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書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 36 一輪の仕組 | 第三六章一輪の仕組〔三六〕 国常立尊は邪神のために、三個の神宝を奪取せられむことを遠く慮りたまひ、周到なる注意のもとにこれを竜宮島および鬼門島に秘したまうた。そして尚も注意を加へられ大八洲彦命、金勝要神、海原彦神、国の御柱神、豊玉姫神、玉依姫神たちにも極秘にして、その三個の珠の体のみを両島に納めておき、肝腎の珠の精霊をシナイ山の山頂へ、何神にも知らしめずして秘し置かれた。これは大神の深甚なる水も洩らさぬ御経綸であつて、一厘の仕組とあるのはこのことを指したまへる神示である。 武熊別は元よりの邪神ではなかつたが、三つの神宝の秘し場所を知悉してより、にはかに心機一転して、これを奪取し、天地を吾ものにせむとの野望を抱くやうになつた。そこでこの玉を得むとして、日ごろ計画しつつありし竹熊と語らひ、竹熊の協力によつて、一挙に竜宮島および大鬼門島の宝玉を奪略せむことを申し込んだ。竹熊はこれを聞きて大いに喜び、ただちに賛成の意を表し、時を移さず杉若、桃作、田依彦、猿彦、足彦、寅熊、坂熊らの魔軍の部将に、数万の妖魅軍を加へ、数多の戦艦を造りて両島を占領せむとした。 これまで数多の戦ひに通力を失ひたる竹熊一派の部将らは、武熊別を先頭に立て、種々なる武器を船に満載し、夜陰に乗じて出発した。一方竜宮島の海原彦命も、鬼門島の国の御柱神も、かかる魔軍に計画あらむとは露だも知らず、八尋殿に枕を高く眠らせたまふ時しも、海上にどつとおこる鬨の声、群鳥の噪ぐ羽音に夢を破られ、竜燈を点じ手に高く振翳して海上はるかに見渡したまへば、魔軍の戦艦は幾百千とも限りなく軍容を整へ、舳艪相啣み攻めよせきたるその猛勢は、到底筆舌のよく尽すところではなかつた。 ここに海原彦命は諸竜神に令を発し、防禦軍、攻撃軍を組織し、対抗戦に着手したまうた。敵軍は破竹の勢をもつて進みきたり、既に竜宮嶋近く押寄せたるに、味方の竜神は旗色悪く、今や敵軍は一挙に島へ上陸せむず勢になつてきた。このとき海原彦命は百計尽きて、かの大神より預かりし潮満、潮干の珠を取りだし水火を起して、敵を殲滅せしめむと為し給ひ、まづかの潮満の珠を手にして神息をこめ、力かぎり伊吹放ちたまへども、如何になりしか、この珠の神力は少しも顕はれなかつた。それは肝腎の精霊が抜かされてあつたからである。次には潮干の珠を取りいだし、火をもつて敵艦を焼き尽くさむと、神力をこめ此の珠を伊吹したまへども、これまた精霊の引抜かれありしため、何らの効をも奏さなかつた。 鬼門ケ島にまします国の御柱神は、この戦況を見て味方の窮地に陥れることを憂慮し、ただちに神書を認めて信天翁の足に括りつけ、竜宮城にゐます大八洲彦命に救援を請はれた。 このとき地の高天原も、竜宮城も黒雲に包まれ咫尺を弁せず、荒振神どもの矢叫びは天地も震撼せむばかりであつた。 ここにおいて金勝要大神は秘蔵の玉手箱を開きて金幣を取りだし、天に向つて左右左と打ちふり給へば、一天たちまち拭ふがごとく晴れわたり、日光燦爛として輝きわたつた。金勝要神は更に金幣の一片を取欠きたまひて信天翁の背に堅く結びつけ、なほ返書を足に縛りて、天空に向つて放ちやられた。信天翁は見るみる中天に舞ひ上がり、東北の空高く飛び去つた。信天翁はたちまち金色の鵄と化し、竜宮島、鬼門島の空高く縦横無尽に飛びまはつた。今や竜宮島に攻め寄せ上陸せむとしつつありし敵軍の上には、火弾の雨しきりに降り注ぎ、かつ東北の天よりは一片の黒雲現はれ、見るみる満天墨を流せしごとく、雲間よりは幾百千とも限りなき高津神現はれきたりて旋風をおこし、山なす波浪を立たしめ敵艦を中天に捲きあげ、あるひは浪と浪との千仭の谷間に突き落し、敵船を翻弄すること風に木の葉の散るごとくであつた。このとき竹熊、杉若、桃作、田依彦の一部隊は、海底に沈没した。 国常立尊はこの戦況を目撃遊ばされ、敵ながらも不愍の至りと、大慈大悲の神心を発揮し、シナイ山にのぼりて神言を奏上したまへば、一天にはかに晴渡りて金色の雲あらはれ、風凪ぎ、浪静まり、一旦沈没せる敵の戦艦も海底より浮揚り、海面はあたかも畳を敷きつめたるごとく穏かになつてきた。 このとき両島の神々も、諸善竜神も竹熊の敵軍も、一斉に感謝の声をはなち、国常立大神の至仁至愛の恵徳に心服せずにはをられなかつた。広く神人を愛し、敵を敵とせず、宇宙一切の衆生にたいし至仁至愛の大御心を顕彰したまふこそ、実に尊き有難ききはみである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三桜井重雄録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 37 顕国の御玉 | 第三七章顕国の御玉〔三七〕 国常立尊の厳命を奉じ、ここに天使稚姫君命、同大八洲彦命、金勝要神の三柱は、高杉別、森鷹彦、田依彦、玉彦、芳彦、神彦、鶴若、亀若、倉高、杉生彦、時彦、猿彦以下の神司を引率し、流れも清き天の安河の源に参上りたまうた。この山の水上にはシオンの霊山が雲表高く聳えてゐる。シオンの山の意義は、「浄行日域といつて天男天女の常に来りて、音楽を奏し舞曲を演じて、遊楽する」といふことである。この山の頂には広き高原があつて、珍しき五色の花が馥郁たる香気をはなつて、春夏秋冬の区別なく咲き満ちてゐる。また種々の美味なる果実は木々の梢に枝もたわわに実つてゐる安全境である。この高原の中央に、高さ五十間幅五十間の方形の極めて堅固なる岩石が据ゑられてある。これは国常立尊が天の御柱の黄金の柱となつて星辰を生み出し給ひしとき、最初に現はれたる星巌である。神業祈念のために最初の一個を地上にとどめ、これを地上の国魂の守護と定めて今まで秘めおかれたのである。 天地剖判の初めより、一週間ごとに十二柱の天人、この山上に現はれて遊楽する時、この星巌を中に置き、天男は左より、天女は右より廻りて音楽を奏し、舞曲を演ずる所である。そのとき天男、天女の薄衣のごとき天の羽衣の袖にすり磨かれて、その星巌は自然に容積を減じ、今は中心の玉のみになつてゐたのである。この玉は直径三尺の円球である。これを見ても天地剖判の初めより幾万億年を経過したるかを想像される。 稚姫君命以下の神司は、天の安河原の渓流に御禊の神業を修したまひ、ただちに雲を起し、これに乗り、シオン山の頂に登りたまひ、山上の高原を残る隈なく踏査し、諸天神の御魂の各自の御座所を定め、地鎮祭をおこなひ、神言を奏上し、永遠に神の霊地と定めたまうた。 この高原の中央には、前記十二柱の天男天女が一個の星巌を中心に、左右より廻り遊んでゐた。ここに稚姫君命以下の神司は、その星巌に近づきたまへば、天男天女ははるか後方に退き、地上に拝跪して太古より今日まで星巌を磨き、かつ守護せしことの詳細を命に進言した。 稚姫君命は多年の労苦を謝し、かつ神勅に違はず、数万年間これを守護せしその功績を激賞し、種々の珍しき宝を十二の天人にそれぞれ与へたまうた。 一見するところ此の円き星巌は地球に酷似してゐる。大地の神霊たる金勝要神は、いと軽々しくその円巌を手にして三回ばかり頭上高く捧げ、天に向つて感謝し、ついでこれを胸先に下し、息吹の狭霧を吹きかけたまへば、円巌はますます円く形を変化し、その上得もいはれぬ光沢を放射するにいたつた。このとき金勝要神はいかが思召けむ、この円巌を山頂より安河原の渓流めがけて投げ捨てたまうた。急転直下、六合も割るるばかりの音響を発して谷間に転落した。稚姫君命以下の諸神司は諸々の従臣と共に、星巌の跡を尋ねてシオン山を下り、星巌の行方いかにと谷間の彼方こなたを捜させたまうた。はるか上流に当つて、以前の十二の天人霧立ちのぼる谷間に面白く舞ひ狂うてゐる姿が目につき、玉の行方は確にそこと見定め、渓流を遡りたまうた。幾百丈とも知れぬ大瀑布の下に、以前の星巌落ちこみ滝水に打たれ、或ひは水上に浮かび、あるひは水中に沈み、風船玉が水の力によつて動くがごとく、あるひは右に或ひは左に旋転して円さはますます円く、光はますます強く金剛不壊の宝珠と化してゐる。この時金勝要神はたちまち金色の竜体と化し、水中に飛びいり両手にその玉を捧げて、稚姫君命の御前に捧呈された。洗ひ晒された此の玉は、表側は紫色にして、中心には赤、白、青の三つの宝玉が深く包まれてゐるのを外部から透見することができる。これを顕国の御玉と称え奉る。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三加藤明子録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 38 黄金水の精 | 第三八章黄金水の精〔三八〕 ここに稚姫君命、金勝要神、大八洲彦命は歓喜のあまり、シオン山の大峡小峡の木を切り新しき御船をつくり、また珠をおさむる白木の御輿をしつらへ、恭しく顕国の御玉を奉按し、これを御輿もろとも御船の正中に安置し、安河を下りて竜宮城に帰還し、三重の金殿に深く秘蔵したまうた。この御玉はある尊貴なる神の御精霊体である。 話はもとへかへつて、高杉別、森鷹彦は大神の命を奉じ、黄金造の器にシオンの滝の清泉を盛り、御輿の前後に扈従し目出度く帰城したまひ、この清泉は命の指揮の下に竜宮城の真奈井に注ぎ入れられた。それよりこの水を黄金水といふ。 顕国の御玉の竜宮城に御安着とともに、三方より不思議にも黒煙天に冲して濛々と立ち騰り、竜宮城は今将に焼け落ちむとする勢である。この時たちまち彼の真奈井より黄金水は竜の天に昇るがごとく中天に噴きあがり、大雨となつて降り下り、立ち上る猛火を鎮定した。竜宮城の後の光景は不審にも何の変異もなく、依然として元形をとどめてゐた。 金剛不壊の顕国の御玉は、時々刻々に光度を増し、一時に数百の太陽の現はれしごとく、神人皆その光徳の眩ゆさに眼を開く能はず、万一眼を開くときは失明するにいたるくらゐである。 ここに国常立尊は、神威の赫灼たるに驚喜したまひしが、さりとてこのまま竜宮城にあからさまに奉祭することを躊躇したまひ、天運の循環しきたるまで、至堅至牢なる三重の金殿に八重畳を布き、その上に御輿もろとも安置し、十二重の戸帳をもつてこれを掩ひ深く秘斎したまうた。 それより三重の金殿はにはかに光を増し、その光は上は天を照し、下は葦原の瑞穂国隈なく照り輝くにいたつた。金色の鵄は常に金殿の上空に翺翔し、天地の諸善神、時に集まりきたつて、微妙の音楽を奏し遊び戯れたまふ、実に五六七神世の実現、天の岩戸開きの光景もかくやと思はるるばかりである。 天の真奈井の清泉はにはかに金色と変じ、その水の精は、十二個の美しき玉となつて中空に舞ひ上り、種々の色と変じ、ふたたび地上に降下した。このとき眼ざとくも田依彦、玉彦、芳彦、神彦、鶴若、亀若、倉高[※本章で「倉高」は、初版を始め普及版、校定版、愛善世界社版では「高倉」になっているが、他の章(37章、41章、42章)ではすべて「倉高」という名で出て来るので、読者の混乱を避けるため「倉高」にした。]、杉生彦、高杉別、森鷹彦、猿彦、時彦の十二の神司は争うてこれを拾ひ、各自に珍蔵して天運循環の好期を待たむとした。 この十二の玉はおのおの特徴を備へ、神変不可思議の神力を具有せるものである。 ここに竹熊の一派は、危急を救はれし大神の厚恩を無視し、生来の野心をますます増長し、金殿に安置せる顕国の御玉を涜しくもらせ、無用の長物たらしめむとして四方の曲津神と語らひ、なほ懲りずまに計画を廻らしてゐた。この目的を達するには、その第一着手として黄金水の精より成り出でたる十二個の玉を手に入れねばならぬ。この玉をことごとく手に握れば、彼らの目的は達するものと深く信じたからである。ここにおいて竹熊は、将を射むとするものは先づその馬を射よとの戦法を応用せむとし、あらゆる方策を講じて竜宮城の従臣なる十二柱の神司を説き落し、あるひは討ち亡ぼして、その玉をいよいよ奪ひ取らむとした。この玉は十二個のうち、一個不足しても何の用をもなさないのである。 (大正一〇・一〇・二三旧九・二三谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 39 白玉の行衛 | 第三九章白玉の行衛〔三九〕 黄金水の精より出でたる十二の宝玉は、個々別々に使用しては何の効用も現はれないものである。しかしこれを拾ひ得たる十二柱の神司も、竹熊の一派もその真相を知らず、一個を得れば一個だけの活用あり、二個を得れば二個だけの神力の現はるるものといづれの者も確信してゐた。 そこで竹熊は、第一番に田依彦の持つてをる白色の玉を、手に入れむことを計画したが、どうしても田依彦を説服して、その自分に譲らしむることの容易ならざるをさとり、ここに竹熊は一計を案出し、田依彦のもつとも信頼措かざる魔子彦を、物質欲をもつて甘く自分の参謀にとりいれた。魔子彦は容姿端麗なる美男である。さうして田依彦の姉にして豆寅の妻なる草香姫といふのがあつた。これもまた非常な麗しき容貌を備へていた。しかるに草香姫はいつとなく、魔子彦に思ひをかけてゐた。 このとき竹熊は魔子彦に種々の珍しき宝を与へ、また非常に麗しき衣服を与へた。ここに魔子彦はその美衣を身に着し、薫香つよき膏を肉体一面に塗りつけ、草香姫が吾に恋愛の情を深からしめむとした。この行動は竹熊の内命に従つたものである。 ここに草香姫はますます恋慕の情が募つてきた。されども、あからさまに心の思ひを魔子彦に打ちあけることを愧ぢて、日夜悶々の情に堪へかねてゐた。つひに草香姫は気鬱病になり、病床に臥して呻吟し、その身体は日一日と痩衰へ、生命は旦夕に迫つてきた。弟田依彦は大いに驚き、かつ悲しみ、いかにもして草香姫の病を癒やし救はむと、百方苦慮しつつあつた。 時に田依彦は自分の信ずる魔子彦が、内々竹熊の参謀役になつてをることは夢にも知らず、魔子彦をよんで、草香姫の病気をいかにせば全快せむやと、顔の色をかへ吐息をつきながら相談をしかけた。 魔子彦は時節の到来と内心ひそかに打ち喜びつつ、田依彦に向つて言葉をかまへていふ。 『われ一昨夜の夢に、高天原にまします国常立尊、枕頭に現はれたまひて、言葉厳かに宣り給ふやうは、……草香姫はもはや生命旦夕に迫る。これを救ふの道は、ただ単に田依彦のもてる白色の玉を草香姫に抱かしめ、日十日、夜十夜これを枕頭より離れざらしめなば、病はたちまち癒ゆべし……との大神のお告であつた。しかし貴下はわが夢に見しごとき美しき白玉を果して所持さるるや、夢のことなれば信を措くにたらず、痴人夢を語るものと失笑したまふ勿れ』 と空とぼけて、田依彦の心を探つてみた。 田依彦は平素信任する魔子彦の言を、少しも疑ふの余地なく、ただちに自分が件の玉を拾つて珍蔵してをることを、あからさまに答へ、その玉の神力によつて姉の命が救はるるものならば、これに越したる喜びなしと雀躍し、肩を揺りながら直ちに草香姫の許にいたり、魔子彦の神夢の次第を語り、 『この玉を十日十夜抱きて、寝ねよ』 と告げ、玉を草香姫に渡し、会心の笑を漏らして帰つてきた。 ここに草香姫は田依彦の厚意を喜び、教へられし如くにして、五日を経過た。しかるにその病気に対しては少しの効力もなく、身体は日夜衰へゆくのみであつた。時分はよしと魔子彦は、美麗やかに衣服を着かざり、身に薫香を浴びつつ四辺を芳香に化してしまつた。その香ばしき匂ひは、病の床にあつて苦悶しつつある草香姫の鼻に、もつとも強く感じた。 草香姫はこの匂ひを嗅ぐとともに、すこしく元気が恢復したやうな心持になつた。しばらくあつて魔子彦は病気見舞と称して、いと静かに這入つてきた。さうして田依彦に偽り伝へた神夢を、さも真実しやかに草香姫に物語つた。草香姫は真偽を判別するの暇なく、一方は弟の言葉といひ、一方は日ごろ恋慕する魔子彦の親切なる言葉なれば、あたかも大慈大悲の大神の慈言の如く驚喜した。さうして玉の神力の数日を経ても、顕はれないにかかはらず、 『貴下の麗しき御姿を拝してより、にはかに元気恢復して、精神涼しく爽快さを感じたり』 と顔を赧めつつ、小声で呟くやうに心のたけをのべ伝へた。 してやつたり、願望成就の時こそ今と、魔子彦は、後をむいて舌を出し、素知らぬ顔に言葉をもうけていふやう、 『すべて神の授けたまふ神玉は、熱臭き病人の肌に抱くは、かへつて神威を汚涜するものなり。この玉を抱いて、病を癒やさむとせば、まず汝が身体に薫香の強き膏を塗布し、芳香を四辺に放ち、室の空気を一変し、天地清浄ののちに非ざれば、効なかるべし』 と告げた。草香姫は、 『薫香の膏は、いづれにありや』 と反問した。魔子彦はすかさず腮をしやくりながら、 『この膏は容易に得らるべきものにあらず、シオン山の南方にある小さき峰の頂に、時あつて湧出するものなり』 と、その容易に得べからざることの暗示を与へた。 ここに草香姫は口ごもりつつ、 『この玉を貴下の肌に抱きたまひて玉を清め、玉の神力を発揮せしめ給はずや』 と嘆願した。魔子彦はわざと躊躇の色を見せながら、内心欣喜雀躍しつつ、なまなまに玉を抱くことを承諾した。不思議にも草香姫の病は、白色の玉が魔子彦の懐に抱かれるとともに、ほとんど癒えたやうな気分になつた。 魔子彦は庭園の景色を賞めつつ、何くはぬ顔にて徜徉しつつありしが、庭内に聳えたつ一本の老松の枝に手をかけ、樹上に昇るや否や、西方より翺けきたる天鳥船に身を托し、雲上高く姿を隠した。しかるにこの玉を乗せたる鳥船は、中空において大虎彦の乗れる鳥船に衝突し、玉は飛んで大虎彦の鳥船に入り、魔子彦は中空よりシナイ山の渓谷に墜落して、霊体ともに粉砕滅亡してしまつた。 大虎彦の手に入つた玉は、やがて竹熊の手に渡された。竹熊は謀計の後に破れむことを恐れて、中途に大虎彦をして魔子彦を亡ぼさしめたのである。悪霊の仕組は実にどこまでも注意深い、いやらしきものである。 (大正一〇・一〇・二四旧九・二四谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 45 黄玉の行衛 | 第四五章黄玉の行衛〔四五〕 時彦は黄金の玉を生命にかへても、神政成就の暁まで之を保護し奉らねばならぬと決心し、既に竜宮神の不覚不注意より九個の玉を竹熊に奪はれ、無念やるかたなく、せめてはこの玉をわれ一人になるとも保護せむとて竜宮城にいたり、言霊別命[※言霊彦命は第2巻から登場するので、ここにある言霊彦命は大八洲彦命または美山彦命(言霊彦命の旧名)の間違いか?]の許しをえて諸方を逍遥し、つひにヒマラヤ山に立て籠つた。そしてヒマラヤ山に巌窟を掘り、巌中深く之を秘め、その上に神殿を建て時節のいたるを待ちつつあつた。居ること数年たちまち山下におこる鬨の声、不審にたへず殿を立ちいで声するかたを眺むれば、豈計らむや、大八洲彦命は大足彦、玉照彦を両翼となし数多の天津神竜宮の神司と共に、デカタン高原にむかつて錦旗幾百ともなく風に靡かせ、種々の音楽を奏しつつ旗鼓堂々として進行中である。 時彦は山上より遠くこれを見渡せば、十二個の同型同色の神輿をあまたの徒歩の神司が担いで進みくるのである。時彦は直ちに天の鳥船を取出し、従臣をして地上に下り一行の動静を窺はしめた。従臣はその荘厳なる行列と大八洲彦命の盛装を見て肝を潰し、あはただしく鳥船に乗じてヒマラヤ山にその詳細を復命したのである。 時彦は大八洲彦命の一行と聞きて心も心ならず、吾は徒に深山にかくれて、ミロク神政の神業参加に後れたるかと大地を踏んで残念がり、ただちに天の鳥船に打乗りて地上に下り、大八洲彦命の一行の後に出でて恐るおそる扈従した。されども時彦は吾が身の神業に後れたるを恥ぢて、花々しく名乗も得せず、デカタン高原に着いたのである。 デカタン高原には荘厳なる殿堂が幾十とも限りなく建て列べられ、八百万の神司は喜々として神務に奉仕してゐる。四辺は得もいはれぬ香気をはなてる種々の花木に廻らされ、天人天女の歓び狂ふ有様は、実に天国、浄土、地の高天原の光景であつた。 大八洲彦命は中央の荘厳なる殿堂に立ち、八百万の神司らにむかつて宣して曰く、 『ミロクの世は未だ時期尚早なれども、国常立尊の天に嘆願されし結果、地上の神人を救ふため、末法の世を縮めて天の岩戸を開き、完全なる神代を現出せしめ、このデカタンの野を地の高天原と定めたまへり。されど悲しむべし、黄金水より出たる十二個の宝玉はもはや十一個まで悪神の手に占領されたるを、大神の神力によりてこれを敵より奪り還し、ここに十二の神輿を作りて、この地の高天原の治政の重要なる神器として、永遠に保存すべしとの神命なり。されど一個の黄色の玉の行衛は今に判明せず、この玉なきときは折角のミロクの世も再び瓦壊するの恐れあり、かの黄玉を携へたる竜宮城の従臣たりし時彦は、今いづこに在るや、彼が持てる一個の宝玉は、この十一個の玉に匹敵するものなり。もし時彦にして後れ馳せながらも、いづれよりか其の玉を持ちきたらば、神界の殊勲者として吾は之を天神に奏上し、わが地位を譲らむ』 と大声に呼ばはりたまうた。 このとき、時彦思へらく、「われ多年苦心惨憺して此の玉を保護す。しかるに今大八洲彦命の教示を聞き喜びに堪へず、この時こそ吾は花々しく名乗りを上げ、もつて神界の花と謳はれむ」と笑みを満面にたたへ、恐るおそる大八洲彦命の御前に出で九首三拝して、 『時彦ここに在り、黄色の玉を持参仕り候』 と言葉すずしく言上した。あまたの神司は、突如として名告り出たる時彦の様子を見て感に打たれたもののごとく、時彦は神司らの羨望の的となつた。 大八洲彦命は大いに喜び、かつ時彦を招き殿内深く入りたまうた。殿内には十二の同色同型の立派な神輿が奉安されてある。大八洲彦命は正中にある一個の神輿の扉を開き、 『十一個は各色の玉をもつて充たされあり、されど見らるる如くこの神輿は空虚なり。速やかに汝が玉を是に奉安し、ミロクの代のために尽されよ』 と厳命した。この時、時彦は歓天喜地身のおくところを知らず、ただちに玉を取出し神輿の中深くこれを納めた。そこでいよいよ十二の神輿に種々の供へ物を献じ、荘厳なる祭典がおこなはれた。ついで十二の神輿はデカタン国の麗しき原野を神司らによつて担ぎまはされた。実に賑しき得もいはれぬ爽快な祭典であつた。原野の中心に各自神輿を下し神司らの休憩を命じたまうた。 折から天の一方に妖雲おこり、たちまち雲中より種々の鮮光があらはれた。その光景はあたかも花火を数百千ともなく一度に観るやうな壮観であつた。神司らは、皆天の一方に心を惹かれて見つめてゐた。そのあひだに大八洲彦命、大足彦は神輿の位置を変更しておいた。いづれの神輿も同型同色のものである。 にはかに天の一方より黒雲おこり雨は地上に滝のごとく降そそいだ。あまたの神司は狂気のごとく神輿の中より各自に黄色の玉を取りだし四方に解散した。時彦は驚いて吾が奉れる玉を保護すべく神輿に近づき、その玉を懐中に入れむとした。いづれの者も四方八方に四散して、宮殿はいつしか荒涼たる原野に化してゐた。 時彦は夢に夢見る心地してその玉を取りだし点検した。こはそも如何に、容積において光沢において、少しも変化はない。されど重量のはなはだ軽きを訝かり、混雑に紛れて吾が玉を取換られしやと歯がみをなして口惜しがつた。 このとき空中に声あり、 『大馬鹿者!』 と叫ぶ。今まで、大八洲彦命と見えしは武熊別の変身であり、大足彦以下の正神と見えしは彼が部下の邪神であつた。アゝいかに信仰厚く、節を守るとも、時彦のごとく少しにても野心を抱く時は、ただちに邪神のために誑らかされ、呑臍の悔を遺すことあり。注意すべきは、執着心と功名心である。 花と見て来たであらうか火取虫 (大正一〇・一〇・二五旧九・二五桜井重雄録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 47 エデン城塞陥落 | 第四七章エデン城塞陥落〔四七〕 竹熊は大小十二の各色の玉を得て意気天を衝き、虚勢を張つて横暴の極を尽した。さうして高杉別、森鷹彦を深く信任し、高杉別をして武熊別の地位にかはらしめた。武熊別は竹熊の態度に憤怨やるかたなく、ここに一計をめぐらし、ウラル山に割拠する鬼熊に款を通じ、竹熊、高杉別、森鷹彦を滅ぼさむとした。鬼熊はその妻鬼姫に計を授けて竜宮城の奥深く忍ばしめ、遂には稚姫君命、大八洲彦命のやや信任を得るにいたつた。鬼熊は鬼姫の苦心により、つひに竜宮城に出入を許さるるとこまで漕ぎつけた。さうして鬼熊の子に月彦といふ心の麗しき者があつた。この者は稚姫君命の大変なお気にいりであつた。悪霊夫婦の子に、かくのごとき善人の生れ出でたるは、あたかも泥中より咲く蓮華のやうなものである。ここに稚姫君命は、ふたたび世界の各所に群がりおこる悪霊の騒動を鎮定すべく、国常立尊の神命を奉じ、月彦、真倉彦を伴ひ、目無堅間の御船にのり、真澄の珠を秘めおかれたる沓島にわたり、諸善神を集めて、魔軍鎮定の神業を奉仕されたのである。この時秋津島根に攻めよせきたる数万の黒竜は、竜宮の守り神および沓島の守り神、国の御柱命の率ゐる神軍のために、真奈井の海においてもろくも全滅した。しかるに陸上の曲津らは、勢力猖獗にして容易に鎮定の模様も見えなかつた。これは、ウラル山に割拠する鬼熊の部下の悪霊らの、権力争奪の悪魔戦であつた。鬼熊は部下の者共の統一力なきを憂へ、ここに一計をめぐらし、竜宮城に出入して根本的権力を得、部下の悪霊を鎮定し、すすんで地の高天原を占領せむとする企画をたててゐた。 稚姫君命一行の沓島に出馬されし後の竜宮城は、大八洲彦命、真澄姫をはじめ、竹熊、高杉別、森鷹彦、竜世姫、小島別等のあまたの神司が堅く守つてゐた。武熊別は如何にもして、竹熊、高杉別を亡ぼさむとし、鬼熊、鬼姫に対し、 『大八洲彦命、竹熊等は神軍を整へ、大挙してウラル山を攻落し、貴下を討滅せむと種々画策の最中なり。われは探女を放ちてその詳細を探知せり』 と種々の虚偽を並べ、鬼熊、鬼姫の心を動かさむとした。ここに鬼熊、鬼姫の憤怒は心頭に達し、 『大八洲彦命、竹熊一派らを亡ぼすは今を措いて好機はなし。今吾、彼らを滅ぼさずんば、吾は彼に早晩亡ぼされむ。機先を制するはこの時なり』 と鬼熊、鬼姫は武熊別を部将として、ウラル山の鬼神毒蛇を引率し、まづ竹熊の屯せるエデンの城を襲ひ、ついで竜宮城を襲撃せむとした。鬼熊の魔軍は驀地にすすんで、八方よりエデンの城塞に迫つた。時しも竹熊は、竜宮城の留守役として不在中なりしかば、エデン城は戦はずしてもろくも鬼熊の手に落ちた。 (大正一〇・一〇・二六旧九・二六谷口正治録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 49 バイカル湖の出現 | 第四九章バイカル湖の出現〔四九〕 大八洲彦命の仁慈に充てる犠牲的至誠より、竹熊の罪は赦された。しかしながら衆神の手前もあり、竹熊も竜宮城に出入せしむることを禁ぜざるを得ない立場になつた。竹熊はやむを得ず、もとのエデンの城塞に帰らうとした。この時エデンの城塞は既に鬼熊に占領されてゐた。そして鬼熊の滅亡後鬼姫は、牛熊、武熊別を部将とし、あまたの魔軍を集めてこれを死守してゐた。竹熊は高杉別、森鷹彦の心中を少しも知らず、全く自分の無二の味方であると信じてゐた。 竹熊は高杉別、森鷹彦に命じてエデンの城塞を前後より襲撃し回復せむとした。されどもふたりは言を左右に託して竹熊の命に従はず、かへつて竹熊の暴悪不道の行為を責め門内よりこれを突出し、門扉を固く鎖して、再び竹熊の出入し得ざるやう、きびしく警護した。 竜宮城の出入を禁ぜられた竹熊は、鬼城山に城塞を構へ数多の魔軍をしたがへ割拠する、木常姫の陣営にむかひ救援を求めた。木常姫は何条否むべき、同志の竹熊にして亡ぼされなば吾が大望を達する望みなしと、ここに魔鬼彦、鷹姫等とともに軍容を整へ、エデンの城塞にむかつて短兵急に攻めいつた。鬼姫は牛熊、牛姫に命じて敵のヨルダン河を渡るを拒止せしめた。木常姫は雲を呼び、風を起し、雨を降らし、死力をつくして争うた。河水はたちまち氾濫し、水量おひおひに増して、エデンの城塞はほとんど水中に没するばかりである。ここに鬼姫は進退谷まり、竹熊より奉れる真贋十二の玉を抱き、従者とともに黒雲に乗じ天空はるかに逃げゆく。天日暗澹として常暗のごとく、鬼姫一行の邪神隊はウラルの山上目がけて一目散に姿を隠した。 たちまち前方より奇晴彦、村雲別は国常立尊の命を奉じ、火竜となつて中空に現はれ、鬼姫の前後左右より焔を噴きだし攻めきたる。鬼姫の一隊は苦みにたへず、少時は死物狂ひとなつて応戦せしが、つひに力尽きて地上に落下した途端に、大地は大震動とともに陥落し、長大なる湖水を現じた。これをバイカル湖といふ。そして鬼姫は茲に終焉を告げバイカル湖の黒竜となり、再び変じて杵築姫となり、執念深く竜宮城を附け狙うたのである。エデンの城塞はかくして再び竹熊の手に還つた。 (大正一〇・一〇・二六旧九・二六加藤明子録) |
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霊界物語 | 01_子_霊界探検/玉の争奪戦 | 50 死海の出現 | 第五〇章死海の出現〔五〇〕 鬼熊、鬼姫は竹熊との戦ひに敗れ、ウラル山およびバイカル湖の悪鬼邪霊となり、一時は其の影を潜め、ために竜宮城はやや安静になつてきた。 国常立尊は大八洲彦命および稚姫君命の功績を賞し、ここに霊国天使の神位を授けたまうた。さても竹熊は高杉別、森鷹彦の変心に恨みを呑み、いかにもしてふたりを亡ぼし仇を報ぜむと企てた。ついては第一に又もや天使大八洲彦命を滅ぼすの必要を感じたのである。 今や竹熊はエデンの城塞を回復し、中裂彦、大虎彦を部将とし、牛熊、牛姫を参謀として再び事を挙げむとし、鬼城山に割拠せる木常姫の応援軍を必要とした。木常姫は魔鬼彦、鷹姫、松山彦らの部将を督し、前後より天使大八洲彦命を攻撃せむと計画を回らしつつあつた。 大八洲彦命は猿飛彦、菊姫の密告により竹熊、木常姫の反逆的挙兵の消息を知り、竜宮城は、花照彦、花照姫、香川彦、速国彦、戸山彦、佐倉彦の部将をして城の各門を守らしめた。もはや後顧の憂ひなければ、ここに大八洲彦命は高杉別、森鷹彦、時代彦の部将とともに神命を奉じて、シオン山に向つて出発した。この用務は大神の神勅を諸天神へ報告のためであつた。諸天神は命の報告を聞き、天軍を起して竹熊、木常姫の暴逆を懲すの神策を定めたまうた。時しも天上より天使天明彦命あまたの天軍を従へ、シオン山頂の高原に下り、大八洲彦命に向ひ、 『危機一髪の場合は天軍の応援をなさむ、されど竹熊、木常姫の魔軍は決して恐るるに足らず』 とて金色の頭槌をもつて地上を打ちたまへば、シオン山の地上より瑞気顕はれ天に舞ひ上り再び大八洲彦命の前に降下した。これを頭槌の玉といふ。 かくして三個の玉を鳴り出で給ひ、「この精霊をもつて魔軍を掃蕩せよ」との言葉とともに、天明彦命は群神を率ゐて天使は天に還らせたまうた。大八洲彦命は天を拝し地に伏して、神恩の洪大無辺なるに感謝された。 竹熊、木常姫は全力を尽して前後左右より竜宮城を取り囲んだ。勇猛なる香川彦以下の神司は全力を挙げて之を撃退し、押し寄する敵の魔軍は或ひは傷つき或ひは倒れ、全軍の三分の一を失つた。時に探女あり、「天使大八洲彦命は、シオン山に在り」と密告した。竹熊、木常姫は時を移さず、黒雲を起し風を呼び、シオン山の空をめがけて驀地に攻め寄せた。 この時、大八洲彦命は天明彦命より賜はりし頭槌の玉を一つ取りだし、竹熊の魔軍にむかつて空中高く投げ打ちたまへば、その玉は爆発して数万の黄竜となり、竹熊に前後左右より迫つた。この空中の戦ひに竹熊は通力を失ひ、真贋十二個の玉とともに無惨にも地上へ墜落し、たちまち黒竜と変じ、地上に打ち倒れた。しばらくあつて竹熊は起上がり、ふたたび魔軍を起して防戦せむとする折しも、天上より金勝要神、未姫命の二柱の女神は、天の逆鉾を竹熊が頭上目がけて投げ下したまうた。一個は竹熊の頭にあたり一個は背にあたり、その場に倒れ黒血を吐き、ここに敢なき終焉を告げた。 竹熊の血は溢れて湖水となつた。これを死海といふ。竹熊の霊魂はその後死海の怨霊となつた。死海の水は苦くして、からく粘着性を帯ぶるは、天の逆鉾の精気と血のりの精の結晶である。竹熊の霊はふたたび化して棒振彦となり、天使大八洲彦命を執念深く幾度も悩ました。竹熊部下の悪霊もまた此の湖水の邪鬼となつた。そしてその怨霊は世界に拡まり、後世に至るまで、種々の祟りをなすにいたつた。その方法は淵、河、池、海などに人を誘ひ、死神となつてとり憑き溺死せしめるのである。故にこの湖水を禊身の神業をもつて清めざれば、世界に溺死人の跡は絶たぬであらう。 シオン山の後方の天より襲ひきたる最も猛烈なる木常姫の魔軍に対して、大八洲彦命は第二の頭槌の玉を空中に投げ捨てたまへば、たちまち爆裂し、木常姫の一軍は神威におそれ狼狽の極、死海の周囲に屹立せる禿山の山上に墜落し、岬角に傷つき、最後を遂げた。木常姫の霊はふたたび変じて高虎姫となり、棒振彦とともに、大八洲彦命を絶対的に悩まさむとした一切の径路は、おひおひ述ぶるところによつて判明する。 竹熊の所持せる十個の玉と、二個の偽玉は一旦死海に沈み、歳月を経ておひおひに雲気となつて舞ひ上り、世界の各地に墜落し邪気を散布し、あらゆる生物を困ましめたのである。さしもの黄金水より出でたる十個の宝玉も、竹熊の血に汚されて悪霊と変じ、諸国に散乱して種々の悪事を現出せしむる悪玉と変化したのである。この玉の散布せる地は最も国魂の悪き国土である。 天の一方より村雲押開きて天使の群、幾百千となく現はれ、地上に漸次降りくるよと見るまに、瑞月の身体はたちまち極寒を感じ、ふと眼を開けば、身は高熊山の巌窟の前に寒風に曝されてゐた。 (大正一〇・一〇・二六旧九・二六桜井重雄録) |
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霊界物語 | 02_丑_常世姫の陰謀/シオン山攻防戦 | 附録 第一回高熊山参拝紀行歌 | 附録第一回高熊山参拝紀行歌 王仁 高熊山参拝者名簿 (大正十年十二月三日) 千引の岩石打破る日本男子の大丈夫と(石破馨) 色香も馨る女丈夫が世界をま森国々の(森国幹造) 助けの幹を造らむと東や西や北南 日出る国のまめ人が善男善女を誘ひて(西出善竜) 竜宮城に参集ひ浦保国を永遠の 珍の住処と歓びて神の啓示を次々に(保住啓次郎) 宣べ伝へ行く言霊は円満晴朗澄の江の 天竜藤に登る如我日の本の権威なる(藤本十三郎) 一と二三四五つと六ゆ七八九つ十り三年 今よりきよく田なびかむ村雲四方にかき別けて(今きよ) 六合兼太る我国土真奈井の海の洋々と(田村兼太郎) 渡も静かに浦靖の国の栄えも九重の(土井靖都) 玉の都や小都会深山の奥も押並べて(小山貞之) 忠勇仁義孝貞之道明らけく治まれる 三十一年如月の梅ケ香匂ふ九日の 月をば西に高熊の神山に深くわけ井りて(高井寿三郎) 聖寿万歳祈らんと三ツ葉つつじの其上に 村肝清く端坐しつ言霊彦の神教を(上村清彦) 耳を澄ませてマツの下吹き来る風もいとひなく(同マツ) 岩窟の前に寛ぎつ心の中の村雲も(同寛) かすみと共に消え行きて稍清新の魂となり(中村新吉) 神の恵みに浴しける今日は如何なる吉日ぞ 吉や屍を原野に曝すとも国常立の大神や(吉原常三郎) 三ツの御魂の教ならなどや厭はむ鈴木野や(鈴木延吉) 深山に足を延ばすとも心持吉き岩清水(水戸富治) 戸閉さぬ国と賑はしく富みて治まる君ケ御代 五十鈴の流れ清くして大川口や小川口(大川ロトク) 水は溢れてトク川の泥にまみれし幕政も 茲に亡びて大小名名主庄司に至るまで(庄司キツ) なキツ倒れつ四方に散るその状実に憐れなり かかる例しも在原の丑寅金神太元に(在原丑太郎) 現はれまして前の世の神と田美との有様を(前田美千香) 説き教へたる三千年の一度に香ふ白梅の 花咲く春の山の根に菊太に目出度神言を(山根菊太郎) 天地の神に奏上し三千世界の改造を チカへ玉ひし雄々しさよ四尾と本宮の山の根に(山根チカヘ) 経と緯との神の機錦の糸の絹枝姫(同絹枝子) 神の助けの有が田や鶴九皐に高く鳴き(有田九皐) 岸に登りし緑毛の亀のよはひの長のとし(高岸としゑ) ゑびす大黒福の神真奈井の上に舞ひ遊ぶ(井上あや) あやに尊き神の苑海の内外別ちなく 山野河海の神々の介けの道も昭々と(外山介昭) 植ゑ拡め行く道芝の盛りの花も隆々と(植芝盛隆) 薫る常磐の神の森良きも悪しきも仁愛の(森良仁) 神の恵みは変りなく竹の御園の下斯芸琉(竹下斯芸琉) 御国の誉れ照妙の綾の高天に北東の(東尾吉雄) 神尾伊都吉て雄々しくも教は広瀬の仁義邦(広瀬義邦) 昇る旭は高橋のその勢ひも常永に(高橋常祥) 開き行く世ぞ祥たけれ誉れもたかき瑞祥の やかたに基いを固めつつ遠津御国も近村も(津村藤太郎) すさぶ曲津を藤太郎秋津島根の田広路に(島田頴) 千頴八百頴実のりゆく稲木の村の中心に(木村研一郎) 霊魂研きを第一と教へ導く白藤の(藤井健弘) 井や栄え行く健げさよ誠の教を遠近に 弘むる時や北の空村雲四方に掻き別けて(北村隆光) 隆々のぼる日の光本宮山や玉の井の(宮井懿子) 空に映え行く御懿徳に浴する魂ぞ浦山し(浦山専一) 霊魂修行を専一と深山の奥に分け入りて 佐とり了ふせし高熊のイワ屋の内も賑はしく(山佐イワ) 朝日夕日を笠として祝詞奏上や神の詩を(日笠吟三) 吟じて進む三ツ御魂藤の仙人芙蓉坊が 穴太の村に伊智はやく現はれ来たりて大神之(藤村伊之吉) 吉き音信を宣り伝へ石より固き信仰を(石井孝三郎) 井や益々も励みつつ忠孝敬神愛国の 三ツの綱領怠らず加たく御魂に納めつつ(加納録平) 心に録して平けくたとへ野山の奥の奥(山口佐太郎) 率土の浜も宣べ伝へ口佐賀あしき悪太郎が そしり嘲り山ぬ内布教伝道厭トイなく(山内トイ) 四方の国中大日本日高の村の佐男鹿の(中村鹿三) 妻呼ぶ如き有様に世人を思ふ三千年の 神の光りは西東村雲四方にかき理けて(西村理) 大海原も平けく波も鎮まる八洲国(海原平八) 神須佐之男の神魂沢田の姫が現はれて(佐沢広臣) 教を広く君臣の中を執持つ一条の(中条勝治郎) 至誠に勝るものはなし明治の廿五年より 佐藤りの開く大善の艮神の四郎し召す(佐藤善四郎) 梅花の開く神の世は老も若きもおしなべて 五六七の御世の活動を汗と油をしぼりつつ 山田の果ても伊藤ひなくくさきり耕やせ三伏の(伊藤耕三郎) 暑さも涼し高野原円く治まる太平の(高野円太) 風に黒雲吹き払ひ四方の沢ぎも静まりて(黒沢春松) さながら春の如くなり常磐の松や白梅の 枝にて造りし神の杖菅野小笠に身を包み(菅野義衛) 仁義の教衛らむと京都をさして谷波より(京谷朝太郎) 出口の教祖は朝まだき綾の太元立出でて 海潮純子諸共に昨日や京屋明日の旅(京屋フク) 風フク山路をすくすくと字司朗も見ずに足早に(同司朗) 飛田つ如く進まるる豊かなそのの梅香り(飛田豊子) 五六七の御代に逢坂のキミの恵みに報いむと(同香) 鞍馬をさして出でて行く出口の守の雄々しさは(逢坂キミ) 日本魂の鏡なり月に村雲花に風(村松タミ) 浮世の常と聞きつれど松の神世のタミ草の 心はいつも春の空深山の奥も仁愛の(山崎珉平) 花崎にほひ王民のなか平けく安らけく 上野おこなひ下ならひ国は豊かに足御代は(上野豊) 業務を伊藤ものも無く正しき男の子女子が(伊藤正男) 大内山の御栄えを春かに祝ひよろこびつ(大山春子) 君に捧ぐる真心の強きは波田野国人の(波田野菊次郎) 菊もまれなる次第なり澆季末法の世の瀬戸に(瀬戸幸次郎) 現はれ玉ひし艮の神の御幸は次々に いやちこまして国民は同じ心のきみが御よ(同きみよ) 四方の山々内外の風も静かに笹川の(山内静) 水にも神光煕り渡る雄々しき清き葦原の(笹川煕雄) 神の御国ぞたふとけれ日本御魂の大丈夫が 勇気も古井現し世の濁りを清め市村野(古井清市) 戸口も佐和に佐和佐和に五六七の御世を松の色(野口佐七) 本つ御魂も幸ひて長閑な春の政事(松本春政) 国常立の分御魂仁義の道を一と筋に(国分義一) 守るや洋の西東山の尾の上に出入る月(西山勝) 光り勝れし大御代に立て直さむと昔より 水野御魂の大御神貞めなき世を弌らんと(水野貞弌) 道も飯田の神の詔千代の松ケ枝澄み渡り(飯田千代松) 昇る月影高橋の夜の守りとありがたき(高橋守) 御代に太田の楽もしや神の御国に伝はりし(太田伝九郎) 九つ花の咲き匂ふ深山の奥の寒村も(奥村芳夫) 大和心の芳ばしき大丈夫須佐の大神を 斎ひ藤とみ惟神御霊幸ひて吉祥の(斎藤幸吉) 聖の御代ぞたふとけれ 道の蘊奥を塞ぎ居る村雲四方にかきわけて(奥村友夫) 心も清き友の夫が至誠を内外に長谷川の(長谷川清一) 清きながれも一と筋に久米ども尽きぬ川水に(米川太介) 濁世を洗ひ太介んと田庭綾辺の政雄等が(田辺政雄) 神の御声をいや高き雲井に告げよほととぎす(雲井恒右衛門) 恒の誠のおこなひはこの右衛門なき神の笑み その身の佐賀も康正の実にも鈴し木忠と孝(佐賀康正) 慈悲を三つ楯戸して田助澄まして国の祖(鈴木孝三郎) 古き昔の神代より高き神徳次ぎつぎに(戸田澄国) かくれて御世を守りつつ忍び玉ひし大神を(古高徳次郎) 斎きまつるぞ藤とけれ吉きもあしきも三吉野の(斎藤吉三) 花と散りしく大八嶋長き平和の夢さめて(大島長和) 西洋の国原見渡せば神を敬ふ人もなし(西原敬昌) 物質文明昌ふとも心の花は散りにけり 谷波の国にあらはれし出口の神の御教は(谷口清満) 清く天地に満ちぬらむ桧杉原かきわけて(杉原佐久) 梅佐久そのを杉の山見当てに進む日本一(杉山当一) 長閑けき風も福の井の大精神は平らかに(福井精平) 神の林に著二郎く鳴り渡るなり高倉の(林二郎) 高き厳に八重むぐら青き苔蒸し小田牧野(林八重子) 蔓さえ光る万世の亀の歓吉て岩の上(牧野亀吉) 鶴さへ巣ぐふ高倉の三ツ葉つつじ之御助に(上倉三之助) 小野が御田間を研きつつ生れ赤子と若がへり(小野田若次郎) 次第々々にたましひを石とかためて世を渡り(石渡たみ) 四方のたみ草同一に神の真道に進ましめ(同進) 御代の栄えを内外に照らすは神の大本ぞ 谷波の国は狭くとも広く賢こき神の道(谷広賢) 雲井の上も海原も神武と仁徳かがやきて(井上武仁) 神の守りの金城は所在神の守りにて(城所守息) 神々安息遂げたまふその聖世美馬ほしと(美馬邦二) 心の清き神人が御邦二つくす真心は 大小高下の差こそあれ林のナカの下木まで(小林ナカ) よろこび祝ふ細し矛千田琉の国の神の徳(細田徳治) 円く平穏に治まりて身椙の元も二三太郎(椙元二三太郎) 広き新道進むより神の大道踏める身は 笹原義登と悉後藤くいと康らか仁進み行く(笹原義登) 無事平安の神の道達るは神の温たかき(後藤康仁) あまき乳房にすがる児の太郎次郎の生命の(安達房次郎) 親の光りと松の御代上田の家に生れたる(松田文一郎) 三文奴の只一人神の御前にぬかづきて(前田茂寿) 世人を田すけ守らんと昼はひねもす夜茂寿がら 愛宕の山の片ほとりつづきが岡のふもとなる(片岡幸次郎) 小幡神社の幸ひに祈願の効もいち次郎く 大河口や小川口教を日々にトク人の(大河口トク) 心の丈けは庄司きにシウジウの苦辛を耐へつつ(庄司シウ) 安く達せん大神の心は清き白ユキの(安達ユキ) 黄金の世界銀世界真鯉の上る滝津瀬の(上滝美祐) さま美はしき神祐に心の垢を洗ひつつ 西山林谷の道作り治めて登り行く(西谷作治) 四十八個の宝座ある高倉山に崎にほふ(山崎耕作) 三ツ葉つつじの花の下耕し作る田男の 中にも邨で新しき由緒を知れる由松の(中邨新助) 道の手引に助けられ万寿神苑立出でて 詣づる信者二百人出口の海潮を先導に 田舎の村の小幡橋金神竜神一同に(村橋金一郎) 渡り田所は宮垣内鹿蔵住むなる松林(田所鹿蔵) 紅葉は散れど青々と茂る木の葉のうるはしき 豊かな冬の木の本に四方の景色を覚めつつも(豊本景介) 婦人子供に至るまで介々しくも谷川を(谷前貞義) 飛び越え前み貞勇き義近藤初めて修業場と(近藤貞二) 神の貞めに一同は第二霊地と感謝しつ 祝詞の声も晴やかに木魂に響く床しさよ 勝又五六七の神政に水野御魂があらはれて(勝又六郎) 久米ども尽きぬ真清水のかはく事なき吉祥の(水野久米吉) 命の親の神心仰ぐも高し田加倉の(高田権四郎) 神の権威は四ツの海珍の国土も井や広に(土井理平) 摂理は届く公平のうましき御世は北村の 人は勇みて神寿ぎの祭祀の道も庄太郎(北村庄太郎) 日本の国は松の国浦安国と日五郎より(松浦国五郎) 御三木清めし神の国善一と筋の世の元の(三木善建) 神の建てたる御国なり外国人に惑はされ 御国の精華も白石の五倫五常の道忘れ(白石倫城) 難攻不落の堅城と神の造りし無比の園(比村中) 心にかかる村雲を払ふて清め腹の中 神の授けし御魂をば汚さむ事を鴛海つつ(鴛海政彦) 国家の政り家政り彦と夜毎にいそしみて たとへ悪魔の襲ふとも少しも鎌はず田力男(鎌田徴) 日本心を微かに照して見せよ三日月の 敏鎌の光り鋤の跡稲田も茂る八百頴野(鎌田茂頴) 間田なき秋にアイの空瑞穂の国の中国の(野間田アイ子) 誉れを西洋までノブエ姫姫氏の国の豊の年(中西ノブヱ) 稔も吉田の花ぞサク清き水穂にフク風の(吉田サク子) 薫りは外に比類なき富貴の草香村肝の(清水フク子) 心の美佐尾芳ばしく続鎌ほしや曇りたる(比村美佐尾) 世を田貞か江て神の世になれば曲事かくろひて(鎌田貞江) 吉きこと斗り村幸の雲間を照らす神のトク(吉村トク) まコトを那須の神人は神にすがりツヤはらぎつ(同コト子) 吾身のことを打捨てて多田道のためクニのため(那須ツヤ子) つくしの果の人々も海河こえて田庭路の(多田クニ) 神の御親の膝元に直子の刀自の跡慕ひ(河田親直) 滋しげ通ふ楽もしさ小柴田間萩米躅躑(同滋子) 茂れる山路ふみ別けて同じ心の一隊は(柴田米子) 神の恵與と勇みつつ清水湧き出る宮垣内(同一與) 上田の家も市々に立出で田渡る野山路(内田市子) 心せきセキヨぢ登る新池馬場を一斉に(田渡セキヨ) 進めば砂止山の神祠の跡を右に見て(馬場斉) 谷の村杉潜りぬけ真の道の友垣は(谷村真友) 山奥見かけ村々と貞めの場所雄さして行く(奥村貞雄) 黄昏近く湯ふ浅の空に出口の王仁が(湯浅仁斎) 岩屋の神を斎ひつつ降雨も知らぬ森の中(雨森松吉) 松葉の露の一雫味はひ吉しと喜びて 呑みし昔の思ひ出に水の冥加を藤とみつ(加藤明子) 天地神明の洪徳を感謝しまつる此一行 折も吉野のときつ風吹かれて顔の湯煙りも(吉野とき子) 御空になびく浅曇り霊魂を研く三柱の(湯浅研三) 神の宝座の大前に東尾さして神吉詞(東尾吉三郎) 拍手三拝上々の坂えの声をきくの年(上坂きく) 山の尾の上を崎わけて昇る旭日のあけの空(山崎あけ子) 小男鹿妻恋ふ高熊の見るも勇まし一つ岩(小高一栄) 栄え久しき神国の牧の柱とまめ人の(牧慎平) 慎み仕え大前に低頭平身祈りつつ 松のお千葉もいと清く月も見五郎の十五日(千葉清五郎) 大山小山の中道をおのが寿美家へ雄々しくも(大山寿美雄) 松岡神使に誘はれて本の古巣へ帰りける(岡本尚市) 尚き教へを市早く上田の炉辺に宣ぶる時(田辺林三郎) 小松林の神憑り三ツの御魂が現はれて 近藤二度目の立替は御国を思兼の神(近藤兼堂) 現はれまして堂々と小畠の宮の山の跡(畠山彦久) 本宮神宮の聖邑に国武彦の大神は 世も久方の天津神月見の神や天照す(佐藤かめ) 皇大神の神言もて世人を佐藤し身をたかめ(平野千代子) 天下太平野千代の基佐藤りて三よしの花の春(佐藤よし) お土の井とく水の恩正しき御木の宮柱(土井とく) 千本高知りてきんぎんや珠玉を飾る三体の(正木きん) 神の御舎殿荘厳に大宮小宮建て並べ(小宮きゑ) 深きゑにしを説き諭す高天原の神の道(原竹蔵) 松のみさをは神の国竹蔵即ち外国に たとへて東尾日の本とさきはひ玉ふぞ尊とけれ(東尾さき) 板り尽せしあがなひの千倉の置戸を負ふ神の(板倉寛太郎) 寛仁太度の胸の内同じ教も寛々と(同寛文) 文化の魁け梅の花御空は清く山青く(青野都秀) 野村も都会も秀れたる神の大道に従ひて 日東帝国安らけく日五郎の信仰現はれて(東安五郎) 安全無事の世の中に到達せしめ聖哲の(安達哲也) 教は四方に響く也同じ天地に生ひ立ちし(同佐右衛門) 草木で佐右衛門色艶を増して歓こぶ君が御代 世は古川の水絶えず万寿の苑は亀岡の(古川亀市) 市中に高く聳えつつ曇れる社会を照らし行く 神の仕組の万寿苑瑞祥閣の芽出度けれ。 ○ 教の花の桜井愛子中野祝子の太祝詞(桜井愛子) 同じく作郎青年も巌の上田に参ゐ詣で(中野祝子) 各自気分も由松の前駈し田るは十四夜の(同作郎) 稲田を照らす月の影風も清けき秋の末(上田由松) 此一行廿二人巻尾に記して証となす。(前田満稲) (以上) |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 凡例 | 凡例 一、本巻はその前半を亀岡の瑞翔閣において口述筆録せしめられ、後半は綾部竜宮館において完成されたものであります。恒定筆録者の内、谷口正治氏が第二巻完了とともに、出口教祖詳伝編集の任にあたることとなり、霊界物語に関係せざるにいたりましたことを、筆録者一同遺憾に思ひますとともに、前巻まで筆録されし労を多謝する次第であります。 一、第一巻に国治立命、盤古大神、大自在天の各派が、三つ巴となつて悪戦苦闘をつづけ、神界を混乱せしめたる記録を読み、盤古大神および大自在天につきその真相を識らむとする人々のために、ちよつと説明を加へておきたいと思ひます。 盤古大神とか、盤古神王とか、また盤古真王といふのは、平田篤胤翁の赤県太古伝成文といふ著書の、盤古真王記に、 『古昔天地未だ分れず、渾沌として鶏子の如し。盤古氏其の中に生ず。九万八千歳にして天地開闢せり。清軽のものは上つて天となり、濁重のものは下つて地となる。盤古其の中に在り。一日に九変して、天に於ては神に、地に於ては聖なり。天日に高きこと一丈、地日に厚きこと一丈、盤古日に長ずること一丈、此の如きこと九万八千歳、天極めて高く、地極めて邃く、盤古極めて長ぜり。数は一に起りて三に立ち、五に於て成り、七に於て盛りに、九に於て処す。 盤古氏夫妻は陰陽の始めなり。大荒に生じて其の初めを知ること莫し。蓋し陶鎔造化の主にして、天地万物の祖なり。乃ち元始天王、大元聖母は是れなり。盤古氏の後に三皇あり、これ天地人の始めなり』 とあるごとく、「支那」の人民が天王聖母として尊崇するところのものが盤古大神であります。 さうして盤古大神は体主霊従(われよし)で、国常立尊は霊主体従(ひのもと)であります。しかし本書には神名を国治立命と申し上げてあります。 つぎに大自在天は、力主体霊(つよいものがち)であつて、仏典によりますと波羅門教徒は、この神は世界万物の造物主であり、また世界の本体であり、この神の支配のままに吾人苦楽の果報が割り当らるるのであるといつて、あらむ限りの崇拝の的としてをるのであります。ところが仏教が起つてから後といふものは、大自在天神と命名されて、やうやく第六天の統治者として、きはめて平凡な取扱ひを受くるものとなつたのです。 一、次に常世の国について一言しておきます。「稽古要略」といふ書物に、 『少彦名神、粟茎(方船のこと)に乗りて、常世の国に渡りき。按ずるに常世の国とは本神仙の幽境をいふ。因つて以て海外の絶域、人到り易からざる地を称す』 とありますから、日本からいへば海外の絶域たる亜米利加は常世の国となりますが、亜米利加からいへば日本が常世の国となるわけです。ゆゑに霊界物語と古文書と比較研究して見ることが肝要だと思ひます。 大正十一年一月廿九日 竜宮館に於て識す |
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霊界物語 | 03_寅_十二の国魂/大道別/天使長の更迭 | 岩井温泉紀行歌 | 附録岩井温泉紀行歌 瑞月作 岩井温泉紀行歌 瑞の御魂に縁由ある壬戌の一月の 雪降りつもる銀世界黄金閣をあとにして 八日午前の巳の刻に身魂の垢を清めむと 岩井温泉さして行く湯浅篠原植芝や 松の大本の竹下氏恵みの風も福島の 近藤の湯治を送らむと信仰かたき石の宮 家並は古く朽ちぬれど名は新町の正中を 足並速き自動車に揺られて綾部の駅につく 汽笛一声汽車の窓記者の外山氏加藤女史 西村徳治を伴ひて心も勇む石原の駅 煙をあとに初瀬の橋飛びたつばかり進み行く 科戸の風の福知山聞くも恐ろし鬼ケ城 見捨てて走る山間の上川口や下夜久野 降り来る雪を突破して安全守る上夜久野 梁瀬を渡りゴウゴウと輪音も高き和田山や 篠竹しげる養父の駅八鹿江原を打ち過ぎて 外山に包みし豊岡の昇降客のいと多く 但馬名所の玄武洞右手にながめて城ノ崎の 温泉場を振り返へり竹野や佐津の駅も過ぎ 日本海をながむれば雪雲とほく香住駅 山腹包む鎧田の雪つむ景色面白久 谷を埋むる白雪は山陰寒気の表徴と ながめて走る汽車の窓煙草正宗菓子饅頭 お茶お茶弁当の売声に空しき腹を満たすとは ま坂思はぬまうけもの車のすみに居組つつ いよいよ汽車も申の刻岩美の駅に降りけり 雪より白きお梅さま雲井の上の雪の空 緩高梅の田舎道ホロの破れし自動車に 一行六人ぶるぶると自身神也屁の車 廻る駒屋の温泉宿湯治々々と月代の 一同夕餉も相済みて腹もポンポコ湯冠りの ヤレヤレヤレの拍子歌いと面白き雪の庭 なが夜を茲に明しける大正十年十二月 十の二日の未明新暦一月九日に 激しき吹雪降りすさみ寒さに凍えた瑞月は 炬燵の中の侘住居横に立ちつつ千早振 神世の奇しき物語外山加藤井上氏 筆を揃へてかくの通り ○ 来訪者名読込歌 温泉の神と現れませる出雲に坐す大己貴(出口王仁三郎) 岩井の湯口細くとも薬の王と聞えたる 神の仁慈の三ツ御魂心地も日々に朗かに 病の根まで断り払ふ効験は岩美に名西負ふ(西村徳治) 田舎の村の湯の御徳療治を加ねて藤くより(加藤明子) 明々つどひ遊び来る男子と女子の宿りたる これの駒屋の温泉は外に又なき客の山(外山豊二) 豊二暮す玉の井のこの上もなき御神徳(井上留五郎) 留る三階に五郎々々とねころびながら霊界の ありし昔の物語石より堅き信仰の(石渡馨) 丹波に馨る神の道常磐堅磐の岩よりも(岩淵久男) かたき誠の教の淵汲取るものは久方の 天より降る変性男子この世の峠や嵯峨の根に(嵯峨根民蔵) さまよふ民蔵救はむと誓ひ出ます神の世に 生れ大野は只ならじ深き因縁の著次郎く(大野只次郎) 田づね来て見よ神の村天地を兼太郎大神の(田村兼太郎) 黄色の色や白梅の佐和に佐木たる神の苑(佐々木清蔵) 清き蔵昔のそのままの紙より白くすがすがし(紙本鉄蔵) 世の大本の金鉄の身魂蔵めし万代の 亀のよはひの本宮山二代教主にかかりたる(亀山金太郎) 金勝要の太み神肌への色は山吹の 清郎比ぶるものもなき景色も藤や田子の浦(藤田武寿) よはひも今は武寿の古き昔を田どる時(古田時治) 治まる波路を加露ケ浜船にて越え来し三保の関(船越英一) 英米須の神を祭りたる山陰一の神霊地 稜威も高嶋あとに見て浪路を進むゆかしさよ(高嶋ゆか) 神の御魂を迎遠藤綾部に居ます牛虎の(遠藤虎吉) 神の吉詞をかしこみてやうやう平田にたどりつき 田植の中の道芝を神のま盛りに踏みて行く(植芝盛隆) 降々昇る旭影竹はなけれど松梅の(竹下斯芸琉) 御杖を下げて道草の斯芸琉野路を勇ぎよく 東の空の色良しと俊老いたまふ大教祖(東良俊) 桑原田原の道別けて喜び一行幽世を(桑原道善) 知食します大社栄ゆる松や神の田の(松田政治) 尊き政治を偲びつつ苔むす藤のいと高く(藤松良寛) からむ社の千代の松心持良く胸寛く 進む小林神の森秀づる尾の上の弥仙山(小林秀尾) 鶴山亀山右左神威を保つ一の鳥居(小林保一) 稲田の姫の命をば救ふて得たる村雲の(稲村寿美) 劔の光寿美渡り須賀の宮居を建了へて 横暴無道の悪神の山田の大蛇を斬放り(横山辰次郎) ひの川上に辰雲の光も殊にいち次郎く 神の功ぞ尊とけれ諸木の下を潜りたる(木下泉三) 谷の泉も素鵞の川三山の奥村芳りつつ(奥村芳夫) 夫婦はここに八雲立出雲八重垣つまごめに 八重垣作る八重垣の誉れは今にコン近藤(近藤繁敏) 栄えて繁る長の敏我日の本のあななひの 道を教へし大己貴浦安国の田のもしく(安田武平) 武力絶倫国平の鉾を皇孫に奉り 君の御尾前仕へなむこれの誓ひは万代も 田賀へじものと手を拍つて青紫垣にかくれたる(田賀鉄蔵) 事代主の金鉄の堅き御言蔵尊とけれ すぎ西むかしの物語神有村の老人に(西村菊蔵) 詳しく菊蔵ありがたき地の高天原にあれませる(原祐蔵) 神の祐蔵うれしみて詣でし一行十五人 神徳岡さぬ皇神の重き御命を拝しつつ(徳岡重光) 神の光を照さむと藤き山路や原野越え(藤原勇造) 勇み来る造艮の神の生宮直子刀自 社の前に田知よりて祈る誠の美千香る(前田美千香) この音づれを久方の雲井の空や土の上に(井上敏弘) いと敏やかに弘めかし神の真毛利は八洲国(毛利八弥) 弥常永に伝はりて栄え目出度瑞穂国 秋の足穂の御田代は太田の神に神習ひ(田代習) 教の苗を植付ける国常立大神の 高木勲を寿ぎて三柱神の神の教(高木寿三郎) 田中も山も佐嘉栄吉し五六七の御代に住山の(田中嘉栄吉) 人の心は泰平蔵雲井の上も葦原も(住山泰蔵) 熊蔵なき迄住渡る清けき富士の高山に(上原熊蔵) 金銀竜の二柱世人を真森田すけむと(住山竜二) 御心くまらせ玉ひつつ大矢嶋国栄えゆく(森田くま) 祥たき御代を松の世の浦安国の磯輪垣の(矢嶋ゆく) 秀妻の国蔵尊とけれ元気も吉田の一行は(松浦秀蔵) 身魂勝れて美はしく聖地を西にあとに見て(吉田勝美) 町や山村伝ひつつ又蔵降り来る五月雨を(西村伝蔵) おかして伊佐み田庭路の福知へ帰り喜一郎(伊佐田喜一郎) 途上つはりの心地して二代スミ子は澄渡る 石原の小泉すくひ上げ教祖手づから清泉を(小泉熊彦) 口に富熊せ玉ひつつ国武彦の真森田る(森田勘太郎) 綾の勘部の太元に雨の中尾ば六月の(中尾豊弘) 四日に豊かに弘前に神徳高く山の如(山本惣吉) 頭にいただき帰ります大本役員惣一同 今日の生日の吉き日をば祝ひ納むる吉祥の(同納吉) 宴を平木て大神の御稜威かしこ美山川の(平木稜威美) 供物を献じ石の上古き太初の皇神の(山川石太郎) 直なる武の田ぐひなき誉れを今に伝へける(武田なを) 大正三年の春の頃十三才の直霊嬢 瑞月柳月の三人が出雲大社へ礼参り 其往きがけに岩美駅馬車にゆられて晃陽の やかたに再び逗留しいよいよ三度の入浴に 身魂の垢を洗ひつつ五ツと六との霊界の 昔語りを新らしく天地宇宙の外に立ち 言葉も清くいさぎよくまはる駒屋の温泉場 心の垢をあらひつつあらあらかくは識しけり 皇道発祥の霊地日向国宮崎市の公会堂に於て昭和神聖会支部の発会式を盛大に挙行したる翌朝七時四十分、同市神田橋旅館の二階の間大淀河の名橋や清流を眺めつつ誌し置く。いよいよ霊主体従寅の巻の校正を終る。 (昭和一〇、一、一九早朝) 附言 明治三十四年旧五月十五日、教祖様神勅を受けて、八雲立出雲の国の天日隅の宮に御参拝の節、山陰道を徒歩し一行十五人、岩井温泉駒屋に一泊せられ、帰路ふたたび同家に宿泊されたる、大本にとつて由縁浅からざる温泉なり。瑞月は大正三年の春、三代直霊、梅田信之氏とともに一泊したることあり。今回にて三度目の入浴なり。静養かたがた霊界物語の口述をなすも、神の御仁恵と歓びのあまり、筆記者および信者の訪問して色々と御世話下されし其の厚意を感謝するため、諸氏の芳名を読込み、長歌を作りて第三巻の巻尾に附する事となしぬ。 |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 序 | 序 本巻は主として、常世会議の結末および国祖御退隠の大略を述べたるものなり。神典に国常立之命、豊雲野命は独神成坐て隠身也とあるは、言葉簡単なれども、実に無限の意味の含まれあるなり。第五巻には盤古大神の神政より天の三柱の大神、地上に降臨して、先づ淤能碁呂島より神業をはじめ、国魂神を生みたまひたる、その経緯を神示のまま述べむとする也。故に本書第四巻の終りまでは、我が日の本を中心とする霊界の物語にあらざることを知りたまふべし。 大正十年十二月十五日王仁識 |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 46 神示の宇宙その一 | 第四六章神示の宇宙その一〔一九六〕 我々の肉眼にて見得るところの天文学者の所謂太陽系天体を小宇宙といふ。 大宇宙には、斯くの如き小宇宙の数は、神示によれば、五十六億七千万宇宙ありといふ。宇宙全体を総称して大宇宙といふ。 我が小宇宙の高さは、縦に五十六億七千万里あり、横に同じく、五十六億七千万里あり、小宇宙の霊界を修理固成せし神を国常立命といひ、大宇宙を総括する神を大六合常立命といひ、また天之御中主大神と奉称す。 小宇宙を大空と大地とに二大別す。而して大空の厚さは、二十八億三千五百万里あり、大地の厚さも同じく二十八億三千五百万里ある。 大空には太陽および諸星が配置され、大空と大地の中間即ち中空には太陰及び北極星、北斗星、三ツ星等が配置され、大地には地球及び地汐[※オニペディア「霊界物語第4巻の諸本相違点」の「地月・地汐・汐球」参照。]、地星が、大空の星の数と同様に地底の各所に撒布されあり。大空にては之を火水といひ、大地にては之を水火といふ。大空の星は夫れ夫れ各自光を有するあり、光なき暗星ありて凡て球竿状をなしゐるなり。 大地氷山の最高部と大空の最濃厚部とは密着して、大空は清く軽く、大地は濁りて重し。今、図を以て示せば左の如し。 [#図第一図小宇宙縦断図] 大空の中心には太陽が結晶し、その大きさは大空の約百五十万分の一に当り、地球も亦大地の約百五十万分の一の容積を有せり。而して太陽の背後には太陽と殆ど同形の水球ありて球竿状をなし居れり。その水球より水気を適宜に湧出し、元来暗黒なる太陽体を助けて火を発せしめ、現に見る如き光輝を放射せしめ居るなり。故に太陽の光は火の如く赤くならず、白色を帯ぶるは此の水球の水気に原因するが故なり。 太陽は斯くの如くして、小宇宙の大空の中心に安定し、呼吸作用を起しつつあるなり。 [#図第二図大空の平面図] 又、地球(所謂地球は神示によれば円球ならずして寧ろ地平なれども、今説明の便利のため従来の如く仮りに地球と称しておく)は、四分の三まで水を以て覆はれあり。水は白色なり。この大地は其の中心に地球と殆ど同容積の火球ありて、地球に熱を与へ、且つ光輝を発射し、呼吸作用を営み居るなり。而て、太陽は呼吸作用により吸収放射の活用をなし、自働的傾斜運動を起しゐるなり。されど太陽の位置は大空の中心にありて、少しも固定的位置を変ずることは無し。 [#図第三図大地の図] 地球は大地表面の中心にありて、大地全体と共に自働的傾斜運動を行ひ、その傾斜の程度の如何によりて、昼夜をなし春夏秋冬の区別をなすものなり。自働的小傾斜は一日に行はれ、自働的大傾斜は四季に行はる。彼岸の中日には太陽と地球の大傾斜が一様に揃ふものなり。又六十年目毎にも約三百六十年目毎にも、夫々の大々傾斜が行はれ、大地および地球の大変動を来す時は即ち極大傾斜の行はるる時なり。 太陽は東より出でて西に入るが如く見ゆるも、それは地上の吾人より見たる現象にして、神の眼より見る時は、太陽、地球共に少しも位置を変ずることなく、前述の如く、単に自働的傾斜を行ひてゐるのみなり。 天に火星、水星、木星、金星、土星、天王星、海王星その他億兆無数の星体ある如く、大地にも亦同様に、同数同形の汐球が配列されありて、大空の諸星も、大地の諸汐球も、太陽に水球がある如く、地球に火球がある如く、凡て球竿状をなしゐるものにして、各それ自体の光を有しゐるなり。なほ、暗星の数は光星の百倍以上は確かにあるなり。 太陰は特に大空大地の中心即ち中空に、太陽と同じ容積を有して一定不変の軌道を運行し、天地の水気を調節し、太陽をして酷熱ならしめず、大地をして極寒極暑ならしめざるやう保護の任に当りゐるものなり。 而して太陰の形は円球をなし、半面は水にして透明体なり。而てそれ自体の光輝を有し、他の半面は全く火球となりゐるなり。今図を以て示せば次の如し。(第四図参照) [#図第四図太陰の図] 太陰は大空大地の中心を西より東に運行するに伴ひ、地汐をして或ひは水を地球に送らしめ、或は退かしむるが故に満潮干潮の現象自然に起るものなり。神諭に、 『月の大神様は此の世の御先祖様である』 と示しあるは、月が大空と大地の呼吸作用たる火水を調節するの謂なり。火球は呼気作用を司り、地汐は吸気作用を司る。 『富士と鳴門の仕組が致してある』 といふ神示は、火球の出口は富士山にして、地汐は鳴門を入口として水を地底に注吸しゐることを指示せるものなり。火球及び地汐よりは、なほ人体に幾多の血管神経の交錯せる如く、四方八方に相交錯したる脈絡を以て、地球の表面に通じゐるものなり。 (大正一〇・一二・一五旧一一・一七桜井重雄録) |
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霊界物語 | 04_卯_常世会議/国祖隠退/神示の宇宙 | 余白歌 | 余白歌 大江山王仁の口より吐き出す夢物語恐ろしきかな〈序〉 弥勒の代早近づきて彼方此方に山霊明光放ち初めたり〈総説〉 霊光は霊山霊地に暉けど見る人稀なる暗世忌々しき〈総説〉 千早振る神代の謎をことごとくつばらに説きし神の書かな〈目次後〉 面白く神世の謎をときさとすみろく胎蔵の物語かな〈目次後〉 天地の広きが中に只一人淋しく立ちて世を思ふかな〈第1章〉 御開祖は国常立の御命もてこの天地に生れましにけり〈第1章〉 朝日刺す夕日かがやく高熊の峰に救世の鼓響けり〈第1章〉 五十鈴川水の流れの清ければわが神国は千代に移らじ〈第1章〉 五十鈴川流れに霊魂洗ひたる人は神代の光りなりけり〈第2章〉 古の隠れし神を世に上げて国ををさむる貴の神子かな〈第2章〉 汚れたる人のみたまも玉水の鏡のぞけば清く晴るべし〈第6章〉 嘘ばかりつき通したる世の中に今に大きい穴が現はる〈第8章(初版)〉 詐りのなきよなりせば是ほどに神は心を砕かざらまし〈第8章(初版)〉 曲津見の醜の荒びの忌々しけれとこ夜のやみのやみ雲の空〈第9章〉 神の橋渡れば安く往くものを迷ふて落つる曲の八ツ橋〈第9章〉 美しき神の御国に生れきて神いつかざる曲ぞ忌々しき〈第10章〉 産土の神の御魂を顕はして御国を守る大本の教〈第10章〉 天地の誠の親を知らぬ子に説き諭せども聞く人稀なり〈第11章〉 父母の外には親はなきものと思へる人に知らすおや神〈第11章〉 目を覚せ一日も早く国人よ三五の月は天に冲せり〈第12章〉 朝夕に神の御前に太祝詞となふる家は安らかなりけり〈第12章〉 松生ふる青山巡らす日の本は神のまします神苑なりけり〈第14章〉 世を救ふ真実の神は和衣の綾部の里に天降りましけり〈第14章〉 曲神のときめく此世を言向けて神国をたつる三五の神〈第14章〉 天地のおやの御船に見を任せ高天原へ安く渡らむ〈第15章〉 神の子の罪引受けて苦しむも神は世界の親なればなり〈第15章〉 死に替り生き替りして世のために悩みたまひし教祖かしこし〈第15章〉 しわがきの秀妻の国に住む人の神知らぬこそゆゆしかりける〈第17章〉 思想界波たち狂ふ闇の世もしづめてぞゆく三五の道〈第17章〉 百八十の国悉く言向けて神の御国に救ひ行かばや〈第17章〉 山川も清くさやけき神国の人の心は曇りけるかな〈第18章〉 さまざまとよこさの教はびこりて神の御国をけがしけるかな〈第18章〉 日に月に曇りゆく世の有様を歎きてここに伊都能売の神〈第18章〉 邪津神人の衣をまとひつつきよき神世を汚し行くなり〈第20章〉 空蝉の世人助くる神ごころ今や積りて世に出でませり〈第21章〉 千早ふる神代ながらの神業を学ぶは神子の務めなるべし〈第21章〉 水清き和知の流れにみそぎして道開かせり教御祖は〈第22章〉 竜宮の館の底の池水に常磐の松の影はうつれり〈第23章〉 生命あるうちに神国をさとらずば魂八衢に迷ふなるらむ〈第24章〉 元の神人の初まりつばらかに知りたる者は神の外なし〈第25章〉 厳霊瑞の霊のなかりせば此の世の闇は永遠に晴れまじ〈第26章〉 石の上古き神代のみまつりに世を直さむと伊都能売の神〈第26章〉 栄枯盛衰常ならむ世も皇神の教の道は永久なりけり〈第27章〉 鳥けもの草の片葉に至るまで神の御魂の籠らぬは無し〈第28章〉 ミロクの世はや来よかしと祈りつつ身欲に迷ふ人ぞ可笑しき〈第31章〉 身の欲に心の鏡曇らされ此世乍らに地獄の旅する〈第31章〉 野に山に花は香へど日は照れど恵みを知らぬ人の多かり〈第36章〉 根の国の姿なりけり神知らぬ人と人との争ふ此の世は〈第36章〉 けがれたる此の世の泥をすすがむと瑞の大神天降りましけり〈第36章〉 世の中の鬼や大蛇を言向平て世を治めます神の御心〈第38章〉 神の世の審判に今やあふ坂の人は知らずに日を送りをり〈第39章〉 西東南も北も天地も担ふて立てるかみの御柱〈第45章〉 この柱今は隠れて見えざれば世の大方は知るものもなし〈第45章〉 第九篇宇宙真相研究し神示の世界を悟るべきなり〈第46章〉 火と水の二つのはしら世に出てこれが誠の火水與とぞなる〈第46章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 28 身変定 | 第二八章身変定〔二七八〕 ここに二柱の大神は陰陽水火の呼吸を合して、七十五声を鳴り出し給ひ、スの言霊を以て之を統一し給ふ事となりぬ。 而してこの七十五声の父音を、立花の小戸と云ふ。祝詞に、 『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊ぎ祓ひ給ふ時に生坐る』 とあるは、このアオウエイの五大父音より、以下の七十声を生み出し、新陳代謝の機能たる祓戸四柱の神を生み成し給ひて、宇宙の修祓神と為し給ひたるなり。 而してこの五大父音を地名に充つれば、 『ア』は天にして『アジヤ』の言霊となり 『オ』は地にして『オーストラリヤ』の言霊となり 『ウ』は結びにして『アフリカ』の言霊となり 『エ』は水にして『エウロツパ』の言霊となり 『イ』は火にして『アメリカ』の言霊となる。 而して『アジヤ』は『ア』と返り、『オーストラリヤ』はまた『ア』に返り、『アフリカ』また『ア』に返り、『エウロツパ』又『ア』に返り、『アメリカ』又『ア』の父音に返る。 その他の七十声は何れも『アオウエイ』の五大父音に返り来るなり。 この理に依りて考ふるも、『アオウエイ』の大根源たる『アジヤ』に総てのものは統一さる可きは、言霊学上自然の結果なり。而て『ア』は君の位置にあるなり。 而て『ア』と『ウ』との大根源は、『ス』より始まるなり。『ス』声の凝結したる至粋至純の神国は、即ち皇御国なり。 二神は先づ天地を修理固成する為に、『アオウエイ』の五大父音立花の小戸の言霊に依りて、一切の万物を生み成し給ひ、而て『ス』の言霊の凝結せる神国の水火は最も円満清朗にして、大神其ままの正音を使用する事を得るなり。 その他の国々の言霊のやや不完全なるは、凡て『ア』とか『オ』とか『ウ』又は『エ』『イ』等の大父音に左右せらるるが故なり。 神の神力を発揮し給ふや、言霊の武器を以て第一となし玉ふ。古書に『ミカエル一度起つて天地に号令すれば、一切の万物之に従ふ』といふ意味の記されあるも、『ミカエル』の言霊の威力を示したるものなり。而てこの『ミカエル』の言霊を、最も完全に使用し得る神人は『ス』の言霊の凝れる皇御国より出現すべきは当然なり。 『ミカエル』とは天地人、現幽神の三大界即ち三を立替る神人の意味なり。詳しく云へば、現幽神三つの世界を根本的に立替る神人、といふ意味なり。 また男体にして女霊の活用を為し、女体にして男霊の活用を為す神人を称して『身変定』といふ。 ここに七十五声の言霊の活用、及び結声の方法に就き、言霊の釈歌を添付する事となしたり。 言霊学釈歌[※「言霊学釈歌」には文字に疑義がある箇所がいくつもある。詳しくは霊界物語ネット内「」を見よ] ○ 久方の天之御中主の神は五十鈴川の⦅ス⦆ごゑなりけり ○ あのこゑは我言霊の上よりは宇比地邇神、須比地邇神[※古事記では「須比地邇」が「地」ではなく「智」が使われている。] ○ おのこゑは我言霊の上よりは角杙神、活杙神[※「生杙神」「角杙神」の「くひ」の字は、御校正本(p183)では「枠」、校定版(p161)・愛世版(p160)では「杙」。古事記では「杙」である。「枠」は「くい」ではなく「わく」であり、誤字だろうから、霊界物語ネットでは「杙」を使う。] ○ うのこゑは我言霊に照らし見て大戸之道神、大戸之辺神 ○ えのこゑの其言霊を調ぶれば面足神、惶根神 ○ いのこゑは言霊学の助けより伊邪那岐神、伊邪那美神 ○ あのこゑの活動なすは須比地邇の神の保てる本能なりけり ○ おのこゑの活動するは活杙の神の表はす本能なりけり ○ うのこゑの活動保つは大戸之辺神の表はす本能なりけり ○ えのこゑに万の物の開くるは阿夜訶志古泥の神の御本能 ○ いのこゑの活動なすは伊邪那美の神の御言の本能なりけり ○ 喉頭、気管、肺臓なぞの活用は国常立の神言守れる ○ 口腔口唇、口蓋等の発音の根本機関は豊雲野神 ○ 日の本の国の語の源は只五声の竪端の父音 ○ 多陀用幣流国といふ意義はあおうえい五声父音の発作なりけり ○ 久方の天の沼矛と云ふ意義は言語の節を調ふ舌なり ○ 立花の小戸のあはぎが原に鳴るおこゑを天の浮橋といふ ○ 塩許袁呂、許袁呂邇画鳴す其意義はおとをの声の活用を云ふ ○ 数音を総称ふるを島といふ淤能碁呂島はをこゑなりけり ○ あおうえい素の五つの父声を天之御柱神と総称す ○ 宇宙に気体の揃ひ在る意義を我言霊に八尋殿といふ ○ 鳴々而鳴合はざるはあの声ぞ鳴余れるはうこゑなりけり ○ うあのこゑ正しく揃ひて結び合ひ変転するは美斗能麻具波比 ○ うあの声結びてわ声に変化くは阿那邇夜志愛上袁登古袁といふ ○ えあの声結びてや声に変化くは阿那邇夜志愛上袁登売袁といふ ○ 女人先言不良と言へる神文を調ぶれば以前の方法形式で 言霊発達せざるてふ意義の大要含むなり ○ 久美度邇興而子蛭子生むはわ声を母音とし あ行烏えいを父音としわ烏の二声を結び付け わ行のう声に変化為しわゑの二声を結び付け わ行のゑ声に変化為しわいの二声を結び付け わ行のゐ声に変化為し次にや声を母音とし あ行お烏えい父音とし結声変化す意義ぞかし やおの二声を結び付けや行のよ声に変化為し や烏の二声を結び付けや行のゆ声に変化なし やえの二声を結び付けや行の延声に変化為し やいの二声を結び付けや行のい声の変化為す この言霊の活用を久美度邇興而と称ふなり ○ 子蛭子生むとふ神文は鳴出る声音の等しき意義にして あ行お声とわ行のを声あわの行なる烏声とうの神声 あわやの行のゑ衣延といゐ以の声の異性にて 同声音の意義ぞかし是ぞ蛭子を産むといふ ○ 布斗麻邇爾卜相而詔といふ意義はあ行烏声の活用ぞかし ○ 淡道之穂之狭別島といふは烏うゆ⦅む声⦆と結ぶ言霊 伊予之国二名島といふ意義は母音む声にいを結び み声に変化しむゑ結びめ声に変化しむおを結び も声に変化しむあを結びまごゑに変化す此故に むごゑの父音みめもまの四声に変化を身一而 面四有と称ふなり ○ みのこゑの其言霊の活用を伊予国愛比売と謂すなり ○ めのこゑの其言霊の幸ひを讃岐飯依比古と謂ふ ○ ものこゑの其言霊の助けをば阿波国大宜津比売と謂ふ ○ まのこゑの其言霊の照る時ぞ土佐国健依別と謂ふ ○ 惟神其名の如く性能の等しく易るを国と謂ふなり ○ むのこゑにうゆを結びてふの声に変化を隠岐之三子嶋と謂ふ ○ ふのこゑに天之御柱結び付けはほふへ四声に変化をば 天之忍許呂別と謂ふ ○ 筑紫島生むと言ふ意義ははの行のふこゑ烏こゑと結声し ぷごゑに変化言霊也是のぷ声にいゑおあの 四声を漸次に結声しぴぺぽぱ四ごゑに変化なす ○ ひのこゑの意義の言霊調ぶれば筑紫の国の白日別と謂ふ ぺのこゑの意義の言霊調ぶれば豊国豊日別と謂ふなり ○ 建日向、日豊久士、比泥別と謂ふはほ声の言霊の意義なりけり ○ ぱのこゑの意義の言霊調ぶれば熊曽の国の建日別なり ○ 伊岐嶋、比登都柱と謂ふ意義はぷごゑに烏ごゑを結び成し ふごゑに変化しふのこゑに天の御柱あおうえい 是の素音を結声しはほへひ四声の言霊に 変化せしむる意義なり ○ 津嶋天之狭手依比売と謂ふはふごゑに烏ごゑを結び付け すごゑに変化しあおうえい是の素音を結声し さそすせ四ごゑに変化る意義 ○ 佐渡島を生てふ意義を調ぶればすごゑに烏ごゑを結声し すごゑに変化なさしめて之に素音を結声し さ行をざ行に変化する言霊上の意義なり ○ 大倭秋津嶋生むと謂ふはにりちの父音の言霊を 生み出したる意義にしてな行にごゑはじい二声 結声変化しりのこゑはしいが結声変化為し た行ちごゑはひい二声が結声変化を為す意義ぞ ○ 天御虚空豊秋津根別といふ意義はちりにの父音に久方の 天之御柱あおうえい素音を結声変化して たらな三行を結声し変化せしむる意義ぞかし ○ 意義深きわ行や行の言霊は先所生大八島国 ○ 吉備児島建日方別と謂ふ意義はちじの二声を結声し ちごゑに変化し久方の天の御柱あおうえい 素音を結ぶ言霊ぞかし ○ 小豆島大野手上比売と謂ふ意義はぢいの二声を結声し ぎこゑに変化し久方の天の御柱あおうえい 素音を結ぶ言霊ぞかし ○ 大嶋や大多上麻流別と謂ふ意義はぎいの二声を結び成し きごゑに変化し久方の天の御柱あおうえい 素音を結ぶ言霊ぞかし ○ 女嶋天一根と謂ふ意義はか行の音韻かこくけき 天地貫通の言霊ぞかし ○ 知訶嶋天之忍男と謂ふ意義はが行の音韻がごぐげぎ 天機活動を起す言霊 ○ 両児嶋天両屋の言霊はた行の音韻だどづでぢ 造化発作を起す意義なり ○ わ行をごゑの言霊の精神的の活用を大事忍男之神と謂ふ ○ わ行井ごゑの言霊の精神的の活用を石土毘古の神と謂ふ ○ や行ゐごゑの言霊の精神的の活用を石巣の比売の神といふ ○ わ行の言霊わをうゑゐ精神的の活用を大戸日別之神といふ ○ わ行うごゑの言霊の精神的の活用を天之吹男神といふ ○ や行の言霊やよゆえい精神的の活用を大屋毘古之神といふ ○ や行よごゑの言霊の精神的の活用は風木津別之忍男神なり ○ や行ゆごゑの言霊の精神的の活用を大綿津見の神と言ふ ○ わ行衣ごゑの言霊の精神的の活用を速秋津彦の神と謂ふなり や行延ごゑの言霊の精神的の活用を速秋津姫の神といふ (以上六十五首) 大事忍男神より以下速秋津姫神まで、十神十声の精神的作用は所謂大八嶋国の活用、即ち世界的経綸の活機を顕す本能を享有する言霊なり。 (第二七章~第二八章昭和一〇・二・一三於田辺分苑王仁校正) |
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霊界物語 | 06_巳_大洪水/国生み神生み/三五教の誕生 | 余白歌 | 余白歌 八の鳥 こひは誰かをしへつるかもかりそめにほのみしかけの身にしみてうき〈序歌〉 岐美ケ代の千代の礎固めむと石の宮居を月の花明山〈松葉の塵〉 久方の天津御国の荘厳を地上にうつす綾の鶴山〈松葉の塵〉 流水の如くに清く美しき神の教の湧ける玉の井〈松葉の塵〉 隠身而形も見えず声もなきまことの神は御中主なり〈第1章〉 今までは世人の為に延したれど見赦しならぬ時とは成りぬ〈第5章〉 地は震ひ雷猛り火の雨のふる事記を能くも調べよ〈第5章〉 村肝の心を千々に砕くかな世を生かさむと思ふばかりに〈第6章〉 天地の神の気吹に退らはれて高嶺の雲は四方に散り行く〈第7章〉 神ごごろつくしのはても東路も西洋までも拡めゆくなり〈第9章〉 千早振神代の手振りまつぶさに説き明かしたる生ける書かも〈第14章〉 和妙の綾の高天に現はれて瑞霊昔の状を説くなり〈第14章〉 いつまでも筆と口とで知らせども人は残らず盲目聾者〈第14章〉 まのあたり世の立直しするまでにかへておきたし人の心を〈第14章〉 今までは人の心のままにせしをこの世の事は神のままなり〈第14章〉 高山の尾根に黒雲立ちこめて御空の月の影を包めり〈第15章〉 あし引の山も野末もよみがへり弥勒の御代を寿ぎ奉らむ〈第15章〉 立替の神が表へ出るなれば高嶺の雲は四方に散るらむ〈第16章〉 時は今科戸の風の渓間より吹き上げ吹き荒れ吹き捲くるなり〈第16章〉 天地の神の怒の強くしてたやすく解けぬ時となりぬる〈第16章〉 独神成而隠身居たる月日神は国常立と豊雲野の神〈第18章〉 許々多久の罪も穢も引受けて世人を救ふ二柱神〈第18章〉 この怒りとく神々は世の中にただ二柱坐すばかりなり〈第18章〉 神代より深き因縁のある土地に世の立替の経綸せし真神〈第21章〉 国魂の神を調査国々の身魂の審判始め給へり〈第21章〉 闇の世に月日を慕ふ人心早く日の出をまつばかりなり〈第22章〉 高山に月は隠れて渓底は黒白も分かぬ闇となりぬる〈第29章〉 人草の腸の底まで洗ひきる瑞の御魂の教はかむわざ〈第29章〉 九重の古き都に一枝の神の経綸の梅開くなり〈第30章〉 立替の天の御柱たてよこの月日は朝夕心砕きつ〈第30章〉 待ちかねて此の世へいづの大神は瑞の御魂ぞ力なりけり〈第30章〉 かかる神世を待兼山のほととぎす姿かくして啼き暮しつつ〈第30章〉 東の御空に狂ふ鳥船の行末は弥勒の海を越えたり〈第33章〉 本宮の神の経綸を助けむと生れ出にけり宮垣内より〈第34章〉 久方の天の目一箇神出でて曇りたる世の光とならせり〈第35章〉 澄切りし人の身魂に天地の誠の日月は宿を借るなり〈第38章〉 天地の神に代りて世を開く人は真の神にぞありける〈第38章〉 天津御祖神の御言をかしこみて下津岩根に道を開きし〈第41章〉 中空の曇りも深き今の世は下津岩根の神も解らず〈第41章〉 渓間より真の光現はれて雲井の空を照らし返さむ〈第42章〉 高光る神のみいづを白雲のよその教になびくしこ草〈第46章〉 葦原の中津御国はさやぎ居り救はせ給へ伊都能売の神〈第46章〉 村肝の心の塵を払はむと神の気吹きの現はれにける〈第47章〉 黒雲の天地を包む世の中を照らして守る三五の月〈第48章〉 月の精地上に下りうば玉の人の心を照らし給へり〈第48章〉[この余白歌は八幡書店版霊界物語収録の余白歌を参考に他の資料と付き合わせて作成しました] |
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霊界物語 | 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 | 39 言霊解一 | 第三九章言霊解一〔三八九〕 『故ここに伊弉諾命詔り給はく「愛くしき我が那邇妹命や、子の一つ木に易へつるかも」と宣り給ひて、御枕べに匍匐ひ御足べにはらばひて、泣き給ふ時に、御涙に成りませる神は、香山の畝尾の木の下にます、御名は泣沢女の神、故其の神去りましし伊弉冊神は、出雲の国と伯伎の国との堺、比婆の山に葬しまつりき』 伊弉諾命は即ち天系霊系に属する神でありまして、総ての万物を安育するために地球を修理固成されました、国常立尊の御後身たる御子の神様でありますが、古事記にある如く、迦具土神が生れまして、即ち今日は、交通機関でも、戦争でも、生産機関でも火力ばかりの世で、火の神様の荒ぶる世となつたのであります。この火の神を生んで地球の表現神たる伊弉冊命が神去りましたのであります。この世の中は殆ど生命がないのと同じく、神去りましたやうな状態であります。 そこで伊弉諾命は我が愛する地球が滅亡せむとして居るのは、迦具土神が生れたからであるが、火力を以てする文明は何程文明が進んでも、世の中がこれでは何にもならぬ。地球には換られぬと宣らせ給はつたのであります。これが『子の一つ木に易へつるかも』といふ事であります。 次に『御枕べに匍匐ひ御足べにはらばひて』といふことは、病人にたとへると病人が腹這ひになつて死んだのを悔む如く、病人と同じく横になつて寝息を考へたり、手で撫でて見たり、又手の脈をとつて見たり、足の脈をとつて見たり、何処か上の方に生た分子がないか、頭に当る所に生気はないか、日本魂が未だ残つては居ないかと調べ見給ひし所殆ど死人同様で上流社会にも、下等社会にも脈はなくて、何処にも生命はなくなつて居る。全く今日の世の中はそれの如くに暖かみはなく冷酷なもので、然も道義心公徳心が滅亡して了つて居るのであります。それで泣き悲しみ給ふ時に、その涙の中に生りませる神の名を泣沢女神というて、これは大慈大悲の大神様が、地上一切の生物を憐み玉ふ所の同情の涙と云ふことであります。今日でも支那の或地方には泣女といふのがあつて、人の死んだ時に雇はれて泣きに行く儀式習慣が残つて居るのも、これに起源して居るのであります。 神去りました伊弉冊命は、之を死人にたとへて出雲の国と伯耆の国の境に葬むられたと書いてありますが、出雲といふのは何処もといふことで亦雲出る国といふことである。 今日の如く乱れ切つて、上も下も四方八方、怪しい雲が包んで居るといふ事であります。伯耆の国といふのは、掃きといふことで雲霧を掃き払うと云ふことである。科戸の風で吹払うと云ふのもさうであります。即ち国を浄める精神と、曇らす精神との堺に立たれたのであります。所謂善悪正邪の分水嶺に立つたものであります。実に今の世界は光輝ある神世の美はしき、楽しき黄金世界になるか、絶滅するか、根の国底の国、地獄の世を現出するかの堺に立つて居るのであります。 『比婆の山に葬し』といふ事はヒは霊系に属し、赤い方で、太陽の光線といふ意義でバと云ふのは、ハとハを重ねたもので、これは悪いことを指したものであります。即ち霊主体従と体主霊従との中間に立て、神が時機を待たせられたと云ふことであります。斯くして伊弉冊命即ち地球の国魂は、半死半生の状態であるが、併し天系に属する伊弉諾命は純愛の御精神から、此地球の惨状を見るに忍びずして、迦具土神即ち火の文明が進んだため、斯うなつたといふので、十拳剣を以て迦具土神の頸を斬り給うたのであります。十拳の剣を抜くと云ふ事は、戦争を以て物質文明の悪潮流を一掃さるる事で、所謂首を切り玉うたのであります。 この首といふことは、近代でいへば独逸のカイゼルとか、某国の大統領とか云ふ総ての首領を指したのである。即ち軍国主義の親玉の異図を破滅せしむる為に、大戦争を以て戦争の惨害を悟らしむる神策であります。 『是に伊邪那岐命、御佩せる十拳剣を抜きて、其御子迦具土神の御頸を斬り給ふ。爾に其御刀のさきにつける血、湯津石村にたばしりつきて、成りませる神の御名は、石拆神、次に根拆神、次に石筒之男神、次に御刀の本につける血も、湯津石村にたばしりつきて成りませる神の御名は、甕速日神、次に樋速日神、次に建御雷之男神、亦の御名は建布都神亦の御名は豊布都神、次に御刀の手上にあつまる血、手俣より漏れ出で成りませる神の御名は闇於加美神、次に闇御津羽神』 十拳剣即ち神界よりの懲戒的戦争なる神剣の発動を以て、自然に軍国主義の露国や独乙を倒し、カイゼルを失脚させ、そのとばしりが湯津石村にたばしりついたのであります。この湯津石村につくといふことは、ユとは夜がつづまつたもので、ツは続くのつづまつたもので、要するに夜ル続くといふことになります。彼方からも此方からも、草の片葉が言問ひを致しまして、彼方にも此方にも、種々の暗い思想が勃発して、各自に勝手な主義なり意見なりを吐き散らしまして過激主義だとか、共産主義だとか、自然主義、社会主義がよいとか、専制主義がよいとか、いろいろなことを言ふ意味になります。又イハといふことは、堅い動かぬ位といふことで、ムラは群がるといふ意義で、岩とは尊貴の意、村とは即ち下の方の人間の群といふことであります。所謂タバシリツクといふのは、鳴り続いて上にも下にも種々雑多の思想や主義が喧伝されて居ることであります。即ちたばしりついて生りませる神といふのは、生れ出ることではなくして、鳴り鳴りて喧ましいといふ事であります。その神の御名を甕速日神といふ。 ミは体、カは輝くといふことで、体主霊従の神であります。樋速日神は霊主体従の神であつて、両者より種々なる思想の戦ひが起るといふ事であります。即ち主義の戦ひであります。次に建御雷之男神は、直接行動と云ふことで、霊主体従国は言向平和神国であるから、滅多にありませぬが、体主霊従国などは皆々建御雷之神であります。即ち露国のやうに、支那のやうに皇帝を退位せしめたり、すべて乱暴をするとか、焼討をするとか、暴動を起すとか、罷業、怠業するとかいふ如うな事であります。 建御雷神は天神の御使でありますが、本文の言霊上から考ふれば、爰はその意味にはとれぬ、争乱の意味になるのであります。亦の名は建布都神、又は豊布都神といふのは善と悪の方面を指したもので、凡て善悪美醜相交はるといふことになります。即ちよき時には苦しみが芽出し、苦しみの時には楽みが芽出して居るといふやうなものであります。 世の中が混乱すればする程、一方に之を立直さむとする善の身魂が湧いて来るといふ意味であります。 十拳剣を握つて居らるる鍔元に集まる血といふのは、各自に過激な思想を抱いて居るといふ事で、血を湧かす事であります。即ち手のまたから漏れ出ることになります。この手のまたから漏れ出ると云ふ事は、厳重な警戒を破つて現はるる事であります。闇於加美神といふことは、世界中の上の方にも非常な過激な思想が現はれるといふことであります。 次に闇御津羽神のみつといふのは、水でありまして、下の方即ち民のことで、これも無茶苦茶な悪思想になつて、世の中が益々闇雲になるといふことであります。 この昔の事を今日にたとへて見ますと独逸のカイゼルが失脚したのも、露国のザーが亡んだのも、支那の皇帝がああなつたのも、皆天の大神が十拳剣を以て斬られたのであります。斯の如く神は無形の神剣を以て斬られるのであります。それで人間が戦ふことになるのであります。この殺された迦具土神のことを現代にたとへますれば、爆弾とか大砲とか、火器ばかりで戦ふのでありまして、弓とか矢で戦ふのではありませぬ。軍艦を動かすのも火の力であります。それで大神に依て火の神が殺されたといふことは、惨虐なる戦争が止んだといふことになるのであります。今回の五年に亘る世界戦争の結果は、迦具土神の滅亡を意味して居るのであります。 (大正九・一一・一於五六七殿講演外山豊二録) (大正一一・二・一〇旧一・一四谷村真友再録) |
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霊界物語 | 08_未_日の出神の弟子たちの南米物語 | 43 言霊解五 | 第四三章言霊解五〔三九三〕 『最後に其妹伊弉冊命、身自ら追来ましき』 今迄は、千五百の黄泉軍を以て攻撃に向つて来たのが、最後には世界全体が一致して日の神の御国へ攻め寄せて来たと云ふ事は、伊弉冊命身自ら追ひ来ましきといふ意義であります。是が最后の世界の大峠であります。すなはち神軍と魔軍との勝敗を決する、天下興亡の一大分水嶺であります。 『爾ち千引岩を、其の黄泉比良坂に引塞へて、一日に千頭絞り殺さむと申したまひき』 千引岩とは、非常に重量の在る千万人の力を以てせざれば、微躯とも動かぬ岩といふ意義であります。千引岩は血日国金剛数多といふ意義で、君国を思ふ赤誠の血の流れたる大金剛力の勇士の群隊と云ふことであつて、国家の干城たる忠勇無比の軍人のことであります。また国家鎮護の神霊の御威徳も、国防軍も皆千引岩であつて、侵入し来る魔軍を撃退し又は防止する兵力の意義であります。 『中に置き事戸を渡す』と云ふ事は、霊主体従の国家国民と、体主霊従の国家国民とは、到底融合親睦の望みは立たぬ。堂しても天賦的に、国魂が異つて居るから、神国の行り方、異国(黄泉国)はその国魂相応の行り方で、霊主体従国と体主霊従国とを立別ると云ふ神勅が事戸を渡すと云ふ事であります。 善一筋の政治や神軍の兵法は、体主霊従国の軍法とは根本的に相違して居るから、一切を茲に立別て、霊主体従国は霊主体従国の世の持方、体主霊従は体主霊従の世の治め方と、区別を付けられた事であります。要するに神国の土地へは、黄泉軍の不良分子は立入るべからずとの御神勅であります。人皇第十代崇神天皇様が、皇運発展の時機を待たせ玉ふ御神慮より、光を和げ塵に同はりて、海外の文物を我国に輸入せしめ玉ひし如く、何時までも和光同塵の制度を、墨守する事が出来ないので、断然として、事戸を渡さねば成らぬ現代に立到つた如き有様であります。事は言辞論説の意味で、戸は閉塞するの用であります。要するに日本は皇祖大神の御聖訓を以て、治国安民の要道と決定され、一切体主霊従国の不相応なる言論を輸入されないと云ふ意義が、乃ち事戸を渡し給うと云ふ事であり、之を夫婦の間に譬へますと離縁状を渡して、一切の関係を断つと云ふ事であります。何時までも和光同塵的方針を採るのは我々の今日の処世上に於ても一考せなくては成らぬ。悪思想や貧乏神には、一日も早く絶縁するが、家の為めにも一身上の為にも得策であります。今日の我国家も、一日も早く目覚めて我国土に不相応なる思想や、論説や哲学宗教なぞと絶縁して、所謂事戸を立て渡し度いもので在ります。 『伊弉冊命宣りたまはく愛くしき我那勢命如此為たまはば汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむとまをしたまひき』 黄泉大神の宣言には、我々の愛慕して止まない、神国兄の国の神宣示を以て、斯の如く黄泉国の宗教学説を排斥さるるならば、此方にも一つ考へがある。汝の国の人民の、上に立つて居る所の頭役人どもを黄泉軍の術策を以て、一日に千人即ち只一挙にして、上の方の役人どもを馘つて了つてやる、即ち免職をさせて見せようと云ふ事である。 惟神の大道即ち皇祖の御遺訓に依つて思想界を統一せむとする守護神があれば、直に時代に遅れた骨董品格にして、役人の頭に採用せないのみならず、直に首を馘られて了ふから、伊弉諾命即ち日本固有の大道を、宣伝実行する事を、避けむとする利己主義のみが発達するのであります。 是皆黄泉軍、体主霊従魂の頤使に甘んずる腐腸漢計りに成つて居る現代であります。我々は伊弉諾命の神教、即ち天神天祖の聖訓を天下に宣伝し実行せむとするに当つて、黄泉の軍の体主霊従国魂の守護神から圧迫され、日々千人即ち赤誠の信者を、大本より離れさせむとして、黄泉神の手先が、百方邪魔をひろぐのも同じ意味であります。 たとへ日本の神の教が結構と知り、又大本の出現が、現代を救ふには大必要である事を、充分了解し乍ら世間を憚り且つ又、旧思想家と云はれ、終には現今の位置より馘られ、社会的に殺され葬られて了ふ事を恐れて世間並に至誠貫天的の、社会奉仕の大本を悪評し、かつ圧迫するを以て、安全の策と心得て居る守護神許りで表面上大本の信者たる事を標榜するが最後、直に其の赤誠人は軍人と言はず、教育家と言はず会社員と言はず、馘られ職を免ぜられると云ふ事が『一日に千人絞り殺さむとまをしたまひき』と云ふ事になるので在ります。 『爾に伊弉諾命詔り玉はく、愛くしき我那邇妹命、汝然為たまはば吾はや、一日に千五百産屋立ててむと詔りたまひき。是を以て一日に必ず千人死に一日に必ず千五百人なも生るる』 茲に伊弉諾命は、我愛する那邇妹命よ、思想問題を以て日の御国を混乱せしめ猶ほ亦、今一致して武力を以て、我国を攻め給ふならば、我にも亦大決心がある。吾は惟神の大道を発揮して、以て一日に千五百の産屋を立てて見ませうと仰せられた。御神諭にある産の精神の人民、生れ赤子の心の人民を養成する霊地を、産屋と云ふのであります。 チは血なり赤誠也、霊主体従の意也、父の徳也、乳也、塩也。 イ[※ヤ行イ]は結び溜る也、身を定めて不動也。 ホは、上に顕はる也、太陽の明分也、照込也、天の心也。 ウ[※ア行ウ]は結び合ふ也、真実金剛力也、親の働き也。 ブは茂り栄ふ也、世の結び所也、父母を思ひ合ふ也。 ヤは固有の大父也、天に帰る也、経綸の形也。 以上のチイホウブヤの六言霊を納むる時は、神の血筋因縁の身魂が集り合ひて、赤誠の実行を修め、霊主体従の本領を発揮し、天の父たり、地の母たるの位を保ちて、仁恵の乳を万民に含ませ、大海の塩の如く、総ての汚れを浄め、総ての物に美はしき味を与へ腐敗を防ぎ、有為の人材一団と成りて、我身の方向進路を安定し、以て邪説貪欲に心を動かさず、俗界の上に超然として顕はれ、大神の大御心を宇内に照り込ませ、太陽の明分即ち日の神国の天職を明かに教へ覚し、至真至実の大金剛力を蓄へ、世界の親たるの活動を為し、上下の階級一つの真道に由りて結合し、日々に結びの力を加へ、終には世界を統一結合し、父母として万民慕ひ集まり固有の大父なる国祖大国常立神の御稜威を仰ぎ、天賦の霊性に帰りて世界を経綸し以て、三千世界を開発し、救済する聖場の意義であります。要するに、地の高天原なる綾部の大本の、神示の経綸は、乃ち千五百産屋に相当するのであります。大本の御神諭には『綾部は三千世界の世の立替立直しの地場であるから、日の大神様の御命令によりて、世界の人民を天の大神の誠一とつで此の世を治める結構な地の高天原であるぞよ』と示されてあるも、所謂千五百産屋の意義にして、生れ赤子の純良なる身魂を産み育て玉ふ神界の大経綸の中府であります。故に何程黄泉大神の精神より出でたる、過激的思想も侵略的の体主霊従国軍も、綾部に千五百産屋の儼存する限りは、如何ともする事が出来ないのであります。亦之を文章の侭に解する時は、一日に千人死して千五百人生れ出づる時は、結局人口は年を追うて増進する故に、之を天の益人と謂ふのであります。天の益人は天下国家の為に利益を計る、至誠の人の意味にも成るのであります。我大本の誠の信徒は、皆一同に天の益人とならねば成らぬ。亦日本全体を通じて天の益人たるの行動をとつて、国家を開発進展せしめ、黄泉国なる国々に其の範を垂れ示さねば、神国の神民たる天職を尽す事は出来ぬのであります。今日社会主義や過激派にかぶれた、不良国民が黄泉軍の眷属となり、大官連中に不穏なる脅迫状を送つたり、大本の幹部連中に向つて、同様の脅迫状が舞ひ込んで来るのも、千人を殺さむと白したまひきの意味であります。米国加州の排日案が通過したのも、西伯利亜満洲支那朝鮮の排日行動も、排貨運動の実現も、各地の小吏が大本に極力反対し、且つ我行動を妨害しつつあるのも、皆黄泉軍の一日に千人くびらむ、と白し玉ひきの実現であります。 太陽面に、地球の七八倍もある円形にして巨大なる黒点が出現し、約七万哩の直径を有し、吾人の肉眼を以て明視し得る如くに成つて居るのも、日の若宮に坐す伊弉諾命を、黄泉軍の犯しつつある表徴であります。亦この黒点が現はれると、其の年及び前後数年間は、従来の記録に依つて調べて見ると、第一気候が不順で、悪病天下に蔓延し、饑饉旱魃等は大抵その時に現はれ、人心の騒擾極点に達する時であります。天明の大饑饉も、太陽の黒点と時を同じうして現はれて居る。今日此頃の天候の不順も亦この黒点の影響である。況んや今度の如き、開闢以来未曾有の大黒点に於ておやであります。アヽ一天一日の太陽の黒点、果して何を意味するものぞ。伊弉諾命の持たせ玉へる一ツ火の光も、半ば消滅せむとするには非ざるか、我等は一日も早く千五百産屋は愚、八千五百産屋万産屋を建て、以て君国の為めに大活動を開始せざるべからざるを切に感ぜざるを得ないのであります。 『故其伊弉冊命を、黄泉津大神と謂す。亦其の追及しに由りて、道敷大神と称すとも云へり』 チシキの大神の言霊を解すれば、 チは血也、数の児を保つ也、外に乱れ散る也。 シは却て弛み撒る也、世の現在也。 キは打返す也、打ち砕く也。 之を一言に約する時は、数多の児即ち千五百軍を部下に有し、血脈を保ち外に向つて乱を興し終に自ら散乱し現在の世の一切を弛廃せしめ、以て正道を打返して、邪道に化し、至仁至愛の惟神の、生成化育の道を打砕く、大神と云ふ事であります。現代は国の内外を問はず、洋の東西を論ぜず道敷の大神の最も活動を続行し玉ふ時であります。 『亦其の黄泉の坂に塞れりし石は道反大神とも号し塞坐黄泉戸大神とも謂す』 チカヘシの大神はウチカヘシの大神と云ふ事で在り、又邪道を塞ぎて邪道を通過せしめずと云ふ意義であります。古来町の入口や出口には、塞の神と謂うて巨大なる石が祭つて在つたもので在ります。是も邪悪を町村内に侵入させぬ為の目的であります。吾人の家屋を建つるにしても、礎石を用ゐ、又その周囲に石を積み、又は延べ石を廻らすも、皆悪鬼邪神の侵入を防止するの意義より、起元したもので在ります。今日の思想界にも此の大石が沢山に欲しいものであります。 『故其の所謂黄泉津比良坂は、今出雲国の伊賦夜坂とも謂ふ』 伊賦夜坂の言霊を解すれば、 イ[※ア行イ]は強く思ひ合ふ也、同じく平等也、乱れ動く也、破れ動く也。 フは進み行く也、至極鋭敏也、忽ち昇り忽ち降る也、吹き出す也。 ヤは外を覆ふ也、固有の大父也、焼く也、失也[※「失」は「矢」の誤字の可能性がある。「言霊の大要」(『神霊界』大正7年3月1日号p20)では「矢」でフリガナが無いが、大石凝眞素美の『大日本言霊』では「矢」に「ヤ」とフリガナが付いている。黄泉比良坂の古事記言霊解は大正9年11月1日に綾部の五六七殿で講演した講演録であり、3つの文献に掲載されている。『神の国』大正9年12月1日号(皇典と現代2)p24では「失(うしなふ)」、『霊界物語』第8巻第43章「言霊解五」(大正11年2月9日再録、昭和10年3月4日校正)では「失(しつ)」、『出口王仁三郎全集第5巻』(昭和10年6月30日発行)p59は「失(しつ)」になっている。]、裏面の天地也。 ザ[※以下の活用は「ザ」ではなく「サ」の言霊の活用である。]は騒ぎ乱る也、⦿に事在る也、降り極る也、破壊也。 カは一切の発生也、光輝く也、懸け出し助くる也、鍵也。 イフヤザカの五言霊を約言する時は善悪正邪の分水嶺であります。男神の伊弉諾命と女神の伊弉冊命と、互ひに自分の住し、かつ占有する国土を発展せしめむと、強く思ひ合ひて争ひ賜ふ所は同じく平等にして何の差別もなく、只々施政の方針に大なる正反対の意見あるのみ。然れど女神黄泉神の御経綸は惟神の大道に背反せるが故に、終に海外の某々の如く悉く大動乱大破裂の惨状を露出したのは、近来事実の確証する所であります。 男神の神国は、日進月歩至極鋭敏にして、終に世界の大強国の仲間入りを為したり。されど忽ち昇り忽ち降るの虞れあり。黄泉国の二の舞を演ぜざる様、注意を要する次第であります。ヤは日本にして、何処までも徳を積み輝きを重ねつつ、外面を覆ひ、以て克く隠忍し、天下の大徳を保ちて天下に臨むと雖も黄泉国の八雷神や、千五百の妖軍は何の容赦も荒々しく、焼也、天也、の活動を成し、裏面の天地を生み成しつつあり。故に世界各国は殆ど騒乱の極みに達し正義仁道は地を払ひ、⦿に事の在りし暴国なり。茲に仁義の神の国の一切の善事瑞祥発生して、仁慈大神の神世に復し治め、暗黒界を光り輝かせ、妖軍に悩まされ滅亡せむとする、国土人民に対しては身命を投げだして救助し治国平天下の神鍵を握る可き、治乱興亡の大境界線を画せる、現代も亦これ出雲の国の伊賦夜坂と謂ふべきものであります。(完) (大正九・一一・一午前五六七殿講演外山豊二録) (大正一一・二・一一旧一・一五谷村真友再録) (第三七章~第四三章昭和一〇・三・四於綾部穹天閣王仁校正) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 30 言霊解四 | 第三〇章言霊解四〔四六〇〕 『次に水底に滌ぎ玉ふ時に成りませる神の御名は、底津綿津見神、次に底筒之男命、中に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、中津綿津見神、次に中筒之男命、水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の御名は、上津綿津見神、次に上筒之男命、此三柱の綿津見神は阿曇の連等が祖神ともち斎く神なり、故阿曇の連等は、其の綿津見神の子、宇都志日金拆命の子孫なり。其底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、三柱の神は墨江の三前の大神なり』 水底の言霊を一々解釈する時は、 ミは形体具足成就也。充実也。天真也。道の大本也。肉体玉也。 ナは万を兼統る也。水素の全体也。思兼神也。顕を以て幽を知る也。行き届き居る也。 ソは心の海也。金剛空也。臍也。⦿を包み居る也。無限清澄也。 コは天津誠の精髄也。全く要むる也。一切の真元と成る也。親の元素也。劣り負くる也。 要するに水底は、海の底とか河の底、池の底なぞで、水の集合したる場所である。水は総てのものを養ひ育て、生成の功を為し、且つ又一切の汚物と混交して少しも厭はず、万物の汚穢を洗滌し、以て清浄ならしむるものは水ばかりである。又水は低きに向つて流れ、凹所に集まり、方円の器に従ひ、以て利用厚生の活用を為すもので、宇宙間に於て最も重要なる神器であります。火の熱にあへば、蒸発して天に昇り、雲雨となりて地上一切を哺育す。斯の如き活用ある神霊を称へて、水の御魂と申上げるのである。 ミは形体具足成就して、一点の空隙なく、随所に充満し、天真の侭にして少しも争はず、生成化育の大本をなし、人身を養ひ育て、玉と成るの特性を保ち、ナは万物を統御し、有形を以て無形の神界を探知し、思兼の神となりて世を開き治め、上中下共に完全に行き届き、ソは精神の海となりて神智妙能を発揮し、臍下丹田よく整ひて事物に動ぜず、限りなく澄み切りて一片の野望なく、利己的の行動を為さず、⦿の尊厳を発揮し、コは天津誠の真理を顕彰して[※御校正本・愛世版では「ミは形体具足成就して(中略)万物を統御し(中略)精神の海となりて(中略)天津誠の真理を顕彰して」になっている。校定版・八幡版ではナ、ソ、コを付加して「ミは形体具足成就して(中略)ナは万物を統御し(中略)ソは精神の海となりて(中略)コは天津誠の真理を顕彰して」になっている。その方が意味が分かりやすいので、霊界物語ネットでもそのように直した。]親たるの位を惟神に保ち、生類一切の真元と成りて、全地球を要むるの神力霊能を具有するも、和光同塵、以て時の致るを待ちて、天にのぼる蛟竜の如く、時非なる時は努めて自己の霊能を隠伏し、劣者愚者弱者にも、譲りて下位に立ち、寸毫も心意に介せざる大真人の潜居せる低所を指して水底と云ふのであります。アヽ海よりも深く山よりも高き、水の御魂の一日も速く出現して、無明常暗の天地を洗滌し、以て天国極楽浄土の出現せむ事を待つ間の長き鶴の首、亀も所を得て水底より浮び上るの祥瑞を希求するの時代であります。 綿津見の神の言霊解 ワは輪にして筒の体である。紋理の起りである。親子である。世を知り初むる言霊である。物の起りにして人の起りである。締寄する言霊である。順々に世を保つ言霊である。子の世にして親の位を践む言霊であります。 タは対照力である。東は西に対し、南は北に対し、天は地に対し、生は死に対する如きを対照力と云ふのであります。 ツは大金剛力である。強く続き、実相真如、之をツと言ふのである。又応照応対力対偶力であり、産霊の大元であり、平均力の極であり、霊々神々赫々として間断なく、大造化の力にして、機臨の大元であり、速力の極であります。 ミは水であり、身であり、充ち満つるの意にして、惟神大道のミチであります。 以上の四言霊を以て思考する時は、実に無限の神力を具備し、円満充全にして、天下の妖邪神を一掃し、所在罪悪醜穢を洗滌し玉ふ威徳兼備の勇猛なる五六七の大神の御活動ある神である事が分明するのであります。 筒之男命 ツツノオの言霊は、大金剛力を具有し、以て正邪理非を決断し、水の元質を発揮して、一切の悪事を洗ひ清め、霊主体従日本魂の身魂に、復帰せしめ玉ふてふ神名であります。茲に底中上の神と命とが区別して載せられて在るのは、大に意味のある事である。古典は霊を称して神と言ひ、体を称して命と言ふ。神とは幽体、隠身、即ちカミであつて、命とは体異、体別、即ち身殊の意味である。後世の古学を研究するもの、無智蒙昧にして、古義を知らずに神と命を混用し、幽顕を同称するが故に、古典の真義は何時まで研究しても、分つて来ないのであります。又底とは最も下級の神界及び社会であり、中とは中流の神界及び社会であり、上とは上流の神界及び社会を指すのである。故に綿津見神は底中上の三段に分れて、神界の大革正を断行し玉ひ、筒之男命は、同じく三段に分れて、現社会の大革正を断行し玉ふ御神事であります。大本神諭に『神の世と人の世との立替立直しを致すぞよ』とあり、亦『神、仏儒人民なぞの身魂の建替建直しを致す時節が参りたから、艮の金神大国常立尊が、出口の神と現れて、天の御三体の大神の御命令通りに、大洗濯大掃除を致して、松の世五六七の結構な世にして上中下三段の身魂が揃うて、三千世界を神国に致すぞよ』と示されてあるのも、斯の三柱の神と、命との御活動に外ならぬのであります。 現代の如く世界の隅々まで面白からぬ思想が勃興し、人心は日に月に悪化し、暴動や爆弾騒ぎが相次いで起り天下は実に乱麻の如き状態である。斯かる醜めき穢き国になり果てたる以上は、どうしても禊身祓の大々的御神業が開始されなくては、到底人間の智力、学力、武力などで治めると云ふことは不可能であります。八十曲津神、大曲津神の征服は絶対無限の金剛力を具有し玉ふ神剣の発動、即ち神界の大祓行事に待たなくば、障子一枚侭ならぬ眼を有て居る如うな人間が何程焦慮して見た所で、百日の説法屁一つの力も現れないのである。是はどうしても神界の一大権威を以て大祓を遂行され、日本国体の崇高至厳を根本的に顕彰すべき時機であつて、実に古今一轍の神典の御遺訓の、絶対的神書なるに驚くのであります。 神界の権威なる、宇宙の大修祓は人間としては不可抗力である。由来天災地妖の如きは、人間の左右し得るもので無いと、現代の物質本能主義の学者や世俗は信じて居るが、併しその実際に於ては、天災地妖と人事とは、極めて密接の関係が有るのである。故に国家能く治平なる時は、天上地上倶に平穏無事にして、上下万民鼓腹撃壤の怡楽を享くるのは天理である。地上二十億の生民は、皆悉く御皇祖の神の御実体なる、大地に蕃殖するものであるが、この人間なるものは、地上を経営すべき本能を禀け得て生長するのである。然るに、万物の霊長とまで称ふる人間が吾の天職をも知らず、法則をも究めずして、日夜横暴無法なる醜行汚為を敢行しつつあるは、実に禽獣と何等択ぶ所は無いのである。全体宇宙は天之御中主神の御精霊体なる以上は、地上の生民等が横暴無法の行動によつて、精神界の順調も、亦乱れざるを得ない次第である。要するに天災地妖の原因結果は、所謂天に唾して自己の顔面に被るのと同一である。人間を始め動物や植物が、天賦の生命を保つ能はずして、夭死し或は病災病毒の為に、変死し枯朽する其の根本の原因は、要するに天則に違反し、矛盾せる国家経綸の結果にして、政弊腐敗の表徴である。現時の如く天下挙つて人生の天職を忘却し、天賦の衣食を争奪するが為に営々たるが如き、国家の経綸は実に矛盾背理の極である。皇国は世界を道義的に統一すべき、神明の国であつて、決して体主霊従的の経綸の如く、征服とか占領とかの、無法横暴を為す事を許さぬ神国である。皇典古事記の斯の御遺訓に由り奉りて、国政を革新し、以て皇道宣揚の基礎を確立し、以て皇祖天照大神の御神勅を仰ぎ、以て世界経綸の発展に着手すべきものなる事は、艮の金神国常立尊の終始一貫せる御神示であります。 (大正九・一・一五講演筆録谷村真友) |
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霊界物語 | 10_酉_黄泉比良坂の戦い | 31 言霊解五 | 第三一章言霊解五〔四六一〕 『墨江の三前の大神』 スミノエノミマヘの言霊を解説すると、 スは、真の中心也、本末を一轍に貫ぬく也、玉也、八咫に伸び極まる也、出入の息也、不至所無く不為所無き也、天球中の一切也、八極を統ぶる也、数の限り住む也、安息の色也、清澄也、自由自在也、素の侭也。 ミは、瑞也、満也、水也、体也。 ノは、助辞也。 エは、ヤ行のエにして心の結晶点也、集り来る也。胞衣也、悦び合ふ也、撰る也、大也。 ノは、助辞也。 ミは、三也、天地人の三也、太陰也、屈伸自在也、円也、人の住所也。 マは、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。ここを含め3ヶ所とも同じ(「一の位に当る也」「一の此世に出る也」「一の位を世に照し」)。校正本(三版を校正したもの。p280)では「一」にフリガナは無いが、校定版・愛世版では「いち」とフリガナが付いている。編者が数字の一だと勘違いしたのであろう。霊界物語ネットでは間違わないように「ア」とフリガナを付けた。]に当る也、一[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]の此世に出る也、全備也、円也、人の住所也。 ヘは、⦿の堅庭也、動き進む義也、部也、辺也、高天原の内に⦿を見る也。 以上の言霊を総括する時は、明皎々たる八咫の神鏡の如く澄極まり、顕幽を透徹し、真中真心の位に坐し、至らざる所無く、為さざる所無く、清き泉となり、一切の本末を明かにし現体を完全に治め、万物発育の本源となり、以て邪を退け正を撰み用ゐ、温厚円満にして月神の如く、各自の天賦を顕彰し、身魂の位を明かにし、一の位[※「一」は数字の一ではなく水茎文字のアである。041「一の位」の脚注参照。]を世に照し活動自在にして、地の高天原に八百万の神を集へ、以て⦿を守る三柱の大神と曰ふ事である。故に三柱の大神の御活動ある時は、風水火の大三災も無く、飢病戦の小三災も跡を絶ち、天祥地瑞重ねて来り、所謂松の世五六七の世、天国浄土を地上に現出して、終に天照大神、月読命、須佐之男命の三柱の貴の御子生れ給ひ、日、地、月各自其位に立ちて、全大宇宙を平けく安らけく治め給ふに至るのであります。故に神の御子と生れ天地経綸の司宰者として生れ出でたる人間は、一日も早く片時も速に、各自に身魂を研き清め、以て神人合一の境地に入り、宇内大禊祓の御神業に奉仕せなくては、人間と生れた効能が無く成るのであります。 宇都志日金拆命 宇都志日金拆命は、綿津見神の御子であつて、阿曇の連は其の子孫である。宇都志日金拆命の名義を言霊に照して解釈すると、 ウは、三世を了達するなり、艮の活動也。 ツは、大造化の極力也。平均力也、五六七の活動也。 シは、世の現在也、基也、台也、竜神の活動也。 ヒは、顕幽悉く貫徹する也、本末一貫也、太陽神活動の本元也。 カは、光り輝く也、弘り極まる也、禁闕要の大神、思兼神の活動也。 ナは、智能完備也、万物を兼結ぶ也、直霊主の活動也。 サは、水質也、水の精也、昇り極まる也、瑞の神霊の活動也。 クは、明暗の焼点也、成り付く言霊也、国常立の活動也。 以上の言霊活用に依り、命の御名義を総括する時は、知識明達にして大造化の極力を発揮し、天下の不安不穏を平定し、理想世界を樹立するの基礎となり、鎮台となりて、顕幽を悉皆達観し、一大真理に貫徹して一切事物の本末を糺明し、邪を破り正を顕はし無限絶対無始無終の神明の光徳を宇内に輝かし、皇徳を八紘に弘めて止まず、智能具足してよく万物を兼ね結び合せ国に戦乱なく疾病なく飢饉なく、暴風なく、洪水の氾濫する事なく、大火の災なく、万物を洗ひ清めて、瑞の御霊の心性を発揮し、明暗正邪の焼点に立ちて、能く之を裁断し、以て天国浄土を建設するの活用を具備し成就し給ふ御活動の命と曰ふ事である。即ち宇宙一切は、綿津見神の活動出現に依りて、艮の金神、五六七の大神、竜宮の姫神、太陽神の活動、禁闕要の大神、思兼神、直霊主、稚姫神、月読神、大国常立神等の出現活動に拠りて、万有一切は修理固成され清浄無垢の世界と成りて、終に三貴神を生み給ふ、原動力の位置に在る神と曰ふ意義であります。 阿曇の連 アヅミノムラジの名義は、天之御中主神の霊徳顕はれ出でて、至治泰平の大本源となり、初頭となり、大母公の仁徳を拡充し、大金剛力を発揮して、大造化の真元たる神霊威力を顕彰し、純一実相にして、無色透明天性その侭の位を定め、万民を愛護して、月の本能を実現する真人と曰ふことが、アヅミの活用である。 ムラジは、億兆を悉く強国不動に結び成して、凡ての暴逆無道を押し鎮め、本末能く親和して、産霊の大道たる惟神の教を克く遵守し、万民を能く統轄して、国家を富強ならしめ、一朝事あるときは、天津誠の神理を以て、神明鬼神を号令し、使役する神の御柱を称して、アヅミのムラジと謂ふのであります。アヽ伊邪那岐大神の心つくしの宇宙の大修祓の神功無くして、如何で神人の安息するを得むや。実に現代は大神の美曽岐の大神事の、大々的必要の時機に迫れる事を確信すると共に、国祖国常立尊、国直日主命、稚姫君命の神剣の御発動を期待し奉る次第であります。(完) 瑞の神歌 霊幸ふ神の心を高山の 雲霧分けて照せたきもの 日の光り昔も今も変らねど 東の空にかかる黒雲 この度の神の気吹の無かりせば 四方の雲霧誰か払はむ 葦原に生ひ繁りたる仇草を 薙払ふべき時は来にけり 霊主体従の教を四方に播磨潟 磯吹く風に世は清まらむ (大正九・一・一五講演筆録外山豊二) |