神の
心の
判りた
臣民から
助ける
御用にかかりて
呉れよ、
助ける
御用とは
清めの
御用で
御座るぞ、
天地よく
見て
悟りて
呉れよ。
三四五の
御用は
出来上がりてしまはんと
御用してゐる
臣民にはさっぱり
判らんのであるぞ、つかわれてゐるから
判らんのであるぞ、
出来上がりてからこれは
何んとした
結構な
事でありたかとビックリするのざぞ。アメのひつ
九のか
三とはアメの
一二の
神で
御座るぞ、アメの


の
神で
御座るぞ、
元神で
御座るぞ、ムの
神ぞ、ウの
神ぞ、
元のままの
肉体持ちて
御座る
御神様ぞ、つちのひつ
九のおん
神様ぞ、つちの


の
御神様と
今度は
御一体となりなされて、
今度の
仕組見事成就なされるので
御座るぞ、
判りたか、
九二つちの
神大切申せとくどう
知らしてあろがな、
今迄の
臣民人民、
九二の
御先祖の
神おろそかにしてゐるぞと
申して
知らしてあらう、
神は
千に
返るぞ、
九二つちつくること
何んなに
難儀な
事か
人民には
判るまいなれど、
今度さらつの
世にするには
人民もその
型の
型の
型位の
難儀せなならんのざぞ。それでよう
堪れん
臣民沢山にあるのざぞ、
元の
神の
思ひの
何万分の
一かの
思ひせんならんのざぞ、
今度世変りたら、
臣民此の
世の
神となるのざぞ。
国の
洗濯はまだまだ
楽であるが、ミタマの
洗濯中々に
難しいぞ、
人民可哀想なから
延ばしに
延ばして
御座るのざぞ、
幾ら
言ひ
聞かしても
後戻り
許りぢゃ、
言ひ
聞かして
改心出来ねば
改心する
様致すよりもう
手ない
様になってゐるのざ。
何時どんな
事あっても
神は
知らんぞ、
上から
下までも
誰によらん
今迄の
様な
我儘させんぞ、
役員馬鹿にならなならんぞ、
大のつく
阿呆になれよ、

のつく
阿呆にあやまって
呉れるなよ、
阿呆でないと
今度の
誠の
御用なかなかざぞ。
命捨てて
命に
生きる
時と
申してあろがな、
非常の
利巧な
臣民人民アフンで
御座るぞ、
今にキリキリ
舞するのが
目に
見へんのか。
何時も
変らぬ
松心でおれと
申して
御座ろがな、
建替へ
致したら
世界は
一たん
寂しくなるぞ、
神が
物申して
居る
内に
改心せなならんぞ、
後悔間に
合はんと
申してあろがな。
十一月二十三日、ひつ
九のかミ。
No.: 341