| 番号 (No.) |
書籍 | 巻 | 章 | 内容 |
|---|
|
281 (2556) |
霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 09 黄泉帰 | 第九章黄泉帰〔一三四五〕 侠客育ちのお菊は年にも似合はず人馴れがして、二人の男をよくもてなし、夜中頃まで酒を勧め互に歌などを詠み交してゐた。イク、サールは初稚姫にお供を願つた処、あの様子では到底許されさうにもない。夜光の玉は戴いて嬉しいが、其為に自分の目的を遮られるのは、又格別に苦しい。初稚姫さまも宝を与へて、吾々の進路を壅塞せむとし給ふ、其やり口、随分お人が悪い……と時々愚痴りながら、お菊の酌でチビリチビリと飲んでゐた。されど神経興奮して、或は悲しく或は淋しくなり、ま一度夜が明けたら、所在方法を以て姫に願ひ出で、どうしても聞かれなければ、自分等二人は自由行動をとり、後になり先になりしてハルナの都まで行かねばおかぬ。神様が吾々の決心を試して厶るのかも知れぬなどと、積んだり崩したり、ひそびそ話に時を移した。お菊は既に既に初稚姫が此聖場を出立された事はよく知つてゐた。併し二人に余り気の毒と思つて、其実を明さなかつたのである。 イク『黙然と手を組みし儘寝もやらず 息の白きに見入りけるかも』 サール『悲しみは冥想となり歌となり 涙となりて吾をめぐるも』 お菊『益良夫が固き心をひるがへし 帰り行きます事のあはれさ』 イク『何事の都合のますか知らねども 強ひて行かましハルナの都へ』 サール『益良夫が若き女に弾かれて 恥の上塗するぞ悲しき』 お菊『皇神は何処の地にも坐ませば いまし二人は此処に居たまへ』 イク『イク度か思ひ返してみたれども 思ひ切られぬ初一念なり』 サール『玉の緒の命惜しまず道の為に 進む吾身を許させ給へ。 神国に生れあひたる吾々は 神より外に仕ふるものなし』 イク『いかにして此難関を切抜けむ ああ只心々なりけり』 お菊『汝が心深くも思ひやるにつけ われも涙に濡れ果てにける。 魔我彦の司なりともましまさば かくも心を痛めざるらむ』 イク『兎も角も初稚姫に今一度 命を的に願ひみむかな』 サール『千引岩押せども引けども動きなき 固き心をいかにとやせむ』 お菊『夜の間にもしも嵐の吹くならば 汝等二人はいかに散るらむ』 イク『イク度か嵐に吹かれ叩かれて 実を結ぶなり白梅の花は』 サール『敷島の大和心は白梅の 旭に匂ふ如くなりけり。 大和魂振ひ起して進み行かむ 千里万里の荒野わたりて』 イク『岩根木根ふみさくみつつ月の国に 進まにやおかぬ大和魂』 斯く三人は夜更けまで眠もやらず、淋しげに歌を詠んで、初稚姫の拒否の如何を気遣ひつつあつた。俄に騒がしき人の声、足駄の音、何事ならむと耳をすます処へ、お千代は慌しく入り来り、 お千代『お菊さま、文助さまの様子が変になりました。何卒来て下さいな』 お菊『そら大変です、もしお二人さま、此処に待つてゐて下さい。一寸文助さまの居間まで行つて来ます』 と早くも立出でむとする。二人は驚いて、 イク、サール『私もお供しませう』 とお菊の後に従ひ、文助の病室へ駆け込んだ。見れば松姫が一生懸命に魂返しの祝詞を奏上してゐる最中であつた。数多の役員信徒は室の内外に狼狽へ騒いで、殆どなす所を知らざる有様である。イク公は、 イク『御免』 と云ひながら、文助の側に寄り、松姫に向ひ、 イク『御苦労さまで厶います』 と軽く挨拶し、懐中から夜光の玉を取出して、文助の前額部に当て、赤心を捧げて十分間ばかり祈願を凝らした。此時既に文助は冷たくなつてゐた。只心臓部の鼓動が幽かにあるのみ。 イク『ヤア此奴ア駄目かも知れませぬな、実に困つた事です。松姫様、此玉を貴女にお預け致します。何卒之を前額部に離さぬやうに当てておいて下さい。私はこれから河鹿川で禊をして参ります』 とイクはサール、お菊を伴ひ、河辺に向つた。そして神政松の根元に衣類を脱ぎすて、ザンブとばかり飛込んで、鼻から上を出し、三人声を揃へて、文助の再び蘇生せむ事を祈つた。 お菊『赤心を神に捧げて仕へたる 司の命救ひ給へよ。 惟神神のまにまに行く人を 止めむとするわれは悲しも』 イク『何事も速川の瀬に流しすてて 清き身魂を甦らせよ』 サール『死して行く人の命をとどめむと 願ふも人の誠なりけり。 今一度息吹返し道の為に 尽す真人とならしめ給へ』 お菊『日頃より誠一つの此翁を 神も憐れみ救ひますらむ。 道のために世のため尽す此翁を 救はせ給へ神の力に。 無理ばかり神の御前に宣る心を あはれと思へ天地の神』 と心急くまま、口から出任せの歌を歌ひ、激流に浮きつ沈みつ、危険を冒して祈り出した。大神もこの三人が赤心を必ず許し給ふであらう。平素は悪戯好の茶目男、余り親切らしく見えぬイク、サールの口の悪い連中も、お転婆娘のお菊も、人の危難に際しては其赤心現はれ、吾身の危険を忘れて神に祈る。これぞ全く美はしき人情の発露にして、常に神に従ひ、神を信じ、誠の道を悟り得るものでなくては出来ぬ所為である。 三人は文助の身を気遣ひながら帰つて来た。忽ちお菊は神懸状態となつて病床に駆け入り、松姫が手より夜光の玉を取り、左右の耳の穴に代る代る当て、何事か小声に称へながら、汗を流して祈つてゐる。イク、サールの両人は赤裸のまま文助の足を揉んだり、息を吹いたり、あらゆる手段を尽した。「ウン」と一声叫んで目をパチリとあけ、起上つた文助、四辺をキヨロキヨロ見廻しながら、大勢の集まりゐるを知つて、 文助『皆さま、何ぞ変つた事が出来ましたか、大勢さまがお集まりになつて居りますが』 お菊『気がつきましたか、それはマア嬉しいこつて厶います。本当にお菊も心配いたしましたよ』 文助『私は或美はしき山へ遊びに行つて居りました。何だか急に目が見え出して、そこら中の青々とした景色や咲き匂ふ花の色香、久し振りで自分の目が見え、世の中の明りに接した時の愉快さ、口で云ふ様な事ぢやありませぬ。ああ又目が見えなくなつた』 と力なげに云ふ。 松姫『文助さま、貴方は此間から人事不省で、皆の者が大変に心配をして居りました。初、徳の両人が貴方を打擲したきり姿を晦まし、貴方はその時からチツとも性念がなかつたのですよ。毎日日日囈言ばかり云うてゐられました。マアマア正気になられて結構で厶いますワ。松姫も蘇生の思ひが致します』 文助『成程、さう聞けば、そんな事もあつたやうに仄に覚えて居ります。つひ最前も小さい村の四辻で二人に会ひましたが、大変親切にしてくれました』 お菊『文助さま、貴方は此処に寝たきり、そんな男は来ませぬよ。大方夢でも見たのでせう。チツと確りなさいませ。一旦貴方は死んで居たのですからなア』 文助『イエイエ、私は決して死んだ覚はありませぬ。どこの方か知らぬが、美しい娘さまが私の手を曳いて、いろいろの所へ連れて行つて下さいました。そして目を直して下さつたお蔭で、永らく見なんだ現界の風光に接し、本当に楽しい旅を続けました。そした処に、自分の顔の二三間ばかり前に、大変な光物が現はれ、眩しくてたまらず、暫く目を塞いで居つた所、今度は祝詞の声が聞え出したので、よくよく耳をすませて考へてゐると、松姫さまやお菊さま其他の方々の声であつた。ハツと思うたら又目が見えなくなりました』 と惜しさうにいふ。 文助は初、徳の二人の若者と格闘した際、頭蓋骨を打たれて昏倒し、一旦仮死状態になつてゐたのである。此時若しもイク、サールの両人が夜光の玉を持つて居らなかつたなれば、或は蘇生しなかつたかも知れぬ。文助が幽冥界に入つて彷徨うたのは、第三天国の広大なる原野であつた。そして或村の十字街頭で初、徳の両人に出会つたのは、何れも其精霊であつた。初、徳の両人は元より文助を尊敬してゐた。併しながら一時の欲に駆られて、高姫や妖幻坊に誤られ、文助の拾うておいた妖幻坊の玉を受取つて帰らうとしたのを文助が拒んだので、止むを得ず、こんな騒動が突発したのである。併しながら二人の精霊は肉体の意思と反対で、文助を虐待したことを非常に怒り、暫く両人の体を脱出して、文助を現界に今一度呼戻さむと此処までやつて来たのである。そこへ熱心なるイク、サール、お菊、松姫等の祈祷の力に依つて、再び現世の残務を果すべく蘇生せしめられたのである。文助は肉体の眼は既に盲し、非常な不愍な者であつたが、霊界に到るや、忽ち外部的状態を脱出し、第二の中間状態を越えて、第三の内分的状態にまで急速度を以て進んだ。其為、神に親しみ神に仕へたる赤心のみ残存し、心の眼開け居りし為に、天界を見ることを得たのである。 すべて現界に在つて耳の遠き者、或は手足の自由の利かぬ者、其他種々の難病に苦んでゐた者も、霊肉脱離の関門を経て霊界に入る時は、肉体の時の如き不具者ではない。すべての官能は益々正確に明瞭に活動するものである。併しながら仮令円満具足せる肉体人と雖も、其心に欠陥ありし者は、霊肉脱離の後に聾者となり盲目となり、或は痴呆者となり不具者となり、其容貌は忽ち変化して妖怪の如くなるものである。総て人間の面貌は心の索引ともいふべきものなるが故に、其心性の如何は直に霊界に於ては暴露さるるものである。現界に於ても悪の最も濃厚なる者は、何程立派な容貌と雖も、之を熟視する時は、どこかに其妖怪的面相を認め得るものである。形体は申分なき美人にして、凄く或は厭らしく見える者もあり、又どことなくお化の様な気持のする人間は、其精霊の悪に向ふ事最も甚だしきを証するものである。 文助は先づ天の八衢の関所に突然着いてゐた。されど本人は自分の嘗て死去した事や、如何なる手続きによつて、こんな見ず知らずの所へ来たかなどと云ふ事は一向考へなかつた。そして現界に残してある妻子のことや、知己朋友の事などもスツカリ忘れてゐた。只神に関する知識のみ益々明瞭になつてゐた。彼は八衢の関所の門を何の気もなく潜つて行つた。後振り返つて見れば、白面赤面の守衛が二人、門の左右に立つてゐる。 文助『ハテ不思議な所だ、地名は何といふだらうか、あの守衛に尋ねて見たいものだ』 と再び踵を返して側に寄り、文助は、 文助『此処は何と云ふ所ですか』 と尋ねてみた。二人の守衛は、 白、赤の守衛『何れ後になつたら分るでせう。お尋ねには及びませぬ。又吾々も申し上げる事は出来ない』 とキツパリ答へた。これはまだ現界へ帰るべき因縁がある事を守衛が知つてゐたからである。もし此処は霊界の八衢であるといふ事を知らしたならば、或は文助が吃驚して、現界に於ける妻子のことを思ひ浮かべ、美はしき天国の関門を覗く事も出来ず、又其魂が中有界に彷徨うて、容易に肉体に還り得ない事を知つたからである。文助は何とはなしに愉快な気分に充たされ、小北山の事も念頭になく、只自分の行先に結構な処、美はしき所があるやうな思ひで、足も軽々と進むのであつた。そして俄に目の開いたのに心勇み、フラフラフラと花に憧憬れた蝶の如く、次へ次へと進んだのである。途中に現界に在る友人や知己並に自分等の知己にして、既に帰幽せし人間にも屡出会うた。されど其時の彼の心は帰幽せし者と帰幽せざる者とを判別する考へもなく、何れも自分と同様に肉身を以て生きて働いてゐることとのみ思うてゐたのである。 斯の如く、人間は仮死状態の時も、又全く死の状態に入つた後も、決して自分は霊肉脱離して、霊界に来てゐるといふ事を知らないものである。何故ならば、意思想念其他の総ての情動に何等の変移なく、且現界に於けるが如き種々煩雑なる羈絆なく、恰も小児の如き情態に身を置くが故である。之を思へば人間は現世に於て神に背き、真理を無視し、社会に大害を与へざる限り、死後は肉体上に於ける欲望や感念即ち自愛の悪念は払拭され、其内分に属する善のみ自由に活躍することを得るが故に、死後の安逸なる生涯を楽しむ事が出来るのである。 天国は上り難く地獄は落ち易しと或聖人が云つた。併しながら人間は肉体のある限り、どうしても外的生涯と内的生涯との中間的境域に居らねばならぬ。故に肉体のある中には、どうしても天国に在る天人の如き円満なる善を行ふ事は出来ない。どうしても善悪混淆、美醜相交はる底の中有的生涯に甘んぜねばならぬ。人の死後に於けるや、神は直に生前の悪と善とを調べ、悪の分子を取り去つて、可成く天国へ救はむとなし給ふものである。故に吾々は天国は上り易く、地獄は落ち難しと言ひたくなるのである。併しながら之は普通の人間としての見解であつて、今日の如く虚偽と罪悪に充ちたる地獄界に籍をおける人間は、既に已に地獄の住民であるから、生前に於て此地獄を脱却し、せめて中有界なりと救はれておかねば、死後の生涯を安楽ならしむることは不可能である。されど神は至仁至愛にましますが故に、如何なる者と雖も、あらゆる方法手段を尽して、之を天国に導き、天国の住民として霊界の為に働かしめ且楽しき生涯を送らしめむと念じ給ふのである。 前にも述べたる如く、神は宇宙を一個の人格者と看做して之を統制し給ふが故に、如何なる悪人と雖も、一個人の身体の一部である。何程汚穢しい所でも、そこに痛みを生じ或は腫物などが出来た時は、其一個人たる人間は種々の方法を尽して之を癒さむ事を願ふやうに、神は地獄界に落ち行く……即ち吾肉体の一部分に発生する腫物や痛み所を治さむと焦慮し給ふは当然である。之を以ても神が如何に人間を始め宇宙一切を吾身の如くにして愛し給ふかが判明するであらう。惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・一・三〇旧一一・一二・一四松村真澄録) |
|
282 (2559) |
霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 12 盲縞 | 第一二章盲縞〔一三四八〕 灰白の暮色に包まれた野も山も凡ては静かで淋しい。山と山とに挟まれた枯草のぼうぼうと生え茂る細い谷路を、杖を力にトボトボと爪先上がりに登り行く一人の盲者がある。これは小北山の受付にゐた文助の精霊であることはいふまでもない。文助は微酔ひ機嫌で鼻歌を唄ひながら、ボンヤリとした目の光を頼りに、どこを当ともなく歩いてゐたのである。傍の叢にガサガサと音がしたので、ハテ何者が飛出すのかと立止まつて考へてゐた。疎い目からよくよくすかして見れば、労働服を着けた十七八歳の色の黒い青年であつた。 文助『コレお若い衆、どうやら日も暮れかかつたさうだが、お前さま一人こんな処で何をして厶るのだい』 青年『俺は泥棒をやつてゐるのだ。此街道は目の悪い奴ばかりが通過する処だから、俺の様な甲斐性のない泥棒は、盲でないと性に合はぬから、待つてゐたのだ』 文助『ハハハハ、私のやうなスカンピンの盲に相手になつた所で、何があるものか。それよりも巨万の金を有て居る盲は世界に何程あるか知れぬぢやないか。総理大臣でも、博士でも、富豪でも、大寺の和尚でも皆盲だ。お前は黒い着物を着て居ると思へば、盲縞の被衣を着たりパツチをはいてるぢやないか、さうすると矢張りお前も盲だな』 青年『盲にも色々あつて、其盲が又盲を騙す力のある奴だから、俺たちの盲には手に合はぬのぢや。お前も随分世界の人間を盲にして来た男だが、世間の盲に比べて見ると余程くみし易いとみたから、ここに待ち構へてゐたのだ。サ、持物一切を渡して貰はうかい』 文助『ハハハハ、盲滅法界な事を言ふ奴だなア。斯うみえても、此文助は心の眼が光つてゐるぞ。世間の盲は肉眼は開いて居つても心の眼は咫尺暗澹だが、此文助は貴様の腹の底まで鏡に照らした如く分つてゐるのだ。無理無体に虚勢を張つて恐喝しようとしても、お前の心は既に非常なる脅威を感じ、戦慄してるぢやないか、そんなことで盲を脅かさうなんて、チツと過分ぢやないか』 青年『何だか、お前に会うてから、俺も泥棒が厭になつた。何卒、何処へ行くのか知らぬが連れて行て貰へまいかな』 文助『貴様の様な奴を道連れにしようものなら、チツとも安心するこたア出来やしない。送り狼と道連れのやうなものだ、何時スキがあつたら咬み殺すか分つたものぢやない、マア御免蒙つとこうかい。ああ惟神霊幸倍坐世』 青年『オイ盲爺さま、お前は世間の人間を盲にして、毎日日日地獄界へ案内してゐた癖に、俺一人の盲を捨てると云ふ事があるか』 文助『馬鹿を申せ、俺は皆人間の霊を高天原へ導いてゐたのだ。それだから此間も一寸気絶した時に天国を覗いて来たのだ。俺の導いた連中は皆高天原に安住してゐるのだぞ』 青年『お前、高天原へ行つた時に其弟子に、一人でも出会つたか、滅多に出会はせまい、何奴も此奴も地獄へ墜ちてるのだからな。神の取次皆盲ばかり、その又盲が暗雲で、世界の盲の手を引いて、インフエルノ(地獄界)の底へと連れまゐる……といふのはお前の事だよ』 文助『エ、そんなこたア聞く耳持たぬワイ。何なと勝手にほざいておけ、ゴマの蠅奴が』 青年『ヨーシ俺も天下の青年だ。青年重ねて来らず、一日再晨なり難しといふ事を知つてゐるか、俺は斯う労働服を着てゐるやうに見えても赤裸だぞ。それだから青年重ねて着足らずといふのだ。貴様の上着を一枚所望するから、キツパリと俺に渡せ、裸で道中はならぬからのう』 文助『丸で三途の川の脱衣婆のやうな事をぬかす奴だな。エエ仕方がない、そんなら一枚恵んでやろ。どうせ此先で婆アに取られるのだから……』 青年『オイ爺、お前は今幽界旅行をしてゐるといふ事を知つてゐるのか』 文助『きまつた事だ。一度経験がある。何時の間にやら体がこんな所へ来てるのだから、夢でなければ幽界旅行だ。夢であらうが、幽界旅行であらうが、どちらもユーメ旅行だ。貴様は此処を現界と思つてるのか、オイ黒助』 青年『コリヤ黒助とは何だ。これでも中には赤い血が通つてるぞ』 文助『エー、邪魔臭い、羽織を一枚やつたら、エエカゲンに帰つたらどうだ。これから長旅をせにやならぬのに、貴様の様な奴がついてゐるとザマが悪いワ』 青年『ハハア、ヤツパリ貴様は偽善者だな。餓鬼虫ケラまで助けるのが神の道だと、小北山で吐いて居つたが、とうと、正体を現はしよつたな。気の毒ながら、何うしてもインフエルノ行きの代物だ、エツヘヘヘヘ、実は地獄界から貴様を迎へに来たのだぞ』 文助『ヘン、何を吐しよるのだ、そんな事に驚く俺かい。俺は前回に於て、正に天国に籍のある事をチヤンとつきとめておいたのだ。そんな事を云つて強迫しても、ゴマの蠅の如き者の慣用手段に乗るやうなチヤーチヤーぢやないぞ。勿体なくも大国治立尊様の教を伝達するグレーテスト(最も偉大な)プロバガンディストだ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむや、そこのけツ』 と杖を以て四辺の芝草をメツタ矢鱈にしばき倒しながら、トントンと登り行く。青年は後姿を見送つて、 青年『アハハハハハ阿呆阿呆、イヒヒヒヒヒインフエルノ行きの文助爺、ウフフフフフうろたへ者の盲爺、エヘヘヘヘヘエクスタシーを知らぬ盲爺、オホホホホホお気の毒さま、今度は地獄の定紋付だ。お前の背中を見い、オツホホホホホ』 と大声に笑ふ。文助は後振返つて其青年を見ると、赤ら顔に耳までさけた大きな口をあけ、舌を五寸ばかりはみ出して、厭らしい面して腮をしやくつてゐる。文助は惟神霊幸倍坐世と幾回となく繰返しながら、山と山との谷道を一目散に進んで行く。 (大正一二・二・九旧一一・一二・二四松村真澄録) |
|
283 (2570) |
霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 23 盲動 | 第二三章盲動〔一三五九〕 一しきり雨が降るかと思へば、又一しきり晴れわたる秋の時雨の季節を現はした八衢の関所に、文助はロハ台に腰打ちかけて、此関門を通る数多の精霊の審判を、胸を轟かせながら聞いてゐた。そこへやつて来たのは、顔に白粉をベツタリとつけた、高慢さうな面付をした婆アである。文助は不思議な奴が出て来たものだなア、さぞ彼奴の審判は面白いだらうと、稍興味を以て待つてゐた。これは肉体のある精霊とみえて、稍俯いてヒヨロリヒヨロリとやつて来る。関所の門にトンと突き当り、額を打ち、 婆(高姫)『アイタタ、こんな所に、断りもなく赤門を拵へ、通行人の頭を打たすとは以ての外だ。日の出神の義理天上さまがお通り遊ばすのに、何と云ふ不都合だ……ヤアお前はここの門番と見えるが、なぜ職務を大事に致さぬのかい。こんな怠惰な事をして居ると、日の出神が承知致しませぬぞや』 とエライ権幕である。文助は日の出神といふ声を聞いて、よくよく透しみれば高姫であつた。高姫は妖幻坊にかつ攫はれ、空中を翔り行く途中に於て、デカタン高原の或地点で妖幻坊に取放され、空中より砂つ原に顛落して気絶してゐた。其間に精霊が此処へ迷うて来たのである。されど高姫は自分が正気を失つた事も、霊界へ来てゐることも少しも気がつかず、依然として現界を歩いてゐるやうな心持であつた。赤色の守衛は大喝一声、 赤の守衛『高姫、暫く待て、取調べることがある』 と呶鳴りつけた。 高姫『ヘン門番の分際として、義理天上日の出神様を取調べるとは片腹痛いワ。それよりも此方から取調べにやならぬ事がある。三五教の三羽烏の一人、時置師の神様を何処へ隠したか。サ、キツパリと白状しなさい。グヅグヅ致すと、天の八衢はまだおろか、地獄の釜のドン底へ堕しますぞや』 赤の守衛『其方はデカタン高原に於て、妖幻坊といふ悪魔のために空中から取落され、気絶を致して此処へやつて来た亡者であるぞ。最早此処へ来れば冥土の規則に従はねばならぬ。これから其方の罪状を調べるに依つて、包まず隠さず申開きを致したがよからうぞ』 高姫『オホホホホ、あのマア鹿爪らしい顔わいの、一石の米が百両するやうな、其しやつ面は何だい、お前も余程此頃は生活難に襲はれて、会計が辛いと見える。日の出神の義理天上さまに従うて来れば、此世の中に不景気もなければ心配もいりませぬ。三千世界の救ひ主、日の出神の生宮高姫さまで厶るぞや。さてもさても、世の中に可哀相な人民が沢山あるものだなア。これだから一時も早く現界、幽界、神界の立直しを致さねば、五六七神政成就は致さぬと仰有るのだ。あああ、世界中の人民を助けねばならぬ日の出神様も、此高姫の肉宮も、並大抵ぢやありませぬワイな、ああ惟神霊幸倍坐世』 赤の守衛は、余りきつい高姫の脱線振に、取調べる訳にも行かず、又生死簿には死んでゐない、近き中に現界へ帰る奴だから、本真剣に調べる訳にも行かず、いい加減にあしらつて追ひ帰さむものと思ひながら、 赤の守衛『オイ、高姫、お前はここを何と心得てるか』 高姫『ヘン、釈迦に経を説くやうな事を云ふものぢやありませぬぞや。馬鹿にするにも程がある。此処は大門神社の一里許り手前ぢやないか。お前達は素盞嗚尊の厄雑神の眷属だらう。こんな所にしやちこ張つて居るよりも、此義理天上の肉宮の教を聞いて、一度大門開きの御用に立つたら何うだ。結構な事を聞かしてやるぞや』 文助は高姫の袖を引いて、 文助『モシモシ高姫さま、珍しい所でお目にかかりました。私は三五教の文助で厶いますよ』 高姫『ヤア、最前から怪体な男が居ると思うたら文助だな。ても扨ても淋しさうな面をして、こんな所に何をしてゐるのだい。サ、文助どん、高姫に跟いて厶れ。ウラナイ教の誠生粋を聞かして上げよう。こんな赤面や青瓢箪面が、何を知つてゐるものか。世の元の根本の根本の元を掴んだ、此高姫ぢやぞえ。途中から湧いた神や、学で知恵の出来た鼻高が、何うして誠の事が分るものか。……聞きたくば訪ねて厶れ。神が表に現はれて、義理天上日の出神、高宮姫命となつて、世界の事を何もかも説いて聞かすぞや。……こんな門番を致して居るやうな、途中の鼻高に、ヘン、神界の誠が分つてたまりますかい。サアサア文助どん、私に跟いて厶れ』 赤『高姫、まだ其方がここへ来るのはチツと早い。これから現界へ帰り、充分に狂態振りを発揮し、手も足も出なくなつてから始めて気がつくだらう。さうすれば三五教の尊い事や、素盞嗚尊様の御心が分るであらう。事務の妨げとなるから、トツトと此処を立ち去れ』 高姫『ヘン、赤さまは、私が居ると都合が悪いでせう。ハハア、ここは案に違はず、ヤツパリ三五教の門口だな。時置師の神様を、うまく引張り込みやがつたに違ない。挺でも棒でも動きは致さぬぞや。ササ早く時置師の神様を、此処へ出して下され』 赤の守衛『時置師の神様は、斎苑の館の総務をして厶るのだ。まだ現界にゐらつしやるから、此処へお越しになる筈がない。さてもさても分らぬ代物だなア』 高姫『ヘン、うまい事仰有いますワイ、ホホホホホ、流石は変性女子の悪の教を腹へ締め込みて居るとみえて、上手に嘘をつきますな。そんな事にチヨロまかされるやうな義理天上ぢや厶りませぬワイな、赤さま』 と目を細うして頤をしやくつて嘲弄する。 文助『モシ高姫さま、此処は冥土の八衢の関所ですよ。決して現界ぢやありませぬから、そんな事を言ふものぢやありませぬ。ササ、トツトと帰りなさい。そして三五教にお詫をして誠の魂に立帰り、改めて天国に昇れるやうに御願ひなさりませ』 高姫『ようマア、文助どん、しらばくれますね。お前も余程変性女子の霊が憑つたとみえますワイ。嘘は一つも言はれぬお道ですよ。嘘で固めた三五の道、オホホホホ、高姫誠に感心致しました。お前は目が悪いから、夢でも見て居るのだらう。チツと確りしなさらぬかいな』 と横面をピシヤピシヤと撲りつけた。文助は少しばかりムツとして、 文助『コリヤ高姫、これだけ事を分けて知らしてやるのに、まだお前は分らぬのか。なぜお役人さまの言葉を守つて帰りなさらぬのだ。皺だらけの面に白い物を塗つて、何だ。まるきり気違ひの所作ぢやないか』 高姫『ヘン、お構ひ御無用。これでも、トさまが可いと仰有るのだから、別にお前の様な盲共に見て貰はなくても宜しい。サ、之から奥へ踏み込んで、トさまにお目にかかり、厭でも応でもウラナイ教へ連れて帰らなおきませぬぞや。かう見えても、此高姫は今迄とは違ひますぞや。曲輪城の城主高宮彦の妻、高宮姫とは日の出神の生宮の事だ。そんな事を言はずに、一遍浮木の森の曲輪城まで私に従いて来てみなさい。いかなお前でも、あの御殿を見たら吃驚致すぞえ。神変不思議の曲輪の法によつて、中天高く飛行の術を習ひ覚えた此高姫、最早天下に恐るる者はチツともありませぬ。どうか其積りで交際つて下さいや』 と高姫は浮木の森の妖怪のばれた事はまだ気がついて居らぬらしい。斯かる処へ大きな獅子に乗つて驀地に天の一方から降つて来たのは、まがふ方なき杢助であつた。 高姫は此姿を見て大に喜び、 高姫『ホホホホホ、お手柄お手柄、杢助さま、お前は何うしてマア、それ程偉いお方になつたのだ。これほど猛悪な唐獅子を自由自在に使ふとは、ヤツパリ私の夫だな。コレ文助どん、アレ御覧、曲輪の法力によつて、あんな離れ業が出来るのだもの、ウラナイ教は偉いものでせう。三五教の奴に一人だつて、こんな事が出来ますか。初稚姫や治国別、言依別や東助に、杢助さまの、天晴武者振を見せてやりたいものだなア。エヘヘヘヘ、南無杢助大明神様』 と手を合はして拝む可笑しさ。杢助は獅子の背からヒラリと飛びおり、高姫には目もくれず、赤の守衛に向ひ、 杢助『御役目御苦労です。一寸伊吹戸主神様にお目にかかりたいと、三五教の杢助が申し入れたと伝へて下さい』 赤の守衛は幾度も腰を屈め、敬礼を表しながら走早に門内に入る。高姫は杢助の言葉に少し合点の行かぬ節があるとは思へども、ワザとあんな事を言つて居るのであらう、杢助さまは洒落が上手だから……と心の中にきめて了ひ、 高姫『コレ杢助さま、ええ加減に洒落ておきなさい。斎苑の館の東助に放り出され、アタ汚らはしい、三五教の杢助なんて、言ふものぢや厶りませぬぞや。サア、一緒に帰りませう』 杢助『高姫殿、お前さまは妖幻坊にチヨロまかされ、其悪魔を杢助だと思ひ詰め、随分狂態を演じてるやうだが、此杢助にはお前さまに会つて、ウラナイ教の話をした事もなし、又祠の森で面会した事もない。まして曲輪城などには足踏みも致して居らぬから、よく胸に手をおいて、真偽の判別を願ひたいものだ』 高姫『ホホホホホ、白々しい、杢さまの言ひ様、人の前だと思つて、そんな体裁を作るものぢやありませぬぞや。コレ高宮彦さま、そんな六ケしい顔せずに、ササ早く曲輪城へ帰りませう。コレ文助どん、何うだえ、高姫の三国一の婿といふのは、此杢助さまだぞえ。三羽烏の一人と聞えたる時置師神様、今はウラナイ教の大教主、曲輪城の城主様だ。サ、私に従いて厶れ。昔の厚誼で、キツと立派な役にして上げよう。小北山の受付位して居つてもはづみませぬぞや』 文助『あああ、困つた人だな、盲と気違と馬鹿位始末に了へぬものはないワ。私も、モツと高姫さまは偉い人だと思うて居つたに……現在八衢へ来てゐながら、執着心が深い為、ヤツパリ娑婆だと思うてるらしい。ああ気の毒なものだなア』 と呟く。高姫は耳敏く之を聞き取つて、 高姫『ヘン、気違だの、馬鹿だのとよう仰有いますワイ。オホホホホ、日の出神の心の鏡にお前の迷妄暗愚な魂が写つたのだよ。……人の事だと思うてゐると皆吾事であるぞよ。今の人民は皆盲聾ばかりであるぞよ。日の出神が現はれて、夜の守護の世の中を日の出の守護に致し、五六七の世が参りたならば、盲も目があき、聾も耳が聞えるやうになるぞよ……と変性男子の筆先にも現はれてゐませうがな。日の出神の真似の筆先にもチヤンと出てますよ。……コレ杢助さま、エエ加減にとぼけておかんせいな』 かかる所へ赤の守衛は恭しく杢助の前に現はれ、 赤の守衛『三五教の杢助様、伊吹戸主神様が、早速お目にかからうと仰有います。サ、私に従いてお越し下さいませ』 杢助『ハイ有難う厶います。此ライオンは暫く御預りを願ひます』 赤の守衛『ハイ宜しう厶います。叮嚀に保護致します。コレ白さま、お前さま此処に守つてゐて下さい。……サア杢助様、かうお出でなさいませ』 と先に立つて行かうとする。杢助も後に従ひ門を潜りかけた。高姫は袖にすがり、金切声を出して、涙交りに、 高姫『コレ杢助さま、余りぢや厶んせぬか。ここは三五教の奴等の集まる場所、なぜあれ程固い約束をしながら、今となつて変心をなさるのだえ。義理天上日の出神は恐れませぬか』 杢助『高姫さま、拙者は拙者の権利を以て、伊吹戸主様にお目にかかるのだ。貴女は之からお帰りなさい』 と行かうとする。高姫は袖に喰ひついて放さず、 高姫『イエイエ何と仰有つても、此高姫の目の黒い中は、一足たりとも、三五教の門は潜らせませぬぞや。アンアンアンアンアン、男の心と秋の空、変ると言うても余りだ。エーエ残念や残念や、クク口惜しい』 杢助『アハハハ、何と、面白い芝居を見せて貰うたものだ。ああ文助殿、拙者の後へついて厶れ』 と言ひながら、ポンと蹴れば、高姫は思はず裾を放し、二つ三つコロコロコロと街道に毬の如く転げて、其終点でパツと大の字に拡がり倒れて了つた。 杢助、文助は門をガタリと締めて、奥庭へ姿を隠した。高姫は大の字になつて、手足を動かせながら、 高姫『此女は、元を糺せば、変性男子の体をかつて、生れ出でたる常世姫命の再来、高宮姫。若い時から、男女と綽名を取つたヤンチヤ娘、一度は東助さまと夫婦になり、子までなしたる仲なれど、余り東助の心が無情冷酷なるが故、斎苑の館でキツパリ暇をくれて、祠の森に立帰り、杢助さまと夫婦となり、今は浮木の森に曲輪城を築き、高宮姫と名を改めてウラナイ教の神柱、先をみてゐて下されよ』 と大音声に呼ばはつてゐる。八衢へ来る精霊は此声を聞きつけ、各歩を急ぎバラバラと駆けつけた。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五松村真澄録) |
|
284 (2573) |
霊界物語 | 52_卯_小北山の文助の改心物語 | 26 姑根性 | 第二六章姑根性〔一三六二〕 次に呼び出されたのはお年であつた。 赤『お前は文助の娘お年であつたなア』 お年『ハイ、左様で厶います』 赤の守衛『いつ霊界へ来たのか』 お年『ハイ、三つの年に現界を去り、八衢の世界に於て今日まで成長して参りました』 赤の守衛『其処に居るのはお前の弟か』 お年『左様で厶います。両人とも萱野ケ原で淋しい生活を続けて居りました』 赤の守衛『お前等姉弟は親の罪によつて、天国に往くべき所を長らく修業を致したのだから、これから直に天国にやつてやらう。最早審判廷に往く必要もない。暫く待つて居るがよい』 と云ひ放ち白に目配せした。白は直に門内に駆け込んだ。暫くして得も云はれぬ麗しい天男天女が、琵琶や胡弓や縦笛等をもつて、どこからともなく現はれ来り、両人に麗しき衣類を与へ、不思議なる霊光に二人をパツと包み、微妙の音楽を奏しながら東をさして雲に乗り、光となつて立ち去つて仕舞つた。二人の守衛は其姿を見送つて合掌し、喜びの色を顔に浮べて居る。 赤『いつもかふいふ精霊ばかりがやつて来ると気分がよいのだがなア。高姫のやうな死損ひの阿婆摺れ女がやつて来ては、サツパリ関所守も手古摺らざるを得ないワ。それに又お艶に呆助、極端のデレ助だから恋の奴となり果て、正邪理非の弁別も殆どつかない迄に恋愛に心酔して居るのだから、伊吹戸主神様もさぞお困りなさる事だらうなア』 白の守衛『本当に困つたものですなア。サアこれから又、ボツボツ調べねばなりますまい』 と云ひながら、白は一番近くに居つた婆の手を引いて赤の前に立たせた。 赤の守衛『お前は柊村のお照ぢやないか、どうして此処へ来たのだ』 お照『ハイよう聞いて下さいませ。私には天にも地にも只一人の息子が厶います。その息子は孝助と云うて、ほんとうに孝行して呉れました。若い時夫に離れ、長い間後家を立て通し、這へば立て、立てば歩めと親心、寝ても起きても忘れた暇はなく、一つ咳をしても肺病になつたのぢやないかと思ひ、寝息が荒くても心臓病ぢやないかと、それはそれはえらい心配して漸く成人させ、優しい女房をもたせて老後を楽しまうと思うて居ました。処が、私の姪にあたるものにお清と云ふ娘がありましたので、それと娶はせました所、二三日の間は夫婦共大切にして呉れましたが、それから後と云ふものは孝助の心がすつかり変り、一にもお清、二にもお清と申して、お母さま其処に居るかとも云うて呉れませぬ。そして夜になるとこの老人を別に寝かせ、自分等二人が抱き合つてグツスリ寝て居るぢやありませぬか。自分の大事の息子をお清に取られる位なら、女房に貰ふぢやなかつたにと悔んでも最早追付きませぬ。そこで息子の孝助に、親の気に入らぬ女房はトツトと追ひ出せと申した所、孝助の云ひますのには「今迄は親の云ふ事は何でも聞きましたが、お清は私の女房でお前さまの女房ぢやないから構はいでもよろしい。老いては子に従へと云ふ事がある。お前はおとなしうして遊んで居れば、私等夫婦が働いてお前さまを養ひます」と云うて憎い憎い嫁を追ひ出さうとも申しませぬ。私が懐に抱いて育てた孝助をお清に自由にされて、どうして私の顔が立ちますか。御推量なさつて下さいませ、アンアンアン』 赤の守衛『ハテ、困つたものだなア』 お照『本当に困つたもので厶いませう。併しながら私の息子に限つて、あんな不孝な者ぢや厶いませなんだが、何分嫁が悪い奴で厶いますから、何彼と悪い知恵をつけますので、一人しかないこの親に不孝を致します。それが残念さに裏の柿の木で首を吊つてやりました。さうした所、死にまんが悪いと見えて、矢張りこんな所へ迷うて参りました。死にたうても死なれもせず、本当に因果な婆で厶います、オンオンオン』 赤の守衛『お前の息子夫婦が不孝したと云ふのは、一体何ういふ事をしたのだ』 お照『ハイ、親の気に入らぬ事ばかり致します。お清が来てからと云ふものは、些も私と寝て呉れませぬ。それが腹が立つて耐りませぬ。親の気に入らぬ事をするのは不孝ぢや厶いませぬか』 赤の守衛『そりや夫婦同衾するのは当然ぢやないか。何でそれが不孝に当るのぢや。お前は姑根性を起して法界悋気をして居るのだらう』 お照『滅相な、なんでそんな事を致しませう。私は孝助の身の上を案じ、夜分も寝ずに孝助夫婦の身の上を考へて居りますれば、お清の奴、大事の大事の息子をハアハア云ふ目に遇はせ、虐待めて泣かしますので腹が立つて耐りませぬ。どうしてあんな事を親が見て居られませうか、御推量下さいませ。私のやうな不仕合せなものはありませぬ。夫には早く別れ、一人の子に粗末にされ、嫁には情なく当られ、どうして生きて居られませうかいなア、アンアンアン』 赤の守衛は口をへの字に結んだきり、横に長い帳面を開いて見てニタリと笑ひ、 赤の守衛『これこれお照、お前は随分嫁をイヂつたなア』 お照『ハイ、イヂりました。向ふの出やうが出やうで厶いますもの、姑婆の針いぢりと申して、あまり腹が立つと、木綿針で嫁の尻をチヨイチヨイと突いてやりました。併し、これは姑の針いぢりと昔から諺にも残つて居る所で厶います。些と痛い目に遇はして躾をせねば家のためになりませぬから』 赤の守衛『その方は随分悪党な婆だ。息子が女房と親密に暮して居るのが腹が立つと見えるな』 お照『些とは腹も立ちませうかい。お前さまだつて姑の身分になつて御覧なさい。お前さまは役人とみえるが、チツとは老人の贔屓もして、嫁を叱つて下さつたら好かりさうなものだがなア』 赤の守衛『嫁には些も悪い事はない、お前と息子が悪い、これから一つ成敗をしてやらう』 お照『滅相な、私の息子に限つて悪いことは塵程も致した覚えは厶りませぬ。又このお照も、若い時から貞節を守り、夫の目を盗んで男を拵へたやうな事もなし、よく調べて下さいませ』 赤の守衛『お前はお清が朝寝をしたと申して、お清を庭の土間に坐らせ、戸棚からありたけの瀬戸物を出し、一口小言を云つては庭に打ちつけ、又一言云つては打ちつけ、終には土瓶、燗徳利、火鉢迄なげつけてメチヤメチヤに毀したぢやないか。お清が土間に頭を下げて謝つて居るのに、なぜ左様な乱暴を致したか』 お照『ハイ、何と云つても自分の家の宝ですから割りたくはありませぬ。初めの間は欠けた茶碗や、ニウの入つた手塩皿を投げつけたのです。その時気の利いた嫁なら私の手に取りついて「お母さま待つて下さい」と泣いて留める所ですのに、あのお清は家を思はぬ馬鹿な女ですから一つも留めはせず、謝つてばかり居るので、惜しいて叶はぬあの瀬戸物を、つひ行きがかり上、壊して仕舞つたのです。本当に惜しい事で厶いました。決してこの婆が壊したのぢやありませぬ、お清の奴がむかつかしたのが原動力となつて、つひあんな事が出来たので厶います。本当に心得の悪い女で厶います。私を諫める事はしないで、おしまひには、錦手の立派な鉢まで持つて来て、お母さま、序にこれも割つて呉れと申しますので、エ、割つてやらうかと思ひましたが、余り惜しいので上等品だけは残して置きました。そして首を吊る時に考へたのは、こんな瀬戸物やお金まで残して死んでも、皆あんな憎らしい嫁のものになるのが惜しいから、紙幣は皆燃やして仕舞ひ、瀬戸物は皆割つて了つてやらうと思ひましたが、何としても可愛い孝助が、困るだらうと思うて、割らずと置きました。お金も臍繰が五百両ばかりありましたが、この金には書き残して置きました。「このお金は孝助が使ふべきもの、お清は手を触れる事も出来ない、これをお清が使ふと化けて出る」と書いておきましたから、何ぼ悪党な嫁でも、こればかりはよう使ひきりますまい、オンオンオン』 赤の守衛『何とまア、業の深い婆だなア。貴様のやうな悪垂れ婆はキツと地獄行きだらう。さア、キリキリとこの門を潜れ』 お照『お前さまの様な没分暁漢に云つた所で、老人の精神は分りますまい。さア、これから出る所へ出て、嫁の悪事を訴へ仇を討たねば置きませぬわいなア、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、ああ腰の痛い事だ。ここは何と云ふお役所だか知らないが、こんな若いお役人が何を知るものか、一日でも先に生れたら世の中のお師匠さまだ。どれどれちと分る人に会うて、この訳を聞いて貰はう。これ赤白の若い衆、偉いお邪魔を致しました。皆さま、お先イ、左様なら』 と藜の杖をついて海老のやうに腰を曲げ、禿げた頭にお定目ばかりの髪を後に束ね、エチエチと門内さして進み入る。 次に引き出されたのは、腕に入墨をした荒くれ男であつた。 赤の守衛『其方のネームは何と申すか』 男(弁造)『ハイ俺ア、鳶の弁造と云つて世の中に些は男を売つたものでござんす。如何なる揉め事が起つても、此弁造さまが真裸となり、捻鉢巻をグツと締め「まつたまつた」とやつたが最後、鶴の一声、何でも彼でも水をうつた如く、一度に納まると云ふ男達でござんす。一体此処は何と云ふ所で厶んすか。ヘン、お前さま等にメモアルを調べらるると云ふのは根つから葉つから腑に落ちませぬワイ』 赤の守衛『此処は八衢の関所だ。随分お前も現世に於て乱暴な事をやつて来た奴だから、この衡にかかれ。さうして地獄行きの方が下れば地獄行き、天国行きの方が下れば天国にやつてやらう』 弁造『ヤア、有難テエ、地獄の釜のどん底でもビクとも致さぬ某、根が侠客渡世兼鳶の親分だから、地獄行きが俺の性に合つて居るでせう。どうか衡なんか面倒くせえ事をせずに、すぐ地獄にやつて下せえな、天国なんか性に合はない、地獄には定めし喧嘩もあるであらう、又火事もあるであらう。其時は鳶の弁造が真裸となつて飛び込み仲裁をし、甘い酒でも飲むに便利がいい。喧嘩鳶の、グヅ鳶の、グレン鳶と云はれて来た、チヤキチヤキの兄イだ』 と胡坐をかき、侠客気分を極端に発揮して居る。 赤の守衛『兎も角霊界の規則だから、この衡に乗つて呉れ、サア早く』 とせき立てる。 弁造『よし、幡随院長兵衛は柳の爼の上に坐つて、白鞘組から生きながら料理をされた例もある。俺達は其幡随院を理想とするものだ。何でも構はぬ乗つてやらう。些と位好い事があつても、決して天国へやつてはいけないぞ』 と業託を云ひながら衡にかかつた。衡は両方、水平になつて、地獄の方も指さず、天国の方も指さず、じつとして居る。 赤の守衛『ハハこいつは比較的善人だ。口で悪垂れを吐くが、善が半分、悪が半分、マアマアこれなら今日の娑婆では上等の部だ。オイ弁造、気の毒ながら其方の望む地獄にやる事は出来ぬ。さりとて天国にもやられず八衢人足だ。まづ暫し中有界で修業を致したがよからう。決して地獄行きなどを望むぢやないぞ。其方は審判の必要がない。これから西北の方をさして勝手に行け。又其方相当の相棒が待つて居るであらう』 弁造は梟鳥が夜食に外れたやうな詰らぬ顔をして、 弁造『エエ中有界なんて気がきかない、なぜ俺を地獄にやらないのかなア』 と呟きながらノソリノソリと両腕を振り荒野をさして進み行く。 それから沢山の精霊は一々ネームを訊ねられ、メモアルを繰られ、或は天国へ、或は中有界へ、又は地獄へと各其所主の愛に依つて審かれて行く。 (大正一二・二・一〇旧一一・一二・二五加藤明子録) |
|
285 (2591) |
霊界物語 | 53_辰_ビクの国1(ヒルナ姫とカルナ姫) | 14 女の力 | 第一四章女の力〔一三七七〕 久米彦将軍は、不性不精ながらもカルナ姫を吾事務室に引入れ、葡萄酒を出して互につぎ交し、軍旅の憂さを慰めて居る。総て陣中は女の影無きをもつて、如何なるお多福と雖も、女と云へば軍人は喉を鳴らし、唯一の慰安として尊重するものである。久米彦はヒルナ姫と見較べてこのカルナがどこともなく劣つて居るやうに思ひ、何だか鬼春別に負を取つたやうな心持がして、女の争奪に抜剣迄して大騒ぎをやつて居たが、事務室に帰つて来て二人差向ひ、互に意見を語り合つて見ると、贔屓か知らねども別にヒルナ姫と何処が一つ劣つたやうにも見えない、否却て優みがあり品格が備はり、どこともなく優れて居るやうに思はれて来た。久米彦は現になつて穴のあく程カルナの優しき顔を凝視め笑壺に入つて居る。 カルナ姫『もし将軍様、不思議な御縁で貴方のお傍にお仕へするようになりましたのは、全く神様のお引き合せで厶いませうねえ』 久米彦『ウン、さうだなア、お前のやうな愛らしいナイスとこんな関係になるとは、遉の俺も夢にも思はなかつたよ。実にお前は平和の女神だ、唯一の慰安者だ。否々唯一の救世主だ。益良雄の心を生かし輝かし、英雄をして益々英雄ならしむるものは、矢張女性の力だ』 カルナ姫『何と云つても女は気の弱いもので厶います。どうしても男には隷属すべきものですなア。何程恋愛神聖論をまくし立てて居つても、男の力にはやつぱり女は一歩を譲らなくてはなりませぬわ。併し乍ら女は男子に服従すべきものだと云つても程度の問題で厶いまして、理想の合はない男に添ふのは生涯の不幸で厶いますからな、どうかして自分の意志とピツタリ合つた男と添ひたいものと、現代の女は挙つて希望致して居ります』 久米彦『如何にも其方の云ふ通りだ。男のデヴアイン・イドムは女のデヴアイン・ラブに和合し、女の聖愛は男の聖智と和合した夫婦でなければ、真の夫婦とは云へないものだ』 カルナ姫『左様で厶います。意志投合した夫婦位世の中に愉快なものは厶いませぬなア。時に将軍様は戦争がお好きで厶いますか』 久米彦『イヤ戦争の如き殺伐なものは心の底から好かないのだ』 カルナ姫『それならお尋ね致しますが、将軍様は何故心にない軍人におなり遊ばしたので厶います。其点が妾には些とも合点が参りませぬわ』 久米彦『イヤ実は拙者もバラモン教の宣伝将軍で、神の仁慈の教を説くものだ。此度大黒主様の命令によつて、止むを得ず出陣致したのだ。実に軍人なんぞはつまらないものだよ』 カルナ姫『貴方は今宣伝使だつたと仰せられましたねえ』 久米彦『ウン其通りだ』 カルナ姫『それなら貴方は人を助けるのをもつて唯一の天職と遊ばすのでせうねえ』 久米彦『それや其通りだ。斯うして戦争を致すのも決して民を苦しむるためではない、天国浄土を地上に建設せむためだ』 カルナ姫『それでも貴方の率ゆる軍隊は民家を焼き人を殺戮し、ビクトリヤ城迄も滅し、王様を虜となさつたではありませぬか。ミロクの世を建設する所か、妾の浅き考へより見れば貴方は破壊者としか見えませぬがなア』 久米彦『アハハハ、建設のための破壊だ。破壊のための破壊ではない。そこをよく考へねば英雄の心事は分らないよ』 カルナ姫『貴方のお言葉が果して真ならば、ビクトリヤ城を一旦破壊されたる上は又建設なさるのでせうなア』 久米彦『尤もだ、直様建設を試み、国民を塗炭の苦しみより救ひ、至治泰平の世を来たす考へだ』 カルナ姫『そんなら貴方は、ビクトリヤ城の刹帝利や従臣などを捕虜になさつたさうですが、戦ひが治まつた以上は屹度解放なさるでせうなア』 久米彦『勿論の事だ。併し乍ら刹帝利其他の従臣を生かして置けば、又もや何時復讐戦を致すやら知れないから、気の毒乍ら王を遠島に送るか、末代牢獄に放り込むか致さねばなるまい、これも天下万民の為だ』 カルナ姫はハツと驚いたやうな振りをしてウンと仰向けに倒れて仕舞つた。久米彦は驚いて抱き起し顔に水を注いだり、耳許に口をよせて、オーイオーイと呼びかけて居る。カルナ姫は故意と息の止まつて居るやうな振を装ひ、暫くして目を開き四辺をキヨロキヨロ見廻し乍ら、 カルナ姫『アア偉い夢を見て居りました。貴方は久米彦将軍様、ようマア無事で居て下さいました。妾は本当に怖い夢を見たのですよ』 久米彦はこの言葉が何だか気にかかり、言葉急はしくカルナに向ひ、 久米彦『ああカルナ姫、お前は気絶して居たのだよ。まアまア結構々々、併し乍ら怖い夢を見たとはどんな夢だつた、一つ聞かして呉れないか』 カルナ姫『ハイ、申上げ度きは山々なれど、夢の事で厶いますから、お気を悪くしてはなりませぬから、これ計りは申上げますまい』 久米彦『これカルナ姫、さうじらすものではない。何でも構はないから云つて見よ』 カルナ姫『キツトお気にさへて下さいますなや、夢で厶いますからな』 久米彦『エエどうしてどうして夢なんかを気にさへるやうな馬鹿があるか、早く云つて見よ』 カルナ姫『そんなら申上げます、妾が気絶致しましてから随分時間が経つたでせうなア』 久米彦『何、今お前が卒倒したので直様、水をかけて介抱したのだ。先づ二分か三分間位のものだよ』 カルナ姫『そんな道理は厶いますまい、妾は少くとも、五六時間はかかつたやうに思ひます』 久米彦『それやお前、気絶してお前の精霊が霊界に行つたのだらう。霊界は想念の世界だから、延長の作用によつて五六時間だつたと思うたのだらう。実際は二三分間だ。サア早う云つて見やれ』 カルナ姫『妾は何処ともなく雑草の原野を唯一人トボトボ参りました。さうすると天の八衢と云ふ関所が厶いまして、そこには白い顔をした守衛と、赤い顔をした守衛とが厳然として目を光らして居りました。そこへ不思議な事には鬼春別様、貴方様の御両人が軍服厳めしくお越しになり、八衢の門を潜らうとなさつた時に、赤の守衛は「暫く待て」と呼止めました。さうすると両将軍は立ち止まり、「拙者はバラモン軍の統率者、鬼春別将軍だ、久米彦将軍だ」と、夫は夫は偉い元気で仰せになりました。さうする中に牛頭馬頭の沢山の冥官が現はれ来り、貴方方を高手小手に縛め一々罪悪の調を致しました。妾は其傍で慄ひ慄ひ聞いて居ると、先づ貴方様から訊問が始まりました。貴方も随分女を弄びなさいましたなア。さうして斎苑の館へ進軍なさつた事や、ビクトリヤ王を軍隊を向けて捕虜となし苦めたことや、数多の従臣を縛り上げ苦しめた事や、民家を焼き、且つ人を殺しなさつた事が調べ上げられましたよ。貴方は一々「其通りで厶います」と、大地に頭を下げ詫び入つて居られました。怖ろしい顔をした冥官は、節だらけの鞭をもつて頭部、面部、臀部の嫌ひなく、打ち据ゑます、貴方は、悲鳴をあげて叫んで居られます。それはそれは何とも云はれない惨酷い目に遇はされて居ましたよ。それから衡にかけられ、愈地獄行と定つた時の貴方の失望したお顔、私は見るも御気の毒に存じました。さうすると白の守衛が仲に入つて、「この男は今迄罪悪を犯して来たけれど、肉体はまだ現界に居るのだから、今地獄に堕す訳には往かぬ。命数つきて霊界に来るまで待つがよい」との事で厶いました。そこで貴方は非常に冥官に向つてお詫なさいました。そして其条件は「ビクトリヤ王をお助け申し、其他の従臣を解放し、刹帝利様を元の王位に据ゑ、自分はビクトリヤ王の忠良なる臣下として仕へますから」と仰有いましたら、冥官は忽ち顔を柔げ、「汝果して改心致すならば、今度来る時地獄往きを赦して、花咲き実る天国に遣はす程に、もしこの約に背いたならば剣の地獄に落すぞよ」と、夫は夫は厳しい云ひ渡しで厶いました。私は身も世もあられぬ思ひで慄ひ戦いて居ると、どこともなしに貴方の声が遠い遠い方から聞えて来たと思つたら目が醒めました。やつぱり夢で厶いました。何と不思議な夢では厶いませぬか』 久米彦『何と不思議な事を云ふぢやないか、自分の精霊は何時の間にか八衢に往つて居たと見える。いやそれが事実かも知れない、困つた事ぢやなア』 カルナ姫『どうぞ気にして下さいますな、夢の事で厶いますからな、併しあんな事が本当なら最愛の夫の身の上、悲しい事で厶います』 と目に袖を当て差俯向いて泣き出した。久米彦は双手を組み深い息を洩らし思案に暮れて居る。カルナは心中に仕済ましたりと喜びながら左あらぬ態に、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は大層お顔の色が悪くなつたぢや厶いませぬか、妾の夢の中で見たお顔とそつくりで厶います。仕様もない夢の事を申上まして、御気分を悪くしてどうも相済みませぬ。お許し下さいませ』 と又もや泣声になる。 久米彦『イヤ俺も些と考へなくちやならぬ。お前の夢はきつと正夢だ。あまり勢に乗じて、部下の奴が余り乱暴をやり過ぎたと見える。併し部下の罪悪は将軍の責任だ。罪は将軍が負はねばならぬ。困つた事ぢやなア』 カルナはどこ迄も気を引くつもりで、 カルナ姫『もし将軍様、貴方は堂々たる三軍の指揮者、かやうな夢問題に御心配なさるには及びますまい、将軍は職責として或場合には民家を焼き、人を殺し、城を屠るのは止むを得ないぢや厶いませぬか。こんな事に心配しておいでなさつては、将軍として役目が勤まりますまい』 久米彦『お前は夢を見てから俄に鼻息が荒くなつたぢやないか、妙だなア。俺はお前の話を聞いて俄に未来が怖ろしくなつた。これや一つ考へねばなるまい、併し乍ら吾頭の上には鬼春別将軍が控へて居る。何程久米彦が善に立ちかへり、刹帝利を助けむと致しても、上官が首を横に振つたが最後、到底駄目だ。ああ引くに引かれぬ板挟みとなつた。どうしたら此解決がつくだらうかなア』 と又もや思案に沈む。 カルナ姫『貴方さう御心配には及ばぬぢや厶いませぬか、御決心さへ定まればその位の事は何でも厶いますまい。鬼春別様は妾の主人を妻に持つて居られますから、妾よりヒルナ様に申上げ、ヒルナ様より将軍様に申上げるようにすれば、比較的この問題は解決が早いでせう。それより外方法は厶いますまいなア』 と心配さうに故意と首を傾ける。 久米彦『遉はカルナ姫だ。よい所に気がついた。そんならこの問題は其方に一任する事にしようかなア。併し乍ら拙者は鬼春別将軍と何処ともなしに意志が疎隔して居る最中だから、何程ヒルナ様の諫言と雖も容易に聞くまい。ああ心配な事が出来て来たものだなア』 カルナは久米彦の顔を見て、稍嬉し気に打笑ひ、 カルナ姫『アア貴方のお顔は俄に輝いて来ました。何とまアよいお顔だこと、やつぱり貴方の霊に光が顕れて来たので厶いますなア。人間の顔は心の索引だと云ひますから、心に悪心あれば悪相を生じ、善心あれば、善美の相を現ずるものだと聞きましたが、今貴方のお顔の変相によつて、的確に聖哲の言葉を認識致しました。ああ益々麗しきお顔になられますよ。ああどうして妾はかかる尊い美しい夫に添うたのだらうか、盤古神王様、大自在天様、有難う存じます。何卒妾等夫婦を貴神の鎮まります高天原に、霊肉共にお助け下さいまして、現世も未来も、久米彦様と睦じく暮せますやう偏にお願ひ申上げます』 と誠しやかに祈願する。久米彦将軍はすつかりカルナ姫の容色と弁舌に巻込まれ、最早何事もカルナ姫の言とあれば、利害得失を考へず、正邪の区別も弁へず、喜んで聴従するやうになつて来た。実に女の魔力と云ふものは怖るべきものである。武骨一片のバラモンの名将軍も、美人の一瞥に会つては実に一耐りもなく参つて仕舞うたのである。ああ男子たるものは心を潜めて、女に注意せなくてはならぬものである。女は俗に魔物と云ふ、金城鉄壁をただ片頬の靨に覆へし、柳の眉、鈴の眼に田畑を呑み、家倉を跳ね飛ばし、男の命を取り、さしもに威儀堂々たる将軍を初め、数千の軍隊の必死の努力も、容易にメチヤメチヤに壊すものである。世の青年諸氏よ、敬愛なる大本の信徒よ、此物語を読んでよく顧み、虚偽的恋愛に身心を蘯かし、一生を誤る事なきやう注意されむ事を望む次第である。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・二・一三旧一一・一二・二八於教主殿加藤明子録) |
|
286 (2604) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 01 子宝 | 第一章子宝〔一三八七〕 叛将ベルツに荒されし見るかげもなきビクトリヤ 王の住家は漸くに治国別の宣伝使 其一行に助けられ九死の中に一生を 得たる心地の初夏の空塵も芥も根底より 吹き払はれて太平の再び御代となりにけり ヒルナの姫は復元の位に居直り忠実に アーチヂュークに仕へつつ神を斎りて城内は 云ふも更なり国中もいと安らけく平けく 治まりしこそ芽出たけれ。 叛将のベルツ及シエール其外の一派は国法に従ひ、反逆罪として重刑に処すべき所なりしが、治国別、松彦、竜彦、万公の斡旋に仍り、大赦を行ひ、両人は百箇日の閉門申付けられ、門口は四人の守衛をして厳重に守らしむる事となつた。 刹帝利(太公)は追々老齢に及び、世が治まるにつけて、前途の事を思ひ出し、嗣子の一人も無きに胸を痛めて居た。ビクトリヤ王はアーチ・ダッチェス(太公妃)との間に五男一女があつた。アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ女といふ子供があつたが、王は或夜の夢に……五人の男の子が自分を放逐し、ビクの国を五分して各覇を利かし、国内を紊した……といふ恐ろしい夢を見たので、ビクトリヤ姫に向ひ、深夜ソツと五人の実子を殺さむ事を謀つた。そして……今度腹にある子が男であつたならば、それも殺して了ふ、もし女であつたならば助けよう……とまで言つた。ビクトリヤ姫は之を聞いて大に驚きつつも、ワザと素知らぬ顔をして、……何程諫めても言ひ出したら後に引かぬ気象のビクトリヤ王は、到底五人の子を助けることはせまい、そして又自分の腹に出来た子が男であつたら如何しようか……と大変に心配をしてゐた。併し乍らワザと素知らぬ顔をして、胸に万斛の涙を湛へてゐた。それからソツと五人の男の子に父の決心を囁き、……一時も早く身を以て遁れよ……と命じたのである。五人の兄弟は大に驚いて、ビクトリヤ姫よりいろいろの物を与へられ、夜に乗じて、城内を抜け出でビクトル山の峰続き、照国ケ岳の山谷に穴を穿ち難を避け、猟師となつて生命を保つてゐたのである。ビクトリヤ姫は月盈ちて生み落した、慌て調べて見れば女の子であつた。ヤツと安心して、ダイヤといふ名を付けた。ダイヤ姫は七才になつた時、母に向つて、自分の兄弟のない事を歎いた。そこでビクトリヤ姫は五人の兄があつて照国ケ岳に猟師となり隠れて居ることをソツと物語つた。ダイヤ姫は之を聞くより五人の兄に会ひたくて仕方がなく、十歳になりし折夜秘に城を脱け出し、繊弱き足に峰をつたつて、照国ケ岳の谷間に漸く辿り着いた。行つて見れば、可なり大きな土窟があつて、獣の皮等が干してあつた。兄の四人は猟夫に出て不在であつたが、五人目の兄オークスが一人番をしてゐた。発覚を恐れて、如何なる人間も此処へ来た者は、一人も、打殺して帰さない事に五人は定めてゐたのである。そこへダイヤがヘトヘトになつてやつて来たので、オークスは目をギヨロつかせ乍ら、 オークス『お前は何処から来た者だ』 と尋ねた。ダイヤは涙を拭き乍ら、 ダイヤ『ハイ、私はビクトリヤ王の娘ダイヤと申します。お母さまに承はれば、……父上に秘密で、十年許り前から、此照国山に五人の兄さまが猟師をして隠れてゐられる。お父さまも年よりだから国替をしられたら帰つて来い……と云つて隠してあると仰有いましたので、私は兄さまに会ひたくて会ひたくて仕方がありませぬので、両親に隠れて尋ねて参りました』 と云つて、ワツと許りに泣き伏した。オークスはよくよくダイヤの顔を調べてみると、どこともなしに自分の兄に似た所がある、又母にも似てゐる。併し乍ら四人の兄が帰つて来たら何と云ふであらうか、仮令親兄弟と雖も命を取ると定めた以上は、此可憐な妹を殺しはしようまいか……と大変に心配をし、声を曇らせ乍ら、 オークス『お前は如何にも妹に間違ひはない、よう来てくれた。頑固一片の父王は夢を見たと云つて、吾々五人の兄弟を殺さうとなさつたのだ。それを母の情けに仍つて命丈を保つてゐるのだが、お父さまはまだ達者にしてゐられるかな』 と尋ねて見た。ダイヤは涙乍ら、 ダイヤ『ハイ、お父さまは極めて御達者で厶います。そしてお母さまは私の七つの年に兄さま達の事が苦になつて、それが元で病気にかかり、亡くなつて了はれました。跡へヒルナ姫といふ小間使がお父さまの妃となつて、今年で一年になります。私はお母さまは亡くなる、兄さまはゐられないし、城内に居る気がしませぬので、お後を慕うて参りました。モウ城内へは帰りたくありませぬから、何卒此処に何時迄もおいて下さいませ』 と両手を合せて、涙と共に頼み入る。 オークス『ああそれはよう尋ねて来てくれた。併し乍ら兄が帰る迄、お前は此葛籠の中へ隠れてゐてくれ、そして兄の腹を聞いた上、若も助けるというたら、公然と兄妹の名乗をさすなり、叩き殺すといつたら、気の毒乍らお前を此葛籠に入れておいて、兄の行つた後で、何ツ処へ送つてやるから……』 ダイヤ『何分宜しく頼みます、兄さまに会うて殺されても満足で厶います』 と唏嘘泣く。 オークス『モウ兄貴の帰る時分だから、サ、之へ入つてくれ』 と葛籠の中へダイヤを入れて素知らぬ顔をしてゐた。そこへ兄のアール、イース、ウエルス、エリナンの四人が兎や狸を捕獲してイソイソと帰つて来た。オークスは出で迎へ、 オークス『兄さま、今日は大変早う厶いましたな』 アール『ウン、此通り兎と狸が都合好く取れたので、今日は何だか気が急いて、お前の身に異状が出来たやうな気がしてならないので、急いで帰つて来たのだ』 と云ひ乍ら、足装束を了ひ、広い穴の中へ這入つて腰を下ろした。 アール『俺の不在中に変つた事はなかつたかなア、どうも気が急いて仕方がなかつたのだ』 オークス『ああさうで厶いましたか、実の処は妹が尋ねて来ました。けれ共吾々の規約に従つて叩き殺さうと思うたが、余り不愍なので、化者の真似をして追つ返してやりました』 と云つて、兄の意見を探つてみた。 アール『吾々に妹があるとは、ハテ合点が行かぬ、さうすると自分の出た後で、両親の間に出来た子であらうかな』 オークス『母が吾々が逃出す時に孕んで居つた、それが出産したのが女で、ダイヤと云ふ妹なんですよ』 アール『お前はなぜそんな者を追ひ返すのだ、俺も一遍会つてみたいのだが、ハテ困つた事をしたなア』 イース『モシ父にこんな所を悟られたら、沢山な軍勢を伴れて、又攻めに来るか知れない。帰なす位なら、なぜ可愛相でも殺さなかつたか』 アール『ヤ、殺すには及ばぬが、何故妹を止めておかぬのか、城内の様子も分るであらうに、何時迄も父が長生する筈もなし、お母さまさへ達者であれば、吾々は後へ帰つて、ビクの国を治める事が出来るのだが、妹が帰つたとすれば、コレヤ大変な事が起つて来る、一時も早くここを逃げ去り、どつかへ身を隠さねばなるまいぞ』 と心配相に言ふ。 オークス『妹の言葉に仍れば、お母さまは三年以前に亡くなり、お父さまは極めて壮健で、ヒルナ姫といふ腰元をアーチ・ダッチェースとなし、大変な元気だといふ事だから、吾々兄弟の望みは到底達しますまい』 四人の兄は慈愛深き母が亡くなつたと聞いて、一時に声を上げて号泣した。 オークス『兄さま、モシ妹が此処へ尋ねて来たならば、貴方は大切にしてやりますか、但は殺す考へですか』 と四人の兄の顔を覗いた、四人は声を揃へて、 四人『妹に怨みもないのだから、斯うなれば兄妹六人が何処迄も一つになつて、仲よう暮らし、時節を待つて目的を成就させやうだないか』 此言葉にオークスはヤツと安心し、 オークス『実は此葛籠の中に妹を隠しておいたのです』 と言つたので、直ちにアールは葛籠を開き、妹を労り、外へ出して五人がよつてたかつて、頭を撫で、背を撫で、兄弟六人しがみ付いて嬉し涙にくれてゐた。そして兄妹は此処に淋しい山住居を続けてゐたのである。 さて刹帝利の奥の間にはヒルナ姫、治国別、タルマン、キユービツト、エクスが小酒宴を開き乍ら、四方山の話に耽つてゐた。キユービツトは治国別に向ひ、 左守『三五の神様のお蔭、貴師方の御尽力に依りまして、叛将ベルツも漸く降服を致し、あの通り閉門を申付けられ、あ、これで一安心致しましたが、刹帝利様は御老齢の事なり、御世継がないので大変に心配を致して居られます。何とかして子を授かる法は厶いますまいかなア』 と心配相に尋ねた。治国別は此処ぞと、膝を進め、 治国『刹帝利様には、アール、イース、ウエルス、エリナン、オークス、ダイヤ様といふ五男一女があるぢやありませぬか。其方を礼を厚くしてお連れ帰りになれば、立派に御世継が出来るでせう』 左守『ハイ、仰の如く六人のお子様が厶いましたが、今は其お行衛が分りませぬので、実の所は刹帝利様もお年が老つて子が恋しうなり、心秘にお尋ねになつて居ります。併し乍ら、どうしても其お子様は行衛は知れず、仮令行衛は知れても御帰り遊ばすことは厶いますまい』 治国『刹帝利殿、拙者が六人のお子様を貴方にお渡し申せば、貴方は如何なさいますか。昔のやうな考へを起して、皆殺して了ふ心算ですか』 刹帝利は涙を拭ひ乍ら、 刹帝利『実の所は悪魔に魅入られ、悪い夢を一週間も続けてみましたので、敵が吾子となつて生れて来たものと信じ、五人の男子を一人も残らず打殺さうと、残酷な考へを起しましたが、それをどう悟つたものか、夜の間に城内を逃出して了ひ、どつかに潜んで計画をなし、何時自分を亡ぼしに来るか知れないと思うて、夜の目も碌に寝た事は厶いませぬ』 治国『それは貴方の御心得違ひといふもの、貴方のお子様は実に温良な方で、今はみじめな生活をし乍らも、国を思ひ、王家を思ひ、少しも恨んではゐられませぬよ。貴方が今改心して、六人のお子様を城内へお招きになれば、キツと孝養を尽されるでせう』 刹帝『まだ此世に生きて居るでせうか。但は生きて何か悪い事を企んで居りは致しますまいか……と心配でなりませぬ』 治国『決して御心配なさいますな。私が引受けませう』 刹帝『治国別様のお言葉なれば、決して間違はありますまい。何卒此世に居ります者なれば、一度会はして頂き度いもので厶います』 治国『宜しい、二三日私にお任せ下さい。キツとお会はせ致しませう』 刹帝利は半喜び、半不安の態乍ら、外ならぬ治国別の言葉を力とし、一切を任して了つた。左守、右守を始めタルマン、ヒルナ姫も一同に頭を下げ、治国別に、 『何分宜しく頼みます』 と涙と共に頼み入る。治国別は自分の与へられた美しい館へ帰り、松彦、竜彦、万公と相談の上、六人の子女を迎へ帰る事を謀つた。 茲に三人は治国別の命に依つて、ビクトル山を越え、照国ケ岳の山谷を指して旅装を整へ、六人の子女を迎ふべく、草鞋脚絆に身を固め、奉迎といふ各手旗を翳し乍ら、誰にも知らさず秘に尋ね行く事となりぬ。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
|
287 (2607) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 04 理妻 | 第四章理妻〔一三九〇〕 刹帝利ビクトリヤ王を始め、アーチ・ダツチエスのヒルナ姫はアールの帰つて来たのに狂喜し、いろいろと優しき言葉をかけ、其無事を祝し、且刹帝利はアールの手を固く握り、自分が悪神に誑かされ、最愛の子供を残らず殺害せむとした事の不明を涙と共に謝した。アールは意外に父の心の柔ぎし事や、又吾れを憎み玉ひしは悪神の為に唆されたる事を悟り、少しも親を怨む心なく、久し振の面会を喜び、父の高恩を謝し、且山中生活の苦しかつた事や、妹が一年前に尋ねて来た事、其外三人の宣伝使が迎へに来てくれた経緯などを細かに物語り、嬉し涙にかきくれた。左守右守を始め内事司のタルマンも死んだ者が帰つて来たやうに喜んで、早速に神殿に拝礼をなし、直会の神酒を頂いて王家の万歳を祈つた。それから治国別の館へ数多の家来を遣はし、五人の兄妹を城内に迎へ取り、且治国別一同を招待し、祝宴を開き、神恩を感謝した。ヒルナ姫はアールに比ぶれば、親と子程年が違うてゐた。され共アールはヒルナ姫を真の母の如くに尊敬し、ヒルナ姫も亦アール兄妹を吾子の如くに労はり、陰になり陽になり、親切を尽した。刹帝利は年老い余命幾何もなきを悟り、アールをして家を継がしめ、弟妹五人にはビクの国を六つに分け、各其領分を定め、アールの王家の藩塀となつて国家を守らしめた。イースにはプリンスを授け、ウエルスにはキングスを授け、エリナンにはカウントを授け、オークスにはヴイコントを授け、ダイヤ姫にはバアロンを与へ、国の四方に領地を分つて、永らく国家を守らしむる事とした。 先づ第一に兄のアールに妃を迎へる必要が迫つて来た。左守右守は四方に奔走して適当な配偶を求めたが、どうしてもアールの気に入る女がない。幾度も候補者を定めてアールに見せたけれ共、アールは首を左右に振つて之を拒絶するのみであつた。而して俄にアールは境遇の変化と食料の変化とに仍つて、身体に変調を来し、顕要な元の身分になつたものの、ヤハリ窮屈な貴族生活が厭になつてたまらず、こんな事なら帰つて来るぢやなかつたに、兄妹六人が睦まじう山住居をして勝手気儘に猟をして、簡易生活を営みたいものだ……と煩悶を続けて居た。遂には精神に少し許り異状を来したと見えて、隙ある毎に城内を脱け出で、只一人田舎をうろつくのを以て楽みとしてゐた。刹帝利や左守右守が何程諫めてもチツとも聞入れなかつた。終には刹帝利も困り果てて治国別に教を請うた。治国別は暫くアールの好きな様にさしておくがよからうといふ意味を答へた。外ならぬ治国別の言葉であるから、刹帝利以下の最高幹部連は、アールの好きな儘にしておいた。アールは立派な服を脱ぎすて、ホーレージ・キヤツプを頭に戴き、ベリースを被つて、城内を脱け出し、漂然としてビクトル山の麓のパイン林の木陰に独り休んでゐる。そして空行く雲を眺め、ああああと溜息をつき乍ら、兎でも通つたら獲つてみたいものだと考へてゐると、そこへ熊手を持ち、背に籠を負うて枯松葉を掻きに来た、頑丈な二十歳許りの不細工な女がやつて来た。女はハンナと云ふ首陀の娘であつた。アールの姿を見て、尊き王子とは知らず、其傍に籠をおき、枯松葉を頻りに掻き集めて籠に捻ぢ込んでゐる。アールは側へ寄つて、 アール『コレお前はどこの女だか知らぬが、俺にも一つ手伝はしてくれないか、其熊手を一つかして貰ひたい』 と云つた。ハンナはアールを見て、不思議な顔をし乍ら、 ハンナ『ハイ、お貸し申さぬことはありませぬが、一寸見れば貴方はどこ共なしに威厳の備はつた御人格、どうも普通のお方とは思へませぬが、なぜ斯様の処にお一人お出になつて居りますか』 アール『イヤ、俺はそんな尊い者でない。子供の時から手癖が悪うて、親を泣かせ、近所に迷惑をかけ、家を放り出され、行く所がないので、此パインの枝で首でも吊つて死なうかと思ひ、此処迄やつて来たのだ。併し乍らお前が松葉掻きをしてるのを見て、羨くてたまらず、それ故手伝はしてくれないかと頼んだのだ』 ハンナは……何処ともなしに気品の高い男だなア……と思ひ乍ら、……此人の言ふ事が果して本当ならば誠に気の毒なものだ、何とかして助けてやる工夫はあるまいか……と、同情心にくれ乍ら、熊手をそこに投すて、アールの側によつて、 ハンナ『モシ、どこのお方か知りませぬが、貴方は夫れ程までに御決心をなさつたのならば、どうです首吊りをやめて、私と一緒に暮す気はありませぬか、私は賤しい首陀の娘で厶いますが、兄が跡をとつてをりますから、親の跡を継ぐ身でもなし、此様な不細工な女でも嫁入口は沢山に言つて来ますが、どうも私の気に合はないので皆断つて居ります』 アール『お前はそれ程沢山嫁入の申込があるのに何故、俺のやうな極道息子のすたれ者と夫婦にならうと云ふのか、どうも合点のいかぬ事を云ふぢやないか』 ハンナ『私は普通の男は嫌です。極道の味も知らず、世間の味も知らない坊ちやん計りでは、到底円満な家庭は作れませぬ。夫れよりも十分落ちて命をすてる所まで決心した人なら、世の中の酢いも甘いも知つてるに違ひありませぬ。どうです、捨てる命を存らへて、私と一生暮すお考へはありませぬか。私は此通り体が丈夫で厶いますから二人前働きます。仮令貴方が病気になられても困りませぬ。女の方から結婚を申込んで、はしたない奴とお笑ひでせうが、私は貴方のやうなドン底へ墜ちた方と、夫婦になりたいと、朝夕神に念じて居りました。相当に財産も親から分けて貰つて居りますから、メツタに難儀はさせませぬ』 アール『成程お前は感心な女だ。併し随分容貌は悪いのう』 ハンナ『容貌が悪うてお気に入らねば仕方がありませぬ。併し乍ら貴方もよく考へなさいませ』 アール『イヤ、俺は容貌は決して好まない。お前の様な立派な心を持つてる女が欲しいのだ。俺も今まで沢山な美人を嫁に貰つてくれと、実の所言はれたのだが、何だか気に入らぬので、内に居つても面白からず、又嫁の話かと、うるさくて堪らず、此処迄やつて来たのだ。併し、親の財産をスツカリ使ひ果し、おまけに生殖器病を煩ひ、体中に牡丹餅疥癬をかいて、誰も彼れも俺の側へはよりつくものはない。それにも関らず沢山嫁入の申込があるのだから困つてゐるのだ。此処へ来て見れば、又お前から結婚を申込まれ、毎日日日結婚攻めに会うて、此広い天地に身をおく所がないのだ。何卒モウ云ふてくれな。私のやうな者を夫に持つた所で末が遂げられず、お前に苦労をかけねばならぬからなア』 ハンナ『貴方が其様な業病をお煩ひになつてると聞けば、猶更見捨てる訳には行きませぬ。何卒私に世話をさして下さいませ。キツと貞節に仕へますから』 アールはハンナの言葉に……何とマア親切な心の美はしい女があるものだなア……と首を振つて感に打たれてゐた。女は又もや熊手を手にし、枯松葉を集めながら、 ハンナ『モシ貴方、どうしても私の言ふ事が聞けませぬか、私は貴方の美貌に恋着してるのぢやありませぬ、貴方の今後のお身の上を案じて此通り熱心に申上げるのですから、何卒ウンと云つて下さい。貴方が何程極道でも業病人でも私は覚悟の前です。何れ貴方を夫に持つと云へば、親兄弟や親戚が小言を申しませうが、それも覚悟の前です』 と熱心に口説き立てる。アールはこれこそ自分の女房にすべき者だと心に決し乍ら、猶も念の為に心を試しみむと忽ち大きな口をあけ、ワザと涎をたらし乍ら、「ああああああ」と唖の真似をし出した。ハンナは之を見て、俄に心気興奮し、唖になつたのかなアと、心配し乍ら思ふ様……どこの人かは知らぬが、本当に気の毒なお方だ。益々自分が身を犠牲にしてでも此人を助けてやらねばなるまい……と後へまはり、背中を撫でたり、神を祈つたりして一刻も早く病気全快せむ事を願つた。アールは其間に帯をといて、松の枝にパツとかけた。女は驚いて抱きとめようとする。アールは声を限りに、 アール『ヤ、お女中、私の体は疥癬かきだ。お前に伝染ると大変だ』 と叫ぶのを、ハンナは、 ハンナ『イエイエ、何程疥癬が伝染らうが、貴方の命の瀬戸際を、どうして見逃す事が出来ませう』 と剛力に任せて、グツと腰の辺りを抱きしめて放さぬ。アールは何程もがいても、女の剛力を如何ともする事が出来なかつた。アールは始めて素性を明さむと思ひ、 アール『イヤ、実の所は拙者はビクトリヤ王の長子アールと云ふ者だ。何卒放してくれ。お前の美しい心は骨身にこたへた。実の所は疥癬かきでも瘡毒かきでもない』 と事実を述ぶれば、ハンナは驚いて、二三間許り飛下り、地に頭をすりつけ乍ら、 ハンナ『どこ共なしに変つたお方と存じましたが、左様な尊いお方とは知らず、誠に失礼致しました。何卒私の罪幾重にも御容赦を願ひます。畏れ多くも女房としてくれなどと、不都合な事を申してすみませぬ』 と恐る恐る詫入つた。アールは言葉を改めて、 アール『ヤ、其方は首陀の娘とは云ひ乍ら、実に見上げた婦人だ。何卒俺の女房になつてくれまいか、お前とならば喜んで一生を送る事が出来るであらう』 此言葉にハンナは身を慄はせ乍ら、 ハンナ『私如き賤しき者が、どうして左様な勿体ない事が出来ませう、何卒これ許りは御容赦を願ひます』 と頻りに首を振つて謝り入る。アールは千言万語を費やし、漸くにしてハンナを納得させ、手を携へて、嬉しげにホーフスに帰つて来た。 左守司は之を見て大に驚き、口を尖らし目を丸くし乍ら、 左守『モシ、貴方様は何時も城内を勝手に飛出し遊ばし、御両親様は大変な御心配をして厶るのに、チツともお気が付きませぬか。それに何で厶いますか、左様な賤しい女の手を引いて城内へお帰り遊ばすとは、お気が違つたのぢや厶いませぬか』 アール『ウン、チツとは気も違つてゐる。併し乍ら、此気違ひは発狂者ではない。俺は今ビクトリヤ城の大黒柱を拾つて来たのだ。これでなくては此国は治まらない。何うぢや左守、此女を俺の女房にする様、父上に申上げてくれ』 左守『それは又異なる事を承はります。御粋狂にも程がある。どうして父上が御許しになりませう。サ、早くどつかへ追出しなさりませ』 アール『頑固な父と云ひ、頑固な左守と云ひ、困つた者だなア。貴族だとか平民だとか下らぬ形式に捉はれて、国家の大事を思はぬお前達は実に不忠不義な者だ。なぜ俺の云ふ事を聞かないのか』 左守『ぢやと申してビクトリヤ家の名誉にも関係致しますし、又其様な汚い女を后になさいましては、第一貴方様の御権威が地に堕ち、引いては役人共の侮りを受け、どうして国家が治まりませうか、それ計りは何卒御考へ直しを願ひたいものです。丸きり気違ひの沙汰ぢや厶いませぬか』 アール『ウン、俺は気違ひ、お前は取違ひだ。竹に鶯、梅には雀、それは木違ひ、鳥違ひといふぢやないか、時代の趨勢を考へ、上下一致して天下の経綸を行はねばならぬ刹帝利の身で在り乍ら、下らぬ形式に捉はれて、貴族結婚を唯一の能事としてるやうな事で、どうして国家が治まるか。チツと考へてみよ』 左守『あああ困つた問題が突発したものだ。こんな事を刹帝利様に申上げようものなら何と云つて叱られるか分つたものでない。為まじき者は宮仕なりけりだ。どうしたらよからうかな』 と双手を組んで両眼より涙を垂らしてゐる。 アール『父上やお前のやうな頑固連には俺の精神は分るものでない。兎も角治国別の宣伝使に裁断を請う事にしてくれ、治国別様のお言葉なら、いかに頑固な父でも聞くであらう』 左守『成程、然らば仰に従ひ、父上に申上げても、只一口に突飛ばされますから、之より治国別様のお館へ参つて伺つて参りませう。そして治国別様が可いと仰有れば、刹帝利様に掛合つて頂きませう。何卒それまでは貴方の御居間にお忍びを願ひます、御両人様』 と言ひ乍ら、足早に玄関口を立出で、治国別の館に急ぎ行く、二人はアールの居間に身を隠しける。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
|
288 (2609) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 06 執念 | 第六章執念〔一三九二〕 左守は治国別の居間に進み、襖を密閉して、松彦、竜彦と共にアールの結婚問題につき、声を潜めて意見を聞かむと、有りし顛末を物語つた。 左守『治国別様、誠に心配が出来ました。何を云つても一方は刹帝利の家、一方は素性の低い首陀で厶いますから、何うしても之は体面上成立させる事は出来なからうと存じますが、如何で厶いませうかな』 治国『成程、それはお困りでせう、何とか考へねばなりますまい。併し乍ら此恋愛関係計りは、到底如何なる権威を以てしても制止することは出来ますまい。凡て愛なるものは自己を放棄することに依つて、却て自己を主張してゐるものですから、愛の終局に達した時は、自己の地位や財産などを構ふものではない、実に猛烈なものですからな。其恋愛が益々嵩じて強烈の極度に達する時は、自己の生命も惜まずに喜んで投出すに至るものですから、此問題については何程宣伝使だとて力は及びますまい。国家を愛するが為に、主君を愛するが為に、又は金銭を愛するが為に、全く他を顧みずして生命を投げ出す者があるのは、世間に珍らしくない例で厶います。殊に燃ゆるが如き宗教信念の為に、神の愛の祭壇に生命を捧げて悔いざる殉教者の如きも、殆ど恋愛と同じやうなものです。此強烈なる恋愛を目して狭隘なる自己的行為だとのみ非難する事は出来ませぬ。愛の度の強烈なるに比べて益々集中的となることを免がれませぬ。従つて恋愛に於てそれが最も狭隘らしく見えるのは、たまたま恋愛が他の如何なる愛よりも強烈に集中的でもあり、熾熱の最高度に達するものを証して居りまする。此両人の恋は殉教者が教に殉じて悔いざると同様の心境に立つてゐるのですから、可る成く穏かに治めなさつたが得策だと考へます』 万公は襖の外から、様子如何にと耳を傾けて立聞をしてゐたが、治国別の答弁を聞いて、……何ともなしに芳ばしい言葉だ。そしてハツキリ分らぬけれど、体面だとか首陀だとか言ふ言葉が聞えたからは、ヤツパリ自分の事に違ひない。治国別さまも偉いワイ、ヤツパリ俺の贔屓をして下さる……と打ち喜び乍ら、尚も耳をすまして聞いてゐる。話はだんだん声が低くなりつつ進んでゐる。万公は襖の外に自分が立つてゐるのを、何時の間にか忘れて了ひ、五寸許り襖をあけてヌツと顔を出した。されど四人は頭を一緒に鳩めて、一生懸命に此問題に頭を痛めてゐるので、万公が覗いてるのに気がつかなかつた。万公はソツと竜彦の後ににじり寄り、俯いて作り声をし乍ら、女の優しい声で、 万公『恋愛の心境に於てのみ、人間は最も完全なる人であり得るのです。それに一生の間、一度も恋を味はつた事のないやうな人間、又終身全く異性に接しないやうな人間には、人として必ずどこかに大なる欠陥のあるものですよ。ねえ治国別様、一切の人間愛の源泉が性欲にあるのは、開闢以来の神律でせう、性欲がなければ恋愛はありませぬ。恋愛がなければ一切の愛なる者はありませぬよ』 治国別一同は俄に妙な声がして来たと、一度に顔を上げて見れば、竜彦の後に小さくなつて万公が慄うてゐる。左守は早くも自分の目の前に万公の姿を見て、 左守『オツホホホホ、万公さまが秘密会議の席上へおみえになつて居ります。これ万公さま御心配なさいますな。決してお前さまのことぢやありませぬからなア』 治国『オイ万公さま、何だ、妙な女の声を出したぢやないか。なぜあちらに番をしてゐないのか』 万公『ハイ、何だか存じませぬが、ダイヤ姫さまが私にパツとのり憑り、こんな所へ引摺つて来たのです。そしてあんな優しい声で何だか仰有いました』 治国『馬鹿に致すな、サ、早く彼方へ行け、グヅグヅしてゐると尻尾が見えるぞ』 万公は不承無承に後ふり返りふり返り表へ厭相に出でて行く。 治国『ハハハ、左守さま、困つたものですよ。彼奴は此頃春情立つて居りますので、困りますよ。併しアールさまの結婚問題は大体に於て私は賛成致します。何卒其処は刹帝利様によく取持つて、此話をつけて上げて下さい』 左守は案外な治国別の挨拶に肝を潰し乍ら、万一刹帝利が不服を称へられた時は、治国別さまを頭にふりかざし、此縁談を結ぶより仕方あるまいと決心し乍ら、叮嚀に礼を述べ、帰つて行く。 後に治国別は万公を近く招き、 治国『万公、お前は左守司を相手に大変吹いてゐたぢやないか。チツと心得て貰はぬと俺達の顔に係はるぢやないか』 万公『ヘー、そらさうでせうが何と云つても一生一代の私に取つて大問題ですから、チツとは火花も散らしたでせう。何うです、都合好く話をして下さいましたかな』 治国『ウーン』 竜彦『オイ万公、先生が千言万語を費し、お前の為に非常に斡旋の労をとられたが、肝心の所へ襖をあけて飛び出し、ダイヤ様の声色を使つたり致すものだから、左守司もたうとう愛想をつかし……見下げ果てたる男だ。何程姫様がラブされても私の目の黒い内は此縁談は結ばせない。本当に下劣な人格者だ……と云つて、愛想をつかして帰つて了つた。それで虻蜂取らずになつて了つた。貴様も下劣な事をしたものだなア』 万公『ヤア、其奴は困つた。併し乍ら当人と当人との精神が結合してゐるのだから、誰が何と云つても大丈夫だ。竜彦さま安心して下さい、キツと、コリヤ、早かれ遅かれ成功しますからなア』 竜彦『お前、妻君を貰うてどうする心算だ。先生は吾々と、此お宮が落成と共に、黄金山に向つてお越しになるのだから、貴様もお伴をせねばなるまい。あんな子供を女房だと云つて伴れて行く事は許されまい。貴様は宣伝使のお伴はやめる心算かなア』 万公『妻君を持つたが為に、宣伝使のお伴が出来ぬと云う事があるかい、よく考へてみよ、先生だつて、松彦さまだつて皆立派な奥さまがあるぢやないか。俺に妻君があるからと云つてお伴をささぬと云ふ事があるものか、そらチト得手勝手だ。貴様の悋気で言ふのだらう』 松彦『アハハハハ、オイ万公、お門が違ふのだ。お前の話だない、アールさまの結婚問題でお越しになつたのだから心配するな。そして此竜彦の云ふ事は嘘だよ。お前が余り逆上せてゐるから揶揄はれるのだ』 万公『これは怪しからぬ、天国迄探険した竜彦とあるものが、嘘を云つてすむか。オイ竜彦、どうだ。本音を吹け、返答次第に仍つて俺にも考へがある』 竜彦『考へがあるとは、何うすると云ふのだ。俺が嘘を云つたと云つて、貴様はせめるが、貴様も随分左守司に歌迄うたつて、上手に嘘を並べ、内兜を見すかされ、屁古垂れたでないか』 万公『ウーン、ソラさうだ。そんならモウ、此奴ア帳消しにしよう。併しアールさまの結婚問題とは、一方は誰だ。一寸聞かしてくれないか』 竜彦『余りハンナ……りせぬ話だが、縁は何うやらアールと見えるワイ、アハハハハ。万公お前も熱心が届いたら、又お菊と夫婦になれるかも知れぬから、余り落胆せずに、黄金山の御用がすむ迄、女の事は云はないやうにしたらどうだ』 万公『ヘン、馬鹿にして貰ふまいかい。お菊なんて、古めかしいワ、俺は何うしてもダイヤ姫だ。一番がけに俺が手をかけて助けた女だからな。どうしても向ふは俺に対しては、何者かが残つてゐるのだ。それをば無下に放棄すると云ふ事は、男として人情を弁へぬと云ふものだから、仮令三年先でも十年先でも構はぬ、男の一心岩でもつきぬく程の大金剛心を以て、どこ迄もやりぬく心算だ』 竜彦『何とエライ野心を起したものだなア、其しやつ面で、ダイヤ姫のバチュウンカ(旦那)にならうとは余り虫が好すぎるぞ。そんな事を思ふよりも、なぜ神様の信仰を励まないのか』 万公『神様は神様だ。神の愛と人の愛とは又別だ、神の地位に立てば神の愛、人の地位に立てば人の愛を完全に遂行するのが人間の道だ。一寸先生、俄に便が催しましたから失礼致します』 と万公は此場を外し、裏口から左守司の後を逐うて、抜け道から走つて行く。左守司は老の足許トボトボと杖を力に漸く城門前の馬場に着いた。万公はチヤンと先へ廻つて、 万公『ヤア之れは左守様、遠方の所御苦労で厶いました。エエ承はりますれば、アール様と、ハンナとかいふお方との御結婚がととのうたやうな塩梅で、さぞさぞ貴方も御骨折で厶いませう。人間は一生に一度は何うしても仲介人をせなくては、人間の役がすまぬと云う事ですが、それは普通の人間の事、何と云つてもビク一国の左守様、到底一人や二人の仲介人では、神様に対し御責任がすみますまい。ついては六人の御兄妹様、皆貴方が御仲介人を遊ばすに違ひ厶いますまい。何卒ダイヤ姫様の御結婚丈は、まだお年も若いなり、どこから誰が何と云つて来ましても何卒取合ないやうにしておいて下さいませ。それ丈神勅に仍つて、ソツと万公が御注意を申しておきます』 左守『アハハハハ、宜しい宜しい、まだ年も若いなり、又其時は其時の風が吹くでせう。私はモウ此御結婚が纒まつたら、縁談の仲介人は之れぎり御断り申す心算だ。こんな心配な事はないからなア』 と体よくつつ放し、サツサと門を潜り入る。万公は後姿を見送り、ポカンとして口をあけたままテレ臭いやうな顔して立つてゐる。 治国別は万公の便所へ行くと云つて出たきり、どこにも姿が見えぬので、……大方左守の後を逐うて、せうもない事を頼みに行つたのではあらうまいか、困つた事だ、コレヤ誰か行つて貰はねばなるまい……と松彦をソツと招き耳打した。松彦は一生懸命にビクトリヤ城を指して駆け出し、門前に行つて見ると、万公が奴拍子のぬけた顔して、烏や鳶の中空に舞うてゐるのをポカンと眺めてゐる。松彦は足音を忍ばせ万公の側によつて、『オイ』と一声、肩に手をかけて二つ三つゆすつた。万公は吃驚して、 万公『誰ぢやい、人をおどかしやがつて……』 と振返りみれば松彦であつた。 松彦『オイ万公、偉い遠い雪隠だなア』 万公『ナアニ、別に遠い事もありませぬ、雪隠の窓から覗いて居つたら、鳶と烏がつるんでをつたので、此奴、妙な事だなア、大方刹帝利の娘と首陀の息子とが婚礼をする前兆だと思つたものですから、突止めやうとここ迄やつて来た所、たうとうここでパツと放れ、あの通り中空を翔つてをるのですよ。何とマア不思議な事があるものですなア』 松彦『馬鹿云ふな、鳶と烏がさかるといふ事があるかい』 万公『サ、それが不思議だから、かうして見てゐるのです。天がかうして標本を見せてる以上は、キツと首陀の息子に刹帝利の娘が結婚を申込み、目出たく合衾の式をあげるやうになるかも知れませぬで。松彦さま、お前さまは立派な奥さまがあるから結婚問題に付いては門外漢だ。私は今研究中だから邪魔をしないやうにして下さい。既婚者と未婚者と同一に扱つちや困りますからな』 松彦『エエ困つた男だなア。お前はそんな事を云つて、左守の後を追ひ、恥をかかされたのだらう、吾々宣伝使一行の好い面汚しだ。これから暇をやるから、小北山へなと帰つて、お菊さまの弄物にでもなつて来い。治国別さまが、只今限り師弟の縁を切ると云つて、大変に御立腹だぞ』 万公『ああどうも粋の利かぬ先生についてゐると、面白くないなア。併し乍らこんな所でつつ放されちや、こつちも男が立たず、マア辛抱して、黄金山迄お伴をさして頂かうかなア』 松彦『ソレヤならぬ、どうしてもお前は師弟の縁を切ると、一旦仰有つたからは、何と云つても駄目だ、サ、ここに旅費を預かつて来たから、之を持つて小北山迄帰れ』 万公『竜彦の奴、甘く先生の喉の下へ這入りやがつて、俺の恋人をせしめやうと企んでゐるのだなア、さうだらう。万公さまが居ると一寸都合が悪いから……』 松彦『馬鹿を云ふな、竜彦はそんな男ぢやないぞ。清浄潔白な宣伝使だ。御用の途中に女に目をくれるやうな腐れ男ぢやない。そんな事をいうと竜彦に気の毒でたまらないワイ。自分の卑しい心を土台にして人の心を忖度しようとは、訳が分らぬにも程があるぢやないか』 万公『ヘン、仰有いますわい、治国別の貴方は弟なり、竜彦さまは義理の弟、兄弟三人が肚を合して、他人の万公さまを体よく排斥する心算だなア。口で立派な事を云つても、ヤツパリ身贔屓をなさると見えるワイ。ドーレ、之から斎苑の館へ帰つてお前等三人の不公平な処置を一切合切陳情するから、其心算でをれ。こんな旅費は要らぬワイ』 と松彦の渡した金を芝生の上に投げつけてしまつた。松彦は身贔屓すると言はれて大に弱り、一応治国別に頼んで再び万公の罪を許して頂き、黄金山まで御用のお伴にさしてやらうと決心し、いろいろと宥めて万公をたらしつ、賺しつ、治国別の館へ連れ帰る事となつた。そして万公は治国別の懇篤なる訓戒に仍つて、ダイヤ姫に対する執着の念をヤツと断ち切る事を得たりける。 (大正一二・二・二一旧一・六於竜宮館松村真澄録) |
|
289 (2614) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 11 道晴別 | 第一一章道晴別〔一三九七〕 道晴別『神素盞嗚の大神の神言畏みウブスナの 貴の聖地を立出でて治国別の従者となり 河鹿峠を打越えて魔神のたけぶ山口の 森に一夜を明かす折忽ち丑の時参り 妖怪変化の出現と怪しみゐたる折もあれ 松彦司の胆力によくよく見れば妹の 思ひ掛なき楓姫やれ嬉しやと兄妹の 名乗を上ぐる時もあれ神の恵の幸はひて 二人の親に巡り会ひ祠の森に立帰り 玉国別と諸共に瑞の御舎建て了り 道晴別と名を賜ひ吾師の君の後を追ひ 漸く此処に来りけり流れも清きライオンの 広き河瀬を横切りてビクトル山を右手に見つ 草青々と生ひしげる野路を渉りて今ここに シメジ峠に着きにけりああ惟神々々 吾師の君は如何にしていづくの果にましますか 心も急ぐ一人旅一日も早く大御神 会はさせ玉へ惟神神の御前に祈ぎまつる』 と歌ひ乍ら、シメジ峠の登り口迄やつて来たのは道晴別である。道晴別はシメジ峠の急坂を眺めて、暫し息を休めてゐた。降りみ、降らずみ、五月雨の空低うして、時鳥の声は彼方此方の森林より聞え来る。山も野も一面に緑の新装を凝らし、何とはなく蒸し暑く、上着が邪魔になる様な気分になつて来た。道晴別は急阪を打仰ぎ乍ら、 道晴『ああ何ときつい阪だらう。吾師の君を始め、松彦、竜彦、万公は最早此処を通られたであらうか、此道端の岩石が物言ふものならば知らしてくれるだらうに、ああ仕方がない。先づ此岩上に端座して瞑想に耽り、師の君が通られたか通られないか伺つてみよう。併し乍らまだ自分は魂が研けてゐないから、ハツキリした事は分らぬ、困つたものだなア』 と呟いてゐる。そこへ二三人の男が急はし相にスタスタと坂を降つて来る。三人は岩上の道晴別を見て、 甲(シーナ)『一寸物をお尋ね申します。貴方様は三五教の宣伝使様ぢや厶いませぬか』 道晴『ハイ、拙者はお察しの通り、道晴別と申す宣伝使で厶います。何ぞ御用で厶るかな』 甲(シーナ)『かやうな所でお話申上げても畏れ多う厶いますが、実の所はビクトル山に尊き宣伝使が現はれ、人民の苦みをお助け下さるといふ事を承はり、主人の命令に仍つて、其お方にお目にかかりたいと、吾々僕三人が危険を冒して、此処迄参りました』 道晴『ビクトル山に三五教の宣伝使がゐるといふ話がありますかな、はてなア』 と手を組み、 道晴『ああ失策つた、こんな事なら、一寸道寄りをして来たらよかつたに、吾師の君がまだ後にゐられたかも知れない。余り遅れたと思うて急いで来たものだから、大方行過ぎたのだなア』 と私かに小声で囁いてゐる。 甲(シーナ)『貴方は、さうすると、三五教の宣伝使の御一行ぢや厶いませぬか、何でも四人許りゐられるといふ事で厶いますが』 道晴『ああ其四人の方は、私の師匠なり友人だ。ビクトル山に確にゐられるといふ事が分つてゐるかな』 甲(シーナ)『イエイエ、もうお立ちになつたか、まだゐられますか、それが判然分らないのです』 道晴『そして宣伝使に会ひに行くとは、如何なる御用があるのかな』 甲(シーナ)『ハイ実の所は、私は玉木村の豪農の僕で厶いますが、二人のお嬢さまが猪倉山の山寨に巣を構へてゐる、鬼春別とか云ふバラモンのゼネラルの部下に攫はれ遊ばし、御主人夫婦はいろいろ雑多とお嬢さまの身の上を案じ、夜も昼も水行をして、神様にお願遊ばした所、夢のお告に、ビクトル山には三五教の宣伝使が来てゐられるから、其方にお願申せば、キツと取返して下さるだらうとのお言葉、それを力としてお願申さむと、此処迄参つたので厶います』 道晴『フーン、それは気の毒な事だ。宣伝使として、こんな事を聞いて見遁す訳には行くまい。兎も角主人の内へ案内してくれ、神様の御神力でキツと取返して上げるから』 甲(シーナ)『ハイ有難う厶います。定めて主人も喜ばれる事でせう。然らばお伴致します。之から三里許り、此峠を登り下り遊ばしたならば、つい近くの村で厶います。兎も角そこ迄お越し下さいまして、主人と御緩り話をして下さいませ。此峠はバラモン軍の雑兵が徘徊を致しますれば、随分気をつけて行つて下さいませ、到底一人では通れない所で厶いますから、かうして三人で参つたので厶います。ここへ来る迄にも、随分危険な目に会うて参りましたので厶います』 道晴別は、 道晴『そんならお前の主人の宅へ行かう』 と三人を後前に従へ、胸突阪を喘ぎ喘ぎ登つて行く。 シメジ峠の山頂に稍平坦な地点がある。そこには風に揉まれて、枝振のひねた面白いパインが四五本並びゐたり。チューニック姿の二人の男、一人はベツトと云ひ、一人はフエルと云ふ。小さい石に腰をかけて、四方の風景を見下し乍ら雑談に耽つてゐた。 ベツト『オイ、随分に此地方は絶景ぢやないか。どの山も、この山も、あの通り上の方は禿頭病の頭のやうになつて、其間に青い木が、点綴してゐる様は丸で絵を見る様だ。ライオン河の流れは幽かに帯を曳いたやうに見えて居るが、俺達も随分、あこを渡つた時にや苦労をしたものだ』 フエル『成程、中途に馬が屁古垂れて、貴様は四五丁許り押流され、土人に助けられて屁古垂れた時のザマは今目に見えるやうだ。随分鼻をたらしやがつて、濡れ鼠のやうになつて、唇まで紫色に染めて居つた時のザマつて、なかつたよ。あの時に俺がゐなかつたら、貴様は土人に攫はれて、嬲殺しに会うて居つたか分らぬのだ。無類飛び切りの悪党だからなア』 ベツト『ヘン、偉相に云ふない、之でもバラモン軍の、グレジナアーだ。第一玉木村の豪農の娘スミエル、スガールの両人を甘くチヨロまかし、猪倉山の本陣へ連れて帰つたのも、ヤツパリ此ベツトだから、偉い者だらう。悪もここ迄徹底せないと貴様のやうな事では到底軍人にはなれやしないぞ。ゴテゴテ申さずに俺の命令に服従するのだ。又俺が甘くゼネラルに取持つて伍長位にはして貰うてやるワイ』 フエル『ヘン、馬鹿にすない、俺はかうみえても准士官だ、少尉候補生だ。汝はまだ軍曹ぢやないか、俺が斯う化けて居るのを知らぬのかい』 ベツト『ヘン、甘い事云ふない。汝の肩章を見れば能く分つてるぢやないか』 フエル『サア、そこが秘密の役を仰せつかつてゐる丈で、エッボオーレッポの印が書いてあるのだ。モウ一月もすれば、立派なユウンケルだ。さうすれば、汝、俺が腮で使つてやるのだから、今の内に機嫌を取つておかぬと出世の妨げになるぞ。嘘と思ふなら之をみい』 と襟を引くり返して見せた。ベツトはよくよく覗いて見ると、ユウンケル候補生の印がついてゐる。忽ち大地に平太張り、 ベツト『これはこれは上官とは知らず、誠に失礼を致しました』 フエル『アハハハハ、往生したか、バラモン軍のマーシヤル閣下より内命を受けて居るのだぞ。併し汝が部下と共に連れ帰つた二人の女は、何時取返しに来るか知れぬから、ここに番をしてゐるのだ。豪農テームスの僕の奴が、ビクトル山に居る三五教の宣伝使に報告に行きよつたら、夫れこそ大変だから、此一筋道を扼して、一人も残らず此処を通る奴は取調べ、怪しとみたならば、首を刎ねるのだ。此頂上に只一人居れば、仮令何万人出て来ても、一度にかかる訳には行かぬのだから、汝は交替兵の来る迄神妙に勤めて居るのだぞ』 ベツト『ハイ、承知致しました。併しどうも私一人では、心細う厶います。代りが来る迄、ここに暫く貴方も付合つて貰ひますまいか、どうやら宣伝使の声が聞えて来るやうですから……』 フエルは幽かに三五教の宣伝歌が耳に這入つたので、早くも、ベツトを此処におき自分は体よく逃出す考へで、こんな命令を下してゐた。宣伝歌は益々高く聞えて来た。 フエル『オイ、ベツト、サア、ここが汝の手柄の現れ時だ。俺は軍務の都合に仍つて、ここを退却する、確り頼むぞ』 ベツト『マア、一寸待つて下さい。千騎一騎の此場合、貴方は体よい事を云つて逃げるのぢやありませぬか。何程軍務が忙しいと云つて、眼前に敵を控へて、大将から逃げると云ふ事がありますか』 とグツと後から、フエルに抱き付き、剛力に任せて動かさぬ、フエルは逃げ出さうとすれ共、ビクともする事が出来ぬ。逃げやうとする、逃がそまいとする。汗みどろになつて揉みあうてゐる所へ、漸く登つて来たのは道晴別であつた。ベツト、フエルは道晴別の姿を見て、おぢけづき、手足はワナワナ慄ひ出し、バタリと地上に腰を下した。 道晴『お前はバラモン軍の兵士と見えるが、玉木村の豪農テームスの娘、スミエル、スガールの両人を猪倉山の山寨に隠してゐると云ふ事だが、お前はそれを知つてゐるか』 ベツト『ヘーヘーヘー、根つから存じませぬ。そんな噂があつたやうにも厶いましたが、よくよく調べてみますると、全く……嘘で厶いました。私はゼネラルの従卒を致して居りましたから、何もかも陣中の事は存じて居りますが、女なんかは一人も居りませぬ』 甲はベツトの顔を見て、 甲(シーナ)『ああお前はお嬢さまを、此間、四五人の男を連れて取りに来た大将だなア……、モシ宣伝使様、此男で厶います。此奴が連れ帰つたのですから、よくお査べ下さいませ』 ベツト『エエ滅相な、私に似た顔は沢山居りますから、取違へて貰つては困ります。コレ、テームスさまの内の奴さま、能く私の顔を見て下さい。似た所があつても、どつかに違つた所があるだらう。お前は余り俄の事で驚いたから間違つたのだらう。テームスやベリシナが、何卒娘丈は堪へて下さい。其代り私を……と云つた時に、顔もあげずに俯いて居つたぢやないか。お前達もさうだつたらう、怖い時の目でみたら、キツと見違ひするものだ』 甲(シーナ)『ハツハハハ、私の主人が言つた言葉や、其時の状況迄今言つたでないか。さうすればヤツパリお前に違ひない。先生、此奴で厶います。何卒一つドテライ目に会はして、お嬢さまを取返すやうに命じて下さいませ』 道晴『ウン、よし、オイ、ベツト、本当の事を云はぬと、此方にも考へがあるぞ』 ベツト『エー、実の所は、此処に厶るフエルさまの命令に依りまして、ホンの機械的に動いたので厶います。何卒フエルさまに談判をして下さいませ。今貴方のお声が聞えたので、此フエルさまがビツクリして逃げようとした所を、私が喰ひ止めて、貴方に突出さうと思ひ、今格闘してをつたのです。言はば此男が張本人ですから、私は其張本人を捕まへた御褒美に、何卒助けて下さいな』 フエル『コリヤ、ベツト、馬鹿を云ふな、俺が何時そんな命令をしたか』 ベツト『ヘヘヘヘヘ、甘い事仰有いますワイ、モシ宣伝使様、此フエルは普通兵の肩章をかけて居りまするが、此奴ア悪の証拠にや、襟裏にユウンケル候補生の印を持つて居ります。それをお調べになつたら一番よう分ります。私は御存じの通り軍曹ですから……』 道晴『どちらが善か悪か知らぬが、兎も角自分の罪を上官に塗りつけようとする所から考へてみれば、ヤツパリ貴様の方が悪い。まて、今言霊の御馳走をやる、悪の強い奴は言霊の打たれようがきついから、直様分るのだ』 甲(シーナ)『ハハハハハ、其ザマ何だ。夜の夜中に、四五人の雑兵を連れて来やがつて、偉相に威張散らした時の権幕と、今日の権幕とは、まるで鬼と餓鬼と程違ふぢやないか。ザマ見やがれ。三五教の宣伝使が現はれた以上は、仮令バラモンに幾万の敵が居らうと屁のお茶だ、エヘヘヘヘ、よい気味だな』 道晴『オイ甲、せうもない事を云ふものでない。お前は黙つてをれば可いのだ。バラモン軍のフエル殿、鬼春別、久米彦両将軍はお達者で厶るかな』 フエル『ハイ御親切に有難う厶います。極めて壮健に軍務にお尽しになつて居ります』 道晴『さうか、それや実にバラモン軍の為には大慶だ。併しモウ斯うなつては隠しても駄目だから、実地の事を言つて貰ひたい』 フエル『ハイ、私は直接其任に当つたのぢやありませぬが、玉木村の豪農の娘スミエル、スガールといふ美人が確にゼネラルの側に居りまする』 道晴『あ、さうだらう、よう言つてくれた。併しお前達両人は、此儘帰してやるは易いが、又すべての計画の障害になると困るから、兎も角、玉木村のテームスが家まで跟いて来てくれ』 フエル『ハイ、ソレヤ行かぬこた厶いませぬが、それよりも此処を見逃して下さいますれば、甘く二人の娘を助け出して来ますがなア、のう、ベツト、ここは思案の仕所だ。一層の事、バラモン軍を脱退して、三五のお道へ帰順するお土産として、二人を玉木村へ返さうだないか』 ベツト『ヘーン、そんな事が出来ますかな』 フエルは目をグツと睨み、 フエル『馬鹿だなア、何とか彼とか云つてここを助かるのだ、チと気をつけぬかい』 といふ意味を目で知らした。 ベツト『モシ道晴別様、フエルの大将の様子を御覧になれば、どちらが善か悪か判るでせう。兎も角私は帰順致します。何卒霊縛を解いて下さい御恩返しを致しますから……』 道晴『ハハハ、今霊縛を解いたら、一目散に逃出すだらう。兎も角玉木村へ来るがよい。何程厭と申しても、神力に仍つて引張つて行く、どこなつと行くなら行つてみよ』 と云ひ乍ら、三人の奴を連れて、シメジ峠の急阪を下り行く。フエル、ベツトは綱をつけて引張られるやうな心地し、足元危く、厭相に自然的に跟いてゆく。漸くにして玉木村の稍広き原野の中央に、老木茂る一構へがある。ここがテームスの屋敷であつた。道晴別は宣伝歌を歌ひ乍ら、三人の奴に案内され、フエル、ベツトを霊縛した儘門内に招き入れられたり。 (大正一二・二・二二旧一・七於竜宮館松村真澄録) |
|
290 (2618) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 15 愚恋 | 第一五章愚恋〔一四〇一〕 晴曇常なき晩秋の空、冷たき風に裳裾をあふられて、トボトボとやつて来た一人の男がある。ここはブルガリオの八衢の関所である。例の如く白赤二人の守衛が厳然と門に立つてゐた。一人の男は何気なく此門を潜らむとした。赤の守衛は、 赤『旅人暫く待てツ』 と呼びとめた。男は立止まつて、 男(六助)『ハイ、何ぞ用で厶いますか』 赤『其方は何者だ。そして姓名を名乗れ』 男(六助)『ハイ、私は自動車の運転手で六助と申します』 赤『あの有名なカウンテスの悪川鎌子の情夫だな』 六助『左様で厶います、それが又何と致しましたか、別に貴方方にお咎を蒙る理由は毛頭厶いませぬがな』 赤『其方はここを何処と心得て居る』 六助『現界でもなければ、霊界でもなし、死んだやうにも思ひますし、死んでゐないやうだし、つまり五里霧中に逍よつて居ります。併し乍ら此途中で妙な歌を聞きましたので、ヤツパリ死んだのではあるまいかと考へます』 赤『どんな歌を聞いたのだ、ここで一つ言つて見よ』 六助『ハイ、何卒お笑ひ下さいませぬやうに、判然は覚えてゐませぬが、あの歌によると何うやら死んだやうで厶います。そして愛人の鎌子は後に残つてるやうな気が致します』 赤『愛人の事を尋ねて居るのでない、歌を聞かせといふのだ』 六助『ハイ、先づザツと左の次第で厶います。 命からるる鎌子ぞと 知らぬが仏の六助を 犬死にさせたは誰が罪 親馬鹿子馬鹿に亭主馬鹿 といふ様な歌で厶いました』 赤『親馬鹿、子馬鹿に六助馬鹿といふのだらう、本当にあつたら命を棄てて、六でもない事をする奴だなア』 六助『どうせ六助ですから、六な事は致しますまいて、併しモ一つふるつた奴が厶います。 死なず共よいお前は死んで 死なにやならない私や死ねぬ ホンに浮世は侭ならぬ どしたら此苦が逃れようか 六助さまは嘸やさぞ 蓮華の花の台にて 半座をわけて吾行くを 待つて厶るであろ程に いやな亭主が介抱する といふ様な歌が道々聞えて居りましたよ。六助鎌子と云つたら、大抵私の事だらうと考へて居ります』 赤『汝は主人の娘を左様な事致して何とも責任を感じないのか』 六助『決して私は悪い事だとは思ひませぬ。双方納得の上、而も女の方から熱烈なる情波を送られ、ラブの雨を誕生の釈迦さま程浴びせかけられ、止むを得ず……でもなく、ヘヘヘヘヘ、つい嬉しい仲になりました。併し乍ら現代は比較的愚物が多いので、……カウンテスに自動車の運転手などがラブ関係を結ぶとは怪しからぬ……などと、法界悋気を致すので、一層の事第二の世界を求めて、両人仲能く理想生活を営まむが為、情死を致した所、どうやら鎌子は後に残つた様な塩梅で厶います。イー、何時頃鎌子が此処へ来るでせうか。お手数をかけますが、一寸生死簿をくつて下さいますまいか』 赤『汝は世間を恥づかしいとは思はぬか』 六助『決して恥づかしとは思ひませぬ、男として是れ位名誉はないと心得てゐます。よく考へて御覧なさい。貴族だとか、門閥だとか、富豪だとか、人為的の階級を楯に取り威張り散らしてる、一方には没分暁漢があり、驕慢不遜の奴があり、一方には泥坊にも等しき上流社会を、一生懸命に尊敬し、一文の御厄介にもならぬ貴族に対して、米搗バツタ宜しく、頭を下げ腰を曲げ尾をふり、追従タラダラ至らざるなき愚痴妄眛の人間に対し、一種の刺激剤ともなり、覚醒剤ともなり、興奮剤ともなりませう。決して男女の関係は権門や門閥や財産や地位や古き道徳に仍つて、左右し得べきものでないと云ふ標本を示した犠牲者で厶いますから、世間の人間は、……此六助を男の中の男だ。大丈夫の典型だ。ラブ・イズ・ベストの擁護者だ。貴族に対する警戒だ……と云つて賞讃してくれてるでせう。今回の六助の行動に依つて、キツと社会の亡者連も稍目を醒ました事でせう。貴族だつて、平民だつて、運転手だつて、同じ人間です。思想観念に決して変りはありますまい。それ故私は暗黒なる社会の光明となつた考へで厶います』 赤『何とマア偉い権幕だなア。余程娑婆の教育も、デモクラチツク化したと見えるワイ』 六助『私は恋愛に悩む世間の男女の為に犠牲になつたのです。平民階級の娘ならば少し許り自由が利きますが、上流階級の娘と来ると、夫れは夫れは悲惨な者で厶います。上流の娘の為に今迄閉ざされたる天国の道を開鑿した大慈善者で厶います』 赤『兎も角理窟は抜きにして、主人の娘と心中せむと致した其行動は許す事が出来ぬ。先づ気の毒乍ら色欲道の地獄へ行かねばなるまいぞ』 六助『止むに止まれぬ破目に陥つて、情死沙汰迄引起したのは、所謂社会の強迫と暴虐なる圧制に堪へかねて決行したのですから、そこはチツと御推量を願ひたいものですな』 赤『兎も角伊吹戸主様の審判廷で事情を申述べたがよからう。サ、奥へ通れ、社会道徳の攪乱者奴』 と云ひ乍ら、ポンと尻を叩いて門内へつつ込んだ。六助は門内にツと立止まり、目をギヨロつかせ乍ら、小声になつて、 六助『何とマア、何処へ行つても没分暁漢の多い事だなア。八衢の守衛迄が俺達のローマンスを羨望嫉妬の余り、ゴテつきやがる。エエ、これから審判廷で滔々と公平な議論をまくし立て、審判廷の空気を一洗してやらうかい』 と云ひ乍ら、一方の肩を高くし、一方の肩をさげ、懐手し乍ら、のそりのそりと進み行く。 面に白粉をペツタリとつけ、背の高い一寸渋皮の剥けた二十四五才と見ゆる女が、シヨナシヨナとやつて来た。赤は、 赤『ハハア此奴ア、今行つた六助のアモリヨーズだなア。まだ肉体は現界にある精霊らしい、どこ共なしに元気がないワ』 と独言云ひ乍ら、近付くのを待つてゐた。女は開け放れた門の閾を跨げようとした途端に白の守衛は大手を拡げ、 白『モシモシお女中、暫くお待ちなさい。貴方は此処へ来る所ぢやありませぬ』 女(鎌子)『私はアマンの後を慕うて参りました者で厶います。何卒そんな意地の悪い事を仰有らずに、此処を通して下さい』 赤『コレヤ女、其方のネームは何と申すか』 女(鎌子)『ハイ、鎌子と申します』 赤『ウーン、さうすると、カウント悪川不顕正の娘だな』 女(鎌子)『ハイ、お察しの通り、カウンテスで厶います』 赤『其方は貴族の家に生れ乍ら、世間の義理も考へず、祖先の家名をも省みず、雇人の六助と情交を通じ、道徳を紊したあばずれ女だな』 鎌子『ホホホホ、何とマアこれ丈開けた世の中に、古い頭を持つてゐられますなア。チツと頭のキルクを抜いて、新しい空気を注入なさいませ』 赤『コレヤ怪しからぬ、豪胆不敵の曲者奴。其方は夫のある身を以て不義の快楽に耽り、家庭を紊し、上流社会の名誉を傷けた大罪人だ』 鎌子『ヘーエ、私が六さまと密通したのが、それ程罪になりますか。今日の世の中を御覧なさい。すべて貴婦人といふ者は役者を買ひ、或は情夫を拵へる為に夜会といふものが出来て居るのです。女は交際界の花ですから、花にはキツと蝶がとまつて来るものです。今日の世の中に情夫の一人も能う持たない様な女だつたら、決して貴婦人とは云へませぬよ。活眼を開いて社会の裏面を能く観察して御覧なさい。私の如きは恒河の砂の僅な其一粒が現はれた位なものです。こんな事が罪になるのならば、今日の社会は全部罪の社会ですよ。男本位の圧制的社会の制度を根本改革し、痛ましい虐げられた女の社会を造る為の犠牲に、私は現れて来たものです。日々の新聞紙を御覧なさい。大抵三件か五件、多い時には十件許りも密通沙汰や情死沙汰を報道してゐるぢやありませぬか。新聞紙上に現はれる世の中の出来事と云ふものはホンの其中の一小部分に限られてるのです。それから考へてみましても、新聞紙上に現れてゐない悲哀なる姦通事件や情死沙汰は幾ら行はれつつあるか知れますまい。なぜ斯うした痛ましい事件が頻々と起るのであらうか。此問題に対して何人が責任を負はねばならぬか、もし責任を負はねばならぬとすれば、それは男でせうか女でせうか。言ふ迄もなく、社会全般が責任者でなければなりますまい』 赤『さうすると、お前の今度の不始末事件も、社会が負はねばならぬといふのか。チツと勝手な理窟ぢやないか』 鎌子『さうですとも、よく考へて御覧なさいませ。現在の社会組織といふものは、すべてが貴族本位、資産家本位は申すに及ばず、男子本位で強い者勝で厶いませう。特に男女の関係に付いては、今日の制度は何もかも男に取つては有利な事柄計りです。そして女に対しては何等の特権も与へられて居りませぬ。実に不公平至極な社会制度で、女に取つて之程不利益な悲惨な事はありませぬ。なぜ斯うした不公平を、男と女の間に設けておかねばならないのか、其理由を知るに私達は苦む者です。ですから一度夫婦間に或事情から離婚問題が持上つたが最後、何時も男は有利の位地に立ち、女は其反対の立場におかれて、泣寝入の体ですよ。女は自分に正当の理があつても、男の立場になつて、而も男にのみ有利に定められた現代の法律では、少しも女の正当な申し出でを聞入れてくれませぬ。どこ迄も女は男に従属したものだといふ観念の下に、かうした問題に対しても、男の方を上にして断定を下す事になつてますが、果して之が正しいと云はれませうか。道徳でも法律でも、男女平等に行はなければならないと、吾々女性は絶叫してゐるのです。女の立場からすれば、どうしてもさう叫ばずには居られないでせう。併し元々男と女の間に、さうした差別が勝手に設けられたのですから、云はば無理非道な公平を欠いだものと言はねばなりませぬ。だから女は女としての権利があります。其権利を女の方から、そんなに遠慮したり、自分自らを卑下したりするには当らないと思ひます。どこ迄も一個の人間として、男と同等の考へで押し進んでゆけば、それで可い事ぢやありませぬか。そこに女としての生命があり、自由があり、幸福があるので、それこそ女としての本来の持つ可きものなのです。男女関係計りでなく、今日の制度は弱肉強食、優勝劣敗の悪制度が行はれて居りますから、吾々はカウントの家に生れたのを幸ひ、誤れる古き道徳や形式を打破して、新しい社会の光明となる考へで、女一人としての本能を発揮した計りです』 赤『どうも挨拶の仕方がない、併し乍ら左様な考へでは社会の秩序が紊れるから、ヤツパリ男尊女卑の法則を守らねばなりませぬぞ。何程男女同権だと云つても、夫婦となつて家庭を作る上は、夫唱婦従の法則に従ひ、茲に始めて男尊女卑、所謂夫婦不同権の域に入るのだ。不都合千万な夫の目を盗み、雇人と姦通をしておき乍ら、社会の目を醒ますの、新社会の光明となるとは怪しからぬ言ひ解けだ。お前の云ふ通りに、世の中がなるのなれば、第一家庭が紊れ、姦通は白昼公然と行はれ、嫉妬紛争の絶え間がなくなるではないか』 鎌子『相愛の男女が夫婦となつたのならば、決して何程解放的にしておかうが、法律がなからうが大丈夫ですが、今日の如き圧迫結婚、財産結婚、門閥結婚、本人以外の者の定めた結婚には、真に夫婦としての互の貞操を保持する事が出来ぬぢやありませぬか。愛のない結婚を強るが為に、遂に抑へ切れなくなつて、かやうな問題が起るのですよ。それだから此責任を社会が負はねばならないと、私は主張致します』 赤『併しお前はまだ、生命が現界に残つてるから、今日は余り追及する事は避けておかう。併し現界へ帰つたら、能く胸に手を当てて、自分の誤れる思想を考索し、今の夫に貞節を尽さねばなりませぬぞ。妻の方から真心を以て向へば、夫は必ず妻を親愛する者だ』 鎌子『私の夫はどれ丈辛く当つても、気の好いノロ作だから、うるさい程親愛しようとします、それが私は厭なんですよ。よう考へて御覧なさい、恋人と心中をせむとして死そこねた其女房を、一言も立腹せず、世間の恥も考へず、下僕の如き態度を以て病院で介抱するのですもの、其ノロさ加減と云つたら、私は益々愛想が尽きました。どうしてもチツと許りは苦味の走つたヒリリとした所がなければ、女は決して男に愛を注ぐ者ぢやありませぬ。甘酒だつて、ヤツパリ椒をすつて入れたり、或は山葵などの辛味を調和せなくちや、本当の甘酒の味がありますまい。甘い計りで辛味の入つてゐない甘酒は一口は宜しいが、三口四口呑みますと、ヘドになつて出ますからね。エエエエ、あの難しい顔わいの、丁度私の父のやうなお方ですなア。仰有る事も能う似てゐますワ。其癖蔭では六助さま以上の事をやつてるでせう。私の父だつてさうですもの、ホホホホホ』 赤は采配を以て、赤の守衛『馬鹿ツ』と一喝、鎌子の頭部を目がけて打下ろす途端に、鎌子の精霊はパツと消えて元の肉体へ復つた。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館松村真澄録) |
|
291 (2619) |
霊界物語 | 54_巳_ビクの国の物語2(後継者問題) | 16 百円 | 第一六章百円〔一四〇二〕 懐の寒きが故に藪医者は 薬にまでも風ひかせけり (病井妖仙)『あああ、どつかそこらに香ばしい病人がないかと捜してみたが、野たれ、行倒れ計りで、根つから金をくれさうな奴もなし、こんな所へ迷つて来た。これだから、内の嬶が酒を呑むな酒を呑むなといつも言ひよるのだけれど、医者の養生知らずといつて、どうも節制が守れないものだ。余り此頃は世界の人間が賢うなつて、衛生とか運動とかに注意をし出したので、何奴も此奴も壮健になり、妖仙さまの懐は益々御衰弱遊ばす、困つたことだなア。去年仕入れた薬は風を引く、だと云つて、ヤツパリ元がかかつてゐるのだから、病人に呑して金にせなくちや会計は立たず、呑ましても呑ましても直らぬものだから、彼奴ア竹の子だ、藪医竹庵だ、と仕様もない噂を立てられ門前雀羅を張つて、実に惨なものだ、どこぞ好い患者があれば、一つ取つつかまへたいものだなア』 と独言ちつつ、八衢の門を潜らうとする茶瓶爺があつた。 赤『コレヤコレヤ一寸待て、其方は何者だ』 医(病井妖仙)『ハイ、拙者は仁術を以て家業と致す国手で厶る。何ぞ用が厶るかな。病気とあらば拙者が脈をみてやらうかな』 赤『俺は至極健全だ、医者なんかに用はない』 医(病井妖仙)『ああさうかな、さうすれば私に用のない人だ。私と親密な交際をする者は病家計りだ。此頃は何だか三五教とかいふ邪教が蔓延して何奴も此奴も病気を直し、非常な商売の妨害を致すので聊か困つてゐるのだ。ああ医者もモウ世の末かなア』 赤『其方の姓名は何と申すか』 医(病井妖仙)『ハイ病井妖仙とも云ひ藪医竹庵とも申します』 赤『どちらも其方の綽名だな、本名は何といふか』 妖仙『あまり商売が忙しいので、本名は忘れました。誰も彼も私の前では、先生々々といひますから、マア先生が本名で厶いませうかい』 赤『其方は一生の間に病人を幾ら助けたか』 妖仙『助けたのも沢山厶いますが、寿命のない者は、神さまだつて、医者だつて叶ひませぬから……併し乍ら医者と南瓜はひねたが可いと申しまして、一人前の医者にならうと思へば、どうしても経験上千人位を殺さなくちやなりませぬからなア』 赤『汝は本当に診察しても、病気の原因や医療法が徹底的に分つて居るのか』 妖仙『人間の分際として、分り相な事はありませぬが、兎も角先人の作つておいた医書と首つ引して薬の調合致します。そして問診と云つて、介抱人や家族の者に病の経過を聞き、食欲の有無を問ひ糺し、又望診と云つて、病人の様子を望み、顔の黄色い病人は黄疸と断定し、赤い奴は酒の酔と断定し、夫れ相当の薬を与へます。其上血液循環の様子や、呼吸器、神経系統などを、念入りに調べる為、打診、聴診、触診など、所在手段を尽し、どうしても分らない時は、可い加減な名をつけて、マア胡魔化すのですな。沢山に医者も居りますが、実際の病気をつかんだ医者は、恐らくは一人もありますまい。世の中はマアこんなものですよ』 赤『不届な藪医者奴、其方の薬違によつて、あるべき命を棄てたる者が幾人あるか分らぬぞ、人殺の大罪人奴』 妖仙『医者は人を殺しても、別に法律には触れませぬよ。それが医者の特権です。普通の人間が人を殺せば、忽ち死刑の処分を受けねばなりますまい。医者は堕胎をしようが手足を切らうが、堕胎罪にもならず、傷害罪にもならず、一種の特権階級だから、お前さま等に大罪人呼ばはりをされる筈がない、構うて下さるな。ヘン、お前さまは顔が赤い、チツと逆上せて厶るな。チツと古いけれどセメンエンでも上げませうか。陳皮に茯苓、ケンチアナ末に、アマ仁油、重曹に牡蠣、何なら一服召し上つたら何うだい』 赤『バカツ、汝は医者の押売を致すのか』 妖仙『さうですとも、生存競争の烈しき世の中、医者だと云つて、ジツとして居れば誰も来ませぬ。大新聞に広告をしたり、記者に提灯を持せたり、金を出して博士の称号を取つたり、種々雑多と体裁を飾り立てなくては、乞食だつて手を握つてくれといふ者がありませぬワ』 赤『此帳面に、よく調べてみると、其方は葡萄酒に水を混ぜて、大変高貴な薬だと申し、病人にのませ、非常にボツた事があらうな』 妖仙『そらさうですとも、併し乍ら私達のボルのは一服五銭十銭と小さくボツて行くのです。一口に千円万円とボツてゐる奴は、世界に幾らあるか知れませぬよ。四百四病の中でも直る病もあれば、どうしても直らない病がありますが、それでも病人が薬をくれといへばやらぬ訳にも行かず、又此方もボルことが出来ぬから、あかぬとは知りつつ、葡萄酒に水をまぜて慰安の為呑ましてをります。之が所謂医者の正に尽すべき道徳律ですから、さう貴方のやうに一口に貶すものぢやありませぬ』 赤『兎も角難物だ。到底モルヒネ注射位では気がつくまいが、今に荒料理をしてやるから、マア奥へ行つて順番の来る迄待つてゐるが可いワ』 妖仙『貴方は今、荒料理をしてやると云つたが、それは外科的大手術の事でせう。貴方は医者の鑑札を持つてゐますか。そんな事をなさると医師法違反で告発しますぞ。サ、何といふ姓名だ、聞かして貰ひませう。此方にも考へがあるから、お前達のやうな素人に俺達の縄張を荒らされては、到底、医者として立つていけるものぢやない。鎮魂だの、祈祷だの、心理療法だのと、此頃は俺達の敵が沢山現れて、商売の妨害をするから、全国医師大会を開いて、政府に抗議を申込み彼等の輩を殲滅せむと、筍会議で定めてあるのだ。それに素人のお前が、大手術を医者の私に向つて、してやらうなどとは、法治国の人民として、実に怪しからぬものだ。サア、名を聞かしなさい』 と懐から手帳を出し、鉛筆を舐つて、姓名を書き留めようとしてゐる。白の守衛は妖仙の腕をグツと握り、厭がるのを無理無体に引張つて、門内に隠れた。 目のクルリとした、鼻に角のある、腮鬚を一尺計り生やした一癖有さうな男、此街道は俺のものだといふやうな調子で、大手を振つてのそりのそりとやつて来る。赤の守衛は、 赤『オイ暫く待て、取調べる事がある』 と呶鳴つた声に、彼の男は立どまり、厭らしい目で赤の顔を睨めつけ乍ら、 男(人尾)『何だ、天下の大道を自由に濶歩するのは吾々の自由の権利だ、待てとは何だ。他人の権利を妨害し、仮令一刻でも暇取らせるならば、それ丈の損害賠償を請求するぞ。其方は人間の権利義務といふ事を弁へてるか、エエン』 赤『ここは八衢の関所だ。汝の生前のメモアルを査べ、天国へやるか、地獄へ墜すか、……といふ分水嶺だ。汝のネームは何といふか』 男(人尾)『拙者は人尾威四郎といふ有名な弁護士だ。そして特許弁理士を兼ねてゐるのだ。これでも法科大学の卒業生だ。守衛の分際として吾々を取調べる権能がどこにあるツ』 赤『いかにも汝は人間の生血を絞る悪党だ。随分金を能く絞り取つたものだなア』 人尾『人が憂ひの涙に沈み、首もまはらぬやうになつてゐる所を、聊か慰安を与へるのが拙者の職掌だ。其報酬として労金を請求するのは商売上の権利ぢやないか、請求すべき物を請求したのが何が悪い』 赤『其方は始からの弁護士ではあるまい。今は人尾威四郎と申してゐるが、以前は二股検事と云つて、随分悪辣な事を致した者だなア。無謀な検挙を致して、失敗つた揚句、已むを得ず弁護士になつたであらう』 人尾『構つて下さるな、自由の権利だ。お前は吾々を辱める積りか、ヨーシ現行法律に仍つて誹毀罪に訴へてやる。事実の有無に関せず、人の悪事を非難致した者は、新刑法の条項に照し相当の処分がある筈だ。併し乍ら其方の出様によつては取消さない事もない、賠償金を幾ら出すか』 赤『馬鹿言へ、ここは霊界だ。霊界へ現界の法律を持つて来ても通用致さぬぞ。其方は少しくボレ相な大事件は残らず有名な弁護士に取られて了ひ、糊口に窮し、小作人を煽動し、労働者を煽てあげて、沢山の入監者を作り、自分が弁護の得意先を製造致す、しれ者であらうがな』 人尾『成程、それに間違ひはない。併し乍ら煽動する者が悪いのぢやない、其煽動にのる奴が悪いのだ。拙者は拙者として商売繁昌の為に所在手段を尽し、活動してゐるのだ。此権利を侵害する者は、何程霊界だつてあらう筈がない。訳の分らぬ事をいはずにスツ込んだがよからう。八衢の関所と聞く上は定めて審判所もあるだらう。ヨシ、裁判はお手のものだ。これから滔々と弁論をまくし立て判官の目を醒ましてやらう。第一審でいけなければ第二審、第二審で可かなければ第三審、美事勝つてみせよう。そして天国の永住権を獲得し、人生特有の権利を遺憾なく発揮する心段だ、オツホン』 と云ひ乍ら、反身になつて自ら門を潜り、のそりのそりと進み行く。後に二人の守衛は顔を見合せ、 白『彼奴アどしても地獄墜ちですなア、法律家といふ者は実に味のない者ですなア』 赤『冷酷無残の獣とは彼奴等の事だ。法律にのみ精神を傾注してゐる現界の奴は、口では権利義務を叫び乍ら、人の権利を侵害し、義務を踏みたたくる位は何とも思つてゐない。厚顔無恥の精神病者計りだから、可哀相なものだ。あああ可いかげんに守衛もお暇を頂かねば堪らなくなつてきた。併し乍ら自分と雖も、天国へ行く資格もなし、外に之といふ芸もないのだから、ヤツパリ厭な守衛を勤めねばならないのかなア』 斯く話す所へ、又もや向方の方より、三十恰好のハイカラ男がそそり[※「そそり」とは浮かれ騒いで歌う歌のこと。そそり節。そそり歌。]を唄ひ乍ら、千鳥足にて大道狭しとやつて来る。 (要助)『冬の日の うす日をうけて只一人 分らぬ所を彷徨ひ来る。 冬の日は 空にふるうて照りわたる 烏の皺枯声がする。 何となく あとの心の淋しさよ 今は世になき恋人思へば。 なれそめて 君におびえぬ鳥ありと 悲しき事を書ける文。 島田つぶして丸髷結うて 嬉しやお宮へ礼参り……と、 あああ酔うた酔うた、一体ここはどこだい。何だか無粋な奴が山門の仁王然と立つてゐやがるぢやないか。 二世や三世は何うでもよいが せめて一夜の縁なりと………とけつかるわい。ウーエ、何と淋しい街道だな。ソロソロ酔が醒め出したやうだ。こんな所で醒められちや、やり切れない。モウ暫く持続する為に歌でも唄つて騒いでやらうかな、…… 何とするかと狸寝すれば 舌を出したり笑つたり……と、 アハハハハ、お徳の奴、此間の晩も馬鹿にしてゐやがる、 浮気聞いても気になる人が 出雲参りを誰とした……か、 二世を契つたあなたの前で 切れて気になる三味の糸。 切れた切れたは世間の噂 水に萍根は切れぬ………と何と云つても、お徳はお徳だ、要助さまには、誰が何と云つても……切れはせぬ……と吐すんだから、大したものだ』 と袖懐をし乍ら、ドンと門に行当り、頭がフラフラした拍子にバツタリ此処に倒れた。守衛は背中を力限りに三つ四つ続け打に打つた。要助はハツと気がつき、酒の酔も醒め、真青な顔になり、二人の顔をギロギロと見詰めてゐる。 赤『其方は何者だ』 要助『ヘヘ、私は有名な好色男子要助と申します。私をお呼び止めになつて、何か要助が厶いますかな。余りお徳にならぬ事はお尋ねなさらぬが宜しい。お徳変じてお損となつては互の迷惑ですからな』 赤『其お徳といふのは何処の女だ』 要助『エヘヘヘ、一寸申上げ難う厶いますが、ベコ助の女房で厶います』 赤『ベコ助の女房に、其方は関係をしたのか』 要助『関係があるといへばあります。無いと云へばない様なものですが……』 赤『其方はお徳に肱鉄をかまされたぢやないか。そして沢山な金を取られただらう』 要助『ヘエ、実の所はエー、お徳の要求に応じ、爺の貯金を引ぱり出し、饂飩屋の資本金にするといふものですから、百両許り貸してやりました。そして酒を一杯すすめられ、寝た振をしてみて居りますと、お徳の奴、舌を出したり、私の方を見て、イインをしたり、笑つたりしてをるのですよ、……何をするかと狸寝すれば、舌を出したり笑つたり……、マアこんな調子でした、何分にもお徳にはレコがあるものですから、どうしても要助と完全に意志を疎通する事が出来ませぬので、目を剥いたり、仕方をしたり、それはそれは苦心をして居りますよ。併しまだ一度も姦通などはして居りませぬから、二人の仲は潔白なものです』 赤『仮令肉体の上に姦通はしなくても、已に已に心で姦通したぢやないか』 要助『サ、夫れが判然分りませぬので、私の方では、心で已に姦通せむとして居りますが、トツクリ話をする間がないものですから、向ふの意志は十分に分りませぬ。出刃が切れるとか、菜刀が切れるとか、今日は金が切れたとか、饂飩の原料が断れたとか、仕舞ひの果にや……切れた切れたは世間の噂、水に萍根は切れぬ……などと唄つてるものですから、実際私の事を云つてるのか、商売の事を云つてるのか、まだスツカリ判断がつかないのです。そした所、家の爺奴が、私が貯金を引張出し饂飩屋のお徳にやつたと云ふ事を聞いて、怒るの怒らぬのつて、矢庭に手斧を振かざし……コーラ極道伜奴……と鬼のやうな顔して追かけて来るものですから、止むを得ずライオン河へ投身をしたと思へば、ヤツパリ夢だつたか、こんな所へ踏み迷うて来ました。何分酒のまはつてる最中に追ひかけられたものですから、どこをどう通つて来たのか、川へはまつたのが本当か、テンと訳が分りませぬワ』 赤は生死簿を繰り乍ら、 赤『ヤ、其方はまだ四十年許り命が残つてゐる。併し乍ら其方の肉宮は爺が川から引上げて、「此極道奴」と言つて、矢庭に土の中へ埋け込んで了ひよつたので、最早帰る事が出来まい。気の毒乍ら四十年許り、此中有界で修業を致したがよからう』 要助『ハイ、ソリヤ仕方がありませぬ。併しお徳は何処に居りますか、一寸知らせて下さいな。別に向ふに思召のないのに、無理に要求に応じてくれとは申しませぬ。只百円の金を貸した為に、こんな顛末になつたといふ事丈を云つてやりたう厶いますから、 百円(逆縁)も、もらさで救ふ願なれば 導き玉へ弥陀の浄土へ…… といふ、どこやらの観音様の、詠歌が厶いましたなア、あの百円さへ私の手へ返されば、極楽浄土へ救うて下さるでせうから、果してここが冥土とあれば、仮令幽霊になつてでもあの金をお徳から取返し、極楽行がしたう厶いますからなア』 赤は、 赤の守衛『エエ八釜しい、そちらへ行けツ』 と力に任して突飛ばせば、要助は細くなつて、東北の方を目がけて逃げて行く。 (大正一二・二・二三旧一・八於竜宮館松村真澄録) |
|
292 (2636) |
霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 07 朝餉 | 第七章朝餉〔一四一五〕 万公は炊事場をあとに治国別の居間に駆け入り、頭に灰を被り乍ら顔に黒い汗を滲らせ、 万公『これはこれは三五教の宣伝使治国別様を初め奉り松彦、竜彦、鬼春別、久米彦、スパール、エミシのお歴々様、女房がいかいお世話になりまして家内一統の喜びは筆紙に尽す事は出来ませぬ。何とお礼を申してよいやら、あまり突然の事とて狼狽を致して居ります。二三日しましたら稍落ち着きますから、とつくりと調理法も調へお口にあふものを差上げ度いと存じます。何分下女が来たてで厶りますなり、下男も漸く蔵から引張出して初めての修行をさしたのですから、何事も意の如くなりませぬので、万事不始末計りで厶ります、何卒神直日大直日に見直し聞直しまして暫らくの御容赦をお願ひ申します』 鬼春『アハハハハ、万公別さま、貴方何時の間に、此処の主人になりましたか。まだ御披露もあつた様にも思ひませぬが』 万公『決して決して左様な御心配は要りませぬ。披露や婚姻の儀式等は何日でも宜しう厶ります。兎に角霊と霊とが密着不離の関係を持つてさへ居れば、最早動かない大盤石の様なものですからな』 治国『万公さま、どうやら今度はものになりさうだな。吾々に斡旋の労を執らさうと思へばチツと優待せぬと駄目だよ』 万公『滅相もない、こんな良縁を勇退して堪まりますか。仮令幽体になつても勇退しませぬわ。エツヘヘヘヘ』 治国『優待と云ふ事は大切にもてなすと云ふ事だ。待遇が悪いと不成功に終るかも知れないぞ』 万公『先生、縁起の悪い事云つて下さいますな。もてなし所か大もてありです』 松彦『アハハハハ、先生、こいつは一寸逆上してる様ですな』 治国『うん、頭から冷水でもぶつかけてやらなくちや大変な逆上せ方だ。おい、万公さま、お前の頭は何だ、大変心配したと見えて髪の毛が真白になつたぢやないか』 竜彦『自分のはいぐう(配偶)について心を悩ましてゐるものだから、頭の毛迄灰を被つた様にしてるのですよ。之では万公さまもゼロハイ(零敗)だ』 万公『もし、竜彦のお客さま、ゼロハイ(零敗)でも何でもありませぬよ。万公山が噴火して降灰をやつた所です』 竜彦『ハハハハハまるつきり灰猫同様だ。一体何をして居たのかな』 万公『炊事場へ行つて下女下男に対して、さいはい(采配)をふつて居たものだから、此通り灰殻頭になつたのですよ』 竜彦『万公別さま、お前は大変腹が悪いぢやないか。俺等に灰まぶれの飯を食べさせやうとしたぢやないか』 万公『何分家庭の様子がテンと分らぬものですから、思はぬ失ぱい(敗)を致しました。併し御心ぱい(配)下さいますな。屹度今に御飯を焚き直し僕共がはいぜん(配膳)をもつて参ります』 久米『万公別さま、随分敏しこうやりますね。何時の間にスガールさまと情約締結をしましたか。随分凄い腕ですな』 万公『何と云つても三五教の万公別ですよ。 音に名高きフサの国猪倉山の山砦に 此世を乱す曲津神八岐大蛇の懸りたる 大黒主の醜柱これに仕ふる数多の魔神 中にも別けて鬼将軍と仇名をとつた 悪逆無道の鬼春別久米彦両将軍が 金城鉄壁と恃み数万の軍勢を引率れて いとも堅固に守りたる醜の陣屋を打亡ぼし 天下の害を除かむと万公別が部下の勇将 治国別、松彦、竜彦を引率れ旗鼓堂々と 敵の陣屋へ攻めかくる三五教の神将と 世に聞えたる某が生言霊に辟易し 流石の鬼春別将軍も兜を脱ぎ剣を投げ出し 丸腰となつて紅涙滴々五臓六腑を転覆させ乍ら 啜り泣きつつ脆くも降参したりけり 逃ぐるを追はず謝罪る様な腰抜者を 頭の一つも殴つた所で何の利益かあるべきと ここは寛仁大度の本性を発揮し 醜の魔神を神直日大直日に見直し聞直し 百千万の過失を宣り直し救ひ助くるは天の道と 瞬く間に至清至潔の身魂に感じ無事にその儘事済みとなり 敵の大将を霊縛し乍ら凱歌を奏して谷を飛び越え 岩間を潜り杉の木立を掻き分けて青葉茂る大野原を 声は聞けども姿は見えぬ山時鳥に送られて 玉木の村の里庄が館テームス方へと凱旋したりけり かかる智勇の神将なれば鬼春別や久米彦を 蚰蜒の如くに嫌ひたる天下無双のスガール美人 忽ち吾に懸想して電光石火 目にもとまらぬ急速力で吾両眼に視線を投げ 以心伝心忽ち情意投合し 神界晴れての誠の夫婦テームス館の若主人 万公別となりにけりああ惟神々々 常平生に三五の神に仕へし甲斐ありて 嬉しき今日の吾身の上夢ではないかと折々に 吾と吾手に頬を抓り鼻を捻つて伺へば やつぱり苦痛を感じ入る治国別の師の君よ 何卒々々教子の万公別に暇を賜はり 二人が仲の媒酌を完全に委曲に結ばせ給へ 偏に願ひ奉る。小北の山で十七の 娘お菊に弾かれて男を下げた万公も 吾師の君のお蔭にて漸く男を作り上げ ビクトリヤ城に立向ひ再び神力現はして ダイヤの姫を救ひ出し左守の司に遮られ いささか閉口の為態然るに何ぞ図らむや 金勝要の大御神イドムの神の御恵 漸くここに相思の男女が程遠からぬ其間に 合衾式を挙げむとす今は万公別にとり 最も大切の正念場治国別の師の君よ 私の結婚済むまでは何卒々々辛抱して 万公別の弟子なりと人目を繕ろひ一生に 一度の願を快く何卒聞いて下さんせ 松彦、竜彦始めとし鬼春別や久米彦の ゼネラルさんよカーネルのスパール、エミシ両人よ ここはお前も辛抱して万公別に花持たせ そこはそれそれ都合よくバツを合して下さんせ 偏にお願ひ申します人に手柄をさそと思や 自分は何と云はれても辛抱するのが男ぞえ 男の中の男とは吾師の君を初めとし 皆さま等の事だらうああ惟神々々 御霊幸ひましませよ』 一同『アハハハハハ』 鬼春『治国別様、大変に万公別さまは春情立つてるぢやありませぬか。気の毒なものですな』 竜彦『三五教の大宣伝使英雄豪傑の万公別様、スガール様の御容態は如何で厶りますか。一度お尋ね致したいとも思ひ、脈も見てお上げし度いと存じて居りますが、何と云つても男が女に手を触れると云ふのは剣呑ですからな。もしや拙者の顔を見て「やつぱり万公別様よりも貴方の方がどこともなしに男らしう厶いますわ。ネー貴方」などとやられちや当家の若主人に対して失礼ですから、まア控へて居りませうかい』 万公『や、有難う。何卒、さう願ひます。何れ主人の私が親しく見舞つてやれば勢がついて、直ぐに全快するでせうが、何だか女にでれてゐる様に舅姑に思はれても面白くないと思ひ、控へて居るのですよ』 竜彦『それだと云つて吾々は御祈願もし、鎮魂もしてやらなくちやなるまい、なア松彦さま。一つ先生にお願ひして直接鎮魂をやつて来うぢやないか』 治国『さア、夫婦も御心配だらうし、道晴別も苦しんでるだらうから、お前等二人に鎮魂を願ひ度いものだな』 竜彦『ハイ、承知致しました。さア松彦さま、師の君のお許しが出た。之から第一着手としてスガールさまの身体検査をしようぢやないか。エツヘヘヘヘ』 と故意とデレ声を出して笑うて見せた。 万公『いや、その御心配には及びませぬ。お前さま等に拙者の女房を鎮魂して貰ひましては剣呑です。乳吸鎮魂、接吻鎮魂、裸鎮魂などをやられちや困りますからな』 竜彦『私は誠の宣伝使だ、決して心配して下さるな。偽宣伝使のガラクタ役員の様な脱線的鎮魂はやらないからな』 万公『それでも廿世紀の○○教の宣伝使がチヨコチヨコやつて家を追ひ出されたり、本山から電報で呼び戻されたりした例もあるのだから大切の女房を任す事は出来ませぬわい、イツヒヒヒヒ』 治国『万公別さまが、あまり心配をするから松彦、竜彦は少時く御遠慮して鬼春別、久米彦様に御苦労になりませうかな』 万公『いえいえ滅相もない。スガールは何卒放つといて下さい。此万公別が不断的に遠隔鎮魂をやつてゐますから、やがて全快するでせう』 竜彦『大変気が揉めると見えますな。とらぬ狸の皮算用ぢやありませぬか。どうも前途暗澹不有望の気配が漂うてゐる様ですな。先生』 かかる処へアヅモスはフエルと共に膳部を運び来り両手をついて、 アヅモス『皆様、先程は誠に不都合な事を致しました。何分俄主人が采配をなさつたものですから、到頭何も彼も灰まぶれになりまして申訳が厶りませぬ。今度は改めて支度を致しましたから、何卒お食り下さいませ』 治国『どうもお手数をかけて済みませぬ。さア皆さま頂戴致しませう。随分お腹が空いたでせう』 万公『いや、アヅモス、フエル、御苦労だつた。之から拙者が皆様にお給仕を致すから、お前は彼方へ行つて其処辺を片付けるのだ。グヅグヅしてゐると、しやうもない屑が出ると困るからな』 アヅモス『ハイ、承知致しました。ここにお酒が沢山に厶りますから、何卒馬鹿旦那様……ア、イヤイヤ若旦那様、お客様に充分お召り下さる様、お勧め下さいませ。左様ならば皆様、緩りと召あがり下さいませ』 とフエルと共に恐る恐る此場を立去り再び炊事場に皈り行く。後は万公の酌で一座も賑ひ一同舌鼓をうつて朝飯を済ましたりける。 (大正一二・三・三旧一・一六於竜宮館北村隆光録) |
|
293 (2647) |
霊界物語 | 55_午_ビクの国の物語3(玉木の里) | 18 音頭 | 第一八章音頭〔一四二六〕 アヅモスは赤手拭ひで鉢巻をし乍ら、群衆に交はつて手を拍ちつつ円を画いて宮の前の広庭に音頭を取り踊り始めたり。 (音頭口調)『ハーヤー夕陽も傾きて(エンヤツトコセー) 無常を告ぐる鐘の音も(コラシヨ) みろく三会の暁の 目醒めの声と聞ゆなりー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 社前を照らす銀燭の 光映ゆき照り渡りー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 治国別の神司 救ひの神と現れまして(コラシヨ) 三五教の御教を 完全に委曲に説き玉ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉木の村の里庄が家に(コラシヨ) 止まり玉ふ尊さよオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 猪倉山の巌窟に(コラシヨ) 巣を構へたるバラモンの 鬼春別や久米彦もオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 神の力に敵し得ず 兜を脱いで降参し(コラシヨ) 髪切り落し比丘となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 金剛杖に墨衣(コラシヨ) 身に纒ひつつ四人連れ 此家を後に出でて行くウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 後に残りし治国別は(コラシヨ) 御供の神の松彦さま(ドツコイ) 道晴別や竜彦のオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 珍の司と諸共に 玉置の村の守り神(コラシヨ) テームス館に宮柱 太しき立てて大神をオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 鎮め玉ひし尊さよ 殊に目出度き万公別 此家の主人となり玉ひ(コラシヨ) スガール姫を娶らせてエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 鴛鴦の契の幾千代も 万公末代変りなく(コラシヨ) 暮らさせ玉へ惟神(コラシヨ) 神の御前に願ぎ奉るウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) それにまだまだ目出度きは(コラシヨ) スミエル姫にシーナさま(ドツコイ) 三国一の婿となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 万公さまと相列び(コラシヨ) 里庄の家を継ぎ玉ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此村人を何時迄も(コラシヨ) 恵助けて三五の 教の道を立て玉ふオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 目出度い事が重なれば(コラシヨ) これほど重なるものかいなアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 番頭さまのアーシスさまは(コラシヨ) 雲井に近き御方の 珍の御胤と聞えたる お民の方を妻に持ちイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉木の村にましまして(コラシヨ) 治国別の神様の 教を守り此宮の(コラシヨ) 神の司となり玉ふオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 其の瑞祥を悦びて 老若男女の別ち無く 之の館に相集ひ 歓喜の涙にむせ返るウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ああ惟神々々 神の御前に謹みて(コラシヨ) 深き恵を感謝しつ 手拍子揃え足並揃え 拍手うちて踊りつつ 悦び祝ひ奉るウーウ(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) まだまだ先はあるけれど あまり長いのは御退屈 私はこれで休みます 次の御先生に御頼み申すヤーア(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー)』 道晴別は祭服を脱ぎ捨て、踊り子の中に飛び込み、音頭をとつて踊り始めける。 道晴別『(アアチヨイチヨイチヨイ) 私は道晴別司(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 三五教の神様に 御仕へ申して十四年(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 斎苑の館やエルサレム 黄金山や霊鷲山 コーカス山へも参拝し(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 誠に尊い御神徳 身に稟けまして治国別の 珍の司の宣伝使 御供に仕へ奉りつつ(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 斎苑の館を立出でて 河鹿峠を打渉り(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 曲の棲処と聞えたる 山口森に立寄つて 一夜を明す折もあれ(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 忽ち光る鬼火を眺め 胸轟かし居たる折(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー) 頭に三徳頂いて 蝋燭三本立列べ 鏡や鋏を胸に吊り チヤンチヤンチヤンチヤンビカビカと 怪しの姿がやつて来る(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ア、ヨイトサーヨイトサー) 不思議な奴だと怪しんで 胸轟かす真最中 アこれから先が面白い(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ヨイトサーヨイトサー) まだまだ先はあるけれど 後の御方に御気の毒 これにて御免を蒙りませう(ア、チヨイトコセーチヨイトコセー、ヨイトサーヨイトサー、ハーレヤーレコレワノサヨーイヨーイヨーイトサ) 次の御先生に御渡し申す(ア、チヨイトコセチヨイトコセ、ヨーイトサーヨーイトサー)』 ○ 音頭『イヤ、ヤツトコシヨ 踊『コリヤドシタイヤイ 音頭『イヤま一つヂヤ 踊『イヤまだかいヤイ 竜彦『後見送りて宣伝使(エンヤツトコセー) 暫し言葉も無かりしがアーアー(ア、ヨイトセー、ヤツトコセー) 女房松姫尻目にかけ(コラシヨ) コリヤ女房(ドツコイ) 其方は神の使と云ひ乍ら 其天職を忘れたかアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 此松彦は神様の(コラシヨ) 尊き使命を蒙りて(コラシヨ) 治国別の弟子となりイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 悪魔の征討に上り行く(コラシヨ) 其首途を見ながらに(コラシヨ) 待てと申すは何の事オー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 聞きわけないと突放す 松姫顔を赤らめてエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) イヤのう、モーシ松彦さま(ドツコイ) 女乍らも宣伝使 夫の後を追つかけて どうして御用が出来ませうかアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 女房の心も察してたべ(ドツコイ) 悲しいわいなと泣き、伏してエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 輪廻に迷ふ浅間しさ 松彦涙を打払ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 今の別れは辛けれど(コラシヨ) 暫く忍べ道芝の 露さへ乾く例ありイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 治国別の師の君が(コラシヨ) 後を慕うて進み行き(コラシヨ) 浮木の森で追ついてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 功名手柄を世に照らし(ドツコイ) 尚も進んで月の国 ハルナの都に立向ひイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 斎苑の館へ復り言 申さにや置かぬと出でて行く(コラシヨ) 後見送りて松姫はアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 常磐の松の下かげに(コラシヨ) いよりかかつて声を上げエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) モーシモーシ吾夫さま(ドツコイ) 一日も早く神界の 御用をすませ玉はりて(コラシヨ) 無事なお顔を見せてたべエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 頼むワイなと声限り 便りを松姫小夜姫がアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 領巾振山のオーオー悲しみもーーー わが身の上を歎きつつ 別れを惜む可憐さアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 流石勇気の松彦も(コラシヨ) 妻の愛惜子故の暗(ドツコイ) 怺へかねてかハラハラハラ(ドツコイ) 涙は落ちてエーエーエー河鹿川ーーー 堤も崩るるばかりなりイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 其松彦は長駆して 治国別の師の君に(コラシヨ) 浮木の森に巡り会ひイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 茲に師弟は手を曳いて ライオン河を打渡りイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ビクトル山の麓なる(コラシヨ) 珍の都の刹帝利 左守の司の危難をば(コラシヨ) 救ひ助けし健気さよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 治国別の師の君の 大神力は云ふも更 国治立の大神様(コラシヨ) 神素盞嗚の神様の(コラシヨ) 深き守りによるものぞオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此竜彦も相共に(コラシヨ) 神の御道を歩みつつ ビクの国をば立出でてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 漸く此処に来て見れば 玉置の村のテームスがア娘 二人は魔神に捕らへられ 行方、知れぬと聞きしよりイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 三五教の宣伝使 松彦、竜彦、万公さま(コラシヨ) 三人の伴を引連れて(コラシヨ) 神のまにまに夜の道 上らせ玉ひし勇ましさアーアー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー) 神徳忽ち現はれて バラモン教のゼネラルや カーネル始め百軍(コラシヨ) 一人も残らず言向けてエーエー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 玉置の村に帰りまし(コラシヨ) 清き教の数々を 里庄の夫婦に教へつつ 天国浄土を地の上に(コラシヨ) 築かせ玉ひし尊さよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 神の恵みも赫灼に 現はれ玉ひ今此処に(コラシヨ) 瑞の御舎建て玉ひ 皇大神を永久に コラシヨー(ドツコイシヨ) 斎き奉りし嬉しさよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) ああ村人よ村人よ(コラシヨ) 尊き神の御前に 心を清め身を浄め(コラシヨ) 朝な夕なに参詣で 霊の恩頼を頂けよオーオー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 此竜彦は師の君に(コラシヨ) 従ひ奉り明日よりは(コラシヨ) ハルナの都へ立向ひイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 神の依さしの神業を(コラシヨ) 仕へ奉りてウブスナの 山にまします大神の 御前に復命致すべしイーイー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) いざこれよりは皆様に(コラシヨ) 御苦労になりし御礼を(コラシヨ) かねて御暇仕まつるウーウー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセ) 次の先生にお渡し申すヤーヤー(ア、ヨーイセー、ヤツトコセー)』 と音頭取りと踊り子が遷座式の神酒に酔ひ、歓喜に浮かされて円を造り、夜の更くる迄踊り狂ひ賑々しく祭典の式を納めた。是より治国別、道晴別、松彦、竜彦の四人は、テームス一家に暇を告げ、一先づエルサレムを指して足を速めて出でて行く。ああ惟神霊幸倍坐世。 (大正一二・三・四旧一・一七於竜宮館外山豊二録) |
|
294 (2662) |
霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 08 愛米 | 第八章愛米〔一四三八〕 『死んでから語呂つき出した法螺の貝 声高姫の賤が伏家に』 『内外にうなり出したる法螺の貝 おどろきケリナ、ベル、シャル、ヘル』 『法螺の音を聞いて高姫立上り 胸轟かす茅屋の戸口』 『法螺の音は近くに聞え又遠く 聞えぬわいなと神を恨めつ』 『あの声は矢張り夢か幻か 高姫司の法螺吹の音か』 と口々に歌ひ乍ら、四人は顔見合はして、不審の雲に包まれてゐる。高姫は法螺の声が再止まつたので、又元の座に引返し来り、 高姫『あああ皆々、待たしました。併し乍らシャルは妾の知己だ。之から大事にして妾の片腕に使うて上げますぞや。四人の方はモウ、トツトと帰つて貰ひませう。結構な日出神の御託宣を、ツベコベと小理窟許りひねるやうなお方は、到底助けやうが有りませぬ。第一霊魂の位置に天地の相違があるのだから、此高姫の愛が徹底しないと見えます、誠に気の毒なものだ。之も自業自得と諦めて帰つて貰ひませう。エーエ汚らはしい、今聞えた法螺貝の様に腹の中は空洞のクセに、大きな法螺を吹く許りで、仕方のないカラ霊魂だ。サアサア、此館は斯う見えても矢張り高姫の御殿だ。お前は小さい燻ぼつた茅屋と思つてゐるだらうが、之でも活眼を開いて能く見れば、金殿玉楼、精霊の曇が除れぬと、こんな立派な御殿が、お前には茅屋に見えませうがな、心次第に何事も映るのだから気の毒なものだよ。イツヒヒヒヒヒ』 ベル『何とマア、自我心の強い婆アだなア。妙なインクリネーションを持つてゐるスフヰンクスだ。どつか精神上に大変なラシャナリストがあると見えるワイ。オイ、ヘル、ケリナ、モウ帰らうぢやないか。何時迄居つた所で面白くも何ともない、諄々と口角泡を飛ばし、仰有つて下さつても、心に誠がないのだから、サツパリ無味乾燥で、ドライアスダストの様だ。サア、シャルの馬鹿者丈跡に残して出立々々、一、二、三』 高姫『エー、ツベコベとベルの如うに囀る男だなア。併し乍らここへ来た以上は帰ねと云つたものの、中々、実の所帰なす気はないぞや。帰にたけりや帰なしてやるが、お前の肝玉を抉り出し、結構な結構な霊と入れ替へた上で解放してやる。此処に出刃も用意してあるから、暫時待つたがよからう、動かうと云つたつて、ビクとも出来ぬやうに、曲輪の法が使うてあるから動いてみなさい。お前たちは余程よい野呂作だから、知らぬ間に霊縛をかけておいたのだよ。イツヒヒヒヒ』 ベル『ナアニッ、チヨン猪口才な、汝等に肝を渡してたまるかい。取るなら取つてみよ』 高姫『取らいでかい。何でも彼でもスツカリ取上げ婆アさまだよ』 ヘル『コレ、もし、高姫さま、私は堪へて呉れるでせうな。実の所はベルよりもお前さまの方がどこともなしに神さまらしい所がある様に思ひます、同じ物を取るにも肝玉を取るとは振つてゐる。私は其一言にサツパリ共鳴して了ひました』 高姫『ウン、お前は此ベルからみれば、チツと許りホロましな人足だ。併し乍ら底津岩根の大神様の生宮に対し、共鳴するなんて、何と云ふ傲慢不遜の言ひ方だい、チツとは言霊を謹みなさい』 ヘル『何分バラモン軍に居つて少し許り青表紙をかぢつたものだから、比較的スピリットが発達してゐるものだから、お前さまのメデヲカチックなお話が直接ハートに納まりませぬ。それが為に煩悶苦悩してゐるのですよ』 高姫『スピリットだの、ハートだの、メデヲカチックだのと、そんな怪ツ体な四足語を使つたつて分りませぬぞや。此高姫は神さまだから、鳥獣の様な声は耳に通りませぬ哩。なぜハツキリとしたスパルタ語で申上げぬのかい』 ヘル『何分霊魂の性来が悪いものだから、満足な言霊が出ませぬワ。マア堪えて貰ひませうかい』 ベル『コリヤ、ヘルの大将、汝は俺に反対的態度を取る積か。ヨーシ、それならそれで俺にも考へがある』 ヘル『考へがあるとは何うすると言ふのだい』 ベル『当家の主人高姫を第一着手として、バラモン教とやり、其次に高姫のパラドックスに共鳴する汝をバラモンとやり、ケリナをうまく懐柔して、ヘヘヘ、あとは推量せい。それ以上云ふのも野暮だし、聞くのも野暮だから……』 ヘル『アハハハハ、ケリナが嘸喜んで跟いて行く事だらう、本当に馬鹿だなア』 高姫『エー、喧しい、サア是からこつちの計画通り実行だ。オイ、ヘル、シャル、お前は表口と裏口に立番をしてゐなさい。そしてケリナは女の事でもあり、反対すると云つた所で、余り大きな事は能うせうまいから、ここに見て居るがよい、サア、ベル、覚悟はよいか』 と云ひ乍ら、懐中から赤錆になつた出刃をニユツと突き出した。 ベルはビク共騒がず、 ベル『アハハハハハ、そら何だ。蟷螂が斧をふり上げたやうな格好しやがつて、そんな威喝を喰ふベルぢやないぞ。之でも元はバラモン軍のサアジャント様だ。斬合殺し合はお手の物だ。自ら綯うた縄に自ら縛られるやうなものだぞ』 高姫は何と思つたか、出刃をパタリと投付けた。ベルは魔法にかかつて腰から下がビク共動かなくなつてゐた。併し乍ら手や口は自由自在に動くので、自分の前に落ちた出刃を手早く拾ひ、逆手に握り、最早大丈夫と高姫を睨め付け乍ら、 ベル『アハハハハ、面白い面白い、ベルの言霊に辟易して慄ひ戦き、出刃を落しよつたな。エヘヘヘヘ、最早大丈夫だ。サア槍でも鉄砲でも持つて来い、之から高姫館の道場破りだ。コリヤ、ヘル、シャル、汝も序にバラしてやらう、有難う思へ』 高姫『イヒヒヒヒ、何程出刃を振り上げて、山蟹のやうなスタイルで目玉を飛出し、頑張つて居つても駄目だ。こつちには二間の大身槍がある。遠い所からグサリと突いて肝をぬいてやるのだ。オホホホホ。テモさてもいぢらしいものだな。神に反いた天罰と云ふものはこんなものだ。今にみせしめの為に此高姫が成敗を致すから、ヘル、シャル、ケリナも之を見て改心なされや』 ヘル『ハイ、改心は致します、何卒命許りは助けて下さいませ。どんな事でも致しますから』 高姫『ウン、よしよし、それに間違ひなくば、命丈は許してやる。其代り高姫が尻を拭けと云つても拭くのだよ』 ヘル『ヘーエ、宜しあす。……何とか云つて、此場を遁れなくちや仕方がないからな』 と小声で呟く。ベルは依然として出刃を振上げたまま、高姫の兇手を防がむと身構へしてゐる。高姫はツと立つて、何処からか大身槍をひつさげ来り、ベルの胸を目蒐けて只一突につき殺さうと構へてゐる。ベルは出刃をふりかざし、息をこらして待つてゐる。忽ちブーブーと法螺の貝が間近に聞えて来た。高姫は此声に身体動揺し、自ら槍を其場にパタリと落した。そして見る見る真青の顔になつて了つた。シャルは高姫の槍を拾ひ、手早く裏口へ持出し、草の中へ隠して了つた。ベルは依然として出刃をふりかざした儘、固まつてゐる。此時門口をがらりと開け、 (求道居士)『御免下さい、拙者は求道居士と云ふ修験者で厶る。四人の男女がお世話になつてゐると承はり、迎ひに参りました』 高姫は轟く胸を抑へ、ワザと素知らぬ顔をして手を膝の上に揉み、 高姫『これはこれは、どこの修験者か知りませぬが、マアよい所へ来て下さつた。併し乍ら四人の者が世話になつてると、今仰有つたが、能く査べて下さいませ。どうにもかうにもならない悪党が一人交つてゐます。彼奴は泥坊とみえまして、此婆一人の館へ出刃をふり翳して踊り込み、金を出せ、衣類を出せと申して、此婆アの命を取らうと致しました。それ故、あの通り魔法……オツトドツコイ霊法に依つて封じておきました。お前もチツと、修験者なれば言うて聞かしてやつて下さい。神は人民を一人だつて苦めたい事は厶いませぬからな。日出神の義理天上も、こんな没分暁漢に係つては誠に迷惑を致します、オホホホホホ』 と自分の事を棚に上げ、且ベルを脅喝した其非事をあばかれない先に、うまく予防線を張つてゐる。求道居士は「何は兎もあれ御免を蒙りませう」と一間に通り、見れば四人とも腰部以下はビクとも動かないやうに霊縛されてゐた。求道居士は忽ち、呪文を称へ、天の数歌を奏上し、四人の霊縛を解いた。高姫は目を丸くし舌を巻いて、家の小隅につツ立つた儘、慄ふてゐる。 求道『お前はベル、ヘル、シャルの三人ぢやないか。北の森でゼネラル様から沢山のお金を戴き、一時も早く国許へ帰つて正業に就くと言つたクセに、まだ斯様な所にうろついて泥坊をやつてゐたのか、困つた代物だなア』 ベル『ハイ、申訳が厶いませぬ、キツト今後は慎みます、何卒今日は見逃して下さいませ』 ヘル『カーネル様、此通りで厶います』 と掌を合す。シャルは黙つて頭を下げたなり、稍微笑を帯び、高姫の片腕になつたと云ふ誇りを鼻の先にブラつかしてゐる。 求道『お前達三人は此処を何処だと思ふてゐるのだ』 ベル『ハイ、どことも思ふてをりませぬ、此処だと思ふて居ります』 求道『此処は分つてゐる。現界か幽界かどちらと考へて居るか』 ベル『そんな事が分る位なら、こんな所へ踏ん迷うては参りませぬ、実際は何処で厶いますか』 求道『困つた奴だなア、ここは冥土の八衢だ。此高姫といふ婆アさまは、精霊界の兇鬼になつてゐるのだ。サア帰らう、何時迄もこんな所に居つては約まらないぢやないか』 三人は何うしても幽界と思ふ事が出来なかつた。 ヘル『モシ、カーネル様、ここが幽界なれば、貴方もヤツパリ肉体は亡くなり、冥土の旅をしてゐるのですか』 求道『イヤ俺は現界にゐるのだ。お前こそ幾ど幽界へ来てゐるのだよ。マ一度現界へ出て心を取直し、誠の人間になつて、更めて霊界へ来るのだ。此儘霊界へ行かうものなら、どうで地獄へ行かねばならぬから助けに来たのだ』 『ヘーエ』と云つたきり、三人は求道の顔を訝かし気に見守つてゐる。高姫はソロソロと恐怖心が除かれたと見え、求道の前にドツカと坐り、 高姫『ホツホホホホ、お前もヤツパリ気違だな、最前から聞いて居れば此処は幽界ぢやと云つたが、それがテンで間違つて居るぢやないか』 求道『現界なれば太陽も上り、月も輝き、夜になれば星もきらめく筈だが、昼夜の区別もなく、こんなうす暗い世の中を、お前さまは現界と思ふてゐるのか、よく考へて御覧なさい』 高姫『ホホホホ、何とマア分らぬ盲だこと、余り人民の精神が曇り切つて居るので、邪気濛々と立上り、日月星辰の影も見えない所まで曇つてゐるのだよ。それだから系統の霊、義理天上の生宮が底津岩根の大ミロクさまの神柱として、此世を光明世界に致さうと苦労を致して居るのぢやぞえ。お前も修験者と見えるが、何を修行してゐるのだい。一時も早く此生宮の申す事を聞いて、神様の御用を勤め上げ、天晴功名手柄を現はして、死しては神に斎られ、生きては世界の太柱となり、名を末代に残す御用を致したら何うだい。斯う見えても此高姫は天地一切の事は心の鑑に映つてゐるのだから、申す事にチツとも間違ひはありませぬぞや』 求道『ああ困つた女だなア、自分が冥土へ来て八衢に彷徨ひ乍ら、まだ目が醒めぬと見えるワイ。自愛心の強い女だなア、どうかして救ふてやる工夫はあるまいか、惟神霊幸はひませ惟神霊幸はひませ』 高姫『ホホホホ、何とまア没分暁漢許りが揃ふたものだこと、これでは神さまの御心がおいとしいワイの。人間は神の分霊だ。それにも関らず現界か幽界か見当のつかぬ所迄、霊を曇らし、どうして之が元に返るであらうか、何程結構な神様が目の前に現はれて居つても、心の眼の晦んだ者は仕方がないワイ。ああ何処の修験者か知らぬが、此奴も助けてやらねばなるまい。又一つ苦労が増えて来た。コレ、シャル、お前も私の弟子になつたのだから、チツと加勢をしておくれ、何程結構な教をしても器が小さいと這入らぬとみえる、お前位な程度で丁度可い所だ。サア、高姫の代理権を、此修験者に対して委任する、確りやりなされや』 シャル『モシ、カーネルさま、ウラナイ教の高姫先生の仰有る事を、よツく気を落付けて聞いて下さいませ。神様の信仰は理窟があつては駄目です。総て無条件でなくては信仰は出来るものぢや厶いませぬ』 求道『泥坊の改心が出来た上、真人間になつてから何なと教を聞かしてくれ、それ迄は何うも聞く訳には行かぬからなア。……コレ高姫さま、お前さまは此求道居士に旗を巻いたとみえるなア。それでは生宮とは申されますまい』 高姫は此言葉を聞くや否や、非常な侮辱を与へられたやうに感じ、眉を逆立て、又もや求道が前に詰めよつて鼻息荒く、 高姫『コレ修チヤン、お前は物の分らぬ人だな。人間は天地の花、ミクロコスモスノぢやぞえ。何事も宇宙一切腹に呑み込んで居らなくてはならぬ筈の人間が、サツパリ精霊を曇らして、癲狂痴呆となり、日月の光も見られぬ所迄堕落し、憐な状態に陥つて居るのだから、せめて神の道に目醒めた者が、此惨状を救はねばなりますまい。お前も修験者だと云つて法螺を吹き廻つて厶るが、底津岩根の大ミロク様の一厘の仕組が分つて居りますかい。人間は何うしても神に次いでの者だから天晴功名手柄を現はして、天下国家の為、お道の為に千騎一騎の大活動をなし、芳名を天下に輝かし、名を末代に伝へるべき者だ。それが出来ぬやうな事では人間とは申しませぬぞや。チツと胸に手を当てて考へてみなさい』 求道『人間は只神様の御道具になれば可いのだ。世間愛や自愛の心を払拭し、何事も惟神のまにまに活動するのが、人間と生れた所以だ。お前さまの云ふ事は何処とはなしに、ファラシーがあるやうだ』 高姫『お前は義理天上の生宮に対し、自愛心だの、世間愛だのと訳の分らぬ屁理窟をツベコベ仰有るが、よく考へて御覧なさい。人間は此世に神様の御余光を戴いて生存する限りは自愛心がなくては、一日だつて生存する事が出来ますまい。人には肉体維持の責任がありますよ。一日でも結構な月日を送らして戴き、神様の生宮として、千騎一騎の活動をせなくては、済まぬぢやありませぬか。どうしても人間は天地経綸の司宰者ですよ。何故自愛心や世間愛が、それ程お前は、怪悪なものの様に、又兇鬼の所作の様に云ふのですか。本当にお前の言ふ事は人間界には通用せない。屁理窟だ』 求道『人間が世に在る時は自愛に就ては毫も顧慮する所がない。只其外分に現はれた矜高の情、所謂自愛なる者が、何人と雖も、之を外面から明瞭と伺ひ得らるるが故に、只之を以て、自愛の念としてゐるものだ。そして又自愛の念が右の如く判然と表に現はれる事がなければ、世間の人間は之を生命の火と信じ、此念に駆られて種々の職業を求め、又諸多の用を成就するものと信じてゐる者だ。併し乍ら人間が若し其中に於て、名誉と光栄とを求める事が出来なければ、忽ち心が萎靡し了るものと思つてゐる。故にかかる自愛心の深い人間は他人に仍つて、又は他人の心の中にて尊重せられ、賞讃される事がなければ、誰人か能く値あり用ある行為をなし、自ら衆に秀れむとするものがあらうか。そして人間をして斯の如く働かしむるのは其光栄と尊貴とを熱望する心、所謂自愛に仍るものではないかと云つてゐる者許りだ。かくて世間には専ら地獄に行はれる愛と、人をして地獄を作らしむる者は愛我の自体なる事を知らない者が多いのだ。お前さまの仰有る事は要するに、今言つた様な考へより一歩も外へ出づる事が出来ないのだから、ヤツパリお前さまの仰有る事は何うしても神の言葉とは聞えませぬよ。第一神の教を奉ずる者は申すに及ばず、人間と生れた以上はどうしても愛我の心を放擲しなくては天下救済の神業は勤まりますまい。自愛心のある間は、如何に善事を行ふとも、それはヤツパリ偽善ですよ。此求道も名利の巷に奔走し、バラモン教のカーネルとして尊貴と名誉を夢みて居つた者ですが、三五教の教を悟ると共に、自愛や世間愛に離れ、斯うして神の為に働かして頂いて居ります。高姫さまも神の為に尽して、出世をせうとか、或は出世をさしてやらうとか、思つたり仰有る間は真正の信仰とは申せますまい。又真の愛と云ふ事も出来ますまい。能く胸に手を当てて貴女の心の鏡をマ一度覗いて御覧なさい』 高姫『ホホホホ、何とまア、ツベコベと理窟は甘いものですな。何程国の為、世の為だと云つても、自分を棄てて国家のため世人の為に尽す者は、実際の所はありますまい、又有り得可らざる事でせう。此高姫の明かな心の鏡には嘘偽りは一つも映りませぬぞや。愛我心がいけないと、お前さんは今言つたが、自分の体は決して自分の物でない、皆神様の御体ぢやありませぬか。三五教の教にも神を愛する如く人を愛し、吾身を敬愛すべしと出て居るでせう。吾身を愛するのは所謂神様を愛するのだ。此心が神愛ともなり、自愛ともなり愛我心ともなるのだ。それをお前は只一口に愛我心が悪いと仰有るが、今日の世の中を能く考へて御覧なさい。日々の往復文書にも……気候不順だから随分御自愛専一に祈ります……と書くぢやありませぬか、天下国家のために最善を尽し、社会の為に努力して芳ばしき名を万世に伝ふるのは、人間としては最上至善の行ひで厶いませう。お前だつて、修験者に歩いてゐるのはヤハリ愛我の為だらう。口では立派な事を言つても、言心行一致は中々出来ませぬぞや。体が資本だと言ふ事がある。如何なる善事をなすにも、肉体がなくては出来ますまい、さすれば其肉体をどこ迄も可愛がらねばなりますまい』 求道『私の愛我と言ふのは自分のみよからむ事を希求する意思を指すのである。愛我心の強い人間は、他人のよくなる事を願ふのは只自分に利益をもたらす時にのみ限つてゐる。故に自愛を以て主としてゐる者は或はチヤーチ或は国家、又は如何なる人類の団体に対しても、之が為に利福を願ふ事もなく、又自分の名誉、尊貴、光栄の為に非ざれば、他に向つて決して仁恵を施す事をせない。若し之等愛我的人間が他の為に用を遂ぐるに当つて、其中に以上述べた如き自利と相反するものがあつた時は直ちに失望し、自暴自棄して……ああ吾々は之丈努力しても、果して何の益があるだらうか、何が故に吾々は此様な事をなす可き義務があるか。又果して吾が為に何等の利得を生ずるであらうか……と云つて、放棄し、自己利益以外には何事もなさない。夫れ故に愛我の念を深く持する者は神様のチヤーチを愛せず、国家社会を真に愛せず、又御用を愛する事なく、只自己のみを愛するものである。例ば自分の主張する教を無条件に聴従する者の多からむことを願ひ、自分を尊敬する人間のみを集め、少しにても反抗的態度を執る者に対し、目をつり上げ、顔色を変じて憤怒の情を現はす如きは、自愛の最甚だしいもので厶いませう。斯の如き態度を執る人は、何れも生き乍ら地獄に籍を置いてゐる妖怪的人物です。高姫さまは生宮と仰有る以上は、決して自分を尊貴しない者を威喝したり、自分の頤使に盲従しない者を憎悪したり嘲罵するやうな地獄的行為はなさいますまいと信じて居ります。愛我心の強い人間は其所主の愛より起来する歓喜悦楽は、即ち其人間の生涯をなす所以のものだから、斯の如き者の生涯は所謂自愛の生涯です。自愛の生涯とは即ち其人間の我執の念から発生てくる生涯である。故に其自体から見る時は、我執、愛我の念慮は決して善と云ふ事は出来ぬものだ。自分に盲従し、隷属する者のみを愛する者を、又特に自分の子孫や朋友知己に限り愛せむとする者は、結局自愛の心です。自分と行動を一にする朋友知己や意中の人のみを偏愛し、自分と行動を共にせざる者及自分の意志に合はざる者を愛せないのも自愛であつて、真の神愛ではありますまい。自分の党派を愛し、自分の部下のみを愛する事、殆ど自己の如くなし、歓喜するのは、自分をその中に包有してゐるが故である。自愛心の人間が所有と称する物の中には、総て彼等を賞揚し尊敬し阿諛する者をも含んで居るのだ。之が所謂地獄愛だ。高天原に於ける真の愛に比ぶれば、実に天地霄壌の差異がある、自愛と世間愛とは所謂地獄の愛であつて、高天原の愛は天国の愛である。天国に於ては用の為に用を愛し、善の為に善を愛して聖団の為、国家の為、同胞の為に其身を空しうして、実践躬行するものです。之を称して神を愛し、隣人を愛すると云ふのである。貴女は決してさう云ふ様な自愛心をお持ちになつて居らうとは的確には信じませぬが、世の中に沢山現はれてゐる神柱とか、生宮とか、予言者とか称へらるる人間の中には、随分自愛心の強い偽善家が多いものです。真の神の生宮、五六七の太柱たるプロパガンデストならば、一切の御用も一切の善も皆神より来り、そして其中に自分が所愛の対象たるべき隣人あるが故である。され共自分が為の故に、此等の事を愛するは、之をして己に服従せしめむが為、即ち之を僕婢とし、或は部下として愛するものである。故に世間に沢山ある贋神柱は何れも愛我のみに住するが故に、自分のエビスコーバルしてゐるチヤーチの為とか、国家同胞の為に服事せむ事を願ひ、そして自分は傲然として尊貴を誇り、之に服事することを願はないものです。神の生宮、太柱などを真向に振かざし、教会、国家、同胞等の上に卓立し、之をして己が脚下に居らしめむと焦慮するものです。それ故人間は愛我心の除れない限りは、自ら高天原の天国に遠離するものだ。何故ならば高天原の愛から遠ざかるからである』 高姫『そら、そうです共、世の末になりますと、贋予言者、贋救ひ主、種々雑多のスフヰンクスが現はれて、世界の愚な人間を魔道に引入れようと致すものです。盲聾に等しき人間は至粋至純なる五六七神政の太柱、義理天上日出神の生宮を認識する明なく、玉石混淆して正邪の判別を、ようつけないのだから、実に此生宮も迷惑致します。誠の者は目薬程もないと、神さまが仰有いますが能うしたものです。此高姫はお前の眼力で御覧になれば分るでせうが、自我のやうに見えても決して自愛や地獄愛を喜ぶ者ぢや厶いませぬ。余り宏遠な教理を初めから没分暁漢に諭すと、却つて取違ひを致すに仍つて、最前もあの様に自我心を主張したのだが、お前さまの様に比較的分つた人なら、先づ上根の部だ、今迄言うたのは小乗部だ。之からお前の人格を認め、紳士的態度で大乗部で説いて上げませう。コレ、其処に居る四人の連中、之から第一霊国の教を説くのだから、下根の精霊には頭が痛み胸が苦しうなるかも知れないが、そこを辛抱して聞くのだよ。そすりや結構な御神徳が戴けますぞや。底津岩根の大弥勒様の御用を致してゐる此高姫は、言ふ迄もなく高天原の愛善の徳に居るのだから、用の為に用を愛し、善の為に善を愛して、心の底から之を行ふ事を唯一の楽みとなし、聖団のため、国家社会同胞の為に日夜これを実践躬行してゐるのだ。それだから五六七大神が自分の至粋至純の行ひを御覧遊ばし、神様の方から、生宮としてお降り遊ばしたのだ。併し乍ら余り霊の光明が烈しいので、下根の人間にはチツと懸隔が遠すぎて、正体を現さうものなら、忽ち栃麺棒を振り、逃げて帰るに仍つて、精霊相応に変化て、説法をしてゐるのだよ。神様は霊相応と仰有るのだから、豚に真珠を与へるやうな馬鹿な事は出来ませぬからなア。高姫が所主の愛は即ち弥勒大神の所主の愛だ。お前等の様に吾れよしの精神で、用を行ひ、善をした所が、ヤツパリ駄目だ。それは或一方に何か条件を求めてゐるのだから、真の愛は無条件でなくては駄目ですよ。之を自愛心と申しますぞや。自愛心の者は自ら大神の御神格より遠く離れ、従つて高天原の神国から離れて了ふものだ。自分の方から求める所の愛は我執の念に導かれて居るのだ。其我執の念といふのが、所謂悪といふのだ。悪は又一名地獄といひますぞや。三五教の変性女子の霊は世間悪の映像だと、同教幹部のお歴々が主張してゐるだらうがな、つまり悪といふのは自愛と世間愛に失する者を言ふのだよ。お前も之から此修験者の仰有る事を門口として霊を研き、奥の奥のドン奥を究めて天晴御用の為の御用をしなさい。及ばず乍ら、此高姫が力一杯、教へて上げるから……、併し乍ら教へて貰うてからの改心は駄目だぞえ、心の底から此高姫を生宮と尊敬し、且深く信じ、大神に接する態度を以て仕へなくてはお神徳を取外しますよ』 と舌鋒を甘く四人の方へ向け、俄に求道の深遠なる教理を自分の物となし、得々として受売をやつてゐる。実に当意即妙、酢でも蒟蒻でも行かぬ妖婆である。 ベル『オイ高姫さま、求道居士の……俺の先生がお出でになつてから、俄に心気一転したぢやないか、随分模倣に妙を得てゐる婆アさまだなア』 高姫『そら何を言ふのだ、頑愚度し難き代物だな。人見て法を説けと云つて、お前の様なガラクタには又それ相応の教をするのだ、耳が痛からう。此高姫は求道さまに教へてゐるのだ。お前達が彼此云ふ資格はない、スツ込んでゐなさい』 ベル『ヘン、馬鹿にしてるわい、イヒヒヒヒ』 高姫『コレ求道さま、お前は法螺貝を吹く丈、どこ共なしに気の利いてる所がある。高姫の云ふ事も耳へ入るだらう。サ、之から底津岩根の大弥勒様のお言葉を取次いで上げるから、疑はずに聞きなされや。第一世の中に何が悪いと云つても、自愛心即ち愛我の念慮位卑しいものは厶いませぬぞや。己を愛すること、神を愛するに勝り、世間を愛する事高天原を愛するに優る様な行り方は駄目ですよ。何事も神第一と致さねば、人間は神の生宮と申す事は出来ませぬぞや。人間が善を為すに当つて、其中に仮令毛筋の横巾でも、自愛の心を混じてゐたならば、忽ち我執の念に陥り、諸悪の地獄に突入致しますぞや。何故なれば斯様な人間は、此時善を離れて自分に向うて居れ共、自分を離れて善に向ふ事がないからだ。さういふ人間が如何なる善をする共、其善の中には自我愛の面影のみを止め、神格の面影をチツとも止めてゐないものだ。それだから此高姫が天の命令を受けて、苦集滅道を説き、道法礼節を開示してゐるのだから、耳の穴を宜く掃除して真面目に聞きなさいや。天地の間は皆不思議なものだ。到底人間の細工や知恵で解決がつくものでない。只神を能く信じ能く愛しさへすれば、それで結構だよ。求道さま、どうです、高姫の霊の因縁は之でチツと分りましたかな』 求道は『アハハハハハ』と笑つたきり、矢庭に法螺を口に当て、ブウブウと吹立てた。それと同時に高姫の館は次第に影うすくなり、遂に陽炎の如く消滅したりける。 ベル、ヘル、ケリナの三人はフツと気がつき四辺を見れば、エルシナ川の川縁に一人の山伏に救ひ上げられてゐた。そしてシャルは何程人工呼吸を施したり、種々と魂返しをやつてみたが駄目であつた。流石悪党のベルも此時現界に甦つたのは、兇党界の高姫に籠絡されず精神を取られなかつたからである。シャルはベルに比ぶれば稍善人であるが、現界に未だ数十年の生命が残つてゐるにも拘らず、蘇生せなかつたのは、彼れの精霊が既に高姫の教に信従し、固着して了つたからである。又求道居士は只一人法螺貝を吹き乍ら、宣伝の為此川辺にふと現はれ来り、朝早くから四人の死体を認めて身を跳らし淵に飛び込み、救ひ上げ、魂返しの神業を修したのである。之より求道居士はベル、ヘルを従へ、ケリナを送つてテルモン山の小国別が館に進み行く事となつた。ベルは中途にヘルと争論を起し、一時姿を山林に隠したのである。 (大正一二・三・一六旧一・二九於竜宮館松村真澄録) |
|
295 (2663) |
霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 09 我執 | 第九章我執〔一四三九〕 求道居士が息をこめて吹き立てた法螺貝の音にベル、ヘル、ケリナの三人は此場より煙の如く姿を消した。求道居士の影もいつしか消えて幽かに法螺の音が遠く聞えてゐる。高姫はシャル、六造の二人に向ひ、 高姫『コレ、シャル、六造の両人、何と高姫の神力は偉いものだらうがなア。余り我が強いに仍つて、義理天上様が勘忍袋をお切らし遊ばし、ホンの一寸お睨み遊ばすと共に、あの法螺吹もベル、ヘルの両人もハイカラ女も、皆一度に煙散霧消跡型もなくなりにけり……といふ悲惨な有様だ。之を見て改心をしなされ。六さんは又唖か何かのやうに一言もいはずに、今迄どこに居つたのだえ』 六造『ヘー、余り法螺の貝が恐ろしいので、一寸厠の中へ隠居して居りました。随分強い奴がやつて来た者ですな。それにしてもベルの奴、私をライオン川に放り込みやがつた天罰で煙の如く消えて了つたのは小気味のよいこつて厶います。之も全く高姫様の御神力の致す所と、有難く感謝を致して居ります』 高姫『それだから神に凭れてさへ居りたら神が仇を討つてやらうと仰有るのだ。今迄のヤンチヤをスツカリ改良して、何事も此生宮の申す通りにするが可いぞや』 六造『ハイ、何でも致しますが、併し何だか気分が悪くなつて来ました。一杯おごつて貰いませぬと、元気が付きませぬワ』 高姫『エーエ付け上りのした、お前はそれだから可かぬのだ。お前の仇をあの通り消滅さしてやり、結構な教を聞かして居るのに、一杯呑ませなんて、何と云ふ厚かましい事を云ふのだいなア』 六造『イエ私は酒を呑ましてくれと云つたのぢや厶いませぬ。お前さまの持つて居る出刃を懐に呑まして欲しいと云つたのです。どうか一口頂く訳には行きませぬかな』 高姫『ならんならん、出刃のやうな兇器を持つて、何うする積だい、又出刃亀にでもなる積だらう』 六造『イエ、出刃亀ぢやありませぬ、出刃六になる考へです。之を以て風呂屋の障子を四角に切り、三助やおさんの活動を覗く考へです。三助とおさんと寄れば六でせう。そこへ六さんが這入ると六六三で十五夜の満月になりませうがな。お前さまは最前も小声で唄つてゐたでせう……十五夜に片割月があるものか、雲に隠れてここに半分……と聞きましたよ。十五夜の片割月は余り目出度くありませぬから、私が之から出刃六となり、三五の月となりて第一霊国へ上り、月の大神様に、お前さまの今の有様を報告せうと思つてゐるのだ。どうです、名案でせう』 高姫『明暗も顕幽もあるものか、お前の霊は暗の暗だ。それだから暗本丹と人に云はれるのだよ。六でなしだから、名迄六造だ。どうで月の国へ行けるやうな代物ぢやない。六道の辻代物だ。イヒヒヒヒ』 六造『コリヤ高、俺を何方と心得てるンでえ、エエン。今迄は法螺つ吹先生が来よつたので、俺も聊か面喰つてすつ込んでゐたのだが、モウ斯うなりや〆たものだ。誰憚る者もなし、婆の一匹や二匹は俺の自由自在だ。サア有金をスツパリ渡すか、さなくば、衣類一切をここへつん出して、あやまるか、どうだ。汝の槍は俺が、実の所はボキボキに折つといたのだ。ゴテゴテ申すと命がないぞ』 高姫『コレ、シャル、お前は私の家来ぢやないか、何をグヅグヅしてゐるのだい。サ、此出刃を貸すから、負ず劣らず、此奴に対抗して取つつめてやりなさい。善を助け悪を懲すは神の道だ。こんな者が世の中にウヨウヨしてゐると、世界にどれ丈害を流すか分らない。サア、之を確り握つて強圧的に出るのだよ』 シャル『高姫さま、チツト夫れは自愛ぢやありませぬか、私は何だか地獄の行り方のやうに思へてなりませぬがな、威喝や憤怒や復讐などは、神の国には影さへもないぢやありませぬか』 高姫『エーエ、気の利かぬ男だな、正当防衛といふ事を知つてゐるかい。何程誠の道だと云つても、ジツとして居つたら、此高姫の生宮がどんな目に合はされまいものでもない。此生宮は大神様の大切なお道具だから、それを守護するのはお前の役目だ。サアお前の手柄を現はす時だ。かういふものの此高姫は、六のやうな者が千匹万匹束になつて来たとて屁とも思うて居ないが、お前の弟子入りした初陣の功名に、此奴をとつつめさしてやるのだから、生宮様のお馬の前の功名だ。サア、結構な御神徳を頂くのは今だぞえ。エーエ、慄つてゐるのかいな、何だ気のチヨろい。そんな事で、よう今迄盗人が出来たものだなア』 六造『ワツハハハハ、オイ、シャル、其ザマは何だ。随分体が微細にワク……ワクと動いてゐるぢやないか、エヘヘヘヘ』 シャル『オイ六、俺は決してお前に抵抗する意志はないのだから、俺には決して危害を加へないやうにしてくれ、そして高姫は何から何まで見えすく生宮だから、天下の為に之を傷付けるやうな事があつては大変な損害だよつて、何卒、そんな無理な事を言はずに、トツトと帰つてくれ、頼みだからなア』 六造『オイ高、ツベコベと人の受売許りしやがつて、日出神の生宮を標榜してゐるが、一遍其出刃を此方へ渡せ、実の所はお前の肚を断ち割つて、日出神の出現を願ふ積だ。日出神もこんな肉体に這入つて厶つてはお気の毒だからなア』 高姫は稍慄ひ乍ら、ワザと空元気を出し、 高姫『此生宮を何とお前は心得てるのか、ヘグレのヘグレのヘグレ武者、或時は天に蟠まる竜ともなり、或時は蠑螈となつて身を潜め、千変万化の活動をいたして、此世を守護致す弥勒様の太柱だ。左様な事を申すと神罰が当つて、忽ち地獄行を致さねばならぬぞや』 六造『何だか俺はお前の面を見るとムカついて仕方がないのだ。地獄へ堕されうが、そんなこたア、構ふものかい。地獄へ堕ちるのが厭だと云つて、心にもないおベツカを使ふのは、自分の潔しとせざる所だ。そんな心になれば、お前の最前言はれたやうに自愛心になるのだから、放つといて呉れ。それよりも一旦言ひ出したらば後へは引かぬ六造だ。サア、キレーサツパリと、何もかも渡して貰ひませう』 シャルは一生懸命に、 シャル『義理天上日出神様、一時も早く此六造を改心さして下さいませ。生宮様の御難儀で厶います。惟神霊幸はひませ』 と小声で祈つてゐる。高姫はツト立つて此家を逃げ出し相な様子が見えた。六は背後からグツと首筋を引掴み、力に任して引倒した。シャルは之を見て、吾師の一大事と、矢庭に六の胸倉を取り、力限りに締めつけた。不思議や六はスボツと脱けて三間許り後につつ立ち、大口をあけて、 六造『アツハハハ』 と笑つてゐる。そこへ何処ともなしに宣伝歌の声が聞えて来た。此声を聞くより六は、天井の窓から煙の如く逃出して了つた。高姫はヤツと安心し、又もや法螺を吹出した。 高姫『オホホホホ、コレ、シャル、日出神の生宮の御神徳は偉いものだらう。あの通り御神徳に恐れて消えて了ふのだからな』 シャル『それでも、貴方、大変に体がフラックツァールしてゐたぢやありませぬか。此シャルは高姫さまが恐れて精神動揺を遊ばしたのだと思ひ、随分心配致しましたよ』 高姫『ホホホホ、私がフラックツァールしたのは一厘のお仕組を現はしてみたのだよ。彼奴は影の代物だから、此方の言ふ通りになるのだ。影は形に従ふものだ。日の照る所へ出て、体を動かして見なさい、キツと影法師が動くだらう。さうだから高姫が動揺して見せたのは、影人足の六公をゆり散らす神の御神法だ。何と御神力といふものは結構なものだらうがなア』 シャル『成程矢張貴女は、チェンジェーブルの術に長けてゐられますな。それでヘグレのヘグレのヘグレ武者といふ事が合点が参りました。イヤもう大変な御神徳を戴きました。サンキューサンキュー』 高姫『コレ、サンキューとは何を云ふのだい。六が帰んだと思へば、又三九だのと、三九の数は十二ぢやないか、何と云ふ意味だい。ハツキリと聞かして貰ひませう。チェンジェーブルだの、三九だのと、鳥のなくやうな声を出して……神には分りませぬぞや』 シャル『別にお前さまの御考へ遊ばすやうな深い意味があるのぢや厶いませぬ、サンキューと云つたのは有難うと感謝したので厶います。チェンジェーブルと云つたのは、何にもよく変げ遊ばす尊い神様だと感心したので厶います』 高姫『ウン成程、そんなら之から精出して、私をチェンジェーブルの大神様といふのだよ。サンキューも許しますから、精出してサンキューサンキューと云ひなさい』 シャル『チェンジェーブル大神様、サンキューサンキュー、サンキューサンキューサンキュー、モ一つサンキューまだサンキュー、……サンキューサンキューサンキュー、モシモシ之でお気に入りますかな』 高姫『エーエ、過ぎたるは及ばざるが如しといふぢやないか、サンキューも可いかげんにしときなさい、融通の利かぬ男だなア』 シャル『コルブスコルブス、サークイサークイ』 高姫『又分らぬことを言ふぢやないか、コルブスとは何の事だい』 シャル『ハイ、コルブスといふ事は、死体といふ事です、サークイといふ事は臭いといふ事です』 高姫『エー、増長するも程がある。何程したいと云つても、ヘン、お前等に相手になる生宮ぢやありませぬぞや。そして臭いとは、何といふ無礼な事をほざくのだい。夫れほど臭ければ、そこに居つて下さるな』 シャル『実の所は死体のやうな臭い匂ひがしたといふのです。それは高……オツトドツコイ高い窓から脱けて帰にやがつた六の事ですよ。本当に臭い奴でしたなア』 高姫『お前の云ふ通り鼻持のならぬ代物だつた。マアマア悪魔が払へて結構だ。サア之からお前は何事も私の云ふ通りに致すのだよ』 シャル『一旦貴女に体を任した以上は何でも聞きますが、併し乍らかうして男女が二人一つ家に住居をし乍ら、両方がセリバシー生活をやつてゐるのも無駄ぢやありませぬか。何とかそこは妥協の余地がありさうなものですなア』 高姫『ホホホホ、チツトお前のスタイルと相談して御覧。そんな事云へた義理ぢやありますまい。年から云つても三十計りも違ふぢやないか、せうもない事を云つて生宮をおだてるものぢやありませぬぞや』 シャル『お前さまは神様のアボッスルだから、到底私のやうな俗人の側へおよりになつても神格が汚れるでせう。無理とは申しませぬ、併し乍ら肉体上から言へば、貴女も私もウルスヴルングは皆神から発してゐるのですから、霊は兎も角として、さう軽蔑するものぢやありませぬワイ』 高姫『ウルスヴルングなんて、又怪体な事を言ふぢやないか、どこ迄もうるさく口説くといふのかなア。そんな野心はやめたがよからう。お師匠様の生宮に向つて、チと無礼ぢやないか』 シャル『貴女は何処までもセリバシー生活を続けて行く考へですか、四十後家立つても五十後家立たぬといふぢやありませぬか。何程表面で立派に男嫌を標榜してる女でも、何時とはなしに其インスチンクトが現はれて、遂には操を破るのが避く可らざる女の境遇ですよ。さうだから露骨に素直に此シャルが直接交渉を開いたのです。私だつてハタの友達が皆お前さまの説に反抗するにも関らず同情を表し、お味方になつたのも、そこにはそれ、一つ曰く因縁がなくちや叶ひますまい』 高姫『エー、汚い、インスだとか、チンクトだとか、碌なこた言はせぬのぢやないか、そんな事を申すと、風俗壊乱になりますぞや、チツとたしなみなされ』 シャル『あああ、サツパリサツパリだ。男と生れて而もこんなお婆さまに、エッパッパをくはされちや、どうして男の顔が立つものか。エー飽く迄も初志を貫徹するのが男だ。コレ高姫さま、何と云つても駄目ですよ。何程お前さまが神力が強いと云つても、肉体と肉体と争へば、到底男には叶ひますまい』 高姫は厳然として威儀を正し、 高姫『コリヤ、シャル、何と心得てゐる。此肉体は勿体なくも、時置師神、斎苑の館の総務をして厶つた杢助様の奥方だぞえ、何と心得てゐるか』 シャル『ヘー、さうで厶いましたか、何でも杢助さまといふ宣伝使は偉い神力が備はつてゐると聞いて居りましたが、その杢助様は今何処にゐられますか』 高姫『お前は又それを尋ねてどうする考へだ』 シャル『別に何うせうと云ふ考へも厶いませぬが、一遍お目にかかつてみたいのです』 高姫『オホホホホ、お目にかかりたければ、モツと霊を研きなされ、杢助様は神変不思議の術を使つて、雲に乗り、天へ上られたのだ。天では時置師神様が天人の霊を守護遊ばされ、地では高姫が汚れた霊の洗濯をしてゐるのだ。何れ下つて厶るに違ひないから、其時に目の眩まぬやうに、何事も高姫の申す通り、神妙に御用を致すのだ。今後は一切口答へなどしてはなりませぬぞや、そして女などには心を寄せることは出来ませぬぞ。お前も立派な宣伝使になつた以上は、私が相当の女房を選んで与へてやるから、それ迄辛抱なさい』 かかる所へ美妙の音楽聞え、美はしき三十前後の天人が現はれ来りぬ。高姫は見るより仰天し、アツと計りに其場に倒れたり。シャルは目を閉ぎ、床上に喰付いて慄うてゐる。天人は言葉静かに高姫の耳許にて、 天人『吾こそは中間天国のエンゼル文治別命で厶る。其方は高姫では厶らぬか』 此声に高姫は何となく力を得て、目を開き、目映ゆ相な顔をし乍ら、 高姫『お前さまは一寸気の利いたエンゼルとみえるが、杢助さまのお使で来たのかい。底津岩根の根本の弥勒の生宮、此高姫にお前は何か御用があつて来たのだなア。オホホホホ、何とまア若い男だこと、随分天国では、それ丈美しいと、女にもてるだらうな』 文治『高姫殿、拙者をお忘れになりましたか。小北山の受付を致して居つた文助で厶るぞや』 高姫『ナニ、お前があの盲の文助かい、ホホホホホ、そんな嘘を云ふものでない。そんな立派な風をして化けて来ても、此日出神の二つの目で睨んだら、違ひは致しませぬぞや。お前は大方中界の魔神だらう、今も今とて此シャル奴、せうもない事を言ひよる也、又中界の魔神迄が高姫の姿にラブして下つて来ても、いつかないつかな、動きませぬぞや。容貌や若い年に惚るやうな柔弱な高姫とは、ヘン、チツと違ひますぞや。男とも女とも分らぬやうな面をして騙しに来つて、そんな事に乗るやうな生宮ぢや厶いませぬぞえ。サアサア諦めて、トツトと帰つて下さい』 文治『高姫殿、文助に間違は厶らぬ、拙者も暫く中有界に於て修行を致し漸く諸天人の教を聞いて心を研き、今は此通り第二霊国のエンゼルとなり、中有界地獄界を宣伝に廻つて居ります。お前さまも早く悔い改めて、この中有界を脱出し、早く天国へ昇つて下さい。此儘にしておけば、貴女は地獄へ堕ちるより道は厶いませぬぞ。生前の交誼に仍つて、一応御注意の為に現はれて来たのです』 高姫『ホホホホ、ようまア仰有いますワイ。第一霊国の天人の霊の高姫の光明がお前さまには見えませぬかな。神は至仁至愛だから現界へ現はれて衆生済度を、糞糟に身をおとしてやつてゐるのだ。文助なぞと、そんな詐りを言つてもあきませぬぞや。今に正体を現はしてやるから、其積でゐなさい、オホホホホ、油断も隙もあつたものぢやない』 と云ひ乍ら両手を合せ、 高姫『底津岩根の弥勒の大神様、義理天上日出神様、末代日の王天の大神様』 と祈り出した。文治別のエンゼルは高姫の余りの脱線振りに取付く島もなく、傍に倒れてゐるシャルを揺り起し、 文治『お前はバラモンのシャルといふ男ぢやないか。こんな所に何時迄居つても仕方がない。まだ現界に生命が残つてゐるから、今の中に、サア早く帰つたがよからう。グヅグヅしてゐると肉体が腐敗して帰ることが出来なくなりますぞ』 シャル『ハイ、私は此通り肉体を持つてをります。此外にまだ肉体があるとは合点が参りませぬ。そんな事を云つて、騙さうとなさつても、高姫さまの片腕となつた此シャルは、いつかないつかな騙されませぬ。そんな事を言はずに、何卒帰つて下さいませ。あとで高姫様の御機嫌が悪いと困りますから……』 文治『お前達は何うしても目が醒めないのかな。又高姫さまも高姫さまだ。中有界に彷徨ひ乍ら、ヤツパリここを現界と思つてゐると見えて、私の姿を見て化物と疑つてゐるらしい。ああ元の肉体になつてみせてやりたいが、さうすれば忽ち神格が下つて、再び今の地位になるのは容易な事ではなし、どうしたら助けることが出来やうかなア』 と手を組んで思案にくれてゐる。四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽の音は切りに聞え、此伏家の周囲には百の天人が隊を成して取巻いてゐる。高姫は殆んど気も狂はむ許りに悶え苦しみ出した。エンゼルはいかにもして高姫を救はむと、天津祝詞を奏上し、数歌を歌つた。高姫は益々忌み嫌ひ、手足をヂタバタさせ乍ら、裏口を開けるや否や、エンゼルの間を潜つて裏の禿山を指して、野猪の如く四這ひになつて逃げゆく。シャルは此体を見るなり、又もや高姫の跡を逐ひ、数多のエンゼルの間を潜り脱け、駆けり行く。 之より高姫は禿山を二つ三つ越え、四面山に包まれた赤濁の可なり広い沼の畔に着いた。而して沼の水を手に掬うて一生懸命に渇をいやしてゐる。皺枯声を張り上げ、 『オーイオイ』 と呼ばはり乍ら、禿山の上から、転げる様にやつて来たのはシャルであつた。 シャル『ああ、先生、能うマア此処に居つて下さいました、大変な事で厶いましたなア。ありや一体何で厶いませう。何万とも知れぬ怖い顔した鬼奴が鉄棒を持つて家のぐるりを取巻き、厭らしい鳴物を鳴らし、鼻の塞がるやうな匂ひをさして攻めかけた時の怖さ、辛さ、生宮さまでさへもお逃げ遊ばす位だから、到底自分は助かりつこはないと、お後を慕うて此処迄逃げて参りました。モウ追つかけて来る気遣ひは厶いますまいかなア』 高姫『ホホホホ仮令幾万鬼が来ようとも、そんな事にビクともする高姫ぢや厶いませぬぞや。之は神の秘密の法に仍つて、あの悪魔をここ迄誘ひ出し、此血の池へ皆放りこむ算段で、ワザとに逃げて来たのだよ。千や万の鬼に逃げ出すやうな高姫と思つて貰つちや片腹痛いわいの、オホホホホ』 と胸の驚きを隠して、ワザと何気なき態を装ひ笑つて居る。 シャル『高姫さま、そんな強相な事を仰有いますけれど、あの時の貴女のスタイルには随分狼狽のサマがみえて居りました、不減口ぢや厶いますまいかな』 高姫『まだお前迄が私を疑うてをるのかい、困つた男だなア。文助の霊だなどと云ひやがつて、化けて来よつたのを看破する丈の御神力があるのだから、到底お前では、此高姫の真価は分りますまい、マア黙つてゐなさい。而して高姫のする事を考へてをれば、成程と、二三日の内には合点がゆくだらう。オホホホホ、あのまア怖相な顔はいの。これだから弱虫を伴れてゐると、足手まとひになつて、本当の神力を出すことが出来ないのだ。お前さへゐなかつたら、あんな奴ア、一人も残さず、最前のやうに烟にして了ふのだけれど、お前の曇つた霊が邪魔をするものだから、とうとう位置を転じて第二の作戦計画をせなけりやならぬ面倒が起つたのだよ。併し流石の鬼も此処迄、ヨモヤ高姫の神力を恐れて追掛ては来ますまい。まア些と落着きなさい』 斯かる所へ又もや音楽の声、山の頂より文治別は先頭に立ち、数百人の天人を従へて降つて来る。 シャル『モシモシ高姫さま、やつて来ました、サア、此処で見事、彼奴を亡ぼして下さいませ。私の目では彼奴が鬼に見えたり、又綺麗な天人に見えたりして仕方がありませぬワ……それそれ、大速力で此方へ下つて来ませうがな、早く準備をして下され』 高姫『エー、準備をせうと思ふておつたのに、お前が出て来て、せうもない事を喋り、肝腎の時間を潰さして了つたものだから、悪魔の方が早く来よつたのだ。ああ此処でも具合が悪い、第三の計画に移らう』 と言ひ乍ら、顔を真青になし、又もや次の山を転けつ輾びつ駆け上る。シャルも是非なく黒い褌をたらし乍ら、高姫の足型を尋ねて、息も苦しげに跟いて行く。 (大正一二・三・一六旧一・二九於竜宮館松村真澄録) |
|
296 (2670) |
霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 16 不臣 | 第一六章不臣〔一四四六〕 神殿の拝礼が終ると共に三千彦は小国姫の居間に招ぜられ、茶菓の饗応を受け朝飯を頂き等して寛いでゐる。朝飯が済むと二人の侍女は此場を立ち去り小国姫は憂ひ顔をし乍ら現はれ来り、 姫『アン・ブラツク様、よくまアお越し下さいました。折入つてお願致し度い事が厶いますが、聞いては下さいますまいかな』 三千『ハイ、私の力に及ぶ事ならば如何なる御用も承はりませう。御遠慮なく仰せ下さいませ』 姫『有難う厶ります。早速ながらお伺ひ致しますが、当館は貴方も御承知の通りバラモン教の大棟梁大黒主の神様が、まだ鬼雲彦と仰せられた時分、ここを第一の聖場とお定め遊ばしたバラモン発祥の旧跡で厶います。吾々夫婦の名は国彦、国姫と申しましたが、鬼雲彦様より御名を頂いて今は小国別[※底本では「小国彦」。他の章ではすべて「小国別」という名前だが、この章だけは何故か「小国彦」になっている。文脈上「小国別」が正しいので修正した。]、小国姫と申して居ります。就いては当館の重宝如意宝珠の玉が紛失致しまして今に行衛は知れず、百日の間に此玉を発見せなければ吾々夫婦は死してお詫をせなくてはならない運命に陥つて居ります。吾夫はそれを苦にして大病に罹らせ玉ひ、命旦夕に迫ると云ふ今日の場合で厶います。悪い事が重なれば重なるもので、今より三年以前に妹娘のケリナと云ふもの、仇し男と共に家出を致し、今に行衛も分らず、夫婦の心配は口で申すやうの事では厶いませぬ。何卒御神徳を以て如意宝珠の所在をお知らせ下さる訳には参りませぬか』 三千彦は天眼通が些とも利かないので、こんな問題を提出されても一言も答へる事が出来ない。然し乍ら、何とかして此場のゴミを濁さねばならないと一生懸命に大神を念じ乍ら事もなげに答へて云ふ。 三千『お話を承はれば実に同情に堪えませぬ。必ず御心配なさいますな。私がここへ参りました以上は必ず神様のお綱がかかつて引寄せられたに相違厶いませぬ。ここ一週間の間御祈念致し、玉の所在を伺つてみませう』 と其場逃れの覚束なげの挨拶をして居る。溺るる者は藁条一本にも頼らむとする喩の如く、小国姫は三千彦の言葉を唯一の力とし大に喜んで笑を湛へ乍ら、 姫『御親切に有難う厶います。何分に宜しうお願ひ致します。そして厚かましいお願ひで厶いますが、夫の病気は如何で厶いませうかな』 三千『先づ一週間心魂を籠めて祈る事に致しませう。神様は如何しても必要があると思召したら命を助けられるでせうし、又霊界にどうしても御用があると思召したら命をお引き取りになるでせう。生死問題のみは如何ともする事は出来ませぬ。之は神様にお任せなさるより外に道はありますまい』 姫『仰せの如く何時も私も信者に生死問題に就いては、人間の如何ともする所でないと説いて居ますが、さて自分の身の上に関するとなるとツイ愚痴が出たり、迷ふたりしてお恥しき事で厶います。それから、も一つ申兼ねますが娘の行衛で厶います。彼娘はまだ無事に此世に残つて居るでせうか。或は悪者の為めに殺されたやうな事は厶いますまいか。それ許りが心配で堪りませぬ』 三千彦は何れも此れも宜い加減な返事はして居れない。エー、ままよ、一か八かと決心して、 三千『娘さまの事は御心配なさいますな。屹度神様のお恵で近い内に無事にお帰りになります』 姫『ハイ、有難う厶ります。そして娘は今頃は何処の国に居りますか。一寸それを聞かして頂き度いもので厶います』 三千彦はハツと詰まり乍ら肝を放り出して、 三千『つい近い所に隠れて居られます。まア御心配なさいますな。軈て帰られますから、然し詳しい事は御神殿で伺つて来なくては申上兼ねますから』 姫『成程、さうで厶いませう。何卒御緩りなさいましたら、一度御神勅を伺つて下さいませ』 三千『ハイ、承知致しました。これから早速伺つて参ります。併し乍ら誰方もお出でにならぬやうに願ひます』 と云ひ残し神殿さして進み行く。 三千彦は神殿に進み小声になつて天津祝詞を奏上し、終つて、 三千『私は大変な難問題にぶつつかりました。併し乍ら苟くも三五の宣伝使、宜い加減な事は申されませぬ。もし宜い加減の事を申し、化けが露はれたなら、それこそ神様のお名を穢し、師の君に対しても相済みませぬからハツキリした事を、ここ一週間の間に私の耳許にお聞かせ下さいますか、但は夢になりと知らして下さいませ。そしてなる事なら吾師の君の所在のほどもお示し願ひます』 斯く念じて暫らく瞑目して居ると忽ち背中がムクムクと膨れ出し、犬の様なものが負ぶさつた様な重味が感じて姿は見えねど、少し掠つた声で耳許に囁いた者がある。之はスマートの精霊が三千彦の身を守るべく諭して呉れたのである。さうして其示言は左の通りであつた。 精霊『三千彦殿、其方は大変に心配を致して居るが、玉国別様一行は軈て近い内に此館でお目にかかれるであらう。そして当館の重宝如意の宝珠は家令の悴ワツクスと云ふ者が或目的のために隠して居るのだから、之も只今現はれるであらう。儂は初稚姫の身辺を守るスマートと云ふものだが、小国姫に対しては決してワツクスが匿して居る等と云つてはなりませぬぞ。然し直様、現はれる様に致すから心配致すなと云つて置きなさい。又此家の主人小国別[※底本では「小国彦」]はここ暫らくの寿命だから、それは諦める様に云ふて置くが宜い。又娘のケリナ姫は三五教の修験者に助けられ、近い中に帰つて来る。之も安心するやうに知らしてやりなさい。尋ねる事は、もう之でないかな』 と小さい声が聞えて来る。三千彦は初めて天耳通が開けたものと考へ、非常に喜んで大神に感謝し、莞爾として小国姫の居間に引返した。小国姫は三千彦の何処ともなく元気に充ちた顔色を見て、 姫『こりや、些と有望に違ひない』 と早くも合点し、さも嬉しげに、 姫『これはこれはアンブラツク様、御苦労様で厶いました。御神徳高き貴方、定めし神様のお告げを直接お聞きなさいましたでせう。何卒お示し下さいませ』 三千『イヤ、さう褒められては恐れ入ります。何を云つてもバラモン教へ這入つてから、俄に抜擢されて宣伝使になつたものの、経文も碌にあがりませぬ。只信念堅実と云ふ廉を以て宣伝使にして貰つたのですから、バラモン教の教理は少しも存じませぬが、信仰の力によりまして天眼通、天耳通を授けて頂いて居ります。それで何んな事でも鏡にかけた如く知らして頂けます』 姫『イヤ、結構で厶います。今の宣伝使は難い小理窟ばかり云つて、朝から晩まで経文の研究に日を暮し、肝腎の信仰が欠けて居ますから、神様のお取次であり乍ら、些とも大神の意思が分らないので厶いますよ。何を云つても不言実行が結構で厶います。さうして神様は何と仰せられましたかな』 三千『はい、明白した事は分りませぬが私のインプレッションに拠りますれば、此お館の重宝は近い中にお手に這入ります。屹度私が貴女にお手渡しをしますから御安心下さいませ。さうしてお嬢さまは日ならずお帰りになります。然し乍ら旦那様はお気の毒ながら天国へ御用がおありなさるさうだから先づお諦めなさるが宜しからう』 姫『どうも有難う厶りました。神様の御用で昇天するとあれば止むを得ませぬが、成る事ならば夫の生存中に如意宝珠の在所が分り、又娘の顔を一目見せ度いもので厶いますが、如何で厶りませう、これは叶ひますまいかな』 三千『イヤ、御心配なさいますな。之は屹度現はれて参ります。そして御主人が如意宝珠を抱き、片手に姫さまを抱いて喜び勇んで国替をなさいますから、まア一時も早く神様のお繰合せをして頂くやう御祈願を成さいませ。私も一生懸命に御祈願致します』 姫『ハイ、有難う厶います』 と嬉し涙にかき暮れる。斯かる処へ家令のオールスチンは衣紋を繕ひ現はれ来り、 オールス『もし、奥様、旦那様が大変お苦みで厶います。そして奥を呼んで来て呉れと仰有いますから何卒早く側へ行つて下さいませ。私は宣伝使のお側にお相手を仕りますから』 姫『アン・ブラツク様、今家令の申した通り、主人が待つて居りますから一寸行つて参りますから何卒御緩りとお休み下さいませ』 と言ひ捨てて忙しげに此場を立つて行く。 オールスチンは三千彦に向ひ、 オールス『宣伝使様、どうも御苦労様で厶います。お聞及びの通り此お館には大事が突発致しまして上を下へと騒ぎ廻つて居ります。どうか貴方の御神徳によりまして、此急場が逃れますやうにお願ひ致し度う厶います。そして神様の御神勅は如何で厶いましたか』 三千『御心配なさいますな。如意宝珠の玉は決して外へ紛失はして居りませぬ。此お館に出入する相当な役員の息子が、或目的を抱いて玉を匿して居ると云ふ事が、神様のお告げで分りました。軈て出て来るで厶いませう』 オールス『エ、何と仰有ります、あの如意宝珠の宝玉を此身内の者が匿して居ると仰有るのですか。そして此館へ出入する重なる役員の息子とは誰で厶いませう。参考のためにお名を聞かして頂き度う厶いますが……』 三千『まだ私も修行が足りませぬので、隠した人の姓名まで明白り云ふ事は出来ませぬ。丸顔の色白い男だと云ふ事だけは確に分つて居ります』 オールス『はてなア、妙な事を聞きまする。然し乍ら誰が匿してあるにせよ、之を探し出さねば小国別[※底本では「小国彦」]様の言ひ訳が立たず、又此館の役員迄が大黒主から厳しい罰を受けねばなりませぬ。そしてその玉は近いうちに現はれるで厶いませうか』 三千『屹度現はれます。成るべく事を穏かに済ませ度いと思ひますから、何卒秘密にして置いて下さいませ。互に瑕がついてはなりませぬからな』 オールス『成程、仰有る通りで厶います。こんな事が外へ洩れては一大事、一時も早く現はれますやう、そして旦那様に一時も早く安心の行くやう、願つて下さいませ』 三千『ハイ、承知致しました』 斯かる所へ小国姫は再び現はれ来り、 姫『もし、宣伝使様、主人が大変に様子が悪うなりましたから、何卒一つ御祈祷をしてやつて下さいますまいかな』 三千『それはお困りです。然らば参りませう』 と云ひ乍ら家令と共に主人の居間に通つた。 小国別[※底本では「小国彦」]は熱に浮かされて囈言を云つて居る。そして時々、ワツクスワツクスと呻いて居る。ワツクスとは家令のオールスチンが息子である。オールスチンは之を聞くよりハツと胸を撫で、俯向いて思案に暮れて居る。小国姫は少しく声を尖らし乍ら、 姫『これ、オールスチン、今旦那様が夢中になつて「ワツクスワツクス」と仰有るのはお前の悴の名に違ひない。何か旦那様に対し、御無礼の事をして居るのではあるまいか。よく調べて下さい。此宣伝使様にお尋ねすれば直分るだらうけれど、斯んな事まで御苦労になるのは畏れ多い事だから、お前、心に当る事があるなら包まず隠さず、ワツクスの事に就いて述べて下さい』 オールス『ハイ、心当りと申しては何も厶いませぬが、兎も角宅へ帰りまして悴を調べて見ませう。暫くお待ち下さいませ。然らば奥様、旦那様をお大切にして下さいませ。アンブラツク様、左様ならば一寸宅まで帰つて参ります。何卒宜しうお願ひ申します』 と言葉を残し急ぎ吾家を指して帰り行く。 オールスチンは館を出でて吾家に帰る道すがら幾度となく吐息をつき、何事か心に当るものの如く首を傾け乍ら、杖を突きトボトボとして吾家に帰り行く。田圃の稲葉は風に煽られてサラサラと勇ましく鳴つて居る。燕は前後左右に梭をうつ様に黒い羽根の間から白い羽毛を現はし、或は高く或は低く大車輪の活動を稲田の上にやつて居る。寝むたさうに梟の声はホウホウと家の後の森林から聞えて居る。オールスチンは秘かに吾家の門口に帰つて見ると二三人の人声が盛に聞えて居る。心にかかるオールスチンは耳をすませて門の戸に凭れ話の様子を立聞きし居たりけり。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館北村隆光録) |
|
297 (2673) |
霊界物語 | 56_未_テルモン山の神館1 | 19 痴漢 | 第一九章痴漢〔一四四九〕 館の主人、小国別はソフアーの上に横はり息も絶え絶えに苦しんでゐる。二人の看護手は寝食を忘れて介抱に余念なかつた。小国姫はオールスチン、三千彦、ワツクスを伴ひ入り来り、 姫『旦那様、喜んで下さいませ。三五教の宣伝使三千彦様のお蔭によりまして如意宝珠の神宝が帰りまして厶います。之を御覧なさいませ』 と包みを解いて目の前につきつけた。小国別は病み疲れ、衰へたる目の光りに玉を眺めてニヤリと笑ひ双手を合せて感涙に咽んでゐる。そして只「有難う」と一言云つたきり後の語を次ぐ事は出来なかつた。これは衰弱の甚だしき上に、余りの喜びに打たれたからである。三千彦は病人の側近く寄り、 三千『この通り御神宝が帰りました上は、又もや神様の御恵によりまして、屹度ケリナ姫様も近い中にお帰りになるでせう。御安心なさいませ』 と詞優しく慰むれば小国別は掌を合せ、娘の近い中に帰ると云ふ証言を聞くより、稍元気づき、 小国『娘が帰りますか。それは有難う厶います。到底私は今度は、もう旅立をせなくてはなりませぬ。せめてそれ迄に紛失した如意宝珠を、もとに還し、娘の顔を生前に一目なりと見て此世を去り度いと思うて居りましたが、斯う弱りきつては、もう三日も命が続きますまい。成る事ならば一時も早う引寄せて頂き度う厶います』 三千『もう間もなくお帰りになりませう。私の耳の側で神様がさう仰せになりました。併し乍ら御病気に障るとなりませぬから、吾々は控へさして頂きませう』 小国『何卒御自由にお休み下さいませ』 と微の声で挨拶する。家令のオールスチンは病人の側近くより、 オールス『旦那様、何卒気を確りして下さいませ。そして如意宝珠の玉を盗んで匿して居つたのは私の悴ワツクスで厶りました。誠に偉い御心配をかけまして申訳が厶いませぬ。此皺腹を切つて申訳を致さむと覚悟を定めた所を奥様に止められ、惜からぬ命を少時延ばしましたが、何卒貴方が命数尽きてお国替遊ばすやうの事あれば屹度私もお伴致します。何卒何処迄も主従の縁を断らぬやうにして下さいませ』 小国別は微に首肯いた。三千彦はワツクスの手を曳いて自分の居間へと帰つて行く。二人の看護人とオールスチンに小国別の介抱を頼み置き、小国姫は又もや三千彦の居間に来り心配さうな顔をして、 姫『三千彦様、誠に御心配許りかけまして申訳が厶いませぬが、主人は到底あきますまいかな』 三千『お気の毒乍ら到底駄目で厶いませう。併し乍ら仮令肉体はなくなつても精霊は活々として若やぎ、霊界に於て神様の為に大活動を成されますから、御心配なさいますな。人は諦めが肝腎で厶いますからな』 姫『ハイ、有難う厶います。最早覚悟は致して居ります。然し乍ら、も一つ心配な事が厶いますが一寸伺つて貰ふ訳には行きませぬか』 三千『何事か存じませぬが一寸云つて御覧なさいませ』 姫『実の所は私の娘デビス姫と申すのが、今日で三七二十一日の間、昼さへ人のよう行かぬアンブラツクの滝へ、玉の所在を知らして下さるやう、父の病気が癒るやう、も一つは妹の所在が判るやうと、繊弱き女の身を以て毎晩二里の道を往復致し、何時も夜明け方に帰つて参りますが、今日は如何したものかまだ帰つて参りませぬ。大方滝壺に落ちて命を捨てたのでは厶いますまいか。但しは猛獣に殺されたのではありますまいか。俄に胸騒ぎがして気が気ぢやありませぬ』 三千『決して御心配なさいますな。半時経たない間に御姉妹打揃ふて、一人の修験者に送られて無事に帰られます。間違ひは厶いませぬからな』 姫『左様で厶いますかな。娘二人が帰つて呉れたならば、最早心配事は厶いませぬ。ああ南無大慈大自在天様、何卒々々一時も早く娘二人の顔を夫の命のある間に見せて下さいますやうお願ひ致します』 と涙を流して祈り入る。 三千『これ、ワツクスさま、お前は大それた悪い事を成さつたが、これと云ふのもお前の副守護神がやつたのだから、茲に神直日大直日に見直し聞直して頂き、内分で済ます事になつてゐますから、之から心得て貰はねばなりませぬぞ』 ワツクス『ハイ、有難う厶ります。誠に申訳のない不調法を致しました。今度私の罪をお助け下さいますならば、無い命と心得て如何様なる働きも致し、屹度御恩返しを致します。モシ奥様、屹度お赦し下さいますか』 姫『赦し難い罪人なれど三千彦様のお計らひにより内証で済ます事にして上げよう。之からキツと心得たがよいぞや。年寄つた一人の親に心配をかけ、本当にお前は不孝な者だ。親ばかりか、吾々夫婦や娘に迄も心配苦労をかけて困らしたのだから、今後は屹度慎んで貰はねばならぬぞや』 ワツクス『ハイ、有難う厶います。これから貴方様を親様として真心を尽しお仕へ申します』 姫『これ、ワツクス、お前は親があるぢやないか、妾を主人として仕へるべきものだ。親として仕へる等とはチツと可笑しいぢやないか』 ワツクス『義に於ては御主人で厶ります。然し情に於ては親様と存じてツヒ不都合な事を申しました。然しお赦し下さつた以上は私を子として下さいませうな。実の所はエキス、ヘルマンの両人が盗み出したので厶いますが、私が種々と苦心をして玉の所在を白状させ、お家の為に働いたので厶います。二人の者を助けたさに私が盗つたと父に申しましたが、その実はヘルマン、エキスの両人が盗み出したので厶います。それをば父に匿して金をやり、酒を飲まして白状させ、ヤツとの事で如意宝珠を手に入れたので厶います。貴女はお忘れでも厶いますまいが家中一般に如意宝珠の玉の所在を探し、持つて来たものはデビス姫の養子にすると仰有つたぢや厶いませぬか、さすれば仰せの通り私は御養子にして頂くべき資格があらうと存じます』 姫『そりや、お前の云ふ通り、如意宝珠の玉を探し、持つて来たものは養子にすると云ふて置いた。然しお前は親一人、子一人、家令の家を継がねばならぬ身の上だから、それは出来ますまい。先祖の家を忽かにする訳には行くまいからな』 ワツクス『いえ、そんな心配は要りませぬ。私が養子になり、デビスさまとの間に三人や五人は子が出来ませうから、其中の一人を頂いて、私の家を継がせば宜しいぢやありませぬか』 姫『もし三千彦様、あんな事を申しますが如何したら宜しう厶いませうかな』 三千彦はワツクスの顔をギユツと睨みつけ口をヘの字に結んでゐる。ワツクスは怖相に少しばかり声を慄はし乍ら、 ワツクス『モシ、宣伝使様、何卒私を約束通り、玉の発見人ですから養子にして下さるやう御とり成しを願ひます』 三千『これ、ワツクス、お前は吾々を盲にするのか、否御夫婦を騙る積りか。今云つた言葉は皆詐りだらうがな。お前はお家の重宝を匿し、御夫婦を困らし、往生づくめでデビス姫様の夫にならうとの計略をやつたのであらう。そんな事に誤魔化される三千彦ぢやありませぬぞ』 ワツクス『メメメ滅相な。さう誤解をされては困ります。あれ丈苦心してお家の為めになる宝を手に入れた此忠臣を、悪人扱ひにされては根つから勘定が合ひませぬ。何卒も一度お考へ直しを願ひます』 三千『お黙りなさい。左様の事を仰有ると最早容赦はしませぬぞ。高手小手に縛め唐丸籠に乗せてハルナの都へ送り届けませうか。又何程お前がデビス姫様に恋慕して居つても、肝腎の姫様がお嫌ひ遊ばしたら如何する積りだ。愛なき結婚でもお前は快う思ふのか。家令の悴にも似ず、訳の分らぬ事を仰有るぢやないか』 ワツクス『吾々を威喝して二人の恋仲を遮り後にヌツケリコとお前さまが養子に這入りこむ考へだらう。そんな事あチヤーンと此のワツクスは腹の底まで読んで居りますぞ』 三千『これはしたり、迷惑千万、何と云ふ失礼な事を仰せられるか。吾々は三五教の宣伝使、大切なるメツセージを受けて或所まで進まねばならぬ身の上、女を連れるなどとは思ひも寄らぬ事。お前の心を以て吾々の心を測量するとは些と失礼では厶らぬか』 ワツクス『宣伝使と云ふものは、そんな事をよく云ふものです。口でこそ立派に女嫌ひの様な事を云つて居ますが蔭に廻ると、もとが人間ですから駄目ですわい。デビス姫様が欲しけりや欲しいとハツキリ云ひなさい』 姫『これ、ワツクス、何と云ふ失礼な事を申すのだ。玉盗人はお前に違ひない。現在お前の親が証明して居るのぢやないか』 ワツクスは自棄糞になり、尻をクレツと捲つて此場を後に、一目散に表門を潜つて駆け出した。小国姫は手を拍つてエルを招きワツクスの後を追跡せよと命じた。狼狽者のエルは皆まで聞かず、『ハイ、承知しました』と又もや此処を飛び出し地響きさせ乍らドンドンドンと門外へ駆け出し、道の鍵の手になつた所を、頭を先につき出し体を横にして走る途端に、あまり広くもない道端の柿の木に大牛が繋いであつた。其牛の尻にドンと、頭突をかました。牛は驚いてポンと蹴つた拍子にエルはウンと許り倒れた。牛は二つ三つ尻を振つて再びエルの睾丸の端をグツと踏み、力を入れてグーツと捻た。エルはキヤツキヤツと悲鳴を挙げてゐる。通りかかつた旅人や近所の家からドヤドヤと集まつて来てエルを助け、傍の或家に担ぎ込み、様子を聞けばエルは顔を顰め乍ら、 エル『皆さま、如意宝珠のお宝が手に入りました。そして様子を聞けばワツクスが玉の所在を探した御褒美に、デビス姫さまの婿になると云ふ事ですよ。それから小国別様は御危篤で何時息を引きとられるか分りませぬ。大方今頃は絶命れたかも知れませぬ、大変で厶います。何皆さま、一時も早う各自に町内を触れまはり城内に悔みに行つて下さい』 とまだ死んでも居ないのに、手まはしよく死んだものと仮定して吹聴した。之を聞いた老若男女は次から次へと、尻はし折り駄賃とらずの郵便配達となつて、 (老若男女)『如意宝珠の玉が手に入つた。そして小国別が国替へをなさつて、ワツクスがデビス姫様の婿にきまつた』 と一軒も残らず、御丁寧に布令まはつた。 テルモン山の麓の町は俄にガヤガヤと騒ぎ出し、衣裳を着替へて館へ悔みに行くもの引きもきらず、俄に大騒動が起つた様になつて来た。エルは睾丸の端を牛の爪にむしりとられ、益々体中に熱が高まつて『死んだ死んだ』と囈言ばかり囀つて居る。 俄に小国別の訃を聞いて泣く老若男女もあれば、馬鹿息子のワツクスがデビス姫の婿になるげなと驚いて触れる奴もあり、如意宝珠の玉が帰つたと喜ぶものもあり、テルモン山の麓の宮町は此噂で持ちきりとなつた。気の早い男は早くも幟を立て「神司小国別の御他界を弔ふ」とか、「如意宝珠再出現」とか、「デビス姫ワツクスとの御結婚を祝す」とか云ふ長い幟を立てて、ワツシヨワツシヨと辻々を廻り初めた。 かかる所へ宣伝歌の声涼しく町外れの方から聞えて来た。此声は求道居士がデビス姫、ケリナ姫を助けて帰り来るにぞありける。 (大正一二・三・一七旧二・一於竜宮館北村隆光録) |
|
298 (2681) |
霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 04 妖子 | 第四章妖子〔一四五四〕 館の家令オールスチンは、老齢衰弱の身を大勢の荒男に所構はず踏み倒され、ワックスの介抱に依りて再び息は吹き返したものの、苦しみに堪えず、吾館に舁つぎ込まれ、発熱甚だしく、日夜苦悶を続けて居た。 一方館に於ては小国別は仮死状態に陥り、囈言計り云うて居る。さうしてデビス、ケリナの両女は行衛は容易に分らず、又力と頼む三千彦の行衛も分らなくなり、小国姫は悲痛の淵に沈み、身をワナワナと慄はせ乍ら、世を果敢なみ、生たる心地はせなかつた。されど如何にもして一時なりとも夫の病を長引せ二人の娘に会はせたきものと、夫のみ力に日を送つて居た。館の中はオークス、ビルマの両人が万事切り廻して居る。受付のエルは牛に睾丸を潰されたきり、綿屋の奥の間で高枕をして苦しんで居る。小国姫はオークス、ビルマを居間に招き、種々と相談をかけた。二人は時節到来、ワックスの思惑を成就させ、甘い汁を吸はむものと胸を躍らせながら、素知らぬ顔して心配気に俯向いて居る。 小国姫『オークス、お前に折り入つて相談したい事がある。旦那様はあの通り何時お帰幽なさるか知れぬ御容態、又家令のオールスチンは重病で苦しんで居るなり、ワックスは旦那様や、オールスチンの病気平癒のために荒行に行くと云つて出たきり顔を見せないし、二人の娘は未だ帰つて来ず、若もの事があつたら、如何したら好からうか、お前も一つ考へて貰ひ度いものだがなア』 オークス『実にお気の毒な事が出来したもので厶いますワイ。お館計の難儀ではなく宮町一統の難儀で厶います。貴女はバラモン教の館を守護する役であり乍ら、素性の分らぬ三五教の魔法使を町民に内証で引き入れなさつたものですから、此様な惨い目に会はされたのです。これからは些と吾々の云ふ事も聞いて貰はなくてはなりませぬ。町中の噂によれば、あの三千彦と云ふ奴は、三五教きつての魔法使で、お館に最も大切な如意宝珠の玉を忍術をもつて奪ひ取り、お館に有るにあられぬ心配をかけて置き、進退維谷まる場合を考へ澄まし、バラモン教の宣伝使に化けて這入つて来よつたので厶います。夫故今迄家に厶つたデビス姫様迄お行方は分らぬ様になり、此町中は大切な御神具を残らず盗まれ、大変な大騒動で厶います。こんな事が町民に分らうものなら、夫こそ貴女の御身の大事、大きな顔して此お館には居られますまい。そつと早馬でハルナの都に報告でもしようものなら、旦那様は病気で亡くなられたとした所で、お前さまは逆磔刑にあはされるでせう。大変な事をして下さつた。私は貴女の境遇に御同情をすると共に、貴女の御処置を恨んで居ます。もし斯んな事が大黒主様のお耳に入らうものなら、吾々もどんな刑罰に会はされるかも知れませぬ。今後はちつとオークスの云ふ事も聞いて貰ひ度いものです』 小国姫『あの三千彦さまに限つてそんな悪党な方では有りませぬぞや、夫は何かの間違ひでせう。金剛不壊の如意宝珠を隠したのは決して三千彦さまぢやない、家令の悴のワックスに間違ひないのだ。あれが吾娘デビス姫を無理往生に娶らむとして種々とエキス、ヘルマンなどを使ひ企んだと云ふ事は明瞭り分つて居るのだよ。勿体ない、誠の宣伝使にそんな罪を被せるものぢやありませぬ』 オークス『奥様、夫が第一貴女のお考へ違ひです。ワックスさまは何を云うても家令の悴、このお館が立ち行かねば自分の家も立ち行かないのですから、よう考へて御覧なさい、そんな不利益の事をなさいますか。そこが三五教の魔法使の甘い所で……ワックスさまは人がよいから、塗りつけられたのですよ。奥の奥を考へて貰はねば実にワックスさまに気の毒で厶いますワ。よく考へて御覧なさいませ。三千彦と云ふ魔法使は、町民の鬨の声に驚かされて雲を霞と逃げ失せ、旦那様はどう贔屓目に見ても御養生は叶ひますまい。そして家令のオールスチンさまも御本復は難いこの場合、此お館のお力になる者は誰だと思召す。ワックスさまより外無いぢやありませぬか。貴女はワックスさまをお疑ひなさると、これ程人気の有るワックスさまの為に町民が承知致しませぬぞや。よく胸に手を当ててお考へにならないと、お館の一大事で厶います』 小国姫『ハテ合点のゆかぬ事だなア、ビルマ其方は何と思ふか』 ビルマ『ハイ私は町内の噂を調べて見ましたが、ワックスさまは本当に偉い人ですよ。三五教の魔法使が隠して置いた如意宝珠をも、甘く自分が罪を負ふと云うて吐き出させなさつたので厶います。真実の忠臣義士と云ふのは、あのワックスさまで厶います。あの宝が無かつたらお館は勿論、宮町一同が大黒主様から所刑に遇はねばならぬ所を助けて下さつたのだから、テルモン国の救世主だと云つて居ます。どうしてもデビス姫様の御養子になさつて此国を治めねば町民が承知しませぬ。私は別にワックスさまがお世継にならうとなるまいと利害関係はないのですから、ワックスさまの為に弁護は致しませぬ。中立地帯に身を置いて、自分の所信を包まず隠さず申上げます』 小国姫『町民迄がさう信じて居る以上は、どうも仕方がない。兎も角今日の場合、養子にするせぬは後の事として、一度ワックスさまに来て貰ひ度いものだなア』 オークス『それは結構で厶いますが、ワックスさまは神様の為め、お館の為、町民の為め、命がけの業をすると云うて出かけられましたから、お行衛が分らず、何時帰らるるとも見当が付きませぬ。就ては家事万端を処理する役員が無ければ不都合で厶いませう。家令はあの通り胸板を踏まれ、恢復の見込みは立ちませぬ、二人の姫様は行方が分らず、旦那様は御重病、誰か家令を新にお命じなさらなくては、一日も館の事務が執れますまい。私も門番位勤めて居つては大奥の御用は出来ませぬしなア』 小国姫『アアそんなら、順々に抜擢してお世話にならう。受付のエルを臨時家令となし、お前は受付になつて貰はう、さうすれば万事万端都合よく運ぶであらう』 オークス『成程それは順当で至極結構でせう。併し乍ら、エルさまの慌者、旦那様が、まだ命のある中から御帰幽になつたと云うて町中を触れ歩き、大勢を騒がし、お負に牛の尻に突き当り睾丸を踏み潰され、綿屋の離室に有らむ限りの苦しみをして居ります。さうして道端に繋いであるあれ程大きな牛が目に付かないやうな事では門番も出来ないと云うて、町中の笑はれ者になつて居りますよ。あんな慌者が家令にでもならうものなら、お館の威勢は申すに及ばず、神様の御威勢迄も落ちると云つて、町中の大反対で厶います。夫はおよしになつた方がお為で厶いませう』 小国姫『ハテ困つた事だなア。そんならワックスが帰つて来たら、暫し親父の代理を勤めさす事に致しませう。夫迄お前は臨時家令の役をやつて貰ひ度い』 オークス『私のやうな不都合な者は、到底臨時家令のやうな事は出来ませぬ。平にお断り申します、却てお館の不都合な事を仕出かすといけませぬから。総て臨時と云ふものは水臭い文字で、本気にお館の為に尽すと云ふ気が出て来ませぬワ』 ビルマ『一層の事、ドツと張り込んで、オークスさまを家令に任命なさつたらどうでせう、屹度それ丈の腕前は厶いますよ。貴女は奥にばかり厶るから外の事情は分りますまいが、私が証明致します。町民一同の希望はワックス様を御養子となし、オークスさまを家令と遊ばし、さうして○○を家扶にお命じになれば、お嬢様も帰られ、お妹御のケリナさまも無事帰られると云ふ噂で厶います。世間の噂と云ふものは余り馬鹿にはならぬもので厶いますよ。神様の為め、お館の為め、それが最善の方法と私は考へます』 小国姫『○○を家扶にせいとは誰の事だい、もつと明瞭りと云うて貰はなくては分らぬぢやないか』 ビルマ『ヘイ、到底申し上げた所で門番位が家扶には成れますまい。云はぬが花で厶いませう』 小国姫『ホホホホホ、ビルマ、自分を推薦して居るのだらう。お前も抜目の無い男だなア』 ビルマ『此頃の世の中は盲人計りで厶いますから、自分から自分の技能を発表しなくては、何時になつても金槌の川流れ、栄達の道はつきませぬ。正真正銘のネットプライスの技量を放り出して、それをお認めになる御器量があればよし、無ければ時節到らぬと覚悟するより外は厶いませぬ。私を御採用なければオークスだつて決して家令の職に置きませぬ。此男も今度の事件については、チと弱点……いや弱点は無いのです。貴女がそつと魔法使を引き入れなさつたのが弱点ですから、吾々二人が揉み消し運動をやつたので、町内の騒ぎがやつと治まつたので厶いますからなア』 小国姫『そんなら仕方がありませぬ。お前を臨時家扶に命じませう』 ビルマ『モシ奥様、臨時家扶と云ふのは釜焚きとは違ひますよ。家令の次の職、重職で厶いますよ。念の為め一寸申上げて置きます』 小国姫『門番が家扶に出世したら結構ぢやないか。此館は大黒主様の命令で家令一人と定つて居るが、家扶を置く事は出来ないのだから、気の毒乍らお前は門番頭で辛抱して下さい』 かかる所へ一人の看護婦が慌しく入り来り、 『奥様早く来て下さいませ、旦那様は御臨終と見えまして、大変御様子が変つて参りました』 と心配さうに云ふ。小国姫は胸を撫でながら慌しく主人の病室に駆けり行く。オークスはビルマと共に小国姫の後に従ひ病室に入る。小国別は俄にムクムクと起き上り、痩こけた顔の窪んだ目を光らせ乍ら、 小国別『女房お前は何処に行つて居た。最前から大変待ち兼ねて居たぞよ、さうして二人の娘はまだ帰つて来ぬかノウ』 小国姫『ハイもう軈て帰るで厶いませう。まだ何とも便りが厶いませぬ』 小国別『ハテ困つた事だなア、此世ではもう娘に遇ふ事が出来んのかなア。エエ残念ぢや』 小国姫『旦那様、何卒気を落さないやうにして下さい、屹度神様のお蔭で会はして下さるでせう』 小国別『三千彦の宣伝使様や家令は何処へ行つたかなア、早く会ひたいものだ』 小国姫『三千彦様は俄にお行衛が分らぬやうになりました。屹度娘二人を迎ひに行つて下さつたのでせう』 小国別『ウン夫れは御苦労だなア。屹度会はして下さるだらう。家令のオールスチンはまだ来ぬか、何をして居るのだらう』 小国姫『ハイ、一寸用が厶いますので、つひ遅れて居ます、やがて参るで厶いませう』 オークス『モシ旦那様、家令のオールスチンは町民に胸板を踏み折られ、九死一生の苦しみを受け自館に帰つて居られます。そして町中は三五教の魔法使をお館へお入れなさつたと云うて、鼎の沸くやうな騒ぎで厶います。そこを私等二人が鎮定致し、今奥様と御相談の上、私がたつた今家令となりましたから、何分宜敷くお願ひ申します。今後は粉骨砕身、十二分の成績を挙げてお目にかけますから御安心下さいませ』 小国別『お前は門番のオークスぢやないか。何程人望があると云つても、さう一足飛びに門番が家令になると云ふ訳にはゆくまい。奥、お前はそんな事を許したのか』 小国姫『ハイ、……イイエ』 とモジモジして居る。 小国別『家令を任命するには何うしてもオールスチンの承諾を得、彼が辞表を出した上でハルナの都に伺ひを立て、其上でなくてはならぬ。さう勝手に定める訳にはいけぬ。この館は特別だから何事も大黒主様に伺はねばならぬ。よもや真実ではあるまい。奥、お前は当座の冗談を云ふたのであらう』 小国姫はモジモジしながら幽かな声で『ハイ』と一言、俯向いて居る。 オークス『苟くも館の主人の奥様とも在らう方が、冗談を仰有らう筈はありますまい。奥様のお言葉は金鉄よりも重いものと信じて居ります。何と仰有つてもオークスは当家の家令で厶います。万事万端館の事務を取調べ、ハルナの都に報告を致さねばなりませぬ。何処迄も此オークスを排斥なさるならば、三五教の魔法使をお館へお入れなさつた事を大黒主様に注進致しませうか、それでも苦しうは厶いませぬか』 と命旦夕に迫つて居るのにつけ込んで無理やりに頑張つて居る極悪無道の曲者である。 小国別『これ奥、私はお前の見る通り、今度はどうも本復せないやうだ。何うか一時も早く三千彦さまを尋ね出し、此館のお力となつて頂け。あの御神力をもつて守つて頂けば、如何に大黒主の神、数万の軍勢をもつて攻め寄せ来るとも恐るる事は要らぬ、かやうな悪人を決して吾死後用ひてはならぬ。今日から門番を免職して呉れ。エエ穢らはしい』 と衰弱の身心に怒気を含み、呶鳴り立てた。それつきり又もやグタリと弱り、忽ち昏睡状態に陥つた。 小国姫は、身も世もあらぬ悲しみに浸されながら、故意とに涙を隠し容を改め、両人に向ひ、 『オークス、ビルマの両人、其方は御主人様の命令だから、気の毒乍ら只今限り此館を帰つて下さい。仮令どうならうとも其方のやうな傲慢無礼な僕に厄介にならうとは思はないから、……モシ旦那様何卒御安心下さいませ』 と耳に口を寄せて声を限りに涙交りに述べ立てた。小国別は幽かにこの声が耳に入つたと見え、力無げにニタリと笑ふ。オークスは横柄面を曝し乍ら威猛高になり、 『モシ奥様、旦那様は大病に悩み耄けて居らつしやいます。決して仰有る事は真ぢやありませぬ。熱に浮されたお言葉、左様な事を本当になさるやうでは此お館は大騒動が起りますよ。今日此お館を双肩に担うて立つものは、ワックスや吾々二人の外に誰がありませうか。克くお考へなされませ。門番は家令になれないと仰有いましたが、何と云ふ階級的の考へに捉はれて居らつしやるのですか。昔常世城の門番は、直に抜擢されて右守の司になつたぢやありませぬか。それも失敗の結果でせう。吾々はお館の危急を救つた殊勲者です。若しお気に入らねば仕方はありませぬ、吾々は吾々としての一つの考へが厶います、後で後悔なさいますなよ。町民一般が大切な宝を盗まれたのも、みんな三千彦の魔法使によつて大勢の者が難儀をして居るので厶います。云はば三千彦は町民の敵で厶います。其敵を何時迄もお構ひなさるのならば、矢張貴方方御夫婦は国敵と認めます。大黒主のお開きなされた此霊場を、みすみす三五教の奴に蹂躙せられるとは、町民一般の忍び難い所でせう。私を家令にお使ひなさらぬなら、たつては頼みませぬ。此始末を町民に報告致します。さうすれば町民は、貴方方をバラモン教の仇、神様の敵として押し寄せて参ります。お覚悟なさいませ』 と云ひ放ち、勢鋭く表へ駆け出す。睾丸を牛に踏み潰され、綿屋の離室に養生して居たエルは漸う二三人の子供に送られて玄関に帰つて来た。オークス、ビルマの二人は玄関にてふと出会うた。エルは二人の相好の唯事ならぬに不審を起し、 エル『オイ、両人、血相変へて何処へ行くのだ。是には何か様子があるであらう、まづ俺に聞かして呉れ。何とか仲裁してやるから』 オークス、ビルマの両人は脅迫的に此処迄来たのだが、うつかり町民に妙な事を喋つて、後の取纒めに困つてはならぬと思つて居た矢先、エルに止められたので、これ幸と二人は受付にドツカと坐し、密々話に耽つて居る。 (大正一二・三・二四旧二・八於皆生温泉浜屋加藤明子録) |
|
299 (2685) |
霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 08 愚摺 | 第八章愚摺〔一四五八〕 ワックスはビルマと共に巧く町民を煽動し、三千彦を袋叩きにして、アンブラック川に投げ込み、意気揚々として己が館に帰つて来た。父のオールスチンは二人の看護婦に看護され乍ら現になつて、ワックスワックスと連呼してゐる。そこへソツと帰つて来たワックスは、盗猫が留守の家を覗く様な態度で、ノソリノソリと這入り来り父の病床に近寄り、二人の看護婦に向ひ、小さい声で、 ワックス『モシ、看護婦さま、日夜御苦労ですが老爺の病気は助かりませうかな』 看護婦の一人『ハイ、お気の毒乍ら到底諦めて貰はねばなりますまい』 ワックス『成程、それも仕方がありませぬ。何程悔んだつて寿命はどうする事も出来ませぬからな』 ビルマ、小さい声で、 『親の財産あてにすりや 薬罐頭が邪魔になる』 とウツカリ喋つた。病人のオールスチンは耳敏くも此声を聞きつけて苦しい体を起き上り、……悴のワックス奴、大切な親の死ぬのを待つて居やがるのだな……と苦痛を忘れ、声を尖らして、 オールスチン『こりや悴、何と云ふ不孝な事を申すのか。ま一度今云つた事を云つて見よ』 ワックス『へ、あまり御病気が重いので心配して看護婦に尋ねて居つた処です。ここに来てゐる門番のビルマと云ふ奴、お父さまが大病で、私がこれ丈け心配してるのに其心も知らず、あんな事を云ひやがつたのです』 オールスチン『さうぢやあるまい。貴様常平生から左様の事を云つて居るものだからビルマが真似をしたのだらう。貴様はチツと心得ねばならぬぞ。俺が目を冥つて了へばお前の身辺は忽ち危ふくなつて来るぞ。如意宝珠の玉を隠したり、種々雑多と陰謀を企てて居つた事は三五教の三千彦様がスツパリ御存じだ。こんな事が表沙汰になつたならば家令の家は断絶、お前の命はなきものと覚悟せねばなるまい。これが一生の別れだから憎い悴でも矢張り親の因果として庇い度うなつて来る。今の間何処かへ身を隠し、遠い国へ行つて苦労を致したが宜からう』 ワックス『お父さま、そりや違ひます。三千彦と云ふ魔法使が盗つて居たのですよ。その証拠には町中の者が袋叩きにして……ムニヤムニヤムニヤ』 オールスチン『何、町中の者が、三千彦を袋叩きにしたと云ふのか。そりや大変な事をして呉れた。早くお詫をせなくちやお館の一大事が起るかも知れぬぞ』 ビルマ『何と云つても町内が寄つて集つて雁字搦みにし、アンブラック川に投げ込んだものですから、疾うの昔に死んでゐますよ。滅多にワックスさまの難儀になる気遣ひはありませぬ。寧ろ神館の悪魔を退治なさつた結構な救世主です。そして小国別様の御養子になられる約束がチヤンと奥さまとの間に定つたのですから、オールスチン様、御安心なさいませ』 オールスチン『一人の悴を養子にやると云ふ事はどうしても出来ない。さうすればオールスチンの家は血統が絶えるぢやないか』 ワックス『お父さま、そんな心配は為さらず早く成仏して下さい。貴方の苦みを見て居るのが子として見て居られませぬからな。私とデビス姫と結婚した上は三人や五人の子は出来るでせう。総領は養家の後継とし、次男をオールスチン家の後目相続にすれば宜いぢやありませぬか。貴方の血統たる私が残つてる以上は大丈夫です。ゴテゴテ云つたら養家をオールスチン家にして了へば宜いのです。(小声)エー年寄だてら死際になつて要らぬお節介だ。いい加減に斃つたら宜いのにな』 と後振り返つて小声に呟いて居る。幸に病躯に悩む父の耳には這入らなかつた。オールスチンはグタリとなつて苦しげに又もや寝台の上に倒れて了つた。 看護婦『モシ若旦那様、余り八釜しう仰有いますと御病気に障りますから、何卒別館の方へ行つてお休み下さいませ』 ワックス『オツト、ヨシヨシ、それを待つて居たのだ。然し看護婦さま、此方にも都合があるのだが、お前の考へでは今日一日は大丈夫だと思ふか。葬礼の用意もせなならぬからな』 看護婦『御心配なさいますな。屹度本復さして上げます。仮令お亡くなり遊ばすとしても、三十日や五十日は大丈夫ですからな』 ワックス『へー、何分御介抱を宜しう頼みます』 と云ひながら別館の間に至り、冷酒を両人差向ひになつてグイグイとやり初めた。ビルマはへべれけに酔ひ潰れ、ソロソロ銅羅声を張り上げて唄ひ出した。 ビルマ『オールスチンの老爺さま肋骨を折られてウンウンと 呻つて厶る憐らしさ癒りもせねば死にもせず 厄介至極の老爺さまワックスさまも嘸や嘸 困つて厶るに違ひない早く何とか埒つけて ワックスさまの目的を立てさしてやらねばなるまいぞ もしも都合好う行つたなら私は一躍家令職 之を思へば一時も早く老爺さまに死んで欲しい 欲しいわいな欲しいわいな欲しいわいな薬鑵老爺が死んだなら 皆さま喜ぶ事だらうヨーイセーヨーイセー 思ふやうにはいかぬものホンニ浮世はじれつたい ヨーイトセーヨーイトセー』 ワックス『こりや何ぼ何でも俺の前で、そんな事を唄ふ奴があるか。俺だつて肉身の親だもの、死ぬのがチツトは……嬉しいとも悲しいとも思はないよ。併し乍ら老爺が死ねば此財産がスツカリ俺の所有物になるのだから嬉しい様でもあり、只一人の親が死ぬのだから悲しい様でもあり、嫁入りと葬式と一緒に来たやうで一掬同情の涙を流して居るのだ。貴様も余程没分暁漢だなア』 ビルマ『没分暁漢か、何か知らぬが此ビルマは心にもない追従を云ふのは嫌ひだ。ワックスさま、お前の心は此ビルマが云つた通りだらう。そんな目に唾を着けるやうな同情は止めなさい。それよりも態よう老爺に早く死んだらよいと云うたが宜しからうぜ。悪党なら悪党らしく、男らしくせぬのかい。そんな事で大陰謀が成就するものか、お前さまも徹底的の悪人だと思つたが大徹底的の悪人だつたな。悲しくもないのに悲しい様に云ふ丈け人間が悪いわ』 と訳の分らぬ事を管巻く。 斯かる処へエキス、ヘルマンの両人、ズブ六に酔ひ乍ら門の戸を矢鱈に叩き、 両人『ヘー、御免なせえ。鬼門の神がやつて来やした。ワックスさまの陰謀先生は在宅ですかな。何だ、何奴も此奴も返事しやがらぬな。ハハア、俺を排斥してけつかるのか。ヨーシ、何もかも、之から館へ行つて陰謀を素破抜いてやらう……と云つても俺も其仲間だ。何時暴露て笠の台が飛ぶかも知れないのだ。それを思へば甘え酒も不味うなつて来る。斯う毎日毎日心の鬼に責められては、やりきれない。一つワックスの若造に無心を云つて三百両ばかりおつ放り出させ、自棄酒でも飲んで過ごさにややりきれないわ』 と戸を無理に引き開け、ドカドカと病室に駆け込み、 エキス『ヤ、御大将、矢張御病気ですかな。そりや誠にお気の毒だ。然し乍ら一つ願ひ度え事があつて吾々両人がやつて来やした。此様子では御家令さまも、とても助かりますまい。沢山の財産を持つて冥土に行く訳にもゆくまいし、チツトは善根の為にわれわれ両人に三百両ばかり死土産を下つせえ。お前の大切の倅の首がつなげるのも、つなげぬのも、吾々両人の舌三寸の使ひやうだ。死んでも心残りのない様に、サア、スツパリと三百両〆て六百両出して頂きやせう。御家令さま、小倅の命が繋げると思へば安価いものでせう』 看護婦『コレお二方、旦那様が御病気の処へ、そんな事を云つて来るものぢやありませぬよ。若旦那が別館に居られますから、彼処に行つて下さい。此病室へは這入つてはなりませぬ。ここは看護婦の許可がなけりや一歩も這入つてはいけませぬ』 エキス『成程、これは恐れ入つた。ワックスの若が別館に居るさうだ。一つ彼奴に談判してドツサリとむしつて来ようぢやないか。グツツツツゲゲゲゲガラガラガラドツツツツ』 と八百屋店を出す。 看護婦『エー、好かんたらしい、掃除をなさい。妾はお前等の掃除役ではありませぬぞえ』 エキス『エー、八釜しう云ふない。出たものは仕方がないわ。グヅグヅ吐して六百両の金を出し惜みしやがるものだから嘔吐の奴、気を利かして八百両、いや八百屋店を出したのだ。エー、臭い臭い、おいヘルマン、行かうぢやないか。こんな斃つた老爺に向つて文句を並べたつて仕方がないや』 と云ひ乍ら、ヒヨロリヒヨロリ廊下を伝つて足をヨボヨボさせ乍ら進み入る。 エキス『おい、ワックスの大将、金だ金だ。今日は何と云つても貰はなくちや動かねえのだ。エー、よう考へてみよ。宮町一般の人間を騙くらかし、大切なお姫様を狐のお化だと云つて、あんな岩窟に押込めよつて往生づくめでウンと云はさうと思つても、さうはいかぬぞ。サア六百両、耳を揃へて出したり出したり、グヅグヅ吐すと二人が之からお館へ行つて素破抜くが如何だ。三千彦の宣伝使にだつて、あんな事をしやがつて、本当に太え野郎だ。サア、キリキリチヤツと、四の五の吐さず六百両出さぬかい。エー篦棒奴、無いと云ふのか。こんなデツカイ屋台骨をしやがつて金の千両や一万両、無いとは云はさぬぞ。お前の老爺は家令をしやがつて、うまい事して沢山の金を穴倉へ仕舞ひ込んだと云ふ事だ。渋老爺の鬼老爺の倅だけあつて貴様も中々出し嫌ひと見えるが、何と云つても俺には出さにやならぬ理由がある。サア、キリキリチヤツとおつ放り出さぬかい。マゴマゴして居やがると貴様の首が飛んで了ふぞ』 ワックス『オイ、又しても又してもさう脅喝に来ては困るぢやないか。今老爺が千騎一騎の場合だから……只一人の親に離れようとする最中だから、チツと俺の身にもなつて呉れ。老爺が亡くなつてから如何でもしてやるから』 エキス『暫らく待たれる位なら病人で取込んで居る家へやつて来るものかい。お前はさう陽気な事を云つてるが俺は尻に火がついて居るのだ。サア早くキリキリチヤツと出したり出したり』 ビルマ『オイ両人、さう八釜しう云はずに、俺と一緒に酒でも飲んだら如何だ。話は後で緩りしたら宜いぢやないか』 エキス『ウン、酒なら飲んでやらぬ事はない。四斗樽と仇名をとつたエキス、ヘルマンの両人だ。お酒の御用なら後へは退かぬぞ』 とドツカリと坐し、柄杓に掬うてグーグーと飲み始めた、四人はへべれけに酔ひ、四辺構はず堤を切らして唄ひ初めた。 エキス『欲と色との二道かけて極道息子のワックスが 二人の男をちよろまかしテルモン館の御宝 マンマと盗み出さして自分がデビスの婿となり 終ひの果てにや小国別の権利財産横奪し 栄耀栄華に暮さうとテツキリ梟の宵企み 夜食に外れて青い顔致さにやならぬ時が来た ドツコイシヨドツコイシヨそれさへあるにデビス姫 類ひ稀なるナイスさまケリナの姫と諸共に テルモン山の岩窟へ狐のお化とちよろまかし 押し込んで置いて夜な夜なに口説きに行きよる馬鹿男 之程悪を企む奴六百両の黄金が 惜うて出せぬ位なら首でも吊つて死ぬがよい 何れ死なねばならぬ奴今に天罰報い来て 家は断絶その身は所刑これの館は風前の 燈火の如く刻々に危険の迫るを知らないか 生命が大切か黄金が大切かよつく考へよ 金と命の引替へに早く渡せよワックスよ 俺等二人は自棄糞だ之から館へ飛び込んで 恐れ乍らと白状するそしたら貴様は第一に 悪の兇頭と定められ命のないのは知れた事 俺等二人は従犯だ重い所で遠島か 所払ひになる位早く出せ出せ六百両 ヨイトシヨーヨイトシヨーこんな酸つぱい酒位 飲ましておいて箝口令布いた所で駄目ぢやぞよ 暴露してやらうかワックスよ命が惜けりや金を出せ デビスが欲しけりや金を出せケリナが欲しくば金を出せ 館の養子になり度くばヤツパリ六百両の金を出せ 金を出すのが嫌なれば俺等の前に首を出せ 此出刃庖丁でチヨンぎつてアンブラック川へドンブリと 流してやらうか御承知かアア金が欲しい、金が欲しい 金が敵の世の中ぢや何程敵と云つたとて 金ほど笑顔のよい奴が又と世界にあるものか ドツコイシヨドツコイシヨ金ぢや金ぢや早や金ぢや 警鐘乱打の声よりも俺の催促烈しいぞ コラコラ悪党ワックスよ色と欲との二道かけた 此大芝居をやり遂げて安全無事に此の世をば 送らうと思へば金を出せ資本がなくては何事も 成就せないは世の習ひアア惟神々々 金をドツサリ下さんせバラモン帝釈自在天 大国彦の御前にエキスヘルマン両人が 畏み畏み願ぎまつるウントコシヨドツコイシヨ 八釜しい声が人耳に入るのが嫌なら金を出せ どんな難い問題も金で治まる世の中だ 兎角浮世は色と酒此欲望を充すのは ヤツパリ金の神様だお前の首をつなぐのも ヤツパリ金の御利益だ蒔かない種子は生えぬぞや 早く命の種子を蒔けドツコイシヨードツコイシヨー 扨ても強情い吝嗇だそれ程金が惜いかい 雪隠の側の猿不食柿渋うて汚うて小かうて 喰へない奴は貴様ぞやアア金が欲しい金が欲しい 目玉飛び出しましませよ』 と自棄糞になつてワックスを困らせるために四辺構はず喚き立てる。ワックスは堪りかねて矢場に父の病室に駆け入り、ソファーの下に匿してある黄金を無理に引たくり、二人の前に投げつけた。 エキス『エヘヘヘヘ流石は哥兄だ。偉い偉い、吾意を得たりと云ふべしだ。成程山吹色の黄金で耳を揃へて六百両、マアこれで三十日ばかりは沈黙を守つて居るから、次に来る迄用意をして置くが宜からうぞ。今度目にゴテゴテ云うと駄目だからな』 と下駄を預け乍ら、六百両を二人が懐に捻ぢ込み、ブラリブラリと臭い息を吐きながら帰り行く。 (大正一二・三・二四旧二・八於皆生温泉浜屋北村隆光録) |
|
300 (2689) |
霊界物語 | 57_申_テルモン山の神館2 | 12 三狂 | 第一二章三狂〔一四六二〕 三千彦はシャルと共に小声にて宣伝歌を歌ひ乍ら、八衢街道とは知らず現界の道路を通過する気分にて進み行く。八衢の関所には例の如く赤面、白面の二人の守衛が儼然と控へて居る。見れば一人の男が赤面の守衛に何事か調べられて居た。 赤『その方の姓名は何と申すか』 男『ハイ、私は鰐口曲冬と申します』 赤『其方は何か信仰を有つてゐるか』 曲冬『ハイ、別にこれと云ふ信仰も厶いませぬが、神儒仏三教を少し許り噛つて居ります』 赤『其中で何教が一番お前の心に適したか、否徹底して居たと考へたか』 曲冬『ハイ、初めは一生懸命に仏教を研究致しました。さうした処が何処に一つ拠る所がないので止めまして厶います。要するに仏教は百合根の様なもので、一枚々々皮を剥いて奥深く進みますと、何にも無くなつて了ひます、所謂仏教は無だと思ひます。能書計り沢山並べ立て、まるで薬屋の広告見た様なものですからな。売薬の広告ならば「此薬は腹痛とか、疝気とか、肺病に用ゆべし。又日に何回服用とか、湯で飲めとか、水にて飲めとか、食前がよいとか、食後がよいとか、大人ならば何粒、小人ならば何粒、何才以下は何粒」と御叮嚀に服用書が附いて居ますが、仏教の経典は只観音を念じたら悪事災難を逃れるとか、阿弥陀を念じたら極楽にやると書いてあるのみで、八万四千の経巻も何処にも其用法が示してないので駄目だと思ひました』 赤『お前は霊界の消息を洩らしたる仏教に対し尊敬帰依の心を捨て、なまじひに研究等と申してかかるから、何にも掴めないのだ。霊界の幽遠微妙なる真理が物質界の法則を基礎として幾万年研究するとも解決のつく道理がない。暫らく理智を捨て、意志を専らとして研究すれば神の愛、仏の善、及び信と真との光明がさして来るのだ。仏教がつまらない等と感ずるのは、所謂お前の精神がつまらないからだ。仏の清きお姿がお前の曇つた鏡に映らないからだ』 曲冬『さう承はれば、さうかも知れませぬが、如何も分り難う厶います』 赤『人間の分際として仏の御精神を理解しようとするのが間違ひだ。仏は慈悲其ものだ、至仁至愛の意味が分れば一切の経文が分つたのだ』 曲冬『ア、さうで厶いましたか。それは、偉い考へ違ひをして居りました。之から一つ研究をやつて見ませう』 赤『駄目だ。二つ目には研究々々と口癖の様に申すが、お前の云ふ研究は犬に炙だ。ワンワン吠猛るばかりが能だ。止めたら宜からう。左様な心理状態では到底仏の御心を悟る事は出来ない。それから次は何を信仰したのだ』 曲冬『ハイ、別に信仰は致しませぬが、ヤハリ聖書を研究致しました』 赤『旧約か、新約か』 曲冬『勿論旧約で厶います』 赤『何か得る処があつたか』 曲冬『ハイ、売る処も買う所も厶いませぬ。これもヤツパリ私の性に合ひませぬので五里霧中に逍遙ふ所に、或人の勧めによつて三五教に入つて、可なり真面目に研究して見た所、どうも変性女子の言行が気に喰はないので、弊履を棄つる如く脱会し、今は懺悔生活に入つて居ります』 赤『その方は霊界物語の筆写迄やつたぢやないか。直接に教示を受け乍ら、分らぬとは扨ても困つた盲だな。矢張研究的態度を以てかかつて居るからだ。結構な神の教を筆写し乍ら、ホンの機械に使はれたやうなものだ。さうして幾分か信ずる処があつたのか』 曲冬『ハイ、女子の方は幾分か信じて居りましたが、然しこれは宜い加減なペテンだと考へて居りました。それよりも変性男子の神諭に重きを置いて居つた所、其原書を見て余り文章の拙劣なのに愛想をつかし、信仰が次第に剥げて了ひました』 赤『馬鹿だな。神の教は文章の巧拙によるものでないぞ。文章なんかは枝葉の問題だ、その言葉の中に包含する密意を味ふのだ。目はあれども節穴同然、耳はあれども木耳同然、舌はあれども数の子同然、鼻はあれども節瘤同然、そんな事で三五教が善いの、悪いの、男子がどうの、女子がどうのと云ふ資格があるか。よくも慢心したものだのう』 曲冬『別に慢心はして居りませぬ。世界の人間に宣伝しようと思へば信仰も信仰ですが充分研究を遂げ、これなら社会に施して差支ないと云ふ所まで調べ上げねば社会に害毒を流しますからな。云はば社会の為に忠実なる研究ですよ』 赤『お前は未だ我執我見がとれぬからいけない。異見外道、自然外道、断見外道と云ふものだ。そんな態度では何処迄も神様は真理を悟らして下さらぬぞ。神様は愚なるもの、弱きもの、小さきものをして誠の道を諭させ玉ふのだ。決して研究的態度を採る様な慢心者には、密意はお示しなさらぬ。お前は大学を卒業して一廉学者の積りで居るが、其学問は八衢や地獄では一文の価値もない。いや却て妨げとなり苦悩の因となるものだ。お前の両親も困つた事をしたものだな』 曲冬『お前は門番の癖に文士に向つて偉さうに云ひますが、日進月歩文明の世の中に学を排斥するとは以ての外ぢやありませぬか。国民が残らず無学者であつたなら皆外の文明国に奪られて了ふぢやありませぬか。人文の発達を図り、国威の宣揚を企図する為には、どうしても大学程度の学問がなければ駄目ですよ。お前等は僅か小学を卒業した位だから世間の事に徹底して居ない。それだからポリス代用の門衛をして居るのだ。到底拙者の論説に楯突く事は出来ますまい。何科あつて調べらるるか知らぬが、もつと確りした分る方を呼んで来て下さい。知識の階段が違うてるからお前さまには分りますまい』 赤『馬鹿を云ふな、此処は霊界の八衢だ。博士も学士も皆出て来る所だ。無学でどうして此門番が勤まるか。お前等は自然界の下らぬ学説に心身を蕩かし、虚偽を以て真理となし優勝劣敗弱肉強食の制度を以て最善の方法と考へてる亡者だから到底真理の蘊奥は分らないのだ。お前のやうなものが霊界へ来ると訳の分らぬ理窟を云つて精霊を汚すから、ここで現界で研究して来た下らぬ学術を皆剥奪してやらう』 曲冬『コレ赤さま、お前は発狂してるのか、但は酒に酔うて居るのかい。ここを霊界の八衢だ等と、それは何を云ふのかい。霊界や八衢や地獄があつて堪りますかい、人間は子孫を残して死ねば、それ迄のものだ。チツト哲学的知識を養うて置きなさい。社会の落伍者となつて遂に門番も勤まらなくなりますよ』 赤『門番が、それ程、其方は賤しいと思ふのか。便所の掃除や塵捨場の掃除は如何だ。それの方が矢張尊いのか』 曲冬『さうですとも、大慈大悲の心を以て人の嫌がる事を喜んでするのが、人間の人格を向上する所以です。便所の掃除する者や塵の掃除する者が無ければ、世の中は尿糞塵の泥濘混濁世界となるぢやありませぬか。それで私等は伊吹戸主の神様の御用をして居るのだ。汚いものを美しうする位神聖な仕事はありますまい。私は賤しい仕事とも汚い商売とも思つて居りませぬ』 赤『ア、さうか、それではお前の最も愛する処へやつてやらう。地獄には塵捨場もあれば堆糞の塚も沢山にある。娑婆の亡者がやつて来て腐肉に蠅が集る様に喜んで嗅いで居る。現世にある時の所主の愛によつて身魂相応の処に行つたが宜からう。夜もなく冬もなき天国に於て、総ての神の御用に仕へまつり無限の歓喜に浴するよりも、其方は臭気紛々たる地獄道へ行くのが得心だらう。サア遠慮は要らぬ、トツトと行つたが宜からうぞ』 曲冬『はてな、さうすると此処は矢張霊界ですかな』 赤『定つた事だ。霊界か現界か分らぬ様な亡者が如何なるものか。それだから心の盲と云ふのだ』 曲冬『然らばどうか天国へやつて頂き度いものです』 赤『マアここで或一定の時間を経なくては、お前の様な汚れた魂は直に天国にやる事は出来ない。先づ外部的要素をスツカリ取らなくてはならぬ。現世に於て心にもない事を云つたり、阿諛を使つたり、体を窶したり、種々とやつて来た其外念をスツカリ取り外し、第二の内部状態に入り、内的生涯の関門を越えるのだ。内的とは意志想念だ。果してその意志が善であり真であらば天国へ上る事が出来るであらう。併し乍ら内的状態になつてからエンゼルの教を聞き、其教が耳に這入る様ならば天国へ行く資格が具備してるなり、如何しても耳に這入らねば地獄行きだ。之を第三状態と云つて精霊の去就を決する時だ』 曲冬『ヘー、随分難いものですな。矢張天国も地獄もあるものですかな』 斯く話す所へ高姫は皺嗄声を張り上げ乍ら、 高姫『オーイ、三千彦、シャル、待つた待つた。云ひ度い事がある』 と天塩昆布の様になつた帯を引摺り乍ら走り来り、 高姫『こら、シャル、恩知らず奴、妾が此三千彦の極道に引倒され、苦しんでゐる間に悪口をついて逃げて来たぢやないか。コレコレお役人さま、此奴は悪党者で厶います。義理天上が直接成敗する処なれど神界の御用が忙しいから、お前さまに任すから厳しく膏をとつてやつて下さいや』 赤『ヤ、お前は高姫ぢやないか。霊界へ来て迄噪やいで居るのか。モウいい加減に外部的状態から離れたら如何だ。一年にもなるのに何と渋太い奴だな』 高姫『ヘン、よう仰有りますワイ。一年にならうと二年にならうとお構ひ御免だ。いつやらも杢助さまを隠しやがつて、量見せぬのだが何を云つても大慈大悲の大弥勒さまの生宮だから、大目に見て居るのだ。グヅグヅ申すと此生宮が承知致さんぞや』 赤『白さま、此婆アさまは、邪魔になつて仕方がないから何処かへ突き出して下さい』 高姫『ヘン、お邪魔になりますかな。そりや、さうでせう。誠の神の言葉は悪人の耳には、きつう応へませう。お気の毒様乍ら此生宮は世界万民救済の為、チツトお耳が痛うても云ふ丈け云はして貰ひませう。弥勒様の因縁を知つて居ますか、一厘の仕組が分りますか、エー、よもや解りますまい。ヘン、一厘の仕組も分らぬ癖に偉さうに云ふものぢやないわ』 赤『白さま、早く何処かへやつて下さい』 白『コレコレ高姫さま、ここは八衢だからお前は早く何処かへ行つて下さい。職務の邪魔になりますからな』 高姫『コウリヤ白狐、お前は赤狐の云ふ事を聞いて此日の出神を放出さうとするのか。ハテ悪い量見だぞえ。よう考へて御覧なさい。天地の間は何一つ弥勒様のお構ひなさらぬ処はないぞえ。お土とお水とお火の御恩を知つてますか。その本を掴んだ底津岩根の大弥勒さまを何と心得て厶る。扨ても扨ても盲程困つた者は無いワイ。ヤ最前から怪体な男が立つて居ると思つたが、お前はアブナイ教の菊石彦だな。先程は大きに憚りさま、ヨー突き倒して下さつた。コレコレ赤に白、日の出神が吩咐ける。此菊石彦は此生宮を引倒した悪人だから一つきつい制敗に遭はしなさい。屹度申付けて置きますぞや』 白の守衛は止むを得ず、棕櫚箒を以てシャル、高姫の両人に向つて掃出した。二人は驚いて雲を霞と南を指して逃げて行く。 三千彦『モシ、門番様、ここは実際の霊界で厶いますか』 赤『ハイ、さうです。貴方はアンブラック川へ悪者に縛られ投げ込まれなさつた一刹那、気絶なさつた為、精霊が此処へ遊行して来たのですよ。神の化身のスマートと云ふ義犬が矢場に川に跳び込み、貴方の死骸を啣へて堤へ引上げ、縛を解いて今一生懸命に貴方の肉体に対し介抱をして居ります。軈てスマートが迎へに来るでせうから一緒にお帰りなさい。まだ此処に来る時ではありませぬ。そしてテルモン山に悪者が跳梁つて居ますから充分注意して臨まねばなりますまい』 三千彦『さう承らば幽かに記憶に浮んで来ます。矢張私は溺死したのですかいな。霊界と云ふ所は現界と少しも違はない所ですな。一つ不思議なのは、あの高姫さまは命がなくなつたと聞いて居りましたのに随分えらい脱線振り、あの方も矢張霊界に居られるのですかな』 赤『まだ現界に三十年許り生命が残つて居りますが余り現界で邪魔をするので、時置師神様がお出になり、伊吹戸主の大神にお願ひ遊ばして、三年が間中有界に放つてあるので厶います。三年すれば屹度外の肉体に憑つて再び現界で活動するでせう。今の精神で現界に行かれちや、やりきれませぬから、あと二年の間に充分の修業をさして現界に還す積りです』 三千彦『成程、何から何まで、神様のなさる事はよく行き渡つたものですな。併し乍ら三年の後には高姫の肉体は最早駄目でせう』 赤『三年の後に生命尽きて霊界に来る肉体がありますから、其肉体に高姫の精霊を宿らせ、残り三十年を現界で活動させる手筈となつて居ります』 三千彦『ア、さうですか。三年先になれば誰かの肉体に憑つて脱線的布教をやるのですな、困つたものですな』 赤『もう已に一年を経過したのだから、後二年ですよ。あの我執我見を此二年の間に何とか改良せねばならぬのですから、霊界に於ても大変手古摺つて居ます。今は岩山の麓に小さき家を建てて一人暮しをして居ますが、マア一人で暮して居れば余り害がないから大神様も大目に見て厶るのですよ。エンゼルが行つても減らず口計りたたいて、受付けぬから困つたものです。人間の精霊も、あれ丈け我執に固まつて了つては仕方の無いものですワイ』 斯く話す時しも南の方より宙を跳んで走り来る一頭の猛犬、『ウーウー、ウワツウワツ』と二声三声高く叫んだ。此声にハツと気がつき四辺を見れば今迄の八衢の光景は影もなく消え失せ、アンブラック川の堤の青芝の上に横たはつて居た。側には猛犬スマートが行儀よく坐つて嬉しげに三千彦の顔を眺め尾を掉つて居る。テルモン山の方を眺むれば黒煙濛々として立ち上り黒雲の如く空を封じて居る。月は黒煙の間に隠顕出没しつつ足早に走る如く見えて居る。 (大正一二・三・二五旧二・九於皆生温泉浜屋北村隆光録) |