| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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381 (3724) |
伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年1月27日 | 大正八年一月二五日 大正八年一月二十五日 三千世界一度に開く梅の花、開いて散りて実を結び、スの種までも蒔配りて、三千世界を一つに丸めて、至仁至愛の神政に立直す経綸であるから、此の大本へ立寄る役員は、皆昔の神代の太初から、身魂に深い因縁が在りて、切つても断れぬ親子兄弟で在れども、現界が余り体主霊従の行方の世に成りて居るから、御魂も共にくもりて了ふて、親兄弟も顔を合して居ながら、薩張判らんやうに成りて、知らず知らずに神の綱で引寄せられ、久し振の親子兄弟の対面で在るから、互に仲良く致して、神界の御用を致して、天地の先祖の御用を勤めて、今度の二度目の岩戸を開いて下されよ。神は人民を道具に使ふて致さねば、神の姿のままでは現界の立直しは出来んから、神が懸りて致すから、此の大本へ引寄せられた人民は素直に致して、神の申付ける事チツト無理じやと思ふても人民では分らぬ経綸で在るから、神は親であるから、無理いふ親に仕へると思ふて辛抱して御用を聞いて下されたら、跡でコンナ結構な事であつたかと申して雀躍りを致さして、夫れ夫れに手柄をさして、御魂は世界の守護神と祭りて与るなり、肉体は亦た斯世に無い結構な事に致して、万劫末代名を残さして御礼を申すぞよ。 燈火の消ゆる世の中今なるぞ、差添致す種ぞ恋しきと申して、明治三十三年に筆先に出して待ち兼て居りたが、変性女子が明治四十二年になりて、大本の神の経綸が判りかけて来たから、時節に応じて差添の種を引寄したが、皆一心に御用いたして下さりて、追々と大本の経綸が、人民にもチツトは見当が取れるやうに成りて来たから、モウ大分揃ふたから、是から研ひて誠の御用にかかりて下され。古から未だ斯世には有りた事も聞いた事もない大神業であるぞよ。神が余り喧ましく改心して下されと何時までも申すから、今の役員の中には、此うして各自が今までの結構な地位や職掌を止めて、家も身も宝も捨た同様に御用を聞き、我の物を衣食して、月給一銭も戴くで無し、力一杯金銀まで神様へ献上して、一心に尽くして居るこの真心をまだ知つて呉れぬ、六ケ敷処判らぬ神じやと思ふ御方も在ろうも知れんなれど、何をいふても変性女子は大化者なり、三代は若い女の事なり、善の鏡を出して大本の神の名を出して下さるのは役員であるから、神は皆の役員の真心は百も承知千も合点であれど、万一の遠慮いたして執念深う腹が立つほど、不調法と取違いの無いやうに気を注けるので在るぞよ。この大本へ立よる身魂は皆昔から親子兄弟の因縁が深いのであるから、毫末とも扣えずに、身内であるから厭な事も申すので在るから、神が何を申しても気にかけぬ如うに致して、我一と神界の御用をいたして下されよ。今年の旧の七月十二日までに、大略の因縁の身魂を大本へ引寄せるから、大本の役員は充分に気を注けて下されよ。夫れまでに肝心の御魂を引寄せるぞよ。毎時出口直の筆先で、跡な烏が羽翼が強いから、後れん如うに身魂を研いて下されと申して在ろうがな。皆その通りになるから、ドウゾ後れんやうに致して下されよ。手長彦手長姫に心を配りて下され、斯んな酷しき大本の中へでも這入り込で来るぞよ。油断いたすと終には神の名を汚す事に成るぞよ。 ◎ 人民と申すものは気の短いもので在るから、神の申した事実が一年後れても六ケ敷顔を致すなり、何を申しても昔から未だ無い大神業であるから、物事に依りてはチツト位は延びる事が有るなり、人民を神は一人でも余計に改心さして助けてやりたいから、延ばせる丈けは延ばしたいなり、人民は良き事斗り来る様に思ふて、浅い考へを致して首を伸して待つやうな心で居るなり、薩張り神と人民とは思ひが反対であるから、神も中々骨が折れるぞよ。誰も彼も綾部綾部と申して出て参りても、身魂の因縁だけの事よりは出来んのであるから、神の道の判りた人民なら何処に居りても、神徳は渡して手柄を致さすから、余りあはてて下さると却て神が迷惑を致すぞよ。大本の中の役員に誠の事が六七分まで解りて来て、充分に身魂が研ける迄は、世の立替が初まると、却つて神も役員も困るから、三千年の仕組を水の泡には出来んから、地固めには充分の骨が折れるから、チツト位後れたと申して心の変るやうな事では、斯んな大望は到底勤まらんぞよ。一人でも因縁の身魂を余計に改心さしたいのは神の至仁至愛の精神であるぞよ。夫れで大本の中から神と同じ心に成りて呉れよと、クドウ申すのであるぞよ。神界の経綸が一二年も延びたとすれば、今の人民は悪が未だ消えて居らぬから、又た神に不足を申すなり、子を戻して呉れ娘を返せと申すものも出来るかも知れぬが、其所を惟神に任して、ヂツト堪えて待つだけの度胸がないと、肝腎の御蔭に外づれて了ふぞよ。後の悔悟は間に合はぬから、充分腹帯を締て居らんと、百日の説法が屁一つにも成らん事に成りて、世界から笑はれて、地団太踏んでも追付かぬ様になるぞよ。三千年の苦労いたした経綸の花が咲くので在るから、人民の思ふて居る様な容易仕組でないから、思ひ違いの無きやうに致して下されよ。筆先の裏まで眼を徹うす様でないと中々解りは致さんぞよ。世界の大峠が来る迄にこの大本の中に大峠があるぞよ。大本の事は神界の仕組であるから世界中へ写るぞよ。世界の事は又大本へ写るから、斯大本の内部の行り方を見てさえ居りたら、誠のものには何も彼も判る仕組であると、明治三十二年から出口直の手で先に何遍も知らして在るぞよ。 ◎ 三千世界が一度に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。神も仏事も人民も勇んで暮す世になるぞよと明治二十五年から知らして在るぞよ。それで斯の大本は、外国のヤソの神の教や、仏の教を悪く申されんぞよ。ヤソも仏も儒も其国々の国魂相応の教がさして在るので在るから、此の大本は大本の教さえ致して居りたら外の宗教を毀つと云ふ事は致されんぞよ。斯う申すと又た鼻高が、艮の金神でさえも外国の教や、仏を悪るく申すで無いかと、理窟を申すで在ろうが、外国の教と神が申すのは、宗教やヤソ教の神の事では無い、物質主義金銀為本の政治の事を申すので在るぞよ。誠の純粋の日本魂の人民には、外国の宗教は要らぬなれど、未だ其処まで身魂の研けて居らぬ、中と下との身魂の済度には、無けねば成らぬ道具であるぞよ。外国の宗教と申しても元は天地の先祖の教であるから、日本の教の枝葉であるから、余り悪く申して枝葉を断ると、幹が却つて発育ぬから、神は元は一株であるから、それで是までの筆先に、谷々の小川の水も大河へ、末で一つの海に入る経綸であると申してあろうがな。神が一度申した事は、何時になりても毛筋も間違いは無いから、爰の処を十分に気を付けて、大本の御話を致さぬと、反対に揚げ足を取られて、愧かしき事が出来いたすから、心得た上にも心得て居りてくだされよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年2月13日 | 大正八年二月一三日 大正八年二月十三日旧一月十三日 艮の金神国常立之神言変性男子の御魂が、竜宮館の高天原に現はれて、昔の根本の事を知らすぞよ。今日は出口直日主命の上天から丸る百日に当る祭日であるから、大本の標目の十曜の紋の由来を書きをくぞよ。国常立之尊が世の太初から悔しき残念を堪忍りて、在るにあられぬ苦労艱難を致して貯えた、只一輪の生き花の開きて散りて芳ばしき、果実を結ぶ時節が到来から、善一筋で貫きて来た神と、悪計りを企みて、好き候に致して来た神との因縁を現はして、日の出の守護と致すぞよ。 大本の十曜の神紋は、世界統一の標章であるから、この神紋の由来を知らねば肝心の神秘が分らぬぞよ。九重の花が十曜に化りて咲く時は、万劫末代しほれぬ生き花で在ると申して、今迄の神諭に出して在ろうがな。斯の九つ花が十曜に開く其時は、如何な鼻高も如何な悪魔も改心いたして、今までの自分の思いの違ふて居りた事が明白に分りて帰順いたすぞよ。三千世界の世の元を締固めた折に、一生懸命に大活動を致した誠の神の因縁を説いて置くから、万の神々様も人民も、能く腹へ呑み込みなされよ。綾部の大本地の高天原に、変性男子と変性女子の身魂を現はして、今までに充分に気が注けて在るなれど、未だ皆の役員信者が誤解いたして居るから、根本から神の因縁を分けて見せるぞよ。日本の古事記にも出してない神が沢山に在るから、迷はぬ好うに為るが可いぞよ。艮の金神が改めて日の出の神の肉体を表はすぞよ。常世姫之命の御魂の宿りて居る、○○○○○○○が、日の出の神の生き魂であるぞよ。大分思ひの違ふ役員信者が出来るぞよ。 日の出の神の肉体は○○○で在ると云ふ事を、変性男子の上天までに発表たいと思ふたなれど、五六七の神の世に成るまで控えねば成らぬ義理がありて、態とに隠しておいたなれど、モウ大門も経綸の形だけ出来たから、変性女子の手で知らすぞよ。八木の北山に火竜と成りて実地の姿が見せて在るぞよ。変性男子の身魂は現世で百歳の寿命が与えて在りたなれど、余り仕組が後れるから、天へ上りて守護いたす為に早く上天さして御苦労に成りて居るぞよ。世の元の大御宝を占め固める折に、差添に成つて活動なされた神は、真道知彦命、青森知木彦命、天地要彦命の三男神と、常世姫之命、黄金竜姫之命、合陀琉姫之命、要耶麻姫之命、言解姫之命の五女神、合して三男五女八柱の神を育て上げて、差添の御用を命せなさつたのが稚日女岐美尊であるから、是が九重の花と申すので在るぞよ。 稚日女岐美尊の後見を為された至善の神様が天照日子尊であるぞよ。天照彦命は海潮の肉体に宿りて、五六七の世の御用を致して居れるなれど、誰も未だ分りては居らぬぞよ。此神が表はれたら二度目の世の立直し、九重の花が十曜に咲くので、三千世界の統一が成就するので在るぞよ。斯神々が大国常立之尊の差添え日本魂の純粋であるからタタキ潰しても潰れず、火に焼いても焼けもせぬ剛強なる御魂であれど、大地の祖神が世に落されたに就いて供に落ちねば成らぬ如うになりて是非なく世に落ちたので在るぞよ。時節参りて地の先祖の国常立之尊が再び世に現はれるに付て、供に今度は現はれて万古末代萎れぬ花の咲く結構な神代が来たので在るぞよ。 今度は二度目の世の立替建直しであるから、世の太初からの善悪の胤を残らず現はして水晶の神代に致すのであるから、一切の事を書きおかすぞよ。世の元の国常立之尊を世に落したのは第一番に天稚日子命であるぞよ。天稚日子命は大変に女の好く神で在りたから、女神を沢山に部下に付けて天の規則を破りたり破らしたり、体主霊従の大将と成りて世を持ち荒した神で在りたぞよ。天地の別れた折からの邪気凝まりて体主霊従の邪鬼と成りた神が天若日子命であるぞよ。世の根本を修理固成た地の先祖を押込める経綸を致した様な邪神であるから、今までの神界を持ちて現界までも構ふて来たなれど、肝心の天地の神の大恩を知らずに世界の人民をアヤツリ人形に致して来たから、今の人民の上に立つ守護神が薩張り心が曇りて了ふて胴体なしの紙鳶昇りで上下たに眼が着かぬから、大空斗り向ひて仰向ひて我身の出世する事斗りに心を奪られて居るから、地の世界が真の暗同様になりて今に天地が転動て逆トンボリを打つ事が出て来るのも判らぬ様な惨いことに成りて居るが、其れも知らずに未だデモクラシーを唱えて騒ぎ廻りて居りても、日本の霊主体従の行り方致さねば到底世界の艮めは刺す事は出来ぬぞよ。変性男子若姫君命は元来の善神で在るから、大変な千座の置戸を負ふて国津神等に代りて世に落ち成されて万神万民の探き罪を贖ひ遊ばされ、天よりも高く咲く可き生き花を咲かさずに地獄の釜のコゲ起し、在るに在られん御艱難を遊ばしたのも、元を糺せば天稚日子の命のために神の世一代の御苦労を成されて、未だ其の苦労が余りて現世にて其罪を八人の産の児に負はせて在る故に、三男五女の児は今に八百万の神に踏下げられて居るから、一通りや二通の苦労ではないぞよ。斯の由来が大本の中の重立ちた役員に早く判りて来んと、十曜の神紋が開けぬぞよ。十重の門が開けたら、三千世界の統一が出来るので在るから、跡に残りて居る○○の兄弟と変性女子の肉体とに解けて聞かして腹帯を確かりと締さして置かんと、サアと云ふ時に成ると変性女子の肉体を体主霊従の行り方の人民が世界一致して引裂きに出て来るぞよ。皆々の結構な天来の神諭を取違い致して、肝心の大本の役員信者までが変性女子の身魂を攻めに来る者が中には出て来るぞよ。 肝腎の判らねば成らぬ肉体に実地の神業が判りて居らぬから、物事が後れて世界中が困る事が出来いたすから、早く肝心の御方に知らして置かぬと、罪なき人民にまでも泥水を呑ますやうな事が出来いたすぞよ。現今の大本は一旦天の規則が破れて了ふて、世を持たれぬ神の天稚日子が名を代えて充分に自身の思が達した形が東の空から西の地の底の大本へ写りて居るので在るから、未だ真実ものに開けて居るのでないから、気宥しはチツトも成らぬぞよ。日の出の神の因縁が判りて居らぬから、世界の物事が後れるので在るぞよ。艮の金神の筆先を速く調べておかぬと、世界へ対して申訳なき事が出来いたすぞよ。自分ほど神界の事の能く分りたものはなきやうに思ふて自惚いたして居りても、世の変り目で在るから、神の奥には奥が在り、未だ其奥には奥の奥の大奥が在るので在るから、可い加減な一心では誠の神秘は判りは致さんぞよ。梅で開ひて云々と申す事はドンナ苦労艱難いたしても、又ドンナ悔しい残念な事が在つても堪え堪えて持切ると云ふ事の誓えで在るぞよ。梅で開くと云ふ事は皆の肝心の行ひで在るから、思ひ違いのないやうに致して身魂を充分に練り鍛えて下されよ。今は未だ天稚彦の系統が重に集めて在るから、今大本に集りて居る人民の中に天稚日子の行動が判りて実地を調べて置いて下さらぬと、皆の守護神が濡手で粟を握むやうな甘い事を思ふて居るものが沢山あるから、都合が好ければ一生懸命に勤めもするなれど、少し形勢が悪いと見たら皆還りて了ふと云ふやうな水臭い役員も中には出来るから、気宥しは成らんぞよ。それで各自に心得て気を注け合ふて互に何処までも、神国の為に生命を捧げると云ふ立派な日本魂に研き上げて居りて下されよ。思が間違ふと一寸の事が在りても経綸が後れても直ぐに不足を申したり、顔の色を変えたり致すから、何事が在りても一分も動かぬ日本魂に研いておかぬと、世界の大峠と大本の中の大峠に躓いて後へ引かねば成らぬぞよ。それでは早ふから大本の教を聞いた功能がないぞよ。此度の二度目の天之岩戸開きの天地の大神の至仁至愛の御恵みと申すものは洪大無辺にして何程人為の学問や智識で考えて見ても判らん深い仕組であるから、鼻柱を体能く捻ぢ折つて生れ赤子に立復りたなれば、三千年の経綸の世界の大機織が紋様が判然と分明るなれど、肝心の機織の模様を拵へる根本をソコ退けに致して、人間界の智慧計り働かして居ると、何時まで焦慮りて骨を折りても肝心の経綸が判らぬから、一時も早く我を折りて、明治二十五年からの筆先を充分に調べて下されよ。神聖元年からの筆先は一層注意して調べぬと大きな取違いが出来いたすぞよ。 大出口国直日主命の永年の苦労の徳で天若彦命の肉体の名は指さずに神界から赦しておくから、我一と我心身をサニハ致して省みて身魂を立替いたさぬと、神界の仕組が後れる計りであるぞよ。何程外囲の垣や構造が立派でも誠の教が立ぬと神界にて教祖の神が苦しむから、早く改心いたして誠を立て下されよ。○○○○○○○には日の出の神の生き魂の守護が在るなれど、未だ充分に研けて居らぬから、十に二つ位は間違いがあるぞよ。天照彦命は至善の神であるぞよ。天稚彦は悪の神で在るぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月8日 | 大正八年三月八日 大正八年三月八日旧二月七日 天に坐ます日の大神様は、天地初発の時から、世界万物を造りて之を愛護し給ひ、永遠無窮に光りを与え、地の世界を照らして御守護遊ばすなり、五六七の大神様は人民よりも下たに降りて、地の在らむ限り、遺る隈なく、隠れて御守護下され、何一とつ自由と云ふ事も成さらずに、万物を養育遊ばして御座るなり。地の固成主なる国常立尊は、坤の根神[*「根神」は底本通り]豊雲野尊と水火を合はして、夫れ夫れの守護神に御苦労に成りて地を固め締め、一旦は地の世界の主宰者と成りたなれど、八百万の神の為に永らくの間神の世一代艮へ押込められて、隠から斯世を守護いたして居りた事の、誠の精神と行状が天地の大神様の御眼に留まりて、再び地の世界の神界を守護いたすやうになりたのは、誠に神は満足であれども、是だけに乱れた世の中を、善一とつの神代の神政に改造すのは、中々大業で在るから、昔の神代に艮の金神と共に世に落された神々を、今度の天之岩戸開きの御用いたさす為に、世に上げて神政成就の御用に使ふから、其神々の名を上から上から表はして置くぞよ。国常立尊の侍従長を勤めたのは、右が猿田彦命と猿田姫命の夫婦なり、右の侍従が八雲立命と出雲姫命の夫婦なり、左の侍従長が真心彦命と事足姫命の夫婦なり、左の侍従が国彦命と国比女命の夫婦の神でありたぞよ。其他に沢山の付々や眷属は在りたなれど、時節に応じ、手柄に由りて、次々に名を表はすぞよ。天の規則が破れた始りは、真心彦命の最も愛して居りた百照彦命に春子姫命と申す妻がありたが、真心彦命は愛情深き神で在つたが、終には百照彦の命の妻の春子姫に手が掛り、不調法が出来たので、天の大神様から役目を御取上げに成つたのであるぞよ。真心彦命は事足姫命と申す妻神が在りて、広心彦命、行成彦命と云ふ二柱の神子が出来てあるにも関はらず、情けに耽れて春子姫との間に怪しき行為が結ばれたので、天の大神様から天の規則破りの罪として、国常立尊の侍従長を退職されたので、真心彦命は自分の失態を愧ぢて終に国替を致されたので在るぞよ。そこで八百万の神々も其心事を気之毒に思召されて、種々と持てなしを成されて、長男の広心彦命が父神の後を継ぎて、左の侍従長と成り、仁愛を以て下を治め、一時は天下泰平に世が治まりて、国常立尊の威勢も揚りたので在りたぞよ。然る所に未亡神なる事足姫命は、夫神の御心情も察せずに、春永彦命と云ふ後の夫を持ちて、桃上彦命を生み、夫婦の神が仲良く暮して居りたが、是が大変に天の規則に照して面白く無き行為で在るぞよ。 桃上彦命は非常に下を憐む、精神の善き神でありたから、種違いの兄神の広心彦命も大変に安神いたして、自分の副神に任じて、神界の御用の祐けを為せて居りたが、桃上彦命は月日の経つに連れて、始めの善良なる精神が狂ひ出し、上の神の命令も聞かず、外神の難義も顧みず、終には慢神益々増長して、兄神の権利と地位を占領し、只管下斗りの機嫌を取る事に而巳心を碎きたるが故に、下の神々は恩に馴れて安楽な道ばかりに傾き誠の天則を守る神の教に反対いたし出し、神界の政治は上げも下ろしも成らぬ如うに成り果て、終には重立たる侍従神もチリチリ破乱々々に世に押込められて了ふて、国常立尊は枝葉を断られた大樹の如うに致されて了ふたので在るぞよ。是が此世に体主霊従と申す事の初りであるぞよ。 ◎ 真心彦命の未亡神なる事足姫命は、貞操を破りて春永彦命と云ふ後の夫神を持ち、其間に生れた桃上彦命で在るから、初めの間は大変に円満な神で在つたなれども、母の規則破り、不貞操の水火が伝はりて居るから、終には勝手気儘な精神が現はれて、野心を起し、天地の経綸を破りたので在るから、神は猶更、人民は神に次での結構な身魂であるから、夫婦の道を大切に守り、一夫一婦の規定を守らぬと、終には身を亡ぼし、家を破り国家に害毒を流して、天地の規則破りの大罪人に落ちて苦しまねば成らぬ事が出来いたすぞよ。事足姫命の不貞操な行状が元に成りて、神界が一旦乱れて了ひ、次に人民の世界が今の如うに乱れて来たので在るから、悪と云ふ行為は毛筋も今度は無きやうに、水晶の神世に立直すので在るから、皆の人民は互に気を注け合ふて心得て下されよ。取返しの成らん事が出来いたすぞよ。斯の天則を破りた二柱神の子の桃上彦命が、大野心を起して、下々の神に対し贔屓を取らんとして、八方美人主義を非常に発揮したる為、下は之に馴れて上の命令を一も聞かぬやうに成りたので、他の善神から大禍津美命と名を付けられたので在るぞよ。この桃上彦命は八十猛彦と百武留彦を殊の外寵愛し、両神を頤使て益々自己の野心を遂行いたし、自由自在に斯世を持荒らしたが為に、今に世界が体主霊従の身魂斗りに成りたので在るぞよ。それから国常立尊の左の侍従を勤めて居りた、国比古之命は侍従長の真心彦命の国替に由り、首長の無くなつたのに気を赦るし、自由自在に自己主義の行り方を致して世に現はれ、大権力を振り舞はし、終に世界を乱して了ふたので在るぞよ。国比古之命と国比女命夫婦の間に三柱の神子が生れて、長子を真道知彦命、次子を青森行成彦命、三子を梅ケ香彦命と申す名が付けてありたぞよ。此の三神の兄弟は、父母の神に似ぬ厳格にして、智仁勇兼備の善良な神で在るから、父母両神に度々兄弟が交る交る意見を致したなれど、少しも聞入れなき故に、何れも時節を待つて父母の改心を促がさんと、古き神代の昔より、堪え堪えて貯えし、誠の花の咲く世に成りたから、今度の二度目の天之岩戸開きに就て、国常立尊の大神業を輔け、父母の大罪を償はんと、一生懸命に兄弟の神が力を合はして活動いたして居れるぞよ。 ◎ 広心彦命と行成彦命は、真心彦命と事足姫命と夫婦の間の神子であるぞよ。桃上彦命は未亡神事足姫命と、後添の夫神春永彦命の間の神子であるぞよ。 ◎ 広心彦命は桃上彦命の為に、非常なる困難の地位に落ち、筆紙に尽されぬ程の艱難辛苦を致した神であるぞよ。其原因は父神の真心彦命が大罪を犯して天則を破り、侍従長重職を退き、且つ神去ましたので、忠孝仁義に厚き広心彦命は、昔から貯えた善の神力で、天地の神の稜威を輝やかし、天地万有を安きに救ひ、且つ父母両神の大罪を償はんと思召しての、御艱難を為て居れるぞよ。此神は至善至愛の身魂であれど、其温順なる身魂の性来として厳しき事を申すのが嫌で在つた為に、異父弟の桃上彦命の乱政を戒め、改めしめる事が出来なんだのが、此神の一生の失敗でありたぞよ。それで此の大本の教は、天の規則に外づれた事は、容赦なく厳しく申して戒める御道であるから、情義にからまれて天の規則を外す事は出来ぬぞよ。桃上彦命の行り方が天則に外づれて居りた斗りに、下々が段々と増長して、君、大臣、小臣、民の四階級を破壊して了ふたので、八百万の真の神々が忍び兼て各自に退職を致されたので、神界の政治は如何ともする事が出来ぬやうに成りたので在るぞよ。そこで広心彦命は弟神の行成彦命と力を合はせ、心を一にして天則を厳守し、回天の事業を起し、完全に神代を改造せんと焦慮せられたなれど、安逸なる放縱神政に馴れたる神々は一柱も賛成なく、天地は益々暗黒界と成り、上げも下ろしも出来ず、万妖億邪一度に突発したので、国常立尊の侍従の役を勤めた、猿田彦命の妻神なる猿田姫命と、八雲立命の妻神なる出雲姫命が、非常に心を配り身を竭し、神政改造の為に在るに在られん数十万年の永い間の御艱難を成されて、今に神界で大変な御活動に成つて居られるが、今に苦労の花の咲くやうに成りて来たから、今度は苦労の凝りで、万劫末代萎れぬ結構な生花が開くから、世界の人民は是を見て一日も早く改心致して、君国の為に出来るだけの苦労を勇んで致して、日本魂に立帰り、神国成就の為に真心を尽して下されよ。後にも先にも無き結構な天地の岩戸が開くのであるから、日本の人民は一人なりとも余計に改心して、岩戸開きの御用に身魂を捧げて下されよ。末代名の残る事であるぞよ。 猿田彦命と猿田姫命の間に三柱の神子が生れて、長女が杵築姫命、次女が朝子姫命、三女が猿子姫命と申すぞよ。天の規則が破れて、神政が潰滅た際に、猿田彦命は妻神の意見を聞かず、却つて大に立腹せられ、三柱の姫神を引連れて天上に昇りて了ふた、神政に冷淡なる神であるぞよ。茲に猿田姫命は思ひ掛けも無く夫神と三柱の大切な姫神とに生き別れの辛酸を甞められた、気の毒な神であるぞよ。猿田姫命は悲歎行る方なく、天を仰ぎ地に伏して、猿田彦命に天より降り玉ひて、此の乱れた神代を改造し給へと、一生懸命に歎願致されたなれど、一徹短慮の猿田彦命は妻神の言に耳を藉さず、三柱の姫神までも地へ降されなんだのであるぞよ。茲に広心彦命は猿田姫命の窮状を察し、一方の力に成らんと、弟神の行成彦命と相談の上、猿田姫命に向ひて申さるるには、斯の騒動は吾々にも大責任あり傍観する時に非ず、貴神の国土の為に心を碎きなさるのを御助け申上げたいからと、兄弟の神が心を一つに致して漸く苦心の結果、猿田姫命の一時の困難を助けた誠に至善なる神でありたぞよ。 ◎ 茲に猿田彦命は天上に昇りて、自由に神政の経綸を為さんとすれど、元より妻神を見捨られし位の気儘な神で在るから、真の日本魂が欠けて居る為に、事志と相違し、中界の魔神とまで成り果てたのであるが、高天原の岩戸が開けて後、皇孫二二岐命が豊葦原の水穂国に、天照皇大神の神勅を奉じて地上に降臨あらせらるるに際し、猿田彦大将軍と成りて、中界の魔軍を数多召び集へ、天の八衢[*底本は「八街(やまた)」]に出でで、皇孫降臨の途を塞がんと為したるを、神代の女傑神天宇受売命の為に矛を返して皇孫に帰順し、悪心を翻がへして忽ち善良の神となり、皇孫の御先導となりて、筑紫の国の櫛振の峰に送り仕え奉られたのであるぞよ。此の天宇受売命は元来は出雲姫命の変化の神でありたが、天の規則が破れた折に、何なりとも善を尽し義を立てて、神国の麻柱の道を立てんと焦心せられたなれど、何分にも肝腎の大本元が破壊されて在るのであるから、真実の神業は成功する事に至らずして、大正の御代の今日まで忍耐をいたして居れたが、此の神の誠の活動が成就するのは今後であるぞよ。広心彦命も非常に苦心致され、天の下を平けく安らけく治め玉ふ現人神の、隠から御守護を致して居れど、今に誠の事は成功致さず、小さい国の一つ位いでは未だ十分の満足が出来ぬので、科学の力を借りて三千世界を開かうと思召し、○○を用ゐる程益々体主霊従が盛んになりて来て、世界が段々と乱れる斗りで、上げも下ろしも成らぬやうに成りたなれど、昔の神代の時代から絶えずに国土を思ひ、神君を大切に思はれた誠の在る神であるから、今度の二度目の世の元の生き神が、揃ふて艮の金神の配下で艮の御用を致さるるに就て、神代からの順次を明白に立別けて御用に掛りて居れるぞよ。世界の人民の昔からの因縁の判る時節に成りたから、誰に由らず改心が一等ぞよ。 |
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伊都能売神諭 | 神諭一覧 | 大正8年3月12日 | 大正八年三月一〇日 大正八年三月十日旧二月九日 国常立尊の筆先であるぞよ。変性男子の御魂稚日女之命[*ママ]は世の初りに、天若彦命と素盞嗚尊の為に押込まれて、八重九重に咲く芳ばしき花の苔みを、半開にして散り亡せ給ひ、地に落ちて神代一代の永い艱難苦労を遊ばしたが、天若彦命の天の規則破りの罪を我身に引受け、今まで善一とつを貫いて御出なされた日本魂の誠の大神様であるぞよ。大本の役員から此の次第を了解いたして下さらぬと、今度の仕組は根本が判らんのであるぞよ。稚日女命[*ママ]の肉体は上天いたして、天地の間を守護いたして居れるから、是からは世界の物事は速く成るから、一日の猶予も出来ぬぞよ。世の初りから、誠の日本魂を天地に貫いて来られた御徳が、今度斯世に表はれて、天も地も一度に明らかに稜威が輝く様に成りたのは、誠と苦労の結果であるから、斯神の昔からの行状は世界の善の亀鑑であるぞよ。亦た天若彦命は非常な狡猾な陰険な邪神であるから、誠の神様の御苦労の徳を横奪いたして、神の世を自由自在に持荒らした神であるぞよ。天若彦命は若姫君命の養育された黄金竜姫命に恋慕して、天の規則を破り、貞操を汚さしめ、傍若無人の挙動を致し、終に他の神々も夫の行動に感染して残らず天の罪を犯し、総損ないと成りて了ふて、皆の神が世に落ちねばならぬ始末となつたのであるぞよ。夫れで今日までは元の誠の神は世に現はれず、根底国の刑罰を受けて苦しみて居りたなれど、今度の二度目の天岩戸開きに就て、艮の金神の元の誠が現はれて来て、九ツ花が咲く時節が参りたから、善一と筋を貫きて御出遊ばした、若姫君命の養育なされた八柱の神を世に上げて、十葉の花を咲かす神代と成りたから、今度の世の改造に昔からの神々の因縁を説分けて、万古末代の世を治めて、神も仏も人民も、餓鬼虫けら迄も助けて、松の代ミロクの代と立直して了ふので在るから、中々骨の折れる事であるぞよ。大本の信者の中には、世の立替と申す事を大変な誤解を致して居るものが在るが、世の立替は神界幽界現界の邪悪分子を全部改革いたすと云ふ意味であるぞよ。世の立直しと申すのは昔の神代に皇祖の神々が御定め成された通りの、完全無欠の神政を開いて、三千世界を天津日嗣の御威徳で言向和はし、天の下四方の国を平けく安らけく知食し給ふ御神業の完成いたす事で在るぞよ。余り大きな間違いで、アフンと致す事が来るから、充分に神の慈悲心に成りて、筆先を眼を通して下されよと永らくの間気が付けてあるのに、自己の心が汚ないから、色々と疑ふたり、取違い致したり、中には途方も無い事を申して世界の人民を驚かす事になるから、神の深き慈悲心に照り合して、我身魂の善悪を省みるが良いぞよ。神からは世界の人民は皆な我子で在るから、しかりたりたらしたり、色々と致して改心を促がして居るので在るから、大本の肝腎の役員から充分に神心を考へて、出て来る人に違はぬ教を致して下されよ。善になるのも悪に代るのも、皆役員の舌一枚の使い様に由るぞよ。人民の舌ほど結構なものの恐ろしいものは無いぞよ。明治二十五年からの筆先を心を鎮めて覗いて居りたら、神の誠の精神が判りて来るぞよ。八釜しう申さいでも神の知らした事は世界から順に出て来るから、黙りて居りて改心も出来るなり、神徳も与へられるぞよ。 ◎ 斯大本には昔の神代から罪を作りて来た体主霊従の身魂の人民ほど、先へ引き寄せて、御魂の借金済しの為に大望な神界の御用を命して在るので在るから、其の覚悟を致して、我れ一と神国の為に尽して下さらぬと、我に神力学力が在るから引き寄せられた如うに思ふて油断いたしたら、大変な間違いが出来てくるぞよ。斯の大本は盛んになる程敵が多く出て来るから、其敵対ふて来た人民を、大切に致して親切に取扱ひ、神界の真理を懇切に説き諭して、歓こばして改心さして、皇道大本の神の誠の教に帰順いたさす経綸であるから、敵が殖える程段々と良く成るぞよ。今度の神界の経綸は強い敵ほど良き味方に成りて御用を助ける仕組であるから、敵が殖えて来る程この教は立派に開けるぞよ。三千世界を開くと云ふ事は、今までの如うな筆法で古事記を説いても、肝腎の奥の奥が明らかにならぬから、誠の神政復古は成就いたさんぞよ。今度は二度目の天の岩戸開きで在るから、肉体その儘で天地の在らん限り、幽界現界に出入往来いたして、今の人民の智慧や学力で判らぬ神理を調べて置いて三人世の元の経綸が致して在るから、是が判りて来たら三千世界が一度に鳴るぞよ。三人世の本の因縁も、日の出神の御苦労も鏡の如くに判りて来るぞよ。そこへ成りたら如何な鼻高でも悪神でも成程と改心いたすなれど、斯大本の経綸は世界中に仕組てあるから、今に吃驚箱の蓋が開いたら、我も私もと申して世界中から綾部の大本へ詰かけるから、今の内に充分の用意が出来て居らぬと、俄にトチ面貌[*「面貌」は底本通り]を振るやうに成るぞよ。節分から世界の様子が大変に替るに就て、先づ斯の大本の内部から立替改造を致すと申して知らした事の実地が参りたぞよ。各自に腹帯を確かり占て居らぬと、一つの峠が在りても直ぐに後戻りをいたすと申したが、筆先の十分腹へ這入た人民は大磐石で、押しても突いても微躯りとも致さねど、浅い筆先の見様をいたして居る人民は、ヒヨロ付いて後餅を搗いて、神力は落ちるなり世界からは良い笑はれものと成るから、何時も日本魂を研いて居れと申して、細こう書いて知らして在りたぞよ。艮の金神が綾の高天原の神屋敷に現はれて、八百万の神を集めて、天の大神様から思兼の神と御命令を戴きて万物の種を編み出し、苦労いたして立派な神の世が造れたと思へば、天の若彦命が色々と勝手な事の行り放題で、天地の教を根本から覆がへしてから、世は段々と曇る斗り、上げも下ろしも成らぬ様に、此神の眷属の羽張り様と申すものは、人の苦労を横奪ばかりで在りたから、高天原から乱れて来て、今の世までも悪の種が伝はりて来て居るから、今の世界の所作柄は、万物の霊長どころか、四ツ足にも劣りた精神になり切りて了ふて居るぞよ。一寸先きも見えぬ所まで霊魂が曇り切つて居るから、今度は天の時節が参りて、人民の霊魂に燈明を付けて、元の日本魂に生れ返やして与らねば、斯世の泥海を此ままに致して置いては、モウ此の后は一寸の間も、行きも還りも出来ん事になりて、何から破裂いたすやら分らんから、神は人民を助けたいのが一心で在るから、一日も早く人民の首の位にある日本の人民から改心いたして、世界へ善一と筋の良き鏡を出して下され、今に世界は激しく成るから、変性女子の身魂から水晶に研いて下されよ。女子の身魂の改心さえ出来たら、世界の人民の改心が早く成るなり、改心が一日遅れたら遅れた丈けは、世界が永く苦しむので在るから、斯の大本の肝心の御方から日本魂に立帰りて、神国成就の御用を勤めて下されよ。大本の教は智慧や学では何程考へても、人民力では見当の取れん、奥の深い経綸であるから、是からソロソロと変性女子の手で、順に時節に応じて知らすぞよ。大本の筆先は其人々の御魂相応に感得る様に書してあるから、余程御魂を研かんと、真理の神意が判らんから、取違いが出来るから、筆先を説く役員も聞く人民も、第一に神の心に成りて考へて下さらんと困る事が出来いたすぞよ。筆先の御用いたして、錦の旗の経綸の御用を致して居る変性女子の御魂でさへも、今までは神界の機の仕組は判りて居らなんだ位であるから、普通の人民には判らんのも無理は無いぞよ。夫れで今迄は夜ルの守護であると申して知らして在りたなれど、大正八年からは弥々日出の守護となりて、変性男子と女子との身魂が世界へ天晴れ現はれるから、一日も早く此の大本の中から改心いたして、世間から見てアレデならこそ三千世界の大本、地の高天原で在ると申すやうに成りて来たら、一度に開く梅の花と申すのであるぞよ。開いて散りて実を結び、隅々までも澄極りて、世界に輝やく世の本の神の教を、四方の国から尋ねて来る八ツの年、新畳でさえも打てば、埃の出る者なれど、何程たたいても埃一つ出て来ん所まで研き上げて、天地え御眼に掛る艮の金神の経綸であるから、其覚悟を致して、斯の大本へ出て来る人民は、世界並の改心ぐらいでは可んから、研いた上にも研いて下されと毎時も申して知らして在るぞよ。世の諺にも、大きな器物には大きい影が刺すと申すなれど、大本の教は大きな器でも小さい器でも、水晶に澄極る処まで研く教で在るから、影と日向の区別無く、却つて影には強い光りが差す教であるぞよ。毛筋の横巾も間違いの無い教であるから、大本の信者は日本魂に立帰りて、毛筋ほどの虚言や詐りは致されず、悪いと申す事は露ほども出来ぬ世の立直の教であるから、明治二十五年から艮の金神の教は、他の教会の行り方とは天地の相違で在ると申すので在るぞよ。我の心が写りて心相応に感得る神諭であるから、我の身魂の磨けん内から知つた顔して筆先を説いても、大間違い大取違い斗りに成るから、口と心と行いの揃ふ誠の人民でないと、神諭の奥の精神はとうてい分らんぞよ。 |