神は
人民には
見へん、たよりないものであるが、たよりないのが、たよりになるのであるぞ。
外国行きとは
幽界行きの
事ぞ。
時節来て
居れど
人民心でせくでないぞ、せくとしくじるぞ。あちらに
一人、こちらに
一人、と
云ふ
風に
残る
位むごい
事にせなならん
様になってゐるのざから、
一人でも
多く
助けたい
親心汲みとりて、
早う
云ふこと
聞くものぢゃ。ここ
迄神示通りに
出てゐても、まだ
判らんのか、
疑ふのにも
余りであるぞ。
地に
高天原が
出来るのざぞ、
天の
神地に
降りなされ、
地の
神と
御一体と
成りなされ
大日月の
神と
現はれなさる
日となった、
結構であるぞ、
肉体の
事は
何とか
分るであろが、タマは
判るまい、
永遠にタマは
生き
通しであるから、タマの
因縁の
判る
所は
九九の
二でより
他にはいくらさがしてもないのざぞ。
八月二十三日、
一二
。