一度に
立替へすると
世界が
大変が
起るから、
延ばし
延ばしてゐるのざぞ、
目覚めぬと
末代の
気の
毒できるぞ。
国取られた
臣民、どんなにむごいことになりても
何も
言ふこと
出来ず、
同じ
神の
子でありながら
余りにもひどいやり
方、けものよりもむごいことになるのが、よく
分りてゐるから、
神が
表に
出て
世界中救ふのであるぞ、この
神示腹に
入れると
神力出るのざぞ、
疑ふ
臣民沢山あるが
気の
毒ざぞ。
一通りはいやがる
臣民にもこの
神示一二三として
読むやうに
上の
人してやりて
下されよ。
生命あるうちに
神の
国のこと
知らずに
死んでから
神の
国に
行くことは
出来んぞ、
神の
力でないと、もう
世の
中は
何うにも
動かんやうになってゐること、
上の
番頭どの
分かりて
居らうがな、
何うにもならんと
知りつつまだ
智や
学にすがりてゐるやうでは
上の
人とは
申されんぞ、
智や
学越えて
神の
力にまつはれよ、お
土拝みて
米作る
百姓さんが
神のまことの
民ぞ、
神おろがみて
神示取れよ、
神のない
世とだんだんなりておろがな。
真通ることは
生かす
事ぞ。
生かす
事は
能かす
事ぞ。
神の
国には
何でもないものないのざぞ、
神の
御用なら
何でも
出て
来る
結構な
国ぞ、
何もなくなるのはやり
方わるいのぞ、
神の
心に
添はんのぞ。
十月七日、
一二 
。
No.: 167