天には
天の
道、
地には
地の
道、
人民には
人民の
道あると
申してあろう。
同じ
道であるが
違ふのぞ。
地にうつし、
人民にうつす
時は、
地の
約束、
人民の
約束に
従ふのぞ。
約束は
神でも
破れんのであるぞ。
次元違ふのであるから
違ってくるぞ。
違ふのが
真実であるぞ。それを
同じに
説いたのが
悪の
教。
同じと
思ふのが
悪の
考へ
方であるぞ。
上から
来るものは
光となって
流れてくるのざ。
光に
本来影はないのであるが、
動くから
影がうまれる。それを
影でない
影と
申すぞ。
悪でない
悪あると
申してあろうがな。
天には
天の
自由、
地には
地の
自由、
神には
神の、
人民には
人民の、
動物には
動物の、それぞれの
自由あるぞ。その
性の
高さ、
清さ、
大きさなどによって、それぞれの
制限された
自由あるぞ。
自由あればこそ
動くぞ。
自由とは
弥栄のこと。
光は
神から
人民に
与へられてゐる。
光に
向かふから
照らされる。
光は

、
真、
善、
美、
愛となり、
又そのうらの

、
疑、
悪、
醜、
憎となり
現はれるぞ。
御用の
善となり、
御用の
悪となる。
悪にくむは
外道の
善、
外道とは
上からの
光が
一度人民界にうつり、
人民界の
自由の
範囲に
於ける
凸凹にうつり、それが
再び
霊界にうつる。それが
幽界と
申してあらう。その
幽界から
更に
人民界にうつったものが
外道の
善となり、
外道の
悪となるのざ。
善にも
外道あるぞ。
心得よ。
光は
天のみでなく、
地からも
人民からも、すべて
生命あるものから
出てゐるのであるが、その
喜びの
度に
正比例してのものであるから、
小さい
生命からの
光は
判らんのであるぞ。
No.: 698