今度は
世に
落ちておいでなされた
神々様をあげねばならぬのであるぞ、
臣民も
其の
通りざぞ、
神の
申す
通りにすれば
何事も
思ふ
通りにすらすらと
進むと
申してあろがな。
此れからは
神に
逆らふものは
一つも
埓あかんぞ、やりてみよれ、
九分九厘でぐれんざぞ。
神の
国は
何うしても
助けなならんから、
神が
一日一日と
延ばしてゐること
会得らんか。
皆の
者がかみを
軽くしてゐるからお
蔭なくなってゐるのざぞ、
世の
元の
神でも
御魂となってゐたのではまことの
力出ないのざぞ。
今度の
経綸は
世の
元の
生き
通しの
神でないと
間に
合はんのざぞ。
何処の
教会も
元はよいのであるが、
取次役員がワヤにしてゐるのぞ、
今の
様は
何事ぞ。
此の
方は
力あり
過ぎて
失敗った
神ざぞ、
此の
世かもう
神でも
我出すと
失敗るのざぞ、
何んな
力あったとて
我出すまいぞ、
此の
方がよい
手本ぞ。
世界かもう
此の
方さへ
我で
失敗ったのぞ、
執念い
様なれど
我出すなよ、
慢心と
取違ひが
一等気ざ
はりざぞ。
改心ちぐはぐざから
物事後先になりたぞ、
経綸少しは
変るぞ。
今の
役員神の
道広めると
申して
我を
弘めてゐるでないか、そんな
事では
役員とは
言はさんぞ。
今迄は
神が
世に
落ちて
人が
神になりておりたのぞ、これでは
世は
治まらんぞ。
神が
上で、
臣民、
人民下におらねばならんぞ。
吾が
苦労して
人救ふ
心でないと、
今度の
岩戸開けんのざぞ、
岩戸開きの
御用する
身魂は
吾の
苦労で
人助けねばならんのざ。
十年先は、
五六七の
世ざぞ、
今の
人間鬼より
蛇より
邪見ざぞ、
蛇の
方が
早う
改心するぞ、
早う
改心せねば
泥海にせなならんから、
神は
日夜の
苦労ぞ。
道は
一つと
申してあろがな、
二つ
三つ
四つあると
思ふてはならんぞ、
足元から
鳥立つと
申してあろが、
臣民火がついてもまだ
気付かずにゐるが、
今に
体に
火ついてチリチリ
舞ひせなならんことになるから、
神、
執念気つけておくのざぞ。
三四気つけて
呉れよ、
神の
国は
神の
力で
何事も
思ふ
様に
行く
様になりてゐるのに、
学や
智に
邪魔されてゐる
臣民ばかり、
早う
気付かぬと
今度と
云ふ
今度は
取返しつかんぞ。
見事なこと
神がして
見せるぞ、
見事なことざぞ、
人間には
恐しいことざぞ、
大掃除する
時は
棚のもの
下に
置く
事あるのざぞ、
下にあったとて
見下げてはならんぞ、この
神は
神の
国の
救はれること
一番願ってゐるのざぞ、
外国人も
神の
子ではあるが
性来が
違ふのざぞ、
神の
国の
臣民がまことの
神の
子ざぞ、
今は
曇りてゐるなれど
元の
尊い
種植えつけてあるのざぞ、
曇り
取り
去りて
呉れよ、
依怙の
様なれど
外国は
後廻しぞ、
同じ
神の
子でありながら
神の
臣民の
肩持つとは
公平でないと
申す
者あるなれど、それは
昔からの
深い
経綸であるから
臣民には
会得んことであるぞ、
一に
一足す
二でないと
申してあろが、
何事も
神の
国から
神の
臣からぞ、
洗濯も
同様ぞ。
今度の
御用外したら
何時になりても
取返しつかんことになるのざから、
心して
御用して
呉れよ、
遣り
損なひ
出来ないことになりてゐるのざぞ。
天に
一柱地に
一柱火にも
焼けず
水にも
溺れぬ
元の
種隠しておいての
今度の
大建替ぞ、
何んなことあっても
人間心で
心配するでないぞ、
細工は
隆々仕上げ
見て
呉れよ、
此の
神はめったに
間違いないぞ。
三千年地に
潜りての
経綸で、
悪の
根まで
調べてからの
経綸であるから、
人間殿心配せずに
神の
申す
様素直に
致して
下されよ。
末法の
世とは
地の
上に
大将の
器無くなりてゐることざぞ。オロシヤの
悪神と
申すは
泥海の
頃から
生きてゐる
悪の
親神であるぞ。
北に
気つけて
呉れよ、
神の
国は
結構な
国で
世界の
真中の
国であるから、
悪の
神が
日本を
取りて
末代の
住家とする
計画でトコトンの
智恵出して
何んなことしても
取る
積りで
愈々を
始めてゐるのざから
余程褌締めて
下されよ、
日本の
上に
立ちて
居る
守護神に
分りかけたらばたばたに
埓あくぞ。
早う
改心して
呉れよ。
十二月二十六日、
一二 
。
No.: 233