
の
中の

の
中の

は
一であり、
二とひらき、
三と
生命するぞ。
理は
一で
二で、
三であると
申してあらう。
一も
二も
三も
同じであり、
違って
栄えるのざ。
一二三であるぞ。このこと
教へられても
判るまい。ハラで
判る
大切こと、ハラ
大切ぞ。かたまってはならん。

に
捉はれると

は
判らん。
地の
定規ではかってはならん。
如何なる
天国も
自分でつくるのぞ。そろばん
捨てよと
申してあらうがな。よろこびは
理ぞ。
数ぞ。
言ぞ。
真理ぞ。
愛善ぞ。
生命のイキと
云ふこと
判るであらう。
天国と
申すのは
一人の
大きな
人間であるぞ。
天国は
霊人のみの
住む
所でないぞ。そなた
達も
今住んでゐるでないか。
霊人も
現界に
住んでゐるでないか。
現界をはなれて
天国のみの
天国はないのであるぞ。
故にこそ、
現界で
天国を
生み
出し、
天国に
住めんものが、
死んで
天国へ
住める
道理ないのぢゃ。アメツチと
申してあらう。この
道理よくわきまえよ。
善とか
悪とか
真とか
偽とか
愛とか
憎とか
申すのは
相対の
天国ぞ。まことの
天国には
喜びのみが
生きてゐるのであるぞ。
喜びの
中にとけ
入って、
喜びのものとなってゐるのであるぞ。
喜び
食し、
喜び
着、
喜びを
呼吸し、
喜び
語り
合って、
嬉し
嬉しとなるのぞ。いらんものは
形が
変って
来る。
新しき
生命湧き
出るのであるぞ。
善が
悪と、
真が
偽と
変った
時は
死となるぞ。その
死は
新しき
別の
生命と
現はれて、
新しき
形の、
新しき
世界の
善となり
真となるのぞ。
善も
悪もないのざと
申してあらう。
善悪はあるが
無いのざと
申してあること
判りたか。
自分自身、
己の
為の
善は
死し、
善の
為の
善は
弥栄えるぞ。
死んだものは
新しき
形をとって
生命するのであるぞ。
弥栄の
道、
神の
喜び
人間の
喜びの
中にあるぞ。
愛ざと
申して
愛に
囚はれて
御座るぞ。
真ざと
申して
真に
囚はれて
御座るぞ。
喜びに
生きよ。
宗教に
囚はれてはならん。
道に
囚はれてはならん。
喜びに
生きて、
喜びに
囚はれるなよ。お
互に
喜びの
湧き
出づることでなければ
真の
愛でないぞ。
理でないぞ。
天国に
理あると
申すが、
今の
人間の
申したり、
考へたりするやうな
道でないぞ。
道なき
理と
申してあらうが。
喜びが
理であるぞ。
嬉し
嬉しの
理、
早う
合点せよ。
生命栄えるもの
皆喜びであるぞ。
信仰とは、その
喜びの
中にとけ
入ることぞ。
生も
死もなくなるのざ。
時間や
空間を
入れるから、
知-血-、
通はなくなるのぞ。
一月二日
No.: 614