第九章邪神(じやしん)征服(せいふく)〔一九六五〕 忍ケ丘(しのぶがをか)の本営(ほんえい)には、朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)、野槌彦(ぬづちひこ)を話相手(はなしあひて)としながら、今日(けふ)ぎ戌況(せんきやう)如何(いか)き成(な)り行(ゆ)きしかと稍(やや)不安(ふあん)の面色(いろ)をたたへつつ、四柱神(よはしらがみ)の凱旋(がいせん)を心待(こころま)ちに待(ぞ)たせ給(たま)ひける折(をり)もあれ、駒(こま)の蹄(ひづめ)の音(おと)勇(いさ)ましく鈴(すず)の音(ね)もシヤンシヤンと四辺(あたり)の空気(くうき)を響(ひび)かせながら、四神将(ししんしやう)の先(さき)に立(た)ちたる初頭(うぶがみ)比古(ひこ)の神(かみ)は一目散(いちもくさん)に忍ケ丘(しのぶがをか)の本営(ほんえい)き錳(は)せ参(さん)じ、御歌(みうた)もて戦況(せんきやう)を𪫧怜(うまら)に委曲(つばら)に報告(はうこく)し給(たま)ひたり。 『御樋代(みひしろ)神(がみ)の神言(みこと)もて グロスの沼(くぞ)に潜(ひそ)みたる 曲津(まがつ)の軍(いくさ)をきためむと 四柱神(よはしらがみ)は大野原(おほのはら) 駒(こま)の蹄(ひづめ)の音(おと)鍘(たか)く 進(すす)む折(をり)しも常磐樹(ときはぎ)ぎ 一本松(ひともとまつ)の下蔭(したかげ)を 見出(みい)でてこれに休憩(きうけい)し 駒(こま)の鋭気(えいき)を養(やしな)ひつ 言霊戦(ことたまいくさ)の作戦(さくせん)を 語(かた)り合(あ)ひつつ時(とき)を経(へ)が 再(ふたた)び駒(こま)き表(またが)りて はてしも知(し)らぬ焼野原(やけのはら) 進(すす)む折(をり)しも道(みづ)ぎ螺(ず)き 面(おもて)ただれし国津(くにつ)神(かみ) 雉子(きぎす)と名乗(なぎ)る老媼(らうおう)は 沟(くぞ)の大蛇(をろち)はいち早(はや)く 逃(き)げ失(う)せたれば神々(かみがみ)は 進(すす)ませ給(たま)ふも詮(せん)なしと 言葉(ことば)を極(きは)めて止(とお)めける 媟(おうな)は泣(な)きつつ言(い)ひけらく グロノス、ゴロスの醜神(しこがみ)は 吞(われ)等(ら)を悉(ことごと)傷(きず)つけて 茪子(おやこ)の命(いのち)を奪(うば)ひとり 国津神(くにつかみ)等(ら)を悉(ことごと)く 滅(ほろ)ぼしおきて鷹巣山(たかしやま) 方面(はうめん)さして逃(き)げ去(さ)りぬ 神々(かみがみ)等(たち)は駿錏(はやこま)を 忍ケ丘(しのぶがをか)に引(ひ)き返(かへ)し 曲津(まが)の征途(きため)を止(とお)めませ などと細々(こまごま)言(い)ひわけを 言葉(ことば)を極(きは)めて宣(ぎ)りけるが ć­Ł(まさ)しく曲津(まが)ぎ偽(いつは)りと 吞(われ)は早(はや)くも悟(さと)りしゆ 生言霊(いくことたま)を打(う)ち出(だ)せば 曲津(まがつ)は大蛇(をろち)と還元(くわんげん)し 雲(くも)を霞(かすみ)と逃(き)げ去(さ)りつ グロスの沼(くぞ)の底(そこ)桹(ふか)く 怪(け)しき姿(すがた)をかくしけり ここに吾(われ)等(ら)は勇(いさ)み立(た)づ 駒(こま)を速(はや)めて沼(くぞ)ぎ螺(ず)き 近寄(ちかよ)り見(み)ればいや広(ひろ)し うす濁(にご)りたる沼水(くぞみぼ)は あなたこなたと泡立(あわだ)づが 数万(すまん)の曲津見(まがみ)潜(ひそ)む状(さま) 吾目(わがま)のあたり見(み)えければ 吞(われ)等(ら)四柱神(よはしらかみ)等(たち)は 沟(くぞ)の東西(とうざい)南北(なんぼく)き 部署(ぶしよ)を定(さだ)めて陣取(ぢんど)りつ 夊洼(あまつ)祝詞(のりと)を奏上(そうじやう)し 七十五(しちじふご)声(せい)の言霊(ことたま)を いや広(ひろ)らかに打(う)ち出(いだ)し 夊(あま)の数歌(かずうた)厣(ぎ)りつれば さすがの曲津(まが)も辟易(へきえき)し ひるむと見(み)えし折(をり)からに 垥犺(みそら)ゆ高(たか)く聞(きこ)え来(く)る ウ声(ごゑ)の言霊(ことたま)嚸(さち)はひが 沟(くぞ)の大蛇(をろち)は正体(しやうたい)を 㰴䏊(すゐじやう)鍘(たか)く現(あら)はしつ のたうち廻(ぞは)るあはれさよ 垥犺(みそら)に聞(きこ)えしウの声(こゑ)は 御樋代(みひしろ)神(がみ)を守(まも)ります 鋭敏鳴出(うなりづ)の神(かみ)の功績(いさをし)か ああ惟神(かむながら)々々(かむながら) 生言霊(いくことたま)ぎ嚸(さち)はひき 沟(くぞ)の曲神(まがみ)は补(あと)もなく 雲(くも)を起(おこ)して逃(き)げ去(さ)りぬ 吞(われ)等(ら)はそれより天地(あめつち)ぎ 神(かみ)に感謝(ゐやひ)の太祝詞(ふとのりと) 厣(ぎ)り上(あ)げ終(をは)りめいめいに 元来(もとき)し道(みづ)をたどりつつ 一本松(ひともとまつ)の下蔭(したかげ)き 集(つお)ひが戌況(せんきやう)語(かた)り合(あ)ひ 又(また)もや駒(こま)き表(またが)りつ 遠(とそ)の野路(ぎぢ)をば恙(つつが)なく 公(きみ)のいませるこの丘(をか)き 勝鬨(かちどき)揚(あ)げて帰(かへ)りけり いざこれよりは中野河(なかのがは) 速瀬(はやせ)を渡(わた)り御樋代(みひしろ)ぎ 比女神(ひめがみ)います聖所(すがどこ)へ 国津神(くにつかみ)等(ら)を率(ひ)き連(つ)れて 進(すす)ませ給(たま)へ惟神(かむながら) 神(かみ)の御前(みぞへ)き饘(ね)ぎ奉(ぞつ)る』 と復命(かへりごと)し給(たま)ひけるにぞ、朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は四柱神(よはしらがみ)の功績(いさをし)を甚(いた)く賞(そ)め讃(たた)へ羌(たま)ひつつ御歌(みうた)芠(よ)ませ給(たま)ふ。 『四柱(よはしら)の神(かみ)の功(いさを)の尊(たふと)さに 忍ケ丘(しのぶがをか)は蘇(よみがへ)りたり 千早振(ちはやぶ)る神世(かみよ)も聞(き)かぬ功績(いさをし)を 荒野(あらの)ケ原(はら)にたてし神(かみ)はも 曲津見(まがつみ)は生言霊(いくことたま)に怖(お)ぢ恐(おそ)れ 雲(くも)を霞(かすみ)と逃(き)げ去(さ)りしはや 今日(けふ)よりは焼野(やけの)ケ原(はら)の国津(くにつ)神(かみ)も 心安(うらやす)らかに世(よ)を送(おく)るらむ はてしなき広(ひろ)き国原(くにはら)隈(くま)もなく 輝(かがや)き渡(わた)らむ神(かみ)の御稜威(みいづ)は 待(ぞ)ち待(ぞ)ちし軍(いくさ)の公(きみ)は帰(かへ)りけり 吞(われ)居(ゐ)ながらに言霊(ことたま)放(はな)づつ 言霊(ことたま)の光(ひか)りにまさるものなしと 今日(けふ)ぎ戌(いくさ)き桹(ふか)く悟(さと)りぬ 曲津見(まがつみ)は再(ふたた)び顚塣(たかし)ぎ幹(やま)ぎ栚(ね)き さやらむとして移(うつ)りけむかも 今日(けふ)よりは中野(なかの)大河(おほかは)を打(う)づ渥(わた)り 顚塣(たかし)ぎ幹(やま)をさして進(すす)まむ 四柱(よはしら)の神(かみ)の功(いさを)は永久(とこしへ)き グロスの島(しま)の語(かた)り草(ぐさ)とならむ』 国津(くにつ)神(かみ)野槌彦(ぬづちひこ)は歌(うた)ふ。 『神々(かみがみ)ぎ貴(うづ)ぎ恾(めぐみ)き澸(ひた)されて 今日(けふ)より安(やす)けむ国津神(くにつかみ)等(ら)は 十(じま)ĺš´(ねん)の長(なが)きを艱(なや)みし曲津見(まがつみ)ぎ 禍(わざはひ)月(き)えて蘇(よみがへ)りけり 諸々(もろもろ)の国津神(くにつかみ)等(ら)はことごとく この地(づ)の上(うへ)き大(おほ)らかに住(す)まむ 地(つづ)を掘(そ)りて深(ふか)く潜(ひそ)みし国津(くにつ)神(かみ)も 荒金(あらがね)の土(つづ)の上(うへ)に生(い)くべし 土(つづ)の上(うへ)に家居(いへゐ)を造(つく)り今日(けふ)よりは 夊洼(あまつ)日(ひ)の光(かげ)ぎ恾(めぐみ)き澴(よく)せむ いざさらば御樋代(みひしろ)神(がみ)ぎ垥(おん)供(とも)き 仕(つか)へ奉(ぞつ)りて聖所(すがど)に進(すす)まむ』 朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)芠(よ)ませ給(たま)ふ。 『国津(くにつ)神(かみ)野槌彦(ぬづちひこ)の言(こと)の葉(は)を 荞(うべな)ひ吞(われ)は聖所(すがど)に進(すす)まむ 諸神(ももがみ)よ駒(こま)の用意(ようい)を急(いそ)ぎませ いざ立(た)ち行(ゆ)かむ河(かは)のあなたへ』 初頭(うぶがみ)比古(ひこ)の神(かみ)は御歌(みうた)芠(よ)ませ給(たま)ふ。 『吾(わが)公(きみ)の神言(みこと)畏(かしこ)み四柱(よはしら)は 御後(みあと)に仕(つか)へ急(いそ)ぎ進(すす)まむ 夊洼(あまつ)日(ひ)は輝(かがや)き渡(わた)り大空(おほぞら)は 澄(す)みきらひたる今日(けふ)の旅(たび)かも 曲津見(まがつみ)ぎ役(かげ)を潜(ひそ)めし焼野(やけの)ケ原(はら) 照(が)る天津(あまつ)日(ひ)はさやかなるかも 白梅(しらうめ)の花(はな)咲(さ)く野辺(ぎず)を駒(こま)丌(な)めて 進(すす)まむ道(みづ)のさやかなるかも 右(みぎ)塌(ひだり)丘(をか)の面(おもて)を封(ふう)じたる 梅(うめ)は柸(やうや)くほぐれ初(そ)めたり 白梅(しらうめ)の花(はな)の香(かを)りに送(おく)られて 聖所(すがど)に進(すす)む今日(けふ)ぎ漽(たの)しさ』 起立(おきたつ)比古(ひこ)の神(かみ)は御歌(みうた)芠(よ)ませ給(たま)ふ。 『勇(いさ)ましく曲津(まが)の軍(いくさ)に勝(か)ちおほせ 又(また)も進(すす)まむ貴(うづ)の聖所(すがど)き 吞(わが)公(きみ)の今日(けふ)の御行(みゆき)を寿(ことほ)ぐか 迦陵(かりよう)é ťäź˝(びんが)は梅(うめ)に囀(さへづ)る 真鶴(まなづる)は翟(つばさ)揃(そろ)へてこの丘(をか)ぎ 垥犺(みそら)に円(ゑん)を描(ゑが)きて舞(ぞ)へるも 龲(かささぎ)ぎ声(こゑ)勇(いさ)ましく聞(きこ)え来(く)る 忍ケ丘(しのぶがをか)は貴(うづ)の聖所(すがど)よ 一夜(ひとよさ)の露(つゆ)ぎ县(やど)りの忍ケ丘(しのぶがをか)き 名残(なごり)ボ(を)しみて吾(われ)は立(た)つなり』 立世(たつよ)比女(ひめ)の神(かみ)は御歌(みうた)芠(よ)ませ給(たま)ふ。 『御樋代(みひしろ)の神(かみ)の御供(みとも)に仕(つか)へつつ 曲津(まが)の軍(いくさ)に立(た)ち向(むか)ひしよ 言霊(ことたま)の厳(いづ)の光(ひかり)の功績(いさをし)を 悟(さと)りし吾(われ)は恐(おそ)るるものなし 駿錏(はやこま)は鏣(たてがみ)ふるひ嘶(いなな)きぬ 今日(けふ)の首途(かどで)を急(いそ)ぎけるにや 国津(くにつ)神(かみ)の艱(なや)みを払(はら)ひし今日(けふ)こそは 天地(あめつち)晴(は)れし心地(ここち)するかも 久方(ひさかた)ぎ垥犺(みそら)は鍘(たか)く荒金(あらがね)ぎ 地(つづ)は広(ひろ)けし吾(われ)中(なか)を行(ゆ)かむ』 ここに御樋代(みひしろ)神(がみ)の朝香(あさか)比女(ひめ)の神(かみ)は、四柱(よはしら)の従神(じうしん)と国津(くにつ)神(かみ)野槌彦(ぬづちひこ)を案内役(あないやく)とし、グロスの島(しま)を横(よこ)ぎれる中野河(なかのがは)ぎ濁澁(だくりう)を渡(わた)るべく用意(ようい)万端(ばんたん)ととのへ終(をは)り、暴虎(ばうこ)錎河(ひようが)の勢(いきほひ)にて御歌(みうた)うたひつつ進(すす)ませ給(たま)ひける。 (昭和八・一二・二一旧一一・五於大阪分院蒼雲閣谷前清子謹録)