第七章鈴の音〔七七二〕
五十子姫はさも嬉し気に満面に笑を湛へ、金扇を開いて満座の中に向つて祝歌を歌ひ、長袖淑やかに舞はせ給うた。
五十子姫『厳の御霊の大御神瑞の御霊の大御神
八洲の国に蟠まる八岐大蛇を言向けて
此世の曲を払はむと国治立大神は
心を千々に砕かせつ雲井の空の弥高き
位を捨てて根の国に尊き御身をしのばせつ
又もや此世を守らむと天教山の火口より
水火の艱苦を凌ぎつつ豊葦原の瑞穂国
隈なく廻り神人の心を包む村雲を
科戸の風に吹き払ひ速川の瀬に浄めむと
百千万に身を窶し悪魔の猛ぶ世の中を
守らせたまふぞ尊けれウブスナ山の頂上に
建ち並びたる斎苑館五十子の姫は父神の
勅を畏み顕恩の郷に下りて三五の
誠の道を楯となしバラモン教の神柱
鬼雲彦や其外の神の司に近寄りて
救ひの道を伝へむと思ひし事も水の泡
是非なく此処を立ち出でて梅子の姫と諸共に
エデンの流れを横ぎりつ踏みも習はぬ旅枕
雨や霰に身を曝し醜の魔風に梳り
彼方此方と神の道開く折しもバラモンの
神の司に捕へられ恨は深し海の原
半朽ちたる捨小船主従四人は村肝の
心淋しく天地の神の御前に太祝詞
涙と共に唱へつつ果しも知らぬ浪の上
浮きつ沈みつ竜宮の宝の島に辿りつく
神の御稜威もタカ港御船を捨てて上陸し
鬼熊別の貴の子と生れ出でませる小糸姫
教の道の司とし地恩の郷に現はれて
大宮柱永久に太知り立てて賑しく
教の園の花薫り実を結びたる秋の空
梅子の姫や小糸姫其他の司に暇乞ひ
今子の姫と諸共に神の恵の著く
屋根無し船に身を任せ浪太平の海原を
大小無数の島を縫ひ漸う此処に自転倒の
秀妻の国の神島に辿り着きたる嬉しさよ
自転倒島を西東北や南と駆廻り
三五教の大道を四方に伝ふる折もあれ
思ひも寄らぬ竜宮の一つ島なる秘密郷
黄金の湖の底深く秘め置かれたる麻邇の玉
此処に現はれ北の空打ち眺めつつ綾錦
聖地を指して参下り言依別と諸共に
秋山彦の御館来りて見ればこは如何に
焦れ焦れし吾父の神素盞嗚大神や
国武彦大神の厳の温顔伏し拝み
嬉し悲しの胸の中譬へむよしも泣くばかり
あゝ惟神々々御霊幸はへましまして
父大神の大神業国武彦の御経綸
完全に委曲に成り遂げて堅磐常磐の松の世を
千代に八千代に万代に築かせ給へ久方の
天津御空の神国の日の若宮に永久に
鎮まりいます日の神の御前を慎み畏みて
遥に願ひ奉る瑞の御霊の麗しく
厳の御霊の影清く三五の月の何時迄も
照れよ光れよかくるなよあゝ惟神々々
神の御前に願ぎまつる』
と歌ひ終つて旧の座に着き給うた。
音彦は立ち上つて銀扇を拡げ自ら歌ひ自ら舞ふ。
音彦『ウラルの彦やウラル姫の開き給ひしウラル教
名さへ尊きアーメニヤ教の館を後にして
ウラルの道を開かむと波斯の海をば浮びつつ
僅に四五の神司率ゐて進む一つ島
三歳四歳と身を尽し心を尽し皇神の
教を開く甲斐もなくわが信仰の仇花に
実りもせない山吹の黄金花咲く此島も
何の効果も荒浪の上を辷つて帰り来る
時しもあれや波斯の海荒風すさび浪猛り
千尋の海に吾船は早沈まむとする時に
同じ御船に乗りませる三五教の神司
日の出別の神人に危き所を助けられ
始めて悟る神の道タルの港に上陸し
波斯の原野をトボトボと神のまにまに宣伝歌
歌つて進む勇ましさ弥次彦、与太彦両人を
御供の司と定めつつ小鹿峠にさしかかる
時しもあれやウラル教目付の神に取囲れ
進退ここに谷まりて千尋の谷間に身を投じ
人事不省の其儘に三途の川や八衢の
淋しき光景探りつつ日の出別の神人に
呼び生かされて甦り深くも悟る神の道
皇大神の御心を島の八十島八十国の
あらむ限りに伝へむと遠き近きの隔てなく
廻り廻りて自転倒の島に漸う辿り着き
大江の山や鬼ケ城バラモン教の神司
堅磐常磐の鉄城と頼みて拠れる真最中
吾言霊に吹き払ひ心いそいそ五十子姫
右と左に別れつつ神の御為道のため
世人の為に赤心を尽す折しも三五の
神の教の貴宝三つの御玉は永久に
神のまにまに納まりて天の御柱いや太く
下津岩根に経緯の機の仕組も近づきて
教の花も遠近に薫り初めたる秋の空
又もや来る五つ御玉天火水地と結ぶなる
五つの御玉の麻邇宝珠綾の聖地に恙なく
集まりますと聞きしより心の駒も勇み立ち
錦の宮の御前に感謝の涙流しつつ
三五教の神司言依別に従ひて
由良の港に来て見れば妻の命の御父と
現はれませる瑞御霊神素盞嗚大神は
聖顔殊に麗しく身も健かに神業に
尽させ給ふ嬉しさよあゝ惟神々々
御霊幸はへましまして三つの御玉の麗しく
五つの御玉の清らかに心の空は日月の
伊照り輝く其如く雲霧もなく永久に
神の光を世に照しミロクの神世の礎を
下津岩根に搗き凝らし上津岩根に搗き固め
三五の月の御教を守る吾等の神業を
守らせ給へ天津神国津神等八百万
埴安彦や埴安姫の伊都と美都との二柱
清き御魂の御前に慎み敬ひ願ぎまつる
あゝ惟神々々御霊幸はへましませよ』
(大正一一・七・一八旧閏五・二四加藤明子録)
No.: 1892