学も
神力ぞ。
神ざぞ。
学が
人間の
智恵と
思ってゐると
飛んでもない
事になるぞ。
肝腎の
真中なくなりてゐると
申してあろが。
真中動いてはならんのざぞ。
神国の
政治は
魂のまつりことぞ。
苦しき
御用が
喜んで
出来る
様になりたら、
神の
仕組判りかけるぞ。
何事も
喜んで
致して
呉れと
申してあろがな。
臣民の
頭では
見当取れん
無茶な
四になる
時来たのざぞ。それを
闇の
世と
申すのぞ。
神は

、
臣民は

、
外国は

、
神の
国は

と
申してあろが、
神国から
見れば、まわりみな
外国、
外国から
見れば
神国真中。
人の
真中には
神あらうがな。
悪神の
仕組は
此の
方には
判りてゐるから
一度に
潰す
事は
易いなれど、それでは
天の
大神様にすまんなり、
悪殺して
終ふのではなく、
悪改心さして、
五六七のうれしうれしの
世にするのが
神の
願ひざから、この
道理忘れるでないぞ。
今の
臣民幾ら
立派な
口きいても、
文字ならべても、
誠がないから
力ないぞ。
黙ってゐても
力ある
人いよいよ
世に
出る
時近づいたぞ。
力は
神から
流れ
来るのぞ。
磨けた
人から
神がうつって
今度の
二度とない
世界の、
世直しの
手柄立てさすぞ。みたま
磨きが
何より
大切ぞ。
十月の
二十七日、ひつ
九のか
三。
No.: 184