき果物を出して饗応し、生神の降臨と心の底より感謝して居た。ネルソン山以西の住民は昔より、救世主、天より降り給ひ、万民を霊肉ともに救ひ給ふと言ふ事を堅く信じて居た。こはジヤンナの郷でも同様である。此処はアンナヒエールと言ふ里であつた。 此時玉能姫、初稚姫は宣伝歌を歌ひ乍ら、アンナヒエールの里に進んで来た。チルテル以下数十名の里人は、果樹の実を採らんとてアンナの大樹の下に集まつて居た。其処へ二人の美人現はれ来れるを見てチルテルは真先に進み出で、二人の前に目礼し乍ら、 チルテル『アツタツタ、ネースネース』 と言ひ乍ら玉能姫の手を執らむとした。玉能姫は驚いて強く振り放した。チルテルは、 チルテル『エーパツパ、エーネースエーネース』 と言ひ乍ら、顔面怒気を含んで大勢に目配せするや、寄つて集つて二人を手籠めになしタールスの岩窟内に運び込みぬ。 (是から分りやすき様に日本語にて物語る) チルテル『汝は何処の女だ。此処を何と心得て居る。竜宮の一つ島でも最も獰猛な人種にして、他郷の者は一人として、恐れ戦き此地を踏んだものはない。然るに図々しくも女の分際として、此里に断りもなく進み来るこそ不届き至極の女ども、此チルテルは斯う見えても血も涙もある男だ。何とかして助けてやり度いと思ひ親切に手を執れば素気なくも振り放し敵意を表する横道者、さアもう斯うなる上は此方の自由自在だ。煮いて喰はうと焼いて喰はうと此方の儘だ』 と、鬼の様な顔に真黒気に文身した奴、前後左右より取囲む。 玉能姫『ホヽヽヽヽ、僅かに二人の繊弱き女を、大きな男が数十人、寄つて集つて蟻が蝉の死骸でも穴へ引込む様に「エツサエツサ」と担ぎ込み、御親切によう言つて下さいました。吾々は天教山に現はれ給ふ花赤神の一の眷属、玉能姫、初稚姫と言ふ生神で御座るぞや。取違ひ致すと量見ならぬぞ』 と目をキリリツと釣り上げたり。 チルテル『花赤神の眷属とは真赤な偽りだらう。よし、そんな偽りを申すと今に化の皮を剥いてやるぞ。花赤の神様はタールス教の教主様と今奥にてお話の最中だ。一度お目に懸け様ものなら、忽ち汝の化が露顕れるだらう。左様な偽りを申すよりも、今日は目出度き神様の御降臨日だから赦して遣はす。よつて此方の申す事を素直に聞くが宜い。常の日ならば汝の生命は無い処である。さア我教主は未だ女房はお持ち遊ばさず、何とかして文身のない女を女房に致したいと常々仰有つて御座るのだ。恰度よい処だ。ウンと言はつしやい。さすれば我々は今日只今より………御主人様、奥様と崇め奉つて、如何な御用でも御無理でも聞きます程に、万々一不承諾とあれば本日は成敗を赦し、明日はお前等の生命を奪つて仕舞ふから、覚悟をきめて返答をなさい』 初稚姫『モシ玉能姫さま、何と言つても、仮令殺されても応ずる事はなりませぬぞや。貴女には立派な若彦様と云ふ夫がおありなさるのだから』 玉能姫『お言葉までもなく、妾は決して生命を奪られても左様な難題には応じませぬから、安心して下さい』 チルテル『こりや、小女ツチヨ、何悪智慧をかうのだ。不届き千万な……俺を何方と心得て居る、ジヤンジヤヒエールのチルテルさんとは、アンナヒエールの郷に於て誰知らぬ者もない、鬼をも取挫ぐチヤーチヤーだぞ。チヤーチヤー吐すと最早堪忍ならぬ。膺懲の為めに此鉄拳を喰へ』 と言ひ乍ら、初稚姫を目蒐けて鬼の蕨を頭上より喰はさむとする。 初稚姫は、飛鳥の如く体を躱し「オホヽヽヽ」と平気で笑つて居る。白狐の姿は両人の目に明かに映じて居る。チルテル初め一同は「タールス教主の女房になれ」と種々嚇しつ慊しつ、遂には声高となつて来た。チルテルは斯くては果てじと奥の間に走り入り、タールスの前に両手をつき、 チルテル『只今麗しき女二人、此郷に迷ひ来り、玉能姫とか、初稚姫とか申して居りましたが、実に綺麗な女で御座います。貴方の女房には持つて来いの適役、若い方は先でお妾と遊ばしたら宜しからうと存じ、岩窟の中へ連れ込みましたが、なかなかの剛情者で、少しも、我々の申す事を尻に聞かして、頤で返事を致す横道者、如何取計らひませうや』 之を聞いた玉治別はハツト胸を躍らせたが、さあらぬ態にて控へ居る。 タールス『何、美しき女が二人迄も来たか、此場に引連れ来れ。因縁の有無を調べ見む、一時も早く』 と急き立てる。「ハイ」と答へてチルテルは此場を立退き、 チルテル『サア玉能姫、初稚姫、今日は花赤神様の御降臨で、教主様の大変な御機嫌、其処へ其方が参つたのも何かの因縁であらう。兎も角御面会の為、チルテルの後に従いて御座れ』 玉能姫『ハイ、有難う。然らば参りませう。……初稚姫様、貴女も一緒に』 と初稚姫の手をとり、チルテルの後に従ひ教主の居間に導いた。玉治別は二人の顔を見るなり、「アツ」と言はむとせしが自ら制し止めた。玉能姫、初稚姫は玉治別の姿を見て、救世主に会ひし如く心の裡に喜んだ。然し、様子ある事と態と素知らぬ顔して俯向いて居る。タールスは玉治別に向ひ、 タールス『オーレンス、サーチライス、アツタツタ、今日は遥々天上より御降臨下さいまして、アンナヒエールの郷人は欣喜雀躍、天下泰平を祝福致し居ります処へ、又もや当国に於ては類稀なる是なる美人、而も二人までこれへ参りましたのは、全く神様の御引合せで御座いませう。私の女房に致しましたら如何で御座いませう』 玉治別『イーエスイーエス、エータルスエータルス、エツパツパ、パーツクパーツク、エツパツパ』 と言つた。タールスは頭をガシガシ掻き乍ら再び、 タールス『左様で御座いませうが、何とかしてお許し頂く訳には参りますまいか。ならう事なら、私が宿の妻と致したう御座います。又若い方は我娘として大切に育て上げ、天晴タールス教の神司と仕上げる覚悟で御座いますから、何卒お許しを願ひます』 と頼み込んだ。 玉治別『是なる女は高天原より降り給へる天女にして、人民の左右すべきものに非ず。万々一過つて神慮に触るる様な事あらば、汝が生命は直に召取らるるであらうぞ』 と声に力を入れて、きめつけた。タールスは其厳しき言霊の威に打たれ、思はず頭を下げ、 タールス『今後は決して左様な事は申しませぬから、何卒お許し下さい』 と嘆願した。玉治別は心中に可笑しさを堪へ、ソツと見ぬ様な風して両女の顔を覗き込んだ。両女の目は同時に玉治別の両眼に注がれた。 是より玉治別は此里の言葉をスツカリ覚えた上、三五教の教理を説き諭し、タールスを立派なる神司に仕上げ、チルテルも同じく神司となり、アンナヒエールの里人を一人も残らず大神の道に帰順せしめ、二三ケ月滞在の上、三人は此里を立ち出で、西北さして山伝ひに宣伝歌を歌ひ乍ら進み行くのであつた。七八里の間はチルテルを初め一同見送りをなし、茲に涙と共に惜き別れを告げたりける。 (大正一一・七・五旧閏五・一一北村隆光録) 窓外和知川の氾濫を眺めつつ (昭和一〇・三・八於吉野丸船室王仁校正)