まつりまつりと、くどく
申して
知らしてあるが、まつり
合はしさへすれば、
何もかも、うれしうれしと
栄える
仕組で、
悪も
善もないのぞ、まつれば
悪も
善ぞ、まつらねば
善もないのぞ、この
道理分りたか、
祭典と
申して
神ばかり
拝んでゐるやうでは
何も
分らんぞ。そんな
我れよしでは
神の
臣民とは
申せんぞ、
早うまつりて
呉れと
申すこと、よくきき
分けて
呉れよ。われがわれがと
思ふてゐるのは
調和てゐぬ
証拠ぞ、
鼻高となればポキンと
折れると
申してある
道理よく
分らうがな、この
御道は
鼻高と
取りちがひが
一番邪魔になるのぞと
申すのは、
慢心と
取りちがひは
調和の
邪魔になるからぞ。ここまでわけて
申さばよく
分かるであろう、
何事も
真通理が
第一ぞ。
八月の
二十九日、

の
一二 
。
No.: 102