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第12帖)
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口先
(
クチサキ
)
ばかりで、その
場
(
バ
)
限
(
カギ
)
りでうまい
事
(
コト
)
申
(
モウ
)
して
御座
(
ゴザ
)
るが、それは
悪
(
アク
)
の
花
(
ハナ
)
、
心
(
ココロ
)
と
行
(
オコナイ
)
が
伴
(
ワカ
)
わんからぢゃ。
己
(
オノレ
)
自身
(
ジシン
)
のいくさが
終
(
オワ
)
ってゐないからであるぞ。そなたのもつ
悪
(
ワル
)
いくせを
直
(
ナオ
)
して
下
(
クダ
)
されよ、それが
御神業
(
ゴシンギョウ
)
ぢゃ。
神々様
(
カミガミサマ
)
も
自分
(
ジブン
)
のくせを
直
(
ナオ
)
すために
御苦労
(
ゴクロウ
)
なさってゐるぞ、そのために
生長
(
セイチョウ
)
する。
昨日
(
キノウ
)
の
自分
(
ジブン
)
であってはならんぞ。
六十
(
ロクジュウ
)
の
手習
(
テナライ
)
でとまってはならん、
死
(
シ
)
ぬまで、
死
(
シ
)
んでも
手習
(
テナラヒ
)
ぢゃ。お
互
(
タガイ
)
におろがめよ、おがむと
総
(
スベ
)
てが
自分
(
ジブン
)
となる、おがむところへ
集
(
アツ
)
まって
来
(
キ
)
て
弥栄
(
イヤサカ
)
ぢゃ。
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No.: 878
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