祓ひせよと
申してあることは
何もかも
借銭なしにする
事ぞ。
借銭なしとはめぐりなくすることぞ、
昔からの
借銭誰にもあるのざぞ、それはらってしまふまでは
誰によらず
苦しむのぞ、
人ばかりでないぞ、
家ばかりでないぞ、
国には
国の
借銭あるぞ。
世界中借銭なし、
何しても
大望であるぞ。
今度の
世界中の
戦は
世界の
借銭なしぞ、
世界の
大祓ひぞ、
神主お
祓ひの
祝詞あげても
何にもならんぞ、お
祓ひ
祝詞は
宣るのぞ、
今の
神主宣ってないぞ、
口先ばかりぞ、
祝詞も
抜けてゐるぞ。あなはち、しきまきや、くにつ
罪、みな
抜けて
読んでゐるではないか、
臣民の
心にはきたなく
映るであろうが、それは
心の
鏡くもってゐるからぞ。
悪や
学にだまされて
肝心の
祝詞まで
骨抜きにしてゐるでないか、これでは
世界はきよまらんぞ。
祝詞はよむものではないぞ、
神前で
読めばそれでよいと
思うてゐるが、それ
丈では
何にもならんぞ。
宣るのざぞ、いのるのざぞ、なりきるのざぞ、とけきるのざぞ、
神主ばかりでないぞ、
皆心得ておけよ、
神のことは
神主に、
仏は
坊主にと
申してゐること
根本の
大間違ひぞ。
九月十九日、ひつ
九の

。