天の
日津久の
大神-あめの一二の

-のお
神示であるぞ、
特にお
許しもろて
書きしらすぞ。
十二の
巻説いて
知らすのであるぞ、
此の
巻アメの
巻と
申せよ、
此の
度は
昔から
無かりた
事致すのであるから
人民には
判らん
事であるから
素直に
致すが
一等ざぞ、
惟神の
道とか
神道とか
日本の
道とか
今の
臣民申してゐるが、それが
一等の
間違ひざぞと
申してあろが、
惟神とは
神人共に
融け
合った
姿ざぞ。
今の
臣民神無くして
居るではないか、それで
惟神も
神道もないぞ、
心大きく、
深く、
広く
持ちて
下されよ、
愈々となるまでは
落しておくから
見当とれんから、よくこの
神示読んでおいて
下されよ。
世界ぢゅうに
面目ない
事ないよにせよと
申してあろが。
足元から
鳥立ちてまだ
目覚めんのか、
神示裏の
裏までよく
読めと
申してあろがな。
此の
道は
只の
神信心とは
根本から
違ふと
申してあろが、
三千世界の
大道ざぞ。
所の
洗濯と
身魂の
洗濯と
一度になる
所あるぞ、イスラの
十二の
流れの
源泉判る
時来たぞ。
命がけで
御用つとめてゐると
思ふて
邪魔ばかり
致しておろがな、
金や
学や
智では
大峠越せんぞ。
神はせよと
申すことするなと
申すこともあるのぞ、
裏の
裏とはその
事ぞ、よく
心得て
下さりて
取違ひいたすでないぞ。
手のひら
返すぞ
返さすぞ、
此の
度の
岩戸開きは
人民使ふて
人民助けるなり、
人民は
神のいれものとなって
働くなり、それが
御用であるぞ、いつでも
神かかれる
様に、いつも
神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。
神の
仕組愈々となったぞ。
十月十三日、ひつ
九のかみ。
No.: 335