三千年の
昔に
返すと
申してあらうがな。よい
御用いたす
身霊ほど
苦労さしてあるのぢゃ。
他から
見ては、わからんなれど、
苦労に
苦労さして、
生き
変り、
死に
変り、
鍛へに
鍛へてあるのぢゃぞ。
肉体の
苦労も
霊の
苦労も、どちらの
苦労にも、まけん
人民臣民でないと、
眼先のことで、グレングレンと
引繰りかへりて、あわてふためく
様なことでは、どんな
事あっても、びくともせん、ミタマでないと、
御用六ヶ
敷いぞ。こんどの
苦の
花は
真理に
咲くのみざぞ。
不二に
九の
花咲くや
媛まつれと
申してあるが、
九の
花、おのもおのもの
心の
富士にも
咲くのざぞ。
九の
花咲けば、
此の
世に
出来んことないぞ。まことの

かかりぞ。この
先もう
建替出来んギリギリの
今度の
大建替ぢゃ。
愈々の
建替ざから、もとの
神代よりも、も
一つキの
光輝く
世とするのぢゃから、
中々に
大層ざぞ。
人民苦しからうが、
先楽しみに
御用見事つとめ
上げて
下されよ。
二つづつある
神様を
一つにするのであるから、
嘘偽ちっともならんのぢゃ。
少しでも
嘘偽あったら、
曇りあったら、
神の
国に
住めんことになるのざぞ。
途中から
出来た
道では
今度と
云ふ
今度は
間に
合はんのざぞ。
根本からの
道でないと、
今度は
根本からの
建直しで
末代続くのぢゃから
間に
合はん
道理わかるであらうがな。われの
国同士の
戦始まるのぢゃ。この
戦、
神は
眼あけて
見ておれんなれど、これも
道筋ぢゃから、
人民にも
見て
居られんのぢゃが、
友喰ひと
申して
知らしてあらうが。この
方等が
天地自由にするのぢゃ。
元のキの
道にして、あたらしき、キの
光の
道つくるのぢゃ。あらたぬし、
世にするのぢゃと
申してあること
愈々ざ、
人民、
臣民勇んでやりて
下され。
神々様守護神どの、
勇め
勇め。
二月十六日、ひつ
九
。
No.: 367